Fate/Grand order 人理の火、火継の薪 (haruhime)
しおりを挟む

炎上汚染都市 ー冬木ー 熾火の街

プロローグ的な何か。

現地サーヴァントのような何かとして出現した主人公。

-追記-

もう一度警告しておく。

原作設定なんてどこかに放り投げてる作品です。

原作に思い入れのある人がマジ切れしかねない、ガバ設定とオリキャラ、オリ設定の嵐が吹き荒れます。

この文面を見て何らかの気配を感じた人は、直ちにマイページのブロック作品にこいつを叩き込んで、存在を忘れて下さい。

核地雷を踏んでやろう、みたいなモノ好きだけどうぞ。




 崩壊した街の中。煉獄となり、劫火に焙られたがれきの上に、一つの人影が現れた。

 

 焼け焦げ煤けた皮鎧に赤いフード付きマントを羽織った男だった。

 

 あちらこちらにへこみのある鍔広の鉄帽と皮の襟で顔を隠していた。その右手に血塗られ赤錆びた大剣を、手甲をつけた左手に鉤爪のような凶悪な短剣を持っている。凶悪な武器を手に、脱力すら感じさせる姿。

 

 吹き付ける熱風に焙られながら、男は立ち尽くしていた。

 

 どれだけの時間がたっただろうか。それは男にはわからなかったが、動く者のいないはずの周囲に奇妙なものが現れていた。

 

 肉と皮を持たない、ぼろ布をまとったうごめく骨人。その細く白い手に、刃こぼれし、折れた直剣や短槍、朽ちた短弓を持ち、生きるものへの怨嗟を零しながら骨の擦れる音を上げて男に向かっていく。

 

 剣や槍を振りかざし、みすぼらしい戦列を組みながら。さながら白い濁流のように押し寄せていく。

 

 まるで理性も戦略も無いように見える集団であるが、その実崩れた陣形をなしていた。後列でキリキリと音を立て引かれた数十の短弓から、雨のように矢が放たれる。

 

 赤錆びた矢じりを持つ矢群が唸りをあげて男に奔る。その速さは肉の身を持たない骨人が放ったものとは思えない速度だった。

 

 男は、そこで初めて迫る脅威に気付いたように見えた。

 

 飛来する矢を見据え、獣のように動き出す。地面に大剣をこすりながら、四つ足で駆ける獣のように男は駆け抜ける。

 

 面を抑えるように降り注ぐ矢の雨は、蛇行する男の身に触れることはなかった。

 

 男はわずか数歩で矢陣を抜け、囲み嬲ろうとするみすぼらしい戦列に一撃を加える。

 

 最前列から突き込まれる槍襖を右逆袈裟に振り上げた大剣の一振りで切り飛ばし、その勢いで身をひねりながら跳躍。

 

 前転気味に前列を飛び越え、その手の短剣で着地点の後列の弓兵を切りつぶした。

 

 頭蓋骨から脊椎を切り開かれ崩れ落ちる弓兵には目もくれず、右翼に飛び込む男。密集隊形に飛び込み、すれ違いざまに短剣で首を落とし大剣で両断していく。

 

 密集していた弓兵は、その大剣の一振りで二騎三騎とばらばらに散らされた。男はその隙間に体をねじ込むように突っ込み、刃の暴風で陣に付けた傷口を広げた。

 

 内側に入り込んだ敵を磨り潰そうと、前後左右から骨人が迫る。味方にあたることすら恐れぬ骨人たちの剣や槍をかわしつつ右翼の端まで駆け抜けた男は、今度は前衛に向かい、陣形表面を皮をむくように削ぎ落す。

 

 獣のごとき、理なき動き。しかしその力強い一撃は、骨人のあらゆる抵抗を無意味に落としていく。刃こぼれした剣を槍を盾にしても骨ごと砕かれ、矢は躱されるか別の骨人を盾にして防がれる。この場にいる骨人の技能や力では、暴威をふるう男を止めることはできなかった。

 

 長いようで短い時間周囲に響いていた鉄や木、そして骨が砕ける音は、接触からそれほどの時間を待たずに聞こえなくなった。

 

 火が燃え盛る音以外聞こえない静粛の場、骨と木と鉄の山の上に、男は一人佇んでいた。最初にこの場に現れた時のように、何の感慨もなく周囲に視線をやることもなく、ただその場にあった。

 

 

 

 

 

 

 どれだけの時間がたったのだろうか。

 

 立ちすくんでいた男は異音を聞いた。

 

 この煉獄で動く者がいる証を。

 

 かすかに聞こえる剣撃と人の声。理性ある人の声。男が久しく聞いていなかった、懐かしい響き。胸の奥がざわめいたのを、男は感じた。

 

 男は衝動に押され、その音に惹かれて駆けていく。積みあがったがれきを踏み砕き、林立する鉄骨を足場に、立ちふさがる劫火を振り払い、道を阻む愚かモノを切り飛ばし、意味ある音にならない声をあげながら。

 

 助けを求める声を聴きながら、摩耗した記憶が叫ぶ。

 

 悍ましい不安と不明な後悔を胸に、次こそは救ってみせると。

 

 名も知れぬモノをこそ救うのだと。




認めない、認めない、認めない!

火継の果てがこんな定めだと!

我らの献身は何だったのか!

彼らの犠牲は何だったのか!

薪の王たちの望みは、こんな果てではないはずだ!

人理の焼失など、許すものか!

千里を見通す盲神の愚行を正さねばならぬ!

己を不死と、不滅と騙る愚者に、火の真理を馳走せよ!

彼奴等の計画をこそ、焼き尽くさねばならぬ!

征かれよ我らの主よ!

最初の火継にして最後の火継たる貴方こそが!

此度の旅路を征かれるにふさわしい!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

炎上汚染都市 ー冬木ー 火分けの儀

生存のためではなく、人類史のために立つ者は狂人である。

それはまさに人類愛によるものなのだから。




「何とかしなさい!」

 

 恐慌するオルガマリー所長を庇うために、礼装を起動してガンドを打ち込む。槍を突き込もうとしていたスケルトンにガンドが命中した。

 

 当たった、運がよかった。

 

 当たりさえすれば、三流以下の魔術師が礼装で強化されているとはいえ、不思議存在の動きを止めることができるのだ。

 

 そして不可解な体勢で硬直したスケルトンを、横合いから巨大な鉄塊がばらばらにする。

 

「大丈夫ですか、先輩!」

 

「大丈夫だ!」

 

 俺たちの前に鉄塊、巨大な盾を構えて守勢をとる少女。命を失いかけ、デミサーヴァントとして命をつないだマシュ・キリエライト(後輩)だ。

 

 彼女はその手に持つ巨大な盾で、十体以上のスケルトンを撃破している。彼女がいなければ俺も所長もとうに串刺しになっていただろう。

 

 サーヴァントとしての力をふるう彼女によって、スケルトンは次々に砕かれている。しかし、がれきの陰や建物の隙間から次々とやってくるため、むしろ数は増えていた。今は奴らの動きが遅いからどうにかなっている。だが、

 

「ふっ、やぁっ!」

 

 実際に戦えているのは、マシュだけだ。もともとマスター候補として参加した彼女は、白兵戦による継続的護衛戦闘の訓練など受けていない。

 

 デミサーヴァントとなってステータスは上がっても、彼女の心は経験不足でこの状況に耐えられない。今ですら呼吸が上がり、視線は無駄にさまよっている。はたから見ても彼女に余裕がないのは明らかだった。

 

「所長も攻撃魔術で援護を!」

 

 カルデアからの魔力を精製し、無駄に数だけはある魔術回路に走らせる。知っている魔術は数あるが、今使える魔術なんてガンドと、

 

魔弾形成・連続射出!(マジックボルト・シュート)

 

 これくらいだ。

 

 指先から収束した魔力弾を連続射出し、着弾時の衝撃と小爆発による物理干渉に重きを置いた速射術式。

 

 対魔力なり対抗礼装を持つ魔術師相手ならともかく、物理強度も神秘も弱いスケルトン相手ならば十分な性能だ。

 

 一体、二体、十連打で砕き飛ばす。

 

 だがそれでも、この状況を打開するだけの火力はない。だからこそ、一流である所長の援護が必要なんだが。

 

「もうイヤ、来て、助けてよレフ!いつだって貴方だけが助けてくれたじゃない!」

 

 だめだ、錯乱してる。

 

「先輩!敵スケルトン、さらなる増援が!」

 

 マシュの声に目を向ければ、盾の向こうに、スケルトンの大群ががれきを乗り越えているのが見えた。十や二十じゃない。百以上の群れだ。冗談じゃない、あんな数に近づかれたら、ひとたまりもない。

 

「所長!立ってください!」

 

「いやよいやよいやよ、助けてレフ!」

 

 腕をつかみ、立たせようとしても首を振るだけで立とうとしない。この状況で現実逃避とかずいぶん余裕があるな!

 

「マシュ!背後をカバー!」

 

「先輩!?」

 

「逃げるぞ!」

 

 所長を無理やり担ぎ、身体強化を施して背後に走り出す。喚く所長をどうにか保持しているが、暴れるのでかなりきつい。あと一人でも手数があれば、どうにでもできるものを!

 

 二体のスケルトンをなぎ倒し、集団に向けて叩きつけたマシュがすぐに横に並び、通信機に叫ぶ。

 

「ドクター!ポイントまでどれくらいなんですか!」

 

『あと少しだ、もう少し先の交差点を曲がった先が指定ポイントになる!』

 

 バックアップを担当するドクターロマニが返答する。確かに英霊召喚ができれば違うかもしれない。だが召喚しているだけの時間があるのだろうか。

 

『うそだろう!目標地点周辺に大量のスケルトンの反応!?……いや、消えた。』

 

 ドクターが叫んだと思えば、突然冷静になる。何が起きた。スケルトンの群れが急に消える?おいおいまさか。

 

『サーヴァントのような反応が君たちに向かっている!敵か味方かはわからない、警戒してくれ!』

 

「先輩!私の後ろに!」

 

「任せた!所長は後方警戒を!」

 

 ドクターも無茶をいう。敵対してくるサーヴァントなら三流魔術師が警戒してどうにかなるものか。盾を構えるマシュの背中に隠れるように、所長を背に庇いながら立つ。

 

 

「貴方ごときが私に命令してるんじゃないわよ!」

 

 俺に指示されるのが気に障ったのか、所長も自力で立ってスケルトンが来るであろう方向に腕を向ける。一流魔術師の火力であれば、俺たちを追うスケルトン相手でもたやすく殲滅できるだろう。

 

 待ち構えている俺たちの視線の先、交差点の向こうの燃え上がる瓦礫の上を、一人の男が駆けてきた。

 

 煤けた赤いマントをなびかせ、血塗れの大剣を地面に擦り、火花をあげながら。獣のように身を低くかがめ、猟獣の爪牙のごとき短剣を翻し。不明瞭なうなり声をあげ、俺の前に迫る男は、

 

「―――■■■■■!!!!!!!!!!!!」

 

 俺とマシュを飛び越えて、スケルトンの群れに飛び込んでいった。

 

 彼に向かって振るわれる剣槍の群れ。しかし、彼は左手の短剣を持って何十ものそれらを払いのけ、右手の大剣の一撃を振るう。

 

 落撃の一打。

 

 アスファルトを断ち切り、砕き散らすほどの衝撃。

 

 叩き潰された二体は粉砕され、その衝撃は大地を伝い、数体の足を粉砕する。初撃を払われ、武器を失い姿勢を崩したスケルトン達は掬い上げるような回転切りを持って両断される。

 

 そうして討たれ塵に帰るスケルトンから、青白い魔力のようなものが彼に向かっていく。それが彼の中に潜り込むたびに、男の動きは素早く、鋭くなっていった。

 

 全てのスケルトンは俺達には目もくれず、ただ男に向かっていった。まるでこの戦場の脅威は彼だけであるように。骨の顔からはいかなる表情も読み取れなかったが、狂乱したかのように向かっていくのだ。同族がミキサーにかけらえたように塵に帰る死地へと。

 

 見向きもされない状況に、安堵とわずかな口惜しさがあった。それほどまでに、俺には力がないのかと。

 

 しかしそれはまぎれもない事実だった。

 

 この死地に赴くスケルトンたちにとって不幸だったのは、明らかな技量と火力の不足だった。

 

 つい数十秒前までの俺たちのように。

 

 スケルトンの持つ武器や技量では、獣のごとき動きの男をとらえられない。その場に死と破壊をもたらしているのは、戦う人間ではなく、獲物を狩る獣の理。

 

 スケルトンはただ切り潰され、薙ぎ払われ、蹴り砕かれる。速度と力による、一方的な虐殺だった。

 

 ほんの数分で、百以上のスケルトンは塵に帰り、彼がこちらに近づいてくる。

 

 燃え盛る小野尾に照らされるのは、駆けてきた時と変わらぬ傷一つない姿。

 

 堂々たるその歩みと、放つ圧力。まさしく英雄と呼ぶべき存在だった。

 

『だめだ、霊基パターンが解析できない!戦闘中に魔力量が増えるなんて!』

 

 Dr.ロマンが叫ぶ。青白い光が彼に取り込まれるたびに、彼の力が、速度が増しているように見えたのは気のせいではなかったわけだ。

 

 すなわち実力の差は歴然。抵抗は無意味だ。

 

 数歩の距離で立ち止まり大剣を突き立てた彼を警戒し、俺の前に立ちふさがっているマシュの肩をたたくと、俺は盾の前に出る。

 

 誰かに守られたまま、言葉を交わしていいとは思えなかった。普通の人間としては考えられない思考。肉食獣の前に生身をさらすような愚行だ。

 

 ああ、理性はそういっている。だが、心が、魂がささやく。彼の前に、己が足でもって立たなくてはならないと。

 

「先輩!?」

 

「貴方一体何を!?」

 

『立夏君!?』

 

 三人の声が聞こえる。すまない、だがこうしなければならない気がするんだ。

 

「救援ありがとう、あなたの助けがなければ死んでいた。」

 

 感謝の言葉を告げ、頭を下げる。言葉が返ってこない、これは失敗しただろうか。

 

「せ、先輩、顔をあげてください。あ、相手の方が。」

 

 マシュの声に従い、顔をあげる。

 

 すると、中空に文字が焼き付いていた。

 

【無作法を許せ、人類最後の勇者。】

 

 俺の目がその文字を認識したとき、彼は騎士の礼をとる。

 

「貴方は、いったい」

 

 彼は右手を掲げ、前に出ようとする俺を止めた。

 

 ()()()()を思わせる炎の輪を宿した瞳で、

 

【貴殿らの名は知っている、英雄達の主、藤丸立夏】

 

 俺を、

 

【未完の騎士、マシュ・キリエライト】

 

 マシュを、

 

【星見の長、オルガマリー・アニムスフィア】

 

 所長を見定める。

 

【我は最初の火継、かつて薪となった最後の火継でもある。】

 

 その身は熱を帯び、

 

【幾星霜の果てに、我が名は焼失した。】

 

 目に見えぬ炎を纏い、

 

【故に我が名は無銘なり。】

 

 総身を燻らせていた。

 

【此度は人理を焼く愚行を諌めるために。】

 

 彼はただ、其処に在るだけで、

 

【最初の火の理を示すために。】

 

 揺らぐ世界を焼き固め、

 

【私はここに来た。】

 

 在るべき幻想を定めていた。

 

【サーヴァント火継の薪(Cinder of Firelink)

 

 その火は、今世界を覆う業火をも焼き祓い。

 

【この戦場では、貴殿の指示に従おう。】

 

 俺の魂に焼き付いた。

 

【存分に使うがいい、我が主(マスター)。】

 

 俺は、この時真の火の熱を知った。




は!燃えカスごときが何をする!

もはや我らの計画は成就した!

人理焼却は覆らない!

全てを灰に戻した愚か者どもに、何が分かるというのだ!

この世の地獄を生み出した者どもに呪いあれ!

終わった者は、ただそこで指をくわえて見ているがいい!

我らの偉業を!生命の再起を!

誤った星を正し、あるべき理想を形作る我らが業を仰ぐがいい!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

炎上汚染都市 ー冬木ー 炎の先達者

予定よりも遅れてしまった。

今回は召喚タイム。


 火継の王との簡易契約を結ぶために、Dr.ロマンの誘導を受け、拠点となりうる武家屋敷に到着した。

 

 かつて魔術師の工房であったのだろう優れた霊地の上にある屋敷には、感知系統の魔術が施されていた痕跡があった。もっとも、門を含め、様々な部分が崩れている今、その役割を果たすことはできないだろう。

 

 火継ぎの薪との出会いの後、その霊格を目にして恐慌状態にある所長を背負ったまま、頑丈そうな土倉の中に入る。土倉は雑然とした物置の様相を示しているが、不思議と埃臭くなかった。

 

『マシュ、魔法陣が書かれている中心に、その盾を設置してくれ。そこを召喚サークルとして固定する。』

 

「はい、……これでよろしいですか?」

 

『上出来だ、これで召喚サークルは固定できた。カルデアからの観測と魔力供給はさらにスムーズになるはずだよ。』

 

 ドクターの言葉と同時に盾と魔法陣から光が放たれ、自分の中に膨大な魔力が流れ込んでくるのがわかる。さっきまで流れ込んでいた魔力も相当だとは思っていたが、サーヴァントを使うとなると足りていなかったからありがたい。

 

『立夏君、魔力的には空きがある。彼との契約のほかに、もう一騎は召喚したほうがいいんじゃないかい?』

 

 ドクターの問いはもっともだ。けれど、

 

「火継の薪の魔力消費はかなり激しい、ですよね?」

【然り、宝具の開帳すらままならぬ今ですら、主が支えるには厳しかろう。】

【しかし、我がスキルたる最初の火による供給がある。戦闘における魔力の負担は決してかけぬことを誓おう。】

 

 火継ぎの薪によれば、あの青白い光を燃料に魔力を生成できるという。彼が契約に伴う魔力以外を自給できるというなら、戦力の拡充を急ぐべきだろう。

 

【ゆえに召喚するべきと、進言させてもらおう。我が主よ。】

【手数が多いに越したことはなく、何より、貴殿の真価は多くの英雄を従えてこそなれば。】

 

 僅かに喜悦を感じさせる響きのある彼の言葉には、わからない点もある。俺が英雄たちの主としての才覚を持っているとは思えない。しかし、この英雄が言うのだから、何かしらの意味はあるのだろう。

 

 複数人を部隊として指揮し、運用する訓練を積んでおけということだろうか。これから先の事を考えれば、指揮の経験は少しでも早く積んでおくべきだろうし。

 

「ドクター少なくとも一人、召喚を行います。」

『了解、召喚と行こう!』

「はっ!?」

 

 部屋の隅でぶつぶつ言っていた所長が復帰したらしい。

 

「待ちなさい!ここはどことかそいつは何とか私の許可なしに召喚しようとするなとか勝手に指揮とってるロマニ後でぶっとばすとか私を無視して話を進めないでさびしいじゃない構いなさいよとかいろいろ言いたいことはあるけど、そもそもあなた召喚詠唱を知っているの?」

 

 すさまじい剣幕でがなり立てる所長。ん?

 

「えっ。」

「あっ、先輩まさか。」

『アッ!?教わってないのかい!?』

 

 召喚詠唱って、なに?

 

「やっぱり知らないで事を進めようとしていたじゃないのよ、やだー!?」

【我が主よ……。】

 

 やめて、罵倒しないであきれた感じを出さないで!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの後、長いお説教を泣きながらする所長から召喚詠唱を教えてもらった。火継の薪とマシュ、ドクターのとりなしもあってどうにか所長も落ち着き、所長が持っていた虹色に輝く金平糖もとい聖晶石を盾の十字架、その四隅に据える。

 

 通常の召喚であればこれでも十分だが、

 

【始まりの火よ、我が主に祝福を。】

 

 火継の薪が、スキルによって生み出した幻想の火。それがこの土倉を焼き、祓う。明らかに体感できるほどに、空間が浄化されゆがみが消えていた。

 

『霊脈が整調されている。これは良い縁を引き寄せられそうだ。始めよう。』

 

 カルデアからの魔力を全身の魔術回路に供給する。

 

 最初は、教えられたとおりに詠唱するつもりだった。

 

「素に火と闇。」

 

 だが、口から出たのは違う言葉。

 

「礎に竜と火継の大王。」

 

 俺の中の火が言うのだ。

 

「祖には我が先人■■■■■。」

 

 正しき縁を結べと。

 

「何をしてるの!?止めなさい!?」

 

『今から止めるのは無理だ、近づかないで所長!』

 

 魔法陣から放たれる光は、あたたかな火の粉に代わる。

 

「降り立つ灰には杯を。」

 

 俺は知る、知ってしまった。

 

「四王の瞳は閉じ。」

 

 薪となる前の不死を。

 

「火炉より出で。」

 

 不死に課せられた使命を。

 

「火継に至る炎環路は循環せよ。」

 

 彼らが旅したこの世の地獄を。

 

『異常な魔力反応確認!真エーテルとしか思えない!?』

 

「先輩!」

 

 輝く三本の輪は、白銀から黄金へ、そして炎環へと変わっていく。

 

 体の内が熱い、宿った火が活性化しているのか。

 

照らせ。照らせ。照らせ。照らせ。照らせ。(翳れ。 翳れ。 翳れ。 翳れ。 翳れ。 )

 

 心折れた者たちの慟哭を。

 

「繰り返すつどに五度。」

 

 抗い死にゆく者たちの怨嗟を。

 

「ただ、救われる世を破却する。」

 

 薪となった者たちの諦観を。

 

「ーーー対炎熱、結界、複数、指定、起動!」

 

 中央の光の塊はさらに輝きを増し、吹き出す炎熱もそれに従う。所長が結界を張ってくれたようだが、俺には効果がないらしい。直接縁を結んでいるんだ、焼かれもするだろう。

 

 ああ、魂が焼ける。

 

「Anfang」

 

 ゆえに

 

「告げる」

 

 ゆえに

 

「告げる」

 

 俺は呼ばなくてはならない。

 

「汝の身は我が下に、我が運命は汝の剣に。」

 

 至らぬ俺を先導してくれる者を。

 

「篝火の寄る辺に従い、この意、この理に従うならば答えよ。」

 

 足らぬカルデアに教えを垂れる師を。

 

『神代並みの魔力濃度だ、立夏君は大丈夫かいマシュ!?』

 

「ハイドクター!今のところ外傷、出血は見られません、バイタルは大丈夫ですか!?」

 

 吹き荒れる炎熱は、いよいよ耐えがたいほど吹きすさぶ。熱風が俺を押しのけようとするが、それに耐える。

 

「誓いをここに。」

 

 遠き彼らに続くものとして。

 

「我は常世全ての火と成る者。」

 

 決して恥じぬ功をなすための力を得るために。

 

「我は常世全ての闇を敷く者。」

 

 守りたいものを守る力を得るために。

 

「汝原初の真火を纏う七天、火継の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」

 

 力を貸してくれ、深淵なる火の伝道者よ!

 

 炎塊と化した魔力の塊が、詠唱の終わりと共に爆発する。

 

 チリチリと音を立てる地面、それに反して俺を含めた生き物たちに目立った被害はない。

 

 土煙が立ち込める中、その向こうに人型が見えた。

 

「ふん、私を呼ぶとは物好きもいたものだ。」

 

 魔力の高まり。

 

 明らかに強力な力が一瞬で収束し、灼紅が土煙を焼き払う。

 

「サーヴァント・イザリスのクラーナ、キャスターとして現界した。」

 

 現れたのは、明らかに高級そうな、しかし薄汚れたローブを纏った背の高い女性。その右手に宿るのは、神代の神秘が結晶したような紅蓮の火。人の魂を照らし出すような、どこか恐ろしくも美しい火だった。

 

 きっとあの火とは違うのだろう。それはわかる。

 

「うまく使え、それがお前にできる唯一のことなのだからな。」

 

 そして、おそらく彼女は優れた指導者だ。我ながらこの状況に適した良き縁を引き寄せた。

 

【しかり、我が主よ。善き人を引き当てたものだ。ひさしいな、我が師よ。】

 

 召喚サークルの向こう側、必殺の構えでもって構えていた彼が、剣を下す。

 

「ん?貴様、バカ弟子か!?」

 

 その金音に反応して振り返った彼女が驚きの声をあげた。どうやら火継の薪にとっても師にあたる人らしい。

 

「よくもまぁ、そんなモノに成り下がって。―――言ったろう、自分を大切にしろと。」

 

 彼女は火継の薪に近づき、彼の胸に手を当てる。その手つきにも、声にも明確な親愛の情があふれていた。

 

【だが、】

 

「そうだな、為すべき事を成したんだ。……お疲れ、よくやったなバカ弟子め。」

 

 何度か胸をたたき、突き放すようにしてこちらに向き直る。

 

【師よ、我が主に呪術を教えてやってほしい。】

 

「なに、呪術を教えろ?仮にも主を殺す気か!」

 

 クラーナは即座に振り返り、彼の襟をつかんで揺さぶる。女性としては長身だが、2m近い彼が相手だと、ぶら下がっているようにも見えた。恐ろしい剣幕である。

 

 だが、ここで逃げることは許されない。

 

 彼女に懇願するために、彼女に向かって歩みだす。

 

 さっきも感じた力不足。せめて一撃の援護を可能にしたい。仲間を、所長を、そしてマシュを助けるために。俺は足手まといにはなりたくない。どうか俺に、あなたの英知を授けてくれ。目の前まで近づいた彼女に懇願する。

 

「どうか俺に貴女の英知を授けてくれ。呪術の火を。戦う術を授けてほしい。」

 

「この火は呪いだ、分けられれば、一生お前について回る。制御に失敗すれば丸焼けだ。」

 

 彼女は殺気を発した。右手の呪術の火は大きく燃え上がり、俺の頬に触れるほどに近い。彼女がその気なら今頃火だるまだろう。そして灰も残るまい。

 

「最初の火を見た。俺の中には、あの火がある。今更そんな火を恐れはしない。」

 

 だが、あの偉大なる火が俺の中にある。ならばそんな火になど臆することは、目をくれることはない。

 

「ふ、いい覚悟だ、死んでも使い物にしてやる。覚悟しろよ?」

 

 それを聞いた彼女は火を消すと、明らかに不機嫌な声で言う。

 

「お前は呪術の火を恐れないといったな。なら受け取れ、授業その一だ。」

 

 彼女の右手が、俺の胸に触れる。強烈な火が、呪術の火が俺の中に流れ込んだ。

 

「呪術の火を恐れなければ、火はお前を飲み込み、焼き尽くすだろう。」

 

 何か大切なものが燃えていく。何を焼かれた?わからない。焼かれたことだけが残っていく。

 

「まずは火を恐れることを知れ。そこからだ。」

 

 激痛と焦熱に意識が飛ばされる。

 

 暗転する視界の中、力なく崩れ落ちる俺を誰かが抱えてくれた事だけはわかった。

 

「まったく、世話のかかる奴らだな。」

 

 やわらかい声を最後に、意識は闇に飲まれる。

 

 




何だバカ弟子。すべての呪術を教えてやったというのに、いまさら何用だ?

これは。

頭を下げるな。

姉がお前の間に立ちふさがった。

お前は使命のために討ち果たした。

それだけだろう。

立って進め。お前に出来る贖罪があるならば、ただそれだけだ。

まぁ、お前からの贈り物、確かに受け取ったぞ。

ありがとう、うれしかったよ。

―――お帰り姉さん。お疲れ様。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

炎上汚染都市 ー冬木ー 魔女の灯

最初の火についての、この作品での特殊解釈が出ます。

設定とは異なりますのでご了承を。

皆様、感想ありがとうございます。

なんだかまとまりのない文章になってしまった。


どれだけの間焼かれたのかわからない黒く、火の気配の残る洞窟。

 

無数の剣が突き立ち、溶け落ちた場所。

 

なぜここにいるのかわからない。

 

熱い。

 

体が内側から火に焙られている。

 

命が焼かれる。

 

どうすればいい。

 

何ができる。

 

何かが聞こえる。

 

どこか遠くで、誰かがしゃべっている。

 

誰だ。

 

赤い火。

 

違う、人だ。

 

燻る灰が人型を取っている。

 

それがこちらに手を伸ばした。

 

心が、体が乾くような、すべてを奪おうとする熱を伴って。

 

「■■■■■■■。」

 

近づく。

 

「■間■■■げ■。」

 

近づく

 

「■間■を■げよ。」

 

近づく。

 

消えた?

 

「人間性を捧げよ。」

 

目の前に人型の顔があった。

 

深く刻まれたしわの一つ一つが言えるほど近くに。

 

炎で模られている瞳の血走りが見えるほど近くに。

 

いつの間にそこにいたのか。

 

それの左手は、俺の胸に潜り込んでいた。

 

不思議と痛みも、熱も感じない。

 

ただ、冷たい喪失感を覚えた。

 

何かがつかまれた。

 

それは腕を引き抜く。

 

何かが握られていた。

 

薄ぼけた黒い霧の塊。

 

人の中の人の形。

 

恐ろしいほどの孤独感。

 

失ってはならないと本能が告げていた。

 

あれは、

 

()/は()と。

 

奪わせるのものか。

 

それは手を胸の前に捧げ持ち、握りつぶそうとする。

 

心臓が痛む。

 

魂が痛む。

 

それがどうした。

 

奴の胸に両手を突き込む。

 

驚く顔。

 

あたたかな小さな火種だ。

 

どこか懐かしさすら感じるそれを抜き取り、右手に宿す。

 

奴は取り返そうと手を伸ばす。

 

右手を焼く火種に命じる。

 

従え。

 

奴を貪れ、と。

 

右手の熱が引き、奴の体がぼやける。

 

声なき叫喚。

 

崩れた輪郭が、炎の線となって火種に飲まれる。

 

飲み込み、勢いを増す火種。

 

より強く、より強大になった事で、飲み込む勢いも増していく。

 

瞬く間にその身の半分を吸われたそれは、逃げ出そうとする。

 

燃える右手でその肩を掴んだ。

 

あっという間にその身は崩れ去り、恐怖に染まった相貌を見せて、全てが飲まれた。

 

最後まで残っていた奴の手から、黒い塊が零れ落ちる。

 

拾い上げたそれを、胸の中に押し込む。

 

感じていた欠落が埋まった気がした。

 

苛んでいた寒さが消え、誰かが確かにいると感じた。

 

おかえり(ただいま)()

 

世界が崩れる。

 

いや、崩れているのは俺の意識だ。

 

暗転する。

 

落ちていく。

 

消えていく。

 

火だ!

 

 

 

 

 

 

土倉の中で先輩を見守る、マシュ・キリエライトです。

 

イザリスのクラーナさん、ご本人からクラーナでいいと言われました。

 

彼女が火を先輩の胸に入れると、先輩は気を失い倒れてしまいました。

 

クラーナさんが抱き留めてくださったおかげで、大事に至らずに済みましたが、一時間たった今でも目を覚ましません。

 

「ロマニ!バイタルはどうなってるの!?奇妙なくらいに魔力があふれてるわ!」

 

『体温が異常に上がってる!けれどもほかのパラメータはすべて正常を示してる、何が起きているのかさっぱりだ!』

 

所長は氷の魔術によって冷却のための氷を生成しては先輩に充てている。

 

それでも、触れたところから湯気が上がり、見る見るうちに溶け出してしまう。 

 

穏やかな表情で眠っている先輩。近寄らなければ本当に寝ているようにしか見えません。

 

「ソウルの業を持たない者に、分け火をしたのか!」

 

【否、したのではなく我が瞳から簒奪したのだ。】

 

先ほどの焼き直しのように、クラーナさんが火継の薪さんを締め上げています。

 

「お前なら止められただろう!?」

 

【主の意思を尊重した。不死は想いだけが縁であるからな。】

 

半ば悲鳴のような声をあげる自分の師に、火継の薪さんは言葉を示します。

 

「そう言われてしまうと私には何も言えん!ああくそ、口が達者になったものだ!」

 

文字を読んだクラーナさんは息をのみ、数瞬の後に手を放しました。

 

心なしか肩が落ちているようにも見えます。

 

不思議な感情が伝わってきます。後悔と、不満でしょうか。

 

何をおっしゃっているのかわかりませんが、お二人が何かを知っていることはわかります。

 

「そこまでです、お二人とも。先輩の状態について何か知っているのですか?」

 

「見当はついているが、ここまでの状況を引き起こしたのはこのバカ弟子だ。……触るんじゃない!」

 

【ある意味では師のいう通りであろう。】

 

私の問いかけに、お二人はあいまいに答えました。火継の薪さんは肩に触れようとしていた手を払われていましたが。今度は火継の薪さんが肩を落としています。

 

「貴方が何かやらかしたのね!なんとかしなさいよ!」

 

それを聞いた所長は半泣き、いえ、マジ切れしています。

 

それでも氷の魔術を使用し続けているのですから、やはり所長は一流の魔術師なのですね。

 

【我が主と目を合わせたあの時、私の瞳を介して主は最初の火と不死の呪いを得たのだ。故に、入り込んだ呪術の火が半ば暴走している。】

 

【しかし、これもまた試練。この試練を乗り越えた先には、偉大なる火の術師としての道が開かれる。】

 

【そして、私は主に薪としての素質を見た。原初の地獄をも切り開き、神々を討ち果たし、止まった時を動かす素質を。】

 

【星見の主よ、未完の騎士よ、そして盲目の賢者よ。】

 

【我が主を信じよ。我が主の強き意思を信じよ。仲間を信頼することもまた、貴殿らの成長に繋がろう。】

 

【今の貴殿らには祈り、信じることしか出来ぬ。耐えるのだ試練の時を。】

 

そういうと、火継の薪さんは、胸に手を当て青白い光とともに、何本かの骨を取り出しました。

 

先輩の近くにその骨をくみ上げ、焚火の薪のようにしています。

 

何をするおつもりなのでしょうか。

 

「何をする気なのよ!」

 

「落ち着け、オルガマリー。あれは篝火を作ろうとしている。」

 

「何言ってるのよ!今は!」

 

「最後まで人の話を聞け、馬鹿者!」

 

「あれは我々の間で篝火と呼ばれるものだ。」

 

クラーナさんによれば、不死の骨をくみ上げ、最初の火がともっている篝火は、すべての不死の故郷なのだそうです。

 

不死の呪いの試練を受けている先輩に帰り道を示すために、篝火が最も有効なのだとか。

 

「不死とは、火継の輪が瞳に現れた者たちのことだ。不死に呪われたものは死んでも己の故郷に蘇る。……人間性を失ってな。」

 

「死ねば死ぬほど考えることができなくなり、最後には虫のようにソウルと人間性を求める亡者になり果てる。」

 

「そんな化け物になるかどうかの、崖っぷちなんだよ、お前さんの先輩はな。」

 

そんな、それでは

 

『立夏君は人間ではなくなってしまうのかい?』

 

【それは是であり、否である。】

 

Dr.ロマンの問いに、火継の薪さんは再び不明瞭な答えを返します。

 

【主が私から奪った呪いはほんのわずかなものだ。そして、変質した最初の火をも奪っている。】

 

【ごくわずかな不死の呪いを焼き尽くすに足るだけの量をな。】

 

【強い火の力によって、主は不死の呪いを抑えることができるだろう。】

 

【どうなっているのかは、死んで初めてわかることだが。】

 

最後に肩をすくめたのはいただけませんが、火継の薪さんでも知らないことはあるのでしょう。

 

お話を聞けて、不思議とざわめいていた心が落ち着きました。

 

今の状況で私にできることは限られています。

 

先輩の無事を祈ること、そして所長のサポートをするくらいです。

 

「水と布、きれいなものを持ってきなさい!」

 

汗を流しながら、魔力を振り絞る所長が要求します。所長にも先輩にも必要でしょう。

 

『わかった、すぐに用意するよ。』

 

「いや、不要だロマン。マシュ、少し付き合え、これだけの大きな屋敷だ、きれいな水や布があるはずだからな。今は少しでも物資が惜しい。」

 

「は、はい!」

 

クラーナさんのいう通りです。補給の当てのないカルデアの物資を減らすわけにはいきません。

 

【私と賢者がこの場の安全を保障しよう。】

 

『僕にできるのは観測くらいだけど、敵が近くに来たら伝えるよ!』

 

Dr.ロマンが索敵し、火継の薪さんが守ってくださるのならば、先輩と所長の安全は確保されたも同然です。

 

満足に戦えない私にできることを、一つでもしないと。

 

クラーナさんと土倉を出ます。

 

広いお屋敷ですが、ガラス戸は割れていませんし、荒らされた形跡もありません。

 

「カギがかかっている。……土足で上がってはならないようだが、家主もおるまい、今は許せよ。」

 

知識のバックアップをどこから受けたのでしょうか。そうつぶやくと、青白い光とともに取り出した不思議な剣でカギを溶断しました。クラーナさんは建屋の中に入っていきます。

 

突然の神秘の塊に呆然としていましたが、慌てて後を追い、家探しを始めました。

 

脱衣所で藤かごとタオルを見つけました。

 

台所で水とわずかな保存食を整理していたクラーナさんに合流します。

 

先ほどの剣が気になって、ちらちらとクラーナさんに視線を飛ばしていたのに気づかれました。

 

「今の剣が気になるか?」

 

首を、何度も縦に振ってしまいます。

 

「これは、バカ弟子がくれたものでな。化け物に代わってしまった家族のソウルから作られたものだ。」

 

そう言って、先ほどの剣を取り出してくれました。

 

生物の甲殻ようなその剣には無数の細く硬い棘が生えており、ほのかな熱を発していました。

 

「混沌に飲まれ蛛と人の化け物となっていた家族を止めてくれたんだ、あいつは。」

 

「別の家族を守っていた姉妹を殺してすまないと、跪いて謝っていたよ。」

 

「この剣を渡して、首を差し出してきてな。」

 

「殺してくれと、そう言ったんだ。」

 

なんだか寂しそうな、でも懐かしむような声色でした。

 

「どうしたのですか?」

 

「顔をあげろ、立て、そして最大限まで燃やしたこいつで腹を一刺し、それで終わりだ。」

 

予想していたのと違いました、びっくりです。

 

「死んでしまいますよ!?」

 

「死ぬ気だったらしくてな、回復しようとしなかったからエスト瓶をひっくり返して回復してやったんだ。」

 

エスト瓶、聞いたことのない名前です。どんなものなんでしょうか。

 

「エスト瓶か、不死が篝火をくみ取ったものでな、飲めば腕がもげてようが、中身が飛びてていようが治る優れものだ。恐らく怪我をしたという事象を焼いてなかったことにしているんだと思っているがな。」

 

「その時は情けない顔をして、貴方も姫も殺してくれない、なぜだと言ってね。思わず笑ってしまったよ。」

 

その時声に出して伝えたことを、クラーナさんは教えてくれました。

 

「家族が死んだことは悲しい、だが、如何することもできなかった、決められなかった私がお前を責めるつもりはない。」

 

「あまり背負い込むなよ、私にできなかったんだ、ほかの誰にも救えないさ。」

 

「なにより、お前に死なれては困る。」

 

「かけた時間が無駄になるからな。成就しろよ、お前の可能性を。」

 

未熟な私にもわかるほど、情感のこもった声でした。

 

「そう言って送り出したよ。あいつには使命があったからな。何よりも大事な、世界を照らす使命が。」

 

「どれだけの時間がたったのかはわからないが、あいつはすべてをやり遂げたんだろう。」

 

「あの悪夢は終わっていた、そして私は呼ばれたというわけだ。」

 

クラーナさんは語り終えると、回収した荷物をまとめました。

 

「さぁ、大方漁った。私たちだけではこれ以上持てまい。戻るぞ。」

 

「あっ、網かごがありますから、布はそちらに入れましょう。」

 

先ほど、浴室と思しき場所で見つけた藤の網かごがあります。結構な大きさのものだったので、いろいろ入りそうです。

 

「そうしようか、私が荷物を持とう。屋敷の中だ、ないとは思うが命は預ける。大丈夫だ、お前にもやれることはある。マシュ、頼んだぞ?」

 

「はい!」

 

クラーナさんの両手がふさがっている以上、私の盾でお守りしなくてはいけませんね!

 

とはいっても、お屋敷の中、それも目的地までの一直線では、大した時間もかかりません。

 

あっという間に土倉についていました。

 

「戻ったぞ、オルガマリー。」

 

「ただいま帰還しました。」

 

ちょうど、火継の薪さんが赤く焼けねじくれた大剣を骨の薪の真ん中に突き立てているところでした。

 

ーーー篝火よ、全ての不死の故郷をここに。

 

しゃべれないはずの火継の薪さんの声が聞こえました。

 

枯れ果て、燃え尽きた熱のない声。

 

それとともに、骨と大剣が燃え上がりました。

 

柔らかく暖かな、けれどもどこか恐ろしさを感じさせる火。

 

『計器が振り切れる魔力濃度だ、神代じゃないんだぞここは!』

 

『周囲に向けて放射していないから濃度を保っているし、何が何だかだよもう!』

 

ドクターが混乱しています。

 

「よくやったな、オルガマリー。」

 

「えっ?」

 

クラーナさんの言葉に、意表を突かれたようです。

 

「篝火ができれば、マスターの容態も安定する。そこまで持たせたのは、お前だ、オルガマリー、よくやった。」

 

「そ、そう。」

 

厳しそうなクラーナさんに褒められて、所長は頬を赤らめ、視線を逸らしています。

 

かわいらしい一面があったんですね

 

「だいぶ消耗したはずだ、ゆっくり休め。後は私が変わる。」

 

「……そうね、お願いするわ。マシュ、いろいろ頂戴。私はそこの椅子で休むから。」

 

クラーナさんに肩をたたかれた所長は、張り詰めた表情を緩め、私から水とタオルを受け取ると、端に立てかけられていた椅子に座りました。

 

深く息を吐いています、篝火について聞く気力もないようです。

 

振り向くと、クラーナさんが篝火のそばで、先輩を膝枕しながら頭をなでていました。

 

なんだかもやもやしますね。

 

でも、先輩の容体は明らかによくなっています。

 

赤味は引いていますし、湯気も出ていません。

 

「状況は好転した」

 

「後はマスターの復帰を待つだけだな、今はお前も休んでおけ、マシュ。」

 

ですが。

 

「マスターが起きた後はお前が世話をするんだ、体力に余裕があったほうがいい。」

 

わかりました。

 

「出番は嫌というほどある、今は専門家に任せておけ。」

 

はい。

 

勧めに従い、私も座って休むことにします。

 

早くお目覚めにならないでしょうか、先輩。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

炎上汚染都市 ー冬木ー 暗殺者の嘆き

戦闘シーンを書くのは難しい。

ぐだが壊れかけてますが、ちょっと気が抜けているだけです。

ちなみに今の火継の薪のステータスはソウル不足でE~Dのオンパレードです。

戦闘経験と身のこなしでいろいろごまかしてますが、純正の英霊相手だとかなり厳しい感じです。


目が覚めた。

 

何だかとんでもないものと戦った気がする。

 

けど、ハッキリわかった。

 

最初の火、その分け火が俺の中にあると。

 

故に呪術の火は俺に従い、不死の呪いは俺を蝕めない。

 

呪術は、使える。

 

誰かの記憶が共にある。

 

世にあまねく存在するソウルを火に食わせ、命ずればいい。

 

「起きたか。」

 

その声に目を開くと、クラーナの顔が見えた。

 

後頭部に感じる柔らかさ、まさか膝枕!?

 

「瞳にはダークリングがある、しかし右目の奥か。」

 

俺の瞳を覗き込むために、顔を近づけてくる。

 

フードの中は暗く、ハッキリとは見えなかった。

 

しかし、火の輪を秘めた碧玉の瞳だけは見える。

 

その美しさと、フードの中から流れ落ちた銀灰の髪から漂う香りに思考が乱される。

 

顔が見えていなくてよかった。見えていたら完全に魅了されていたかもしれない。

 

「何を呆けた顔をしている、目が覚めたならとっとと立て馬鹿者。」

 

額に一撃。

 

たまらず起き上がる。

 

「先輩、大丈夫ですか!?」

 

「あぁ、大丈夫そうだ、ありがとうマシュ。」

 

駆け寄ってきたマシュに、水を渡される。

 

不思議なくらいにのどが渇いていたから、ありがたい。

 

『バイタルの方も安定している。全く心配したよ。』

 

「本当に、心配と面倒をかけてっ!」

 

【主よ、星見の長に感謝せよ。汝の命を繋いだのは長の献身故に。】

 

「何と言ったらいいか、所長、ありがとうございます。」

 

「反省しなさい!」

 

すみません。

 

「よく試練を乗り越えた。だが、この特異点とやらを超えるまでは呪術の火を使うことは許さん。」

 

なぜ!?

 

「本当なら気を失うこともないし、ちょっとふらつくくらいで済むんだ。」

 

「しかし、お前は最初の火に煽られて呪術の火が暴走強化されている。」

 

「お前自身の器を強化し、安定した環境で訓練を積まなければ己を焼くだけだぞ。」

 

「自分の体に火炎属性付与したければ止めないが。」

 

そんなんで死にたくはないです。

 

「ならやめておけ。」

 

はい。

 

すぐには使えない悲しい現実に膝をついてしまう。

 

「そんなに使いたかったんですか?」

 

「使いたかったよ、マシュ。」

 

すごく使いたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

特異点解決のために、霊的な歪みの大きな場所を片っ端から当たることになった。

 

いくつかのポイントを巡ったあと、未遠川にかかる冬木大橋周辺まで来ている。

 

この川沿いの公園一帯に大きなゆがみがあるらしい。

 

三流魔術師の俺には、なんだか不快な空気が漂っている程度しか感じないが。

 

「霊的な歪みが大きい場所か、確かに怪しいな。」

 

『現地の情報をほとんど持たない以上、怪しい場所を片っ端から当たらないと。』

 

ドクターはどこかクラーナさんを怖がっているような気がする。

 

クラーナさんもあたりがきつい。

 

「無駄足ばかりだがな。」

 

『ぐうの音も出ない。』

 

苛烈な追撃にうなだれるドクター。

 

そう、さっきからはずればっかりなのだ。

 

かなりの距離を歩き、襲ってくる敵を蹴散らし、霊脈の乱れを調べる作業。

 

スケルトンだけではなく巨体の悪魔が何体も出てきた時には驚いたが。

 

所長が悲鳴を上げ、俺とマシュが立ち尽くし、死んだと思ったとき。

 

火継の薪が一撃で首を刎ね、クラーナが灰も残らない火炎放射器のような呪術で燃やし尽くして、数体の悪魔は目の前から排除されてしまった。

 

曰くあの程度ならいくらでもいたとのこと。

 

なんだ、ロードランとやらは魔境かなにかか。

 

「……ゆがみは大きいけど、直近のものではないわね。むしろ何年も前からゆがんだ印象を受けるわ。ここも外れね。」

 

地面に手を当て、魔術式による調査を行っていた所長が立ち上がる。

 

ここも外れだったらしい。

 

『なら……敵襲!北西探知圏外からの強襲だ!』

 

「こんどはなによぉ!?」

 

ドクターからの警報、今度はサーヴァントの強襲らしい。

 

「バカ弟子!二人を守れ!」

 

クラーナは所長のそばに立つと、火の力を内包した魔剣を抜き放ち、右手の呪術の火を活性化させた。

 

火継の薪も俺とマシュの前に立ちふさがる。

 

飛来する二つの光。

 

鎖の鳴る音が響き、クラーナは魔剣で、火継の薪は短剣でそれをはじく。

 

防がれたのは長い鎖につながれた杭剣だった。

 

はじかれた二つは鎖によって繰り手のもとへ帰っていく。

 

「ふふふ、生きのいい獲物がまだいましたか。」

 

街灯の上に立つ、黒い靄に包まれた長身の女性。

 

詳しい相貌は靄に阻まれてわからないが、恐らく美人と見た。

 

「サーヴァント共は邪魔ですが、人間たちはどれもおいしそう。」

 

「可愛がってあげます、最後の一滴一欠片までね。」

 

『観測データから、目標はライダーだ。速度と豊富な宝具に気を付けてくれ!』

 

ライダーが街灯から降りたち、足を大きく広げ、地面に両手をつくような体制をとる。

 

「まさかセクシーポーズで来るとは」

 

胸の谷間が丸見えじゃないか。

 

「何言ってるんですか先輩、最低です!」

 

「馬鹿かお前は!」

 

「何考えてるのよもう!」

 

女性陣から罵倒されてしまった。

 

でも男だったら誰でも気になるはず。録画してるよねドクター?

 

『おおっと、急に飛び火してきたぞ。……当り前じゃないか。』

 

とげとげしい罵倒がドクターを襲う。カルデアでもいろいろ言われているようだ。

 

【来るぞ、油断大敵だ主よ。】

 

振り向きざまに火継の薪が何かを投げた。

 

無数の金属音。

 

「ぐぅっ!?」

 

驚き振り向くと、周囲に単純な意匠の投げナイフと闇に紛れるような短剣がいくつも転がっていた。

 

【気にするな我が主よ、暗殺者は私が仕留める。】

 

「任せた、ライダーを叩く。行くぞ、マシュ!」

 

「はい!マシュ・キリエライト行きます!」

 

この場は彼に任せよう。それよりもライダーに押され気味な二人を助けないと!

 

 

 

【出てくるがよい。】

 

彼の視線の先に、黒ずくめの男が黒い靄を纏って、空間から染み出してくる。

 

「貴様、どうやって私の気配を見つけた!?」

 

右肩に突き立ったナイフを抜きながら、男が叫ぶ。

 

【無論、最初から見えていた。その程度の隠形で我が目から逃れられはせぬ。】

 

「ぬぅっ!」

 

火継の薪は、姿を変えていた。

 

骸骨が浮き出たような鎧に、白骨の仮面をつけた姿。

 

【銘をアヴェリン。】

 

右手には精緻な細工が施された三連弩。

 

【銘をミダの捻くれ刃。】

 

左手には複雑なカーブを描いている凶悪な短剣を順手に。

 

【死ぬがよい、暗殺者よ。】

 

火継の薪は駆けだした。

 

男は跳躍しながら短剣を放つが、全て交わされるかはじき落される。

 

着地する瞬間を狙った射撃が飛ぶ。

 

放たれたのは、まばゆい雷を纏った太矢。

 

打ち込んだと同時に、アヴェリンを投げ捨てさらに加速する。

 

三連射は正確に暗殺者をとらえたかに見えた。

 

「ああぁっ!」

 

地面に吸い付くように体制を低くし、頭と胸を狙った矢を除け、股間を狙った一発を短剣で防ぐ。

 

矢ははじけたが、解放された雷が暗殺者の体を駆け巡った。

 

その体が跳ねる

 

生き延びはしたが、一瞬の硬直。

 

火継の薪はその隙を逃さない。

 

暗殺者の右足に突き立つ投げナイフ。

 

明らかに動きが鈍った。

 

だがまだ数歩の距離があった。

 

故に暗殺者は無理をしなかった。

 

体勢を立て直し、再び距離を取れれば、恐るべき弩を捨てた奴に勝機はない。

 

そのはずだった。

 

火継の薪は右手に新たな短剣を取り出す。

 

湾曲した刃を持つ短剣。

 

【銘を湿った手鎌】

 

―――クイックステップ

 

踏み出したのは瞬動に匹敵する一歩。

 

暗殺者は、ついに火継の薪のレンジに捉えられる。

 

「ぬ、ぐ、お、お、おおおおおおおおおっ!?」

 

両の短剣が縦横無尽に振るわれる。

 

暗殺者も両手に短剣を持ち、必死に応戦する。

 

刃と刃のはざま、柄に拳、肘、膝が振るわれ、関節を絡めとらんとする超高速接近戦。

 

互いに逸らし、躱され、相殺することで大きな傷は、三十合を以てしてもついていない。

 

何より大きいのは装備の違いだ。

 

神々が生きた時代の鍛冶屋が鍛えぬいた全身鎧を着こんだ火継の薪と、ぼろ布と皮鎧ともいえぬ装備をした暗殺者。

 

傷は一方的に暗殺者が負っていた。

 

そして、ミダの捻くれ刃は掠るどころか触れるだけでも強力な毒をもたらし、湿った手鎌はその独特な形状により刃を滑らされ、わずかに肉に食い込む。

 

薄皮一枚の怪我が一瞬の動き出しの遅れを生む。

 

その繰り返しが、暗殺者から速度と技量を奪っていく。

 

限界を超えたその時、天秤は止めようもない勢いで傾いていく。

 

ミダの捻くれ刃にからめとられ、短剣を一つ失い。

 

湿った手鎌が逆の手の指を小指から三本そぎ落とす。

 

流れるように膝を絶たれ、腕を絶たれ、暗殺者は火継の薪に首を差し出すように跪いていた。

 

跪く暗殺者を前に、

 

【他愛なし。】

 

火継の薪はその手に大剣を握っていた。

 

無骨な、処刑のために作られた首絶ちの大剣。

 

【処刑の剣、首を絶つか】

 

―――《不死は名誉を求めず(Nameless Undead)

 

刃を振り上げる火継の薪の瞳は、白骨の仮面の奥にあっても燃えているのがわかった。

 

「初代、さま。」

 

呆然とその光景を見上げた暗殺者の口から言葉が漏れる。

 

吹きあがるソウルの渦、宝具たる剣の真名解放。

 

―――《断頭剣・斬首の一振(Executioner's Greatsword)

 

踏み込みの一撃を以て、その首を刎ね落とした。

 

罪人の首を落とすことに特化し、それを成してきた逸話が形となった一撃。

 

首を失った暗殺者は、青白い靄となって溶けていく。

 

その靄は火継の薪の中に入り込む。

 

―――出来損ないの英雄のソウルを手に入れた。

 

骨よりも、デーモンよりも明らかに多いソウルを得られた。

 

これでまた力を取り戻せたか。

 

【覗き見ていた者よ、そなたも出てくるがよい。】

 

「ばれていましたか。」

 

魔力の渦から、僧形の男が現れる。

 

暗殺者と同じく黒の靄を纏った大柄の男。

 

【然り。】

 

「ならば是非もなし、挑まねばなりますまいな。」

 

【我が名は火継の薪】

 

火継の薪はソウルの光に飲まれると、その装備を一変させた。

 

決して拭えぬ焼け焦げた黒い騎士甲冑。かつての王に捧げた忠義の証。

 

【銘を黒騎士のグレイブ】

 

同じく焼け焦げ、されど今だ切れ味に富む高名なデーモン殺しの重斧槍。

 

「ランサー、武蔵坊弁慶。」

 

ランサーはその選択に笑みを浮かべ、最も信を置く大薙刀を構える。

 

「【尋常に勝負!!!!】」

 

二人は全く同時に飛び出した。

 




火継の薪の持つ宝具の一つが示されました。

不死は名誉を求めず(Nameless Undead)

装備に応じたソウルを消費することで、あらゆる武器の真名解放が行える。

何の変哲もないダガーやこん棒でも可能。

火継の薪の逸話を基にした一撃をふるうことができ、ランクはD~Bに収まる。

特別なソウルから作られた武具については、ソウルの持ち主による封印審判(ソウルの持ち主が定めた使用条件)を満たさなければいけない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

炎上汚染都市 ー冬木ー 人理の礎、展開

うごごごごごごごご

うまく書けない、戦闘シーンがががががががが

更新遅くなってすいません。


火に焙られた曇天の下、女怪が魔女と騎士、魔術師二人を追い込んでいた。

 

「ほらほらほら、次はマスターに突き立ちますよ?」

 

「くぅ!?」

 

マシュが盾を構えたところに、投擲された杭剣が突き立つ。

 

重量物が衝突したような音がした。

 

何とか耐えているが、明らかに体勢を崩している。

 

「我ら罪科の担い手、常世に非ざる混沌の火は我が手の内に《混沌の大火球》」

 

一瞬動きが鈍ったところを狙い、クラーナが右手の呪術の火を活性化させ、巨大な深紅の火球を投げつける。

 

俺から見れば火箭のようにしか見えない速度のそれを、ライダーはたやすく躱した。

 

「よくもかわすものだ、眼帯の下にどんな目を隠しているのやら。っと!」

 

飛来した杭剣を炎の魔剣で弾き飛ばし、もう一つの杭剣で直接狙ってきたライダーを迎撃する。

 

「押し込まれていますよ?」

 

「チィッ!劣化しても妖物か、怪力め!」

 

ぎりぎりと音を立ててつばぜり合いをしている二人。

 

しかし、元は只人でキャスターのクラーナと、怪異としての怪力を持つライダーの筋力値は明らかな差がある。

 

ライダーが開いている手を翻して、弾かれた杭剣をその手に戻そうとする。

 

「させません!」

 

横合いから突っ込んできたマシュの盾がライダーを弾き飛ばす。

 

「助かった。」

 

「まだです、来ます。」

 

ライダーはダメージを感じさせない動きで着地した。

 

「すまんが、すぐに使える呪術は打ち止めだ。接近戦しかできん、」

 

実際にはライダー自身が盾を蹴り飛ばしていたために、ダメージはおそらくない。

 

すでに幾度となく繰り返したやり取りだ。

 

ここまで、こちらの二人は致命的な一撃こそ受けていないものの、細かい傷をいくつも受けている。

 

なによりクラーナの呪術が切れた。火力が明らかに足りない。

 

「ふ、あちらはさっそく一人やられましたか。あまり遊んでいる暇はなさそうですね。」

 

後ろで火継の薪が暗殺者ではなく僧形の槍兵と戦っていた。

 

たぶん火継の薪のはずだ、黒い巨大斧槍を振り回し、全身真っ黒の騎士甲冑に着替えているが。

 

そもそも僧形とはいったい。日本の英霊はこの冬木では呼べないのではなかったのか。

 

再び接近してきたライダーは三回ほどマシュに攻撃を加え、側撃を入れようとしたクラーナを投擲で牽制し、大きく後ろに跳躍した。

 

15m程だろうか、それなり以上の距離がある。

 

「宝具による蹂躙で片を付けます。」

 

「逃げられると思うな。」

 

その美しいであろう相貌を、怪物のそれに歪めたライダーは杭剣で自らの首を切り裂き大量の血ををまき散らす。

 

その血は意志あるもののようにうごめき、巨大な魔方陣を形成する。

 

「さぁ、来なさい私の愛し仔。」

 

魔法陣の発光が強まる。魔力が暴風となり、視界を閉ざす。

 

風が収まると、現れたのは真白き有翼馬、魔力光を纏ったペガサスだった。

 

ライダーが騎乗すると、有翼馬はすさまじい勢いで空を駆け上がっていく。

 

『騎乗突撃が来る!』

 

「マシュ!任せる!」

 

「ハイ、何としても、守って見せます!」

 

マシュが俺たちの前に立つ。

 

その巨大な盾を構え、身の内に消えた英霊に誓っているのだろう。

 

「すぅ、はぁ、行きます!」

 

「貴女ならできるはずよ、私たちを守りなさい!……宝具の使用を許可します!」

 

所長による命令に加え、俺の手に宿る令呪に意思を載せて発動する。

 

「マシュ!その身に宿る宝具を開放しろ!」

 

「了解!私に貴方の力を貸してください!仮想宝具疑似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)!!!!!!!!!!!!」

 

令呪から供給された大量の魔力がマシュに取り込まれ、その盾から膨大な魔力が放出される。

 

放出された魔力は、青い巨大な盾を形成した。

 

視認できるほどに濃縮された高濃度魔力の障壁。

 

騎英の(ベルレ)

 

円卓という固いモノの概念を取り込んだそれは、通常の魔力攻撃では破壊できない!

 

手綱ァァァッ!!!!!!(フォーン)

 

流星のごとく、夕闇を切り裂き堕ち来るライダー。

 

その速度は音速を優に超えている。

 

幻想種による蹂躙突撃は、神代の力を以てしなければ防ぐことも難しい。

 

だが、この魔力盾にはその常識は通用しない。

 

使用者の心の強度に応じて、その強度を跳ね上げる盾。

 

ならば、マシュの盾が砕けるはずもない!

 

「くうぅぅぅうぅううううう!!!!!!」

 

「これを抑えますか!?」

 

正面切っての衝突。

 

ペガサスの突撃はマシュを押し流す。

 

しかし、マシュは倒れなかった。

 

その盾にひびは入れども、決して砕けない。

 

ついには、その突撃のエネルギーを食いつくされる。

 

莫大な魔力光を放っていたペガサスは、その力を明らかに失っていた。

 

「飛びなさい!?」

 

「逃がすものか!」

 

危機を感じ取ったのだろう、ライダーが空への逃走を支持する。

 

しかし、それは間に合わなかった。

 

「「ガンド!!!!!!」」

 

俺と所長、二人同時にチャージにチャージを重ねた最大威力のガンドを食らわせる。

 

ほんの数秒、ライダーは視線を動かすこともできないだろう。

 

「全く、詠唱を貯めるのにも時間がかかる。」

 

マシュの盾の陰から飛び出す影、右手の火が燃え上がる。

 

「我が眼前の大敵を飲め!《混沌の嵐》」

 

理をも飲み込む深紅の火、混沌の炎がライダーの周囲を覆いつくす。

 

「あぁあぁあぁぁあっぁ!!!!!!」

 

ライダーの叫び声。

 

「これは大罪を犯した者の魂の形。」

 

クラーナの持つ魔剣が燃え上がる。

 

「火の理を犯すことの罪深さを知れ!」

 

彼女の身から火の粉が吹き上がる。それに合わせ魔剣の火も強くなった。

 

「我が家族の罪の証、咎人よ火を恐れよ!」

 

刀身長をはるかに超える深紅の刃が伸びる。

 

ーーー《非業剣・始まりの呪火(Quelaag's Fury Sword.)

