皐月と提督とバーニングラブ×2 (TS百合好きの名無し)
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プロローグ
プロローグ


 ハーメルンの艦これ作品をたくさん読んでいたら自分でも何か書いてみたくなったので……


 

 

 

 春の陽気を感じるある日の朝、一人の男が海岸沿いの道を歩いていた。いや、男といってもその姿はまだどこか幼さの残る青年であった。そんな彼は真っ白な軍服を着ていた。

 

 

「噂には聞いていたがひどいなこれは……」

 

 

 青年はつぶやきながら自らが歩いて来た道を振り返った。修復されているが道の至る所に破壊された道路や建物の残骸が散らばっており、周辺に家々が見えるが人の気配が全くないのだ。

 

 

「……あー、こりゃ鎮守府の方もまともじゃないだろうな……」

 

 

 しばらく歩くと赤煉瓦の建物が見えてきた。周囲には復旧作業を行う者たちがあちらへこちらへ走り回っているのが見える。しかし、その者たちは人間ではなかった。ちょうど人間の手のひらに乗るぐらいの小さな小人のようなソレらは人類が妖精と呼ぶ存在であった。どこからやってきたのか……いつから存在していたのか……その生態は全くもって不明であるが、驚くべき技術をもった存在であるということだけは分かっていた。しばらく妖精たちを眺めていると妖精の一人が青年に気づいたようで仲間たちに声をかけてゾロゾロと青年の前に集まってきた。青年は一度小さく咳をしてから敬礼し、彼らに向かって言った。

 

 

「あー、みんなおはよう。今日からここに着任する提督の飯野勇樹だ。階級は少佐だよろしく頼む」

 

 

『ヨロシクオネガイシマス!』

 

 

「……いまだに信じられないけどここは佐世保鎮守府であっているよな?」

 

 

『ソウデスヨー』

 

 

「派手にやられたんだなぁ……廃墟にしか見えん」

 

 

『スグニナオスカラマッテテ!!』

 

 

「いや、無理せず君たちのペースでやってくれていいぞ」

 

 

『リョウカイデス!』

 

 

「まあ、終わったらご褒美をあげるから頑張ってくれ。俺からは以上だ」

 

 

『ホント!? アイスタベタイ!!』

 

 

「了解だ。では俺はこれで」

 

 

『ハーイ!!』

 

 

 

 

 

 妖精たちと別れた俺は唯一修復の終わっている建物の中に入り執務室を目指した。建物の内部は修復によってだいぶきれいになっており、実はけっこう不安な気持ちになっていた俺の心を落ち着かせてくれた。ゆっくりと深呼吸をして[執務室]と書かれたプレートが掛かった扉をノックする。

 

 

〈ドウゾナノデス!

 

 

反応を待ってから扉を開けると中にいたのは一人の少女だった。紺色のスカートとセーラー服を着ており、ふわふわしていそうな茶髪をもつ見た目中学生ぐらいの少女である。少女が敬礼してきたのでこちらも敬礼する。

 

 

「本日付けで佐世保鎮守府に配属になりました暁型駆逐艦4番艦の電です!どうぞよろしくお願いしますなのです!!」

 

 

「本日付けで佐世保鎮守府の提督に着任する飯野勇樹だ。階級は少佐だ。よろしく頼む」

 

 

 

 

 

「さっそくなのですが、明日までに提出となっている書類がこれだけあるのです!」ドンッ

 

 

「えっ……」

 

 

「これでも先程まで電が頑張って処理していたのです!」

 

 

「そうだったのか……ありがな電」ナデナデ

 

 

「はわっ!?……し、司令官さん、その、あの///」

 

 

「髪ふわっふわなんだな……癒やされる~」ナデナデ

 

 

「はわわわ……///」

 

 

「手伝ってくれたらもっと撫でてあげるぞ」

 

 

「がんばるのです」

 

 

「んじゃ、やろうか」カキカキ

 

 

「……司令官さんはとても若く見えますけれど、いくつなのですか?」カキカキ

 

 

「22だよ」カキカキ

 

 

「えっ、すごく若いのです!」カキカキ

 

 

「士官学校出てすぐにここに配属させられたからな」カキカキ

 

 

「すごくエリートなのですね」カキカキ

 

 

「エリートがこんなとこに配属させられるか普通……」

 

 

「佐世保の復旧を任されるぐらいに認められているのだと思うのです」カキカキ テガトマッテルノデス

 

 

「……そうかね」カキカキ

 

 

 電と話しながら俺はここに来るまでの出来事を振り返っていた。

 

 

 

 

ーーーーーすべてが始まったあの日をーーーーー

 

 

 

 

 

 



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4年前 上

 地の文が多くなってしまう……
 正直、4年前のくだりは飛ばしてくださっても結構です。多分問題ないと思うので……


 

 

 

 その日、飯野一家は旅行で田舎町を訪れていた。長男の飯野勇樹が大学に合格したことを父親が祝うと言い出したからである。勇樹の受験のために普段家族全員で出かける機会がなかったため母親と妹もこれに賛成し、父親の生まれ故郷の田舎にやってきたのである。

 

 

「どうだ勇樹、俺の生まれ故郷は?」

 

 

「……ん、意外と田舎も悪くないね。空気がおいしく感じるよ」

 

 

「あ、それ私も思った」

 

 

「ふふ、2人とも気に入ってくれてよかったわ

 

 

「ここは海に近いから小さい頃はよく泳ぎに行ったものだよ。あの頃と変わってないようで何よりだ」

 

 

「えっ、泳ぎに行きたい! お兄行こうよ」

 

 

「バカ、今はまだ春だ。夏まで待て妹よ」

 

 

「体を動かしたいなら俺が付き合うぞ」

 

 

「どうせ剣道の稽古でしょー」

 

 

「うむ」

 

 

「なんでこんなところに竹刀を持ってきてるのよ……」

 

 

「はっはっ、勇樹のために道場を休みにしてしまったからな。体が鈍らないようにするためだよ」

 

 

「この剣道馬鹿め」

 

 

「あなた、実家が見えてきましたよ」

 

 

「おう、分かった。それにしてもまだ昼間だというのに人をなかなか見ないな」

 

 

「田舎だもん、みんな都会に出てったんじゃない?」

 

 

「そうかもしれんが、ここは漁業も主な仕事の一つだ。漁師たちぐらいはいてもいいはずだ」

 

 

 話しているうちに父親の実家に着き、父親が呼び鈴を鳴らした。しばらくして祖母が玄関を開けて出てきた。彼女は俺たちを見て目を大きく見開くと父親を見て言った。

 

 

「ど、どうして来たんだい!?」

 

 

「サプライズってヤツだ母さん。驚いたか?」

 

 

「馬鹿! 今すぐ帰るんだよ!!」

 

 

「……何かあったのか?」

 

 

「いいから早く帰るんだよ!!」

 

 

「そんな無茶苦茶な……理由ぐらい教えてくれよ。わざわざ家族全員で来たんだぞ」

 

 

「……漁師たちが戻ってこないんだよ」

 

 

「は?確かにここに来るまでにも見かけなかったが」

 

 

「怪物の仕業だよ……みんな戻ってこないんだよ!」

 

 

「お、落ち着けよ母さん。とりあえず聞かせてくれ」

 

 

 父親が祖母の背を優しくさすって落ち着かせる。やがて彼女はゆっくりと語り出した。

 

 

「……4日前のことだけど、漁師の一人が怪物に会ったんだよ。最初はイルカだと思って近づいたらしいけど、近づくにつれて違うことに気付いてね。真っ黒で長い胴体に青い目のようなものが付いていて口には鋭い牙がたくさんあったらしいよ。不気味に思ってその場を離れようとしったらソイツの口が開いて口内が光って……直後に轟音とともに船が爆発したらしい」

 

 

「爆発……?」

 

 

「爆発の煙に紛れてその漁師は命からがら泳いで町まで逃げてきたんだけど、話を聞いた他の漁師たちはこのままじゃ安心して漁が出来ないからソイツを退治しようって考えてね。みんなで投げ槍なんかを作って出て行ったのさ」

 

 

「……いつ、出て行ったんだ?」

 

 

「3日前の朝だよ。目撃場所はここからそう遠くないハズなのに一向に帰って来ない。みんな怖くなって家に閉じこもっちまってるよ」

 

 

「……警察は?」

 

 

「この町の警官たちも漁師たちと一緒に出て行ったんだよ」

 

 

「冗談じゃないんだな」

 

 

「こんなこと冗談で言えないよ」

 

 

 俺たちは祖母と父親の話を呆然として聞いていた。怪物?漁師たちが帰って来ない?UMAでも出たのか?色々考えていると妹が俺の服を引っ張った。

 

 

「……ねえお兄、アレ何?」

 

 

「アレ?空に何か……何だアレ?」

 

 

 妹の視線を追って空を見るとありえない速度で黒い雲が近づいてくるのが見えた。いや、雲じゃない。あれは……

 

 

「……飛行機かな?この辺じゃ珍し……」

 

 

 目をすがめる。

 

 

 ……違う。

 

 

 見上げた空に浮かんでいるのは丸い球体だ。あんな飛行機は無い。黒い昆虫のような見た目の物もある。

 

 そこから黒色の粒が降って来る。

 

 まるで黒い雨が降ってくるかのように。

 

 誰かが叫ぶ。

 

 空気を切り裂く音が降ってくる。

 

 隣家の犬が吠える。

 

 逃げる?どこへ?

 

 黒い塊が落ちてきて、周囲の音全てが爆発の音に掻き消された。

 

 地面が震え、炎が上がり、世界が赤く染まっていく。

 

 

 街が燃えていた。

 

 

「……何コレ、映画の撮影?」

 

 

 ……違う、これは

 

 

「……空襲だ」

 

 

「か、怪物がやってきたんだよ! あんたたち早くにげっ」

 

 

「母さんっ!」

 

 

 風切り音。爆弾が落ちてきていた。母親が俺たちの名前を叫んで覆い被さった次の瞬間、俺たちは凄まじい衝撃と熱と光に吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「う、ぐう、あああっ」

 

 

 痛い、痛い、痛い、痛い!!何がどうなった!?ここはどこだ!?どれぐらい気を失ってた!? 

 

 

「ううう……」

 

 

 起き上がり自分の体を確認する。俺の体には数え切れないほどの火傷や打撲がみられたが、爆発に巻き込まれたとは思えないほど大きな怪我がなかった。辺りを見回すと崩れた瓦礫と千切れた誰かの手足と頭が視界に入ってきた。

 

 

「あ……ウソだろ?」

 

 

 あれは父親の腕だあれは母の足だあれは祖母の頭だ。どう見ても生きていない家族を見て体が震える。

 

 

「みんな……死んだっていうのか?」

 

 

 信じたくない……けれど生存は絶望的だろう。こんなバラバラになった人間が生きているわけがない。

 

 

「なんだよこれ……はは、あははははは!!っ!ぅげええっ」

 

 

 乾いた笑いの後でたまらず吐いた。苦しい受験勉強を乗り越え、久しぶりの家族旅行に来て、空襲にあってみんな死んだ?なんだそれ。日本は戦争なんてしてないんじゃなかったのか。だいたいアレはなんだったんだ。何でみんな死んでーーーーーみんな?

 

 

「……妹の死体がない」

 

 

「いやあああああっっ!!」

 

 

「っ!生きてるのか!?どこだ!?」

 

 

 妹の声の方へと俺は走った。よく聞くと町のあちこちで人々の悲鳴が聞こえる。家の中に閉じこもっていた町の住人たちだろう。だが、今はあの黒い飛行機は見当たらない。一体何が起こっているのか。また、飛行機はいないのになぜか轟音があちこちで聞こえてくる。

 

 

「いや……来ないでっ!」

 

 

「そこにいるのか!」

 

 

「……お兄!?」 

 

 

 そして俺はソレを見た。

 

 

「……怪物」

 

 

 祖母の言った外見に手足の生えたソレは誰かの手足をグチャグチャと音を立てて咀嚼しながら妹へ襲いかかろうとしていた。

 

 

「っ!!」

 

 

 俺は細長い瓦礫の一つを掴むとそれに殴りかかった。もう無我夢中だった。

 

 

「はああああっ!!」

 

 

 怪物の脳天に振り下ろす。親父とやっていた剣道では威力を抑えて打っていたがこの時は殺すつもりで全力だった。バキッという音とともに瓦礫が折れるが同時に怪物にも少しダメージが入ったらしく、悲鳴を上げて下がった。

 

 

「ガアアアアアアアアアッッ!?」

 

 

「立てるか?」

 

 

「お兄……」

 

 

「ゴガアアアアアアアアアッッ」

 

 

「逃げるぞ!走れ!」

 

 

「う、うん!」

 

 

 妹の手を握り、走り出すと轟音とともにすぐそばの地面が爆発した。チラリと目だけで振り返ると怪物の口から砲身のようなモノが出ていた。

 

 

「なんだよそれ!?」

 

 

 ある程度引き離した所で俺は妹とともに瓦礫の一つに潜り込んで身を潜めた。あちこちで轟音が聞こえるということから怪物は一体ではないのだろう。無闇に走り回って挟み撃ちにされたらたまらない。

 

 

「……ねえ、お兄、他のみんなは?」

 

 

「父さんも母さんもばあちゃんもみんな死んだよ」

 

 

「そう……おかしいね。私、悲しいはずなのに涙が出てこない。それ以上にアレが怖くて怖くてたまらない!!」

 

 

 妹の体は震えていた。妹は他の人間たちをアレが喰らう様を見てしまったらしい。先程から俺の手を離してくれない。

 

 

「くそっ、せめて武器か何かがあれば!!」

 

 

ーーーーーーブキガホシイノデスカ?

 

 

「は?誰かいるのか!?」

 

 

『ココデスヨココ!』

 

 

「小人……?」

 

 

 声の主は小さな人間のようなナニカであった。いや、頭と胴体の比率がおかしいから人間でないことは明らかだ。まるで絵本に出てくる妖精のような見た目で何故か軍服を着ていた。

 

 

「お兄どうし……何コレ?妖精?」

 

 

「武器を……作れるのか?」

 

 

 気がつけば俺はそいつに話しかけていた。いつからいたんだとか、お前は何なんだとか他にも言う事があっただろうに俺がそいつに向かって言ったのはそんな言葉だった。

 絶望的なこの状況で何にでもいいから縋りたかったのかもしれない。

 

 

『ハイ、ワタシタチハイマソトデアバレテイルシンカイセイカンニタイコウスルタメノチカラヲジンルイニアタエルソンザイデス』

 

 

「深海悽艦?人類にヤツらへ対抗するための力を与える存在?」

 

 

 訳が分からない。けれどもきっとこいつが言っている深海棲艦というはあの化け物共の事だとなんとなく分かった。

 

 

『ハイ』

 

 

「アレを何とか出来るのか……?」

 

 

『アナタガノゾムノナラ』

 

 

「お兄、何言ってるか分かるの?」

 

 

「……分からないのか?」

 

 

「うん、サッパリ」

 

 

 首を振る妹。

 

 

『アナタニハテキセイガアルカラデス』

 

 

「適性?……まあいい、武器を作るために何が必要なんだ?」

 

 

 武器があれば少しはマシになるかもしれない。

 

 

『ザイリョウナンテココニアルノデジュウブンデス』

 

 

 瓦礫しかないのだがこれが材料になるのだろうか?

 

 

「……刀のような物を頼む」

 

 

『リョウカイ!!』

 

 

 俺たちの目の前で不思議な光とともに妖精が触れた瓦礫が変化していく。妹も驚いてそれを見ている。しばらくして光が消えるとそこには一本の日本刀があった。

 

 

『コレデタタカエマス!』

 

 

「日本刀? お兄まさか……」

 

 

「ああ、戦う。こんな田舎じゃすぐに救助が来るとは思えないしこのままじゃ二人とも助かるか分からない」

 

 

「でも!」

 

 

「行ってくる」

 

 

 瓦礫の中から出ると俺は日本刀を手にソレらと対峙した。先程の怪物に加えて胴体の太い怪物や水着を着たような人間の姿で両手に禍々しい兵装を身に纏ったものもいる。そのすべての目が俺を捉えている。どうやら俺たちが隠れていたことに気づいていたらしい。あれだけ騒いだり光ったりすればコイツらが集まって来てもおかしくはないが。

 手に持った日本刀が仄かに光った。なぜかこの日本刀は俺の手にしっくりくる。一体あの妖精のような生き物は何者なのだろうか?

 

 

「お前たちに妹はやらせるかよ」

 

 

 初めて殺しのために剣を振るう……日本刀を強く握ると時間の流れが遅くなったような気がして、気がつくと俺は怪物の一匹を斬り飛ばしていた。

 硬そうな装甲をいともたやすく切り裂いた日本刀の切れ味に驚く。

 

 

「駄目!お兄囲まれてっ」

 

 

「馬鹿!隠れてろ!」

 

 

 怪物の一体が妹を見た。そして砲撃した。

 

 

「きゃあああああっっ」

 

 

 砕けた瓦礫が落ちてきて妹を覆い隠し……俺の理性を保っていた最後の砦が破壊された。

 どす黒い感情に支配され、理解出来ない叫び声が上がる。次はお前だとばかりに化け物共がニタニタと笑いながら俺を見る。

 

 

 ……殺す。

 

 

 そこからの事はよく覚えてない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

「……大丈夫ですか!?早く担架を!急いで!」

 

 

 誰かに声をかけられている……

 

 

「だ……れ……」

 

 

「……!救護班!!早くそこの娘も!!」

 

 

 黒の長髪に青いヘアバンド、海色の瞳にアンダーリムのメガネをかけた女性の顔が目の前にあった。

 

 

(知らない…人…助け……?)

 

 

「……」

 

 

 俺は再び意識を手放した。

 

 

 

 

 

 



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4年前 中

 

 

 

ーーーーーー日本海軍本部ーーーーーー

 

 

 楕円形のテーブルが置かれた日本海軍本部のある一室に元帥をはじめとする多くの将たちが集まっていた。彼らの表情はどれも硬いものだった。

 

 

「単刀直入に言う。ついに深海棲艦が日本の本土に攻めて来た」

 

 

「とうとう本土にも……」

 

 

「メディアにもこうなったらごまかせん」

 

 

「状況を教えていただけますか元帥殿」

 

 

「うむ、救護班について行った大淀の話では既に町は破壊されていたらしく、生存者は二人の兄妹だけだ」

 

 

「深海棲艦は既に撤退していたのですか?」

 

 

「……いや、全滅していた」

 

 

「は?」

 

 

「生存者の兄妹の兄の方の話では現場にいた妖精と協力して戦ったそうだ」

 

 

 

部屋中でざわめきが起こる。

 

 

「戦った……?ただの人間がですか?」

 

 

「本土に到達した深海棲艦の艦隊の規模はそれほど大きくなかったとはいえ抵抗してどうにかなるものでは……」

 

 

「調べたが、軍人の血を引いているものの彼はただの一般人だった」

 

 

「それで何故……」

 

 

「だが……艦娘の適性があった。」

 

 

「なっ……!?」

 

 

「それは……」

 

 

「妖精によると指揮官としての大きな才覚も眠っているらしい。すでに妖精と十分な意志疎通が出来る事も分かっておる」

 

 

「なら、彼は……」

 

 

「ああ、儂も彼をただの人間として見てはおらん。我々の窮地にこうして現れた彼は我々の希望になるかもしれん」

 

 

「希望……ですか」

 

 

「儂は彼を海軍に引き入れようと思う。今の我々には戦力が圧倒的に足りていない。反対の者はいるか?……いないようじゃな。では彼の身柄は儂が預かる。また、今回の件は他言無用じゃ」

 

 

「「「了解です!」」」

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

「会議で君の身柄は儂があずかることになった」

 

 

 俺の病室に入るなりそう言った爺さんは海軍の元帥らしい。白の軍帽から覗く猛禽類のような鋭い目と顔のシワが合わさってとてつもなく怖い老人だ。筋肉もあるし。

 

 

「はあ……?」

 

 

「……理解しておるのか?」

 

 

「してますけど」

 

 

「まあ、これからは君たちを儂の養子として扱うことになったということじゃ。外部には公開しないがな」 

 

 

「妹と俺を助けてくれたことは感謝してますけど、俺たちを養子とするということはまだ何かあるのでは?」

 

 

「……君に提督になって欲しい」

 

 

「俺が提督に……?」

 

 

「深海棲艦と艦娘のことは聞いたかね?」

 

 

「大淀さん?……にある程度は聞きましたけど詳しくは聞かされていません」

 

 

「では、改めて話そう」 

 

 

 

ーーーーーー日本で深海棲艦が確認されたのは今からちょうど一年前じゃ。最初にヤツらの被害にあったのは日米間の輸送船じゃった。ある日突然アメリカからの物資が日本に届かなくなっての、次にアメリカへ向かった航空機までも行方不明になる事件が起こった。何かあったのだろうと日本政府はアメリカ政府に確認の連絡をしたんじゃが……返事は返ってこなかった。さらにアメリカ以外の国との間にも同じようなことが起こり始めたのじゃ。困った政府は衛星を使ってアメリカの姿を見た。そしてアメリカの現状を知ってしまった。

 ……アメリカはすでに滅んでいたんじゃよ。さらに日本の近海で謎の生物が確認され始めた。日本政府は大パニックじゃ。現れた謎の生物は日本の船や飛行機を襲って沈め始めたのじゃからな。しかもどんな武器を使っても全然倒せないし効いていない。ますますパニックになった。日本は制海権と制空権を奪われたんじゃよ。政府は国民が混乱することを恐れて黙っていたがな……誰もが世界の終わりを予想した。

 

 

 が、ここで人類側に変化が起こる。各地に妖精が現れ始めた。なぜか見える者と見えない者がいるその謎の生命体たちは政府に深海棲艦についてこう言った。

 

 

『アレは戦争で悔いや恨みを残して沈んだ軍艦の魂の成れの果てです。負の感情の塊であるアレらには同じく軍艦の魂を持ったものでないと倒すことなどできません。私たちはあなたたちに力を貸すためにやってきました』

 

 

そして彼らは艦娘をつくった。

 

 

 

艦娘についても説明しておこうかの。

 

 

在りし日の軍艦の魂を込めた艤装と人間を組み合わせたものが艦娘じゃ。なぜか男性には適性がないらしく、被検体には孤児や軍の女性からの希望者などがなった。艤装に同調した人間の中に軍艦の魂が宿った彼女たちは水上を移動することができ、軍艦と同威力の兵器を持っていた。政府は彼女たちを使って奪われた制海権と制空権の奪還に乗り出した……じゃがここで問題が発生する。艦娘の消費が激しすぎたんじゃ。日本には彼女たちを指揮する有能な指揮官が数えるほどしかいなかったのじゃ。艦娘は次々と沈み、死者は増えていった。艦娘候補の女性も減っていく一方で政府は妖精たちにダメ元でこう頼んでみたのじゃ

 

 

ーーーーーー艤装を装着する艦娘の本体も資材でつくれませんか?

 

 

 妖精はこれを受け、艦娘をつくった。つくってしまったんじゃ。資材と新たに追加された材料で初めから人間と艤装をセットでな……

 それから艦娘の数は増え、徐々に制海権と制空権を取り返し始めたのじゃ。

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

「……資材から人間をつくった?」

 

 

「そうじゃ。そして生まれた彼女たちには自我があり感情もあった」

 

 

「それって……」

 

 

「妖精は資材と材料さえあれば何度でも同じ艦娘を建造することができる。記憶などは引き継がないがな」

 

 

「艦娘は……」

 

 

「今では艦娘を完全に兵器として扱う人間も少なくはない。なにせ、代わりがいくらでもいるのでな……そういう考えの者も出てくる」

 

 

「兵器……なんですか?」

 

 

「ふむ?」

 

 

「あなたにとって艦娘は兵器なんですか?」

 

 

「……」

 

 

「……」

 

 

「……艦娘をつくる資材につけ加えるようになった材料は何だと思う?」

 

 

「……分かりません」

 

 

「一部を紹介するとアンモニアや、炭素、硫黄などだ」

 

 

「……それが何か?」

 

 

「他にも色々あるが、ある共通点がある」

 

 

「共通点……」

 

 

「すべて人間の体のどこかに存在する物質だ」

 

 

「……ッ!」

 

 

「さらに儂の部下の研究員の調べでは、艦娘の寿命は人間と同じであり生殖機能もある。体の構造も完全に人間のそれと同じで歳もとるらしい」

 

 

「じゃあ艦娘は……」

 

 

「艤装を扱えるという事以外は本物の人間となんら変わりはない。儂は彼女たちを兵器として見ることなど出来 んよ……」

 

 

「このことを他の人たちは知っているんですか?」

 

 

「知っているのは儂と君と儂の部下の研究員だけじゃ。材料についても誰にも教えるなと妖精たちにキツく言われていてな。教えたら協力をやめると言っていたよ。実際、艦娘がいなければ既に日本は滅んでいる。どれだけ倫理に反することだとしても止められないのじゃ。それに……」

 

 

「それに?」

 

 

「彼女たちが言うんじゃよ。

 

 

ーーーーーーまた日本のために戦うことができて幸せです

 

 

ーーーーーー人と触れ合える日がくるなんて!

 

 

ーーーーーー陸上へ上がれるなんて最高です!

 

 

ーーーーーー食べ物ってこんなおいしかったんですね!

 

 

ーーーーーーこんなに笑顔の多い日本を見れて嬉しいです

 

 

                       とな」

 

 

「……」

 

 

「儂は彼女たちに今の日本をもっとみせてやりたいし触れさせてやりたいし楽しんで欲しい。そのためにもこの戦争を終わらせたいと思っている。これが儂の本心じゃ」

 

 

「艦娘たちがそんなことを……」

 

 

「君も彼女たちに会えばきっと同じように考えるじゃろう。艦娘が増えたと言っても、今回君たちが襲われてしまったように実際のところの戦況は芳しくないのだ。力を貸してくれないか?」

 

 

「俺の力が彼女たちの助けなるなら」

 

 

「君は優しいのじゃな、普通会ったこともない他人のためにそこまで尽くそうとする人間はいないよ」

 

 

「確かにそうですが、俺には妹がいます。聞いた話では妹と同じかそれ以上に若い少女たちも艦娘にはいるのでしょう?他人事とは思えません」

 

 

「そうか。確か君は大学に合格したばかりの少年じゃったな……君の将来の夢はなんだったんじゃ?」

 

 

「……教師です」

 

 

「ふふ、そうじゃったのか。ならば彼女たちを導いてやってくれるか?」

 

 

「はい!」

 

 

「よろしい!ただいまより君を横須賀第二支部の提督に命じる!階級は少佐だ!この国ため、彼女たちのため共に戦ってくれ!!」

 

 

 この日、俺は提督になった。

 

 

 

 

 

 




たいてい場合、元帥はちょっと悪い役が多いですがこの作品の元帥はこんな感じです。


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4年前 下

 

 

 

 元帥から提督に任命された俺はさすがにすぐに鎮守府へと行く訳にもいかず、彼の元で海軍のことや艦隊運営の知識などを学んでいた。

 

 

「君は物覚えが良いのう」

 

 

「元帥の教え方が上手いだけだと思いますけど……」

 

 

「ほっほ、嬉しいことを言ってくれるな」

 

 

 実際元帥は教えるのが上手い。教育者志望としては見習いたいところだ。海軍元帥の名は伊達ではないらしい。

 

 

「……君は手がかからないから助かるよ」

 

 

「妹が何か?」

 

 

「君の妹君が自分も海軍に入隊すると言ってきかないんじゃよ」

 

 

「まだ言ってるのかアイツ……」

 

 

 俺と一緒に助けられた妹は俺が海軍に入隊したことを知るとすぐに自分も!と言い出したのである。一度俺も説得に行ったのだが、「お父さんたちの仇でもある深海悽艦を放っておけない」と言い返して来た。多分俺のことが心配なのだろう。

 

 

「もう認めてやった方がいいと思うのじゃが」

 

 

「できればアイツには普通の暮らしを送って欲しいのですが……」

 

 

「こんな事に巻き込まれて普通に戻れと言われても無理じゃろう」

 

 

「まあ、もう少し粘って説得してみて下さい」

 

 

「言っても無駄じゃろうけどな。ところで君に伝える事があるんじゃ」

 

 

「……何でしょうか?」

 

 

「私は確かに君を提督に任命したんじゃが、やはり周りの者たちの目もあるから君には提督としての仕事を行いながら士官学校へ行ってもらいたいんじゃ。さすがに元々ただの一般人をすぐに提督にしたとあっては周りの反発もあるだろうしの。君には士官学校を卒業してもらう必要がある」

 

 

「なるほど。それもそうですね。ん?……そういう理由ならば提督としての仕事は今はできないんじゃ?」

 

 

「鎮守府で提督として働く際には変装で姿と声を変えてもらうつもりじゃ」

 

 

 ニヤリと元帥が笑う。

 

 

「変装ってそんなのどうやって……」

 

 

「妖精の力を借りるんじゃよ」

 

 

『マカセテ!!』

 

 

「うわっ!?」

 

 

「この子が手を貸してくれるそうじゃ」

 

 

「あっ、この子はあの時の妖精さんですか!」

 

 

「君の専属妖精じゃよ」

 

 

「よろしくな妖精さん」

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 それからはいろいろなことがあった。まず、元帥に言われて入った士官学校では既に深海悽艦と艦娘についての教育が行われていた。俺たちが襲われた段階で日本全国に深海悽艦と艦娘の存在は発表されていたらしい。大本営にいたせいで知らなかったが日本中で大パニックが起こったそうだ。

 元帥に教わっていたおかげもあって授業には難なくついていくことはできたし、武術に関しても剣道の経験が役に立った。成績は優秀な方だったと思う。友達も何人かできた。

 しかし、授業中であろうと緊急の連絡が入ったら学校を早退しなければならなかった。俺には提督としての仕事もあったからだ。提督として横須賀第二支部へ行く時は妖精によって野木 勇という架空の人物に変装させられた。ちなみに変装した俺は伊達メガネをかけた中年のおっさんになる。元帥に見せたときは大笑いされた。

 提督としての仕事はなかなか慣れなくて大変だったが艦娘たちに支えられなんとかできていたと思う。俺の派遣された横須賀第二支部はとても規模の小さい小隊しかいないのだが、精鋭揃いでたくさんの思い出ができた。

 そして士官学校へ入学して4年後、成績優秀者の上位数名に入っていた俺は他の成績優秀者同様各鎮守府へ派遣されることになった。度々早退、欠席を繰り返していた俺はテストで点を稼いでもそのせいで成績優秀者と言ってもその中でも最下位だった。提督になるにはこの成績優秀者の中に入ることが不可欠らしく、最下位だったが入っていたことを聞いたときは小躍りした。生活費や学費なども元帥出してもらっていたのだ、入っていなかったら土下座どころでは済まない。

 そして派遣される鎮守府の発表の時がやって来た。

 

 

 

 

 

「それではこれから君たちが着任する鎮守府を発表する」

 

 

 俺たちは教官によって校長室へと集められ、そこで自分が着任することになる鎮守府の発表を待っていた。

 

 

「なお、任命は元帥閣下が行う!」

 

 

 元帥が全員を提督に任命していく中、俺はぼんやりとこれから本当の意味で着任することになるであろう横須賀第二支部のみんなの反応は一体どんなものだろうかと考えていた。アイツらびっくりするだろうな……

 

 

「次!飯野勇樹!前へ!」

 

 

 おっと、俺の番か

 

 

「飯野勇樹少佐を佐世保鎮守府の提督に任命する!!」

 

 

 ざわめきが起こった。あれ?聞き間違えか?横須賀第二支部じゃないのか!?しかも佐世保って確か……

 

 

「おい、佐世保って……」

 

 

「アイツあんなところにとばされるのか……可哀想

に……」

 

 

「あそこって今、鎮守府として機能してないんじゃ」

 

 

 ……任命式が終わり次第元帥に聞こう。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

「どうして俺が佐世保鎮守府の提督に任命されたんですか?」

 

 

「佐世保鎮守府が今まともに機能していないことは知っておるじゃろう?」

 

 

「大規模な深海悽艦の艦隊による奇襲を受けて壊滅したと聞いております」

 

 

「そんなに固くならんでよい。佐世保鎮守府は日本の鎮守府の中でもトップクラスの知名度を誇る場所じゃ。そんな所が壊滅して無くなったとなれば国民や軍の士気が下がってしまってしまうからというのが理由じゃ」

 

 

「俺である必要はないのでは?」

 

 

「壊滅した大規模な鎮守府を立て直すなんて大仕事を任せられる人物は現在の所お前ぐらいしか心当たりが無くての。《東国の鬼神》と言われたお前に任せたい」

 

 

「……俺は何もしていません。彼女たちの実力でそう呼ばれているだけです」

 

 

「ほっほ、そういうことにしておこうかの。で、受けてくれるかの?」

 

 

「受けましょう」

 

 

 元帥の頼みだし断る理由もあまりないので結局受けることにした。

 これから大変そうだな……

 

 

 

 

 

 




次回からやっと本編入ります。


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第1章 VSブラック鎮守府ー皐月と榛名との出会いー
捨て艦


もう1人の主人公。


 

 

 

 目覚ましの鳴る音で目を覚ます。ゆっくりと体を起こし、大きく伸びをする。時刻は午前6時。起きなくてはいけない時間なのだが布団から出る気力がない。諦めて寝ることにした。

 

 

 ……おかしい

 

 

 いつもならここで電がやって来て布団をはがそうとしてくるはずだ。

 

 

「まさか、電のやつまだ寝てるのか?」

 

 

 佐世保鎮守府に着任してから一週間たったが彼女が時間に遅れるなどということは一度もなかった。

 

 

「昨日はけっこう遅くまで頑張らせちゃったからなあ」

 

 

 佐世保鎮守府復旧に関する書類は何故か提出期限が短い物が多く、昨日も俺と電は書類の整理に追われていたのである。今のところ書類を整理した記憶しかない。いい加減に出撃とかしないとマズい気がする。しばらくするとドタドタと足音が聞こえてきた。扉が勢いよく開かれる。

 

 

「ご、ごめんなさいなのです!電は寝坊しちゃって、あの、その!」

 

 

「いや、別に怒ってないから安心しろ。悪かったな昨日は遅くまで」

 

 

「いえ、電こそ司令官さんに仕事のほとんどをやってもらってしまって申し訳ないのです……」

 

 

「いや、十分やってくれてるよ。今日は特に期限の迫った書類もないし鎮守府の正面海域に出撃してみようと思う」

 

 

「いつ出撃するのですか?」

 

 

「朝食をとってから一時間後でいいか?」

 

 

「了解なのです!」

 

 

 

 

 

 鎮守府正面海域を艤装と呼ばれる大きな兵装を背負った少女が航行していた。明らかに少女の体に不釣り合いなそれを少女は難なく背負っている。キョロキョロと少女は辺りを見渡しながら通信を繋げた。

 

 

「こちら電、鎮守府正面海域に今のところ敵艦は見られないのです」

 

 

『こちら司令部、了解。通信はこのままで頼む』

 

 

「了解なのです!」

 

 

 周囲を警戒しながら電は飯野少佐について考えていた。士官学校を出たばかりの新人さんであるが無理のな

いスケジュールを立てて仕事をきちんとこなしていくので優秀な提督なのだと思う。というか新人とは思えないほど電が教えることはなかった。仕事に慣れているようにも見える。士官学校での成績を聞いてみたが提督になれるメンバーにギリギリ入ったぐらいのレベルだったらしい。今年の新人さんはみんな優秀なのだろうか?

 彼の大きな特徴はやはり電を人間として扱っていることだろう。このことは電も嬉しく思っている。ここに来る前に彼女が秘書艦としての教育を受けていた所で常に彼女たち秘書艦候補の艦娘はお前は兵器だと言い聞かせられていたので実は少し不安だったのだ。だが、彼には自分を兵器として扱おうとする様子は見られない。

 

 

(とっても優しい人なのです)

 

 

 考え事をしていた彼女だったが前方に何かを発見し、停止した。

 

 

「司令官さん、前方に何かを発見したのです」

 

 

『ん?何なのか分かるか?』

 

 

「分からないのです。漂流しているように見えます」

 

 

『……気になるな。近づいて確認してくれ』

 

 

 近づくにつれてそれが見えてきた。黒のスカートとセーラー服をまとい、金髪をツインテールに結んだ少女と周囲に浮かぶ何かの残骸……

 

 

「っ!司令官さん!負傷した艦娘です!」

 

 

『何!?回収できるか?』

 

 

「おそらく駆逐艦なので電でも引っ張っていけるのです!」

 

 

『頼む!俺はドックの手配をして待つ!』

 

 

「了解なのです!」

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 目を覚ますと知らない部屋だった。

 

 

(……ここどこだろう?)

 

 

 自分は今入院服のような物を着ていた。ここは医務室だろうか?辺りを見回すと部屋の出入り口の扉に何か紙が貼ってあることに気づいた。

 

 

(……[目が覚めたら執務室にきてください]?ここは鎮守府?)

 

 

 地図もあったので、それを頼りに少女は執務室へと向かった。 

 

 

 執務室に着き、大きく深呼吸してからノックをする。

 

 

〈どうぞー

 

 

 扉を開けるとそこにいたのは真っ白な海軍の軍服を着た一人の青年だった。軍人としてはかなり若い。黒髪黒目短髪のどこにでもいそうな青年であるが、その目は真っ直ぐで力強さを感じる。きっとこの青年がここの提督なのだろう。

 

 

「し、失礼します」

 

 

「君は……体調の方はどうだ?」

 

 

「も、問題ありません。この度は見ず知らずのボ…私を助けていただきありがとうございます」

 

 

「それはよかった。あと、そんなに堅くならなくていい。うちはそこまで規律の厳しい鎮守府ではないからな。名前と所属を教えてもらえるか?流石に他人の所の艦娘をうちにいつまでも置いておく訳にはいかないからな。出来る限り早くもとの鎮守府に戻れるように手配しよう」

 

 

 そう言われた瞬間、脳裏にフラッシュバックする記憶。ガタガタと体が震えだした。

 

 

(戻る?またあそこに戻るの……?)

 

 

 戻りたくない。嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!体の震えが止まらーーーーーー

 

 

「……え?」

 

 

 気付くと自分は彼に抱き締められていた。

 

 

(暖かい……)

 

 

「すまない。どうやら悪い方の予想が当たったようだな。覚えていないだろうが、寝ている間うわごとのように『捨てられた』だの『死にたくない』だのと言っていたらしいからな。看病していた電からそう聞いたよ」

 

 

「あ、あの……」

 

 

「大丈夫、私は君に危害を加えるつもりはない。もしそうなったら……すぐにこの場で艤装を展開して私を殺せばいい。君の艤装はすでに修理が完了しているぞ」

 

 

 そう言って彼は自分から離れた。体の震えは先程よりも収まっていた。

 

 

「そ、そんなことはしません!」

 

 

「悪いようにはしない。君の所属を教えてくれ」

 

 

「睦月型駆逐艦5番艦の皐月、所属は○○鎮守府です……」

 

 

「分かった。次にここにくるまでの経緯を教えてくれ。……思い出したくないのなら別に話さなくてもいいが」

 

 

「……えっと、あの、もう一度抱き締めてもらってもいいですか?」

 

 

 何を言ってるんだボクは。相手は今日会ったばかりの他人なのに。

 

 

「……失礼するよ」

 

 

「あっ」

 

 

 彼に再び抱き締められるとまたあの心地よい暖かさを感じた。優しく頭もなでられている。どうしてこの人はこんなにも暖かいのだろうか。……この人の所へ最初から着任していたらどんなに幸せだっただろう。

 

 

「辛かっただろう。だが、私は君を助けたいんだ。君のことを教えて欲しい」

 

 

 この人なら本当に助けてくれるかもしれない。ボクはゆっくりと話し始めた。

 

 

 

ーーー

 

 

「あー、また()()()なのか!妖精のやつらめ、使えないガラクタをまた建造しおって」

 

 

 それが建造されたボクが最初に聞いた司令官の言葉だった。

 

 

「え……あの」

 

 

「着任のあいさつなんぞいらん。榛名、こいつを駆逐艦寮へ連れて行け。まったく……駆逐艦なんぞ弾除けにしかならんというのに」

 

 

 忌々げにこちらを見る彼の目はまるで憎い相手でも見ているかのようだった。

 

 

「……行きましょう」

 

 

「はい……」

 

 

 榛名さんに連れられて向かった駆逐艦寮でボクが見たのはボロボロのセーラー服を来た駆逐艦の艦娘たち。どの子も目が死んでいた。 

 

 

「……何…これ」

 

 

 そこから地獄の毎日が始まった。

 

 

 

「弾薬の補給だと?遠征にそんなもの必要なかろう。駆逐艦に補給する弾薬なんぞこの鎮守府にはない」

 

 

 ろくに補給はしてくれなくて

 

 

 

「失敗だあ?しかも他の駆逐艦を庇って失敗しただと!?ふざけとるのか!?」バキッ

 

 

 遠征を失敗すれば暴力を振るわれる。駆逐艦たちが負う傷は深海悽艦よりも提督によってつけられたものの方が多かった。

 

 

 

 ある駆逐艦が提督のもとへ連れていかれたこともあった。気になって跡をつけたボクが見たのは、

 

 

「い、いや!やめてえええっっ!!」

 

 

「ぐっ、この!大人しく足を開かんか!!」

 

 

「て、提督!?何をしているのですか!?お止めください!!」

 

 

「ええい!邪魔するな榛名!」

 

 

「きゃっ」

 

 

 

「……なんで私たちはこんな目に会わなければならないの?」

 

 

「もういやよ……」

 

 

「お願い……私を殺して」

 

 

 

 日ごとに駆逐艦寮の人員は入れ替わっていった。戦場で弾除けとして多くの駆逐艦が沈んでいったのである。そしてとうとうボクの番がやってきた。ろくな装備を持たされず戦艦たちの弾除けとして出撃した先でボクは大破し、仲間たちから見捨てられた。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 淡々と語る皐月の話を聞きながら俺は拳を握りしめていた。ブラック鎮守府がこんなに酷い場所だとは知らなかった。そもそも駆逐艦がガラクタとはなんだ?戦艦や空母や重巡といった主力たちが戦うための資源を集めているのは彼女たちだ。夜戦での強さを考えても艦隊に欠かせない戦力だ。

 

 

「……以上です」

 

 

「よく話してくれた。とりあえずそいつはぶん殴る」

 

 

「うぇっ!?……失礼ですけどあなたの階級は」

 

 

「少佐だ」

 

 

「あの人は中将です」

 

 

「関係ない。そこで待ってろ、今からそこに電話をかける」

 

 

「……はい」

 

 

 各鎮守府の電話番号が書かれたファイルを取りだし目的の鎮守府を探して電話をかけると数秒後に相手が出た。

 

 

『もしもし、こちらは○○鎮守府です』

 

 

「佐世保鎮守府提督の飯野少佐だ。そちらの提督殿は今いるか?」

 

 

『佐世保鎮守府……?失礼ですがそこは壊滅したはずでは……』

 

 

「俺は壊滅した佐世保鎮守府の復旧のために着任した者だ。で、提督はいるのか?」

 

 

『ただいま代わります……』

 

 

 それから一分程待つと相手の提督が出てきた。

 

 

『卑田中将だ。……少佐風情が私に何のようだね?』

 

 

「そちらの鎮守府に所属している睦月型駆逐艦五番艦の皐月をこちらの鎮守府の正面海域にて保護したもので」

 

 

『皐月……?ああ、こないだ出撃した弾除けにいたような気がするな』

 

 

「こちらの鎮守府の艦娘ではないので指示を仰ぎたくて連絡いたしました」

 

 

『別にもらってくれてかまわんよ。弾除けの駆逐艦などいちいち回収する必要はないからな』

 

 

「しかし、彼女は艦隊の戦力として必要な存在だと思いますが」

 

 

『戦力だと?君は駆逐艦が戦艦や空母と並ぶ戦力になると思っているのかね』

 

 

「思っていますが?」

 

 

『やれやれ、これだから新人は……。いいか、駆逐艦は強力な兵装を持たない上に装甲も紙屑同然だ。戦艦や空母と肩を並べることなど出来ん。せいぜい主力艦隊の弾除けになるぐらいしかできない存在なのだよ』

 

 

「本当にそうでしょうか?」

 

 

『何?』

 

 

「駆逐艦には他の艦種にはない速さと夜戦時の強さがあると思います。少なくとも 弾除けとして使うにはもったいない」

 

 

『何が言いたい?』

 

 

「あなたは無能ですねと言いたいだけです」

 

 

『なんだと!?』

 

 

「二週間後に演習を行いませんか?私が皐月を指揮し、駆逐艦の素晴らしさを証明してみせましょう」

 

 

『……いいだろう。貴様を教育してやる』

 

 

「場所はそちらの鎮守府近海でよろしいですか?こちらはまだ着任したばかりで近海の警備もままならないので」

 

 

『かまわん。だが上官がケンカを売ったのだ、お前が負けた場合はそれ相応の罰をうけてもらうぞ』

 

 

「……分かりました。では」

 

 

 電話を切って皐月を見ると顔を真っ青にしていた。そのまま詰めよって来る。

 

 

「な、な、何してるんだよ!?君はバカなの!?」

 

 

「俺はいたって真面目だぞ」

 

 

「中将にケンカを売るなんて正気じゃないよ?」

 

 

「さーて、これから特訓開始だな」

 

 

「というか勝手に決められたけどボクの意思は関係ないの!?」

 

 

「じゃあ聞くが、お前はガラクタ扱いされて腹が立たないのか?見返してやりたくないのか?」

 

 

「そりゃ、見返してやりたいよ……」

 

 

「俺がお前を導いてやる」

 

 

「信じていいのかい?」

 

 

「ああ、若輩者の身だが全力でお前をサポートしてやる」

 

 

「そういえば、言葉遣いが変わってないかい?」

 

 

「お前だってそうだろうが」

 

 

「あっ」

 

 

「はは、これからはお互い本音でいこう。絶対に勝たせてやるよ」

 

 

「はあ……とんでもない人の所へ来ちゃったなあ」

 

 

 

 

 

ーーーーー演習まであと14日

 

 

 

 



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指導者

 

 

 

「てえいっ!」

 

 

「回避なのです!」

 

 

 演習場にて砲雷撃戦を行う皐月と電。砲弾を避けた電に対して皐月は続けて撃とうとするが、

 

 

「まだまだ!……って、あ、弾薬が切れ」

 

 

「なのです」

 

 

「うわあああっっーーー!!」

 

 

 電の魚雷が命中し皐月が水柱に飲まれる。

 

 

「そこまでだ!電の勝ち!2人とも上がってこい」

 

 

「くそー、また負けた!」

 

 

「でも、少しずつ砲撃の精度はあがっているのです」

 

 

「だな」

 

 

「でも勝ててないじゃん……」

 

 

「たまたまなのですよ」ナデナデ

 

 

「上達してるのは確かだ。才能はある」ナデナデ

 

 

「なんで2人して頭をなでるんだよ!?」ナデラレナデラレ

 

 

「「可愛いから(なのです)」」

 

 

「……あぅ」

 

 

 

 演習を申し込んで2日が経った。あれからすぐに皐月と電の特訓を開始した。電の了承を得ずに申し込んでしまったが、『ゆるせないのです。ギャフンと言わせてやるのです!駆逐艦の意地を見せるのです!』と妙に意気込んでいたので問題ないと思う。皐月の話を聞いてかなりご立腹の様子だった。

……とはいえ、電の練度は現在21。皐月に至っては13だ。加えてなんと工廠は今も壊れたまま……このままではとてもじゃないが勝負にならないので、2人の練度と技術力を上げるためにも俺は教育係を呼ぶことにした。

 

 

 

ーーーーーー2日前

 

 

 

「という訳でうちの駆逐艦を鍛えるために教育係として何人か手が空いている艦娘を送ってほしいんだが」

 

 

『……着任して間もないのにいきなりトラブルとは……頭が痛いわい』

 

 

「頼むよじいちゃん」

 

 

『こういうときだけじいちゃんと呼ぶのはどうなんじゃまったく……』

 

 

「お願いします元帥殿」

 

 

『じいちゃんでいいわい。まあ、そのブラック鎮守府のことはこれから証拠を集めてなんとかしようと思う。それについてはよく知らせてくれた』

 

 

「それで、艦娘の派遣の方は……」

 

 

『希望はなんじゃ?』

 

 

「横須賀第二支部の夕立、時雨、飛龍と元帥の所の大和をお願いしたいのですが」

 

 

『これ以上ないメンツじゃな。……ところで、お前は横須賀第二支部の現状を知っておるのか?』

 

 

「え?何かあったのですか?」

 

 

『野木提督……つまりは変装したお前じゃが、彼が鎮守府を去ってからというもの、横須賀第二支部の艦娘たちが無気力になっておるんじゃよ。最近は出撃の拒否すらするようになっとる』

 

 

「あいつらが……?」

 

 

『夕立と時雨と飛龍は無気力ながらも出撃はしてくれるんじゃが戦果は落ちとるし、金剛にいたっては部屋から一向に出てこない始末じゃ。彼女たちも今では日本を代表する主力たちの一角じゃから新たに横須賀第二支部に着任した提督たちもそんな彼女たちに酷い扱いをするわけにもいかず、次々と「自分では彼女たちを扱えません」と辞めていくというのが現状じゃ』

 

 

「そんなことになっていたんですか……」

 

 

『士官学校の4年目でお前は卒業論文の作成のため艦隊の指揮をまったくとらなくなったじゃろう?』

 

 

「確かに休日でも鎮守府には行かなくなってましたけど……まさかその時から?」

 

 

『そうじゃ』

 

 

 横須賀第二支部の提督だった俺だが、士官学校の生徒でもあったため、俺が学校へ通っている間は横須賀第一支部の提督が彼女たちもまとめて指揮していた。だが段々と彼の手が回らなくなり、代理の提督を置くようになっていた。

……そういえば、彼女たちと最後に会ったのはいつだろうか?

 

 

『儂も一時的なものだろうと気にしてなかったのじゃが、ここまでくるとのう……』

 

 

「まさか見習い扱いの提督だった俺をそこまで慕ってくれていたとは……」

 

 

『彼女たちはお前の指揮で戦うのがよっぽど好きじゃったんだろう。戦果も君が指揮をとった時の方が代理提督の時よりも良い』

 

 

「……彼女たちをこの鎮守府に受け入れることはできないのですか?」

 

 

『野木提督の正体を知っておるのはお前さんと儂だけじゃ。世間では今のお前は壊滅した佐世保の復旧を押し付けられた哀れな新人提督という扱いじゃ。しかも士官学校の成績もギリギリのライン……つまり今のお前の指揮下に彼女たちが入るとなると当然反発がおこるじゃろう。彼女たちはそれだけの戦力なのじゃ。自分たちこそが彼女たちの指揮をとる者にふさわしいだろうとお前ともめるような余計な争いを起こしたくはない。それに儂もお前だけを贔屓するわけにはいかん』

 

 

「……今回の演習の結果次第ではどうなりますか?」

 

 

『……む?』

 

 

「つまり今の俺……飯尾勇樹少佐としての実力を周りに認めさせればいいのですね?着任したての少佐が中将クラスに勝ったとなれば評価も高くなるのでは?」

 

 

『それはそうだが……本当に勝てるのか?』

 

 

「やってみせます」

 

 

『……うむ!やってみせろ!艦娘の手配は要望通り行ってやろう』

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 

 

佐世保鎮守府近海に4つの人影があった。

 

 

「……あれが佐世保鎮守府っぽい?」

 

 

「なんていうかボロボロ……本当に機能してるの?」

 

 

「……」

 

 

「どうしたのかしら時雨?」

 

 

「いや……なんでこんなところに僕らが派遣されたのかなって」

 

 

「新人の育成のためでしょう」

 

 

「君のような歴戦の戦艦まで派遣されているんだ。気になるよ」

 

 

「教育対象は駆逐艦二隻だっけ?」

 

 

「そう言われたっぽい」

 

 

「僕らを呼びよせるなんて一体どんな提督なんだろう」

 

 

「まあ、私たちは与えられた任務をこなすだけですよ」

 

 

「……そうだね」

 

 

 

ーーーーーー演習まであと12日

 

 

 



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対空演習

 

 

 

「ようこそ佐世保鎮守へ。俺が提督の飯野勇樹少佐だ。うちの規律は厳しくないから敬語はとくに必要ない。今回は我が鎮守府の新人育成のためによく来てくれた、感謝する」

 

 

「「「「よろしくお願いします」」」」

 

 

 俺は派遣されてきた大和、夕立、時雨、飛龍の4人と対面していた。4人の容姿をそれぞれ述べると、夕立はクリーム色のイヌミミのような癖っ毛のある髪を持ち、赤のリボンがついた黒のセーラー服に白のマフラーのようなものを着ている赤目が特徴的な駆逐艦だ。駆逐艦なのに出るとこが出ている。時雨は髪の片側を三つ編みにしている黒髪の駆逐艦でマフラー以外は夕立と同じセーラー服を着ている。こちらも垂れたイヌミミのような癖っ毛のある髪を持っている。飛龍は頭に日の丸が描かれた鉢巻を巻き、柿色の着物と草色のスカートを着た航空母艦だ。最後の大和は赤いラインが入った白いノースリーブの制服と赤いスカートを着た日本最強と言われている戦艦で、長い髪をポニーテールでまとめている。 

 改めて4人を見てみるが、大和に関しては問題ない。だが夕立、時雨、飛龍の3人は明らかに元気がない。少しやつれているようにも見える。

 

 

「さっそくだが、これから指導を行ってもらいたい。飛龍には対空演習、大和には砲撃演習、夕立と時雨は新人に駆逐艦の戦い方を指導してやってくれ」

 

 

「……あの」

 

 

「……何かな?」

 

 

「私たちってどこかで会ったっぽい?」

 

 

「なぜそう思うんだ?」

 

 

「なんか懐かしい匂いを感じたっぽい」

 

 

「匂い……?」

 

 

 やっぱこいつは犬なのだろうか?俺の変装は匂いに関しても妖精の技術である程度誤魔化せると言われていたんだが。どう答えるべきか……

 

 

「やめなよ夕立、僕と君は長いこと一緒にいるけれどこの人の顔を僕は見たことがないよ」

 

 

「……確かにあの人の顔じゃないっぽい」

 

 

 夕立はシュンと俯きそれ以上何も聞いてこなかった。

……心が痛い。でもここで打ち明けてしまうと彼女たちは間違いなく俺の鎮守府に来ようとするだろう。まずは今回の演習に勝って周りの評価を得ないと彼女たちを受け入れられない。

 

 

「あー……、では演習場へ行くのでついてきてくれ」

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 電と皐月の2人は演習場で飯野を待っていた。

 

 

「どうしたのですか?」

 

 

「いや、司令官が今日から教育係の先輩たちが来るって言ってたじゃないか。どんな人が来るのかなーって」

 

 

「普通なら軽巡洋艦の先輩が来ると思うのです」

 

 

「普通なら?」

 

 

「電たちの司令官はちょっと普通じゃないのです」

 

 

「中将にケンカを平気で売ったりするしね」

 

 

「おーい!お前ら集合だ!」

 

 

「来たみたいだね」

 

 

 2人は声の方へ顔を向けた。

 

 

「あれが教育係の方た……え?」

 

 

「……どう見ても軽巡洋艦に見えないね」

 

 

 

 

 

 

「紹介する。左から戦艦大和、航空母艦の飛龍、駆逐艦の夕立と時雨だ」

 

 

「「大和!?」」

 

 

「驚いたか?」

 

 

「こんな人が来たら驚くに決まってるよ!?」

 

 

「あの、大和さんにも驚きなのですがそちらの3人はもしかして……」

 

 

「ああ、電の考えてることは合ってる。この3人は横須賀第二支部の者だ」

 

 

「〈東国の鬼神〉が率いた横須賀第二支部の四天王の3人なのです……」

 

 

「え?他も有名な人たちなの?」

 

 

「秘書艦の養成所で聞いたことがあるのです」

 

 

「えっと……どんな人たち?」

 

 

「……今から4年ほど前に横須賀第二支部にある人が着任したのです。名前は野木勇。着任当初はただの新人だったのですが徐々に戦果を上げて頭角を現し、多くの大規模作戦の成功に貢献した人なのです。そして、そんな彼には4人の優秀な部下がいたのです。それぞれが〈鬼の金剛〉、〈天の飛龍〉、〈悪夢の夕立〉、〈大天使時雨〉と呼ばれ畏怖されていました。……でも、一年ほど前から彼女たちは急に表舞台に出てこなくなりました」

 

 

「……どうして表舞台から消えたの?」

 

 

「ある日突然野木提督が辞任したらしいのです。本当に辞任したのかは分かりませんが彼の行方は何一つ分からず、指揮官を失った彼女たちは後任の提督たちとも馴染めず、以前のように活躍することはなくなってしまったと聞いているのです」

 

 

「そこまでにしてくれるかな電。ちょっと空気が重い……」 

 

 

「え?あっ……」

 

 

 夕立、時雨、飛龍の3人は俯いていた。

 

 

「ご、ごめんなさい!」

 

 

「……いいさ、実際僕たちはかつてのように戦える自信がない。一応指導はするけど期待しないでくれ」

 

 

「私たちは提督さんに喜んでもらいたくて戦ってただけっぽい……」

 

 

「……多聞丸と同じくらいあの人のことは尊敬してたよ」

 

 

「3人とも、今は落ち込んでる場合ではないわ。私たちの任務を果たしましょう。野木提督もきっとあなたたちが落ち込むことを望まないと思うわ」

 

 

「そんなにすごい人だったんですか?」

 

 

「……優秀な人だったけど、それ以上に僕たちを人間扱いしてくれる優しい人だった」 

 

 

「……」

 

 

「……?どうしたんだい?」 

 

 

 皐月は3人の前に立つと頭を下げた。3人が驚いて皐月を見る。

 

 

「……お願いします。ボクたちを鍛えて下さい!どうしても見返してやりたい奴がいるんだ!それに……ボクを拾ってくれた司令官の優しさに報いたいんだ!」  

 

 

「……拾ってくれた?君はドロップ艦なのかい?」

 

 

「捨て艦です。ボクは前の司令官に主力艦の弾除けにされて最終的に見捨てられました。でも、今の司令官はこんなボクのことを大事な戦力だと言ってくれてボクに優しくしてくれたんです」

 

 

「電たちの司令官も艦娘を人間扱いしてくれる優しい人なのですよ」

 

 

 時雨が飯野をジッと見つめた。

 

 

「君にとって艦娘とはなんだい」

 

 

「戦う能力をもった人間以外の何者でもない」

 

 

「……ふふ、あの人と同じことを言うんだね」

 

 

「気に障ったか?」

 

 

「いいや、君のように艦娘に慕われている人に会えて嬉しく思うよ」

 

 

 ほんの少しだが時雨の纏う雰囲気がやわらかくなる。

 

 

「……ボクたちを本気で鍛えていただけますか?」

 

 

「うん……気が変わった。僕たちなんかの指導でいいならいくらでもやってあげるよ」

 

 

「夕立も協力するっぽい」

 

 

「時雨たちが本気でやるなら私も本気で指導してあげるよ」

 

 

「ありがとうございます!」

 

 

「……よし!では、さっそく位置についてくれ!」

 

 

「「「「「「了解!!」」」」」」

 

 

 

 

 

 

「こちら時雨、配置についたよ」

 

 

『分かった。ではこれより対空演習を始める!』

 

 

「皐月と電の2人はまず僕と夕立が手本を見せるからそこで見ててね」

 

 

「「はい!!」」

 

 

『行くわよ時雨、夕立。攻撃隊発艦始め!』

 

 

 飛龍の掛け声とともに艦攻、艦爆の艦載機が飛び立ち時雨と夕立に襲いかかる。

 

 

「夕立、左は任せたよ」

 

 

「っぽい!」

 

 

 迫り来る艦載機を時雨と夕立が機銃で迎撃する。機銃の砲身が不規則な艦載機の動きを捉え、次々と撃墜していく。ある艦載機の左翼に当たった銃弾が続けて他の艦載機の尾翼に当たり連鎖爆発を起こし、他の艦載機を巻き込んで墜落する。順調に艦載機の数を減らしていた2人だが、突然艦載機たちの動きが変わった。

 

 

「危ないのです!」

 

 

「っ!ぽいっ!」

 

 

「えっ」

 

 

 しかし夕立が突然魚雷を空中へ放り投げそれを銃撃した。爆発が起こり煙が夕立と時雨の姿を一瞬だけ隠し、その隙に二人は立ち位置を変える。

 

 

「ありがとう夕立。これで終わりだよ!」

 

 

 残った艦載機が撃墜された。

 

 

「む、無茶苦茶なのです」

 

 

 最後の艦載の撃墜を確認し、二人は電たちのもとへやってきた。

 

 

「どうだい参考になったかい?」 

 

 

「す、すごかったよ」

 

 

「並みの戦艦や重巡以上の対空能力なのです……」

 

 

「ふふん、褒められて悪い気はしないっぽい!」

 

 

「魚雷にあんな使い方があったのか・・・・・・」

 

 

「皐月ちゃん、普通は誰もあんなふうに使おうとは思わないのです」

 

 

「野木提督に『君たちは艦である前に人間なんだ。今までの常識にとらわれないほうがいんじゃないかな』って言われてから覚えた技っぽい」

 

 

「今までの常識にとらわれない……ですか」

 

 

「これはこういうものだ~ていう固定概念を無くせってことかな?」

 

 

「そういうことだね」

 

 

「次は皐月たちの番っぽい」

 

 

「よーし!」

 

 

「なのです!」

 

 

『2人とも準備はいいかー?』

 

 

「「はい!」」

 

 

『いくよっ!攻撃隊発艦始め!!』

 

 

 飛龍の艦載機が迫る。皐月たちは艦載機に機銃の砲身を向け構えた。

 

 

「てえええい!」

 

 

「なのです!」

 

 

 2人は機銃を掃射する……が、

 

 

「え、嘘……」

 

 

「一つも当たらないのです……」

 

 

 艦載機たちは機銃にかすりもせずに2人へと迫る。

 

 

「マズい!!攻撃圏内だ!!」

 

 

「か、回避なのです!!」

 

 

 しかし、一機も撃ち落とされていない艦載機の攻撃からは逃げられず、電が被弾した。

 

 

「はにゃーー!?」

 

 

「電!」

 

 

「電のことは気にしないで欲しいのです!」

 

 

「くそっ、なんで当たらないんだよ!」

 

 

 艦載機たちは変幻自在に飛び回って機銃を回避する。皐月は必死で機銃を当てる方法を考えていた。

 

 

(さっきから一向に当たる気配がない……。艦載機たちの動きに追い付けない!どうすればあの動きに追い付けるんだ!?)

 

 

「……」

 

 

(追い付けない……いや、待てよ?()()()()()()()……もしかして!!)

 

 

「当たれええっ!」

 

 

 艦載機に皐月の機銃がヒットした。

 

 

「……へぇ」

 

 

「当たったっぽい!」

 

 

「皐月ちゃん、すごいのです!!」

 

 

「へへん、どんなもんだい!」

 

 

『気を抜くのは感心しないよー』

 

 

「えっ?うわあっ!?」

 

 

「皐月ちゃん!?」

 

 

『そこまで!演習終了だ』

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 

 

「戦闘中に油断なんてしちゃダメよ?」

 

 

「ごめんなさい」

 

 

「まあ、5人ともお疲れ様。油断をしたのは良くないが、初めての対空演習で飛龍の艦載機を撃墜したのは見事だったぞ皐月」ナデナデ

 

 

「えっ?あ、ありがとう……」ナデラレナデラレ

 

 

「確かに飛龍の艦載機を初見で撃墜するなんてたいしたものだよ。皐月は才能があるよ」ナデナデ

 

 

「よくやったっぽい!」ナデナデ

 

 

「私も本気を出していないとはいえ、撃墜されるとは思わなかったわ」ナデナデ

 

 

「電は一つも当てられなかったのに、皐月ちゃんはすごいです!!」ナデナデ

 

 

「な、何でみんなしてボクをなでるのさ!?」

 

 

「「「「「可愛いからに決まってるじゃないか」」」」」

 

 

「あうう……」

 

 

「……そういえば、皐月ちゃんはどうやって飛龍さんの艦載機に機銃を当てたのですか?」

 

 

「……機銃の砲身を艦載機を追いかけるように動かしても追い付けないから逆転の発想で艦載機を待ち構えることにしたんだよ。艦載機の動きから通りそうな場所を予想してそこへ砲身を向けて、通るタイミングで引き金を引いただけだよ」

 

 

「あっ……なるほどなのです」

 

 

「それが正しい対空戦闘だよ。ただ、どの辺を通るのかと艦載機の動きを予想すること自体がなかなかできることじゃない。いいカンをもってるよ」

 

 

「夕立もそう思うっぽい!」

 

 

「誇っていいわよ」

 

 

「ありがとうございます!」

 

 

「というか基本的なやり方ぐらい提督に聞いてないの?」

 

 

「うぐっ、すまん……てっきり知っているものだとばかり」

 

 

「かつての軍艦の魂を持っていると言っても、艦娘によっては戦い方を詳しく覚えている娘とそうでない娘がいるからね」

 

 

「皐月ちゃんたちは覚えてないタイプだったみたいだね」

 

 

「建造の工程でそういう事が起こると学校で習ったな」

 

 

「まあ、上手くいったのでよしとします」

 

 

「すまんな皐月、電」

 

 

「別に気にしてないよ」

 

 

「電もです。……ところで大和さんはどこに行ったのです?」

 

 

「彼女には夕食の準備を頼んでいる」

 

 

「あれ?ここには間宮や伊良湖はいないのかい?」

 

 

「残念ながらいない。我慢してくれ」

 

 

 

「皆さーん!夕食の準備が出来ましたよー!」

 

 

 

「では行こうか。実は君たちのために俺特製のシフォンケーキを作ってあるんだ。よかったら食後に食べてくれ」

 

 

「ケーキがあるっぽい!?」

 

 

「いいわね!」

 

 

「司令官って料理できたのかい!?」

 

 

「普段は電に作ってもらってるが、多少はな」

 

 

「なら、普段から作って欲しいのです」

 

 

「仕事があるだろうが」

 

 

「ここでの仕事はもう覚えたので、司令官さんが作るときは電が仕事を代わるのです」

 

 

「たいしたもんは作れんぞ?」

 

 

「シフォンケーキを食べてから判断するのです」

 

 

「みんな早く行こうよ!」

 

 

 

「……」

 

 

「……?時雨、どうしたっぽい?」

 

 

「いや、なんだか懐かしい空気だなって思って……」

 

 

 

「夕立たちも早く来いよー!」

 

 

「今行くよ!」

 

 

 

 

 

 余談だがシフォンケーキはめちゃくちゃうまかったらしい。

 

 

 

 

 

ーーーーーー演習まであと12日

 

 

 



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戦艦の射程

 

 

 

 時雨たちが来てから5日が経った。

 

 

「2人ともすっかり対空戦ができるようになったね」

 

 

「最初の頃とは大違いっぽい!」

 

 

「時雨さんたちがお手本として優秀なだけだよ……」

 

 

「電たちは見よう見まねでやっているだけなのです」

 

 

「いや、艦載機に攻撃が当たるようになってるし、間違いなく強くなってるよ」

 

 

「嫌というほど練習したからね……」

 

 

「2日目以降はスパルタだったのです……」

 

 

「1日中爆撃されてボク死ぬかと思った」

 

 

「トラウマになりそうなのです」

 

 

「ははは」

 

 

「時雨ちゃんも夕立ちゃんも最近よく笑うようになったのです」

 

 

「え?」

 

 

「あー、確かに最初と比べると表情がやわらかくなったよね」

 

 

「きっと君たちと提督のおかげだね」

 

 

「ぽい!」

 

 

「ボクたちのおかげ?」

 

 

「君たちとここの提督といると野木提督といたときに感じた心地よさと同じものを感じるんだ。そのせいか、ここに来てから体もあの頃と同じように動くようになってきたし」

 

 

「あれだけ動けて完全じゃないんだ……」

 

 

「ここは居心地がいいっぽい!」

 

 

「ふふ、気に入ってくれてなによりなのです」

 

 

「さて、早く提督の所へ行こうか」

 

 

 

 

 

「ふむ、対空戦についてはもう合格レベルだということか?」

 

 

「うん。そろそろ砲雷撃戦の訓練をするべきだよ」

 

 

「とうとう大和の出番ですね!」

 

 

「嗚呼、今日から資材が溶けるな……」   

 

 

「大和さん、よろしくお願いします!」

 

 

「お願いするのです!」

 

 

「任せて!あなたたちを一人前にしてあげるわ!」

 

 

「いや、張り切らなくて大丈夫だ……」

 

 

「飯野提督はちょっと黙ろうか」

 

 

「時雨が辛辣に」

 

 

「資材なんてどうでもいいじゃないですか」

 

 

「飛龍、君は大和の燃費の悪さを知らんのか」

 

 

「いいからさっさと始めるのです」

 

 

「電!?」

 

 

「ぽい?」

 

 

「夕立、君だけが癒やしだ……」

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

「えー、まず最初に遠距離から飛んでくる砲弾の回避を練習してもらう。今回大和が使うのはペイント弾だ……当たるとけっこう痛いがな。君たちがスタート地点から大和の砲撃をかわしながら砲雷撃戦の距離まで近づくことが出来ればこの訓練は合格だ」

 

 

「絶対当たりたくないや」

 

 

「なのです」

 

 

「同感かな」

 

 

「ワクワクするっぽい」

 

 

「では配置に付いてくれ」

 

 

 

 

 

 

「え?こんな距離から?」

 

 

「これが大和の射程だよ」

 

 

「艦娘の大和さんの射程は2,30kmぐらいだと言われているけど、命中精度が低いからそれはやらないっぽい」

 

 

「大和さんの姿が見えないのです・・・・・・」

 

 

『今回は15kmで行う。では始め!』

 

 

 合図ととも4人は全速で進み始めた。しばらくして時雨が全員に言う。

 

 

「……10時の方向に大和さんの水上機を発見したよ。すでに見つかってる。来るよっ!」

 

 

「えっまだ2kmしか進んでないよ!?」

 

 

「これが戦艦の射程だよ!!」

 

 

「砲弾が見え…」

 

 

「早く回避するっぽい!」

 

 

 凄まじい轟音とともに砲弾が4人のそばへ落ち、遅れて砲撃音が聞こえてくる。

 

 

「ほ、砲弾が見えてから着弾までが想像以上に早いのです」

 

 

「2人とも目を凝らして耳をすますんだ!近くに来れば風切り音くらいは聞こえるはずだ」

 

 

「……見えたっ!」

 

 

「回避ーーーっっ!!」

 

 

「はにゃっ!?」

 

 

 着弾の水しぶきで電の姿が見えなくなる。

 

 

「大丈夫っぽい!?」

 

 

「うぅ……ごめんなさいなのです」

 

 

 再び電の姿が見えるようになると、彼女の体にはペイントがついていた。判定は中破だ。

 

 

「至近弾でこれなのか……電、大丈夫?」

 

 

「だ、大丈夫なのです」

 

 

「うーん、そろそろ本気でアシストしないと大和さんの所へはたどり着けそうにないね」

 

 

「どういうこと?」

 

 

「最初から僕たちの指示で動いていたら成長しないだろうと思ってね。でもこれからは指示を出すからその通りに動いてくれ」

 

 

「分かった」

 

 

「……2時の方向へ回避!」

 

 

「「「了解!!(なのです)」」」

 

 

 4人が動くとすぐに砲弾が4人の背後に落ちたが、至近弾というほど近くではなかった。

 

 

「さっきよりも余裕がある……」

 

 

「近付くほど余裕はなくなるっぽい」

 

 

「10時の方向へ回避!」

 

 

 砲撃をかわしながら4人は大和のもとへと進む。時雨が指示を出し始めてから4人に被弾はない。皐月は時雨の読みの正確さに驚愕していた。

 

 

(砲弾が見える前から指示を出してる……まるで最初からどこに飛んでくるか分かってるみたいだ)

 

 

「あと少しだ!」

 

 

(驚いてる場合じゃない。この技術をボクも身につけないと!)

 

 

「時雨ちゃんはすごいのです!」

 

 

(集中だ。感覚を研ぎ澄まして……何だ?変な感覚が……)

 

 

「次は」

 

 

「10時の方向……?」

 

 

「!……正解だ皐月」

 

 

 砲弾をかわし続ける。皐月は感覚と着弾の様子について考えていた。

 

 

(この感覚は……2時の方向?)

 

 

「2時の方向へ回避!」

 

 

 時雨はそんな皐月の様子を時々見ていた。

 

 

(僕の指示の前から動き始めてる……)

 

 

「ふふ……」

 

 

「時雨どうしたっぽい?」

 

 

「なんでもないよ。っと、11時の方向へ回避!」

 

 

 そんな中、大和の放つ砲弾の数が増えていく。だが、4人の目に大和の姿が見えてきた。

 

 

「さあ、ここからが勝負だ。今まで以上に激しい砲弾の雨が来るよ!!」

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

「みんなお疲れ様」

 

 

「ふふふ、どうだったかしら私の砲撃は?」

 

 

 最終的に時雨と夕立は中破判定で皐月と電は大破判定となっていた。皐月と電は地面に大の字で倒れ動かない。

 

 

「やっぱり大和の砲撃はすごかったよ」

 

 

「楽しかったっぽい!」

 

 

「……動けないのですぅ」

 

 

「……ペイント弾なのにものすごく痛かったよ」

 

 

「あとどのくらいまで近付ければよかったのですか?」

 

 

「あと50mで砲雷撃戦の範囲だったぞ」

 

 

「そ、そんな……」

 

 

「十分合格のラインなんだがな。そもそもこの大和は日本海軍の中でも有名な大和だ。姿の見えない距離から驚異的な命中率で相手を仕留め、近付けば近付くほど凄まじい砲弾の雨を降らし相手を寄せ付けないことから〈元帥の盾〉と呼ばれている人だ」

 

 

「完全に本気という訳ではなかったけど時雨たちがいなければ2人とも開始してすぐに大破していたと思うわ」

 

 

「あれで本気じゃなかったの!?」

 

 

「……大和さんといい、時雨ちゃんたちといいなぜこんなすごい人たちを司令官さんは呼び寄せることができたのですか?」

 

 

「それは僕たちも気になるな」

 

 

「た、たまたま伝手があっただけだ」

 

 

「……ふーん」

 

 

「まあ、そのうち分かると言っておく」

 

 

「まあそういうことにしておくよ」

 

 

「ありがとう」

 

 

「……こんな人たちに鍛えてもらえるなんてボクたちってけっこう幸せ者なのかもね」

 

 

「僕たちが指導しているからっていうのもあるけど皐月の成長ぶりに関しては皐月自身の才能もある」

 

 

「そうなのか?」

 

 

「皐月は物覚えが早いというか、自分の力を引き出すのがうまい。普通、頭で考えてもその通りに動くのは難しいはず……なのに皐月はそれができているように見えるんだ。天才肌っていうのかなこういうの」

 

 

「時雨が認めるなんてすごいな。さすがだな皐月」ナデナデ

 

 

「まだまだ未熟だけどね」ナデナデ

 

 

「夕立も認めるっぽい!」ナデナデ

 

 

「電も負けていられないのです!」ナデナデ

 

 

「とてもやりがいがあるわ」ナデナデ

 

 

「う、う……ええい!みんなしてなでないでよまったく!」ナデラレナデラレ

 

 

「と、言いつつも抵抗しないんだな」

 

 

 

「夕食ができたわよー!」

 

 

 

「今日の料理担当は飛龍か」

 

 

「それじゃ、今日はここまでだ!皐月、電の2人は大和に運んでもらえ」

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 夕食後、俺は執務室で今日の訓練の結果をまとめていた。改めて内容に目を通す。……皐月の成長ぶりがすごい。対空戦における撃墜数は日に日に増えているし、時雨の話では今回の大和との訓練では途中から時雨の指示よりも先に動き出して砲弾を回避していたらしい。

 

 

「こりゃとんでもない逸材かもしれん」

 

 

 突然扉をノックする音が聞こえ、俺は資料から目を離し扉を見つめた。

 

 

「失礼するよ司令官……」

 

 

 入ってきたのは皐月だった。

 

 

「どうした?何かあったのか?」

 

 

「教えて欲しいことがあるんだ」

 

 

「言ってみろ」

 

 

「……今日の大和さんとの訓練のことなんだけど、途中まではなんとか回避出来ていたんだ。でも、砲雷撃戦の距離に近付くにつれてどうやっても回避できないと感じる砲弾が出てきたんだ……」

 

 

「相手は歴戦の大和だ。仕方がないだろう」

 

 

「でも、演習相手の卑田中将の鎮守府にも戦艦や重巡がたくさんいる。よけられないなんて言ってられないんだ」

 

 

「それで?」

 

 

「よけることが出来ない砲弾をなんとかする方法を教えて欲しいんだ」

 

 

「なるほど……」

 

 

「何か無いかい?強くなってるのは確かだけど今のままじゃあの鎮守府には勝てないと思う。無理なお願いだとは思うけれど……」

 

 

「いくつかある」

 

 

「えっ」

 

 

「簡単な話、砲弾をよけなければいい」

 

 

「ど、どういうこと?」

 

 

「時雨たちを含めた横須賀第二支部の四天王の最後の1人を覚えているか?」

 

 

「確か……〈鬼の金剛〉さんだっけ?」

 

 

「彼女は回避の間に合わない砲弾を手で弾いていたよ」

 

 

「そんなことが出来るの!?」

 

 

「きちんと受け流さないと爆発して大惨事になるがな」

 

 

 失敗してアフロになった金剛を見て笑った覚えがある。

 

 

「……でもボクの場合は駆逐艦だしそれはできないよ」

 

 

「いっそのこと刀なんかで斬り飛ばせばいい。お前は砲撃の精度が特別高いわけではないし、まだ3次元的な動きが出来る訳ではないから他の方法はおすすめしない」

 

 

「他の方法が気になるけど、斬り飛ばすってそんなこと出来るのかい?」

 

 

「出来る」

 

 

「なんで断言できるの……」

 

 

「やったことがある」

 

 

「えっと……誰が?」

 

 

「俺が」

 

 

「君は本当に人間かい!?」

 

 

 若干引かれてちょっぴり傷ついた。

 

 

(確かに自分でもおかしい思うけれども……)

 

 

「人間だよ。どうだ、やってみるか?」

 

 

「本気?」

 

 

「冗談は言っていない」

 

 

「……教えて下さい」

 

 

「本当にお前は頑張り屋だな」

 

 

「中将を見返してやりたいのもあるけどそれ以上にボクはあなたの優しさに報いたい」

 

 

「別に俺のために戦う必要はないぞ」

 

 

「ここでの毎日は楽しいし、何よりボクは君が大好きだからね」

 

 

 そう言って皐月が俺に笑顔を向ける。自然と頬が熱くなった。

 

 

「……そうか」

 

 

「あ、照れてるのかい?可愛いね!」

 

 

「お前の方が可愛いよ」

 

 

「うぇっ!?//////」

 

 

 さて、可愛い可愛いこいつのために最高の刀を用意せねば。

 

 

 

 

 

ーーーーーー演習まであと7日

 

 

 




 皐月は可愛い。


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秘策

 

 

 

 演習場で皐月と時雨が砲雷撃戦を行っている。ハンデとして時雨の主砲は12cm単装砲で、皐月は10cm連装砲である。

 

 

「……そこっ!」

 

 

 皐月の放った砲弾が時雨に迫る。

 

 

「甘いよ」

 

 

 しかし、時雨はそれを軽々と回避した。

 

 

「あそこから回避が間に合うの!?」 

 

 

「ふふ、今のは惜しかっ……!?」

 

 

 余裕の笑みを皐月に向けようとした時雨だが、突然笑みを引っ込めてその場から離れる。動いた時雨の横30cmほどの距離を酸素魚雷が通過していった。

 

 

「あー、本命もダメだったか……」

 

 

 残念そうに肩を落とす皐月とは逆に時雨は内心で冷や汗をかいていた。

 

 

(皐月の動きはずっと目で追っていたけれど魚雷がいつ放たれたのか見えなかった……経験からくる第六感のようなものでなんとか回避したけれど普通なら直撃だった……)

 

 

「……いつ魚雷を仕込んだんだい?」

 

 

「あ、本当に見えてないんだ」

 

 

「悔しいけどどうやったのか分からなくてね」

 

 

「砲撃のタイミングだよ」

 

 

「え?」

 

 

「砲撃をした瞬間は発射の時に発生する煙が出るよね?それで魚雷の発射を隠したんだよ」

 

 

「ああ、なるほど……自分で考えたのかい?」

 

 

「いや、司令官に教えてもらったんだよ。……全然時雨に攻撃が当たらないからアドバイスを下さいって頼んだら今の技を教えてくれた。結局当たらなかったけどね」

 

 

(それをいきなりアドバイス通りに実行出来る時点ですごいのだけれど、自覚はないんだろうな)

 

 

「僕じゃなかったら当たってるよ。正直、いまのはけっこうヒヤッとしたし」

 

 

「どうやったら当たるんだろう?」

 

 

「砲撃の精度を上げるしかないね」

 

 

「やっぱり今のままじゃ無理か……」

 

 

「自分で言うのもなんだけど僕は横須賀第二支部で有名な精鋭の1人だ。そう簡単にやられるわけがないだろう?」

 

 

「分かってても悔しいよ」

 

 

「そんなに焦らなくても皐月程の才能があればそのうち僕を越えることもできると思うよ」

 

 

「そうかもしれないけど、ボクたちには勝たないといけない相手がいる。多分、負けたらボクたちの日常は無くなってしまうと思うから……」

 

 

「そういえば皐月たちが戦う相手の事を聞いてなかったね。見返してやりたいとか言っていたけど何かあったのかい?」

 

 

「演習の相手はボクを捨てた前の司令官なんだ」

 

 

「……詳しく聞かせてくれるかい?」

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 最近は俺が監督しなくてもスムーズに訓練が行えるようになっていたので、執務室で俺は溜まった仕事を片付けていた。ふと、カレンダーに目が止まる。

 

 

「あと二日か……」

 

 

「飯野提督、失礼するよ」

 

 

 時雨が執務室に入って来たので一度手を止める。彼女は真剣な眼差しで俺を見つめてきた。一体どうしたのだろうか?

