プロサバイバーぐだ子の人理修復(仮) (くりむぞー)
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序章
ダイナミック人理修復の始まり


いわゆる魔改造ぐだ子モノです。
しかも、ゲームと違い成人もしてますしお酒も飲めます。割りと毒舌キャラです。
ビジュアル的にはるろうに剣心の緋村剣心をおっぱいの付いたイケメンにした感じです。顔に傷も負っていますが☓じゃなくて一文字です、はい。


 

 『人理継続保障機関フィニス・カルデア』……そんな組織の名前を耳にした時、私は即座に「あっ、また胡散臭い組織に関わっちまったぞ」という焦りを覚えずにはいられなかった。

 

 ――それは何故かって? ……全てを振り返って語ると疲れるだけじゃ済まされないので割愛するが、私こと、大学を卒業したてのうら若き乙女である藤丸立香のこれまでの人生は悲しいまでに波乱万丈に満ちていた。

 というのもあれだ、別に両親が離婚したとか事故に遭って長らく車椅子生活が続いたり、国民のごく僅かにしか発症しない病気になったりなどしたわけではない。一歩間違えば似たような状況になりかねなかったが、まあそれは奇跡的にも現実に起こり得なかったから良しとする。

 

 さて、私がこれまで何を体験してきたかについてであるが、手っ取り早く説明するならばそれは――『怪奇現象』だ。ケースが多岐にわたるので語りやすい内容のみに限定するが……そうだなぁ、何時頃から巻き込まれるようになったかについてまず答えると、ぶっちゃけ小学生という世間的に見てガキンチョの頃である。

 当時の記憶を思い返すが、あれは途中から巻き込まれた感じが否めなかった。――否、実際にそうだった。まさか偶然遠足に来ていた山で迷子になったクラスメイトを探していたら、羽虫をグロテスクにした上で巨大化したような存在に襲われるなんて思わないだろう。

 あの時は寸前のところで職業様々な大人数名に助けられたが、もし彼らと出会っていなかったら今頃は首のない無残な死体となって発見されていたに違いない。……結局、その後は無事にクラスメイトも生きてる状態で見つかり無事に下山することが出来たが、刑事だという一人に家まで送ってもらった時の言葉が今でも耳に残っている。

 

 

『……いいかい、奴らに君も目をつけられているかもわからない。気をつけなさい』

 

 

 思えばこれは警告だったのだろう、もう二度と平穏な日常を送れると思うなという……実際、その通りになり、私は死と隣り合わせな生活を送らざるを得なくなった。刑事さんが言っていた『奴ら(・・)』に文字通り目をつけられてしまい、その時から戦い続けることを強いられてしまったのだ。

 それからというもの、何処ぞの古びた屋敷では怨霊だの異形と化した館の主に襲われ、ある時はケモミミ幼女を抱えながら教団を名乗る連中や亡者と戦ったり、またある時は観光に訪れた村のヤバイ儀式に介入したせいで住民のほぼ全員と追いかけっこした挙句変な液体で押し流したり、さらには忍者を名乗る集団や巨大生物同士の戦闘に出くわし後始末を押し付けられたりもした。

 そして気がつけば私は、異常事態の収拾をつける為の組織に半ば強引に参加させられ、同じように怪奇現象に巻き込まれた人間のケアや応援に呼ばれるようになり、いつの間にやら『プロサバイバー』だの『困ったときの姐さん』だの『おっぱいの付いたイケメン』『ちくわ大明神』だの良いように言われるようになってしまっていた。おい、最後のは何だ。

 おかげで服を脱ぎ去れば生傷は絶えず、虐待でも受けているのかとたまに誤解される始末だ。一応その度に誤解は解いているが、回数が増えるといい加減面倒臭くなりつつあった。

 

 ――で、結局なんだっけか。ああそうそう、カルデアとかいう組織についてだったか。

 つまるところ、過去の経験則から変な組織集団に良くも悪くも絡まれていただけに警戒心がパないのである。そもそも、何で献血したらアニメ作品のポスターが貰える的なイベントに参加したら、直後に「君には適性がある!」とアロハシャツの外人に勧誘されとるんでしょうか私。つーか、カルデアって人里からものっそい隔絶された雪山にあるのかよ。益々ヤバイし生かして帰すつもりねーなこりゃ。

 とりあえず二つ返事で勧誘を受け入れるわけもいかず、ちょっと考えさせてくれと時間を貰って上司的な立場にいる人に急ぎ確認を取ったが、国連が公認する組織と聞いて思わず愕然とした。もしかすると、またしても世界レベルの何かの陰謀か計画が自分たちの知らぬところで動いているのではないかとそう思ったからだ。

 

 正直、関わるべきか迷いはしたが、私以外に40名以上スカウトされているとの情報が追加で回ってくると動く以外の選択肢はなかった。……隔絶された環境に、適性云々で集められた数十名。こういうケースでは大抵違法な人体実験やらが行われている可能性がある。

 その事を踏まえて、私は最悪施設の破壊も辞さないようフル装備を整えると、日本を出発して問題の大型施設へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 結論から言うと、私が警戒していたことは半ば(・・)杞憂に終わった。

 どうやら、施設のトップたる所長が言うには適性者をスカウトした目的は、世界的な危機を解決するためとのことだった。どう危機的かというと何でも、「未来を観測して今後の世界が安泰かどうか確認したら、滅んでんじゃねーか! どういうことやねん!?」――ということらしい。何でだよって思ったのも束の間、原因の一つに観測された異常なエリア『特異点F』が関わっているそうだった。AじゃなくてFなのは冬木市と呼ばれる都市の名前から取っているとのことだ。

 ふーん、なるほどねー……と感心していると、唐突に強烈な眠気が襲ってくる。確か霊子ダイブとやらのせいでどうしても眠くなってしまうのだとか。入館した直後もこれのせいで冷たい床に伏す羽目になっていた。割りと気持ちよかったがな。

 でも他の皆はピンピンしているわけで……気になって隣の席の子に小声で尋ねたところ、私以外の皆は前日には既に入館していたらしい。何だよ私だけハンデありとか許せん。集合日時を意地悪で遅れて教えられた気分である。ぷんぷん。

 不満を顔に出して所長にぶつけていると運が悪いことに目があった。嫌そうな顔をしていることが癪に障ったのか、もしくは所長自身ストレス溜まっているのかは知らないが適当に相手をする。ペラペーラ、ペララっと。

 

 ――その結果、見事に怒りを買ってしまいファーストオーダーとやらから外された。やったぜ(・・・・)

 

 だってねぇ、やろうとしていることは真っ当な事なんだろうけど、物騒なこと考えている気配を持った人間が既に紛れている(・・・・・・・)時点でアウトでしょう。流石に誰かは特定できなかったが、少なくとも誰かに殺意を向けていることを理解するのは容易だった。こんな所にいられるか私は部屋に戻らせてもらう!(フラグ)

 一先ず、何かありそうな雰囲気なので自室で待機することを決め、今日あったばかりなのに何かと世話を焼いてくれている眼鏡っ娘のマシュの案内を受けて部屋の前に立つと、微かだが内部から鼻歌が聞こえてくる。

 部屋を間違えたのかと思ったが、部屋番号は入館証の記載内容と一致していた。つまり、部屋にいるのは……不法侵入者だ。

 そうとなればダイナミックエントリーである。既に運び込まれているであろう荷物には私以外が触れれば危険なものが幾つかあるのだ(何故検査をパスできたのかは疑問だが)。その事で騒ぎになるのを避けるためにも、まずは侵入者の体に覆い被さって組み付きをかける。唸れ私の筋肉。

 

「……へっ?」

 

 呑気にベッドの上で何かを物色していた白衣の男が口をポカンと開けているのを余所に、私は訳あって黒い長手袋で覆っている左腕をナイフのように突き出し相手の喉元に突きつける。

 

「――私の部屋で何をしているの?」

 

「ひぃ!? こ、ここ空き部屋でのはずじゃ……だからサボり部屋に使ってたんだけど……」

 

「サボり? ……失礼だけど、貴方の名前は?」

 

「ぼ、僕はロマニ・アーキマン、ここの医療部門のトップだっ!!」

 

 そう言って、男は首から下げていた身分を示す顔写真入りの証明書を見るように促してくる。……心理学的観点から見てもどうやら嘘はついていないようである。では問題は、彼が何を物色していたかだ。

 拘束を続けたまま周囲を確認すると、書類に紛れて白い何かが付いた皿と……フォークが見つかった。匂いも確かめるが、なるほどサボりに部屋を使用していたというのは本当のようである。てか、ケーキだこれ! 人の部屋で甘いもの食ってんじゃねえ!

 馬乗り状態を解除した私は非礼を働いたことを素直に詫びた。平謝りでないちゃんとした謝罪だ。

 

「……そうか、君が最後の子なんだね。……え、荷物? 床にはなかったからクローゼットかベッドの下じゃないかな?」

 

 ロマニの指摘通りに荷物はすぐに見つかった。特別荒された痕跡もなく、すぐに持ち出すことはできそうだった。持ち出し用のリュックに手早く荷物を移し壁際に置いておく。

 事が本日中に起きるかはさておき、今は追い出された経緯でも説明して暇を潰しつつ、把握しきれていないカルデア内の内部情報を聞き出すとしよう。

 

「――とまあ、そんなわけで」

 

「それは災難というかこちら側のミスだ。一般枠ということで蔑ろにしてしまって申し訳ないね」

 

「いえ、結果的にオーダーから外されてよかったと思います。こっちも万全じゃない状態で参加しても迷惑かけるだけですし」

 

 レイシフトとやらの直後に不意打ちでもされたら咄嗟に反応できないかもしれないからな。意識が覚醒してない中の攻撃はマジ勘弁。

 世間話を交え情報を引き出していると、前所長がなくなったことやマスター適性がない故に現所長が追い詰められていること、それと……直接的な表現ではないがレフ教授に依存している気があることを引き出せた。あっ、これレフ教授が死んだら手が付けられなくなるパターンやね。遠回りだけどカルデア内を混乱させるには十分な手段と言えるだろう。

 ――などと、考えていると早速その本人からロマニ宛に通信が入り、中央管制室でレイシフト実験が開始されることが伝えられた。今医務室にいるんだろうと尋ねられているが、ところがどっこい私の部屋である。こちらに来いと言われてすぐに駆けつけられる距離にはいなかった。

 

「あはははは………」

 

 笑っている場合じゃないだろうに。こら、どうしようって顔をするな。自分でなんとかしろよ。

 というか、レイシフトもうやんのかよ。はえーよ。つくづく私に不親切だなぁもう。……ってあれ、電気が点滅して、消えた……停電?

 

「な、何だっ!?」

 

「これは……」

 

 突然の出来事にお互いに戸惑う中、間髪入れずに轟音が遠くから鳴り響き室内を震えさせた。恐らくこれは――爆発。それも規模の大きな。

 ……問題は何処で爆発したかであるが、そんなものはすぐにわかった。スピーカーからアナウンスが聞こえ、中央管制室――今しがたロマニが向かうように要請された場所が騒ぎの大本であると言ったのだ。

 畜生、陰謀渦巻く何かが起こったのだとしても、早すぎる―――。

 

「……ちっ!」

 

 よもやすぐに使用することになるとは思わなかった荷物一式を抱え、私は部屋を飛び出した。

 

「藤丸君っ!? どこへ――」

 

「……決まってる! 管制室だっ!」

 

 静止を無視して走ると遅れてロマニも後をついてくる。それを横目に私は大きく指笛を吹いた。途端、背後から素早い足音とともに息遣いの荒い灰色の何かが両者の間に入った。

 

「ええっ、犬っ!? ――いや、オオカミッ!? 何で!?」

 

「私のペットです! ……シルバ、誘導お願い!」

 

「ワンッ!」

 

 交渉して入館を認めてもらっていた飼い犬もとい飼い狼(性別:メス)に指示を飛ばし、安全な侵入経路を辿って中央管制室の奥の様子を窺う。生存者は……駄目だ、瓦礫が邪魔な上に皆揃って筒状の装置(コフィン)に入っているせいで生きているか死んでいるかの判断もしにくい。

 

「――自動消火設備はこの部屋にはないの!?」

 

「……あるはずだが作動していない! 爆発で故障したか切られているのかも――とにかく、このままじゃ不味い!」

 

「どうするの!?」

 

「ッ、僕は発電所の様子を見てくる! カルデアの火をここで止めさせる訳にはいかない……君も早く逃げるんだ、でないと隔壁が―――あっ」

 

 振り返れば入ってきたばかりの扉は頑丈にロックされてしまっていた。

 おいおい、言ったそばから閉まってんじゃん。っべーなおい。

 

「ちなみに内側から開く方法は?」

 

「……この状況じゃ無理だよ。一度閉まってしまうと強引に吹き飛ばすぐらいしか方法は……でも、君は」

 

 一般枠。要するにマスターとして適性はあっても魔術に関してはトーシロの役立たずってわけだ。残念だったな。

 

「ここまで、なのか……」

 

 ガクリと膝を折り項垂れるロマニ。そんな彼を見て私は呆れて溜息を付いた。

 ――諦めるの早すぎだろうと。仕方がないのでちょっと本気を出すことにする。

 

「しゃーないけど、いっちょやりますかね」

 

「ふ、藤丸君?」

 

 背負っていたリュックからランドセルに入れたリコーダーのように無理矢理括り付けていた、『キミタケブレード』とカタカナで刺繍された包みを取り外し、残った荷物をロマニへ押し付ける。そうして、包みから中身を露わにした私は棒状の持ち手を掴み……居合いの構えを取った。

 

「いやいや、そんなまさかっ!?」

 

「その、まさかだっ!!」

 

 刹那、構えた獲物には不釣り合いな斬撃という名の衝撃波が放たれる。

 ただの一閃……だったにも関わらずそれは隔壁を溶かすように消し去り、通って来た道を管制室から覗かせた。

 えっーと何だっけこの技、えらく長ったらしい名前だった気がするけど……まあいいや、今日からこの技は隔壁殺しな! ほらロマニ、道は文字通り切り開いたぞ。発電所に行くならさっさと行きなされ。

 

「なんて無茶苦茶な……君は、一体何者なんだい」

 

「そんなことは今は語ってる余裕はない。こっちは生存者がいるか探すから早く火をなんとかして」

 

 預けていた荷物をふんだくるように回収し、私は彼を外に押し出すとさっさと瓦礫を乗り越えて中枢へと向かった。

 途中、装置に入った人間の容態を覗き見るがどいつもこいつも見るからに危篤状態にあり私一人では手の付けようがなかった。医学的知識は一応持ち合わせているが、完全に応急処置でしのげる度合いを超えている。

 カルデア内に医療スタッフが何人いるかは知る由もないが、とても一度に捌ける量ではないだろう。

 

「……くそっ」

 

 爆発の規模からして犯人は最初から適性者全員を殺すつもりだったと仮定。もしくは、特定の誰かを狙うために巻き添えにされたのかもしれないが、そうなると候補に上がるのは所長か教授だ。運良く被害を免れたロマニもターゲットに含まれていた線もある。

 やはり、集められた人間の中にカルデアの活動を快く思わない人間が居たのだろうか。最初に集められた時に特定できていれば……いや、精々気が狂っていると笑われるのがオチだろうな。過ぎたことを後悔しても意味はない。

 

「誰かっ! 生きているなら返事をして!」

 

 生存者に大声で呼びかけるも目立った反応はない。となれば、返事ができる状況下に置かれていない可能性が高いということだ。

 ならば、私の相棒たるシルバのみが頼りだが果たして――ん、遠吠えが聴こえるが、犬ではない甲高い声も混じっている。この声は何処かで………。

 最奥部から響く声に従って何とか呼ばれた場所に辿り着くとそこには、見覚えのある猫のようだけどそうでないような白い生物が一緒にいて、その後ろには見知った誰かが――マシュ・キリエライトが瓦礫の下敷きになって倒れていた。

 

「マシュっ!?」

 

 すぐに駆け寄り、脈を測る。辛うじて脈はあるものの非常に弱々しい……体温も低下しているようだ。出血は……頭部からと、瓦礫に埋もれている下半身から多数。無理に引き摺り出すのは困難だった。これでは応急処置もクソもない。

 

「せ、んっ、ぱ……い?」

 

「……ッ待ってて、すぐに助けるから!」

 

 意識はあっても弱々しく、持って数分かもしれない。早急な集中治療が必要だ。

 けれど、運び出すのは現実的に考えて不可能。そう、現実的(・・・)に考えれば―――。

 

「………」

 

 決断を躊躇している余裕はない。大事なのは助けられるか助けられないかだ。

 実際問題、助けられることには助けられるの(・・・・・・・・・・・・・・・)だが、それによって私は最悪嫌われるかもしれない。それが少し怖かった。

 

「背に腹は代えられない、か……」

 

「わ、たし、のことは、いい、んです――は、やく……にげ、て」

 

「――ッ」

 

 この娘はもう死を悟ってしまっているというのか。

 その若さで、その世界の広さを知らない純粋な瞳で、それを悟るのは―――早すぎる。

 ふざけるな、もっと生き足掻いてみせろ。生きることをまだ、諦めるな。

 

「……マシュ、私がいいって言うまで……目を閉じていなさい」

 

「えっ?」

 

「今、助けてあげるから」

 

 覚悟を決め、己のなかの恐怖を殺し、私は左腕の長手袋を外す。

 一見すると、何の変哲もない普通の腕のようにも見えるがよく目を凝らせば誰でも違和感(・・・)に気づけるだろう。

 ……そうだ、私の腕は厳密に言えば()()()()()()()()。その証拠に、肘の上の辺りで肌の色が異なり境目が出来ていた。まあ、それだけならまだいいが問題はここからである。より違いを際立たせるために私は腕を……変形させた。色は鉛色のようになり指先は触手のように蠢いていた。

 

「フォウッ!?」

 

 ああ、不思議生物のフォウにも見ないように頼んでおくべきだったか。すまんがマシュには教えてくれるなよな。

 腕の形を再構成し、己の身長と同等かそれ以上のサイズに固定する。そして、瓦礫の隙間に手をかけて力一杯に掴むと、指先の肉の焼ける感覚が自身を襲った。……が、そこまで痛くはない。

 

「つくづく私って……いや、これは彼女(・・)の侮辱になってしまうか」

 

 回想に浸ることのないよう首を振り、マシュを救出することだけに意識を傾けると徐々に彼女と瓦礫の間に隙間が開き始める。長くは時間をかけていられない……よって、勢いのままに浮かせてそのまま反対側へと押し倒す。ズゥン……と重々しい音が響いたのを確認した私は、急いで腕を元に戻してマシュに近づいた。濃い血の匂いが鼻の奥を突き刺す。

 

「……思った以上に酷い」

 

 瓦礫で隠れていた部分は完全に潰れていた。この分では骨は何処もかしこも既に役目を果たしていないだろう。加えて、臓器へのダメージも大きいように思える。

 この分では、私の持つ技術では痛みを和らげる程度がいいところだろう。さっさと安全な所に運びたいが担架なしで運ぶのは負担が大きかった。ロマニはまだ戻らない。

 

 そこへ、追い打ちをかけるようにアナウンスが鳴った。

 要約すると、近未来100年の人類は存在せず、何もかもが終わっているとの事だった。であれば、何時の時点で終わりが確定するのか――もしや、今か?

 

 続けて、レイシフト実験について続報が入る。

 該当メンバーが確認できない……当たり前だ、皆瀕死状態なんだぞ。これで確認なんてしやがったら死に体で変な所にワープだぞ。止めを刺すつもりか。

 ああん、確認しましただと? おいおいマジで殺しにかかるつもりか……って、No.48を再登録?

 私を勝手に登録するな、マシュを放って実験に参加させるつもりか。巫山戯んな、ぶち殺すぞ。

 

 こちらの拒絶を無視した身勝手なカウントダウンが開始され、視界が、意識が段々と揺らいでいく。

 

「せ、んぱ……」

 

「――くっ、そおおおおおぉぉぉぉぉ!!!」

 

 

 しがみ付くようにマシュの差し伸ばした震えている手を強く握った瞬間、私の存在はカルデアから消滅した。

 

 




主人公が最初から人外化している件について(どうしてこうなった

彼女が体験した内容については章を追うごとに解説する予定です。


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SAN値直葬式オルタナティブ

お気に入り登録ありがとうございます。
クトゥルフ神話TRPGもっと流行れー


 ――ありとあらゆるモノが焼ける臭いがそこら中に漂っている。

 一体何事だと目を開くと、視界に映るもの全てが炎に包まれていた。

 ……一目でカルデアの管制室内ではないとわかるが此処は一体何処だ。私は藤丸立香だ。それはわかってるからいい。

 というか何だ、さっきから頭を小突いてくる奴は。起きてるっつーの。

 

「おっ、気がついたかリツカ」

 

「何だこの、痛Tシャツしか着てないケモミミ幼女……どちたの、迷子かな?」

 

「……お前、わかってて言ってんだろ」

 

 サーセン。そう怒るなよロリっ子め。

 起きたての私に辛く当たる、『SAN値直葬』と書かれたTシャツ姿の謎の白髪犬耳幼女の名前は、シルバ。

 ――つまりは、直前までカルデアに一緒に居た狼だ。何を隠そうコイツはとある実験施設で保護した人狼であり、私が保護することで保健所送りを回避している運の良い奴だ。

 なお、名前の由来は出会った時に首にぶら下げていた銀の弾丸に由来していたりする。まあ、今はそんなことはどうでもいいので現状把握を優先しよう。

 

「で、ここは何処なのさ」

 

「――ん、多分、冬木ってところだろ。アナウンスでも言ってたじゃんか」

 

 だろうな。そうだろうとは思っていたけどさ。冬木って常時炎上しているのが名物でしたっけ。オールウェイズ本能寺の変か何かかよ。たまげましたな。

 ……冗談はさておきだ。火のないところに煙は立たないのだから、何か異変が起きて炎上するに至ったのだろうなと見当をつける。

 ガス爆発や爆破テロの線をまず第一に疑ったが、その程度で人類の未来が消失するならとっくに世界は何度も終わってるという話になった。だとすればなんだ、何処ぞの馬鹿が邪神を複数召喚するなりして戦い合わせたか? いやでも、もし仮にそうなら今でも戦っていて炎上どころじゃないはずなんですが、別に何にも居ませんね。

 

「というか、さっさとイス人の誰かに連絡して『本当に未来なくなったの?』って質問しとけばよかったわ」

 

 イス人とは旧支配者の一つであり、大いなる種族とも称される存在のことだ。時間と空間を超越する技術力というか科学力を有しており、大体の連中は生物もとい人間の肉体に憑依し気に入ったこと、興味を持ったことに関して知識を収集したりしている。

 また、時間を見守るタイムパトロールめいた事をしている存在もなかにはいて、結構トラブルに対して助言やフォローをしてくれる事もしばしばあった。

 余談だが、結構仲が良いので個人的に連絡先も交換していたりする。電話すると高確率で渋いおっさんヴォイスなんだが皆そういうのが好きなの? ダンディフェチ?

 

「……ま、電波立ってねぇし無理なんですけどね」

 

「えっ、向こうに電波もクソもないだろ?」

 

 そーでしたね。相手、圏外何それ美味しいのって感じで連絡してきますしおすし。

 のんびり知り合いのイス人の誰かが生き残っていて連絡してくるのを落ち着いて待ちましょうか。別に知り合いのまた知り合いでもOKよ。

 問題はこっちの生存に気づいてくれるかどうかだが。

 

「大丈夫だろ、お前なら無事なんじゃねーかなってきっと向こうにも思われてるはず」

 

「………」

 

「――察した。もう言われたことあるんだな、悪かったよ」

 

 イス人に限らず、似たようなこと言われまくった私の気持ちがわかるものか。わかってたまるものかよオオオオオッ!!!

 私だって殺されたら死ぬんです……って何言ってんだ私。……いやうん、軽く思い出したけど死んだことに近い状態にされても何か復活してたわ。じゃあ、前言撤回。殺しても多分死なねーわ。本当に何言ってんの私、病院行く?

 

 残念ながら冬木の病院も絶賛炎上中のようです。ちっ、使えねーなおい。

 誰だよ放火したの。私が受診できないじゃないか。絶対許せねえし、とっちめてやるよ。

 ……そんなわけで、意味不明な動機で異変解決、またの名を特異点探索を私は開始する。

 

「んで、真面目な話だけど何が原因でこうなってるんだと思う?」

 

「ヤバイ兵器使ったにしては原型留め過ぎてるし、壊れ方も燃え方もなんか不自然だな。……何ていうか、何時ぞやの忍者連中がガチでやり合ってた時に似てるかなぁ」

 

 あー、言われてみればそうかもしれない。あの忍ぶどころか暴れてる人達、任務の度にガチな戦闘でガチな技使って毎回被害出してるし。

 某有名な鬼が復活されかかっていた時に嫌というほど実感した。あいつら加減てものを知らないんだもの。無駄に血の気多いし。復活しちゃった時に止めるの苦労したわー……何で私ごと殺しにかかるのかな。一人だけ違うゲームをしている感じで返り討ちにしてやったけどさ。

 

 ……話を元に戻すが、ケースとしては確かに酷似してると言ってもいいだろう。つまり、特異点Fで暴れまわっているのは忍者だったんだよっ!! な、なんだってー!!

 

「ニンジャ、殺すべし……ッ!!」

 

「何故そうなるんだよ」

 

「いや、シルバが似てるっていうからさ」

 

 本当はもっと別の連中の仕業だってことは理解しているよ。

 ――何せ、さっきから遠くで殺意(・・)飛ばしてる奴がいるからね。忍者にしては気配の遮断が出来てないし迂闊すぎる。よって忍者ではない、QED。

 ……あっやべえ、別に挑発してないのに殺意が増しましたよ。なるほど、仕掛けてくるんですかそうですか――ふーんじゃあ、逃げるのではなく対応してやろう。

 

 シルバに背中にでも捕まっとけと指示を飛ばしておくと、さも気づいていませんよーという雰囲気を醸し出す。ほーれ、狙え狙え。私は此処にいるぞー。

 その数秒後、予想した通りに何かが複数飛来し、確実に射抜かんと私に迫った。

 

「……はっ、悪いけど、その程度じゃ私は殺せないよ」

 

 対し、私は片足を大きく浮かせる動作し、直撃まであと10m以内と近づいたところで思いっ切り――足元を踏み込んだ。

 次の瞬間、アスファルトの道路は即席の盾となって私の前に立ち塞がり、矢に見立てたらしい無数の剣を受け止めていた。俗に言う、畳返しである。お見事っ!

 続けざまに爆発もしたようだが、その時には攻撃の有効範囲外に私は出ていた。

 

「げえっ」

 

 そこへ幾らか殺意の増した一撃が接近する。

 今度は量より質ということで、威力も高めてきたようである。その証拠にギュンギュン音を鳴らしながら風を切っており、直撃したら死ぬよー直撃しなくても死ぬよーと告げてきている。うわっ、何処の新型ミサイルだよ。どうすんのあれ……迎撃ミサイルシステムはどうしたー!?

 

「素直に回避だな」

 

「それ以外あるのかよ」

 

 回避してまた回避してても一向に事態は好転しないことは百も承知である。

 でも、チャンスは後から回ってくるってよく言うでしょ。待て、しかして希望せよって。だから耐えるのもまた大事。

 なので、暫く幼女抱えながらパルクールをキメることを選択した。……オラ、見えてんだろう。華麗な動きで貴様の戦意喪失させてやるよ! フハハハハハハハッ(泣)!!!

