FF15✕FF(1+13) (ウィリアム・スミス)
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第一話

 光と闇の調停者は、ある「星の声」を聞いた……。


 その男は牢獄の中にいた。

 うす汚れたボロボロのローブを目深に被り、静かにそこに座っていた。

 

 ニフルハイム帝国領スカープ地方──砂と荒野が延々と続く僻地にある『第4魔導研究所』の牢獄は、男が知るどんな牢獄よりもはるかに快適な環境だった。

 石と鉄で出来ているのはどこの牢獄とも変わりは無いが、近代的かつ衛生的な室内は、これまで男が繰り広げてきた大冒険を思えば、高級ホテルの一室と言っても相違ない。

 

 牢獄の中にいるのは男だけだった。

 

 しかし、それは当たり前と言えば当たり前のことであった。

 そうなるよう見越して捕まったのだから、当然である。ことを成す時に、無力な足手纏いはできるだけ少ないに越したことはないのだ。

 

 とはいえ、一々タイミングを見計らう必要は無いに等しかったのも、また事実であった。

 なにせ“この世界”には男のように強い力を持つ者は極めて少なく、こうして帝国に捕まる者となると、さらに少なくなるからだ。

 

 この牢獄の中身に男一人しかいないのは喜ぶべきことなのか、はたまた悲しむべきことなのか……。

 どう思ったところで、どちらであるのか決める気は男になかった。それを決めるのはこの世界の住人たちの責務だ。そんなところまで面倒を見る訳にはいかない。

 

 見回りの魔導兵が牢獄の前を通り過ぎて行く。それに合わせ、男が顔を上げた。

 男の視線の先には、いかにも頑丈そうな鉄格子が男の脱獄を阻むためにそびえ立っている。見張りも鉄柵もほとんど意味を成さないと言うのに、ご苦労なことだ。

 

 フードの奥に隠れた青い瞳でその鉄格子を見つめると、男はニヤリと笑みを浮かべた。

 ここから出て行くのは実に簡単だ。だが、まだ“その時”ではない。

 

 

 来たるべき“その時”まで、あと少し──。

 

 

 

 *

 

 

 

 今回の任務も「いつも通りの簡単な任務」になるはずだった。

 

 炎と煙が充満するウォバニ基地を必死に駆けながら、僕はある先輩の口癖を罵るように何度も繰り返していた。

 

「いつも通りの簡単な任務だ! 今回も簡単な任務()()()はずだッ!」

 

 帝国軍基地内に侵入し、敵司令官の撃破。あるいは基地重要施設の破壊──今回僕に課せられた任務は、そういった単独潜入任務であった。

 随分と難易度の高い命令のように思えるが、この程度の任務など「王の剣」にとってみれば、何度もこなしたことのある簡単な任務に過ぎないものだ。

 

 転移(シフト)透明(バニシュ)属性(エレメント)といった魔法を使いこなす「王の剣」にとって、単身敵勢力圏内に侵入する今回のような潜入任務は、最も得意とする任務の一つである。

 むしろ、そういった単独潜入任務こそが、ルシス王国最強の攻撃部隊である「王の剣」の真骨頂なのだ。

 

「王の剣」に必要なのは剣や槍といった単純な武器と、あとは自身の肉体のみ。

 たったそれだけで「王の剣」の隊員は、一人で帝国製魔導アーマー10台分の戦力を持つと言われていた。

 

 圧倒的物量を誇るニフルハイム帝国軍に対し、紛いなりにもルシス王国がこれまで対抗できていたのは、質に勝る「王の剣」が存在していたからに他ならない。

 

 だがそれは「王の剣」の持つ実力と言うよりも、ルシス王家が持つ魔法の力に因るところが大きい。

 代々王家に伝わる魔法の力無くしては、「王の剣」でさえも所詮ただの人に過ぎないということだ。

 

 そのどうしようもない現実を、僕は燃え盛る基地の中で痛感していた。

 

 炎の熱気と煙の息苦しさ、足りない酸素、そして疲弊しきった身体に鞭を打ち、手に持つ双剣をダメ元で前方に投擲する。

 そしてイメージする。空間を超越し、双剣の元へ高速で移動する自分を……。

 

「クソッ! ダメか」

 

 本来であれば投擲された武器の元に転移(シフト)で移動することが出来るはずであったが、期待していた効果は発現せず、投げ飛ばした双剣は空しく通路に落下した。

 けたたましく鳴る警報と爆発音に混じり、落下した金属音が悲しく鳴り響く。

 

 どんな理由かはさっぱり不明だが、魔法の力が使えなくなってしまっている。

 

「一体、なにがどうなってるんだ!?」

 

 通路に落ちた双剣を疾走しつつ拾い上げると、僕はこの訳の分からない現状に対し悪態をついた。

 

 敵司令官を撃破し、基地の通信施設及び魔導エンジンを破壊したまでは良かった。

 それに合わせて行き場を失ったエネルギーが暴走し、基地が自爆しようとしているのも、いつもの事なので大した問題じゃない。

 

 ここまでなら、今回の任務も「いつも通りの簡単な任務」と言って間違いなかった。

 

 そのまま転移(シフト)透明(バニシュ)を駆使し基地から離脱して、そうしたら王都に帰投して仲間たちと一杯ヤり、日々の不平や不満を思いっきり愚痴る。

 そんな当たり前で当然の日常が待っているはずだった。

 

 だが今回の任務は、そんな「いつも通りの簡単な任務」とは違っていた。

 

 何の前触れもなく突如として使用できなくなる魔法の力。

 命令を下す司令官と通信施設を喪失し、大本の動力源である魔導エンジンを破壊されたはずなのに、機能停止も暴走もせず襲いかかってくる魔導兵たち。

 

 そして極めつけは──。

 

「無駄だというのが、まだ分からないのか?」

 

 ──あの化物であった。

 

 機械的な電子音の混じった鈍い声が背後から聞こえた。それと同時に首筋がぞわりとし、間髪入れず灰色の大剣が襲いかかってくる。

 無理やり体を反転させ双剣でそれを迎え撃つが、あまりにも人間離れした膂力に安々と弾き飛ばされ、その勢いのまま壁に激突した。

 

「がぁはッッッ!」

 

 堪らずうめき声を上げる。

 更に最悪なことに、これまで蓄積されてきたダメージで限界を迎えたのか、意識が朦朧とし視界がぼやけてきた。

 

 どうやら、気合いや根性でどうにかなる領域はこれまでのようだ。

 

『忘れるな、魔法の力無くしては、我々はただの人間に過ぎない』

 

 耳にタコができるほど聞いたドラッドー隊長の言葉が、ぐらぐらと揺れる頭の中で駆け巡る。

 隊長の言葉は決して忘れる事は無かったが、実際に体感するのはこれが初めてのことだった。

 

 この経験は必ず次に活かそうと心に刻む。もっとも、それは次があればの話だった。

 

 霞んでいく視界の隅で、液体のようにギラギラと波打つ鎧の化物がゆっくりと近づいてくるのが見えた。どうにも、この新たな教訓は無意味なものになりそうだ。

 

 化物が僕の喉元を掴み、力任せに宙に持ち上げる。

 

「グ、グラウ、カ……将軍……」

 

 万力のように締め付けてくる腕に精一杯の抵抗を試みながら、僕はその化物の名を口にした。

 ニフルハイム帝国軍のトップに君臨する灰白将軍。悪魔と化物を合わせた様な謎の男。ルシス国と「王の剣」の最大にして最強の宿敵。そして、故郷の……友と家族を奪った憎き仇のその名を。

 

「哀れだな、若き「王の剣」よ……」

「あ、あんたなんかに、同情されたくは、無い、ね」

 

 苦し紛れにそんな捨て台詞を吐いた。口の中に広がる血の味がやけに清々しく感じられる。

 もはや勝敗は明らかだ。ここからの逆転は万が一にもあり得ない。もう幾ばくもしないうちに僕はコイツに殺されるだろう。

 

 結局、故郷奪還なんて夢のまた夢だったのか。惨めな気持ちで一杯だが、それでもみっともなく命乞いをする気なんかさらさらなかった。

 それこそが僕たちの、「王の剣」の、故郷を奪われた者たちの誇りであった。

 

「こ、故郷の、誇りに……」

 

 そう口にした瞬間──なぜだか分からないが、一瞬、グラウカ将軍の手が緩んだ気がした。

 でもどうせそれは錯覚だろう。

 血も涙もない冷酷無情なこの男に、故郷を思う心などあるはずないのだから。

 

「……そうか」

 

 電子音の混じったその言葉を最後に、僕の意識は途絶えた。

 

 

 

 *

 

 

 

「故郷の誇りに……か」

 

 倒れ伏した青年を見ながらグラウカ将軍はそう呟いた。

 

 哀れな青年だ。

 嘘偽りなくグラウカ将軍はそう思った。

 

 故郷奪還の思いを王国に利用され、こんな若さで死地に送り込まれた挙げ句、それが罠であったことも気付かず今度は帝国に利用される……本当に哀れな青年だ。

 

 だが、別にこの青年だけが特別というわけじゃなかった。

 この戦乱に巻き込まれた無実の者たちは、故郷を奪われた者たちは、みんなみんなその「哀れな者」なのだから。

 

 国を奪われ、故郷を奪われ、逃げ出した先では尊厳を奪われ、虐げられ蔑まれ、まるで消耗品のようにこき使われる──それが、故郷を奪われた者たちの末路だった。

 

 この青年はまるで自分を映し出す鏡のようだ。

 故郷奪還に燃え、裏切りと鮮血に染まった己にそっくりだった。

 

「息は……あるか」

 

 さすがは鍛え抜かれた「王の剣」だ。あれだけ痛めつけてやったのに、半死半生であるがまだ息がある。

 とはいえそれは当然のことだった。そうなるように仕向けたのは他でもない自分なのだから。

 

『なんとも残酷なことだねぇ……信頼していた人に裏切られて利用されるなんて、一体どんな気持ちだろう……こんなだから『王の奴隷(キングススレイブ)』なんて言われちゃうんだよねぇ』

 

 帝国の秘匿回線から声が聞こえた。実に耳障りで嫌らしい男の声だ。

 ただでされ今は虫の居所が悪いというのに、この男の声を聞くとますます不機嫌になってくる。

 

「黙れ、イズニア宰相。実験は無事終了だ。クリスタルジャマーは問題なく起動した」

『それはそれは結構なことで。良かったねぇ、これでまた長年の悲願に近づいたよグラウカ将軍……それで話は変わるけど、そこの彼ぇ……どうするの?』

「従来通りだ」

 

 短くきっぱりとグラウカ将軍は答えた。

 グラウカ将軍はこの男と必要以上に会話をするのが大嫌いだった。まるで全てを見透かされているようで、酷く不愉快なのだ。この帝国宰相アーデン・イズニアという男は。

 

『それじゃあ、今回は何時もの場所じゃなくて、別の場所にお願いね。あの研究所は……もう、使えなくなっちゃったからさ』

「例の、テロリストの仕業か……」

『その通り。どうやら、相手は思っていたよりもヤるみたいだ……そうそう、彼を送るついでに、ちょっと寄って貰いたい所があるんだけどさ、いいかな? 良い素材が手に入ったんだよねぇ……なんと、あの』

「了解した」

 

 一方的にそう言って、グラウカ将軍は回線を切った。

 まだ会話の途中であったが悪いとは微塵も思わない。どうせ碌でもない内容であるのは明らかなのだ。

 アーデン・イズニアの悪趣味な会話にわざわざ付き合う道理など、グラウカ将軍には無かった。

 

「……連れて行け」

 

 先ほどから待機している魔導兵にそう命令して、グラウカ将軍は燃え盛る基地を後にした。

 

 

 

 *

 

 

 

 頭の片隅で歌が聞こえる。

 

 昔、母が歌ってくれた思い出の曲だ。

 

 遠い遠い故郷を想った歌。

 美しい山々。流れゆく川のせせらぎ。生い茂る木々。そしてそこで暮らす人々に想いを馳せた望郷の歌。

 

 もう決して戻らない故郷を謳った歌。

 

 共に野山を駆け巡り冒険をした友人も、あの恐ろしかった年上の青年たちも、近所の偏屈な頑固爺も、勇敢で優秀だった兄も、炭鉱夫だった父も、その妻だった母も……もう何処にもいない。

 

 あの美しかった山も、川も、森も、街も、もう何処にも無い。

 

 何もかも全て、帝国が奪い去ってしまった。

 

 それでもこの歌だけは、今も心の中に残っている。

 

 

 

 *

 

 

 

 暖かい温もりを感じる。

 まるで、母親に抱きしめられているような、そんな温もりだ……。

 

 一体、だ、れ……? 

 

 

 

 独特な魔導エンジンの駆動音と振動で、僕は目を覚ました。

 

 さっきまでいたウォバニ基地とは明らかに違う場所だ。

 直ぐさま寝ている状態から起き上がろうとするが、後ろ手に腕が拘束されているせいか上手くいかない。

 

 それでもなんとか地面を這いずるようにして無理矢理起き上がった。

 

 体を起こして最初に思ったのは「生きている」ということだった。そして次に思ったのは「ここはどこだ?」というものだった。

 

 訳の分からない事態に混乱しそうになるが、そんな状態でも直ぐにパニックにならなかったのは日頃の訓練のお陰か、或いはそうする気力すら無かったからなのか、どちらにせよ、諸手を挙げて歓迎できる状態とは言いづらい。

 

 自暴自棄になりそうになる衝動を必死に抑え、これまでの訓練に従い、先ずは現状確認を最優先に行う。

 

 驚いたことに、散々痛め付けられたはずなのに身体の方には大した支障は無かった。

 実に嬉しい誤算だが、それ以外は最悪も良いところだった。

 

 手足は鉄鎖によって拘束されていて、その先は床にがっちりと固定されている。

 捕虜にでもなったみたいだなと思ったが、みたいではなく、捕虜となったのだ。嫌になってくる。

 

 この独特な駆動音と振動、そして内装からいって、ここは帝国の飛空艇の中で間違いないだろう。

 

 元々が輸送用の機体であったのか座席はなく、当然、窓もなかった。

 出入り口らしき場所はあるにはあるが、大きさからいっておそらく元々は物資を運び込むための搬入口か何かだったのだろう。あそこから飛び出してみても、きっと大空に投げ出されて死ぬのがオチだ。

 

 魔法が使えるか使えないか分からない今、パラシュートも無しでスカイダイビングを敢行するなんて、まっぴらごめんである。

 

(正に八方塞がり、だな)

 

 実に絶望的な状況にあるが、それでも死んでいるよりマシだと言い聞かせ思考を更に巡らせる。

 

 ふと、基地に潜入していた敵兵をなぜ生かしておいたのかという疑問が頭を過ぎったが、考えるだけ無駄だと思考を放棄した。

 何が目的は知らないが、末端の兵士でしかない者にどうせ大した価値は無いだろう。

 帝国の目的は情報か、もしくは身代金か──どちらにせよ、わざわざ捕虜を取ってまで欲するものとは思えなかった。

 