 

 

「時雨か、どうかしたのか?」

 

 

「皐月から事情を聞いたよ」

 

 

 事情……中将との演習のことだろう。

 

 

「……そうか」

 

 

「少佐の身で中将クラスに喧嘩を売ったそうだね」

 

 

「平気で艦娘を使い潰すやり方に腹が立ったんでね」

 

 

「まさかとは思ったけどこの鎮守府に皐月と電以外の艦娘はいないのかい?」

 

 

「建造システムがイカれちまってるんでな」

 

 

「つまり、駆逐艦二隻で中将の艦隊と戦うと……本気かい?」

 

 

「俺はあの2人を信じている」

 

 

「……僕らも参加させてくれ」

 

 

 突然時雨がそう言って頭を下げてきた。

 

 

「それは……」

 

 

「新人の提督が格上の提督と演習をする場合、助っ人として他の鎮守府の艦娘を借りることができたはずだよ」

 

 

「確かにできるがどうして……」

 

 

「飯野提督と同じさ、駆逐艦がガラクタだなんて言われて黙っていられる訳がない。それに君たちのおかげで久々に心から笑うことができた。ここに来て本当に良かったと思うよ。その恩返しの意味もある」

 

 

 そんなたいそうなことをした覚えはないのだが、彼女の表情は真剣なものだった。

 

 

「横須賀第二支部の四天王様が助っ人とは豪華だな」

 

 

「金剛は無理だけど夕立たちもきっと協力してくれるはずだ。彼女たちもここを気に入っているからね」

 

 

「さすがに大和の参加は認められんけどな。元帥の艦娘をこんなことに参加させたら大問題だよ」

 

 

「僕ら3人では不服かい?」

 

 

「そんなことはない。もともと皐月と電の2人で勝つつもりだったんだ。これで勝率がさらに上がる」 

 

 

(お前たちの実力は俺が一番よく知っているからな)

 

 

「それじゃ、よろしくね」

 

 

 時雨が手を差し出してきたので俺も手を差し出し握った。これほど嬉しい申し出はなかった。

 

 

「ありがとな時雨」

 

 

 

 

 

 

 時雨の言った通り、夕立と飛龍の2人も協力してくれることになった。

 

 

「時雨たちが一緒に戦ってくれるなんて心強いよ!」

 

 

「こんな経験なかなかできないのです!」

 

 

「駆逐艦の力を見せるっぽい!」

 

 

「ブラック鎮守府を叩き潰してあげるわ」

 

 

「飯野提督、何か秘策はあるのかい?」

 

 

 秘策か……

 

 

「秘策というほどではないが皐月にちょっとした技を仕込んだな」

 

 

「ちょっとした技?」

 

 

「見せた方が早いかな……皐月、やってくれるか?」

 

 

「うん、分かったよ。とうとう見せるんだね」

 

 

 

 

 俺は皐月たちと演習場に移動して皐月と大和を配置につかせた。2人の距離は砲雷撃戦にギリギリ入るかどうかという距離だ。皐月は落ち着いているが、大和は困惑していた。

 

 

「飯尾提督、この距離で一体何を……?」

 

 

「……大和、演習弾を皐月に向かって撃ってくれ。絶対によけられないように撃て」

 

 

「ええっ!?演習弾でもこの距離で当たったら痛いどころではないですよ!?」

 

 

「一体何をするんだい?」

 

 

「まあ見ていろ。大和頼む」

 

 

「……分かりました」

 

 

 大和が皐月に砲身を向ける。彼女が目標をはずすことはないだろう。皐月は静かに大和を見ている。

 

 

「全主砲、薙ぎ払え!」

 

 

 轟音とともに砲弾が皐月に向かう。すぐに皐月は回避行動に入ったがこのままでは全てはかわせずに当たるだろう。だが当たると思われた次の瞬間、皐月は突然右手を左腰にへ持っていきソレを引き抜いた。

 

 

「はぁっ!」

 

 

 ギインッ!という甲高い音とともに砲弾が真っ二つに分かれて皐月の背後に着弾するが皐月に外傷はない。彼女は刀を納めるとこちらへピースサインを突き出した。

 

 

「へへーん!」

 

 

「成功だな」

 

 

「はあああああっっ!?!?」

 

 

「え……」

 

 

「ぽい!?」

 

 

「な、なのです!?」

 

 

「金剛さん以外で砲弾を直接逸らす人を初めて見たわ……」

 

 

 砲弾を放った大和も観察していた4人も目を見開き、口をあんぐりと開けて皐月を見ていた。

 

 

「秘策というほどではないが砲弾斬りだ。そのまま近接戦闘が出来るようにも仕込んである。まだまだ完成系には程遠いが、2日後の演習はこれで十分だろう」

 

 

「……十分秘策になるよこれは」

 

 

「最近、皐月ちゃんの帰りが遅いと思っていたのですがこんな事になっていたのですか……」

 

 

「多聞丸もびっくりだよ」

 

 

「これで相手の度肝を抜いてやろうと思う。みんな、2日後はよろしく頼むぞ!!」

 

 

「「「「「「おおーーー!!!」」」」」」

 

 

 

 

 

ーーーーーー演習まであと2日

 

 

 




 艦じゃなくて人間なんだし艦娘が近接戦闘出来てもいいと思う。


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演習本番

 

 

 

 飯野提督率いる佐世保組が特訓に励んでいる頃、対戦相手である中将の鎮守府ではいつもの光景が広がっていた。執務室にて卑田の前には作戦から帰投した第一艦隊の榛名たちが並んでいた。艦娘たちの姿は悲惨なものであり、全員の顔に濃い疲労の様子が見てとれた。

 

 

「で、また失敗したと?お前らはいつになったらこの海域を攻略してくるのだ。今すぐバケツを被ってもう一度出撃して来い」

 

 

 そう言い放った卑田の前に榛名が進みでる。ぼろぼろの改造巫女服のような服にもとは綺麗な黒髪であっただろうが乱れてしまった髪、欠けた電探のカチューシャという姿の彼女は卑田に言う。

 

 

「お、お願いします!せめて1時間でいいので休憩をください……」

 

 

「休憩だと?兵器が疲労なんぞする訳がなかろう。お前たちは何も言わず私に戦果だけを持ってくればよい」

 

 

 ジロリと卑田が冷たい目を向ける。

 

 

「み、見て分からないんですか!?みんな限界なんです!」

 

 

「うるさいぞ!お前といいあの小僧といい、私を怒らせるな!!」

 

 

「ひっ!」

 

 

 榛名を怒鳴りつけた卑田だが、そう言った後に少し考える仕草をした。

 

 

「……そうだ。あの生意気な少佐との演習は2日後だったな。仕方ない、お前らにはそれまでいらぬ休みを与えてやる。万が一にでも負けることがあってはならないからな」

 

 

「演習……」

 

 

「一体どんな奴なのかと調べてみたが、士官学校の成績も提督になれるギリギリのたいしたことのない男だった。おまけに艦娘を人間扱いする変人だった!艦娘を人間扱いするなんて奴の気が知れん。反吐がでるわ」

 

 

「艦娘を人間扱い……ですか」

 

 

「資材と材料でいくらでも生産できる艦娘を人間扱いするのも信じられんが、あいつはこともあろうに少佐の分際で私を無能だと馬鹿にしおった。加えて駆逐艦の素晴らしさを見せるだと?弾除けにしかならん駆逐艦で何が出来るのだ。数は多いくせにロクにダメージを与えられない主砲、紙同然の装甲しか持たぬ駆逐艦が戦力になるとは思えん」

 

 

「……」

 

 

「奴らを完膚無きまでに叩き潰すために準備しておけ」

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 艤装の修復を終えた榛名は自室でベッドに倒れ込んでいた。

 

 

(兵器……)

 

 

 榛名のいる鎮守府は艦娘を完全に兵器として扱うブラック鎮守府と呼ばれる場所だった。海域の攻略が始まれば攻略できるまで休み無しで出撃させられ、失敗するたびに叱責や暴力が卑田中将から与えられた。特に被害に遭っているのは駆逐艦の娘たちで、弾除けとして出撃させられ、何人も沈んでいった。助けて、見捨てないでと言いながら沈んでいった彼女たちの最期を榛名は忘れることができないでいた。

 

 

(確かに榛名たちは普通の人間ではありません。でもこうして現代へと蘇り、この体を与えられて人々と触れ合うことが出来ると嬉しく思っていたのに・・・・・・)

 

 

 ……榛名の心は既に限界だった。

 

 

(榛名はもう大丈夫じゃありません……誰でもいい……助けて……)

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 とうとう演習本番の日がやってきた。俺たちは今、卑田中将の鎮守府で中将たちと向かい合っていた。

 

 

「逃げずにちゃんと来たようだな」

 

 

 卑田中将は開口一番にそう言ってきた。肥えた体に丸刈りの髪の40代くらいの男である。彼の後ろに控える艦娘たちは無表情な者ばかりだった。

 

 

「ご冗談を。うちの鎮守府はまだ建造システムが復旧していないため、今回の演習では他の鎮守府から時雨、夕立、飛龍の3名を加えさせていただきます」

 

 

「構わん。弾除けが二隻と空母が一隻増えただけだ。……それにしてもそのメンバーで中将であるこの私に喧嘩を売るとは、馬鹿にしてるのか?負けた場合、お前はただじゃ済まないのだぞ?」

 

 

 卑田中将は皐月たちを見て小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。怒りを抑えながら俺は彼の顔を睨みつけて言い放つ。

 

 

「本気です。彼女たちは俺の()()()()ですよ」 

 

 

「ふん、後悔するなよ」

 

 

 卑田もまた、俺を睨みつけてきた。

 

 

 そして演習が始まった。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

「いよいよ本番だね」

 

 

「そうだね」

 

 

「夕立たちがいれば大丈夫っぽい!」

 

 

「でも、相手の艦隊のメンバーはすごい人たちばかりなのです」

 

 

「相手のメンバーは榛名、陸奥、加賀、赤城 愛宕、高雄……叩き潰す気満々だね」

 

 

『確かに強敵ばかりだが、そんなに心配せんでもいいと思うぞ』

 

 

「どういうこと?」

 

 

『すぐに分かる。飛龍、制空権はどうなってる?』

 

 

「拮抗状態に()()()()()

 

 

『んじゃ、そろそろ攻撃隊がやって来るな』

 

 

「ああ、確かに実際にやってみた方が分かるかもね」

 

 

「なのです?」

 

 

 しばらくすると5人の前方の空に相手の艦載機の姿が見えてきた。

 

 

「全然減ってないっぽい」

 

 

「ワザとかい飛龍?」

 

 

「当たり前よ。せっかく対空戦の訓練をしたのに私が全部撃墜したら意味が無くなっちゃうじゃない」

 

 

「ええっ!?本気で戦ってくれてないの?」

 

 

「今はね。皐月ちゃんたちがこの演習の主役だもの」

 

 

『よし、総員対空戦用意!攻撃の合図は旗艦の皐月に任せる!』

 

 

「「「「「了解!!」」」」」

 

 

 みるみる相手の艦載機が近付いてくる。皐月はそれを睨みながら合図を出した。

 

 

「……3,2,1。攻撃開始だよ!!」

 

 

 機銃が火を噴き、空に大量の花火を咲かせていく。

 

 

「……あれ?」

 

 

「……なのです?」

 

 

 皐月たちは見事な連携で艦載機を一つ残らず撃ち落としていった。あっという間に艦載機が全滅する。

 

 

「動きが遅いしすごく読みやすかった……」

 

 

「面白いほど当たったのです」

 

 

「私の艦載機で訓練したんだから当たり前よ」

 

 

『これだけ出来る時点でお前らはもう立派な戦力だよ。今頃あちらさんは驚いているだろう』

 

 

 

 

 

ーーーーーー同時刻 中将艦隊

 

 

 

 

 

「加賀さん、赤城さん、制空権の方はどうですか?」

 

 

 旗艦の榛名が加賀と赤城に状況を聞く。

 

 

「……こちらが押してるけど拮抗状態よ。相手は今のところ艦戦しか出していないわ。私たちを1人で抑えるなんて相手はかなりの手練れのようね。けど少し妙だわ」

 

 

「そうですね」

 

 

「加賀さんと赤城さんの2人を相手に1人で拮抗状態にもち込んでいるのですか……妙、とは?」

 

 

「被害を減らすために相手は少しでもこちらの艦爆、艦攻を減らしたいはずなのに、相手の艦戦は一度もこちらの攻撃機を狙ってこなかったんです」

 

 

「……まるでワザと攻撃隊を見逃したようだわ」

 

 

「攻撃隊を見逃した?一体どうして……」

 

 

 そしてしばらくして攻撃隊からの報告が返ってくる。加賀と赤城の表情は驚きに満ちていた。

 

 

「……攻撃隊、全滅よ」

 

 

「……私もです」

 

 

「えっ……?」

 

 

『ふざけとるのか貴様ら!!』

 

 

 中将艦隊に動揺が広がる。卑田が叱責を飛ばしているが、彼女たちはそれどころではなかった。愛宕が呆然とつぶやいた。

 

 

「一体どうやって……」

 

 

「普通に機銃で落とされたようです」

 

 

「機銃でって……無傷の攻撃隊を駆逐艦だけで全滅させたの!?」

 

 

「相手の被害は!?」

 

 

「……5隻とも無傷です」 

 

 

 艦隊が静まり返った。彼女たちはもともと、この演習は艦載機による開幕爆撃で終わると予想していたのだ。相手は鎮守府に着任したばかりの新人が率いる駆逐艦ばかりの艦隊、自分たちに挑むのも無謀なレベルである。

 

 

「……でも、これでコレを使わなくてはいけなくなったわね」

 

 

 陸奥はそう言いながら自身の主砲に手を置いた。榛名、愛宕、高雄の3人も自身の主砲に目を向ける。そこに装填されているのは演習弾ではなく実弾だった。彼女たちは反対したが卑田がそうさせたのである。

 

 

(……使いたくはなかったのですが。いえ、それよりも彼女たちは一体何者なのでしょうか?メンバーは確か皐月、電、時雨、夕立、飛龍……)

 

 

 榛名の記憶が何かに反応する。

 

 

(……待ってください。()()()()()()?ーーーーーーまさか彼女たちは!)

 

 

 自然と彼女はその名をつぶやいていた。

 

 

「〈大天使〉と〈悪夢〉と〈天〉……」

 

 

「えっ?」

 

 

「5隻のうちの3隻はあの横須賀第二支部の3人なのでは?」

 

 

「横須賀第二支部って……」

 

 

「噂には聞いたことがあるわ」

 

 

「でも、彼女たちは提督を失って落ちぶれていたのでは?」

 

 

「落ちぶれてもその実力は確かということね」

 

 

「なぜそんな艦娘たちが今回の演習に……」

 

 

(確かにそれが分からない。彼女たちを率いているのは新人提督のはず、彼女たちは扱いが難しい問題児としても有名なのにそれを従えている彼は何者なのでしょう)

 

 

「飯野少佐……ですか」

 

 

『横須賀第二支部だかなんだか知らないが、貴様らが万が一にでも負けることがあれば他の艦娘がどうなるか分かっているな?』

 

 

 卑田の言葉を聞いた中将艦隊に緊張が走る。

 

 

「…っ!?勝ちます!勝ちますから彼女たちには手を出さないでください!!」

 

 

 榛名は必死に懇願した。だが、中将はそれ以上何も言わない。それがますます彼女の不安を煽っていく。

 

 

(勝たなきゃ……勝たなくちゃみんなが)

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 皐月、電、時雨、夕立の4人は飛龍を後方に残し、飛龍の索敵をもとに榛名たちのいる場所を目指していた。

 

 

「飯野提督、相手の水上機を発見したよ」

 

 

『そろそろ戦艦の砲撃がくるな』

 

 

 皐月たちも時雨の視線の先を見るが何も見えない。

 

 

「本当に時雨って目がいいよね。ボクたちには何も見えないよ」

 

 

「ぽい!」

 

 

『……できれば早いとこ相手に近づきたいんだが。時雨、あとどのくらいだ?』

 

 

「ここで戦艦の攻撃を回避しながら進んだ先で重巡と出会うことを考えると、夜戦開始の少し前には砲雷撃戦の距離に入ると思うよ」

 

 

『飛龍がつかんだ相手の動きをでは、こちらに距離を詰められないように動き回っているらしい。徹底的に遠距離からの攻撃で一方的に攻めて終わらせるつもりだな』

 

 

「面倒だね」

 

 

『俺としては夜戦に余裕をもって入れるようにしたい。お前たちの動きで相手を焦らせ、そのまま夜戦に入りさらに追い詰めるという流れがベストだ』

 

 

「回避しながらだと航行のスピードは落ちるから難しいね」

 

 

『電と夕立に重巡の相手を任せる。あと、時間短縮のため時雨には本気を出してもらう』

 

 

「僕は既に本気だけど?」

 

 

「ビリヤードを頼む」

 

 

「どうしてそれを……」

 

 

『聞いたことがあるだけだ』

 

 

「ん?ビリヤードって何だい時雨?」

 

 

「何かの暗号なのですか?」

 

 

『見た方が早いぞ』

 

 

「戦艦の砲撃がくるっぽい!」

 

 

 夕立の言葉に全員が構える。砲弾が4人へと迫って飛んできた。

 

 

『時雨、頼んだ』

 

 

 時雨の砲撃によって空中で大爆発が起こった。時雨が戦艦の砲弾を自身の砲撃で撃ち落としたのだ。絶妙な角度で撃たれたそれらは爆発したものの、時雨たちに大きな被害はない。そうなるように時雨が撃ったのだ。

 

 

「な、何今の!?」

 

 

「はわわわ……」

 

 

「砲弾を撃ち落とすってなんなのさ……」

 

 

 皐月が呆れの表情で時雨を見る。

 

 

『これで足を止める必要はないだろう』

 

 

「噂に違わぬ実力なのです……」

 

 

 皐月たちが時雨の神業に感嘆する中、当の本人は険しい顔していた。それに気付いた皐月が時雨に問いかけた。

 

 

「どうかしたの?」

 

 

「ちょっとね。夕立、気付いたかい?」

 

 

「……ええ」

 

 

 夕立もまた、険しい顔をしていた。

 

 

『ん?何かあったのか?』

 

 

「今の爆発の規模は演習弾のものではありえないよ。飯野提督、おそらく相手は実弾を使っているよ」

 

 

『はあ!?これは演習だぞ!?沈める気満々じゃねーか!!それに時雨たちは他の鎮守府の艦娘なんだぞ、一体何を考えているんだ!!』

 

 

「それこそ、沈めて君に責任を押し付けるためじゃないかな?実弾を使われましたって言っても中将が認めなければそれまでだ。少佐と中将じゃ階級に差がありすぎて誰も飯野提督を信じないだろうしね」

 

 

『ふざけやがって!!』

 

 

「司令官、大丈夫だよ」

 

 

『皐月……?』

 

 

「ボクたちは負けないし沈まないよ。信じて」

 

 

『……そんなの当たり前だ』

 

 

「ふふ、焦っちゃって可愛いね」

 

 

「……ええい!とにかく沈むんじゃないぞ!キツい一撃をぶちかましてやれ!」ブツッ

 

 

「あっ、切られちゃった」

 

 

「言われた通りがんばるのです!」

 

 

 皐月たちはお互いに笑いあい、しっかりと前方を見据えた。相変わらず砲弾が飛んでくるが、時雨によって撃ち落とされていった。そんな中、時雨は同時に疑問を持ち始めていた。

 

 

(そう、飯野提督は着任したばかりの新人で少佐だ。だから気になる……)

 

 

 砲弾をまた一つ撃ち落とす。

 

 

(どうして彼は砲弾撃ち(ビリヤード)のことを知っていたんだ?これはまだ横須賀第二支部の3人と野木提督しか知らない僕の隠れた特技なのに……)

 

 

(金剛たちが誰かに喋った?いや、僕たちはそこまで他の鎮守府と交流は無かったし、僕の噂にもそんな内容のものはなかったはずだ。)

 

 

(飯野提督……君は何者なんだい?)

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

「……嘘でしょ?」

 

 

「……いいえ、榛名の水偵からも同じ報告が入ってきています」

 

 

「戦艦の砲弾を撃ち落とす駆逐艦なんて聞いたことがないわよ!?」

 

 

「信じられませんが事実なのでしょう……」

 

 

「こんな駆逐艦がいるなんて……」

 

 

「……愛宕さんと高雄さんは彼女たちのもとへと向かってください」

 

 

「……了解したわ。援護をよろしくね」

 

 

 

「……みんなのためにも榛名は負けるわけにはいきません」

 

 

 

 

 

 




今さらだけど、横須賀第二支部の方たちがチートすぎる……


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決着

 

 

 

 時雨の活躍によって榛名たちとの距離をどんどん詰める皐月たちの前には、重巡洋艦の愛宕と高雄の2人が立ち塞がっていた。

 

 

「ごめんなさいね、あなたたちのこと嘗めてたわ」

 

 

「まさか、本当にあの横須賀第二支部の人なのかしら?」

 

 

「……そうだよ」

 

 

 立ち塞がる2人を見ながら皐月が指示を出す。

 

 

「みんな、作戦通りに!」

 

 

 夕立と電が同時にそれぞれ愛宕と高雄の足下を狙って砲撃し、大きな水柱を作り視界を遮る。水柱が収まったとき、すでに皐月と時雨の姿はなかった。

 

 

「……2人先に行かせましたか」

 

 

「あなたたちを倒してすぐに榛名たちと合流しなくちゃね」

 

 

「それは無理っぽい」

 

 

「な、なのです」

 

 

「無理……とはどういうことかしら?」

 

 

 夕立は不敵な笑みを浮かべて愛宕と高雄に言う。

 

 

「ここであなたたちは仕留めるっぽい!」

 

 

「電の本気を見るのです!」

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 皐月と時雨はすでに榛名と陸奥の2人を視界に納めていた。空母たちの姿は見えない。皐月たちは砲弾を迎撃、避けながらその距離を詰めていった。皐月はまだ艤装としての刀を展開していない。

 

 

「皐月、そろそろ砲雷撃戦の距離に入るよ」

 

 

「うん。ボクは榛名さんの相手をするよ」

 

 

「……分かったよ。気を付けてね!」

 

 

 2人はそれぞれの相手へと向かっていく。皐月は榛名の真っ正面に立った。

 

 

「皐月ちゃん……」

 

 

「榛名さん、勝負だよ」

 

 

 榛名は皐月を見て言う。

 

 

「皐月ちゃん、降参してください」

 

 

「……急に何だい?」

 

 

「気付いているはずです。榛名たちは今回演習で実弾を使っています。……榛名は皐月ちゃんを沈めたくはありません」

 

 

「悪いけれどボクは退くつもりはないよ。中将を見返してやりたいからね」

 

 

「……どうしてもですか?」

 

 

「うん」

 

 

「横須賀第二支部の3人ならともかく、2週間前までロクな訓練も受けていなかった駆逐艦のあなたが戦艦の榛名に勝てると思っているのですか?」

 

 

「なんかすでに勝った気でいるみたいだけどボクは勝つためにここにいるんだ。確かに旗艦のボクをここで倒せば榛名さんたちの勝ちだけどボクたちにも同じことが言えるんだよっ!」

 

 

 言い終わると同時に皐月は砲撃を開始する。榛名もこれを回避しながら撃ち返す。

 

 

「仕方ありません。榛名たちも負けるわけにはいかないんです!!」

 

 

 砲弾が皐月の前後に着弾する。夾叉だ。だが、榛名が続けて撃とうとしたときにはすでに皐月はその場を離れていた。

 

 

(え、いつ移動したの?っ!砲弾が迫って!?)

 

 

「っ!」

 

 

 ついに皐月の砲撃が榛名に命中する。だが榛名には効いている様子がない。戦艦の装甲はそれだけ堅い守りなのだ。

 

 

「そんなもので勝てると……!?」

 

 

 魚雷群が榛名の目の前に迫っていた。皐月は榛名が被弾に気を取られた隙にこれを仕込んだのだ。榛名は慌てて回避しようとするが間に合わず、数本の魚雷が榛名に命中する。

 

 

「きゃあっ!?」

 

 

 榛名は痛みをこらえつつ自身の状態を確認する。小破といったところだろう。戦闘に大きな影響はない。だが、榛名の心はそれ以上の衝撃を受けていた。

 

 

(これがあの皐月ちゃんなの!?動きに迷いがないし、私の砲撃に全く怯む様子が見えない!……それに何より)

 

 

「くっ!動きが速くて狙いが定まらない!」

 

 

 皐月は砲撃と雷撃を織り交ぜて着実に榛名の装甲を削っていった。榛名も反撃するが皐月には一撃も当たらない。実際には至近弾などが何度かあり、皐月も無傷ではないのだが明らかに榛名の被害の方が大きい。

 

 

「こ…のおおっっ!」

 

 

「う……ぐぅっ!」

 

 

 榛名の砲撃を必死で皐月は回避する。

 

 

「ま、また外れて……!」

 

 

 榛名は次第に焦り始めていた。だが、皐月もまた焦っていた。

 

 

(くそっ!このままじゃ榛名さんを削りきる前にボクの弾薬が尽きる……!)

 

 

(どうにかして皐月ちゃんの動きを止めないと!でもどうすれば……そうだ!)

 

 

 榛名は砲撃で皐月を牽制しながら一度距離をとると通信を繋げた。

 

 

「加賀さん、お願いがあります!」

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 愛宕と高雄の2人は窮地に立たされていた。

 

 

「ぽいっぽいっぽいぽーい」ドオンドオン

 

 

「うぐっ!」ガアアン

 

 

「ぐ、がああっ!?」ゴガアアッ

 

 

 夕立の主砲が絶え間なく2人を襲っていた。

 

 

「あはっ!へばるのはまだ早いっぽい~!」

 

 

(な、なんなのこの子!?こんなの絶対駆逐艦じゃない!)

 

 

(これが〈悪夢〉……)

 

 

 夕立は海面を()()()()()。普通、艦娘は海面を走ったりはしない。出来ないわけではないが、凄まじい集中力とバランス感覚を必要とするのだ。戦場で転んだりしようものなら敵の格好の的になる。故に誰もやろうとはしない。

 

 

 

 だが、()()()()()()()()()()()使()()()()

 

 

 

 その答えが今、愛宕たちの目の前に広がっている。変幻自在に海面を駆け、跳ぶ夕立は動きが全く読めないのだ。さらに彼女の主砲は重巡洋艦である彼女たちの装甲にすら傷をつけていた。兵装の弱点部位を狙って執拗に撃たれる砲撃に、果ては魚雷を投げてくる上に艦娘としてありえない動きをする彼女はまさしく〈悪夢〉そのものであった。

 

 

「高雄!て、撤退しましょう!」

 

 

「っ!了解です!加賀さんたちに艦戦の機銃攻撃による援護を頼みま……!」

 

 

 しかし、撤退しようとした2人は突如大きな水柱に呑み込まれる。魚雷が2人の足下で爆発したのだ。

 

 

「電の事、忘れてしまったのですか?」

 

 

 

ーーー愛宕、高雄の2名、大破。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 皐月と榛名が戦闘を繰り広げている場所から少し離れた場所で時雨は戦艦陸奥の前に立ちはだかっていた。

 

 

「いい加減そこを退いてくれないかしら?」

 

 

「皐月の邪魔をさせるわけにはいかないよ」

 

 

 戦闘が始まってからずっと涼しい顔を崩さない時雨に対し陸奥は苛立ちを募らせていた。時雨はまだ積極的に攻める様子が見られない。だが、攻撃をしてこないわけでもない。陸奥が皐月と方へ行こうとする素振りを見せるとそれを邪魔するように魚雷を撃ってくるのだ。

 

 

(ええい!あの皐月を倒せば私たちの勝利なのに!何なの……この子のこのプレッシャーは!)

 

 

(足止めは上手くいってる……今回の主役は皐月たちだ。彼女たちが存分に戦えるよう、僕は脇役に徹する)

 

 

 チラリと皐月たちの方を見るとヒヤヒヤする展開だが皐月が榛名を押している。

 

 

(本当にとんでもない子だなぁ……ん?あれは艦載機?)

 

 

 時雨の目が皐月に接近する艦載機の姿を捉えた。

 

 

(皐月は気付いてない!?今の彼女に榛名さんと艦載機を同時に相手する余裕はない!!)

 

 

「皐月っ!」

 

 

 

 

 

 

 皐月の弾薬残量はすでに2割を切っていた。そんな皐月の耳に艦載機のエンジン音が聞こえてくる。

 

 

「……えっ?」

 

 

「そこですっ!」ドオン

 

 

「うわあっ!?」スッ

 

 

 隙を突いて榛名が砲撃する。当たりそうになった砲撃を回避した皐月だったがそこには艦載機たちが待ち構えていた。機銃攻撃が皐月に襲いかかる。

 

 

(かわせない!)

 

 

 とっさに兵装を盾にこれを防御したが、機銃と主砲が使い物にならなくなってしまった。

 

 

「うええっ!?」

 

 

 再び艦載機による機銃攻撃が襲いかかる。今度は回避するが、そこへ榛名の砲撃が迫った。

 

 

「当たって!」ドオオン

 

 

 すでに回避は間に合わない。

 

 

(獲った!)

 

 

 榛名は勝利を確信しーーー()()を目撃する。

 

 

 ギイイインッッ!!

 

 

「え……」

 

 

 榛名の放った砲弾が()()()()()()()()、皐月の背後で爆発した。

 

 

「危なかった……あれ?艦載機は?」

 

 

「僕が撃墜したから大丈夫だよ」

 

 

「……時雨?陸奥さんと戦ってたんじゃ?」

 

 

「あそこにいるよ」

 

 

 いつの間にか近くに来ていた時雨が指し示す方向を見ると、口をポカンと開けている陸奥がいた。榛名の方は驚きすぎて思考を停止している。

 

 

「度肝を抜くことは出来たね」

 

 

「そりゃこんなの見せられたらね……相手の空母ももう気にする必要はないみたいだ。ほら、飛龍さんの友永隊だ」

 

 

 艦攻部隊が時雨たちの頭上を飛んでいった。

 

 

「あとは……ボクが決着を着けるだけだ!」

 

 

 皐月の言葉で陸奥と榛名の2人も我に返る。

 

 

「陸奥は僕が抑えておくから存分に戦うといいよ」

 

 

「ありがとう!」

 

 

 皐月と時雨が同時に動き出す。陸奥の砲撃を時雨が撃ち落とし、皐月を守る。

 

 

(残っているのは魚雷1本と刀だけだ……夜戦の前に刀をメインの武器にして決めにいく!!)

 

 

 ギリギリで砲弾をよけ、時に斬り払いながら皐月は榛名に接近していく。段々と右腕が痺れて刀を振ることが難しくなっていくが進み続ける。

 

 

(落ち着けボク。もうこれ以上砲弾を斬るのは難しいけれど相手の隙をよく見て接近するんだ)

 

 

 接近する皐月を止めようと榛名は全ての砲門を皐月に向けて放つ。だが、皐月は榛名にどんどん近付いているはずなのに何故か当てることが出来ない。

 

 

(何なのですかこれは……!皐月ちゃんの方向転換のタイミングが全く読めない上に気が付くと別の場所にいる。……まるで部分的な瞬間移動をしているかのような……!?)

 

 

 ついに皐月が榛名の懐に入る。

 

 

「はあっ!」

 

 

 榛名が右手で突きを繰り出すが、皐月はこれを自身の体を右に傾けることで回避。続けて榛名の左拳が迫る。ここで皐月は突然魚雷を榛名へと放り投げた。一瞬硬直し反射的に体を横にしてこれをかわそうとした榛名の後ろに皐月が回りこむ。

 

 

「魚雷の安全装置を忘れたのかい!」

 

 

「っ!しまっ」

 

 

 魚雷には安全装置というものがあり、水中を一定距離移動しないと起爆しないようになっている。夕立の特殊な魚雷と違って皐月のそれは普通の酸素魚雷だ。つまりただの鉄の棒、榛名はよける必要などなかったのだ。

 

 

 回り込んだ皐月が榛名の背中の擬装を切り裂いた。

 

 

 

ーーー旗艦榛名の大破を確認。

 

 

 この瞬間、佐世保鎮守府の勝利が決まった。 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

「認められるかこんな演習!」

 

 

 こいつは何を言ってやがる?

 

 

「だいたい駆逐艦が戦艦の砲弾を刀で斬ったとはどういうことだ!砲弾を砲弾で撃ち落とす駆逐艦といい昼戦で戦艦と重巡を大破させたことといい、駆逐艦にそんなことができるわけがない!!言え!一体どんなインチキを使ったのだ!!」

 

 

 演習に勝った俺たちだが、演習後の挨拶のために卑田中将と向かいあったらこの様だ。俺たちに負けたことがよほど信じられないらしい。俺は真面目な顔で言い返した。

 

 

「インチキなど使っていませんよ。正真正銘、彼女たちの実力です。駆逐艦はガラクタなどではありません、れっきとした戦力なのですよ」 

 

 

「ぐ、うう!!私は認めんぞ!!」

 

 

「そういえばインチキではありませんが……中将は今回の演習で実弾を艦娘に使わせていたそうですね」

 

 

「……何の事かね?」

 

 

「いえいえ、よっぽど俺を叩き潰したかったのだろうなーと。逆に俺にコテンパンにやられましたけどね。はっ!」

 

 

 俺は嫌みたらしく笑ってやった。こんな奴に払う敬意なんてなくていい。こんな奴の下で働く艦娘が可哀想だ。

 

 

「貴様ァ!!」

 

 

「よし、みんなお疲れ様だ。帰るぞ!」

 

 

「これからただで済むと思うなよ!!」

 

 

 去り際、卑田中将を見る者は1人もいなかった。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 飯野少佐たちが立ち去った後、榛名は卑田中将と執務室の隣にある部屋に来ていました。この部屋は提督が艦娘に罰を与えるための部屋です。今回最初に罰せられるのは榛名なのでしょう……

 

 

「で?私にこんな大恥をかかせておいて覚悟は出来ているんだろうな」

 

 

 卑田中将が榛名を忌々しげに睨み付けてきます。どうやら今回、中将の怒りの矛先は榛名へと向けられてしまったようです。弁解したいのに震えて声がうまく出ません。

 

 

「し、しかし、あ、相手はあの横須賀のーーーーーー」

 

 

「貴様が戦ったのはこの鎮守府にいたガラクタではないか!!」

 

 

「ひっ……」

 

 

 卑田中将は机を力任せに叩くと叫びました。彼の言う通り、榛名は皐月ちゃんに負けました。弁解の余地はもうないのでしょう……

 

 

「貴様はもういらん。ここで慰みものにして、貴様は慰安婦の館へ送ってやる!」

 

 

「ひっ!?い、いや……やめて!やめてください!来ないで!!」

 

 

 卑田中将が榛名に近付き、榛名の服を強引に剥ぎ取ろうとします。抵抗したいのに怖くて体が動きません。

 

 

(ああ、榛名の純潔はここで汚されてしまうのでしょうか……?)

 

 

たとえ夢物語だとしてもいつかこんな榛名を愛してくれる男の人と素敵な出会いをして恋をしてみたい……それが今日この日までの榛名の夢でした。

 

 

「このっ!抵抗するな!!」

 

 

 体がうまく動きません。

 

 

(いや……嫌!!こんな人に榛名の純潔を捧げたくない!!)

 

 

「嫌ああああああぁぁっっ!!」

 

 

 とうとう服を剥ぎ取られ、中将が榛名に馬乗りしました。どんなに泣いても謝っても中将は退いてくれません

 

 

「やかましい!!兵器が騒ぐなっ!!」

 

 

「お邪魔するぞ」

 

 

 突然、この場にいるはずのない人の声が聞こえました。

 

 

「なっ!?貴様が何故ここに!!」

 

 

「忘れ物をしたんでね」

 

 

「忘れ物だと!?」

 

 

「ああ、忘れ物だよっ!!」グッ

 

 

 そう言うとその人は一瞬の踏み込みで中将に近付き、右拳によるストレートを中将の顔面に叩き込みました。中将が榛名の上から吹き飛び、鈍い音とともに壁に激突しました。

 

 

「が、ああああああっっっっ!?」

 

 

 いつの間にか彼は榛名を守るように立っていました。そして言います。

 

 

「それと艦娘は兵器じゃない。ちょっと変わった人間だ」

 

 

「ごろじてやるっっ!!」

 

 

 卑田中将は拳銃を引き抜き彼に向けました。

 

 

「だ、駄目です。にげっ……」

 

 

 中将が引き金に指をかけたその時

 

 

「そこまでだ!!」

 

 

 ハッとするような鋭い声が辺りに響きました。

 

 

 卑田中将は痛みを忘れて目を見開き、彼も驚いて声の主を見ていました。そこにいたのは2人の憲兵を引き連れた元帥でした。

 

 

「事は全て見ていた。演習に許可なく実弾を用いたことも普段から艦娘を酷使し暴行を加えたことも確認済みじゃ。今の性暴行の現場も撮影してあるぞ。まったく、艦娘が上官に逆らえないのをいい事に……」

 

 

「げ、元帥殿が何故ここに……?」

 

 

「君を処罰するためじゃよ。……連れていけ」

 

 

「何!?は、離せ!離さんか!!」

 

 

 憲兵たちが卑田中将を連れて出ていきました。

 

 

「……いたのかよ」

 

 

「もとからこうするつもりじゃったよ。これで奴は解任じゃ」

 

 

「はあ……教えてくれても良かったんじゃねえか?」

 

 

「ほっほ、最近忙しくしておるようじゃったのでの。というか儂が来なかったら大問題になっとったぞ?」

 

 

「ムカムカして殴った。反省はしていない」

 

 

「まったく……それでは儂はこれで失礼するよ」

 

 

 去り際に榛名に一瞬目をやると、何故か彼と親しげに話していた元帥も退室し、部屋には彼と榛名だけになりました。

 

 

「……悪かったな。もっと早く助けに来なくて」

 

 

 いきなり彼は謝ってきました。

 

 

「い、いえ……」

 

 

 先ほどから何故か彼は榛名の方を見てくれません。

 

 

「あ、あの、どうしてこちらを見てくれないんですか?」

 

 

 すると彼は頬をかきながら言いました。

 

 

「い、いやお前のような美しい大和撫子の裸を見るのは慣れていなくてね……」

 

 

「美しい……?榛名がですか?」

 

 

 そのように言われたのは初めてです。

 

 

「ああ、お前は美しいよ」

 

 

「……こちらを向いていただけませんか?」

 

 

「……」

 

 

 彼は目に優しさをたたえた穏やかな顔をしていました。

 

 

「本当に榛名は美しいのですか?」

 

 

「ああ、お前は美しいし最高に可愛いぞ」

 

 

 彼は榛名を見てニッコリと笑って抱き締めてきました。じんわりとした暖かさが体中に広がり気が付くと榛名は泣いていました。

 

 

「もう大丈夫だ……今までよく頑張ったな」

 

 

 彼はずっと榛名の背中を優しくさすってくれていました。先ほどから胸の奥がトクントクンと変な感じがします。心臓もバクバクいってるし、彼に聞こえているかも知れないと思うと途端に恥ずかしくなりました。そっと彼の様子をうかがうと彼と目が合いました。きっと今、榛名の顔は茹で蛸のように真っ赤になっているでしょう。

 

 

「……お前さえ良ければうちに来るか?復旧中だから色々とボロボロだけど、それでもいいっていうんなら」

 

 

「いいんですか?」

 

 

 この人を見ているとドキドキします……

 

 

「拒む理由がないよ」

 

 

「……お願いします」

 

 

「ああ、ようこそ佐世保鎮守府へ」

 

 

 

 ああ、榛名は初めて恋をしました……

 

 

 

 

 

 





 榛名の時報は本当に好きです。




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祝勝会

 

 

 

『榛名をそちらで引き取りたい?』

 

 

「ええ、彼女の意思は確認しました」

 

 

 佐世保鎮守府に戻った飯野は執務室で元帥と電話で話をしていた。

 

 

『そうか、彼女は卑田中将にあんな目に遭わされたばかりじゃ。しっかりケアしてやって欲しい』

 

 

「了解です。・・・・・・ところで、卑田の他の艦娘はあの後どうなったのですか?」

 

 

「・・・・・・ほとんどの艦娘が解体を希望したよ」

 

 

「・・・・・・そうですか。卑田はどうなりましたか?」

 

 

『艦娘に過度な暴行を加えたこともそうじゃが、自分に逆らったりした気に入らない艦娘を闇市に売ったりと酷い奴じゃった。艦娘の私物化の罪も足されて牢屋行きじゃ。もう出てくることはないじゃろう』

 

 

「あいつは何故あそこまで艦娘を酷く扱っていたのでしょうか?・・・・・・特に駆逐艦への扱いが酷すぎます。まるで憎い相手を見ているかのような目でした」

 

 

『調べて分かったことじゃが、卑田中将は過去に妻と子供を深海棲艦の襲撃で失っておった。当時、国外に旅行に行っていた彼の妻たちは深海棲艦の発生を知り、慌てて日本へと船で帰国しようとして深海棲艦の襲撃に遭ったらしい。その時艦娘も護衛に就いていたのじゃが軽巡一隻と駆逐艦5隻しかいないところに、戦艦や空母をはじめとする艦隊に襲われ、なすすべもなく船は沈められたそうじゃ。それ以降、彼は駆逐艦を[自分の妻と子供を守れなかった役立たず]という目で見るようになったのじゃろうと思う。彼にとっては他の艦娘も[自分の大切な人を守ってくれなかった奴らと同じ存在]と考えていたのじゃろう』

 

 

「・・・・・・そうですか」

 

 

『確かに当時の艦娘が彼の家族を守れなかったのは事実じゃ。だからといって艦娘を虐げることが許されるわけではないがな』

 

 

「はい」

 

 

『そういえば、時雨たちはどうなっておる?』

 

 

「ああ、今から彼女たちのために勝利の祝いと感謝のための祝勝会を行おうとしているところです」

 

 

『今回の件でお前の知名度は上がった。彼女たちを受け入れてはどうだね?』

 

 

「・・・・・・正直、まだ正体を明かすのが怖いです。久しぶりに会った彼女たちは動きはするものの、死んだような目をしていたんです。俺の都合で1年も彼女たちを放っておいて、そのまま横須賀第二支部の提督を辞めた俺を許してくれるのかどうか・・・・・・それに今では飯野勇樹として彼女たちと打ち解けることが出来ましたが、まだ会っていない娘がいます」

 

 

『・・・・・・金剛か』

 

 

「ええ」

 

 

『横須賀第二支部を辞めることになったのは儂が佐世保の提督に任命したせいじゃし、そこまで気にせんでよい』

 

 

「・・・・・・彼女たちを待たせているので失礼します」

 

 

『早く彼女たち全員を喜ばせてやるのじゃぞ?』

 

 

「分かっています。では」

 

 

 飯野は電話を切ると祝勝会の会場へと向かった。

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 

 

 会場にはすでに俺と電が作った料理が所狭しと並んでいた。皐月が最初に俺に気付き、声を上げる。

 

 

「あっ!司令官!」

 

 

「おう、みんな榛名とは仲良くやってくれてるか?」

 

 

「もちろんなのです!榛名さんはとってもいい人なのです」

 

 

「その通りっぽい!」

 

 

「て、提督・・・・・・」

 

 

「それはなによりだ。よし!それじゃ、これより今回の演習の勝利のお祝いと時雨たちへの感謝を込めて祝勝会を行う!俺と電が腕によりをかけて作った料理だ。たくさん食べてくれ!それではーーー乾杯!!」

 

 

「「「「「「かんぱーーーーい!!」」」」」」

 

 

 はしゃぐ皐月たちを見ながら俺は料理を口にする。

 

 

「うん。ちゃんと美味しく出来ているな」

 

 

「飯野提督、ちょっといいかい?」

 

 

 料理を持った時雨が俺の前にやってきた。

 

 

「時雨か、どうした?」

 

 

 時雨はジトッとした目を向けてきた。何だ?

 

 

「榛名さんに何をしたんだい?飯野提督のことを話している時のあの顔、あれはどう見ても恋する乙女の顔だと思うんだけど?」

 

 

「何って・・・・・・ただ目の前で中将を殴った後、彼女を抱き締めて背中をさすってあげただけだが?」

 

 

「何か言ったりしたのかい?」

 

 

「ええと、美しいとかもう大丈夫だとか言っただけだぞ」

 

 

「うわあ・・・・・・そんなことをされればそりゃああなるよ」

 

 

「美しいのは事実だし実際可愛いだろ」

 

 

「はぁ・・・・・・まあ、飯野提督がロリコンじゃないようで安心したよ」

 

 

「何でそうなる!」

 

 

「皐月や電をやたらと可愛がっているからね」

 

 

「それでロリコン扱いなのか・・・・・・」

 

 

「ま、そんなことはどうでもいいんだけど」

 

 

「何しに来たんだよ・・・・・・」

 

 

「僕が聞きたいのは演習で最後に皐月が見せた()()のことだよ。他の場面でも使っていたみたいだけど、最後の方は極端すぎた」

 

 

「アレ?」

 

 

「榛名さんが急に皐月をうまく狙えなくなったんだ。榛名さんの話では動き出しが全く分からなくなって、その上まるで部分的に瞬間移動しているかのように見えたそうだよ。実際僕もチラリと見た感じ、同じことを思った。」

 

 

「ああ、アレか。アレは[すり足]や[縮地法]などに艦娘の身体能力を組み合わせて応用したものだ。特殊な体の動かし方によって相手の意表を突き、相手の意識をそらした瞬間に艦娘の脚力で海面を蹴ったりして移動することによってあたかも急にこちらが瞬間移動したかのように見せる技だよ。航行速度を急に上げ下げしたりするのも使ってたと思うけど。皐月が実戦で使えるようになっていたのは驚いたがな」

 

 

「飯野提督が教えたのかい?」

 

 

「ああ。皐月は本当に天才だよ。まだまだ未熟だけどな」

 

 

「・・・・・・僕はそれと同じものが出来る艦娘を知っている」

 

 

 時雨が急に真剣な眼差しになる。

 

 

「・・・それはすごいな」

 

 

「その技は()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「・・・・・・へぇ」

 

 

「飯野提督は僕たち横須賀第二支部の四天王について詳しすぎる。何故君は僕たちをそこまで詳しく知っているんだい?」

 

 

「・・・・・・いずれ分かるよ」

 

 

「教えてくれないのかい?」

 

 

「すまん。今はまだ心の準備が出来ていない」

 

 

「・・・・・・」

 

 

「確か、お前たちは明日で横須賀第二支部に帰るんだったよな?」

 

 

「・・・・・・うん」

 

 

 俺は懐から手紙を一枚取り出すと時雨に差し出した。

 

 

「これを」

 

 

「これは・・・・・・?」

 

 

「お前たちのところの金剛に渡してくれ」

 

 

「・・・・・・分かったよ」

 

 

「いずれちゃんと話すから今は祝勝会を楽しんでくれ」

 

 

「うん、分かったよ」

 

 

 まだ納得しているように見えないが、ここ切り上げさせてもらおう。

 

 

「ところで、それ俺が作った料理なんだが美味しく出来てたか?まだ食べてないなら食べてみてくれ」

 

 

 俺がそう言うと時雨は自分の持つ料理に視線を向けてから、続けてパクリと一口食べた。

 

 

「・・・・・・美味しい」

 

 

「そりゃよかった!」ニコッ

 

 

「っ!」

 

 

「ん?」

 

 

 時雨は何故か赤くなってどこかへ行ってしまった。

 

 

「てぇ~とくぅ~!」ガバッ

 

 

「うおおおっっ!?」

 

 

 何だ!?突然榛名が抱きついてきたぞ!?

 

 

「は、榛名一体どうし・・・・・・」

 

 

「いいよっ榛名!イケイケ~!」ゲラゲラ

 

 

 続いて飛龍がやってくる。というか酒臭っ!!

 

 

「ひ、飛龍!俺の酒を勝手に飲みやがったな!?」

 

 

「まあまあ、いいじゃないですか~」

 

 

「てぇとく、皐月ちゃんたちからぁ、てぇとくのナデナデはとても気持ちいい、と聞きましたぁ。はるなもナデナデしてくださぁ~い」

 

 

「大和撫子どこいった!?」

 

 

「いいじゃない。ナデナデしてあげなよほらほら~」

 

 

 仕方ないので榛名の頭をなでる。

 

 

「ほわああああ~~」ニヘラ

 

 

「・・・・・・なんかすごく可愛いんだが」

 

 

「良かったね~!」ゲラゲラ

 

 

「・・・・・・うみゅう」スリスリ

 

 

「は、榛名さん?そろそろ離れてくれませんかね~?」

 

 

「・・・・・・いやです」ギュウ

 

 

「おい飛龍、今すぐ榛名を俺から引き離すんだ。色々と柔らかいものが当たって俺の理性がヤバい」

 

 

「そのまま襲えばいいじゃん」

 

 

「出来るかバカやろう!!」

 

 

 

 その後も色々あったが祝勝会は無事に終わった。

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 

 

 次の日の朝。

 

 

「それじゃ、朝の点呼をするが・・・・・・榛名はどうした?」

 

 

「寝込んでるよ」

 

 

「ああ、うん・・・・・・」

 

 

「そっとしておいてあげるのです」

 

 

「それじゃ、港に時雨たちの見送りに行くぞ」

 

 

 

 

 

 

「あの、2週間本当にありがとうね」

 

 

「僕たちも楽しかったしお互い様だよ。こちらこそありがとう」

 

 

「皐月ちゃんたちは夕立たちの親友っぽい!」

 

 

「またいつか美味しい料理をご馳走するのです」

 

 

「ぽい~!」

 

 

「私も楽しかったわ。飯野提督・・・・・・あの、榛名ちゃんには後で謝っておいてくれるかな?」

 

 

「はぁ・・・・・・後で慰めておくよ」

 

 

「これからも私たちが鍛えた技術を生かして頑張ってね」

 

 

「うん!」

 

 

「なのです!」

 

 

「それじゃ、またいつか会いましょう!」

 

 

 

 時雨たちの姿が小さくなっていく。

 

 

「また、会えるのかな?」

 

 

「・・・・・・じきにまた会えるよ」

 

 

「え?」

 

 

「何でもないさ。さ、戻って執務だ!流れ作業ばかりだが皐月にも手伝ってもらうぞ」

 

 

「うえええええ・・・・・・」

 

 

「さ、皐月ちゃん、電も頑張るのです!」

 

 

 皐月に声をかけながら俺たちは執務室へと引き返した。

 

 

 

 

 

 






 本編11話まで未だに金剛が名前しか出てない件……
ばぁにんぐらぁぶは来ましたがバーニングラブがまだ出ていない……


 榛名が可愛くて皐月が呑まれそう……頑張れ皐月(と電)!!



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皐月のある1日

 

 

 

 ボクの朝は電と一緒に司令官を起こしに行くことから始まる。

 

 

「司令官さん、朝なのですよ~」

 

 

「とうっ!」バッ

 

 

「ぐえっ!?」ボフッ

 

 

 ボクは司令官の上に飛び乗った。実はボクたち艦娘には上官に逆らえないようにするシステムのようなものがあって、これはその鎮守府の提督がON/OFFを設定出来る。これが有効になっていると艦娘は上官に暴力を振るったり出来なくなる。でもボクたちの司令官はこれを無効にしているから多少乱暴なことも出来てしまう。信頼してくれているようで嬉しい。

 

 

「起きたかい?」

 

 

「もうちょっとマシな起こし方はないのか」

 

 

 司令官はそう言って涙目でボクを睨む。

 

 

「普通にやっても起きないじゃないか」

 

 

「俺は疲れているんだよ。あと30分寝かせてくれ」

 

 

「昨日司令官さんは早く寝てたのです。ただ仕事したくないだけなのです。皐月ちゃん、遠慮はいらないのですよ」

 

 

「よおし」

 

 

「分かった分かった!起きるから!」

 

 

 

 

 

 

「あ、電、さっきの書類を取ってくれ」

 

 

「これでしょ?」ヒョイ

 

 

 ボクは司令官に書類を見せる。

 

 

「あ、ここにあったのか。すまんな」

 

 

 ボクは今司令官の膝の上に座っている。ここはとても落ち着くんだ。本来ならこの時間は鍛練をする時間なんだけど・・・・・・決して寂しいから座っているのではないよ。うん。

 

 

「なあ、そんなに俺の膝の上っていいもんなのか?」

 

 

「落ち着く」

 

 

「安心するのです」

 

 

「はぁ・・・・・・よく分からん」ナデナデ

 

 

「あの、皐月ちゃん、あとで電に交代してくれませんか?」

 

 

「あと1時間ね」ナデラレナデラレ

 

 

「俺の意思は関係ないのか・・・・・・」

 

 

「ダメ?」

 

 

「いや、ダメではないが・・・・・・皐月、そろそろ訓練に行ったらどうだ?」

 

 

「電は秘書艦の仕事をしているし、榛名さんはまだ寝込んでいるし訓練って言ったって実質ボク1人の自主練じゃないか・・・・・・1人でやってもつまんないよ」

 

 

「毎日の鍛練は欠かすものではないぞ?」

 

 

「今日はここにいたいんだよ・・・・・・」

 

 

 そう言って上目遣いに司令官を見つめてみる。

 

 

「う、・・・・・・仕方ないな」

 

 

「やった!」

 

 

「はぁ・・・・・・」

 

 

「あ、そういえばさ、司令官に聞きたいことがあったんだ」

 

 

「何だ?」

 

 

「時雨たちの2つ名の由来って何なの?ほら、〈大天使〉とか〈悪夢〉ってやつだよ」

 

 

「そういえば電も詳しく知らないのです」

 

 

「聞きたいのか?」

 

 

「うん」

 

 

「なのです」

 

 

「それじゃまず時雨からだな。全盛期の彼女は戦場で艦娘と人間をたくさん救っているんだ。艦娘のピンチにどこからともなく駆けつけてきて守り、負傷者を医者も驚くほどの手際よさで処置してちゃんとした治療が出来るまでの命を繋いでいる。実は、彼女の艤装には治療用の道具がいくつか搭載されているんだ。また彼女は決してこのことを自慢せず、むしろ彼らの運が良かっただけだと言ってお礼を決して受け取らなかった。そんな彼女を周囲の人々が〈大天使〉って呼んだのが始まりだよ」

 

 

「今度時雨に会ったら天使様って呼ぼうかな」

 

 

「なのです?」

 

 

「彼女はこの名で呼ばれることを恥ずかしがっているからやめてあげなさい」

 

 

 その顔が見るのがいいんじゃないか。

 

 

「えーと、次は夕立だな。・・・・・・夕立に関しては電は演習で夕立の本気で戦う姿を見ているからなんとなく想像できるんじゃないか?」

 

 

「・・・・・・あの時の夕立ちゃんは本当に怖かったのです」

 

 

 電が小さく震える。

 

 

「え、そんなに?」

 

 

 ぽいぽい言ってる明るい人ってイメージしかないんだけどなぁ。

 

 

「夕立は普通の艦娘と違って海面を駆けたり跳んだりできる。その変幻自在な動きと駆逐艦とは思えない威力の砲撃で相手を攻撃し、さらに時限式の魚雷を敵に投げつけて沈めるんだ。また、彼女自身がかなりの戦闘狂であることからもまさに〈悪夢〉なんだ」

 

 

「あの時の夕立ちゃんはまさしく悪夢そのものなのですよ・・・・・・」

 

 

「夕立さんって呼んだ方がいいかな?」

 

 

「なのです・・・・・・」

 

 

「次は飛龍だ。彼女はとにかく艦載機を操る能力が飛び抜けている。彼女は制空権を取っていない状態でもある程度友永隊だけで戦えてしまうな。彼女の操る友永隊はまるで生き物のように砲撃を避けて敵に攻撃を当てるんだ。そのあたりから〈天の飛龍〉って呼ばれている」

 

 

「確かに飛龍さんの操る艦載機はすごかったのです」

 

 

「・・・・・・制空権に関係なく戦えるっておかしいよ」

 

 

 友永隊って艦爆の何倍も撃墜されやすい艦攻って種類の艦載機じゃなかったっけ・・・・・・?

 

 

「演習では本気を出していなかったが、本気の彼女が制空権を取られることはなかなかないよ」

 

 

「だろうね」

 

 

 これで残るはあと1人か。

 

 

「・・・・・・最後は金剛だな」

 

 

 なんだか司令官の表情が暗くなる。

 

 

「どうしたの?」

 

 

「いや、何でもない」

 

 

「・・・・・・どんな人なんだい?」

 

 

「金剛は・・・・・・なんというか物凄い努力家な艦娘だ。彼女自身、最初はこれといった特技はなかったがとにかく明るい艦娘で横須賀第二支部のムードメイカーだった。時雨たちが特技を身につけていく中、なかなか彼女は自分の特技を見つけられず、自分にも何かが欲しいと提督に頼み込んだらしい。そして彼女はある技術を得た」

 

 

「どんな技術なんだい?」

 

 

「皐月、俺がお前に教えたものだ」

 

 

「えっ?」

 

 

「彼女はお前が身につけた[相手に動き出しや移動を感知されにくく、もしくは誤認させる技]をさらに洗練させたものを持っている。加えて、彼女は積み重ねた経験から相手の動きを読むのがとても上手い。戦いを重ねた彼女は攻撃のタイミングを完全に予想して砲弾を手ではじくことすらやってのける。彼女は戦艦であり、戦艦は駆逐艦のように相手に近付いて戦う必要はない。だが彼女はあえて近付くんだ。砲弾を手ではじき、必要のないものはかわし、近距離から敵の弱点部位に最大威力の攻撃が確実に当たるように砲撃する」

 

 

「・・・・・・戦艦が相手に近距離まで近付く?」

 

 

 戦艦が逆に近付いてくるとか何だかすごく怖いんだけど。

 

 

「ああ、決して退かず、流れるような動きで攻撃をかわしながら相手に近付き、当たったと思ったら手で砲弾をはじく。最終的には敵の目の前にいて敵が木っ端みじんだ。彼女は畏怖され〈鬼の金剛〉と呼ばれるようになった」

 

 

「ある意味夕立ちゃんよりも怖いのです」

 

 

「でも、努力家か・・・・・・」

 

 

「ああそうだ。時雨には広く周りを見渡せる良い目があり、夕立は海面を走るためのバランス力があり、飛龍には艦載機を操る天才的なセンスがそれぞれあったのに対し、彼女にはそういったものが全くなかった。むしろ普通よりも劣っていたほどだ。彼女の強さは日々のたゆまぬ努力によって得られたものだ」

 

 

「なんだか好感が持てる人だなあ」

 

 

「電も、頑張る人は好きなのです」

 

 

「ふふ、彼女は実際多くの艦娘から尊敬されていたよ」

 

 

 そう言って司令官は笑った。何故か嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか?

 

 

「でも本当に司令官は彼女たちのことに詳しいよね。何か理由があるのかい?」

 

 

「まあ士官学校時代にちょっとな」

 

 

「ふーん」

 

 

「さて、早く仕事を終わらせねば」

 

 

「手伝おうか?」

 

 

「・・・・・・出来るのか?今あるのは判子を押したり丸を付けるだけの書類じゃないぞ」

 

 

「ボクだってそれくらい出来るよ」

 

 

 何だい、その疑わしい目は。

 

 

「お前、自分の名前を漢字で書いたり出来るのか?」

 

 

「それくらい出来るよ!バカにしないでよ!!」

 

 

 この後、めちゃくちゃ仕事した。

 

 

 

 

 

 

「さて、今日の昼はミートパスタだ」コトン

 

 

「わ、美味しそう」

 

 

「パスタはあまり食べたことがないのです!」

 

 

 食堂で司令官がボクたちに昼食を用意してくれた。こういうのって司令官の仕事じゃないと思うんだけど、うちの鎮守府には間宮さんも伊良湖さんもいない。あ、でも彼女たちが来たら司令官の手料理が食べられなくなるのか。それは嫌だな。

 

 

「どうだ?」

 

 

「美味しいのです!」

 

 

「美味しいよ!」

 

 

「おう、ありがとな」

 

 

「司令官って本当に料理が上手いよね」

 

 

「電もそう思います」

 

 

 電も料理が出来る。多分榛名さんも雰囲気的に出来そうなイメージがある。……あれ?もしかして出来ないのはボクだけ!?

 

 

「ね、ねえ司令官。今度ボクに料理を教えてくれる?」

 

 

 

 

 

 

 昼食後、執務室に戻ろうとしたところ司令官から榛名さんの部屋に料理を持って行くように頼まれた。

 

 

「榛名さーん、皐月だよ。昼食を持って来たから開けてくれないかな?」

 

 

 榛名さんの部屋の扉に呼びかけると、しばらくして扉が開き榛名さんが顔を出す。

 

 

「ありがとうございます。あの、中へどうぞ」

 

 

 榛名さんの部屋はとても殺風景だった。部屋の模様替えもせず、ずっと寝込んでいたようだ。

 

 

「これ、司令官が作ったミートパスタだよ」コトン

 

 

「て、提督が昼食を作ってくださるのですか!?」

 

 

「うちには間宮さんも伊良湖さんもいないからね。でも味は保証するよ。食べてみて」

 

 

 榛名さんがミートパスタを食べ始める。

 

 

「美味しい・・・・・・」

 

 

 たわいもない話をしているうちに榛名さんが料理を食べ終える。

 

 

「昨日の料理担当は電だったけれど、今日は司令官さ。実は祝勝会の時の料理も司令官が電と作ったものなんだ」

 

 

「そうなのですか!?・・・・・・あの時の料理も提督が・・・・・・・はうう」

 

 

「はぁ・・・・・・まだ気にしているのかい?司令官は別に気にしてないって」

 

 

「で、でも!提督にあ、あんな姿をお見せしてしまって榛名は大丈夫じゃないです・・・・・・」

 

 

 榛名さんが真っ赤になって俯く。本当に可愛いなこの人。

 

 

「ああもう、ほら!一緒に行ってあげるからついてきて!」グイグイ

 

 

「ううううぅぅ・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

「司令官、失礼するよー」コンコン

 

 

「皐月か、開けていいぞ」

 

 

「もう面倒だから榛名さんを連れてきたよ」ガチャ

 

 

「ううぅぅ・・・・・・」

 

 

 ボクの背中に引っ付いて榛名さんも執務室へと入った。

 

 

「榛名・・・・・・言っただろう。別に俺はあの時のことを気にしていない」

 

 

「榛名は気にするんです・・・・・・て、提督にあのような姿をお見せしてしまうなんて」

 

 

「だからといって部屋に引きこもるのはやめてくれないか?お前の姿を見ないと俺が不安になってしまう」

 

 

「そ、そうなのですか?」

 

 

「寝込んでいると聞いて心配してたんだぞ。しかも原因は俺なんだ」

 

 

「て、提督は何も悪くありません!」

 

 

「なら、部屋に引きこもっていないで俺に元気な姿を見せてくれ。甘えてくれても別にかまわん」

 

 

「あ、甘えるだなんて・・・・・・」

 

 

「はあ、ちょっとこっちに来い」

 

 

「・・・・・・?」オソルオソル

 

 

「・・・・・・」ナデナデ

 

 

「ふわあ!?」ナデラレナデラレ

 

 

「遠慮はいらん。俺たちはもう家族も同然の仲間なんだ、もっと素直に甘えてくれればそれでいいんだよ」

 

 

「提督・・・・・・」

 

 

 榛名さんが完全に乙女の顔になってる。

 

 

「でしたら、あの、は、榛名に秘書艦をやらせていただけませんか!?」

 

 

「うん?」

 

 

「なのです!?」

 

 

 おっと、電のポジションがピンチかな?

 

 

「い、電ちゃんと交互で構いませんので、お願いします・・・・・・」

 

 

「んー、まあ別に構わんよ。秘書艦の経験は豊富だろうしな」

 

 

「頑張ります!」

 

 

「はわわわ・・・・・・」

 

 

「電もいいか?」

 

 

「は、はい・・・・・・電だけが司令官さんを独り占めするのもよくないですから」

 

 

 あ、譲っちゃうんだ。電は優しいなぁ。

 

 

「電さん、ありがとうございます」

 

 

「なのです・・・・・・マケナイノデス」ボソッ

 

 

 意外と榛名さんは攻めるんだな。榛名さんと司令官かあ・・・・・・お似合いだと思う。でもなんかモヤモヤとする。なんだろうこれ。

 

 

「・・・・・・皐月?どうかしたのか?」

 

 

「えっ?何でもないよ・・・・・・」ホオプクー

 

 

「そ、そうか」

 

 

 ああ、でも佐世保鎮守府のこのゆるい雰囲気は本当にボクは大好きだ。そしてそれをつくっている司令官も。

 

 

「・・・・・・ねえ司令官」

 

 

「何だ?」

 

 

「ボクも秘書艦やっていい?」

 

 

「ええっ!?」

 

 

「なのです!?」

 

 

 叶うならこれからもみんな一緒に・・・・・・

 

 

 

 

 

 






……さて次は金剛さんだ



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第2章 金剛
金剛


 

 

 

ーーーーー4年前 横須賀第二支部

 

 

 

 その人と出会ったのは4年前のことでした。

 

 

「……え、えっと、本日より横須賀第二支部に提督として着任した野木勇だ!階級は少佐だ。よろしくお願いし…よろしく頼む!」

 

 

 着任早々に締まらない挨拶をした彼は30代前半くらいの男性でした。眼鏡をかけた冴えないおっさんという感じでしたが優しそうな男性でした。そんな彼は私たちをキョロキョロと見回して赤くなっていました。時雨と飛龍がクスクスと笑っていました。

 

 

「どうかしたのデスか?」

 

 

「い、いやこんな美少女たちの中に俺が男1人だと思うと落ち着かなくて……」

 

 

「夕立たち美少女っぽい?」

 

 

「えっ?び、美少女だと思うんだが」

 

 

「えへへ」

 

 

「僕たちは兵器だ。見た目なんて気にしなくていいよ」

 

 

「そうよ」

 

 

「……いや、俺はお前たちを兵器として扱わない。人間以外の何者でもないよお前たちは」

 

 

「そこまでハッキリ言うなんて変わった人デスネ」

 

 

「そうか?」

 

 

「でも、とっても嬉しいネー!」ガバッ

 

 

「うえっ!?な、何故抱き付くんだ!?」

 

 

「ただのスキンシップデース!」ギュー

 

 

「くそっ!妹よりも大きな胸が……!」

 

 

「ははは、どうやら金剛に気に入られたようだね」

 

 

「み、見てないで助け……」

 

 

「役得じゃない」

 

 

「ぽいっ!夕立も!」ダキッ

 

 

「おわーーーっ!?」

 

 

 彼は慌てていましたけれど、同時に何かに安心しているように見えました。

 

 

「じ、自己紹介をしてもらっていいか?まずお前から」

 

 

 私はパッと彼から離れると、笑顔とともに彼に自己紹介をしました。

 

 

「英国で産まれた帰国子女の金剛デース!ヨロシクオネガイシマース!」

 

 

 

 

 

 

ーーー野木提督着任から4ヶ月後

 

 

 

 色々あって始まった彼と私たちの日々ですが、彼は提督として着任したのにもかかわらず何故か週に2,3日しか仕事場にやって来ませんでした。重要な作戦などの時にはきちんとやって来るのですが……何か別の仕事でもあるのでしょうか?

 

 

「Hey!テートク、聞いてもいいデスかー?」

 

 

「ん?何だ金剛?」

 

 

 彼に紅茶を淹れながら聞いてみました。

 

 

「先に紅茶をどうぞデス」コトン

 

 

「ありがとう。聞きたいことがあるのか?」ズズ

 

 

「テートクって何か別の仕事もしてるんデスか?」

 

 

「別の仕事?」

 

 

「ハイ。テートクってあんまりここに来ないじゃないデスかー」

 

 

「あー、それか。まあ確かにそのようなものがあってここには毎日来たりすることは出来ないな」

 

 

「テートクが来ない時は代理の提督たちが来てくれていマスが、やっぱり寂しいデース······」

 

 

「……すまんな、今はまだこっちに専念出来ないんだ」

 

 

「ここに来ていない時は何をしているんデスか?」

 

 

「えーと、勉強っていうかなんていうか······」

 

 

「勉強?テートクはすでに士官学校を卒業してここにいるハズデース。一体何を勉強するのデスか?」

 

 

「あっ、いや、秘密だ」

 

 

 焦ったように提督が言いました。

 

 

「ちょっ!?教えて欲しいデース!」

 

 

「秘密だ秘密!いつか教えてやるよ」

 

 

「秘書艦の特権で教えてくだサーイ」

 

 

「ダメ」

 

 

「何でデスかー!」ブーブー

 

 

「人に秘密の一つくらいあったっていいだろ」

 

 

「ワタシはもっとテートクのことを知りたいんデース!」

 

 

「俺のことを知ってどうするんだ?」

 

 

「テートクともっと深い仲になれマース」

 

 

「は?」

 

 

「テートクって独身デスヨネ?」

 

 

「それがどうした?」

 

 

「ワタシがテートクのお嫁さんに立候補シマース!!」

 

 

「えっ……マジで?俺はこんな冴えない中年のおっさんだぞ。鏡でも自分の姿を見ているがもっといいヤツが他にいくらでもいるだろう」

 

 

「テートクは見た目よりも言動が若いしおっさんという感じがしないデス」

 

 

「ふーん」

 

 

「……冗談ですよ、兵器である私が提督のお嫁さんになれるわけがありません。私たちは艦娘、提督は人間なのですから」

 

 

 そう言った瞬間、提督の顔が険しくなりました。

 

 

「金剛!!」

 

 

「すみマセン。さっ、お仕事を片付けるのデース」

 

 

 (あなたは本当に心からワタシたちを人間扱いしてくれるんデスね……)

 

 

 

 

 

 

ーーー野木提督着任から1年後

 

 

 

「うちも段々と鎮守府としての箔が付いてきたんじゃないか?」

 

 

「そうデスか?横須賀第二支部はまだ認知度も低いデスし艦娘も四隻しかいマセン、まだまだだと思いマスが」

 

 

「確かに四隻しかいないがうちは少数精鋭だからいいんだよ」

 

 

「ワタシ、未だに砲撃が下手っぴデース」

 

 

 実際、私は砲撃が下手な戦艦でした。1年経ってもそれは変わりませんでした。みんなの足を引っ張ってばかりです。

 

 

「そ、そのうち当たるようになるさ」

 

 

 目を逸らされました。

 

 

「うう、どうして当たんないんでしょうか?」

 

 

「か、艦娘には個体差があるから……」

 

 

「ワタシ、役立たずデスネ……」

 

 

「そんなことはない。ここのみんなが毎日を明るく、そして楽しく生きることが出来るのは金剛のおかげだ。今だって秘書艦として俺を支えてくれているじゃないか」

 

 

「……そうカナ?」

 

 

「ああ、お前はうちの艦隊になくてはならない存在だ。そんなこと一々気にするな」ナデナデ

 

 

「テートクは本当に優しいデース……」ナデラレナデラレ

 

 

 普通ならこんな役立たず、すぐに解体なのに······

 

 

 あなたは本当に優しい······

 

 

 

 

 

 

ーーー野木提督着任から1年と数ヶ月 大規模作戦中

 

 

 

「夕立、突撃するっぽい!」

 

 

 大規模作戦中、命じられた主力艦隊への援護のため出撃した私たちは悪魔と遭遇しました。水着にパーカーを着た小柄な子供のような外見に尻尾の生えたその悪魔は戦艦レ級と呼ばれる存在でした。

 

 

「っ!待つんだ夕立、僕たちの役目はあくまで主力艦隊の援護だ!こんなところで時間を使うわけには……」

 

 

「なんでこんなところにレ級がいるのよ!」

 

 

「……偶然か、それとも読まれてたのかな?」

 

 

 全員の顔に浮かぶのは焦り。

 

 

「どちらにしろ早く主力艦隊のところに行かないとマズいっぽい!」バッ

 

 

「……キヒヒッ」ジャキッ

 

 

「待ちなさい夕立!……っ!金剛、サポートお願い!」

 

 

「わ、分かったデース!」

 

 

「コイツ硬いっぽい!」ドオンドオン

 

 

「艦載機も操るなんて本当にチートなヤツだね!」バシュッ

 

 

「……キヒ」ブウーン

 

 

「全砲門!Fire!」ドオオオオン

 

 

「僕らで勝てるのか……?」バシュウウッ

 

 

「……キヒッ♪」

 

 

 

 

 

 目が覚めると見慣れた天井でした。

 

 

「ここは……」

 

 

「っ!気付いたか!?」バッ

 

 

「テー……トク?」

 

 

「一体何があった!?時雨たちも高速修復材を使ったんだが目を覚まさないんだ!!」

 

 

 提督が必死な顔で私に言います。ボロボロな状態で見つかった私たちはすぐにドックへ運び込まれましたが時雨たち3人の損傷はかなり酷く、未だに3人は目を覚ましていないということでした。

 

 

「え……」

 

 

 必死にあの後のことを思い出します。飛龍が航空機を抑えて、夕立と時雨が砲撃と魚雷でヤツの足を止めて私が砲撃して……でも倒しきれなくてヤツが反撃してきて私は飛龍を庇って……最後に見たのは魚雷を持って突撃した夕立の姿でした。

 

 

「レ級デス……」

 

 

「何!?」

 

 

 私の話聞いた提督はとても驚き、聞き終えると私を抱き締めてきました。

 

 

「良かった……生きてて本当に良かった……!」

 

 

 提督は泣きながら何度も「良かった」と繰り返しました。

 

 

「野木提督、大将殿がお見えになっております」コンコン

 

 

「……分かった」グイッ

 

 

 提督は涙を拭うと扉へ向かいます。提督が部屋を出た後、私は痛む体を引きずりながら彼を追いました。提督が入った部屋の扉を少しだけ開けて中を覗きました。

 

 

「……今回の大規模作戦、何故君の艦隊は援護に来なかったのだね?」

 

 

「はっ!恐れながら我が艦隊は援護に向かう途中で戦艦レ級と交戦した模様です」

 

 

「戦艦レ級だと?」

 

 

「はい、彼女たちの傷の具合を見ても間違いありません」

 

 

「何故ヤツが……まあ理由は分かった。ヤツと出会って艦隊が全滅しなかっただけでもたいしたものだ」

 

 

「……主力艦隊の方はどうなったのですか?」

 

 

「こちらはかなりの被害を出しておきながら姫を取り逃がしてしまった……」

 

 

「そうですか……」

 

 

「君のところの夕立と時雨の夜戦火力には期待していたのだが……悪魔に会ったのならば仕方のないことだな」

 

 

「申し訳ありません……」

 

 

 提督が大将に頭を下げました。

 

 

ーーー違う、悪いのは提督じゃない。

 

 

「ひとえに我が艦隊の練度不足が原因です。全て俺の指導に問題がありました」

 

 

ーーー違う!悪いのは、悪いのはーーー

 

 

「良い、悪魔はそれだけの存在なのだ。今回の件は不問とする」

 

 

「ありがとうございます……」

 

 

 会話が終わり大将が部屋を出ました。大将を隠れてやり過ごした後、私は部屋へと入りました。

 

 

「金剛!?寝てなくてはダメだろうが!!」

 

 

「テートク、どうしてテートクが謝るんデスか?」

 

 

「聞いてたのか?」

 

 

「ハイ」

 

 

「レ級に遭遇したとはいえ、主力艦隊がもう少しで姫級を討伐出来るというところに助力出来なかったのも事実だ。だから謝った。お前たちを十分に育てていなかった俺にも責任があると思ったからな」

 

 

「たった四隻でアイツに勝てるわけがないデス!」

 

 

「……お前たちは頑張ったよ。こうして全員で帰って来てくれた」

 

 

「ワタシは違いマス!!」

 

 

「金剛······?」

 

 

「飛龍はアイツの艦載機からワタシたちを守りました。夕立と時雨はアイツの足を砲撃と魚雷で止めました。……デモ、ワタシはアイツにロクに攻撃を当てることが出来なかったんデス!一番の火力を持つ戦艦なのに!ワタシがダメだったからアイツに反撃の機会を与えたんデス!」

 

 

「……」

 

 

「ワタシがきちんとアイツにダメージを与えていれば、アイツをすぐに撤退させて主力艦隊の援護に行くことも出来たかも知れなかったんデス!!時雨たちが負傷することもなかったはずデス!!」

 

 

「……」

 

 

 提督は黙って聞いていました。

 

 

「……テートク、強くなりたいデス」

 

 

「……」

 

 

「大切な誰かを守れるように、悲しませないように……」

 

 

「……ああ」

 

 

「ワタシは今のままじゃダメなんデス。ワタシが強くなれるよう助けてくれマセンか?」

 

 

 提督は力強く頷いて言ってくれました。

 

 

「……ああ、任せろ。お前の期待に応えてやる!」

 

 

 

 それから私と提督の特訓が始まりました。

 

 

 

 

 

 

ーーー野木提督着任から2年半後

 

 

 

 砲撃の嵐の中を私は進みます。空では艦載機たちが激しい攻防を繰り広げ、時雨たちは周囲の敵を引きつけてくれています。

 

 

 私は進みます。前方に見える敵を目指して。

 

 

「フゥー」スッ

 

 

 提督は私にある技術を授けてくれました。特殊な体の動かし方によって動き出しの動作を分からなくして、相手の意表を突くための体術です。さらに私はこれまでの戦いの経験を基に、高いレベルで相手の動きを予測して戦うようになりました。「砲撃が当たらないのなら当たる距離まで近付いてしまえばいい」それが提督の考えでした。戦艦が敵に接近して戦うなんて普通じゃないし、近付くほど危険も大きくなります。提督は乗り気じゃなかったけど、私の強い意志に折れてそのための技術を教えてくれました。

 

 

「キヒヒヒッ!」

 

 

 進む少し先には赤いオーラを纏うあの悪魔の上位種がいます。

 

 

 私は相手の砲撃の角度と狙いを予測しタイミングを合わせて飛んできた砲弾を手ではじきました。これも提督にコツを教えてもらって苦労して手に入れた技術です。

 

 

ドゴッ!!

 

 

 砲弾が遅れて爆発します。

 

 

「キヒッ……!?」

 

 

 そのまま悪魔を目指して私は進み続けます。回避、回避、回避、はじいて、回避。

 

 

 とうとう私は悪魔の目の前までやってきました。

 

 

「この距離ならはずすことはありえないデス」ジャキッ

 

 

「キ······!?」

 

 

 悪魔が目を見開いて私を見ました。たっぷりとくらいなさい……!

 

 

「バーニング、ラアァァブ!!」ドオオン

 

 

 砲弾が撃ち出され悪魔が爆炎に飲み込まれます。炎が消えた頃、そこには何も残っていませんでした。

 

 

 

 

 

「テートクゥー!戦果Resultが上がったヨー!」バアンッ

 

 

「扉を乱暴に開けるなと言ってるだろうが」

 

 

「ノープロブレムネー!」

 

 

「問題大有りだバカ!」

 

 

「任務通り敵艦隊を殲滅してきたヨー!」ニコニコ

 

 

「はぁ……まったく」

 

 

「……ん」スッ

 

 

「頭を差し出してどうした?」

 

 

「ご褒美になでてくだサーイ!」

 

 

「はぁ……」ナデナデ

 

 

 提督が優しく私の頭をなでてくれます。

 

 

「テートクのナデナデは最高デース!」ナデラレナデラレ

 

 

 提督のナデナデは気持ちがよくて、この瞬間は彼の優しさを存分に感じることが出来たので、私はこの時間が何よりも好きでした。

 

 

「……甘えん坊め」

 

 

「ワタシはテートクにゾッコンデスからネー!」

 

 

「……」グイッ

 

 

 突然提督が私の髪を引っ張りました。

 

 

「本当にどうなってんだこのフレンチクルーラー」

 

 

「フ、フレンチクルーラーじゃないデス!!」

 

 

「……」グイグイ

 

 

「イタタタタ……!テ、テートク、髪を引っ張らないでくだサイ!髪がもげちゃ……アッーーーーーー!?」

 

 

 

 ああ、あなたとの日々はとても楽しい

 

 

 

 

 

 

「テートクゥー!スコーン作ってきたので一緒に食べるデース!!」

 

 

「スコーンは美味しいんだけどさ、お前ってスコーン以外に作れる物あんの?」

 

 

「私はスコーン以外作れマセン」

 

 

「」

 

 

 提督は口をあんぐりと開けて私を見ました。

 

 

「テートク?」

 

 

「……今度料理を教えてやるよ」

 

 

「What!?テートクは料理が出来るんデスか!?」

 

 

「人並みにはな」

 

 

「Oh……」ガクッ

 

 

「どうした?」

 

 

「いえ、ちょっと自分が情けなくなっただけデス……」

 

 

「ちゃんと教えてやるから安心しろ。ほら、スコーンを食べるんだろ?紅茶を入れてくれ。俺はお前の淹れる紅茶が好きなんだ」

 

 

 

 あなたはとても優しい

 

 

 

 

 

 

「テートク!You've got mail!Love letterは許さないんだからネー!」

 

 

「俺にそんなもん来ないっての……どれどれ」

 

 

「何て書いてあるんデスか?」

 

 

「『すまん。お前の妹がとうとう士官学校に入学してしまったのでこれを報告する……じいちゃんより』……あの人まだ粘ってくれていたのか、本当にいい人だな」

 

 

「テートクのsisterさんデスか?」

 

 

「ああ、よほど海軍に入った俺のことが心配らしい」

 

 

「いつかご挨拶に行かなければなりマセンネ」

 

 

「えっと、何故?」

 

 

「ワタシはテートクの家族じゃないデスかー!」

 

 

「ああ、艦娘としてお世話になってますっていう」

 

 

(……そうじゃないデース)

 

 

「……」スタスタ ポスッ

 

 

「何故俺の膝の上に座る」

 

 

「別にいいじゃないデスかー」

 

 

「まったく……」ナデナデ

 

 

「……ふにゅう」ニヘラ

 

 

 

 私は艦娘であなたは人間なのに

 

 

 

 

 

 

「うぅ……テートク、艦隊が帰投したヨー」ボロッ

 

 

「おう、お帰……ぶはっ!?お、お前、その頭は一体どうした!ア、アフロみたいになってん、ぞ……ぷっくく」

 

 

 提督はコーヒーを吹き出し、笑いをこらえて私を見ていました。

 

 

「うぅ……砲弾をはじくのに失敗したデース」アフロ

 

 

「も、もう無理……ぶわっはっはっは!!」ゲラゲラ

 

 

「わ、笑わないでくだサーイ!!」

 

 

「アフロ!まんまアフロだ……腹が痛い!」ゲラゲラ

 

 

「テ、テートクのバカー!!」バシーン

 

 

「ごはっ!?」

 

 

 

 あなたの存在が私の中でどんどん大きくなって……

 

 

 

 

 

 

「そういや、最近のお前らが何て呼ばれているか知ってるか?」

 

 

 ある日突然提督がそう聞いてきました。

 

 

「いえ、知りマセン。何て呼ばれてるんデスか?」

 

 

「〈大天使時雨〉、〈悪夢の夕立〉、〈天の飛龍〉、そして〈鬼の金剛〉だ」

 

 

「D、Demon!?」

 

 

 正直、かなりショックでした。

 

 

「いやお前、戦艦がわざわざアドバンテージ捨てて近付いて来て、その上、近距離で主砲ぶっぱなすとか怖がられても仕方ないだろ」

 

 

「ワタシは鬼じゃないデス!!

 

 

「嫌なら通常の距離からの砲撃の命中精度を上げろ」

 

 

「最近はちょっとずつ当たるようになってマース!」

 

 

「それが普通だろうが」

 

 

「テ、テートクもワタシが怖いデスか?」

 

 

「いや、お前たちのことはいつでも普通の女の子だと思っているよ」

 

 

「テ、テートク……バーニングラァーブ!!」ガバッ

 

 

「のわぁっ!?」

 

 

 

 本当に好きになってしまったじゃないですか……

 

 

 

 

 

 

ーーー野木提督着任から3年後

 

 

 

「ケッコンカッコカリ……デスか?」

 

 

「ああ、なんでも艦娘と強い絆を結ぶことで今まで以上に強い艦娘を生み出す事が出来るらしい」

 

 

「……」

 

 

「にしてもケッコンカッコカリって……もうちょっとマシな名前はなかったのかあのじいさんは」

 

 

「指輪……デスネ」

 

 

「そうだな」

 

 

(これなら艦娘であるワタシが合法的に人間の提督と結ばれることが可能デス!!)