 

真名解放と同時に、轟音をあげてその色が真白に代わる。

 

刃は横一文字に振り切られた。

 

混沌の火の壁を切り伏せ、その奥にいた者たちに刃は至る。

 

ペガサスはその首から上を焼き切られ、ライダーは胴から下を焼き尽くされる。

 

「やはり、怪物は人に討たれる定め。」

 

全身を燻らせ、青白い粒子に還りながら、ライダーはつぶやく。

 

「しかし、今のあなたたちでは、あの王には、堕ちた聖剣には勝てない!」

 

ペガサスが消え去り、

 

「ここで死んだほうがましだと思うでしょう。」

 

彼女の体は霧に、

 

「それでも打ち勝たねばなりません。」

 

彼女の首は地に落ち、焼け落ちた眼帯の奥、

 

「生きなさい、人の子よ。」

 

その黄金の瞳がわずかに笑みを浮かべ、全てが霧に還った。

 

青白い霧が、俺やマシュ、クラーグや所長に吸い込まれる。

 

「な、なによこれ。」

 

ついさっきまで一流魔術師としての威厳があったのに、すっかりいつものビビリマリーさんに。

 

「後で説明してやる、今はそれどころではないだろ。」

 

背後に目を向ければ、火継の薪とランサーの決闘が続いていた。

 

「あの場に割り込もうと思うなよ、邪魔になる。」

 

わかっている。

 

流れるような連撃の応酬。

 

火継の薪が胴を薙ぎ払えばランサーが石突を地面に突き立てて防ぎ。

 

ランサーが返す一撃で石突を突き込めば、はじかれた勢いで体を回していた火継の薪も石突で跳ね上げる。

 

ランサーが身を回し、かちあげられた勢いをそのままにしたから切り上げ、火継の薪も持ち手を切り替え、切り下す。

 

こんなやり取りが超高速で行われる戦場に誰がつけこめるものか。

 

「我が武では到底通じませんな。」

 

【汝の武は良く練られている。】

 

「そういっていただけるとは、望外ですな!」

 

さらに速度が上がる。

 

【だが、この私には届かぬ。】

 

―――《大斧槍・魔狩の槍騎芸(Black Knight Graves )

 

吹き上がる火の粉。

 

明らかに速度を増した回転切り。

 

ランサーの大薙刀を大きく弾く。

 

その速度を載せた同じ向き、同じ位置への回転切り。

 

速度を増し、一歩踏み込みながら放たれた一撃は薙刀を弾かれた衝撃で一歩下がっていたランサーを捉える。

 

「グウゥッ!?」

 

腹を裂かれ、さらに一歩後退するランサー。

 

そこを、二度の回転と全身の動き、そして石突を握りこみ最大の遠心力をかけられた、総金属製の大斧槍による大重量の振り下ろしが襲う。

 

巨大なデーモンを一撃で葬るために編み出された、偉大なる神王の先兵の一撃が、どうして人の英霊に防げるだろうか。

 

意地で間に合わせた槍の柄を切られ、

 

「……お見事、無念なり。」

 

その身を両断されたランサーは青白い光に還り、火継の薪に吸収された。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

炎上汚染都市 ー冬木ー 堕ちた聖剣の主

後二話くらいで冬木が終わるのか?

再びスッカスカの戦闘描写がががががががっが

ソウルに関する独自設定があります。(変えないとは言っていない。)




三騎のサーヴァント、霊基反応と外見からシャドウサーヴァントと名付けられたそれらを退けた俺たちは、所長の命令に従い武家屋敷まで撤退した。

 

あの戦いの後、骸骨の群れにたかられそうになっていたのを、この冬木の聖杯戦争に呼ばれていたキャスター、クー・フーリンに救われていたからだ。

 

正直なところ、救援はありがたかった。ハードな戦いを乗り越え疲労が心身にたまっていたのは間違いない。

 

マシュにも疲れが見えていたし、クラーナの戦闘能力も低下していた。

 

ただ、火継の薪は万全どころか戦闘前よりもその圧力が高まっている気がする。

 

しかし、彼一人の調子が良くても、複数の敵に襲われればどうしようもない。

 

あのままで無理をしても良い結果は得られないだろう。

 

一刻も早くカルデアに戻りたいだろうに、やはり所長は魔術師としても指揮官としても一流というところか。

 

『先ほどの戦闘、お疲れ様。現代においてみることができないだろう超常の戦いだったね、思わず興奮してしまったよ。』

 

「俺も途中から見ていたが、坊主もなかなかやるじゃねえか。」

 

クー・フーリンが肩を叩いてくる。なんだかずいぶん親しみやすい、兄貴分のような人だ。

 

「ちゃんと記録は取ってある?」

 

『もちろんさ、データの収集解析も進めている。ダヴィンチがいろいろいじっているみたいだけど。』

 

『ふふふ、万能の天才たる私にかかればカルデアのシミュレーターで再現できるようになると思うよ。トレーニングにお勧めだね。』

 

ずいぶんとご機嫌のダヴィンチちゃん。なんだか久しぶりに会った気がする。

 

『それよりも火継の薪クン、私は君に聞きたいことがある。』

 

【何かね、万理の才知よ。】

 

ダヴィンチちゃんが火継の薪に質問する。すでに彼は最初の監視者装備に戻っていた。

 

『先ほどの交戦、いやそれ以前から君と魔女クンは青白い靄を取り込んでいるね。』

 

「あれについては、俺も気になってたんだ。なんだい、あれは?」

 

ダヴィンチちゃんの疑問はもっともだ、あの時見た光景には不思議な感覚を覚えた。もっとも、同じものが自分に入ったときはもっと驚いたが。

 

『それに合わせて、君たちの霊格が向上している。これは一体どういうことだい?』

 

【説明するのは長くなるな。簡単にまとめよう。】

 

そういいながら火継の薪はクラーナの肩に手を置く。

 

「私が説明するのか!?」

 

【私に知識はないからな。】

 

「馬鹿者め!」

 

―――説明してやろう。

 

一通り罵倒したクラーナ曰く、あの青白い靄はソウルという。

 

ソウルは万能の燃料であり、魂の器を満たすことで己の位階を高めることができる。

 

ただ、ソウルと呪いは表裏一体のそれであり、己の器を超えて注ぎ込めば不死となるだろう。

 

また、より多くのソウルを貯めこんだもののソウルには記憶や人格の一部が取り込まれていることがある。

 

これらを利用して彼らの持つ武具や術を再現することもできる。

 

それを用いるためには元のソウルの持ち主に認めてもらわねばならず、未熟者では使うこともできなくなる。

 

俺はこのソウルを取り込み、少なくとも呪術の火に耐えられるだけの力を得なくてはならないらしい。

 

どうやら俺にはソウルを扱うに足る器があるらしい。

 

『待ってくれ!まさかソウルって言うのは魂のことなのかい!?』

 

【何ともいえぬ、どちらかといえば人間性の方が近い気もするが。】

 

火継の薪は胸にソウルの渦を生み出すと、その中から不思議なものを取り出した。

 

白と黒のぼやけた像。俺はあれを見た事があるはずだ。

 

彼はそれをすぐに仕舞ってしまった。何かがわかる気がするんだけど。

 

「その二つを合わせたモノと考えるのがわかりやすいと思うぞ。本質とはズレている気がするが。」

 

「俺も何体か蹴散らしたが、ソウルってやつは取り込めなかった。どうなってやがる。」

 

『そのあたりの検証はおいおいするとしよう。』

 

クラーナの回答にクー・フーリンが頭を掻きむしり、ダヴィンチちゃんが質問を打ち切る。

 

「バカ弟子二号、見たところ、さっきの戦いである程度のソウルは得たらしいな。」

 

俺をじろじろ見ながらクラーナが言う。

 

【篝火があるここでならば、火守女がいれば強化できるのだがな。】

 

「私にはできんぞ、妹ならできただろうが。」

 

そのクラーナに火継の薪が視線をやる。

 

しかし、クラーナは首を横に振った。

 

【クラーン様を召喚するわけにはいかんだろう。】

 

「……そもそもあれを呼べるのか?」

 

火継の薪の答えにクラーナは虚を突かれたように返した。

 

【やろうと思えばできる。しかし、混沌の筆頭従者として姫への不忠は為せぬ。】

 

「ふん、あれなら答えそうなものだがな。」

 

姫ってだれだ、会話の流れ的にクラーナの関係者ポイのはわかる。

 

え、クラーナってお姫様なの?

 

「何を考えた。」

 

急にクラーナがこちらを向いた。声に棘が混じった感じがしたけど、何がトリガーなんだ。

 

【この場でどうにかできる問題ではないのは確かだ。この先火守女に会ううか、召喚する事もできるだろう。】

 

【その時までは、ソウルを蓄えよ。カルデアに戻ってからになるであろうよ。】

 

 

 

 

 

 

 

 

4時間ほどの休憩、俺や所長の仮眠とクラーナの呪術の蓄積、魔力の補充を完了させたのち、クーフーリンから得た情報を基に、大洞窟に向かう。

 

その時に、火継の薪はねじくれた大剣を引き抜き、篝火を消していく。

 

入り口周辺まで近づいたところで、赤い外套の男が立っているのが見えた。

 

「いいか、この先に聖杯を持つセイバーがいる。そして入り口にはそのお守り役のアーチャーがいやがる。」

 

「俺とあいつは因縁があるらしくてな、これまで幾度もの聖杯戦争で戦ってきた仲だ。」

 

「シャドウサーヴァントとしてステータスが低下し持ち味が生かせない今、俺なら確実に奴を取れる。」

 

「だからお前たちは先に行き、セイバーとの決戦に挑め、手が空いたら助けてやるよ。」

 

そういって、彼は入り口に陣取っていたアーチャーに突っ込んでいった。

 

「また貴様か、ってなんだその杖は!」

 

「親切な奴が貸してくれてなっ!あと槍だこいつは!」

 

その手に火継の薪から借りた月光蝶の角を携えて。

 

兄貴はキャスターじゃなかったのか。

 

「ずいぶんと古いものを!」

 

「重さといい長さといい、手になじみやがるなぁ!」

 

ルーン魔術による強化されたステータスから繰り出される武技は正しく神技というべきものだった。

 

兄貴はキャスターじゃなかったのか。

 

「いけぇ!こいつはとっと片付ける。セイバーをぶちのめしてこい!」

 

「応!」

 

「先輩!?」

 

「待ちなさいよ!?」

 

兄貴の声に答え、全力で洞窟に駆けだす。

 

皆も走ってついてきてくれた。

 

轟音。

 

背後に目をやれば、火継の薪がその手の大剣で奇妙なねじくれた矢を弾いていた。

 

危ない、後ろから射抜かれるところだったのか。

 

【私が殿を務める、光輝の神子よ、もう射させるな!】

 

「すまねぇ!てめぇ俺とやりあってるのによそ見とは!」

 

「キャスターになって知力が上がったのではないのかね?マスターを狙うのは当然だろう?」

 

アーチャーはキャスターの連撃をいなしつつ、手に持っていた黒弓を捨て黒白一対の剣を取り出して打ち合い始めた。

 

あいつもアーチャーじゃないのか。

 

「ぼさっとするな!急ぐぞ!」

 

クラーナに頭を叩かれる。

 

確かに、足止めしてくれている以上、ここでとどまる理由はない。

 

大洞窟の奥に向け、キャスターを置いて駆けていく、ここが正念場だ!

 

 

 

 

 

 

 

どれだけ進んだのだろうか、少なくともキャスターとアーチャーの戦う音が聞こえない程度は奥に来ている。

 

到底自然にできたとは思えない鍾乳洞を、ひたすら奥に進んでいく。

 

奥から漂ってくる風には、何か不快な感情を想起させるものが混じっていた。

 

【深淵があるとでもいうのか?】

 

「何を言っている。」

 

【嫌な気配がするのでな、知っているもののように感じたのだが、何か違う。】

 

火継の薪が警戒するほどの何かがあるとでもいうのだろうか、気を引き締めなくては!

 

「何がいるって言うのよ!?」

 

「クーフーリンさんは、誰でも知ってる剣の持ち主って言ってました。」

 

『そこまで有名な剣というと、エクスカリバーかバルムンクか、それともデュランダルといったところかな?』

 

『どれも大英雄の持ち物だね、それが敵になるとは恐ろしい。』

 

「騎士王に竜殺し、聖騎士なんて冗談じゃないわよぉ!?」

 

ああ、また所長が泣き崩れている。

 

「頑張りましょう、ね!」

 

マシュに抱えられ、ぐずぐず鼻を鳴らしながら歩く所長。

 

移動速度は急激に落ちたが、目的地まではほんのわずかだった。

 

洞窟が突然開けた。

 

地下とは思えないほどの大空洞。

 

広大な空間の先には、異常な空間があった。

 

高台の上、俺ですらわかる強大な魔術炉心が存在した。

 

黒い極光の魔力を生成する、超抜級の魔力炉心。

 

「なんでこんな極東に超抜級の魔術炉心があるのよ。」

 

『製作者は錬金術の大家アインツベルン。ホムンクルスで構成された独立系の家ですね。流石に千年級の家系だ、これだけの魔術炉心を構築するとは。』

 

鼓動する魔力の柱。

 

黒い光という矛盾した存在が、大空洞を照らしていた。

 

「嫌な、気配がします。」

 

マシュの言葉にうなづく。声が出せないほどに、口に渇きを覚えた。

 

【深淵の気配、やはりか!こぼれた闇に注意せよ!】

 

火継の薪がその戦意を全開にする。

 

全身に怖気が走る。

 

「どうした!?」

 

【恐るべき闇の気配だ!飲まれれば深淵に落ちる!】

 

「来たか、カルデアの者たちよ。」

 

火継の薪はある一転から、全く目を離さない。

 

高台の端に、人影があった。

 

魔術炉心の光に飲まれ、見えていなかったのか。

 

小柄な重装備の騎士。

 

その手に握るのは、堕ちた聖剣。

 

それはそうだ、クーフーリンがああ言うのも頷ける。

 

見ればわかる、あれは聖剣だ!

 

「我が名はアルトリア・ペンドラゴン。」

 

黒の装束で身を鎧。

 

「堕ちた聖剣、エクスカリバーの担い手。」

 

堕ちた漆黒の聖剣をその手に握る。

 

「人理救済の道を征く者、貴様らを見極めるために、私はここにいる。」

 

竜の心臓が、聖杯からの魔力供給と合わせ、膨大な魔力を垂れ流させる。

 

「見せてみよ、貴様らの覚悟と力を、その意思を!」

 

腰だめに構えた堕ちた聖剣に、黒の極光が宿った。

 

「私程度を超えられぬなら、人理修復など不可能と知れ!」

 

極光はセイバーの背を超え、周囲に暴風を生み出していた。

 

「構えろ、そこの娘。その宝具を託されるに足るか否か、この剣で確かめてやろう!」

 

無造作な振り上げ。

 

音が消えた。

 

極光が地を裂き、俺たちに向かってくる。

 

「はぁ!」

 

マシュが地面に盾を突き立て、極光と衝突した。

 

極光がはじける。解き放たれた黒い魔力が風の刃となって暴れ、マシュの盾にぶち当たる。

 

壮絶な破壊の後を周囲に刻み、黒の極光は残滓を残して空に溶けた。

 

「いけます、これなら!」

 

「今のは小手調べにもならんぞ!」

 

先の一撃が二度、三度と連続で振るわれる。

 

それを振るいながら、とんでもない速度でセイバーが突っ込んできた。

 

『気を付けろ!そのセイバーは足裏から莫大な量の魔力を放射して加速している。魔力ロケットみたいなもんだ!』

 

マシュが構えた盾に、振り上げた斬撃を加えようとしたタイミングで、

 

「土産だ、食らっていけ。《混沌の大火球》」

 

クラーナが事前詠唱による術式貯蔵を解凍し、大呪術を発動した。

 

シングルアクションでの大魔術の行使、正しくキャスターの特権ともいえる一撃。

 

迫る深紅の火箭を見たセイバーは、その余裕の表情を崩し、魔術を回避する。

 

「私の対魔力スキルを突破してくるとは、やるではないか。」

 

その頬をわずかに赤くしたセイバー、その表情に先ほどまでの侮りはなかった。

 

【汝、深淵に飲まれたか、ならば死ね。】

 

最初に出会った装備を持った火継の薪が前に出る。

 

【我ら深淵の監視者、深淵を狩るもの。】

 

弓を引き絞るように右手の大剣を引き付けると

 

【闇に飲まれた騎士王よ、その首を以て汝の罪を贖うがいい。】

 

神速の一撃を以て、セイバーを崖に吹き飛ばした。




クラーン様は蜘蛛姫様とか卵姫様とか呼ばれてる火守女だよ。

病み村のために色々背負っちゃうマジ聖女だよ。

名前は一応公式設定のはず、たぶん。

火継の薪さんは、例の人間性300000個以上捧げた真の混沌の従者さんを設定として取り込ませていただいています。

あの人マジ混沌の筆頭従者。エンジーさん思わずにっこりするレベル。

ちっぱい姫様かわいい(ボソッ



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

炎上汚染都市 ー冬木ー 卑王鉄槌

代わり映えしない感じ。

ちょっとだけ描写を増やしてみました。

後2話くらいで冬木は終わるから(震え声)


「まるで獣だな。」

 

火継の薪がその身を躍らせ、足元を刈り取るように大剣を振るう。

 

その刃を受け、流し、躱し続けるセイバー。

 

魔力放出を用いた音速の斬撃に、魔力の風による射程延長を施した連撃には、騎士としての、人間としての理があった。

 

たとえ堕ちていようと、聖剣を担い、騎士を束ねた騎士王であるがゆえに。

 

対する火継の薪が振るうのは、正しく獲物を狩ることに特化した獣の理を持つ剣である。

 

そこに人の理は無く、卑怯、外道、無様と呼ばれる動きがあった。

 

あえて剣の腹でもって土くれを拾い上げ、目つぶし代わりに投げつける。

 

地面に転がることも、地べたに這いつくばる動きすら厭わない。

 

貪欲なまでに勝利を、生き残ることを求める動きだった。

 

力任せに見えながら、黒化によって低下した直感が警鐘を鳴らし続けるほどの脅威。

 

細やかな技量は、無数の対人戦の経験を思わせるものがある。

 

セイバーは騎士ではなく、人型の獣を相手取っている気分にさせられていた。

 

同時に魔力の心配のない自分の連撃に対応し、あまつさえ効果的な反撃すら入れてくる火継の薪に気圧されていた。

 

その圧倒的な技量は騎士王たる自らに匹敵することは間違いなく、かの者が持つ武具は己の生前有していた宝具に類するものであることも間違いなかった。

 

まさに大敵、小手先の技量に優れる相手を、今のセイバーは苦手としていた。

 

対する火継の薪も、ステータスが軒並み低下しているとはいえ、己とこれほどまでに打ち合える騎士がいることに驚きを感じていた。

 

サーヴァントとしてこれであれば、完全武装した生前の彼女の力はどれほどであろうか。

 

剣を握る手に力が入り、柄から悲鳴が上がる。

 

互いに人外の動きをしつつ、しかし剣撃は美しいほどにかみ合い火花を散らしてる。

 

神々の末に鍛えられた鋼は、楔石の内包する神秘を含みその威力を大幅に向上させている。

 

刃においては暴風のごとき魔力壁を、莫大な魔力で編まれた鎧を切り裂くに足る神秘を内包している。

 

逆にその身を守る防具は革製の部分ですら魔力放出による加速なしで切り裂くことは困難だった。

 

互いに神造兵装を振り回す、現代の英雄譚が繰り広げられる。

 

速度と技量で持って千変万化の角度や位置から攻撃を仕掛け、堅固な城塞を削り取らんとする火継の薪。

 

対して、その防御力と攻撃力にモノを言わせ、直感による致命回避を根幹に獣を切り伏せんとするセイバー。

 

滑り込むようにセイバーの右背後に回り、足首を薙ぎ払わんとする火継の薪の斬撃をセイバーは跳躍で回避。そのまま後ろ手に火継の薪の首を狙う。

 

火継は回転運動を生かしたまま一歩動いてその一撃を回避、カウンターの回転切りで着地の足を狙う。

 

足裏からの魔力放出でタイミングを外し、放たれた刃の腹を踏み、セイバーは全力で踏み込み後転。火継の薪の大剣を地面にめり込ませる。

 

火継の薪が短剣で放つ追撃の切り上げはセイバーの脚甲にわずかな傷を入れただけにとどまった。

 

大跳躍したセイバーは5mほどの間隔を取って火継の薪に相対する。

 

「やはり貴様が最大の障害か。」

 

セイバーは再び数度斬撃を飛ばしながら、魔力放出で切りかかる。

 

首、足、右腕を狙った斬撃を回避し、大上段を大剣で右に流し、カウンターの短剣で首筋を掻き切りに行く。

 

セイバーは深くしゃがみ込み、短剣を掠らせるように回避する。

 

地面を踏み砕くほどの踏み込み。

 

流され、大地を切り裂いた剣が火継の薪の胴を貫かんと突き上げられる。

 

火継の薪は大剣と短剣を重ねるように防ごうとする。

 

「もらった!」

 

真芯を捕らえた堕ちた聖剣が、不完全な守りを抉じ開け火継の薪の心臓へと駆ける。

 

強い神秘に守られた皮鎧は聖剣の切っ先を受け止めた。

 

「おおぉぉっ!!!!!!!!!!!!!!」

 

竜の心臓がセイバーの叫びに呼応して膨大な魔力を生み出す。

 

その瞬間、増幅された極光により防御判定を乗り越えた聖剣が火継の薪を貫き、串刺しにする。

 

心臓を正面から貫かれ、それでもセイバーを討たんと短剣を首筋に振りぬかんとする火継の薪。

 

しかし、

 

「光を飲め、卑王鉄槌(ヴォーティガーン)!」

 

セイバーは極光を開放した。

 

発生した暴風によって崖にまで吹き飛ばされた火継の薪。

 

力なく崩れ落ちるその手には、最後まで刃を握っていた。

 

彼はそのまま、衝撃で崩れ落ちた土砂に飲み込まれていく。

 

 

 

 

 

 

 

「次は貴様らだ。」

 

剣についた血を振り払い、こちらに向き直る騎士王。

 

連続して放たれる、飛来する斬撃。

 

マシュがその盾でもって防いでいるが、一発受けるたびにその圧力で押されている。

 

「どうした!その盾を託されたのだろう!」

 

魔力放出による高速移動。

 

その勢いから繰り出される連撃を、マシュはどうにか受けることができている。

 

いや、受けさせられているというべきか。

 

アーサー王は、マシュが反応できるぎりぎりを見極めて攻撃を仕掛けているようにしか見えなかった。

 

少なくとも、火継の薪とやりあっている時よりも、その斬撃に鋭さはない。

 

攻撃にも、明確な間隔をあけている。

 

何を意図しているんだ?

 

「火よ、焼き尽くせ―――《大火球》!」

 

クラーナの手から火箭が伸びる。

 

セイバーは左手でとっさに受けたように見えた。

 

巨大な爆炎が生み出される。その勢いに乗って、マシュは後退した。

 

所長が回復魔術でマシュの傷を僅かばかり癒す。

 

「ふん、危ないな。」

 

爆炎を切り裂き、セイバーが現れる。

 

その手から噴出させた魔力を盾に、呪術を防御したらしい。

 

彼女に影響は見られなかった。

 

「ふざけた魔力耐性だ、混沌の火を使わなければ有効打にも成らんとは!」

 

クラーナが新たな火球を生み出す。

 

その数8個。

 

―――《連弾する混沌の矢》

 

それは長い時間の中で生み出された新たな呪術。恐るべき魔術に発想を得たそれは、敵対者を追い詰めるもの。

 

深紅の火球は、火箭となって飛翔する。

 

正面から時間差で三本、左右から二本ずつ、上方から一本のそれは、セイバーを半包囲するように飛んでいく。

 

「ちっ」

 

セイバーは後方に下がり追いすがる火箭を聖剣でもって切り潰そうとする。

 

「弾けな!」

 

クラーナの合図を受けて、セイバーが切ろうとしていた一本が爆発する。

 

大火球のそれよりも小さいそれは、セイバーの正面を完全に覆い隠す形で爆発した。

 

連続で火炎の中に飛び込んでいく深紅の矢、連続する爆発音。

 

混沌の火が燃え上がり、灼熱の粘体が燃え広がる。

 

「ついでにおまけだ!」

 

―――《混沌の火槍》!

 

これまでに放ってきた混沌の大火球よりは小さいものの、まるで槍のように細く鋭い形に加工された深紅の槍が、一直線に飛んでいく。

 

―――《卑王鉄槌》

 

声が聞こえた。

 

舞い上がる炎を吹き散らすように、黒の暴風が放たれる。

 

あまりにも莫大な魔力の奔流に飲まれた火槍は、暫く拮抗したものの、セイバーにたどり着くことなく霧散してしまう。

 

クラーナは回避しようとしたが、一部を受けてしまい、かなりの距離を飛んでいく。

 

「させません!」

 

襲い掛かる極光を、前に出たマシュの盾が阻む。

 

大火槍によって勢いを大きく減じた黒光は、マシュの盾に触れたそばから霧散し、最後の残滓まで宙に消えた。

 

「その盾とは相性が悪すぎるか。」

 

吹き散らされた炎の中から、セイバーが歩み出る。

 

「信義によってなる不壊の円卓。」

 

周囲の灼熱の粘体から立ち上る陽炎と魔力粒子によってぼやけて見えるが、全身を飾っていた黒の鎧はあちらこちら焼け焦げ、欠損していた。

 

「優れた騎士が担った神聖なる盾。」

 

中でも左手は小手の指先側が熔け、奇妙な形に固まっている。

 

「だが、それでもだ!」

 

あれでは剣を握ることはできないだろう。

 

「己の頼るモノの弱さを知れ!」

 

だがそれでも

 

「私自ら叩き割ったモノの弱さを!」

 

セイバーは聖剣を両手で握りしめる。

 

「我が鉄槌を受けるがいい!」

 

砕けた小手を零しながら、聖剣を【鍵】の構えで担持する。

 

―――それは堕ちた聖剣という、悲しみの象徴。

 

「卑王鉄槌」

 

聖杯からの魔力を、霊基が耐えられる限界まで高めていく。

 

―――それは全てを救いたかった王の、嘆きの証。

 

「光を飲め」

 

堕ちた聖剣から吹き出す極光が、ひび割れたバイザーを吹き飛ばす。

 

―――それはあらゆる兵士が死の間際に零す、呪怨の輝き。

 

「―――《約束された(エクスカリバー)》」

 

黄金の両目は、まっすぐに俺たちを見据え、呪血を溢れ出させる。

 

―――それは結果として全てを失った竜王の、魂の咆哮。

 

「―――《勝利の剣(モルガン)》!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

魂から吐き出されたような、吐血と絶叫。

 

空間を断ち割るがごとき、魔力の暴威。

 

魔竜の咆哮に似た光の柱が、神速の突きと共に放たれた。

 

これまでとは比べ物にならない大きさと質の魔力柱。

 

「―――《仮想宝具疑似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)》!」

 

万全の態勢で発動したマシュの盾に、破城槌のごとく突き刺さる。

 

明滅する視界。

 

黒の極光と青の盾がせめぎあい、互いを食らいつくさんとその存在を削りあう。

 

爆光の真ん中に立つマシュは、その勢いに押され、じりじりと後退してくる。

 

盾に、俺の手を重ねる。

 

「マシュ、俺が支える。勝つぞ、一緒にな!」

 

「はい!先輩!」

 

この一撃を乗り越えたところで、おそらくいつかは切り伏せられる。

 

だがそれでも、マシュのために俺は敗北を認めるわけにはいかない。

 

この先人理修復の前に七つの特異点がある。

 

その全てに、セイバーを超える脅威がいるのだろう。

 

ならば、こんな前座に時間をかけていられるか!

 

いつまでも壊れない盾に業を煮やしたのか、セイバーの放つ魔力がさらに高まる。

 

極光の向こうで、魔力風に煽られ各所から血を吹き出すセイバーが見えた。

 

「ああああああぁぁぁぁぁぁっぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

体を壊し、極光が爆発する。

 

青白い盾に、一気にひびが走る。

 

「負けません!あなたには!」

 

セイバーの体から立ち上る魔力が、突然ゼロになる。

 

急激に細くなる宝具の一撃。

 

極光が淡くかすれると共に、青い盾も虚空に溶けた。

 

マシュが崩れ落ちる。

 

「す、みません。」

 

体内に魔力がほとんど残っていない。あれだけの一撃に耐えたことを考えれば、当然か。

 

「どうするのよ!」

 

所長が震えながらも、大魔術を発動させようとする。

 

でも、大丈夫ですよ、所長。

 

「なにがって!?」

 

所長も感じましたか。

 

セイバーも含め、だれもが感じ取った異常。

 

 

 

二つの宝具のぶつかり合いでまき散らされた膨大な魔力。

 

その全てが火の粉となって、瓦礫の中に吸い込まれていく。

 

鼓動のように、右目の奥が燃える。

 

そうだ、彼があの程度で滅びるわけもない。

 

火継の輪は、彼を終わらせない。

 

かの使命を果たすまで、彼は終われない。

 

最初の火は、彼を終わらせない。

 

その精魂を捧げるまで、彼は終われない。

 

瓦礫の中から、彼が立ち上がる。

 

全身に火の粉をまとわりつかせ、鉄帽の奥の瞳は赤く輝いていた。

 

その手の大剣は内側から燃えている。

 

足を肩幅に広げて立つ火継の薪。

 

その右手の大剣を肩の高さまで持ち上げ、まっすぐに伸ばした腕の先、切っ先はセイバーに向けられた。

 

左手は右手の二の腕に手首を置くように重ねられ、その短剣は牙のように見えた。

 

深淵を狩るもの達の、開戦の合図。

 

貴様を刈り取るという、強烈な決意表明。

 

人を容易く殺しうる密度と強度の殺意。

 

火を継ぐ狼の狩りが始まる。




新しい呪術を習得しました。

連弾する混沌の矢

クラーナと火継の薪が生み出した新たな呪術。

高レベルの理力により、呪術の火で魔術を再現した。

混沌系統の呪術であり、命中爆発した際に高温の粘体が拡散する。

混沌の火槍

クラーナと火継の薪が生み出した新たな呪術。

強度、貫通力、飛翔速度に優れた呪術である。

収束性が高く、遠方まで飛ばしても威力減衰がほとんどない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

炎上汚染都市 ー冬木ー 深淵の監視者

おらぁ!(原稿を叩き付ける音)




最初の熱火を宿した大剣が、空間を焼きながら駆ける。

 

魔竜の息吹を宿した聖剣が、大気を削りながら吠える。

 

赤光の剣閃と黒光の剛撃が縦横無尽に振るわれ、大地を破砕する。

 

その魔刃の余波一つで、人間など両断される。

 

その炎熱の欠片一つで、人間など塵も残らない。

 

一歩の踏み出しが大地を割り、炎熱がその破片を融かす。

 

最初の火に焙られた地面は、瞬く間に滑らかな表面となる。

 

その地面をえぐり取る軌道で大剣が走る。

 

剣先で拾い上げられた土塊は融け、散弾のようにセイバーを襲う。

 

セイバーは溶岩散弾と、追撃の一撃を魔力放出により弾き飛ばす。

 

しかし、それにより聖剣に纏わせていた魔力が一瞬薄くなる。

 

その隙をついて火継の薪が踏み込み、左手の短剣が走る。

 

狙いはセイバーのガントレット、その右手首の隙間。

 

膨大な魔力放出による防御がなくなった隙間に、短剣が滑り込む。

 

素肌に触れた部分、手の甲を傷つける。

 

肉と骨、ガントレットという取っ掛かりを得た火継の薪は、セイバーを地面へ叩き付けようとする。

 

その動きに逆らわず、自分自身も飛びながらガントレットを魔力に分解し、拘束から逃げ出すセイバー。

 

右手の甲を傷つけられ、剣を握る力がわずかに、しかし確実に減ったことを理解してしまう。

 

大地を削りながら迫る人型の狼。その大牙は、剣先の炎熱で地面を融かしながら飛沫を散らしていた。

 

再び始まる神速の応酬。

 

しかし、先ほどまでと異なり、明らかにセイバーの動きに無駄が現れていた。

 

弾かれ、躱された一撃からの振り返し。そのほんの一瞬の速度の遅れ。

 

積み重なったそれは、火継の薪の一方的な攻撃を防ぐしかなくなるほどになっていく。

 

魔力放出による強撃は出足を潰され、流され。

 

移動はその方向に振るわれる刃によって阻まれ、回避のためにさらに時間を失う結果になる。

 

魔力の鎧を抜け、確実に傷を増やし、隙を作り出す火継の薪。

 

大剣に宿る火が、極光を食い、減らしていく。

 

剣を打ち合わせるたびに、膨大な魔力がセイバーから消し飛んでいく。

 

一呼吸で元通りになるとはいえ、その一呼吸がこのやり取りの中でどれだけの危険を内包するのか。

 

それでも、その身に宿る全てを用いて、セイバーは火継の薪に抗っていた。

 

しかしそれでも、天秤は傾いていく。

 

【終着である。】

 

火継の薪の宣言。

 

何度も振るわれた短剣の一撃。

 

度重なる手首への攻撃は、もはやセイバーですらどうにもならないほどに握力を失わせていた。

 

故に、全力の一撃による終着を狙った。

 

踏み込み、大上段からの一撃。

 

対する火継の薪は、腰だめに大剣を構え無造作に一歩踏み込み、こちらの足を踏みつける。

 

大上段からの一撃を、短剣で容易く跳ね返され、その手のうちから聖剣を失う。

 

大きく両手を跳ね上げられたセイバーは、全力で後退しようとするが既に足を踏み抜かれている。

 

そして、目の前には大剣を腰にひきつけ、心臓を狙う火継の薪がいた。

 

肩口に短剣を突き入れられ、火継の薪に抱き寄せられるセイバー。

 

火を宿した大剣が、その動きと共に心臓を貫く。

 

根元まで突き入れられた大剣に、その体重をかける形で、セイバーは脱力する。

 

身を覆っていた魔力は霧散し、堕ちた聖剣は既にない。

 

その胸の内に取り込んでいた聖杯を切り出され、もはや魔力供給は為されない。

 

もはや、セイバーには何もできなかった。

 

黄金の光となって消えゆくセイバー。

 

「ああ、私には何もできなかった。」

 

「ただ、ここで世界を終わらせないことだけに執心した。」

 

「結局、このざまだ。」

 

「私程度を乗り越えた所で、これを引き起こした存在には手も足も出ない。」

 

「七つの特異点を乗り越えた先に、絶望だけが待つとしても。」

 

「乗り越えよ、不可能を可能にすることは、人間にしかできないのだから。」

 

口の端から血を流しながら、それでも黄金の瞳を緩め、わずかな笑みを浮かべて、彼女は消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――俺は、彼女の望みにこたえられるのだろうか。

 

答えなくてはいけない、人類を守るために。

 

他の誰かの笑顔のために、俺は生きているのだから。

 

最初の火を宿すものの、宿命にして使命は、我が内に刻まれている。

 

―――《絶望を焚べよ。》

 

何者かの声が響いた。心の中に響いた、誰のものかもわからない声。

 

決意を胸に、火継の薪へと近づいていく。

 

そんな俺たちに、セイバーの黄金の光が吸い込まれる。

 

―――堕ちた騎士王のソウルの欠片を入手しました。

 

これまでに得てきたソウルとは質、量共に桁違いのソウルを得た。

 

【偉大なる王のソウルの一端を得たか。】

 

【マスターを高めることにも、新たな武具を作ることにも持ちいることができる。】

 

【どう使うかは、自分で考えるがいい。】

 

「ああ、よく考えることにするよ。」

 

そういう火継の薪は、明らかに強くなっていた。

 

見るだけでわかるほど、その霊基は高まっている。

 

なら、俺の力も増すことができるのだろう。

 

カルデアに還り次第、強化してもらわなくては。

 

『すさまじい戦いだったね、ごくろうさま。』

 

膨大な魔力によってかく乱されていた通信が回復したらしい。ドクターの声が聞こえた。

 

『先ほど火継の薪がはじき出した黄金の盃、聖杯を回収してくれ。それを回収できればこの特異点も修復されるだろう。』

 

なら聖杯を拾いに行かないと。

 

そう思って、聖杯のある場所を見ると、杯を持っている人影があった。

 

「ふん、騎士王も役に立たんな。あれだけの力がありながら無能共に敗れるとは。」

 

基本緑のコーディネートに身を包んだ胡散臭い糸目の男。

 

「レフ!」

 

へたり込んでいた所長が立ち上がり、駆け寄ろうとするのをクラーナが押しとどめる。

 

「邪魔しないで!」

 

「馬鹿者、あの邪悪なものに近づこうとするな。」

 

クラーナの言葉に、レフが笑い出す。

 

「全く、サーヴァント風情に見破られるとは。これはオルガマリーの節穴っぷりを笑うべきか?」

 

「レフ?なにを?」

 

呆然とした表情で、レフを見る所長。

 

「死んでからレイシフト適正を得るとは、まったく度し難い。つくづく無能な女だ。」

 

『やはり君が犯人だったか、レフ・ライノール』

 

心底侮蔑していることを隠しもしない声色と表情で、所長を罵倒する。

 

そんな彼を糾弾するように、初めて聞く声色でドクターが話しかける。

 

「貴様も生きていたか、折角一網打尽にできるところを、よそでさぼっていたとは。貴様の適当さに我が計画が邪魔されたと思うだけで虫唾が走る!」

 

突然激昂するレフ。まぁ、渾身の計画を怠惰に台無しにされたら、誰だって怒るだろう。

 

そんなことをされたら俺でも怒る。

 

崖の上まで浮遊すると、聞いてもいないのに意気揚々と計画とやらについて語るレフ。

 

火継の薪が突然半透明になって、足音一つ立てずに背後に回ろうとしていることにも気づいていない。

 

空間の裂け目からカルデアスをを見せ、人類史が焼失していることや等何やらを語りつくしたのだろう。

 

満足げな表情を浮かべながら、所長をカルデアスに焚べようとしている。

 

所長がいろいろ叫んでいる。大事なことを言っているようだが、今はそれどころではない。

 

レフの正面に、火継の薪が立っている。

 

こちらからは背面しか見えないが、ずんぐりむっくりとして丸みを帯びたシルエットの黄金の全身鎧。

 

そして目を引くのが、とんでもない大きさの黄金の大槌。

 

目の前にいきなりそんな奴が現れて、まともな思考ができるやつがどれだけいるのだろうか。

 

―――《処刑槌・爆雷重撃(Smough's Hammer )

 

レフは只、目の前の衝撃的な映像に何も考えることができず。

 

「えっ」

 

そんな大物で突進されて、突き上げられるように宙に浮く羽目になる。

 

トラックに衝突されたような感じで、レフが宙を舞う。

 

回転しながら横殴りかつ、掬いあげるようなモーションで振り切ると、

 

「えっ」

 

インパクトの瞬間に、極大の雷撃が迸った。

 

レフはその衝撃で空中を一直線に走り、そのままカルデアスに叩き込まれてしまう。

 

彼は、自分が語っていたようにそのまま分解されてしまったらしい。

 

火継の薪以外の全員が、何が起きたかわからないまま、止まっていた。

 

「キャ!?」

 

所長は落ちて正気を取り戻したらしい。

 

【さぁ、世界が崩れる前に帰還せよ。】

 

『そ、そうだね!』

 

黄金の槌を肩に乗せた火継の薪が所長に近づきながら言う。

 

ドクターが帰還の準備を始めたらしい。

 

【星見の主よ。】

 

「な、なによ。」

 

火継の薪が、所長に語り掛ける。

 

【其方に二つの選択肢を与えよう。】

 

【ここで生を諦め、理の狭間に死ぬか。】

 

【一度私に殺され、その先の生を願うか。】

 

【どちらにする。】

 

とても、重要で、難しい選択を迫った。

 

レフのいう通り、あの事故で所長は確実に死んでいる。それについてはドクターも確認していることだ。

 

「すぐに選ばなくては、ダメ?」

 

【時間はない。】

 

『修復が始まるまで、そんなに時間はないよ!?』

 

所長が青ざめた表情で、火継の薪に問いかける。

 

しかし、火継の薪の答えと、ドクターの補足に希望は切り捨てられる。

 

まぁ、これだけ大きな揺れが起きている中に残りたくはない。

 

「―――なら、貴方にかけるわ。あ、でも痛くしな」

 

【無論】

 

所長の決断を聞いた火継の薪は、所長がしゃべっている途中、一撃で叩き潰す。

 

「よ、容赦の欠片もありませんね。」

 

「違うよマシュ。」

 

あれは、おそらく痛みも恐怖も感じさせないための殺し方だろう。

 

あれだけの重量物をあの速度で打ち込まれたら、常人では何の反応もできずに死ぬだけだ。

 

脳が一番最初に潰されているから、痛みも感じる暇がなかっただろう。

 

そのまま青白い光が火継の薪に取り込まれる。

 

―――星見の娘のソウルを入手した。

 

【さぁ、帰還としよう。】

 

彼の言葉と共に、俺たちはカルデアスに帰還する。

 

かなりショッキングな絵面だったが、忘れるべきだ。

 

「先輩。」

 

「ああ。」

 

マシュが差し出してきた手を握る。

 

「これからも頑張りましょう!」

 

「ああ!」

 

彼女の笑顔と、手の暖かさを感じた。

 

『転送開始!』

 

光が走る。

 

怒涛の一日だった。

 

信じられない経験を重ねてしまった。

 

でも、これからも多くの経験をすることになるのだろう。

 

人類史を守るために。

 

意識が急激に浮き上がる。

 

目を覚ました時、何かが変わっているのだろうか。




遅くなって済まぬ。

やっぱレフ君には何もさせずに死んでもらわないとね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Interlude ―縁召喚―

シリアスは死んだ!

オリジナル設定が蹂躙してくるので注意。

二日連続投稿だ、おらぁ!(再び原稿を叩き付ける音


闇の中から帰還する。

 

焼け焦げたコンクリートと、血の跡が生々しい爆破の中。

 

奇妙なことに、俺とマシュは平場に倒れていた。

 

マシュが潰されていた塊は無く、その周囲はきれいにされていた。

 

何が起きたのか判らないが、少なくとも俺たちが生きていることは確かだ。

 

「立夏君!」

 

ドクターと救護スタッフが駆け寄ってくる。

 

マシュが、俺の手をもう一度握った。

 

まだ目は覚めていないらしい。

 

俺たちはストレッチャーに乗せられ、ダヴィンチちゃんとドクターによる精密検査を受けることになった。

 

今の俺は、無理なレイシフトによる体と意識のずれがあるらしい。道理でまともに体が動かないわけだ。

 

よって魔術によって、強制的に休眠させられることになるらしい。

 

大丈夫だろうか、眠っている間に、愉快型魔術礼装とか埋め込まれないだろうか?

 

「そんな事しないヨ?」

 

俺の目を見て言ってみろダヴィンチちゃん!

 

「ボクが見ているから、安心してくれ。」

 

ドクターではダヴィンチちゃんを止められるとは……。

 

「くそ、信用がないね!?」

 

「それはさておきだ、ご苦労さんだったね。」

 

「一度よく休むといい。」

 

「これから先はまだまだ長いよ?」

 

ダヴィンチちゃんの言葉に頷くと、急激に眠気が襲ってきた。

 

「やっぱり効くね、麻酔ガス。」

 

「魔術じゃなかったのかい!?」

 

「あのねぇロマニ、体と魂のずれがあるところに魔術なんて使うわけないだろ!」

 

そりゃそうだ。

 

起きたばかりなのに、また闇の中に沈んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

検査の結果は問題なかったらしい。

 

深い眠りにつけたからか、体が固まってはいるが、気分は爽快で疲労は抜けていた。

 

そして俺は、召喚を行うための施設にいる。

 

マシュと火継の薪、クラーナが一緒だ。

 

ちなみに、今日の火継の薪の格好は、ごく普通の騎士鎧である。

 

上級騎士一式と言っていたが、これまでの珍妙奇天烈系よりは普通の鎧だった。

 

目の前には、所長が、召喚サークルの上にあるマシュの盾に横たわっている。

 

爆破によってミンチみたいになっていたが、カルデアの総力を投入して修復したらしい。

 

はたから見れば、まるで眠っているようにしか見えない。

 

俺の手には、火継の薪から受け取った所長のソウルがある。

 

召喚の手順を援用し、所長の肉体にソウルを定着させるのが今回の目的だ。

 

電力から変換された魔力が、召喚サークルを満たす。

 

所長の胸に、ソウルを押し付けるようにすると、すんなりと中に入っていった。

 

柔らかい火が上がる。

 

満たされていた魔力は火の粉になって所長に吸い込まれた。

 

ブルリと体を震わせると、所長が目を覚ます。

 

その瞳の奥には、火継の輪(ダークリング)が燃えていた。

 

【新たな不死の誕生を寿ごう。】

 

火継の薪の言葉に、所長は身を震わせる。

 

【詳しい話は後だ、召喚を始めよう。】

 

まぁ、やってくるサーヴァントも含めて説明した方がいいだろう。

 

その言葉に、所長も不承不承ながら頷き、召喚サークルの外に出た。

 

さて、召喚をするわけだが、俺の手には聖晶石が20個、ダヴィンチちゃんからもらった黄金の札、呼符が2枚だ。

 

残念ながら触媒はない。

 

故に縁をたどって召喚することになるのだが、この場には火継の薪がいる。

 

多分一番強い縁は、どう考えても火継の薪だろう。

 

彼の知る英雄が呼ばれるのは、ほぼ間違いない。

 

誰が呼ばれることになるのか、不穏でしょうがないところはある。

 

最初に、呼符での召喚を行う。

 

召喚詠唱は以前に唱えたものではなく、教わった通りのもの。

 

呼び出されたのは、少なくとも俺たちの知る英雄だった。

 

「よう。サーヴァント・ランサー、召喚に応じ参上した。ま、気楽にやろうやマスター。」

 

青い装束に、呪いの朱槍と()()()()()()()()()()を携えた青年。

 

紅の瞳と精悍な顔立ち、鍛え抜かれた細身の肉体が持つ風格は、一流の戦士であることを如実に物語る。

 

「アサシンのサーヴァント、佐々木小次郎。ここに参上つかまつった。」

 

紫を基調とした羽織袴に、とんでもない長刀を背負った青髪の伊達男。

 

飄々とした口調と雰囲気の中に、実力者の片鱗を隠し持っている。

 

「あん?てめぇも呼ばれたのか、アサシン。」

 

「貴殿も呼ばれるとはな、ランサー。」

 

その二人は、互いに知り合いだったらしい。

 

ちょっと剣呑な雰囲気が漏れたが、再戦の誓いをしつつ、壁際によって行く。

 

 

 

 

 

 

さぁ、次の召喚だ。

 

火継の薪が、その身の内から、古びた羽を取り出し、盾に置いた。

 

【主よ、その石をを全て捧げよ。】

 

「なぜ。」

 

【そうしなくては、足りないのだ。】

 

「ならそうしよう。」

 

火継の薪が必要というのならば、それを受け入れるべきだろう。

 

何より、自分自身もそう思う。

 

この数ならば、内にある()が求める何かを呼び出すことができるはずだ。

 

盾の上に、こんもりと石を盛る。

 

詠唱はいつか知った火の招請。

 

聖晶石は熔け、火の柱が生まれる。

 

爆光と共に、一つの影が浮かび上がった。

 

幻の炎熱の中から現れたのは、緑衣を纏う幼い少女。

 

片目を隠す皮の眼帯をした、赤髪の娘だった。

 

盾から降り、俺の前に立つ少女。

 

その瞳が俺を射抜く。

 

思わず、跪く。

 

「サーヴァント緑衣の巡礼(Emerald Herald)、火守の定めに従い、篝火の守手として現界しました。」

 

「我が主よ、偉大なるソウルをお求めください。」

 

「かの王のごとく、世界を救うものでありたいのならば。」

 

祈りを捧げ、謳う様に。

 

そう、俺に告げた。

 

「貴女の言葉の通りに。」

 

誓いの言葉を返す。

 

この身はすでに、世界に捧げたものなれば。

 

「……こ、ここはどこですか?」

 

突然、先ほどまでの超然とした雰囲気を霧散させ、普通の少女が現れる。

 

彼女は大きな瞳に涙を浮かべながら、あちらこちらに視線を送る。

 

なんとも、普通の少女にしか見えなかった。かわいい。

 

「騎士様!」

 

火継の薪を見つけると、とたんに笑みを浮かべて抱き着く。

 

「どういうことよ!?」

 

所長がついに切れる。

 

それもそうだろう、あれだけの聖晶石を使って呼び出したのが、普通の少女では、あまりにも割に合わない。

 

「ぴぃ!?」

 

所長の怒声に、火継の薪の後ろに隠れる少女。

 

涙目でプルプル震えている。かわいい。

 

「先輩。」

 

マシュがあきれた表情でこちらを見ていた。いかんいかん。

 

ちょっと所長っぽい感じがするせいか、かわいらしく見えるらしい。

 

……まてよ、あんなちっちゃい子に似ている所長はつまり。

 

「―――所長はお子様?」

 

「何ですって!?」

 

すさまじい剣幕がこちらに向いた。

 

自爆したか。

 

とんでもなく語彙の豊富な罵倒を受けることになった。

 

 

 

バーサーカーと化した所長が、ドクターとダヴィンチちゃんのとりなしのかいあって落ち着いたころ、火継の薪が口を開く。

 

【この娘は、火守女という存在だ。】

 

火継の薪曰く、不死のための篝火を維持し、ソウルを用いて肉体とソウルの器を鍛えることができる唯一の存在である。

 

彼女のような火守女なしでは、あっという間に不死は亡者になり果てる。

 

不死と化した所長や、俺を鍛えるために、火守女を呼ぶ必要があったということだった。

 

彼女たちは、その身の内に人間性を蓄えているがゆえに、通常のサーヴァントでは到底足りないほどの容量が必要だったということだ。

 

それなら確かに、彼女を呼ぶ必要があった。

 

彼女がいなければ所長は今度こそ死んでいただろう。

 

何より。

 

俺のソウルを鍛えなくては、呪術が使えないからな!

 

「私の名前は、シャナロットといいます!よろしくお願いします!」

 

火継の薪に促され、前に出て自己紹介をしてくれた。

 

「よろしく、シャナロット。」

 

手を差し出すと、笑みを浮かべて握手してくれた。

 

「はい!お兄さん!」

 

お兄さん、か。グッとくるよね?

 

「先輩?」

 

マシュがもはや蔑んだ目を向けてくる。

 

何だかまずい扉を開きそう。

 

 




緑衣の巡礼

触媒召喚で呼ばれた。

霊基が満たされていないため、火継の薪に救われた当初の姿で現界している。

致命的なまでに戦闘能力に欠けているため、カルデアからは出られない。

カルデアの一室にある篝火を守る火守女。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Interlude ―呪術の鍛え―

注意!

オリジナル設定にオリジナル呪術が爆発するよ。

くだが戦える(初期士郎以下)ようになります。

嫌いな人はブラウザバックで!

責任はとれんぞ。


召喚を終えた俺たちは、火継の薪に与えられた一室にいる。

 

家具が一切ない部屋の中心に、篝火が焚かれている。

 

「暖かな火、この火は私が守りましょう。」

 

その火に手をかざす緑衣の巡礼(シャナロット)

 

立ち上がると、火継の薪に手をかざす。

 

火継の薪は既に、彼女に跪き、頭を垂れていた。

 

「お久しぶりです、火を継いだお方。」

 

「貴方は多くのソウルを失いました。」

 

「僅かなソウルを回収したようですが、お力を取り戻すには足りません。」

 

「消えかかるソウルのまま、戦い続けてはなりません。」

 

「どうか、私に助けさせてください。」

 

そういうと、彼女は両手を大きく広げる。

 

火継の薪からソウルの輝きが湧き出し、彼女の手に触れて火の粉となって戻っていく。

 

火の粉が収まると、火継の薪は立ち上がる。

 

「どうか、呪いをまとうお方。私は貴方のそばにいます、貴方の希望が尽きるまで……。」

 

祈るように手を組んだシャナロットの頭を、火継の薪がなでる。

 

「……痛いです!私は子供ではありません!」

 

鋼鉄で覆われた火継の薪の手を払おうとして、痛みに震えるシャナロット。

 

まぁ、ガントレットでなでられたら痛いよね。

 

あと、子供がガントレットを殴っても痛い。

 

【済まぬな、シャナロット。】

 

「さぁ、次はあなたの番ですよ、お兄さん!」

 

腕を組んで、むふーっ、と鼻息を抜くシャナロット。

 

やる気全開のお子様にしか見えなくてかわいらしい。

 

火継の薪の真似をして、彼女の前に跪き、首を垂れる。

 

舞い上がる火の粉の中、彼女の声が聞こえた。

 

「呪いと火を纏うお方。あなたの行く末には、闇が揺蕩っています。」

 

「大いなるソウルを集めなさい。」

 

「王達のソウルだけが、あなたの行く末を照らすでしょう。」

 

「最初の火を絶やさぬために、火継の道をお行きなさい。」

 

「私が貴方を支えましょう。貴方の心が折れぬ限り。」

 

その声を聴きながら、火の粉の舞う暗い場所に立っていた。

 

自分の目の前には、最初の火を枠にした画面が浮かんでいた。

 

そこに描かれていた文字を、幾つか弄る事ができるらしい。

 

これで自分を強化できるわけだな。

 

どうするべきか。

 

【主よ、今は持久力を高めるべきだ。】

 

ならオールインで。

 

火継の薪の声に、思わず許可を出してしまった。

 

瞬間、周りを廻っていた火の粉が俺の中に入っていく。

 

俺の体が作り変えられる。

 

最初の火に焼かれ、俺という存在が書き換えられる。

 

終わってみれば、あっけないものだった。

 

いつの間にか、周囲は火継の薪の部屋に戻っていた。

 

 

 

 

 

 

「お行きなさい、人の希望よ。貴方の道行きに、炎の導きのあらん事を。」

 

祈るように組んでいた手を解くと、シャナロットは少女に戻る。

 

「お疲れ様でした!体に変なところはありませんか?」

 

シャナロットの問いに、いろいろ動かしてみるが、何が変わったのかわからない。

 

【持久力を高めただけだからな、重いものを持っても動きが鈍らないといったところだろう。】

 

それは、強くなることとどう関係するのだろうか?

 

「おいおい坊主、体力ってのは戦場で一番重要なもんだぞ?」

 

「然り、どれだけの技量があろうと、体力がなくあれば木偶であるからなぁ。」

 

ランサーとアサシンが言う。それもそうか。

 

【主には、私の持っている武具を装備し、戦い方を学んでもらう。】

 

「先輩は只の人間ですよ!?」

 

火継の薪の言葉に、マシュがかみつく。

 

【違うのだ未完の騎士よ、主は既に人を超える資格を得た。】

 

しかし、火継の薪は首を横に振りながら言う。

 

【鍛えぬくことで、私やクラーナの位置までたどり着くこともできるだろう。】

 

俺には資格があるのだと。

 

【その前に、サーヴァント相手でも一分は生き残れるようするがな。】

 

【我らの助けが来るまでに死なれては困るゆえに。】

 

それは、なかなかハードになりそうだ。

 

 

 

 

 

 

所長も僅かながら強化し、エスト瓶というのを一緒に受け取った。

 

篝火から汲んだ火が入っていて、飲めば怪我を癒してくれるらしい。

 

これを受け取った所で、ドクターからの連絡が入った。

 

『みんな、次の特異点を観測した。けれども安全に飛ぶことができるほどのデータがない。』

 

『数日はかかるだろうから、各人体調を万全にしつつ、準備を進めていてくれ。』

 

それを聞き、所長とマシュ、シャナロット、クラーナは親睦を深めるということで食堂に向かっていった。

 

男組は、訓練室に向かうことになる。

 

 

 

 

 

 

訓練室では、アサシンとランサーが本格的な手合わせをしていた。

 

訓練室では、霊子ダイブが義務付けられている。

 

故に、戦闘によって死亡しても、サーヴァントならば霊基復元により無傷で復帰できる。

 

マスターは魂が死ぬ可能性があるのでお勧めできないといわれたが。

 

彼らは死ぬことを前提とした死合いをしている。

 

一刺一刺が必殺の一撃である二槍の舞い。赤と緑の輝きが、敵対者の命を狙う。

 

対するは流麗にして不撓の大長刀の舞い。白き鋼の煌きが、敵対者の命を狙う。

 

うなる豪槍を剣士は躱し、躱し、躱し続ける。

 

反撃の斬線は鋭く、しかし受け止めらることはない。

 

防御の構えに沿うように、決して刃を立てることはない。

 

何しろ剣士の獲物は長さのわりに薄く細い。

 

壮絶な切れ味を想像させるが、西洋の剣などと比べて明らかに耐久性に難があった。

 

そして何より、武器の格の問題があった。

 

槍兵が振るうのは、ともに神代の魔獣から作られた正当な宝具である。

 

剣士の持つそれは、一般的な名刀ではあるモノの、ごく普通の人が鍛えたものでしかない。

 

内包する神秘の力が違いすぎるために、打ち合えば数合で砕け散ってしまうためである。

 

それでもなお、神話の英雄である槍兵の槍さばきに捉えられることのない剣士の技量は、恐るべきものである。

 

そんな二人の、壮絶な試合を横目に、俺は火継の薪によるコーディネートを受けていた。

 

【主が望むのは、呪術をベースにサーヴァントの戦闘を支援することであったな。】

 

「最終的にできればいい、というところだけどね。」

 

【主は技量と理力、記憶力はそれなりにあるようだったので、魔術師としての武具を用意した。】

 

褪せた赤色のフード、白を基調にしたフード付きの外套、甲に魔術的な印章をもつメダルが取り付けられた赤茶色の手袋、皮の脛当ての様なものが巻かれた灰色のズボン。

 

ロスリックの魔術師一式というらしい。

 

火継の薪によって最大限まで強化されており、並みの鉄鎧くらいの強度はあるという話だ。

 

【今の主が持てる武器としてはこれくらいだろう。】

 

取り出されたのは、いささか古びた、細身の剣。下級兵の直剣だ。合わせて白い竜の姿が描かれている縦に長い木製の盾。ウッドシールド。

 

一度ソウルとして取り込み、この身に纏うことを望む。

 

青白い光と共に、それらの装備が俺の身に付いていた。

 

防具の類は意外に重いが動きを阻害するものではなかった。

 

背中に回していた盾を令呪のある右手に、直剣を左手に持ち、防御の構えをとる。

 

直剣は手元に重心があるのか、重さもそれほどでもなく取り回しやすい。

 

盾も大きさの割には軽く感じた。

 

こんなに力があっただろうか。

 

数回素振りをしても、振り回されるような感覚がなかった。

 

剣の振り方というか、体の動かし方がわかるのはなぜだ。

 

【剣士であるセイバーのソウルを取り込んだな?あれの知識や経験の一部を取り込んでいるのだから、剣の一つや二つ振るえるようにもなる。】

 

そういうものか。

 

【必ず左手に呪術の火を宿せ。令呪を焼くかもしれんからな。】

 

そうだ、今度こそ呪術の使い方を教えてもらうぞ!

 

【急くな、当然教えよう。】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

盾と剣をソウルに還元し、左手に呪術の火を宿す。

 

篝火で最初の呪術である火球を記憶し、すでに準備は万端だ。

 

【まず、呪術の火は味方と認識したものを焼かないことを肝に銘じよ。混沌の火の熱泥は別だが。】

 

【己の認識一つで、味方を焼きかねないが故に、その扱いには注意を払わねばならない。】

 

【まぁ、主ならば大丈夫だとは思うが。】

 

火継の薪が、割れた石碑のような盾を取り出す。

 

【この盾は炎からの万全の守りを保障する。人に向かって呪術を放つ練習と行こう。】

 

―――燃え盛れ、我が内なる火よ!《火球》

 

呪術の火から流れ出る言葉を紡ぎながら、ボールを投げるように火球を投擲する。

 

詠唱と共に呪術の火は燃え上がり、投げる直前には正しく火の玉となっていた。

 

放たれた火球は、それこそ野球の玉程度の速度で飛び、大盾の表面ではじける。

 

うまく当てることができたが、詠唱と投擲を両立させるのはかなり神経を使う。

 

それに、結構弾道が落ちる。射程は短いと思っておいた方がよさそうだ。

 

【練達した呪術の使い手に比べればまだまだだが、私に比べれば筋がいいな。】

 

そうなのか?