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――なんか飽きてきた。しぶといっていうかしつこいわ、あんにゃろう。

 かれこれ1時間ぐらい耐久してるのに何で諦めてくれないんスかね。しつこい男は嫌われるよ? 男かどうか知らんけど多分男だ(暴論)。

 

「まだ終わんないのかー」

 

 私だって止めたいわ。でも、私が死ぬまで狙うのを止めないって向こうも決め込んでるみたいで一向に決着がつかないのさ。

 いっそのこと、全身フル強化でとんずらしてしまうのもアリだろうか。うーん、出来なくもないけどもリベンジってことでまた襲い掛かられる展開が見えているな。一難去ってまた一難で対策も立てる必要が出てくるしタイミングの問題が……ああもう結局、埒があかないな。蒸し暑いのに頭冷えてきたわ。

 

「止めぬなら 殺してしまえ ホトトギス」

 

「急に何俳句詠んでんだよ」

 

「真面目に考えて、此処でずーっと立ち往生しているのはどうかと思った」

 

 さっさと冬木市大炎上の真相を突き止めてカルデアに帰らなきゃ。

 マシュがあの後どうなったのかも気になるし、ロマニや47人の適性者とその他スタッフが生きてるかも気になってるんだよ。

 ……えっ、実は帰れないって事になったらどうするかって? 安心しろ、私はいざという時の『門の創造』を取得している(ドヤァ)。他の呪文と組み合わせれば自力でも何とか帰れるだろうとは思っている。思っているだけで上手くいくとは言っていない。

 

「今、門を作って戻るっていうプランは?」

 

「爆破された直後のカルデアに、再レイシフトを準備する余裕があるとは思えんだろ」

 

 そのせいで滅び確定、お疲れ様でしたってなったら戦犯私やん。だから、何も解決しないまま帰るのはパスで。何かしら成果残さないとヤバイって頭が警鐘を鳴らしてる。

 

「なら、どう倒すんだよ。距離があり過ぎるぞ」

 

「――それは理解してる。ま、何とかしてみせるよ」

 

 シルバにリュックごと私から降りるようにお願いし、かつその中身から包帯を巻くように呪詛で保護されたあるモノを取り出してもらう。

 ……それは、先端が禍々しく捻じれ、この世のモノとは思えない残虐な生物の口をイメージさせるような杖のようなものだった。

 手に持ち振り回す自身でさえ恐怖を感じざるを得ないそれは段階的に伸びるように加工されており、持ち手部分を強く引っ張ると杖でなく身の丈以上の槍へと変貌する。

 

「……ムーンビーストの槍か」

 

 正直、イソギンチャク野郎共との戦いに良い思い出ないし気持ち悪くて廃棄処分したいんだけど、加工した人が余計なことしてくれたせいで捨てても手元に戻ってくるんだよなぁ。軽くじゃなくてガチでホラーだよ。

 ……おのれエロタイツのお姉さん。いつかひいひい言わせてやる、覚えてろよな。

 ところで、攻撃が突然収まったな。向こうもいい加減ケリを付けるつもりなのだろうか。

 

「なら文字通り、――蹴り(ケリ)を付けてやる」

 

 名前も姿も知れぬ相手に引導を渡すというのは初めての体験だ。だがある意味面白いと言えるだろう。

 ……らしいこと思っちゃってるけど、本当に誰なんだよ。挨拶ぐらいしに来いよ。忍者連中だってそのぐらいはしたぞ。忍者じゃないからしなくてもいいだろとか言い訳は結構な。

 

 両脚に強化を施し、私はムーンビーストの槍を蹴り上げて上空に先行して打ち上げる。

 続けて自身も槍に追いつかんと大きく跳躍を行い、回転する槍との間隔や角度を計算及び調整をする。

 

「我は――相容れぬ者を残酷に穿つ。心を侵す恐怖を此処に」

 

 穂先が先程から攻防を繰り広げる相手が潜伏する先へ向けたれたと同時に、足の甲に槍の石突を密着させ……それを蹴り放つ。

 

 

 

「蹴り穿つ――月獣(げつじゅう)の槍」

 

 

 

 私を敵だと認識するのなら相応の報いを与えよう。これが因果応報の一撃だ。

 さあ、足掻いてみせろ。当たれば最後、お前は想像を絶する惨たらしい最期を遂げるだろう。

 ……殺意の念がこれでもかと込められた呪いの槍が、赤い空を黒く染め上げるようにして飛んでいく。すれ違いざまに向こうからも赤い猟犬が私を狩ろうと牙を剥いて駆けて来ていた。

 

「……私が勝つか、そちらが勝つか勝負だな」

 

 自由落下を続けるこちらの動きに合わせて矢は動いていた。ほう、追尾性能付きとは手が込んでいる……さながらティンダロスの猟犬並のしつこさと言ったところか。

 

「リツカっ!」

 

「大丈夫だ、心配するなって」

 

 恐らく着地の寸前で決着がつくだろう。運命のジャッジまであと50m――30mだ。

 誰のものでもない無機質なカウントダウンが自然と耳に聞こえる。残り10m……どうなっても良いように着地の態勢になる。

 

「6、5、4……」

 

 もうすぐ目と鼻の先だ。死の恐怖がすぐそこまで迫っているというのに私は落ち着いていた。

 死と隣り合わせになり過ぎるとこんな境地に立ってしまうのか……ああ、それが逆に末恐ろしいと―――感じた。

 

 

 

 ……戦いの果てに、大きく彼岸花が咲いた。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 真剣白刃取りで格好良くキャッチして速やかにブレイクするつもりだったのに、思わぬ介入によってそれは阻止されてしまった。

 ……誰やねん、目の前に火の玉放ったの。矢を破壊してくれたのは感謝するけど危うく火傷するところだったわ。未遂で済んだから結果オーライだけど。

 

「――おっと、すまねえな。死なせるには惜しいと思って、つい割り込んじまったぜ」

 

 声がする方を振り向くとそこには、青いフードを着込んだ木杖を持った男が出現しており、不敵な笑みを浮かべてこちらを見ていた。一般的なイメージと違うがいかにも魔法使いっぽかった。

 とりまシルバは私の後ろに隠れていろ。

 

「……誰?」

 

「オレか? オレはキャスターのサーヴァントだ。――嬢ちゃん、アンタ魔術師だろう?」

 

 サーヴァント。追い出されたブリーフィングで説明されていた、時間軸に囚われない……英雄を使い魔にした存在。基本的に剣が得意ならセイバー、弓が得意ならアーチャー、槍が得意ならランサーなどとクラスが分類されているらしい。

 男がキャスターと名乗ったということは魔術に長けているということだが、今のクラスに内心満足していない様子が顔に出て窺える。……もっと得意とする獲物があるということかな?

 

「……まあ、そーですけど」

 

「さっきの戦いっぷり、なかなかやるじゃねえか。あのアーチャーの野郎を仕留めちまうとは驚いたぜ」

 

 そうか、相手をしてたのはアーチャーのサーヴァントだったのか。しかも、こちらの槍がちゃんと命中していた(・・・・・・・・・・)とは軽く驚きだ。

 ……実はあの槍、当たるか当たらないかの判定がそれなりにシビアなのだ。逐一説明すると、まず到達する直前で宇宙的恐怖(ニャルラトホテプとムーンビーストの愉快な仲間たち)を幻覚として見せ、相手のメンタル……要は精神力と対抗させる。

 もし恐怖に打ち勝つことが出来れば、槍は不発となり即座に私の手元に戻ってくるのだが、耐え切れなければわかるな? 投擲した槍以外の無数の槍が周りの空間から出現し全身を串刺しにするのである。……ああ、なんて酷い。誰が作ったんですね――こんな今しがた私の上に突き出した手の中に戻ってきた物騒なモノ。

 

「オレもランサーのクラスで呼ばれていればああ出来たんだがな……明らかにオレよりランサーの適性低い奴に枠を横取りされちまったのさ」

 

 だから不満そうにしていたのか、そりゃあ災難だったねー。

 ……いやまて、私ったらこの男とナチュラルに世間話してるけど大丈夫なんだろうか。敵意だとかそういうのは無いから自然と会話してしまったが、貴方唐突に「じゃあ戦おうぜ!」ってなったりはしませんよね。

 

「何だ警戒してんのか? ……安心しな、こっちもようやく話の通じるまともな奴に出会えてホッとしてんだ。――しっかし、久しぶりに見たぜ、あんな風な槍の使い方する人間をよぉ」

 

 槍をオーバーヘッドの如く蹴るのがそんなに珍しいのだろうか。世間一般常識的には異常だってことはわかるが。

 

「……褒めてる? 貶してる?」

 

「褒めてるぜ。今の時代じゃ、ああいったことするのいないだろ。何処の誰仕込みだ?」

 

 住所不定の女王の、おっぱいエロタイツ師匠ですが何か。

 いやねえ、高3だった頃にムーンビースト共だらけの場所に閉じ込められて、奴らの槍パクって一人戦国無双していたことがあったんですよ。何故か私だけ狙わず皆ばかり狙うから、余計に頑張らざるを得なかったんですわ。

 その後に元の世界へ戻る予定だったけど、私だけ「ドキッ!死霊だらけの謎世界」に転移させられてちゃったんです。笑い事じゃねーですね。その上、連戦続きで満身創痍状態だったんもので、いざ戦うってなった時超死ぬかと思いましたよ。

 そんな時に現れたのが師匠で、折角だから鍛えていけと1ヶ月ほど監禁されました。もう二度としたくないねあんな修行。

 ―――何、どうしたのキャスター。めっちゃ心当たりがあるって? 私が貴方の妹弟子に当たる? ハハハ、そんなバカな。

 

「マジすか」

 

「マジだよ」

 

「「………」」

 

 何とも言えない空気が流れる。思わぬ接点に驚きを隠しきれない……あ、もしよかったらこの槍いる? 槍使って暴れたいんでしょ。遠慮なく使ってって……持つだけで呪われそうだからいらない? そうですか。

 両手と首をブンブン振って全力で拒否られたので、渋々とリュックの奥深くに封印する。

 

 気を取り直して、第一村人じゃなくて第一市民でもなくて、第一サーヴァントの兄弟子クー・フーリンさんにお越しいただいた私は、正確な現状把握のために一体何が起こったのかを確認しようとした。

 そんな時、誰かが私を呼ぶ声が聞こえた。神話生物だったら帰れ。私の退散の呪文はよく効くぞ。

 

「――ぱ……い」

 

「――じまるー!」

 

「うん?」

 

 走って近づいてくる音も徐々に聞こえており、数にして二人分が耳に届く。間を開けず姿も遠くから見えてきた。カラータイツというマニアックなモノを履いている女性と―――片目が隠れた女騎士?

 

「知り合いか?」

 

「だと思うけど……あれ?」

 

 出会って早々に喧嘩したせいもあって印象深いオルガマリー所長はともかく、あんな微妙にエロい鎧を装着した大きな盾を持った美少女なんていましたっけ。マシュに心なしか似ているような気もするけど、彼女は重傷でそれどころじゃないんだよなぁ。――えっ、本人? 再生能力でも持ってたりしたの?

 

 私の困惑を置き去りにして4人と1匹は合流を果たし、奇妙な炎上都市冬木の探索は幕を開けた。




アーチャーのSAN値チェック失敗のお知らせ。
出番ないまま終わりましたが安心してください、次のアーチャーならもっと上手くやってくれるでしょう。


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男は黙って強制コンテニュー

お気に入り登録ありがとうございます。

あと、すまない、アーチャーを心は硝子ネタで殺してすまない。
本当に済まないと思っている(キリッ


 

 

 ……合流して早々に何処をほっつき歩いてたんだと所長に咎められたが、まさか怪我人のはずのマシュやレイシフト適性がないと聞いていた貴女が特異点Fにやって来ているなんて思うわけないだろう。

 アナウンスだって「マスター1人しかいねえけど転送するぜっ!!」って言ってたし、それ以上のこと把握するとか無理過ぎるでしょ。エスパーじゃないんですから。

 そういやシルバお前、気づくの遅れたけど何さらりと一緒にレイシフトできてんだよ。お前も適性あったとかマジ驚きなんだが。

 

「何でだろうな?」

 

「えっ、この子シルバさんなんですか!?」

 

 おう、耳も尻尾も本物だぜ。あっ、今更思い出したけどパンツ履いてねーじゃねえか……待ってろ、今出してやるから。

 リュックをがさこそ漁りシルバに縞々のやつをパスする。危険地帯で堂々と幼女にパンツを渡すこの緊張感のなさは何なんでしょうね。私のせい? 確かにそうだが言ってくれるなよ。

 

「それでマシュは、走馬灯を見る直前になってカルデアで事前に召喚されていたらしいサーヴァントとミラクル・フュージョンをしたわけだけど、副作用とか普段と何か違うところとかない?」

 

「いえ特には。身体能力が向上したことや魔術回路が活性化している以外には目立ったところはないようです。精密検査の必要はあるとは思いますが」

 

「そう……ならいいんだけど」

 

 ありそうでなさそうとか、なさそうでありそうっていうのが一番怖いんだよなぁ。

 気になるのは、正体を告げずに力だけ与えて消失したというところだが……随分と一方的だな。間接的に協力はしてるけど非協力的というか何というか。やむを得ない事情があったのかそれとも―――。

 カルデアを信用しきるのはまだ早いという警鐘なのかと頭の片隅に置いておき、私は情報共有のために話を進めた。

 

「カルデアの復旧状況は? 連絡は取れたの?」

 

「はい、ドクターを中心に復旧中だそうで、負傷した47名のマスター候補の皆さんは所長指示の下、コールドスリープによる延命措置が図られました」

 

 ……やはりそうなったか。有事の機能として装置に組み込まれていたようだけど、このタイミングで使うことになるとは設計者も思わなかっただろうなって。

 他スタッフに関しては負傷はしているものの大事には至っていないとの事だった。と、ここで私の通信機に通信が入り、人伝ではなく目視でカルデア側の無事が確認された。

 タイミング的に丁度いいので、キャスターの兄貴にこちらの目的を知ってもらい改めて協力を仰げるよう頼み込む。かくかくしかじかまるまるうまうま。

 

「――ま、大方把握したぜ、そっちの事情は。やっぱこの狂った聖杯戦争を終わらせるにはお宅らの力が必要みてえだな」

 

「……聖杯戦争、ということはキャスターさんを除いて他に残り6騎のサーヴァントがいるということですが」

 

 冬木のマスターはどいつもこいつも全滅の模様とのこと。気づいたらいなくなってたとか。その辺り、異変と密接な関係がありそうだなって。

 

「んにゃ、アサシンとライダーはオレが片付けたんで残り3騎のはずだ。さっきまで4騎だったが状況が変わってな……そこのマスターの嬢ちゃんを襲っていたアーチャーが消滅した」

 

 はい、貴女達が合流するまでにアーチャーに1時間ほど襲われていました。あとついでにお腹が空きました、なんかくれ。ありがと、ドライフルーツうまー。

 

「……? キャスター、貴方が倒したということ?」

 

「違えよ、倒したのは嬢ちゃんだ。師匠が鍛えただけのことはあったぜ」

 

「「――えっ?」」

 

 ナチュラルに私が自力で倒したことバラすなよキャスニキィ……後でこっそり話すか、聞かれるまで答えないつもりだったのに。ほーら、二人共ドン引きしちゃってるよ。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ。貴女、一般枠のマスターのくせにサーヴァントを倒したですって!? それにキャスターの師匠に師事受けていたってどういうことッ!?」

 

 どういうことなんでしょうね。ウィ◯ペディアにでも調べれば載ってるんじゃないかな(適当)。

 ……痛ってえ、頬を叩くなよ。食べ物食ってるんだから。はいはい、わかったから食べ終わったら説明するって。少女食事中。

 

「一般枠だからといって、本当に只の一般人とも限らんってことだよ(もぐもぐ)」

 

『まさか本当は魔術師だったなんて言うんじゃ……』

 

 ロマニよ、悪いがそんな普通のオチではない。『魔術』という存在を知っている一般人に近い立場にいると言ったほうがいいかもしれないが、伝わりにくいので特別に身分を明かすことにしよう。

 背負ったリュックの隠しポケットから縦開きの手帳のようなものを私は取り出し、全員に見えるように公開をする。

 ――黒革の中身を開くとそこには私の顔写真と、およそ現代にいる人間ならばすぐにわかる立場を示すエムブレムが輝いていた。あんまり人に見せたくないし見せるなって言われてるけどこの状況なら仕方がないか。

 

『――け、警察ぅ!?』

 

 そうです、ポリスマンです。正しくはポリスウーマンだが。

 

「表向きは警視庁の広報の仕事をしているただのお姉さん(笑)なんだけど、実際は公安X課っていう極秘捜査専門の部署に所属もといねじ込まれていてね。その極秘っていうのがまあ……『怪奇現象』の調査とかで、キャスターの師匠ともその延長線で出会ったりしたんだよ」

 

「……その、『怪奇現象』というのは?」

 

「わかりやすく言うなら今みたいな異常事態のことかな。本来はHPL……あー、これ言っちゃっていいんだろうか」

 

 下手に首を突っ込んでもらいたくないから話したくないんだが、話さなきゃ納得しないと思うので当たり障りのないように話す。てか、私のせいでもう片足突っ込んじゃってるよね。開き直っちゃうか。

 

「主に神話生物……そちらでいう幻想種に似たり寄ったりの連中が起こす事件の調査を引き受けているんだよ。ちなみに、私達の界隈じゃHPLに関わった一般人を『探索者』だとか『サバイバー』って呼んでいてね、かくいう私もその一人だよ」

 

「その、戦って勝てる相手なのですか、神話生物というのは?」

 

「……基本は勝てないと言っていい。奴らに出くわしたのならまず逃げるのが正しい判断だよ」

 

 たとえ魔術師だろうとなかろうとね。神話生物は物理的な攻撃もしてくる上に、そこに在るだけで精神を侵してくるのだから。

 

『けど藤丸君、君は倒していそうな様子だが………』

 

「そりゃあ、倒さなければならない状況下にいたからね。そうでなきゃ脱出できないとか最悪世界が滅ぶとかあったんだよ」

 

 抑止力? 勿論動くこともあったさ。守護者だっていう赤いフードを被った無口なガンマンと共闘したこともあるぐらいだ。でも、毎回駆けつけに来てくれるとも限らず、その場にいる人間で始末をつけなければならないこともあった。

 ……ん、サーヴァントが奴らの相手をしたらどうなるかって? 勝つか負けるかは私でも答えられないかな。心がタフでも死ぬときゃ死ぬし。さっきのアーチャーみたいに。

 

「――ね、ねえ、貴女がカルデアに来たのも、そ、その神話生物とかいうののせいだったりするの?」

 

 そう思いたくなるのもわかるが、勧誘自体は本当に偶然なんだよなぁ。

 で、その偶然から組織自体の在り方を怪しんで来たわけなんで、特にHPLが絡んでいるとかそういう事ではない。ただの個人的な興味本位である。紛らわしくてすまない。あと神話生物は今回関係ないと思う。むしろ、被害被っているのではないかな?

 

「身辺調査とかちゃんとやってなかったでしょ、スカウト担当の連中ェ……」

 

「アロハシャツで勧誘してくる辺りいい加減だったと思う」

 

『ははは……しかし藤丸君、逆に考えて君はカルデアに不利益を齎すような真似をする存在ではないということだよね』

 

 ……まあね、それだけは今のところ保障してあげてもいいだろう。

 話が大分逸れたので戻すが、アーチャーを撃破したことによって残る相手は3騎となったわけだがキャスターが言うには戦うのはあと2騎で十分だそうだ。

 その理由を聞くと3騎のうち、1騎はバーサーカーのサーヴァントであるそうで真名がヘラクレスだという。特定の場所から動かなく、まともに戦ったところで骨が折れる上に特に得られるものはないというのがシンプルな答えで、藪をつついて蛇を出す必要はないとして全会一致でスルーすることが可決された。

 ただし、急に動き出してこちらに襲い掛かってくる展開を想定しておくことだけは忘れないでおく。

 

「道中仕掛けてくる可能性が高いのはランサー辺りだな。アイツの石化は強力だ、喰らわねえように注意しな」

 

「石化というと、メドゥーサがパッと思いつくけど」

 

「……正解だと思うぜ。髪はヘビみてぇに操ってやがるし、ランサーの奴は女だ。こんだけ材料揃ってりゃあ、誰だってその名前を思い浮かべるだろうよ」

 

 ただおかしな点もあり、得物の槍が鎌であったとのこと。おい、ランサー詐欺じゃねえかとは突っ込んではいけない。しかも縁のあるそれお前の武器じゃないだろ。適性低いってそういうことかよ。

 

「最終的にオレらが倒さねえといけねえのはセイバーだ。アイツが突然暴れ出したせいでどいつも狂っちまいやがってこの有り様だ………奴が何考えてやがるのかホントわからねえが、何か知ってると見ていいだろ」

 

 セイバーの正体については一言、「誰もが知ってる聖剣使い」と教えてもらっただけで何者であるか判明した。聖剣って言ったらまず思いつくのがエクスカリバーだからね、しょうがないね。

 よもや、かのアーサー王伝説の騎士王がこんな大惨事を引き起こす元凶になろうとは思わんかった。益々裏に何かあると思えてきたけど、その前にエクスカリバーの一撃に私ら耐えられるのだろうか。ちょっと冷や汗出てきた。

 

「――対策は?」

 

「役割決めりゃあ現状の戦力でもギリギリ行けなくはねぇ……が、それは何事もなければの話だ。セイバーの信奉者になってやがったアーチャーがくたばった事でバーサーカーが奴の守りにまわってる可能性もある」

 

 イージーモードで行くつもりがハードモードを選択してしまった感が強いな。もしくはベリーハードか。

 私にとってはよくあることだが、皆を付き合わせるわけにも行くまい。当初のレイシフト後の予定に従ってサーヴァント召喚による戦力強化を行うとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 召喚が行いやすいという霊脈の強いポイントをロマニのナビゲートに従って目指したら、件の場所は誰かが爆発オチでもしたかのような惨状だった。

 聖杯戦争の影響だということはわかっているのだけれど、此処だけ相当被害が大きく別の要因があるのではないかとついつい疑ってしまう。一般通過ゴジラでもおった?

 

「元々はアーチャーが陣取ってた場所なんだがな。奴のマスターとも知らない仲じゃねえから複雑な感じだぜ」

 

「顔見知りだったんですか?」

 

「なに、結構な確率でアーチャーが消えちまったマスターの嬢ちゃんに召喚されて、オレと何度も殺りあってたって程度のことだ」

 

 召喚中に襲撃を受けないよう場所を確保し、魔法陣代わりになるというマシュの盾を水平に設置する。

 で、私は魔力を全然気にしないで、特異点探索に協力してくれる乗り気なサーヴァント出てこいやってすればいいんだっけ。

 通常は呼びたい存在の縁の品物を用意するのが一番だそうだが、この非常時に誰も持ち合わせているはずがない。……そう、誰も、持ち合わせていないのであるっ!

 

「完全ランダムの運ゲーかいな」

 

「変なの召喚したらただじゃおかないわよ」

 

 承知してますって。責任取って速やかに退去していただくのでご安心ください。

 皆が見守る中で令呪が宿った右手を突き出し、いざ英霊召喚の時である。助けて、ヒーロー!!

 光の奔流が三重の渦となって閃光を発し、人類史に刻まれた英雄を此処に呼び込んだ。

 

 

 

 

「サーヴァント・アーチャー。召喚に応じ参上した……君が、私のマスターかね?」

 

「あっはい」

 

 

 

 

 赤い外套の日に焼けたっぽい肌をしたイケメンがマシュの盾の上からポワッと現れ、これまたイケヴォイスで自己紹介をした。ホントに召喚できるもんなんやね、凄いわー。素直に驚きである。

 ――あれれ、後ろで待機してるキャスニキはどうして震えとるん? 腹でも壊したんか?

 

 すると、ワナワナと震えていたキャスターはアーチャーを指差してこう言った。

 

「コイツ化けて出やがったぞ、オイ!?」

 

 えっ、なになにどういうことなの? 化けて出たって……ああ、あのアーチャーってこの彼のことだったの? だったらやべえじゃん絶対恨まれてるわ。謝っといたほうが良い? ジャパニーズ土下座の真髄見せたほうが良いですか?

 

「いきなり何だね、ラン……でなくて、今はキャスターか。君らしくもない反応だが」

 

 それなんスけど、此処で行われてた聖杯戦争に貴方が召喚されていたらしくでですね。先程倒したばかりなんです(全力で目逸らし)。

 

「そういうことか……キャスター、もしや君が召喚されていた別の私を倒したのかね?」

 

「いや、この嬢ちゃんだが」

 

「なんでさ」

 

 だーかーら、兄貴は正直に答えるなよ。ややこしくなるから黙っていておくれ。アーチャーも後退りしないでいいから。何もしないから、ねっ?

 

「あ、ああ……(この俺が、彼女に怯えているだと……!?)」

 

 しねえって言ってんだろ。さっさと現状理解して、どうぞ。

 その前にクラスじゃない方の自己紹介もよろしく。緊急事態だしカルデア所属になるから真名隠しなんて特に意味がないでしょ。今後アーチャーばかり増えたら、◯◯のアーチャーっていちいち呼ぶことになるし。ちょっとかっこいいと思った自分がいるけど今はスルーだ。

 

「――なら、その要請に答えよう。私はエミヤシロウ……この冬木出身の未来の英霊だ。主に投影と強化、解析を得意としている魔術使いだ」

 

 ご当地サーヴァントだったのか。じゃあ冬木の案内は彼に任せても問題なさそうである。

 投影はよくわからないが、解析が使えるのかー……どんな能力か想像がつくので予め自分から警告しておくけど、私と私の荷物に貴方の魔術は使わないようにね。再度貴方を召喚するハメになるから。強制コンテニューは嫌じゃろ?

 

「……どういう事だ?」

 

「呪いのアイテム盛り沢山で調べたりしたらもれなく貴様の精神がイカれる。アンド、私が殺したアーチャーみたいに死ぬ」

 

「――何故そんなものを携帯しているのか問い詰めたいが止めておく。ご忠告どうも」

 

 聞き分けが良くてよろしい。

 アーチャー改めエミヤを新たに一行に加えた私達は、セイバーが立て籠もる大空洞を目指す上でどうしても通過するしかない穂群原学園への道程を辿り始めた。

 途中、亡者の群れが徒党を組んでやってくるが、所詮我らの敵ではない。連携した動きで処理し先を急ぐ。 

 ……気になってたけど、マシュは軽々と盾を振り回しすぎじゃね。実は盾が軽いのかと思ったけど普通に重かったわ。タックルされたら気絶余裕だと思う。

 ――峰打ち? それでどうにかなる問題じゃないと思うぞ、マシュよ。

 

「ランサーを片付けたら一旦突入前のブリーフィングをしようか」

 

「……それは良いけれど、ほぼ対策については纏まっていなかったかしら」

 

 そうだが、話し合いたいのはその事ではない。特異点Fの異常とカルデア爆破事件についてである。

 別々に起こった事件ではあるが、私にはどうも繋がっている感が否めなかった。

 

 考えてもみてほしい。特異点Fが観測されたからカルデアはレイシフト実験をすることになった。でも、その矢先に爆破テロが起きた……まるで、『特異点Fにレイシフトして欲しくなかった』みたいじゃないか。

 であれば、あの爆破は私を含めた48名の適性者を狙ったものだと考えるのが妥当だろう。――が、謎はまだまだ残っており、暴くための時間が必要不可欠だった。

 

 さらにもう一つ、謎以外にも解決しないといけないことが在る………

 

 

(マスター、彼女だが指摘した通り既に―――)

 

 

 念話越しに大きく距離を取りながら、遠巻きに護衛を行っているエミヤからの報告を受け、予想通りやることが増えてしまったなと私は深く溜め息を付く。

 後回しにしようがしまいが同じ反応をされることがわかっているので、とっとと終わらせてしまいたいと感じるしかなかった。

 

「リツカ」

 

「どうしたシルバ、何か見つけたか」

 

「――いや、アレ……人だよな?」

 

 群がる敵を千切っては投げ、穂群原学園の外観が少しずつ見え始めた距離まで近づいたところで、シルバが何か見つけたのか顎を使い皆に見るように促した。

 ……確かに近くの道を行き交うような人の姿は複数見えるが……おかしな事に一ミリも動いていない。

 即ちあれは、かつて人であったもの。……恐怖の存在から逃げようとしたが敢え無く犠牲となった哀れな人間の成れの果てだった。

 たとえ呪いを解呪したところで息を吹き返すことはないだろう。

 

「ちっ、胸糞わりぃな……」

 

(ああ……そうだな)

 

 アーチャーとキャスターが同時に吐き捨てるように言ったところで、殺意が彼方より発生し突き刺すように私達に襲いかかり背筋が強張る。

 向けられた方向を察し警戒の目を瞬時に飛ばした先には、無数の鎖が結界のように張り巡らされていて校舎に侵入させまいと立ちはだかっていた。

 そして、その上には食べごたえのある獲物がきたと心からほくそ笑む―――堕ちるところまで墜ち切った女神という名の怪物が舌舐めずりをしており、ジャラジャラと音を立てて踊るように動き出す。

 

 

「……さあ、狩りの時間です」

 

 

 

 ――美しくもない汚れきった月を背に、不死殺しの刃が真っ直ぐに私達へと迫った。






過剰戦力で次回アニメ版ランサー戦です。


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燃えよ腕、ゴリティカルエンド

クロスオーバータグ入れ忘れて一時的に非公開になってましたすみません。追加アンド公開設定修正済みです。

お気に入り登録、及びランキング3位ありがとうございます。


 ……切られた戦いの火蓋の中でまず動いたのは、私達の中でも一番防御に特化していたマシュであった。

 彼女は一番に狙われた私とランサーの間に割って入るとその盾で、ガバガバ判定で槍にカテゴライズされている鎌を正面から受け止めて真横へと反らしてみせる。

 すかさず私自身がフォローに入り、キミタケブレードによる抜刀の衝撃波を一閃放った。――が、直撃は避けられ、相手との間には遠いようで近い距離が開いた。

 ランサーは初手を躱されたにも関わらず余裕の表情を浮かべ、マシュを値踏みするように眺めてから言う。

 

「ほう、珍しいサーヴァントですね……みずみずしく血の啜り甲斐がありそうです」

 

 ほざけ、この似非ランサーめ。貴様にくれてやる血など一滴すらないわ。トマトジュースでも飲んどけ、近くの自動販売機にでも適当に売ってんだろう。

 

「いや、なかったぞ。ザクロとアセロラジュースなら売ってたが」

 

「そういう情報はいらないよ、シルバ」

 

 赤ければいいって問題じゃねえぞ(ブーメラン)。

 それにこちらが飲みたいと思っても、どうせ金は今持ち合わせてはいないしな。えっ、蹴ったら色々溢れて出てきた? 何やってんだおめえ、逮捕すっぞ。

 軽口を叩いていると、ランサーが地面を蹴り目標をマシュに定めて刃を大きく振るう。

 それに対し、頑丈過ぎる大きな盾は彼女を見事に隠し通し、盾を超えて命中しようとしていたリーチの長い攻撃をこれまた不発に終わらせた。

 ……サーヴァント戦はマシュにとって初めてのようだが、シールダーという特性が上手い具合に素人なところをカバーしているように思える。それか元々彼女のポテンシャルが高いかであるが。

 宝具が使えないというハンデを背負っているも、結局は気持ちの持ちようで何とでもなるに違いない。……マシュよ、守りたいという心を形にするのじゃよ。

 

 ――しかしあれだな、自分を殺した男の武器……ハルぺーを持って戦うなんて正気なんだろうかこのランサー。いや、正気でないからこうして我が物顔で使いこなしているんだろうが……ちょっとは躊躇えっての。

 心境を聞いてもどうせ大した答えは返って来まいとして、私は跳躍により盾を足場代わりとして更に高く飛び立つと、刀身の先の一点にエネルギーを集中させ――胴体を狙ってフェンシングの要領で鋭い突きをぶち当てに行く。

 

「ハァァァーーッ!」

 

「――ッ!?」

 

 ギリギリのところでこれも回避されるが、威力が高め過ぎたのか地面は衝撃とともに陥没し、浮き上がった破片が良い目眩ましとなってランサーに襲い掛かる。多少なりとも自分にもぶつかりはしたが特にどうということはない。痛いのには慣れている上にもっと酷いのを知っている。肉が裂かれる痛みとかな。慣れって怖い。

 

「任せなっ!」

 

 呼応するようにキャスターが動き、宙に書き並べたルーン文字を駆使して火の塊を連続発射し確実なダメージを与え、かつ一定の間隔を私達とランサーの間に与えた。

 ある意味、ヒット&アウェイに近い戦法でじわりじわりとランサーのペースは削られ、崩されていく。

 

「くっ……」

 

 相手の表情に、「苛立ち」という名の焦りが僅かに滲み出ているのがわかる。

 ――恐らく、こう思っているのだろう。たかが人間のマスターや中途半端なサーヴァント、本来攻めるような戦いは行わないはずのキャスターにこの私が負けるはずがない、と。

 思うのは勝手だが、群れれば蟻だって自分より大きな敵を食い殺すし、追い詰められればネズミも猫を噛むことがある。その事を是非とも理解していただきたいね。

 まあ、今回は実際のところアーチャーという伏兵も抱えているから過剰戦力でタコ殴りにしている感がバリバリであるが、ここで倒さなきゃセイバー戦が最高難易度の戦いになりかねないので勘弁していただきたいと思う。

 

 と、ここで接近戦ではどの攻撃も当てようがないと判断したのか、元々居た鎖の足場にランサーは戻った。

 もしや空中戦がご所望かと思いきや、彼女は長髪を自分で掻き上げてみせ―――次の瞬間、髪を鎖状に変化させて無数の先の尖った杭を地上にいる私達へ目掛けて撃ち込み始めた。

 

「おわっ!?」

 

「――ひぃっ!?」

 

 まるで有線式の誘導兵器に襲われている気分である。襲われたことないけどね! 無線ならあるけども!