 

 

「テートク!ワタシ指輪が欲しいデース!!」

 

 

「お前練度足りないだろ」

 

 

「すぐに上げてみせるデス!!!」

 

 

「無茶だけはするなよ」

 

 

「早く欲しいんデス!」

 

 

「まったく、落ち着けって」ナデナデ

 

 

「えへへへ」ナデラレナデラレ

 

 

 

 ……それが提督に会った最後の日でした。

 

 

 

 

 

 

ーーー野木提督着任から3年と2ヶ月後

 

 

 

 あの日以降、彼は横須賀第二支部に全く来なくなりました。

 

 

「うぅ……テートクがここに来なくなってもう2ヶ月デース」

 

 

「大丈夫ですか?金剛さん」

 

 

「代理提督さん、テートクは今どうしてるんデスか?」

 

 

「彼は今、もう一つの方の仕事が忙しくて手が離せない状況だと聞いています」

 

 

「もともと毎日ここに来る人ではなかったデスケド、2ヶ月も来なくなるなんて今までなかったデス……」

 

 

「きっと大変なお仕事なのでしょう」

 

 

「テートク……」

 

 

 

 

 

 

ーーー野木提督着任から3年半後

 

 

 

「テートクに会わなくなってもう半年デス……」

 

 

「……」

 

 

「テートク、もうワタシ、ケッコンカッコカリ出来る練度になったんデスヨ?」

 

 

「金剛……」

 

 

「……やっぱり艦娘であるワタシが人間であるテートクと結ばれたいと願ってしまったのがいけなかったのデスか?それとも……テートクはワタシたちのことが嫌いになってしまったのデスか?」

 

 

「金剛、もう部屋に入ろう。ここにいては風邪を引いてしまうよ」

 

 

「時雨、艦娘であるワタシたちは風邪を引くことはないデス」

 

 

「……」

 

 

「……ゴメンナサイ、時雨たちも辛いのは一緒なのに」

 

 

「……いいよ。部屋に入ろうか」

 

 

 時雨は寂しそうに笑っていました。

 

 

「ハイ……」

 

 

 

 

 

 

ーーー野木提督着任から3年と8ヶ月後

 

 

 

「金剛さん、一緒にお酒でも飲まない?」

 

 

 これは飛龍なりの気遣いだったのでしょう。

 

 

「飛龍、今はそんな気分じゃないデス……」

 

 

「お酒を飲めば多少は気も紛れるかもしれないよ」

 

 

 でも……

 

 

「ゴメンナサイ……」

 

 

 

 

 

 

ーーー野木提督着任から3年と10ヶ月後

 

 

 

「金剛さん、ここにご飯置いておくっぽい」

 

 

「……」

 

 

「ぽい……」ガチャ

 

 

 バタン……

 

 

「テートク······」

 

 

 私は日に日に無気力になっていきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー野木提督着任から4年後

 

 

 

「それじゃ、僕たちは任務で他の鎮守府で派遣されることになったから金剛は留守番をよろしくね……」

 

 

「わざわざ私たちを指名するなんて物好きもいたものね……」

 

 

「ぽい……」

 

 

「……」

 

 

 

 

 

 

ーーー時雨たちが出発してから2週間と数日後

 

 

 

「ただいま金剛、今戻ったよ」ガチャ

 

 

「ただいまー」

 

 

「ただいまっぽい!」

 

 

 その日は違和感がありました。

 

 

「…………?」

 

 

 何故か時雨たちは出発前のあの暗い雰囲気がなくなって帰って来ました。それに加え、3人は笑っていました。彼女たちの笑顔を見たのはいつぶりでしょうか。

 

 

「みんな、笑って……」

 

 

「ああ、それはね……」

 

 

「素敵な提督さんと親友に会ったっぽい!」

 

 

「僕たちの派遣先の鎮守府の提督なんだけど、艦娘を完全に人間として扱う変わった人だったんだよ」

 

 

「あそこは居心地がいいっぽい!」

 

 

「提督はなかなかいい人だったわよ」

 

 

「まだ艦娘が2人しかいない鎮守府だけど良い所で、野木提督がいた頃のような時間を過ごすことが出来たよ」

 

 

「確かに雰囲気が彼にそっくりだったわね」

 

 

「……テートクに?」

 

 

「あ、そういえば彼から金剛への手紙を預かっているよ」

 

 

「ワタシに……?」

 

 

「金剛に渡してくれって頼まれたんだ」

 

 

 そう言って時雨は一通の手紙を差し出してきました。私は手紙の封を切って中身を読みました。

 

 

『 鬼の金剛様へ

 

 あなた個人に演習を申し込みます。相手をするのはこちらの艦娘から1人です。日時はいつでも構いません。来なかったらお前のフレンチクルーラーをもいでやる。』

 

 

「な、何これ?金剛さん個人に演習の申し込み?いやそれよりも最後の一文は何!?」

 

 

「フレンチクルーラー……」

 

 

「なんか美味しそうっぽい」

 

 

 時雨たちが何か言っていましたが、私はそれどころではありませんでした。手紙の文字から目が離せません。

 

 

「こ、この筆跡……」

 

 

 手紙を持つ手が震える。私は思わず時雨たちに詰め寄っていた。

 

 

「こ、この手紙を渡してきた方はどんな姿だったんデスか!?」

 

 

「えっ?士官学校を出たばかりの青年だよ。黒髪黒目でちょっと幼さが残るような……でもちょっとかっこよかったかな」

 

 

 あの人と全く一致しない……でも!

 

 

「眼鏡はかけてたんデスか?」

 

 

「か、かけてなかったよ」

 

 

 確かめる必要がある。そんな気がしました。

 

 

「みなさん、今からちょっとワタシと訓練に付き合ってくだサイ!!」

 

 

「えっ!?部屋から出る気になったのかい!?」

 

 

「やっぱりフレンチクルーラーのせいなの!?」

 

 

「夕立は手伝うっぽい!」

 

 

 私は時雨たちとともに久々に体を動かすことにしました。

 

 

 

 

 

 

ーーーーー佐世保鎮守府

 

 

 

「あっ」

 

 

「……どうしたんだい司令官?」

 

 

「……筆跡を直さず送っちまった」

 

 

「?」

 

 

 再会まで後少し

 

 

 

 

 

 






主役は遅れてやってくる。金剛は乙女で可愛い。

……やっとバーニングラブが出せました!



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再会 ※落書き有り

 

 

 

「という訳で〈鬼の金剛〉と皐月の演習が決定した」

 

 

 朝の執務室に呼び出された皐月は突然の発表に困惑した。

 

 

「……ちょおっと待ってくれる?ボクそんな話聞いてないんだけど」

 

 

 皐月が焦ったように飯野に言う。

 

 

「時雨に金剛宛の手紙を渡したんだが、その返事が返ってきたんだ。快く引き受けてくれるらしいぞ」

 

 

「金剛さんって自分の司令官を失って寝込んでるんじゃなかった?なんでまた急に……」

 

 

「興味はないのか?」

 

 

「えっ?」

 

 

「海軍の間で有名になった横須賀第二支部の四天王の最後の1人だぞ?どんな艦娘なのか見たくないか?」

 

 

「そりゃ、時雨たちと同レベルの人だろうし興味はあるよ」

 

 

「別に負けても何か罰があるわけでもない。むしろ良い経験だと思って挑むのがいいと思うぞ」

 

 

「うーん……」

 

 

「すでに決定事項だけどな」

 

 

「一体どうやって金剛さんのやる気を出したんだい?」

 

 

「俺は演習を申し込んだだけだ」

 

 

「はあ……ってことは時雨たちもまた来るの?」

 

 

「多分付いてくると思うな」

 

 

「〈鬼の金剛〉か······」

 

 

「色んな意味でお前の大先輩だ。きっといい経験になる」

 

 

「分かったよ。日時は?」

 

 

「明日の15:00だ」

 

 

「了解だよ。司令官」

 

 

「今日は榛名に訓練を手伝ってもらうといい」

 

 

「うん、頼んでみるよ」

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー金剛との演習当日

 

 

 

「えっと……またすぐに会うことになったね」

 

 

「ボクは嬉しいけどね……そちらが金剛さん?」

 

 

 佐世保鎮守府にやって来たのは金剛と付き添いで時雨たち3人だった。つまり四天王全員である。

 皐月は視線を金剛へと向ける。榛名と同じ改造巫女服のような姿だ。榛名のミニスカートは赤色だが、彼女は黒のミニスカートである。電探カチューシャに長い茶髪の一部をお団子にしている。ぴょこんとアホ毛が出ているのも特徴だろう。彼女はここに来てからというもの落ち着きがなく、辺りをキョロキョロと見回している。

 

 

(榛名さんもそうだけど、この人すごい美人だな……)

 

 

「うん、そうだよ……金剛、さっきから何を探しているんだい?」

 

 

「あ、あの、ここのテートクはどこにいらっしゃるのデスか?」

 

 

「何か用事が合って手が離せないみたいなのです」

 

 

「そうデスか……」

 

 

「でも、伝言を預かっているのです」

 

 

「伝言?」

 

 

「『そこにいる皐月は色んな意味でお前の後輩だ。しっかりと先輩としての実力を見せてやれ』だそうです。なんだか上から目線なのが気になるのですけど……」

 

 

「!……分かったデス。演習後にはテートクに会えマスか?」

 

 

「その頃には終わっていると言ってたのです」

 

 

「了解デス!」

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 演習場の端と端で皐月と金剛がお互いに睨み合っている。榛名たちはそんな2人を見ながら会話をしていた。

 

 

「あの金剛お姉さまは本物の〈鬼〉なんですよね?」

 

 

「ああ、僕たち横須賀第二支部のメンバーをまとめる艦隊の旗艦だよ」

 

 

「ぽいっ!」

 

 

「すっごく綺麗な人だったのです」

 

 

「よく言うじゃない、『女の子は恋をすると綺麗になる』って」

 

 

「えっ?」

 

 

「ほら、始まるよ」

 

 

 

 

 

 

「さて、お手並み拝見デスね」

 

 

 弾薬の装填を確認する。今は提督のことを考えている場合ではない。集中しなくては……

 

 

 私はゆっくりと進み出した。

 

 

 

 

 

 

「……まだ撃ってこない?おかしいな……もうとっくに金剛さんの射程に入っているのに」

 

 

 演習開始からだいぶ時間が経過したけれど彼女は大きな動きを見せていない。

 

 

「動いていないわけじゃないけど……」

 

 

 彼女は真っ直ぐこちらに()()()()()()()

 

 

「なら、こちらから仕掛けさせてはもらうよ!」

 

 

 すでに砲雷撃戦の距離だ。ボクは砲撃を開始した。砲弾が彼女に迫る中、彼女はゆっくりと歩いて来る。彼女がふらりと小さく揺れた。

 

 

 彼女は()()()()()()()()()()()()

 

 

「……?……?……!……えっ?」

 

 

 ボクの砲撃が当たらない。彼女は歩いているだけなのにまるで砲弾が彼女を避けるように飛んでいく。彼女は時々小さく体を揺らしているが歩いているようにしか見えない。彼女の体すれすれに通過した砲弾が彼女の背後に着弾していく……

 

 

『彼女は俺がお前に教えた技術をさらに洗練させたものを持っている』

 

 

 司令官が言った言葉が頭に蘇る。

 

 

「すごい……」

 

 

 彼女が段々と近付いて来る。彼女の目はボクに固定されたまま、ゆっくりと歩いて来る。

 ボクは恐怖を感じ始めていた。

 

 

(金剛さんの手前の水面を撃って視界を奪ってみようか?……いや、そんなことで彼女は止められるのか?)

 

 

 彼女は止まることなく一定の速さで歩いて来る。視線はずっとボクから外さず、砲弾を気にする様子もなく……

 

 

「こんな状態で魚雷を撃ったって当たらない……」

 

 

 こんな相手をどう崩せばいいのか分からない。それに先程から凄まじいプレッシャーがボクに突き刺さっている。

 

 

(怖い……)

 

 

 気がつくとボクは後ずさっていた。こんなことは初めてだった。

 

 

(も、もう目の前まで来てる!)

 

 

 本能が警鐘を鳴らし、必死に彼女から距離をとった。ここで初めて彼女が砲を構える。

 

 

「逃げるんデスか?」

 

 

 彼女が砲撃。轟音とともに砲弾が迫る。とっさに身をひねって直撃を避けるが着弾の衝撃を至近距離でくらってしまい、大きく吹き飛ばされる。2、3回ほど海面に叩きつけられようやく停止する。

 

 

「……っ!」

 

 

 慌てて身を起こし、その場を離れる。追撃の砲弾が迫っていたからだ。

 

 

「逃げてるだけじゃワタシは倒せないヨ」

 

 

 強い……けれど

 

 

(……やられっぱなしでいられるか!!)

 

 

 

 

 

 

 榛名は呆然と2人の戦いを見ていた。

 

 

「あ、あれは何かの手品なのでしょうか……?砲弾がお姉さまを避けていきます……」

 

 

「歩いているようにしか見えないのです……」

 

 

「体術で皐月の狙いをずらしながら完全に皐月の砲撃を読み切って小さく動いているんだよ」

 

 

 時雨は落ち着いた様子で言う。

 

 

「こんなことされると相手の動揺はハンパじゃないわよね……」

 

 

「夕立もちょっと怖いっぽい」

 

 

「まだ金剛は皐月の戦い方を知らないから多少の揺さぶりは出来るだろうけど……」

 

 

「……皆さんはお姉さまと戦って勝てるのですか?」

 

 

 榛名の問いかけに時雨が迷いなく答える。

 

 

「本気の彼女相手じゃ()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 俺は演習場に設置されたカメラを通して2人の戦いを観戦していた。

 

 

「さすがだな……」

 

 

 圧倒的だった。久々に見た彼女の動きに無駄は一切なく、横須賀第二支部の艦隊旗艦〈鬼の金剛〉としての姿がそこにあった。

 

 

「……」

 

 

 俺は今日、彼女たちに正体を明かすつもりだ。彼女たちを長い間放っておいてしまった理由はあるのだが、どう考えても俺が悪い。いくら卒業論文に忙しかったからといっても一度も会いに行かず、卒業論文の作成とその研究に没頭していたのだ。嫌われても仕方ないし、殴られる覚悟もしておこうと思う。

 

 

「金剛……」

 

 

 

 

 

 

「逃げているだけじゃワタシは倒せないヨ」

 

 

 追撃の砲弾を避けたのはまあまあだと思います。呑まれかけていましたがなんとか立て直したメンタルも褒めてもいいでしょう。

 

 

「後輩デスか……」

 

 

 そろそろこちらも攻撃してみましょうか。

 

 

「さて、どうするカナ?」

 

 

 砲撃を開始します。彼女はすぐに回避行動に入り、砲弾を避け始めました。

 

 

「……意外と避けますネ」

 

 

 ギリギリですが彼女はこちらの砲撃を上手く捌いています。よく見れば魚雷も密かに撃たれていました。それを回避しながら私は何回か砲撃した所で違和感を感じました。

 

 

「……?誤差が大きいデスネ?」

 

 

 彼女に上手く狙いが定まらなくなってきました。さらに砲撃し、そして気付きました。

 

 

「これは……ワタシと同じ……!」

 

 

 なるほど、これは確かに私の後輩です。そしてこれを彼女に教えたこの鎮守府の提督は……

 

 

「やっぱり……あなたなんデスか……?」

 

 

 

 

 

 

「次でもう一歩詰める!」

 

 

 なんとか自身を奮い立たせたボクは彼女と同じ技を駆使して彼女に近付いていった。

 

 

(刀はまだだ!)

 

 

 出来れば刀はもう少し近付いてから使いたい。これはボクの切り札だからだ。

 

 

(右、前、右、速度変更…右、前進!)

 

 

 かなりの難易度の砲弾が迫る。

 

 

「……気合いだっ!」

 

 

 カンでなんとか回避に成功し、心の中で小さくガッツポーズ。そのまま突き進む。彼女との距離は再び縮まってきている。彼女もどんどん近付いて来ているからだ。

 

 

「フフッ、ワタシの後輩はなかなかやるようデス。……デモ、これはどうデス?」ドオンドオン

 

 

(これは避けられない!)

 

 

 切り札を切った。

 

 

 ギインッッ!!

 

 

 砲弾を斬り、彼女の懐に潜り込む。彼女は目を見開いていた。

 

 

(ここで攻めきらないと二度目はない!)

 

 

 下から斬り上げた最初の一太刀はかわされた。続いて太刀をすべらせる。彼女は体を逸らそうとするが間に合わない。

 

 

(もらっ……!?)

 

 

 刀が大きく逸れた。彼女が刀の腹を手で殴ったのだ。彼女と目が合う。

 

 

「あ……」

 

 

 ……彼女の砲門がボクの鼻先に突きつけられていた。

 

 

「ナイスファイトだったデスよ後輩。最後はちょっと本気を出しそうになったデス」

 

 

 彼女は笑顔で手を差し出してきた。

 

 

(本当に強いなあ……)

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

 

 彼女……皐月と一緒に私は演習場入口へと戻りました。

 

 

「金剛、お疲れ様」

 

 

「お疲れー」

 

 

「皐月もお疲れ様っぽい!」

 

 

「すごかったのです!」

 

 

「さすがですお姉さま!」

 

 

 皆さんや妹から声をかけてもらいましたが、私はずっとあの人を待っていました。しばらくして1人の青年が演習場に姿を現しました。

 

 

「2人ともお疲れ様だ。金剛、今日はわざわざ佐世保鎮守府に来てくれてありがとう。俺がこの鎮守府で提督をやっている飯野勇樹少佐だ」

 

 

 そう言って彼は笑いました。

 

 

「あ……」

 

 

 体に電流が走りました。目の前にいるのは士官学校を出たばかりの新人提督である青年。でも、その笑い方や纏っている雰囲気が彼と重なりました。ずっと彼だけを傍で見ていた私には分かります。目の前にいるのは……

 

 

「テー……トク」

 

 

 彼の顔が強張りました。それを見て私は確信します。

 

 

「テートク!テートクデスヨネ!?」

 

 

「「「「「えっ?」」」」」

 

 

「……俺は飯野勇樹少佐だ。お前の提督は野木勇少将ではないのか?」

 

 

「……手紙の筆跡を見マシタ。ワタシは3年もずっとあなたの秘書艦だったんデスヨ?姿が違ってもワタシには分かりマス」

 

 

「やっぱりマズかったか……」

 

 

 彼は溜め息を吐くと「降参だ」と言いました。

 

 

「野木提督の親族か何かだと思ってたけど、まさか本人だったとは……」

 

 

「えっ?ど、どういうこと?飯野提督が野木提督!?で、でもまるっきり別人じゃない!!」

 

 

「……でも姿以外はあの人とそっくりっぽい」

 

 

「「どういうこと(なのです)!?」」

 

 

「えっ……」

 

 

 騒ぐ周囲を気にしながらも彼は私たちに話し始めました。両親を深海棲艦に殺されたこと、元帥に身柄を保護されたこと、妖精の手を借りて野木提督として着任することになったこと、士官学校に行かなければならなかったこと、卒業論文作成に関する研究のために1年間それに没頭していたこと、佐世保鎮守府の立て直しのため着任することになってしまったこと、他にも彼と私たちしか知らない秘密など……すべてを話し終えた時、場は静まり返っていました。

 

 

「それがあなたの秘密デスか?」

 

 

「ああ。すまない……俺は1年もの間お前たちを放っておいた酷い提督だ。嫌ってくれて構わない。殴ってくれて構わない。俺は最低な男だった」

 

 

「……どうして今まで黙っていたんデスか?」

 

 

「……時雨たちの様子を最初に見た時、自分が何をしたのか気付いてしまったんだ。嫌われるかもしれない、怒られるかもしれない、そう思うと打ち明ける勇気が持てなかった」

 

 

「酷い提督デス……」

 

 

「本当にな……」

 

 

「……何だったんデスか?」

 

 

「何?」

 

 

「ワタシたちを放っておいてテートクは一体何の研究をしていたんデスか?」

 

 

「……お前たち艦娘の解体についてだ」

 

 

 彼は突然そう言った。

 

 

「えっ……」

 

 

「……お前たち艦娘は解体されるとどうなるか知っているな?」

 

 

「ハイ……ただの資材だけが残ります」

 

 

「資材が残り、艦娘の本体は処分される。本体は普通の人間よりも身体能力が高いことから危険だというのが理由でな。本体がどのように処分されるのかなんて考えたくもない」

 

 

「……」

 

 

「俺はお前たち艦娘を解体作業において普通の人間にする方法を研究していた」

 

 

「ど、どうしてそんな研究を……」

 

 

 彼が私たちを見回す。

 

 

「お前たちはことあるごとに自分たちのことを「兵器だから」という。俺はそう思っていない。お前たちは俺とともに戦う仲間だ。4年前、横須賀第二支部に着任した俺は金剛たちと触れ合い、間違いなく艦娘は人間と同じだと確信した。……俺はお前たちに普通の人間としての生を与えたかった。もっと広い戦場以外の世界を見せたかった。お前たちと触れ合う内にこの思いはどんどん大きくなっていった」

 

 

「「「「……」」」」

 

 

「俺は日本を守るためというよりもお前たち艦娘を守り、広い世界を見せてやるために提督になったんだ。……それで艦娘を傷つけるような事しちまっちゃ意味がないのにな。ごめんな……4人とも」

 

 

 彼は俯き、そのまま何も言わなくなりました。

 彼の告白を私たちは静かに聞いていました。私は静かに提督に歩み寄ります。

 

 

「……テートク、歯を食いしばってくだサイ」

 

 

「……ああ」

 

 

 バチンッ

 

 

 私は強烈なビンタを彼に与えました。

 

 

「……ワタシたちがどんな思いで1年も待ったか分かりマスか!?ワタシたちは家族も同然の付き合いだったのに!!何も言わずに消えて!!」

 

 

 言葉があふれて止まりません。

 

 

「でもっ!あなたの気持ちは……あなたの志は……あなたの優しさは……嬉しくて……!!」

 

 

 そこまで言ったところでもう限界でした。涙があふれて止まらなくなり、私は泣きました。彼は遠慮がちに私に近付くと、そっと抱き締めてきました。

 

 

(ああ、これです……私が求めていた温もりです……)

 

 

 気がつくと時雨たちも提督に抱き付いて泣き始めていました。

 

 

「っ!君は本当にバカだよ……」ギュッ

 

 

「……てーとくさんっ!てーとくさんっ!」ギュウ

 

 

「本当に……ぐすっ……遅いですよ」ギュウウ

 

 

「殴らないのか?」

 

 

「もう金剛が殴ってくれたよ……それよりも」

 

 

「ぽい……」

 

 

「1年分、甘えさせてください……」

 

 

「……そんなことでいいのか?」

 

 

「テートクに嫌われたくありマセン」

 

 

「俺がお前たちを嫌いになるなんてことはない」

 

 

「不安なんデス……結局、指輪をもらうこともなかったデスから……」

 

 

「指輪……?ケッコンカッコカリか……」

 

 

「金剛は君とケッコンカッコカリするために頑張っていたからね……」

 

 

「金剛さんの練度はもう99っぽい」

 

 

「……すまん、今は手元にないんだ」

 

 

「そうデスか……なら、頭をなでてくだサイ。あの頃と同じように」

 

 

「ああ」ナデナデ

 

 

「ふわぁ……」ナデラレナデラレ

 

 

 彼の優しい手の温もりに体の力が抜けていきました。

 

 

(あったかいデス……)

 

 

「もっと……お願いしマス」ギュウ

 

 

「ますます甘えん坊になってないか?」

 

 

「テートクのせいデス」

 

 

「……」ナデナデ

 

 

「えへへ」フニャ

 

 

 

「あ、あの……」

 

 

 今まで静かに見守っていた榛名が声をかけてきました。

 

 

「榛名?」

 

 

 榛名はおそるおそるという感じで聞いてきました。

 

 

「こ、金剛お姉さまと提督は一体どのような関係なのですか?」

 

 

「恋人デス」

 

 

「友達以上恋人未満というような感じだ」

 

 

「えっ」

 

 

「何だ?」

 

 

「うわあ……」

 

 

「ぽい……?」

 

 

「ちょっと……」

 

 

「……ホッ」

 

 

「……ヨカッタノデス」

 

 

「……フーン」

 

 

「ワ、ワタシたちは恋人じゃなかったんデスか!?」

 

 

「いつなったんだ……」

 

 

 不思議そうな顔をしないでください!

 

 

「そ、そうなんですか」

 

 

 一瞬、何故か榛名が嬉しそうな顔をしました

 

 

「な、何で榛名は嬉しそうなんデ……まさか」

 

 

「あっ、い、いえ!榛名は別に!」

 

 

 よく見れば榛名のこの表情は……

 

 

「テ、テートク!浮気はダメデス!!」

 

 

「いや、付き合ってないだろ」

 

 

「何でデスか!?」

 

 

「落ち着けって」ナデナデ

 

 

 ま、真面目に……答え……

 

 

「そんなこと言ったって……!」ナデラレナデラレ

 

 

「……」ナデナデ

 

 

 そ、そんなになでても……

 

 

「誤魔化さ……」ナデラレナデラレ

 

 

「……」ナデナデ

 

 

「……ふにゅう」ニヘラ

 

 

「……チョロイ」ボソッ

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「こちらの金剛お姉さまの提督だということは……飯野提督はあの〈東国の鬼神〉ということなのでしょうか?」

 

 

「……そうだ」

 

 

「そんな人に榛名の提督になっていただけたなんて……」

 

 

「司令官はかなりの規格外だと思っていたけど想像以上だったね」

 

 

「電もびっくりなのですよ……」

 

 

「実際に戦っているのは俺じゃない。すごいのは金剛たちだよ」

 

 

「鍛えたのは司令官じゃん……」

 

 

「……心配だったがこうして受け入れてくれたんだ、今日は再会を祝ってちょっとした宴会でもしようと思う」

 

 

「料理なら手伝うのです」

 

 

「私も出来ますよ」

 

 

「僕は夕立の面倒を見ているよ」

 

 

「ぽい!?」

 

 

「榛名も頑張ります!」

 

 

「…………はっ!?」

 

 

 いけない。トリップしてました。

 

 

「あ、やっと戻ってきたな」

 

 

「……テートク」

 

 

 聞いてください。

 

 

「……ん?」

 

 

「……あなたが好きデス」

 

 

「ああ、俺も家族としてお前たちを愛しているよ」ニコ

 

 

 

 私は空気の読めない提督の足を思いっきり踏んづけてやりました。

 

 

 

 

 

 





金剛ちゃんが可愛くて挿し絵を描いてしまったけど落書き以下ですねこれ……もとから画力は無いですけど。

やっと金剛が合流。この娘が来るともう佐世保鎮守府が騒がしくなっていきますね(笑)シリアスさんがログアウトしそう。

次回も金剛(と榛名)のターンです。


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ケッコンカッコカリ(バーニングラブ×2)

 

 

 

 金剛たちに自らの正体を明かした俺は、あの後みんなでちょっとした宴会を開いた。途中で正座をさせられ、時雨たちに延々と俺がいない間どれだけ大変だったのかということを怒られた。その間、金剛がずっと俺の背中にくっついていたものだから足が死にかけた。皐月たちは傍観しているだけで助けてはくれなかった。榛名がずっと金剛を羨ましそうに見ていたが。

 

 

「……ケッコンカッコカリか。取り寄せたのはいいが渡しづらくなってきたな……うぅむ」

 

 

 執務室にて俺は眼前の机に乗る指輪の入った小箱を見ながら唸っていた。

 

 

「カッコカリといってもこんなの意識してしまうだろうが……」

 

 

 恥ずかしい。これはただの戦力強化だ。そう、戦力強化だ。決して結婚では──────

 

 

「どうしたの司令官?」

 

 

「うおっ!?」

 

 

 突然皐月が現れた。

 

 

「お、お前いつから……」

 

 

「今来たとことだよ。それってケッコンカッコカリの指輪?」

 

 

「ああ、そうだ」

 

 

「ふぅん……ねぇ、これってボクも練度が99になったら貰えるの?」

 

 

 皐月がそんなことを言い出した。

 

 

「えっ!?」

 

 

「強くなれるんでしょ?」

 

 

「そ、そうだが」

 

 

「指輪っていうのがよく分からないけど、少なくともボクは司令官となら嫌じゃないよ」

 

 

「へ、へぇ……」

 

 

(そ、そういうものなのか?しかし,皐月がこんなことを言い出すとは……)

 

 

「……ぷっ」

 

 

「な、何だ?」

 

 

「いやぁ、なんかものすごく意識しちゃっているようで可愛いなーって」

 

 

 いつの間にかニヤニヤとしていた皐月が言う。

 

 

「お前っ!からかったのか!?」

 

 

「……さぁてね?金剛さんを呼んで来てあげるよ」

 

 

「い、いや、まだ待ってく───」

 

 

 皐月は俺の言葉に耳を貸さず、さっさと出て行ってしまった。焦る俺の耳に少ししてドタドタという走る音が聞こえ始めた。

 

 

(いや待て早すぎる!どこかで待機してたのかあのバーニングラブは!?)

 

 

「テ・イ・ト・クゥーー!!」バアアンッ

 

 

「……」ビクッ

 

 

「皐月から聞きマシタ!ケッコンカッコカリの指輪が執務室にあったと!」

 

 

「ふ、ふぅん……」

 

 

 キラキラとした顔で彼女が言う。

 

 

「た、確かに用意したが、戦力強化のためとはいえこういったものは少し意識してしまってな……」

 

 

 くそ、顔が熱い。

 

 

「照れるテートクもprettyデス!」

 

 

「う、うるさいぞ!」

 

 

「テートク……」

 

 

 彼女の目が真剣なものになる。

 

 

「別に強制するつもりはありマセン。嫌なら嫌って言ってくれていいデス……」

 

 

 彼女が少し泣きそうな顔になる。

 

 

(ああもう!そんな顔をするな!)

 

 

 覚悟を決めて言うことにした。

 

 

「金剛、俺とケッコンしてくれ」

 

 

「……テートク、時間と場所もそうだケド、ムードとタイミングも忘れたらNoなんだからネ?」

 

 

「俺はそこまで気の利く男じゃないんでな。で、どうだ?受け取ってくれるのか?」

 

 

「受け取るに決まってマース!」

 

 

 机の上の小箱から指輪を取り出し、金剛の左手を取る。

 

 

「どこにつけるんだこれ……」

 

 

「もちろん薬指デス」

 

 

「……分かった」

 

 

「……テートクはどうして結婚指輪を薬指につけるか知っていマスか?」

 

 

 指輪をはめようとした時、彼女が突然そんなことを聞いてきた。指輪をはめようとした手が止まる。

 

 

「え?」

 

 

「両手を合わせて両手の中指を第二関節の部分で折り曲げてぴったり重ねてみてくだサイ」

 

 

 指輪を小箱に戻し、言われた通りに両手を動かす。

 

 

「お、おう」

 

 

「そこから中指をくっつけたまま、ほかの指を親指、人差し指、小指の順に離していきマス」

 

 

 順番通りに指を離していった。ついでにそのまま薬指も離そうと……

 

 

「あれ?」

 

 

 薬指の腹が離れない。

 

 

「……親指は両親、人差し指は兄弟(姉妹)、中指は自分、薬指はパートナー、小指はパートナーとの間にできる子どもを表していマス。

 

 親指は簡単に外れマス。親元からいつかは離れ、自分の家庭を築く日が来マスから。

 人差し指も簡単に外れマス。兄弟もいつかは結婚して家庭を築く日が来マスから。

 小指も簡単に外れマス。自分たちの子どもも結婚して親元を離れる日が来マスから。

 ……でも、薬指は外れマセン。パートナーとは生涯一緒だから……」

 

 

 俺は黙ってそれを聞いていた。

 

 

「……」

 

 

「テートク、もう離れるのは嫌デス……」

 

 

「金剛……」

 

 

「これが()()()()であって()()ではないのは分かっていマス。デモ……」

 

 

 金剛がすがるような目で俺を見ていた。

 

 

(金剛はそこまで俺のことを……)

 

 

「ここまで想ってもらえると男としては嬉しいものだな」

 

 

「……」

 

 

「安心しろ。俺がお前たちから離れることはもうない。……左手を出せ」

 

 

「ハイ……」

 

 

 彼女の左手の薬指に指輪をはめる。彼女の顔を見るとまだ不安そうな顔をしていた。

 

 

「なあ、お前はどうして自分が相手にすがるような恋をしてしまうか分かるか?」

 

 

「え?」

 

 

「それは自分に自信がないからだ。相手に嫌われたくないからご機嫌を伺ったり、言いたいことを我慢する弱気な態度をとってしまう。だがな、俺がお前に対して一度でも嫌いだとか鬱陶しいだとか言ったり、お前を拒絶するような態度をとったことがあるか?」

 

 

「……ありマセン」

 

 

「俺はまだお前のことをそういう意味で好きなのかどうかは分からない。だが、お前に惹かれているのも確かだ。……忘れるな。俺はお前の好意に対してOKを出したから付き合うんだ。だから俺たちのどちらかが偉いなんてことはなく、いつでも対等なんだ」

 

 

「テートク……」

 

 

「もっと素直になれ。本音を隠すな。全部俺にぶつけてこい。本音を言わない自分を愛されてもお前は幸せになれない」

 

 

 俺が言い終えると同時に彼女は俺の胸へ飛び込んで来た。

 

 

「……一つだけワガママを言ってもいいデスか?」

 

 

「許可なんていらん」

 

 

「じゃあ……」

 

 

 瞬間、彼女に唇を奪われる。

 

 

「……!」

 

 

 触れるだけのキスだというのに、彼女はびくりと細い肩を跳ねさせ、こちらを上目遣いに見つめていた。

 

 

「……」

 

 

「……」

 

 

 ゆっくりと離れる。驚くほど柔らかな唇の感触が残っていた。

 

 

「キス……してもいいデスか?」

 

 

「……やってから言うなよ」

 

 

「……フフッ」

 

 

「あー……」

 

 

 自分は今どんな顔をしているんだろうか。とても見せられる顔ではないのは確かだ。

 

 

「好きデス」

 

 

 彼女が太陽のように明るい笑顔を浮かべていた。

 

 

「……」

 

 

 俺は思わずその笑顔に見惚れていた。今までの中で一番の笑顔だった。

 

 

「……もうすでに惚れているんだろうか?」

 

 

「……?」

 

 

 小さな呟きは彼女には聞こえなかったようだ。

 

 

 

 

 

 

 私───榛名は金剛お姉さまと提督のやり取りの一部始終を見ていました。

 

 

(胸が苦しいです……)

 

 

 お姉さまは本当に幸せそうに笑っています。それを見てしまうと榛名のこの思いは提督に打ち明けられません。お姉さまの恋はずっと昔から長く想い続けてきたもの……榛名とは比べものになりません。

 

 

(こんなにも辛いのなら恋なんて───)

 

 

「榛名。いるんでしょう?」

 

 

(えっ……)

 

 

 突然、お姉さまがこちらを見て言いました。

 

 

「出て来てくだサイ」

 

 

 お姉さまに言われ、榛名は執務室の扉を開けて中に入りました。

 

 

「榛名?い、いつからそこに……」

 

 

 提督が焦って言います。

 

 

「お姉さまが部屋に入ってすぐです……」

 

 

「つまり最初っから全部見られたのか……」

 

 

 提督が右手で顔を覆って天井を見上げました。

 

 

「ごめんなさい……」

 

 

「金剛は前から気付いてたのか?」

 

 

「ええ、でもワタシだけが告白するのはフェアじゃありマセンからそのままにしていました」

 

 

「ん?……え?どういうことだ?」

 

 

「……」

 

 

「ワタシはすでに榛名にここに来るまでの経緯は聞きマシタ。榛名が提督に惚れても仕方ないデス。いや、むしろ提督がこんなに想われるほどいい人なんだと思うと嬉しくさえ思いマス」

 

 

 お姉さまは笑顔でした。

 

 

「ええと、つまり?」

 

 

「榛名は提督のことが好きなんデス。ワタシと同じ意味で」

 

 

(ああ、提督の前で言われてしまいました……)

 

 

「……」

 

 

「お、お姉さま……」

 

 

「ワタシはもうテートクに十分な返事をもらいマシタ。次は榛名の番デス」

 

 

 そう言うとお姉さまは榛名に近付き、耳元でささやきました。

 

 

「……キスまでなら許しマス。頑張って」

 

 

 笑顔でウインクしてお姉さまが離れます。

 

 

「……本当にいいのですか?」

 

 

「残念ながらテートクはワタシ1人で支えられるほど小さい人じゃないので」

 

 

 笑顔のお姉さまを見て榛名は覚悟を決めました。ここまできたらもう逃げられません。

 

 

(は、榛名、全力で参ります!!)

 

 

 

 

 

 

(一体これはどういうことだ?榛名が俺を好き?金剛はそれを許す?)

 

 

 現在、俺は混乱していた。

 

 

「ほら、行くのデスよ榛名。ガツンと攻めるのデス!」

 

 

「お、おい金剛……」

 

 

「テートクはワタシに素直になれと言いマシタ。なら、榛名の素直な気持ちも聞いてあげてくだサイ」

 

 

「し、しかし……」

 

 

「ええい!こんな美少女に好かれて何が不満なんデスか!」

 

 

「二股だろ……」

 

 

「ワタシは納得してるからいいんデス」

 

 

「て、提督……」

 

 

 とりあえず榛名の話を聞くべきだろうと思い、俺は榛名の方を向いた。

 

 

「うっ……」

 

 

 そこには顔をほのかに赤くし、潤んだ瞳でこちらを見上げてくる大和撫子がいた。思わず見とれてしまう。

 

 

「好きです提督。榛名はあなたを愛しています!」

 

 

 彼女が決して小さくはない声で言う。

 

 

「……ああ、ありがとう。お前のこともきちんと見るようにするよ」

 

 

「し、失礼します」

 

 

 榛名にも唇を奪われる。彼女は目を必死に瞑っており、とても甘いキスだった。

 

 

「ぷはあ……」

 

 

「……大丈夫か?」

 

 

「は、榛名は大丈夫でしゅっ!!」

 

 

 彼女たちと立て続けにキスさせられた俺は……

 

 

(榛名は意外と積極的なんだな)

 

 

 もはや悟りを開き始めていた。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 

 

 

「えー、では金剛さんのケッコンカッコカリと金剛さんと榛名ちゃんの提督への告白成功を祝し、私たちからささやかなお祝いの会を開きました。さあ、乾杯いたしましょう!……乾杯!!」

 

 

 何故か夕食の席にてちょっとしたお祝いの会が開かれていた。お酒を片手に飛龍が司会をしている。

 

 

「飛龍……お前はただお酒が飲みたいだけなんじゃないのか?」

 

 

「ちょっ!?そんなことないですって!」

 

 

「どうかな……」

 

 

「私だって2人が羨ましいんですから!」

 

 

 突然飛龍が俺の頬にキスをする。

 

 

「お前にこういうことをされると新鮮だな」

 

 

「あれ?全然動揺してないよこの人!?こっちは結構勇気を出したのに!」

 

 

「なんかもう吹っ切れた」

 

 

「爆発しろ!!」

 

 

「爆発するのです」

 

 

 外野がひどいが何か忘れている気がする。

 

 

(お酒……お酒?……榛名!)

 

 

「今の榛名に酒はダメだ!」

 

 

「え?」

 

 

「てぇとくぅ~、ばぁにんぐらぁぶ!」ガバッ

 

 

「待つデス榛名!ワタシもバァーニングラァァブ!!」ガバッ

 

 

「うおわぁぁっ!?」

 

 

「あー、バーニングラブが2人になりましたね(笑)」

 

 

「笑ってる場合じゃない!」

 

 

「では、バーニングラブ×2とごゆっくり……」ススス

 

 

 俺に抱き付く榛名と金剛を放置して飛龍が逃げて行った。

 

 

「ま、待て!」

 

 

「えへへ~」スリスリ

 

 

「むにゅ……」ギュウウ

 

 

(金剛型サンドだこれ!?くそっ!煩悩退散煩悩退散。彼女たちを襲ってはいけないんだ!……柔らかい柔らかい柔らかい!!とにかくいい匂いが!!)

 

 

 俺は自分が22歳の健全な若者だということを思い出していた。

 

 

「司令官」

 

 

 声をかけてきたのは皐月だった。

 

 

「さ、皐月!ちょっと手を貸してくれ!」

 

 

 皐月は天使の微笑みで

 

 

「避妊はちゃんとしなきゃダメだよ?」

 

 

「おい待て!誰に教わったんだそんなの!お前は俺の心のオアシスだったのに!飛龍か!?飛龍なのか!?オイコラ飛龍戻って来い!!」

 

 

 

 結局、騒ぎは夜遅くまで続いた。

 

 

 

 

 

 





正妻は糖分の塊ですね……

金剛姉妹最高。



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資材がない

 

 

 

「えー、無事に金剛たちと再び同じ艦隊で戦えるようになったんだが……」

 

 

 朝の食堂にて俺は艦娘たちに現状の報告をしていた。

 

 

「何かあったんデスか?」

 

 

 俺は全員の顔を見回して重大な発表をした。

 

 

「……ここはつい最近まで廃墟だった佐世保鎮守府だろう?で、現在は必死に復旧作業中の箇所が多いのは知っているな?」

 

 

「それは知ってるけど」

 

 

「ぶっちゃける。()()()()()

 

 

「「「「「「えっ」」」」」」

 

 

 俺は手元の資料を艦娘たちに見せた。そこには『燃料300、弾薬350、鋼材200、ボーキサイト800』と書かれている。

 

 

((((((うわぁー))))))

 

 

「な、なんでこんなことになっているのでしょうか?」

 

 

「今の俺の司令部レベルが低いからだ」

 

 

 秘書経験のある電と金剛が納得したような顔になる。司令部レベルとはその鎮守府の日々の戦果応じて上がるもので、資材の供給量にも影響するのだ。

 

 

「こればっかりは戦果を上げるしかない。というかそもそも遠征が出来ないのがキツい。建造ドックが壊れているから軽巡洋艦を建造することも出来ん」

 

 

「現在の解放海域はどうなんだい?」

 

 

 時雨の問いに答える。

 

 

「皐月と電で通称1-1から1-6までを解放したところだな」

 

 

「く、駆逐艦二隻でそこまで突破したのデスか……」

 

 

「というわけで、これからどうしたら良いと思う?」

 

 

「提案デス」

 

 

 金剛が手を上げる。

 

 

「言ってみろ」

 

 

「まず、ワタシが1人で出撃しマス」

 

 

「おう」

 

 

「資材節約のため通称2-1と2-2をワタシが単艦で突破しマス」

 

 

「……続けろ」

 

 

「2-3のオリョール海でワタシが片っ端から輸送船ワ級を捕まえマス」

 

 

「……」

 

 

「ワ級を解体して資材ゲットデス」

 

 

 これは採用すべきなのだろうか。

 

 

「うぅーん……」

 

 

「司令官、悩まないでよ。ツッコミどころ満載だよ?」

 

 

 皐月が言う。

 

 

「でも金剛だしそれくらい出来るだろう」

 

 

 もちろん冗談だ。

 

 

「テートクの期待に応えマス!!」エヘン

 

 

 金剛が胸を張る。

 

 

「でも確かにいけそうな気はするのですよ……」

 

 

「お姉さま、何か必要なものはありますか?」

 

 

「丈夫なワイヤーが欲しいデス」

 

 

「それなら鋼材を使えばなんとかなりそうですね」

 

 

(榛名が乗っただと……)

 

 

「ねえ、誰かツッコミを入れてよ」

 

 

(その通りだ皐月)

 

 

「じゃあ行ってくるデス」

 

 

 俺は食堂を出て行こうとする金剛のフレンチクルーラーをつかみ、引っ張る。

 

 

「アイタタタ……!!テ、テートクゥ、何をするんデスか!?」

 

 

「せめて時雨たちを護衛につけろ」

 

 

「デ、デモ燃料が……」

 

 

「その分も集めてくればいいだろう」

 

 

「!……分かりマシタ!!」

 

 

「朝食をきちんと食べていけ」

 

 

 

 朝食後、金剛は時雨と夕立と飛龍を連れて出て行った。

 

 

 

 

 

 

「さて、資材の調達をどうしたら良いと思う?」

 

 

「えっ?い、今、金剛さんたちが出発したよね!?」

 

 

「どうもアイツはケッコンカッコカリしてから頭のネジがゆるんでてな。冗談のつもりだったんだが行ってしまったな」

 

 

「榛名も冗談のつもりだったのですが……」

 

 

「止めなかったあたり、2人ともいい性格してるのですよ」

 

 

「時雨たちは……」

 

 

「心配だったのは本当だからな。まあ、多分諦めて帰ってくるだろう。ワ級を鹵獲しながら海域攻略とか出来んだろうし」

 

 

「うぅーん……」

 

 

「お姉さまなら出来そうですけど」

 

 

「……とにかく!何か考えるんだ!」

 

 

「そもそも軽巡がいれば解決するのですよね?」

 

 

「……そうだな」

 

 

「工廠の修理を早める人材を呼べばよいのです」

 

 

「……ちょっと元帥に聞いてみようか」

 

 

 スマホを取り出し、元帥にかけた。

 

 

『……もしもし』

 

 

「もしもし、元帥にちょっと頼みたいことがありまして」

 

 

『なんじゃ?』

 

 

「工廠の修理を早めるための人材を派遣して欲しいんです」

 

 

『……忘れとったわい』

 

 

(おい……)

 

 

『今すぐ明石を送ろう。他には何かあるかの?』

 

 

「いや、大丈夫です。それよりも金剛たちの異動の手配についてはありがとうございました」

 

 

『ええわい、ところで金剛とはもうケッコンカッコカリしたのかの?』

 

 

「はい」

 

 

『おめでとう。彼女を大切にするんじゃぞ』

 

 

「……やっぱアレってそういう意味なのですか?」

 

 

『当人たち次第じゃな』

 

 

「そうですか……ではまた」

 

 

『うむ』プッ

 

 

 元帥との通話を終える。

 

 

「明石が派遣されてくるらしいから問題は解決しそうだな」ホッ

 

 

「「金剛さん……」」

 

 

「お姉さま……」

 

 

「さて、今日の秘書艦は榛名だったな。皐月と電は鎮守府近海警備を頼む」

 

 

「「「了解です!」」」

 

 

 

 

 

 

「で、お前は何故俺の膝の上に座るのかね?」

 

 

 今日の秘書艦は榛名です。現在榛名は提督の膝の上に座っているのですが提督の反応があまりよろしくありません。

 

 

(皐月ちゃんたちの時はこんな困ったような顔をしていませんでしたのに……)

 

 

「ダ、ダメでしょうか?」

 

 

「金剛の影響か?」

 

 

 確かに金剛お姉さまの影響です。

 

 

「お姉さまがテートクのハートを掴むにはシンプルに下半身に向けて全砲門Fireだと……」

 

 

「絶対本気で言ってないから信じるな。というかぶっちゃけすぎだろう」

 

 

(確かに笑いながら言われましたが……今思えばニヤニヤとした顔だったような……)

 

 

「そうでしょうか?」

 

 

「お前は俺に襲われたいのか?」

 

 

 突然そう言われました。

 

 

「えっ?」

 

 

「いやほら、お前サイズになってくると……」

 

 

「……あ、固いです///」モゾモゾ

 

 

(て、てててて提督の主砲が!)

 

 

「下りろっ!!」

 

 

「ははは榛名は大丈夫ですっ!!」

 

 

「そうじゃない!俺が大丈夫じゃない!!」ジタバタ

 

 

 提督が暴れ出しました。それでも榛名が怪我しないように控えめに暴れているところがなんだか可愛く思えて下りる気が起こりません。ちょっとした好奇心から提督の主砲に手を伸ば───

 

 

「お前も頭のネジがゆるんでるだろ!」ゴツン

 

 

「あぅ」

 

 

(うぅ、痛いです。金剛お姉さまがいない時ぐらいいいじゃないですか……)

 

 

「執務だ、執務!さっさと仕事だ!!」

 

 

「はい……」

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

「時雨!ワ級は見つかりましたか!?」

 

 

 現在私はオリョール海域でワ級を探しています。すでに何体かは確保して飛龍に曳航してもらっています。

 

 

「えー……、10時の方向に艦隊発見だよ……」

 

 

「了解ネ!」

 

 

「い、行ってらっしゃい……」

 

 

 全速力でその方向へ進みます。敵の軽巡洋艦やら重巡洋艦やらが周りに見えますが関係ありません。私の目には帽子を深くかぶったような頭部に丸い体の深海棲艦の姿しか見えません。

 

 

「テートクのハートを掴むのはワタシデース!」

 

 

 私は握り拳を構えて敵艦隊に突っ込みました。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

「工作艦明石、ただいま着任しました!」

 

 

 ピンクに近い色の髪にセーラー服、大量の工作機械を背中に背負い、顔に人当たりの良さそうな笑顔を浮かべた女性───工作艦明石が着任したのはすっかり外が暗くなった頃だった。執務室にて榛名とともに向かいあう。

 

 

「初めまして、この鎮守府の提督の飯野勇樹少佐だ。これからよろしく頼む」

 

 

「はい!」

 

 

「ここの事はある程度聞いているか?」

 

 

「ええ、最近噂になってますから」

 

 

「……ちなみにどんな?」

 

 

「着任早々に中将を演習で破った後、あの有名な横須賀第二支部のメンバーを全員引き取った謎だらけの新人っていうような噂です」

 

 

「その程度なら問題ないな」

 

 

「不正をしたんじゃないかとかも言われていますけどね」

 

 

「言わせとけ」

 

 

 と、ここで突然皐月たちからの通信が入った。通信機へと近付き、音量を上げる。

 

 

『し、司令官、聞こえるかい?』

 

 

「おう、聞こえてるぞ」

 

 

『こ、金剛さんたちが帰って来たよ……』

 

 

「遅かったな。すぐに諦めて帰って来ると思ったんだが」

 

 

『はにゃーーー!?夕立ちゃんやめるのです!それを電に近付けないでください!こっちに来ないで欲しいのですーーー!!』

 

 

『こ、金剛さん、これ本当にどうすんの?たくさん穫ったデス?いや、それは見れば分かるけれどこれはちょっと……』

 

 

 通信機から皐月たちの慌てた声が聞こえてきた。

 

 

「……一体何だ?明石、悪いが一緒に港まで来てくれ」

 

 

「は、はい」

 

 

「榛名も行きます」

 

 

 俺たちは港へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 目の前の光景を何と言えばよいのだろうか。眼前を埋め尽くすように大量の敵輸送船ワ級がワイヤーでグルグル巻きにされて港に浮いている。右を見ても、左を見てもワ級、ワ級、ワ級───

 

 

「は……?」

 

 

「な、何ですかこれ!?」

 

 

 明石が目を見開いている。俺だって同じ気持ちだよ。

 

 

「お、お姉さま……」

 

 

 そこへこれをやった張本人がやって来た。

 

 

「テートクゥー!たくさん穫って来たヨー!!」

 

 

 褒めて褒めて!とばかりに駆け寄って来た金剛を受け止める。

 

 

「お、おう……本当に穫って来たのか……」

 

 

「提督……僕はもう疲れたよ……」

 

 

「私も同感よ……」

 

 

 遅れて時雨と飛龍が姿を見せる。2人ともかなりの疲労が顔に見てとれた。夕立はワ級をワイヤーで引きずりながら電を追いかけている。

 

 

「なんか本当にごめん……」

 

 

「もうね、ワ級を見つけるなり敵艦隊に単艦で特攻をかけて壊滅させることの繰り返しで敵が哀れに感じられたよ……」

 

 

「しかも引きずるのは私なのに金剛さんはどんどん先に行っちゃうし……」

 

 

「多分、当分の間オリョール海域にワ級は出現しないと思う……」

 

 

「テートク!ワタシ頑張りマシタ!!」

 

 

「うん、頑張ったなー、偉いなー、よしよし」ナデナデ

 

 

 俺は遠い目をしながら金剛の頭をなでた。

 

 

「えへへへ……」ナデラレナデラレ

 

 

「何なのこの鎮守府!?」

 

 

(すまん明石、着任早々おかしな光景を見せてしまったな……)

 

 

「司令官、これどうするの?」

 

 

 皐月はもうどうでもいいやという顔だ。

 

 

「とりあえず解体してみようと思う」

 

 

 工廠に入りきらないほどワ級がいるが……

 

 

「さあ明石、ワ級の解体を妖精たちと頑張るんだ」

 

 

「嫌ですよ!!」

 

 

 

 余談だがワ級を全て解体したところ、燃料6000,弾薬5000,鋼材7000,ボーキサイト5000が手に入った。思った以上の成果に思わず金剛が痙攣するまでなでまくってしまった。あとで榛名にめちゃくちゃ怒られた。

 

 

 

 

 

 

「羨ましいです!!」

 

 

 そこかよ。

 

 

 

 

 

 





コメディ要素増えて来た……
最初がシリアスだっただけに差がすごいですね……ヒロインたちが可愛いのが原因。



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遠征部隊着任

 

 

 

「建造ドックの修理が終わりました!」

 

 

『オワッタヨー』

 

 

 明石と妖精たちの協力でついに建造ドックが復活した。現在は金剛が暴走して穫ってきた資源があるから焦る必要はないのだが、やはり早く人員をある程度確保したいと思った俺は建造ドックにて資材の投入を試みていた。

 

 

「軽巡洋艦を希望したいんだが頼めるか?」

 

 

 建造ドックにて俺の専属妖精に頼んでみる。

 

 

『ソウデスネ、クチクカンガデルカモデス』

 

 

「駆逐艦なら問題ないな。出来ればで良いので軽巡洋艦を頼む」

 

 

『リョーカイデス!』

 

 

 困ったことに誰が建造されるのかはランダムなのだ。このあたりは妖精たちの気まぐれらしい。俺は6回分の建造を頼んだ。

 

 

「……」

 

 

 妖精たちが資材を建造ドックの奥へと運んでいく様子を眺める。燃料、弾薬、鋼材、ボーキサイト、最後に様々な大きさの謎の黒い箱……あの中には……

 

 

「……産み出す以上、どんな娘であっても絶対に沈ませはしない」

 

 

 それだけは絶対だ。 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

「はっ!」

 

 

「…フッ」

 

 

 ボクが横凪に払った木刀を金剛さんが頭を下げ、右手でいなす。続けて振ろうとするがすでに彼女に距離をとられていた。右足を前に出すのとほぼ同時に続けて左足を動かし、床を滑るように移動して再び金剛さんに迫る。

 

 

「…せいっ!」ブンッ

 

 

「おっと」バシイッ

 

 

 金剛さんがボクの木刀を両手で挟み込んで止め、そこから足払いをかけてくる。

 

 

「…っ!」

 

 

 視界が回転する。

 

 

「うわっ!?」

 

 

「うーん、ちょっと足払いに弱すぎですネ」

 

 

 最近のボクの日課は武道場で金剛さんと近接戦闘の訓練をすることだ。毎回、金剛さんに有効な攻撃が当たらない。

 

 

「普通そんなことしてくる深海棲艦はいないよ……」

 

 

「そうデスケド、相手にやる分にはけっこう効きますヨ?」

 

 

「そうなの?」

 

 

「起き上がるまで無防備になる場合が多いデス」

 

 

「そもそもボクの足払いで転ばせることが出来るの?」

 

 

「せっかく刀があるんデスからワザとよけさせたりして相手の重心が崩れるように誘導出来れば……」

 

 

「金剛さん相手だと全く隙がない件」

 

 

「そんなことないネー」

 

 

「見つからないよ……」

 

 

「少しずつ重心のコントロールも上達してるのでそのうち出来るようになると思いマス」

 

 

「うん」

 

 

「さて、シャワーを浴びに行くデスヨ」 

 

 

「はーい」

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 

「~~♪~~~♪」

 

 

 シャワー室で金剛さんの体をあらためて観察する。無駄な贅肉がなく、出るところが出ている大人の体だ。爆乳ではないけど胸も大きいし……前に触らせてもらったことがあるが柔らかかった。自分の体を見る。泣けてくる。

 

 

「どうかしたのデスか?」

 

 

「いや、本当に金剛さんってスタイルいいなーと思って」

 

 

「健康に気を使ってるデス」フフン

 

 

「……どうやったら胸って大きくなるの?」

 

 

「……人に揉んでもらう?」

 

 

「えっ」

 

 

「残念ながらワタシはテートクに揉まれたことないデス」

 

 

「そ、そう……」

 

 

(つまりもとから大きいと……羨ましい)

 

 

「大きくしたいならワタシが揉んであげるデス」ニヤッ

 

 

「えっ!?ちょっとそれは遠慮……って何でこっち来るの!?」

 

 

「実は前から皐月の肌には興味がありマシテ」ズイッ

 

 

「え……」タジッ

 

 

 あっという間に金剛さんに捕まった。

 

 

「すっごい柔肌デス……」サワッ

 

 

 金剛さんに触れられた瞬間、体に電気が流れたような感覚がした。

 

 

「ちょ、ちょっと金剛さん!?や、やめっ、うひゃっ」

 

 

(な、なんかよく分からないけど触り方が!)

 

 

「も、もちもちデス……」プニプニ

 

 

 なんかかなり際どいところを触られている。というかさっきからなんか変な感じがーーー

 

 

「んあっ!?あっ、ちょっ、ぁん……」

 

 

「……なんだかイケナイことしてる気分デス」ゴクッ

 

 

(自覚あるならやめてよぉ……!)

 

 

 変な気分になってきた。これはマズい気がする。

 

 

(助けてええええええええええええ)

 

 

ガララッ

 

 

「お姉さまー?」

 

 

 シャワー室の入り口が開き、榛名さんが顔を出す。

 

 

「提督が12:00に食堂に集合するようにと言って……何してるんですか?」

 

 

「まだ十分時間がありマスネ。……これデスか?皐月の柔肌がどのようなものか確かめていたのデス!もちもちデス!」

 

 

「は、榛名さん、助け……」

 

 

「もちもち……ですか。榛名もいいですか?」

 

 

 どうやら榛名さんも興味を持ったらしい。

 

 

「もちろんデース」サワッ

 

 

「な、何で金剛さんが返事して……ぁぅ、んっ」

 

 

 さっきから変な声が出てるし体がおかしい。力が入らない。

 

 

「金髪幼女の乱れる姿……エロいデス……」

 

 

 幼女言うな。

 

 

「な、なんだかイケナイことしてる気分ですね……あ、本当にもちもちしてます」プニプニ

 

 

「あっ、あっ、んぁぁ、ひぅっ!?」

 

 

(ほ、本当にマズい!やめて、これ以上は───) 

 

 

「「病みつきになります(なるデス)」」

 

 

(助けて司令官!助けてえええええええええええええ)

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 俺は食堂にて全員の集合を待っていた。まだ来ていないのは皐月と金剛姉妹の3人だ。

 

 

「……ん、来たか」

 

 

 食堂入口に3人が姿を現す。何故か皐月が泣いているのだがこれは?

 

 

「えー……?」

 

 

 皐月は俺の姿を見つけると駆け寄ってきて背後に隠れた。

 

 

「う……ぐすっ……」

 

 

 そのまま俺の背中にしがみつくと金剛と榛名の2人を涙目で睨み始める。

 

 

「さ、皐月、Sorryネ……」

 

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 

「うー!」

 

 

 必死な顔で謝る金剛と榛名に対して皐月が威嚇する。

 ……わけが分からない。みんなもポカンとしている。

 

 

「一体何をしたんだ?」

 

 

「ちょっと肌を触りマシタ」

 

 

「腕をぷにぷに」

 

 

(……それだけでこんなになるのか?)

 

 

「うー!」

 

 

「……胸を揉みマシタ」

 

 

「……太ももさわさわしました」

 

 

「……」

 

 

「皐月の肌がもちもちでつい……」

 

 

「病みつきになってしまいまして……」

 

 

(何やってんだよ……)

 

 

「もちもちねえ……」

 

 

「……う?」

 

 

 さっきから「う」としか喋らない皐月の頬に手を添えると優しくなでてみる。

 

 

「確かにもちもちだな……」

 

 

 最初はビクリとした皐月だが、なで続けるうちに自分から頬をこすりつけてくるようになった。

 

 

「う…んぅ…うー♪」スリスリ

 

 

((((((何だこの可愛い生き物))))))

 

 

「さ、さすがテートクデス……」

 

 

「皐月ちゃんが一瞬で……」

 

 

 幼児退行したままだが。

 

 

「……本題に入っていいか?」

 

 

「うー……」

 

 

「なでててやるから話をさせてくれ」ナデナデ

 

 

「う♪」

 

 

「えー、それでは本日よりこの佐世保鎮守府に新たに着任する艦娘たちを紹介する!」

 

 

 俺は妖精たちに無線で連絡を入れた。

 

 

「連れて来てくれ」

 

 

『イマショクドウノマエニイマス。ケッコウガンバリマシタヨ』

 

 

「ありがとう」

 

 

 食堂入口から6人の艦娘たちが姿を現す。先頭はおっとりした感じのオレンジ色の制服を着た茶髪のくせっ毛少女。2、3番目は緑と白のセーラー服に同じく緑のスカートを着た皐月と同い年ぐらいの茶髪のショートカットの少女とロングヘアの姉妹らしき艦娘。4番目はまた皐月と同い年ぐらいの紺色のセーラー服を着た薄紫色の横髪だけが長い少女。5、6番目はともに目のやり場に困る格好だ。下着がギリギリ見えないくらいの長さのセーラー服を上だけ着た齧歯類のような前歯を見せる少女と丈の短い青と白のセーラー服(袖無し)を着て頭にウサミミのような黒いリボンを付けた金髪少女だ。

 

 

「入って来た順に挨拶を頼む」

 

 

「軽巡洋艦神通です。よろしくお願いします」

 

 

「睦月型駆逐艦の一番艦の睦月にゃしい」

 

 

「同じく二番艦の如月ですわ。ふふっ」

 

 

「同じく三番艦の弥生です。怒ってないです」

 

 

「駆逐艦雪風です!どうぞよろしくお願いします!」

 

 

「駆逐艦島風です!速きこと島風の如しです!」

 

 

「6人とも歓迎する。俺がこの佐世保鎮守府の提督をやっている飯野勇樹少佐だ。基本的に規律は厳しくないので敬語を使うかどうかは自由だ。よろしく頼む」

 

 

「「「「「「……」」」」」」

 

 

 俺が挨拶をするが6人の視線は俺の背後から顔だけ出してなでられている皐月に集まっていた。神通が右手を小さく上げて尋ねる。

 

 

「ええと、提督、その子は……?」

 

 

「まあ、お前たちが来る前に一騒動あってな。気にしないでくれ。彼女は睦月型駆逐艦の五番艦の皐月だ」

 

 

「にゃしい!」

 

 

「あら、やっぱり妹なのね」

 

 

「……カワイイ、デス」ボソッ

 

 

「しれぇになでられて気持ちよさそうです」

 

 

「ふーん」

 

 

「では今から歓迎会を行う。いきなりで悪いが歓迎会の後、お前たちには遠征を頼みたい。まあ、まずは歓迎会を楽しんでくれ」

 

 

「「「「「「はいっ!」」」」」」

 

 

 

 

 

 

「やっと遠征部隊が編成出来たな……」

 

 

 彼女たちを遠征へ送り出した後、俺は今後の出撃予定を考えていた。早いところ、出撃可能海域を増やしていきたい。海域を順に突破していかないと難関海域への出撃許可がもらえないのだ。深海棲艦はその海域の拠点を潰さない限り何度でもわいてくる。普通は見つけ次第破壊するものだが、新人提督のためにワザと残されている海域もある。その中でも有名なのが最後の試練の───

 

 

「……司令官」

 

 

「何だ?」

 

 

 膝の上に乗っている皐月が声をかけてくる。

 

 

「も、もうなでなくてもいいよ……」

 

 

「そうか?何だか気持ちよくてな。お前の髪は本当に綺麗な金髪だよ」ナデナデ

 

 

「あ、ありがと……」ナデラレナデラレ

 

 

「……ウラヤマシイデース」

 

 

「……オネエサマ、コンカイハガマンデス」

 

 

「……さて、次の海域は……」

 

 

 

 沖ノ島だ。

 

 

 

 

 

 





金剛と榛名の毒牙にかかった皐月。提督は関係ないので憲兵の出番はありません(笑)

今日も鎮守府は平和です。



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沖ノ島

 

 

 

 沖ノ島周辺海域。そこは深海棲艦が数多く出現する激戦区で有名な海域だ。深海棲艦の基地が所々に散在しており、生半可な覚悟で挑むと返り討ちにあうのが当然と言われている。しかし、この海域の特徴はそこではない。この海域は深海棲艦が出していると思われる特殊なジャミングがあり、GPS等も効かない魔の海域なのである。その上、羅針盤が狂うために敵の主力部隊を見つけることが非常に困難なのだ。

 敵の本隊を見つけられず、ひたすらよってくる深海棲艦の相手をさせられる。新人提督のほとんどがここで挫折を味わう。だが、この海域を突破した者は大規模作戦に参加する資格を得ることが出来るため挑戦する新人提督が後を絶たない。

 

 

「沖ノ島……か」

 

 

 士官学生時代の俺───野木提督であった頃、俺は金剛、飛龍、時雨、夕立の4人でこの海域に挑戦した。そして地獄を味わった。道中大破なんて当たり前、羅針盤が狂いまくった。夕立ですら「ちょっとパーティーはお休みっぽい……」と言い出し、飛龍は「飽きた」、時雨はうわごとのように「……いい雨だね」と、雨の日なんて全然なかったが。金剛に至っては「テートクの期待に応えないと帰れマセン!!」と言って、大破で進撃をしようとすることが多々あったので説教と拳骨をしなければならなかった。

 

 

「……またあの日々がやってくるのか」

 

 

 また羅針盤に泣けと言うのか……

 

 

「あー、鬱だ」

 

 

「金剛に任せるデス」

 

 

 今日の秘書艦は金剛だ。彼女は椅子に座る俺に後ろから覆い被さるような格好になっている。俺の両肩に自分の腕を乗せて頭は俺の頭のすぐ横。もはや恒例だ。油断すると膝の上に乗ってくるのでこれで妥協してもらった。仕事しろと言いたいが彼女は非常に優秀で仕事がすぐに終わるのだ。故に自由な時間が多くなる。

 

 

「……気休めでもありがとな」

 

 

「んぅ?テートク、ワタシたちは別に新人じゃないんデスヨ?正直、過剰戦力だと思いマス」

 

 

「いや確かに戦力については問題ない。しかし羅針盤が……」

 

 

「金剛に任せるデス」

 

 

「話聞いてた?」

 

 

「問題ナッシング」

 

 

「……」

 

 

「少しは信じてくだサイ……」シュン

 

 

「しかし、こればっかりは運じゃないか?」

 

 

 何故か進路を決める際に妖精が回す羅針盤。行き先はランダム。そもそも羅針盤は回す物じゃないんだが……

 

 

「うぅ……」

 

 

「……少しは嫁さんを信じてやるかな」

 

 

「!?テ、テートク、もう一度お願いしマス!!」

 

 

 ボソリと呟いた一言に金剛が食いつき顔をさらに寄せてきた。

 

 

「頑張ってくれ金剛」

 

 

「そ、そうじゃないデス!も、もう一度!」

 

 

「頑張れ鬼」

 

 

「悪くなりマシタ!」

 

 

「行ってこい」

 

 

「いけず!!」

 

 

 そっぽを向かれてしまった。

 

 

「なんかそう言われるのは新鮮だ」

 

 

「言ってくれたらすぐに海域を突破してきてあげマスヨ?」チラッチラッ

 

 

(どうやってだよ……)

 

 

 だが、ダメ元でのってみるのもいいかも知れない。

 

 

「嫁の活躍を期待しているよ」

 

 

「Love is power!!」ギュウ

 

 

「耳元で叫ぶなよ……」

 

 

 鼓膜が破れそうだ……

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 次の日、俺たちは沖ノ島攻略を開始した。メンバーは旗艦皐月、随伴艦に金剛、榛名、飛龍、時雨、夕立である。

 

 

「……そろそろ海域に到着した頃だろうか」

 

 

 なかなか仕事の書類に集中出来ない。この執務室で艦隊の勝利と帰還の報告を待っている時間が非常にもどかしい。

 

 

「俺も現場に行きたい……」

 

 

「戦場に司令官さんが行ってどうするのですか……」

 

 

 電が呆れたように言う。

 

 

「心配なんだ」

 

 

「気持ちは分かるのです。でも、信じて待つのが司令官というものなのですよ」

 

 

「だがな……」

 

 

「さっさと仕事をするのです」

 

 

「な、なんか最近、俺に冷たくないか?」

 

 

「気のせいなのです」

 

 

 電は明らかに頬を膨らませている。

 

 

「そ、そうか」

 

 

「最近司令官さんはちっとも電にかまってくれないのです」

 

 

「……すまない」

 

 

「……別に司令官さんが誰と仲良くなろうと電には関係ないのです。でも、寂しく感じるのです……」

 

 

 手を一旦止め、電に向き直る。

 

 

「俺は……電のことは前から妹のような存在だと思っている」

 

 

「……妹、ですか?」

 

 

「ああ」

 

 

 電は少し考えるような仕草をしてからこちらを見上げるようにして言った。

 

 

「じゃあ……お兄ちゃん?」

 

 

「」ピシャアアン

 

 

 全身に雷に打たれたような衝撃が走った。

 

 

(な、なんだこの感じは……!)

     

 

「え?今なんと言ったんだ?」

 

 

「お兄ちゃん……」

 

 

「おお……」

 

 

 不思議な高揚感で心が満たされる。

 

 

(こ、これは……すまん妹よ、お前の「お兄」も良いが電の「お兄ちゃん」の破壊力が高すぎる)

 

 

「司令官さん?」

 

 

「……な、なんでもない。仕事をしようか」

 

 

「お兄ちゃんと一緒に頑張るのです!」

 

 

「ごはっ!」

 

 

 

 

 

 

「「むむっ!?」」

 

 

「……どうしたの2人とも」

 

 

「お姉さま、い、今何か……」

 

 

「テートクが誰かに誑かされていマス!」

 

 

(えぇ……?)

 

 

 困惑する。よく見ると金剛さんはアホ毛が、榛名さんは電探がピコピコと動いていた。一体何を受信しているのだろうか。

 

 

「2人とも、もうすぐ沖ノ島海域に着くから……」

 

 

「仕方ありマセンネ」

 

 

「はい……」

 

 

(というかなんでボクが旗艦なんだろうか……)

 

 

 考えているうちに目的の海域へと到着する。

 

 

「……着いたね」

 

 

 時雨の言葉に全員の表情が引き締まる。

 

 

「さて、みなさんちょっと心の準備をお願いしマス」

 

 

 唐突に金剛さんがそう言って停止した。

 

 

「金剛さん?」

 

 

「早くこの海域を攻略するためには雑魚相手に時間を使うわけにはいきマセン」

 

 

 静かに金剛さんが目を閉じると彼女が纏う雰囲気が変化していく。

 

 

「もしかして……」

 

 

「……金剛さん本気?」

 

 

「み、みんな早くかまえるっぽい!気を抜いていると倒れるっぽい!!」

 

 

 時雨たちは何か気付いたらしく、夕立に至っては顔が真っ青になっている。

 

 

「お姉さま?」

 

 

「……榛名、気を抜かないでくだサイ」

 

 

(金剛さんは一体何を───)

 

 

 次の瞬間、辺り一帯を濃密な殺気が突き刺した。

 

 

「「「「「ーーーっ!!」」」」」

 

 

「か……はっ」

 

 

 呼吸がうまく出来ない。身体中を何かで貫かれるような感覚と圧迫感に堪らず膝をついてしまう。

 

 

(い、意識がもっていかれそう……!!)

 

 

 金剛さんを中心に死を強烈に意識させるような殺気が放たれている。気付くと体まで震え始めていた。本能が警告している。「彼女はヤバい」と。

 

 

「久々に感じたけどこれは……」

 

 

「金剛さんの本気の殺気なんて普通は当てられただけで卒倒モノよね……」

 

 

「ぽいい……」

 

 

 時雨たちはなんとか立っていられるようだ。彼女たちはある程度慣れているらしい。それでも怯えが見てとれるけれど。

 

 

「は、榛名さ…んは……」

 

 

「は、榛名はだいじょ…うぶです……」

 

 

 榛名さんも顔を青ざめて膝をついているがボクよりは平気そうだ。

 

 

「これで道中の邪魔な深海棲艦はほとんど出て来ないはずデス……妖精さん、お願いしマスネ?」ニコッ

 

 

 羅針盤係の妖精さんが必死な顔でブンブンと頭を上下させている。すごい震え様だ。

 

 

(す、すごい……これが金剛さんの本気の殺気……)

 

 

 これを浴びせられても平気になれる日なんてくるのだろうか。無理な気がする。

 

 

(そういえば艦時代の金剛さんって最年長の戦艦なんだっけ……この貫禄、これが金剛おば───)

 

 

「……Hey皐月、ワタシに何か言いたいことが?」ニコニコ

 

 

 笑顔なのに絶対笑ってない。そんな気がしてならない。

 

 

「何でもありません!サー!」

 

 

「あらあら、今のリーダーはあなたデスヨ?」

 

 

(あ、完全に立てなくなった……)

 

 

 

 

 

 

 なんとか金剛さんの殺気に慣れてきた頃、ボクたちは進軍を開始した。道中は驚くほど深海棲艦に遭遇せず、ボクたちはどんどん最深部へと進んで行った。羅針盤の妖精さんはずっと冷や汗をかきながら羅針盤をいじっている。……頑張れ妖精さん。

 

 

「!……敵主力部隊と思われる艦隊を発見よ!」

 

 

 飛龍さんの彩雲が敵の本隊を発見したらしい。しばらくするとその姿がかすかに見え始めた。

 

 

(あれは……)

 

 

 魚雷のような黒く長い体をもつ一つ目の駆逐ニ級が6体……どれも上位個体であるエリート特有の赤いオーラを纏っている。

 

 

(駆逐ニ級……確か現在確認されている敵駆逐艦の中で最強の駆逐艦だったはず)

 

 

 続いてさらに後方に全身黒ずくめのスレンダーな女性の姿が見えた。両腕に砲のついた盾のような巨大な艤装を装備している。戦艦ル級と呼ばれる黒髪のその女性は6体おり、その内4体がエリートであり残りの2体は黄色いオーラを全身に纏ったーーー

 

 

「戦艦ル級のflagshipが2体!?」

 

 

 冗談ではない。ただでさえ6体も戦艦がいるのにこれは───

 

 

「……」

 

 

 その時、ボクは見た。不敵に笑うル級flagship2体が金剛さんに視線を向けた瞬間、僅かに後ずさったのを。

 

 

「さぁて、無事に敵の本隊に出会えたデース」ニイ

 

 

 金剛さんの目は完全に獲物を見るソレだった。

 

 

「ひ、飛龍さんは艦載機を!ボクたちは突撃を開始します!」

 

 

「「「「りょ、了解!!」」」」

 

 

 戦闘が始まった。

 

 

 

 

 

 

「皐月!そっちにニ級が1体行ったよ!」

 

 

「了解!!」

 

 

 姿勢を低くして右手で抜刀し、飛びかかってきたニ級を斬りつける。奇声を上げるソレに向かって離脱しながら魚雷を放つ。命中し爆発する。

 

 

「なかなか刃が通らない……」

 

 

「残りのニ級と2体のル級エリートは僕と夕立と飛龍でなんとかするから皐月は金剛と榛名さんの援護へ!」

 

 

「任せたよ!」

 

 

 ボクは金剛さんたちのもとへ向かった。

 

 

(金剛さんたちは……)

 

 

 ル級の砲撃の中を金剛さんが突き進む。金剛さんが手で砲弾をはじき、かわす度にル級flagshipの動揺が大きくなっていく。至近距離まで近付いた金剛さんはまず最初の砲撃で1体のル級flagshipの右手の艤装を吹き飛ばし、残りのル級たちの射線上にflagshipが来るようにうまく立ち回って同士討ちも狙っている。艤装を吹き飛ばされたflagshipが激昂し金剛さんに残っている砲を向ける。

 

 

「勝手は榛名が許しません!」

 

 

 しかし、絶妙なタイミングで榛名さんの援護射撃が入りル級flagshipが炎上。続けて金剛さんに今度は体ごと砲撃で吹き飛ばされた。重装甲も金剛さんのゼロ距離射撃には耐えきれないらしい。

 

 

「まずは1体ネ」

 

 

 ル級3体からの砲撃をかわしながら金剛さんが呟く。

 

 

「さすがですお姉さま!」

 

 

「榛名!残りもさっさと片付けるデス!」

 

 

「はいっ!」

 

 

「金剛さん、援護に来たよ!残りは3人で1体ずつ相手をしよう!」

 

 

「了解ネ!」

 

 

「分かりました!」

 

 

 金剛さんがflagshipへ、榛名さんが片方のエリートへ、ボクはもう片方のエリートへとそれぞれ突撃した。

 

 

(目を狙う!)

 

 

 ボクは左手の連装砲でル級の目を狙って砲撃する。ル級は一旦砲撃を止めて艤装で顔を守った。当然、艤装に傷はつかない。

 

 

(でもこれで接近出来る!)

 

 

 ル級へと接近し、砲門を一つ刀で斬り飛ばす。

 

 

(有効部位に魚雷を当てるタイミングを……)

 

 

 バキイイッッ

 

 

 突然そんな音が聞こえたと思った次の瞬間、ル級flagshipが吹っ飛んできてボクが相手をしていたル級エリートと激突、凄まじい衝突音をあげてから大爆発を起こした。

 

 

「え……!?」

 

 

「皐月ー!トドメは任せたデース!」

 

 

 見れば離れた所で笑顔で手を振る金剛さんの姿。

 

 

(え、そこから殴り飛ばしてきたの!?)

 

 

 魚雷を発射。水柱が上がり、ル級が2体とも沈んでいった。

 

 

「これで終わりっぽい!」

 

 

 夕立たちや榛名さんもそれぞれの戦闘を終え、こちらへ集まって来た。金剛さんがみんなを見回して言う。

 

 

「さて、今回は運よく初回で突破出来たデスネ」ニコニコ

 

 

「「「「「……」」」」」

 

 

 全員が沈黙。金剛さんが続けて言う。

 

 

「みなさん、テートクに余計な事は言わないと……分かっていマスネ?」

 

 

「「「「「サー!イエッサー!!」」」」」

 

 

 ボクたちはそれに美しい敬礼で返した。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

「なっ!?一回で突破出来たのか!?」

 

 

 佐世保に帰り戦果報告をすると司令官が驚いてボクたちを見た。

 

 

「言ったじゃないデスか。金剛に任せるデスと」フンス

 

 

 金剛さんが得意気に胸を張る。

 

 

「疑って悪かった。一体どうやって……」

 

 

「運が良かっただけデス」

 

 

「そうか」

 

 

「「「「「……」」」」」

 

 

 ボクたちは誰も発言出来ない。出来るわけがない。

 

 

「みんなご苦労様。明日は休みにするからしっかり休んでくれ」

 

 

「「「「「はいっ!」」」」」

 

 

「テートク!ご褒美になでて欲しいデス!」

 

 

「本当にすぐ突破してきてくれたしな……まあこっち来い」

 

 

「バーニングラァァブ!」ガバッ

 

 

 

 執務室を出たボクたちは一斉に息を吐き出した。

 

 

(((((こ、怖かった……)))))

 

 

 金剛さんは怒らせないようにしよう。そう誓うボクたちであった。

 

 

 

 

 

 





羅針盤なんてなかったんや(白目)

嫁は強し。


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第3章 異変ー潜入者ー
異変


ちょっと短いです。



 

 

 

 海軍本部の一室で1人の老人が手元の報告書を険しい顔で眺めていた。真っ白な海軍の軍服を身にまとったその男は小さく呟く。

 

 

「……これは偶然ではない」

 

 

「元帥?」

 

 

 そんな彼に声をかけたのは長い茶髪をポニーテールにまとめた美しい大和撫子だった。

 

 

「大和、これは偶然だと思うか?儂はそうは思わん」

 

 

「これは……?」

 

 

 彼は手元の報告書を彼女に見せる。

 

 

「ここ最近、異常な勢いで新人提督の鎮守府が攻め落とされておる」

 

 

「新人の?」

 

 

「最初はただ単に彼らが未熟なだけかと思った。じゃが、報告書を見るとある共通点がある」

 

 

「共通点……あれ?」

 

 

「気付いたかの?」

 

 

「はい」

 

 

 彼女の顔も彼と同じく険しいものになる。

 

 

「彼らは全員、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「……」

 

 

「これは……」

 

 

「どこかから情報が漏れているということですね」

 

 

「ああ、そういうことじゃ」

 

 

「一体どこから……」

 

 

「少し周囲の者を調べてみる必要がある」

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

「海軍本部って意外と大きいんだね」

 

 

「まあ本部だしな」

 

 

「ところで何でボクを連れて来たの?金剛さんの方が良かったんじゃ?」

 

 

「留守を任せられるやつがいなくなるだろうが」

 

 

「ボクは留守番に物足りないと?」

 

 

「バカ言え、今のお前は俺にとって懐刀みたいな存在だ。護衛として頼りにしているさ」

 

 

「へへん、悪い気はしないね」

 

 

 元帥から呼び出しをもらった俺は皐月を連れて海軍本部へと訪れていた。

 

 

「おい、前から人が歩いて来たから真面目な態度に切り替えとけ」

 

 

「おおっと」

 

 

 皐月が表情を引き締める。前から歩いて来たのは女性だった。長い黒髪に軍帽を深く被った女性で顔がよく見えない。

 

 

「こんにちは」

 

 

「こ、こんにちは」

 

 

 立ち止まり、とりあえず挨拶をしておく。

 

 

「……こんにちは」

 

 

 返ってきたのは小さな返事だった。

 

 

「……?」

 

 

 彼女と対面した俺は何か異質なものを感じていた。

 

 

「……私に何か?」

 

 

「い、いえ、何でもありません」

 

 

(何だこの感じ……?)

 

 

「司令官?」

 

 

「あ、ああ、すみません!ちょっと考え事をしていただけです」

 

 

「……用がないなら失礼する」

 

 

「あ……」

 

 

 女性が去っていく。

 

 

「早く行こうよ司令官」

 

 

「……おう」

 

 

 再び歩き始めた俺たちだが、俺はずっと先ほどの女性のことが頭から離れないでいた。

 

 

(彼女と対面した時に感じたあの気配はどこかで……)

 

 

「……!」

 

 

「ど、どうしたの?」

 

 

 急いで来た道を戻るがあの女性の姿はどこにもない。

 

 

「……どういう事だ?」

 

 

 俺が彼女からかすかに感じたのは4年前にも体感した深海棲艦が纏うような気配だったのだ。

 

 

「何者だあの女性……」

 

 

 

 

 

 

「よく来てくれたの」

 

 

「遅くなってすみません」

 

 

「よい、この部屋では敬語もいらんぞ」

 

 

 途中で出会った大和に案内されて俺たちは元帥と対面した。

 

 

「ほ、本物の元帥だ……」

 

 

「ほっほ、会うのは初めてじゃの。儂が元帥をやっとる者じゃよ。確か皐月じゃったかの?」

 

 

「は、はい!」

 

 

 皐月が元帥にうわずった声で返事をする。少し緊張し過ぎている気がする。

 

 

「じいちゃん、用件は何だ?わざわざ呼び出したってことは何かあったのか?」

 

 

「この報告書を見てもらった方が早い」

 

 

 元帥が十数枚の報告書を俺に渡してきたので目を通していく。

 

 

「……何だこれ」

 

 

「偶然だと思うか〈東国の鬼神〉?」

 

 

「えっ?」

 

 

 元帥の言葉に大和が驚いて俺を見る。

 

 

「その名はやめてくれ……はっきり言うぞ」

 

 

「うむ」

 

 

「こちらの情報が漏れている可能性が高い」

 

 

「じゃろうな」

 

 

「えっ!?ちょっと元帥、飯野提督を何と呼んだんですか!?」

 

 

「〈東国の鬼神〉、それがこの男の正体じゃよ。知っているのは儂とこいつの鎮守府の艦娘たちだけじゃがな」

 

 

「じゃ、じゃあ金剛ちゃんたちは」

 

 

「元の提督の所へ戻っただけじゃよ」

 

 

「なんでそんな大事な事を私に黙ってたんですか……」

 

 

「信じないと思っての。姿とか変装のせいで別人じゃし」

 

 

「もー、少しは信用してくださいよ……」

 

 

「すまん」

 

 

「……本題に入っていいか?」

 

 

「うむ」

 

 

 俺はそれぞれの報告書を見てから、各地の鎮守府の分布を見る。

 

 

(どちらかと言うと太平洋側の新人提督の鎮守府が狙われている……)

 

 

「元帥、この近辺の鎮守府が送ってきた戦果報告を見せてくれ」

 

 

「大和」

 

 

「ちょ、ちょっと待ってください。持ってきたんですけど量が多くて」

 

 

「皐月、手伝ってやれ」

 

 

「りょーかい」

 

 

 大和と皐月の2人で戦果の報告書を選別して俺のもとへ持ってくる。いつどこに出撃したか、被害はどうなのかなどの情報がのったそれらを眺めていく。

 

 

(これは……最後の大きな出撃がだいぶ前だな、多分今は大丈夫だろう……ん?定期的に海域の攻略を行っている鎮守府があるな。戦果も上々、3日おきに敵海域を攻めているのか……恐らく連続で攻めたいが艦娘を酷使することになるからそれを考慮しているんだろう。なかなかいい鎮守府じゃないか)

 

 

「……ん?」

 

 

 改めて今回の事件を振り返る。確か……

 

 

(これって主力艦隊が何日に鎮守府から出撃してくるか簡単に予想されるんじゃ……3日おきに必ず主力艦隊が出撃しているから、そのタイミングで鎮守府を襲われたら……)

 

 

 出撃している海域はバラバラだがこれは……

 

 

(今回の件、もしも情報漏洩の犯人が今俺が見ているものと同じ報告書を読んで計画を立てていたら……?)

