FAIRY TAIL 海竜の子 (エクシード)
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プロローグ
海竜


 大きな足跡を残し、浜辺を歩く蒼黒の竜。

 まだ早朝だと言うのに燦々と照りつける太陽の光をその鱗に反射させ、竜は浜辺を注意深く偵察する。

 

 先日まで船が沈む程の嵐が続いており、ようやく嵐が静まった今日。その竜は嵐の影響がないか朝早くから自身の縄張りを見て回っていた。

 先日の嵐によって沈没したであろう船の木片が大量に打ち上げられていたが、その他にはこれと言って異常は無い。これならば問題無いだろうと住処へ引き返そうとした時、瓦礫の隙間に紅色の何かがあるのを発見した。

 

 他とは明らかに違うそれが気になってしまい、瓦礫を慎重に退かしてみる。そうして瓦礫の山から出てきたのは紅色の髪をした幼い人間の子供だった。

 ボロボロの薄汚い服を纏い、身体中に痣や傷を作ってはいるものの、辛うじて息はある。

 

 基本、竜は大きく二つに分けられる。人間を愛し共に生きることを望む竜。そして人間を食料として喰らう竜。彼は後者だった。人を喰らい、人を滅ぼす者。

 

 始めはどちらでもなかった。本人は中立として争いを静観していたつもりだったのだが、どちらかと言えば共存寄りであったと言える。彼の友人である炎竜王イグニールが人間との共存を望んでいた為だろう。

 彼とイグニールは友として良好な関係を築いていた。

 

 その友であるイグニールの影響か、彼は以前一度だけ悪魔に襲われる人間の村を救ったことがある。

 当然、人間達は自分達を救い悪魔を追い払った彼に大いに感謝し、村総出でもてなした。しかし、竜が寝静まった頃にその事件は起きた。力を欲した一部の者が、体内にある竜の魔水晶(ラクリマ)を狙い襲撃を行ったのだ。

 

 その時、竜は人を滅ぼす事を決意した。力欲しさに命の恩人である彼に剣を向ける欲深さ、寝込みを襲う卑劣さ。そのような浅ましい人間に価値はない。

 竜にとって人間は滅すべき醜悪な種族。故に、彼が取る行動は一つしかない。

 

 倒れている子供に爪を当てる。すると、触れた爪先から弱々しい呼吸が伝わってきた。嫌悪してはいるものの、まだ幼い子供を殺す事に一切の抵抗が無い訳では無い。

 それでも一思いに息を絶とうとしたその時、以前言われた言葉が竜の脳裏に蘇った。

 

『貴様は本当の人間を知らないだけだ。人間にだって色々居る。我々ドラゴンと同じようにな』

 

 友であるイグニールに自分が共存反対派として戦うと伝えた時に言われた言葉。当時は「下らない」と吐き捨てたその言葉が妙に頭から離れない。

 

(本当の人間……)

 

 子供から手を退かし、もう一度顔を見てみる。

 傷だらけで薄汚く、醜いその姿は彼の思う人間を体現しているようだった。元々は息の根を止めてから食べてしまおうと考えていた竜だが、改めて見てみるとこの汚い状態の者を食べることに抵抗が生じ始めていた。

 

 いくら女や子どもは肉が柔らかいために竜達の間で好評であるとはいえ、汚いし量も少ない。よく見てみれば骨張っていて肉も全くついていない。

 見れば見るほど喰べる気が失せていった。

 

(さて、どうしたものか…)

 

 竜の中に幾つかの選択肢が浮かぶ。

 このまま殺すか。それとも放っておくか。或いは、家畜のように育て、食べ頃になるのを待つか。

 

 暫くの間思考すると、竜は一度深い溜息をつきながら子どもに大きな手をかざす。竜がその手から魔力を放出すると、子どもについていた無数の傷が徐々に癒えていった。

 

(これが食べ頃になるまで、それまでの間だけだ)

 

 そう自分に言い聞かせ、竜は己の中の憎しみに蓋をする。純粋である子どもであれば、イグニールの言う本当の人間を知ることが出来るかもしれない。そんな淡い希望を胸に抱く自分の甘さに嫌気がさしたが、すぐに思考を切り替える。

 

(食料、流石に人間を食わせる訳にはいかぬか…着るものも必要だな)

 

 先を思い、憂鬱になりながら子どもを摘み上げ掌に載せる。そのまま帰路についた竜だったが、掌の子どもは健やかな寝息をたてたまま目を覚さなかった。

 

          *

 

 それから三日が経過した。未だ目を覚さない子どもを見た竜は、このまま目を覚さないのではないかと不安を抱きながら巡回のため住処を後にする。

 自身の縄張りに異常がない事を確認し、戻ってきた竜は目の前の光景に愕然とする。

 子ども居ない。

 寝ていたはずの子どもの姿が消えていた。

 

(逃げられた!? 一体どこに!)

 

 竜が住処にしている海蝕洞は単純な洞窟で道が枝分かれしている訳では無い。そして今竜がいるのが洞窟の最深部だ。故に、ここにくるまですれ違わなかった為竜は子どもは洞窟の外へ出たのだと判断し、翼を広げると鍾乳石を薙ぎ倒しながら猛スピードで外へ向かう。

 

 迂闊だった。完全に油断していた。後悔に苛まれながら洞窟を抜けた竜は急上昇し、辺り一面を上空から見渡す。

 少し考えれば分かる事だった。ただでさえ子どもというのは好奇心が強い。それがしらない場所で目を覚ました時、その場に留まっていられるだろうか。

 確かに怯えて動けない子どももいるだろうが、好奇心に駆られて周辺を探索しに行く可能性も大いにある。竜はその可能性を失念していた。

 

 焦る気持ちを抑えながら視線を動かしていると、海岸で岩に腰をかけ海を眺めている子どもを発見。竜が子どもの後ろに着地すると、突然影で覆われた子どもはゆっくりと振り向く。

 竜を見た子どもは大きく目を見開き、何回か瞬きを繰り返すと自身を見下ろす竜とジッと視線を交わす。

 

「…無駄な手間をかけさせおって」

「…?」

 

 忌まわしげに舌を鳴らす竜に首を傾げる子ども。

 落ち着きを取り戻した竜は、子どもの様子に違和感を覚えた。

 

「貴様、私が怖くないのか?」

「…?」

 

 質問に対する返答はなく、子どもは首を傾げて竜を見つめ続ける。口を開く気配のない子どもに再び舌を鳴らし、竜は諦めて別の質問を投げかける。

 

「…自分の名前は分かるか?」

「…?」

「名前だ。な、ま、え。言葉が通じぬのか貴様は」

「ぁ…んん…? ……テューズ…?」

「…聞くな。私が知る訳ないだろう」

 

 自信なさげに首を傾げるテューズに竜は溜息をつき、次々と質問を変えてみる。しかし、その殆どの質問に対してテューズはうんうんと唸るだけで返答はない。結局竜が得られた情報はテューズという名前と、この子どもは漂流した際に頭を打ったのか記憶がないらしく、以前のことは一切覚えていないという事だった。

 

 記憶のないテューズを面倒と思う反面、竜は好都合だとも思っていた。名前以外の記憶がないという事はテューズを見ていれば本当の人間を知ることができる。この又とないチャンスに竜の口角が上がる。

 

「名前…名前は…?」

「私に聞いているのか? 生憎、貴様に教える名など持ち合わせていない。好きに呼べ」

「……おじ…さん?」

「おじッ!?……ぐぅ……ぬぬ……リヴァルターニだ。二度は言わぬ。次におじさんと呼んだら貴様を食べてやるからな!」

 

 名前を教える事とおじさんと呼ばれる事、この二つを天秤にかけたリヴァルターニは長考の末に自身の名を明かす。その名前を忘れないように何度か繰り返し呟くと、テューズはリヴァルターニに満面の笑みを向けた。

 

「リバル、ターニ!」

「違う!! リ"ヴァ"ルターニだッ!」

「リヴァ…リバル、ターニ?」

「ん"ん"ん"ん"!!」

 

 何故そこまで発音出来たのに間違えるのかと悶々としながら、何度も訂正してはその度間違えられる。そうして長時間格闘した末、ようやく正しく発音させる事に成功したリヴァルターニはテューズの頭を爪で優しく撫でてやった。

 

「よしよし、よく言えた。偉いぞ」

 

 頭を撫でられ、気持ちよさそうに目を細めるテューズを微笑ましく眺めていたリヴァルターニはハッと我に返る。

 

(待て、今私は何を思っていた!? こんな人間の子ども相手に、可愛いなど──)

 

 テューズを一瞥したリヴァルターニはすぐさま視線を逸らす。

 可愛かった。首を傾げる仕草が、頭を撫でるのをやめたリヴァルターニに向けられる寂しそうな瞳が、彼の父性本能を刺激する。

 他の竜達がなぜ人間の子どもなんてものを育てられるのかが何となく分かった気がした。

 

 最初におじさんと呼ばれた時は潰してやろうかとすら思ったリヴァルターニは何処へやら、彼はもうテューズの愛らしさに堕ちかけている。

 肌寒い風のせいか、鼻をすするテューズに気づいたリヴァルターニは彼摘み上げ、掌に乗せた。

 

「今日はもう帰るぞ」

「帰る…?」

「私の家だ。すぐに着く」

「家…??」

 

 言葉を理解していない様子にリヴァルターニは頭を抱えたくなる。記憶障害があるのは分かっていたが、まさかここまで酷いとは思っていなかった。先の苦労を思いながら掌のテューズが風圧を受けないよう拳を握ることで壁を作ってあげ、住処である洞窟へと飛び立つ。

 

 洞窟に着き、リヴァルターニが拳を開くと中にいるテューズは健やかな寝息を立てて熟睡していた。ドラゴンの手の中で、しかも飛行中に熟睡できる度胸に心臓に毛でも生えているのかと呆然としながらテューズを下ろし、その頬を軽く突いてみる。

 

「んん…」

 

 リヴァルターニの指を邪魔そうに払おうとし、石の上で寝返りをうったその様子もまた愛らしく感じてしまう。

 今日一日でテューズに対する印象が一変したリヴァルターニは、明日にでも友人に子育てについて話を聞こうと決心し床に就いた。

 

 

        *

 

 

 微かに差し込む日差しによって目覚め、リヴァルターニは久々に気持ちの良い朝を迎えた。というのも、彼は以前にアクノロギアの滅竜魔法によって魂を奪われており、それ以来ずっと目覚めが悪かったのだ。

 しかし、アクノロギアへの憎しみに満ちていた時とは違い、今の彼の心には余裕ができた。

 

 昔は人間との共存など下らないと吐き捨てた当時の考えも変わり、人間という種族に対しての嫌悪感はまだ残っているが、テューズとなら共に暮らしたいと思えるようになった。

 ほんの少しの触れ合いでここまで考えが変わったのは、元来彼が人間を嫌っていなかった影響もあるだろう。

 

「ん? 目が覚めたか。おはよう」

「おは……よ?」

「今日は少し遠くへ出かけるぞ」

 

 言っている事を理解していないのか首を傾げていたテューズだが、リヴァルターニが掌に乗るように促すと眠そうに目蓋を擦りながら大人しくそれに従い、リヴァルターニは目的の場所へと飛び立った。

 

 

        *

 

 

 暫く飛行したリヴァルターニは何の変哲もない森に着陸する。目的地である彼の住処はまだ先なのだが、これ以上進む事はしたくなかった。

 その場で魔力を解放すると、目的の竜は自らリヴァルターニの元へとやってきた。

 

「何をしにきた、リヴァルターニ」

「久しいな、イグニール」

「質問に答えろ。返答次第では容赦はせんぞ!」

 

 警戒からか、空からリヴァルターニを見下すイグニールの鋭い視線には殺意が含まれており、それを感じ取ったリヴァルターニは自身に敵意はなくただ話をしに来たのだと説明した。

 

「話だと?」

 

 訝しんでいたイグニールだったが、リヴァルターニが彼の縄張りに侵入してすぐの所に留まり、それ以上は進まずに自身の存在を主張するように魔力を放っていた様子から、本当に敵意はないのだと判断して空から降りる。

 

「…オレも暇じゃない。手短に話せ」

「実は、私も人間の子を育てようと思っているのだが──」

「な…に…? …ま、待て、人間の子を育てるだと? 人間との共存を否定したオマエがか!?」

「そうだ。既にここへ連れてきている」

 

 リヴァルターニは掌を開き、その中で健やかな寝息をたてて眠るテューズを見せる。半信半疑で話を聞いていたイグニールは彼の話が事実であると知り、目を丸くして愕然とした。

 

「しかし、この子は記憶障害があるようでな。私では何をどう教えてやればいいのかが分からないのだ。そこで、実際に人間の子を育てているそなたにアドバイスを貰いたい」

「なるほどな…お前が人間を…"アイツ"と同じようにか」

 

 最初は面食らっていたイグニールだったが、落ち着きを取り戻すと嬉しそうにニヤニヤと笑みを浮かべる。

 その様子にリヴァルターニは眉を顰め、大きく咳払いするとイグニールを睨んだ。

 

「それで、何か良い教育方法はないのか?」

「そう怒るな、ちょっとした冗談だろう…」

 

 目つきがキツくなり、声のトーンを落としたリヴァルターニに対し、機嫌を損ねた張本人であるイグニールは悪びれる様子もなくやれやれと言って溜息をつく。

 

「教育なら心当たりがある。ついて来い」

 

 そう言うとイグニールはリヴァルターニに背を向けて飛び立った。リヴァルターニも胸中に一抹の不安を抱えながら翼をはためかせ、イグニールの後を追う。

 

 

        *

 

 

「少しそこで待っていろ」

 

 そう言ったイグニールは上空から下にある森を指差し、何処かへ飛んでいってしまった。有無を言わせないイグニールに内心愚痴を零しながらリヴァルターニは指示された地点に着陸し、手の中でテューズが動いたのを感じてその様子を確認する。

 手の中のテューズは目を覚ましたようで、目蓋を擦りながら大きな欠伸をしていた。

 

「ふぁ……ここ、どこ?」

「さて、な…危険な場所ではないと思うが──」

「あ、蝶々!」

「ちょっと待ッ!? 危なッ!」

 

 目の前をひらひらと優雅に飛ぶ蝶に興味が移り、蝶を捕まえようと掌から身を乗り出して落ちそうになったテューズをもう片方の手を使って足場を作り、地面に降ろす。

 全身から冷や汗が吹き出したリヴァルターニの気など全く気にする様子もなく、テューズは無邪気に蝶を追いかけ回している。

 

「そんなに走り回っていると転ぶぞ?」

「ん〜、大丈夫──べッ!?」

「おい! …全く、言ってるそばから…」

 

 勢いよく転倒したテューズはむくりと起き上がり、その瞳に大きな涙を浮かべる。

 

「ま、待て! 落ち着け! どこが痛かった!? そなたの傷なら私が治してやる! だから取り敢えず泣くのは──!」

 

 残念なことにオロオロと動揺するリヴァルターニの声は一切届かず、小さな身体に見合わぬ大きな声が森中に木霊した。普段なら竜に怯えて隠れている動物達も子どもの泣き声に釣られて姿を現し、リヴァルターニに冷たい視線を送る。

 

(何故私がそんな目で見られる!? 私か? 私が悪いのか!?)

 

 当然子供をあやした経験など微塵もないリヴァルターニが大いに慌てふためいていると、背に金髪の女性を乗せたイグニールが呆れ顔で空から降りてきた。

 

「何をしているんだお前は…」

「イ、イグニール! どうすればいい!? こういう時はどういった行動が最善なんだ!?」

「少し落ち着け、全く…アンナ、頼めるか?」

「えぇ、勿論です」

 

 狼狽えるリヴァルターニを見たイグニールは、それまで彼の中にあったリヴァルターニの厳格なイメージが音を立てて崩れる様に頭を押さえながら、アンナと呼んだ女性を地に降ろす。

 イグニールの背から飛び降りたアンナは、地面に座り込んで泣きじゃくるテューズの元へと駆けて行った。

 

「人間だと!? 貴様、それ以上テューズに近づくと──」

「えぇい、黙ってみてろ! このポンコツドラゴンがッ!」

 

 アンナに対し、警戒心剥き出しで吠えるリヴァルターニの頭をイグニールの拳骨が襲う。そのあまりの痛みに頭を押さえ涙を浮かべながら抗議しようとイグニールを睨むが、そのイグニールはフンスッと鼻息を鳴らすと顎を使ってテューズの方を見るよう促した。

 

 リヴァルターニが視線を向けると、アンナはテューズを抱き起こして立たせてやり、膝などについた埃を払ってやると優しくテューズの頭を撫でてやっている。

 

「大丈夫よ、すぐによくなるから。ね?」

 

 すると先ほどまで泣き叫んでいたテューズは嗚咽をもらす程度にまで落ち着き、アンナの言葉に頷いて相槌をうてるようになっていた。

 

「なんと…凄まじいな」

「それに比べてお前は…情けないな、リヴァルターニよ」

「うぐ…」

 

 感嘆するリヴァルターニをジロリと睨みニヤリと笑うイグニール。言い返そうにもぐうの音も出ず黙ってしまったリヴァルターニの元へ、テューズを抱き抱えたアンナが戻ってきた。

 

「最初はみんなそんなものですよ。私もそうでした」

「…随分と手慣れているように見えたが」

「喧嘩ばかりする子達の面倒を見てますので、恐らくそのお陰ででしょう」

 

 ね? とアンナに同意を求められ、イグニールはばつが悪そうに目を逸らす。アンナの言う喧嘩ばかりする子に心当たりしかない。元気がいいのは良いことだと思うものの、毎度毎度アンナに手間をかけさせていることに申し訳ないと感じてはいたのだ。だからと言って大人しくしてくれる子ではなかったようだが。

 

「そうかなるほど、コレにテューズの教育を任せるのか」

「その通りだが、コレとか言うなポンコツ」

「ポンッ──!? さっきから聞き捨てならんぞイグニール!」

「ハッ! 確かにお前の魔力や戦闘力は並々ならぬものだが、育児に関しては正しくポンコツだろう?」

 

 鼻で笑うイグニールと青筋を立てたリヴァルターニが火花を散らせる中、アンナが低い声でイグニールの名を呼んだ。顔は笑っているが明らかに怒気を含んだ声色にリヴァルターニまでもが冷や汗を浮かべる。

 

「喧嘩なんてしたらまたこの子が泣いてしまうでしょう」

「「はい…すみません」」

 

 しょぼくれてしまい、竜の威厳など微塵も感じさせない二頭見て困ったように微笑んだアンナは腕の中で再び泣きそうになっているテューズの頭を撫でる。

 

「この子に物事を教えるのは構いませんが、例の件はどうするんです?」

「例の件?」

「あぁ、まずはそれを説明しなければな…」

 

 ポリポリと頭を掻きどこから話そうかと暫く考え悩んでいたイグニールは、一度息をつくとリヴァルターニの瞳を見据えて口を開いた。

 

「まず、オレはアクノロギアに殺された。魂を奪われたのだ」

 

 リヴァルターニはその言葉をすぐには理解できなかった。あの炎竜王イグニールが、自身の知る限り最強の竜である彼が自分と同じようにアクノロギアに敗北し、魂を奪われたなど。

 思わず息を飲む。イグニールは未だリヴァルターニを見据えており、顔を伏せたアンナの腕の中でただならぬ雰囲気に不安げな表情を浮かべるテューズと目があった。

 

「嘘ではないようだな…信じられん」

「それほどまでに、アクノロギアは強力だったのだ」

 

 少しばかり落ち着きを取り戻し目を伏せるリヴァルターニに、イグニールはそう気を落とすなと肩に手をかけ口角を上げる。

 

「オレもただではやられん。奴を倒すための策は考えている」

「策…? そなたでさえ勝てぬのなら他にアクノロギアを倒せる竜などいないだろう。弱体化している我々が束になった所で勝てる相手ではないぞ」

「あぁ、普通の方法では無理だろうな。アンナ」

 

 イグニールに呼ばれたアンナはテューズに森で遊んでくるようにと言ってその場から立ち去らせ、リヴァルターニにイグニールの策を説明し始めた。

 他の竜と共に今よりも魔力の満ちた時代に行き、その時代でアクノロギアを討つということ。それまでは延命の為にも自分達の子の中に入り、子ども達がアクノロギアのように竜化してしまわないよう抗体を作ること。

 

 その策を聞いてリヴァルターニは言葉を失った。

 時代を越えるということにも驚きだが、人間の中に入るなどそう思いつくことではない。確かにそれならば延命は出来るだろうが、一度外に出てしまえばそのまま昇天してしまうだろう。

 そこまでしてもたった一度のチャンスを作ることしかできない。

 

「勝算はどれくらいある」

「お前が協力してくれれば勝算はそれだけ上がる」

「私にも協力しろと?」

 

 イグニールはその問いに首を縦に振って答えると頼むと言って頭を下げる。どの道消えてしまうのだから、あの忌々しいアクノロギアに一矢報いる為この策に賭けるのも悪くはない。それに、こうして頭を下げるイグニールの頼みを断ることなどリヴァルターニには出来なかった。

 

「分かった。引き受けよう」

「助かる。お前が協力してくれるなら心強い」

 

 そう言って安心したように息を吐いたイグニールは、次に他の竜達と共にアンナの元へ集まる予定の日時をリヴァルターニに伝えると一人残して来た息子が心配だとアンナを連れてその場から飛び去って行った。

 

「…終わった?」

 

 リヴァルターニが一人でいることに気付いたテューズの問いに肯定を返すと、テューズはリヴァルターニの元へ駆け寄っていき彼の大きな手に抱きついた。その様子を愛らしいと思う反面、リヴァルターニは胸が締め付けられる様な感覚を感じていた。

 

 こんな子どもに魔法を、戦い方を教えることに心が痛んだ。遥か先の未来に於いてテューズがアクノロギアと相対することになることは想像がつく。自分達の戦いに子どもを巻き込んでしまう事に胸が痛むリヴァルターニだが、自衛の為にも魔法を教えておいて損はないと自分自身に言い聞かせる。

 

「…お腹、空いた」

 

 そのテューズの呟きを裏付けるようにお腹が鳴り、それに呼応したのかリヴァルターニの腹の虫も騒ぎ出す。一先ずは家に帰り腹を満たしてから考えようと判断すると、リヴァルターニはテューズを連れてその場から飛び去って行った。

 

 

        *

 

 

「そなた、魔法に興味はあるか?」

 

 見晴らしの良い崖で海を眺めながら腹を満たしていた時、リヴァルターニからの問いに果実を頬張っていたテューズは首を傾げる。そして何度か瞬きをした後、リヴァルターニに魔法とは何なのかと質問を返した。

 

「そんな気はしていたさ…魔法に関しては実際に見たほうがはやいか」

 

 記憶のないテューズは魔法についても覚えていないだろうと予想していたリヴァルターニは、崖から僅かに上昇すると遠くの海に浮かぶ岩を狙いブレスを放つ。

 リヴァルターニの口から放出された水は狙い通り岩に直撃し、その岩を跡形もなく消し去った。

 

「…すごい」

「今見せたのが私の魔法、"大海魔法"だ」

 

 そう言いながら、リヴァルターニは頭の中で激しく思考を巡らせていた。全ての人間が魔法を使えるという訳ではなく、魔法を行使する事が出来る人間は極一部。幸いテューズからは魔力を感じたためその点は心配ないと分かっているのだが、問題は何を教えるかだった。

 

 こうしている間にも未来へ行く計画は着々と進んでおり、魔法を教えられる時間は限られている。そんな限られた時間で全てを教えることなど不可能であるため何を習得させるかを決めなければならなかった。

 取り敢えず習得とまではいかなくても知識だけは叩き込むつもりではあるのだが、習得出来るものはさせておきたい。

 故にリヴァルターニは自身の使う魔法を頭の中に選択肢として浮かばせていた。

 

「テューズ、転んだ時に傷が出来ていただろう。見せて欲しい」

 

 言われた通りに擦りむいた膝を見せたテューズに手を伸ばし、リヴァルターニは傷口に魔力を流し込む。すると傷は見る見る内に癒えていき、その傷はまるで最初から無かったかのように姿を消した。

 

「これが治癒魔法。そなたに教える最初の魔法だ」

「ひりひり、しない…!」

 

 痛みの消えた膝を何度か曲げた後、テューズはキラキラと瞳を輝かせてリヴァルターニを見つめる。無邪気に喜ぶテューズの姿を見て、リヴァルターニは自分の頬が緩んでいるのを感じた。

 

「幾ら体の傷を治せても、魔法で癒せないものもある」

「魔法で、治せないもの…って?」

「心の傷だ。それは魔法ではなく、誰かとの繋がりが癒してくれる。そなたが私にしてくれたようにな」

 

 頭を撫でられたテューズは目を細めるが、自分がリヴァルターニに何かをした実感などないために再び首を傾げる。

 

「繋がりを大切にしろ、ということだ」

 

 人間に対する価値観によって対立し、一度繋がりを失ってしまったリヴァルターニはその大切さをよく知っていた。その失った繋がりもテューズによって再び結ばれている。

 だからこそ、今後テューズの助けとなるよう時間の許す限り多くの魔法を覚えさせてやりたい。そんな思いを胸にリヴァルターニは熱心に授業を始めた。

 



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魂竜の術

 

 月日は流れ、苦戦はしたもののリヴァルターニは自身の持つ魔法をなんとか知識としてテューズに伝えることができた。攻撃魔法や治癒魔法、補助魔法に滅竜奥義に至るまで全てを叩き込んだ。

 後はテューズの成長に伴い使えるようになっていくだろうと考え、リヴァルターニはテューズを連れて恒例の集会へと向かっていた。

 

「大丈夫か? テューズ」

「うん、大丈夫。心配しないで」

 

 リヴァルターニの背に乗るテューズは出会った当初と比べて流暢になり、集会で会うアンナによって読み書きに関してもある程度は出来る様になっている。しかし良いことばかりという訳でもなく、リヴァルターニはその集会に気が進まなかった。

 

「テューズ! こっちこっち!」

 

 リヴァルターニを視認した金髪の少年が空に向かって両手を振る。少年に気付いたリヴァルターニが着地すると、テューズは背中から飛び降りて少年の元へ駆けて行った。

 

「スティング君! 久しぶり!」

「みんなもう来てる。行こうぜ!」

 

 スティングに手を引かれ森の奥へ消えて行った二人を見送り、リヴァルターニは別方向へ進んでいく。これから始まるであろう事を考えると気が乗らず、自分もテューズの方へ行きたいと心の中で愚痴を零した。

 

「浮かない顔だな。幸せが逃げるぞ」

「幸せならついさっきまで背中に居たが、そなたの子に連れられて行った」

 

 声をかけてきた長い髭を生やした白竜に溜息まじりに返答すると、リヴァルターニは既に集まっている5頭の竜達の顔を見渡した。

 顔や胸に傷痕を付けたニヤニヤと笑う赤い竜、イグニール。鱗ではなく全身に鋼鉄纏う銀色の鉄竜メタリカーナ。リヴァルターニを温かい目で見る白い羽に覆われた天竜グランディーネ。先程声をかけてきたバイスロギア。赤い目に真っ黒な体が特徴的な影竜スキアドラム。

 

 皆テューズを拾う前からリヴァルターニと交流があり、そして彼が人間に敵対していた時には対立していた古くからの友人達だ。

 

「人間嫌いのリヴァルターニがこうも変わるとはな。"あの"リヴァルターニが」

「人間と共存するなど愚かしい…だったか? 共存するくらいなら死を選ぶ〜とも言っていたな」

「くっ、うるさいぞバイスロギア、メタリカーナ。だからここに来るのは嫌だったんだ…!」

 

 会う度以前と比べられて揶揄われ続け、リヴァルターニは頬を膨らませてそっぽを向く。このやり取りの起点となるのは総じてリヴァルターニの親バカ発言なのだが、当の本人はその事実に気付いていない。

 

「このやり取りを見られるのも後少しか…名残惜しいな、リヴァルターニ」

「私としては清々するのだが?」

「またそんな事を言って…でも本当は私に会えなくなるのは寂しいでしょう?」

「くたばれ、二度とその面見せるな」

 

 イグニールの言葉には苛立ちを隠して返答していたリヴァルターニだが、グランディーネに対しては感情を一切隠さず顔を顰めて返答した。その言葉におよおよと嘘泣きをするグランディーネを慰め、竜達はリヴァルターニにブーイングを浴びせる。

 

「えぇい喧しい! とっとと本題に入れ!」

 

 青筋を立てて叫ぶリヴァルターニに他の竜達は渋々といった様子で従い、真面目な表情へと切り替わった。

 

「エクリプスを開く日が決まった。7月7日だ。恐らくこの集会もこれが最後だろう」

「では、それまでに魔水晶(ラクラマ)を取り出さねばな…」

「…本当にやるのか?」

 

 不安そうな眼差しを向けてくるリヴァルターニに、スキアドラムは小さく頷いた。

 彼が計画しているのは、自身の体内にある魔水晶を彼の子どもであるローグに埋め込み、更には竜を殺したという実績を与えるためローグがスキアドラムを殺したと記憶改竄するというものだ。

 スキアドラムの他にその計画を実施しようとしているのはバイスロギアのみであり、リヴァルターニはその計画に乗る気はなかった。

 

「幾らなんでも、子に親を殺させるというのはな…」

「ほう? テューズは好きだが他の人間は嫌い、とか言っていたのに」

「テューズ以外の心配もするのか」

「貴様らは…ッ! いちいちそれを挟まなければ会話出来んのか!」

 

 いつものようにからかってくる二頭に苛立ち、地団駄を踏むリヴァルターニの鼻息が荒くなる。

 その様子に満足したメタリカーナとバイスロギアはニヤニヤと笑いながら謝罪を述べ、リヴァルターニも落ち着きを取り戻した。

 

「…はぁ、そなたらがやると決めたのなら何も言わん」

「心配するな。その辺りもちゃんと考えている」

 

 スキアドラムがそう言うと、リヴァルターニもその言葉を信じて納得し彼らの話題はそれぞれの近状報告に移っていく。自分の教えた魔法をすぐに覚えただとか、自分にこんな事をしてくれたなどと子ども自慢に花を咲かせながらも、今後の計画についてしっかりと話し合い段取りを確認した。

 

 一方、スティングに連れられて行ったテューズは頬を膨らませ目に涙を浮かべていた。

 

「僕も抱っこ!」

「ダメだ! 今オレの番だから」

「さっきからずっとナツの番だもん!」

 

 アンナの膝の上に座るナツは腕を引っ張るテューズに抵抗し、つい突き飛ばしてしまった。その様子を見ていたアンナは尻餅をつき唇を噛み締めて泣くのを堪えるテューズを抱き上げて膝に乗せ、泣きそうなテューズを見て動揺していたナツの頭を撫でてやる。

 

「こうして二人で座ればいいでしょう?」

 

 二人を抱きしめ、優げな声色でそう言葉をかけるとテューズは黙ってそれに頷き、ナツは恥ずかしさから顔を赤くしてアンナの膝から降りてしまった。

 

「抱っこなんかの何処がいいんだか…イカれてるぜ」

 

 そう吐き捨ててそっぽを向くガジルをローグは目を輝かせて見ていたが、滅竜魔導士の優れた聴覚でガジルの言葉を聞いたナツがガジルを元へやってきた事によって物陰に隠れてしまう。

 

「アンナ先生ってなんかいい匂いするんだよ」

「? だったら別に抱っこじゃなくてもいいだろ」

「確かに…頭良いな、お前」

「バカにしてんのか!?」

 

 なるほどと感嘆した様子のナツに呆れながらガジルはアンナを一瞥する。甘えたい気持ちはあるのだが、ナツ以外の子ども達が自分より幼い中それに混じるというのはプライドが許さなかった。

 

「いい歳して抱っこなんて…だせぇな」

「あ?」

 

 それ故に、自分と同年代であるにも関わらず小さい子達に混じっているナツについ悪態をついてしまう。今の言葉に腹を立てたナツとガンを飛ばしあい、一触即発の二人をスティングとローグは少し離れたところからジッと見つめる。

 

「今日はナツさんが勝つな!」

「いや、今回もガジルが勝つ」

「でもその前はナツさんが勝ってた」

「その前の前はガジルだ」

 

 普段は仲の良い二人なのだが、互いに憧れの人の勝利を主張しているため段々と口論に変わっていく。そこからどちらが勝つかではなくナツとガジル、それぞれの凄いところを言い合うように話が変わっていった。

 当のナツとガジルが二人を見てる事に気付かずに二人はヒートアップしていき、恥ずかしさから二人を止めようとナツ達は仲裁に入る。

 

「良かった。また喧嘩しなくて」

 

 安堵して言葉を漏らしたウェンディにアンナはそうねと返答した。ナツとガジルが衝突するたびにウェンディやテューズが仲裁しようとしてくれるのだが、まだ幼い二人ではどうすることも出来ずに泣いてしまう事も多い。

 アンナもナツ達の喧嘩には手を焼いていたが、こうしてスティングとローグがこうして意図せずに喧嘩を止めることもあった。

 

「あら? …終わったみたいね」

 

 アンナがそう呟くと同時に空からドラゴン達が各々の子どもを迎えに飛来し、子ども達は別れを惜しみながらドラゴンに連れられて帰っていく。

 リヴァルターニの背に乗るテューズは何度も名残惜しそうに振り返り、次に会えるのはいつなのかと尋ねた。

 

「近いうちにまた会えるだろう。今日は楽しかったか?」

「うん。スティング君とローグ君とはいっぱい話せたし、書ける文字が増えてアンナ先生に褒めてもらった! ウェンディと治癒魔法の練習もしたよ」

 

 リヴァルターニからはテューズの表情は見えないが、楽しそうに話す表情がありありと浮かび笑みが溢れる。

 テューズに絆された事により心に隙ができ、テューズという大きな弱点も増えたというのにリヴァルターニはこの変化が心地よく感じていた。

 

 風切音の中、人間より発達した聴覚を持つリヴァルターニはテューズのお腹が鳴った微かな音を拾い食料を調達するために一度森へ降りた。

 

「ここで待っていろ」

 

 そう言い残して果実を探しに行ったリヴァルターニを待つテューズは木の幹に背中を預けて座り込む。次第に段々と目蓋が重くなり、船を漕ぎ始めた。

 

 

        *

 

 

 鼻腔をくすぐる草の匂いに目を覚ます。まだ重い目蓋を擦り、何とか目を開けたテューズはくらくらする頭で周囲を見渡した。

 リヴァルターニと住んでいた海蝕洞ではなく、目の前に広がるのは森。ここが何処なのかが分からず、自身の記憶を探ってみる。

 

(…確か、リヴァルターニと一緒に遠出してたんだっけ)

 

 彼の中に眠る最後の記憶を掘り起こし、思い出しのはリヴァルターニの提案で遠くへ来ていた事。そして、そこで食料を調達する為にリヴァルターニは果実を探しに行った事だ。

 しかし、その記憶すらも靄がかかったようで曖昧な物になっていた。

 

「…リヴァルターニ? どこ?」

 

 よく知らない所に一人でいる不安から、涙声でリヴァルターニの名前を呼ぶも返事はない。段々と不安だけでなく恐怖を感じ始め、小走りで周囲を探して回る。

 その努力も虚しく、幾ら探してもリヴァルターニは見つからない。それどころかあの大きな足跡もなく、リヴァルターニの匂いすらも一切感じられなかった。

 

「…もうやだ。帰りたいよ…」

 

 探せど探せど見つからないため、テューズは膝を抱えて蹲る。潮の香りを感じなられないことから海がこの近くにない事が分かり、自力で帰る事も不可能だ。

 暫く蹲っていたテューズは手の甲で涙を拭って立ち上がると、ここでジッとしていても仕方がないと意を決してリヴァルターニを探す為に歩みを進めた。

 

 

        *

        

 

 リヴァルターニを探し始めてから1年の月日が流れた。

 テューズはあちこちを転々としながらリヴァルターニの情報を探しているが、未だに有力な情報は無い。

 

 1年と言う月日の間に多くの村や街を周り、幼い少年が一人で旅をしている事を心配した大人達に一緒に住むよう提案されたり、時には迷子として保護されかけた事もあった。

 今日もまた保護されそうになったところを逃げ出して来た所で、肩で息をしながら後方を確認しうまく撒いたことを確認する。

 

「…ここまで来れば大丈夫」

 

 近くの森まで逃げたテューズが安堵の息を漏らしたその時、空から何かが落ちるのが見えた。落ちた物が何なのか好奇心に駆られたテューズは茂みをかきわけて向かってみる。

 

(これって…卵…なの?)

 

 その先で見つけたのは紫色の模様が入った白い卵のような物。そのあまりの大きさにこれが本当に卵なのかと疑問に思い、テューズは何度か叩いてみた。

 他にも匂いを嗅いでみたりしたが結局分からず、卵なのだろうと思う事にしたテューズは次に何故これが空から落ちてきたのかという疑問が浮かぶ。

 まだ幼いテューズが答えを導き出せる筈もなくウンウンと唸っていると、自分と同じように茂みを掻き分け何かを探す少年を見つけた。

 

「君! この辺りに何か落ちてこなかったか!?」

 

 どうかしたのかと近づいたテューズに気付いた青髪の少年はテューズの肩を掴み、必死の形相でそう問いかけた。いきなりの事にビクビクと体を震わせながら先ほど見つけた卵の方を指差すと、少年は卵の方へ駆け寄って行った。

 

「エクシードの卵。何でアースランドに…」

 

 顎に手を添えてぶつぶつと何かを呟く少年は振り返ると、恐る恐る声をかけようとするテューズの元へ戻ってくる。

 

「あの…」

「怪我は無かったかい?」

「へ? う、うん」

「それは良かった…オレはジェラール。詳しくは言えないけれど、怪しい者じゃないんだ」

 

 先程の形相とは一転して優しげに笑うジェラールを見て、テューズは動揺しながらも軽く自己紹介する。

 

 実は、先程アニマの気配を感じたジェラールはその方向で空から何かが落ちるのを目撃し、エドラスからアニマを通じて何かが送り込まれたのではないかと思い捜索に来ていたのだ。

 故に、そんな事をテューズに言える筈もなかった。

 

「ジェラールは、あの卵について何か知ってるの?」

「え? …いや…知らないかな?」

「でもさっきエクシード? の卵って言ってたでしょ?」

「聞こえていたのか!?」

 

 驚くジェラールに頷いて肯定するテューズ。滅竜魔導士であるテューズの聴覚は発達しているため、普通では聞き逃してしまうような呟きも拾う事ができる。

 

「エクシードってどんな動物?」

「えぇと…それは…」

 

 テューズをエドラスの件に巻き込むわけにもいかない為どう誤魔化そうか思考していたジェラールに追い討ちをかけるように質問するテューズは、自分の知らない未知の存在に目を輝かせていた。

 

「この卵、孵すの?」

 

 テューズから投げかけられたその疑問にジェラールは言葉が詰まってしまった。正直言ってそんな事考えていなかったのだ。エクシードの卵だと知ったのもついさっきで、見つけてからはテューズをどう誤魔化すかに頭を働かせていた為この先の事など一切考えていなかった。

 

 どうしようかと考えた時、ジェラールの脳裏に浮かんだのは自身を救ってくれたエクシードの姿。彼がしてくれたように自分もこのエクシードを面倒を見る。それが恩人への恩返しになるような気がして、ジェラールはこの卵を返す事を決心した。

 

「じゃあ、それまで僕もついて行っていい?」

「えぇ!? そ、それは危険だからダメだ」

「お願い! 僕、そのエクシードっていうのを見てみたいんだ!」

 

 両手を合わせ、頭を下げるテューズの姿が以前老人の元に預けてきた少女と何処か重なって見えた。

 それだけでなく、エクシードが帰るまでの間ならあまり危険な事もできない事や、そもそも一人でいる幼い少年を放っておく事もできないなど考えれば考えるほど断る理由が無くなっていき、結局ジェラールはテューズの同行を受け入れる事にした。

 

 

        *

       

 

「じゃあ、君はそのドラゴンを探して…?」

 

 卵を孵す為に洞窟を探し出し、その洞窟内で卵を温めている最中にテューズから話を聞いたジェラールは非常に驚いた。

 何処かウェンディに似た雰囲気を持つ子だと思っていたが、まさか彼女と同じように育て親のドラゴンを探しているなんて想像もつかなかったからだ。

 

「海竜リヴァルターニっていうの。知ってる?」

「いや、聞いたことないな」

 

 ウェンディと別れた後も彼女の為に竜の情報を集めていたジェラールだが、初めて聞く名前に首を横に振る。そもそもドラゴンの噂なんてものは滅多に耳にしないし、あったとしてもそれらは出任せばかり。実際に本物のドラゴンを見たであろう人間はウェンディくらいだった。

 

「以前君と同じようにドラゴンを探していた子を知ってるけど、その子も手がかりは何一つなかったと思う」

「僕以外にもドラゴンに育てられた人が居たんだ…」

 

 自分以外にも同じ境遇の人間がいると聞いて、テューズの口元が緩む。今までドラゴンについて尋ねた際には冗談だと思われたり、酷い時には妄想だ、ドラゴンなんて実在しないと一蹴された事もあった。

 1年間もそれが続き、もしかして本当にドラゴンは実在しなかったのではないかという最悪の考えが何度か脳裏をチラついていたのだが、ジェラールの話でその考えは間違いだと安心できた。

 

「もしかしたら君達以外にもいるのかもしれないな」

「うん!」

 

 頷くテューズの頭をジェラールが撫でる。テューズにはそれが何処か懐かしく感じられ、酷く安心できる。

 最初はジェラールに対して幾許かの警戒心を持っていたテューズだが、今ではすっかりジェラールに懐いていた。

 

 そうして二人が卵の面倒を見続けていると、初めは稀に動く程度だった卵は日が経つにつれて段々と動く頻度が短くなり、ジェラールはそろそろ孵化する頃だろうと推測していた。

 

「ねぇジェラール、早く話の続きが知りたい!」

「今は食事中だろ? 話はこれを食べてからだな」

 

 ジェラールがそう言うと、テューズは果実を早く食べようと口に目一杯詰め込んだ。ジェラールは今まで旅をしてきて見たものをテューズに話して聞かせていたのだが、テューズはその話を気に入ったようで毎日聞かせて欲しいと言っていた。

 

「こら、ちゃんと味わって食べないとダメだぞ」

「むぐ!? むむむ…」

 

 ジェラールがそう言うと、テューズは渋々と言った様子でさらに詰め込もうと両手に持っていた果実を置きゆっくりと咀嚼する。

 その様子を苦笑いを浮かべながら眺めていたジェラールはふと卵が気になり、そちらに視線を移すと卵に罅が入っている事に気がついた。

 

「テューズ! 卵に罅が!」

「ん"ぐ!?」

「だ、大丈夫か!?」

 

 驚いて喉に詰まらせたテューズに水を渡して胃に流し込ませ、無事を確認したジェラールは卵を回転させてテューズに罅の入った面を向けて見せてやる。

 

「本当だ…じゃあもう生まれるの?」

「あぁ、多分もうすぐ──」

 

 テューズの疑問に答えようとしたジェラールの言葉を遮るように卵は強い光を放ち、二人は余りの眩しさに目を瞑る。

 光が消えて目を開けた二人の前には真っ二つに割れた卵。そして、その中心にはちょこんと座る紫色の猫がいた。

 

「ジェラール! 生まれた! 生まれたよ!」

「良かった…」

 

 待ち侘びた瞬間にテューズは興奮して飛び跳ね、ジェラールは無事に孵化させる事ができて安堵の息を漏らした。

 

「ねぇジェラール、エクシードって猫の事だったの?」

「いや、エクシードは大きな特徴として(エーラ)っていう魔法が使えて、羽が有る筈なんだけど…」

 

 ジェラールが生まれたエクシードの羽を探して背中を覗き込むが、見つからない。このままでは翼があると聞いて期待の眼差しを送るテューズをがっかりさせてしまうのではと危惧したジェラールが脂汗を浮かべると、彼の心情を読んだのかエクシードは翼を生やすとテューズ前を幾度か舞い、元の位置に戻った。

 

「凄い! 本当に飛んだ! ねぇねぇ、この子の名前はどうするの?」

「名前か…綺麗な紫色だし、パープルなんてどうかな?」

 

 テューズとジェラールが何度かパープルと呼びかけてみたが、パープルは不服そうに目線を逸らし、遂には二人から顔を背けてしまう。

 

「あれ…? 気に入らなかったのかな…。テューズは何かいい名前あるかい?」

「え? …えぇと、どうしようかな…」

 

 首に手を添え、熟考の末に色々な事を感じられるようにという願いを込めて"フィール"という名前を提案した。その提案を聞いたエクシードは顔を顰めた後、妥協したように溜息をつくとフラフラと飛んでテューズの頭に着地する。

 

「これは…気に入ったのか…?」

「どうだろ…?」

 

 試しにテューズがフィールと呼んでみると、返事のかわりなのかペシペシとテューズの頭が叩かれた。それがYESという意味なのか、それともNOなのか判断がつかずあたふたするテューズ。

 そんなテューズに、先程自分が提案したパープルに比べれば反応があるだけ良い方だろうと考えたジェラールは多分気に入ってるから大丈夫と声をかける。

 

「そうなの? フィール」

 

 テューズがそう問いかけると、頭上のフィールはフイッと顔を背ける。しかしそれは先程とは違い、ジェラールの目には照れているように見えた。

 

「それじゃあフィールに決定かな」

「よろしくね、フィール!」

 

 そう言って頭上のフィールを顔の前に抱えると、テューズは満面の笑みを浮かべた。

 




ー本文では説明していなかったことー

・テューズが目覚めた時、明確に文字にはしていませんでしたが既に魂竜の術が発動し、x777年になっていました。

・パープル-フィールの最初の名前、多分ミストガンのネーミングセンスはジェラールと似ていると予想して出来たもの。編集時に付け足されたシーンになりますね。


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化猫の宿

 

 フィールが生まれた翌日、身支度を済ませたジェラールは杖と大きなリュックを背負うとフィールを腕に抱きかかえながらテューズに別れの挨拶をしていた。

 

「すまない、ここからは危険だから連れて行くことは出来ないんだ」

「やだ! 危険ならジェラールだって危ないでしょ!? 僕も行くよ!」

「ダメだ! これはオレの問題だから…巻き込む訳にはいかないんだ」

 

 ジェラールは心を鬼にして泣きじゃくるテューズを突き放す。これから彼はまた各地を転々としながらアニマを閉じて回る。アースランドとエドラスを繋ぐアニマに関わる為、一歩間違えればエドラスに送られてしまう危険と常に隣り合わせになってしまう。

 

「テューズは何処か近くのギルドに入ると良い。本当はギルドまで連れて行ってあげたいんだけど…」

 

 ジェラールは申し訳なさそうに目を伏せる。近くのギルドに連れて行ってあげたいというのは彼の紛れもない本心なのだが、ジェラールにはそれを出来るような時間が無かった。

 

 というのも、フィールを孵化させる間ジェラールはアニマを閉ざす事が出来なかったため、今まで放置していた分幾つかのアニマの気配を感じ取っていた。

 一刻も早くアニマを閉ざさなければどんな影響があるか分からない。その為、テューズをギルドに送り届ける余裕は無かった。

 

「頼む、わかってくれ…」

 

 頭を下げ、震える声で懇願するジェラールに何も言えなくなってしまい、テューズは唇を噛み涙を堪えると分かったと声を絞り出す。

 

「…ありがとう。ドラゴン、見つかるといいな」

 

 悲しそうな顔でテューズの頭を撫で、ジェラールはフィールを抱えてテューズの元から去って行く。その後姿を眺めるテューズはジェラールとの思い出がフラッシュバックし、涙が溢れて止まらない。

 1年振りに誰かと暮らした。また一人ぼっちに戻ると思うとどうしようもなく寂しくなってジェラールに手を伸ばすが、迷惑はかけられないと拳を握り、俯いて声を殺す。

 

 その様子をジェラールの肩越しから見ていたフィールはするりとジェラールの腕を抜け、小さな羽をはためかせてテューズ元へ飛んで行こうとする。

 

「フィール!? 一体何を!?」

「…私はあの子と一緒に居ます」

 

 驚愕するジェラールに言葉を返すと、フィールはフラフラとテューズの元へ向かい彼の頭に乗った。

 

「…フィール?」

「一緒に居る…から」

「え"ぐ…フィール!」

 

 一人ぼっちに戻ると思っていたテューズはフィールの一緒に居ると言う一言が嬉しくてたまらず、感涙に咽び泣く。

 そんな彼らを見たジェラールは目頭が熱くなり、一度手で拭う。エドラスに関する者であるエクシードをテューズの側にいさせるのも気が進まなかった為フィールを連れて行こうと考えていたが、どうやらその必要はないらしい。

 テューズが一人で大丈夫だろうかと心配していたジェラールは、これなら大丈夫そうだと安心すると彼らに背を向けて歩き出した。

 

「ジェラール! また会える…?」

「あぁ、必ずまた会えるさ」

 

 足を止めたジェラールは振り返る事なくそう言い残すと去って行き、ジェラールを見送ったテューズはまた会えるという言葉を信じ、希望を胸に涙を拭う。

 頭のフィールを撫でると自身も洞窟に戻り、身支度を整えてジェラールとは反対方向へ進み出した。

 

 

        *

 

 

 その後、テューズはジェラールに言われた通り近くのギルドに加入する。ということはなく、何処のギルドにも属さずにフィールと共にリヴァルターニを探し続けていた。

 しかし手がかりなど微塵もなく、二人は偶然見つけた木の切り株を椅子代わりに昼食を取ることにした。

 

「ん、これ美味しいよ」

「色々と貰いましたね」

 

 先程立ち寄ったお店でテューズを心配した店主に貰った弁当を広げ、そのおいしさに頬を緩ませる。フィールが他に貰った物を探ってみると、飲み物やお菓子、更にはこの付近の地図までもが入っていた。

 

「今は大体この辺りですかね…?」

「へぇ、近くにギルドがあるんだ」

 

 フィールが地図を見ていると、テューズも弁当をつつきながら地図を覗き込む。彼の言った通り、地図にはこの先を進んだ辺りにギルドあると記載されている。

 そのギルドに立ち寄ってみようかなどと話していると、テューズが突然振り向き茂みの方を睨む。

 

「どうかしました?」

「今何かいたんだけど…」

 

 足跡や僅かな気配を感じた気がしたのだが、テューズの見つめる先には何もない。気のせいかな? と疑問符を浮かべたテューズは再び弁当を食べ始めるが、フィールは辺りを見渡して索敵する。

 すると、先程テューズが睨んでいた茂みのすぐ近くから二人の様子を窺う猪の姿を発見した。

 

「テューズ! 後ろ!」

「!?」

 

 猪が涎を垂らしていることから危険を察知したフィールはテューズに報告し、それと同時に猪がっかり猛スピードで突進してくる。横に飛ぶことで猪のタックルを回避したテューズは急いでリュックを手に取り、フィールを抱えて猪から一目散に逃げ出した。

 

「危ない!」

「ッ!?」

 

 子どもの足で野生の猪から逃れられる筈もなく、獲物に狙いを定めた猪が突撃するのをフィールが目撃し、フィールの警告によって紙一重で猪の攻撃を回避する。

 

「テューズ、さっき地図に載ってたギルドに──」

「もう向かってる!」

 

 フィールが攻撃を察知し、それに合わせてテューズが回避。単調な攻撃を繰り返す猪をそうやって何度もいなしながらひたすらに走り続け、助けを求める為ギルドを目指す。

 途中何度か魔法で応戦を試みたが火力不足か効いている様子は無く、それどころか怒った猪は更に興奮してしまった。

 

「嘘ッ!? もう一体来てます!」

 

 自分達を追ってくる猪に集中していたフィールは、視界の端にもう一頭猪がこちらに向かってきていることに気づいた。匂いか、それとも騒音に引かれて来たのかは分からないが、もう一体の猪も自分達を狙っていることは理解できた。

 フィールの警告に合わせて何とか躱していたテューズだったが、その小さい体で二頭の猪を相手するのは無理があり遂に猪の突進がテューズを捉えた。

 

「かはッ! …ぅ…」

「テューズ! しっかりして!」

 

 巨体に吹き飛ばされたテューズは木に背中を打ちつけられ、地面に転がると苦しそうに咳き込み立ち上がれそうにない。今の一撃で骨が何本かやられ、呼吸するだけでも苦しい程だった。

 二頭の猪は倒れたテューズの元へやってくると、奥歯を鳴らして震えるフィールを無視してテューズが倒れた際に撒き散らした荷物の方へ向かって行き、争うように食糧を漁っている。

 

(目的は私達ではなく、私達の持っていた食材…?)

 

 猪の狙いに気づいたフィールが咄嗟の機転で、自分の持っていた食材を丁度二頭の間の辺りに放り投げた。

 それに反応した猪達は同時にその食材を狙い、唸り声を上げて対峙する。睨み合いが続いていたが、痺れを切らせた一頭が食材を咥えて森の奥へと逃走し、もう一頭もそれを追って森の奥へ消えていった。

 

 安心したのも束の間、フィールは辛そうに呼吸をするテューズの様子を見てどうすれば良いのかと辺りを見渡し、テューズに助けを呼んでくると言葉を残して全速力で近くにある筈のギルドへ向かった。

 

 

        *

 

 

 所変わって、ここはテューズ達のいた森からそう遠くない花畑。一面に咲く花達の中央には藍色髪の少女と、白い猫が花の冠なんかを作って遊んでいた。

 しかし、いつもと違って少女はチラチラと森の様子を何度も気にしており、白猫は何かあったのだろうかと疑問をぶつけてみることにした。

 

「ウェンディ、さっきから森さん方を気にしてるけどどうかしたの?」

「うん…さっきから何だか騒がしくて」

「騒がしい? 私は別に何も感じないけど…」

 

 ウェンディの話を聞いてシャルルは集中して森を見てみるが、やっぱりよく分からず首を傾げる。滅竜魔導士である為人並み外れた聴覚を持つウェンディが言うのだから何かあるのは間違いないだろう。

 が、恐らく十中八九面倒ごとであることは想像がつく為シャルルは出来れば関わりたくないと森から意識を逸らした。

 

 そんな考えとは裏腹に、シャルルは面倒ごとに巻き込まれることになる。二人の元にフラフラと飛ぶフィールがやって来たのだ。

 

「大丈夫!?」

「待ちなさい! ウェンディ」

 

 翼が消え、花畑の中に落ちたフィールに駆け寄ろうとするウェンディの行手をシャルルが阻む。

 翼を生やした猫の姿を見て自分と同じエクシードだと理解したシャルルは、嘗てないほどの警戒心をフィールに向けていた。

 

「気をつけて、罠かもしれないわ!」

「何を言ってるの…シャルル」

 

 自分達エクシードは滅竜魔導士の抹殺を命じられていると記憶しているシャルルはウェンディを狙って来たのかとフィールを警戒しているのだが、そんなことを知らないウェンディは一変したシャルルの様子に困惑している。

 

「ウェンディは渡さないわよ!」

「ウェンディ…? 何のことかさっぱり──」

「嘘おっしゃい! あんたの狙いは分かってるのよ!」

「シャルル、落ち着いて!」

 

 疲れ果てているフィールにはシャルルの言葉の真意を考える余裕もなく、フラフラと立ち上がる。明らかに弱っているフィールを見ていられなくなったウェンディはシャルルの制止を振り切ってフィールの元へ駆け寄っていった。

 

「ダメよウェンディ! そいつから離れて!」

「何言ってるの!? こんなに弱ってるのにそんなこと出来ないよ!」

 

 ウェンディの反論にシャルルは言葉が詰まる。まさか自分達エクシードはあなたを抹殺する為に別世界から送られて来ました、などと言えるわけもなく危険なのにその危険性を説明出来ない。

 そんなシャルルの苦悩など知る由もなく、ウェンディはフィールを膝に抱えると治癒魔法をかけてやった。

 

(これは…治癒魔法?)

 

 痛みが引いていき、冷えた頭で思考を巡らせたフィールはウェンディにしがみつく。

 

「あなたなら…! お願いです、テューズを助けて!」

「あんた…何言って…」

 

 フィールの様子からただならぬ雰囲気を察知したウェンディと困惑するシャルルは互いに顔を見合わせ、フィールに事情を説明する様に促すがフィールはそんな余裕はないと翼を広げて森の方へと飛んでいく。

 

「ちょっと、待ちなさいよ!」

 

 構わず進み続けるフィールを息を切らしながら追う二人。暫く追いかけているとフィールが突然止まり、地面に降りる。追いついた二人が目にしたのは地面に倒れた紅色髪の少年の姿だった。

 

「お願いします、この人にさっきの治癒魔法を!」

「う、うん! 任せて!」

 

 魔力を解放してテューズに治癒魔法をかけると、次第に呼吸が穏やかになり表情も和らいでいく。傷も消え治癒魔法を止めたウェンディは息をつくと後ろにふらつき、尻餅をついた。

 

「無理しすぎよ、1日に2回も魔法を使うなんて」

「私は大丈夫。それよりこの子…」

「取り敢えずはギルドに連れていきましょ」

 

 シャルルの言葉に頷いたウェンディは眠るテューズに肩を貸し、反対側の腕をシャルルとフィールが協力して持ち上げる。途中何度も休憩を挟みながらギルドまで連れて行くと、ギルドマスターであるローバウルがテューズを預かりベッドまで連れていった。

 

「あんた、本当にウェンディを狙ってたわけじゃないみたいね」

「別に、狙う理由もありませんし…」

 

 ウェンディも心配だからとローバウルについて行った為、現在ここにいるのはシャルルとフィールの二人のみ。見定めるかのようにジロジロと見てくるシャルルから視線を逸らし、フィールは疑問に思っていたことを尋ねることにした。

 

「そもそも、どうして私は疑われているんですか?」

「どうしてって、あんた自分の使命について覚えてないの?」

 

 問いに対して疑問符を浮かべたフィールに、空いた口が塞がらない。まさか全部忘れて自分を猫だと思っているのでは? という疑問が浮かんだ為、シャルルが自分が何者かと問うてみるとフィールはエクシードだと正しい答えを返した。

 

「使命について忘れているだけみたいね…まぁいいわ。教えてあげる。私達エクシードは、滅竜魔導士を抹殺するために送り込まれた存在なのよ」

「滅竜魔導士を、抹殺!?」

「そう。勿論私はこの使命を放棄するつもりよ。だから、あんたがウェンディに手を出すようなら容赦はしない」

「なッ!? 私だって、テューズの抹殺なんてするつもりはありません!」

 

 そう言い返したフィールの言葉にシャルルの思考が停止した。今彼女は何故あの少年の名前を出した? 疑問の答えを探そうと今までの状況や発言を思い返し、もしやテューズも滅竜魔導士なのではないかと推測したシャルルは、もう一度思考を巡らせる。

 

 今後別のエクシードが攻めて来た際、バラバラでいるよりも集まっていた方が迎撃は容易になる。一つの場所に滅竜魔導士が二人もいるとなると狙われる危険も増えるが、戦力が増える方がウェンディを守れるだろう。

 答えを出したシャルルは顔をあげ、急に黙ったシャルルを心配そうに見ていたフィールの肩を掴んだ。

 

「あんた達、うちのギルドに入りなさい」

「は? な、何を急に…それにテューズはドラゴンを探しているのでギルドには──」

「ドラゴンを探しているのはウェンディも同じよ。闇雲に歩いて探すよりも、情報が集まるギルドに留まっていた方がよっぽど賢いわ」

 

 シャルルの説得にフィールは納得し、確かにそうかもしれないと考え込んでしまう。しかしどれだけ考えたところでそれを決めるのはフィールではなくテューズだ。

 

「私も説得はしてみます…けど」

「あいつの答え次第ってわけね…」

 

 そう言って、二人はローバウルが連れていった扉を見つめる。

 

 

        *

 

 

「マスター、この人大丈夫かな?」

「なぶら、わしが見た限り命に別状はない。時期に目を覚ますだろう」

 

 ローバウルに頭を撫でられたウェンディはジッと処置を施されたテューズを見つめる。一向に目を覚さない少年に肩を貸していた時、彼の匂いに何処か懐かしさを感じた。自分の育て親であるグランディーネに何処か似ていて、だけど決定的に違う匂い。何処かで嗅いだ覚えがあるような気がするが、そんな記憶は存在しなかった。

 

「ん…んん…」

 

 唸り声を上げながら目を覚ましたテューズをウェンディが覗き込む。瞳に映る自分と目が合い、何度か瞬きをしてからテューズはようやく思考が巡り始めた。

 自身の状況を思い返し、きょろきょろと部屋を見渡してみる。自分が助かったであろう事は何となく分かるが、ここが何処なのか分からない。

 

「安心せい。ここはギルドじゃよ」

 

 テューズの心情を見抜いたローバウルが説明するとテューズはもう一度辺りを見渡してフィールがいないかと尋ねた。

 ウェンディからフィールは無事だと知らされ、テューズは肩の力が抜ける。そこでようやく傷に処置を施されていることに気づいた。

 

「これありがとうございます。お陰で全然痛くないです!」

「なぶら、わしは包帯を巻いただけ。それはこのウェンディの魔法のお陰じゃよ」

 

 紹介されたウェンディは照れて頬を赤く染め、テューズは何を思ったのか鼻先がぶつかりそうな程顔を近づけると真剣な眼差しでウェンディを見つめた。

 

「な、なんですか…?」

 

 固唾を飲み、顔を後ろに引いたウェンディの匂いを何度か嗅ぐと、テューズはリヴァルターニに似た匂いだと独り言ちる。

 

「リヴァルターニ?」

「僕を育ててくれたドラゴンの名前だよ」

「ドラゴン!? じゃあ、グランディーネって知ってる!?」

 

 大人しそうな雰囲気とは一転して、肩を掴み食い気味に尋ねてきたウェンディに戸惑いながら、テューズは首を横に振った。するとウェンディはテューズの肩から手を離し、萎んだように小さくなる。

 

「そっか…グランディーネ、何処に行ったんだろう…」

「グランディーネって…」

「私のお母さん。一年前から行方不明のドラゴンなの」

 

 その言葉に目を見開いて驚愕したテューズはウェンディの手を掴み、君もドラゴンに育てられたのかと質問する。それに首を縦に振って肯定すると、テューズは嬉しそうに笑みを浮かべた。

 

(ジェラールの言った通り、本当に僕以外にも居たんだ…!)

 

 そこから先は早かった。同じ境遇で同じような魔法を使う二人はすぐに打ち解けあい、話が盛り上がる。

 黙って二人を眺めていたローバウルは日が沈むのを見て夕食にしようと提案した。

 

「いいんですか…?」

「勿論。夕食だけじゃない、ずっと此処にいてもいいんじゃぞ」

「そうだ! テューズも化猫の宿(ケットシェルター)に入りなよ!」

 

 提案したウェンディに手を引かれ、テューズはローバウルと共に部屋を出る。そこにはシャルルとフィールが待っていた。

 

「あら、目が覚めたみたいね」

「良かった…」

 

 涙を拭うと、フィールは心配かけてごめんねと笑うテューズの頭に乗る。そこでストレートにこのギルドに加入したいと頼み込んだ。

 フィールからの頼みにローバウルを見ると、ローバウルは満面の笑みを浮かべている。

 

「…これからよろしくお願いします」

「ようこそ、化猫の宿(ケットシェルター)へ!」

 

 ローバウルがそういうと、テューズ達の後ろで化猫の宿(ケットシェルター)のメンバー達が新メンバーの加入に歓声を上げ、テューズは恥ずかしそうに笑った。

 

 

 こうしてテューズが化猫の宿(ケットシェルター)に加入し、6年の月日が流れた。

 

 




ー今後の矛盾についてー

 現在書き直しているため、今後書き足されたシーンによりあれ? と思う所があるかもしれません。
 そう言った点については後ほど編集時に直されるはずなのでご了承ください。


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キャラ設定
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〜プロローグまで。



***********************

***********************

 

 

 名前:テューズ・バーラム

 

 年齢:5才→6才→12才

 

 好きな物:フィール

 

 嫌いな物:コーヒー

 

 使用魔法:大海の滅竜魔法

 

ー備考ー

 紅色の髪を持つ海竜リヴァルターニに育てられた細身の少年。柔和かつ温順な性格。

 第1世代の滅竜魔導士。水を操り、水を食べる事で魔力を回復することが可能だが、汚水は毒となるため食べることはできない。

 リヴァルターニを探して各地を歩き回り、紆余曲折を経て化猫の宿に加入した。右腕に桜色の紋章(ギルドマーク)がある。

 治癒魔法を使うことが出来る。

 

 名前の由来は火曜日。ウェンディと同じ曜日から取ったもの。Tuesdayからテューズ。

 バーラムという名字は実はリヴァルターニが考えたもの。目に入った鳥と羊からバード+ラムでバーラム、と冗談で言ったらテューズが気に入ってしまった。後にリヴァルターニはもっと真面目に考えていればと後悔している。

 

 

***********************

***********************

 

 

 名前:フィール

 

 年齢:6才

 

 好きなもの:紅茶

 

 嫌いな物:汚れ

 

 使用魔法:(エーラ)

 

 

ー備考ー

 テューズとジェラールに拾われた紫色のエクシード。テューズと行動を共にし、化猫の宿に加入。背中に水色のギルドマークがある。頭が良い。

 ジェラールから自分はエクシードだと知らされていたが、その後シャルルからエクシードの使命は滅竜魔導士の抹殺だと教えられた。が、シャルルと同じく使命に従うつもりはない。

 

 

***********************

***********************

 

 

 名前:リヴァルターニ

 

ー備考ー

 水を操る蒼黒の竜。海竜と呼ばれている。人間との共存を否定していたがテューズを拾ったことにより人間との対立を止めた。実力者であるもののアクノロギアに魂を奪われており、弱体化している。

 厳格な竜として知られていたが、テューズを拾ったことによりポンコツさが露呈。他の竜達のおもちゃにされていた。

 イグニールなどには気を使うが、何故かグランディーネに対しては遠慮がない。

 

 

***********************

***********************

 

 

ーキャラクターの容姿についてー

 テューズのイメージは白猫プロジェクトの主人公に似たもの。フィールはポケモンのチョロネコがイメージに近いが、体型やサイズ、輪郭はシャルルやハッピーと同じ。

 

                       

 

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ニルヴァーナ編
連合軍、集結!


 

 

 空が茜色に染まる頃。草原に座り談笑する少年少女たちのうち、真っ白な猫は立ち上がると、スカートに付いた汚れを払った。

 

「そろそろいい時間だし、ギルドに帰りましょうか」

 

 彼女がそう言うと、テューズ達3人は立ち上がり談笑を続けながら先頭を歩くシャルルの後に続く。

 日頃はギルド近くの草原で様々な遊びをして暇を潰している彼らは昔、時間を忘れ、周囲が暗くなった頃にギルド帰った事があった。

 当時はまだ幼かった彼らの帰りが遅い事にギルドメンバーは酷く心配し、総出で捜索するという事態になってしまったことがある。

 今となっては多少あどけなさは残っているものの、彼らも成長している。

 もう帰りが遅いくらいでそこまで心配されることも無いだろうが、それでも日が落ちる頃にはギルドへ帰ることにしていた。

 テューズ達4人が無事にギルドへ着くと、ギルドマスターであるローバウルに呼び出された。

 何かしてしまったのかと一抹の不安を抱えながらマスターの元へ向かう。

 

「なぶら…。お前達はバラム同盟を知っているか?」

 

 着いて早々投げかけられた問いにテューズは首を傾げる。

 バラム同盟という存在は知ってた。六魔将軍(オラシオンセイス)悪魔の心臓(グリモアハート)冥府の門(タルタロス)。この3つのギルドから構成されている闇の最大勢力。しかし、何故その名称が話題に上がったのかは分からなかった。

 

「先日の定例会で、その内の一つである六魔将軍が動きを見せている事がわかった」

「大丈夫なんですか? それ」

 

 不安げな表情のウェンディの問いに対する答えはない。沈黙の中、ローバウルは神妙な面持ちでグラスに酒を半分程まで注ぎ、ボトルの中に残った酒を呷った。

 ボトルで飲むのなら何故グラスに注ぐのかと彼らは長年疑問に思っていたが、もうこれはそういうものなのだと半ば諦めていた。

 

「おぼおばびおんべいぶばば」

「「飲んでから喋ってください!!」」

 

 酒を口に含んだ状態で話始めたローバウルを、テューズとウェンディは同時に指摘した。

 あんな状態で喋った所で何を言っているかなど当然分からないし、口内に含まれていた酒は殆どが滝のように溢れてしまっている。

 ローバウルにテューズとウェンディがツッコミ、その隣でシャルルとフィールは嘆息をもらす。最早このやり取りも定番になっている。

 先程までの真面目な雰囲気をぶち壊した張本人であるローバウルは、咳払いをするととんでもない事を言ってのけた。

 

「その六魔将軍じゃがな、我々で叩くことになった」

 

 瞬間、場の空気が凍りつく。

 ローバウルの言葉はテューズの頭の中で何度も繰り返され、そもそもこのギルドにそんな大層な敵と戦えるほどの実力を持つ魔導士などいないというのに、何故その話を受けてしまったのかとシャルルは頭を抱えていた。

 まさかこんな出鱈目な話だとは思っていなかったフィールもあまりの衝撃に口が開きっぱなしになっており、ウェンディに至ってはもう放心してしまっている。

 

「安心せい、我々だけが戦うのではない。連合を組んで戦うのじゃ」

 

 愕然としている彼らを見かねたローバウルの発言に、シャルル、そしてフィールはあぁ成る程と事の大凡を理解したが、残った2人は未だに疑問符を浮かべている。

 

「それで?  連合の詳細は? 」

「うむ。まず我々化け猫の宿(ケットシェルター)、そして青い天馬(ブルーペガサス)蛇姫の鱗(ラミアスケイル)妖精の尻尾(フェアリーテイル)、以上4つのギルドよりそれぞれ精鋭を数名ずつだす」

 

 彼の答えに、質問したフィールは思案顔で黙り込む。同時にテューズ達も漸く自分達だけで戦うわけではないと理解し、ホッと胸を撫で下ろした。

 連合に参加するギルドは、ギルド以外の人間と殆ど交流のない彼らでも知っているような有名所ばかり。

 それらの精鋭達が手を組むのなら、中々良い勝負になるかもしれない。

 

「そこで、我々化け猫の宿からはお前達2人を参加させることにした」

「わ、私達ですか!?」

 

 今日何度目かの驚愕。彼らも滅竜魔導士ではあるが、戦闘など出来ないし、乱闘にでもなってしまえば足手まといになってしまうだろう。

 回復魔法こそ役に立つだろうが、子供が2人だけというのは酷い話である。それでもローバウルはこの決定を変更するつもりは無いようで、どうか頼むと深々と頭を下げた。

 マスターである彼にそこまでされてしまうと流石に断りづらいようで、テューズも困ったように眉を顰める。

 

「私は……参加します」

 

 沈黙を破ったウェンディの言葉に全員が目を見開く。ローバウルでさえこんなに早く頼みを呑んでくれた事に驚きを隠せなかった。

 一旦冷静になれ、もう一度考え直せとシャルルが必死に説得しているがウェンディの決意は変わらない。

 こういう時のウェンディは非常に頑固な事を知っているフィールは、もう説得は不可能だと内心諦めていた。

 

「妖精の尻尾が参加するなら、きっとあのナツさんも参加する。そしたら消えたグランディーネについて何か聞けるかもしれない!」

 

 ウェンディの意見に、テューズも一考する。確かに同じ滅竜魔導士であるナツならば、突然姿を消したドラゴンについて何か知っているかもしれないと。

 その様子にフィールもこれはマズイと慌て始めた。ウェンディだけでなくテューズまで行くとなってしまうといよいよ止められなくなってしまう。

 参加しようとしているのがウェンディ1人だけならば、1人では危ないからと理由をつけて辞退させようと考えていた。しかし、テューズも参加するのであればその作戦が使えなくなってしまう。

 何とかテューズを説得出来ないかとその頭脳をフル回転させたが、ついにテューズは参加を決意してしまった。

 戦闘能力のない2人を命の危険がある戦いに参加させまいとシャルル達はどうにか粘ったが、共通して変な所で頑固な2人が意思を変えることはなかった。

 

 

 

 

 翌日。2人はシャルル達の反対を押し切ってギルドを飛び出し、指定された連合の集合地点へと向かう。

 勢いよくギルドを立った時とは打って変わり、戦う事が出来ないため仲間外れにされるのではないかと2人の足取りは重かった。

 一体どんな人達が集まっているのか、怖い人は居ないかと、考えれば考えるほど不安は大きくなる。

 やはりこれから強大な敵と戦うのに戦力にならないなどあまり良い印象を与えないと、ウェンディは涙目になりながらトボトボと足を進める。

 

「だ、大丈夫だよ。きっとみんな優しい人達だと……思う……」

 

 何とか励まそうとするテューズ自身も不安に押しつぶされそうになり、段々と声が小さくなる。こういったネガティブな方向に思考を巡らせるのは2人の悪い癖だ。こういう時、普段なら考えすぎよ! だとか、ウジウジしない! などと叱咤激励してくれる相棒達も今はギルドにおり、2人の不安は進むにつれどんどんと大きくなっていく。

 テューズは深呼吸すると、このままではいけないと両頬を叩いた。突然の行動に驚くウェンディの手を取り、勇気を振り絞って駆け出す。困惑しながらも手を引かれ、ウェンディがしっかりとついてきている事を確認すると、スピードを上げて目的地まで駆け抜ける。

 進んだ先で木々の間から顔を覗かせているのは、薄いピンク色に染まった外壁にハート型の窓が施してある城の様な建物。

 指定された集合地点で間違いないだろうと2人は顔を見合わせ、覚悟を決めて内部へと向かった。

 他ギルドの面々は既に到着しており、入り口に背を向けて話し合っている。恐らく自分達が最後だと察した2人は焦ってしまった。

 焦るウェンディは躓いてしまい、テューズを巻き込んで盛大に転んでしまう。

 ゴッという音が響き、勢いよく床に額をぶつけたテューズは呻き声を上げる。

 

「ご、ごめん!」

 

 彼の背に覆い被さる形で転んだウェンディはアワアワとしながら体を起こし、心配そうに手を差し伸べた。

 ジンジンと痛みの残る額を片手で抑えながら、テューズは平気だと言ってもう片方の手でウェンディの手を掴み起き上がる。

 本当にごめんと申し訳なさそうにする少女と、全然平気だからと苦笑いを浮かべる少年。

 突如現れた謎の2人に困惑する連合の中、いち早く我を取り戻したジュラは幼さの残る二人組に声をかけた。

 

「君達は……?」

 

 声をかけられた2人は自分達が何をしにここへ来たのかを思い出し、慌てて頭を下げる。

 

「遅れてごめんなさい! 化け猫の宿からきました…ウェンディです!」

「同じく化け猫の宿から来ました。テューズです! よ、よろしくお願いします!」

 

 表情が強張り、硬い動きで頭を下げたテューズと名乗る少年と、その少し後ろで身を縮めるウェンディと名乗った気の弱そうな少女。

 彼らに謎の既視感を感じ、ナツは2人を凝視していた。




 現在内容の修正をしていますが、恐らくそれが原因で次話との間に地の文の量や、視点の差が発生しています。急に雰囲気が変わり読みにくく感じるかもしれません。
 ご了承ください。


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六魔将軍現る!

「「子ども?」」

「驚いたな……この子達が……」

「ウェンディと……テューズ……?」

 

 二人を見た魔導士達がそれぞれ反応を見せる。しかし、そのどれもが困惑を含んだものだった。

 彼らは六魔将軍を倒すために各ギルドの最大戦力を集めたこの連合に、化け猫の宿から参加するのはたった2人だと聞いていた。

 その少ない数に対しどれ程の化け物が来るのかと期待を抱いていた訳だが、蓋を開けてみればその正体はギルドの最大戦力とは思えないような子供2人だったのだ。

 

「……これで全てのギルドが揃った」

 

 戸惑いを隠せない面々の中、これまた逸早く我を取り戻したのはジュラだった。何事もなかったかのように平然と話を進めようとする。

 

「この大がかりな作戦にこんなお子さまをよこすなんて……化け猫の宿はどういうおつもりですの?」

 

 期待外れだったと溜息を漏らすリオンの隣で、真面目に六魔将軍を討つつもりがあるのかと疑問に思ったシェリーは顔を顰める。

 不満げな表情で二人を吟味するシェリーに、二人はオドオドとしながら目に涙を浮かべた。

 ギルドの仲間に温かく見守られながら育ったウェンディ達は、他人に睨まれるということに対しての耐性が全くと言っていいほどなかった。

 

「あら、その子達だけじゃないわよ。ケバいお姉さん」

 

 そんなテューズ達のさらに後方。突然響いた声は、その場に居る全員の視線を一瞬で集めた。

 腕を組み、フンッと鼻を鳴らす機嫌の悪そうな白い猫とその一歩後ろを気まずそうに歩く紫色の猫は、逆光に照らされながら堂々とテューズ達の元へ向かう。

 

「シャルル……付いてきたの?」

「フィールまで……」

 

 半ば喧嘩別れの様な状態だったテューズ達は気まずそうにしていた。フィールも彼らから視線を逸らしたりと多少気まずさを感じてはいるが、シャルルは来て当然でしょ、と気にしている様子はない。

 連合への参加に反対はしていたが、ドラゴンに関する手掛かりを長年探している彼らには何を言っても無駄だろうと予想し、初めからついて行くつもりではあったのだ。

 出来れば行って欲しくは無かったのだが、予想通り行くと聞かない彼らの後を二人はこっそりつけていた。

 そして、2匹の猫を見て驚愕する皆とは少し違う反応を見せた者が、いや猫がいた。妖精の尻尾のハッピーだ。

 控える様に後ろに佇んでいるフィールの影響もあり、その堂々とした態度からハッピーの目にはシャルルがお嬢様の様に見えた。

 

「ねぇルーシィ、あの子達にオイラの魚あげてきて」

「えぇ!? もしかして一目惚れ? ……でもきっかけは自分で作らなきゃダメよ?」

 

 一目見ただけでシャルルに心を奪われたハッピーは恥ずかしそうにルーシィに頼んだが、ルーシィはそれを断り、ニヤニヤと笑みを浮かべながらこれまでの仕返しだと言わんばかりにハッピーをからかい始める。

 ハッピーの視線に気づいたシャルルは興味がないとそっぽを向くが、その態度を照れているのだと判断したハッピーは可愛い、と骨抜きにされていた。

 そんな中、口を開いたテューズ達に再び視線が集まる。

 

「あの、僕達戦闘は全然出来ませんけど……」

「皆さんの役に立つサポートの魔法なら、いっぱい使えます……だから……だから、仲間外れにしないでください!」

 

 必死に頭を下げる2人に、シャルルはそんな弱気だからあんた達は嘗められるのだと厳しい意見をぶつけた。

 ごめんと謝りながら小さくなるテューズに、すぐに謝るなとフィールが溜息混じりに指摘する。

 再びごめんと謝罪が喉元まで出てきたのを何とか堪えるテューズを見て、これは先が思いやられるとフィールは眉間を抑えた。

 

「すまんな……少々驚いたが仲間外れにするつもりなど毛頭ない。2人共よろしく頼む」

 

 怖がらせてしまったな、と優しく微笑むエルザに、ウェンディは感激していた。

 今まで話を聞いたことなどはあったが、実際にあってみると噂通りの綺麗な女性。その上戦闘能力もずば抜けて高く、同じ女性魔道士として密かに憧れを抱いていた。

 期待通りの容姿にシャルルやフィールもエルザに対する評価は高く、中々良い女じゃないと満足そうな様子。

 

「可愛いお嬢さん。こちらへどうぞどうぞ」

 

 青い天馬の精鋭であるトライメンズ、ヒビキ、イヴ、レンの3人に連れられ、ウェンディはテーブル付きのソファへと案内される。

 ソファの中心に座るよう案内されたウェンディの右隣にはレン、左隣にはイヴが座り、床に跪いたヒビキはウェンディへおしぼりを差し出す。

 取り残されたテューズ達が呆気に取られているのを余所に、トライメンズは飲み物などでウェンディを丁重にもてなし始める。

 男性に慣れていないウェンディが困惑していることを気にしていない様子のトライメンズに、青筋を立てたシャルルは文句の一つでも言ってやろうとウェンディの救出を兼ねて彼らの元へ向かう。

 しかし、シャルルが彼らの元へ着くよりも早くに、馬鹿者! という怒号が部屋中に響いた。

 

「何をしているお前たち! 麗しきレディ2人と少年を放置するなど言語道断! それでも紳士か!」

「「「すみません先生!!」」」

 

 トライメンズは一瞬で腕を組む一夜の前に正座すると深々と頭を下げ、次の瞬間にはテューズとフィールをソファへ案内するとウェンディと同じようにもてなし始めた。

 文句を言おうとしていたためテューズ達とは距離があったシャルルの元には一夜が赴き、膝をついてシャルルの手を握る。

 

「申し訳ありませんレディ。貴方を不快にさせてしまったお詫びをさせていただけませんか?」

 

 顔を上げ、ウインクする一夜をシャルルは消えてと一蹴した。哀れ一夜。その心の広さや気遣いなど、人が内面のみを評価していたなら彼は殆どの女性を魅了していただろう。

 しかし現実は無情。一夜の申し出は容赦なく切り捨てられ、シャルルは一夜の触れた部分をハンカチで拭いていた。

 撃沈する一夜に哀れみの眼差しを向けていたグレイは隣にいるナツが珍しく寡黙な事に気づき、一体どうしたのかと尋ねてみる。

 何処かで聞いたことのあるような名前に、謎の既視感。何かを忘れているような感覚に頭を捻るナツはテューズとウェンディを交互に見るも、やはり思い出せそうにない。

 

「ねぇテューズ、ナツさんがこっち見てるよ」

 

 視線に気づいたウェンディはナツを見つめながらテューズ声をかけたが、それに対する返答はなかった。

 疑問に思ってテューズへ視線を向けると、そこにはイヴに絡まれているテューズの姿があった。

 対応に困っている様子に共感を覚えたウェンディは苦笑いを浮かべるが、決して他人事ではない。

 

「ウェンディちゃんはああいう子がタイプなのかな?」

 

 突然耳元で囁かれた声に驚いたウェンディが振り返る。彼女も彼女で絡まれており、振り返った先にあるその端正な顔立ちに顔が真っ赤に染まる。

 年の近い男性はテューズしかおらず、男性に対する免疫など無いに等しい彼女は真っ赤な顔を隠すように頭から湯気を出して俯いてしまった。

 その様子をニコニコと眺めながら可愛いねと優しく声をかける辺りに、彼の経験豊富さが窺える。

 今まで数多くの女性を見てきたヒビキでもウェンディほど免疫のない女性は異例であったが、それでも今まで積み重ねてきた経験を用いて、ウェンディが会話ができ、尚且つ遠すぎないという絶妙な距離感を見つけ出した。

 

「ウェンディちゃん、男の人と話すことは少ないのかな?」

 

 ヒビキの問いにウェンディは僅かに頷いた。やはりそうかとヒビキは表情を崩さずに、どう彼女の緊張をほぐそうかと頭の中で幾つかのプランを立てる。しかし、それらが実行されることはなかった。

 

「失礼、そろそろ作戦の確認をしたいのだが」

 

 ジュラの提案にショックから復活した一夜はすぐに片付けるよう指示を出す。すると、トライメンズは尊敬する一夜の指示に従い、テーブルやソファなどを瞬く間に片付けてしまった。

 

「気を取り直して、私の方から作戦を説明しよう。まずは六魔将軍が集結していると思われる場所なのだが……と、その前にトイレの香り(パルファム)を……」

「そこに香り(パルファム)をつけるんじゃねぇよ!」

 

 グレイのツッコミを背に受けながら一夜は部屋の奥へと消えていく。天馬のノリにこれで六魔を討てるのだろうかと頭を抱える者も多数いたが、テューズはその雰囲気が有り難く感じていた。

 初めて他のギルドと協力し、初めて強大な敵と戦う。初めてのことばかりで吐きそうなほど緊張し、昨日はよく眠れなかった。

 もし天馬のノリがなく全員が至極真面目に六魔を討とうとしていたのなら、張り詰めた空気に彼の緊張は限界を迎えていたかもしれない。

 その点で言えば、この少し呆れてしまうくらいのノリには非常に助けられていた。

 

「待たせてすまない。ここから進んだ先にワース樹海が広がっているのだが、その樹海には強大な魔法が古代人達の手によって封印されたと言われている。その名は……()()()()()()

 

 トイレより戻ってきた一夜達の説明に全員が首を傾げる。各ギルドの精鋭達でさえも知らない魔法に、一部の人間は僅かな悪寒を感じていた。

 一夜の持っている情報も古代人が封印するほどの破壊魔法ということだけで、どんな魔法なのかはともかく、その封印場所すらも分かっていない。

 

「六魔将軍が樹海に集結したのはきっと、ニルヴァーナを手に入れるためなんだ」

「我々はそれを阻止し、六魔将軍を討つ!」

 

 ただ六魔将軍を討つのではなく、ニルヴァーナの入手も阻止しなくてはならない。

 その為にも敵の情報はある程度知っておきたいとフィールが考えていた時、それを読んだかのようにヒビキは空中に文字や映像を幾つも展開した。

 

「僕達は六魔将軍について、僅かだが情報を手に入れたんだ。こっちは13人、対して敵は6人」

「この6人がまたとんでもなく強いんだ。一人一人が一騎当千の力を持ち、その魔力はギルド一つをたった一人で潰せる程だと言われている」

 

 イヴの説明に合わせて計6枚の画像が映し出される。

 褐色肌に赤茶色の逆立った髪。男を優に超える程の大蛇を従えた毒蛇使いの魔導士、“コブラ”。

 特徴的な長い鼻とモヒカンヘア、サングラスをかけて素顔を隠している男。その名からしてスピード系の魔法を連想させる"レーサー"。

 角張った顔わした本を抱える大柄の男。大金を積めば一人でも軍の一部隊を壊滅させる程の魔導士、天眼の“ホットアイ”。

 天使を連想させる白い服に身を包む心を覗けるという女、“エンジェル”。

 魔法に関する情報の少ない、眠りながら浮遊している絨毯に座る“ミッドナイト”と呼ばれている男。

 そして、褐色肌に白髪のオールバック。髑髏の杖を持ち、体中に線の模様が刻まれている彼らの司令塔、“ブレイン”。

 

「1対1を避け、常に数的有利を取り続ければきっと対抗出来る筈だ」

「あの….あたしは頭数に入れないで欲しいんだけど……」

「私も戦うのは苦手です……」

「僕も戦闘はちょっと……」

 

 ルーシィに続き、ウェンディとテューズも自身が戦力にならないことを告げる。

 その弱気の姿勢にシャルルは激怒しているが、こればかりは仕方ない。戦えないのに見栄を張った所で、瞬殺されるどころか他の邪魔になる可能性だってあるのだから。

 そうは心の中で思っていても、それを真正面からシャルルに言う勇気がテューズにはなかった。

 

「安心したまえ……我々の作戦は戦闘だけにあらず。奴らの拠点を見つけてくれればいい」

「拠点?」

「あぁそうだ。今はまだ捕捉していないが……」

「樹海には、奴らの仮設拠点があると推測されるんだ」

 

 古文書により樹海全体の映像が表示される。この広い樹海から拠点を見つけ出すというのも骨が折れるだろうが、戦闘に比べれば楽な方ではあるだろう。

 ただ見つかるのであればの話だが。

 一夜の作戦は、ただ拠点を見つけるだけでは不十分だった。拠点を発見し、可能ならば全員をそこに集めること。

 結局のところ戦闘は絶対に避けられないだろうが、真正面から討ち倒すよりも拠点に集合させる方が被害も少なく済む。

 

「であれば、戦闘の苦手な捜索班と相手を拠点に誘導、又は拠点から逃げられないよう妨害をする戦闘班で分けた方がいいのでは?」

 

 フィールの提案に反対意見は無く、早速どちらの班に加わるか意見が出始める。

 絶対に戦闘班だと気合十分のナツは一人樹海へ向かおうとしたが、エルザにマフラーを掴まれて止められしまい、不服そうに彼女を睨む。

 

「それで、奴らを集めてどうするつもりだ」

 

 文句を言い暴れるナツを睨みで黙らせ、エルザは一夜に問いを投げる。その問いに一夜はニヤリと口角を上げ、手を掲げると天井の先、遥か上空を指差した。

 

「我がギルドが大陸に誇る天馬、その名も“クリスティーナ”で拠点もろとも葬り去る」

「それって魔導爆撃艇のことですの?」

 

 青い天馬のクリスティーナといえば、大抵の魔導士ならば聞いたことがあるだろう青い天馬の有する空中戦艦。

 いくら敵が強大とはいえ、高が6人相手にそんな大層な兵器まで出てくることにシェリーは困惑を隠せずにいた。

 同様にルーシィもやり過ぎじゃないの? と若干引いている。そんな彼女達に対し、ジュラはそれ程の相手なのだと険しい顔で断言した。

 こうした認識の齟齬は後々命取りにまでなることをジュラはよく知っている。彼女達も決して嘗めているわけではないのだが、それでもジュラから見ると認識が甘い。

 今まで何度も闇ギルドと戦ってきた彼だからこそ、たった6人でバラム同盟の一角にまで上り詰めた異常さがよく分かっていた。

 

「よいか! 戦闘になっても、決して一人で戦ってはいかん。敵一人に対して、必ず最低二人以上でやるんだ!」

 

 ジュラの言葉に一同は頷いたが、一部の者はこれから始まる戦いに不安を募らせている。

 その内の一人であるテューズも「僕、戦えないけど大丈夫かな……」とぶつぶつ弱音を吐いていたが、情けないこと言ってんじゃないわよ! とシャルルに一蹴され、彼女に足を蹴られる。

 

「おし! 燃えてきたぞ……6人まとめてオレが相手してやらぁ!!」

 

 一度お預けを食らったナツは今度こそ扉を壊して樹海へと走り出す。先頭を走る彼に他の者は呆れと、本当に作戦を理解しているのか? という不安を抱きながら続々と樹海へ向かう。

 

 

 

 

「おっ! 見えてきた! 樹海だ!」

「おい待てよナツ!」

「バカ者! 一人で先走るんじゃない!」

 

 先頭を走るナツをグレイとエルザが追いかける。

 

「へへ! オレに先取られんのがそんなに悔しいのかよ!」

「なに!? 貴様という奴は!!」

 

 ナツの挑発にエルザは鬼の形相に一変する。その顔を見たナツの思考は停止してしまい、後ろを見ていたせいか前方の崖に気づかず飛出、真っ逆さまに悲鳴を上げて落ちていく。

 

「あんた達! もたもたしない!」

「だってぇ……」

「オイラも! 頑張るからねぇ!!」

 

 ナツ達を見失わないようシャルルはウェンディの手を引いて駆けているのだが、シャルルにいい所を見せようと必死に走るハッピーには見向きもしない。

 

「フィール達は飛べば楽なんじゃないの?」

「魔力の温存です。いざという時に飛べなければ意味がありませんから」

 

 フィールからの返答に、あぁなるほどと納得する。万が一何かが起こり逃走するとなると、やはり一番逃走率が高い選択肢は飛んで逃げる事だろう。

 生い茂る木々に邪魔される事なく自由な方向へ逃げられるし、なによりスピードが速い。

 

「そんな事態にならないよう、しっかりして下さいね? 期待してますから」

「そんなぁ……」

 

 クスリと笑みを浮かべるフィールに見られ、プレッシャーを感じたテューズは小さくなる。

 無論フィールが本気でそう言っているわけではない事は分かっていたが、実際のところ、テューズ達5人の中で危険な役割を担うとするなら間違いなく自分がするべきだ。

 その事に対して文句はないが、それでも怖いものは怖かった。

 

「大丈夫だよ! みんなはオイラが守るから安心して!」

 

 任せてよ! と胸を叩くハッピーはチラチラとシャルルの盗み見る。その様子が微笑ましくテューズ達は笑みを浮かべたが、当のシャルルは未だ無視を決め込んでいた。

 ハッピーもハッピーでそれを無視ではなく照れ隠しと受け取っているようなので、問題なさそうではあるが。

 

 

 

 

「うぅ……痛ってぇ……しかし、妙な匂いがすんな……ここ」

 

 頭部にたんこぶを作ったナツと合流し、エルザ達は樹海を走る。

 当初はあの高さから落ちたにも関わらずたんこぶ一つで済んだナツの頑丈さに呆れていた一同だったが、現在は険しい表情で小まめに周囲を確認していた。

 

「気づいたか?」

「あぁ……よく分かんねぇが、異様なムードだ」

「油断するな、シェリー」

「は、はい」

 

 他とは何か違う緊張感に警戒を強めながら進むと、樹海を抜けたようで多少見晴らしのいい場所にでた。

 そこは高台になっていたようで、その先にも広がっている樹海を一望できる。

 

「見ろ!」

「「おぉ!」」

 

 何かに気づいたエルザの指差す先へ視線を向け、その光景に皆は感嘆の声をあげた。

 視線の先には、双翼を広げ、上空を悠々と飛行する天馬を模した魔導爆撃艇クリスティーナ。

 青い天馬の切り札だけあってその大きさは中々のものであり、太陽光を遮って彼らの周辺に巨大な影を作っている。

 

「すごい……」

「ちょっとは期待できそうね」

 

 少し遅れて到着したルーシィや化け猫の宿組もクリスティーナに見惚れており、その場に居る全員がこれなら勝てるのではと期待を寄せていた。

 しかし、その期待は無残に打ち破られてしまう。

 突如としてクリスティーナの左胴体から轟音と共に黒煙が吹き出し、バランスを崩したクリスティーナが右へ大きく傾いた。

 彼らが状況を掴めずに驚駭する最中も船の至る所から爆発が起こり続け、クリスティーナは舵や破損した装甲の欠片を撒き散らしながらバランスを崩し、遂には墜落。閃光と共に樹海へ姿を消した。

 

「……誰か来たぞ!」

 

 スンスンと鼻を鳴らし、逸早く敵の接近に気づいたナツ。彼の言葉に皆が警戒を高めていると、クリスティーナの墜落によって立ち昇っていた黒煙の中より六つの影が現れた。

 それらは全てヒビキの古文書に映し出されていた人物。今回の目標である六魔将軍に他ならない。

 連合を見渡した後、褐色肌の男──ブレインは忌々しそうに顔を顰める。

 

「ウジ共が……群がりおって」

「君達の考えはお見通しだゾ」

「ジュラと一夜もやっつけたぞ!」

「どーだ! どーだ!」

 

 ニヤリと不敵な笑みを浮かべるエンジェルの両脇に漂うマスコットの様な2人が言い放った言葉に、蛇姫の鱗と青い天馬のメンバーは衝撃を受けた。

 ジュラも一夜も両ギルドの誇る最高戦力とも言える実力者。

 普段の彼らであればそんな事はありえないと、そう言って敵を睨みつける事も出来たであろう。

 しかし、クリスティーナを目の前で墜落させられた彼らの脳裏にはまさか、という考えが過ぎってしまい、敵の言葉を否定出来なかった。

 

「動揺しているな、聞こえるぞ……」

「仕事は早ぇ方がいい。それにはあんたら邪魔なんだよ」

「お金は人を強くする、デスネ! いいことを教えましょう、世の中は金が全て……そして!」

「「お前は黙ってろ、ホットアイ!」」

 

 連合の反応にニヤつくコブラはレーサーと共にホットアイのスイッチが入る前にツッコミを入れ、そのようなやりとりをする彼らからは余裕が滲み出ている。

 

「まさか、そっちから現れるとはな」

 

 エルザの言葉に緊張が走り、睨み合う両者。先に動いたのはナツとグレイの二人だ。

 我先にと六魔将軍に向かってくる二人を見たブレインは迎撃するよう指示をだす。

 指示を受けたレーサーは瞬く間に二人の背後へと移動、それぞれの背中に回し蹴りを喰らわせて地面に叩きつけた。

 

「「ナツ! グレイ!」」

 

 蹴り飛ばされた二人の名を叫ぶルーシィだったが、なぜか彼女の声は隣からも響き、二重に重なった。

 違和感に気付いたルーシィが隣を向くと、そこにいたのは自分と同じ姿。

 状況を理解できず、まるで鏡合わせかのように呆けていた二人だったが、突如として一方のルーシィの態度は急変し、未だ呆けているもう一人のルーシィを鞭で打ちはじめた。

 

「ばーか!」

「え? ちょっ!? なにこれ!! あたしが!?」

 

 攻撃され、更に混乱してしまったルーシィは反撃できずに一方的に嬲られ、その光景を見たエンジェルは目を細めて笑みを浮かべる。

 一方、ホットアイと交戦していたリオン、シェリーの両名もホットアイによって沼のように柔らかくされた地面にはまってしまい、身動きが取れずにいた。

 トライメンズも六魔将軍を倒すべく向かっていったが、目で追えないほどの速度で動くレーサーに圧倒されてしまう。

 

「換装! 舞え、剣達よ!」

 

 コブラと対峙したエルザは跳躍し、天輪の鎧に換装すると無数の剣を雨のように降らせる。

 しかし、コブラは放たれた剣を顔色一つ変えずに、最小限の動きで全て躱して見せた。 

 

「太刀筋が読まれている!?」

 

 自らの剣を全て躱された事に驚くエルザの背後に、突然現れたレーサーが蹴りを放つ。

 既の所でそれに気づいたエルザはレーサーの蹴りを剣盾に防ぎ、そのスピードに対応する為瞬時に飛翔の鎧に換装。レーサーの動きを追い剣を振るう。

 

「お、速ぇな! 速ぇ事はいいことだ!」

「だがな……聞こえるぞ、妖精女王(ティターニア)。次の動きが!」

 

 エルザの背後に回ったコブラは彼女の脇腹に蹴りを放ち、エルザの体がくの字に曲がる。

 痛みに顔を歪ませながらも空中で体を捻り、コブラと向き合う形で着地する。

 

「読まれてるだ? 違うだろ……聞こえるって言ってんだよ」

 

 今のコブラの言葉は、動きが読まれているという決して言葉にはしていないエルザの思考に対する返答だ。

 動きを読むのではなく、思考を読む。自身の考えていた以上に厄介な能力に、エルザの顔が険しくなる。

 

「うぅ…くっそぉ!」

 

 ナツが起き上がると、眠ったまま動く気配がないミッドナイトに気が付く。

 

「お前! なに寝てんだこのやろう!! 起きろやコラァ!!」

 

 自分達を前に眠り、全く相手にされていないその態度に腹を立てミッドナイトにブレスを放つナツ。

 しかし、そのブレスはミッドナイトを避けるかのように折れ曲がり、当たることはなかった。

 

「な、なんだ今の!? 魔法が当たらねぇ!?」

「よせよ、ミッドナイトは起こすと恐ぇ」

 

 魔法が当たらないことに驚愕するナツの後ろにレーサーが現れる。ナツがレーサーの存在に気づいた時には既にレーサーの脚はふるわれており、ガードする間もなく攻撃をもろに喰らう。

 それぞれ交戦していた連合の面々もナツ同様六魔将軍圧倒され、連合が地に伏すその光景にブレインはニヤリと笑みを浮かべた。残るは後一人。

 

「ほう、これがエルザ・スカーレットか……」

 

 思考を読まれているにも関わらず、それでも尚コブラと渡り合うエルザにブレインは感嘆を漏らした。

 凄まじい速度で剣を振るうエルザとそれを全て正確に避けるコブラ。動きを読み、剣の柄頭を掴んだコブラのカウンターをエルザもまた防ぐ。

 

「聞こえるんだよ。その動き、その息遣い、筋肉の伸縮、思考もな………ッ!?」

 

 組み合っていたコブラは何を聞いたのか突然後方へ飛び、エルザから距離を取る。

 先ほどまでニヤついていた顔に汗を浮かべ、一変した様子に驚いたエルザだが、すぐに思考を切り替えコブラに斬りかかる。

 目を見開き、固まるコブラに剣を振り上げる。あと少しで剣が届くというところでエルザの足元の土が盛り上がり、上空へと打ち上げられたエルザをレーサーが追撃した。

 

「コブラ! もたついてんじゃねぇぞ!」

「チッ……キュベリオス!」

 

 レーサーの怒号に顔を顰めながらコブラはキュべリオスに指示を出し、その大蛇は主人の命ずるがままエルザの腕に食らいついた。

 腕を押さえ、顔を歪めるエルザをコブラは口角を上げる。

 

「キュベリオスの毒はすぐには効かねぇ、苦しみながら息絶えるがいい」

「……ゴミどもめ。まとめて消え去るがいい」 

 

 地に伏し、満身創痍の連合に止めを刺そうとブレインは大気が震える程の禍々しい魔力を杖に集めていたが、それを放つ既の所で集めていた魔力が大気中に分散した。

 

「? どうしたブレイン。何故魔法を止める」 

 

 不審に思ったレーサーの声に反応せず、ブレインは顔中に汗を滲ませながらただ一点を見つめ続けている。

 その視線の先にいたのは、岩に隠れ様子を見ていた二人の少年少女。

 

「……ウェンディ……テューズ……」

 

 

 



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天空の巫女と大海の巫子

「……ウェンディ……テューズ……」

 

 二人の名前を読んだブレインは動きを止め、訝しんだコブラはなぜ魔法を止めると問うが返答は無い。

 ブレイン汗を浮かべながらもニヤリと口元を歪ませた。

 

「間違いない。ウェンディ、テューズ。天空の巫女と大海の巫子」

 

 六魔将軍と対峙した恐怖や目の前で仲間達が蹴散らされた絶望感、聞いたことのない異名で呼ばれた混乱などによってウェンディの感情はぐちゃぐちゃにされ、涙を流しながら頭を抱える。

 同様に、ウェンディ程ではないが混乱しているテューズも震えて動くことが出来ない。

 

「こんな所で会えるとはな……しかも二人同時に! なんたる幸運! これはいいものを拾った!」

 

 興奮したブレインは杖から緑色の魔法を二人に目掛けて放出する。

 攻撃されたことによって二人は悲鳴を上げたが、魔法はテューズ達の隠れる岩を飛び越えるように避け、二人に巻き付くようにして拘束するとブレインの方へ引き摺り込む。

 シャルルとフィールは二人を渡すまいと手を伸ばし、ウェンディ達もまた追いかけるシャルル達に手を伸ばす。

 ナツ達も黙ってそれを見ているはずがなくブレインにかかっていこうとするが、ホットアイの魔法によって軟化した地面に足を取られて足止めされてしまう。

 

「待ってて! オイラが助けるから!」

 

 遅れて走り出したハッピーは全力で走ってシャルル達に追いつき、それと同時にシャルル達とウェンディ達の手が届きそうなった。

 しかし既の所でブレインの引き摺り込む力が強まり、また引き離されてしまう。

 

「シャルル!!」

「フィール!!」

 

 それでも尚なんとか親友の手を掴もうと身を捩って腕を伸ばし、掴んだのは青色の手。

 二人を助けたい一心で伸ばしたハッピーの両手はそれぞれウェンディとテューズの伸ばした手に掴まれ、ハッピー諸共三人は間抜けな声を上げてブレインに引き摺り込まれてしまった。

 取り残されたナツ達は連れ去られたハッピー達の名を叫ぶも、彼らの声は返ってこない。

 テューズ達を連れ去った事で満足したブレインはゴミを見るような視線をナツ達に送ると、杖を振り上げて杖先に魔力を集中させる。

 

「うぬらにもう用はない。消えよ! 常闇回旋曲(ダークロンド)!!」

「伏せろぉ!!」

 

 真っ直ぐ向かってくる攻撃を回避しようと全員が伏せると、ブレインの魔法は一度上空に進路を変更して地面に伏せる連合軍目掛けて降り注いだ。

 

「岩鉄壁!!」

 

 その声が響いた瞬間、ホットアイによって波のように形状を変えられていた地面は再び形状を変化させ、柱状になった地面は連合軍に屋根のように覆い被さりブレインの魔法を防ぐ。

 

「うむ……間一髪……」

「ジュラ様!」

「すごいやジュラさん!」

 

 連合の危機に駆けつけたジュラに称賛が贈られる中、ナツは起き上がるとすぐに周囲を見渡して六魔将軍を探す。

 しかし既にその姿は消えており、逃げられてしまっていた。

 

「ウェンディ……テューズ……」

「どうしてあの二人を……」

 

 二人が連れ去られた事にショックを受けたシャルルとフィールは落ち込んでしまい、ハッピーを連れ去られたナツは青筋を立てて先程まで六魔将軍がいた空間を睨む。

 

「完全にやられた」

「アイツら強すぎるよ……手も足も出なかった!」

 

 ナツだけではなく、六魔将軍に敗れた連合の面々もそれぞれ悔しさを滲ませていた。

 作戦が漏れただけでなく、クリスティーナまで撃墜された天馬は地面に拳を叩きつけている。

 

「一夜殿のお陰で動けるようにはなったが……」

「みなさんにも、私の痛み止めの香り(パルファム)を」

 

 ジュラが一夜を一瞥すると、ボロボロになっている一夜は試験管の封を開けて香りを放出した。

 いい匂いがする香りを嗅ぐと痛みが和らいでいき、復活したナツはアイツら何処行きやがったと叫びながら走り出す。

 明らかに考えなしで走り出したナツを止めるためにフィールが先回りしてナツの前に立ちはだかると、ナツは砂煙を立てて急ブレーキをかけ目の前のフィールを睨みつける。

 

「おいお前! 危ねぇだ──ぐぇ!?」

 

 怒りの矛先がフィールに向きかけた時、シャルルがナツのマフラーを引っ張って後ろに転ばせた。

 

「ふん! これで少しは落ち着いたかしら?」

 

 腕を組んで鼻を鳴らし、仰向けになったナツを見下すシャルル。

 逆さまに見えるシャルルをナツが恨めしげに睨んでいると、翼を広げたシャルル達二人は連合のみんなが自分たちに不思議なものを見るような視線を送っている事に気づいた。

 

「これは(エーラ)っていう魔法。ま、初めて見たなら驚くのも無理ないですけど」

「ハッピーと被ってる」

「なんですって!?」

 

 自身の使う魔法を得意げに説明するシャルルにナツが悪態をつくと、シャルルは青筋をたてて怒りを露わにする。

 苛立ちを抑えて大きく息を吐いて落ち着きを取り戻すと、闇雲に突っ込んで勝てる相手ではないとナツを説得し、ジュラもシャルルの言葉に相槌を打つ。

 

「シャルル殿の言うとおりだ。敵は予想以上に強い」

「それに、彼女も危険な状態のようですよ」

 

 フィールに言われてナツが視線を向けると、エルザは木にもたれかかりキュベリオスに噛まれた腕を苦しそうに抑えていた。

 毒に侵されているエルザの為に一夜は痛み止めの香り(パルファム)を増強するが、効果は見られない。

 

「エルザ、しっかりして!」

「ルーシィ……すまん……ベルトを借りる……」

「へ?」

 

 そう断るとエルザはルーシィのベルトを抜き取り、もう一方の手と口を使って器用に毒に侵された腕を縛る。

 エルザがベルトを引き抜いたことでルーシィのスカートが落ち、それを見たトライメンズに制裁を加えるとルーシィはスカートを履き直す。

 

「このままでは戦えん。斬り落とせ

「んなッ!? バカな事言ってんじゃねぇよ!」

 

 エルザは剣を目の前に放り投げると、ハンカチを噛み締めてベルトを縛った腕を真横に突き出し胡座をかいて堂々と座った。

 グレイ達が考え直すように説得を試みるもエルザの意思は変わらず、見かねたリオンが剣を取る。

 

「オレがやろう」

「リオン、てめぇ!」

「構わん、やれ!」

 

 グレイはエルザの前まで歩いて行くリオンを止めようとするが、エルザに睨まれて動きが止まる。

 リオンはグレイを一瞥すると、今この女に死んでもらう訳にはいかんと言い放ち、剣を振り上げる。

 リオンを止めようとしたルーシィやトライメンズはシェリー、そしてジュラに制止され、リオンの元へは迎えない。

 止めようとするグレイ達と、エルザの意志を尊重するとした蛇姫の鱗(ラミアスケイル)の対立。

 特にグレイとリオンは一触即発という雰囲気になっており、危機感を感じたフィールはリオンの元まで飛ぶと剣を握る彼の手を掴んだ。

 

「そこまでです」

「猫……? 邪魔をするな」

「あんた達一回落ち着いたらどうなの? 特にエルザ。短絡的に考えすぎよ」

 

 シャルルがジロリと睨むと、エルザは限界だったのか虚な目でシャルルを見つめ、そのまま倒れてしまう。

 駆け寄ったグレイがエルザを抱きとめると、気絶したエルザはグレイの腕の中で苦しそうに息を荒げていた。

 

「おいおっさん! 解毒の香り(パルファム)とかねぇのか!?」

「お、おっさ──!? うむ……残念ながら……」

「その毒、あの二人なら治せるわよ」

 

 グレイの問いに一夜が目を逸らすと、シャルルがエルザを指差しながらそう豪語した。

 全員が目を見開いて驚愕する中、リオンはその言葉が本当なのかとフィールに真偽を問いかける。

 

「あの二人なら、必ず」

 