 皆様々に回避行動を取りスレスレで避けているが、一番に余裕そうなのはシルバと意外にも所長だった。あんまり優先的に狙われていないのもあるが、避け方がギャグ漫画のノリに見えなくもなかった。

 一方で私は、マシュの後ろに隠れながら側面からのヘビのようなうねりをみせる不規則な動きの攻撃に対して切り払いを行い、また並行して詠唱とともに左手で静かに印を切り、目的の呪文を発動する準備を整える。

 

「せ、先輩っ……?」

 

「◯▲@※◆%、$*+X>¥##&――」

 

 明らかに理解しがたい意味不明な言語を口走ってるのは気にするな。それよりも防御に集中して中断されないよう努めて欲しい。

 アイコンタクトで顔色が微妙に優れない事以外は問題ないことを伝えると、調子を取り戻したのか鎖による攻撃の嵐が苛烈さを増して行く。

 

「――きゃあッ!」

 

 これ以上加速されてしまうと流石に誰かの負傷は免れまい……って、言ったそばから所長がズコーっと滑って転んで顔から地面にスライディングしておられますぞ。それにカラータイツが無理のし過ぎで破けているみたいなんですが、このままだとビジュアル的になんかアレだ。卑猥になってしまう。

 だとすれば、対策は一つだ……アレな感じになる前に狩れ。それに尽きるだろう。

 

 

 

 

(――今だっ!!)

 

 

 

 

 刀をわざと地面に突き立てるという動作を私が行ったのをきっかけに、戦況が一気にひっくり返る。

 合図を受けて、戦闘エリア外から敵の乱入を警戒して様子を見守っていたアーチャーが狙撃を行い、張り巡らされた足場の基礎部分を的確に崩したのである。

 突然の不意打ちにランサーは驚愕を露わにし、急いで新たな足場を作るか校舎の屋上へ逃げ延びようと抗った。

 

(……やらせるかッ!)

 

 私はランサーを対象とした呪文を発動。

 後退りした彼女の背後より何とも形容しがたい霧かそうでない『何か』が出現し、一本の巨大な腕を形作った。視界に収めた者はアレは何だと口を揃えて述べた。

 

「なっ、これはッ――!?」

 

 かき消そうと鎌が我武者羅に振るわれる。――がしかし、実体のないそれは攻撃を全く意に介さず迫り、あっという間にランサーを鷲掴みにしてしまった。

 そうして、加減という言葉を置き去りにし、無慈悲な圧力が加えられ下へ下へ……と彼女は墜落していく。

 

「キャスター!」

 

「あいよっ!」

 

 仕上げとばかりに待機していたキャスターが長杖を地に向け、回避をするなかでどさくさに紛れて設置していたルーンを起動した。

 ……そこにランサーは抗うことも出来ずに突っ込むことになり、強制的に仕掛けられた地雷へと触れてしまう。火柱が腕ごと燃やし尽くし、金色のエーテルのような粒子が舞うが最後には……何も残りはしなかった。

 戦場の音は沈静化し、火がパチパチと鳴るだけの静けさが訪れる。

 

「……ふう」

 

「いっちょあーがりぃ」

 

 気の抜けたキャスターの号令により戦闘が終了したことが伝えられ、私達は揃って肩に入れていた力を抜いた。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 ……ランサーという概念が崩れるランサー戦後、一旦落ち着いた私達はまともな休憩を挟むべく、延焼を続ける校舎に対して手分けをして消火活動を開始した。

 また、校舎内に屯している敵影が居ないかどうかの巡回も含めて行い、A班に私・所長・エミヤ、B班にマシュ・キャスニキ・シルバという編成で一つ一つの教室を見て回った。まあ、これといって何も妙なモノは見なかったのだけれど用心に越したことはないからね。

 

 途中、私が人には理解し難い言語で呪文を高速で唱えていたことに対してしつこく問われたが、召喚というか発生させたモノについては明確な説明を拒絶し、「ああ、あれね。マ◯ターハンドだよ、ス◯ブラの」と適当な誤魔化しで取り繕った。本当は『クトゥルフの鷲掴み』っていう重力操作系呪文をアレンジしたなんだけどもね。

 エミヤも深く内容に触れていては身が持たなくなると察してくれたか、意外にも話を合わせてくれて未曾有のスマ◯ラ談義が始まってしまった。そういえば世代的には同世代でしたね貴方。まさか英霊とゲーム談義が出来るなんて思わなかったぜ! ホント何でだよ!

 アーチャーはバリア反射持ちの某狐男が得意だと言っていたが、私は裸ネクタイゴリラが実は得意だ。えっ、女の子なんだからもっと可愛らしいキャラを使えって? だが、ゴリラの真理に至ってしまってな……その代償でこうなんだ。君もゴリラ語を理解すればいずれそうなるだろう、ウホウホ。

 所長はやったことがないらしく話題について来れないようだったが、ロマニに確認したところプレイできる環境はカルデアにあるとのことだった。じゃあ、皆で帰ったらやるかぁ! 楽しいぞぉ!

 

 時間をかけて巡回を完了した一同は合流場所に指定した生徒会室に入り、汚れていない椅子を見繕って各々に腰を掛ける。いやー、動きっぱなしで皆疲れたねー。でもまだ先があるんですよ、頑張っていきましょー(憂鬱)。

 30分ほどのんびりと生身勢はシルバが蹴って壊した自動販売機から回収したジュースをあおりつつ、息を整えるべくぼーっと寛ぐ姿勢を貫いたが緊張感はこれといって拭えずに終わった。

 

「さて……大空洞まであと一息まで来たわけだけど。約束通り、これまでの状況整理でも行っていこうか」

 

「そうですね」

 

「……ええ」

 

 気楽に行きたいが気楽になれない雰囲気の中、カルデアとの通信を開いた私は席を立って室内にあったホワイトボードを皆に見える位置まで移動させると、備え付けのペンを手にとりブリーフィングの音頭を取った。

 

「話の議題はズバリ、特異点Fの発生の原因とカルデア爆破テロの実行犯を特定することだね」

 

『――えっ、わかるのかい!?』

 

 ああ、わかるとも。その為にもこれまでの状況と行動を全て明らかにしていく必要がある。事件を推理する上での鉄板だろう?

 

「始めに、特異点Fは聖杯戦争の真っ只中だった。開始した当初は住民は普通に生活をしていたし、マスターも普通にその中に紛れ込んでいた。サーヴァントも正常だった―――間違いないこれで?」

 

「おう、そうだぜ。オレにもマスターはいたし、アーチャーの野郎にも赤い嬢ちゃんがマスターとして居た」

 

「……凛」

 

 腐れ縁というのは本当のようでキャスターが話した内容に、エミヤも反応を見せた。聞けば生前の同級生で師匠にあたるそうで、もしかしたら英霊になる前の自分もマスターとして参戦していたかもしれないとのことだった。

 

「――続けるよ。最初に消えたのは住民、同じかはわからないけど次に消えたのはマスター……でいい?」

 

「ああ、残されたオレや他のサーヴァントはこぞって混乱したさ。オレのところに同じ状況か尋ねに来るやつだって居た―――だが、原因を調べている間にどいつも暴れ出したセイバーの餌食になりやがって、次に見た時はこの期に及んで聖杯に執着をみせる巫山戯た奴になっていた。アーチャーはアーチャーでセイバーの軍門に下っていやがった」

 

「何か思うところがあったのだろうか……それとも」

 

 倒してしまった今となってた真意を聞くことは出来ない。自らの意志でセイバーに協力したのか、セイバーに協力することを強要されたのかは闇の中だ。唯一、セイバーに聞くという手もあるが答えてくれる道理はないだろう。

 

「キャスターはその後、アサシンとライダーを撃破。続けてアーチャーを目標にしていたところで、レイシフト直後に狙われていた私やシルバと合流。アーチャーの撃破を確認後に所長とマシュとも合流した」

 

 あとはアーチャー再召喚に続いて、先程終えたばかりのランサー討伐という流れだ。

 此処で気になるのは2点……冬木の人間が消えたこととセイバーが暴走したことについてである。

 

「住民が突如として消えたのはセイバーの暴走より以前――なら、此処で行われていた聖杯戦争とは別の要因によって『消された(・・・・)』?」

 

「そもそもな話ですが先輩、私達は『未来に人類の痕跡がなかった』から冬木に原因がないか調べに来たはずです……なのに、『2004年の時点でまるで人類が滅んでいる』ようなこの危機的状況はおかしくないでしょうか」

 

 確かにそうだ。この時代で人類が滅んでいるのなら今生きている私達は何だというのだろうか。

 実は冬木だけに限った話……なんてことではきっとないだろう。もしそうだったとすれば外部の人間の姿を一度でも目撃しているはずであった。

 

「……頭が痛くなる話だ。『2004年に人類が滅んでいない』からこそ、君達の時代まで少なくとも人類は生きている事が証明されているというのに、これでは矛盾だらけだ」

 

 哲学的な問題へと発展しそうになっているが、考えなければ考えずに行動してしまった時に後悔してしまう。つまり、何が言えればいいと言うんだこの問題は?

 

『――まさか、特異点Fが未来の消失の直接的な原因ではない、とか?』

 

「もっと前の時代の問題……ということ? でもそんなの観測されて―――」

 

「遡るべき歴史の範囲が狭かったんじゃね……それこそ中世とか古代とかそんな昔に原因があるかもしれないな?」

 

 シルバの言葉に全員が絶句する。幾らなんでもそこから滅びの原因が発生するなんてあるわけが――と、見せかけて実はガチで遠い過去に原因があるというパターンか。

 その通りなら、帰還を果たしても待っているのは遥かな旅路かもしれない。本当の地獄はこれからだというやつだ。

 

『この件については至急解析を進めてみましょう……それでいいですね所長?』

 

「ええ、お願いするわ」

 

 当たって欲しくない懸念が生まれてしまったが、こういう時に予感は当たってしまうものだ。今のうちに覚悟をしていたほうが多少は楽になる。気が実に重たいがなんとやらだ。

 

「――話を元に戻そう、今度はセイバーの方だ。何故暴走を始めたかについては、はっきり言って大空洞に行って確かめなければわからない」

 

 こればっかりは情報が少ない為か言えることはないに等しい。突然暴走したというのなら外部からの働きがあったと思うのが順当な考えだと思われるが。

 何か冬木市内の拾ってはいけないものをセイバーが確保してしまったという線もあるが、確率的な問題が生じてないと思われる。というか、冬木に大体そんなものがホイホイ転がっているわけがないよね……。

 アーチャー、どうしたの。冬木なら転がっていてもおかしくはない? ポットが聖杯だったり聖杯戦争がクイズ番組形式だったりした謎記憶がある? ……ちょっと病院行ってお薬もらってこようね。

 

「第三者の介入はあり得るだろうな……気をつけるべきは、そいつが現実に居たとすればこの冬木の異常の影響を受けずに動いているかもしれんということだ。サーヴァントに干渉できる技術を持っていることが想定されるぞ」

 

「藤丸並かそれ以上の戦闘力は持っていると見ていいかしらね」

 

 私基準で敵の戦闘力測らないでいただきたい。今度言ったら慰謝料請求しますから。

 

「そんで、嬢ちゃん達の拠点を爆破した奴のことだが……そっちは見当はついてんのか?」

 

 キャスターが杖を肩の上に乗せて口笛を吹いてくる。

 んーまあね、冬木の方と違って確実に『いる』し見当自体は既に付いているよ。

 ただし、裏付ける証拠がない(・・)のだ。動機も不十分(・・・)

 それどころか行動に説明がつかないせいで、本当に犯人なのかと疑ってしまうところもある。何かしっくりこないというか引っかかるところが山ほどあるのだ。

 

「……誰なのよ」

 

「誰なんですか、先輩っ!」

 

「それは―――」

 

 喉から出掛かった名前を言うべきか否かの葛藤が生まれる。

 言えば最後、皆はその人物を二度と信じることが出来なくなるだろう。たとえ間違えであっても関係は二度と戻らない。

 言わなければどうか……勘違いならそれでいいがもしも予想通りだったのなら、残るのは知っていたのにどうして言わなかったという後悔と周りからの叱責だ。

 

 

 どちらを取るか迷うも決めるのは私自身―――一頻り熟考した末に私は返答を口にした。

 




ある意味序章のシナリオもう崩壊してる(今更

次回、いざ決戦の地へ。ヘラクレス、スタンバイ!(やめて


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魔力を上げて、物理で殴ればいい

いい加減焦らすのもアレなんで、今明かされる衝撃の事実ゥをします。


 特異点Fにおける最後の戦いが待ち受けているであろう大空洞へ向かうため、学園跡地に別れを告げた私達は無言に近い状態のまま行く手を遮る敵を蹴散らしつつ前進を続けていた。

 緊張しているという点も大きいが、一番の原因はやはり―――先のブリーフィングにおける私の最終的な選択が大きく影響してしまっているのだろう。

 ……だが、後悔は今更していない。何れにせよ向かった先に真実は存在し、受け入れるほかないのだから。私はそれに立ち向かう、たったそれだけである。

 

「まあ、そんなに緊張すんじゃねえよ嬢ちゃん。アンタが抱え込まなくても、いざとなりゃオレとそこのアーチャーが何とかしてやる」

 

「……ああ、そうだな。我々を引っ張ろうとしている度胸は買うが、そのせいで倒れられてしまっては元も子もない」

 

 あー、はいはい。サーヴァントのお兄さん方、全然無理してませんよー……立香さん適度に無理してるから大丈夫ですって。

 ……気になってんのは、仮に件の奴さんが居たとしてどんな形でノコノコ出てくるかだよ。わざとらしい演技で出てきたらどう反応してやろうかなって。

 

「やはり、ここは『初手フィリピン爆竹』が適切じゃねーかな」

 

「……は?」

 

 シルバが真顔で提案をすると、アーチャーが何言ってんだコイツという視線を投げた。

 ――説明しよう、『初手フィリピン爆竹』とは……ろくに話も聞かずに『何か怪しい』と思ったら、即時に通常の爆竹とは比べ物にならない破壊力で知られるフィリピン産の爆竹をノータイムで相手に投げつける行為である。相手は死ぬ、爆発四散ッ!!! ……でも偶に事故る。私は事故ったことはないけれども。

 

「確かにそれが一番早いと思う始末方法だがな、シルバよ……」

 

「……え、ちょっと待って。貴女達、そんな真似を仕出かしたことあるの?」

 

 ありますけど何か。

 厳密には私達じゃなくて、その時偶々行動を共にしていた人がフィリピン爆竹を大量所持していたんだがな。なお、そのテロリストめいた人物ですが本業は小説家だそうです(自称)。

 

「――そんな小説家がいるものかッ!!」

 

「私に言われてもな……」

 

 ちなみにフィリピン爆竹だが、流石に私はカルデアに持ち込んでないからね。

 持ち込む以前に検問に引っかかるだろうし、カルデア爆破されてる状況だと真っ先に疑われる材料になりかねないし。

 ……でも、他に持ち込んだ荷物はどうしてパスできたんだろうか。魔術礼装の類とかと思われたとかかな?

 

「禍々しくて検査しようにも出来なかったんじゃねえの?」

 

「なるほどそりゃそうだな、言えてるわ」

 

「どれだけ危険物を持ち込んでいるんだ君は……」

 

 すまないが自分でもどれだけ詰め込んで持ってきたか正確には覚えてないんだ、テヘペロ。

 強いて言うのなら、元コマ◯ドーの大佐が娘を取り戻すためにデェェェェェェェェェェェェン!!と用意した装備セット10個ぐらいかな。……うーん、もっとあったかも。

 そんなこんなで場を和ませ……てはないな、変に掻き回したところで大空洞付近まで到着しちゃいました。またその先には――

 

「……うん、いるな」

 

「いますね」

 

「知ってた」

 

 筋肉モリモリのマッチョマンの岩を削ったかのような剣を持った大英雄が……いましたよ。全身が黒くなっている上に目だけが赤く光っている……いたぞぉー、いたぞぉー!!!

 しかもだ、事もあろうに大空洞の入口の前を陣取っており、その横を素通りなんてそれなんて無理ゲー過ぎてどうしようもないレベルである。

 ――ええと、『ヘラクレス 避け方』で検索っと……ネットに繋がらねえじゃねえか!! ホント使えねえなこのクソスマホ、使えねえなこのクソスマホ!! 何で二回も言ったんだ私……。

 

「真面目にどうするよアレ」

 

「……嬢ちゃんの槍でもアレの撃破は無理そうか?」

 

 無理でしょ、だってあのヘラクレスですぜ。十二の試練に耐えたとか言われてるんだから相当にメンタルが鋼……否、メンタル筋肉でしょうよ。試してもいいけど絶対不発に終わって居場所特定されるから駄目。

 

「予定通り、私が足止めするというのは?」

 

 理想的かもしれないけど、よくよく考え直してみたら大空洞の中がどんな状況なのか一切わかっていないんだよなぁ。

 もしかすると、亡者や魔物の類がウヨウヨしているかもしれないから戦力が一人でも欠けるのはリスクが大きいと思われる。割とデカイのよね一人抜けた穴を埋めるのと疲労背負うの。

 

「わ、私が囮になってバーサーカーの注意を引くというのも……駄目ですよね」

 

 駄目に決まっているじゃないか。理由はアーチャーのと同じだけれど、特にマシュは霊体化を使った緊急回避が出来ないし無謀なことは止めて欲しい。お願いだからね。

 

「……だったら全員で殴る、とか?」

 

「セイバー戦で疲労困憊で詰みます。本当にありがとうございました」

 

 そもそも、仮にランサー戦のようにタコ殴りにして勝てたとしてノーダメージというのは恐らくないに違いない。此処まで来て誰かが重傷負ってリタイアなど本当に勘弁して欲しいことだ。……つまり、どれもこれも作戦として全然駄目だということである。クソッタレが!!

 警戒し過ぎなせいで選択の幅を狭めているのやもしれんが、常に最悪の事態を想定せずして何が戦いだというのだ(逆ギレ)。

 ええい、それにしたって本当に次から次へと嫌な方向へ事態を運びやがって……いい加減そろそろ気のせいだったわーと安堵ぐらいさせてくれてもいいじゃないか。……うーん、ガチで困ったなぁ。

 

「迂回するというのはどうなの? あるいは別ルートを無理矢理作って入るというのは?」

 

「気付かれるに決まってる。……穴を掘って地下からという手もあるけれど、崩落の危険性と隣り合わせになって生き埋め待ったなしだ」

 

 俗に言う急がば回れ戦法も駄目で、誰かが囮になるという方法も駄目で、挙句の果てに倒すのも駄目とかもう万策尽きかけてると言ってもいい。

 かといって、何かしなければどんなに待とうと特異点Fの異常は解決しない上に、私達は永久にカルデアに帰ることが出来ない。これが前門のタイガー後門のウルフというやつか、ふざけろ。

 

「単に退かせばいい訳ではないというのが難点だな……元々守っていたという森の奥へ帰ってくれればよいのだがな、そうも行くまいというのが現状だ」

 

「ケツ蹴っ飛ばしてでもあそこから退かせればいいんだがな、アイツでけえのなんのって」

 

「重量感あるよな」

 

 森へと帰す、ケツを蹴っ飛ばす、重量感……って、貴様らもう少し真剣に対策を考えろや。私の脳がそろそろパンクしそうになってるんやぞ。FXで有り金全部溶かしたかのような顔になってもいいのなら続けても構わんが。

 ……ん、どうしたの所長。急に妙案思い付いたように考え込んで。もしかして私に良い考えがあるってヤツですか? 

 

「……ねえ藤丸、アンタの使ってたおかしな力であのバーサーカーを、遠い何処かに吹っ飛ばす事(・・・・・・)って出来ないかしら?」

 

「え?」

 

「入口から離せばいいし、戦わないようにすればいいんでしょ。――だったら、遠ざけるなりして時間を稼いで、その間にセイバーを倒すしかないんじゃない?」

 

「………」

 

 ……ああ、その手があったか。

 逃げるか戦うかで思考が固まってしまっていたせいか、向こうにある意味『逃げてもらう』という発想には全く至らずにいた。盲点だったと言わざるをえない。

 けれども、いざそれを実行するのに何を用いればいいのかが肝心なところだ。欠かせないのは吹き飛ばし効果を持つような呪文なのだが、当てる相手の体力や筋力、体の大きさを考慮に入れて発動しなければろくな飛距離を叩き出せないだろう。

 また、確実に距離を稼ぐためには推進剤……要はロケットエンジンのような役割を果たすアシストの存在が不可欠であるとされた。これについては、アーチャーの投影した宝具の爆発が役割を担うことにすぐに決まった。

 

「それで、やれるのかマスター」

 

「――1つだけお誂え向きな呪文がある。でも、今回みたいに飛距離が大きく求められる場合には、恐ろしい量の魔力が代償として失われる」

 

「具体的にはどれくらいなのだ?」

 

 冗談抜きで答えろというのなら、使ったら最後……私はこの場で戦闘不能になってカルデアに帰還しても暫くは目を覚まさないかもしれないだろうね。瀕死なだけで生きてはいるだろうけど。

 

「ちょっと!?」

 

「……結局、このプランも駄目だということか」

 

 こらこら、あんたら話は最後まで聞けっての。

 今の話はあくまで、『藤丸立香という個人』が保有する魔力の限界を超えてブッパした場合のことである。そんな無謀で、あとは他人任せになるような手段をこの大事な局面に私が取るわけがないじゃないか。

 だから今回は裏技を使い、足りないものは余所から確保するということで対処してみせる。

 

「大丈夫なんだな?」

 

「良い女は早死しないから安心せい」

 

 追加でキャスターにフォローを頼み込みつつ、私はバーサーカー撃退作戦こと『魔力を上げて物理で殴る作戦』の発動を宣言し、忍び足でアーチャーと一緒にヘラクレスに気づかれぬよう大空洞の入口上に向かった。今回はマシュ、所長、シルバの参戦はなく、離れた場所の物陰に待機してもらった。

 程なくして、サーヴァント2名とマスター1名が所定の位置につき、与えられた役割を担うべく行動を開始する―――

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 はい、そんなわけでピタゴラスイッチを始めたいと思います。

 

「……まずはオレからだッ! 来やがれデカブツ!」

 

 開戦の狼煙を一番に上げたのは我が兄弟子ことキャスターだ。

 彼は一瞬にしてヘラクレスの注意を引きつけることに成功すると、その大きな体からは出せるとは思えない速さで距離を素早く詰められて、岩の大剣を激しい風圧とともに振りかざされた。

 

「■■■■■■■――!!」

 

「あ、これ死ぬな」

 

 ……が、ここまでは想定通りであり、キャスターはニヒルな笑みを浮かべて長杖を垂直に突き刺した。直後、ヘラクレスを中心に術式が起動しまたしても火の手が上がると思いきや、木で器用に編まれた巨人の腕が真下から生え、その黒ずんだ巨体を花火を打ち上げるかのように突き上げ飛ばした。おおっと、ヘラクレス君打ち上げられたーっ!!

 

「マスター!」

 

「――わかってるよっ!」

 

 空中ではどのような英霊だろうと飛ぶという経験がなければ無防備になる。ましてやその大きく育った図体だ、立て直すなど無理に等しいことだろう。

 故にそこを突くことで作戦を確かなものへとさせてもらう。卑怯と言われようがこちとら命懸けなもんでね。

 

「ぐっ、うあああああアァァぁぁぁッッッ――!!!」

 

 頭のスイッチを切り替え、一目散に絶賛空中浮遊中のヘラクレスの下へと飛び込むと私は、布越しでも血管がミミズのように首筋まで浮き出ているのがわかる左腕をただ前にと送り込んだ。何の変哲もない正拳突きというやつである。

 ……必殺の拳はヘラクレスを穿つこともなく弾かれることもなく、寸前のところでピタリと静止した。

 

「■■■■■――!?」

 

 私も痛くなければバーサーカーも痛くない様子だ。……あれ、もしかしてミスりましたかこれ。

 不発か――と誰しもが思おうとした時、彼の体は激しい何かの衝撃をまともに喰らい……揺れた。違う、揺さぶられたと言った方が正しい。

 

 

 

「なーんてな、これがヨグ先生の拳だッッッ!!!」

 

 

 

 支払われた膨大な量の対価を糧に不可視の巨腕が、バーサーカーの体を私が飛び出してきた方向とは逆に押し出し、冬木大橋があるとされる方角へ1km弱ほどふっ飛ばした。

 しかし、それだけでは足りない。その程度飛ばしただけではすぐに戻ってきてしまうのはわかりきっている……であるからして、真打ちは此処で本領を発揮するのだった。

 

「アーチャー、頼んだッ!」

 

「期待には答えよう」

 

 投影魔術により複製された名立たる魔剣などの数々が宙に浮かんだ状態から射出され、容赦なく空を舞うバーサーカーにダメージを与えているのかも関係なく突き刺さっていく。

 あちらも負けじと剣を弾こうとしているようだったが、思うように力が振るえないのか動きに衰えが見て取れた。あるいは気絶に近い状態にあるのかもしれないと私は感じた。

 

「……全投影、連続層写」

 

 そうしている間にも、推進剤として起爆させられてはまた突き刺さり、突き刺さってはまた起爆が指で数えられる程度に行われ、巨体の面影は大空洞近くの上空から離れ徐々に見えなくなっていった。

 

「……これで終いだ。――I am the bone of my sord(我が骨子は捻れ狂う)

 

 剣の刀身をドリル状に捻り改造を施した宝剣を弓に番え、アーチャーは祈るように弦を引く。

 奇しくもそれは、私が呪いの槍を使用して葬ったアーチャーがクロスカウンター気味に放った最後の一撃……の前に撃ったやつにそっくりだった。てかまんまじゃん。

 

偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)

 

 ――聴こえるのもやっとの遠い距離で雷鳴のような轟音が鳴り、大空洞前に静寂の時が訪れた。

 

 

 

「落下地点は冬木大橋よりも前か……」

 

「あれまぁ」

 

 経過を観察していたアーチャーの報告を聞いて、私は残念そうなリアクションを取る。

 目標では大橋の下に流れる川にダイブさせようと考えていたのだが、実際に墜落した現場は近くも遠からずな住宅街であるそうだ。

 ……即ち、ヘラクレスが未だに大空洞を守るという使命に燃えているのだとしたら、のんびりと内部を進むなどしてはいられない距離に相手はまだいるということになる。

 どのみちタイムアタックが避けられないのは見え透いていたが、やっぱり思うようには行かないのはやるせない。

 

「戦闘終了……で、いいんですよね」

 

「強制的という意味合いでならね。グズグズしているとまた再開しそうだけど」

 

 二度と戦いたくねえよあんな相手、というのが今の気持ちの全てだ。体がクタクタで辛い以外の言葉が見つからないし、頭も沸騰するように熱くてどうにかなりそうだ。思考も落ち着かない……ああ、これはいつもの事だった。

 

「大丈夫なんか?」

 

「大丈夫だろうとなかろうと先に進むしかないだろうに……」

 

 休憩なんぞしていたら、挟み撃ちというあってほしくない展開が待っている。

 とりあえず、足だけは動かしてさっさと前に進もうと鞭を入れ、再び揃った一同を大空洞に押し込んでいく。その後に私も続く形で、いよいよ冬木におけるボスが潜むダンジョン攻略が開始されようとしていた。

 

 

 

 

 ――されようとしていたんだがなぁ、そう世の中思い通りに事が運ぶはずもなかった。

 

 

 

 

「が、あああゝアアアアあaアあaあAあああ――ッ!!!」 

 

『!?』

 

 突如として侵入したての大空洞に、ケダモノのような……いや、ケダモノそのもの叫びが響く。

 一体何だと一斉に皆が聞こえた方へ振り向くが、その視線は困惑と驚きが入り交じったようなものだった。

 無理もないか……何せ、今の雄叫びは最後尾で殿めいたことをしていた私自身のものであり、明らかな状態の異常を示すSOSであったのだから。

 流れるように膝を地面について崩れると、こうなるに至った元凶である腕を抑えながら深く奥歯を噛み締める。

 

「――せ、先輩っ!?」

 

「おい、どうした!?」

 

 心配症なマシュとエミヤが引き返して駆け寄ってくるが、二人が体に触れるよりも先に私は怒鳴り声を上げて静止を行った。

 

「Kuるナぁッ!!」

 

 駄目だ、完全に呂律が回っていない。発音がイカれちまってる。

 これではいずれ会話が成立しなくなるし、自分が何を仕出かすかもわかったもんじゃない。自覚があるだけマシか。

 理解されない恐怖心が私を包む中、違和感が存在感を出して体内を蠢く。……それに釣られて、意味を成さない言葉群が勝手に口から飛び出し始めた。かなりヤバイ。

 

「死ィ! ヴォあla Gehen……ひβs-た≒Σ〒―Ghaゲnn、幻、深淵ノsin……Paradox!!!」

 

「何を、言って――」

 

 ……まるで怨嗟だ。向けたくもない相手によくもまあぶつけられることだと呆れ返る。自分で自分をとっとと殴ってやりたい気分だ。

 されど、腕は固定されてしまったように動かず、一度へたり込んだ足は立ち上がることを拒絶していた。誰か早く私を殴れ。伝われこの思い……でないと取り返しの付かないことになるから。

 

「ぐぅギィィ……敗者,gd終わラナI……KaタsuROMダァ!!!」

 

「おいおい、こりゃあ不味いぞ?」

 

「一体どうすれば――」

 

 狂気がすぐそこまで迫ってきている。片目の視界が血に塗れたように染まり血を流し、この世ではない何処かの荒れ果てた世界をぼやけ気味に映し出す。やめろ、そこは私が目指すべき場所ではない。

 このママデハ、私がワタシでイラレナクなル―――

 

「……精神分析の時間だゴラァ!」

 

「アザトゥス!?」

 

 己からまともな精神が剥離されかけようとした時、私の顔にドアを突き破ろうとするが如く鋭い蹴りが炸裂する。

 防御や受け身を取る暇もなく転がされ、全身がボロ雑巾のように酷い有り様になる。ダメージでかすぎィ!!