 

 

 真っ先に狙うんじゃないか。

 

 

「それに被害を受けている鎮守府と比較的に近い……」

 

 

「司令官?」

 

 

 すぐにその鎮守府の名前を確認する。

 

 

「……この名前どこかで」

 

 

 その名前を見た瞬間脳裏に浮かんだのは士官学校時代のある光景。

 

 

 

 

『勇兄がどこかの鎮守府の司令官になるまでここにいたかったわ……』

 

 

『あはは……まあしょうがないって。私たちの着任先を決めるのは上の人だし』

 

 

『俺が派遣される鎮守府がいい所だとは限らないぞ?』

 

 

『そんなのどうでもいいもん。勇兄と一緒がいい……』

 

 

『あらら……ま、寂しいのは私も一緒だけどね……』

 

 

『お前たちの着任先は悪くない所だぞ』

 

 

『少しは寂しがりなさいよ!もう!』

 

 

『ひどい人だねー』

 

 

『寂しいに決まってるだろ。短い付き合いとはいえこれでも今までずっとチームだったんだから』

 

 

『何かないの?送る言葉とか』

 

 

『俺も頑張って立派な提督になるからお前たちも着任先で主力艦隊に入れるように頑張れ』

 

 

『軽巡洋艦と駆逐艦じゃ難しいよ』

 

 

『お前たちも知っているだろ?横須賀第二支部の2人の駆逐艦の事は』

 

 

『ありゃちょっと別格だよ』

 

 

『俺からすればお前たちも別格だよ』

 

 

『そうかな?』

 

 

『ふん!見てなさい、今に駆逐艦最強のレディとして名を上げてやるんだから!!』

 

 

『頑張れレディ(笑)』

 

 

『(笑)を付けないでよ!失礼よ!』

 

 

『あははは!なんかお別れって感じの雰囲気じゃないね』

 

 

『だな』

 

 

『エレファントな私に再び会える日を楽しみにしていなさい!』

 

 

『エレファント(笑)』

 

 

『な、何よその目は!』

 

 

『頑張れお子様レディ』

 

 

『むきいいっっ!!』

 

 

『じゃあね勇兄、またいい夜の日に』

 

 

『ああ、達者でな夜戦バカ』

 

 

『『最後くらい名前で呼んでよ!』』

 

 

 

 

「あいつらの鎮守府だ……」

 

 

 この資料によると最後の出撃は今日から3日前……さっきから嫌な予感がしている。今までこの予感のようなカンが俺を裏切る事はなかった。

 

 

「くそっ!杞憂であってくれ!」

 

 

 報告書を机に置いて出入り口へと向かう。

 

 

「ど、どうしたのじゃ?」

 

 

「今一番上に置いた報告書の鎮守府は恐らくだが次に狙われる可能性がある!しかも襲われるのが今日かもしれない」

 

 

「えっ!?」

 

 

「報告書の内容が漏れているならその鎮守府はマズい」

 

 

「司令官?」

 

 

「元帥たちは怪しい人物の調査をお願いします。俺は万が一を考えてあいつらを助けに行きます!」

 

 

「あいつら?」

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

「ソロソロ主力艦隊ガ出撃シテカラ十分ナ時間が経ッタナ」

 

 

 そんな呟きとともに異形の集団たちが海面に浮かび上がってきた。

 

 

「最近戦果を上ゲ始メテイル目障リナ鎮守府ダ。大キクナル前ニ叩キ潰セ」

 

 

 巨大な黒い影の言葉で集団が移動を開始する。目指すは先はとある鎮守府……

 

 

(海軍本部デ会ッタアノ男……マサカトハ思ウガワタシノ正体ニ気付イタノダロウカ?イヤ、艦娘デスラ騙セルワタシノ擬態ガ分カルハズガナイ、ヨホド鋭イカンヲ持ッテイナイ限リナ……)

 

 

「シズメ」

 

 

 その言葉とともに巨大な影は静かに海底へと引き返していった。

 

 

 

 

 

 




深海棲艦もバカばかりではない……

ごめんなさい、またちょっと過去に話がいきます。この娘たちは前から出そうと思ってたので。一体誰だ(笑)


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士官学校時代 上

 

 

 

 私の記憶。

 

 

ーーー第三次ソロモン海戦 第一夜戦

 

 

 

「消火が間に合いません!」

 

 

「艦長!」

 

 

「我々は照明灯照射艦なのだ。覚悟の上だろう…それよりも暁の撃った魚雷で敵巡洋艦はどうなった?」

 

 

「恐らく機関部をやったと思いたいところです」 

 

 

 ああ、比叡さんと雷が見える。

 

 

「航行、操舵ともに不能!」

 

 

 ごめんね。もう火が消えないし、私の船体は蜂の巣も同然のただの残骸……動くことも出来やしないわ。

 

 

 戦場を漂流していく私。みんながどんどん離れていく……

 

 

「……味方の武運を祈る」

 

 

 燃える私の船体に敵のさらなる砲弾が直撃した。

 

 

「ああ沈む……」

 

 

 ごめんなさい、こんなところで沈んじゃ助けも来ないわよね……

 

 

 混戦の極みの中、私───暁は沈んでいく。海へ落とされ泳ぎ出す船員たち……この状況で何人が助かるのだろうか。

 

 

 ……妹たちの轟沈を見ずにすんだことが唯一の救いね。

 

 

 みんな、暁の分も頑張ってね……

 

 

 

 1942年11月13日午前2時頃、暁型駆逐艦一番艦暁───轟沈。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー数年前

 

 

 

 目を開けるとそこは見たことのない場所だった。どこかの倉庫だろうか?いや、港と海ばかりしか見たことのない私だから知っている場所が少ないだけかも。でも、はっきりと分かったことは……

 

 

(どうして私が陸上に?)

 

 

 見ればなんと自分の体が人間の体になっているではないか。私は混乱した。私は誰だっけ?暁型駆逐艦一番艦の暁だ。

 

 

(何で船の私が人間に……?)

 

 

『起きました?』

 

 

「わっ!?」

 

 

 気が付くと足下に小人がいた。

 

 

「あなたは……?」

 

 

『私は建造されたばかりの艦娘に事情を説明する係の妖精です。結構流暢に喋れるので』

 

 

「よ、妖精?」

 

 

『では今からあなたが置かれている状況を説明しますね』

 

 

 そう言って妖精は私の存在と日本の今の現状について教えてくれた。海に現れた深海棲艦とかいう怪物に対抗するための兵器として造られた艦娘という存在の一つが私らしい。

 

 

「私の他にも……例えば妹たちも同じように?」

 

 

『ええ、いますよ。多少の個体差はありますが同じ艦娘が一人どころか複数人います』

 

 

「えっ?」

 

 

『そういうものです』

 

 

「同じ艦娘が複数人……じゃあ私も一人目の私じゃないの?」

 

 

『はい。ですが、完全に同一人物というわけではないです。何かしらの違いを持つので』

 

 

 それでもゾッとした。同時に少し寂しさを感じた。人間の体を得てなお、やはり自分は量産される存在ーーー兵器なのだと。

 

 

「人間の体を得て少しは期待したんだけどなあ……やっぱり船が人間と触れあってみたいなんて考えたらおかしいわよね」

 

 

『……』

 

 

 いくらでも同じものを量産出来る兵器を丁寧に扱う物好きはなかなかいないだろう。

 

 

「でも、別れた姉妹に会えるなら悪くないのかもね」

 

 

『あなたが良い指揮官に巡り会えることを心より祈っています』

 

 

「ええ、ありがとね」

 

 

 

 

 

 

 さて、いきなり実践投入されるのかと思いきや、私が連れていかれたのは海軍の士官学校だった。艦娘たちを率いる未来の提督たちの教育のために生徒1人と艦娘2人でチームを組み、授業内で実際に指揮の訓練や演習を行ったりするらしい。大勢の艦娘が広間に集められ、順番に来た生徒たちに選ばれてチームを組んでいった。やはり戦艦や空母、重巡洋艦が真っ先に選ばれていくので軽巡洋艦と駆逐艦の艦娘はみんな落ち込んでいた。こうもハッキリされると悲しいものだ。                         

 

(私だって艦時代は頑張ったのに……)

 

 

「やっぱり単純な強さだけ見たら駆逐艦なんて欲しがらないわよね……」

 

 

「おい、そこの君」

 

 

「え?」

 

 

 突然声かけられた。声の主は黒髪黒目のまだどことなく幼さの残る青年だった。

 

 

「あれ?聞こえてるか?君とチームを組みたいんだが」

 

 

「え……私!?」

 

 

 予想外の出来事に困惑する。まだ重巡洋艦や空母やましてや軽巡洋艦が残っているのに……よりによって駆逐艦の私に最初に声をかけるとはどういうことだろう。無知なのか?

 

 

「あの、声をかける相手を間違えてるわよ。私は駆逐艦よ?空母や重巡、軽巡はあちらにいる人たちよ」

 

 

「ん?艦種が何か関係あるのか?そっちから選ばないとダメなのか?」

 

 

 不思議そうな顔をされた。

 

 

「そ、そういうわけじゃないけど私弱いわよ?あっちの人たちの方が強い人が多いし……」

 

 

「そうか?艦種の説明を受けたが俺は駆逐艦が魅力的に感じたがな。凡庸性が高いし動きが速く、コストも低い。それに夜戦では一番期待させてくれるらしいからな」

 

 

「装甲は紙だし夜戦の前に被弾したら終わりよ?」

 

 

「そこを戦略でなんとかするのが俺の仕事だろうが。どうだ、一緒にチームを組まないか?お前を見てビビっと感じるものがあったんだ。他の艦娘と比べて落ち着いているようにも見えるしな」

 

 

「諦めているだけよ……本当に私でいいの?」

 

 

「そう言ってるんだがな」

 

 

 彼はからかっているようには見えない。

 

 

「し、仕方ないわね」

 

 

 本気で自分を選んでくれたんだと分かり少し舞い上がってしまう。

 

 

「嬉しそうだな」

 

 

「そ、そんな事ないわ!私を選んでくれることに感謝はしてるけど!」

 

 

「ははは、その顔じゃ説得力ねえよ。名前は何ていうんだ?」

 

 

「そんな顔してな……名前?」

 

 

「ああ」

 

 

 私は出来るだけ綺麗な姿勢をとり、彼に名乗る。

 

 

「暁型駆逐艦一番艦の暁よ。一人前のレディーとして扱ってよね!」

 

 

 

 

 

 

 夜戦が好きだ。そう、私は夜戦が好きだ。

 

 

「はー夜戦夜戦……」

 

 

 この体になった時、真っ先に考えたのは夜戦の事だった。早く夜戦がしたい。体があの刺激を求めてやまない。

 

 

「でも全然こっちに生徒さん来ないんだよねー」 

 

 

 生徒たちに選ばれていく戦艦たちを見ながら私は小さく溜め息を吐く。

 

 

「軽巡洋艦の何が悪いのさ、水雷戦隊の良さが分からないのかな……」

 

 

 これでは夜戦が出来ない。私にとっては死活問題だ。

 

 

「……ん?」

 

 

〈一人前のレディーとして扱ってよね!

 

 

 声の方を見れば、生徒の1人が駆逐艦の少女に話しかけていた。

 

 

「最初に駆逐艦に声をかけるなんて変わってるなあ……」

 

 

 しかもどうやらチームを組んだらしい。なかなかの変わり者だ。

 

 

「……いや待てよ?」

 

 

 自分は変わり者だ。いつも夜戦の事ばかり考えているから周りの艦娘からは引かれている。

 

 

「変わり者同士仲良くなれそうな気が……よし」

 

 

 その生徒のもとへと歩き出す。後ろで教官が何か言っているがどうでもいい。彼らがこちらに気付く。彼らの前に立った私は大きな声で言った。

 

 

「川内参上!夜戦なら任せてよね!」

 

 

 ポカンとする紺の軍帽と紺色に近い黒髪のセーラー服を着た駆逐艦の少女。一方黒髪の生徒の方は───

 

 

「へえ、お前夜戦が得意なのか。ちょうどいい、お前みたいなやつを探してたんだ。一緒に組まないか?」

 

 

 あまりにも簡単に受け入れられてしまったので拍子抜けしてしまった。

 

 

「言っとくけど私はかなりの夜戦バカだよ?」

 

 

「俺はちょうど暁と夜戦メインの戦いを考えていてな、お前みたいなのは大歓迎なんだ。面白そうだしな」

 

 

「戦艦とかとチームを組まなくて本当にいいの?」

 

 

「戦艦も魚雷くらったら沈むだろ?」

 

 

「あはっ!やっぱりあなた最高だよ。これからよろしくね!」

 

 

「おう。さて2人とも、俺は飯野勇樹だ。これからチームメンバーとしてよろしく頼む」

 

 

「「はいっ!!」」

 

 

 

 

 

 

「おい、あれ見ろよ」

 

 

「ん?」

 

 

「駆逐艦だよなあれ。もう戦艦とかは残ってないのか?」

 

 

「いや、全然残ってるぜ」

 

 

「バカなのかアイツ」

 

 

「いや、選ぶ順番は入試の成績順だからただのロリコンだったりして……」

 

 

「真っ先に駆逐艦と軽巡洋艦とは……素人だな。まるで分かっていない」

 

 

 飯野に連れられて歩く私たちを見て囁かれる言葉の数々……私は再び不安を感じ始めていた。

 

 

「……暁、絶対にギャフンと言わせてやるぞ。まあ俺はバカ呼ばわりされても気にしないがな」

 

 

「飯野……」

 

 

「私が夜戦で沈めてあげるよ」

 

 

「今は好きに言わせとけ、いずれお前たちを笑う者はいなくなる」

 

 

 そう言う彼らの顔は冗談を言っているようには見えず、私は少し不安が取り除かれたのを感じた。

 

 

「頑張ろうな」ナデナデ

 

 

「うん」ナデラレナデラレ

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 飯野とチームを組んだ私たちはそれから4ヶ月ほど訓練や演習を繰り返していた。でも……

 

 

「そこまで!勝者は防衛サイド!」

 

 

「……暁、気にしないで。たまたまだから」

 

 

 連日のように負け続けた私たち。飯野が励ましてくれたから耐えてこれたけどこの時ばかりは違った。

 

 

「…っ!慰めなんていらないわよ!」

 

 

 私に声をかけてきたのは今回の対戦相手だった暁型駆逐艦二番艦の響だった。

 

 

 私は同じ駆逐艦の妹にすら負けたのだ……

 

 

「暁姉さん……」

 

 

「……っ!」

 

 

 どうしようもなく惨めで悔しくて情けなくて私は走って演習場を飛び出した。飯野と川内さんの引き止める声も無視して走り続けた。泣き顔を見られるのが嫌だった。

 

 

 

 

 

 

「……ここにいたのか」

 

 

「……」

 

 

「あちこち探し回ったが結局自室にいたとは盲点だった」

 

 

「……何しに来たのよ」

 

 

「そろそろ頃合いだと思ってな」

 

 

 私の自室にやって来た彼はいきなりそんな事を言い出した。

 

 

「悔しいか?自分の弱さがよく分かったか?」

 

 

「バカにしに来たの?」

 

 

「違う」

 

 

 彼はじっと私の目を見つめると満足したように頷いた。

 

 

「やっぱりバカに───」

 

 

「謝りに来た」

 

 

「え?」

 

 

「今まで俺はお前たちに俺が正しいと思う指揮をあえてとらなかった。それが必要だったからだ」

 

 

「……どういうこと?手を抜いてたっていうの?……そんなに負ける私たちを見て面白かったの!?」

 

 

「そんなわけはない。だが、もうやられっぱなしの日々は終わりだ」

 

 

「……」

 

 

「突然で悪いが俺が何故提督になりたいか分かるか?」

 

 

「海を守るため?」

 

 

「一番の理由はお前たちのためだよ」

 

 

「え……」

 

 

 予想外の答えに私は戸惑った。

 

 

「俺は艦娘たちを兵器として見ない。いつか艦娘たちに今の日本と広い世界を見せ、体感してもらうのが今の俺の夢だ。出来ればもっと人とも触れあわせてやりたい」

 

 

「ねえ、それであなたは幸せなの?どこにもそれが見当たらないんだけど」

 

 

「あるさ、俺のもともとの夢は教師だ。そんな俺にとって艦娘は導くべき可愛い生徒たちも同然だ。これほどやりがいのあるものはなかなかない」

 

 

「おかしな人ね」

 

 

「何とでも言え」

 

 

「で?それが今までの指揮とどうつながるの?」

 

 

「俺は1人も自分の艦娘を沈めたくない」

 

 

「で?」

 

 

「慢心はもう無くなっただろ?」

 

 

「慢心なんて……」

 

 

「自覚は無くともあったはずだ。妹だから勝てて当然だと思っていたのもそうだな。お前はプライドの高い艦娘だ」

 

 

「そ、それは……」

 

 

 私は彼の言葉に反論出来なかった。

 

 

「どんなに強い奴でも慢心していれば簡単に命を落とす。それが戦場だ。だから俺はお前たちにまず自分の弱さをいやというほど自覚させることにした。そういう奴ほど戦場で生き残ることが出来るからだ」

 

 

 ふと、話している彼の目を見て気付く。

 

 

「あなたの目……少なからず戦場を知っている人の目ね。もしかしてこの戦いで誰かの死を見たの?」

 

 

「祖母と両親だ」

 

 

「……ごめんなさい。聞くべき事じゃなかったわ」

 

 

「かまわない。……もう慢心はないな?」

 

 

「そんなものもう無くなってるわよ……」

 

 

「よし、ならばこれからは本気で指揮をとる」

 

 

「でも本当に勝てるようになるの?」

 

 

「この4ヶ月、俺もただ戦いを眺めていたわけじゃない。この学校の生徒たちの戦術パターンはもう大体把握した。これを見てみろ」スッ

 

 

 彼が懐から出した大量のメモの束の内容を見て私は愕然とした。

 

 

「な、何これ……」

 

 

 そこに書かれていたのはこの学校の生徒一人一人のこれまでとった戦術とその結果をパターン化したものだった。確率まで書いてある。そして……

 

 

(対抗策もきちんと書いてあるし何より……)

 

 

 拙いがどれも彼の指揮官としての才を感じさせるような内容だった。ただし、少しでも慢心すれば失敗するようなギリギリの作戦ばかりだが……これを見れば分かる。彼はーーー

 

 

(天才だわ……)

 

 

 私はすごい人に選ばれたのかもしれない。

 

 

「すごい……」

 

 

 と、そこで私の耳が遠くで誰かの足音をとらえた。少し待つと自室の扉が開く。

 

 

「おーい、話は終わった?」

 

 

 川内さんが部屋にやって来た。

 

 

「……夜戦バカも慢心はもうないな?」

 

 

「な、何の話?」

 

 

「お前は暁以上に面倒だ。話があるからこっちへ来い」

 

 

「……何か怖いんだけど」

 

 

「これから俺たちの逆襲が始まるという話だ」

 

 

 そう言って彼がニヤリと笑う。2人を見ながら私はこれから本気を出すという彼の言葉について考えながら静かに闘志を燃やし始めていた。

 

 

 

 

 

 




暁は可愛い(確信)

この作品を書いているのにもかかわらず「沖ノ島」を書いた後、変なテンションで別の作品を書いてしまいました(笑)。あの娘が可愛いのが悪い。どっちも駄文ですけどね……


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士官学校時代 中

 

 

 

「そろそろ夜に目は慣れてきたか?」

 

 

「私はもとから慣れてるよ」

 

 

「暁も慣れたわ」

 

 

「よし、今日の訓練は終わりだ。2人とも上がって来い」

 

 

 彼が私たちに本気を出すと宣言した日から、作戦に必要な能力を身に付けるために様々な訓練をやらされるようになった。その中には本当に必要なのか?と疑問を持つようなものもあった。

 

 

「司令官が言っていたことが少し分かった気がするわ」

 

 

「うん。私も撃ち合っててそう思った」

 

 

 彼はなんと私たちに体術を仕込もうとしていたのである。体術を教えると言われた時は意味が分からなかったがやってみてその有益さに気付いた。

 

 

「体そのものが鍛えられると色々な体勢で出来る事のバリエーションがこんなにも増えるのね……」

 

 

「いやー、海面を蹴って砲撃を回避とか船の概念ではありえないね。ものすごいバランス感覚が必要だけど」

 

 

「相手の動きに合わせて航行速度を細かく変更して相手の標準を狂わせるというのもなかなか有効だわ。相手に通じるようにコツを掴むのに苦労したけど……」

 

 

「結局お前たちは艦娘であって艦ではないってことだ。もともと人型である故に被弾もしにくいし、身のこなしがよくなればギリギリで回避できる砲弾も増える」

 

 

「うん」

 

 

 飯野のおかげで確かに私たちは強くなっていた。まだ他の人たちには見せてはいなかったが。

 

 

「……そろそろ実際の演習にも投入していこうか」

 

 

「おい飯野、お前まだそんなことをやってんのか?」

 

 

 突然演習場に響いた第三者の声に私たちは固まる。私たちの前に姿を現したのはちゃらちゃらとした感じの短い金髪の青年だった。飯野いわく「漫画とかに出てきそうな典型的なチンピラの見た目」らしい。

 

 

「ああ」

 

 

「もういい加減諦めろって。そいつらを鍛えたところで上位の奴らに通用するわけがねえだろ」

 

 

 バカにしたような笑みを飯野に向ける金髪の青年。彼の名は内山修といって有名な提督である男を父に持つ大艦巨砲主義のエリートであった。チームを組むのは戦艦の伊勢と日向である。彼は事あるごとに私たちに絡んでくる嫌な男だった。一度飯野に聞いたのだが、生徒が受けている護身術の授業の中で彼と試合を行い他の生徒たちの前で彼をコテンパンにしてしまってから絡んでくるようになったらしい。

 

 

「そんな事はないさ」

 

 

「毎度のように演習では昼戦で大破させられている癖によく言うよ。その分じゃ夜戦まで持ちこたえたとしても、大したことは出来ないんじゃないのか?」

 

 

「「「……」」」

 

 

「知ってるか?お前らは他の奴らから、いい点数稼ぎ扱いされてんだぜ?とにかく勝てば実技成績は上がるからな」

 

 

「明日から本気で戦うんだよ。俺もこいつらもな」

 

 

「……言ってろ。ちなみに明日の演習の相手は俺だぜ」

 

 

「……」

 

 

「お前らって毎回簡単に負けてくれるからつまんないんだよなあ……もう棄権してくれよ。お前の成績はさらに落ちることになるけどな」

 

 

「話はそれだけか?ならさっさと帰れ、俺はこいつらと明日の打ち合わせがあるんだ」

 

 

 そう言って、話は終わりだといわんばかりに飯野は内山に背中を向けた。

 

 

「っ!いつもすました顔ばっかしやがって気に入らねえ!!少しは言い返したらどうだ!!」

 

 

「お前の挑発が下手なだけだ内山」

 

 

「明日も叩き潰してやる!!」

 

 

 飯野を睨みつけてから彼は演習場を去っていった。

 

 

「……わざわざそんなことを言うために来たのかあいつ。なんかよく分からん奴だな」

 

 

「ほんっと嫌な男ね!」

 

 

「私も」

 

 

「……最初の犠牲者が決まったな」

 

 

 飯野はそう言って不敵に笑った。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 次の日の演習はチームの2人の艦娘と追加で教師が用意した駆逐艦が2人メンバーに入った4対4の演習だった。

 

 

「……何だこれ」

 

 

 演習を観戦していた1人が呟いた。

 

 

「勝者!飯野艦隊!」

 

 

 審判の判定が演習場に響く。

 

 

「嘘……」

 

 

 観戦者たちがざわめく。実技成績上位者のエリートである内山が軽巡1隻と駆逐艦3隻に演習で破れたのだから無理もない。破ったのは高い学力を持ちながらチームを軽巡洋艦と駆逐艦で組んだ当時の士官学校で変人呼ばわりされていた飯野だった。

 

 

「負けただと……?伊勢たちが軽巡1隻と駆逐艦3隻に?」

 

 

「言っただろう本気だと」

 

 

 私たちがやったことは単純。煙幕などを駆使し夜戦の時間までひたすら砲撃を避けて時間を稼ぎ、夜戦で勝負を決めにいっただけだ。だが、そこからが異常だった。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「バカな……」

 

 

 呆然とする内山に飯野が言う。

 

 

「これが軽巡洋艦と駆逐艦だよ。戦艦だけが艦隊の主力じゃないということが分かったか?」

 

 

「な、何故こんな短時間で伊勢たちが全滅させられたんだ?」

 

 

「何故かだと?こちらの姿に気付かず、身構えてもいない戦艦たちなど魚雷の格好の的だろう?暗闇の中ボケッとしているだけなんだからな」

 

 

「伊勢たちの話ではこちらの艦隊のメンバーは誰一人お前の艦隊の川内と暁を夜戦で視認出来なかったと言っていたがどういうことだ!」

 

 

()()()()()()()()()()()()()というわけだ」

 

 

「は?」

 

 

「あの2人は夜戦の天才だよ」

 

 

 

 

 

 

「ご苦労さんだったな。さすがは川内と暁だ」

 

 

 演習後、私たちは飯野の奢りで間宮と伊良湖が運営する甘味処へ来ていた。

 

 

「ありがとう……」

 

 

「いやー、あんだけ綺麗に魚雷が決まると最高だよ!やっぱ夜戦最高!」

 

 

 川内さんが嬉しそうに言う。実際今の彼女は喜びでキラキラとしていた。

 

 

「お前たちは夜戦に関して最高の武器を持っているからな。暁は相手の位置を見えなくても音で把握出来るいい耳を、川内は暗闇でも遠くまで見えるいい目をそれぞれ持っていたのが良かったな」

 

 

(確かに夜戦に関してはそうだけど……)

 

 

「でも飯野が昼戦で相手の動きを完全に先読みして指示を出してくれなかったら夜戦までもたなかったかもしれないわ」

 

 

「本当にビックリするぐらい飯野の予想通りの行動を相手がとってきたからね」

 

 

「結局はカンだよ」

 

 

(本当かしら……)

 

 

「お待たせしました。こちら間宮と伊良湖の特製抹茶パフェです」

 

 

 話しているうちに注文した甘味が運ばれて来た。

 

 

「でかっ!?おい暁、これ本当に全部食えるのか!?」

 

 

 目の前に置かれたのはどんぶり2つ分くらいの大きさの容器に入った大量の抹茶ムース、小豆、生クリーム、抹茶アイス、フレークからなる巨大なパフェ。少なくとも駆逐艦の艦娘が1人で食べきれるものではない。せっかく飯野が奢ってくれるというので私は調子に乗ってこんなものを注文してしまったのだ。

 

 

「へ、へっちゃらだし」

 

 

 想像以上の大きさに声が震える。

 

 

「顔めっちゃ青いじゃん」

 

 

「ヤバくなったら言えよ?」

 

 

「こ、これしき……」

 

 

 スプーンの手に取り、食べ始める。抹茶スイーツ特有の旨味が口の中に広がってゆく。

 

 

「美味しい!」

 

 

「そりゃよかった」

 

 

 彼と川内さんはそれぞれ苺パフェとチョコパフェをたべていた。自分のパフェと彼らのパフェを見比べる。

 

 

「ねえ、私のパフェを分けてあげてもいいわよ?」

 

 

「じゃあいただきます」

 

 

 一瞬で川内さんがごっそりとスプーンで抹茶パフェをすくって口へ持っていった。

 

 

「うまっ!」

 

 

「んじゃ俺も……」スッ

 

 

「はい、あーん」スッ

 

 

 私は自分のスプーンで抹茶パフェをすくって彼に差し出す。

 

 

「え……?」

 

 

 彼が自分のスプーンをこちらに向けた状態で固まる。

 

 

「……いらないの?」

 

 

「はっ!?……い、いただきます」

 

 

「おお、暁ってば大胆だねー」

 

 

「べ、別にただパフェを分けただけよ」

 

 

「自分のスプーンを使う理由は……」

 

 

「特に無いわ!」

 

 

 その後、頑張った私だったが抹茶パフェを食べきることは出来なかった。

 

 

「降参よ……」ガクッ

 

 

「よくここまで食ったなあ……甘い物は別腹とはよく言ったものだ」

 

 

「暁大丈夫?」

 

 

「う、動けない……」

 

 

(うう、食べ過ぎで気持ち悪い……)

 

 

「仕方がないな」ヒョイ

 

 

「きゃっ!?」

 

 

 突然彼に抱き上げられる。

 

 

「お姫様だっこじゃん、良かったね暁」ニヤニヤ

 

 

 びっくりしすぎて食べ過ぎによる気持ち悪さが吹き飛んでしまった。

 

 

「川内、会計を頼む。そこに金を置いてあるから」

 

 

「了解」

 

 

「ちょ、ちょっと何するのよ!?」

 

 

「動けないんだろ?艦娘寮まで運んでやる」

 

 

 私を抱っこしたままスタスタと彼が歩き始める。当然周りの注目を集めるわけで……

 

 

「きゃー!見てよあれ、お姫様抱っこ!」

 

 

「私もいつかやってもらいたいなー」

 

 

「アイツやっぱロリコンなんじゃね?」

 

 

「あ、暁姉さん……」

 

 

「ああああああ!!やっぱり下ろして!!」

 

 

 すごく恥ずかしくて顔が熱くなる。

 

 

「ダメだ」

 

 

「なんでよ!」

 

 

「お前の反応が面白いからな」

 

 

「な、何よそれぇ……」

 

 

 彼がイタズラっぽく笑って言う。結局、艦娘寮の近くまで彼は私を下ろしてくれなかった。

 

 

 

 

 

 

「もう!本当に恥ずかしかったんだから!」

 

 

「すまんな。つい癖で抱っこしてしまった」

 

 

「癖?」

 

 

「俺には妹がいてな、お兄ちゃんっ子でよく抱っこをせがまれたんだよ」

 

 

「ふーん」

 

 

「お前たちも俺にとって妹みたいなもんだし、ついな」

 

 

「私たちが飯野の妹?」

 

 

「嫌だったか?」

 

 

「ううん。でも、私って長女だから兄っていうのがよく分からなくて……でも、きっといたら飯野みたいな人かなーって」

 

 

「そうか」

 

 

「勇兄?」

 

 

「ん?それは俺のことか?」

 

 

「うん。飯野勇樹だから勇兄」

 

 

「はは、これまたずいぶん可愛い妹が出来たもんだ」ナデナデ

 

 

 言いながら彼は私の頭を帽子ごとなで始めた。

 

 

「んう……」ナデラレナナデラレ

 

 

(あったかくて気持ちいい……)

 

 

 しばらくすると誰かの足音が聞こえてきた。きっと川内さんだろう。

 

 

「おお!?何やら暁が甘えているようだね」

 

 

「勇兄が私の兄さんになったの」

 

 

「んじゃ私もこれから勇兄って呼ぼうかな。飯野ってなんだか他人行儀だし」

 

 

「暁以上に面倒な妹も出来たな」

 

 

「ちょっとそれひどくない?ほら、私もなでてよ!」

 

 

「かまわんぞ」ナデナデ

 

 

「えへへ……」ナデラレナデラレ

 

 

「んうぅ……」ナデラレナデラレ

 

 

 

 彼との触れ合いは私がもっとも好きな時間だった。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

『川内、おそらくあと少しで空母による攻撃が来る。スモークグレードを使った後、進路を北西にとりT字有利にもちこめ』

 

 

 無線からの彼の指示に返事を返す。

 

 

「了解!」

 

 

「暁は照明灯を破壊されないよう気をつけてな」

 

 

「分かったわ。と言ってもすぐに夜になるけどね」

 

 

 

 

 

 

「さあ、私と夜戦しよ?」

 

 

 私の呟きと同時に遠くで暁が照明灯を照射する。

 

 

「照明灯よ!まずあの娘から落とすわよ!」

 

 

「了解!」

 

 

「主砲用意、斉射!」

 

 

「……!」

 

 

 すぐに暁を狙い始める相手艦隊。

 

 

(ダメだなあ……私を無視するなんてさ!)

 

 

 夜目を頼りに魚雷を発射する。私にはこの暗闇でも魚雷の雷跡が見えていた。

 

 

「きゃあああ!!」

 

 

「何!?」

 

 

「どこから!?何も見えないわよ!?」

 

 

(後ろだよー)

 

 

 敵艦隊の背後から突撃し、1人を蹴り飛ばすと同時に魚雷を周囲にばらまく。暗闇の中で上がるいくつかの大きな水柱。

 

 

「ごほっ!ちょっと!誰よ蹴飛ばしたのは!?」

 

 

「私だよ」

 

 

「え?」

 

 

 立ち上がろうとする相手の鼻先に主砲を突きつけると大人しくなった。

 

 

「勝者!飯野艦隊!」

 

 

(最近勝ってばかりだな……ホント勇兄って変わり者というよりヤバい人だね)

 

 

「川内さーん!お疲れ様!」

 

 

「暁もお疲れー。照明灯役ありがとね」

 

 

「照明灯はあんまり好きじゃないわ……」

 

 

『おーい、早く戻って来いよー』

 

 

 

 

 

 

「おい、また勝ってるぞ飯野の奴」

 

 

「くそ、何で誰も勝てないんだよ……」

 

 

「スモークグレードがマジでうざい」

 

 

「つーか、アイツの頭ん中どうなってんだ?毎回毎回、対戦相手の動きを完全に読んで動いているように見えるんだが」

 

 

「毎回後手に回されるんだよなあ」

 

 

「いや、それよりも問題は夜戦におけるあの二隻の怖さだろう」

 

 

 内山との一戦以来、私たちは負け無しになった。来る日も来る日も勝利をもぎとっていた。だが今でも戦闘前に「いいか、絶対に慢心するなよ?」と何度も言われている。勇兄の指揮能力は日ごとにどんどん伸びていて、そんな私たちを笑う生徒たちはすっかりいなくなっていた。

 

 

「おい、飯野」

 

 

「……内山?」

 

 

 ある日の演習後、私たちに声をかけてきたのは内山だった。勇兄が私たちの前に進み出る。

 

 

「何の用だ?」

 

 

「話がある。ちょっと来てくれ」

 

 

 その時の彼にはまったく敵意や悪意といったようなものが感じられなかった。なんだか雰囲気がやわらかくなった気がする。

 

 

「分かった」

 

 

 

 

 

 

「本当にすまなかった!」

 

 

「え?」

 

 

 校舎の影で突然内山が勇兄に頭を下げた。

 

 

「その、今まで悪かった……」

 

 

「別に気にしてなどいない。それよりも何故急に謝罪なんて……?」

 

 

「……俺はずっとお前の本気が見たかったんだ」

 

 

「どういう……」

 

 

「あの日……お前に護身術の授業での試合に負けた時からお前に興味がわいたんだ。学力はけっこう高いけど武術はたいしたことはないと思って対戦したらめちゃくちゃ強くて、でもそれで得意気になるわけではなく堂々としているお前が、俺の憧れの親父と重なって見えた……だが、お前は何故か数が多く、常識的に弱いとされている軽巡洋艦と駆逐艦でチームを組んだ。戦艦や空母を選べるチャンスもあったのに」

 

 

「……」

 

 

「それでも俺はお前ならきっとすごい戦いをするんじゃないかとずっと期待していた。だが、4ヶ月もの間お前はまともな指揮をとらずに負け続けていた。俺はそれが我慢ならなかった……だからお前の本気を見たくて今までの行動をとっていた。」

 

 

「怒らせて本気で戦わせようと?」

 

 

「ああ。正直、あの夜お前がこれから本気を出すと言った時は内心嬉しく思っていた。実際に本気のお前と戦えて喜んだよ、やっぱりお前は本物の天才だ……俺の親父そっくりだって」

 

 

「え、ちょっと待って、つまりあなたは勇兄が嫌いなんじゃなくてむしろファンだったってこと?」

 

 

「……そんな感じだな」

 

 

 思わず私が口を挟むと彼はバツが悪そうに頬をかいた。

 

 

「私も素直じゃないってよく言われるけれどあなたのはちょっと不器用すぎる気がするわ……」

 

 

 暁が怒ったように言う。

 

 

「本当にすまない!そして出来ればダチになって欲しい!」

 

 

「はぁ……最初っから素直に言えよ」

 

 

 勇兄が呆れたように彼を見る。

 

 

「いいぞ。もともとそんなに気にしてないんだ、ダチになってやる」

 

 

「マジか!?ならさっそく俺に戦術の立て方を教えてくれ!!」

 

 

「なんか弟子みたいね」

 

 

「俺はそれでもかまわん!」

 

 

「……俺は師匠じゃないぞ」

 

 

 勇兄に初の弟子が出来た瞬間だった。

 

 

 

 

 

 





夜戦において軽巡、駆逐は最強だ。(昼戦さえ乗り越えれば)

士官学校時代は次で終わり……これでも結構省略してるんですけど長い……(レディ可愛い)

現在、これの2つ次の話の皐月たちの戦闘シーンに悪戦苦闘中です……

下手なりに皐月たちの戦闘シーンを頑張りたい。


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士官学校時代 下

 

 

 

 内山の弟子入りなんてことがあった日からさらに月日が経った。その頃の勇兄は士官学校の3年生となっていた。

 

 

「勇兄!これで通算50連勝を達成したから甘味処のパフェを所望するわ!」

 

 

「私も!」

 

 

「あーはいはい、分かったから着替えて来い」

 

 

「お疲れ様です師匠!」

 

 

「内山、それはやめてくれと何度も言ってるだろう」

 

 

「俺にとっちゃ飯野は師匠だぜ」

 

 

「はぁ……ま、お前も無事に勝ったんだろ?」

 

 

「飯野のアドバイスを受けているからな」

 

 

「お前の方もお疲れさん」

 

 

「おう、じゃあな!50連勝おめでとう!」

 

 

「ありがとう」

 

 

 週ごとに数回の演習において連勝に次ぐ連勝で私たちはとうとう50連勝なんていうとんでもない記録を叩き出した。これはこの学校の新記録らしい。他に達成者がいるなら逆に気になるけど。

 

 

「おまたせ」

 

 

 着替えを済ませて再び勇兄と合流する。

 

 

「これだけ勝つと勇兄の成績って学年トップなんじゃないかしら」

 

 

「だね」

 

 

「残念だがそうではない」

 

 

「「?」」

 

 

「まぁ、その、俺は学校を休むことや早退することがしばしばあってな……」

 

 

「えっ、士官学校で欠席と途中欠席はかなりの減点になるわよ?軍だし」

 

 

「サボるような不真面目には見えないけど」

 

 

「ま、学校に通いながらちょっとした仕事をしているんだよ」

 

 

「そんな暇ないと思うけど……」

 

 

(成績に興味無いのかしら……)

 

 

「だから欠席するはめになっている」

 

 

「士官学校を休んでまでとなるとよほど大事な仕事なのかな?」

 

 

「ああ」

 

 

「気になるわね。教えてよ」

 

 

「秘密」

 

 

「えー」

 

 

「レディがお願いしているんだから答えなさいよ」

 

 

「お子様レディにお願いされても……」

 

 

「お子様言うな!」

 

 

「良いもん奢ってやるから」ナデナデ

 

 

「頭をなでなでしないでよ!もう子供じゃないって言ってるでしょっ!?」ナデラレナデラレ

 

 

「子供だろうが」

 

 

「だね」

 

 

「むぅぅ……」

 

 

 結局はぐらかされたけどこの時から私は勇兄の秘密というのが気になり始めていた。

 

 

 

 

 

 

「暁姉さん、ちょっといいかい?」

 

 

 ある日、いつもの訓練を終えて演習場から出た私は妹の響に声をかけられた。妹の響は長い銀髪で私と同じ軍帽とセーラー服を着たクール系の美少女だ。

 

 

「響?どうかしたの?」

 

 

「ちょっと聞きたい事があるんだ」

 

 

「聞きたいこと?」

 

 

「飯野さんって何者なんだい?」

 

 

 急に響の目が真剣なものになる。

 

 

「えっ?」

 

 

「今までずっと指揮の実技成績は低かったのにある日から急に負け無しになったじゃないか。今じゃ成績上位者たちも彼とは戦いたくないと言い出すほどだ。最近では艦娘たちからの人気もけっこう高いしね。私も彼を気に入っている」

 

 

「……勇兄は渡さないわよ」

 

 

「暁がそこまで心を開いているところを見るに人柄も良さそうだね」

 

 

「いい人よ。めったに私たちを叱らないしいつも演習の後で褒めてくれるもの。……何度言っても頭をなでるのを止めてくれないけど」

 

 

「普段嫌がっているようには見えないけどね」

 

 

「そ、それは……子供扱いされるのは嫌だけど勇兄のなでなでは気持ちよくて安心するから……」

 

 

「ほうほう」

 

 

「……何よその目は」

 

 

「なんでもないさ。それよりも彼はどうして急に勝ち始めたんだい?」

 

 

「それまで本気を出してなかったのよ」

 

 

「何故だい?」

 

 

「私たちに自分の弱さを強く自覚させるためだって言ってたわ……そうすれば実際の戦場で生き残れるからって」

 

 

「まるで私たちを消耗品と考えていないみたいだね」

 

 

「そうよ。勇兄は私たちを兵器扱いしない」

 

 

「……」

 

 

「私たちには心がある。彼と今まで過ごした()はこの()だけ。勇兄と呼ぶのも()だけ。どれだけたくさんの()が造られようとも()にはなれないわ……私たちは物言わぬ兵器じゃないもの」

 

 

(今の私は人間だから……)

 

 

 これは私の本心だ。

 

 

「……今の姉さんはここのどの艦娘よりも生き生きとしているよ」

 

 

 響はそう言って小さく笑った。

 

 

「ふふ、そうかもね。私は幸せ者だわ」

 

 

「はぁ……彼の事がますます気になってきたな」

 

 

「あげないわよ」

 

 

「違うって……姉さんは彼のとる指揮について感じた事はないのかい?」

 

 

「?」

 

 

「私はこう見えても艦時代は終戦まで生き残った艦だ。だからより分かるのかもしれないけど……」

 

 

「何を言っているの?」

 

 

「飯野さんの指揮は実戦向けの内容が多い。他の生徒と比べて明らかに考え方が違うんだよ。この学校にいるのは本物の戦闘を経験したことのない新米提督の卵ばかりだ。だからだろうみんなが彼に戦術で勝てないのは」

 

 

「……」

 

 

「彼は明らかに戦場を……艦娘を使った戦いをよく知っている。素人とは思えない。まるで現役の提督だ。それもかなりのレベルの」

 

 

「それは……」

 

 

 確かに今の彼のとる指揮はもはや実戦でも十分以上に通じるようなものばかりだ。ほとんどの場合、対戦相手は後手に回されている。まるで玄人と素人の戦いだ。

 

 

(なんだろう……勇兄がすでに現役の提督だったらって思うとなんだか納得してしまう)

 

 

「普段の彼に何かおかしな点はないかい?」

 

 

「……よく欠席するから成績が良くならない事かしら」

 

 

「欠席?彼は体が弱いのかい?」

 

 

「健康そのものよ。病気なんて聞いたこともないわ」

 

 

「怪しいね。ちなみに欠席の理由を聞いたことは?」

 

 

「……大事な仕事だって」

 

 

「士官学校の学生が仕事っておかしくないかい?」

 

 

「確かに……」

 

 

「年齢的にありえないと思うけどすでに海軍の何らかの仕事に就いているんじゃ……」

 

 

(生徒じゃなくて……本物の提督だとか)

 

 

 そんなことがあるのだろうか。

 

 

「……」

 

 

 

 響と別れた後も私の頭にはずっと疑念が残ったままだった。

 

 

 

 

 

 

 そうしてある時私は……

 

 

「2人とも今日もいい動きをしていたな」

 

 

「ふふん」

 

 

「当たり前よ」

 

 

「……ん、電話だ。すまん2人とも、先に行っててくれ」

 

 

 いつものように演習を終えて彼と話していた時、彼に電話がかかってきた。先に行くよう私と川内さんに言った彼は電話に出るために建物の影へと入っていった。

 

 

「じゃあ行こっか……暁?」

 

 

「ごめんなさい川内さん、先に行っててくれる?」

 

 

「え?あー、うん」

 

 

 いつもの私なら気にしなかっただろうけれど響と話したあの日から彼の仕事というものが気になっていた私は彼を追うことにした。

 

 

(友人からの電話かもしれないけど仕事先からの可能性が高い)

 

 

 友人(主に内山)からの電話に対して彼はいつもその場で出ているからだ。私は気付かれないないように彼に近付く。

 

 

(これ以上近付くのはまずいわね……)

 

 

 近くの建物の影に隠れて彼の様子を窺いながら私は耳に意識を集中させた。

 

 

(私の耳ならギリギリ聞こえそうね……ん?何しているのかしら?)

 

 

 彼は突然胸ポケットから小さな機械を取り出すと自分の首あたりに付けた。

 

 

「あー、あー、よし」

 

 

 彼の口から聞こえたのは知らない誰かの声。

 

 

(変声機?どうしてそんなものを……)

 

 

「……俺だ。何があった?」

 

 

 変声機をつけたまま彼が携帯の電話に出る。

 

 

「何?第四防衛ラインが突破されただと!?他の連中は一体何をやって───」

 

 

 そこで彼はハッとしたように口を押さえ、辺りを見回すと再び声のボリュームを落として通話を再開する。

 

 

「ああ、分かった。旗艦はいつも通り金剛だ。装備は主砲2つと三式弾、対空電探で行け。夕立は主砲2つに魚雷と機銃、時雨は魚雷ガン積みに機銃だ。飛龍は紫電2部隊に友永隊と彩雲だ。陣形は単縦陣で戦法はパターンCだ」

 

 

(……)

 

 

「指示に関しては以上だ……分かったから落ち着け金剛、ちゃんと後でいくらでもなでてやるからまずは敵を撤退させるんだ。殲滅でもかまわん。……武運を祈る」

 

 

(これって……)

 

 

 彼が通話を終えて建物の影から出る。同時に私は彼に見つからないように川内さんのもとへと向かった。

 

 

(金剛、夕立、時雨、飛龍って……艦の名前よね)

 

 

 私の疑念は確信に変わりつつあった。

 

 

 

 

 

 

「ん?私に質問かしら?何でも聞いてくださいな」

 

 

 後日、私は士官学校で艦娘たちの教官を担当している鹿島教官のもとへ向かった。鹿島教官は練習巡洋艦という艦種で短めの銀髪ツインテールの女性だ。白い教官の制服を着ていてとてもスタイルが良く、一部の艦娘たちからの憧れだ。甘い大人の女性という感じの雰囲気を持つことから隠れたあだ名は童貞殺し。本人は知らないけど。

 

 

「金剛、夕立、時雨、飛龍って人の事を聞きたくて……」

 

 

「その4人は……もしかして横須賀第二支部の四天王の事でしょうか?」

 

 

「……有名なの?」

 

 

「ええ、もちろんです。もしかして知らないのですか?」

 

 

「う、うん」

 

 

「うーん、どう説明しましょうか……。横須賀第二支部というのは艦娘がたった4人しか所属していない小さな部隊なんですよ」

 

 

「鎮守府なの?」

 

 

「ええ。彼らは最近目覚ましい戦果をあげている部隊で、メンバーは戦艦の金剛さん、正規空母の飛龍さん、駆逐艦の夕立さんと時雨さんで編成されています」

 

 

「そんなにすごいの?」

 

 

「彼女たちにはその活躍ぶりからそれぞれ〈鬼の金剛〉、〈天の飛龍〉、〈悪夢の夕立〉、〈大天使時雨〉という2つ名まであるんですよ」

 

 

(2つ名を持つ艦娘は歴戦の戦士だって風の噂で聞いた事があるけれど……)

 

 

 もう一つのワードも聞いてみることにした。

 

 

「あの、第四防衛ラインって何なの?」

 

 

 私がその言葉を口にした瞬間、鹿島教官の顔つきが変わった。

 

 

「暁さん……どこでそれを聞いたんですか?」

 

 

 問い詰めるような言い方だった。思わず口調を改めてしまった。

 

 

「え……か、風の噂です」

 

 

「一体どこから……」

 

 

 鹿島教官は考え込むようにして呟いていた。

 

 

「鹿島教官?」

 

 

「暁さん、その事はまだ誰にも喋っていませんね?」

 

 

「は、はい」

 

 

「決して他の人に言ってはいけませんよ?……つい先日の出来事なのですが、日本海軍が定めた五つの本土防衛ラインの一つである第四防衛ラインが深海棲艦に突破されました。ちなみにここが突破されると残っているのは最後の第五防衛ラインのみになります」

 

 

「えっ!?それってかなり危険な事なんじゃ……」

 

 

「ええ、かなりの大事件ですよ。本土が襲われる一歩手前でしたから」

 

 

「でも、本土に被害があったなんて聞いて……」

 

 

「彼女たちのおかげですよ」

 

 

「えっ?」

 

 

「この緊急事態に出撃した横須賀第二支部の艦隊がこれを撃退したんです。数十の深海棲艦からなる大艦隊をたった4人でね」

 

 

「そんなことが……」

 

 

「それが出来るんですよ彼女たちは。この件は勲章ものですよ」

 

 

(そんなすごい艦隊なんだ……)

 

 

「その人たちの司令官はどんな人なんですか?」

 

 

 すると鹿島さんは困ったような顔をした。

 

 

「うーん……それがね、実はよく分からないんです」

 

 

「……?」

 

 

「名前は野木勇。経歴はまったくもって不明。元帥の推薦で提督になった謎が多い人物です。士官学校の卒業生にもそんな生徒がいたかどうか分からないし……ただ、その指揮能力はかなりのものですね。着任当初は目立たない新米提督だったけど、今ではその手腕から〈東国の鬼神〉なんて呼ばれています」

 

 

「……過去に彼のとった作戦内容みたいなものって見れますか?」

 

 

「いくつか資料がありますけど……見せる代わりに第四防衛ラインの事は絶対に秘密にしてくださいね?政府も必死に隠している事件ですので」

 

 

「分かりました」

 

 

 鹿島教官から資料を受け取ってその日は自室に戻った。

 

 

 

 

 

 

「いくつか勇兄の指揮とそっくりだわ……」

 

 

 野木提督の作戦資料を見た私はそう呟いた。

 

 

「響の言ったことは正しいのかも……」

 

 

 私の中で野木提督=勇兄はすでに確信に近い。

 

 

「でも確かめない方がいいわよね……」

 

 

 勇兄が秘密にしているということはバレると彼が困るからだろう。私の興味心だけで彼を困らせるようなことをしたくはない。それよりも……

 

 

「勇兄がすでに提督としての確かな地位を持っているなら彼が私の本当の提督になる……なんて日も来るかもしれない」

 

 

 まだ本物の深海棲艦と戦った事はないけれど、戦うならば彼の指揮のもとでの方がいい。私にこんなに良くしてくれる彼のために戦いたい。そしていっぱい褒めて欲しい。私は彼が大好きだから。

 

 

(でもそんな都合良くはならないわよね……)

 

 

 今現在生徒たちと組んでいるチームは生徒が4年生になるタイミングで解散になるのだ。生徒たちは卒業論文に取り組み始め、艦娘たちはそれぞれ上から命じられた鎮守府へと派遣される。

 

 

(そもそも2つ名持ちのメンバーと私じゃ全然釣り合わないわよね……足手まといにしかならないわ)

 

 

 それに彼が誘ってくれるか分からない。

 

 

「今さらだけど私たちはいつまでも一緒にいられるとは限らないのよね……」

 

 

 彼から離れて私はいつも通りでいられるだろうか……耐えられない。彼以外の指揮に満足出来るのだろうか……無理だ。私は彼と近くなりすぎた。

 

 

(離れたくないよ……)

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 そして勇兄が4年生になり、とうとう別れの時がやってきてしまった。当然、私と川内さんの派遣先はあそこじゃない。

 

 

「勇兄がどこかの鎮守府の司令官になるまでここにいたかったわ……」

 

 

「あはは……まあしょうがないって。私たちの着任先を決めるのは上の人だし」

 

 

「俺が派遣される鎮守府がいい所だとは限らないぞ?」

 

 

 すでに有名な鎮守府に着任してるクセに。

 

 

「そんなのどうでもいいもん。勇兄と一緒がいい……」

 

 

 もっとあなたと一緒にいたい。

 

 

「あらら……ま、寂しいのは私も一緒だけどね……」

 

 

「お前たちの着任先は悪くない所だぞ」

 

 

 出来れば誘って欲しかった。

 

 

「少しは寂しがりなさいよ!もう!」

 

 

「ひどい人だねー」

 

 

「寂しいに決まってるだろ。短い付き合いとはいえこれでも今までずっとチームだったんだから」

 

 

「何かないの?送る言葉とか」

 

 

「俺も頑張って立派な提督になるからお前たちも着任先で主力艦隊に入れるように頑張れ」

 

 

 ええ、頑張るわ。

 

 

「軽巡洋艦と駆逐艦じゃ難しいよ」

 

 

「お前たちも知っているだろ?横須賀第二支部の2人の駆逐艦の事は」

 

 

「ありゃちょっと別格だよ」

 

 

「俺からすればお前たちも別格だよ」

 

 

 そう言われてちょっと嬉しかった。

 

 

「そうかな?」

 

 

「ふん!見てなさい、今に駆逐艦最強のレディとして名を上げてやるんだから!!」

 

 

「頑張れレディ(笑)」

 

 

「(笑)を付けないでよ!失礼よ!」

 

 

 ああ、もうお別れなんだ……

 

 

「あははは!なんかお別れって感じの雰囲気じゃないね」

 

 

「だな」

 

 

 別れたくない……

 

 

「エレファントな私に再び会える日を楽しみにしていなさい!」

 

 

「エレファント(笑)」

 

 

「な、何よその目は!」

 

 

「頑張れお子様レディ」

 

 

「むきいいっっ!!」

 

 

 最後の日までいつものやり取り……

 

 

「じゃあね勇兄、またいい夜の日に」

 

 

「ああ、達者でな夜戦バカ」

 

 

「「最後くらい名前で呼んでよ!」」

 

 

 あなたが私の提督だったら良かったのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 勇兄との別れから一年以上が経った。私たちが派遣された鎮守府は勇兄の一つ上の先輩が提督をやっている場所だった。まだまだここの提督は新人で苦労ばかりの毎日だ。彼の指揮で戦っていた頃が懐かしい。ここの提督は基本的にいい人だ。艦隊の雰囲気も悪くないので今ではここの鎮守府を私は気に入っている。

……それでも時々、勇兄を思い出して寂しくなる時もあるけれど。

 

 

「さぁて、近海警備と行きますか。最近よその鎮守府が物騒だししっかりしないとね」

 

 

「暁の出番ね」

 

 

 ここ最近の日課となっている鎮守府近海警備に出る。主力艦隊は今朝出発したので今は鎮守府にいない。今頃敵海域で激しい戦闘を繰り広げているのだろう。彼女たちの帰る家を守るのが練度の高い今の私たちの役目だ。

 

 

「異常無しっと」

 

 

 警備を終え、交代のため鎮守府へと帰投し始めた私たちのもとへ突然通信が入った。

 

 

『2人とも!今すぐ鎮守府へ戻って来てくれ!』

 

 

「どうかしたの提督?」

 

 

「なんか慌ててる?」

 

 

『鎮守府が深海棲艦の大艦隊に攻め込まれているんだ!!』

 

 

「「えっ!?」」

 

 

『突然こちらの警戒網をくぐり抜けるように現れて……うわああっ!?』ブツッ

 

 

 通信機から大きな爆発音が聞こえ、それを最後に通信が切れる。

 

 

「ど、どういうこと!?」

 

 

「川内さん、早く戻らないと!」

 

 

 

 

 

 

 鎮守府周辺では激しい戦闘があちこちで繰り広げられていた。鎮守府に残っている艦娘たちが必死に抵抗するが敗色濃厚で防ぎ切れない砲撃や艦載機の爆撃が度々鎮守府を襲っている。

 

 

「ど、どうしてこんなことに」

 

 

「早く敵を引かせないと!」

 

 

 私たちも参戦し、戦うが相手の数がこちらの倍以上いる上にこちらには今、主力艦隊がいないのだ。着実に押されていき、敵戦艦の砲撃に仲間が次々と倒れていく。

 

 

(ど、どうしたらいいの!?これじゃみんな沈んじゃう!!)

 

 

「暁!私は大破した娘を運ぶから援護して!」

 

 

「う、うん!」

 

 

 鎮守府が落とされる寸前というあまりにも絶望的な状況。引くことが出来ない状況とはこんなにも辛いものなのか……

 

 

(……勇兄だったらこんな状況もなんとかしてくれるのかしら)

 

 

 味方の戦意が見るからに低い。彼女たちは主力と違って戦闘経験が少ないのだ。それで敵戦艦や空母を含む大艦隊と戦えと言われても無理だろう。

 

 

(まだ勇兄に再会してない……立派なレディになってもいないのに)

 

 

 自分はここで沈むのだろうか。

 

 

「こんなところで沈むわけには───!」

 

 

 

「わああぁぁーーーーっっっっ!??!!?」

 

 

 

「な、何!?」

 

 

 空から突然聞こえてきた叫び声に敵も味方も揃って固まった。川内さんがぎょっとしたように空を見上げている。

 

 

(……え?空から!?)

 

 

 空に見えるのは大量の艦載機……にワイヤーで吊されている金髪ツインテールの小柄な少女。

 

 

(何あれ……)

 

 

 突然艦載機が急降下し始める。

 

 

「ひ、飛龍さん!もっとゆっくり!ゆっくり!これじゃ着水と同時に大破しちゃ───ああああっっ!?!?」

 

 

 少女が叫ぶが問答無用とばかりに艦載機は止まることなく急降下。

 

 

「こんのっ……!」

 

 

 海面に衝突するギリギリを飛行しながら艦載機がワイヤーを切り離し、同時に金髪少女が艤装を展開した。

 

 

「艦娘!?」

 

 

 金髪少女の着水と同時に大きな水しぶきが上がる。

 

 

「……ボク、マジで死ぬかと思った」

 

 

 信じられない登場の仕方をした金髪少女はホッとしたようにそう言う。

 

 

『皐月!無事に着いたか!?』

 

 

 金髪少女の無線から懐かしい声が聞こえたような気がする。

 

 

「ボクのメンタルが無事じゃない!!」

 

 

『時雨たちもすぐにそちらに───』

 

 

「ぽーーーい!!」

 

 

「うぁぁぁ……」

 

 

 いつの間にかさらに2人の少女たちが金髪少女と同じように艦載機に運ばれてきて着水した。

 

 

「これ楽しいっぽい!」

 

 

「……皐月」

 

 

「ボクも同じ気持ちだよ。後で司令官を叩きのめそう」

 

 

 戦場に似つかわしくない緊張感のないやりとり。しかし敵も味方も戦闘を再開せず、現れた彼女たちに視線を向けたままだ。

 

 

「さーて、最っ高に素敵なパーティーしましょう?」ニイ

 

 

「逃がさないよ」スウ

 

 

「まずは敵をなんとかしないと」ジッ

 

 

 なぜなら彼女たちが強者特有のプレッシャーを放っているからだ。

 

 

(どう見ても駆逐艦なのにこのプレッシャー……!?)

 

 

「〈悪夢の夕立〉」

 

 

「……〈大天使時雨〉」ボソッ

 

 

「〈懐刀の皐月〉」

 

 

「「「我ら佐世保艦隊は貴艦隊に助太刀する!!」」」

 

 

 

 

 

 




話がようやく現在に戻った!どことなくメインヒロインっぽい暁。第六駆逐隊の中で一番好きなので……

……ワイヤーで艦載機に運ばれるのってどんな感じなんだろうか。(筆者は高所恐怖症なので死ぬと思います)

航空駆逐艦の時代だな(白目)


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佐世保艦隊

ほぼ2話分の量になりました。やっと戦闘です。




 

 

 

「我ら佐世保艦隊は貴艦隊に助太刀する!!」

 

 

 壊滅寸前の鎮守府のもとへ突如として現れた3人の艦娘はそう言った。空からやって来たことは驚きだが、たった3人しかいないのに艦隊とはどういうことだろうか?

 

 

(後から残りのメンバーが来るということかしら……)

 

 

 いや、それよりも彼女たちはこう言ったのだ。「貴艦隊に助太刀する」と。

 

 

「援軍……」

 

 

 とにかく助けが必要なこの状況でこの言葉は何よりも嬉しい。

 

 

「佐世保……?」

 

 

「……あそこは以前壊滅したと聞いてそれっきりよ?」

 

 

「そ、そんな鎮守府に援軍を寄越す余裕があるの?新人がここに来たってこの状況はどうにもならないわよ!?」

 

 

「援軍って……みんな駆逐艦じゃない……強いのはなんとなく分かるけど」

 

 

 だがどうやら他の艦娘たちはまだ絶望した顔のままで、そんな艦娘たちに声をかけたのは川内さんだった。

 

 

「あんたたちは彼女たちの言葉が聞こえなかったの?」

 

 

「助太刀って、駆逐艦3人の援軍が何になるのよ……」

 

 

「そこじゃないよ。重要なのは彼女たちが言った自身の2つ名だよ」

 

 

「それがどうかしたんですか?」

 

 

「……そうか、あんたたちは産まれて1年も経ってない娘が多いから知らないのか」

 

 

「イガアアアアアーーーッッ!!」

 

 

《───っっ!!!!》

 

 

 再び戦場に緊張が走る。我に返った一体の敵駆逐艦が砲撃を例の3人に向けて放ったのだ。

 

 

「危な───!!」

 

 

 誰かが叫ぶが、私は落ち着いていた。金髪少女───皐月と名乗った彼女のことは知らないが、後の2人は存在だけとはいえ知っているからだ。そして彼女たちの司令官が誰なのかも……

 

 

「勇兄の艦娘たち……」

 

 

 迫る砲弾に対して3人は避けるような動きを見せなかった。いつの間にか皐月が夕立と時雨の前に出るように低く構えて立ち、飛来する砲弾を睨んでいた。

 

 

 ギイインッ!!

 

 

 そんな甲高い音とともに皐月が砲弾を居合い斬りで叩き斬った。

 

 

《え……!?》  

 

 

 周囲の艦娘は目の前で起こったことが理解出来ず唖然とする。

 

 

「ふう、掴みはバッチリかな?」

 

 

「これで深海棲艦たちも少しは僕たちを無視出来ない脅威と認識するんじゃないかな」

 

 

「無視するなら沈めるっぽい……無視しなくてもすぐに沈めるっぽい」

 

 

 気付くと周囲の深海棲艦たちの注意はどれも3人に向けられていた。それを見て皐月が不敵に笑う。

 

 

「敵意が集中したね……ふふ、ボクたちと殺り合う気なの?可愛いねっ!!」

 

 

 それが戦闘再開の合図となり3人はそれぞれ飯野に言われた役割を果たすべく動き出した。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

ーーー数時間前

 

 

 

『飯野っ!!お前さんが言っておった鎮守府から救難信号じゃ!!』

 

 

「本当に悪い予感はバカに出来ん!」

 

 

 元帥からの連絡を受けた俺は目の前に並んだ皐月たち第一艦隊を見た。

 

 

「聞いての通りとある鎮守府が深海棲艦の大艦隊に襲われ壊滅寸前だ。そこで、一刻も早く現場へ向かうために前から考えていたある方法でまず皐月たちを現場に運ぶ」

 

 

「行くんじゃなくて運ぶ?」

 

 

「ああ、お前たちを飛龍の艦載機にワイヤーで吊して運ぶんだ。海路より空路の方が圧倒的に早い」

 

 

「「「「「「はい!?」」」」」」

 

 

「紫電改二部隊を一つ道中の護衛とし、烈風部隊を三つ皐月たち駆逐艦の運搬にあてる。頼んだぞ飛龍!!」

 

 

「ちょっ!?私の責任超重いじゃないですか!?」

 

 

「お前なら出来る!!失敗したら2週間酒は禁止だ」

 

 

「職権乱用ですよ!!」

 

 

「「それ以前に駆逐艦のことを考えて!!」」

 

 

「夕立たち空を飛べるっぽい?」

 

 

「ワオ……」

 

 

「え……」

 

 

「頼む!普通に向かっては間に合わないんだ!!」

 

 

 無茶な事を言っているのは分かるが、俺は必死に頭を下げて頼んだ。

 

 

「「「「「「……」」」」」」

 

 

「仕方ないですね……まあ、ちょっと楽しそうですしやってあげますよ」

 

 

「飛龍、楽しんじゃダメデス」

 

 

「皆さんの無事を榛名は祈っています……」

 

 

「「うう……仕方ないか」」

 

 

「夕立は楽しみっぽい!空から登場するのはかっこいいっぽい!!」

 

 

「「……」」

 

 

「時雨は負傷した艦娘の撤退を支援、皐月と夕立は周囲の敵を引きつける係だ。飛龍は途中まで航行して皐月たちを運び終えた艦載機を回収後、航空部隊を編成し直してから戦闘に参加だ。護衛の紫電部隊はそのまま制空権争いに参加させてもかまわん。金剛と榛名は今すぐ海路で目的地へ向かってもらう。以上だ……質問はないな?では、出撃だ!!」

 

 

 何とか一応は全員に納得してもらうことが出来たので、悲鳴をあげながら飛んでいく皐月と時雨、歓声をあげて飛んでいった夕立を俺は見送ったのだった。

 

 

 

 

 

 

「皐月たちはどうやら間に合ったようだな……」

 

 

 執務室にてひとまず安堵する。

 

 

「良かったのです……」

 

 

「いや、まだ安心するのは早い。1人でも艦娘を沈められたら負けだ」

 

 

「その優しさは嬉しいのですがこれは戦争なのです」

 

 

 どこか覚悟したような表情で電が言う。

 

 

「分かってるさ、だけど俺は欲張りな人間なんだ……金剛!!」

 

 

『ハイ!』

 

 

 無線で金剛へと命令を伝える。

 

 

「誰も沈ませずに勝利しろ」

 

 

『Of course』

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 向かった先の鎮守府はかなりマズい状態だった。周囲にいるのは中破以上の艦娘ばかりで、中でも大破の艦娘が多すぎる。鎮守府もボロボロで攻め落とされる寸前となっており、よくここまで耐えたものだと思う。なんとか無事に現場にやって来たボクは敵の注意を引くべく、大勢の目の前で砲弾斬りを公開した。案の定、敵はボクたちに敵意を向け始めた。敵意はボクと先程からプレッシャーを放っている夕立に向けられたものがほとんどだ。

 

 

(これでいい……)

 

 

 無事に注意を引き付けたボクたちはそれぞれの役割を果たすべく動き出す。

 

 

 

 

 

 

「そこの人!大破している艦娘をそちらの鎮守府へ撤退させたいから手伝ってくれないかい?」

 

 

「えっ?私?」

 

 

「見たところある程度の力量を持っているようだし、頼みたいんだ」

 

 

「そいつは光栄だね。了解、それと私は川内だよ」

 

 

「じゃあ僕が敵の攻撃を防ぐから川内さんは大破した艦娘をお願いするよ!」

 

 

「分かった!……攻撃を防ぐ?」

 

 

 大破した艦娘たちのもとへ寄り肩を貸す川内は時雨の言葉に疑問を持つ。そうこうしているうちに敵艦の砲撃が川内たちを狙って放たれた。

 

 

(やばっ!ちょっと数が多すぎる!いくら〈大天使〉でもこれをどうするの!?)

 

 

 恐怖する川内の前に立つ時雨は必死でその砲弾の数と角度、向かってくる順番を瞬時に把握する。

 

 

(数が多い!けど……)

 

 

「……やってやるさ」

 

 

 時雨は()()()主砲を構える。今までの彼女は常に片方の主砲で砲弾撃ちを行ってきた。砲弾撃ちには角度計算も重要だが何よりも大前提として()()()()()()()()()()()()()()()()()。そこに求められるのは極限まで高めた集中力と砲撃の反動も含めた精密な体の操作だ。そもそも砲弾は避けるのが常識である。撃ち落とす必要なんてない。

 

 

(でも、この状況ではこれほど役に立つ技術はない!僕にしか出来ないことなんだ!)

 

 

 思考を加速させ、時雨の中で周囲の時間の流れが遅くなる。砲弾一つ一つを逃さず視界に収め、迎撃方法を選択していく。

 

 

「落ちろ」

 

 

 砲撃。2つの主砲から絶え間なく放たれる砲弾が激しい金属同士の衝突音をあげながら飛来する敵の砲弾とぶつかり連鎖的に爆発を起こし、爆炎によるカーテンをつくる。

 

 

(連射するごとに精度が少しずつ落ちてる!やっぱり反動を制御しきれてない!)

 

 

「早く行って!」

 

 

「う、うん!」

 

 

 慌てて去っていく川内と大破した艦娘たちをチラリと見た後、時雨は前を見据える。煙が風に流されて晴れていき、目の前に並ぶ深海棲艦たちの姿が再び現れる。こちらへと向けられた無数の主砲を見て、彼女は冷や汗を流す。

 

 

(……)

 

 

 しかし、彼女の目に諦めの色はなかった。

 

 

「いくらでも撃ってこい。全部僕が落としてやるさ」

 

 

 

 

 

 

「ぽいっ!」

 

 

 撃ち出された無数の魚雷を海面を蹴って移動することで、夕立は回避する。彼女の前に並ぶのは赤いオーラを纏い、顔の上半分を隠す仮面を被った深海棲艦特有の白い肌を持つ女性たちだ。だが、上半身は人型であるものの、その下半身は完全に機械の塊となっている。全体的にサイボーグのような姿をしたその女性の正体は、チ級と呼称される敵重雷装巡洋艦である。

 

 

(こいつら魚雷ばっかり積んでいるから面倒くさいっぽい……)

 

 

 雷巡の特徴はその魚雷の装填数だ。死の槍を大量に放つ彼女たちは、特に夜戦で厄介な相手だ。出来れば昼戦のうちに撃破したい敵艦の一つである。

 

 

(それに……時雨の方は砲弾を捌くので手一杯みたいだし、あっちへ魚雷を撃たれるとマズいっぽい)

 

 

 普段ぽいぽい言ってみんなからマスコットのように可愛がられている夕立だが、戦闘中の彼女の頭は冷静に戦況を判断する一面もしっかり持っているのである。

 

 

「……突撃するっぽい」

 

 

 だがやはり彼女は夕立なのだ。考えても仕方ないと彼女は判断し、太ももに装着した魚雷発射管から一部が真っ赤に塗装された魚雷を、一本だけ引き抜く。

 

 

「……」

 

 

 夕立によって前方に向かって投げられたその時限式の魚雷は彼女とチ級たちの間で爆発し、即席の目くらましとなる。

 

 

《……グガ?》

 

 

 彼女を見失ったチ級たちは遅れていつの間にか、側面に出現した夕立を発見する。すぐに左手についた砲で彼女を撃つが、彼女はこれを再び海面を蹴って回避、そのまま海面に左手を突いてきれいな前方宙返りでチ級たちの目の前へとやって来た。目の前で披露されたアクロバットにチ級たちが僅かに動揺する。着地後すぐに動き出した彼女は一体のチ級へと肉薄し、胸元に主砲を突きつける。

 

 

「さよなら」

 

 

 超至近距離から撃たれたチ級が上半身を吹き飛ばされ、真っ赤に燃える。夕立はすでに次の目標へと向かっていた。

 

 

《グガアアアアアッッ!!》  

 

 

 チ級たちの叫びにも動揺せず、夕立は駆ける。魚雷を周囲へとバラまきながら手頃な距離のチ級を砲撃する。チ級たちの統率がたった1人の駆逐艦によって、乱れていく。

 

 

「…………ぽい?」

 

 

 気がつくと立っていたのは夕立だけだった。見回せば彼女の周囲には、チ級だった残骸が真っ赤に燃えながら漂っていた。

 

 

「もう終わりっぽい?」

 

 

 直後、夕立のすぐ側に砲弾が落ちる。視線を砲撃してきた者に向けると、そこにいたのはビキニ水着のような露出度の高い服装にショートヘア、両手に大きな主砲を構えた少女たちと、目の部分だけ穴の開いた仮面と黒いぼろ切れを纏い、歯をあしらったような艤装の中に収まった少女たちがいた。それぞれリ級、ヘ級と呼称される敵の重巡洋艦と軽巡洋艦である。

 

 

(あははっ……!)

 

 

 夕立の口が獰猛な笑みを作る。次弾を装填しながら彼女は駆け出した。

 

 

「あなたたちも夕立の色に染めてあげる。赤く、紅く、緋く!!」

 

 

 

 

 

 

 

 時雨たちの様子を少し見ながらボクは敵の艦種と数を確認していた。

 

 

「おっと!」

 

 

 一旦考えることを止め、慌てて飛んできた砲弾を避ける。先程からこんな事を繰り返している。

 

 

(うわぁ、ボクめちゃくちゃ狙われてるじゃん)

 

 

 確認したところ、敵は雷巡チ級を中心した艦隊、重巡リ級を中心とした艦隊、水雷戦隊が3艦隊、2つの主力艦隊と思われるものからなる大艦隊である。とてもじゃないが鎮守府一つでなんとか出来るものではない。

 

 

「多すぎるよ……」

 

 

 だが、やるしかないとボクは自身を奮い立たせる。敵の主力艦隊の一つは戦艦ル級3体と重巡リ級、軽巡ヘ級、駆逐ニ級各一体ずつからなる艦隊で、どれもエリート級だ。

 

 

(もう一つの主力艦隊に厄介なのがいる……) 

 

 

 巨大な口に手足の生えたような見た目のヌ級と呼称される敵軽空母と、そのヌ級に似た大きな帽子のようなものを頭に乗せ、黒いマントを羽織り、ステッキを持った海の魔女のような女性。空母ヲ級と呼称される敵空母であるそれは3体おり、取り巻きとしてヌ級が1体、ヘ級が2体である。空母が多いだけでも厄介なのだが、問題はそこではない。エリート級であるそれらの中に1体だけ黄色いオーラと蒼く輝く瞳を持つヲ級がいた。他の空母たちが黒くシャープな形状の艦載機を飛ばす中、それはただ静かに傍観しているだけだった。

 

 

(この外見……話でしか聞いた事がないけどヲ級改flagship!?)

 

 

「なんでこんな奴が……」

 

 

「ちょっとあなた!」

 

 

「え?」

 

 

「さ、さっきから敵の真ん前を1人で動き回ってるけれど、正気なの!?」

 

 

 

 声をかけてきたのは紺色の髪をもつ軍帽を被ったセーラー服の少女。

 

 

「いや、近づかないと敵の編成がよく分からなくて」

 

 

「めちゃくちゃ狙われてるのにバカなの!?……うきゃっ!?」

 

 

 少女の近くに砲弾が落ちる。

 

 

「道連れになっちゃったみたいだね」

 

 

「もとよりあなたたちにすべてを任せるつもりはないわ!」

 

 

 どうやらこの娘はまだ闘志が十分にあるらしい。と、そこでボクは彼女が周りの艦娘たちと違い、どことなく手練れのような雰囲気を持っていることに気付いた。この状況でも比較的に冷静でいる事もそうだ。

 

 

(もしかして……)

 

 

 実は出撃の直前で司令官が「暁という艦娘に渡せ」と言って渡してきたある物をボクは持ってきていた。

 

 

「キミが暁か……」

 

 

「え?」

 

 

 暁に司令官から渡された物を放り投げる。彼女はそれを受け取った後、驚いたようにこちらを見る。

 

 

「これ……」

 

 

「渡したからね!」

 

 

「あっ!待ちなさいよ……!」

 

 

 ボクたちの役目は金剛さんたち(主力メンバー)が到着するまでの時間稼ぎ。でも───

 

 

「本気で仕掛けていかないと被害が大きくなる!」

 

 

 

 まず仕掛けるのはル級が旗艦の艦隊の方。

 

 

 砲弾の装填を確認。

 前方へ飛び出す。

 

 戦艦が砲撃。

 一閃。

 刀で斬り落とす。

 

 側面に回り込んで来たヘ級たち。

 これは……逃げ場がない。

 

 前方の戦艦、両側の軽巡、駆逐。

 

 ああもう……

 

 面倒だ!

 

 加速して戦艦たちに突っ込む。

 

「ルオオッ!?」

 

 まさか突っ込んで来るとは予想出来なかったル級は反応が遅れる。

 

「せいっ!」

 

 右手で刀を振るうが艤装で弾かれる。

 だが、

 

 イメージは夕立。

 

「ふっ!」

 

 ル級の艤装に手を引っ掛け、続けて踏み台にしてル級の頭上へと飛び上がる。

 

 上からなら防御出来ないはず。

 

 空中で身をひねる。

 主砲の標準はル級の顔面。

 

 呆けたように空中のボクを見たル級。

 遅い!

 

「くらえっ!」

 

 砲撃。

 悲鳴をあげるル級。

 

 ひとまず1体はしばらくまともに動けないだろう。

 

 着地と同時に魚雷も撃っておく。

 

「次は……っ!」

 

 しっかりとこちらに狙いを付けた無数の主砲。

 たった今攻撃したル級を盾にこれをしのぐ。

 

「グギャーーーッ!?」

 

 沈むル級。 

 同時に、

 

 ボムッ

 

 くぐもったような何かの音とともに辺りが煙で覆われる。

 

 何も見えない。

 煙幕だろうか?

 

「こっちよ!」

 

 誰かに手をとられる。

 

「暁?」 

 

 手を引かれるまま、航行する。

 

「魚雷を用意して」

 

「う、うん」 

 

 言われるまま魚雷の発射準備をする。

 

「反転したら12時と2時の方向に!残りは任せて!」

 

「分かった!」

 

 反転と同時に撃つ。

 暁も撃ったが、魚雷の進行方向の様子は何も見えなかった。

 

 ただ、灰色の世界の向こうで……

 

 爆発音と深海棲艦の悲鳴だけが聞こえた。

 

 

 

 

 

 

「数が多いわね……それに改flagshipが一体いる。動いていないようだけど」

 

 

 戦場で戦う紫電改二から情報を受け取り、焦ったように飛龍が言う。

 

 

「「改flagship!?」」

 

 

「……烈風部隊でそのまま戦えなかったのデスか?」

 

 

「皐月たちを運んだ時に負荷をかけた分、燃料が心許ないのよ。まあ、もうすぐ……あ、戻って来た」

 

 

 烈風部隊を収容し、飛龍は航行部隊を再編成する。

 

 

「皐月ちゃんたちは……」

 

 

「榛名、少しは彼女たちを信じるデース」

 

 

「でもっ!」

 

 

「榛名さん、心配はいらないよ」

 

 

 弓に矢をつがえ、飛龍は空を睨む。

 

 

「私の戦友たちは優秀だから……」

 

 

 矢が放たれ、艦載機へと姿を変える。

 

 

「友永隊、頼んだわよ!!」

 

 

 

 

 

 

「……ヲッ!」

 

 

 飛龍の紫電部隊は圧倒的な数の差がありながらも奮戦していた。だが、やはり戦力というものは「数×数×質」と言われている。次第に数を減らしていく紫電たち……

 

 

 突然現れた艦娘たちというイレギュラーがあったものの、空母が残っている限り、鎮守府襲撃は上手くいくはずだ……ヲ級たちはそう考えていた。

 

 

「「「「!!」」」」

 

 

 ヲ級たちが艦隊に接近してくる存在に気付く。

 

 

 赤い日の丸のペイントがなされた緑の機体。

 腹に抱えた魚雷から艦攻だと分かる。

 

 その機体たちが持つのは飛龍のもとで戦ったかつての空の英雄たちの魂。

 

 敵の砲火をくぐり抜け、狙うは敵空母ただ一つ!

 

 友永隊が戦場へやって来る。

 

 

「……」

 

 

 ヲ級改flagshipがそれに視線を向ける。

 

 ……あれは普通の艦載機じゃない。

 

 彼女はそう判断した。

 

 

「ヲヲッ!」

 

 

 友永隊に迫る敵艦戦、護衛も付いていない友永隊。制空権のない状態で艦攻を飛ばすなど自殺行為だ。

 

 大量の敵艦戦に迎えられてなお、友永隊は避けるそぶりを見せない。敵艦戦の機銃が火を噴いた瞬間、突然友永隊の動きが変わる。

 

 まるで生き物のように一機一機が独立して動く。

 

 敵の機銃をかわし、お返しとばかりに自身の機銃でやり返す。

 

 次々と敵艦戦の中を突き抜けてヲ級たちに迫る。

 

 いつの間にかきっちりと揃えられた編隊。

 

 そして、

 

 死の槍が海中を進んでいく……

 

 

「「「「ーーーっ!?」」」」

 

 

 次々と敵空母たちに炸裂する魚雷。爆音と水柱をあげてヲ級たちが沈んでいく。

 

 

「ヲ……」 

 

 

 ただ1人、ヲ級改flagshipの彼女だけは他のヲ級たちが盾となったおかげで無事だった。

 

 

 何だこの艦載機は!?

 

 

 彼女の頭はそれでいっぱいだった。

 

 

 ヲ級たちが沈んだことで、敵艦載機があちこちで糸が切れた人形のように動きを止め、落ち始めた。

 

 

 現れた謎の3隻といい、この艦載機といい、明らかに脅威だ。これでは鎮守府が落とせない!

 

 

 彼女の頭部にある艤装から大量の白い顔のような球体の艦載機が飛び立ち、友永隊に襲いかかった。

 

 

 

 

 

 

「ああああっ!!やっぱりタコヤキが来やがったあああっっ!!」

 

 

「ど、どうしたのですか飛龍さん!?」

 

 

「ああ、アレデスか……」

 

 

「アイツらはきちんと有効部位に当てないと機銃が弾かれるくらい、装甲が硬いから嫌い!だいたい何で艦載機が球体なのよ!?意味分かんないわよ!!しかもやたらと攻撃力が高いし!!」

 

 

「落ち着くデス飛龍」

 

 

「やってやらあ!!ゆけ烈風部隊!!」

 

 

「口調を直すデス」

 

 

 補給の終わった烈風部隊が飛んでゆく。

 

 

 

 

 

 

「どうなったの……?」

 

 

 暁の放ったスモークグレネードによる煙幕が晴れていく。

 

 

「手応えはあったわよ」

 

 

 まず目に入ったのは砲のひしゃげた中破状態のル級。続けて大破しているヘ級とニ級。どうやら魚雷は仕事をきちんと果たしたらしい。

 

 

「よく居場所が分かったね」

 

 

「耳でだいたいの位置が分かるのよ」

 

 

 そう言って暁が得意気に笑った。

 

 

「助かったよ」

 

 

「あなたって本当にめちゃくちゃな戦い方をするのね。焦ったわよ」

 

 

「この戦い方を教えた司令官に言ってよ」

 

 

「好き好んでやっているように見えるけど」

 

 

「まあね。さて、とどめを……」

 

 

「ギャッ!?」

 

 

「あっ」 

 

 

 ル級たちに次々と砲弾が着弾する。遅れて聞き覚えのある発砲音。

 

 

「金剛さんたちだ!!」

 

 

「その人って……」

 

 

 砲弾の飛んできた方向を見れば、金剛さんたち3人の姿が見えた。

 

 

「今のでほとんど減りましたね」

 

 

「ほとんど敵が残ってないネー。夕立あたりが暴れたに違いないデス。とりあえず時雨の所から片付けマス!」

 

 

「あああっ!?また友永隊がタコヤキに喰われた!!」

 

 

 

 そこからは一方的な殲滅戦だった。金剛さんが突っ込み、敵を混乱させ、離れた場所から榛名さんが仕留める。攻撃力の高い戦艦や空母、雷巡のほとんどを失った敵艦隊に抗う力はなかった。何故か飛龍さんは若干泣いていた。

 

 

「!」

 

 

(あのヲ級改flagshipがいない!)