 その言葉に面々は顔を合わせ、表情が明るくなった。トライメンズがウェンディ達が解毒魔法を使える事に感心していると、シャルルは解毒だけでなく解熱や痛み止め、傷の治癒も出来るのだとまるで自分の事のように得意げに話している。

 

「でも……治癒の魔法って失われた魔法(ロストマジック)じゃなくて?」

「天空の巫女とか大海の巫子とか言ってたけど、それに関係あるんの?」

 

 疑問に思い、シャルル達を見つめるシェリーとルーシィ。二人の問いにシャルルは待ってましたとばかりに口角を吊り上げた。

 

「あの娘は天空の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)、天竜のウェンディ」

滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)!?」

「驚くのはまだ早いわよ」

 

 驚愕する一同に気分が良くなったのか、シャルルは言ってやりなさいとフィールに目線を送る。

 その視線に苦笑いで答えたフィールだったが、面白いくらいに驚いてくれる彼らの反応に彼女もつい態度が大きくなってしまう。

 

「ウェンディだけじゃない。テューズもまた滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)なんですよ」

「なっ!? 滅竜魔導士が二人も!?」

「まじかよ……」

 

 ちなみに海竜のテューズです。と付け足したフィールの視界にはグレイに抱えられたエルザが映り、本題を思い出したフィールはこれではいけないと咳払いをして気を取り直す。

 

「詳しい話はあとです。今私達に必要なのはテューズ達。そして、目的はわかりませんが奴らもテューズ達を必要としている」

「となればやる事は一つだけ。ここまで言えばもう分かるでしょう?」

「エルザの為にも、ハッピー達を助け出す!」

 

 ナツはそう言うと拳を前へ突き出し、気合を入れた他の面々もナツと同じ様に拳を突き出して合わせた。

 ナツの一声によって円陣を組んだ連合は分散してウェンディ達の捜索を開始する。

 

 

 

 

 一方で、ナツ達の目的であるウェンディ達は戦場となったワース樹海の奥、かつて古代人の都が存在した場所にある洞窟に連れ去られていた。

 儀式に使われていたこの洞窟も、今では六魔将軍の隠れ場所となっている。

 

「ぐっ!」

「乱暴するな! まだ子どもだろ!」

 

 ブレインは連れてきたテューズ達を放り投げ、壁に背中を打ち付けたテューズ達を庇うようにハッピーがブレインと対峙する。

 するとブレインは表情を歪ませてハッピーを掴み上げ、必死に抵抗するハッピーを鼻で笑うと投げ飛ばした。

 

「ハッピー、大丈夫?」

「……二人共安心して! オイラが絶対逃がしてあげるからね!」

 

 心配するウェンディをそう言って元気づけるハッピー。ハッピーに怪我がない事を確認したテューズがブレインを睨みつけると、その反抗的な目にコブラが反応した。

 

「随分と生意気な目してるじゃねぇか。ブレイン、少し痛めつけてやるか?」

「やめて!」

「危ない、ウェンディ!」

 

 テューズを嘲るコブラが手を挙げると、キュベリオスがテューズの前で舌を震わせる。

 咄嗟にテューズを庇う為にウェンディが躍り出るが、テューズはウェンディの手を引いて抱き寄せると自分の手をウェンディとキュベリオスの間にいれた。

 

「くははッ! こいつァいい! 良い子ちゃんらしく、二人で仲良し子好しってかァ!? オイ!」

「愛ではどうしようない事もある。つまり世の中金! デスネ!」

 

 テューズ達の行動がツボに嵌ったのか捧腹するコブラと、突然興奮したホットアイ。

 彼らの様子にブレインはやれやれとこめかみを抑えると二人に下がっているように指示を出し、コブラにはこの二人を傷つけてはいけないという警告を付け加えた。

 

「あ? どう言う事だ。説明しろ、ブレイン」

「なに、こやつらは貴重な治癒魔法の使い手なのだよ」

 

 警告を聞いて不服そうに睨んでくるコブラにブレインが返答してやると、ミッドナイトを除いた面々はこんな子どもが失われた魔法(ロストマジック)を使える事に大いに驚く。

 そこでブレインの考えを理解したコブラ達は、まさかと言って一斉にブレインを見た。

 

「その通り、"奴"を復活させる!」

「よく分からないけど……私、悪い人には手は貸しません!」

 

 反発するウェンディに舌打ちをしたコブラは再びキュベリオスを

テューズの前まで移動させ、キュベリオスに睨まれたテューズは思わず後ずさる。

 

「こいつらはどっちも治癒魔法を使えるんだろ? だったら片方を人質にしてやればいいじゃねぇか」

「よせコブラ。そんな事をしなくともこやつらは必ず奴を復活させるさ」

 

 片手を挙げてコブラを制止したブレインはニヤニヤと笑みを浮かべたままレーサーに奴を連れてくるように指示を出す。

 目的地と距離があるため一時間はかかると言うレーサーに構わんと返すと、レーサーはテューズ達の視界から消えて猛スピードで目的地へ向かった。

 続いてコブラ、ホットアイ、エンジェルにも引き続きニルヴァーナを捜索する様に指示を出し、奴が復活すれば探す必要はないと反論するエンジェル達を万が一もあると言って立ち退かせる。

 

「ねぇねぇ、こいつらさっきから何の話をしてるの?」

「分からない。テューズはニルヴァーナって聞いた事ある?」

「いや、僕もさっぱり……」

 

 コブラ達が渋々出て行った事で洞窟に残ったのはブレインと眠っているミッドナイトの二人。

 コブラ達が森へ散って行った事を気配で確認したブレインはコソコソと話す三人の話に聞き耳を立て、何もかもが順調に進んでいる為か機嫌の良いブレインはテューズ達の疑問に答えてやる事にした。

 

「そんなに知りたければ教えてやろう。ニルヴァーナとは、光と闇が入れ替わる魔法だ」

 

 

 

 

 その頃、シャルル達二人はナツ、そしてグレイと共にウェンディ達を探して樹海を歩き回っていた。

 

「天空の滅竜魔導士ってさ、何食うの?」

「空気」

 

 ナツがふと思った疑問をぶつけてみると、シャルルは素っ気なく返答する。

 ウェンディが空気を食べると知ったナツは空気ってどんな味がするんだろうかと疑問が湧いたが、シャルルに知らないわよと一蹴された。

 

「じゃあテューズは?」

「そりゃお前、大海の滅竜魔導士ってんだから塩水とかじゃねえか?」

「確かにテューズは塩水も食べますが、真水も普通に食べてましたよ」

 

 グレイの言葉をフィールが補足すると、ナツ達はその姿を想像すると思ったより普通だなと感想を述べた。

 彼等の知る滅竜魔導士は火を食べたり鉄を食べたりと人間離れしているが、ウェンディとテューズは空気と水という誰もが摂取するものだ。

 

「あの娘達ね、あんたに会えるかもしれないってこの作戦に志願したの」

「オレ?」

 

 自分を指差すナツにフィールは頷くと、テューズ達が聞きたがっていた事をナツに教えてやる。

 ウェンディとテューズは7年前に滅竜魔法を教えてくれたドラゴンが行方不明になっており、同じ滅竜魔導士のナツならば消えたドラゴンの居場所を知っているのではないかと期待していた。

 

「そのドラゴン、なんて名前だ?」

「天竜グランディーネ……だったかしら?」

「それと、海竜リヴァルターニです」

 

 ぶつぶつと呟きながら考え込んだナツは思考に集中しすぎてしまい、前方の木に気づかずにそのまま勢いよく衝突してしまった。

 

「そうだ! ラクサスは!?」

「爺さん言ってたろ、あいつはお前らみたいな滅竜魔導士じゃねえ」

 

 ラクサスは竜の魔水晶を体内に埋め込んだ事によって滅竜魔法を手に入れたいため、ドラゴンに育ててもらうどころか実際に見た事もない。

 消えたドラゴンについてもう一度考えようとした時、シャルルが突然悲鳴を上げた。

 

「なによ、これ……」

 

 シャルルが目にしたのは異様な光景。木は黒く染まり、その周囲には禍々しい黒い霧が漂っていた。

 その光景を見て気味が悪いと顔を顰めたナツ達は、背後から何者かの気配を感じて振り返える。

 

「ニルヴァーナの影響だって言ってたよな、ザトー兄さん」

「あまりに凄まじい魔法なもんで、大地が死んでいくってなぁ! ガトー兄さん」

 

 互いに兄さんと呼び合う、サングラスをかけたアフロヘアの男とまるで筆先のように髪の逆立った男。

 突然現れた敵に後退りするシャルルとフィールだったが、既にガトー達二人の部下に包囲され逃げ場がない事に気づく。

 

「囲まれた……どうしますか?」

「うぉぉ! 猿だ! 猿が二匹居んぞ! オイ!」

「ちょっとアンタ! 今の状況わかってるの!?」

 

 敵に囲まれていると言うのに、呑気に猿の物真似をして興奮するナツにシャルルがつい声を荒げる。

 目を吊り上げるシャルルを気にも留めずに物真似を続けるナツの紋章を見て、部下の男がナツ達が妖精の尻尾である事に気づいた。

 その男は以前LOVE(ラブ)&LUCKY(ラッキー)という商業ギルドに強盗を図ったのだが、駆けつけたルーシィに敗れ危うく捕まりそうになっていた過去を持つ。

 その為妖精の尻尾を恨んでいるようで、ガトー達も自分達の計画を邪魔した女の仲間だと知って臨戦態勢を取った。

 

「六魔将軍傘下! 裸の包帯男(ネイキッドマミー)!」

「ゲッホー! 遊ぼうぜ!」

 

 その声を皮切りに部下がナツ達に襲いかかるが、グレイは怯えるフィール達の前に出ると部下を一撃で撃退しニヤリと口角を上げる。

 

「こいつはちょうどいい!」

「ウホホ! ちょうどいいウホホ!」

 

 一点を狙い、包囲に穴を開ける形で突破するようシャルルは指示を出すも二人は逃げる気など一切無く、裸の包帯男を倒して六魔将軍の居場所を聞き出すと言って構えを取った。

 

「こいよ、てめぇら全員まとめて相手しやる」

「……なめやがって、クソガキがァ!」

 

 グレイの挑発に憤った裸の包帯男は武器を構え、この数を相手にたった二人で挑もうというグレイ達をウホウホと嘲り嗤う。

 それでも余裕を崩さないナツ達に舌打ちをすると、ガトー達は全方位から一斉に襲い掛かった。

 

 

 

 

「……参ったぜ、思ったより時間がかかっちまった。こんなに重けりゃスピードだって出ねぇってもんだ」

 

 そんな言葉を零しながら戻ってきたレーサーは、鎖で厳重に封じられたレーサーの身の丈以上の大きさがある棺を背負っている。

 レーサーの帰還が想像以上に早かったのか、ブレインはぬしより速い男など存在せんわと称賛を送った。

 

「ウェンディ、テューズ、お前達にはこの男を治してもらう」

 

 レーサーの運んできた棺桶に困惑している様子のテューズ達にブレインはそう言って棺を叩く。

 二人は絶対にそんな事はしないと反発するが、この二人は必ず治すと確信しているブレインは余裕の表情を崩さない。

 

「お前達は治す。治さねばならんのだ、絶対にな」

 

 嗤うブレインが杖を棺に向けると、棺を縛っていた鎖は音を立てて外れ、棺の蓋は光を放ちながら煙を出して消滅した。

 そうして封印が解かれた棺。煙が晴れ、その中に眠る人物を目にしたウェンディ達は信じられないと目を見開いて愕然とした。

 

「うそ……」

「なんで!?」

 

 棺の中で眠っているのは右目に特徴的な痣を持つ青髪の青年。

 棺に鎖で縛り付けられている青年は記憶の中の姿と比べて成長しているが、その青年は間違いなくテューズの知っている人物だった。

 

「この男はジェラール、かつて評議員に潜入していた。つまりニルヴァーナの場所を知る者」

「ジェラールって……どうしてここに!? なんで生きてるの!?」

 

 倒した筈のジェラールが生きている事に混乱するハッピーは、ウェンディとテューズがジェラールの名前を呟いた事でジェラールは二人の知り合いだったのかと更に混乱してしまう。

 

「エーテルナノを浴びてこのような姿になってしまったのだ。だが、死んでしまったわけではない。元に戻せるのはうぬらだけだ。この男はお前達の恩人なのだろう?」

「えぇ!?」

 

 恩人と聞かされ慌てふためくハッピーの隣で、二人は俯いたまま動かない。

 ジェラールが悪事を働いたという事は風の便りで知ってはいたが、幼い頃に親切にしてくれたジェラールがそんな事をするのだろうかと半信半疑だった。

 しかしジェラールはこうして六魔将軍に連れられており、ブレインの口振りからして六魔将軍に協力的な事は明白。

 更にはハッピーのジェラールを見る目には憎しみや恐怖が混じっていて、あの噂は本当だったのだという信じたくなかった現実をテューズ達に叩きつけた。

 



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「こっちよフィール! こんな所にいたんじゃ巻き添えになるわ!」

 

 そう言うとシャルルはフィールの手を引いて木の陰に隠れ、迫りくる敵を蹂躙するナツ達の様子を見る。

 炎に巻かれた敵が吹き飛んだと思えば、今度は反対側で頭を氷漬けにされた敵が空を舞う。

 互いに憎まれ口を叩きながらも連携して敵を倒していくナツとグレイは襲い掛かってきた部下達のおよそ半数を片付け、焦った部下の一人がナツに銃を向けた。

 

「魔導散弾銃でもくらいやがれ!」

 

 銃口から同時に放たれた散弾はナツの後頭部に直撃。しかし銃弾が直撃したナツは何事もなかったかのように振り返り、銃弾の効かないナツを化け物と叫びながら逃走する部下を殴り飛ばす。

 

「……中々やるようだぜ? ザトー兄さん」

「いっちょやるか。ガトー兄さん」

 

 ここからは本気で相手してやるよと言って肩を回したザトーは、ザトー目掛けて吹き飛ばされてきた部下をまるでハエでも叩くように叩き落とし、指を鳴らすガトーと共にナツ達と対峙した。

 

 

 

 

「ジェラール……」

「この男は亡霊に取り憑かれた亡霊、哀れな理想論者。しかしうぬらにとっては恩人だ」

 

 杖でジェラールの頬をつつき、ブレインはそうだろう? とテューズ達に杖先を向ける。

 膝の上で手を震わせるテューズは立ち上がると、ゆっくりジェラールの元へと歩み寄った。

 

「ダメだよテューズ! こいつはエルザや皆を殺そうとしたんだ! それに評議員を使ってエーテリオンまで落としたんだよ!!」

「ゴミは黙っていろ!」

 

 思惑通りにジェラールを治そうとするテューズを見て不敵な笑みを浮かべていたブレインは、テューズを止めようと説得するハッピーに歯軋りをすると顔を歪ませて杖でハッピーを殴り飛ばす。

 ハッピーの焦りようから、ハッピーの言ったジェラールの悪事は本当なんだと言う事はテューズも何となく分かっていた。

 それでも、頭では分かっていても信じたくなかった。

 

「テューズ……」

 

 殴り飛ばされたハッピーを抱えながら、ウェンディはテューズに心配そうな視線を送る。

 すると痺れを切らしたブレインが早くしろとテューズをジェラールの方へ突き飛ばした。

 突き飛ばされたテューズはずっと俯いていた顔を上げると、ジェラールを見つめて彼と過ごした日々を思い返す。

 ジェラールはテューズの知らない事を沢山知っていて、そんなジェラールの話が大好きだった。

 ジェラールと出会えていなければ、今も一人でリヴァルターニを探していたかもしれない。テューズ・バーラムという人間がここにいるのは他でもないジェラールのお陰だった。

 故にジェラールを治す事を決意する。ジェラールは悪い事をするような人ではないと信じ、何かそうせざるを得ない事情があったのではないかと話を聞くことにした。

 

「言われた通りジェラールは治します。だからそのかわりに、ひとつだけお願いを聞いて欲しいんです」

「ダメだよテューズ! 考え直して!」

「……何だ。言ってみろ」

 

 ウェンディの腕で暴れるハッピーをひと睨みで黙らせると、ブレインはテューズに視線を移す。

 

「ジェラールを治した後、少しだけでいいので話す時間をくれませんか……?」

「話し……か。よかろう、5分間だけ与えてやる」

 

 ブレインが条件を呑んだのを確認するとテューズはジェラールに手を伸ばし、魔力を集中させる。

 テューズが話す時間を求めたのは、ジェラールが悪事を働いたのにはきっと何か理由があると考えているから。

 そして、そう考えているのは涙目でハッピーを抱くウェンディも同じだった。

 

 

 

 

 肩で息をしながらナツとグレイはボロボロになって倒れる裸の包帯男(ネイキッドマミー)達に囲まれて汗を拭う。

 全員雑魚だと高を括っていた二人は予想以上に強かったザトー達を見直すと一度大きく息を吐いて呼吸を正す。

 

「凄いですね、まさか本当にギルド一つ相手にして勝つとは……」

「正しく化け物って感じね」

 

 物陰から様子を見ていたシャルル達が出てくると、呼吸を落ち着かせたナツはザトーの胸倉を掴み六魔将軍のアジトは何処だと問いただした。

 

「言うかバーカ! ぎゃほほっ──ぎゃんっ!?」

 

 ザトーが馬鹿にするように笑い声を上げていると、ナツは鬼の形相で頭突きを喰らわせて意識を奪い、標的をガトーに変える。

 幾ら話しかけても返事のないガトーの胸倉を掴んでガクガクと揺らしていると、片目を開けたガトーはナツの向こう側に手を伸ばす。

 

「客人……後は頼んだ……」

 

 そう言い残すとガトーは首を垂れて気絶し、ナツはガトーが手を伸ばしていた先に視線を移す。

 そこには見覚えのある目の下に刺青を入れた

白髪の男が木の上に立っていた。

 

「よう……燃えカス小僧、いつぞやの時には随分と世話になったなぁ……ハエ共」

「よう、そよ風野郎! 久しぶりだな、元気してっか?」

 

 思いの外フレンドリーに挨拶を返してきたナツにグレイだけでなくエリゴールすらも呆れを隠さず、そんな関係じゃないだろと顳顬を押さえる。

 

「空気読めよ……こいつは呪歌(ララバイ)使って爺さん達を呪殺しようとした張本人だろ!」

「おぉそうだ……オレがいつの間にかぶっ倒したんだっけな……」

 

 呪歌(ララバイ)を巡って妖精の尻尾と争った後、評議員の手を逃れたエリゴールはこうして六魔将軍の傘下ギルドを用心棒として渡り歩いていた。

 そして漸く回ってきた復讐の機会にエリゴールは不敵な笑みを浮かべ、風を操って宙に浮く。

 

「ずっとこの日を待っていた。ハエ共への復讐の時を、死神の復活の時をな!」

「リベンジマッチか、おもしれぇ!」

「燃えてきたぞ!」

 

 拳を合わせて気合を入れたナツはグレイに手を出すなと言うと、跳躍してエリゴールに殴りかかる。

 それに対してエリゴールは風の盾を作り出す事でナツの鉄拳を防ぎ、二人の間で炎と風がせめぎ合う。

 炎に風という相性の悪い相手に心配するシャルル達に、ナツなら大丈夫だと言ってグレイは言われた通り手を出さずに戦いの行方を見守る。

 

「火竜の鉤爪!」

 

 下に炎を放出する事で風の障壁を飛び越えたナツは、驚くエリゴールに蹴りを浴びせて吹き飛ばす。

 自分と同じように以前と比べて腕を上げたナツに称賛を送ると、エリゴールはハッピー達を探す為に勝負を急ぐナツに両手を突き出し指を交差させた。

 

「これで細切れになれ! 翠緑迅(エメラ・バラム)!!」

 

 迫りくる風をグレイの盾に隠れる事でやり過ごしたフィール達は、周りの様子を見て絶句した。

 先ほどまであった筈の木々は薙ぎ倒されて更地になり、地面を抉られて舞った土が雨のようにパラパラと降っている。

 満足のいく威力だったようで、砂煙の立つ地面を空から眺めるエリゴールはお前達に復讐する為にずっと魔力を高める修行をしてきたんだと笑い声を上げた。

 

「下らねぇなぁ……復讐がどうとか、相変わらず小せぇ事やってんじゃねぇぞ、エリゴール」

「なに!?」

「もっとあんだろ……なんかこう、燃えるような理由とかよぉ……!」

 

 炎で砂煙を晴らし、全身に炎を纏ったナツがエリゴールを睨む。下らないと言われて顔を顰めたエリゴールだったが、その後目を瞑ったエリゴールの表情はどこか納得したようなものに変わっていた。

 

「確かに言えてんな……もはや鉄の森も六魔将軍も関係ねぇ! オレは一人の魔導士として、てめぇに勝つ!!」

「上等だ!! かかってこいやぁぁぁ!!」

「おぉぉぉぉぉ!!!」

 

 ナツとエリゴールはお互いに笑みを浮かべながら同時に飛び出し、先に攻撃を仕掛けたのはエリゴールだった。

 全魔力を解放して両腕に集めた風をナツ目掛けて放出し、地面を砕く。

 しかしナツはエリゴールの攻撃を物ともせずに風を突破し、炎を纏わせた拳でエリゴールに連撃を叩き込んだ。

 

「──紅蓮火竜拳!!」

 

 これで止めと最後の一撃を喰らわせるとエリゴールは意識を失い、ナツは華麗に着地を決める。

 もっと手早く終わらせろよとニヤつくグレイにうるさいと返すと、ナツは倒れたエリゴールの方へと歩み寄った。

 

「オイコラ! 三人はどこだ!? 寝てんじゃねぇぞ!!」

 

 左手でエリゴールの胸倉を掴み、右手ではエリゴールの意識を呼び覚まそうと何度も平手打ちを喰らわせるナツ。

 鬼畜の所業とも言えるナツの行動にドン引くシャルル達を尻目にエリゴールからアジトの場所を聞き出したナツは、全速力で洞窟へと向かった。

 

 

 

 

 ジェラールに治癒魔法を使ったテューズはヘタリとその場に座り込み、眠るジェラールを見上げる。ジェラールは治ったのかと言うブレインの疑問にテューズが頷いて答えると、ブレインはジェラールの頬を叩いた。

 

「目を覚ませ、ジェラール。我々にニルヴァーナの在り方を教えてもらおうか」

 

 それでも目覚める気配の無いジェラールに舌打ちをすると、ブレインは取り出したナイフをジェラールの肩に突き刺す。

 それを見たウェンディはやめてと悲痛な叫びを上げ、それに反応してジェラールがゆっくりと目蓋をあげた。

 

「──ハッピー! ウェンディ! テューズ!」

 

 それと同時に、何処かから聞こえたハッピー達を探すナツの声。ナツが助けに来たのだと気付いたハッピーが大声でナツの名を叫び、その隣でブレインは険しい表情でレーサーに迎撃の指示を出す。

 返事と同時にレーサーは姿を消す中、テューズはジェラールの肩に治癒魔法を使い傷口を塞いだ。

 

「ゴミ共が……! どけ! ジェラール、ニルヴァーナは何処に──!?」

 

 息を切らすテューズを突き飛ばしたブレインがジェラールに話しかけると、ジェラールはブレインを睨みつけて彼の足元を崩壊させて穴に落とす。

 塞がった傷口を撫でたジェラールはテューズに視線を向け、倒れるテューズをそっと抱き起こした。

 

「……君は……」

 

 ジェラールが声をかけると、テューズは穏やかな表情で気を失ってしまった。

 テューズを見るジェラールの目は優しく、ウェンディ達の知るジェラールと同じ目をしている。

 そんなジェラールを見たハッピーが困惑していると、レーサーの手を逃れたナツがシャルル達を抱えて洞窟まで辿り着いた。

 

「これは……」

「どういうこと……?」

 

 洞窟の中にいたのはハッピー、ウェンディ、気絶しているテューズ、そしてジェラールの4人。

 ナツからはジェラールの後ろ姿しか見えていないようでその正体には気付いていない。

 

「ウェンディ、無事!? 怪我はない!?」

「う、うん……私は大丈夫だけど……」

 

 ウェンディがテューズに視線を向けると、ナツ達もそちらに視線を移す。

 テューズが気絶している事に気付いたフィールか駆け寄ろうとした時、振り返ったジェラールを見たナツは激情を露わにする。

 

「ジェラール、てめぇテューズに何しやがったァ!!」

「違うのナツさん! ジェラールは──」

 

 テューズはジェラールによって気絶させられたと勘違いしたナツはウェンディの制止を振り切り、拳に炎を纏わせて殴りかかる。

 ジェラールはテューズを見つめたままナツに手を向けると魔法で吹き飛ばし、ナツは勢いよく壁に激突した。

 

「ナツ!」

 

 衝撃で崩れた壁に埋もれたナツにハッピーが声をかけるが、反応はない。ジェラールは怯えながらもこちらを睨みつけるハッピーの横を素通りし、そのまま洞窟から去って行った。

 

「ナツ! しっかりして!」

 

 生き埋めになったナツを救出しようとハッピーが瓦礫を一つ一つ退かしていると、瓦礫の中から勢いよく炎が吹き出した。

 瓦礫を砕くように豪快で、それでいてハッピーを傷つけないよう調整された炎の中からナツが飛び出し、キョロキョロと辺りを見回してジェラールを探す。

 

「あんにゃろう! 何処だ! ジェラールは何処にいる!」

「ジェラールならもう行っちゃったよ…」

 

 怒りで頭に血が上り、このままウェンディ達を置いてジェラールを追いそうな勢いのナツの前に、シャルルが洞窟の入り口を塞ぐ形で立ち塞がる。

 

「あんたとあの男がどんな関係なのかは知らないけど、今はウェンディ達を連れ帰るのが先よ。エルザを助けたいんでしょ?」

「……〜!! 行くぞ、ハッピー! 二人を連れて帰るんだ!」

 

 ジェラールとエルザを天秤にかけたナツはテューズとウェンディを両脇に抱えて洞窟の外へと走っていく。

 薄暗い洞窟から出たナツは、日差しに目を細めて立ち尽くした。

 

「……ハッピー、飛べるか?」

「あい! 三人は重量オーバーです」

「あの、ナツさん……」

 

 洞窟は周囲の土地よりも低い場所に位置しているため、ナツ達のいる地点は高い岩壁に囲まれている。

 来るときはグレイが氷で道を造形してくれたため何とかなったが、帰りについては考えていなかった。

 何かを言おうとするウェンディに気づかず、登れそうな所はないかと目視で吟味するナツ。そんなナツの後頭部をシャルルが叩いた。

 

「勝手に行かないでちょうだい! 全く……」

「ウェンディとテューズは私達で持ちますので……」

「そっか! お前らハッピーと同じで飛べるんだもんな!」

 

 ()()()()()()()と言う部分に不服そうなシャルルはウェンディを受け取り、自分達が飛べることを忘れていたナツに呆れるフィールはテューズを受け取った。

 無事にテューズ達の救出して上空に舞い上がると、避けろと叫ぶグレイの声が聞こえた。

 どう言う意味かとナツが声のした方へ視線を向けると、いつの間にかナツの背後を取ったレーサーに蹴り飛ばされる。

 ナツではなく、翼を持つハッピー達エクシードを的確に狙われた事でハッピー達は気絶。

 ウェンディも気を失っていて、一人残されたナツは二人を抱えるとそのまま庇うようにして森の中へと落ちていった。

 

 

 

 

 突然頭に激痛を感じたテューズは目に涙を浮かべて飛び起きる。

 叩き起こされる方がマシと思えるような最悪の目覚めの後に、いきなり体を起こしたためテューズの額とナツの額が激突した。

 

「ちょっとナツ! なに二回も頭突きなんてしてんのよ!」

「いや、仕方ねぇだろ!? てか二回目はオレのせいじゃねぇ!」

 

 割れるような痛みに頭を押さえるテューズは、状況を掴めずに辺りを見回す。

 突然の事で混乱しているのもあるが、頭の痛みで上手く思考がまとまらない。

 

「頼む! 後で何回でも謝るから、今はエルザを治してくれ!」

「治す……?」

「実は、エルザさんが毒にやられたんだ。君なら解毒できるって聞いたんだけど……」

 

 額を地面につけて土下座するナツに驚くテューズに、ヒビキが事情を説明する。

 記憶では先程まで洞窟にいた為まだ状況を掴めていないテューズだが、エルザを見るとすぐに解毒に取りかかった。

 テューズよりも先に目覚めたウェンディは既に解毒を始めていて、先程のことを見ていたウェンディはテューズの額を心配そうにしながらエルザの傷の手当ても同時に行う。

 暫くすると二人は同時にエルザから手を離し、笑顔でナツ達の方を向く。

 

「終わりました。エルザさんの体から毒は消えましたよ」

「傷の方も終わりました。これで大丈夫な筈です」

 

 その言葉を聞いた面々は顔を見合わせ、喜びを露わにする。ヒビキは緊張が解けたのか胸を撫で下ろし、ナツとルーシィは感情を抑えきれずに笑顔でハイタッチをする。

 

「シャルル! フィール! オイラ達も!」

「……仕方ないですね」

「一回だけよ」

「あいっ!」

 

 右手を上げた二人にハッピーはそれぞれ順番にハイタッチをすると、満足そうに笑みをこぼす。

 

「ウェンディ! テューズ!」

 

 腰を落としたナツは右手をウェンディに、左手をテューズに突き出した。

 最初は何のことか理解できなかったもすぐにナツの意図に気づき、突き出された手にハイタッチをした。

 

「ありがとな! 本っ当にありがとう!」

 

 テューズを抱き締めて目一杯の感謝を表すナツだったが、力一杯抱き締めた事でテューズは若干苦しそうにしている。

 その様子に気づいたルーシィが力入れすぎと指摘するとナツは急いで手を離すが、解放されたテューズは息苦しそうに何度か咳をしていた。

 

「ゲホッ……と、とりあえずエルザさんは大丈夫なはずです。しばらくは目を覚まさないかもしれませんが……」

「凄いね、本当に顔色が良くなってる。これが治癒魔法」

 

 顔色の確認がてらエルザの顔を至近距離で観察し、寝顔を記憶にしっかりと焼き付けたヒビキにルーシィが近いと言ってツッコミを入れる。

 エルザの毒が治った事で浮かれている様子のナツ達にため息をつくと、シャルルはウェンディ達を一瞥してから手を叩いてナツ達の注意を引いた。

 

「いいこと? これ以上この娘達に魔法を使わせないでちょうだい。見ての通り、治癒魔法はこの娘達の魔力を大量に消費するの」

 

 一見いつも解けたのか変わらないように見える二人だが、よく見てみると運動でもしたかのように息切れし、今日一日で二度も魔法を使ったテューズの頬には汗が伝っている。

 

「私は大丈夫だよ、シャルル」

「僕も平気……それよりも……」

 

 ジェラールについて。気絶していたテューズはあの後ジェラールが去った事を知らず、謎のまま。

 ウェンディとテューズは彼がどうなったか気掛かりになっていた。

 

「……後はエルザさんが目覚めたら、反撃の時だね」

 

 そんな二人の感情を知る由もなく、ヒビキがそう呟いた。その言葉にこれから反撃開始だ、と言わんばかりに気合を入れたナツ達が返事を返した刹那、凄まじい光が彼らを包んだ。

 手で目を覆いながら光の発せられた方向に視線を向けると、樹海の中央辺りから黒く染まった木々から靄を吸い上げる大きな黒い光が空へと放たれていた。

 

「黒い光……」

「あれは……ニルヴァーナ!?」

 

 柱のように聳える光を見たヒビキの言葉に、全員が驚きの声を上げる。こんなに早くニルヴァーナが見つけられるとは思っていなかった。

 皆が起動させたのは六魔将軍だろうと考える中、ナツだけは違った。

 

「……あの光に……ジェラールが居る!!」

 

 歯を食いしばり、ナツはニルヴァーナの光を、その先にいるであろうジェラールを睨みつける。

 

「エルザに会わせるわけにはいかねぇ! あいつはオレが潰す!」

 

 ジェラールがいるからエルザは涙を流す。そう考えるナツはジェラールと言う名前が出た事に動揺するルーシィを置いて光を目標に樹海の奥へと走り出した。

 

「まずい! ナツ君を追うんだ!」

 

 狼狽るルーシィにそう指示を出したヒビキがナツを追おうとした時、シャルルとフィールの叫び声が響いた。

 何事かと驚き振り返る一同が二人を見ると、二人は目を見開きながら一点を指差している。

 

「エルザさんが居なくなってます!」

「なんなのよあの女! お礼の一つも言わないで!」

「エルザ、もしかしてジェラールって名前聞いて……!?」

 

 二人の指差す先にはついさっきまでエルザが眠っていた筈が、今はその姿が何処にも見当たらない。

 ルーシィ達が病み上がりだというのに飛び出して行ったエルザを心配する中、テューズは一人脂汗を浮かべていた。

 

「テューズ? どうしたの……?」

「……僕のせいだ」

 

 異常に気付いたウェンディが声をかけると、テューズは唇を震わせながらボソリと呟く。

 僕がジェラールを治さなければ、ニルヴァーナは封印を解かれることは無かった。

 エルザさんがいなくなることは無かった。ナツさんがいなくなることは無かった。今の悪い状況を作り出したのは、全て自分のせいではないか。

 自分の軽はずみな行動がみんなを不幸にした。その事実にテューズは自己嫌悪に苛まれ、次第に彼の周りに黒い靄が漂い始めた。

 

「僕の……僕のせいで……!」

「違う! それは違うよ!」

 

 ガタガタどう歯を鳴らして頭を抱えるテューズの頬を挟むように掴み、ウェンディはテューズをジッと見つめる。

 彼女の瞳に写る自分に嫌悪感を感じ、顔を逸らそうとするがウェンディがそれを許さない。

 

「テューズが治してなかったら、きっと私がジェラールを治してた。だから……お願い。そうやって自分を責めないで」

 

 そう言うとウェンディはテューズの肩に手を置き、下を向く。

 溢れこそしていないがその瞳には涙を浮かべていて、彼女の言葉を聞いたテューズは目を見開いて固まった。

 

「あなたが今すべきことは、反省ではないでしょう?」

「そんな暇があったらとっととあのバカを追うわよ!」

 

 フィール達の言葉に、固まっていたテューズは涙を流しながらコクリと頷く。

 どうにか立ち直ったらしいテューズを見てシャルルは鼻を鳴らすとそっぽを向いたが、こっそりと安堵の息を漏らす。

 

「……どうやら大丈夫そうだね。なら、ナツ君を追いかけよう」

 

 ホッと胸を撫で下ろしたヒビキはルーシィ達と共にナツを追って樹海に入り、それに続いてテューズ達もニルヴァーナを目指して進み出した。

 

 

 

 

「ウェンディちゃん、さっきはありがとう」

「へ? 何の事ですか?」

 

 樹海を進む中、突然ヒビキから感謝の言葉をかけられたウェンディは不思議そうに首を傾げる。

 

「テューズ君の件さ。君があぁしていなかったら、僕はテューズ君を気絶させていた」

「えっ!?」

 

 突然の告白に衝撃を受け、私には関係ない話かなとナツの追跡に意識を向けようとしたルーシィまでもがヒビキを見る。

 全員の視線がヒビキに向けられるが、ある程度予想していたのか慌てる様子のないヒビキは自分の意図を説明し始めた。

 

「……そうじゃないんだ。本当は言うつもりは無かったんだけど、あの精神状態から立ち直った、立ち直らせた君達には話しておくべきだと思ってね」

 

 ウェンディ達を一瞥すると正面に視線を戻し、ヒビキは本当はニルヴァーナという魔法を知っている、と話を続けた。

 

「ただその性質上、誰にも言えなかった。この魔法は意識してしまうと危険だからなんだ」

 

 それ故にニルヴァーナの事は他のメンバーすら知らず、ヒビキだけがマスターボブから聞かされていた。

 ニルヴァーナとは、光と闇を入れ替えるとても恐ろしい魔法なのだと。

 

「しかし、それは最終段階。まず封印が解かれると、黒い光が上がる。まさにあの光だ。そして、黒い光は手始めに光と闇の狭間にいる者を逆の属性にする。強烈な負の感情を持った光の者は…闇に堕ちる」

 

 そこまで説明されて、テューズ達は何故ヒビキが感謝の言葉を述べたのかを理解した。

 負の感情には当然自責の念も含まれており、先程自己嫌悪に陥っていたテューズをあのまま放置していれば、今頃は闇に落ちていたかもしれない。

 あの時は助かったよ、と笑顔を向けるヒビキに、ウェンディは両手を胸の前で振ってそんな事ないと顔を赤くした。

 それに追い討ちをかけるようにシャルルは流石ウェンディねと称賛を送り、ルーシィ達もそれに続く。

 褒め殺されたウェンディは湯気が上がりそうな程顔を赤くしてショートしてしまい、ルーシィ達は少しやり過ぎたかなと苦笑いを浮かべる。

 

「それで、何故みんなにも話していない事を教えたのかというと、君達には心の治療を頼みたいからなんだ」

 

 ヒビキの言う心の治療というものを理解出来ていない様子のテューズ達に、先程と同じように危険な状態にある人の心を安定させてほしいと説明を付け加える。

 テューズを立ち直らせたウェンディは勿論、一度強い負の感情を経験したテューズもその人の感情をより理解できる。そんな思惑のある人選だった。

 

「負の感情というのは、自責だけでなく強い憎しみや怨み、嫉妬に怒りなんかも該当するんですか?」

「ちょ、ちょっと待って! それじゃあ、ナツは!? ナツもヤバイの!?」

 

 フィールの疑問にヒビキが頷いて肯定すると、怒りと聞いて飛び出して行ったナツを連想したルーシィは慌ててヒビキに問いを投げる。

 そのルーシィの問いに、ヒビキは言葉を詰まらせた。一言に怒りと言っても一概に負の感情と言い切る事は出来ず、例えばその怒りが誰かのためのものならばニルヴァーナの影響は受けないだろう。

 

「何とも言えない。その怒りが誰かのためなら、それは負の感情とも言いきれないし」

 

 だから、ナツが何故あそこまで激怒しているのか、あの怒りに憎悪が混じっていないかを知らないヒビキには、そんな曖昧な返答しか出来なかった。

 

「どうしよう!? オイラ意味分かんないよー!」

「……あんたバカでしょ」

「ニルヴァーナの封印が解かれた時、正義と悪とで心が動いている人の性格が変わってしまう……こういう事ですよね?」

 

 頭を抱えるはハッピーを蔑視するシャルルはフィールに説明してやれと目で訴え、フィールの説明にハッピーは何となく分かった気がすると言って謝意を述べる。

 

──あの人さえいなければ。

 

──つらい思いは誰のせい?

 

──なんで自分ばかり……

 

 そんな感情がニルヴァーナによってジャッジされ、反転させられてしまう。しかし、それはまだ第一段階に過ぎない。

 

「じゃあ、そのニルヴァーナが完全に起動したら、あたし達みんな悪人になっちゃうの?」

「でもさ、それって逆に言えば闇ギルドの奴らはいい人になっちゃうって事でしょ?」

 

 ルーシィとハッピー、二人の問いにヒビキはそういう事も可能だと思うと返答するが、彼自身闇ギルドの反転には期待していなかった。

 それは、ニルヴァーナの操作者が反転の対象を意図的にコントロールすることができるから。

 それを聞き、このまま六魔将軍にニルヴァーナを奪われてしまった未来を想像して全員の顔から血の気が引く。

 例えばギルドに対してニルヴァーナが使われた場合、仲間同士で躊躇なしの殺し合い、他のギルドとの理由なき戦争、そんな事が簡単に起こせてしまう。

 

「ニルヴァーナを奪われる訳にはいかない。一刻も早く止めなければ、光のギルドは全滅するんだ!!」

 

 ヒビキによってはっきりと言葉にされた現実に、ルーシィ達の身の毛がよだつ。今こうしている間にも、ニルヴァーナの影響は及び始めていた。

 



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破滅の行進

「あ! あれナツじゃない!?」

 

 ルーシィが指差した先に流れる川。その川に揺られる筏の上には確かにナツの姿があった。

 筏に乗ったことで乗り物酔いを起こし、ダウンするナツの他にもう一人。

 ナツを踏みつけにし、造形した氷の槍で貫こうと引き絞るように上体を反らしているは仲間である筈のグレイ。

 

「ルーシィ!」

「わかってる! 開け、人馬宮の扉! サジタリウス!!」

「お呼びでありますか? もしもし」

 

 明らかに様子のおかしいグレイに戸惑いながら、ルーシィは自身を呼ぶハッピーの前に出て翳した鍵を振り下ろす。

 呼び出されたのは馬の被り物を着た人馬宮の星霊、サジタリウス。ルーシィの指示にサジタリウスは持ち前の巧腕を披露し、放たれた矢は見事にグレイの持つ槍を粉砕した。

 

「ッ!? 誰だ!」

 

 狙撃され、激昂したグレイは瞬時に大量の氷の槍で反撃する。

 しかし、それら全てはサジタリウスによって撃ち落とされてしまい、ルーシィ達に届く事は無かった。

 

「なにしてんのよ! グレイ!」

「オイラ達だよ!?」

 

 グレイは自分達を敵と勘違いしている。そう思ったルーシィ達は存在を主張するが、グレイは何も言わずに見つめるだけで謝罪を述べもしなかった。

 代わりに、ルーシィ達に気付いたのは筏でダウンしているナツ。

 

「ル、ルーシィ! ……ウプ」

「名前呼んでから吐きそうになるのやめてくれないかしら!?」

 

 乗り物酔いだと分かっていても、自分に対して吐き気を催されているような錯覚にルーシィは不平を漏らす。

 

「てか酷いよグレイ! いくらなんでもやり過ぎだよ! 魚横取りされたとかなら分かるけど!」

「それも大概だけど……!」

 

 ハッピーの共感性にツッコミを入れるが、ルーシィもやり過ぎだという意見に賛同してグレイに抗議する。

 今までは黙って様子を見ていたグレイだが、それを聞くと忌々しそうに舌打ちをし、侮蔑の視線を向けた。

 

「うっせんだよてめぇら。うぜえっての。こいつ片付けたら相手するから、邪魔すんじゃねぇよ」

 

 ナツを冷たく見下ろし、再び仕留めようとするグレイを見てルーシィ達の頭にある一つの可能性が浮かんだ。

 

──ニルヴァーナ。

 

 先程話していた善悪を反転させてしまうニルヴァーナの影響を受け、グレイは反転され闇に堕ちてしまったのではないかと。

 

「ゆ、揺れ……助けて……」

「止まってるからしっかりしなさい!」

「ナツ! 今助けるよ──はぐぅ!?」

 

 筏が止まっていようと少しの揺れでも吐き気を催すナツを助けるべく、翼を広げて飛び立ったハッピーは一瞬で氷漬けにされてしまう。

 氷塊となったハッピーは地面に落ち、動く様子はない。仲間に手を上げたグレイをルーシィが声を荒げて糾弾すると、グレイは表情を一転させて不敵な笑みを浮かべた。

 

「ハッピーは空を飛べる。運べるのは一人、戦闘力はなし。情報収集完了」

 

 意味の分からない事を呟き始めたグレイに困惑していると、グレイは次にルーシィを見つめる。

 頭から足先まで、じっくりと観察して再び狂気を滲ませた笑みを浮かべた。

 

「グレイから見たルーシィ、ギルドの新人。ルックスはかなり好み。少し気がある」

「ふぇ!? な、なによそれぇ……!」

 

 告白とも取れる発言に不意をつかれたルーシィは顔を染め、大いに慌てふためく。

 元々グレイを意識していたという訳ではないのだが、あんなことを言われたルーシィは自分でも分かるほどに鼓動が激しくなっていた。

 

「見かけによらず純情、星霊魔導士……ほぉ、星霊ねぇ」

 

 まるで今初めてルーシィが星霊魔導士である事を知ったような、そんな口ぶりに違和感を覚える。

 その一瞬の隙を突き、グレイはルーシィに氷の槍を飛ばして攻撃を仕掛けた。

 

「……違うな、君はグレイ君じゃない。何者だ」

「グレイじゃない?」

 

 間一髪の所で氷を防いだヒビキから語られた事に、ルーシィはグレイを注視して首を傾げる。

 グレイじゃないと言われても、見た限り違和感はない。確かに行動や言動はおかしいが、彼の外見は寸分違わずグレイと一致しているのだ。

 

「グレイから見たヒビキ。青い天馬の一員。男前。詳しく知らない……チッ、情報不足か」

 

 舌打ちをすると、グレイはこちらを警戒するヒビキからテューズ達に視線を移す。

 

「ウェンディとテューズ。へぇ、二人とも滅竜魔導士か。だがどちらも戦闘能力は無し」

 

 次にシャルル達を見たグレイはハッピーと同じだな、と呟いて面倒そうに後頭部を掻いた。

 いい加減ハッピーと同じだと言われることに業を煮やしたシャルルがグレイに飛びかかろうとする。

 ウェンディ、テューズ、フィールの三人がかりで宥めていると、グレイは大体こんなもんか、と零し突然煙に包まれた。

 何を仕掛けてくるつもりなのかと臨戦態勢を取るルーシィ達が煙を凝視していると、次第に煙が晴れていく。

 煙の先にグレイの姿はなく、代わりにあったのはルーシィの姿だった。

 

「あ、あたし!?」

「君、頭悪いだろ…こんな状況でルーシィさんに変身しても、僕達が騙されるはずがない」

 

 グレイが消えただけでなく、目の前に自分が現れて驚愕するルーシィと、愚行としか思えない行動に呆然とするヒビキ。

 しかし偽ルーシィには何か考えがあるようで、余裕の笑みを崩さずに軽く手招きをして視線を集める。

 

「そうかしら? あんたみたいな男は女に弱いでしょ?」

 

 そう言って偽ルーシィは自分の服をたくし上げ、見せつけるように胸部を晒す。

 ただでさえその存在を主張している胸部。それを僅かに胸を反らして強調すると、ヒビキとサジタリウスの視線は釘付けにされてしまった。

 

「「おぉぉ!!!」」

「いやぁぁぁ!!!!」

 

 雄叫びを上げる男達と、その横で自らの胸を隠して悲鳴を上げるルーシィ。

 その隣で、偽ルーシィが服に手をかけた時点で彼女の行動を読んだフィールにより、目を潰されたテューズは彼らの横で激痛に悶えていた。

 

「す、すみません。つい咄嗟のことで……」

「いえ、よくやったわ。全く、こういう教育によくない事はやめてもらえるかしら!?」

「あたし違う! あっち! あたしだけど……うわーーん!! 意味分かんない!」

 

 偽ルーシィを指差し、頭の中がこんがらがったルーシィは泣き出してしまう。

 その隣で両目を押さえるテューズにウェンディが治癒魔法をかけてやると、こんな下らない事でウェンディに魔法を使わせないでとシャルルが偽ルーシィに声を荒げた。

 その言葉につい勢いがついてしまったフィールも責任を感じ、気まずそうに目を逸らす。

 一方偽ルーシィは眉を顰めてシャルルを睨み、取り出した金色の鍵をシャルルに向けた。

 

「うるさいなぁ、君は邪魔だよ。サジタリウス──お願いね」

「ッ!? 危ない!!」

 

 引き絞られた弓から勢いよく矢が放たれ、矢は真っ直ぐシャルル達へと向かう。

 予想外の攻撃に反応が遅れたシャルルとフィールを抱く形で庇ったヒビキの体を矢が掠め、破けた服にじんわりと血が滲む。

 

「サジタリウス!?」

「なんでフィール達を!?」

「ち、違いますからして……某は、こんなことをしようとは……」

 

 サジタリウスの行動に誰よりも驚いていたのはサジタリウス本人だった。

 体を思うように動かすことが出来ず、抵抗する意思と意思に従わない体が拮抗してサジタリウスの体は震えている。

 

「あんた、まさか私の星霊を操って!!」

「そう、今の私にはあんたと同じことができるのよ」

 

 怒りの込められたルーシィから送られてくる視線を気にも留めず、偽ルーシィは金色の鍵をくるくる回してサジタリウスに攻撃の指示を送る。

 

「申し訳ありません……体が勝手に!」

 

 再び弓を引き絞るサジタリウスは必死に抵抗し、指先を振るわせて照準をずらす。

 そんなサジタリウスの辛そうな表情にルーシィは怒りが沸々と湧いてきたが、それを押し殺してまずは冷静にウェンディ達二人を連れて逃げるようシャルル達に指示を出した。

 

「分かってます!」

「言われなくてもそうするわよ!」

 

 パートナーを掴み、その場からいち早く離脱しようと上昇する二人にサジタリウスが照準し合わせる。指先の震えにより狙いが安定しないが、彼の技術を持ってすればそんな状態でも矢を外す事はなかった。

 

「やめて! サジタリウス!」

「!!」

 

 意思の抵抗と主人であるルーシィから指示。二つの要因により放たれた矢は風を切り、二人から逸れて空の彼方へと消えていく。

 

「下ろしてフィール! せめてサポートくらいは──」

「今行っても足手まといになるだけですよ!」

「ここは任せるしかないのよ! ウェンディも我慢して!」

 

 暴れる二人にそういうとシャルル達は全速力でその場を離脱し、ルーシィ達の姿は木々に阻まれて見えなくなってしまった。

 

 

 

 

「ここまで来れば、取り敢えずは大丈夫だと思います」

 

 樹海を一望することが出来る高台にテューズを下ろし、フィールはくたっと座り込む。

 ここまで常にフルスピードで飛び続けていたため疲れ切ってしまっていた。

 

「一旦ここで休憩しましょう。みんなと合流するのは後ね」

 

 同様に疲労したシャルルが座り込むと、ウェンディも俯きながらシャルルの隣に腰を下ろす。

 やはりウェンディとテューズの二人は置いてきたルーシィ達が気掛かりのようで、その表情は浮かないものだった。

 

「私、みんなの役に立ててるかな……」

 

 誰に質問する訳でもなく、ボソリとウェンディが独りごちる。膝を抱えて丸くなるウェンディの表情は見えないが、彼女がどんな表情をしているかシャルルには容易に想像できた。

 

「どうせあの場所にいても役に立たなかったわよ。だったら、こうして逃げた方が迷惑をかけずに済むわ」

 

 突き放すように淡々と語るシャルルは、ウェンディから目を逸らす。今ここで慰めを言ったところで、ウェンディが自責をやめないことは分かっていた。

 だからこそこうして合理的な回答をした訳だが、それでもウェンディを突き放すというのは心にくるものがある。

 

「……ごめん。僕がちゃんと戦えれば──」

「そうじゃないでしょ。あいつらが強すぎるってだけなんだから」

 

 落ち込むテューズに言葉をかけると、シャルル自身も下を向く。一体誰が予想できただろうか。

 姿形を真似るだけでなく、思考や魔法まで完璧に真似てしまうなど反則だ。あんなもの勝ち目がない。

 もし仮にウェンディ達が戦えたとしても、シャルル達はこうして二人を連れて逃げただろう。

 今日初めて会った他ギルドの人間より、大切な親友を優先するに決まっている。

 

「……そういえば、ウェンディはジェラールを知っているんですか?」

 

 暗い雰囲気を変えようと話題を探し、フィールはウェンディに疑問をぶつけてみた。

 その問いにウェンディはハッとしたように顔を上げる。

 

「そうだ。テューズもジェラールを知っていたの?」

 

 今まで色々あったために忘れていたが、洞窟での出来事からずっとそれが気になっていた。

 当然同じような疑問をテューズも抱いており、二人は互いにジェラールとの関係を話すことになる。

 ウェンディは7年前に天竜グランディーネを探していた時、ジェラールと出会っていた。一人路頭に迷うウェンディを連れて、ジェラールは一ヶ月程の期間あてのない旅をしていた。

 しかし突然変なことを言い出し、ウェンディを化猫の宿に預けたという。

 

「……そっか。じゃあジェラールが言ってた子って、ウェンディのことだったんだ」

 

 以前ジェラールから聞いた、テューズと同じようにドラゴンを探しているいう人間。

 いつか会ったみたいと思っていたが、まさかそれがウェンディだとは思ってもいなかった。

 

「で? あんたはそのジェラールって奴とどういう関係なわけ?」

「僕がジェラールと会ったのは、多分ジェラールがウェンディと別れて一年位経ってから……」

 

 ジェラールと出会い、そのお陰でフィールと出会えたこと。ジェラールとの思い出などをテューズが話し合えると、シャルルは何処か腑に落ちないようで眉を顰めながら考え込む。

 

「二人がジェラールの知り合いってことは分かったけど、洞窟内で見た時はとても知り合いって感じじゃなかったわよ?」

「それは同感です。私にもジェラールは二人を知らないように見えました」

 

 その言葉に、二人の表情が重くなる。言われた通り、ジェラールは二人と会話することもなく洞窟から去って行ったのだ。

 ジェラールは自分達のことなど忘れてしまったのか、という考えが頭を過り、二人の纏う雰囲気はより重苦しいものへと変わってしまう。

 

「……とにかく、今は休むことが大切です」

「そうね。あんた達もウジウジしてないでゆっくり休みなさい。……役に立ちたいんでしょ?」

 

 気を使った二人の言葉に頷くと、テューズは自身の頬を挟むようにして叩き気合いを入れる。

 こんなにウジウジしていてはニルヴァーナにジャッジされてもおかしくない。ジェラールに関しても、本人から直接聞いてしまえばいいのだから。

 だから、ここから先は前を向く。

 

「あの光の所に行くんだよね」

 

 立ち上がり、尻についた砂埃を手で払うとテューズは光を目指して歩き出した。

 しかし、二歩三歩歩いた所で何者かに襟首を掴まれて尻餅をつく。

 

「気合いを入れるのはいいんですが、さっきの話聞いてました?」

「今は休むって話してたでしょ!」

「……ごめんなさい」

 

 翼を広げ、腰に手を当ててテューズを見下ろすシャルル達に、テューズは縮こまってしまう。

 そんな彼らを見てウェンディも胸の痞が下りたのかいつもと変わらない笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 時間は過ぎていき、空が赤く染まった頃。ある程度回復したテューズ達は黒から白へと変わったニルヴァーナの光を目指し、樹海を進んでいた。

 ウェンディが後どれほどの距離があるのかと光を見たその時、異変は起こった。

 

「ねぇ、あれ!」

 

 ウェンディが指差したニルヴァーナの光。全員がその光に注目していると、光は徐々に太く広がりより強い光を放つようになっている。

 

「まさか、ニルヴァーナが最終段階に──!?」

 

 青ざめたフィールが呟いた刹那、立っていられなくなるような大きな地響きが起こると地面が盛り上がる。

 大地がひび割れたことで支えを失った木々は根元から倒れ、危険と判断したフィール達はテューズ達を連れて上空に避難する。

 そして、そこで見た光景に言葉を失った。

 

「なに……あれ……」

「地面から何かが……」

 

 自分達のいた地点だけでなく、この樹海全体から()()が大地を突き破るようにして出現している。

 光を中心として、そこから各方面に計6本の巨大な足のようなものが広がっており、その内の一本がテューズ達の足元に繋がっていた。

 

「これが、ニルヴァーナ……?」

「まさかこんなにも巨大なものだなんて……」

 

 あまりの大きさに驚愕していると、中心となっていた光の周辺は木々を払い落としながらどんどん上昇していき、その全貌を表した。

 光のあった場所には今では廃れてしまった巨大な街が広がっている。

 古代人の都市。これこそがニルヴァーナの正体。

 

「あの街まで行ってみよう」

「……そうですね。少し危険ではありますが」

 

 フィールがチラリとシャルルに視線を向けると、ウェンディとシャルルは頷いて同意する。

 まるで生き物のように6本の足を使って前進するニルヴァーナの上空を飛び、降下地点に敵はいないかを索敵。

 滅竜魔導士の視力を用いて探り、見る限り周囲に敵影がない事を確認してニルヴァーナの街に降り立った。

 

「ごめんねシャルル、無理させちゃって」

「私のことはいいの。あんた達は私に構わず先に進んで」

 

 街に降り立つと、シャルルは限界を迎えていたようで息を切らして座り込む。

 そんなシャルルを置いていく訳にも行かず、シャルルが回復するまで待つと言うテューズの言葉を否定したのはウェンディだった。

 

「シャルルは私に任せて、テューズ達は行ってきて」

「……でも」

「大丈夫、心配しないで」

 

 微笑みながらそう述べたウェンディにこれ以上何も言えなくなり、テューズはフィールと目を合わせると再び上空へと飛翔する。

 心配そうに何度か振り返りながら二人が街の奥へと向かっていくと、何処からともなく声が聞こえてきた。

 

「フィール、今なんか聞こえなかった?」

「そうですか? 私にはさっぱり……」

 

 気のせいかと頭を掻いた時、テューズの耳は確かに何かの声を拾った。

 フィールに一度止まるように頼み、テューズは空中で意識を耳に集中させる。

 風切音の中から目的の声を拾い上げ、ある程度の方角を絞ると声のする外側の方へと向かってみる。

 

「助けてくれぇぇ!」

「……! 今のは……確かに声が!」

 

 近づくにつれフィールも謎の声を聞き取ったようで、彼女はスピードを上げて助けを求める声の下へ急いだ。

 

「誰かー! ここから下ろしてくれぇ! メェェェン!!」

 

 叫び声を上げていたのは、青い天馬(ブルーペガサス)の魔導士、一夜=ヴァンダレイ=寿。

 まるで豚のように手足を棒に縛られ、手と足の間に建物の突起が引っかかったらしく一夜は宙吊り状態で身動きを取れずにいた。

 

「一夜さん! 大丈夫ですか!?」

「き、君はテューズ君!? 救出されたのか!」

 

 テューズに気付いた一夜はその場でもがき、棒がカタカタと音を立てる。

 

「エルザさんは! エルザさんは助かったのか!?」

「え、えぇ……大丈夫ですよ」

 

 エルザの無事を聞いた一夜は安堵の息を漏らしているが、その光景を見ていたテューズは混乱していた。

 棒に縛られ、建物に宙吊りになっている一夜。突然頭に入ってきた情報は余りにも衝撃が強く、彼らの思考を乱すには充分すぎた。

 何故に一夜は手足を縛られているのか。どうしてこんな所でぶら下がっているのか。彼の身に一体何が起きていたのか。

 考えれば考えるほど疑問は湧いてくる。

 

「……はやく下ろしてくれると助かるのだが」

「ご、ごめんなさい! 今助けます!」

 

 一夜の声で我に返ったテューズは、まず一夜の棒を掴んで下に降ろそうとするが重量オーバーでフィールは飛ぶことが出来なくなる。

 ならばと一夜の縄を解こうとしたが、それは一夜に止められた。

 

「こんな状態で縄を解かれたら落ちてしまう! 出来れば私を優しく降ろしてくれ!」

「ふぅ……テューズ、世の中には決して救えないものもあるんです。そして彼がそれ。さ、行きましょう」

「ちょ!? ま、待ってくれ! 分かった! 縄を解いてくれるだけでいいから!」

 

 テューズを連れて去ろうとするフィールを必死に止める一夜。

 そんな彼に冗談ですよと言ってクスリと笑みを零すと、一度に一人しか運べないフィールはテューズを降ろし、代わりに一夜を持ち上げて地面に降ろす。

 

「た、助かった……君、冗談キツくないかね!?」

「はて、何のことです?」

 

 テューズによって縄を解かれた一夜は、額を伝う冷汗を拭ってフィールを睨んだ。

 しかし、当のフィールは口笛を吹き、悪びれる様子は無い。

 

「ま、まぁいい。助けてもらったのは事実だ。この恩は必ず返そう!」

 

 そう言って一夜は親指を立てると仲間達と合流する為にその場を去り、残ったテューズは眉を顰めてフィールを見る。

 

「フィール、あんまり意地悪しちゃダメだよ?」

「別に、意地悪なんてしてませんよ」

 

 ふいっと顔を逸らし、反省する様子のないフィールに嘆息したテューズだが、すぐに彼女の異変に気付いた。

 そっぽを向いたフィールはその状態で固まり、目を見開いて一点を見つめている。

 

「フィール、どうしたの?」

「……まさか、そんな……」

 

 汗をかき、体を震わせながらフィールはニルヴァーナの外側へと歩いていき、そこから見える景色を一望する。

 その後を追ってきたテューズも、その景色を見て表情が固まる。

 そこから見える山などに、見覚えがあった。今日、連合の集合場所に向かう途中に見た光景だ。

 それはつまり、このニルヴァーナが自分の来た道を引き返しているということ。

 

「……フィール、これって」

「えぇ。この方向にこのまま真っ直ぐ進めば──化猫の宿(私達のギルド)があります」

 



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希望の若者達よ

 ニルヴァーナが化け猫の宿に向かっていると気づき、その事を伝えるためにウェンディ達と別れた場所に戻ってきた二人だったが、辺りを見渡しても彼女らの姿は見えない。

 

「ウェンディ達がいない?」

「移動したのでしょうか……」

 

 付近の家も調べてみたが何処にもいない。隠れている訳では無いと確認し、二人は先程から聞こえる爆発音や、耳が壊れるのではないかという程の叫び声の発生源と思わしき場所、つまりニルヴァーナの中心部へ向かうことにした。

 ウェンディ達はあの音の様子を見に行ったのでは、というフィールの推理からニルヴァーナの中央に行ってみたのだが、結果フィールの推理通りウェンディ達の姿があった。

 それだけではない。ウェンディとシャルルだけでなく、エルザを除く妖精の尻尾(フェアリーテイル)の面々に加え蛇姫の鱗(ラミアスケイル)のジュラまでもがここに集まっていた。

 

「皆さーん!」

 

 空中から声をかけると一同はテューズに気づき、二人に向かって手を振っている。

 そんな彼らの下に降下したテューズは、焦燥感に駆られながらニルヴァーナが化猫の宿の方へと進んでいる事を説明した。

 しかし、それを聞いたグレイは大事とは捉えていないのか、明るい表情を崩さずに大丈夫だと言ってテューズの肩を叩く。

 

「皆がブレインを倒してくれたの!」

 

 驚く様子もない一同にテューズが困惑していると、ウェンディは嬉しそうに花のような笑みを浮かべてそう説明した。

 彼女の言った通り、確かに近くには倒れたブレインの姿がある。だが何故ブレインを倒す=化猫の宿は大丈夫、という式になるのかが理解出来ず、テューズ達は首を傾げた。

 

「ニルヴァーナを操っていたブレインを倒したから、この都市も止まると思うわ」

 

 テューズ達の様子を見て、何が疑問なのかを察したルーシィは答えを提示する。それによって漸く理解したテューズ達は、ニルヴァーナが止まると知って安堵の息を漏らした。

 

「でも、気に入らないわね。結局、化け猫の宿が狙われる理由はわからないの?」

「まぁ、深い意味はないんじゃねぇか?」

 

 不服そうに漏らしたシャルルの言葉にグレイが答えるが、それでは納得いかないようでシャルルは渋面を浮かべたままブレインを睨む。

 

「気になる事も多少あるが、ともあれこれで終わるのだ」

「まだ……終わってねぇ……早くこれ、止めてぇ……」

 

 ジュラにそう返したナツの顔色は青ざめていて、苦しそうに地面に伏せている。テューズ達はエルザのように毒に侵されたのではと心配するが、グレイ達から返ってきた反応は微妙なものだった。

 

「ハッピーも毒を喰らったんですか?」

「やめてよフィール、つつかないでよぉ」

「全く! だらしないわね!」

 

 ナツのように倒れているハッピーを指先でつつくフィールは次にハッピーの両頬を引っ張り、顔を伸ばしたりして遊んでいる。

 テューズはナツの下へ、ウェンディはシャルルとフィールに囲まれているハッピーの下へ向かい、二人にそれぞれ解毒の魔法をかけた。

 

「ありがとうウェンディ。助かったよ……」

「ううん、気にしないで」

 

 ハッピーは解毒によって楽になったようだが、ナツの容態は変わらず悪いまま。ナツを治してあげられない自分に不甲斐なさを感じ、テューズは肩を落とした。

 項垂れて落ち込むテューズに気にするなと声をかけると、グレイは倒れて動かないナツを担ぎ上げる。

 

「デカブツが、制御してるのは王の間だとか言ってたな。てことは、あそこに行きけばニルヴァーナを止められるって事だろ」

 

 そう言ってグレイが指差したのは、街を一望できる程の高さを持つ塔のような建物。彼の意見に反対する者はなく、一同は塔への移動を開始した。

 

 

 

 

「どうなってやがる! 何一つ、それらしき物がねぇじゃねぇか!」

「どうやって止めればいいの!?」

 

 塔の上に来てみたものの、あるのは崩れた瓦礫だけ。戦闘があったのか、ボロボロになった最上階にはニルヴァーナを止められるような物は見当たらなかった。

 

「すみません、ナツさん。僕がちゃんと解毒出来れば……」

「違うよ、ナツのこれは乗り物に弱いだけだから」

 

 だからあんまり気を落とさないで、とテューズを慰めるハッピーの言葉を聞き、ナツのそれが乗り物酔いであると知ったウェンディは苦しそうにしているナツに近づく。

 

「ねぇウェンディ、乗り物酔いだったら……」

「うん、バランス感覚を養う魔法が効くかも……トロイア」

 

 ウェンディが魔法をかけた瞬間、ナツは目を開けて起き上がり、飛んで跳ねてを繰り返す。

 先ほどまで自分を苦しめていた猛烈な吐き気は何処かに消え、どれだけ動いても気持ち悪くなることがない。

 顔色も間違えるように良くなり、最初は驚きのあまり黙っていたナツは自身の状態を理解すると、平気だと歓喜の声を上げながら塔の上を走り回っている。

 

「うぉぉ!! すげぇ! 全然平気だ!」

「よかったです。効き目があって」

「すげぇな、ウェンディ! その魔法教えてくれ!」

 

 ナツの無茶振りに、天空魔法だし無理ですよと申し訳なさそうに答えるウェンディ。

 実際はテューズにも使用可能なのだが、どちらにせよナツが習得できない事に変わりはない。

 乗り物に乗っても酔わないという貴重な体験に興奮するナツはルーシィの下へ行き、今のうちに色々な乗り物を体験しようと船や列車の星霊を出すように頼み込むが、そんな星霊はいない、今それどころじゃない、空気を読めと散々に怒られてしまった。

 

「で、どうやって止めるんだ? 見ての通り、この部屋には何もねぇが」

「でも、制御するのはこの場所だってホット──リチャードが言ってたし」

「リチャード殿が嘘をつくとも思えん」

 

 どう止めれば良いのかと頭を抱える彼らに嘆息し、シャルルはもっと不自然なことがあるだろうと声をかける。

 

「操縦席は無い。王の間に誰もいない。ブレインは倒れた。なのに何でこいつはまだ動いているのかって事よ」

「恐らく自動操縦でしょう。操縦席が見当たらない以上、正当な手順で止めるのは難しいかも知れません」

「そんな……!」

 

 フィールの言葉に、テューズは悲痛な表情を浮かべた。止める手段がなければ、ニルヴァーナはこのまま化猫の宿に辿り着くだろう。

 そんな事になればギルドのみんなは善悪が反転し、悲惨な光景が広がる事になる。

 

「私達の……ギルドが……」

 

 体を震わせ、目に涙を浮かべるウェンディ。そして膝をついて俯くテューズ。そんな二人の前に立ったナツは、大丈夫だと声をかけた。

 

「大切な仲間のギルドは絶対やらせねぇ。オレが止めてやる! だから、そんな顔すんなよ」

 

 腰を低くしたナツは、優しげな笑みを浮かべて二人の頭に手を乗せる。それからポンポンと何度か頭を叩き、二人の間をすれ違うように通過して行く。

 すれ違いざまに見えたナツの表情は険しく、そこには絶対に止めるという強い意志が込められていた。

 

「でもナツ、止めるって言っても、どうやって止めたらいいのか分かんないんだよ?」

「前みたいに、壊せば止まるんじゃねぇか?」

「ちょっと、またそういう考え?」

 

 以前幽鬼の支配者(ファントムロード)と抗争した際、ジュピターを止めた経験のあるナツはあんな感じで止まるだろ、とハッピーに説明した。

 思った通り具体的な策のないナツに頭が痛くなるが、そんな事を気にしている余裕はないためルーシィは頭を回転させて案を練る。

 しかしそう簡単に思いつく筈もなく、一同は黙り込んでしまった。

 

「……もしかして、ジェラールなら何か知ってるかな?」

「確かに、ニルヴァーナの封印場所を知ってたし……!」

 

 耳元でそう囁いたウェンディはテューズの同意を聞くと、ナツの様子を一瞥する。

 洞窟でナツがジェラールに対して明確な敵意を抱いている事は知っていたため、ウェンディはナツに聞かれないよう注意を払い小声で会話するようテューズに促した。

 それに頷き、二人はボソボソと小声で作戦会議を進めていたのだが、彼らの様子に気づいたルーシィに何を話しているのかと質問されてしまった。

 

「あ……えぇと……」

「わ、私達、ちょっと心当たりがあるので探してきますね!」

「ウェンディ!? 待ちなさい!」

「何処に行くつもりですか!?」

 

 上手い誤魔化しが思いつかずに言葉を詰まらせたテューズの手を握り、ウェンディは慌てて走り出す。

 制止の声を無視して走る二人に驚きながら、シャルルとフィールも二人を追って走り出した。

 

 

 

 

 シャルル達の協力を得てテューズとウェンディは空からジェラールを探しているのだが、今日一日でかなりの距離を飛行しているシャルル達は限界が来ていた。

 

「ウェンディ……悪いけどこれ以上は飛べないわ」

「私の方も、流石に限界です……」

「うん、ごめんねシャルル」

「ここからは歩いて探そうか」

 

 降下すると、シャルルは匂いを辿ってジェラールを追うことを提案する。

 長い間会っていなかったせいか、再会したジェラールの匂いは以前と同じとは言えないものとなっていたが、全くの別物ということでもなく匂いを辿ることは可能だろう。

 

(ジェラール、どうか無事でいて……!)

(あなたは私の事忘れちゃったみたいだけど、私はあなたの事を忘れた日なんて一日だってないんだよ)

 

 心の中で思いを馳せる二人は、遠くから微かに届く戦闘音を耳にした。

 それはテューズ達が来た王の間とは別方面から聞こえてきて、ナツ達でもない誰かが敵と戦っている事を意味していた。

 この先にジェラールが居る。根拠はないが、そう感じたテューズとウェンディは急いで音のする先へ向かう。

 目的地に近づいて行くと、二人はジェラールの匂いを感じ取った。

 

「ジェラールの匂い! やっぱりこの先にいるんだ!」

「彼ならニルヴァーナを止められるんですよね?」

「うん、きっと何か方法を知ってるはず!」

 

 会話を交わしながらテューズ達は足を速め、辿り着いた先で紫色の衣に身を包んだエルザと、黒いコートを纏ったジェラールを見つけた。

 

「ジェラール!」

「エルザさんも!」

 

 戦闘は終わっていたようで、傷だらけになったエルザはテューズ達の姿を見て笑みを浮かべる。

 

「ウェンディ! テューズ! 無事だったか、よかった」

 

 一方で駆け寄ってくる少年達を視認したジェラールは眉を顰め、ズキリと痛む頭を押さえた。

 

「君達は……確か洞窟にいた……」

「やっぱり、僕達の事憶えてない……?」

「……今のジェラールは記憶が混乱している。私の事も、君達の事も憶えていないらしい」

 

 同じように彼の記憶から忘れられたエルザは、二人に同情して目を伏せる。

 彼女からされた説明に驚いたテューズ達だったが、ジェラールが記憶喪失と知って自分達に対する反応に合点がいったようだ。

 

「ちょっと待ってください! 記憶がないという事は、まさかニルヴァーナの止め方も分からないんですか!?」

「……もはや自律崩壊魔法陣も効かない。これ以上打つ手がないんだ。……すまない」

 

 冷や汗を浮かべたフィールが問い詰めると、ジェラールはそう言って申し訳なさそうに顔を逸らす。その反応にフィールは拳に力を入れた。

 冗談じゃない。ジェラールならニルヴァーナを止められると信じて来たというのに、頼みの綱は断たれてしまった。

 希望は一瞬で絶望に変わり、彼女には一縷の希望すらも残されていない。こんなもの、質の悪い冗談でなければ困る。

 

「それじゃあ、私達のギルドはどうなるのよ! もうすぐそこにあるのよ!? 今すぐにでも止めないと──」

 

 血相を変えたシャルルがジェラールに詰め寄った刹那、シャルルの悲痛な訴えは轟音により遮られた。

 地響きを連れて訪れた轟音は少年達の恐怖感を煽り、エルザ達にはある可能性を思わせる。

 そしてその最悪の可能性が事実であると知らせるように、彼らは後方から凄まじい光に照らされた。

 

「まさか、ニルヴァーナを撃つのか!?」

「嘘だ……そんなッ!?」

「やめてぇぇ!!!」

 

 無情にもウェンディの絶叫は届かず、大量の魔力が込められた極大の光は真っ直ぐ化猫の宿へと放たれた。

 狙いを定めて発射されたニルヴァーナは目標を消し飛ばそうと、猫の頭を模した建物を照らす。

 しかし、極光はギルドの僅か上にそれ、ギルドを消滅するには至らなかった。

 空から落とされた白い光がニルヴァーナの足の内の一本に直撃し、衝撃によって傾いたニルヴァーナは砲撃の軌道をずらされたのだ。

 

「一体何が……!?」

 

 空からの砲撃の影響で地面が傾き、バランスを崩して落ちそうになったテューズを支えながらジェラールは空を睨む。

 その先には、昼間撃墜された鋼鉄の天馬の姿があった。

 

「あれは……!」

「魔導爆撃艇クリスティーナ!」

「味方……なのか?」

 

 一度地に落とされた天馬は所々装甲が剥がれ、剥き出しになった骨格から煙を吹きながらも再度ニルヴァーナに爆撃を食らわせる。

 しかしそれ以上にニルヴァーナは頑丈らしく、傷一つつける事は出来なかった。

 

『聞こえるかい!? 誰か返事を! 無事なら返事をしてくれ!』

「この声……ヒビキか!」

 

 思わぬ助っ人に驚愕していた一同の頭に突然声が響き、その声にエルザが反応する。

 ヒビキは無事に反応が返ってきた事に安堵すると、エルザの何故撃墜されたクリスティーナが動いているのかという問いに答えた。

 

『僕達は即席の連合軍だが、重要なのはチームワークだ。奴らにやられた時に壊れた方の翼はリオン君の造形魔法で補い、バラバラになっていた船体の方は、シェリーさんの人形劇とレンの空気魔法で繋ぎ止めているんだ』

 

 その説明にテューズ達がクリスティーナを凝視すると、確かに片翼は氷で出来ており、船体も所々接合部に隙間が出来ている。

 

『さっきの攻撃は、イヴの雪魔法さ』

『クリスティーナの本来持っている魔導弾と融合させたんだよ……だけど、足の一本すら壊せないや……あんなに頑丈だなんて……それに、今ので魔力が……』

 

 そこでイヴの言葉は途切れてしまい、同時にドサリとイヴが倒れた音だけが頭に響く。

 限界だった体に鞭を打ち、自分達のギルドの為にここまでしてくれたヒビキ達に、テューズとウェンディは感涙を浮かべた。

 

『聞いての通り、僕達は既に魔力が限界だ。もう船からの攻撃はできないし、いつまで飛んでいられるのかも分からない』

 

 イヴと同じくリオン達も限界のようで、クリスティーナは繋ぎ止められていた装甲が剥がれ落ち、今にも墜落しそうな程不安定になっている。

 

『僕達の事はいい! 最後に、これだけ聞いてくれ! 時間はかかったけど、漸く"古文書(アーカイブ)"の中から見つけたんだ! ──ニルヴァーナを止める方法を!!』

 

 ニルヴァーナを止める方法。その言葉に、テューズ達はギルドを救えるかもしれないと互いの顔を見合わせた。

 

『ニルヴァーナには、足のような物が6本あるだろ? その足、実は大地から魔力を吸収しているパイプのようになっているんだ』

 

 中央の街を支えている6本の足から魔力を吸収する。それはこの大きな都市が移動し続ける為の魔力を補う、言わばニルヴァーナの要のような機能を果たしていた。

 その機能のお陰でニルヴァーナは活動でき、こうして一箇所に滞在していれば移動分の魔力を砲撃に回せる為、次弾の装填を早める事も可能だったりと応用もきく重要な部位となっている。

 

『その魔力供給を制御するラクリマが、6本の足の付け根付近にある。その別々の場所にある6つのラクリマを同時に破壊することで、ニルヴァーナは全機能を停止させる。一つずつではダメだ! 他のラクリマが破損部分を修復してしまう』

「6箇所のラクリマを同時にだと!? どうやって!」

『僕がタイミングを計ってあげたいけど、それまで念話が持ちそうにない』

 

 ヒビキがそう言うと同時に全員の頭上にプログレスバーが浮かび上がり、メーターが溜まると脳内に20分のタイマーが表示された。

 

『君達の頭にタイミングをアップロードした。次のニルヴァーナが装填完了する、直前に設定しておいた。君達ならきっと出来る! 信じてるよ』

 

 話し合えると同時に脳内のタイマーは時を刻み始め、ニルヴァーナを止めるために動き出そうとした刹那。

 頭にノイズが聞こえ、彼らの頭に聞いただけで背筋が凍ってしまいそうな圧を持つ声が響いた。

 

『無駄なことを……』

「誰だ!? 僕の念話をジャックしたのか!?」

 

 低い笑い声を響かせた男は自身を六魔将軍(オラシオンセイス)のマスター、マスターゼロだと名乗る。

 

『まずは誉めてやる。まさか、ブレインと同じ古文書を使える者がいたとはな……聞くがいい! 光の魔導士よ! オレはこれより、全ての物を破壊する!』

 

 ゼロの発言から、ブレインは恐らく古文書の中からニルヴァーナを知ったのだろうと推測し、ヒビキは下唇を噛んだ。

 

『手始めに、仲間を4人破壊した。香り使いの魔導士に、滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)と氷の造形魔導士、そして星霊魔導士、それと猫もか』

「ナツ達がやられただと!?」

『香り使い……まさか一夜さんか!?』

 

 返ってきた声に絶望の表情を浮かべる連合の姿が浮かび、ゼロは口元を歪ませて不敵な笑みを作る。

 

『てめえらは魔水晶(ラクリマ)を同時に破壊するとか言ったなァ? オレは今、その六つの魔水晶のどれか一つの前に居る! オレが居る限り、六つ同時に壊す事は不可能だ!』

 

 そう述べたゼロは高笑いをすると、テューズ達に絶望を残して乱暴に念話を切断した。

 ゼロに当たる確率は6分の1。ゼロ相手となると、エルザやジェラールでも勝てるかどうかは分からない。

 そんな彼らに追い討ちをかけるように、指で数を数えるシャルルは全身の毛が逆立つ感覚に襲われた。

 

「待って! 6人もいない!? 魔水晶を破壊できる魔導士が6人もいないわ!」

「わ、私、破壊の魔法は使えません……ごめんなさい!」

 

 申し訳なさそうに頭を下げたウェンディから隣のテューズに視線を移し、エルザは言葉を発さずに視線でテューズに問いかける。

 

「……1つだけなら」

「──やれるか?」

 

 エルザからの問いに返答を窮したテューズだが、これは自分達のギルドを守るための戦い。

 仲間達がここまで無理をしているのに僕が頑張らなくてどうすると、自分自身を奮い立たせた。

 やれるやらないではなく、やるしかない。覚悟を決めたテューズが頷くと、エルザはテューズに頷き返してクリスティーナの方に振り返る。

 

「こっちは3人だ! 後3人、誰か居ないか!」

 

『──オレ達が居る!』

 

 反応があったのは、ゼロが破壊したと述べていたナツからだった。

 

『話は聞いてたわ……』

『気休め程度だが回復はした。オレ達はまだやれる!』

 

 続いてルーシィ、グレイからも反応が返ってくる。二人ともボロボロになっているが自らの足で立ち上がり、膝をつくナツは歯軋りをすると地面を殴りつけ、前方を睨みつけた。

 

「お前達、無事だったのか!」

『一夜のおっさんのお陰でな……』

 

 

 

 

 時は少し前に遡り、ナツ達とゼロの戦闘。一方的に痛ぶられるナツ達が地面に倒れ、止めを刺そうとゼロが腕を振り上げた時、彼らをいい匂いが包み込んだ。

 

「なんだ、この匂い……」

 

 その何処かで嗅いだことのあるような香りが鼻腔を刺激した瞬間、ナツ達の体から徐々に痛みが引いていく。

 

「良かったな。いい香りに包まれて死ねるなんて、ギルド名に恥じねぇ妖精らしい最後じゃねぇか!!」

 

 ゼロはそう告げると、ナツ達に魔法を放つ。

 しかし、自らを盾にする形でゼロとナツ達の間に割り込んだ一夜により、ゼロの魔法は防がれた。

 最初に会った姿から一変し、全身の筋肉が膨れ上がった大男となった一夜は気合いを入れるとゼロの魔法を弾き飛ばす。

 

「嘘だろッ!?」

「バカなッ!? オレの魔法を!?」

「凄い……」

 

 弾き飛ばしたというのに一夜の腕は皮膚が裂けて血が滲み、痛みに表情が歪ませる。

 一夜はゼロから目を離すことなく後方のナツに試験管を投げ渡すと、第二撃を放とうとするゼロに別の試験管を投げつけた。

 投げられた試験管はゼロ手前に落ちて砕け散り、内包していた嗅ぐ者に激痛を与える香り(パルファム)を撒き散らす。

 

「君達、ここは私に任せて逃げるんだ!」

「何言ってんだ! オレも戦う! 仲間を置いて逃げるくらいなら、死んだ方がマシだ!!」

 

 ゼロをかかっていこうとするナツを手で制すると、一夜は心配するなとナツ達に微笑んだ。

 

「仲間思いなのはいいが、ここは退きたまえ」

「でも!」

「退け! 君達のような若い世代に希望と未来を託し、守り抜くこと。それこそが我々大人の役割だ! こいつは私が足止めする!」

 

 怒号をあげた一夜に怯んだナツの手を、ルーシィが掴む。その手は傷だらけで、ルーシィはもう戦える状態ではない。そしてそれはナツ達にも言えることだった。

 このまま戦えばゼロになす術もなく叩き潰される。そんな事は分かっていたが、それでもナツは一夜を置いていく事が出来なかった。

 

「立ち向かう事が勇気ではない! ニルヴァーナを止める方法はヒビキが必ず見つけ出すだろう! その時のために、君達はここで倒れるべきではないのだよ!!」

 

 語りながら鋼の肉体でマスターゼロの攻撃を受け止め、まだ倒れるわけにはいかないと一夜は踏ん張る足に力を入れる。

 

「行け!! 希望の若者(ワコード)達よ!!」

 

 その声を皮切りに涙を浮かべたナツ達はふらつきながらその場から逃げ出し、去っていった若者達に笑みを零した一夜は膝をついてしまった。

 

「あの傷ではあいつらには何もできねぇ。てめぇがした事は、全く持って意味のねぇ事だぜ?」

「それはどうかな? 子ども達というのは、我々が思っている程弱くはないのだよ。あまり、彼らを舐めない方がいい」

 

 口角を上げる一夜に舌打ちをし、ゼロは指先に魔力をためる。

 

「消えろ。光の魔導士」

(……後は頼んだぞ、みんな。未来は君達に託された……)

 

 

 

 

 逃げ延びたナツ達はゼロから受けたダメージによりその場に倒れ込み、鉛のように重い体を動かせずにいた。

 その後、時間はかかったが一夜から渡された痛み止めの香り(パルファム)によって傷を癒し、ナツは自分達に未来を託して散っていった大人たち(ジュラと一夜)に思いを馳せる。

 

「止めてやるよ……! オレ達が! 必ず!!」

 

 叩きつけた拳は地面を砕き、唇を噛み締めて立ち上がるナツは気力十分。彼らから一夜の話を聞いたヒビキは、流石は先輩だとか細い声で感嘆を漏らした。

 

「一夜には、礼を言わなければな……」

「でも、これで魔水晶を破壊できる魔導士が揃いました」

「えぇ! これならニルヴァーナを止められるわ!」

 

 フィールとシャルルが歓喜の声を上げたと同時に、クリスティーナは小さな爆発を繰り返しながら急激に高度が下がる。

 今にも墜落してしまいそうなクリスティーナの内部から、ヒビキは最後の魔力を振り絞ると一同の脳内にある画像を転送した。

 

『もうすぐ……念話が切れる。頭の中に、僕が送った地図がある……各ラクリマに番号を付けた。全員がバラけるように……決めてくれ……』

 

 送られた地図にはそれぞれの足に番号が割り振られていて、まず最初にナツが1番の足を選択する。

 続いてグレイは2番、ルーシィはゼロがいない事を願いながら3番を選択。エルザは4番を選んだ。

 

『エルザ! 元気になったのか!』

「あぁ、お陰さまでな」

「……ではオレは──」

 

 そう言って微笑むと、エルザは言葉を遮るようにジェラールの口元に手を当てる。

 

「お前は5だ」

『他に誰かいるのか!? 今の誰だ!?』

 

 書き慣れない声に驚くナツの声が頭に響き、記憶喪失だと知らないナツはまだジェラールを敵だと思っている、と言うエルザの説明にジェラールは頷くと口を固く閉ざした。

 

「じゃあ、僕が6番に行けばいいんですね?」

「あぁ、頼んだ」

 

 残った6番を選択したテューズを最後に一同は被ることなく割り振られ、それを聞いたヒビキは成功を祈りながら念話を切断する。

 氷の翼もその殆どが欠けてしまい、限界を迎えたクリスティーナは崩壊しながら墜落していった。

 

「クリスティーナが……」

「彼らならきっと大丈夫です。私達は、ニルヴァーナを止めましょう!」

 




 サブタイトルは一夜さん。


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たった一人の為のギルド

「恐らくゼロは1に居る」

 

 鼻のいいナツは恐らくゼロがいると分かっていて1番を選んだ。

 そう語るエルザにウェンディは加勢に行こうと提言したが、エルザは首を振ってその案を却下する。

 

「ナツを甘く見るな。あいつになら、全てを任せて大丈夫だ」

 

 そう言って歩き出すエルザの後姿を見て、ジェラールはある光景が脳裏を過った。

 知らないはずの、けれど知っているいつかの記憶。桜色の髪を靡かせ、紅蓮の炎を身に纏う男。まるで竜のような気迫を放つその男を、ジェラールは知っている。

 

「ナ……ツ……?」

 

 顔を伏せ、痛む頭を押さえるジェラールの口からは、無意識の内に言葉が漏れていた。

 細部までは思い出せないが、記憶が映像として断片的に頭の中に映し出される。

 鋭い牙を剥き出しにしてかかってくる男との死闘は、まるで写真のようにフラッシュバックされた。

 

「ジェラール?」

 

 目を見開き、肩を震わせるジェラールを案じてテューズが声をかけるが、ジェラールは何でもないと言って自分の持ち場である5番魔水晶(ラクリマ)に向かう。

 しかしふらふらと歩く彼の後姿は今にも倒れてしまいそうで、少年達の不安を煽る形になった。

 

「私、ジェラールの様子を見てくるね!」

「ちょっと、ウェンディ!?」

 

 誰が見ても何かあったと分かるようなジェラールの様子に、ウェンディが後を追う。

 置いていかれたシャルルも慌ててウェンディについて行き、残されたテューズはジェラールを追うか、それともここはウェンディに任せて6番魔水晶へ行くかを逡巡していた。

 

「テューズ、心配なら私達も行きましょう?」

 

 決断出来ずに視線を泳がせるテューズの顔を覗き込み、フィールはその様子ではジェラールが気になって集中できないでしょうと言葉を付け足す。

 幸いまだ時間はある。ジェラールの様子を見に行ったところで予定の時刻に遅れる事はないだろう。

 テューズが急いで後を追うと、ジェラールには案外早く追いついた。途中で合流したウェンディが声をかけると、ジェラールはゆっくりと振り返る。

 

「ウェンディ、テューズ……」

「やっぱり辛そうだよ、ジェラール」

「大丈夫?」

 

 二人が心配そうに問うが、ジェラールからの返答はない。何も言わないジェラールに喋れない程辛いのかと不安になる二人だったが、そういうわけではなくジェラールは何かを考えているだけだと察して答えを待つことにした。

 

「君達は確か、治癒の魔法が使えたな。ゼロと戦うナツの魔力を回復できるか?」

 

 少しの間を置いてジェラールは口を開き、そう訊ねた。しかし問われた二人の反応は悪く、ジェラールは期待していたような返答は返ってこないだろうと察した。

 

「テューズはラクリマの破壊がありますし、ウェンディも今日一日で何度も治癒の魔法を使っています。回復は難しいですね」

 

 出来ないと言い出し辛かったのか口籠るテューズに代わり、フィールはジェラールに言葉を返す。

 おおよその答えは見当がついていたジェラールに驚きはなく、再度考え込むように顎に手を添えた。

 

「ならば、ナツの回復はオレがやろう」

 

 決意したような面持ちで告げたジェラールに、テューズ達の口からは間抜けな声が出た。

 治癒魔法を使えないのに一体どうするのか、という疑問が表情に漏れている少年達に、ジェラールは言葉ではなく行動で示す。

 指先に小さな炎を出して見せてやると、ナツと同じ滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)であるテューズ達はそれだけで理解できたようだった。

 自身と同じ属性の魔法を食べることで魔力を回復するナツならば、この方法なら治癒魔法に頼らずとも回復が行える。

 寧ろ、体力を回復するどころか魔力のブーストも可能なこの方法の方が、ゼロ相手であればより有効だろう。

 

「あんたがナツと共闘すれば勝率は上がるだろうし、ウェンディ達が行くよりはマシね」

「共闘なんてしなくても、ナツならきっと勝てるさ」

「……エルザもそうですが、何故そう言い切れるんです?」

「……思い出したんだ。ナツという男の底知れない力、希望の力を」

 

 星空を見上げるジェラールは、穏やかにそう呟いた。

 今も殆どの記憶には靄がかかっているが、その靄の奥からナツと言う男の記憶だけは、まるで炎に照らされたようにはっきり見えた。

 守りたいものの為に絶対に勝てない相手(聖十大魔道)にも挑む、不撓不屈の精神。そして、それを乗り越えられる底知れない潜在能力。

 単純に考えればナツがゼロに勝つなど不可能だろう。けれども、記憶の中にいるあの男であれば、必ず勝つ。なぜかジェラールはそう確信出来た。

 

「ウェンディ。オレの代わりに5番魔水晶を破壊してくれ」

「そ、そんな……私にはできないよ」

 

 顔を伏せたウェンディの言葉をそんなことないと言って否定し、ジェラールは腰を屈めてウェンディと目線を合わせる。

 

「滅竜魔法は、本来ドラゴンと戦うための圧倒的な攻撃魔法なんだ」

 

 優しく、言い聞かせるように口を開いたジェラールはウェンディを見つめ、次にテューズと視線を合わせた。

 

「空気を、空を、天を食え。自信は無いかもしれない。けど、君達にもドラゴンの力は眠っている。それだけは確かだ」

「天を……食べる……」

「ドラゴンの力が……僕にも……?」

 

 言われた言葉を反復し、少しずつ咀嚼する。それでもまだ自信がない様子の二人に笑みを浮かべて頷き、ジェラールは頭を撫でた二人に背を向け、ナツの元へと向かっていった。

 

 

 

 

「着きましたよ、テューズ。6番魔水晶です」

「うん、ありがとう」

 

 少しでもテューズの魔力を温存しようと、砲撃の為に魔力を溜め、轟音が響くニルヴァーナ内部をテューズを連れて飛んでいたフィールは目的の場所に到着した。

 下ろされたテューズは顔を見上げ、自分の何倍もの大きさがあるであろう魔水晶と対面すると思わず固唾を飲む。

 これからこの魔水晶を自分が破壊すると思うと、本当に出来るのだろうかと不安に押し潰されそうだった。

 だが、やらなければならない。ここでこの魔水晶を破壊しなければ、ニルヴァーナは今度こそ化猫の宿(ケットシェルター)を文字通り跡形もなく消し飛ばすだろう。

 ギルドの為に、希望を託してくれた皆の為に、ここまで来てやっぱり無理です、なんて選択肢は残されていないのだ。

 

(ジェラールはあの時、僕にも天を食えと言っていた。なら、ジェラールを信じる)

 

 一度肺を空っぽにし、大きく空気を吸い込む。すると、僅かに魔力が回復しているのを感じた。

 ウェンディと酷似した魔法を使うが、テューズとウェンディの魔法は全くの別物。

 幾ら似ているからといって、テューズには空気を食べて魔力を回復させることは出来ない。

 彼が食べるのは水。今テューズが食べているのは、空気そのものではなく、空気中に漂う微量の水分だ。

 

『水は世界中、何処にでも存在している』

 

 遥か昔、リヴァルターニにそう言われた事を思い出した。

 

『水? ……火とかの方が、強そう』

 

 これはきっと、リヴァルターニから初めて魔法を教えてもらった時の記憶だろう。

 まだ幼いテューズが思った事をそのまま言葉にすると、リヴァルターニは眉に皺を寄せた。

 

『何を言う! 水ほど強い魔法はないというのに!』

『……本当、に?』

 

 子どもというのは自分の感情をあまり隠すことはない。その為、テューズがリヴァルターニの言葉を信じていないということは、まだ子どもに慣れていないリヴァルターニでも手に取るように理解できた。

 

『水は世界中に存在している』

『……ここには、無い、よ?』

『そんな事はない。そなたも直に分かる』

 

 水は空気を漂い、世界中に存在する。リヴァルターニの言った事は正しく、現在のテューズは、そういう事だったのかと漸く言葉の意味を知ったのだ。

 

『そこに3つの岩があるだろう?』

 

 リヴァルターニが指差した先には、海に聳え立つ3つの岩山があった。

 今からその岩を破壊すると言うリヴァルターニは、岩の壊れ方をよく見ておくようにとテューズに命じる。

 言われた通り、テューズが岩に意識を集中させているのを確認し、計3回、リヴァルターニはそれぞれの岩に小さなブレスを放つ。

 1度目のブレスは岩を粉々に粉砕。2度目のブレスは岩を切り刻んでバラバラにし、3度目のブレスは岩を貫通、その中央に大きな穴を開けた。

 

『凄い……! どうやったの……?』

 

 目を輝かせて尊敬の眼差しを送ってくるテューズに、自尊心の満たされたリヴァルターニはどうだ凄いだろうと口角を上げる。

 素直に頷くテューズに、リヴァルターニは解説を始めた。

 

『水の性質を変えたのだ。そなたが望めば、水は如何様にも姿を変える。砕くことも、切り裂くことも、貫くことも、全てはそなたの心次第だ』

『…ぁ………わかった』

『いや、そなた絶対に理解できてないだろう……』

 

 事実、性質を変えるだなんて全く持って、一切分からなかったテューズはごめんなさいと目を伏せる。

 内心ではその様子が可愛くて堪らないリヴァルターニは、死闘の末に感情を一切表情に出すことなく押し殺し、テューズに優しく語りかけた。

 

『今は理解出来ずとも良い。それはきっと時間が解決するだろう。だからテューズ、今日私が話したことを憶えてくれれば、それで良い』

 

(……うん、憶えてるよ。全部、ちゃんと憶えてる……!)

 

 心を落ち着かせて目を瞑ると、頭の中の時計が鮮明に見えるようになった。時計は今も正確に時間を刻み、もう間もなくその時はやって来る。

 

──後15秒。

 

 まだだ。まだ足りない。限界まで息を吸い続け、肺が悲鳴を上げる程に空気を詰め込む。

 

──後10秒。

 

 全身の魔力が高まっていき、魔水晶を砕く未来をイメージする。

 砕く。砕く。砕く。心の中で繰り返してその事だけに意識を向け、水の性質を変化させる。

 

──後5秒。

 

 高まった魔力は水となって周囲を巡り、全身の魔力を口の一点に集中させる。

 

 

『そなたならばできる。私は信じているぞ』

 

 

 そんな幻聴を聞いた。

 

 瞬間、目頭が熱くなり、まるで炎のような熱が全身を駆け巡る。今ならどんなことでも出来てしまいそうな、そんな力が体の奥から湧いてきた。

 

「海竜の──」

 

 

 

 

「──咆哮ォォォ!!!!」

 

 

 

 

 体がはちきれそうな程溜め込んだ魔力を放出し、魔力は水となって魔水晶へと向かっていく。

 テューズの望み通り、砕くことに特化された水は球体の魔水晶に直撃すると同時に大きな罅を入れ、時間ぴったりに魔水晶を粉砕した。

 

「……やった……」

 

 全魔力を使ったことによる魔力不足、そして、無事に魔水晶を破壊できた安堵からテューズはその場に座り込む。

 ガラガラと音を立てて崩れていく魔水晶の音だけが響き、先程まであった砲撃の為の轟音は消え去っていた。

 

「テューズ! ニルヴァーナが……!」

「うん、止まったね……」

 

 目にいっぱいの涙を浮かべて駆け寄ってきたフィールを抱きしめ、テューズはギルドを救えたと喜びを噛みしめて笑い合う。

 刹那、凄まじい振動が二人を襲った。

 床は罅割れ、天井が崩れ始める。彼らが行ったのは大地から魔力を吸い上げている魔水晶の破壊。

 これによって確かにニルヴァーナの魔力を断つことができたが、それはつまりニルヴァーナに一切の魔力が供給されない事を意味する。

 魔力を断たれた6本の足はただの足のような形状をした岩に成り下がり、当然そんな物では中央の都市を支えることなど不可能だ。

 

「ニルヴァーナが崩壊します! 急いで脱出しますよ!」

 

 瞬時にニルヴァーナの現状を理解したフィールは、テューズの手を引いて来た道を引き返す。

 少し後ろでは崩落した瓦礫によって道が塞がれ、後少し判断が遅ければ生き埋めになっていたところだった。

 テューズも手を引かれながら懸命に走り続けていたが、魔力不足からか足が縺れて転んでしまう。

 すぐにフィールが駆け寄って手を貸すが、ニルヴァーナの崩壊は想像以上に早く、二人の真上に位置する天井は巨大な瓦礫となって崩れ落ちて来る。

 

(ダメだ、間に合わない──!)