 

「痛ってえじゃねえかこのヤロウ!!」

 

「あ、戻った」

 

 ホンマや、ってか今の蹴りはシルバだったか。加速をつけてまで蹴らなくてもええんやで。

 ――ああん、そうでもしなけりゃ暴走始めてただろうが、このバカチンがだって? ……はい、仰る通りです。私が悪うございましたとさ。これでいいかい?

 

「……君達だけの内輪で納得や解決されると困るのだが」

 

「そうよ、アーチャーの言う通りよ……私達が納得いくように今の件について説明しなさいよっ!!」

 

 ひえっ、皆さん大層お冠で――当たり前か。

 今のことに関しては大変ご迷惑をおかけしました、本当に申し訳ありません。この大事な時に何やってんだよお前って話ですよね。社会的に死んで詫びます。

 

『一体何があったんだい、藤丸君……マシュから急に連絡を受けたが、さっきまでの君のバイタルはいずれの数値も――』

 

「異常な数値を叩き出してたって言うんでしょ、わかっているよ……精神の錯乱に加えて魔力暴走引き起こせばそうなるわな」

 

「どうしてそんな事に……」

 

 心当たりなど一つしかない、先程の戦闘で使った魔力が原因だろう。

 あの状況では頼らざるを得なかったが、もう少し自重して魔力を引き出すのを抑えたほうが良かったのかもしれない。

 要するに調達先が悪かったということだ。慣れないことはやるもんじゃない。

 

「……一体どこから調達したというのだ」

 

「うーん、知りたい?」

 

「君のことだ、我々の知るべきではないところから持って来ているのだろうが、ある程度知識として知っていなければ幸先が悪い」

 

「だ、そうだぞリツカ」

 

 へいへい、ごもっともな意見ですこと。

 でもまあ、何時迄も隠し通せるような事ではないだろうし、覚悟を決めて打ち明けるしかないんだろうね。

 気が気でないがアーチャーに近くに来るように頼むと、一言忠告してから情報として得るように伝える。

 

「私の身体を解析しても構わないけど条件がある」

 

「何だ?」

 

「胃カメラみたく中身の隅々まで見ようとするな。触診ぐらいのカルテに書かれるような断片的情報のみ読み取れ」

 

「……了解した」

 

 もっと砕けたように言えば、RPGのステータスよろしく効果を確認しろということだ。

 ニュアンスとして理解してもらえたようなので、結果が出るまで動かない状態を取る。……えらく時が流れるのが長く感じるが、時間があまり残されていないのはわかっているよね。お前に言えた義理じゃない? 知ってるっての。

 結果が出たようで、アーチャーの表情が険しさに混乱をかき混ぜたかのように歪んだ。

 

「おい、マスター何だこれは……」

 

「見たまんまのことだよ、それ以上それ以下でもない」

 

「いや、これを君は―――受け入れたまま今まで生きていたというのか!?」

 

 常人には理解できないことでしょうけど、これが私『藤丸立香』の人生なんだよ。

 気持ち悪いと思うならいくらだって拒絶したっていい。初めは傷つくだろうけど慣れてしまえばやがては気にならなくなっていく。

 なぁに、いつかはそうなることは自覚していたから単に今回は予定が早まっただけさ。

 

「何が見えたんですか……アーチャーさん」

 

「……それは、本人の口から聞いた方がいい」

 

 あっ、説明を丸投げしようと思ったのに投げ返されてしまった。……自己責任だろうがって顔をしているな。全くもってその通りです、はい。

 こうなったら、別に最後かもしれないわけじゃないが全て洗いざらい話してしまうとしよう。全てって言っても事実だけバーンとぶつけるだけであるが。

 じゃじゃ馬で扱いに困る左腕を見つめて、私は詳しい事情を知らない人間ばかりの皆に対して諦めた口調で言った。

 

 

「私の左腕は、HPL……神話生物の中でも特に扱いに困る厄介な存在にして、外なる神の一柱――――『這い寄る混沌』ことニャルラトホテプの腕なんだよ

 

 

 知られたくなかった事実が悪夢とともに今甦り始める。




アーチャーが見たステータス詳細

ニャルラトホテプの加護:
外なる神(アウターゴッド)の一柱であるニャルラトホテプによる加護にして呪い。
ある事情によりニャルラトホテプの左腕が藤丸立香の左腕として移植されている。これにより彼女は神話生物からはニャルラトホテプに連なる者、もしくはニャルラトホテプそのものとして認識される。

ニャルラトホテプとしての魔力を使用し過ぎると彼女の身体を侵食し、やがて完全な外なる神として生まれ変わってしまう危険性がある。

腕自体は変幻自在である程度武器にもすることが可能。



こんな感じです。ガバガバかもしれませんが大目に見てください(
ヨグ先生の拳に関する計算するの疲れました。


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血塗れのバトンを背負って

急にシリアス。でも多分すぐに元に戻ります。


 ――ちょっとした昔話をしようと思う。

 

 かつて私には、かけがえのない親友であり幼馴染であった少女が居た。

 名前はそう……成美(ナルミ)といった。海外の生まれなのか日本では珍しい銀色の髪を持っていたと記憶している。

 彼女とは小学生からの付き合いであり、出会った頃は無口で何を考えているのかわからない不思議な子だという印象を抱いていた。

 加えて好奇心は強く、気になったものがあれば単独で動くことも躊躇わない図太い根性をしており、いつか行った遠足ではこちらがエライ目に遭っていたというのに、平然とした面持ちで何事もなかったように班の中に戻ってきていた。

 

 当然、その頃はかなり短気だった私はキレて俗に言うキャットファイト状態に陥ったのだが、成美の奴がやたらと強くて気が付いたら互いに鳩尾へエルボーをキメていた。――途中、軍人がやるような格闘戦を仕掛けられた気もするが必死になってたらなんかまともに喰らわずに済んでいた。

 ……で、その翌日。険悪なムードで学校にて出くわすかと思いきや、あやつめ無言で私にハグを行い教室内を一瞬にして凍りつかせやがった。ホント、周りに何度冷やかされたことか。

 それからというも自然に手は繋いでくるわ、私の家に遊びに来るわ、一緒にお弁当を食べようとしてくるわで大変だったわけだけれど慣れてくれば案外大丈夫なもので、成美の知らない一面を垣間見ることが出来るようになっていた。……あいつは、自身に対等な相手がただ欲しかっただけだったのだ。

 

 中学に上がり、同じセーラー服に身を通すことになった頃には、家族同然の仲になって食事をすることも一緒に寝ることも多々あるようになっていた。普通に夏にはだらけあったし宿題には追われ、冬にはこたつでのんびりとみかん食べて過ごすなどしていたと思う。

 まあ、この頃にはHPL関連の事件に頻繁に巻き込まれるようになったという理由もあり、お互い纏まって行動していたほうが懸命だという方向に落ち着いていたわけだが、こちらがどう構えようが神話生物は行く先々で私達に関わって来ていた。校外に出る学校行事で高確率で出くわすとか、呪われてるんじゃねえかってレベルである。

 確か一度うんざりに思って個人でお祓いに神社を訪れたこともあった気もするが、体質的な問題でどうすることも出来ないと断られてしまった覚えがあった。……むしろ、貴方はそのままの方が良いって言われたはずだが見事に今のようなご覧の有り様だ。あの時の巫女さん絶対許さねえ。

 

 しかしそれでも、楽しいか楽しくなかったかと問われれば私は「楽しかった」と答えるだろう。怖い思いをすることも沢山あったが、そんな時には必ず成美が傍に居てくれたし、あいつも私が居てくれるから心強いと言ってくれていた。

 だから、どんな脅威が待ち受けていようと手を繋いで立ち向かうことが出来ていた。これから先もずっとそんな毎日が続いていくのかと思っていたのだ。

 

 

 ――そうして、運命の日が訪れ……誓い合った友情は、吐き気を催すような悪意によって引き裂かれてしまうことになる。

 

 

 高校デビューを果たしてから暫く経ったある日、私は成美と一緒に自分達を保護下に置いてくれている……今の私が属する公安X課に呼び出しを受けていた。

 内容はとある研究施設で行われていると噂の、神話生物を使った実験について探りを入れて来てもらえないかというもので、ちょうどその時にテレビで新しく見るようになった製薬会社が関わっているらしいとのことだった。

 明らかに高校生にやらせる仕事じゃないだろうにと当時の責任者へ皮肉ったが、捜査員が別のHPL関連の捜査で出払ってしまっていて、まともに動かせるのはまだ駆け出し中の男性一人のみと嘆かれては渋々協力するほかない。仕方なくその男性を移動要員として扱い、捜査については私達二人で取り掛かることになったが、地道に調べていくと出るわ出るわ黒い証拠が。

 ――やはり噂は本当だったようで、事もあろうに製薬会社の地下施設にて『捕獲した神話生物』を用いた人道もクソもない人体実験が行われていた。

 具体的には、人と神話生物の遺伝子をかけ合わせるといったことが行われており、侵入した施設内には母胎となった……人としての権利を剥奪された存在がポッドに入れられて複数確認された。

 

 これが人間のやることかと憤りと驚きを隠せない私だったが、それ以上に驚かされた事があった。……なんと、成美にしては珍しく殺意を剥き出しにし激怒の表情を浮かべていたのだ。

 いつもは怒ることはあっても静かにニコニコと圧力を掛けてくるだけであったというのに、一体何があったというのか。怒っても仕方がない事だとは思ったが、その時の彼女はいつもの彼女と異なっていた。威圧感が違うというかなんというか。

 その真意を知らぬまま私は成美を連れて施設の中枢へと赴き、この騒動の元凶と相対した。相対して、いつものように倒して、連行しようと拘束した―――はずだった。

 

 

 ……次の瞬間、私の身体は室内の壁に叩きつけられ、左腕は鮮血を撒き散らしながら目の前をくるりと舞って地に落ちていた。

 

 

 突然の事に私は目を見開くことしか出来ず、何が起こったのかを瞬時に理解することが出来なかった。……気づけたのは、成美が私を庇うように立った時である。

 彼女を挟んだ向こう側には直前まで捕まえていたはずのマッドサイエンティストの姿はなく、代わりに一切の面影を残さない触手を編み込んで無理矢理人の形に落とし込んだかのような化物が居た。

 そいつはご丁寧に、此処まで来るまでに目撃してきた研究の応用で作った遺伝子サンプルを自身に注射したと告白し、そのサンプルにはまさかのニャルラトホテプを使用したと言ってのけた。……つまり、相手はニャルラトホテプさえも実験の材料として扱い、あまつさえ後天的にニャルラトホテプのような何かと化したというわけだった。

 

 それに対し私が何か言う前に、成美が聞いたことのない声色で荒々しく言う。お前のような存在が軽々しく『無貌の神』、『這い寄る混沌』を名乗るな、と。

 私はその言葉で理解する。彼女が怒りを特別覚えていたのは、同胞たる神話生物がいいように利用されていることだと。また、彼女自身が神話生物であり―――嘘偽りのない正真正銘のニャルラトホテプであるということを。

 

 夥しい量の出血により意識が朦朧とする私に目をくれながら、彼女は一人偽物の存在へと挑みながら叫んだ。今まで騙すような真似をしてしまってすまなかったと。

 何を言うのだと振り絞った声で返すも、彼女は謝るのを止めずに独白を大声で続ける。……曰く、人としての人生を歩んでみたかったのだと。その為に、私に依存するようにして生きてきたのだと。エトセトラ。

 

 居なくなることを前提にした物言いに今度は私が怒鳴り散らす。

 たとえ真実を知ろうとも、その程度で親友に絶交を申し入れるようなタマじゃない。私の下から離れるというのなら地の果てまで追いかけてやると。

 そう言い切ったところで視界に映るもの全てが色を失い、何もかもが暗転する。……それっきり、私は戦闘中に目を覚ますことはなく、死んだように意識を手離してしまった。

 

 そして、辛うじて本当に僅かにだけ意識を取り戻した際には戦いは既に終わっていて、息をするだけでむせ返るほどの鉄の匂いが充満していた。発生源が元人間だったエセニャルラトホテプということは嫌でもわかったが、知りたいのはそんな今更どうでもいい事ではなかった。

 私は朧気に見える目を動かし彼女を探した。冗談抜きにして居なくなってしまったのかという不安に駆られたからだ。

 ――でも、姿は簡単に見つかった。成美は肩を寄せるほどの距離に居て、同じようにボロボロになって血を流し、弱々しく微笑んでいたのだ。

 

 走馬灯が流れるよりも先に私達はまだ幼かった頃の思い出に浸る。死期が近いことに関してはもうなんとなく察しがついていた。恐らくこれが最後の会話になるのはとっくにわかっていた。

 私は口も開くことは叶わなかったが彼女が全て代弁してくれた。ただただ、ありがとうという言葉が身に染みるばかりだった。

 

 そうして、自分の身が冷たくなっていくのを肌で感じ、目を開くことさえも止めて眠りに落ち………

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

「――私は二度と……目を覚まさなかったはずだった」

 

 所長に支えてもらいながら大空洞の中を進む私は、現在とは繋がらない末路に至る昔話を語り終え、同時にそうはならなかったことを卓袱台をひっくり返すように皆へ伝えた。

 それぞれ思うところがあるのがひしひしと伝わってくるが、代表してマシュが反応を示してくれる。

 

「でも、先輩は今こうして生きている……もしかしてそれが」

 

「うん、私がニャルラトホテプの腕を手にすることになった経緯に繋がる」

 

 あの時、私は確かに死んでいたのだ。もう手の施しようがないぐらいの状態で、蘇生の見込みなんてあるはずがなかった。

 なのに、再び意識が覚醒して目に飛び込んできたのは、何度か運ばれた覚えのある病棟の天井で、心配そうに視線を向ける仲間たちの姿。だがそこに成美の姿はなく、いくらベッドの敷居のカーテンを捲ろうが居て欲しいと願う彼女は何処にも横たわってはいなかった。

 また、時間差でありえないことに気がついてしまう。切り飛ばされたことで失われた、あるはずのない左腕がまるでそこに在るかのように包帯で固定されていたのだ。意味がわからなかった。

 

「付いていた古傷もなくなっていたから大慌てでね……その上、主治医の言葉にトドメを刺された」

 

 そこで知られざる空白の真実が告げられた。

 あの後、私は待機させていた捜査員の連絡を受けて駆けつけた仲間によって救出されたそうであるが、その時点で成美の姿はなく私の腕は元通りに生えていたとのことだった。

 製薬会社については、謎の爆発事故により施設ごと消滅した。研究データは持ち出されることなく証拠の写真のみが資料として保管されることになり、現在は繋がりのあったと思われる企業の洗い出しが行われているとのことである。

 一番知りたい成美については、行方不明ということで処理されたようだが、本部の見解では爆発は彼女の手によるものだという予想が立てられた。成美がニャルラトホテプであったことは一部の人間には周知の事実だったらしい。

 

「――詳しい検査の結果、私の左腕のみから神話生物を示す反応が検出され、照合により『ニャルラトホテプ』の物であることが判明したんだ」

 

「……そいつぁ、キツイよな」

 

 最初は成美によって倒されたはずの男が、悪足掻きをして私の腕として寄生したのではという言い知れない恐怖を覚えた。もしそうだとしたのなら、その場で切り落とすことも躊躇わなかっただろう。

 だが、その不安は成美によって払拭されることになった。彼女が別件で本部に提出していたというデータサンプルが左腕の検出結果と一致したのである。

 では腕は成美自身なのかと疑ったが、それでは施設が消滅した件についての本部の仮説と食い違う。

 ……ということは、左腕は正しくは成美の左腕そのものであり、私が意識を失った直後に彼女がわざわざ腕を切り落として私に移植したということだ。彼女もまた虫の息であったはずだというのに。

 

 そこでようやく、彼女が命と引き換えに助けてくれたことと……もうこの世に居ないことを悟り、私は心を打ち砕かれてしまった。

 

「……心神喪失って、なってみると本当に辛いものでね。何もかもやる気が失せる上に無性に自分を痛めつけたくなってしまうんだよ」

 

 何度発狂して拘束されたことか……多分、抑える方も数えるのが嫌になるくらいだったと思う。

 今だからこそ言えるが、彼女が私に依存していたように私も成美に依存しすぎていたのだろう。それだけ存在感は大きく、一度抜け落ちるとなかなか塞ぐことが出来ないというわけだ。

 

「私は呪ったよ……何で、命に『終わり』なんてものがあるのか。何故、『別れ』という辛い経験を味わわなければならないのかって」

 

『……それは』

 

 あんなに一緒だったのに、もっと一緒にいたかったのに。命に限りがあるから邪魔される。

 そんな逆恨みにも似た感情で、あの事件直後の私は塗り固められていた。

 

「退院出来るようになった後も暫く荒れていてね、ただ只管に『死』を憎んでいたというか恐れていた」

 

 自分に直接関係のない、死に関わるニュースが飛び込んでくる度にいちいち反応していたほど神経質になっていたのだ。

 この世から死なんてものを消してやりたいなど馬鹿げた事を思ったこともあった。

 

「けれども、そんな状態の私を救ってくれたのは他でもない彼女だったんだ」

 

 きっかけは、私の荒れっぷりを見かねた母の命令で部屋の掃除をしていた時のこと。

 頻繁に私の部屋で一緒に寝ていたこともあり、成美の所持品も幾つか部屋に残されていたりしていた。それらを含めて整理しようと動いていると、ふと彼女が愛用していたMP3プレイヤーが目に留まった。

 ……そこで、成美が頻繁に聴いていたお気に入りの曲があったことを私は思い出す。

 

「内容自体はその時流行っていたアニメの曲だったんだけど、聴いている間に涙が溢れてきて―――」

 

 命は……そう、バトンを受け渡すように紡いでいくものなんだということを、その曲は語っていたのだ。

 『死』とは継承に必要なこと、悲観だけで決して終わらせてはならないものだと彼女は最後の最後で私に教えてくれたのである。

 胸を強く押さえて私は祈るように続けた。

 

「私は成美に命というバトンを託された。だから、彼女の分まで走り抜けて誰かにこのバトンを渡したいんだ。更にその先があることを信じて」

 

「そう、だったのか……」

 

 アーチャーが特に感慨深そうに聞いていたが似たような経験があったのだろうか。

 ……そういえば、エミヤは比較的現代の英霊だと聞くが、このご時世で英雄になるとか結構珍しいことなんじゃないだろうか。

 

「鋭いところを突くな君は……いや、間違ってはいないがな」

 

 何か未来で伝説的な偉業を成し遂げたのかと思いきや、彼もまたかつて出会ったことのある守護者の同類であるとのことだった。

 なお、守護者になった経緯には、此処とは別の世界の冬木で起きた聖杯戦争に巻き込まれたことが関係していると彼は述べた。

 一度目は完全な被害者として、二度目は育ての親から受け継いでしまった因縁から。

 

「サバイバーズ・ギルト……という言葉は知っているかね」

 

「ああ、大災害や大事故で九死に一生を得た人が抱く罪悪感や強迫観念のこと?」

 

「……そうだ。全てを失ってなお生き延びてしまった私にはその思いと、救ってくれた養父が抱いていた夢――『正義の味方になりたかった』という夢だけが僅かな取り柄だったのさ」

 

 なるほど、それでご奉仕精神全開でこの世の悪意は全部自分が消し去ってやると、世界中を練り歩いてしまったわけか。誰に頼ることもなく誰に託すこともなく。

 もっとも、願いが願いだけに誰かに共有していいものか迷うものだ。そう簡単に、誰かにバトンを渡していいことではないと思う。それがわかっていたからこそ、アーチャーは一人で突き進むしかなかったのだろう。

 ……守護者ではなくて、私みたいに裏社会向けの警察官になるとかじゃ駄目だったのだろうか。

 

「聖杯戦争で己には戦うための力があると自覚してしまったのが大きかったのだろう。その力を使って世界を平和にしたいと考えなければ君の言う道もあったかもしれん。今更な話だがな」

 

「まあ、医師免許や教員免許でも取って、恵まれない子供の為に一生尽くすとか幾らでもやりようはあっただろうね」

 

「――毒舌ゥ!?」

 

 いやだって、世界平和はそりゃ実現してほしいものであるけれど、一個人の動きで止められるのだったら今の時代は既に平和になっているはずだ。

 それに純粋な悪意を持った人間の他に理由のない悪意を持った人間だっている。そいつらは突然湧くし始末してもまた何処かで湧くからどうしようもないんだよ。キリがないんだ。

 

「しかし……」

 

「生えてしまった雑草を刈り取ろうが、そこに根が残っている限り生え続けるのと同じだよ。結局は根ごと取り除かなきゃ終わらない………じゃあ、その根もとい種はどこから来るのか。それは負の連鎖からだ」

 

「……負の連鎖」

 

 貧しさは少しでもお金が手に入るならという動機で犯罪に駆り立てる上に、世界では常識とされるルールも欠如させてしまうものだ。

 こういうところから争いの火種は生まれているのだから、根絶したいのならば地道だが彼らの貧しい環境を改善していく必要がある。

 

「食事もお金も大事だけどそれだけじゃ駄目なんだ。医療も教育も色々と充実してなきゃこの連鎖は食い止めきれないんだよ」

 

「……まるで見てきたかのような物言いね」

 

 所長の溜息交じりの言葉に、こちらも溜息を込めて心底落ち込むように私は返す。

 

「見てきたさ……旅行先で麻薬カルテルが絡んでいたHPL案件に巻き込まれて、そこで未成年の子供が金で雇われて、銃やナイフを持たされたりしていたんだよ」

 

「そんなっ!?」

 

「酷い……」

 

 信じられないかもしれないが事実である。あそこでどれだけ不愉快でやるせない気持ちになったことやら……下手すれば心がまた病んでしまうところだった。もう二度と思い出したくもない事件である。――ムーンビーストも大量に絡んでいやがったことだしな!! 一周回っていつものテンションが戻ってきやがったよ畜生。

 

「狂った掃き溜めのようなアレはうんざりなんだ……そんなわけだから、正義の味方を目指すならこっちを何とかする方向でよろしくお願いします。今更だけど」

 

「本当に今更だなっ!! ――しかし、ドクター・エミヤやエミヤ先生と呼ばれるのも存外悪くなかったかもしれないな」

 

 ふむ、前髪下げて白衣に腕を通せばビジュアル的にもいいんじゃないかな。個人的な注文としては伊達でもいいから黒縁の眼鏡をかけてほしいものだが、まあいいや。

 随分と辛気臭い長話をしてしまったところで、大空洞の最深部であると思われる空間が入り組んだ通路の先から覗いて見えてくる。

 今のところバーサーカーが背後から迫ってくる気配は感じられないが、最低限の警戒は怠らないよう促しておく。

 

「……そら、見えてきたぞ」

 

「うっわ」

 

 近づくだけで全身に伝わってくる瘴気にも似た毒々しい空気が漂ってくる。

 所長が言うには超抜級の魔術炉心の反応があり、そこから溢れ出てきているのではないかとのこと。吸ったところで直ちには問題はないようだが、何時迄も長居するのは流石に危険だろうと判断された。

 空間は全体の半分ぐらいの位置で大きく段差が出来ており、地震で地盤が激しくズレたかのように高さが開いている。

 頑張れば登れそうな高さだなと吟味していると、マシュが素早く首を動かし警戒心を持った顔つきになった。

 

「――ッ、サーヴァントの反応です!」

 

「えっ!? 一体何処に……」

 

「上だ、上ッ!! ――嬢ちゃん達、構えろッ!!」

 

 促されるように見上げた先には、闇を人のカタチとして成り立たせたかのような黒く禍々しい竜の化身が居た。

 纏っている甲冑には返り血に見える何かが付着し、今も滴り落ちているようにも思える。遠くからでも存在感は絶大であり、滲み出る魔力の気配はただならぬ威圧感と支配感を出していた。……常人ならば直ちに失禁と気絶モノである。

 ――あ、私は常人じゃないから別に大丈夫でした……って、自慢することじゃねえよ馬鹿野郎。

 

 皆が静止するなか、黒い騎士は冷たい目線をこちらへ寄越し少しばかり目を見開いた後、感心したように口を開いた。

 

「――ほう、面白いサーヴァントがいるな。それに、よもやアーチャーがそちら側にいるとは」

 

「アルトリア……いや、セイバーか」

 

 アーサー王とされるセイバーが、マシュとその傍らに立つアーチャーに興味を持ったかと思えば、聖剣らしからぬ輝きを失った剣の先を向けてくる。……闇堕ちしてしまうと、武器の属性さえも真逆のものになってしまうのか。大変勉強になりました。

 

「どうやら、この冬木で元々召喚されていたアーチャーではないようだな」

 

「生憎な。君の言う方のアーチャーは実に惨たらしい最後を遂げたと聞いている……我ながら同情しているよ」

 

「………」

 

 まだ根に持ってたんかいと肘で私はエミヤを小突こうとするも、のらりくらりと巧みに躱されてしまう。

 ……ならば男の勲章にダイレクトアタック――してやろうとしたが、キャスターの兄貴にそれは止めてやれと首根っこを掴まれて阻止されてしまった。ちぇっ。

 

「つかよ、てめぇ喋れたのかよ……ダンマリなんか決めていやがって」

 

「ああ、その事か。何を語っても見られていてはな、躊躇われるというものだ。故に、ただの案山子に徹していたが―――」

 

 ――見られているか(・・・・・・・)。ということは、第三者による介入及び監視の目はあると証言してくれたようなものだ。即ち、暴走自体はセイバーの意思によるものではない可能性が高いことになる。

 戦闘自体は流石に回避できないだろうが、私達に何か伝えるか託そうとしていることが僅かばかりセイバーから感じられた。

 であれば、次に起こされるアクションは―――

 

「……面白い、そのサーヴァントは面白い。構えるがいい名も知らぬ娘、その守りが真実であるかどうか―――この剣で確かめてやろう」

 

 得物同士をぶつけ合い、語り合うという行為だ。

 堕ちた状態にあっても衰えるどころか活き活きとしている覇気を纏い、セイバーは宣戦布告と共に見下ろしていた段差から飛び降りてきた。

 ずしりと重たい踏み込み音が聞こえ、その反動をバネにした突進が猛獣が獲物を喰らおうとするように私を目標にして迫る。

 

「はああああああッ!!」

 

「――先輩っ!!」

 

 マシュが滑らかな動作で瞬時に割って入り、大盾を突き立て構えたのを合図にセイバーとの命懸けの駆け引きが開始された。

 

 




成美という名前はニャル美という名前をもじった感じです。
一応、神話生物は複数個体がいるニャル子さん的設定になっています。

あと、さり気なくシナリオの最後の方で至るべき真理に至っちゃってるぐだ子。

そういえば、セイバーオルタ見て所長は誰かを思い浮かべないのですかね(ロード・エルメロイ2世のお供の子


次回、セイバーオルタ戦。ぐだ子はどう暴れる(じっとしてろよ


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ノータイムノーシューティング

所長はこの先生き残れるのか。


「さて、どうしたもんかな……」

 

 殺気と噎せ返るほどの魔力に満ちた大空洞にて最終になりそうでならない決戦が開始され、マシュとエミヤ、クー・フーリンがこれまでの道程で短い間だが磨いた連携を、何やら思惑を抱えている漆黒に染まりしアーサー王相手に見せる。

 ……そんな中で私は、非戦闘員たる所長とシルバを安全な位置へと退避させつつ、この戦いの先にある展開に関してこの場にいる誰よりも思考を加速させていた。

 

 先の発言により、セイバーもまた事件の被害者であることが判明したわけであるが、一番気になるのは彼女が述べていた監視の存在である。

 彼女の態度からして、直接黒幕と対面し結託して騒動を起こすに至ったわけではないとの評価を一時的に下せるものの、逆に考えれば相手は間接的にでもサーヴァントにある程度干渉可能であると言えてしまう。

 であれば、把握して置かなければならないのがその度合いだ。完全な支配下に置くのだとしたら、今頃は出会って即座に宝具解放ということもあり得たかもしれない。……が、それがなかったということは、セイバー自体にそれを防ぐだけの力があったか、あるいは元々干渉のレベルは低いのか、もしくは黒幕自体が手を抜いていることになるが。

 また、恐れているのは自陣営のサーヴァントに対してその力が有効であるかということだ。影響があるのだとしたら、迂闊に戦力を増やすことも出来なければ攻撃することも叶わなくなってしまうだろう。現実になってしまえば、ここに来て最大のピンチだと言える。

 ……流石に無効だと藁にも縋るように考えたいが、どちらとも判断できる材料がなければ試す余裕さえもない。実行に移される前に阻止する、この方法しかどう頭を回転させても思い付きようがなかった。

 

「――そらどうした、その盾は飾りではないだろうに」

 

「くっ……!!」

 

 現在のところ戦闘は、アーサー王がマシュを初対面にも関わらず、長年の宿敵を相手するが如く重点的に狙っている様子だ。盾を物ともしない圧倒的な力は、王として民を屈服させようとしている表れのようにも思える。

 ……そこに、エミヤが弓兵らしかぬ動作で割って入り、磨かれた剣技にて見事かつ器用に受け流しながら押し返そうとする。投影によって作られた陰陽的な印を持つ双剣は打ち合いを繰り広げては砕け散るが、手品のようにして再度彼の手に出現し暴力的な聖剣を逃がさんと頑なな意地を見せる。

 

「相変わらず手強いな、貴様は……」

 

「それはお互い様だろうにッ!!」

 

 因縁が深く尚且つ太刀筋を勝手知ったる故なのか、あの伝説的なエクスカリバーによくもまあ対抗出来ているのものだと素直に感心をする。

 普通なら剣の名を聞いただけでも畏れ多いのであるが、彼には一切それがなくむしろ愛着を抱いているようにも思えた。もしや、劣化品になろうともエクスカリバーを投影した経験があるとでも言うのだろうか。カルデアに無事帰還出来たら、戦略的な観点より投影の限度についてもっと詳しく把握せねばなるまい。

 

 ……まあ、今はそれとして目先のことを考えるのに私は集中しなければ。

 問題は増える一方で危機感だけが募っていくが、一つ一つの問題を解決していくほか遣り様がないのはもう十分にわかっている。

 とりあえず、確証のない不安要素はこの際考えないようにして、セイバー戦をどのように乗り切るのが正解なのかだけに知恵を絞る。

 長期戦も耐久戦もしている余裕はない……よって、短期決戦に持ち込む以外に道はない。鍵になるのは果たして何であるというのか。

 

 ――答えを知る方法はただ一つのみ。このような袋小路的状況を何度も打ち破ってきた行為である……そう、心理学だ。

 

(操られているわけでもない状況でアーサー王はこちらを、正確にはマシュを試そうとしている……あと、一瞥しただけで『面白い』と述べたのは何故なのか?)