 

【クラーナはあれで主の何十倍もの年月を呪術に捧げている、あれと比べれば大抵の術者が卵扱いだ。】

 

【それに私は、静止した的に当てることすらおぼつかなかったのだから、それと比べて筋がいいというのも当然だ。】

 

火継の薪は何でもできる人だと思っていたよ。

 

【長い年月をかければ、無能でも二流に手が届く。それだけだ。】

 

なら

 

【練習あるのみということだ。火の扱いは、親和すれば自由度が増す。】

 

火継の薪は大盾とは反対の手に、呪術の火を灯す。俺の火とは比べ物にならない力が凝縮された火だった。

 

【盲目の賢者よ、標的としてデーモンを頼む。】

 

『冬木の悪魔でいいんだね?了解。』

 

管制室からドクターがプログラムを操作し、デーモンが召喚される。

 

あくまでもカルデアの技術で再現された存在でしかない。

 

しかし、その存在感や密集した筋肉、牙や爪、吹き出す威圧感は、かつて出会った本物と遜色ない。

 

人間など、腕の一振りで肉塊に変えるだろうデーモンを前に、火継の薪はその手を体の前に伸ばした。

 

―――《混沌の奔流》

 

放たれたのは、直線状に収束した熱泥。

 

糸のように細い深紅の熱流束が、陽炎を纏い、瞬時に射程内の空間を焼く。

 

仮想標的として出現したデーモンに命中すると、混沌の熱泥がこびりついていく。

 

強靭な外皮が弾け、肉が溶け落ち、骨まで燃える。

 

瞬く間にデーモンは融け、熱泥だけが残った。

 

『それなり以上の強度にしたはずなんだけどね、まさか一撃とは。』

 

【これもまた新たな呪術。火を従えれば、この程度はたやすい。】

 

【しかし、今の主にはそれはできん。まずは人型の敵に当てる練習からだ。】

 

【盲目の賢者よ、かの地にいた骨人を一体、剣を持たせてくれ。】

 

『了解、出現させるよ。さっき計測した数値から、当たれば一撃で倒せる程度の強度でね。』

 

ドクターの声と共に、俺から10mほど離れた位置に、ぼろ布を纏ったスケルトンが一体出現した。

 

【では主よ、まずは火球を当てるところから始めよう。】

 

火継の薪の掛け声に、大きく腕を振りかぶり。

 

【動かせ。】

 

『了解。』

 

投げつけた火球は、スケルトンに容易く躱されてしまう。

 

余計な肉がないからなのか、軽快な動きで迫るスケルトン。

 

もう一度投げつける。

 

躱される。

 

もう一度投げつける。

 

跳躍で躱され、大上段からの切り下しが来る。

 

飛び込むように右手に回避。

 

立ち上がり、振り返って、もう一度投げつけようとしたところで、目の前に錆びた刃を振り上げたスケルトンが。

 

金属音。

 

スケルトンは手首から先を失っていた。

 

火継の薪が投げナイフで守ってくれたらしい。

 

【ふむ、まぁ、ほぼ新兵であることを考えれば、まあ落第ギリギリといったところか。】

 

ずいぶんと手厳しい評価だ。。

 

【呪術の使い手としては良い、初心者とは思えぬ詠唱速度と精度であった。】

 

【しかし、立ち回りに問題がある。】

 

まず、呪術を連打したのがダメ。一撃をかわされたら、相手の攻撃をかわし、隙を突かなくてはいけない。

 

なぜ盾を使わないのか。盾で受ければ、相手の武器の大きさからして、弾くことができたはず。その隙を突ければよかった。

 

一撃をかわしたからと言って、状況を確認せず反撃しようとしたのが良くない。もう一を回避すれば、カウンター気味な一撃を受けることがなかった。

 

この三点を中心に、こってりと絞られた。

 

その後、動かない棒立ちのスケルトンを火葬することで、当たれば一撃で倒せることを自覚し、盾を構えたスケルトンに連続で火球を投げ、爆発と炎までは防げないことを確認し、走り回るスケルトンを火球で爆破した。

 

最後に、盾を装備した動くスケルトンを撃破できるまで訓練を繰り返し、呪術の訓練を終了することになった。

 

【今日のところは、ここまでとしよう。明日は武器を使った身の守り方だ。】

 

緊張がほぐれた瞬間に、心拍と息が上がる。緊張していたらしい。

 

達成感がすごい。呪術を実際に使い、魔術とは比べ物にならない破壊力に興奮していることを自覚した。

 

高揚しているが、体は鉛のように重い。

 

いつも以上の運動量に、疲労がたまっているらしい。

 

今日はゆっくりと眠れそうだ。

 

 




ああ、灰のお方、いえ、火継の王よ。

なぜここにおられるのですか?

まぁ、私に会いに?

……不思議な人。

どうぞ、気が済むまで、ここでお話ししましょう。

ええ、満足しています。

ここは暖かいですから。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

邪竜百年戦争 ーオルレアンー 初遭遇

ぐぬぬぬぬぬ。

注意!

オリキャラが出るよ!

オリジナル展開だよ!

気になる人はブラウザバックで!


あの最初の鍛錬から4日間、火継の薪を含めたサーヴァントたちとの戦闘訓練に明け暮れた。

 

正直なところ、ランサーやアサシンの攻撃を盾受けする訓練は何度も死にかけた。

 

興が乗ってくると盾抜いて来るんだもの。

 

腕が飛んだり、内臓こぼれたり忙しかった。

 

火継の薪が奇跡で回復してくれなかったら何度死んでいたか。

 

苦痛に対する耐性は間違いなく高まった。

 

逆に、剣で戦う訓練は楽しかった。

 

できなかった動きができるようになると、自分の成長を確認できるからね。

 

人間の一般兵相手なら割と勝てるというお墨付き貰えたし。

 

あと、弓の射線が何となく読めるようになったのも大きい。

 

ただし火継の薪が射ってくる弓矢は微妙にホーミングしてくる魔弓なので、防がないと死ぬ。なお、防いでも盾を抜いて来るので死ぬ。

 

そんな生と死の狭間を反復横跳びした俺は、たぶん人生最大のピンチに陥っている。

 

なぜかって?

 

そりゃあ……。

 

「ここは、どこなんだよーーーーーーーーーー!!!!!!」

 

俺、藤丸立夏。

 

フランスのどこかの森で、一人です。

 

通信もできないとか詰んだ。

 

 

 

 

「先輩がいません!」

 

『今こっちも探してる!見つかり次第連絡するから!』

 

そういうと、ドクターは通信を遮断してしまいました。

 

「まったく、どうして問題ばかり起こすのよあいつは!」

 

所長が怒っています。

 

「おいおい嬢ちゃん、心配だからって憎まれ口たたく必要はねぇだろ。もっと素直になんな。」

 

「はぁ!?心配なんてしてるわけないでしょ!」

 

「えぇ~?ほんとうでござるか~?」

 

「ブッコロス!」

 

ああ、クーフーリンさんと小次郎さんに煽られて、所長がガンドを連射してます。

 

お二人は何の気負いもなくひょいひょい躱してますが。

 

息が切れた所長が攻撃を止めました。

 

「っち!、、、さっきの通信によれば、今は百年戦争終戦直後らしいわね、まずは現地の状況を確認するわよ。」

 

そういうと、所長は歩き出します。どこに向かうかわかっているんでしょうか。

 

「おい嬢ちゃん、どっちに行けばいいかわかってんだろうな。」

 

「っく!?」

 

「わかってなかったのかよ!」

 

クーフーリンさんの突込みが映えます。

 

そして首を横に振り、あきれた表情を浮かべました。

 

「1km位か?人の集団が見える。まずはそいつらに接触するしかねぇだろ。」

 

クーフーリンさんが槍で指示した方向に、確かに人の集団が見えます。

 

「ただ」

 

「ただ?」

 

クーフーリンさんの表情が険しいです。

 

どういうことでしょうか。

 

「いま、休戦中のはずだな?」

 

「血の匂いがしやがる、戦争中としか思えねぇ。」

 

この距離で血臭を感じ取るのですか!?

 

「まぁ、まず接触してみる他なかろう。」

 

小次郎さんは、気にした様子もなく、その方向に歩き始めます。

 

「それしかないわね。行くわよ。」

 

所長も、彼に続くように歩き始めました。

 

私とクーフーリンさんも、それに続きます。

 

近づくにつれて、確かに戦意のようなものを感じるようになりました。

 

私の中のあの人も、戦争を感じ取ってざわついています。

 

所長のことを守らなくてはいけないという、思いがこみ上げてきます。

 

気を引き締めないと。

 

見えてきたのは、当時のフランス側兵士の格好をした集団でした。

 

でも、彼らは明らかに負傷し、消耗した敗残兵の集団でもありました。

 

終戦後に、正規兵と思しき集団がこんな状況になる状況が想像できません。

 

この時代、いったい何が起きているのでしょうか。

 

その疑問を解決するべく、所長が歩哨の兵士に話しかけます。

 

「ねえあなた、ちょっと聞きたいのことがあるのだけれど。」

 

「うぉ!?なんか変な格好した集団が来たぞ!?」

 

「竜の魔女の一味だ!」

 

「もうこんなところまで来たのか!?」

 

「迎撃だ、迎撃しろ!?」

 

私たちを見たフランス兵の皆さんは、混乱しつつも包囲陣形を構築し始めました。

 

混乱していても、その練度は発揮されているようです。

 

それが私たちに向かなければいいことだったんのですが。

 

「ちょっと、話を聞きなさいよ!?」

 

「そんなわけわからん格好した奴が、竜の魔女の仲間じゃないわけないだろ!」

 

「先手必勝だ、ぶち殺せ!」

 

そういって、フランス兵たちは一斉に掛かってきました。

 

「まずは戦意を磨り潰すぞ、じゃなきゃ話が通じん。」

 

戦列に火炎弾を叩き込み、盾を吹き飛ばしながらクラーナさんが言います。

 

【然り。】

 

「ば、バケモノだ!?」

 

「どっから出てきやがった!?」

 

「やっぱ竜の魔女の仲間だったんだよ!?」

 

その言葉に同意しながら、火継の薪さんが現れました。

 

さっきまで何かしらの方法でご自身を隠ぺいしていたようです。

 

でも、どうせなら最後まで隠ぺいしたままでいてほしかったです。

 

何せ、偉大なる宮廷魔術師ナヴァーラン氏の装備を纏っているのです。

 

目の部分を皮ベルトで隠している人物は不審人物以外の何物でもないでしょう。

 

【いや、われら皆が不審なだけだろう。】

 

何を言っているのでしょう。確かに小次郎さんはこの辺りにはない衣装ですし、クーフーリンさんも青タイツです。それに、所長の悪口も時代に沿わないものではあります。

 

それでも火継の薪さんに比べればたいしたことではなさそうです。

 

「あなたのせいでややこしくなったじゃないの!?」

 

【まずは話ができる状態を作らなばな。】

 

【銘をゴットヒルトの双剣】

 

美しい装飾の施された双剣を取り出すと、ほかの二人とともに前線に飛び込んでいきます。私も行かないと!

 

「武器を弾き飛ばすだけにしなさい!」

 

「無茶を言う。」

 

「面倒だがしかたねぇ!」

 

【われらは敵ではないからな。】

 

所長の檄に答え、三人は武器をはじき、盾を吹き飛ばすだけで済ませています。

 

私も槍衾を構えている集団に盾ごと突っ込みます。

 

触れるそばから槍は砕け、盾と盾が衝突しました。

 

「だめだ!どうにもならねぇ!」

 

フランス兵たちの戦意が砕けていくのがわかります。

 

フランス兵の後備がざわついていますが、何かあったのでしょうか?

 

「隊長!ワイバーンが!?」

 

「なんだと!?前衛は一枚を残して反転!ワイバーンを迎撃する!」

 

フランス軍の隊長と思しき歩兵が指示を出しています。

 

「おい!嬢ちゃん、どう見ても翼竜が来るぞ!」

 

「なんでこの時代のフランスに翼竜が来るのよ!いいから迎撃!」

 

「知るか、そんなもん!……了解!」

 

黒の点だったものが、急速にその影を大きくしてきました。

 

かなりの数の、翼竜。ワイバーンの群れです。

 

「弓兵、射撃用意!」

 

緩降下体制をとりつつ、野生とは思えない編隊を形成したワイバーンが、牙の隙間から火を漏らしながら迫ります。

 

「斉射!」

 

隊長の命令と共に、それなりの数の矢がワイバーンを襲います。いくつかは刺さり、襲撃コースから外れる個体がいましたが、全体からすると僅かでした。

 

前衛が盾と槍を構え、後衛を守ろうとしていますが、ブレスで壊滅しそうな感じを受けました。

 

―――《火炎奔流》

 

クラーナさんの手から放たれた火炎放射が、フランス軍を超えて、迫るワイバーンを焼きました。

 

火炎放射はその鱗を焦がし、翼膜をを焼き落として飛行不能に変えてしまいました。

 

「好機だ!前衛突撃!」

 

「だぁっ!?またやりやがった!シャルル様を援護しろ!」

 

盾を放り出したフランス兵は、騎乗突撃する騎士に従い突撃を始めます。

 

対するワイバーンは、墜落の衝撃で各所を骨折し個体が多く、立ち上がれるものの数も少ない状況です。

 

飛行能力を失ったワイバーンと、フランス軍の戦闘が始まりました。

 

先鞭をつけた騎士が、突撃槍を立ち上がったワイバーンの口に突き込み、一撃で仕留めました。槍は失ったものの、数本は背に括り付けてあります。

 

人間にしては、かなりの実力を持っているようです。

 

「見ろ!ワイバーンは殺せる!メイス持ちは足を狙え!槍兵は鱗の無いところを突け!」

 

「「「「「「フランス万歳!!!!!」」」」」」

 

「行くぞ!善良公に勝利を捧げよ!」

 

「「「「「「勝利を!ブルゴーニュ公に!」」」」」」

 

フランス兵の士気が跳ね上がりました。

 

それでも、まだまだワイバーンは危険な生き物です。

 

いくつかの個体はほぼ無傷であり、一般兵では太刀打ちできそうにありませんでした。

 

「雑魚だな、こいつは。」

 

「すまねぇ、助かった!」

 

クーフーリンさんは、すれ違いざまの一撃でフランス兵に襲い掛かっていたワイバーンを刺し殺しています。

 

「それなりに固いが、遅いな。とどめは任す。」

 

「お、おう。やるぞてめぇら!」

 

小次郎さんは、振るわれる爪や尻尾を切り落とし、動けなくなった個体のとどめをフランス兵に任せています。

 

「私が抑えます、皆さんは確実に!」

 

「野郎ども!守ってもらってんだ!とっとと片付けんぞ!」

 

そして私も、まだまだ元気な個体の前に立ち、ブレスを、噛み付きを抑えています。

 

フランス兵の一隊が、矢を浴びせます。顔を集中的に狙った射撃は、右目を潰すことに成功したようです。

 

暴れるワイバーンの頭にシールドバッシュを叩き込み、頭を跳ね上げました。

 

「今です!」

 

「突き込め!」

 

十本以上の槍がワイバーンに突き立ちます。

 

鱗の無い場所、目や腹に突き立った一撃はワイバーンの動きを一瞬押しとどめました。

 

最後の反撃に、ブレスを吐こうとするワイバーン。しかし、

 

「死ねヤァ!」

 

先ほどからこの一隊をまとめている大剣持ちの、全体重をかけた突きが、ワイバーンの胸に潜り込みます。

 

根元まで突き込まれた大剣は、確かにワイバーンの心臓を貫いたようです。

 

最後に弱く鳴いたワイバーンは、頭を地面に落としました。

 

「……ふぅ。」

 

最後に、動かないことを確認して息を吐きました。

 

周囲を見渡せば、この個体が最後だったようです。

 

戦闘の音が絶えていたことに気が付かないほど、緊張していたんですね。

 

「よくやったな嬢ちゃん。」

 

「こんなでけぇ盾振り回せんのか!?」

 

「見かけと違ってすげえなぁ!」

 

フランス兵の人たちが私を囲んできます。

 

先ほどまで敵対していたとは思えません。それについて聞くと、

 

「あん?あのワイバーンと敵対してんなら、竜の魔女の敵ってことだろ?」

 

「だったら敵対する理由もねぇやな!」

 

という答えが返ってきました。

 

こちらのメンバーが、私の所に集まってきます。

 

それに合わせるように、先ほどの騎兵がこちらにやってきました。

 

「先ほどの救援、感謝する。」

 

口元を開けた珍しい形状の、黄金十字で飾られたグレートヘルムを被った騎士。

 

要所を彫金の施された鉄鎧で抑え、残りをかなり細かい鎖で覆った高価な鎧を金刺繍の入った深緑のサーコートで覆っています。

 

「私はヌヴェール・ルテル伯爵シャルル。ブルゴーニュ公より南部領連絡の命を受けている。見慣れぬ風体であるが、卿らは何者か?」

 

伯爵の問いと共に、ふたたびフランス兵が我々を囲みます。

 

「我らは遥か東方、カルデアに集った天文騎士団。その栄えある騎士団長の位を受けております、オルガマリー・アニムスフィアでございます。星見によりこのフランスの地に異常があると知り、その解決に参りました。」

 

所長がでっち上げを始めました。

 

『お初にお目にかかります伯爵閣下、星見を預かる魔術師長、ロマニ・アーキマンでございます。』

 

虚空から響くドクターの声に、フランス側にざわめきが走りました。

 

「遥か東方からか、その方らの風体にも頷ける。」

 

「は、この者たちは同道してくれた戦士達でございます。」

 

「そうか、先の戦、其方たちの合力なくば我ら武運拙く散っていただろう。改めて礼を言おう。」

 

「お言葉、ありがとうございます。閣下、一つお願いしたい事がございます。」

 

「申してみよ。」

 

「我らはこの地の異常を鎮圧する命を受けております。噂でも構いません、何かご存知ないでしょうか?」

 

「ふむ、ジョスラン!」

 

「護衛隊長ジョスラン、参りました。」

 

伯爵の呼び声に答えたのは、先ほどの大剣使いさんです。

 

黒鉄の肩当と胸鎧、脚甲と、硬革鎧を組み合わせた防具に、肉厚の大剣と細身の直剣を二本、左手に小さな丸盾を装備し、黒のマントを身に着けています。

 

かなりの重装備ですが、身のこなしは私よりも軽いかもしれません。

 

「最近の噂はないか?」

 

「最近の噂でいえば、そうですね。」

 

ジョスランさんはわずかにためを作り、

 

「火刑に処されたはずのジャンヌダルクが蘇ったって、話ですぜ。」

 

とんでもないことを言い出しました。フランス兵も、私たちもざわつきます。

 

「ワイバーンが出るって噂も、そのころ一緒に出たもんです。」

 

「ワイバーンを率い、そこの兄さんたちみたいな異装の戦士を使う竜の魔女として、フランスに敵対してるって話です。」

 

「本当かどうかわかりませんがね。」

 

最後まで語り終えると、肩をすくめました。

 

にわかには信じがたい話です。

 

「少なくとも、私が生まれてこの方、フランスにワイバーンがいなかったのは確かだ。終戦以降に出現している。」

 

『我々の記録でも、この時代のフランスにワイバーンがいるはずはない。とっくの昔に狩りつくされているからね。』

 

伯爵とドクターの言葉が、その噂を裏付けようとしています。

 

「ふむ、なかなか込み入った内容になりそうだ。まずはヴォークルール城で休むとしよう。」

 

「しかしシャルル様、ヴォークルールはあのボードクリール伯の所領ですよ。」

 

「なに、我らは既に和解している。それに、ロベール殿は珍しい人間を好むお方だ。カルデアの騎士たちを見れば、招き入れてくれるさ。」

 

「さて、カルデアの諸君。いささか歩くことになるが、まずは屋根の下で休むことにしよう。ついてきてくれるか?」

 

「ご厚意、感謝いたします閣下。……行くわよ。」

 

所長の言葉に、私たちは頷きます。先輩のことが気になりますが、まずこの時代の拠点を確保しないとどうにもなりません。

 

「全軍進発用意!隊列を組め!」

 

ジョスラン隊長が兵士たちに指示を出しています。

 

伯爵軍は精鋭なのでしょう。負傷者を抱えているにもかかわらず、瞬く間に進軍のための陣形を作っています。

 

「なかなかの練度じゃねえか。負傷兵ありでこの速さはかなりのもんだ。」

 

「うれしいことを言ってくれますね、青き騎士殿。」

 

「よせやい、アルスターの赤枝の騎士、クーフーリンだ。よろしく頼むぜ。さっきのは事実だ、よく統制が取れている。」

 

「ジョスランの指導が良いのでしょう。」

 

「はん、あんたに仕える兵が良いんだ、領主として胸を張れ。それが良き騎士を従える主の務めってもんだ。」

 

「胸に刻もう。」

 

そこから始まる騎士としての会話は、火継の薪さんも混ざって盛り上がっていました。

 

数分で伯爵軍は進発の準備を整え、伯爵の号令を待っています。

 

戦闘でくすんでいますが、日の光を浴びた鎧兜が輝きを放っていました。

 

「全軍、ヴォークルールへ進発!今日中に到着し、屋根の下で休むぞ!」

 

「「「「「「応!!!!!!!」」」」」」

 

伯爵の声に応じた領軍の戦叫は、地響きのごとく私を揺らしました。すごい迫力です。

 

「全軍、進発!ロイク、マルセルは偵察騎兵として先発しろ。道は頭に入っているな!」

 

「もちろんです!ロイク、マルセル先発します!」

 

ジョスラン隊長の命を受け、二騎の軽騎兵が、伯爵軍の旗を背に駆けていきます。

 

「さぁ、私たちも出ましょう。」

 

伯爵の声かけに、私たちも歩き出します。

 

クラーナさん以外は、全員予備の馬に騎乗させていただいています。彼女は火継の薪さんと同乗していますが。

 

私の中の人のおかげで、乗馬スキルに問題はなさそうです。

 

盾については、すぐ後ろの馬車に乗せてありますが、剣の扱いは火継の薪さんに習っているので、取りに行くまでは問題ないでしょう。

 

ヴォ―クルールどんなところなのでしょうか。そこも気になりますが、

 

それよりも、先輩を早く見つけたいものです。




ぐだピンチ。

次話はぐだメインです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

邪竜百年戦争 ーオルレアンー 遭難

ぐだメインに戻ります。

オリジナル設定に注意。


森の中、当てもなくさまよう俺は、獣人に襲われていた。

 

ちょっと待て、百年戦争当時のフランスには、武装した獣人がいたってのか?

 

暗殺者のように、音もなく木の上から降ってくる獣人の斧を、盾で受け流す。

 

着地のすきを狙い、その首元を突きで切り裂く。

 

動脈の切れ目から、吹き出す血。

 

一歩足を引き、返す刃で斧を持つ手を切り、取り落とさせる。

 

そのまま盾の縁で、苦痛にゆがむ獣人の鼻を殴りぬく。

 

白目をむいて倒れる獣人を無視し、再び走り出す。

 

さっきから何度もこれを繰り返しているが、数が減ったように思えない。

 

明らかに遠吠えで仲間を集めている。

 

首筋に殺気を感じた。

 

盾を振る。

 

手に衝撃。

 

盾を戻せば、矢が突き立っていた。

 

防いでいなかったらここで死んでいた。

 

「どうにかならんのか!」

 

剣を振り込んできた獣人を、パリィで体勢を崩し、心臓を一突き。

 

蹴って剣を抜き、また走る。

 

森の開けた場所に出てしまった。

 

明らかに追い込まれていた。

 

周囲の森から、無数の獣人たちが現れる。

 

どう考えても絶体絶命だった。

 

 

 

 

 

 

十匹から後は数えていないが、どれだけ倒しただろうか。

 

地面には、無数の獣人が転がっていた。

 

火継の薪からもらった法王の左目と右目の力で、毛皮も筋肉も骨も関係なく切り捨て、それで体力が回復できるからこそどうにかなっている。

 

しかし、もう集中力は持たなそうだ。

 

ここで終わりか。

 

足がもつれる。

 

踏み込みで抉った凹みに、足を取られた。

 

地面に倒れ込んでしまった。

 

その隙を逃すほど、獣人は遅くなかった。

 

振り上げられる斧。

 

当たれば一撃で、俺の人生は終わるだろう。

 

思わず目をつぶってしまう。

 

「……すまない、助けは必要だろうか?」

 

目の前に立っていたのは、背中を大きく開けた鎧をまとい、黄昏色の魔力を垂れ流す大剣を持った男だった。

 

「頼む。」

 

「わかった、助けよう。」

 

俺の言葉にこたえ、男は獣人を殺し始める。

 

それは一方的な作業だった。

 

男の斬撃はどんな角度でも獣人を両断し、獣人の攻撃はすべて男の鎧にはじかれていた。

 

広場の獣人は瞬く間に数を減らし、逃げ散っていく。

 

誰もいなくなった血臭漂う広場に、俺と男はいた。

 

「俺は藤丸立夏、あなたは?」

 

「俺か、俺は……ジークフリート。ネーデルラントの王子にして、竜殺しと呼ばれたこともある。」

 

それが、俺と偉大なる大英雄、ジークフリートとの出会いだった。

 

 

 

 

あの後、ジークフリートの先導を受けて森を抜けた。

 

そのまま平原を歩き、ちょうど見つけた街道そばの岩陰に野営地を作ることになった。

 

ここはどうやら旅人たちも利用する野営地らしく、少し歩いたところに泉もあった。

 

野営について様々な仕事をジークフリートから教わり、すべての用意が整ったころには、すっかり日が落ちていた。

 

呪術の火を火種にした焚火に当たりつつ、これまでの事を彼に話した。

 

「そうか、この時代に来た時にはぐれてしまったのか。」

 

「ああ、でもあっちのいるはずの皆は強いからね、一人でも大丈夫だろう。」

 

俺が一番弱いんだからな。ここで死んだら、所長たちの足を引っ張ることになってしまう。

 

「こんな俺が言えることではないが、人類最後のマスターであることを誇りに思ってほしい。他の誰も、君の変わりはできないのだから。」

 

ジークフリートの言葉に、胸を打たれる。

 

「今この瞬間は、俺だけが君のサーヴァントであろう。」

 

俺がここで諦めたら、人類史は終わってしまうのだ。

 

「この悪竜の血鎧とバルムンクに懸けて、君を彼らのもとに送り届けて見せる。」

 

この程度の逆境、大英雄の助力があって恐れることなどない。

 

この火が俺の内にある限り。

 

ないのだ。

 

萎えかけていた気力が戻る。

 

「よろしく頼む、ジークフリート。」

 

眠る前に、彼と一時的な主従契約を結ぶことにした。

 

カルデアからの魔力供給は途切れているが、獣人たちから得たソウルを魔力に転換して渡すことで、宝具を二回発動できる程度を渡すことができた。

 

明日からの旅路に、俺は耐えられるだろうか。

 

呪術の火を胸に抱き、夜の冷気に震えているのだとごまかしながら。

 

俺は激動の一日目を終えた。

 

 

 

 

 

 

 

次の日から、街道沿いに南西に向かうことになった。いくつかの村と街を経由し、たどり着いたのはフランス北方の大都市であったアミアンである。

 

俺はともかく、ジークフリートの格好はなかなか目立つものだ。

 

最初の村では遠巻きに見られ、次の町では衛兵に止められてしまった。まぁ、途中で潰したそれなりの規模の盗賊から回収した銀貨を賄賂にすり抜けることができたが。

 

対策として、途中の町で獣人たちの使っていた金属武器と古びたマントを交換したものの、悪竜の血鎧が破壊してしまうことも分かった。

 

それを見た俺たちの表情は、何とも言えないものだったと思う。

 

結局、なるようになるということで開き直ることにした。

 

しかし、俺たちはその場所で思いがけない光景を目にすることになった。

 

アミアンの城壁は焼け焦げ崩れ落ち、人間が信じられない形状に損壊されている光景。

 

人間の手ではできないような、何か巨大なものに踏みつぶされ、かじり取られたような、焼けた遺体が転がっていた。

 

門の前には衛兵はなく、そもそも門自体が崩れ落ちている。

 

門を抜けると、あちらこちらに崩れ落ちた家と死体の群れがあった。

 

崩れ落ちた家を前に座り込む老人。

 

青年の遺体を前に泣き叫ぶ娘。

 

下半身の無い子供を抱え、ふらふらと歩く壊れた母親。

 

片腕を失い、剣を握って立ち尽くす傭兵。

 

がれきからはみ出た焼け焦げた腕の前で、泣き叫ぶ幼い兄妹。

 

生気のない顔をしながら、ばらばらになった同僚を集めて運ぶ兵士達。

 

これまでの旅の中で、最も非日常的な光景。

 

あの冬木の火災の中には、人がいなかった。

 

死体が無造作に転がっているということが、いかに精神に負担をかけてくるのかを初めて知った。

 

「なにが、あったんだ。」

 

「竜の気配がする。強くはないが、あちらに死んだ竜がいるはずだ。」

 

ジークフリートが、妙なことを言い出した。

 

今だくすぶる城壁の上に登っていく。慌てて俺もついていくことになった。

 

城壁には、無数の武器を持った男たちが倒れていた。

 

そしてその中に、翼竜が崩れ落ちていた。

 

バリスタの矢を受けたのか、胴体と片羽が縫い付けられている。

 

そのほかにも無数の矢と槍が突き刺さっていた。

 

その周囲には頭の無い死体、下半身の無い死体、黒焦げの死体。

 

兵士の格好をしたものよりも、はるかに多くの粗末な格好をした者たち。

 

ただの村人達が、粗末な武器を持って立ち向かったのだ。

 

今、この城壁の上だけでも、100を超える死体が見える。

 

上から見ると、竜の死体がかなりあるようだった。

 

それ以上に、崩れ落ちた建物があり、それより多くの黒煙が上がっていた。

 

「血の色からして、この襲撃があってから1日は立っている。」

 

「何があったのか確認しないとな。」

 

ジークフリートの提案に、俺は頷いた。

 

人理修復がなされぬ限り、この悲劇はフランス全土で繰り返される。

 

とっとと解決しないと。

 

心があげる悲鳴に蓋をして。

 

俺たちは城壁を降りると、情報を集めることにした。

 

 

 

 

 

 

アミアン郊外の避難民の集団に紛れ込み、いくつかのうわさ話を集めることができた。

 

曰く

 

―――火刑に処されたジャンヌダルクが蘇った。

 

―――彼女が巨大な竜を呼び出し、王統政府は城と一緒に燃え尽きた。

 

―――彼女の周りには異装の戦士がおり、信じられないくらい強い。

 

―――ワイバーンを操る聖女は、竜の魔女を名乗っている。

 

―――聖人を名乗る騎馬騎士が、ワイバーンに襲われていた村を助けた。

 

どう考えても、この特異点の中心は蘇ったジャンヌダルクだ。

 

しかし、彼女の周りにいる異装の戦士は間違いなく呼び出されたサーヴァントだろう。

 

いくら大英雄たるジークフリートでも、複数の英霊に囲まれては無事ではすむまい。

 

そこで俺たちは、ジャンヌダルクの本拠であるオルレアンを外し、聖人を名乗る騎士を探し出すことにした。

 

ワイバーンを狩るものであれば、少なくともジャンヌダルクの味方ではないだろう。

 

アミアン守備隊から生き残った上質な馬を三頭、200エキューで買い取り、俺とジークフリート、そして荷物を載せて噂を追いかけることになった。

 

 

 

 

 

 

 

かの騎士は方々で民を助けているらしい。

 

明らかに惚れているだろう村娘達から、話を聞きながらの旅だった。

 

ルーアンでの盗賊狩り、バイユーの森に潜む獣人討伐、ル・マンの水妖退治、アンジュー近郊のグリフォン追討、ポアティエを襲う逃亡騎士討滅を経由し、リモージュで追いつくことができた。

 

というより、襲撃を受けていたリモージュ防衛戦の最中に出会ったのだが。

 

かの騎士の名はゲオルギウス。竜殺しの偉功を以て聖人に列せられた誉れ高き騎士である。

 

堅物だが、冗談も交えた会話もできる人物のできた人だ。

 

搭乗者を無敵化する戦馬ベイヤードに騎乗し、赤銅の鎧に紅白のサーコートを翻し、竜殺しの聖剣アスカロンを掲げてワイバーンに突撃するゲオルギウスは、かの伝説に勝るほどの騎士っぷりであった。

 

一刀にてワイバーンを確殺し、放たれるブレスを無効化して切り潰す。

 

遠距離のワイバーンには、剣の煌きが光の槍となって襲い掛かっている。

 

その間合いに捉えられたワイバーンは確実に命を奪われていた。

 

そして、ジークフリートもまたバルムンクを縦横無尽に振るい、ワイバーンを駆逐していく。

 

ブレスを吐こうとするワイバーンに立ちはだかり、その鎧でもって炎を無効化し、兵士たちを守っていた。

 

対する俺はというと。

 

火継の薪からもらったロングボウを放つ。

 

太陽の力の一端を宿したロングボウは、放たれる何の変哲もない矢に、雷を宿す。

 

着弾した矢は宿している神威を開放し、ワイバーンは気を失い地面にたたきつけられる。

 

落ちた時に被害が出るが、防衛軍が瞬く間に取りつき、あっという間に躯に変えていた。

 

「やるじゃねぇか!」

 

「まだまだいくぜ、おっさん!」

 

「おいおい!俺はまだおっさんじゃねぇ!」

 

「マルコ!もういい年のおっさんだろうが!」

 

「やかましい!」

 

町の人が手に槍や農具を以てワイバーンに立ち向かっている。

 

多くのワイバーンが外で戦っている二人に集中しているため、城壁を襲うワイバーンはほとんどいなかった。

 

「砲兵!」

 

「ぶちかませ!」

 

城壁に据え付けられたカノン砲から、ブドウ弾が放たれる。

 

数十個の鉛玉はワイバーンをとらえ、その翼膜をずたずたに破り去る。

 

そのワイバーンは城壁にぶつかり、首の長さが半分になっていた。

 

「やったぞ!」

 

「再装填急げ!」

 

砲兵が黒煙を吐き出すカノン砲の清掃を始める。

 

「シーリス!もう一匹来るぞ!」

 

「くそが!弓兵、バリスタ、射撃用意!」

 

このあたりの取りまとめをしている傭兵隊長が命令する。

 

ゲオルギウスを狙っていたワイバーンがこちらを狙っていた。

 

周辺の弓兵やバリスタと共に、接近してくるワイバーンを狙いかえす。

 

「射て!」

 

バリスタ二基の太矢と城壁兵の30本の矢がワイバーンに飛ぶ。

 

しかし、ワイバーンはそれらを一瞬上昇することで躱してしまう。

 

回避を終え、もう一度狙いを定めようとしているワイバーンに、雷矢を放った。

 

安堵したか?

 

驚愕に染まるワイバーンの脳天に雷矢が突き立ち、閃光と共に俺の目の前に落ちてきた。

 

目と鼻の先まで滑ってきたワイバーンは、香ばしい香りをさせて、死んでいた。

 

白濁した目玉に直剣を突き立て、脳をかき混ぜておく。

 

一度だけはねたが、それ以降動きはなかった。

 

そうしているうちに、リーダーと思しき赤いワイバーンをジークフリートが切り捨てる。

 

「私はここにいるぞ!」

 

ワイバーンたちが統制を失ったところで、ゲオルギウスがスキルでワイバーンを引き付ける。

 

―――《幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)

 

ジークフリートの声が、かすかに聞こえた。

 

彼の持つ大剣にはめ込まれた蒼の宝玉から、膨大な魔力があふれ出す。

 

黄昏色の剣気を纏った大剣が振り切られ、壁のような剣気が放たれた。

 

とっさに逃げ出そうとするワイバーン、しかし、剣気の壁は逃亡を許さない速度で迫っていた。

 

すべてのワイバーンを滅ぼした剣気は風に消え、ここにリモージュは守られた。

 

城壁の兵士たちは、目の前で行われた伝説の再現に目をむき、呆然としている。

 

俺だって現実感を失うほど、幻想的な光景だった。

 

時間がたつにつれて、これが現実だということを噛み締める。

 

歓声が上がった。

 

爆発のような音。

 

二人の騎士も、城壁に近づいてきた。

 

銀猫の指輪の力を使い、城壁から飛び降りて合流した。

 

「すごいな二人とも、まさしく英雄だった。」

 

「いえ、立夏君の魔力供給のおかげで好き放題できましたから。」

 

「ああ、俺たちが全力で動けるだけの魔力があればこそだ、立夏。」

 

二人が肩に手を置いて来る。

 

感謝の念がこそばゆかった。

 

魔力供給はマスターとして当然のことだし、二人がすごいことに変わりはない。

 

俺は結局、十匹も殺せなかったしね。

 

「立夏君、勘違いしていないかい?」

 

「何を?」

 

「普通の人間は、ワイバーンを一人で殺せないことを。」

 

真剣な表情で告げるゲオルギウスの言葉に、驚いてしまった。

 

「……そういえばそうだね。」

 

忘れていた。

 

三流魔術師でしかない俺が、ワイバーンを十体近く倒した?

 

十分すぎる戦果だ。

 

俺は、英雄じゃないんだ。

 

―――胸がきしむ気がした。

 

歓声を以て迎え入れようとしてくれているリモージュ防衛隊の皆。

 

その声を浴び、気後れすることなく門を抜けようとする二人の後を、奇妙な脱力感をと共に追うことにした。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

邪竜百年戦争 ーオルレアンー 合流

今回のはタイトルの通り。

ストーリーに大きな進行はありません。


盛大な祝いの宴の後、リモージュ子爵代行から感謝のメダリオン、金貨10枚と補給を褒美として受け取り、噂を追いかけることになる。

 

オルレアン近郊のブールジュに王室直轄軍と南部貴族軍が集結しており、たびたび受けているワイバーンの襲撃を、異装の騎士が撃退しているという噂だ。

 

あの地域に食料や武器を納入している商人たちから聞いた噂。

 

どうやら所長達は無事らしい。

 

急く気持ちを抑え、ブールジュに向かう。

 

道中で獣の耳を持つアーチャーと戦い、これを撃破した。

 

恐るべき速度で森を駆ける深緑の衣装を纏った弓兵だったが、平原に誘い込んだ後、ゲオルギウスの光の槍と雷弓の射撃で追い込み、スキルで誘引した後にバルムンクの一撃でこれを討ち取った。

 

この時、彼女は正気を失っているようだった。

 

普段の彼女ならば、たとえゲオルギウスにスキルで挑発されていても、あんな稚拙な罠にかかるとは思えなかった。

 

まぁ、正気だったら勝てなかっただろう。

 

そのあと、道中訪れたワイバーンに襲われた村に発生していたアンデットをゲオルギウスが浄化したり、獣人に襲われていた武装隊商を護衛したり、敗走していた貴族軍を支えたりしているうちに、俺たちは大所帯になっていた。

 

数百人からなる集団は、数日懸けてブールジュに到着した。

 

郊外には膨大な兵士が陣営を作り、何本もの旗が翻っていた。

 

俺たちは助けた貴族に口添えをもらって陣営に入り、商人たちは陣営のすぐそばで商売を始めている。

 

早速、周囲の商人たちと情報交換しているらしい。

 

その後、貴族は同輩たちに合流するということで、内陣あたりで別れることになった。

 

中央付近の大貴族が張っている陣幕に、これまでにもらったメダリオンや勲章、紹介状を提示して入り込む。

 

流石に、それなり以上の貴族からの紹介状を持っていると、社会的信用度が高い。まぁ、それ以外に、すでに二人の英雄譚が吟遊詩人たちによって知られているというのもあるみたいだが。

 

この辺りまで入り込むと、従者でさえ、着ている服が美麗になり、輝く鎧をまとっている兵士がほとんどだった。

 

それなり以上に目立つ俺たちは、どの天幕が目的地なのかわからなかった。

 

そこに、数人の騎士が近づいて来る。精緻な装飾が施された鎧を日光に輝かせた彼らは、俺たちを迎えに来たらしい。

 

彼らに続き、もっとも中央に配置されている、元帥旗と伯爵旗が翻る最も大きく豪華な陣幕に近寄る。そう紹介されなければ、どの旗が誰のものかわかる人間がいない俺たちには判別できなかったが。

 

そばによると、懐かしい顔が見えた。

 

入り口近くに屯しているクラーナとクーフーリンと小次郎。

 

「ふ、見違えたなマスター。」

 

「すっかり戦士の顔じゃねぇか。」

 

クーフーリンと小次郎に肩をたたかれた。二人の言葉に、心が躍った。英雄が、俺を認めてくれている。

 

クラーナは無言で俺を抱きしめてきた。心配をかけてしまあああぁぁぁぁぁ!?

 

胸に回された両腕が、俺の肋骨と背骨をギシギシと絞り上げる。

 

「お前には山ほど説教がある 楽しみに待っていろよ……。」

 

ベアハッグでサバ折を懸けられながら、耳元で囁かれた言葉に、そんな感慨は吹き飛ばされたが。

 

「おい、その辺にしといてやれよ!?」

 

「無事かマスター!?」

 

クーフーリンと小次郎が止めてくれたおかげか、最後に強く絞められた後に開放された。

 

肋骨がずきずきと痛む、ヒビ入ってないよな?大丈夫だよな?

 

「ふん!他の奴らは中で軍議中だ。とっとと行け!」

 

クラーナが俺の尻を蹴飛ばす。

 

二三歩たたらを踏むくらいの一撃だった。

 

彼女たちに手を振り、俺たちのやり取りに呆けていた騎士が慌てて開けた天幕の中に入っていく。

 

野戦陣地とは思えないほど様々な調度品が持ち込まれた天幕には、それなりの人数がいた。

 

それなりの大きさのテーブルに、三人が座っている。

 

一人は、金髪の青年貴族、背後に大剣持ちが一人控えている。一人は頬のこけた黒髪の騎士。

 

最後に、銀髪を胸元でいじる、不機嫌な我らが所長。

 

背後にはマシュと火継の薪が控えている。

 

火継の薪は、首元に毛皮をあしらった新緑のマントを羽織った鎧姿だった。

 

普通の鎧に見える格好でよかった。

 

「どこほっつき歩いてたとか、これまで何してたとか、連絡ぐらいよこしなさいよとか、サーヴァント二人ひっかけてくるとか何考えてんのとか、様子変わりすぎじゃないどうしたのとか、心配かけんじゃないわよとか、いろいろ言いたい事はあるけど。」

 

大体言ってますよね。口には出せないがそう思った。たぶんここにいる所長以外はみんなそう思っただろう。

 

言葉を重ねるたびにその手の震えが大きくなっている。

 

ああ。これは。

 

「アンタはいちいち私に面倒をおっ被せるんじゃないわよ!!!!!!!」

 

やっぱり爆発した。

 

いつにも増して切れ味鋭い罵倒の嵐が吹き荒れた。

 

 

 

 

 

 

「はぁ、軍議が終わったら覚悟しておきなさい。」

 

これ以上まだあるというのか。

 

ジャンヌやマシュの宥めによって鎮静化された所長が吐き捨てた言葉に戦慄を隠せない。

 

「だ、大丈夫ですか?顔色が悪いですよ?」

 

懸けられた声に、疲労困憊で伏せていた眼をあげる。

 

戦場においても輝く金髪を三つ編みにした、紫色の瞳が印象的な女性。

 

白くきらめく鎧をまとった聖処女、ジャンヌダルクが金のゴブレットを俺に渡してきた。

 

中身は、うっすらと色のついた液体。

 

口に寄せると、柑橘のさわやかな香りが鼻をくすぐった。

 

「レモンと蜂蜜を水で割りました、お疲れのようですから、気付け代わりにグイっと。」

 

彼女に勧められて、口をつける。

 

酸味とほのかな甘みが、その液体を欲させたのか、思わず一気飲みしてしまう。

 

「ありがとう。」

 

「どういたしまして。」

 

一杯の盃で、先ほどまで感じていた不調が抜けた気がした。我ながら現金なやつである。

 

俺が差し出したゴブレットを、彼女は笑顔で受け取り、棚に置いた。

 

「座りなさい。」

 

所長の命令で、テーブルの空いている一辺に置かれた椅子に座る。

 

「こいつは私の部下の藤丸立夏。」

 

「よろしくお願いします。」

 

「それと、こちらの二人を紹介するわ。」

 

所長が右手の青年貴族を示す。

 

「私はヌヴェール・ルテル伯爵シャルル。南部貴族軍の取りまとめを行っている。」

 

左手の騎士を示した。

 

「私はフランス王国元帥ジル・ド・レ。王室直轄軍を指揮している。」

 

「そっちの二人を紹介なさい。」

 

二人の事項紹介が終わると、俺の後ろの二人の紹介を要求された。

 

「私は、ゲオルギウス。竜殺しと呼ばれたこともあります。」

 

「まぁ!聖ゲオルギウス様ですか!」

 

「なんと!」

 

「聖人様ですか!」

 

ジャンヌダルクを筆頭に、伯爵と元帥までもが彼のもとに跪く。

 

確かに、彼は第一級の聖人であるが信仰者はここまでの敬意を示すものなのか。

 

まるで宗教画の一幕のようだった。

 

『な!?ゲオルギウスだって!竜殺しの聖人じゃないか!?』

 

ドクターがうるさい。今の荘厳な雰囲気がわからないのだろうか?

 

「立ちなさい、同じ信仰を持つ者たちよ。それに、彼も紹介させてください。」

 

ゲオルギウスは、彼女たちを立ち上がらせる。

 

そして、ゲオルギウスの指示した先に、ジークフリートが所在なさげに立っていた。

 

「紹介に預かった、ネーデルラントの王子ジークフリートだ。すまない、偉大な聖人の後に竜を殺すしか能のない俺が出てきて、本当にすまない。」

 

二人の男性に衝撃が走った。

 

「ニーベルンゲンの指輪物語の!?」

 

「バルムンクの担い手か!?」

 

騎士物語として知っているらしい伝説の英雄を前に、二人の興奮はさらに高まったらしく、ジークフリートに詰め寄っていた。

 

かなり大人な雰囲気を纏っていたはずなんだが、今はすっかり少年のようだ。

 

「後にしなさい。」

 

所長の怒りが放たれる。

 

二人はそれまでの喧騒が嘘のように固まり、テーブルに座りなおした。

 

正直俺も固まっている。獣人やワイバーンよりも、今の所長の眼光の方が怖い。

 

「仕切り直しね。」

 

「噂で聞いているでしょうけど、今私たちはフランス全土の戦力と共にオルレアンを攻略する計画を立てているわ。」

 

テーブルの上に置かれたフランスの地図にいくつもの駒が置かれている。

 

中でも、オルレアンに置かれたいくつもの駒。

 

それに相対するように、ブールジュの二つの騎士の駒と杖の形の駒。そして、モンサンミッシェルの十字架の駒とアジャンクールの騎士の駒。

 

「現在のこちら側の戦力は、南部貴族軍の15000と王室直轄軍の13000。」

 

「モンサンミッシェルの聖堂教会の15000と、アジャンクールのブルゴーニュ善良公率いる20000、そして私たちね。」

 

所長は人間側の騎士と十字架の駒を、オルレアンの四方に置いた。完全に包囲する形にするらしい。

 

「相手は獣人兵とスケルトン、ゾンビ、それにワイバーン。これが通常戦力ね。」

 

オルレアンに置かれていた四つの駒を、包囲している駒に当てる。

 

「互いの通常戦力で戦場を固定するのよ。その後に、敵の主戦力と決戦するわけ。」

 

「多少押されるくらいは許容範囲だけど、ここで面倒なのが敵のサーヴァントよ。」

 

オルレアンの中に残っている五つの駒が、外の戦場に運ばれる。

 

「流石にサーヴァント相手じゃ、こちらの一般兵は氷が融けるように削られるわ。」

 

それはそうだ、英雄の隔絶した武技と性能の前に、普通の人間なんてひとたまりもない。

 

「相手に残っているのは、セイバー、ランサー、アーチャー、アサシン、キャスターの五騎よ。」

 

「所長、アーチャーなら俺たちが道中で撃破しています。」

 

ここに合流するまでに、アーチャーは撃破している。

 

「そう、なら計画はさらに楽になったわ。あれは素早くて不確定要素になっていたから。」

 

所長は、息を吐いて駒を一つ取り除いた。

 

まず、通常戦力でオルレアンを包囲し、敵をつり出す。

 

そのうえで、こちらのサーヴァントを敵のサーヴァントにぶつける。

 

基本的に、こちらの方が数が多く、相手は狂化されているせいで技術が低下しているらしい。

 

数と性能の差で押し切り、敵本隊をたたく戦法で行くらしい。

 

「ここで問題だったのが、あちらの切り札だったんだけど、竜殺しが二人もいる以上、むしろ的になりそうね。」

 

「敵は、ファフニールを召喚しているわ。」

 

ファフニール。ジークフリートに討たれた、強大な竜。幻想種でも最強の格である竜種の中でも知名度が高く、その霊格は高いだろう。

 

「ファフニール、二度目も俺が必ず討ち果たそう。このバルムンクに誓って。」

 

ジークフリートが大剣を抜き放ち、掲げて誓いを述べた。

 

「頼むよ。」

 

「なら私はジークフリート殿のお手伝いと行きましょう。二人なら安全かつ手早く狩れるでしょうから。」

 

ゲオルギウスが協力を申し出る。闘争の果ての勝利の因果を持つジークフリートに、別物とはいえ竜種を討ち果たし、竜殺しの因果を持つゲオルギウスが協力したとき、ファフニールの勝利は限りなく不可能に近いはずだ。

 

「そうね、これで火継の薪が完全に自由になった。私たちの守りについてもらいましょう。」

 

どうやら竜殺しは火継の薪に任せる予定だったらしい。

 

依然聞いた話では何体もの竜を討ち果たしたという話だったし、妥当な選択肢だろう。

 

彼がマスターたちの守りについた以上、最強戦力による奇襲がむしろ悪手になるだろう。

 

起死回生の一手が、そのまま切り札を捨てることになるのだから。

 

「偉大な竜殺し二人の協力を得られた以上、我らの勝利は固いですね元帥。」

 

「伯爵、まだまだ油断はできません。しかし、道筋は見えましたね。」

 

希望を見いだせたのだろう、伯爵と元帥が晴れ晴れとした表情で、声をあげて笑っている。

 

サーヴァントなしであれらと戦ってきたのだから、当然の反応だろうと思った。

 

超絶の存在が味方にいることが、どれだけの安心をもたらすかは、あの冬木で経験している俺にはわかる。

 

「とりあえず方針は共有できたわね、今のところ襲撃はここにしか行われていないようだし、三日後には包囲にかかる。」

 

「警戒要員を除いた全戦力に休息を命じるわ。4日後を決戦と覚悟なさい!」

 

所長の檄に、皆が応じる。

 

伯爵と元帥は陣幕を飛び出し、旗下の戦力に今後の予定を通達している。

 

それをしり目に、俺たちはカルデアに提供された天幕に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日はこのくらいにしてあげるわ。」

 

「まだまだ足りないが、体調を崩されても困るしな。」

 

所長とクラーナによる、ナイフで切り裂かれるようなお説教が終わった。

 

すでに俺の心は再起不能である。

 

天幕の外は篝火が焚かれる時間になっている。おい、到着したとき、まだ太陽は中天になかったはずだぞ。

 

正座から立ち上がろうとして立てず、顔面から崩れ落ちた。

 

「だ、大丈夫ですか先輩!?」

 

マシュが慌てて助け起こしてくれるが、たぶんしばらく立てない。

 

靴を履いたまま正座するとつらい。あと絨毯が敷いてあっても地面の凸凹は予想以上に痛いという知見を得てしまった。できれば知りたくなかった。

 

『あー、大丈夫かい立夏君。』

 

「大丈夫じゃないけど、大丈夫です。」

 

恐る恐る声をかけてきたドクターに返答する。

 

『需要なことだから後回しにはできないんだけど、魔力供給のパスをつなげなおしたいんだ。』

 

「すぐにやりましょう。」

 

正直、魔力供給が重すぎて、寝ても体力が回復しなくなっているので早く。

 

『痛いかもしれないけど、頑張ってね?』

 

痛いの!?

 

『シバによるマスターの捕捉完了。』

 

『発電システム戦闘モードに移行。魔力変換正常稼働。』

 

『ガイドライン、確立します。』

 

天幕を突き破るように、白い光の線が、俺の胸に突き立った。

 

「大丈夫ですか、先輩!?」

 

『確立を確認、魔力出力向上。』

 

『レイライン、投射します。』

 

艶のある、聞いたことのある女性の声とともに白い光の線は一気に拡大し、膨大な魔力が俺に注ぎ込まれる。

 

俺を経由して各サーヴァントに魔力が分配されるのが見えた。

 

「あふんっ!?」

 

マシュが顔を赤く染める。

 

急激な魔力供給は、体に負荷が掛かるみたいだしなぁ。

 

全身の魔術回路に沿って疼痛が駆け巡っている。

 

魔術回路を取り出して洗いたいくらいだ。

 

『レイラインの接続安定を確認。お疲れさまでした、立夏君。』

 

光の柱が消えていく。同時に、過剰な魔力供給で見えていた分配の道も消えた。

 

聞き覚えがある声だと思っていたが、思い出した。無駄に色っぽいオペレーターさんだ。

 

「ありがとうございます。」

 

礼を言って、立ち上がる。

 

魔力が流し込まれたときに、痺れも抜けたらしい。

 

疲労感はすごいが、まぁ、動けそうだ。

 

『無事に魔力供給が回復できて何よりだ。叫ばないとはびっくりだなぁ。』

 

そのレベルが想定されていたのか!?

 

『膨大な魔力を一気に流し込むわけだからね、回路が焼き切れたっておかしくないから。』

 

通信に参加してきたダヴィンチちゃんの言葉が軽い。

 

『まぁ、その辺の調整はこの天才たる私がしている以上、回路が焼き切れるなんてありえないけどね!』

 

『君はまたぎりぎりまで魔力量を増やしていたじゃないか!』

 

『仕方ないだろ!想定よりも彼の容量が増えていたんだから!』

 

二人で言い合いが始まった。当事者の自分を置き去りにして。

 

 

 

 

 

 

 

あの後、いろいろあった。

 

決戦前の祝いということで、宴会が始まった。

 

英雄たちは酒に強いらしい。

 

クーフーリンや小次郎は兵士たちと大騒ぎしていたし、ゲオルギウスやジークフリートは周りを伯爵や元帥、騎士たちに囲まれて英雄譚を語っていた。

 

全員とんでもない量の酒を飲んでいたようだが楽しんでいるようだった。

 

一方俺はクラーナと所長に挟まれ、絡まれていた。

 

所長は手のゴブレットにワインを満たしては飲み干している。

 

その胸元は緩められ、白い肌が赤く染まっていた。意外に大きい谷間に、俺の右手が埋まっている。

 

その瞳は熱に浮かされたように潤み、呼吸は荒く、落ち着きがない。

 

「あんらねぇ、わらひのいうこりょ、ききにゃさひよぉ。」

 

どう考えても酔い過ぎのぐでんぐでんまりーと化していた。

 

まったく色気がない、酒臭すぎて魅力半減以下だった。

 

「この馬鹿弟子が、私に心配させるなど百年早い。」

 

クラーナも大して変わらない。

 

むしろ小さめの樽から直接すくって飲んでいるのでむしろたちが悪い。

 

彼女はフードを下ろしていた。

 

火の光に煌く胸元までの銀灰の髪と恐ろしいほどの美貌、雪花石膏(アラバスター)の肌に浮かぶ碧玉の瞳には揺れる火の輪が輝く。

 

起伏はないものの、全体のバランスに優れた体を押し付けられている。

 

女性ならではの柔らかさを感じていると、高い体温とともに、酒精の香りに包まれてしまう。

 

本来だったら、両手に華の素晴らしい状況なのだろうが、周囲はこちらに視線を合わせようともしてくれない。

 

完全にいけにえである。

 

「にょみなしゃいよ。」

 

「飲め。」

 

なみなみ注がれた柄杓とゴブレットを突き出される。

 

飲まないとひどいことになるのは、さっきまでの時間で明らかになっている。

 

柄杓を飲み切り、間髪入れずにゴブレットの中身を乾す。

 

イングランド軍から分捕ってきたらしい北のワイン。

 

貴重なはちみつで味付けされたそれは、かなり甘い。

 

クーフーリン曰く、彼が飲んでいたそれに近いらしい。

 

「しょれでいいのょ。」

 

「よく飲んだ。私も飲むぞ。」

 

二人は一気に機嫌よく飲みなおし始める。

 

いつ終わるんだ、これは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、ずいぶんと飲まされてしまった。

 

割と危険な状態な気がしたので、マシュに抱えられつつ退出した。

 

二人のいけにえ役に、火継の薪を供することができたので何よりである。

 

主の危機を救おうともしなかった騎士に、殿を任せたかったので。

 

どうにか、カルデア用天幕近くまでこれたらしい。

 

頭がボーっとする。

 

とりあえず休ませてくれ。

 

意識が飛び去って行く。

 

なんかひんやりしている。

 

「先輩、地面はお布団じゃありませんよ!?」

 

おや、こんなところに柔らかいものが。

 

「うやぁっ!?」

 

暖かい。

 

「あわわわわわ!?」

 

やかましい。

 

おやすみ。




有名な騎士物語や聖人伝説、竜殺しの英雄が目の前にいたらこうなるよね、っていう話。

魔力供給路が復旧しました。

登場人物

声とか動きとか、無駄に色っぽいオペレーター。

カルデアにいるオペレーターの中で、エロい方のオペレーターと呼ばれている。。

外見的には、黒髪のインド系美人。凹凸がすごいことになってるダークエルフ系長身美人。

サーヴァントだと多分黄金律(体)とかフェロモンとか魅惑の美声を高ランクで保有している。

外見的には金髪の北欧系美少女。凹凸が逆にすごい方のエルフ系合法ロリな相方のおとなのれでー(笑)の方のオペレーターがいる。

当カルデアで紅茶の毒牙にかかるのはこっちのれでーという設定の予定。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

邪竜百年戦争 ーオルレアンー 突入

オルレアン包囲戦開始

ここにFate要素もダクソ要素もないよ。

オルレアン決戦で雑魚が出てこない描写のための説明回なので。

読まなくても問題なし。


大地の向こうに、太陽が昇り始める。

 

朝冷えの強いフランスの大地を、朝日が照らした。

 

眼前に見えるのは、黒く焼け、崩れ落ちたオルレアン。

 

廃墟に近い見た目であるが、崩れた城壁には大量のゾンビが武器を持っており。

 

城門近くには獣人やスケルトンの軍勢が待ち構えている。

 

オルレアンに存在しないはずの無数の尖塔には、数えきれないほどのワイバーンが羽を休めていた。

 

万全の構えで、俺たちを待ち受ける竜の魔女の軍勢。

 

対するは、フランス全土から参集した60000を超える大兵力。

 

大貴族や王家、教会直隷の精強な騎士が、磨き抜かれた武具を纏い、朝日に照らされている。

 

槍列を組む兵士たちも、槍の穂先を煌かせていた。

 

馬の嘶きのほかに、鎧がこすれる音が遠く響くほどの静寂。

 

皆の顔は緊張にこわ張っている。

 

それも当然だろう。

 

今日行われる決戦は、人間相手ではないのだから。

 

陣の中、小高い丘の上にある本陣から、二騎の騎士が歩みだす。

 

フランス王国元帥ジル・ド・レとヌヴェール・ルテル伯爵シャルルの二人だ。

 

一目で最高級とわかる白馬に騎乗した二人は、金や銀糸で飾られたサーコートを纏い、鎧を輝かせていた。

 

「諸君、よくぞ今日まで戦ってくれた。」

 

「私は王国元帥、ジル・ド・レである。」

 

強く、大きな声を響かせる。

 

かの細身の元帥に、これほどまでの声量を発揮する力があるとは、にわかに信じられなかった。

 

「我らが聖処女が処刑されたあの日に始まった地獄は、今日この日を以て終わらせる。」

 

「ほかならぬ我らの手でだ。」

 

彼は、伸ばした手を握り、隣に立つ伯爵の肩に手を置く。

 

「この地には貴族、王統、教会関係なく、すべてのフランス人が結集している。」

 

「諸君、日頃の諍いを捨てよ。それを気にしている余裕などないのだから。」

 

伯爵もまた、元帥の肩に手を置いた。

 

「心せよ!今日の戦いに敗れたその時、我らの大切なものは全て、分け隔てなく失われる。」

 

「我らはここに来た、あの惨状を見た、ならば勝つだけのことである。」

 

偉大なるカエサルの至言を口に、元帥は剣を抜き放つ。

 

「神の恩寵は我らにあり!」

 

「天の加護は汝らと共にある!」

 

天に掲げた剣は、朝の煌きを跳ね返し、聖なる雰囲気を纏う。

 

「聖処女の悲願を、今度こそ我らの手で!」

 

「フランスを、奪還する!」

 

Vive la France!(フランス万歳!)