 何にせよ、これから先待ち受けているのは碌でもない未来であろうことは間違いない。

 捕まった敵兵の末路なんてたかが知れている。そんな事は何時の時代になっても変わらないのだ。もしかしたら、あのまま殺されていた方がマシ、なんて目に遭わされるかも知れない。

 

「絶体絶命、か……」

 

 噂では帝国の捕虜になった兵士は魔導兵の訓練用に殺されるだとか、人体実験の材料にされて殺されるだとか、シガイ退治の囮に使われて殺されるだとか、実に物騒な話が流れていたが、生憎、帝国に捕まって無事に帰還した兵士は一人もいないので、真偽の程は定かではない。

 

 お願いだから噂は噂であって欲しいと切に思う。

 

 絶望に悲観しそうになるのを回避するために、藁をも掴む思いで何か打開策が無いか模索する。

 周囲を見渡すと銃を持った魔導兵が二体いた。おそらく、見張りの魔導兵だろう。

 

 普段であればどうって事のない相手であるが、今の状態じゃどうだろうか? 武器を奪えばなんとかなるとは思う。体調は回復しているので勝てる可能性は高い。魔法の力が無くても、それぐらいはできる。。

 だが、よしんば勝てたとして、その次はどうする? ここは空の上だ。残念ながら飛空艇の操縦訓練はまだ受けていない。車両の運転であればできるのだが……。

 

 さらに視線を巡らせると、僕と同じ様に拘束されている者が一人いた。

 僕の目が確かなら、それは女性だった。

 

 彼女は透き通るような金髪を後ろでまとめた髪型をしており、首や腕など僅かに露出した白い肌は少し日に焼けていた。身につけている服は……これは戦闘服だろうか? 動きやすそうでしっかりとした造りの衣服を着ている。

 

 まさに女戦士といった出で立ちであるが、それでも隠しきれないほどの美しさを放つ女性で、それが余計に違和感を感じさせた。

 なんともちぐはぐな印象の女性だ。まるで、亡国のお姫様がテロリストにでもなったかのようである。この物騒な場にはかなり不釣り合いな存在であるのは間違いない。

 

 彼女の印象的なアメジスト色の瞳がこちらを見つめてくる。意志の強そうな鋭い瞳だ。

 どうやら、先ほどから見られていたらしい。

 

「その様子だと、もう大丈夫そうね……ねえ、あなた「王の剣」よね?」

 

 アメジスト色の瞳の女性が、そう問いかけてきた。

 女性特有の高い声は、魔導エンジンの音に紛れて見張りの魔導兵までは届いていないようだ。

 もしかしたら、その程度は見逃されているだけなのかもしれないが。

 

「あぁ……」

 

 言葉少なく僕は答えた。

 彼女が僕を「王の剣」であると見抜いた事に大きな驚きは無い。

「王の剣」は、というかルシス国の兵士は、全身黒ずくめの独特な戦闘服を着るので有名だ。そういった部隊は他にあまり多くない。

 

 暗闇に紛れるという点では黒は合理的であるのだろうが、夜間以外での野外戦闘において、こういった服装というのはあまりいい選択であるとは思えなかった。

 

 確かに最近では帝国側がシガイを兵器として運用し始めたため夜間戦闘の機会が増えたが、それにしてもルシス国の制服が黒一色なのは昔からだ。なぜ王国はそんなにも黒に拘るのだろうか?

 国色だからという理由が第一に浮かんだが、もう少し実戦の事も考えて欲しいものだ。夜間は良いのだろうが、日中の野外戦では黒は見つかり安いのだ。シガイばかりと戦う訳でも無しに。

 

 なんにせよ、状況証拠的に僕を「王の剣」であると断定するのに、十分な判断材料があったのは確かであった。

 

「そうだったら、どうしたっていうんだ?」

「「王の剣」ならこの状況、なんとかならない?」

 

「王の剣」の戦闘力は折り紙付きだ。万全の状態であればこの程度の状況など問題にもならない。

 囚われの身である彼女が僕にそう期待するのは、当たり前の事に思えた。

 

「……試してみようか」

 

 彼女の期待に応えるべく、まずは力任せに拘束を破ろうと試みるが、当たり前だがうんともすんともいわなない。

 あまり大きな音を立てて見張りに感づかれる訳にはいかないので大っぴらにできた訳じゃないが、物理的にこの拘束を解くのは不可能なようだ。

 

「無理ね……帝国御用達の強化金属で出来た拘束具よ、あなたがお爺ちゃんになるまで頑張ったって、力ずくじゃ一生破れないわ」

「そう、みたいだな──」

 

 聞いておいてその言い草はあんまりじゃないかと思ったが、彼女の指摘にはグゥの音も出なかったので何も言い返せなかった。

 それに、彼女が「王の剣」に期待していたのは別の方法だろう。「王の剣」にしかできない、「王の剣」独自の方法だ。例えばそう……魔法を使って脱出する、とかだ。

 

「──それじゃあ、次だ」

 

 そう言うと、僕は拘束されている掌に意識を集中させた。

 

 イメージするのは暴れ狂う雷の属性(エレメント)──サンダーの魔法。

 帝国軍の主要兵器である魔導兵に絶大な効果を持つ魔法だ。

 

 そこから自身の精神と魔力を媒介にし、ルシス王家に宿るクリスタルの力を集めていく。

 集めた力を奇跡の力に変換し、現実に顕現する。

 

 集中し、想像し、顕現する。何度も訓練で行った一連のプロセスだ。

「王の剣」に配属されて以来、ありとあらゆる状況下で魔法の発動するために、幾度となく厳しい訓練を積んできた。

 今ではまるで息をするが如く、どんな状況下においても魔法を使用できる。

 

 失敗しない自信はあった。

 

「クソッ、ダメだ……」

 

 だが、まるで発動する気配は無い。

 

 任務中に起きた異変がまだ続いているのだろうか? だが、これはあの時とは少し違う手応えを感じた。

 あの時は集めた力が次々と四散しバラバラになっていくような感覚があったが、今回はそもそも魔法の力が集まってこないような感覚だ。

 

 王に、クリスタルに何かあったのだろうか? 嫌な予感がし、額から汗が流れてくる。

 

「多分……クリスタルから、レギス国王から離れすぎたせいよ。大丈夫、きっと王都は無事なはずよ」

 

 僕の考えを読み取ったのか、彼女がそう言ってきた。

 確かに、魔法の使用はルシス領内に限定されている。国外に出てしまうと、基本的に魔法の使用は不可能だ。

 

 彼女の言う通り、ここがルシス領外であるならば辻褄は合う。

 

「だと、良いんだけどな……」

 

 今は気休めにしかならないが、彼女が言ったように考えるのが正解だろう。

 王都に何かあったと考えるよりも、こちら側が王都から離れてしまったと考えた方が道理に合っている。

 

「王都から離れすぎたってことは、ここは帝国領か?」

「おそらく、ね。あなたが何処で捕まったかは知らないけど、私が捕まったのは帝国領内だったから……」

「僕はルシス領内の軍事施設で任務中に捕まった。君も、軍人か?」

 

 任務内容や場所は機密事項だが、この程度ならば問題ないだろうと判断し、そう質問する。

 ここにいるということは、少なくとも敵というわけでは無いだろう。

 

「もう、この世界に軍人と呼べる人間がそう多くないことはあなたも知っているでしょう? テネブラエもアコルドもとっくの昔に帝国の属国になっているわ」

 

 テネブラエは400年前に、アコルドは150年前に、それぞれ帝国の属国となっている。それに伴って、両国の軍隊も解体されて久しい。

 もはや帝国以外の軍隊と言えば、ルシス国にしか残されていないのが現状であった。

 

 もっとも、そのルシス軍にしても、150年前にあった魔法障壁展開と同時に「王都警備隊」として再編成されているので、()()()()軍隊と呼べるかは微妙だが。

 

「じゃあ、君は……レジスタンスか」

 

 軍人でないのであれば、それが一番妥当だろう。

 帝国の支配に逆らう反政府組織──レジスタンス──そういった組織が存在しているのは、戦いに身を置く者ならば誰もが知るところだ。

 

 実のところ、ルシス国内にもそういった組織があるにはある。

 もっとも、それはルシス国に対してのレジスタンスで、僕たちの活動を逐一妨害する厄介な売国奴たちなのだが……さすがに、彼女がそうという訳では無いはずだ。

 

「そうよ。本当は別の名前なのだけれど、あなたにとってはそっちの方が分かりやすいでしょう?」

「一応聞いておくけど、レジスタンスってのは、ルシス国に? それとも帝国?」

「帝国に決まっているでしょう!?」

 

 馬鹿な質問をするなと憤慨しながら彼女が言った。

 

「ごめん、悪かった──」

 

 言った後で自分でも馬鹿な質問をしたと思っていたので、素直に謝罪する。

 他にも気になる点は幾つかあったが──他の仲間は一緒に捕まっていないのか、とかだ──聞くのは止めておいた。彼女の素性を知った所で、この状況が好転する訳でもないのだ。

 

 それでもつい、「じゃあ、君も……故郷を?」とそんな事を聞いてしまった。

 彼女の様な人がレジスタンスになる理由なんて、それぐらいしかないだろうに。

 自分と同じ境遇かもしれないと思って、シンパシーでも感じてしまったのかもしれない。

 

「えぇ……そんなような所よ」

 

 表情を僅かに険しくし、彼女がそう答えた。

 

「同情する訳じゃ無いけど、いつか──」

 

 慰めの言葉をかけようと思ったが、それ以上は輸送船が激しく揺れて言う事が出来なかった。

 

 地べたに直に座っていて鎖でしか固定されていない僕たちにとって、この振動は酷いものだった。なんとか踏ん張って耐える必要がある。

 ややあって内臓が持ち上がるような独特の浮遊感を感じ、ガクンと大きく上下に揺れると、やがてエンジンの音が小さくなり振動も収まっていく。

 

「着いた、みたいね……」

 

 何処に? なんて馬鹿な質問をもう一度することはなかった。

 彼女も僕も何処に着いたかなんて知るよしもないことは、言わなくても明らかだからだ。

 

 それでもただ一つ、言わずともここがどんな場所かだけは理解できた。

 

 ここは地獄。帝国に逆らう者を罰する、地上の煉獄である。

 

 

 

 

 




 王の剣って色々な意味で“ブラック”な組織ですよね……。

 紅蓮までの暇つぶしなので不定期更新です。二、三話でさくっと終わらせたいですね。
 


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第二話

 FF14側はパッチ4.0基準でいく予定です。


 男の牢獄に来訪者がやってきた。

 若い男と女が一人ずつだ。

 

 魔導兵に投げ飛ばされて入ってきたこの二人は、少年少女と言っていい歳頃に見える。

 恋人か、あるいは兄弟といったところか。

 

 彼等を連行してきた魔導兵が、鉄格子を閉め去って行く。

 ここを出て行くチャンスであったが、男は気にも留めなかった。まだ“その時”は来ていない。

 

 その代わりに、男は地面に転がる若者たちを見た。

 

 二人とも金髪で、少年の方はやや暗い、少女の方は実に鮮やかな輝きの髪色だった。

 少年は全身黒一色の戦闘服を、少女の方もデザインは異なっているが戦闘服らしきものを着ている。何があったのかは知らないが、どちらもかなりボロボロだ。

 

 両者から強いエーテルを感じたので、何処かしらの戦士なのだと推測するが、それ以上の興味は湧かなかった。別に彼等が何者であろうと、男には関係の無いことだからだ。

 

 少年が少女を庇うような立ち位置をとり、こちらの様子を伺ってくる。

 警戒しているのだろうか? まあ、無理もないだろう。

 

 男の見た目ときたらボロボロのローブに目深のフード、それに加え彼等と比べて二回り近くも大きな体格をしているのだ。控えめに言っても危険人物としか見えない。

 

 どんな事情でこの研究所に連れてこられたのか知らないが、彼等にとってみれば、猛獣の中に放り込まれたのとそう大差ない状況なのだろう。タイミングが良いんだか、悪いんだか。

 

 招かれざる来客の訪れに溜息を一息つくと、男は再び鉄格子に向き合い静かに待った。いい加減、待ちくたびれてきたというのが男の本音だ。

 

 男の右耳にある貝殻型の耳飾りからは、未だ連絡はない。

 

 

 

 *

 

 

 

 連行された牢獄にいた男をずっと警戒をしていたが、どうやら特に危険は無いようだ。

 

 一度僕たちのことをチラリと一見しただけで、後はずっと鉄格子の方を見つめている。

 

 見た感じ「荒くれ者」というのがぴったりな大男だが、突然襲ってくるような危険人物ではないようだ。もしかしたら見た目に寄らず結構理性的な人物なのかも知れない。

 

 それでも、実は油断させて背後から……なんて可能性も捨てきれないので、いたずらに警戒を緩めることはしない。

 

「魔法は、どう? 使えるようになっていないかしら?」

 

 僕の後ろに控えている彼女がそう聞いてきた。

 切羽詰まった感じではなく、万が一とか念のためといった風な冷静な口調だ。

 

 もう既に飛空艇の中で一度試したが、もしかしたら奇跡的な何かが起きて、魔法が使えるようになっている可能性も無きにしもあらずなので、試す価値はあるかもしれない。

 

 意識を集中し、幻想を想像し、盟約に従い、「王」を通じ魔法の力を引き出そうとする。

 

「……ダメだ」

 

 だが、やはり上手くいかない。

 分かりきっていた結果であるが、落胆は少なからずあった。

 

「まるで、なっちゃいないな」

 

 突然、男がこちらを見向きもせず、そうダメ出しをしてきた。

 小馬鹿にするような、あるいは呆れた風なかんに障る口調だった。

 

「なんだと?」

 

 思わず、男に対しそう抗議する。

 多少、強い口調になってしまったのは仕方が無いだろう。魔法の「ま」の字も知らなさそうなこの男に、そんな偉そうな事は言われたくはない。

 

 だが男は僕の言葉なんか微塵も気にした様子を見せず、フード越しにこちらを睨みつけると、再び言い返してきた。

 

「まるで、なっちゃいないって言ったのさ。そんな調子じゃ、おまえが爺さんになるまで頑張ったて、一生できやしないさ」

「プッ!」

 

 そう吹き出したのは僕では無い、後ろにいる彼女の方だ。

 馬鹿にされたと思ったのか、男が剣呑な雰囲気を発して詰め寄ってくる。

 

「そこのあんた、何が可笑しい?」

 

 少しイライラとした不機嫌そうな声色だ。次の瞬間には怒り狂って飛びかかって来るかもしれない。

 一瞬即発の気配にハラハラとしていると、そんなことお構いなしといった様子で彼女が口を開く。

 

「その、笑ってしまってごめんなさい。ただ、私も彼に似たような事を言った覚えがあって、それで、ついね……悪かったわ」

「…………そうか」

 

 そう言うと存外に大人しく、男は引き下がった。

 

 若干間があったような気がしたが、やはり見た目に寄らず、怒りに身を任せて暴れ出したりはしない。本当に意外であるが、実に理性的な人物のようだ。

 

 何とか大事に至らずほっとしていると、今度は彼女の方から質問が飛び出した。

 

「ねぇ、もしよかったら、彼のどこが『なっちゃいない』のか教えて貰えないかしら? もし、彼が魔法を使えるようになるのなら、この状況、何とかできるかも知れないのよ。あなたも、こんなところで終わってしまうのは嫌でしょう?」

 

 あまり期待され過ぎても困るが、自信満々な口ぶりの男の言い分に興味が無かったのかといえば嘘になる。

 多少癪ではあるが、ご教授願えるのであれば僕からもお願いしたいところだ。もっとも、本当にできるものならやってみろ、というのが本心だったが。

 

 彼女の言葉を吟味しているのか、男は一度目を瞑り思案する素振りを見せると「別にこっちは今すぐここから出る必要はないんだがな」と前置きしてからゆっくりと喋りだした。

 

「魔法を使う時、おまえのやり方は回りくどいんだ。例えるなら、水を汲むのに目の前に大きな湖があるに、わざわざ遠い小さな井戸まで汲みに行っている感じだ」

「……どういう意味だ?」

「力の引き出し方が悪いって言っているんだ。いちいち七面倒臭い方法でおまえは魔法を使おうとしている。おまえの魔法は、一体()()魔法なんだ?」

 

 案の定、男の言っていることは理解不能だった。やはりただの法螺吹き野郎ということなのだろう。もしかしたら、あまりにも長いこと牢獄に閉じ込められていたから、気が狂っているのかもしれない。もしそうだとしたら、悪いことをした。

 

 僕の魔法が誰のものかだって? それは当然……。

 

「王家のものに決まって──」

「その考えが『なっちゃいない』って言ったんだ。借り物の、借り物の、借り物なんか、少しも役に立ちはしない。おまえはおまえ自身の力で、魔法を使うべきだ」

 

 フードの奥から放たれる視線が僕を射貫いてくる。その謎の威圧に思わずたじろいでしまう。

 この気迫、気が狂っているとか、イカれているとか到底思えない。この男、本気でそう言っているのだ。

 

 王家からではなく僕自身の力? 一体この男、何のことを言っている?