 

 

 今回の深海棲艦の大艦隊の指揮をとっていたのでは、と思われるヲ級の姿はもう何処にもなかった。

 

 

「あのヲ級改flagshipなら、金剛さんたちが来てすぐに撤退していったわよ」

 

 

 つまり、鎮守府の襲撃を断念したということだろう。

 

 

「はー……もう疲れたよ」

 

 

 安心した途端、足の力が抜けて座り込んでしまう。

 

 

「ありがとう」

 

 

「……どういたしまして」

 

 

「暁ー!」

 

 

「川内さん!」

 

 

 こちらに向かってきたのは、小さく両側で髪を結んだ黒髪の、全体的に赤い忍者のような格好の艦娘。白いマフラーのようなものを口元まで巻いているため、ますます忍者っぽい人だ。

 

 

「えーと、その、皐月だっけ?あんたたちのおかげで轟沈した艦娘は0だよ。提督が怪我をしたけど命に別状はない。鎮守府を代表してお礼を言うわ、ありがとう……」

 

 

「お礼なら司令官に言ってね」

 

 

「それもそうだけど、まずはあんたたちに言わないと」

 

 

「ええ、勇兄には後で言うわ」

 

 

 勇兄とは誰のことだろうか?

 

 

「勇兄?」

 

 

「あなたの司令官は飯野勇樹という人でしょう?」

 

 

「うん……もしかして司令官の知り合い?」

 

 

「ええ、士官学校時代の付き合いなの」

 

 

(ああ、なるほど)

 

 

 話している最中に通信が入る。

 

 

『皐月、これから俺もそちらに向かう。それまでそちらの鎮守府の修復を手伝ってやってくれ』

 

 

「大丈夫なの?」

 

 

『金剛たちを今から言うポイントまで向かわせてくれ。護衛を頼みたい』

 

 

「了解」

 

 

「ねえ、今話してる相手って勇兄?」

 

 

『この声……暁か?』

 

 

「私もいるよー」

 

 

『なんと言えばいいのか……久しぶりだな』

 

 

「ええ……」

 

 

「久しぶりー!……にしても勇兄の艦娘たちはすごいね。なんで横須賀第二支部の四天王がいるのさ?」

 

 

『それは……』

 

 

「勇兄が彼女たちの本当の司令官だからに決まってるじゃない」

 

 

「えっ」

 

 

『なっ!?』

 

 

「あれ?司令官の秘密ってボクたちしか知らないんじゃ……」

 

 

『そのはずなんだが……』

 

 

「ふふん、レディーを嘗めないでよね」

 

 

「私初耳なんだけど」

 

 

『とにかく、一度切る。そちらで会おう』

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

「この度は我が鎮守府の救援に駆けつけてくれて感謝している。まさかお前が来るとは思わなかったよ」

 

 

 無事に襲撃を受けた鎮守府へとやって来た俺はそこの提督と対面した。眼鏡をかけた知性的な印象を与える顔の細い男で、俺の一つ上の先輩だ。右腕に大きなギプスをしており、頭にも包帯が巻かれている。

 

 

「俺を知っているのですか?」

 

 

「士官学校でお前を知らん奴なんていないだろう。ましてや俺の一つ下の後輩だ」

 

 

「はあ……」

 

 

「そいつが横須賀第二支部の四天王を率いていると聞いた時は、最強のタッグが組まれたなあと感じたよ」

 

 

「……」

 

 

「暁たちに会いたいか?」

 

 

「はい」

 

 

「やっぱりお前も寂しく思っていたようだな」

 

 

「え?」

 

 

「俺がこの鎮守府に配属されてすぐに、あの2人が補助として送られて来たんだがな、正直俺の手には余る」

 

 

「……」

 

 

「俺はお前たちの士官学校での戦いを何度も見ている。だからこの2人が送られて来た時、最初は喜んださ。なんていい艦娘が送られて来たんだってね……だが、この2人を指揮しているとずっと感じる事があった。」

 

 

「感じる事?」

 

 

「俺はまったくこの2人の力を引き出せてないってね。俺の指揮のレベルが彼女たちに合ってないんだ。俺にはお前のように彼女たちを指揮する事が出来ん」

 

 

 そう言って彼は申し訳なさそうに笑った。

 

 

「別にそんな事は……」

 

 

「本当の事だ。それに彼女たちの心は常にお前のもとにある。時々寂しそうに呟いているのをこの一年、何度も聞いてきた」

 

 

「……」

 

 

「今回の襲撃でこの鎮守府はしばらく活動出来なくなる。俺はお礼として2人をお前の鎮守府に異動させるつもりだ」

 

 

「えっ!?」

 

 

「俺が良いと言っているんだ。2人にこれ以上寂しい思いをさせるな!」

 

 

 そう言う彼は真剣な表情で、それが暁たちの事をきちんと考えての言葉だとすぐに分かった。

 

 

「……ありがとうございます」

 

 

「遅れたが俺は柳谷光一だ。階級は中佐。提督同士、これからもお互い助け合っていこう」

 

 

「はいっ!」

 

 

 

 

 

 

「勇兄遅いわね……何を話しているのかしら」

 

 

「嬉しいのは分かるけど落ち着いたら?」

 

 

「わ、私は落ち着いているわ!」

 

 

 勇兄とここの司令官の話がだいぶ長い。比較的被害の少なかった一室であるこの部屋で待つように言われたが、いつになったら勇兄が来てくれるのだろうか?

 

 

「しかし、勇兄の艦隊のメンバーはヤバい人ばかりだよねー。少し…いや、かなりびっくりしたよ」

 

 

 何でもなさそうに話す川内さんだけど先程から視線が扉へ行ったり来たりを繰り返している。

 

 

「勇兄の艦娘だもの、当たり前よ」

 

 

「それだと私たちも当てはまるんじゃ……どうしたの?」

 

 

 足音が聞こえて来た。この音は勇兄の足音に違いない!

 

 

「来たみたい」

 

 

 少しして扉が開き、懐かしい彼が姿を現す。

 

 

「久しぶりだな2人とも……」

 

 

「久しぶりー」

 

 

 我慢していたはずなのに、自然と体が動いていた。

 

 

「うおっ!?」

 

 

 彼の体に抱き付いて彼の体温を感じる。

 

 

「……」ギュウ

 

 

「あ、暁……?どうしたんだ?」

 

 

「勇兄、親しい人と離れて一年っていうのは、その人からすればかなり長く感じる時間なんだよ?」

 

 

「一年……か」

 

 

「暁は私が思っていた以上に勇兄になついていたみたいでね……ずっと寂しそうにしてたんだ」

 

 

「手紙くらい送ればよかったな……」

 

 

「ホント、勇兄は女の子の気持ちが分かってないねー」

 

 

「うぐ……」

 

 

 川内さんがやれやれと首を振り、勇兄が気まずそうな顔をする。

 

 

「寂しかった……」

 

 

「すまん」

 

 

「いいの。どうせ私のワガママだし……レディーだもの、我慢出来るわ」ギュッ

 

 

「言動が一致してないんだが」

 

 

「しょうがないじゃない……勇兄にまた会えたんだもん」

 

 

「ごめんな。レディを待たせるのはよくないよな」

 

 

「ホントその通りだね」

 

 

「今度は一緒に来ないか?」

 

 

「「えっ?」」

 

 

 突然の勇兄からの提案にびっくりした。

 

 

「ここの提督がな、とてもいい人で俺にお前たちを連れて行けと言ってくれたんだ」

 

 

「柳谷提督が?本当に?」

 

 

「ああ。自分にはお前たちが手に余るから今回のお礼として佐世保に異動させるそうだ」

 

 

「私たち手に余るなんてそんな事は……」

 

 

「遠慮するな。お前たちはハッキリ言って、俺の率いる佐世保第一艦隊のメンバーに引けをとらない艦娘さ」

 

 

「……足を引っ張るわよ?」

 

 

「お前たちを育てたのは誰だと思ってんだ。今の佐世保のメンバーを育てたのも俺なんだぞ?お前たちが遅れをとるわけがないだろう。俺はお前たちをすでに認めているんだからな」

 

 

「勇兄にそう言ってもらえると嬉しいもんだねえ」

 

 

「また、勇兄と一緒に……?」

 

 

「ああ、一緒に戦おう。また俺がお前たちを導いてやる……佐世保には色んな艦娘がいるから、1年前とはかなり変わった毎日になるだろうがな」

 

 

「勇兄、指輪してるもんね」

 

 

「えっ!?」

 

 

 川内さんがさりげなく呟いた一言に驚き、慌てて勇兄の左手を見るとそこには銀色のリングがあった。

 

 

「ケッコンしたんだ……」

 

 

「ま、まあな」

 

 

「……ねえ知ってる勇兄?暁の練度はもう99なのよ?」

 

 

「そうなのか…………えっ!?いくつだって!?」

 

 

 私は驚く勇兄を見てくすりと笑う。

 

 

「士官学校では練度なんて測ったことないからねー。まあ、練度は愛情を表すとか一部では言われているし、暁のそれは分からなくはないね。戦ってばっかりだったもん」

 

 

「そ、そうか……ちなみに川内は?」

 

 

「90ちょい」

 

 

「2人ともとんでもない戦力じゃないか!柳谷提督からはそんな事聞いてないぞ!?」

 

 

「1人で特訓もしてたもの」

 

 

「へ、へえ……」

 

 

「ねえ……暁も指輪が欲しいわ」ギュウ

 

 

 抱き付いたまま彼の顔を見上げるようにして言う。

 

 雑誌で男の人はこういう女の子の上目遣いに弱いって見た事があったからそれを意識してみた。

 

 

「う、ぐ……」

 

 

 どうやらかなり効いたらしい。私にも女の魅力があるってことね。

 

 

「ふふふ……」

 

 

「うわあ……その顔でその仕草は反則だよ暁」

 

 

「この暁には勝てん……」

 

 

「レディーはちゃんと待てるわ。指輪はちゃんとお願いね?」

 

 

「お、おう。……まあ、とにかく2人とも、これからまたよろしく頼む」

 

 

「「はい!!」」

 

 

 

 

 

 





戦闘シーン難しい!

泣きかけの飛龍さんの頭をなでたい。

暁が完全にヒロイン化してる件。



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潜入者

 

 

 

「何?落トセナカッタダト?」

 

 

「ヲ……」

 

 

 蝋燭の灯りしかない薄暗い洞窟の中にその者たちはいた。岩の上に腰掛けたリーダーだと思われる女性に報告をしているのは1体のヲ級。黄色のオーラに蒼く輝く瞳……つい先日、とある鎮守府を襲った深海艦隊を率いていたヲ級である。

 

 

「シカモ増援ガ来ルノガ早カッタ……イヤ、ソレヨリモ増援ハタッタノ6隻トイウノハ本当カ?」

 

 

「ヲッ」

 

 

「ソノ上、6隻ノ内3隻ハ駆逐艦……ドコノ手練レダ?」

 

 

「ヲッヲッヲッ!」

 

 

「佐世保?……アソコハ壊滅サセタハズ……」

 

 

 腕を組んで考え込む女性。

 

 

「ソノ艦娘タチノ容姿ハ覚エテイルカ?」

 

 

「ヲッ」

 

 

 ヲ級の説明を聞く女性の顔が次第に険しくなっていく。

 

 

(実際ニコノ目デ見タコトハナイガ……ソイツラノ噂ハ聞イタコトガアルゾ!特ニアノ……)

 

 

「ヤツガ戻ッタノカ……?」

 

 

「……ヲ?」

 

 

「変ワッタ巫女服ニ栗色ノ長髪ノ艦娘……他ニソノ場ニ現レタ艦娘ノ容姿カラモ恐ラク……」

 

 

「……」

 

 

「撤退シタノハ正解ダナ。ソイツハ、レ級エリートスラモ1人デ倒ス事ガ出来ル化ケ物ダ」

 

 

「ヲッ!?」

 

 

「1年前ホドカラ姿ヲ消シテイタガナ。他ニモ同ジ容姿ノ者ハイルガ、ヤツトハ比ベモノニナラン」

 

 

「……」

 

 

 静かに女性が立ち上がる。

 

 

「イツモノツイデニ少シ調ベテミルカ……」

 

 

 ヲ級に待機を命じ、女性は動き出す…… 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

ーーー海軍本部

 

 

 

「で、これがこの海軍本部にいる全員の顔写真とデータなのか?」

 

 

 事後処理を済ませ、再び海軍本部に戻った俺は元帥が差し出してきたデータに目を通していた。

 

 

「それで全員じゃ」

 

 

「……」

 

 

 俺の目は先ほどから1人の人物の顔写真に留まっている。その人物はどうやらここの情報管理職に就いているようだ。

 

 

「怪しいと思う奴はおるか?」

 

 

「なあ、この写真の彼女はどんな人なんだ?」

 

 

「その人って……」

 

 

 その人物の顔写真を指で指して元帥に聞いた。横に控える皐月も覚えていたようだ。

 

 

「……んー、そうじゃな、いつもこうキリッとしておって、笑顔が可愛い女性じゃよ。何度か話したことがあるが、はきはきとした女性じゃ。ついでにコミュニケーション能力が高い」

 

 

「俺と皐月はこの女性に会ったが、全然聞いた様子と違うぞ?むしろ俺たちを避けているようにも見えた」

 

 

「彼女はそんな者ではないぞ?」

 

 

「軍帽の目深に被った暗い雰囲気の女性だった」

 

 

「確かにそんな感じだったね」

 

 

「どういうことじゃ……?」

 

 

「……それに付け加えると、俺は彼女からかすかに深海棲艦のような気配を感じた。あの頃感じた感覚によく似ている」

 

 

「深海棲艦の気配じゃと!?ここは海軍本部じゃぞ!?」

 

 

「えっ?」

 

 

「元帥、お茶と菓子の用意が出来ま───?」

 

 

 部屋の奥からお盆を持った大和が現れる。

 

 

「大和、元帥を頼む」

 

 

「はい?」

 

 

「元帥、今から確かめて来る」

 

 

「……気をつけろ」

 

 

「ああ」

 

 

 俺は軍刀の柄を握りしめ、部屋をあとにした。

 

 

 

 

 

 

「ふむ、今現在噂されている謎の新人提督……あの時会った青年があの艦隊の指揮をとっているのか」

 

 

(早く潰すべきだが、相手が悪すぎる……)

 

 

「まあいい、今日の分の情報収集は終わりにするとしよう」

 

 

 それからしばらくして情報管理室という部屋から出て来たのは、飯野たちが話していた例の女性だった。

 

 

「……」

 

 

 軍帽を目深に被り、海軍本部の中を歩く女性。本部の入口から外へ出た彼女はどんどん人気のない方向へと向かう。辺りはすっかり暗くなっていた。周囲に家屋が立ち並ぶが、人が全くいない。深海棲艦が現れてから、人々はさらに内地の方へ避難しているからだ。

 

 

「こんにちは。いや、もうこんばんはと言うべきか」

 

 

「……!」

 

 

 後もう少しで目的地というところで目の前にある建物の影から現れたのはあの日会った青年だった。 

 

 

「こんな時間に何処へ行く?ここは危険区域として立ち入り禁止となっている場所だぞ」

 

 

「……」

 

 

「お前は何者だ。何故深海棲艦の気配がする?」

 

 

(コイツ……!)

 

 

 質問しているがすでにいつでも飛びかかれるように構えている青年を見て彼女は警戒レベルを上げる。

 

 

「何か話したらどうだ……っ!?」

 

 

 青年が身を伏せると同時に、彼のすぐ側の家屋が爆発し炎上した。

 

 

「かわしたのか……運のいい奴だ」

 

 

 女性の体が変化を始める。

 

 

 長い黒髪、ネグリジェのようなワンピース。

 

 額に生えた一対の鬼のような角。

 

 胸元にも4本の小さな角が見える。

 

 こちらを睨む真紅の瞳に背後に展開された猛獣のような禍々しい艤装……

 

 その艤装の砲塔から煙が上がっていた。

 

 

「やれやれ…………モウバレル事ニナルトハ」

 

 

「姫……だと!?」

 

 

 驚愕する青年にさらなる砲撃が浴びせられる。走り、周囲の家屋を盾や隠れ蓑にしながら青年は必死に避ける。

 

 

「チョコマカト……!」

 

 

「人間を嘗めるな!」

 

 

 軍刀を抜いて姫へと駆ける青年。それを見て姫は笑う。

 

 

「バカメ!」

 

 

 自分から姿を砲の目の前に晒してくるとは愚かな……と姫が思い、彼に砲撃しようとした瞬間、

 

 

(───ッ!?)

 

 

 鋭い殺気を感じた姫が身をのけ反らせた。姫の首目掛けて振られた刀が空を斬る。

 

 

「ナッ!?」

 

 

 視界の端を横切ったのは2本の金髪のテール。彼女の死角へと密かに近付いた何者かが襲いかかったのだ。

 

 

(提督ノ青年ハ囮カ!)

 

 

「厄介ナ……」

 

 

 姫に接近戦の心得はない。相手が明らかに刃物を使いこなしている以上、地上で戦うのは得策ではない。装甲に自信はあるが、相手が狙っているのは人体における急所だ。

 

 

(分ガ悪イ……引イタ方ガ良サソウダ)

 

 

 周囲に滅茶苦茶な砲撃を行い、それによって生じた煙で身を隠す。

 

 

「けほっ!うわ、何も見えないよ司令官!!」

 

 

「すぐそこは海だ!けほっ!……おそらくそこから逃げるはずだ!」

 

 

「……ごめん、仕留められなかった」

 

 

「気にするな、姫がそんな簡単にやられるわけがない」

 

 

 時間が経ち煙がだんだんと晴れていき、周囲の家屋の残骸が目に入る。当然、姫の姿はなかった。

 

 

(走れば海はすぐそこだ、今から追っても間に合わないだろうな……)

 

 

「……ねえ、アレは何だったの?」

 

 

 刀を鞘に戻し皐月が尋ねる。

 

 

「戦艦棲姫。2年半ほど前の大規模作戦で海軍が取り逃がしたアイアンボトムサウンドの支配者だ。まさか奴に擬態の能力があるなんて……」

 

 

「アイアンボトムサウンド……」

 

 

「日本海軍が多くの犠牲を払った地獄の海域だ。軍艦においても艦娘においても多くがそこで沈んでいる」

 

 

「……」

 

 

「リーダー自らスパイとはとんでもないな。だが、これでもう情報漏洩はしないはずだ」

 

 

(他に擬態出来る奴が現れなければな……)

 

 

 

 

 

 

「戦艦棲姫じゃと!?」

 

 

 飯野が部屋を出て、しばらく時間は経ってからかかってきた電話に出た元帥は彼の報告内容に驚愕する。

 

 

『まさか擬態能力を持つ深海棲艦がいるとは思わなかったよ……てっきり深海棲艦に内通している人間の裏切り者だとばかり』

 

 

「よく生きていられたの」

 

 

『懐刀をいつでも忍ばせているんでな』

 

 

「本当にお前の所は優秀な艦娘が多いのう。やはり提督としての素質があるのじゃな」

 

 

『素質……、艦娘の魂に強く働きかけ、彼女たちの力を引き出すことが出来る度合いだったか?』

 

 

「うむ、提督となる者には大なり小なりその素質がある。その素質が高いほど妖精との意思疎通や艦娘の力を引き出すことが出来る」

 

 

『士官学校でも習ったが、俺はそれが高いのか?』

 

 

「異常なくらいな。海軍としてもお前を失うのは痛いんじゃよ。そう簡単に死なないで欲しいところだ」

 

 

『確かに姫だと分かった時は少し死を覚悟したが、俺には頼れる仲間がいる。心配はいらないさ』

 

 

「混乱を防ぐためこの件は誰にも喋ってはならぬぞ?警戒レベルは引き上げておくが」

 

 

『了解』 

 

 

「……ああそれとケッコンカッコカリの指輪は手配しておいたからの。そのうち届くじゃろう」

 

 

 急に話題が変わる。元帥は飯野が狼狽えるのが電話越しに分かった。

 

 

『りょ、了解……』

 

 

「モテモテじゃのう」ニヤニヤ

 

 

『くっそ!今絶対笑ってるだろ!仕方ないだろ、本人に催促されたんだ!』

 

 

『指輪はたくさん用意しておくからの』

 

 

『こ、今回のはただの戦力強化であって……』

 

 

「ほほほ、艦娘はそう思っておるのかのう?彼女たちにとってはかなり重要な意味を持つと思うんじゃがのー」

 

 

『俺のどこがいいんだか……』

 

 

「刺されるなよ?時々おるんじゃよそういう者が」

 

 

『怖いこと言うな!!』

 

 

 通話を切り、元帥は側で静かに控えていた大和に声をかける。

 

 

「頼めるか?」

 

 

「アイアンボトムサウンドの偵察指示ですか?」

 

 

「ああ、すぐに行動を起こすとは限らんが念のためじゃ。佐世保ばかりに苦労させるわけにはいかん」

 

 

「それもそうですね、規模の大きい鎮守府に頼んでみましょうか」

 

 

「うむ」

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

「それじゃ改めまして私は軽巡洋艦の川内!夜戦なら任せてね!」

 

 

「駆逐艦の暁よ。電は私の妹だけど迷惑かけてないかしら?」

 

 

 川内と暁を迎えた佐世保鎮守府は提督たちを待つ間、食堂で顔合わせ兼交流会を行っていた。

 

 

「電はいい娘だよ。僕たちも常日頃、彼女の料理にはお世話になってるしね」

 

 

「美味しいっぽい!」

 

 

「司令官さんには敵いませんけど……」

 

 

「電ちゃんの料理は最高にゃしい!」

 

 

「ふふ、私もそう思うわ」

 

 

「美味しい……です」

 

 

「島風も好きだよー」

 

 

「美味しいです!」

 

 

「仕事終わりの食事としては最高ですねー」

 

 

 一斉に電の料理を褒める駆逐艦たちと明石……やがて、照れる電をみんなでからかい出す。そんな彼女たちを見守る金剛たち。

 

 

「ちなみに姉さんは料理が出来るのでしょうか?」

 

 

「うえ?私は出来ないよー。夜戦の役に立たないし」

 

 

 何言ってるの?という顔で答える川内に神通がため息を吐く。

 

 

「女の子としてそれはどうなんですか……」

 

 

「じゃあ神通は?」

 

 

「提督に教わりましたから簡単な物なら作れます」

 

 

「よし、これからは急にお腹が空いたら神通に頼もう」

 

 

「姉さんも教わってみては?」

 

 

「勇兄と料理ねえ……」

 

 

「そういえば姉さんと暁ちゃんは提督のことをそう呼ぶのですね」

 

 

「本当になんていうか私としては勇兄のことを本当の兄のように思っているよ。暁は微妙だけど」

 

 

「微妙、とは?」

 

 

「暁は勇兄にケッコンカッコカリをお願いしたんだよ」

 

 

《……………》

 

 

 川内の言葉に場が静まり返った。

 

 

「え?あれ?」

 

 

「その話は本当デスか?」

 

 

「えっ、そうだよね暁」

 

 

「そ、そうだけど」

 

 

 帽子を押さえながら暁が照れたように言う。

 

 

「ありゃ、これは思わぬ伏兵かな?金剛さんは大丈夫だと思うけど……榛名さんは大丈夫?」

 

 

「……は、榛名は大丈夫です!」

 

 

 呆然と固まっていた榛名がハッとしたように反応し答えた。……声が震えていたが。

 

 

「本当に大丈夫……?」

 

 

「……」

 

 

「榛名さん?」

 

 

「これが運命ならば受け入れます……」

 

 

「心が轟沈しかけてるじゃん!ちょ、ちょっと私は榛名さんを慰めとくから後はよろしく!」

 

 

 轟沈寸前の榛名を飛龍が連れて部屋を出ていき、場に残った艦娘たちの視線が暁へと集まる。

 

 

「あ、暁お姉ちゃんの練度はもう最大なのですか!?」

 

 

「金剛さんの次に練度が高いってどういうことだい!?」

 

 

「夕立たちもまだ98っぽい」

 

 

「こ、これは思わぬ伏兵が現れマシタ……」

 

 

「べ、べべべ別に私は勇兄のことを恋人として見ているわけじゃないわ!」

 

 

 どもる暁に川内を除く全員が疑いの目を向ける。

 

 

「な、何よ……」

 

 

「恋人じゃないならどう思っているんだい?」

 

 

「お、お兄ちゃんよ……」

 

 

「ふうん、妹が兄に指輪をねだる……と」

 

 

「ちょっと怪しいのです」

 

 

「ただの戦力強化よ!」

 

 

「…まあ、ワタシはそれほど気にシマセン。テートクのハートはしっかり掴んでおくので」

 

 

 落ち着いた表情でそう言う金剛。

 

 

「思ったより金剛さんが余裕っぽい」

 

 

「それよりもワタシは士官学校でのテートクが知りたいデース!」

 

 

「いいわよ。どこから?」

 

 

《もちろん最初から!!》

 

 

 全員の声が重なる。

 

 

 彼女たちのお喋りは、提督と皐月が帰ってくる夜遅くまで続いたのだった。

 

 

 

 

 

 





一区切りついたので(逃げた姫から目をそらし)次回からは日常?パートに入るつもりです。不憫な娘たちがいるので……


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第4章 佐世保の日常ー今日も鎮守府は平和ですー
提督の恋人になったはずの榛名です!!「榛名の日記」前編


艦娘が増えてきたので日常?系スタート。
タイトル通り榛名メインの回。



 

 

 

 その日は仕事を前の日にだいぶ進めていたため、いつもよりも早く仕事を終える事が出来た。

 

 

「さて……」

 

 

 実は意図的に時間を作ったのだ。というのも……

 

 

「榛名さんにもっと構ってあげてください。私はもうこれ以上見ていられませんよ、あの娘ともっときちんと向き合ってあげて欲しいんです……」

 

 

 つい最近、飛龍にそう言われたからだ。ふざけているようには見えず、俺は榛名と一度話をしようと思ったのである。

 

 

「榛名の部屋はここだったな」

 

 

 現在、俺は榛名の部屋の前へ来ていた。

 

 

「榛名、俺だ。ちょっと話でもしないか?」

 

 

 扉をノックして呼びかけるが返事がない。不在か?と思いつつドアノブを回すと開いてしまった。

 

 

「……カギはかかってないが、中に誰もいない?」

 

 

 悪いと思いつつも俺は部屋に足を踏み入れた。中はなんというか随分質素な部屋であった。ベッドと机と椅子があるだけで本もぬいぐるみも何も無い。俺はここの艦娘全員にネットでの買い物をある程度許可している、ちなみに運搬は間に海軍本部を通して行われる。女の子の部屋というものはもっとおしゃれなイメージがあったのだが…… 

 

 

「案外、ベッドの下に何かあったりして……」

 

 

 ちょっとベッドの下を漁る。すると薄い本と小説が何冊か出てきた。

 

 

「本当に出てきたぞ……」

 

 

 〈ハル恋 ~恋は突然に~〉

 

 〈初めてのデート ~男性のハートを撃ち抜け~〉

 

 〈男性がキュンとする仕草をまとめました ~気になる彼をメロメロに~〉

 

 〈出来る女の特徴はこれだ! ~周囲をあなたの虜に ~〉

 

 〈恋は戦争 ~既成事実さえ作ればこちらのもの~〉

 

 〈今夜は私だけを愛して ~絶倫の彼と朝まで激しい夜戦を~〉

 

 〈ヤンデレ入門 ~あなたさえいればいい~〉

 

 〈失恋した時のメンタルケア ~大丈夫、次の恋があなたを待ってる~〉

 

 

 ……今のは本のタイトルの一部だがすごい物も混じっている気がする。言われた時の飛龍の真剣な表情を思い出す。普段の榛名に異常は見られないがこのラインナップを見るに、色々溜め込んでいそうだ。

 

 

「戻しておこう……」

 

 

 本を戻し、他に何かないか探していると机の上に日記帳が置いてあるのを発見した。近付き、手にとってみた。ピンク色の装飾がなされた可愛い日記帳だ。

 

 

「ちょっとだけ読んでみるか……?」

 

 

 開いて中身を読む。

 

 

 

『 ○月×日

 

 提督のご厚意でこのような物を買う事が出来ました。あの頃が信じられないほど、ここでの毎日は本当に幸せです。せっかくなので日記を付けてみようかなと思います。

 

 

 提督は今日もかっこいいです。』

 

 

 

「自分ではかっこよくはないと思うんだが……」

 

 

 

『 ○月×日

 

 今日は皐月ちゃんが訪ねてきました。提督が忙しいので代わりとして榛名に料理を教わりに来たらしいです。ど、どうしましょう、榛名、料理なんて出来ないのですが……

 結局金剛お姉さまの所へ行きました。お姉さまは料理がお上手でした。提督と一緒に練習したらしいです。いいなあ……

 

 

 ご迷惑かもしれませんが提督に料理を教わりたいです……』

 

 

 

「言ってくれればいいのに……」

 

 

 

『 ○月×日

 

 電ちゃんが提督に膝枕をしてもらっているのを見かけました。その時の電ちゃんは本当に幸せそうで……

 

 

 羨ましいです。でも榛名が提督に頼むのはなんだか気が引けてしまいます……

 

 

 榛名は提督が時々、夜遅くまでこっそり仕事をしているのを知っていますから……

 

 

 提督の負担を増やすわけにはいきません』

 

 

 

『 ○月×日

 

 今日はなんと金剛お姉さまがこの鎮守府にやって来ました。演習もすごかったのですが、提督の正体にも驚きました。こんな人が榛名の提督でいてくれるなんて感激です。

 

 

 お姉さまが提督にケッコンカッコカリをお願いしていました。

 

 

 2人は3年も共に戦った深い仲……お似合いだと思います。金剛お姉さまが幸せそうで榛名も嬉しいです。榛名は金剛お姉さまが大好きですから。

 

 

 でもやっぱり胸が苦しいです……』

 

 

 

『 ○月×日

 

 て、ててて提督とキスをしてしまいました!金剛お姉さまは榛名が提督と付き合う事を許してくれました。お姉さまには一生敵わない気がします。

 

 

 提督と恋人……榛名は幸せです。

 

 

 ……初めてのキスの味は緊張していて何も覚えていません』

 

 

 

『 ○月×日

 

 ……金剛お姉さまと再会してからというもの、時々悪夢を見るようになりました。姉妹のみんながどんどんいなくなって榛名は独りぼっちになり、動く事の出来ない体であの空を見上げているのです。本土に爆弾を落とす爆撃機を榛名は海上で見ている事しか出来ませんでした。

「やめて!そっちに行かないで!」と何度も叫び続けて、ようやく目を覚まします。

 

 

 急に金剛お姉さまがまた榛名を置いてどこかに行ってしまうのではないかと怖くなりました。同時に、あの空を思い出して自責の念に駆られました。

 お姉さまたちがいなくなった後も1人で頑張ろうと思っていたのに……本当に辛い最期でした……』

 

 

 

『○月×日

 

 隠していたつもりだったのに、今日金剛お姉さまに気付かれました。

「榛名、お姉ちゃんに嘘はつかないで欲しいデス」と言われ、榛名はお姉さまに悪夢の事を話しました。話している途中で泣いてしまった榛名をお姉さまは優しく抱き締めてくれました。

 

 

「あなたを1人残して逝ってしまってゴメンナサイ……辛かったと思いマス。デモ、忘れないで。最後の最後までワタシたちの分も戦い抜いたあなたをワタシは誇りに思っていマス。きっと比叡たちも同じネ」

 

 

「榛名、あなたはワタシが誇る最高の妹デス。そして、もう1人にはシマセン」

 

 

 その瞬間、胸の奥の痛みが和らいだのを感じました。

 

 

 お姉さまに言われて一緒に寝たその日も悪夢を見ましたが、夢の最後の内容が変わっていました。

 

 

「「「お疲れ様(ネ)!!」」」

 

 

 お姉さまたちが笑顔で榛名に手を振っていました。

 

 

 その日から悪夢は見ていません』

 

 

 

(全然気付かなかった……後で金剛に礼を言っておこう)

 

 

 

『 ○月×日

 

 今日は金剛お姉さまが大量のワ級を捕らえて来たのでかなりびっくりしました。冗談のつもりだったのに……提督も遠い目をしながら金剛お姉さまの頭をなでていました。

 

 

 解体したらたくさん資源が手に入ったので提督が大喜びしていました。そのまま金剛お姉さまをなで回し始め、気がつくと金剛お姉さまが痙攣し出していました。途中から頭以外をなでてましたが、提督に自覚はなさそうです。

 

 

 ……そんなに気持ちよかったのでしょうか?

 

 

 「羨ましいです!!」なんてつい提督に本音を言ってしまいました……恥ずかしいです』

 

 

 

『 ○月×日

 

 お姉さまが気を利かせて榛名を1週間連続で秘書艦にしてくれました。気合いを入れて身だしなみを整えました。

 

 

「お、なかなか仕事が早いな。ありがとう、助かるよ」

 

 

 提督が褒めてくれました。それだけで榛名は舞い上がってしまいます。

 

 

 

「何かして欲しい事はあるか?」

 

 

 たくさん頭をなでて欲しいです……なんて。

 

 

 恥ずかしくなって結局言えませんでした……』

 

 

 

『 ○月×日

 

 皐月ちゃんの肌があまりにももちもちだったので金剛お姉さまと一緒につい触りすぎてしまいました。

 

 

 もちもちでした。病みつきになりそうです。

 

 

 皐月ちゃんには後でお姉さまと必死に謝りました。

 

 

 提督の膝の上で頭をなでてもらっていた皐月ちゃんが羨ましかったです……以前榛名が乗ったら怒られてしまいましたし……』

 

 

 

(股間が爆発するんで勘弁……と言いたいところだが、俺が耐えてあげればいいだけだな。あれが最初で最後だったが、あの後から榛名は俺にあまり自分から触れようとしなくなったし……)

 

 

「……」

 

 

 

『 ○月×日

 

 今日はシャンプーを変えて、前髪も少しいじってみました。提督に気に入ってもらえるでしょうか?

 

 

「じゃあ、これが今日の分だ。よろしく頼む」

 

 

 提督は何も言ってくれませんでした。

 

 

 自分から言い出すのは負けな気がして黙っていましたが、我慢出来なくて、

 

 

「て、提督、今日の榛名はどうでしょうか?」

 

 

「……?仕事もスムーズだし助かってるよ」

 

 

 全然気付いてくれませんでした』

 

 

 

(……心が痛い。というか言われた言葉を一言一句全部覚えているのか)

 

 

 

『 ○月×日

 

 金剛お姉さまに手伝ってもらい今日は榛名が料理当番として頑張りました。提督の好みに合うでしょうか?

 

 

 提督のために精のつく料理をたくさん作りました。美味しくて元気が出たと言ってくれました。

 

 

 そのまま榛名を襲ってください……なんて

 

 な、なんだか変な事を考えてしまいました。』

 

 

 

『 ○月×日

 

 今日も金剛お姉さまは提督にベッタリです。素直に甘えられるお姉さまが羨ましいです。提督も嬉しそうですし……

 

 

 でも、榛名の事ももう少し見て欲しいです……』

 

 

 

『 ○月×日

 

 幸せそうな金剛お姉さまとその左手のリングを見ていると時々思います。

 

 

 榛名が入る場所は本当にあるのかと。

 

 

 お姉さまは提督と確かな絆を結んでいますが榛名は違います。提督からの思いを確かな形としてもらっているお姉さまが羨ましくて……少し妬んでしまって。そんな自分が嫌になります。

 

 

 提督、あなたの心は榛名には分かりません。あの日、提督は榛名を受け入れてくれましたが、本当はどう思っていらっしゃるのですか?金剛お姉さまが言ったから受け入れたのですか……?

 

 

 最近、そんな不安が大きくなってきました。』

 

 

 

(……)

 

 

 その後もアピールをことごとく俺にスルーされたり、甘えたいけど俺や金剛に遠慮してしまうといった内容のページが続いていた。

 

 

「……本当に鈍感だな俺は」

 

 

 金剛がぐいぐいアプローチしてくるタイプだからすっかり忘れていた。榛名と金剛は違うというのに。

 

 

(普通女の子はアピールを自分で口にせず、日常の中でさりげなく行う場合が多い。大胆な行動をとる金剛は特殊なんだ)

 

 

 日記からも分かるが榛名は自分の事よりも相手の事を優先するタイプの優しい娘だ。 

 

 

「『榛名は大丈夫です』、か……全然そんな事ないじゃないか」

 

 

 俺も反省する必要がありそうだ。

 

 

 

 

 

 

「完成ネー!」

 

 

「手伝ってくれてありがとうございます金剛お姉さま」

 

 

「My sisterの頼みなら大歓迎ネ!」

 

 

 厨房のテーブルに並んだ大小様々な形と大きさのクッキー。金剛お姉さまと一緒に榛名が作った力作です。

 

 

「早くテートクに届けるといいヨ。ワタシは部屋に戻りマス」

 

 

「え?で、でも金剛お姉さまも一緒に作ったのに……」

 

 

「最近テートクに上手くアピール出来てないのでしょう?ワタシばっかりテートクを独占しては榛名が可哀想デス」

 

 

 お姉さまがそう言って微笑み、クッキーをその場に残して厨房を出ていってしまいました。

 

 

「金剛お姉さま……」

 

 

(またお姉さまに気を遣われてしまいました……)

 

 

 気を取り直してクッキーをお皿に盛り付けます。提督は喜んでくださるでしょうか?

 

 

 

 

 

 




榛名は可愛い。それだけ。
金剛は最高のお姉さん。


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提督の恋人になったはずの榛名です!!「榛名の日記」後編 ※落書き有り

感想や評価はモチベーションにつながってます。誰とは言いませんがいつもありがとうございます。

それでは、榛名編後編です。
改めて……榛名可愛すぎる。


 

 

 

 とある艦娘の部屋でページを捲る音が響く。日記帳の中身を読む男の顔は真剣そのものであった。

 

 

『 ○月×日

 

 川内さんと暁ちゃんが佐世保鎮守府に着任しました。2人は提督と士官学校の頃からの付き合いだそうです。学生時代の提督をよく知っていて、とても仲が良かったみたいです。それを聞いた時、榛名は少し怖くなりました。

 

 

 そしてそれは正しかったのです。暁ちゃんの練度はなんとすでに99で金剛お姉さまの次に高い艦娘だったのです。その暁ちゃんは再会してすぐ提督にケッコンカッコカリを頼んだそうです……

 

 

 それを知った時、目の前が真っ暗になった気がしました。金剛お姉さまに次ぐケッコンカッコカリ2人目……しかも提督とお互いによく知っている旧知の仲。

 

 

 今度こそ榛名の居場所は無くなったような気がしました。もう身を引くべきでしょうか……提督のご迷惑にだけはなりたくありません。』

 

 

『 ○月×日

 

 金剛お姉さまが最近榛名に気を遣うようになりました。心配で放っておけないらしいです。

 そんなに榛名の様子はひどいのでしょうか……?

 

 

 ワガママかもしれませんが今日もアピールを続けようと思います。例え提督に届かなくても。

 

 

 ……榛名は大丈夫です。』

 

 

「大丈夫じゃないだろうが……」

 

 

 しばらくして男は日記帳を机の上に戻す。そのまま部屋から出て扉の横に背を預けると少女が戻って来るのを待ち始めた。

 

 

 

 

 

 

 執務室にノックの音が響く。

 

 

「はーい、どうぞー」

 

 

 扉が開きクッキーの乗った皿を両手で持った榛名が現れる。彼女はキョロキョロと執務室を見回すと椅子に座る本日の秘書艦に問いかけた。

 

 

「あの…飛龍さん、提督はどちらに?」

 

 

「提督ならもう仕事を終わらせて出てったよ。それは……クッキーか、もしかして提督用?」

 

 

「は、はい。差し入れにどうかと……金剛お姉さまに手伝ってもらった物ですけど」

 

 

「ふぅん……」

 

 

 何やら考え込む飛龍。

 

 

「私も食べていいかな?」

 

 

「もちろんです」

 

 

「じゃあ榛名さんの部屋に行こっか」

 

 

 そう言って飛龍が立ち上がる。

 

 

「えっ?」

 

 

「別にどこで食べたっていいでしょ?」

 

 

「何故榛名の部屋で?ここではダメなのですか……?」

 

 

「……いいからいいから!早く行こうか!」

 

 

 榛名は飛龍に背を押されながら執務室を出た。

 

 

 

 

 

 

「あれは……提督?」

 

 

 飛龍さんに言われるまま自室へと向かった榛名が見つけたのは、扉の横に背を預けて誰かを待つ提督の姿でした。

 

 

「よし、後は……!」

 

 

 トンッと飛龍さんに背を小さく叩かれました。何かを見守るような目で榛名に言います。

 

 

「私に出来るのはここまで、全力で行って来るといいわ」

 

 

「どういう……」

 

 

 あっという間に飛龍さんはどこかへ行ってしまいました。仕方ないのでそのまま提督に声をかけました。

 

 

「提督、何故こちらに?お仕事はもう終わったと聞いていますが……」

 

 

 提督は顔を上げてこちらを見ます。

 

 

「……榛名か。いや、仕事でここに来たわけじゃない。お前とちょっと話でもしようかなと思っただけだ」

 

 

(……提督が榛名に話?)

 

 

 提督の視線がクッキーへと移りました。

 

 

「それはクッキーか、量が多いが自分用か?」

 

 

「提督に差し入れで届けようと……でも執務室にいらっしゃらなかったので」

 

 

「ああもう、いい娘だよホントに……」

 

 

「え?」

 

 

 提督の呟きは小さすぎてよく聞こえませんでした。

 

 

「何でもない、せっかくだから頂こうと思う」

 

 

「でしたら榛名の部屋へそのままどうぞ。地味な部屋ですが……」

 

 

(……とは言ったものの、何かしまい忘れている物はなかったでしょうか?)

 

 

「ではお言葉に甘えて……榛名?」

 

 

「あ、いえ!どうぞ!」

 

 

 部屋に入った榛名はさっそくしまい忘れた物を発見しました。

 

 

(日記帳が出しっぱなしです!)

 

 

 あれには普段言えない本音が書いてあるので提督に見られたら大変な事になります!

 

 

「て、提督はそちらにお掛けになってください、榛名はテーブルを出すので」

 

 

 テーブルを出しながら日記帳をしまおうとした時、

 

 

「それ……」

 

 

「えっ!?あ、これは日記帳です。ここでの毎日を記録しておこうと思いまして……」

 

 

「……」

 

 

 ふと、自室のカギをかけていなかった事を思い出しました。提督は扉の横に立っておられましたがもしかしてすでに一度部屋に入ったのでは……?

 

 

「な、中身はちょっと恥ずかしいのでお見せ出来ません……」

 

 

「そうか」

 

 

 それっきり提督は何も言わなくなったので榛名はテーブルを出す事に集中します。出したテーブルの上にクッキーの乗ったお皿を置き、自室に備え付けの小さな冷蔵庫からお茶を出して紙コップに注ぎました。

 

 

(あ、あれ?そういえば今榛名は提督と自室で2人きりなのでは!?)

 

 

 今更の事実に気付いて恥ずかしくなってきました。自室を見回します。他の皆さんの部屋と比べると、おおよそ女の子の部屋だとは思えない地味な部屋です。

 

 

「なあ」

 

 

「ひゃいっ!」

 

 

「なんか様子がおかしいが大丈夫か?」

 

 

「い、いえ!榛名は大丈夫です!」

 

 

「またそれか……ちょっとこっちに来い」

 

 

 そう言って提督はあぐらをかいた状態でご自分の太ももをポンと叩きました。

 

 

「……?」

 

 

(よく分かりませんが、行ってみましょう……)

 

 

 ゆっくりと提督に近付き彼のすぐ側までやって来た次の瞬間、腕を掴まれグイッと引っ張られました。

 

 

「きゃっ!?」

 

 

「よっと」

 

 

 ふんわりと優しく受け止められ、気付くと提督に膝枕されていました。ガッチリとした男の人の体です。……膝枕!?

 

 

「て、提督!?一体何を……」

 

 

(て、提督のお顔をこんな近くで拝見したのはいつぶりでしょうか……)

 

 

「嫌だったか?」

 

 

「そ、そんな事はありません!光栄です!」

 

 

「膝枕が光栄って……」

 

 

「はうぅ……」

 

 

(あああ、榛名のバカバカ!これでは変な娘だと思われてしまいます!)

 

 

「ふふふ、可愛い奴め」ナデナデ

 

 

「ふわっ!?」ナデラレナデラレ

 

 

 提督は優しく笑いながら榛名の頭をなで始めました。気持ちいいです……じゃなくて!

 

 

(どどどどうしたのでしょうか!?今日の提督は何か変です!!)

 

 

 混乱する榛名の脳内に白い翼に天使の輪っかのある天使榛名と黒い翼に尻尾のある悪魔榛名が現れます。

 

 

『これは……チャンス到来です!』

 

『いえ、これは……』

 

『今こそ本で培ったテクニックを試す時!ここで攻めましょう!』

 

『その前に提督の変化の謎を……』

 

『何を躊躇しているのですか悪魔榛名!そんな事はどうでもいいのです、この千載一遇のチャンスを逃してどうするのですか!』

 

『天使榛名は提督の変化が気にならないのですか?』

 

『問題ありませんよ。ここで攻めなくていつ攻めるのです!だいたい何故そんなに弱気なのですか悪魔榛名、その黒い翼と尻尾は飾りですか!』

 

『で、でも……』

 

『このまま既成事実まで一直線で目指します!』

 

『そ、それは強引すぎるのでは?』

 

『恋は戦争って読んだ本にもあったでしょう!』

 

『ここはこう、もっとゆっくりと関係を深めて……』

 

『さあ行くのです榛名!自分を信じて!そのまま夜戦まで一直線です!』

 

『だ、ダメです!天使榛名は強引すぎます!ここは落ち着いてまずゆっくりと会話をしてみるべきです!』

 

 叫ぶ天使榛名を悪魔榛名が必死で押さえ始めます。

 

『ええい、離しなさい悪魔榛名!』

 

『ダメよ榛名、絶対に暴走しちゃダメ!』

 

 

(ど、どうすれば……!?)

 

 

 しばらくして提督がポツリと言いました。

 

 

「そういやクッキーがあったんだった。頂くぞ」

 

 

 お皿からクッキーを一つ手に取るとそのまま一口。

 

 

「甘い……」

 

 

「お、お口に合いませんでしたか?」

 

 

「美味しいよ」

 

 

「あ、ありがとうございます」

 

 

 飛び跳ねそうになる心を必死で抑えます。

 

 

『ふふ、いい感じですよ榛名』

 

『よかったぁ……』

 

 

「ほれ、榛名も一口どうだ」

 

 

 提督が手でクッキーを一つ榛名の口元へと運んできました。

 

 

(えっ)

 

 

『あーんです!まさかの提督自らあーんをしてきました!』

 

『ま、まずは落ち着いて食べましょう』

 

 

 ゆっくりと口で咥え、クッキーを咀嚼しました。甘い味が口の中に広がり、自然と頬が緩みます。

 

 

「美味しいです……」

 

 

「だろ?ま、俺が作ったわけじゃないが」

 

 

「実はこのクッキー……榛名が1人で作ったものじゃないんです」

 

 

「誰かに手伝ってもらったのか?」

 

 

「はい、金剛お姉さまに……」

 

 

「あいつも本当に料理が上手くなったなあ……最初の頃は電子レンジの中に大量のアルミホイルを突っ込んで爆発とかさせてたのに……」

 

 

 遠い目をする提督。

 

 

「爆発するのですか!?」

 

 

「覚えとけ」

 

 

「は、はい」

 

 

「よく出来てるし榛名が作ってくれたってだけで嬉しいよ」

 

 

「美味しいのは全部金剛お姉さまのおかげです」

 

 

「そんな事はないぞ?このクッキーには榛名の愛情がたっぷり入っているからな」

 

 

「ふぇっ!?あ、愛情だなんて……」

 

 

「入ってないのか?」

 

 

「は、入ってます……うぅ、恥ずかしいです」

 

 

 嬉しいのですがとにかく恥ずかくて提督と目が合わせられません……ですが、

 

 

(……やっぱり何かおかしいです)

 

 

 急に提督が榛名にこのような事をしてきた理由があるような気がします。金剛お姉さまも提督に甘えていますが自分から頼んでそれを提督が受け入れるといった流れです。提督が自発的に金剛お姉さまに膝枕やあーんなんてしているのを見た事がありません。

 

 

「……榛名?」

 

 

 このまま流れに身を任せるのも良いですが、勇気を出して聞いてみる事にしました。

 

 

「……今日の提督は変です。理由を聞いてもいいでしょうか?」

 

 

「やっぱり気になるか?」

 

 

「はい」

 

 

「……飛龍にさ、言われたんだよ。もっと榛名を見てやれってな」

 

 

「飛龍さんが?」

 

 

「俺もお前に表面的な変化が見られなかったから気付かなかったよ、でもアレらを見てしまって……」

 

 

「アレら……って?」

 

 

 提督は申し訳なさそうな顔で言います。

 

 

「その……ベッドの下とか」

 

 

「え……」

 

 

(ちょ、ちょっと待ってくださいベッドの下には確かーーー)

 

 

「ま、まあ、そのなんだ……そういう事が気になるのも当たり前だよな……大丈夫、俺は気にしない」

 

 

「ま、待ってくださいあれはーーーきゃん!?」ゴチーン

 

 

「んぶっ!?」ゴチーン

 

 

 慌てて起きたため榛名の頭が提督の顎をきれいに捉えて頭突きが決まってしまいました……

 提督が悶絶しています……

 

 

「ぐおおお……」

 

 

「すすすすみません提督!ど、どんな罰でも受けるのでお許しを!」

 

 

「こ、こんな事で罰なんて、イテテ……いい頭突きだったぞ」

 

 

「だ、大丈夫ですか?」 

 

 

「なんとか……それよりも何か言いかけてただろう?」

 

 

「はっ!?そ、そうでした!あの本の事なのですが……」

 

 

「俺は大丈夫だから」

 

 

 提督が今までの中で一番の温かい目で榛名を見ていました。

 

 

「そ、そんな温かい目で見られても榛名は大丈夫じゃないです!」

 

 

「お、落ち着け、話は聞いてやるから!」

 

 

「れ、恋愛系の本は榛名の物ですが、それ以外は飛龍さんが勝手に持ち込んだ物です!」

 

 

「売り文句が確か……男性のハートを撃ち抜け~とか周囲をあなたの虜に~って感じの本は榛名の物って事か?」

 

 

「あああああ!言わないでください!」

 

 

「す、すまん……じゃあ夜戦の本は?」

 

 

「飛龍さんのです!」

 

 

「〈恋は戦争〉」

 

 

「飛龍さんのです!」

 

 

「〈ヤンデレ入門〉」

 

 

「……飛龍さんのです!」

 

 

「今の間は何だ!?」

 

 

(や、やっぱり提督はすでにこの部屋に入って……)

 

 

「……ところでだな、読んだのか?」

 

 

「読んだ……と言いますと?」

 

 

「飛龍が持ち込んだ本たちを」

 

 

「……」

 

 

「……」

 

 

 すでに全部読んでしまいました……

 

 

『でも、おかげで榛名は物知りになったじゃないですか』

 

『すごい本でした……』

 

『必要な知識ですよ、さあ提督を押し倒しましょう』

 

『それはダメです!』

 

 

「すまん……俺は多分絶倫じゃないと思う」

 

 

 そう言って謝る提督。

 

 

 これは一体何の罰ゲームでしょうか。今すぐ自室に引き籠もりたいです……あ、自室はここでしたね。

 

 

「……」ジワッ

 

 

「お、俺が悪かった!だから泣かないでくれ頼む!」

 

 

 

 

 

 

 なんとか榛名を落ち着かせた俺は現在土下座の真っ最中である。

 

 

「……女の子の部屋に勝手に入るのは良くないと思います」

 

 

「本当にすみませんでした!」

 

 

「次からは気を付けてくださいね」

 

 

「はい……」

 

 

「……ホントは別にいいんです、ただこれで分かったと思います。提督は榛名の事を大和撫子と表現しますが全然そんな娘ではなかったと」

 

 

「……普段の榛名はまさに大和撫子なんだが」

 

 

「大和撫子はあんな本を読まないと思います……」

 

 

「読んでたから問題ってわけでもないだろう。それよりも俺は失恋系の本があったことの方が気になる」

 

 

「それは……」

 

 

 榛名が口ごもる。

 

 

「確かに普段から金剛ばかりに構っているし、最近じゃ暁の事もあるから不安になるのは分かる」

 

 

「……」

 

 

「だが俺はあの日『お前の事もきちんと見るようにするよ』と言ったんだ。決して金剛の言葉に流されて言ったわけじゃない」

 

 

「……」

 

 

「そこで、今日ある事を決めた」

 

 

 俺は立ち上がると、正座をしたまま俺を不思議そうに見上げる彼女を正面から抱き締めた。

 

 

「て、提督?」

 

 

 あわあわと慌て出す彼女を優しく抱擁する。

 

 

「榛名に関してはこちらから積極的に甘やかしにいく事に決定した」

 

 

「えぇっ!?」

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 提督が部屋を出て行った後も榛名はぼーっと部屋の扉に視線を向けたままでした。先ほどまで提督はずっと榛名を抱き締めながら頭をなでてくれていました。

 

 

「……」

 

 

 ベッドに倒れて枕に顔をうずめます。ここで遅れて嬉しさと羞恥心が同時にやってきました。

 

 

「~~!~~~!」

 

 

 必死に声を押し殺しながらゴロゴロとベッドの上を転がり続けてようやく落ち着きます。

 

 

「……日記に書かないと」

 

 

 起き上がり日記帳を取り出して開くと、今日のページに何か書き込みがありました。

 

 

『今まで不安にさせて申し訳ないーーー』

 

 

(提督の筆跡……やっぱり日記帳も読まれていたのですね)

 

 

 提督は日記帳については触れませんでしたが、これを読まれてしまったのはかなりショックでした。提督に余計な心配をかけた可能性が高いです。先ほどの喜びが一転して後悔に変わります。

 

 

(きちんとしまっておくべきでした……)

 

 

 落ち込みながらも提督のメッセージを読み続けます。

 

 

『ーーーこれからは大丈夫じゃないと言うまでいじり倒してやるから覚悟しとけ。あと榛名の今のシャンプーの香りはすごく気に入っている。この前のいじった前髪も可愛かったぞ。……よければ今度の土曜は空けておいてくれ、菓子作りを一緒にどうだ?』

 

 

「……」

 

 

「……」

 

 

「……」

 

 

 もう一度ベッドに倒れ枕に顔をうずめました。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 





挿し絵もどきの落書きのクオリティはしょうがない(諦め)
榛名が可愛すぎて描いた。後悔はない。

榛名の出番もっと増やそうかなあ……猛烈に榛名話を書きたくなってきました。(個人的には榛名の脳内の天使榛名と悪魔榛名も気に入っています)


では、みなさんの感想、評価、批評をお待ちしています。


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艦隊のムードメーカー飛龍だよ!!「飛龍の戦う理由」

 

 

 

 青空を駆ける数十機の編成からなる航空部隊。

 

 旋回

 

 急上昇

 

 宙返りからの急降下

 

 海面スレスレを飛行しながら魚雷を投下

 

 白い雷跡が走り標的が爆発……当然撃ち漏らしはない。

 

 

「ふう……」

 

 

 取りあえず今日の訓練はここまでだと艦載機たちを回収していく。

 

 

「お疲れさん」

 

 

「あれ?珍しいね、提督が私の訓練を見に来るなんて」

 

 

 港から飛ばした艦載機たちを回収する私のもとへやって来たのは提督だった。 

 

 

「見事な命中率だ」

 

 

「動かない的を外すほうがおかしいよ」

 

 

「……それもそうだな」

 

 

「で?私に何か用かな?」

 

 

「ああ、榛名の事でお礼をな」

 

 

「ああなるほど、上手くいったみたいだね……あの後榛名さんすごく喜んでたよ。私って隣部屋だから音がすごい聞こえてきてね」

 

 

「音?」

 

 

「榛名さんがベッドをゴロゴロ転がってたよ」

 

 

「……榛名の事、教えてくれてありがとな。自分じゃ全然気付かなかった」

 

 

「あの娘隠すの上手いからね……ちゃんと笑顔でいさせ続けるんだよ?」

 

 

「分かってるさ、もちろんお前の事もな」

 

 

「私はもう十分楽しませてもらっているけどね……」

 

 

「いつも助かってるよ」ナデナデ

 

 

「なんでいきなりなでるんですか……」ナデラレナデラレ

 

 

「こうするとみんな喜ぶから?」

 

 

「……嬉しいのは事実だけど」

 

 

 なんというか嬉しいけど恥ずかしい……

 

 

「ホント丸くなったよなあお前も。昔はもっと固い奴だったのに」

 

 

 しみじみと思い出すように提督が言う。まあ、確かに昔の私はそうだったけど……

 

 

「それは言わないでくださいよ……」

 

 

「今のお前は生き生きとしているから嬉しくてな」

 

 

 提督が腰を下ろして海を眺め始めたので、私もゆっくりと地面に腰を下ろす。地面は太陽の熱でとても温かくなっていた。

 

 

「昔……か」

 

 

 海を眺めながら私は過去の事を思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 私にとって、戦う事がすべてだった。

 

 

 

───ミッドウェー海戦

 

 

 

 それは誰もが予期せぬ事態だった。

 

 日本の空母たちの兵装転換中に突如として出現した米空母。

 

 混乱の中、次々と致命的な被害を受けていく日本の空母たち。

 

 私もその内の一隻だったけれど、唯一戦う力の残っていた私は反撃に出る事になる。

 

「飛龍を除く三艦は被害を受けた……とくに蒼龍は激しく炎上中である。帝国の栄光のため戦いを続けるのは、一に飛龍にかかっている!」

 

 味方に向けて発せられた大好きな多聞丸の言葉。

 

 私の乗組員たちが闘志を燃やす。

 

 発艦した航空部隊よりしばらくして入る通信。

 

「敵空母中破!」

 

 続けて友永隊が発艦して敵空母を大破に追い込む。

 

 やった!

 

 ……けれども私たちはすでに消耗しきっていた。

 

 結局この後別の米空母に致命傷を負わされ沈没に至った私だけど、敵空母の一隻にやり返せた事は嬉しく思っている。

 

 最期まで一緒に戦ってくれた多聞丸たちや敵空母を大破に追い込んだ友永隊は私の誇り。

 

 みんなが忘れても私はずっと覚えているから……

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

ーーー

 

 

 

『ケンゾウガシュウリョウシマシター!』

 

 

「え…?」

 

 

 何故か現代に人の姿を得て甦った私。

 

 

 妖精という不思議な生き物から事情を聞かされる。

 

 

『コノクニヲスクッテクダサイ!』

 

 

 あの戦争から長い時間が経っていた。

 

 

 多聞丸はいない……友永隊もいない……私は1人だった。でも……

 

 

「私は飛龍……」

 

 

 せめて戦い続けて彼らの最期に恥じない戦果をあげてみせる……私の思いはただそれだけだった。

 

 

 

 

 

 

ーーー横須賀第二支部時代

 

 

 

「艦隊帰投したデス!」

 

 

 執務室に響く金剛さんの声。

 

 

「おう、ご苦労さん……飛龍はまた拗ねてるのか」

 

 

 椅子に座る提督は困ったように私を見ていた。

 

 

「……どうして撤退したんですか」

 

 

「そりゃお前が中破したからに決まっているだろう」

 

 

「私はまだ戦えました!すでに艦載機は全機発艦済みだったのに!」

 

 

「嘘だな……お前の損傷は限りなく大破に近いものだったと通信で金剛から聞いたぞ」

 

 

「……」

 

 

「焦ることはない、また後日攻略すればいい」

 

 

「そうデスヨ飛龍、急ぐことはありマセン」

 

 

(あそこで進撃していれば撃破出来たのに……)

 

 

 戦果をあげる事を至上の喜びとして、日に日に戦いに没頭していった私は、戦果よりも生きて帰還する事を大事とする提督と反発する事が多かった。

 

 

「……分かりました」

 

 

 

 

 

 

「お前、いっつも艦載機飛ばしてるな……休日だぞ?」

 

 

 私にはそんなものいりませんし、他にやるべき事がないから。

 

 

「鍛練を怠っては実戦で戦果をあげられませんから」

 

 

(次もきちんとした戦果を上げるために頑張らないと……)

 

 

 この小さな鎮守府に空母は私1人……1人で戦った艦時代の最期を思い出す。

 

 

「気を張るのはいいが、無理するなよ」

 

 

「かまいません……戦う事が私の仕事ですから。たとえ最後の一艦になったとしても敵を叩いてみせますよ」

 

 

「……」

 

 

 提督が難しそうな顔で私を見ていた。

 

 

「……どうかしました?」

 

 

「いや……なんでもない。たまには夕立たちと交流したらどうだ?お前っていつも1人でいる事が多いだろ?」

 

 

「交流する意味が分かりません……」

 

 

「重傷だなこりゃ……」

 

 

「私は至って普通ですよ」

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様デス」

 

 

「金剛さんもね」

 

 

「飛龍にまたたくさん助けられたケドネ」

 

 

「空は飛龍に任せれば間違いなしだね」

 

 

「さすが飛龍っぽい!」

 

 

「……私の仕事だしね」

 

 

「今日も飛龍がMVPデス!」

 

 

「……」

 

 

「……飛龍?」

 

 

「聞こえてなさそうデスネ……」

 

 

「ぽい?」

 

 

 次第に戦果をあげ続けても何故か心が満たされなくなっていった。 

 

 

(……なんでこんなに虚しいの?教えてよ多聞丸……)

 

 

 

 

 

 

「お前の活躍は本当に目を見張るものがあるよ」

 

 

「空を制する事は艦隊戦において何よりも大切な事ですからね。頑張りますよ」

 

 

「いつも助かっている、何か欲しい物とかあるか?」

 

 

「ありません」

 

 

「プライベートな物でもいいぞ」

 

 

「……あえて言うならば、もっと出撃回数を増やして欲しいです」

 

 

「最近はずっと出撃続きだったはずだが……戦果だって十分なものだぞ?」

 

 

「艦娘の仕事は戦う事です」

 

 

「休養も必要だろう?」

 

 

「……」

 

 

「確かに艦隊戦におけるお前の役割はもっとも重要なものの一つだが、戦闘以外では少し気を抜いたらどうだ?」

 

 

 提督が気遣ってくれていたけれど、当時の私にとっては戦って戦果をあげる事がすべてだった。

 

 

「……善処します」

 

 

 

 

 

 

「飛龍、ちょっとは肩の力を抜いたらどうでデスか?」

 

 

 金剛さんに誘われてお茶会をした時にそう言われた。彼女がこちらを心配するような目で見ていたのを覚えている。

 

 

「……?」

 

 

「少しずつ飛龍とも打ち解けてきたケド、やっぱり何か壁があるように感じマス」

 

 

「壁……?」

 

 

「平日も休日も関係なくずっと休まず訓練と出撃を繰り返して……まるで戦う事にのめり込んでいるみたいデス。どうして飛龍はそんなに戦いたがるのデスか?」

 

 

「……戦いたいからだと思う」

 

 

 何故だかハッキリと言う事が出来なかった。

 

 

「ワタシ、まだ飛龍の本当の笑顔を見た事がない気がするんデス……」

 

 

「本当の笑顔?」

 

 

「あなたにとってこの鎮守府の仲間はどんな存在なんデスか?」

 

 

「……」

 

 

「常に誇り高くあろうとする必要はないのデスヨ?今のワタシたちは昔とは違いマスから。どんなあなたでもワタシたちは受け入れマス」

 

 

「でも、私は……!」

 

 

「戦っているのはあなた1人じゃないんデス」

 

 

「金剛さん……」

 

 

 

 

 

 

 一体私はどうしてしまったのか……何故こんなにも満たされないのだろうか?

 

 

「原因はやっぱり……」

 

 

 自分の体を見る。着物を着たスタイルの良い女性の体だ……あの鋼鉄の体とは全く違う。この体になってから私はおかしくなってしまった。

 

 

「なんなのこれは……」

 

 

 物に触れると感触と温度を感じる。

 

 食べ物を口にすることが出来る。初めて食べた白米の味を私は忘れる事が出来ない……

 

 被弾すると痛みを感じ、戦場では死の恐怖がつきまとう……当時の兵士たちはこれにどんな思いで耐えて戦ったんだろうとそんな事も考え出した。

 

 敵と接戦を繰り広げると感情が昂り闘志を燃やしてしまう。弓を握る手に力が入り、獲物を狙う狩人のように目が鋭くなる。

 

 彼に褒められる度に胸の奥で何かがざわめく事があった。

 

 1人でいると寂しく感じる。

 

 頭で考えた事と心が一致しない。戦果をあげるという目的を果たしているのに私の心は虚しさを感じているのだから。

 

 これは何?私は船……航空母艦飛龍……かつての私はこんな経験をした事がない。

 

 知らない、知らない、知らない!感情ってなんなの?

 

 みんなを見ると感じるこの気持ちは何?

 

 私は……何を求めているの?

 

 

 

 

 

 

 ある日、私は執務室に1人呼び出された。

 

 

「何か御用でしょうか?」

 

 

「そうだな……少しお前と話がしたかった」

 

 

「話……ですか?」

 

 

 

「飛龍、お前は何故戦う?」

 

 

 

 突然提督はそう聞いてきた。

 

 

「え?」

 

 

「お前が戦う理由を聞いているんだ」

 

 

 戦う理由……

 

 

「戦う事が私の誇りだからです。一つでも多くの敵艦を沈める……それが兵器としての私の存在意義です」

 

 

「俺は最初にお前たちを兵器として扱わないと言ったはずだが?」

 

 

「……私は今でもかつての悪夢を覚えています」

 

 

「……運命の5分間と言われたミッドウェーでの戦いか?」

 

 

「はい、あの時沈んだ3人の空母たちの思いを託され、私は最後まで戦い抜きました。多聞丸や乗組員たちは最後の瞬間まで勇敢に戦って死んでいったんです……」

 

 

「……多聞丸やかつての乗組員たちの思いを引き継いでいるから、彼らに恥じない活躍をしたいという事か?」

 

 

「『飛龍』を名乗る者としてそう思っています」

 

 

 提督はしばらくの間沈黙していたれど、やがて私と目を合わせて言った。

 

 

「俺はお前が間違っているとは思わない……だが思い出して欲しい」

 

 

「思い出す?」

 

 

「当時の彼らの背後にあったものは何だ?」

 

 

「……日本国ですか?」

 

 

「ああそうだ。そもそも兵士というのは守りたい誰かがいる者が志願してなるものだ……『守る事』こそが本来の戦う目的ではないかと俺は思っている」

 

 

「それは……」

 

 

 何も言い返せなかった。

 

 

「以前金剛にも同じ質問をしたんだが、彼女はこんな風に答えたよ」

 

 

 

 

『最初は戦果をあげたい、提督の役に立ちたい……それがワタシのすべてでした』

 

 

『今は違うのか?』

 

 

『みんなもデスが……何よりもあなたを守りたい』

 

 

『……』

 

 

『守りたい人がいるからワタシは戦いマス。『兵器』ではなく『艦娘』金剛として』

 

 

『……男が女に守ってもらうってなんかカッコ悪いな』

 

 

『ふふ、気にしないでくだサイ。ワタシは感謝していマスヨ?戦う意味を……生きる意味をくれたあなたに』

 

 

 

 

「あくまでこれは金剛の意見だ」

 

 

「……」

 

 

「俺が今まで見てきたお前は『戦う事』しか考えていないように見えた。だから気になったんだ、お前は何のために戦っているのだろうかとな」

 

 

 私の戦う意味……?多聞丸のように誇り高く生きたくて、戦果をあげようと……何故戦果をあげようとしたんだっけ?あの世で多聞丸が喜んでくれそうだから?誇りを見せたかったから?……誰に?何のために?それで今がどう変わるというのだろうか。実際に私は虚しさしか感じてないではないか。

 

 

 急に自分が分からなくなった。

 

 

「ただただ戦う……それは意思を持たないロボットが戦うのと一緒だ。それはなんだか寂しいものだと思わないか?」

 

 

「寂しいもの……」

 

 

「何故戦う?何故戦果にこだわる?それを為した時に何が得られる?それをきちんと考えて欲しい」

 

 

「わ、私は……」

 

 

「今のお前がどんな顔をしているか分かるか?」

 

 

「え?」

 

 

「満たされないって顔をしている……孤独を感じている。違うか?」

 

 

「……」

 

 

「自分の事が分からなくなったのか?」

 

 

「……!」

 

 

「……やっぱりそういう事か」

 

 

 提督が納得したように頷く。

 

 

「いいか?今のお前は誰かが操作しないと動かない船ではなく、自分で考えて行動する事が出来る人間なんだ。人間になった事でお前たちはより豊かな感情を持つようになった……そしてそれはお前たちの今の体と密接に繋がっている。戸惑うかもしれないが決して悪い事ではない」

 

 

「……」

 

 

「『人』という漢字はな……人がお互いに支え合っている様子を表しているのだと言われている」

 

 

「……それがどうかしたんですか?」

 

 

「俺たち人間は1人では生きられないって事さ。どんなに他の事に没頭していても、心のどこかでは常に他人の温もりを求めてしまう」

 

 

「1人では……生きられない?」

 

 

「過去は過去、今は今だ。誇りを忘れるなとは言わん、だがもう少し周りを見て欲しい……きっと今のお前が戦う理由も見つかるはずだ」

 

 

「……周りを?」

 

 

「ついて来い」ギュッ

 

 

「えっ、ちょ、ちょっと……」

 

 

 提督に手を引かれて執務室を出る。そのままどこかへと連れていかれた。

 

 

「ここだ」

 

 

「食堂?」

 

 

「入ってみろ」

 

 

 提督に言われて扉を開けた次の瞬間、

 

 

 パアーーーンッッ!!

 

 

「!?」

 

 

「「「飛龍、進水日おめでとうーーー!!」」」

 

 

 一斉に向けられたクラッカーが炸裂し、仲間たちが駆け寄って来る。

 

 

「さ、早く早く!」

 

 

「提督とワタシで作ったケーキもあるデスヨ!」

 

 

「待ってたっぽい!」

 

 

「な、何?」

 

 

 飾り付けられた食堂、正面に見えるテーブルには立派なケーキが1ホール。三角の小さな帽子?のような物を3人が着けている。

 

 

「ほら、行って来い」

 

 

 流されるまま私はケーキの乗ったテーブルへと連れて行かれた。

 

 

「飛龍にはいつも感謝してるよ」

 

 

「夕立も飛龍が大好きっぽい!」

 

 

「驚きマシタ?今日は11月16日デスからお祝いデース!」

 

 

「今日くらい戦いの事は忘れてくれよ?せっかくのパーティーなんだからな」

 

 

 笑顔、笑顔、笑顔、笑顔……全員が私を見ていた。

 

 

「あ……」

 

 

 何か温かいものを胸の奥に感じる。同時にこの部屋そのものも温かい何かで満たされている事に気付く。

 

 

『お前は何故戦う?』

 

 

 戦果をあげるためだけ?───違う。

 

 

 多聞丸に喜んでもらいたいから?───本当に彼は今の私を見て喜ぶのだろうか?

 

 

 多聞丸たちにも守りたい人々がいたんだろうか───きっといたに違いない。なら私には?

 

 

 今感じているものが答えだろう。

 

 

 私が戦う理由は……

 

 

「ロウソクに火をつけたよ」

 

 

「早く吹くっぽい!ケーキケーキ!」

 

 

「もー、落ち着いてくだサイ夕立」

 

 

「一気にいけよー」

 

 

 大きく息を吸い込み吹きかける。消える炎と同時にいくつか吹き飛んだロウソク。

 

 

「……おい、小さい突風が吹いたぞ」

 

 

「艦娘の本気デース!」

 

 

「ケーキケーキ!」

 

 

「まあ、その前にもう一度」

 

 

「「「「おめでとう!!」」」」

 

 

「ありがとう……」

 

 

 このみんなの笑顔を守りたい……そう思った。

 

 

「飛龍、お前たち艦娘にとって戦う理由を考える事は生きる理由を考える事と同じだ。それを考え続ける事が人間として生きるって事だよ」

 

 

「……私は船ですよ?」

 

 

「いいや違うな、百歩譲って『艦娘』だ」

 

 

「……」

 

 

「テートク!真面目な話はもういいデス!」

 

 

「お腹空いたっぽいいい!」

 

 

「夕立落ち着いて」

 

 

「すまんすまん」

 

 

「あー……もういいです」

 

 

 なんだかバカらしくなってきた。ようするに今までの私は未知の出来事に戸惑い、振り回され、周りが見えていなかっただけだったんだろう。

 

 

「『守る事』……か」

 

 

「ん?」 

 

 

「今の艦娘としての私が戦う意味……見つかりました」

 

 

「そいつは良かった」

 

 

「いつもより飛龍の雰囲気が柔らかくなってマス。もう悩み事はないようデスネ」

 

 

「はい!」

 

 

 自然と私も笑顔になっていた。

 

 

「……ふむ」

 

 

「テートク?」

 

 

「いや、笑うと意外に可愛いなと」

 

 

「!?」

 

 

「おお、確かに可愛いデス!」

 

 

「や、やめてください……」

 

 

 きっとこの日が『艦娘』飛龍が本当の意味で生まれた日。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

「昔の私ってひどかったね……」

 

 

「勝つまで戦いたがる、仲間と関わらない、艦載機を飛ばして1人で過ごすぼっちの艦娘……見ていてずっと不安だったな。戦果は確かにあげていたが、お前はいつも虚しそうな顔をしていたよ」

 

 

「それしか知らなかった。理解出来ない事ばかりで混乱していたから……」

 

 

「みんな笑顔を守る……いい事だ。榛名の事もそういう事だろ?」

 

 

「この鎮守府のみんなにはずっと笑顔でいて欲しいからね……心から笑えていない榛名さんは見ていられなかった」

 

 

「……」

 

 

「1人でも泣かせたら私が許しませんからね」

 

 

「ん?じゃあお前が泣いたら?」

 

 

「……慰めてくれるまであなたの側を離れません」

 

 

(何それ可愛い)

 

 

「……」

 

 

「や、やっぱり今のはなしで!」

 

 

「可愛かったぞ」ニヤニヤ

 

 

「……」ギリリッ

 

 

「弓を向けるな!俺は人間だぞ!?」

 

 

「うっさい!どうせ避けられるでしょ!」ビシュッ

 

 

 私が射た矢を大きく上体を反らして避ける提督。

 

 

「うおおおっ!?本当に射るバカがあるか!!」

 

 

「忘れろ!」

 

 

「嫌だ!」

 

 

 逃げ出した提督を私は追いかけた。ちっ!なかなか足が速い……

 

 

 今ではすっかり人間としての在り方、感情との付き合いに慣れてきた私だけど未だに慣れないものもある。

 

 

「しつこいぞ!」

 

 

「提督の後頭部を思いっきり叩きつければ記憶を……」

 

 

「勘弁してくれーっ!!」

 

 

「待てえええ!!」

 

 

 あなたと触れ合う度にドキドキしている事は絶対に秘密だ。

 

 

 

 

 

 




突然人間になってすぐ順応……とはいかない艦娘も絶対いますよね。

実は可愛い飛龍(可愛いのは当たり前か)が空母の中で一番好きです。友永隊万歳。

そして榛名の部屋の本の事について追及するのを忘れている提督……



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夕立の保護者の時雨だよ!!「時雨のある休日」

大天使時雨の回


 

 

 

 執務室の扉が大きな音を立てて開き何者かが中へと飛び込む。

 

 

「ぽいいいーーっっ!!」ガバッ

 

 

 夕立が椅子に座る提督に飛びつく。艦隊帰投後のいつもの光景だ。

 

 

「夕立か、お帰り」ナデナデ

 

 

「わふっ!」ナデラレナデラレ

 

 

「提督、第二艦隊が遠征から戻ったよ」

 

 

 遅れて僕たちも中へと入る。

 

 

「ぽいっ!」

 

 

「にゃしい!」

 

 

「なのです!」

 

 

「はーい」

 

 

「……帰投しました」

 

 

 遠征の報告のため、僕たちは執務室へやって来ていた。旗艦は神通さんだったのだけれども何故か僕が報告役に選ばれた。

 

 

「……ご苦労、問題はなかったか?」

 

 

「なかったよー」

 

 

「「「「「……」」」」」

 

 

「……何かあったのか?」

 

 

 こちらを心配そうに見る提督に僕が代表して答える。

 

 

「夜間の資源輸送中に川内が敵艦隊を発見、止める間もなく『夜戦だーっ!!』と叫びながら単艦突撃を行いこれを殲滅したよ」

 

 

「ちょっ!?時雨、それは黙っててよ!!」

 

 

 狼狽える川内を無視して僕は続ける。

 

 

「僕たちには被害は特に無し、このまま休憩に入っても構わないかな?」

 

 

「おう、全員今日と明日はゆっくりするといい。……川内は残れ、話がある」

 

 

「げっ!」

 

 

「では、解散!」

 

 

「その前にナデナデして欲しいです」

 

 

「睦月たちをもっと褒めるがよいぞ!」

 

 

「はいはい、順番な」

 

 

 提督が今回の遠征メンバーの頭を順になでていく。睦月と電と夕立は嬉しげに、神通さんは恥ずかしそうに、川内さんは頭を思いっきり掴まれていた。

 

 

「イダダダ!!ちょ、ちょっと提督痛いって!!」

 

 

「ほう、こっちの方がいいか」

 

 

「あああっ!痛い痛い!頭の両側グリグリはシャレにならなっ、アーーーッ!?」

 

 

 しばらくして僕の番がやってくる。解放された川内さんは頭を押さえてうずくまっていた。

 

 

「いつもすまんな」ナデナデ

 

 

「んっ、気にしてないよ」ナデラレナデラレ

 

 

 提督のおっきい手は温かくて、とても優しく僕の頭をなでてくれる。少しインクの匂いのする僕の大好きな手だ。

 

 

「……では今度こそ解散だ!食堂に俺と榛名で作った菓子が置いてあるからみんなで食べてくれ」

 

 

「「「「「「はい!」」」」」」

 

 

「……お前は残れよ川内」

 

 

「さ、先に食堂の方に……」

 

 

「いやー、今日は処理しなきゃいけない書類が多くてなー、もう1人ぐらい人手が欲しいんだよ」

 

 

 そう言って提督が高い書類の山を指差した。

 

 

「そ、そうなんだ……」

 

 

「ちょうどいい奴が目の前に1人いるから手伝ってもらうことにしよう」

 

 

 後ずさる川内がそのまま背を向け逃げようとする。

 

 

「捕らえろ皐月」

 

 

「了解っ!!」バッ

 

 

 本日の秘書艦皐月があっという間に見事な手際で川内を拘束した。

 

 

「嫌だあああっっ!!」

 

 

「すでに縄が用意されていたなんて姉さん……」

 

 

「やらかした時の逃走防止用に司令官から渡されたんだよ」

 

 

「さ、一緒に仕事しようか川内」ニコッ

 

 

「いやあ、助かるよ川内さん」ニコッ

 

 

「ごめんなさいいい!!」

 

 

 

 

 

 

「菓子っていうかケーキだね」

 

 

「ぽいいいっっ!」キラキラ

 

 

「あ、皆さんお疲れ様です」

 

 

 食堂では榛名さんがカットしたケーキを皿に乗せて並べていた。

 

 

「苺のショートケーキなのです!」

 

 

「睦月苺は大好きなのね!」

 

 

「提督がおっしゃっていましたが、これは榛名さんが提督と一緒に?」

 

 

「教えてもらいながらですけど……味の方はバッチリです!」

 

 

「ふふ、ではいただきましょうか」

 

 

「そうだね」

 

 

 それぞれが席に着き、ケーキを食べ始める。ふんわりとしたスポンジの食感を楽しみながら甘い生クリームと苺も味わう。あちこちで歓声が上がった。

 

 

「生地がふわふわしていて美味しい……スポンジ部分だけで食べてもいいぐらいだよ」

 

 

「はふっはふっ!」

 

 

 ……夕立は会話を放棄している。

 

 

「夕立、もう少し味わって食べた方が……」

 

 

「……ぽい?」

 

 

 こちらを見る夕立の頬にクリームが付いている。改二になる前はもっと女の子っぽかったんだけどなあ……もはや今の夕立はわんこだ。

 

 

「ほら、じっとしてて」

 

 

「ん……」

 

 

 ハンカチを取り出して頬のクリームを拭う。

 

 

「これでよし」

 

 

「はふはふっ!」

 

 

(ああ、またクリームが……)

 

 

 一心不乱にケーキを貪る夕立に僕は振られている犬の尻尾を幻視した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 ジリリリ……

 

 

「……ん」ポンッ

 

 

 目覚まし時計の音で目を覚まし、体を起こして背伸びする。意識がはっきりしてきたところで着替えて僕は部屋にあるもう一つのベッドの方に向かう。

 

 

「夕立、もう朝だよ」

 

 

 ベッドに上で気持ちよさそうに眠る夕立に声をかけるが返事はない。

 

 

「夕立~起きて~」

 

 

「ぽい……ZZZ」

 

 

 揺すってみても起きない、いつもの事だ。彼女の上半身を手で起こしてパジャマを脱がせていく。

 

 

「はい、バンザイして」

 

 

「ぽぃ……」

 

 

 寝ぼけながら夕立がバンザイする。

 

 

「うんしょ……」

 

 

 夕立のパジャマの上を脱がして、制服を着せていく。駆逐艦としては発育の良い体の一部が時々揺れる。

 

 

(何度見てもおっきい……)

 

 

 作業は特に抵抗もなくすんなりと終了する。夕立は寝たままだ。

 

 

「なんでこれで起きないんだろう……」

 

 

 布団を捲って今度は下を着替えさせる。夕立のパンツは基本白なのでもう見慣れてしまった。上下とも制服に着替えを済ませた夕立だがまだ寝たままだ。

 

 

「さてパンを取ってこよう」

 

 

 食堂へ行き、パンとジャムを一つ取ってきて自室へ戻る。

 

 

「扉を開けておいて……」

 

 

 パンにジャムを軽く塗ってそれを夕立の鼻に近付ける。

 

 

「ほら夕立、ごはんだよー」

 

 

 スンスンと夕立の鼻が反応し、パンへと顔を近付けてくる。そのまま僕はパンを持ってゆっくりと夕立から離れていく……

 

 

「ぽい……ぽい……」スンスン

 

 

 寝ぼけた状態で夕立がベッドを降りてフラフラとこちらに歩み寄って来るので、そのまま食堂まで誘導していった。

 

 

 

 

 

 

「もう見慣れた光景だけど、その状態の夕立は本当に意識がないのかい?」

 

 

「まだ寝てるよ」

 

 

 食堂で皐月と会ったので相席させてもらうことにした。誘導してきた夕立を椅子に座らせ、口元にパンを持っていくとパクリと食いついた。

 

 

「……寝ててこれなの?」

 

 

「うん」

 

 

 寝たままパンを食べ始める夕立を見ながら皐月と話していると金剛がやって来た。

 

 

「Good morningデス!2人とも!」

 

 

「あ、金剛さんおはよう」

 

 

「おはよう金剛」

 

 

「……夕立はやっぱり寝ているのデスか?」

 

 

「起きるまで待つしかないよ」

 

 

 すると金剛が悪戯っぽく笑って言った。

 

 

「ちょっとやってみたい事があるデス」

 

 

「やってみたい事?」

 

 

「夕立が怪我するやつはダメだよ?」

 

 

「大丈夫デス!問題nothing!」スッ

 

 

「何を……?」

 

 

 金剛は夕立の耳元に顔を寄せると小さく息を吹きかけた。

 

 

「……」フッ

 

 

「…ぽひぃ!?」ビクンッ

 

 

「あ、起きたね」

 

 

「!?ぽ、ぽい……!?」キョロキョロ

 

 

 一瞬で覚醒した夕立が混乱したように辺りをキョロキョロし出したので思わず僕たちは笑ってしまった。

 

 

「あれ?ここは食堂っぽい?い、今何か耳に……なんでみんな笑ってるっぽい?」

 

 

「夕立はso prettyネ!」クスクス

 

 

「可愛いね!」クスッ

 

 

「うん、それは僕も同意だ」ナデナデ

 

 

「ぽ、ぽい……?」ナデラレナデラレ

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

「何か食べたいっぽい!」

 

 

 午後3時頃、夕立がそう言い出したので僕は厨房へとやって来ていた。ちなみに午前中は提督の執務室へ遊びに行っていた。仕事は川内に押し付けたらしく、隣室から時折泣き声が聞こえてきた。提督の膝の上で甘える夕立と皐月を見ながら僕も時々頭をなでてもらって過ごした。

 

 

「……さて、簡単に作れるホットケーキでいいかな」

 

 

 ホットケーキミックスと材料、調理器具を取り出して並べていく。夕立はよく食べるから3人分……いや、夕食もあるし2人分でいいだろう。足りないなら僕の分をあげればいい。

 

 

「……」

 

 

 卵を割ってボウルへ、ミキサーでかき混ぜ、ホットケーキミックスといざ混ぜようとしたその時、僕の視界の端をソレが横切った。

 

 

「……!?」

 

 

 楕円形の体に触角と六本の手足を持ち、カサカサと動き回る黒いアイツだ。ソイツはあろうことか用意した調理器具の近くの壁に張り付いていた。思わずボウルとミキサーを持ったまま固まってしまう。

 

 

「……」

 

 

 早くなんとかしないと……そう思うのだけれど体が動かない。

 

 

(くそっ!動け僕の体!何故動かないんだ!)