 

「「「「「「「「「「Vive la France!(フランス万歳!)」」」」」」」」」」

 

全軍の斉唱が大気を震わせた。

 

全身が震える。

 

「全軍、前進!」

 

剣をオルレアンに振り下した、元帥の檄が飛ぶ。

 

ラッパの音が響き渡った。呼応するように遠方からも鐘やラッパの音が響く。

 

包囲に参加している教会騎士やブルゴーニュ公の軍勢も前進を始めたらしい。

 

戦列を整えた歩兵が、弓兵が、騎士が太鼓の音に合わせて前進を始めた。

 

地響きのごとき足音ともに。

 

こちらの動きに対応するように、スケルトンが戦列を組み迎撃の構えを、獣人が突撃の構えをとる。

 

ワイバーンたちも離陸をはじめ、オルレアン上空を旋回し始めた。

 

「私たちも進むわよ。」

 

所長の号令に従い、カルデアの戦力も移動を始める。

 

サーヴァント戦力が固まって前線に出張り、南門を狙う動きを見せれば、かの魔女も対応せざるをえまい。

 

そこにマスターがいるならば、自分も含めた最高戦力を投入してくるだろうというのが、今回の作戦の要諦だ。

 

そうでなければ、数の差で圧殺するだけの話。

 

「砲兵、目標南門及び門前スケルトン隊!」

 

百門以上の青銅砲が南門周辺を狙い、装填を完了させている。

 

同様に、トレバシェットやカタパルトが、油壷や火炎弾を撃ち込む準備をしている。

 

「バリスタ、ワイバーン戦用意!」

 

「弓兵、第一梯団は城壁ゾンビ、第二梯団は対獣人突撃破砕射撃、第三梯団以降は対ワイバーン用意!」

 

弓兵は、1500づつの梯団に編成され、前衛に二個、残り二個は本陣周辺にバリスタと同様に配置されている。

 

第一梯団の前に掘られた溝には油が注がれており、火矢が準備されていた。

 

ゾンビ相手には通常の矢よりも、燃える火矢の方が効果が高いことが明らかになっている。

 

まぁ、燃やせば動かなくなるしね。

 

本陣周辺には、弓兵の護衛として混成歩兵3000がついている。

 

所長が提案した対空防御陣形である。

 

「槍盾兵、防御態勢!」

 

「剣槌兵、突撃用意!」

 

槍盾兵は2000ずつの梯団として四個薄く配置され、その後備として半数の剣槌兵が展開している。

 

また、側面防御のための軽騎兵と軽装歩兵が両翼に500配置された。

 

「騎兵は本陣にて別命あるまで待機!ワイバーンの攻撃に備えよ!」

 

主力の重装騎士500と従騎士2500、従兵3000は本陣として弓兵部隊の陣形の中央に位置し、敵の攻撃を引き付ける役割を持っている。ほぼ全員が弓やクロスボウを使えるため、効果的な迎撃が可能であろうと目されている。

 

「砲兵、放て!」

 

盛大な砲音。

 

先ほどの唱和に匹敵する爆音とともに、青銅砲から丸められた石の砲丸が飛ぶ。

 

唸りをあげて飛翔した砲丸は、地面に当たると大地をえぐりながらバウンドし、スケルトンをボーリングのように弾き砕く。

 

陣形の各所が文字通り粉砕され、多くの砲丸が門扉や城壁に命中する。

 

榴弾ではないために爆発はないが、随所で外壁が崩れ、奥の構造石が見えていた。

 

「命中確認、砲撃続行!」

 

トレバシェットやカタパルトも、唸りをあげて油壷を撃ち込む。

 

その多くは城壁や地面にまき散らされるが、一部は城壁上のゾンビを襲う。

 

壺や樽の直撃を受けた獣人やスケルトンは再起不能になっている。

 

「第一梯団、用意!」

 

溝にまかれていた油に、火がともされる。

 

地面にさして準備していた火矢に火をつけ、引き絞る。

 

弓の軋みが重奏で聞こえる。

 

「放てぇ!」

 

1500本の火矢が宙を駆けた。

 

突き立った火矢から、巻かれた油に引火し、オルレアンの周囲は火に包まれた。

 

火に追い立てられるように獣人たちが突撃を始める。

 

「第二梯団、突撃破砕用意!……放て!」

 

第二梯団の1500本が、突撃を始めた獣人を襲う。

 

流石に頑丈で、斉射でも数百を削ったに過ぎない。

 

それでも、第一梯団の火矢と第二梯団の連続射撃、カタパルトの火薬樽砲撃が、獣人の突撃の衝撃力を削り落とす。

 

「敵獣人、来るぞ!」

 

こちらの槍盾兵が、防御陣形をとる。

 

二列目は槍を頭の上で前に構える。三列目以降は槍を斜め上に向けて構え、飛んでくる敵を迎撃する構えだ。

 

「突き込め!」

 

突き込まれる槍。

 

衝突の寸前、多くの獣人がその体を縫い留められる。

 

しかし、その槍を切り払い、躱した獣人の戦闘集団が、前衛の盾を足場に飛び上がる。

 

「来るぞ!……ぎゃぁ!?」

 

大半を撃墜したものの、一部は槍兵の陣内で暴れ始めた。

 

後続集団は両刃斧を盾に打ち込み、破壊を狙ってくる。

 

獣人の膂力で振るわれる総金属製の両刃斧の一撃は、鉄枠で強化されている木の盾を容易く破壊する。

 

「盾が破らぐぎぇ!?」

 

一部の前線は突き破られ、こちらでも乱戦が始まった。

 

「剣槌兵、迎撃開始!」

 

その動きに呼応するために、後備の剣槌兵が槍兵の陣内に突入し、白兵戦を繰り広げる。

 

「助けてくれ!」

 

「この野郎ぶち殺してやる!」

 

この時点で、敵の騎兵に当たる獣人の大半はこちらの陣に拘束された。

 

衝撃力は吸収され、最後部を走っていた獣人たちは塊となって停滞してしまう。

 

「敵の動きが鈍った!撃ち込め!」

 

そこに、第一、第二梯団の容赦ない射撃が加えられる。

 

盾を持たない獣人にとって、集中射撃はかなりの脅威だ。

 

「あいつら、死体を盾にしてやがる!」

 

武器を振り回し、味方の死体を盾に生き延びようとする。

 

「スケルトンが来たぞ!」

 

「砲撃で削ったんじゃねぇのかよ!?」

 

そこに、遅れて進軍してきたスケルトンの軍勢がぶち当たってくる。

 

度重なる石と散弾による砲撃に削られたとはいえ、無数といっていいスケルトンの軍勢。

 

獣人戦力は、スケルトンの群れに取り込まれる形で逃げ場を失い、前後の圧力に磨り潰される他なかった。

 

「くそ、まともに効いてねぇぞ!」

 

「敵の力は弱い!守り抜けば安全だ!」

 

新たにやってきたスケルトンの軍勢に、前衛たる槍盾兵は有効な武器を持っていなかった。

 

その骨は頑強で、槍や盾でぶちかましても中々致命的な打撃を与えられない。

 

頼りの槌持ちは陣内に流れ込んできた獣人を掃討しており、まだまだ手が離せないようだった。

 

ここに、地上戦力の拮抗がもたらされる。

 

「ワイバーンが来るぞ!」

 

それを打破するためか、ワイバーンたちが本陣の騎士を狙って攻撃をかけてくる。

 

「矢弾を馳走してやれ!」

 

大編隊を組んできたワイバーンは、第三、第四梯団とバリスタによる出迎えを受けることになった。

 

密集した襲撃体勢をとっていたワイバーンに、6000の矢と200の槍弾が襲い掛かる。

 

豪雨のごとき弾幕を回避しようにも、前後左右上下に味方がいるワイバーンの大半は躱すことができずに、直撃を受け、前衛にあった集団はその大半が地面に落ちていく。

 

しかし、密集していたがゆえに前衛一枚分にほぼすべての攻撃が当たったため、ワイバーンの大半は無傷で飛んでいた。

 

「分散してくるぞ!」

 

ワイバーンは、隊列をいくつのも集団に分け、各々の狙いに向かっていった。

 

ワイバーンの攻撃が始まるまでに三度の弓兵射撃が行われ、数百のワイバーンが地面に落ちた。

 

ワイバーンが低空から毒爪による蹴撃を狙う。

 

「最後の一射だ!……退避!」

 

バリスタの水平射撃が、十数匹のワイバーンを叩き落とす。

 

それらの犠牲を乗り越え、ワイバーンがついに本陣に躍り込んだ。

 

「侵入されたぞ!」

 

「迎撃しろ!」

 

バリスタやトレバシェットやカタパルトに襲い掛かるワイバーン。

 

護衛の歩兵が迎撃にかかり、羽ばたきや尻尾で吹き散らされる。

 

次々に破壊される兵器を尻目に、騎兵とワイバーンによる決戦が始まる。

 

「フランス王国万歳!突撃!」

 

最初の一手は、整列突撃した騎兵と同じくワイバーンのトーナメントであった。

 

騎兵とワイバーンのチャージ合戦は、すれ違いざまにランスを突き立てた騎士と、馬や騎士の首を毒爪でもぎ取り、かじり取るワイバーンが生まれていた。

 

その後、激しい乱戦状態に移っていく。

 

しかし、数で劣るワイバーンが騎士と従騎士、従兵の連携によって駆逐されていく。

 

おそらく兵器の壊滅と引き換えに、ワイバーンの全滅が起きるだろう。

 

「あと少しよ!目の前のスケルトンを抜ければ!」

 

俺たちはそんな一大決戦を迂回する形で、火薬樽による爆破で跡形もなくなった城門に向かっていた。

 

右翼に配置されていた軽騎兵を護衛に、ばらけていたスケルトンを薙ぎ払う。

 

俺と所長は騎乗しているが、サーヴァントたちは走っている。しかし彼らはそれでも一騎当千だった。

 

当たるを幸いに、スケルトンたちは跡形もなくなっていく。

 

クーフーリンは赤と緑の軌跡を残し、スケルトンを粉砕していく。

 

小次郎は背骨を両断することで動けなくし、クラーナの魔剣が触れれば灰になる。

 

マシュは盾ごとぶつかるだけでどんな装備のスケルトンでもばらばらになるので安心だ。

 

火継の薪は、とんでもなく大きい黒馬に乗り、竜騎兵の弓で射撃中だ。

 

すでに本陣上空のワイバーンを数十は射落としている。

 

所長は体力回復や恐怖除去の魔術を馬に駆けることで、この強行軍を支えている。

 

そして俺も雷のショートボウで、接近してくるワイバーンを射落とすことに必死だ。

 

大半が本陣や他の陣に向かっているとはいえ、それなりの数がこちらを襲撃してくる。

 

「抜けたわ!」

 

ロレーヌ川にかかる長大な橋を渡ることになる。

 

長い長い騎乗戦、実際には2kmほどを駆け抜け、南門に接近した。

 

近寄ってみると、予想以上にがれきが多く、馬で入れそうにもなかった。

 

城壁上のゾンビの大半が火矢や火薬樽で排除されており、残りも火継の薪によって射落とされた安全地帯で、俺たちは馬から降りることになった。

 

「馬を閣下にお返しください。」

 

「は、我々は左翼騎兵と共同し、敵後方を削ります。……ご武運を。」

 

ここまで護衛してくれた軽騎兵に馬を引き渡し、オルレアンに突入する。

 

この先で、どんなサーヴァントと戦うことになるのか。

 

どんな戦いになるのか()()()()()()()()()()()()



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

邪竜百年戦争 ーオルレアンー 竜狩りと吸血殺し

ついに第一特異点で初めてのサーヴァント戦開始

適当なルーン解釈と独自設定があるよ。

型月的な意味での魔術とは解釈が違うので気にしないでください。


打ち砕かれた南門を乗り越えると、灰と濁血と腐肉に塗れた瓦礫の町並みが広がっていた。

 

撃ち込まれた火薬樽と火炎弾によって、町並みは改めて焼き尽くされている。

 

足元には、元は人間か獣人だったであろう黒焼きが折り重なっていた。

 

丹念に焼かれたそれは、踏むだけでパラパラと崩れ落ちる。

 

それらを踏み越え、大通りに出た。

 

ここに詰めていたであろう部隊は、完全に姿を消していた。

 

目指すは、オルレアン中央にあるマルトロワ広場。

 

大聖堂から広場までの広大な面積を占有する巨大な塔があった。

 

最短ルートにして直線ルートでもあるロワイヤル通りを走る。

 

敵は一匹も出てこない。

 

マルトロワ広場に到着する。

 

多くの人々で賑わっていたであろう広場は、焼け焦げと血だけが広がっていた。

 

東にある巨大な塔を見上げる。その最上部から巨大な翼が広がる。

 

『来たぞ、ファフニールだ!他のサーヴァント反応全ても一緒だ!』

 

ドクターの言葉に、答えるだけの余裕がなかった。

 

飛翔した巨大な竜。

 

まさしく幻想の頂点たる、偉大な存在。

 

その圧力に、俺の魂が揺れる。

 

地面に降り立った巨大な竜は、こちらを睥睨する。

 

かの竜から、いくつものサーヴァントがおりてきた。

 

中央にいたのは、全体的に黒くなったジャンヌダルクだった。

 

「よくぞここまで来ました、とでも言えばいいかしら?」

 

「ジャンヌダルク!?」

 

『黒いな!?』

 

「軟弱そうで気に入らない声ね、焼き尽くしてやりたいわ。」

 

『どうしてこうもないがしろにされるんだ!?』

 

とてつもなく嫌そうな顔をして、吐き捨てる竜の魔女。

 

しかし、否定のしようがない。

 

「こんなところにのこのこと来たものね私。」

 

「どうしてこんなことを、などとは言いません。ここで終わらせるのです。」

 

白と黒のジャンヌが言い争う。

 

「つくづく忌々しい女!」

 

「サーヴァント達、連中を蹴散らしなさい!」

 

キャスターを含めた5騎のサーヴァントがこちらに駆けてくる。

 

対抗するように、こちらのサーヴァントも駆けだした。

 

「そして、私の切り札。二体の強大な竜を相手に、どこまで戦えるかしらねぇ?」

 

とてつもなく厭らしい表情をした竜の魔女が、指を鳴らす。

 

「来なさい!ヘルカイト!」

 

塔の陰から現れたのは、巨大な赤いワイバーン。

 

その強大さはファフニールにこそ劣るものの、明らかに強者だった。

 

「私とジークフリート殿が手早くファフニールを屠ります。」

 

ジークフリートとゲオルギウスがファフニール目掛けて突っ込んでいく。

 

ファフニールも、その姿を認めて臨戦態勢をとっていた。

 

【なれば私がヘルカイトを蹴散らす。】

 

【征くぞ、竜狩りだ!】

 

火継の薪は、その姿を変えていた。

 

黄金の獅子を象った重鎧に、巨大な穂先を持つ黄金重槍を持つその姿。

 

【象るは竜狩りオーンスタイン。神王に忠誠捧ぐ騎士長。】

 

【汝の勇名、威光、武功を我が手の内に。】

 

【―――《ソウルの具現化・竜狩りの騎士(オーンスタイン)》】

 

膨大なソウルが沸き立ち、黄金の雷に変わり迸る。

 

「ウオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

雷風が明けると、3m近い大きさまで巨大化していた。

 

周囲に放つ圧力が変わった。

 

『火継の薪のステータスが変化している!?』

 

「なんだこの雑魚は。」

 

突然暴言が吐き出される。しゃべれるのか!?

 

彼がこちらを向き、肩をすくめる。

 

「このような雑魚をマスターなどとは呼べんな。」

 

「小僧、今回はあの愚か者の顔に免じて協力してやろうではないか。」

 

そういうと、オーンスタインは黄金重槍を腰だめに構える。

 

「さぁ、地上の凡愚共。」

 

「原初の竜狩りを知るがよい。」

 

その動きは視認できなかった。

 

「岩のウロコを突き破る我が雷撃、味わうが良いわ!」

 

頭を狙った轟雷を纏う一刺し。

 

ヘルカイトはぎりぎりで反応できたのだろう、下ろしていた頭を持ち上げる。

 

そのまま右足に突き込まれた一撃は、視界を奪うほどの閃光と共に、膨大な雷撃を解き放った。

 

轟音にかき消されるように、ヘルカイトの悲鳴が響く。

 

オーンスタインの姿は、ヘルカイトのはるか後方にあった。

 

今の一瞬であそこまで駆け抜けたのか!

 

「ち、ここまで動きが鈍るか。」

 

「次は逃がさん。」

 

かなりの距離があるにもかかわらず、その声は届いた。

 

立ち上る殺気。俺に向けられたわけでもないのに、背に氷の槍を突き込まれたように感じた。

 

ヘルカイトは慌てて宙に飛び上がり、その目に怒りの火を灯した。

 

強者たる己が、高々人を相手に恐れた事実に、強い怒りを覚えていた。

 

鼓膜を劈く咆哮。

 

超低空で、爆撃するように突っ込んでくる。

 

大きく息を吸い込み、莫大な熱量をその体に蓄える。

 

『とんでもない量の魔力が収束してる、ブレスが来るぞ!』

 

「やかましいわ惰弱な賢者め!その程度言われずともわかっておるわ!」

 

ドクターの忠告に、オーンスタインが吠える。

 

「貴様ごとき下級竜にはもったいないが、慈悲をくれてやる。」

 

傲岸不遜を体現したような声色で、地上からヘルカイトを見下す。

 

黄金重槍を石畳に突き刺すと、無手にて投擲の構えをとった。

 

「我が王より与えられた、太陽の権能。」

 

槍を持たぬ左手にまばゆい雷光が宿る。

 

「万物を打ち砕く雷の槍。」

 

遍く照らす太陽の具現、万物を焼く雷光が、身の丈をはるかに超える巨大な槍を象る。

 

「天を駆け、大王の威光を謳え。」

 

大地を破砕する踏込。限界まで引き絞られた弓のように、込められた力を解き放つ。

 

「―――《太陽の光の槍》」

 

詠唱と同時に、彼の左手が霞み、大雷槍が打ち出された。

 

「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

ヘルカイトが、その身にため込んだ魔力をブレスとして吐き出す。

 

大飛竜の口から放たれた収束された深紅の業炎。

 

それこそ、城壁を焼き崩すほどの破壊力を秘めた火炎の奔流。

 

それを、オーンスタインが投げた光の巨槍が霧散させていく。

 

光の穂先に触れるそばから炎はちぎれ飛び、奔流は散っていく。

 

雷の豪槍はヘルカイトの口腔に飛び込むと、そのまま尾の先端まで貫通し飛び去った。

 

一瞬の空白。

 

わずかに残った雷光は膨れ上がり、爆音とともに轟雷へと変換された。

 

ヘルカイトは体幹から爆砕され、無数の肉片へと変わってしまう。

 

飛び去った雷槍は巨塔に突き立ち、その上半分を光爆と共に消し去る。

 

『すさまじいな、高位の対城宝具並みの火力だぞ!』

 

ダヴィンチちゃんが叫ぶ。

 

「王から下賜された至高の業を見てそれとはな。賢人よ、神と人の違いを弁えよ。この身が生前のものでさえあれば、この程度ですむものか。」

 

奇跡と呼ばれる一術式。その至高の業とはいえ、高位の対城宝具に匹敵する火力というわけだ。

 

そして、オーンスタインに言わせれば、この程度では真の力の一端にもならないと。

 

「さて、そこの小僧。」

 

彼は一瞬で俺の前に現れ、瞳をのぞき込んでくる。

 

黄金の獅子兜の奥に輝く、雷光を宿した黄金の瞳が俺を射抜いた。

 

「かの威光を目の当たりにして、なおその瞳に力を宿すか。」

 

「ふん、人にしては、多少なりとも見どころがあるというわけか。」

 

「よかろう、我が力の一端を預けてやろう。」

 

「その力を身に宿し、王の威光を遍く知らしめるが良い。」

 

彼の左手に宿った膨大な雷が、俺の体に叩き込まれる。

 

白雷が俺の体を駆け巡った。

 

しかし、そこに痛みはない。むしろ太陽に包まれたような温かさを感じた。

 

「太陽の雷を受け入れたな。」

 

「貴様は試練を超え、資格を示した。」

 

「太陽への信仰を捧げよ、天地を照らす火の威光を恐れよ。」

 

「その果てに、貴様は大王の忠勇な臣下として認められるであろう。」

 

「次に会う時までに、俺に認められるだけの力を得ておけ、さもなくば我が槍にかかって死ぬことになるからな。」

 

哄笑と共に、彼は黄金の雷となって消えた。

 

戦闘中だったはずなんだが。

 

『彼の反応がそちらの世界から消えている。けれど、カルデアに登録されている霊基は消えていないから、大丈夫だと思うけど……。』

 

『うお!?火継の薪かい!?』

 

『あー立夏君、彼はこちらの篝火に戻ってきている。心配せず、勝利してくれ。』

 

どうやら、彼はあちらに戻っているらしい。

 

ほかのみんなはどうなっているんだ。

 

 

 

 

 

「オラオラオラオラァ!」

 

「獣のごとき気迫、真に戦士であるな!」

 

クーフーリンと、白髪の槍使いヴラド三世。

 

縦横無尽に駆け回るクーフーリンが、二槍を自在に操り、かの吸血公の心臓を狙う。

 

対してヴラド三世は恐るべき膂力でもって、信じられない槍の挙動を可能にし、神速の槍捌きに対応していた。

 

二色の煌きがヴラド三世の身を削っていく。

 

無数の傷が刻まれ、瞬間的に治癒される。

 

その繰り返しの果てに、無数の治癒しきらない傷が残っていく。

 

「その緑の魔槍、我が呪いすら無力化するとはな。」

 

「おうよ、アンタを屠るには十分だろ?」

 

神速の打ち合い。

 

「王たる我が身を傷つけた礼だ、受け取るがいい。」

 

血杭が大地を割り、駆けるクーフーリンを捕えようとする。

 

数十の杭が突き上がり、その杭からまた杭が突きだす。

 

高速で繰り返されるそのサイクルに加え、ヴラド三世自身の槍がクーフーリンを襲う。

 

クーフーリンは魔力を放つ月光蝶の角をもって杭を打ち砕く。

 

砕かれた杭は再生することなく、その中に宿した魔力を奪い取られ、無力化された。

 

追撃で放たれたヴラド三世の剛力を宿した重撃を、深紅の槍が突き返す。

 

その反動を生かし、ヴラド三世から大きく距離をとった。

 

「何たる宝具、我が血杭すら食らうか。」

 

「は、こいつは俺のものじゃねぇが、使い勝手が良くて困るぜ。」

 

クーフーリンが踏み込む。

 

ヴラド三世の視界から消え去り、次に現れたのは彼の頭上。

 

「とりあえず死ねや。」

 

振り下ろされる死の棘。

 

(スリサズ)

 

巨人の力を借り受け、筋力値を瞬間的に跳ね上げるルーンを月光蝶の角を介して空間に刻む。

 

発動したルーンの効果により、上昇した筋力値は《《A++》》。

 

狂化により高まったヴラド三世の筋力ですら、この一撃を食い止めることは能わない。

 

ほぼ全てのサーヴァントに対して有効な一撃。

 

「それでもなお、この吸血鬼には届かぬ。」

 

その一撃を両手で食い止める。

 

その身は瞬間的に粉砕され、即座に修復された。

 

槍は折られ、その腕の長さが半分になり、頭から股までを一文字に切り裂かれた。

 

「捧げよその血、その命を」

 

それでも無辜の怪物として生かされ、血涙を流し凶相を見せたヴラド三世の宝具。

 

「血に塗れた我が人生をここに捧げようぞ。―――血塗れ王鬼(カズィクル・ベイ)!」

 

噴出した血肉を核に、これまでとは比べ物にならないほどの血杭が現れる。

 

クーフーリンは散弾のように放たれていた血肉から、無数の血杭に飲み込まれた。

 

血杭が肉に食い込むのを感じたヴラド三世のは、更なる必殺を期した。

 

全身の血液からの、血杭の生成。

 

あの男ですら深手を負った、ヴラド三世にとっての最高奥義。

 

「ぐうぅ、目が覚めたぜ、久々になぁ!」

 

その奥義を、光の神子は力業と根性で打ち破る。

 

全身から生えた血杭を、自分の腹に月光蝶の角を突きさすことで処理し、大けがについては自前の戦闘続行で対処。

 

その身に直接、ルーンが刻まれる。それは複数のルーンを組み合わせた新しい力ある文字。

 

いくつものルーンを解釈し、ヴラド三世の血肉を用いて生み出された血杭の縁を辿り、ゲイ・ボルクが齎す血杭の死を呪いとして、死を確実に伝播させる最悪の類感魔術。

 

その手から落ちた赤槍が、彼の足と血杭に支えられる。

 

―――突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)

 

血杭を僅かに貫いた赤槍が、無数の鏃に分かれる。

 

血杭が鏃となり、その連鎖は瞬く間に終わった。

 

「串刺し公の死としては、まぁ、ましな方であろう。」

 

かの吸血公は、無数の鏃に撃ち抜かれ、その心臓を完全に破壊されていた。

 

「アンタの武は本物だった。」

 

血杭と槍の怪我から、膨大な血を失いつつ青き英雄(クーフーリン)は立っていた。

 

「く、くくく。」

 

「かの英雄にそう言われるとは、我が誉れとしよう。」

 

血に塗れた護国の鬼将(ヴラド三世)は、わずかな笑みを浮かべて黄金の光となって宙に消えた。

 

消える寸前の彼の体から、青白い光がクーフーリンの体に流れ込む。

 

「こいつがソウルってやつか。」

 

自分に何かが取り込まれる感覚に、妙な怖気が走る。

 

これまでに経験のない感覚だった。

 

「何が変わったとも思えねぇが、ま、ほかの奴の様子でも見に行くかね。」

 

空間にいくつものルーンを刻み込み、失血を止め、傷口を仮初の体で塞ぐことで、行動できるようにした。

 

卓越したルーン使いとしての実力を何気なく示しつつ、アルスターの大英雄は二槍を携えて歩き出す。

 

 

 




ルーンによる強化に、瞬間強化での上昇量向上とかは公式設定にないはず。

アルスターの大英雄として、命を捨てない程度の命がけのラインが頭おかしいことを書きたかった。

ルーンの万能性が高すぎでどう制限を駆ければいいかわからない問題が。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

邪竜百年戦争 ーオルレアンー 鋼切りと海魔焼きと竜殺し

まだまだ続くよ。

注意、独自設定が暴発してるので、細かいことは気にしないで。

いつの間にかUA50000超えてるじゃないですかやったー。

ご愛読ありがとうございます。

コンゴトモヨロシク。


彼方で、すさまじい魔力が解き放たれ、赤黒い血杭の山脈が消え去った。

 

ふむ、潮時か。

 

振るわれる白銀の閃光。

 

よそ見をしていたゆえの、視界の外からの一撃。

 

視線を向ければ、暴風を纏う鋭利な切っ先が見える。

 

それらを放つ、美しい顔を歪めた痛ましいモノ。

 

狂気に侵され、それでも使えるべき主を忘れぬ忠義者。

 

目の前の美麗にして哀れな剣士との演舞も、ここいらで幕を引くことにしよう。

 

外見に似合わぬ豪剣を振るう麗人。

 

白百合のごとき騎士は、生前誇っていただろう技量を狂化によって失い、見るも無残な剣をふるっている。

 

かつては素晴らしき技量と剛力により、まさしく当代無双であったろう。

 

だが、いまは。

 

「無様よな。」

 

己のような棒振り剣士に、遊ばれているのだから。

 

「あ、ああああああ!!!!!!」

 

「激高したか?だが、事実であろう?」

 

手に持つ細剣が、すさまじい速度の連撃で突き込まれる。

 

殺気が漏れすぎていて、あくびが出そうだ。

 

正確であるがゆえに読みやすい素直な刺突を、薄皮一枚でわざとかわし続ける。

 

そのわずかな距離を縮めようと、わずかに、わずかに体制を崩させる。

 

致命的に体勢が崩れ、防御がどうあっても間に合わないその瞬間。

 

刺突の動きが硬直し、引き戻すまでのわずかな時。

 

可憐な騎士の持つ細剣が固定される一瞬。

 

それを狙い、鍔元を一閃する斬撃。

 

己の技量、そして火継の薪から受け取った物干し竿。

 

何を切っても刃筋を立ててさえいれば、鉄塊すら薄紙を切るように断ち切れる魔刃の切れ味を合わせれば。

 

たとえ英霊の持つ獲物であっても容易く断ち切ることができる。

 

まぁ、切れ味を試すといって、火継の薪が整備していたはべるの大盾であったか?

 

あれを両断したときは痛快であった。

 

己の獲物では一刀で砕かれるであろうあの岩を、抵抗なく切ることができたのだから。

 

己の技を見た英雄やカルデアスタッフからは拍手喝采。

 

火継の薪からは厳重な抗議を受けたわけだが。

 

意識を戻す。

 

当然のごとく根元から細剣を断ち切られ、獲物を失った白百合。

 

実に優雅ではないうなり声をあげながら殴りかかってきたので、秘剣燕返し・峰打ちをもって鎮圧することに相成った。

 

何とも締まらぬ結果であるなぁ。

 

「はて、どうするか。」

 

並みいる英雄豪傑の宴も、終焉が近い様子。

 

「間に合うならば、見物と行こうか。」

 

花鳥風月ほどの雅量はなくとも、無聊の慰めにはなろう。

 

なに、直にこの特異点とやらも修復される。

 

武人としての興味を満たす側に立ってもよかろう。

 

「やるべきことは済ませたわけであるし。」

 

誰に対する言い訳をするでもなく。

 

デオン殿といったか?この御仁を肩に担ぎ、この騒乱の収束点に赴くことに相成った。

 

「何が起きているのだろうな。」

 

 

 

 

 

俺とジャンヌ、マシュ、クラーナ、所長で、ジャンヌオルタとキャスタージル・ド・レを叩き潰す。

 

以前に召喚されていたメフィストフェレスは早期に討伐されていたらしい。

 

ジャンヌにとっての切り札たちはほぼ完封され、こちらは倍以上の人数で当たっている。

 

当初は容易に終わるかと思っていたこの戦いだが、予想以上に長引いていた。

 

ジャンヌと所長が、ジャンヌオルタを抑え込み、俺、マシュ、クラーナがジル・ド・レを早期に討ち取るはずだった。

 

しかし、ここで大きな誤算が俺たちの計画を破綻させてしまう。

 

聖杯を持っているのは、ジル・ド・レだったのだ。

 

シャドウサーヴァントと海魔の群れを呼び出したジル・ド・レは、その軍勢の奥に引きこもっている。

 

「焼き尽くしても減った気がしない!」

 

何より面倒なのが、シャドウサーヴァントは倒したそばから補充され、海魔は焼き尽くさないとむしろ増えるという点だった。

 

クラーナの大魔術の時間を稼ぎ、寄ってくる海魔を焼き払う。

 

そのたびに襲ってくるシャドウサーヴァントを叩き潰すと、海魔がまた増えているというサイクルだ。

 

詠唱破棄用の記憶した魔術を使っていないため、経戦能力そのものは低下していないが、ここから長期戦に持ち込ませるのは不利だ。

 

海魔を呼び出しているあの魔導書か、聖杯を奪えればことはすぐに片付くのだが。

 

他の相手をしているサーヴァントたちはまだ戻らない。

 

ここに火継の薪がいればすでに終わっていただろう。

 

だが、いま彼はここにいない。

 

直剣の柄を握りしめる。

 

俺の中に眠る太陽の力を最初の火を媒介に僅かに引き出し、直剣に乗せる。

 

こうすることで、海魔の血や肉を聖別し、召喚素材にできなくしている。

 

この繰り返しのおかげか、空間が狭いためか、海魔そのものの数は、まず打ち止めになっていた。

 

「ええい、凡愚共め。我が偉業の邪魔建てをするか!?」

 

あの王国元帥ジル・ド・レとは似ても似つかぬ怪人。

 

それがキャスタージル・ド・レだった。

 

太陽の力を宿した直剣は、彼の呼び出した恐るべき魔物を手早く無力化していく。

 

狙うは、ジル・ド・レの首。

 

確実に取らねばならない。

 

ここでためらえば、数多くの命が犠牲になるのだから。

 

敵集団のせん滅を放棄し、一気に攻勢をかける。

 

側撃をかけてきた巨大な海魔を、マシュの盾が弾き飛ばす。

 

「あと少しです、先輩!」

 

「ああ!」

 

その通り、あと二枚か今の壁を越えれば、ジル・ド・レの命に刃が届く。

 

「―――《大発火》」

 

直剣を消し、呪術の火に換装、即座に記憶してあった呪術を発動する。

 

目の前まで迫っていた海魔の壁を爆砕する。

 

周囲から迫る海魔は、クラーナが魔剣で焼き潰している。

 

再び直剣を取り出すと、真正面、最後の一枚に突き立てる。

 

ほんの数匹の海魔など、致命の在処がわかっている今なら、数手で片が付く。

 

即座に切り捨て、キャスタージル・ド・レに、刃を振り下ろす。

 

「ひいっ!?」

 

彼が防御のつもりで掲げた魔導書に、刃が受け止められる。

 

ハードカバーこそ切り裂いたものの、中身は半ばまで切り込んだだけだった。

 

その傷口から、海魔の断末魔と濁血があふれ出す。

 

それに触れないように、一足飛びに後退した。

 

「おのれ、おのれ、おのれ!」

 

「我が親友から借り受けた深淵なる魔導書を、傷つけるとわぁ!?」

 

「ち、躱すとは運のいい奴。」

 

激高するジル・ド・レの頭を、クラーナの大火球が霞める。

 

「海魔たちよ!」

 

あふれ出る濁血を触媒に、巨大な海魔が出現し、ジル・ド・レを取り込んで遥か高くまで運んでいく。

 

数十メートルはあるだろうか、その巨体の上で、ジル・ド・レが吠える。

 

「この汚らわしい腕でもって、神と聖処女を引きずり落とし、フランスを堕としましょう!」

 

「クラーナ。」

 

「ああ。」

 

「令呪を持って命ずる。《クラーナよ宝具を開放せよ。》」

 

彼女の持つ魔剣から、紅蓮の火が噴き出す。

 

「重ねて令呪を持って命ずる。《巨大海魔を、滅せよ。》」

 

火が色を失い、白光となって輝きを増す。

 

「―――《非業剣・始まりの呪火(Quelaag's Fury Sword.)》」

 

海魔よりも長く太い、強大な火柱が、クラーナの動きに合わせて巨大海魔へと傾いていく。

 

着弾。

 

海魔は無数の触手を伸ばし、防ごうとするが叶わない。

 

触れるそばから蒸発し、内側からはじけ飛んでいるからだ。

 

その巨体からわかる程度に動きが遅い海魔に、避ける手段はなかった。

 

「ここで終わるわけには!」

 

海魔は触手を一本だけジャンヌオルタに伸ばし、聖杯を手渡そうとした。

 

爆発。

 

崩れかけた町並みを、軒並み更地にするほどの威力。

 

マシュの盾の後ろにいなかったらやばかったかもしれない。

 

「ジル!?」

 

向こうで戦っているジャンヌオルタの悲鳴が聞こえた。

 

見れば、彼女の手には黄金の盃があった。

 

触手が消え去る瞬間、彼女に受け渡すことができたらしい。

 

呆けている暇はない。

 

彼女を討つほかに、手はないのだ。

 

 

 

 

 

 

「貫け―――《力屠る祝福の剣(アスカロン)》」

 

戦馬ベイヤードに騎乗した聖騎士、ゲオルギウスがその手の聖剣を振るう。

 

剣の煌きは光の槍となって対峙する悪竜()を穿つ。

 

竜殺しの因子を含んだ、竜種にとって猛毒ともいえる光の槍は、強靭なウロコを容易に貫き、激痛をファフニールに与える。

 

痛みに悶えるファフニールが苦し紛れに振るう爪や尾、火炎弾を、ベイヤードと一体となったゲオルギウスは何の苦もなく躱す。

 

ちょこまかと動き回る騎馬の人間に気をとられれば、足や胴、尾に凄まじい痛みが走る。

 

一度己を殺した、恐るべき敵手。

 

己を殺すことで、真に竜の天敵たる竜殺しの因子を持つに至った高位の魔剣、バルムンクを持つ宿敵だ。

 

この二人の連携は、無尽蔵の魔力と底なしの生命力を誇るはずのファフニールに危機感を覚えさせるものだった。

 

巨体ゆえの機動性の低さと、自慢の防御を抜くだけの敵が二人もいる状況は、ファフニールにとって初めての状況である。

 

一度殺された時でさえ、正面からの決戦の果てにかろうじて敗れている。

 

今回、自分も相手も弱体化しており、聖杯のバックアップを、竜の魔女の支援を受けていない敵の方がその弱体化は大きなはずである。

 

それでもなお、自分は今、矮小な人二匹に、追い詰められつつある。

 

こちらの攻撃は全く通らず、敵の攻撃は一つ一つは小さくとも、確実に積み上がっている。

 

悪竜邪竜の代表にして、歴史に名を刻んだいわば反英霊竜たるファフニールが、高々竜殺しに怖気づくなど、あってはならない。

 

そう奮起し、己の中の怯懦を力強い咆哮でかき消す。

 

たとえ偽りの感情であろうと、己で定めたのならば、それを真にする事も可能なはずだ。

 

魔力を翼に込め、破壊の暴風として解き放つ。

 

地面を捲り上げ、瓦礫と土の津波を生み出す。

 

崩れかけた石造りの家々が砕かれ、多くの尖塔がなぎ倒される。

 

そうだ、我が力であれば、この程度の惨劇を生み出すなど容易い。

 

濛々と立ち込める土埃の中、魔力探知で敵を探る。

 

馬の蹄鉄が、石畳をたたく音。

 

己の左後ろを駆ける騎士がいる。

 

短く低いうなり声。竜言語による超短縮詠唱により発動する、面制圧爆撃。

 

紅蓮の雨が降り注ぎ、町並みを更地に変えていく。

 

狙いを収束させ、絞り上げた連弾を叩き込む。

 

数発を剣で弾いたようだが、あとは馬が足を止めるまで周囲を破壊し続ける。

 

反撃の掃射。光の槍が無数に飛び、全身くまなく突き刺さる。

 

特にまずいのが、翼を撃ち抜かれたことだ。

 

もはや風を捕まえることも、飛ぶこともできないだろう。

 

左前脚を、魔力の刃で切られる。骨まで達する一撃だ。

 

視線を向ければ、土埃に塗れた竜鎧を纏う男。

 

宿敵。

 

視界が真っ赤に染まる。

 

こいつだけは、こいつだけは殺さなくてはならない。

 

喉奥の魔力だまりに、竜の心臓からあふれ出る魔力を圧縮し、圧縮し、圧縮する。

 

収束し、回転させた魔力で己の肉体が削られてもなお、チャージすることを止めない。

 

彼奴の纏う悪竜の血鎧は、己の血による神秘の弱い攻撃の無力化と減衰の力を持っている。

 

見ただけでわかる、あれは己の血で、己の竜鱗を模したもので、その性能は己に劣るものではないと。

 

故に、己の肉体を破壊するに足るだけの威力を以て当たらなければ、かの英雄を殺すことはできない。

 

己が魔力を収束させたことを認めた敵は、己を殺した魔剣に悍ましい気を纏わせ始める。

 

柄の青い宝玉から垂れ流されるのは、幻想種()を否定するに足る真エーテル。

 

かつて雌雄を決した時よりも、よく練り込まれ、無駄のない魔力収束。

 

より細く、より鋭く、確実に己を両断せんという意志が込められた、勇者の剣。

 

それを構える男の顔立ちは、瞳は、あの時と違っていた。

 

それを見て思う。

 

いいだろう、己の生という至高の財を懸けよう。

 

再びの竜殺しという偉業を求めんというのならば、邪竜としてその意志を打ち破らなくてはならない。

 

互いに得た、再びの生という、この世すべての財に勝るとも劣らぬものを、互いの意地に懸ける。

 

不思議な感覚だった。

 

竜に変じて以来、感じていなかった高揚感。

 

己の力のみでもって、生を勝ち取るという、原初の闘争本能。

 

たとえこの一戦で終わるとしてもかまわない、かの悪名を、敗北を漱ぐ為ならば。

 

誰も見ていないとしても、己の矜持のために命を捨てよう。

 

『悪逆なる竜は咆哮し、世界は今落日に至る!』

 

「邪悪なる竜は失墜し、世界は今落陽に至る!」

 

共に重ねる宝具の詠唱、その文面はどこまでも似通い、致命的なまでに異なっていた。

 

『焼け朽ちよ―――《幻想悪疫・邪竜炎哮(ファフニール)》!』

 

「撃ち落とす―――《幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)》!」

 

己の口から吐き出すのは、地獄の業火のごとき赤黒い炎の奔流。

 

対する魔剣から放たれるのは、真エーテルを含んだ竜殺しの剣気。

 

己の喉を、牙を、口を焼き溶かす熱量と疫毒の概念を練り込んだ、厄災の火。

 

それを押しつぶし、破砕し、無力化する黄昏色の剣気。

 

拮抗する力の余波が、周り全てを犯していく。

 

火の欠片は石をぐずぐずに溶かし、剣気の破片が万物を塵に帰していく。

 

目の前の光景に、見とれていた。

 

黒炎と黄昏の向こう。膨大な余波が生む風に煽られた宿敵の顔に、見惚れていた。

 

全身から血を流し、それでもなお、悪竜に挑む勇者の姿に、心打たれた。

 

限界が来た、心臓が破裂する。

 

内部構造が己の悪疫に耐えきれず、自壊する。

 

強靭な外皮とウロコによって、無様をさらすことはなさそうだ。

 

口から吐き出していた厄災の火が、途切れる。

 

さらに勢いを増した黄昏色の剣気に包まれ、分解されていく。

 

ああ、そんな顔をするな。

 

あの時と同じ、呆けたような、悲しそうな眼を。

 

己を誇れ、偉大なる竜殺し。

 

お前は再び、この偉大なる悪竜を討ったのだから。

 

『誇ってくれ、それが手向けだ。』

 

私の言葉に、彼は瞠目し、目を伏せた。

 

「……ああ、俺が、俺こそが、竜殺しだ。」

 

彼の言葉に、私の心は満たされた。

 

黄金の輝きに還る。

 

もう一度。

 

それを望むことは、罪だろうか。

 

答えてくれ。

 

我が宿敵、ジークフリート。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




当カルデアでは、ジークフリートさんはリアル竜殺しだから(震え声)

デオン君ちゃんはあっさりと処分されました。

まぁ、技量の怪物に宝具並みの耐久と切れ味の獲物渡したらこうなる。

メッフィーは合流前に宝具の巻き添えで討伐されてるので、存在自体感知されていません。

切っても潰しても増える海魔相手に、何でも焼いちゃう混沌の火は相性がいい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

邪竜百年戦争 ーオルレアンー 竜の魔女と聖処女

サーヴァント戦終了。


「よくも、よくもジルを!」

 

竜の魔女(ジャンヌオルタ)が、怒りの形相で己の現身(ジャンヌダルク)に突き掛る。

 

「く、討ち取ったのは私ではありませんが!」

 

両者とも旗槍での一騎打ち。

 

技量も速度も、目を見張るものはないが、怒りや悲しみが存分に伝わってくる争いだった。

 

「なぜ、なぜです!」

 

「私を見捨てたフランスを、なぜ守るのです(ジャンヌダルク)!」

 

怨嗟のこもった声を吐き出し、裂ぱくの気合を込めて、旗槍を振り回す。

 

「フランスは確かに私を見捨てました。」

 

「それは事実です。」

 

同じく旗槍で受け止め、悲しげな表情をしたジャンヌダルクが告げる。

 

「どうして恨みを持たない!」

 

「私は、私たちには、この国を亡ぼす権利がある!」

 

ジャンヌオルタが呪いの火を旗槍に纏わせ、薙ぎ払う。

 

ジャンヌダルクは、洗礼詠唱でもって呪いを打ち払い、聖なる布で悪しきを拭い去る。

 

「その国を守るために立ち上がったのですよ?」

 

「救国の使命を果たした者への贖いが火刑ならば、その報いは国家の火刑であるべきよ!」

 

「全てを含めた献身の果てに、国家の安寧があるのです。」

 

「綺麗ごとが過ぎる!」

 

ジャンヌオルタは、旗槍を投げ捨て、直剣を抜き放った。

 

取り込んだ聖杯からのバカげた魔力を、全身の強化と呪火の燃料に回した連撃。

 

旗槍のリーチによる有利を、速度と威力を向上させてねじ伏せる。

 

「我が怨念の火は途絶えない!」

 

「聖なる祈りをここに!」

 

豪速で振り回される直剣。

 

内側に入り込まれたジャンヌダルクは、その連撃を受けきれない。

 

呪いが、薄く刻まれた傷口から、ジャンヌダルクの身と魂を侵食する。

 

祈りによる浄化を重ねるが、呪いそのものと洗礼詠唱による負担がジャンヌダルクを疲労させていく。

 

「吹き荒べ、獄界の怨嗟よ!」

 

直剣に宿した呪火を急激に膨張させる。

 

突きに合わせて放出された呪火は、ジャンヌダルクの持つ旗槍に深刻なダメージを刻んだ。

 

「仕方がありませんね。」

 

呪いの火が侵食している旗槍を投げ捨てる。

 

ジャンヌダルクもまた、腰の直剣を抜き放つ。

 

洗礼詠唱により神聖な光に輝く直剣が、ジャンヌオルタの命を狙う。

 

善悪、正邪によって分かたれた二人。

 

剣撃に彩られた舞は、終わりを見せる気配がなかった。

 

ただ見ていたもののうち、三人だけが状況を把握していた。その後の勝敗すらも。

 

【終着である。】

 

「あぁ、終わりだ。」

 

「仕舞か。」

 

火継の薪、クーフーリン、小次郎には、この戦いの終着までが見えたのだろう。

 

一人はモニターから目を反し、二人は構えを解いた。

 

 

 

 

 

 

 

「っ、どうして!?」

 

ジャンヌオルタの剣は、ジャンヌダルクを捕らえられなくなっていた。

 

互い防ぎ、防がれていたはずの剣撃が、一方的なものになっていた。

 

ジャンヌオルタの剣が、鈍っていた。

 

彼女の内心を表すように、剣筋はブレて、大ぶりなものになっていた。

 

一発逆転を狙うがゆえに、その剣筋は荒く、読み取りやすいものになっていた。

 

その姿を見て、ジャンヌダルクは泣き出しそうなほど、表情を歪める。

 

「貴女は、どうして!?」

 

気にくわない。

 

―――どうして、()()()()()()を浮かべたあの女(ジャンヌダルク)に届かない!

 

―――認めない、認められるものか、()()()()()()()()()()()()に、負けるなんて!

 

己の内にある憎悪の炎に燃料が注ぎ込まれ、暴発するように燃え上がる。

 

その意志に従い、聖杯が更なる魔力を絞り出す。

 

「私の思いだけは、この願いだけは、私の本当なんだから!」

 

紫色の、呪火が燃え上がる。

 

「下らない聖女様、お前に、お前にだけは哀れまれる筋合いはないのよ!」

 

呪火はジャンヌオルタの身にまとわりつき、ジャンヌダルクの輝きを拒絶する。

 

―――そうよ、聖なるものなど、この世にありはしない。

 

聖なる献身なんて、あってはならないのだから。

 

この世の、この地上の聖なる献身を否定する。

 

―――そんなものに救われる者に、価値などありはしない。

 

救われた者の痛みを知らない者の齎す救いなど、呪いでしかないのだから。

 

かつて幾度も無名な兵士の献身によって救われてしまった(呪われてしまった)聖処女ならばわかるでしょう!

 

いくつもの夜を震えて過ごした、命の重さに潰された貴女なら!

 

「これは憎悪によって磨かれた我が魂の咆哮!」

 

聖処女の献身を知って最後の箍を砕かれ、魔道に堕ちたジル・ド・レの。

 

最後まで貴女を守ろうと戦地に散った兵士たちの。

 

国家のために、己のために見捨てざるを得なかったあの方の。

 

憎悪によって磨かれた、フランスの祈り(呪い)

 

「―――《吼え立てよ、我が憤怒》!」

 

紫から黒へと堕ちた炎を、聖処女に向けて解き放つ。

 

足元から吹き上がった炎の道がジャンヌダルクを捕らえ、焼き尽くす。

 

追撃とばかりに、怨嗟と呪怨に形を与えた地獄の槍が何本も突き立つ。

 

生き残ることなど許さない。

 

私たちの憤怒に、私たちの憎悪に焼かれて消えなさい!

 

火炎の柱が突き立つ。

 

これで、終わり。

 

「アッハッハッハ!」

 

「何を笑っているんだ。」

 

燃え盛る火柱を見て笑っていると、ジルと戦っていたさえない男から声がかかる。

 

心底不思議そうに、私に問いかけた。

 

肩越しに振り返ると、不敵な笑みを浮かべていた。

 

「何言ってるのよ、どう見たって、終わって、る。」

 

ばかばかしいと、笑い飛ばそうとして、できなかった。

 

「見ろ、彼女の思いを。」

 

その男の瞳に宿る、強すぎる意志に、押しつぶされそうになった。

 

気にくわない。

 

私を照らしていた色が変わる。

 

「なによ。」

 

顔を戻せば、火柱の色が変わっていた。

 

その性質すらも。

 

怨嗟と呪怨の結晶が。

 

聖なる救済の火に代わっていた。

 

「なんなのよ、それは!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

炎の中心には、全身に槍傷を負い、今にも死にそうな女が跪いていた。

 

神への祈りを捧げる格好で、出血にかまわず直剣の剣身を両手で握りしめていた。

 

それでも、己の滅びすら受け入れたような、冷徹な聖女の顔をした私がいた。

 

―――主よ、この身を委ねます。

 

つぶやくように、告げられた言葉。

 

あの女の口からこぼれた祈りに、その手の直剣が姿を変える。

 

何の変哲もない剣が、聖なる炎で象られた聖剣へと姿を変えた。

 

黄金の光に代わりながら、聖女が告げる。

 

―――《紅蓮の聖女(ラ・ピュセル)

 

紅蓮の火が、私の祈りを、願いを焼き尽くす。

 

ああ。

 

燃えてしまう。

 

消えてしまう。

 

私が、たった一つだけ持っていた本物が。

 

私が私である、唯一のものが。

 

なくなってしまう。

 

呪いが、消えた。

 

あの女に、持っていかれた。

 

認めない。

 

認められない。

 

これでは、私は、単なる道化!

 

「まだよ。」

 

見回す。

 

「私は。」

 

私は消えた。

 

「私はまだ。」

 

あの男が近い。

 

「戦える!」

 

なぜ一人で。

 

「ここが!」

 

もうどうでもいい。

 

「この地獄こそが!」

 

全身のほころびを無視して、さえない男に切りかかる。

 

「私の魂の場所よ!」

 

ちょうどいい、こいつも近づいていた。

 

こいつさえ殺せれば。

 

「終わってるんだよ、ジャンヌ。」

 

渾身の力を込めて、振り下ろした剣には、呪火を纏わせることもできなかった。

 

全てを払われた私には、何も残っていなかった。

 

剣を、盾で受け流される。

 

開いた私の体に、彼の直剣が潜り込む。

 

心臓を一突き。

 

そこに潜り込んでいた聖杯をはじき出され、致命傷を負った私は本当に何もかもを失った。

 

私の心は、変わっていた。

 

あの聖なる炎に、呪いを焼かれて。

 

「もう、終わってるんだ。」

 

その言葉を受け入れてしまうほどに。

 

剣を堕とし、立つこともできない私を、抱き留めてくれた。

 

ほどけていく私には何も返せないのに。

 

「私には、何もない。」

 

「狂える男に生み出された、伽藍洞の人形。」

 

わかっていた、自分が偽物なことくらい。

 

消えゆく私は、どこにも帰れない、何も残らない。

 

「私は、もう何にも、誰にも負けたくなかった。」

 

あの始まりの日から。

 

植え付けられた記憶に、憎悪に操られた愚か者。

 

それでも、それだから何かを残したかった。

 

最後に、自分を残せない運命になんて、負けたくなかった。

 

「最後に消える私を、誰かの記憶に刻みたかった。」

 

ただそれだけ。

 

「けれど、これですべて終わり。」

 

彼の手が、私を強く抱きしめる。

 

最後に、神様とやらに感謝してやってもいいわ。

 

「優しいのね、貴方。」

 

彼の肩に乗せていた首を、無理矢理に持ち上げる。

 

「私は、勝ったわ。」

 

抱き着くような形で彼を、正面から見つめる。

 

意外にいい男じゃない、見直した。

 

「だから。」

 

彼の口を、塞ぐ。

 

私の初めては、血の味がした。

 

驚く彼の顔に、満足する。

 

唇を放す。

 

「さよなら。」

 

彼の記憶に、私は刻まれた。

 

私が消えても、私は遺る。

 

「これで。」

 

彼の顔がゆがんでいく。

 

霞む視界に、それが見えた。

 

「これで、よかったのよ。」

 

言葉を零して、私は消える。

 

暖かい雫が、頬に落ちた。

 

ああ、泣かないで、私の語り部。

 

貴方は使命を果たして、皆に私を伝えて。

 

それが、私の勝利条件。

 

消える寸前。

 

私は、きれいに笑えただろうか。




聖骸布は投げ捨てていくストロングスタイル。

この作風でジャンヌが生き残るわけないだろ、いい加減にしろ。

立夏君のファーストキスは血の味でした。

これで型月主人公としてのフラグが立ったな。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Interlude ―召喚と異常―

ぐだ男君が壊れてます。

スケベ野郎注意。

ただ、一応理由があるのでコメントは最後まで読んでからお願いします。

読み切れないと思った人はその場でブラウザバックして、他の名作で目を洗ってください。

今回は暴走度合いがひどいので、批判貰いそうだけど是非もないネ!

独自設定が暴発してるので、いつも通り対応してください。


 ジャンヌオルタの消滅と聖杯の回収を以て、第一特異点の修復は完了した。

 

 今度の特異点崩壊までの期間は長いようで、前回のような緊急脱出による負担もなく、無事に帰還することができた。

 

 ただ、人間組は長い戦闘と野営の繰り返しに疲労しており、一日の完全休暇を与えられた。

 

 そもそも所長自身がダウンしている以上、何ができるというわけでもないのだが。

 

 カルデア職員も、次の特異点を探す観測チームを除いて一日間の休養をとったらしい。

 

 なぜ伝聞かって?

 

 そりゃ、丸一日、完全に起きなかったからだよ!

 

 バイタルに軽度の衰弱が出たことで、マシュに起こされることになったわけだ。

 

 後輩系眼鏡巨乳美少女に起こされる朝。青少年のあこがれを一つクリアしてしまった。

 

 後、目を覚ました時に、ベッドの上にかがみこんだマシュのマシュマロが揺れていたのは眼福でした。

 

 朝からいいもん見てやる気が出ます。

 

「マシュ、起こしてくれてありがとうな。」

 

「いえ、お気になさらず。でも、寝すぎはだめですよ?」

 

 指を一本立て、ちょっと拗ねたような怒り方をするマシュが可愛い。

 

「気を付けるよ。」

 

 長く寝すぎたせいか、全身が固まっている。

 

 肩を回すと奇妙な引っ掛かりを覚える程度に。

 

 どうにかほぐさないといけないよなぁ。

 

 後、奇妙なくらい体の中の火が強まっている。妙な感じだ。

 

 首を回しながら隣を歩くマシュを見る。

 

 今日は、デミサーヴァントとしての格好ではなく、カルデア職員としての格好をしている。

 

 その薄紫の瞳を眼鏡で飾り、クールな美少女を演出している。

 

 黒のシャツを盛り上げる二つのマシュマロをパーカーで隠し、健康的な柔らかさのむっちりした太ももを黒のタイツで覆っているが、その豊満さを隠しきれていない。

 

 その大きなマシュマロに、不思議生物フォウを挟む形で抱いているため、腕とフォウ君によって寄せ上げられている。

 

 複雑に変形するマシュマロが、彼女の歩みに合わせて揺れている。

 

 とんでもない破壊力だ。

 

 自分がどんな目で見られているのか、きっと自覚がないのだろう。

 

 俺みたいな獣の前で無防備だと、襲われちゃうよ?

 

 しないけどな!

 

 それにしても無自覚系目隠れ巨乳眼鏡美少女、いい。

 

「どうか、しましたか?」

 

 おっと、あまりの光景に視線が固定されていたらしい、不審がられてしまった。

 

 そのうちバレて軽蔑されそうだけど、それまでは頼れる先輩でいたい。気を付けないと。

 

「フォーウ(君は何気にむっつりだよね。)」

 

 何か不愉快な念を受け取った。

 

 それにしてもあの不思議生物め、毎度毎度マシュのマシュマロに潜り込みやがって、うらやましい。

 

「フォウ。フォウフォウフォーウ!(このマシュマロの魅力がわかるとはお目が高い。初めて抱き上げられた時の衝撃を君に伝えられないのがもどかしいくらいだ。けれどマシュマロを作り上げ、維持するために僕が果たした役割が大きいことを君は認識する必要がある。労苦に見合うだけの対価。それが今の状況なんだよ。要約すると、どうだい、うらやましいだろう?)」

 

 ありがとうございます、けどそこ代われ!

 

「フォウ!(いやだね!)」

 

「ちょ、フォウさん!?」

 

 野郎、見せつけるようにマシュマロを前足でポンポンしてやがる。

 

 柔らかさとハリを見せつけるみたいに弾むマシュマロ、脳裏にはっきりと刻み込んだ。

 

 ありがとうございますこの野郎!

 

 だが許さん。

 

 思う存分マシュマロを堪能している淫獣(フォウ)に制裁を加えんと、と掴みかかる。

 

「フォウ!?(あん!?)」

 

「せ、先輩!?」

 

 ん?よく考えると、このままだとマシュのマシュマロを両手で鷲掴みしてしまうのではないか?

 

 ……冷静になろう。

 

 万が一、そう、万が一フォウが交わしてしまった場合はそうなるかもしれないが、きっと捕まえられるはず。

 

 触っちゃっても事故だよ。

 

 うん、仕方ない。

 

「フォーウ!(触らせるか!)」

 

 フォウがマシュのマシュマロを踏み台にして飛び上がる。

 

 その瞬間、バルンバルンに揺れた事に、視線が集中してしまう。

 

「しまった、ぁびゃ!?」

 

 額を、視界から消えていたフォウの前足がフットスタンプする。

 

 その衝撃で足を止めたところに、フォウのしっぽが豪速で振りぬかれた。

 

 したたかに両目を叩かれ、悶絶する。

 

 その痛みに、床を転げまわってしまった。

 

 痛すぎる。

 

「無事ですか、先輩!フォウさんだめですよ!」

 

「フォウ!(納得いかん!)」

 

 涙でぼやける視界に、しゃがみ込んで俺をのぞき込んでいるマシュが見えた。

 

 心配そうな表情でのぞき込んでいるマシュ。その方には明後日の方に顔を向けたフォウがいた。拗ねているらしい。

 

 光沢のある黒タイツに包まれ、潰れたふくらはぎや太ももの魅力的な曲線と、膝に当たって変形したマシュマロに目が行く。

 

 しかし、それよりも俺の視線を誘導する罠が存在した。

 

 太ももとタイトスカートに挟まれた秘密の花園が、俺の目の前に見えようと、

 

「ヘンタイシスベシフォーウ!!」

 

「ドフォーウ!」

 

 再び叩き込まれる尻尾。

 

 痛い。マシュの前から弾かれ、壁にぶち当たる。

 

 人間を吹き飛ばすとは、どんな威力してやがる。

 

 それに、今尻尾伸びなかったか?

 

 マシュの肩から届く長さじゃないだろ。

 

 気が遠くなる。

 

「うお!?立夏君どうしたんだい!?」

 

「ドクター!先輩がフォウさんに吹き飛ばされて!」

 

「ますます意味が分からない!ともあれ、まずは医務室へ!」

 

 ドクターに担がれて、医務室に向かうらしい。

 

 どうせならマシュに運んでもらいたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 医務室で目覚めると、ダヴィンチちゃんに鎮静魔術をかけられる。

 

 一緒にいたクラーナ曰く、最初の火が妙に燃えていたこと、それに引きずられる形で精神が変な方向に高ぶっていたらしい。

 

 クラーナが火を鎮静化し、異常な状態だった精神については、ダヴィンチちゃんと所長によって二度鎮静化されたらしい。

 

 しかし気を失っている間、うわごとでずいぶんいろいろ言ったようだ。詳細については教えてもらえなかったが。

 

 それを聞き、顔を真っ赤にしたマシュが、カーテンの隙間から顔をのぞかせて言った。

 

「先輩最低です。」

 

 俺は死んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、気を取り直して召喚の時間だ!」

 

「やけくそ気味だけど、前向きなだけいいのかな?」

 

「アハハ、まぁ、気にしなさんな青少年!」

 

 何をしでかしたのか、誰も教えてくれないが、女性陣からの信用は失ったらしい。

 

 男どもは口々に慰めてくれるが、その実笑いをこらえているのは知っている。

 

 あとダヴィンチちゃんにはあとでお話があります。

 

「そんな、私のこの美しい肉体を獣のようにむさぼるつもりだね!」

 

「ないわー。」

 

 精一杯のセクシーポーズを決めているが、貴方に興味などない!

 

「ほう?この完全な肉体に興味がないと?」

 

 だから胸元を広げて両腕で押しつぶしながら屈み込むのをやめろォ!?

 

 それこそ、普通の青少年には厳しい誘惑だろうが!