 

「い、言っている意味が全然」

「要するに、王家の力を利用するのではなくて、自分自身の力で魔法を使えってこと?」

 

 言い淀む僕の代わりに彼女がそう答えた。更に、呆れた様子で男を否定する。

 

「それこそ無茶な話だわ。魔法はルシス王家だけに与えられた特別な力。ただの一般人にはそんな力は無い。不可能よ」

 

 そう反論してから、彼女がボソッと「ごめんね」と僕に言ってきた。おそらく、僕のことを「一般人」と言ったことについて謝っているのだろう。

 別に事実であるし、そんなこと気にしちゃいないので、無言で手を左右に振り「気にしていない」と合図する。

 

 ただの一般人には魔法は使えない。彼女の言う通り、それがこの世界の真理なのだ。

 

 魔法とは、はるか昔に王家に与えられた特別な力。自然を由来とする属性(エレメント)や、空間を超越する転移(シフト)といった力を使いこなす奇跡の力だ。

 

 僕たち一般人はそれを、ただ一時的に借りているに過ぎない。

 

「だいたい、王家からじゃないなら、一体どこから力を引き出すっていうの? まさかこれも、自分自身からだなんて言わないでしょうね?」

「そこらへんは、あんたの方も詳しいんじゃないのか?」

「えっ?」

 

 男の言葉に唖然とした表情を見せる彼女。

 

 彼女も魔法について詳しいだなんて初耳だ。

 そういえば、さっきから明らかに僕よりも話について行けている気がする。魔法を主武装とする「王の剣」の一員である僕を差し置いてだ。

 

「……あなた、一体何者?」

 

 冷静を装っているがさっきまでの様子とは違い、彼女は明らかに動揺していた。額から僅かに汗が滲んでいる。

 

 どうやら彼女にとって、魔法に詳しいことを知られるのは想定外のことであったようだ。その程度のことを知られるのがそんなに不味いことなのだろうか? 正直、さっぱり分からない。

 

「ただの冒険者だ。あんたたち風に言えば『ハンター』って言った方が分かりやすいかもしれないがな」

「……()()()ハンターには、見えないけれどね」

 

 むしろ僕にはどっからどう見てもハンターに見えた。

 メルダシオ協会が総括し、主にルシス領内で市民の護衛や野獣、シガイ退治などを生業とする荒くれ者集団──ハンター──という肩書きは、まさにこの男にピッタリだった。特に見た目が乱暴そうな点とかが。

 

「とにかくだ……不可能だと勝手に決めつけて、盲目的になるな。『全ては霊の上にあり、全ては星の下にある』だ。ただ、近い上に巨大過ぎて、気付いていないだけでな」

 

 なるほど、つまり……。

 

「どういうことだ?」

 

 ガクッ、という擬音が聞こえたような気がした。

 

「王の剣」で魔法のエキスパートなんて名乗っているが、悪いが僕の頭のできはそんなに良くないのだ。男の言っている意味はさっぱり分からない。全ては……なんだって?

 

「あーつまりだ……その王家から力を引き出すんじゃなくて、もっと大本から力を引き出せってことだ」

 

 毒気を抜かれた様子の男がそう言ってくる。

 大本? 大本ということはつまり……。

 

「クリスタルか?」

「違う、もっと根源的な場所からだ。よく考えろ、おまえたちが使う魔法は元々『どこ』から来て、『誰の』ものだったんだ?」

 

 どこから? そういえば、一体どこから王家は魔法の力を授かったんだ? 六神か? クリスタルか? 訓練や教育では、魔法の力は王家に宿ったとしか教えられていない。

 

 魔法の力がどこからきて、誰のものだったのか僕は知らなかった。

 

「……星よ」

 

 回答に窮している僕の代わりに、彼女がボソッと答えた。

 期待していた通りの答えだったのか、男はフードから見える口元に笑みを浮かべ、「ご名答」と唇を動かした。

 

「星? 星って……あの星か? あの夜空に浮かんでいる、あの星?」

「いいえ、正確にはこの星、私たちの星『イオス』のことよ」

「……わけが分からないよ」

 

 彼等の話は、ちょっとどころではなく、僕にはついて行けない話だった。

 

 要するに星って、()()星だ。僕が今いるこの星ってことだ。『イオス』って名前のこの惑星のことなのだろう。まるでちんぷんかんぷんだ。星から力を引き出すって、意味わかんない。

 

 確かに属性魔法は自然現象──つまり星由来の力を具現化した魔法だが、それとこれとは話は別のはずだ。もう、どうでもいいからさっさと理解している風な彼女に解説をお願いしたい気分である。

 

「馬鹿馬鹿しいわ。そんなの、できっこない」

 

 彼女がそう呟いた。呆れて物も言えないといった様子だ。僕は理解できなくて何も言えない状態だ。

 

「それを決めるのはあんたじゃない、おまえだ」

 

 男がすっと腕を伸ばし、僕を指差してくる。

 

 僕は……僕は、どうすれば良いのだろうか。

 理屈や常識ではできないと、馬鹿な僕でも理解はしている。だが、男の言葉と迫力に圧倒されたのも、また事実だった。

 得体の知れない説得力が、この男には存在している。

 

「さぁ、どうする?」

 

 男がさらにそう問いかけてくる。それは悪魔の囁きか、あるいは神のお告げか。

 理解できないと、わけが分からないと駄々をこねても、何の解決にもなりはしないだろう。それは数多くの実戦で学んだことの一つだった。

 

 より深い理解や納得よりも、今は優先すべきことがあるのは明白だ。そんなことは後からでもできる。

 

「……分かった、やってみよう」

 

 大抵の場合、理解できないからと、納得できないからと立ち止まるヤツから死んでいくのだ。

 世の中、成るように成るし、成らないなら成らない。分からないなら分からないなりに、頭よりまず身体を動かせ、だ!

 

 そう自分に言い聞かせ、魔法行使を試みる。男の教えたやり方で、彼女が否定したやり方で……。

 

 集中する。

 僕の意識を。そして、僕の意志を。

 

 想像する。

 力を求める場所はこれまでとは違う。王家からではなく、もっと根源的で潜在的な場所から。僕たちの星、大いなる星──イオス──から。

 

 力が集まってくる。

 

「まぁ、理屈が分かったところで──」

 

 そして顕現する。

 奇跡の力を、幻想の力を、魔法の力を!

 

「できるようになるとは限らないがな」

 

 そして、見事に魔法は失敗した。

 

 

 

 *

 

 

 

「……やっぱり、失敗ね。分かっていたことだわ」

 

 だから言ったじゃないかといった感じで、しかし、若干残念そうに彼女が言った。

 そう、失敗だ。魔法の発動は失敗だった。だが、これは……。

 

 僕は自分の手のひらを見つめ、それから男の方を見た。

 

 魔法は失敗した。

 失敗したが、何とも言えない不思議な手応えがあった。あの時、初めて魔法の力に触れた時とはまた違う、不思議な感覚が……。

 

「その感覚を、良く覚えておくといい」

 

 男の言葉からは少しだけ、棘が抜けていた。

 そう感じたのは多少なりとも男のことを認めたからかもしれない。イカれ野郎の野蛮人だと思って本当に申し訳ない。

 

 手を握りしめ、先ほどの感触を心に刻む。

 手応えは、確かにあった。これを発展させていけば、もしかしたら……。

 

 満足そうな男と不満そうな彼女の様子を見て、ふと思う。

 有り得ない話ではあるが、僕はこれまで大きな勘違いをしていたのかも知れない。

 

 僕が特別な力だと思っていたものは、別に選ばれた者だけが使える特別な力ではなく、知識と経験さえ積めば、誰でも使える普遍的なものだったのかも知れない。

 

 もちろん、確証なんて無いし、証明できるとも思えない。

 だが、たった一回、たった一回だけの挑戦でそう信じてもいいかもしれないと思えるほどの感覚と、不思議な魅力を男からは感じた。

 

 とは言え今はもしもの話に括っている場合ではないだろう。僕たちには差し迫った問題があるのだ。

 具体的に言うとここは敵地で、僕たちは明日も知らない囚人だってことだ。

 

「彼の魔法が使えないのであれば仕方ないわ、もっと別の()()()な方法を考えましょう。幸いここには三人いるわ。三人寄ればラムウの知恵、よ」

 

 彼女の言う通り、現状できないのであれば、次の策を考えるべきだろう。

 

「悪いが俺はパスだ。さっきも言ったが、別に今すぐここを出たいという訳じゃないんでね」

 

 早速、三人が二人になった。

 三人じゃなくて二人寄る場合は、どんな風に言えばいいのだろうか? 『ラム』か『ムウ』だろうか? 個人的には『ラム』の方が女の子っぽくて良い感じだ。もしくは酒か。

 

「ええ、構わないわ。さっきみたいな戯れ言を言われても()()()じゃないもの。あなたは、ここから出たくないのだものね」

 

 よっぽどさっきの男の解説に納得がいかなかったのか、彼女が少し苛立った様子で嫌みったらしく言ってくる。

 

 もしかしたら、王家の魔法に関して何か強い思い入れがあるもかもしれない。僕でさえも最初はムッときていたのだから、魔法に明るい彼女なら尚のことだったのだろう。

 

「戯れ言、ね」

 

 そう言うと再び男は黙り込み、まるで何かを待つように鉄格子を見つめ直した。

 それにしても、頑なにここから出たがらない理由とはなんなのだろうか? 非常に気になるが、そんなことを気にするよりも大きな問題が一つあった。

 

「じゃあ、何か良いアイディアはないかしら?」

 

 それは果たしてこの僕に、彼女の言う()()()な意見など出せるのだろうかということだ。 

 戦い漬けで、まともな教育と言えば初等教育以外では部隊での訓練しか受けたことしかないこの僕に……。

 

「こう、壁に穴を開けてトンネルを掘るとかは?」

 

 試しに思い付いたアイディアを言ってみる。

 

「ここから出るよりも、先に戦争が終わってしまいそう。それまで命があると良いわね」

 

 昔、映画で見たワンシーンを参考にしたのだが、あまり良い意見とは言えなかったようだ。

 まあ、その映画でもトンネルを掘るのに何十年もかかっていたから、気持ちは分からないでもない。

 

 ここがただの捕虜収容所なら良かっただろうが、どうせまともな施設ではないだろう。何十年という長い間、命が無事であるとは思えない。

 

「じゃあ、こうテコの原理を利用して……」

「ダメね、扉も鉄格子もガッチリと固定されているわ」

「そもそも道具もないしね」

 

 昔の海賊とか盗賊とかを閉じ込めておくような古い牢獄だったら話は別だっただろうが、生憎、ここは実に近代的な牢獄だ。そんなやわな構造はしていないだろう。言うまでもなく却下である。

 

 なんだか尻に伝わる床の感触が、やけに冷たい。 

 

 バツが悪くなり視線を逸らすと、視界の端で、男が耳に手を当てて何かブツブツと呟いているのが見えた。何をしているんだろう? こんな時に。

 

 少し……いや、非常に気になったが、そっちばかりに気を取られていると後が恐い予感がむんむんとしたので、彼女との議論を最優先に進めることにする。

 

「人質をとるのは?」

「魔導兵ばかりなのに? 武器も無いし無茶だわ……あなたの仲間が救出に来てくれたりしないかしら?」

 

 残念なことに、今回のようなケースの場合は「王の剣」では殉職扱いだ。

 やたらと手早く手続きが行われるが、魔法使用不可な敵地に連れ去られるのだから無理もないだろう。当たり前のことだが、映画のように救出作戦が組まれることは滅多にない。

 

「厳しいだろうね。君の方のレジスタンスは?」

「望み薄ね……」

「そうか……」

 

 こうして。

 

「じゃあ──」

 

 建設的な議論が。

 

「だったら──」

 

 続けられた。

 

「それなら──」

 

 二人だけの会議は踊りに踊ったが、ちっとも前に進みはしなかったと思う。ただひたすらその場で足踏みしているだけであった。

 

()()()()議論はすんだか?」

 

 碌なアイディアが出ないまま困窮していると、男がそう聞いてきた。

 その言葉に、彼女がムッとした表情をする。かなり露骨な反応だ。そんなに嫌いかこの男が。

 

「ええ、()()()()話し合って、意見がもう14個も出たわ!」

 

 反骨精神まる出しで彼女がそう言い返す。確かに建設的に議論はできていた気はするが、建設的な意見が出たとは言い難い。

 

 しかし、我ながら良くもそんなにアイディアが出たものだ。

 もっとも、最後の方は投げやりで適当な意見しか出てこなかったので、数に数えてもいいのかは甚だ疑問だ。別に最初から適当だった気がするが、きっと気のせいだろう。

 

「なぁ、あんたは……何か意見はあったりしないか?」

 

 かなり彼女が嫌そうな顔をしたが、正直言って、袋小路に追い込まれているのは事実だった。

 状況を打開するのに、変なプライドや拘りは捨て去るべきだろう。それに、この男なら何か()()()()意見を出してくれそうだ。少なくとも、今の僕たちよりかはマシだろう。

 

 僕の要望に男が応えないとは思わなかった。

 何となくだが、この男は求めれば応えてくれる、そんな人間な気がした。そして期待通り、男は少し思案してから、ゆっくりと口を開いた。

 

「……おまえは、武器は何が使える?」

 

 僕を指さして、まるで関係のなさそうな事を問うてくる。

 何の意味が、と今にも言いそうな彼女を制して素早く答える。

 

「双剣だ」

 

 慣れ親しんだ武器の名を言う。

 

「あんたは? 武器は使えるのか?」

 

 今度は彼女の方を向いて男が聞く。

 

「……使えるわ……レイピアよ」

 

 渋々といった感じで彼女が答えた。

 

「そうか……じゃあ、アイディアその15だ」

 

 そう言うと男は立ち上がり、鉄格子の方へ向かって歩き始めた。

 堂々とした足取りで、一歩一歩地面を踏みしめながら……。

 

 途中、男が僕に向かって何かを投げてきた。

 

「これはッ!?」

「えッ!?」

 

 二人して驚愕の声を上げる。

 

 それは、動物をモチーフにしたと思われる双剣だった。

 金色に輝く刀身はやや短く、柄の先端には……これは狐だろうか? 妖しくて怪しい雰囲気の狐の頭部が飾られていた。

 

 武器にしては随分とユニークで派手な造型だ。一体、何処に隠し持っていたというのか。

 

 彼女の方を見ると、同じ様に武器を渡されていた。

 彼女のは黄色の刀身が印象的な細剣だ。チョコボを模した意匠がなかなかに可愛らしい。

 

 それにしても、どちらの武器も動物を模しているのは男の趣味なのだろうか?