 

 

 このままではホットケーキが調理前に死んでしまう。

 

 

「い、いい子だからここから去るんだ」

 

 

 気がつくと僕は黒いアイツに話しかけていた。体が動かない今、言葉でなんとかするしかないんだ。

 

 

「今からここでホットケーキを作るんだ。き、君がそこにいては困るんだけど……」

 

 

「え?そのホットケーキに飛び込みたい?そ、それは勘弁して欲しいな……」

 

 

「……」

 

 

「お願いします!ここから出ていってください!」

 

 

 ……僕は何をやっているのだろうか。

 

 

 しかし僕にとって黒いアイツはトラウマなんだ。

 

 

 

 

 

 

ーーー横須賀第二支部時代

 

 

 

 その日は熱い夏の日で、出撃のなかった僕は自室で1人本を読んでいた。

 

 

「……?」

 

 

 突然ドタドタと響いてきた足音に気付き、それが自室の前で止まったので本から顔を上げて扉を見た。

 

 

「時雨ー!」バアンッ

 

 

 扉を勢いよく開けたのは同じく出撃のなかった夕立だった。彼女は右手を後ろに隠してゆっくりと僕に近付いてきた。

 

 

「……どうかしたの?」

 

 

「カブトムシを捕まえたっぽい!!」

 

 

 夕立は満面の笑みでそう言った。

 

 

(カブトムシって……ああそうか、今の季節ならいるかもね)

 

 

「へえ、ちょっと見てみたいな」

 

 

 それが間違いだったんだろうか?いや、回避不能のイベントだったんだろう。

 

 

「はい!」バッ

 

 

 夕立が僕に差し出して来た右手にあったのは必死で手足をカサカサと動かしている黒いアイツだったんだ。

 

 

「───っ!?」

 

 

 僕の顔数十センチの距離に腹を向けた黒いアイツがいた。これがカブトムシだって!?そんなわけがあるか!!

 

 

「大きいっぽい!」

 

 

 確かに大きい……が、僕にとってはただただ気持ちが悪いだけだ。今までこんな大きなゴ○ブリなんて見た事がないしこんな不気味なカブトムシも見た事がない!何故夕立はそれを僕の鼻先に満面の笑みで突きつけられるんだ!?一体僕が何をしたっていうんだ!!

 

 

「ゆ、夕立!それはカブトムシじゃな……」

 

 

「あっ」パッ

 

 

(!?)

 

 

 夕立がついうっかりという感じで右手のアイツを落としてしまった。アイツはなんとそのまま床に落下せず羽を広げ……

 

 

「ひっ!?」

 

 

 スロモーションになる世界。飛んで来る黒いアイツ。その直視したくない体が拡大されて見えてくる。アイツが僕の眼前に迫り───

 

 

(ああ、僕もここまでか……提督、みんな……さよなら)

 

 

 その後どうなったかは覚えてない。次に目を覚ました時に見たのは笑い転げる提督と飛龍、拗ねる夕立、僕の顔を心配そうに覗き込んでいた金剛の姿だった。

 

 

 

 

 

 

「~♪~~♪」

 

 

 鼻歌を歌いながら厨房へ向かう夕立。時雨が作ってくれる食べ物が待ちきれないので様子を見に行くことにしたのである。

 

 

「時雨ー!何か出来たっぽ……?」

 

 

 声をかけながら厨房の中を覗きこんだ夕立が見たのは必死で何かに話しかけている時雨の姿だった。

 

 

「ああ!?こっちに来ないでくれ!」

 

 

「早く外へ行くんだ!」

 

 

「お願いだ!」

 

 

(……な、何をしてるっぽい?)

 

 

 1人で喋り続ける時雨に夕立が困惑する。

 

 

「やめて!こっちに来ないでええっ!!」

 

 

 厨房で1人叫ぶ時雨を見て夕立はだんだんと不安になってきた。

 

 

(時雨がおかしくなったっぽい……夕立がなんとかするっぽい!)

 

 

「時雨!しっかりするっぽい!」

 

 

「……!?夕立!!」パアッ

 

 

 まるで窮地に現れた女神を見るような目で夕立を見る時雨。実際時雨の中ではそう解釈されていた。そもそも夕立が彼女のトラウマを作った張本人なのだが。

 

 

「アイツをなんとかして欲しいんだ!」

 

 

「……アイツ?」

 

 

 そこで初めて夕立は時雨が何に話しかけていたのか気づく。

 

 

(カブトムシ……じゃなくてゴ○ブリっぽい)

 

 

 どうやら時雨はこれに怯えていたらしい。ならばと夕立は歩みを進めた。

 

 

「任せるっぽい!」

 

 

「ああ……ありがとう夕だ……!? 」

 

 

 ブウウウウン!!

 

 

 黒いアイツが飛んだ。どこへ向かうかって?時雨の方に決まっている。

 

 

「うわあああーーっっ!!??!」

 

 

 ついに硬直が解けた時雨が持っていた調理器具を放り出してその場から逃げ出す。必死の形相である。

 

 

「時雨っ!……ぽふぉ!?」

 

 

 時雨が放り出したボウルが夕立の顔面に直撃し中身の生卵が彼女の頭を一瞬で黄色に染める。

 

 

(目が!!それにヌルヌルするっぽいいいいい!??!)

 

 

 

 

 

 

「て、提督ーーーー!!」バアンッ

 

 

 勢いよく執務室の扉を開いてやって来たのは白いフリフリエプロンと頭に三角巾姿の時雨だった。一直線に俺に向かってきた彼女が俺の腕を掴む。

 

 

(ノックすらないとは何かあったのか?)

 

 

「時雨か?どうしたそんなに慌てて……」

 

 

「アイツが!黒いアイツが厨房に!」

 

 

「アイツ?」

 

 

「カサカサ動くヤツだよ!」

 

 

「ああ、なるほど」

 

 

(確かこの辺にアレが……)

 

 

 執務室にしまってあったゴ○ジェットを取り出して時雨に向き直る。

 

 

「俺に任せとけ」

 

 

「提督……!」

 

 

(そんな救世主を見るような目をしなくても……よっぽどゴ○ブリが苦手なんだな)

 

 

「悪い、行ってくるよ皐月」

 

 

「はーい」

 

 

 

 

 

 

 現場では何故か夕立が転げ回っていた。

 

 

「ぽひいいいっ!!目が!目があ!!」ゴロゴロ

 

 

 ブウウウウン……

 

 

(何だこれ)

 

 

「て、提督!」

 

 

「いやあの時雨さん、そんなに強く腕を掴まれると動きにくいんだが?」

 

 

「うう……」

 

 

「まあ後ろに隠れてろ」

 

 

 時雨を背に隠し俺は標的を見据える。出来れば厨房の器具にはあまりスプレーをかけたくはない……これはまごうことなき毒だからな。

 

 

 ブウウウウン!!

 

 

 睨み合いが続き、ついにその瞬間がおとずれる。

 

 

「ここだっ!!」

 

 

 ゴ○ジェットの噴射が黒いアイツに直撃した。致命傷を負ったアイツが倒れ、動かなくなる。

 

 

「提督!ありがとう!本当にありがとう!」ギュー

 

 

 背中に抱き付いてお礼を何度も言う時雨。胸が当たってるんだが……意外と時雨も駆逐艦の中では大きい部類だ。頑張れ俺の理性。

 

 

「ぽひいいーーーっっ!!」ゴロゴロ

 

 

「……夕立も助けないと」

 

 

「……うん」

 

 

 

 夕立を救助した後2人から聞いたのだが、どうやらおやつを作るつもりだったらしい。せっかくなので俺が作ってやることにした。自信作のふんわり生地ホットケーキは2人とも大変喜んでくれたので良かったと思う。

 

 

 今日も鎮守府は平和である。

 

 

 

 

 

 




この2人は本当に可愛い。フリフリエプロンの時雨とか最高ですよね。


次回は……レディの回にしようかな。


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暁よ、一人前のレディーとして扱ってよね!!「暁とのケッコンカッコカリ」

30話目を飾るのは暁の回。糖分は……あると思いたいです。


 

 

 

「暁、こっちの書類頼めるか?」

 

 

 ドンッという重たい音と共に置かれた分厚い書類の束に私は冷や汗を流す。私───暁は本日の秘書艦だ。

 

 

「え……こんなに?」

 

 

「うーん、やっぱり他の娘に変わってもらうか?お前は今日が秘書艦初日なのにこの書類の量はちょっとな……」

 

 

 いつもこんなに多くないんだが……と勇兄が困ったように言う。

 

 

「だ、大丈夫!暁に任せない!」

 

 

「適当にやっちゃだめだぞ?」

 

 

「真面目にやるから大丈夫!」

 

 

「活字ばかりだが寝るなよ?」

 

 

「ね、寝ないし……」

 

 

「頑張ったらプリンあるからなー」

 

 

「……」

 

 

「トイレに行きたくなったら素直に言えよ?」

 

 

「さっきからなんなのよ!?」

 

 

「お前変にプライド高いから俺が仕事終えるまで我慢しそうだろ?あと、いじると楽しい。それだけ」

 

 

「レディーをからかうなんて最低ね!」

 

 

 本当にこの人はいつも私をからかってばかり!

 

 

「可愛いレディはいじめたくなるのさ」

 

 

「か、かわ……いや、納得いかないわ!子供扱いしてるだけよね!?」

 

 

「そうとも言う」

 

 

「こ、この!」

 

 

「おや?レディともあろうお方がこんな事で怒るのか?」

 

 

「怒らせたのは勇兄でしょ!」

 

 

「ふっ、俺は事実を言ったまでだ」

 

 

「そこへ直りなさい!」

 

 

「俺はもう椅子に座っているぞ」

 

 

「床・に・正・座・よ!レディーの扱い方をきちんと教えてあげるわ!」

 

 

「仕事しろよ」

 

 

「勇兄に言われたくないわよ!」

 

 

 

 

 

 

「提督ー!昼食の準備が出来たよ」

 

 

 なんやかんや仕事を始めてからしばらくして執務室に川内さんがやって来た。 

 

 

「あー、もうそんな時間か。全然気付かなかった」

 

 

「うわ、朝からこんなにたくさんの書類を処理してたの?」

 

 

「もうだいぶ終わったがな」

 

 

「早すぎでしょ……秘書艦いらないんじゃない?」

 

 

「その分疲れるんだよ……」グッタリ

 

 

 机に突っ伏する勇兄。

 

 

「そりゃあんな速度で仕事したら疲れるわよ」

 

 

「意外にお前の処理能力が高くてびっくりした」

 

 

「ふふん、当然よ!」

 

 

「途中何回か寝そうになってたけど」

 

 

「……何の事かしら?ちょっと目が疲れただけよ」

 

 

「よだれの跡ついてるぞ」

 

 

「えっ、嘘!?」

 

 

 慌てて口に手をあてる。

 

 

「嘘だ」

 

 

「」

 

 

「んじゃ食堂に行くか」

 

 

「ほーい」

 

 

「む、無視しないでよ!」

 

 

 彼と川内さんと一緒に食堂へ。今日の料理当番は電だったかしら。

 

 

「あ、司令官さんと暁お姉ちゃん」

 

 

 食堂ではひよ子のプリントのなされたピンクのエプロンと同じくピンクの三角巾、手には鍋つかみといった格好の電がいた。うん、私の妹はやはり可愛い。

 

 

「おっ、肉じゃがかな?」

 

 

「はい!朝に作って冷ましておいたので味もばっちり付いてるのです!」ニコッ

 

 

 ここで電の天使スマイルが炸裂。

 

 

「もうこの笑顔だけでお腹いっぱいよ」

 

 

「……俺もだ」

 

 

「電ちゃんって天使みたいな娘だよねー」

 

 

「はわ!?ちゃ、ちゃんと食べて欲しいのです!」

 

 

 鍋つかみを着けたまま慌てた表情でパタパタと手を振る姿もまさに天使。なんでこんなに私と違うのかしら?

 

 

「ちゃんと食べるから落ち着きなさい」

 

 

「もうすでに他の料理も並べてくれてあるみたいだし、すぐにいただこう」

 

 

 席に着いて3人で手を合わせる。

 

 

「「「いただきます」」」

 

 

「ふふっ、どうぞなのです」

 

 

 さっそくじゃがいもを箸で掴んで口の中へ。

 

 

「美味しい……」

 

 

「ああ」

 

 

「ちょっと濃いけど私も好きだなー」

 

 

「なんか私が知ってる肉じゃがよりコクがあるけど何を入れたの?」

 

 

「えへへ、ちょっとお味噌を入れてみたのです」

 

 

 そう言って電がはにかむ。 

 

 

「えっ!?味噌入れたの?」

 

 

「なるほど……」

 

 

「へー、味噌でこんな味になるんだ。私は提督が作る肉じゃがも好きだけど」

 

 

「俺の場合はポン酢を入れてまろやかな味にしてる」

 

 

「電も司令官さんの肉じゃがが大好きなのです!」

 

 

「ありがとう」

 

 

 明るい雰囲気で会話をしながら昼食を食べ続ける私たちだったけど、突然電が今一番私が気になっている話題を出してきた。

 

 

「……あ、あの、司令官さん」

 

 

「ん?」

 

 

「どうして暁はお姉ちゃんはまだ指輪を着けていないのですか?」

 

 

「あ、私もそれ気になってた。もうとっくに指輪届いてるんでしょ?」

 

 

 電と川内さんの発言に勇兄が固まった。

 

 

(え……私そんなの知らない)

 

 

 あれから勇兄が何も言ってこないので、まだ届いてないものだと思っていた。

 

 

「私、指輪がもう届いてるなんて話初めて聞いたんだけど……」

 

 

「「えっ」」

 

 

「……」

 

 

「ど、どういう事なのです司令官!」

 

 

「暁に知らせてなかったの?」

 

 

「……忘れてた」

 

 

「それはちょっとひどいのです……」

 

 

「フォローのしようがないね」

 

 

「……忘れてた?」

 

 

「い、いや正直に言うと忘れてはないんだが……決心がつかなくてな」

 

 

「ガツンといくべきなのです!暁お姉ちゃんが司令官さんとケッコンすれば電は司令官さんの義妹という地位が手に入るのです」

 

 

「電はそれでいいんだ……」

 

 

「妥協したのです!」

 

 

(ゆ、勇兄とケッコン……)

 

 

 勇兄と再会した時の私はかなり大胆に迫っていた気がするが、今の私はというと……

 

 

(ど、どうしよう、恥ずかしくなってきた……)

 

 

 いざそうなると余裕なんて無くなっていた。

 

 

「……今日中に渡すよ」

 

 

 勇兄は覚悟を決めたらしいが私はそれどころではない。

 

 

(み、身だしなみってこのままでいいの?なんて言って指輪をもらうの?全然考えてなかったわ!)

 

 

「……」

 

 

「……」

 

 

 結局その後の食事は私も勇兄もお互いに一言もしゃべらず終わった。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

「……」

 

 

「……」

 

 

 昼食の後から私と勇兄は一言も会話をしていない。執務室に響くのは彼がペンを走らせる音と私が判子を押す音だけで他には何もない。

 

 

「……」

 

 

 判子を押しながらチラリと勇兄の様子を窺うと目が合った。慌ててお互いに目をそらす。

 

 

(どうしよ……まともに顔が見れなくなってきちゃった)

 

 

 ケッコンカッコカリ……別に結婚じゃなくて単なる戦力強化なのだけれども、媒体が指輪である以上そういう事を意識してしまう。彼もまた同じなのだろう、先ほどから私と目が合う度に気まずそうな顔をしている。

 

 

(な、何か話さないと……!)

 

 

 必死で話題を探すが見つからない。諦めて何か行動出来る事はないか考えてみた。

 

 

(そうだ!お茶を淹れてこよう、そこから自然に会話へと繋げば……)

 

 

「ちょ、ちょっとお茶を淹れてくるわね!」

 

 

「お、おう……」

 

 

 執務室奥にあるエリアでお茶を淹れて戻って来る。

 

 

(さて、ここからどう繋ごう……書類に分からない所が~とでも言ってみる?うん、無難そうね)

 

 

 まずはお茶を渡そうと勇兄に湯飲みを差し出す。

 

 

「はい」

 

 

「あ、ありがとな」

 

 

(渡し終えたら会話を…………あっ) 

 

 

 けれども湯飲みを受け取ろうとした彼と私の手が触れた瞬間、私の脳はフリーズしてしまった。

 

 

「す、すまん!」

 

 

「う、うん……」

 

 

 顔が熱い……そういう風に意識すればするほど彼の顔が見れなくなってしまう。こんな経験は初めてだし、頭の中はもうめちゃくちゃだ。

 

 

 

 

 