 

「おにいさんさいていです。」

 

「グフゥ!?」

 

 絶対零度の瞳で見つめてくるシャナロット。

 

 務めて気にしないように、心から血を流しつつ話を先に進めよう。

 

 マシュは盾を召喚陣の上に置くと、こちらを見ることなく出て行ってしまった。

 

 ええい、まずは聖晶石での召喚だ。

 

 今回使えるのは俺と所長が別々に集めた、32個。

 

 このうち12個は所長によるチャレンジですべて礼装に変換されている。

 

 彼女は泣き崩れていたが、もともとマスター適正Zeroだったんだから無理もない。

 

 結果として俺が使えるのは前回と同じ20個なわけだ。

 

 例によって全投入を要求されているので、当然のごとく全投入する。

 

 火継の薪が、指輪を積み上げた聖晶石の上に置く。

 

 唱えるは火の招請。

 

 銀灰の輝きから現れたのは、一匹の狼だった。

 

 その身は大型犬を超える体格の狼であり、真正の野生と誇り高き狼の矜持を持つ偉大なものだった。

 

 その傍らには、砕けた盾と剣の欠片が転がっていた。

 

「その狼、明らかに神霊クラスの存在だぞぅ!?」

 

 その瞳は、俺をまっすぐにとらえていた。

 

 ここで引くわけにはいかない、彼は、俺を試している。

 

 最低限の資格があるかどうかを。

 

 盾の上から歩き出した彼は、俺に近寄ってくる。

 

 彼に手を差し出す。

 

 においをかがれた。

 

 その間も、互いに目をそらさない。

 

 しばらくして、手を舐められた。

 

【主よ、認められたな。】

 

 どうやら認められたらしい。

 

 周囲を睥睨した狼は、火継の薪を見つけるとのそりと歩き出す。

 

 見つけた瞬間の表情の変化は、狼であるはずなのによく分かった。

 

 一瞬の歓喜、疑念、そして悲愴。

 

 その周囲を歩きながら、彼の匂いを嗅ぐ。

 

「ウォフ……。」

 

 一啼き、どこか物悲しい声をあげ、彼に身を擦り付ける。

 

 親愛と労りを見せる動きだった。

 

【久しいな、シフ。】

 

【今の状況は、わかっているだろう?】

 

【かつての主に出会うまででよい、また私に、私たちに力を貸してくれ。】

 

 火継の薪の言葉を見た狼、シフは、大きくうなずいた。

 

【ありがとう。】

 

 気にするなと言わんばかりに、シフは頭を横に振った。

 

 シフは人間の言葉を理解できるらしい。

 

 そんな一人と一匹に、シャナロットが近づく。

 

「あ、あの!」

 

【どうした、シャナロット。】

 

「ウォン?」

 

「ひゃう!?」

 

 鋭い瞳に射すくめられ、シャナロットが飛びあがる。

 

 周囲を見渡しているが、彼女の逃げ場はなかった。

 

 シフの向こう側に火継の薪がいるし、俺はその奥にいるからだ。

 

「え、ええと、その、ですね。」

 

 一人と一匹に見られてもじもじしてるシャナロットかわいい。

 

「触っても、いいですか?」

 

 勇気をもって紡がれた言葉は、シフを触りたいというものだった。

 

 正直に言えば、俺も触りたい。

 

 煌く銀灰の毛は、少し硬そうだが触り心地はいいはずだ。

 

 少女であれば、触りたいと思うのも無理はない。

 

【いいかな、シフ?】

 

「ウゥ。」

 

 しばらくシャナロットを見つめていたシフだが、眼尻にたまってきた涙を見たらしい。

 

 仕方ないとばかりにため息を吐き出し、床に寝そべって目を瞑った。

 

 しばらくは我慢してやるとでも言いたそうな態度だった。

 

【シャナロット、触ってもいいそうだ。】

 

「ありがとうございます!」

 

 最初は恐る恐る触っていたものの、シフの毛並みに飛び込むように、全身で触りに行く。

 

 体重がかけられた瞬間だけ目が開いたが、そのまま目を閉じてしまう。

 

 完全に黙認したようだ。

 

 満面の笑みを浮かべて戯れるシャナロット。

 

 かわいい。

 

「あー、立夏君。そろそろ次の召喚に行こう。」

 

 ドクターの呼びかけに、正気に返る。

 

 幼女と大型犬の戯れが尊いとはいえ、本題は召喚だった。

 

 呼符を盾の上に置く。

 

 この召喚に触媒は存在しない。

 

 敷いてゆうなら、先の特異点で取り込んだソウルだろう。

 

 最後に得たジャンヌオルタのソウルが一番大きな影響をもたらしそうだ。

 

 つながりもできてしまったし。

 

 最後の時を思い出して、体温が上がってしまう。

 

「立夏君?バイタルがっちょっとおかしいけど、大丈夫かい?」

 

「だ、大丈夫!ちょっと緊張しただけだから!」

 

「君が緊張するタイプ?冗談だろう?」

 

 言ってくれるじゃないか!

 

「大丈夫だという言葉を信じよう。心拍も落ち着いているようだし。」

 

「始めてくれ、こちらの準備は万端だ。」

 

 詠唱する。

 

 願うは力を。

 

 真実を求める者を。

 

 来たれ、真実の紡ぎ手よ!

 

 汝の願いは、ここに成った!

 

 黄金の輝き。

 

 紫の炎が上がる。

 

 敵対者を焼き払う怨念の火。

 

 しかし、その火は俺を焼くことはない。

 

 来てくれたか!

 

「サーヴァント、アヴェンジャー。召喚に応じ参上しました。」

 

 黒の衣装に身を包んだ、復讐の魔女。

 

 麗しき悪逆の聖女が、カルデアにやってきた。

 

 透き通るような美貌に意志の強そうな黄金の瞳を浮かべ、自信に満ちた表情をしながら。

 

「……どうしました、その顔は? さ、契約書です。」

 

 不可解そうな表情に切り替わったまま、盾を降りて俺の前にやってくる。

 

 その手には羊皮紙が握られていた。

 

 受け取ってないように目を通す。

 

 こ、これは

 

「どうです、この契約書に異がなければサインなさい、ってどうしたのです?」

 

「読めない……。」

 

「なんですって!」

 

「流石にラテン語は無理だよ。」

 

 英語だって厳しいのに。むしろラテン語だってわかるだけいい方だと思う。

 

「くっ、頑張って練習したのに!」

 

 何だか予想外だった。

 

「Ha!何も聞こえなかったわね!?」

 

「イエスマム。」

 

 ジャンヌ様の言う通り、俺は何も聞いていない。

 

 まさか契約書のために文字の練習をしてくれるなんてね。

 

 うんうん。

 

「見透かしたような顔をっ!」

 

 白皙の美貌を羞恥で真っ赤に染めた美女。

 

 いいものだ。

 

 俺の手から、羊皮紙が消える。

 

「アッ!?」

 

「ふむ、なかなかきれいな筆跡だね。ところどころスペルミスがあるけど、まぁ、これくらいならよくある感じだし。」

 

 そうなのか。

 

 ダヴィンチちゃんが言うのだからそうなのだろう。

 

 知識はないが、丁寧で貴族的な筆跡に見える。

 

「ほめるべきだと思うね、文盲の娘がこれを書くのに、どれだけ練習したのやら。」

 

「すごいじゃないか、ジャンヌ!」

 

「あ、当り前じゃない!私は文字も読めない聖女様とは違うのだから!」

 

 顔を真っ赤にしてそっぽを向くジャンヌ。

 

 照れ隠しか。

 

 ちなみにダヴィンチちゃん内容は?

 

「簡単まとめでいいなら。」

 

 よろしく。

 

 曰く

 

 サーヴァントジャンヌダルクとマスター藤丸立夏は主従契約を結ぶ。

 

 1.藤丸立夏はジャンヌダルクを従える。

 

 2.ジャンヌダルクは藤丸立夏の指示に従い、彼の求める戦いに参加する。

 

 3.藤丸立夏は戦いに際し、必要な魔力を供給する。

 

 4.藤丸立夏は、ジャンヌダルクの求めに従い、食事、寝床、衣服、その他一切を与える。

 

 5.ジャンヌダルクは、藤丸立夏に対し、己の全てを捧げ、忠誠を尽くす。

 

 上記の内容に異がないことを確認し、ジャンヌダルクは藤丸立夏に忠誠を誓い、その忠誠と栄誉を藤丸立夏は受け取ることに同意した。

 

 契約は互いの名誉にかけて守られるであろうことを、以下の証人が確認した。

 

 というところらしい。

 

 いわゆる軍務契約書というやつだ。上位貴族が騎士を雇い入れる際に提示する契約書であり、これに従って騎士は戦場で戦う。

 

 馬や給与、身代金などの項目がないのでかなり簡素ではあるが、百年戦争当時のそれに近いらしい。

 

 真面目だなぁ。

 

「ちなみにジャンヌ、最後の項目だけど大丈夫?この内容だと、彼がケダモノになった時拒めない気がするんだけど。」

 

「「えっ?」」

 

 俺とジャンヌの声が被る。

 

 視線はジャンヌに固定されてしまう。

 

 黒い衣装に包まれた体は、マシュよりも成熟した女性であり、正直に言ってお相手願いたい。

 

 そんな相手を、好きにできる?

 

 黒い情欲が浮かび上がった気がした。

 

「ど、どこ見てんのよ、この変態!スケベ!ケダモノ!」

 

 彼女は胸を両腕で隠すようにし、体の横を見せることで面積を小さくしようとしている。

 

 しかし、その行為によって胸がいやらしく変形し、太ももや大きな尻のラインがはっきり出ていることに気づいていないらしい。

 

 そういう風にみると、とても元聖女とは思えない。どちらかと言うと性女様である。

 

 なにより罵倒すら心地よく感じるのは、まさしく変態としての素質が開花しつつある気がして怖い。

 

 ふと、我に返る。なんか鎮静が効いてないんじゃないだろうか?

 

「立夏君、大丈夫かい?」

 

「正直やばい。抑えが聞かなくなってる。」

 

 近づいてきたダヴィンチちゃんから漂う、女性の香りにくらくらする。

 

 明らかに異常だ。今の性別はともかく、俺の認識では性別男でそういう対象には見えてないはずだった。

 

「おにいさん。」

 

 心配してくれたのだろう。抱き着いてきたシャナロットの上目遣いと高い体温、子供らしい甘い体臭にすら獣欲を感じる。

 

「ごめんシャナロット。今は離れてくれ。」

 

 柔らかい髪の毛をすくようになで、その手を離させた。

 

 裏切られたみたいな表情をされると、その幼い美貌を羞恥と快楽で歪めさせたくなる。

 

 本当に、まずい。

 

 いったい、どうなっている。

 

「やっぱこうなってたか。」

 

 扉を開けて入ってきたクーフーリンが、開口一番に言った。

 

「どういうこと?」

 

「単純だ、お前、戦場に当てられて血が高ぶってやがる。」

 

「そういう時は女を抱くか、殺し合いじゃない戦闘でゆっくりと血をなだめるかしかねぇ。」

 

 ケルトの民(戦闘民族)らしくなってきたってことだ。

 

 そう言ってクーフーリンは笑った。

 

「模擬戦ならこの後の鍛錬でやるつもりだった。」

 

「最悪、お前さんにはマシュの嬢ちゃんかそこの魔女に頼む手があるが、どうする?」

 

 にやけ顔で最後の提案をしてくる。いい性格してるよ。

 

「流石にそれを頼む訳にはいかないでしょ。」

 

「真面目に頼めば、大丈夫だと思うがね?」

 

 流し目でジャンヌダルクを見るクーフーリン。

 

 それにつられて、俺も彼女を見る。

 

 俺の視線を感じたのか、全身真っ赤になりながらビクリと体を震わせる。

 

 何度か口をパクパクさせ、声にならない声を吐き出した。

 

「そんな安い女なわけないでしょ!……アンタが心の底から私を選ぶなら、考えなくもないけど。」

 

「だから言ったじゃないか。」

 

 当然の返答をもらい、クーフーリンに振り返る。

 

 背後で何かぶつぶつ言っているが、何を言われているか怖くて聞きたくない。

 

「勘違いだと思うがな。まぁ、鍛錬でいいんだな?」

 

「応!」

 

 あきれた感じの声を出した後、真面目な表情で聞いて来る。

 

 体の中の衝動を吐き出すように、大きな声で答えた。

 

「なら仮想訓練室だ。ダヴィンチ、頼むぜ。」

 

「任された。これまでの戦闘データと、これまでに発見された特異点もどきのデータがあるから、いろいろできると思うよ。」

 

 どんな戦いにが待っているのだろうか。

 

 ()()()()

 

 あと早く女性のいないところに行きたい。




この作品では、特に断りがない限りジャンヌダルク・オルタをジャンヌと呼称します。

当カルデアにはルーラージャンヌはいませんのでご注意ください。

神風の方が出るかもしれないけどネ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Interlude ―楽しい戦闘訓練(ケルト式)―

立夏君が体験したケルト+不死式時間圧縮(物理)戦闘訓練をどうぞ。

不死者ってさ、疲れててもエスト一杯で疲れと眠気抜けそうじゃない?(偏見)

独自設定爆発してるので注意。

あとケルト描写有り、現代人には早いかもしれないので注意して下しあ。


召喚ルームでの一件にへこみつつ、俺はステータス調整を行った後、クーフーリンに仮想訓練室に連れ込まれた。

 

その時のシャナロットの表情に地味にダメージを受けつつ、訓練に向けて思いをはせる。

 

これから始まるケルト式訓練とは、おれはどうなってしまうのだろうか。

 

強くなれるといいのだが。

 

訓練室中央に、完全装備で立つ。火継の薪から受け取ったらしい指輪をはめる。

 

死んでも壊れることで、なかったことにできる指輪らしい。

 

どういうことだ。

 

傍らには、二槍を携えたクーフーリンが立っていた。

 

「おし、んじゃあまずは、獣人共を蹴散らしてもらおうか。」

 

彼の言葉と同時に、忌まわしい記憶がよみがえる。

 

目の前には、あのフランスの深い森が再現されていた。

 

感じてしまう。

 

森に潜む悪意を。

 

あの時と同じだ。

 

俺を仮の獲物だと思っている獣共が、近くに潜んでいる。

 

腰の剣を抜剣し、盾を構える。

 

どこだ、どこからくる。

 

「そうそう、獣人の数は不明。状況によって変えるからな。」

 

耐久組手か。

 

かすかな殺気。

 

近い。

 

木肌がこすれる音。

 

上か!

 

盾を頭上に。

 

大重量がかかる。

 

盾に斧刃が潜り込んでくる。

 

その金属の煌きが、盾に入った切れ込みから僅かに覗いていた。

 

刃が抜ける。

 

盾に乗っていた獣人は、しなやかな身のこなしで俺から距離をとる。

 

幸い、今俺がいるあたりは少し開けている。

 

直剣を振り回しても、木に食い込んだりはしないだろう。

 

今はまだ、一対一。

 

落ち着いて処理しないと、この後さらにきつくなるだろう状況に対応できない。

 

ジワリ、と相手が間合いを詰める。

 

膂力も瞬発力も相手が上。

 

こちらは盾がある分、防御という点ではアドバンテージがあるが、それも容易くひっくり返されかねない。

 

リーチはこちらの方が、こぶし一つ分は長い。

 

この差を生かせるかどうかだろう。

 

こちらも、わずかに間合いを詰める。

 

互いの武器の先端が触れる寸前、敵が動いた。

 

真っ向からの重撃。

 

まさか、一歩踏み込んでの、両手振り落としをかけてくるとは。

 

予想の外側の行動に、ほんの一瞬反応が遅れる。

 

この時点で、直剣や盾によるパリィは間に合わない。

 

盾を起点に、斧刃をかすらせる。

 

決して引っ掛かりを掴ませないように角度を変え、受け流す。

 

渾身の一撃を流された獣人は、致命的なスキをさらしていた。

 

たとえ身体能力に優れていようと、こちらはこの流れに乗れるように準備している

 

盾を構え、攻撃を流しながら、引き付けた直剣を、相手ののどに叩き込む。

 

獣人の背骨、その軟骨の位置は把握している。

 

喉と動脈、神経を断ち切る軌道で突き込んだ直剣。

 

強靭な毛皮と筋肉をものともせず、生物にとって重要な部位を切り裂いた。

 

神経を切断され、脱力した体に足をかけ、直剣を引き抜く。

 

この作業が、何気に大きなスキになるため、やる際には注意しないといけない。

 

特に頑丈な骨と筋肉にかみ込まれてしまうと、そう簡単には抜けなくなってしまう。

 

実際、フランスではそれで直剣なしで戦う羽目になったこともある。

 

周辺に気を配っていたが、今回そういう襲撃はないらしい。

 

「よっご苦労さん。筋は悪くねぇんじゃねぇか?」

 

クーフーリンが背後に現れる。

 

声をかけられるまで全く分からなかった。

 

「んじゃ、次に行こうか。肩慣らしにはなっただろ?」

 

彼は言葉と共に姿を消し、代わりに周囲の木々から獣人が現れた。

 

まさかこいつらの接近をごまかすために話しかけてきたのか!

 

「顔が引きつってるぜ?ま、その通りだがな。」

 

獣人たちは、その手に握る武器を掲げ、雄たけびを上げた。

 

それに呼応するように、周囲の森からも雄たけびが上がる。

 

何匹いるんだ!

 

 

 

 

 

 

 

時々やってくるクーフーリンが、火継の薪から受け取ってくる緑花草や黄昏草で腹を満たし、これまた空になると汲んでくるエスト瓶で怪我と肉体的疲労を癒しながら行われる耐久組手は、まだ続いている。

 

すでに時間感覚は失われている。

 

補給タイム以外は常に敵に囲まれている状況であり、スタミナがどうとか言える環境ではない。

 

百か?千か?

 

どれだけの獣人を屠っただろうか。

 

なんか途中から色違いのやけに強いのとか、ヤギの角を持つ魔法弾ぶっぱなしてくる筋肉達磨とか、下半身蛇女とか、森の中で突撃(チャージ)かましてくる半人半馬とか、全身岩の妙に固いやつが出てきたけど、それも含めてすべて切り潰している。

 

一部獣人じゃないだろ。

 

もう、戦闘については何も考えられない。

 

なぜかって、今傾けた俺の顔の横を通り過ぎた緑の閃光みたいに、完全な不意打ちで外野が手を出してくるからだ。

 

それもクーフーリンの投げ槍とか火継の薪の弓矢とかだぞ。

 

考えてたら当たる。

 

直感だけで戦闘している状態だ。

 

今、俺の体は現状最も適した動きをしているだろう。

 

同じ剣を振る動作一つとっても、蓄積する疲労は格段に落ち、速度も威力も上がっている。

 

回避動作でも、薄皮一枚切らせないぎりぎりを見極めることができるようになってきた。

 

余計なことを考えず、力の流れに任せた動きをすることで、最も高いパフォーマンスを発揮する。

 

剣が奏でる空気を割く音に、力みがないのが証拠だ。

 

非常にいい感じである。

 

大ぶりの一撃を誘発して躱し、下がってきたヤギ角の首を刎ね堕とすと、周囲の敵が途切れる。

 

補給タイムかな?

 

「よっ、ご苦労さん。」

 

投げ渡されたエスト瓶を飲み、緑花草と黄昏草を詰め込む。

 

青臭く苦みの強い草を飲み下した。

 

しばらくすると、体を力が満たしていくのがわかる。

 

「第一段階は終了だ。」 

 

クーフーリンの背後に、黒い粒子がわだかまる。

 

現れたのは、冬木のアサシン。

 

喉に突き立つダークを認識した時には、もう遅かった。

 

塗られた毒が回り、持とうとしていたエスト瓶が手から滑り落ちる。

 

「おいおい、第二段階はもう始まってるんだぜ?」

 

赤い槍の一閃で、アサシンは黒い霧となって消滅する。

 

落としたエスト瓶を拾い上げ、中身を傷口に零す。

 

ダークは自然に排出され、呼吸が戻った。

 

「立て。」

 

立ち上がると、エスト瓶を戻され、彼は再び森に消えた。

 

「それじゃ、改めてスタートだ。」

 

背後から迫るダークを盾で防ぐ。

 

その瞬間、右側面に殺気。

 

盾を前に出した勢いのまま、左側に大きく飛びすさり、背後に直剣で横なぎを振るう。

 

相手は危なげなく横なぎをかわし、ダークを構えた。

 

これから、連戦が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

十や二十では足りない程度に死にかけ、そのたびにクーフーリンに救われるサイクルを繰り返し、冬木のアサシンの討伐に成功した。

 

その直後に出現した冬木のランサーに、リーチを生かして瞬殺されたが。

 

盾を弾かれ、内臓を零す経験は貴重だが二度としたくない。

 

彼を四苦八苦して倒し、数多くのシャドウサーヴァントを戦い抜いた。

 

何度死にかけたかは数えたくない。

 

最後に、真名開放と防御的魔力放出なしの冬木のセイバーを相打ちに近い形で討伐した。

 

盾と両腕の骨と筋肉と肋骨でエクスカリバーを一瞬固定し、喉元と一突き。

 

綺麗に決まり、背骨を断ち切った代償に、こっちは真横に切断されたが。

 

ぎりぎり命の火が消える寸前にくっつけられて、女神の祝福をぶっかけられることで生き永らえた。

 

人間、皮一枚でもくっついていれば、下半身なくても数秒はいけることを知ってしまった。

 

知りたくなかった。

 

「はは、いくら宝具並みの防具と命のストックがあるとはいえ、よく思いきれたな。」

 

血塗れでクーフーリンが笑っている。

 

「命の捨て所がわかった?いい感じにケルトに染まってきたな。」

 

「なら、最終段階だ。」

 

彼が、二槍を振るう。

 

光が煌いたことしかわからない。

 

ふいに視界が落ちる。

 

手足の感覚がない。

 

地面の感触、倒れた?

 

付け根に激痛が走る。

 

顔をあげ、彼を見た。

 

「あん?マスターの手足、その付け根の大事なところをもらい受けただけだ。」

 

「とっとと回復して続きだ。」

 

「最終段階は、盾無しで俺の槍を三撃。見切って見せろ。」

 

―――それができりゃ、並みの英霊から一分は稼げる。

 

そう言いながら、彼は俺にエスト瓶をひっくり返した。

 

何度繰り返すことになるのだろうか。

 

これで、強くなれるのか。

 

「あ?強くなれるに決まってんだろ。大英雄たる俺の槍を三発見切れる奴が、まともな人間なものか。」

 

それもそうか。

 

「どうだ、やる気が出たか?」

 

「応!!!!!」

 

「は!いい返事だ。ならその意気込み、示してみろ!」

 

濃密な殺気。深紅の瞳が見据えるのは、俺の心臓。そのすぐ脇。

 

豪速で振り込まれる突き。心臓狙いの一撃を、剣の腹で阻む。

 

「甘ぇ!」

 

直剣をすり抜けた槍は、強い捻りを加え、俺の胸に突き立つ。

 

心臓と肺を傷つけないように撃ち込まれた一撃は、痛みと恐怖で、俺の動きを完全に阻害する。

 

「どうだ、心が冷えたか。」

 

今心臓が物理的に冷たいです。

 

槍が抜かれる。

 

傷口の開放と心拍数の増大と共に、出血量が跳ね上がる。

 

ただ、それでもさっきまでのように大血管を傷つけられていないためか、さほどでもない。

 

またエスト瓶をひっくり返す。

 

空になってしまった。

 

「空か、無いととヤバいしちょっともらってくるわ。」

 

クーフーリンがからの瓶を持って、どこかに去っていく。

 

彼が帰ってきたら、本格的に始まるわけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数えるのを最初からあきらめるほどに突き刺され、回復した。

 

一撃を防いでも次の一撃を防げず、致命傷にならない点だけを狙っているとわかっていても防げない。

 

そんなことを繰り返しながら、構えを変え、動きを変え、重心を変えていく。

 

盾がないのだから、構えを変えなくてはいけない。

 

防ぐのではなく、躱すことを重点に置かなければいけない。

 

左右のバランスが変わるのだから、重心の位置も違うのだ。

 

自分の関節の可動域や、筋肉の配分。そういったものを考え、最適化していく。

 

防ぐべき場所が減り、攻撃を誘うことを覚え、生き残るために不要な部分を切り捨てる。

 

無数の試行の果て、経戦能力を維持したまま、彼の槍を三撃防ぐことに成功した。

 

その後も継続して突きの三撃、払いの三撃、織り交ぜた三撃を防げるまで行い、今回の修行の終わりを告げられた。

 

「ご苦労さん、途中から熱くなっちまってな。命のやり取りになってたけど、落ち着いたか?」

 

そういえば、今回のこれは火を鎮めるためのものだった。

 

あれだけ死にかけたのに、火は静まってる。

 

どういうことだ?

 

「わからん。血に酔わなくなる程度に戦いを乗り越えたともいえる。」

 

わからないのか。

 

「俺や叔父貴なら結局女抱いて解決するしな。」

 

ケルトの英雄ならそうだろうね。

 

「とりあえず解決したってことで、いいじゃねぇか。」

 

思い悩んでいたのがあほらしくなる結論だ。けど、スッキリしたのも事実だし、何とも言えん。

 

流石に疲れた。そろそろ自室で寝たい。

 

「ま、人間四日間戦うと何も考えられなくなるよな。わかるわかる。」

 

四日間!

 

「あ、気づいてなかったのか。ま、ケルトならよくあることだから気にすんな。」

 

ケルトなら仕方ないか。

 

仕方ないね。

 

 

 

 

 

 

 

 

「知ってる天井だ。」

 

気が付くと自室のベッドに横たわっていた。

 

睡眠に適した薄明かりがともった自室に、懐かしさすら感じる。

 

というより、久しぶりに寝たのでは?

 

エストにより、肉体の疲れや眠気が焼き払われるうえに、太陽が動かないために時間の感覚が消失していた。

 

まさか四日間も不眠で戦っていたとは。

 

我ながら信じられん。

 

「起きたみたいだね。」

 

この声は!

 

「ドクター?」

 

「そうだよ、最近扱いがひどいドクターロマンさ。」

 

評価については残念でもないし当然。普段の行動が擁護できない。

 

「本当に容赦ないな。」

 

―――それはさておき。

 

彼は、先の訓練中のバイタル変化などについて説明をしてくれた。

 

曰く。

 

何度も死にかけた割に、君のバイタルはそれほど揺れなかった。

 

エストを飲むたびにあらゆる感情がフラットになるのを観測した。

 

そのたびに魔力が増えてるから、扱いには気を付けて。

 

筋力値がDランク位まで向上しているみたい。

 

仮想体のはずなのに、ごく微量のソウルの移動を観測している。

 

あと、怪我が瞬間的に治るのは、データ的に気持ち悪いのでなるべく怪我しないで。

 

「それと、訓練中に次の特異点を観測した。明日には送り出せると思うから、準備しておいてくれ。」

 

「後、体調が悪くなったら、僕に連絡を。それじゃ、お休み。」

 

そう言って、彼は俺の部屋から出ていった。

 

最後の一つだけ不要な情報だが、色々考えさせられる。

 

確認してみると、膨大な数の”ソウルの残滓”というソウルを取得していた。

 

まとめて使用すれば、結構いい量のソウルが手に入りそうだった。

 

そういえば、筋力値に全ぶりしたわけだけれども、装備を火継の薪に相談していなかった。

 

今回の訓練で、ウッドシールドが抜かれる事故が多発していたので、せめて金属製が盾が欲しい。

 

寝る前に、彼に相談しよう。

 

火継の薪の部屋に、向かうことにした。

 




もっとケルトを!(狂気)


ケルトとは何か考える

獣欲(闘争、性欲)だと気づく

やっぱり体は闘争を求めていることに気づく

それを抑えるために、フロム作品をプレイする

フロム作品の売り上げが上がる

AC6が発売される。

こうなれ(願望


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

永続狂気帝国 ―セプテム― 再びの脱落

まーたボッチプレイが始まる。(嘘です。)

今回も、一人だけ別ゲーやってます。




あの地獄を乗り越えた俺は、確かに強くなったのだろう。

 

前回の経験を活かし、多くの物資をソウルの業で取り込ませてもらった。

 

一人で遭難することになっても、どうにかなるだろう。

 

そのうえで、数多くの対策を練り、実行した安全なはずのレイシフト。

 

しかし、案の定だった。

 

まるで抑止力によって妨害されたような、運命づけられた量子偏差の重なりがまた俺をどこかに飛ばしたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

人っ子一人いない深い森。

 

植生はかなり北側であることを示し、冷えた大気がそれを肯定している。

 

かなりの距離を移動したがこのあたりにも、食べられそうなものもなければ水音も聞こえない。

 

やはり物資を持ってきて正解だった。

 

何より素晴らしいのは、今回は一人ではないことだ。

 

がさりと、音がした。

 

しかし、それが敵でないことはつながりでわかる。

 

「お帰り、シフ。」

 

「ワフ。」

 

銀灰の毛並みを持つ狼、シフだ。

 

先の召喚で呼ぶことができた、偉大なる騎士の盟友にして片翼と呼ばれた賢狼。

 

口にくわえた大剣を振り回し、獣の理によって敵を狩る戦法を得意とするらしい。

 

しかし今は霊基不足で大型の狼程度まで縮んでいる。

 

そのため、呼び出した際にそばにあった壊れた武具を使うことができず、火継の薪から借りた大型の直剣を使っている。

 

銘はうつろの鎧の剣。生命を持たない鎧が振るう、炎の力を宿した灼けた剣。

 

先端が灼けているため、かなり目立つがその威力はすさまじい。

 

この森で襲ってくるスケルトンを一撃でばらばらにし、そのまま燃やし尽くす程度の火力がある。

 

今回の偵察行でここ数日間の放浪の末、森の端に近づいたことが分かった。

 

森の外辺に割とやばいのが何体かいること。

 

少なくともそのうちの一体をねじ伏せないと、森の切れ目に出られないことを教えてくれた。

 

覚悟を決めてかからなくてはいけないらしい。

 

幸い、周囲に取り巻きのいない一帯を見つけてくれている。

 

俺とシフで速攻をかけ、他のモンスターが寄ってこないうちに処理することに決めた。

 

そろりそろりと、シフの先導を受けて森を進む。

 

途中にいるはぐれスケルトンを処理し、さまようスケルトン集団を躱して先に進んでいると、争いの音が聞こえた。

 

その方向に進み、シフの合図を受けて木の裏に身をひそめる。

 

覗き込むと、一匹の巨大な魔獣、キメラと戦う特徴的な鎧を着た兵士たちがいた。

 

ローマ様式の鎧に身を包んだ兵士たちは、同僚の死に動揺することなく、最大効率でキメラと戦っていた。

 

たとえ隣の兵士が貪り食われ、その腸を被ることになっても、誰一人として悲鳴を上げない。

 

異常な集団だった。

 

人間であれば、どれだけ鍛え上げられていても、むしろ鍛え上げられているがゆえに、あれには耐えられないはずだ。

 

全ての兵士が全力を振り絞っている。

 

ごくまれにしかキメラの体に傷をつけられなくても、戦い続けている。

 

死体の数から考えて、すでに半分以下まで減っているというのに。

 

俺は、その戦いから目を離せなかった。

 

最後の一人が、キメラの左目を対価に、その体を貪り食われるまで。

 

百人以上の兵士が、文字通り全滅するまで戦う。

 

包囲されているわけでもないのに、自発的になんて人間には不可能だ。

 

凄まじい戦いだった。

 

その結果は、巨大なキメラの全身に傷をつけ、蛇の尾は槍で串刺しにされ力なく地面に落ち、背中から生えたヤギの頭は無数の投げ槍に貫かれ弱弱しく鳴動し、獅子の顔も左目を貫かれ、口から血を流していた。

 

どう見ても満身創痍である。

 

先ほどの戦いの衝撃が抜けきっていない自覚はあるが、こいつを倒せば森の外に抜けられる。

 

戦いの音を聞きつけて他のモンスターがやってこないうちに、森を抜けださなくてはいけない。

 

巨大な獣を狩るために、火継の薪からもらい受けた新たな装備を取り出す。

 

大きな獣の攻撃を受け止め、致命傷を受けないための重装備。

 

名高きロスリック騎士が纏った甲冑は、戦闘による凹みや傷があるモノの、いまだに高い防御力を発揮する。

 

擦り切れていた金刺繍の施された赤いサーコートやマントは、ダヴィンチちゃんの手によって修復されている。

 

彼らが用いたロスリック騎士の盾も受け取っている。

 

そしてロスリックの戦旗。

 

見た目は異常に長い十字槍だが、ソウルを注ぎ込むことでたなびく幻影の戦旗を現出させる。

 

この旗が翻っている間、周囲の味方に力を与える効果があるそうだ。

 

マスターとして前線に立ち、彼らを支援しつつ自分も戦うものとして最適な装備だろう。

 

予想以上にサーヴァントの対魔術、呪術性能が高いことをふまえると、火の強化と混沌の火の習得まで呪術はお預けになった今、近接戦をしつつ見方を支援する装備としては十分と言える。

 

代わりに、消費するソウルがかなり大きいため、ここぞという時にしか使えないが。

 

あと、まだ槍の扱いになれておらず、巨大な敵でないと急所に当てられない問題もあるため過信はできない。

 

これらを纏った俺は、正直かっこいい。

 

美麗な装飾を施された鎧と盾を持った騎士がかっこ悪いはずがない。

 

いくつかのへこみや傷すら、歴戦の証に見えるくらいだ。

 

男だったら、誰だってかっこよく思えるだろう。

 

「ゥウ。」

 

シフに体をゆすられる。

 

いかん、ちょっとトリップしていたらしい。

 

戦闘開始だ。

 

戦旗を掲げる。

 

ソウルを注ぎ込むと、白い光で象られた壮麗な戦旗が浮かび上がる。

 

石突を地面に突き立てると、光の線が無数に走った。

 

戦旗が消えるのと同時に、シフが走り出す。

 

木の陰から放たれた光に反応し、こちらを向いていたキメラの視界に、シフが移ったのだろう。

 

喘鳴していたヤギの頭が持ち上がり、魔法弾を放ってくる。

 

何発も放たれる魔法弾を、獅子の前足による攻撃をシフはやすやすと躱し、胴体に初撃を叩き込んだ。

 

すでに槍が突き刺さっていた部分をまとめてそぎ落とす軌道。

 

開いていた傷口が拡大され、二つの顔から苦悶の声があふれる。

 

縦横無尽な軌道から、二度三度と振るわれる刃は、キメラの各部位に大きなダメージをもたらしていた。

 

ようやく俺も戦闘に参加する。

 

この装備、やっぱり重い。

 

シフを追いかけ、俺に完全に横っ腹を見せていた。こちらに意識を向けていない。

 

狙いどころ、戦旗で突く。

 

装備重量とダッシュによる衝撃力が、キメラの強靭な皮と筋肉を抉りぬいた。

 

戦旗の十字近くまで食い込ませたが、奇妙な感触が返ってくる。

 

腸を貫いたはずの穂先に、もっと固い感触を感じた。

 

ねじり、押し込み、引き抜く。

 

噛み込んでいた筋肉や皮膚を引き剥がさないと、この状態のものは抜けない。

 

合わせて送り込まれた、シフによるヤギの頭を伐り飛ばす一撃。

 

こちらが離脱するまでの時間を稼ぎつつ、キメラにとって致命の一撃を加える。

 

シフの戦闘勘は鋭い。

 

これで魔法弾は封じた。毒の息を吐く蛇頭はすでに動いていない。

 

後は獅子の体の息の根を止めるだけだった。

 

シフと俺は対角線上に陣取りながら、常に相手の側面をとろうとする。

 

当然相手はそれを嫌がるが、常に一方が攻撃を仕掛けることで、その場から動くことを許さない。

 

蛇頭を鞭のように振り回したり、前足による引っ掻き、噛み付き。

 

寝転がるような動きでこちらを押しつぶそうとしてきたりもする。

 

それを盾で防いだり、ぎりぎりで回避したりしつつ、その体にダメージを刻み込んでいく。

 

そうこうしているうちに、奴の動きが悪くなってきた。

 

全身の傷口からの出血量が落ちている。

 

そろそろ失血で死ぬだろう。

 

ほおっておいてもいいが、確実に仕留めておきたい。

 

手負いの獣をほおっておくと、後々復讐の牙が喉笛を食いちぎりに来るというのが、クーフーリンの教えだ。

 

ケルト式の戦闘法理を身に着けた以上、戦闘は殺すか、殺されるかだ。

 

引き分けはあり得ない。

 

故に殺す。

 

シフが、キメラの背後から背中に飛び乗る。

 

その時、背骨を断ち切る軌道でうつろの鎧の剣がねじ込まれる。

 

腰砕けになったキメラの胸を目掛けて、戦旗を大きく引き付ける。

 

両前足で踏み込むように、キメラは上半身を高く持ち上げ、上から叩き潰すように腕を振り下ろす。

 

ついでに頭をかみ砕かんと広げられた口に狙いを変え、動きのまま戦旗の石突を地面に突き刺す。

 

キメラは攻撃の勢いのまま、戦旗に向かって倒れ込んでくる。

 

後ろ足に力が入らない状態では、前足が宙に浮いている今、回避行動はとれなかった。

 

そのまま落下エネルギーを地面に伝達するように、戦旗の先端は上口蓋を突き破り、脳髄をかき回す。

 

キメラはびくりと跳ねると、両目をひっくり返し、動かなくなった。

 

何とかキメラを横倒しにし、戦旗を抜き放って移動を始める。

 

貴重な素材が取れるのかもしれないが、今他のモンスターの接近を許すつもりはなかった。

 

まずは、人間の支配圏に近づくことが先決だ。

 

俺とシフなら、素材は後でいくらでも回収できる。

 

それなりの量のソウルを獲得し、森を進む。

 

視界の先、木々の間を抜けて草原が見える。

 

しばらく進むと、森の境界を目にすることになる。

 

不自然なまでに明確な境界線。

 

人間の手が入っていることは間違いない。

 

「ふがいない主だけど、よろしく頼むよ。」

 

「ワフッ!」

 

俺の足に、軽い擦り付けを仕掛けてくる。

 

悪い反応ではないだろう。

 

森から出る前に、ロスリックの騎士一式から、ロスリックの魔術師一式に切り替える。

 

盾も戦旗もしまい、腰に番兵の直剣を履き、ショートボウを背負うだけの軽装になる。

 

もう少し重装備をしたいところだが、ジークフリートのように怪しまれても困る。

 

ゆえに、武器もこの時代の武器に近いものをわざわざ用意してもらった。

 

そして残念だが、シフの武器はいったん回収である。

 

流石に、先端の灼けた剣を振り回す狼なんて、どんな時代でも討伐対象だからだ。

 

ソウルから水と簡単な食料を取り出し、小休止をとる。

 

シフと分け合い、とっとと流し込む。

 

森を抜けることにした。

 

 

 

 

 

 

 

森を抜け、丸一日が立っている。

 

崩れた石柱群を除き、まだ人間の痕跡には出会えていない。

 

古代ローマの勢力圏近辺であるのは間違いないので、とにかく西進することにしている。

 

ヨーロッパから西アジアにかけてのどこかであるのならば、西に向かうことで人間の痕跡に出会うことができるだろう。

 

シフにもにおいを探ってもらっているが、人間らしいにおいには出くわしていない。

 

水と食料には何の問題もないのだ。

 

地道に行こう。

 

 

 

 

 

スケルトンの群れに遭遇した。

 

しばき倒した。

 

シフがおやつにしようとしていたので諦めさせた。

 

そんな目をするんじゃありません!

 

 

 

 

巨大なイノシシに襲われた。

 

キメラより頑丈な猪ってなんだ、これがINOSIHSHIか。

 

結構おいしかったです、シフも喜んでいました。

 

 

 

 

 

 

獣人に襲われた。

 

捻り潰した。

 

飯にならない獣は来るな!

 

 

 

 

 

 

野盗に出会った。

 

一人だけ生き残らせて、残りは処分した。

 

町の情報だけ聞いて、地面に埋めた。

 

そのついでに拠点に囚われていた玉ねぎのような外見の騎士、ジークバルトを救い出す。

 

眠りこけているところを捕まってしまった、あと少しで売り飛ばされるとこだったと笑いながら言っていた。

 

笑い事ではないと思うのだが。

 

彼は約束を果たすために旅をしているらしく、そのまま分かれることになった。

 

 

 

 

 

 

 

親切な野盗の情報のおかげで、ライン川を越えて人類圏に到着することができた。

 

その都市の名はアルゲントラトゥム、事前のレクチャーによれば、ローマ軍の駐屯地であり、後のストラスブールになる都市だ。

 

川に囲まれた防護に優れた拠点であり、高地ゲルマニア属州(ゲルマニア・スペリオル)の後背拠点でありライン戦線における重要拠点であった。

 

遥か東方より偉大なるローマを学びに来たと告げれば、俺とシフ合わせて5デナリウスの入市税と引き換えに入市することができた。

 

前回もそうだったが、盗賊団は結構金を持っている。10アウレウスはあるし、当分は持つだろう。

 

シフも一緒に入ることができたのは驚きだが。

 

正式に許可されたことを示す首輪と許可証を受け取り、各階層に対して被害を与えた場合の罰則の説明を受けて入市した。

 

町は予想以上に栄えていた。

 

まぁ、栄えあるローマ第四軍団(マケドニカ)歩兵中隊(マニプルス)600人が駐屯する都市であり、ラインという水運の大動脈を守る街でもある。

 

大きな船着場と合わせて、物と人と金が集まるのも当然だろう。

 

門兵から勧められた宿で、シフの扱いでもめた後(1デナリウスを追加で払い、寝床に入れないことを条件に許可してもらった)、部屋に入ることができた。

 

看板娘(茶色い目のかわいい娘だ)と宿の主に大量のイノシシ肉と10デナリウスを追加で支払い、宴会を開く準備をしてもらう。

 

日が落ちるころ、ローマ兵の一団と労働者たちが酒場にやってくる。

 

市場で買い求めてもらったワインと肉、魚をふるまい、様々な情報を話してもらった。

 

曰く

 

西方に連合ローマなる謎の集団が現れた。

 

一緒に人型の妙なバケモノ共も現れた。

 

それに合わせ、ネロ帝がゲルマニア方面に遠征をおこなっている。

 

皇帝陛下の親衛隊に、異国の勇者たちが加わった。

 

ゲルマニア一帯で連中の出現に合わせて蛮族共の反乱が発生し、第四軍団も鎮圧に乗り出している。

 

その影響でいくつかの物資が値上がりし始めている。

 

それにしても、このワイン旨いな!ずいぶん高い奴だろ?

 

イノシシもうまい!これがただとは、お前蛮族にしてはいい奴だな!

 

最後の方は酔っ払いの戯言だが、重要な情報を得られた。

 

多くの商人も合流し、宴はさらに華やかになっていく。

 

壮絶な宴会は砦を預かる百人隊長(ケントゥリオン)が参加する事で混迷を極め、副官に回収されることで終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

一晩明け、昨日の宴会で得られた情報から今後の方針を考える。

 

皇帝ネロに従っている異国の勇者というのが、カルデアの面々だろう。

 

合流するために、皇帝が凱旋するであろうローマを目指すことにした。

 

中々の味の朝食を取り、パンとワインを受け取って宿を立つ。

 

ローマ街道を伝い、アルプスを越え、ローマを目指す。

 

かなりの距離を行くことになる。時間がかかりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

南門で開門を待っていると、商人に声をかけられる。

 

結果として、昨日の宴会で仲良くなったローマに向かう商人に護衛として同道させてもらうことになった。

 

狼を従えた斥候としての役割を求めての事だった。

 

考えてみれば、よく知らない地で無理をして行き倒れるになるよりも、道中をよく知る商人の協力を仰ぐのが一番だろう。

 

彼は荷車に鉄や青銅を満載した隊商を率い、数十人の騎馬私兵を抱える大商人だった。

 

大型の馬を譲ってもらう代わりに、仕留めた大イノシシの皮や牙を譲る。

 

彼は大喜びで皮を加工士のもとに持ち込んでいた。

 

荷車に積まれた牙を見て、最初は胡散臭い目で見ていた護衛の態度も柔らかくなる。

 

状況はかなり好転している、ローマまで安全に進むことができるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

そんなことはなかった。出発前の自分を殴ってやりたい。

 

ローマ到着までに、蛮族や山賊の集団に襲われること十回以上。

 

一度は部族単位で襲撃をかけられた。

 

巡回していたローマ軍の来援がなければ壊滅していたかもしれない。

 

それでもどうにかローマに到着した。

 

そのまま彼の館に招かれ、一泊する。

 

数日後に予定されているローマ皇帝ネロとの謁見に連れて行ってもらえることになった。

 

久方ぶりの入浴で汗を流し、同じく入浴でふさふさになったシフと共に眠りにつく。

 

明日は非番の護衛達とローマに繰り出す予定だ。

 

楽しみで仕方がない。




一人だけオープンワールドローマで傭兵プレイしてるぐだ男。

蛮族系傭兵でローマを満喫してやがる。

このローマでは、狼を従えることに割と意味がある設定。

神祖が狼に育てられたことが背景にあり、余程のことがないと狼は討伐の対象にならない。

やるときはやるが。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

永続狂気帝国 ―セプテム― 偉大なるローマ

2日連続投稿だおらぁ!(原稿を叩きつける音

ローマ文化を満喫するぐだ男。

読まなくてもストーリー的に何の問題もなかったりする。

今度の被害者は幼女様だ!(白目


素晴らしい目覚めだ。

 

外を見れば、雲一つない快晴らしい。

 

今日は非番の護衛達とローマをめぐる。

 

出歩くにはいい天気だった。

 

商人の家はとんでもなく巨大なものだった。

 

ローマ城壁の外ではあるが、小さな砦のようなものだ。

 

3m以上の石壁と頑丈な櫓を持つ外周部には、常に解放奴隷からなる重武装の私兵が展開。

 

アウレウス街道に面した正門は荷車がすれ違えるだけの大きさがあり、頑丈な鉄格子が打ち付けられた木の落とし扉が巻き上げられている。

 

周囲には狭いとはいえ水濠があり、防御力は明らかに高い。

 

一辺300mはくだらないだろう広大な敷地には、私兵、奴隷用の集合住宅、訓練場、厩舎、武器庫、商品倉庫のある区画を挟んで第二の壁と門があり、その内側に四階建ての自宅がある。

 

自宅はかなり金のあることを示す豪華なつくりと内装であった。

 

客間は自宅の三階にあり、美しい布を何重にも重ねた寝具に横たわって眠る経験は貴重なものだろう。

 

シフにも、同じく布を敷き詰めた寝床が用意されていた。

 

彼はその上で目を瞑っている。

 

「じゃあ、行ってくるよ。」

 

シフには予定を告げているが、ここから出るつもりはないらしい。

 

尻尾を一振りして、そのままだ。

 

 

 

 

 

 

 

商品の納入と搬出で大騒ぎな広場を抜け、積み荷を満載した荷車をよけつつ街道に出ると、二人の男が立っていた。

 

「よ、待ってたぜ立夏!」

 

「今日はよろしく。」

 

筋骨隆々の大男、不思議と人の好さを思わせる表情を浮かべているのは、剣闘士(グラディアートル)と呼ばれる私兵隊長。

 

ぼそりと声をかけてきたのは、ジルドレ元帥に似た感じを受ける線の細い男、(ウェントス)と呼ばれる斥候頭。

 

奴隷になる前の名前を捨てた連中ばかりで、主である商人が見た目からつけているらしい。

 

「もうちょっと元気出せよウェントス!」

 

「お前は暑苦しいんだよ、寄るなグラディアートル!」

 

相変わらず仲がいいな、この二人は。

 

グラディアートルは見た目通りのバカ力を持ち、総鉄製の長槍を棒切れのように振り回す男、しかしそれだけではない技巧派の戦士だ。

 

あの見た目で騎乗戦闘に騎乗射撃だってこなせる精鋭である。

 

ウェントスは筋力こそ弱いものの、アサシンに匹敵する隠形と暗殺術を持っている。

 

あの襲撃の時は族長と御付を暗殺して混乱させていたっけ。

 

二人には道中、稽古をつけて貰っていた。

 

今日はたまたま無聊をかこっていた二人に、お礼がてら奢る予定だ。

 

「それじゃ、案内よろしく。」

 

「任せとけ!」

 

「うまい飯屋なら任せろ。」

 

二人と連れ立ち、ローマ市街を目指す。

 

 

 

 

 

 

「どうだ、ここの飯は!」

 

「旨いな。」

 

「それは良かった。」

 

昼間っから高いワインをがぶ飲みしているグラディアートルと、帝都では中々手に入らない最高級の蜂蜜酒を飲むウェントス。

 

彼らに連れられて入った軽食堂(バール)は、とんでもなく料理の上手い親父がやっている店だ。

 

昔は看板娘がいたらしいが、結婚していなくなったらしい。

 

ちなみに嫁さんは学があるらしく、教師の仕事をしているため、親父一人で切り盛りしている。

 

さっきから食べている豚の串焼きは、魚醤(ガルム)で何度も味付けされ、炭焼きされているため、非常に香ばしい香りを楽しめる。

 

ワインと喧嘩しそうな香りだが、これが意外とあっていてびっくりだ。

 

豪快に焼き上げたローストチキンも、表面が香辛料入り蜂蜜ソースを重ね塗りされ、あめ色に輝いている。

 

大椀に盛られた豆入り麦粥(プルス)もほんのりと魚の出汁が聞いていて旨い。

 

ソーセージや魚肉団子が入ったスープが黄金色に輝いて複雑な味と香りを誇っていた。

 

何者なんだ、ここの親父は。

 

現代の高級レストランに匹敵する料理を出してくるとは。

 

しかもこれが銅貨で食えるというのもおかしい。

 

大損していると思うのだが、どうなっているんだ?

 

一口一口、感動と疑念にさいなまれながら食事を進めていく。

 

そういえば、さっきから気になっていたんだが。

 

「この店だと鉛の器は使わないんだな。」

 

古代ローマにおいて、ワインを鉛の器で飲む風習があったことは有名だ。

 

「ん?ああ、ここの親父が体に悪いから絶対に使わん、って言うんでな。」

 

「実際、鉛の器を使わなくなり、主も体調がよくなった。」

 

「その話が広まって、この店に来る連中は皆鉛の器を使わなくなってるって話だ。」

 

二人が酒を飲む合間に、交互に説明してくれた。

 

鉛中毒の危険を知っているとは、ますます不思議な店主だ。

 

まぁ、そんな疑問も、ここの料理のうまさが吹き飛ばしてくれる。

 

どうでもいい、これが食えればいいのだ。

 

「そういうこった、ここで飯を食う連中は、お互い誰か詮索しないことになってる。」

 

「そして敵対している政敵や商売敵でも、ここでの争いはご法度だ。」

 

「さもないと、鉄張りした大盾(スクトゥム)を素手で殴り壊す店主にぼこぼこにされるからな。」

 

騎兵長剣(スパタ)を折ったんだろ、素手で。」

 

「親衛隊の百人隊長三人を同時にぶちのめして通りに叩き出したのは有名だ。」

 

「え、親衛隊相手の百人組手で圧勝したんじゃなくてか?」

 

「逃げ出したライオンを素手で締め上げて落としたこともあったはずだぜ!。」

 

「暴れた象を殴っておとなしくさせた、だろ?」

 

「兄ちゃんもここで暴れないように気をつけな!」

 

周りにいた客たちが参戦してくる。

 

逸話が出てくる出てくる、ますます何者なんだ店主。

 

蛮族かなんかか。

 

「てめぇら、好き勝手言ってくれるじゃねぇか!」

 

奥から店主が出てきてしまった。

 

波打つ黒髪をまとめ、後ろで一つ縛りにした、浅黒い肌を持つグラディアートル以上の大男。

 

暴力的なまでの筋肉を、無理矢理服に詰め込んでいる感じだ。あらゆる場所がピッチリしてしまっている。

 

持っている大きな肉切鉈が小さく見える位、存在がでかい。

 

あと顔が蛮族過ぎて血みどろの鉈が似合いすぎてヤバい。

 

「事実だろうがよ!」

 

「俺たち嘘はついてねぇぞ!」

 

「神話並みの行動する店長に問題がある。」

 

周りに皆は口々に反論する。

 

「あんなもん誰だってできらぁ!」

 

「できるかふざけんな!」

 

「だから蛮勇(ヘラクレス)呼ばわりされるんだよ!」

 

逸話が本当なら、ヘラクレス呼ばわりも納得である。

 

そんなやり取りを聞きながら、昼食(ケーナ)を楽しむ。

 

それにしても昼から飲むワインはうまい!

 

自堕落(ローマ)万歳!

 

 

 

 

 

 

昼食後、嫌がる店主に金貨を握らせ、店を出た。

 

対価を支払うに足るものなのだから、黙って受け取ればいいものを。

 

「立夏、ずいぶん張ったな。」

 

「それだけの価値はあった。」

 

「ちげぇねぇ!」

 

三人ともホロ酔い気分で、道を歩く。

 

次の目的地が見えてきた。

 

「あれが、公衆浴場か。」

 

「おうよ、あれがローマ帝国唯一の公衆浴場、アグリッパの浴場だ。」

 

入場料は俺がだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

色々な経験をしてしまった。

 

全裸でやり投げや円盤投げをする開放感がすごくて癖になりそうだった。

 

あとオイルマッサージと垢すり。

 

全身くまなくピカピカにされてしまった。

 

女性がマッサージにはまる理由が分かった気がする。

 

それに熱いサウナと冷たいプールの往復が古代ローマでできるとは思っていなかった。

 

いい経験ができた。

 

思う存分堪能した後、三人で連れ立ち談話室へ向かう。

 

入浴を終えた男たちが、体を覚ましながら政治談議や商談に花を咲かせていた。

 

彼らの手にはさまざまな軽食が握られ、ワインをあおっていた。

 

「すげえだろ?」

 

「圧倒されるね。」

 

また、談話室をはじめ、公衆浴場各所に芸術品が展示されている。

 

モザイク画が壁面一帯に描かれ、数多くのツボや石像が飾られていた。

 

一種の美術館のようなものなのだろう。

 

そして何より、すべての規模がでかい。

 

入場料に含まれているらしい軽食代を取り返さんと、イチジクやチーズ、良く冷やされた水などを手に入れ、空いているスペースで涼む。

 

予想以上に風通しがよく、大理石の床はかなり冷たい。

 

冷たい水と合わせ、酔いと熱で火照った体に心地よい。

 

誰に邪魔されるでもなく、三人で語り合っているうちに時間は立って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

公衆浴場を出るころには、日が傾き始めていた。

 

「そろそろ娼館にでも行くかね。」

 

「立夏は主に呼ばれているのだぞ!そもそもお前は今日不寝番だろうが!」

 

「悪いね。」

 

「そうだったな。ま、気にすんな!」

 

グラディアートルは行きつけの娼館に行きたかったらしいが、今日は俺の護衛ということもあって実質休暇という形になっている。

 

労働をしているので諦めてもらうしかない。

 

心底残念そうな顔をしていたが、気持ちを切り替えたのか、笑いながら大きな手で頭をなでてきた。重い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

行きよりも長い時間をかけて、商人の家に戻ってきた。

 

朝の出入りの激しさとは打って変わり、すっかり人気はなくなっていた。

 

櫓や壁の上に灯りが灯され、周囲の暗がりを照らしている。

 

「野郎ども帰ったぞ!」

 

グラディアートルの大声に、門のあたりが騒がしくなる。

 

「隊長のお帰りだ!跳ね橋を下ろせ!門を開けろ!」

 

今日の責任者が声をあげると、まず跳ね橋が下ろされた。

 

その後、大きな音を立てて門がせり上がっていく。

 

とんでもなく重そうな音だ。

 

数十人の奴隷が開門のためにいるらしい。

 

「じゃ、俺はここでお別れだ、楽しかったぜ立夏!」

 

「今日はありがとう、グラディアートル。」

 

彼は俺の声に、手だけを振って歩き去っていった。

 

彼の自室にある装備をとりに行ったのだろう。今日は不寝番だと言っていたからな。

 

「私が主のところまで警護しよう。」

 

「流石にこの中なら俺一人でも大丈夫だけど。」

 

「これが仕事だ。だいたい、立夏君を主のところに連れて行くように言われているのでね。」

 

「ならよろしく。」

 

俺の言葉に、ウェントスは頷くことで答えとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

第二門を抜け、四階にある商人の執務室に向かう。

 

四階は彼の奥方と彼の寝室、執務室しかない。

 

執務室の戸を、ウェントスがたたく。

 

商人の声に従い、入室した。

 

「待っていましたよ、立夏君。」

 

「お待たせしました。」

 

いやいや、気にしないでくれ。

 

彼はそう言うと、用意された寝椅子を進めてくれた。

 

円卓のわきに、すでにシフが寝転がっていた。

 

こちらに目を向けると、尻尾を一振り。

 

ローマの作法に従い、左手を下に寝転がる。

 

給仕を担当する幼いエジプト人奴隷の女の子から、豪奢な刺繍が施されたクッションを受け取り、左肘の下にクッションを置く。

 

以外にこれが安定することに驚いてしまう。

 

円卓の上には、彼の富を象徴るように、金銀の精緻な細工が施された食器に調理技法の粋を以て調理された最高級の珍味が並ぶ。

 

「皇帝陛下のそれには劣りますが、市民でこれを食せるものは少ないでしょうな。」

 

「そのゴブレットは新進気鋭の作家のものです、中身は皇帝陛下お気に入りの品ですよ。」

 

現代に残っていれば文化財としてかなりの値が付きそうなゴブレットに、皇帝陛下お気に入りのワインが注がれる。

 

「では、皇帝陛下の戦勝と貴方との出会いに。」

 

「皇帝陛下の戦勝と貴方との出会いに。」

 

「「乾杯!」」

 

金の表面に水滴がつくほどに冷やされた一杯を、一息に飲む。

 

蜂蜜の上品な甘さと、濃縮されたワインの主張が混ざり合い、非常に飲みやすい。よく冷やされているのもあるだろうが。

 

食前酒として供されるムルスムだが、ここまで雑味がないのは、蜂蜜が高品質であることを示す。

 

この時代の蜂蜜は非常に人気であるがゆえに高価だ。

 

混じりけがなく、高純度に生成された蜂蜜の値段は、金貨で数えなければならないという。

 

円卓に置かれた料理にも、間違いなくぜいたくに使われているだろう。

 

貴重な品を、さりげなく織り込むことで自らの富を誇示する。

 

こうして自分の信頼性を高めているのだろうな。

 

「立夏様、何をお取りしますか?」

 

鈴のような声をあげ、少女は黄金の小皿を捧げ持つ。

 

幼いながらも、将来大輪の華となることを約束された美貌の片鱗。

 

知性と意志に輝く黒曜石の瞳に、目を奪われる。

 

それをごまかすように、商人に話を振る。

 

「今日のお勧めは何でしょうか、商人殿?」

 

「そういえば、名乗っておりませんでしたな。最初はシチリアから送られた、マグロのカラスミ(トンノのボッタルガ)羊乳チーズ(ペコリーノ)|、当家の菜園で先ほど収穫した生食用ソラマメ(ファーべ)をお勧めします。特にマグロのカラスミはローマでは中々食べられませんぞ?」

 

彼は自分がまだ名乗っていないことに驚いていた。

 

彼の名はグエナウス・コルネリウス・スッラ・ゲルマニクス。

 

共和制ローマにおいて多くの政治家を輩出した貴族階級(パトリキ)の名族コルネリウス氏族であり、政軍に優れた人材を有したスッラ家の七男。

 

ローマ第四軍団の百人隊長を務め、褒賞として高地ゲルマニア属州に複数の鉱山を持つ商人に転じた男。

 

今ではローマの剣闘士に最も選ばれた武器商としても有名らしい。

 

海の星(ステラ・マリス)そこまでにしなさい。」

 

「……申し訳ございません。」

 

上記の略歴は無数の修飾が加えられつつ、海の星と呼ばれた奴隷の少女が謳ったものである。

 

主に制止させられた時に、まだまだ語りたそうな不満げな表情を浮かべていた。

 

彼はその表情を見て、苦笑する。ワインをあおり、語りだした。

 

「この子は私の孫にあたる子でしてな。」

 

「エジプトからの帰りに難破して両親を失い、生き残ったものの奴隷に落とされた所を買い戻したのです。」

 

「いけないことだとはわかっているのですが、どうしても甘やかしてしまうのです。」

 

「ご無礼をお許しいただけますかな?」

 

「お気になさらず、むしろお話を聞き、ゲルマニクス殿にこのような態度をとってよいものか、不安になりました。」

 

「それこそお気になさらずというもの。立夏殿とシフ殿がいなければ、道中で命を落としていたでしょうからな。」

 

こちらから友誼をお願いしなくてはいけない立場なのですよ。

 

彼はそういうと、オリーブで煮込まれた貝をすする。

 

ふと目をやれば、シフは美しい焼き物の皿に乗った子羊の丸焼きを食べていた。あれもおいしそうではある。

 

獲らないから皿を抱え込んで隠すのをやめなさい。

 

「先ほどは失礼しました、こちらをどうぞ。」

 

目を戻すと、黄金の小皿にカラスミとチーズ、ソラマメをのせ、捧げ持つ海の星がいた。

 

目は合わせてくれないらしい。

 

彼女から黄金の皿を左手で受け取り、マグロのカラスミを口に含む。

 

普通のカラスミと違い、一枚がかなり大きい。

 

噛むと、口内が重厚な風味に蹂躙される。

 

油分が強い。かなり大きな個体から作られたのだろう。

 

ワインで、口の中を洗い流す。

 

続いてチーズとソラマメを一口。

 

塩気が強いチーズの濃厚な風味と、新鮮なソラマメが非常によく合う。

 

「いかがですか。」

 

「どちらも、ワインが進みすぎてしまう味です。旨いなぁ。」

 

「そうでしょう!体に悪いのは間違いないですが、だからこそ旨いのでしょうな。」

 

確かに、塩分強すぎで明らかに体に悪そうだ。

 

でもうまいから仕方ないよね。

 

「……御注ぎします。」

 

海の星が、空になった盃にワインを注ぐ。

 

やっぱりこちらを見てくれない。

 

どうやってこぼさずに注いでいるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

その後も贅を尽くした料理を食べ、各地のワインを飲み比べ、限界を超えて吐き戻しというサイクルを何度か繰り返した。

 

結局最後までこちらを見ることなく、給仕をしてのけた彼女はすごいと思う。

 

宴の終わりを、ゲルマニクスが告げた後、妻のオリンピア殿が帰宅された。

 

「主人のためによく働いたそうだな。褒めて遣わす。」

 

「この家を自宅だと思い、寛ぐといい。」

 

長く美しい茶色の髪を結いあげた、知的美女だった。

 

結構上から目線だが、庶子とはいえ元皇族であると聞いて納得する。

 

彼女と海の星が同席する場で、俺は布袋を取り出し大理石の机に置いた。

 

紐解き、用意してもらった小さなクッションに中身を出す。

 

机の上の小さなクッションに、大粒の赤い宝石がいくつか転がった。

 

美しいカットを施された赤い宝石。

 

ゲルマニクスやオリンピアが取り上げ、灯りに透かし驚愕している。

 

この宝石の透明度は凄まじいものだ、何しろダヴィンチちゃんが作ったものだからね。

 

先のフランスで大量に得られた竜血を精製して加工した竜血石。

 

簡単な毒と出血に対する加護を与える魔術礼装でもあるらしい。

 

いざという時の資金繰りに使えるだろうと、渡されたものだ。

 

「今日の宴と歓迎に感謝を込め、これらをお二方にお送りいたします。」

 

「今後のより良い関係を築くための投資ですので、どうかお受け取りください。」

 

「そこまで言われてしまうと、受け取らざるを得ませんなぁ。」

 

「貴方!」

 

「オリンピア、これは信頼のための品だ。受け取らない選択肢はないのだよ。」

 

激高する奥方をゲルマニクスがなだめる。

 

「お受け取りいたしましょう。」

 

「一つだけお願いが。」

 

「何ですかな?」

 

「一つは、海の星殿に差し上げたいのです。」

 

「良いのですか?」

 

「御機嫌を損ねてしまったようですので、お詫びです。」

 

「……そういわれるならば。海の星よ、受け取りなさい。」

 

「あ、ありがとうございます、立夏様。」

 

慌てふためく海の星を見て、血の通った彼女を初めて見れた気がした。

 

「はぁ、貴方はこの娘に甘すぎます!」

 

「君が厳しく指導しているから、私が甘くなるのだよ。」

 

「物事には限度というものがあるのです!」

 

「わかっているわかっている。……海の星、立夏殿を客室にお送りして、おもてなしを。」

 

彼の指示に従い、海の星の後に続いて彼の部屋を辞去する。

 

二人は完全に痴話げんかモードだ、あそこにいてもどうにもならない。

 

いやぁ、すっかり酒が回っている。

 

緊張が抜けたからだろうか、歩き出すと途端に酔いが回ってきた。

 

なんともふわふわした感覚だ。

 

前を歩く彼女の耳が真っ赤なことに気が付いた。

 

酒は飲んでいないはずだが、大丈夫だろうか。

 

部屋につき、寝床に横になる。

 

部屋に小さな灯明がつけられ、うすぼんやりとした灯りが部屋を照らしている。

 

海の星が、新たな香を香炉に落としていた。

 

立ち込める濃厚な香り。

 

眠くなってきた。

 

海の星が、目の前に立ち、衣を脱ぎ捨てた。

 

薄衣だけを纏った海の星は、その幼い体のラインを、灯明の明かりで透かしている。

 

何をしているのだろうか。

 

「えと、その、あの。」

 

しどろもどろな彼女は、シミ一つない肌を真っ赤に染めていた。

 

大丈夫だろうか。

 

彼女を抱き寄せる。風邪ではなさそうだ。

 

「ひゃぁ!ま、まだ心の準備が!」

 

何か騒いでいるが、体温が高くて心地よい。

 

僅かに汗ばんだ首筋からは、不思議と甘く乳のような香りがする。

 

甘いのだろうか?