 

 急いで走り出すが、巨大な瓦礫から逃れるにはもう遅すぎた。もうダメだと頭を腕で覆い、テューズ達はぎゅっと力一杯目を瞑った。

 しかし、彼らに落ちて来たのは小さな石粒だけ。不思議に思い、二人がゆっくりと目を開くと、その瞳に映ったのはオレンジ色の髪をした巨漢の背中だった。

 

「二人とも、怪我はないかね?」

「一夜……さん?」

 

 一度でも見たら忘れられないであろう、強烈なインパクトを持つ顔を2人に向け、一夜は2人を一遍に抱き上げると脇に抱えた。

 

「君達に助けられた恩。今ここで返そう!」

 

 一夜は走った。落下し、迫りくる瓦礫をその肉体を持って幾度となく粉砕し、己が力で塞がれた道を切り開く。

 その姿は正しく、()()()()と呼ぶに相応しいものだった。

 

 

 

 

「む、あれは麗しの!」

 

 ニルヴァーナを無事に脱出した一夜は勢いそのまま森を駆け抜け、視界に捉えた緋色の髪を持つ女性に手を振りながらスピードを上げる。

 

「エルザさぁぁん!!!」

 

「ひぃ! 何者だ!!」

「おっさん! 無事だったのか!」

 

 力の香り(パルファム)の効果で筋肉が膨れ上がり、巨漢となった一夜の姿を初めて見たエルザは、一目でそれが誰か分からず槍を構えて臨戦態勢を取った。

 しかし隣のグレイは一度助けられた経験からこれが一夜だと理解しているため、一夜の無事に安堵しエルザに敵ではないと説明する。

 

「すまない一夜。皆が世話になったようだな。礼を言う」

「いえいえ、大切なエルザさんのご友人ですから。当然の事をしたまでです」

 

 テューズ達を下ろすと一夜はエルザの前に屈み、一体何処から取り出したのか一輪の花を差し出した。

 苦笑いしながらそれを受け取り、口説いてくる一夜のは対処にエルザは困り果てる。

 いつもであれば蹴りの一発でもいれてやれば良いだけの話なのだが、ナツ達だけでなくテューズ達の危機まで救って見せた一夜を一蹴するのは流石に気が引けた。

 目でグレイに助けを訴えようにも、当のグレイはテューズと談笑していてエルザの訴えに気づかない。気は乗らないが仕方あるまいと、エルザは足を振りかぶる。

 その時、2人の傍に柱時計が落ちて来た。砂煙を上げて着地した時計に、全員の目が奪われる。

 

「目が回るぅぅと、申しております」

「これは!」

「ルーシィの星霊だ!」

 

 ルーシィと契約している時計座の星霊、ホロロギウムを見てエルザとグレイは喜色満面に駆け寄っていく。

 するとホロロギウムが開き、その中からはハッピーを抱えたルーシィが出てきた。

 間一髪、ホロロギウムのお陰でニルヴァーナの崩壊に巻き込まれずに済んだルーシィはホロロギウムに礼を述べ、ホロロギウムは一礼をすると星霊界に帰っていった。

 

「皆! 無事だったか!!」

 

 次に現れたのはジュラだ。テューズと同じく魔力不足に陥ったウェンディ達を救出し、ニルヴァーナを脱出して来たらしい。

 

「これでギルドは!」

「うん! 大丈夫だよ!」

 

 化猫の宿を救えたと、ウェンディとテューズは手を取り合うとその場で飛び跳ねて歓喜する。

 それから、ちゃんとお礼を言おうと辺りを見渡した2人は何かが足りない事に気づいた。

 魔水晶を破壊した面々は無事脱出しているが、1人足りない。見事ゼロを打ち倒し、魔水晶を破壊した男の姿は幾ら見渡しても見当たらなかった。

 

「ナツさんは? ジェラールは!?」

 

 ナツだけではなく、ナツの回復に向かったはずのジェラールの姿も見えない。

 ウェンディの質問に誰1人として答えらず、まさかニルヴァーナの崩壊に巻き込まれたのではないかと、一同に緊張が走った。

 見渡せども樹海が広がるばかり。背中から気持ちの悪い汗が吹き出るのを感じながら、テューズは静寂の中である音を聞き取った。

 まるで地中を何かが流れるような、普通に暮らしているのであれば聞くことはない音。真後ろに移動した音に振り返った時、地面が大きく膨らんだ。

 

「愛は仲間を救う、デスヨ」

 

 膨らんだ地面から現れたのは、元六魔将軍のホットアイ改めリチャード。

 その両脇にはナツとジェラールを抱えており、2人の無事を知った一同はほっと胸を撫で下ろした。

 

「「ナツさん!!」」

「うぉ!? なんだ!?」

 

 訳も分からぬままここに運ばれ、混乱しているナツにウェンディとテューズが涙ながらに飛びつく。

 驚きながらもナツはしっかりと2人を受け止め、2人はナツの背中に腕を回した。

 

「ギルドを守ってくれて、ありがとうございました!」

「ナツさんのお陰でニルヴァーナを止められました!」

「……何言ってんだ。みんなの力があったから、だろ?」

 

 苦しいくらいに力一杯抱き締める2人にそう言うと、ナツはみんなの顔を1人ずつ見渡した。

 決して、ナツ1人の力ではないのだ。仲間がいるから立ち上がれた。戦えた。だからこれは、全員で勝ち取った勝利なのだと。

 微笑んだナツは、2人にそれぞれ手を突き出す。

 

「もちろん、お前達二人の力もな!」

 

 目元を擦って涙を拭い、2人は元気よくナツとハイタッチした。

 

 

 

 

「全員無事で何よりだね」

「それは、無事って言うのか…?」

 

 満足そうに呟いたハッピーに疑問を呈し、グレイは困惑しながらナツに視線を向ける。

 無理を重ねていたナツは戦いが終わったことで緊張の糸が切れたのか、テューズ達とハイタッチをした直後に今まで無視していた疲労がドッと押し寄せ、突然倒れるように寝込んでしまった。

 

「ナツさん、大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ。ナツですから!」

 

 ナツだから、という謎理論にテューズは首を傾げたが、グレイやルーシィ、エルザまでもが頷いており、ナツは普段一体どんな扱いを受けているのかと疑問が沸く。

 しかし、直感的にこれは知らない方が幸せだろうと感じ取ってあまり深くは考えないことにした。

 

「何はともあれ、これで作戦終了だ。みんな、よくやった!!」

 

 ジュラのその言葉に、本当に終わったのだと息をついたグレイは聞きそびれていた疑問を思い出し、振り返ると後ろにいるジェラールを指差す。

 

「んで、あれは誰なんだ? 青い天馬のホストか?」

「うーん……? あんな人居たっけ?」

 

 今日一日を振り返っても記憶にない男に首を傾げ、確かに誰だとルーシィも疑問を覚える。

 そんな2人にこの男はジェラールだとエルザが伝えると、グレイ達2人は衝撃から一瞬固まり、次には驚愕から絶叫した。

 楽園の塔の一件ではジェラールの姿を目にしたことのなかった2人だが、だからといって彼の所業を知らないわけではない。

 予想通りの反応を示す2人に苦笑いを浮かべ、大丈夫なのかと聞いてくるグレイにエルザは問題ないと返す。

 

「今のジェラールは、皆さんの知ってるような悪人じゃないんです!」

「記憶を失ってるらしくて……それに、ジェラールは本当はいい人なんです!」

 

 テューズとウェンディもジェラールを援護するが、ジェラールが楽園の塔の黒幕だと知っているグレイは、はいそうですかと簡単に納得できるはずもなく困惑している。

 そんなグレイにジェラールに危険性はないことを示すかのようにエルザはジェラールの側へ歩いて行き、彼に手を差し出した。

 

「とりあえず、力を貸してくれた事には感謝せねばな」

「……いや、感謝されるような事は……何も……」

 

 気まずそうに顔を逸らすジェラールの様子は、聞いていた人物像とはかけ離れたものだった。

 こちらを一瞥したエルザと目が合い、グレイは溜息を吐くとエルザがそれでいいなら何も言うまいとジェラールに対する警戒を緩める。

 

「お前は、これからどうするつもりだ?」

「これから…?…」

 

 隣に移動したエルザの顔を未だ見れず、俯いたままのジェラールは自身の手をジッと見つめる。

 

「……わからない」

「……そうだな。私とお前との答えも、そう簡単に出そうにない」

「怖いんだ……記憶が戻るのが」

 

 そう漏らしたジェラールの手は、小刻みに震えていた。自分の知らない、過去に犯したのであろう数々の悪行。

 それを思い出した時、自分はまた悪人に戻ってしまうのか、もし仮にそうならなくても自分はその罪を受け止めることができるのか。

 先のことを考えると、不安に押し潰されそうになりどうしようもなく怖かった。

 

「私がついている」

 

 エルザのその一言に、今までジェラールを霧のように包んでいた不安は一瞬で霧散した。

 まるで自分を陰から引き摺り出すように力強く、そして優しい声は、ジェラールの頭の中に驚くほど穏やかに流れ込んでくる。

 ジェラールが顔を上げると、エルザの瞳に自身の顔が映り込んだ。

 

「たとえ再び憎しみ合う事になろうが、今のお前はほっとけない」

「エルザ……」

「私は──」

 

 見ているだけで心が照らされるような、そんな穏やかな笑みを浮かべるエルザの言葉は、突然聞こえた絶叫に阻まれた。

 絶叫を上げ、その場の雰囲気を一瞬で一転させた一夜はパントマイムでもしているかのように、何もない場所をペタペタと触り探っている。

 

「どうした!? おっさん!」

「トイレの香り(パルファム)をと思ったら、何かにぶつかった!」

 

 そう言う一夜の前には目には見えない壁があるようで、どうにかしようと一夜は全身を押し付けるがビクともしない。

 一気に緊張が走り、辺りを見回した面々は自分達を囲むように地面に紫色の文字が刻まれている事に気づいた。

 

「これは──」

「「術式!?」」

 

 いつの間にか閉じ込められてしまった事に驚くと同時に、全方位から近づいてくる無数の足音にエルザ達は警戒を強める。

 そんな一同を囲い込み、白い服に身を包んだ軍勢。片手に長い杖を持つ彼らの服には、十字架のようなマークが刻まれていた。

 

「手荒なことをするつもりはありません。しばらくの間、そこを動かないでいただきたいのです」

 

 軍勢は皆同じ服を着ている中、1人だけ違う服に身を包んだ明らかに上官であると分かる眼鏡の男は、軍勢の前に出てくると一同にそう告げた。

 

「私達は新生評議院、第4強行検束部隊隊長。ラハールと申します」

 

 本部が壊滅し、解散となっていた評議院。彼等が新生評議院として発足されていた事にルーシィ達が驚く横で、テューズ達は情報の処理が追いつかず、体を小さくしていた。

 

「我々は法と正義を守るために生まれ変わった。いかなる悪も、決して許さない」

「オイラ達、何も悪いことしてないよ!?」

「存じております。我々の目的は六魔将軍の捕獲。そこにいるコードネーム"ホットアイ"をこちらに渡してください」

 

 ラハールの言葉に、ジュラは大きく動揺した。

 確かにホットアイことリチャードは六魔将軍の一員であり、評議院の捕獲対象となって当然である。

 しかし、それは以前の彼であればの話。心を入れ替え、善人となったリチャードと共に戦場を駆けたジュラ達二人の間には、確かな友情が芽生えていた。

 

「ま、待ってくれ──!」

「いいのデスヨ、ジュラ」

「リチャード殿……」

 

 リチャードの弁明をしようと身を乗り出したジュラの肩に手を置き、リチャードは静かに首を振った。

 

「たとえ善意に目覚めても、過去の悪行は消えませんデス。私は一からやり直したい。その方が弟を見つけたときに、堂々と会える。デスヨ」

 

 彼の言葉に笑みを浮かべ、ジュラはリチャードが投獄されている間自分が代わりに弟を探そうと申し出た。

 ジュラの申し出に驚きながらも深く感謝し、リチャードは手掛かりとなる弟の名前をジュラに伝える。

 ウォーリー・ブキャナン。

 弟だと言ってリチャードが口にした名前は、エルザのよく知る人物だった。

 

「その男なら知っている」

「なんと!?」

「私の友だ。今は、元気に大陸中を旅して回っている」

 

 突然の告白に固まるリチャードにエルザが無言で頷くと、目に大量の涙を浮かべたリチャードは膝をつき、嗚咽を漏らす。

 

「おぉ……! これが、光を信じる者だけに与えられた奇跡という物デスか! ありがとう……! ありがとう!!」

 

 崩れ落ちたリチャードはその後抵抗することなく評議院に連行され、月明かりに照らされながら穏やかな表情で護送車に乗り込んでいった。

 

「も、もうよいだろ! 術式を解いてくれ……漏らすぞ!?」

 

 六魔将軍のリチャードを捕えた評議院に、もう目的は果たしたのだろうと一夜は内股で頼むが反応は返ってこない。

 それどころか、ラハールは震えながら我慢する一夜を無視し、ある一点を見つめて眼鏡に手をかける。

 

「私達の本当の目的は、六魔将軍ごときではありません」

 

 ラハールの言葉に、再び緊張が走った。闇ギルドの三大勢力であるバラム同盟。その一角である六魔将軍を"ごとき"と言ったのだ。

 六魔将軍など取るに足らない大罪人、それが誰を指しているのかが分かってしまい、エルザの動悸が早くなる。

 

「評議院への潜入、破壊、エーテリオンの投下。もっととんでもない大悪党がそこにいるでしょう──」

 

 そう言ってラハールが指を差した先にいるのは、エルザの隣で顔を伏せる青髪の男。

 

「──貴様だ。ジェラール!」

 

 名を呼ばれ、顔を上げたジェラールと目が合ったラハールは固唾を呑んだ。

 決して表情には出さないが、これから彼が捕らえようとしているのは過去に聖十の称号を持っていた格上。自分達が束になっても、力尽くでは捕らえられないであろう事は分かっていた。

 

「来い。抵抗する場合は、抹殺の許可も下りている」

 

 拳を握り、内心の不安を隠し淡々と言葉を発する。ここで大罪人(ジェラール)を逃すなど露聊かも許されない。故に、ラハールはここで差し違える覚悟すらも固めてきたのだ。

 ラハールが合図を送ると、一同を囲む軍勢の中から複数の男がジェラールを取り囲む。

 抵抗された場合に備えラハールは警戒を強めるが、ジェラールは一切の抵抗を見せずに手錠をかけられた。

 想定していた最悪の事態にならずに済んだ事に安堵したのも束の間、ラハールはすぐに気を引き締める。

 

「ジェラール・フェルナンデス。連邦反逆罪で、貴様を逮捕する」

「待ってください! ジェラールは記憶を失ってるんです! 何も覚えてないんですよ!?」

 

 連れていくよう合図を出すラハールにウェンディは必死に訴えて弁明しようとするが、相手にされるはずもなく彼女の意見は認められない。

 

「ジェラールはニルヴァーナを止めるのに協力してくれました! 今のジェラールは悪い人じゃないんです!」

「……たとえ今記憶がなかろうと、善人だろうと、この先記憶を取り戻す可能性はあるでしょう。そうなれば、この男が善人であり続ける保証はありません。そんな危険な男を、この世界に放ってはおけない」

 

 同じくジェラールを弁明するテューズにそう返し、ラハールは目を瞑る。彼とて今のジェラールを捕らえる事に心が痛まないわけではないのだ。

 本当に記憶がないのだとすれば、今のジェラールは他人(過去の自分)の罪で捕まる事になる。それには同情もするが、それ以上に危険が大きすぎた。

 仕方のない事だと割り切り、ラハールは術式を解くよう部下に指示を出す。するとすぐに術式は解除され、テューズ達を閉じ込めていた透明な壁は消え去った。

 

「でもジェラールは──」

「いいんだ。抵抗する気はない」

 

 食い下がるテューズ達を宥めたのは、他でもないジェラールだった。涙目で見つめるウェンディを見て、ジェラールの表情は辛そうなものに変わる。

 

「君達の事は、最後まで思い出せなかった。本当にすまない……」

 

 そう言って頭を下げたジェラールを見て、テューズは涙を堪えながら唇を噛み締めた。

 本当にテューズ達の事を思い、心を痛めているその姿は彼らの知っている優しいジェラールと寸分も変わらない。

 そんな彼が目の前で連れて行かれるのに、何も出来ない自分の無力さが悔しかった。

 

「……この子達は昔、あんたに助けられたんだって」

「そうです。私がこうしていられるのは、貴方のお陰らしいですから」

 

 俯いてしまったテューズ達に代わり、シャルル達がそう説明する。するとジェラールは空を見上げ小さく微笑んだ。

 

「そうか……オレは君達にどれだけ迷惑をかけたのか知らないが、誰かを助けた事があったのは嬉しいことだ」

 

 微笑みながら、ジェラールはエルザに視線を移す。エルザと呼ぶと、顔を伏せていた彼女と目が合った。

 彼女の言葉に、どれほど励まされただろうか。どれほど救われただろうか。

 彼女との一日にも満たない短い記憶を思い返すと自然と笑みが溢れ、ジェラールはありがとうと心からの感謝をエルザに告げると護送車へと足を進めていく。

 

(止めなければ……私が止めなければ、ジェラールが行ってしまう。せっかく悪い夢から目覚めたジェラールを、もう一度暗闇の中へなど……)

 

 手足は震え、額から汗が伝う。ここで評議院の邪魔をすればジェラールは救われる。

 しかし、そんな事をすれば評議院の矛先は妖精の尻尾(家族)に向けられるかもしれない。そんな考えが脳裏をよぎり、エルザは遠ざかっていくジェラールの背中を見つめた。

 

「死刑か無期懲役はほぼ確定だ。二度と誰かと会うことはできんぞ」

 

 ジェラールとのすれ違い様、ラハールは残酷な現実を口にする。その言葉が、引き金となった。

 目を見開き、震える手を握りしめてエルザは評議院を睨む。ジェラールを連れ戻そうと一歩を踏み出した時、評議院の内の一人が殴り倒された。

 

「行かせるかぁぁっ!!!」

 

 叫びを上げ、突然の事に固まっている評議院を更に殴り倒すナツ。

 ジェラールの元に辿り着くために邪魔な評議院達を力尽くで退かすナツの姿に衝撃を受け、一瞬思考が停止していたラハールは我に返るとナツを止めるよう部下達に指示を出した。

 かかってくる評議院を殴り、蹴り、ナツは押し寄せてくる人の波を無理矢理突き進む。

 

「どけッ! そいつは仲間だ! 連れて帰るんだァ!」

「よ……よせ……」

 

 震える声でジェラールが静止するも、ナツは止まらない。ナツの周囲には倒れた評議院達で埋め尽くされるが、周囲の評議院を倒したかと思えば次は更に大勢が襲いかかってくる。

 ゼロとの戦闘の疲労からかナツは足がもつれ、チャンスとばかりに一人が持っていた杖を振り上げた。

 しかし、横からグレイのタックルを受けて弾き飛ばされる。

 

「行け! ナツ!!」

 

 叫ぶグレイは、ジェラールまでの道を切り開こうと評議院達を薙ぎ倒す。

 

「こうなったらナツは止まらねぇからな! それに、気に入らねんだよ! ニルヴァーナを防いだヤツに、一言も労いの言葉もねぇのかよ!!」

「それには一理ある。その者を逮捕するのは不当だ!」

「悔しいけど、その人が居なくなるとエルザさんが悲しむ!」

「もうどうなっても知らないわよ!」

 

 ジュラ、一夜、ルーシィもグレイの後に続いて評議院達と交戦し始め、ナツはジェラールまであと少しという所まで辿り着き、邪魔をする評議院の間からジェラールに手を伸ばす。

 

「来い! ジェラール、お前はエルザから離れちゃいけねぇ! ずっと側に居るんだ、エルザのために! だから来い! オレ達がついてる! 仲間だろ!!」

「ッ! 全員捕らえろ! 公務執行妨害、及び逃亡補佐だ!!」

 

 ラハールの命令で、彼らの目的は対象の鎮静化から捕縛へと変更。評議院達は本格的に交戦を開始し、戦闘は更に激化していった。

 

「──もういい!! そこまでだ!!!」

 

 乱戦の中にエルザの声が響き、全員が動きを止めた。

 普段の凛とした声は震え、強く唇を噛んだ事で彼女の舌を鉄の味が刺激する。

 

「騒がせてすまない。責任は全て私がとる……ジェラールを……連れて……いけ……」

 

 仲間を守る為に感情を押し殺すエルザの表情は、緋色の髪に隠れて見る事は出来ない。

 ナツ達を止めてくれたエルザにジェラールは口角を僅かに上げ、振り返って大人しく連行される。

 しかし、ジェラールは突然歩みを止めた。過去の記憶は全くと言っていいほど無いが、一つだけ、彼女の髪を見て思い出したのだ。

 

「そうだ……"お前"の髪の色だった」

 

 綺麗な笑顔でそう呟き、ジェラールはエルザに別れを告げると護送車の中へと消えていく。

 評議院達はジェラールを連れて立ち去り、辺りは先ほどまでの乱闘が嘘のように静まり返る。

 誰も言葉を発せずに立ち尽くしていると、エルザは一人樹海の奥へと消えていった。

 

 

 

 

「エルザ、どこいったんだろ……」

「……暫く一人にしてあげよ?」

「あい……」

 

 エルザを心配するハッピーはルーシィに促され、耳と尻尾を垂らしながらその場に座り込む。

 六魔将軍との戦いに勝ち、ニルヴァーナを防ぐ事にも成功した。だというのに彼らは暗い雰囲気に支配されていた。

 

『誰かを助けた事があったのは嬉しいことだ』

 

 記憶がなかろうとあの時の表情はテューズの記憶の中のジェラールと同じ優しげなもので、あの表情が頭から離れない。

 

(もう会えないなんて……そんなの嫌だよ。やっと会えたのに、まだ何も恩返し出来てないのに……)

 

 膝を抱え、顔を埋めると目から涙が溢れ出てくる。6年前に出会い、別れ、それからずっと再会できる時を待ち望んでいた。

 漸く、漸く再会出来たのに彼には記憶がなく、ちゃんと話す時間さえもなかった。こんなのはあんまりだろう。

 

『二度と誰かと会うことはできんぞ』

 

 ラハールの言葉が深く胸に突き刺さる。今のジェラールは何もしていないのにこれから一生を牢の中で過ごすか、記憶にない罪によって命を奪われる。

 救いの無い現実。もうジェラールに会う事は出来ないという事実に、胸が張り裂けそうになった。

 それでも乗り越えようと思えたのは、自分と同じように悲しんでいる人がいるから、自分よりも悲しんでいる人がいるから。

 ジェラールだって、きっと悲しむ事は望んでいない。そう思い涙を拭ったテューズが顔を上げると、空は美しい緋色に染まっていた。

 こうして、暖かい朝焼けに包まれて長い一日は幕を閉じた。

 

 

 

 

 テューズ達のギルドである化猫の宿(ケットシェルター)に招待され、集落まで案内された連合は男女に分かれて別の家に通される。

 すると、そこには様々な服が広がっていた。その内の一着を着用し、グレイは鏡の前で自分の姿を確認する。

 

「結構イケてる服だな。どうだ、似合うか?」

「あ……えぇと……」

「服を着てから言え。いくら何でも脱ぐのが早すぎだろう……」

 

 着用してから僅か数秒で服を脱いだグレイに何と返せばいいのか分からず、苦笑いを浮かべていたテューズ。

 そんな彼を見かねたリオンにそう指摘されグレイはバツが悪そうに目を逸らす。

 

「あー……あれだ、速ぇ事はいい事だっていうだろ……」

「だからと言って数秒で脱ぐバカが何処にいる……」

 

 弟弟子の醜態にリオンがやれやれと嘆息をつくと、グレイは目を細めてリオンを指差した。

 

「すぐ服を脱ぐバカならオレの目の前にも居るぞ」

「……? 何をバカな事を言って──ぬぉ!? いつの間に!?」

 

 疑問符を浮かべ、自分の姿を確認したリオンは驚愕した。

 鏡に写る自分は先ほど身につけた筈の衣服は着ておらず、鍛え上げられた肉体を晒していたのだ。

 人のこと言えないだろと冷ややかな視線を送るグレイに、リオンは青筋を立てる。

 

「少なくともお前よりはマシだがな! オレの方が長い時間着ていた!」

「あぁ!? 大して変わらねぇだろうが! ガキかてめぇは!」

「むむ、何やら楽しげな香り(パルファム)が……」

「あ、一夜さん! 皆さんも!」

 

 グレイとリオンが火花を散らしていると、すんすんと匂いを嗅ぎながら一夜が建物の中に入ってくる。

 その後ろからトライメンズも姿を現し、駆け寄って行ったテューズは彼らにも衣服を勧めようとしたが、ある点に気付いて首を傾げた。

 

「……皆さん、服が綺麗になってます?」

 

 六魔将軍との戦いで衣服がボロボロになってしまい、それが理由で彼らはここで代わりの衣服を身につけていたのだが、一夜達はそんな必要はないほど綺麗なスーツを着ている。

 だが、少なくともテューズの記憶ではヒビキ達のスーツは所々破れていたし、一夜に至っては肥大化した筋肉によって彼のスーツは弾け飛んでいた筈だ。

 

「紳士たるもの、服の替えの1着や2着は用意しているものさ」

「この近くに、連合の集合場所になっていた建物があっただろう? あそこは僕達青い天馬(ブルーペガサス)の別荘だから……」

「ふらっと居なくなったと思ったら、そんなもんを取りにあそこまで戻ってたのかよ……」

 

 化猫の宿に来る際、クリスティーナと共に墜落したリオン達と合流してからここまで来たテューズ達。

 合流してから化猫の宿に辿り着くまでの間に、一夜達は気づくと姿を消していた。

 何かあったのでは心配をしていたグレイは思ってたよりもずっと下らない理由に呆れ、ため息を漏らす。

 

「見ろよハッピー! こっちの服、ハッピーがいんぞ!」

「あい!」

「いや、それただの猫の模様だろ」

 

 猫模様の服を引っ張り出し、興奮するナツにツッコミを入れるグレイ。騒ぐナツや一夜達を見回し、ここにはバカしかいないのかとグレイは頭を掻いた。

 

「この模様……もしや、これらは全てここで作られたのか?」

「そうですね。ここは集落全部がギルドになっていて、織物の生産も盛んなんです」

「なるほど。道理で……」

 

 化猫の宿というギルド名の通り、ここで生産された衣服は猫や肉球といったギルド名に関する模様が施されている。

 その模様からもしやと考えたジュラは自身の考えが正しかったと知り、服を1着手に取るとまじまじと眺めて瞠目した。

 

「という事は、これがニルビット族に伝わる織り方っていうやつなのかい?」

「そう……なんですかね?」

 

 イヴもジュラと同様に疑問をぶつけてみるが、テューズからの反応は微妙なものだった。

 テューズ自身も化猫の宿に所属しているとは言え、ニルビット族の事は今回の件で初めて知ったのだ。

 これがニルビット族の織り方かどうかなんて知っている訳もなかった。

 

「そういや、オレ化け猫の宿ってギルド、今回で初めて聞いたぞ?」

「あい、オイラも聞いたことなかったよ」

「え……? うわぁ、うちのギルドってそこまで無名だったんですね……」

 

 思い出したように呟いたナツの言葉にハッピーも同意し、テューズが皆を見回すとグレイやリオンも首を横に振る。

 あまり他と関わりを持つギルドでない事は知っていたが、これほど無名だとは思っていなかったテューズはショックを受けて肩を落とした。

 

「ここで話すのもいいが、ローバウル殿を待たせるのも気が引ける。そろそろ行くとしよう」

「そうですね……それじゃあ行きましょうか……」

 

 大事な話があるから、着替え終えたら呼んでほしい。そう言っていたローバウルの事を思い出したジュラにより、一同は建物から出てローバウルの元へ向かう。

 ローバウルは集落の中央に位置する広場でギルドの全員と共に待っており、テューズ達が来た少し後に女性陣も広場に到着した。

 

「妖精の尻尾、青い天馬、蛇姫の鱗、そしてウェンディ、シャルル、テューズ、フィール。よくぞ六魔将軍を倒し、ニルヴァーナを止めてくれた。地方ギルド連盟を代表して、このローバウルが礼を言う」

 

 全員が集まった事を視認したローバウルは真面目な面持ちで口を開き、感謝を伝えるとナツ達は照れ臭そうに笑みを浮かべた。

 

「なぶら、ありがとう」

「どういたしまして! マスター・ローバウル。六魔将軍との激闘に次ぐ激闘! 楽な戦いではありませんでしたが、仲間との絆が我々を勝利に導いたのです!」

「さすが先生!」

 

 様々なポーズを決める一夜の後方で、トライメンズは一夜を称えて拍手を送る。

 一方、蛇姫の鱗の方ではジュラがリオンとシェリーの肩を抱き、二人に労いの言葉を送っていた。

 

「この流れは宴だろ!」

「あいさー!」

 

 満面の笑みではしゃぐナツ達に続き、宴という言葉を聞いた青い天馬の面々は、場を盛り上げるために手拍子を鳴らしながら一斉に踊り出す。

 

「ハイハイ! 一夜が!」

「「「一夜が!?」」」

 

「活躍!」

「「「活躍!」」」

 

「ワッショイ! ワッショイ!」

「「「ワッショイ! ワッショイ!」」」

 

「さぁ、化け猫の宿の皆さんもご一緒にィ!?」

 

 ナツやグレイ達も踊りに参加し、一夜は化猫の宿のメンバー達にも参加してもらおうと手を差し伸べる。

 しかし彼らは全くと言っていいほど反応を示さず、先程までのお祭り騒ぎは一瞬にして消え去ってしまった。

 

「皆さん、ニルビット族の事を隠していて本当に申し訳ない」

「そんな事で空気壊すの?」

「全然気にしてねーのに。な?」

 

 こういう重い雰囲気より、楽しいお祭り騒ぎの方がいいとナツとハッピーは口を尖らせ、テューズとウェンディは自分達も気にしてませんよとローバウルに言葉を送る。

 しかし彼の表情は依然変わらず、この場は重い雰囲気に支配されていた。

 

「皆さん、ワシがこれから話す話をよく聞いてくだされ。まず初めに、ワシらはニルビット族の()()などではない。ニルビット族そのもの。400年前、ニルヴァーナを作ったのはこのワシじゃ」

 

 ローバウルの告白に衝撃が走った。末裔ではなくニルビット族そのもの。ましてや400年前にニルヴァーナを作ったなど、普通の人間ではありえない。

 人間は400年間も生きることなど不可能であり、もし仮にいるとしたら不老不死くらいだろう。

 普段であれば冗談だと思うような突拍子もない話であるはずなのに、ローバウルの言葉にはそれが冗談ではないと思わせるような何かがあった。

 この話を聞いたら最後、もう今までのようには戻れない。直感的にそれを感じ取ってしまい、テューズは金縛りにでもあったように体の自由が奪われた。

 

「400年前、世界中に広がった戦争を止めようと、ワシは善悪反転の魔法平和の国(ニルヴァーナ)を作った。平和の国(ニルヴァーナ)はワシらの国となり、平和の象徴として一時代を築いた。しかし、強大な力には必ず反する力が生まれる。闇を光に変えた分だけ、平和の国(ニルヴァーナ)は闇を纏っていた」

「マス……ター……?」

 

 ローバウルの話の先が何となく良くないことだと分かってしまい、テューズの動悸が激しくなる。目は乾いているというのに瞬きする事が出来ず、唇は震えて上手く言葉を発する事が出来ない。

 これ以上は聞きたくない、聞いてはいけない。

 なのに、テューズは頭が真っ白になってただ立ち尽くす事しか出来なかった。

 

「……バランスを取っていたのだ。人間の人格を無制限に光に変える事はできなかった。闇に対して光が生まれ、光に対して必ず闇が生まれる。人々から失われた闇は、我々ニルビット族に纏わりついた」

 

 テューズ達が目にしたニルヴァーナの上に存在するあの大きな古代都市。

 6本の足に持ち上げられ、そう簡単に外部から侵入することのできなかったあの都市。

 だがそれは内側からの脱出も困難である事を意味する。そんな逃げ場のない場所で溜め込んだ闇が解き放たれてしまえば、どうなってしまうかなど想像に難くない。

 

「地獄じゃ……ワシ等は共に殺しあい、全滅した。生き残ったのはワシ一人だけじゃ。いや、今となってはその表現は少し違うな……我が肉体はとうの昔に滅び、今は思念体に近い存在。ワシはその罪を償うため、また、力なき亡霊(ワシ)の代わりにニルヴァーナを破壊できる者が現れるまで、400年見守ってきた」

 

 当時を思い返し、悲しげな、辛そうな表情だったローバウルはテューズ達を一瞥すると、僅かに笑う。

 

「今、ようやく役目が終わった」

「そ、そんな話……」

 

 涙を浮かべ、震えるテューズ達を見たローバウルは申し訳なさそうに顔を伏せる。

 するとローバウルを含めた化猫の宿のメンバー達の体が輝きだし、ローバウルの後ろにいるギルドメンバー達は次々に消え去っていく。

 

「なにこれ!?」

「マグナ! ペペルも……!」

「あんた達!」

「どうして……!?」

 

 人間が次々に消える光景に、ウェンディ達だけでなくその場にいる全員が目を見開いて自分の目を疑った。

 昨日まで共に暮らしていた仲間達が消えていき、ウェンディ達は消えないでと泣き叫ぶが状況は変わらない。

 

「騙していてすまなかったな。ギルドのメンバーは皆、ワシが作り出した幻じゃ」

 

 その告白に全員が言葉を失った。人格を持つ幻を作り出すなどそうそう出来る事ではないのに加え、このレベルの幻であれば、それこそ聖十の称号を持つ者達ような強大な魔力が必要になる。

 ローバウルが作り出した幻は一人や二人ではなく、ギルド一つ分の膨大な数を作り出しているのだ。

 それも7年間絶え間なく、共に暮らしてきたウェンディ達が気づかないほどの精度を保ったまま。

 

「ワシはニルヴァーナを見守るため、この廃村に"一人"で住んでいた。7年前、一人の少年がワシの所に来た」

 

『この子を預かってください!!』

 

 そう言って突然訪れた少年は手に幼い少女を抱えており、ローバウルは少年のあまりに真っ直ぐな眼に断る事が出来ず、一人でいようと決めていたのについ承諾してしまった。

 

『おじいちゃん、ここどこ?』

『こ、ここはじゃの……』

『ジェラール……私をギルドに連れていってくれるって……』

 

 目を覚ました少女が今にも泣き出しそうな顔で不安げに呟くものだがら、ローバウルはついここが魔導士ギルドだと嘘をついてしまったのだ。

 その言葉が嘘だとは知らずに少女は嬉しそうに顔を上げ、ローバウルは外に出るよう少女に促す。外に沢山の幻を作り上げて。

 これがこのギルドが出来た理由。たった一人の少女の為についた優しい嘘を、ローバウルは7年間つき続けてきた。

 

「じゃあ、このギルドはウェンディのために作られた……」

「そんな話聞きたくない!! バスコもナオキも消えないで!」

 

 両手で耳を塞ぎ、ウェンディは立ち尽くすテューズの隣で悲痛な叫びを上げる。

 しかし彼女の願いも虚しく、名を呼ばれた二人は笑顔で消えてしまった。

 

「ワシは不安じゃった。いつかこうなることはわかっていた。ウェンディに真実をはなし、別れる時が……」

「いやぁっ! お別れなんてしたくないっ!」

 

 咽び泣くウェンディに優しげな笑みを送ると、ローバウルは隣のテューズに視線を移す。

 

「だが、ある日ウェンディが一人の少年を連れてきた」

 

 ウェンディと同じく竜を親に持ち、そしてある日突然育て親の竜が消えてしまうという、同じ境遇の少年。

 年も近く、すぐにウェンディと打ち解けた少年を見てローバウルの中にあった不安はその時に消えた。

 シャルルだけじゃない。この少年がいれば、いつかその時が来た時にウェンディは現実を受け止め、乗り越えられる。そう思った。

 

「テューズが来てくれたお陰で、ワシは安心して行く事が出来る」

「やだ……やだよ! 僕が居るせいでマスターがいなくなるなら、僕は化猫の宿(ここ)にいられなくてもいい! だから……だから行かないで……マスター……」

 

 崩れ落ち、絞り出すように泣き叫ぶテューズにローバウルは首を横に振る。

 そして、涙を流す二人の後ろを指差すとローバウルは満面の笑みを浮かべた。

 

「ウェンディ、テューズ、シャルル、フィール、もうお前達に偽りの仲間はいらない。本当の仲間がいるではないか」

「「ッ! マスター!」」

 

 ローバウルの体の光が、消えていった者達と同じように強まって行く。それと同時に二人は地面を蹴り、ローバウルの元へ駆け出した。

 思い残すことはないとでも言うような、とても穏やかな表情で消えて行くローバウル。

 テューズが必死に手を伸ばしたが、後少しの所で間に合わずに虚しく空を切った。

 

『お前達の未来は始まったばかりだ。皆さん、本当にありがとう。この子達を頼みます』

 

 消えたローバウルの声だけが響き、膝をつくテューズ達の肩にある紋章も最初から無かったかのように光となって消えていった。

 その光景にシャルルとフィールは手を取り合い、涙を堪えて視線を逸らす。

 

「マスター……何で……僕は、貴方に助けられて……居場所をもらって……! なのに、まだ貴方に何の恩返しも出来ていないのに……!」

 

 拳を握り、大粒の涙を流すテューズの姿。それがグレイには過去の自分と重なって見えた。

 大切な恩人に救われ、居場所をもらい、そして何の恩返しも出来ないまま失った。

 だからなのか、自然と体が動き、グレイはテューズの下へ行くと蹲る彼の背中に手を添える。

 それと同時にエルザも足を踏み出し、彼女は泣き崩れるウェンディの下へと向かった。

 

「オレも、大切な人を失った。その辛さはよく分かる」

「だが、愛する者との別れの辛さは仲間が埋めてくれる」

 

 声をかけられ、顔を上げたテューズ達とそれぞれ目を合わせ、エルザ達は二人に優しく微笑む。

 

「「来い──妖精の尻尾(フェアリーテイル)へ」」

 




・海竜の咆哮ー口から水の竜巻のようなブレスを放つ。テューズの意思で切り裂く・砕く・貫くなど水の性質の変化が可能。しかし性質変化は殺傷力が上がるためテューズはあまり好んで使わない。


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日常編
迷子の出会い


「あぁ……船って潮風が気持ちいいんだな……」

 

 化猫の宿(ケットシェルター)から妖精の尻尾(フェアリーテイル)に帰るため、テューズ達はまず船に乗ってハルジオンを目指していた。

 船でハルジオンへ向かい、そこからマグノリアへ移動する。それが今回のルートだ。

 普段は乗り物酔いでそれどころではないナツも、今日は酔い止めの魔法をかけてもらった為、甲板で景色を楽しみながら気持ちよさそうに潮風を浴びていた。

 

「乗り物っていいもんだなー!」

 

 今まで乗り物酔いのせいで楽しめなかった分を取り戻すかのように、甲板を走り回って船旅を満喫するナツ。

 そんなナツにウェンディがそろそろトロイアが切れる頃だと知らせたが、ウェンディがそう告げると同時に効果が切れたようでナツは顔を青ざめて倒れ込んでしまった。

 

「も……もう一回かけ…て……おぷ……」

「ごめんなさい……トロイアは連続して使うと、効果が薄れる魔法なので……」

 

 そう言ってテューズが頭を下げると、ナツは絶望したように項垂れてしまう。

 トロイアはバランス感覚を養うため乗り物酔いを克服出来るが、使い過ぎると対象者に慣れが生じてしまうため乱用するのはナツのためにもならない。

 未来の自分のために、今のナツはこの船旅が終わるまで耐えるしかないのだ。

 

「うぅ……まだ……着かないのか……」

「ったく、さっきと逆のこと言ってんじゃねぇよ。もっと船に乗っていたいって言ってたのは何処のどいつだ?」

 

 つい先程、初めての快適な船旅が終わることを惜しんでナツはまだ終わって欲しくないと漏らしていた。

 そこを突いてくるグレイにナツはさっきと今とでは状況が違うと反論したが、吐き気のせいで言葉は途切れ途切れとなりいつもの覇気はない。

 ニヤニヤと笑いながらよく聞こえないと返すグレイにナツは後でぶん殴ってやると返し、青白い顔で精一杯睨む。

 しかし、当のグレイには何処吹く風と聞き流されてしまっていた。

 

「本当に皆も妖精の尻尾に来るんだね」

「私はウェンディが行くって言うからついてくだけよ。そういう話ならフィールとしてくれる?」

「えぇ……? 私もテューズについて来ただけなので……」

 

 シャルルはアプローチをかけてくるハッピーから顔を背けると、相手するのは面倒だとフィールに擦りつけようとする。

 だが面倒と感じているのはフィールも同じらしく、こっちに寄越すなと睨まれてしまった。

 二人から露骨に避けられたハッピーだったが、ハッピーは2人の反応を照れ隠しと受け取ったようで幸いにもダメージはないようだ。

 

「マグノリアに着いたら、オイラが街を案内してあげるよ!」

「遠慮しておくわ」

「まぁそう言うな。初めての街では分からないことも沢山あるだろう? 私にも誘った責任がある。案内させてくれないか」

「……まぁ、そこまで言うならされてあげないことも無いけど」

 

 食い気味にハッピーの提案を拒絶したシャルルは渋々といった様子でエルザの提案を承諾し、その様子にエルザは笑みを浮かべる。

 素っ気ない態度を取っているシャルルではあるが、こうして案内を承諾してくれたように態度こそ冷たいものの、決して自分達を嫌っているわけではない事をエルザは理解していた。

 ハッピーに関しては少し違うようだが、同じように一夜からしつこくアプローチを受けていたエルザはこれについては気にしない事にしていた。

 時間はかかるかも知れないが、焦らずにゆっくりと心の距離を縮めていこうとエルザはまず何処を案内しようかと思案を始める。

 シャルル達だけでなく、ウェンディやテューズも一緒に案内するのだ。

 彼らはまだ幼いことから美味しいお菓子でも紹介しようかと考え、そこで歓迎の証としてとっておきのケーキでも焼いて貰おうかと思いついた。

 

「妖精の尻尾って凄く大きいギルドなんですよね。僕楽しみです!」

「分かる分かる……あぁ、アタシにもそんな時期があったわ……」

 

 目を輝かせるテューズを見ると、ルーシィは懐かしむように空を見上げた。

 憧れのギルドに加入できた時のあのワクワク感は、今でも鮮明に憶えている。新人だった自分が先輩になると思うと、感慨深いものがあった。

 

「お、見えてきたぞ、ハルジオン」

 

 そう言ったグレイの指差す方向に視線を向けると、水平線の向こうに街が見えた。

 港街と言うだけあって、滅竜魔導士であるテューズの耳には活気ある声が聞こえ、初めての街に自然と期待が膨らむ。

 そんなテューズと同じように、漸くこの船旅が終わりを告げることにナツは歓喜した。無論乗り物酔いのせいでダウンしているので心の中でではあるが、それ故ナツの心中ではお祭り騒ぎが行われている。

 

「やっと……やっと解放……される……!」

「でもさナツ、ハルジオンからマグノリアまではまた乗り物だよ?」

 

 彼らの目的地はギルドのあるマグノリアであり、ハルジオンではない。ハルジオンからはそこそこの距離があるため、当然の如く彼らは徒歩ではなく列車移動を選択する。

 ハッピーから突きつけられた現実にナツは一気に絶望まで叩き落とされ、船の上で声にならない悲鳴を上げた。

 

 

 

 

 あれから列車に揺られながらマグノリアまで向かい、無事に妖精の尻尾に到着したテューズ達。彼らがギルドに入ると、エルザ達が知らない奴らを連れてきたぞとテューズ達はすぐに注目を集めた。

 

「と言うわけで、こっちがテューズとフィール」

「こっちがウェンディとシャルルだ。私たちが妖精の尻尾へと招待した」

 

 エルザとグレイが事の成り行きを手短に説明し、テューズとウェンディは興味津々と言った様子で食い入るように見てくるギルドメンバー達に笑顔で頭を下げ、元気よく挨拶をする。

 新しい仲間を歓迎しない者はおらず、ウェンディの可愛らしい見た目やハッピーと同じ種族のシャルルとフィールの存在に興奮し、場は一気に盛り上った。

 

「お嬢ちゃんいくつ?」

「好きなものはなに?」

「いやぁ、可愛いね!」

(……ウェンディの人気が凄い)

 

 ウェンディに男性陣に囲まれて質問攻めにあい、遠慮のないその様子にシャルルはオス共がと目を吊り上げてワナワナと震えている。

 殆どのメンバーがウェンディの方へ行ったため、取り残されたテューズがシャルルを宥めていると一人の女性がテューズの下へ歩いてきた。

 

「初めまして。ミラジェーンよ」

 

 膝を曲げて視線を合わせ、ミラがニッコリと微笑みかけるが反応は無い。

 立ち尽くすテューズの様子にミラは首を傾げるが、その動作さえもが美しく、テューズの視線はミラに釘付けにされていた。

 

「……テューズ? 聞こえてます?」

「へ? あぁ、うん……何だっけ?」

「何だっけって……」

 

 フィールの呼びかけでテューズは我に返ったが、何処か反応がぎこちない。

 若干頬を赤く染めたテューズの様子を、先ほどまでウェンディを囲っていたマカオ達はニヤニヤと笑みを浮かべながら眺めていた。

 

「坊主、ミラに見惚れてたんだろ」

「あ、いや!? えっと!?」

「あらあら」

 

 ワカバに指摘され、図星だったテューズは動揺して顔を林檎のように真っ赤に染め上げる。エルザ達も美人ではあったが、ミラのような柔らかい雰囲気を持つ美人というのは彼にとって初めてだった。

 羞恥から小さくなるテューズがミラを一瞥すると、見惚れられるという事に慣れているのかミラは相変わらず微笑を湛えている。

 恥ずかしさで居たたまれない気持ちになり、ウェンディの下へ避難しようとしたテューズは振り返るとすぐに足を止めた。

 

「……やっぱりお胸が大きい方が……」

(こ、こわっ!?)

 

 ウェンディは自分の胸に手を当て、ぶつぶつと呪詛でも呟くかのように独言している。

 足を止めたのは、長年一緒にいるテューズでさえも初めて見る彼女の異常な様子に恐怖を覚え、硬直してしまったからだ。

 化猫の宿にも大人の女性はいたが、テューズが見惚れるという状態に陥った事は一度もない。

 それ故、ウェンディはテューズが異性との色恋沙汰には関心が無いと認識していた。事実、テューズは同年の少年に比べてもそういった物には疎い。

 そんなテューズが一目見ただけで心を奪われたのだ。長年一緒にいたウェンディからすると、これだけの期間を過ごしているのに意識された事のなかった自分にはまるで魅力が無いと言われているようだった。

 

「ウェンディ……大丈夫……?」

「……平気」

 

 恐る恐る声をかけたテューズに、ウェンディは頬を膨らませると顔を逸らしてしまう。

 テューズは機嫌の悪そうなウェンディに自分が何かしてしまったのではと焦るが、ここ最近の記憶を遡っても全く心当たりがない。

 第一、ギルドに来た時はいつも通りだったのに、一体何があったのか。どれだけ思考を巡らせても、テューズには全く理解出来なかった。

 

「そう言えば、ふたりはどんな魔法を使うの?」

 

 狼狽るテューズに助け舟を出そうと、ミラはふたりに質問する事で話題を変えようと謀る。

 そんな考えを知ってか知らでか、テューズはその問いに飛びつくように反応した。

 

「はい! 僕は大海魔法を使えます!」

「……私は天空魔法です」

 

 テューズに続く形でウェンディも問いに答えると、マカオ達は互いに顔を合わせて疑問符を浮かべた。

 大海魔法や天空魔法など、聞いた事が無かったからだ。名前からして大凡の属性は想像がつくが、どんな魔法かは分からない。

 例えば、グレイなんかは氷の魔法を使うと一言で言っても、正確には氷の造形魔法という風に分類される。大海魔法や天空魔法いう魔法は、細分化しても聞いた事のないものだった。

 

「あなた達には滅竜魔法と言った方が分かりやすそうですね」

「ウェンディは天空の滅竜魔導士。それで、テューズが大海の滅竜魔導士よ」

 

 ナツの所属しているギルドであれば滅竜魔法の方が馴染みがあるだろうとフィールとシャルルが説明を補足する。それを聞いて固まる一同に、ウェンディ達は目を落とした。

 まだふたりが化猫の宿に所属していた頃、テューズに至ってはそれ以前からも、滅竜魔法という魔法が珍しすぎるが故に信じてもらえない事は多々あった。今回もまた信じてもらえないかと諦め、力のない笑みを零す。

 

「す、すげぇ!」

「まじかよ!? 滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)が一気に2人も!?」

「珍しい魔法なのにな!」

 

 各々が驚愕や歓喜の反応を示し、マカオ達はこれでこのギルドに4人の滅竜魔導士がいる事になったと、2人を疑う様子もなくお祭り騒ぎを始める。

 信じてもらえた事に驚いて硬直していた2人も、彼らの騒ぎに頬を緩めた。

 

「今日は宴じぁ! 四人の歓迎会じぁ!!」

 

 マカロフの一声にギルドの全員が歓声を上げ、何処も彼処も酒を片手に飲めや騒げと盛り上がる。

 一部ではナツのように暴れ出す者や、ミラなどのように演奏を始める者もいた。

 

「楽しいとこだね!」

「うん。みんないい人ばっかり!」

 

 歓迎してくれる新たな仲間たちに、ウェンディとテューズは目を輝かせる。ここに来る時まで心の何処かに感じていた不安は、もう2人の中からは綺麗さっぱりと無くなっていた。

 

 

 

 

 マグノリアに来てから数日後。テューズは随分とご機嫌なようで、鼻歌を歌いながら商店街を歩いていた。

 今晩のおかずは何にしようかと想像しながら商品を眺め、安くなっている野菜を複数手に取るとそれを店主に手渡す。

 

「おじさん、これとこれください」

「あいよ、これはサービスでおまけしといてやるよ」

「いいんですか!? ありがとうございます!」

 

 顔に喜色を浮かべ、頭を下げるテューズに店主は気にするなと豪快に笑い飛ばす。

 その後店主はお金を受け取り、テューズが購入した野菜と共にお釣りを手渡すと親指を立てて激励を送った。

 

「その歳で一人暮らしだもんな! 大変だろうが頑張れよ!」

「はい!」

「……で、話は変わるんだが、お前さんはギルドの魔導士だろ? 依頼は受けれるのかい?」

 

 店主の問いにテューズが頷くと、彼はテューズに自分の依頼を受けてくれないかと持ちかけてきた。

 依頼を熟さなければ生活は出来ないし、何よりたった今サービスしてくれた店主の頼み。テューズに断る理由など無かった。

 

「それは喜んで受けさせてもらいますけど、一体何をすればいいんですか?」

「実は、こいつをマーガレットの街に住んでいるお客さんに届ける予定だったんだが、ここ最近は嬉しい事に忙しくてな。届けに行く余裕がなかったんだ」

 

 戦闘もない筈だから頼むと言う店主の依頼を快諾し、テューズは依頼品である袋に詰められた野菜と地図を受け取る。

 魔法がかけられているのか野菜は鮮度が保たれており、地図は手書きなのか多少大まかなものだった。

 

「移動の馬車はこっち手配しておく。お前さんが届けてくれるってことを伝えとくから、明日はそれを使うといい」

「すみません。ありがとうございます」

「いいのいいの! それじゃあ頼んだぜ」

 

 依頼品を大事そうに抱え、テューズは帰路に就く。ギルドを通した正式な依頼ではないが、これがテューズにとって初めての依頼、初めての仕事だ。絶対成功させようと気合十分に張り切っていた。

 

 

 

 

 そんな彼が帰ってきたのは、マグノリアにある小さな一軒家。ウェンディ達は妖精の尻尾の女子寮に寄宿するそうで、一人で暮らす事になったテューズには十分過ぎる広さがある。

 幼いテューズが一人で暮らすと言う事で、大家さんも何かと気にかけてくれている為不満は何もない。

 差し込んだ鍵を回しても手応えがなく、ドアノブを回すとすんなり扉が開いた。家を出る時に鍵を掛け忘れてしまったのかとテューズが首を傾げながら玄関に入ると、玄関には自分の物ではない何処かで見たことのある靴があった。

 それだけであれば恐らく靴の持ち主であるウェンディが遊びにきたのかと考えるが、これは少しおかしい。

 ウェンディの物であろう靴は三和土だけでなく、靴棚にも何足か収納されているのだ。

 

「……? ウェンディ、来てるの?」

 

 テューズが声をかけながら家の中に進むと、ウェンディとシャルル、フィールの3人がダンボールから荷物を取り出して彼方此方へ運んでいた。

 予想外の光景に思わず依頼品の野菜を落としそうになったが、テューズは一度落ち着こうと深呼吸をしてから3人に何をしているのかと尋ねてみる。

 

「荷物の整理だよ。私達ここに引っ越すから」

「ん? ……は? ……え? 引っ越す?」

「うん……フィールから聞いてない?」

 

 愕然とするテューズにウェンディがそう尋ねるが、テューズはそんな話を一度も聞いていない。

 どう言う事かとフィールに視線を送ると、彼女は忘れてましたと告げて悪びれる様子もなく荷物の整理を再開した。

 

「言ってなかったの!? ご、ごめんねテューズ。私てっきり知ってるものかと……」

「いや……まぁこの際それはいいけど、3人は女子寮に入るんじゃなかったの?」

 

 何故この家にいるか、という疑問は解消されたが、次に何故引っ越すのかという疑問が湧いてきた。

 女子寮があると聞いた時、シャルルもフィールもウェンディの安全のため女子寮一択だと即決していたのだ。それがどうなればここに引っ越すという考えになるのだろうか。

 

「あんた、あそこの家賃知ってる?」

「確か……10万ジュエルだっけ?」

「ここは?」

「一応8万ジュエルだけど……」

 

 本来であればここの家賃はもっと高いのだが、大家さんがまだ幼いのに一人暮らしは大変だろうと、好意から家賃を負けてくれているのだ。

 本当にウェンディ達がここに引っ越してくれば、一人暮らしではなくなる為家賃は元の価格に戻るかもしれない。

 そんなテューズの心配を察したのか、フィールは大家に話は通してあるからその点は心配ないと述べた。

 

(僕には言ってないのに、大家さんにはちゃんと伝えてるんだ……)

「それで、あんたとルームシェアすれば家賃は分割して4万ジュエル。6万ジュエルもお得じゃない」

「それならテューズの家に住もうかって、前々からみんなで話してたの。ごめんね」

 

 顔の前で手を合わせ、ウェンディは申し訳なさそうに片目を瞑る。

 シャルル曰く、完全に引っ越すのではなく飽くまで収入が安定するまでの間だけらしい。テューズからするとそういう問題ではないのだが、こうなった以上もう何を言っても意味をなさない。

 初めからテューズに拒否権などなかったのだ。

 

「家事は当番制でいいですか?」

「うん……もう何でもいいよ」

 

 溜息をつき、テューズは静かに肩を落とす。憧れの一人暮らしは僅か数日で潰えてしまった。

 

「もういい時間だし、ご飯にしましょうか?」

「あ……みんなの食材が……」

「問題ありません。ここに来るまでに揃えておきましたから」

 

 窓の外を見ればもう空は茜色に染まっており、テューズはフィールから食材を受け取る。

 その中身を覗いてみると、袋には先程テューズが購入してきた食材が不足している人数分入っていた。

 

「え、何でこれを買ったって分かったの!?」

「あんたの考えなんてお見通しなのよ」

 

 驚愕するテューズにシャルルは自信満々の笑みを返す。実際にはテューズの思考を読んだとかではなくシャルルの持つ能力によるものなのだが、テューズにはそんな事を知る由もなかった。

 自分はそれ程までに分かり易いのかと口を尖らせ、テューズは調理のために台所へ向かう。その後ろを調理を手伝うためにウェンディが追って行った。

 

「……本当のところ、仕事が安定したら寮に行くつもりなんですか?」

 

 2人がいなくなると、フィールはそんな疑問を口にする。その問いにシャルルは荷物を整理する手を止め、フィールの方へ視線を向けるとニヤリと口角を上げた。

 

「テューズが心配なく1人で暮らせそうなら……かしらね」

「ふふ……そうですか」

 

 シャルルの返答に、フィールはクスクスと笑みを零す。シャルルが寮に入るつもりなどない事を察したからだ。思い返してみれば、シャルルはテューズが一人暮らしをする事をフィール以上に心配していた。

 ここに住む事を提案したのもシャルルであり、恐らくテューズがシャルルの条件を満たす事などないだろう。

 フィールが耳を澄ますと、リズム良く食材を切る音と2人の談笑する声が聞こえてきた。

 

(……杞憂だったかもしれませんね)

 

 テューズが一人暮らしに憧れを抱いていた事を知っていたフィールは、直前までテューズの夢を断ってしまって良いものかと逡巡していた。

 テューズにこの件を伝えられなかったのはそう言った理由あっての事だったのだが、蓋を開けてみればテューズは思いの外楽しそうにしている。

 テューズの為にも、そして自分達の為にも、この選択は正しかったのかもしれない。そんな事を思いながら、台所から香ってきた美味しそうな匂いにフィールは頬を緩ませた。

 

 

 

 

「随分と暇そうにしてますけど、昨日頼まれたっていう依頼はいいんですか?」

 

 ギルドの中にある、注文された酒や料理を提供するカウンター。そこでミラの手伝いをするフィールは、そんな事を言いながらカウンター席で暇そうに欠伸をするテューズに水を出す。

 

「マーガレット行きはもう少し後に出発する予定なんだって。もうそろそろ行くよ……」

 

 水を一口飲み、テューズは眠いのか目蓋を擦る。初めての依頼に気合が入っていたテューズは、遅刻しないようにといつもよりも早起きをしていたのだ。

 しかし馬車の発車時刻は決まっており、テューズがギルドにいるのはそれまでの時間を潰すためだった。

 

「おいナツ。実はすげえ話を聞いたんだ」

「……? なんだよ」

「ドラゴンを見たことあるってヤツが、この街の近くまで来てる」

 

 テューズの後方、真剣な面持ちで告げられたグレイの言葉に、ナツは思わず立ち上がった。同様に、育て親であるドラゴンを探しているガジルやウェンディ、テューズもそれぞれ反応を見せる。

 

「ドラゴンって、イグニールか?」

「……そこまでは分からねぇ」

「そいつに会ったのか?」

「いや、街で噂を聞いたんだ。ダフネってヤツが、ドラゴンの事を得意気に話してるんだと。ただ単に見たってだけじゃなく、"最近会った"とも言っている」

 

 最近会ったという言葉を聞き、ナツ達の中に自分の知っているドラゴンなのではないかと希望が芽生えた。

 それを確かめるため、グレイから詳しい話を聞いたナツはダフネがいるという西の荒地にあるライズという宿へ急いで向かう事に決めた。

 ウェンディも話を聞いてナツに同行することに決めたようだが、ガジルはどうせガセだと出向く気は起きなかった。

 これまでも、人の興味を引くためにドラゴンを見たと法螺を吹く輩は数多くいた。そんな奴らにそう何度も騙されてやるものかと、ガジルはナツから顔を背ける。

 

「テューズは来ねぇのか?」

「勿論行きま──あ……ごめんなさい、これから用事があるので……」

「……そっか、じゃあ仕方ねぇな。行くぞ、ウェンディ!」

 

 ナツは勢いよくギルドから飛び出していき、ウェンディもテューズにリヴァルターニの事も聞いておくからと述べてナツの後を追う。

 本当はテューズも同行したいのだが、彼はこれから依頼の為にマーガレットへ向かわなければならない。

 自分も依頼を早めに終わらせてナツ達と合流しよう。そう考えたテューズは、もうそろそろ出発の時間だろうと足早に馬車へ向かった。

 

 

 

 

 無事にマーガレットに辿り着き、依頼はテューズが思っていたよりもあっさりと終わった。元々野菜を届けるだけの大して時間がかからない依頼だった為、テューズは急いでライズへ向かおうとする。

 しかし、ここは初めて訪れた見知らぬ街。頼りの地図も店主の手書きであるため、必要最低限の事しか書いていない。

 そんな状態で西の荒地に行くにはどうしたら良いのかと歩き回るものだから、当然の如くテューズは道に迷ってしまった。

 

(ど、どうしよう……完全に迷っちゃった……)

 

 一人で迷子になってしまうというのは、存外心細くなるものだ。不安で泣き出しそうになりながらもテューズが歩き回っていると、彼の目の前で1人の少女が盛大に転んだ。

 おおよそ8歳前後であろう、何もない場所で派手に転んだ自分と同じような赤い髪の女の子。

 その少女から何処かウェンディに似た雰囲気を感じ取り、妙な親近感を抱きながらテューズは少女の元へ駆け寄って行く。

 

「君、大丈夫?」

「……痛い…」

 

 涙目の少女は片足を押さえており、テューズがそこに目を向けると少女は膝を擦りむいて出血していることがわかった。

 今にも泣いてしまいそうな少女に大丈夫と優しく声を掛け、テューズは少女の膝に手を添える。すると淡い光が少女の傷口を包み込み、少しすると傷は綺麗さっぱり消え去っていた。

 

「お兄ちゃん凄い……! 治癒魔法は失われた魔法(ロストマジック)なのに!」

 

 少女の口から""失われた魔法(ロストマジック)という予想外の言葉が飛び出し、テューズは目を点にして思考が停止してしまう。

 失われた魔法(ロストマジック)なんて言葉は、一般人であればまず使わない。魔導士ならばまだ分かるが、それでもこんな幼い子がそうそう口にするような単語ではないのだ。

 

「君は一体……?」

「あ、私魔法学校に通ってるんだけど、まだ魔導士にはなれていよ。でも、飛び級したからもう少しで卒業できるの!」

 

 テューズの疑問を察した少女はそう説明し、そしたら凄い魔導士になるんだ、と意気込む。そんな少女にテューズは凄いね、や頑張って、としか返せなかった。

 魔法学校という存在をたった今知ったテューズはそこがどういう場所なのかは知らないが、取り敢えず飛び級しているからこの子はきっと凄い子なのだろうという事は理解出来る。

 それならば、そんな凄い子なら西の荒地までの道も分かるのではないかと、正直情けなくてあまり気はならないが自分が迷子である事を少女に告白してみる事にした。

 

「お兄ちゃん、迷子なんだ……じゃあ私と一緒だね!」

「そうだね、一緒だ──え? 一緒?」

 

 無邪気に笑う少女は迷子が自分だけでない事に胸を撫で下ろし、冷や汗を浮かべるテューズの手を握った。

 1人では心細くても、2人なら大丈夫。そう言って照れ臭そうに笑う少女の手を苦笑いしながら握り返し、テューズは少女と行動を共にすることに決断する。

 1人の心細さをつい先程まで感じていたテューズにとって、一緒に行こうという少女の案は確かに魅力的なものだった。

 それに、迷子とはいえこの街に住んでいる少女と共に行動するのは1人で歩き回るよりマシと言える。断る理由など微塵もない。

 雑談を交えながら辺りを散策し、テューズと打ち解けた少女は前方を横切った猫に興奮して駆けて行った。

 

「あんまり走ると危ないよ!」

「平気だよ! お兄ちゃん心配しすぎ!」

 

 心配するテューズに笑顔でそう返した少女だが、言葉を返すのに振り向いたのがいけなかった。

 後方のテューズを見ながら走る少女は案の定足が縺れてしまうが、咄嗟にテューズが片手で少女を抱きとめ、もう一方の手を地面につけて何とか転倒を防ぐ。

 

「あ、ありがとう」

 

 頬を染めてテューズを見る少女は、テューズが体を支える為アスファルトについた手を擦りむいている事に気がついた。

 自分のせいで怪我をさせてしまったと泣きそうになりながら謝る少女に気にしないでと返し、テューズは傷口を冷やすように息を吹きかけると何事もなかったかのように立ち上がる。

 

「お兄ちゃん、魔法で治さないの?」

「うん? あぁ、自分の傷は治せないんだよ」

「そうなの……? じゃあ、私がお兄ちゃんの傷を治してあげる!」

 

 少女はテューズの手を取り、傷口に意識を集中させる。しかしそれでテューズの傷が癒える筈もなく、少女はガックリと肩を落とした。

 そんな少女に気を使い、テューズはもう平気だと少女の前で手をグーパーさせる。

 

「ありがとう。お陰で楽になったよ」

「うぅ……私、治癒魔法を練習してるんだ。でもお兄ちゃんみたいに上手くできないや……」

 

 溜息を吐いて落ち込む少女は、テューズに治癒魔法を使っている時何を思っているのかと尋ねてきた。

 魔法は心。心の在り方一つで魔法はその性質を如何様に変える。治癒魔法を使えるテューズと使えない自分の差を知るべく、少女はそんな質問をしたのだ。

 どんな答えが返ってくるのかと食い入るように見てくる少女に幾分かの答えづらさを感じながら、テューズは自分が何を考えているのかと熟慮する。

 

「……うーん……思いやり、なのかな…?」

 

 それが出てきた答えだった。相手の事を考え、思いやる。これがテューズが治癒魔法を使う時に考えている事。

 そして恐らく、それはウェンディも同じなのだろう。

 思いやりという言葉を噛みしめるように繰り返すと、少女は顎に手を添えて首を傾げた。

 

「思いやり……つまり"愛"?」

「あ、愛!? いや、確かに愛情ではあるんだろうけど……」

 

 思いやりも愛情ではあるが、愛というと胸の方がむず痒くなった。一方、少女は愛という事で納得したようで満足げな様子だった。

 赤面したテューズはむず痒さからこの話はここで終わりと言って歩き出し、彼について歩く少女は何かに気がつくと突然立ち止まり、もぞもぞと体を動かして顔を赤く染める。

 

「……お兄ちゃんは私のことを愛してるの?」

「はぇ!? な、なんで!?」

「だって、私に治癒魔法を使ってくれたでしょ?」

 

 テューズは治癒魔法を使った相手に愛情を持つ。つまり治癒魔法を使われた自分は愛されている。

 そんな思考の経緯でとんでもない質問をした少女は、恋愛と親愛を正確に分別出来ていないのかテューズを直視出来ずにいた。

 少女の質問にどう返答するのが正しいのかテューズはグルグルと頭を回転させるが、この状況を切り抜けられる上手い返しが思いつかない。

 まさか愛していないなんて事を言うわけにもいかず、愛しているか愛していないかという二択は自ずと絞られる。

 口に出すのは恥ずかしいが、この際そんな事を気にしていられない。テューズは深呼吸して覚悟を固めた。

 

「……そうだね。愛してるよ」

「ふぇ!? そ、そっか! そう…なんだ……あぅ……」

 

 真っ直ぐ目を見てそんな言葉を言われ、少女はお湯でも沸かせるのではないかという程に顔を赤くし、爆発するように頭から蒸気を吹き出した。

 恥ずかしさから少女は逃げ出すように走り出したが、すぐに立ち止まり、振り返ると潤んだ瞳でテューズを見つめる。

 

「あ、あのね……私、大きくなったらお兄ちゃんみたいな──」

 

 勇気を出した少女の言葉は、テューズに届く事なく周りの騒音にかき消された。

 歩いているうちに大通り付近まで来ていたようで、声のする方に視線を向けると沢山の人が行き来しているのが目に入る。

 聞きそびれてしまった事を聞こうとテューズから少女を見ると、少女はこの大通りに出ればもう迷う事はないだろうに暗い面持ちをしていた。

 

「どうしたの?」

「ううん、何でもないよ……お兄ちゃんも、ここならもう迷わないでしょ?」

「うん。多分ね」

「……じゃあ、私ともここでお別れだね」

 

 寂しげに笑い、少女は小さく手を振った。本音を言えばもっと一緒に居たい。今まで迷子になっていた時、これで迷子が解決すると安心感を感じていた大通りも、今は少し恨めしく感じた。

 

「また会える……よね?」

「……うん。また会えるよ」

 

 膝を折り、微笑むテューズに頭を撫でられ、不安げな表情をしていた少女は花のような笑顔を浮かべた。

 すると少女は片手でテューズの前髪を上げ、もう一方の手を頬に添える。

 

「またね、お兄ちゃん。私もお兄ちゃんのこと"愛"してるよ」

 

 そう言って少女はテューズの額に口付けをすると、はにかんで大通りの方へ駆けて行った。突然の事に目を見開き、固まるテューズはそっと自分の額を撫でる。

 幼い少女とは言え、女の子にこんな事をされたのはこれが初めてだ。先程の事を思い返すと、自然と頬が熱くなる。

 あまりの事に上手く思考が回らず、暫くの間テューズは1人、道端で呆けていた。

 

 

 

 

 相変わらず思考は纏まらないが、何とか馬車乗り場まで辿り着いたテューズはそのまま馬車に揺られてマグノリアへ向かう。

 もうじき日が暮れるであろう今の時間からライズへ向かっても、すでにナツ達は帰っているだろう。そう考えての判断だった。

 赤と青の混ざり合う空を眺め、少女の事を思い出しそうになったテューズは頭を振って思考を飛ばす。

 しかし、少しばかり遅かったようで彼の顔は再び赤く染まり、テューズは溜息を吐きながら両手で顔を覆った。

 

(うぅ……落ち着け落ち着け落ち着け…!)

 

 女性に対する免疫が少ないテューズに真っ直ぐな言葉というのは効果絶大だったようで、所詮子供の言った事だと理解していながらも耳までもが熱を帯びてしまう。

 こんな様子ではフィール達に心配をかけてしまうと、テューズは気持ちをリセットするために頬を力強く叩いた。

 そうして何とか落ち着きを取り戻したテューズはマグノリアに足を下ろしたのだが、目の前の光景に愕然としてその場に立ち尽くした。

 

「なに……これ……?」

 

 彼がマーガレットに行っていた間に、一体何があったのだろうか。マグノリアの街は半壊し、その中央には恐らくこの悲惨な光景の原因であろう巨大なドラゴンのような残骸が転がっている。

 

「テューズ、今帰ったんですね」

「フィール……あ、あれ……何…?」

 

 翼を広げて飛んできたフィールに、顔を痙攣らせたテューズが残骸を指差しながら質問する。

 何かを思い出したのか痛む頭を押さえながら、フィールは事の顛末を説明した。

 ダフネという女がドラゴンの話題を使ってナツをおびき寄せ、まんまと罠にかかったナツを利用して人工的な偽似ドラゴン、ドラゴノイドを作り出そうと画策していたのだとか。

 何とかナツの救出、及びドラゴノイドの破壊が出来たようで、ギルドの前には沢山の人が集まっていた。

 

「待っていたぞ、テューズ。お前達に渡したいものがあるんだ」

 

 テューズを見つけたエルザに手招きされ、2人はギルドの方へ向かう。街の被害を見たテューズはそんな事をしている場合なのかと疑問に思ったが、フィールからもみんなテューズを待っていると急かされて歩く足を早めた。

 

「色々大変ではあったが、ウェンディ、テューズ、これは私からのプレゼントだ」

 

 エルザが2人に差し出した箱を開けると、その中には立派なケーキが入っていた。テューズ達が妖精の尻尾に加入した歓迎の意味を込めてのものらしく、ミラによって綺麗に切り分けられたケーキが2人に渡される。

 

「改めて、ようこそ、妖精の尻尾(フェアリーテイル )へ!」

 

 エルザに続くように他のメンバー達も歓声を上げ、ドラゴノイドの件などなかったかのように騒ぎだす。

 半壊したマグノリアの街に、彼らの賑やかな喧騒が響いた。



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虹の桜

 辺り一面は白く染まり、絶え間なく降り続ける雪は容赦なく体の熱を奪っていく。

 ここは一年中雪に覆われているハコベ山。そこに訪れたルーシィは、もう桜の季節だからと薄着で来た事を激しく後悔していた。

 悴んだ指で腰のホルダーから一本の鍵を取り出し、ルーシィは天高く翳した鍵を勢いよく振り下ろす。

 

「開け、時計座の扉! ホロロギウム!」

 

 主人の召喚に応じ、現れたのは柱時計の様な星霊ホロロギウム。ホロロギウムが現れると同時にルーシィはすぐさま彼の下へ駆け寄っていき、雪山の寒さを凌ごうとその中に避難した。

 

「『うぅ……私ったらまたここに薄着で来ちゃった、寒過ぎるぅ!』と、申しております」

 

 ミニスカートに肩出しという雪山に適切とは言い難い服装をしているルーシィは毛布を羽織り、ホロロギウムの中で膝を抱えて震えている。

 そんなルーシィの言葉に同意するウェンディも肩を抱きいて震えながら山道を進んでおり、彼女の服装もルーシィと同様に雪道を進める様な服装ではなかった。

 

「何よこれくらいで、だらしないわよ」

 

 全身を毛で覆われているため寒さには耐性があるのか、シャルルは涼しい顔で空を舞っている。

 だらしないと評されたウェンディが指先に息を吹きかけると、ホロロギウムを通してルーシィから一緒に入らないかと提案された。

 いつもであれば謙遜して遠慮する所なのだが、今のウェンディにそんな事を言ってられる余裕はない。

 ルーシィの言葉に甘えてホロロギウムの中に避難すると、思ったより暖かかったのかウェンディの表情は随分と柔らかいものに変わった。

 

「寒いよシャルル……抱っこさせて……」

「嫌よ。もうフィールがいるんだから、それで我慢しなさい」

 

 フィールを頭に乗せたテューズにそう返すと、シャルルは鼻を鳴らしてそっぽを向く。

 しかし、結局寒がるテューズを放っておけなかったのか、チラチラと何度もテューズの様子を確認していたシャルルは「仕方ないわね」と呟くと、テューズの腕の中にすっぽりと収まった。

 

「はぁぁ……温かい……」

「ふん。感謝しなさい。全く世話が焼けるんだから」

 

 苦しくないよう力加減をしてシャルルを抱き締めるとシャルルの体温で上半身が温まり、同時に毛並みで心も癒される。

 頭部にいるフィールが落ちてしまわないよう片手で支え、薄着のテューズは2人のエクシードで暖を取った。

 だが、どうやらそれだけでは寒さを凌ぎきることは出来なかったらしく、テューズはまだ小刻みに震えている。

 

「うぅ……やっぱりまだ寒い……」

「そんな服で来るからそんな事になるのよ」

「ですが、天気も落ち着いてきたようですし、多少はマシになったんじゃないですか?」

 

 山を登り始めた頃と比べると、フィールの言葉通り吹雪は穏やかになっていた。だからと言って寒い事には変わりなく、テューズは頭に乗るフィールを下すとシャルルと一緒に胸の中に抱きしめる。

 まとめて抱えられたシャルル達が狭いと抗議の声を漏らすが、胸から全身に広がっていく温まりに頬を緩ませるテューズには届いていない。

 

「くそ、こんだけ積もってると歩きづれぇな」

 

 憂鬱な顔で愚痴を零すグレイは足先に付いた雪を振り払い、処女雪に新しい跡を刻む。指の隙間に雪が入り込むこの感覚ももう慣れたもので、グレイの手足には震えなど全くない。

 過去の修行により寒さに耐性を持つグレイは下着しか着用していないにも関わらず平気そうだが、唯でさえ寒いのに見ているだけで更に寒くなりそうな格好にエルザから服を着ろと指摘された。

 そんな彼等の隣では、見渡す限り一面の雪景色の中から依頼の品を見つけ出そうとナツとハッピーが目を凝らす。

 しかしそれらしき物は一向に見つからず、ナツはもう飽きたとでも言わんばかりに後頭部で手を組むと口を尖らせる。

 

「ねぇナツゥ、そんな便利な薬草って本当にあるのかな?」

「さぁな……依頼書に書いてあったんだから、きっとあんだろ」

「だってさ、お茶にして飲んだりケーキに練り込んで食べれば、魔導士の魔力が一時的にパワーアップするなんて、オイラは眉唾物だと思うんだ」

 

 特別な事はいらず、食べるだけでパワーアップできるなど夢物語もいい所。実在するのであればの疾うの昔に市場に出回っているだろうと、ハッピーが疑うのも無理はない。

 

「上手い魚には毒があるっていうでしょ?」

「それを言うなら、上手い話には裏があるだ」

「うわぁ!? エルザにツッコまれた!?」

 

 ドヤ顔で述べた諺が間違っていただけでなく、作家であるルーシィならまだしもよりにもよってエルザに指摘されハッピーはショックを受ける。

 耳を垂らして落ち込むハッピーに「私をなんだと思ってるんだ……」と不平を漏らし、冷ややかな視線を送ったエルザは気持ちを切り替えて真っ直ぐと前を見据える。

 

「効果はともあれ、依頼はこの山にある薬草の採取だ。ついでに、多目に取れたら明日のビンゴの景品にしよう。皆喜ぶぞ」

 

 エルザの言葉に頷き、一同は足跡を残しながら山道を進んで行く。しかし登れど登れど広がる景色は白一色。薬草らしき物は微塵も見当たらず、苛立ちが募ったナツは目を吊り上げた。

 

「おぉい薬草! 居たら返事しろ!」

「するかよバーカ」

 

 薬草が返事などするものかとグレイが嘲笑うと、ナツの苛立ちの矛先がグレイに変わる。

 

「んだとコラァ!」

「思ったこと何でも口にだしゃいいってもんじゃねぇだろ。しかも、てめぇのは意味分かんねぇのばっかだし」

 

 耳元で騒ぐナツが癇に障り、青筋を立てた二人は額を押し付けあって火花を散らす。

 一触即発、今にでも殴り合いを始めそうな二人からテューズとハッピーが無言で距離を取ると、エルザが二人の頭を鷲掴みにして間に割り込んだ。ギロリとエルザが睨みをきかせると、二人は揃って小動物のように肩を小さくする。

 エルザの活躍によって二人の喧嘩が仲裁されたのを硝子越しに見ていたウェンディは、ホロロギウムの中でほっと胸を撫で下ろした。

 

「はぁ……早く仕事終わらせて帰りたいなぁ。明日のお花見の準備したいのに」

「私も凄く楽しみです!」

 

 身体を震わせて毛布を被り、ルーシィは溜息混じりに愚痴を零す。その隣で膝を抱える少女は、お花見という言葉に反応して目を輝かせた。

 

「すんごい綺麗なんだよ、マグノリアの桜ってね! しかも夜になると、花弁が虹色になるの! そりゃもうチョー綺麗で!」

 

 明日の花見がよほど楽しみなのか、興奮気味で口を動かすルーシィは虹の桜を想像してだらしなく口元を緩ませる。

 月の光に照らされ、虹色に染まる桜はさぞ幻想的な事だろう。と、そんな事を考えながらウェンディとの会話に夢中になっているルーシィは、いつの間にか洞窟に辿り着いていたことに気付かない。

 

「……何かいるな」

 

 見つけた洞窟内に入り、目的の薬草はないかと周囲を見渡していたエルザの眉が鋭く上がり、奥の暗闇を睨みつける。

 その暗闇の中から、下劣な笑い声が洞窟内に響いた。

 

「ウホホホ!」

 

 笑い声を響かせて闇から出てきたのは、この極寒の地で生き延びるため、真っ白な毛で体を覆った知性を持つ獣。自分達の縄張りに入ってきた久方振りの侵入者(獲物)に、バルカン達は歓喜の叫びを上げた。

 

「やるぞ、お前達」

「……仕方ねぇ、ちゃっちゃと済ませるか」

 

 未だ話に花を咲かせ、バルカンの強襲に気付かない二人を一瞥してグレイはエルザの隣に並ぶ。エルザを挟んだ反対側で暴れたくてたまらないと体を震わせるナツは我先に飛び出していき、かかってくる一匹のバルカンに拳を叩きつけた。

 炎と共に吹き飛ばされ、弾丸のように自分達の横を飛んで行った仲間の姿に、バルカン達の表情が凍りつく。

 

「やりすぎだナツ! 薬草の場所を聞き出せるかも──」

「──聞き出すのなんて、一体残ってりゃ十分だろ!」

 

 柳眉を逆立てるエルザの言葉に被せ、グレイはバルカンに向けて氷の槍を射出する。

 狙われたバルカンは一つ目の氷槍を躱すことには成功したが、その巨軀では続いて向かってくる氷槍を避ける事は叶わず、為す術もなく意識を刈り取られた。

 この時点で、バルカン達は狩られるのは自分達の方なのだと理解した。すぐにでもここから逃げ出そうとしたバルカンだったが、目の前の者を見て足を止める。

 好き放題に暴れる仲間に嘆息する、緋色の悪魔。

 奴からは決して逃れられないと、本能的に悟ってしまった。

 

「頑張れナツー!」

 

 次々と仲間を蹂躙していく火竜を応援する声が耳朶を叩き、バルカンは声のした方向に顔を向ける。その先にいたのは青色の猫と、二匹の猫を胸に抱える紅髪の少年。

 あの悪魔達から逃れるには、あれを利用するしかない。

 思考を固めたバルカンは力強く地面を蹴り、そして自分が生存できる唯一の可能性に手を伸ばす。

 飛びかかってくるバルカンに気付き、少年が目を見開いた。あと少しで手が届きそうだというのに、目の前の少年は固まって動けずにいる。

 やれる、と己が勝利を確信した刹那、伸ばしていたはずの腕が視界から消えた。

 直後に襲ってきたのは激痛。腕が捻じ切れそうな痛みに顔を歪め、後ろを振り返ったバルカンの表情は恐怖に染まった。

 

「貴様、私の仲間に何をしようとした……?」

 

 ドスの効いた声が洞窟に響き、自身を睨む二つの光にバルカンは奥歯を震わせ、腰が抜けてへたり込む。 

 丸太のような腕を掴む手に力を入れ、腰を捻ったエルザは勢いよくバルカンを投げ飛ばした。

 風切音を立てながらバルカンが目前を通過し、ナツの髪がふわりと舞う。直後、ナツとグレイは先程と変わらぬ声色でエルザに名前を呼ばれ、反射的にその場に正座した。

 

「お前達、薬草の在り処を聞き出す為に一匹残しておくと言っていたな。そいつは何処だ?」

 

 正座する二人の前で腕を組み、仁王立ちするエルザは周囲を見渡す。そこには気絶したバルカンの山が出来ており、情報を聞き出せそうな状態の者は残っていなかった。

 

「まさか、忘れていたわけではあるまいな?」

「い、いや……忘れてたっていうか……」

「さっきエルザが投げ飛ばしたのが最後の一体っていうか……その……」

 

 額に汗を浮かべ、これ以上エルザの機嫌を損ねないよう気を使いながらナツ達二人は弁明する。

 そんな様子を眺めていたテューズは後方に佇む柱時計の星霊に視線を向け、戦闘があったことにすら気づいていない様子のルーシィ達に苦笑を湛えた。

 ナツ達がエルザの説教を受けているというのに、相も変わらず心做しか高い声で中の様子を代弁するホロロギウムの様はミスマッチに思える。

 結局薬草の場所も聞き出せず、一同は再び山道を登り始める。楽しげな様子で虹の桜について語っていたルーシィ達だったが、存外その終わりは唐突にやってきた。

 

「時間です。ではごきげんよう」

 

 タイマー音を響かせながらホロロギウムはそう告げる。すると煙がホロロギウムを包み、気がつけばルーシィ達は雪道に放り出されていた。

 

「ひぃ!」

「寒い!」

 

 寒風に身を晒され、ルーシィとウェンディは情けない声を上げながら身を寄せ合う。

 抱き合って震える二人に「お前達もちゃんと探さないか!」とエルザが眉を顰めた時、ナツの並外れた嗅覚が何かを捉えた。

 

「匂うぞ……これ絶対薬草の匂いだ!」

「相変わらず凄い鼻だね」

「てか、あんたその薬草の匂い嗅いだことあるわけ?」

「さっきハッピーの質問に答えたとき、薬草を見たことないような反応をしてましたよね?」

 

 ニヤリと口角を上げるナツに感嘆するハッピーの隣で、シャルルとフィールはナツの言葉に目を細める。

 嗅いだこともないのに何故そうだと言い切れるのか、という疑問はシャルル達だけでなく他の面々も抱いたが、ナツには確信があるようで匂いの元へと走り去ってしまった。

 

「ったく、せっかち野郎め」

「とにかくついていく事にしよう。あいつの鼻は侮れないからな」

 

 呆れた様子のグレイに続き、エルザもナツを追って山道を登る。

 そんな彼等の後ろ姿を眺めるシャルルは背筋に悪寒を覚え、頬を痙攣らせて口を動かした。

 

「気のせいかしら、凄くイヤな予感がするんだけど……」

 

 シャルルの言葉に足を止め、ウェンディとテューズは互いに顔を見合わせる。シャルルの勘はよく当たるということを、彼等はよく知っていた。

 故に、フィールが「気を引き締めた方がいいかもしれませんね」とテューズを見上げる。それに頷いて同意を返すと、山頂から響き渡るナツの声が彼等の耳朶を震わせた。

 

「あったー!!」

 

 山頂に辿り着いたナツの前に広がっていたのは、雪に守れながらも力強く咲く薬草達。漸く見つけた目的の品。

 いざ採取しようとハッピーと共にナツが腕を捲った時、二人を大きな影が覆った。

 

『オオオオオオッ!!!』

 

 咆哮を轟かせ、空からナツ達を見下ろす一頭のワイバーン。

 雪のように真白な鱗を身に纏い、ここは自分の縄張りだと言わんばかりに爪牙を剥き出しにしてナツを睨む。

 その竜のような姿とは裏腹に草食であるこのワイバーンは、ナツから薬草を守るようにして地に降り立った。

 この極寒の雪山に生息する草食系。食べるものなど、当然一つに限られる。

 

「こいつ!」

「独り占めする気だ!」

 

 敵を睨みつけ、真白な翼を広げて威嚇するワイバーンにナツは臨戦態勢をとる。そこにグレイ達も到着し、ワイバーンを視認して構えを取ったグレイはニヤリと口角を上げた。

 

「こういうの、確か一石二鳥とか棚ぼたって言うんだよな。白いワイバーンの鱗は結構高く売れるって知ってるか?」

「よぉし、薬草ついでにこいつの鱗全部剥ぎ取ってやんぞ!」

 

 雪の影響か白く染まったワイバーンの鱗というは希少とされ、グレイの言葉通り高値で取引されている。

 恐ろしい事を口走る悪魔(ナツ)にワイバーンびくりと体を震わせ、自身と対峙する三人の魔導士に気圧された。

 

「よし、ここは私達に任せてルーシィ達は下がっていろ。私達があいつの注意を引き付ける。その隙を狙って、ルーシィ達は薬草を採取するんだ」

 

 雷帝の鎧に換装したエルザはワイバーンから目を離さずに後方へ指示を出し、腰を落とす。

 身の危険を感じたワイバーンが上空へ飛び上がるが、エルザはナツ達を引き連れてワイバーン目掛けて跳躍する。

 上空で戦闘が開始すると、テューズたちは戦闘に巻き込まれないように、ワイバーンに気づかれないように腰を落とし、悲鳴を上げながら薬草の元へと急ぐ。

 

「急いで急いで!」

「情けない声出さないの」

「モタモタしてると、逆に危険ですよ」

 

 ハッピー達がそういった瞬間、ワイバーンは翼をはためかせて風圧を起こし、跳ね返されたナツの炎がテューズの方へと流れてきた。

 迫りくる炎によってテューズ達の顔が赤く照らされ、三人は咄嗟に前方へ飛び出して回避行動を取る。

 先ほどまでテューズ達がいた地点に炎は着弾し、回避行動を取らなければ炎は恐らく三人に直撃していただろう。

 危なかったと一息つき、額の冷汗を拭った刹那、ルーシィの眼前に氷の刃が突き刺さった。

 

「ならば、これならどうだ!」

 

 ナツとグレイの攻撃を悉く跳ね返したワイバーンにエルザは電撃を放つが、ワイバーンはそれを回避し電撃はナツ達に浴びせられる。

 

「馬鹿者! ちゃんと避けないか!」

 

 ナツ達に叫ぶエルザ目掛けてワイバーンは急降下し、鋭い爪を振り下ろす。雷を帯びた槍でそれを受け止めると、エルザは唇を噛み締めて踏鞴を踏んだ。

 強い。想像していたよりも遥かに強い。

 それもそのはず。このワイバーンが主食としているのはこの薬草。食べれば魔力が一時的に増強される薬草だ。

 それを食べ続けたワイバーンが、他種に劣る道理はない。

 

「意外と強敵だー!」

(皆……! よし、私だって負けてられない!)

 

 エルザとワイバーンの衝突によって飛ばされそうになったハッピーの手を繋ぎ、奮闘する仲間を見て気を引き締めたルーシィは雪を蹴散らして薬草の下へ駆け出していく。

 すっかり戦闘に見入っていたテューズ達も本来の目的を思い出し、我に返って薬草の採取を開始した。

 薬草を取れたと無邪気にはしゃぐルーシィの声を聞きながらテューズも薬草を摘み取り、次の薬草へと手を伸ばす。しかし、その手はフィールによって止められた。

 

「テューズ、その辺りでやめておきましょう」

「え? でもエルザさんが多めに取れたら明日の景品にするって……」

「三人で採取してるわけですし、これだけで十分です。あまり取りすぎては、ここの生態系を崩してしまう」

 

 この極寒の地で生息できる植物類は限られており、草食のワイバーンにとってこの薬草は生きる為になくてはならない存在だ。

 ここにある薬草はワイバーンの貴重な食料。それを取りすぎてしまえばどうなるかなど、考えるまでもないだろう。

 それこそが薬草が出回っていない理由でもある。強力なワイバーンが薬草を守っていること。

 そして、そのワイバーンを突破して薬草を採取できる程の魔導士であれば、薬草が乱獲されてしまわないようこの薬草については口を噤むのだ。

 

「じゃあ、これくらいでやめておこうか」

「えぇ。シャルルの勘もありますし、何事もない内に立ち去り──ッ!」

 

 素直に言うことを聞くテューズに和やかな表情を浮かべていたフィールだったが、突然何かを察したように振り返る。

 険しい面持ちに変わったフィールはテューズの背中を掴み、訳も分からず混乱する少年を連れて上空へと飛び上がった。

 同様にシャルルもウェンディを連れて上空へと避難している。

 連携してワイバーンを倒した三人と薬草を手に抱えたルーシィがフィール達の行動に首を傾げた刹那、激しい地響きが辺りに響いた。

 

「これってまさか……」

「な、雪崩!?」

 

 地響きと共に迫りくる白い波。顔を引きつらせたナツ達三人はワイバーンに飛び乗る事で雪崩に飲まれないよう回避する。

 しかし、周囲にあるものは薬草ばかりという状況のルーシィにはなす術などなく、顔を守るように腕を交差させたルーシィは雪崩に飲み込まれてしまった。

 

「無事かルーシィ!?」

 

 ワイバーンに乗ったことで乗り物酔いを起こしたナツを脇に抱え、エルザはワイバーンの上から辺りを一望する。

 エルザの叫びに返答はなかったが、かわりにしっかりと握りしめられた薬草が掲げられ、ルーシィの居場所を知らせる。

 駆け寄ってくる仲間の足音を聞きながら、雪を被ったルーシィは凍えるような寒さにガタガタと体を震わせた。

 

 

 

 

 翌日。満開に咲いた桜に囲まれ、ヒラヒラと舞う花弁を肴に哄笑が響く。

 木漏れ日が差し込み沢山の笑顔が咲く中、ナツ達は浮かない表情を浮かべていた。

 

「はぁ? ルーシィのやつ風邪引いたって?」

「そんなに酷いんですか?」

「ん……」

 

 グレイとジュビアに素っ気ない返事を返し、ナツはどこかつまらなさそうに目を伏せる。

 目に見えて元気のないナツに変わってハッピーが病態を説明するが、聞く限りとても花見に来られるような状態ではない。

 ルーシィがこの花見をどれだけ楽しみにしていたかを知っていたテューズ達の表情も、同情から暗いものへと変わった。

 

「そうだ! ウェンディとテューズに治して貰えばいいんだ!」

 

 名案を思いついたとハッピーが期待の眼差しをテューズ達に送ったが、テューズとウェンディは顔を見合わせると静かに首を横に振った。

 実は、もう既に解熱の魔法はかけてあるのだ。しかし、解熱の魔法は解毒と違って遅効性。

 テューズは明日には治っているだろうという旨を話すが、どうやらそれでは不満らしく、ハッピーはテューズ達に向けていた眼差しを地に落とす。

 

「それではこれより、お花見恒例のビンゴ大会を始めまーす!」

「「「ビンゴーー!!」」」

 

 ミラの言葉に続いて歓声が上がり、テューズ達全員の視線が奪われる。抽選機の横に立つミラがカードは持ったかと問いかけると、全員がカードを空に掲げた。

 非常に元気の良い様子にマカロフは笑みを浮かべ、口を開く。

 

「ほっほっほ! 今年も豪華な景品が盛りだくさんじゃ! 皆気合いを入れてかかって来い!」

「「うぉぉぉぉ!!」」

 

 ミラの指示に従ってカードの真ん中に穴を開け、遂にビンゴ大会は幕を開けた。

 カラカラと音を立てながら抽選機は目まぐるしく回転し、回転が止まると同時に抽選機の上で光が弾ける。

 花火のように弾けた光は"24"という数字を形成した。その数字にある者は意気揚々とカードに穴を開け、またある者はガックリと肩を落とす。

 そうして何度か抽選を繰り返すと、遂にビンゴを達成した者が現れた。

 

「ビンゴだ!!」

 

 声を張り上げ、期待に胸を踊らせて景品を受け取りに行ったのはエルザ。

 一体どんな景品が貰えるのかと目を輝かせるエルザが手渡されたのは、何処かで見た覚えのある薬草だった。

 

「はいどうぞ。一時的に魔力がアップすると噂の薬草で〜す!」

「これは私達が取ってきたものだな……しかも既に枯れている……!」

「急に暖かい所に持ってきたからかのう?」

「私の……ビンゴが……」

 

 折角一番乗りでビンゴを達成したというのに、貰えた景品は自分で取ってきた薬草。

 そもそも自分で取ってきたものなのだから、素直に喜び辛い。その上薬草は既に枯れてしまっており、お世辞にも食欲を誘うとは言い難い色をしている。

 一番乗りの喜びから突き落とされ、胸に抱いていた期待が霧散されたエルザは項垂れるように両手をついた。

 

「大丈夫ですか? エルザさん」

「うぅ……私のビンゴがぁぁ!!」

 

 戻ってきたエルザにウェンディが声をかけるが、思いの外ダメージは大きかったらしい。肩を落としたエルザからは哀愁が漂っていた。

 その後も続々とビンゴ者は現れたが、テューズ達はまだビンゴを達成できていない。

 目を吊り上げてビンゴカードと睨み合っていたシャルルは、溜息をついて頭を押さえる。

 

「はぁ……絶対当たらない気がするわ」

「シャルルの勘はよく当たるけど……」

「僕は後ちょっとでビンゴなのに……!」

「え、凄い! 沢山空いてる!」

「見事なまでにビンゴを外してますね……ビンゴより凄いんじゃないですか、これ?」

 

 唸るテューズのカードを覗き込み、ウェンディは驚愕した。

 カードのうち殆どに穴が空いており、穴の空いた番号よりも空いていない番号の方が簡単に数えられるだろう。しかし、縦横斜めのどの列もビンゴは成していない。

 ウェンディが指で線を描くようにしてテューズのカードを数えてみると、リーチの数は12個となっていた。

 

「何処か後一個でも開けばビンゴだし、次こそは──」

「あ、今ので景品が最後だったみたいですね」

「え……?」

 

 フィールの報告を聞き、間抜けな声を出したテューズは思わずカードを落としてしまう。

 マカロフの様子を見るに本当に終わってしまったらしく、あと一歩、本当にあと一歩という所でビンゴを逃したテューズは目に涙を浮かべて膝をついた。

 

「そんな……あと少しだったのに……」

「惜しかったですね」

「やっぱり当たったね、シャルルの勘」

 

 テューズを慰めるフィールの隣でウェンディがそう語りかけると、シャルルはテューズを一瞥して地面に落ちたカードを手に取った。

 

「ここまで穴が空いてるんだし、特別賞とか貰えるんじゃない?」

「……本当?」

「知らないわよ。でも、何もしないよりはマシでしょう?」

 

 シャルルがカードを差し出すと、テューズは無言で頷いてそれを受け取る。

 そうしてマカロフの下へ行った結果、ここまで空いてビンゴがないのは奇跡だと、テューズは特別賞として沢山のお菓子を貰った。

 

 

 

 

 日が沈んで辺りは暗くなり、マカロフは待っていましたと言わんばかりに酒の入ったカップを掲げて口上する。

 

「これより、本日のメインイベントである"虹の桜"のお披露目じゃ!!」

 

 マカロフがそう述べた刹那、月明かりに照らされた桜はその花弁を鮮やかな虹色に変え、幻想的な姿となった。

 赤、青、黄、緑、色取り取りの花弁が宙を舞い、その光景に沢山の人々が心を奪われた。

 その例に漏れず、初めて見る虹の桜に心を奪われてテューズは目を輝かせる。

 そんな彼に視線を向け、ウェンディは俯いて言葉を紡ぐ。

 

「テューズ。ローバウル(マスター)がいなくなった時のこと、憶えてる?」

「え? まぁ、憶えてるけど……?」

 

 ウェンディの声によって現実に引き戻され、急な問いかけにテューズは疑問符を浮かべる。

 何故このタイミングでそんなことを聞くのだろうかと疑問に感じたが、そんな事は考えたところで分かるはずもなく、テューズは静かに言葉を待つ。

 

「あの時、マスターが、ギルドのみんながいなくなって凄く怖かった」

「……うん。僕も怖かった」

「でも私、テューズの言葉も怖かった……なんて言ったか憶えてる?」

「えぇと……あぁ……」

 

 ウェンディに聞かれて自分の記憶を遡るが、何分あの時は必死だったこともあって、自分が何を言ったのかなど全く分からない。

 頭を抱えてうんうんと唸るテューズの様子に、ウェンディはクスリと微笑を漏らした。

 

「『僕は化猫の宿(ここ)にいられなくてもいい』って言ったんだよ」

 

 確かに言った。自分がいるせいでマスターが居なくなるのなら、自分など消えてしまえと、そう思って。

 真っ直ぐに向けられる視線。責められているわけではないのにどこか後ろめたい気になり、テューズは顔を顰める。

 そんなテューズの手を、ウェンディは祈るようにして握った。

 

「仮に、もし仮にそれでマスター達が消えなくたって、私はそんなの嫌だよ。それはきっと、シャルルやフィールも同じだと思う」

「……ごめん」

「……もう自分が消えればいいなんて、あんな事言わないで。私はみんなと一緒に居たい。シャルルも、テューズも、フィールも、誰一人として欠けちゃ嫌だよ……」

 

 彼女の目尻に浮かんだ涙が、虹色の光を反射させる。

 静かに頬を伝う涙を見て、テューズは自分がどうしようもない程に情けなく感じた。

 激情に任せて放った言葉が、ここまで彼女を苦しめていたなど微塵も分からなかった。

 そっと、震える手を握り返す。ささやかな謝罪と、小さな決意を込めて。

 

「約束する。もうあんな事は言わない。やらない。だから──」

 

──だからどうか、泣かないで。

 

 喉元まで出ていた言葉は、発せられる事なく呑み込まれる。代わりに、彼女の目尻に溜まる涙を指先でそっと拭った。

 拙い手つきで、不器用な笑顔を浮かべる目の前の少年に、ウェンディは笑みを零す。

 

「……約束だよ?」

「うん。約束」

 

 もう誰も居なくならないで欲しい。みんなでずっと一緒に笑っていたい。そんな少女の切実な願いを守ろうと、少年は心に誓う。

 月に照らされた虹色の桜が、静かに二人を照らしていた。



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7月7日

 いつも通りに瞼を開け、映る光景はいつもと変わらぬ天井。体を起こし、今日の日付を確認する。

 

 7月7日。

 

 忘れるはずもない、リヴァルターニが姿を消した日。否、リヴァルターニだけではない。ウェンディやナツ達を育てたドラゴンも、同じ日に姿を消したという。

 寝室を出たテューズは眠そうに瞼を擦ると大きな欠伸をし、鼻腔を刺激する香ばしい香りに釣られてフラフラとリビングへ向かった。

 

「ん……おはよう……」

「おはようございます。髪、跳ねてますよ?」

 

 先程の香りの正体であるパンを片手に、フィールはクスリと笑いながらパンを口に含み、コーヒーを流し込む。

 足元のおぼつかないテューズがフィールの隣に腰をかけると、シャルルは食事の手を止めてテューズをジロリと睨んだ。

 

「先に顔、洗ってきたらどうなの?」

「ん……」

 

 聞いているのか聞いていないのか、船を漕ぐテューズの様子に、これはダメだとシャルルは嘆息する。

 その様子に苦笑を浮かべていたウェンディは、対面に座るテューズの行動に目を見開いた。

 寝ぼけているテューズがマグカップを手に取ったのだが、それはテューズの物ではなくフィールのマグカップ。

 それに気づかないまま口に運ぼうとするテューズを、三人は慌てて制止しようとした。

 

「あんた、待ちなさい!」

「ダメだよテューズ!」

「それは私の──」

 

 しかし彼女らの言葉は届かず、テューズはマグカップに口をつけると中の液体を口の中に流す。

 刹那、自分達の制止が間に合わないと判断するや否や、対面に座っていたウェンディとシャルルは自身のパンとマグカップを手に取り、飛び引くように横へと跳んだ。

 直後、一瞬にしてテューズの口内に苦味が広がり、今まで眠そうにしていた目が見開かれる。

 そしてテューズは盛大に、これでもかというほどに口の中の黒い液体を吹き出した。

 

「う"ぐッ……! ゲホッ……!」

 

 マグカップを置いてテーブルを掴み、背中を丸めたテューズは何度か咳き込んで唸り声を上げる。

 予想通りコーヒーをぶち撒けたテューズにフィールは片手で頭を押さえ、首を振ると嘆息した。

 だから止めたのに、と。

 

「うぇ……にが……苦い……!」

 

 片手で喉を押さえ、舌に残る苦味にテューズは涙を浮かべる。

 呆れながらもフィールがテューズの背中を摩っていると、ウェンディはミルク入りのマグカップを、そしてシャルルは雑巾をテューズの前に置いた。

 

「大丈夫?」

「後始末、ちゃんとやっておいてちょうだい」

 

 ウェンディから渡されたミルクを一気に飲み込み、深呼吸したテューズは謝罪を述べると雑巾でテーブルを拭き始める。

 昔から、テューズはコーヒーが苦手だった。

 まだ彼らが化猫の宿(ケットシェルター)に在籍していた頃、フィールやシャルルが飲んでいたコーヒーに興味を持ち、テューズとウェンディが試しに飲んでみたことがあった。

 その強烈な苦味にウェンディは顔を顰めていたが、テューズの反応はそんなものではなく、口に含んだ分の全てを吹き出しその場でのたうち回っていたのだ。

 曰く、コーヒーを飲むくらいなら泥水を食べる方がマシだとか。

 

「……本当にコーヒー嫌いですよね」

「うぅ……ごめんね……」

「別に気にしてないよ。私も梅干しは苦手だし……」

「あんた達、そういうのはちゃんと克服しておきなさいよ……?」

 

 吹き出したコーヒーの全てを拭き終え、席に着いたテューズは肩を丸めて小さくなる。

 そんな朝を迎え、身支度を整えた一行はギルドへと向かった。

 

 

 

 

「あ ! ウェンディ! テューズ!」

 

 キョロキョロと周囲を見渡していたルーシィは、扉を開けてギルドに入ってきたテューズ達を見つけると手を振りながら駆け寄って行く。

 呼ばれたテューズ達もルーシィに気づき、手を振り返す。

 

「二人とも今夜予定はある?」

「いえ、何もないですよ」

 

 そう答えたテューズがウェンディに確認の視線を向けると、彼女はそれに頷いてテューズの意見に同意する。

 二人の予定がない事に胸を撫で下ろしたルーシィは、ニヤリと口角を上げた。

 

「二人は7月7日にある七夕っていう行事、知ってる?」

 

 七夕、という初めて聞く言葉に、二人は顔を見合わせる。次に一緒にギルドへ来ているシャルル、フィールに視線を向けると、二人は首を横に振った。

 言葉自体は知ってはいるが、所詮その程度の知識。それが何かを説明出来る程の知識は、残念ながら持ち合わせていなかった。

 そんな彼らに、ルーシィは大まかなあらすじを説明する。

 働き者の彦星と織姫が結婚したが、結婚した二人は仕事をしなくなり、それに怒った神様が彦星を天の川の向こう側に追いやり、離れ離れにしてしまったこと。

 悲しみのあまり泣いてばかりいる織姫を憐れに思い、神様は二人が一年に一度だけ会えるようにした。その日が7月7日であること。

 

「どう? ロマンチックでしょ!」

「一年に一度だけ会える……素敵です!」

 

 ルーシィに同意し、ウェンディは目を輝かせる。テューズに関してはそうなんだ程度にしか感じなかった話だが、少女達からすると乙女心をくすぐる話だったらしい。

 

「それにしても、よくそんな事知ってたわね。七夕なんて、何処かで聞いたことあるくらいだったけど」

「クリスマスなどに比べてかなり小さな行事と認識していました。現に、当日である今日になってもあまり耳にしませんし」

 

 七夕というイベントは、あまり世間に浸透してはいなかった。フィールの言葉通り、今日が七夕当日だというのに街は普段と変わらない。

 こういったイベント行事が好きであろう妖精の尻尾(このギルド)も、これといって騒ぎ立ててはいなかった。

 

「ほら、私って星霊魔導士だから、星について色々調べてるの」

 

 照れくさそうに笑うルーシィから星霊への深い思いを感じ、テューズ達は自然と頬が緩む。

 七夕は天の川について調べている時に知ったのだと補足し、ルーシィはでも……と言って視線を落とした。

 

「折角だから今夜はみんなで集まろうって話をしてたのに、ナツったら気が乗らないからオレはいいとか言って来ないのよね……」

 

 こういうの好きそうだと思ったのにとルーシィは愚痴を零していたが、テューズには何となくナツの気持ちが理解できた。

 7月7日はナツのようにドラゴンに育てられた滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)からすると、大切な親と離れ離れになった、あまりいい思い出があるとは言えない日になっていたから。

 

「ウェンディ達は来れる?」

「問題ないですよ。ね?」

「……ウェンディが行くなら仕方ないわね」

 

 ウェンディに続き、シャルルの参加も決まる。フィールからどうするのかという視線を送られていたテューズも、頷いて参加する事を示す。

 正直に言うと、ナツ同様気が乗らないという思いはあった。しかし折角の誘いを断るのも気が引けるし、何よりいい気分転換になりそうだ。

 そんな思考があっての判断、ルーシィは彼女らの参加に手を合わせて喜んだ。

 

「集合は夜、場所は私の家だからね。それじゃ私、もう一回ナツ誘ってくる!」

 

 そう告げたルーシィはギルドを飛び出していき、残されたテューズ達は夜までの時間潰しも兼ね、依頼板から手頃な仕事を探して受注する。

 手に取ったのは猫探しの依頼。最近は専らこのような仕事ばかりを受けていた。

 こんな雑用を魔導士に頼むなと不服を漏らす者もいるが、魔導士も仕事がなければ生活できない。

 故にこのような小さな仕事も数多くギルドに寄せられており、戦闘能力の低いテューズ達のような魔導士からすると安全にお金を稼げるありがたい仕事となっていた。

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 夜空に星が輝き始めた頃、マグノリアの街を歩く少年は頬の傷を摩りながら溜息をついた。

 原因は受注した猫探しの依頼。

 ウェンディのお陰で傷は癒えたが、今日の出来事を振り返ると溜息をつかずにはいられなかった。

 

「大丈夫? まだ何処か痛む?」

「いや、それはもう大丈夫……」

 

 心配してくるウェンディに苦笑と共にそう返し、テューズは先程の事を思い返す。

 探していた猫を見つけたあの時、テューズはつい気が緩んでしまっていた。故に何かに躓いてしまい、猫の尻尾を踏んでしまった。

 それからは大変だった。

 屋根から屋根へと飛び移る猫を追って屋根から転げ落ちたり、捕まえようと飛び込んだものの見事に躱され、頭から地面に衝突したり、捕まえたと思ったら頬に3本線の切り傷を付けられたりと、それはもう大変だった。

 其の癖猫は尻尾を踏んだテューズから逃げていただけだったようで、ウェンディが呼びかけると自分から寄ってきて大人しく捕まったのだ。

 一体自分は何のためにあんな苦労をしたのかと思うと、一気に疲れが押し寄せてきた。

 

「シャキッとしなさい。もうルーシィの家に着くわよ」

「……はーい」

 

 シャルルの言葉に不服そうに唇を尖らせたテューズだったが、こんな暗い表情を見せて盛り下げる訳にもいかない為、自身の両頬を挟むように叩いて気を取り直す。

 そうこうしてる間にルーシィの家に到着したようで、窓からは明かりと共に騒ぐ声が漏れていた。

 如何やら、ルーシィはナツを誘う事に成功したらしい。

 扉をノックして少し待つと、ルーシィによって家の中に招き入れられる。

 

「いらっしゃい、みんな!」

「「「お邪魔します」」」

「邪魔するわよ」

 

 笑顔で出迎えるルーシィに頭を下げたテューズ達に気づき、グレイはここに座れと手を招いた。

 

「まぁ適当にくつろいでくれや」

「いやぁわりぃな、こんな汚い家で」

「ここ私の家! 私の台詞! てか汚くしたのあんた!!」

 

 まるでここが自分の家であるかのように振る舞うグレイとナツにルーシィが吠えるが、二人は全く気にしていない。

 反省する様子もなく料理を食い散らかすナツにルーシィは頭を押さえ、そんなルーシィにテューズ達は同情の視線を送った。

 

「ん、ウェンディ達も来ていたのか?」

 

 後ろから声をかけられ、ウェンディ達は振り返る。

 そこに居たのは、パジャマ姿で濡れた髪をタオルで拭くエルザだった。

 お風呂上がりのようで、エルザの頬は紅潮し体からは湯気が出ているように見える。

 

「ちょっとエルザ!? また私の家のお風呂勝手に入ったの!?」

「あぁ、いい湯加減だったぞ」

 

 ルーシィにそう返したエルザは片手で頭を拭きながら、ルーシィの横を素通りしてベッドに腰をかけた。

 

「ウェンディ達も今日は寛いでくれ」

「だからそれ私のセリフだから! それにあんた達は寛ぎ過ぎよ!」

 

 自由奔放なナツ達に振り回され、息切れを起こしたルーシィは肩で息をしながらゆっくりと振り返る。

 

「……まぁ、ゆっくりしていってね」

 

 そう言って笑いかけるルーシィは既に疲労の色が見えた。

 しかし、その表情は相も変わらず騒ぎ続けるナツ達に視線が向けられた時には微笑みへと姿を消していた。

 

「いつまでそこで突っ立ってんだ。こっち座れよ」

 

 手招きするグレイに従ってテューズが隣に腰を下ろすと、グレイはテューズの皿に次々と料理を持っていく。

 食べ切れないであろう量が盛られていき、顔を引き攣らせたテューズはグレイにこんなには食べられないですよと訴えかける。

 しかしそんな訴えは意味をなさず、ちゃんと食わなきゃでかくならねぇぞとグレイの手は止まらなかった。

 

「肉ばかりじゃないですか……テューズに食べさせるのであれば、もっと栄養バランスを考えてください」

「大丈夫大丈夫、こんくらい問題ねぇだろ」

「なっ!? こういった少しの積み重ねが──いえ、もういいです。言うだけ無駄でしょうね……」

 

 次のテューズの食事は野菜を山盛りにしなくてはと密かに誓い、フィールはグレイから視線を逸らす。

 そうして視線を逸らした先、テーブルに並んだ料理の横に何枚かの小さな紙が置かれている事に気づいた。

 一枚一枚色の違うそれらをどのような用途で使うのか想像が出来ず、フィールはルーシィに対して疑問をぶつけてみる。

 

「ルーシィ、この紙は一体……?」

「うん? あぁそれね。短冊っていって、それに願いを書いて笹に飾るとその願いが叶うらしいの。後でみんなで書こうと思ってたんだ」

 

 既に短冊がついた笹を手に取り、ルーシィは見本としてみんなにそれを見せる。

 願い事こそ書かれていなかったが、様々な色の短冊が飾り付けられた笹は鮮やかなものだった。

 

「ねぇねぇルーシィ、ルーシィは短冊に何を書いたの?」

「ひ・み・つ」

「うげぇ」

 

 艶かしい表情でウインクをしたルーシィを見て、ハッピーは苦虫を噛み潰したかのように顔を顰めた。

 

「うげぇって何よ。うげぇって!」

「オイラそんな事言ってないよ?」

「あんたの記憶力はどうなってんのよ!」

「あい、オイラ猫ですから。猫の記憶力です」

 

 涼しい表情でしらを切るハッピーに青筋を立て、ルーシィはワナワナと震える拳を握りしめる。

 笑顔を貼り付けたルーシィと目が合い、その拳が何処に飛んでくるのかを察したハッピーは急いでナツの下へと駆け寄った。

 

「ナツゥ! ルーシィがいじめるよ!」

「そのくらいにしてやれよ。ハッピーが可哀想だぞー」

「私が悪いのかしら!?」

 

 ルーシィにそう述べたナツは笑いながら料理に手を伸ばし、ルーシィは眉間を押さえた。もう慣れたことではあるが、自由すぎる。

 ハッピーはシャルルへのアプローチへ向かっており、もうルーシィの事は忘れている様子。

 その様子に聊かの苛立ちを覚えながら振り向いたルーシィの視界には、下着しか着用していないグレイが飛び込んできた。

 

「おいルーシィ、この短冊ってやつなんだが──」

「ちょッ!? あんたは私の家で服を脱ぐな!!」

「うぉ!? いつの間に!?」

 

 自身の格好を見て驚愕するグレイを横目に、ルーシィはその奥へ視線を向ける。

 そこにあったのは脱ぎ散らかされたグレイの服。いい加減人の家で脱ぎ散らかすのはやめて欲しい。

 などと考えていたルーシィは、もう一度グレイに視線を戻した。昔は平然とパンツ一丁でいる彼に面食らっていたが、今となっては慣れたもの。慣れたくはなかったのだが。

 

「この短冊ってやつ、もう書いちまってもいいのか?」

「え? まぁ別にいいけど」

 

 ルーシィから返答を受け、グレイは席に戻ると筆を持って短冊を見つめる。

 そのグレイに続き、テューズ達も短冊を手に取った。

 

(願い事……か。どうしようかな)

 

 願い事と言っても、所詮は風習。書けば絶対に叶うなど、魔法の存在するこの世界でもあり得ない。

 しかし、だからと言って真面目に考えないわけではないのだ。皆、悩みながらもそれぞれの願いを短冊に記し、ルーシィに手渡す。

 それを受け取ったルーシィは、それらの願いが叶うよう祈りを込め、一つ一つ丁寧に笹へと飾り付けていく。

 

「叶うといいね、シャルル」

「……そうね」

 

 ウェンディから目を逸らし、シャルルは笹を見つめる。

 願いが込められた短冊が一つ飾り付けられれば、笹には一つ色が増える。赤や黄色、色とりどりの願い()を纏った笹を見ていると、不思議と願いが叶うのではないかと夢想していまう。

 こんな事をしたところで、現実は変わらない。だがそれでも願ってしまうのだ。使命も何も忘れて、この先も彼女達と平和に生きていきたいと。

 

(……馬鹿ね)

 

 自嘲気味に笑うシャルルが何気なく空を見る。そして、その先に広がる景色に目を奪われた。

 

「あ! みんなあれ見て!」

 

 シャルル同様、夜空を見上げていたルーシィが興奮気味に指を差す。

 黒く染まった空には星々が宝石のように輝く中、一際大きな存在感を放つのは雲状の光の帯。

 

「あれが天の川か。絶景だな」

「でしょでしょ! それで、あれが織姫!」

 

 緋色の髪を耳にかけ、夜空を眺めるエルザにルーシィは目に見える星座について解説していく。

 目を輝かせる彼女達の横で空を見上げていたシャルルは、気配に気づき振り返った。

 

「この先も、ウェンディ達と居られるように……叶うといいですね」

「……人の短冊を盗み見るなんて、いい趣味してるわね」

 

 笑顔でそう言ってきたフィールに悪態を吐き、シャルルは逃げるように再び夜空に視線を戻す。

 嫌な言い方をした。と心の中で溜息をついたシャルルの隣に立ち、フィールはシャルルの横顔をジッと見つめる。

 そして、クスリと笑みを溢した。

 

「その顔を見れば、何を書いたかなんてものは大体の予想がつきますよ。私も、同じようなものですから」

 

 そう告げると、フィールもシャルルと同じ方向を見つめる。

 乞い願わくは、どうかこれ以上二つの世界が交わりませんように。どうか、この使命が果たされることがありませんように。

 力のない自分達では、有事の際にテューズ達を守り通せる保証はない。だからこそ切に願う。無力な自分を呪いながら。

 

「テューズは短冊になんて書いたの?」

「……言わなくても分かるでしょ?」

 

 苦笑を浮かべたテューズが言葉を返すと、ウェンディは言われた通り、彼が何を書いたのかを察して目を伏せる。

 7月7日。どれだけ仲間と騒いだところで、嫌が応にも思い出さずにはいられない。

 消えたドラゴンの行方は未だに何一つ分からないまま、月日だけが流れていく。一体どこで何をしているのか。そもそも生きていてくれているのか。

 7年間も探し続けているが、手がかりと言えるものは何一つとして見つからなかった。

 

「もう7年だもんね……」

 

 歳月が流れるのは早いもの。気づけばドラゴンに育てられた期間より、ドラゴンを探している期間の方が多くなっている。

 いつになったら再会できるのか。もうこのまま会えないのではないか。思考が段々と後向きに変わっていき、テューズは気持ちを切り替えようと両頬を挟むようにして叩いた。

 そうして顔を上げると、引き込まれそうなほど綺麗な星々が目に入る

 何処かにいるであろうリヴァルターニも、同じようにこの空を見ているのだろうか。

 

「……会いたいな」

 

 ボソリと零れ落ちるように呟かれた、本人でさえも気づかない程に小さな言葉は、誰の耳にも入らなかった。

 

 

 

 

 深く、冷たく、暗い深淵。世界を水が満たす深海の世界。

 海底から上昇してくる気泡達と幾度となくすれ違いながら、小さな光は下を目指して潜っていく。

 この暗い世界には不釣り合いのように思える、まるで妖精のようなその光。

 途方もない深さをひたすら潜り続け、漸く目的地へ辿り着いた光はその場で漂い揺々と辺りを照らす。

 

「……何の用だ」

 

 暗闇の底から、不機嫌そうな声と共に鋭い眼光が光に向けられた。常人であれば思わず息を飲むようなプレッシャー。

 明らかに自分の訪れを歓迎していないであろうその様子に、光からは溜息が落とされた。

 

『用がなければ話すことも許されないのかしら? 私と貴方の仲でしょう?』

「黙れ。我々の干渉は禁じられている。それは貴様もよく知っているだろう」

 

 はっきりと言葉にはされなかったが、犇々と伝わってくるここから出て行けという明確な拒絶に、光は悲しそうに揺らめく。

 

『私としては、また貴方と昔みたいに仲良くしたいのだけれど……リヴァルターニ』

「戯言を……くどいぞ、グランディーネ」

 

 リヴァルターニの眉間に皺が寄り、静かな世界に乾いた舌打ちが響いた。グランディーネの声が、口調が、光が、リヴァルターニの神経を逆撫でする。

 

『残念だわ。本当にね……』

「……とっとと用件を話せ。さもなくば今すぐに消えろ」

 

 これ以上無駄口を叩けばリヴァルターニは力尽くでグランディーネをここから叩き出すだろう。

 その事を察し、グランディーネは大人しく目的であった疑問を口にした。

 

『あの子達はこの時代に来て誰よりも早く合流したわ。あの時点で、他の子供達はまだ散り散りになったままだった。あの出会いは、偶然によるものかしら? それとも、私達の魔法による必然?』

「……そんな下らん事を言いに来たのか」

『下らなくなんてないわよ。少なくとも、私やウェンディにとっては』

 

 グランディーネの疑問に対し、返ってきたのは溜息混じりの呆れ声。その反応にグランディーネは幾許か腹を立てる。

 見えているのは光だけだというのに、むっと口を結ぶ彼女の姿が頭に浮かんでリヴァルターニは思わず眉間を押さえた。

 実に下らない。態々禁じられている干渉をしてまで聞くことなのだろうか。

 何かもっと重大な用件だと内心構えていたリヴァルターニは、全身から力が抜けていくのを感じながら、宙に漂い答えを待っているグランディーネに言葉を返した。

 

「魔法自体はあの子達に受け継がれたが、あの特性は別だろう。私達の魔力にある互いを引き寄せ合う性質。これは私達故のものだ」

『……そう。貴方の意見が聞けてよかったわ。あの子達の再会が私達の影響によるものなんて可哀想だもの』 

「可哀想……? 解せんな」

『ロマンというものよ』

 

 クスクスと笑う声に不快感を隠す事なく舌を鳴らし、気を悪くしたかしら? と揶揄うように尋ねてくるグランディーネをキツく睨む。

 彼が人間であったのなら、その額には筋が立っているだろう。

 

「……用はこれだけか?」

『えぇ。これだけよ』

 

 今度はリヴァルターニの問いにグランディーネが答え、たったこれだけの為に約束を破っておきながら一切悪びれる様子のない彼女に、リヴァルターニは怒りを通り越して呆れを覚えた。

 

「ならばもう消えよ。目障りだ」

『あら残念……ふふ、また来るわ。リヴァルターニ』

 

 そう告げると、光は心なしか満足そうな様子で上に向かって浮遊して行く。

 事実、グランディーネは非常に満足していた。あの問いとは別にある、本当の目的を達することが出来たから。

 リヴァルターニの意見を聞きたかった事は紛れもない事実だが、リヴァルターニの意見と彼女の意見は全くの同じ。既に自分の中に答えを持っていた。

 つまり、本当に態々聞きに行く程の事でもなかったのだ。

 彼女の本当の目的は、それを口実にリヴァルターニと話すこと。以前のような関係の修復とまでは到底出来なさそうではあったが、最悪という訳でもない。

 まだ可能性はある。それを知ることが出来ただけでも十分な収穫だった。

 

『……またね』

 

 振り返ると小さく独りごち、ずっと奥深くにいる竜に対して、まるでウェンディに向けるかのような親愛の眼差しを送る。

 そうして光は、次に会える機会を心待ちにして消えていった。







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エドラス編
アースランド


「二人とも、だいぶこのギルドに慣れてきたみたいね」

 

 ギルドにやって来たルーシィは、上着を脱ぎながら最近加入したウェンディ達を気にかけて声をかける。

 談笑していたウェンディ達からは、笑顔と共に元気の良い返事が返って来た。

 

「みなさんのお陰です」

「仕事もそこそこしてるから、生活の方も大丈夫そうだしね」

 

 シャルルの言葉に、ルーシィの動きが止まる。何を隠そう、生活費がピンチなのだ。

 思い出したくない事を思い出してしまい、ルーシィは身震いするとがくりと肩を落とした。

 

「家賃が……うぅ、仕事行かなきゃ……」

「いい年齢ですし、貯金くらいしておいたらどうなんですか?」

「出来たらとっくにしてるわよ!」

 

 フィールの指摘に、ルーシィは悲痛な叫びを上げる。

 確かに趣味に使っている分もあるが、決して多くのお金を使っている訳ではなく人並みくらいだろう。仕事量も他の者達より少ない訳ではない。

 であるのに、何故こうも金欠に陥ってしまうのか。それは彼女のチームの影響が大きかった。

 戦闘能力に長けたナツ達が多い為、彼らの仕事はその殆どが戦闘関連。仕事に行って戦闘が起こらなかったことなど、滅多になかった。

 危険な仕事故に報酬もそれだけ高額になるのだが、彼らの場合は違う。

 高額な報酬を受けたところで、その大半は戦闘時に起こした街の破壊などの弁償代として報酬から引かれてしまう。

 決して全額払うというわけではないのだが、それでも元の額と比べると手元に残るのは雀の涙程度。それを等分割するのだから、収入として得られる金額は心許ないものだった。

 ナツ達は一人一人が高い戦闘能力を持っているため個人での仕事が出来るが、彼らとは違いルーシィはまだ一人で仕事に行くには不安が残るのだ。

 

「たまにはどこも壊さずに仕事をしてほしいわ……」

 

 哀愁を漂わせながら愚痴るルーシィにかける言葉が見つからず、テューズ達は苦笑を浮かべる。

 そんな時、ギルドの扉が勢いよく開かれた。

 

「「大変だ!!」」

 

 慌てた様子で飛び込んできたマックスとウォーレン。何事かとギルドの全員が2人に視線を向けた時、マグノリア中に鐘の音が鳴り響いた。

 

「鐘の音?」

「なんでしょかね?」

 

 何かを知らせる為なのだろうが、それが何なのかが分からない。切りのいい時間でもないことから時刻を知らせるものでもない。

 この街に来てまだ短いテューズは初めての事に疑問符を浮かべ、フィールと顔を見合わせる。

 その一方で、この鐘の音を知っているらしいナツ達は思わず立ち上がり、その瞳を輝かせていた。

 

「この鳴らし方は……!?」

「まさか……!」

「「「ギルダーツだぁ!!!」」」

 

 興奮気味にその名が叫ばれたギルダーツという人物。

 初めて耳にした名前にテューズが首を傾げていると、ルーシィによってギルダーツはギルド最強の魔導士なのだと説明が成された。

 

「まぁ、私も会った事ないんだけど…」

「最強の……魔導士……!」

 

 まだ年端もいかない少年にとって、最強という肩書は魅力的なもの。ギルダーツとは一体どのような人物なのだろうかと、ソワソワと落ち着きのない様子でテューズは期待に胸を膨らませる。

 そんなテューズを見て、フィールは穏やかな笑みを湛えた。

 

「テューズ、随分と期待しているようですね」

「うん! だって最強の魔導士だよ? 楽しみだな……!」

「……それは別にどうでもいいけど、この騒ぎようはなんなの?」

 

 ギルダーツの帰還に、ギルドの魔導士達は酒を片手に歓声を上げている。

 人間が飛び交う程の盛り上がりを見せるギルドは、歓声によって建物が震えるのではないかと思ってしまう程に賑やかだ。

 

「お祭りみたいだね、シャルル」

「ホントに騒がしいギルドね……」

「皆が騒ぐのも無理ないわ……3年振りだもん、帰ってくるの」

 

 突然の声に振り返ると、そこにいたのは和やかなな表情のミラだった。

 3年も帰っていなかったという情報に驚愕し、その間一体何をしたいなのかとルーシィが問いを投げる。

 

「勿論仕事よ? S級クエストの上にSS級クエストってのがあるんだけど、その更に上に10年クエストって言われる仕事があるの。10年間、誰も達成した者はいない……だから"10年クエスト"。ギルダーツはその更に上、100年クエストに行ってたのよ」

 

 ギルドの中でも、限られた選りすぐりの実力者のみが受ける事の出来るS級クエスト。

 それでさえエルザ程の実力者であることが最低条件となる高難度の仕事だと言うのに、その上の更に上。それさえも超えた超高難度。

 名前から分かる通り、100年という長い年月を経ても誰一人として達成出来なかった仕事なのだ。

 どれほど難しく危険なのか、想像することすら叶わないほど規格外の話に、ルーシィは汗を滲ませた。

 

『マグノリアをギルダーツシフトへ変えます。町民の皆さん、速やかに所定の位置へ!』

 

 次元の違う話に愕然としていたルーシィ達の耳朶を震わせたのは、繰り返し街中に響くアナウンス。

 我に返った彼らに浮かんだのは、知らない言葉により齎される再三に渡る疑問。

 

「あの、ギルダーツシフトって……?」

「外に出てみれば分かるわよ」

 

 ミラに促され、外に出たテューズ達は驚くべき光景を目にした。

 街中の建物が、否、街そのものが地響きを立てて変形を始めていた。建物を支える大地ごと二つに分かれ、ギルドまで続く一本の大きな道となった。

 

「ま、街が……割れたぁぁっ!?」

「なんなのよこれ!?」

「はぁ……頭が痛くなってきました」

 

 まさか街が変形するなど、誰が予想出来るだろうか。

 想定外のスケールににシャルルは目を見開いて額に汗を浮かべ、フィールは呆れのあまり頭痛を覚えていた。

 

「ど、どうして道が……?」

「ギルダーツは触れたものを粉々にする魔法を使うんだけど、ボーッとしてると民家も突き破って歩いて来ちゃうの」

 

 詰まる所、ギルダーツたった一人の為だけに街一つを丸ごと改造したという事。

 一人の男と一つの街を天秤にかけたなら、当然街に重きが置かれる。しかし、ギルダーツの場合ギルダーツではなくマグノリアの改善が行われた。

 普通ならあり得ない。だがそうまでされる程にギルダーツという男は強力で、大きな影響力を持っているのだ。

 

「どんだけバカなの!? そのために街を改造したってこと!?」

「凄いね、シャルル!」

「そうね……凄いバカ……」

 

 ギルダーツへの期待を募らせるウェンディと、嘆息するシャルル。その隣で街を注視していたテューズは、その並外れた視力を以ってしてギルドへと歩いてくる一つの人影を捉えていた。

 

「来たぁぁぁ!!」

「あい!!」

 

 同じく卓越した視力を持つナツもギルダーツの姿を捉えており、興奮気味に叫びを上げる。

 ナツの叫びによって他の者達もギルダーツへと視線を向け、ギルド全員から憧憬の眼差しを一身に受けながら、ガシャガシャと重厚音を鳴らして歩くその男は遂にギルドの扉を潜った。

 茶色い髪をオールバックにした男はゆっくりと辺りを見渡すと僅かに視線を落とし、小さく溜息を落とした。

 

「ギルダーツ! オレと勝負しろ!」

「いきなりそれかよ!?」

 

 ギルダーツがギルドに到着するや否や、早速ナツが勝負を吹っかける。それに驚き、まずは労ってやれよと漏らすエルフマン。

 だがしかし、ギルダーツは喧嘩を吹っかけてきたナツには一目もくれず、ギルダーツを出迎えるミラの方へと目を向ける。

 

「お帰りなさい」

「ん? お嬢さん、確かこの辺りに妖精の尻尾ってギルドがあったはずなんだが……」

「ここよ。それに私、ミラジェーン」

「ミラ……?」

 

 小首を傾げたギルダーツの脳裏に浮かんだのは、記憶の中にいる生意気そうに口角を上げた少女の顔。

 目の前にいるミラと名乗った人物と比較すると、表情や雰囲気は別人と言っていいレベルだが、確かに同一人物だと分かった。

 その変貌ぶりに息を呑んだギルダーツは、目を見開いてミラの肩に手を乗せる。

 

「随分変わったなァ! お前! つーかギルド新しくなったのかよ!」

 

 子どものようにキョロキョロとギルドを見回すギルダーツ。そんな彼に突進していく影が一つ。

 

「ギルダーツ!」

「おぉ、ナツか! 久し振りだなァ!」

「オレと勝負しろって言ってんだろー!!」

 

 3年振りの再会。成長した少年の姿に嬉しそうな笑みを浮かべ、再会を喜ぶギルダーツにナツは飛びかかっていく。

 猪の如く突進して来るナツに、ギルダーツは片手を向ける。

 

「また今度な」

 

 一言だけ返し、笑みを浮かべたギルダーツ。それを見た刹那にナツの視点は変わり、気づいた時、ナツの視界が捉えたのはギルダーツの頭頂部だった。

 いつの間にやら天井にめり込む程に投げ飛ばされたナツは呆気に取られたが、ギルダーツに瞬殺されるなど昔と変わらぬいつものこと。

 悔しがる訳でもなく、改めて示された格の違いに胸を躍らせるナツは辺りを見渡すギルダーツを天井から眺めていた。

 

「や、やっぱ、超強ェや……!」

 

 暫く見ない内に、あの小さかった子ども達(ガキ共)が随分と成長したものだ。

 そんな事を考えて懐かしさに浸るギルダーツと視線が合い、テューズは背筋が伸びるのを感じた。

 

「……いやぁ、見ねぇ顔もあるし、ホントに変わったな……」

 

 そんなテューズの様子に気づいていないギルダーツは、呼び掛けられた声に振り返る。

 その先にいたのは、神妙な面持ちでカウンターに腰をかけるマカロフだった。

 

「おう! マスター、久し振り!」

「……仕事の方は?」

 

 マカロフの問いに対して、ギルダーツは後頭部に手を添えるとまるで何かを誤魔化すかのように呵呵大笑する。

 突然笑い出したギルダーツに周囲の者達は首を傾げたが、ただ一人、マカロフだけはその結果を察して諦めるように瞼を閉じた。

 一頻り笑ったギルダーツは足りなくなった空気を大きく吸い込み、吐き出す。そうして、今度は困ったような笑みを浮かべた。

 

「……ダメだ。オレじゃ無理だわ」

 

 その一言に衝撃が走った。

 100年もの間達成されない程に困難だということは分かっていたが、こうして無事に帰ってきたギルダーツを見てギルドの者達はきっと達成してきたのだろうと無意識に思い込んでいたのだ。

 だがしかし、結果は違った。

 

「そうか……ぬしでも無理か」

「すまねぇ、名を汚しちまったな」

 

 残念そうに言葉を落としたマカロフに、ギルダーツは頭を下げる。

 するとマカロフは静かに首を横に振り、笑みを浮かべるとギルダーツに優しく言葉をかけた。

 

「いや、無事に帰って来ただけで良いわ。ワシが知る限り、このクエストから帰って来たのはぬしが初めてじゃ」

 

 マカロフから労いの言葉をかけられ、ギルダーツは心なしか纏う雰囲気が穏やかに変わり、マカロフに背を向けるとヒラヒラと片手を振る。

 

「オレは休みてぇから帰るわ……ひぃ…疲れた疲れた」

 

 去り際、ナツに対して後で家に来るようにと言い残し、ギルダーツはギルドから去って行く。

 最短ルートで帰るつもりなのか、それともただ単にボーッとしていただけなのか、ギルダーツはギルドの壁を壊して行ってしまった。

 後に残った瓦礫の山を呆然と眺めながら、テューズは己の中に沸き立つ何かを感じていた。

 

(あれが最強の魔導士……!)