 

 唖然としたまま再び男の方に向き直ると、さらに驚きの光景が広がっていた。

 

 薄汚いローブはいつの間にか消滅し、代わり野性的な漆黒の鎧を男が身に纏っていたのだ。更にその右腕には、身の丈ほどもありそうな巨大な戦斧が握られている。

 

「これって、まさか、武器召喚!? でも、そんな、だって……」

 

 目を見開き、震える声で彼女が呟いた。

 その表情はまるで、この世ならざる者でも見たかのようだ。こんなことあり得ない、あってはならないと、言外に訴えているようであった。

 

 彼女の反応はもっともだ。「武器召喚」はルシス王家の人間しか使えない特殊能力。間違っても、こんな牢獄にいる浮浪者のような男が使えていい能力ではないのだ。

 

 しかし、現に男は使えてしまっている。それが問題であった。

 全身を黒で統一したその鎧姿といい、その能力といい、もしかしたらこの男は……。

 

 僕たちの衝撃などお構いなしに、男は流れるように次の行動に移っていく。

 男は血糊のついた戦斧を大きく後方に引き、強く構えると、一瞬あってから、竜巻でも出現しそうな勢いで思いっきり力任せに斧をぶん回した。

 

 鋼鉄の旋風とでも形容できそうなとてつもない轟音と共に、鉄のひしゃげた音が響く。

 一瞬で僕たちを飛び込めていた鉄の柵は見るも無惨な形状となり、もはや鉄格子としての意味を成さない物体に成り下がっていた。

 

 男が僕たちの方に向き直る。

 

 フードの奥に隠れていた男の顔が見えた。青い瞳と茶色い短髪で、勇ましい顔立ちの男だった。

 威風堂々としたその姿は、まるで昔話の絵本から飛び出してきた英雄のようだ。

 

「アイディアその15。()()()()()()()()()()……反対する者は?」 

 

 そんな奴、この場所にはいやしなかった。

 

 

 

 

 




 自称冒険者の漆黒の斧戦士……一体なにバート君なんだ。


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第三話

 男の鼓膜を独特な着信音が振るわした。リンクシェルの着信音だ。この音にあまり良い思い出はないが、今回ばかりはそうではないはずだ。

 

 これに連絡できるのは一人しかいない。どうやらようやく、“その時”が来たようだ。

 

『しばらく見ないうちに、随分と賑やかになっていますね。お友達ですか?』

 

 憎たらしい少年の声に電子音が混じったような奇妙な声が聞こえた。もう随分と聞き慣れたが、紛うことなき男の相棒の声である。

 

 しかし、待ちに待った連絡の第一声がこんなものでは、正直気が抜けるというものだ。

 

「……ルームメイトだ」

 

 努めて冷静にそう通信に答える。

 初めて会った時は大人しく礼儀正しい奴だと思っていたが、何時の間にこんな馴れ馴れしく生意気な奴になったのか。

 

 元々そう言った気質だったのか、色々あって吹っ切れたのか、もしくはただ単に舐められているだけなのか。どちらにせよ、前の世界でこいつの相手をしていた“ヤツ”はさぞかし苦労したことだろう。

 

「随分と遅かったな、首尾はどうだ?」

 

 気を取り直して、男は通信相手に聞いた。

 

『上々です。システムに侵入するのに少し手間取りましたが、問題ありません。現在、データーのダウンロードとデリート中です。セキュリティーの掌握は既に完了済み。あなたの事もここからよく見えていますよ。何時でも行けます』 

 

 それはなりよりな朗報だ。こんな薄暗い牢獄にぶち込まれた甲斐があったというものである。

 

「なら、さっさとここから出るぞ」

 

 当然であるが、男は好き好んでここに閉じ込められている訳ではない。やるべきことをやるために、ここにいるのだ。いくら高級ホテルと相違ないと言っても、牢獄は牢獄だ。いつまでも長居したい場所では無かった。

 準備が整ったというのであれば、さっさとこんな辛気臭い場所からおさらばするべきだ。

 

『“例の場所”は地下4階です。詳細は……これでよし! 今、あなたの地図にアップロードしました。確認してみて下さい』

「了解……確認した。()()()大した問題はなさそうだな」

 

 更新された地図を確認しながら男は答える。その顔には余裕の笑みが浮かんでいた。

 

『帝国の施設は何処に行ってもセキュリティーがガバガバですからね。どんなに革新的なシステムでも、そればかりに頼るのは柔軟性に欠けるといういい例です』

 

 通信先の人物がそう高閲を述べるが、帝国のセキュリティーシステムはむしろ盤石であり、脆弱などでは勿論なかった。今回のケースの方が特例中の特例であるのだ。言ってしまえば「相手が悪い」のである。

 

「お前が“ソレ”に憑依したのは運が良かったな」

『そのせいで一度、あなたに殺されかけましたけどね』

 

 そんな皮肉を通信相手が言ってくる。

 誤解であったとはいえ、その見た目のせいで出会い頭に戦闘となり、手違いで殺されそうになったのだから、その言葉もやむなしであろう。

 

 しかしながら、結果的には幸運であったのは確かであった。その肉体が無ければ、ここまで簡単にことを進めることは叶わなかったはずだ。

 

『しかし、相変わらずトラブルが絶えないお人ですね。彼らも運が良いんだか、悪いんだか……』

「うるさい、お前も似たようなものだろう」

 

 呆れた物言いの通信相手に対し、男はそう反論した。別に好きでこんなトラブル体質になった訳ではない。それに、境遇的に言えば、通信相手も大した違いはないはずだ。

 

『いえ、僕はあなたほどお人好しではなかったですよ。まあ、その結果どうなったかは、お察しなんですがね……で、どうするんですか?』

「……ここから出す」

 

 苦虫を噛みつぶしたような渋い表情で、男は言った。

 その口調から不本意であるというのがありありと見て取れるが、内心のところどうであるのかは分からなかった。

 

 どちらにせよ、男がここを出ると言うのであれば、必然的に彼らの脱出に手を貸すことになる。まさか、わざわざ別の部屋に彼らをぶち込む訳にもいくまいし、嫌でもそうなるだろう。

 

『ほら、実にお人好しです』 

 

 きっと通信先の人物は、今頃「思っていた通り」と微笑んでいることだろう。

 

「言っておくが……」

『はいはい、この出会いにも何か意味があるのかも知れませんからね。僕たちにとってそれは、重要な事ですし、流石にこのまま見捨てる訳にもいきません』

「……そう言うことだ」

 

 男はチラリと目線を動かし、先ほどからとてもじゃないが建設的とは思えない議論に華を咲かせている男女の方を見た。

 

 運命や宿命なんてものは信じてはいないが、こうして現れた彼らには何かあるのかもしれない。根拠なんてものは無いただの直感であるが、今までそういった直感に何度も助けられてきたのだ。

 

 今回も、その()()に従うべきであろう。

 

「だが、手を貸すのは最初だけだ」

『あとは彼ら次第……ということですね。まあ、強要するものでも無いですし、何よりも大切なのは、彼らの『意志』ですから……』

 

 男たちにとって、その言葉はとても重要な意味を持っていた。

 誰かに強要され、決定づけられ、宿命づけられるのではなく。大事なのは、自分自身の『意志』で行動できるかどうかなのだ。結果的にそれが運命であったと言われようとも、だ。

 

「兎に角、一度ここを出るぞ。あとは打ち合わせ通りだ。コイツらは……おまえに任せた」

 

 面倒ごとは丸投げして男はそう言った。年代的にも近いはずだし問題ないはずだ。まあ、見た目的には問題はあるかもしれないが。

 

『えぇ!? そんな!?』

 

 通信器から抗議の声が聞こえたが、それが最良の選択でもあった。男と共に行動すると、必然的に“アレ”を見ることになってしまう。

 

「じゃあ、コイツらに“アレ”を見せるのか?」

 

 躊躇わず男が言い返す。

 

『それは……』

 

 言い淀む通信主。まだ何も知らない彼らに、いきなり“アレ”を見せるのは確かに早計であると言えた。彼らにはそれ程の知識も覚悟もないのだから。

 

『……分かりました、任せて下さい』

 

 渋々といった調子で通信相手が答えた。とはいえ面倒見が良い通信主のことだ、本心から嫌がっているということではないだろう。だからこそ、男も彼らを任せようとしているのだ。

 

「あぁ、任せたぞ」

 

 そう言って男は通信を終えた。

 

 さぁ、ここからは男の仕事だ。

 己の中に眠る原初の魂が震えるのを感じる。戦いの始まりを予感し、精神が高揚していく。

 燃え上がる魂の鼓動を完璧に制御しながら、男は未だに議論の決着が見えない男女をうかがった。

 

「そうだ! 君が服を脱いで敵を誘惑するってのはどうだ?」

「馬鹿言わないでよ!!」

 

 馬鹿な議論に花を咲かせているその二人に、男は何処か懐かしさを感じた。

 男がまだ駆け出しであったころ、出会ったばかりの“アイツ”とあんな風に馬鹿みたいな話をした気がする。

 

 あの時はまるで世間のことなど知らない若造だったが、気付けばこうして世界の命運を賭けて戦う戦士となっていたのだ。もしかしたら、この二人も……。

 

 とにかく、ここから出ない限り、話は始まらないだろう。暗い闇の中から、眩しい光へと飛び立つのだ。

 新たな冒険が始まる予感をひしひしと感じ、笑みを浮かべると、男は彼らに向かって声をかけた。

 

「建設的な議論はすんだのか?」

 

 

 

 *

 

 

 

 牢獄から外に出ると、辺りはシンと静まり返っていた。

 あれだけの轟音が鳴り、牢が破られ、囚人が逃亡したにも関わらずに、だ。

 

 異変を察知した魔導兵や帝国兵が様子を見に来るどころか、警報すら鳴り響かない。不気味なまでに静寂に包まれていた。

 明らかに異常事態であるが、僕たちにとってそれは好都合以外の何物でもなかった。

 

「あんたが何かしたのか?」

 

 つい、僕は疑問を溢す。

 

「さて、どうだろうな」

 

 目ざとく聞き取った男がそう答えるが、僕はこの男が原因であると半ば確信していた。

 一体どんな魔法(マジック)を使ったのか知らないが、これまでに起きた不思議な出来事は、全てこの男に起因している。今回もおそらくそういうことなのだろう。底知れぬ印象を男から感じる。

 

「聞きたいことは色々あるけれど、ともかくここから逃げましょう。何時までもこのまま、という訳にはいかないでしょうから」

 

 困惑する僕に、彼女がそう急かしてくる。彼女こそ聞きたいことが山ほどありそうだが、それを押し殺しての発言であろう。

 確かに悠長にしている暇はない。依然として敵地にいることには変わりはないのだ。

 

 だが、何処に逃げればいいというのだろうか。僕たちはこの施設の構造を良く把握していない。飛空艇からここに至るまでの道順は覚えているが、まさかあそこに逃げ込む訳にもいかないだろう。

 

 それは彼女も同じのようで、逃げようと言ったはいいが足は動かない様子だ。

 

「ここは地下一階だ。この場所から向こうに真っ直ぐ移動して階段を一つ上に行けば、駐車場に出る」

 

 男がそう言うと、僕たちから向かって右側の通路の先を指さした。僅かな照明に照らされた通路の最奥に、微かに階段が見える。

 男が続ける。

 

「車のロックは全て外れているはずだ。おまえたちは好きなのを選んで脱出しろ。車の運転は……できるな?」

 

 そこまでは面倒見切れないぞとでも言いたいように、男が僕に向かって言ってきた。彼女の方に言わなかったのは雰囲気的に僕の方が運転できそうであったからか、違う理由からか。確かに車両の運転は出来るが、何から何まで用意周到すぎて、逆に恐ろしくなってくる。

 

 男の質問に、僕は「ああ」としか呟くことができなかった。

 

「ちょっと、じゃあ、あなたはどうするの?」

 

 彼女が慌てた様子で質問する。そうだ、男の口ぶりはまるで「僕たちだけで脱出しろ」と言っているようなものだ。これほどまでに完璧に準備をしてて、牢獄を破壊しただけでハイ、さようならとはいかないのだろう。何か目的があるに違いない。

 

「悪いが別行動だ。()()なヤツに、()()な仕事を頼まれていてね。やるべき事がある。おまえたちには()()()なことだ」

 

 突き放すように冷たい口調で男が言う。

 実際、突き放しているのだろう。あの頑丈な鉄格子を一撃で破壊するような男が、これ程までに準備を重ねてまで実行する『仕事』だ。きっと並大抵のものじゃないだろう。

 

 無関係な僕たちはさっさと退くべきなのかもしれない。

 

「助けられた上に、武器を与えられて、その上このままおめおめと逃げ出せですって? 私はそんなに恩知らずな女じゃない!! 手伝うわ!!」

 

 しかし、どうやら彼女は違う意見だったらしい。

 断固たる決意で堂々と啖呵を切ってみせる。とはいえ、これまでのことを考えると明らかに僕たちでは……。

 

「おまえたち程度じゃ足手纏いだ、って言っているのが分からないのか?」

 

 心底迷惑そうな様子で男が言う。

 

 そう、明らかに僕たちは足手纏いだ。魔法も使えない、戦闘で役に立つかも分からない僕たちがついて行っても、正直邪魔になるだけだろう。そんなこと彼女も百も承知のはずだ。

 しかし、それを分かっていながらも彼女は言い返そうと一歩踏み出す。

 

「止めておけ。生半可な覚悟と実力じゃ死ぬだけだ。牢から出した。武器も与えた。これ以上、あんたの欺瞞や信条に付き合う義理はないね、()()()

「お姫様ってッ!!」

 

 お姫様という言葉に、過剰に反応を示す彼女。感情にながされるまま、電光石火の如く彼女が動いた。 

 手に持つレイピアが閃光の様に煌めく。一瞬で距離をつめ、男の喉元に剣先を突き立てる。

 

「言わないでちょうだいッッッ!!」

 

 激昂し、そう叫ぶ彼女。荒々しく呼吸を乱している。明らかに興奮していた。

 反対に男の方は全くもって余裕そうだ。レイピアの切っ先を突き立てられているのにも関わらずに、だ。

 

「生半可な覚悟なんかじゃない!! 実力は伴ってないかもしれないけれど、何もしないでいるのは、もう嫌なの!!」

 

 必死の形相で言うそれは、男に向けられた言葉ではなく、ここにはいない他の誰かに向けられた言葉の様に感じた。

 まるで男を通して、自分自身の思いをその人に訴えるかのように。

 

「中途半端な覚悟じゃ死ぬだけだぞ?」

「分かっているわ」

「『分かっている』なんて言葉、気安く言うな。あんたがここから進もうとしている道は、あんたが想像している以上に過酷な道だ。進むからには後悔も、途中下車もできないぞ?」

 

 念を押して男が問いかける。

 

「上等よ」

 

 売り言葉に買い言葉で彼女がそう答えた。

 決意の籠もったアメジストの瞳と、鋭く睨み返すブルーの瞳が交差する。

 

「……なら好きにしろ」

「ええ、好きにするわ」

 

 そう言って男がやれやれといった表情をすると、彼女は笑みを浮かべレイピアを引いた。

 彼女の意志に、男が根負けした形だ。

 

「それで、おまえの方はどうするんだ?」

 

 今度は僕に向かって男が聞いてきた。彼女を説得する時に比べ棘がないのは、気のせいだろうか?