 

「ぴぃ!?」

 

舐めてみたが、甘くはなかった。残念である。

 

しっとりと汗に濡れた肌は、滑らかな舌触りでおいしそうではあったが。

 

はて、俺はなにをしているのだろうか?

 

暖かく柔らかい抱き枕を抱え、俺の意識は酒精に沈んでいく。

 

「あわわわわ!?ど、どこに手を入れっんんあああぁっぁ!?」

 

より柔らかなところを求めて、体が動いているらしい。

 

もう、限界。

 

お休み。

 

「こ、ここまでしてお休みはないでしょう、も、揉むなバカ―!?」

 

何か言っているが、聞き取れない。

 

あらためて、お休み。

 




蛮族系ロリコン酒乱戦士ぐだ男爆誕。

恥かしがるエジプト系黒髪奴隷ロリを宝石で買って、寝床に連れ込み蛮行を働く蛮族ぐだ男。

こう書くと犯罪臭がすごい。

やっぱ酒は飲まれちゃだめだね(輝く笑顔

て、手は出してないから(震え声

え、揉んだ時点で犯罪だって?奴隷の主には許可とってるから(震え声


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

永続狂気帝国 ―セプテム― 謁見

蛮族、偉大なるローマ帝国皇帝に謁見す。

そしてぐだ男微妙に目覚める


「面をあげよ。」

 

頭上から聞こえてくるのは、ローマ帝国皇帝の声。

 

先ほどから、磨き抜かれた大理石の上で、俺は耐えている。

 

なんで脳みそ溶けそうな声してるんだ。

 

ネロって男じゃなかったのか。

 

声に従い、顔をあげる。

 

巨大な謁見の間、ローマ帝国の威信を見せつけるために帝国の粋を集めた壮麗な儀式場である。

 

その最も奥まったところに置かれた玉座に腰掛けるのは、この時代の服装に会わないデザインの赤いドレスを纏った小柄な少女だった。

 

まて、どういうことだ。

 

あれ男装なのか。

 

ローマ人はどうかしている。

 

その顔立ちと言い髪型といい、冬木のセイバー、アルトリア・ペンドラゴンとよく似ている。

 

ドレスの胸元を押し上げる巨大な二つの山を除いて。

 

すごいな、あれがついてても男だって言い張れるのか。

 

やはりローマはすごい。

 

「陛下、今回の戦勝誠におめでとうございます。」

 

「おめでとうございます!」

 

ゲルマニクスが戦勝を称えるのに合わせ、俺も慌てて頭を下げる。

 

「うむ!ローマ市民の力添えと、異国の将軍たちのおかげで勝ってきたぞ!」

 

むふー!と鼻息荒く、腕組みしながら胸を張っていた。

 

かわいい。

 

「皇帝陛下のために我がスッラ家より、鎧1,000領、槍5,000本の貢納をいたします。お納めください。」

 

「うむ、其方の忠誠、しかと受け取った。後で武具の買い付けについて、財務官より話があるのでまだ帰らぬようにな。」

 

「ははっ。」

 

彼が再び、膝をついた。

 

俺は膝をつきっぱなしだが。

 

「ところでゲルマニクス。そこの男は何だ、見たことがないが、新しい奴隷か?」

 

「違います陛下。高地ゲルマニアで私の命を救ってくださった方でして、遥か東方より陛下に謁見したいとのこと。恩義を返すために、本日の謁見に連れてまいったのでございます。」

 

「そうか、あの者たちと同じく東方から参ったか!我が名はネロ・クラウディウス・カエサル・アウグストゥス・ゲルマニクス。この者を救ってくれたことに感謝しよう!褒美に余をネロと呼ぶが良い!」

 

「お初にお目にかかります、陛下。東方より参りました藤丸立夏と申します。」

 

「ネロでよいぞ。」

 

なんだかとっても不満げであらせられる。

 

ゲルマニクスに視線を飛ばすと、視線をそらされた。

 

玉座に侍る側近のおっさんたちも目を合わせようとしない。

 

え、どうするのが最適なの。

 

「リッカよ、余がネロでいいと言っておるのだ、そう呼ばぬか。」

 

なんだか随分とフレンドリーなんだが、罠?

 

え、不敬罪で死刑とかにならない?

 

大丈夫?

 

「不敬などとは言わせぬ!……なんだその目は!ほんとだぞ!」

 

どうも不信感が出ていたらしい、念押しされてしまった。

 

むむむ、ってうなり始めたし、ちょっと涙目入ってきてるし、あんまり長引かせるのもな。

 

「わかりました、ネロ、これでいいかい?」

 

「それでよい、むしろ、その口調がよい。其方、なかなか分かっているではないか。」

 

一瞬で太陽のような笑みを浮かべる皇帝陛下。

 

まさしく童女のごとき女性である。

 

「ゴホン、陛下、それでは陛下の威信というものがですな、」

 

それに水を差すように、玉座の右に立っていた老人が説教を始める。

 

「ええい、いつも小言がうるさいぞセネカ!余は皇帝だぞ!」

 

「ご自覚があるから反発されるのでしょう?」

 

セネカ、ネロの家庭教師を務めた哲学者か。

 

かなりの年齢であるはずだが、筋骨隆々で健康そうだ。元兵士でも通じるかもしれん。

 

「そ、そんなことはない、……ないぞ!」

 

ネロはセネカからの追及に、冷や汗を流しながら目をぐるぐるさせている。

 

かなりわかりやすい娘だ、皇帝的に大丈夫なのか?

 

「強情っパリですな。この後でお説教です。」

 

「某からもあるのでお覚悟を。」

 

「ブッルス、貴様もだと!?英雄たちと語らい、酒食を楽しむ余の楽しい夜の時間が無くなってしまうではないか!?」

 

突如割り込みをかけてきた、セネカと反対側に立つ鎧の男。

 

セネカと対照的に、陰のある細身の男だった。

 

極限まで絞り込まれた肉体は、豹のような印象を与えてくる。

 

「あるわけないでしょう。朝までお説教とお仕事です。」

 

「遠征中の政務だけではなく、軍務関連の決済も溜まっております。説教と同時進行で行きますので。」

 

「」

 

両方向から挟み撃ちにされたネロは、口をパクパクさせ、言葉が出てこないようだった。

 

先ほどまでの太陽の笑みは陰り、悲哀さえ感じるほどに打ちひしがれていた。アホ毛も一緒に。

 

感情表現機能でもあるのか、あのアホ毛は。

 

「うむ、では本日の謁見は以上である。それとリッカよ、明日もまた謁見の時間をとる。また来るが良い、其方を探していた者たちがいるのでな。」

 

「は、必ず。」

 

「うむ。そのあたりの差配は任すぞ、セネカ。」

 

「承知いたしました。ではまいりましょうか陛下。」

 

「余は行きたくないぞ?」

 

セネカに、満面の笑みを送る皇帝陛下。

 

「某は行きたいので強制連行です。行きますぞ陛下。」

 

「ええいやめよ!荷物のように担ぐでない!貴様余の扱いというものがわかって、……馬鹿者!余は猫ではない!小脇に抱えるのはやめるのだ!」

 

玉座からひょいと抱え上げられ、抗議する陛下。

 

持ち方を変えさせるも、猫のように小脇に抱えられて退出していく陛下。

 

使いを送るので、今日は退出せよと命じて、あとを追いかけるセネカ。

 

後の残されたのは、何とも言えない表情をしているゲルマニクスと俺、そして衛兵たちだけだった。

 

「帰りましょうか。」

 

「帰りましょう。」

 

ただの謁見だったはずなのだが、違う要因で疲れた気がする。

 

 

 

 

 

 

宮城からゲルマニクスの家に戻り、風呂にだけはいって今日は寝ることにした。

 

疲れすぎていて何もやる気が起きん。

 

ちなみに、シフは今日も食っちゃ寝していたらしい。

 

 

 

 

 

 

翌日、早朝に皇帝陛下直筆の招待状が届いた。

 

曰く

 

頭痛がひどい。

 

今日の謁見はなし。

 

アンツィオ(アンティウム)の別荘で静養するのでそちらに来るが良い。

 

シフとやらもつれてくるが良い!

 

待っているからな!

 

ローマ帝国第五代皇帝ネロ・クラウディウス・カエサル・アウグストゥス・ゲルマニクス

 

代筆セネカ

 

追記

 

ご迷惑をお掛けしますが、どうかいらしてください。

 

泣くので。

 

とのことだった。

 

泣くのか、皇帝陛下。

 

 

 

 

 

招待状片手に、シフと共に単騎駆けしていく。

 

ローマ周辺だけあって、盗賊は掃討されているらしく、出てくることはなった。

 

予算追加したかったのに。

 

 

 

 

 

 

アンツィオに着いて一目でわかる陛下の別荘。

 

なぜかって?

 

巨大な陛下の石像が立ってるからだよ!

 

あんなのどこからでもわかるわ!

 

門の前に立つ親衛隊の兵士に招待状を見せる。

 

二人とも百人隊長の格であろう鎧を纏っていた。

 

「御客人だ!」

 

空いている門の中に、一人が叫ぶ。

 

パタパタと足音が響き、一人の男が駆け寄ってきた。

 

「お待たせしましたお客様、皇帝陛下がお待ちです、どうぞこちらへ。」

 

ローマ人らしい服装の美青年が、俺を別邸の中へいざなう。

 

この時代のローマ様式とは異なり、ローマンコンクリートを多用した内装は、かなり新鮮さを感じさせる。

 

内壁の感じから、まだ建造されてそれほど時間がたっていないのだろう。

 

植物と噴水に彩られた中庭を抜け、最奥の主人の居室へと案内される。

 

垂れ下がっているエジプト織の薄布をくぐると、皇帝の居室が目に入る。

 

正面には明らかに執務する気がない、寝椅子と小さな円卓だけが置かれた部屋。

 

右手には開放感のある崖に面した柱廊の向こうに、アンツィオの町と地中海が広がってる。

 

左手には、何重にも薄絹が下ろされ、その先を見通すころはできない。

 

そんな部屋の寝椅子に我らがローマ皇帝が寝そべっていた。

 

全裸で。

 

正確には要所を布で覆っている。

 

覆っているだけだが。

 

「待っていたぞ、リッカ。」

 

俺を認めると、彼女は何気なく立ち上がる。

 

当然その身を隠していた布は滑り落ちるが、周囲の侍従たちが手早くトーガを纏わせていく。

 

すぐさま視線をそらしたので何も見ていない。

 

ぽよんて弾んだのは見たが、先端とかは見てないぞ!

 

なのでセーフ!

 

「ん?……ほほう、其方余の美身に見惚れたか。」

 

「よい、許す。というより芸術品のごとき余を見てしまうのは人の道理というもの。それを咎めはせぬ。」

 

何ともご機嫌な感じで対応してくる皇帝陛下。

 

それでいいんですかね?

 

豪奢な赤紫の地に金の縁飾りが施されたトーガを、大きな黄金の留め具で固定した皇帝陛下が、俺の前に立つ。

 

「さて、今日其方を呼んだのはほかでもない。其方を探している者たちが余の下におるからだ。」

 

「さぁ!来るが良い。我が親しき勇者たち!」

 

大仰な手振りと共に、演劇者のごとく高らかに歌い上げる皇帝陛下。

 

演劇とか歌が大好きと聞いていましたが、特徴的なお声ですね。

 

右手の薄絹が侍従たちによって持ち上げられると、俺の仲間たちがやってきた。

 

火継の薪以外はみなトーガを纏っている。

 

「どうだ、オルガマリーよ、其方らの探し者はこやつか?」

 

「はい、仰せの通りにございます、皇帝陛下。」

 

「ええい、他人行儀な答えを返すでない!……余は寂しい。」

 

所長のこめかみに青筋が走る。

 

最近分かりやすく感情を出すようになった所長だが、面に出しすぎでは?

 

「まぁよい、その件はおいおいということでな。」

 

「リッカ、そしてシフであったか。……おお、なんという触り心地。」

 

皇帝陛下はシフの前にしゃがみ込み、ほおずりし始めた。

 

「神祖様を養育した狼もこんな感じだったのだろうか。……うむ、よい、じつによい。」

 

お子様か。

 

かわいい。

 

「ふぅ、堪能したぞ!リッカよ、このローマに至るまでの話を聞かせよ!この後の宴でな!」

 

「では余は入浴してくる。其方らも適当に過ごせ。」

 

一通り堪能したのち、突如としてキリっとした声と表情になった皇帝陛下。

 

俺たちに口をはさむ隙も与えず、実に暴君らしい采配でもって今後の予定を差配し、自分は浴室に向かっていった。

 

暴風のような自由人であらせられる。

 

見送っていた俺の背後から、すさまじいプレッシャーが襲い掛かってきた。

 

振り向きたくないが振り向かないとたぶん死ぬ。

 

そこには可視化した黒い魔力を纏い、髪の毛を揺らした所長が立っていた。

 

魔物にでもなったのか?

 

クーフーリンがドン引きしている。

 

「さて、藤丸立夏。」

 

「そこに座りなさい。」

 

所長の指示に従い、即座に土下座フォームに移行する。

 

大理石は固いので、結構痛い。

 

皮のサンダルの音がする。目の前に所長が立った。

 

「すぅ。」

 

所長の息を吸う音が聞こえる。

 

全員が慌てて退室していく音も聞こえた。

 

そりゃそうだよね。

 

「前回に続いて二度目でありながら!今度は現地を満喫していたそうじゃない!他人に心配かけておいてそれはどうなのよ!というより!……!……!……!」

 

嵐のような罵倒が吹き荒れる。

 

おっしゃる通りですはい。

 

ただ、こっちも必死で生き残ってきたわけですし、少しは楽しんでも

 

「あ”?」

 

「何でもないですごめんなさい。」

 

すみませんでした、許してください。

 

 

 

 

 

 

あの後、女性陣からローテーションで叱られた。

 

どうやらローマ市観光の件が漏れている。

 

そりゃ怒られるよね。

 

ただ君たちも、アンツィオで地中海バカンスを楽しんでいるみたいだけど?

 

え、それとこれとは別?

 

でもマシュ、ちょっとおなかに肉ついて

 

すみませんでした。盾は勘弁してください。

 

 

 

 

 

 

スペシャルに痛いやり方で、魔力供給が再開された。

 

あのエロいオペレーターが、さらに負荷のかかるやり方を発掘してきたらしい。

 

かなり痛かった。

 

けれども、おかげで最大供給速度か向上した。

 

無理矢理取り入れ口を拡大した痛みだったらしい。

 

……それ、下手したら爆散しない?

 

 

 

 

 

 

 

「宴会だぞ!って、どうしたのだリッカ!?なぜ拷問を受けている。」

 

「お仕置き中ですので。」

 

「そ、其方らも容赦ないな。」

 

飛び込んできた陛下が、俺を見て驚愕した。当然だと思う。

 

ちなみに俺は大理石の上に正座しつつ、重り代わりにマシュの盾を持たされている。

 

これ、ソウルで強化してなかったら、人間には持てないんですが。

 

すでに足の痺れが全体に回ってかなりの時間がたっている。

 

俺の足、大丈夫だろうか。

 

陛下、ニマニマしながら足の裏をつつくのはやめてください、しんでしまいます。

 

 

 

 

 

 

 

 

特別にあつらえられた宴会場。

 

多くの人々が囲めるように、背の低いイスとテーブル、寝椅子と円卓が用意されていた。

 

「其方らはローマ式の食事に成れていないと聞いたのでな、イスを用意させておる!好きなように飲み食いするが良い!」

 

「リッカとシフは余の傍で話を聞かせよ!」

 

皇帝陛下は豪奢なトーガを脱ぎ捨て、もっと薄く軽いものに着替えていた。

 

陛下が身じろぎするたびに、ゆるく羽織られたトーガの色々な隙間から、魅惑の谷間や艶めかしい太ももが零れそうになっている。

 

会話している以上、陛下を視界に入れない訳にはいかないが、見とがめられたら女性陣による処刑が待っている。

 

「そんな大きなイノシシだと!ゲルマニクスめ、あとで毛皮を持ってこさせねばな!」

 

目をキラキラさせながらこちらににじり寄らないで下さい!

 

トーガが脱げかけてます!

 

ええい、なんだこのむりげーは!

 

トーガですら隠し切れないマシュマロボディのマシュからの視線が痛い。

 

むくれるマシュかわいい。

 

ちなみに皇帝陛下のクッションと化しているシフは、ネロのおっぱいを頭にのせて、赤髪の美人奴隷に牛肉を食べさせてもらっていた。

 

くそ、そこ代われ!

 

 

 

 

 

 

 

「うむ、名残惜しいが今日はここまでとしよう。」

 

「ガリア遠征を完全なものとし、連合ローマ掃討に向かう。」

 

「明日はパレードだ。準備をしておくがいい。」

 

天国と地獄が同居した宴会は、食事の味を楽しむこともできずに閉幕した。

 

熱気のこもった部屋から退出し、柱廊の柱に身を預け、薄めたワインを月と星。夜の海を見ながら飲んでいる。

 

「先輩。」

 

マシュに呼びかけられた。

 

松明の火に照らされたマシュは、美しかった。

 

「先輩。」

 

正面から抱き着かれる。

 

彼女の、常より高い体温と心拍を感じる。

 

不思議と安心を覚えた。

 

「心配、したんですよ。」

 

「ごめん。」

 

前回に続き、音信不通で一月以上だもんな。

 

「無事でよかった。」

 

「マシュもね。」

 

君が、本当に無事でよかった。

 

他の連中は殺しても死ななそうだし。

 

「私たちの話を、聞いてくれますか?」

 

「ああ、マシュがどんな冒険をし、どんな出会いを得たのか聞かせてくれ。」

 

「はい!」

 

彼女は語り始める。

 

ネロとの出会い。連合ローマの脅威、ガリア遠征、女神の難題、皇帝たちとの闘い。

 

どれを語るときも、嬉しそうに、あるいは悲しそうに彼女の感情は大きく揺れていた。

 

本当の感情の動きを、発露できるようになっていた。

 

良い旅だったのだろう。

 

良い出会いが彼女を変えたのだろう。

 

そこに、自分がいなかった。

 

関われなかったことに、小さな羨望を覚えた。

 

彼女の物語は、途切れていた。

 

「先輩。」

 

松明の明かりに照らされ、揺れる瞳に吸い寄せられる。

 

彼女は、もう一度深く抱きしめてきた。

 

耳元で、囁く。

 

「明日からは、また一緒です。」

 

「先輩と一緒に、旅ができます。」

 

「苦しいかもしれません。」

 

「つらいかもしれません。」

 

「けど、きっといい思い出になるでしょう。」

 

「先輩と一緒なら。」

 

「だから」

 

彼女が身を起こす。

 

印です(マーキング)

 

柔らかいものが、頬に触れる。

 

いまのは。

 

「私わかったんです。」

 

火の色か、顔が真っ赤だった。

 

「先輩は、私のものです。」

 

銃の形に右手を変えて。

 

「逃がしませんよ?」

 

ばん、と撃って逃げていく。

 

きゃー、という声が聞こえた。

 

呆然とする。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

そこまで行きつくは、まだ先の話だと思っていた。

 

その感情が触れ合っている時間が下手をすると一番短い俺に向いているというのは、どうかと思うが。

 

頭を掻き、その手に器がないことに気づく。

 

気づかないうちに落としていた盃に、もう一度ワインを注ぐ。

 

あの全天を覆う奇妙な光輪に、捧げよう。

 

盃を掲げ、一息に飲み干す。

 

意識を、切り替える。

 

 

 

 

 

 

 

名も知れぬ愚か者に、感謝する。

 

貴様の計画がなければ、彼女はこうも成長できなかっただろう。

 

ゆえに

 

我が全身全霊を以て、貴様の計画を焼き潰し。

 

貴様を灰燼に帰することを誓おう。

 

その計画が偉大であれば、遠大であればあるほど、彼女の生は尊いと証明できる。

 

人理焼却という、素晴らしい計画とやらを使わせてもらう。

 

彼女の生きるための人理を守るために。

 

そのためならばこの命惜しくはない。

 

この身が滅びようとも、彼女だけは救うのだと。

 

あの瞬間に願ったのだから。

 

胸の内に、小さな火が灯る。

 

暖かな闇色の火が。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――小さな闇の火を得た。




話の前後でテンションを大きく変えていくスタイル。

オリアイテムも出すよ!


小さな闇の火

願いのために犠牲を出す決意。

その表れとして生み出される蟠った小さな闇の火。

その火は何も燃やせない。

ただ、持ち主を照らし、より大きな闇を呼び込むのだ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

永続狂気帝国 ―セプテム― 神祖ロムルス

連合首都入城から陛下登場まで。

オリ設定に注意な!


目の前には急峻な白亜の山脈がそびえたっていた。

 

ピレネー山脈。

 

古来より多くの人間の命を吸ってきた、イベリア半島とガリアを隔てる大障壁。

 

準備無しで越えることなどできない山地を前に、ネロ率いるローマ軍は、越山の図ん美を急いでいた。

 

ローマを進発してさらに一月。

 

いくつかの連合ローマ軍と衝突し、幾度かの会戦を経て、ネロ率いるローマ軍はピレネーを越える。

 

数多くの激戦があった。

 

一度などアレキサンダー、諸葛孔明のペアに、友軍を誘引され危うく壊滅するところだった。

 

過去と現在、そして未来のローマ皇帝たちが、ネロの前に立ちはだかった。

 

彼らが率いるのは、絶対なる忠誠を誇る連合ローマ軍。

 

己の死をいとわず、常に最善の行動をとり続けることができる兵士たち。

 

ネロへの信望がなければ、そしてサーヴァントによる介入がなければ、多くの戦いで敗北しただろう。

 

それでもなお、ネロと配下の兵たちは、すべての戦いに勝利した。

 

すでに一人を残して皇帝を討ち取っている。

 

ならば、残る大敵は一人。

 

彼女は、戦うことができるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

「では、軍議を始めよう。」

 

幾分しおれているネロが、軍議の開催を宣言する。

 

「残る目標はただ一つ、連合ローマ首都だ。」

 

恐るべきピレネーを越え、ローマ軍は麓の皇帝属州たるヒスパニア・タラッコネンシス属州(スペイン東部全域とポルトガル北部)州都タラッコ(現タラゴナ)に到着した。

 

現地住民は入城前に完全に逃散しており、人気はなかった。しかし、略奪の後もなく、食料や財貨がそのまま残されていた。

 

そんなタラッコの行政府中枢で、親衛隊長官ブッルスが地図を叩く。

 

カルデアからの観測によれば、連合ローマの首都はヒスパニア・バエティカ属州(スペイン・アンダルシア州)の州都コルドバだ。

 

「偵察の結果、約2万の兵と複数のゴーレムが存在することを確認した。」

 

「対するこちらは、ガリア方面のから抽出した精鋭三個軍団12000、本土から招集した新編四個軍団18000、それに親衛隊2000。」

 

数の上では上回っている、しかし。

 

「数では勝っている。しかし。」

 

「敵は、おそらく神祖様。」

 

「かの偉大なる神祖様を前に、我が兵士は戦意を失うであろうな。というより、余も戦えるかわからぬ。」

 

カルデアの解析により、残る皇帝は只一人であるとわかっている。

 

ローマ帝国の開祖、神に列せられた偉大なるローマ。

 

ヨーロッパ史に燦然と名を輝かせる、強大な王。

 

かの者の名は、

 

「ロムルス。彼を討たねば、ローマは終わる。」

 

「貴様、蛮族の分際で神祖様の名を軽々しく口にするな!」

 

周囲が沸き立つが、この程度で激高するのならばちょうどよい。

 

「ならば閣下はロムルスを討ち果たすことができるのですね?」

 

「な、なにを。」

 

「彼は明確な意思を以て今のローマを侵略している。ならば、そこに和平の道など存在しない。服属するか、させるかしかないのです。」

 

「貴方は、陛下のためにロムルスと戦えますか?」

 

彼は押し黙る。

 

「勝利しなければ、陛下が死にます。」

 

「伝説と今、どちらに忠義するのかが問われているのです。」

 

「貴方は、どちらを選ぶのですか?彼は敵です、私は陛下を選びます。」

 

「わ、私とて!陛下をお守りするためにここにいるのだ!」

 

彼は己の意思でもって、神祖への敬意を打ち破った。信仰を捨てるに等しい覚悟がいる。

 

「ならば、呼び方から変えましょう。そうでなくては、敬意で剣が鈍ります。」

 

「やめよ、そこまでにしておけリッカ。」

 

「申し訳ありません、陛下。」

 

「プブリウス、其方の気持ちもよくわかる。ただ、戦の前だ。たとえ神祖が相手でも戦う意志を持たねばな。」

 

「申し訳、ありませぬ。」

 

ネロの仲裁を以て、この騒ぎは終わりにしなければならなくなった。

 

どうする気なのだろうか。

 

「私から提案が一つ。」

 

「申してみよ。」

 

我らが所長が進み出る。

 

周囲の将軍たちの目には、信頼の光があった。

 

これまでの戦で、積み上げてきた実績故にだろう。

 

「ローマ軍の皆様には、連合ローマ兵を抑えていただきます。」

 

「我らが中央を突破し、神祖ロムルスの周囲にいる魔術師を討ちます。これ以外にないかと。」

 

ネロを含め、皆怪訝な表情を浮かべる。

 

どういうことだ?

 

「だが、敵の首魁は神祖ロムルス陛下であろう?」

 

ネロの疑問は当然だ。

 

「いえ、神祖は魔術師によって召喚された英霊であると考えられます。」

 

「この時代に生きている人間でないのなら、使役している魔術師さえ討てば問題ないかと。」

 

しかし、所長の口から衝撃的な事実が明らかになる。

 

もしそうなら、さっきの俺の発言は狂言みたいなものだぞ。

 

「なんと!」

 

「では神祖は何者かに冥界から呼び出され、使役されていると!?」

 

「許せぬ!」

 

「八つ裂きにせねば!」

 

「やかましいぞ貴様ら!そういきり立つ出ないわ!……全く頭が痛い。」

 

立ち上がり、いきり立つ将軍たちを、頭を押さえたネロが制する。

 

持病の頭痛がひどいらしい。

 

「よい、ローマ軍では神祖に立ち向かえぬ。むしろ敵になりかねぬわ。」

 

「ならば、其方たちに任せよう。むろん余も征くぞ!」

 

彼女の発言に、立ち上がろうとする将軍たちを手で押さえる。

 

「当然であろう。余のローマが戦いを挑まれたのだ、それを買うのも余の役目よ。」

 

「全軍でもって戦線を押し上げよ!」

 

「おそらく神祖は、野戦に出てくるであろう。」

 

「出てこなければ、我らが攻め込むまでの事。」

 

「全力での、力攻めよ!」

 

「明日進発だ、全軍に英気を養わせよ。……余は休む、誰も寄せるな。」

 

頭を押さえながらではあるが、力強い口調での命令に、将軍たちが従った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、お聞かせ願えますか、所長。」

 

俺たちに割り振られた陣幕の中で、俺は所長に問いかける。

 

俺はその予測を聞いていなかった。だが、そんなことはどうでもいい。

 

なぜその予測を立てたのかを聞いておかなくてはいけないだけだ。

 

「言っていなかったのはごめんなさい。でも、話すわけにはいかなかったの。」

 

「なぜです。」

 

「ある程度の根拠はあったけど、半分は勘だったから。」

 

なら、下手に周りに話すわけにはいかなかったわけだ。

 

「以前、アレキサンダーやカエサルと戦った時、神祖の傍に宮廷魔術師がいるという話が出たの。」

 

「あの英霊たちに不快感を持たせる人格の持ち主が、神祖の宮廷魔術師として徴用される?あり得ないわ。」

 

「この人理焼却の世界において、そんなことをわざわざする魔術師なんて、一人しかいないでしょう?」

 

まさか。

 

『まさか!?』

 

「そう、レフ・ライノール。彼がいるわ。」

 

彼女は、泣き笑いの表情でそう告げた。

 

誰もが、絶句する。

 

 

 

 

 

 

 

 

完全に日が落ちた夜。

 

天空に浮かぶ光輪を見ながら、焚火に当たっていた。

 

「先輩、風邪をひきますよ。」

 

「ああ、ありがとう。」

 

マシュが、毛布を肩にかけてくれた。

 

一緒に、横に座る。

 

少し肌寒勝ったから、助かった。

 

「レフ教授が、この先にいるんですね。」

 

「ああ、今度こそ息の根を止めてやる。」

 

俺の言葉に、マシュが息をのむ。

 

焚火に、薪を投げ込む。火の粉が上がった。

 

「カルデアスに灼かれて死ななかったんだ、どうすれば亡ぼせるのか試さないとな。」

 

原子にまで分解されるあの破壊の塊に沈んで生きているんだ。

 

「マシュを殺しかけたんだ、必ず報いは受けさせるよ、マシュ。」

 

八つ裂きでも飽き足らない、魂まで砕いてやる。

 

どんな手段を使ってでもだ。

 

「先輩!」

 

彼女が、俺の頭を抱きしめてくる。

 

「どうしたんですか、そんな怖いこと言い出すなんて。」

 

「怖い、こと?」

 

何を言ってるんだマシュは、あのクソ野郎をぶち殺すなんて当然じゃないか。

 

暗い火が、燃え上がる。

 

「貴方は、私のために?」

 

「そうだけど。」

 

当然だろう?あの時、そう誓ったんだ。

 

暗い火が、俺を照らす。

 

「私は、そんな先輩が、いやです。」

 

心が、冷えた。

 

「一緒にいてくれるだけでいいんです。」

 

彼女が、俺の手を取る。

 

「私は、先輩のおかげで命をつないで、ここにいるんです。」

 

胸の間に、手を引き寄せた。

 

「私は、先輩の傍にいるんですよ。」

 

鼓動を、感じた。

 

「そんなことをする必要は無いんですよ。」

 

思考がほどけていく。

 

「そんな暗い瞳を、しないでください。」

 

「隣にいるだけで、いいんですから。」

 

「ごめん。」

 

「それでいいんですよ、先輩。」

 

彼女の泣きそうな笑顔に、心が悲鳴を上げる。

 

それでも抱きしめてくれる彼女のぬくもりに縋ってしまう自分が、いやだった。

 

あの誓いは、マシュにだって覆せない。

 

それを許したら、俺は……。

 

 

 

 

 

 

―――人間性の小さなかけらを得た。

 

 

 

 

 

 

あの日以来、連合ローマ首都周辺まで、何の妨害もなく到達してしまった。

 

すでに、全軍の配置は完了している。

 

結局、神祖は戦場に現れなかった。

 

「指揮は任せるぞ、ブッルス。」

 

「本当にいかれるのですね?」

 

「くどい!余は言を翻さぬぞ!」

 

「わかりました。陛下の軍勢、確かにお預かりします。」

 

「では、余の直掩を其方らに頼もう。……よいな?」

 

「お任せください陛下、我らカルデア一同、一騎当千の実力を振るいましょう。」

 

「うむ、頼もしいな!」

 

軍勢は進む。

 

連合首都周辺に展開する連合ローマの残党との決戦へと。

 

開戦の笛の音。

 

轟音と共に、バリスタが投射される。

 

双方から放たれる太矢は、互いの盾列を突き崩していく。

 

続いて弓兵の射撃が始まった。

 

前衛たちに振りそそぐ矢の雨。

 

頑丈な大盾で防いでいるものの、その盾を撃ち抜いて来る石や太矢で兵士が倒れ、隙間に矢が降り注ぐ。

 

互いの戦力を減らし、陣形を崩しながら、両軍は激突する。

 

ピルムが飛び交い、長槍を叩き付けあう。

 

互いがローマ軍であり、簡単に崩せるものではなかった。

 

あっという間に、膠着してしまう。

 

しかし、それでよかった。

 

中央を、一撃で突破する。

 

「―――《非業剣・原初の罪火》」

 

二列目に位置し、魔剣を縦振りしたクラーナ。

 

神々の一撃であるように連合ローマ軍の陣列を両断する。

 

すぐさまその隙を埋めようとするが、その隙に飛び込んでいく二つの影。

 

「―――《飛翔する死棘の槍》」

 

無数の鏃が、連合ローマの兵士を切り裂く。

 

千に届こうという数が、動きを止める。

 

その狭間を、俺たちは駆け出した。

 

ローマへの入場を阻もうと、連合ローマ軍はあきらめることなく隙間を埋めようとする。

 

我々に続く親衛隊が、突出してそれを阻む。

 

半包囲下に進んでいった親衛隊は、膨大な圧力を受けることになる。

 

死ぬ気か。

 

「ここは我らにお任せを!」

 

「連中に邪魔はさせません!」

 

「済まぬ!余の勝利を信じよ!」

 

彼らの士気が高まる。

 

死ぬ気だろう。だが、敵のただなかを突破し、俺たちの後ろで連合首都への蓋の役割を果たすつもりなのだ。

 

本陣に配置されていた精鋭たる第四軍団が、親衛隊を後押しする。

 

親衛隊は、閉じかけていた包囲網を食い破り、連合ローマの後背に躍り出た。

 

俺たちはその隙に、連合首都の正門へと迫る。

 

 

 

 

 

 

 

 

首都内部は、地獄に変じた。

 

全ての市民が武器を取り、俺たちに襲い掛かってくる。

 

剣で、槍で、棒で、壺で、イスで、机で、石で、縄で、荷車で。

 

あらゆる生活用品でもって、神祖に刃向かう俺たちを駆逐せんと。

 

しかし、所詮は民間人。

 

つたない連携と足りない身体能力では、英雄たちを前に何の障害にもならなかった。

 

ネロの表情が引きつっていく。

 

俺だってつらい。

 

小さな子供ですら、命を惜しまずに襲ってくる。

 

守るべきローマの民を切らねばならないネロの心境は、どうなってしまっているのだろうか。

 

今もまた、鎌を片手に襲ってくる母親を切り、金槌で殴りかかってくる男の子をけり倒し、首をへし折る。

 

陰から襲ってきたレンガを手にする男を盾で殴り、片足を切り潰す。釘を持ち縋ってくる幼い女の子をけり飛ばす。

 

これで一家族殺したわけだ。

 

さっきから何人殺しているのだろうか。

 

すでに全身、血と臓物を浴びていない場所の方が少ないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

明らかに王宮とわかる場所にたどり着いた。

 

小次郎とクーフーリン、シフがこの場に残り、追いすがってくるローマ市民を食い止める事になった。

 

遅滞戦術を用いて、徐々に王宮内部に退くことで時間を稼ぐ作戦だ。

 

「任せろよ坊主!」

 

「拙者は広い方が剣を振るいやすくてなぁ。」

 

「ウォン!」

 

彼らは既に、時折襲ってくる市民を切り捨てていく。

 

王宮前の、壁に囲まれた広場は彼らによる屠殺場と化していた。

 

「征くぞ!」

 

ネロの号令一下、俺たちは王宮の奥へと突き進んでいく。

 

 

 

 

 

道中、敵の姿は一つもなかった。

 

移動中に、見覚えのある鎧がひしゃげて倒れているのを見つけた。

 

数多くの連合兵士の死体に埋もれたジークバルトは、死にかけていた。

 

彼を一目見た火継の薪が、首を横に振る。

 

「お、おお。灰の方か、そしてまた会いましたな、立夏殿。」

 

無数の斬撃に刻まれた彼は、血を吐きながら俺にすがる。

 

「この剣を、お願いする。」

 

傍らに突き立つ剣を指さし。

 

「もう、私には不要のもの。」

 

吐き出すように

 

「役立てて下され。」

 

か細い声で、俺に託した。

 

「この先に、我が友が。」

 

震える指で、遠くに見える巨大な扉を指さす。

 

「頼みます。」

 

俺たちは崩れ落ちた彼を壁によりかからせ、進むことにする。

 

もう彼は、助からなかった。

 

駆ける俺たちの足音に紛れ、彼の声が聞こえた気がした。

 

「……すまない、友よ。」

 

鋼が、落ちる音が聞こえる。

 

彼から託された剣の、重みが増した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

巨大な両開きのドアを、けり破るように部屋に入っていく。

 

どこまでも巨大で、どこまでも偉大な、ローマが、そこにはあった。

 

あまりにも大きな玉座に座る、巨大な男。

 

全身余すところなく筋肉で鎧い、その背後にはあまりに武骨で巨大な赤い両刃槍、いやこん棒だろうか、恐るべき重武装を突き立てている。

 

黄金の飾りを随所にちりばめ、ローマの深紅で染めたマントを羽織っている。

 

「よくぞ来た、我が愛し子よ。」

 

彼の口から放たれた言葉に、皆の動きが止まる。

 

そこに、敵対の意思はなかった。

 

ただ無限の愛だけがあった。

 

彼の放つ、偉大なるカリスマ。

 

この神祖に触れたものは、確かにああなるだろう。

 

全てを捧げ、理想の世界の完成に至る。

 

天壌無窮の愛による、理想郷。

 

そこに、個人の意思など存在しえない!

 

(ローマ)は、(ローマ)である。」

 

彼がこの言葉を発した瞬間、周囲に無数の魔力が現れる。

 

その中から現れるのは、ここまでに討ち果たしたはずの過去現在未来の皇帝たち。

 

亡霊としてではあるが、明確に人の形を保った皇帝たちが神祖に跪いて、ネロを凝視する。

 

「さあ、来い。(ローマ)へと帰ってくるがいい、愛し子よ」

 

「「「「「さぁ、神祖の腕の内へ!!!!!」」」」」

 

「お前も連なるがよい。許す。お前のすべてを、(ローマ)は許してみせよう。」

 

「「「「「許しを得た、進めネロよ!!!!!」」」」」

 

「お前の内なる獣さえ、(ローマ)は愛そう。それができるのは、(ローマ)ひとりだけなのだから」

 

「「「「「お前がローマであるならば、神祖を称えよ!!!!!」」」」」

 

神祖の言葉の合間に、皇帝たちがネロへ語り掛ける。

 

「いや!断る!」

 

彼女の大音声に、ローマ皇帝たちが怯む。

 

「連合ローマを見た。だがそこに市民、兵士の笑顔はなかった。」

 

彼女の剣を持つ手に、力がこもる。

 

「誰も笑わぬ治世を、余は認めぬ!」

 

原初の火(アエストゥス エストゥス)に火が燈る。

 

「いかに完璧な統治であろうと、笑い声のない国があってたまるものか!」

 

彼女の感情の高ぶりに合わせ、その熱量は増大する。

 

「余はローマ帝国第五代皇帝ネロ・クラウディウス・カエサル・アウグストゥス・ゲルマニクス!」

 

燃え上がるかの宝剣を掲げ、皇帝たちの回廊を駆け抜ける。

 

「余のローマこそ!」

 

玉座への階段を飛び上がり。

 

「過去現在未来、すべてのローマに勝るローマである!」

 

彼女は自らの情熱(ローマ)を神祖へ叩き付ける。

 

「愛し子よ、それでこそ、お前もまたローマである!」

 

赤い木で作られた宝具が、燃え盛る宝剣を受け止める。

 

神祖は、彼女を無限の(ローマ)で受け止めた。

 

 

 

 

 

 

皇帝たちが、武器をとって俺たちに襲い掛かる。

 

彼らは実体を持たない。

 

ゆえに聖別された武器出なければ、彼らに触れることもできない。

 

相手に触れられると、呪詛によって生気を吸われてしまうのに。

 

ただ、こちらの陣営で亡霊相手に有効打を出せないのは、所長だけである。

 

彼女も、いくつかの魔術によって霊体に対抗する手段を持ち合わせているから大丈夫だろう。

 

皇帝の陣列が吹き飛ぶ。

 

その中心で、火継の薪は、明らかに神聖な気配を漂わせる二振りの直剣を振るっている。

 

【銘を聖女の愛(レアの献身)

 

ごく普通の、飾り気のない実直な直剣。

 

しかし、その剣身からは目視できるほどの神聖な光があふれ出している。

 

【銘をローリアンの聖剣】

 

ロスリックの双王子、その片割れが振るうべく鍛えられ、ついぞ振るわれることのなかった聖剣。

 

その役割を果たすために、滾々と聖なる光が湧き出ている。

 

大きさも長さも重さも異なる直剣を彼は自在に操っていた。

 

前後左右から襲い掛かる皇帝たちを、次々に切り捨てている。

 

このすべてを切り捨てるのに、それほどの時間はかからないだろう。

 

しかし、目的の奴はどこに行った。

 

 

 

 

 

 

 

「神祖とらやも所詮サーヴァント。役に立たんな。」

 

 

 

 

 

 

 

その音に、一瞬、体の動きが止まった。

 

声の主は、玉座の陰から現れた。

 

忘れもしない、その声、その姿!

 

「レフ・ライノール!」

 

右目の奥が熱い。

 

奴を見た瞬間に、全てが燃え始める。

 




―――小さな人間性の欠片

黒い靄の中に白い影が見える、小さな人間性の欠片。

人間性が欠けるほどの、何かがあった証。

小さな傷は時間と共に癒えていく。

ならば欠片はどうなるのだろうか。




オリ武器設定。

聖女の愛

もとは何の変哲もないアストラの直剣。

稀代の才を持つソルロンドの聖女レアが、己を救ったもののために、死の間際に捧げた真摯な愛と聖なる献身によって聖別された聖剣。

不死人・死霊系に対する強力な特効を持つ。

人の愛は、時に奇跡を起こす。

残された者の心に、深い傷を刻むとしても。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

永続狂気帝国 ―セプテム― 魔人柱と闇霊

色々回収した。

描写が絶望的にあれ。

独自設定注意な。


「はははぐぶぁ!?」

 

ごちゃごちゃ所長相手にしゃべり腐っていたので、背後から心臓を一突きする。

 

魔術防壁の抵抗を感じたが、神代以上の神秘を内包したこの剣に切れないということはない。

 

そもそも半透明化と足音を消しただけで認識できないとか、無能過ぎない?

 

あれだけ偉そうにしゃべっていたのにな。

 

ソウル装填。

 

雷撃発動。

 

ハイデの直剣が、内包された雷の神秘を開放する。

 

たとえレフが人間を止めていたとしても、肉体が人間の形をしていて、電気信号で肉体を制御している以上、それなり電流を流し込まれれば、当然動けなくなる。

 

「どうした?痛いのか?」

 

肋骨に添わせるように、体の外に振りぬく。

 

今の自分にできる最大の速度で、全身を切りつける。

 

「ががgぁはだえvfrsbkvぬうぇあ!?」

 

奴の口から妙な音が飛び出した。

 

崩れ落ちようとしているレフの頭を掴み、呪術の火を灯し、大発火を連続でたたき込む。

 

腕が燃える?

 

それがどうした。

 

この痛み、マシュの感じたそれに比べればそよ風のようなものだ。

 

あの訳の分からない髪型も含め、完全に焼け焦げた頭を放す。

 

武具の切り替え。

 

「銘をガーゴイルの燈火槍」

 

まだ何か、声にならない声を漏らすレフの腹を突き刺す。

 

大量のソウルを燈火に注ぎ込む。

 

膨大な量の火が、レフごと燈火槍を包み込んだ。

 

強化によって常人をはるかに超えた筋力を用いて、奴ごと槍を振り回す。

 

奴の頭を下にして、地面にたたきつける。

 

同時に、燈火槍が爆発する。

 

爆炎と共に見事に四散したレフの頭が、足元に転がってきた。

 

白濁した瞳を向けていたその顔を、踏みつぶす。

 

ぐちゃりと、湿った音がする。

 

意外だな。あれだけ焼いても、まだ水分が残っているのか。

 

「何をしてくれる藤丸立夏ぁ!?」

 

グリーヴの裏に着いたねばつく白い塊を地面でこすり取っていると、吹き飛ばしたはずの奴の声が聞こえた。

 

目を向けると、息を荒げたクソの塊が綺麗な格好でわめいていた。

 

おいおい、まだ生きてたのか。

 

どうやったら死ぬんだお前は。

 

まだ死に足りないんだな。

 

良いことだ。

 

こっちもまだまだ殺したりない!

 

「貴様!?」

 

一足飛びに接近し、顔面を槍で狙う。

 

奴は地面を変質させ、硬い石の壁を出現させた。

 

槍が噛み込まれ、奴の目の前で止められる。

 

動かせなさそうな感触が返ってきた。

 

「まったく、この私を驚かせるとは、人間の分際でよくぐべぁ!?」

 

なら渾身の力で名工のハンマーで尻を叩けばいい。

 

ぶちぬいた感触が返ってきた。

 

いい声で鳴く。そうだ、その声が聞きたかったんだ。

 

奴が死んだことで、石壁が崩れる。

 

しかし、槍を抜き捨てるやつがいた。

 

どうなっている?

 

「無駄だ!貴様ごときでは私を殺せない!」

 

先ほどよりも息を荒げ、顔を青くしたレフ。

 

どうした、不死なら何回んでも大丈夫だろう?

 

その身からあふれる魔力が、間違いなく減っている。

 

なんだよ、残機に限りがあるのか。

 

残念な話だ。

 

「だまれだまれ!私の真の姿で、貴様らを蹴散らす!」

 

バカげた魔力をため込み、何かをしようとするその姿。

 

「我は魔神柱フラウヹァ!?」

 

実に的である。その手のショートボウから放たれた矢が、奴ののどを貫く。

 

詠唱などさせるものか。

 

喉を抑え、血の泡を吐きながらこちらをにらみつけるレフ。

 

いい表情だ。矢を抜き取り、血を吐き出す。

 

接近し、もう一度切り付けてやろうかと思ったが、奴の魔力の高まりが早かった。

 

『信じられない魔力が観測されている!気を付けてくれ!』

 

そんなの見るだけでわかるよドクター!

 

「そうだ、ここで死ね!王の寵愛を受けた私の力を目に焼き着けてな!」

 

奴の肉体が変容する。

 

肉の柱に無数の瞳が着いたバケモノ。

 

「私はレフ・ライノール・フラウロス!」

 

宮殿の天井を突き破るほど巨大で、しかし動くことができないほどの図体のでかさ。

 

「七十二の魔神柱が一柱である!」

 

「バカな!?七十二の魔神柱だって!?なら、あのお方はソロモンだっていうのかい!?」

 

現代魔術の開祖にして、究極の魔術師。そして彼に従う七十二の魔神柱。

 

確かに、抵抗は無意味といってもよい戦力かもしれない。

 

普通なら絶望するべき場面かもしれない。

 

「己の所業を悔いながら死ね!」

 

しかし、今この瞬間の敵はお前だけだ肉柱。

 

ここには数多くの異形を殺してきたジャイアントキリングの達人がいる。

 

わざわざ戦力を小出しにして、自ら滅びに来るなんて律儀なやつだ。

 

かの異形の目が、一斉に俺を見る。

 

膨大な視線による干渉。

 

魂まで掴まれているような不快感。

 

俺という存在に焦点を当て、呪詛と魔力を照射し、内部から爆破する攻撃なわけだ。

 

目で見えるほどに高まる魔力が、すべての瞳で輝く。

 

だがいいのか、俺を見ていて。

 

取り出したのは、曇った鏡のような盾。

 

「銘を王の鏡」

 

王城の守護者が持ったとされる、魔法を跳ね返す盾。

 

ソウルを注ぎ込み、鏡面の曇りを払う。

 

全ての目から、光が放たれる。

 

輝きを降り戻した王の盾は、光の速さで飛来する爆破魔術をすべて跳ね返した。

 

同時に着弾した爆破魔術で全ての目が、弾け飛ぶ。

 

「ぐなsふぁぃvwuibqlr!?」

 

奇怪な声をあげ、身をよじる魔神柱。

 

自分自身の攻撃に耐えられないのならば、その防御力はそれほどでもないな。

 

「やれ。」

 

【承知した。】

 

縦横無尽に暴れていた火継の薪が、皇帝集団の中から飛び出す。

 

ザクロのように花開いていた目の再生が始まる。

 

「なんだそれは!」

 

飛び出してきた火継の薪を相手に、巨体を捻り無事な瞳で迎撃を図る。

 

だが、火継の薪の迎撃には間に合わなかった。

 

美しい結晶が生え始めているその手には、輝く巨大な結晶が握られている。

 

【結晶の呪いに飲まれよ!―――《白竜の吐息》】

 

つららのようにとがった大きな結晶を肉の柱に突き立て、内部に結晶の吐息を吹き付ける。

 

巨大な肉柱を突き破り、再生しかけていた無数の目を突き破り、無数の結晶が成長する。

 

「あkjdfihsbravk.なえふあlwrlんgくぉ;bjvんばlvbw!?」

 

奇声を上げて、肉の柱がうごめく。

 

痛いだろうな、全身が結晶になり、それが肉に食い込むのは。

 

暴れまわり、大地を揺らすほどの振動。

 

凝視による爆破攻撃が、あちらこちらで暴発する。

 

肉という肉が結晶に置換され、自重に耐えられなくなった巨体は崩れ落ちていく。

 

結晶に己の力を吸収され、真の姿になったはずのレフの力が霧散する。

 

醜悪な見た目の柱は、瞬く間に光り輝く美しい結晶の山と化した。

 

「な”、なんだ、その石はぁ!?」

 

その山の中から、結晶に侵されたレフが現れる。

 

どうやら、結晶の呪いからは逃げられなかったらしい。

 

全身が小さな結晶に覆われつつあり、その浸食は止まっていない。

 

呪いを含んだ結晶に触れていたらそうなるよな。

 

【岩の古龍の秘宝、原始結晶。】

 

光り輝く美しい結晶は、白竜の妄執に汚染された究極の魔法触媒でもある。

 

本来であれば持ち主に永続的な回復を与え続け不滅をもたらす。

 

しかし、呪われ堕ちたそれは結晶系統を自在に操る力を与え、代償としてその身を結晶に置換する。

 

結晶化による疑似的な不滅という解釈に基づき、使用者を侵食するものに変わってしまっているのだ。

 

堕ちた聖杯のようなものだろう。

 

それを使って、火継の薪が結晶系魔術の秘奥を用いたのだ。

 

たとえ対魔力がすさまじいことになっているであろう魔神柱とて、ひとたまりもない。

 

奴は、懐から聖杯を取り出す。

 

「私を癒せ!……クソ!効果がないか!」

 

しかし、その身を癒すことは叶わなかったらしい。

 

だが、その身を犯す結晶の呪いに歪めていた顔が、突如として笑い顔に変わる。

 

なんだ、痛覚でも遮断したか?

 

「まあいい、何度私を殺したところで無駄だ。本体はここにはなく、七十二の魔神である私は滅びない。」

 

相変わらずむかつく顔だ。

 

「だが、今のお前が持っている力の総量はカスみたいなものだろう?」

 

「ゼロにしてやるから安心しろよ。」

 

俺の目で見てすらわかるほどに、その身に宿る力は薄れている。

 

それこそカルデアにいたころのように。

 

さっきまでの重圧が嘘のようだった。

 

図星を突かれて動きを止めたレフを前に、どう殺してやろうか考えていると、神祖の声が響いた。

 

「……マグナ・ウォルイッセ・マグヌム!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

無数の斬線。

 

偉大にして敬愛する神祖を前に、ネロの剣は衰えていない。

 

今この瞬間、この時代において、生身の人間であるはずのネロが、サーヴァント相手に激闘を繰り広げている。

 

彼女の身の内から、魔力が迸っているのだ。

 

それによって力を増した彼女の連撃は、より鋭くなっている。

 

だが。

 

―――なぜだ!

 

「おおおおお!!!!!」

 

原初の火が、彼女の感情の高ぶりに合わせるように燃え上がる。

 

それでも。

 

―――どうして!

 

「よい、その情熱もまたローマである!」

 

神祖は呵々大笑しつつ、連撃を容易くいなす。

 

―――届かない!

 

いかなる技法を持ってしても、神祖の身に剣身を掠らせることもできていない。

 

万能の天才たるネロが、その身に秘める皇帝特権でもってセイバーとしての格を得ているのに。

 

武器の格が違う?

 

それもあるだろう。天才が作り上げた宝具に匹敵する剣ではあるが、積み上がった歴史が違う。

 

ローマ全ての歴史の重みを内包した赤木の槍にかなうはずもない。

 

ステータスが違う?

 

それもまた、あるだろう。

 

真正の英霊たるロムルスに、外れかけているとはいえ、人の身で抗うのは困難だ。

 

だが、それだけではない。

 

ネロは歯噛みする。

 

認めざるを得ない。

 

自分は神祖に刃を向けられないのだと。

 

自分の意思より、僅かに刃が遅れる。

 

ゆえに、神祖はたやすくそれを防ぐ。

 

今もこうして打ち合えているのは、神祖が自分を殺す気がないからだということを。

 

認めなくてはいけない。

 

自分は同じ場に立っているわけではないことを。

 

そんな権利はない。

 

対等ではない。

 

今の自分にできることは、ただ一つ。

 

己のローマを示すことのみ。

 

しかし、その気づきは、遅すぎた。

 

ほんのわずかな、体力の消耗。

 

僅かにずれるバランス。

 

できてしまった、致命的な隙。

 

「この結果もまた、ローマである。」

 

彼の言葉に背筋が冷える。反射的に剣を引き戻し、間に合わせた。

 

瞬間、両腕がへし折れそうな重撃。

 

神祖が大きく振り回した槍でもって、ネロは壁際まで吹き飛ばされる。

 

剣で防いだとはいえ、生身の人間が受けてよい一撃ではなかった。

 

壁にぶつかった瞬間、気が遠くなる。

 

それと同時に、猛烈な疲労と脱力感がネロを襲う。

 

魂から絞り出していた魔力供給を失い、力を失ったためである。

 

高まった力を持ってしても、神祖たる彼には届かなかった。

 

ネロの体は、すでに立つことすらできなくなっていた。

 

彼は戦う力を失ったネロに背を向け、いまだに戦う皇帝たちに槍を向けた。

 

「当世より過去の皇帝たちよ!当世より未来の皇帝たちよ!」

 

瞬間、皇帝たちは剣を収め、傾聴の姿勢をとる。

 

カルデアのサーヴァントたちは、戦っていた相手をそのまま殺すが、彼らは微動だにしない。

 

「お前たちは去るがいい!お前たちはローマではあるが、当世はネロの時代!」

 

「初めの連合は既にない!故に、おお、虚ろに集いし我が子たちよ!」

 

「槍を通じて私ローマへと還るがいい。おお、おお、―――《マグナ・ウォルイッセ・マグヌム》!」

 

彼の赤槍に、生き残っていたすべての皇帝たちが吸い込まれる。

 

彼らは青白い光と、無色の何かに分かれ、槍には青白い光が吸い込まれていく。

 

そして、ローマそのものである無数の巨木が、宮殿の床を突き破り現れる。

 

しかし、その規模は小さい。

 

本来放たれるべき力の、数十分の一にも満たない規模だった。

 

むしろ、解放された力の多くがレフの後ろに集まってしまう。

 

集まった無色の力。

 

その無色の力が、前触れ赤く染まった。

 

 

 

 

 

 

強い力の塊が、自分の後ろに蟠っていることに、レフは気づいていなかった。

 

それは、魔力ではなく魂の力だったからだ。

 

魂とは魔術を操る者が、利用したくても利用できないモノ。

 

ゆえに、背後に蟠る力が赤黒く変色し、渦を巻き、恐るべき存在が現界していくことに、最後まで気づかなかった。

 

赤黒い力の渦から、音もなく巨大な人が姿を現す。

 

その身を燻ぶらせた、赤黒い燃える巨人。

 

【バカな。】

 

火継の薪が、驚愕しているのがわかる。

 

巨大でありながら、その存在感は希薄だった。

 

【本当に、呼ばれたのか!巨人ヨーム!】

 

それはかつて聞いた、薪の王の一人。

 

守るべきものを失い、盾を捨てた孤独な王。

 

かつての友の手で葬られ、ソウルが火継の薪の内にとらわれたはずの、巨人。

 

全身が赤黒く染まり、詳細はわからない。しかし、その瞳は赤く燃えていた。

 

話に聞く闇霊のようだった。

 

その瞳に、理性はない。ただ、何かの怒りに染まっていた。

 

巨人は、手にした巨大な鉈剣を振り上げる。

 

「何を言っている、私はまだ何も呼んで、」

 

剣の陰に覆われたレフは、後ろを振り返る。

 

「は」

 

叩き付けられた鉈剣に、愕然とした表情ごと両断されるレフ。

 

その一撃ですべての力を霧散させられたのか、復活してくることはなかった。

 

残念なことに、奴のとどめを刺すことはできなかった。

 

【主よ!ストームルーラーを構えよ!】

 

【闇霊に堕ちてもそれ以外の武器では、奴を討つことはできない!】

 

火継の薪も、ストームルーラーを取り出し、構える。

 

また、その装備はジークバルトを思わせる玉ねぎ装備になっていた。

 

【象るはカタリナ騎士ジークバルト。友との約束を果たすために旅した者。】

 

【汝の勇名、威光、武功を我が手の内に。】

 

【―――《ソウルの具現化・巨人の友(ジークバルト)》】

 

かつて見た、英雄を憑依させる宝具。

 

ついさっきであった、彼を呼び出したのか。

 

この手に握る、刃がさらに重くなる。

 

「……灰の方、感謝しよう。堕ちた友を救えるのだな。」

 

彼は巨人を見据え、つぶやいた。

 

「さぁ、友よ、此度もまた約束を果たしに来たぞ。」

 

ジークバルトは、ストームルーラーを突きつける。

 

巨人も、それに呼応するように鉈剣を振り上げる。

 

「そこの方、私が迷惑をかけたようで。」

 

「かつての灰の方のように、共に戦っていただけるかな?」

 

「応!!!!」

 

「では、行きましょうか。」

 

彼の構える剣に、風が纏わりつく。

 

一足飛びに巨人が近寄る間に、かの剣は暴風を纏った。

 

「かつての友を止めん!―――《嵐を統べる王権(ストームルーラー)》」

 

彼は高らかと掲げた大剣を振り下ろす。

 

剣に纏わりついていた嵐が、巨大な風刃となって奔る。

 

巨人は、その刃を防ごうとして、防ぎきれなかった。

 

盾のように構えた鉈剣。

 

嵐の刃は、それを超えて巨人の片腕を切り飛ばす。

 

苦悶の声をあげる巨人。

 

彼が盾を捨てていなかったら、防ぎきれただろう。

 

しかし、彼は守るべきものを失った孤独の王。

 

その手にかつての盾はなく、鉄壁の守りを失っていた。

 

解けた嵐に押し込まれるように、巨人は数歩後退するが、即座に前に出てくる。

 

巨人が鉈を振り下ろしてきた。

 

ジークバルトと俺は、別の方向に飛び退る。

 

着弾した瞬間、無数の石弾が放たれた。

 

吹き飛ばされる。かなり、痛い。

 

それでも、剣だけは手放さなかった。

 

巨人を挟むように立つ、俺とジークバルト。

 

巨人は、ジークバルトにしか興味がないようで、こちらに見向きもしない。

 

「友よ!何を望んだ!」

 

彼の問いに答えることなく、轟音をあげながら刃を振るっていた。

 

「人理焼却を求めるのか!」

 

ジークバルトはその刃を避け、躱し、反撃とばかりに刃を向ける。

 

「く、答えよ、我が友!」

 

あの戦いの最中なら、安心して嵐を纏わせられる。

 

大剣を掲げ、精神を集中させる。

 

あの時託された思いを、巨人に届けることだけを思う。

 

―――嵐よ、かの巨人を止めん!