 

 一見するとただのおじさんのように見えてしまうが、ナツを一瞬で退けた実力や、所々の所作から滲み出る強者の風格。

 聖十の称号こそ持っていないが、以前出会ったジュラと比較しても決して劣らないだろう。いや、或いはジュラ以上だろうか。

 圧倒的な経験不足から他人の強さを正確に測る、ということはテューズにはできない。だが実際に、ギルダーツの実力はジュラと比べて遜色ないどころか、勝っているだろう。

 妖精の尻尾最強の魔導士。それを前にしてテューズが感じたのは憧れ。そして不安。

 自分も強くなりたいと強く思う一方で、自分なんかがあそこまで強くなれるのか? という不安はどうしても頭を過ってしまう。

 

「ねぇフィール、僕もあんな風に強くなれるのかな? ……戦えるのかな……?」 

「強くなる必要なんてありませんよ。貴方とウェンディは、私が必ず守りますから……絶対に」

 

 フィールからの返答。守るというその言葉がテューズに齎したのは、安心感などではなく胸騒ぎ。

 険しい顔や口調から、強迫観念に近い何かを感じ取った。

 

「じゃあ、僕もフィールを守るよ。ちゃんと強くなる」

「そういう問題では──いえ、何でもないです……」

 

 喉元まで出かけた訂正の言葉を飲み込み、俯くフィール。彼女の様子を見ていたテューズは悲しげに眉を寄せた。

 聡明な彼女には珍しく、自分の意思は伝わらなかったのだろうと。

 本当に言いたかったことは、それほどまでに気負わないで欲しいということ。長い付き合いなのだから、今のフィールに余裕がなかったことくらいはテューズにも容易に見抜くことができた。

 いつもならテューズの意図を組むことが出来たフィールだが、今はそれすらも出来ていない。

 

(……隠し事が原因……かな?)

 

 フィールとシャルル。この二人が何かを隠していることは、テューズもウェンディも感覚的にではあるが察していた。

 だからといってそれを追求するようなことはしないし、フィール達が話すべきでないと判断しているならそれでも良いと思っている。

 だがそれが原因で支障をきたしているというのであれば、力になりたいとも思ってしまう。

 故に、打ち明けて欲しいという思いも強まってしまうのだ。

 

「フィール、何かあったら言ってね?」

「……えぇ、勿論」

 

 言葉とは裏腹に、フィールは避けるようにして顔を背ける。

 それはまるで苦しんでいるようで、テューズはそれ以上何もいえなかった。

 

 

 

 

 それから数日後。仕事に行くわけでもなく、ギルドでテューズ達と談笑していたルーシィはたった今聞いた日付に首を傾げた。

 

「777年7月7日?」

「私達に滅竜魔法を教えたドラゴンは、同じ日にいなくなってるんです」

 

 777年7月7日。7で揃えられた日付と複数のドラゴンが消えた事、偶然の一致とは思えず、ルーシィはこの日付と何か関係があるのではと考えを巡らせる。

 

「そういえば、前にナツがガジルの竜も同じ日に姿を消したって言ってたかも……」

 

 結局出てきた記憶はその程度。これでは何の手掛かりにもならないと再び考えにふけるルーシィの隣で、フィールはマグカップを置くと顎に手を添える。

 

「私達の間では七夕などの行事がありますし、その日はドラゴン達にとっても何かの行事があったとか……?」

「行事ねぇ……ドラゴンの行事なんてあんまり想像つかないけど」

「うーん……遠足の日だったとか?」

 

 至って真面目な顔でそう述べたルーシィに、フィールとシャルルは顔を合わせるとルーシィに対して嘆息と共に呆れたような視線を向けた。

 

「ルーシィさんも、たまに変なこと言いますよね……」

「天然……なのかな……」

 

 テューズとウェンディもルーシィのずれた意見に苦笑を浮かべていると、身の丈ほどの大きさがある魚を持ったハッピーが満面の笑みで駆け寄ってきた。

 

「シャルル〜! これ、オイラが獲った魚なんだ。シャルルにあげようと思って……」

 

 緊張するハッピーが差し出した魚にはプレゼント用にリボンで装飾されている。

 だがしかし、ハッピーのアプローチも虚しくシャルルはプイッと顔を背ける。

 

「いらないわよ。私、魚嫌いなの」

「そっか……じゃあ何が好き? オイラ今度──」

「──うるさい!! ……私につきまとわないで」

 

 ハッピーを明確に拒絶し、そう吐き捨てたシャルルは鼻を鳴らしてその場を後にしようとする。

 その酷な対応にウェンディが苦言を呈するが、シャルルは振り返る事なくそのままギルドから出て行ってしまった。

 

「あ! 待ってシャルルー!」

 

 ルーシィがハッピーを心配そうに見つめる中、強い拒絶にたじろいでいたハッピーだったが、シャルルの姿が見えなくなるとすぐにその後を追って行った。

 

「シャルル……どうしてあんなにハッピーの事……」

「……理由もなく嫌いになんてなりませんよ」

 

 悲しそうに呟いたテューズにそう返し、フィールはハッピーの後姿を見つめる。

 だが、その視線は好ましいものではなく、フィールのハッピーに対する評価が決して高くはない事を示していた。

 大切な仲間であるハッピーに良い感情を抱いていないことを察し、ルーシィは眉を顰める。

 

「じゃあどんな理由があるのよ? ハッピーが何したっての?」

「……何をした、と言うより、何もしていない……いえ、何も知らないから……ですかね」

 

 いまいち要領を得ない答えに、ルーシィだけでなくテューズ達も首を傾げる。その様子を一瞥すると、フィールは特に補足する訳でもなくそのまま話を続ける為口を開く。

 

「私もシャルルも、本当の意味でハッピーを嫌っている訳ではないんです……これは嫌悪というよりも……」

 

 嫉妬、なのだろう。

 その言葉を飲み込み、歯軋りをしたフィールはシャルルを追うと言って翼を広げて飛び立って行った。

 突然飛び立った親友にテューズが手を伸ばすが、届くはずもなくその手は空を切る。

 

「やっぱり、シャルル達の様子って……」

「……秘密にしてる"何か"が関係してるだろうね」

 

 ギルドに来てから、否、ハッピーと出会ってから二人の様子はどこかおかしい。

 ハッピーを見ることで自身の立場を再認識させられ、まるで見えない何かを警戒する様にピリピリと張り詰めていた。

 だがテューズ達がそこまで知っているはずもなく、彼らは気を張り詰めている親友達を案じて彼女らの去って行った先を眺める。

 

「……雨、降りそうですね」

 

 ついさっきまで燦々と輝いていた太陽はゴロゴロと音を立てる黒雲に身を隠し、誰の目から見ても天気が崩れるのは明らかだった。

 そんな空模様を眺め、ルーシィは突然音を立てて立ち上がる。

 

「ちょっと!? シャルル達って傘持ってないわよね!? 風邪引いちゃうんじゃない!?」

 

 ルーシィの言葉に目を見開く二人。数瞬の沈黙の後、二人は勢いよくギルドから飛び出して行った。

 

「ちょっ!? 二人とも傘! ……行っちゃった」

 

 余程心配なのか体ひとつで駆け出した二人の背中にルーシィが声をかけるも、聞こえていないのかその背中はすぐに見えなくなってしまい、一人取り残されたルーシィは静かにその場に立ち尽くした。

 

 

 

 

「シャルルー!」

「フィールー!」

 

 降り頻る雨音にかき消されぬよう、ウェンディとテューズは声を振り絞って二人を探す。

 傘も持たずに飛び出した二人は体中を雨に濡らされており、テューズは雨を吸収して重みを増し、額にピッタリと張り付いた邪魔な前髪を掻き分ける。

 そうして目を凝らした先に、二つの影を視認した。

 

「ウェンディ! あれ!」

「ッ! シャルル!」

 

 綺麗な毛並みが見る影もないほど雨に濡れているシャルル達の下へウェンディが駆け寄っていくと、シャルルは驚いたように瞬きをして薄目でウェンディを見る。

 

「あんた達、傘もささずに風邪引くわよ」

「シャルル達もでしょ!」

 

 膝を屈めて目線を合わせ、ウェンディは怒ってますと言わんばかりに頬を膨らませた。

 

「私達ギルドに入ったばかりなんだから、もっとみんなと仲良くしなきゃダメだと思うの」

「必要ないわよ。アンタ達がいれば私はいいの」

 

 ウェンディの意見を一蹴するとシャルルは顔を背けるようにそっぽを向き、その態度にウェンディは眉に皺を寄せる。

 心なしか先ほどよりも頬が膨らんだウェンディは、テューズからも何か言ってと振り返った。

 

「うーん……まぁ僕も仲良くした方がいいと思うけど……」

 

 歯切れの悪いテューズがチラリとフィールの様子を一瞥すると目が合うが、フィールは気まずそうに視線を逸らしてしまう。

 フィールとてテューズ達の迷惑にはなりたくないし、彼らが仲良くするよう望んでいるならその通りにしようとは思う。

 だが何も知らずに能天気に日常を満喫しているハッピーを見ると、それが羨ましく、妬ましく、どうしようもなく癪に触るのだ。

 自分達と違って姿の見えない脅威に怯えることなく、自身の使命に苦渋を味わうこともなく、心の底からナツとの日常を謳歌している。

 仲良くしようとしても、その感情を殺し切ることが出来なかった。

 

「善処は……します」

「そうしてくれると嬉しいけど、無理はしないで……ね……」

 

 優しく言葉をかけていたテューズだが、途中でフィールではない何かに意識が向いているようだった。

 目をまん丸くしたテューズの瞳はフィールを捉えておらず、そのずっと奥へと向けられている。

 一体何を見ているのかとフィールやウェンディが視線を向けると、そこにはこちらへ歩いてくる何者かの姿があった。

 

「……誰?」

 

 布で顔を覆い隠し、背に数本の杖を背負った男。

 正体不明の男をシャルル達が警戒していると、男はボソリとウェンディとテューズの名前を呟いた。

 

「……え?」

「その声……」

 

 男から発せられたのは、聞き覚えのある懐かしい声。雨のせいで匂いは消えてしまっているが、その声はテューズ達に敵か味方かも分からない男に対して安心感を覚えさせた。

 

「まさか君達が一緒にいて、しかもこのギルドに来るとは……」

 

 そう言った男は顔を覆っていた布を脱ぎ、素顔を晒す。その顔を見て、テューズ達は喫驚した。

 青い髪に、右目にある特徴的な紋章。この間再会した、記憶を失くした恩人と同じ顔。

 

「「ジェラール!?」」

「ど、どういう事!? アンタ確か……!」

「今は評議院に捕まっているはず……一体どうやって!?」

 

 そう。ジェラールという名の男は、確かに評議院に連行され捕らえられた。それはテューズ達もその目で見ている、間違い様のない事実。

 故に、ジェラールが目の前にいることが信じられなかった。脱獄したという知らせもない今現在、ジェラールの身柄は評議院によって厳重に拘束されている筈なのだから。

 

「それは私とは別の人物だ」

「そんな!?」

「でも、どう見たってジェラールだよ……!?」

「私は妖精の尻尾(フェアリーテイル )のミストガン。7年ほど前に君達と会った時はこの世界のことはよく知らず、ジェラールと名乗ってしまった」

 

 ミストガンの告白に、その場の全員が石のように固まった。

 "この世界"とミストガンは言った。まるでこことは別に世界があり、彼はその事を知っているような発言。

 彼の言葉に、シャルルとフィールは全身から嫌な汗が吹き出しているのを感じた。

 その様子にテューズ達は気づかない。彼らもまた、ミストガンの言葉に衝撃を受けていたからだ。

 7年ほど前、ジェラールと名乗る少年と出会った時のことをよく覚えている。ニルヴァーナの一件でジェラールはその記憶を失くしてしまったと思っていたが、それは間違いだった。

 同じ顔、同じ名前でも彼らは全くの別人。

 もう自分達の知るジェラールとは会えないと思い込んでいた分、その衝撃は凄まじい。

 

「じゃあ……あなたが僕達を助けてくれた……?」

 

 震える声で問いかけるテューズにミストガンが頷いて肯定を返すと、テューズは気の抜けたように座り込み、ウェンディは目に大粒の涙を浮かべた。

 

「ずっと……ずっと会いたかったんだよ……」

「会いにいけなくて、すまなかった」

 

 嗚咽を漏らしながら涙を拭うウェンディとテューズ。再会を嬉しく思うのはミストガンとて同じだが、残念な事にそれどころではない状況。その表情は険しいものに変わった。

 

「今は再会を喜ぶ時間はない。今すぐこの街を離れるんだ」

 

 そう告げたミストガンは、傷を負っていたのか顔を歪めて膝をつく。心配する二人を手で制すると、彼は悔しそうに唇を噛んだ。

 

「私の任務は失敗した……大きくなりすぎたアニマは、もはや私一人の力では抑えられない……間もなく、マグノリアは消滅する……!」

 

 空を睨むミストガンの言葉によって再会の喜びは吹き飛び、テューズ達は言葉を失った。

 この街が消滅する。到底信じられない話ではあるが、他でもないミストガン(ジェラール)の言葉だ。とても冗談とは思えない。

 しかし、そんな規模の話をはいそうですかと飲み込めるほど彼らは大人ではなかった。

 

「ど、どういうこと……? 全然意味分かんない……」

「消滅なんてそんな……本当なの?」

 

 どうか間違いであって欲しい。

 寒さからか、将又恐怖からか。体を震わせた二人の切実な願いは、いともたやすく絶たれてしまう。

 

「終わるんだ……消滅は既に確定している」

 

 はっきりと宣告され、その場に立ち尽くすウェンディ達にミストガンはせめて君達だけでも逃げて欲しいと懇願する。

 だが、それは2人には届かなかった。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル )は……!? ギルドのみんなはどうなるの!?」

「そうだよ! まだギルドにはみんなが──」

「全員……死ぬということだ……」

 

 諦めたように俯き、首を横に振ったミストガンはそう告げた。

 その答えを聞き、拳を握りしめた2人は踵を返してミストガンに背を向け、ギルドへと駆け出していく。

 

「みんなに知らせなきゃ!」

「よすんだ! もう時間がない! せめて、せめて君達だけでも──」

「──絶対嫌だ!!」

 

 悲痛な声を上げ、腕を伸ばしたミストガンは目を見開いた。

 振り返った2人の目には、彼の知っていた2人からは想像も出来ない強い意志が篭っている。

 

「このギルドに来て日は浅いけど、みんな大切な仲間なの!」

「仲間を見捨てるなんて死んでも嫌だ! 僕達だけ逃げるなんてあり得ない!」

 

 真っ直ぐな瞳に射抜かれ、ミストガンは言葉を発することが出来なかった。

 彼の中にいる2人はまだ幼く、泣き虫で、気が弱くて、誰かがついてあげなければならなくて。

 だが現実はどうだ。遠くなっていく2つの背中は、暫く見ない間にあんなにも大きくなった。

 あの2人が諦めないというのなら、自分もまた足掻こうではないか。

 小さく笑い、体に鞭を打って立ち上がったミストガンは2人とは反対方向へ歩き出す。

 

「ちょっとアンタ、どこいくつもり!?」

「二人を置いて逃げるつもりですか!?」

「違う。私は私に出来る限りのことをしてみる。妖精の尻尾(フェアリーテイル )の魔導士として」

 

 再び布を装着して顔を隠したミストガンは、シャルル達に2人を頼むと言い残して立ち去った。

 取り残されたシャルルとフィールは互いに顔を見合わせる。

 

「シャルル、もしかしてこれは私達のせいなんじゃ……」

「……だとしても、やる事は変わらないわ。私はウェンディ達を守る!」

 

 

 

 

 水飛沫を立てながら必死にギルドへ走る2人。その最中、何かに躓いたウェンディが転んでしまいテューズの足も止まる。

 

「私はいいから! みんなを!」

「ッ! 分かった!」

 

 頷いて走り出したテューズの姿を確認し、立ち上がろうとしたウェンディの瞳に異常な光景が飛び込んできた。

 水溜りに写る空模様。信じがたい光景に思わず上を見上げるが、自分の目で見ても異常な空は変わらない。

 

「なに……あれ……」

 

 空を覆う雲が渦を巻いて一つの大きな穴を作り出し、穴の先は闇に包まれていてどうなっているのかも分からない。

 その光景に胸騒ぎを覚えた刹那、穴の先で何かが光った。

 ミストガンの言う消滅まであと僅かだと悟り、ウェンディは目一杯の力で地面を蹴りギルドへと急ぐ。

 一方で、テューズもまた異常な空に気付いていた。折角ギルドに辿り着いたというのに、テューズはギルドの前で石のように固まってしまった。

 

「あれは……まずい! みんな!」

 

 本能的にあれが危険であると理解し、ギルドにいる仲間へ危険を知らせようと叫びを上げる。

 しかし、その声は突如発生した大きな風切り音に掻き消されてしまった。

 次の瞬間、テューズの視界が歪んだ。否、テューズの目の前にある、ギルドそのものが歪んだ。咄嗟に自分の手を見てみると、自分の手もギルド同様に歪んでいた。

 

「ぁ……あぁ……!」

 

 心臓の鼓動が早くなる。自分の体さえも歪んでしまっているという現実を目の当たりにして、正常な呼吸を保てない。

 先程まで耳朶を震わせていた風切り音は頭に入ってこず、代わりに荒い呼吸音が世界を支配した。初めて直面した死というものはとても恐ろしく、頭が真っ白になる。

 その時、頭の中に一つの声が響いてきた。

 

「テューズ!!」

 

 自身を呼ぶ声に振り返ると、そこに居たのは顔を真っ青に染めたウェンディ。

 バランスを崩しながらも必死に走り、手を伸ばしているウェンディにテューズもまた手を伸ばす。しかし、あと少しで届きそうという時に、テューズは謎の光に包まれた。

 構わず光に伸ばしたウェンディの手は何かに弾かれ、体もろとも吹き飛ばされる。

 尻餅をついたウェンディが目にしたのは、竜巻のようにして空の穴に吸い込まれるマグノリアだった。

 

「……うそ」

 

 次の瞬間には、目の前の光景は真っ白な平原に変わっていた。

 街など最初から無かったかのように、痕跡は何一つとして残されていない。

 マグノリアはミストガンの言葉通り、完全に消滅したのだ。

 

「……テューズ?」

 

 状況を理解出来ないウェンディがとった行動は、目の前で消えた少年を探す事。

 譫言のように少年の名を口にしながら、ウェンディは辺りを見回す。だが、幾ら探した所で真っ白な世界が広がっているだけだった。

 

「嫌……そんな……」

 

 幼い頃から共に過ごしてきた、兄弟のような少年が目の前で死んだ。

 受け入れられない現実にウェンディはその場にへたり込み、頬を伝う涙は真っ白な地面に吸い込まれる。

 

「何で……何で私だけここにいるの……? テューズも、街も、みんな消えちゃったのに……何で私だけ……!」

 

 震える手を見つめるウェンディには涙を拭う気力すら無く、心は完全に折られてしまった。

 そんな時、絶望する少女の前で地面が音を立てて盛り上がった。

 恐怖に染まるウェンディが後退りすると、盛り上がった地面に罅が入り、そこからは桜色の髪を覗かせる。

 

「ぷはっ!? な、何だぁ?」

「ナツ……さん?」

 

 地面から顔を出したナツは突然の出来事に訳がわからず頭に疑問符を浮かべていた。

 

「ウェンディ……? あれ? ここ何処だ?」

 

 キョロキョロと周囲を見渡すナツの疑問は当然のものだろう。

 普通、この平原を見てここがマグノリアだとは思わない。街が消滅したなんてことより、何らかの魔法で知らない場所に転移されたと考えた方が余程現実的だった。

 

「何も……憶えてないんですか?」

「寝てたからな」

「ここ、ギルドですよ?」

「……はぁ?」

 

 地面を抉り、埋まっていた下半身を抜き出したナツはウェンディに怪訝な面持ちを向ける。

 この何もない場所がギルドなど、ウェンディは頭でも打ったのではないかとさえ思ってしまう。

 

「突然空に穴が空いて、ギルドも街もみんな吸い込まれちゃったんです! テューズまで消えちゃって、残ったのは私達だけで……!」

「ウェンディ、どっかに頭ぶつけた? エライこっちゃ……」

 

 心配そうに頭を撫でるナツの手を振り払い、ウェンディは本当なのだと切に訴える。

 だが、空に現れた穴に街ごと吸い込まれたなど、ナツには妄言としか思えなかった。

 今まで数多くの仕事をこなし、数えきれない程の魔法を見聞きしてきた。だがしかし、街一つを吸い込む魔法なんてものは見たことも聞いたこともない。

 故に、到底信じられる話では無かった。

 

「でも、何で私達だけ……」

滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)の持つ、特殊な魔力のお陰でしょうね」

 

 誰に問うわけでもなく呟かれたウェンディの疑問。それに答える声などないと思っていたが、予想外に聞き慣れた声が返ってきた。

 思わず声のした方を向くと、翼を広げたシャルルとフィールの姿がそこにはあった。

 

「よかったわ。あなた達だけでも無事で」

 

 その言葉とは裏腹に、シャルルは少しも安堵した様子はない。そんな彼女の見つめる先では、ウェンディが涙しながら首を横に振っていた。

 

「違うの……テューズが、一緒に消えちゃって……ごめん、ごめんなさいフィール……私が、もっとちゃんとしていれば……!」

「……いえ、ギルドにいたナツも無事だったんです。恐らくテューズも無事なはず。匂いで探る事は出来ますか?」

 

 やってみると小さな声で返し、嗚咽しながらウェンディは周囲の匂いを探る。しかし、嗅げども嗅げどもテューズの匂いなどせず、目からは涙が溢れてくる。

 

「ダメ……わかんないよ……」

「……いや、微かに匂うぞ」

 

 そう言ってナツは体勢を低くし、犬のように地面すれすれに鼻を近づけて匂いを嗅ぐ。

 微かな匂いを辿って行き、一番匂いの強い場所に辿り着くとナツは手に炎を纏った。

 

「ここだァ!!」

 

 炎を纏った拳を地面に叩きつけ、ナツは地面に罅を入れる。そのまま地面に突っ込まれた手で何かを掴むと、勢いよくそれを引き摺り出した。

 そうして地面から現れたのは、未だ気を失っているテューズの姿だった。

 

「ホントに……生きてた……!」

 

 両手で口を覆うウェンディの横で、実は内心気が気ではなかったフィールは安堵の息を漏らす。

 テューズの下へ移動し、フィールは優しくテューズの頬を叩いた。

 

「テューズ、起きてください」

「ん……ぅ……」

 

 薄らと目を開いたテューズはまだボーとしているらしく、何度か瞬きを繰り返すと空に向かって手を伸ばす。

 

「あれ……? 僕、たしか……天国?」

「バカ言わないでください。貴方はちゃんと生きてますよ」

「え? フィール?」

 

 テューズの間抜けな表情に気が抜けそうになったが、気を持ち直して状況を理解出来ていないであろうテューズに説明をする。

 

「残念ですが、マグノリアは文字通り消滅しました。残ったのは私達と貴方達滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)だけです」

「ほ、本当に……消滅したんだ……」

「ちょっと待て! 本当に消えちまったのか!?」

「まだ信じてなかったの? 残念だけど、街は消えたわ」

 

 シャルル達からもそう言われ、ナツは口を大きく開けたまま愕然とした。数瞬を置いて我に返り、ナツは大声を出してみんなの事を探し出す。

 

「無駄ですよ。私達以外の魔力を持つ人間は、アニマに吸い込まれて消滅しています」

「アニマ?」

「さっきの空の穴のことよ。あれは向こう側の世界、"エドラス"への門」

「お前らさっきから何言ってるんだよ! みんなはどこだよ!?」

「ナツさん落ち着いて!」

 

 淡々と仲間が消滅したなどと語るシャルル達に苛立ちを覚え、声を荒げ今にも2人に手を出しそうなナツをウェンディとテューズが必死に宥める。

 しかしテューズ達も思うところがあるらしく、シャルル達は何を知っているのか、何故無事だったのかと疑問を呈した。

 その時、大慌てで翼をはためかせるハッピーが飛来してきた。

 

「ナツゥ! なにこれ!? 街がぁぁ!?」

 

 混乱するハッピーを一瞥すると、シャルルは険しい表情で口を開いた。

 

「私達は向こう側の世界"エドラス"から来たの。そこのオスネコもね」

「え?」

 

 突然そんな事を告白され、ハッピーは茫然とする。自分が本来は異世界の住人なのだと知らされて、驚かない者などいないだろう。

 驚いているのはテューズ達も同じこと。一体どういう事なのかと尋ねると、フィールの表情は苦しげなものに変わった。

 

「……この街が消えたのは、私達のせいって事です」




 長かった……7000字近くから14000字へ修正。もう加筆修正というより0からの書き直しです……
 閑話休題、読むのが怠くなってしまうのを避けるために頻度多めで改行を多用していますが、かえって読みにくいということになってませんかね? 
 なんの支障もないようならこのままこのやり方で続けていきます。


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エドラス

もう気づいてる方もいると思いますが、キャラ設定を更新しました。
使用可能魔法についてなんですが、記載されていなくても使用可能な魔法があります。
事前に使える魔法全てを分かっているよりも少し隠していた方が楽しんでいただけると思い、記載しませんでした。

そういった魔法は、本編使用後にキャラ設定に追加しますのでご了承下さい。



「エドラス?」

 

「そう、こことは別の世界"エドラス"。そこでは今、魔法が失われ始めている」

 

「魔法が……」

 

「失われる……?」

 

「なんだそりゃ?」

 

真剣な顔で答えるシャルルに疑問をなげかけると、フィールが返答する。

 

「こちら側の世界と違って、エドラスでは魔法は有限なんです。使い続ければいずれ世界からなくなる……らしいです」

 

フィールの告げた真実に動揺していると、シャルルはアニマについての説明を始める。

 

「その枯渇してきた魔力を救うために、エドラスの王は別世界……つまりはこの世界から魔力を吸収する魔法を開発した。……それが超亜空間魔法、"アニマ"」

 

「さっき空に空いた穴のことです」

 

アニマ、ジェラールから一度だけ話を聞いたことがある。エドラスの事は伏せられていたが、ジェラールはアニマという危険なものを閉じていて、空に空く穴は危険だから近づくなと。

 

そして、シャルル達によってアニマを用いた計画が知らされた。

 

6年前に始まったその計画は、この世界の至るところにアニマを展開した。

しかし、何者かが展開されたアニマを閉じて回り、思うような成果は挙げられなかったらしい。

 

「だけど、今回のアニマは巨大すぎた。誰にも防ぐ術はなどなく、ギルドは吸収された」

 

「なんで妖精の尻尾を吸収したんだよ」

 

ナツさんの疑問に、「エドラスの魔力にするためです」とフィールが答える。

 

「妖精の尻尾には強力な魔導士がたくさんいる……」

 

「その魔力が目的で狙われたってこと?」

 

僕達の推測をシャルルは肯定すると、ナツさんは青筋を立てる。

 

「随分勝手な奴らだなぁ……オイ! みんなを返せよこのやろぉぉぉ!!!」

 

空に空いたアニマに叫ぶナツさん。

返事が返ってくる訳もなく、ナツさんは悔しそうに睨み付ける。

 

「……そ、それが、オイラ達のせいなの?」

 

目を伏せて二人に問いかけるハッピー。

 

「間接的に、ですが」

 

「間接的って?」

 

「私達はエドラスの王国から、ある別の使命を与えられてこの世界に送り込まれたのよ」

 

シャルルの言葉に、ナツさんとウェンディと三人で反論する。

 

「そんなはずない! あなた、卵から生まれたのよ? この世界で!!」

 

「フィールだってこの世界で生まれたじゃないか!」

 

「ハッピーもだ! オレが見つけたんだ!」

 

「そうね……」

 

シャルルは俯いて言葉を続ける。

 

「最初に言っておくけど、私はエドラスに行ったことがないわ。当然フィールもね」

 

その発言に、僕達は言葉を失う。

エドラスに行ったことがなく、生まれたのもこっちの世界。なのにシャルル達はエドラスについて妙に詳しいからだ。

 

「あんた達の言うとおり、この世界で生まれ、この世界で育った。でも私達にはエドラスの知識や自分の使命が刷り込まれてる。生まれた時から、全部知ってるはずなのよ……なのに――!!」

 

シャルルはハッピーを指さし、睨み付けて声を荒げる。

 

「あんたはなんで何も知らないの!? フィールにも欠落はあったけど、自分が猫なんかじゃなくてエクシードだってことは分かってた!!」

 

「オイラ……」

 

言葉に詰まるハッピーを見たシャルルは鼻を鳴し、みんなに背を向ける。

 

「とにかくそういう事。私達がエドラスの者である以上、今回の件は私達のせい」

 

「……さっき、別の使命って言わなかった? シャルル」

 

少しの沈黙の後、「それは言えない」とシャルルは言った。

街がアニマに吸収される前に、フィールにも同じ事を聞いたが「言えない」と言っていた。

 

「教えてシャルル。オイラ、自分が何者か知りたいんだ」

 

「言えないって言ってんでしょ! 自分で思い出しなさいよ……」

 

シャルルの辛辣な言葉に落ち込むハッピー。

一度小さくため息をつき、

 

「話もまとまった事だし、いっちょ行くか……"エドラス"ってとこ」

 

と言い放ったナツさんに、フィールの「まとまってません!」というツッコミが入った。

 

「……はぁ…あんた全く理解してないでしょ」

 

「ナツさん……」

 

その時、ハッピーのお腹が大きな音を立てて鳴り、みんなの顔に笑みが浮かぶ。

 

「ナツ……オイラ、不安でお腹空いてきた」

 

と言うハッピーに、ナツさんは笑顔で「そりゃ元気の証だろ?」と慰め、アニマを凝視する。

 

「エドラスにみんなが居るんだろ?……だったら助けに行かなきゃな」

 

ナツさんの意見を聞いて、シャルルにエドラスでみんなを助けることは可能かどうかを聞いてみる。

 

「恐らく、いるとは思う。だけど助けられるかは分からない……そもそも、私達がエドラスから帰ってこられるかさえ…」

 

沈んだ声で呟くシャルルに、ナツさんは「仲間がいねんじゃこっちの世界に未練はねぇ」とシャルルの不安を笑い飛ばす。

 

「私も……」

 

「僕も未練はないかな……」

 

僕とウェンディもナツさんの意見に賛同する。

 

「私も曲がりなりにも妖精の尻尾の一員な訳だし……母国の責任でこうなった疚しさもある訳だし……連れてってあげないこともないけど……幾つか約束して」

 

真面目な顔で言うシャルルに、周囲の空気が張り詰める。

 

「私達がエドラスに帰るということは、使命を放棄するということ。向こうで王国の者に見つかるわけにはいかない。全員変装すること」

 

変装と聞いて心を踊らせるナツさんをよそに、ウェンディが「使命を放棄しちゃって大丈夫なの?」と問いかける。

 

「いいの、昔から使命を全うする気なんて無かったから。そしてオス猫、私達の使命については詮索しないこと」

 

「あい……」

 

ハッピーはお腹を鳴らしながら返事をするが、目は未だに伏せたままだ。

 

「3つ目、私も情報以外エドラスについて何も知らない。ナビゲートはできないわよ」

 

その条件に、それぞれが返事をする。

 

「最後に、私達があなた達を裏切るようなことがあったら―――躊躇わず殺しなさい」

 

シャルルは目を細めて、淡々とそう告げた。

その言葉に息をのみ、その場を沈黙が支配する……が、ハッピーのお腹の音がその沈黙を破った。

 

「オイラ……そんな事しないよ……?」

 

盛大にお腹を鳴らし続けるハッピーに、シャルルが「腹うるさい!」と怒鳴り付けると、フィールとシャルルは(エーラ)を発動し、ハッピーにナツさんを掴むよう指示する。

 

「飛んでいくの?」

 

ウェンディの疑問に、シャルルは浮遊しながら答える。

 

「私達の翼は、エドラスに帰るための翼なのよ」

 

「行こうぜハッピー! お前の故郷に!」

 

「あい!」

 

親指を立てながら言うナツさんに、ハッピーは元気よく返事をする。

 

「よろしくね、フィール」

 

「はい、任せてください!」

 

先程にくらべて明るい表情になったフィールに掴んでもらい、アニマに向かう。

 

「あんた達! 魔力を解放しなさい!!」

 

「あいさー!」

 

「了解です!」

 

フィール達が魔力を解放して高速で上昇する。

 

「アニマの残痕からエドラスに入れるわ! 私達の翼、エーラで突き抜けるのよ!」

 

雷を避け、凄まじい風圧に耐えながらアニマに飛び込んだ時、アニマから閃光が降り注ぐ。

閃光は機械的な形に変わり、閃光の間から無数の光弾が降り始めた時、中央から生じた巨大な光が僕達を呑んだ。

 

 

 

********

 

 

 

光の眩しさに閉じていた瞼を開けると、さっきまで見ていた景色とは一転、幻想的な風景が広がっていた。

その光景を目にし、僕達は感嘆の声を上げる。

 

「ここが……エドラス!」

 

「私達の故郷……」

 

フィール達の力で飛行しながら、僕達の世界とは全く違う景色を眺める。

 

「島が浮いてますね!」

 

「見たことない植物ばっかり……!」

 

「すっげぇ! 見ろよハッピー! あれ、川が空を流れてんぞ! どうなってんだ?」

 

ナツさんの指さす方向を見ると、その言葉通り川が空を流れ、魚が泳いでいた。

 

「ちょっとあんた達。気持ちは分かるけど、観光に来た訳じゃないんだからそんなにはしゃがないの」

 

「そ、そうだね……」

 

「ごめん……」

 

「悪い悪い」

 

別世界を見てはしゃいでいた僕達がシャルルの注意を受け反省していた時、突然フィール達エクシードの翼が消える。

 

「「「へ?」」」

 

翼が消え、飛行する術を失った僕達は重力に従い、それぞれ悲鳴を上げながらまっ逆さまに落下する。

 

運がいいことに、落下した先は地面ではなく巨大な植物だった。

その植物がクッション変わりになってくれたことで、誰一人怪我をすることはなかった。

 

「急に翼が……」

 

「なんで?」

 

「言ったはずです、こっちでは魔法は自由に使えないと」

 

フィールに言われて体の違和感に気づく。

 

「本当だ……」

 

「なんか変な感じがするね……」

 

ウェンディ達と違和感について話していると、ナツさんがみんなを探そうと提案した。

 

 

 

********

 

 

 

あの後、みんなを探すために森を歩いていた時、ハッピーがどこに探しに行くのかをナツさんに尋ねる。

 

「そんなん匂いを嗅ぎゃあ……」

 

そう言いながらナツさんは周りの匂いを嗅ぐが、

 

「ダメだ……嗅いだこと無い匂いばっかりして、さっぱり分かんねぇ……」

 

それを聞いたウェンディは空気を食べ、「本当だ、空気の味が違いますね」と言っている。

 

「水の味も違うのかな? さっきの川とか少し気になるな……」

 

と呟くと、フィールが「さぁ? 美味しんですかね?」と返し、その会話を聞いていたハッピーが「オイラもお腹空いたよ」と訴える。

 

「お弁当持ってくればよかったね」

 

とウェンディが言った時、シャルルに「緊張感無さすぎ!!」と注意を受けてしまった。

 

 

 

「それで、どこに向かって歩いてるんです?」

 

とナツさんに尋ねてみると、「さぁ? とりあえず歩いてりゃ、そのうち何とかなんだろ?」という返事が帰ってきた。

 

「何の解決にもなってないよ?」

 

「でも他に方法がありませんし……」

 

「仕方ないわね……」

 

と、フィール達も渋渋ついてきている。

 

そこで、ウェンディがここに来てから人に会っていない事に気づく。

森ばかりで人に会わないだけかも知れないが、変装はしておいた方がいいとシャルルが意見を出す。

 

「変装って……どうやって?」

 

と悩んでいると、ナツさんがニヤリと口角を上げて何かを思いつく。

 

 

 

 

「……ナツゥ。これは無いと思うよ?」

 

ナツさんが思いついた変装は、周囲の植物を服のように纏うというものだった。

 

「こういうの変装じゃなくて擬態って言うんだよ!」

 

と声を上げるハッピーに、ナツさんは口を尖らせて言葉を返す。

 

「いいじゃねぇか、要は誰にも見つからなきゃいいんだろ? 気にすんなっつーの」

 

だけどこの格好は少し恥ずかしい。

ウェンディもそう思っていたようで肩を落として「なんか……恥ずかしい……」と呟いているが、

 

「センスは悪いけど、アイデアとしてはいいわね」

 

「そうですね、センスは最低ですがアイデアとしては悪くないかもしれません。センスは最低ですが」

 

「二回言うなっての!」

 

と笑みを浮かべながら言うシャルルとフィール。まさか意外と好評……?

 

「ふぅ……なんかあっつい……この葉っぱ蒸れるよぉ……」

 

「だらしないわね……」

 

「もう少し我慢して下さい」

 

と文句を言うハッピーを、シャルルとフィールが宥めている。

 

 

 

 

 

「ぬぉ!? さっきの変な川だ!」

 

あの後、森を歩き続けているとさっき見た川が見える崖に出た。

 

「川が空に向かって流れてるなんて……」

 

川を見て感動しているウェンディの隣で、ハッピーが魚を探し始める。

 

「あれ? あそこ……」

 

周囲を見渡していると、少し離れた場所におじさんが釣りをしているのが見えたので、シャルル達にそれを知らせる。

 

「エドラスの人間みたいね……」

 

「よかったぁ……私達と同じみたいで……」

 

と安心するウェンディ。

一体エドラスの人間をどんな風に想像していたのか気になるが、それよりも――

 

「ナツさんが……いない?」

 

「あれ? ホントだ。ナツったらどこ行っちゃったんだろ?」

 

ハッピーとどこに行ったのか周囲を見渡していると、フィールがナツさんを見つけたと言う。

 

「あそこです」

 

そう言ってフィールが示した場所はさっき見つけたおじさんの後ろの茂み。

 

「よっ! ちょっといいか?」

 

突然現れたナツさんを見たおじさんは悲鳴を上げる。

今のナツさんの格好は普通の格好ではないので驚くのも当然だろう。

 

「妖精の尻尾ってギルドの奴ら探してんだ……どっかで見なかったか?」

 

尋ねながら距離を詰めるナツさんに、おじさんは悲鳴を上げながら逃げ去ってしまった。

 

 

 

「んだよ……ちょっと話し聞こうとしただけじゃねぇか」

 

「何考えてんの! 変な格好した上に、妖精の尻尾ってギルドなんて聞いちゃ何の意味もないでしょ!?」

 

シャルルの苦言に、ナツさんは鼻息を荒くする。

 

「そんじゃあどうやってみんなの居場所調べんだよ!」

 

ナツさんの反論に全員が言葉に詰まる。

 

「……もし、今の男性が王国に通報したら……」

 

「この擬態も意味無いよね」

 

フィールの意見を聞いて、とりあえずここを離れる事になった……が、

 

(空を流れる川……少しだけでも食べてみたい……でも、フィール達は飛べないしもしここから落ちたら助からない……ここは諦めるしか……!)

 

僕が苦悩していると、ウェンディに早く来るように催促された。

事態が事態なので、仕方なく川を諦めてみんなの元へ向かう。

 

 

 

「全く、早くみんなを探さないと」

 

「はぁ……やっと涼しくなった。てか、さっきの人釣り竿くらい忘れて行ってくれればよかったのに……」

 

再び森を歩いていると、何かの音が聞こえたような気がした。

 

「今変な音が聞こえませんでした?」

 

と聞いてみると、ナツさんが「また釣り人か!」と肩を回した時、近くの川から何かが顔を出した。

 

「あ! ナツ、魚だよ!」

 

「おぉし! あれを捕まえて飯にでも――」

 

ナツさんがそう言っている最中、顔のみを出していた魚がその姿を現した。

 

「「「「でかっ!?」」」」

 

魚の姿はとても大きく、それを見た僕達が大きく動揺している中、ナツさんは「強そうな奴じゃねぇか! 燃えてきたぞ!」と戦う気満々だ。

 

「でもナツさん、私達早く先に行かないと!」

 

「3秒あれば充分だ!」

 

ナツさんはウェンディにそう返し、魚に殴りかかって行く。

 

「火竜の鉄拳!!……あれ?」

 

ナツさんは魚の頭部を殴るが全く効いていないようで、ナツさんは魚に叩かれて川に落ちてしまった。

 

「ナツさん!」

 

「あれ……? 火がでねぇぞ」

 

頭に大きなたんこぶを作ったナツさんが川から出てくると、シャルルがナツさんに叫ぶ。

 

「だから言ったでしょ! エドラスでは魔法は自由に使えないって!!」

 

だがこれは、自由に使えないというより全く使えないの方が正しいだろう。

つまり……

 

「逃げるのよ!!」

 

シャルルの号令でフィールを抱えて逃げると、魚は木々を薙ぎ倒して追いかけてくる。

 

「追いかけて来てますよ!?」

 

「なんで魚なのに!?」

 

「魔法が使えねぇとなるとこの先厄介だぞ!?」

 

「今頃気づくなんて遅いよナツ!!」

 

魚から必死に逃げているうち、崖に追い詰められてしまった。

しかし、迫ってくる巨大魚は僕達の横を通過して崖から落ちていった。

 

「くそー! 魔法使えねぇだけでこれか!?」

 

「皆さん大丈夫ですか?」

 

と皆に聞くウェンディ。見たところナツさんのたんこぶ以外誰にも怪我はないようだ。

 

「でもこれだけ騒ぎを起こしたら、いくら森でも少しまずいんじゃ……」

 

と呟くと、シャルルがナツさんをさして注意をする。

 

「全く……変装もしていないのにこれ以上騒ぎを起こさないで!!」

 

「オレのせいなのか……まじで!?」

 

ショックを受けているナツさんに、フィールが「全部じゃないですがほぼナツさんのせいですよ」と追い討ちをかける。

 

「王国の連中が私達の存在に気づいたら何をするか分からないのよ!? そうなったらみんなを救出するどころか、私達だってどうなるか分からないんだから!!」

 

「そっか……なんかよく分かんねぇけどオレが悪いんだな……」

 

落ち込むナツさんにシャルルは「なんでそこでよく分かんないのよ……!」と青筋を立てる。

 

「シャルル……言い過ぎだよ?」

 

「ナツさんにだって悪気がある訳じゃ無いんだし……」

 

ウェンディと、シャルルを宥めようとしてみたが、「悪気があったらなおたちが悪い!!」と叫び、シャルルの怒りは収まらなかった。

 

 

 

********

 

 

 

その後、再び森を歩いていると二人の人間と遭遇した。

老人と青年の二人組は僕達を見つめると、なんと僕達に土下座をした。

 

「どうか御許し下さいませ!!」

 

「エクシード様、どうか命だけはご勘弁を!!」

 

突然土下座されて困惑していた僕達だが、"エクシード"と聞いてフィール達を見る。

 

「命だけはって……ハッピーじゃ人は殺せねぇだろ……戦闘力的な意味で」

 

「ぐはっ! 酷いよナツ!!」

 

その言葉に傷つくハッピーを無視して、ナツさんは二人組に近づいていく。

 

「あのよ! ちょっと聞きたい事があんだけど、オレ達のギルドの仲間がこのエドラスに――」

 

と話すナツさんだが、二人組はナツさんの後ろにいるハッピーを見て逃げ去ってしまった。

 

 

 

 

 

「さっきの人達……なんでエクシードに怯えてたんだろ?」

 

と呟くと、ナツさんが「今回はオレのせいじゃねぇぞ!」と叫ぶ。

刹那、ナツさんの踏んだキノコが変な音を立てた。

 

「今度はなんですか!?」

 

「嫌な予感がします」

 

とハッピーが言葉にした瞬間、キノコが膨らんで僕達を弾き飛ばす。

 

エドラスのキノコは弾力性が強いようで、キノコからキノコへとどんどん飛ばされてしまい、最終的にどこかの家に落下した。

 

「あぁ? なんだここ?」

 

「どこかの倉庫みたいだね……」

 

「今さらどれくらい役に立つかは分かりませんが、ここで変装用の服を拝借しましょうか」

 

それぞれ新しい服を持って着替え始める。

服を選んだ際、

 

「もしウェンディの着替えを覗きでもしたら……分かるわよね?」

 

とシャルルに警告されたので、負荷抗力でも覗いてしまう事が無いよう細心の注意を払いながら僕は元々着ていた青いニルビット族の衣装を脱いで緑色の服に着替えた。後頭部の辺りで髪を束ねていると、ナツさんが窓の外を見て震えているのに気づく。

 

「どうかしました?」

 

「おぉ!? 妖精の尻尾だ!!」

 

「「「えぇ!?」」」

 

ナツさんに言われて窓を覗いてみると、形こそ変わっているけど、確かに妖精の尻尾がそこにあった。

 

先に走っていったナツさんを追う形で妖精の尻尾に向かう。

植物の形をしているが、中央にギルドの紋章の入った旗があるので間違いない。

 

「みんな無事だ!」

 

「あっけなく見つかりましたね」

 

「見つかってよかった……」

 

ギルドのみんなが無事だったことに安堵する。

ナツさんに至っては涙を流すほどだ。

 

「なんかギルドの雰囲気違うね。」

 

「細けぇことは気にすんなよ!」

 

「気にしましょうよ、そこは」

 

その時、シャルルとフィールの顔が険しい事に気づく。

どうしたのかを聞くと、様子がおかしいと言うシャルル。

そう言われてテーブルの下に隠れ、みんなを様子を見てみると、確かにおかしかった。

 

ジュビアさんに必死にアプローチするかなり厚着をしたグレイさんと、それを冷たくあしらうジュビアさん。

 

ジェットさんとドロイさんに説教されているエルフマンさん。しかもジェットさんとドロイさんはギルド最強候補らしい。

 

お嬢様のような格好をし、アルコールが苦手だと言うカナさん。

 

「ど、どうなってんだこりゃ!?」

 

「みんなおかしくなっちゃったの!?」

 

いつもとは違いすぎる光景に言葉を失っていると、声をかけられた。

 

「おい、誰だてめぇら」

 

僕達は声をかけてきた人物を見て衝撃が走る。

 

「ここで隠れて何してやがる」

 

ドクロの髪飾りを着け、左腕に入れ墨のある、僕達とは親しいはずの金髪の女性。

 

「ルーシィ!?」

 

「さん!?」

 

その風貌にハッピーはいつもと違いさん付けで呼ぶ。

僕達のいた世界とはあまりに違いすぎるみんなに、シャルルが言葉を漏らす。

 

「これは……どうなってるの……!?」

 

 

 

 

 




エドラスの妖精の尻尾到着です。

テューズの着ていたニルビット族の衣装ですが、大魔闘演武編のグレイの衣装をイメージしていただければ、髪は冥府の門編のローグに近いです。

そして、すぐに消しましたが一度間違えて投稿してしまいました。
調べてみるとその時閲覧していただいた方が居たらしく、不完全な状態だったので申し訳ないです。


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妖精狩り


私事ですが、ドラゴンクライ見てきました。
特典の原案と映画本編で違う所も多々あって、一度で二度楽しめました。

とりあえずテューズをどう動かすかは構成出来たのですが、その辺りの話になるのはいつ頃なんでしょうかね……?



 

 

 

「おい、誰だてめぇら。ここで隠れてなにコソコソしてやがる」

 

ルーシィさんの発した言葉に、他のみんなの視線が僕達に向けられる。

 

「ど、どうしちまったんだよ……みんな……」

 

「ルーシィさんが怖い……」

 

「雰囲気が全然違うし……」

 

と困惑する僕達より一歩前に出ているナツさんを凝視し、「ナツ?」と呟いたルーシィさん。

 

名前を呼ばれたナツさんが唾を飲んだ瞬間、ルーシィさんはナツさんを骨が折れそうなほど強く抱き締めた。

 

「よく見たらナツじゃねぇかお前!」

 

「ぐぽぉ!?」

 

ナツさんの悲鳴と共に骨の軋む音が聞こえるが、ルーシィさんは構わず抱き締め続ける。

周りもナツさんを見てなにやらどよめいている。

 

「ナツ……今までどこ行ってたんだよ……! 心配かけやがって!」

 

「……ルーシィ?」

 

突然そんな事を言われてナツさんの動きが止まるが、ルーシィさんは次の瞬間ナツさんに技をかける。

 

「処刑だぁ!!」

 

「出た! ルーシィの48の拷問技の一つ! グリグリクラッシュ!」

 

 

「ナツさん!?」

 

「ひぃぃ!?」

 

その光景を見て僕達はナツさんを心配すると同時にルーシィさんに恐怖する。

 

「あまりいじめては可哀想ですわよ?」

 

笑顔で優しく言うカナさんや、その近くで泣いているエルフマンさんを怒鳴り付けるジェットさんとドロイさんに驚くハッピー。

 

「わ、訳が分からない……どうなってんのさ、一体?」

 

「ナツ、とにかく無事でよかった……ね? ジュビアちゃん!」

 

ナツさんを見て安心し、声をかけてくるグレイさんをジュビアさんは「うるさい」と一蹴する。

 

「これ、全部エドラスの影響なの? 何から何まで全部逆になってるよ!?」

 

と周章するハッピーの言葉を、シャルルとフィールはみんなを睨みながら黙って聞いている。

 

「ところで、そこの坊ちゃんとお嬢ちゃん、それと猫は誰です?」

 

「猫?」

 

マカオさんが尋ねると、ワカバさんが猫という言葉に疑問を覚える。

すると二人は顔を見合せて「猫!?」と叫び、ギルドのみんなもフィール達エクシードを見て驚愕する。

 

「どういうこった! なんでこんなところにエクシードが!?」

 

「エクシード!?」

 

エクシードと聞いたみんなは臨戦態勢に入り、僕達を警戒している。

 

「どうなってんだよ……これ」

 

今までナツさんをいじめ続けていたルーシィさんも、その手を止めてこっちの様子を窺っている。

 

「つか、なんでこっちの連中はエクシードって聞くとビビるんだよ……ハッピー達は怖くねぇぞ?」

 

ナツさんが疑問を口にした時、ミラさんがハッピーの側に歩み寄り、屈んでハッピーを観察する。

 

「ホントそっくり……あなた達って、エクシードみたいね」

 

「いや、みたいも何もオイラ達はエク――むぐっ!?」

 

ハッピーが"エクシード"という言葉を言おうとした瞬間、フィールがハッピーの口を押さえた。

 

「こっちの世界でエクシードと告白するのは危険かも知れません。ここはミラさんの勘違いに合わせましょう」

 

と耳元で説明するフィールに頷くハッピー。

 

「よくエクシードと間違わるけど私達は似ているだけで違うわよ」

 

シャルルがみんなにそう言うと、みんなはその言葉を信じてそれぞれ別の事をやり始めた。

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

「さぁ言えよ、散々心配かけやがって! どこで何してたんだよ」

 

至近距離でナツさんを睨み付けるルーシィさんに、ナツさんの顔がひきつる。

 

「何って言われてもなぁ……」

 

「ナツ、そこはちゃんと説明しないとダメだよ」

 

ルーシィさんの問いに曖昧に答えるナツさんに、ハッピーが注意をする。

注意されたナツさんは考え込み、

 

「えぇと……つまりあれだ……ほれ、なんつったっけ……?」

 

と唸っていると、ルーシィさんが再び技をかける。

 

「相変わらず焦れってぇな! お前は!」

 

「出た! 今度はグリグリ肘クラッシュ!」

 

その技名に、ハッピーは「肘がついただけじゃん」と笑っている。

 

 

 

「そろそろ二人っきりで仕事行こっか?」

 

「行こう行こう! アルアルはどんな仕事がいい?」

 

「ビスビスの好きな仕事に行こう?」

 

「やぁん、アルアルってばや・さ・し・い!」

 

向かいのテーブルで大胆にイチャイチャする二人を見ていたら見ているこっちが恥ずかしくなってきた。ウェンディは頬を染めている。

 

「も、ものすごく仲がいいですね……」

 

「信じられない……」

 

抱き合っている二人を見てウェンディも僕も反応に困り視線を移すと、そこにはグレイさんとジュビアさんが居た。

 

「なぁジュビアちゃん、さっき仕事に行くって言ってただろ? オレも一緒に行きてぇな……」

 

「だから近寄らないでって言ってるでしょ、暑苦しい。仕事はジュビア一人で行くのよ。あんたなんか全然役に立たないんだから」

 

ジュビアさんはそれだけ告げてリクエストボードへ向かっていった。

 

 

 

 

 

 

「技の35! えげつないぞ固め!」

 

「ぐもっ!?」

 

「技の28! もうやめてロック!」

 

次々と技をかけるルーシィさんに、ナツさんは地面を叩いて苦しんでいる。

 

「ルーシィさんが……」

 

「怖い……」

 

ウェンディと震えながらその光景を見ていると、ナツさんがルーシィさんの隙をついて逃げ出した。

 

「逃げんなナツ! どこに隠れた!?」

 

叫びながらナツさんを探すルーシィさんに、レビィさんが激怒する。

 

「うるさいよこのクソルーシィ!」

 

「何だとコラァ!?」

 

ルーシィさんとレビィさんは睨み合ってお互いを罵倒し合い、その喧嘩をマカオさん達が宥めようとしている。

 

その光景に既視感を覚え、ナツさんとグレイさんの喧嘩を止めるエルザさん達の光景が頭に浮かぶ。

 

「あれ? そういえばエルザさんが居ない……」

 

と呟くと、テーブルの下から、

 

「冗談じゃねぇ」

 

「ねぇねぇ、こっちではエルザってどういう感じなのかな?」

 

と言う声が聞こえ、テーブルの下を覗いてみるとナツさんとハッピーが隠れていた。

 

ハッピーに聞かれたナツさんは、すぐに謝る弱気なエルザさんを想像するが、ハッピーは「ただのナツの願望だよね?」とツッコミを入れる。

 

「何だと!? じゃあハッピー、お前はどうなんだよ……」

 

「オイラはこう思うよ? きっと……」

 

ハッピーの想像は酷かった。

ハッピーに絶対服従し、どんな命令でも聞く下部のようなエルザさん。

その想像にさすがのナツさんも少しばかり引いている。

 

次にウェンディがお菓子を作ってみんなにそれを振る舞うエルザさんを想像した。

 

「そうきたか!?」

 

「テューズはどんな想像したの?」

 

「えぇ? 僕?」

 

ハッピーに振られ、いつもと逆のエルザさんを想像する。

 

(エルザさんはナツさん達仲間を大事にしてるから……)

 

 

 

 

『おいナツ! そこでパンと牛乳を買ってこい。グレイは肩を揉め、ルーシィはそこで踊って私を楽しませろ。ハッピーはそこの魚を私に食べさせるんだ。……なに? 嫌だ? ほぅ……私の命令に逆らうとは、お前達死にたいらしいな? 覚悟しろ!!』

 

 

 

 

「みたいな感じですかね?」

 

僕の想像した事を口にすると、ナツさんとハッピーが震え上がる。

 

「絶対会いたくねぇ……」

 

「オイラも……」

 

苦笑いしながら二人を見ていると、シャルルが僕達を見て鼻を鳴らす。

 

「揃いも揃ってつまんないこと妄想してんじゃないわよ……」

 

「ですが、逆のエルザさんって実際のところどうなってるんですかね?」

 

とシャルルとフィールが話していると、ナツさんがルーシィさんに見つかった。

 

 

「おいこら放せ! いい加減にしねぇと、いくらルーシィでも――」

 

「へぇ……やろうってのか? 上等だよ!」

 

ナツさんの言葉にルーシィさんの顔が険しくなり、ナツさんをボコボコに殴り倒す。

 

「つ、強い……」

 

「ナツさん……大丈夫かな……」

 

ウェンディと僕がそう呟くと、「大丈夫……じゃねぇ……」というナツさんの掠れ声が聞こえた。

 

「さぁ言え! どこで何してやがッた」

 

ナツさんの胸ぐらを掴み、そう問い詰めるルーシィさん。

ナツさんは震えながらハッピーに助けを求めるが、ハッピーは「さっきからこの仮面が蒸れて力がでません」とナツさんを見捨て、見捨てられたナツさんは「薄情者!」と泣き叫ぶがハッピーは涼しい顔をしている。

 

「ルーシィ、またナツをいじめて……ダメじゃない」

 

ルーシィさんに注意をするミラさんによく似た女性。

言われたルーシィさんは渋渋手を離し、ナツさんとハッピーはその女性を見て固まっている。

 

「お、戻ったのか」

 

「お帰りなさい、リサーナ」

 

「ただいま、ミラ姉、エルフ兄ちゃん」

 

笑顔でリサーナさんを迎えるミラさんとエルフマンさん。

リサーナさんって人の話は少しだけ聞いたことがある。

ナツさんと仲がよく、仕事先の事故で亡くなったと聞いていたけれど……。

 

「見つけた……」

 

今まで黙っていたナツさんが呟く。

 

「「リサーナァァ!!」」

 

「ひぃ!」

 

涙を流してリサーナさんに飛びかかるナツさんとハッピーにリサーナさんが怯えると、ルーシィさんの蹴りがナツさん達に炸裂する。

 

「お前いつからそんなに獣みてぇになったんだ……あぁん?」

 

「だってぇ……リサーナが生きてそこにぃ……」

 

ルーシィさんに胸ぐらを掴まれたままリサーナさんを指さして泣いているナツさんは、グレイさんに連れられてテーブルにつく。

 

「いいから座れよ、久々に語り合おうぜ? 友達だろ?」

 

ナツさんの肩を抱くグレイさんに、ナツさんは泣いたまま「服脱げよグレイ……」と呟いている。

 

 

「……ミラさんの妹のリサーナさん」

 

「確かもう亡くなったんじゃ……」

 

疑問に思っていると、「みんなが逆になってる訳じゃないってことね……」とシャルルが呟く。

 

「あそこを見なさい」

 

とシャルルに指示されて見てみると、背が高く胸も大きいウェンディがこっちを見ており、僕達の世界のウェンディが驚いて混乱してしまっている。

 

「逆ではなく違うんですよ……あそこも……」

 

フィールがエドラスのウェンディが居た方向と逆をさし、そっちに視線を移すと、臙脂色の髪をした背の高い男の後ろ姿があった。

 

こっちの視線に気づいたのか、男が振り返る。

男の顔は、目付きこそ鋭くなっているが毎朝鏡で見ている馴染んだ顔。つまり――

 

「僕!? なんで!?」

 

もう一人の自分を見て混乱している僕に、シャルルとフィールが説明してくれる。

 

「ここは私達の探しているみんなじゃないわ……別人、エドラスに最初からいる人達なのよ」

 

「あり得ない話じゃないですね……パラレルワールドみたいな物。エドラスには独自の文化や歴史があり、妖精の尻尾が存在する可能性だって……」

 

そんな事を言われ、僕達は大いに困惑する。

 

「じゃあ、ここはエドラスに元々あった妖精の尻尾なの!?」

 

「僕達の知ってるみんなは!?」

 

と聞くと、シャルル達は気まずそうに視線を逸らす。

 

「知らないわよ……それをこれから見つけるんでしょ?」

 

「とにかくこれ以上ここにいるのは危険です! 行きましょう!」

 

シャルルとフィールはハッピーを掴み、出口に向かって走り出す。

どこへ行くのかを聞くと、シャルル達は"王都"と答えた。

 

「吸収されたギルドの手がかりは王都にあるはずよ!」

 

シャルル達が出口の前についた時、ナブさんが勢いよくギルドに入って来た。

 

 

「妖精狩りだ! 妖精狩りが来たぞ!!」

 

 

ナブさんの叫びに、ギルドの全員が血相を変えて慌て出す。

 

「そこの猫、どこへ行く気だ? 外はまずい!」

 

ルーシィさんがシャルル達を止め、扉を閉める。

 

「王国の方達、また私達を追って……」

 

不安げな表情で呟くカナさん。他のみんなの表情もさっきまでとは変わり、真面目なものになっている。

 

「王国……?」

 

「私達をアースランドに送り込んだやつらよ!」

 

王国と聞いて疑問符を浮かべるハッピーにシャルルが説明し、ハッピーは自分達が妖精の尻尾の敵である事にショックを受けている。

 

「リアクター点火準備、座標設定。誤差修正まで、5・4・3・2・1……」

 

機械を操作しているレビィさんを、ルーシィさんが「転送魔法陣はまだなのレビィ!?」と怒鳴り付け、レビィさんもそれに反論する。

 

「うるさい! 今やってるでしょ!……転送臨界点まで出力40%……43…46…51…」

 

レビィさんが機械を操作すると、ギルドが揺れ、石などが宙に浮き始める。

 

「大気が……震えてる……」

 

ウェンディがそう呟いた時、僕は直感的に何かを感じとった。

 

「来る!!」

 

と言った瞬間、振動と共に巨大な生物がギルドに向かってくるのが見えた。

 

「王国が妖精の尻尾を狙ってる!? 何のために?」

 

「そんなの決まってるじゃない」

 

「君達、何も知らずに来たのかね?」

 

ウェンディの疑問に応える声が二つ。

 

「僕とウェンディ!?」

 

エドラスの僕とウェンディはいつの間にか側まで来ていたようで、二人に挟まれる形になる。

 

「王の命令で全ての魔導士ギルドは廃止された」

 

「残っているのは世界で唯一ここのみ、知らないでナツに付いてくるとはな……」

 

事情をよく理解出来ない僕達に二人は呆れた後、声を揃えてとても分かりやすく、そして残酷な言葉を告げた。

 

「「つまりここは、“闇ギルド”妖精の尻尾」」

 

「!?」

 

知らされた真実に言葉を失い唖然としていると、レビィさんが機械に付いたレバーを力強く引く。

すると、振動は大きくなり、僕達の体が宙に浮いた。

 

「みんな! 何かに掴まれ!!」

 

ルーシィさんの指示を受けて辺りを見回すが、掴めそうな物はどこにもない。

 

「転送開始!!」

 

刹那、閃光が僕達全員を包み込んだ。

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

「野郎共、引っ越し完了だ」

 

ルーシィさんの言葉に、倒れていた全員が安堵を浮かべて立ち上がる。

 

「引っ越し?」

 

「ギルドごと移動したんだ……」

 

倒れたまま呆然する僕達。

何とか頭の中を整理して立ち上がった時に目に入った光景は、エドラスの僕の腕に抱きついているエドラスのウェンディだった。

 

「……おい、なにオレの腕にくっついてる。とっとと離れんか気色悪い」

 

「言われなくても離れるわよ。はぁ……咄嗟とはいえあんたなんかに抱きついたと思うと吐き気がするわ」

 

でも何か様子が違う。てっきり今の光景を見てアイザックさんとビスカさんみたいな関係なのかと思ったけど違うようだ。

 

「人様の腕に勝手に抱きつき、迷惑をかけておいて謝罪も無しとは……本当に能無しだな」

 

嘲うエドラスの僕に、エドラスのウェンディは青筋を立てる。

 

「あんたこそさっきくらいしか役に立たない能無しでしょ?」

 

「少なくとも君よりは役に立っているさ、能無しのウェンディ?」

 

片目を閉じ、嘲いながら煽るエドテューズにエドウェンディはトンファーを構え、それを見たエドテューズも二本の短剣を取り出す。

 

「やる気かね?」

 

「そっちこそ……」

 

今にも喧嘩が始まりそうな雰囲気の中、ミラさんが二人を見て止めに来てくれる。

 

「二人とも、仲がいいのは構わないけど子供の前で物騒な物を出しちゃダメじゃない」

 

「オレとウェンディの仲がいい? 冗談もほどほどにしてくれ」

 

「こんな男と仲がいいなんて、嘘でも気分が悪くなるわ」

 

ミラさんの言葉に、二人は苦虫を噛み潰したような顔をして立ち去っていく。

二人が居なくなると、ミラさんは僕達の方に振り返った。

 

「ごめんなさいね、あの二人はしょっちゅう喧嘩をしているの。でも喧嘩するほど仲がいいって言うし、あまり気にしないでね」

 

綺麗な笑顔で笑うミラさんに、ナツさんがさっきのは何だったのかを尋ねる。

 

「どうしちゃったのナツ? 久しぶりで忘れちゃった?」

 

ミラさんはナツさんの顔を見た後、僕達にさっきの出来事の真相を話してくれた。

 

「あれは王都魔戦部隊隊長の一人、エルザ・ナイトウォーカー。またの名を、"妖精狩りのエルザ"。さっきのはエルザの襲撃よ」

 

それを聞かされた僕達には衝撃が走り、ナツさんは震えた声で呟く。

 

 

「エルザが……敵……!?」

 

 

 





という感じですかね?
当初は魔戦部隊の隊長とかも考えていたんですが、何か違うと思いテューズはウェンディと仲が悪い妖精の尻尾の魔導士、という感じになりました。

もう少しで七夕ですね。
もしかしたら日常編に七夕の話を投稿するかもです。ただ話の構成が本当になんとなくしか出来ていないので間に合わないかもしれません。
話の構成上にエドラスに行く前に七夕を迎えるって感じになると思いますが。

余談ですが、UVが12000を突破し、もう少しでお気に入りが100になりそうです。ありがとうございます。
感想等も励みになりますので良ければよろしくお願いします。


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希望の鍵

今朝知ったのですが、ウェンディの声優さんとジャッカルの声優さんがご結婚されたそうで。
おめでとうございます。

前回の七夕記念回は事前に書いておき、7月7日の0時に投稿予約をしていたんですが……
ハッピーがウェンディに結婚と言わせようとするシーン、まさか現実で佐藤聡美さんがご結婚されたとは知らずに書いてしまいました。
申し訳ありません。編集しておきました。
普段Twitterなどほとんど開かないのですが、ネットニュース等はちゃんとチェックした方が良さそうですね。



 

「つうと、なにか? お前らはアースランドとか言うもう一つの世界から、仲間を救うためにエドラスに来たってのか?」

 

僕達はエドラスのみんなに、自分達がアースランドから来た事や、事情を全て話した。

 

「そっちの世界にも妖精の尻尾があって、そっちじゃエルザは味方だって?」

 

「はい、私達の仲間でした」

 

「ざっくり言うとね」

 

「あい」

 

初めはみんな僕達の話を信じていなかったが、アースランドのナツさんを見て「確かにこのナツはオレ達の知ってるナツじゃねぇしな」と言って信じてくれる。

 

 

「この子がそっちの世界の私!?」

 

「ど、どうも……」

 

アースランドのウェンディを見て驚いているエドラスのウェンディの横で、ナブさんが「小っちゃくなったな、ウェンディ!」と笑っている光景を見ていていると、横から視線を感じた。

 

「この子供が……オレ……?」

 

僕を見て眉を顰めるエドラスの僕。

 

「へぇ……そっちのテューズもウェンディみたいに小さくなってるんだ」

 

好奇の目つきで僕とウェンディを交互に見るグレイさんの胸ぐらをエドラスの僕が掴み、左手に持った短剣を突きつける。

 

「あの女と一緒にするな」

 

「次にそいつと一緒にしたら容赦しないわよ」

 

いつの間にか近くに来ていたエドラスのウェンディもグレイさんにトンファーを向け、グレイさんは冷や汗をかきながら首を縦に振る。

 

 

「で、王都への行き方を教えてくんねぇか?」

 

ナツさんがみんなにそう尋ねると、みんなの顔に動揺が走る。

 

「私達の仲間が、この世界の王に吸収されちゃったんです!」

 

「早く助けに行かないとみんなが魔力に……形の無いものになっちゃうんです!!」

 

そう主張すると、エドウェンディが一歩前に出て僕達にやめるように促す。

 

「小さい私には悪いけどさ、やめておいた方が身のためよ。エドラスの王に歯向かった者の命はないわ。それほど強大な王国なの」

 

エドウェンディに続いてエドテューズが、僕達にこの世界について説明してくれる。

 

「この世界じゃ魔力は有限、限りあるもの。言い換えればいずれなくなるものだ。それを危惧したエドラス王は魔法を独占しようとし、その結果、全ての魔導士ギルドに解散命令が出された」

 

次第に、みんなの顔が暗くなっていく。

 

「初めのうちはみんな抵抗したさ。……けど、王国軍魔戦部隊の前に次々と潰されていった」

 

「残るギルドはここだけ……もちろんオレ達だって無傷じゃない。仲間の半分を失い、マスターだって……ちくしょう……」

 

涙を流して語るみんなに、ナツさんがもう一度王都への道を教えてほしいと頼み込む。

 

「オレは仲間を助けるんだ。絶対にな」

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

あの後、王都への道を教えてもらった僕達は、砂漠を歩いていたのだが、

 

「よーし……動くなよ………どらぁ! あ、待て!!」

 

珍しい蛙を見つけたナツさんは「ルーシィへの土産にするんだ!」と言ってピンク色の蛙を追いかけている。

 

「王都まではまだまだかかるのかな……」

 

「オイラもう疲れたよ」と弱音を吐くハッピーに、シャルルが「何言ってんのよ!」と怒鳴り付ける。

 

「ハッピー、さっき出発したばかりじゃないですか……」

 

「5日は歩くって言ってたよね」

 

「途中で休憩できる町もあるらしいから、そこまで頑張ろ?」

 

「あい……」

 

ハッピーが返事をすると、フィールが沈んだ顔で「なんだか(エーラ)の調子が悪いです」と告げ、シャルルやハッピーもそれに同意し、同じく調子が悪いらしい事が分かる。

 

「オイラ達、本当に魔法使えなくなっちゃったの……?」

 

「わからない。先が思いやられるわ……」

 

とため息をつくシャルルの向こうで、ナツさんが巨大な蛙に衝突したのが見えた。

蛙は唸り声を上げながら、ナツさんを踏み潰そうと手を振り上げる。

 

「ナツ! 襲いかかってくるよ!?」

 

「よーし……火竜の……」

 

ナツさんは蛙を迎撃しようと袖を捲って構えるが、魔法が使えないため全員で蛙から逃走する。

 

「忘れてた! 魔法は使えねんだった! 二人も魔法使えねぇのか!?」

 

ナツさんに言われ、手に力を入れて試してみるが、魔法が発動する気配はない。

 

「やっぱり僕の魔法も使えません!」

 

「私もダメです!」

 

「くっそぉぉ!! こうなったら魔法が使えなくてもやってやんぞコラァ!!!」

 

ナツさんは足を止めて振り返り、蛙を殴り付けるが、果たしてダメージはないようで返り討ちにあう。

 

「ナツさん!!」

 

宙に浮いたナツさんに止めをさそうと迫る蛙を、突如現れたルーシィさんが見事に撃退した。

 

「怖いルーシィ!」

 

「怖いルーシィさん!」

 

「怖くて強いルーシィさん!」

 

「喧嘩売ってんのかお前ら!?」

 

ルーシィさんが僕達に怒鳴っている隙に、さっきの蛙が逃げ去っていく。

 

シャルルがルーシィさんになぜここにいるのかを聞くと、ルーシィさんは頬を染めてナツさんを一瞥する。

 

「心配してるわけじゃねぇからな……」

 

「何だかんだ言ってもやっぱルーシィだな、お前」

 

ナツさんはそう言いながらルーシィさんの肩に手を置いた。

 

「どんなまとめ方だよ!」

 

「そういうツッコミとか!」

 

と言ってエドルーシィさんの肩を叩くナツさんの元にハッピーが行き、二人で悪戯な笑みを浮かべる。

 

「ルーシィにこの怖いルーシィ見せたいね!」

 

「どんな顔すんだろうな……本物は!」

 

ニヤニヤと笑う二人に、ルーシィさんの「私は偽物かい!」という叫び声と共に放たれた強烈な蹴りが炸裂する。

蹴られた頬を押さえ悶絶するナツさんにルーシィさんは技をかけて追い討ちし、それを見た僕達は震え上がっていた。

 

「やっぱり怖い……」

 

「この光景が5日も……」

 

「恐ろしいですね……」

 

「ホントに先が思いやられるわ……もぅ……」

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

エドルーシィさんと合流して数日後。

魔法の武器を持たずに旅を続けるのは難しいという事で、僕達はルーエンの町に来ていた。

 

「ちょっと前までは、魔法は普通に売買されてたんだ。でも王国のギルド狩りがあって、今は魔法の売買は禁止されている。それどころか、所持しているだけで罪になるんだ」

 

魔法を売っている店に行くためルーシィさんの後をついて歩いていると、エドラスに起こったことを語ってくれる。

所持しているだけで罪になると聞いたウェンディが、元から魔法を使える人はどうなるのかを尋ねる。

 

「え? どうって……魔法を手放せばいいだけだろ? つぅか、魔法を元から使える人ってなんだよ?」

 

返ってきた思いがけない回答に、僕達は顔を見合わせる。

 

「なるほど……そういう事ですか」

 

顎に手を添えたフィールが何か分かったらしく、どういう事か解説してもらう。

 

フィールの考察によると、こっちの世界じゃ魔法は物みたいなもののようで、僕達のように体内に魔力を持つ人間はいないと言う。

魔力を持つのはラクリマ等の物質で、それを武器や生活用品に組み合わせた魔法の道具。それらを総称して魔法と読んでいるらしい。

 

「こっちの魔導士って、魔法の道具を使うだけなのか?」

 

ナツさんの疑問に、シャルルが「さぁ?」と言葉を返すと、ルーシィさんが足を止める。

 

「着いたよ、この地下に魔法の闇市がある。旅をするなら必要だからね」

 

口角を吊り上げたルーシィさんが先導して地下に入り、その先にあった店で魔法を探す。

 

 

ウェンディやエクシード達と一緒に魔法を見て回り、側にあった棚の一番下を覗いて見ると、ハッピーが興味を示した。

 

「おぉ……なんか怪しい物がいっぱい並んでる!」

 

「て言うかこの店、なんかカビ臭いわね……」

 

「商品も埃をかぶってますし……」

 

懸念を抱くシャルルとフィールに、その会話が聞こえていたのか店主さんが反応する。

 

「ほほほ……そりゃ何てったって歴史深い骨董品が多いですからな。カビとか傷とか匂いとかは、いわゆる味と言うやつですよ、お客さん」

 

「味なんてどうでもいいんだよ……大事なのは使えるかどうか、結構パチもんも多いから買う時はよく点検しな」

 

ルーシィさんの忠告を聞き、ナツさんは店主さんに炎系の魔法はないかと尋ねると、店主さんは笑みを浮かべながら赤色の柄を取り出す。

 

「こちらなんかどうでしょう? エドラス魔法、"封炎剣"。ここをこうやって……」

 

店主さんが魔法道具をいじると、炎の刀身が出現する。

ナツさんは「ショボい炎だな……」と不満を言っていたが、その道具を購入するようだ。

 

 

 

「あ、これとかどうかな?」

 

ウェンディが手に取ったのは青色の筒状の物体。

 

「なにそれ?」

 

「小さくて可愛いでしょ? テューズの分もあるよ!」

 

そう言ってウェンディは棚から同じ形状の赤色の物を取り出して僕に渡す。

というか僕のはそれで決定なのだろうか。

 

「それは"空烈砲"と言いましてな……外見はただの可愛い小箱ですが、ここをこうして少し開ければ!」

 

店主さんが空烈砲を開けると周囲に風が発生し、ウェンディはその魔法を「なんかロマンチック……」と言って購入を決める。

次に店主さんは僕の前に来たので、手に持っている道具を渡してどんな魔法かを説明してもらう。

 

「そちらは空烈砲と同系の魔法、"水烈砲"でございます。同じようにこうして開けば……」

 

「おぉ……」

 

すると、さっきとは違って周囲に水が発生した。

元々水の魔法を使う僕は水烈砲を気に入ったので、これを購入することにする。

 

「よし、この三つをくれ」

 

選んだ魔法をナツさんが手渡し、店主さんが会計をする。三つで30000のところを27000に割り引きしてくれると言うが、ナツさんはその値段に顔をしかめる。

 

「たけぇな……」

 

「何分品物も少なくて貴重なので……」

 

「つぅか、大事なこと忘れてたけどお前ら金は?」

 

ルーシィさんの問いに、ナツさんは笑いながら持っていないと告白する。

当然僕もウェンディもお金を持っていない。

 

「ルーシィ、払っておいてくれ」

 

「……まぁいい! ここは私が奢ってやるよ」

 

とルーシィさんが言うと、店主さんは慌ててお金はいらないと言い始める。

何でも以前ルーシィさんに助けてもらったのだとか。

 

「じゃあ、遠慮なくいただくよ」

 

「ありがとな、おっちゃん」

 

僕達も店主さんにお辞儀をして店を出る。

 

 

 

 

「あっちのルーシィとは違って、怖いルーシィは頼りになるね!」

 

「だから、怖いをつけるなって……!」

 

店を出るとハッピーがルーシィさんを褒めようとするが、"怖い"という部分に反応したルーシィさんは青筋を立て、口元をひくひくと引き攣らせる。

 

「しかも、ここらじゃ結構顔って感じだもんな!」

 

「ホント助かりました!」

 

「ありがとうございます!」

 

みんなで感謝を述べると、ルーシィさんは僅かに頬を染めて僕達から視線を外し、頬をかきながら僕達の世界のルーシィさんについて尋ねてくる。

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

「ぷははははは!!!!」

 

場所を広場に移し、そこにあったテーブルに座ってルーシィさんがどういう人物かを話すと、エドルーシィさんはテーブルを叩きながら涙を浮かべて腹を抱える。

 

「あたしが小説書いてんの!? そんでもってお嬢様で、鍵の魔法使って……あははははは!! ダメだ、想像したら笑いが……ぷっ……くく……」

 

「喧しいとこはそっくりだな!」

 

と笑顔で言い放ったナツさんに、ルーシィさんは「喧しい言うな!」と言って目を吊り上げる。

 

「さっき買ったこれ、どう使うんだっけ? テューズ分かる?」

 

ウェンディに言われて水烈砲を開こうと弄ってみるが、全く開かない。

考えてみれば僕達は店主さんが使うのを見ただけで、どうやって使うのか説明を受けてなかった。

 

「バカッ! 人前で魔法を見せるな!!」

 

ルーシィさんは血相を変えて僕達の手を掴んでテーブルの下に隠すと、周囲を見回して何も起こらないことを確認する。

 

「今現在、魔法は世界中で禁止されてるって言っただろ」

 

「「ごめんなさい」」

 

と謝ると、フィールが「でも、魔法は元々生活の一部だったんですよね? 一体何のために?」とルーシィさんに問いかける。

 

「自分達だけで独占するためだよ」

 

「じゃあ、王国の奴らやっつければまた世界に魔法が戻ってくるかもな!」

 

笑いながら話すナツさんの言葉を聞いたルーシィさんは、音を立てて立ち上がる。

 

「なにバカなこと言ってんだよ!? 王国軍となんか戦えるわけねぇだろ!」

 

「だったら、何でついてきたんだ?」

 

「それは……王都までの道を教えてやろうと……戦うつもりなんて無かったんだ」

 

ルーシィさんは視線を逸らし、悲しげにそう言うが、ナツさんはそんなルーシィさんに「そっか、ありがとな!」と満面の笑みで言う。

言われたルーシィさんが顔を赤くし、悔しそうに唇を噛み締めた時、怒号が響いた。

 

「いたぞ!! あっちの出入口を封鎖しろ!」

 

声の発せられた方に目を向けると、武装した集団が僕達に迫っていた。

 

「妖精の尻尾の魔導士だな! そこを動くな!」

 

「王国軍!? もうばれたのか!?」

 

「よーし……早速手に入れた魔法で――」

 

ナツさんが懐から封炎剣を取り出すのを見てたルーシィさんが制止をかけるが、ナツさんは聞こえてないようで兵士達に向かって炎を射出する。

 

「テューズ! これどうやって使うんだっけ!?」

 

「分かんないよ!」

 

僕達が魔法を発動させるために箱を開こうと四苦八苦していると、ナツさんが炎を止める。

 

「へへへ……どうよ!――って盾!?」

 

炎が晴れ、見えた光景は透明なバリアを張っている無傷の兵士達の姿だった。

 

ナツさんはもう一度魔法を発動させようとするが、柄からは炎ではなく煙が発生し、不発に終わる。

 

「魔力は有限だって言っただろ! 全部の魔法に使用回数が決まってるんだ!」

 

「一回かよこれ!?」

 

「出力を考えれば100回位は使えたんだよ!!」

 

僕達が魔法を使えない事を確認した兵士達は、不敵な笑みを浮かべて僕達に迫ってくる。

 

「不味いよぉ!」

 

というハッピーの悲鳴を聞きながら水烈砲を捻り、力一杯に引っ張ると開いた。

隣のウェンディも同じく空烈砲が開いたが、さっき店主さんが見せてくれた時の出力とだいぶ違う。

 

「「あれ?」」

 

と僕達が疑問に思った刹那、水と風の竜巻が発生して僕達を呑み込む。

 

「お前ら何したぁぁ!?」

 

と言うナツさんの絶叫と共に、竜巻は遠くの民家に衝突して消え去った。

 

 

 

 

「いたたた……」

 

痛む体を起こして周りを見ると、みんなも体を起こし始める。

 

「なんとか助かった見たいね……」

 

シャルルは体にかかった塵を払いながら辺りを見回す。

 

「ここが誰も住んでいない家でよかったわね」

 

ここは家畜用の家だったようで生活用品などは一切なく、代わりにあるのは床いっぱいに敷き詰められた藁や、鍬だけだった。

 

「藁が敷いてあったのは幸運だった、全員怪我はねぇな?」

 

安否を確認するルーシィさんに無事を告げた時、外が騒がしくなってきた事に気づいた。

 

「王国軍が追ってきたのかな……」

 

ハッピーの不安を聞き、ルーシィさんは扉に空いた穴から外の様子を覗く。

 

「これじゃあ出れそうにないな……」

 

「不便だな……こっちの魔法」

 

封炎剣をいじりながら不満を漏らすナツさんに同意すると、フィールが「別の出入口は無いみたいですね」と報告してくれる。

 

「居たぞ! 妖精の尻尾だ!」

 

突然聞こえた声に全員の肩がビクッと跳ねる。

 

「離してよ!」

 

聞こえてきた聞き覚えのある声に、少しだけ扉を開けて様子を見る。

 

「お前はルーシィだな!」

 

「確かにルーシィだけど、何なの一体!」

 

兵士に捕まった不機嫌そうな表情のルーシィさんを見て、僕達の目が点になる。

 

「ルーシィ!?」

 

「私!?」

 

「痛いってば!」

 

兵士が掴む力を強めたのか、ルーシィさんの顔が苦痛に歪む。

 

「助けねぇと!」

 

ナツさんがエドルーシィさんの制止を振り切って飛び出した時、ルーシィさんが金色に輝く鍵を振りかざす。

 

「開け、天蝎宮の扉――!」

 

「ダメですルーシィさん!」

 

「こっちの世界じゃ魔法は使えないんです!」

 

と僕とウェンディが叫ぶが、ルーシィさんは鍵を降り下ろす。

 

「――スコーピオン!!」

 

「ウィーアー!!」

 

光と共に現れたスコーピオンさん。

魔法は使えないはずのルーシィさんが星霊魔法を使えたことに、全員が驚きを隠せずにいる。

 

「サンドバスター!」

 

スコーピオンさんが尻尾から砂嵐を巻き起こし、兵士達を撃退する。

 

「魔法……」

 

「なんで……?」

 

「オレっちこれからアクエリアスとデートなんで」

 

と告げて姿を消すスコーピオンさん。

ナツさんがルーシィさんに声をかけると、ルーシィさんがこっちに気づいて駆けてくる。

 

「みんな……会いたかったぁ!!」

 

「何がどうなってるんだ……」

 

「あい……」

 

笑みを浮かべ、手を大きく振りながら駆けてくるルーシィさんだが、エドルーシィの姿を見て動きが止め、少しの沈黙の後に驚愕の叫びを上げた。

 

「あたしぃぃ!?」

 

 

 

 

 




至らぬ点などあれば、言っていただけると嬉しいです。


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ファイアボール


少し更新が遅れましたね、すみません。




 

 

 

 

「ま、まさか……こいつがアースランドの……」

 

「これが……エドラスのあたし……」

 

二人のルーシィさんがお互いに見つめあう中、王国軍の兵士達の増援が到着したようで、いつの間にか僕達を取り囲んでいた。

 

「居たぞ!」

 

「話は後回しにしましょ!」

 

「このままじゃ捕まっちゃうよ!」

 

ハッピーの叫びを聞いて、兵士達と対峙する。

 

「ナツ、早くやっつけて!」

 

「どうやって?」

 

「あんたの魔法で、決まってんでしょ?」

 

兵士達を指さしてナツさんに指示するルーシィさんに、ナツさんは目を細めて魔法が使えない事を告げると、ルーシィさんを睨み付ける。

 

「つぅか! お前はなんで使えるんだ!?」

 

「し、知らないわよ!」

 

ルーシィさんとナツさんが揉めてる中、兵士達がジリジリと距離を詰めてくる。

 

「ルーシィ!」

 

「あいつらをやっつけて!」

 

「お願いします!」

 

「ルーシィさんしか魔法が使えないんです!」

 

「ルーシィさんだけが頼りなんです!」

 

みんなでルーシィさんに頼み込むと、ルーシィさんは真面目な表情で「もしかして今のあたしって最強?」と呟き、ナツさんが早くやるように怒り叫ぶ。

 

「開け、白羊宮の扉! アリエス!」

 

「あ、あの……がんばります…」

 

現れたアリエスさんを見たハッピーは「もこもこー!」と歓喜の声を上げ、エドルーシィさんや王国兵達は愕然としている。

 

「アリエス! あいつら倒せる!?」

 

「は、はい! やってみます!」

 

アリエスさんはそう言うと、兵士達に羊毛の塊をぶつける。

羊毛をぶつけられた兵士達は、

 

「気持ちいい~」

 

「優しい~」

 

「あふ~ん」

 

と頬を緩め、それを見たアリエスさんは困惑している。

 

「あれ? 効いているんでしょうか?」

 

「効いてる効いてる! 続けてやっちゃって!」

 

ルーシィさんの指示を受け、アリエスさんは兵士達に羊毛の塊をぶつけ続ける。

 

「みんな! 今のうちよ!」

 

「ナイスルーシィ!」

 

アリエスさんが足止めをしている間に、僕達は町を出て森へ避難した。

避難した森の倒木に座って休んでいる間に、ルーシィさんにエドラスに来た経緯を話してもらう。

 

「……という訳で、アニマが街をのみ込む瞬間ホロロギウムが助けてくれたの。空間の歪みを感じたとか言ってね、一時的に別空間にかくまってくれたみたい」

 

そして何もない広野に一人取り残されているとミストガンが来て、一方的に事情を聞かせてルーシィさんをこっちの世界に飛ばしたらしい。

 

「ミストガン!?」

 

「あいつは何者なんだ?」

 

というナツさんの疑問に「知らない」と答えるルーシィさんに、ハッピーが「なんでルーシィだけこっちで魔法が使えるの?」と尋ねる。

 

「うーん……もしかしてあたし、伝説の勇者的な――」

 

「無いな」

 

「――いじけるわよ」

 

涙目になったルーシィさんだが、その表情はすぐに真面目なものに変わる。

 

「正直わかんないわよ……ナツが魔法を使えないんじゃ、不利な戦いになるわね……」

 

「……てめぇら、本気で王国とやり合うつもりなのか?」

 

真剣な面持ちで尋ねるエドルーシィさんに、ナツさん達は当然だと即答する。

 

「仲間のためだからね!」

 

「魔法もろくに使えねぇのに王国と……」

 

暗い表情で呟くエドルーシィさんに、「ちょっと! あたしは使えるっての!」とルーシィさんが噛みつく。

 

「ここは、妖精の尻尾(現)最強魔導士のあたしに任せなさい!! 燃えてきたわよ!!」

 

「情けねぇが……」

 

「頼るしかないわね」

 

「不本意ですが」

 

「あい」

 

すっかりその気になったルーシィさんに、ナツさん達は不安げに呟く。

 

「頑張れルーシィさん!」

 

「頼りにしてます!」

 

僕とウェンディの言葉に気を良くしたルーシィさんは、さまざまなポーズを取り始める。

 

(不思議な奴らだ……こいつらならもしかして……本当に世界を変えちまいそうな……そんな気がするなんて……)

 

みんな一緒に騒いでいた僕は、この時エドルーシィさんが複雑な表情で僕達を見ていた事を知らない。

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

エドラス シッカの街

 

 

 

「あー……この魔力の量じゃ、二人分でギリギリだな…」

 

「申し訳ありません。この量で限界です」

 

僕達は現在、シッカの街にある闇市に来ている。

というのも、本当はこの街では宿で休むことが目的で来たのだけれど、さっきの兵士達との戦闘で僕達の道具の魔力が切れたため補充をしようとエドルーシィさんに言われたからだ。

 

「どうすんだ、お前ら」

 

魔力を補充できるのは二人分が限界という事で、僕達は顔を見合わせる。

 

「とりあえず、戦力的にナツは決定でしょ? 後は……」

 

と言って、ルーシィさんは僕とウェンディを交互に見る。

 

「ウェンディかしら」

 

「当然、ウェンディね」

 

「ウェンディですね」

 

「ウェンディだな」

 

「あい! オイラもウェンディだと思います」

 

と、この通り全員一致でウェンディになった。

僕も別に異論はないので、ウェンディに魔力を補充してもらって宿に移動する。

 

 

 

「ホテルの人からエドラスの地図を借りてきました」

 

「アースランドの地形とあまり変わらないね」

 

ウェンディが借りてきた地図を机に広げると、シャルルが場所の説明をしてくれた。

 

「王都までまだまだ遠いな……」

 

「しかも、王国軍に見つからないよう気を付けないといけないですし、到着までどのくらいかかるか分かりません」

 

ナツさんにそう言った時、お風呂に入っているはずのルーシィさんの声が聞こえたため視線をそっちに移すと、バスタオル姿のエドルーシィさんが立っていた。

 

「こいつとあたし、体まで全く同じだよ!」

 

「だ――っ!! そんな格好で出てくな――!!」

 

「エドルーシィさん!? ナツさんとテューズが居るんですよ!?」

 

焦るウェンディを気にせず、「あたしは構わないんだけどね」と言ってナツさんの前に足を進めるエドルーシィさんをルーシィさんが「構うわ!!」とツッコミながら止める。

 

「賑やかだね、W(ダブル)ーシィ」

 

「Wーシィ?」

 

「それ、うまい事言ってるつもりなの?」

 

と会話しているフィール達をよそに、ナツさんはルーシィさん達を凝視する。

 

「なんだナツ、見たいのか?」

 

「やめて!」

 

エドルーシィさんが胸元をはだけさせると、シャルルが僕を睨み、ウェンディが僕の視界を遮る。

 

「あんたには刺激が強いわね」

 

「めっだよ!」

 

(なんでさ……そのくらい平気だよ……)

 

二人の言葉に心の中で異論を唱えていると、「ぷっ!」と噴き出す声が聞こえ、ウェンディの手がどけられた。

 

「な、何がおかしいのよ……そぉかぁ……あたしよりエドルーシィの方がスタイルがいいとかそういうボケかましたいのね?」

 

眉間に皺を寄せるルーシィさんの横でエドルーシィさんが鼻を鳴らして笑っているが、ナツさんは笑いを堪えながら、

 

「自分同士で一緒に風呂入んなよ……ぷふっ!」

 

と言い放ち、二人のルーシィさんは衝撃を受ける。

 

((言われてみれば!!))