 

 深く考える必要はない、答えは既に出ているようなものだ。

 恐らく奴は理論とか仮説を全部抜きにして、独特な感性……強いて言うのであれば直感的に物事を理解していると思われる。超理解とも言うやつだ。

 きっと、私がアーチャーを経由し所長にわざわざ裏付けを取った事実も、経験から何となくで察した事も全てひっくるめて把握しているのだろう。ましてや、マシュが宝具をまだ使えない状態にあるのも筒抜けに違いない。

 それらを含めた上で攻撃を仕掛けてくる思惑……冷酷な表情に隠れた少しの良心。――そうか、セイバーもまた速やかな決着がお望みということか。受けて立とう。

 

「埒が明かんな、どれ……試してやろう」

 

「!? ――来るぞマスター、指示を頼むっ!」

 

 ……と、ここでタイミング良く、アーチャーと膠着状態に陥ったことを良しとしなかったセイバーが痺れを切らし、反転した極光を聖剣へと集中させる。魔力のみならず刀身の長さをこちらの予想を超える勢いで増大させ、風は逆巻いて一つの暴風域が目の前で形成されようとしていた。

 

「……なら、アーチャーは後退、マシュは宝具発動の用意を」

 

「でも、私――」

 

 宝具を発動したことがないという枷が未だにマシュを縛りつける。

 ならば、憂いを力尽くで払拭させるのみだ。そうしなければ待ち受けているの確定的な死だけであり、誰も守れなければ救われることもないのである。

 

「……マシュ・キリエライト!」

 

 喝を入れるべく大声を上げると、彼女の肩がびくりと震えこちらを向く。だが、前を向けと睨み私は言葉を続ける。荒療治となるが形振り構っている余裕はない。

 

「その盾は何の為にあるッ! 己を守るためだけか、己を犠牲にしてでも背後に立つ者を守るためかッ!!」

 

「……ッ」

 

「――どちらでもないだろうがッ! 自分も周りも守ってこその盾……絶対的な守護、あらゆる災厄をその盾で跳ね除けるイメージを強く持てッ!!」

 

「イメージ……」

 

 最終的にすべてを解決するのは心の強さだ。折れない精神を持っていた方が何時の時も戦いの最後には立っているものである。

 ――さあ、付け焼き刃でもいい……覚悟を形にして迫る脅威を防ぎ切ってみせるんだ。君なら出来るはずだ。

 

「はい、やってみますっ!!」

 

 期待に答えてみせると言わんばかりのガッツが返され、彼女の顔に気合が入り強気な表情となった。

 ……それを待ち望んでいたのかアーサー王の顔にも邪悪だが笑みが生まれ、収束された闇が渦を巻いて放たれる。

 

「受けるがいい……約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)――!!」

 

「あああああああああああああああああっ!!」

 

 光を全て飲み込まんとする一撃が、私達を殺しにかかる。

 しかし、マシュは絶対に直撃させてなるものかと己を叫びとともに奮い立たせ、盾を握る手に全身全霊の祈りを込めた。

 ――刹那、その祈りに呼応してか盾が輝き、紋様が大きく浮き出て何処までも暗き闇と衝突する。垣間見えるは至ったこともない遥かなる城壁で、暖かな光彩にて大空洞内を一瞬照らしてみせた。……チャンスとしては今がベストタイミングか。

 

「――キャスター!」

 

「おうよッ!」

 

 宝具を放った反動が残っているセイバーを対象に、後方支援とバーサーカーへの警戒に当たってもらっていたクー・フーリンが詠唱を行う。

 発動するのは彼のキャスター……導き手であるドルイドとしての宝具であり、バーサーカー相手にその片鱗を示した炎を纏いし木々の巨人の檻。

 その全貌がセイバーの足元より現れ、バランスを崩しながらも逃げ惑う彼女を巨体に似合わぬ速さで掴むと、胴体部分へと容赦なく放り込んで収監してしまった。囚われたセイバーは全く身動きが出来ぬまま、為す術もなく倒壊と灼熱の儀式による拷問に巻き込まれ、その際の衝撃による風圧が私達の髪を引っ張るように大きく揺らした。

 

 ……視界を遮っていた煙が晴れ、鎧による防御が綻んでいるセイバーの姿が現れるが、剣を支えにしている辺り満身創痍であるようだった。

 

「守る力の勝利、か……成程、穢れなきあの者が託すだけのことはある」

 

 そして彼女は王ではなく少女らしい朗らかな笑みを僅かに浮かべた後、自虐にも思える言葉をつらつらと語って運命は一人だけでは変えられないという言葉を残した。

 ランサーの時と同様に、消滅を示す金色の粒子が彼女より発生し始める。

 

「どういう意味だ、てめえ……何を知っている」

 

「いずれ、貴方も知ることだ。アイルランドの光の御子よ。……聖杯を巡る戦いの物語(グランドオーダー)は、まだ始まったばかりなのだからな」

 

「――!?」

 

 特異点Fの異常を解決したところで世界の終わりはやはり止められないというわけか。

 それに聖杯を巡るときた……つまり、私はこれから赴く先々の特異点で聖杯を確保するために奔走しなければならないようだ。しかも、今回以上に英霊が敵味方入り交じる感じになると思われ、戦争ではなく大戦と認識したほうが良さそうである。

 

「奇妙なものだな――よもや、この聖剣が討ち滅ぼすべき存在の……いや、だからこそなのか」

 

 視線が私の左腕に注がれているのがわかるが、あんまりジロジロと見られるのはいい心地がしない。

 というか、私を討伐対象として認識するのは悪いが勘弁していただけませんかね。生まれてこの方、この腕の元の持ち主も私も人類の害敵になった覚えはないんだから。

 

「……フン、本当にそうであるかどうか見極めてやりたいところだが、どうやら時間のようだな」

 

「ん……? げぇっ、オレも消えかかってるじゃねえか!? ……くそっ、アーチャー!! オレが嬢ちゃんにそっちで呼ばれるまで絶対死なせるんじゃねえぞ!!」

 

「ああ、言われなくともそうするさ」

 

 無傷だったキャスターが消えるということは、この分だとバーサーカーも消滅したと見ていいかもしれない。……となると、残る敵である黒幕の存在だけを考えればよいわけだが、嫌な予感がさっきから頭を刺激して興奮が冷めないでいる。

 ここからが本当に本当の本番で、私の出番か。

 

「――冠位指定(グランドオーダー)、何故あのサーヴァントがその呼称を……?」

 

「今はそんな事どうだっていい。一先ず、セイバーが所持していた聖杯の回収が先決だ」

 

 実際は、想像していたような聖杯の形などしていない水晶体のようなものなのだが、桁違いの魔力を有していることは触れなくとも見ただけで理解できた。こんな物がゴロゴロとまだ転がっているのだとしたら、そりゃ騒動や異変は当然起きるだろうな。

 ……しかし、セイバーが持っててあんな闇堕ち騎士になっていたのなら、普通に手で掴んで回収とかしないほうがいいのではないだろうか。

 こう、マジックアーム的なものがあれば大丈夫そうなのだが持ってないし、エミヤに頼んで投影でもしてもらおうか。おーい、アーチャーこっちに―――

 

 

 彼を手招きして呼ぼうと声を上げかけた時……パチ、パチ、パチと勿体ぶった耳障りな拍手の音が空間に響いた。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 音のする方向はセイバーが初めて視認された時に居た段差の上であり、そこには誰もいなかったはずが気付けば何者かが姿を現していた。

 

「……いやいや、まさか君達がここまでやるとはね」

 

「お前は――」

 

 再び顔を上げた先にいたのは、完全に思い描いていた通りの顔であった。

 緑のスーツに、緑の帽子、かの猛獣のように髪を長く伸ばしていて、特徴的な低い声色。

 もし黒幕でないとしたのならば、全身はボロボロで疲れたような声を出していてもいいはずなのに、そいつは一切の深手を負っておらず、不気味なほどに落ち着き払った声を発していた。

 

 

 ――アレ(・・)()だ。

 

 

 そうだと認識した瞬間には、私は撃つと決めていた拳銃をホルスターより取り出して全弾目標に向けて発砲していた。ただの鉛弾ではない、当たれば通常の何倍もの痛みが襲う加工が施しているシロモノだ。本来は常人に対して使用するものではないのは、使う私が一番に理解している。

 何発かは距離の問題で外れてしまったが、それでも当たった幾つかは急所を捉えた。心臓、腹部、そして予想外だが股間。

 ……卒倒は免れないはずだろうが、相手は血も噴き出してなお立っていた。痩せ我慢をしている可能性もあるので、弾丸を高速で再装填して同じ動きで同じように狙撃する。

 今度は脳天を見事に直撃したので倒れたようだが、絶対起き上がってくるでしょうね。私にはわかる。

 

『……な、何の音だいッ!? 銃声、銃声だよね今の!?』

 

「そうだよ、レフ教授がこちらが予想していた通りに出てきて、『私が黒幕です』ってオーラをバリバリに出してたから、ついカッとなってやっちゃった」

 

『うん、ダイジェストでわかる状況解説ありがとう』

 

 いやー、学園で予想立てて黒幕候補に上げておいて正解でしたわ。

 所長には最初そんな馬鹿なことあり得るはずないって全否定されかかったけどさ、やっぱり被害者なら真っ先に合流なり何なりアクションを起こすはずなのよね。……仮にレイシフトに巻き込まれてないのだとしたら、管制室で今頃倒れてるところ発見されているはず。でも遺体すら発見されなかったということはそういうことなんだよね。

 ――まったく、不意打ちを狙いに来るぐらいの名演技をしようとは思わなかったんでしょうか。私なら大空洞の入口から如何にも苦労して探しましたと登場するけど、いやはや前から堂々とか草生えますよ本当に。

 

 疑惑の目を向けさせなければ、無防備にレフ教授の近くまで駆け寄っていたであろう所長も冷ややかな目を向ける始末だ。

 おい、そろそろ起きあがってこいやレフ教授よ。でないと次から君のことを屑野郎とか大根役者って呼ぶぞ皆で。

 

「――クズは貴様だろうがッ!! 一般人のマスター候補だからと善意で見逃してやったというのにッ!!」

 

 出会った時の優しそうな紳士の面影は何処へ消えたのやら、レフ・ライノールの顔は必死の形相となってこちらを睨んできていた。

 ……うっわ、血はダラダラ垂れていたようなのに風穴開けた場所がもう綺麗に塞がってやがる。魔術師であってもあんな治りが早いとかはないでしょ。

 

「何が善意だ大根役者。そうやって人を見下してるからしっぺ返しを喰らったんだろうが」

 

「言わせておけば貴様ァ……一体何時から、私の事を疑っていたァ!!」

 

 はっ、割と最初からに決まってんだろう。

 貴様がカルデア内にも特異点Fにも見当たらない事実が上がれば、容疑者リスト上位にはランクインしていた。だが、状況証拠だけで判断するのはオツムが悪いことなので、可能性の一つとして考慮していたわけだが……三文芝居もなしでご登場とは自白以外の何物でもない。

 

「……それだけで犯人とは、些か憶測が過ぎるのではないかねェ?」

 

「ああ、そうだな。一番に引っかかったのは、マスター候補とカルデアのスタッフ全員を狙った残忍性と、アンタに抱いていた第一印象が全く一致しなかったことだからな。そのせいで犯人ではないという思いは私も捨て切れずにいた」

 

「だけど、それすらも貴方が自分で捨て去ってしまった……」

 

 現した本性に加えて、化け物じみた回復力。ロマニから前もって伝えられたパーソナルデータの異常のなさと現在との不一致。自らが創造したものの破壊。

 それらを判断材料に含めれば、ある一つの答えが出てきてしまうのである。

 

「レフ・ライノール……お前は『レフ教授』という人間の皮を被った別人。いや、言い方を変えよう」

 

「………」

 

 全くの別人が成り代わるにしてはスパンが短すぎる。模倣が得意な存在だとしても誰にも感知されずにいられる確率は低いだろう。神話生物なら尚更だ。ということは―――

 

「――さてはオメー、『多重人格(・・・・)』だな?」

 

 レフ教授が元より破壊衝動にも似た爆弾を内に秘めていたということだ。きっかけはよくわからないが、カルデアにおける何らかの研究が原因……というところかな?

 ……どうやら図星だったようで、レフ教授ではない『何か』は高笑いにて今の答えを肯定し、不穏なキーワードをつらつらと私達に聞かせてみせた。

 

「そこまで把握されているとは笑うしかないなァ……ならば、特別に名乗ってやろう。私の名は……『レフ・ライノール・フラウロス』。貴様たち人類を処理するために遣わされ、貴様達の知るレフ・ライノールを乗っ取った、2015年担当者だ。――聞こえているんだろう、Dr.ロマニ。カルデアは既に用済みになった。お前達人類は未来ではなく、この時点でとうに滅んでいる」

 

『どういうことだレフ!?』

 

「未来は既にないということだ。全ては焼却され人類は絶滅した……カルデアは守られているだろうが、外界と同じくこの冬木のような末路を迎えるのも時間の問題だ」

 

 カルデアは今まさに、クローズドサークルと化している訳か。

 さらりと冬木の異常を引き起こした張本人だということも暴露したようだが、2015年担当ということは別の時代にも担当者はいるということか。お前みたいのがまだウヨウヨいるのかよ。えーっと、西暦だけで約2000人以上とか? 紀元前も含めたらストレスマッハ確定じゃん。

 つまり、レフもどきを倒したところで元通りとはそうは問屋が卸さないってわけで、事態の解決は気が遠くなるほど先になることがわかる。

 

「もはや、誰もこの偉業を止めることはできない。何故ならば――これは『人類史による、人類の否定』だからだ。自らの無能さに、自らの無価値ゆえに――『我が王の寵愛』を失ったが故に、貴様達は跡形もなく惨めに終わるのだァ!!」

 

 そう言ってレフ・ライノール・フラウロスは、こちらが回収し損ねていた水晶体の聖杯を手を突き伸ばしただけで手繰り寄せてみせると、その魔力を使って実現したのか背後に楕円形にも見える空間の裂け目を作り出した。

 

「逃げるつもりかてめぇ!」

 

「――いいや、違うな人狼の娘よ。これは、見せしめというものだ」

 

「見せしめ……?」

 

 空間が完全に開いたところには爆破の被害が未だに残る管制室が見え、赤く染まりきったカルデアスが無機質に設置されている。それも間近で、まるで目と鼻の先にあるようにも思える距離だった。

 やろうとしていることは見せしめという名の処刑であることは明白だったが、カルデアスがそれと何の関係があるというのか。

 

「その分だと既に自分が死んでいることを自覚しているようだな、オルガマリー・アニムスフィア」

 

「だったら何よっ!!」

 

 とても長年のパートナーだったとは思えない関係の拗れように止めを刺すように、彼は慈悲だと言って聖杯を天に向かってかざした。

 

「――なに、今の君はカルデアに戻れない身体だからな。この私が特別に戻してあげよう(・・・・・・・)と言っているんだ」

 

「えっ?」

 

「……ッ、不味い!」

 

 アーチャーの解析結果より、カルデアスは高密度の情報体であり人間が触れれば分子レベルまで分解されてしまうらしいことがわかった時にはもう遅かった。

 所長の身体は勝手に宙に浮き、見えない糸か縄で無理矢理引っ張られるようにしてカルデアスへ一直線のコースを辿っていた。

 このまま放置すれば、彼の言うようにカルデアに帰れたとしても彼女は無限の地獄を味わう羽目になり、私達はレイシフトをする度にその光景を目に焼き付けることになる。

 ……どうする、跳躍してしがみついてでも阻止するか? 逆にこちらから縄を彼女に括り付けるのはどうだ?――駄目だ、縄を切断すればいいとか繋げばいいとか単純な話ではないだろうし、どのぐらいの力で引き寄せられてるのかが一切わからない。

 

「いや――そんな、嫌よ、助けて……誰か助けて!」

 

「所長っ!」

 

 死してなお生きていたいという悲痛な叫びが届く。

 されど、やれることなど殆ど無く、黙って虚空に手を伸ばすぐらいの慰めしか出来ることはないと言えた。

 

「……くそっ!」

 

 今すぐにでも駆け出して助けてやりたいというのに、どうしてこうも無力なのかを思い知らされる。

 こんな事になるなら、もっと前から死を阻止出来ていればよかったのかもしれない。……が、嘆いたところで後の祭りであり、彼女がカルデアスに接触するまで猶予はもう残されてはいなかった。

 ――いっその事、この手で楽にしてあげた方がまだ彼女の死を尊重することに繋がるだろう。勿論、その咎は私が引き受けたっていい。

 時代を敵に回すというのなら、そのぐらい背負うぐらいが丁度良いだろう。

 

「さあ、しかと目に焼き付けろッ! いずれ貴様等が辿る末路の果てを!!」

 

「……る」

 

「ああァ? 何か言ったか貴様、聞こえんなぁ?」

 

 ……聞こえなかったのか、私は断ると言ったんだ。

 レフを撃ってお役御免となった日本警察が採用している拳銃――ではなく、腰の後ろに装備しておいた銃身の先がマニピュレーターのように枝分かれした銃を構え、その照準を『オルガマリー・アニムスフィア』へ定める。

 

「――恨むなら私だけを恨んで消えてくれ、所長」

 

「ちょ、ちょっと待って、貴女どうし……て………」

 

「先輩っ!?」

 

 抵抗の声を問答無用で聞き流した上でトリガーを引き、銃口に該当する先からは激しく火花を散らした電流が迸る。

 外しようがない光線にも似たその一撃は誰にも阻止されることなく所長の胸に吸い込まれ、彼女はカルデアスに取り込まれるよりも早く、現世にしがみついたその存在を粒子状に崩壊させた。……あっけない最後だったが胸に残るものは大きく、高ぶる思いから握る拳からは血液がだらりと垂れた。

 

 私が仕出かしたことに対し嘲笑う男の声が大空洞を揺らし、特異点の崩壊が始まる。

 

 

「この特異点も限界か、まあいい。貴様らが何をしようとも結末は変わらん……その事を永遠と悔やみながら此処で死ぬのを待つといい」

 

「………」

 

 レフは最後まで態度を崩さぬまま別の空間の裂け目を創造し、そこに飛び込んで消えていった。

 

「マスター……」

 

「今は、何も言わないで」

 

 残された私達は暗い顔で一箇所に固まり、緊急脱出が可能かどうかを優先してロマニに問い詰める。

 計算では崩壊のほうが先となり、カルデアに帰還できるかどうかはギリギリだそうだが、成功することの方にチップを賭けるしかない。

 

『皆、意識を強く持って、手を繋ぐんだ―――そうすれば、きっと………』

 

 

 彼の指示に従って意識を保つと、崩壊の最中で全員の生存とカルデアへの帰還を強く願った。




カルデアスダイブ阻止(ただし、主人公が撃ち殺すというEND

だが、勘の良い皆さんならおわかりですよね(目逸らし


次回、カルデア要塞化計画、始動。とりあえずサーヴァント召喚したい(大量に


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デンジャラスリターンズ

大変お待たせしました。
色々お仕事で疲れまして執筆時間が削られておりました。

あとアガルタの女を実装から数時間でクリアしますた。
色々考えさせられるお話で面白かったです。
ガチャは引きましたが、ドリカムおじさんだけいないのを何とかしたいですね。



 未だに爆破の名残があるカルデアの医務室にて。

 帰還して僅かな時間も経たない間にブラックアウトしていた意識を取り戻した私は、いつの間にか運び込まれていたベッドから、通勤時間に合わせて起きるよう鍛えられたサラリーマンの如き勢いで上半身を起こしていた。

 慣れた動作ですぐさま体調を確認したが違和感は特にない。服装は上着だけが脱がされているだけで、一番の懸念である手袋が外された痕跡はなかった。傍に点滴の為の管が伸びていることもなく、ただ寝かされていただけだと安堵する。

 ……と、そこでようやく自分以外の誰かが複数いることに私は気がついた。

 

「Zzz……」

 

 一人は看病している途中で寝てしまった様子のシルバであり、呑気に涎を垂らしてニヤニヤと夢の中を満喫している様子だった。起こすのも可哀想なので、スルーを決め込み放置をしておくことにする。

 二人目……じゃない二匹目は、マシュに懐いている不思議生物のフォウ。特異点Fでも一応は一緒だったのだが、構っていられる状況でないことを察してくれたようで鳴くのを抑えていた賢い子だ。こちらも過酷な環境の空気に当てられ続けて疲れたのか、猫のように丸くなって眠ってしまっている。毛並みが良さそうなのを見ていたら撫でたい衝動に駆られたが、シルバ同様そっとしておいてやろう。

 

 ――そして、三人目であるが、こちらはちゃんとした人であり……別に眠ってはいなくて起きているのだが、一度もカルデア内で顔を合わせたことのない人物だった。体付きからして女性のように思えるが、何となくそうだと言い切れない何かを私は感じ取った。あと、心なしか何かに似ているような気がしないでもないが、はっきりと言葉には出てこなかった。

 女性はこちらの視線に気づき、少し驚いたような表情を取ると屈託のない笑顔で微笑みかけてくる。

 

「おや、早いお目覚めだね。もっと休んでいても良いと思うんだけれど」

 

「そうも言ってられないだろうに……現在の状況は?」

 

 身を清める余裕もなく汗だくの髪を荒々しく掻き、まあ多分ロマニの知り合いだろうとされる人物にカルデアの今の動向を問う。

 ぱっと思いつく限りでは、管制室周りの修復が最優先で行われる方針だろうが、それ以外にも山ほど問題が積み重なっているはずだ。

 

「聞いていた通り、踏んできた場数が違うようだね……うん、実に頼もしい限りだ。――っと、紹介が遅れてしまったね。私はレオナルド・ダ・ヴィンチ、カルデアで事前に召喚されていた英霊の第三号であり、平たく言えば協力者さ。気軽に『ダヴィンチちゃん』と呼んでくれたまえ」

 

 レオナルド・ダ・ヴィンチ、ねぇ……知る人ぞ知る世紀の天才の名前じゃないですか。普通に教科書にも載るぐらいで、歴史探求系の番組でも偶に特集されているのを見たことがある。

 ……でも確か、そのどれもこれもで男性と紹介されていたような……肖像画だって間違いなく髭まで付いて描かれていたと思う。

 もしかしてあれか、アーサー王みたいに実は女性で訳あって男性のふりをしていたとか? ……だとしたら大発見であり衝撃の事実だが、流石にそれはないですよね……よね?