 

嵐の力で暴れまわる剣を、力ずくで押さえつける。

 

彼の最後の言葉が、脳裏に流れた。

 

ストームルーラーが震え、更なる風が生まれる。

 

―――《嵐を統べる王権(ストームルーラー)》!!!!

 

こちらに気づいたのだろう。巨人が振り向こうとする。

 

だが、もう遅い。

 

振り下ろした剣の先から、解放された嵐が駆ける。

 

戒めから解き放たれた喜びを、暴風として表しながら、巨人殺しの風刃が征く。

 

巨人の背中に、大きな傷が刻み込まれた。

 

「■■■■■■■■!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

たたらを踏み、それでも持ち直して雷鳴のような叫び声をあげる巨人。

 

その身から炎が噴き出し、鉈剣にも火が宿る。

 

完全にこちらに振り向き、爆炎を宿した鉈剣が振り下ろそうと、近寄ってくる。

 

あと数歩で間合いの内に入る。

 

剣を掲げ、嵐を集める。

 

裏切られ、薪となり、ただ一人となった孤独の王。

 

悲哀と怒りを込めた必滅の一撃が、俺に放たれる。

 

撃ち込まれれば、どう避けても死ぬ。

 

だが、俺の目の前に、滑り込んでくる人影。

 

「やらせません!」

 

残念だったな、孤独の王。

 

俺たちは一人じゃない。

 

彼女がいる限り、その刃は届かない!

 

―――《仮想宝具疑似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)!》

 

青白い、光の盾が現れる。

 

「ぐ!あああああああああ!!!!!!!!!!!!」

 

マシュの咆哮。盾の輝きが増す。

 

短いようで長い時間拮抗し、盾は巨人の振り下ろした鉈剣を防ぎ、その後の爆炎も防ぎきる。

 

その爆炎の破片が、嵐によってかき消される。

 

この手には、すでに最大限まで嵐をため込んだ剣がある。

 

ジークバルトの手の中にもまた、嵐を最大限まで纏った剣があった。

 

「行きます!」

 

「友よ、終わりだ!」

 

同時に、振り下ろす。

 

二つの風の刃を、攻撃を防がれ、体勢を崩していた巨人は完全に受け止める。

 

灼けた王冠を被る頭部から股下まで、一直線に断ち切る斬線。

 

衝突した風の刃が、巨人を中心に暴れまわる。

 

飛び散る風を、マシュの盾で防いだ。

 

両断された崩れ落ちる巨人。

 

最後まで赤い瞳で俺を見据えていた彼は、赤黒い火の粉となって、消えていく。

 

同時に多くのソウルが、俺に流れ込む。

 

 

 

 

 

 

―――闇霊・巨人ヨームのソウルの欠片を得た。

 

 

 

 

 

 

俺の手から、さらに重みを増したストームルーラーが零れ落ちる。

 

膨大な魔力とソウルの、短時間での流出と流入は、体に悪い。

 

ふらついた体をマシュが、抱き留めてくれた。

 

「さあ、最後の乾杯だ 。」

 

いつの間にか近づいてきたジークバルトが、脇に座り込んでジョッキを手にしている。

 

脱力している俺にジョッキを渡す。

 

「貴公の勇気と使命、そして古い友ヨームに 。」

 

燻ぶりすらない、巨人のいた場所に座り込む。

 

どこか遠くを見るように、まるでジョッキをぶつけ合うような動きをした後、中身を飲み干す動きをする。

 

俺も合わせて、ジョッキの中身を乾した。

 

苦い、どこまでも苦い、決してうまいといえる酒ではなかった。

 

「ああ、友よ。」

 

あの兜で、どうやって飲むのだろうか。

 

そんな場違いな感想を覚えるほど、自然な動きだった。

 

「……願わくば、もう二度と出会わんことを。」

 

小さなそのつぶやきは、俺とマシュにだけ届いたのだろう。

 

そのまま、彼は火の粉となって消え去った。

 

 




あとがきは後で更新します


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

永続狂気帝国 ―セプテム― ローマと別れ

めっちゃ短い

内容もあれ


闇に堕ちた巨人の死。

 

そして友のために再び戦った騎士。

 

クソ野郎の死を含めて、この特異点の修復が始まるはずだった。

 

『んんん、どうなっているんだ。修復が始まらないなぁ。』

 

『いやいやダヴィンチ!そんなのんきな話でいいわけないだろ!』

 

ドクターの言うとおりである。

 

「でも先輩、いったい何がこの特異点を維持させているのでしょうか?」

 

マシュの言う通り、何者かの存在がこの特異点を安定させてしまっている。

 

その何かを排除しない限り、特異点の修復は始まらない。

 

(ローマ)だ。」

 

その声が聞こえる。

 

(ローマ)がある限り、この特異点もまたローマである。」

 

ローマを背負う男の声。

 

ただそこにあるだけで、永遠を体現する者。

 

「ゆえに、永遠なのだ。」

 

彼が言う。

 

「立て、いとし子よ。偽りの永遠(ローマ)を終わらせるために。」

 

このローマを終わらせよと。

 

その役割は、今代の皇帝の責務であると。

 

 

 

 

 

 

ガラリ、と音がした。

 

「ネロさん!?」

 

崩れた瓦礫の上に立っていたのは、額から一筋に血を流したネロだった。

 

纏っていた赤いドレスは、所々切り裂かれ、破れ、赤黒く変色していた。

 

その焦点はどこかぼやけており、顔からは血の気が失せている。

 

全身に覇気がない。かろうじて立ち、剣をとり落としていないだけだった。

 

「余は……。」

 

それでも彼女は立ち上がった。

 

ふらつく足に、喝を入れるように空いた手を叩き付ける。

 

「まだ折れてなどおらぬ。」

 

一度は折れかけた心を震わせて。

 

彼女の意思に呼応するように、熾火となっていた火が、再び燃え上がる。

 

「一敗地に塗れた?また勝てばよいだけの事。」

 

敗北を認め、それでもなお立ち上がる勇気を見せて。

 

これまでの放出するような火ではなく。

 

「敗北の果て、最後に勝利するのは常に我ら(ローマ)なのだから。」

 

自らの生き様をこそ、ローマであると謳うために。

 

どこまでも薄く、鋭い炎の刃として。

 

「神祖よ、余の生き様を見よ!」

 

もう一度、泰然と立つ神祖へと躍りかかる。

 

「決して諦めぬその姿、実にローマである。」

 

赤木の槍が、ネロの情熱を受け止める。

 

始まりの一撃と同じ構図。

 

しかし、最初と異なっている点があった。

 

神祖が、僅かに押し込まれる。

 

「余の全ては、帝国(ローマ)と共にある!」

 

ネロは離れ、切りかかる。

 

「たとえ望んで得たわけでなくとも、既にこの身は皇帝(ローマ)なのだ!」

 

傷つくことをいとわず、ただ剣を振るう。

 

「ゆえに神祖よ!」

 

己の在り方を示すために。

 

「やはり余は其方を受け入れるわけにはいかぬ!」

 

偉大なる大樹(ローマ)に己の存在を刻み込むように。

 

「見せよ!いとし子の生き様(ローマ)を!」

 

強く踏み込んだ最後の一撃を防がれ、ネロは大きく後退した。

 

だが、彼女に悲愴も後悔もない。

 

むしろ、いつも通りの(自信過剰な)笑みを浮かべていた。

 

『うおぅ!?彼女から膨大な魔力が観測されているぞ!?』

 

『人間が出せる出力じゃない、大丈夫かな?』

 

どうしてダヴィンチちゃんはそう適当なんだ。

 

「我が才を見よ! 万雷の喝采を聞け! インペリウムの誉れをここに!」

 

剣を持たぬ手を天に掲げ、高らかに謳いあげるネロ。

 

彼女からあふれ出す魔力が、渦を巻き、玉座の間を満たしていく。

 

言葉を重ねるに従い、彼女の声に力が戻ってくる。

 

テンションが上がるにつれて、原初の火の勢いも増していく。

 

「咲き誇る花のごとく……」

 

彼女の手に、黄金の輝きが煌く。

 

その輝きを剣と共に握り込み、床に突き立てた。

 

悍ましくも美しい色と形式の魔法円(マジックサークル)が突き立ったところから広がり、光を放つ。

 

「開け! 黄金の劇場よ!!」

 

魔力を含んだ風、鮮烈なバラの香りと共に、無数のバラの花びらが舞い踊る。

 

風が収まると玉座の間は、黄金の劇場となっていた。

 

グロテスク様式の贅と芸術と退廃と美に満たされた、我儘娘の遊び場(ドムス・アウレア)

 

「さぁ!(ローマ)に!いとし子の帝政(ローマ)を示すのだ!」

 

周囲を見渡し、一度だけ頷いた神祖は、槍をわきに突き立て彼女を待つ。

 

神祖は、彼女の意志(ローマ)を見定めようとしていた。

 

「神祖の帝政(ローマ)は正しい、だが、正しいだけだ!」

 

突き立てた剣を、天高く掲げ、芸術の徒(ネロ)は独唱する。

 

己を示すために。

 

血に塗れ、奪い、守らざるを得なかったローマを胸に。

 

「正しく、また、華々しく栄えてこその人間よ!」

 

火剣を携え、尊敬すべき神祖に駆けだす。

 

ローマは、己のものだと叫ぶ。

 

「ここに、我が帝政の在り方を示す!」

 

ゆえに、示すのだ。

 

「―――《童女謳う華の帝政(ラウス・セント・クラウディウス)》!」

 

彼女の成した結果(ローマ)を。

 

突き出された刃は、極大の炎刃を纏い、神祖へと迫る。

 

必滅の一撃。

 

神祖は防ぐ素振りすら見せず、微笑みを浮かべて、その全てを受け入れた。

 

「えっ?」

 

原初の火が、神祖の胸から背へと突き抜ける。

 

その感触に、ネロは呆けた。

 

「良いのだ、いとし子よ。」

 

呆ける彼女の頭を、神祖の大きな手がなでる。

 

「汝もまた、曇りなきローマであった。」

 

どこまでも愛おしむ、無限の父性と抱擁を以て。

 

「ローマとは世界であり、世界とはローマなのだ。」

 

慈しむ表情でもって。

 

祈り(ローマ)は潰えず、世界(ローマ)は続く。」

 

しゃべるたびに、傷口から血があふれ出す。

 

それでも神祖は、ネロに語り掛けることをやめなかった。

 

我ら(ローマ)ローマ(我ら)である限り。」

 

ローマとは何かを伝えるために。

 

「汝の裡に秘めた浪漫(ローマ)を継がせよ。」

 

神祖は全てを黄金の輝きに変えながら最後の言葉を言い切る。

 

「ローマとは永遠なのだから。」

 

その言葉を最後に、彼はこの特異点から消滅した。

 

原初の火を消し止め、彼女を濡らした跡も残さずに。

 

 

 

 

 

『この特異点の崩壊が始まったよ。すでに準備はできているから。』

 

「そ、其方らまで消えるのか!?」

 

呆けていたネロが、その声に反応する。

 

「待て、待つが良い!まだ此度の礼が済んでおらぬ!」

 

「ローマ市民総出の宴を催すのだぞ!」

 

「主賓たる其方らがおらぬなどありえんではないか!?」

 

目から大粒の涙を流し、声を荒げるネロ。

 

「皇帝陛下。」

 

彼女を遮ったのは、真剣な表情を浮かべた所長だった。

 

「私たちは、行かなければなりません。別の地を救わなくてはいけません。」

 

彼女は語る、俺たちの目的を。

 

世界(ローマ)が永遠であるために、成すべきことなのです。」

 

ただ、人理修復の旅であることを。

 

「ですから、どうか貴方のもとを去ることをお許しください、皇帝陛下。」

 

ゆえに、彼女の下にとどまれぬことを。

 

所長は深く深く、頭を下げた。

 

そうすることしか、できなかったからだ。

 

「そうか、ならば引き留めてはならぬ。」

 

それを聞いたネロは、目を擦る。

 

目の周りを真っ赤にしながら、それでも、涙を止めた。

 

「余の思い一つで、世界(ローマ)を左右してはならぬのだな。」

 

鼻をすすりながら、無理をして笑みを浮かべる。

 

皇帝であるが故の、強がりだろうか。

 

「だが!其方に罰を与える。」

 

胸を張り、堂々と罰を告げる。

 

「最後だ、余をネロと呼べ。」

 

それは、甘く切ない響きを以て告げられた。

 

二度と会えぬ友を忘れぬために。

 

「では、さようなら。ネロ。」

 

微笑みを浮かべた所長が、消える。

 

 

 

 

 

 

 

 

ネロは、この場にいた者たちと最後の会話を交わし、俺以外は帰還した。

 

「最後は其方か。此度は其方にも、世話になったな。」

 

「いや、ネロの治世、存分に味わったよ。素晴らしかった。」

 

民に紛れ生き、結果として彼女の治世を感じ取った。

 

足らぬところもあるだろう。

 

それでもなお、多くの市民に支持されているのだ。

 

「皇帝陛下、貴方の帝政に、曇りはない!」

 

これだけは、俺が胸を張って言える。

 

「さよなら、いつか、また。時の彼方で。」

 

「そうだな!また会おう!」

 

彼女の泣き笑いの顔を見て、俺はカルデアへと帰還した。

 

 

 

 

 

 

 

 

カルデアのメンバーが消え去り、かつての玉座の間に一人残されたネロは、ぽつりと言葉を零す。

 

「我が帝政に曇りなし、か。」

 

「本当に、そう言えればよかったのだがな。」

 

彼女の瞳から、一筋の涙がこぼれ、原初の火に落ちる。

 

その涙は、乾くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Interlude ―描き手とスタッフ―

いろんなオリキャラ、オリ設定が暴発してるので注意な。

受け入れられない人がさらに増えるかもしれん。

ジャンヌかわいい。

論理破綻とかあったら教えて。


何とも言えない、奇妙な苦みを味わった第二特異点から帰還し、すでに丸一日が経過した。

 

そうだよ、前回と同じで丸一日寝てました!

 

他のメンバーについては、所長以外は翌日から通常運行で動いていたそうです。

 

あ、ちゃんと火継の薪はこっちに戻ってました。

 

今回はマシュマロ系眼鏡後輩には起こしてもらえませんでした。

 

非常に残念です。

 

「何をしているのよ、とっとと起きなさい!」

 

代わりにツンギレ系無自覚性女様に起こしていただきました。

 

朝の輝きに照らされて、不健康そうな玉の肌が煌き、美しい白銀の髪が、頬にかかっている。

 

どこか不機嫌そうなのに、わずかに頬が紅潮しているのが、色素の薄さでわかりやすい。

 

それにしても、いつ見ても美人だ。

 

発育しすぎな高校三年生だろうか?大人になり切れないぎりぎり感が、そこはかとないエロさを生んでいる気がする。

 

「な!?」

 

視線を下げれば屈んだことによって強調された聖パイが見えた。

 

あれはマシュより明らかに大きい。

 

それを鎖で強調しているあたり、狂人と化してもジル・ド・レェのセンスには感服せざるを得ない。

 

まさに絶景である。

 

さらに、胸の下にかろうじて見える、張り詰めた眩い太もも。

 

胸とサイハイソックスに挟まれた幻の絶対領域なんて、今生の間に拝めるとは思っていなかった。

 

もう一度言う、絶景である。

 

「あ、アンタ、どこを見て!?」

 

今度は耳まで真っ赤になってしまっている。どうも視線を追いかけられているようだ。

 

恥かしがるジャンヌかわいい。

 

「ち、ちが、と、取りあえずふちょんああああああ!?」

 

強制執行で布団をはぎ取られたわけだが、Myサンは今朝も元気です。

 

寝起きで目の前にあんなのぶら下げられたら、ねぇ?

 

「ど、どこふくらましてるのよこの変態!」

 

いや、これは青少年の生理現象でって、鉄靴で足蹴にするのはやめっ、ヤメロォ!

 

後、清楚な白なのにスケスケの過激なデザインなのは聖女的にはどうなんですか性女様?

 

さらに殺意が増した。

 

 

 

 

 

 

 

オンナノコになるところだった。

 

いくら何でも訓練だけで実戦投入されないまま退役はしたくない。

 

悲しいことに今のところ実戦投入の予定はないが。

 

連続で打ち込まれる必滅の一撃をローリングで回避し続けた結果、俺のベッドは鉄靴のヒールで穴だらけになった。

 

あの後着替えを見られそうになったりシャワー浴びたりと色々ハプニングがあったが、その度に危うい目にあっている。

 

おかしいぞ、大体不用意に動くジャンヌが悪い気がするんだが?

 

疲れ果ててるのに二度寝もできない。

 

「誰かのおかげで俺のベッド壊れちゃったからなぁ?」

 

「わ、悪かったわよ!反省してます!」

 

今ジャンヌは首からプレートを下げている。

 

「私はマスターのベッドを破壊しました。」

 

と書いてあるものをだ。

 

ぜひ反省してほしい。

 

そうこうしているうちに、食堂に着く。

 

食堂のおば、お姉さんにいぶかしげな眼で見られたが、俺は気にしない。

 

解析チームの努力によりレイシフトで資材調達が可能になった今、料理のバリエーションは大きく広がった。

 

「おばちゃ、お姉さん。これ何。」

 

「あ”?あらやだ、アンタの飯はしばらくこれだよ。」

 

にもかかわらず、俺のトレーに存在するのは、恐ろしいほどの硬さを想像させる固焼きパン、そして硬質な音のする硬い干し肉。

 

以上である。

 

スープすらないというのはどういうことだ!

 

「どうして!?」

 

抗議すると、目の前で塩のスープを作ってくれた。お前これほとんど塩降ったお湯じゃないか。

 

「さぁねぇ?所長様からの指示だから、従うしかないんだよ、諦めな。」

 

お玉を持ったおばちゃんに追い払われる。

 

近くのテーブルに座ると、干し肉を渾身の力を入れて千切、ちぎ、ちぎれない。

 

ダガーで突き刺し、もう一本のダガーで切る。強化されたダガーで抵抗受けるって金属か。

 

「ざまぁないわね。」

 

そういいながらどや顔決めて目の前に座った性女様のトレーには、美しい焼き色と照りが乗ったクロワッサン、食欲をそそる香りのベーコンスープ、削ぎ切りにされたローストターキーのグレービーソース添えと色鮮やかなサラダが乗っている。

 

めちゃくちゃ旨そうじゃないか!?

 

「なんだこの格差は。」

 

「あんたがローマでやったこと思い出しなさい。」

 

「わ、悪いことしてないし。」

 

目を合わせられない程度にはしでかしました。反省はしてます。

 

固焼きパンも素手ではちぎれない、というより建材として使えそうな硬さだ。テーブルにたたきつけるとテーブルが負けそう。

 

倉庫から借りたサバイバルナイフの背でゴリゴリと切り出し、頑張って細切れにした干し肉と一緒にとりあえずスープにぶち込む。

 

全く、柔らかくなる気配はないが、多少はましになると信じたい。

 

カチャカチャ音のなる奇妙なスープをかき混ぜながら、彼女を見る。

 

何ともおいしそうに食べるものだ、一口一口が幸せですとでも言わんばかりに、口元が緩んでいる。

 

そんなに深くうなずかなくても、いいんじゃない?

 

「うん、うん。って何見てるのよ!」

 

テーブルの下、俺の脛が蹴り上げられる。

 

だから鉄靴で蹴るのはやめろ!とっさにロスリック騎士の足甲に換装しなかったら骨が折れてるぞ!

 

顔を真っ赤にしてもかわいいだけだろうが!

 

腹立ちを紛らわすために一番薄く切ったパンを取り出し、口に含む。

 

全く歯が立たない、いや、少しだけ噛めるのか?

 

干し肉からわずかに味が出たのか、食べられないことはない。

 

全力で噛み千切り、飲み込む。

 

干し肉も大して変わらない食感だった。

 

こっちは噛めば噛むほど味が出ておいしかったが。

 

食事との激闘を経て、びっくりするくらいの顎の疲れと共に、食堂を後にする。

 

腹ごしらえをした後、召喚ルームに来るように呼ばれているのだ。

 

 

 

 

 

 

召喚ルーム前では、所長が長椅子に泣き伏していた。

 

「どうしてよ!?」

 

「どうしようもないだろう、オルガマリー。」

 

周囲にはいくつもの礼装が転がっている。

 

また爆死したのか。

 

だが、普通の魔術礼装として考えた時には、かなりの資産になると思うんだ。

 

だって、宝石剣とか、形ある水銀とか、二股のねじくれた短剣とか、妙な力を感じる弾丸とか、バイクがあるんだぞ。

 

どれもかなりの魔力がこもっている。そんなに悲しいことだろうか。

 

まぁ、ダヴィンチちゃんがついているし、放っておくしかない。

 

下手に干渉すると絡まれそうだし。

 

ルーム内には、火継の薪とシャナロット、マシュとシフ、そしてフォウがいた。

 

他のメンバーは狩猟と霊基強化に出向いているらしい。

 

マスターなしで大丈夫なのか?

 

それはともかくとして、今回の召喚を行っていこう。

 

使えるのはなんと聖晶石20個。

 

ダヴィンチちゃんが用意してくれた呼符は所長が使ってしまったらしい。

 

道理で前回よりも多くの礼装に囲まれていたわけだ。

 

今回も火継の薪のアドバイスに従い、大量の聖晶石を積み上げる。

 

火継の薪は、その上に白いキャンパスの切れはしを乗せた。

 

あの切れ端、なぜか竜の力を感じるんだけど、何なの。

 

読み上げるは火の招請。

 

今回の火はかなり大きい。

 

『今度は真正の神霊じゃないか!?魔力の質が高すぎる!』

 

やっぱりドクターもそう思う?

 

()()の火の輪から現れたのは、小柄な少女だった。

 

すすけた赤色のロングケープを羽織り、色がかすれたぶかぶかの服を着た少女。

 

彼女は神であることを、強制的に理解させ、跪かせようとする圧力を感じる。

 

彼女は灰色の、身長の何倍もある髪の毛を引きずり、目を瞑ったまま歩み寄る。

 

「私は絵を描かなきゃいけないの。」

 

それでもまるで目が見えているように。

 

「可哀そうなお姉さまのために。」

 

俺に向かってまっすぐに。

 

「終わってしまう誰かのために。」

 

俺の目の前に来ると、真下から見上げてくる。

 

開かれた黄金の瞳が、俺を貫いた。

 

「私は画家の娘、()()()()()()()。」

 

「太陽の末娘、そして世界を描き出した者の子。」

 

「今は戦うことはできないけれど、いつか貴方のお役に立てると思うわ。」

 

彼女がそう言い切ると、神々しい圧力は鳴りを潜め、普通の少女に見えるようになる。

 

「ねぇ、貴方。」

 

「どこかであったかしら?」

 

【いや、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。】

 

視界の端の火継の薪と、やり取りする。

 

「そう、何か引っかかるのだけど。」

 

そういうと、疑問を振り払うようにこちらに向き直る。

 

「ところで、貴方が私の主ということでいいの?」

 

「今のところは、そうなっているね。」

 

小首を傾げる少女。整った顔立ちも相まって非常にあざといかわいい。

 

「なら、お兄様って呼んであげる。」

 

お兄様、だと!?

 

「あのお兄様とは似ても似つかないけど、貴方みたいなお兄様が欲しかったの!」

 

両手を大きく広げ、抱き着いて来る。

 

「だめですよ!お兄さんの独り占めは!」

 

シャナロットが駆け寄ってきて、フィリアノールとの間に割り込もうとする。

 

「なら、二人のお兄さんということにしましょう?」

 

「むー。それならいいですけど。」

 

フィリアノールは俺から離れると、シャナロットに提案した。

 

シャナロットは悩んだ末に、それを受け入れる。

 

あの、俺に聞かないの?別に嫌とは言わないけれど。

 

「ありがとう、シャナロット。」

 

「わぁっ……あ、あの。」

 

その答えに満足したのか、フィリアノールが微笑む。

 

まさに王統の血が成せる業なのか、王女の微笑みとでも名づけるべき笑顔だった。

 

「なあに?」

 

それに一瞬見惚れ、即座に復帰したシャナロットが赤面しながら問いかける。

 

「お姉さんって、呼んでも、いいですか?」

 

「いいわよ、私ね、お姉さまと、お姉兄様がいたけれど、妹も欲しかったの!」

 

その言葉に、フィリアノールは破顔一笑、シャナロットに抱き着く。

 

「わわっ、えへへっ、フィリアノールお姉さん!」

 

「ふふっ、フィリアでいいわ、シャナロット!」

 

「はいっ、フィリアお姉さん!」

 

二人で抱き合っては離れ、笑いあい、また抱き合う。

 

「あ、フィリアお姉さん、この子はシフと言います!」

 

「あら、この子がシフなの?よろしくね?」

 

突然伏せていたシフに駆け寄り、抱き着くシャナロット。

 

それを追いかけたフィリアノールは、何かに驚いていたようだが、即座に微笑みに戻りシフに話しかける。

 

「ワフ!」

 

シフは随分と元気よく声を出し、ピシッと座っていた。

 

お前がそんなにしゃきっとしてるの初めて見たぞ。

 

大きな犬と戯れる幼女と少女、素晴らしい絵だった。

 

「先輩。」

 

いつの間にか、俺の背後まで近寄っていたマシュが、俺に抱き着いて来る。

 

「アンタ。」

 

その反対側に、ジャンヌが寄ってくる。彼女は抱き着いては来なかったが。

 

「「最低です(ね)。」」

 

両耳から入ってくる音に崩れ落ちそうになる。

 

「あんな小さい子がいいんですか?」

 

「このロリコン!変態!」

 

待ってくれ、俺はロリコンかもしれないが変態じゃないって!

 

「「えっ。」」

 

やべぇ、完全に言葉間違えた。

 

逆だって言いたいけど、すでに思いっきりドン引きされてる。

 

「こ、これは由々しき事態ですよ!ジャンヌさん!」

 

「いくら何でもそうじゃないと思ってたけど、うそでしょ?」

 

「対策会議を!」

 

「検討が必要だわ!」

 

二人は俺から離れると、いろいろ言いあいながら出て行ってしまった。

 

どうしよう、誤解の解きようがないのだけど。

 

『あはは、アンタ面白いわね!』

 

『いやぁ、ハーレムの主人公って感じだね。平均年齢が低めだけど。』

 

「ぶち殺すぞ貴様ら。」

 

戯けたことをほざく、エターナルロリータとネットアイドル廃人に釘を刺す。

 

頼むから、ただでさえめんどくさい事態を引っ掻き回すような真似だけはしないでくれ。

 

深く念を押しておく。

 

ドクターはともかく、エタロリオペ子が信用ならない。

 

あれは割と楽しければ何でもするタイプだからな。

 

「どうしたんですか、お・に・い・さ・ま?」

 

「大丈夫ですか、お兄さん?」

 

二人が心配そうなって、フィリアノール!君わかってやってるだろう!?

 

「何のことでしょう?」

 

頬に手を当てて困ったような表情をしているが、その瞳にからかいの光が輝いている。

 

この子すごいめんどくさいタイプだ。

 

「いや、何でもないよ。二人とも、心配してくれてありがとう。」

 

それでも、二人に感謝を込めて、頭をなでる。

 

二人とも髪質が違うのか、なで心地が違う。

 

「ふやぁぁぁぁ。」

 

「な、何をふあぁっ。」

 

シャナロットはいつも気持ちよさそうな表情で、手に頭を擦り付けて来る。

 

フィリアノールは下を向いて震えていた。

 

気に入らないのだろうか。

 

『そういうことするからまずいんじゃないかな?』

 

『ロリッカだからね、仕方ないね。』

 

おいこらエタロリィ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フィリアノールとシャナロットを火継の薪とシフに任せ、自室に向かっている途中、管制室から出てきた二人のスタッフに出会う。

 

「あら、立夏君。」

 

「あ、リッカじゃない!とうっ!」

 

飛び込んでくる金髪の弾丸を抱え上げる。

 

「放しなさいこの無礼者!わーっ!?」

 

「おう、さっきの発言について言い訳はあるか?」

 

抱え上げたまま、数回振り回して下ろす。

 

軽く目を回している金髪のちんちくりん。

 

シャナロットと変わらない身長の、奇跡的な寸胴体系でリアルエルフ系合法ロリの名をほしいままにしている、カルデア七不思議の一つ。

 

グルヴェイクと名乗る外見少女だ。

 

古ノルド語系魔術に精通しており、特に精神系統はかなりのものらしい。とにかく財貨が好きで、男好きでもある。ただ、その外見と性格から、カルデアでの成功率はゼロらしいが。

 

「ごめんなさいね、立夏君。」

 

「できればグルヴェイクを止めてほしかったですね、チャームンダーさん。」

 

このちんちくりんの暴挙を謝罪しているのが、俺よりも高い身長でアンナプルナ・カリガンダキ・ダウラギリという極限のボディラインを持つ、インドが生んだ女神様。吐息一つでその気にさせるというエロテロリスト。

 

チャームンダーと名乗る麗しの人妻系美人だ。

 

強力な強化系魔術と伝承宝具による直接戦闘の評価は、非常に高いらしい。

 

二人とも詳細なデータが秘匿されている、奇妙な人員ではある。

 

だが、今のカルデアに必須の人材だ。

 

「く、人の胸触ってんじゃないわよ!高いんだから!金の首飾り位は捧げなさいよね!」

 

復帰したグルヴェイクの戯言が聞こえる。

 

は?なんだって?

 

「は?すみません洗濯板かと思いました。」

 

「コロス。」

 

あんな肋骨を直に感じる感触を胸とは認めない、背中じゃないのか。

 

大体制服のバンドがあっても大平原なんだから、それは胸じゃない、板だ。

 

俺に向かってとびかかろうとするグルヴェイクを、チャームンダーが抱き留める。

 

おお、グルヴェイクが胸の狭間に沈んだ。

 

「放しなさい、このオッパイ魔神!」

 

「い、いくら何でもそんな言い方はないでしょう!?貴女は口が悪すぎます!」

 

グルヴェイクの罵倒に、チャームンダーは赤面しながら反論する。

 

でも、グルヴェイクの頭が半分くらい山陰に隠れて見えないんですが、後下のバンドが見えません。

 

いいぞ、グルヴェイク。もっと暴れろ。

 

「何よ!猫何重にもかぶってるくせに!アンタこんなもんじゃ、んんんんんんん!?」

 

「こ、この子は何を!?り、立夏君失礼しますね?」

 

チャームンダーはグルヴェイクを自分に向かせ、頭を胸の谷間に押し込んだ。

 

すごい。全く発話できていない。

 

慌てて歩み去るバインバイン弾む魅惑のスイカ二玉を見送る。

 

グルヴェイクはこの後たっぷりとお説教だろう。

 

主にその口の悪さについて。

 

それにしても、彼女の本性ってどんなんだろう?

 

 




フィリアノール

キャスターとして現界した。

太陽の王の末娘にして、世界を描く者。

絵を描かなければいけないと言っているが、かつて彼女は既に絵を描き上げている。

もう一度書かなければいけないのは、何なのだろうか。

そもそも、彼女は本当にフィリアノールなのか。

シラとゲールがいない今、誰にも真実はわからない。

火継の薪を除いて。



白い竜皮紙の切れはし

白い竜皮紙の切れはしであり、強大なソウルが宿っている。

鱗の無い竜から作られたとしか思えない、両側が平坦な竜皮紙。

よく見ると、端が蠢いているようにも見える。

持つと奇妙な声が聞こえてくるが……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

封鎖終局四海 -オケアノス- 二人旅

お久しぶりです。

リアルが忙しすぎてまったく書けなかった。


 

奇妙な夢を見た。

 

どこまでも暗い場所で、異形たちと戦う夢を。

 

周りを埋め尽くす闇は、暖かく俺を迎え入れていた。

 

けれども、そこにあるのは、俺ではない何かだけだった。

 

だから、ただ俺が俺であるために。

 

獣でないことを証明するために。

 

この闇を打ち払わなくてはいけなかった。

 

光り輝く盾を置いて、友が去っていく。

 

力が足りなかった自分を置いて。

 

自分のためだといって、深淵からの守りを捨てていった友。

 

彼と共に有れない悲しみと、己の力不足を胸に抱き。

 

己の最後の時を待つことにした。

 

彼はきっと帰ってこれない。

 

きっとそう思っていたのだ。

 

だからこそ、自分に生きろと言い残していった。

 

必ず帰ると、言わなかった。

 

手足にまとわりついた深淵を払うことをしなかったのだ。

 

己に別れを告げていったのだ。

 

認めない。

 

認めたくない。

 

自分より先に友が死ぬなど、想像もしていなかった。

 

あれだけの強さであっても。

 

この先にいるモノは、勝ちを拾うこともできない。

 

癒えぬ傷を胸に。

 

絶望の淵で、己の死を待つ。

 

じわりじわりと、盾を覆わんと迫る深淵。

 

逃げ出すこともできない恐怖と共に。

 

決して帰らぬ、友の帰りを待ち続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

妙な夢を見た気がする。

 

内容は覚えていないが。

 

軽く伸びをしようとして、思い出した。

 

強い風が全身を叩き、尻にはごつごつとした鱗の感触が返ってくる。

 

俺は今、大型のワイバーンにまたがり、無限に広がる海の上を飛んでいるのだった。

 

 

 

 

 

今回のレイシフトで、案の定みんなとはぐれた俺。

 

その傍らには、ジャンヌがいた。

 

正確には地面にたたきつけられた俺の上に、座る形で転移してきたわけだが。

 

そのあと色々あって、ワイバーンの群れをジャンヌが使役し、いくつかの島を渡り歩いているわけだ。

 

「起きたわね。」

 

右に、ジャンヌの顔が有る。

 

「ごめん、寝てたみたいだ。」

 

どうやらすっかり眠っていたらしい。

 

「そうね、人に探索を任せて寄りかかり、ずいぶんと気持ちよさそうにね。」

 

幾分拗ねているような声色だった。

 

ま、探索も騎乗も一人に任せて、同乗者が眠っていたら機嫌も悪くなるか。

 

「あったかくて気持ちのいい枕だったよ。」

 

ジャンヌにもたれかかるような形で、眠っていたようだ。

 

体の正面で感じるジャンヌの柔らかさと体温に心地よくなってしまったらしい。

 

寒かったからね、是非もないよネ。

 

「ええそうでしょうねぇ。」

 

ジャンヌが小刻みに震えている。

 

大きく頭を横に振ると。

 

「ふん!」

 

頭に被ったサークレットを叩き付けるように横頭突きしてきた。

 

「㏉a!?」

 

目の前に星が飛ぶ。

 

一瞬意識が飛びかけ、ワイバーンの背中から落ちそうになる。

 

慌てて、ジャンヌに腕を巻き付ける。

 

「んうっ!?」

 

両手に、とんでもない柔らかさが返ってくる。

 

え、なに。

 

「片手で、あふれる!?」

 

おいおい、全然掴みきれねぇ。

 

なんだこの持ち手。

 

あらゆる角度からチャレンジするが、全く成功しない。

 

ワンダフル。

 

ん?なんだか先端に硬いものが、

 

「いつまで揉んでんのよ!?」

 

「アベシ!?」

 

顔を真っ赤にしたジャンヌの、肘うちがめり込む。

 

レバーはダメだろ。

 

レバーは。

 

「何落ちようとしてんのよ!?こいつホントろくなことしないわね!?」

 

滑り落ちる俺の襟首をジャンヌがつかんだらしい。

 

いかん、首が締まる。キュって鳴った。

 

「ちっ!ワイバーン、正面の島におりなさい!」

 

彼女の号令に従い、ワイバーンが急降下し始める。

 

正面に見えていたのは、これまでで最も大きい島だった。

 

 

 

 

森をかすめるように飛び去るワイバーンから手を離され、砂浜を空き缶のように転がる。

 

木にぶつかって止まったが、全身が痛い。

 

銀猫の指輪がなかったら、高度的に死んでた。

 

「ざまぁないわね。」

 

対するジャンヌは、三点着地を華麗に決めていた。

 

巻き上がった砂を払うと、見せつけるように立ち上がる。

 

ドヤ顔決めやがって。

 

「まぁ、今回は俺が悪かった。」

 

「両手で虚空を揉みしだきながらほざいてもね。」

 

侮蔑の表情を浮かべるジャンヌ。その冷たい視線に、新しい何かが!

 

おっと、手が勝手に。

 

両手を後ろ手に組み、ジャンヌから見えないようにする。

 

「もういいわ。それより、ここで四個目の島ね。」

 

「何か特徴は見えた?」

 

「大量のワイバーンがこの島にいる、たぶんドラゴンも。あと道中で海賊船が一隻いたくらいかしら。」

 

彼女は、肩をすくめる。たいした手掛かりなしか。

 

ドラゴンを従えられれば、かなりの戦力強化になるけど。

 

「この特異点、海賊船だけは山ほどいるからね。何か情報は得られた?」

 

「取りあえず焼いといたけど。」

 

「なんてことを!?」

 

取りあえず人間がいるんだから情報のやり取りはしなきゃ!?

 

どうして初手暴力で殲滅しちゃうの!?

 

道理で十匹以上いたはずのワイバーンが減ってるわけだ。

 

「仕方ないでしょ!いきなり銃、だったかしら?あれで撃たれたんだから!」

 

「それに気持ち悪かったし。」

 

「ならいいや。」

 

いくらジャンヌが美人だからって気持ち悪い顔してたら死ねばいい。

 

そして、こんな美人相手に銃をぶっ放すような海賊には死がお似合いだ。

 

盛大な焚火になったことだろう。

 

「最終的に大爆発してたし、かなり遠くからでも見えたんじゃない?」

 

それは何より。

 

「これまで通り、あの山の頂上に向かいましょう。」

 

「行こうか。」

 

島の中央に位置する、かなりの高台。

 

周囲は比較的浅い林に囲まれているが、高台には下草程度しか生えていないのがわかる。

 

まずは、あの高台に上るとしようか。きっと頂上にドラゴンがいるはず。

 

 

 

 

 

 

 

 

時折ゾンビ、獣人に襲われつつ、林を進む。

 

既に何度もこんな経験を積んだ俺とジャンヌのペアにかかれば、この程度の林で戦闘をしても方向を見失うことはない。

 

ローマの森に比べれば、ピクニックにもならないだろう。

 

あそこでは、木々が密集して空が見えず、定期的に追いかけまわされてルートから強制的に外れる羽目になったからな。

 

シフがいなかったら一生あそこにいたかもしれない。

 

それにしても、獣人とゾンビの相性が悪すぎる。

 

同時に追いかけられても、速度に差がありすぎて勝手に分断されるし、ゾンビが近くにいると、こっちの匂いをかぎ分けられなくなるらしい。

 

余程のことがない限り、戦闘することなく潜り抜けられる。

 

流石に草を踏み分ける音なんかは聞こえるみたいだが。

 

現に、ジャンヌが踏み折った枝の音に引き寄せられた獣人の一団と戦っているわけだし。

 

「アンタも手伝いなさいよ!」

 

旗槍で獣人を数体まとめて打ち飛ばしつつ、ジャンヌが吠える。

 

そうは言っても、君の不手際なんだけど?

 

後ろから襲ってくる獣人の斧をステップで回避し、振り向きざまの横薙ぎで、相手の首元を断ち切る。

 

吹き出す血を抑えようとするが、気道と頸動脈の片方を切断されたら助からない。

 

動くこともままならずそのまま倒れ、獣人は息を引き取る。

 

「動いてるじゃないか。」

 

「アンタに、襲い、かかって、くる、やつだけ、でしょうがぁ!」

 

ジャンヌは立て続けに襲ってくる獣人を、薙ぎ、払い、蹴り、殴り、燃やし、貫く。

 

随分と経験を積んだらしい。

 

召喚されてすぐとは、比べ物にならない槍捌きだった。

 

「まぁ、あのいけ好かない!青い犬ころに!教わりましたし!」

 

おお、三連突。

 

防御しようとする剣や腕をすり抜けて、致命の一撃が三連で突き込まれた。

 

「大体、これくらいできないと!」

 

倒れ行く死体をよけながら迫る正面の敵集団に、大きく薙ぎ払い。

 

獣人たちは、その槍を一歩下がることで回避する。

 

ジャンヌは呪いの火を纏った昏い槍を地面から突き出し、もう一度踏み出そうとする敵をけん制する。

 

「アンタの隣に立てないでしょうが!」

 

槍は昏い光を放ち、爆発する呪いの火が包囲された獣人たちを巻き添えにした。

 

地面を転がり、火を消そうとする獣人たち。

 

しかし、呪いの火は、彼らの魂を薪として燃える。

 

心身を焼き尽くされた獣人達が、折り重なって崩れ落ちた。

 

敵集団の心理的空白を突いて、俺とジャンヌは背中を合わせる。

 

「俺の隣に立ってくれるんだ。」

 

「背中預けてるのがその証!」

 

ジリジリと音を立てて燃える旗槍と、電撃が走る剣先を前に、獣人たちは逃げ腰になっていた。

 

しかし、彼らの背後から、ゾンビたちが迫っている。

 

俺たちとゾンビに挟まれ、逃げ場を失いつつある獣人たち。

 

正直なところ、迫ってくるゾンビと接触するまでに獣人を片付けるのは無理だろう。

 

戦闘中に、何度も俺を射すくめた視線の持ち主がいる。

 

「グワゥ!」

 

獣人たちの奥にいた、黄金の槍を持つ黒い獣人が吠える。

 

周囲の獣人より二回りは大きな体、片目がつぶれているが、それを感じさせない隙の無さ。

 

その目が放つ殺気は、戦闘中に何度も感じたそれだった。

 

獣人たちは一斉に森の奥に消え去り、黒い獣人も一度だけ俺を見据えて消えていった。

 

「なによ、あれ。」

 

ジャンヌの方を見ると、震えていた。

 

それもそうだろう。

 

「獣人にとっての英雄、かな。」

 

最後にいた獣人は、サーヴァントに匹敵する力量の持ち主だった。

 

あの群れの長がいる限り、俺たち二人の苦戦は免れない。

 

奴が戦うという選択肢を捨ててくれて助かった。

 

殺気だけでこちらを一瞬拘束できる実力者と決戦なんて、冗談じゃない。

 

()()()()()()()()()()()()

 

命を度外視して戦いそうだった。

 

回復も蘇生もできない今、やるべきことじゃない。

 

「ア”あ”あ”あ”あ”あ”!」

 

獣人たちが消え去った後、これまた無数のゾンビたちが、木立の隙間から現れる。

 

今回のゾンビは新鮮らしい。

 

肌色もましだし、動きもそれなりに機敏だ。

 

おかげで臭いは少ない。

 

「あ”~!くさい!」

 

それでも我慢できなかったのか、ジャンヌの旗槍がさらに燃え上がる。

 

「燃え散れ!」

 

腰だめに構えた旗槍から、火炎放射器のように呪いの火が噴出した。

 

その見た目は、太さと言い長さと言い、炎の柱だが。

 

粘性を持った炎に触れるそばから燃え、押しのけられ砕けていくゾンビたち。

 

膨大な魔力がジャンヌによって搾り上げられる。

 

度重なる拡張を受けても、大量の魔力供給はかなり負担が大きい。

 

あ、今胃に炎症できた。

 

 

 

 

 

 

 

「ふう、すっきりした!」

 

「ヨカッタネ、うぷ。」

 

会心の笑みを浮かべながら、大きく伸びをするジャンヌ。

 

それを見て、吐き気を我慢する俺。

 

俺たちの目の前には、焼け野原となった元林が広がっていた。

 

お前、焦げ跡の先に海が見えてるんだが?

 

どんだけの射程距離でぶっぱなしやがったんだ。

 

当然、直撃を受けたゾンビの群れなんて跡形も残っていない。

 

この一撃を見て、獣人の群れや野生動物たちも周辺から逃げ出している。

 

辺りは、一時的に安全になったわけだ。

 

「じゃ、行くわよ!」

 

「ちょっとは休ませろ。」

 

「あ”?」

 

張り切って山に向かおうとするジャンヌを引き留める。

 

振り返ったジャンヌは、引き留められて不機嫌そうだった。

 

「誰かさんがバカみたいに魔力を絞ってくれたおかげで、胃が痛いんですが?」

 

ダヴィンチちゃん特性万能内服薬のおかげでかなり楽にはなったが、いまだに痛いものは痛い。

 

それに魔力回復速度が明らかに落ちている。

 

「うぐっ!?で、でも魔力は回復したじゃない!」

 

「聖晶石砕いてな。」

 

確かに先ほどの戦闘で拾った聖晶石を一つ砕いて魔力は充填してあるが?

 

貴重な聖晶石をわざわざ魔力回復に使う羽目になった原因は何かな?

 

「ぐぬぬぬぬ。」

 

「ジャンヌだって疲れてる、今は休もう。」

 

これまたダヴィンチちゃん謹製の天幕型魔術礼装をつかって簡単な野営地を作っておく。

 

見張り無しで休憩する以上、これくらいの用心はしておきたいものだ。

 

警戒用結界魔術礼装を四方に突き刺し、先端の結晶から緑のラインがそれぞれにつながったことを確認して、天幕内に座り込む。

 

「ほら。」

 

「ふん。」

 

自分の横に敷き布を置き、手で示すと、彼女も座った。

 

カルデアから持ち込んだ紫色の魔力回復薬(グレープジュース味)を渡し、橙色の疲労回復薬(オレンジジュース味)を飲む。

 

ちょっと苦みがあるが、大まかにオレンジジュースなので飲みやすい。

 

胃に落ちると同時に、暖かな波動が駆け巡り、消耗していた体力が急速に回復していく。

 

「あ”~、効く。」

 

「おっさん臭い声出してるんじゃないわよ。」

 

「やかましい。」

 

体の節々が緩んで変な声が出てしまった。

 

さぁ、栄養補給タイムだ。

 

「どうぞ。」

 

「ありがと。……これ嫌いなのよね。」

 

「我儘言うなよ。」

 

ジャンヌは受け取ったエナジーバーを嫌そうな顔で食べ始める。

 

確かに、ダダ甘でおいしくない、実にステイツな代物だが背に腹は代えられない。

 

極彩色のエナジーバーとなぜか輝く栄養タブレットを残りの疲労回復薬で流し込み、エネルギー補充も済ませる。

 

どうやら高空で冷えた体に森歩きと戦闘はきつかったらしい、全身が悲鳴を上げ始めた。

 

自分でマッサージして、固まった筋肉をほぐしておかないとな。

 

まだ、あの山を登らなきゃいけないわけだし。

 

「ねぇ。」

 

自分でふくらはぎをほぐしていると、ジャンヌが声をかけてきた。

 

「マッサージ、してあげようか?」

 

なぜか目をそらしながら、そう告げてきた。

 

よろしくお願いします。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話 -勘違いとお仕置き-

前日に続き、更新。

なお、ストーリーとは関係ない模様。

読まなくても、全く問題ないよ!


エドワード・ティーチと戦い、ボロボロになった船を修理するために、ワイバーンの住処になっている島に到着した私たちは、夕方ごろに発生した莫大な呪いの波動の出所を探索することになりました。

 

あんな背中が寒くなるほどの呪いをまき散らせる存在がいる場合、正体を掴んでからじゃないと安心して動けませんからね。

 

たとえ倒すにしても、逃げるにしても。

 

そのために時折襲ってくるワイバーンを蹴散らしつつ林を進んでいると、ダヴィンチさんから通信が入りました。

 

『レイシフトした諸君、聞こえるかな?』

 

「何かしら。」

 

『立夏君たちの反応が見つかった。どうやらこの島にいるよ。座標もつかんだ。』

 

その知らせに、皆が沸き立ちます。先輩は無事だったんですね。

 

「やっぱり、夕方ごろの魔力反応は先輩たちだったんですね。」

 

「まったく、いままでどこほっつき歩いてたんだか。」

 

どこか嬉しそうに、所長が悪態をついています。

 

『その辺にしたまえ、生きていたことに感謝しよう。ちなみにもう少しだ。』

 

「なんだい、キミたちの仲間が見つかったのかい?」

 

同行してくれたメアリーさんが、私に問いかけてきました。

 

「そうなんです、メアリーさん。」

 

「あら、サーヴァントでも無しに、この海で生き残るなんて。ずいぶんいい男そうですわね、マシュ?」

 

「ア、アンさん!?」

 

アンさんが先輩を気にしていらっしゃます!?

 

身長も高いし、お胸もお尻もすごい大人の女性です。

 

先輩、迫られたらコロッと行っちゃうんじゃ!?

 

「ふふ、大丈夫だよ、マシュ。キミが可愛いから、からかってるだけさ。」

 

「ええ、とっても恋する乙女でしたので。」

 

「ふ、二人ともぉ!?」

 

とってもニヨニヨしています!?

 

……そんなにわかりやすい感じでしたか?

 

「そうね。」

 

「フォウ!(おのれリッカめ、マシュに乙女の顔をさせるとは!けしからん、もっとやれ!)」

 

所長とフォウさんまで頷いています。

 

は、恥かしいです。

 

『はは、マシュも恋を知ることができたんだね。よかった、おめでとう。』

 

『ドクター、セクハラじゃん?でも彼はおいしそうだよね、初物だしはやく食べたい。』

 

『グルヴェイク、貴女がセクハラです。それより、おめでとう、マシュさん。』

 

『あだだだだだだだだ!!!!!!!!???????』

 

耳を思いっきり釣りあげられ、座席から立ち上がる羽目になったグルヴェイクさん。

 

ある意味いつもの光景ですが、何があったのでしょうか。

 

それにしても、先輩が初物でおいしそう?グルヴェイクさんがおっしゃっていることが、よくわからないです。

 

『痛ってえ、あ、マシュそれはあ”あ”あ”あ”あ”!!!!!!!!!』

 

『気にしなくていいですよ、マシュさん?』

 

チャームンダーさんのアイアンクローで、完全に宙に浮いているグルヴェイクさん。

 

あんな細い腕のどこにそんな力があるんでしょうか。

 

「まったく、にぎやかだな、お前たちは。」

 

「すみません。」

 

どこかあきれたような声で、クラーナさんが言いました。

 

「ま、お前が謝ることじゃない。私の独り言だ、気にするな。」

 

「それよりもアーキマン、どれくらいだ?」

 

『うん、もう目の前に見えるはずだ。』

 

ドクターの声に従い、アンさんとメアリーさんが先行します。

 

「あ、あれかな?……おお!」

 

「どうしたんですの、メアリー。……あらまぁ!」

 

二人が何かを見つけたようです。

 

「どうしたの二人とも”!?」

 

「全く。」

 

所長とクラーナさんも、何かを見てしまったようです。

 

所長は真っ赤になっていますし、クラーナさんは天を仰いでいます。

 

何が見えるんでしょうか。

 

皆さんの傍にまで寄ってみます。

 

すっかり暗くなった夜の林の中、天幕の内側に、二人の人影がありました。

 

柔らかなオレンジ色の光に照らされ、くっきりとシルエットが見えます。

 

『さーて、音声だけはとれるんだよね!』

 

『最悪だね!』

 

ダヴィンチさんとグルヴェイクさんが楽しそうです。

 

『何よアンタ、ガチガチじゃない。』

 

『そりゃ、最近縁がなくて。』

 

寝そべる先輩の上に、ジャンヌさんがまたがっています。

 

なぜ。

 

『ならしっかり楽しみなさい。』

 

『びちゃびちゃじゃないか!?いくら何でも出しすぎだろ!?』

 

『うるさいわね!慣れてないのよ!』

 

ぬちゃぬちゃと、粘液が擦れる音がしました。

 

ど、どういう状況なんでしょうか。

 

『い、行くわよ。』

 

『どうぞ。』

 

『よ、余裕ぶってむかつくわね。ま、私の技で悲鳴をあげなさい!』

 

またがっていたジャンヌさんが、先輩の足に両手をついて、腰を少し上げました。

 

ジャンヌさんのスカートで、その部分は見えませんが。

 

『う、お。』

 

『どうかしら?』

 

『す、すごい。』

 

『気持ちいい、でしょ?』

 

粘液がかき混ぜられる音。

 

『いやぁ、いいね!』

 

『グルヴェイク君、君もわかってるね?』

 

『ダヴィンチちゃんほどじゃないけどね!』

 

二人は何を言っているのでしょうか。

 

『んっ、くっ。』

 

『ほらほらほら!』

 

先輩が、何かを我慢しているような声。

 

聞いていると胸と下半身が、熱くなってきました。

 

『こ、これは誤解されるぞぅ!?』

 

『まあまあ、マシュの反応を見ようよ。』

 

『ん~~~~~!!!!!!!!!!!!』

 

チャームンダーさんが縛り上げられています。いつの間に。

 

その大きな胸が縄で強調されていて、とってもエッチな感じになっています。

 

あれくらい大きかったら、先輩を独占できるんでしょうか。

 

『し、絞られる!?』

 

『ふっ、いろいろ、流れて、きたわね、いいでしょ?』

 

何が流れているんでしょうね。

 

『語彙がなくなるくらい気持ちいい。』

 

『はぁ、素直で、よろしい。さぁ、あげていくわよ!』

 

テンション上がるジャンヌさん、ぐちゃぐちゃと粘液の音が激しくなります。

 

『が!強い強い強い!?』

 

『ふぅ、痛い、くらいが、気持ち、いいんじゃない!』

 

先輩の上半身が躍ります。相当に痛いのでしょう。

 

『痛い!あれ?けど気持ちいいぞ?』

 

『はぁ、はぁ、でしょう!』

 

どこか不思議そうな声と、喜びを含んだ荒い吐息。

 

本当に、いったい何を。

 

『なにって、そりゃS〇Xでしょ?』

 

「それにしか見えませんわね、今夜どう?」

 

「愚問だね、どこでしよっか?」

 

グルヴェイクさんの直球にショックを受ける暇もありませんでした。

 

アンさんとメアリーさん、お二人はナニを!?

 

『どこでこんなテクニックを。』

 

『いろいろ勉強したもの!』

 

思わず立ち上がります。

 

『おお、マシュの顔が怖い。』

 

『君たちのせいだからね、僕は反対したぞ!?』

 

ドクターの言葉は忘れません。

 

『俺のために?』

 

『貴方のためよ!悪い!?』

 

顔を真っ赤にしながら言っているジャンヌさんが目に浮かびます。

 

それにしても許せません。

 

林の中を、駆けだします。

 

『ありがとう、感謝してるよ、ジャンヌ。』

 

『そんな言葉でごまかされないわ。でも、もっと言いなさい。』

 

片手をついて、先輩が起き上がりました。

 

そして、ジャンヌさんの頭をなでています。

 

ちょっと拗ねたような口調でした。

 

いつの間にか、緑のラインと共に消えた結界を潜り抜け。

 

『ハイハイ。』

 

『そんな態度は許されないわね。』

 

『あががががが。』

 

ジャンヌさんが、前傾姿勢になると、先輩が倒れ込んでけいれんを始めました。

 

天幕をぶち破ります。

 

「「「えっ?」」」

 

そこにいたのは、呼吸が荒く、顔が真っ赤な先輩とジャンヌさんでした。

 

先輩はジャンヌさんで隠れている部分以外脱いでいましたし、ジャンヌさんも鎧下一枚でした。

 

先輩の両足とジャンヌさんの両手は粘液で濡れて、輝いていました。

 

「何をしているんですか?」

 

自分の口から出たとは思えないくらい、冷たい声でした。

 

「ま、マシュ?」

 

「いや、マッサージだけど?」

 

二人は心底不思議そうな顔をしていますが、私はごまかされません。

 

「ごまかされませんよ!不埒です!先輩のバカ!」

 

「プゲラ!?」

 

先輩に、思わず盾をぶつけてしまいました。

 

『ぎゃはは!!!これだからやめられないんだ!リッカいじりってやつは!』

 

『やっぱりこうなった!だからやめようって言ったじゃないか!知らないぞ僕は!』

 

「ちょっと何してるのよマシュ!」

 

ジャンヌさんが立ち上がります。

 

先輩のあれが見えちゃう!?

 

あれ?

 

そこには、先輩のかなり短い短パンがありました?

 

あれ?

 

あれれ?

 

……もしかして私、やっちゃいました?

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、激痛と快感にもみくちゃにされる天国と地獄を味わっていたら、凍り付いた後輩の一撃で意識を飛ばされた藤丸立夏です。

 

取りあえず額が真っ赤になっている以外に、致命傷はありません。

 

さて、今俺の目の前には、二人の女性がいます。

 

一人は俺のかわいい後輩。

 

ちょっと思い込みが激しい、やきもち焼きのかわいい後輩。

 

普段武器として使っている大盾の上に、正座しています。

 

それは、シルエットでしかわかりませんが。

 

天幕の向こうから、嬌声が響きます。

 

「ひ、あっ、んぅっ!?」

 

「あれ、ここがよわいのかな~?」

 

「ここですわね?」

 

彼女の両脇には、胸に手を当てている幼児体系「なんだって?」と、耳元に顔を寄せているグラビアアイドル並みのボディをもつ二人の女性がいます。

 

「あっ、あっ、あっ!?」

 

「かわいいね。」

 

「かわいいですわね。」

 

全身くまなくマッサージされているようです。

 

「ごめんなさい、先輩助けてください!」

 

「後5分、頑張って。」

 

自分で申告した時間まで、あと半分だ。

 

「全てのテクニックを。」

 

「教えてあげますわ。」

 

「あああああああああ!!!!!!!」

 

10分間アン&メアリーのスペシャルマッサージを受ける事を罰として言い渡しました。

 

どう見てもそんな関係な二人にかかれば、彼女もマッサージの真の快楽というものを知れるでしょう。

 

色々勉強してほしいというのが、青少年の願いです。

 

それこそ、ドロドロのグチョグチョになって、記憶ごと飛びそうですが。

 

さて、もう一人は、通信画面の向こう側にいます。

 

『そろそろ、当たりなさい!』

 

『あっぶな!?当たったら死ぬでしょ!?』

 

全身黄金の装飾品で飾ったグルヴェイクが、黄金でできた動物と呼び出しながら逃げている。

 

それを、同じく宝石をちりばめた黄金の鎧を着たチャームンダーが、黄金の三又槍を振り回して追いかけている。

 

どうやら仮想訓練場で、割と生死をかけた決戦をやっているらしい。

 

三葬都の三又槍(トリシューラ)、御身の力の一端をここに。―――《願い動く神力の穂先(キリヤ・シャクティ)》!』

 

『やっば、来なさい!《銀耀の戦猪(ヒルディスヴィーニ)》!』

 

チャームンダーの請願を追うように、彼女の持つ三又槍の真ん中の穂先が白く輝く。

 

同時に放たれる、白い光の柱。

 

仮想空間をえぐり取る、万物を消滅させる破光。

 

『だ、ダメか~~~!!!!!』

 

巨大な白銀のイノシシを呼び出すが、一緒に光の柱に飲まれるグルヴェイク。

 

光が消えた後には、何も残っていなかった。

 

『あと三回は殺しますので、どうかこれでご勘弁を。』

 

「うん、チャームンダーさんのお説教もあるんでしょ?それでお願いします。」

 

『ありがとうございます。』

 

こちらに向かって頭を下げるチャームンダーさんの後ろに、グルヴェイクが再び召喚される。

 

『あたたた、死ぬかと思った。まだやるの?』

 

『やります。』

 

グルヴェイクの悲鳴が聞こえる。

 

画面が切り替わり、ダヴィンチちゃんが移った。

 

『私の処分はどうするんだい?』

 

『ダビンチちゃんについては帰ってから処分します。』

 

『は、やはり私の完全無欠の体を自由にしt』

 

自分を抱きしめ、くねくねと踊るダヴィンチちゃんを視界から消すために、強制的に通信を切断する。

 

あちらはまだまだ地獄が続きそうだ。

 

「はぁ、どうしてこんなことに。」

 

思わず、腫れあがった額に、手をやる。

 

「はいはい、触らないの。」

 

その手を所長が引きはがし、氷の入った冷たい袋を渡してきた。

 

「氷は作っておいたから、冷やしておきなさい。」

 

額に当てると、コブの熱が抜けて言って気持ちがいい。目を閉じ、その感触に身をゆだねる。

 

「それにしても、ずいぶん頑丈になったわね。死んだかと思ったわ。」

 

「自分も死んだと思いました。」

 

あの盾の直撃を食らって、よくザクロにならなかったものだ。

 

思い出し、思わずブルリと体が震える。

 

「それはそれとしてよ。」

 

その凍てついた声色に、俺の背中を、氷が走る。

 

目を開けると目の前に所長が立っていた。

 

所長が、その手に握るのは、乗馬用の鞭だった。

 

「覚悟なさい。」

 

こちらも、地獄のお説教タイムが始まる。

 

生き残れるかな。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

封鎖終局四海 -オケアノス- 蕩けマシュマロと竜の魔女

前半はおふざけ。

後半もおふざけ。

あ、あれ?こんなはずじゃ。

独自設定起爆してるんで注意な。


グチョグチョのベチャベチャで、ビクンビクン跳ねているマシュを背負い、一度黄金の鹿号が停泊している入り江に向かう。

 

流石に、マシュが身動き一つも取れない状態では、山に登ってドラゴンにあうことはできないだろう。

 

「ん、はぁ、くぅっ!」

 

それにしても、この背中に感じる非常に高い体温、耳にかかる蕩ける様な吐息、俺の体に全身を擦り付ける動き、鼻をくすぐる蠱惑的な汗と甘やかな体臭。太ももに伝う暖かな液体。

 

うん、この後輩さんは、俺を殺す気かな?