 

~~~~~

 

 

 

(昼食の後から暁と会話出来なくなった……)

 

 

「……」

 

 

「……」

 

 

 どうしても暁の事が気になり仕事に集中出来ない。

 

 

(暁と結婚……いや、ケッコンだけど、どう捉えたら良いものか……)

 

 

 俺にとっての暁は可愛い妹のような存在であり部下だ。しかし再会したあの日、俺は暁に女の部分を見てしまった。

 

 

『暁も指輪が欲しいわ……』

 

 

 そう言ってこちらを見つめてきたあの時の彼女は確かな魅力を持った女の子だった。だからその時に考えてしまった。

 

 

 彼女は俺を異性として見ているんじゃないかと。

 

 

 見た目は中学生ぐらいの少女とはいえ、暁は女の子である。俺を心から信頼してくれ、なでれば照れくさそうにしながらも喜び、からかうとぷんすか怒り、寂しくなるとプライドを捨てて積極的に甘え出す……そんな娘だ。時折見せるギャップも魅力的と言えるだろう。

 

 

(……っ!)

 

 

 ふと暁と目が合う。お互いサッと目をそらす。書類にサインを入れながら彼女の顔を窺うとうっすらと頬が赤くなっていた。

 

 

(俺はロリコンじゃないはずだ……)

 

 

 暁を1人の女の子として見そうになっている俺は異常なのだろうか。

 

 

「ちょ、ちょっとお茶を淹れてくるわね!」

 

 

「お、おう……」

 

 

 こちらを見ずに暁がそう言い出し、執務室の奥へと消える。

 

 

(いかんな、俺がこれでは暁を不安がらせてしまうかもしれない。暁が戻って来たら話しかけてみよう)

 

 

 奥から湯飲みにお茶を入れた暁が姿を現す。

 

 

「はい」

 

 

「あ、ありがとな……」

 

 

 湯飲みを受け取る瞬間、彼女の手が俺の手に触れる。跳ねそうになる心臓。

 

 

「す、すまん!」

 

 

「う、うん……」

 

 

 一瞬だが触れた彼女の手はとても柔らく温かかった。真っ赤な顔で彼女が軍帽を押さえて俯く。

 

 

(金剛の場合は好意を向けられていた事をずっと知っていたから心の準備というものが出来ていた……榛名もあの時の勢いに任せたところがあるがすんなり受け入れる事が出来た。だが、暁は違う……つい最近まで妹のように思っていた娘から思いもよらぬアプローチをかけられた。正直今でも混乱しているからな……)

 

 

 見た目中学生ぐらいの女の子と契りを結ぶ……すごい犯罪臭がする。

 

 

「……暁」

 

 

「にゃっ、にゃに!?」

 

 

「お前は……俺の事をどう思ってる?」

 

 

「えっ?……あ、温かくて頼れる人かしら」

 

 

「異性として見ているのか?」

 

 

「……分かんない」

 

 

「分からない?」

 

 

 意外な答えに驚く。

 

 

「その……ね、勇兄は私にとって大好きなお兄ちゃんみたいな人だって再会するまでずっと思っていたの」

 

 

「……」

 

 

「でも、一年振りに勇兄と会った時にこうも思ってしまったの……もう離れたくない、私をもっと見て欲しい、この人の特別になりたいって。これって妹が兄に抱く思いではないわよね……」

 

 

「……」

 

 

「頭の中は今もぐちゃぐちゃよ……兄なのかそうでないのか結論がずっと出ない」

 

 

「今も出そうにないのか?」

 

 

 しばらく沈黙が流れ、やがて暁が小さく呟いた。

 

 

「そっち……行ってもいいかしら」

 

 

「えっ?あ、ああ、いいぞ」

 

 

 こちらへ近寄って来た暁は無言で椅子に座る俺の膝辺りに視線を向けている。

 

 

(……なんだ?)

 

 

「椅子、引いてくれる?」

 

 

 椅子を机から離すと、暁がそのままこちらに背を向ける形でストンと俺の膝の上に乗ってきた。もぞもぞと動き、俺の胸にもたれかかる。

 

 

「どうした?」

 

 

「こうすれば分かるかなって。……落ち着くわ」

 

 

 子供特有の体の柔らかさを感じると同時に判子をずっと押していたからだろう、朱肉の匂いと一緒にふわりと甘い女の子の匂いが漂ってくる。

 

 

「不思議だな、今の状態でお前にこんな事されたら冷静でいられなくなると思っていたが……何故か俺も落ち着いているよ」

 

 

「……ついでに抱き締めて欲しいわ」

 

 

「こういう時のお前は本当に甘えん坊だな……」

 

 

 そっと暁の体を抱き締める。子供というのは何故こんなにも体温が高いのだろうか。

 

 

「あったかいな」

 

 

「……私も」

 

 

 不思議と安心感を感じる。

 

 

「……優しくしてくれてありがとう」

 

 

「ん?」

 

 

「ずっと言えてなかったから……今までの事、感謝してるわ」

 

 

「俺が好きでやってるだけだ」

 

 

「この世界に甦った時、実はちょっと期待してたの……人と触れ合う事も今の私なら出来るんじゃないかってね。でも、妖精さんに聞かされたのは私は量産された艦娘という兵器の1人だという事実。それを聞いてね、ああやっぱり私は姿が変わっても兵器のままなんだって寂しく思ってた」

 

 

「……」

 

 

「士官学校で戦艦も空母も重巡も無視して私に声をかけてくれた時は本当に嬉しかったわ。私を選んでくれたあなたの力になれればそれで良いって思った。それ以上は望んでなかったのに……私を人間として……妹みたいに接してくれてもっと嬉しくなった」

 

 

「……」

 

 

「あなたの側はとても居心地がいいわ。自分が兵器である事実を忘れてしまうほどね……」

 

 

「……兵器はさ、笑うか?」

 

 

「……?」

 

 

「勝利すると笑顔で喜んで、負けると泣いて悲しんで、努力を重ねて上官のために頑張って……日々成長するお前たちははたして兵器だろうか?」

 

 

「……」

 

 

「戦場に出るのは怖いだろう?」

 

 

「え?」

 

 

「被弾する度に痛い思いをしてるだろう?」

 

 

「……うん」

 

 

「心があるだろう?」

 

 

「……うん」

 

 

「そんなお前たちは人間以外の何だというんだ」

 

 

 生まれ方なんて関係ない。

 

 

「……あなたに会えて本当によかったわ」

 

 

 ぎゅっと暁が俺の腕を抱く。

 

 

「はは、そう言ってもらえると嬉しいよ」

 

 

「……だいぶ気持ちの整理が出来てきたわ」

 

 

「……」

 

 

「指輪……着けてくれる?」

 

 

(男は度胸……だな)

 

 

 暁を膝の上に乗せたまま机の一番上の引き出しを開け、小箱を取り出して開く。

 

 

「カッコカリとはいえやっぱり緊張するなこれ。全然慣れないぞ」

 

 

「慣れるどころか私は初めてなんだけど」

 

 

「すまん」

 

 

 暁の左手に右手に持った指輪を通そうとするが……

 

 

「おい、何故手を隠す」

 

 

「ど、どこの指に着けるか悩んでて……」

 

 

「気持ちの整理が出来たんじゃなかったのか?」

 

 

「そ、そうだけど」

 

 

「どこがいい?」

 

 

「……薬指でお願い」

 

 

 ゆっくりと指輪を暁の左手に着ける。残念ながら彼女は背をこちらに向けているので顔がよく見えない……一体どんな顔をしているのだろう。

 

 

 

 

 

 

 うう……ニヤケ顔が直らない。こんな顔見せられないわ。

 

 

(背中を向けた状態で助かったわ……)

 

 

 銀のリングを薬指に着けた瞬間、体が若干軽くなったような気がした。強化は無事に成功したらしい。

 

 

「……」

 

 

 彼との確かな絆を結ぶ事が出来てとても嬉しい。一番じゃなくても大切にしてもらえればそれで……

 

 

「暁……?」

 

 

 心配そうな彼の声。……指輪をもらったのだ、こういう時は何か言うべきなのだけれども良い言葉が全然思いつかない。

 

 

(……あ、別に言葉じゃなくてもいいじゃない)

 

 

 上体を彼の方へと向けると今にも触れそうな距離に彼の顔があった。戸惑っている様子の彼を無視してそのまま顔を近付けた。

 

 

「……」

 

 

「……!」

 

 

 彼の頬に優しくキス。あ、彼の顔が真っ赤になった。

 

 

「……口は恥ずかしいからこれで」

 

 

 我慢出来なくて顔をそらす。心臓が早鐘を打ち、胸がキュッと苦しくなる……けれどもそれを心地良くも感じる。……ちょっと心臓の音がうるさいけれど。

 

 

「……」

 

 

「……」

 

 

(……この後どうしたらいいの?)

 

 

 再び顔を合わせられなくなり沈黙……また最初に戻ってしまった。

 

 

(だ、誰か執務室に来てくれないかしら。この空気をなんとかして欲しい……ん?)

 

 

 ドタドタドタ!

 

 

 誰かが廊下を走っているようだ。

 

 

(……執務室の前で止まった。って!早く下りないと!!)

 

 

「2人ともーー!!指輪は渡し終わったかな?」バンッ

 

 

「お、おう!川内か……ちゃんと渡したぞ」

 

 

「え、ええ!受け取ったわ」

 

 

「ほうほう……2人とも顔が真っ赤だねえ」ニヤニヤ

 

 

「も、もう終わった事よ!……と、とにかく!ケッコンしたんだから勇兄はこれから私の事をもっとレディーとして扱ってよね!」

 

 

「ぜ、善処する……お、俺、今日の夕食当番だからもう行くぞっ!」

 

 

 誤魔化すように部屋を出て行く勇兄を見て川内さんが笑う。

 

 

「……もしかして邪魔しちゃった?」

 

 

「いいえ、助かったわ川内さん……」

 

 

「ふーん、ま、おめでとさん!」

 

 

「……うん」

 

 

「……口にしちゃえば良かったのに」ボソッ

 

 

「!?」ボンッ

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

「それでは、ちゃんと暁に指輪を渡せたのデスネ」

 

 

「そうなんだが……なんというか犯罪臭がすごくないか?」

 

 

「恋に年齢は関係ありマセンヨ」

 

 

「そういうものか……あ、胡椒を取ってくれ」

 

 

「ハイ」

 

 

「サンキュ。しかし、お前は気にしてないのか?暁とのケッコンもあっさり許してくれたが」

 

 

「暁とケッコンしたらもうワタシは要りマセンか?」

 

 

「そんなわけないだろ」

 

 

「フフ、別にワタシが捨てられるわけではないデスし、ワタシはテートクの一番を譲る気はありマセン。いくらでも受けて立ちマス」

 

 

「……ホント器の大きい女だよお前は」

 

 

「そうデスか?」

 

 

「おう、俺は暁と今日の夕食を食うからよろしく」

 

 

「Hmm……今度ワタシとも2人っきりのディナーをお願いシマス」

 

 

「……考えとくよ」

 

 

 

 

 

 

「お帰り……ってなんで料理持ってるの?」

 

 

「せっかくだからここで一緒に食わないか?お前そういうの好きそうだし」

 

 

「2人だけでディナーって事?」

 

 

「ああ、来客用の机と椅子を出してくれ、奥に置いてあるから」

 

 

 奥に消えた暁が机を持って戻って来る。俺は彼女が用意した机の上へ手に持ったトレーから料理を移していく。

 

 

「一応だが酒も用意したぞ」

 

 

「珍しいわね、勇兄がそんな物を用意するなんて」

 

 

「今日はお祝いだろレディ」

 

 

「そうね、お酒はレディーのたちにゃみよね!」

 

 

「……」

 

 

「たしなみよね!!」

 

 

「やっぱり止めとくかなあ……」

 

 

「なんでよ!?」

 

 

「……まあ座れ、注いでやるから」

 

 

 持参していたワイングラスに用意していた酒を注ぐ。

 

 

「それってワインよね、今じゃそういうのって希少なんじゃない?」

 

 

「まあな、元帥からの貰い物だよ。俺はワインなんて詳しくないんだがな」

 

 

 グラスに注がれた赤い液体からチェリーのような魅惑的な香りが漂ってくる。

 

 

「いい香り……」

 

 

「名前はピノ・ノワールか、すごくいい香りがしているが香りを楽しむワインなのかこれ?」

 

 

「早く乾杯しましょ?」

 

 

 暁とお互いにそれぞれのグラスを取る。

 

 

「それじゃ」

 

 

「暁とのケッコンカッコカリを祝して」

 

 

「「乾杯」」

 

 

 チンッ!っと心地よい音を鳴らし、ワインを一口。

 

 

(ほう……)

 

 

「……酸味が効いてて美味しいな、ワインをもっと勉強してみるかな」

 

 

「んくっ!これで大人の階段をまた一つ登ったわ!いけるわねこれ!」

 

 

 キラキラとした顔の暁もどうやらワインがお気に召したようだ。

 

 

「酔ったら介抱してやるよ」

 

 

「こ、これくらいで酔わないわ……多分」

 

 

「どうかな。さて、料理をいただくか」

 

 

「ええ…………ん?」

 

 

 気合いを入れて作ったから絶対美味しいはずだ。暁も満足してくれるだろう。

 

 

「……」

 

 

 と、ここで俺は暁に手を動かそうする様子が全く見られない事に気付く。彼女の視線は料理のある一点に向けられていた。

 

 

「……どうした、食べないのか?」

 

 

「ねえ勇兄、一つ聞いてもいいかしら?」

 

 

「なんだ?」

 

 

「どうして暁のピラフに旗が立ってるの?」

 

 

 そう言って暁は膨れっ面で俺を睨むのだった。

 

 

 

 

 

 




そりゃお子様ラ……

とりあえず暁の回でした。

暁可愛いなホント、私にはこれが限界だ……
今すぐ激苦ブラックコーヒーが飲みたいです。




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初期艦の電なのです!!「甘えるのです」

糖分控えめな日常の一部?


 

 

 

「司令官さん、暁お姉ちゃんとのケッコンおめでとうございます」

 

 

「あ、ああ……ありがとう」

 

 

「……昨日暁お姉ちゃんが部屋に帰って来なかったのですが、何もしてないのですよね?」

 

 

 電が若干問い詰めるような口調で言うと、提督は頭を掻きながら答えた。

 

 

「途中で暁が酔っちまったんで俺の布団で寝かせただけだよ。ちなみに俺は床で寝た」

 

 

「暁お姉ちゃんが言っていた旗がどうとかいうのは?」

 

 

「つい癖で暁のピラフに旗を立てちまったんだ……それで一悶着あったのさ」

 

 

(お子様ランチなのです……)

 

 

「これから暁をどう見てやればいいのか……本当に難しいよ」

 

 

「そこまで気にしなくてもいいと思うのです。暁お姉ちゃんは今の司令官さんとの関係も気に入っているみたいなのです」

 

 

「ま、なるようになれだな」

 

 

「それはそうとして、これで電は司令官さんの義妹なのです!この地位を生かして……」

 

 

「いやあれは結婚じゃなくて───」

 

 

「妹になったので甘えるのです」

 

 

「あ、はい」

 

 

 

 

 

 

「提督ーっ!遊ぼうよー!」

 

 

「雪風もしれえと遊びたいです!」

 

 

「……島風と雪風か」

 

 

「しれえの今日のお仕事はお休みだって食堂の掲示板に書いてあったので遊びに来ました!」

 

 

「駆けっこしま……電ちゃんは何してるの?」

 

 

「せっかくなので明日の分の仕事をしているのです」

 

 

「……そこで?」

 

 

 島風たちが見たのは椅子に座る提督の膝の上で彼に頭をなでてもらいながら書類に判子を押している電の姿であった。

 

 

「ここに座ってなでてもらいたいって言われたからそうしていたんだが、途中で何もしないのもよくないのですと言い出して電が仕事を始めて今に至る」

 

 

「雪風もしれえの膝の上に乗りたいです!」

 

 

 そう言いながら提督に駆け寄る雪風。

 

 

「あー!私も乗りたい!」

 

 

「いいか電?」

 

 

「……しょうがないのです。司令官さんはみんなのものですから」

 

 

 電が下りると同時に島風が提督の膝の上に飛び乗った。

 

 

「おふっ!?」

 

 

「……んー、なんか安心するかも」

 

 

「し、島風、このカチューシャ?が顔に当たってくすぐったいんだが……」

 

 

 島風の頭が動く度に彼女の頭の黒いウサ耳リボンのようなカチューシャが提督の顔をつつく。

 

 

「むふふー」

 

 

「あ、こらお前ワザとやってるだろ!!……くすぐってえ!」

 

 

「むー、雪風が先に言い出したのに……」

 

 

「ふふん、私が速かっただけだよー」

 

 

「ズルいです!」

 

 

「喧嘩するな2人とも……島風、交代だ」

 

 

「はーい」

 

 

 あっさりと島風が下りて、今度は雪風が乗る。

 

 

「しれえ!雪風もなでて欲しいです!」

 

 

「はいよ」ナデナデ

 

 

「えへへー」ナデラレナデラレ

 

 

「ね、提督、駆けっこしませんか?」

 

 

「駆けっこか……たまにはいいかもしれんな」

 

 

「……」

 

 

「ほら、行くぞ電」

 

 

「はわっ!?」

 

 

「お姫様抱っこです!」

 

 

「いいなー」

 

 

 島風たちの登場で少し寂しそうにしていた電を突然提督が抱きかかえる。

 

 

「し、司令官さん……あの」

 

 

「甘えるんだろ?遠慮すんな」

 

 

「……えへへ」ギュッ

 

 

 彼らはそのまま外へと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 外に出た途端、暖かいというには少し熱い日差しが4人に降り注いだ。歩く彼らの耳に時折演習場の方から砲撃音が聞こえてくる。

 

 

「誰か演習場を使っているのですか?」

 

 

「んーと、榛名と金剛だな。榛名の練度上げに金剛が付き合っているんだ」

 

 

(……そういえば榛名さんはまだケッコンしてないのです)

 

 

「無理だけはして欲しくないんだが……まあ、金剛は加減を知っているから心配いらないかな」

 

 

「なのです」

 

 

「鎮守府に確かグラウンドっぽいスペースがあったよな。さすがにコンクリートの上で駆けっこは出来ない、万が一怪我でもしたら大変だ」

 

 

「あ、それなら電が案内するのです」

 

 

 電の案内で4人は200メートルトラックが一つだけポツンとあるグラウンドにやって来た。

 

 

「で、どうする?全員で走るのか?」

 

 

「私は提督と走りたいだけですよー」 

 

 

「雪風は走ります!」

 

 

「電は審判をしているのです」

 

 

「……100メートル走をやってみるか」

 

 

「負けませんよ?」

 

 

「しれえには勝ちたいです」

 

 

「ふっ、俺をなめてもらっちゃ困るぞ」

 

 

 100メートル走(微妙なカーブ有り)のスタート位地に3人がつき、構える。

 

 

「提督ー、何ですかそれ?」

 

 

 立て膝をつくような形で腰を落とし、両手を前について片足を後ろに引いた提督の姿を疑問に思った島風が尋ねた。

 

 

「クラウチングスタートっていう、走る時の構え方だよ」

 

 

「そんな体勢でスタートしたら遅くならないの?」

 

 

「やってみれば分かる、俺は本気だ」

 

 

「しれえからすごい気迫が伝わってきます!」

 

 

「電!スタート合図を頼む!」

 

 

「……で、では位地について…よーい」

 

 

「「「……っ!」」」

 

 

「……どんっ!!」

 

 

 一斉に飛び出す3人な中で最初にトップになったのは島風だった。僅差で提督と雪風が続く。そのまま島風は「差を広げて一気にゴールまで!」と考えるが……

 

 

(出だしは上手くいった!このまま2人を引き離……えっ!?)

 

 

「……ふん!」

 

 

 クラウチングスタートからの加速を終えた提督がみるみる島風との差を縮めていく。

 

 

(は、速い!!提督ってこんなに速かったの!?)

 

 

 すでに彼は島風など見ていない。完成された美しいフォームを維持し、彼はただ前だけを見て走り続ける。

 

 

「……っ!」

 

 

「……くうっ!」

 

 

「……」

 

 

(しれえたち速すぎです……雪風じゃ付いていけません)

 

 

「おおおっ!」

 

 

「あああっ!」

 

 

 ゴールラインを通過する2人。

 

 

「ご、ゴールなのです」

 

 

 結局提督が島風を追い越してゴール。最終的に彼と島風の差は大人の3歩分の距離があり、完全に提督の勝利である。雪風は開始早々に諦めた。

 

 

「ふー、ちょっと鈍ってるな」

 

 

 全く息が乱れていない提督に島風は驚愕する。

 

 

「す、すごい……提督って速いんですね!!」

 

 

「しれえ速すぎですよお……」

 

 

「司令官さんは運動が得意なのですね」

 

 

「ああ、昔から運動は得意だよ。駆けっこじゃ負けたことがないな」

 

 

「も、もう一回お願い!」

 

 

「いいぞ、受けて立ってやる」

 

 

 

 この後、9回ほど競争したが提督は一度もトップを譲らなかった。

 

 

 

 

 

 

「あーもう!提督に全然勝てない!!足速すぎ!!」

 

 

「そもそも体格差の問題じゃないか?」

 

 

「雪風は……沈みましぇえん……」

 

 

「ゆ、雪風ちゃん、塩飴とお水をどうぞなのです!」

 

 

 島風は地面にへたりこみ、きっちり全ての競争に付き合った雪風はダウンして電に介抱されていた。

 

 

「うー、速さで負けると私のアイデンティティが……」

 

 

「陸上の話だろ?……お前は水上じゃ誰よりも速いじゃないか」

 

 

「当然!私より速い艦はいないよ!誰も私には追い付けないんだから!」

 

 

 誇らしげに言う島風を見て提督が笑う。

 

 

「そうさ、お前は戦場において誰よりも速く味方のピンチに駆けつける事が出来て、たった1人で敵の統率を乱す事が出来る武器も初めから持っている優秀な駆逐艦だ」

 

 

「……」

 

 

「だが、決して忘れてはいけないのはお前は常に仲間に支えられているという事だ。お前にいつも仲良く連れ添ってくれる雪風のような娘は特に大切にしろよ?」

 

 

「はいっ!」

 

 

「よし、いい娘だ」ナデナデ

 

 

「~♪」

 

 

「……しかし、さすがに少し暑くなってきたな」

 

 

「日陰、行く……ですか?」

 

 

「ああ、そうするとしよう」

 

 

「スポーツドリンク……持ってきたです」

 

 

「お、気が利くな!……お前たち、一旦日陰に入って休むぞ!」

 

 

「分かりまひたしれえ……」フラフラ

 

 

「ゆ、雪風ちゃん、大丈夫なのです?」アセアセ

 

 

「日陰に行くのも私がいっちばーん!」ダッ

 

 

 提督たちは日陰に腰を下ろすとスポーツドリンクをそれぞれ飲み始めた。特に雪風は必死で飲んでいる。

 

 

「ぷはあ…運動した後のスポーツドリンクは美味しく感じるなあ……」

 

 

「喜んでもらえて嬉しい……です」

 

 

「持って来てくれてありがとな」

 

 

「いえ」

 

 

「……」

 

 

「……」

 

 

「……んん!?」

 

 

「……?」

 

 

 提督が自身の隣に座る紫髪の少女に驚き、スポーツドリンクを落としかける。

 

 

「……いつからいたんだ弥生」

 

 

「島風ちゃんと提督が話している時から……です」

 

 

「ぜ、全然気付かんかった」

 

 

「……」ムスッ

 

 

 ほんの少しだが弥生が不機嫌そうな顔になる……が提督は気付いていない。

 

 

「お前本当に気配を消す才能があるよなー。またやられてしまったよ……ははっ」

 

 

 度々突然現れて提督を驚かせる弥生。……ちなみに弥生に気配を消すつもりなど微塵もない。ただ単に提督が気付いてあげられていないだけである。 

 

 

「……」

 

 

「弥生?」

 

 

「……消してないです」

 

 

「え?」

 

 

「気配、消してないです」

 

 

「……」

 

 

「消してない……です。司令官」

 

 

「……もしかして怒ってる?」

 

 

「……怒ってないです」

 

 

 言葉とは裏腹に弥生から提督へとプレッシャーのようなものが放たれる。

 

 

「お、怒ってるよな?」

 

 

「怒って……ないですよ?ホント……です」ゴゴゴ

 

 

(めっちゃ怒ってるじゃないか……)

 

 

「や、弥生ちゃんは司令官さんに何か用があるのですか?」

 

 

 無言のプレッシャーで動けない提督に代わって電が弥生に話しかける。

 

 

(電ナイス!)

 

 

「……司令官にお願いがあって来ました」

 

 

「俺にお願い?」

 

 

「はい」

 

 

「言ってみろ、ぶっとんだものでなければ聞いてやるよ」

 

 

「……空を飛びたい、です」

 

 

「「「「……」」」」

 

 

「鳥を見ていて…思いました。どうすれば弥生も……飛べますか?」

 

 

「うーん、うーん?うーん……」

 

 

「……」

 

 

「う~~~んんん」

 

 

「……」

 

 

「し、司令官さん……何か言ってあげてください」

 

 

「あっ!飛ばす事なら出来るぞ!」ポンッ

 

 

「本当……ですか?」

 

 

 閃いた!と手を叩く提督に弥生の目が輝く。

 

 

「な、何か思いついたのです?」

 

 

「こないだのアレをやればいいんだ!」

 

 

「アレって……何ですか?」

 

 

「よし、飛龍を探そうか」

 

 

(あっ、何をするのか分かってしまったのです……)

 

 

 

 

 

 

「で、私にまたあの無茶苦茶な事をやれと?」

 

 

「頼む」

 

 

「アレ結構艦載機を制御する私の負担大きいんですよ?バランス崩したら艦載機同士がぶつかって即墜落したり、吊している娘にかかる負担を考えて飛行しなきゃいけなかったりするんですから」

 

 

「……あの時のお前は結構余裕で飛ばしているように見えたが」

 

 

「命預かってるんですから慌てて失敗でもしたら大変じゃないですか……ま、時雨たちならいざとなった時はなんとかするかもしれませんが」

 

 

「うーん、やはり危険か……」

 

 

「……」ジー

 

 

「ダメか?」

 

 

(弥生の視線が……)

 

 

(な、なんか弥生ちゃんからお願いします的な視線がすっごく注がれているんだけど……)

 

 

「飛龍さん、お願い……します」

 

 

「うーん、一回だけなら……」

 

 

「本当か?」

 

 

「責任は全て提督が負ってくれるのなら」

 

 

「よし!」

 

 

「ためらいなく決めましたね」

 

 

「俺はお前が失敗するとは思ってない」

 

 

「……ふーん、まあちょっと待っててね。準備してくる」

 

 

「俺もワイヤー取って来るよ」

 

 

 15分後、ワイヤーと艦載機の準備が完了する。

 

 

「そういえば司令官さん、あの時皐月ちゃんたちをどうやって飛ばしたのですか?電は直接見たわけではないので知らないのです」

 

 

「ギャグみたいな方法だよ。見てれば分かる……弥生!ワイヤーはきちんとつけたか?」

 

 

「大丈夫……です!」

 

 

「飛龍もいいか?」

 

 

「もう上空で待機させてるよ」

 

 

「よし!弥生、全力で直線ダッシュだ!」

 

 

「……」ダッ

 

 

「輪っか付きのアルミ棒を空に掲げろ!」

 

 

「……」バッ

 

 

「んじゃ私も急降下開始っと」

 

 

「いいか!絶対に手を離すなよ!」

 

 

「え……まさか」

 

 

 

 

 上空から急降下してきた烈風たちには大きなフックがぶら下がっており、それが弥生が高く掲げたアルミ棒の輪っかに引っかかる。引きずり上げられる弥生の体。そのまま急上昇するため、彼女の体に強烈なGがかかる。

 

 

「……!?」

 

 

 とんでもない速度で大空へと運ばれた弥生は必死でアルミ棒を握る。手を離したら大怪我ではすまないかもしれないというのに、彼女はすでに空を飛んでいるといる事実に歓喜していた。

 

 

(気持ちいい……です)

 

 

 艦娘の艤装能力の一部を解放し、彼女の握力は現在強化されているが、徐々に手が滑り出す。彼女は万が一のために明石製小型パラシュートも背負っている。

 

 

(……あ)

 

 

 と、ここでガクンと速度の落ちた彼女の周りにさらなる烈風たちが現れ、細かく動きながらその機体に取り付けられたワイヤーを射出、弥生の体のワイヤーと接続していく。ワイヤーの接続部分同士が近付くと自動的にカチリとつながるのは明石の技術力の賜物である。「あ、ワイヤー同士がくっ付きやすいように磁石も利用してるんです!結構自信作なんですよ」と明石は語る。

 

 

(それ以前に飛龍さん……すごい艦載機の操作です)

 

 

 無事にワイヤーのつながった彼女は体の力を抜く。

 

 

(すごい風を感じます……どうやらこれでもかなり速度を落としているみたいだけど、キツいかも…です)

 

 

 しかし体にかかる負荷を感じながらも、眼下に広がる大海原を上空より眺める弥生の表情はほころんでいた。

 

 

(海……綺麗です)

 

 

 以前この飛行を行った艦娘Sはこう語っている。「浮遊感に耐えられなくて怖いし、風で目とか上手く開けられないし、耳は全然聞こえないしとにかく怖い、危うく漏らしかけた……というか少し漏れたんだけどどうしてくれる。もう二度とやりたくない」と。

 

 

 それを楽しむ駆逐艦弥生……なかなかの大物である。

 

 

 

 

「きっとこんなバカな事を実行しようと考えた俺はおかしいんだろうな」

 

 

「ホントだよ。最初に実験した空母が私で良かったね」

 

 

「い、いつの間にか弥生ちゃんと艦載機のワイヤーがつながっているのです……」

 

 

「と、飛んでる……」

 

 

「ほええ……」

 

 

「これさ、そもそも私じゃないと上手くいかないよね」

 

 

「……飛龍の艦載機を操るテクニックがないと不可能だな。というか最初は出来ると思ってなかった」

 

 

「……もはや神業なのです」

 

 

「失敗したら大惨事になるがな……」

 

 

「もうこれっきりにして欲しいよ……」

 

 

「確かに焦って手を離したら最初の時点で大怪我ですね」

 

 

「お、おう……」

 

 

「うん……もう封印する事にしよう」

 

 

 20分ほど飛び続けたところで弥生から「満足しました」との通信が入った。

 

 

「弥生、確実に降りるためにパラシュートを使え」

 

 

『了解……です』

 

 

 ワイヤーが外れ、弥生が上空でパラシュートを展開する。ゆっくりと弥生が降下していくポイントは鎮守府の港付近だ。

 

 

「あいつ、上手く着地出来るかなあ……」

 

 

「司令官さんが受け止めてあげたらどうですか?」

 

 

「よし!」ダッ

 

 

 降下する弥生を受け止めるため、提督が港へと走る。

 

 

「弥生ーーーっっ!!」

 

 

「……!」

 

 

 提督の意図に気付いた弥生が構える。ゆっくりと降りてきた弥生を提督はしっかりと受け止めた。

 

 

「おっととと!……この明石製パラシュート、なかなかよく出来てるな」

 

 

「ありがとうございます……司令官。楽しかった…です」

 

 

「た、楽しむ余裕があったのか……」

 

 

「……ちょっとだけ怖かったですけど」

 

 

「だろうよ。さ、みんなの所に戻るぞ」

 

 

「はい」

 

 

 弥生を抱っこして戻ると電たちが駆け寄って来た。

 

 

「弥生ちゃん!怪我はしてない?」

 

 

「空を飛ぶってどんな感じなんですか!?」

 

 

「私も聞きたい!!」

 

 

 提督が弥生を下ろすと飛龍たちが弥生を取り囲み、質問に答えていく弥生を見ながら提督が電を引きずってその場を離れる。

 

 

「……どうしたのですか司令官さん?」

 

 

「……なあ電、一つ聞いてもいいか?」

 

 

「?」

 

 

「……駆逐艦ってみんなあんなパンツ穿いてるのか?」

 

 

「!?弥生ちゃんのパンツを見たのですか!!」

 

 

「スカートで降りて来たら見えるに決まってるだろ!別に期待していたわけじゃないからな!!」

 

 

「言い訳は後で聞くのです……それよりもあんなとは一体何なのです?」

 

 

「……アダルティな黒パンツだったんだ」

 

 

「……」

 

 

「……」

 

 

「はわわわ……」

 

 

「すまん、セクハラだなこれは……俺は頭を冷やしてくるよ」

 

 

「……」ガシッ

 

 

「……電?」

 

 

「……何処へ行くのですか司令官さん」

 

 

「え、いやだから頭を冷やしにーーー」

 

 

「あの滅茶苦茶な飛行方法といい、弥生ちゃんのパンツを見た事といい、一度ゆっくりお話する必要があるのです」

 

 

「え……何か怒ってる?」

 

 

「怒ってるのです、説教はその辺の空き部屋で行うのです、ついてくるのです、逃がさないのです」ギュウウ

 

 

「痛たたた!?」

 

 

 誰にも気付かれずに電によって引きずられていく提督。

 

 

(あー、これ絶対説教長そうだな……黙ってれば良かった……昼飯が……)

 

 

「……」ギュッ

 

 

「痛い!!」

 

 

 

 

 電による説教は明石も強制参加させられ二時間以上続く事になり……この後提督は罰として皐月たちに彼がこっそり作っていたアイスクリームを配らされたり(皐月たち歓喜)、電の頭を5分ごとになでさせられたり(榛名も寄ってきた)、その日のご飯はすべてあーんで食べさせられたり(暁が噴火した)、一緒にお風呂へ連れて行かれそうになったり(金剛が悩んだ末に引き止めた)する事となった。

 

 

「……何かおかしい気がする」

 

 

 

 

 

 




んーと、電があんまり甘えてな……甘えるの基準が分からんぞ。タイトル詐欺やらかしたかもしれない。

「弥生ちゃんたちで電が埋もれたのです。やり直しを要求するのです」

飛行方法については軽く流してくださるとありがたいです。多分もう出番ないと思いますので。

次回は糖分の塊である提督Love勢筆頭の予定です。


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テートクの嫁の金剛デース!!「お嫁さんって何するんデスか?」

UA2万越えててちょっと嬉しかったです。それはさておきこの回は……金剛が可愛い、ただそれだけ。


 

 

 

 私ーーー金剛は提督のお嫁さんになりました。結婚ではないですけれど提督とケッコンカッコカリをすることが出来たので現在の提督のお嫁さんと言っても過言ではないと思います。提督に明確な意中の相手はいないようですし(それはそれで傷つきますが)。……いつか提督の口から恋人として愛してると言わせてみせます。あれから提督は少しワタシに対する態度が変わりました。今までは膝の上に乗ってもそこまで大きな反応はしなかったのに、最近では「乗るのはカンベンしてくれ。襲いそうになる」と言って許可してくれません。襲うってどういうことでしょうか?この間のオリョール海域出撃の時みたいにナデナデを続けられるのでしょうか?あの時は体が敏感になって幸福感と気持ちよさで意識がとんでしまいました。

 

 

「テートク、もうこの書類終わったデス」ドンッ

 

 

 記入の終わった書類を提督の机に置くと、彼が笑って言います。

 

 

「相変わらず早いな。ありがとう」

 

 

 提督と過ごす自由な時間を少しでも増やすために秘書艦としての技術を磨き上げてきましたから当然です。

 

 

「そっちに行ってもいいデスか?」

 

 

「断っても来るだろうが」

 

 

「フフフ……」スッ

 

 

 秘書艦用の椅子から立ち上がり提督に近付くと、椅子に座る彼を背後から抱き締めます。

 

 

「そんなにくっついてて暑くないのか?」

 

 

「むふふ……」ギュウ

 

 

(……ああああああ!!テ、テートクが近いデス!!な、なんだか最近こうするのが恥ずかしくなってきマシタ……顔に出てマセンヨネ?)

 

 

「金剛?」チラッ

 

 

「ひゃっ!?」ビクッ

 

 

(振り向かないでくだサイ!!か、顔が近いデス!)

 

 

 自分から近付いておいてなんですが、最近の私は何故か以前のような心で彼に接することが出来なくなりました。顔に出ないように気をつけているのですが……

 

 

(嬉しいケドすっごく恥ずかしいデース……今までは恥ずかしさよりも嬉しさの方が大きかったのに……)

 

 

「……?悩み事でもあるのか?」

 

 

「フフッ、何でもないデスヨー」ニコニコ

 

 

(ワ、ワタシの心臓の音って聞こえてマセンヨネ?)

 

 

 いきなり恥ずかしがっても変に思われそうなので表に出さないように今日もワタシは必死です。

 

 

(せ、せっかくテートクのお嫁さんになれたのに……ん?)

 

 

 あれ?と何かに引っかかります。

 

 

(そういえば、お嫁さんって何をするんデスか?ワタシのやっていることは今までと何一つ変わってないのデスが……)

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

「お嫁さんって何をしたらいいんデスか?」

 

 

 昼食の席でワタシはみんなに相談してみることにしました。

 

 

「は、榛名も気になります……」

 

 

「あら?そういえば2人ともここの司令官と付き合っていらっしゃるんでしたっけ?」

 

 

「お嫁さんの仕事?」

 

 

「そんなの夜の───」モゴ

 

 

「飛龍、少し黙ろうか」

 

 

 相談相手は今日この時間手が空いていた如月、時雨、飛龍、榛名の4人です。

 

 

「そうねえ……毎日ご飯を用意してあげるとか、1日の終わりに労ってあげるとか……よく考えると色々あってよく分からないですね」

 

 

「うーん、よく聞くのは『お帰りなさいあなた。ご飯にする?お風呂にする?それとも……わ・た・し?』ってヤツだね」

 

 

「榛名もそれが思い浮かびました」

 

 

「定番だよねー」

 

 

「何デスかそれ?」

 

 

「「「「えっ」」」」

 

 

 4人が驚いたように私を見ます。

 

 

「ねえ、金剛さんって今までガールズトークみたいなものをどのくらいしたことがあるんですか?」

 

 

「僕の覚えている限りではひたすら金剛が提督の魅力を語っているだけの会ならやったことがある」

 

 

「ちょっとキツくてねー、あんまりガールズトークってのはやんなかったよ。他の鎮守府ともあまり交流なかったしね」

 

 

「では、お姉さまにそういった話は分からないと……?」

 

 

「うん」

 

 

「何から教えましょうか?」

 

 

「そうですね……」

 

 

 思案顔の4人。

 

 

「ていうかさ、お嫁さんって言ったらやっぱり夜戦じゃないの?さっきのヤツの『わ・た・し』の部分の」

 

 

「ちょっ、飛龍!」

 

 

「ふふ、ですわねー」

 

 

「は、榛名は大丈夫です!」

 

 

「さっきから何の話をしてるんデスか!」

 

 

「やっぱり夜戦だよ金剛さん」ニヤニヤ

 

 

 飛龍がニヤリとこちらを見て笑います。

 

 

「?提督と夜戦に何の関係が?」

 

 

「「「「ええっ!?」」」」

 

 

 私がそう言うと信じられないとばかりに4人が驚き、顔を寄せあって話を始めました。

 

 

『え!?どういうことなの!?金剛さんってそこまでピュアなの!?』

 

 

『で、でもこの前榛名はお姉さまにそっち系のアドバイスをもらったことがありますよ!?提督の下半身に全砲門Fireだとかなんとか!』

 

 

『あーそれ教えたの私だよ。面白いと思って』

 

 

『でも言う時のお姉さまはニヤニヤとして……』

 

 

『ニヤニヤ笑うように言ったのも私だよ』

 

 

『じゃあ金剛は自分で意味も分かってないのに妹にそんなアドバイスをしたのか……ていうか飛龍は一体何をやっているんだい』

 

 

『まさか意味を分かっていないとは思わなかった』

 

 

『で、でも単純に夜戦と夫婦の営みが結びついていないだけという可能性も……』

 

 

『……じゃあ聞いてみる?』

 

 

 どうやら話は終わったようです。時雨がおそるおそるという感じで私に尋ねてきました。

 

 

「……金剛、赤ちゃんってどうやってできるか知っているかい?」

 

 

「What!?」

 

 

(ど、どうしてそんな話に!?)

 

 

「……男の人がと女の人とイチャイチャしているとできるんじゃないんデスか?」

 

 

「……間違ってはないけど、具体的に?」

 

 

「たくさんのキス?」

 

 

「金剛と榛名さんはもうしてるよね」

 

 

「ハ、ハイ」

 

 

「キスで赤ちゃんはできないよ」

 

 

「えっ……」

 

 

「本当に知らないのかい?」

 

 

「分かりマセン……」

 

 

「こ、これは……」

 

 

「うわちゃー」

 

 

「お、お姉さま……」

 

 

 何故か4人が私を心配するような目で見てきます。何故でしょうか。

 

 

「な、何デスか?」

 

 

「よし、私の部屋にある同人誌を見せてあげる!!」

 

 

 飛龍が突然そう言って私の手をとります。

 

 

「ど、同人誌?」

 

 

「私の知り合いのオータムクラウド先生が描いた傑作がたくさんあるから!」

 

 

「如月はもう見せてもらったけれどあれは……」

 

 

「何でそんなものが君の部屋にあるんだい!?」

 

 

「いきなりそれではお姉さまが耐えきれません!」

 

 

「大丈夫!微エロからドエロいヤツまで全部揃ってる!」ニッ

 

 

「くそっ、いい笑顔でなんてことを言っているんだ!!」

 

 

(な、なんなのデスか?一体みんなは何を言い合っているんデスか?)

 

 

 4人が何を話しているのかよく分かりません。同人誌という物が原因だと思うのですが。

 

 

「さあ行くよ金剛さん!!」

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 今日という日を私は忘れることはないでしょう。飛龍にあらゆる同人誌という物を見せられ夜戦の全てを知ってしまった私は……

 

 

「どうだった金剛さん?」

 

 

「あ、あぅ、あぅあぅあ……」プルプル

 

 

「お、お姉さま?」

 

 

「ひゃあああああああっっっ!!!」ビクッ

 

 

「お、落ち着くんだ金剛!!」

 

 

「ああああああっっ!!無理です!もう無理です!!もう提督の顔をまともに見れません!!」

 

 

「お姉さまが普通の日本語を!?」

 

 

「やっぱり金剛さんには早かったのよ!」

 

 

「どうよっ!」ニッ

 

 

「君のドヤ顔が理解出来ないよ!!」

 

 

 4人が何か言っていますがそれどころではありません。

 

 

(テ、テートクの主砲はあんな風に使うものなのデスか!?お、男の人と女の人があ、あんな……)

 

 

 体がすさまじい熱を持っています。

 

 

(はっ!?も、もしやテートクが最近膝の上に乗る事を拒否するのも……)

 

 

 今までの日々の光景が頭に浮かびます。提督の膝の上に向かい合って座り、彼に抱きついて頭をなでてもらって……

 

 

(というか膝の上に乗ってハグとか絵的に完全に同人誌のアレデス!!もうアウトデス!!ワタシは今までなんて大胆な事をしてきたのデスか!?)

 

 

「きゃああああああっっ!!!!」 

 

 

 

 

 

 

「金剛が大破した?」

 

 

「精神的にだけどね。一応ドックに入れて今は医務室に寝かせてるけど……」

 

 

「教えてくれてありがとな。昼食の後何故か戻ってこないから珍しいなと気になってたんだ」

 

 

 俺は椅子から立ち上がる。

 

 

「ど、どこに行くんだい?」

 

 

「金剛の様子を見に行く」

 

 

「そ、それは止めといた方が!」

 

 

 何故か時雨が慌てたように言う。

 

 

「?まあとにかく金剛の事が心配なんだ。行ってくるよ」

 

 

「う……が、頑張ってね」

 

 

「?」

 

 

 

 

 

 

 医務室の扉の前まで来た俺は軽くノックをしてから中へと入った。

 

 

「金剛、俺だ。入るぞ」

 

 

「───っ!?」

 

 

 部屋に入ると目に入ったのはベッドの上の大きく膨らんだ掛け布団だった。

 

 

「ん?……布団の中に籠もっているのか?」

 

 

 布団に近づくと布団が大きく震える。起きていることは間違いないだろう。

 

 

「よく分からないが何かあったんだろ?俺で良ければ相談に乗るぞ」

 

 

「……」

 

 

 布団が震えるだけで返事が返ってこない。

 

 

「……せめて顔ぐらい見せてくれ。不安になるじゃないか」

 

 

 モゾモゾと布団の中から彼女が顔を出した。

 

 

「……どうしたんだその顔」

 

 

 彼女は今まで見たこともないほど真っ赤になった顔で目尻に涙を溜めていた。こんな彼女を俺は初めて見る。一体何があったというのか……?

 

 

「ビッチでゴメンナサイ……」

 

 

「……はい?」

 

 

 開口一番にそんな事を言われたが意味が分からず呆けてしまう。

 

 

「今までのワタシの行動を振り返って気付いてしまったんデス……信じられないほど恥ずかしい事をしていたんだと」

 

 

「んん?」

 

 

「会うなりテートクに抱き付くし、膝の上でハグなんて事を何度もやってます……こんなのただのビッチデス」

 

 

「いや、ビッチってほどじゃないだろう……確かに激しいスキンシップだが」

 

 

「……そう思ったらいつもの自分の行為が恥ずかしくなってきたんデス」

 

 

「……まず、何故そういう考えに至ったのか説明してくれ」

 

 

 そう言うと彼女は布団の中からこちらを見上げるようにして言った。

 

 

「その前に……テートクはワタシとの夜戦に興味がありマスか?」

 

 

「ぶふぅっ!?」

 

 

 突然の一言に思わず噴き出してしまった。

 

 

(夜戦!?この場合の夜戦ってアレだよな!?)

 

 

「男として無いと言ったら嘘になるな」

 

 

「あぅぅ……」

 

 

(くそ、今までそういうことはなるべく考えないようにしていたのにこれじゃますます意識しちまうじゃねーか!!)

 

 

 こればっかりは男としてどうしようもない。

 

 

「そ、それはそうとして一体どこで何を学んだんだ?」

 

 

「……飛龍に同人誌というものを見せてもらったんデス」

 

 

(何でそんな物を持ってんだアイツは!!というかまた飛龍か!!)

 

 

 「どうよ!」とか言っている飛龍の顔が容易に想像出来る。

 

 

「ワ、ワタシ、男の人のアレがあんな風に使うものだったなんてし、知らなくて……」

 

 

(飛龍め!!無知な奴にいきなり同人誌を読ませるバカがあるかっ!!というか金剛は今までそういう知識が無かったのか?それはそれで驚きなんだが……知らない故に大胆な行動をとっていたのか?)

 

 

「あ、赤ちゃんをつくるにはこうするんだって……」

 

 

「う……」

 

 

 不覚にも羞恥に悶える彼女が可愛く見えてしまった。

 

 

(なんだこの庇護欲を刺激する金剛は……くっそ可愛いんだが)

 

 

「テ、テートクも今まではしたない女だと思ってたんデスヨネ?お願いデス、嫌わないで……」

 

 

 ……確かに今の彼女は可愛いがこのまま放っておくのは可哀想だ。それに彼女は今不安を感じている。ここは男としてガツンと言って安心させるべきだろう。

 

 

「いや全然。むしろ男として嬉しかったし今の話を聞いてお前がますます可愛く思えてきた。そもそもケッコンカッコカリしてるだろうが」

 

 

「ふぇっ!?」

 

 

「もういいぶっちゃける。お前のスキンシップは最高だ。ケッコンカッコカリしてから何度も襲いそうなのを我慢している。俺は無理矢理とか嫌なんでな」

 

 

「あ、あわあわわわ……あぅ」

 

 

 俯いてしまった彼女を優しく抱き締めると彼女がビクリと震える。

 

 

「I love whatever you are」

 

 

「……Whatever I am,will you love me?」

 

 

 彼女の耳元で囁くと彼女がそう返してきた。

 

 

「Isn't it natural?」

 

 

「I’m all yours.I’m crazy about you.」

 

 

「I know」

 

 

 彼女が落ち着くまでずっと抱き締めたままだった。

 

 

 

 

 

 

 医務室の扉を僅かに開け、中を覗く人影が4つ。

 

 

「うわぁー……」

 

 

「大胆ですわね……」

 

 

「いいね最高だよ金剛さん!でも私、英語分かんない」

 

 

「う、羨ましいです……」

 

 

「何て言ってるか榛名さんは分かるのかい?」

 

 

「どんなお前でも愛してるとかすごい甘いことを言ってます……」

 

 

「どさくさに紛れて告白してるじゃん提督」

 

 

「「「あっ」」」

 

 

「というかこのままだと榛名さんピンチ?」

 

 

「が、頑張ります!」

 

 

「ふふ、榛名さんも頑張ってね」

 

 

「でも今は2人の邪魔はしないようにしよう」

 

 

「はい」

 

 

「あっ、金剛さんがキスをねだってるわ!」

 

 

「えっ」

 

 

「おー、さすが。これはオータムクラウド先生にいいネタを提供出来るよ」

 

 

「ふああ……」

 

 

 中の様子を窺いながら4人の心は一つ。

 

 

((((爆発しろ!!!!))))

 

 

 

 

 

 




爆発しろ!

引き延ばしまくった金剛の回でした。そろそろシリアス成分の方がやってきます(まだ書けてませんが構想だけなら出来ています)。文章って意外と書けないものなんだなあと痛感。

さて、やはり正妻は糖分の塊でした(書いてると勝手に甘い話になる)。この作品の一番のメインヒロインは金剛のつもりなので。他も負けていませんが。



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提督の性事情 前編「性欲が限界だ……」

実は日々性欲と戦っている提督。艦娘はみんな可愛いから仕方なし。


 

 

 

「では以前として敵に大きな動きは見られないと?」

 

 

『あくまで今のところはな……その時が来たらもちろんお前たちも出撃してもらう事になる』

 

 

 受話器から聞こえる元帥の声は固い。

 

 

「近い内に姫が行動を起こす可能性が高いですからね……」

 

 

『……まあ、定期報告は以上じゃ、そちらは元気でやっとるかの?』

 

 

 やや声のトーンを上げて元帥がそう聞いてくる。暗い話はここまでという事だろう。

 

 

「ええ、艦娘たちの関係は良好です」

 

 

『うむ、良い事じゃ……ところで、お前の個人的な悩みとかはあるかの?』

 

 

「……俺個人の?」

 

 

『まあ、その、なんじゃ、鎮守府というのは一人になるのが非常に難しい場所じゃから……』

 

 

「は、はあ……それが?」

 

 

『鎮守府で暮らしている以上仕方ないのじゃが、お前さんみたいな若い男性提督たちには共通の悩みが存在するじゃろ?』

 

 

「よく分からないのですが」

 

 

『ぶっちゃけ性欲はどう処理しておるんじゃ?』

 

 

「は!?……そういう事かよ!!」

 

 

 思わず口調が元に戻ってしまった。

 

 

『くれぐれも問題を起こしてはいかんぞ』

 

 

「……その事については正直、今の時点でかなり辛いんだが」

 

 

 最近は榛名に積極的に構うようになったし、暁のギャップに振り回されたり、金剛の可愛さにまた気付かされたりと色々あったので俺の理性は現在かなりヤバい状態である。というか身近に女の子しかいないのはキツい。その上全員が容姿端麗なのだ。

 

 

『合意の上なら問題ないが、お前さんは堅物だからのう……かなり溜めてそうじゃ。くっくっく』

 

 

「どうすればいいと思う?」

 

 

『さあな?儂はただからかいたかっただけじゃ』

 

 

 しれっとそんな事を言ってきた。受話器の向こう側でニヤつく元帥の顔が容易に想像出来る。

 

 

「このクソジジイ!!」

 

 

『ほっほっほ』ブツッ

 

 

 しかもこのタイミングで切りやがった。

 

 

「……走って忘れる、それが一番だ」

 

 

 少しでも気を紛らわすため、俺は最近の日課になりつつある走り込みへと今日も向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

「なんかさ、最近司令官が外を走っているのをよく見るんだけど急にどうしたんだろうね?」

 

 

 皐月の問いに飛龍は特に興味なさげに答える。

 

 

「運動したくなったんじゃない?」

 

 

「時々煩悩退散って叫んでるんだけど」

 

 

「……あー」

 

 

 そういう事かと納得する飛龍だったがもちろん助ける気はなかった。そっちの方が面白いからだ。

 

 

(艦娘側はいつでもウェルカムなのにねー。というか金剛さんたちにあれだけアタックされて理性を保てるってある意味すごいのかも)

 

 

「はてさてどうなることやら」

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

                         

「では、ちょっと行ってきますね?」

 

 

 本日の秘書艦が席を外し、1人になった途端、俺は大きなため息を吐いた。

 

 

「……走っているだけじゃダメだと思い、筋トレもやってみたが全然俺の主砲が鎮まらなくなってきた」

 

 

 そろそろ本格的にヤバい気がする。最近朝立ちがなかなか収まらないし常に艦娘たちが側にいるため自分で処理する事が出来ないのだ。それ以前に俺は彼女たちを使ってアレをする事そのものに抵抗がある。

 

 

「榛名とか精のつく料理ばかり作るし……」

 

 

(くそっ、どうしたらいいんだ!)

 

 

 とりあえず原因となっているここ最近の出来事を振り返ってみた。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「ぽーい!ただいまっぽい!」

 

 

「お帰……おい!?」

 

 

 その日出撃から帰って来た夕立の姿を見た俺は硬直してしまった。この時の出撃場所は比較的危険の少ない海域だったにも関わらず彼女は中破していた。

 

 

「な、何かあったのか?」

 

 

「あ、あの……夕立ちゃんの怪我は睦月のせいなんです」

 

 

 夕立の後から現れた睦月が縮こまりながら答える。

 

 

「睦月の?」

 

 

「夕立ちゃんは被弾しそうになった私を庇ってくれて……」

 

 

「そうか……ありがとう夕立、よく睦月を守ってくれたな」

 

 

「睦月ちゃんは友達だから守るのは当然っぽい!」

 

 

「……!?」

 

 

 誇らしげに胸を張る夕立だが、彼女は今中破しているので当然……

 

 

「ぶっ!?おい夕立!前を隠せっ!!」

 

 

 破れたためにかろうじて胸が隠れるぐらいの丈になってしまったセーラー服から肌色の決して小さくはない膨らみの下部が見え、背をそらしかけた事でその桃色の先端がチラリと───

 

 

「ぽい?」

 

 

「ぐおおっ!」ガンッ

 

 

「て、提督!?」

 

 

 必死に頭を机に打ちつけ記憶を消そうとする。

 

 

「ど、どうしたんですか提督!?」

 

 

「とにかく、提督さん褒めて褒めてー!」ガバッ

 

 

 飛び付いてきた夕立の胸が俺の体とぶつかりふにゅんと形を変える。いつも以上にモロにその感触が伝えられた俺はさらに頭を打ちつけた。

 

 

「おおおおっっ!!」ガンガンガンッ

 

 

「あはは、今日の提督さん面白いっぽい!」

 

 

「て、提督ー!」

 

 

 

 

 間違いなく中破の艦娘は目の毒だ。そして島風、雪風という最初からすごい格好の娘もいるという事実……

 

 

 

 

 

 

「テートク、あんまり動かないでくだサイ。変な所に刺さっちゃいマス」

 

 

 突然耳かきがしたい!と言い出した金剛に付き合って軽い気持ちで耳かきを受け入れた俺を待っていたのは一種の拷問であった。

 

 

「す、すまん」

 

 

 耳かきといったら当然膝枕になる。それで分かったのだが、金剛の太ももはすごく柔らかくて落ち着く場所である。筋肉も多少はあるはずなのに女性というのは何故こんなにも柔らかいのか……とにかく温かくて安心する。

 

 

「~~♪」

 

 

「……ううむ」

 

 

 耳かきもめちゃくちゃ上手くて気持ち良いのだがくすぐったい。というか太ももマジですごい。

 

 

「……」フッ

 

 

「うおっ!?」

 

 

 何度も耳に息を吹きかけてくるのは勘弁して欲しい。これで動くなというのは無理だ。

 

 

「もー、動いちゃダメって言ったじゃないデスか」

 

 

 困ったように金剛が言う。

 

 

「誰だってこうなる!」

 

 

「まあ、もうこちら側はいいデス。次は反対側デスネ」

 

 

 この時の俺は後頭部を金剛のお腹に向けた状態であった。つまり反対側の耳を上に向けるという事は当然……

 

 

「ちょ、テートクくすぐったいデス!…あんっ!」

 

 

「もがっ!?(そう言いつつ俺の顔を抱え込んでるのは何故だ!?)」

 

 

 抱え込まれ、顔が彼女のお腹に押し付けられる。いやおうにも甘い匂いを思い切り吸い込んでしまい頭がクラッとする。

 

 

「しょうがない人デスネー」

 

 

「……ぶはっ!抱え込む必要はないだろ!」

 

 

 やっと解放されるが体勢的に彼女の顔は見えない。

 

 

「あとやたら耳に息を吹きかける回数が多いがワザとじゃないだろうな!?」

 

 

「何の事デスかー?」

 

 

 惚けたように言う金剛。うわ、顔は見えないが口笛吹いてやがるから確信犯だ。

 

 

「はぁ……もういい、さっさと終わらせてくれ」

 

 

「ハーイ。……テートク、これが終わったら一緒にお昼寝でもシマセンか?」

 

 

「……どこで?」

 

 

「もちろんテートクのベッドでデス!」

 

 

「あのな、そういう発言は控えないと襲われかねないぞ。飛龍の同人誌で学んだんだろ?」

 

 

「……べ、別にワタシは構いマセンヨ?」

 

 

 きゅっと金剛が太ももをさらに内側に寄せてもじもじとする。太ももがやばい。

 

 

「……」

 

 

「……ヘタレデース」

 

 

「……うっせえ、お前だっていっぱいいっぱいの癖に」

 

 

「……お互い様デスヨ。どうしたらテートクの理性はCollapseするんデスか?」

 

 

「俺の理性は優秀だからな。鋼の意思で耐えているのさ」

 

 

 もちろん嘘だ。すでにCollapseしかけている。

 

 

「……」カキカキ

 

 

 短い沈黙の後、急に金剛が耳かきを始めた。

 

 

「……ちょっ、再開するならそう言ってくれよ」ビクッ

 

 

「……」フッフッ

 

 

 何故か耳への息の吹きかけが連続して行われる。

 

 

「れ、連続とか卑怯だぞ!」ゾクゾク

 

 

「動いちゃノーなんだからネ」

 

 

 動けないように頭を抑えられる。結果、太ももに押し付けられる。

 

 

(ちょっと怒ってるなこれ)

 

 

「い、一緒に昼寝するだけなら構わないぞ」 

 

 

「……」

 

 

 

 

 この後金剛と一緒に昼寝する事になったのだが、彼女が抱き付いてきたり、顔をすり寄せて来たり、意味深な発言をしてきたりする度に俺は股間を必死で隠し続けた。もう限界ギリギリだった気がする。あと金剛の太ももはすごくやばい。太ももフェチに目覚めかけた。

 

 

 

 

 

 

 他にも時雨のゴキブリ騒動とかケッコンカッコカリの時の暁とか、弥生の黒パンとか色々あった。恋人なんていた事がなかった俺には刺激が強すぎる。ちなみに妹はそういう対象にはならない。なったら人間として終わる。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「……マズい、思い出したらムラムラしてきたぞ」

 

 

(……また走りに行くか)

 

 

 秘書艦が戻ってくるまでまだ時間はあるだろう。

 

 

「よし」

 

 

 軍服を脱いで椅子に掛け、執務室備え付けの冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し外へと出ると、ちょうどいいタイミングで島風を発見した。

 

 

「島風!一緒に走らないか?」

 

 

「あれ?提督、仕事はもう終わったんですか?」

 

 

 きょとんと聞き返してくる島風。

 

 

「終わってないが無性に走りたくなったんだ」

 

 

「ふーん、私はいつでも大丈夫ですよー」

 

 

「では行くか!」

 

 

「はい!今日こそ追い抜いてやるんだから!」

 

 

 最近島風と一緒に走ってばかりだな……

 

 

 

 

 

 

「よしっ、スッキリしたぞ!」

 

 

 島風との走り込みを終えた俺は一度シャワーを浴びてから執務室へと向かっていた。

 

 

(島風ちょっと速くなってたなー。……途中でやって来た雪風はすぐにダウンしてたが)

 

 

 ダウンした雪風は走り終わった島風に急いで運ばれて行った。2人の仲がいいのは良い事だ。

 

 

(多分今日一日はこれで乗り切れるはずだ……と思いたい)

 

 

 執務室に到着し扉を開く。

 

 

「あっ……」

 

 

「ああ、もう戻ってたのか榛名……ん?」

 

 

 話している途中で気付く。部屋の中で榛名は俺の軍服を手に取って顔を近付けている状態で硬直していた。近付けているというかもうくっ付いているが。彼女は俺を見て慌てて軍服から顔を離す。

 

 

「あ、あああの提督、違うんです!」

 

 

「……」

 

 

「あ、あああ……」

 

 

 何故か絶望したような顔の榛名。別に俺はまだ何も言ってないのだが。

 

 

(榛名は……なんというか微笑ましくてあまりムラムラしないな。やはり比較的安全な艦娘だ)

 

 

 のん気にそんな事を考える俺だったが、榛名は榛名で喋らない俺をどう捉えたのかキョロキョロと辺りを見回すと部屋にある掛け軸に向かって走り出した。

 

 

「……ん?」

 

 

 彼女はそのまま掛け軸をバッと捲りその後ろに体を隠してしまった。耳をすますと「ああもうダメです、提督にバレました、変態娘認定されました、榛名は大丈夫じゃないです」と小さい声だったが俺にはまる聞こえだ。

 

 

(何この娘めっちゃ可愛い)

 

 

 ちょっとほっこりしていた俺だったが、榛名が隠れた掛け軸の文字が目に入り硬直してしまった。

 それはあの夜戦バカが意外な達筆でしたためた一枚。書かれている文字は、

 

 『夜戦主義』

 

 榛名はよりによって『夜戦主義』の掛け軸の後ろに隠れたのだ。榛名が身じろぎする度に『夜戦主義』を文字が揺れ、俺に訴えかけてくる。

 

 あの娘誘ってるんじゃない?行け行け!……と。

 

(畜生油断した!榛名は意図的にやっているのか!?それとも天然か!?)

 

 

「いやそんな事よりも榛名を落ち着かせないと!」

 

 

 ゆっくりと榛名に近付き、出来るだけ普段と同じ声色で話しかける。

 

 

「……は、榛名、俺は別に気にしてないから」

 

 

「……」ビクッ

 

 

 声をかけた瞬間ビクっと跳ねる榛名の体。揺れる『夜戦主義』……ええい!視界に入ってくるな!

 

 

「ああいうのはほら、思春期特有の病みたいなものだし普通だって」

 

 

(その内我慢出来なくなって執務室の机や椅子で色々やりだすんだろうか……っといかん!榛名でそんな想像をしてしまっては提督失格だ)

 

 

 こんな思考をする時点で俺の頭はもうおかしくなっている気がする。頼むから煩悩退散せよ。

 

 

「うぅ……榛名は変態です」

 

 

「それにこんな事で榛名を変な目で見たりしないから安心しろ

 

 

「……」

 

 

「別に軍服ぐらいいつでも貸してやるぞ」

 

 

 すると榛名が掛け軸の裏から顔を出す。

 

 

「本当ですか!!」

 

 

 あれ?冗談のつもりだったのにえらい食い付き様だな。

 

 

「そんなに軍服のニオイを嗅ぐのっていいものなのか?」

 

 

「すごくドキドキして安心します!出来れば軍服以外のニオイも嗅いでみた……はっ!?い、今のは違います!」

 

 

「本音出ちゃったのか……」

 

 

「あああああっっ!!」

 

 

 どんどん自爆していく榛名。

 

 

「うーん、ちょっとやってみたい事があるんだがいいか?」

 

 

「な、何ですか!?やっぱりお仕置きなのですか!?」

 

 

 榛名が若干期待するような目をしているのは気のせいだと思いたい。

 

 

「こっちに来てくれ」

 

 

「は、はい……」

 

 

 恐る恐る掛け軸の裏から出て来た榛名に俺の軍服を羽織らせ、彼女の頭に俺の軍帽も被せる。

 

 

「……」

 

 

「……ほえ?提督?」

 

 

 想像して欲しい、いつもの改造巫女服の上から白の軍服を肩に羽織り、頭にも同じく白の軍帽を被った状態できょとんと首を傾げている提督姿の榛名を。

 

 

「マズい……鼻血出てきた」

 

 

「だ、大丈夫ですか提督!?」

 

 

「大丈夫大丈夫」ナデナデ

 

 

「ああ!榛名のせいで提督がおかしくなってしまいました!!」ナデラレナデラレ

 

 

「ははは、大丈夫だって」

 

 

 血がどんどん抜けて頭がボーッとしてきた。

 

 

「全然大丈夫じゃないです!!」

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 夕方の医務室で俺は自己嫌悪に陥っていた。

 

 

「……どんどんおかしくなっていっている気がする」

 

 

 榛名が可愛すぎるのが悪いのだが……いや、榛名のせいにするのはよくないな。

 

 

「ここままじゃいつか我慢出来ず衝動的に襲ってしまったりして……」

 

 

 それだけは絶対に避けたい。

 

 

(何か良い方法はないのか……?)

 

 

 と、そこでふと思いつく。

 

 

「……そういえば他の提督はどうしているんだ?」

 

 

 誰か知り合いに聞こうと考えた時に思い浮かんだのは士官学校同期の内山だった。携帯を取り出し、コールする。

 

 

『……もしもし!どちら様ですか?』

 

 

「……飯野だ」

 

 

『師匠!?番号確認してなかった!』

 

 

 慌てたように言う内山。

 

 

「師匠はマジでやめろ」

 

 

『聞いてるぜお前の噂は、着任早々にやらかしたらしいな』

 

 

「我慢出来なかっただけだ」

 

 

『ま、お前らしいけど。ところで用件は何だ?色々話したい事はあるが、何かあったんだろ?』

 

 

「……お前も確か鎮守府の提督にやってたよな」

 

 

『おう!それが?』

 

 

「ぶっちゃけ性欲はどう処理しているんだ?」

 

 

『ぶっ!?そんな事で電話してきたのかよ!!相変わらず読めない男だなお前は!』

 

 

「頼む!深刻な問題なんだ!!」

 

 

『おおう……すごく必死なんだな』

 

 

「だからお前に相談している」

 

 

『頼られて悪い気はしないぜ……ええと、俺の場合は明石に頼んだな』

 

 

「明石?」

 

 

『性欲抑える薬くださいって言ったら作ってくれたぞ。お前の所にも明石いるんだろ?』

 

 

「あ、ああ……」

 

 

(明石ってそんな物も作れるのか……)

 

 

『ま、相談してみるといいぜ!』

 

 

「ありがとう!助かった!」

 

 

『んじゃ久々に話でも───』プツッ

 

 

「やべ……切っちまった」

 

 

 内山が何か言いかけてた気がする。

 

 

「後で謝っておこう。それよりも今は!」

 

 

 医務室を急いで出る。ついに見つけた希望(明石)を探して俺は走り出したのだった。

 

 

 

 

 

 




金剛姉妹が同人誌でどんどん染まっていく……


どこかの誰かさんは毎回夜戦に突入する度に、

「夜戦なの?腕が鳴るわね!」

と言います。時々変な想像をしてしまう私は異常なのでしょうか?ちょっと反省してきます。


それはそうと金剛に膝枕されたい。


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提督の性事情 後編「明石の薬」

この話を書くときにR-15とR-18の事について何度も調べました。……あれってあくまで出版する人の自主規制なんですね。初めて知りました。めっちゃ夜戦しててもR-15すらない物もあるようです。基準としてはアソコとかをあるレベルで詳しく描写したりするとR-18になると一般に考えられるそうです。夜戦をするしないは実際の所問題ではないという驚愕の事実でした……

夜戦本番……?しないよ!ごめんなさい!
念のため背後に注意してお読みください。


 

 

 

「性欲をなんとかする薬を作ってくれ」

 

 

「突然何ですか!?」

 

 

 さっそく明石に頼んでみたのだがこの反応だ。これまでの事を全て話し、こちらが本当に困っている事を伝える。

 

 

「このままじゃうっかり誰かを襲いかねないんだ」

 

 

「襲っちゃえばいいんですよ。というか何故私にそんな事を頼みに?」

 

 

「知り合いに相談したら明石がなんとかしてくれるはずだと言われてな」

 

 

「ええー……何ですかそれ」

 

 

 面倒くさそうな顔をする明石。

 

 

「そういった薬は作れるのか?」

 

 

「やってみない事には分かりませんけど、失敗したら提督のアレがおしゃかになっちゃうかもしれませんよ?」

 

 

「えっ」

 

 

 明石の衝撃の一言に背筋が凍る。

 

 

「作った事ないですし」

 

 

「き、きちんとした物を頼む」

 

 

「甘味をまた作ってくれるならいいですよ。私用のスペシャルなやつを」

 

 

「わ、分かった!」

 

 

「よっしゃ!」

 

 

 ガッツポーズをする明石……もしかして俺は乗せられたのだろうか。

 

 

「頑張ります!」

 

 

「お、おう」

 

 

 甘味を用意しないと……

 

 

 

 

 

 

「あれ?珍しいね、明石さんが機械以外の物をいじっているなんて」

 

 

「ああ、飛龍さんですか」

 

 

 怪しげな薬品をガラス容器に入れてかき混ぜる明石を見つけた飛龍が声をかけると彼女は手を止めて飛龍に向き直った。

 

 

「何か御用ですか?」

 

 

「紫電と烈風の整備はもう終わってるかな?」

 

 

「ああ、それならもう終わっています。持って来ましょうか?」

 

 

「いや、受け取るのは明日でいいよ。……ところで、ソレ何なの?」

 

 

 そう言って飛龍が調合中の薬を指差す。

 

 

「えっと、これはですねー」

 

 

 明石の説明を聞く飛龍。

 

 

「……へえ、つまりあの人はそこまで限界を感じてるんだ」

 

 

「……あの、飛龍さん?なんか悪い顔してますよ?」

 

 

 ニヤリと笑う飛龍に明石がたじろぐ。

 

 

「薬、上手くいきそう?」

 

 

「難しいです。専門外となるとどうしても……まあ、提督特製甘味のためですから頑張りますよ」

 

 

「でもやっぱり、そういうのは嫁さんたちの仕事だよね!」

 

 

「えっ?」

 

 

「旦那さんが困ってるんだから嫁さんたちの出番だと思うのよ」

 

 

「え、でも……」

 

 

「明石さんは適当に砂糖水でも提督に渡して報酬を貰っちゃえばいいのよ。提督の事は私が嫁さんたちに伝えて解決させるから」

 

 

 飛龍の目を見て、どうやら本気で言っているらしいと明石は理解する。

 

 

「いいんでしょうか?」

 

 

「大丈夫、問題ない」

 

 

「……問題しかない気がします」

 

 

 

 

 

 

「飛龍、ワタシと榛名に大事な話って何デスか?」

 

 

「提督がらみだと聞いていますが……」

 

 

 鎮守府の夕食後、金剛の私室に飛龍たちは集まっていた。

 

 

「単刀直入に言うけど、提督は現在自分の性欲が処理出来なくて爆発寸前です」

 

 

「What!?」ボンッ

 

 

「ふぇあっ!?」ボンッ

 

 

 真面目な顔の飛龍から唐突に告げられた事実に金剛と榛名が一瞬で真っ赤になる。

 

 

「ど、どどどういう事デス!?」

 

 

「金剛さんたちのアタックによって提督の主砲が元気いっぱいになってしまい大変だそうです。やったね!」

 

 

「て、提督の主砲……」カアア

 

 

「だ、誰がそんな事を言っていたのデスか?」カアア

 

 

「提督が明石さんに相談したらしくてね、彼女から聞いたのよ」

 

 

「Oh……」

 

 

「は、榛名はいつでも……」

 

 

 俯き、もじもじとする榛名。

 

 

「提督は薬でなんとかしようとか考えているみたいだけど、薬とか絶対体に良くないと思うのよ」

 

 

「そ、そうデスネ……」

 

 

「こういうのって嫁さんたちの仕事じゃん?」

 

 

「「……」」

 

 

「……ま、方法は金剛さんたちにお任せしますんで頑張ってねー」

 

 

 それだけ言うとヒラヒラと手を振り部屋を出て行く飛龍。残された金剛姉妹はお互いに顔を見合わせる。 

 

 

「ど、どうしましょうお姉さま」

 

 

「んえっ!?何故ワタシに振るのデスか!?こういうのは榛名の方が詳しいと思いマス!!」

 

 

「く、詳しいだなんてそんな……」

 

 

「間違いなく榛名はムッツリさんデース」

 

 

 照れる榛名に金剛が呆れたように言う。

 

 

「む、ムッツリじゃないです!」

 

 

「そこまでムキにならなくても……」

 

 

「と、とにかく!提督の提督を何とかしなくてはいけません!」

 

 

「でもワタシ、無理矢理襲いたくないデス。出来るならテートクからの方が……」 

 

 

「お姉さまはあくまで待つと?」

 

 

「だってテートクも性欲を持て余したからなんていう理由でセッ…コホン、性交したらずっと悔やむと思いマス。あの人はそういう人デス」

 

 

 頬を赤く染めたままだが、金剛が心配そうに言う。

 

 

「……確かに提督は嫌がりそうですね」

 

 

「ハイ」

 

 

「うーん……」

 

 

「Hmm……」

 

 

 腕を組んで唸る2人。やがて榛名がポツリと呟く。

 

 

「……そもそも本番をする必要はないのでは?」

 

 

「え?」

 

 

 きょとんとする金剛に榛名は続けて言う。

 

 

「今回の目的はあくまで提督の主砲を鎮めて差し上げる事ですよね?」

 

 

「そ、そうデスネ」

 

 

「○くだけでいいはずです」

 

 

「……えっと?」

 

 

「この本みたいに」バサッ

 

 

 どこからか榛名が薄い本を取り出してページを開く。

 

 

「ちょっ!?それは隠しておいたはずなのに!」

 

 

「ベッドの下はベタすぎて一瞬で見つけられますよお姉さま。……榛名もこの間提督に見つかったので」

 

 

 遠い目をする榛名。金剛が本を取り返そうと手を伸ばすが榛名はそれを回避。

 

 

「か、返すネ!」

 

 

「……それにしてもこの本結構……お姉さまはこういうのが好みなのでしょうか……」パラパラ

 

 

「やめて!読まないでー!!」

 

 

 焦るあまり普段のような身のこなしが出来ない金剛はなかなか榛名を捕まえられない。

 

 

「うわ、すごいです……」

 

 

「Noooooooo!!」

 

 

 

 

 

 

「これが例の薬か?」

 

 

 就寝間際に明石が俺の私室を訪ねてきたので中に入れると彼女は透明な液体の入った2つの瓶を俺に手渡した。

 

 

「はい!片方は睡眠薬の成分が入っているので寝る前におすすめです」

 

 

「なかなか早い完成だな」

 

 

「そ、ソウデスネー。ワタシモビックリデス」

 

 

「何はともあれありがとな。甘味は後で用意しておくよ」

 

 

「では、今夜は良い夢を」

 

 

「お、おう?おやすみ」

 

 

 明石が退出した後、俺はさっそく睡眠薬入りの方の薬をコップに注いで飲んでみた。

 

 

(……なんだこれ、すごく甘いんだが。砂糖でも入っているのか?)

 

 

 飲みやすいように明石が気を使ったのだろうか?気の利くやつだ。

 

 

「念のためもう一度歯を磨くか」

 

 

 歯磨きを終えた俺はベッドに入る。

 

 

(これで少しでも抑えられれば良いのだが……)

 

 

 睡眠薬は速効性だったのか、すぐに俺は深い眠りに落ちていくのだった。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

ーーー

 

 

 

 ギイィ……

 

 

 提督が深い眠りに落ちた後、彼の部屋に忍び込む影が2つ。

 

 

「ぐっすり寝…………ネ」

 

 

「…………の…眠薬は……んと効……いる……です」

 

 

 ヒソヒソと話しながら2つの影は提督のベッドに潜り込む。布団の一部を捲り、彼の下半身へと熱のこもった視線を向ける。

 

 

「……が脱が………ので」

 

 

「お願……るネ」

 

 

「……」

 

 

「……」

 

 

「おっき……」

 

 

「しー!」

 

 

「…、…み……ん」

 

 

「どっち……行……?」

 

 

「…………から……ぞ」

 

 

「わ、分………シタ」

 

 

 モゾモゾと影が動くが提督はよほどぐっすり眠っているのか起きる気配がない。影は作業?を続行する。

 

 

「ん……んぅ……」

 

 

「………///」カアア

 

 

「……ん……ぁ……」

 

 

「……」モジモジ

 

 

 夜の提督私室に小さな水音が響く。

 

 

「……!」

 

 

「……?」

 

 

「ふ、膨……!」

 

 

「あ」

 

 

「ティ、…………!」

 

 

「飲…………ま……う…姉さ…!」

 

 

「!?ー!ーー!」

 

 

「もっ…いな……すか…!」

 

 

「…………んー!?ー!ーー!んぐ、けほっ!」

 

 

「す、………量…す」

 

 

「テ、……トク………すっ……濃……デス」

 

 

「……」

 

 

「次………の番……」

 

 

「……、全力で参ります!」

 

 

「ちょっ!?」

 

 

「……はっ!?」

 

 

「しー!しー!」

 

 

「……」コクコク

 

 

「……」スッ

 

 

「……まだ固………ね」

 

 

「…れだ…出………に……いデス」

 

 

「で、では……ん……」

 

 

「……」ジー

 

 

「んちゅ……あむ……んん……」

 

 

「え、…………デス」

 

 

「……ほへえはまもほんははんひへひはほ?」

 

 

「く、……ながら……………………サイ!」

 

 

「んん……ん!」

 

 

「……?」

 

 

「……んぁ!?んー!けほっけほっ」

 

 

「…丈………か……!」

 

 

「……苦………」

 

 

「Oh……」

 

 

「…も、……に…………です」

 

 

「……」

 

 

「…………?」

 

 

「ムッツリ」

 

 

「!?…………だって………………だった………………か!」

 

 

「……程……ないネ!」

 

 

「……んん、……ZZZ」モゾッ

 

 

「「……!?」」ビクウッ

 

 

「やめ…………か」

 

 

「……はい」

 

 

「まだ…………ままデスネ」

 

 

「はい……。………で、この……の………は……………か?」

 

 

「ファ○リーズ」バッ

 

 

「さ……………………です!」

 

 

「……」フフン

 

 

「……、まだ……の……も……して………様子……し」

 

 

「…2R?」

 

 

「……はい」

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

「な、何だこれは……!?」

 

 

 翌朝、目を覚ますといつもの格好の金剛と榛名が俺のベッドに潜り込んで寝ていた。何故か部屋にファ○リーズの匂いが漂っている。

 

 

「よく分からないがマズい!こんな状況じゃ俺の股間が大変な事にーーー!!……ん?」

 

 

 俺はさっそく違和感に気付く。

 

 

「あれ?勃たない……?」

 

 

(……明石の薬の効果か!?多少疼くが耐えられているぞ!)

 

 

「やったぞ!これならみんなを衝動的に襲う事はない!明石には特製の甘味をご馳走してやらねばいかんな!」

 

 

 明石に何をご馳走してやろうかと考える俺の耳に金剛たちのうめき声が聞こえてきた。どうやら今の俺の叫び声で起きてしまったらしい。

 

 

「ううん……?テートク?」 

 

 

「ふああ……おはようございまひゅ」

 

 

 こしこしと目をこすりながら体を起こす2人。榛名はまだ完全に目が開いていないが金剛の方は起きているようだ。

 

 

「……説明、してくれるよな?」

 

 

 薬の効果はともかくこの2人が何故いるのか気になる。

 

 

「……っ!」ボフンッ

 

 

「……」ポー

 

 

 金剛が一瞬で茹で蛸のように真っ赤になったが、榛名の方はまだぼーっと俺を見つめるだけで特に反応はない。

 

 

「……なあ」

 

 

「ひゃい!?ご、ゴメンナサイテートク!ワタシはこれで失礼するデス!!」

 

 

「逃がすか」

 

 

 とっさに金剛の服の裾を掴む。

 

 

「は、離してくだサイ!」

 

 

「そうもいかんだろうが」

 

 

「……わ、ワタシたちはテートクと一緒に寝てみたかっただけデス!!」

 

 

「……寝ただけか?」

 

 

「も、もももちろんデース!」

 

 

 どもる金剛。 

 

 

「本当か?……うおっ!?」

 

 

「提督~」

 

 

 寝ぼけている榛名が俺の肩に寄りかかってくる。

 

 

「……は、榛名?」

 

 

「うふふ……」

 

 

 榛名は人差し指で自分の唇をなぞり、妖艶な笑みを浮かべていた。

 

 

(な、何だこの榛名は……雰囲気が……)

 

 

「ふふっ、……ごちそうさまでした」

 

 

「は?」

 

 

「Nooooo!!は、榛名はまだ寝ぼけているネ!テートク、ワタシたちはこれで失礼するデス!!」

 

 

「あ、ちょ」

 

 

 あっという間に榛名を抱えて部屋を出て行く金剛。1人残された俺は榛名の言葉を反芻する。

 

 

「『ごちそうさまでした』ってどういう……」

 

 

 

 

 この後再び問い詰めてみたのだが決して2人は口を割らず、結局最後まで真相は分からずじまい。ただそれからというもの、2人が度々俺のベッドに潜り込んでくるようになるのだが何故か俺のアソコは反応しないという謎現象がしばらく続く。

 

 

「明石の薬はすごいなあ……」

 

 

 

 

 

 




明石の薬ってすごいなあ……

影たちは何をしてたのかって?……想像にお任せします。

提督の問題が解決して何よりです。


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第5章 呉との演習
演習 VS呉鎮守府1「佐世保と呉」


ちょっと本編進めます。話数増えてきたので章分けしました。


 

 

 

「ほー、じゃあ問題は解決したのか」

 

 

『ああ、色々と気になる事もあるがひとまずは明石の薬でなんとかなっているよ』

 

 

 執務室と思われる一室で電話に出ている金髪の青年は楽しそうに笑う。

 

 

「おう!そりゃ良かった。しっかし艦娘って本当に美人ばっかだよなあ……」

 

 

『ああまったくだ』

 

 

「男としては嬉しい事だけどなー」

 

 

『そういえばお前の所属先って呉鎮守府だったか?』

 

 

「合ってるが、俺が指揮をとっているのは呉の第二艦隊だぜ」

 

 

『やはり第一艦隊の指揮はとらせてもらえそうにないのか?』

 

 

「無理無理、だって第一艦隊の指揮をとってるのは俺の親父だぜ?」

 

 

『……会った事はないがかなり厳しい人だというのは聞いている』

 

 

「それにあの人が率いる主力艦隊にはヤバい奴らがいるからな」

 

 

『……確かにそうだな。是非ともうちの飛龍と一度やらせてみたい相手ではあるな』

 

 

「言うねえ……ん?」

 

 

 コンコンとノックの音が青年のいる部屋の扉から聞こえてきたので青年は扉に視線を向けた。

 

 

『どうした?』

 

 

「すまん、誰か来たみたいだ。また後でな」

 

 

『おう、ではまたな』

 

 

 通話を終え、青年は扉の方へと声をかける。 

 

 

「入ってもいいぜ親父!」

 

 

 扉が開き部屋の中へと入って来たのは右の頬に傷のある50代ほどの鋭い目つきの男だった。彼の名は内山剛毅、金髪の青年の父親で呉の第一艦隊を率いている呉鎮守府の提督で階級は大将である。

 

 

「話し声が聞こえたが、誰かと電話でもしていたのか?」

 

 

「佐世保の提督とちょっとな」

 

 

「佐世保……例の鎮守府か」

 

 

「例のって……珍しいな親父が他の鎮守府の事を気にするなんて」

 

 

「あそこにいる艦娘は有名だ。提督の方は名も知らない新人だがな」

 

 

「そんなにすげえ奴らなのか?後、提督の名前は飯野勇樹で俺の師匠だ」

 

 

「同期の人間に師匠など務まらんだろう、士官学校の訓練戦闘と実際の戦場は全くの別物だ」

 

 

「そうだとしてもあいつはただの新人じゃねえよ」

 

 

「随分と佐世保の提督を買っているのだな」

 

 

「当たり前よ!しかも今じゃ親父ですら気にかける艦娘たちを率いているんだろ?鼻が高いぜ」

 

 

「だがはたしていつまで率いていられるかな?」

 

 

 剛毅の言葉に内山は眉をひそめる。

 

 

「あ?そりゃどういう事だよ?」

 

 

「佐世保に異動したメンバーはどれも他の鎮守府の連中にとって喉から手が出るほど欲しい存在だってことだ」

 

 

「……」

 

 

「数多の戦場を生き残り、いくつもの大規模作戦を成功へと導いてきた精鋭部隊……とても魅力的な存在だろうよ。地位を上げるための駒として欲しがる者、そのノウハウを是非自分の鎮守府の艦娘に学ばせたいと考える者と色々だ。今まで何度も彼女たちを自分の所へ派遣してくれとの要請が横須賀に送られていたらしいが彼女たちの提督は決してそれを受けなかった。何だかんだと理由を付けて返してくれなくなると分かっていたのだろう」

 

 

「……2つ名のある歴戦の艦娘たちだとは聞いてたけどかなりの人気者だったんだな」

 

 

「特に人気のある艦娘はその精鋭部隊の旗艦……〈鬼の金剛〉だ。彼女の戦績を知っているか?」

 

 

「いや、知らねえ」

 

 

「敵艦撃沈数が多いのはもちろんだが敵の主力撃破の記録が素晴らしい。鬼級撃破数6、姫級撃破数4だ」

 

 

「はあ!?鬼級や姫級なんてそうそう倒せる相手じゃないぞ!?」

 

 

 あり得ない戦績に内山が驚きの声を上げる。

 

 

「歴戦の艦娘でも2、3体倒す経験があるかどうかだというのに、彼女の戦績は異常だ。こんな存在、周りの連中が放っておくと思うか?」

 

 

「思えねえな……」

 

 

「〈東国の鬼神〉と言われた彼女たちの提督がいなくなった直後は酷かった……どういうつもりか元帥は頑として派遣要請を受け入れなかったがな。だが、ついに元帥が許可を出した鎮守府が壊滅した佐世保……誰もがそこの新人育成のためにやっと元帥が彼女たちの派遣を始めたのだと考えた。あわよくば自分たちの所の要請も通るかもしれないと」

 

 

「……」 

 

 

「しかし実際どうだ、いつの間にか彼女たちはなんと佐世保鎮守府の正式な艦娘になっているじゃないか」

 

 

「……あいつが率いるにはふさわしい艦娘たちだと俺は思うぜ」 

 

 

「新人なんぞに任せられん、次の大規模作戦のカギを握るであろうメンバーを率いる事が出来るとは俺にはとても思えない。俺が率いた方が何倍もマシだ」

 

 

「なら、試してみたらどうだ?」

 

 

「……何?」

 

 

「親父は知らねえだろうがあいつは士官学校の時にはすでに新人のレベルじゃなかった。命を預けるに足る相手か親父が自分の目で確かめてみてくれよ。あいつをバカにされるといい気がしないぜ」

 

 

 自信のあるような目で言い切った内山に今度は剛毅が眉をひそめた。

 

 

「演習をやってみろということか?」

 

 

「そうすりゃ分かると思うぜ」

 

 

「良かろう……新人に現実というものを教えてやる」

 

 

 

 

 

 

「テートク、主力メンバー全員の召集とは何か大規模な作戦でも始まったのデスか?」

 

 

 執務室に集められた主力メンバーの中から金剛が代表して飯野提督に質問をする。

 

 

「いや、そうではない」

 

 

「では一体……」

 

 

「先ほど演習の申し込みがあった。呉鎮守府からな」

 

 

「呉!?」

 

 

 呉と聞いて大きな反応を示したのは飛龍だった。

 

 

「そうだ〈不動の武蔵〉と……〈空の女王〉がいる呉だ」

 

 

「な、なんかすごそう……」

 

 

「呉との演習は初めてだがいい経験になる事は間違いない。相手は恐らく俺たちと互角かそれ以上だ」

 

 

「だ、誰が出るのですか?」

 

 

「とりあえず榛名、お前は出すぞ」

 

 

「えっ」

 

 

「皐月たちの経験を積まそうと思っていたが友人に絶対勝ってくれと言われているんでな。高練度の戦艦であるお前はまず外せない」

 

 

「りょ、了解です!!」

 

 

「テートク、具体的なメンバーの発表をお願いシマス」

 

 

 提督は頷き、メンバーを発表する。

 

 

「旗艦は金剛、随伴艦は榛名、飛龍、夕立、川内、暁で考えている」

 

 

「ボクたちはお留守番?」

 

 

「そうではない。神通たちに鎮守府の警備を任せて時雨、皐月、電の3名も俺たちに同行してもらう。勉強と非常時のためだ」

 

 

「電も……ですか?」

 

 

「ああ、電にはこれから先の戦いにおいて俺の作戦指揮の補佐をしてもらいたいと考えているからだ。今回の演習を観戦して学ぶべきところを学んでくれ」

 

 

「了解なのです」

 

 

「他に何か聞きたい事がある者は?」

 

 

「演習の会場は何処なのさ?」

 

 

 川内の問いに提督は困ったような顔をする。

 

 

「すまない、場所についてはまだ分かっていない」

 

 

「ま、何処であろうと暁たちは全力で戦うだけよね」

 

 

「ぽい!」

 

 

「……」

 

 

「飛龍さんどうしたの?」

 

 

「え?ああ……今回の相手に女王様がいるって考えたら緊張しちゃって……」

 

 

「女王様?」

 

 

「皐月は知らないんだったな……今回の相手の1人はあの戦艦大和の姉妹艦武蔵だというのも注意するべき事だがもう片方も脅威なんだ」

 

 

「〈空の女王〉って名前からして空母かな」

 

 

「軽空母鳳翔……それが呉のもう1つの切り札だ。日本で最初に作られた空母……彼女は空母たちの母とも言える存在で現在は前線を退いて弟子の教育にあたっているらしいが、まだ現役の空母だ、間違いなく出てくるだろう。2つ名がある事から実力も確かなのは間違いない」

 

 

「正直、私の艦載機がどこまで通用するか分からない……絶対に弟子も参加してくるだろうし、制空権を取るのは難しいかも」

 

 

「飛龍さんがそこまで言う相手だなんて……」

 

 

「勝つ事が出来れば嬉しいが相手は前線で戦っている大規模鎮守府の1つだ。胸を借りるつもりで挑むぞ」

 

 

《はい!!》

 

 

 

 

 

 

 同時刻呉鎮守府。

 

 

「突然だが例の佐世保鎮守府との演習を近々行う事にした。勝手に決めてしまってすまない」

 

 

 そう言って頭を下げる剛毅の前に並ぶのは今回選抜された呉鎮守府第一艦隊のメンバー。

 

 

「ふっ、謝る必要などない。あの横須賀第二支部の連中とやり合える機会をくれて感謝しているさ」

 

 

「あそこの金剛お姉さまは有名ですし、一度この目で見てみたいと思っていました」

 

 

「私もあそこの連中には興味があるな」

 

 

「〈天の飛龍〉も来るって事だよね……」

 

 

「ええ、ですが今のあなたなら互角以上に戦えると思いますよ……正直な所彼女の実力の底は分かりませんけれど、今回は私も一緒に戦いますから」

 

 

「うーん、雪風はいつも通り頑張ります!」

 

 

 各々がやる気を見せる。

 

 

「……相手は新人提督だが手加減はしない。全力で行くぞ」

 

 

《応!!》

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 演習当日、呉の提督が用意した軍艦の上で両鎮守府のメンバーは向かい合っていた。

 

 

「まさか演習会場の海域まで実物の軍艦で行く事になるとは……周辺の警備もわざわざ向こうにやってもらっているし頭が上がらないな」

 

 

「船のワタシたちが船に乗るってなんだか変な感じがシマス」

 

 

 飯野提督は改めて相手のメンバーを確認する。正面左から順に眼鏡をかけサラシを大胆に巻いた格好の大柄な肌黒い筋肉質な女性……一目で分かる、大きな存在感を放つ彼女が戦艦武蔵だろう。

 次に金剛と同じ改造巫女服を着たおかっぱ頭のような髪型の眼鏡美人……こちらを値踏みするように見つめる彼女は戦艦霧島。

 その次に並んでいるのはダルグレーの瞳と同じ色の髪をポニーテールにまとめ、薄紅色の着物にタスキをかけ紺の袴と下駄を履いたおっとりとした雰囲気の女性。右手のユガケと肩の飛行甲板から空母だと分かる。彼女と正面同士で向き合っている飛龍の緊張したような様子から彼女が鳳翔だろう。隣にいるのは彼女の弟子であろう白の鉢巻きを巻き青みがかった瞳に同じ色の髪を短いツインテールに、緑色の着物と暗緑色のミニスカート仕立ての袴、鳳翔と同じユガケに下駄、右肩に飛行甲板……空母蒼龍。

 5人目は地面に届きそうな程長い黒髪のサイドテールに紫色の制服にタイトスカート、白のタイツにロングブーツのいかにも軍人といった厳かな雰囲気の長身の女性……重巡那智。

 そして最後に雪風……佐世保にも雪風はいるがここの雪風とは比べものにないだろう。恐らくかなり厄介だ。

 

 

「本日は演習にお誘いいただきありがとうございます。会場の手配までお任せしてしまい申し訳ありません」

 

 

「これくらいはして当然の事だから気にしなくていい。それよりもお前が俺の息子が言っていた師匠とやらか?」

 

 

 剛毅がジロリと飯野提督を威圧するように見る。

 

 

「確かにそのように呼ばれる時がありますが……」

 

 

「まだガキじゃねえか。こんなんで本当に四天王をきちんと指揮出来るのか?提督と艦娘が釣り合ってないだろう」

 

 

「……」

 

 

「……こいつらをまともに指揮出来ないようなら、きちんとした提督の下へこいつらを異動させてやった方がいいぞ?新人が持つには大きすぎる存在だ」

 

 

「……こいつらに見合うよう精一杯努力しているつもりです」

 

 

 剛毅の鋭い視線に飯野は真っ正面から向き合い、目をそらさず答える。

 

 

「ならば見せてみろ。せいぜい俺を退屈させないように足掻いてくれよ?あっさり勝ってはつまらんからな」

 

 

「な、何ですかあなたは!」

 

 

「榛名、抑えなサイ」

 

 

 剛毅の言葉に我慢出来ずに飛び出しかけた榛名を金剛が抑える。

 

 

「……榛名、彼は間違った事など言っていない。下がれ」

 

 

「……」

 

 

 渋々下がった榛名だったがそのまま剛毅を睨みつける。気付けば他の佐世保メンバーも似たような状態であった。金剛だけは変化が見られなかったが。

 

 

「演習の前に何か質問は?」

 

 

「いいえ、ありません」

 

 

「今回の演習は拠点を守る防衛組とそれを攻める攻略組に別れて行う。勝利条件は拠点の制圧または旗艦の撃破だ。コイントスで担当を決めようと思うのだがお前はどちらを選ぶ?」

 

 

「表で」

 

 

 剛毅が指で弾いたコインが回転しながら彼の手の甲に落ち、それを即座に手で隠す。

 

 

「本当に表でいいのか?」

 

 

「ええ、どちらでも構いませんから」

 

 

 剛毅が手をどけると表を上に向けたコインがあった。

 

 

「……佐世保は防衛組を選択します」

 

 

「では呉は攻略組だ。これより30分時間をとる、作戦会議をするなら今の内にしておけ。後悔するぞ」

 

 

 それを聞き待機場所へと移動する佐世保のメンバー。

 

 

「……」

 

 

 その場を去っていく佐世保のメンバーを見送りながら剛毅は呟く。

 

 

「安い挑発には乗らないか……少なくとも短気な人間ではないようだな」

 

 

「お前の視線に対して目をそらさない若者などめったにいないぞ?お前の顔は頬の傷もあってかなりの強面だからな」

 

 

 そう言って笑う武蔵。

 

 

「艦娘の方にはかなり睨まれたがな」

 

 

「それでも金剛だけは変わらないように見えたが……」

 

 

 武蔵の発言に剛毅は首を振る。

 

 

「気付いてないようだが金剛なら器用に対象を俺だけに絞って軽い殺気を放っていたぞ」

 

 

「何?……気付かなかったな」

 

 

「それよりも……だ。お前は気付いたか?」

 

 

「……指輪をしているのが2人いたな」

 

 

「駆逐艦がその1人だというのも驚きだがもう1人はまさかの金剛だ。大々的に発表されていないがあの指輪は提督と艦娘の間に強い信頼関係が無ければそもそも使えない代物だ」

 

 

「それだけ強い信頼関係がすでに成立しているという事でしょう。どうやら場にいた全員に好かれているようでしたし」

 

 

 鳳翔が会話に参加する。

 

 

「すでに艦娘たちから強い信頼を得ている……か。鳳翔、そして蒼龍、今回の演習はお前たちの航空戦がカギを握る。最後まで手は抜くなよ」

 

 

「承りました。呉の力を存分にお見せしましょう」

 

 

「はい!」

 

 

 

 

 

 

「あの人感じ悪いっぽい」

 

 

「ちょっと頭にきました」

 

 

「まあ勇兄は確かに新人だけどさ」

 

 

「あーもう、腹が立つわ!勇兄も言い返しなさいよ!」

 

 

「別に本当の事だろう?そう怒るなって」

 

 

「皆さん、落ち着いてくだサイ」

 

 

 会議室に着いてもまだ怒りの冷めないメンバーを金剛がなだめる。

 

 

「金剛お姉さまはなんでそんなに落ち着いていられるんですか!」

 

 

「ワタシには彼が本気でバカにしているようには見マセンでした。……デスが」

 

 

「……お姉さま?」

 

 

「例え嘘だとしてもテートクの事をああ言われてワタシが平気でいると本気で思っているんデスか?」

 

 

「……」

 

 

 一瞬だが金剛が見せた怒りに榛名が静かになる。

 

 

「お前たち、少しは落ち着いてくれ。時間がない」

 

 

《……》

 

 

「まずこれが今回の演習会場となる海域で、ここが俺たちの拠点だ。ここを制圧されるか旗艦の撃破で勝敗が決まる」

 

 

 提督が机上に出した海図を全員が覗き込む。

 

 

「……島が多い海域なのです」

 

 

 提督が指し示したのは一つの小さな島。周囲に島が散在しているが特に東と西に多い。少し離れた南には大きな2つの島があり、北にはあまり島が見られない。

 

 

「ここを防衛……」

 

 

「ちなみに呉の艦隊のスタート地点は南のかなり離れた場所からだ」

 

 

「南……」

 

 

「防衛組である以上、相手がどこから攻めてくるか考えなくてはいけませんね」

 

 

「……テートクはどう考えていマスか?」

 

 

「南7割、北3割だ」

 

 

「ワタシも同じデス」

 

 

「東と西は考えないのです?」

 

 

 電の発言に何人かも気になっているようで提督を見る。

 

 

「東と西は島が多すぎる。動きが大幅に制限される上に待ち伏せされると相手としてはかなり厄介な事になる。島に隠れて艦載機の接近に気付けない…とかな」

 

 

「なるほど。では、北はどういう理由なのです?」

 

 

「南からやって来る呉の艦隊が周囲を警戒しながら俺たちの拠点の北側へ回り込むとどれだけの時間がかかると思う?」

 

 

「時間……」

 

 

「俺たちの艦隊は夜戦が得意な軽巡、駆逐が3人、相手は1人……向こうには武蔵がいるんだ、昼戦で一気にたたみかけてくる可能性が高い。わざわざ夜戦に突入しかねない作戦はとらないだろう」

 

 

「となると敵が攻めて来るのは南からと仮定出来ますね……問題は私の航空戦か」

 

 

「今回のカギはそこだな、呉の鳳翔の操る艦載機は相当の練度と聞く……正直俺もこの航空戦の結果がどうなるのか分からない。結果次第では立てた作戦が意味を成さなくなる」

 

 

「飛龍を信じマス」

 

 

 全員が頷く。

 

 

「ちなみに司令官に今回の戦いにおける秘策は何かあるのかい?」

 

 

「……榛名に照明弾を持たせる。明石に頼んで光度を上げる改造をした特注品だ」

 

 

「えっ、榛名に照明弾ですか?」

 

 

「あれ?夜戦はしないんじゃ……」

 

 

「Hmm……」

 

 

「っと、そろそろ時間だな。全員準備に入れ」

 

 

 金剛たちが出て行き、時雨、皐月、電の3人が場に残る。

 

 

「僕たちはどこに行けばいいんだい?」

 

 

「そこの入り口に立っている金髪に案内してもらえ」

 

 

「え?」

 

 

 3人が部屋の入り口に視線を向けるとそこには金髪の青年が立っていた。

 

 

「なんだ気付いてたのか」

 

 

「当たり前だ」

 

 

「提督の知り合いかい?」

 

 

「士官学校の同期の内山修だ。こいつに観戦室まで案内してもらえばいい」

 

 

「分かった。お願いします……ええと」

 

 

「修でいいぜ」

 

 

「じゃあ修さん、よろしくお願いします」

 

 

「礼儀正しい娘だなあ」

 

 

「時雨たちを頼む」

 

 

「おう、……頑張れよ?」

 

 

「全力でやるさ……お前の親父さんはそれを望んでいるみたいだしな」

 

 

「言っておくが鳳翔さんとその弟子の蒼龍はかなり強いぜ。コンビネーションもバッチリだしとても空母1人で相手をするにはキツい組み合わせだ」

 

 

「知っている。だが……あまりうちの飛龍をなめない方がいい」

 

 

 そう言って飯野提督は好戦的な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 




演習始まらず……

内山パパは呉鎮守府の提督でした。私の中では鳳翔さんってかなり強いお艦イメージがあります。実際、軍艦時代では彼女の元で多くの熟練パイロットたちが育てられたらしいですし。

……なんかハードル上げちゃった気がしますが戦闘シーンは手探り状態なのであまり期待しないでくださるとありがたいなぁ……と。

丁寧に書きたいので展開はゆっくりめです。

次回、航空戦。


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演習 VS呉鎮守府2「航空戦」

読みやすさ重視でお送りします。

こんなに丁寧に(私的に)戦闘を書くのは初めだ……


 

 

 

『こちらコマンド、各員、問題はないか?オーバー』

 

 

「金剛、以下全員問題ありマセン、無事に拠点の南へ配置につきマシタ、オーバー」

 

 

「暁、もう演習開始時間になったわよ、オーバー」

 

 

『了解。コマンドより飛龍へ、索敵を頼みたい。全機を南へ飛ばせ、オーバー』

 

 

「飛龍、了解。本当に南だけでいいんですか?オーバー」

 

 

『問題なし、オーバー』

 

 

 飛龍が偵察機彩雲を3機発艦する。それぞれが南を目指して飛んでゆく。

 

 

「金剛、水上偵察機の発艦許可を求めマス、オーバー」

 

 

『コマンド、許可するが飛ばすのは南以外の三方面だ、水上偵察機は足が遅い。敵がいない事を確認するだけなら三方面に飛ばすだけでいい、オーバー』

 

 

「金剛、了解デス。三方面に一機ずつ飛ばしマス、オーバー」

 

 

 金剛の水上偵察機が発艦していく。

 

 

『コマンド、艦隊進路を南にとれ、ただし例の島は越えるな、オーバー』

 

 

「金剛、以下全員了解デス、オーバー」

 

 

 ゆっくりと進み出す艦隊の先頭にいる金剛はチラリと榛名の様子を窺う。榛名は先ほどからしきりに装備を確認している。

 

 

(んー、ちょっと力が入り過ぎデスネ)

 

 

「榛名、確かにあなたの役割は重要かもしれないデスが緊張し過ぎてはいけマセンヨ?」

 

 

「すみません……」

 

 

「さて、敵さんはどこから来るかなー」

 

 

 キョロキョロと辺りを見回すような仕草をする川内。

 

 

「南一択でいいと思うのだけど」

 

 

「ぽい」

 

 

 飛龍の偵察機からの報告を待ちながら航行する佐世保艦隊。しばらくして金剛が呟く。

 

 

「南から来ているならじきにコンタクトするはずデスが……飛龍?」

 

 

 ふと金剛が飛龍を見ると彼女は険しい顔をしていた。

 

 

「……飛龍、すみません、敵艦隊とコンタクトする前に撃ち落とされそうです、オーバー」

 

 

『何?』

 

 

「……敵の艦戦に捕まりました」

 

 

『最初から艦戦を出していたのか……どこから来た?オーバー』

 

 

「飛龍、南から敵の烈風14機です。敵の練度が高く逃げ切れそうにありません、オーバー」

 

 

『それだけ分かればなんとかなる、一応逃げ切れるかどうか試してみてくれ、オーバー』

 

 

「……ぽい!東の空に敵偵察機目視!対空電探にも不明機が6つ引っかかってるっぽい!」

 

 

 全員が東の空を見ると引き返していく黒い点が6つ見えた。

 

 

「金剛、どうやらこちらはすでに見つかったようデス、オーバー」

 

 

『コマンド、偵察機はどの方角だ?、オーバー』

 

 

「お姉さま、榛名に答えさせてください」

 

 

「分かりマシタ」

 

 

「榛名、偵察機がやって来たのは東の空からですが引き返す際に一瞬、南へと機体を向けていました。結果的に東へと離れていきましたが、旋回して南へ戻っていくと考えられます、オーバー」

 

 

『コマンド、了解した。周囲の一番近い島の影に入れ、オーバー』

 

 

「飛龍、彩雲を一機だけ戻せました、オーバー」

 

 

 ほっとしたように飛龍が言う。

 

 

『コマンド、さすがだ、よく振り切った。これから航空戦だ、烈風部隊の発艦を行いこれからやって来る敵艦戦を迎え撃て、オーバー』

 

 

「飛龍、了解、オーバー」

 

 

 矢を矢筒から取り出し、飛龍は敵が来ると思われる南の空を睨んだ。

 

 

「戦況がどう変わるかは私次第……か」

 

 

 矢をつがえ弓を引き絞る。

 

 

「烈風部隊……発艦!!」

 

 

 放たれた矢が合計36機の烈風に変わり飛び立った。

 

 

 

 

 

 

『こちら本部。鳳翔、蒼龍、そちらはどうなっている?』

 

 

「蒼龍、偵察機はまだ敵艦隊を発見していません」

 

 

「鳳翔、敵の偵察機を3機発見です。すでに用意してある艦戦に攻撃させます」

 

 

『早いな……かなり足の速い機体であるのは間違いないがそれだけではない。向こうは完全に南を警戒しているというわけだな』

 

 

「ええ、迷わず真っ直ぐに飛んで来ましたから……ここで落としておきます」

 

 

「蒼龍、敵の水上偵察機を発見しましたがこちらの偵察機に気付いていないようです。本部、どうしますか?」

 

 

『無視して水上偵察機が来た方向へ向かえ』

 

 

「了解」

 

 

「武蔵だ、提督よ、どのみち南から攻めるのだろう?」

 

 

『ああ、正面から堂々と行く。奇襲には警戒しておけ』

 

 

「分かっている。鳳翔、敵の偵察機はどうなった?」

 

 

 武蔵が問うと鳳翔は驚いたような顔で答えた。

 

 

「一機逃げられてしまいました。やりますね」

 

 

「ほう、お前が獲物を逃がすとは……」

 

 

「偵察機が敵艦隊を発見しました!敵拠点から南下した場所にある大きな2つの島がある辺りです。真っ直ぐこちらに向かって進んでいるようです!」

 

 

『了解。偵察機を迂回して帰還させろ』

 

 

「ふむ、敵の位置は分かった……となれば」

 

 

 武蔵がそう言って空母の2人を見る。

 

 

「航空戦開始……ですね」

 

 

「飛龍には負けません!」

 

 

 北の空を睨み、鳳翔と蒼龍が矢を放つ。艦戦と艦攻が飛び立ち、武蔵たちも進路を修正する。

 

 

「〈天の飛龍〉さん……私が航空戦についてしっかりと教育して差し上げましょう」

 

 

「私と鳳翔さんのコンビネーションからは逃げられないわよ!」

 

 

 

 

 

 

「んー、飯野の奴は親父の狙いを南に絞ったみたいだな」

 

 

 観戦室にて内山が画面を見て呟く。大きなスクリーンには会場のいくつかのポイントに設置されたカメラの映像が映し出されていた。

 

 

「何で南以外の三方面に水上偵察機を?」

 

 

「足の遅い水偵じゃ見つかったら逃げられない、提督はきっと水偵を大事に使いたいんだと思うよ。南以外に敵艦隊がいない事だけ確認出来れば、もう敵は残った南にいると決定出来るし、水偵を失う可能性も低いからね」

 

 

 時雨の答えに皐月が納得したように頷く。

 

 

「それにしても防衛かあ、大変そうだなあ……」

 

 

「僕たちの提督は逆に攻めていくと思うけどね。攻撃は最大の防御とも言うし」

 

 

 やがてそれぞれの偵察機同士に動きが出る。

 

 

「飛龍さんの偵察機の位置は読まれていたようなのです……」

 

 

「一機だけとはいえ鳳翔さんの艦戦から逃げ延びるとはさすがだなあの飛龍って娘は」

 

 

「……でも先に呉に見つかってしまったのです」

 

 

「航空戦が始まるね。飛龍は艦戦である烈風36機、鳳翔と蒼龍の搭載数は分からないけれど発艦させたのは烈風と艦攻の流星だね。数的に飛龍はかなりキツいだろうね……」

 

 

「さて、飯野側の空母を応援してやろう。鳳翔さんたちはマジで強いからな」

 

 

「ボクには飛龍さんがやられるところなんて想像出来ないんだけど……」

 

 

「見てれば分かるぜ。艦載機ってのは数が増えれば増えるほど一機一機の動きに精彩を欠くらしいからな」

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

「……」

 

 

 飛龍は静かに目を閉じ、艦載機との意識を繋げる。やがて頭の中に自身の烈風から見た景色が映り出す。

 

 

(前方に見える敵艦戦の数はだいたい私と同じ?2人いてこの数……艦攻を多めに積んでいるの?もしそうだとしたらあの艦戦の後方に大量にいるわね。敵の艦攻が到達する前にこれらを落とさないと!)

 

 

 飛龍は内心焦っていた。今回の相手である呉の鳳翔は空母なら誰でも知っている存在。かなり初期の頃から戦場を駆け、他の追随を許さぬ抜群の練度を誇る艦載機たちを操っていた事から敬意と畏怖を込めて〈空の女王〉と呼ばれた空母……それが呉の鳳翔である。

 

 

(そして今回は彼女が直々に鍛えた空母も同時に相手しなければいけない……)

 

 

 飛龍と同じ二航戦……蒼龍、鳳翔の弟子である以上かなりの実力者である事は間違いない。彼女も航空戦に参加してくるのだ。飛龍は自身の飛ばしている艦戦と彼女たちの艦戦が互角に戦えるかどうか分からないのだ。

 

 

(……現在私が飛ばしているのは艦戦の烈風36機)

 

 

 実はかなりの精密な飛行を行う場合、彼女が同時に操れる数は18機が限界なのだ。それ以上増えると動きに精彩を欠くようになる。ごくごく普通の相手なら多少動きに精彩を欠いた所でたいした事はない。だが現在飛ばした艦載機は36機……一機一機に割ける容量を減らした状態であの2人が操る艦載機の動きについていくことが果たして出来るのだろうか?

 

 

(……こんなに緊張する相手は初めてかも)

 

 

 だんだんと両者の距離が縮まりあと少しで航空戦が始まるというまさにその時、

 

 

 何の前触れもなく飛龍の艦載機が数機撃墜された。

 

 

(え───?)

 

 

 目の前の艦載機はまだ射程に入っていないはず……

 

 

 さらにもう一機と続いて撃墜される。

 

 

(どこ!?)

 

 

 慌てる飛龍の艦載機の視界の上端を一瞬何かが通る。自然と目でそれを追う……追ってしまった。

 

 

(───ッ!!)

 

 

 そこにあったのは太陽。絶対に直視してはいけないものを彼女は直視してしまった。

 

 

 嵌められた!と彼女は理解するがもう遅い。目が見えない彼女の艦載機が前方の敵艦載機の射程に入る。ぼんやりとしか見えないが相手の動きからして……

 

 

(マズい、こんな状態でドッグファイトは絶対にダメだ!)

 

 

 敵の群れが一斉に飛龍の艦載機へと襲いかかった。

 

 

 

 

(掛かりましたね……)

 

 

 再攻撃の用意をしながら鳳翔は空中戦を繰り広げる蒼龍の艦載機と飛龍の艦載機の様子を確認する。明らかに飛龍の艦載機の動きがぎこちない。

 

 

(相手の目が回復する前に叩いてしまいましょう)

 

 

 鳳翔と蒼龍の艦載機は初めから別行動をとっていた。飛龍の艦載機の目の前に姿を現していたのは蒼龍が操る艦戦35機。鳳翔は蒼龍の艦載機よりもさらに高度の高い位置に自身の艦載機を展開、雲を利用してずっと隠れていたのだ。

 

 

(蒼龍さんの艦載機しか見えていなかったようですね)

 

 

 いざ航空戦が始まるというタイミングで急降下させ飛龍の艦載機の上から一撃離脱戦法を仕掛けた鳳翔はワザと離脱する際に太陽の方へと機体を操作、飛龍の視線を太陽へと誘導した。

 

 

(不意打ち一つで焦って太陽の存在を忘れてしまうなんてよほど緊張していたのかしら?)

 

 

 顔合わせの際に緊張した様子だった飛龍の姿を思い出す鳳翔。

 

 

(これもまた彼女の良い教訓となるでしょう……)

 

 

「……蒼龍さん」

 

 

「分かってます鳳翔さん」

 

 

 自身の艦戦に指示を出す。

 

 

「さて、教育の時間です」

 

 

 

 

(上にまだ待機させてたのか!……)

 

 

 すでに大乱戦となっている空中戦。目が回復していない飛龍は勘を頼りに必死で艦載機に指示を出す。

 

 

(最初から敵に高高度優速をとられているのが痛い!)

 

 

 自身の艦載機は今まさに殴り合いの真っ最中だがこのままではマズいと機体を降下させ速度を稼ごうとする。

 

 降下する飛龍の艦載機を追う敵艦戦。機体を横滑りさせ射線を外させようとするがしつこく付いてくる。

 

 速度を稼いですぐに水平飛行から45度バンクさせシャンデル。

 一瞬だがぼんやりと見えた敵の数は30どころではなかった。

 

(倍の60機ぐらいの数……っ!)

 

 

 チカチカとする視界の中で飛龍は悪寒を感じ艦載機に指示を出す。

 