 

 この雰囲気の中で「やっぱ帰ります」と言うのは中々に胆力ある人間だろう。生憎であるが僕にそこまでの胆力はない。

 それに正直なところ、男の企みに興味があったのも本音である。

 

 非力っぽい彼女を護衛するために脱出することを優先に考えていたが、どうやらその必要も無さそうだし、このまま逃げ出す理由は一つもない。

 

「僕も──」

「言っておくが」

 

 返事をしようとした矢先、男が言葉を重ねて言ってくる。

 

「変な責任感なんか感じるなよ? 生半可な気持ちなら、止めておけ」

 

 男の言葉が頭の中で反芻する。

 これは僕にとって人生の岐路になるかもしれない選択だ。不思議とそう確信できた。

 

 このまま逃げ出した先に何があるだろうか? 

 「王の剣」の仲間はきっともう僕を諦めているだろう。帝国領内で王国民が生き残る可能性は限りなく低い。待っているのは「死」だけだ。

 

 反対に、男と共に突き進んだらどうなるのだろうか?

 それは全く分からない。正に「未知」の世界だ。それはまるで子供の頃、友人たちと線路沿いを探検したあの時のような感覚だった。なんだか、胸が高鳴ってくる気持ちだ。

 

 「未知」か「死」か、選ぶべき道はどちらだろう。

 

「『途中下車はできない』だろ? 分かっている。乗り掛かった船だ。この際、僕も最後までとことん付き合うよ」

 

 きっと答えなんて最初から決まっていたのだ。何もかも失った先で唯一、何かを与えてくれたのはこの男だけだったのだから。

 まあ、狐型の双剣ってのがちょっとアレだが。彼女と同様に恩を仇で返すわけにはいかない。

 

「……後悔はするなよ」

 

 嬉しいような悲しいような呆れたような、そんな複雑な表情を浮かべ男が言う。

 絶対に後悔なんかしないなんてことは断言できないが、少なくとも、今の僕にはその言葉は無用だった。

 

 

 

 *

 

 

 

 

 まるで無人の如く静まり返る研究所内を走り抜けていると、リンクシェルに通信があった。

 

『結局、こうなりましたか。こうなってしまえば計画は変更せざるを得ませんね』

「あぁ、そうだな」 

 

 後方で疾走する男女をチラリと見ると、男は再び前を向いた。

 

『しかし、本当に良かったんですか? 無関係な人間を巻き込んだことになりますが』

「こいつらが自分の意志で選んだ選択だ。良いも悪いもないだろうさ」

『『大事なのは光か闇かじゃない、自分自身の意志だ』でしたっけ? 確かにその通りですが、過酷ですね』

 

 きっとこの先、彼らは想像を絶する困難に遭遇することだろう。後悔も困惑もするだろう。もしかしたら志半ばにして力尽きるかもしれない。自身の意志だからと済ませるにはあまりにも過酷であった。

 

「だがどっちみち、あの程度の覚悟も示せないようじゃ、この先、野垂れ死ぬだけのことだ」

『しかし、あの程度の覚悟だけで普通、世界を救う大仕事に巻き込みますか?』

 

 少し責めるような口ぶりで通信主が言う。

 根は優しく大人しい性格の通信主らしい意見だった。あの程度の覚悟を示したからといって、世界を救う重荷を背負わせて良いのかということだろう。

 

「むしろ、多少なりとも選択肢があっただけマシだ。俺もおまえも碌な選択肢なんて無かっただろう?」

『それは、そうですが……』

「それに、世界を救うのに、()()()()()()()さえあれば十分だ」

 

 それこそが男の持論であった。

 

 辺境の山村出身の男でさえも、その程度の覚悟で紛いなりにも世界を救ってみせた。

 その切っ掛けは実に些細な出来事ばかりで小さな因縁だったが、それが積み重なって巡り巡っていくうちに大きな因果となり、世界を救う偉業へと成就していった。

 結局のところ、最初なんてそんな些細で小さな出来事から始まるのだ。

 

 もっとも、救い過ぎても問題があるとは、その時は到底思いもしていなかったが。

 

『見知らぬ誰かに手を貸すのが世界を救う始まり……そのことにもう少し早く気付いていれば、僕の世界も多少はマシになっていたのかもしれませんね』

 

 ぼそぼそと通信主が呟く。その声色は暗く沈んでいた。

 

「俺もおまえも、決して正しかったとは言えない。むしろ間違っていた側の人間だ。だが、だからこそ──」

『えぇ、僕たちの世界のような過ちは、もう二度と起こすわけにはいかないですからね』

 

 これまでにない決意を籠めて、通信主は言った。

 この、どこか故郷に似た雰囲気のある世界を見捨てるわけにはいかないのだ。

 

 彼らにとってこの戦いは、言わば贖罪の戦いでもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 念願だった公式FF14小説を手に入れたぞーっ!!


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第四話

 死んだように沈黙する施設内を、男の先導に従い移動すると、エレベーターへと辿り着いた。業務用の巨大なエレベーターだ。

 

 待ち構えていたかのように停止していたエレベーターに素早く乗り込むと。男が手早くスイッチを押した。押したのは一番下のスイッチだ。

 

 扉が閉まり、エレベーターが動き出す。

 ゴウゴウと音を立てて下へと進む間、僕は男に質問をした

 

「どこに向かっているんだ?」

 

 当たり前の疑問で、当たり前の質問だ。あれだけ脅された上で行くところだ。どんな場所であるのか知っておきたかった。

 隠すことでもないのか、男はすんなり答える。

 

「兵器の製造所だ」

「兵器? じゃあ、魔導兵の製造工場なのかここは?」

「いや、魔導兵のじゃない」

 

 エレベーターが止まり、扉が開く。

 薄暗い一本の通路が先にあり、怪しい機械やチューブがそこらかしこに置かれている。照明は赤暗い電灯が僅かに灯っているだけで、まるで怪しい実験室に迷い込んだかのようだ。兵器の製造所だとはとても思えない。

 

「ここは、表向きは『第四魔導研究所』と呼ばれていて、古代文明が残した「魔導」という技術を研究しているってことになっている」

 

 男が率先して先に進んでいく。暗闇の中だというのにその歩調は淀みなく、躊躇がなかった。通路を歩くカンカンという音と男の声以外には機械の起動音しか聞こえない。

 

 不気味な雰囲気が辺りに蔓延していた。敵の気配は無いと言うのに、自然と警戒態勢をとってしまう。武器を構え、辺りを伺い、慎重に前へと進む。彼女の方も緊張した面持ちで歩を進めていた。

 唯一平然としているのは男だけだ。

 

「だが、実態はまるで別物だ」

 

 相変わらず異様な雰囲気の通路が続き、幾つかの扉を抜けると大きな広間に出た。どうやらここが目的地のようだ。

 男は広間の入り口手前で一度立ち止まると、僕たちの方を振り返り言ってきた。

 

「もし、引き返すなら今のうちだ。ここから先はもう後戻りはできないぞ」

 

 真剣な眼差しで男が問いかけてくる。

 

 彼女は緊張のせいか強ばった表情をしていた。僕の方もきっと同じような顔をしていることだろう。これでも幾つのかの修羅場はくぐり抜けてきた。男に比べればまだまだだろうが、そんじょそこらの兵士とは一線を画す実力と経験を持っているつもりだ。

 

 そういった兵士だけが持つ特有の直感が静かに告げていた。ここは危険だ今すぐ逃げ出せ、と。

 だが、ついさっき男に宣言した通り、僕はそれなりの覚悟をもってここに来たのだ。今更おめおめと逃げ出す訳にはいかない。

 

 彼女と一緒に無言で顔を縦に振る。

 それを了承の意と受け取ったのか、男は再び背を向け、前へと進んでいった。

 

 正直言って、この時はまだ、迷っていたというのが本音だった。状況に流されていなかったのかと言えば嘘になる。僕たちは男が言っていたことを本当の意味で理解していなかったのだ。この研究所の地下で、一体何が行われているのかを。そして、この男が“なに”と戦おうとしているのかを。

 

「なに……これ」

 

 そう溢したのは、最後尾にいた彼女だった。口には出さなかったが、僕も同じことを思っていた。

 

 広間の中は常軌を逸した空間だった。

 広間には大きな試験管が幾つも並べられていて、小さいものでも人間の子供くらい、大きいものではベヒーモスでも入りそうなくらい巨大なものがあった。

 

 身体が震える。酷い吐き気がしてきて、世界がグルグルと回っていく。

 確かにここは兵器の製造所だ。銃や大砲といった武器でもなく。魔導兵や魔導アーマーといった兵器でもなく。狂気と凶気の詰まった異形の兵器の製造所だった。

 

「『第四魔導研究所』なんて呼ばれているが、実態は研究所なんかじゃない。製造所だ。帝国の新兵器の、な」

 

 試験管の中身は発光していたが、目をこらせば中身は簡単に見ることができた。

 その中身は。その中身は……。

 

 シガイだった。 

 

 シガイと……人間だった。

 シガイのような人間と、人間のようなシガイが試験管の中に収められていた。

 そこはまるで地獄だった。いや、地獄すら生ぬるい光景がそこにはあった。

 

「ここは、帝国の新兵器……妖異の、シガイの製造所だ」

 

 男のやけに冷静な言葉が、遠くの彼方から聞こえた気がした。

 

 

 

 *

 

 

 

 目の前にある現実が受け入れられない。信じられない、信じたくない。

 理解不能な光景を目にすると、人間の脳は拒絶反応を起こすと言うが、これはそれに近い感覚だった。

 

 想像を絶する光景に僕は息をすることすらも忘れていた。

 なんだこれは。どうして、人間がシガイになっているんだ。

 

「何なの、これ……」

 

 茫然自失といった表情で彼女が口を零した。

 

「見ての通りだ……シガイを作っているんだ」

「違う! 私が言いたいのは……」

 

 彼女がその先を言うことはなかった。きっと“それ”を口にしてしまえば、現実のものとして受け入れなくてはならないと無意識に感じ取ったのだろう。

 

「どうして人間がシガイになっているのか、か?」

 

 彼女に代わり、男が坦々と言葉を紡ぐ。そのおぞましい言葉を口にするもの、まるで気にしてはいないといった口振りだ。

 

「ッッ!! あなたはどうしてッ!?」

 

 地獄絵図とも言える光景を目の当たりにして、平然としている男に対し、つい彼女が憤る。

 それはまるで筋違いな反応だったが、無理もなかったのかもしれない。あまりのことで彼女も混乱しているのだろうし、何より、男の冷静さまるで人でなしのそれだ。

 

 男の言葉からは生命への尊厳もへったくれもないように思えた。

 

「もっと最低で最悪な光景を何度も見てきたんでね。もう、この程度じゃ驚きもしないさ」

 

 これ以上の光景なんて冗談じゃない。どんな外道を行えばこんな悪夢の様な所業ができるのだろうか。

 狂っているとかイカれているか、そんな生易しい言葉では形容することができない最低の仕業がここに存在していた。

 

「シガイは元々、人間だったのか?」

 

 吐き出した声が震えていたのは自覚していた。僕にとってその質問は重要な意味を持っていたからだ。僕は「王の剣」だ。帝国が仕掛けてきたシガイを何匹も倒したことがある。もしかしたら、その中に……。

 

 冷徹な表情のまま男が答える。

 

「必ずしも元が人間であるとは限らない。モンスターが変化したものや、何かの物や死体に憑依したもの、自然発生的に出現したもの、シガイのタイプは様々だ。だが、どれも共通して言えることは、ヤツらは闇の存在であり、一度なったらもう二度と元には戻すことはできないということだ」

 

 気休めにしかならない回答が帰ってきた。別に今更、殺人に対して何か思うことがあるわけじゃない。シガイのみならず、帝国の将兵を何人も手に掛けてきた身だ。身の潔白を気にする立場ではない。でも……。

 

「私たちがここに連れてこられたのは」

「こいつらの材料にするためだ。帝国はあんたたちみたいな、魔力の強い人間を集めてはこうやってシガイに変えているんだ」

 

 流石に思うところがあったのか、冷静だった顔を崩し険しい表情を浮かべ男が言う。

 

 そう、こうして人間をシガイに変えていたのであれば、これまで未帰還として殉職扱いされてきた仲間たちを手に掛けていたかもしれないということだ。知らなかったとはいえ敵を手に掛けるのと、味方を手に掛けるのとではその意味は大きく違ってくる。

 

「一体何が目的で、こんな惨いことを」

 

 帝国の国力は圧倒的だ。

 別にシガイなんか使わなくても、世界の覇権は握れただろう。

 

 僕はずっと帝国は自然発生したシガイを手懐け、使役していたのだと思っていた。

 でもそうじゃなかった。帝国は人為的にシガイを製造し、兵器として運用していたのだ。

 

 魔導兵だけでも十分であっただろうに、帝国はシガイ製造に手を出した。こんな凄惨な研究に手を出してまで成し遂げたいことなど、一体何なのだろうか……。

 

「どうだかな、世界を闇で覆うためじゃないか?」

 