 

「ん? 私の身体が気になるのかい? ――もっと見とれても良いんだぜ。何せ、自分の作品そのモノに身体を丸ごと作り変えたんだからね。絶世の美女と謳われたように美しいだろう?」

 

 アッハイ、美しいですね。まさにモナリザって感じですよ、スゴイなー(棒)。

 ……というか、まさかの自己性転換かよ。男性はよく女の子になりたいっていう願望を持つと聞くけどさ、時代は違えど万国共通だったとは思わなかったわ。しかも、あの天才がここまでやらかすだなんて一体誰が予想しただろうか。――否、誰も予想なんて出来るはずもない。出来たとしたらマジ尊敬モノである。

 

 変態も天才もそんなに変わらないものだという諦めにも似た実感を抱き、再度状況について自称ダヴィンチちゃんに問う。

 すると、経験則から危惧していた通りの問題がやはり浮上していることがわかり、特異点F以外の新たな特異点を発見したところで修復作戦を発動するわけにはいかない状況にあることが明らかとなった。

 

「爆破された施設部分の修復に加えて、スタッフの人員不足、残された面々の精神や体調のケア、指揮命令系統の再編、生活用品や食料のチェック、防衛力の強化……等など、やることは盛り沢山だよ」

 

 正直、作業量だけ考えたら逃げ出したくなるレベルだが、関わってしまった手前というか逃げる場所もとうに失われているので解決する以外に道は残されていない。……そもそも無関係を貫いたら、これ確実に誰か過労死するレベルじゃないですかね。裁判沙汰とか嫌だよ私そういうの。

 

「……スタッフのメンタルは今のところどうなの?」

 

「良くもなく悪くもなくと言ったところ、らしいね。爆破直後は皆、命を狙われたという恐怖に耐えかねるのを必死に押し殺していたそうだよ。……ま、それも君が特異点Fの異常を解決して戻ってきたことと、その手のプロだったことが明らかになったおかげで多少は落ち着いたようだけどね」

 

「そいつは重畳、と言いたいところだけどまだ油断は出来ないな……」

 

 あくまで全体的な評価ではそのように見えたとのことだが、中には隠れた情緒不安定の人間もいるかもしれない。放置しておけば、現在よりも状態が悪化して末期の癌の如く手遅れな事に成りかねないだろう。

 ……体制を整える一環として、カウンセリング以外にも交流会みたいなことは実施したほうが良いのかもしれない。野郎共はロマニに任せるとして、私は女子会でも開いてみようかね。

 

「女子会かい? いいねぇ、是非とも参加―――」

 

 させねーよ、アンタ見た目は美女でも中身はおっさんだろう。参加するならもっと女子力を磨いてこいや。

 

「えー」

 

「えー、じゃないっての。それで、メンタル云々は地道に何とかしていくとして、生きていく為に必要な食料の問題はどうなのさ」

 

 この場所の標高は確か6000mだったか、その高さから考えて物資は頻繁には運び込むことは出来ないだろう。だとすれば、一度に必要なものはまとめて確保し貯蓄するのが当たり前となるが……食料は何時まで持つぐらいにあるのか。

 事によっては、作戦に並行して節約生活を送る事態になるやもしれない。レイシフト先で食料調達なども出来るのであれば念頭に入れておかなければ。

 

「元々、危篤状態にあるマスター候補達を含めた人数で生活する予定だったんだ。年単位の活動を見越してそれなりのストックはあると思うよ。――レイシフト先で増やすという手も理論上は可能さ。現に君が冬木で手に入れた飲料品は、問題なくこちらへ幾つか持って来れているのを確認している」

 

 切り詰める必要があまりないのならそれでいいか。

 しかし、今回のように時代の近い特異点で手に入れたものが、この先も手に入るとは思わないほうがいいだろう。時代を遡れば遡るだけ加工された食品というものは減っていく。

 ……そうなると、加工される前の鮮度が命のものばかりを定期的に確保してはカルデアに送ることになるかと思われる。クーラーボックス担いで世界を救うとか何様なんだよ私。

 

「あれだよ、食べられそうなものが見つかり次第こちらからボックスを送って、詰めて貰ってから送り返せばいいんじゃないかな」

 

 宅配便の集荷か何かかよ。……ま、それが最適解なんだろうけどさ。

 とりあえず、食料問わず使えるものがあればカルデアに転送するということでこの話は取り纏まった。

 あとは防衛力の強化についてであるが、これは純粋に私がサーヴァントを召喚すれば自動的に強化されることだ、そこまで気に病むことじゃないと言える。

 指揮の問題についても同様で、臨時の司令塔に就いたロマニが継続で行えば立て直しはこのままスムーズに行えるだろう。無論、彼一人だけに押し付けるのは酷なので多少はフォローするが。

 

「そういえば、国連経由で届けられた物資の整理がまだだとか聞いたよ。如何せん数が多い上に、昨日の今日だから―――」

 

「成程、召喚したサーヴァントに協力してもらって中身の確認をしてほしいというわけか」

 

 スキャニング等は解析が得意なエミヤに任せれば安全面にまず問題が生じることはない。その上で手分けをして片っ端から中身を開封していけば、何が足りていて何が足りないのかもおのずとわかるはずだろう。

 ……方針としてはこのぐらいか。最終的な決定は皆と相談してからにするとして、そろそろ身嗜みを整えたくなってきた。汗に混じってさっきから焦げた臭いが鼻を突いて辛い。

 

「じゃあ、その後で管制室に集まるとしよう。ロマニには伝えておくよ」

 

 ほーい、と小さく返事をしてボロボロになった上着を雑に回収しベッドから降りた私は、シルバとフォウを起こさないように放置し部屋の扉口に立った。

 ――っと、いけないいけない。頼みたいことが一つだけあったのだった。協力して貰えるかは別として言っておかないと後々取り返しがつかなくなってしまう。

 

「おや、何か忘れ物……というわけではなさそうだね」

 

 ……流石天才、察してもらえて何よりだ。おかげで話が進めやすい。

 私は自分がやってしまった行為―――罪を清算したいが為に、ダヴィンチに対してあるモノを用意してもらえないかと頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 医務室を後にし、自室を経由してからシャワールームに向かった私は、どうも慣れないカルデアの制服から好んで着ている灰色のシャツに黒のスーツを着込み、ドライヤーで乾かしたての髪をうなじ辺りで適当に束ねていた。

 ……気になっていたしつこい臭いはとうに消え、代わりに清涼感を感じさせるシャンプーの香りが鼻孔を擽る。やや疲れている感は抜けないものの肌の張りは回復し、申し分がない領域まで戻っていると言えよう。

 左腕による侵食の影響もなくなっており、片目だけ充血しているという不気味で気持ちの悪い表情は洗面の鏡に映った姿からはもう消え失せていた。

 

「ふう……」

 

 戻ってこれたという実感を噛み締め、軽いジャブといった運動を試みるがこれといって不調はなし。

 むしろ本調子なのは、スカートではなくズボンだからだろうか。ニーソにスカートという格好ではどうもスースーするし、瘡蓋が剥がれてもなお残る傷が見え隠れしてしまったりする。

 タイツやストッキングで隠せと言われても、無駄に太ももがデカイのでね……変な視線で見られたくないのがまあ最大の理由だよ。ムチムチなんだよ。

 ……ちょっとしたコンプレックスを抱きながら私は、身嗜みをしっかり整えてからそそくさと閑散とした廊下に出る。

 すると、向かおうとしていた管制室への進路上に、あの冬木で散々見慣れた頼れる後輩の背中を確認した。軽く声をかけて近づくと、彼女は驚いた後に気にかけるような目を向けて見つめてくる。

 

「先輩っ、もう出歩かれて大丈夫なんですか?」

 

 うん、大丈夫じゃなかったら今頃は点滴込みで死んだようにくたばっているだろうね。つまりは無問題というわけさ。

 ……それよりも、マシュも大丈夫そうということで管制室にいるであろう生き残りの皆と合流するという感じでいいのかな?

 

「……あっ、はい。戻ってくるまでに判明したこともあるそうなので、その情報共有をするのだと窺っています」

 

 ――ふむ、特異点Fよりも過去の特異点の有無について続報が入っていることに期待したいが、あれから時間もそんなに経過していないし望み薄かなぁ。

 まあ、方針を話し合うこと自体が重要なので細かいことは気にしないけれど、出来れば士気の上がる良い知らせがあるといいなとは思う。暗いニュースばかりじゃ何でもかんでもネガティブに物事が進んじゃうからね。

 

 途中、やっと目を覚ました様子のシルバ達と合流し、一度は全力疾走で駆け抜けた道をゆっくりと辿った私達は、閉じ込められたがために破壊してしまったゲートの成れの果てを潜り抜け、管制室の内部へと再び足を踏み入れる。相変わらず、酷い光景が視界に飛び込んでいくるが、少しはエミヤが片付けてくれたのか奥の方へと進みやすくなっているようだった。

 一頻り辺りを眺めていると、入ってすぐの横倒しになった瓦礫の上に腰掛けているロマニとエミヤの二人の姿が見え、片方がこちらに気づいたのを機に二人とも立ち上がった。

 ……はてさて、主だった全員は揃ったことだし、体調云々の確認は最小限に押し留めて、最新の状況を把握するためにさっさと本題へ入ってしまおうか。

 

 駆け寄った中心に立ったロマニが進行役となって、デブリーフィングを兼ねた帰還して初めてのブリーフィングが始まった。

 

「――まずは、あの危機的状況をよく乗り越えてくれたことに最大の敬意と感謝を。君達のおかげで僕らは首の皮一枚だけれど生きていることが出来ている」

 

 いやまあ、カルデア内部のサポートもあってこその結果だと思いますけどね。これでもしカルデア自体滅んで帰るべきところを失っていたとしたら、世紀末並みに酷いあの土地で呆然となって最後の時を待っていたことだろう。

 反射的に謙遜し、スタッフの方も十分労ってくれと答えると、見過ごせないほどに疲労したスタッフが事実出始めていると告げて、話が終わり次第何事もなければ休ませると彼は約束する。

 そうして、現段階の調査で明らかになっていることの解説へと移り、わかりやすく要点が纏められた薄っぺらいA4サイズの報告書が手渡されると、私は説明の声に耳を傾けつつそれを軽く流し読みした。

 

「……あー、うん」

 

 書かれていたのは、レフの顔をした変態が偉そうに述べていたことが真実であることの裏付けであり、カルデアから逃げようとしても無駄だぞという宣告でもあった。

 ……磁場がどうとか奴は言っていた気がするが、それが辛うじてこの施設を守るバリアの役割を果たしていると同時に、一歩たりとも外に出ることを許さない檻として機能しているようである。仮に無理矢理出ようとしたらどうなるのか確認してみると、問答無用で即座にその場でお陀仏になるそうだ。

 まるでハザード系の映画かゲームみたいな状況だなと感想を漏らすも、描写されていたようなことが現実として起こり得るなら悠長に笑っている場合ではない。一刻も早く対策と予防をしておかねければ、被害を被り嫌な思いをして傷つくのは自分自身になる。

 

「ダイナミック自殺……BBAインパクト、……うっ、頭が―――」

 

「嫌な、事件だったよな……あのシリーズまだ続いてんだろう?」

 

「……また何の話をしているんだ君達は」

 

 なに、人間は極限状態に置かれると馬鹿なことやらかしかねないってことさ。

 特に自己中心的な奴は、制止を聞かずに突っ走って迷惑なことばかり引き起こすから面倒なんだ。落ち着かせるのにも時間を割くし、何か対処するにしても要らぬ労力を必要する……相手をして良い事なんかまるで無いんだよなぁ。

 

「一人の狂気が大勢の運命を狂わせるか……あって欲しくないものだな」

 

「……そうだね」

 

 なので、カウンセリングによる抑止を徹底し、尚且つ全ての元凶たる黒幕をぶん殴って終わらせるまで物理的溶接と魔術による結界を張って通れないようにしたいと思う。異議はないっすかね?

 

「今はやり過ぎぐらいがちょうど良いかもしれないしね」

 

 おーけー、機材があるなら後で私がやっておくで。そのぐらいの技術は会得しとるからな。お姉さん頑張っちゃうぞー。

 

「女の子が溶接って……」

 

「悪いが籠城は初めてじゃないんだ、悲しいことにな」

 

 あれはキミタケさん経由での調査の依頼を受けた時だったか……食屍鬼の一部がとある離島へ向けて何故か一斉に移動を開始したという情報を受けて現地に赴いたわけだが、住民が多数巻き込まれてしまって暫く旅館に立て籠もることになったのだった。

 その時に、倉庫にあった溶接用の機材をプロの指導に従って触り、外敵からの防御を固めたのであるが……あの時の敵は一筋縄ではいかず、まんまとバリケード等が崩されてしまったのだっけ。

 最終的に侵入してきた食屍鬼ではない敵は片っ端から倒したけれど、中途半端な覚悟で籠城なんてするものではないと悟ったな。やるからには本気で行くのが大事だと気付かされたよ。

 

 ――で、カルデア内部の事情は大体把握できたわけだけど、次は特異点に関しての続報でいいんだよね? 報告書には一気に7ヶ所も増えたと書かれているようだが、具体的な地域と年代はどうなっているのか詳しく知りたい。

 

「地域自体は現代の地理に当てはめて呼ぶことは出来るけど、年代が絡んでくるからね。その時の呼称に準じていた方が今後の為にもいいはずだ……とまあ、建前はいいとして、今の段階では比較的人類史に与える揺らぎが小さいとされる第一特異点についての、大雑把な情報しか手元にないんだ」

 

「大雑把というとどの程度ですか?」

 

「1430年頃のフランスであることぐらいかな……公に知られている歴史で説明すると、百年戦争の後期と言った方がわかりやすいだろう」

 

 百年戦争と聞いてすぐに思い当たるのは、その時に活躍していたとして有名な聖処女ジャンヌ・ダルクだろう。――となると、特異点発生の原因はかのジャンヌ絡みであると見ていいのだろうか。否、そう考えるのは流石に早計すぎるか。

 

「こればっかりはレイシフトしてみないとわからないんだ。……早い話、その時代にいる人間から情報を引き出すのがベストだろうね」

 

 一番最初に出会う相手が敵であるかもしれないという多少のリスクを背負うことになるが、返り討ちにして縛り上げれば問題ないな、うん。

 我ながら脳筋思考だが、世の中情報を制するものが世界を制すのだ。出遅れた状態から毎度始まるのだから手段は選んでなどいられない。とにかくその場の現状把握が先決である。

 

「覚えておいて欲しいのは、特異点の発生は聖杯によるものだということ。……即ち、聖杯は歪みの原因となる人物が所有している可能性が非常に高い。加えて、冬木を例に挙げると聖杯が在るところにどんな形であれ聖杯戦争は起こり得る」

 

「しかし、単純にその時代で記録に残っていない聖杯戦争をしているわけではあるまい。……あの男が絡んでいるとすると恐らく、歪みをより強固にするための守りとしてサーヴァントを一ヶ所に纏め上げているとも考えられる」

 

「えっ」

 

 そんな事が可能なのか、という私の問いかけにエミヤは確固たる自信を持って肯定の頷きを返した。

 

「――少し話は逸れるが、私が平行世界の聖杯戦争における参加者だという話は少し前にしたな? その聖杯戦争ではある理由から聖杯は汚染されていて、どんな願いも歪んだ形で叶えられてしまう状態にあったんだ」

 

 例えば、干上がった大地に雨を降らせてくれと願えば、延々と降り続けて逆に太陽が一生昇らなくなるみたいな事になるのかね。

 

「ああ、その解釈で問題ない。もっとも、重要なのはその事ではないがな……」

 

「というと?」

 

「当時の私はその真実を知って、聖杯戦争を終わらせようと必然的に聖杯を破壊しようと模索し……達成した。――が、破壊したのは『小聖杯』と呼ばれる一時的な器であり、真に破壊すべき『大聖杯』はその時点で破壊することは出来ていなかった」

 

 その時点ではってことは、追々破壊することが出来たって認識でいいんだよな……それとも、聖杯戦争またしても勃発した感じですか。

 

「いや、その後に聖杯戦争は起こらなかったさ……私が参加した聖杯戦争から10年ほど年月を要してしまったがね。無事、破壊……もとい解体されたさ」

 

「解体……ああ、爆弾をご丁寧に解除したわけね」

 

「そういうわけだ。それで、此処からが本題なんだが、解体にあたり聖杯戦争を主催していた御三家、遠坂・間桐・アインツベルンの聖杯に関する書物を漁った記憶があるのだが、そこに気になる記述があったのを思い出したんだ」

 

 その記述の内容によれば、聖杯戦争において七騎全ての英霊が一つの陣営に集まってしまった場合に発動可能な、追加で七騎を呼べる予備システムが実は存在していたらしい。

 要するになんだ、敵が徒党を組んでるならこちらも徒党を組んで対応すればよいわけ? 或いは既に敵の敵は味方と呼べる勢力か、倒さなければならない第三勢力が生まれているかもしれないのかな?

 

「あくまで私の知る冬木の聖杯がそうであるだけで、あの男が所持している聖杯にも同様のシステムが組み込まれているかは不明だ。現にこの世界では聖杯戦争は一度しか起きていないようだからな、通常とは勝手が違うかもしれない。……まあ、結論から言いたいのは、これから君が挑むのは人類史すべてを巻き込んだ聖杯戦争……敵味方入り乱れる大きな戦だということだ」

 

 差し詰め、聖杯大戦と言ったところか。

 ……いいぜ、やってやろうじゃないの。何度も救ってきた世界が敵に回るというのなら、何度目かの正直ってやつで今度こそ完璧に救ってやるよ。

 サムズアップによりやる気をアピールすると、ロマニはそれが所長への手向けになるだろうと微笑んで言った。……あっ。

 

 ――途端、特異点Fにおける最後の記憶がその場に居合わせた人間の脳裏を過ぎり、折角活気が満ちていた空間は静寂に包まれ凍り付く。

 当然ながら視線は私に集中し、どう声をかけたらいいのかわからないという思いが周りから突き刺さってくる。

 

「……マスター」

 

「わかってるよ……」

 

 実は学園に立ち入った直後、私は探索を行う中で所長が既に死んでいる状態にあることを本人へと告げていた。

 レフ犯人説を唱えたときと同じくそんな馬鹿なと最初は突きっ返されたが、エミヤの解析結果とカルデアから所長へ向けて通信が飛ばせない事を無理矢理わからせると、彼女は何で何でと子供のように泣き喚いてから――宥めに宥めてやっとその事実を受け入れた。

 ……んでもって、エミヤから聖杯を入手すれば生き返れる可能性がワンチャンあるでと言われ、じゃあそのプランで行こうと納得して大空洞に乗り込んだわけだが、結果は回収を躊躇したせいであのザマである。期待させるだけさせておいて何たる失態だと過去の自分を殴ってやりたい気分だ。

 

「ロマニ、所長のことだけど――」

 

「彼から詳しく聞いているよ。……だからといって君が無理に気負う必要はない」

 

「……」

 

 そんな事はわかってる。彼女を殺したのはレフの野郎だし、私は彼女の尊厳を守ろうとしただけってのは頭でも理解はしているんだ。でもな、責任ってものはどうしても感じてしまうんだ。それ故に―――

 

 

 

「――どうしたんだい、揃いも揃ってお葬式ムードで。情報共有してるんじゃなかったのかい?」

 

『……辛気臭いったらありゃしないわね、シャキッとしなさいよあんた達』

 

「あ、レオナルド………ん?」

 

 

 

 特に呼び寄せたわけでもない天才の介入に反応の薄いリアクションをとると、幾人かの頭に何故かクエッションマークが浮かんだ。

――はい、ここで問題です。ダウィンチちゃんの声に混じって聞こえたのは誰の声でしょーか。早押し問題です、どうぞ。

 

「えっ、今――いやそんなはず……」

 

「おい……これは一体どういうことだ」

 

「というか何処から聞こえて――あっ、もしかしてそれ……」

 

 ロマニが指差した先には、モナリザの肖像画のポーズをキメて楽しんでいるダウィンチちゃんが持つタブレット端末があり、液晶画面が意図的に見えないように隠されていた。

 ……まあ、シルバはもう分かるよな。耳打ちしてみろ――はい正解。よしよし、ご褒美に後でビーフジャーキーをやろう。

 

『馬鹿なことやってないで、話を進めなさいよ……まったく』

 

「また喋った!?」

 

 正解者が出たというか出したので液晶画面が見えるように公開してもらうと、一度『NowLoading…』と表示されてから声の主が自室のような空間でくつろいだ姿で現れた。

 

 その姿は紛れもなく――――死んで消滅したはずの所長、オルガマリー・アニムスフィアその人だった。

 

 なんかロリっぽくなってるけど気にしてはいけない。(多分、容量の問題か……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死人であるはずの存在が、さも生きているように振る舞っているのを目撃してしまったロマニ達は阿鼻叫喚の渦中にいた。

 

「――うえぇえええええええええええええっ!!!? しょ、所長っ!!? ……ななな、何で!?」

 

「い、生きて……いえ、生きているんですかこれは!?」

 

 一応生きていると定義されるはずだけどね。いやー、土壇場の発想だけど上手くいってよかったわ、わっはっはっ!

 してやったぜとふんぞり返っていると、エミヤに肩を強引に掴まれギロリと閃光のように輝いた目で睨まれる。キャー怖い(棒)。

 

「まるで聞かされてないのだが……何が一体どうなっている?」

 

「フン……考えるな、感じろ」

 

「……真面目に聞いてるんだが」

 

 へいへい、わかったよ。皆にわかるように解説すりゃあええんでしょ。

 前提としてそうだなぁ、特異点Fにおいて所長がどのような状態にあったかについてから解説するとしよう。

 伊達メガネを取り出し、説明するスタイルになった私は『教えて! 藤丸先生のコーナー』を即興で開催し皆の注目を集めてから言った。

 

「簡潔に言うと、所長はあの時精神だけで生きている存在――言わば、精神生命体とも言うべき状態にありましたとさ。……でも、それだけ説明したって今の状況はわかりませんよね」

 

「さっぱりわかりません……」

 

 そこで私のワックワクドッキドキなアイテムのご登場ですよ。はい、こちらは所長を撃った電気銃です。

 ……なんとこれ、HPL案件で手に入れたアイテムなんですよエミヤさん!!

 

「そうだろうなとは思っていた……で、この銃で出来ることは?」

 

「電撃の塊をバンバン撃つことと、それから――精神の出し入れ」

 

「は?」

 

 精神の出し入れですってば、奥さん。

 入手経緯について簡単に説明すると、イス人……生物と精神を交換して知識の探求をしている精神生命体が関わったというか巻き込まれ利用されたHPL案件があったのだ。守護者が関わるレベルで相当にヤバイやつがな。

 その際に入手したのがこの電気銃だったわけだが、事件当時はまだ射撃能力しか持ち合わせておらず非常に壊れやすくて扱いには困ったものだった。

 ――で、事件後、報告書を作成する最中で処分はどうするか判断に迷ったのであるが、事件の反省を踏まえた結果……イス人側に危機管理意識が足りていなかったという結論に至り、保管をするとともに別の機能を持たせてみたらどうかという提案を私は彼らに行った。それが精神の出し入れ機能であり、言い換えればイス人の脱出経路の中間地点とも言うべき機能でもあった。

 つまるところ、カルデアスにダイブしそうになっていた所長をイス人に見立てて撃ったわけである。

 

「仕組みとしては、一度精神のみを電気銃の中へ格納し仮初の……意思疎通さえ出来れば問題ない器に移す感じなんだけど」

 

「わかりやすく言うなら、ペットボトルに入った液体から特定の成分……精神に該当する部分のみを抽出してグラスに注ぎ、それをまた別の保存容器に移すということだね」

 

 ここで言う別の保存容器に当てはまるのが今回のタブレット端末ということになるが、移動するにあたっての措置であるので本来はダヴィンチちゃんに頼んで用意してもらった高スペックパソコンに所長は入っていたりする。

 どうやってパソコンの中に移したかについては、USBの差し込み口が銃に内蔵されているので割とシンプルである。ケーブル繋いでちょちょいのちょいだ。

 

『出来るなら本当はまともに生き返りたかったけど、またレフに命を狙われるかもしれないことを考えれば今の状態も悪くないわね。……それと、オブジェクトをもっと増やしてもらえない? 部屋をもっとアレンジしたいんだけど足りなさ過ぎよ』

 

「あいよ、後で追加しておくわ」

 

「……えらく順応していますね」

 

 一度死んで吹っ切れたんでしょ。それに準備さえ整えば生き返れる状態にあるわけだし……それが当分先になることは既に本人も承諾済みである。

 ……彼女は指揮権限をロマニに仮ではなく正式に譲渡すると通達し、自分はこんな成りだからと言ってバックアップに回ると述べると、やや真面目に顔つきを変えてから私に対して確かめるように問う。

 

『――知っての通り、貴女以外に特異点に赴ける人間は他にいないわ。即ち、貴女の行動が私達のように残された人間の行く末を左右する……それはわかっているわよね?』

 

 運命共同体ってやつだろ。私が無事なら皆が安心するし、私が死ねば皆死ぬ。そのぐらいは重々理解しているさ、経験者だもの。

 幾つもの戦いで行動を共にした人々の顔が思い浮かび、心に小さな火を灯して希望という名の大きな炎を作った。

 

『なら結構よ、思う存分貴女がやりたいように振る舞いなさい』

 

 そして所長は、責任者であった立場から未来を私に委ねると言い、予定通りとはもはや言えなくなった人理継続の尊命を全うする為の旅の始まりを合図する。

 

 

『人類最後のマスター、藤丸立香。――世界を、頼んだわよ』

 

 

 全てはここから始まり、混沌とした戦いの果てを占う賽は今投げられた。




オルガマリィ!ナゼキミガァ(ry

というわけで、所長は精神生命体というか電子生命体にチェンジしました。ある意味ニチアサの某神ィ状態ですが、別に飛び出してきたりはしません(

わかる人にはわかると思いますが、正確にはや◯男状態です。


そんなわけで次回はようやく怒涛の召喚回です。




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深き闇より出づる者

お待たせしました。
怒涛の召喚回です。

ついに奴が……来るッ!!


 ――特異点の単独攻略依頼が所長より出された後、ロマニが約束していた通りに僅かでも負傷が見られたり疲労困憊であると判断されたスタッフに対して、一時的な休憩を取るように指示が出されていた。それに伴い管制室がほぼガラ空きになると、私は抜けた穴を埋めるべく室内の一席に座ってある措置を試みていた。

 

 というのも、ただ単に電子化した所長にサポートAIらしくバイタルの閲覧や事象の解析、その他諸々の確認が出来るように調整するだけなのだが、外部からのハッキングや電子戦にも対抗するべく多段階のプロテクトを設けておく。

 特に、所長が敵の手に堕ちるなどの事が起きれば堪ったものではないので、そこら辺は厳重かつ入念に弄っておくと対象となる所長がその事で声を漏らした。

 

『なんか、拘束具付けられているみたいで嫌な感じね』

 

「それな」

 

 事実、彼女の今の身体には錠前をモチーフとしたアクセサリーが装着されており、それが防御プログラムとして機能し脅威から守る仕組みになっていた。

 今のところ外すには、私とロマニ・ダヴィンチ・マシュの四名の承認がなければならない設定にしているが、こちらから外すよう働きかけることなんてまず無いだろう。……それに何せ、私が最後に承認しない限り突破しようがないのだから、他の皆を脅したり操ったりしたところで意味はまるで無いのであった。私が操られるかは別としてな。

 

「お気に召さないのだったら、ガチの拘束具にチェンジするけど……鎖がジャラジャラ付いたやつとか」

 

『悪化してんじゃないっ!! そこはもっと抵抗をなくしていく感じにするでしょうが!!』

 

 冗談だよ、半分本気だったけどさ。

 ――ともあれ、所長が本格的にサポートへと回ってくれれば、スタッフが過酷な状況の中でハードワークを強いられることも少なくなり、ストライキを始めとする内部的なトラブルに私が頭を悩ませることもなくなるだろう。……あ、所長にだって勿論休みは与えるよ。仕事を押しつけ過ぎて拗ねられたら一気に効率落ちるし。

 

「しっかし、解せないなぁ……」

 

『何がよ?』

 

 いや、特異点の発生した場所だよ。

 殆ど詳細な情報は引き出せてないとはいえ、人類史丸ごと焼き尽くすのに何故そこを選んだのか法則性が見出だせないのである。

 何か今の歴史を揺るがしかねない重要な出来事があったのだとは推測されるも、そんなものは探せばいくらでも出てくるというものだ。例えば、第一特異点の舞台であるフランスであるならば、ジャンヌ・ダルクの時代より後に起きたフランス革命の時代が候補に入っていてもおかしくはない。……マリー・アントワネットが処刑されることがなくそのまま生涯を終えるだけで、恐らく様々なことがひっくり返り人類史に影響を及ぼすはずだろう。

 

『言われてみれば、わざわざ百年戦争の時代を選んだ意味がわからないわね』

 

「――だろう? 無作為に選んだにしては違和感を感じざるを得ない。それに、7つである意味もいまいちよく分からないんだ」

 

 7つに区切らずとも一番古い時代に干渉して、土地を住めない環境にするだとかその時代の人類全てを根絶やしにするだとかしてしまえばいいはずだ。……歴史の修正力云々を気にしての特異点の乱立、複数展開なのかもしれないが、7つ発生させれば気にしないで済むようになってでもいるんですかね? だとしたら歴史って結構ガバガバだな。

 

『……賛同者がその時代に居たから、なんて理由じゃ弱いわよね』

 

「理由の一つとしてあってもおかしくはないと思うけど、それだけじゃないだろうなってのが率直な解答かな」

 

 特異点に足を踏み入れていない状況で思い描ける予想はこれぐらいが限度というものだ。

 今以上に情報を入手し考察を続けたいのであれば、やはりレイシフトの予定を早めるほかあるまい。……だが、急がば回れという言葉に従い、私は慎重に事を運ぶことを選ぶ。

 

「何にしても、サーヴァントを呼ばないことには何も始まらないか」

 

『――言っておくけど、触媒になるものなんて用意出来ないわよ』

 

「わかってるよ」

 

 過去の遺物、それもレアなアーティファクトともなれば入手が困難であることぐらい経験から百も承知である。

 となると、自前で用意するしかないのだろうが、生憎と言っていいほど所持品にはろくなものがなかった。HPL所縁のものばかりである時点でおわかりいただけるだろう。

 下手に触媒として用いて、間違いで神話生物でも呼び出してしまったらカルデアは大混乱じゃきっと済まない。よって、戦闘用に使う以外に絶対に使用しないことにしておく。

 なら、その上でどうするかって話になるわけだけど、ぶっちゃけ何も思いつかなくて絶賛お困り中だ。どうしようもないね。

 

「……ふむ、であれば無触媒召喚に賭けるしかないけれど―――君の場合、そう無策に走る必要はないんじゃないかな?」

 

「あ、ダウィンチちゃん」

 

 回転する椅子を小刻みに揺らして唸っていると、様子を見に来たと思われるダウィンチが珈琲が入った紙コップをデスクに置き口を挟んでくる。

 

『無策に走らなくていいって、どういう意味よダウィンチ。何か良い考えでもあるの?』

 

「なに、こういう時ほど人と人との繋がりが役に立つってことさ。……つまり、藤丸君。君自身が触媒(・・・・・・)となってしまえばいいんだよ」

 

「……?」

 

 突拍子もない意見に目をパチクリさせていると、私より先に意味を理解したらしい所長が叫ぶように解説する。

 

『貴女、冬木でスカサハに師事してたって言ってたじゃない! その縁があれば―――』

 

「ああ、うん」

 

 師匠を呼べるかもしれない、か。どうやら、縁という見えない糸であっても所縁の品並に十分触媒としては機能するらしい。

 ……理屈はわかったけれども、一つだけ問題があるのを忘れてはならない。

 ご存知だとは思うが、あの人は基本死ねない身体なのである。それ故に座というやつに登録されようがない彼女を、どうやって此処に呼び寄せるというのか。そこら辺を疎い私にもわかるように説明してほしい。

 

「いいや、多分死んでいるから召喚はできると思うよ」

 

「……その根拠は?」

 

「だって、人類史が丸ごと燃やし尽くされてるんだぜ。影の国がどんな異境にあるかは知らないけれど、この地球上の何処かにあるなら人理の一部に含まれる。含まれるなら影響を受けて消滅してしまっていてもおかしくはない」

 

『逆説的に捉えれば、影の国が滅んでいるのなら女王たるスカサハも死んでいる(・・・・・・・・・・)、と世界に解釈されてしまっても何ら不自然じゃない……』

 

 あー、何となく理解したよ。短く纏めると、師匠も災難だったなってことか。

 どうせなら戦いの中で果てたかっただろうに、災害に巻き込まれるみたいに散ってしまうなんて、さぞかし―――ブチ切れているでしょうねっ!! こりゃあ、案外こちらから呼びかけなくとも自分から突撃してきそうな気がするぜ(ガクブル)。

 

「スカサハ師匠以外に来てくれそうなのは、冬木で約束をしたクーフーリンの兄貴ぐらいか……数としてはまだまだ揃えないと不味いなぁ」

 

『他に呼べば来てくれそうな相手に心当たりはないの?』

 

「……うーん」

 

 心当たり……心当たりかぁ。

 今まで色々なやべーやつと関わり合いを持ってきた私だけども、いざそいつを紹介してくれみたいに懇願されるとどう返答していいのやら困ってしまう。

 ていうか、召喚しても問題なさそうな知り合いってそもそも何人いたっけって話である。まともじゃねえHPL関連は抜きで考えると、残るは公安隠密局のサポートで関わったクソ忌々しい忍者共関連だけとなるわけだが、思い返しても心底疲れたことしか記憶に残っていない。そう―――

 

 

 

 ある時は、強大な力による世界征服を目論んだ馬鹿の後始末に追われ―――

 

『――うっははははははは!! よい、よいぞ! 宴の準備をせい!』

 

『裸マントに何故なるんですかあああああ!!!』

 

 

 ある時は、丁重にお帰りして頂くために全力で接待を行い―――

 

『……どおれ、うちが一献注いだろか? ――うふふ、あははははっ!!』

 

『衛生兵ーっ!! 衛生兵ーっ!!』

 

 

 ある時は、属性過多の奇妙な生き物と某少年漫画もビックリな格闘戦を―――私は繰り広げる羽目になっていた。

 

『全力でいくぞ……これが手加減だ!』

 

『……犬なのか猫なのか狐なのかはっきりしろよぉぉぉ!!!(全力で防ぎつつ)』

 

 

 

 

 ――あかん。ピンポイントで召喚できそうなっていうか、召喚されていた相手のことがフラッシュバックしてしまった。

 一応、神話生物よりかは遥かにまともであると言えるが、来てしまったら来てしまったで騒がしいことこの上ないに決まっている。……ええい、これも人理修復のためだ。上手くコミュニケーションを取って立ち回ってやればいいんだろ畜生め!!