 

「それにしても、ホントに見分けがつかない程瓜二つですね」

 

ナツさんの言葉に衝撃を受けて固まっている二人にそう言葉をかける。

 

「まさかケツの形まで一緒とはな」

 

「そういう事言わないでよ!」

 

ルーシィさんがお尻を押さえながら叫ぶと、ナツさんが何かを閃く。

 

「鏡のモノマネ芸できるじゃねぇか!!」

 

「「やらんわ!!」」

 

息ぴったりでツッコミを入れる二人に、シャルルとフィールが冷たい視線を送る。

 

「息もぴったりなんですか」

 

「悲しいわね」

 

「てか、二人共服着たら?」

 

ハッピーに指摘され、パジャマに着替えたルーシィさん達をナツさんが再び凝視する。

 

「お前らホントに見分けつけにくいな……」

 

「確か、髪型を弄ってくれる星霊も居るんだよな?」

 

尋ねられたルーシィさんが、キャンサーさんを呼び出す。

 

「お久しぶりですエビ」

 

「蟹座の星霊なのにエビ?」

 

口角を吊り上げ、そうツッコむエドルーシィさんを見て、ルーシィさんが「やっぱりそこにツッコむか! 流石あたし!」と嬉しそうに言う。

 

エドルーシィさんがキャンサーさんに散髪を頼み、キャンサーさんは一瞬で髪を短く切る。

 

「こんな感じでいかがでしょうかエビ」

 

「うん、これでややこしいのは解決だな」

 

あっさりと髪を切ったエドルーシィさんに、ルーシィさんは本当によかったのか尋ねると、エドルーシィさんは不思議そうな顔をする。

 

「アースランドじゃ、髪の毛を大切にする習慣でもあるのか?」

 

「まぁ、女の子はみんなそうだと思うエビ」

 

「女の子ねぇ……」

 

キャンサーさんの返答にエドルーシィさんは頭を掻き、表情を悲しそうなものに変えて既に暗くなった窓の外を眺める。

 

「こんな世界じゃ男だ女だって考えるのもバカらしくなってくるよ。生きるのに……必死だからな……」

 

「でも、こっちのギルドのみんなも楽しそうだったよ?」

 

というハッピーの問いに、エドルーシィさんは悲しそうに笑う。

 

「そりゃそうさ。無理にでも笑ってねぇと、心なんて簡単に折れちまう。それに、こんな世界でもあたし達を必要としてくれる人達が居る。だから……たとえ闇に堕ちようと、あたし達はギルドであり続けるんだ」

 

その言葉を聞いたナツさんは笑顔を浮かべるが、エドルーシィさんは俯いて拳を握り締める。

 

「でも、それだけじゃダメなんだよな……」

 

「え?」

 

エドルーシィさんの呟きにルーシィさんが疑問符を浮かべるが、エドルーシィさんは「いや、なんでもねーよ」と返し、それ以上は何も言わなかった。

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

「信じらんないっ! 何よこれ!?」

 

突然耳に入ったルーシィさんの叫び声で目を覚まし、瞼を擦りながらルーシィさんに訳を尋ねる。

 

「どうしたんですか……ルーシィさん……」

 

「朝っぱらからテンション高ぇな……」

 

「エドラスのあたしが逃げちゃったのよ!」

 

そう言ってルーシィさんは僕達にメモ紙を差し出したので、紙を受け取って読み上げる。

 

「王都へは3日歩けば着く、あたしはギルドに戻るよ。じゃあね、幸運を」

 

「手伝ってくれるんじゃなかったの!? もぉ! どういう神経してんのかしら!!」

 

顔を真っ赤にして怒っているルーシィさんに、ハッピーが「ルーシィと同じじゃないの?」と問いかけるが、「うるさい!!」と一蹴されてしまう。

 

「仕方ないですよ、元々戦う気はないって言ってましたし」

 

「だな」

 

みんなで宥めようとするも、ルーシィさんは険しい表情で振り返る。

 

「あたしは許せない! 同じあたしとして許せないの!!」

 

グルル……と唸るルーシィさんに、ナツさんが「まぁいいじゃねぇか」と鎮めようとするが、ルーシィさんの怒りは結局収まらなかった。

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

「うわ、もう機嫌直ってる」

 

「本屋さんで珍しい本見つけて嬉んだろうね」

 

「凄い喜んでたもんね」

 

あの後、街に出て色々なものを見ていると、ルーシィさんは本屋さんに寄って珍しい本を見つけたとかで、朝とは一転して上機嫌で歩いている。

 

「あれは喜び、というよりも興奮って感じでしたけどね」

 

フィールの言葉に、ルーシィさんの様子を思い出す。

本を見つけて鼻息を荒くしていたあの様子には、店主さんも若干引いていた。

 

「何の本買ったんだよ、ルーシィ」

 

「こっちの世界の歴史書。あんた達も、この世界について知りたいでしょ?」

 

と尋ねるルーシィさんに、ナツさんは「別に」と言って興味なさそうにしていると、ルーシィさんが歴史書を空に掲げる。

 

「歴史書が物語ってるわ! この世界っておもしろい!! 例えばここなんて――」

 

「興味ねぇって」

 

何かを話そうとしてナツさんの言葉に遮られたルーシィさんがナツさんを睨み付けた時、何かの音が聞こえ、僕達の居た場所が薄暗くなった。

 

「なにっ!?」

 

「あそこ!」

 

上空を見ると、巨大な飛行船が僕達の上を飛んでいた。

 

「急げー!!」

 

「すぐに出発するぞ!!」

 

「っ!? 隠れて!!」

 

慌てた様子で走る王国軍を見て、建物の陰に隠れて会話を盗み聞く。

 

「あの巨大魔水晶(ラクリマ)の魔力抽出がいよいよ明後日なんだとよ!」

 

「乗り遅れたら世紀のイベントに間に合わねぇぞ!」

 

会話を聞いたみんなの顔が険しくなる。

 

「巨大魔水晶って……」

 

「マグノリアのみんなの事だ……」

 

「魔力抽出が2日後!?」

 

「歩いていったら間に合いませんよね……」

 

シャルルが俯いて、魔力抽出が始まったらもう二度と戻せないと告げ、それを聞いたナツさんは汗を浮かべて飛行船を奪う事を提案する。

 

「奪う!? あの飛行船をですか!?」

 

「ふ、普通、潜入とかなんじゃ?」

 

「だって隠れんのヤダし……」

 

と口を尖らせるナツさんに、ハッピーが「ナツが乗り物を提案するなんて珍しいね、どうしたの?」と問いかけると、ナツさんはニヤリと笑みを浮かべる。

 

「ふふふ……トロイアがあれば乗り物など――」

 

「私達魔法使えませんよ?」

 

「テュ、テューズが居――」

 

「僕も無理ですよ?」

 

すかさずそう告げると、ナツさんは目を逸らして「この案は却下しよう」と言い出し、シャルルとフィールが「オイ!」とナツさんにツッコミを入れる。

 

「あたしは賛成よ! それに、奪わなきゃ間に合わないじゃない!」

 

「でもどうやって奪うんですか?」

 

と尋ねると、ルーシィさんは鼻を高くしてポーズを決める。

 

「あたしの魔法で。知ってるでしょ? 今のあたし、最強――って」

 

その様子を見たナツさんは不安げに小さくため息をつくが、ルーシィさんは気づいていない。

 

「ルーエンの街で戦ってわかったのよ。どうやら魔法はアースランドの方が進歩してるんじゃないかってね」

 

「確かにそうかもですね」

 

「まぁ見てなさい!」

 

みんなの声援を受けて飛び出して行くルーシィさん。

 

「開け、獅子宮の扉! ロキ!」

 

と叫んで鍵を降り下ろすが、出てきた星霊はバルゴさんだった。

 

「ちょっと!? どういう事!?」

 

「お兄ちゃんはデート中ですので、今は召喚できません」

 

「お、お兄ちゃん!?」

 

困惑するルーシィさんに、「以前、そう呼んで欲しいとレオ様より」とバルゴさんがお兄ちゃん呼びの経緯を話す。

 

「バッカじゃないのあいつ!!」

 

「あいつルーシィだ! 捕まえろ!!」

 

「どうしよう! あたしの計算じゃロキなら全員やっつけれるかもって……」

 

迫り来る兵士達と、涙目で困惑しているルーシィさんの間にバルゴさんが入り込む。

 

「姫、僭越ながら私も本気を出せば―――踊ったりもできます!」

 

と踊り出すバルゴさんにルーシィさんは「帰れ!」と叫ぶ。

そんな事を気にせず迫ってくる兵士達を前に、ハッピーがアクエリアスさんを出すようルーシィさんに助言する。

 

「いや、ここ水ないし!」

 

「テューズの水烈砲なら水を出せると思うよ?」

 

急いで水烈砲を取り出すと、ナツさんとウェンディが魔法を構えて前に飛び出す。

 

「やるしかねぇな……こっちのルールで!」

 

「もう使い方は大丈夫です! 私達で時間を稼ぐから今のうちに!」

 

が、すぐにナツさんとウェンディが兵士達にやられてしまう。

 

「ナツとウェンディが全然ダメだぁ!? テューズ、早く水出してぇ!」

 

水烈砲を捻って開くと水が発生する……が、発生したのは一滴だけでそのまま地面に落ちてしまった。

 

「魔力切れ……」

 

「こっちも全然ダメだぁ!?」

 

ナツさんとウェンディは魔力を補充したが、僕は補充できていない事をすっかり忘れていた。

 

「マズイわ! 飛行船が!」

 

「飛んでいってしまいます!!」

 

「あれに乗らなきゃ間に合わないのに!」

 

ウェンディが悲痛な叫びを上げるが、僕達は全員兵士達に取り押さえられているため、飛行船が飛んでいくのを見ていることしかできない。

その悔しさに奥歯を噛み締めていると、遠くからエンジン音が聞こえ、その音は段々と近づいてくる。

 

「なんだ……?」

 

ナツさんがそう呟いた瞬間、妖精の尻尾の紋章がついた魔導四輪が突っ込んできて兵士達を吹き飛ばし、車の扉が開いた。

 

「ルーシィから聞いてきた、乗りな」

 

急いで全員が車に乗り込むと、エンジンがかけられる。

 

「とばすぜ、落ちんなよ? GO(ゴー)! FIRE(ファイア)!!」

 

車は凄まじいスピードで街を駆け抜け、荒野を走る。

 

「助かったわ」

 

「ありがとうございます!」

 

「ナツさん、大丈夫ですか?」

 

「お……おおお……うぷ……」

 

ルーシィさんとウェンディが運転手さんにお礼を言っている中、僕は隣で気持ち悪そうにしているナツさんの背中を擦る。

 

「王都へ行くんだろ? あんなオンボロ船より、こっちの方が速ぇぜ? ふふ……妖精の尻尾(フェアリーテイル)最速の男――」

 

運転手さんが着けていたゴーグルを上に上げ、その素顔を見た僕達に衝撃が走る。

 

「――"ファイアボール"のナツとは、オレの事だぜ」

 

「「「ナツ――っ!?」」」

 

「オ、オレ……?」

 

エドナツさんは、助手席に座っているルーシィさんを一瞥し、バックミラーで後ろの様子を眺める。

 

「ルーシィが言ってた通り、そっくりだな……で? あれがそっちのオレかよ……情けねぇ」

 

「こっちのナツさんは、乗り物が苦手なんです……」

 

苦笑いしながらエドナツさんに説明すると、「それでもオレかよ?」とナツさんを見てニヤリと笑う。

 

「こっちのオレはファイアボールって通り名の、運び専門魔導士なんだぜ?」

 

「この魔導四輪、SEプラグついてないよ!?」

 

ハッピーに言われて、みんな初めてSEプラグがないことに気づく。

 

「SEプラグ?」

 

「ウェンディ知らないの?」

 

若干驚きつつそう尋ねると、ウェンディは後頭部に手を当てて恥ずかしそうに笑う。

 

「セルフエナジープラグ。運転手の魔力を燃料に変換する装置よ」

 

「そっか、こっちじゃ人が魔力を持ってないから、SEプラグは必要無いんだ」

 

「何よ、車に関してはアースランドより全然進んでるじゃない」

 

ルーシィさんの出した答えに納得し、完全に魔法のみで走っているこの車に感心していると、フィールがそれを否定する。

 

「いえ、魔力が有限である以上燃料となる魔力もまた有限。もう分かっているでしょうが、エドラスでは魔力は貴重なものになっていますから……」

 

フィールが語り終えると、車が突然停止する。

 

「そういう事だ。だから、オレが連れてってやるのはここまでだ。降りろ」

 

「「「え!?」」」

 

エドナツさんはハンドルから手を離すと、驚いている僕達を睨み付ける。

 

「これ以上走ったらギルドに戻れなくなるんだ。あいつら……また勝手に場所を移動したからな……」

 

「うぉぉ!! 生き返ったぁ!!」

 

突然声が聞こえ、外を見るといつの間にかナツさんが外に出ていた。

 

「もう一人のオレは物分かりがいいじゃねぇか……さ、降りた降りた!」

 

そう言うと、エドナツさんは僕達を掴んで外へ放り投げる。

 

「王国とやり合うのは勝手だけどよ……オレ達を巻き込むんじゃねぇよ。今回はルーシィの頼みだから仕方なく手を貸してやった。だが面倒はごめんだ、オレは……ただ走り続けてぇ」

 

座り込んでいるルーシィさんを見て「ルーシィつってもお前じゃねぇぞ?」と付け足すエドナツさんを、ナツさんが掴み上げる。

 

「お前も降りろ!」

 

「ばっ! てめぇ! 何しやがる!?」

 

「同じオレとして一言いわせて貰うぞ!」

 

ナツさんは必死に抵抗するエドナツさんを無理矢理引きずり下ろす。

 

「お前……なんで乗り物に強ぇ?」

 

「そんな事かい!?」

 

ルーシィさんがナツさんにツッコミを入れるが、エドナツさんの様子がおかしい。

手で顔を隠し、体を小さくして震えている。

 

「ご、ごめんなさい……僕にも……よく分かりません!」

 

 

 

 

 





エドラス編、思ってたよりも時間かかりそうですね。
どう動かすかなど、現在大魔闘演武編までは決まっているんですが、文にすると大変で……大魔闘演武編など、考えていてもそこまで行くのにどのくらいかかるのやら……



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おかえりなさいませ



UA15000、お気に入り100を突破しました!
ありがとうございます!! 凄く嬉しいです!


 

 

 

 

 

「ご、ごめんなさい……僕にも……よく分かりません!」

 

突然さっきまでの態度とは一転し、ビクビクと体を震わせて怯えるエドナツさんを見て、僕達は目を丸くする。

 

「……お、お前……本当にさっきまでのオレ?」

 

恐る恐る近づき、声を震わせながら質問するナツさんに、エドナツさんは泣きながら返答する。

 

「は、はい! よく言われます! 車に乗ると性格変わるって!」

 

「こっちがホントのエドナツだぁ!?」

 

その様子を見たハッピーが顔に沢山の汗を浮かべながら叫ぶと、エドナツさんは「大きな声出さないで! 怖いよ……!」と言って体を小さくする。

 

その光景に愕然としているナツさんに、ルーシィさんがニヤニヤと笑いながら「鏡のモノマネ芸でもする?」と問いかける。

 

「ごめんなさい! ごめんなさい! でも僕には無理です……ルーシィさんの頼みだからここまで来ただけなんですぅ!!」

 

「いえいえ、無理しなくていいですよ?」

 

頭を下げてそう訴えるエドナツさんにウェンディが優しく声をかけると、エドナツさんは落ち着いたようで頬を緩ませる。

 

「もしかして、ウェンディさんですか? わぁ……ちっちゃくて可愛い……それで隣に居るのが……ひっ!?」

 

エドナツさんは僕を視認すると、車の後ろに素早く隠れた。

 

「テューズさんがウェンディさんの隣に!? お願いですから喧嘩しないで!!」

 

「あ、いや……喧嘩しませんから安心して下さい」

 

「ホントに……?」

 

「ホントですよ! ほら?」

 

なかなか信じてくれないエドナツさんを見たウェンディが僕と手を繋いで見せると、エドナツさんがビクビクしながら元の位置に戻る。

 

「ウェンディさんとテューズさんが手を繋ぐなんて……信じられない……それに、こっちのテューズさんもなんだかちっちゃいし可愛い……」

 

小さいと言われた事に若干傷つきながらもエドナツさんが信じてくれた事に安堵すると、ハッピーが一歩前に出て自己紹介をする。

 

「オイラはハッピー! こっちがシャルルでこっちがフィールだよ」

 

「あたしはもう知ってると思うけど――」

 

「ひぃ!? ごめんなさい! なんでもします!!」

 

ルーシィさんを見て再びエドナツさんが隠れてしまい、ナツさんがルーシィさんに文句を垂れる。

 

「お前さ、もっとオレに優しくしてやれよ」

 

 

「こっちのルーシィさんは、皆さんをここまで運ぶだけでいいって……だから僕……」

 

「ここまで?」

 

何も無い荒野だと思っていたが、エドナツさんに言われて辺りを見回すと、ここは少し高い場所だったらしく、大きな都市が見える。そしてその中央に聳え立つ巨大な城。

 

「ここって……」

 

「もしかして王都!?」

 

「大きい……!」

 

王都の近くまで来ていた事を知ったナツさんはエドナツさんの肩に手を回し、「なんだよ! 着いてんならそう言えよ!」と笑みで言うが、それすらも怖かったようでエドナツさんは震えている。

 

「あのどこかに、魔水晶に変えられたみんなが……」

 

「さっさと行くわよ!」

 

「時間がありません!」

 

そう言って駆けていくシャルルとフィールの後を慌てて追って、王都へ足を踏み入れた。

 

 

 

 

王都は今まで訪れた街とは違って住民が皆楽しそうにしており、街の装飾に魔法がふんだんに使われてキラキラと輝いている。

 

「なんだこれ……?」

 

「意外ですね。独裁国家の統治下って言うから、もっと暗い街を想像してました……」

 

「案外簡単に入れましたし……」

 

ルーエンやシッカと違って遊園地のようなこの街に、シャルル達の顔が険しくなる。

 

「魔力を奪ってこの王都に集中させているのよ」

 

「国民の人気を得るために、こんな娯楽都市にしたんですね」

 

「呆れた王様ね」

 

そう言って街を歩いていると、広場の方が騒がしくなっている事に気づき、みんなで見に行ってみる。

 

先頭を走るナツさんの後をついていくと、なにやら凄い人混みが出来ている。

人混みの中を歩いて行くナツさんが突然足を止め、ルーシィさんがナツさんの背中にぶつかり文句を言うが、その表情もすぐに驚愕に変わる。

 

「魔水晶……?」

 

「まさか……マグノリアのみんな……」

 

広場の中央にあったのは巨大な魔水晶で、倒れないように縄で固定され、その周りを兵士達が警備している。

 

「これ、一部分です……」

 

「切り取られた後があるわね」

 

フィール達に言われて魔水晶を凝視してみると、確かに切り取られた跡があり、ルーシィさんがこの大きさで全部ではないことに喫驚している。

 

すると、周りの人達が大きな歓声を上げ、魔水晶の前に建てられた高い演説台に一人の老人が立った。老人が手に持った杖で台をつくと周囲の歓声が止む。この場に集まった人達の中には、涙を流している人もいた。

 

「エドラスの子らよ……我が神聖なるエドラス国は、アニマにより十年分の魔力を生み出した!」

 

「何が生み出しただよ! オイラ達の世界から奪ったくせに!!」

 

「落ち着いてくださいハッピー!」

 

老人の演説が始まると、ハッピーは怒りに顔を歪め、ナツさんも怒りを露にする。

 

「共に歌い、共に笑い、この喜びを分かち合おう!」

 

そう語りながら老人が両手を広げると、周囲から再び歓声が起こる。

 

「エドラスの民にはこの魔力を共有する権利があり! また、エドラスの民のみが未来へと続く神聖なる民族!  我が国からは、誰も魔力を奪えなぁい!!!

 

そして、我はさらなる魔力を手に入れると約束しよう……!」

 

老人は後ろに固定されている魔水晶に杖を突き刺し、魔水晶に小さな亀裂が奔った。

 

「これしきの魔力が、ゴミに思えるほどのなぁ……!」

 

その時、魔水晶に入った小さな亀裂から欠片が落ち、僕の前で地面に当たって砕け散る。

 

手が震え、目に涙が浮かぶ。

今までの仲間達との思い出が脳裏を過ぎり、怒りに震える唇を噛んで一歩前に踏み出すと、誰かが僕の袖を掴んだ。

 

「今はダメ……我慢して……」

 

僕の袖を掴んだウェンディの手は震えており、隣ではルーシィさんが涙を流しながら必死にナツさんを止めている。

その向こうにいるシャルルと目が合うと、シャルルは目を閉じて小さく首を横に振った。

 

「お願い……」

 

震える声でウェンディに言われて握りしめていた手を緩めると、堪えていた涙が頬を伝った。魔水晶に視線を向ける。

 

(みんな……絶対に助けるから……!)

 

その決意を胸に、僕達は広場を後にした。

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

あの後宿に戻ってどのくらい経ったのか、窓から見える太陽は沈みかけており、全員が暗い表情でいる中シャルルが何かを必死に書いていた。

 

「やっぱり我慢できねぇ!! オレは城に乗り込むぞ!!」

 

立ち上がるナツさんに、シャルルが制止をかける。

 

「ちゃんと作戦を立てなきゃ、みんなを元に戻せないわよ!」

 

シャルルの指摘を受けたナツさんには返す言葉がなく悔しそうにしていると、ウェンディが小さく呟く。

 

「みんな、あんな水晶にされちゃって……どうやって元に戻せばいいんだろ……」

 

シャルルは再び何かを書きながら、「王に直接聞くしかないわね」と答える。

 

「教えてくれる訳無いよ……」

 

と僕が呟くと、ルーシィさんが何か思い付いたように立ち上がる。

 

「そうか、王様はみんなを元に戻す方法を知ってるの!?」

 

その問いかけに「恐らくは」と答えると、ルーシィさんが笑みを浮かべた。

 

 

「いけるかもしれない! もしも王様に近づく事ができたら!」

 

「本当か!?」

 

ルーシィさんの言葉にナツさんが食い付き、ウェンディが「どういう事ですか?」と尋ねると、ルーシィさんが説明してくれる。

 

「ジェミニよ! ジェミニは触れた人に変身出来るんだけど、その間、その人の考えてることまで分かるの! つまり王様に変身できれば、みんなを助ける方法が分かるかも!!」

 

ルーシィさんの作戦にナツさんが感心するが、ルーシィさんは顔を険しくして説明を補足する。

 

「ただし、変身できるのは5分間だけ。それと、変身できる人のストックは二人までで、その後変身しちゃうと古い方から変身できなくなっちゃうんだけど……問題はどうやって王様に近づくか……」

 

「流石に護衛が多過ぎて簡単には……」

 

「エドラスじゃ、戦えるのはルーシィさんだけですし……」

 

みんなで王様に近づく方法を考えていると、シャルルが地図の描かれた紙を僕達に見せてきた。

 

「王に近づく方法はあるわ。元々は城から外への脱出通路だったんだけど、街外れの坑道から城の地下へと繋がってるはず」

 

「凄い! でもなんで知ってるの?」

 

ウェンディが声を弾ませてそう問いかけると、シャルルは自分の頭を指しながら答える。

 

「情報よ、断片的に浮かんでくるの。エドラスに来てから、少しずつ地理の情報が追加されるようになったわ」

 

「……私は全く……」

 

「オイラも全然だよ……」

 

ハッピーとフィールが悲しそうに呟くが、「そこから城に潜入できればなんとかなるかも!」というルーシィさんの発言によって、それぞれが気合いを入れる。

 

「よぉし! みんなを元に戻すぞ!」

 

「はい!」

 

「行きましょう!」

 

「あいさー!!」

 

気合いを入れたナツさんが扉に手をかけた時、シャルルが再び制止をかける。

 

「待って、出発は夜よ。今は少しでも休みましょう」

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

日が沈んだ頃、誰にも見つからないように注意しながら目的地である坑道の前に到着する。

 

「ここ?」

 

「えぇ、間違いない」

 

その言葉を聞いたナツさんが坑道に足を踏み入れると、またしてもシャルルが制止をかける。

 

「はやる気持ちは分かるけど落ち着いて、明かりがなければ進めないわ」

 

「そんなもん! オレに任せろ!!」

 

ナツさんが坑道に向かって握り締めた手を突き出すが何も起こらず、フィールに「今は魔法が使えない事を忘れてるんですか?」と指摘される。

 

「魔法を使えるのがルーシィだけじゃ、やっぱりちょっと頼りないね……」

 

「悪かったわね、頼りなくて」

 

ハッピーの呟きはルーシィさんに聞かれていたらしく、突然後ろから言われてハッピーの肩が小さくはねる。

 

「あ、ごめん聞こえちゃった?」

 

「ルーシィさん、それは?」

 

ウェンディにそう尋ねられ、ルーシィさんは「んふふふふふ……」と笑いながら松明を僕達に見せる。

 

「あそこの小屋から持ってきちゃった! 布を巻いて油を染み込ませて来たから、後は火をつければ大丈夫!」

 

「火はどこで手に入れるんですか?」

 

思った疑問を口に出すと、ルーシィさんは言葉を詰まらせる。

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

「なんでオレがこんな事しなきゃなんねんだよ!」

 

「仕方ないでしょ! 無くなって初めて分かる魔法のありがたみってとこよね……!」

 

結局、ルーシィさんが取った行動は原始的な火起こし。そしてそれにナツさんも巻き込まれ、二人で地道に火起こしをしている。

 

「こんなやり方で火をつけてたんだから、昔の人は偉かったんだね……」

 

ハッピーの意見にみんなが頷いた時、ナツさんの使っていた棒が折れる。

全然ダメだとナツさんが言う隣で、ルーシィさんが火起こしに成功した。

 

「凄い!」

 

「流石です!」

 

「やった!」

 

喜ぶ僕達と一緒に、ナツさんもルーシィさんに称賛の声を上げる。

 

「やるじゃねぇか! ルーシィ!」

 

「てか、なんであんたは出来てないの?」

 

「火の魔導士でしたよね?」

 

シャルルとフィールから意見を受けて、ナツさんは口を尖らせて目を逸らす。

 

「いいだろ、ルーシィがつけたんだから!」

 

ナツさん達がそんなやり取りをしている間に、僕とウェンディが持った松明に火が灯った。

 

「やりました!」

 

「これで進めますね!」

 

「はぁ……中に入る前に疲れたぁ……」

 

と言って座り込むルーシィさんを心配していると、ナツさんが僕の持っている松明を見つめてくるので「どうしたんですか?」と声をかけると、ナツさんは突然松明の火を口に含み、口から出すとついていた火は消えてしまっていた。

 

「そっか、火を食べたらひょっとして……」

 

「魔法、使えそうですか?」

 

火を食べたナツさんはお腹を指し、「ここん所が熱くなってきた」と言う。

ハッピーが「それ魔法な感じ!?」と身を乗り出して問いかけると、ナツさんも「かも知れねぇぞ!!」と坑道へ向かう。

 

「いってみよう! 復活の狼煙、火竜の鉄拳!!」

 

「よぉし!! いっけぇぇ!!!」

 

僕達が期待の眼差しでナツさんを見つめる中、ナツさんが坑道に拳を突き出すが、魔法は出ない。

 

「はぁ、ダメか……」

 

「そういうの、悪足掻きっていうのよ」

 

「諦めも肝心です」

 

落ち込むナツさんに辛辣な言葉をかけてシャルルとフィールは坑道の中を進んでいき、僕達も後に続く。

 

「ずいぶん使われてない感じね……」

 

坑道を支える木材は折れ、放置されたツルハシなどの道具は錆び付いている。

周辺の様子を見ていると、シャルルからこの先を照らすように指示が出された。

照らした先は行き止まりになっており、封鎖している木材に"KY‐2c"と刻まれている。

 

「ここよ」

 

「かなりの厚さよ? しかも、魔法でコーティングされてるし」

 

ルーシィさんが壁を叩いてそう告げるが、シャルルはここで間違いないと言いきっている。

 

「壊すしかないよね」

 

「方法ならあるわ! こんな時こそ私の出番よ!」

 

そう言うと、ルーシィさんは金の鍵を振り下ろしてタウロスさんを召喚した。

 

「そうか! タウロスなら!」

 

「タウロスは私の星霊の中で一番のパワーの持ち主だもの! 絶対この壁を壊せるはずよ!」

 

ルーシィさんの言葉を受けて、タウロスさんはニヤリと笑う。

 

「そりゃもう、ルーシィさんの頼みとあらば!」

 

「思いっきりやっちゃって!!」

 

「やっちゃいます!」

 

タウロスさんはそう言うと壁に近づき、何度も壁を殴り付ける。

次第に壁は崩れていき、その奥に通路が見えた。

 

「シャルルの情報、間違えてませんでしたね」

 

フィールがシャルルに笑いかけるが、シャルルも奥に通路があると思っていなかったのか絶句している。

 

「ざっとこんなもんです、ルーシィさん」

 

「ありがとう、タウロス!」

 

「もぉ!? それだけですか!? 感謝の印に是非とも――!」

 

タウロスさんが何かを言いかけるが、ルーシィさんに強制閉門されて消えてしまった。

 

「そのエロい目はやめてってば!」

 

「……ちゃんと城の地下に繋がってればいいけど……」

 

「情報は正しかったんだもの、この先だってきっと……」

 

「大丈夫だよ、シャルルの言うことはいつも正しいもん」

 

珍しく弱音を吐くシャルルをウェンディと二人で励ますと、シャルルは僕達を不安げに見つめる。

 

「……」

 

「どうしたお前ら?」

 

その後ろで暗い顔で俯くハッピーとフィールにナツさんが声をかける。

 

「ねぇ……なんでオイラ達には情報ってのがないんだろ……」

 

「同じエクシードで、同じ使命を与えられてアースランドに送り込まれました……なのに、私達にはエドラスに関する情報がありません……」

 

「私にも分からないわ……なんであんた達には情報が追加されないのか」

 

みんなの雰囲気が暗くなるのを感じたのか、ルーシィさんが先に進もうと提言する。

それに賛同し、先程タウロスさんのお陰で通れるようになった通路を進んでいると、ナツさんが辺りを見回す。

 

「今にも崩れそうだな……」

 

「不吉なこと言わないでよ……」

 

ルーシィさんが体を縮ませて怯えているが、ここは本当に古い坑道のようで、戦闘でも行えば崩れそうに思う。

 

「ちょっ!? どうしたのナツ! なんかあった!?」

 

後ろから聞こえた声に振り返ると、ナツさんが目を見開いて立ち止まっている。

 

「テューズ、その松明もっちょい上に上げろ……」

 

「ここですか?」

 

「そこだ! 動くなよ……」

 

疑問符を浮かべながら指示に従うと、ナツさんは松明の明かりでできた影に近づいていく。

 

「うほ! うほほほほ! ここはオレ様の縄張りだ!」

 

ナツさんが行ったのは手の影で恐竜を作って遊ぶこと。先程の真面目な表情とは一転して遊び始めるナツさんに、僕達は言葉を失う。

 

「遊んでる場合かぁ!!」

 

それを見たルーシィさんは僕の持っていた松明をとり、ナツさんの口に突っ込んだ。ナツさんが火を食べないよう火のついていない方を突っ込んでるところを見ると、存外に冷静のようだ。

しかし、その光景を見たシャルルは深いため息をつく。

 

「あんなバカ共に付き合ってられないわ。先を急ぎましょう」

 

「えぇ、ふざけすぎです。緊張感が足りてません」

 

「ナツ……オイラ恥ずかしいよ……」

 

と言って歩いていくフィール達の後をついていくと、後ろから「バカ共ってもしかして私も含まれてるの!?」というルーシィさんの叫び声が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

あの後もシャルルの指示通りに坑道を進むと、幻想的な空洞に出た。

 

「「「「おぉ……!」」」」

 

空洞はかなり広く、青みがかった色の岩の所々が緑色に光っている。

 

「なんか広い所に出たわね……」

 

「どうやら、ここから城の地下へと繋がってそうね……」

 

「どういう原理か分からないけど、シャルルがいてくれて助かったわ!」

 

ルーシィさんは笑顔でシャルルに礼を述べると、シャルルは淡々とした態度で言葉を返す。

 

「私にも分からないわよ。次々と情報が浮かんでくるの」

 

ハッピーが「ありがとうシャルル」と後ろから声をかけると、シャルルはハッピーを横目に眉を顰める。

 

「礼を言うならみんなを助けた後にして。ここからが大変なのよ? 気づかれずに王の寝室に行き、気づかれずに脱出するの。兵隊に見つかったら、今の私達に勝ち目はない」

 

「いざって時は、私の魔法があるんだけどね~!」

 

自信満々の態度で髪を払うルーシィさんに、「あんまり期待できねぇけどな」とナツさんが辛辣な言葉をかける。

 

「ちょっと何言ってるのよ!? この作戦だって、あたしのジェミニあってこそなのよ!」

 

「はいはい」

 

ルーシィさんが大声でそう訴えるがナツさんは適当にあしらった為、ルーシィさんは「ムキ――ッ!!」と叫んで唇を噛む。

 

「フィール、行こう?」

 

暗い雰囲気を纏っていたフィールに声をかけると、少しの沈黙の後に元気な返事を返してシャルルと一緒に先頭を歩いた。

 

大きな空洞を進んでいくと、ルーシィさんが突如飛来してきた粘着性の物体に拘束された。

 

「ルーシィ!」

 

「「ルーシィさん!」」

 

「な、なに……これ……!」

 

ルーシィさんを助けようと前に出ると、先程と同じように飛来してきた物体が体に巻き付いて拘束され、ナツさんやウェンディも同様に拘束されていた。

 

どうにかこの物体を外そうと体を動かしていると重い金属音が聞こえ、兵士達が姿を現す。

沢山の兵士達が僕達を囲み、武器の矛先をこちらに向けている。

 

「兵隊!? どうして見つかったの!?」

 

「なんでこんな坑道にこれだけの!?」

 

フィール達エクシードは拘束こそされていないが、見るからに様子がおかしい。

ハッピーはいつも通りなのだが、シャルルとフィールの体は震え、額に汗を浮かべている。

 

「こいつらがアースランドの魔導士か」

 

突然耳に入った聞き覚えのある声に全員が喫驚する。

僕達の知っている声よりも威圧的な声を発した人物が僕達の前に歩いてくる。

 

「エルザ!?」

 

「ナツ・ドラギオン、ルーシィ・アシュレイとは本当に別人なのか?」

 

エルザさんはそう言って僕達の顔を見回すと、ニヤリと口角を上げて兵士達に「連れていけ」と指示を出す。

 

指示を受けた兵士達は僕達を拘束した物体を引っ張り、体を動かせない僕達は尻餅をついて引きずられる。

 

「エルザ! 話を聞いて!」

 

ルーシィさんが引きずられながらも必死に訴えるが、エルザさんは眉一つ動かさずにフィール達を見つめている。

 

「ウェンディ!」

 

「テューズ!」

 

「ナツ! ルーシィ!」

 

フィール達がそれぞれ名前を叫びながら駆けてくるが、エルザさんが前に立ちはだかって行く手を阻んだ。

 

「エクシード……」

 

エルザさんがそう呟くと兵隊がフィール達の前に膝をつき、エルザさんも同様に跪いて頭を垂れる。

 

「お帰りなさいませ。エクシード」

 

兵隊全員がフィール達エクシードに頭を下げる光景に、僕達は愕然とする。

 

「どういう事よ……一体……」

 

「ハッピー、シャルル、フィール、あなた達一体……!?」

 

シャルル達は何も答えずに唇を震わせていると、エルザさんは頭を少しだけ上げて口を開いた。

 

「侵入者の連行、ご苦労様でした」

 

「連行って……!?」

 

エルザさんの口から出た言葉が信じられずにフィール達に目をやると、フィールが慌てたように口を開く。

 

「ち、違います……私達……こんな……!」

 

しかし、フィール達の話を聞き終わる前に、僕達は兵士達に連行されてしまった。

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

「ぐわっ!?」

 

「きゃっ!?」

 

「うわっ!?」

 

連行された僕達は、城の牢に乱暴に放り込まれる。

 

「この野郎!! みんなはどこだ!?」

 

ナツさんは鉄格子にしがみついて、僕達を放り投げた男を睨み付ける。

 

「みんな……?」

 

「ルーシィさんとシャルルとフィールとハッピーです!」

 

「ルーシィさんも捕まったはずだ!」

 

この牢に入れられたのは僕、ナツさん、ウェンディの三人。僕達と同じく兵士達に連行されたはずのルーシィさんの姿が見当たらない。

 

「ルーシィ……あぁ! あの女か! 悪ぃけど、あの女に用はねぇんだ。処刑されんじゃね?」

 

男がニヤついた顔で笑いながら告げると、ナツさんが鉄格子を掴む手に力を入れる。

 

「ルーシィに少しでも傷をつけてみろ……てめぇら全員灰にしてやるからな!!!」

 

 






前書きにも書いてますが、UA15000、お気に入り100突破ありがとうございます!
小説は今回が初めての未熟者ですが、今後ともよろしくお願いします!



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エクスタリア



更新遅れました、申し訳ありません。
最近少し忙しく、空いた時間等に書いているので誤字が多かったり不自然な点があるかもしれません。ごめんなさい!




 

 

 

 

 

 

「おぉ! すげぇ怖ぇ! アースランドの魔導士はみんなこんなに凶暴なのかよ」

 

「なんでルーシィさんだけ……シャルル達は!?」

 

ナツさんを見てケラケラと笑う男にウェンディが問いかけると、男は「エクシードの事か?」と聞き返してくる。

 

「任務を完遂したエクシードは母国へお連れしたよ。今頃褒美でも貰って、いいもん食ってんじゃね?」

 

「任務を……完遂……?」

 

「そんな事あり得ない! その任務の内容は知らないけど、シャルル達は放棄したはず!!」

 

ウェンディが声を上げると、男の口から笑いがこぼれる。

「いや、見事に完遂したよ」

 

「何なんだ……フィール達の任務って……」

 

僕がそう呟くと、男は「まだ気がつかねぇのか?」と言って僕達を嘲笑った。

 

 

 

 

 

**********

 

**********

 

 

 

 

 

「シャルル、フィール、二人とも起きて!」

 

ハッピーの声で二人は目を覚まし、周囲を見渡して困惑する。

 

「ここは……?」

 

「私達、どうなったの?」

 

ハッピー達が目を覚ました部屋は、まるで王族の私室のような豪華な装飾が施された部屋だった。

 

「オイラ達……眠らされちゃって……それで………どこだろ、ここ?」

 

ハッピーがそう言って立ち上がると、シャルルが浮かない顔で俯いている事に気づき、声をかける。

 

「私の情報が……罠だった……」

 

「違うよ! オイラ達は偶々見つかったんだ! シャルルのせいじゃないよ!」

 

ハッピーが必死にシャルルを励ましていると、フィールが涙を流しながら言葉を漏らす。

 

「私はテューズを……みんなを守れなかった……必ず守るって決めたのに……!」

 

フィールが悔しさに手を握り締めた時、部屋の扉が開いて一夜そっくりの顔の、兵隊のような服装をしたエクシードがポーズを取りながら部屋に入ってきた。

 

「お前達が、アースランドでの任務を完遂した者達か?」

 

一夜似のエクシードが輝きを纏いながら三人に問いかけると、ハッピーがその顔を見て驚愕の声を上げる。

 

「一夜!?」

 

「にゃん、いい香り(パルファム)だ」

 

「て言うか、猫?」

 

「何を驚く! 同じエクシードではないか」

 

疑問符を浮かべるハッピーに一夜似のエクシードがそう語ると、彼の後ろから黒く細長い体のエクシードが右手を振りながら部屋に入ってくる。

 

「ニチヤさん。彼らは初めてエドラスに来たんですよ? きっと、エクシードを見るのも初めてなんでしょう」

 

「おぉ、そうであったか……私はエクスタリアの近衛師団長を務めるニチヤ! にゃん、にゃん」

 

ニチヤがポーズを取りながら自己紹介をすると、隣の黒いエクシードも三人に自己紹介を始める。

 

「ぼきゅはナディ、エクスタリアの国務大臣ですよ。任務お疲れ様」

 

ナディの自己紹介を聞いたハッピーが、"任務"について疑問に思うと、シャルルとフィールが顔を歪める。

 

「どうしたの二人とも?」

 

ハッピーが二人を心配して声をかけると、ニチヤがハッピー達に背を向けて口を開く。

 

「早速であるが、女王様がお待ちである。ついて参れ」

 

「女王様だって!?……二人とも、オイラに任せて! ここはひとまず様子を見るんだ。二人はオイラが絶対守るからね!」

 

ハッピーの言葉を聞き、三人がニチヤと共に部屋を出ると、扉の両脇で体の大きなエクシードが警備している事に気づいた。

 

「またエクシード……」

 

「それではこちらへ」

 

ナディに言われて通路を歩いた先にあった光景を見て、ハッピーは言葉を失った。

 

沢山のエクシードが楽しそうに暮らしている街。子供達は走り回り、店を営んでいるエクシードもいる。

ナディとニチヤが先導して街を歩いていると、ハッピー達三人を見た住人達が声をかけてくる。

 

「お? あれが噂の?」

 

「アースランドでの任務を完遂した!」

 

住人達が三人に賛辞の言葉を投げ掛けてくるが、ハッピーは困惑し、シャルルとフィールは俯いて歩いている。

 

「エクシードばっかりだ……」

 

「そう、ぼきゅ達はエクシード。人間の上に立ち、人間を導くんだ! そしてここはエクシードの王国! "エクスタリア"!!」

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

その後、ハッピー達は王宮の門を潜り、女王に謁見するために王宮の通路を歩いていた。

 

「人間は酷く愚かで劣等種だからね。ぼきゅ達がきちんと管理してあげないと」

 

「その上、酷い香り(パルファム)だ。」

 

ニチヤは顔を顰めて振り返ると、ハッピーはエクシードの人間に対する評価を聞いて困惑する。

 

「女王様はここで人間の管理をしているんだ」

 

「女王様は素敵な香り(パルファム)さ」

 

「勝手に増えすぎると厄介だからね、いらない人間も女王様が決めて殺しちゃんうだ」

 

そう語るナディに、ハッピーは額に汗を浮かべて「なんでそんな事を……」と問いかける。

 

「失われつつある魔力を正常化するためだと、女王様は仰った。女王様はこの世界だけでなく、アースランドの人間も管理しておられる」

 

「女王様には人間の死を決める権限がある。なぜなら、あの方は神なのだからにゃん!」

 

「神!?」

 

ニチヤの言葉にハッピーが目を見開いて驚くと、不意にシャルルが足を止める。

 

「私達の任務ってなに? 私には生まれた時から任務がすりこまれていた」

 

暗い表情で問われたニチヤとナディが顔を見合わせるが、シャルルは構わず話を続ける。

 

「女王の人間管理に選ばれた、滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)、ウェンディ達の抹殺」

 

「ど、どういう事!? ウェンディ達の抹殺ってどういう事だよ!?」

 

険しい顔でシャルルに迫るハッピーをフィールが制止すると、ハッピーは突然震えながら後ずさる。

 

「あれ……? それじゃあ……オイラの任務って……あれ? まさか……」

 

頭を抱えて座り込むハッピーを、シャルルとフィールが悲しそうに見つめる。

 

「私も、任務を知るまでは幸せでした……」

 

「ナツを……オイラが……オイラが抹殺する任務に!?」

 

「ハッピー! 落ち着いてください!」

 

自身の任務が滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)――――ナツの抹殺であることを知り動揺するハッピーをフィールが宥める隣で、シャルルが険しい顔つきでナディに問い詰める。

 

「私達は任務を遂行していないし、遂行するつもりもなかった! なのにどうして完遂したことになってるわけ!?」

 

シャルルの訴えを聞いたニチヤは困惑し、三人の記憶障害を疑うのを見て、ナディが「仕方ありませんよ」と説明を始める。

 

「女王様の人間管理に従い、6年前、100人のエクシードをアースランドに送ったんだ。卵から孵ると滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)を捜索し、抹殺するように情報を持たせてね。

しかし、状況が変わったんだ。人間の作り出したアニマが別の可能性を導き出したからね。アースランドの人間を殺すのではなく、魔力として利用するものなんだ。中でも滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)は別格の魔力になるみたいだよ?」

 

ナディの説明にシャルルが先程とは一変して動揺し始めた。フィールが震えながら口を開く。

 

「まさか……任務が変更されて……!」

 

「その通り! 任務は変更されたんだ。"滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)を連行せよ"とね!」

 

 

 

 

 

**********

 

**********

 

 

 

 

 

ハッピー達が自分達の任務を知らされていた頃、ナツ達滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)も同様にその任務について聞かされていた。

 

 

 

 

男の口から語られた滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)連行の任務。男はそれを知って動揺する僕達を嘲笑して言葉を続ける。

 

「オレ達が本当に欲しかったのはお前らさ。ドラゴンの魔力……カハッ!」

 

そう告げると、男は笑い声を上げながら兵を引き連れて去っていった。

 

「ちくしょう……ハッピーが裏切るなんて……あるわけねぇ! あるわけねぇだろ!! コラァ!!」

 

もう既にいない男に向けてナツさんが叫び声を上げ、鉄格子を破壊しようと引いたり押したり色々試しているが、鉄格子が壊れる気配はない。

 

「火竜の――咆哮!!!」

 

と言ってナツさんは必死に息を吹き出すが、果たして魔法は使えない。

 

「やっぱり使えませんね……」

 

「だぁぁ!! エドラスめんどくせぇぇ!!!」

 

暴れだすナツさんをよそに、ウェンディが「シャルル……」と浮かない顔で呟いたのが聞こえたので、ウェンディの前に腰を下ろして笑いかける。

 

「大丈夫だよ、僕達は今までずっと一緒にいたんだもん。こういう時こそ、ちゃんと信じてあげなきゃ!」

 

「そうだよね……うん! シャルルもフィールもハッピーも、私はみんなを信じる!」

 

拳に力を入れて語るウェンディに頷き笑い合っていると、隣から鈍い音が響いた。

 

「うぐぐ……」

 

「ナ、ナツさん……」

 

隣を見ると、鉄格子に頭突きをして悶絶しているナツさんの姿が目に入った。

 

 

 

 

 

**********

 

**********

 

 

 

 

 

「そんな……」

 

任務が変更されていた事をナディから知らされたシャルルとフィールは、泣き崩れる。

 

「やはり、遠隔での命令上書きは上手く伝わらなかったようですね」

 

「しかし結果オーライ! お前達は滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)を連れてきたのだからな!」

 

ニチヤは親指を立てて語るが、シャルル達は嗚咽を漏らすばかりで返事はない。

 

「魔力化、即ちマジカライズは人間共に任せてある。そういうのは人間共の方が得意だからな」

 

「ち……違う……私は自分の意思でエドラスに……」

 

膝をついて悲痛な声を上げるシャルルに、ナディは命令を実行していただけだと告げる。

 

「みんなを助けるために坑道に……!」

 

「気づいてなかったのかい? ぼきゅ達が坑道へ誘導したんだ」

 

指を振ってシャルルの言葉を否定するナディを、今まで涕泣していたフィールが鋭く睨む。

 

「違う! 私達はテューズが、ウェンディが、みんなが大好きだから守りたいって!」

 

「それは一種の錯覚だね。命令が"抹殺"から"連行"に、即ち殺してはいけないと変更された事に――」

 

「嘘だ!!」

 

「私達がみんなの事を好きなのは本心です! 決して……そんな物じゃない!!」

 

淡々と語るナディの言葉に膝をついて泣き叫ぶ二人を見たニチヤは少しばかり後ずさるが、額に汗を浮かべながらもハッピー達の行動は全て自分達の命令によるものだと告げる。

 

「オイラ達は……」

 

拳を強く握り、涙を流しながらも、普段とは一転して今まで見たことのない程険しい形相のハッピーが、シャルルとフィールを庇うように立ってニチヤ達を睨み付けた。

 

 

 

「オイラ達は操り人形じゃないぞ!! オイラ達は妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士だ!!!」

 

 

 

ハッピーの叫びにニチヤ達は驚愕し、ハッピーはその隙にシャルルとフィールの手を掴んで走り出す。

 

「行こう、二人とも! オイラ達でみんなを助けるんだ! 絶対助けるんだ!!」

 

そう叫びながら逃走するハッピーを見て、ナディ達は衛兵に指示を出した。

 

「アースランドの汚れに毒されてしまったエクシードは堕天となる! 堕天が三人逃走!!」

 

「近衛師団出撃!」

 

 

 

後ろから迫りくる衛兵達に背を向け、ハッピー達は城の出口を目指して走っていた。

 

「うわっ!? 前からも来た!?」

 

「っ! こっちです!」

 

逃げた先の丁字路で前方から衛兵達が走ってくるのを視認すると、フィールが二人の手を掴んでまだ衛兵のいない通路に駆けこむ。

 

三人が通路に入って行くのを見て、ニチヤはニヤリと笑った。

 

「そっちは城の内部に繋がる通路。誘導成功だにゃん」

 

 

 

誘導されている事を知らずに通路を進んでいくと、三人は使用人の格好をした紫色のエクシードに遭遇した。その使用人のエクシードは少しの間フィールとシャルルを凝視して目を見開いた。

 

「……あ、あなた達は…!」

 

「ど、どうしよう!? このままじゃ捕まっちゃうよ!?」

 

ハッピーは見つかった事に酷く焦っているが、使用人のエクシードは二人を見て固まっている。

 

「なぜ……なぜこんな所に――」

 

「堕天!! 堕天はどこに居るメェェン!!!」

 

使用人のエクシードが口を開くが、言い終える前にハッピー達の後ろから聞こえてきたニチヤの叫びに遮られた。

 

「どうしよう! もうそこまで来てるよ!?」

 

「ここに隠れなさい!!」

 

使用人のエクシードは目を回してあたふたと慌てるハッピーと、通路を睨んで後ずさりしているシャルルとフィールの三人をすぐそこの部屋に押し入れた。無理矢理部屋に入れられた三人は扉に耳を当て、外の様子を窺う。

 

 

「む? そこに居るのはディムか? 相も変わらずいい香り(パルファム)だ」

 

「お褒めに与り光栄です。ニチヤ様」

 

「うむ。やはりディム程美しいエクシードを使用人にしておくのは勿体ないな……と、いかんいかん。この辺りに三人のエクシードが来なかったかね?」

 

 

扉越しに二夜がそう訪ねるのを聞き、三人はビクリと肩を震わせる。

 

 

「三人のエクシード?……いえ、見ていません」

 

「そうか、こっちに逃げたはずなんだか……奴らは堕天だ。見つけしだい私達に報告するように」

 

「はい。承知いたしました」

 

 

会話はそこで終わり、大勢の足音が遠ざかっていく。

ディムと呼ばれたエクシードが自分達を庇った事に顔を見合わせていると、扉が音を立てて開かれた。

 

「ニチヤ様は行かれました。城の出口はあちらに」

 

「……なぜ私達を助けてくれたんです?」

 

三人の来た道を指さすディムにフィールが問いかけるが、ディムは三人を見つめるだけで、何も答えない。

 

「ニチヤ達が引き返してくる前に行こう?」

 

ハッピーがそう提言したことにより、フィールも何度か振り返りながらも来た道を引き返した。

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

その後、無事に城の出口までたどり着いたハッピー達だったが、城を出る直前にニチヤ率いる衛兵達に見つかってしまい、現在、街中を全力で走り逃走している。

 

「どいてどいて!!」

 

住人達を掻き分けながら走っていると、衛兵達が斬りかかってくる。

 

「待て待てぇぇい!! メェェン!!!」

 

ハッピー達は振り下ろされる剣をかわしながら走り、近くにあった干し草の積まれた荷車に潜り込んだ。そのまま隠れて外の様子を窺っていると、ニチヤが目の前で盛大に転ぶ。

 

「メェェン……ハァ……ヒィ……疲れてなどいない……私はまだ若い…女王様の期待に応えねば……!」

 

ニチヤが転んだ反動で車輪を押えていたストッパーがずれ、ハッピー達三人の乗っている荷車は息切れして地面に伏しているニチヤを轢いて坂道を勢いよく走りだす。坂で加速し猛スピードで街を走り抜けると、やがて荒れた道に切り替わる。

 

「うぅぅ……あ!」

 

荷車は大きく揺れ、それに耐えられなかったシャルルが空中に身を放り出された。

 

「シャルル!」

 

「ハッピー!」

 

シャルルの伸ばした手をハッピーが掴み、身を乗り出しているハッピーが落ちないようフィールがハッピーを支えている。

 

「しっかり掴まってて! フィールはオイラの事絶対に離さないでね!」

 

二人はハッピーの指示通りにしっかりと掴まっていたが、三人を乗せた荷車はスピードが緩める事なくその先にあった崖の下へと落下し、地面と衝突してバラバラになってしまった。

 

「二人とも……大丈夫……?」

 

「問題ないです……」

 

「なんとか……あ! 二人ともあれ見て!!」

 

目を回すハッピーの問いに、体を起こしながら応える二人。するとシャルルは空に浮かぶ巨大な魔水晶(ラクリマ)を目撃し、ハッピーとフィールも魔水晶(ラクリマ)を視認する。

 

魔水晶(ラクリマ)が浮いてる!?」

 

「王都で見た見たのより大きい……!」

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)のみんな……あんな所にあったんですね……」

 

空に浮かぶ魔水晶(ラクリマ)の下に王都があるのを見て、三人は今いる場所が空に浮かぶ島だと理解する。

 

「どうやって王都に行こう……」

 

「今の私達は(エーラ)を使えないわ」

 

「テューズ……ウェンディ……」

 

沈んだ表情で王都を見つめ途方に暮れる三人の後ろから、突如、怒号が響いた。

 

「コラァ!! オイラの畑でなにしてやんでぃ!!」

 

振り返った先にいたのは、麦わら帽子を被り、鍬を構えた泥棒髭が特徴的な白いエクシード。

 

「はは~ん……兵隊共が探し回っとる堕天ってのはおめぇらの事だな?」

 

険しい表情で三人を睨むエクシードに、ハッピーは拳を握って構えを取る。

エクシードはハッピーを凝視すると青筋を立て、「カー! 出てけ出てけ!」と叫んで鍬を振り回した。

 

「あい! ごめんなさい!」

 

鍬を避けて尻餅をついたハッピーがそう言った時、荷車の落ちた崖の上からニチヤの叫びが聞こえてきた。

 

「もう追ってきた……」

 

崖を睨んで後ずさるハッピーに、「カー! 畑から出てけ!」とエクシードが怒声を上げる。

 

「あい! すぐ出ていきます!!」

 

「でもって家に来い!」

 

「「「え?」」」

 

その場を離れようとするハッピーの手を掴み、エクシードは言葉通り自分の家に連れていこうと歩き始めた。

 

 

 

 

 

 






テューズ視点との変化をつけるためにフィール達エクシード側は第三者視点で書かせてもらいました。
読みにくかったですかね? 多分戦闘シーンも第三者視点で書くとと思いますが、これからもよろしくお願いします。



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飛べ! 友のもとに!



FAIRY TAILの原作が終わってしまいましたが、2018年にアニメが放送するようですね!  今から凄く楽しみです!
そして気づいたら平均評価がついてる!? 本当にありがとうございます!!




 

 

 

 

 

白いエクシードに手を引かれ、ハッピー達は浮遊島の外れにある彼の家に連れてこられた。

 

「兵隊達は? まさかもう通報されてて――!?」

 

不安げに呟くハッピーにエクシードが「カー!」と怒鳴りつけた時、頭巾を被ったハッピーと同じ青色のエクシードが野菜の入った籠を持って、ハッピー達に近づいてくる。

 

「ラッキー、今日は早かったのね……あら?」

 

彼女がハッピー達に気づくと、ラッキーは鼻を鳴らしてどこかへ去っていってしまった。

 

「こんにちは、私はマール。あなた達のお名前は?」

 

頭を下げて挨拶を返すハッピーに優しく尋ねると、三人は戸惑いながらも問いに答える。

 

「オイラハッピー……」

 

「シャルル……」

 

「フィール……です」

 

それぞれの名前を聞いて、マールは頬を緩ませる。

 

「そう、素敵な名前。とにかく中へどうぞ」

 

マールに促されて家に入り、椅子に腰を下ろして事情を話すとマールが魚を持ってきた。

 

「あらあら、それは大変だったわね」

 

と言ってマールが三人の前に皿によそわれた魚を置くと、ハッピーの目にハートが浮かぶ。

 

「おじさん! おばさん! 匿ってくれてありがとう!」

 

「カー! 飯食え、飯!」

 

礼を述べるハッピーにラッキーが怒鳴った後、シャルルとフィールも礼を述べる。

すると、三人の前に魚を置いて家の奥に消えたマールが戻ってきた。

 

「家の人ってば、王国の考え方と反りが合わなくてね。昔追い出されちゃって、こんな所で暮らしてるのよ」

 

「カー! 要らんこと言わんでええ!」

 

大声で怒鳴るラッキーを「はいはい」とマールが宥めていると、「そっか、それでオイラ達を」と納得したように呟く。

 

「そんなんじゃねぇやい!」

 

口を尖らせ、目を逸らして言うラッキーを見てハッピーが笑っていると、ラッキーの目が吊り上がる。

 

「飯食ったら仕事手伝え! カー!」

 

「あ、あい!」

 

「カー! これ着ろ! そして早く食え!」

 

とハッピーを怒鳴りつけるラッキーを見て、マールは頬を緩ませていた。

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

ご飯を食べた後、ハッピーは落暉を手伝って畑を耕していたが、慣れない作業のためか苦戦していた。

 

「カー! 腰が入ってねぇ! それでも男か!」

 

声を荒げるラッキーに、「だって……こんなの初めてだし……」とハッピーが訴えるが、「言い訳すんな!」と一蹴して仕事を続けさせる。

 

「ふぃ……おじさん、鍬ってこんなに重いんだね。オイラビックリだよ」

 

「そりゃおめぇ、そいつは人生の重みってやつだ。カー!」

 

額の汗を拭きながらそう言ったハッピーに、ラッキーも手を休めて告げる。

 

「なんだか随分大げさだな……でも聞こえると怒られるから黙っとこっと……」

 

とハッピーがめんどくさそうに呟くが、その呟きが聞こえていたラッキーは「全部聞こえてんぞ! カー!」と顔を真っ赤にして激怒する。

 

「カー! 見てろ! "男"ならこうやって腰入れろ!」

 

「"漢"?」

 

ハッピーに見本を見せる為にラッキーが畑を耕していく傍らで、ハッピーは男と聞いてエルフマンを思い浮かべていた。

 

「カー! これくらい出来て当たり前だろうが!」

 

「おじさん凄いね!」

 

畑を耕して胸を張るラッキーにハッピーが賛辞を贈ると、「見てんじゃねぇ!」とラッキーが一喝する。

 

「自分で見てろって言ったくせにもう忘れちゃってるよ……でも聞こえると怒られるから黙っとこっと……」

 

「だから全部聞こえてんぞ! カー!」

 

「あい!? ごめんなさい!」

 

という二人のやり取りを無視して、ベランダではシャルルとフィールがマールに頼まれた果実の身を取る作業を黙々と続けていた。

 

「あら、二人とも上手ね」

 

ボウルを持って家から出てきたマールに簡単だと告げて、二人は取った身を液体の入っているボウルに入れていく。

 

「あらまぁ……」

 

と、マールがハッピーとラッキーの様子を見て微笑んでいるが、二人の表情は未だ重い。

 

「冷たい飲み物が出来たわよ! 少し休みましょう?」

 

畑仕事をしている二人にマールがそう呼び掛けると、元気な返事と共に二人が飲み物を取りにきて休憩を始めた。

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

 

 

休憩を終えたハッピーとラッキーは屋根の掃除をすると言って再び外へ行き、シャルルとフィールは家の中で紅茶をもらっていた。

 

「うわぁ!?」

 

「カー! 仕事中は余計な事考えるんじゃねぇ! それが終わったら次は薪割りだぞ!」

 

「あい!!」

 

という二人の会話が家の中まで響き、シャルルは浮かない顔で外を眺める。

 

「この家に来てからまだ一度も笑ってないわね。二人とも、せっかく可愛い顔なのにね」

 

残念そうに呟くマールの声を聞いて、二人とも暗い顔で手に持った紅茶を眺め始める。

 

「とても笑える気分じゃないのよ……」

 

「胸の中が不安で一杯で……」

 

「苦しい事があるのね? でも、そういう時こそ笑うといいのよ?」

 

二人の視線は優しく語りかけるマールに移り、「でも……」と弱音を吐く。

すると、マールは作業を続けながら口を開いた。

 

「そうね、そう簡単にはいかないわね……」

 

その言葉を聞いて俯いたフィールは昔を思い出す。

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

『フィール!』

 

手に木の実を持ってこちらに駆けてくるテューズ。

テューズはまだ小さい自分の前に来ると、満面の笑みで木の実を差し出した。

 

『見て見て! 今日はこんなに大きな木の実が採れたんだ!』

 

『凄いですね。これだけあれば今日のご飯は充分でしょう』

 

木の実を凝視して呟くと、テューズは木の実を半分に割って片方を差し出す。

 

『……? この木の実はテューズの手柄ですよ? なぜ私に分けるんですか?』

 

首を傾げて尋ねると、テューズも頭に疑問符を浮かべる。

 

『手柄とか関係ないでしょ? 僕達友達なんだから当然だよ?』

 

『友…達……?』

 

呆然としていると、テューズは笑顔で木の実を手渡してくれる。

 

 

 

 

『『フィール』』

 

続けて思い出すのは、いつもと変わらぬ笑顔で自分を呼ぶ少年と少女。

 

(テューズ……ウェンディ……私は……)

 

 

 

『ハッピー、シャルル、フィール、あなた達一体……!?』

 

『連行って……!?』

 

愕然とした顔で自分を見る、助けられなかった二人。

 

(私は……二人を……)

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

「ふぃ……お風呂気持ちよかったぁ……」

 

ベランダに移って思い出に浸っていると、フィールの隣に仕事を終わらせて風呂に入っていたハッピーが腰を下ろす。

 

「ウェンディ……テューズ……」

 

フィールの隣に座っているシャルルがそう呟くと、マールが家から出てくる。

 

「お疲れ様。ここ、お風呂上がりは気持ちいいでしょ?」

 

「あい、とっても!」

 

「ハッピーとシャルルにフィール、だったわね? アースランドで生まれたんでしょ? 誰が名前をつけてくれたの?」

 

マールが三人に尋ねると、ハッピーが立ち上がって元気に返答する。

 

「ナツ、友達だよ!」

 

「私達もそう……」

 

「友達……です……」

 

二人がそう答えると、顔を真面目なものに変えたハッピーが口を開く。

 

「その友達が王都に捕まってるんだ。オイラ達、助けに行かないと!」

 

ハッピーの言葉を聞いたマールは、変わらず優しい笑顔で「人間を助けるのね?」と述べる。

 

「エクスタリアでは、その考え方は間違ってるのよね……?」

 

シャルルがマールに問いかけると、マールは表情を変えずにシャルルに視線を移す。

 

「そんな事ないわ、素敵な事よ。友達にエクシードも人間も関係ない。だって、見た目が違くても大好きって心の形は同じなの」

 

フィールが「心の……形?」と聞き返すと、マールは言葉を続ける。

 

「そう。大好きの心の形はみんな一緒」

 

しかし、その言葉を聞いてもシャルルの顔は晴れず、自分の心は自分ではない誰かに操られてると呟いて俯いている。

 

「今話してる言葉さえ私の物なのかどうか――」

 

「シャルルの言葉だよ! シャルルの心だよ!」

 

シャルルの言葉を遮ってハッピーが力説すると、俯いていたシャルルとフィールはハッとしたように顔を上げる。

 

「オイラ達のみんなを助けたいって心は、オイラ達の物だ! 」

 

「そうね、今はちょっと迷ってるみたいだけどきっと大丈夫よ。こんな素敵な騎士(ナイト)様が近くにいるじゃない」

 

騎士(ナイト)様と聞いたハッピーは全身から汗を吹き出して震えながら顔を染める。

 

「あなた達は自分の心を見つけられる。ううん、本当はもう持ってるの、後は気づけばいいだけなのよ。大好きの気持ちを信じて」

 

マールの言葉にシャルルとフィールが静かに微笑むと、マールが「ようやく笑ってくれたわね。とっても可愛いわ」と二人の笑顔を褒め、シャルルがマールに「おばさん変わってるのね」と笑う。

 

「あら、そうかしら?」

 

「エクシードはみんな自分を天使か何かのように思ってます。人間は劣等種だと言ってました」

 

フィールがそう言うと、マールは目を瞑って思い出すように語り始めた。

 

「そうね……昔はね、そういう考えだった。でも子供を女王様に取られてね……滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)抹殺計画とかで、100人もの子供の卵が集められた。そして、自分の子供の顔も見れないままアースランドに送られてしまったの」

 

マールの話を聞き、三人は戸惑いながら顔を見合わせる。

 

「その計画に反対したせいで、私達は王国を追い出された。その頃からね……私達は神でも天使でもない、私達は……ただの親なんだって気づいたの。そしたら、人間だとかエクシードだとか、どうでもよくなってきたわ。

家の人も口は悪いけど、私と同じ考えなのよ?」

 

マールがそう語っていると、家の中から「カー!」という怒声と共にラッキーが顔を出す。

 

「下らねぇ事話てんじゃねぇよ! おめぇらもいつまで居やがる! 辛気くせぇ顔しやがって、生きてるだけで幸せだろうが! 甘えてんじゃねぇぞ!」

 

怒声を上げながらハッピーを追い回していたラッキーだが、突然足を止めて三人に向き直る。

 

「早く出てけ!!」

 

「あなた、そんな急に……」

 

突然出ていけと言い出すラッキーにマールが困惑するが、ハッピーはその通りだと言ってシャルルとフィールの二人を見る。

 

「オイラ達、早くみんなを助けないと」

 

二人がハッピーの言葉に頷くと、腕を組んだラッキーが視線をハッピー達から逸らして口を開く。

 

「怯えたままじゃ、出来ることも出来ねんだ。最近の若いのはんなことも分かんねぇのか!」

 

ラッキーがそう言うと、ハッピーが何か分かったように目を見開き、口角を上げて家をでた。

 

 

 

「ありがとう! おじさん! おばさん!」

 

家を出て少し歩いた所でハッピーが振り返って礼を言うと、ラッキー達の声が響いてくる。

 

「カー! 二度と来んな!!」

 

「気をつけてお行き!」

 

二人の声を聞いて走り出すと、ハッピーが走りながらシャルル達に視線を向ける。

 

「二人とも、さっきおじさんの言ってた言葉の意味わかる?」

 

「ええ、わかったわ!」

 

「エドラスに着いた時、私は不安で一杯でした」

 

フィールの言葉に二人が同意すると、三人は王都の見える崖から飛び降りる。

 

「でも今は違う!」

 

三人は空中で一度手を繋ぎ、すぐに離して体に力を入れる。

 

「進まなきゃいけないから!」

 

「飛ばなければならないから!」

 

ハッピーとフィールが叫ぶと、シャルルは少しだけ目を閉じてラッキーの言葉の意味を思う。

 

(私達はエクシード、このエドラスにおいて唯一体内に魔力を持つもの。魔法が使えなかったのは心が不安定だったから!)

 

決意した眼差しで王都へ飛び降りた三人の背中に、天使のような翼が生える。

 

(自分の心の形が見えたとき、翼が私達を前へ進ませる!)

 

「行こう! みんなを助けなきゃ!」

 

シャルルの言葉に返事をして三人が王都へ向かうと、城の窓から金髪の女性が吊るされているのが見えた。

 

「あれ、ルーシィじゃない!?」

 

「落とされるんじゃないですか!?」

 

と会話しているうち、ルーシィが窓から落とされた。

 

「助けるわよ! 」

 

「あい! ルーシィ!!」

 

「ハッピー! シャルル! フィール!」

 

落下しているルーシィを空中でキャッチしようとハッピーが速度を上げる。

 

「もう大丈夫だよ! オイラが助けに来たから!」

 

ハッピーがルーシィに近づくが、速度を上げ過ぎたためか狙いがずれて壁に直撃し、ハッピーの後ろを飛んでいた二人がルーシィをキャッチした。

 

「ありがとう……あれ、あんた達羽……」

 

「心の問題だったみたい」

 

「今は問題なく使えます」

 

二人がルーシィを持って上昇していると、「久しぶりで勢いつけすぎちゃった」と言ってハッピーが頭を掻きながらルーシィを持ち上げる。

 

「これは一体……その女は女王様の命令で抹殺せよと!」

 

ルーシィが落とされた位置まで戻ると、エドラスのエルザが、エクシードがルーシィを助けた事に驚愕ていた。

 

「命令撤回よ」

 

「しかし、いくらエクシードの直命でも女王様の命令を覆す権限はないはずでは……? その女をこちらにお渡しください」

 

驚きながらもこちらを睨むエルザにハッピーが汗を浮かべながら二人を見ると、フィールが腕を組んで前にでる。

 

「頭が高いですよ、人間。この方を誰と心得る」

 

突然の事に呆然とするハッピーを隠すようにフィールが退き、シャルルがエルザを睨みながら口を開く。

 

「私は女王(クイーン)シャゴットの娘、エクスタリア王女、シャルルであるぞ」

 

「は、はっ! 申し訳ありません!」

 

二人の言葉を受けて跪くエルザにシャルルが滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)の居場所を尋ねると、西塔の地下にいることが分かった。

 

「今すぐ解放しなさい」

 

「それだけは私の権限ではなんともなりません」

 

頭を垂れたままそう言うエルザに、シャルルがいいからやるように強く言うが、その刹那エルザの横から叫び声が響いた。

 

「エルザ! その三人のエクシードは堕天だ! エクスタリアを追放された者共だ!」

 

そう叫びながら駆けてくる人間と同じ大きさの鎧を装備した黒いエクシード。それを見てルーシィが仲間なのかと尋ねるが、ハッピーは分からないと言って困惑する。

 

「とにかく、堕天だとばれた以上彼らは追ってきます!」

 

「逃げるわよ!」

 

「ちょっとあんた! 姫じゃないの!?」

 

先に逃げる二人の後を、ルーシィを持ったハッピーが慌てて追う。

 

 

 

 

「ありがとう、三人とも」

 

西塔に向かっていると、不意にルーシィが三人に礼を言う。

シャルルがルーシィに怒ってないのかと問うと、ルーシィは「何を?」と笑顔で聞き返す。

 

「捕まったのは私達のせいですし……」

 

「でもこうして助けてくれたじゃない。ね?」

 

ルーシィが背中にいるハッピーに尋ねると、返ってきたのは「ごめんねルーシィ」という謝罪。

 

「だから、全然怒ってないってば……それよりあんた、女王様の娘って方が驚きなんだけど」

 

「オイラも知らなかったよ」

 

ハッピー達がそう言うが、シャルルははったりだと返す。

二人はその言葉に驚くが、ハッピーはシャルルの顔を見て頬を緩ませる。

 

「その顔何ですか? ハッピー」

 

「ううん、いつものシャルルだなと思って」

 

フィールもシャルルを見て、「ですね、いつものシャルルです」と嬉しそうに言うと、シャルルは鼻を鳴らして「ハッピーうるさい」と指摘する。

 

「え゛、なんでオイラだけ!?」

 

自分だけうるさいと言われてショックを受けるハッピーの下で、ルーシィが驚いたようにシャルルを見つめる。

 

(あれ? 今ハッピーって……)

 

「はいはい……それより、早くウェンディとテューズを助けに行くわよ」

 

「ついでにナツも、ですね?」

 

フィールがシャルルの言葉を補足すると、ハッピーが再び衝撃を受ける。

 

「いつの間にかナツが呼び捨てになってる!?」

 

「さ、西塔の地下に三人が閉じ込められてるはずで――なぜ笑ってるんです? ルーシィ」

 

フィールが言葉を止めて微笑んでいるルーシィを指摘すると、ルーシィは「別に~」と笑って前を見る。

 

「あ、あれじゃない? 西の塔って」

 

ルーシィがそう言って指を指した時、後ろから何か音がした。

疑問に思って振り返ると、ニチヤ率いる近衛師団がハッピー達の後を追ってきていた。

 

「見つけたぞ! 堕天共!」

 

「うわぁ!? 猫が一杯!?」

 

大量のエクシードを連れて追ってくる近衛師団にルーシィが驚く中、シャルルの空中はまずいという指示を受けて地上に降りようとするが、そこでフィールの制止が入る。

 

「待ってください! 地上にも敵が!」

 

シャルルが地上に視線を向けると、そこでは王都の兵達がシャルル達を睨み付けていた。

 

 

 

 

 





はい、改めて平均評価8になりました。ありがとうございます!!
まさか平均評価がつくなんて思ってなかったので本当に嬉しいです。

私は小説を書くのは今回が初めてなので、まだまだ見にくい点も多いと思いますし、自分の言葉のレパートリーの無さに悩んでいます。なので、見にくい点や直してほしい所など言って頂けると嬉しいです。
私もそういった点を指摘して頂けると成長出来ますので、遠慮なく言ってください。
これからもよろしくお願いします!!



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コードETD



小説書くの難しいですね……
合間合間に少しずつ書くと読み返した時に同じ表現を連発している事に気づき、かといって一気に書くと集中力が足りずに頭が回らなくなる……適当が大事だと改めて実感しました。




 

 

 

 

 

 

「ルーシィ、星霊魔法は!?」

 

シャルルがルーシィに問いかけるが、どうやらルーシィの腕を拘束しているベトベトの所為で魔法を使えないらしい。

 

シャルルが苦しい顔でこの場をどう打開するか思考していると、魔水晶(ラクリマ)のあった広場で聞いた国王の声が響いた。

 

「コードETD、発動せよ!」

 

その声を聞いた兵達が笛を鳴らし、機械を取り出してその照準をハッピー達に合わせる。

 

「建物の中に逃げましょう!!」

 

フィールがそう叫ぶと提案に従い急いで建物に向かうと、機械から光が放たれ、その光を浴びた近衛師団達が顔を歪めて苦しみだした。

 

「なんでエクシードの方を!?」

 

「どういう事……人間にとってエクシードは、天使や神様みたいな存在でしょ!?」

 

王都の兵達の狙いは自分達だと思っていたハッピー達は、兵達がエクシードを攻撃する光景を見て驚きを隠せずにいた。

 

「よく分かりませんが、今はこの混乱に乗じるのが得策です。今のうちにテューズ達を助けに行きましょう!」

 

フィールの提言を受け入れ、四人は西塔の地下へと進む。

先程の騒ぎのお陰で無事に西塔に入り、地下へ向かう階段を下りていると、ハッピーが「なんか大変なことになってきたね……」と呟いた。

 

「まさか人間とエクシードが戦争を始めるなんて……」

 

「私達には関係のないことよ。どっちもどっちだし、勝手にやってればいいのよ……」

 

シャルルの意見を聞いたハッピーは不安そうにシャルルを見ていたが、何も言わずにナツ達を捜して走り続ける。

階段を下りたシャルルが足を踏み出した時、シャルルの目の前に槍が突き刺さった。

 

「この先には行かせんぞ」

 

兵を率いてハッピー達の前に立ちはだかるエルザに、ルーシィが「あたし達に興味無くしたんじゃなかったの!?」と糺すと、エルザはニヤリと笑って四人を吹き飛ばした。

 

「ほう……私の魔法をまともに食らってまだ生きているのか。だが、これで終わりだ」

 

エルザは嘆称しながら地面に刺さった槍を引き抜き、倒れているルーシィに矛先を向ける。

 

「お前達を生かして捕らえろとの命令は受けていない。止めを刺させてもらうぞ」

 

そう言って振り上げた槍がバチバチと音を立てながら光り出すが、エルザは横から飛び込んできたハッピーに突き飛ばされて、手に持っていた槍がルーシィの目の前に落とした。同時に、槍は溜め込んだエネルギーを放出して地面に穴を空け、ルーシィ達は瓦礫と共に地下へと落ちてしまった。

 

「ハッピー! 目を覚まして!!」

 

目を閉じたまま落ちるハッピーを掴もうと、ルーシィは体を動かしてハッピーに近づいていく。

 

「ナツ……ごめん……もうちょっとで助けに行けたのに……オイラ……ここまでみたいだ……」

 

震える声でそう呟くハッピーをシャルルが空中でキャッチし、ルーシィの背中をフィールが掴んで瓦礫が当たらないよう避難する。

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

「おい、居たか?」

 

「いや、どこ行ったんだ! あいつら!」

 

身を隠すために避難した部屋の扉から、兵達の苛立った声を聞いてシャルルは額に汗を浮かべる。

 

「完全に身動きが取れなくなったわね」

 

「ウェンディ達の周りは敵が固めてるはずだもん……近づこうにも近づけないわ」

 

意識のないハッピーを膝に寝かせたルーシィがそう言った時、ハッピーの目が微かに開いた。

 

「う……ぐぐ……」

 

「ハッピー!」

 

「諦めちゃ……ダメだ!」

 

片目を瞑り、苦しそうにしながらハッピーが体を起こす。

 

「ナツはどんな時でも諦めなかった! 最後まで戦い抜いて、そうやって勝ってきたんだ! 今度はオイラ達がナツを見習う番だよ!」

 

力強く語るハッピーを心配そうに見ながらルーシィが何か考えがあるのか尋ねると、ハッピーはコクリと首を縦に振った。

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

「あぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

雄叫びを上げながら突っ込んでくるハッピーに兵達が武器を構えるが、ハッピーは兵の射程範囲に入る前に手に持った袋をぶちまけ、辺りを煙が包み込む。

 

「食らえ! 毒霧攻撃だぁぁ!!!」

 

「なっ!? 吸い込むな!」

 

ハッピーのぶちまけた小麦粉を毒霧と勘違いした兵達は隙を作り、煙が小麦粉だと気づいた時にはハッピーは通路を曲がり進んでいた。

 

「しまった!? 逃がすな!」

 

ハッピーを追っていったため兵達が居なくなり、無人になった通路からシャルル達はにハッピーの飛んでいった通路を見つめていた。

 

「うまくいったみたいね」

 

「ええ」

 

「ハッピー……上手く逃げてよ!」

 

そう言ってシャルル達は奥へ進もうとしたが、突如現れたエルザに再び突き飛ばされてしまう。

 

「一人を囮にして、警備が薄くなった所を救出する。大方そんな手を使ってくるだろうと思っていた」

 

シャルルが口角を上げて見下してくるエルザを悔しそうに睨んだ刹那、三人の耳に悲鳴が入る。

 

「ウェンディ!?」

 

続いて聞こえてきたのは別の悲鳴。

 

「テューズ!?」

 

「ナツの声も……あんた達! 三人に何してるの!」

 

ルーシィが怒りを露にしてエルザに問い質すと、エルザはニヤニヤと笑いながら問いに答える。

 

「コードETDに必要な魔力を三人から奪っているんだ」

 

絶え間なく聞こえてくる三人の悲鳴に、シャルル達は涙を流して止めるように切望していると、「捕まえました」と言う声と共にハッピーがシャルル達の前に放られた。

 

「「ハッピー!」」

 

「お前らの悪運もここに尽きたのだ。」

 

エルザがシャルルに槍を向けると、シャルルは涙を流し、拳を強く握ってエルザを睨む。

 

「ウェンディとテューズを返して!!」

 

泣き叫ぶシャルルを冷たい目で見たエルザが槍を振り上げると、シャルルを守るようにハッピーが間に立った。

 

「シャルルはやらせない! やらせないぞ!!」

 

両手を広げて守るようにシャルルの前に立つハッピーを鼻で笑い、「ならばお前からだ」と言ってエルザは槍を降り下ろす。

 

しかし、突然響いた轟音と地響きにより、エルザの槍はハッピーに届く事なく止まった。

 

「なんだ!?」

 

エルザが音のした通路に視線を移すと、通路は冷気に満ちていて先を見通すことが出来ない。

 

 

「おいこらテメェ等……そいつら、うちのギルドの者だと知っててやってんのか?」

 

「ギルドの仲間に手を出した者を、私達は決して許さない!」

 

通路の奥から歩いてきた二人のシルエットを見て、ハッピー達は目を見開いて言葉を失う。

 

「テメェ等全員、オレ達の敵ってことになるからよ……妖精の尻尾(フェアリーテイル)のなァ!!」

 

「グレイ! エルザ!」

 

二人を見たルーシィの表情は安堵に変わり、嬉しそうに二人の名前を呼ぶ。

 

「な、なんだ……? エルザさんが……もう一人?」

 

冷気が晴れ、そこにいたアースランドのエルザを見て兵達は困惑し、エドラスのエルザは目を見開いて絶句している。

 

「あっちはグレイ・ソルージュか?」

 

「違う、アースランドの者共だ!」

 

初めは困惑していた兵達も状況を飲み込み、アースランドのグレイとエルザに武器を向ける。

 

「オレ達の仲間は何処だ……魔水晶(ラクリマ)にされた仲間は何処にいるんだ! あァ!?」

 

グレイは氷欠泉(アイスゲイザー)を放って兵達を撃破する。

それを天井に跳ぶことによって回避したエドラスのエルザ――――ナイトウォーカーがグレイに槍を向けるが、エルザが間に入って槍を剣で受け止める。

 

二人の剣と槍が唾競り合い、その衝撃で周囲に突風が吹き荒れる。

 

「エルザ対エルザ!?」

 

目の前で繰り広げられるエルザとエルザの戦闘にルーシィが驚愕していると、ナツの怒号が響いて聞こえてくる。

 

「ナツの声!」

 

「近くにいるのか!?」

 

ルーシィとグレイがナツの声に反応し、ハッピーもシャルルとフィールの体を起こして通路の奥を見る。

 

「きっとこの先に!」

 

「ウェンディとテューズもいるはずよ!」

 

「急ぎましょう!」

 

「グレイ! 先に行け!」

 

ナイトウォーカーを警戒しながら出されたエルザの指示を受け、グレイはルーシィの手を拘束していた粘着質の物体を凍らせて破壊する。

 

「立てるか? ルーシィ」

 

「あ、うん……どうやってここに?」

 

不安げに問うルーシィに「詳しい話は後だ!」と言って、グレイはハッピー達を連れて通路の奥へと駆けていく。

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

「広場にあった魔水晶(ラクリマ)?」

 

「あぁそうだ。あれがちょうどオレとエルザだったらしい」

 

ナツ達の元へ駆けながらされたグレイの説明に、飛行しているハッピーがどうやって元に戻ったのかを尋ねると、グレイは立ち止まって後ろをついてきていたハッピー達に視線を移す。

 

「ガジルが来たんだ」

 

グレイの説明によると、ガジルはミストガンに言われた通り広場にあった魔水晶(ラクリマ)を破壊しようと攻撃を加えた所、魔水晶(ラクリマ)が発光した。光が止むと、魔水晶(ラクリマ)が消えてグレイとエルザの二人が倒れていたらしい。

 

グレイ達が目を覚ますと兵達が襲ってきたので撃退しようとしたが、その時はグレイ達は魔法を使えず、ガジルが兵を撃退してその場を離れた。

 

その後、潜伏先でガジルに事情を説明してもらい、その時にエドラスでも魔法が使えるようになるエクスボールをもらったらしい。

 

「そっか、ガジルも滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)だからナツ達みたいにアニマが効かなかったんだ!」

 

納得した表情で言うハッピーにルーシィが、「こっちに吸収されずに、アースランドに残されたってこと?」と聞くと、ルーシィの隣で腕を組んだグレイが返答する。

 

「あぁ、そしてミストガンがガジルを送り込んだ」

 

「あいつ……なんで自分はこっちにこないわけ?」

 

ルーシィは自分達を送り込むだけでエドラスに来ないミストガンに不満を持つ。

 

「こっちの世界じゃ、滅竜魔法は色んな役割を果たすらしくてな、魔水晶(ラクリマ)にされたみんなを元に戻す事も出来るんだよ!」

 

と嬉しそうに言ってグレイが拳を握っていると、ハッピーが手を上げてみんなの魔水晶(ラクリマ)の場所を知っていると伝える。

 

「マジか! ハッピー! ガジルが今、その巨大魔水晶(ラクリマ)を探すって街中で暴れてる! ガジルを魔水晶(ラクリマ)の所まで連れていけるか?」

 

膝を折り、ハッピーに目線を合わせてグレイがそう尋ねると、ハッピーはガジルなら本当に魔水晶(ラクリマ)を元に戻せるのかを確認する。

 

「正確にはナツ達でも可能なはずだが……方法知らねぇと思う」

 

「分かった。オイラがガジルをあそこへ連れていく!」

 

(エーラ)を発動し急いでガジルの元へ向かうハッピーを、「ちょっと! 大丈夫なの!?」とルーシィが心配していると、シャルルとフィールがルーシィの目を力強く見つめる。

 

「大丈夫よ」

 

「私達は早くテューズ達を見つけましょう」

 

フィールの言葉に頷き、四人で通路を奥へ進むと、扉があるのが見えた。

 

「見て、扉があるわ!」

 

「三人はあの中に……!」

 

閉められた扉をグレイが蹴破ると、中で三人が倒れているのが目に入る。

 

「大丈夫か!? しっかりしろ!」

 

「テューズ……」

 

グレイがテューズの体を起こし、フィールがそれを心配そうに見ている横で、ルーシィがナツを、シャルルがウェンディをそれぞれ揺さぶっている。

 

「ナツも意識がねぇのか!?」

 

「テューズにウェンディもないの!?」

 

焦るルーシィがそう問うと、グレイが立ち上がってナツの元まで行き、肩を掴んで乱暴に揺さぶり始める。

 

「おいナツ! いつまで寝てんだ! いい加減起きろこの野郎!!」

 

「ちょっとグレイ……!」

 

ルーシィが困惑しながらグレイを止め、グレイが無理矢理エクスボールを飲み込ませるとナツが咳き込み始めた。

 

「よし、次はウェンディとテューズだ!」

 

グレイが二人にエクスボールを飲ませていると、ナツの意識が戻った。ルーシィが「大丈夫?」と声をかけると、ナツは険しい顔で右手に炎を纏って地面を殴り付ける。

 

「止めねぇと……!」

 

「止める?」

 

ルーシィが聞き返すとナツは上を向いて炎を吹き出し、全員がそれに驚いている間に部屋から出ていってしまった。

 

「あ! ナツ!」

 

「おいテメェ!」

 

グレイが声を荒げた瞬間、グレイに抱えられたテューズと隣でシャルルに見守られているウェンディが咳をして意識を取り戻す。

 

「テューズ! 大丈夫か!?」

 

「……グレイ……さん?」

 

テューズは少し瞼を上げてグレイを視認すると、ふらつきながら立ち上がろうとする。

 

「おい! まだフラフラじゃねぇか!?」

 

「でも……ギルドのみんなが……」

 

ギルドのみんなと聞いてグレイは一瞬動きを止めたが、転びそうになったテューズを抱えてウェンディの隣に寝かせ、事情を聞く。

 

「王国軍はエクスタリアを破壊するために、巨大魔水晶(ラクリマ)を激突させるつもりなの……!」

 

涙を流して告げられたウェンディの言葉にグレイ達が驚愕していると、テューズが息を切らしながら説明を続ける。

 

「僕達妖精の尻尾(フェアリーテイル)の仲間を、爆弾代わりに使うつもりなんだ!」

 

事情を知ったルーシィは、顎に手を添えて何かを考え始める。

 

「エドラスには空に浮いている浮游島がある。みんなも幾つか見たでしょ? あれはエクスタリアの魔力で浮いているらしいわ。世界の魔力のバランスをとってるって、本に書いてあった」

 

魔水晶(ラクリマ)に変えられた仲間も、その島の上にいるのか?」

 

グレイがそう尋ねるとフィールがエクスタリアのすぐ近くにあると答え、シャルルがその事について説明を始める。

 

「今私達の上空に、エクスタリアと魔水晶(ラクリマ)が浮いているのよ」

 

「その浮游島に滅竜魔法を当てることで加速させ、エクスタリアに激突させるのが王国軍の狙いなんです」

 

膝をつき、重い表情でテューズが語ると、グレイがどうなるのかを聞き返す。

 

「エクスタリアの魔力と妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔力がぶつかる事で弾けて融合し、永遠の魔力がこの国に降り注ぐ……と」

 

「そんな事されたら、ギルドのみんなが消えちゃうんです!」

 

ウェンディの言葉にグレイ達が驚いていると、誰かがこっちに走ってきているようで、足音が聞こえてくる。

グレイが全員の前に出て迎撃の構えを取ると、顔を真っ青に染めたナツが悲鳴を上げながら走ってきた。

 

「いやぁぁぁぁ!!! エルザが二人いたぁぁ!! 何だよあれ!? 何あれ!? 怪獣大決戦か!? この世が終わるのか!?――― あ?」

 

首を振って混乱していたナツだが、ナツを冷たい目で見つめるグレイが目に入り、この場にグレイがいることに驚き出す。

 

「グレイじゃねぇか!?」

 

「締まらねぇし、落ち着きねぇし、ホントうぜぇなお前」

 

グレイを見て固まっているナツにルーシィがアースランドのグレイだと伝えると、ナツは更に驚倒する。

 

「色々あってこっちに居るんだ。エルザとガジルもな」

 

「ハッピーは、魔水晶(ラクリマ)を止めに行ったわ」

 

とルーシィがナツに伝えると、ウェンディが「あれ?」という声を出して口元を押さえる。

 

「ホントだ! グレイさんが居る!?」

 

ウェンディからも認識されていなかったという事実を知り、グレイはショックを受けて固まっていた。

 

「え!? ウェンディ今気づいたの?」

 

テューズに問われ、ウェンディが「うん……」と言って首を縦に振った事により、もしかしたら冗談かもしれないというグレイの淡い期待が無情にも打ち砕かれた。

 

「お、おや……地下だから日が当たんねぇのかな…? 自分の影が……薄く見えるぜ……」

 

涙を流し、「ハ……ハハ……ハハハ……」と虚ろな目で笑い続けるグレイに、ルーシィが「あらら……拗ねちゃった」と言いながら薄い笑みを浮かべる。

 

「だ、大丈夫ですよ! 僕は気づいてましたから!」

 

テューズが慌ててグレイを慰めると、グレイはテューズを抱き締めて頭を撫で始めた。

 

「お前だけだよ……オレのことを認識して(分かって)くれたのは……うぅ……」

 

「で、お前らがオレ達を助けてくれたのか? てかルーシィも無事だったんだな!」

 

グレイを無視してナツがそう言いながらルーシィの肩を叩いていると、「あたしの事も今気づいたんだ……」と言ってルーシィは顔をピクピクと引き攣らせる。

 

「あ! 私ってば一番最初に言わなきゃいけないことを……あ、ありがとうございます!」

 

ウェンディが慌ててルーシィに頭を下げると、ルーシィは笑みを浮かべて「ううん、気にしないで」と優しく告げる。

 

「僕もありがとうございました」

 

「いや、オレの方こそありがとな……!」

 

テューズも礼を述べるが、グレイは更に強く抱き締め、「あ゛」というテューズの声と共にゴリッという音が微かに聞こえた。

それを見ていたシャルルは、フィールが今までシャルルの背中に隠れていた事に気づいて「あんた、何してんの?」と尋ねる。

 

「その……会わせる顔がないので……」

 

とフィールはシャルルの背中に完全に隠れ、シャルルは深いため息をつく。

 

「やっぱり、シャルル達も私達を助けに来てくれた……ありがとう」

 

と言ってウェンディはシャルルとその背中にくっついているフィールを嬉しそうに抱き締める。

 

「どうでもいいけど服着ろよ、グレイ」

 

「おぉ! いつの間に!?」

 

「最初からだけどね――ってちょっ!?」

 

ナツに指摘されたグレイが手を上げて驚き、ルーシィが苦笑いをしながらツッコミを入れようとしたが、グレイから解放されたテューズの顔を見て愕然とする。

 

「あわわわわ……テューズ大丈夫!?」

 

ウェンディもオロオロしながらテューズを心配し、当の本人は「何が?」と首を傾げているが、その頬にはグレイの着けている十字のネックレスの痕がくっきりと残っていた。

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

「うし、準備完了! 王様見つけて、魔水晶(ラクリマ)ぶつけんの止めんぞ!」

 

とナツが気合いを入れて部屋を出ると、ルーシィと服を着用したグレイが通路を真っ直ぐ進もうとし、ナツがそれを慌てて制止する。

 

「待て! そっちは怪獣が二匹も居る! 此方だ!」

 

左の通路を指さすナツに、ルーシィが「エルザを放っておいて大丈夫?」と問うが、「あのエルザだぞ?」とグレイに言われ、納得した様子でナツ達と共に走り出した。

 

「テューズ、私達はエクスタリアに向かおう」

 

ウェンディがナツ達についていこうとしたテューズを制止してそう言うと、シャルルが困惑して何故かを尋ねる。

 

「王国軍の攻撃があることを伝えて、避難させないと!」

 

「そうだね、分かったよ」

 

振り返ってそう強く提言するウェンディにテューズは納得したが、シャルルとフィールは食い下がる。

 

「私達はその攻撃を止めるんでしょう!?」

 

「行く必要は無いはずです!」

 

「勿論止めるよ。絶対にやらせない! それはナツさん達を信じてるから。でも王国軍は他にどんな兵器を持っているか分からない! 万が一に備えて、危険を知らせなきゃ! 私達にはそれが出来るんだから!!」

 

ウェンディがそう強く言うが、シャルルは戻りたくないと悲痛な声を上げる。

ウェンディは膝を折ってシャルルに目線を合わせ、優しく語りかける。

 

「人間とかエクシードとかじゃないんだよ?」

 

シャルルは言葉を返す事が出来ずに黙り、その隣に居るフィールは視線を逸らす。

それを見たテューズは困ったように笑いながらしゃがみ、フィールの頭を優しく撫でた。

 

「同じ生きる者として、僕達にも出来る事があると思う。大丈夫、二人は僕達が必ず守るから」

 

「どうして……どうしてそんな危険を冒してまでエクシードを助けようとするんですか! 私はエクスタリアに住むエクシード達を見てきました……でも私は彼らに価値を見いだせない! 私は彼らよりテューズ達の方が大切です!」

 

フィールが必死にそう言うと、テューズとウェンディは顔を合わせて笑い合う。

 

「それでも私達はエクスタリアに行くよ」

 

「フィール達の、友達の故郷を守りたいんだ」

 

「っ!」

 

二人の言葉にフィールは反論出来ず、シャルルと共に渋々同行してエクスタリアへと向かった。

 

 

 

 

 






突然ですが、私は文の書き方が初期に比べて変わったんですよね。
途中からもっと地の文を書くように意識し始めたのですが、一番始めに書いたプロローグを修正しようと思っています。
具体的に言うと、5つに分けていたプロローグを2つに統合するつもりです。展開自体を変更するつもりはありませんが、時間があれば少し話を追加するかもしれないです。



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片翼



すみません。若干スランプなのか書くスピードが恐ろしく遅い上に全然集中出来てない(汗
今回見にくいかもしれません。申し訳ない!




 

 

 

 

 

フィールにエクスタリアまで連れていってもらった僕達は女王様と話をする為に城を目指して街中を歩いていたのだが、僕達を見たエクシード達がどんどんと寄ってくる。

 

「あいつら確か堕天の……それに人間まで……?」

 

「何しに来たの……」

 

エクシード達は僕達を囲んでジロジロと観察し、大人は子供を庇うようにして僕達を警戒する。

 

「女王様に会わせてください」

 

「このエクスタリアに危険が迫っています」

 

僕とウェンディがエクシード達にそう言うと、少し背の高い黒色のエクシードが住人を掻き分けて僕達に近づいてきた。

 

「君達困るよ! 堕天と人間はエクスタリアへの侵入は禁止だよ!?」

 

住人達にナディ様と呼ばれていたエクシードが右手を振りながらそう告げると、シャルルが「そんな事言ってる場合じゃないの」とナディさんを睨み付ける。

 

「あなた達、命が惜しいのなら私達の言うことを聞きなさい」

 

フィールが住人達を一瞥して言い放つと、ナディさんが、フィール達を追いかけたニチヤは何処に行ったのかと尋ねる。

 

「王国軍に魔水晶(ラクリマ)にされたわ」

 

シャルルは冷静にそう告げると、ナディさんはその言葉に絶句して体を小刻みに震わせた。

しかし、周りの住人達は近衛師団がやられる訳がないと笑いだし、必死に逃げるよう説得する僕達に石を投げ始めた。

 

「いたっ!」

 

投げられた石が額に当たったウェンディが頭を押さえるが、エクシード達は「人間は出ていけ!」と叫びながら容赦なく石を投げ続け、体中に鈍い痛みが走る。

 

「そんなに……そんなに人間が嫌いなら、私達を好きにして!」

 

「でもシャルルとフィールは関係ない! 君達の仲間だろ!? お願いだから二人の話を聞いて!」

 

腕で頭を守りながら必死でそう訴えるが、ブーイングは酷くなり、投げられる石の量は増えていく。

僕はフィールを庇うように覆い被さり、石が当たらないように守る。

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

あれから体中を襲う鈍い痛みに耐え続け、空が暗くなり始めた時、突然大きな振動が起きて今まで絶え間なく僕達に投げられていた石が止まった。

 

恐る恐る目を開けると、エクシード達はエクスタリアに来る途中に見た巨大魔水晶(ラクリマ)がある方向を見て動きを止めていた。

僕達もその方向に視線を移すと、島の端側が薄暗く染まる空を赤く照らしていることがわかった。

 

「王国軍が攻めてきた!」

 

「女王様の力を知らない人間共め……!」

 

住人達は口々に人間への罵声を口にしており、ナディさんは額に汗を浮かべて膝が震わせている。

 

魔水晶(ラクリマ)がぶつかった?」

 

「いいえ、まだよ。島の縁で止まってるみたい」

 

赤く染まる空を見て不安げに呟かれたウェンディの言葉をシャルルが即座に否定する。

 

「二人ともごめんね……こんなはずじゃ……」

 

僕が俯いて謝罪の言葉を述べようとすると、フィールが「まだ諦めちゃダメです!」と言って住人達を説得しに駆けていく。

 

「皆さん聞いてください!」

 

「堕天め……まだ居たのか!」

 

エクシードがフィールに石を投げつけるが、石はフィールを庇ったナディさんに直撃した。

 

「フィール!」

 

僕はナディさんがフィールを庇った事に驚いて一瞬思考が止まったが、すぐにフィールの元へ駆け寄ると、頬に傷をつけたナディさんが口を開いた。

 

「石は……投げたら危ないよ」

 

「で、でもそいつらは堕天――」

 

「――この人達は! この人達はぼきゅ達に危険を知らせてくれたんだよ! でも誰も聞かなかったからこんなことになっちゃったんだ!」

 

動揺したエクシードが言い訳を述べようとするが、ナディさんはその言葉を遮って住人達を説得し始めた。

 

「何を言っているんですか! こんなの、女王様の魔法があればへっちゃらですよ!」

 

エクシード達は全員が「女王様!」と叫び始め、事態の収拾がつかなくなってナディさんが困惑し始めた時、透き通るような綺麗な声が響いた。

 

「もういいのです。ナディ」

 

その声を聞いたナディさんが振り返ると、四人の老人と使用人のようなエクシードを引き連れた、背の高い、シャルルと同じ白色のエクシードがいた。そのエクシードの服には豪華な装飾が施され、羽のようなマントを羽織っている。

 

「女王様!?」

 

どうやらこのエクシードが女王のようで、突然の事に僕達は座り込んでいるだけだったが、周りのエクシード達は次々に女王様に頭を垂れる。

 

「あの人が……」

 

「女王様……」

 

僕達が呆然として女王様を見ていると、女王様と視線が合う。

女王様は少しの間僕達を見つめた後、目を閉じて口を切る。

 

「皆さん、どうかお顔を上げて下さい。そして落ち着いて私の話を聞いてください」

 

住人達の中にはここに女王様がいることに疑問を覚えた者も居るようで、ざわざわと話し声が聞こえてくる。

そんな中女王様の声が響くと、住人達は一斉に口を閉じて女王様の言葉を聞き逃さないよう集中した。

 

「今、エクスタリアは滅亡の危機に瀕しています。これは最早抗えぬ運命。なので私は一つの決断をすることにしました」

 

女王様がそう言うと、「人間を全滅させるんですね!」等といった声が周囲から発せられ、女王様の後ろにいるエクシード達の顔が曇る。

 

住人達が期待の眼差しで女王様を見つめると、女王様はマントを脱ぎ捨てペンダント等のアクセサリーを取り外す。

 

「真実を話しておかなければならないと言う決断です。私はただのエクシード。女王でも、況してや神でもありません。」

 

女王様は(エーラ)を発動させるが、現れたのは左翼のみだった。その事実を知らなかった僕達や住人達に衝撃が走り、ナディさんは震えて涙を浮かべながら女王様を見つめていた。

 

「私には、人間と戦う力などないのです。見ての通り、私は片翼です。エクシードにとって翼――エーラは魔力の象徴。二つ揃ってこそ真の魔力を発揮できる……私の魔力は、とても弱いのです」

 

女王様の口から告げられた真実に、その場の全員が言葉を失っていた。

 

「隠していて本当に申し訳ありません。ウェンディさんにテューズさん。シャルルさんとフィールさんと言いましたね? あなた達にも……ごめんなさい。全部私のせいです。どうか、ここにいる皆さんを恨まないで下さい」

 

あまりの事に状況を飲み込めず、「どういうことですか?」と尋ねると、女王様の後ろにいたフィールと同じ紫色のエクシードが女王様の隣に立ち、杖を持った老人達が僕達に説明してくれる。

 

「女王と言うものを作り出した、我ら長老にこそ責任がありますじゃ。私達はとても弱い種族ですじゃ。大昔、人間達に酷いことも沢山されてきました。だから自分達を守るために、私達には力があると人間に思い込ませたのですじゃ」

 

「そして、エクシード全体が自信を取り戻せるようエクスタリアの民達にも神の力を信じさせました」

 

「神の力と言っても、その全部が、儂等事情を知っとる一部エクシードのハッタリじゃ」

 

「しかし、初めは信じなかった人間達も、やがて神の力に恐れを抱くようになってきた。例えば、殺す人間を決める人間管理。本当は全部後付けです。私達が殺す人間を決めている訳ではないし、そんな力も当然ありません」

 

4人の長老達がそう説明すると、住人達は汗を浮かべて困惑しており、今まで目を閉じて話を聞いていた女王様の隣に立ったエクシードが喋り始める。

 

「私の隣に居られるシャゴット様には、少しだけ未来を見る力があります。人の死が見えるのです。それを恰も女王の決定により殺していると思わせたのです」

 

「そんなの嘘だぁ!」

 

エクスタリアの真実を知らされた子供達は泣き始め、シャゴットさんに人間達をやっつけてと願い求める。

 

「詭弁だわ!」

 

子供達の声をを受けたシャゴットさんが顔を歪めた時、シャルルが声を荒げてシャゴットさんを睨む。

隣に居たウェンディが突然声を荒げたシャルルに驚くが、シャルルは構わずに怒声を発する。

 

「あんたに力が有ろうが無かろうが、私の仲間を殺すように命令した。それだけは事実!」

 

「シャゴットはそんな命令はしておらん! きっと女王の存在を利用した人間の仕業――」

 

「違う!!」

 

シャルルの意見を聞いた老人の一人が、慌てて弁解しようとしたが、シャルルがその声を遮った。

 

「変な記憶を植え付け、私の心を操り、滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)抹殺を命じたでしょ!? 生まれる前から!」

 

「それは……」

 

シャゴットさんが気まずそうに視線を落とすと、シャルルの誤解を解こうとナディさんが飛び出してきた。

 

「ち、違うんだ! これには話せば長くて深い事情が――」

 

「どんな事情があっても、それだけは許せない!」

 

怒りを爆発させるシャルルに、ウェンディが「今はその話はよそうよ」と宥めようとした時、ナディさんの後ろでシャゴットさんが剣を引き抜いた。

 

シャゴットさんはその剣を投げ、投げられた剣はナディさんの横を通過してシャルルの前に転がった。

 

「シャルルさんの言い分はごもっともです。あなた達には何の罪もない。なのに一番辛い思いをさせてしまった。私の罪は、あなたの手で裁いて下さい!」

 

老人達の制止も聞かずにシャゴットさんはシャルルに頭を差し出す。

 

「人間もエクシードも、両方愛せるあなたにこそ、その権利があります!」

 

「シャルル……」

 

ウェンディが不安げにシャルルを見つめると、シャルルは目の前に落ちた剣を拾い上げた。

 

「さぁ、皆さんはここを離れて! 私は滅び行くエクスタリアと運命を共にします!」

 

シャゴットさんが住人達にそう呼び掛けると、シャルルは手に剣を握って足を踏み出した。

 

「シャルル! ダメだ!」

 

シャルルを止めようと体に力を入れた時、フィールが僕の前に立ちはだかって腕を広げる。

 

「フィール!?」

 

「手出しは不要です。黙って見ていて下さい」

 

普段からは考えられない険しい顔で睨まれ、僕は動くことが出来ずにいた。

住人達がシャゴットさんと一緒に居たいと言って残ろうとするのを聞き、この国は滅びる運命だと言って逃げるよう説得するシャゴットさんの頭上に、シャルルは剣を振り上げる。

 

「「シャルル!」」

 

その光景にはっとして僕とウェンディが声を上げると、シャルルは剣を振り下ろし、振り下ろされた剣はシャゴットさんの前に深々と突き刺さった。

 

「勝手に……勝手に諦めてんじゃないわよ!! 自分達の国でしょ! 神や女王が居なきゃ、何も出来ないの!? 今まで嘘をついてでも、必死に生きてきたんじゃない! なんで簡単に諦めちゃうの!」

 

涙を流して叫ぶシャルルに全員の思考が止まって、その視線がシャルルに集中する。

 

「弱くたっていいわよ! みんなで力を合わせれば、何だって出来る! この国は……滅びない……私の故郷だもん! 無くなったりしないんだから!! 私は諦めない! 絶対止めてやる!」

 

羽を広げたシャルルは魔水晶(ラクリマ)を止めるために飛び去り、フィールが僕の前に立って口を開く。

 

「私はエクスタリアが嫌いです。テューズ達を傷付けたエクシードが嫌いです。でもどれだけ嫌おうともこの国が私の故郷であり、エクシードは私の同族であると言う事実は変わりません。だから守りたいと思うんです。たとえ嫌いであろうとも、死んでほしくないんです」

 

そう言い残し、フィールもシャルルの後を追って飛び去って行った。

エクシード達全員が涙を流して二人の飛び去った先を見つめるなか、ナディさんが泣きながら翼を広げた。

 

「ぼきゅも行ってくるよ。だって、この国が大好きだから!!」

 

ナディさんが雄叫びを上げてた飛び立つと、その後に続いてエクシード達が次々に魔水晶(ラクリマ)を止めようと翼を広げる。

 

「……ウェンディ」

 

「うん。私達も行こう!」

 

僕達が走りだそうとすると、さっき僕達に石を投げたエクシード達に声をかけられた。

 

「ウェンディさん、テューズさん、オレ達があなた達を連れていきます!」

 

「だからお願いです。私達に力を貸して下さい!」

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

エクシードに背中を掴んでもらって魔水晶(ラクリマ)に向かうと、その様子が視認できた。

赤い光を放出している魔水晶(ラクリマ)がエクスタリアに衝突するのを、ナツさん達が必死に止めている。

 

エクシード達の先頭を飛んでいると、後ろからエクシード達の声が聞こえた。

 

「自分達の国は、自分達で守るんだ!」

 

「危険を侵して、この国と民を守り続けきた女王様の為にも!」

 

そう叫んでエクシード達が速度を上げると、今度は背中から声が聞こえた。

 

「ウェンディさん、テューズさん、シャルルさん、フィールさん、さっきはごめんなさい!」

 

「みんな、今はこれを何とかしよう!」

 

「みんなで力を合わせれば止められる!」

 

全員でナツさん達と一緒に全身全霊を込めて魔水晶(ラクリマ)を押すと、重かった魔水晶(ラクリマ)が徐々に押し返されていき、魔水晶(ラクリマ)とエクスタリアの間が青白い光を放つ。

 

「お願い! 止まってぇぇ!!」

 

「止ま――れぇぇ!!」

 

叫びを上げて押した刹那、魔水晶(ラクリマ)が弾かれたように押し返された。さらにエクスタリアから離す為に押し続けると、上空から閃光が降り、魔水晶(ラクリマ)を飲み込んだ。

 

「何!?」

 

「眩しっ!」

 

その眩しさに目を閉じた時、下から突風が吹いて、飛ばされまいと押していた魔水晶(ラクリマ)の島にしがみつくが、島は凄まじい振動を起こして後方に弾き飛ばされる。

飛ばされた時にエクシードが僕を離してしまったようで、僕の体は重力に従って落ちていく。

 

「うぅ……フィール?」

 

突然体が上空へ持ち上げられ、目を開けると、フィールが僕を掴んでいてくれた。

 

「テューズ、あれ……」

 

フィールから視線を魔水晶(ラクリマ)に移すと、そこには魔水晶(ラクリマ)が消えて大きな窪みの出来た浮遊島だけがあった。

 

魔水晶(ラクリマ)が消えた……?」

 

「どうなってるの……」

 

やがてその浮遊島も光の粒子となって消滅し、僕達が困惑していると。懐かしく、そしてどこか安心できる声が耳に入った。

 

「アースランドに帰ったのだ」

 

声のした方に視線を向けると、そこには白い生物の上にジェラール――もといミストガンが立っていた。

 

「全てを元に戻すだけの巨大なアニマの残痕を探し、遅くなったことを詫びよう。そしてみんなの力がなければ間に合わなかった。感謝する」

 

「おぉ!」

 

「元に戻したって?」

 

喜ぶナツさんの背中を掴んでいるハッピーが尋ねる。

 

「そうだ。魔水晶(ラクリマ)はもう一度アニマを通り、アースランドで元の姿に戻る。全て終わったんだ」

 

ミストガンの言葉を聞き、僕達の顔に笑顔が浮かぶ。

エクシード達が歓声を上げて喜んでいる中、ナツさん達と笑い合っているとミストガンが人形の黒いエクシードに話しかける。

 

「リリー、君に助けられた命だ。君の故郷を守れてよかった」

 

「えぇ……ありがとうございます。王子」

 

顔を隠していた布とマスクを取ったミストガンが礼を述べると、リリーさんは感涙していたが、突如リリーさんの体が貫かれた。

 

「黒猫!」

 

「リリー!!」

 

体を貫かれたリリーさんは、地上へと落ちて行った。その後ろから黒いレギオンが飛行してこちらへ向かっており、その中心で髪の短くなったエドラスのエルザさんが鬼の形相で僕達を睨んでいた。

 

「まだだ――まだ終わらんぞ!!」

 

 

 

 

 






プロローグ1.2.3の統合が完了しました。現在4.5を2.3に応急の変更をし、こちらも統合するために現在編集中です。
編集より次話投稿を優先しますが、更新が遅れるかもしれません。ご了承下さい。



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DRAGON SENSE


やっと戦闘話だ! 思えばこれが初めてのちゃんとした戦闘だったり……




 

 

 

 

「裏切り者め。所詮は堕天、元エクシードが王に救われた恩を忘れ、刃を向けるとはな」

 

「向こうのエルザか!?」

 

「あの野郎よくも!」

 

驚くナツさんに「ナイトウォーカーだよ」とハッピーが伝える横で、ガジルさんがナイトウォーカーさんを睨み、犬のような顔立ちの女性――ココさんがリリーさんの名前を叫んで泣いている。

 

「だ、誰か! リリーを助けて!」

 

リリーさんを助けようとするシャゴットさんを老人の一人が制止し、ピンク色のエクシードがリリーさんを助けに急降下する。

 

「スカーレットォ!!」

 

「ナイトウォーカー……」

 

ナイトウォーカーさんがエルザを睨み、向かおうとしたエルザをミストガンが手で制す。

 

「エドラス王国王子であるこの私に刃を向けるつもりか、エルザ・ナイトウォーカー!」

 

その言葉にエルザは驚き、ナイトウォーカーさんは悔しそうにミストガンを睨みつけると、何処からか笑い声が聞こえてきた。

 

『王子だと? 笑わせるでないわ! 儂は貴様を息子などとは思っておらん!』

 

「王様の声だ!」

 

「え? 何処に居るの!?」

 

ルーシィさんが声の発生源を辺りを見回して探るが、依然として国王の声は響き続ける。

 

『7年も行方を眩ませておいて、よくおめおめと戻ってこれたものだ……貴様がアースランドでアニマを塞いで回っていたのは知っておる。売国奴め! お前は自分の国を売ったのだ!』

 

「この声……何処から?」

 

「分からない……けど、地の底から聞こえてくるみたいな……」

 

ウェンディと地上を見渡して探っていると、隣のナツさんが何処かに隠れている国王に、「おい! 姿を現せ!」と叫び、ハッピーもナツさんの言葉に賛同する。

 

「貴方のアニマ計画は失敗したんだ。もう戦う意味などないだろう!」

 

ミストガンが言葉を返すと、国王の声がすると同時に地面が揺れ、眩い光を発した。

 

『意義? 戦う意義だと?』

 

「なんだ……この音? いや、これは!?」

 

「魔力で大気が震えてるんだ!?」

 

グレイさんにルーシィさんがそう返答すると、地上で光を放っていた地面から、鎖で地面と繋がれた卵のような形の機械が出現した。

 

『これは戦いではない。王に仇なす者への報復。一方的な殲滅――儂の前に立ちはだかるつもりなら、たとえ貴様であろうとも消してくれる! 跡形もなくなァ!』

 

「何よあれ!?」

 

「魔動兵器か……?」

 

グレイさんが卵のような機械に警戒を向けた瞬間、機械は国王の感情に呼応するように鎖を引きちぎり、宙に浮かんで地面を震わせた。

 

「父上……」

 

『父ではない。儂はエドラスの王である!』

 

国王がそう告げた刹那、卵型だった機械が変形し始めた。

 

『そう、ここで貴様を始末すればアースランドでアニマを塞げる者は居なくなる! また巨大な魔水晶(ラクリマ)を作り上げ、エクシードの魔力と融合させることなど何度でも出来るではないか!』

 

「あ、あれは!?」

 

シャゴットさんが驚愕の声を上げた時、その姿を竜に変えた兵器が地を踏みしめ、不気味な双眸を赤く光らせる。

 

『フハハハハハ! 王の力に不可能はない! 王の力は絶対なのだ!』

 

機械竜が咆哮すると大気が震え、肌にピリピリとその魔力の高さが伝わってくる。

 

「おぉ……あの姿、あの魔力、間違いない……!」

 

「な、なんと言うことじゃ……あれは――!」

 

「ドロマ・アニム!」

 

老人達の言葉にシャゴットさんがそう呟くと、ミストガンがドロマ・アニムを注視する。

 

「ドロマ・アニム? こっちの言葉で竜騎士の意味――――ドラゴンの強化装甲だと!?」

 

「なっ!? ドラゴン!?」

 

「言われてみればそんな形……」

 

ハッピーが納得している隣で僕が強化装甲について疑問符を浮かべていると、ココさんがその疑問に答えてくれた。

 

「対魔戦用魔水晶(ラクリマ)――ウィザードキャンセラーが外部からの魔法を全部無効化させちゃう、搭乗型の甲冑! 王様があの中でドロマ・アニムを操縦してるんだよぉ!」

 

『我が兵達よ、エクシードを捕らえよ!』

 

口から砲門を出し、その照準を僕達に合わせた国王の指示を受けて、兵達がエクシードを捕らえる為に迫り来る。

 

「まずい! 逃げるんだ!」

 

ミストガンがそう叫ぶとエクシード達が翼を広げて逃げ始めるが、兵達の放った光線を受けて次々に魔水晶(ラクリマ)に変えられてしまう。

 

その光景を目にしたエクシード達は混乱しながら逃げ出すが、ナイトウォーカーさんの指示を受ける兵達はレギオンを駆ってエクシード達を追跡する。

 

「王国軍からエクシードを守るんだ! ナイトウォーカー達を追撃する!」

 

エルザさんの意見にルーシィさんが賛同したが、グレイさんは「あのデカブツはどうする?」とドロマ・アニムを警戒しながらエルザに問いかける。

「相手にするだけ無駄だよぉ、魔法が効かないんだから!」

 

「躱しながら行くしかない! 今のエクシードは無防備だ! オレ達が守らないと!」

 

ミストガンのレギオンと一緒に、僕達もココさんのレギオンに乗ってエクシード達を助けに向かおうとすると、国王の笑い声が耳に入ってきた。

 

『躱しながら……守る……? プッハハハハ! 人間は誰一人として逃がさん! 全員この場で塵にしてくれる!――消えろォォォ!!!!』

 

ドロマ・アニムが放った魔力が圧縮された光線が僕達に直撃しそうになるが、魔法陣を展開したミストガンが僕達の前にでて光線を受け止める。

 

「ミストガン!」

 

『ミストガン? それがアースランドでの貴様の名前か、ジェラール?』

 

「っ! エルザ、今のうちに行け!」

 

魔法を受け止めているミストガンは僕達に背中を向けている為表情が見えないが、声の様子からあの魔法を一人で受け止めるのは辛い事が分かる。

 

その為エルザさんはミストガンを置いていくことに迷いを見せたが、ミストガンは早く行けと強く言って印を結ぶ。

 

「三重魔法陣“鏡水(きょうすい)”!」

 

ミストガンの前に三重の魔法陣が展開され、ドロマ・アニムの光線を跳ね返して爆発を引き起こした。

 

「やったか!?」

 

「凄い……これがミストガン!」

 

ルーシィさんがミストガンに感嘆の声を上げるが、爆煙が晴れると無傷のドロマ・アニムが姿を見せる。

 

『フフフフ……チクチクするわい!』

 

「傷一つねぇぞ!?」

 

『そう、これが対魔戦用魔水晶(ウィザードキャンセラー)の力。魔導士如きがどう足掻こうと、ドロマ・アニムには如何なる魔法も効かん!』

 

ドロマ・アニムの砲門から再び光線が放たれ、ミストガンを掠めて上空へと消えていく。

攻撃を受けたミストガンはレギオンから落とされ、それを視認した国王は汚ならしい笑い声を上げた。

 

『ヒャハハハハ! 貴様には地を這う姿が似合っておるぞ、そのまま地上で野垂れ死ぬがよいわ!』

 

「くそっ! アイスメイク――のわっ!?」

 

グレイさんが魔法を発動しようと構えを取るが、ドロマ・アニムの光線を躱そうとレギオンが旋回し、体勢を崩した。

その周りではエクシード達が魔水晶(ラクリマ)に変えられ、次々地上に落ちていく。

 

『おぉ美しいぞ……エクシードを一人残らず魔水晶(ラクリマ)にするのだ!』

 

国王は哄笑を上げながら光線を乱射し、レギオンはその攻撃を躱す事に手一杯で進むことが出来ない。

 

「くそっ! あれを躱しながら戦うのは無理だ!」

 

「でも、どうすればいいの!?」

 

ルーシィさんがグレイさんに尋ねている横で、ナツさんが僕とウェンディの肩を叩いた。

 

「今こそ滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)の出番だろ」

 

そう言ってナツさんは飛び降りると、ドロマ・アニムの首裏を殴り付けて爆発させる。

 

(ナツさんの攻撃が通った!?)