 男がそう呟いた。馬鹿みたいな台詞だが、この光景を見た後ではあながち冗談とも思えなかった。

 

 戦争や侵略のためにここまでする必要があるのだろうか? 王国との戦いのためにここまでのことをする、何か切羽詰まった理由が帝国にはあるのだろうか? とてもじゃないが僕にはそんな理由があるとは思えなかった。

 

 もっとなにか根源的な理由が……混乱や混沌といった、そういった無秩序で滅茶苦茶な世界を作り出すためにやっていることのように思えた。

 それこそ「世界を闇で覆う」なんていう荒唐無稽で馬鹿みたいな話を信じてしまうくらいに。

 

「じゃあ、あなたはここに……何をしに来たの?」

 

 僕たちが知らない多くのことを知るこの男は、一体ここに何をしに来たのだろうか。

 男は「仕事だ」と言っていた。こんな狂気の坩堝(るつぼ)で、一体何をするつもりなのだろう。

 

「言っただろう? 『仕事』だ。何が目的か知らないが、世界にシガイが溢れるのは都合が悪いんでね」

 

 そう言うと男はさらに奥へと進んでいく。まるで迷いのない手慣れた動きだ。置いて行かれないように慌てて男について行く。

 流石に、こんな異質な場所ではぐれるのはご免だった。

 

「……ここだ」

 

 男が歩みを止めた先には、紫に輝く水晶が置かれた巨大な台座があった。

 ここは、丁度広間の中央に位置する場所らしく、周囲には何も設置されていない。代わりに大量の管と線が台座から試験管へと続いていた。

 

 水晶が発光する度に、管や線、試験管も発光していることから、どうやらこの台座は、水晶から“何か”を試験管へと送る装置のようだ。

 

「これって……まさか、クリスタル!?」

 

 驚いた表情で彼女が言う。かくいう僕も驚きで顔が強ばっていた。

 目の前にある水晶は、ルシス王国のそれと比べ大きさはかなり劣るが、紛うことなきクリスタルだった。

 

 帝国がクリスタルを持っているなんて聞いたことがない。そもそもクリスタルはルシス王国にしか存在しないはずだ。そうでなきゃ、帝国が王国に仕掛けた戦争の大義名分が立たなくなる。

 

「正確には、その欠片、だな」

 

 欠片だろうが何だろうがどうでも良い。何故こんな物が、こんな所にあるのかが問題だった。

 だって、これは……クリスタルは……この戦争の切っ掛けなのだ。

 クリスタル欲しさに帝国は戦争を始めた。この石ころのせいで、戦いが始まり、故郷は焼かれ、家族は引き裂かれ、僕はひとりぼっちになったのだ。

 

 全ての始まりクリスタルだったはずだ。それが最初から偽りだったとすれば、僕は一体何のために戦ってきたのか。

 

「シガイを生み出すのに必要なのは闇の力だ。あんたたちはそれを『プラスモディウム変異体』なんて呼んでいるらしいが、シガイを生むには“それ”が必要だ。変異させるにしても、憑依させるにしても、自然発生させるにしても、な」

 

 男が台座に近づき、設置されているクリスタルに手を触れる。

 クリスタルはまるで拒絶するかのように激しく点滅するが、そんなもの物ともせずに男はクリスタルを台座から強引に引き剥がす。

 

 ブチブチと音を立てて剥ぎ取られる音は不快極まりなかった。だが、不思議とせいせいとした。

 

「それでコイツがシガイの大元、『闇のクリスタル』だ」

「闇の、クリスタル……」

 

 男がクリスタルを握り締め集中する素振りを見せると、さっきまで紫色に発光していたクリスタルがみるみる内に色を変え、瞬く間に燃えるような真っ赤な緋色に変わった。

 

()()()、赤色か……」

 

 溜息をつくように男が呟いく。

 

「それをどうするの?」

 

 おそるおそるといった様子で彼女が尋ねた。

 

「こうする」

 

 端的にそう嘯くと、男はクリスタルを頭上高く放り投げた。

 そして背負っていた斧を構えると、放物線を描き落下してきたクリスタル目掛けて振り下ろす。

 

 さしたる抵抗もなく斧はクリスタルを両断した。瞬間──クリスタルは断末魔の如く激しく発光すると、粉々に砕け散り、そのまま光の粒となって消滅していく。

 

「これで──」

 

 男がそう言うか早いか、けたたましいばかりの警報が鳴り響き、広間中から呻き声と叫び声が聞こえ始めた。

 ハッとして振り返ると試験管の中にいるヤツらが蠢き始めている。シガイたちが目覚め始めたのだ。

 

 ドンドンという音のあとに、至る所からガラスの割れる音が聞こえる。次いで、化物たちが這う音が聞こえ始めた。

 焦った様子で彼女が男に聞く。

 

「これも予定通りなの!?」

「いや……悪いが予定外の事態だ」

 

 戦いが始まろうとしていた。

 

 

 

 *

 

 

 

「セキュリティーは解除したんじゃ無かったのか?」

 

 襲いかかってくるシガイを適度にあしらいながら、男は通信相手を追求していた。

 特に責め立てる様子ではなく、やれやれといった感じの口調だ。男の視界の片隅では金色の双剣と黄色のレイピアが軌跡を描き、その度にシガイの死骸が積み重なっていく。

 

 好戦しているが、しかし、明らかに劣勢だ。幾ら倒してもキリが無いといった様子である。

 仕方なしに男が斧を振るう。

 上段から大きく振り下げられたその一撃は、前方に衝撃波を生み、たった一振りで十数体のシガイを打ち倒した。

 

 さっぱり綺麗になった戦場を見つめると、男は相通信手の弁明を待った。

 

『どうやら、そこだけ独立してシステムが稼働していたみたいですね。流石に三度目となると相手も対策してきているみたいです……ダメだ、こちらからは手出し出来そうにも……あっ!』

「どうした、大丈夫か!?」

 

 そう安々とやられる手合いではないことは重々承知しているが、取り敢えず心配の声を上げる。

 

『……えぇ、今のところ僕は大丈夫です』

 

 そう返答が帰ってきてから、少しの間沈黙し、再び通信が入る。

 

『……ところで良いニュースと悪いニュースがあるのですが、どちらから聞きたいですか?』

「……悪い方からだ」

 

 嫌な予感がひしひしとしたが僅かに思案し、男は答えた。もっとも、こういった質問はどっちから聞いても碌な事態にはならないだろうが。

 

『どうやらシガイの覚醒に伴って、魔導兵も再起動したみたいです。指揮官クラスはもう倒してあるので、可能性としては遠隔操作でしょうね。つまり罠だったみたいです』

 

 淡々と事務的に報告する通信相手。

 キーになったのはクリスタルの破壊か……そう男は当たりを付ける。

 とはいえこの程度のことでは、例え罠でも大した事態とは言えない。

 

 これが悪いニュースであるなら、何の問題もないはずだ。残るニュースが本当に良いニュースであるならば、だが。

 

「あぁそうかい。それで良い方のニュースは?」

『そんな魔導兵もシガイも、全部吹き飛んじゃいます。やりましたね、お掃除する必要は無いですよ。なんせ研究所ごと無くなっちゃいますから』

 

 案の定、良いニュースはまるで良いニュースとは言えない内容であった。

 

「俺の気のせいか? それは良いニュースと言えない気がするが?」

 

 目頭を押さえて男が問いただす。

 

『でも、今すぐ自爆しないだけ良いニュースでしょう? 何とか基地崩壊フェーズは遅らせたので、今すぐさっさと脱出して下さい』

 

 なるほど、確かにそれはある意味では良いニュースであると言えた。問答無用でタイムリミットと比べると、少しばかりは良いニュースだ。

 

「残り時間は?」

 

 必要な事項を、短く男は聞いた。こういったシチュエーションはもう何度も経験している。何となくだが、帰って来る返答は予想できた。

 

『あと五分です。燃えるでしょう?』

 

 通信相手の返事に男は顔を綻ばせる。

 

「あぁ、そういうのは大得意だ!」

 

 水を得た魚のような活き活きとした声が、リンクシェルの先から聞こえた。

 

 

 

 

 

 




 シガイ=妖異って思ったのは私だけじゃないと思いたい……。
 


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第五話

 予想に反して五話まで続いてしまった……。紅蓮までのメンテ中にでも読んで下さい。


「脱出するぞ、ついてこいッ!!」

 

 男がそう叫んだのと同時に、僕たちは逃走へと身を翻した。

 

 行く手を阻むシガイのほとんどは男がなぎ払い、僅かに討ち漏らしたヤツらは彼女と共に協力して倒していく。

 即席ながらも完璧な連携が取れたのは、奇跡的と言えるだろう。

 

 けたたましく警報が鳴り、大量のシガイに囲まれ、研究所が不自然なまでにグラグラと揺れている。どう考えてもいい兆候には思えない。だが、そんな絶体絶命の極限状態の中だからこそ、ここまでの動きができているとも言えた。

 ようするに「火事場の馬鹿力」というヤツだ。文字通り辺りで火が燃え始めているし、間違いないだろう。

 

 そんな中ひときわ目立っているのは、やはり男の活躍であった。

 

 ほぼ全ての攻撃を一身に受けているにも関わらずまるでダメージを受けた様子はなく、逆にお返しとばかりに反撃し、まるでボロ雑巾の様にシガイを蹂躙している姿を見ていると、一体どっちが化物なのか分からなくなる。

 

「ちょっと!! かなり、攻撃されてるけど本当に大丈夫なの!?」

 

 流石に心配になったのか、走りながらも彼女がそう聞いてくる。そりゃそうだ。さっきまで男の周りには、団子と見紛うほどにシガイが群がっていたのだから、そう心配するのも無理はない。もっとも、その肝心のシガイ共は、男が放った一撃で既に殲滅済みなのだが。

 

「あぁ、全く、全然、大したことないね」

 

 強がりでもやせ我慢でもなく、マジで何ともないように男が言い返す。

 全くもって恐ろしい男だ。現実離れしているだとか、常識外れだとかいう言葉が陳腐に思えてくる。

 

「どんな体してるのよ、あなた……」

 

 この様子じゃあの時、彼女が突き立てたレイピアも、本当のところはまるで意味の無いものだったのだろう。今となって思えばあの程度の攻撃で効果があるとは思えない。むしろ、威嚇にすらなっていなかった。道理であんな余裕綽々な態度だったわけだ。

 

 不死身とか無敵とかそんな言葉が相応しいと言えるくらいの呆れた頑強さだ。一体どんなことをすれば、これ程までの肉体を手に入れることができるのだろうか。きっと想像を絶する鍛錬だったに違いない。

 

 通路から隔壁が下りてくる。おそらく進行を遮るためだろう。相手方は何としてでも僕たちの脱出を阻止したいらしい。

 

 完全に隔壁が下り、これ以上の進行は不可能になる。こうなったら回り道を探さなくてはならないはずだが、この男の前でそんな常識が通用するはずもなかった。

 非常識こそが常識であるかと言わんばかりの巫山戯た光景が目の前に広がる。

 

「邪魔だッ!!」

 

 行く手を阻む隔壁など男の前では紙切れ同然ッ!! 例えどんなに分厚くても男の前では紙切れ同然なのだ!!

 

 まるで、チェーンソーをぶち当てたような鈍いガリガリといった音が聞こえたかと思うと、次の瞬間には完膚なきまでに破壊され、もはや「隔壁」は「隔壁じゃないもの」に変貌していた。

 きっとこの光景を見たら、この研究所の設計者もびっくりすることだろう。まさか力尽くで突破されるとは夢にも思っていないに違いない。それも、たった一人の男の手によって、だ。

 

 今回の件といい、牢獄の時の件といい、男の暴れっぷりときたら正に「脳筋」と言うに相応しい暴れっぷりだ。本来であるならば悪口と言っても過言ではない言葉のはずだが、何故だかそう形容することこそが正しいと感じてしまう。

 

「私たち、いる意味あるのかしら……」

「考えちゃ駄目だ! 考えたら負けだ!」

 

 もう正直言って「もう、あいつ一人で良いんじゃないかな?」状態である。

 

 だが、それでも僕たちがここにいる意味は確かにある、と思いたい。じゃないと正直言って空しくてやってられない。あれだけ何だかんだ覚悟とか何とか色々決めたのに、これではまるで無意味じゃないか!!

 

 帝国がシガイを製造していたショックよりも、足手纏いにすらならないほど実力がかけ離れている事実の方が、ある意味ショックだ。

 

「さ、流石に自己回復とかはできないわよね……じゃないと益々私がいる意味が……」

 

 小声で何か彼女が呟いた気がしたが、そんなこと気にしている場合ではない。

 こうしている間にも男はドンドン先に進んでしまうのだ。少しでも歩みを止めようものなら瞬く間に置いて行かれてしまう。そんなに急ぐ理由に思い当たることが無いことも無いが、それにしたって急ぎ過ぎではないだろうか。

 

 それでも何とか食らいつき更に進んでいくと、今度は大量のシガイの中に魔導兵たちも混じってきた。どうやらシガイの覚醒に合わせて、魔導兵たちも再起動したみたいだ。泣きっ面に蜂とは正にこのことだろう。もっとも、どっちが蜂でどっちが泣きっ面になるのかは知らないが。

 

 そしてそれに加えこの激しい振動。何度も任務で帝国の基地に潜入してきた僕には分かる。これは基地が自爆しようとしている兆候だ。つまりあと幾ばくもしないうちに、ここから脱出しなくてはならないということだ。

 

 男があそこまで急いでいたのはこういうことなのだろう。理由は不明だが僕の直感が「それは違う!」と叫んでいるが、それ以外の理由は見当たらないので、そうに決まっている。

 

「多分、もうあまり時間は無いぞ!」

 

 念のためそう進言する。

 

「あぁ、あとせいぜい3分27秒ってとこだろう」

 

 さらりと男が答えた。

 

 何故、そこまで正確に分かるのかという疑問は飲み込んだ。

 少ない付き合いの中でこの男の理不尽さは身に染みている。何故分かるのかというと、分かるのだから、分かるのだろう。もはやそういうものであると納得するしかない。考えるだけ無駄だ。

 

「3分27秒って何が!?」

 

 それでも疑問に思う者は何処にでもいるらしい。あるいは、何にでも口を出す人間か……。

 ただならぬ気配を感じ取ったのか、息を乱しつつも彼女が男に詰め寄る。

 

「この研究所が自爆するまでの時間だ」

 

 これまたさらりと答える男。

 

「自爆!?」

 

 対して彼女は驚愕の声を上げた。そんなに驚くべきことだろうか? 大抵の基地は、何かあれば直ぐ自爆するものだと記憶している。

 

「良くあることだよ」

「良くあることなの!?」

 

 振り返って彼女がそう叫ぶ。

 

 まあ、普通の人がこんな事態に遭遇するなんて滅多にないだろうから驚くのも無理はないだろう。

 とは言え今回のようなケースは、良くあると言えば良くあることだった。

 

「二人とも随分と余裕そうね」

「まぁ、慣れてるから……」

「……同じく」

 