 

「変わりましょうか?」

 

「ダイジョウブデス。」

 

「どう見てもダメそうだがな。」

 

所長、お気遣いありがとうございます。

 

クラーナさん、自分の顔が真っ赤なのはわかってます、勘弁してください。

 

「フォウフォーウ!(マシュの乱れた姿を堪能しつつ、濃厚スキンシップまでで、絶対に手が出せない状況。ねぇ、今どんな気持ち?)」

 

野郎、好きな女の子が喘いでいるのを目の前で見せつけられてみろ。

 

視界に入れない方が楽かなって、逃げたのが駄目だったんですね。

 

全身を襲うマルチな刺激で俺もう限界です。

 

『あと少しだ、頑張れ立夏君。』

 

「今回はドクターに感謝する。」

 

唯一俺の敵じゃなかったからね。

 

『そうそう、ちなみにだけど』

 

ドクターが俺だけに通信を絞ってきた。

 

どうしたのだろう、懺悔タイムかな?

 

『天幕の中のデータ、グルヴェイクのから君の端末に移してしておいたから。』

 

『後、他のデータは全部消しといたよ。』

 

「お前神か。」

 

思わず言葉が飛び出る。

 

「は?」

 

「いや、何でもない。―――神からの啓示が有っただけだ。」

 

「バカじゃないの。」

 

ジャンヌに真面目にあきれたような対応をされてしまった。

 

ちょっと不規則発言入ったけど、許してほしい。

 

爆乳美女と巨乳美少女と絶壁幼女「なんか言った?」の絡み。

 

あのデータがあれば、この一年、戦い抜ける!

 

険しい表情を浮かべるメアリーに手を振り、ごまかす。

 

あの幼女、読心術でも持ってんのか?

 

「フォウ?(バカかな?)」

 

そんな態度をとってもいいのかな、フォウ君。

 

いいだろう、お前には見せない。

 

「フォウ!(横暴だ!)」

 

「おいよせ、鼻は、鼻はヤメロォ!?」

 

フォウが俺をよじ登り、鼻に噛み付いて来る。

 

こ、こいつの牙、意外に鋭いぞ!?

 

『じゃれあってるのもいいけど、もう着いたよ。』

 

ドクターの言葉通り、大きな入り江にたどり着いた。

 

 

 

 

 

波の無い、静かな入り江。

 

そこに浮かぶのは巨大な月に照らされた、ガレオン船。

 

名高きゴールデンハインド号。

 

フランスで作られ、ジョン・ホーキンスによって改良されたペリカン号。

 

彼女は世界一周の果て、大法官クリストファー・ハットン卿の紋章にちなんで黄金の鹿と名付けられた。

 

当時の私掠船としては標準的な、全長36.5m、300トン級、砲備22門のガレオン船である。

 

その船は、戦闘の後なのか、何か所も撃ち抜かれていた。

 

そして静かな波音が聞こえないくらいの喧騒に包まれている。

 

大量の木箱や樽が下ろされ、怪我をした人間が出入りしている。

 

無事な人間など、ほとんどいない。海岸には、負傷者が横たえられていた。

 

あちこちで火が焚かれ、海岸は煌々と照らされている。

 

「行くわよ、まずはドレイク船長に紹介しないと。」

 

所長に促され、喧騒の中を進んでいくことになった。

 

 

 

 

 

途中でマシュを振り分けられた天幕に下ろし、クラーナに介抱を任せる。

 

アンとメアリーはいつの間にか、どこかに消えている。ナニしに行ったんでしょうね。

 

そして、目の前には一人の女が座っていた。

 

「よう、アンタがカルデアのマスターかい?」

 

木製のいすに腰掛ける一人の美女。

 

目を引くのは、強烈な意思を宿した碧玉の瞳。

 

顔を縦断する巨大な傷跡。

 

それでも、その美貌は全く衰えない。

 

豪奢な赤髪を長く伸ばし、鮮烈な赤のコートを羽織っている。

 

豪快に開けた袷から魅惑の白い砲丸が二つ、今にもこぼれそうに顔を出していた。

 

ピッチリとした白のショースに包まれた、魅惑的な足を組み、その手には黄金の盃が握られている。

 

豪快で野卑な海賊らしさの中に、奇妙な品のある女だった。

 

「よろしく頼む、サードレイク。」

 

「止めな、あたしは海軍中将を引いた身だよ。」

 

握手し、その手を払われる。

 

どうやら、彼女は略奪航に出た後の人間らしい。

 

驚くべきことに、彼女は生身の人間だ。

 

この時代の人間であるにもかかわらず、すでに聖杯を手にしていた。

 

「失礼した。」

 

「ま、いいさ。取りあえず飲みな!」

 

ドンと、テーブルの上にたたきつけられた木製のジョッキ。

 

中には並々と琥珀色の液体が注がれている。

 

「最近、スペイン船から奪った上物(ブランデー)だ。こいつを飲んだら、アンタも仲間さね。」

 

海賊流というわけだ、ローマで鍛えた肝臓をお見せしよう。

 

「頂きます!」

 

さ、さすがは蒸留酒、アルコールが結構来るぞ!?

 

でも、上物というだけあってかなりおいしい。

 

一息に飲み干し、テーブルにたたきつける。

 

「いい飲みっぷりだねぇ!ここからは仲間として飲むとしよう!」

 

「野郎ども!新入りだよ!」

 

彼女の掛け声とともに、天幕が取り払われ、海賊たちが流れ込んでくる。

 

連中、どいつもこいつも手にジョッキを握っている。

 

完全に出来上がってやがるな。

 

「新入りに海賊の流儀ってやつを教えてやれ!」

 

「「「「了解、副長殿!」」」」

 

号令を出した副長に従い、四人の男がどたどたと木の皿をテーブルに置いていく。

 

「ヒャハー!南洋魚のモモの葉包み焼きを食らえ!」

 

大ぶりの白身魚の切り身が、トマトやタマネギと一緒に桃の葉で包み焼きにされたもの。

 

「ドードー鳥の香草焼きもあるぜ!」

 

大ぶりの鳥肉の表面が、香草で覆われている炙り焼き。

 

「たっぷりと胡椒を効かせた豚の焼き物に勝てるわけないだろ、いい加減にしろ!」

 

表面が黒くなるほど大量の胡椒がまぶされた、豚肉の切り身。

 

「砂糖たっぷりの、冷たい果物のワイン漬けが至高なんだよなぁ。」

 

色とりどりの果物が、よく冷えた白く甘いワインと共に、氷の器に盛りつけられている。

 

どれもこれも、この時代においてはそう簡単に口にできないだろう代物だった。

 

「「「「野郎、ぶっ殺してやる!!!!」」」」

 

なぜか持ってきた四人の男が殴り合いを始める。

 

「喧嘩なら向こうでやりな!」

 

「「「「すみません!!!!」」」」

 

ドレイクに一喝された四人は、近くの砂浜まで移動するとまた殴り合いを始める。

 

周りには海賊たちが集まり、はやし立てていた。

 

いいのかあれ。

 

「ん~、腕をあげたね。あん?あいつらの喧嘩はいつもの事さ。」

 

ドレイクが、豚の焼き物をナイフで突き刺して口に運ぶ。

 

その所作は明らかに粗野なはずだが、不思議と下品さがなかった。

 

良く味わい、飲み下してから口を開くあたり、海賊やってる人間とは思えない。

 

「料理の向きがどうにも合わないらしくてね、料理人の意地ってやつだとさ。」

 

脇の樽からジョッキでブランデーを汲むあたり、野蛮度高めだったが。

 

「火が使えると毎回こうなるから、食べて飲んで騒ぐことに注力しな!」

 

「応!」

 

勧められるままに、目の前の料理と戦い、次から次へと供される様々な産地、酒類の酒におぼれていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

「首が痛い。」

 

「す、すみません、先輩。」

 

恐るべき酒宴の翌朝、よく晴れた空の下、俺は首を抑えつつ山登りをした。

 

メンバーは、俺、マシュ、所長、ランサー、そしてジャンヌだ。

 

目的は山の頂上にいる竜との契約。そしてワイバーン素材の収集である。

 

昨日の夜件については、途中から記憶がないのだが、どうもドレイクにつかまっていたらしい。

 

朝起きた時点で、胸の谷間に沈んでいた。

 

首にドレイクの腕が回っていて、身動き一つとれる状況ではなかった。

 

見上げると、驚くほど静かな寝息を立てているドレイクの顔が見えた。

 

海賊とは思えないほど白い肌や長い睫毛、その場にあった静謐さが、彼女を高貴な存在に見せていた。

 

女性独特の香りと酒臭さ、そして両頬に感じる幸せな感触に溺れながら見惚れていると、マシュが起こしに来てくれた。

 

そして、引き抜こうとするマシュと、とんでもない力でホールドするドレイクに挟まれた俺の首は、大ダメージを負ったわけだ。

 

「ある意味自業自得だから、謝る必要はないよ。」

 

「そ、それでもです。」

 

いじらしいなぁ。

 

「そこ!いちゃつかない!」

 

「ジャンヌは早くドラゴンを従えて。」

 

「むかつくわねぇ!」

 

かく言うジャンヌは、一対一で山頂にいた巨大ドラゴンと戦っている。

 

かつてのファフニールほどではないが、それでもゴールデンハインドに匹敵する巨体だ。

 

さすがに竜言語は理解できなかったが、従えたければ打ち倒せとでも言われたらしい。

 

すでに一時間近く戦っているが、なかなか勝負がつかない。

 

大ぶりで強大な一撃を放つドラゴンの攻撃は、繊細で素早い動きのジャンヌにかすりもしていない。

 

しかし、その絶大な効果範囲と威力に押され、ジャンヌが有効打を入れる間合いにまで近づけていないのだ。

 

たまに隙をかいくぐり、一突きしても膨大な自己再生能力で回復されている。

 

さすがに宝具や呪いの火だと竜種といえど命に届く可能性があるので、最大火力がお預けになっているのも大きいかもしれない。

 

ジャンヌの動きが変わった。

 

地上を焼き払うブレスを棒高跳びの要領で飛び越え、その回転を生かした叩き付けが竜の頭部に決まる。

 

いつの間に魔力放出染みた行動ができるようになったんだ。今体のいろんなところから炎を噴出させてたぞ。

 

「衝撃を、徹す!」

 

金属の塊を殴ったような鈍い音が響いた。

 

竜の頭が、一瞬ブレる。

 

そのままぐらりと、竜の体が倒れ込む。

 

轟音と共に、かの竜は地に伏した。

 

「さぁ!私に従いなさい!」

 

絶好調のジャンヌが、ハイテンションでスキルを起動させる。

 

あらゆる竜に対する支配権、その証であるスキル、竜の魔女。

 

彼女の背に浮かび上がる、大きな文様。

 

彼女の旗にも記された、竜を従える王権の象徴が赤黒く輝きを放つ。

 

「Grururu。」

 

倒れ込んだ竜の額に同じ文様が浮かび、すぐに消える。

 

竜の瞳にあった敵愾心が消え去り、ジャンヌに甘えるような声を上げ始めた。

 

「これこそが私の本領!泥臭く前衛で戦うなんて私の仕事じゃないわ!」

 

地面にひれ伏している竜をなでながらジャンヌが笑っている。

 

テンション高いな。

 

「マスター、魔力貰うわよ?」

 

「あばばばっばばばばっばb」

 

「先輩!?」

 

ジャンヌの宣言と共に、身構える暇もなく大量の魔力が奪われる。

 

奪われた魔力はラインを通してジャンヌに渡り、彼女から竜に膨大な魔力が供給されていく。

 

「GAAAAAAA!!!!!!!!!!!!」

 

竜が吠えると同時に、周囲に無数の魔法陣が出現する。

 

赤黒い複雑な魔法陣の中から、緑だの赤だの黒だののワイバーンたちが現れる。

 

これが眷属の作成ってやつか。

 

マシュの腕の中、無作為に跳ねながらその光景を眺める。

 

『立夏君のパラメータが面白いくらいに乱降下している。これは観測しないと。』

 

『いや、ダヴィンチすぐに止めないと!ジャンヌ君、召喚を止めてくれ。立夏君が死ぬぞ!』

 

「あ”?良い所なんだから邪魔すんじゃ、って死にそうね。」

 

ドクターの株が爆上がりしてる。

 

ジャンヌはかなりイイ笑顔を浮かべていたが、こちらを見て急に真顔になった。

 

直後に魔力の収奪が収まり、ワイバーンの連続召喚も休止する。

 

竜の周りには、数えるのもあほらしいくらいのワイバーンが侍っている。

 

オルレアンの地で従えていた数には及ばないが、それでも都市の一つや二つ滅ぼしておつりがくるであろう戦力が準備できたわけだ。

 

『ゴールデンハインド号に神秘を盛り込むために、ワイバーンの素材があるといいと思っていたんだが、どうしようか?』

 

「ん?欲しいなら何匹か潰すけど?」

 

ダヴィンチちゃんが、ワイバーンの素材を欲しがっている。

 

聞いた話では、損害を受けた船を修理するにあたり、神秘を含んだ素材で強化してしまおうという計画だったらしい。

 

ジャンヌはその発言に、何でもないように答える。

 

『い、いいのかい?その竜が怒ったりしない?』

 

「ああ、大丈夫よ。」

 

「ワイバーンはこの子にとっては動くウロコみたいなモノだから。」

 

別に減ってもいいらしいわ。

 

竜の頭をなでながら、そう答えた。

 

「なら、何匹か見繕って、海岸まで行ってもらおう。」

 

「そうね、こんな山奥から海岸まで、素材を運びたくないわ。」

 

「山のような水もある、解体するにはいいと思うぜ。」

 

俺の提案に、所長とランサーが賛成する。

 

「なら、そうしましょうか。頑丈そうな子を何匹か連れていくわね?」

 

「Gru」

 

ジャンヌの問いかけに、竜が頷く。

 

同時に、黒色のワイバーンから、特に大きな個体が立ち上がった。

 

彼らを連れていくことになるのだろう。

 

『か、かなり強い個体だね。冬木のデーモンとかに並ぶ霊格の強さだ。』

 

「だいぶ強いな。」

 

ドクターの分析の通り、肌で感じる強さもフランスのそれと明らかに違う。

 

結構強いぞ。

 

「今回は、量より質を重視した召喚だったから、単騎の性能は結構高いと思うわよ。」

 

「じゃ、乗ってきましょうか。」

 

彼女は竜の頭に乗り込む。

 

まて、俺たちは!?

 

「その子たちに乗ればいいじゃない?」

 

何言ってるのこのおバカ、みたいな顔をするな。

 

鞍も鐙も手綱もなしに、空を飛ぶ生き物に騎乗しろってか!

 

ライダーでもなければ、騎乗スキルも持ってないんだぞ!

 

「そうだったわね……。ま、歩いてきなさい。先行ってるわ。」

 

そう言い残して、ジャンヌを乗せた竜とワイバーンたちは海岸に向かって飛び去っていく。

 

「ワイバーンに乗る羽目にならなくてよかったわ。」

 

「俺たちだと振り落とされそうでしたしね。」

 

安堵のため息をついている所長に、賛同を示す。

 

ワイバーンを従えるだけの畏怖を身に着けていないと、お空の上で反乱起こされて死にそうだ。

 

「頑張って下山しましょう!」

 

さて、オーバーハングを登らされ、ロープを張りに生かされた往路よりは楽だろう。

 

滑落しないように気を付けないとな。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

封鎖終局四海 -オケアノス- 嵐を超えて

長らくお待たせしました。

決戦前の移動とブリーフィングです。


「じゃ、私先行してるから。」

 

「はぁ、絶対に先走らないでちょうだい。私たちの合流を待つこと、いいわね?」

 

「はいはい、了解よ。」

 

ジャンヌはそう言い残して、竜とワイバーンを引き連れて先行していく。

 

「大丈夫かしら。」

 

「ダメな気配がします。」

 

所長が心配しているが、おそらく無意味だ。

 

多分、なんかやる。絶対やる。

 

ワイバーン素材で完全強化されたゴールデンハインド号。

 

鱗を砕いた敷材を使って塗り上げられた船体は、太陽の光を浴びて輝いていた。

 

『うん、なかなかの神秘を宿しているのが見えるね。これならサーヴァントの攻撃を受けてもそれなりに持つと思うよ。』

 

ダヴィンチちゃんのお墨付きである。

 

上位のワイバーンのウロコや皮を張り付けた装甲は、艦載砲による攻撃にもある程度耐えることが、試験によってわかった。

 

これなら、対サーヴァント戦でも活躍できるだろう。

 

「さて、お前ら!」

 

「船の修理が完了したよ!これから出港して元凶を潰す!」

 

「とっとと終わらせて略奪航と洒落込むよ!気合い入れていこうじゃないか!」

 

「「「「イエスマム!!!!!!」」」」

 

ドレイクの号令と共に、ゴールデンハインド号が海面を滑りだす。

 

メインマストに風を受け、一気に加速していく。

 

「入り江を出るぞ!」

 

「見張り!気合を入れな!」

 

「「応!!」」

 

滑らかな動きで、ゴールデンハインド号は入り江を抜け出し、大洋へと進み出る。

 

船内各所にある見張り台に、数多くの船員たちが昇り、水平線をにらんでいた。

 

彼らは海賊船のみならず、接近するワイバーンなどの敵性飛行体の監視もしなくてはならない。

 

彼らが見つけられなければ、一方的な攻撃を受けかねないために、その表情は必死なものだ。

 

何か手伝えることはないだろうか。

 

【待つのだ、主よ。】

 

甲板をうろうろしていると、火継の薪に声をかけられる。

 

今の彼は、まさに海賊といういで立ちだった。

 

【見張りは彼らに任せ、我らは戦闘で真価を発揮するべきだ。今は休め。】

 

「それもそうか。」

 

彼の言う通りか。

 

ここは本職に任せ、体力気力の温存に努めよう。

 

甲板からキャビンの自室で待機する。

 

ただ、これが意外と難しい。

 

自分一人では移動もできないという旅が、これほど精神に負担をかけるモノだったとは。

 

「先輩。」

 

甲板の木箱に腰掛け、海を眺めているとマシュがきた。

 

彼女が腰掛けると、土台になっている木箱がきしむ。

 

「ジャンヌさんはどうしているんでしょうか。」

 

「あれだけの戦力を伴っているからね。むしろ戦闘おっぱじめてないか心配だ。」

 

グレートドラゴンに大量のワイバーン、小国の一つなら正面切って相手取れる戦力を従えているからな。

 

遭遇戦で一回蹴散らすと、調子に乗って深追いしそう。

 

「流石にそれは、……ありそうですね。」

 

「だろ?」

 

正直、ちゃんと待っててくれるだろうか。九大英雄たるヘクトールを従えるだけの存在が相手方にいることを考えると、その辺の計略についても警戒して損はない気がする。

 

そういえば、なぜこの船はあれだけの損傷を負っていたのだろうか。

 

「それは、サーヴァントの宝具としての海賊船と交戦したからよ。うぷ。」

 

「大丈夫ですか?」

 

「大丈夫じゃないけどしゃべってれば気がまぎれるから聞きなさい。」

 

木箱を並べて急造されたベットの上で真っ青な顔の所長が語り始める。

 

曰く、ドレイクと出会い、女神様とアステリオスがいた迷宮を攻略後に、黒ひげの海賊船に襲われたらしい。

 

ただ、その船は不思議なくらいに爆発の跡があり損傷していたとか。

 

それ、ジャンヌがやった海賊船じゃない?

 

乗っている仲間の能力に合わせて強化される海賊船という宝具に苦しめられつつ、呪術や竜狩りの矢などの大火力射撃により砲撃戦に勝利し、白兵戦に移行。

 

既にこの時点でお互いかなりの損害を負っていた上に、最後の最後、黒ひげを裏切ったヘクトールにより黒ひげが死亡。

 

ヘクトール本人は小舟で逃げ出し、謎の援護射撃と合わせて火継の薪の追撃を防ぎ切る活躍を見せ、古い形状の船に回収されて嵐の海に消えていったらしい。

 

大嵐を前に船の各所を損傷していたゴールデンハインドでの追撃を断念し、あの島に素材を求めて移動してきたということだ。

 

黒ひげの死で消滅した海賊船から投げ出されたところを救出されたのが、アンとメアリーだったらしい。

 

その二人は、ほかの船員たちと一緒に監視任務に就いているが。

 

「ちなみに女神さまとアステリオスは?」

 

「舳先の方にいるわ。」

 

『映像を回してあげよう。』

 

映像では、角を持つ巨人が麗しき少女と戯れていた。正確には、女神さまのおもちゃにされているわけだが。

 

傍らに立てかけてある二振りの戦斧がでかい。

 

「前方に島影、船影無し!」

 

「兄貴、お願いします!」

 

船はいよいよ大洋へと漕ぎ出した。雲一つない快晴の下、前途には海だけが広がっている。

 

メインマストの上にいる見張りが叫び、副長がクーフーリンに声をかけた。

 

「任せとけよっと!」

 

クーフーリンが、メインマストに刻み込んだルーンを発動させる。

 

緑に輝くルーンが風を生み出し、主帆に向かって吹き付けると、船がぐんと加速した。

 

「はは!風を操れるなんて、船乗りにとっちゃ最高の技能だね!」

 

大きく風を受け、海面を駆ける船にドレイクがはしゃぎ、後甲板におりてきたクーフーリンの背中を平手でたたく。

 

結構いい音してるぞ。

 

「矢除けの補助にも使える使い勝手のいいルーンでな。残念だがアンタの配下に使えそうなやつはいねぇ。」

 

「そいつは残念だね。まぁ、この航海で風に困るこたぁなさそうだ!」

 

「流石に嵐のど真ん中とかは操り切れねぇからな!先言っとくぞ!」

 

少し残念そうな声を出したが、呵々大笑しながら背中をたたき始めるドレイク。

 

クーフーリンは、苦笑しつつも、釘を刺すのを忘れない。

 

仲いいね、二人とも。

 

「お二人は道中で色々ありましたから。」

 

「そうなんだ。」

 

マシュ曰く色々あったらしい。まぁ、気が合いそうな感じだよね。

 

二人とも豪快で、細かいことをそこまで気にしなさそうだし。

 

「目指すは群島方面だ!嵐を突っ切る方向で行くよ!」

 

「イエスマム!」

 

ドレイクが大きく舵を切った。

 

船体がきしむ音がする。

 

徐々に船が旋回を始めた。

 

所長たちの交戦記録と、俺たちの移動方向から、ソロモンの聖杯は群島方面にあるはずだ。

 

そこに、今回の特異点の黒幕がいる。

 

本来であれば、そのまま南下すればいいだけな気もするが、この海ではそうもいかないらしい。

 

ドレイクによると、群島と竜の島の間には完全に風のないエリアがあるらしい。

 

代わりに、群島から竜の島に向かう巨大な海流があるという。

 

黒ひげたちはその海流を使っていたわけだな。

 

しかし、群島に向かう帆船である以上、その海域は使えない。

 

俺たちにはクーフーリンのルーンがあるが、それなり以上の距離があるそのエリアを抜けるまで、常にルーンを発動させ続けるのも無理がある。

 

そこで、船としてはかなりの強度まで強化されたこの船で、嵐の海域を抜けることになった。

 

強化前でも抜けられたから大丈夫、と言っていたが、普通にハリケーンに飛び込むのと同じじゃないか?

 

既に海のかなたに見えている黒い積乱雲の塊。

 

雷光があらゆる方向に放たれ、目に見える速度で雲が渦巻いている。

 

あれはヤバい。

 

『こちらからの観測データだと、中心付近で風速75m/s、気圧927hPa。SSHWSではカテゴリー5のハリケーンだけど、影響圏は半径150kmくらいでそれほどでもないみたいだ。』

 

十分巨大だと思うけど!?

 

『でも、これ以上に巨大なハリケーンは歴史上何個もあるし。』

 

そういう問題かな、これ。

 

「軟弱そうな魔術師さんよ、船は持ちそうかい?」

 

『強度的には、中心を突っ切るような真似をしなければ大丈夫。……やっぱり扱いがひどいなぁ。』

 

「なら余裕さね。」

 

「嵐の端をかすめるように、暴風に乗って凪の帯を突破するよ!」

 

「海賊の腕の見せどころさね!気合い入れな!」

 

彼女の瞳には、この先の進路が見えているのだろう。

 

既に吹き始めた、あの嵐に吸い込まれていく冷たい風を捕まえて、凪の帯を抜ける道が。

 

 

 

 

 

 

 

 

前後左右どころかあらゆる方向に揺さぶられ、かなりの落差を行ったり来たりする貴重な経験を数日間続け、嵐の海域を抜け出すことに成功した。

 

おかしい、俺たちは嵐をかすめていくんじゃなかったのか。

 

途中から嵐のど真ん中に突っ込んで言うように感じたんだが。

 

『ルート的には、嵐の端をかすめていたよ?』

 

『ただ、彼女のいう嵐の端が、暴風圏だったっていうだけで。』

 

『すごいよね、船体強度の限界ギリギリまで使って、最速で抜けるルートを見極めて、それを船員たちに実行させたわけだし。並外れた直感とカリスマの持ち主だよ。』

 

『万能の天才たる私が保証しよう。このルート以上の速度を出す方法はなかったと。』

 

こちらのトップ二人のお墨付きが出た。

 

お、おう。マジか。星の開拓者すごい。

 

俺たちは邪魔にならないように、特別に与えられたキャビン内にいたわけだが、皆厳しそうだった。

 

現に所長は真っ青な顔で微動だにしないが、看病しているマシュによると息はあるらしい。

 

他のメンバーも、海賊組以外はどこか体調が悪そうだ。

 

『ちなみに皆大丈夫かい?正直見ているだけの僕も気持ち悪くなったんだけど。』

 

「先輩が意外に大丈夫なのが不思議なくらいです。」

 

ドクターにこたえるマシュも少し顔色が悪い。

 

「びっくりするくらい大丈夫だよ?」

 

なんでだろうか、全く酔っていない。

 

甲板に出る。ずぶぬれに濡れた甲板上を、多くの船員たちが駆けまわっていた。

 

嵐を抜けて、その先には美しい群島が点在している。

 

朗らかな陽気と、柔らかくも厳しい日光に照らされ、どこか硬質な緑に輝く島々があった。

 

「ここが群島か。かなり島の間隔が狭いね。」

 

『その上島自体の背が高い。見通しが悪いよ。』

 

ドレイクとドクターの言う通り、群島はかなり間隔が狭く、島自体の背が高い。

 

それゆえに、島陰に隠れられると船だって隠せてしまう。にもかかわらずその死角が非常に多いのだ。

 

捜索する側にとって、かなり環境が悪いのは間違いない。

 

「見張り!気合入れな!」

 

「イエスマム!」

 

ドレイクの掛け声に、船員たちが叫ぶ。

 

先に見つけられなければ、舷側方向以外にまともな火力を持たないこの時代の船にとって極めて不利だからだ。

 

自分の命がかかっているのもあり、船員たちの士気は高い。

 

「ジャンヌはあの島にいるみたいね。」

 

所長の視線の先には、膨大な数のワイバーンが飛び回っている島があった。

 

あそこにいるのは間違いないだろう。

 

『映像だけでもかなりわかりやすいネ。ん?この反応は。』

 

「急速に接近するワイバーン1!」

 

その島から、一騎のワイバーンが飛んできた。

 

船員たちは、マスケットや短銃を手に、対空射撃の準備に入る。

 

このマスケットの弾丸も、ワイバーンの牙や爪を加工した代物であるために、神秘的存在に対してもある程度は有効なものだ。

 

「銃兵!構え!」

 

「待ちな!あれは味方だよ!」

 

副長の指示に、船員たちが射撃体勢に入る。

 

それを、望遠鏡でワイバーンを見ていたドレイクが止めた。

 

彼女の望遠鏡を借りてみると、接近してくる黒いワイバーンの背にジャンヌが乗っているのが見えた。

 

低空からフライパスしたワイバーン。そこから飛び降りたジャンヌが、甲板に着地する。

 

「ふぅ、やっときましたか。待ちくたびれたわ、マスター。」

 

「ごめん、お待たせ。」

 

こぶしを突き出してきたので、こちらも合わせる。

 

イイ笑顔だった。

 

「それと、敵っぽいのと一当てしておいたから。」

 

「何しちゃってるんですかね!」

 

やっぱりやってたじゃないか!

 

ふふんじゃないよ、なにドヤ顔してるんですかジャンヌさん。

 

「何か問題が?こちらの損害は軽微、敵戦力の調査もしてきたのに。」

 

「色々考えてくれたのはありがたい、けど所長の指示に反するのはね。」

 

俺たちのために戦力調査をしてくれたのはわかる。

 

ただ、カルデアの指揮系統を崩すのはまずい。

 

ましてや、今回は緊急事態でもない。

 

「そうね、その辺は考えて無かったわ。」

 

ジャンヌはどこかばつが悪そうに言う。

 

しょっちゅうやらかしている自分が言うのも、あれだけどね。

 

「貴女にも言いたいことができたわね。」

 

「な、オルガマリー!なんで鞭をっ!?」

 

彼女の背後に立った所長が、青筋をこめかみに走らせている。

 

随分とお元気そうですね。

 

これまたいい笑顔だった。鞭を叩き付けている手のひら痛くないんだろうか。

 

それにしても、この胸に渦巻く表現しにくい感情こそが、所長の怒りの原動力になるわけだ。

 

大切に思うがゆえに、あまり愉快なものではないな。

 

……次から気を付けよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いい空気吸ってたジャンヌと、使用者責任ということで一緒に短めのお説教を受け、船を近くの島に停泊させたあたりで、敵襲撃に向けた作戦会議を始めることになった。

 

なんか途中で考え込んだ所長が、説教を切り上げたがどういうことだろうか。

 

俺とジャンヌは互いに顔を見合わせ、首をひねると立ち上がる。

 

立ち上がれなかった。

 

 

 

 

 

 

会場はドレイク船長のキャビン。

 

後甲板下に誂えた部屋は、意外に広い。

 

キャビネットにはさまざまな宝飾品や酒瓶が並び、ペルシャ絨毯が敷かれ、明らかに高価な木製のテーブルが置かれている。

 

その上にはいま、ダヴィンチちゃん特性の謎アイテムが置かれていた。

 

『見たまえ、万能の天才たる所以を!立夏君持ちたまえ。』

 

ダヴィンチちゃんも結構いい空気吸ってるよね、いつも。

 

結構でかい上に重いぞこれ。金色のバスケットボールに、赤い宝石が一つくっついた物。

 

『これがどこでもスクリーン7号だ!』

 

まて、1から6号はどこに行った。

 

ダヴィンチちゃんの掛け声とともに、魔力が吸われていく。

 

それと同時に、赤い宝石が輝き、テーブルに周辺の地図が投影される。

 

『これは、今こちらが観測しているデータを二次元表示してくれる魔術式プロジェクターだよ。』

 

『ま、偵察衛星からのリアルタイム通信だと思ってくれればわかりやすい。』

 

『次から君がすっ飛んでも、たぶん見つけられるようになると思うよ。』

 

こうやって見ると、かなり広い海域に、とんでもない数の海賊船が動いているのがわかる。

 

『今回の標的は、そこの見えないところにいるはずだ。』

 

群島の中心にほど近いあたりに、大きな欠落が見える。

 

ドクターによると、膨大な魔力反応があると、観測結果がかなりあいまいになるらしい。

 

それで、俺たちの現在地も見えにくくなっているわけだ。

 

『これまでに観測した聖杯の魔力も観測できている、ほぼ間違いないと思うね。』

 

「だったら殴り込みだねぇ!」

 

ドレイクの戦意が高すぎる。自分が人間だって忘れてないか。

 

「最終的には殴り込むけど、その前にジャンヌでスパム攻撃させるわ。発想はできなかったけど、結構有効よね、休ませないって。」

 

所長が立案したのは、徹底的なスパム攻撃だ。

 

目標周辺の島にワイバーンを展開。反復攻撃を行い、こちらの位置を欺瞞しておく。

 

そのさなかに竜とクーフーリンによる襲撃を加え、敵の注意をある島にひきつけ、その上、女神さまの存在をアピールする。

 

「俺の出番なわけか、やっちまってもいいんだな?」

 

「引き際だけは見極めて頂戴。」

 

「簡単には死なねぇよ。」

 

敵は、どういうわけか女神様を求めているらしいからな。これで敵の思考をかなり制御できるはずだ。

 

「あら、私をおとりに?いいけれど、何を対価にするのかしら?」

 

「えうりゅあれ、ぼくが、まもる!」

 

とんでもなく高くつきそうだが、仕方ない。どうにかしよう。

 

それに、彼女の安全はアステリオスが守る。むろん、こちらの戦力も張り付けるが。

 

敵が上陸追撃を選択した場合、配置した火継の薪をはじめとした主戦力で殲滅。

 

海上にとどまった場合は、空挺降下するサーヴァントと、ワイバーンとゴールデンハインドによるエアシーバトルが展開される。

 

航空戦力と事前偵察の重要性は、やはりどんな時代でも大きい。

 

ん?この策に思い至ったから、お説教が短くなったのだろうか。

 

「あら?ワイバーンで昼夜問わず?いいわよ、やってくるわね。」

 

今度は所長のお墨付きを受け取り、ルンルン気分で出発するジャンヌ。

 

きっと全力で襲撃をかけるだろう。

 

相手の嫌がることを進んでやるイイ子だからな、彼女は。

 

「先輩、忘れてませんか?」

 

「なにを?」

 

「魔力供給です。」

 

「あ。」

 

ワイバーンの消耗が激しくなるだろうドクトリンの採用。

 

当然最終攻勢までに減った戦力を補充、拡張しなきゃいけないわけだが。

 

これ、干からびるじゃん。

 

『ということで、魔力供給量の増加、行きますね?』

 

「あばばっばっばばっばばbsdばhsふぁうdvbをあんvん!?」

 

問答無用で開始される経路拡張の痛みに、俺は意識を飛ばされた。

 

これ、俺の回路焼ききれない?大丈夫?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

封鎖終局四海 -オケアノス- 亜神伝承闘争

久しぶりに投稿する。

ちょっと他の創作企画に手を出してたら全然書いてないことに気づいたよね。

うまく思いつかなかったので完全に兄貴回です。

正直描写は納得いってない(もっと兄貴はかっこよく描けるはずなんだがなぁ)


豊かな命をはぐくむであろう、太陽の恵みにあふれた生命の森。

 

しかし、今は全ての生物が息をひそめ、その存在を悟らせないように静まっていた。

 

普段無数の小動物たちが遊び、虫たちが飛び回っているであろう森に、いくつかの影が走っている。

 

「もうちょっとまともに走れないのかしら!?」

 

「ごめん、えうりゅあれ。」

 

褐色の肌と鬣のような白い蓬髪をもつ牛角の巨人が、一種完成された美を放つ麗しの少女神を抱えて走っている。

 

無数の枝葉をその体格で押しのけ、女神に触れさせないようにしながら。

 

「無茶言うのやめとけよ、嬢ちゃんっと!?」

 

その後ろを追走する青い装束の青年が、背後から飛来する巨木をその手の朱槍で弾き落とす。

 

数百年の長きに渡り森を見守ってきたであろう巨木が、無残に引きちぎられ女神たちに投げつけられていた。

 

常人どころか、凡百の英雄では対応できないほどの速度と密度で、巨木の輪切りが飛来する。

 

「野郎、相変わらずのバカ力か!」

 

「■■■■■■■ーーーーーーー!!!!!」

 

槍使いは後方に跳躍しながら、双手の豪槍でもって自重をはるかに超える巨木を薙ぎ払い、打ち落とし、受け流す。

 

無双の使い手に許された、窮極の絶技。

 

立木の間、自らと巨人を守るように危険な飛来物だけを見極め、無数の追撃を決して抜かせないように立ち回る。

 

かの英雄の赤き瞳には、木々の向こう、すっかり見通しが良くなってしまった先から駆け寄る褐色の巨人が写っていた。

 

巨人が、その手に握る岩の斧剣でもって木々を伐採し、左手と両足でもって槍使いに向かって打ち出す。

 

その前進の速度を落とすことなく、歩みに無理が出ないままに、暴虐の嵐が吹き荒れた。

 

「クソが!」

 

十メートルはくだらない巨木の群れが、雨のように槍使いと牛角の巨人を襲う。

 

その挙動は、直線的に二人を狙うもの、曲射されその進路を狭めるモノ、遥か虚空に打ち出され、直接落下での打撃を狙うものなど、多岐にわたっていた。

 

ーーー野郎、本当に狂化されてんのかよ!?

 

横回転で襲ってくる一周一メートルはくだらない巨木。常人であれば受け流すどころか避けることもできないだろう速度のそれを、ルーンによって筋力強化済みとはいえ片手で弾き飛ばす。

 

まるで矢の雨のように降り注ぐ輪切りの木を、クーフーリンは必死に迎撃する。

 

ーーー後数百メートルってとこか!?

 

女神をおとりに、敵の最大戦力であるバーサーカーを分断し、こちらの主力で袋叩きにする。

 

あの所長が考えたえげつないが最良の手法をなすためには、バーサーカーをアステリオスに追いつかせてはいけないのだ。

 

そのためには、バーサーカーをほんの数分足止めしなくてはいけない。何せこれだけの攻撃を行いながら、全速力で走るアステリオスよりも素早く森を駆けているのだから。

 

『クーフーリン!二分だ!二分時間を稼いでくれ!それだけあれば、こちらの準備も整う!』

 

緑の花束と化した木の先端をルーンで焼き潰していると、カルデアの魔術師が通信で呼びかけてくる。

 

「随分と無茶を言いやがるじゃねぇか!腰抜け導師!」

 

ーーー本当に無茶を言いやがる、一対一ならいくらでも時間を稼いでやれるがな。

 

あの褐色の巨人相手に、だれかを守りながら時間を稼ぐなんざ、相当の問題だ。

 

『ひどい言われようだネ!けど、超一級の英雄なんだ、やってもらうよ!』

 

「たりめぇだろがよ!」

 

そこまで言われちゃ、やるしかねぇだろ!

 

なぜか向上したマスターからの魔力供給をふんだんに使用し、全身に強化のルーンを張り巡らせていく。

 

当然、雹弾や炎弾、雷撃をルーンで発現させ、ほんの一瞬の牽制を仕掛けながらだ。

 

いよいよ、互いの間合い近くまで距離が狭まってきている。

 

目の前の巨木が、大きく砕かれ、飛んでくる。

 

その背後で、殺気が膨れ上がった。

 

ーーーきやがったなイカレ野郎!

 

後方への大跳躍と同時に、足指の動きで刻んだルーンを発動させる。

 

輝きと共に立ち上がった分厚い土壁が、飛来した巨木を受け止め、見当違いの方向に弾き飛ばす。

 

直後にぶち破られる土壁。

 

ぶちまけられた土塊の向こう、赤い残光をその瞳に宿した巨人が、信じられない速度で迫る。

 

「■■■■■ーーー!!!!!!!」

 

大地をたたき割る踏み込みと、振り上げられる斧剣。

 

全身の筋肉が二回りは膨れ上がり、竜種ですら一撃で屠るであろう人類史上でも数少ないであろう重撃が放たれる。

 

未だ空中に浮く青い騎士を狙う豪速の一撃。

 

かの戦士は、その足元にいくつものルーンを従えていた。

 

ーーー”足場””軽身””雷速”

 

グッと撓めた足の下、青く輝くルーンが、空中に強固な足場としての役割を果たす。

 

全身の力を束ね、綿毛のように軽い体を、雷速で更なる高空へと放つクーフーリン。

 

足場のルーンとその空間を、岩の剛撃が削り落とす。

 

切り潰された大気が、風の刃となって周辺を蹂躙した。

 

すんでの所で暴風の間合いから逃れたクーフーリンの背に、汗がにじむ。

 

ーーー野郎、見切ってやがる!?

 

土壁を抜ける以前から、こちらの動きを見切っていたとしか思えない攻撃手段の選択、そして適切な踏み込みの距離。

 

無理をして刻んだ雷速のルーンなしなら、確実に片足を持っていかれただろうタイミングだった。

 

だがそれでも、クーフーリンの口元に笑みが浮かぶ。

 

かつての戦場では出すことが禁じられていた全力での闘争が、今この瞬間だけは許されているのだから。

 

無数のルーンが纏わりついた右手の朱槍を、大きく振りかぶる。

 

朱槍に、膨大な魔力を充填する。流れ込んだ魔力は回転し、朱槍を飾る。

 

赤い颶風が、大気をかき乱す。周囲の大気を巻き込み、飽和した魔力が赤雷として周囲を刎ねる。

 

朱槍は震え、世界を穿たんと欲していた。

 

大神のルーンを纏った、絶死の一投げ。

 

「ーーー突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)!」

 

真っすぐに、バーサーカーの心臓目掛けて飛来する雷速の槍。

 

「■■■■■!!!!!!!」

 

バーサーカーは、その一撃をすり抜けることすら許さず、見事に合わせて見せた。

 

しかし、ゲイ・ボルグは必中にして必殺の槍。

 

因果逆転の力により、火花を散らしつつもその軌道は異常を描き、確実に心臓を目掛けていく。

 

斧剣を滑る一瞬の間に、バーサーカーは全身を最速で稼働させ心臓の位置をずらし、しかし間に合うことはなかった。

 

十二の試練の加護を穿ち、強靭な皮膚と筋肉と骨格を貫き、心筋と大血管を切り裂く朱槍の切っ先。

 

背中まで貫いた一撃は、明確にバーサーカーの命を奪い取った。

 

着弾の勢いに押され、吹き飛ぶバーサーカー。

 

目の輝きが失われ、脱力する巨人から朱槍がひとりでに抜け、クーフーリンの手元に還る。

 

「まだまだこれからだろう?とっとと起きやがれ!」

 

油断なく双槍を構えるクーフーリンの目の前で、巨人の亡骸から魔力が吹き荒れる。

 

周囲の木々をざわめかせるほどの魔力が心臓の傷を癒し、埋め戻していく。

 

失われた瞳に赤い怒りを灯し、巨人が再び立ち上がる。

 

傷を癒してなお余った魔力が、巨人の肌に深紅の文様を刻み込んでいく。

 

神獣魔獣と同化し、獣の力を得るための獣神文様(ビーストスティグマ)

 

狂化の果て、人としての質を下げたバーサーカーであれば、受け入れることも可能な邪法の強化術式。

 

バーサーカーの呼気に混じる青白い魔力残滓。

 

その身から放たれる膨大な圧力は、先ほどまでの何倍になるのだろうか。

 

島を覆いつくしてなお余りあるほどの獣気と覇気。

 

巨人はただそこにあるだけで、生物を殺しかねないほどの存在感を放っている。

 

「面白れぇ!」

 

双槍を握りしめ、ルーンによって強化された身体能力に任せて駆けだす。

 

風よりも早く、綿毛よりも軽やかに。

 

振るわれる無双の剛撃。

 

空間が断ち切られるのではないかと錯覚するほどの、バカげた脅威。

 

縦ぶりに振るわれた一撃を、歩法を以て僅かに数ミリの間隔で躱す。

 

大地を打ち砕く重撃を鼻先で躱し、その剣の背に飛び乗り踏み切ろうとする。

 

「■■■■■■■!!!!!!!!」

 

巨人はクーフーリンの踏み込みの瞬間を狙い、剣を下に沈める。

 

踏切の勢いを殺すためだ。

 

踏み込みのタイミングを外され、一瞬のスキをさらすクーフーリン。

 

自ら作り出したすきを逃すことなく、巨岩のごとき拳が放たれる。

 

神速。

 

かつて何人もの勇士を打ち破り、数多の魔獣たちを打ち殺した巌のごとき大英雄の拳が、クーフーリンを打ち据えた。

 

とっさに合わせた双槍が体にめり込み、腕の動きでわずかに勢いを殺すことができたものの、そのほとんどの威力がクーフーリンを襲う。

 

「ごっ!?」

 

錐もみするように回転しながら、木々をへし折り、数十メートル吹き飛んでいく。

 

どうにか体勢を立て直し、巨木の幹に両足で着地すると、クーフーリンは目の前に迫ったバーサーカーを目にすることになる。

 

「テメェ!」

 

地面に向けて伏せるように跳躍。

 

巨木を横なぎに両断する一撃をかわす。

 

振り下ろされる柱のような足。

 

踏まれればどうあがいても即死だろう。

 

転がるように躱す。大地が砕け、数多くの土塊がクーフーリンの身を叩いた。

 

そのタイミングで朱槍で切り付けるが、傷が浅い。

 

何かに阻まれるように刃が通らなかった。

 

『妙な魔力が見えた!朱槍は牽制にしか使えないぞ!』

 

「わかってらぁ!」

 

小癪な魔術師の声に怒声を返す。

 

そんなことはかつての戦いでいやって程わかっている。

 

だが、こいつの加護は、あくまでも魔力によってなされているモノ。

 

刺突耐性が上がっている?

 

魔力撃なら通るだろ!

 

接近し、双槍を振るう。

 

斧剣や拳、肘、膝の連撃をさばき続ける。

 

右、左上、下、正面、右上、左下上右下左正面上右左正面上上下左――――――!!!!!

 

加速する応酬。

 

無数の火花に彩られ、互いの皮膚から薄皮とわずかな血が流れ、高速の挙動で宙に散っていく。

 

連続する打音は、一繋がりの音へと変化していく。

 

―――これが、これこそが闘争!

 

そこにルーンの輝きが追加される。

 

爆炎が視界を潰し、雹弾が攻撃の軌道を僅かに変え、雷光が音と気配をかき消す。

 

それらの連携、連動を以て討ち取らんとするクーフーリン。

 

その小細工を正面から力業でもって叩き潰さんとするバーサーカー。

 

二人の争いは、わずかに、だが時がたつにつれて明確にクーフーリンへと天秤が傾いていった。

 

膨大な魔力が消費され、永遠に続くと思われた応酬に、終わりが近づく。

 

「舞い踊れ、月光の煌きよ!―――月光蝶の角(Moonlight Butterfly Horn)

 

クーフーリンは左手にある緑の輝きを放つ魔槍を開放する。

 

爆光と共に、無数の光の槍が切っ先から放たれた。

 

超至近距離から放たれた高速の連撃。

 

しかし、バーサーカーは理性と武技を失ったとは思えぬ体捌きと剣捌きでもって、その大半を撃ち落とす。

 

規格外の堅牢さと神秘を含有する斧剣で魔力撃を防いでいく。

 

しかし、バーサーカーにとって不幸だったことは、この魔力の矢は曲がるということ、そして、魔力が切れない限り放たれ続けるということだった。

 

先の朱槍のように、因果逆転を原因とする理不尽な軌道ではないモノの、常識の外側の挙動で迫る無数の光の矢をバーサーカーは防ぎきることができなかった。

 

僅か一発の被弾。宝具の守りを無視するそれが確かな挙動の遅れを生み出し、その累積が次の被弾となって帰ってくる。

 

そのうち、何本もの光の矢がバーサーカーの肉体を穿ち、関節を破壊し、腱を切り裂き、神経を断ち切っていく。

 

いかなる英雄であっても、人間の形をし、その形が力を生んでいる以上、重要な部分が破壊されれば身じろぎすることすらできなくなるのは道理だった。

 

長い闘争の末、バーサーカーはその身を再び大地に崩れ落ちることになる。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

封鎖終局四海 -オケアノス- 英雄の雄牛狩り

お久しぶりです。

薪さんの活躍はもう一話待って(白目)


「もうすこしで、もりを、ぬけるから!」

 

「わかったからとっとと行きなさい!」

 

私は図体だけ大きな子供に抱えられ、死の定めに追われている。

 

背後から聞こえる恐ろしい咆哮と破壊。木々と大地が砕ける音。世界があげる悲鳴。それらを呼び起こしているのは、私たちが生きた時代の最強。

 

ヘラの栄光(ヘラクレス)

 

神々の祝福を受け鍛え抜かれた肉体と、時代における究極まで練り上げられた戦闘術理。その二つを同時に持ち合わせ、極限の域で合一させた男。

 

ステュムパーリデスの鳥(青銅の群怪鳥)ネメアの獅子(人理を否定する獣王)レルネーのヒュドラ(不死の九頭毒竜)

 

一匹一匹が一つの文明圏(小さな世界)を崩壊させうる強大な怪物たちを単身打ち倒し、十二の試練を以て全ギリシャに名を轟かせた神話の大英雄(神話の怪物)

 

私が知る限り、純粋な個人の武力でそれに勝りうる個は、人類史上存在しえないはずだった。

 

そんな存在に、私たちは追われていた。

 

「ぬけたよ!」

 

「まだよ!駆け抜けなさい!」

 

私たちは、森を抜け、小さな広場へと迷い出る。

 

ここが目的の場所。

 

広場の中央に、奇妙な姿の男が立っていた。

 

【急げ!有角の勇者よ!】

 

空間に火の文字を刻み、こちらを急かす男。周囲に青白い光と共に、無数の槍を突き立てた。

 

女神たる私を急かすなんて、何たる不敬なのかしら。

 

その手に握る巨人用の巨大な弓に、騎兵槍を思わせる巨大な矢をつがえ、引き絞る。

 

出てきた森から、私たちを追い越すように青い影が追い越していく。

 

「ぐぅっ!?」

 

さっきまで私たちを護衛していた青い騎士だった。

 

地面に突き立てた赤と緑の槍でその身を支えた荒い息の騎士は、全身に薄い傷跡を残し、血に染まっていない場所を探す方が難しいくらいに、赤黒い姿だ。無様無様、けれども、その身は五体無事。

 

アステリオスをかすめるように放たれた、暴風を纏う巨大な矢。私の髪を大きくかき乱して突き進む。

 

すぐ近くで、鋼鉄の塊を打撃したような音が鳴り響いた。

 

雷光の牡牛(アステリオス)の肩越しに、視線を送る。

 

目の前に、ヘラクレスの顔があった。

 

黄金の瞳を深紅に染めた大英雄が、私に、アステリオスにその斧剣を振り上げていた。

 

「ひぁ。」

 

思わず、喉が鳴った。

 

女神たる私ですら、神核が震えてしまう。

 

狂乱した大英雄に求められるとは、こういうものなのか。

 

アステリオスの、長い髪の毛に触れるかどうかというところまで、ヘラクレスは迫っていた。

 

巨大な矢が連続で撃ち込まれ、斧剣を弾き、私に伸ばした左手を貫き、見開いていた右目を射抜いて脳を完全に撃ち抜いていた。それでもなお前に進もうとするヘラクレスに、更なる槍矢の雨が降り注ぐ。

 

流石のヘラクレスも、脳を始めとした全身を射抜かれて生きることはできなかったらしい。

 

残った左目の赤い輝きは失われ、ぐらりと倒れ込んだその肉体から放たれていた強烈な殺意が霧散していく。

 

どうにか、どうにか火継の薪のわきを抜けることができた。

 

「ここからがほんばん。えうりゅあれはうごかないで。」

 

アステリオスは最初に決められた広場の反対まで行き私を下ろすと、巨大な斧を手に取り前に進む。

 

息をついていた青い騎士のところまで進み、薪を後ろに戦意をたぎらせる。

 

「そうだな、坊主。男ならきっちり守れよ。」

 

「あたりまえだ!」

 

青い騎士が、アステリオスの前に立つ。全身の血はそのままに、傷は癒えていた。優れた戦士のわきに、図体ばかり大きな子供が立っている。

 

ああ、その在り方は、あの子が勇者であると示していた。

 

やめて頂戴。私の前で勇者であることを示さないで。

 

震えた声で、アステリオスを止める。

 

「待ちなさいアステリオス!貴方までヘラクレスに挑むつもり!?」

 

やめて、あの英雄に挑むのは。

 

「どうやっても殺される!だって貴方は!」

 

貴方は怪物なのだから。怪物殺しの英雄に勝てるはずがない。

 

彼は貴方より何倍も大きく強い怪物たちを殺しつくし、神話にその名を刻んだのだから。

 

神々の定めた怪物殺しの運命の下に、私の妹は殺されたのよ。

 

因果は決して破られず、覆されることはない。私と私を食らったあの子が、英雄を生み出すために殺されたように。

 

「ボクはかいぶつだから、きっとかてない。けど、それでもまもるんだ!」

 

アステリオスは、その身の震えを払うように大声を上げる。私がかつて見送った勇者達のように。

 

ダメよその振る舞いは。

 

その心の震えは、命をつなぐための大切なもの。多くの勇者が、その怯えを無視して死んでいったのだから。

 

それでも、私は止める言葉をかけられなかった。

 

だって、私はそんな勇者を見送り、待ち続ける存在だったから。

 

勇気を示した勇者を止めることができない存在だから。

 

「よく言った!こいつは餞別だ、もってけ!」

 

蒼の騎士が、その手の翠槍で空間に文字を刻み込む。

 

私たちの世界とは異なる、力ある文字。力と富の象徴。雄牛を示す文字だ。

 

中空のそれが風に舞うようにアステリオスに張り付き、浸み込んでいく。

 

「うううううううあああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!」

 

アステリオスが絶叫する。その身を一回り以上大きくしながら。ギリシアの暖かな気候の中でも見えるほどの、濃密な白い呼気を漏らす雷光の雄牛。その姿は、魔物でしかなかった。それでも、その身から放つ気配は勇者だった。

 

両手に握る大戦斧を壊れそうなほど握りしめ、彼は私の前に立つ。叩き付けられる死の気配を前に、震えながらも立つその姿。見たくなかったのに、目が離せない。

 

彼の視線の先には、全身に突き立った矢が抜け落ち、再び立ち上がろうとしている大英雄の姿があった。

 

その身から立ち上る濃厚な死の気配は、むしろ強まり、濃度を増している。ただでさえ大きな体が、何倍も大きく見えるほどの存在感。死を重ねるほどに、その霊格を高めているとでもいうのだろうか。

 

「イイか坊主、あいつは死ぬたびに死因に対する抵抗を得ていく。すでに刺突と魔力撃で三回は殺しているからな、その二つでは殺せねえと思え。」

 

「わかった、きればしぬし、なぐればしぬんだね。」

 

青い騎士の言葉に、アステリオスが何とも脳みそまで筋肉な単純思考で返す。それはそうだけど、ちょっとそこの野犬に影響されすぎじゃないかしら。

 

「それがわかってればいい、俺と火継の薪が牽制して隙を作ってやるからな。さぁ、来るぞ!」

 

だがそれを、青い騎士は笑って受け入れた。これだから男は野蛮でいやなのよ。私のために命を懸け、失った男たち見ているようで気分が悪い。

 

どうかお願い。私にあなたの死を見せないで。決して叶わぬであろう願いを胸に、私は勇者を見定める。

 

裁定の果て、彼の敗北を見ることになっても、私はその定めを見なくてはならない。目をそらすことは許されない。

 

それだけが勇者を死に誘う、私にできる唯一の事だから。

 

「■■■■■■!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

狂化され、理性を失った大英雄が、咆哮一下勇躍する。

 

大きく間合いのあるうちに、その手に握る極厚の斧剣がうなりを上げて空間を断ち割った。

 

断ち切られた大気が暴風の刃となって、周囲を蹂躙する。森が削り落とされ、二人の戦士の身に風と岩、そして木片が無数の牙を突き立てる。

 

「させない!」

 

「ちぃ!?」

 

青い騎士は可能な限り槍とその身で受け止め再び血をまき散らし、私をかばったアステリオスからも血が零れ落ちる。慌ててみたその傷は、決して深いものではなかった。

 

流石はヘラクレス。理性を失っても、その身に宿した暴力の総量はむしろ増しているとでもいうのかしら。

 

「この野郎!まだ生きが良すぎる!」

 

蒼の騎士が双槍を振り回し、周囲を駆けまわることでヘラクレスをかく乱する。その一刺し一刺しが死の一撃である煌き。しかし、大英雄の肌に触れた鋭鋒は弾かれ、滑り、決してその守りを抜くことができない。

 

「やっぱ穂先が入らん!こっちも強化切れたら話にならねぇか!?」

 

すでに三度の死をもたらした鋭き槍は、もはや槍であるという一点を以て無効化されるに至っていた。

 

それでも青き騎士はあきらめることなく槍を振るう。刃が通らずとも、着弾の衝撃は通るし、脳や神経がやられないこともない。なぜならそれはこれまでに与えられた死因ではないのだから。

 

今、かの騎士に求められる役割は、ひたすらなる足止めとアステリオスの援護のみ。隙を作り、アステリオスの隙をカバーすること。神速の突きはその衝撃を確かにヘラクレスに伝え、その動きの向きを僅かに変える。たったそれだけかもしれないが、ヘラクレスは確かにいらだっていた。

 

『この連撃を以てしても、芯を捕えられぬとは。』

 

あの哀れな燃え差しも、その巨大な弓で斧剣を撃ち落とし、四肢を弾いて行動を阻害する。既に一つ命を奪ったそれは、刺さりはしていないモノの、着弾の衝撃は騎士の槍のそれをしのぎ、振り下ろしの一撃を大きく逸らすほどのものだった。

 

二人の技量は、まさに神技に至るというべきもの。かの大英雄に、満足な戦いをさせていないのだから。斧剣が生み出す風の刃や土塊の砲弾を躱し、叩き落とし、烈刃の舞をすり抜けるようにヘラクレスの肉体を穿っていく。

 

だが、短くとも長い剣戟を介して、アステリオスは大きく損耗していた。

 

決して武の鍛錬を積んだわけではないアステリオスが、二人の援護を受けて必死にその斧を振るう。魔の者としてもつ怪力が、大英雄と競り合うことを許している。だがもし、ヘラクレスに生前の技量が残っていれば、瞬く間に切り伏せられていただろう。

 

天の助けと、恵まれた仲間の存在によって、アステリオスの刃は確実にヘラクレスを捉えている。

 

今この瞬間だけは、狂化されていることに感謝しなくてはならない。

 

それでもなお、女神の胸の内にはあきらめが浮かんでいた。

 

無数の英雄たちを見てきたからこそわかる。

 

たとえ狂化されていたとしても、正気と理性と技術を失っていたとしても。

 

英雄とはその逆境すら跳ね返すがゆえに英雄であり、大英雄とは英雄を以てしてなお打ち倒しえぬからこそ大英雄なのだと。

 

クーフーリンを狙い、斧剣が大きく振るわれる。騎士はその一撃をそらすように立ち回り、大きな隙を生み出した。

 

「ああああああ!!!!!!!!」

 

その隙を逃すことなく、まるで火に誘われた羽虫のようにアステリオスが斧を振るう。ヘラクレスは顔をゆがめ、笑みを浮かべた。青い騎士が叫ぶ。

 

「野郎!誘いか!」

 

アステリオスの振るった斧が、好機を逃すまいと強く振りぬかれすぎた。力んだ彼の身が勢いを殺しきれずに、前に踏み込む。

 

「■■■■■!!!!!!!!!!!!!」

 

あらゆる技術を失ったはずのヘラクレス。しかし、野生の感と戦闘術理から、アステリオスを誘い込んだ。

 

アステリオスの双戦斧が、ヘラクレスの腹部に打ち込まれる。刃のほとんどがめり込み、内臓のほとんどがめちゃくちゃになっているだろう。だが、神話の怪物はそれでも動いていた。

 

「野郎!」

 

腹に突き立った斧を握りしめ、逃げられないように行動を制限する。ヘラクレスは、咄嗟にかばおうと飛び込んできた騎士を片手で殴り飛ばした。騎士は槍で殴打を防いだが、空中で殴り飛ばされ、大きく距離をとらされる。

 

『間に合わんか!?』

 

筋肉が引きちぎれ、内臓が切り出され、血が噴出し、それでもなお純粋化された戦意が余分な思考を挟まぬ神速の一撃を生み出す。

 

その身に食い込んだ致命傷を無視した、神速の切り替えし。巨大な斧剣に、内臓に届くほどに打ち込まれた斧、直前に差し込まれた文字の盾と巨大な槍矢、すべてまとめて切り潰される。

 

舞い散る赤い血華と白髪、折れ飛ぶ片角。

 

崩れ落ちるアステリオス。

 

遠いどこかで誰かの悲鳴が上がった。

 

 




多分後で改定したい。(忙しすぎて多分無理)

年度末に向け、更新ペースはさらに不定期になります。

できるだけ書きますが、期待はしないでくだせぇ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 30~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。