 

「テューズ!」

 

僕を見るウェンディに無言で頷いてレギオンから飛び降りると、ドロマ・アニムの左胸に衝撃が走り、巨体を大きく仰け反らせる。

 

『誰だ!? 魔法が効かぬ筈のドロマ・アニムに攻撃を加えてる者は!?』

 

「天竜の――咆哮!!」

 

「海竜の――翼撃!!」

 

風と水が合わさって直撃し、その衝撃でドロマ・アニムが後退する。

 

『貴様等はァ!?』

 

ドロマ・アニムが睨んでくる中ナツさんとガジルさんの間に着地すると、ナツさんがニヤリと口角を上げる。

 

「やるじゃねぇか、お前ら」

 

「いえ、二人合わせてナツさんと同威力でした」

 

「二人の攻撃の方が、ダメージとしては有効です」

 

「野郎……よくもオレの猫を!」

 

ガジルさんがドロマ・アニムを睨むと『そうか……貴様等は……!』と声を上げ、上空から僕達を呼ぶ声も聞こえてくる。

 

「行け、猫達を守るんだ!」

 

ナツさんがドロマ・アニムに視線を合わせたままエルザさん達にそう伝えると、「そっちは任せたぞ」と言うエルザさんの声と共にルーシィさんの不安の声も返ってくる。

 

「でも、あんなの相手に4人で大丈夫なの?」

 

「何、問題ねぇさ。相手はドラゴン、倒せるのはあいつ等だけだ。ドラゴン狩りの魔導士――滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)!」

 

グレイさんは「頼んだぞ!」と叫び、彼らを乗せたレギオンはエクシード達を助けるために王国軍の後を追って行った。

 

 

 

‐‐‐‐‐‐‐‐

 

 

 

「行くぞ、火竜(サラマンダー)

 

「またてめぇと共闘かよ」

 

「てめぇとの決着はよ……このぶっ壊し甲斐のあるやつとっちめてからって訳だ」

 

ガジルがナツに視線を向けて口角を上げると、「燃えてきたぞ」と言ってナツもニヤリと笑う。

 

『おのれ小僧共……!』

 

国王の怒りを含んだ声が響くとナツ達が構え、ウェンディとテューズの二人が少し後ろに下がる。

 

「僕達で援護します」

 

「天を駆ける俊足なる風を――」

 

「海を流れる駿足なる波を――」

 

ナツとガジルの足元に魔法陣が現れ、二人の速度が上昇する。

 

「な、なんだ!?」

 

「体が軽くなってきやがった……」

 

「「バーニア!」」

 

魔法が発動すると同時にナツとガジルはドロマ・アニムに向かっていき、ドロマ・アニムは二人を撃退する為に光線を放つが、ウェンディとテューズの魔法で速度が上がったナツ達はその攻撃を回避する。

 

『躱しただと!?』

 

攻撃を躱された国王は顔を驚愕に染め、自身の速度が上昇したことを実感した二人はその速度でドロマ・アニムを翻弄する。

 

『速い! 目で追えん!』

 

「火竜の鉄拳!」

 

「鉄竜棍!」

 

二人はドロマ・アニムに連撃を叩き込むが、敵は防御に徹し、ダメージが通らなくなる。

 

「クソが! なんつぅ硬さだ!」

 

「びくともしねぇぞ!」

 

「それなら……」

 

攻撃が通らないと言うナツ達の意見を聞き、ウェンディとテューズは付加魔法(エンチャント)の構えを取る。

 

「天を切り裂く――」

 

「海を断ち割る――」

 

「「剛腕なる力を! アームズ!!」」

 

再びナツ達の足元に魔法陣が出現し、「力がみなぎってくる……!」と言ってナツは拳を握りしめる。

 

「攻撃力強化の魔法です」

 

「これなら攻撃が通る筈です」

 

「やるじゃねぇか。ギヒッ!」

 

ナツ達の魔力が上昇している事に気づいた国王が驚愕していると、その隙にナツ達がドロマ・アニムとの距離を詰める。

 

「火竜の煌炎!」

 

「鉄竜槍・鬼薪!」

 

『ぬぅ!? おのれ……あの小僧共か!』

 

テューズ達がナツ達を強化していると推測した国王は照準をテューズ達に合わせる。

 

『竜騎弾発射!』

 

ドロマアニムの背中から無数の小型ミサイルがテューズ達二人に向けられて発射される。

 

「しまった! ウェンディ! テューズ!」

 

「私達なら大丈夫です」

 

二人は自身にバーニアを付加(エンチャント)して竜騎弾を回避し、続いて迫る竜騎弾を弾道から逸れることで回避しようとするが、竜騎弾の弾道はテューズ達に合わせて曲がり、追跡する。

 

「追尾型!?」

 

「あっ――」

 

弾道を変えた竜騎弾にテューズが驚いた時、ウェンディが躓いて体勢を崩し、咄嗟にテューズの足を掴んだ。

 

「ちょっ!?」

 

足を掴まれたテューズも同様に体勢を崩して二人は転倒し、転んだ二人に迫る竜騎弾をナツが蹴り飛ばして粉砕した。残った竜騎弾も炎を纏った拳で撃ち落とす。

 

「「ナツさん!」」

 

「はっ! やらせっかよ」

 

ニヤリと笑うナツに国王は追撃しようとするが、ドロマ・アニムの背面にある射出口をガジルが塞いだため、竜騎弾は射出されなかった。

 

「出させっかよ!」

 

『おのれ……小賢しい!』

 

ドロマ・アニムは尻尾を振るってガジルを叩き落とし、ナツ達に二発の弾が迫る。

 

「まだ二発残ってた!?」

 

「あれは……さっきまでのとは違う!」

 

「ナツさんダメ!」

 

ウェンディとテューズがナツに制止をかけるが既にナツは飛び出しており、二発の弾はナツの手前で勢いを落として爆発を起こし、爆炎がナツを飲み込んだ。

 

『ヌハハハハ!! 身の程を知らぬ魔導士共が! ドラゴン狩りが聞いて呆れるわ!』

 

国王は高笑いをしていたが爆炎から聞いたことのない音がして表情が凍りつく。

 

『なんだと……竜騎弾の爆炎を食っているのか!?』

 

爆炎がナツの口に吸い込まれて消えていき、無傷の三人を見て国王は愕然とするが、休む間もなく今度はモニターに尻尾に異常があると表示される。

 

『んなっ!? こいつは尻尾を食っているのか!?』

 

国王が尻尾に視線を移すと、そこにはドロマ・アニムの尻尾を食らい、口に残った鉄屑を吐き捨てるガジルの姿があった。

 

「んだよ……このまっずい火は……こんなにムカつく味は初めてだ」

 

「違ぇねぇ……だがよ、とりあえず――」

 

「「食ったら力が湧いてきた!」」

 

ナツは「真似すんなっての!」と言って目を吊り上げるが、ガジルは喧しいと一蹴する。

 

(出鱈目だ……これがアースランドの魔導士……)

 

国王は不気味な笑みを浮かべ、ナツ達四人とドロマ・アニムは警戒を緩めずに対峙する。

 

「しっかし強ぇな……ドラゴンって言うだけあって」

 

「ざけんじゃねぇ! こんな物、ドラゴンでも何でもねぇよ」

 

「一国の王だと言うのに護衛もつけないなんて……」

 

「よっぽど自信があるみたいだね……」

 

その言葉にナツは拳を握り、「燃えてきたぞ」と気合いを入れるが、対するドロマ・アニムは黒い魔力を全身に纏い始める。

 

(これが滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)……! だが、だからこそ我が物に!)

 

四人は大気中の魔力がドロマアニムに集まっていることに気づいた。だが、その時には既にドロマ・アニムは魔力を吸収し、変形を始めていた。

 

(こやつ等が居ればもう一度アニマ計画を実現できる。永遠の魔力の為にこの四人を捕獲――こやつらは最早兵器、鹵獲じゃ! 多少のパーツの破損は仕方あるまい……)

 

『まずは貴様等全員の戦意を無くしてやろう! ドロマ・アニム黒天の力をもってなァ!!』

 

黒く染まり、竜と言うよりも人に近い形状に変形したドロマ・アニムが咆哮を上げた。大気をビリビリと震わせるドロマアニムの大音声に四人は耳を塞ぐ。

 

ドロマアニムはその手に新たに槍を構えて四人に突き出した。四人はそれを跳んで回避しようとするが槍はナツを掠め、ナツが吹き飛ばされて壁に衝突してしまう。

 

「うぉらァ!!」

 

打ち付けられた壁を蹴り、ナツが炎を纏った拳で殴りかかるが、ドロマ・アニムはそれを盾で受け止める。

 

『ぬっ! 効かぬわ!』

 

ナツとドロマ・アニムの力は互いに押し合っていたが、ドロマ・アニムの力がナツに勝り、盾を振るってナツを吹き飛ばした。

 

「ナツさん!」

 

「アームズでの攻撃力が通じねぇのか!?」

 

「そんな……重ねがけしてるのに!?」

 

ナツを吹き飛ばしたドロマ・アニムは三人に視線を移し、振りかざした槍に黒い禍々しい魔力を纏わせて力を溜める。

 

『フハハハハ! 感じるか……この絶対的な魔力! 素晴らしい! 跪くな! 命乞いをするな! 貴様等はそのままただ震えて、立ち尽くしておるがよいわ!!  ――恐怖しろ! ドラゴンの魔導士!!』

 

ドロマアニムは魔力を溜めて紫色に発光した槍を降り下ろす。放出された光は付近一帯に広がり、四人を飲み込んだ。

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

「大変だ……!」

 

「エクシード達の悲鳴が……」

 

「ここまで聞こえてくるわね……」

 

王国軍を追ったエルザ達は軍に追い付いたが、離れていても聞こえてくるエクシード達の悲鳴にハッピー達は顔を歪める。

 

「しっかしなんて数だ……」

 

王国軍の数を見たグレイは舌打ちし、ルーシィはエルザにどうするのか尋ねる。

 

「行くしかなかろう……私達がやらねば、エクシードがやられる!」

 

「オイラ達も戦うよ!」

 

「えぇ……私達の故郷を守るのよ!」

 

「やれるだけの事をしましょう!」

 

エルザはハッピー達を見て少しばかり頬を緩ませて静かに頷く。エクシード達を助けるためにレギオンが動いた時、「待っていたぞ、スカーレット」と言う声と共にナイトウォーカーが姿を現した。

 

「待っていただと?」

 

エルザがその言葉に疑問を覚えた時ナイトウォーカーがニヤリと笑い、グレイ達は兵達が地上から銃を構えて自分達を狙っている事に気づく。

 

「まずい! 罠だ!」

 

「伏兵!?」

 

ココがレギオンに避けるよう指示を出すが、無数に飛んでくる魔法の弾丸を避けきる事は出来ずに被弾して地上へ落ちてしまった。

 

「ハッピー! フィール!」

 

「あいさー!」

 

「分かってます!」

 

ハッピー達は(エーラ)を展開してそれぞれ、ハッピーがルーシィを、シャルルがココを、フィールがグレイを掴んで地上に着地し、エルザはナイトウォーカーのレギオンにしがみついてナイトウォーカーと戦闘を開始していた。

 

「全員無事だな――いや待て、エルザが居ねぇ!?」

 

「エルザならナイトウォーカーと戦っています」

 

グレイにフィールがそう伝えた時、グレイが何かに気づいて全員に避けろと指示を出す。

グレイの指示を受けて全員がその場を離れると、今までグレイ達の立っていた場所に魔法弾が着弾した。

 

「敵!?」

 

「みたいだな!」

 

兵達はグレイ達を取り囲み、グレイ達は互いに背中を合わせて兵と対峙する。

 

「こいつらぞろぞろと!」

 

「みんなぁ、もう止めてよぉ……」

 

不安げな眼差しでココが訴えるが、兵達はハッピー達エクシードを魔水晶(ラクリマ)に変えようと集中砲火する。

 

「やめろォ!」

 

グレイが正面の兵達の前に氷の障壁を造形して妨害するも、ハッピー達を狙った銃撃が止むことはなかった。

 

「何でハッピー達ばっかり!?」

 

「逃げたエクシード共はほとんど魔水晶(ラクリマ)に変えた! 後はそこの三匹のみ……大人しく我が国の魔力になれ!」

 

「自分達の魔力の為に、エクシードはどうなっても構わねぇってのか!」

 

構えを取るグレイに兵達が一斉に襲いかかるが、グレイはそれを一撃で撃退する。

 

「それがこの国の人間なのか!! 仲間はやらせねぇぞ! くそ野郎共!」

 

「開け、獅子宮の扉! ロキ!」

 

ルーシィがロキを召喚し、ルーシィに迫る兵達を一掃する。

ルーシィ達が兵と戦っている隙にハッピーがシャルルとフィールを安全な場所まで連れていこうとするが、ルーシィ達に向けられた魔法弾の流れ弾がハッピーに向かい、シャルルがハッピーを庇って負傷してしまう。

 

「シャルル!!」

 

「立てますか!?」

 

ハッピーとフィールが倒れたシャルルの体を起こし、ロキがハッピー達の前に立って銃弾を叩き落とす。

 

「ハッピー! フィール! シャルルを安全な場所へ!」

 

「ありがとうロキ!」

 

「行きますよ!」

 

ルーシィも“エリダヌス座の星の大河(エトワールフルーグ)”で兵達の銃口を落としてサポートするが、そこを別の兵に狙われて被弾してしまう。

 

「大丈夫か、ルーシィ!?」

 

グレイが兵を氷漬けにしてルーシィに駆け寄ると、森の奥からレギオンが迫っていることに気づいた。

 

「なっ! ぐわっ!?」

 

グレイはレギオンに叩かれて倒れた所を兵達に押さえられ、ロキやルーシィ達も嵐のような銃弾とレギオンの前に倒れてしまい、絶体絶命となってしまう。

 

(誰か……助けて!)

 

シャルルを抱えたハッピーが涙を流してそう願った時、突如地面から生え出た大木がレギオンの首を締め上げて拘束し、全てのレギオンの自由を奪った。

 

「まさか……逃げてばかりの奴等が!?」

 

枝分かれした大木の中心にあるのは妖精の尻尾(フェアリーテイル)の紋章の入った旗が飾られた大木の建物。

 

「オォォォォ!!!」

 

「行くぞォォ!」

 

そして、大木――――ギルドと共に現れたエドラスの妖精の尻尾(フェアリーテイル)のメンバー達が王国軍との戦闘を始め、不利だった戦況が一転、グレイ達の優勢に変わった。

 

「エドラスの妖精の尻尾(フェアリーテイル)!」

 

「すまねぇ、遅くなったな! アースルーシィ!」

 

「エドルーシィ……!」

 

 

 

 

 





付加魔法の詠唱、駿足は動きの速い意味で使ってるのでおかしくはない……はず。
そして、エドラス編も後2.3話で終わりですかね? 



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オレはここに立っている



今回でドロマアニム戦終了です。
そして気づいたらUA20000突破!? お気に入りももう少しで200!? 本当に驚きました、この間100突破したばかりなのに……本当にありがとうございます、嬉しい限りです! これからもよろしくお願いします!!




 

 

 

 

 

「ナツ! 頑張ろう!」

 

「うん! アースランドの妖精の尻尾(フェアリーテイル)が戦ってるんだ! 僕達だって戦うんだ!」

 

リサーナに励まされ、自身を奮い立たせたナツは武器を持ちなおして兵に挑んで行く。

 

「立てるか? アースルーシィ」

 

「うん、ありがとう」

 

エドルーシィはルーシィに肩を貸して体を起こさせるとルーシィは穏やかな笑みを浮かべ、隣でロキはがその光景を、目にハートを浮かべて見惚れていた。

 

一方グレイはエドグレイの厚着に驚き、同様にエドグレイも上半身裸のグレイを見て驚いていた。

 

「「オレ!? て言うか服!」」

 

「脱げよ!」

 

「着ろよ!」

 

二人のグレイが睨みあっていると、兵を絞め上げたエドジュビアが「グレイが二人とかあり得ない!」と言いながら鬱陶しそうに二人を見ていた。

 

「な、なんて羨ましい……!」

 

「は?」

 

エドジュビアは腕で兵の首を絞めている。

その為エドジュビアの胸が兵の顔に当たっているのをエドグレイが羨ましそうに眺め、グレイがその事に困惑しているとエドグレイは激昂する。

 

「お前はオレなのに何も感じないのかよ! 愛しのジュビアちゃんのあの姿を見て!」

 

「愛しのジュビアちゃんだァ!?」

 

鼻息を荒くして語るエドグレイにグレイが顔色を青く染めると、エドグレイは「ジュビアちゃん愛してる!」と絶叫するが、目を吊り上げたエドジュビアにうるさいと一蹴されてしまった。

 

その他ではジェットとドロイ、レビィのチームシャドウギアが最強チームとして敵を蹴散らし、その光景にルーシィは愕然とする。

 

「グレイがジュビアにデレデレ……それにジェットとドロイが最強候補!? なんか色々違いすぎ!」

 

 

 

「見て、シャルル。妖精の尻尾(フェアリーテイル)が助けに来てくれたよ」

 

ハッピーが涙を拭ってシャルルに言葉をかけると、シャルルの目が薄らと開き、その視線は兵と交戦する妖精の尻尾(フェアリーテイル)に向けられる。

 

「別世界であっても、みんなの本質は変わらない。仲間の為に戦うのが妖精の尻尾(フェアリーテイル)です」

 

フィールがそう語ると、シャルルは目に涙を浮かべて優しくと微笑む。

 

「何処に行っても、騒がしいギルドなんだから……」

 

 

 

 

「てめぇ等! 本気で自分等が間違ってねぇとでも思ってんのか!?」

 

「そ、それは……!」

 

グレイが兵の襟を掴んでそう問い詰めると、 エドミラが周囲の兵を警戒しながらそんなことないとグレイに伝える。

 

「この中にも国王に反対している者はいるはず……逆らえば命がないから、已む無く従っているのよ!」

 

「争いなんて虚しいばかり……みんなでティーパーティーでもしていた方が、よっぽど楽しいですのに!」

 

そう言ってエドミラは兵を斬り、エドカナはステッキで兵を殴り付ける。

 

「それでも今は、こいつらを撃退するしかない!」

 

そこにルーシィも加わって兵と戦う一方で、倒れたシャルルを看ていたハッピーとフィールに、流れ弾が飛んできていた。

 

「ハッピー……フィール……」

 

「だ、大丈夫です!」

 

「オイラ達が守ってあげるから!」

 

シャルルを庇おうと前に出たハッピーに銃弾が迫った時、エドウェンディがハッピーと銃弾の間に入り込んで手に持ったトンファーで銃弾を弾く。

 

「エドラスのウェンディ!?」

 

「あなた達、エクシードね? 大丈夫? 一緒に居てあげようか?」

 

エドウェンディがハッピー達に駆け寄ってそう尋ねると、シャルルは微笑んで優しく断った。

 

「大丈夫よ。ハッピーとフィールが居てくれ――ウェンディ後ろ!」

 

シャルルが見たのは、ハッピー達を守る為に飛び出したエドウェンディの後を追って来た兵。

その兵は、自身に背中を向けたエドウェンディを銃で狙っていた。

 

「しまっ――!」

 

エドウェンディが振り返った時、兵は銃を撃たずに倒れ、その後ろには短剣を振り切ったエドテューズが居た。

 

それを見たエドウェンディは顔を歪め、エドテューズはエドウェンディの元まで歩いてくると、エドウェンディの頭を短剣の柄頭で殴り付けた。

 

「いたっ!?」

 

「ホントに能無しだな、君は! 敵に背中を見せるなんて正気か!? 後ろくらいちゃんと確認しとかんか!」

 

エドテューズが目を吊り上げて説教すると、エドウェンディは頭を押さえてエドテューズを睨み付ける。

 

「あんたなんかに助けられるなんて……!」

 

「全く……今回は貸しだ。後で利子つけてたっぷり返してもらうとしようか」

 

ニヤリと笑ってエドテューズがそう言うと、エドウェンディは舌打ちして「どさくさに紛れて殺してやろうかしら」と呟きながらシャルルを抱き抱える。

 

シャルルを抱き抱えたエドウェンディは安全な場所まで移動してそこにシャルルを休ませると、その間流れ弾を弾いて警護していたエドテューズが口角を上げる。

 

「これも貸しだな」

 

その言葉を聞いて青筋を立てたエドウェンディは、エドテューズの脛を蹴ってシャルル達に向き直る。

 

「~~~~~!!!」

 

「私も近くに居るから、何かあったら守ってあげる。安心してね。それと、そこに倒れてる奴は盾にしてもいいから」

 

エドウェンディは笑顔でそう言いながら、脛を抱えて苦しんでいるエドテューズを指さして立ち去っていった。

 

「大丈夫ですか……?」

 

「くそ……恩を仇で返すとは……絶対後で泣かしてやる……!」

 

フィールが声をかけると、涙目で右足の脛を擦りながらエドテューズは立ち上がってフィール達に視線を向ける。

 

「まぁ、あいつの言うように守ってはやるさ。何かあったら遠慮なく呼ぶといい」

 

エドテューズはフィールの頭を二回程優しく叩くと、「覚悟しとけ、ウェンディ……!」と呟いてウェンディの後を追って行った。

 

「二人ともオイラ達の知ってる二人とはちょっと……だいぶ違うけど、でもやっぱり優しいね」

 

二人の行った先を眺めて呟かれたハッピーの言葉に、シャルルとフィールは笑みを浮かべて無言で頷いた。

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

ドロマ・アニムの起こした爆風で地面に打ち付けられた四人を見て、国王は高笑いを上げる。

 

『貴様等に勝ち目は無いぞ!』

 

「ぐ……う……みんな魔力が無ぇって苦しんでるのに、王様ってのは随分大量に持ってるんだな」

 

フラフラと立ち上がったナツの顔は険しく、構えを取ってドロマ・アニムを睨み付ける。

 

『フフフフフ……王が民から国税を取るのは当然であろう。このドロマ・アニムは常に世界中の魔力を吸収し続ける究極の魔導兵器。故に、禁断の兵器でもある。起動させたからには、世界の為に勝つ義務がある!』

 

「何が世界よ……!」

 

「勝手に魔力を奪っておいて……!」

 

「よくそんな事が言えたもんだな……!」

 

ウェンディ、テューズ、ガジルも起き上がってドロマ・アニムを睨み、ナツは両手に魔力を込める。

 

「オレ達は生きるためにギルドに入ってるからな……世界の事なんか知ったこっちゃねぇけど、この世界で生きる者の為にお前を倒すんだ!」

 

『何度立ち上がろうと、貴様等はこのドロマ・アニムには勝てん! 魔力を持つ者が世界を制する。それがこの世界の必然だ!』

 

ドロマ・アニムの槍から無数の魔法弾が放たれ、ナツとガジルは弾を躱しながらドロマ・アニムとの距離を縮める。

 

「自分に都合のいい理屈ばかりこねてんじゃねぇ! バカ野郎!」

 

「必然だか何だか知らねぇが、こんな物はオレ達がぶっ壊してやる!」

 

「天竜の――」

「海竜の――」

 

「「――咆哮!!」」

 

ウェンディとテューズの咆哮(ブレス)が混ざってドロマ・アニムに命中するが、ドロマ・アニムは盾を構えて咆哮(ブレス)から身を守る。

 

『フハハハハ! 魔力の無駄遣いは止めて欲しいな! 貴様等の魔力は全て儂の物なのだから』

 

「冗談抜かせ! オレの魔力はオレの物だ! 他の誰の物でもねぇ! "鉄竜棍"!!」

 

ガジルがドロマ・アニムの尻尾を攻撃するが、ドロマ・アニムは体中から魔力を放出してガジルを吹き飛ばす。

 

『貴様等の魔力も、命も、全ては儂の所有物だ!』

 

ドロマ・アニムは全身に不気味な赤い魔力を纏い、ナツを除く三人は膝をついて息を切らす。

ナツは「ふざけんな!」と怒声を上げるが、ドロマ・アニムの放つ攻撃を受けて倒れてしまう。

 

『アースランドの魔導士、尽きる事の無い魔力を体に宿す者達。その中でもこやつ等の――ドラゴンの魔導士のこの出鱈目な魔力。寄越せ、その魔力を。世界はこやつ等を欲しておる。』

 

哄笑を上げる国王に四人は立ち上がろうとするが、ダメージが大きいのか体を起こす事が出来ず、倒れたまま鋭い視線をドロマ・アニムに向ける。

 

『地に落ちよ、ドラゴン。絶対的な魔法兵器――ドロマ・アニムがある限り、我が軍は不滅なり!』

 

体に力を入れ、必死に起き上がろうとするナツ達を見た国王は口角を上げる。

 

『まだ起きるか! 大したものだ! その魔力、素晴らしい! 我が物となれ、ドラゴンの魔導士!』

 

ドロマ・アニムが槍を振ると、四人の倒れる地面が光り、魔法が放出されて四人を打ち上げる。

悲鳴を上げて倒れた四人を見下ろし、ドロマ・アニムは槍を天に掲げる。

 

『もっと魔力を集めよ。空よ、大地よ、ドロマ・アニムに魔力を集めよ!!』

 

すると、王国付近の自然からドロマ・アニムは魔力を奪い、奪い取った黒く禍々しい魔力を槍に集める。

 

『感じるぞ……この世界の魔力が尽きようとしているのを! だからこそ、こやつ等を我が手に!!』

 

ドロマ・アニムが魔力を集める間に何とか立ち上がったナツ達に、ガジルが声をかける。

 

火竜(サラマンダー)咆哮(ブレス)だ。ガキ共、お前らさっき二人の咆哮(ブレス)を合わせてたろ」

 

「はい……」

 

「あれを四人でやるんですか?」

 

ナツ達三人の視線がガジルに集まると、ガジルはドロマ・アニムを睨んでコクリと頷く。

 

「何が起こるか分からねぇから控えておきたかったが、やるしかねぇ!」

 

「分かりました!」

 

「やりましょう!」

 

「よし!」

 

四人は手を広げて空気を吸い込み、魔力を高める。

その魔力が高まる様子に、国王は邪悪な笑みを浮かべた。

 

「火竜の――」

「鉄竜の――」

「天竜の――」

「海竜の――」

 

 

「「「「――咆哮!!!!」」」」

 

 

四人の口から放たれた火、鉄片、風、水が合わさった極大の咆哮(ブレス)に国王の表情は驚愕に染まり、ドロマ・アニムのいた地点で大爆発を引き起こした。黒い煙が立ち込める様子に四人は笑みを浮かべる。

 

「やったか……?」

 

しかし、上空から響く国王の笑い声が耳に入り空を見上げると、遥か上空に跳躍して咆哮(ブレス)を避けたドロマ・アニムの姿があった。

 

「あんなに跳躍力があったのか……」

 

「あんなに高く……」

 

「そんな……四人同時の咆哮が当たらない……!?」

 

「もう一度だ!!」

 

ナツの言葉に三人ももう一度咆哮(ブレス)を放とうとするが、先程の威力を見た国王は四人の咆哮(ブレス)を阻止しようとし、ドロマ・アニムは口からエネルギーを放出する。

 

『竜騎拡散砲!!』

 

上空から降る無数の魔法弾を前に四人に逃げ場はなく、全身に魔法弾が命中して倒れ、倒れた四人の前にドロマ・アニムが着地した。

 

『世界の為、このエドラスの為、儂と貴様等の違いはそこよ。世界の事など知らぬと貴様は言ったな。この世界で生きる者に必要なのは、ギルドなどではない!

永遠の魔力だ。民が必要としているのだ。貴様と儂では、背負う物の大きさが違いすぎるわ!』

 

四人は再び立とうとするが、魔力が尽きて体に力が入らない。

 

『いくら無限の魔導士と言えど、一度尽きた魔力は暫くは回復せんだろう? 大人しく我が世界の魔力となれ。態度次第では、それなりの待遇を考えてやってもよいぞ?』

 

(もうダメだ……立ち上がれない……)

 

(体が……動かない……)

 

(ここまでか……)

 

三人が諦めかけた時、ナツは土を握り締め、地面に頭を擦り付けてまで立ち上がろうとしていた。

 

「諦めんな……! まだ……終わってねぇ……! かかって来いやこの野郎――!!」

 

 

 

 

「――オレはここに立っているぞォォ!!!!」

 

 

 

 

吼えるナツに国王は顔を歪め、ドロマ・アニムの足で立ち上がったナツを踏み潰そうとするが、ナツはそれを受け止める。

 

「ナツさん……」

 

「魔力が無いのに……」

 

「どうしようもねぇだろ……バカ野郎……!」

 

 

「――捻り出す!!」

 

 

ドロマ・アニムの重量に地面に罅が入り、ナツは膝をついてドロマ・アニムの足を押し返そうと踏ん張り続ける。

 

「明日の分を――捻り出すんだァァ!!!」

 

雄叫びと共にナツの押し返す力は強まっていき、遂にはドロマ・アニムの足を押し返して転倒させた。

 

滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)なめんじゃねぇぞ!! アァ!?」

 

(明日の分……!)

 

ナツを見ていたガジルは力を入れ、テューズの腕を掴む。

 

「行けるか……チビ!」

 

「――はい!」

 

二人が立ち上がろうとした時、ドロマ・アニムが起き上がってその赤い双眸でナツを見下し、国王の怒声が響いた。

 

『身のほどをわきまえよ! 儂を誰だと思っておるかァァ!!!』

 

ナツの足元を爆破してナツを打ち上げた国王が絶叫した刹那、上空に脅威ありとモニターに示されて警戒音が鳴り響き、視線を上に向けるとそこには足裏を合わせたガジルとテューズがいた。

 

「力を合わせる必要なんかねぇ!」

 

「力は! 願いは!」

 

「「繋げればいい!」」

 

テューズに蹴り出され勢いをつけたガジルは、ドロマ・アニムの足背を貫き、ドロマ・アニムが空へ跳躍出来ぬよう貫いた先の手を十字型の鉄杭に変えて固定する。

 

『足を――!』

 

「ロックした! これで空中へは逃げられねぇ!」

 

『お、おのれ! 小癪な! 離れんか!』

 

「離すかよ! クズ野郎!!」

 

ドロマアニムが足を必死に引き抜こうとするのをガジルが押さえ、空に打ち上げたナツの視界にウェンディが映る。

 

「ウェンディ! オレに向かって咆哮だ! 立ち上がれ!!」

 

「はい!!」

 

片目を閉じ、満身創痍だったウェンディはナツを信じて立ち上がり、残っていた僅かな魔力を捻り出す。

 

「うぅぅぅ!!! 天竜の―――咆哮ォォ!!」

 

(野郎……ガキの咆哮(ブレス)の特性、回転を利用して――!)

 

ウェンディの咆哮(ブレス)で勢いをつけたナツがドロマ・アニムを睨むと、国王はその視線に恐れを抱いて竜騎弾の照準を操作する。

 

『こ、これで撃ち落として――!!』

 

「あぁぁぁ!!!」

 

雄叫びと共に再びドロマ・アニムの警戒音が鳴り響き、上空の脅威を知らせる。

驚いた国王が上を向くと全身全霊の力を腕に込めたテューズがドロマ・アニムを鋭く睨んでいた。

 

「海竜の―――砕牙ァァ!!」

 

水を纏ったテューズの右手がドロマ・アニムの右目を貫いた。今まで正常に外の様子を映していたモニターにノイズが走り、照準を合わせていたナツが大きくぶれる。

 

『しまった! これでは狙いが――!』

 

「今です! ナツさん!!」

 

「お前しかいねぇ! 行け! 火竜(サラマンダー)!!! 」

 

「おォォォォ!!!!!」

 

テューズとガジルの叫びに呼応してウェンディの咆哮(ブレス)の勢いが強まり、ナツが全身に炎を纏う。

 

『これは……幻想(ファンタジー)か……!?』

 

 

 

「火竜の劍角ゥゥ!!!!!」

 

 

 

ナツの一撃はドロマ・アニムの装甲を突き破って国王を引きずり出した。その時国王には、ナツ達が別のものに見えていた。

 

 

――ドロマ・アニムの足を押さえる鋼鉄の竜。

 

――ドロマ・アニムの頭を握る青黒い鱗で覆われた竜。

 

――白い羽で覆われた竜の咆哮で飛翔した、ドロマ・アニムを貫く炎のように赤い竜。

 

 

国王はナツに放り投げられて地面に打ち付けられ、ナツも全力を使った為にうまく着地出来ずに地面に落ちる。

ナツがドロマ・アニムを貫いた事を視認したガジルとテューズがドロマ・アニムから腕を引き抜いて離脱すると、ドロマ・アニムは膝をついて爆散した。

 

爆炎を背にナツが獣のように四足で身を起こして国王を睨み付けると、国王ファウストはその光景に恐怖した。

 

(儂は……儂はこんなものを欲しがっていたのか……!?)

 

ガジル達三人も立ち上がってナツ同様ファウストを睨む。ファウストはその光景に、自身を睨みつけ咆哮を上げる四頭の竜を幻視した。

 

「た……助けてくれぇ……!」

 

その光景の恐ろしさにファウストは意識を失い、それを見た四人はそれぞれ笑みを浮かべる。

 

「だはははは! 王様やっつけたぞぉ! こう言うの何て言うんだっけ? チェクメイトか!」

 

「あはは……ナツさん、それは少し違いますよ?」

 

「チェクメイトは王様をやっつける前の宣言ですよ」

 

「ギヒッ! バカが!」

 

ナツが諸手を上げて喜んでいると、突然地面が振動した。ガジルが敵の増援の警戒を始めると、ウェンディが上を指さして言葉を失っている事に気づいた。

 

「おい、どうし――なっ!?」

 

「浮いている島が……落ちてきた……!?」

 

空を見上げたナツ達がその光景に驚いていると、今度は周囲の地面から魔力が空へと吸い寄せられていく。

 

「一度城下町に戻りましょう! 街の人達が心配です!」

 

「そうだね、私達にも何か出来る事があるかも!」

 

「あぁ、こっちのオレなら何か分かるかも知れねぇ」

 

ガジルの言葉を聞いたナツが歩き出し、三人もナツの後を追って城下町へと急いだ。

 

 

 

 

 






どうでしたかね? 個人的にエドテューズの口調が難しかった……何であんな感じにしたんだろ……?
そして次でエドラス編終了! ……予定です。

私事で恐縮ですが、諸事情により8月5日の土曜日まで"一切"執筆活動をする事が出来ません。そして書き溜めもありません。なので次話投稿は遅れるかと思います。申し訳ありません。



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バイバイ エドラス


投稿遅れて申し訳ありませんでした!
言い訳させてもらいますと、土曜日までだった筈の用事が少しばかり長引いてしまい、執筆することは出来ませんでした……誤字報告等は空き時間に確認出来たんですがね……本当に申し訳ないです。




 

 

 

 

 

「んなっははははは!!!」

 

頭に角を着け、黒いマントをはためかせて哄笑上げる一人の男。建物の屋根から住人の皆さんを見下しているのは、大魔王ドラグニルことナツさんだ。

 

ナディさんから、ミストガンがリリーさんに自分を殺させて事態を収集しようとしていることを聞いた僕達は、ミストガンの代わりに憎まれ役を演じる事にした。

 

「我が名は大魔王ドラグニル! この世界の魔力はオレ様が頂いた!」

 

ナツさんの言葉に混乱する住人の皆さんの中からエドナツさんが何をしてるのかと尋ねるが、ナツさんはエドナツさんを無視して笑い続け、舌舐めずりをしてニヤリと笑う。

 

「貴様等の王は、オレ様が仕留めた! 特別に命だけは助けてやったがなァ? フハハハハ!」

 

ナツさんの隣で縛られた国王の姿を見せると住人達に動揺が走り、ナツさんに憎悪の視線が注がれる。

 

「レッドフォックス! バーラム! マーベル! 我が下僕達よ、街を破壊せよ!」

 

ナツさんの指示した刹那、腕を剣に変えたガジルさんが建物を倒壊させる。

ガジルさんが住人達の前に姿を現すと、腕が剣になっているガジルさんを見て住人達は驚愕し、怪物だと言って恐怖している。

 

「あれはこの街を滅ぼそうとする大悪人! それはそれは、悪魔のような連中です!」

 

エドガジルさんが住人達にそう伝えるのを聞いて、僕は近くに居た女の子に腕を上げて威嚇する。

 

「ガォォォ! 食べちゃうぞぉ!!」

 

「ふぇ!? ママァァ!!」

 

涙を流して母親の元へ駆け寄る女の子の後ろ姿を見て、少しばかり心が痛む。

 

(ごめんね……)

 

と心の中で女の子に謝っていると、隣でウェンディが男の子を威嚇しているが、男の子は何食わぬ顔でいる。

すると、凄い形相のガジルさんがウェンディの後ろに立ち、ガジルさんを見た男の子は一目散に逃げ出していった。

 

「ご覧なさい! 全てはあいつらのせいです!」

 

僕達がやりやすいよう住人達を煽ってくれているエドガジルさんとガジルさんが互いを見て口角を上げていると、「もっと街を破壊するんだ、下僕共!」とナツさんが指示を出す。

 

「下僕下僕うるせぇぞ! この野郎!」

 

「いいからやるのじゃ!」

 

「口調変わってんじゃねぇか……」

 

ガジルさんは拳を握って抗議したが、ナツさんの口調が変わったのを見て呆れている。

 

「あいつらが……! あいつらがエドラスの魔力を奪ったのか! 大魔王ドラグニル!」

 

「そうです! 我々の幸せを奪った張本人です!」

 

エドガジルさんに焚き付けられた住人達が魔力を返せとナツに野次を飛ばすが、ナツさんは嫌だと一蹴する。

 

「オレ様に逆らうものは全員――!」

 

そう言いいながら、ナツさんは言葉を続けずに空に向かって炎を吹いた。

エドラスにおいて魔法とは、エドラスの人間が体内に魔力を持たない為に剣等の道具から発せられる。その為口から炎を吹き出したナツさんに、住人達は酷く驚いて恐れを抱いた。

 

 

「――よせ! ナツ!!」

 

 

「ぁん?」

 

突如響いた声が住人達の思考を遮り、声の発生源である城に全員の視線が集まった。

 

「オレ様は大魔王ドラグニルだ!」

 

「バカな真似はよせ! 王は倒れた。これ以上王都に攻撃など――」

 

「――ファイアァァ!!」

 

ミストガンがナツさんを説得しようとするが、ナツさんは耳を貸さずに住人達に向け炎を吹き出す。

悲鳴を上げて逃げ惑う住人達を見たミストガンがもう一度よせとナツさんに叫ぶと、ナツさんはミストガンに視線を移してニヤリと笑った。

 

「お前にオレ様が止められるかな? エドラスの王子さんよぉ!」

 

ナツさんの発した王子と言う単語に住人達がどよめき、余裕の表情のナツさんは片手で手招きして挑発する。

 

「来いよ。 来ねぇとこの街を跡形もなく消してやる」

 

ナツさんの挑発を受けてミストガンが表情を歪ませているが、住人達はミストガンを王子かどうか信用しきれずに混乱していた。

 

「ナツ! そこを動くな!」

 

「ナツではない。大魔王ドラグニルだ」

 

ナツさんは城から飛び降りてナツさんの元へ駆けるミストガンにそう訂正し、僕とウェンディ、ガジルさんの三人は腕を組んで待ち構える。

 

「あれが王子だ! あの魔王とか言う奴と戦うつもりなのか!? 相手は火を吹く怪物だぞ!?」

 

住人の中に紛れているエドガジルさんが住人達を煽り、住人達は徐々にミストガンを王子だと信じ始める。

 

「――眠れ!!」

 

ミストガンは杖を取り出して魔法を使用しようとするが、魔力がアニマに吸われて不発に終わった。

 

「どうした! 魔力がねぇと怖ぇか? そうだよな……魔法は――力だ!!」

 

そう言ってナツさんは炎で建物を倒壊させ、住人達は瓦礫の下敷きにならないよう逃げ始める。

 

「ナツさん、やり過ぎですよ!」

 

「もうちょっと加減を――」

 

「いいんだよ。これで強大な魔力を持つ悪に、魔力を持たない英雄が立ち向かう構図になるんだ」

 

ガジルさんの言葉通り、魔法で倒壊させた建物の瓦礫の上に立つナツさんの前に、アニマの影響で魔法を使えないミストガンが立ちはだかる。

 

「もうよせ、ナツ。私は英雄にはなれないし、お前も倒れたふりなど、この群衆には通じんぞ」

 

「ヒヒッ! 勝負だ!!」

 

ナツさんは勝負と言って、説得しようとするミストガンを突然殴り、ミストガンは防御出来ずに倒れてしまう。

 

「王子!」

 

「何て凶暴な奴なんだ!」

 

住人達がナツさんに非難の声を浴びせていると、ミストガンが立ち上がった。

 

「茶番だ……こんなことで民を一つになど、出来るものかっ!!」

 

ミストガンはナツさんを殴ろうと拳を突き出したが、ナツさんはそれを片手で受け止める。

 

「……本気で来いよ」

 

ナツさんがそう言うと、ミストガンは空いている左手でナツの顎を殴り飛ばした。

 

「いいぞ! 王子!」

 

「頑張って!」

 

住人達からの応援にミストガンは周囲を見回して困惑し、ナツは「ギャラリーもノってきたぞ!」とニヤリと笑う。

 

「バカ者! やらせなんだから、今ので倒れておけ!」

 

「やなこった!」

 

ナツさんはミストガンの腹に一撃を入れ、ミストガンも負けじと殴り返す。

殴られたナツさんはアッパーで反撃しようとするが、ミストガンはナツさんの腕を掴んでナツさんの拳を自身に当たる前に止める。

 

「これはオレ流の、妖精の尻尾(フェアリーテイル)式壮行会だ。妖精の尻尾(フェアリーテイル)を抜ける者には、3つの掟を伝えなきゃならねぇ」

 

「――1つ! 妖精の尻尾(フェアリーテイル)の不利益になる情報は、生涯他言してはならない!!」

 

そう叫びながら何度も繰り出されるナツさんの拳をミストガンは避け、避けられない攻撃は腕を交差させて防御しながらナツさんの言葉に耳を傾ける。

 

「――2つ! い゛づっ!? 何だっけ……!?」

 

ナツさんは2つ目を言おうとした時にミストガンの反撃を諸に食らい、そのせいか元々なのか2つ目を思い出せずにいた。

 

「過去の依頼者に濫に接触し、個人的な利益を生んではならない!!」

 

「へへ、そうそう……」

 

先程と攻守が逆転してミストガンの連撃を防いでいたナツさんはニヤリと笑って、ミストガンの腹にアッパーを食らわせる。

 

「――3つ! たとえ道は違えど、強く力の限り生きていかなければならない。決して自らの命を小さなものとして見てはならない。愛した友の事を――」

 

「――生涯忘れてはならない」

 

ナツさんの言葉の続きをミストガンが述べ、二人はニヤリと笑うと互いの顔面に一撃を入れて体勢を崩す。

 

「届いたか? ギルドの精神があれば、出来ねぇ事なんかねぇ。また会えるといいな、ミストガン!」

 

ナツさんは笑顔で倒れ、ミストガンは足を踏ん張り立ち続ける。

大魔王ドラグニルを倒したミストガンに住人達から歓声が起こった時、ナツさんや僕達の体が光り始めた。

 

「始まった……」

 

「えと……苦しめばいいんでしたよね……」

 

「おう、派手に苦しんでやるか!」

 

逆展開されたアニマは、エドラスにある全ての魔力をアースランドに送りだす。つまり、体内に魔力を持つ僕達もその対象に入る。

苦しむ演技をしながらアニマに吸い寄せられていく最中、暫く上昇した所でルーシィさん達の姿が見えた。

 

「お? ルーシィ、ハッピー!」

 

ナツさんがルーシィさん達に声をかけると、ルーシィさん達は僕達に気づいて振り返る。

 

「無事だったか、ナツ!」

 

グレイさんがそう言った時、街にいるエドルーシィさんに声をかけられた。視線を向けると、本当にエドラスから魔力が消える事を知ったギルドメンバーのみんながこれからどうするかと言う内容の会話が聞こえてきた。

 

「そんな顔するなよ、ギルドってのは魔力がねぇとやっていけねぇのか?」

 

グレイさんの言葉にエドグレイさんはハッとしたように僕達を見上げ、グレイさんは自分の胸を叩いた後に拳を突き出す。

 

「仲間が居れば、それがギルドだ!」

 

それを聞いたみんなは互いを見合うと、小さく笑って僕達を見上げる。

 

「っておい! 群衆がこっち見てんぞ!?」

 

ガジルさんに言われて慌てて街を見回すと、確かに住人達が僕達を見つめていた。

 

「く、苦しめっ!」

 

「ぐ、ぐわぁぁぁ!!」

 

苦しむ演技をしながらアニマに吸い込まれていくと、住人達は魔王が空に流されていくと言って喜び、ミストガンに感謝を述べている。

 

「バイバイエドルーシィ! もう一つの妖精の尻尾(フェアリーテイル)!」

 

ルーシィさんが手を振るとエドルーシィはルーシィさんに笑顔を向ける。

 

「みんな! またね!!」

 

「何言ってるんですか……」

 

「もう会えないのよ、二度と」

 

みんなに手を振っていたハッピーはシャルルとフィールにそう指摘され、手を振る速度を速める。

 

僕もエドラスの自分に何か言おうかと見てみると、エドラスの僕はウェンディの隣で青筋を立てていた。

何かと思って目を凝らして見ると、エドラスの僕とウェンディは周りのみんなに気づかれずに互いの足を踏みあっていた。

 

その事に苦笑いを浮かべながらウェンディを見ると、ウェンディもエドラスの自分達に気づいたようで苦笑いを浮かべている。

 

 

 

 

 

かくして僕達は、アースランドに帰る。

 

アースランドに帰る直前に見えたミストガン――ジェラールは、僕が今まで見てきた中で一番の笑顔を浮かべていた。

 

僕はその後のエドラスを知らない。

でもエドラスは大丈夫だと、みんな力強く生きていると胸を張って言える。

 

何故なら、あそこには優しく、強く、頼りになる、僕の大好きな恩人(ジェラール)が居るのだから。

 

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 

「「「「うわぁぁぁ!?」」」」

 

アニマに吸い込まれた僕達はアースランドの森の中に空から落とされ、直に地面と接触したナツさんの上に全員が積み重なっていった。

 

僕達が退けると、ナツさんは周囲を見回して匂いを嗅ぎ、諸手を上げて歓喜する。

 

「帰ってきたぞぉぉ!!」

 

「マグノリアの街も元通りですね!」

 

みんなで喜んでいるとエルザさんが、喜ぶのは人々の安全を確認してからだと僕達に注意する。

 

「大丈夫だよ!」

 

その直後、突然聞こえてきた声に驚いて空を見上げると、無数のエクシード達が僕達の上を飛んでおり、それを見た僕達は愕然とする。

 

「一足先にアースランドに着いたからね、色々飛び回ってきたんだ!」

 

「ギルドも街の人も、みんな無事だったよ。魔水晶(ラクリマ)にされたことも覚えてないみたい!」

 

「どういう事よ!?」

 

「何故エクシードがアースランドに……!」

 

シャルルとフィールが困惑しながらエクシードに対して警戒する構えを取ると、シャゴットさんを含めたエクシード達が僕達の前に降り立った。

 

僕達も状況が掴めずに困惑していると、シャルルがシャゴットさん達エクシードを指差してフィールと一緒に睨み付ける。

 

「冗談じゃないわよ! こいつらは危険!」

 

「エドラスに返すべき……ですかね」

 

「まぁまぁ……」

 

ハッピーがシャルルとフィールを宥め、僕とウェンディも膝を折って二人に目線を合わせる。

 

「エクスタリアも無くなっちゃったんだよ?」

 

「許してあげよ――」

 

「イヤよ」

「イヤです」

 

腕を組んでそっぽ向いてしまった二人に、エクシードのみんなは石を投げた事を謝罪し、これから改心するから許して欲しいと二人に頼む。

 

「そんな事はどうでもいいんです!」

 

「あんた達は私に、滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)を抹殺するよう使命を与えて、アースランドに送り込んだ!」

 

二人が怒りを露にすると、木の影から「そうだ!」と言って白いエクシードが顔を出した。

 

「女王はオイラ達の卵を奪った! 忘れたとは言わせねぇ! カー!」

 

ハッピーからこの白いエクシード――ラッキーさんに助けられたと説明されている間にも話は進み、シャゴットさんの後ろにいた老人達が口を開く。

 

「まだきちんと説明してませんでしたな……」

 

「これは6年前の話になります」

 

「女王シャゴットには未来を見る力がある事は、もうお話ししましたね……」

 

そうして、老人達は事の真相を教えてくれた。

 

ある日エクスタリアの崩壊を予知したシャゴットさん達はそれを人間のせいだと考えた。人間と戦っても勝てないため、争いに巻き込まぬよう子供達を逃がすことにした。

 

エクスタリアの崩壊から逃がすとは言えないため、シャゴットさんは滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)抹殺と言う名目で子供達を逃がすことにしたらしい。

 

「女王に嘘を言わせるのは心苦しかったが、やむをえなかった……」

 

「エクスタリアが地に落ちるなど、口にできるわけなかったでの……」

 

「勿論、滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)に恨みがあった訳ではありません」

 

僕達を見てそう言った老人に「分かってます」と返すと、老人はペコリと頭を下げる。

 

「本当の事を言ってたら、きっとパニックになってたわ……」

 

悲しげな表情で言うルーシィさんにグレイさんが賛同すると、暗い顔のシャゴットさんがシャルルを見つめて口を開く。

 

「人間のアニマを借り、私達の作戦は成功しました。しかし、たった一つだけ計算外のことが起きたのです……それはシャルル、貴女の力」

 

突然名前を出されて驚くシャルルに、シャゴットさんはシャルルには予言の力があると伝える。

 

「しかし、それは無意識に発動しているようで……貴女の記憶を混乱させたのです。避難させた百人のエクシードの内、貴女だけが……」

 

シャゴットさんの言葉を受けて、シャルルは目を見開く。

 

シャゴットさんの推測によれば、シャルルはエドラスの断片的な未来を予言してしまい、それを使命だと勘違いしてしまった。

 

「そんな……!」

 

「じゃあオイラは……?」

 

ハッピーが不安げに聞き返すと、紫色のエクシード――ディムさんが、元々そんな使命はなかったと述べる。

 

「不運に不運が重なり、貴女はありもしない使命を作り出してしまったのです」

 

シャルルが俯いて考え込んでいると、ナディさんが、シャルルが自分の力を知らないのをいいことに、さもナディさん達が操っていたように言っていただけだと告白する。

 

「ごめんね……」

 

「全ては女王様の威厳を演出するための猿芝居……本当に申し訳ない」

 

片手を頭に添えたニチヤさんがシャルルに謝罪するが、シャルルは俯いたままで反応はない。

 

「沢山の不運と、民や人間に対する私の虚勢が貴女を苦しめてしまった……いいえ、6年前卵を取り上げた全ての家族達を、不幸にしてしまった……だから私は、貴女に剣を渡したのです。悪いのはエクシード全てじゃない、私一人です」

 

全ての罪を自分一人で背負おうとするシャゴットさんにニチヤさんは涙を流し、ナディさんはそれは違うと訂正する。

 

「女王様の行動は、全て私達を思ってのこと!」

 

「オレ達だって、自分達の存在を過信していたわけだし……」

 

「せっかくアースランドに来たんだし、みんなで6年前に避難させた子供達を探そうよ!」

 

その言葉を聞いたエクシード達は新しい目標が出来たと言って翼を広げて空を旋回する。

前向きに進もうとするみんなにシャゴットさん達が涙を流していると、シャルルがそれを見てため息をつく。

 

「いいわ、認めてあげる……でも、何で私にあんたと同じ力がある訳?」

 

シャゴットさん達に尋ねると、彼女たちは目を泳がせ始めたそれをシャルルが「何か怪しいわね……」と凝視する。

 

「ねぇおじさん、女王様とシャルルって何か似てない?」

 

「そうかい?」

 

「あい! ほら、動きとか」

 

「動きだぁ?」

 

全く同じ動きをしながらそんな会話をするハッピーとラッキーさんを見てマールさんはクスリと笑う。

その横で、フィールとディムさんがシャルルとシャゴットさんを見ながら苦笑いを浮かべていた。

 

「シャゴット様……あれで誤魔化せると思っているのでしょうか……?」

 

「シャルルも何故気づかないんでしょうか……」

 

「似た者親子と言うやつですかね?」

 

「ですかね?」

 

と二人で顔を合わせて笑い合う。

 

「取り敢えず、無事に終わって良かったな!」

 

「はい!」

 

膝を折ったナツさんがナディ同様右手を振りながらナディに話しかけ、グレイさんが「おい、感染ってんぞナツ」と笑顔で指摘するが、当のグレイさんも右手を振っているためルーシィさんにツッコまれてしまう。

 

「私達は取り敢えず、この近くに住もうと思います」

 

シャゴットさんに、「いつでも会えますね」とウェンディが嬉しそうに言う横で「なに嬉しそうにしてんのよ」とシャルルが顔を逸らす。

 

「そう、いつでも会えるわ。シャルル」

 

「ちょっ……と……」

 

シャゴットさんに抱き締められたシャルルは初めは抵抗しようとしたが、次第に安心したような表情に変わる。

 

「また……会ってくれますか?」

 

「えぇ、貴女とはまた話がしたいので」

 

そう言って笑顔を向けるフィールの手を握り、ディムさんは薄らと目に涙を浮かべ、はにかんだ笑顔を返す。

 

「いつでも遊びに来なさい。ハッピー」

 

優しくそう言われたハッピーは「あい!」と元気よく返事をするが、「カー! 来なくていいわ!」とラッキーさんに怒鳴られてしまう。

 

「でもオイラ、おじさんとおばさんの匂いが好きなんだ。なんでだろ?」

 

少し照れたハッピーが頭を掻きながらそう二人に伝えると、ラッキーさんは鼻をすすり、マールさんは手で口を押さえて涙を浮かべる。

 

「カー! 匂いを嗅ぐなんて百年早ぇんだよ!」

 

「あいぃぃ!!!」

 

ハッピーを嬉しそうに追いかけるラッキーさんの横でマールさんがハンカチで涙を拭っていると、準備が出来たエクシード達が来てもう行くと言う。

 

「またね!!」

 

「おう!」

 

翼を広げて飛びさって行くエクシード達に手を振って見送ると、ナツさんが体を伸ばす。

 

「ん~~……よし! オレ達もギルドに戻るぞ!」

 

「みんなにどうやって報告しよう?」

 

「いや、みんな気づいてねぇんだろ? 今回の件」

 

「しかし、ミストガンの件だけは黙っておけんぞ?」

 

みんなで真面目な話をしているのだが、ナディさんのように右手を振りながら話しているためなんだか少し可笑しな光景になっている。

 

「ちょっ! ちょっと待て!」

 

「どおしたガジル! お前もやりてぇのか?」

 

「楽しいですよ?」

 

「一緒にやりましょう?」

 

みんなに制止をかけたガジルさんに右手を振りながらそう勧めると、ガジルさんは「それに価値があるならな!」とツッコんで面倒そうな顔をする。

 

「リリーは何処だ! パンサー・リリーの姿が何処にもねぇ!」

 

そう叫んでガジルさんが辺りを見回すと、リリーについて疑問符を浮かべるグレイさんにルーシィさんがあのゴツくて黒いエクシードだと説明する。

 

「オレならここにいる」

 

その言葉と共に現れたのは何故か縄を握った黒いエクシード。その姿に僕達は驚愕した。

雰囲気、声、目付き、色等はリリーさんとおなじなのだが、体の大きさがハッピー達と同じなのだ。

 

「随分可愛くなったね?」

 

額に汗を浮かべたハッピーが尋ねると、リリーさんは「どうやらアースランドとオレの体格は合わなかったらしいな」と淡々と告げる。

 

「あんた……体、なんともないの?」

 

「今のところはな……オレは、王子が世話になったギルドに入りたい。約束通り、入れてくれるんだろうな? ガジル」

 

シャルルの質問に答えたリリーさんがガジルさんを指差してそう言うと、ガジルさんは「勿論だぜ! 相棒!」と涙を流してリリーさんを抱き締める。

 

「で、それとは別に怪しい奴を捕まえたんだ」

 

「おぉ! 早速手柄か! 流石オレの猫!」

 

ガジルさんが期待の眼差しを向ける中、リリーさんが手に持った縄を引くと、「ちょっと! 私別に、怪しくなんか!」と言う声と共に銀髪の女性が姿を現した。

 

「私も妖精の尻尾(フェアリーテイル)の一員なんだけど!」

 

見覚えのある顔。確か、エドラスの妖精の尻尾(フェアリーテイル)にいたリサーナさん。

 

「そんな……まさか!?」

 

「リサーナ!?」

 

エドラスでリサーナさんを見ていないグレイさんとエルザさんは愕然とし、アースランドのリサーナさんが死去した後に妖精の尻尾(フェアリーテイル)に加入した僕達とルーシィさんで、エドラスのリサーナさんがこっちに来たと推測していた。

 

「ナツゥ――!!」

 

「どわぁ!?」

 

「また本物のナツに会えた」と感涙するリサーナさんを見て僕達が困惑していると、リサーナさんはハッピーに頬擦りをして抱き締めた後、グレイさん達に視線を移す。

 

「グレイとエルザも久し振りだね! うわぁ! 懐かしいなぁ……その子達は新しいギルドのメンバーかしら?  小さいウェンディとテューズに……もしかしてルーシィ?」

 

「ちょ、ちょっと待て……お前……まさかっ! アースランド(こっち)のリサーナ……?」

 

嬉しそうに話すリサーナさんに動揺したグレイさんがそう尋ねると、リサーナさんは小さく首肯する。

 

「生き返ったのか!!」

 

「うわぁぁい!!」

 

「ま、待て!」

 

それを見たナツさんとハッピーがリサーナさんに抱きつこうとするが、エルザさんが二人の襟首を掴んで制止する。

 

「お前は二年前……死んだはずだ……生き返るなどあり得ん……」

 

エルザさんにそう言われたリサーナさんは俯いて、死んでいなかったと、話を始めた。

 

「二年前のエルフ兄ちゃんの暴走……多分、その時アニマに吸い込まれたんだと思う。当時、アースランドには小さなアニマが沢山あったんじゃないかな? 

 

エドラスで目が覚めた私は驚いた。みんな少し雰囲気が違ってたけど、私の知ってる人達がそこには居た。しかも、みんなが私をエドラスのリサーナだと思い込んでたの。……多分、エドラスのリサーナは、既に死んでいるんだと思った。ギルドの雰囲気がね……そんな感じだった。

 

その時はよく分からなかったけど、今にして思えば、エドラスのリサーナが死んだ事によって、世界に足りない分を補完するために、アニマが私を吸収したのかもしれない。

 

――私は本当の事を言えなかった。エドラスのリサーナのふりをしたの」

 

リサーナさんによって語られた真実にその場に居た全員が言葉を失い、ナツさんは口を開けたままリサーナさんを見つめていた。

 

「最初は戸惑ったけど、記憶が混乱してる事にして、少エドラスの事を少しずつ学んで、みんなに合わせながら……段々、エドラスの生活にも慣れてきた。そして二年が過ぎて……六日前、アースランドのナツとハッピーがやって来た」

 

「あん時か……!」

 

ナツさんが思い出したのは僕達が初めてエドラスの妖精の尻尾(フェアリーテイル)に行った時の事。

リサーナさんに抱きつこうとしたナツさん達がエドルーシィさんに蹴り飛ばされた時の事だ。

 

「何であん時に本当の事を言わなかったんだよ!」

 

ナツさんがそう問い詰めると、リサーナさんは申し訳なさそうに顔を逸らす。

 

「言えなかったんだ……私はエドラスのミラ姉達を悲しませたくなかった……だけど、本当はみんな分かってて、エドラスのミラ姉達に見送られて、アースランドに戻ってきたの」

 

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 

僕達はカルディア大聖堂に移動した。

今日はミラさん達がリサーナさんのお墓参りに来ている為だ。

 

「ミラ姉ぇ――!!! エルフ兄ちゃん――!!!」

 

ミラさん達を見たリサーナさんが一心不乱に走りだし、名前を呼ばれて振り向いた二人は、目を見開いた。エルフマンさんは余りの事に傘を落とす。

 

「うそ……リサーナ!」

 

「うぁ……あぁぁ……!」

 

リサーナさんが涙ながらにミラさんに抱きつき、三人は力強く抱き締め合う。

 

 

「ただいま……!」

 

 

「……お帰りなさい!」

 

 

――雨雲の間から射し込んだ光に照らされたミラさん達の笑顔は、とても美しいものだった。

 

 

 

 

 

 





エドラス編終了ですね……長かった……
次はどうしようかと迷ってます。日常編の短い話は二つ程思い付いてはいるんですが、書くかどうかは分からないですね……

そして、お気に入りが200を突破しました!
感謝しかないです! まだまだ至らぬ点も多いですがこれからも頑張りますので、応援の程よろしくお願いします。



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日常編2
ウェンディ〇〇〇△△計画




 更新遅れてすみません。最近以前に比べて忙しくて……
 少しずつ書いたので読みにくい部分が多いかもしれませんが、ご了承下さい。

 今回の話の後半は深夜テンションで暴走して思い付いた話なので、先に謝っておきます。ごめんなさい。
 という訳で、番外編として緩く見て下さい。結構ふざけたつもりなので(笑




 

 

 

 

 

 

「ま、まじかよ……」

 

「おめぇ……生きてたんか……!?」

 

 僕達がギルドに帰るとみんなはリサーナさんを見て動きを止め、マカオさんとワカバさんが震える手でリサーナさんを指してそう尋ねる。

 

 リサーナさんがコクリと頷くと、みんなは歓喜の表情を浮かべてリサーナさんに駆け寄っていき――

 

「汚ぇ手で触んな!!」

 

 みんなの勢いに怯んだリサーナさんの肩を抱いて、ビーストソウルを発動させたエルフマンさんが全員殴り飛ばした。

 エドラスで彼らと同じ反応をして、同じようにエドルーシィさんに蹴り飛ばされたナツさんとハッピーは苦笑いしながらその光景を見つめ、その横でミラさんがクスクスと笑っていた。

 

「良かった……ギルドがちゃんと元のままで」

 

「なるほど、アニマの事も全く知らねぇようだしな」

 

「とにかく、無事で何よりだ」

 

 無事だった妖精の尻尾(フェアリーテイル)を見てエルザさん達は安心しているが、ガジルさんは「イカれてるぜ」と呟いて呆れていた。

 

「リサーナ!」

 

「マスター!」

 

 マスターに声を掛けられたリサーナさんは笑顔で振り返り、みんなの視線もマスターに向けられる 。

 

「信じておった……」

 

「え?」

 

「ギルドで育った者は、みなギルドの子じゃ……子の心配をしない親が何処に居る、そして子を信じない親が何処に居る。事情は後でゆっくり話してくれればよい、ナツ達もな」

 

 マスターが視線をナツさんに移すと、ナツさんは「あぁ、じっちゃん!」と笑顔で元気よく返事をした。

 

「とにかく、よぉ帰って来た!」

 

「マスター……帰って来たんだよね……私、帰って来たんだよね……?」

 

 涙目のリサーナさんがそう言うと、マスターは優しい表情で両手を広げ、周囲のみんなも優しい眼差しでリサーナさんを見守っている。

 

「そうじゃよ。ここはいつでもお前の家じゃ。おかえり、リサーナ」

 

「「「「おかえり! リサーナ!!」」」」

 

「うぅ……ただいまぁ!!」

 

 リサーナさんは泣きながらマスターに駆け寄り、勢いよくマスターに飛び付いて抱き締める。マスターはリサーナさんに飛び付かれた反動で後退して、後ろの柱に激突してしまった。

 

「マスター!?」

 

 たんこぶを作ったマスターを見てマスターを心配した僕は駆け寄ろうとしたが、リサーナさんに頬擦りをされて困ったような笑みを浮かべるマスターは幸せそうで、後でマスターに治癒魔法をかけてあげようと思いながら、僕はもう少しリサーナさん達を見ている事にした。

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

「「「「乾杯!!」」」」

 

 今日はギルドにリサーナさんが帰って来たと言うことで、みんなで宴を開く事になった妖精の尻尾(フェアリーテイル)は、いつも以上に騒がしくなっていた。

 

「やっぱギルドは最高だぜ!!」

 

「あいさー!」

 

 テーブルを蹴り飛ばしていつも通り暴れだすナツさんにエドラスの話を聞いたみんなは、「向こうのナツもあんな感じなのか?」と疑問に思う。

 

 すると、リサーナさんが振り返り、エドルーシィさんにいじめられているエドナツさんの真似をし、その姿を想像したみんなは肩を震わせて笑いを堪えていた。

 

「オレは見せ者じゃねぇ!?」

 

「可愛いのよ!」

 

 吠えるナツさんを無視してエドナツさんの事をみんなに話すリサーナさんの後方で、その様子をカウンターに座って眺めているギルダーツさん。

 そのギルダーツさんに見られている事に気づいたハッピーがギルダーツさんに近づいていくと、ギルダーツさんはニヤリと笑う。

 

「よぉ、ハッピー。お疲れだったな」

 

「あい! てな訳で、テンション上がったついでに暴れまくってる滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)をボコボコにしてやって下さい」

 

 呆れきった表情のハッピーの言葉に、ギルダーツさんは呵ヶ大笑して「宴が終わったらな」と返し、二人の会話を聞いたルーシィさんは「会話が黒い……」と呟いて若干引いていた。

 

「んなもん待ってられっか! 今すぐ勝負し――ンガッ!?」

 

 ギルダーツさんは自分と勝負しようと駆け寄ってきたナツさんの頭にチョップを入れ、ナツさんの頭が床にめり込む。

 

 その騒がしさに、今日初めてギルドに来たリリーは度肝を抜かれ、騒がしいギルドだと評した。

 

「私達も最初はそう思いましたよ……」

 

「第一印象はみんな同じなのね」

 

「楽しい所だよ?」

 

 騒ぐみんなを見ていたリリーが、「ここに居る者全員が体内に魔力を持っていると言うのか……」と呟いて唾を飲んだ時、エルザさんが来てそれがアースランドの魔導士だと言い、突然後ろから現れたエルザさんにリリーは驚いていた。

 

「そう言えば、確かリリーはエドラスでエルザと同僚でしたよね?」

 

 フィールがそうリリーに尋ねると、シャルルも「あぁ、そうだったわね」と思いだし、ハッピーは魚を頬張りながら「また一緒だね」と言ってエルザさんとリリーを交互に見る。

 

「しかし、大切なのは魔法そのものではない。魔法を持つ者の心。そうだろ? リリー」

 

「ふん、別人とは言え、一人でも知ってる顔が居ると落ち着くもんだな」

 

 お互いに見合って口角を上げ談笑していると、みんなの方でテーブルが空を舞っているのが目に入った。そちらに視線を移すと、テーブルを飛ばした犯人であるガジルさんが顔を出していた。

 

「こらァ! 火竜(サラマンダー)! ガキ共! オレのリリーと、青猫、白猫、紫猫で勝負させろや!!」

 

「あァん?」

 

「ははは! そりゃいいや」

 

 床から頭を引き抜いたナツさんはガジルさんの言葉に青筋を立て、ギルダーツさんは笑いながら「やれやれー!」と二人を煽っている。

 

「あんたらもエライ奴に目をつけられたわね……」

 

「あぅ……」

 

「あはは……はは……」

 

 同情の眼差しと共に送られてきたルーシィさんの言葉に何も返せないでいると、レビィさんが「大丈夫だよ……多分」と僕達慰めてくれる。

 

 ナツさんとガジルさんもすっかりその気になり、ナツさんの「望む所だ!」と言う言葉にハッピーが「望まないでよ……」とツッコミを入れるも、ナツさん達は止まらない。

 

「言っとくが、オレのリリーは最強と書いて最強だぜ?」

 

「ハッピーは猫と書いて猫だぞこんにゃろう!」

 

「あのさ、オイラ一瞬で負けちゃうよ……?」

 

 どんどんと白熱していく二人にハッピーがそう言うと、頬に手を添えたシャルルがニヤニヤと笑いながらハッピーを見る。

 

「だらしないわね、やる前から諦めてどうすんの?」

 

 その言葉にハッピーはシャルルに期待されていると思ってやる気を出すが、その横でフィールがシャルルに耳打ちをする。

 

「ガジルは私達もリリーと戦わせる気なんですよ? ハッピーと一緒にナツ達を止めないのは、何か策があるからなんですか?」

 

 そう言われたシャルルの動きが固まり、顔色がどんどん青くなって冷や汗をかきはじめる。

 

「ハッピー! 今すぐあのバカ共を止めるわよ!」

 

「うぇ!?」

 

 血相を変えたシャルルがハッピーを連れてナツさん達を止めに行こうととするが、リリーが二人を手で制した。

 

「安心しろ、こう見えても向こうでは師団長を任されていた。無駄な喧嘩は怪我をするだけだからな、元からオレに戦う気ははない」

 

「意外と大人なのだな」

 

 リリーに感心してエルザさんが言葉をかけると、リリーは「奴等が幼稚なのでは?」と呆れながら言葉を返す。

 その後に、ナツさん達に向けていた視線をフィール達に戻し、よろしくといってハイタッチをするリリーを見て、僕とウェンディは心の底から安堵した。

 

「で、何で本人達が喧嘩してるんですかね……?」

 

「グレイとエルフマンまで混ざってる……」

 

 いつの間にか喧嘩を始めていたナツさん達を見て、フィールは頭に疑問符を浮かべ、シャルルは腕を組んで顔を顰めている。

 

「激しくぶつかり合う肉体と肉体! ジュビアも!」

 

「脱ぐな!!」

 

 服を脱いで喧嘩に参戦しようとするジュビアさんをルーシィさんが止めると、フリードさん達も参戦しようと腕を鳴らす。

 

「あわわわわ……」

 

「皆さん落ち着いて……」

 

 僕達は若干震えながらフリードさん達を制止しようとしていると、後ろでルーシィさんが「やっぱりこうなるのよね……」と腰に手を当てて独り言ちた。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)はこうでなくっちゃね!」

 

 と言う声と共に現れたリサーナさんが後ろに立ち、リサーナさんは目が合ったルーシィさんと笑い合う。

 

 

「ところでナツ、向こうの儂はどんなんじゃった?」

 

 参戦してきたナブさんを拘束し後ろから頬を引っ張っていたナツさんに、ギルダーツさんと飲んでいたマスターが声をかける。

 反対の自分が気になると言うマスターに、ナツさんは頭を掻きながらエドラスのマスターを見た事があったか思い返す。

 

「エドラスのじっちゃんな…………ん? 待てよ?」

 

 ピタリと動きを止めたナツさんが思い出したのは、エドラスの国王であるファウスト。

 彼がエドラスのマカロフ(マスター)だと推測したナツさんは、ずっとファウストに感じていた既視感がその為だと納得し、成る程と手を打ってマスターを間近で見る。

 

「な、なんじゃ……?」

 

「もしかしたら、王様やってッかもな!」

 

 ナツさんは間近で見られて顔を引きつらせたマスターに上を見上げてそう言うと、マスターとギルダーツさんはナツさんに合わせて上を見上げる。

 しかし、見上げた先にあったのは天井だけだった為に、ナツさんが何を見ていたのか理解できなかった二人は顔を見合わせて首を傾げる。

 

「じゃあオレはどうだよ? 向こうのオレはどんなだった?」

 

「いや……ギルダーツは名前も出なかったな。ひょっとしたら蛙とか魚だったかもしんねぇ」

 

「酷ぇ!?」

 

 ナツさんが何を見ていたのかは気にしない事にしたギルダーツは、胸を躍らせながらナツさんに尋ねた。

 しかし、ナツさんにエドラスでは人外だったかもと言われてギルダーツさんはショックを受け、ナツさんは悪戯が成功した子供のように「プププ!」と口を押さえて笑い出した。

 

「ナツ! 何してやがる!」

 

「休憩こいてんじゃねぇ!」

 

「漢にあるまじき行為!」

 

 乱戦を繰り広げているグレイさん、ガジルさん、エルフマンさんに呼ばれてナツさんが振り返ると、フリードさんがやれやれといった表情でナツさんに歩み寄る。

 

「自ら始めた争いに背を向けるとは……そもそも争うと言う言葉の意味を――」

 

「喧しい!」

 

 ナツさんは炎を纏った手でフリードさんを殴り飛ばし、次はグレイさんに飛びかって行った。

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

「……ん?」

 

 何か叫び声が聞こえたような気がして目を覚まし、横を見ると右手を突き上げて眠るナツさんの姿があった。

 どうやら、僕達はあのまま騒ぎ続けて眠ってしまったらしく、ギルドは荒れていてみんな色んな所で眠っていた。

 

「……あんな穴あったっけ?」

 

 目を擦りながら上を見上げると、天井に人型の穴が空いていた。見覚えが無い為に疑問に思う。

 少しずつ意識が覚醒していき、隣でシャルルとフィールを抱いて眠るウェンディを見た僕はあることを思い付く。

 

(今ならウェンディに気づかれずに"あの計画"を進められる……?)

 

 ギルドのみんなが眠っている間に調理場に入り、目的の物を探す。

 探していた物はすぐに全て見つかった。ギルドには申し訳ないが使わせて貰う。そして、僕の考えた通りの物が出来上がり、一番難しかった"完全には隠さず、なおかつ気づかれないように隠す"事が出来た。

 

(本当はシャルルにも協力して欲しいんだけど……)

 

 もし反対された時の事を考え、その妄想を振り払うように首を振る。もし失敗したらウェンディには辛い思いをさせる事になり、シャルルの怒りを買う。その場合、僕はただじゃすまないだろう。

 

 計画の実行は明後日。その日ウェンディは朝からシャルル達と出かけ、昼に帰ってくる。それまでの間に完成させる。

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

 そして二日後。言っていた通りウェンディは出かけ、家に居るのは僕一人。

 以前の手順を辿って完成させた刹那、玄関の扉が開く音が聞こえた。

 

(そんな!? 聞いてたより早すぎる!?)

 

 慌ててアレを隠すとシャルルが部屋に現れ、続いてフィールとウェンディも帰ってきた。

 

「お、お疲れ! 随分早かったね!」

 

 冷や汗をかきながらそう尋ねると、ウェンディは「うん、思ってたより早く終わったの」と言葉を返す。

 なんとか誤魔化せたと思って安心した時、フィールが怪しむような視線を僕に向けている事に気づいた。

 

「な、なに? どうかしたの?」

 

「……いえ、今日のテューズは少し様子がおかしいので」

 

「そ、そんな事……無い…よ?」

 

 フィールから視線を外して言うと、フィールは少しの間僕を睨んだ後にため息をついて、「まぁいいです」と告げて離れていく。

 

(危なかった……)

 

「で、あんたは何で台所に居るわけ?」

 

 シャルルに問われてビクリと肩が震えたが、「何か軽く作ろうと思って……」と言い訳する。

 すると、ウェンディが「私も何か食べようかな?」と言いながら台所に来た。

 

「あ、じゃあこれ食べる?」

 

「え? でもいいの?」

 

 目をぱちくりさせるウェンディにコクリと頷くと、ウェンディは僕に礼を述べて引き返して行く。

 ウェンディに目的の物を渡せた事に安堵して胸を撫で下ろし、僕もテーブルにつこうとする。

 

「待ちなさい。あんた、何企んでるの?」

 

 鋭い視線を向けてくるシャルル。僕は一瞬ドキリとしたが、話すのが早くなっただけだと判断してシャルルに僕の計画を打ち明けた。

 

「ふ~ん……ま、いいんじゃない? 私は別に止めないわ。ウェンディのためにもなるだろうし」

 

 腕を組んでいるシャルルに協力してもらいウェンディの元へ行くと、ウェンディは僕の渡した料理を食べていた。

 

「あ、テューズ。これ美味しいね!」

 

 笑顔で料理を食べるウェンディを見て、僕はシャルルと顔を見合わせる。ウェンディに食べて何ともないのかと聞くと、ウェンディは何ともないよと言って首を傾げた。

 

「えっとね……その料理には――」

 

「梅干しが入っているのよ」

 

 梅干しを使い、梅干しが入っていると気づかれない程度に梅干しの味を残した料理をウェンディに食べてもらって梅干しを克服してもらう。

 これが僕の考えたウェンディ梅干し克服計画。

 

 料理に梅干しが入っていると知ったウェンディは顔を青くし、料理から僕達に視線を移す。

 

「本当に……? 本当に梅干しが入っているの?」

 

「うん。ウェンディは梅干しをちゃんと食べれたよ!」

 

 苦手だった梅干しを食べれたウェンディの顔は明るくなり、「今なら普通の梅干しも食べれるかな!?」と僕に詰め寄ってくる。

 

「さ、さぁ? 食べれるんじゃないかな……?」

 

「無理ね」

 

「無理だと思います」

 

 シャルルとフィールに無理だと言われて落ち込むウェンディが可哀想で、僕はウェンディに試してみようと提言した。

 

「よ、よし! いただきます!」

 

 梅干しを丸々一個口に含んだウェンディは、口をすぼめて悶え始める。ウェンディは水で梅干しを流し込むと、肩を落とした。

 

「大丈夫? ウェンディ?」

 

「うぅ……酸っぱい……やっぱり普通の梅干しは無理だよ……」

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

「――――って言う事があったのよ」

 

 翌日、ギルドでシャルルが昨日起こった事をルーシィさん達に話すと、グレイさんが「ウェンディは梅干しが苦手なのか……」と顎に手を添えて何かを考えていた。

 

「はい。ウェンディは食べるだけじゃなく、見るだけでも酸っぱくなるらしくて……化け猫の宿(ケットシェルター)に居た時に、梅干しを食べる人を見ただけで気絶したこともあるんです」

 

「へぇ……見るだけで……な……」

 

 僕の話を聞いたグレイさんがニヤリと笑っていたが、物理的な意味で僕はグレイさんを止めることが出来ないので、何事も無いよう祈る事にした。

 

 ウェンディが梅干しを食べた後、普通の梅干しをウェンディに食べさせた僕が悪いと言うフィールの意見によって、僕はウェンディの命令を何でも一つ聞くと言う事になった――と言う事もフィールがルーシィさん達に説明する。

 

「ふぅん……で、ウェンディはテューズに何を命令するの?」

 

「はい、買い物に付き合ってもらおうと――」

 

「そんなんじゃつまんないって~、おねーさんいい罰ゲーム知ってるから!」

 

 ルーシィさんの問いにウェンディが答えると、酒瓶を片手にベロンベロンになったカナさんがウェンディの頭に手を乗せる。

 

「カナさん!?」

 

「ここは私に任せときなぁ……ヒック……」

 

 エルザさんの「カナ、酒臭いぞ」と言う指摘を無視して、カナさんは僕の元に来るとウェンディが着るような服を取り出した。

 

「これ、何だか分かる?」

 

「女性ものの服……ですよね? それがどうしたんです?」

 

「これはあんたが着る服だよ?」

 

 

「――――は?」

 

 

 その発言にその場にいた全員が固まり、カナさんは僕にジリジリと近寄ってくる。

 僕はカナさんから逃れようと後退るが、やがて壁際に追い込まれて逃げ場が無くなってしまった。

 

「カ、カナさん? 一旦落ち着きましょ? それに僕男ですし、ね?」

 

「大丈夫、大丈夫! あんた女みたいな声してるし、小っちゃいし、肩幅狭いし、絶対似合うって! おねーさんが保証するから!」

 

 カナさんの言葉にショックを受けながらも、カナさんの腕の下を潜り抜けて逃走する。が、僕は急ぐあまりテーブルに躓いて転んでしまった。

 

「さ、おねーさんが優しく着替えさせてあげるからね?」

 

「あ! ちょっと!? は、話し合いを! 話し合いをしましょう!!」

 

 僕も必死に抵抗するが、カナさんは両脇に手を入れて僕を抱き上げ、僕はそのまま連行されてしまった。

 連行される最中にウェンディ達に助けを求めたが、みんなは愕然とした表情で僕を見ていて、思考が止まっているようだった。

 

 

 

 

 

 

「ほら、まずは服を脱ぎな」

 

「い、嫌ですよ!」

 

 カナさんは僕を個室に連行すると鍵をかけ、手をワキワキさせながら近づいてくる。

 

「そんなに怖がんなくていいから……そら!」

 

「あ! そこは――!」

 

 カナさんは僕の足を掴んで靴下を脱がせると――

 

「こちょこちょこちょ!」

 

「あはは! や、やめ! カナさッ! ホントにダメですって! あははは!!」

 

 僕の足裏をこちょばし始めた。

 

「今だ!」

 

 笑わせられて脱力したところを狙ったカナさんが僕に飛びかかり、僕は脱力していた為に抵抗する事が出来ずに着替えさせられる。

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

「どう? 可愛いだろ?」

 

「………………」

 

 フリフリのワンピースを着せられてみんなの元へ戻ると、みんなは僕を見て絶句している。

 

「だ、誰だお前!?」

 

 ナツさんがそう叫んでいるが、当然だろう。僕は服を着せられるだけでなく、髪型も変えられてしまった。

 そして、鏡を見て可愛い女の子だと思ってしまった自分が恨めしい。

 

「もう……帰っていいですか?」

 

「ダ~メ! 他のみんなにも見せて――テューズ!?」

 

 カナさんの言おうとしていることを察した僕は全速力で逃げ出した。

 街に出ても僕だと気づかれないだろうと高を括って街を走る。家につくと髪止めを取り、服を変えて布団に飛び込んだ。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

『お! 中―――い顔――――じ―――か。こい――高―――――じ――ぇか?』

 

『だ――いが……こ――キ、親に借――――めに―ら―――しく―な、こ――――とき―――――が死ん――――る』

 

 ■暗■■窟で蝋■に照■■れた二人■男が話■■■る。視界■ノイズ■■り、■■■人が覗■■■■■■。

 

『あぁ……―――こり―……ま―誰―――きが居んだ―。部―――れとけ』

 

『―屋っ――前……』

 

『――間違―――だろ?』

 

『――な……』

 

 男■一■■髪を■か■■■へ■■で行き、■■■り込■れる。

 

『―が来――愛―――しろ――』

 

 そ■■け告げ■と、男■■た道■■■返■て行■■。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

「テューズ! テューズ!」

 

「ん……へ? ウェンディ――い゛!? 」

 

 体を揺さぶられて目を覚ますとウェンディの顔が目の前にあり、驚いて起き上がった拍子にウェンディとぶつかってしまった。

 鈍い痛みに襲われる頭を押さえて、なぜウェンディがここに居るのかと質問する。

 

「朝になってもテューズが起きてこないから、様子を見に来たの。そしたら凄く魘されてて……」

 

「魘される……?」

 

(……どんな夢を見てたんだっけ……?)

 

 なにか夢を見ていた気がして思い出そうとしていると、ウェンディが不安げな表情で「大丈夫なの?」と聞いてくる。

 

「もう大丈夫……」

 

「ホントに? 無理しないでね?」

 

「大丈夫だよ……あ、そう言えばあの後って……」

 

 ウェンディに昨日僕が逃げ出した後の事を聞いてみると、カナさんがエルザさんに叱られ、僕に謝りたいらしい。

 

「僕も逃げちゃったしな……カナさんには何か申し訳ないな……」

 

「ふふ……可愛かったよ?」

 

 可愛かったと言われ、頬を膨らませてウェンディを睨むと、ウェンディは笑いながら「ごめんね」と言って手を合わせる。

 その様子に僕は一度ため息をつき、ギルドに行った後は何処へ行くのかと尋ねる。

 

「行くって……何で?」

 

「買い物……行くんじゃないの?」

 

 そう言うとウェンディは嬉しそうに返事をし、準備をすると言って自分の部屋に戻る。

 僕も早く着替える為にクローゼットを開き、丁寧に収納されていた僕が昨日着たワンピースを隅に追いやって、いつもの服に着替える。

 

(今日も一日頑張ろう!)

 

 僕は気合いを入れ、部屋の扉を開いた。

 

 

 

 

 

 






 いやぁ、酷かったですね。深夜テンションって思考が暴走するんですよ……。
 何で女装させようという発想になったのか……自分でも謎ですね。ホントに勢いだけなので訳が分からない……これは黒歴史になりそうです。

 最後のテューズの夢についてですが、以前書かないと言っていた裏設定です。この先、裏設定を前提で書く部分があるので、少しだけ書くと思います。
 まぁ、戦闘とかはないので番外編でホントに少しずつって感じだと思います。



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天狼島編
ベストパートナー




今回から天狼島編スタートです。




 

 

 

 

 

 

「「「予知能力?」」」

 

 僕とウェンディ、リサーナさんの三人で聞き返すと、シャルルはフフンと鼻を鳴らして「そうよ」と答えた。

 

「女王が言ってたでしょ? 未来を予知する力があるって」

 

「意識するようになってからは、少しだけコントロール出来るらしいです」

 

 フィールの返答にシャルルは得意気な顔をし、僕とウェンディが「凄いねシャルル!」と褒めていると、リサーナさんが自分が将来誰と結婚するのかとシャルルに尋ねる。

 

「そんなに先の未来を見るのは無理。う~ん……そうね、例えばそこにマカオが居るでしょ? もうすぐワカバが来て、ギルドの若者についての会話が始まるわ」

 

 僕達がマカオに視線を向けて唾を飲んだ時、シャルルの言葉通りワカバさんが煙草を銜えてマカオさんに挨拶し、マカオさんの隣に座った。

 

「凄い!」

 

「ホントに来たね、シャルル!」

 

 シャルルの予知が当たった事に興奮していると、リサーナさんに「しっ! まだこれからよ!」と制され、再びマカオさん達に視線を向ける。

 

「今年もこの時期が来たねぇ!」

 

「懐かしいもんだな……」

 

 ワカバさんが話しかけると、マカオさんは読んでいた新聞を置いて昔を思い返す。

 

「オレらも若ぇ頃は、燃えてた時もあったよなぁ」

 

「今の若ぇ者はすげぇよ実際――ケツとか!」

 

「ケツかよ!?」

 

 お尻を振りながらそう言ったワカバさんに、マカオさんはテーブルを叩いてツッコミを入れる。

 するとワカバさんは「あれ? お前乳派?」と質問し、マカオさんと睨み合う。

 

「オレはガキ居んだぞ! 若ぇ女のケツ見たってよぉ……」

 

「脚ならどうだ?」

 

「そ、そりゃかぶりつきてぇ!」

 

 どんどん会話が脱線していく二人を苦笑いで眺め、僕達は視線をシャルルに戻す。

 

「シャ、シャルルの予知、本当に当たったね!」

 

「す、凄いねシャルル!」

 

 目を合わせてくれないシャルルにそう言うと、シャルルの隣に居るフィールが「会話の内容は最悪でしたけど」と付け足し、リサーナさんもフィールの発言に同意する。

 

「こんなの予知しても仕方ないけどね……」

 

 半笑いするシャルルにそれでも凄いと言うと、シャルルは少し照れてまだ完全にはコントロール出来ないと語った。

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

 翌日、ギルドのメンバーの殆どが妖精の尻尾(フェアリーテイル)に集まっていた。

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)は大きいギルドの為メンバーが多く、これだけの人が一つの空間に集まっているので中々に賑わっている。

 

「これ、何の騒ぎですか?」

 

「えと、マスターから重大発表があるんだって」

 

「楽しみだね、シャルル!」

 

「興味無いわ」

 

 僕がフィールの問いに応えている横で、ウェンディに抱き抱えられたシャルルが淡々と述べた。

 しかし、興味無いと言うシャルルとは対照的に、ナツさん達はみんなソワソワとしてマスターの発表を待っている。

 

 辺りを見回して落ち着かない様子のナツさんに、ハッピーが「ナツ、落ち着きなよ」と促すと、ステージの幕が上がり、マスター、エルザさん、ミラさん、ギルダーツさんの四人が姿を現した。

 

 歓声が上がり、みんなは口々に「早く発表してくれ!」とマスターに願う。するとマスターは咳払いをして、真面目な顔で口を開いた。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)古くからの仕来たりにより、これより"S級魔導士昇格試験"出場者を発表する!」

 

 その言葉にみんなは歓声を上げ、エルザさんとギルダーツさんが静かにしてマスターの話を聞くよう注意すると、みんなは口を閉じ、マスターが話を続ける。

 

「今年の試験会場は天狼島! 我がギルドの聖地じゃ。各々の力、心、魂、儂はこの一年見極めてきた。参加者は八名――」

 

「ナツ・ドラグニル!」

 

「よっしゃ!」

 

 ナツさんは拳を握り、ハッピーが「やったねナツ!」と言って喜んでいる。

 

「グレイ・フルバスター!」

 

「やっとこの時が来た……!」

 

 グレイさんはマスターを見つめ、僅かに口角を上げる。

 

「ジュビア・ロクサー!」

 

「え? ジュビアが?」

 

 ジュビアさんはまさか自分が呼ばれるとは思っていなかったらしく、目を見開いて唖然としている。

 

「エルフマン!」

 

(おとこ)たる者、S級になるべし!」

 

 ニヤリと笑うエルフマンさんに、リサーナさんが「頑張って、エルフ兄ちゃん!」とエールを送った。

 

「カナ・アルベローナ!」

 

「……」

 

 カナさんが呼ばれて後ろのマカオさん達は嬉しそうにしているが、当のカナさんは浮かない表情で俯いてしまっている。

 

「フリード・ジャスティーン」

 

「ラクサスの跡を継ぐのは……!」

 

 フリードさんは決意したような眼差しで覚悟を決めている。

 

「レビィ・マクガーデン」

 

「私……とうとう……!」

 

 レビィさんは嬉しさに片手で口元を押さえ、その後ろでジェットさんとドロイさんが「レビィがきたー!」と諸手を上げて歓喜していた。

 

「メスト・グライダー」

 

 今までマスターに背を向けていたメストさんは名前を呼ばれて振り返り、周囲から「去年は惜しかったよな~」等と言った声が上がっている。

 

「そっか、みんなこのメンバーに選ばれたいから、みんな自分をアピールしてたのね……」

 

「うわぁ……! みんな頑張れ!」

 

「応援してます!」

 

 ルーシィさんはスッキリしたような表情で述べ、僕とウェンディは豪華なメンバーに胸を踊らせ、試験を楽しみに思う。

 

「今回はこの中から合格者を一名だけとする! 試験は一週間後、各自体調を整えておけぃ!」

 

 合格者は一名だけと言う言葉に一同はどよめき、誰が合格するかを予想し始めて一部では賭けが行われていたりする。

 

「全くもう……相変わらず騒がしいギル――!?」

 

「……どうかしましたか? シャルル」

 

 その言葉とは裏腹に楽しそうなだったシャルルの表情が一変し、目を見開いて何かに驚愕し始めた。

 突然変わったシャルルの様子をフィールが心配して声をかけると、シャルルは「べ、別に……」と言って誤魔化したが、フィールが首を傾げてシャルルから視線を戻した刹那にシャルルは目を細め、固まってしまった。

 

「初めての者も居るからの、ルールを説明しておく」

 

「選ばれた八人のみんなは、準備期間の一週間以内にパートナーを一人決めてください」

 

「パートナー選択のルールは二つ。一つ、妖精の尻尾(フェアリーテイル)のメンバーである事。二つ、S級魔導士はパートナーには出来ない」

 

 マスターに変わってミラさんとエルザさんがルールについて説明し、僕達はそのルールを聞いて納得する。

 

「あぁ……エルザさん達と組んだら……」

 

「絶対にS級になれそうだね……」

 

 ウェンディと苦笑いを浮かべていると、マスターが試験内容の詳細は天狼島に着いてから発表すると告げ、再びみんなは口を閉じてマスターの話に耳を傾けた。

 

「今回の試験も、エルザが貴様等の道を塞ぐ」

 

「今回は私もみんなの邪魔する係やりまーす」

 

 ミラさんはそう告げて挙手し、みんなに衝撃が走る。

 更にはギルダーツさんも参加する事が判明し、嬉しがるナツさんを除いてみんなの顔色が青く染まる。

 

「選出された八名とそのパートナーは、一週間後にハルジオン港に集合じゃ。以上!」

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

「今年は偉くハードルが高ぇな……」

 

 腕を組んでため息をつくグレイさんに、その隣に座っているルーシィさんがみんなは今回が初挑戦であることが意外だと言う。

 

「オレは燃えてきた! 絶対S級になってやる!!」

 

「ぬぁぁ!! 漢エルフマン、S級への道が遠ざかるぅ!!」

 

 炎を吐き、やる気満々のナツさんを見て、エルフマンさんは頭を抱えて体を仰け反らせた。

 

「大変そうですね……」

 

「みんな頑張ってくださいね」

 

 思い煩っているエルフマンさん達にそう声をかけると、ルーシィさんが何かに気づく。

 僕もルーシィさんの見ている方向に視線を向けると、そこにはフリードさんと、そのパートナーになったビックスローさんが雑談している姿があった。

 

「そう言えばみんな、もうパートナーは決まってるの?」

 

「オレは勿論ハッピーだ」

 

「あい!」

 

 ルーシィさんの疑問にナツさんは即答し、ハッピーはずるいとエルフマンさんが声を上げる。

 

「もし試験内容がレースだったら、空飛べるなんて勝負にならねぇ!?」

 

「別にいいんじゃない?」

 

 リサーナさんが首を傾げて言葉を返し、グレイさんも別に構わないと告げる。

 ハッピーは戦闘になったら困るだけだと言ってグレイさんがハッピーを見ると、ハッピーは「酷い事言うね……」と顔を青くする。

 

「オイラは絶対ナツをS級魔導士にするんだ!」

 

「こればかりは仲間と言えど絶対譲れねぇ!」

 

 拳を突き出すハッピーに同調してナツさんも立ち上がり、「こうしちゃいられねぇ!」と叫んで修行をする為に二人はギルドを飛び出して行ってしまった。

 

「ふ~ん……私が居ない2年の間に、ナツがS級の試験に参加するようになってるなんてね……」

 

 頬杖を突いてナツさんの飛び出して行った扉を見つめていたリサーナさんは、ルーシィさんの視線に気づいて微笑を浮かべる。

 

「ナツはね、一人前の魔導士になればイグニールに会えると思ってるの。この試験にかける思いも人一倍なんだろうね」

 

 それを聞いたルーシィさんは「そっか」と言って扉を見つめ、優しい笑みを浮かべている。

 

「あの……ジュビアはこの試験を辞退したい……」

 

「え!?」

 

「どうして……?」

 

 体をくねくねさせながら呟かれたジュビアさんの言葉に驚いて、どうしてなのかを聞いてみる。

 

「だって……その……パートナーに……」

 

 ほぼそぼそと呟くジュビアさんに、「何だって?」とグレイさんが聞き返す。

 するとジュビアさんは言葉を詰まらせてしまい、俯いてもじもじとしている。

 

「あんたのパートナーになりたいんだって」

 

「あぁ?」

 

 それを見かねたルーシィさんがグレイさんに耳元でジュビアさんが辞退したい理由を囁く。

 それを見たジュビアさんは「ほら! やっぱりルーシィが狙ってる!」と泣きながらルーシィさんを指差して睨み、ルーシィさんは「狙ってないわよ!?」と反論する。

 

「グレイ様! ルーシィをパートナーにするつもり何ですか!?」

 

「悪ぃが、オレのパートナーは決まってる」

 

 グレイさんの言葉にルーシィさんが疑問符を浮かべると、スーツ姿のロキさんが「久しぶりだね、みんな」と挨拶しながらグレイさんの後ろに立つ。

 

「ちょっとぉぉ!?」

 

「去年からの約束でね」

 

「ルーシィ、悪いけど試験期間中は契約を解除させてもらうよ。心配は要らない、僕は自分の魔力でゲートを潜って来た。だから、君の魔法は使えなくなったりしないよ」

 

 目を丸くしているルーシィさんにロキさんがそう伝えると、ルーシィさんは「なんて勝手な星霊なの?」と汗を浮かべてプルプルと震えている。

 

「でもおめぇ、ギルドの一員って事でいいのかよ。ロキ」

 

 眉を顰めたエルフマンさんが尋ねると、ロキさんはシャツを脱いで背中のギルドマークをみんなに見せた。

 

「僕はまだ妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士だよ。ギルドの誇りをかけてグレイをS級魔導士にする」

 

「頼りにしてるぜ」

 

「任せて」

 

 二人が笑い合っていると、ルーシィさんが「この二人ってこんなに仲よかったっけ」と頬を膨らませる。

 

「つー訳で、お前も本気で来いよ。久しぶりに熱い闘いをしようぜ?」

 

「あ、熱い……熱い愛撫(たたかい)!?」

 

 頬を赤く染めて妄想を膨らませるジュビアさんに、「ちょっとお姉さん」とシャルルがツッコミを入れる。

 

「私がジュビアと組むわ!」

 

 リサーナさんが立ち上がり、「本気かリサーナ!?」と驚いているエルフマンさんにエドラスのジュビアさんとは仲が良かったと伝え、ジュビアさんの手を握る。

 

「決定ね!」

 

「まさかこの子もグレイ様を狙って……」

 

 ニコニコと笑うリサーナさんをジュビアさんは警戒し、その様子に「どんだけ歪んでるのよ」とルーシィさんはため息をつく。

 

「ちょっと待てよリサーナ! それじゃオレのパートナーが居ねぇじゃねぇか!」

 

 机を叩いて涙を流すエルフマンさんに、リサーナさんはさっきから熱い視線を送ってる人がいるとカウンターの方を見るように促す。

 

 そこにはフリードさんがビックスローさんを選んだ事でむくれているエバーグリーンさんがエルフマンさんを見つめており、エルフマンさんは石にされそうだと顔を引き吊らせていた。

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

「どうしたの、シャルル?」

 

「朝からずっと大人しいよね?」

 

 ギルドの帰りの雪道、シャルルにそんな疑問をぶつけてみると、シャルルはこの試験は嫌な予感がしている事が分かった。

 

「予知能力ですか?」

 

「……あんた達は絶対参加しちゃダメだからね」

 

「二人とも絶対ダメですよ」

 

 シャルルはフィールの質問に答えずに僕達に視線を向け、フィールは無言で目を細めて僕達を睨んでくる。

 

「大丈夫だよ、僕達をパートナーにする人居ないって」

 

「私達より強い人は一杯居るもんね」

 

「それはどうかな? 天空の巫女」

 

 突然かけられた声に驚いて振り返ると、そこに居たのはS級試験に選抜されたメストさん。

 メストさんは自らをミストガン――エドラスのジェラールの弟子だと語り、僕達はその事実に驚愕した。

 

「君達の事はミストガンからよく聞いている」 

 

 そう言いながらメストさんは突然上を見上げ、口を開けた。

 メストさんに何をしているのかを聞くと、メストさんは雪の味を知りたいだけだと述べ、シャルルとフィールはメストさんを警戒している。

 

「力を貸してくれないか?」

 

「それが人に物を頼む時の態度なの!?」

 

「ふざけてるんですか!?」

 

 腕を組み、雪を食べながら頼むメストさんにシャルルとフィールは目を吊り上げる。

 

「すまん。どうもオレは知りたいことがあると、夢中になってしまう癖があるのだ……ウェンディ。君の力があれば、オレはS級の世界を知ることが出来る。頼む、力を貸してくれ」

 

 メストさんに頭を下げられてウェンディが困惑していると、ウェンディに抱かれていたシャルルがウェンディの腕をほどいてメストさんを睨み付ける。

 

「ダメよ! どうしてもって言うなら、テューズにしておきなさい! ウェンディは絶対ダメ!」

 

「そうですよ! 戦闘ならテューズの方が役に立つはずです! テューズにしておきましょう!」

 

(さっきは絶対にダメとか言ってなかったけ!?)