 張り合うつもりはないが、男の方が僕よりも()()()()()のは間違いないだろう。

 

「実に、頼もしい限りだけれども、それはそれでどうかと思うわ。どんな人生送ってきたのよ」

 

 呆れた様子でそう零す彼女。

 

 男の人生がどんなだったのかは断言できないが、僕の人生は、王都に流れ着いてからは戦いの連続だった気がする。確かに普通であるとは言えないだろう。

 男に関してはもはや言わずもがなといった感じだ。僕の人生が「普通」だと思えるくらいに普通じゃなかったに違いない。

 

 そんなこんなな会話をし、狭い通路を抜け、階段を駆け上がり、シガイと魔導兵を──主に男が──蹴散らして突き進んでいくと、開けた場所に出てきた。

 

 そこには大量の車両と、ついでに目を覆うばかりの大量の魔導兵とシガイが闊歩している。何時ぞや男が言っていた駐車場だ。車だけが大量にあれば完璧だったのにと思ったが、男の顔を見てその考えは改めた。どうやら男にとってみれば“大漁”の魔導兵とシガイだったらしい。

 

 僕たちが駐車場に侵入するのと同時に、ヤツらがこちらを振り向いた。眼光が鋭く光り、呻き声を一つ上げると、いっせいに僕たちに向かって猛進してくる。

 

「ヤツらは俺が引きつける! おまえたちは先に車を奪えッ!!」

 

 そう檄が飛んでくる。

 返答する間はない。雪崩の如く迫る大量のシガイと魔導兵は直ぐ目の前だ。言うか早いか、僕たちは弾けるように行動を起こした。

 

 襲い来る集団の眼前を思い切って横切る。

 普通だったらそのまま餌食にされるところだが、敵たちは全くの無反応で、その全てがまるで吸い込まれるかのように男の方へと向かって行った。完全に僕たちのことなんかお構いなしだ。もはや無視された悔しさすらこみ上げてこない。

 

「急ぎましょう!」

「ああ!」

 

 男の心配なんか微塵もする必要はないだろう。これまでの暴れっぷりから察するに、あの程度では相手にもならない。逆に敵の方が心配に思えてくるくらいだ。僕だったら死んでも男の相手なんかしたくは無い。

 

 想像していた通り、遠くの方からシガイの断末魔と魔導兵の爆発音が次々と聞こえてくる。

 最悪、研究所の自爆に間に合わなくても、あの男なら何食わぬ顔で帰還してきてしまいそうだ。

 

 男が敵の殆どを引きつけてくれたお陰で、駐車場内はがら空き同然の状態だ。

 何の障害も無いその中を、ここぞとばかりに必死になって走り抜ける。このチャンスを逃したらもう活躍するチャンスは無いに決まっている。

 

 目標は一番手前のサンドイエローの軍用車。ロックは開いていると男は言っていた。どうやって開けたのかは勿論知らない。

 

「魔導兵よ!!」

 

 彼女の叫びに咄嗟に体を反転させ周囲を見渡す。

 彼女の叫び通り、汎用型の魔導兵が一体こちらに向かって来ていた。男が引きつけ損ねたヤツだろう。

 

 油断させるためなのか、敵は手を振っている。怪しい。こういった不審な挙動をする魔導兵は決まって自爆するか暴走しているかと決まっているのだ。見たところあの様子だと前者だろう。フレンドリーで陽気な感じがいかにもって感じだ。

 

 先手を打つか、あるいは様子を見るか。だが考える余裕は無さそうだった。敵は迷わずこっちに向かってくる。電子音と少年の声が混じった音声で「大丈夫ですよー」なんて言いながらだ。当たり前であるが魔導兵は喋らないし、当然、大丈夫でもない。どうせ油断させるための策だろう。そんな手には乗るか。

 

 先手必勝。魔導兵の弱点である頭部に狙いを定め、斬りかかる。

 

 一度、二度、フェイントを入れ攪乱し、背後に回り、頭部に一撃を加える。

 魔導兵は人工知能(AI)によって制御されている。大多数による集団戦は得意だが、こうした一対一の戦いはすこぶる苦手だ。こうしていくつかフェイントを入れてやれば簡単に隙を作ることができる……はずだった。

 

「あっぶないぁ、もう」

 

 斬りかかった右腕を捕まれた。そんな馬鹿な、完全にAIの虚を突いたはずなのに。

 しかし、驚いている暇は無い。今度は残った左腕で──

 

「ッ!?」

「止めて下さい、魔導兵といえども痛いものは痛いんですよ?」

 

 今度は斬りかかろうとする寸前で左腕を捕まれた。まるで先を読まれていたように流れる動きだ。

 両腕を掴まれ隙だらけになった姿を晒してしまう。万事休すと思ったが、戦意は挫けなかった。僕は今、一人で戦っている訳じゃない!

 

「その人を離しなさいッ!!」

 

 魔導兵の背後から黄色い太刀筋が煌めく。

 鋭い軌跡を描いて繰り出される剣閃が魔導兵を切り刻んだ。なんでか知らないが、チョコボの「クェ~」といった間抜けな鳴き声が聞こえた気がする。

 

「ちょっ、痛い! もう、止めっ! だから、大丈夫だって言ってるのに! あぁ、もう!!」

 

 魔導兵が怒りの声を上げると、周囲に稲妻が駆け巡った。魔導兵から電撃が放たれたのだ。弱点属性で攻撃するなんて、それは“アリ”なのか!?

 

「きゃあ!?」

「がぁああ!?」

 

 衝撃に思わず苦悶の声を上げてしまう。だが、言うほど魔導兵の稲妻は強い電撃ではなかったようだ。ただし、妙に体が痺れる電撃だった。どうやらしばらくの間は身動きは取れなさそうだ。

 戦闘において、それは致命的だった。自爆するにしても暴走するにしても、絶好のチャンスだろう。

 

 しかし決定的な隙を晒しているというのに、魔導兵からの追撃が来ない。

 何故だ? 麻痺し続ける体を無理やり動かして魔導兵を見上げる。思考を巡らす暇も無く、再び少年と電子音が混じった奇妙な声が聞こえた。さっきから何度も聞いていた、この魔導兵の“声”だ。

 

「もういい加減にして下さい! こんな見た目ですが僕は味方です! 攻撃しないで下さい!!」

 

 明らかに不服といった様子で魔導兵が憤慨している。現実には考えられない光景だ。今日はそんな光景をもう何度も見た気がするが、慣れる気配は一向に無い。

 

「味、方?」

「本当、なのか?」

 

 信じがたいことだが、決定的な隙を晒しても追撃してこなかったということは、そういうことなのだろう。少なくとも、こちらに対し敵意が無いのは間違いない。

 

「そうですよ! 一緒にいた大男から聞いてないんですか?」

「い、いえ、何も、聞いてないわ」

 

 まだ痺れがとれない状態で彼女が否定の言葉を口にした。大男と聞いて直ぐさまあの男のことが頭に浮かんだが、魔導兵のことなんて一言も言っていなかったはずだ。聞き漏らしや聞き流したとも思えない。

 

「あっんの、脳筋クソ戦士がぁあああ!!」 

 

 魔導兵とは思えないほどに感情豊かに吼える魔導兵。まるで人間が魔導兵のコスプレをして怒号を上げているようだ。昨日までの常識では夢にも思わなかったことだろう。

 今日は随分と常識が崩される日だな、と未だ麻痺の取れない体のまま僕はそう思った。

 

 でもそれが男の仲間であるというのなら、なぜだか妙に納得できてしまうのだから不思議だ。もはや実は異星人だったとか言われても、笑って済ませられる自信がある。

 

「兎に角、もう時間がありません。さっさと車を奪って脳筋野郎を回収しましょう」

 

 若干投げやりな感じでそう提案する魔導兵。確かに時間が無いのは事実だった。こんなことにカマ掛けている暇は無いだろう。

 

「あぁ、もう何がなんだか分からないけど、分かったわ!」

 

 彼女も投げやりにそう答えた。

 

 

 

 

 

 




 そして、まさかの長くなったので分割投稿(´・ω・`)
 続きは明日の八時に予約投稿します。


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第六話

 もう何度も魔導兵を蹴散らし何度もシガイをなぎ払ったが、キリが無かった。

 倒しても、倒しても湯水の如く湧いてくる。一体何処にそんなに隠れていたのか。どうやら相手は相当本気でこちらを殺しに来ているようだ。

 

 キリが無いとは言え、肉体的な疲れはないしどんなに数で押されてもこちらにはまるでダメージは無いが、これでは千日手だった。

 

 時間制限が無ければ向こうの気が済むまで好きなだけ付き合ってやっても良いが、残念ながら今はそうも言ってられない。流石にタイムオーバーとなればゲームオーバーは免れない。また最初からあのやり取りをするのは、正直言って面倒臭い。無論、リスタートなんてご免だ。

 

 さてどうしたものかと思っていると、ようやく援軍が到着した。

 

 サンドイエローの軍用車が道中にいるシガイや魔導兵を物ともせず、ガシガシと轢き飛ばしながら猛スピードで男の方へと向かってくる。なるほど、こういう展開(シナリオ)だったのか。

 

「やっと来たか……随分、遅かったな」

 

 目の前で止まった車両に向かって男が言い放す。

 車両のドア開き、中から魔導兵が顔を覗かせた。敵……ではない、味方だ。「紛らわしいから」と胸に刻んだシリアルナンバーを見て、男はそう判断した。

 

「あなたが僕のことを伝え忘れたせいですよ。それで余計な時間を取られました」

「悪かったな。何分、時間が無かったんでな」

 

 見るからに悪いと思っていない笑顔を浮かべ男がそう答える。

 

「早く乗れ! もう時間が無いのだろう!?」

 

 余裕そうに会話をする二人に向かって業を煮やしたのか、運転席にいる少年がそう叫んだ。その叫びを聞くや否や男が素早く車に乗り込む。

 

「よっし! 行くぞッ!!」

 

 男が車に乗り込むのを確認し、少年はアクセルを全開に踏み込んだ。

 エンジンが激しく鼓動し、タイヤが急速に回転する。

 軍用車特有の超馬力で急加速すると、自爆する研究所から脱出するために車両が猛スピードで前進し始めた。

 

 しかし、逃げ出そうとする獲物をそのまま見す見す逃す理由は、魔導兵にもシガイにも無い。直ぐさま追撃を開始し、軍用車に追い縋る。

 

「撃ち落とすぞッ!!」

 

 いつの間にか車両の屋根に移動していた男がそう叫ぶと、後方から詰め寄る敵に向かって戦斧を投擲した。

 戦斧は寸分の狂いなくシガイに命中し、まるでトマトを握り潰したかのように見るも無残な姿に変貌させる。

 

 投擲されたはずの戦斧が、次の瞬間には男の腕に舞い戻る。そして再び間髪を入れず戦斧が投擲される。

 

「相変わらず、乱暴ですね」

 

 そう呟きながら魔導兵が男の隣で立ち上がった。

 

「“戦士”ってのはそういうもんだろ?」

 

 男がそう答える。

 

「ですが、もう少し華麗というか優雅にですね……こう薔薇とかが舞い散る感じでですね……」

 

 不満を露わにして、どこかしみじみと魔導兵が言う。どうやら魔導兵には魔導兵なりの理想の“戦士”像があるようだ。

 

「おまえの憧れがどうだったかしらないが、無茶を言うな無茶を」

 

 呆れた様子で男が言い返し、更に続けて言う。

 

「それに、こういうのはおまえの分野だろう? あとは任せたぞ」

「……分かりましたよ」

 

 魔導兵がそう返事をした直後──魔導兵の周囲に幾つもの光球が出現し、更に旋回し始める。

 光球は一度魔導兵の頭上に舞い上がったかと思うと、上空から敵集団へと殺到し、敵中央部で弾けるように炸裂した。灰色の爆発が何度も起き、後に残ったのは跡形もなくなった敵の残骸だけであった。

 

「流石だな」

「褒めても何も出てきませんよ」

 

 まるで何事もなかったかのようにそう言う二人。敵の姿はもう見当たらない。これでもかと言うほどに、実にあっさりとした見事な返り討ちであった。

 

 研究所の振動がより激しくなり、至る所から爆発音と爆炎が上がる。燃えて崩れ去る研究所を背後に、彼らは無事脱出した。

 

 

 

 *

 

 

 

『第四魔導研究所』の外は太陽が燦々と照りつける砂漠地帯だった。

 

 研究所から伸びるまるで舗装されていない一本道を、ただひたすらに進んでいく。

 行けども行けども荒れ地か砂漠しかない。地平の彼方までそんな光景だ。現実的な光景を久々に見た気がする。見たくもない光景には違いないが。

 

 ギラギラと輝く太陽を見るところ、時間は正午ぐらい。おそらく外は相当な高気温だろう。幸い、車内はエアコンがガンガン効いているので涼しいが、ひとたび外に出れば灼熱の地獄が襲いかかってくるに違いない。

 

 それにしても見渡すばかり何もないところだ。研究所の内容からしてあまり人目につく場所に作るわけにはいかなかったのだろうが、酷いくらいに何もなさ過ぎであった。

 

 こうまで景色が変わらない中でいつまでも運転していると、気が滅入ってくるというものだ。おまけに車内は会話はない上に、どこまで行けば良いのかも分からないので、ますます陰鬱な気分になってくる。

 

 助手席に座っている彼女も、ずっと押し黙って考え事をしているようだった。

 

「……ねぇ、結局のところあなたたちは何者なの?」

 

 ずっと黙っていた彼女が意を決した様子でそう尋ねる。僕に向かってでは勿論ない。後ろにいる二人──自称ハンターの男と謎の魔導兵に向かって、だ。

 

 今更そんな質問したところで答えてくれるとも思えないが。この際、気晴らしになるのであればどんな会話だって僕はウェルカムだった。

 

 謎のハンターと謎の魔導兵のコンビ。

 これだけでも十分変わっているのに、それに加え彼らはやたらと魔法やシガイ、それに帝国の裏事情に詳しく、更にはこれ以上の何か大きな秘密を抱えている感じだ。何となく開けてはいけない「パンドラの箱」の様な気がしたが、僕が聞いたわけではないのでセーフだろう。

 

「僕たちは──」

「おい!」

 

 魔導兵を制止するために男が声を上げる。バックミラーから見えるその表情はかなり不満げだ。

 

「良いじゃないですか。結局“アレ”を見せたんでしょう? 『シガイ』と『闇のクリスタル』を……だったらもう彼らも無関係とは言えませんよ」

 

 反対に穏やかな声でそう諭すように言い返す魔導兵。

 

「そう、そうよ! 私たちは確かに見たわ。帝国がシガイを作っているのを。人間を使ってシガイを作っているのを、確かに見たわ。そして、あなたたちは“それ”を知っている、止めようとしている。そうでしょう?」

 

 身を乗り出しそう問い詰める彼女。

 魔導兵が男の方を一瞥する。何やら視線のみで無言の会話をする二人。ややあってから……

 

「勝手にしろ」

 

 そっぽを向いて男がそう呟いた。

 男の言葉を確認した魔導兵が再度向き直り、彼女に対して答える。

 

「ええ、そうです。僕たちはそのために戦っています」

「……たった二人だけで?」

 

 ボソッと彼女が聞き返した。その声には少しばかりの寂しさと、もしかしたら憐憫が混じっていたかもしれない。

 むしろ、たった二人であるが、無敵の二人組だと思うのは僕だけだろうか?