 やけくそ気味に"いる"と二人に答え、私は決意がブレないうちにと管制室を素早い足取りで去り、廊下ですれ違いそうになったマシュを拉致して一直線に英霊召喚システムが設置されている部屋へ飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 はい、そんなわけで待望のサーヴァント召喚のお時間となったわけであるが、その為には前提としてマシュが持っている盾を召喚の起点として設置する必要がある。……というわけで、勢いで連れてきてしまった彼女にさっくりと事情を説明し、冬木でエミヤを召喚した時のような環境を作ってもらう。まあ、決められた場所に盾を寝かせるだけなんだけどね。

 動かぬように内蔵された固定具でしっかりと止め、カルデアの電力に接続されたことを室内のモニターの表示より確認する。――魔力の供給に異常はなしと。

 

「――ほう、ようやく召喚か」

 

「あ、エミヤ」

 

 ものの数分で準備が整ったところに、一仕事終えたばかりの様子の現在カルデア唯一の男性サーヴァントが顔を出してきた。……え、ダヴィンチちゃんもそうだろうって? 性転換してるからノーカウントってことでよろしく頼むわ。女性としてカウントしていいのかもわからないがな!

 ……それはさておいて、特に何も指示出してなかったし管制室でも姿を見かけなかったはずだが、何処にいて何をやってたのエミヤさんや。

 

「食堂だ。休ませるというのに調理場へ立たせるわけにはいかなかったからな、代わりに私が立って料理を作っていた」

 

「へえ、ちなみに本日のメニューは?」

 

「オーソドックスにカレーだ。辛さは残念ながら選べないが味はこの私が保証しよう」

 

「カレーですか、いいですねっ!」

 

 聞けば幼い頃から家族のためにご飯を作っていて、紆余曲折を経た末に気づけばシェフ顔負けの腕前にまで登り詰めていたのだとか。

 弓兵なのに近接戦も行えて更に料理も出来るとか、もう訳が分かんねえなこの人。執事の仕事も出来る? そうですか。

 

「……やっぱ、別の道を歩んだ方がよかったんじゃないの」

 

「言うな」

 

 今ならシェフエミヤとかバトラーエミヤを呼べたりしませんかねって思ったが、私の表情を読んで理解した様子のエミヤが全力で止めてくれと肩を掴んで懇願してきたので、今回は諦めてあげることにした。向こうから来たら知らんけどね。

 気を取り直して、盾より浮き出た魔法陣の真正面に立ち令呪の宿った右手を前に伸ばすと、此処カルデアと英霊の座との間に繋がりが出来たかのような感覚が走った。まだ微弱だが、これから強烈なものになろうとしていることは否応なしにわかった。

 

「そういや、エミヤがマスターだった時ってどんな感じにサーヴァントを召喚したの?」

 

「ん? ……聞いてどうすると言いたいところだがまあ、君とは雲泥の差だったさ」

 

 カルデアのように魔力供給は気にしなくともよい……なんてことはなく完全に自己負担だったそうで、何と聖杯戦争の中盤まで英霊と魔力のパスもまともに繋がっておらず、魔力供給なんて何それ状態だったそうだ。

 召喚自体も命からがらの末の、偶然の産物のようなものだったらしく、驚いたことにその状況を作り出した犯人たる襲撃者はランサーとして呼ばれたクーフーリンの兄貴であった。……対し、エミヤが召喚したのは―――

 

「私達が特異点Fで出会ったセイバーだ。但し、反転していない状態のだが」

 

 だからあの時、兄貴と同じように面識がある感じだったのか。……素の彼女ってホントはどんな風だったの?

 

「凛々しい王様という側面を持った少女……だろうな。あの頃は、よく私の料理を本当に美味しそうに食べていたよ………大量に」

 

「……大量に?」

 

 急に額を抑えて彼はボヤくと、エンゲル係数が一時期尋常じゃないぐらいに跳ね上がったのは良い思い出かもしれないと言って、深い溜め息をついて瞳を彼方へと向けた。……相当に酷かったんだな、食に関しての事情は過去といい未来といい。

 念の為、今後彼女が仲間として加わろうともカルデアの食事情に多大なる損失をもたらすことがないように今のうちに祈っておく。

 ――そうして、英霊を呼ぶということだけに再度意識を集中させ、普通ならば届かないはずの場所へ至るイメージを強く持つ。その刹那、盾からは光帯が展開し天を突き抜ける勢いで魔力の柱が建った。

 

「――サーヴァントの反応を確認、……来ますッ!」

 

 モニタリングから英霊の存在を感知したことをマシュが私に伝えると同時に、溢れ出た光は儚く消え去るように消滅していく。

 その中心には黒の装いを身に纏った人物が得物を支えに直立している姿があり、顔はまだ見えなくとも活気に満ちているとこちらに認識させるだけのオーラが滲み出ていた。……暫くして、隠れていた部分からも光が失せ、室内が元の明るさを取り戻していくとそこには――軍服の少女がいた。

 召喚をした反動を含めて私は固まると、そんな事を余所に少女は自己紹介の口上を述べた。

 

「わしこそが魔人アーチャーこと第六天魔王ノブナガじゃ! そなたがわしの―――ってお主は………」

 

「あっ」

 

 ……やめてくだされ、やめてくだされ。

 そんな玩具屋で目当ての物を見つけて、はしゃいでしまっている子供みたいな瞳で私の事を舐めるように見るのはやめるのです。思わず逃げ出したくなるじゃないですか。

 真面目に逃走を図りたいと思うこの頃であるが、マシュやエミヤが見ているなかで無様な姿を見せるわけにもいくまい。したがって、大いに迷っていると……その思いを蹂躙するように向こうは大声を以って話しかけてきた。

 

「その頬の傷に、何度も死線をくぐり抜けてきたと感じさせる風貌……やはり立香か貴様ッ!!」

 

「アッハイ」

 

「……お知り合いなんですか、先輩っ!?」

 

 バリバリのお知り合いみたいですね、反応からわかる通りに。杞憂だったらそれはそれで面倒くさかったがね。

 どう知り合ったかについてはまあアレですよ、織田信長の分け御魂……分霊を代々受け継ぎ守ってきた一族の少女が誘拐され、忍者共に交じって事件解決に乗り出したのであるが、その中に首謀者と繋がっていた奴が居た挙句に隙を突かれて進められていた儀式を完成されてしまったのだ。

 で、その儀式というのが分霊を利用した織田信長本体の復活だったらしく、見事に目的を達成されてしまったわけだが……犯人側が思っていた通りの織田信長は召喚されることはなかった。奴らはどうも、一般的に知られている男性としての織田信長を復活させたかったようであるが、ご覧の通り本人は女性である。

 そこで食い違いが生じて、復活を目論んだ側は逆ギレの末に怒りを買って始末されてしまい、残された面々は当然ながら困惑。次は自分達の番かと身構えるも、当人にその気はなかったようで私が交渉役となりその場は治めたわけだった。

 

「――ま、大体そんな感じじゃな!」

 

「いや待て、その儀式というのは聖杯戦争や英霊召喚のシステムとは違うのか?」

 

「違うね、多分」

 

 先の案件で使われていた召喚の手法は冬木やカルデアのように英霊を使い魔として扱うわけじゃなく、生贄や長期に渡って蓄積した生命エネルギー諸々を使って本人そのものを現世に呼び出し、思う存分好き勝手してもらう主従関係もクソもない仕組みになっていたはずだ。

 だから、召喚した本人であろうとも気に食わぬと言われれば殺されるし、それを防ぐ手立てはないようなものだった。令呪なんてなかったというヤツですね。

 精々関わってしまったのなら、機嫌を損ねないように行動するのみである。

 

「しかし、わしが座で茶を飲んでる時に呼び出すとは突然過ぎるのぉ……まあお主との仲じゃし、是非もないよネ!」

 

「茶を飲んでたって……エミヤ、もしかして座って割とゆるい感じなの?」

 

「そんな訳がないだろう、と返したいが正直私にもよくわからん場所だ。個人の在り方が様々であるように座の在り方も違うのだろう」

 

 成程、死後の世界の何でもありの空間と解釈すればいいか今は。お休みのところお呼び立てしてしまってごめんなさいね、信長様。

 などと、へこへこ平謝りしているとマシュが何かに気がついたらしく前に進み出て言った。

 

「……ところであの、信長さん。貴女の背後にいるのは――どなたでしょうか?」

 

「むっ……ああ、そうじゃ此奴の事を忘れとったわ」

 

 そう言って彼女は右手で乱暴に後ろにいる誰かの首の辺りを掴み、悪戯をした猫を摘み上げるが如くこちらに掲げた。

 視界に収まるのは、レースクイーンに近からずも遠からずの格好をした……バイザーで視界を閉じた長髪の美女であり、何処かで会ったことのあるような既視感を私達に抱かせた。

 すると、今度はエミヤが驚きを露わにして叫ぶ。……もしや、兄貴と同じように腐れ縁?

 

「ライダー!? ……いや、此処ではメドゥーサと言った方が正しいか」

 

「あれ、メドゥーサって言ったら特異点Fでランサーだったあの……」

 

「そうだがこの彼女は同一人物にして、あの彼女とは全く別の存在だ。在り方としては神話の伝承通りで問題ない」

 

 じゃあ、冬木で戦ったハルペー持ちのメドゥーサとは違ってこっちはペルセウスに狩られた方の彼女なわけだな。ライダーと呼んだのは彼女の血より生まれたペガサス辺りが恐らく由縁だろう。

 とりあえず、何時までも首根っこ掴んでると苦しいと思うので下ろしてやり、召喚は一度中断して彼女の介抱にあたることにする。

 

「おい大丈夫か、ライダー……」

 

「……うっ、あ、あ……ここは―――貴方は、アーチャー!?」

 

「予想通り、私の知るライダーのようだな……目覚めたばかりで悪いが状況は理解しているか?」

 

 その問いかけに彼女は一瞬考え込んだ後に肯定の意で頷くと、エミヤが差し伸べた手を借りてすくっと立ち上がってみせる。

 

「ノッブにお茶を渡していたら、突然何かに引っ張られた気がしたのですが……こんな形で召喚されることになるとは思いもしませんでした」

 

「引っ張ったというか、巻き込んだんじゃがな! どうせならついでに沖田の奴もアホ毛でも掴んで連れてくればよかったわ」

 

 うん? 沖田ってあの新撰組の沖田総司ですかね?

 生きていた時代離れすぎているけど面識あって、しかも茶飲み友達だったりするんですか。たまげたなぁ。

 

「そうじゃよー、あやつとは腐れ縁じゃ。巻き込んでおけばセイバーかアサシン辺りで大活躍していたんじゃないかと思うが、待ってればまあそのうち追って此処に来るじゃろ」

 

「はあ」

 

「あと奴も女じゃから注意な?」

 

 偉人が実は女性だったってパターン多すぎやしませんか。えっ、慣れてしまえば気にならなくなるってエミヤさん……経験者は語るってやつですか、そうですか。

 あまり突っ込んではいけないと念を押された私は、改めて召喚されたばかりの二人に対してカルデアが抱えている問題について説明し、協力をしてくれないかと頼み込んだ。

 

「あの冬木に別の可能性の……ハルペーを手にした私が召喚されてしまうほどの揺らぎが起きているのでしたら仕方がありませんね」

 

「というか、世界丸ごと本能寺タイムとか馬鹿じゃねーの。そういうのは個人レベルで留めとけって話じゃ」

 

 受け答えから判断するに二人とも人理修復に協力してくれるようだ。長い付き合いになるとは思いますがよろしくお願いしますよ。

 ……さて、一人呼ぼうとしたら二人で思わぬ収穫だったが、それでもまだ人員としては足りなさ過ぎるので追加召喚行っておこうか。

 

「あと何人ぐらい呼ぶんじゃ?」

 

「4~5人ぐらい……特異点攻略組とカルデア防衛組に分けたいので」

 

 いずれは防衛組という名の待機組の方が多くなるとされるが、そうなれば私は攻略のことだけを考えていれば良くなるわけだ。

 どのぐらいの時期で形になるかはまだわからないが、特異点の攻略が折り返しになる頃には是非ともそうなっていて欲しいものである。

 ……はい、てなわけで先程と同じように集中をして英霊をこちら側へと招き寄せる動作をする。むっ、何だこの懐かしいような威圧感―――ハッ!?

 

「非常に霊器の高い反応です……!!」

 

 うん、何か光に混じって虹色の輝きが出てるし相当凄い英霊が出てくるんだろうなー(白目)。

 諦め半分の笑みを浮かべて待っていると、どう見ても見覚えしかない濃い紫の装束をした女性がこれまた見覚えのある槍を手にしてカルデアに殴り込んできた。

 

「影の国よりまかり越した、スカサハだ。……来てやったぞ、藤丸立香」

 

「はえーよ……もうちょっと勿体ぶって出てくるかと思ってた」

 

 ほら、こう演出的に凝った感じでイベントとか挟んでババンと格好良く出てくるかと思っていたんだが、すんなり出てきちゃいましたね。驚きたいけど逆に驚けないでござる。

 

「――なに、事情が事情だけにな。それにマスターがお主とわかれば行く以外に選択肢はなかろう」

 

「ははは、地獄の影の国ブートキャンプ再び……この際だからスタッフ全員巻き込んでやろうか」

 

「やめてさしあげろ」

 

 二つ返事で協力を取り付けられたのでどんどん次に行く。

 ――って、師匠人が召喚している横でルーン刻んで何やってんすか。指定した奴呼び出すだけだから安心しろって……あっ察し。

 有無を言わせない介入により確定ガチャを引かされた私は、元より召喚する予定であった彼を申し訳ない気持ちで呼び出すことになった。

 

「よう! サーヴァントランサー、召喚に応じ参上し………た!?」 

 

「久しいなセタンタ」

 

「――なあ、座に帰っていいよな嬢ちゃん」

 

 駄目です。どうせ返してもまた強制的に呼ぶように仕向けられるから……諦めてお互い地獄に落ちようや兄貴ィ。

 

「あ、ライダーもいるじゃねえか……おめえも来てたのか」

 

「巻き込まれたクチですが、お互い頑張りましょう……」

 

「お、おう」

 

 冬木組の皆さん、そんな調子で大丈夫ですか。いやなんかホントごめんね……私の縁のせいで迷惑をかけてスマソ。

 

「気にすんな、切り替えははえー方だからな。落ち込んでるのは今だけの話だ」

 

「ほう、言ったな――」

 

「やっぱ何でもねえわ、うん」

 

 師匠も少しは兄貴に優しくしてあげてください。鞭も大事ですが飴も適度にあげないと意味ないっすよ。……それぐらいわかってる? いやいや絶対わかってないでしょ貴女。

 ……ええと、今のところ召喚できているクラスはアーチャー2人に、ランサー2人とライダー1人か。偏ってんなと文句を言いたいところだがしゃーないか。

 

「いざとなれば私が霊器を弄ってクラス替えをさせることも出来るが……一度弄ったら元には戻せんぞ」

 

「それって、呪いの掛け方はわかるけど解き方はわからないってことじゃないですか……お茶目さんかよ」

 

「――そうだが何か?」

 

「……自慢気に言うなよ、アンタ」

 

 ぐっだぐだになってきたので続きは後でやろうね!(確実にやるとは言っていない)。

 時間もあまり掛けていられないので飛ばしていくぞ! ……といっても同じ流れを只管繰り返すだけなんだけどね。

 衝動に任せてもはや勢いのみで礼節も礼儀も関係なしに臨むと、光の柱が出来上がった途端に誰かが飛び出してきた。……髪に可愛らしいリボンを付けた騎士?

 

「やっほー! ボクの名前はアストルフォ、クラスはライダー! よろしくね!」

 

「なん…だと……」

 

 これでライダーが綺麗に2人になったわけだが、重要なのはそういうことではなかった。

 何を隠そう男の娘、目の前にいるのは男の娘なのである。……生まれてこの方縁がなかった存在であり、この世にいるなんて諦めていた存在。それがこうして此処にいる現実を私は受け止めざるを得なかった。いえぇぇぇぇぇいいい!!!

 

「私は今、猛烈に感動している――ッ!!」

 

「あの先輩、もしかしてご縁は……」

 

「――なかったけど!! それがどうかした!?」

 

 自分でも驚きの気迫でマシュに返事をすると、無意識に流れ出ていた涙を拭くようにハンカチを渡される。やべえよ、拭いても拭いても溢れ出てくるわ。

 

「……ん、大丈夫? どこか痛かったりしないマスター?」

 

「ぐはっ(吐血」

 

「……今君が相手をすると追加ダメージを食らうだけだから、そっとしておいてやれ」

 

「うーん、よくわからないけどわかったよ!」

 

 余談だが、僅かに彼と関わり合いがあるとするならば、彼の親友たるローランが所持していたとされるデュランダルと思わしきモノの調査に携わったことぐらいだろうか。

 結論から言えば偽物だったのだが、本物に迫る切れ味はあり――何故か振るうと持ち主を全裸にする呪いが付与されていたりしていた。……時計塔のあの二人に出会ったのもそういやこの事件だったか。

 

「……振るったのか?」

 

「何か担い手として選ばれてしまったからね。かなり迷惑な話だけど」

 

 荷物の中に含んできてしまっているがこの先使うことはきっとないと思われる。デメリットが大きすぎるからね、特異点に持ち込むとか死んでも御免被りたい。

 

「セイバー、アサシン、キャスター、バーサーカーが0人なのは痛いけど、一先ずこの位で切り上げておこうか」

 

「そうですね」

 

「ああ、あまり一度に増えられてもコミュニケーションに困るだろう。それに初期戦力としては十分だ」

 

 ある意味クラスが被っているのは交代がしやすいと考えてもいいかもしれない。

 それに、兄貴との約束も果たし、私の縁頼りの召喚も大成功と言える結果を残せた。……それじゃ、案内と説明を兼ねて一先ず食堂へ向かうとしようか。丁度私のお腹も空いたことだし。

 

「腹が減っては戦は出来ぬ、というやつじゃな!」

 

「戦に取り掛かるにはまだ段階踏んでないですけどね」

 

「アーチャー、早速何か作られていたのですか」

 

「ああ、カレーだがな」

 

「ほう」

 

「おっ、いいじゃねえか」

 

「食べる食べるー!」

 

 ナチュラルに一緒に食べる事になっているがまあいいか。人と人との付き合いに食事は不可欠だからね。

 というわけでぞろぞろと召喚部屋を揃いも揃って私達は出ることにすると、自分を最後尾にして次々と通路に英霊達は移動した。

 そして、私も続こうと足を部屋の外に出そうとした……その時である、スカサハ師匠がカッと目を見開いて異常に気がついた様子を見せ注意の指示をこちらへ飛ばしたのは。

 

 

 

「――立香、後ろだッ!!」

 

「なっ!?」

 

 

 

 言われるがまま振り返った私の目に飛び込んできたのは、撤去を忘れ設置したままにしてしまっていた盾の上に広がる光とは真逆の闇であり、ついさっきまで見慣れていた召喚のそれとは異なるものであった。

 ……もしや早速敵側からの攻撃か何かと予想し、楽しい雰囲気から一転して皆が警戒にあたるもすぐに相手は姿を現そうとはしなかった。……即ち、こちらが戦闘態勢に入るだけの余裕はあるということだ。

 エミヤと兄貴が率先して私の前に立ち、他の皆が脱出経路を確保しようと動くなかで、私は早く外に出るように言われたが二手の中心を陣取ってどう転んでもいいように身構える。

 

「……来るぞッ!!」

 

 掛け声が室内に響いたのを引き金に闇は球体を形作ったかと思えば、内部に爆弾でも仕込んでいたかのように瞬時に爆発を起こした。

 反射的に目を片腕で覆い隠し、僅かに開いた視界から何が起きたのかを探るが、部屋全体をスモッグのようなものが覆い隠していて察知しようがまるでなかった。

 

「二人とも、無事!?」

 

「ああ、私は問題な―――ぐあッ!!」

 

「どうしたアーチャー!? って、うわっ何だッ!?」

 

 エミヤに何かがあったのを聞いた直後に、兄貴の方でも何かが起きたのが聞こえた。二人同時でないことから相手は単独で時間差でぶつかったのだと考えられた。

 ……やがて、私は気づく。二人が最後に確認された位置から計算するに、相手の目標は―――ただ一人であることを。

 

 それを把握した時にはもう遅く、私は何者かに襲われて床に押し倒されていた。

 

「くっ……」

 

「ミ、ツ、ケ、タ」

 

 片言のように聴こえる言葉で話すそれは、非人間的な獣の目をして自分を凝視する。

 また髪の輪郭が露わになり始めるとそれは触手のように独りでに動き、触れるものを絡め取って虜にしてしまう印象をこちらに与えた。

 ――間違いない、コイツを私は知っている。そう確信をした瞬間、師匠の手によって永久の闇は消し去られ、視界は元へと戻り襲撃者の姿を周囲に晒した。

 

 

 

「……ああっ、やっと会えたわ私の―――愛しい、愛しいリツカ!!!」

 

「お前は―――」

 

 

 

 安全を確保しようと駆け寄る皆を制止し、私は舌舐めずりして見つめてくるコウモリのような翼を生やしたゴスロリ姿の女性の名を口にした。

 

 

「――マイノグーラッ!?」

 

 

 外なる神の女神にして邪神の一柱たる、這い寄る混沌の従姉妹……今此処に顕現す。

 




神話生物がカルデアに現れてしまいました(

今月のFGOfesと10月の聖抜に当選したので楽しみです。
キャメロット評判良さそうでよかったです。

次回もお楽しみに。


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サプライズボム(解体編)

というわけで、降って湧いた神話生物という爆弾処理始まります。


「――マイノグーラッ!?」

 

 そう叫んだ私は、騎乗位をされている状態から乱暴に彼女を突き飛ばすと直ちに脚だけの力を使って起き上がり、睨みを効かせながら身構え相対した。

 一方でマイノグーラはというと、こちらの怪訝そうな冷たい視線を意に介さずに身体をくねらせ、欲望を全力で曝け出しているかのように口元から涎を垂らしていた。

 そして、リベンジとばかりに彼女は私に襲いかからんと跳躍を行いおっぴろげに腕を開いて抱きしめようとしてくる。……止むを得ず私は、皆の目の前ということを無視して左腕の封印を素早く解除し、頭部を鷲掴めるだけの大きさに手を拡大しアイアンクローを綺麗にキメた。

 

「……あぁん、この感触も久しぶりィ!」

 

「黙れ、この変態淫乱ストーカー女」

 

 握り締める力を強め、逃げ出せないよう拘束を強化すると……此奴め、この期に及んで眼前の掌を長い舌でレロレロ舐めてきやがった。ブレねえなぁ、ったくもう。

 一人呆れ返っていると、突然の異常事態に固まっていた状態から解放された一同のなかからマシュがこちらに駆け寄ってくる。

 

「せ、先輩っ、大丈夫ですか!?」

 

「私は何ともないよ。……それより、二人の方を見てあげて」

 

「あっ、はい!」

 

 見たところ邪魔だからという理由で突き飛ばされただけの男二人であるが、神話生物の突撃は一般人のそれではない。事実、伸し掛かられた私でさえも受け身を取らなければ気絶は免れなかったかもしれなかった。

 でも、ずっと前にやられた時よりも心なしか威力は落ちていたような……ううん、多分気のせいだろう。増減していようが痛いものは痛いんだからな。

 

「立てる?」

 

「……何とか、な」

 

「いててて……」

 

 マシュとアストルフォの肩を借りて立ち上がったエミヤと兄貴が後ろに引っ込んだのを横目に見届け、とりあえずキャッチしている馬鹿の処遇をどうするべきかを考える。

 

「それで、お主……あやつは何者だ?」

 

「うん、まあ簡潔に言えば私の知り合いの―――神話生物だ」

 

 特異点Fで一緒だったメンバー以外に神話生物とは何であるかを簡単に説明し、要するに宇宙から来たやべー奴らと覚えてもらったところで、マイノグーラは急に喘ぐのを止めて自分から何やら語り始めた。

 

「……もう、心配したのよっ! 帰省先から戻って来て貴女の家にお邪魔しようとしたら何もかも燃えてるし、貴女自身何処へ行ったのかもわからないし! やっとのことで貴女の職場の端末から行き先突き止めたけれど、何処にあるのか全然見当つかなくて……そしたら、イス人が貴女の居る具体的な座標を教えてくれたの! それで、ようやく近くには辿り着けたのに今度は変な磁場で入り込むことすら出来ない! ……だから、何処か突破口はないかしらと注意深く観察して―――」

 

「召喚によるゲート起動の反応を感知し、自らをそこへ落とし込んだ……というわけか」

 

「――そうそう! 流石私のリツカ、理解が早いわねっ!」

 

 つまり此奴、私に会いたいが為にサーヴァントとして自分を変換してカルデアに潜り込んだのかよ。馬鹿とか言ってゴメンな……やっぱおめえ真性の馬鹿だわ。

 

「……ちなみにクラスは」

 

「解析からはアサシンと表示されているな……心当たりはあるか?」

 

「恐らく――「ヘルちゃん達が関係しているわねっ!」……だそうだ」

 

 可愛く言っちゃってるけど、ヘルちゃん……ヘルハウンズって言ったらHPL案件で時間遡行に関連して出てくる資料の中で度々目にする『ティンダロスの猟犬』の祖じゃねーか。

 ティンダロスが角による出現制限を受けているのに対して、ヘルハウンズはそんなもの関係ねーよって感じだった気がするが……え、何、レイシフトする度に私らこれから容赦なく襲われるパターンですか。人理修復始める前から詰んでるとかマジで笑えんぞ、どうしてくれるこのアホンダラ!