 

 シャルル達は必死にメストさんを説得し、メストさんは困惑しながらウェンディを一瞥する。

 その様子にシャルルは動きを止め、先程よりも鋭い視線でメストさんを睨んだ。

 

「あんた……何でテューズよりもウェンディがいいわけ?」

 

「そ、それは……」

 

 シャルルの問いにメストさんは気まずそうに視線を逸らし、シャルルは表情を変えてフィールと一緒にウェンディの前に立ち、守るように手を広げる。

 

「あんた男か女かで選んだんじゃないでしょうね!?」

 

「ウェンディに近づかないで下さい! ペド!」

 

「やめろ! せめてロリコンと――いやそれもダメだ!」

 

 メストさんに失礼な事を言ったフィールを慌てて抱えてメストさんに謝ると、メストさんは息を整えて咳払いをする。

 

「いや、分かってくれればいいんだ。オレは評――じゃなくて!」

 

「ひょ……?」

 

「い、いや、今のは忘れてくれ。とにかく、詳しくは言えないがオレは断じてロリコンではない。で、ウェンディ。答えを聞いてもいいかな?」

 

 メストさんに見つめられたウェンディは気まずそうに僕を見る。

 僕の事は気にしなくていいと伝えるとウェンディはメストさんにパートナーになると伝え、答えを聞いたメストさんは満足そうに帰って行った。

 

「ウェンディ! あれ程ダメって言ったのに!」

 

「だ、だって色々助けてもらったミストガンに、何一つ恩返しが出来なかったし……」

 

「エドラスを救ったじゃない。それで充分よ!」

 

「でもそれは結果的にそうなっただけで、私の気持ち的にはミストガンの代わりにメストさんを手助けしたいの!」

 

「ダメったらダメ!」

 

 激昂するシャルルとウェンディが言い争いを始め、結局二人はお互いに譲らずに喧嘩を続けながら家に帰った。

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

(あぁ……これは長く続くな……)

 

 次の日の朝、二人の喧嘩はまだ続いているようで、二人はお互いに口を利かなくなっていた。

 僕とフィールはどうやって二人を仲直りさせるか頭を悩ませながらギルドに向かい、そこでルーシィさんがカナさんのパートナーになった事を聞いた。

 

 

 

「テューズ、帰らないんですか?」

 

 辺りが薄暗くなり、ギルドの外に出て動かない僕にフィールが不思議そうに聞いてくる。

 

「うん、少し寄りたい所があるから。……だからごめん……先に帰って」

 

「……そうですか、私はそれほど気にしなくてもいいと思いますが……余り遅くならないようにして下さいね?」

 

 察したフィールはそれだけ言うと家に向かい、僕はフィールの後ろ姿にごめんと一言謝って反対側に足を進めた。

 目指した場所は公園。公園の中央に聳え立つ大木に背を預けて踞る。

 

 今日、ルーシィさんがカナさんのパートナーになったと聞いて、僕は少しショックだった。

 S級魔導士としてみんなの邪魔をするエルザさん、メンバーに選ばれたナツさんとグレイさん、パートナーに選ばれたルーシィさんとウェンディ。

 

(僕が……僕だけが行けない……いつもクエストに行くメンバーの中で、僕だけがギルドに残る……。

 

――何も、誰かと張り合おうなんて思ってる訳じゃない。力の優劣なんてどうでもいいし、僕がみんなよりも弱いなんて事は百も承知だ。

 

 それでも、僕一人だけが試験に参加出来ないと言う現実を突きつけられると、一人だけ取り残されたような気がして、心が折れそうになる)

 

 顔を埋めた膝が濡れ、肩が震えて嗚咽が漏れる。

 誰も居ない公園は物音ひとつなく、自分の嗚咽が聞こえてしまう。

 

 そんな中、誰かの足音が耳に入り、目を擦って顔を上げる。

 

「おぉ、こんな所に居ったのか。探したぞ、テューズ」

 

「マスター……?」

 

 顔を上げて目に入ったのは、優しい笑みで僕を見るマスターだった。

 

 

 

 

 

 






ごめんねメスト……でもやっぱりロリコンのイメージがあるんだよ貴方……

そしてテューズはパートナーに選ばれず……サブタイトルのベストパートナーはナツ達の事で、テューズは関係ありませんでした。
実際、いつも一緒に居るメンバーの中で自分だけ選ばれなかったとしたら、相当へこむと思います。



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メスト

 天狼島編は大体こんな感じにしようと考えは纏まっているんですが、肉付けが中々上手くいかないんですよね……変になってなければいいんですが……




 

 

 

「マスター?」

 

 顔を上げて目に入ったのは、優しい笑みで僕を見るマスターだった。

 マスターは僕の隣に腰を下ろすと、静かに口を開いた。

 

「選出された八名全員がパートナーを決めた……まさか、メストがウェンディを選ぶとはの……」

 

「意外でしたか?」

 

 僕がそう尋ねてみると、マスターは「いや、そうではない」と言いながら首を振る。

 

「お前さん達はまだ子供。もう少し年がたてば、ナツ達に匹敵するだろうと思っておる」

 

「い、いやそんな!? ナツさんに匹敵なんて……」

 

 慌てる僕を見てマスターは「ははは! そう謙遜するな!」と僕の頭を軽く叩き、次に叩いた頭を抱き寄せる。

 

「S級試験と言うものは危険じゃ。S級になれば依頼されるクエストも増える。

 しかしそれと同時に命の危険も増えるもの……それ故儂等は厳しい目で誰がS級になるかを判断する。生半可な者がS級になっても、早死にするだけじゃからな」

 

 悲しげな表情で語るマスターからは、本当に僕達の事を大切に思っている事が伝わってくる。

 マスターは僕の頭から手を離すと、真面目な面持ちで僕の目を強く見つめる。

 

「だからこそ当然怪我人も出るじゃろう。そこでお前さんには、回復係としてギルダーツ達試験官と共に天狼島へ向かって欲しい」

 

「僕が……ですか?」

 

「本当はウェンディも居てくれれば良かったんじゃがのぉ……生憎メストのパートナーになってしまったから、頼めるのはお前さんだけじゃ。一緒に来てくれるか?」

 

 真剣な顔で僕を見るマスターに快諾すると、マスターは頬を緩めて立ち上がり、僕に背を向ける。

 

「人には一人一人個性がある、当然お前さんにもお前さんにしか出来ないことがある。俯かずに前を向いて進め。期待しとるぞ」

 

 そう告げてマスターは公園を後にし、再び一人になった公園で僕は拳を握る。

 

(誰のパートナーでもない僕にしか出来ないこと……それは誰かをS級にする為じゃなく、みんなが元気にギルドに帰れるようサポートすることだ)

 

 みんなのサポートをすることを決意した時、先程まで曇っていた僕の心は晴れて気持ちが軽くなった。

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

「暑い……」

 

「あぢぃ……」

 

 試験当日、僕達の乗った船はナツさん達よりも一足早く天狼島へ向かい、憎いほどに煌めく太陽によって僕達は薄着になってダレていた。

 

「二人共だらしないぞ、しっかりせんか!」

 

 テーブルに突っ伏している僕達の前に水着姿のエルザさんが仁王立ちで現れ、ギルダーツさんはエルザさんを一瞥すると「何で平気そうなんだよお前は……」と顔を顰める。

 

「あ、そうだ。おめぇ確か海の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)だったよな」

 

 額に大量の汗を浮かべているギルダーツさんは顔だけを僕に向け、僕は首を縦に振って肯定する。

 

「じゃあよ……咆哮(ブレス)は水なのか?」

 

 その問いに先程と同じように首を縦に振ると、音をたてて立ち上がったギルダーツさんは僕のそばまで来て目を輝かせ、僕はギルダーツさんに肩を掴まれた。

 

「オレに冷たいので頼むわ!」

 

 ギルダーツさんが何をして欲しいのかをなんとなく察した僕は立ち上がり、額の汗を拭ってギルダーツさんに狙いを固定して上半身を後傾させる。

 

「――海竜の咆哮!」

 

 威力を抑えて放たれた水はギルダーツさんを飲み込み、前髪が何本か垂れていたギルダーツさんの髪型がいつものオールバックに戻る。

 

「あぁ~冷てぇ~」

 

 幸せそうな顔を浮かべるギルダーツさんに、エルザさんはため息をついて「余りテューズに無理をさせるな」と注意を喚起するが、ギルダーツさんはげんなりして横目でエルザさんを見た。

「でもよぉ、この辺は海流の影響で年中この気候だぜ? 涼みたくもなんだろ」

 

 ギルダーツさんの反論にエルザさんは言葉を詰まらせ、目を泳がせている。

 一見エルザさんはこの気温でも平気なように見えるが、其の実水着になった事で露出されたエルザさんの肌には汗が滲んでおり、涼みたいとは思っているのだろう。

 

「みんな、天狼島が見えてきたわよ」

 

 先程ギルダーツさんに注意した手前、その意見を素直に肯定出来ずに狼狽えていたエルザさんに、いつもと変わらない笑顔で眺めていたミラさんが、船の進行方向を指さしながら声を上げた。

 ミラさんの指さした方向に視線を移すと、中央に今まで見たことがないほどの巨樹が聳え立つ島が視認できた。

 

「あれが天狼島……」

 

 巨樹の聳え立つ島だとは聞いていたけれど、あれは僕の想像を絶する程の大きさだった。

 巨樹の樹冠は島全体の面積よりも少し小さい程の大きさを誇っており、その光景に愕然としていると、ミラさんに「凄いでしょ?」と声をかけられる。

 

「私も初めて見た時は吃驚したっけ?」

 

「ふ、懐かしいな」

 

「あんなに小っこかったおめぇ等が、今じゃオレと一緒に試験官とはな……」

 

 思い出に浸る三人に成り行きで昔のギルドの話を聞いたが、ミラさん本人の口から聞いても、昔のミラさんが想像出来ない。

 

 以前に昔の話を聞いた際に、もし自分が昔から妖精の尻尾(フェアリーテイル)に居たらと思った事があったが、今後もそんな事を考える事があるだろうか?

 多分無いだろう。ミラさんとエルザさんの喧嘩なん て、考えただけでも背筋が凍る。

 

「お、着いたみてぇだな。荷物まとめて降りんぞ」

 

 ギルダーツさんの指示を受け船を降り、少し進むと8つに道が別れた分岐点に出た。

 

「ここだな、エルザ、ミラ、聞いてると思うがオレ達はこの中の一つを選び、その先でナツ達を待つ。坊主はもう少し進んだ先にある簡易ベースで待機だ。迷うんじゃねぇぞ」

 

「はい!」

 

 ギルダーツさんから地図を受け取り、簡易ベースへ向かう。

 簡易ベースには既にテントが張られており、調理スペースもある。僕はここで一次試験が終わるまで待機している訳だが、どう時間を潰そうか。

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

 簡易ベースで時間を潰していると、ギルダーツさんとフリードさん、ビックスローさんが帰って来た。

 

「テューズか、確か回復係として同行してきたんだったな」

 

「オレ等に怪我はねぇから、今のところおめぇの仕事はねぇな」

 

「いえ、回復する機会がないのが一番ですから」

 

 笑顔でそう言うと、ビックスローさんは「そうだな、ベイビー」と頷き、後ろの人形達も「そうだな! そうだな!」と連呼している。

 

「で、オレ等は先に帰ってるわ」

 

「え!? もう帰るんですか!?」

 

 驚く僕にギルダーツさんは悪いなと僕の肩を叩き、地図を取り出してある地点を指さした。

 

「この辺りの景色は結構いい景色でな。探検にでも行ってこい」

 

「で、でも仕事が……」

 

 探検には行きたいが、怪我人を治癒するというマスターから頼まれた仕事がある以上、ここを離れる訳にはいかない。そう思って狼狽えていると、フリードさんが「それなら問題はない」と教えてくれた。

 

「どうやら一次試験で怪我人は出ていないらしい。第二試験が終わるまでは自由にしていても問題はないだろう」

 

「行ってこいって! 男は冒険してなんぼだぜ?」

 

「じゃ、オレ等はもう行くからな。二次試験は初代マスターの墓探しだ。地点を持ってってもいいが、ナツ達には見せんじゃねぇぞ~」

 

 僕に背を向けて片手を上げながら船へと向かうギルダーツさんはそう告げ、フリードさん達も後に続いた。

 一応エルザさん達の帰りを待ち、探検に行くと報告するとエルザさん達は快諾してくれ、簡易ベースを出てギルダーツさんのさして地点に行く。

 そこは崖で花が咲いており、海が一望出来てギルダーツさんの行った通り絶景だった。

 

「あれ? テューズ?」

 

 聞き慣れた声がして振り返ると、不思議そうに僕を見るウェンディと、僕がここに居ることに驚いて目を見開いたメストさんが居た。

 

「ウェンディ!? メストさんも……何でここに?」

 

「試験でグレイ達に負けてしまってな、ウェンディと探検に来ていたんだ」

 

 「敵わないな」と言って肩を竦めるメストさんの隣で、ウェンディが頬を膨らませている。

 

「テューズがこの前、グレイさんに私が梅干し苦手だって言ったせいで、グレイさん梅干し持ってきてたんだよ!」

 

 聞けば、メストさんがやられた後、ウェンディは梅干しを食べるグレイさんとロキさんに挟まれ、梅干しを食べる光景を見せられてやられてしまったらしい。

 本来であればウェンディに謝罪するべきなのだろうが、僕はウェンディが物理的に倒されなかった事に安心していた。

 勿論ウェンディに謝罪は述べるが、後悔はない。むしろグレイさんに暴露した過去の自分を褒めてあげたい程だ。

 

「あれ?」

 

 三人で雑談をしていた時、ウェンディが何かに気付いて空を指す。ウェンディが指さした先にあったのは赤色の信号弾。

 

「あの信号弾、何の合図でしたっけ?」

 

「あれ? えぇと……」

 

 ウェンディがメストさんに尋ねるが、ウェンディ同様メストさんも信号弾の意味を忘れてしまったらしく頭を掻いている。

 

「メストさんも忘れちゃったんですか?」

 

「ウェンディ!! テューズ!!」

 

 突然聞こえた声に驚いて振り返ると、シャルルとフィール、リリーが、メストさんから離れろと叫びながら焦った表情で飛来してきていた。

 

「メスト! あんた一体何者なの!?」

 

 シャルル達は僕達とメストさんの間に立ち、シャルルが(エーラ)を解除せずにメストさんを睨む。

 

「な、何者って……オレはミストガンの弟子で――」

 

 岩を背に汗を浮かべ、困ったような表情で釈明しようとするメストさんの顔を掠めてリリーの拳が岩に罅を入れ、固まっているメストさんを鋭く睨む。

 

「ミストガンがこの世界で弟子をとる筈がない。この世界から居なくなった人間を使ったまではよかったが、設定を誤ったな、メストとやら……お前は何者だ!!」

 

「ちょっと! 何なの、三人共急に!」

 

「て言うか、何でここに居るの!?」

 

 状況が飲み込めていない僕達が声を上げるが、シャルルに「あんた達は黙ってなさい!」と一喝され、僕達が前に出ないようフィールに手で制される。

 

「お前は何者だ!」

 

「な、何の事だ……」

 

「恐らくお前は、人の記憶を操作する魔法の使い手だ。ギルドのメンバーに魔法をかけ、自分がギルドの一員であることを装った」

 

 リリーの鋭い視線を受けながら言葉を聞くメストさんは、顔の隣に突き出されているリリーの拳を横目で見ると、リリーに視線を戻して額に汗を滲ませる。

 

「ミストガンの事も含め、考えれば不自然な点だらけだ。お前と接点を持つ者の名も上がらない。その上、ギルドの信号弾の意味も知らんようでは言い逃れは出来んぞ」

 

 淡々とリリーが語る中メストさんは瞼を閉じ、リリーが推測を語り終えるとメストさんは目を開く。

 その瞬間にメストさんの姿がぶれ、リリーが驚くと同時にメストさんの姿が消えた。

 

「消えた!?」

 

「いえ、これは!」

 

(瞬間移動の魔法! しまったッ!!)

 

 メストさんは僕達の前に現れ、姿を現したメストさんを捕らえようと駆けるリリー達よりも早く、僕達二人を抱いて跳躍する。

 メストさんが跳躍した刹那、僕達の居た場所が爆発して煙を上げ、爆発による風圧を受けて熱を感じた時、僕の視界が突然ぶれる。

 

「無事か!」

 

 そう言いながらメストさんは僕達を解放し、メストさんの瞬間移動で安全な場所まで待避したのだと理解出来た。

 

「どうなっているんだ!」

 

 リリーがシャルルとフィールを抱えて着地すると、僕達の横側で何が光り、それを視認したメストさんは再び僕達を抱えて後ろへ跳ぶと、目の前で僕達とリリーを横断するように横一直線に爆発が起きる。

 

「誰だ! 出てこい!」

 

 先程の爆発の後が直線上に地面に残っており、それを目で辿って行くとその先に一本の木があった。

 その木の幹はメキメキと音をたてて小さく膨らみ、膨らんだ部分が顔の形状に変化した。

 

「よく見破ったものだ」

 

 木の幹に現れた顔のような形の何かが喋る。その異様な光景にこの場に居る全員が驚きを隠せずにいた。

 しかしそれも一瞬だけで、元軍人であるリリーはすぐに木を警戒して臨戦態勢をとる。

 

「オレの名はアズマ。悪魔の心臓(グリモアハート)、煉獄の七眷属の一人」

 

悪魔の心臓(グリモアハート)……?」

 

「確か闇ギルド、バラム同盟の一角……!?」

 

「さっきの信号弾は、敵の襲撃を知らせる物か……」

 

 木から視線を話さずにメストさんが呟いた時、木の膨らみが大きくなって人の上半身と同じ形になる。

 

「今さら遅いと言っておこうか」

 

「一体、何がどうなっているんだ!」

 

 突然の事にリリーは牙を剥き出しに吼え、アズマを睨み付ける。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)の聖地に侵入すれば、きな臭い話の一つや二つ出ると思ってたんだがな……黒魔導士ゼレフに悪魔の心臓(グリモアハート)、こんなでけぇ山にありつけるたぁついてるぜ」

 

(ゼレフ……?)

 

 何かを呟くメストさんに、シャルルが「あんた一体!?」と目を見開くと、メストさんはまだ気づかないのかと言って口角を上げながら振り返る。

 

「オレは評議院の人間だ。妖精の尻尾(フェアリーテイル)を潰せるネタを掴むために潜入していたのさ。だがそれもここまでだ。あの所在地不明の悪魔の心臓(グリモアハート)がこの島にやって来るとはな……

 これを潰せば、出世の道も夢じゃない」

 

 そう言ってメストさんはニヤリと笑い、評議院の戦闘艦をすぐそこに配置してあると語った。

 

「一斉検挙だ。悪魔の心臓を握りつぶしてやる!」

 

「……戦闘艦。あれの事かね?」

 

 いつの間にか木から全身が現れていたアズマの背後から、先程メストさんの言っていた評議院の戦闘艦が天狼島に向かっていた。

 しかし戦闘艦は次の瞬間に閃光を放ち、轟音と共に爆煙を上げる。

 

「なっ!? 船が!」

 

「バカな!?」

 

 戦闘艦が爆破した事に全員が顔を驚愕に染め、メストさんとリリーが驚きの声を上げる。

 

「では改めて、そろそろ仕事を始めてもいいかな? 役員さん」

 

「全員下がってろ!」

 

 雰囲気が変わったアズマを警戒し、リリーが前に出る。

 ウェンディがアズマに何をしたのかと問うが、アズマは眉一つ動かさない。その様子に痺れを切らしたリリーが雄叫びを上げながら飛びかかり、アズマはリリーに手を向ける。

 

「"ブレビー"」

 

 アズマの掌から光が放たれ、リリーを飲み込んで大地を削る。しかしリリーは光の中を進み、驚愕するアズマの顎を殴り飛ばした。

 殴られたアズマは空中でリリーに視線を固定してリリーの周囲を爆破させ、その爆風は僕達を吹き飛ばした。

 

「くっ! せめて剣があれば……!」

 

「リリー!」

 

「僕達で援護する!」

 

 腕を交差させて爆発に耐えたリリーを援護しようと、僕達は起き上がってリリーに付加魔法(エンチャント)をかける。

 

「「"バーニア"」」

 

「おぉ……体が軽くなった!」

 

「「"アームズ"」」

 

「これがサポートの魔法という物か……これなら!」

 

 スピードと攻撃力が上昇したリリーは翼を広げてアズマに向かい、アズマは迎撃しようとリリーに手を向ける。

 しかし、スピードが上昇したリリーはアズマの攻撃を全て避けて上昇する。

 

 

「テューズ、メストさん、私に作戦があります。協力してください!」

 

 ウェンディから手短に作戦を告げると、メストさんは「オレは評議院の人間だぞ!?」と反対するが、僕もウェンディもここで折れる訳にはいかない。

 

「今はそんなの関係ありません! 私は妖精の尻尾(フェアリーテイル)を守りたい! 力を貸してください!」

 

「メストさんが評議院だろうと構わない! 仲間を守るためなんです! 協力してください!」

 

 メストさんの目を見て強く頼むと、メストさんは唇を噛んで顔を背けた後に作戦に協力すると言ってくれた。

 

 アズマの攻撃を躱して翼で跳び上がったリリーは一気に下降して蹴りを放ち、アズマはそれを紙一重で避けると薙ぎ払うように腕を振るい、リリーの腰の高さで横一直線に爆発を起こす。

 リリーは這いつくばるように屈んで回避してアズマの腹部に蹴りを入れ、シャルルの指示を受けて上空へ待避する。

 

「何処へ逃げてもオレの爆発は届くがね……」

 

「"ダイレクトライン"!」

 

 リリーに追撃しようと照準を上空へ向けたアズマの後ろにウェンディを抱えたメストさんが瞬間移動し、それでも視線はリリーに向けているアズマに、僕を掴んだフィールが飛び込んで逃げ場をなくす。

 

「ゼロ距離から――!」

 

「挟み撃ちで――!」

 

 僕達が咆哮(ブレス)を放とうとしてもアズマは眉一つ動かさず、「つまらんな」と呟いて両腕を広げる。

 

「"タワーバースト"」

 

 アズマの周りから炎が出現し、炎は塔のように高く伸びて上空にいるリリーもろとも僕達を飲み込んだ。

 

「ぐ……う……」

 

 炎に飲み込まれた体は力が入らない為に思うように動いてくれず、何とか首を動かして前方を見ると、視界が歪むなか無傷で僕達を見下ろす無傷のアズマが見え、僕はそれ以上意識を保つ事が出来なかった。

 

 

 

 

 

 




 展開が早い! テューズが試験に参加しないので試験は全て飛ばしたんですが、想像以上に展開が早くなってしまいました……
 そしてテューズの回復係ですが、あれはテューズの個性を生かし、尚且つ誰のパートナーでもないからこそ出来る役割を、と思って回復係にしました。

 そして前書きでも書いた通り、ある程度の構成は出来ているんです。マスターとの会話も細かいところは書きながら考えていたので、頭の中で描いていたようにはならなかったんですよね……
 頭の中にあるものをそのまんま文に出来るようになりたいです……

――追記――

 一度編集に失敗して文がおかしくなりました。編集前の状態には戻せましたが、お見苦しいものを見せてしまいました方にはお詫び申し上げます。
 戻したつもりではありますが、見落としもあるかもしれません。おかしい部分がありましたら報告していただけると幸いです。



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火竜VS炎神

 皆さんのお陰でUA30000突破しました! ありがとうございます!
 他の人気の作品は強いオリ主が多かったので、強くないオリ主で見てもらえるか不安だったんですが、UAが30000を越えてとても嬉しいです。
 以前に比べれば最近投稿ペースが落ちていますが、これからも宜しくお願いします!!




 

 

「おい! しっかりしろ! 誰にやられたんだ!」

 

 ナツさんに揺さぶられて意識が戻り、薄らと目を開ける。

 しかし、ナツさんは僕が目を覚ました事に気づいていないようで、目を吊り上げて倒れているメストさんの元へ行くと、その胸ぐらを掴み上げた。

 

「お前か!? おい! この野郎!」

 

 乱暴にメストさんを揺さぶるナツさんの様子は、まるでメストさんを初めて見たようだった。

 恐らく、メストさんの記憶操作の魔法は以前ルーシィさんから聞いた魅了(チャーム)の魔法と同じように、人にばれると魔法が解けてしまうタイプの魔法だと思う。

 

「ナツさん、その人は評議員です……」

 

 思っていた以上に重い体を起こしてナツさんに伝えると、ナツさんは態度を一転させてメストさんの襟を直した。

 

「あはは……いいコートだね――って! 評議院が敵なのかァァ!?」

 

 ナツさんがハッピーと抱き合って震えていると、フィールが起き上がって敵は悪魔の心臓(グリモアハート)だと知らせる。

 

悪魔の心臓(グリモアハート)!?」

 

「闇の三大組織、バラム同盟の一角じゃないか!? 一体どういう事!?」

 

 驚愕するハッピーの声で目を覚まし顔を上げたリリーが、何かを発見した。

 「なんだあれは?」というリリーの声に全員が空を見上げると、何かがオレンジ色の球体を落としながら飛行しているのが見えた。そのオレンジ色の球体は空中で破裂すると、中から人が飛び出してきた。

 

「なっ!? 空から人だと!?」

 

 空から人間が降ってくる異常な光景にメストさんが驚愕の声を上げる。

 恐らくこの人達は悪魔の心臓(グリモアハート)の構成員だろう。

 そして、オレンジ色の球体全てに人間が入っているのだとすると、かなりの数で襲撃しに来ていることになる。

 

 破裂音と共に球体から現れる敵兵達は迅速に僕達を囲み、ナツさんも臨戦態勢に入った。

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

 敵兵達との交戦中、突如島に轟音が響き、ナツさんは振り向いて音のした森の方を見る。

 

「今の聞こえたか? ハッピー」

 

「あい、爆発みたいな音だったよ」

 

 再びナツさんを囲む敵兵達をナツさんは忌々しそうに睨み、「人ん家の庭で好き放題やりやがって……!」と拳を構える。

 

「こんなに大勢……何が目的なんだ!?」

 

「何でもいいからぶっ飛ばしてやんぞ! 悪魔の心臓(グリモアハート)の野郎共!」

 

 幾ら倒してもキリが無い敵兵達を見てハッピーは疑問を口にし、ナツさんは拳に炎を纏わせて近くにいた一人を殴り飛ばす。

 

 

 

「ねぇ……さっきメストさんがゼレフって言ってたけど、もしかして悪魔の心臓(グリモアハート)の目的は……」

 

「……ゼレフ」

 

 張り詰めた表情のウェンディに言葉を返すと、ウェンディも頷いて同意してくれる。

 しかし、ゼレフという魔導士は400年も前の人物だ。400年も経って今尚生きているなんて事はあり得るのだろうか? 顎に手を添えて思考していると、シャルルとフィールが危ないと僕達に叫んだ。

 

 ウェンディに向けていた視線を、フィール達を一瞥してから戦闘中のナツさんの方に移すと、今までナツさんを囲っていた内の一人が剣を構えて僕達に迫って来ていた。ナツさんは他の敵兵の相手取り、リリーも負傷していて戦闘はできない。

 咄嗟にウェンディの前に出て構えると、僕達に迫ってきていた敵の動きが突然止まった。

 

「二人共大丈夫!」

 

「「ハッピー!」」

 

 どさりと音をたてて倒れた敵の後ろから現れたのはハッピー。そして敵は腰を押さえて悶絶している。

 

「MAXスピードの体当たり! オイラだって戦えるんだから!   戦えるんだから!!   」

 

(グレイさんに言われた事、気にしてるんだ……)

 

 戦えるんだから。という部分を強調するハッピーは、S級試験のメンバーが発表された時にグレイさんに「ハッピーと組んだら戦闘になった時に困るだけ」と言われてショックを受けていた。

 

「どう? シャルル、オイラ格好いい?」

 

「はいはい……」

 

 親指を立てて尋ねるハッピーをシャルルは軽くあしらった。そのシャルルの目の前にナツさんに吹き飛ばされた敵兵が飛来し、シャルルはビクッと肩を震わせる。

 

「あ、危ないじゃない! もうちょっと飛ばす場所考えなさいよ!」

 

「んなもん知るか! 次の奴! かかってこいや、この野郎!」

 

 文句を言うシャルルに見向きもせずにナツさんは両手の炎を敵兵に叩きつけ、ハッピーも戦闘に戻っていき、わざと捕まりそうになって敵兵達を崖まで誘導すると、誘導されてきた敵兵達を一気に落とした。

 

「よし、オレも――!」

 

 ナツさん達の戦闘を見ていたリリーが戦闘に参加しようとしたが、その手をフィールが握って止める。

 

「無茶です。戦闘はナツ達に任せ、リリーは魔力の回復を。テューズ達の魔法は失った魔力の回復までは出来ませんから」

 

「自然回復を待つしかないのか!? この非常時に!」

 

 悔しそうに俯くリリーをフィールが慰め、その隣でウェンディが辺りを見回して「メストさんが居なくなってる」と呟いた。

 僕も辺りを見回してみるが、本当にメストさんの姿は消えている。

 

「あんな奴ほっとけばいいのよ」

 

 眉を顰めたシャルルがそう告げると、リリーが僕達を見て不思議そうな顔で疑問をぶつけてきた。

 

「嬢ちゃん達、自分達の傷は回復しないのか?」

 

「もうしてるのよ。治癒魔法には魔力を使うから、残った掠り傷には使ってられないだけ」

 

 シャルルの返答に「そういうものなのか……」とリリーが納得していると、ハッピーが来て僕達に隠れているように指示をだす。

 

「ここはナツとオイラに任せておいて!」

 

「分かったわ。悪いけど頼んだわよ、ハッピー」

 

「無理はしないでくださいね」

 

 シャルル達と違って僕とウェンディが納得出来ずにいると、リリーに「今のオレ達じゃ、みんなの足を引っ張るだけだ」と諭される。

 

「そういうこと。みんなは泥船にでも乗ったつもりで、魚でも食べて待っててください」

 

 ハッピーの泥船という言葉に若干……そこそこの不安を感じながら、邪魔にならないように隠れて様子を見守ることにした。

 

 敵の炎の魔法を食べて魔力が増したナツさんは圧倒的な力で敵兵達を蹴散らし、その力にたじろいだ敵兵達は誰もナツさんに襲いかからなくなった。

 

「ハッハッハッ! おめぇら何やってんだってよ!」

 

 笑い声と共に岩の上に現れたのは、鬣のような金色の髪をもつ"ザンクロウ"と呼ばれた男。

 ザンクロウは敵兵達に「おめぇらの敵う相手じゃねぇ」と言ってゼレフを探しに行くように指示をだし、僕達の相手を一人ですると宣った。

 

「そ、それじゃあザンクロウ様」

 

「助かりました、あいつ物凄く強くて……噂に聞く火竜(サラマンダー)とか言う奴ですよ」

 

 撤退しながら呟かれた言葉に、ザンクロウの表情は一変させて、「待てやゴラァ!」と声を荒げて敵兵達を呼び止めた。

 

「今、強ぇって言ったのか……あァ!?」

 

 その声に怯え、「つい口が滑って……」と言い訳する敵兵達をザンクロウの怒気を含んだ赤い瞳が見下ろし、睨まれた敵兵達は肩を震わせる。

 

「この世に悪魔の心臓(グリモアハート)より強ぇギルドなんてねぇんだって……オレ達が最強のギルドなんだってよ!!」

 

 ザンクロウが、自身の怒りに呼応するように出現した禍々しい黒い炎を纏った。燃え上がる炎の中でザンクロウの右手が敵兵達に向けられる。

 

悪魔の心臓(グリモアハート)に弱者は要らねぇ!」

 

 敵兵達の足元に出現した黒炎は敵兵達を飲み込み、悲鳴も次第に小さくなって消えていく。

 高笑いするザンクロウが腕を振るうと炎は消え、先程まで居たはずの兵達は塵一つ残さずに消えていた。

 

「この……! お前、自分の仲間をッ!!」

 

「仲間? 弱小ギルドが、知った風な事ほざいてんじゃねぇってよ!!」

 

 顔を歪めたザンクロウから放たれた炎を強く睨み、ナツさんは避けることなく腕を回す。

 

「ざけんな! オレに炎は効かねぇぞ!」

 

「ナツさんダメッ!」

 

「その炎はイヤな感じがします!」

 

 ザンクロウの炎から異様な雰囲気を感じてナツさんに警告するも既に遅く、黒炎がナツさんを飲み込んだ。

 ナツさんは黒炎を食べようするが、黒炎を食べることが出来ない。

 

「く、食えねぇ! なんだこの炎は!?」

 

「ハッ! 頭が高えってよ! 竜狩り如きが!」

 

 ザンクロウは右手の炎をナツさんに放つと、炎はナツさんの目の前で爆発して暴風が吹き荒れる。

 爆発で舞い上がった砂煙が晴れ、ザンクロウはナツさんの前に飛び降りる。

 

「ヒヒヒ……竜の炎の上を行く神の炎を食うつもりかい? 罰当たりだって!」

 

「神の炎だァ?」

 

 神の炎と聞いたナツさんが忌々しそうにザンクロウを睨むと、ザンクロウは「てめえの魔法とは格が違うんだって!」と口角を上げる。

 

「こっちは神殺し――滅神魔導士(ゴッドスレイヤー)だぜ! 竜の炎なんざ、飲み込んでやるって!」

 

「野郎、上等だ! 燃えてきたぞ!!」

 

 ナツさんは両手に炎を纏って殴りかかるが、ザンクロウはナツさんの拳を受け止め、避け、ナツさんの顔にカウンターを入れる。

 

「隙だらけだってよ! 竜狩りの力はこんなもんか! 本気で来いっての!」

 

「喧しい……やっと体が温まってきた所だ。本気はこれからだっつうの!」

 

 挑発するザンクロウに、ニヤリと好戦的な笑みを浮かべるナツさん。

 その様子を見たハッピーが、あの様子は負け惜しみじゃないと言ってナツさんを応援する。

 

「そう言えば、名乗るの忘れてたってよ! オレっちは悪魔の心臓(グリモアハート)七眷属が一人、滅神魔導士(ゴッドスレイヤー)のザンクロウ」

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)のナツ。滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)だ」

 

 名乗るナツに失笑するザンクロウは、バラム同盟内でナツさんの暴れっぷりは有名だと言い、ナツさんは衝撃を受けている。

 

呪笛(ララバイ)を破壊し、デリオラの入手も邪魔し、Rシステムも 平和の国(ニルヴァーナ)も全部この世から葬り去りやがった。ジェラールだのマスターゼロだの取るに足らねぇ奴を倒して、いい気になってるって?」

 

「んだとォ……!」

 

「竜狩り如きが調子こくなっての!」

 

 ザンクロウの挑発に青筋を立てたナツさんは拳を鳴らし、再び両手に炎を纏って殴りかかる。

 

「何が滅神魔導士(ゴッドスレイヤー)だ! 神様に教えてもらったってかァ!?」

 

 ザンクロウはナツさんの拳を全て躱し、二人の蹴りがぶつかり合うと互いに後ろに跳んで距離を取った。

 

「マスターハデスをあるいは神と呼べるなら、これは神から授かりし失われた魔法(ロストマジック)!」

 

「な~んだ……人間に教えてもらったんじゃねぇか! こっちは本物のドラゴンに教えてもらったんだ! 滅竜魔法!」

 

「ドラゴンってあれだろ? 空飛ぶ蜥蜴。ってことはこれも身内って事か?」

 

 ザンクロウはニヤニヤと笑いながら蜥蜴を持ってナツさんに見せ、ナツさんは「イグニールは蜥蜴じゃねぇ!」とツッコミを入れる。

 

「そうですよ! グランディーネだって蜥蜴じゃない!」

 

「リヴァルターニは蜥蜴より大きいし強いし格好いい! 蜥蜴とは全然違うんだ!」

 

「ちょっ!? あんた達!?」

 

「変に反応しないで下さい!」

 

 ザンクロウの言葉に堪らず反論すると、ザンクロウは僕達を一瞥して視線をナツさんに戻し、ニヤリと口角を上げる。

 

「おめぇらは黙ってろって……さっさとこいつ片付けて、すぐに相手してやるからよ!」

 

「お前! 余所見こいてんじゃねぇよ!」

 

 跳躍したナツさんの回し蹴りをガードし、ザンクロウは炎を放出してナツさんを吹き飛ばす。

 

「みんな! ここから離れてろ!」

 

 着地したナツさんは構えを取り、それを見たザンクロウも構えを取って「大技来いってよ!」と言って挑発する。

 

「右手の炎と左手の炎を合わせて――」

 

「西の果てから東の果てまで焼き尽くせ、神の息吹――」

 

 両者共に両手の間に高密度の魔力の炎球を作り出し、僕はフィールとリリーを、ウェンディはシャルルとハッピーを抱いて二人から可能な限り離れた。

 

「――火竜の煌炎!!」

 

「――炎神のカグツチ!!」

 

 二つの炎がぶつかり合い、暴風と熱気が周囲を支配する。

 

「凄い熱気!」

 

「これが竜と神の力のぶつかり合い……!」

 

 炎同士がぶつかり合う。が、次第にナツさんの炎は黒炎に飲み込まれていき、遂にはナツさんが押し負けて吹き飛ばされてしまった。

 

「ナツさん!」

 

「ナツさんが押し負けるなんて!?」

 

「喧しいってよ! 猫共!」

 

 ザンクロウは振り向き様に炎を放出して僕達を吹き飛ばし、倒れる僕達を見ながら哄笑する。

 

「猫だけじゃねぇか! もう二匹竜狩りが居たっけな! 弱すぎだっての!」

 

「くそ……大丈夫、ウェンディ?」

 

 膝をついて立ち上がり、倒れるウェンディに声をかけるが返事はない。

 肩を軽く揺さぶるとウェンディの指がピクリと動いた。同時に、土を踏む音がしてザンクロウの方に視線を戻すと、フラフラと立ち上がったナツさんがザンクロウを強く睨んでいた。

 

「この野郎……! ――火竜の咆哮!!」

 

 ナツさんの口から放たれた咆哮(ブレス)がザンクロウに迫るが、ザンクロウは笑みを浮かべるのみで避けようともしない。

 

「知ってるか? 人間に火と言う知性を与えたのは神だってよ。火を生んだのは人でも、竜でもねぇ!――神だ」

 

 ナツさんの咆哮(ブレス)がザンクロウに直撃し、ナツさんはガッツポーズをして笑う。が、次第にその表情は驚愕に変わり、言葉を失ってしまった。

 

「そりゃ……ねぇって……!」

 

 爆炎が一ヶ所に吸収されていく。その中心に居るのはザンクロウ。

 ザンクロウはナツさんの炎を全て食べ尽くすとお腹を撫でて「上手ぇ炎だな!」とナツさんに称賛を送った。

 

「荒々しくて、決して燃え尽きる事のねぇ炎。だが竜を殺せる力はあっても、神は殺せない……これが悪魔の心臓(グリモアハート)の魔法だ!」

 

 冷や汗を流してザンクロウを見つめるナツさんに、ザンクロウは大きく息を吸って力を溜める。

 

「――炎神の怒号!!」

 

「まずっ!?」

 

 ザンクロウの怒号はナツさんを飲み込んで僕達に迫り、僕はみんなの前に出て水の障壁を張る。

 しかしそれも耐えられたのは数秒程度。水の障壁は黒炎とぶつかり合って蒸発し、水蒸気となって僕達を吹き飛ばした。

 

「っ! フィール! シャルル!」

 

 崖から落とされ、(エーラ)を使える二人に助けを求めるも二人は気を失っており、ハッピーも同様だ。

 

「テューズ!」

 

「フィール達をお願い!」

 

 意識のあるリリーにフィール達を任せて左手でウェンディを抱き寄せ、右手に魔力を溜めて地面へとまっ逆さまに落ちていく。

 

(まだ……まだ……もう少し―――今!)

 

 地面に衝突する直前に右手を突き出して水を放出し勢いを殺した。そしてそのまま右手の角度を調節し横に飛び、転がりながら着地する。

 

「無事か!?」

 

 息を切らして大の字になって寝ていると、フィール達を抱えた本来の姿のリリーが空から降りてきた。

 

「うん、なんとか……」

 

 起き上がってウェンディを見ると、ウェンディも目を覚ましたようだった。

 

「大丈夫? 痛い所はない?」

 

「う、うん……」

 

「ハッピー達も直に目を覚ますだろう。一先ずオレ達はナツと合流しよう」

 

 小さくなったリリーの意見に同意して、森の中をナツさんを探して歩き始めた。

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

「おーい!! 大変だ! 大変なんだよぉ!」

 

 ナツさん達を探して森を歩いていると、ハッピーが慌てた様子で叫びながら帰って来た。

 シャルルに「少し落ち着きなさい」と言われたハッピーは深呼吸で息を整え、今見たものを知らせる。

 

「あっちにナツが居たんだけど、マスターと一緒に倒れてるんだ!」

 

「マスターと一緒に!?」

 

「倒れてる!?」

 

 ハッピーに先導してもらってナツさん達の元へ行くと、そこには戦闘の痕――――木々が薙ぎ倒されていた。

 そしてその中心で倒れているナツさんとマスター。

 

「テューズ!」

 

「分かってる!」

 

 ウェンディがマスターを、僕がナツさんを治癒しようと魔法をかけるが、何かがおかしい。二人の傷が一向に治らない。

 

「少し待って下さい、このまま続けても魔力の無駄です」

 

 フィールに言われて一度治癒を止めると、フィールが二人の観察を始める。

 

「マスターの方は傷が深すぎるのが問題ですね、この怪我は流石に治せません……シャルル、包帯等で手当てを」

 

「分かったわ」

 

 シャルルはフィールから包帯等を借りてマスターの手当てを初め、フィールはナツさんに近づいて、ナツさんの首に巻かれている黒いマフラーをナツさんから外して僕に手渡す。

 

「ナツの治癒を邪魔しているのは、恐らくそのマフラーですね。ナツの普段と違う点は服とマフラー、服は裏返しにしただけのようですが、そのマフラーは違います」

 

「確かそれ、さっき話した黒髪の不気味な奴にやられたんだ」

 

 悲しげな表情でナツさんを見守るハッピーの言葉に、リリーが「その男が悪魔の心臓(グリモアハート)が探しているゼレフなのか?」と疑問を口にする。

 

「とにかく、そのマフラーを外した状態で治癒をしてみましょう。テューズはそのマフラーを直せないか試してみて下さい」

 

 頷いてマフラーに治癒魔法を試し、ウェンディはナツさんの治癒を始める。

 次第にマフラーは白く変わっていき、ナツさんの傷も癒えていった。

 

「凄いな、フィールの睨んだ通りとは……」

 

「この子、昔から頭いいからね」

 

「オイラからしたらシャルルも頭いいと思うけど……」

 

 感嘆するリリーにマスターの手当てが終わったシャルルが答え、ハッピーがため息をついてシャルル達を見ていた時、マスターの目が開いて、その視線を僕達に向けた。

 

「……ウェンディとテューズか……」

 

「「マスター!」」

 

「儂等を……見つけてくれたのか……そうか……お前さんを連れてきて、よかった……のう……」

 

 マスターは弱々しく笑うと、傷が痛んだのか顔を歪めて体を強張らせ、そのまま動かなくなってしまった。

 

「マスター!」

 

「大丈夫です、気絶してるだけみたいですから」

 

 フィールに手で制され、シャルルにマフラーの解呪に戻るように言われて渋々作業を再開した。

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

 マフラーを白く戻してナツさんの首に巻きなおすとハッピーが服を元に戻し、ナツさんが目覚めるのを待つ。

 少しするとナツさんは目を覚まして勢いよく起き上がり、マスターは何処に居るのかと尋ねてきた。

 

「マスターならここに居る。まだ何とも言えない状態だがな」

 

 リリーがマスターの事を伝えると、息を吐いて力を抜き、マフラーが戻っている事に気づいた。

 

「あれ? マフラー?」

 

「テューズが元に戻してくれたんだ。ついでに服も戻しておいたよ」

 

 ハッピーに僕が直したと知らされたナツさんは、「ありがとな」と僕に笑いかけ、そのまま僕を凝視する。

 

「あ、あの……どうかしました?」

 

 恐る恐るナツさんに聞いてみるとナツさんは匂いを嗅ぎ始め、突然立ち上がると今度は森の奥を凝視し始めた。

 ハッピーに匂いについて聞かれたナツさんはガルナ島に居たあいつだと言って走り去ってしまい、ハッピーもその後を追っていった。

 

「あいつら、戻ってこれるのか? 深追いしすぎて迷う気がするんだが……」

 

 リリーの疑問に視線を逸らして答えをはぐらかすと、フィールに、ウェンディと後を追うように頼まれた。

 

「でもマスターが……」

 

「エクシードが三人いれば問題なく逃げられる。それよりも一人で敵に出くわす方が危険だ。マスターはオレ達に任せてナツを追ってくれ」

 

 リリーに言われて不安を感じながらフィール達にマスターを任せ、ウェンディと一緒にナツさんを追って森の中へと踏み入った。

 

 

 

 

 




 いつも終わり所が分からなくなります……もっと綺麗に終わりたい。
 ちなみに、テューズ達は水蒸気の風で崖から落ちたので、炎のダメージはありません。

 そして投稿ペースが落ちているのは申し訳ないです……ちょっと忙しくてあまり長い時間書いてられないんですよね、前に比べて睡眠時間も減りましたし……
 とは言え、お気に入りが減るのは結構辛いですね、まぁ自分が悪いんですけど……

 何か直して欲しい点などありましたら、どうぞ遠慮なく言って下さい。宜しくお願いします。



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妖精の双竜

 今回は戦闘回です。どう表現しようか苦悩しました……頭の中のイメージ通りに戦わせることが出来ない(涙 その為、当初予定していた内容を書きながら変更していきました。
 オリジナルの戦闘シーンは難しいです……



 

 

 

 

「えと……こっちかな……」

 

 走り去ってしまったナツさんの僅かに残った匂いを追って森の中を歩いているのだが、知らない匂いが多過ぎて判別が難しい。

 似たような匂いを追って進むと、細い道に出た。右側は急な斜面になっており、下の方に薄らと川が見える。

 

「結構歩き難いな……気をつけて、ウェンディ」

 

「う、うん……」

 

 隣の枝を掴みながら振り返って見ると、ウェンディは下を見て涙目で歩いている。

 足元が若干震えているのに気づいて手を差し伸べると、ウェンディは「ありがとう」と言いながら僕の手を握った。

 

「こういう高い所って、落ちた時を考えると怖くて――!?」

 

「ウェンディ!?」

 

 安心したウェンディは足を踏み外し、僕もウェンディに引っ張られて落ちそうになってしまう。

 掴んでいた枝のお陰で何とか耐え、道に戻ろうと右手に力を入れる。その瞬間、枝は僕達二人の体重に耐えられずに根本から折れてしまい、支えを失った僕達は坂道を転がって川に落ちてしまった。

 

「だ、大丈夫!?」

 

「うん……また私のせいで迷惑かけて……本当にごめんね……」

 

「い、いや、大丈夫だよ! 迷惑なんて思ってないから!?」

 

 落ち込むウェンディを狼狽えながら励ましていると、知らない人が僕達を見ている事に気づいた。

 

「ッ誰!?」

 

 ウェンディを手で庇い、警戒してその人を睨むと、その人はキョロキョロと周りを見て自分を指差す。

 自分のことだと思っていなかったらしい挙動不審な男に警戒心を高めて頷くと、男は「ウーウェ」と奇妙な声を上げながら僕達に近づいてきた。

 

「じ、自分は悪魔の心臓(グリモアハート)煉獄の七眷属が一人、華院=ヒカルッス」

 

「七眷属!?」

 

 その言葉に衝撃を受けて目を見開き、ウェンディを一瞥する。

 今この場に居るのは僕達だけで、運良く誰かが助けが来るとも思えない。僕達が戦うしかないという事はウェンディも分かっているらしく、目の動きだけで意思を交わして後ろへ跳び、華院=ヒカルから距離を取った。

 

「「"アームズ"! "バーニア"!」」

 

 華院=ヒカルと戦うために付加魔法(エンチャント)で身体能力を上昇させると、華院=ヒカルはビクッと体を仰け反らせてパチパチと瞬きをしている。

 

「な、なんすかそれ……? あぁ! 分かったッス! それが付加魔法(エンチャント)って奴ッスね!」

 

 自己解決した華院=ヒカルは四股を踏み、手招きをして僕達を煽る。

 少しの間様子を窺ってから体を低くして一気に走り出すと、僕の上をウェンディの咆哮(ブレス)が通過する。

 

「そんなもん……効かないッス!!」

 

「!?」

 

 華院=ヒカルは溜めを作り、張り手を放つ。直感的に危機感を感じて横に跳ぶと、張り手の風圧で咆哮(ブレス)が相殺されて消えた。

 

咆哮(ブレス)を素手で……!?」

 

「自分七眷属ッスから、強いッスよ?」

 

「ッ! ――海竜の鉤爪!」

 

 唇を噛み、自分を奮い立たせて華院=ヒカルに蹴りを放つが、華院=ヒカルはそれを片手で受け止めて放り投げる。

 

「テューズ!」

 

「いったぁ……」

 

 尻餅をついて体を起こすと、ウェンディが「痛む?」と聞きながら肩を貸してくれ、ウェンディの肩を掴んで立ち上がる。

 

「イチャイチャしおって……! ま、まぁ、自分は器の大きい男ッスから、子供がイチャイチャする位の事に嫉妬なんてしないッス」

 

「「イチャイチャなんてしてないです!!」」

 

 否定の言葉を叫んだものの、華院=ヒカルは「初心(うぶ)なんスね……自分そっくりッス」と言って頬を緩ませ、懐から人形を取り出した。

 

「これはノーロさんと言って、付けた髪の毛の持ち主を操れる呪殺魔法ッス。そしてここにさっき放り投げた時に取っておいた髪の毛が……」

 

 いつの間に髪の毛を取られたのかと驚愕していると、華院=ヒカルは紅色の髪をノーロさんの頭に取り付けた。その瞬間、体が何かに掴まれているかのように動かなくなる。

 

 華院=ヒカルがノーロさんを操作すると、体が自分の意思とは別に勝手に動き、ぎこちない動きでウェンディに近づいていって、何故かウェンディを抱き締めた。

 

「自分が二人の後押しをしてあげるッス」

 

「いや……別にそういうのじゃないですし……」

 

「そんなッ!? 折角後押ししてあげようとしたのに!?」

 

 華院=ヒカルは表情を驚愕に染め、次第にその表情は怒りへ変わっていく。

 

「騙したんスね……自分の純粋な心を!!」

 

 華院=ヒカルが僕の髪の毛をノーロさんから取り外し、自由になったためウェンディを放して華院=ヒカルに向き直る。

 それと同時に、華院=ヒカルは自分の髪を抜いてノーロさんに取り付けた。

 

「ノーロさんはこんなことも出来るんスよ……自分強化、"光源体"!」

 

 ノーロさんが発光すると共に華院=ヒカルも全身から光を放ち、手を引いて力を溜める。

 

「"シャイニングどどすこーい"!!」

 

「ぐっ!?」

 

 光を伴った張り手は僕達を吹き飛ばし、華院=ヒカルは自分の体を綿に変えて僕達の頭上まで浮遊すると、今度は体を鉄に変えて僕達目掛けて落下してきた。

 それを後ろへ跳んで回避して距離を取ろうとすると、華院=ヒカルは僕達を追いかけてくる。

 

「待つッス!」

 

 華院=ヒカルは両手で交互に張り手を繰り出しながら追ってきているのだが、誰も操作していないノーロさんが華院=ヒカルと同じ動きをしていることに気づいた。

 

「こうなったら自分から来てもらう事にするッス」

 

 そう言って華院=ヒカルはノーロさんから自分の髪を取り外し、僕の髪をノーロさんに付ける。

 先程と同じように体が動かなくなったが、それは上半身だけで下半身は自由に動く。

 

(やってみるしかない!)

 

 自分の推測を信じて何もない後ろに蹴りを放つ。するとノーロさんも僕の動きに連動して後ろに蹴りを放ち、華院=ヒカルの顔面に命中した。

 不意の攻撃を食らった華院=ヒカルは体を仰け反らせ、ノーロさんを手離してしまう。

 

 華院=ヒカルがノーロさんを手離した事によって上半身が自由になり、頭の上を手で払う。動きに連動したノーロさんも頭の上を手で払い、ノーロさんから僕の髪の毛が取れた。

 

「ウェンディ!」

 

「うん! 見様見真似――天竜の翼撃!!」

 

 風の渦と共に華院=ヒカルに迫っていき、ウェンディの風に巻き込まれないよう跳躍してウェンディと同じ様にナツさんの技を模倣する。

 思い出すのはザンクロウと戦っていたナツさんの姿。

 

「右手の水と左手の水を合わせて――」

 

 記憶の中のナツさんの動きに合わせ、水を纏った両手を目の前で合わせる。

 二つの水塊が合わさって球体になり、回転する水の球体を華院=ヒカルに全力で叩きつけた。

 

「――海竜の碧水!!」

 

 水の球体は、腕を交差させてウェンディの風を防ぐ華院=ヒカルに命中して爆発し、水は螺旋回転する半球体を作り出す。

 

「今のは中々効いたッスよ……」

 

 水が消滅すると華院=ヒカルが姿を現し、川に手を突っ込んで何かを探している。

 

「こうなったらノーロさんで一気に――あ、あれ? 確かこの辺りに……ちょ、ちょっと待ってるッス。この辺りに落とした筈……ノーロさ~ん?」

 

 華院=ヒカルはノーロさんを紛失したらしく、川の中を探るが、見つからない。

 ウェンディの暴風に水の爆発と螺旋回転。あれなら紛失するのも無理はないだろう。

 

「……効いてない?」

 

 全力で攻撃したというのに、未だノーロさんを探している華院=ヒカルには怪我はなく、ピンピンしている。

 多少のダメージはあったのだろうが、思っていた程のダメージではないらしい。

 

「テューズ、力を合わせよう」

 

「力を合わせるって……これ以上どうやって……?」

 

合体魔法(ユニゾンレイド)だよ」

 

 ウェンディは強い目線で僕を見つめて手を差し出してくるが、その手を掴むのに若干の抵抗がある。

 合体魔法(ユニゾンレイド)は一生かけても習得出来ない事もあると言われている魔法だ。更に僕達は試したことがないし、失敗すれば魔力の大部分が無駄に持っていかれる。

 

 つまり、これは賭けだ。たとえ成功したとしても華院=ヒカルを倒しきれなければ意味がない。

 だが、それでもこれしか手がない。他に華院=ヒカルを倒せる方法が思い付かない以上、やるしかない。

 

「……分かった。やろう」

 

「うん!」

 

 ウェンディの手を掴んで華院=ヒカルに向き直る。

 息を吐き、目を閉じる。意識、思考を魔法を発動させる事だけに集中させると、次第にウェンディの魔力を強く感じるようになった。

 静かに目を開くと頬を風が撫で、周辺の川から水の柱が立っている。

 

「な、なんすかそれ……」

 

 華院=ヒカルが此方に気付き、冷や汗を浮かべて後退りする。

 腕を引いて繋いでいた手を離すと手と手の間に水と風の魔力が集まって合わさり、川は波打って周囲の風が強まった。

 

「な……ド、ドラゴン!?」

 

 荒れ狂う水と風は華院=ヒカルに二頭の竜を幻視させ、華院=ヒカルは初めて見た竜の迫力に顔を引き攣らせる。

 

「ま、待っ――」

 

「「――海空竜蒼波(みくうりゅうそうは)!!」」

 

 突き出した手から水と風の混合した波動が放たれた。波動は華院=ヒカルを飲み込むが、華院=ヒカルは腕を交差させて踏ん張り、波動を押し返そうと前進し始める。

 

「うぉぉぉぉぉぉ!!!!」

「はぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

「ぬぬぬぬ……!!」

 

 雄叫びを上げて更に魔力を解放すると波動が太くなって勢いが増し、華院=ヒカルは耐えられずに完全に波動に飲み込まれる。

 飲み込まれた華院=ヒカルの足は中に浮き、波動と共に川を越えて岩壁に衝突して岩壁に大きな罅を入れた。

 

「ウー……ウェ……」

 

 白目を剥いた華院=ヒカルは意識を失って倒れ、その上に崩れた岩壁の瓦礫が積み重なる。

 

「……やった……」

 

「倒した……」

 

 華院=ヒカルを倒した安心感で体中から力が抜けて膝をつき、失った魔力を川の水を食べて回復させていると、僕達を呼ぶ声が耳に入ってきたので驚いて振り返る。

 

「ハッピー! ナツさんにルーシィさんも!?」

 

 どうしてここに居るのかと尋ねると、ナツさんは不機嫌そうに鼻を鳴らし、ルーシィさんは肩を縮めてしまう。

 

「ルーシィのせいであいつに逃げられたんだ」

 

「「あいつ?」」

 

「わざとじゃないわよ! 私だってカナが居なくなって焦ってたんだもん!」

 

 何でも、ナツさんが敵と戦っているときに飛び出してきたルーシィさんがナツさんに衝突し、その隙に敵が逃げてしまったらしい。

 

「でもナツも結構苦戦してたし、あのまま戦ってたらヤバかったんじゃない?」

 

「全然苦戦なんてしてねーし! 次に会ったら絶対ぶっ飛ばすぞ!! ごらぁぁぁ!!」

 

 ハッピーにそう言葉を返す隣で、ナツさんが雄叫びを上げながら上空に炎を吐き出している。

 そんなナツさんを他所に、ルーシィさんにここで何をしていたのかと聞かれ、ウェンディと事情を説明する。

 

「ノーロさんか……結構面倒そうね……」

 

「でも七眷属の一人を倒したんでしょ? 二人共凄いよ!」

 

 ハッピーに褒められて照れていると、ナツさんが「やるじゃねぇか!」と言って僕の頭を乱暴に撫でてくれた。

 ナツさんは僕の頭から手を離すと笑顔で手を差し出し、ナツさんとハイタッチした。

 

「で、二人共ナツを追ってきてたのよね? ナツとは合流出来たんだし、シャルル達の所へ行きましょ?」

 

 ウェンディとハイタッチしていたルーシィさんの言葉に頷いて同意し、シャルル達の元へ帰ろうと足を踏み出した時、突然ルーシィさんが派手に転んだ。

 「ルーシィだっせぇ!」と大笑いするナツさんに、転んだ体勢から動かないルーシィさんは体が勝手に転んだと反論するが、ナツさんはそんな訳ないと更に笑う。

 

「うぅ……どうなってるのよ……!」

 

「うぷぷぷぷ……」

 

 涙目のルーシィさんの頭上から笑い声が聞こえ、視線をそちらに移すとハッピーが片手で口を押さえながらルーシィさんの頭上を飛んでいた。

 

「見て見てルーシィ。そこで拾ったノーロさん」

 

 ハッピーの手に握られているのは金色の髪が付いたノーロさん。ノーロさんはルーシィさんが転んだ時の体勢を取っており、それを見たルーシィさんは目を吊り上げてハッピーに飛びかかる。

 

「こんのバカ猫!!!」

 

「えい」

 

「いだだだだ!! 死ぬ! これ以上はあたし死ぬって!!」

 

 ハッピーがノーロさんを仰け反らせた影響でルーシィさんも体を仰け反らせるが、その姿勢は見るからに無理がある。

 ルーシィさんの言葉を聞いたハッピーは「仕方ないなぁ」と言って地面に降り、ブレイクダンスと言ってノーロさんの頭を地面に付けて回転させる。

 

「いやぁぁぁ!!!」

 

「更に更に、グラビアの、恥ずかしポーズ、三連発」

 

「やめてぇ~!」

 

 ノーロさんと同じ様にポーズを取るルーシィさんを見たハッピーは「ルーシィ結構楽しんでる?」と問うが、それはすぐにルーシィさんに否定される。

 

「ハッピーそれおもしれぇな! オレにも貸してくれよ!」

 

「あい!」

 

「あたしを玩具にするなァァァ!!」

 

 結局ノーロさんはルーシィさんによって遠くに放り投げられ、ナツさん達は渋々ノーロさんを諦めた。

 それらを苦笑いを浮かべて眺めていた僕達はルーシィさんにシャルル達の所へ戻ろうと提言し、今度こそシャルル達の所に戻るために歩を進めた。

 

 

 

 

 

 




 という事で、華院=ヒカルとの戦闘回でした。
 合体魔法(ユニゾンレイド)は当初川空竜蒼波(せんくうりゅうそうは)だったのですが、海竜なのに川っていいのか? と思い変更しました。ただ川空の方が語呂はいいんですよね……

そしてオリジナル展開だったせいか、いつもより字数は少なかったです。


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妖精の輝き

 極・ 魔法乱舞をやっているのですが、丁度天狼島のイベントが来てますね。
 ウルティアだけ金箱から出なさすぎる……(泣 やはり周回はゲームの基本なんですかね?




 

 

 

 マスターの元へ戻る道中、ルーシィさんから悪魔の心臓(グリモアハート)の目的について知らされた。

 悪魔の心臓グリモアハートはゼレフを使って世界を変えようとしているらしく、ゼレフはナツさん達から逃げた女の人が連れ去ったらしい。

 その女の人は、ゼレフを悪魔の心臓グリモアハートのマスターの元へ連れていくとナツさんに語っていたようで、今後の方針としては何処かに停泊している悪魔の心臓グリモアハートの船を目指すとのことだ。

 

「さぁハッピー! さっきは見つからなかったけど、ここからなら見つけられるかも知れないわ! もう一度探してきて!」

 

 空を指差してルーシィさんがハッピーに指示するが、ハッピーの「魔力切れちゃった」と言う返答を聞いてルーシィさんの表情が固まる。

 

「き、切れたって、なんでよ!?」

 

「ルーシィがノーロさんを奪うためにオイラの事を追いかけ回したからだよ?」

 

 自分のせいだと言われたルーシィさんは「あたしのせいなのかしら!?」とツッコミを入れ、ナツさんがため息混じりにマスター達の元へ戻ればいいと二人に提言する。

 

「彼処ならシャルル達も居るし、元々シャルル達にも探してもらうつもりで戻ってんだ。急ぐぞ」

 

 ナツさんに正論を言われ、ため息までつかれた事にショックを受けてはいるが、ルーシィさんもハッピーもその意見に賛成のようで、マスター達のいる広場まで移動を始めた。

 木々が薙ぎ倒され開けた場所に出るとマスターを看るシャルル達の姿が見え、声をかけるとシャルル達も僕達に気づいて振り返る。

 

「ルーシィも居ましたか……カナは居ないんですか?」

 

「ちょっとはぐれちゃったみたいで……マスターの具合は?」

 

 フィールの言葉にルーシィさんは少しだけ表情を曇らせたが、すぐに表情を変えてマスターを心配する。ルーシィさんに尋ねられたシャルルは起きる気配のないマスターを見つめて口を開く。

 

「やはり傷が深すぎるようですね」

 

 マスターの様子を看ていたリリーが、これだけ傷が深くても命の危険は感じない事を不思議に思って問うと、フィールが「聖地と呼ばれているようですし、何か加護があるのかも知れませんね」と返答した。

 

「何処に行ってたんだ、この野郎」

 

「……この人が、評議員のメスト」

 

 警戒するルーシィさんに、本当の名はドランバルトだと語りながらメストさん改めドランバルトさんが近づいていき、隣に居るウェンディに視線を移す。

 

「心配しなくていい、オレはお前達を助けに来た。オレの魔法があれば、妖精の尻尾(フェアリーテイル)のメンバーだけをこの島から脱出させることが出来る。何とか全員の居場所が分かれば――」

 

「お断りしますってやつだ!」

 

 説明するドランバルトさんの言葉を遮ってナツさんは提案を断り、口を尖らせてそっぽを向いてしまう。

 ナツさんに続いて、リリーもギルドの問題は自分達で片付けると言い、シャルルやフィールもリリーに同意する。

 

「そうじゃない! 今のこの状況を本部に知られたら、島への攻撃も有り得るって話だ!」

 

 攻撃と言う言葉に反応してルーシィさんの顔が青くなるが、確かに島への攻撃は有り得る話ではあると思う。

 噂によると現評議院は妖精の尻尾(フェアリーテイル)を危険視しているらしいし、バラム同盟の一角である悪魔の心臓(グリモアハート)の主力メンバー達に加え、歴史上最も凶悪だった言われている黒魔導士ゼレフまでもがこの島に居る。

 評議院からすれば、3つの問題を一度に片付けられる絶好の機会だ。恐らく確実に攻撃してくるだろう。

 

「んなもん、評議院が攻撃してくる前に方を付ければいいだけだ」

 

 ドランバルトさんの手を借りるつもりはないらしいナツさんに、ドランバルトさんはマスターがやられた以上妖精の尻尾(フェアリーテイル)に勝ち目はないと言って必死にナツさんの説得を試みる。

 

「この島は私達のギルドの聖地。初代マスターのお墓もあるんです!」

 

「そこに攻撃するなんて……」

 

「そんな事したら、みんなただじゃおかないわよ!」

 

 今までもこうしてギルドを守ってきたんだとハッピーもドランバルトさんに言い返し、ルーシィさん達に睨まれてドランバルトさんの顔が怒りに染まっていく。

 そして、ドランバルトさんは魔導士ギルドが評議員を脅すのかと激昂するも、その言葉を聞いたナツさんが青筋を立ててドランバルトさんに顔を近づけ、間近で怒気を含んだ鋭い視線を向ける。

 

「いいかよく覚えとけ、悪魔の心臓(グリモアハート)だろうが評議院だろうが関係ねぇ! ギルドに手を出す奴等は皆敵だ。全て滅ぼしてやる!!」

 

 ナツさんの気迫にドランバルトさんは何も言うことが出来ず、場を沈黙が支配する。

 二人が静かに睨み合っていると、徐々に暗雲が空を覆って空模様が怪しくなってきた。

 

「この空気……空が荒れそうですね……」

 

 空気で天候が分かるウェンディは何かを感じたらしく、不安げに空を見上げてそう呟いた。

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

 ウェンディの言った通りに雨が降りだし、僕達は近くの遺跡に避難した。

 そこでシャルル、フィール、リリーに周辺を探索して来てもらっている。

 雨で濡れた服を着替えると言ってルーシィさんとウェンディが奥へ消えていった為、現在僕はナツさんと一緒に入り口から外を眺め、シャルル達の帰りを待っていた。

 

「雨、止まないわね」

 

 着替えを済ませたルーシィさんが後ろから僕達に声をかけ、その後ろからはシャルル達を心配するウェンディの声も聞こえてくる。

 その時、雨の中を飛ぶ二つの影が見えた。

 

「あ、フィール! シャルル!」

 

 草の帽子を被った二人にリリーはどうしたのかと聞くと、途中で僕達のキャンプがあったらしく、ガシルさんとミラさんが重体の為リリーはそこで降りたらしい。

 

悪魔の心臓(グリモアハート)の船は、その更に東の岸にありました」

 

「オレ達のキャンプか……」

 

「ねぇ、一旦そこまで行かない?」

 

 カナさんや他のみんなが居るかもしれないと言うルーシィさんに同意し、みんなと合流するためにキャンプに向かうことになった。

 

「よし行こう。じっちゃんはオレが……」

 

 ドランバルトさんの前で眠っているマスターをナツさんが背負うと、ドランバルトさんは気まずそうに視線を逸らす。

 そのドランバルトさんにナツさんは評議院を止めてほしいと頼み、僕達も悪魔の心臓(グリモアハート)やゼレフは何とかするから島への攻撃を止めてほしいと説得するが、ドランバルトさんは出来るわけないと言って僕達の頼みを断った。

 

「じゃあ時間を稼ぐだけでいいや、頼むぞ」

 

「違う! そっちじゃない! 今お前達の置かれている状況を、どうやったら打破できると言うんだ!」

 

 ドランバルトさんの言葉に全力でやるだけだとナツさんは言い放ち、遺跡に残るドランバルトさんに背を向けて、僕達はキャンプを目指して雨の中を進み始めた。

 

 キャンプに向かって走っていると、前方に一ヶ所、人一人分程の範囲だけ雨が強く降っている場所があることに気づく。そしてその豪雨の中心に一つの人影があった。

 

「誰か居るぞ……!」

 

 ナツさんの一言で全員が警戒して構えを取ると、豪雨の中を歩いて来るその人物が凄まじい魔力を放ち始めた。

 その魔力の高さに全員が驚愕する中、その男は「飛べるかな?」と呟いて両手を僕達に向ける。

 

「……いや、まだ飛べねぇな」

 

 男がそう言うと激しかった雨は一変して雨粒が空中で止まり、男の「落ちろ」と言う言葉と同時に僕達の周辺の重力が変化して、僕達の居る地面のみが沈んでいく。

 

「重力……!?」

 

 重力で起き上がることが出来ず、成す術もない僕達を男――ブルーノートは眉ひとつ動かさずに眺めている。

 地面がある程度まで沈むと重力が先程よりも軽くなるが、それでも体を起こせるようになっただけで状況は悪いままだ。

 

「オレはよ、妖精の尻尾(フェアリーテイル)もゼレフもあまり興味ねぇのよ。だけど一つだけ欲しいものがここにあるんだ……妖精の尻尾(フェアリーテイル)初代マスター、メイビス・ヴァーミリオンの墓は何処だ」

 

「し、知らないわよ! 私達だって!」

 

 ブルーノートが初代マスターの墓を探している為、二次試験と何か関係があるのかと思考すると、ハッピーが「分かった!」と声を上げる。

 

「お前もS級魔導士になりたいんだな! でも妖精の尻尾(フェアリーテイル)には入れてあげないぞ!」

 

 ブルーノートを指差して叫ぶハッピーにシャルルとフィールはため息をもらした刹那、ハッピーの頭上に魔法陣が出現してハッピーは再び地面に叩きつけられた。

 

「ふざけてるのはそっちでしょ!? お墓は私達にとって神聖な場所! たとえ知ってても、あんたなんかに絶対教えな――!? ぐっ!!」

 

「ルーシィ!」

「「ルーシィさん!」」

 

 ルーシィさんは一度重力を消されて浮遊し、直後ハッピーと同じ様に地面に叩きつけられる。

 ナツさんはルーシィさんを一瞥してブルーノートを睨み、ブルーノートは依然片手を僕達に向けたまま静かに睨み返す。

 

「妖精の輝き……フェアリーグリッター。妖精の法律(フェアリーロウ)に並ぶとも言われている、てめぇ等のギルドの三大魔法の一つだろ?」

 

「なんだよそれ……知らねっつうの――ぷぎゃ!?」

 

 返答したナツさんも重力によって地面に叩きつけられ、身動きがとれなくなってしまう。

 

「その輝きは敵の存在を許さない無慈悲なる光……オレはその魔法が欲しい」

 

 腕を組んで僕達を見下ろすブルーノートをナツさんは睨み、重くのし掛かる重力に逆らって必死に体を起こそうと力を入れる。

 

「オレは……イグニールの子だァ! 簡単に地面に落とされる訳には…………いか、ねぇんだよぉぉ!!」

 

「走った!」

 

「この重力下で!?」

 

「流石……」

 

 ナツさんは立ち上がって走りだし、その事に驚愕する僕達を他所にナツさんは腕と足に炎を纏って、雄叫びを上げながら飛躍する。

 

「メイビスの墓に封じられてるらしいな……その場所を教えてくれんかね?」

 

「火竜の――のわぁ!?」

 

 飛躍してブルーノートに一撃入れようと腕を引いたナツさんは一瞬で僕達の後ろへ吹き飛ばされた。

 

「っ! ……なんなの……こいつ!!」

 

 一歩も動かずにナツさんをあしらったブルーノートに、ルーシィさんは顔を歪ませる。

 ブルーノートは僕達を順々に見回していき、倒れているマスターに気づくと「こいつに聞けばよかったのか」と言って片手をマスターに向けた。

 

「やめろ!! じっちゃんに手を出してみろ! ただじゃおかね――ぐわっ!?」

 

 体を起こして吼えるナツさんの頭を地面に叩きつけ、続いて僕達も重力で押さえつけられる。

 

「キャンキャン喚くんじゃねぇよガキ共。それとも一気に圧し潰してやろうか? あァ?」

 

 

 今まで僕達を見下ろしていたブルーノートは重力によって沈んだ地面に飛び降り、何も言わずにマスターに向かって歩いていく。

 重い体を何とか起こし、ルーシィさん達とマスターを庇うようにしてブルーノートの前に立った時、叫び声が響き渡り、全員が動きを止めた。

 

 

「お前かぁぁぁ!!!」

 

 

 現れたカナさんにブルーノートは不快そうに振り向くと、カナさんはトランプカードを投擲した。カードは光を纏ってブルーノートに迫るが、重力によって軌道を真下に逸らされてしまう。

 

「これ以上仲間を傷付けるんじゃないよ! 妖精の(フェアリー)――!!」

 

 カナさんの右腕の紋章が光り輝き、その光を放つ直前にカナさんは地面に叩きつけられてしまった。

 ブルーノートはカナさんの腕の紋章を見て驚きを露にし、僕達もあれが妖精の輝き(フェアリーグリッター)だと知って驚愕する。

 

「ルーシィ、置いていっちゃってごめんね……弁解の余地もないよ……本当にごめん……だけど今は私を信じて。こいつにこの魔法が当たりさえすれば、確実に倒せる!」

 

 立ち上がったカナさんは右腕の紋章を見せてそう言い放ち、ルーシィさんは喜びを見せる。

 一方ナツさんは、カナさんが妖精の輝き(フェアリーグリッター)を持っていることからカナさんが初代マスターのお墓に行ったと知ってショックを受けている。

 

「ま、まさか試験は……」

 

「今はその話置いとかない? こいつを倒すために協力して、ナツ!」

 

 カナさんが魔力を溜める間、ブルーノートを引き付けるよう頼まれたナツさんは「ぐぬぬ……」と唸りながらも了承したが、ブルーノートは僕達とカナさんに手を向けて双方を吹き飛ばす。

 

「オレの重力下で動ける者など居ねぇのさ」

 

 そう言うと重力が更に強められて、言葉通りカナさんも動けなくなった。ブルーノートは少しずつカナさんに歩み寄る。

 

「まさか探してた魔法が向こうからノコノコやって来るとはな。……妖精の輝き(フェアリーグリッター)。その魔法はオレがいただく」

 

「この魔法はギルドの者しか使えない……お前らには使えないんだ!」

 

 苦しげな表情で睨むカナさんの言葉にブルーノートは足を止め、冷たい表情でカナさんを見下ろす。

 

「魔の根源を辿れば、それはたった一つの魔法から始まったとされている。如何なる魔法も、元はたった一つの魔法だった。魔導の深淵に近づく者は如何なる魔法も使いこなす事が出来る」

 

 片手を向けられたカナさんの重力が変化し、カナさんの足が宙に浮いて地面に着かなくなると、全方位から重力をかけられてカナさんの悲鳴と骨が軋む音が響く。

 

「逆に聞くが小娘、てめぇの方こそ妖精の輝き(フェアリーグリッター)を使えるのかね?」

 

「当たり前……だ……!!」

 

「太陽と月と星の光を集め濃縮させる、超高難度魔法……てめぇ如きに使えるわけねぇだろうが!!」

 

 ブルーノートは目を見開いてカナさんに向けていた手を握ると、メキメキという音が大きくなり、カナさんは上を向いて呻き声を上げる。

 

「安心しろ、その魔法はオレが貰ってやる」

 

 苦しむカナさんを見てナツさんは地面に頭突きをかまし、ナツさんが頭を地面に埋めた。

 ナツさんはその状態で咆哮(ブレス)を放ち、地中を通して炎をブルーノートに直撃させた。

 炎に呑まれたブルーノートは「邪魔だ屑が!」と叫び、振り向きざまに僕達諸共吹き飛ばす。

 

「ナイス、ナツ!!」

 

「いけぇぇぇぇ!!!!」

 

 ナツさんに気を取られてカナさんにかけられていた魔法が解除され、その隙にカナさんは腕に魔力を溜めて空に掲げた。

 

「私にはこの魔法が使える! ――集え! 妖精に導かれし光の川よ!」

 

 詠唱と共に腕の紋章が輝き、カナさんの周囲から黄金の輝きが空へと向かう。

 輝きは暗雲を突き抜けて更に上昇すると、暗雲の所々から輝きが漏れて幻想的な景色を作り上げた。

 

「――照らせ、邪なる牙を滅する為に! 妖精の輝き(フェアリーグリッター)!!!」

 

 星々の魔力で上空に光の輪が形成され、カナさんが掲げていた腕をブルーノートに向けた瞬間、光輪はブルーノートを囲んで凄まじい輝きを放つ。

 光輪は敵を滅する為に収束していき、ブルーノートの体を締め付けた。

 

「ぬぁぁぁぁぁ!!! 落ちろぉぉぉ!!」

 

 ブルーノートが地面に手をかざして光輪を地面に叩きつけた。地面から光が放出されてカナさんや僕達を吹き飛ばす。

 

「この程度で妖精の輝き(フェアリーグリッター)だと? 笑わせんな。いくら強力な魔法でも、術者がゴミだとそんなもんか……あァ?」

 

 妖精の輝き(フェアリーグリッター)を防がれて絶句するカナさんにブルーノートが近づいていき、カナさんが目に涙を浮かべる。

 

「知ってるかね、殺した後でも魔法を取り出せるって……オレは今日も飛べなかった。お前は地獄に落ちろ」

 

 肩を震わせて俯いているカナさんを殺すために、ブルーノートは片手を向けて魔法を放つ。

 しかし、それはカナさんを守るようにして現れたギルダーツさんの魔法によって粉砕され、勢いそのままにブルーノートを吹き飛ばした。

 

「ギルダーツだぁ!」

 

 ナツさんやハッピーが声を上げて歓喜し、僕達もギルド最強の魔導士であるギルダーツさんが来てくれたことに安堵する。

 喜ぶナツさん達とは別に、ギルダーツさんは今まで見たことのない激怒の表情でブルーノートを睨み付けていた。

 

「……ここを離れろ」

 

 ギルダーツさんはそれだけ告げると魔力を放出し、ブルーノートも同様に魔力を放出する。

 目視できる程に強大な二人の魔力によって周囲の瓦礫は浮かび上がり、静かな睨み合いが続く。

 

「行け!!」

 

 そう叫ぶと同時にギルダーツさんは駆け出した。ブルーノートは走るギルダーツさんの足元の重力を反転させて地面を抉り、半球型に抉り取られた地面はギルダーツさんを乗せて宙に浮く。

 

「ひっくり返った!?」

 

 逆さのギルダーツさんは足元の地面を分解、瓦礫を蹴ってブルーノートへ跳ぶ。ブルーノートもギルダーツさんに向かって跳躍し、空中で二人の拳がぶつかり合う。

 風圧は僕達全員を吹き飛ばす程で、ブルーノートは自身がギルダーツさんに押し負けた事に驚愕しながら上着を脱ぎ捨てる。

 

「言われた通り、ここを離れた方がいいと思うんですけど……」

 

「巻き込まれたらまずいですよ……」

 

「うん……だけど……」

 

 ルーシィさんが不安げに隣のカナさんを見ると、カナさんは「行こう、私達が居たらギルダーツの邪魔になる」と俯いたまま告げ、ルーシィさんは表情を曇らせたまま頷いて同意した。

 

「行くわよナツ!」

 

 目を輝かせるナツさんの腕をルーシィさんが引っ張り、僕は眠っているマスターを背負ってキャンプに向かう。

 ギルダーツさんを見つめたまま動かないカナさんにハッピーが声をかけ、ブルーノートをギルダーツさんに任せて邪魔にならないように急いでその場を離れた。

 

 

 

 




 相変わらず終わり所が分からない……
 次ではハデス戦まで書ければいいな……と思っています。
 ブルーノートですが、天狼島編ではこんなに強いのに8年後では……ナツの成長速度が凄すぎる……!

 ――追記――

 誤字修正でバグ……なんですかね? また同じ文が続くような表示になってしまい、修正はしましたが見落としがあるかもしれません。
 「あれ? 何かここおかしくね?」と思う所があれば、報告していただけると助かります。



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雷鳴響く


 最近余り執筆の時間が取れず、結構一気に書いたんですよね。
 なので後半は集中力が切れて雑になってるかもです。すみません……




 

 

 

 

「テューズ、オレがじっちゃんを背負う。無理すんな」

 

 そう言ってナツさんはマスターを背負って歩き始めるが、ナツさんは何度か振り返って「喧嘩がどうなるか見てぇのに……!」と愚痴を漏らした。

 

「今は他のみんなと合流するのが先よ!!」

 

 ルーシィさんは負傷したカナさんを支えながらツッコミを入れ、ハッピーはナツさんに呆れて目を細めてルーシィさんに同意している。

 

「キャンプに行けば、みんなが居るかもしれない。一刻も早く体勢を立て直さないと……」

 

「ドランバルトも協力してくれているといいんですがね……」

 

「知らないわよ。あんな奴」

 

 真剣な面持ちで呟かれたシャルルの言葉に、フィールは不安げにため息をつきながら言葉を返す。

 ドランバルトの事が気に入らないらしいシャルルは、ドランバルトと言う名前を聞いて視線を逸らした。

 

「カナ、大丈夫?」

 

「うん……ありがと……」

 

 カナさんの身を案じるルーシィさんに、カナさんはいつもの姿からは想像出来ないような弱々しい声で答え、視線を落とす。

 その様子にルーシィさんは不安を覚えたが、カナさんの言葉を信じることにしたようで何も言うことはなかった。

 

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 

 その後、やはりカナさんは相当無理をしていたようで気を失ってしまい、ルーシィさんはカナさんの腕を肩にかけながら駆ける。

 ルーシィさんだけではない。ナツさんも、僕も、ウェンディも、轟音と共に地響きを立てながら倒れる天狼樹を背に走っていた。

 

「急いでキャンプに戻んねぇと――あ、あれ?」

 

 突然膝をついたナツさんの異変に気づき、どうしたのかと口を開くよりも速く、体中の力が抜けていく感覚に襲われる。

 

「なに……これ……」

 

 力が抜けた体は酷く重く感じ、重力に従って体は地面に張り付いてしまう。

 ウェンディ達は勿論、ハッピー達エクシードも例外なく力が抜けて倒れている。

 

「誰か……動ける……?」

 

「ダメ……何でか分からないけど、魔力が勝手に抜けていく……」

 

「天狼樹が倒れたことと何か関係が……」

 

 ルーシィさんの問いに答えたのはシャルルとフィール。二人の耳は力なく垂れており、隣のハッピーは目を回している。

 

「やべぇぞ、じっちゃんの息が浅くなってる……くそ、どうなっちまってんだ。他のみんなは無事なのかよ……」

 

 背後のマスターを見てナツさんは少しでもキャンプとの距離を縮めようとするが、今の状態では人一人を背負って一歩でも進むことは叶わない。

 

 全身の筋力が低下して目が霞んでいるこの症状は魔力欠乏症と同じ。

 シャルルが言うように何故か魔力を吸われているこの状況からすれば、魔力欠乏症に陥って当然だろう。

 

 しかし、そうして動けない状態のまま時が経過していくと、倒れた天狼樹が光輝いて僕達を照らす。

 すると失われた魔力が戻り、ナツさんはニヤリと口角上げた。

 

「戻ってきた……力が戻ってきたぞ!!」

 

 拳を握ってナツさんは立ち上がり、僕は魔力が吸われたのは何だったのかと疑問に思うと、フィールがナツさんを横目に言葉を返す。

 

「分かりませんが、今はキャンプに戻るのが先決。今ので時間を使ってしまいましたし、急ぎましょう」

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

「ぬぉぉぉ!! 急げ急げ!」

 

 目を吊り上げて走るナツさんに、ルーシィさんが「ちょっとペース早すぎない?」と問うも、ナツさんはマスターの事もあるし、キャンプに戻らないと他のみんながどうなっているのか分からないと反論する。

 

「オイラもうダメ……お腹が空いて歩けないよ……」

 

「ちょっと猫ちゃん? 今の状況分かってる上での台詞でしょうね!?」

 

「病は気からと申しますし……」

 

 膝をつくハッピーにルーシィさんがツッコミを入れると、ハッピーは顔を上げる。

 ハッピーの言葉を聞いたナツさんも「そういやオレも最後に火食ったのは滅神魔導士《ゴッドスレイヤー》ぶん殴った時位だ」とハッピーの意見に同意する。

 

「そりゃあまぁ私だって……カナ、意外と重いし……」

 

「カナさんが気を失ってるからって、そんな恐ろしい事を……」

 

「絶対カナさんには聞かせちゃダメだ……」

 

 カナさんが起きていた場合を想像して身震いする僕を他所に、ハッピーは「オイラだけじゃないじゃん……」と口を尖らせる。

 

 結局キャンプについてから何か食べればいいと言う事になってキャンプに向かうと、テントが見えてきた。

 

「ど、どうなってんだ、こりゃ……」

 

「みんな……!」

 

 テントの中にはガジルさん、ミラさん、エルフマンさん、エバーグリーンさんの四人が包帯等の手当てをされて眠っていた。

 

「僕達で治します!」

 

「すぐに治癒魔法で――」

 

「ナツ」

 

 言葉を遮ったのはリサーナさん。ナツさん達はリサーナさんが無事だった事に安堵し、リサーナさんは僕達を見て首を横に振った。

 

「この人数よ、二人共無理しないで」

 

「それにあんた達、今日は魔法使いっぱなしよ? 少し休まないと」

 

 実際、七眷属と戦った僕達は4人を治癒しきれるかと言うと難しい。

 心中で4人に謝罪し、回復係としてここに来たのに回復してあげられない自身の不甲斐なさを呪いながら、出しかけた手を引く。

 

「リサーナ、何があった」

 

「ここがアイツに襲われたの」

 

 ナツさんの問いに、リサーナさんは後ろに倒れている男を横目で見る。

 リーゼントヘアで眼鏡をかけた男は気絶しており、その体は雨に打たれていた。

 

「そのあと、よく分からないけど急に魔力が無くなってきて……危なかったけど、フリードとビックスローが戦ってくれたんだ。 でも、その前からみんなあちこちで傷を負ってて……気が付いたら……こんな事になってて……」

 

「リサーナ、泣いちゃダメだ! 元気なオイラ達が泣いちゃダメなんだよ!」

 

 涙を浮かべて語るリサーナさんに向けられたハッピーの言葉に、シャルルやルーシィさんは笑みを浮かべている。

 そうだよね、と言ってリサーナさんが涙を拭うと、ナツさんは拳を鳴らし、眉間に皺を寄せる。

 

「許さねぇ……絶対許さねぇ……」

 

 静かに怒るナツさんに、リリーは悪魔の心臓(グリモアハート)の戦艦がこの東の沖にあると教えてくれ、攻めと守りの二つのチームに分けたらどうかと提言する。

 

 リリーの案を採用し、体力回復の為にキャンプで少しの間休んでいるとナツさんが立ち上がった。

 

「さてと……ハデスを倒しに行くぞ。ルーシィ! ハッピー!」

 

「あ、あたしも?」

 

「あい! 同じチームでしょ?」

 

 ルーシィさんは自分よりフリードさん達の方がいいと意見を述べるが、フリードさん達は術式で守りを固めるらしい。

 

「私もナツさん達と行きます!」

 

「サポートは任せてください!」

 

 僕達を見てナツさんは頷き、リリーもガジルさんの仇を取るために一緒に来ると言う。

 リサーナさんとレビィさんはここに残る防御側。

 

「これで決まったな」

 

「みんなの事は必ず守る!」

 

「ルーちゃん、気を付けてね」

 

 レビィさんに声をかけられたルーシィさんは拳を握り、「だいぶ魔力が回復してきた!」と言って気合を入れている。

 

「残る敵はハデスのみ」

 

「最後の戦いになりそうですね」

 

 みんなの士気が上がってくると、ナツさんは「行くぞ!」と言いながら戦艦に向かって駆けていき、僕達も後を追う。

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

 道中、グレイさんとエルザさんの二人と合流した僕達は悪魔の心臓(グリモアハート)の戦艦にたどり着き、その上から僕達を見下ろすハデスを睨み付ける。

 

「三代目妖精の尻尾(フェアリーテイル)。来るがよい! マカロフの子らよ!」

 

 それだけ述べてハデスは船内に消えていき、ナツさんやグレイさんはハデスの態度に苛立ちを覚えている。

 

「あの人を懲らしめてやれば、この島からみんな出ていってくれるよね」

 

「うん、絶対勝とう」

 

 ウェンディにそう言葉を返していると、ナツさんがハッピー達に船の動力源を破壊するように頼む。

 「万が一船が動いたらナツが大変だもんね!」とハッピーに言われ、視線を逸らすナツさんにトロイアをかけておく。

 

「そろそろ始めようか……行くぞ!」

 

 グレイさんは氷の階段を造形して先程ハデスが居た場所まで道を繋ぎ、エクシード隊は船底から侵入し、僕達は階段を駆け上がる。

 

「相手はマスターをも凌駕するほどの魔導士。開戦と同時に全力を出すんだ!」

 

「持てる力の全てをぶつけてやる!」

 

「後先の事なんて考えてられない!」

 

「やっとアイツを殴れんだ、燃えてきたぞ!」

 

 ナツさんは拳に炎を纏い、ハデスの名を叫びながら飛躍して拳を突き出し、その拳から炎放出される。

 

「オレ達妖精の尻尾(フェアリーテイル)の力を思い知れ!!」

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)の力?」

 

 ナツさんを鼻で笑い、ハデスは片手を炎に向けた。すると炎はハデスを避けるようにして左右に割れるが、その隙にエルザさんとグレイさんがハデスとの距離を詰め、ルーシィさんは金色の鍵を振りかざす。

 

「天輪・三位の剣(トリニティソード)!」

 

氷聖剣(コールドエクスカリバー)!」

 

「開け、金牛宮の扉! タウロス!」

 

 エルザさん、グレイさん、すれ違いざまにハデスを切り付け、タウロスさんは二人とタイミングをずらしてハデスに斧を叩き付ける。

 

「「全員の魔法に攻撃力、防御力、スピードを付加(エンチャント)!」」

 

「「アームズ、アーマー、バーニア!!」」

 

 付加魔法(エンチャント)によって能力が上昇したエルザさんとグレイさんは、凄まじい速度でハデスに斬りかかる。

 二人の連撃を躱したハデスは掌から白色の鎖を出現させてエルザさんの首に巻き付け、腕を振るってエルザさんをグレイさんにぶつけて吹き飛ばす。

 

「――火竜の翼撃!!」

 

 ハデスは真上から攻撃を仕掛けてくるナツさんを後ろへ飛んで避け、ナツさんの項に鎖を付けて振り回すが、エルザさんが鎖を断ち切った。

 

「ナツ!」

 

「ナツさん!」

 

「おう!」

 

 グレイさんは造形したハンマーをタウロスさんの斧と合わせ、ナツさんはそこに着地、同時にグレイさん達は武器を振るってナツさんをハデスを投げ飛ばす。

 

「天竜の――」

「海竜の――」

 

「「――咆哮!!」」

 

 ウェンディの咆哮(ブレス)と合わさってナツさんの周囲を囲み、水は蒸発して水蒸気となって風と共にナツさんを加速させる。

 加速したナツさんは全身に炎を纏い、回転しながらハデスに頭突きを繰り出す。

 

「――火竜の劍角!!」

 

 ハデスは吹き飛ばされて壁に衝突し、粉塵が舞い上がる。

 倒したのかと凝視していると、立ち込める粉塵の中から無傷のハデスが姿を現した。

 

「人は己の過ちを経験等と語る。しかし本当の過ちには経験等残らぬ……私と相対すると言う過ちを犯したうぬらに、未来等無いのだからのう」

 

「そんな!?」

 

「全く効いてないの!?」

 

「こっちは全力出してんだぞ!」

 

「魔力の質が……変わった!?」

 

 無傷のハデスに全員に衝撃が走る。

 そんな僕達を他所にハデスは準備運動はこの位でいいかと言って魔力を解放し、その力に戦慄を覚える。

 

「来るぞ!」

 

 エルザさんが構えると同時に僕とハデスの目が合い、ハデスの瞳に自分の姿が映る。

 

「――喝っ!!」

 

 瞬間、ハデスの気合で風が吹き、浮遊感を感じて一瞬体が淡く光る。

 その刹那、視界が暗転してナツさんの僕を呼ぶ叫びが聞こえた。

 

「無事でしたか?」

 

「この声……ホロロギウムさん?」

 

「はい、僭越ながらお守りさせていただきました」

 

「いえ、そんな!」

 

 真っ暗で何も見えないが、助けてくれたホロロギウムさんに礼を述べる。

 その時、下からナツさんの声が聞こえてきたので、声をかけて無事を知らせる。

 

「ホロロギウム!」

 

「自動危険察知モードが発動されました」

 

 私も危険が一杯だった気がするんですけど、と言うルーシィさんの意見にホロロギウムさんは今回は危険度が 違ったと返答し、ホロロギウムさんはルーシィさんに謝罪を述べる。

 

「てか何で服落ちてんだ?」

 

「あ、ホントだ。僕服着てない……」

 

 どうやらホロロギウムさんは服まで避難させる余裕はなかったようで、僕は自分の体をペタペタと触って服を着ていないことに気づいた。

 

「さ、早く御召し物を」

 

 その言葉と同時に僕の前に服が出現し、それを着用する。ホロロギウムさんは守れるのはこの一回だけだと伝え、気を付けてくださいと述べて星霊界へ消えてしまい、僕はナツさん達の元に着地する。

 

「これがマカロフの子らか……ふん、やはりおもしろい」

 

 ニヤリと笑うハデスに、ナツさんが驚き混じりでマスターと知り合いなのかと問いかけると、ハデスは意外そうに片眉を上げる。

 

「何だ、知らされてないのか? 今のギルドの書庫にすら、私の記録は存在せんのかね? 私はかつて二代目妖精の尻尾(フェアリーテイル)のマスター、プレヒトと名乗っていた」

 

 ハデスは顎髭を撫でながら衝撃の事実を述べ、ナツさんは「嘘付けっ!!」とハデスに吼える。

 ハデスは青筋を立てるナツさんに、眉一つ動かさずに

言葉を続けた。

 

「私がマカロフを三代目ギルドマスターに指命したのだ」

 

「そんなのあり得るか! ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ!」

 

 ナツさんはハデスに駆けていくと、ハデスは人差し指を立てた。

 するとハデスの指先に黒い魔力が集中していき、ハデスがそれをナツさんに向けると、ナツさんの周囲に一瞬で複数の魔法陣が展開されて爆発する。

 

 続いてハデスが人差し指を横に振ると、僕達の足元に魔力が走り、怯んだ隙にルーシィさんとエルザさんの腕が鎖に繋がれてしまう。

 鎖は二人を中心に輪を作ると収束して二人を拘束し、二人を拘束していた鎖は爆発して二人を吹き飛ばした。

 

「それ!」

 

 ハデスは再びナツさんに人差し指を向けると、今度は指先に集まった魔力を弾丸のように撃ち、弾はナツさんの膝に命中する。

 

「パンパン!」

 

 まるで子供が遊ぶように、ハデスは楽しそうに効果音を口ずさみながら弾丸を連射させる。

 弾丸は休む間もなく次から次へと僕達を襲い、ハデスは愉快そうに哄笑している。

 

「ふはははは! 私は魔法と踊る!」

 

 弾丸の数はどんどん増えていき、遂には全員が倒れてしまい、ハデスはその光景を見て鼻を鳴らす。

 

「妖精に尻尾は有るのか無いのか、永遠の謎。故に、永遠の冒険。ギルドの名の由来はそんな感じであったかな?」

 

 そんな事を口にしながらハデスは僕達に歩み寄り、立ち上がろうとするナツさんの頭を踏みつけ、メキメキと嫌な音が船内に響く。

 

「うぬらの旅はもうすぐ終わる。メイビスの意志が私に託され、私の意志がマカロフに託された……しかし、それこそが間違いであった。マカロフはギルドを変えた! 魔法に日の光を当てすぎた!」

 

「変えて何が悪い! それがオレ達の妖精の尻尾(フェアリーテイル)だ! てめぇみたいに死んだまま生きてんじゃねぇんだ……命がけで生きてんだ、この野郎! 変わる勇気がねぇなら、そこで止まってやがれ!!」

 

 ナツさんの言葉にハデスは目を細め、喧しいと呟いて魔弾を撃ち出し、動けないナツさんに何度も攻撃する。

 マカロフを恨め、マカロフのせいでうぬは死ぬと語りながら撃ち続ける。

 

「お前は……じっちゃんの仇……だ……」

 

「もうよい、消えよ」

 

 フラフラと顔を上げるナツさんに、ハデスはニヤリと笑って先程とは桁違いの魔力を指先に集めてナツさんに向けた。

 

 刹那、落雷がナツさんを守るようにして二人の間に割り込み、ハデスは一歩後退る。

 雷の中から現れた人物はバチバチと言わせながら電気を纏う、逆立った黄色の髪の青年。

 

「こいつがジジイの仇か……ナツ」

 

「ラクサス……!」

 

 ラクサスさんは電気を纏ってハデスに頭突きを食らわせ、ナツさん達はラクサスさんが来てくれた事に驚愕し、そしてまた安堵している。

 

「こやつ……マカロフの血族か!?」

 

 ラクサスさんは何も答えずにナツさんを一瞥し、口角を上げて「情けねぇな、揃いも揃ってボロ雑巾みたいな格好しやがって」と笑い、ナツさんはだな、と同意して笑みを浮かべる。

 

「何故お前がここに……」

 

「先代の墓参りだよ、これでも元妖精の尻尾(フェアリーテイル)だからな。

 オレはメイビスの墓参りに来たつもりだったんだが、こいつは驚いた。二代目さんが居られるとは……折角だから墓を作って、拝んでやるとするか……!」

 

 





 やっぱり一気に書くと疲れますね……後半手を抜いたつもりはないんですが、何か雑になってるんですよね……
 さて、天狼島編も終盤ですね。……ここからの展開が二通り位考えてあるんですが、どうしようか……どちらにしてもさして変わらないんですがね。



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暁の天狼島

 いやぁ、もう少し変化があった方がいいと指摘をいただいたのですが、ラクサスや雷炎竜のナツの戦闘を変化させるのは無理でした……
 後半は変化させてるつもりです……




 

 

 

「ふん……やれやれ、小僧にこんな思い上がった親族が居たとはな」

 

 ハデスは紫色の魔力を放出し、ラクサスさんも全身に雷を纏う。

 二人は睨み合い、放出された魔力によって宙に浮かんでいた瓦礫が地に落ちる。

 その瞬間、ラクサスさんは一瞬でハデスの後ろに回って蹴りを放ち、雷を纏った拳でハデスを吹き飛ばす。ラクサスさんは電光石火のスピードでハデスに追い付き、ハデスを地面に叩き付けた。

 追撃しようとラクサスさんはハデスに拳を降り下ろしたが、ハデスは後ろに跳んで攻撃を躱す。

 

「中々の身のこなし、そしてその魔力。小僧め……ギルダーツ以外にもまだこんな駒を持っておったか」

 

「……そういや昔、ジジイが言ってたっけな。"強ぇ奴と向かい合う時、相手の強さは関係ない。立ち向かうことの方が大事だ"ってよ……だよな、ナツ?」

 

 倒れているナツさんに背を向け、ラクサスさんはニヤリと笑う。

 ハデスはその言葉を下らないと一蹴して準備運動はもういいと言い放ち、手招きをしてラクサスさんを挑発する。

 

「おもしれぇ……! ――雷竜の咆哮ォォ!!」

 

 ラクサスさんの口から放たれた電撃は一直線にハデスへと向かっていき、ハデスはそれを右に跳躍して回避する。

 ハデスは自分を追って来る電撃を一瞥するとラクサスさんに鎖を放ち、ラクサスさんは攻撃を中断して鎖を躱した。

 

 鎖はラクサスさんの後ろに設置されていた巨大な球体の置物に深々と突き刺さる。

 球体はハデスによって引き寄せられて地面を転がり、その進路の先にはラクサスさんが立っていた。

 

 ラクサスさんは球体の進路から逸れてそのままハデスに迫るが、ハデスは張り手でラクサスさんを吹き飛ばす。

 ラクサスさんを吹き飛ばしたハデスが空中に何かを描くと、着地したラクサスさんの周囲に複数の魔法陣が展開される。

 

「これは、天照式のッ――!?」

 

「散れッ!」

 

「しまっ――!」

 

 驚愕していたラクサスさんは回避行動が遅れ、爆発が起こる。

 僕達全員を吹き飛ばす程の爆風の中、ハデスは佇んでニヤリと口角を上げた。

 

「これを食らった者は四肢の力を失い、まともに動くことは不可能。たとえ防いだとしても、その魔力の消耗は致命的」

 

 ハデスは余裕の笑みを浮かべていたが、粉塵を切り裂いて現れた電撃を見て動きが止まる。

 その一瞬の隙に、ラクサスさんは渾身の蹴りを食らわせてハデスを吹き飛ばす。

 

「今の威力で片足蹴りだ……まだもう片方ある、両手もある、頭もあれば全身もある。全部一撃に込めたら何倍どころじゃねぇ……試してみるか?」

 

「言うわ! 若さ故の自信か。だが魔の道において必要なものは若さとは違うのだよ! 若さとは!」

 

「抜かせッ!!」

 

 ラクサスさんとハデス。二人の拳がぶつかり合い、その衝撃で暴風が吹き荒れる。

 しかし、ラクサスさんはハデスに押し負けてしまって吹き飛ばされ、立ち上がろうとするも膝をついて立ち上がることが出来ない。

 

「おやおや、どうしたね……大口を叩いた割には膝をつくのが早すぎるのではないか?」

 

「ラクサス! お前まさか……さっきの魔法を食らって……!?」

 

 膝をつき、俯いているラクサスさんにナツさんが声を上げると、ラクサスさんは肩を震わせて静かに笑いだした。

 

「世界ってのは……本当に広い……こんな化け物みてぇな奴が居るとは……オレもまだまだ……」

 

「何言ってんだ!」

 

「しっかりしろよラクサス!」

 

 諦めたように笑うラクサスさんにナツさんとグレイさんは声を荒げているが、そんな二人を無視してハデスは冷たい視線でラクサスさんに手を向ける。

 

「やってくれたのう、ラクサスとやら……だがそれもここまで。うぬはもう消えよ!!」

 

「立て! ラクサス!」

 

 エルザさんがそう言うと同時に、ハデスの手から魔法が放たれた。魔法はラクサスさんに迫り、僕達は避けるようラクサスさんに叫ぶ。

 しかし、ラクサスさんは回避行動をとろうとせずに地面を殴り付けた。

 

「オレはよ……もう妖精の尻尾(フェアリーテイル)の人間じゃねぇけどよ……ジジイをやられたら、怒ってもいいんだよな……!!」

 

「当たり前だァァ!!」

 

 その言葉を聞いたラクサスさんは笑みを浮かべ、全身から雷を放出する。

 だが、放出された雷はハデスの魔法ではなくナツさんに向かっていき、ラクサスさんは直撃を食らってしまう。

 

「オレの……奢りだ……ナツ……」

 

 倒れても尚ラクサスさんを笑みを浮かべており、ナツさんはラクサスさんの雷を纏いながらフラフラと立ち上がった。

 

「帯電?」

 

「オレの……全魔力だ……」

 

 その言葉通り、ラクサスさんはナツさんに全魔力を託したが、それは同時にラクサスさんはあの魔法を魔力なしの状態で受けたことを意味する。

 そして、そこまでして託された雷をナツさんは食べた。

 自身とは異なる属性の為、本来食べることが出来ない筈の雷を食べ、吸収した。

 

「なんで、オレに……オレはラクサスより弱ぇ!」

 

「強ぇか弱ぇかじゃねぇだろ……傷つけられたのは誰だ……ギルドの紋章を刻んだ奴がやらなくてどうする! ギルドで受けた痛みはギルドが返せ! 百倍でな……」

 

「あぁ……百倍返しだ……!!」

 

 ラクサスさんの言葉を受けたナツさんは炎と雷を纏い、怒気を含んだ眼差しでハデスを睨む。

 炎と雷の融合――"雷炎竜"。

 

「うぉぉぉぉッ!!」

 

 ナツさんは一瞬で距離を詰めるとハデスの顔面に拳を叩きつけ、空中で体を捻って炎を纏った蹴りを浴びせる。

 炎の蹴りの後に雷がハデスに落ちて追撃し、今度は拳に炎と雷の二つを纏う。

 

「オレ達のギルドを傷つけやがってッ!」

 

 マスターやガジルさん、仲間達を傷つけられた怒りに任せてナツさんはハデスに連撃を叩き込む。

 

「お前は……消えろォォォォ!!!」

 

 炎と雷の塊をハデスに叩きつけて爆発させるナツさん。

 だが、ハデスは爆発を防いで跳躍し、粉塵から抜け出すと空中で身動きの取れないナツさんの両手を鎖で拘束した。

 

「両腕をふさいだぞ!」

 

「んんぬぅぅ……あぁァァ!!」

 

「なっ!?」

 

 ナツさんは血管が浮き出る程の力で鎖を無理矢理引きちぎり、余裕の笑みを浮かべていたハデスの表情が驚愕に変わる。

 そんなハデスに見向きもせずに、ナツさんは全身に纏っていた炎と雷を吸い込み始めた。

 

「雷炎竜の――咆哮ォォ!!」

 

 ナツさんの咆哮は凄まじく、悪魔の心臓(グリモアハート)の船に大穴を開け、その暴風は僕達を吹き飛ばす。

 

「ハァ……ハァ……やった……ぞ……」

 

 息切れしているナツさんは、瓦礫の上で白目を向いて倒れているハデスを見て安堵し、魔力切れを起こしてバランスを崩してしまう。

 戦いの影響で床に開いた穴に落ちそうになるナツさんだったが、ルーシィさんが間一髪のところでナツさんの腕を掴んでナツさんを引き上げた。

 

「助かった……もう完全に……魔力がねぇや……」

 

 雷炎竜の力は、圧倒的な魔力故に消費する魔力も多いらしい。

 だがマスターハデスは倒れ、戦いは終わったと全員が安堵する。

 しかし。

 

「……大した若造共だ……」

 

 突然部屋に響いたハデスの声によって、その安心は恐怖へ変わる。

 あれだけの攻撃を食らったハデスは、何事もなかったかのように立ち上がった。

 

「マカロフめ……全く、恐ろしいガキ共を育てたものだ。私がここまでやられたのは何十年ぶりかの?」

 

 ハデスはボロボロだった服の上に魔法で作り出したマントを羽織り、右目の眼帯に手をかける。

 

「このまま片付けてやるのは容易いことだが、楽しませてもらった礼をせねばな……”悪魔の眼”、開眼」

 

 そう言うとハデスは閉じていた右目を開き、赤く染まった瞳が姿を現す。

 ハデスの髪が逆立って雰囲気が変わり、周囲に黒い魔力を漂わせている。

 

「うぬらには特別に見せてしんぜよう……”魔導の深淵”。ここからはうぬらの想像を遥かに越える領域」

 

「バカな!」

 

「こんなの……あり得ない……!」

 

「こんな魔力は感じたことがない!」

 

 圧倒的な魔力を放つハデスを前に、全員の表情が恐怖に染まる。

 危険だ。

 魔力、雰囲気、空気、それら全てが危険だと、頭の奥で警報が鳴り響いている。

 

「終わりだ、妖精の尻尾(フェアリーテイル)。魔の道に進むとは、深き闇の底へと沈むこと。その先に見つけたるや、深淵に輝く”一なる魔法”! 後少し……後少しで一なる魔法へと辿り着く。だがその後少しが深い!

 その深さを埋める者こそ、大魔法世界――ゼレフの居る世界! 今宵、ゼレフの覚醒と共に世界は変わる。そして、私はいよいよ手に入れるのだ! ”一なる魔法”をッ!

 うぬらは行けぬ! 大魔法世界には! うぬらは足りぬ! 深淵へと進む覚悟が!」

 

 そう告げて、ハデスは見たこともない構えを取る。すると周囲に漂っていた黒い魔力が色濃くなっていき、景色を黒色に染めた。

 

「ゼレフ書第四章十二節より、裏魔法――天罰(ネメシス)!!」

 

 ハデスが魔法を発動させると、瓦礫から泥のような魔力が溢れだし、人型の化け物のような形状に変化し始めて雄叫びを上げる。

 

「深淵の魔力を持ってすれば、土塊から悪魔をも生成できる。悪魔の踊り子にして、天の裁判官。これぞ裏魔法!」

 

 一体一体が化け物じみた魔力を持ち、その数は二桁を優に超えている。

 恐い。恐ろしい。

 手足が震える。顔を上げられない。体が動かない。出来ることなら逃げ出したい。

 圧倒的な魔力を前にして、絶望的な力の差を見せつけられて、それでも尚立ち向かうことなんて僕には出来ない。

 

「何だ……こんな近くに仲間が居るじゃねぇか」

 

 突然耳に入ったナツさんの声に、恐怖に染まっていた思考が停止する。

 恐怖はある。体も震えていると言うのに、そのナツさんの声に何故か安心出来た。

 

「恐怖は悪じゃねぇ。それは、己の弱さを知ると言うことだ。弱さを知れば、人は強くも優しくもなれる。オレ達は自分の弱さを知ったんだ。だったら次はどうする……強くなれ! 立ち向かうんだ!

 一人じゃ恐くてどうしようもねぇかも知れねぇけど、オレ達はこんなに近くに居る。すぐ近くに仲間が居るんだ!

 今は恐れることはねぇ! オレ達は一人じゃねぇんだ!!」

 

 恐怖は無くならない。絶望的な状況も覆らない。

 でも、ナツさんの声を、言葉を聞いて、仲間の存在を近くに感じて、立ち向かう勇気が湧いた。

 立ち上がれる。一人じゃ無理でも、仲間とならこの恐怖にも勝てる。

 

「行くぞォォォォ!!!」

 

「残らぬ魔力で何が出来るものか! 踊れ、土塊の悪魔!」

 

 悪魔達によって放たれた魔法の中を、ただひたすらに駆ける。

 魔法が足元に当たり、体勢を崩すナツさんの手をルーシィさんとウェンディがしっかりと掴み、ナツさんを前方に投げる。

 エルザさんとグレイさんはナツさんを一瞥し、それぞれ足をナツさんの足裏に合わせてハデスに向かいナツさんを蹴りだした。

 

 ナツさんの進路を塞ぐように立ちはだかる二体の悪魔を、稲妻と共に現れたラクサスさんと一緒に殴り飛ばす。

 それによって生まれた隙間をナツさんが通過し、僕は悪魔に吹き飛ばされてしまうが、ナツさんは悪魔に邪魔されずにまっすぐハデスへと向える。

 

「全てを闇の底へ! 日が沈む時だ! 妖精の尻尾(フェアリーテイル)!!」

 

 ハデスの魔法により爆発が起こり、転がっていた体を起こしてナツさんの方を凝視する。

 粉塵が晴れて見えた光景は、ハデスの顔に拳をめり込ませるナツさんだった。

 

「バ、バカな……裏魔法が効かぬのか!? あり得ん……私の魔法は――ぐっ!? まさか……私の心臓を――!!」

 

 突然右目を押さえたハデスはハッとした表情に変わり、手が離された事によって見えた右目は、赤くない、普通の瞳。

 

「らァァ!」

 

 動きを止めたハデスにナツさんがアッパーを入れて殴り飛ばした時、悪魔達に罅が入って崩れていく。

 その時、地響きを感じて振り返る。

 

「……あれ」

 

「天狼樹が元通りに……」

 

 視界の先には、天狼樹が島に来たときのようにそびえ立っていた。

 すると、紋章が光だして力がみなぎってくる。

 

「え? これって……」

 

「紋章が……」

 

「……光ってる?」

 

「魔力が元に……」

 

「戻っていく……!」

 

 天狼樹が元通りになったお陰なのか、空だった体が魔力で満たされていき、ナツさんは雄叫びをあげながらハデスに殴りかかる。

 

(私が……この私がマカロフに負けると言うのか……!!)