 

「はい、そうです」

 

 躊躇なくすんなりと魔導兵はそう答えた。実にあっさりとして簡潔な返答だ。

 常識で考えるのであれば、たった二人だけで帝国とことを構えるなんて、正気とは思えないことだが、この二人にそんな当たり前の常識が通用するとも思えなかった。

 

「他に仲間がいるとかは……」

「いませんね、僕たちだけです」

 

 真っ正面から彼女を見つめて魔導兵は淡々と答える。もし、彼らのような仲間が他に何人もいたとしたら、それこそ世界が獲れそうな気がするのだが、どうだろうか。

 

 魔導兵の無感情な言葉を聞いて何を思ったのか、悲痛そうな顔を浮かべる彼女。本当に何を思ったのだろうか。

 彼女が何を思ったのかは分からないが、しばらく押し黙っていた男がすかさず口を挟んだ。

 

「別に戦いの中で仲間が死んでいったって訳じゃない。()()()()俺たちは最初から二人だけだ」

「ええ、お互い、全くもって不本意ながらですね」

 

 砕けた空気で二人がそう会話をこなす。背筋が薄ら寒くなるような感覚を覚えたのは気のせいだろうか? 男の言いぶりではまるで、()()以外の何処かでは他に仲間がいたような口振りだ。

 そんな二人の様子を見て、彼女が何かしらの決意をした表情をしてみせた。あまり良い予感はしない。

 

「……決めたわ。私も、あなたたちの仲間に入れてくれないかしら?」

 

 彼女の言葉に何か言いたげな男であったが、それを無視して彼女は続ける。

 

「あなたたちが何者で、目的が何なのか、この際そんなことはどうでもいいわ。ただ、あんな光景を見て、ただ黙っている訳にはいかないの」

 

 そう彼女が言葉を重ねる。

 端から見てもその決意は固そうだ。アメジスト色の瞳が真剣に二人を見つめていた。彼女なりの欺瞞やら熱意やら、もしかしたら使命とかがきっとそこにはあったのだろう。

 

 ふと、彼女が何かを見つけた素振りを見せた。男の方をマジマジと見つめている。何となくその顔が「しめたッ!!」と言っているような気がした。

 

「それに、必ずあなたたちの役に立つわ。こう見えても私──」

 

 そう言うと彼女は男に向かって手を翻した。彼女の手から淡い光が生まれ、それが男の方へと漂っていく。ところでさっきから前方不注意甚だしいが、どうせ誰も擦れ違わないので全く問題は無い。

 

 光が男を包み込む。

 

「回復魔法か……」

 

 光に包まれた男が彼女の方を向いて、そう呟いた。そんな有り得ないことを、まるで当たり前のように呟かないで欲しい。

 

「そう、帝国と……シガイと戦うのであればきっと必要になるわ。あなたみたいに強い人でも、戦い続ければ怪我もするし傷つきもする。そうでしょう?」

 

 流石に運転席からでは詳しく見えなかったが、彼女の言う「回復魔法」で男の傷を癒やしたのだろう。

 無敵に見えた男でも、今回も戦いで多少なりとも傷を負っていたみたいだ。かなりの衝撃である。

 

「良いんじゃないですか? ヒーラーは僕もあなたも苦手でしたし、丁度良いですよ」

 

 そもそも、何と無しに魔法を使えた時点で希少すぎる存在だ。

 彼らに比べればそりゃあ見劣りするだろうが、もしかしてこれは物凄いことではないだろうか。というか回復魔法が使えるって、彼女も只者では無かったのか!? 何となく疎外感を感じてしまったのはきっと気のせいだろう。

 

「……あんた、名前は?」

「セーラよ」

 

 その名前を聞いて、男が物凄く嫌そうな顔をした。それこそ露骨なまでにあからさまな表情だった。『セーラ』という名前に何か嫌な思い出でもあるのかもしれない。意外な弱点である。

 

「ちょっと、そこまで邪険にしなくても、良いんじゃないかしら?」

 

 男の露骨なまでの態度に対し一言申すセーラ。気持ちは分からないでもない。誰だって自分の名前を侮辱されたら怒るだろう。

 

「……悪かった」

 

 流石に悪いと思ったのか素っ気なくそう謝る男。態度からして反省はしていなさそうだ。

 短い謝罪の後、今度はしっかりと彼女と向き合って男が言葉を続ける。

 

「セーラ、研究所でも聞いたと思うが……」

「途中下車はできないでしょ? 分かってるわ。むしろ、あそこであんなこと聞いたのに、いまさら投げ出さないで欲しいわ」

 

 キリッとした表情を決めて、堂々とセーラが答える。その姿はある意味、“様”になっていた。

 

「どうやら、彼女の『意志』は固いみたいですよ?」

 

 彼女の様子を見て、魔導兵が男に対して進言する。

 彼女の言葉と態度、そして魔導兵の進言にようやく男は観念したようだ。やれやれと肩をすくめてボソッと「分かった」と呟いた。

 

「決まりね! それじゃあ、みんな自己紹介しましょう! 名乗っているのが私だけだなんてズルいわ!」

 

 和やかに微笑んでセーラがそう宣言する。そういえば、僕たちは誰もお互いの名前を知らなかった。「男」だとか「彼女」だとか「魔導兵」だとが彼らの名前じゃあるまいし、ちゃんとした名前があるはずだ。

 

 彼女の言葉に真っ先に動いたのは魔導兵だった。これまでの態度からして、見た目に反して結構話し好きなのかもしれない。

 

「僕の名前はウヌクアルハイです。でも、()()汎用魔導兵39号OH型でもあります」

 

 そう言いながら39が自分の胸元を指さした。バックミラーに写っていたから逆に見えていたが、ソコには何か刃物のような物で「38ーOH」と刻まれていた。

 

「ウヌクアルハイは言い辛いでしょうから、気軽に39(スリーナイン)とでも呼んで下さい。よろしく、セーラさん」

 

 39が鋼鉄の腕をセーラに向かって差し出す。その仕草の意味は子供でも知っていることだ。何やら不穏なことを言っていたような気がするが、迷わずセーラはその腕を握った。

 

「魔導兵と握手するなんて、昨日までは夢にも思っていなかったわ。よろしくね、39」

 

 魔導兵と人間。決して相成れないと思っていた両者が固い握手を交わす。

 遠い先の未来では、この瞬間こそが新時代の幕開けだったと言われる歴史的瞬間だったかもしれない。それだったら指先と指先を合わせた方がソレっぽい気もするが。

 

「それであなたが……」

 

 次にセーラは39の隣にいる男へと目を移した。

 その視線に気付いたのか、男が口を開く。

 

「アルバート。()()()冒険者のアルバートだ」

 

 やけに『ただの』を強調してアルバートは言った。

 

「気軽に『アルちゃん』って呼んであげると喜びますよ」

「ぶん殴られたいのか?」

 

 おどけた様子の39にアルバートがすかさず突っ込む。もし本気で彼に殴られでもしたら、月まで吹っ飛んでいってしまうかもしれない。想像しただけでも恐ろしい。

 

 でもその様子はなんだか可笑しくて、微笑ましくて、思わず笑みを浮かべてしまった。

 運転席にいるから誰も気付いていないだろうが、迂闊である。笑っただなんて知られたら大変なことになるかもしれない。しかし、あんな粗暴で乱暴な大男が『アルちゃん』だなんて、実に笑える。

 

「えぇ、分かったわ、アルちゃ……アルバート。会った時、最初は感じ悪くてごめんなさい。あと、助けてくれてありがとう」

「……フン」

 

 そっぽを向くアルバート。

 随分な態度だが、何となくだがこれは照れ隠しな気がする。それは、これまでの会話の節々から容易に感じ取れた。そう考えるとアルバートは中々に可愛らしい性格をしている。これが世に言う『ツンデレ』というものだろうか。

 

「そして、最後は……」

 

 そう言ってセーラが僕の方に視線を移してきた。どうやら僕の出番らしい。

 彼女たちとは随分と長いこと一緒にいた気がするが、名乗るのはこれが初めてになる。何故だか無性にドキドキしてきた。

 

 意を決して僕は、安全運転を心掛けつつみんなに聞こえるように自分の名を名乗った。

 

「僕の名前はルクス。ルシス王国「王の剣」所属のルクスだ。いまさらだけど、よろしく」

 

 こうして改めて自己紹介となると、なんだか気恥ずかしいような、むず痒いような不思議な気分になってくる。素っ気ない態度をとっていたアルバートの気持ちが、少しだけ理解できた気がした。

 

「よろしくね、ルクス。色々あったけれど、お互い無事で良かったわ」

 

 セーラがそう言う。そういえば彼女とはこの中では一番長い付き合いになる。何だかこれからも長い付き合いになりそうだ。

 

「んんん!! ルクス……良い名前ですね。なんだか輝いている感じがします」

 

 身を震わしてそう言うのは39だ。名前を褒められるのは悪い気はしない。ウヌクア……39という名前も良い名前だと思う。

 

「武器に付ければ強そうな名前だな」

 

 そうアルバートがなんとも不穏なことを言い出す。お願いだから流石にそれは止めて頂きたい。

 三者三様の反応に、僕の口からは空笑いが漏れた。

 

「頼むから、そんなことしないでくれよ」

 

 誰だって自分の名前を武器の名前にされたら気が気でないだろう。物騒なこと言っていたアルバートに向かって僕はそう懇願した。

 

 僕の思いを知ってか知らずか、アルバートは悪い笑みを浮かべ「さて、どうだろうね」と呟やく。この男ならヤろうと思えば本気でヤりそうだから恐ろしい。

 

「それで、ルクス。おまえはどうするんだ?」

 

 さっきまでの笑みを潜め、アルバートがそう聞いてきた。言葉は少なかったが、意味は簡単に理解できる。

 

「いまさらそれを聞くのか? 僕も一緒に行くよ。連れてってくれ」

 

 迷わず僕はそう答えた。

 

「……そうか」

 

 アルバートはそう言うと、以上何も言わなかった。

 

 セーラと比べてやけにすんなり認めてくれたのは、少しばかりは僕のことを認めてくれているからなのか、はたまた彼女ほど大事にされていないのかどちらだろうか? できることならば前者であって欲しい。 

 

「それにしても……結局のところあなたたちの正体は不明なのかしら?」

 

 セーラがふとそんな疑問を溢す。そういえば、結局この男たちの正体は分からずじまいであった。まあ、例え知ったところで理解できるのかも分からないのだけれども……。

 

 でも、まあ、それもそれで良いのだろう。

 

「まぁ、それは追々ということで」

 

 39がそうはぐらかしたように、この先それを知る機会は幾らでもある。僕たちの冒険はまだ始まったばかりなのだから。少なくとも、この砂漠地帯を抜けるまではそれは終わらないはずだ。もっとも、その間だけで知って良いこととも思えないが。

 

 そんなことを考えていると、突然、ガクンっと車体が揺れた。

 

 すわ帝国の襲撃か!? とにわかに警戒する仲間たちをよそに、運転席に座っていた僕だけが唯一その原因に気付く事ができた。

 

 あろうことか燃料メーターが示す数値が、もうゼロに近い。会話に夢中で今の今まで気付かなかったのだ。まあ、気付いたところでどうにかなる話しでもないのだが。

 

 ドンドンと車のスピードが落ち、見る見る内に減速し、しばらくして完全に停止した。砂漠のど真ん中で。なんてこったい!

 

「……これは仕方ないですね」

 

 そう言うと39が車外に出る。

 それに合わせてアルバートも出て行った。嫌な予感しかしない。

 

「燃料切れとは盲点だったな。あっちのマウントは燃料切れなんてなかったからな……」

「そもそも無限に動き続ける方が可笑しいんですよね。これは盲点でした」

 

 二人してそうぶつぶつと会話をしている。

 そして、何かするかと思いきや、二人ともそのまま前へと進んで歩き出した。嫌な予感が確信へと変わって行く。

 

「何やっているんだ? 行くぞ」

 

 振り返ってアルバートが僕たちに向けて言ってきた。もう観念するしかないだろう。

 

「え!? ちょっと待って、もしかして、歩いて行くつもり!?」

「多分、そうみたいだね……」

 

 有り得ないといった表情をするセーラ。当然だ。外は見るからに暑そうで、とてもじゃないが出たいとは思えない環境だった。ましてやここは、地平の先まで続く荒野のど真ん中だ。まったく、予備の燃料タンクぐらい入れておけよ帝国。

 

 これまで何度も思ってきたが、コイツら正気とは思えない。

 正直、冗談だと思いたいが、そんな思いが届くはずもなく、アルバートたちはドンドン先に行ってしまう。

 

「うっそ、冗談でしょう……あっ、ちょっと待って!」

 

 急いで僕たちも車から降りる。

 

 このまま待ち惚けていてもまた帝国に捕まるか、もしくは干からびて野垂れ死ぬだけだろう。外に出てもそれは変わらないかもしれないが、彼らと一緒にいた方が確実に安全だ。少なくとも今はそうであろう。

 

 車から降りると、僕の目の前には灼熱の太陽と、何処までも続く荒れ地と砂漠が広がっていた。

 

 

 慌てふためくセーラ。

 

 そんな彼女をなだめる39。

 

 我関せずを貫くアルバート。

 

 

 そんな彼等を見ていると、不思議とあの歌が思い出されてくる。

 

 懐かしい歌が、頭の中に流れてくる。

 子供のころ、母が歌ってくれた思い出の曲だ。 

 

 遠い遠い故郷を想った歌。 

 美しい山々。流れゆく川のせせらぎ。生い茂る木々。そしてそこで暮らす人々に想いを馳せた望郷の歌。

 

 果たしてこの道は故郷へと続く道になるのだろうか? もう決して戻らない遙かなる故郷へと……。

 そんなことを思いながら、僕は仲間たちのところへと急いだ。地平線の彼方まで砂と荒地しかないこの様子では、僕たちの冒険は思いの外長く続きそうだ。

 

 

 ああ、故郷に帰りたい。

 

 

 この先、何が待ち受けているか分からない。

 僕に何が起きるのか、何ができるのかも分からない。

 

 だけど……

 

 もしかしたらこれは、何者でもない僕たちが「星」を救う物語……になるかもしれない。

 

 

 




そのままカメラが下からグイッとパンして、タイトルロゴがドーン!!

 そんな感じでゲームの「オープニング~チュートリアル」をイメージしてここまで書いてみました。きっとここからオープンワールド的なゲームが始まるのだと思います。まあ、所詮妄想なんですがね(´・ω・`)

 紅蓮も始まるので、いちおうこれにて最終回です。では頑張ってアラミゴとドマを奪還しましょう!


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