(この感じ、また上から来る!……潜れ!)

 

 高高度から仕掛けてきた敵艦載機の機体の下に潜り込むように動き二度目の攻撃をしのぐ。

 離脱していく敵機は追いかけない。

 

(……危なかった)

 

 密集していてはマズいと飛龍は艦載機たちをいくつかの部隊に分ける。

 

 

 ある場所では、飛龍の艦載機が自分よりも速度の速い敵艦載機の機銃攻撃を右へブレイクして回避。敵を自身の前に誘い出したい飛龍だが、追う敵艦載機は同じように右へブレイクし同時に上昇も行い速度を落として調節、再び降下する事でタイミングを合わせ一気に肉薄して攻撃。飛龍の艦載機がまた撃ち落とされる。

 

(ハイ・ヨーヨー……!)

 

 

 違う場所では飛龍の艦載機が敵艦載機の背後をとった瞬間、ピタリと背後に敵艦載機が現れた。完全に2対1で戦うサッチウィーブだ。

 

(あんまりやりたくないけれど……仕方ない)

 

 飛龍は落とされる事を前提とした囮役と攻撃役に分け、少しでも敵機を減らそうと反撃を試みる。

 だがあやふやな視界では敵の動きを上手くとらえる事が出来ず飛龍の艦載機は次第に数を減らしていく……

 

(くぅっ!……目が見えていればまだマシに戦えるのに!)

 

 

 あちこちでお互いの後ろをとろうと飛び回る大量の艦載機たち。

 

 

 一機の艦載機が敵を撃ち落とせば、すぐにその艦載機の背後についた敵がこれを撃ち落とし、そのまた後ろから新たな攻撃が襲いかかる。消耗の激しいドッグファイト。

 

 

 

 落ちる、落ちる、落ちる、落ちていく。

 

 

 

 

「いい感じです鳳翔さん!……鳳翔さん?」

 

 

「……」

 

 

 喜ぶ蒼龍とは裏腹に鳳翔の顔に喜びはない。あるのは驚愕だった。

 

 

(まだ敵は残っている……)

 

 

 鳳翔の予想では目を潰したところを一気にたたみかけて楽に終わらせる事が出来るはずだった。

 

 

 目を潰した。

 

 高高度からの一撃離脱戦法を先に仕掛けた。

 

 速さの優位を生かして攻めた。

 

 蒼龍とのコンビプレーで攻めている。

 

 激しい空中戦が始まった。

 

 次々とお互いの艦載機が落ち始めた。

 

 

(そう…()()()()()()()が)

 

 

 鳳翔の艦載機を通して見る視界には必死でこちらに食らいつく飛龍の艦載機が映っていた……最初の頃は当たっていた機銃攻撃を段々とかわし始めている。まるでもうこちらの攻撃パターンとタイミングに適応してきているかのように。それによって仕留めきれていないのだ。

 

 

(十分に目の見えない状態でよくここまで……恐らく無意識にやっているのでしょうね。……恐ろしい娘です)

 

 

 だとしてもやる事は変わらない。

 

 

「鳳翔さん!そろそろ……」

 

 

「ええ、こちらの艦攻が敵艦隊に接触します」

 

 

 

 

 

 

「飛龍さんは一体どうしちゃったんだろう……」

 

 

 あまりにも簡単に落とされていく飛龍の艦載機を見て皐月が不安そうに言う。それに答えたのは内山だった。

 

 

「多分目をやられたんだよ。空母は自身の艦載機と視覚を共有出来るからな。鳳翔さんの奇襲によって焦ったあの娘は恐らくあの人の機体を目で追ってしまったんだ……太陽がそこにあるにも関わらずな」

 

 

「そ、それじゃあ飛龍さんは今、目がよく見えない状態で戦っているの!?」

 

 

「そういうこった」

 

 

「かなり飛龍はキツいだろうね」

 

 

「……なのです」

 

 

「正直俺は今驚いているけどな。そんな状態でここまで粘れる空母なんて普通いないぜ?普通は瞬殺される」

 

 

 圧倒的劣勢になりながらも全滅していない飛龍の艦載機。むしろ時々やり返し始めている。

 

 

「数が減って一機一機の操作に集中しやすくなったのもあるだろうが、相手の動きに対応する能力もそうとう高い。……だけど」

 

 

 画面に映っているのは佐世保艦隊へと向かう呉の艦攻隊の姿だった。

 

 

「……一機も減らせてない艦攻ってマズくないかい?」

 

 

「このままじゃ間違いなく被害が出るだろうな。にしてもえげつねえ数だ……」

 

 

「……」

 

 

「時雨ちゃん?」

 

 

 何か考えている様子の時雨に電が声をかけた。

 

 

「目潰し……ああ、そういう事か」

 

 

「……?」

 

 

「みんなを信じよう」

 

 

 

 

 

 

「大丈夫ですか飛龍さん?」

 

 

 初めて見る飛龍の苦しげな表情に榛名が心配になり声をかける。

 

 

「ごめんなさい……制空権は喪失寸前」

 

 

《えっ……》

 

 

 メンバー全員が驚いて飛龍を見る。

 

 

『……コマンド、状況を教えてくれ飛龍、オーバー』

 

 

「……飛龍、烈風36機中30機が撃墜され……すみませんたった今31機目を撃墜されました。敵の残存はおよそ40数機、完全に劣勢です」

 

 

『……敵の艦攻が全部やって来る事になったか』

 

 

「すみません……」

 

 

『落ち着け、まずは向かって来る艦攻をどうにかしなければならない』

 

 

「……南に敵機を発見デス!到達まで約3分!」

 

 

 艦隊に緊張が走り、全員が南の空を見上げる。

 

 

「マジかー……」

 

 

 川内が冷や汗をかきながら呟くが、彼女に声を返す余裕のある者はいない。

 

 

 

 南の空を埋め尽くす艦攻の群れが全員の目に映っていた。

 

 

 

 

 

 




私の好きな艦これゲーム内の戦闘曲は「飛龍の反撃」とそのアレンジ「MI一幕、二幕」です。サビ?の部分で最高にテンションが上がります。普段オーケストラverを聴いていますが最高です。確かYoutubeにもあった気がします。


いいよね「反撃」って……


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演習 VS呉鎮守府3「飛龍の反撃」

これ書いてる間ずっと「飛龍の反撃」系3曲を聴いてました。やっぱり神BGMですよね。

飛龍さん頑張る……の回。


 

 

 

「金剛お姉さま……あれは全部で何機いると思いますか?」

 

 

 すでに目視出来る敵の艦攻。大きく横に広がった艦攻たちはまるで大きな鳥のようにも見える。

 

 

「恐らく40機ほどいるネ……」

 

 

「そんな……」

 

 

「……」

 

 

「どうシマスか?コマンド、オーバー」

 

 

『……艦攻の目の前に姿を晒せ』

 

 

「What!?」

 

 

『その場所では身動きが取れない!輪形陣だ!急げ!』

 

 

「は、ハイ!皆さん!」

 

 

《了解っ!!》

 

 

 金剛に続いて一斉に島の影から出る佐世保艦隊。敵の艦攻が彼女たちに狙いを付ける。

 

 

『榛名を先頭へ!』

 

 

「えっ」

 

 

『お前に載せた照明弾の出番だ、敵が降下するタイミングで目の前にぶちかませ!』

 

 

「……ここで照明弾?」

 

 

 暁が戸惑ったように言う。

 

 

「勇兄がやれって言ってるんだ、頼むよ榛名さん!」

 

 

「で、ですが……」

 

 

『総員対空戦闘用意!』

 

 

「榛名、テートクを信じてあげてくだサイ」

 

 

「そろそろ来るっぽい!」

 

 

(……そうだ、迷っている場合じゃありません)

 

 

 照明弾を装填し榛名は40機の艦攻を睨みつける。

 

 

(……降下の瞬間を……)

 

 

 砲門を空へと向ける。

 

 

(……距離約2000m)

 

 

 

 

「……」

 

 

「……」

 

 

(敵艦隊補足!)

 

 

(……島の影から出てきましたね)

 

 

 艦攻に攻撃準備をさせる鳳翔たち。佐世保艦隊が隊列を組んでこちらの艦攻を見ている。

 

 

(……輪形陣、こちらを正面から迎え撃つつもりですか)

 

 

「飽和攻撃を仕掛けましょう」

 

 

「ええ」

 

 

 敵艦6隻に対して40機の艦攻によるやりすぎとも言える攻撃。完全な飽和攻撃であり、回避などそうそう出来るものではない。

 

 

「逃がしませんよ」

 

 

 

 

「弾幕薄いヨ!よく狙って!」

 

 

「この…ちょこまかと!」

 

 

 金剛たちが機銃を掃射する中榛名は深呼吸、自身の役割に集中する。

 

 

「距離1500m……1200m……」

 

 

 狙いを正確に絞っていく。

 

 

(提督は目の前でぶちかませとおっしゃっていました……つまり敵の艦攻の真っ正面で照明弾を炸裂させよという事)

 

 

 素早く思考し砲門をかなり下げて調整。南の空を埋め尽くす敵艦攻はみるみる迫ってきている。

 

 

(全員、守ってみせます!)

 

 

 そして彼女は照明弾を───

 

 

 

 

(1200m……魚雷用意)

 

 

(佐世保の弾幕がすごい…でもそれじゃ全部は落とせないよ!) 

 

 

 敵の対空機銃攻撃を避けて接近させる。

 

 

(1000……800…そろそ───)

 

 

 

「ここです!!」

 

 

 

 それはまさに鳳翔たちの艦攻が魚雷の投下に入ろうとした時の出来事であった。

 

 

 榛名の4つの砲が装填された弾を撃ち出す。撃ち出された砲弾は艦攻たちの目の前で炸裂した。

 

 

(先頭艦が砲で攻撃?───ッ!?)

 

 

 瞬間、激しい光が艦攻と視覚共有していた鳳翔と蒼龍の両目を焼いた。

 

 

「あぐっ!?」

 

 

「うぁっ!?」

 

 

 

 

「ワオ!最高ネ榛名!」

 

 

「当てやすくなったっぽい!」

 

 

「ったく、何が『照明弾』よ!」

 

 

「『閃光弾』の間違いじゃないの!」

 

 

「相手にも目潰し……」

 

 

 照明弾が炸裂し、目に見えて動きの悪くなった艦攻を見事な射撃で撃ち落としながら各々が叫ぶ。

 榛名もすぐさま三式弾を装填し対空戦闘に参加する。

 

 

『よし!飛龍は今の内に烈風を戻せ!体勢を整える!』

 

 

「りょ、了解!」

 

 

 撃ち落とされていく艦攻だが数を生かして扇状に数十本の魚雷を放ってきた。

 

 

「金剛さん、榛名さん、飛龍さんは下がって!」

 

 

「出来るだけ相殺してみる!」

 

 

「金剛さんたちは夕立たちが守るっぽい!」

 

 

 金剛たちの前に飛び出した暁、川内、夕立の3人は一斉に扇状に魚雷を発射する。

 魚雷同士が衝突して無数の水柱が上がり、前方が何も見えなくなった。しかしそれでも相殺しきれなかった魚雷が暁たちに命中する。

 

 

「痛っ……」

 

 

「痛たたた……あー、魚雷発射管がダメになったよ」

 

 

「夕立は機銃が壊れたっぽい」

 

 

「だ、大丈夫ですか皆さん!」

 

 

「演習弾だもの……へっちゃらだし」

 

 

「あの数の艦攻に襲われて1人も大破してないんだから上々だよ」

 

 

「ぽい!」

 

 

『コマンド、被害状況を伝えてくれ、オーバー』

 

 

「金剛、……被害は暁が中破、川内が中破と魚雷発射管の損傷、夕立が中破と機銃の損傷デス、オーバー」

 

 

『コマンド、3人とも中破……大破よりはマシか。敵機はどうなった?オーバー』

 

 

「撤退していきマス……」

 

 

『よし、ではこれからの作戦を説明する。全員しっかりと聞いてくれ。まず────』

 

 

 

 

 

 

「どうしたお前たち!?」

 

 

 小さな悲鳴をあげ、突然目を押さえて苦しみだした空母の2人に武蔵が近付く。

 

 

「目が……」

 

 

「す、すみません……」

 

 

「……何があった?」

 

 

「……艦攻の攻撃の直前で小さな太陽のようなものが4つ目の前に出現したんです」

 

 

「はあ?太陽だと?」

 

 

 蒼龍の発言に武蔵が驚いたように聞き返す。

 

 

「恐らく正体は強力な照明弾ではないかと……油断しました」

 

 

 鳳翔が目を押さえて言う。

 

 

『……昼戦から照明弾だと?』

 

 

「成功させた敵もあっぱれだが攻撃そのものの結果はどうなったのだ?」

 

 

 那智が質問する。

 

 

『鳳翔、教えてくれ』

 

 

「……魚雷は全て投下、激しい水柱が上がったため敵の姿が隠れてしまいましたがあの魚雷の数です、間違いなくダメージは与えたはずです」

 

 

『艦攻はどれだけ残っている?』

 

 

「7割ほど残り今は帰還させている所で、敵は追ってきません」

 

 

『では第二次攻撃は可能だな?』

 

 

「はい」

 

 

(目は少しずつ良くなってきましたし、艦攻もまだ十分残っている。ただ……)

 

 

「……」

 

 

(どさくさに紛れて敵の艦載機がいつの間にか離脱していますね)

 

 

 

 

 

 

「何だありゃ?あの戦艦の娘は一体何を……」

 

 

 40機の艦攻による飽和攻撃を生き延びた佐世保艦隊を見て内山が驚いたように言う。

 

 

「あれは照明弾だよ」

 

 

「……照明弾?にしては眩し過ぎる気がしたが」

 

 

「ウチの明石さんが手を加えたらしいからね。きっと提督は最初からこのために使うつもりで榛名さんに持たせたんだ」

 

 

「よく当てられたなあ榛名さん……!」

 

 

「榛名さんはいつも頑張っているのです!」

 

 

 画面を見て皐月と電が喜ぶ。

 

 

「制空権の確保が難しいからと保険をかけていたってわけか……これ以上ないベストタイミングで炸裂させた榛名って娘もやるな」

 

 

「照明弾を昼戦に使うって発想がそもそもおかしいんだけどね。まあそれが僕たちの提督さ」

 

 

 時雨が苦笑する。

 

 

「あー、確かに士官学校でもあいつの作戦には頭おかしいのがいくつかあったな……」

 

 

「これで一度目の艦攻による攻撃を耐えたわけだけどまだ終わっていないよ」

 

 

「制空権は依然として呉がとっ……ん?佐世保の艦載機がいない……離脱させたのか?」

 

 

「反撃のために体勢を整えるつもりじゃないかな」

 

 

「……もう一度航空戦を挑む気力が空母の娘にあるのか?艦戦だってもうあまり残っていないはずだ。普通あそこまでコテンパンにやられたら自信を喪失しそうな気がするが」

 

 

「それは……」

 

 

「飛龍さん……」

 

 

 皐月と電が不安そうな顔をしたが時雨は違った。

 

 

「3人とも、飛龍が出した艦載機の数を覚えているかい?」

 

 

 全員が時雨を見て答える。

 

 

「30数機に見えたぞ」

 

 

「確か飛龍さんの烈風は36機だった気がする」

 

 

「なのです」

 

 

「そう、36機だ」

 

 

「その8割ほどがもう撃墜されちまったじゃねえか。残り数機でどう戦うんだ?」

 

 

「……あれ?」

 

 

「あっ」

 

 

「……どうしたんだお前ら?」

 

 

「修さん、飛龍の艦載機搭載数は79機だよ」

 

 

「79機……30機以上撃墜されてあと半分は艦攻……なんて事はないか。まだ出していない艦戦があるという事か?いや、載せているなら普通最初から出しているはずだ。もう艦爆、艦攻といった攻撃機しか残ってないんじゃ?」

 

 

「修さんは知らないだろうけれど飛龍は友永隊に並ならぬこだわりを持っていてね、いつも攻撃機は艦攻の友永隊しか載せてないんだ。そして飛龍の友永隊は少数精鋭。きっと今回もそうだろうから間違いなく艦戦……紫電改二がまだ残っているはずだ」

 

 

「何故最初から使わなかったんだよ?」

 

 

「答えなら内山さんが言ったじゃないか『艦載機ってのは数が増えれば増えるほど一機一機の動きに精彩を欠くらしいからな』とね。数を増やしても全てを同時に上手く操れなければ意味がないんだよ」

 

 

「なるほど……鳳翔さんたちの艦戦の練度をそれだけ警戒していたのか。確かに1人と2人じゃ総合的な容量で負けているもんな」

 

 

「それと飛龍のメンタルについてだけど……彼女は逆境であればあるほど燃えるタイプだよ」

 

 

 時雨は画面に目を向けてニヤリと笑う。

 いつの間にか画面のどこにも佐世保艦隊は映っていなかった。映るのは影一つない海と周囲の島々のみ。内山もそれに気付く。

 

 

「ど、何処に消えたんだ?」

 

 

「さあ、佐世保の反撃開始だ」

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 あの後出された提督の指示により、飛龍はある場所で身をひそめて通信を行っていた。

 

 

「飛龍、配置につきました、オーバー」

 

 

『コマンド、了解……いけそうか?』

 

 

「……」

 

 

『……突然の奇襲に太陽を使った目潰し、見事なコンビネーション、一気に艦載機を落とされてひどく動揺したのは分かる』

 

 

 ゆっくりと提督は話しかける。

 

 

「……」

 

 

『これほどお前が苦戦する相手は最近じゃいなかったからな。自信を喪失していないか心配だ』

 

 

「制空権……取り返せるでしょうか?」

 

 

『そりゃお前次第だ。俺は指示を出すだけだからな』

 

 

「ズルいです……こっちは必死なのに」

 

 

『……』

 

 

「〈空の女王〉とその弟子を私1人で相手しなきゃいけないんですよ?練度は互角以上なのに数の不利もあって……キツいですよ」

 

 

『……くくく』

 

 

「……何ですか?」

 

 

『あー、お前が今どんな顔してるのか簡単に想像出来てな』

 

 

「そこからじゃ見えないですよね?」

 

 

『多分今笑ってるだろお前』

 

 

「……」

 

 

『ここ一年こんな相手とやり合う事なんてまず無かっただろうからな。少し物足りないと感じていたはずだ』

 

 

「……」

 

 

「闘争心……かなーり刺激されたんじゃないか?」

 

 

「……正解」

 

 

 雲の隙間から差し込んだ太陽の光が飛龍の顔を僅かに照らす。彼女は提督の言う通り獰猛な笑みを浮かべていた。

 

 

『敵は自分以上かもしれない先輩空母と弟子だが勝てるか?』

 

 

「聞くまでもないよ。もう目も治ったし今から使うのはこの紫電だよ?」

 

 

『お前本当にその紫電気に入っているよな』

 

 

「思い出の艦戦だからね」

 

 

 そう言って飛龍は微笑み、紫電の矢を優しく指でなでる。

 

 

『……』

 

 

「昔、提督って本当に兵装開発の運が無くてずっと失敗か低レベル装備ばっかり開発してたじゃん?私も今よりずっと性能の劣る艦載機を使ってたし」

 

 

『……神の見えざる手が働いていたに違いない』

 

 

「ふふっ、でもさ……ある時この紫電改二の開発に成功したんだよね。あの時の提督のはしゃぎようは今でもよく覚えてる。『やったぞ飛龍!紫電改二が出た!ペンギンでも、すでに山のようにある彗星と水上偵察機でもない!紫電改二だぞ!本物だ!初の大成功だ!!』ってね」

 

 

 無駄に上手い声真似をする飛龍に通信機の向こうで提督が咳き込む。

 

 

『ま、まだ覚えているのか……』

 

 

「それで、『さっそく使ってみよう!きっとお前の役に立つはずだ!というか飛ばす所を見せてくれ!』って言って私を出撃させたよね。私、休日だったのに」

 

 

『す、すまん……』

 

 

「飛ばしてみて私もその性能に驚いたよ。後で資材をかなり使っていた事が発覚して提督は金剛さんに怒られていたけど」

 

 

『し、仕方ないだろ……なるべく早くお前にいい装備を与えてやりたかったんだよ』

 

 

「まあ、あの日からずっと私はこれを使っている。今じゃこの紫電は私に一番馴染んでる艦載機だよ……友永隊よりもね」

 

 

『……友永隊よりも?』

 

 

「友永隊も大切だけど、この紫電は提督が私のために必死で用意してくれた大切な艦載機だもの。ちょっとだけ特別」

 

 

『そう言われるとなんだか照れるな』

 

 

「……制空権、とってみせるから」

 

 

『ああ』

 

 

「……」

 

 

『飛龍』

 

 

「何?」

 

 

『俺の中で最強の空母はお前だけだ』

 

 

「知ってる」

 

 

『お前の実力を見せつけろ』

 

 

「当たり前よ」

 

 

『制空権をとれ』

 

 

「了解」

 

 

 飛龍は構えると弓に矢をつがえ引き絞る。強く、強く、強く。

 

 

「……」

 

 

 笑みは消え、凛とした表情になる彼女。

 

 

(負けられない……)

 

 

 キリキリと弓弦が悲鳴のような音を上げる。

 

 

「発艦!」

 

 

 射る。目にもとまらぬ速さで飛んでいく矢はやがて18機の紫電へと姿を変える。

 

 

「返してもらうよ制空権」

 

 

 

 

 

 

 艦攻を帰還させた呉の艦隊は佐世保艦隊がいた場所を目指して進んでいた。

 

 

「おかしい……」

 

 

 佐世保艦隊がいた場所へと偵察機の彩雲を3機飛ばして索敵を行っていた蒼龍が訝しげに呟く。

 

 

『どうした蒼龍?』

 

 

「佐世保の艦隊がいません!消えました!」

 

 

『消えただと?周囲にもか?』

 

 

「まだ遠くの方は見ていませんが、少なくとも先ほどまでいた場所には姿が見えません」

 

 

『……場所を変えて奥に逃げたのか?』

 

 

「どうしますか?」

 

 

『索敵をしながら進路はそのままだ。拠点を目指す』

 

 

「了解……っ!?」

 

 

「……っ!?」

 

 

 突然様子の変わった蒼龍と鳳翔に気付いた武蔵が尋ねる。

 

 

「何があった?」

 

 

「こ、こちらの艦戦が突然攻撃を受けました」

 

 

「……気を抜いていましたね」

 

 

『まだ艦戦を残していたか……叩き落とせ』

 

 

「「了解」」

 

 

(くっ、油断してた……それに)

 

 

(……やはり万全の状態では敵の動きがとても良いですね)

 

 

 

 

 

 

(よし!最初の攻撃は成功した!)

 

 落ちていく敵艦載機を確認しながら飛龍は自身の艦載機に指示を出す。

 飛龍が最初に仕掛けたのは相手よりも高い高度からの奇襲である。

 

 高度と速さを生かして一撃離脱戦法を仕掛けていく。

 

(……今ので8機ぐらい落とせたけど)

 

 さすがに相手の数が多く、あっという間に取り囲まれる飛龍隊。

 

(ここからは甲乙丙で分ける!)

 

 飛龍は隊を甲、乙、丙の各6機編成3つの隊に分ける。甲隊を左へ、丙隊を右へそれぞれブレイク、乙隊は真っ直ぐ飛ばす。

 

(勝負!)

 

 

 

 

「蒼龍さんは右の隊を。私は隊を2つに分けて左と真ん中の隊をやります」

 

 

「分かりました!」

 

 

(さて……)

 

 現在、鳳翔隊が飛龍隊甲を追いかけている状態。だが、飛龍隊甲が急旋回を繰り返すために背後をとりきれない。

 

(厄介ですね……速度差がない)

 

 お互いがお互いを前へ押し出そうと急旋回を繰り返す泥沼のシザース戦。

 完全な拮抗状態となってしまっている。

 

(こちらはともかく……)

 

 

 意識を飛龍隊乙を追う鳳翔隊に移す。

 

(こちらの方が高度が高い)

 

 真っ直ぐ水平飛行をする飛龍隊乙を上から見下ろす鳳翔隊。獲物に狙いを付けようとして鳳翔は違和感を感じる。

 

(……?……おかしい!敵機の速度が増している!?)

 

 予想よりも速い敵機に気付く。

 

(何故水平飛行で速度が……!)

 

 鳳翔は気付いていなかったが飛龍隊乙は初めから完全な水平飛行などしていなかった。気付かれないように機首を下げ、確実に速度を稼いでいたのだ。

 

(くっ……!)

 

 慌てて撃った機銃は何もない場所を通り過ぎる。

 

 

 

 

(今さら気付いても遅いよ)

 

 飛龍隊乙は稼いだ速度を利用し、機体が悲鳴をあげるようなピッチアップ。鳳翔隊を正面にとらえ……

 

(……お返しっ!)

 

 すれ違いざまに機銃を鳳翔機に叩き込む。

 

(3機撃墜被害はなし!…追撃!)

 

 上へ逃れようとする鳳翔隊を追随し、射線にとらえようとする。

 姿勢が水平になった所で射線から逃れようと機体を横滑りさせた鳳翔隊。

 

(逃がすか!)

 

 飛龍隊乙が樽の表面をなぞるような螺旋を描いて動き、鳳翔隊の背後を完全にとる。火を吹く機銃に鳳翔機が落とされていく。

 

(よしっ!次は丙隊の方だ!)

 

 

 

 

(完全がしてやられました……最後のバレルロールも綺麗に決められてしまいましたし……)

 

 鳳翔は顔をしかめる。

 

(それにしても臆さず正面からすれ違いざまに射撃とは……)

 

 完全に不意を突かれて鳳翔は反応出来なかった。

 

(このままではマズい……)

 

 

 

 

(何なのこの艦載機は!?)

 

 飛龍隊丙を追う蒼龍隊は先ほどから攻撃を上手く当てられずにいた。

 

(動きが全然違う……)

 

 宙返りに入った飛龍隊丙を追ってこちらも宙返り。

 

(………!)

 

 蒼龍隊は普通に宙返りしたのに対し、飛龍隊丙は宙返りの頂点で強引に機体をロールさせてさらに宙返り。一気に上をとった。

 

(不利……!)

 

 降下し加速した飛龍隊丙が上から襲いかかった。何機かは回避に成功するが数機撃墜されてしまう。

 

(この……!)

 

 

 

 

 

 

「押してる!」

 

 

「完全に飛龍さんのペースなのです!」

 

 

 紫電の奮闘ぶりに歓声を上げる皐月たち。時雨は満足そうに頷いている。

 

 

「やっぱりやられっぱなしでいたら飛龍じゃないね」

 

 

「……すっげえ」

 

 

 内山は画面に映る多数対多数の大空中戦を食い入るように見ていた。こんな戦闘はめったにみられるものではないと思ったのだ。

 

 

「うん……紫電を使っている時の飛龍は本当に強いよ」

 

 

「烈風とは何か違うのか?」

 

 

「紫電は飛龍にとって思い出のある大切な艦載機……だから気合いの入り方が違うんだろうね」

 

 

「「「え?」」」

 

 

「飛龍も乙女な女の子って事さ」

 

 

 

 

(……そろそろか)

 

 飛龍隊甲乙丙それぞれの戦況を確認する。多数の艦載機を同時に操る負担が頭痛として彼女にやってくる。

 

(さすがに全力で同時に動かすとキツい……)

 

 プレッシャーに駆け引きに精密な同時操作……彼女が負う負担は並のものではない。

 

(くっ、まだ気を抜くな!)

 

歯を食いしばって痛みに耐える。

 

(3つの隊それぞれが戦っている相手の動きに少しずつ無駄が増えてきた……) 

 

 相手の艦載機の動きに焦りのようなものを感じた飛龍は一つ仕掛けてみることにした。

 ワザと高度を落とし相手の前へ躍り出る飛龍隊甲乙丙。出来るだけ操作を誤ったかのように見せかける。

 

(相手が冷静さを取り戻す前に……!)

 

 

 

 

 

 飛龍隊の自殺行為を見た鳳翔は頭痛に耐えながら思考する。

 

(これは……操作ミス?……そうですね、これほどまでの艦載機操作を同時に行えば彼女の負担もかなりものとなっているはず……)

 

 舞い降りたチャンスにより飛龍隊甲乙の背後をとった鳳翔隊。

 

(チャンスをものにしましょう)

 

 飛龍隊甲乙が宙返りの動作に入った。

 

(終わりです!)

 

 鳳翔隊が追随する。

 

 

 

 

(前に出てきた!?……限界がきたのかな?)

 

 さんざんこちらを振り回してくれた飛龍隊丙が蒼龍隊の前に躍り出た。

 

(やってやる!)

 

 宙返りに入った飛龍隊丙。

 

(逃がさない!)

 

 蒼龍隊も追って宙返りに入る。

 

 

 

 鳳翔たちの艦載機は飛龍の艦載機の後を追う。

 

 ……それが仕組まれた罠だとも知らずに。

 

 

 

 

(来い来い来い!!)

 

 自機の後ろに敵機がいる事を確認する飛龍。

 

(乗ってきた……次に自機の状態も確認!)

 

 自機を宙返りに入らせる。

 

(集中っ!)

 

 鳳翔隊たちも宙返りに入るが、飛龍隊の宙返りはただの宙返りではない。

 

 

 

 

(宙返りが終わった所に一斉射撃で落としましょう)

 

 自機に宙返りをさせながら鳳翔は思考する。

 

(……?)

 

 宙返りの後の行動について考えていた鳳翔はふと飛龍隊の宙返りに意識を向け───

 

(何かこれは……痛っ!)

 

 だが頭痛がその思考を遮る。鳳翔隊は普通の宙返りを行う。

 

(……!?)

 

 そして鳳翔は悟る。

 

 

 

 

 同じく宙返りをさせている蒼龍。

 

(頭が痛い!)

 

 かかっている負荷により蒼龍はかなり消耗していた。

 

(でも……宙返りの後でボコボコよ!)

 

 攻撃を外さないために素早く気持ちを落ち着けようとし───

 

(……あれ?これ…普通の宙返りじゃな───!?)

 

 

 

 

 飛龍は必死で痛みに耐え続ける。

 

(ぐぅっ!頭が割れそうっ!)

 

 左横滑り。

 

 普通の宙返りよりも高い高度。

 

 刻々と変わる18機もの艦載機の状態を完全に把握し、失速寸前を維持して機体をコントロール。

 

(左……)

 

 ななめ宙返り。宙返りを終える頃には敵機の姿が自機の目の前に。

 

(捻り込みぃっ!)

 

 一瞬で好守が逆転する。

 

「徹底的にっ」

 

 機銃を掃射。

 

「叩きますっ!!」

 

 

 無防備に後ろを晒す敵機を飛龍隊が一斉に叩き落とした。

 

 

 

 

 

 




こんなに書くのが難しいとは……
今まで書いてこなかった航空戦の描写にさんざん苦しめられました……
飛龍万歳!!皆さんとって初の高レアリティ艦載機って何でしょうか?私は紫電改二です。未だに烈風の開発に一度も成功した事がありません。ヒャッハーさんが改二で持って来てくれた一つのみです(泣)。毎日のようにレシピ回してるのに……神の見えざる手が働いているに違いない!

飛龍ファンもっと増えてくれ。いや、二航戦ファンもっと増えてくれか。二航戦の時報を聞いてみればドハマりする人多そう。きっと幸せになれますよ。蒼龍とかノリが完全にJD。リアルの艦これでケッコン後ボイス聞いて幸せになりました。


ここからは蛇足。
唐突なカミングアウトをいたしますと私は今この作品を書いておりますが、当初は普通(普通って何だ)の艦これ作品じゃなくてTS・転生ものを書くつもりでした。他の作者さんたちの作品を読んでいる内にああいうのが大好きになってしまったので(創作意欲が刺激され)……
序盤の設定集と書き終わっているプロローグが今も放置されているのを今日発見し、もったいないなあと少し思いました(書いたら投稿したくなるという私の病気)。
……皆さんはこういうの好きなんだろうか?

長文失礼しました。所で今回の戦闘描写は読みにくくなかったでしょうか?それとなく感想で言っていただけると嬉しいです。


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演習 VS呉鎮守府4「艦隊戦」前編

うちの由良さんがやっと改二になりました!開幕魚雷に対空カットイン!そして可愛い!最高です。
もうすぐ来る夏イベで是非活躍させたいですね。

とまあ近況報告はこれくらいにして本編です。


 

 

 

「飛龍、制空権確保、オーバー」

 

 

『コマンド、了解……さすが俺の空母だ。よくやった』

 

 

 飛龍は自然とにやける口元を手で隠す。

 

 

「ふぅ、すっごく疲れました……」

 

 

『だろうな。艦載機の精密な同時操作はかなりキツいんだろ?』

 

 

「キツいなんてものじゃありません。頭が割れるかと思いましたよ」

 

 

『割れたら少しは大人しい性格になるのか?』

 

 

「ひどい!」

 

 

『すまんすまん……艦戦は引き続き飛ばしておけよ。彩雲も出せ』

 

 

「りょーかい。後でなんかご褒美頂戴!本当に頑張ったんだから!」

 

 

『うーん、まあ常識の範囲内でならいいぞ』

 

 

「よしっ!」

 

 

『……引き続き作戦通りに頼む。戦いはこれからだ』

 

 

「はい!」

 

 

『じゃあ切るぞ』

 

 

「はーい」

 

 

 通信が切れた後、飛龍は彩雲を一機飛ばす。

 

 

「……ふふ、ご褒美何にしよっかなー」

 

 

 戦闘中とは思えない気の抜きようである。

 

 

「膝枕してもらう……とか?……何言ってんだろ私。いやでも、アリかも」

 

 

 あれこれ想像しブツブツと呟く飛龍。

 

 

「……おっと!考えるのは後だ。でもなんか無性に甘えたい気分!」

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

「制空権……喪失」

 

 

 震える声で蒼龍が伝えた報告内容に騒然とする呉艦隊。

 

 

『なんだと……!?』

 

 

「……」

 

 

「きっとミスが多かった私のせいです!せっかく優勢だったのに……最後も油断して」

 

 

「それは違いますよ蒼龍さん」

 

 

「……」

 

 

「たとえ最後の敵の捻り込みに気付くのが早かったとして、はたして私たちはそれに対応出来たでしょうか?」

 

 

「それは……」

 

 

「いつの間にか限界近くだった私たち……それだけ敵に消耗させられていたんです。あの技に即座に対応する事が出来るほどの余裕はすでになかったはず……私たちの完敗ですよ」

 

 

「……」

 

 

「すみません提督……」

 

 

『いい、素直に敵を賞賛すべきだろう。お前たち2人に勝った敵はそれだけ強かったという事だ。それよりも……』

 

 

「ああ、とられてしまったものは仕方がない。急ぐぞ」

 

 

 敵の攻撃機を警戒しながら敵の拠点を目指す呉艦隊はやがて異変に気付く。

 

 

「制空権をとられたとなると今度は敵の攻撃機が来るはずなのだが……」

 

 

 いつまでたっても敵の攻撃機が飛んで来ない事に対し武蔵が戸惑ったように言う。

 

 

「来ませんね」

 

 

 鳳翔たちも首を傾げる。

 

 

『どういう事だ?』

 

 

「そもそも敵の艦載機はどこに消えたのでしょう?」

 

 

 霧島が空を見上げて言う。鳳翔たちの艦載機と激しい航空戦を繰り広げたという敵の艦載機の姿がどこにもない。

 

 

「本当にこの辺りで戦っていたのですか?」

 

 

「は、はい!」

 

 

「そのはずなんですが……」

 

 

「相手の考えが全く読めないですね……」

 

 

『……』

 

 

 

 

 

 

「飛龍は制空権を確保出来たようデスネ」

 

 

『ああ、本当によくやってくれたよ』

 

 

「ハイ、ようやくワタシたちの出番ネ」

 

 

『すでに飛龍には艦載機を離脱させてある。恐らく相手は今頃戸惑っている事だろう』

 

 

「いつまでたっても攻撃機が飛んで来なかったら普通疑問に思うデス」

 

 

『当然警戒される……が、それでも不意を突くぞ』

 

 

「ハイ……ところでテートク、何かないのデスか?」

 

 

『え?』

 

 

「ここはアレがちょっと……」

 

 

『……そうだな、一応用意してある。ちょっと艤装を探ってみろ』

 

 

「艤装を?」

 

 

 言われて金剛は自身の艤装を調べる。しばらくして目的の物を見つけた。

 

 

「いつ載せたんデスかこれ……ワタシは載せた覚えがないデスヨ?」

 

 

『整備妖精に頼んだ。ちなみにニオイはキツくないはず』

 

 

(ワタシこれのニオイかなり苦手なんデスが……)

 

 

「……」

 

 

『もうすぐ敵がやって来る、それまで我慢してくれ』

 

 

「了解デス」

 

 

『……一応聞いておくが変に力んでないよな?無理だけはしないでくれ』

 

 

「呉の提督がテートクを試しているだけだというのは分かっていマス。デモ……」

 

 

『怒ってくれるのは嬉しいがそれが失敗につながらないか心配なんだ』

 

 

「むぅ……ワタシが信用出来ないのデスか?」

 

 

 不満そうな声をあげる金剛。

 

 

『そんな事はない。お前は俺が一番信頼している存在だ』

 

 

「ならいいデス」

 

 

『……』

 

 

「テートク、他に何かありマスか?」

 

 

『特にない。いつも通りにやってくれれば問題ない』

 

 

「そうデスか」

 

 

『金剛』

 

 

「?」

 

 

『Now it's time to hunt』

 

 さあ狩りの時間だ。

 

「……」

 

『We are hunter.we don't miss our aim』

 

 我々は狩人。狙った獲物は逃がさない。

 

「……」

 

『Trample them』

 

 蹂躙せよ。

 

「As you wish」

 

 仰せのままに。

 

 

 金剛の口角がつり上がった。

 

 

 

 

 

 

「飛龍さんの方はどうなったのでしょうか……」

 

 

「大丈夫だと思うっぽい……飛龍だもの、きっと……」

 

 

 榛名、夕立、川内、暁の4人は艦攻による襲撃を受けた地点から北上し待機していた。そこに金剛と飛龍の姿はない。

 

 

『……こちらコマンド、聞こえるか?オーバー』

 

 

 待っていた通信が入る。

 

 

「……!榛名、聞こえています、オーバー」

 

 

『コマンド、まず結果を伝える……飛龍が無事に制空権を確保。これにより作戦通りの行動をとる事が出来るようになった。南下せよ、作戦開始だ!』

 

 

「榛名、了解です!」

 

 

 全員で顔を見合わせ頷く。

 

 

「皆さん、行きましょう!」

 

 

「「「応!!」」」

 

 

 榛名を先頭に単縦陣を組み、佐世保艦隊は南下を開始した。

 

 

 

 

 

 

「本当に制空権とっちまったなあ……」

 

 

「さすが飛龍だ」

 

 

「最後のやつってよく分からなかったけどすごいね。宙返りが終わるといつの間にか好守が逆転している技なんて」

 

 

「普通の宙返りとは違うのですか?」

 

 

「ん、ありゃ多分左捻り込みってやつだ。確か……ななめ宙返りなんだが、普通の宙返りよりも高い高度で失速寸前を維持しながら行うやつだよ。零戦の旋回性能を生かした技で、刻々と変わる艦載機の失速条件を常に把握している必要がある」

 

 

「そんなに大変なの?」

 

 

「18機分の状態を完全把握だぞ?一機でもけっこう大変なのにあのプレッシャーの中でそれを行う……もはや神業と言ってもいいぜ」

 

 

「へえ……かっこいいなあ」

 

 

「なのです!」

 

 

 飛龍たちの航空戦についてあれこれと話してから再び観戦を始めた皐月たち。だがしばらくして皐月たちは困惑する。

 

 

「紫電がどこかへ飛んでいっちゃった」

 

 

「まだ艦攻を使う気配がない……?」

 

 

「本当に佐世保艦隊はどこに消えた?拠点の方に戻ったのか?」

 

 

 画面には複数箇所の映像が映っているがその中に佐世保艦隊の姿はない。

 

 

「……ねえ、これって画面に映す場所を切り替える事は出来ないのかい?」

 

 

 時雨の言葉に内山が反応した。

 

 

「あ……そうじゃん!映す場所切り替えられるんだった!」

 

 

「……忘れてたの?」

 

 

「…ちょ、ちょっとカメラの場所を切り替えてみるか」

 

 

 内山がリモコンのようなものを取り出して操作すると画面に映る場所が切り替わっていく。

 

 

「目を離した隙にどこへ……お?いたぞ!」

 

 

 画面に佐世保艦隊らしき姿が映ったところで内山が操作を止める。

 

 

「位置的に艦攻を迎撃した地点から北上しただけか……ええと、拡大するぞ」

 

 

 どうやら一度北上していたらしい佐世保艦隊。現在南へ向かって引き返しているように見える。

 

 

「何のために北上して……ん?」

 

 

 画面が拡大されるにつれておかしな点が明らかになる。

 

 

「4人しかいない?……あと2人はどこへいった?」

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

「止まれ!」

 

 

 敵の拠点を目指して北上していた呉艦隊は武蔵の号令で停止する。武蔵たちの北東、北西には大きな島がそれぞれ1つずつあった。島同士の間隔はだいたい200mほどである。

 

 

「ここは最初に敵を発見した場所ですね」

 

 

「この2つの島の間を通り抜ける時が危ない気がするな……」

 

 

 島を見て何か嫌な予感がした武蔵はそう呟いた。

 

 

『ああ、襲撃を警戒しろ。全員いつでも撃てるようにしておけ』

 

 

 全員が警戒体勢に入る。

 

 

「索敵しましょうか?艦戦もいないようですし」

 

 

「頼む。島の裏側が怪しい、敵が隠れているやもしれん」

 

 

 蒼龍が偵察機を出し偵察機がそれぞれの島へと飛んでいった。それほど距離はないのであっという間に島の裏側へ到達する偵察機。

 

 

「……どうだ?」

 

 

「……いません。念のため、島の周りを2周します」

 

 

 島の周りをぐるぐると回る偵察機。2つとも緑があり、野生動物がそこそこ生息していそうな島だ。

 

 

「島の裏側、沿岸、周囲に敵の姿はありません」

 

 

『もっと北の奥にいるという事か……?』

 

 

「少なくともここにはいないと判断して良いのでは?」

 

 

 蒼龍の報告内容を聞いても武蔵の不安は消えなかった。

 

 

(何故だか嫌な予感がする……本当にここにはいないのだろうか)

 

 

「武蔵さん?」

 

 

「すまない、どうしても不安が拭えなくてな。いかにも敵が潜んでいそうな場所にいないとなると……」

 

 

「やはり武蔵もそう思いますか?私も正直なところ、先ほどから嫌な予感がしています」

 

 

 呉艦隊の頭脳である霧島もどうやら気になっているらしい。

 

 

「拠点近くで待ち構えているって事じゃないんですか?」

 

 

(はたしてそうなのか?)

 

 

 だが蒼龍が確かめた結果、島の周囲に敵の姿は見られなかった。彼女が見落としをするとも思えない。

 

 

(思い過ごしか……)

 

 

 悩んでいても時間がもったいないと武蔵は迷いを捨てる。

 

 

「ここにいないのならば北しかあるまい。蒼龍は偵察機を回収、我々はこのまま引き続き敵拠点を目指して進撃する!」

 

 

『全員、武蔵に従え』

 

 

「「「「「了解!!」」」」」

 

 

 そして呉艦隊が複縦陣で再び北へ進撃を開始し、2つの島を越えた時……海上に何かが見えた。最初に気付いたのは雪風と鳳翔だった。

 

 

「あれ?今何か光りませんでした?」

 

 

「私にも見えました。正面、12時の方向です」

 

 

 周囲に警戒の目を向けていたメンバーもその言葉を受け一斉に北を見る。すると確かに複数の何かが光っていた。そのまま進み続ける武蔵たち。

 

 

「恐らくあれは……」

 

 

 さらにそれらは段々と近付いて来ていた。

 

 

「……敵艦隊!光っていたのは艦載機か!」

 

 

「やはり北にいましたね!」

 

 

 武蔵たちは目を凝らして遠くに見える敵艦隊を見る。ぼんやりと見える赤と白の巫女服が先頭に見え、その頭上から艦載機が飛んで来ている。

 

 

「あの巫女服、間違いない……!」

 

 

「正面からぶつかるつもりでしょうか?私の計算では搦め手を使ってくるものだと思っていましたが……」

 

 

 アテが外れたと言った感じで言う霧島。

 

 

「敵艦隊頭上のあれは艦攻?艦攻による攻撃で崩れた所を攻めるつもりかもしれませんね」

 

 

「鳳翔と蒼龍は艦攻を出せ、敵の艦戦がいない今なら使えるはずだ!」

 

 

 呉の艦攻が飛び立ち佐世保艦隊へと向かう。鳳翔たちは接近させた艦攻との視覚共有によって佐世保艦隊の様子を捉え……

 

 

「……っ!?」

 

 

「……!」

 

 

 佐世保の艦載機と呉の艦攻がすれ違った瞬間、即座に打ち落とされる呉の艦攻により彼女たちは気付く。

 

 

「違います!敵の艦攻じゃない!?前方に見えるあれらはすべて敵の艦戦です!」

 

 

「何!?なら艦攻はどこだ!?」

 

 

(まさか目の前にいるのは囮という可能性は……)

 

 

 そんな考えが頭をよぎった武蔵にさらなる報告がもたらされる。

 

 

「さ、さらに先頭艦は恐らく旗艦の金剛じゃありません!姉妹艦の榛名です!」

 

 

 よく見れば巫女服姿の艦娘は1人しか確認出来ない。鳳翔の報告が正しければ金剛は前方の艦隊にいない事になる。

 

 

「……な!?」

 

 

 

 ───今回の演習において武蔵たちが最も警戒していた艦娘が1人。それが金剛であった。

 

 

 

 

ーーー演習開始前ーーー

 

 

 

「よし、開始場所に着いたな」

 

 

「まだ少し時間がありますし軽い作戦会議でも行いませんか?」

 

 

 霧島の提案に頷く呉の艦娘たち。

 

 

「……そうだな、今回の演習で注意するべき事ぐらいは話しておいた方がいい」

 

 

「ええ」

 

 

「注意するべき事……ですか」

 

 

「お前たちは今回の敵の中で誰が最も危険な存在かきちんと理解しているか?」

 

 

「最も危険……2つ名持ちの艦娘ですか?」

 

 

「合っているがその中で1人に絞るとすれば誰だ?」

 

 

 武蔵の問いに様々な反応を見せる呉の艦娘たち。霧島は当然分かるという風にメガネをクイっと上げ、鳳翔は頷く。だが蒼龍、那智、雪風の3名は結論が出ないらしく首を傾げている。

 

 

「うーん……」

 

 

「3人とも危険だと思うのだが」

 

 

「……雪風分かりません」

 

 

「即答出来ないメンバーもいるようだな。霧島、教えてやれ」

 

 

「はい、今回の演習で最も警戒しなければならないのは金剛お姉さまです」

 

 

「何故そこまではっきりと言えるのだ?」

 

 

 自信を持ってそう言った霧島に那智が尋ねる。

 

 

「その理由は金剛お姉さまの得意とする戦法にあります。那智さんも聞いた事ぐらいはありますよね?」

 

 

「……遠距離では並みより劣るが近距離では強い異例の戦艦だったか」

 

 

「ええ、わざわざ自分から近付いて戦う……一見戦艦としてのメリットを捨てた戦法のように見えますが実行出来ればとても有効な戦法です」

 

 

「……」

 

 

「そりゃ私も最初にこの話を聞いた時は『ああ、その金剛お姉さまはきっと脳味噌が筋肉で出来ているに違いない』と呆れたものですよ。ですが実際あの金剛お姉さまは接近戦において無類の強さを誇る。その事から〈レンジ・ゼロ〉、〈ゼロ・ファイター〉なんて呼ばれる事もあります」

 

 

「那智、想像してみろ、密集隊形をとる艦隊のど真ん中に敵艦が1人紛れ込んだらどうなる?」

 

 

「1人で突っ込んで来るなど自殺行為だと思うが……」

 

 

「その自殺行為をとるのが今回の金剛だ。敵陣の中にたった1人……袋叩きに出来ると思うだろうが実は違う。入られた時点でその艦隊は崩壊する」

 

 

「ど、どういう事ですか?」

 

 

 雪風が手を上げて質問する。

 

 

「撃てないんだよ」

 

 

「え?」

 

 

「自分が撃った敵の背後に味方がいたら同士討ちが発生するため、味方に当てる事を恐れて迂闊に撃てなくなる。逆に敵からすればどこを撃っても自分の獲物に当たるわけだ……どれだけ厄介か分かるな?」

 

 

「そして砲の角度的に当てる難易度が跳ね上がります。私たちは普段、そんな射撃をしていませんからね」

 

 

「簡単に倒れない戦艦としての耐久力、近距離で食らえばただではすまない戦艦の主砲、そしてやつは戦艦であると同時に高速艦でもある」

 

 

 ようやくその脅威が正しく理解出来てきたらしく、那智たちは顔を真っ青にしていた。

 

 

「呉で一番砲撃精度の高い霧島と応用の利く那智に対処を任せる。いいか───絶対に近付けさせてはならんぞ」

 

 

「はい」

 

 

「……分かった」

 

 

 張り詰めた空気が流れる中、彼女たちの提督から通信が入る。

 

 

『……こちら本部、無事配置につけたか?』

 

 

「ああ……ちと空気が重いがな」

 

 

『何かあったか?』

 

 

「那智たちにあちらの金剛の説明をしたんだが……」

 

 

『それで緊張してしまったと……まったく』

 

 

「すまない」

 

 

『……いいかお前たち、よく聞け。お前たちは呉の顔だ、俺の誇りだ、勇敢な者たちだ。何も恐れる事などない、最後の瞬間まで闘志を燃やし全力で戦ってくれればそれでいい。俺はお前たちに文句など何一つ言わない……褒める事はするがな』

 

 

《……》

 

 

『呉の第一艦隊とはどういうものか見せてやれ、俺からはそれだけだ』

 

 

 彼が話し終えた時……不安そうな顔をしている者はもういなかった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 金剛の姿が見えない事に全員の警戒レベルがさらに引き上げられる。

 

 

(一番危険な金剛がいない?やつはどこにいる!?)

 

 

 すると突然霧島が鋭く叫んだ。

 

 

「しゃがみなさい蒼龍!」

 

 

「えっ!?」

 

 

 反射的にしゃがんだ蒼龍の上を霧島が放った砲弾が通る。武蔵はその軌道を目で追い、霧島が何を撃ったのかを知る。

 

 

「───何故金剛がそこにいる?!」

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 ほんの少し前───武蔵たちが嫌な予感を感じていた頃、金剛はずっと彼女たちの様子を窺っていた。

 

 

「Hmm……陣形は複縦陣、先頭艦は武蔵と霧島の2人、後続は鳳翔、蒼龍、那智、雪風の順番デスネ」

 

 

 敵が偵察機を出した事に気付き彼女は身を潜める。偵察機が島の周囲をぐるぐると回り出した。

 

 

(ま、島があったら当然そこを警戒シマスヨネ……デモ)

 

 

 やがて確認が終わったのか戻っていく偵察機。

 

 

(……ちょっとヒヤヒヤシマシタ)

 

 

 呉艦隊は少しの間何か話していたようだがやがて島から視線を切り進撃を開始、金剛はずっとそんな彼女たちを見ていた。

 

 

(付近にはいないと判断したみたいデスネ……)

 

 

 ゆっくりと彼女は行動を開始する。

 

 

(島の裏側、沿岸、周囲……()()()隠れていそうな場所はきちんと索敵していマシタが)

 

 

「ワタシたちは船である前に人間……」

 

 

 消していた艤装を再展開。彼女はうっすらと笑いながら敵艦隊へと歩みを進める。

 

 

(()()()()()()()()()()()んデスか?)

 

 

「古い常識にとらわれていてはテートクには勝てマセンヨ」

 

 

 

 そして狩人が島を飛び出した。

 

 

 

 

 

 




改めて考えると金剛さんはヤバい。そして武蔵が欲しくなってきた……大型建造……ダメだ!イベントが来てしまう!弾薬が一向に増えません!

やっと艦隊戦入ります。

次回、決着。


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演習 VS呉鎮守府5「艦隊戦」後編

少し戦闘シーンの書き方を変えてみました。皆さんの好みに合うか分かりませんが……


戦艦で高速艦……金剛ヤバいです。
でも実は金剛姉妹の中で最も速いのは三番艦の榛名。
つまり榛名こそが日本最速の戦艦なんですね。

「来るべき日を既に直感しながら 後に続くを渇望し 雄雄しくも海に散華せし榛名桜」

お待たせしました、艦隊戦後編です。


 

 

 

「……!」

 

 呉艦隊の右ななめ後方から接近しようとしていた金剛はとっさに身を傾けた。飛んできた砲弾が彼女の右肩をかすめ背後の海上に着弾する。

 

(やるネ霧島……!)

 

 後方より接近する金剛にいち早く気付いた霧島はすぐさま砲撃を行い、金剛を牽制した。振り向きざまに撃ったというのにその砲弾は金剛をあと少しで捉えるという所であった。

 

「っと!」 

 

 続けて砲弾が金剛に撃ち込まれる。次々と至近に着弾する砲弾を避けながら金剛はその砲撃精度に舌を巻く。

 

(これは予想外……モタモタしてると当たっちゃうネ)

 

 霧島はこちらを牽制しつつ武蔵と何かを話している。やがて霧島が完全にこちらを向き、那智もそれに加わった。

 

(2人がかりでワタシを止めるつもりデスか)

 

 別に何人で来ようと彼女にとって問題はないのだがこの2人相手では単純に突っ込んでも意味がないと思い、突破方法を考える。

 

「……片方ずつ倒すのが確実」

 

 こちらに向かってくる那智を視界に収めながら霧島の砲撃を捌いていく。那智の砲撃も加わり金剛の動きをさらに制限、前ではなく横への動きが多くなっていく金剛。

 

(距離の近い那智から落とすにしても霧島の砲撃が邪魔で無視出来ない……一瞬だけでもいい、霧島の気をそらす必要があるネ)

 

 注意を払いつつ一旦下がり通信を妹に繋げる。

 

『……お姉さま?』

 

「榛名、一機だけ返して欲しいデス」

 

 

 

 

「……つぅ!」

 

 背筋を走った悪寒に暁たちが回避行動に入った次の瞬間、海面が文字通り爆ぜる。その威力たるや発生した水柱に直撃した川内が数m吹き飛ばされるほどだ。聞こえてくるのは生きている間に何回聞く機会があるかどうか分からない超大型戦艦の砲撃音。

 

「射程と威力おかしいでしょ!?またダメージもらっちゃったよ!」

 

 大量の海水を被りながら起き上がった川内が叫ぶ。

 

「中破してるのが痛いわね……大和型なめてた」

 

「まだ主砲が届かない……突撃するっぽい!」

 

「「やめなさいこの馬鹿犬!」」

 

「皆さん落ち着いてください!」

 

 武蔵たちの真っ正面に位置する榛名たちに叩き込まれるのは46cm砲による強力な砲撃。至近弾2発で戦艦である榛名が中破させられたと言えばその威力がよく分かるだろうか。

 

(当たってないのにダメージだけが確実に蓄積させられていく……!こんなの直撃でもしたら……)

 

 このままでは一方的にやられる。それでは姉に突撃をかけさせた意味がない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()なのだから。

 

「……!榛名さん、敵艦が一隻突っ込んでくるよ!」

 

「雪風ね!」

 

「向こうから来たっぽい!」

 

(自分が砲撃中の敵艦隊へと味方を突っ込ませる!?それでは味方を巻き込…いえ、呉の雪風なら当たらないんでしょうね。彼女は()()()()()()()()()()()()ですから……ここはやはり)

 

 即座に考えをまとめる。ひどい鎮守府だったとはいえ数年旗艦を務めていたのだ、このあたりの判断と指示は早い。

 

「3人は雪風さんの相手を!武蔵さんは……榛名が引き受けます!」

 

 榛名から離れていく暁たちへの砲撃は無い。

 

(……最初から榛名しか見ていないんですね)

 

 体が重い。離れた距離からでもひしひしと感じる大戦艦の威圧感。どっしりと構えた彼女は眉根一つ寄せずに淡々と砲撃を続け、榛名を狙う。対面していると戦艦であるはずの自分がちっぽけな存在に思えてくる。

 

「……いけません」

 

 呑まれそうになる心を必死で支えながら飛ばしていた水上偵察機とリンク。突撃には不要だと姉から借りていた物だ。集中する時間を稼ぐため砲撃を連続で行い敵を牽制する。

 

「?」

 

 撃ち終えた直後に入った無線の音に気付く。

 

『金剛デス』

 

「……お姉さま?」

 

『榛名、一機だけ返して欲しいデス』

 

 一機───水偵の事だろうとすぐに理解。姉が必要と言っているのだ、迷わずに水偵一機のコントロールを返す。

 

「3番機をお返しします!」

 

『助かりマス。……頑張って』

 

 小さなエールを残して通信が切れる。自身の周囲に着弾した砲弾が上げる水しぶきから腕で目を守りつつ敵の正確な位置情報を水偵からの情報で確認。狙いを微調整していく。

 

(そうです……榛名は金剛お姉さまの妹です)

 

 ぎゅっと両手を握りしめる。

 

 敵の放つ威圧感が大きすぎて耐えられない?攻撃力に圧倒的な差がある?そんなものは関係ない。

 

 怯むな、挫けるな。

 

 力で負けても心で負けるな。

 

 それを常に体現してきた姉がいる。そして何より自分は彼にこの重要な場を任されたのだ。それはひとえに自分を信頼してくれているからに他ならない。

 

 だからこそその信頼に答えたい。

 

 集中だ、全神経を研ぎ澄ませろ。

 

 立ち上る水柱の間をすり抜け標準を合わせ───

 

「勝手は!榛名が許しません!」

 

 ───狙い撃つ。

 

 

 

 

「ほう、よく避けるものだな」

 

 自身の巨大な艤装から大威力の砲弾を放ち続けながら武蔵は感心する。当てるつもりで撃っているのだが敵は上手い事避けているのだ。

 

(しかし確実に削れてはいる……時間の問題だな。まず戦艦から落とす)

 

 やがて雪風が向かった事により敵艦隊は1人を残して離れる。

 

(雪風に軽巡たちを当てる判断は妥当だな)

 

 背後では絶えず砲撃音が聞こえている。金剛たちが戦っているのだ。

 本音を言えば金剛と戦いたい……しかしそれは自分の我が儘だ。戦いに個人の感情を優先してはならない。武蔵にとって金剛は自身も認める数少ない強者であるが故に現在撃ち合っている敵に対して彼女は物足りなさを感じていた。

 

(金剛型三番艦……か)

 

 艦歴だけを見れば金剛と同じく自分にとって大先輩に当たる戦艦。だが性能は明らかに自分の方が上……今だってろくに反撃も出来ず中破した体を引きずって回避行動をとっているだけだ。大和型戦艦と真っ正面から戦える存在など数えるほどしかいない。大和型戦艦とは最強の存在なのである。

 

(……あと数発耐えられれば良い方だな)

 

 つまらない……

 

 バラバラと自分の周囲に着弾する敵の砲弾を気にせず次弾を装填し───

 

「ぬっ!?」

 

 不意に感じた衝撃に驚く。どうやら被弾したらしい。だが装甲には自信がある、簡単にはやられぬ……そう思い被害箇所を確認した。

 

「……何?」

 

 そして漏れたのは小さな驚きの声。

 

 機関部に異常はない。その代わり自分の砲門の一つが綺麗に潰されていたのだ。まるでそこだけ狙ったかのように損傷を受けた部分は砲門のみ。

 

(……!)

 

 続けて迫った敵の砲弾が二つ目の砲門を破壊した。

 

(偶然……ではないな)

 

 ふと顔を上げれば付近を飛び回る水偵を発見。恐らく今のは弾着観測射撃だろう。だがはたして弾着観測射撃とはここまで正確に狙いを付けられるものであっただろうか───否、不可能だ。

 しかし実際に起こってしまっている。つまり目の前の存在はそれを可能とする実力を持っているという事に他ならない。自分の物と比べると幾分も小さな主砲で無視出来ない痛手を武蔵に与えたのだ。

 

「……ふ」

 

 今までとは比べものにならないほど正確な砲撃が自分を狙って撃ち込まれ始めた。回避行動をとる武蔵の口には笑みが浮かぶ。

 

「面白い……!」

 

 

 

 

 一方雪風の相手を務める暁たちは数々の悪運に悩まされていた。

 

「ごめん夕立!」

 

「……っ!平気っぽい!」

 

 暁の砲撃を避ける夕立。雪風が避けた砲撃は何故か上手いタイミングで度々味方をかすめる。

 

(まただ……!フレンドリーファイアには気をつけているはずなのに!)

 

「もらった!」

 

 回避直後の雪風の進行方向を読んだ川内がこれ以上ないタイミングで20.3cm連装砲を構え砲撃しようとするが……

 

 カチン!

 

「えっ?不発!?」

 

「川内さん!」

 

「うわ!」

 

 雪風の砲撃が川内を襲った。すでに中破ギリギリだった彼女は大破判定を受けてしまう。

 

「ごめっ!」

 

(くっ……これで中破の私と夕立だけになっちゃたわね)

 

 撃ち合ってみて分かったのだがとにかく雪風は回避能力が高い。駆逐艦ほどの速度があれば回避率が高くなるのは当然なのだが、それだけではない。雪風の場合、()()()()()()もそれに含まれるのだ。彼女にとっての幸運が、暁たちにとっての悪運が、まるで狙ったかのように要所要所で発動する。例えば先ほど不発だった川内の主砲はもう一度引き金を引くと何の問題もなく弾が飛び出した。川内が雪風をとらえたあの瞬間だけ作動しなくなったという事だ。目の前にいる自分たちの敵の得体の知れない不気味さに暁たちはぞくりとした。

 

(運も実力の内とは言うけれど……)

 

 それにしたって異常だろう。

 

「ここまで厄介だとは思わなかった……」

 

 暁の呟きが聞こえたのだろう、雪風が一瞬ニヤリと笑う。今すぐその顔に砲弾を叩き込んでやりたいが、なかなか上手くいかない。

 

(どうやって倒せば───)

 

『暁!』

 

 暁の思考を遮るように川内が無線越しに声をかけた。

 

「……川内さん?」

 

『役割を思い出して』

 

 川内は短くそれだけを言うと通信を切った。

 

「役割……」

 

 ハッとする。

 

(そうだ……()()は暁たちの役割じゃない)

 

 少し焦りすぎていた。

 

(ありがとう川内さん)

 

「落ち着いたっぽい?」

 

 夕立がそう言ってくる。

 

「意外とあなたって冷静なのね……」

 

「この程度で慌てるようじゃ夕立はとっくの昔に沈んでいるっぽい」

 

 夕立が雪風に向けて砲撃するが当然避けられる。そういえば先ほどから彼女が魚雷を使おうとしない事に暁は気付いた。

 

「もうすでにこの状況に持ち込めている時点で夕立たちは役割をきちんと果たしているもの」

 

 そう言って夕立が視線で暁に伝える───気にせずこのままいくぞ───と。

 

(了解)

 

 頷きを返し、暁は主砲を構えた。

 

 

 

 

(当たらない!)

 

 金剛が舌を巻くほどの砲撃精度で彼女の行く手を阻む霧島の心の声がそれだった。

 

「決して外す距離ではないはず!」

 

(あの動き……)

 

 金剛の動きは恐らくなんらかの体術を応用しているのだろうという事は分かる。その内容は動き出しの動作が分かりにくいという事と……

 

(……まるでこちらの意識の隙間を突くかのようなタイミングでの行動)

 

 人は常に集中し続ける事などそうそう出来ない。必ずどこかに短い休憩が入っている。例えばあるタイミングで入る普段より大きな呼吸の瞬間などで気がゆるんだりする事があるだろう。自覚はなくともゆるんでしまうのだ。

 集中していたはずなのに即座に反応が追いつかなかった……そんな経験は誰にでもあるはず。金剛はそれを意図的に引き起こす。まるでどのタイミングで相手の集中が薄れるのかが分かっているかのように。

 

 こちらを見透かすような目が霧島と那智に向けられていた。

 

(立ち会ってみて分かりました……この金剛お姉さまの本当の怖さは近接戦闘能力だけじゃない!)

 

 相手の動きを読み切ってしまうセンスと頭脳。それこそが金剛が持つ最大の武器。過去と現在で培った経験は彼女を決して裏切らない。

 

「それでも!」

 

 任された以上この場を通すわけにはいかないと砲撃を繰り返す。

 そんな霧島の耳へ唐突に聞こえてきたプロペラ音。

 

(えっ?)

 

 さっと顔を向け確認すると水偵が一機、霧島の頭上近くを飛んで行った。

 

(水偵?弾着観測射撃なんて行うつも───)

 

 一瞬とは言え霧島の視線と意識は水偵に向く。

 

 それを逃す金剛ではなかった。

 

 

 

 

(霧島の意識がそれたっ!)

 

 金剛の行く手を阻む霧島と那智。霧島の精密射撃で足止めをし、那智が接近して砲雷撃戦という布陣だ。霧島の砲撃が邪魔で攻めあぐねていた金剛は水偵を霧島に急接近させる事で隙を作りだした。ほんの僅かな隙だが……

 

(……ワタシには十分ネ!)

 

 推進力を込め、戦艦の脚力で海面を思い切り蹴りつける。

 

 ドパァン!

 

 大きな破裂音のような音と共に弾丸の如く突貫した金剛が那智との距離を一瞬で詰める。

 

「……!?」

 

 目を見開く那智。金剛が握り拳を作った右腕を大きく後ろへ振りかぶると彼女は慌てて両腕をクロスした。

 

 が、これはフェイント。

 

 本命の回し蹴りが那智の横腹にめり込み彼女の体を吹き飛ばす。

 

(出来るだけ遠くへ!)

 

 体がくの字に曲がった状態で吹き飛んだ那智は背中から強かに海面に打ちつけられる。肺と腰が圧迫され呼吸が出来ず、彼女の艤装はスクラップ同然になっていた。

 その惨状に霧島は呆然としている。

 

(あ……ちょ、ちょっとやりすぎマシタ?)

 

 この惨状を作り出した張本人もさすがに同情した。

 

(手加減はしたつもりでしたが……うつ伏せで倒れなくて本当に良かったデス……)

 

 ケッコンカッコカリしてから身体能力もパワーアップしていたため予想以上の威力が出てしまったらしい。

 少し反省する金剛であった。

 

 

 

 

「あわよくば……と思いましたけれど…無理でしたね」

 

 諦めたように自身の体を見る榛名。

 武蔵と一対一の対決に持ち込み奮闘した彼女だったがすでに息は絶え絶え、損傷は大破……戦闘不能。徐々に機動力の落ちていった彼女はついに武蔵の砲撃をもらってしまったのだ。

 

「……ごめんなさい提督」

 

 自身に出来る事が無くなりその場に崩れる。

 

(役割……きちんと果たせたのでしょうか……?)

 

 彼女の不安はそれだけ。体の痛みなんてどうでも良かった。

 そんな彼女へといつの間にやら入っていた無線から待ち望んだ声がかけられた。

 

『よく耐えた、これで終わりだ』

 

 

 

 

 金剛たちの戦闘が始まってからも飛龍はずっと機を待ち続けていた。紫電で敵の艦攻を撃墜した後は機銃で敵空母を攻撃し中破まで追い込む事に成功する。けれども依然として友永隊の姿はなかった。

 

「提督、そろそろいいと思うよ」

 

『見つかってはいないな?』

 

「うん、みんな奮戦しているよ。榛名さんなんかあの武蔵さんに必死で食らいついてる」

 

『そうか……』

 

「自分で命令した事だけど無理はして欲しくないって感じ?悪いけどそれは無理だね。私たちは絶対に勝ちたいから」

 

『あちらの提督のせいか?』

 

「……あの人の言葉で私たちは今の提督の立場を思い出せた。あなたの実力を示すためにも結果を出さないといけなくなったわ」

 

『気にする必要は───』

 

「みんな証明したいのよ、あなたが私たちの提督にふさわしい人だってね。……指揮官には常に堂々としていて欲しい、自分たちの指揮官を周りに認めさせたい……そう思う事はいけませんか?」

 

『全部俺のためか』

 

「いいえ私たちの我が儘です。好きでやってる事ですからそれこそ気にする必要はありませんよ」

 

(それに……私たちが最も力を発揮出来るのはあなたのために戦っている時ですし)

 

『……本当に愛されてるんだな俺は』

 

「よかったですね。理解出来たのならば早く命令をくださいな、こっちはいつでも準備出来てますよ」

 

『分かった……飛龍、これはお前で始まりお前で終わる戦いだ』

 

「……」

 

『拠点を制圧されたら俺たちの敗北、敵の旗艦武蔵を倒せば俺たちの勝利だ』

 

「はい」

 

『そして今……』

 

「悪運の原因となる雪風は暁ちゃんたちが足止め、霧島と那智は金剛さんにかかりっきり」

 

『武蔵は』

 

「空母たちを無力化したので実質彼女を守る存在はもうありません」

 

『最後は任せた』

 

「了解、しっかり仕留めます」

 

(さて、出番よ友永隊!)

 

 金剛が飛び出した島とは別の島から一本の矢が飛び出す。

 

「弓で発艦ってこういう時便利よね」

 

 

 獲物目掛けて友永隊が飛び立つ。

 

 

 

 

 

 

「なかなか手こずったが無事に仕留められたな」

 

 榛名の大破を確認し頷く武蔵。そんな彼女に突然かけられた悲鳴のような声。

 

「武蔵さん!」

 

「どうした鳳しょ……」

 

 一体どこから現れたのだろうか。後ろへ振り返った武蔵が見たのは今まで姿が全く見えなかった敵の艦攻部隊だった。

 

 鳳翔たちは執拗に機銃攻撃を受け機関部を損傷したため動けない。

 

 ならば自分でなんとかするしかないと構える武蔵だったが、

 

「……はは」

 

 自身の艤装を見て彼女は悟った。砲のほとんどが使い物にならなくなってしまっている。

 

(敵の艦攻はざっと20機以上……そして操っているのは鳳翔たちを降した空母だ)

 

 自分を守る存在はおらず、全て撃ち落とすための弾幕も張れない。逃げ場も無く完全に詰んでいた。

 

「ずっとこの瞬間のためだけに隠れていたのか……」

 

 友永隊はすでに海面スレスレを飛行し魚雷の投下準備に入っている。角度的に砲を当てる事は不可能。

 もはやどうする事も出来ない状況……自分たちは最初から敵の手のひらの上で踊っていたのだろうか。

 そしてこれだけの作戦指揮をあの青年がとっているという事実に驚く。間違いなく彼らは最高の───

 

(見事……!)

 

 

 

 幾筋もの白い雷跡が標的へと走り炸裂。

 

 轟音と共に武蔵は水柱に飲み込まれた。

 

 

 

 

 

 

ーーー武蔵大破。

 

 

 

 

 

 




くぅ~戦闘描写難しい!……文章力が欲しいっ!那智さんは生きていますのでご安心を。金剛さん的には手加減したらしいので……

始まりは飛龍で終わりも飛龍。
ゲームだと相手に与えたダメージ総量でMVPが決まりますけれど、この演習の場合MVPは榛名のような気がします。

今までで一番書くのが大変だった戦闘回でした。


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再来

文月改二可愛いですね。
文月を改二にしてあげたいのですが、今育成に資源を使うとイベントで死にそうなので我慢しています……
世に文月のあらんことを……



 

 

 

「「勝った!!」」

 

「勝ったね」

 

「……勝っちまったな」

 

 内山たちが見つめる画面に映るのは大破した武蔵の姿。今頃演習終了の無線が入っていることだろう。

 

「確実に仕留められるタイミングで艦攻による集中攻撃かぁ……」

 

「突然現れてびっくりしたのです」

 

「呉側が最も警戒していたのは金剛だったけど、この演習を見るに一番危険なのは飛龍だったね。MVPは多分榛名さんだけど」

 

「あの数の艦攻を1人で捌くのはちょっと……」

 

「それ以前に島に上陸していたとは思わなかったのです」

 

「まあ色々言いたい事はあるけども、俺は那智が心配なんだが……大丈夫なのかあれ?」

 

 4人の脳裏に浮かぶのは例の光景。金剛が突然那智に急接近し砲撃ではなく蹴りで攻撃した時、時雨と皐月の2人は心の中で合掌、電と内山はフリーズしていた。

 

「「「……」」」

 

「なんかこう、尋常じゃないスピードでぶっ飛んでいった気がしたが……」

 

「死ぬ事はないんじゃないかな……はは」

 

「やはり鬼を怒らせてはいけないね」

 

「……ふ、2つ名に偽り無しなのです」

 

「2つ名……そういえば、結局金剛さんって今回の演習で砲による攻撃してたっけ?」

 

「……」

 

「なのです……?」

 

「……対空戦以外で金剛が砲を使う場面無かったな」

 

「砲雷撃戦って何だろう」

 

 金剛は絶対に敵に回さないようにしよう……そう誓う4人であった。

 

 

 

 

 

 

「お帰り、ナイスファイトだったぞみんな」

 

 演習終了後、本部の軍艦を直接移動させ金剛たちは回収された。現在、艤装の修復などの指示を待っている状態である。無事に勝利を手に入れたことで全員満足して……いるわけではないようだ。

 

「どうやら今回の演習はいい経験になったようだな」

 

「私と暁はこんなレベルの艦娘たちと戦うのは初めてだったしいい経験になったよ」

 

「私ってこの中じゃ一番お子様なのね……ちょっとそれを自覚したわ」

 

「んー、暁はもう十分だと思うっぽい」

 

「きちんと反省しているなら心配ないだろう。ところで今回の演習……MVPには誰が一番ふさわしいと思う?」

 

 俺がそう聞くと全員が榛名を見る。どうやらメンバーたちも俺と同意見らしいな。

 

「えっと……み、皆さん?」

 

「もちろん榛名に決まってマス!」

 

「私は最後の美味しい所をもらっただけだし、格上の武蔵さんとやり合った榛名さんがMVPだね」

 

 頷く榛名以外のメンバーたち。

 

「そ、そんな……飛龍さんが制空権をとってくれていなければあそこまでは……」

 

「相手の砲をピンポイントで狙って砲撃していたそうじゃないか。俺も正直そこまでの技量を持っていたとは知らなかったぞ」

 

「お、お姉さまに鍛えてもらいましたから……」

 

「というわけでテートクはワタシを褒めるデス」

 

「さり気なく妹の手柄を横取りするな……まったく。褒めるのは全員に決まっているだろう」

 

 ちろりと舌を出す金剛。お前にも感謝しているよと視線で伝えるとウィンクが返ってきた。

 

(意外と教官とか向いているのかもな)

 

 そうして金剛から順に全員の頭を軽くなでていったのだが……

 

「て、提督、もう十分ですよ?」

 

 遠慮がちにかけられた声を無視してなで続ける。

 

「……はうう」

 

 顔を赤くし恥ずかしがって俯いてしまう榛名。だが彼女は特に労ってやりたいのだ。常日頃金剛と特訓をしていた事は知っていたが、まさか大和型とここまでやり合えるほどの技量を身に付けていたとは……ちょっと感動してしまった。しかも特訓の理由が「早くケッコンカッコカリがしたいから」なのだ。

 まあつまり、ここまで健気で頑張り屋なこの娘をここで褒めなくてどうする!という事だ。

 

「無茶な指示だったがよくやり遂げてくれた。もうすっかりうちの主力艦だな」

 

「榛名にはもったいないです……」

 

「素直に受け取っておけ。武蔵とやり合った事は誇ってもいいんだ」

 

「はい」

 

 榛名はこちらの顔を下から覗き込みながら小さな笑顔を向け……はっとしたようにまた顔を赤くしさらに俯く。

 

(うぐ……いつまでもなでていたいがまだ全員なでていない)

 

「本当に榛名さんは可愛いねえ。提督、私たちは後でいいからそのままごゆっくりどうぞ」

 

「そうもいかんだろ」

 

「手止まってないよ」

 

「無性になでたくなったんだ」

 

「「「「「分かる」」」」」

 

「うぅ……」

 

 メンバー全員から優しい目を向けられ榛名が縮こまる。

 

「……お邪魔だったかな?」

 

 不意にかけられた第三者の声に場が静まり返る。現れたのは呉の提督、剛毅だった。

 

「いえ、部下を軽く労っていただけです」

 

 榛名から離れみんなよりも一歩前へ出る。

 

「そうか。今回の演習、互いに有益なものになっただろうか?」

 

「ええ、少なくともこちらは良い経験になりました」

 

「こちらも良い経験になったぞ。なかなか面白い戦い方をするではないか」

 

 そう言って剛毅が笑いかけてくる。最初の強面なイメージからは想像出来ない柔らかな笑みを見せられ俺たちはポカンとしてしまう。

 

(この人、こんな顔も出来るのか……)

 

「あ、ありがとうございます」

 

「うむ、後で息子には謝らねばならぬな」

 

「え?」

 

「同世代の者にあいつの師匠など務まらんと言ったのだが、お前ならばと納得してしまった」

 

「師匠になった覚えも弟子をとった覚えもないんですが……」

 

「演習前は悪かったな、試した部分もあるがどうしてもお前の実力を見たかったのだ」

 

 俺の性格を把握しようとしたのは本当だろう。しかし、相手に本気を出せさせるために煽る……この辺りはデジャヴを感じる。やっぱり親子だからだろうか。

 

「……急に態度が柔らかくなりましたね」

 

「自分が認めた相手には相応の敬意を払う……当然の事だろう」

 

 冗談で……言っているわけではないと彼の態度から分かった。

 

「なんとなくあなたの事が分かってきました」

 

「そいつは結構。それから俺の事は剛毅でいい」

 

 俺が笑みを返すとあちらもニヤリと笑い手を差し出してきたので握る。

 

「認めてやろう、お前はこの艦隊を率いるにふさわしい男だ」

 

「呉の提督にそう言ってもらえるとは光栄です」

 

「勝ったのだから堂々としていればよい。……ところで、この後少し話せるか?」

 

「はい」

 

 笑みを引っ込め真剣な顔でそう言ってきた。恐らく重要な話なのだろう、断る理由はないので受ける事にした俺は彼と共にその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

「なんか普通にいい人だったわね」

 

「ぽい」

 

「うん。それよりも……置いてかれちゃったけれど私たちはどうすんの?」

 

「じきに入渠の案内係が来てくれるんじゃないデスか?」

 

「軍艦にお風呂って……時代は変わったねえ」

 

「すまない、待たせたな」

 

「Oh、武蔵が案内係デスか?」

 

 ボロボロの格好で金剛たちの前に現れたのは武蔵だった。全員を見回し「ついて来い」と背を向けて歩き出す。佐世保の艦娘たちもそれに続いた。

 

「皆さん、武蔵に付いて行きマスヨ……榛名はいい加減こっちに戻ってくるデス。もうテートクは居マセンヨ?」

 

「て、提督、もう榛名は十分で……はれ?」

 

「行きマスヨー?」

 

「え、あっ、ま、待ってください!」

 

 武蔵に付いて艦内を進むとやがて大きな区画にたどり着く。中を覗くと脱衣所があり、ここがお風呂だと分かった。

 実弾ではなく演習弾とはいえ受けたダメージは残るので傷を治すために入渠する必要があるのだ。特に武蔵は艦攻の集中攻撃を受けたため全身に痛みを感じているはずなのだが……まったくもって平気そうに見える。ボロボロであっても堂々とした姿勢を崩そうとしない所はさすが呉の艦隊総旗艦といったところか。

 

「ここが一応風呂もといドックだ。修復剤を投入してあるからすぐに出てもいいしのんびり寛いでも構わん」

 

「呉の他のメンバーたちは?」

 

「もうすでに中に入っている」

 

「分かりマシタ」

 

 脱衣所で衣服を脱いで風呂場へ。大きくはないがだいたい20人くらいは同時に入れそうな広さであった。一体どれだけの予算を使ったのだろうか。

 先に湯船に浸かっていた鳳翔たちは金剛たちを見ると小さく会釈をした。

 

「どれ、せっかくだ。私が背中を流してやろう。勝者の特権だ」

 

「あっ、ハイ」

 

「じゃあ私は鳳翔さんにお願いしよっかな」

 

「ふふ、いいですよ」

 

 各自それぞれが体を洗い始める。飛龍は鳳翔に、金剛は武蔵の誘いで背中を流してもらっていた。

 

「背中はもう終わったが次はどうする」

 

「前は自分でやるので髪をお願いしましょうかネ」

 

「……長く美しい髪だな。髪は女の命とも言う、私に任せて大丈夫か?」

 

 尋ねた武蔵に対して金剛は後ろへ半分振り返って小さな笑みを見せる。

 

「背中の時も意外と丁寧に洗ってくれていたので信用していマス。大和型に髪を洗ってもらう機会なんてそうそうありマセンから」

 

「姉とは一緒に入った事は無いのか?」

 

「無いデス、大和型では今回の武蔵が初めてデース」

 

「この私が一番最初か……ふっ、そいつは光栄だな。任せておけ」

 

「お願いシマース」

 

 再び前へ向き直った金剛の栗色の長髪を武蔵は丁寧に洗い始めたのだった。

 

 

 

 

「隣いい?」

 

 湯船に浸かっていた雪風は声をかけられ顔を上げた。声の主は暁であった。後ろには川内と夕立もいる。

 雪風は彼女たちのために少し場所を空けて答えた。

 

「はい、いいですよー」

 

 順番に湯船に浸かる暁たち。ちなみに少し離れた所では蒼龍が飛龍に九九艦爆乳を揉みしだかれパニックになっていた。鳳翔と榛名は止めるべきか…‥と考えつつ自分たちの胸部装甲を見て、次に二航戦たちのそれを見てため息を吐く。

 

「あなたって本当に強いのね。すっごく苦労させられたわ……」

 

「雪風には幸運の女神様がついていますから!」

 

「私たちの鎮守府にも雪風がいるんだけど、いずれあなたみたいになるのかしら」

 

「うーん、どうでしょう……。そういえば今回の演習、時雨ちゃんが出て来るのかなあと思っていましたけれど出て来ませんでした」

 

「ん?何で時雨?」

 

「2人はそれぞれ軍艦時代の活躍ぶりから〈呉の雪風〉、〈佐世保の時雨〉という呼び名でも有名だったっぽい」

 

「ああそういう……」

 

「同じ幸運艦と呼ばれた者同士、演習を通して仲良くなりかったんですが……」

 

「後でいくらでも話せばよくない?」

 

「多分時雨も興味を持っているっぽい」

 

「そうでしょうか?」

 

「ええ、お風呂を出た後みんなでお話しましょう?」

 

「……はい!」

 

 

 

 

「本当にゴメンナサイ!」

 

「えっ!?ああいや!別に気にしないでくれ、私が未熟者だっただけだ!」

 

 体を洗い終えた金剛と武蔵が真っ先に向かったのは那智の元だった。頭を下げる金剛に慌てて声をかける。実際驚きはしたものの彼女は別にそこまで気にしてはいなかった。行う艦娘がほとんどいないだけで近接戦闘はきちんとルールで認められているのだ。

 

「金剛お姉さま、那智も気にしていませんから」

 

 那智の隣で湯船に浸かる霧島が言う。

 

「トラウマになっていないか心配で……」

 

「私は軍人だ。驚きはしたが恐怖はしていない」

 

「だそうです」

 

 ほっとする金剛。

 

「本当にお姉さまはお強いのですね。まったく勝てるビジョンが見えませんでしたよ」

 

「霧島の砲撃精度もなかなかすごかったネー」

 

「金剛は一度も直撃しなかったがな。ちょっと自信を無くしそうだよ」

 

 那智が苦笑いで答える。

 

「避けるのは得意デース」

 

 そのままお互いの長所を褒め合う金剛たちだったが、ふと武蔵が呟いた一言に金剛が固まる。

 

「……ところで、お前たちの提督は何者だ?」

 

「え?」

 

 武蔵の視線は金剛の左手に向けられていた。

 

 

 

 

 

 

「たいした物は出せないが……」

 

 剛毅さんについて入った一室で彼が茶菓子を出してきた。俺は今、彼と小さなテーブルを挟んで向かい合うように座っている。

 

「間宮の羊羹だ。お前の鎮守府にはもういるのか?」 

 

 間宮……そろそろうちにも呼ぶべきか?

 

「いえ、代わりに私がそういった物を作っております」

 

「提督自ら甘味を作るのか?」

 

 彼が少し目を見開く。まあ確かに提督が艦娘の食べ物を作る鎮守府なんてそうそう無いだろう。

 

「変わった提督だな」

 

「そうかもしれません」

 

「本当に変わっている……」

 

「……」

 

「本題に入る前に聞きたい事がある」

 

 彼がじっと俺の目を見つめる。

 

「お前は何者だ」

 

「何者……とは?」

 

「今回の演習……自分の艦娘1人1人の事をきちんと把握した上での配役、艦娘の戦意を上げる高い信頼関係、そしてその作戦指揮……とてもお前が新人提督だとは思えんのだ。お前は明らかにあのメンバーを扱う事に慣れていた」

 

「士官学校でも実技は得意でしたから」

 

「それでも説明出来ない部分がある。艦娘たちに……特に扱いが難しいとされていたあの4人に心から慕われている点だ」

 

「とても良い娘たちですから」

 

「本当にそれだけか?初対面の時にお前を煽った瞬間俺へと向けてきた敵意……たった数ヶ月で彼女たちがあそこまで心を開くのか?」

 

 質問しているが彼はその答えをすでに確信しているように見える。

 

「間違いなくお前と彼女たちの関係は長い時間をかけて作られたものだろう」

 

「……」

 

 俺は答えない。

 

「まあ金剛を見れば分かる事だ。金剛という艦娘は提督に対して大きな好意を持つ傾向が強く、基本的に相手との間に壁を作らない艦娘だ。スキンシップも積極的で提督に構ってもらいたがるというのも有名で、実際誰とでも仲良くなれる艦娘だろう」

 

 だが、と彼は続ける。

 

「金剛という艦娘は決して自身の提督を裏切らず、一途に愛する」

 

「そう……でしょうね」

 

「彼女の提督を裏切るような真似はしないはず……例えば自身の提督以外と契りを結んだりとかな」

 

 そう言った彼の視線は俺の左手にある銀のリングへ。

 

「〈鬼の金剛〉が契りを結ぶほど心を許す存在など1人しかいないと思うのだが違うか?」

 

 どう答えるべきだろうか。別にそこまで徹底して秘密にしているわけではないし、今の俺は無事に本物の提督になる事が出来ているので彼女たちの提督を公言出来る。だが学生が提督をやっていたなどと、はたして彼は信じるのか。

 

「違いません」

 

「そうか……。では本題に入ろうか」

 

「えっ」

 

 あっさりと流される。身構えていたが肩透かしを食らってしまった。

 

「細かい事などどうでも良い、俺はお前を認めた……それだけで十分だろう。自慢じゃないがこれでも一応人を見る目はあるつもりだ。仕事が出来るのならば問題ない」

 

 本当にただ確認しただけだったらしい。

 

「は、はあ……」

 

「とにかく今は少しでも戦力が欲しいのだ。まずはこれを見ろ」

 

 彼が懐から出したのは数枚の写真。海を埋め尽くす深海棲艦の群れが写っている。最初に目を向けた写真はほとんどが駆逐イ級であったが数が異常だ。熟練の腕を持つ艦娘でもこの数はキツイだろう。他の写真には空母や戦艦の姿も写っていたがそれよりももっと危険な存在たちが写り込んでいた。

 

「これは……!」

 

 深海棲艦特有の真っ白は肌と白髪。ストレートな髪の一部をサイドテールでまとめており、ボロボロの黒いセーラー服とネグリジェをミックスしたような衣装、手足には甲冑を身に付けた美しい女性。その背後にはサメの頭のような見た目の禍々しい艤装とそれに付いているいくつもの砲が見え、艤装と露出した手足には赤い亀裂が走っている。

 

「空母棲姫……」

 

 空母棲姫……空母型の姫級である。そいつが2体確認出来る上に俺にとっては初めて間近で見た姫級である戦艦棲姫の姿もそこに写っていた。

 

「つい先日本部に送られて来た物だ。現場へ偵察に向かった艦娘たちが命からがら届けた記録がこれらしい……場所は鉄底海峡───俺たち海軍が地獄を見たアイアンボトムサウンドだ」

 

 鉄底海峡(アイアンボトムサウンド)……大戦時代多くの軍艦が底へ沈み、今から数年前の大規模作戦においても多くの艦娘たちが命を散らしていった海域。海軍が大打撃を被った地獄の海域であり、当時の作戦に参加した艦娘や提督の中には仲間たちを失ったショックから精神を病んだ者もいた。失った艦娘の数は公にされていないが当時いた艦娘たちの半数近くが沈んだと言われている。

 何故そんなにも多くの犠牲が出てしまったのか───その大きな理由はアイアンボトムサウンドに展開されている闇である。夜でもないのに海域が闇で覆われ太陽の光が一切届かない。深海棲艦との戦闘において度々戦闘海域が夜のように暗くなる謎の現象は確認されているが、アイアンボトムサウンドほどではないと言われている。アイアンボトムサウンドの場合、完全に夜と言える状態になっているのだ。つまり行われる戦闘は常に夜戦。そして深海棲艦たちは闇に溶け込む黒い艤装と装甲を持つ。艦娘たちはどこから来るか分からない攻撃に怯えながら闇の中で必死に戦ったのである。

 当たらない砲撃、味方の位置の把握が難しいため助けも間に合わない、降りかかるプレッシャー、周囲が全く見えないという恐怖……夜戦経験が豊富な高練度の艦娘たちがほとんどいなかった当時の犠牲が大きくなったのは当然の事であった。

 

「アイアンボトムサウンドに姫級が3体も……」

 

「ヤツらが集まっているのは間違いない。ここに写っていないだけで他にも脅威となる存在がいるかもしれん。だが現在分かっている情報だけでもかなり厄介だ」

 

「……空母棲姫は夜でも艦載機を飛ばす事が出来る」

 

 先手を取られやすく、最悪の場合夜に艦載機を飛ばす事の出来ないこちらが一方的に嬲られる事になる。そもそも夜戦がメインとなるため主力艦隊へ空母を編成に入れる事がまず無い。

 沈黙が流れ、やがて彼はポツリと呟いた。

 

「地獄の再来だ」

 

 

 




実際にこんなルールのイベントが来たら無理ゲーですね。夜なのに敵艦隊との会敵前に航空攻撃を食らう可能性がある艦これなんて……

5章本編はこれで終了です。閑話を少し挟みます。


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特別番外話 「夕立姉さん」

夏イベが始まりましたね。E1でのうちの響の大破・中破率がおかしいです。決まってボス前の重巡リ級flagshipにやられます。何故かヤツは執拗に響しか狙ってきません。リ級許すまじ。なので響にだけダメコン積んで挑戦しました。
E1ボスを攻撃する度に謎の罪悪感が……うちの艦隊にはいない誰かに似てます。そして皐月がホント容赦ない。

イベント中は多分ほとんど更新出来ないと思います。すみません。

さて、今回は特別番外話です。タイトルに夕立が入っていますがこの話の主人公は彼女ではありません。最後まで主人公の名前は伏せられたままですがヒントだらけなので多分一発で分かるかと。私はこのカップリング?が結構好きですね。

気付いたら1万文字をこえてしまっていたので前編後編に分けるか迷いました。でも一気に読んでもらった方が良いだろうと思い分けていません。
イベントで出撃した艦娘たちの修復待ちの時など、空いた時間にでも読んでくださると嬉しいです。

それでは、拙い文ですがどうぞ……



 

 

 

 どこかの鎮守府に化け物じみた強さを誇る駆逐艦が存在するらしい───そんな噂をある日聞きました。

 

 曰く、その者は海面を駆けたり跳んだりするらしい。

 

 曰く、戦艦にすら傷をつける威力の砲を持つらしい。

 

 曰く、魚雷を投擲するらしい。

 

 曰く、その者は1人で水雷艦隊1つと同等の戦力を持つらしい。

 

 

 荒唐無稽な話です。そんな艦娘が本当にいるのでしょうか?

 

「実際に戦う所を見たって娘もいるんだって!」

 

 そう言ったのは白露型一番艦の白露姉さん。黒いセーラー服、明るい茶髪のボブヘアーに黄色いカチューシャを着けていて、駆逐艦としてはなかなかのプロポーションを持っています。

 

「……そんな駆逐艦本当にいるのかしら?」

 

 信じてなさそうな顔で村雨姉さんが言います。少し暗い薄茶色の髪色と長いツインテールが特徴でクセ毛なのか髪がピンピンと跳ねている白露型三番艦です。制服は白露姉さんと同じ。姉妹の中で一番のボンキュッポンで駆逐艦なのに大人っぽい色香を漂わせています。胸が大きいのは羨ましいです。私もどちらかというとある方だけれど……

 

「きっといるんだよ、火のないところに煙は立たぬっていうじゃん」

 

「白露ちゃんがそんな言葉を知っているなんて……」

 

「どれだけあたしはバカ扱いされてるの!?」

 

 ひどい!と怒る白露姉さんを見て村雨姉さんが笑います。

 

「ふふ、ごめんなさい」

 

「もー!少しはお姉ちゃんを敬え!一番偉いんだぞ!」

 

「はいはい」

 

 それにしても1人で水雷戦隊1つと同等の戦力ですか……一体どんな艦娘なのでしょう。化け物並みの強さとなると悪魔のような姿をしていたり?

 

「くそう、しかも私よりも胸が大きいとか……」

 

「白露ちゃんもけっこうあるじゃない」

 

「村雨のはおかしい」

 

「そう?」

 

「○○もこのでかおっぱいに何か言ってやってよ」

 

「えっ!?」

 

 突然話を振られて私は慌てました。

 

「おかしいよね村雨のおっぱいは」

 

「え、えっと……」

 

「白露ちゃん、○○が困っているわよ」

 

「し、白露姉さんのは十分大きいと思います」

 

「だそうよ」

 

「ううむ……」

 

「姉さんたちが羨ましいです……」

 

「あら、○○だってなかなかの美乳だと思うわよ。ないわけではないし」

 

「ひゃん!?」

 

 いきなり村雨姉さんが私の胸を揉んできたので思わず変な声が出てしまいました。

 

「ほれほれ」

 

「村雨姉さ…やめっ、ひゃうん!?」

 

「「……」」

 

「あっ、やっ……んんっ!」

 

 揉まないでえ!こ、声が抑えられな───

 

「うーん、思うんだけど○○ってなんか」

 

「うん、エロいよね。悔しいけどある意味一番だよ」

 

「……あなたたち、そういうのはここ以外の場所でやってくれないかしら?」

 

 気がつくと割烹着に赤いリボンとヘアピンが特徴的な女性がすぐ近くにやって来て私たちを見下ろしていました。朗らかに笑っているように見えますが威圧感がハンパないです。彼女は間違いなく怒っています。

 

「ま、間宮さん……」

 

「えっと……」

 

「とりあえず村雨ちゃんは○○ちゃんの胸を揉むのをやめてあげなさい」

 

 村雨姉さんが慌てて私の胸から手を離します。

 

「ここは食堂、他の艦娘もいるのですよ?マナーを守れないのなら出入り禁止にします」

 

 周りを見回すと私たちは様々な艦娘からの視線を集めてしまっていました。

 

「「「す、すみませんでした!!」」」

 

 

 

 

 

 

「てーっ!」

 

 鈍い赤色のボブヘアーに橙色の瞳。 単装砲を一門づつの計四門備え、薄緑と白のセーラー服を着用し、足にはブーツを履いた女性───軽巡洋艦鬼怒さんのかけ声で私たちは一斉に砲撃を行います。

 

「いーっけぇー!」

 

「はいっと!」

 

「たぁーっ!」

 

「いっけぇーっ!」

 

 撃ち出された砲弾はそれぞれ海上に設置された的へ向かって飛んでいきました。

 

「命中!」

 

「よしっ!」

 

「今日も外れました…‥」

 

「気にすんなって、至近弾だったじゃんか」

 

「涼風のはちゃんと当たってます!」

 

「あー、まぐれまぐれ」

 

 砲撃の結果を確認する私たち。艤装を展開し、一緒に砲撃練習をしているのは普段一緒に出撃するメンバーです。旗艦の鬼怒さん、白露姉さん、村雨姉さん、私、五月雨、涼風です。

 

「さ、五月雨、私もちゃんと当たってないから……」

 

 ノースリーブの白いセーラー服に、黒色のロング手袋と膝上までの黒いハイソックスを身に着け、 青色の瞳、不思議な透明感のある青髪のロングヘアが特徴な少女が白露型六番艦五月雨。

 

「○○は半分当たっているようなものですよ…‥」

 

 私は自分の狙った的を見ます。的の上端の一部が抉られていました。

 

「ああもうくよくよすんなって!次当てりゃいいだろ?」

 

 五月雨に声をかけているのは彼女と同じ制服、緑色の瞳に濃い青髪のロングヘアーを、紫色のリボンで二つ結びにしている少女ーーー白露型十番艦涼風。

 

「そうそう、と言っても私たちは今遠征任務ばかりだから戦闘の機会は少ないけどねー」

 

 鬼怒さんがそう言って笑います。彼女の言う通り私たちの主な任務は遠征系のものばかりです。

 

「私たちは駆逐艦ですから……」

 

 私の言葉に反応したのは白露姉さんでした。

 

「でも噂の駆逐艦はきっと普段から出撃系の任務を担当してるに違いないよ」

 

「白露ちゃん、噂の駆逐艦の事本当に信じてるの?」

 

「うん!だから負けていられないよ!」

 

「うん?噂の駆逐艦って何?」

 

 興味を持ったらしい鬼怒さんが白露姉さんに聞き返していました。

 

「あれ?鬼怒さんは知らないの?」

 

「うん」

 

「私たちは聞いた事があります」

 

「化け物みたいな強さの駆逐艦の噂だろ?」

 

 五月雨たちはどうやら知っているようです。

 

「駆逐艦はみんな知っているのかぁ……どんな噂なの?」

 

 白露姉さんから噂の内容を教えてもらうと鬼怒さんは……

 

「……それ本当に駆逐艦?というかそんな艦娘いるの?」

 

 どうやら鬼怒さんも私と村雨姉さんと同じでいまいち信じられないようで胡散臭そうな顔をしていました。

 

「どんな艦娘なのかなあ……」

 

「きっと悪魔みたいな見た目の艦娘に違いねえ」

 

 五月雨と涼風は信じているみたいです。

 

「私も魚雷を投げてみたい」

 

「信管が作動しないわよ」

 

「便利だと思うんだけどなー」

 

「でもそれって敵のかなり近くまで行かないと当てるの難しいわよね?」

 

「かっこいいじゃん」

 

「それが白露ちゃんの本音なのね……」

 

「私だってもっと活躍したい!」

 

「あー、そろそろ次の訓練に入ってもいいかな?」

 

 

 訓練が終わった後も白露姉さんたちはずっと噂について話していました。

 それから数日の間これは白露姉さんたちの話の種となっていましたが、やがてそれは終わり噂の真偽は確かめられないまま忘れられていきました。

 

 

 

 

 

 

「○○ーっ!そろそろ遠征の出発時刻よー!」

 

「はい、今行きます!」

 

 いつもの遠征任務。駆逐艦の私たちは鎮守府を裏方で支えるのです。支度を終え出撃ドックへ行くとすでに他の皆さんが集合していました。

 

「○○も来たね。よし、それじゃ今日も頑張ろっか」

 

 鬼怒さんに続いて海へ。気持ちの良い風が頬を撫で、私の髪をなびかせます。今日も良い天気です。はい。

 

 この日の任務も何事も無く終わる……この時まで私はそう思っていました。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

(ど、どうしよう……)

 

 数時間後、私は1人であてもなく大海原をさまよっていました。付近に仲間の姿はありません。

 

 何故こんな事になったのか……原因は海上に突然発生した嵐です。遠征の帰りに私たちは大きな嵐に巻き込まれバラバラになってしまったのです。そのせいで現在私は仲間とはぐれて1人ぼっち。濡れた制服が肌に吸い付いてベトベトします。

 

 他の仲間の事も心配ですが、まず先に自分の心配をしなくてはいけません。

 

「マズいです」

 

 自分の現在位置が分かりません。一体どれだけ本来の航路から逸れてしまったのでしょうか。あいにく私は羅針盤を持っていないのです。

 

(落ち着こう。遠征先は南方海域……とにかく北へ行けば知っている場所へ帰れるかもしれない)

 

 でも方角がさっぱり分かりません。

 

「大まかでもいい……どうにかして北を知る方法を……あっ!」

 

 1つ方法を思いつき、艤装の小道具収納スペースに手を突っ込み目的の物を探します。

 

(あった!)

 

 取り出したのはシンプルなデザインのアナログ腕時計。白露姉さんが私の進水日にプレゼントしてくれた物です。鎮守府の外へ出かける機会がほとんど無くてお出かけで使った事はあまりありません。でも折角の貰い物なのでこうして出撃の際に持ち運んでいるのです。時々今は何時だ~なんて確認も出来ますし。ちょっとしたお守り代わりでもあります。

 

(多分北半球のどこかだから……)

 

「えっと太陽太陽」

 

 時計の盤面を水平にして短針を太陽に向けます。太陽はだいたい12時頃南に位置しています。現在時刻は2時……太陽は1時間に15度、時計の針は30度ずつそれぞれ回転するので30度戻った場所、つまり腕時計の1時の方角が大まかな南の方角となり、北はその反対です。

 

(あくまでこれは大まかな方角……どの程度ずれているかは分からないけど闇雲に動き回るよりはマシですね)

 

 北へと向かって私は進み始めたのでした。

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 北へと進んで1時間ほど経ちました。未だに仲間と合流は出来ていません。

 

「皆さん……」

 

 背負ったドラム缶がずっしりと重く感じます。本当に無事に仲間の元へ帰れるのかという不安がだんだんと大きくなってきました。

 

(……今襲われたら終わりです)

 

 そして……私が今いる場所は激戦区だという事実。今までなるべく考えないようにしていましたがいつ敵艦隊に遭遇してもおかしくないのです。

 私が装備しているのは12.7cm連装砲B型改二と呼ばれる主砲とドラム缶のみ。戦闘に巻き込まれた場合、ロクな反撃も出来ず沈む事になるでしょう。

 

「……っ!」

 

 ふと殺気を感じ、私はゆっくりとそれを発した主の方へと顔を向けました。

 

(そ、んな……)

 

 全身黒ずくめで巨大な盾のような艤装を持った女性がいました。戦艦ル級です。よりによって戦艦級……私1人でどうにかなる相手じゃありません。さらにル級は背後に重巡リ級と駆逐イ級を引き連れています。

 

 私と目が合うとル級は邪悪な笑みを浮かべました。

 

 

 シズメ。

 

 

 私がドラム缶を捨てて主機を全開にするのとル級が砲撃をするのはほぼ同時でした。

 

(逃げ───)

 

 至近に着弾した砲撃の余波で私は吹き飛ばされ、海面を数回バウンドして停止、すぐに体を起こし北へと逃げ始めます。体中が痛いです……でも止まりません。止まれば待っているのは死でした。

 

 背後でル級が何か叫び、それに応えるように随伴艦たちがおぞましい声を上げます。

 

 私は怖くて振り返れませんでした。

 

(早く!早く!……!)

 

 速度のある敵駆逐艦が私の両脇を併走しながら砲撃してきました。私も主砲を使って敵を牽制します。

 

「当たって!」

 

 敵駆逐艦の1隻に命中し撃沈させる事が出来ました。

けれども敵はまだ5隻残っています。ほっとする間もなく次々と砲弾が周囲に着弾。大量の海水を被りながらも私は全速力を維持します。けれども一向に引き離せません。之字運動をしながら進んでいるためです。真っ直ぐ進んでいたら敵の格好の的になります。

 

(このままじゃっ!)

 

 少しずつ夾叉弾が増えています。もう完全に捉えられている!

 

「誰か!誰かぁ!」

 

 私の声に応えてくれる人はいません。

 

(嫌だ……こんな所で沈みたくない!)

 

 怖くて怖くてたまらなくて。

 

 助けを呼んでも誰も応えてくれなくて。

 

 無茶をし過ぎたせいで艤装は怪音をあげていて。

 

 息だってもう苦しくて。

 

 敵砲弾の着弾位置がどんどん私に近くなっていって。 

 

 死がすぐそこまで迫っていて……

 

 無駄だと分かっていても願わずにはいられませんでした。

 

(助けて……姉さん!)

 

 直後、大きな衝撃を背中に感じました。

 

「うぁっ!?」

 

 ああ……とうとう被弾してしまいました。

 

 スローモーションになる世界。視界いっぱいに海面が近付いてきます。バランスを崩して転倒しようとしているのでしょう。それが意味するのは死です。

 

(あれ……今、私…誰に助けを?)

 

 海面に叩きつけられ息が詰まりました。ゴロゴロと転がり続けてようやく止まり、体を動かそうとすると激痛が走りました。

 

(大破……)

 

 今の私は耐久を越える被害に備え付けのダメージコントロールが働き、かろうじて轟沈寸前で生きている状態です。主砲は砲身が折れ曲がり、いつも被っているお気に入りの帽子もどこかへいってしまいました。

 

「あ……」

 

 無理矢理仰向けの姿勢から上体を起こすと深海棲艦たちが私を取り囲むように停止していました。ル級が、リ級が、イ級が私を見下ろしています。

 

 オワリダ。ココデヒトリサビシクシヌガイイ。

 

 彼女たちは私を見て嗤っていました。これから私を殺す事が楽しみでしょうがないという風に。

 

「あ…ああ……」

 

 私に死を与えるべく彼女たちの砲が向けられます。私は動けずただ震える事しか出来ませんでした。

 

 ごめんなさい。私は……ここまでみたいです。

 

 そして───

 

 明らかにル級たちのものとは違う砲撃音が辺りに響き渡りました。

 

「ギッ!?アアアアアア!??!」

 

 突然ル級の顔面で爆発が起こりました。ル級が悲鳴をあげ、手で顔を押さえます。

 

「え……」

 

 聞こえた砲撃音は私の使う砲と同じものでした。

 

(何……が……)

 

 リ級たちが何かに向かって叫んでいます。そしてまた聞こえた砲撃音。確かめたいのに私は痛みで体を動かす事が出来なくなっていました。

 

「わっ!?」

 

 突然誰かに抱き上げられ、運ばれます。初めてのお姫様抱っこでした。

 

(だれ……?)

 

 深海棲艦たちから少し離れた場所で私は優しく下ろされます。

 

「……」

 

 知らない少女でした。

 私や白露姉さんたちと同じ黒のセーラー服、首に白のマフラーを巻き、帆の付いた背部艤装、右手には12.7cm連装砲B型改二、太ももには赤くペイントされた魚雷が付いていました。

 髪は特徴的な2本のくせ毛があるクリーム色の長髪で先端が桜色に染まっています。前髪の上の方には黒く細いリボンが結ばれていました。

 

 ……でも何よりも特徴的なのは彼女の目でした。

 

(綺麗……)

 

 血のように真っ赤な瞳。

 きっと姉さんたちがいたらまるで悪魔や吸血鬼だと言って恐れたでしょう。でも私はむしろそれを美しいと感じ、見惚れていました。

 彼女はとても優しげな笑みを私に見せ、私を守るように背を向けて立ちました。

 

(え……まさか1人で戦うつもりじゃ!?)

 

「だめです逃げて……!」

 

「……」

 

 無茶です。彼女は恐らく駆逐艦。1人で戦艦と重巡を含む艦隊とやり合えるわけがありません。やはり状況は何1つ変わっていませんでした。私の死の道連れを増やしてしまっただけです。

 

 混乱していた深海棲艦たちも落ち着きを取り戻したのか、こちらを余裕ぶった目で見ていました。彼女たちにとってもただ獲物が一匹増えただけの事なのでしょう。

 

「あなたまで沈んじゃいます!」

 

 聞こえているはずなのに彼女は何も答えません。私がもう一度大きな声で言おうとしたその時、彼女が初めて口を開きました。

 

「……おい、私の妹に何するっぽい」

 

 それは冷たい……けれども強い怒りを含んだ声でした。言葉と共に放たれた殺気に深海棲艦たちが後ずさりました。

 

 彼女たちの顔に浮かんでいたのは恐怖と戸惑い。本能が感じとったもの対して戸惑っているようでした。でも戸惑っていたのは私も同じでした。

 

(何ですか……このプレッシャーは)

 

 とても駆逐艦娘が放つものではありません。私が感じたプレッシャーは鎮守府にいる戦艦たちが放つものと同等のレベルだったのです。さらに今彼女は私の事をなんと呼んだか。

 

「あ、あの!」

 

 彼女は小さく振り返って、

 

「ここからは全部お姉さんに任せるっぽい」

 

 その言葉を言い終えるのと同時に彼女は海面を蹴って駆け出しました。こんな動きが出来る艦娘を私は今まで見た事がありません。それを見て頭に思い浮かんだのは……

 

 曰く、その者は海面を駆けたり跳んだりするらしい。

 

 想像以上のスピードで距離を詰め、アクロバティックな動きで攻撃をかわす彼女に深海棲艦たちが焦ります。

 

 曰く、戦艦にすら傷をつける威力の砲を持つらしい。

 

 体当たりして来たイ級をしゃがんでかわし、ル級に砲弾を数発叩き込むとル級の砲がひしゃげてしまいました。戦艦の装甲に対して確実にダメージが通っています。

 

 曰く、魚雷を投擲するらしい。

 

 右手のB2砲で砲撃を行っている最中の彼女の左側からイ級が迫ります。確かに砲は今違う標的に向けられていますが……彼女は一瞬チラリとイ級を見ると太ももの魚雷を1本引き抜き投擲。魚雷はイ級の目の前で爆発し、イ級は燃えながら沈んでいきました。隙がありません。

 

 曰く、その者は1人で水雷艦隊1つと同等の戦力を持つらしい。

 

 周囲にバラまかれた魚雷が残ったリ級たちを巻き込んで爆発しました。煙が立ち上る戦場にもう残っているのは顔に傷を負ったル級しかいません。ここまでわずか十数秒の出来事でした。水雷戦隊1つと同等……いえ、それ以上です。

 

「強い……」

 

 ル級の砲撃の中を彼女はまるで恐れる事なく突き進みます。動揺させ隙を作ろうとしたのか、ル級が砲を私へと向けた瞬間、彼女は海面へ砲撃を行いル級の視界を塞ぎました。

 

「余所見とはいい度胸ね!」

 

「……!」

 

 もうすぐそこまで接近していた彼女が笑い、慌てて艤装を盾に砲撃を防ぐル級。その隙に彼女はなんとル級に向かって跳び、その大きな艤装に手を突くとそのまま鮮やかな前方倒立回転跳びをしてみせました。しかも空中で回転しながらル級の顔へ魚雷を発射するというおまけ付きです。

 着水した彼女がさらに追加の魚雷をぶつけるとル級は悲鳴をあげる間もなく沈んでいきました。

 

「……終わり?」

 

 戦艦と重巡を含む敵艦隊が駆逐艦1隻に為すすべもなく敗北……私は夢でも見ているのでしょうか。試しに自分の頬をつねってみました。すごく痛かったです。はい。

 

「ぽいっ!周囲に敵影無し!……大丈夫?」

 

 気がつくと戦闘を終えた彼女が私の元へやって来ていました。座り込む私を彼女が心配そうに見下ろしています。

 

「は、はい」

 

「そんなに緊張しなくてもいいっぽい」

 

「すみま……んむっ!?」

 

 何かを顔に被せられ視界が真っ暗に。手にとって見ると私のベレー帽でした。いつの間に拾ったのでしょう。

 

「それ、あなたのでしょ?」

 

「はい……ありがとうございます」

 

 ベレー帽を抱きかかえながらお礼を言うと彼女は嬉しそうに笑いました。

 

「お礼なんていいっぽ……あっ」

 

 彼女の視線は私の右の二の腕に注がれていました。見れば皮膚がぱっくりと大きく裂けて血が流れ続けています。肉も見えていて見た目は結構グロテスクでした。

 

(うわっ……あんまり直視したくないですね)

 

「……」

 

「……何を?」

 

 彼女が自身の白いマフラーを外しました。そのままそれを私の傷口に当てようとしてきます。

 

「えっ!?大丈夫ですって!マフラーが汚れちゃいます!」

 

「うるさい。黙って巻かれるっぽい」

 

「せ、せっかくの真っ白なマフラーが大変な事になりますよ!?」

 

「えいっ」

 

「あいだだだだっっ!!」

 

「んしょ」

 

「痛い痛い痛い!!痛いです!」

 

 善意でやってくれているは分かりますけれど、力加減がおかしいです!

 

「我慢するっぽい……よし、出来た!」

 

 縛り付けられたマフラーは大量の血を吸って赤くなってしまっています。でも少し痛みがマシになりました。

 

「……」

 

「もう大丈夫っぽい!」

 

 私の顔のすぐそばで彼女が花のような笑顔を浮かべました。間近でそれを見た私は……思わずドキッとしてしまいます。かつてないほど心臓が跳ねたような気がしました。

 

(可愛い……じゃなくて!……え、ちょっ、なんでドキッとしてるんですか私は!?)

 

「んー?顔がちょっと赤いっぽい?」

 

「だだだ大丈夫です!ただ、ちょっと顔が近いです!」

 

「あ、ごめん」

 

 やっと彼女が私から離れます。私は誤魔化すように気になっていた事を聞きました。

 

「あの……お名前を」

 

「あれ?分からないっぽい?」

 

 正直心当たりはあります。あの姉は軍艦時代もヤバかった人ですし。目の前の彼女はまさにあの姉が艦娘化したらこうなる……といったイメージ通りの姿。

 

「……夕立姉さん?」

 

「正解っぽい!」

 

 白露型駆逐艦の四番艦……夕立。軍艦時代の活躍ぶりから〈ソロモンの悪夢〉と呼ばれた私の姉です。

 

(そういえば夕立姉さんはなんでここにいるんでしょう?)

 

「夕立姉さんは何故ここに?」

 

「ここのパトロールをやっていたらあなた───○○の捜索任務が出されたっぽい」

 

「えっ」

 

 どうやらあの嵐ではぐれてしまったのは私1人だけだったらしく、捜索するにも遠征用の装備では心許ないと仲間の皆さんは泣く泣く鎮守府に帰還したそうです。その間に連絡を受け取った司令官さんが他の鎮守府に依頼を出し、それを別の任務に就いていた夕立姉さんの所属する鎮守府が引き受けたとの事です。

 

「夕立姉さんの元々の任務は何だったのですか?」

 

「遠征航路の安全確保のため、この辺りに出る敵を片っ端から倒すだけの簡単なお仕事っぽい」

 

 えっと……どこが簡単な任務なんでしょうか。ここ激戦区ですよ?

 

「……1人でですか?」

 

「早く見つけたくて他のみんなとバラバラに探してたっぽい」

 

 「提督さんには内緒っぽい」と夕立姉さんはいたずらっぽく笑います。思いっきり命令違反です。けれど、それが私のためにした事だと思うと怒る気になれませんでした。

 

「夕立たちの提督さんは優しい人だからきっと怒らないっぽい!……多分」

 

 怒られる可能性がゼロとは言い切れないんですね……

 

「さて、途中まで送るっぽい」

 

 

 

 

 

 

「あの……」

 

「どうかしたっぽい?」

 

 夕暮れ……茜色に染まる海を夕立姉さんに運ばれ私は移動しています。大破した私は自力航行が難しかったためです。だから夕立姉さんに運んでもらうのは仕方のない事なのです……なのですが。

 

「こ、この体勢は恥ずかしいです……」

 

 何故私はお姫様抱っこで運ばれているのでしょう?

 

「なんで?」

 

「な、なんでと言われましても……」

 

 心拍数が上がり過ぎて心臓が止まるからです。

 

「あ、また顔をそらしたっぽい。夕立の顔ってそんなに怖いっぽい?」

 

「そうじゃないですぅ……」

 

 夕立姉さんの顔を直視出来なくては顔を背けます。

 

「……体の震えはもう大丈夫そうっぽい

 

「え?何か言いました?」

 

「何でもないっぽい」

 

 今度は彼女が顔をそらしました。

 

「……!あれは○○の仲間っぽい?」

 

「えっ?」

 

「前から来てる」

 

 夕立姉さんに言われ進行方向に顔を向けるとこちらへとやって来る白露姉さんたちの姿が見えました。

 

「はい……白露姉さんたちです」

 

「……」

 

「「○○っ!」」

 

 隊列から外れ、真っ先に私たちの元へとやって来たのは白露姉さんと村雨姉さんでした。

 

「○○ーーーっ!」

 

「○○大丈夫!?って、やっぱりボロボロじゃない!!」

 

 まあ大破してますから。

 

「落ち着いてください」

 

 白露姉さんは号泣。村雨姉さんも泣いていました。他の皆さんも後から集まってきます。

 

「……えっと」

 

 私から夕立姉さんへと仲間の視線が移動しました。夕立姉さんを見た仲間は少し戸惑っています。赤い目は深海棲艦の姫級などに多く見られる特徴だからでしょう。夕立姉さんが纏っている歴戦の戦士のような雰囲気もその原因の1つかもしれません。

 

「あなたが助けてくれたの?」

 

 コクリと夕立姉さんが頷きました。

 

「艦娘……よね?」

 

 コクリ。夕立姉さんは何故か喋りません。

 

「○○を助けてくれてありがとう。鎮守府を代表してお礼を言うね」

 

 鬼怒さんが頭を下げてお礼を言います。

 

「「「「「ありがとう!!」」」」」

 

 他の皆さんもそれに続きました。……姉さんたちは目の前にいるのが誰だか気付いていないのでしょうか?制服を見れば姉妹艦だと分かるはずですが。

 

「……私が怖くないっぽい?」

 

「えっ?確かに最初はちょっと怖いかなあと思ったけど……」

 

「○○がかなり気を許しているように見えるしね」

 

「○○の恩人にそんな失礼な事は考えません!」

 

「おう!その通りだぜ!」

 

 姉妹たちの言葉に夕立姉さんがほっとしたような顔になります。

 

「ありがとう。……白露姉さん、○○を頼むっぽい」

 

「うん任せて……って、え?姉さん?」

 

「あら?そういえばその制服……」

 

 夕立姉さんが私をゆっくりと下ろします。

 

「仲間を待たせているからもう行くっぽい。○○、マフラーは返さなくていいよ」

 

 去り際に笑顔を見せた夕立姉さん。

 彼女が背を向けて去っていく方向には3つの人影がありました。夕立姉さんの仲間の方たちでしょう。

 

「ありがとうございました!!」

 

 彼女たちの姿が見えなくなるまで私たちは見送り続けました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの後、噂の駆逐艦の正体が自分たちの姉妹艦だと知った姉さんたちはとても驚いていました。私が見た戦闘の話もかなり衝撃的だったみたいです。話を聞いている時の皆さんの顔が面白かったです。

 

 やがてあの夕立姉さんは〈悪夢の夕立〉という2つ名まで付けられ、有名な艦娘になりました。生まれ変わっても〈悪夢〉と呼ばれるんですね……

 一部の艦娘には彼女を怖がる人もいます。確かにちょっと悪魔みたいな容姿だし戦闘狂ですが、少なくとも私は彼女を知っています。夕立姉さんは仲間思いでとっても優しい人であるという事を。

 

 

 ……あの日貰ったマフラーは今でも私の宝物です。

 

 

 

 

 

 




○○が誰だか分かりましたでしょうか?あの娘です。

夏イベの夕立をどこで投入するか悩みます。ぽいぬはここぞという時の切り札のようなものですからね。
彼女の活躍に期待です。


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