 

「勝つのはオレ達だァァ!!」

 

「否!! 魔導を進む者の頂きに辿り着くまでは、悪魔は眠らない!」

 

 ハデスはナツさんの拳を弾くと反撃を開始し、ナツさんの腹に一撃入れ、殴り飛ばす。

 しかし、ナツさんと入れ替わるようにハデスとの距離を詰めたラクサスさんに拳を叩きつけられる。

 

「行け! 妖精の尻尾(フェアリーテイル)!!」

 

 ラクサスさんの言葉にナツさんはモードを雷炎竜に切り替え、ラクサスさんが時間を稼いでくれている間に僕達もハデスに駆け出す。

 

「恐らくこれが最後の一撃!」

 

「戻った魔力を全部ぶちこむぞ!」

 

「返り討ちにしてくれるわッ!!」

 

 ラクサスさんを倒したハデスは構えを取り、僕達の足元に爆発を引き起こす。爆発をそれぞれ回避し、後方に跳んだルーシィさんが金色の鍵を振りかざす。

 

「契約まだだけど……開け、磨羯宮の扉! カプリコーン!」

 

「仰せのままに、ルーシィ様」

 

 ルーシィさんの振りかざした鍵は金色に輝き、サングラスにタキシードを来た人型のヤギの星霊、カプリコーンさんが現れる。

 カプリコーンさんはルーシィさんの「お願い!」と言う声を聞くと同時に走りだし、驚くハデスに蹴りを入れる。

 

「うぬは!?」

 

「ゾルディオではありませんぞ! メェはルーシィ様の星霊――カプリコーン!!」

 

 カプリコーンさんはハデスの顎を蹴り上げて空中へ飛ばし、僕は空中へ放られたハデスを狙い、両手に魔力を集める。

 

「――海竜の碧水!」

 

 放たれた水塊は空中で身動きの取れないハデスに命中し、ハデスの背後にウェンディが跳躍する。

 

「――天竜の翼撃!」

 

 ウェンディの両腕から放出された暴風がハデスを襲う。

 風はハデスの更に上に居るグレイさんの元へ水を運び、グレイさんは水の中に手を入れて魔力を通した。

 

「アイスメイク――氷滅竜剣(フリーズバルムンク)!」

 

 グレイさんは足元に造形した氷の板を蹴り、勢いを乗せてハデスを切りつける。

 切り口からは氷が広がってハデスを氷漬けにし、グレイさんは着地と同時に剣を投擲する。

 

「エルザ!」

 

「換装――黒羽・冷閃!」

 

 エルザさんがすれ違いざまに一閃すると、氷剣と共に氷漬けだったハデスの氷が砕ける。

 するとエルザさんは換装して、両手に剣と槍を構える。

 

「受け取れ、ナツ!!」

 

 エルザさんの武器からは炎と雷が放たれてナツさんに向かい、ナツさんはそれを両手に纏ってフラフラと立ち上がるハデスとの距離を詰める。

 

「滅竜奥義・改――!」

 

「させるか! 悪魔の法律(グリモアロウ)、発動!」

 

「――紅蓮爆雷刃!!」

 

 間に合わないと踏んだのか、ハデスは魔力が溜まりきる前に魔法を発動させたが、完全でなかった悪魔の法律(グリモアロウ)はナツさんの魔法に焼き消され、そのままハデスを飲み込んだ。

 

 その時、夜が明けて辺りが明るくなり、倒れて動かないハデスを見て全員が笑みを浮かべる。

 

「じっちゃん……奴らに見せてやったぞ。全身全霊をかけたギルドの力を……!

 

 これがオレ達のギルドだァァァ!!!」

 

 膝をつき、雄叫びを上げるナツさんに駆け寄る僕達を朝日が照らす。

 

 

 

 

 

 




 いかがだったでしょうか?
 これにてハデス戦も終わり、天狼島編も後一話です。
 最後の戦闘ですが、バトン渡しみたいな感じで繋げていきたいなと思ってこうしたんですが、グレイの氷滅竜剣。設定ではテューズの水で造形してるので滅竜属性があったりします。

 変化の話ですが、自分もずっと原作と同じ展開なのもつまらないと思うので、徐々に所々変化させていくつもりです。



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手を繋ごう



 すみません。かなり遅れてしまいました……
 10月に入って急に忙しくなってしまいました。先週に更新する予定だったんですが、中々書く時間が取れなくて……申し訳ありませんでした。

 今回で天狼島編は終了です。今回はかなり遅れたので取り敢えず誤字確認する前に更新しておきます。




 

 

 

 

 

 

「終わったな……」

 

「あぁ」

 

 ふぅと息をつくグレイさんの言葉に同意し、エルザさんはいつもの鎧姿に戻った。

 

「私達、勝ったんだよね!」

 

「うん! ハデスを倒したから、きっとこれで終わ――」

 

「うわぁぁぁ!!! 助けてナ゛ヅゥ~!!」

 

 ウェンディと話していた僕の言葉を遮った絶叫に驚き、視線を向ける。

 そこには、涙を流しながら僕達に駆け寄ってくるハッピーと、額に汗を浮かべながら駆けるシャルル達。

 そして、そのハッピー達の後を大量の悪魔の心臓(グリモアハート)の兵達が追いかけていた。

 

「まずいぞ……」

 

「くそっ! 流石にもう魔力が空だ……」

 

 ハデスに全魔力を使った僕達にはもう魔力が残っておらず、リリーも魔力が尽きているらしい。

 

 

「――そこまでじゃ!!」

 

 

 突如僕達の後ろに現れたマスターやガジルさん達に、ナツさん達は歓喜して笑みを浮かべる。

 天狼樹が元に戻った事によって加護も回復したらしく、回復したマスター達と倒れているハデスを見た敵兵達がどよめき始めた。

 

「今すぐこの島から出ていけ」

 

 動揺する敵兵達をマスターが睨み付けると敵兵達は一目散に逃げだし、帰り支度を始めた。ようやく訪れた平穏に全員が安堵し、僕は近くに居たフィールを思いっきり抱き締める。

 

「フィールもお疲れ様」

 

「……苦しいです」

 

 照れるように顔を逸らすフィールが可愛くて更に力を入れると、フィールに僕の顎を押し上げられて「汚いです」と一蹴された。

 確かに戦った後だから埃なども沢山ついているだろうが、そうきっぱりと言われると流石に傷つくというものだ。

 

 だから抵抗するフィールを放さない事にした。

 こうなったら意地でも放してやるものか。このままキャンプに帰るまで解放してあげない。

 そう思って頬を膨らませる僕にフィールも諦めたらしく、腕の中で大人しくなった。

 

 

 

「さぁて、試験の続きだ!!」

 

 ウェンディと話していると突然ナツさんの声が耳に入り、ウェンディは驚いて肩が跳ねさせていた。

 

「二次試験は邪魔されたからな、ノーカウントだ! この際分かりやすくバトルでやろうぜ! バトルで!」

 

 ナツさんはやる気満々らしく、シャドーを行いながらニシシと笑っている。

 

「てめぇの頭はどうなってんだ! そんなボロボロでオレに勝てるとでも思ってんのか! あァ!?」

 

「や、やめなよガジル……」

 

 全身に包帯を巻いたガジルさんをレビィさんが止めようといているが、当然止まるはずもなく、ナツさんとガジルさんは額を合わせて睨み合う。

 

「あぁ余裕だね! 今のオレは雷炎りゅ――う……ぁ……」

 

「お、おい……」

 

「ナツ!?」

 

 ニヤリと笑ってガジルさんを挑発しようとしたナツさんだったが、突然気絶して倒れてしまった。

 エルザさんによると炎以外の魔法を食べた代償らしく、困惑していたガジルさんは、どんな気絶の仕方だよ! とツッコミをいれた。

 

「取り敢えず、キャンプまで戻りませんか?」

 

「少しは休まないと、体が持たないわよ」

 

「怪我なら僕達で治しますから」

 

「というか、そろそろ放してほしいんですが?」

 

 その光景を苦笑いしながら眺めていた僕達がそう提言すると、それもそうだな、と皆さん同意してくれて移動を開始し、僕も腕の中で何か言っているフィールを無視して後を付いていく。

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

「痛みが消えた……治癒魔法とは便利なものだな」

 

 キャンプでリリーの怪我を治療すると、リリーは何度か手を握って口角を上げる。

 感心したように呟かれた言葉に笑顔を返すと、リリーは休まなくていいのかと尋ねてきた。

 

 確かにハデスとの戦いで魔力は全て使ったが、天狼樹が元に戻ったお陰なのか、魔力の回復の調子も治癒魔法の調子も頗る良い。

 そう返すとリリーも、確かに魔力がいつもより回復しているな、と同意し、ハッピーを治癒しているウェンディも調子が良さそうだった。

 

「僕は全然平気だから。次はリサーナさんですね」

 

「よろしくね」

 

 リサーナさんを治癒していると、ギルダーツさんに挑み、一撃で返り討ちにあってたんこぶを作っていてるナツさんが列に並ぶ。

 

「な、なんか行列になっちゃったね……」

 

「大丈夫です! こういう時こそお役に立てるし!」

 

「そもそも僕は回復係としてこの試験に参加してますからね」

 

 ウェンディの治療を受けているレビィさんは、そう言えばそうだったね、と苦笑いを浮かべている。

 治癒を続ける僕達に、無理しちゃダメよ、と心配するシャルル達が去った直後に、エルザさんが変わろうか? と尋ねながら僕達の前に現れた。

 

 その声に振り返った僕達はエルザさんの姿を見て目を丸くする。

 エルザさんはナース服を着ており、それによって胸や腰、体のラインがくっきりと出ていて、ミニスカートであることも合わさって目のやり場に困る。

 

「エルザさんに治癒の力なんてありませんよね……?」

 

「勝負に能力の差は関係ないぞ? 試されるのは心だ!」

 

「ふぇ!? 勝負ですか!?」

 

 勝負という言葉に反応してウェンディは目に涙を浮かべ、レビィさんとリサーナさんはエルザさんに呆れている。

 そんな僕達を他所にエルザさんは座って足を組み、強調された太腿を見せながらニヤリと笑う。

 

「さぁ、素直に言ってみろ。痛いところは何処だ? まずは熱を測ってやろうか? それとも注射がいいか?」

 

 愚痴愚痴と言いながらもみんなはエルザさんの方に並び、ナツさん達に至ってはちゃんと列に並ばずに割り込んでいる。

 

「ほ、ほら! 少し休めるからよかったじゃない!」

 

「そうだよ! やっぱり休憩も必要だしね!」

 

「やっぱり……お胸の差でしょうか……」

 

 僕達を励まそうとあたふたするレビィさん達だったが、ぼそりと呟かれたウェンディの言葉にレビィさんもダメージを受けていた。

 一方、エルザさんは慣れていないのかナツさん達を包帯で縛って踏みつけており、ナツさん達はエルザさんに踏まれて悲鳴を上げている。

 

「グレイ様……お仕置きするよりお仕置きされる方が好きだなんて……! ジュビア、ショック……」

 

「ガジルゥ……!!」

 

「ナツ……」

 

 ジュビアさん、レビィさん、リサーナさんがそれぞれ“治療”を受ける者の名前を口にしながらエルザさん達を見ていたが、僕はそれよりもウェンディを励ます事にする。

 僕はそこまでショックを受けていないが、ウェンディは胸の事を気にしていた分余計にダメージを食らっていそうだ。

 

「えぇと……大丈夫? ウェンディ」

 

「……テューズは、大きい胸と小さい胸、どっちが好き?」

 

「…………小さい方……です……」

 

 ついあった方が良いと言いそうになったのを我慢してそう返すと、ウェンディは涙目で本当かと聞いてくる。

 僕はその質問に答えられずに視線をウェンディから逸らした。

 

「うわぁぁ! バカバカバカバカバカァ!!」

 

 ポコポコと僕を殴るウェンディには取り敢えず、きっと成長するから! と言って慰めてはおいたが、僕はこの時治癒魔法で心の傷も治せないかと本気で思ったりした。

 

 その後、重要な話があるらしいマスターに全員が集められ、S級魔導士昇格試験は中止になるという発表があった。

 今回の試験は、候補者の中に評議員が居たり、悪魔の心臓(グリモアハート)が攻めてきたりと、色々あったからだろう。

 

 グレイさん達はマスターの決定に渋々納得していたが、ナツさんはやはり納得がいかないらしく、子供のようにS級になるんだと駄々をこねている。

 

「しょうがないの……特別じゃ! 今から最終試験を始めよう! 儂に勝てたらナツをS級にしてやる」

 

「本当かじっちゃん! 燃えてきたぁ!!」

 

 手招きして挑発するマスターにナツさんがかかっていくと、マスターは腕を巨大化させてナツさんを木に叩きつけた。叩きつけられたナツさんがピクピクと痙攣していた。

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

「あの、グレイさん。お願いしたい事があるんですけ――グ、グレイさん!? 何に座ってるんですか……」

 

「何って、椅子に決まって――のわぁ!?」

 

 グレイさんに頼みたい事があって来たのだが、グレイさんの姿を見た僕は困惑する。

 というのも、グレイさんが当たり前のようにジュビアさんの上に座っていたからだ。

 

「お、お前! いつの間に!?」

 

「ゼレフを逃がしたジュビアは、グレイ様の椅子がお似合いですわ!」

 

「オレにそんな趣味はねぇって!!」

 

 ジュビアさんから離れて鳥肌をたてるグレイさんに、頼みたい事を話すため、改めて近づこうとする。

 瞬間、カタカタと小さな地響きがして周囲を見回していると、何かの叫び声が聞こえてきた。

 

「ドラゴンの鳴き声……!」

 

「えっ!? ドラゴン!?」

 

 ウェンディの言葉にリサーナさん達の表情が驚愕に染まり、耳を塞ぎたくなるような鳴き声が響きわたった。

 この鳴き声は確かにドラゴンのものだが、何かが違う。リヴァルターニから感じられたような優しさは無く、聞いた者に恐怖を植え付けるような声。

 

「みんな! 大丈夫!?」

 

「凄い声だ!」

 

 ルーシィさん達が先程の声を聞いて戻ってきたが、突然ギルダーツさんが左腕を押さえ始めた。

 

「古傷が疼いてきやがった……間違いねぇ。ヤツだ! ヤツが来るぞ……!」

 

「……おい、上を見ろ! なにか来るぞ!」

 

 リリーの指差した方向に視線を向けると、遥か上空から翼を広げ、咆哮を上げながら黒いドラゴンが迫って来ていた。

 

「マジかよ……!?」

 

「本物の……ドラゴン!?」

 

「やっぱり……ドラゴンはまだ生きていたんだ……」

 

 ナツさんやウェンディ達滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)は黒いドラゴンを見て目を見開き愕然としているが、僕は何故かあの黒いドラゴンを見てから動悸が激しくなり、胸の奥が熱くなっている。

 

(この感じ……懐かしい? 匂い? いや、違う……なんだこれ……リヴァルターニの魔力?)

 

 この島に居ないはずのリヴァルターニの魔力をほんの僅かに感じる。

 それに、会った事がないはずのあのドラゴンが憎いと思う。殺してやりたいほどに。

 

「黙示録にある黒き竜――アクノロギアだというのか!?」

 

 驚愕するマスターにギルダーツさんは、あぁそうだと、アクノロギアから視線を外さずに答える。

 

「お前! イグニールが今何処に居るか知ってるか? 後、グランディーネとリヴァルターニ、メタリカーナも!」

 

「よせナツ! ヤツを挑発するな! お前には話したはずだ。何故オレがこの腕――この体になったのか!」

 

 ナツさんの声に我に返って顔を上げると先程までの感覚は消えており、ギルダーツさんは張り詰めた表情でナツさんの肩を掴んで説得していた。

 しかし、既にアクノロギアは暴風を起こしながら天狼島に降り立っており、ギルダーツさんは小さく舌打ちする。

 

「こいつはお前らの知ってるような優しいドラゴンじゃねぇ……こいつは人類の敵だ!」

 

「じゃあ、こいつと戦うのか!?」

 

「いいや違う。そうじゃねぇんだよ、ナツ……勝つか負けるかじゃねぇ。こいつからどうやって逃げるか……いや、オレ達の内誰が生き残れるかって話なんだよ……!」

 

 その時、アクノロギアが雄叫びを上げ、ギルダーツさんは全員に逃げろと叫ぶ。

 おぞましい声は大きくなり、アクノロギアの咆哮だけで辺り周辺の木々は全てなぎ倒されてしまっていた。

 

 アクノロギアは再度舞い上がり、上空から僕達の様子を眺めている。ギルダーツさんによると、今ので挨拶代わりらしい。

 

「みんなまだ生きてるな! びびってる暇はねぇぞ! すぐにこの島から離れるんだ! 船まで急げッ!!」

 

 ギルダーツさんの指示で全員が船へと走り出し、僕もウェンディやフィール達と走り出す。

 今まで上空から様子を眺めていたアクノロギアは、逃げ出す僕達を見て低空を飛行しながらこちらを狙う。

 

「あんた達、竜と話せるんじゃなかった!? 何とかならないの!?」

 

「私が話せるんじゃないよ! 竜はみんな高い知性を持ってるの!」

 

「だから、あいつは僕達と話す気なんてないんだよ!」

 

 シャルルの問いにそう返した刹那、アクノロギアは先回りして道を塞ぎ、フリードさんとビックスローさんに突進する。

 

「どうしてこんなことを……! 答えてッ!」

 

 ウェンディの問いにアクノロギアは僕達を一瞥したが、それでも言葉は発しない。

 アクノロギアは赤子が遊ぶように腕を降り下ろし、尻尾を振るってエルフマンさんを弾き飛ばした。

 

「エルフマン!!」

 

 羽を広げたエバーグリーンさんが空中でエルフマンをキャッチしたが、巨漢を抱えたエバーグリーンさんは格好の的となってしまい、アクノロギアによって叩き落とされてしまう。

 

「船まで走れぇ!!」

 

 上着を脱ぎ捨てたマスターはそう叫びながら巨大化し、アクノロギアと対峙した。そして、アクノロギアの首を抱えたところで顔を歪める。

 エルザさん達に止めてくれと切望されたが、マスターは走れと言って聞かず、ならばと全員がアクノロギアと戦う意思を見せた。

 

 

「最後くらいマスターの言うことが聞けんのか! クソガキがァ!!」

 

 

 その言葉に全員が言葉を失って硬直し、それでも尚残ると言って騒ぐナツさんをラクサスが掴んで船へと向かう。

 走り出す時に見えたラクサスさんの涙を見てエルザさん達も走り出すが、涙は全員の目に浮かんでいた。

 

 聞こえてくる轟音を背に船へと走る。

 

 

――これでいいの?

 

 仕方ない。これがマスターの意思なんだから。

 

――本当にいいの? 優しく頭を撫でてくれた、あの強くて優しいマスターを見捨てて。

 

 足が止まる。ウェンディがそれに気づいて振り返るが、僕への問いかけはまた頭の中に響いてくる。

 

――自分の為にマスターを、仲間を、家族を見殺しにするのか? 妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士として、そなたは本当にそれで良いのか?

 

「――いいわけ無いだろ……!」

 

「……テューズ?」

 

 ウェンディの手を振り払うとエルザさん達も僕に気づいたようで、早く船へ向かうようにと肩を掴まれる。

 

「……嫌です」

 

「それは私達だって同じだ! でも我慢しろ! これがマスターの意思なんだ!」

 

「これがマスターの意思だとしても……それでも絶対嫌だ!」

 

「何で――!」

「仲間を――家族を見捨てるくらいなら、死んだ方がましだッ!!!」

 

 エルザさんの目を見てそう叫ぶと、エルザさんは肩を放して後退り、代わりに視界の端を桜色の髪が横切った。

 

「……よく言った。オレ達だけでも行くぞ」

 

 その言葉に頷き、不安そうに僕達を見つめるウェンディを一瞥して背を向ける。

 ナツさんと共にマスターの元へ戻ろうと一歩踏み出した時、エルザさんに腕を掴まれて視線を向ける。

 

「……お前達だけを行かせるわけにはいかない……私も行こう」

 

 俯いたまま発せられたエルザさんの言葉に続き、グレイさんやガジルさん達もやってやろうと拳を鳴らし始めた。

 その光景を見ていたギルダーツさんは大きなため息をつきながら頭を掻き、真面目な面持ちで僕を見つめる。

 

「オレ達じゃ絶対にあいつは倒せねぇ。走りながらで良い、何かマスターを助け出す策を考えろ」

 

「策ですか……それなら私に考えがありますよ」

 

 策と言われ、一瞬考え込む僕をフィールが覗きこんできた。

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

 僕達が駆けつけた時、アクノロギアはマスターに馬乗りになって腕を振りかざしていた。

 それを見たナツさんは我慢出来ず、飛び出して行ってしまう。

 

「じっちゃんを返せッ!!」

 

 アクノロギアは飛び出して来たナツさんをマスター共々尻尾で薙ぎ払い、吹き飛ばす。

 巨人の魔法が解けてしまったマスターを庇うようにしてエルザさんが立ち、各々がフィールに言われた地点へと駆ける。

 

水流昇霞(ウォーターネブラ)!」

 

「カードマジック・祈り子の噴水!」

 

 ジュビアさんとカナさんの水が地面から吹き出してアクノロギアの翼を飲み込んだ時、グレイさんがその水を一瞬で凍結させてアクノロギアの翼を封じた。

 しかし、それもほんの僅かな間だけ。

 アクノロギアはニヤリと笑みを浮かべると、氷柱を粉々にして翼を広げる。

 

 そのまま上昇しようとしたアクノロギアだが、全身接収(テイクオーバー)したエルフマンさんに尻尾をがっしりと掴まれて横目でエルフマンさんを一瞥した。

 

「エバ! ビックスロー! 頼む!」

 

「ったく! フィールも無茶言ってくれるわよ!」

 

「でもやるしかねぇだろ! 耐えてくれよ、エルフマン!」

 

 エバーグリーンさんは愚痴を言いながらも眼鏡を外し、ビックスローさんも兜を外して二人は石化眼(ストーン・アイズ)造形眼(フィギュア・アイズ)を発動させた。

 エルフマンさんの下半身は石と化し、ビックスローさんが操作しているためエルフマンさんは限界がきてもアクノロギアの尻尾を掴んでいられる。

 

「出来たよ! フリード!」

 

「上出来だ、レビィ! 術式――《この術式に居る者の能力を強化、体重を倍加する》」

 

 エルフマンさんの足元に文字が浮かび上がり、術式が発動される。

 エルフマンさんは上昇しようとするアクノロギアをしっかりと掴んで離さず、今までアクノロギアの頭上を旋回して気を引いていたミラさん達は、アクノロギアの翼を攻撃して地に落とす。

 

 この時、今まで攻撃らしい攻撃はせずに遊んでいたアクノロギアは、ようやく反撃を開始した。

 翼で暴風を起こしてエルフマンさん達を吹き飛ばすと、アクノロギアは地面を抉り、駆けてくるギルダーツさんを薙ぎ払う。

 

 空中へ放り出されたギルダーツさんだったが、アクノロギアが追撃を加える前に手を巨大化させたにマスターに回収された。

 そして、獲物を横取りされたアクノロギアは静かにマスターを睨み付ける。

 

「まずいッ! マスターを守れ!!」

 

 アクノロギアとの戦いで傷を負っているマスターを守るためにエルザさんが指示を出すと、アクノロギアの背後に複数の人影が飛び出した。

 それをアクノロギアは尻尾で一閃。真っ二つに切り裂かれてしまったが、真っ二つにされたのは人ではなく氷だったため、アクノロギアは僅かに目を見開いた。

 

「アイスメイク――(デコイ)

 

 続いてアクノロギアを攻撃するみんなに囮の氷が混じり始める。狙いが定まらないアクノロギアの爪が貫いているのは氷だけだった。

 一方、ギルダーツさんを助けたマスターも限界が来ており、ギルダーツさんも満足に戦える状態ではない。

 そんな二人を守ろうと、カナさんは二人とアクノロギアの間に立つ。

 

「カナ!? よせ! 逃げろ!」

 

「うるさい! 少し黙ってて!」

 

 カナさんは腕を掴んできたギルダーツさんの手を声を荒げて振り払い、自身の腕を空に掲げる。

 

(初代……どうか私にもう一度力を貸してください。私の後ろに居る、二人の親を守るための力を!)

 

 すると、カナさんの腕には紋章が浮かび上がり、周囲の魔力がカナさんの腕に集まっていく。

 魔力が集まっていく光景を見て、アクノロギアは標的をカナさんに絞って迫る。

 

「させねぇよ! アイスメイク――城壁(ランパード)!」

 

 アクノロギアとカナさんの間に三つの城壁が造形された。しかし、内二つはアクノロギアの頭突きに破壊され、残った一つもアクノロギアが腕を振るっただけで粉々にされてしまう。

 

「――集え! 妖精に導かれし光の川よ!」

 

 更にアクノロギアを足止めするためにエルザさんは金剛の鎧に換装し、魔法陣を展開してアクノロギアを受け止めたが、魔法陣は数秒で砕かれてしまった。

 

「――照らせ、邪なる牙を滅する為に!」

 

 

「お願い! ロキ!」

 

「任せて、ルーシィ!」

 

 ルーシィは鍵を降り下ろしてロキさんを召喚すると、ロキさんは跳躍してアクノロギアの目の前に躍り出る。

 

「――獅子光耀!!」

 

「オォォォ!?」

 

 ロキさんはアクノロギアの目の前で強烈な光を発し、光を直視したアクノロギアは目を押さえて苦しみ出す。

 

「全員退けな! ぶちかますよ――妖精の輝き(フェアリーグリッター)ァァ!!」

 

 ブルーノートに放った時とは桁違いの輝きが、無防備なアクノロギアを襲う。

 それは以前とは違う、完全な妖精の輝き(フェアリーグリッター)。その輝きは直視出来ないほどに凄まじく、アクノロギアを中心に光輝く。

 

 しかし、その輝きは突然"消えた"。

 防がれたのではなく、突如消滅した。

 驚きのあまり絶句するみんなを他所にアクノロギアはニヤリと笑って上昇し、魔力を集めて咆哮(ブレス)を放とうとする。

 

「今だ! 出し惜しみするんじゃねぇぞ!」

 

「いきます! ――海竜の咆哮ォォ!!!」

 

 全魔力を乗せてガジルさんに咆哮(ブレス)を放ち、ガジルさんは僕の咆哮(ブレス)の中で回転しながらアクノロギアに迫る。

 今僕達がいるのはアクノロギアの更に上。地上のみんなに気を取られているアクノロギアは僕達に気がついていない。

 

「滅竜奥義――業魔・鉄螺旋!!」

 

 僕の咆哮(ブレス)による回転も合わさったガジルさんの一撃はアクノロギアの後頭部に直撃し、アクノロギアは衝撃で口を閉じた。

 口が閉じられた為に収縮されていた高魔力は逃げ場を失い、アクノロギアの口内で暴発した。

 

 流石に自分の咆哮(ブレス)はダメージが大きかったらしく、アクノロギアは口から黒い煙を出しながらフラフラ落ちていき、地上に待機していたナツさんはアクノロギアに向かって跳躍する。

 

「今だ! ウェンディ!」

 

「はい! ――天竜の咆哮ォォ!!!」

 

 ナツさんはアクノロギアの腹部に命中した咆哮(ブレス)の中に入り、その中で魔力を解放する。

 

「滅竜奥義――紅蓮爆炎刃!!」

 

 咆哮(ブレス)の回転によって勢いが強化され、更に風は炎を大きく燃え上がらせて威力も高まっていく。

 

「決めろ、ラクサス!」

 

 ナツさんの炎を受けて上半身が反れたアクノロギアにに向かい、ラクサスさんは腕に雷を集中させる。

 

「食らいやがれ! 滅竜奥義――鳴御雷!!」

 

 ラクサスさんがアクノロギアを殴り付けると、アクノロギアの体には電撃が走り、島の外へと吹き飛ばす。

 アクノロギアが落ちた場所は大きな水柱が立ち、僕達はそれを見ながら地上に降りた。

 

「……やった?」

 

「違う。化け物が……あの野郎。吹き飛ばされる時に笑ってやがった。あいつは遊んでいるだけだ!」

 

「なっ!?」

 

 ラクサスの言葉に驚いてナツさんが海を確認した時、地鳴りを起こしながらアクノロギアが海から現れた。

 アクノロギアは上昇すると再び咆哮(ブレス)を放とうと息を大きく吸い、防御魔法を使えるフリードさん達に手を繋いで魔力を集めるようミラさん達に言われる。

 

「帰ろう、テューズ。こんなところで諦めちゃダメだよ」

 

「うん。やれるだけの事をやろう!」

 

 ウェンディに差し出された手を握ると、ウェンディは頷いて手を握り返してくる。

 

「みんなの力を一つにするんだ! ギルドの絆を見せてやろうじゃねぇか!」

 

 グレイさんがそう言うとジュビアさんは笑みを浮かべてグレイさんの手を握り、全員が力を合わせる光景にマスターは涙ぐみながらラクサスさんの手を握る。

 

「そうじゃ……みんなで帰ろう――」

 

 

 

 

「「「――妖精の尻尾(フェアリーテイル)へ!!」」」

 

 

 

 

 

 

 784年、12月16日。

 天狼島、アクノロギアにより消滅。

 

 アクノロギアは再び姿を消した。

 

 その後、半年に渡り近海の調査を行ったが、生存者は確認出来ず。

 

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

『……リヴァルターニ、あなた――』

 

「いい、私も分かっている」

 

 小さな声を発して竜は首を横に振り、光を見つめる。

 

『……私達には限界がある、アクノロギアを見て我慢出来なかったのも分かるわ。漏れた魔力は仕方がないけれど、それと一緒に漏れた憎悪の感情はあの子に伝染した。もうこんなことは無いようにしてちょうだい』

 

「もう良い。それについては反省している。用はそれだけなのだろう? ならば私の前から消えろ」

 

 舌打ちをして光から視線を逸らす竜に、光はクスクスと笑いながら竜の周りを浮遊して喋りだす。

 

『あら、私が気づかないと思った? 口調を変えてバレないようにあの子を説得していたでしょ? でも最後の方ではいつものアナタだったわよ?』

 

「なに……!? ……ま、まぁそんな事はいい。問題はアクノロギアだ。そなたは魂竜の術を解こうとした私を全員集まってからだと言って止めたが、全員集まると確信しているのか?」

 

『えぇ、そうよ。それに、アクノロギアから身を守るために展開されたあの魔法……余程強力な結界だったのかしら、あれが展開される前と今では外の魔力濃度が違う』

 

 その言葉を聞いて時代が変わっているのかと推測する竜の意見を光が肯定すると、竜は少し思考してから大きなため息をつく。

 

「ならばバイスロギア達の子も充分成長しているだろう。それに、我々の目的である抗体も既に完成している」

 

『竜王祭もいよいよ近いということね……その前に、もう一度アナタに会いに来られるかしら?』

 

「もう来るな。早く失せよ」

 

『冷たいわね……また会いましょう、リヴァルターニ?』

 

 クスリと言う笑い声を残し、光は見えなくなっていった。

 

 

 

 

 

 






 今回はアクノロギアとの戦闘を多めにしました。
 やはり文での戦闘はイメージ通りに表現するのが難しいですね。

 次の更新は今回程遅れないように何とか頑張ります……



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空白の7年


 更新遅れてすみません……
 別々の日に少しずつ書いているのですが、一部見返した自分が困惑するほど暴走してます。
 その部分を消そうか迷ったんですが、更新がこれ以上遅れることになりそうなのでそのまま投稿しました。
 なので、そのつもりで見ていただけると幸いです。


 

 

 

 

 

 

「ん……」

 

 暖かく、少し眩しい日差しに照らされて目が覚める。

 まず最初に感じたのは不快感だった。

 

「うえ……気持ちわる……」

 

 口に不快感を覚えた為に、舌を出して口の中の物をペッと吐き出してみる。

 それでも不快感は消えないが、まだ口の中に残っているこのジャリジャリとした物が砂だと言うことが分かった。

 

 正体が分かったことで少し落ち着いた僕は、辺りを見回している。

 

「ウェンディ!?」

 

 僕の隣でウェンディが倒れていた。それだけじゃない、シャルル、フィール、ルーシィさんまで倒れている。

 そこで僕はようやく思い出した。アクノロギアと戦った事。そして、アクノロギアの咆哮(ブレス)を防ぐために手を繋ぎ、魔力を集めようとしていた事。

 

 少し痛む頭を押さえながらあの後の事を思い出そうとしていると、ウェンディの手がピクリと動いた。

 

「うん……ん……?」

 

 ウェンディは静かに体を起こしてボーッとしていたが、すぐに目を擦って周りを見回し始める。

 その間にルーシィさん達も目を覚ましていた。

 

 状況が分からない為に一人で頭を悩ませていた時、「おーい!」と言う叫び声と共にジェットさん達が駆けて来た。

 ジェットさん達は僕を見て、涙を流しながら頭をポンポンと叩いてくる。

 

「ルーシィ達も無事だったんだな!」

 

「テューズも全く変わってねぇじゃねぇか!」

 

「え……? は?」

 

 何故ジェットさん達がここに居るのかとか、さっきの言葉の意味とか、みんなが妙に老けたというか大人になっている事とか、聞きたいことが沢山あったのだが、ジェットさん達は取り敢えず付いてこいと言って僕達を連れていく。

 

 みんなに付いていって広場に出ると、みんなは僕達にここで待っているように言って何処かに行ってしまつた。

 暫くするとみんなはグレイさんやガジルさん達を次々と連れてきて、天狼島に来ていたメンバー全員がここに集まった。

 

『全員集まれたようですね』

 

 突然聞こえた綺麗な声に振り返ってみると、天使の羽のような頭飾りを付けた少女が、少し高い場所から僕達を優しげな眼差しで見下ろしていた。

 

『私の名はメイビス。妖精の尻尾(フェアリーテイル)初代マスター――メイビス・ヴァーミリオン』

 

 自らを初代マスターだと言う少女を前に、ジェットさん達やナツさんを除く全員が言葉を失った。

 マスターは顎が外れてしまいそうなほど口を開いているし、もしこの少女の言葉が本当だとしたら目の前に居る少女は幽霊だということになってしまう。

 

 普通なら信じられないような話だが、何故か彼女の言葉は真実だと思った。

 彼女が初代マスターだという証拠は無いのだが、それでも信じてしまえるような何かが彼女にはあった。

 

『あの時、私は皆の絆と信じ合う心、その全てを魔力へと変換させました。皆の思いが、妖精三大魔法の一つ――妖精の球(フェアリースフィア)を発動させたのです。

 この魔法は、あらゆる悪からギルドを守る絶対防御魔法。しかし、皆を凍結封印させたまま解除するのに7年の歳月がかかってしまいました』

 

「なんと……初代が我らを守ってくれたのか……」

 

 涙ぐむマスターの言葉を初代マスターは首を振って否定し、体を輝かせながら宙へと浮かび上がる。

 

『いいえ、私は幽体。皆の力を魔法に変換させるので精一杯でした。揺るぎない信念と強い絆は、奇跡さえも味方に付ける。良いギルドになりましたね、三代目』

 

 そう言って初代はマスターに笑いかけ、光と共に消えてしまった。

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

 あの後、ジェットさん達から7年間の事を聞きながらマグノリアに帰還したのだが、驚いた。

 話では聞いていたのだが、実際に見てみると……こう……思っていた以上にギルドが小さく、そしてボロくなっていた。

 

 その変わりようにマスターは顔を青くし、ナツさん達はショックだったのか乾いた笑みを浮かべている。

 一度改装されてはいるが、ナツさん達は小さいときから前の建物に居たのだから思い入れもあるだろうし、初代の頃からずっと受け継がれてきた建物でもあつた。

 ショックを受けるのも無理はないだろう。

 

 

 いざギルドへ入ろうとした時、入り口から何か揉めているのが見えた。

 黄昏の鬼(トワイライトオウガ)

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)黄昏の鬼(トワイライトオウガ)に借金をしているらしく、その話を聞いた時にはマスターからは手を出さないように、とナツさん達は注意を受けたのだが……やってしまった。

 

 ナツさんに蹴り飛ばされた男は綺麗な放物線を描きながら壁に衝突し、他の男達は僕達の方に振り返る。

 その瞬間、男達はグレイさん、エルザさん、ガジルさん、そしてマスターに一撃ずつ入れられて撃沈した。

 

 もし、もしギルドが以前のままの状態だったのなら、マスターの一声かけて追い払うだけだったかもしれない。

 一言で言えば、彼らは運が悪かった。

 もう少し後、マスター達が落ち着いた状態であれば手を出されずにすんだだろうに、生憎今のマスター達は変わり果てたギルドの姿を見て遣る瀬無い思いをしていた。

 

 そして、運悪くギルドに来ていた黄昏の鬼(トワイライトオウガ)の男達に感情の矛先が向けられてしまったのだ。

 

「へへ……ただいま!」

 

「皆様お待たせしました!」

 

 男を蹴り飛ばしてスッキリしたナツさんはニシシと笑いながら片手を上げ、ハッピーはぴょんぴょんと跳び跳ねて手を振っている。

 

 僕達の知らない間に時代はX791年へと変わり、その間僕達を待ち続けてくれていたギルドのみんなは涙を浮かべて迎えてくれた。

 その日の夜は空白の7年を埋めるように、みんなは飲んで踊ってと盛大に騒ぎ続けた。

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

「あの……リーダスさんこれ……」

 

「ウィ、オレなりに二人の7年間の成長を予想して描いてたんだ」

 

 リーダスさんに渡された絵を見て震えているウェンディを不思議に思い、絵を覗き込んでみるとその理由がすぐに分かった。

 

「あぁ……胸が……」

 

 リーダスさんの描いたウェンディはエドラスのウェンディに似た雰囲気を持っていたが、胸が全く無かった。断崖絶壁、まな板と言われても否定出来ない程に。

 後ろの方からは、フィール達が自分達の描かれた絵を見て気持ち悪いと批評する声も聞こえてくる。

 

「私……大きくなっても大きくならないんでしょうか……」

 

「ウィ? 何か変なとこある? この絵」

 

 リーダスさんは頭を描いて困惑しているが、無理もないだろう。本人は真面目に描いたのだろうし、絵自体もおかしい所は無い。

 少し酷く言ってしまうと、ウェンディが勝手に傷付いているだけなのだから。

 

 だがしかし、リーダスさんももう少し夢を持たせてあげても良かったと思う。ウェンディを傷付けるつもりがなかったのは分かるのだが、流石に断崖絶壁は可哀想だ。

 

 そんな事を考えていた時、ギルドの扉が勢いよく開かれた。逆光に照らされて現れた五人は、六魔将軍(オラシオンセイス)を壊滅させた時に一緒に戦った魔導士である蛇姫の鱗(ラミアスケイル)リオンさん、シェリーさん、ジュラさんと、僕は初めて会う眉毛の長い人と犬っぽい人。

 

 蛇姫の鱗(ラミアスケイル)は僕達の捜索に協力してくれていたらしく、ナツさん達は蛇姫の鱗(ラミアスケイル)の皆さんと楽しそうに話している。

 

 

「じゃーん! これがアスカ!」

 

「可愛いですね!」

 

「お二人にそっくりです!」

 

 僕達にリーダスさんが描いた娘さんの絵を見せてくれるアルザックさんにそう返すと、アルザックさんは「そうでしょそうでしょ!」とデレデレしながらアスカちゃんのここが可愛いんだと熱弁を揮う。

 

「なるほど、ウェンディに似た感じだな。可愛らしいもんだ」

 

「おい……」

 

「リリー!?」

 

 今胸の無かった自分の絵を見てそういった事に過敏になっているウェンディにとって、今のリリーの言葉は地雷以外の何物でもない。

 そう思って僕とガジルさんはリリーを止めようとしたが時既に遅く、ウェンディは「リリーまでぇぇ!」と泣きながら走り去ってしまった。

 

「え!? 何故だ!?」

 

 ウェンディが出ていった理由が分からないリリーは灰のように真っ白になり、ガジルさんはリリーの後ろで頭を押さえてため息をついている。

 ウェンディが心配になってギルドの扉を見つめていると、誰かに足を軽く蹴られた。

 

「ちょっと、そんな所でボーッとしてないで早くウェンディを慰めて来なさいよ!」

 

「えぇ!? そういうのはシャルル達の方が向いてるんじゃ……」

 

「生憎、私達はウェンディを傷つけたこのデリカシーのない駄目エクシードにみっっちりとお仕置きをしなければなりませんので」

 

「何故だ!?」

 

 フィールに笑顔で「テューズもお仕置きを受けたいんですか?」と言われてしまっては仕方ない。

 状況が分からず汗を浮かべているリリーに心の中で合掌し、巻き込まれない内にウェンディの後を追う。

 

 ウェンディは直ぐに見つかった。隅で蹲っているウェンディの肩に手を置いて声をかけてみる。

 

「あんまり気にしちゃダメだと思うよ?」

 

「でも……不安になってきて……テューズは私は胸が大きくなると思う!?」

 

 シャルルとフィールめ、恨んでやる。

 女の子と胸の話を出来るほど僕は大人じゃないんだ。それに、こんなに真剣に聞かれてしまってははぐらかせないじゃないか。

 

 恥ずかしさで答えが上手く纏まらずに黙っていると、ウェンディは僕がウェンディに気を遣って答えられずにいると勘違いしたらしく、俯いて嗚咽を漏らし始めた。

 

「あぁぁ!? 違う! いや、誤解だ……と思うよ! うん! ウェンディの胸はちゃんと成長するよ! きっと!」

 

「それじゃ私が言わせてるみたいだよ……バカ……」

 

 うん、確かにそうだ。

 よくよく考えてみれば、さっきまで黙っていたのにウェンディが泣き始めた途端あんなことを言うなんて、それこそ気を遣って言ったと思われるじゃないか。

 それに、あの優しく、暴言など滅多に吐かないウェンディがバカと言った。

 天狼島で言われた時とは違い、今回は声のトーンが本気(マジ)だ。確実に怒ってらっしゃる。

 

「も、もし胸が成長しなくても大丈夫だよ! 僕は今のウェンディの胸も可愛らしくて好きだから!」

 

「ふぇ!?」

 

 ウン? 今僕は何て言った?

 駄目だ。何か目がぐるぐる回ってもうよく分からない。

 思考が上手く纏まらないし、頭から湯気が出てる気がする。

 

「胸が無くても充分魅力的だと思うよ! て言うかウェンディだったら胸の大きさとか関係ないよ!」

 

「そ、そんな……あぅ……」

 

 僕は女の子に何て事を言ってるんだろう。

 いやホントに何熱弁してんの? こんな事言ってどうすんのさ。これから僕はどんな顔してウェンディと会えばいいの?

 

『そなたは少し素直になった方がいい。少し我慢しろ』

 

 そんなリヴァルターニの幻聴が聞こえた気がした。

 でも素直になるとかそういうレベルじゃないよ? コレ。こんなところ誰かに見られたら僕は社会的に死ぬレベルだからね!?

 リヴァルターニの幻聴にそう返し、お願いだから止めてとそう切望していた時。

 

「何言ってんのよあんたはァァ!!!」

 

 と言う叫び声と共に何かが背中に衝突し、衝撃で体がくの字に曲がる。

 背中を押さえて膝をつく僕を見下していたのはシャルルだった。

 

「心配になったからフィールにリリーを任せて来てみれば、あんたはウェンディに何て事言ってんのよ! 評議院に連行されたいの!?」

 

「いやホントごめんなさい……でもありがとう、助かったよ」

 

「……頭でも打ったの? あんた」

 

 片手だけをシャルルに向けて親指を立てると、シャルルは心配そうな眼差しで僕を見つめてくる。

 ウェンディは訳が分からないと言った表情だ。

 

「ウェンディ、今のは気にしないで……お願いします」

 

「う、うん……えへへ……」

 

 若干頬を染めて笑うウェンディ。

 まぁコンプレックスだった胸の事を気にしないと言われたから、多少は楽になったのかもしれない。

 だったらあれにも意味があった。

 僕も正気に戻ったし、ウェンディももう落ち込んでない。万事解決。全て終わったし、もう今日は家に帰ろう。

 

 7年間大家さんが掃除してくれていたらしく、僕達の家は綺麗な状態だった。

 大家さんは以前から、まだ幼い僕達を気にかけて助けてくれたし、今度恩返ししないと。

 

「あんた、これで終われると思ってるの?」

 

 ですよね……

 家に帰ろうとする僕を睨み、シャルルは僕の行く手を阻む。

 見逃してはくれないか……。

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

 あの後シャルルに土下座をし、大家さんが2年分負けてくれて5年分となった家賃。本来4人で均等に割前勘定するはずだった家賃のうち、半分を僕が払うと言うことで許してもらった。

 

 お陰で僕の財産は底を突いたのだが、家を締め出されるよりはマシだろう。

 一応僕の家の筈なのだが、シャルル達には敵わない。シャルル達はウェンディの事になると容赦がないから恐ろしい。

 

「はぁ……仕事しないとな……」

 

 空っぽになった財布を逆さにしてため息をついていると、グレイさんに肩を叩かれた。

 

「7年分の家賃なんてかなり大金だからな……オレの仕事に付いてくるか?」

 

「いいんですか?」

 

「結構長い仕事になりそうだが、その分報酬はいいんだ。時間大丈夫だよな?」

 

「勿論です! 一緒にやりましょう!」

 

 そう言うとグレイさんはニヤッと笑い、僕は相変わらずミラさんやキナナさんの手伝いをしているフィールに用件を伝えてグレイさんに同行する。

 

 結論から言うと、仕事はすぐに終わった。

 仕事内容は盗賊達の討伐。盗賊達は幾つかのグループに別れ、別々の拠点を持っていたため長くなりそうだったのだが、盗賊達は余程大事な用があったのか、運よく一つの拠点に全員集まっていて簡単に討伐出来た。

 

 だから仕事も一日で終わり、今はグレイさんと二人でご飯を食べているのだが、これはチャンスかもしれない。

 フィール達には仕事は長くなると伝えてあるし、僕達も長期での仕事だと覚悟してたので荷物もちゃんと準備してある。

 

「あの、グレイさん。天狼島の時に言おうとしてた事なんですが……」

 

「ん? そういや何か頼みがあるんだったな。」

 

 飲んでいた飲み物を置き、グレイさんは「何でも言ってくれや」と笑いかけてくれる。

 

「僕を……特訓して欲しいんです!」

 

「……特訓?」

 

 僕がグレイさんに頼みたかったのは特訓だった。

 悪魔の心臓(グリモアハート)との戦いでもっと強くなりたいと思った僕は、フィールにその事を相談したのだ。

 当初は同じ滅竜魔導士であるナツさんに修行をつけてもらおうと考えていたのだが、

 

『ナツはダメです。ナツの事ですから、テューズを置いて自分の特訓を始めますよ。エルザは無理難題を押し付けてくるでしょうし、グレイに頼むのが無難でしょう』

 

 フィールそう説得され、僕はグレイさんに特訓を頼むことにしたのだ。

 

「まぁオレは構わねぇが、容赦しねぇぞ?」

 

「お願いします」

 

「……分かった。場所を移すぞ」

 

 立ち上がって店を出ていくグレイさんに付いて行って2週間程特訓したのだが、ボロボロになって帰って来た為にギルドのみんなに余計な心配をかけてしまった。

 

 

 

 

 

 





 どうでしたかね?
 見返した時、酔いながら書いているんじゃないかと思いました。お酒は飲めないのでそんな筈ないんですが、深夜テンションとは恐ろしいですね……

 更新が遅れた理由としてもう一つ。
 星空の鍵編を全て見返したんですが、あまりテューズを動かせないかもしれないです。
 言ってしまうと、今のテューズの立ち位置だとナツ達程ミッシェルと接点が持てないんですよね……


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日常編3
魔法舞踏会


 完全にスランプですね……完成した文が気に入らなくても直せない……以前みたいにスラスラ書けません。
 2日3日で更新してた自分が信じられないです……


 

 

 

 

 

 

 朝。いつも通りに目覚め、いつも通りに支度をして、いつも通りにギルドへ行く。

 そんなごく普通の日常はギルドに着くまでの間だけで、ギルドに着いたときに聞こえてきたのは賑やかな声ではなく、お城などで流れていそうな妖精の尻尾(フェアリーテイル)のイメージとはかけ離れた音楽だった。

 

 ギルドの前にはみんなが集まっており、その中心ではエルフマンさんとエルザさんが踊っていた。

 いや、踊りと言うよりもただただ回されている。グルグルと絶え間なく回転させられているエルフマンさんの顔色は青くなり、回転により胃から込み上げてくるものを吐き出すまいと必死に堪えている。

 

「これって……」

 

「音楽的に、多分ソシアルダンスですよね……?」

 

 みんなが踊っているのがソシアルダンス、所謂社交ダンスだと推理したフィールだが、自信がなさそうに首を傾げている。

 僕もきっとソシアルダンスなのだろうとは思うが、エルザさん達のダンスを見てはそう断言することが出来ない。

 以前化け猫の宿(ケットシェルター)にいた時に教えてもらったことがあるが、僕の教わったものとは全く違うのだ。

 

「ソシアルダンス……懐かしいね」

 

 そう言うウェンディはニコニコと笑いながら僕に手を差し出してくるが……踊れと言っているのだろうか?

 別に僕は構わないのだが、もし断りでもすればウェンディの後ろから目を細めて睨んできている二人が黙っていないだろう。

 

「……Shall we dance?」

 

「I'd love to.」

 

 差し出された手を握るとウェンディは満足そうに笑い、僕の手を引いて踊り始める。

 僕もウェンディの足を踏まないよう気を付けながら踊っていると、段々と僕達の様子を見ていたみんなも踊りだし、終いにはその場にいる全員がそれぞれペアを組んで踊るほどになった。

 

 と、そこで疑問に思った。

 そもそも何故みんなはソシアルダンスを踊っているのだろうか?

 みんなが解散した後にルーシィに尋ねてみると、一枚の依頼書を渡された。

 

 内容は御尋ね者のベルベノを捕まえれば400万ジュエルもの報酬が貰えるというもの。

 御尋ね者を捕まえるだけで400万ジュエル。僕の家賃50回分とかなりの金額だ。

 

「す、凄いですね……400万ジュエル……」

 

 その金額にウェンディは表情を驚愕に染め、普段冷静なシャルル達も唾を飲み込んでいる。

 

「それで、この依頼書とダンスには何の関係が……?」

 

「依頼主のバルサミコ伯爵が今度の土曜日に魔法舞踏会っていう魔導士だけの舞踏会を開催するんだけど、その魔法舞踏会にベルベノが現れるらしいの」

 

 なるほど、それで舞踏会に参加する為にナツさん達とダンスの練習をしていたのか。

 理由を聞いて納得する僕達をルーシィさんはチラチラと見ると、気まずそうに付いてきて欲しいと頼んできた。

 

「ナツは潜入とか向いてないし、魔導士だけの舞踏会だから喧嘩始めそうで……二人ともダンス上手かったでしょ!? お願い!」

 

 手を合わせて頭を下げるルーシィさんに分かりましたと伝えるため口を開こうとした時、僕達の後ろから「話は聞かせてもらった!」と声が響く。

 

「そういう事なら私達も協力しよう」

 

「報酬はオレ達も貰うけどな」

 

「仲間を助けてこそ漢!!」

 

「エルザ……グレイ……エルフマン……!」

 

 三人がルーシィさんを助けようと名乗りを上げ、ルーシィさんの顔が明るくなる。

 エルザさんが付いてきてくれるなら心強いし、ナツさんも暴走はしないだろう。

 こうしてエルザさん達の同行も決まった。

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

 土曜日。バルサミコ伯爵の屋敷前にウォーレンさんを含めたメンバーと辿り着いたとき、屋敷の扉が開かれた。

 

「どちら様ですか?」

 

 綺麗な声と共に扉から顔を出したのはピンク色のドレスを着た茶髪の女性。その美しさに僕の目は、彼女の周りがキラキラと輝いているような錯覚を起こし、ウォーレンさんも念話で美人だと呟いていた。

 

「あんたは?」

 

「私はこの宮殿の主であるバルサミコの娘で、アチェートといいます」

 

『舌噛みそうな名前……』

 

 念話でそんな事を伝えてくるウォーレンさんにみんなはツッコミを入れ、ナツさん達はその様子を苦笑いしながら見守っていたアチェートさんに仕事で来たということを伝える。

 するとアチェートさんは納得したように頷き、宮殿の中に招き入れてくれた。

 

 案内された部屋に行くと背の低い男性にソファへと座るように促され、男性は座ったアチェートさんの膝に腰を下ろす。

 

「私が依頼主のバルサミコ伯爵だ」

 

 右手を上げてそう主張する窄んだ口が特徴的な男性は名前の通りだとゲラゲラ笑っているナツさんを一瞥し、仕事の内容について説明を始めてくれた。

 

 今日の舞踏会はアチェートさんの婿を決めるためのものであり、ベルベノはその際に7年に一度だけ披露されるバルサミコ家に代々伝わる指輪を狙っているらしい。

 ベルベノは7年前に指輪を狙って失敗しており、お陰で婿選びも台無しになったとか。

 

「しかし、ベルベノはこの風体。いくら変装して舞踏会に紛れても直ぐにバレるのでは?」

 

 依頼書に書いてあったベルベノの似顔絵は特徴的で、あのアフロヘアと顎でクルクルと渦模様につくっている髭を持つ人物はそうそう居ないだろう。

 

「奴は変身魔法とマジカルドレインを使うのだ!」

 

 バルサミコ伯爵は身を乗り出してエルザさんの疑問に答えた。

 何でも、マジカルドレインというのは触れた魔導士の魔法を短時間だけ複数コピー出来るという厄介な魔法なのだとか。

 

「君達の力を結集し、ベルベノから指輪を守るのだ! そしてこやつを取っ捕まえて、再び牢獄に送り込んでほしい 」

 

「お任せください。ご期待には必ず答えます」

 

 真面目な面持ちで答えるエルザさんに皆同意し、バルサミコ伯爵はそれを見て満足そうに頷いた後、僕達を更衣室へ案内してくれた。

 

 

 

 僕達は男性組と女性組、そしてウォーレンさんとフィール達エクシードの外部から監視する3グループに分かれたのだが、その時にフィールから少し警戒するように注意を受けた。

 

 そしてそれぞれ更衣室に入り、用意された普通の黒いスーツを着用する。

 更衣室から出るとナツさん達は着替えを終えており、後はエルフマンさんだけだ。

 

「あ、グレイさんネクタイ緩いですよ?」

 

「んぁ? こんくらい大丈夫だろ」

 

「貴族の人達も沢山居るんですから、その辺りしっかりしてくださいよ……」

 

 ため息を溢しながらグレイさんのネクタイを締めると、隣からナツさんの笑い声が聞こえてきた。

 グレイさんは腹を抱えて笑うナツさんを見て舌打ちし、違和感があるのかネクタイを弄りながら苦笑いを浮かべる。

 

「こういうのって結局、いつの間にか緩めてるんだよな」

 

「じゃあ緩められないようにきつく締めますね」

 

「ぐぇ!」

 

 頭を掻くグレイさんとの距離を瞬時に詰めてネクタイをきつく締めると、グレイさんの体はビクンと跳ねて両腕がピンと伸びた。

 

「今回は服脱いじゃダメですからね?」

 

「お、おう……」

 

 グレイさんに人差し指を立ててそう言うと、グレイさんはコクコクと何度か頷いて冷や汗を垂らす。

 すると、そこに着替え終えたエルフマンさんがやって来たので女性組と合流するために舞踏会の開催されている広間へと向かった。

 ちなみに、苦しくなるほど笑っていたナツさんにはトロイアをかけておいた。

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

 広場へ来て少し待っていると女性組が到着したのだが、僕達と合流する前にエルザさんが軽めの口調で話す男に誘われた。

 ウォーレンさんの指示でエルザさんは男を調べるためにダンスを始め、ルーシィさんも誘われてダンスを始める。

 

 続いて突然現れた女性二人にナツさんとグレイさんは無理矢理ペアを組まされ、エルフマンさんも誘われて全員が散り散りになってしまった。

 

「みんな誘われちゃったね……」

 

「取り敢えず、僕達は怪しい人を探そうか」

 

 残った僕とウェンディは怪しい人を探すために周囲を見ていたのだが、突然歓声が聞こえ、そっちに視線を移すとグレイさんが先程エルフマンさんと踊っていた女性と魔法をぶつけ合っていた。

 

 あれほど、あれほどみんなで喧嘩しないように言ったのに……と痛む頭を押さえていると、エルザさんが仲裁に入ってくれたが二人を吹き飛ばしてしまう。

 

「あ、アチェートさんが現れましたよ」

 

 ウェンディの言葉に視線を移すと、バルサミコ伯爵と共に白いドレスに着替えたアチェートさんが広場の階段をゆっくりと降りてくる。

 その美しさに男達はただただ歓声を上げるだけで誰もアチェートさんを誘うことが出来ず、アチェートさんはグレイさんを止める際に男物の服に換装したエルザさんを誘って踊り始めた。

 

「あの、踊ってもらえますか?」

 

 背後から聞こえた声に驚きながら振り返ると、目元を仮面で隠した金髪の少年がウェンディをダンスに誘っていた。

 

「すみません。この子は僕の連れなので」

 

「え!? そ、そうでしたか……すみません」

 

 ウェンディと少年の間に入って断ると少年はウェンディに差し出していた手を引っ込め、困ったように頭を掻く。

 僕がフィールから受けた注意。それはこの舞踏会中誰とも接触せずに、怪しい人物の捜索に集中することだ。

 

 ベルベノは7年前も指輪を狙っており、今回魔導士が護衛していることも予想されていると考えていい。

 その為余り他人とは接触せず、それでも無理矢理触れようとしてくる者がベルベノだとフィールは言っていた。

 

「あの、せめて握手だけでも――」

 

「ごめんなさい、もう行くので……」

 

「ま、待って!」

 

 その場を離れようとした時、少年は咄嗟にウェンディの腕を掴んだ。

 

「ッ!」

 

 振り返り際に蹴りを少年に放つと、少年は腕で蹴りを受け止めて僕の足を抱える。

 少年がニヤリと笑みを浮かべた刹那、大きな鐘の音が響き渡り、僕達以外全員の視線が音を発している巨大な柱時計に固定された。

 周囲全員が柱時計に注目する中、少年はコキコキと音を鳴らしながら首を回す。

 

「よくオレがベルベノだと分かったな? 勘のいい……いや、誰かの入れ知恵かァ?」

 

 仮面の奥から僕を見つめる瞳が細められ、僕とウェンディは構えを取って目の前の相手を警戒する。

 その時、娘にプロポーズしたければあの指輪を手に入れろと言うバルサミコ伯爵の声に反応して周囲の男達は柱時計へ向かっていった。

 

 ベルベノを警戒しながら柱時計の方を盗み見てみると、柱時計は扉のように左右に開いて中で小さな何かが光っていた。

 恐らくあれがベルベノの狙っている指輪なのだろうと理解してベルベノに視線を戻すと、ウェンディがベルベノに魔法を放った。

 

 ベルベノはウェンディの手から放たれた風を跳躍して回避し、元の姿であるアフロヘアの男に戻ると大きく息を吸う。

 

「天竜の咆哮!!」

 

「なっ!?」

 

 ウェンディの技をコピーしたベルベノの咆哮(ブレス)は指輪を浚ってベルベノの手の中まで運んだ。まんまと指輪を手に入れたベルベノは、ニタリと笑ってバルサミコ伯爵を見下ろす。

 

「バルサミコ家の指輪は、このベルベノ様が確かに貰ったぜ!」

 

「ベルベノ……」

 

「おのれ! 指輪を返せェ!」

 

 激昂するバルサミコ伯爵を見下ろしながらベルベノが指輪をクルクルと器用に回していると、その背後から腕に炎を纏わせたナツさんが飛びかかる。

 

「やっと面白くなってきたぞ! ――火竜の鉄拳!」

 

「火竜の鉄拳!」

 

「なに!?」

 

 炎を纏った拳同士がぶつかり合い、後ろに跳んだナツさんが咆哮(ブレス)を放つと、ベルベノも同じように咆哮(ブレス)を放ち、ナツさんの魔法を相殺した。

 

「ダンスしている間にお前の魔法もドレインさせて貰ったのよ!」

 

「ならば私が相手になろう。グレイ、エルフマン、アチェート殿を頼む!」

 

 エルザさんは二人にアチェートさんの護衛を任せるとベルベノに向かっていき、煉獄の鎧に換装する。

 同じ鎧に換装したベルベノとエルザさんは鍔迫り合い、なんとベルベノはエルザさんを押し返した。

 

「無駄だ。ここに居る妖精の尻尾(フェアリーテイル)メンバー全員の魔法を既にコピー済みよ!」

 

「上等だ! 物真似野郎が何処までやれるか、とことん勝負してやる!」

 

 青筋を立ててナツさんが詰め寄ろうとすると、ベルベノは「まぁ待てよ」と言って片手を出してナツさんを制する。

 

「前回は失敗したが、更に7年も辛抱強く待ったのは……アチェート、お前にプロポーズするためだ」

 

 指輪を見せながら放たれたベルベノの予想外の言葉に全員固まってしまい、ベルベノは真面目な面持ちでアチェートさんをじっと見つめる。

 

「お前とはガキの頃からの付き合いだったが、オレはずっと……お前に惚れてたんだぜ?」

 

「使用人の息子だったお前を特別に娘の遊び相手にしてやった恩を忘れたか!」

 

「はんッ! あんたに屋敷を追い出されてから何度もアチェートに会いに行ったが、あんたは身分違いを理由に毎回門前払いしてくれたな!」

 

 その事はアチェートも知らなかったようで、それについてアチェートさんから尋ねられたバルサミコ伯爵は大いに焦り、ベルベノを止めようとした時の勢いはもうない。

 

「オレもそのごもっともな理由で勝手にアチェートの事を諦めた……だがそのせいで心が荒んじまって、いつしか悪事に手を染め、気が付きゃ刑務所暮らしよ……でもよ! 務所の中でお前にちゃんと気持ちを伝えなかった事をずっと後悔してたんだ! だからオレは脱獄して、この7年に一度だけのチャンスに賭けたのよ! しかも二度もな!」

 

 ベルベノは僕達の横を通り過ぎてアチェートさんの前に行くと跪いて指輪を差し出し、結婚してほしいとプロポーズをした。

 バルサミコ伯爵はベルベノを止めようと駆け寄っていったが、それよりも先にアチェートさんがベルベノの元へ行き、「はい」と笑顔でそう答えた。

 

 捕まえる筈の相手がプロポーズを行い、しかもアチェートがそれを受けてしまったことに僕達は愕然とする。

 アチェートさんもずっとベルベノを待っていたらしくそれはもう物語のような話だったが、アチェートさんから出された条件は自首をして罪を償ってからというものだった。

 

 ベルベノはフゥと息をつくと僅かに笑みを浮かべながら頷き、それを見たアチェートさんはベルベノに左手を差し出す。

 最初は分かっていなかったベルベノも直ぐに理解してアチェートさんの手を取り、その左手に指輪をはめる。

 

「二人の門出に拍手だ!」

 

 二人は会場に居る全員に祝福され、ベルベノはみんなに見守られながらアチェートさんに「必ず迎えに行く」と言い残し、評議院に連れられていってしまった。

 

 

 

 

「よし! 今宵はアチェート殿の幸せを願い、踊り明かそうではないか!」

 

「「「オォォ!!」」」

 

 エルザさんの言葉にみんなはダンスを再開し、僕は合流したフィールにお礼を伝えた。

 

「ありがとうフィール。フィールの助言のお陰でベルベノを特定できた」

 

「そんな……私は何もしていませんから……」

 

 と、フィールは謙遜しているがそんな事はない。フィールは物事を冷静に分析し、その結果からその後の展開を見事に推理する。まさしく天才だ。

 今までにもフィールに何度も助けられたし、これからもフィールには何度も何度も助けられるだろう。

 

「これからもよろしくね、フィール」

 

「ふふ、何ですか急に? それよりも、今ウェンディの相手がいないみたいですよ?」

 

 クスリと笑うフィールの視線の先には確かに一人で居るウェンディがおり、ウェンディはキョロキョロと周囲を見回して僕と目が合うと駆け寄ってくる。

 

「ウェンディは踊らないの?」

 

「今日の私はテューズの連れらしいからね。ちゃんとエスコートしないとダメだよ?」

 

「いや、それは……ハイ、精一杯頑張ります」

 

 咄嗟に出た嘘だ、と言いそうになったのを我慢してウェンディの手を取ると、ウェンディは「よろしい」と言ってクスリと笑う。

 同い年で昔から知ってる間柄だからか、ウェンディは他の人に比べて僕に強気だったり、からかってきたりする。

 

 だがそれはウェンディが僕に対して素を見せてくれているというわけで、ニコニコと楽しそうに踊るウェンディを見て、それも悪くないんじゃないかと思った。

 

 

 

 

 

 




 こんなに待たせてしまって本当に申し訳ありません。
 書いてて分かるんですが、多分以前の方が上手く書けてますし誤字も少ない気がします。集中力が以前の方がありましたね……
 書こうにも文が浮かんでこないですよね……


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ポーリュシカ



 お久しぶりです。
 半年振りの更新、今まで更新できずに申し訳ありませんでした。
 自分の満足できる文が書けず、それが原因で徐々に執筆する回数が減っていき、最終的には執筆をしなくなりました。
 それでも、楽しみにしているという感想をいただき、満足できる文でなくても更新だけはしなくてはとまた執筆を始めました。

 本当にすみませんでした。前のような更新ペースではなく少しずつにはなりますが、これからもよろしくお願いします。





 

 

 

 

 

 

 僕達が天狼島から帰ってきて二週間が過ぎた。僕達の帰還の噂は国中どころか大陸中に広がっているようで、週刊ソーサラーがいち早く取材に来ていた。

 みんなは7年の空白を埋めるかのように毎日騒ぎ、僕もようやく7年の変化に慣れ、以前と変わらない幸せな日常を送っている。

 

 そんな中、ギルドでロメオ君からこんな話を聞いた。

 

 

「……セイバートゥース?」

 

「そう。剣咬(けんかみ)の虎、セイバートゥースさ」

 

 

 どうやら、僕達のいない7年の間に蛇姫の鱗(ラミアスケイル)青い天馬(ブルーペガサス)を追い抜き、現在フィオーレ最強の魔導士ギルドとなっているらしい。

 そのギルド名を聞き、グレイさんは顎に手を添えて自身の記憶を探る。しかし、何も思い出せなかったようで、ふぅ、とため息をついて頭を掻いた。

 

 

剣咬の虎(セイバートゥース)ねぇ……聞いたこともねぇな」

 

「7年前はそんなに目立つギルドじゃなかったんだけど、この7年の間に急成長を遂げたのよ」

 

「ギルドマスターが変わったのと、ものすごく強い魔導士が5人加入したのが強くなったキッカケだって聞いてるよ」

 

 

 グレイさんの疑問にビスカさんとアルザックさんが答える。

 ギルドマスターの変更と、たった5人の魔導士の加入。それだけでフィオーレ最強のギルドになったとすると、その5人の強さは僕の想像を容易く越えるものなのだろう。

 

 あのジュラさんや一夜さんの強さは、僕もよく知っている。彼らも7年の間に成長しているだろうし、それを越えるというのはそう簡単なことではないのだ。

 想像できない。7年前は無名だったギルドが、フィオーレ最強にまで至るなど。

 

 

「ちなみに、私達のギルドは何番目くらいなんですか?」

 

 

 考えを巡らせる頭は隣から聞こえてきたウェンディの疑問を聞いて思考を中断し、そちらに思考を向ける。

 建物は7年前と打って変わって小さくなり、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の主力メンバーは天狼島へ行き行方不明。どう考えてもいい結果が予想できない。

 それはシャルル達も同じようで、ウェンディの質問に「聞くまでもないでしょ」と呆れていた。

 

 

「最下位さ」

 

「超弱小ギルド」

 

「フィオーレ一弱いギルド」

 

「ああああ……ごめんなさい!」

 

 

 アイザックさん達は愛想笑いを浮かべながらそう答えた。負けず嫌いのロメオ君もこればかりは諦めているのか、乾いた笑みを浮かべながら下を向いている。

 そんな三人を見てウェンディは頭を抱えながら謝っていたが、その時、ガンッと音を立てながらナツさんが机に足を乗せた。

 

 

「かーっはっはっはっ! そいつはいい! 面白ェ!」

 

「は?」

 

「だってそうだろ!? 上にのぼる楽しみがあと何回味わえるんだよ! 燃えてきたァー!!」

 

 

 疑問符を浮かべていたグレイさんは、ナツさんの言葉を聞いて「やれやれ……」と、呆れていたが、ルーシィさんやロメオ君達はナツさんらしい、と笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

 

 

「マ、マジで……?」

 

「オレらだって、7年間何もしてなかった訳じゃねぇ。それなりに鍛えてるんだ」

 

 

 砂埃で汚れ、目を見開いて驚愕するナツさんと対峙しているのは、傷一つ無い余裕の表情を見せるマックスさん。

 

 7年のブランクで生じた差を確かめる為に手合わせしているナツさんだが、ナツさんの魔法はマックスさんの砂魔法で相殺されてしまっていた。

 

 

「もう一度だッ!!」

 

 

 地面を蹴り、一気に距離を詰めたナツさんは攻撃を仕掛けるが、全て躱されてしまう。攻撃を見切ったマックスさんは砂をぶつけて反撃し、ナツさんを後方へと飛ばす。

 

 

「燃え尽きろ!! 火竜の鉄拳!!」

 

砂の防壁(サンドウォール)!!」

 

 

 着地した片足で地面を蹴り、即座に距離を縮めたナツさんは炎を纏わせた拳で殴り付けるが、砂の壁に阻まれて勢いを殺されてしまう。

 額に汗を滲ませながら火力を上げるナツさんにマックスさんは砂の強度を上げることで対抗していたが、次第に炎付近に電気が発生し、電気と融合した炎は砂の壁を吹き飛ばした。

 

 

「――モード雷炎竜!」

 

「ちょ……何だよソレ……!?」

 

「雷炎竜の――」

 

 

 雷と融合した炎を全身に纏ったナツさんは大きく息を吸いながら上体を反らし、気圧されて冷や汗をかくマックスさんを睨む。

 

 

「――咆哮ォォ!!!」

 

 

 放出された炎はマックスさんの横を通過し、後方にある森の木々をなぎ倒した。

 横髪の先端が焦げたマックスさんは膝が震えており、両手を上げて降参する。

 

 

「ま、参った……あんなの喰らったら死ぬって……」

 

「いつの間に自分の物にしたの!?」

 

「今」

 

「今って……」

 

「凄い……」

 

 

 ルーシィさんの問に答えたナツさんは、「あの時程のパワーは出ねぇな……」と不満そうだったが、今の戦いだけで自分のものにしてしまうセンスは相当なものだと思う。

 ニヤリと笑いながら「次はどいつだ」と振り返り、先程まで自分達でも勝てるんじゃないかと興奮していたナブさん達が震え上がるのを見て、ナツさんはかかかと大笑いしている。

 

 しかし、相当魔力消費が激しかったのか突然倒れてしまった。気を失ってはいないが、動けそうではない。

 

 

「やっぱり魔力の消費が半端ないみたいね」

 

「しかし、コイツァ思ったより深刻な問題だぞ。元々化物みてーなギルダーツやラクサスはともかく、オレ達の力はこの時代についていけてねぇ」

 

 

 グレイさんの意見を聞いてウェンディ達を一瞥してみると、みんなも同じ意見だったようで浮かない表情をしていた。

 確かに、7年前はバラム同盟の一角である悪魔の心臓(グリモアハート)の精鋭達と渡り合っていたナツさんが、今ではあのマックスさんと互角レベル。改めて考えてみると、7年のブランクというのは大きすぎた。

 

 

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

 

 

 あの後、ルーシィさんの“人里離れた森の中に住んでいる妖精の尻尾(フェアリーテイル)の顧問薬剤師、ポーリュシカさんならパワーアップ出来る薬を持っているのでは?”という案で、僕達はポーリュシカさんの元を訪ねてきた。

 

 

「つー訳で――」

 

「帰れ」

 

 

 ポーリュシカさんは僕達を見るとグレイさんの言葉を遮り、拒絶するように音を立てて扉を閉める。

 人間嫌いの人だとは聞いていたが、ここまでとは思わなかった。

 

 それとは別に、数秒程度しか会えなかったが、その数秒でポーリュシカさんの匂いに何か不思議な感覚を覚えた。

 何処かで嗅いだことのあるような不思議な匂い。リヴァルターニの匂いに酷く似ているのだが、決定的な何かが違う。とても似ているのに全く違うと確信出来る“何か”が違っていた。

 

 

「二人とも、どうかしましたか?」

 

 

 ずっと黙っていたせいか、フィールが不安げにそう尋ねてきた。ただの考え事だと答え、二人ともという言葉が気になってウェンディの様子を窺ってみる。

 ウェンディはフィールの言葉に「ううん」と一言だけ返し、俯いている。確かに様子がおかしいし、フィールが心配するのも無理はない。

 

 僕も少し不安になって声をかけようとした時、扉が開き、ポーリュシカさんが出てきた。

 

 

「人間は嫌いなんだよっ!! 帰れ! しっしっ!」

 

 

 ポーリュシカさんは出てくるや否や、箒を振り回して僕達を追い返そうとする。

 扉越しに事情を説明していたルーシィさん達と急いで逃げ出し、暫く走った所で荒くなった呼吸を整え、それぞれその場に座り込んだ。

 

 

「もぉー誰よ、ポーリュシカさんの所に行こうって言い出したの~」

 

「人間嫌いとは聞いてたけど、あそこまでとはねぇ」

 

「シャルル達はエクシードだけど、追い出されちゃったね……」

 

「……ウェンディ、本当に大丈夫ですか?」

 

 

 そんなフィールの声に振り返ってみると、ウェンディが一人で俯きながら座っており、今にも泣いてしまいそうな様子だった。

 

 

「ちょ、大丈夫!?」

 

「あんのばっちゃん! ウェンディを泣かしたなァ!」

 

「違うんです……懐かしくて……」

 

 

 目元を手で押さえながら首を横に振るウェンディに、シャルルは「会った事あるの?」と問いかける。

 目元の涙を拭い、ポツリポツリとウェンディは話し始めた。

 

 

「ううん……今さっき会ったはずなのに、懐かしいの……あの人の声が、匂いが……天竜(グランディーネ)と同じなんです」

 

 

 その言葉に、僕は衝撃を受けた。ウェンディはポーリュシカさんの匂いと声がグランディーネと同じだと言っていたが、それと同じような事を僕も思っていた。

 僕は自分の中で他人の空似だと完結させていたが、そうはいかなくなった。

 

 僕はポーリュシカさんがリヴァルターニの匂いに似ている、と思ったが、ウェンディは "同じ" だと断言した。

 

 

「……確かめなきゃ」

 

 

 動揺のせいか、僕の声は震えており、額に汗が流れる。

 もしも、もしもこれが偶然で無いのならば、ポーリュシカさんは海竜(リヴァルターニ)天竜(グランディーネ)と何か関係があるかもしれない。ずっと探している父親(リヴァルターニ)が何処に居るのか、知っているかもしれない。

 そんな期待を抱いてポーリュシカさんの家に戻ろうとすると、グレイさんに手首を捕まれて止められた。

 

 

「待てよ、冷静に考えてみろ。仮にグランディーネが人間に化けたとしても、少しおかしくねぇか?」

 

「そうね、ナツ達の(ドラゴン)が姿を消したのって、確か7年前。正確には、14年前の777年。ポーリュシカさんって、それよりずっと前からマスター達と知り合いなのよ?」

 

「つまり、(ドラゴン)がいた時代とあの人のいた時代が被るってことね。確かに、これじゃ辻褄が合わないわ。同一人物の線は絶対に無いわね」

 

 

 ルーシィさんの説明にシャルルは補足を入れ、こちらをチラリと一瞥する。

 確かに、落ち着いて考えればおかしい事だ。ウェンディから聞いていたグランディーネの人物像と、ポーリュシカさんは一致しなかった。

 

 

「まぁ、お前らが必死に(ドラゴン)の手がかりを探してるのは知ってるが、一回落ち着けよ。グランディーネって(ドラゴン)は人間が好きなんだろ?」

 

「アクノロギアを見ちゃったし、優しい(ドラゴン)って想像しづらいけど……」

 

「――優しくなくて悪かったね」

 

「「!?!?」」

 

 

 突如背後から聞こえた声に、グレイさんとルーシィさんの二人は声にならない悲鳴を上げる。

 

 現れたポーリュシカさんはウェンディをジッと見つめ、僕達にだけ話しておくと言うと、自分はウェンディの探しているグランディーネではなく、正真正銘の人間だと、はっきりと述べた。

 

 

「悪いけど、(ドラゴン)の居場所は知らない。私と(ドラゴン)とは、直接には何の関係もないんだ」

 

「じゃあ、あなたは一体……」

 

「……こことは違うもう一つの世界。エドラスの事は知っているね? あんたらも、エドラスでの自分に会ったと聞いているよ」

 

 

 ポーリュシカさんからの質問で、みんなの頭に答えが浮かんだ。

 エドラスの人間はこっちの世界に居る人間と姿は同じだが、性格は正反対と言えるほど違う。

 つまり――

 

 

この世界(アースランド)の人間から見た言い方をすれば、私はエドラスのグランディーネという事になる。何十年も前にこの世界に迷い込んだんだ」

 

 

 告げられた事実に、みんな予想ができていたが驚きを隠せずにいた。そもそもエドラスの人間というだけでも驚くには充分なのに、こっちではドラゴンであるグランディーネがエドラスでは人間なのだから。

 マスターに助けられて以降、ポーリュシカさんはこっち(アースランド)が気に入ったそうで、エドラスには帰らずにこっちに残っているらしい。

 

 

「もしかして、イグニールやメタリカーナ、リヴァルターニも向こうじゃ人間なのか!? つーかこっちに居るのか!?」

 

「知らないよ、会ったことも無い。……けど、天竜とは話したことがある」

 

 

 そう言うとポーリュシカさんは懐を探り、マントの中から一冊の書物を取り出した。

 表紙らしい表紙はなく、ただ紙を纏めただけの手作りの本。ポーリュシカさんは、それをウェンディに差し出した。

 

 

「天竜とは会った訳じゃない。魔法か何かで私の心に語りかけてきたんだよ。

 アンタら、"強く"なりたいって言ってたね? そのウェンディって子だけなら、何とかなるかもしれないよ。これは天竜に言われた通りに書き上げた魔法書だ。二つの天空魔法、 "ミルキーウェイ" "照破・天空穿" アンタに教えそびれた滅竜奥義だそうだ」

 

「グランディーネが私に……」

 

「会いに来たら渡してほしいとさ。その魔法はかなりの高難易度だ。無理して体を壊すんじゃないよ」

 

 

 戸惑いながらも受け取った魔法書を大事そうに抱えるウェンディを見ると、ポーリュシカさんは自分の家に帰る為歩き始める。その後ろ姿にウェンディは頭を下げ、嬉しそうに、笑顔でグランディーネと呼んでいた。

 グランディーネと呼ばれたポーリュシカさんの横顔が微かに見えたが、ポーリュシカさんは僅かに微笑んでいた。

 

 人間嫌いではあるが、本当はそれ以上にとても優しいであろうその人は、振り返ることなく森の奥へと帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 







 星空の鍵編なのですが、原作しか持ってなく、アニオリである星空の鍵編の細部まで思い出すことも出来ないのでスキップさせてもらいました。ご了承下さい……
 今までは原作をなぞっていましたが、大魔闘演武編からはオリジナル要素を加えていく予定です。




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大魔闘演武編
海合宿



 後半が深夜テンションで暴走してました。見直ししている際に少し恥ずかしかったです。
 見直しはしていますが誤字があったらすみません。


 

 

 

 

 

 

 

「絶対出るんだーーーッ!!! 出る出る出る出る!!」

 

「出ねぇ出ねぇ出ねぇ出ねぇ!! 絶対認めねぇ! "アレ"にはもう二度と参加しねぇ!!」

 

 ギルドに帰ると、そんな声が外まで聞こえてきた。賑やかだな、と嬉しく思いながら中へ入ると、ロメオ君とマカオさんが口論していた。

 おかえりと出迎えてくれたマックスさん達に挨拶を返し、口喧嘩をしている二人の様子を見てみる。

 どうやら何かに出るか出ないかで口論しているようだが、他の皆もそれには出たくないらしく「出たくない人!」と挙手を求めたマカオさんに賛成し、ロメオ君以外の全員が手を上げていた。

 

「さっきから出るとか出ねぇとか何の話だよ? ルーシィのお通じじゃあるまいし」

 

「そんな話みんなでするか!」

 

 真顔でさも当然かようにそんな事を言ったナツさんにルーシィさんはツッコミと共にチョップを入れる。

 

「ナツ兄達の居ない間に、フィオーレ一のギルドを決める祭りが出来たんだ。フィオーレ中のギルドが集まって魔力を競い合う。その名も――大魔闘演武!!」

 

 その祭の事を知り、僕達は期待に胸を膨らませた。

 フィオーレ中のギルドと実力を競い合うのもいいが、そこまで大規模な祭なら見ているだけでもさぞ楽しいものだろう。

 

「なるほど……そこで優勝すれば、妖精の尻尾(フェアリーテイル)はフィオーレ一のギルドになれる!」

 

「「おぉ!!」」

 

 エルザさんの言葉に歓声を上げ、僕達は出る気満々だった。優勝出来るか不安であまり乗り気ではなかったマスターも、優勝賞金が3千万(ジュエル)と聞いて、出る決心を固めた。

 僕達だけでなくマスターも出ると決めた事により、ギルド内は先程とは一転して大魔闘演武に出場する流れへと変わっている。

 

「燃えてきたァ!! で、その大会いつやるんだよ!?」

 

「三ヶ月後だよ!」

 

「十分だ! それまでに鍛え直して、妖精の尻尾(フェアリーテイル)をもう一度フィオーレ一のギルドにしてやる!」

 

 炎の拳を合わせニヤリと笑うナツさんに触発され、各々が自分の課題を再確認し目標を立てる。

 とりあえず、僕は魔力量の底上げとグレイさんに教わったことを完璧に自分のものにする。

 

 まだ反対する声もあったが、「出ると決めたからにはとやかく言っても仕方あるまい!」と言うマスターに渋々従い、マスターは口角を上げながら右腕を大きく天に突き出した。

 

「目指せ3千――コホン、目指せフィオーレ一! チームフェアリーテイル、大魔闘演武に参戦じゃぁぁ!!!」

 

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

 

 

 大魔闘演武に参加しても、7年のブランクがある僕達はこの時代の戦いについていけないかもしれない。

 という訳で祭までの三ヶ月の間、僕達は海合宿をすることにした。

 

「いいか! この合宿の目的は7年間の凍結封印によるブランクを克服し、三ヶ月後に控えた大魔闘演武を勝ち抜き優勝するためのものだ! 妖精の尻尾(フェアリーテイル)こそ最強のギルドとなるべく、各自、この合宿によって魔力の向上を図ってほしい! ただし、今日一日はフリータイムだ。こういう時はメリハリが大切だからな」

 

 最初は険しい表情で話していたエルザさんだったが、最後には表情を緩めてニコリと笑う。エルザさんから許可をもらい、男性陣は泳ぎに、女性陣はビーチバレーをするために皆は海へと向かった。

 

「どこまで泳げるか競争だ!」

 

「お前の負けに決まってんだろ!」

 

 海に入り、すぐさま競争を始めるナツさんとグレイさんだったが、二人の間を何かが高速で泳ぎ抜けていき、水飛沫が僕達を襲う。

 

「勝負にならねぇなァ!!」

 

 顔にかかった水を手で拭い、声の発生源へ視線を移す。高速で泳ぎ、僕達に水飛沫をかけた犯人はジェットさんだった。そのジェットさんはどんどん離れていき、追い抜かれた二人は悔しそうにジェットさんを睨む。

 ジェットさんに追い付こうと二人は本気になるが、僕も負けていられない。泳ぎは得意だし、ナツさんやグレイさんと言えど泳ぎで負けるつもりはなかった。

 

「泳ぎなら負けません!」

 

「なっ!? 最速最強はこのオレだッ!」

 

「負けてたまるかァ!!」

 

 二人よりも先に泳ぎだし、追い付かれないように本気で泳ぐ。すると、前方に休憩しているジェットさんが見えてきた。猛スピードで追ってくる僕達に気づいて再び泳ぎ始めたが、もう遅い。僕はジェットさんを追い抜き、それに続いてナツさん達もジェットさんを追い越したようだ。

 足から炎を放出してブーストしているナツさんに巻き込まれたのか、後ろからはジェットさんの悲鳴が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 あれからどの位泳いだだろうか。ある程度ビーチから距離が出来てしまったので折り返し、競争には参加しなかったドロイさんの元まで帰って来た。

 四人で円形になるように力を抜いて浮かんでいる。耳から下が海に浸かっており、その海との境界線に心地よさを感じながら何を考える訳でもなく、快晴の空を見ていた。

 

「今頃他の奴らどうしてるかなぁ……」

 

「皆オレらと同じで遊んでるだろ……」

 

 と、リラックスしているのかだら~っとした声が頭上から聞こえてきた。因みに、他の皆は僕達とは別の場所へ特訓に行っている。ミラさん達姉弟とカナさんは山へ、ラクサスさんと雷神衆は行き先は言わずに行ってしまった。

 

「そっかぁ、皆遊んでるよなぁ……じゃあ特訓が終わって次に会うとき、最強になってんのは――」

 

「「――このオレだ!!」」

 

「って、きっと特訓中の皆がそう思ってるだろうな」

 

 そのジェットさんの言葉が二人に火をつけた。ガジルさんに至ってはリリーを連れ、秘密の特訓だと張り切っていた。僕自身もただでさえ大きい実力差を埋めなければならないのだから、これ以上遊んではいられない。

 そう思った時、グレイさんが両手に冷気を纏わせながら跳躍した。

 

 

「遊んでる場合じゃねぇよな! アイスメイク――海!!」

 

 グレイさんが海に向かって魔力を放出すると、僕達や観光客を巻き込んで海を氷漬けにする。

 

「いやー絶景絶景!」

 

「何が絶景だァ! 固めんな!」

 

「さ、寒い……」

 

 太陽に照らされ心地良い温かさだった海水は、凍らされた事により、急激に水温が下がってしまった。更に、海に浸かっている状態で凍らされた為、体が氷に固定され、身動きが取れなくなっている。

 

「あ、安心しろ……こんなもん、オレにかかれば一発で……! か、火竜の―――翼撃ィ!!」

 

 僕と同様震えていたナツさんだったが、真面目な表情に切り替わると両腕の炎を氷に叩きつけ、海を覆っていた氷を砕いた。そのあまりの威力に砕かれた氷は僕達もろとも上へと持ち上げられ、観光客の居るビーチへ落ちようとしている。

 観光客が危ないのではと不安になったけど、その不安は下に見える無数の剣によって打ち消された。

 無数の剣が舞い、水と共に沢山の氷を粉砕する。エルザさんとジュビアさんの魔法だろう。

 

「エルザ達か!」

 

「ちゃっかり特訓してやがる」

 

「僕達もやりましょう!」

 

 落下する氷を足場に上へと跳び、水を纏わせた手で氷を殴り粉砕する。下にあるビーチへ落下する氷はエルザさん達に任せ、上空にまだまだ存在している氷を睨み付ける。

 まだ足りない。チラリとナツさん達を一瞥すると、彼らは次々と氷を砕いている。自分よりも速く、強い。僕では絶対に彼ら追い抜く事は出来ないだろうが、せめて邪魔にならないようもっともっと強くなりたい。そう思うと、自然と腕に力が入る。

 

「これで最後だ!」

 

 烈帛の声に合わせてナツさんは残った一番巨大な氷を粉砕し、砕かれた氷は粉となって雪のようにビーチに降り、幻想的な光景を作り出した。

 

「いやぁ~暴れた暴れた」

 

「何だか楽しくなってきちゃいました!」

 

「初日のウォーミングアップとしちゃこんなもんだろ」

 

「遊ぶよりもこういうのの方が楽しいですね」

 

 そんな会話をしつつ、いつの間にか参加していたウェンディを交えてビーチへ向かっていたのだが、ここで一つの問題に気付いた。

 今現在、ナツさんとウェンディが先頭を歩き、グレイさんと僕がその後ろを歩いているのだが、グレイさんが全裸だった事を忘れていた。見慣れた光景とは言え、他の皆が水着だったためにいつもより違和感がなかったのだ。

 そんなバカなと思うだろうが、今まで気づかなかったのだから仕方がない。ウェンディがこちらを見てしまえば、フルオープンなグレイさんがダイレクトに視界に入ってしまう。

 

 まずいと思った時にはもう遅かった。「というかグレイ水着」と言うハッピーの指摘に、ウェンディが振り返ってしまった。

 刹那、聞こえてくる悲鳴。ウェンディとグレイさんの距離はそれほど離れておらず、ハッピーの指摘の為かウェンディの視線は水着があるべき場所へ向けられたのだ。

 

「全く、羞恥心ってものが無いのかしら」

 

「もっと気を使ってほしいですね」

 

 シャルルとフィールがそう苦言を呈すが、グレイさんに効果はないだろう。

 

「私はこれから特訓を始めるが、お前達はどうする?」

 

 投げ掛けられたエルザさんの問いに答えたのは、シュッと拳を突き出したナツさん。

 

「当然! やるに決まってんだろ!」

 

 皆の答えは決まっていたようで、満場一致で午後からの特訓が開始された。

 

 

 

 

 

 

「おい、テューズ」

 

 声をかけられ、振り返った先にいたのはまた水着を脱ぎ捨てたらしい全裸のお兄さん。

 

「折角だ。また特訓つけてやるよ」

 

「いいんですか?」

 

 思わずそう聞き返した僕にグレイさんは「おうよ!」と笑いかけ、僕とグレイさんの特訓が始まった。

 以前行った修行の際に教わった造形魔法。纏ったり放出したりは出来るのだが、僕はナツさんの炎で文字を作ったりするような出来ない。苦手だったそれを克服するために、造形魔法を教わることにしていた。

 あの修行の後も造形の練習はしていたが、自主練習の間に歪んでしまった部分を修正してもらい、アドバイスを貰う。

 

 更には魔力量を増やすために限界まで放出し続け、その直後に海水を食べて魔力を回復、そして放出。これを繰り返し続け、初日の特訓はとても有意義なものとなった。

 

 

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

 

 

「だーっ! 腹減った~」

 

「まだまだ明日も特訓だしな。食って力つけねぇと!」

 

 宿泊する旅館に戻り、浴衣に着替えて食事に向かう。旅館から見える外の景色は真っ暗で、空の星が街よりも輝いている。

 特訓でヘトヘトになり、お腹が空腹だと主張してきた。どんな料理が出るのかと期待に胸を膨らませながら戸襖を開けると、そこには僕の望んでいたものとはかけ離れた光景が広がっていた。

 

 頬を紅く染める女性陣。ビール瓶を片手に鬼の形相でこちらを睨むエルザさんと、ぐるぐると目を回しながら倒れているウェンディ。ジュビアさんはウェンディを見ながら号泣し、そのジュビアさんにルーシィさんが「遊ぼうよぉ~」と絡んでいる。そして、その光景を見てレビィさんは一人で笑い続けていた。

 

 この人達の状態を聞かれたら、10人中10人が「酔っている」と答えるだろう。

 更には、楽しみにしていた料理が入っていたであろう御膳が空の状態で転がっていた。

 

「信じられねぇ、何で酒飲んでんだよ……」

 

「女将ィ! 何でここに酒がある――ダッ!?」

 

 廊下を睨み、そうグレイさんが叫ぶと、エルザさんが酒器を投げつけた。それは吸い寄せられるようにグレイさんへ飛んでいき、見事に側頭部に命中した。

 

「うるさいぞグレイ。お前もこっち来て飲め。そして酒を注げ。――てか酒を注げェ!!」

 

「超絶面倒くせぇ……」

 

 エルザさんから視線を逸らし、面倒くさそうに頭を掻くグレイさんの額に再び酒器が飛来した。酒器は真っ直ぐグレイさんの額を捉え、その衝撃でグレイさんは後ろに倒れてしまう。

 

「ダメですぅ! グレイ様はジュビアのもの! ジュビアのものなんですぅ!」

 

 依然号泣しているジュビアさんがエルザさんを止めようとする。そのお陰か、エルザさんはグレイさんを諦めてジェットさんとドロイさんの襟首を掴んで戻っていった。

 僕では救えないと小さく合掌しながら二人には心の中で謝罪をし、視線を逸らす。その先には、ハッピーに馬乗りになり指示を飛ばすシャルルが居た。

 

 僕は何も見ていない。心の中でそう繰り返しながらすぐさま視線を逸らす。全くもって巻き込まれない内に逃げよう等とは考えてもいない。

 そう。ウェンディだ。どうやら下戸だったらしく、潰れて倒れていたウェンディが心配だからその様子を見に行くのだ。断じて逃げてる訳ではない。

 

 だが、僕はその選択をすぐに後悔することになった。

 

 

「……テューズ。貴方は確か、魔力量を増やしたいと言っていましたよね?」

 

 倒れているウェンディの様子を見ていた時、突然背後からフィールに声をかけられた。

 美しい紫色の中でうっすらと頬が紅くなっており、ヒック、としゃっくりをしている。

 

「……言ってましたよね?」

 

「ハイ! 言いました」

 

 黙っている僕に痺れを切らせたのか、ギロリと睨みながらそう問いかけられた。その鋭い視線に身の危険を感じ、これ以上機嫌を損ねないよう急いで返事をする。自然と背筋は伸び、全身が引き締まった。

 

「そうですよね。では、私が手伝ってあげますよ」

 

 満面の笑みでそう言いながら、フィールは片手に持っていたビール瓶を僕に差し出した。

 

「えと……これは……?」

 

「これを魔力に変えながら限界まで飲めば、きっと魔力量も上がりますよ」

 

 確かに水を食べれば自身の魔力に変換することは出来るが、流石に無理がある。まだ12歳の僕では魔力量の限界に達する前にウェンディのように潰れてしまうだろう。それをすれば危険だと全身が信号を送っている。何とかして断らなければ僕の命はない。

 

「い、いやぁ……特訓なら今日はもう沢山したし、今はフィールと一緒にご飯を食べたいかな?」

 

「むぅ……そ、そうですか……」

 

 出来るだけ笑みを浮かべると、フィールは照れたように下を向く。

 よし、よし! 何とかこのまま押しきれそうだ。と思った矢先、口に何かが飛んできた。それは僕の口に入り、勢いで上を向かされてしまう。そして、"それ"の中にあった液体が重力に従い、口の中に絶え間なく流れ込んできたのだ。

 

「――ングガグガッ!?!?」

 

「ですが、強くなるためにはやっぱり休んでなどいられません。特訓あるのみです!」

 

 そんな声が聞こえた気がしたが、生憎それどころではない。パニックになったせいで下を向くことが出来ず、僕は陸にいるのに溺れていた。

 何とかビールを飲みきり、荒い呼吸を整えながら床にヘタリと座り込む。アルコールと酸欠でフラフラする頭に、フィール(悪魔)の声が響いた。

 

「さぁ、二本目いきましょうか」

 

 死んでしまう。これを繰り返せば僕は死んでしまう。どうにか逃げようと這っていると、後ろから信じたくない会話が聞こえてくた。

 

「ウェンディ、起きてください」

 

「……うん……? フィール?」

 

「テューズを特訓するので手伝ってください」

 

「……うん。分かった」

 

 嘘だ。きっとこれは酔ったせいで幻聴が聞こえているんだ。そう考えた直後にガシリと肩を掴まれ、そんなささやかな現実逃避は一瞬にして打ち砕かれた。

 

「……私も手伝うよ。こりぇを飲むんだよね?」

 

 クラクラと頭を揺らし、朧気な目でこちらを見るウェンディ。ウェンディのような美少女が頬を染めながらジッと見つめてくれば、大抵の男性は可愛いと思うだろう。だが今の僕は恐怖しか感じない。

 その上手く呂律の回っていない状態で話しかけられたら、普通なら癒されるのだろうか。だがあれは僕に絶望を与える死刑宣告だ。

 

 正常なウェンディなら反対してくれただろう。しかし、意識がハッキリしていないのかウェンディはフィールと一緒に僕の口にビーチ瓶を入れようとしてくる。

 ごめんなさいリヴァルターニ。僕は貴方に会えそうにありません。

 

「や、やめ……いやァァァ!!」

 

 助けを求めようと手を伸ばしたが、その先にいる皆はそれぞれ撃沈しており、もう助かる道は残っていなかった。

 

 

 その夜。僕は初めて家族に恐怖を覚えた。

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

「うぷ……まだ気持ち悪い……」

 

 壁に体を預け、吐き気を堪えて口許を押さえる。毎回乗り物に乗るたびに吐き気と戦っていたナツさんと樽を軽く空けてしまう酒豪のカナさんの凄さが身にしみて分かった。

 脱いだ浴衣をしまい、壁を伝いながら露天風呂へ向かう。先に風呂へ行った皆はもう使っているだろう。そう思っていたのだが、僕が露天風呂へ行くと皆は壁沿いに座り込んでいる。

 

「あれ? 皆さんどうしたんですか?」

 

「いや、ちょっとな……」

 

「気にすんな……」

 

 そうは言われても、気になるものは気になってしまう。ナツさん達は皆額が真っ赤になっているのだが、ドロイさんだけはお尻を押さえて悶絶していた。

 

「あー……あれだ。はしゃぎすぎて転んだだけだ」

 

 疑問符を浮かべる僕に、頬を掻きながらジェットさんがそう教えてくれた。そのジェットさんが僕と目を合わせてくれないが、恥ずかしいからだと自分の中で納得して湯船に浸かる。温かいお湯が体の芯まで温めてくれ、体のアルコールが抜けていくのが気持ち良い。

 

 こうして、合宿の初日は終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 





 グレイに造形魔法を教わったりしているのですが、その点で少し迷っていたりします。海竜という事で技名を海関連にしたいのですが、想像している技にあうようなものがないんですよね……


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星々の歌

 アクエリアスの口調が掴めない……


 

 

 

 

 海合宿2日目。たった2日間ではあるが、かなり魔力は上がっただろう。この調子で鍛え続ければ、3ヶ月後の大魔闘演武までにはこの時代に追い付くことも出来るかもしれない。

 

「かーかッかッかッかッ! 見てろよ、他のギルドの奴等! 妖精の3ヶ月、炎のトレーニングの成果をな!」

 

 そう言ったナツさんは、自分が他のギルドの人達を圧倒している光景を思い浮かべているのか「オレが最強だーッ!」と哄笑していた。

 "炎のトレーニング"と言うナツさんの言葉通り、各々が自分の限界を超えようとキツいトレーニングをしていた。

 

「最初はたった3ヶ月? って思ったけど、効率的に修行すれば、まだ3ヶ月もあるの? って感じよね」

 

 ぐ~っと体を伸ばしてストレッチし、ルーシィさんは腰を下ろす。刹那、ボゴッと音がすると同時に砂煙が舞い、何かが悲鳴を上げるルーシィさんのお尻を押し上げた。

 

「姫! 大変です!」

 

 砂煙が晴れ、ようやくその何かを視認する。ピンク色の髪に、特徴的なメイド服。下半身は地面に埋もれていて見えないが、間違いなくルーシィさんの星霊であるバルゴさんだ。

 

「ちょっ!? 何処から出て来てんのよ!?」

 

「お仕置きですね」

 

 お尻を押し上げられて地面に足の着かないルーシィさんは、見事にバランスを取りながらバルゴさんに文句を言う。一見無表情に見えるバルゴさんだが、よく見てみると主からのお仕置きに期待しているのか若干頬を染め、表情が柔らかく見える。

 

「そう言や、ルーシィが7年間妖精の球(フェアリースフィア)に居たってことは、契約してる星霊もずっと星霊界に居たって事になるのか」

 

 言われてみれば、確かにそうだ。僕は星霊界がどれ程の広さなのかは知らないが、7年間もルーシィさんに会えなかったのは寂しかっただろう。ルーシィさんと星霊は主従と言うより家族のような関係に見えた。

 そう思ったのだが、「それは大した問題ではないのですが……」とバルゴさんが即座に否定する。となれば、問題は別にあるのだろうが、バルゴさんはそこから先を言わずに俯いている。

 

「……星霊界が、滅亡の危機なんです。皆さん……どうか助けてください」

 

 いつもと違い弱々しい声でそう言ったバルゴさんは深く頭を下げた。星霊界が滅亡の危機。衝撃的で一瞬止まった思考を動かし、思考を巡らせる。あり得ない話ではないのだろう。空白の7年の間に星霊界で何かが起きていても、別におかしな事ではない。

 

「星霊界にて王がお待ちです。皆さんを連れてきて欲しいと」

 

「おし! 任せとけ! 友達の頼みとあっちゃあ――」

 

「待って! 星霊界に人間は入れないはずじゃ――」

 

 ナツさんの言葉を遮ったルーシィさんの疑問に「大丈夫です」と一言だけ返すと、バルゴさんは僕達の足元に巨大な魔法陣を展開した。直後、魔法陣は眩い光を放ち、体が宙に浮く。

 浮遊感が消えると同時に体は重力によって落下し、何か地面ではない柔らかいものの上に落ちた。それが何なのか、という疑問を抱く間もなく僕も落下してきた何かの下敷きになってしまい、それがモゾモゾと動き、呻き声を発している事から人間であることが分かった。

 下の人に申し訳ないと体を起こそうとした時、僕は視界一杯に飛び込んできた光景に目を奪われた。

 宇宙のような空間に小さな惑星が無数に浮かび、それぞれに城のような建築物がある。僕達のいる星は神殿の入り口の様な場所になっており、周囲に結晶の柱が並び、一瞬で人を魅了するような幻想的な場所だった。

 

「綺麗……って、そうじゃなくて! 何で私達は星霊界に入れてるのよ!?」

 

「姫、人間でも星霊の服を着用すれば星霊界での活動が可能なんです」

 

「あ、そうなの……確かに服変わってるし……」

 

 今まで景色に魅入っていて気がつかなかったが、確かに服が変わっている。僕のTシャツと水着は、いつの間にか白と水色の衣服になっていた。

 

「よく来たな。古き友よ」

 

 重量感のある声が響き、空気が変わる。声の発せられた方向を向くと、巨人の如き体躯に鎧を纏い、大きなマントをはためかせる星霊王の姿があった。その巨体に加え、鼻下から肩まで届く2つに別れた大きな髭によって威圧感が凄まじい。

 

「お前がここの王か?」

 

「如何にも」

 

「星霊王! 星霊界が滅亡の危機って……」

 

 ”お前”と呼んだエルザさんにヒヤヒヤしたが、星霊王の機嫌を損ねるような事はなかったようだ。星霊王は特に気にする様子もなく、不安げな表情のルーシィさんにニカッと笑いかけた。

 

「ルーシィとその友の、時の呪縛からの帰還を祝して――宴じゃァーッ!!」

 

 星霊王の言葉と共に沢山の星霊が歓声を上げながら現れたのだが、正直状況についていけない。”星霊界が滅亡の危機”と聞いて来た訳だが、いざ来てみると星霊達は元気そうだし、星霊界も見た感じ平和そのものだ。

 

「星霊界滅亡の危機って……?」

 

「てへ」

 

「何ーッ!?」

 

 僕達の聞きたかったことを質問してくれたルーシィさんだが、星霊界滅亡の危機が嘘であることを知って驚愕している。当然僕達もそうなのだが。

 

「MO! 騙してスマネッス!」

 

「驚かせようと思ったエビ」

 

 彼等曰く、星霊達でルーシィさんの帰還を祝いたかったが、星霊であるためにいっぺんに顕現することは出来ない。じゃあ星霊が人間界に行くのではなく、ルーシィさんを星霊界に呼んでしまおうと言うことになったらしい。

 それでも今回こうして招待したのは特別らしいので、普通であれば出来なかったのだろう。

 

「さぁ、今宵は大いに飲め! 歌え! 騒げや騒げ! 古き友との宴じゃ!!」

 

 星霊王がそう言うと、僕達の周囲に豪華な食事が出現した。最初に妖精の尻尾(フェアリーテイル)に来たときはこう言うノリに戸惑っていたが、もう慣れた。

 皆もすぐに星霊達と打ち解け合い、豪華な食事を食べ始める。僕も食べようと食事を見て回っていると、声をかけられた。

 

「あんた海の滅竜魔導士だろ? ほら、ここ座りな」

 

 僕に声をかけてきたのは、人魚のような姿をした宝瓶宮の星霊、アクエリアスさん。その隣にはジュビアさんもいた。

 アクエリアスさんは怖いというイメージが強いためにこうも顔をジロジロと見られると変に緊張してしまう。

 

「ふむ、女――彼女はいるのか?」

 

「――へ?」

 

「彼女だよ、彼女。恋人の事。恋に早いも何もないんだし、今のうちから考えておかないとルーシィみたいになるよ」

 

「は、はぁ……」

 

「確かに。テューズ君ってウェンディとずっと一緒に居ますけど、その辺りどうなんです?」

 

 と言うジュビアさんの質問に続き、アクエリアスさんも次々と聞いてくる。以前に女性は恋話への食い付きは凄いと聞いたことがあったが、まさかこんな所でそれを実感するとは思っていなかった。

 しかし、ウェンディについてと言われても、ウェンディは恋人と言うより家族と言うか、兄弟と言うか、余りそう言う関係になる事を想像出来ない。

 

「あ~、距離が近すぎるって奴か。少し距離を置いてみたらどうだい?」

 

「なんて贅沢な! ジュビアはもっとグレイ様と距離を縮めたいのに……」

 

「?? グレイさんと仲良くなりたいなら、明日一緒に修行しますか? 明日はグレイさんとやる予定でしたし」

 

 ジュビアさんなら属性的に一緒にやっても差し支えないだろうと思って誘ってみたのだが、思っていた以上に反応が大きかった。

 凄い勢いで僕の手を取ると、ジュビアは鼻息を荒くしながらグンッと距離を縮めてくる。

 

「是非!!」

 

 若干怖いと思ってしまうほどの勢いに、コクコクと首を縦に振って意思表示をする。するとジュビアさんは落ち着いたのか自分の椅子に戻り、明日の事を考えて胸を踊らせていた。

 

「……で、本当に恋人は居ないのか?」

 

「いや、居ませんよ」

 

「チッ」

 

 舌打ちされた。はぁと大きくため息をついたアクエリアスさんは、その後ジュビアと苦労話を共感し合いながら僕に、恋愛とはどういうものか、と語り続けていた。

 そうして2人の話を聞いているうちに時間は過ぎ、この宴の終わりも近づいている。2人の話は聞いていて面白かったし、僕にとっては凄く新鮮だった。

 

「次会うときまでには彼女作りな」

 

「えぇ!? そんな急に……」

 

「冗談だ。何をとは言わないが、頑張りなよ」

 

 表情を和らげたアクエリアスさんはバシンッと僕の背を叩く。力強さに咳き込みそうになったが、気持ちは充分に伝わってきた。

 

「古き友よ。そなたには我々がついてイル」

 

「これからもよろしく頼むぜ」

 

「いつでも私達を呼んでください」

 

「皆さん、ルーシィさんをこれからもよろしくお願いします!」

 

 宴も終わり、僕達を見送ってくれている星霊達のルーシィさんへの眼差しは、信頼や愛情、友情等色々な感情が込められている。

 

「では、古き友に星の導きがあらんことを!!」

 

 マントを大きくはためかせると同時に星霊達はいなくなり、僕達を送ってくれるバルゴさんだけが残った。

 今日は目一杯星霊界で遊んでしまった為、皆のやる気は高まっている。ジュビアさんに至っては明日グレイさんと一緒に特訓できると、今からソワソワしていた。

 

「そう言えば一つ、言い忘れてた事が。星霊界は人間界とは時間の流れが違うのです」

 

「まさかそれって……星霊界(こっち)での一年が人間界での一日……みてーな?」

 

「夢のような修行ゾーンなのかッ!?」

 

 ナツさんとグレイさんはキラキラした期待の眼差しでバルゴさんに問う。するとバルゴさんは、その期待を情け容赦なく打ち砕いた。

 

 僕達が星霊界に行く前と違って少し肌寒い風が頬を撫で、放置されていた為か萎んでしまったビーチボールが無造作に置かれている。

 驚きの余り人間界に戻ってきても動けない僕の脳内に、衝撃を与えたバルゴさんの言葉が再生された。

 

『いいえ、”逆”です。星霊界で一日過ごすと、人間界では”3ヶ月”経っています』

 

 もしかしたら3ヶ月も経っていないかもしれない、と最後に残った淡い希望も、人間界に残っていたドロイさん達の「大魔闘演武はもう5日後だぜ!」と言う発言によって消え去ってしまった。

 受け入れがたい現実を前にヘナヘナと腰が抜けて膝をつく。

 

「終わった」

 

 その呟きと同時にナツさん達は倒れてしまい、ウェンディは泣いてしまっている。

 どうすれば……と空っぽになった頭の中でその言葉だけが繰り返される。どうすればいい。7年の後は3ヶ月の間空白ができるなんて、冗談だったらどれ程良いものか。

 

「ヒゲェ!! 時間返せーッ!!」

 

 夕陽に染まるビーチに、ルーシィさんの叫び声が虚しく響いていた。

 

 

 





 更新が遅くなってすみません。先週から立て込んでいたのですが、今週はほとんど暇がないので少し短いですが更新しました。本当はもう少しやる予定だったんですが……
 少し忙しくなってしまい、次の更新も遅くなるかもしれませんが、よろしくお願いします。


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