 拘束から拷問に移行し、衝動的な怒りのままに握力を強める。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ! 大丈夫だって聞いたわよ!?」

 

「はぁ!? 何言ってんだおめえ……」

 

「――だって、イス人が極秘裏に手を貸してるって言ってたわ! ヘルちゃんやティンちゃんが邪魔しないようにしてあるって!」

 

「え?」

 

 初耳なんだが。というか、イス人は何で此奴に手回ししてるくせに私に連絡の一つも寄越さないんですか。……ああ、そうか磁場の影響か。

 

「詳しいことは断片的にしか聞けなかったけれど、そもそも通常の時間遡行とは違って人間をデータの塊みたいにして違う時間軸に投射して、その時間軸の人間だと誤魔化しているのでしょう!?」

 

「……そうなの?」

 

「そういう事らしいです。加えて、異なる位相に送り込むことも含まれますので……正しくは、タイムトラベルと並行世界移動のハイブリッドです」

 

 うーんとアレか、原理としては本来物語に書かれた落書きにすぎない存在を、あの手この手を使って違和感がないように登場人物として成り立たせているということか。

 異物が世界から見ても異物のままだと流石に狩られる対象に引っかかるわけで……特異点Fで何ともなかったのは冬木の住人として処理されていたからか。

 

「特異点とやらにおいては、本来の主人公すらも困惑する物語の歪みようを正す存在……ぴんちひったー的な主人公として機能するわけじゃな」

 

「狂言回しに近いやもしれん」

 

 言いたいことはわかった。だが、それとマイノグーラがカルデアに来たこととはまた別問題である。

 ただ会いに来ただけで何もする気がないのだったら、流石の私もキレて次元の彼方へクーリングオフをする覚悟があると言っておこう。 

 腕も痺れてきたのでいい加減離してやると、彼女は床にぺたりと座り込んだ途端に背筋が凍りつくような不気味な笑い声を部屋中に響かせて虚ろに見える瞳を力強く向けてくる。

 

「……言ったでしょう、心配してたって。これでもし、貴女が死んでるなんてことがあったのなら―――あらゆる手を尽くしてこの騒動を引き起こした張本人を殺していたわ。……ううん、殺すだけじゃ全然飽き足らない」

 

「……」

 

「肉体を引き裂いて、噛み砕いて、咀嚼して、溶かして、吐き出して、踏み潰して、燃やし尽くして、塵にして―――とにかく気が済むまで苦痛を与えるわ。地獄の果てを何度でも見せてあげるの」

 

 ケタケタと微笑む彼女の顔は狂気そのものだった。おかげで隣にいる師匠達までドン引いてるよ。……けどさ、私は現に生きてるわけだがその場合はどうなるんだ?

 

「殺ることに変わりはないわ。貴女に降りかかる火の粉は……私が全て消し去ってあ・げ・る♪」

 

 溢れ出る殺気はこのカルデアにはいない存在に制限なく向けられており、今この瞬間にも特異点ではこれから相手をする側に被害が出ているような感じがした。……この、難易度下がりそうで逆に上がりそうな感覚は何なんだろう。悪寒がパない。

 

「……なら、もう一つだけ聞いておく。お前の好きな生命力の摂取についてだが――――」

 

 こいつの一番厄介なところは、人間を嗜好品として見なしてスイーツを食べるように扱っている点だ。

 私が知る限りではそのような真似を他人に向けてさせたことはなかったが、今なお続けてくれるかはたまたは放棄するかは神のみぞ知ることである。つーか、此奴ある意味神だったわ。

 

「貴女以外からは奪わなければよいのでしょう? 元々そのつもりだし、貴女を上回る味がそんなざらにあるとでも思って?」

 

 間近で転移を行い、冷たい指で優しく顔の輪郭をなぞってくるマイノグーラの眼差しに私は深い溜息を付くことしか出来なかった。

 悪い予感はすぐに杞憂と終わったが、新たな気苦労へと早変わりしてしまったようである。……一頻り考え込み、かつての日々を判断材料として評価を下すと、自然と諦めを孕んだ言葉が口から飛び出していた。

 

「ったく、仕方がないな」

 

 面倒臭そうに頭を掻いた後に私は踵を返し、姿を見ないまま呼びかけを彼女に対して行った。

 

「……お前がぶつかった二人にはちゃんと謝っておくこと。それが出来るなら付いてこい」

 

「あぁん、リツカのそういうところが大好きっ!」

 

 羽が生えてるなら飛べばいいのに、わざわざ首に腕を回しておんぶを強要してくる変態にこれ以上怒る気もなくすと、今度こそ動作していた召喚用の魔法陣をオフにして部屋を退出するよう皆に催促した。

 

「――問題ないのか?」

 

「自分が首輪代わりになってる分には大丈夫だよ……」

 

 より強くなった空腹感を満たし疲労感を忘れ去るため、一行は食欲を駆り立てる憩いの場に向けてゆっくりと歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食堂について間もなく適当に長テーブルの席に腰掛けた私は、カルデアの現状と方針を舌を噛みそうになる勢いで話した後、師匠とメドゥーサにカルデアの魔術的防御を、兄貴とアストルフォとマシュに施設内の巡回を、ノッブとエミヤと……あとマイノグーラに物資の点検を一緒にするように要請すると、合間に並べられたカレーやサラダなどの料理に箸を伸ばし早速口の中へと運んでいた。

 ……味に関してはエミヤが期待して良いと自信満々に言うだけのことはあり、実家や外で食べるモノとは比べ物にならないほど明らかに次元が異なっていた。なので、自然と箸やスプーンが動いてしまい加速度的に皿の中が減っていく。――はいそこ、美味しいからって家臣にするだとか弟子にならないかとか勧誘しない! 気持ちは大いにわかるが、そういうのはやることやり終えてからにしましょうね。

 料理の美味さに感動し未来の人材確保に走ろうとする一部の……名前は言わなくともわかるであろう連中を制止し、自分はおかわりを大盛りで用意してもらった。

 

「――ちょっといいか、嬢ちゃん」

 

「うん?」

 

 よそわれたばかりのカレーをあーんしろと服の袖を引っ張ってせがんでくるマイノグーラの口に、ルーをかけていないスプーン一杯のご飯をねじ込んでいると、クーフーリンの兄貴が何か言いたげに声をかけてきた。

 表情から察するにマイノグーラについてだとは思うが、先の召喚室での非礼は此処に来るまでの間で詫びさせたはずである。であれば他に思い当たらないが……。

 

「特に重要ってわけでもねえけどよ、その……隣の嬢ちゃんとはどういう関係なんだ?」

 

「そうだな、私も少し気にはなっていた」

 

 あー、そりゃあ、いきなり現れて襲ってきた相手を手懐けてりゃあ誰だってその間柄について問い詰めたくはなるわな。

 でも、そこまで深く考える必要があるような難しい間柄ではない。さっきは状況が状況だけに突っ慳貪な態度を取ってしまったが、別に険悪な仲というわけじゃなく仲は比較的良い方だ。……一方的な愛が重いのは別として。

 

「普通に幼馴染だよ。――といっても、この左腕になってすぐ……からのだけど」

 

「とすると、例の彼女関連か……?」

 

「――当たり。早い話がこいつはこの腕をくれた成美の、ニャルラトホテプの従姉妹に当たる存在なんだ」

 

 ……あの忘れもしない事件よりも後のこと。

 幾らかメンタルも持ち直してリハビリてがらに仕事に復帰し始めた私は、ある日の夜に普段と変わりなく自室のベッドの上で熟睡をしていた。

 するとそこへ、成美の死を知らない遊び半分の気持ちで来たマイノグーラが現れ、目的の彼女……成美は何処かと探し始める。しかし、聞いていた場所であるにも関わらず居るのは私だけで、件の従姉妹は隈なく探しても見つけられなかった。

 当然ながら不審に思ったマイノグーラは私を起こし問い詰めようとしたのであるが、そこで"あること"に気づいてしまう。――そう、私の左腕から成美の反応……いや、厳密には匂い(?)を感じ取ったのである。

 そこから思考は飛躍をし、どうして人間が従姉妹の体の一部を所有しているのかという疑問を彼女は持った。そうして、冷静になれないまま答えを得ようと早まった。

 

「早まったって……まさか」

 

「危うく半殺しにされるところだったよ」

 

「だった……?」

 

 何を血迷ったのかこいつ、人に質問するのに先立って問答無用で危害を加えようとしてきたのであるが、そこは華麗に切り抜ける立香さんだった。

 

「偶然見ていた夢の影響で、気づいたらCQCをキメていたらしくて……朝起きたらこいつが白目ひん剥いて腕の中にいたわけよ」

 

「あの時は逆に私が死ぬかと思ったわ。容赦してくれないんだもの……///」

 

「頬を赤らめて言うなよ」

 

「うわぁ……」

 

 寝ている人間が手加減なんて考えられっかよって話だ。

 そんなわけで、不法侵入をされた挙句に命まで狙われかけた私は、マイノグーラに正体を単刀直入に尋ねて成美の関係者であることを暴露してもらうと、彼女がもうこの世にいないことと事の始まりと顛末について小さなテーブルを挟んで語り聞かせた。

 

「でまあ、何とか納得してもらえてその日は帰ってもらったわけなんだけど―――あろうことかその翌日、しれっと近所に越して来ただけじゃなく私の通う高校に転入してきやがったんだよこいつは」

 

「――何でじゃ!?」

 

「愛の為よ!」

 

「なぜそこで愛ッ!?」

 

 ……違う、全然違うぞ当時の答えと。

 確か私が同じように問い詰めた時には、成美が守った命だからとか純粋に興味が沸いただとか、それはもう今と比べたらキレイなことをおっしゃっていたはず。

 なのに、どうしてこうレズを拗らせてしまったのか未だに理解が出来ない。出会って暫くは本当にまともだったのになぁ……。

 

「中毒性のある生命力を目の前にこの私が冷静でいられると思って?」

 

「キチガイスマイルで堂々と言うなよ……それにご飯粒ついてて迫力がない」

 

 じゃあ取れというアイコンタクトを飛ばして来るので取ってやると、その手を掴んで離さず彼女は人差し指を口内に引き寄せる。

 

「……はむっ」

 

「人が親切に取ってやったのに、これみよがしに生命力を摂取すんのやめてくんない!?」

 

 空いてる手の方でチョップを喰らわせて引き剥がすと、物足りなさを表すように彼女はむすっとふて腐れた。……あとで自室でたっぷり吸わせてやるから今は我慢してくれ。周りからの視線も痛いし、もっと協調性を前面に出していこうぜ。

 

「――ねぇねぇ、さっき言ってた『ティンダロス』と『ヘルハウンズ』っていうのはー?」

 

 これからのカルデアの作戦には関わってこないらしいが、興味本意で詳しく知っておきたいと希望するアストルフォきゅんが爛々と目を輝かせて身を乗り出してくる。

 ……悪いが、聞いたところで楽しい内容じゃないし結構物騒なんですが。それでも良いなら話してあげるけど……えっ大丈夫? その方が聞き応えあるからって、勇気あるなぁ。

 まあいいやと生み出した元凶が隣りにいるなかで、自分でも完璧には理解してない存在の話を私は話し始めた。

 

「……ティンダロスの猟犬について語るのは骨が折れるから掻い摘んで話すけど、基本的にヘルハウンズと同じように時間遡行の反応に過敏で、『時間に内包されている既に決定した出来事』に干渉した生物を殺すために生きているんだ」

 

「だからさっきは警戒していたわけですか。カルデアの行動は拡大解釈すればそのまま引っ掛かってしまいますからね」

 

「うん。だけど、特異点Fではにもかかわらず襲われなかった。その時点で気づくべきだったんだろうが、コイツが無理矢理入り込んできたせいで遠回りをして殺りに来たと思ってしまったんだ」

 

 結果的にこちらの勘違いだったわけだが、そうならそれでもう少し登場の仕方ぐらい考えて欲しいものだ。……言ったところで守ってくれなそうではあるがな。

 

「猟犬は時間が生まれる以前の遥か大昔の、最初の不浄が生まれた場所に住んでいて……直線あるいは直角、120度よりも鋭い角度がある空間において出現することが出来るらしい。聞いててわかると思うが大体の建物の部屋には引っかかるな」

 

「では、侵入を阻止するには部屋からそのようなポイントを無くす必要があるのですね?」

 

「……粘土みたいなものを手当たり次第敷き詰めれば出てこないと思うが、これはあくまでティンダロスの猟犬に限った話だ。マイノグーラが従える実の子供たるヘルハウンズは、そんな事をしたところで確実に襲ってくる」

 

「機能制限版と製品版のような関係、というわけか」

 

「ちなみにヘルハウンズはマイノグーラとシュブ=ニグラスっていう男性の相も持つ女神の子供で、ティンダロスの猟犬はその子孫みたいなものだ」

 

 女神同士のちょめちょめの結果がこれだよ!

 てか、清浄&曲線ぶち殺すマンになるほどのおぞましい行為って、どれほどの事が過去にあって人間が目をつけられるに至ったんですかねぇ。

 

「わかんないわ!」

 

「……忘れたの間違いだろ」

 

「そうとも言うわね!」

 

 ママの味がするお菓子のキャラクターよろしくはぐらかされたわけだが、知ったところでどうにもしようがなく現実を受け止めたらそれはそれで正気じゃいられなくなる。

 ……スルー安定、良い子のみんな立香お姉さんとの約束だぞ。

 

「実を言うと、制限付きのティンダロスの猟犬の方が統計的に遭遇率高いんだよね。私は襲われたことないけれど」

 

「むしろ、時間遡行を経験された方が多いことに驚きです……」

 

「聞いた限りでは、どの証言も別の世界の未来でとても人が生きていける環境じゃなくなってたからって逃げてきたっていう話だったけど……一番酷いのは特定の人間以外は全員神話生物の信者、配下になってるっていう、人が人を信じられない世界から来たってやつかな」

 

 その世界でも結局イス人に助けられたとのことだが、私達のいる世界と違ってタイムトラベルの装置の仕組みや原理が異なるようだった。……精神のみか肉体丸ごとかで結構分かれるものなのだなぁと関心したぐらいである。

 

「つーか、イス人も世界がこうなることを前々からわかっていて、しかも私が解決に乗り出すことを想定した上で手を貸してくれていたのか……」

 

「その点については謝っていたわ。でも、本心から助けたいと願っているとも言っていたことは確かよ」

 

 ……だろうな。でなけりゃ飲み会に普通に誘ってくるだとか誕生日を毎年祝ってくれるなんざしてくれるわけがない。

 何だかんだで人を、自分を愛してくれていることは十分過ぎるぐらいにわかっているよ。――だからこそ、それに報いる行動しなければならない。

 

「……もう一度確認しておくが、この人理焼却は神話生物の間でも問題視していて手を拱いているという認識でいいんだな?」

 

「ええ、そうね。少なからず人間社会に紛れていた連中には被害が出ていると聞いているわ。彼等も貴女が協力しているここの連中と共同戦線を出来れば張りたいようだけども、時間の概念から切り離している磁場の影響と自分達の容姿とかに悩んでいてなかなか上手く行かないみたい」

 

「お前は人間態持ってるし契約云々で干渉しやすいからな……私とも面識ちゃんとあるし、そこを買われて先行させられたんだな」

 

「そゆこと。――でも気をつけて、不確実だけど今回の黒幕やその協力者がこちら寄りの使い魔や同胞を従えているかもしれないらしいわよ」

 

 えっ、待って……幻想種に混じってナイトゴーントやミ=ゴの群れが襲ってくるかもしれないってこと? ――それを早く言ってくれよ!!

 ……うへえ、だったらめんどくさい事になりそう。絶対これ話の途中で邪魔しに入ってくるパターンだ。初見で目撃したら絶対固まられると思うので、今のうちに最低限予備知識を皆に植え付けておくべきか。……特にモニタリングするスタッフが危ないかもしれない。自動フィルタリング機能でもあとで突っ込んでおこうかしら。

 

「どんだけ不気味なんだ神話生物ってのは……」

 

「全員が全員そうであるわけじゃないけども、ビジュアル的に良くないし初邂逅では好印象を抱きにくいよ……私ぐらいに慣れて初めて気にならなくなる感じ」

 

「立香ぐらいってアレじゃろ、故郷を滅ぼされて移民をせざるを得なくなった言葉の通じない連中を、出会ってすぐ受け入れるぐらいの寛容性の豊かさ……」

 

「……心の広さ、化け物レベルじゃねえか」

 

 最初から持ってたら自分もドン引きしてると思う。何事も経験の積み重ねが大事っすね。

 ……話を元に戻すが、先の情報が確実であったとしたなら、余計に対策用の装備を整えなければなるまい。持参した荷物だけで足りるかなぁとちょっぴり不安だ。

 

「未開封の国連経由の物資に何が含まれているか、だな……」

 

「フィリピン爆竹は欲しいところね、アレは使ってて楽しいし!」

 

 ねぇよ絶対、と乾いたツッコミを入れたところで食事会はお開きとなり、食器の後片付けを待って私達は各々の役割を果すべく移動した。……目的の倉庫は、生活区域の最深部辺りだったな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

『………』

 

 アーチャー二人とアサシン一人を引き連れて、やたらとデカイ倉庫の中に突入した物資確認チームの自分達であるが、入って早々に誰もかもが言葉を失っていた。来る途中まで他愛もなく談笑していたというのにこの落差、ヤバすぎる。

 

「何だこれ」

 

「ご覧の通り、物資のオンパレードだな……恐れずにかかってこいと言わんばかりの」

 

「……無茶言うでない」

 

「あはははは―――はっ?」

 

 マイノグーラが楽しそうに飛んで量をざっと確認してきてくれたが、彼女すらも笑顔を失い困惑するレベルの数であったようだ。軽く通販サイト開けるぐらいの。

 ……ダヴィンチちゃんめ、わかってて全部丸投げしやがったな。

 

「嵌めおって……」

 

「ノッブ、ステイ。あとで全員でカチコミに行こう。その時は止めやしないから」

 

「拘束は俺に任せてくれ」

 

「なら、折檻は私が」

 

 満場一致で作業後の行動を決めると、効率重視のためにエリアをカラーテープで区切り、部分的に解析を用いたリストアップをエミヤにしてもらう。

 私はその横でタブレット片手に読み上げられた情報を入力していくわけだが、この一連の作業……スタッフにやらせていたら何日浪費した上に何人倒れていたことだろう。考えるだけでも頭が痛くなってきた。

 

「トイレットペーパーや洗剤、調理器具や機器……一般的な日用必需品は問題なく数があるな」

 

「正直、ペーパーとかは数が足りなくなったら自分達で生産せなあかんのかと警戒してた」

 

「流石の私もそれ関連の知識は乏しいぞ」

 

 もし必要になったら製紙系の技術を持った英霊を探す必要が出てくるわけだが、そんなピンポイントなニーズに答えてくれるサーヴァントなんて果たして座に居るのだろうか。

 

「……紙に限った話ではないが、生産系に通じた英霊から技術を吸収するのは有りだろう。こんな状況だからこそ先達の知恵は活きるというものだ」

 

「了解、検討しておくよ」

 

 建物内の設備はしっかりしていようとも置かれているのは絶海の孤島に等しい。使える技術は増やしていかないとな。

 今いる区域は一通りチェックが終わったので次の区域に移動し、床に手を添えてエミヤがまた―――ん?

 

「どうしたの」

 

「……私の解析に間違いがないのなら、フォードがあるようなのだが」

 

「フォードって何じゃ」

 

「フォードっていうのは車のことで……」

 

「――此処の何処にあるというの?」

 

 マイノグーラの指摘通り、あの大型車が収まりそうなスペースは何処にもない。もしやプラモデルのような玩具のたぐいかと疑うもそうではないと彼は首を横へ振った。

 そのブツがある詳細な場所を教えてもらい、小柄な箱を手に取った私は中身を覗き見ると確かに精巧に作られたフォードのミニチュアがあった。

 

「正確な車種はフォード・エクスプローラースポーツトラックか」

 

「わかるのか」

 

「乗ったことがあるから―――あ”っ!?」

 

 ふと過去に乗せられたことがあるのを思い出すと、どのように持ち主が車を扱っていたのか一部始終が過ぎった。何故あるのかはさておき、これはもしそうなら迂闊に触ってはいけない。

 

「エミヤの解析に間違いはない。……これは本物のフォードだよ、小さくはなっているけど」

 

「待て、その言い方だと何かすれば大きく……元のサイズになるのか?」

 

「それは試してみないとわからないけれど、今は閉まっておこうね……大惨事にしかならないから」

 

 ペンで目立つようにサインを入れておき、元あった位置に戻しておく。さてと、開封作業を再開しようぜー………ってまたかいな。

 彼の手が再度止まり、更なる衝撃の事実が私達に襲いかかる。

 

「今度は何があったの、眉間にしわ寄せてさぁ……」

 

「――本当に国連経由の荷物なのか、ここにある全部」

 

 変な質問だな、そうだから置いてあるんじゃんか。……え、聞いている意味合いが違う? 国連経由だが国連自体が意図して送ったものではなく……第三者の意志が絡んでいるのではないかって?

 恐る恐るそう考えるに至った根拠を尋ねてみた私は、エミヤの主張に耳を傾けて―――直ちにがっくりと肩を落として項垂れた。

 

 

 

 

 

「フィリピン爆竹が1000個ある」

 

「あいつかああああああああああああああああああ!!!」

 

 

 

 

 

 ……その後も、大量の消火器やらアルコール度の高いお酒に加えて、業務用ローション&大人のおもちゃ、PDF化した魔導書が入った端末などが見つかり、無事(?)に私の装備も充実したのであった。わーい(白目)!

  




はい、全力で嫌なフラグが立ちました。
そして、サプライズ(フィリピン爆竹&フォード)だぞ、喜べ(目逸らし

ていうか、そろそろ1章入りたい(願望
でも、入る前に設定集1回だけぶち込むかもです。登場人物一気に増えたからね。

7/23追記:話数とると面倒なのでTIPS形式にしますので、次回も普通にお話です。オルレアンついに突入?


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第一特異点 邪竜爆竹戦争オルレアン
突き付けられた真実


はい、そんなわけで邪竜爆竹戦争オルレアン開幕です。
みんな、フィリピン爆竹は持ったな?


どうぞ!


 ――あれから一週間の時が流れ、破壊された設備の殆どは安全に稼働させるのに問題ないレベルまで修復が滞りなく完了していた。

 また、スタッフ全体の体調やメンタルもこれからの作戦の進行に支障をきたさないぐらいには復活し、生き残りたいという純粋な思いからかちっとやそっとではへこたれないという雰囲気が滲み出るようになっていた。心なしかロマニや年のいったスタッフを除いた男性陣の幾人かが微妙に逞しくなっていた気もするが、見なかったことにして別の作業に私は取り掛かった。

 また合間に、ダヴィンチちゃんの工房が一部爆破……もとい破壊されるなどの諸事情によるトラブルが発生したこともあったが、そこは物理(暴力)に身を任せてまーるく収めることに成功した。詳細については細かく言及しないが一言で言い表すのであれば「因果応報」という言葉が相応しいであろう。

 

 ちなみに、物資を整理するなかで後回しにするといって放置していたフォード(車)については、確認にはもってこいの広いスペースを誇る訓練室を借りてテストが行われ、やはり記憶にある通りに巨大化して人を乗せて走れるだけのサイズとなることが確認された。

 更に追加で、巫山戯た造りをしたKV-6と呼ばれる戦車やごく普通なモーターボート、サンロイヤル・ジェネシス・スーパーEXとかいう無駄にカッコイイ名前のクルーザーが見つかり、さながら内部は何かの展覧会っぽくなった。

 仕組みのデタラメさに頭の固い英霊は唸り、好奇心旺盛な英霊は喜んだが、私にどのようにして作られたのか迫ってきたところで説明出来るはずもなかった。だって、入手経路も製造方法も全く知らんしね。

 さしあたり、提供者は信用に値するとして使用に問題ないと認めてもらうと、特異点における移動手段として活用していくと決めて私のところで厳重に保管することとなった。

 

 ……そうやって時が過ぎ、作戦に取り掛かるまでの準備がようやく整ったところで、第一特異点にレイシフトする直前のブリーフィングが管制室にて開かれ、軽く挨拶を済ませたロマニが攻略における全体の基本要件に関する説明を執り行った。

 

「――おさらいだが、藤丸君。君達にやってもらいたいのは、まず第一に特異点で起きている異常の調査とその解決だ。大方、本来の歴史に沿わない事象がそこでは当たり前のように進んでいるんだろうけれど、それを許容してしまっては……やがて2017年で人類が滅びる未来に直結してしまう」

 

 そうはさせまいというのがこのオーダーの目的であり、私達の生き残りをかけた唯一無二の手段というわけだ。挑むべき特異点の問題は最低でも7つだとされるが、こちらの動きを危惧して追加で発生するというイタチごっこになることも念頭に入れておかねばなるまい。

 

「第二に、聖杯の回収だ。レフやその背後にいる存在は、聖杯を用いてさっきも言った問題を引き起こしている。直接的か間接的かはどうであれ所有しているだけで向こうのアドバンテージは高く、戦況をひっくり返すことは容易じゃない」

 

 奪わないことには何時までも好き勝手やられてしまう事に繋がる。したがって、所有者が誰であるかを早い段階で突き止める必要があるだろう。

 ……聖杯レーダーみたいのがあれば手っ取り早いのだが、サンプルとなる聖杯を一つでも確保しないことには開発もクソもないようであった。……今のところ地道な分析のみが精一杯で頼みの綱というわけである。

 

「聖杯を確保できたらマシュが持つ盾に格納すること。でないと、再び争奪戦になりかねないからね。カルデアに持って帰ってくるまでが特異点探索だということを忘れないで欲しい」

 

「質問、バナナはおやつに入りますか。はむっ」

 

『遠足じゃないのよ!? ……って、自分から聞いておいて食べてるんじゃないわよっ!!』

 

 すまんな、朝食で食べ損ねたんで懐に入れたまんまだったんだ。すぐに食べ終わるから待ってろ。

 ……冗談はさておき、現地でやることは特異点の生成に関わる以上の二点以外にあったりはしないのだろうか。物資をやり取りする用のサークルの設営があるとか前に聞いた覚えがあった。

 

「うん、そうだね。補給を兼ねた召喚サークルの用意も大事だ。設置するだけでその土地縁の英霊を召喚できる確率も向上するからね」

 

「……だが、相手もそれを見越しての手を打ってくるだろう。良い霊脈であるほど既に向こうのテリトリーである可能性が高い」

 

 それもあるだろうから、召喚の方は基本的にあまり宛には出来ないだろうと思われる。

 となると、エミヤが述べていた連鎖的な召喚、予備システムとやらの起動を期待した方がマシだとされるが、邂逅した上で上手く味方に引き込めるかはこちらの交渉力と相手の出方次第である。

 ……それ以前に、作戦に投入するサーヴァントのメンバー選出を考慮する必要があった。出来るのであれば全戦力を投入してゴリ押しによるスピード勝負に出たいところだが、実際にやってしまうとレフの奴に今のカルデアの限界が露呈してしまい逆に追い込まれかねない。

 であるからして、防衛用戦力と称した切り札を温存した状態での突撃を可能とする人選が求められるわけだが、そこは前日までに練りに練って考えていて当人達の承諾も無事に得られていた。

 

「今回は師匠とメドゥーサ、それにマイノグーラ「マ・イ・コ!」……マイ子以外がフル出撃になる。その間、マイ子は神話生物が出現した際のアドバイザーとして待機しているとして、師匠達は奇襲を警戒して詰めておいてほしい」

 

「うむ、わかった」

 

「……いいでしょう」

 

 レイシフトの適性はあるがマスターではないシルバについては、私のサポートとして同行してもらいつつ状況に応じて偵察役のエミヤと一緒に行動してもらうことにした。

 つまり、デフォルトでの私の護衛はマシュに加えて兄貴とノッブ、アストルフォの四名が付く事になる。……心なしか戦隊モノのようなカラーリングになったので、戦う時のノリはそんな感じで行くとしましょうか(適当)。

 

「カレー担当のイエローがおらんぞ」

 

「……現地で探せば良いんじゃね」

 

「おお、そうじゃな!」

 

 イメージカラーが黄色の英霊っているのだろうかと思ったが、いなければいないでカレー繋がりでインド系サーヴァントに役目を担ってもらおう。

 ……えっ、黄衣の王は当てはまらないのかって? 呼んだらアカンでしょあの人は……そのうち興味本位で来そうな匂いがプンプンしてるけどさ!

 

「さて、ブリーフィングはこれぐらいにしておこう。これからの指示はレイシフト後に追って行うものとする」

 

『冬木の時と違ってコフィンを使っての介入だからレイシフトを行うこと自体の危険性はないと思ってちょうだい。――頼んだわよ』

 

「任せときんしゃい」

 

 現代の装いを隠すようにローブを羽織った私はパーティーを後ろに引き連れて、床からせり上がってきたコフィンの中へと入り込む。

 一瞬、爆破された当時の記憶が蘇り、あの火中に居たマスター達はきっとこうした後に何もわからぬまま瀕死の重傷を負ったのだと理解すると、その無念を引き継いで目を閉じ機械的な声のアナウンスに耳を傾けた。

 

 

 ――<アンサモンプログラム スタート>

 

 ――<霊子変換を開始 します>

 

 ――<レイシフトまで後……>

 

 ――<全工程 完了>

 

 

 ――<グランドオーダー 実証を 開始 します>――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意識が揺らぎそうになるのを我慢して数秒後、再び目を開いた私に視界に飛び込んできたのは風が激しく吹く何処までも広い草原だった。

 ……どうやら、戦乱の最中にダイブして開幕逃亡劇を繰り広げる羽目にはならなかったようでほっと胸を撫で下ろす。

 

「――転移完了……皆さんもちゃんと来れていますね」

 

 いつの間にか隣に立っていたマシュが全員の姿を確認し、点呼を取るも目立った問題はなし。

 予定通り百年戦争があったとされる時代に転移したことを実感すると、具体的な年月日が端末上に表示され自分達がどのタイミングでやってきたのかが把握された。

 

「1431年……ということは、ジャンヌ・ダルクが処刑されてからまだ日も浅いタイミングか」

 

「あと、現在は休戦状態にあるようですね。なのでこうも静かなのでしょう」

 

 百年戦争という名前がついているものの、実際は戦っては休んでの単発の戦いの繰り返しであったことは割と知られていない。

 まあ、普通は百年って聞いたらぶっ続けに戦争していたと勘違いするよね。実際もしそうだったら、この時代の人間は相当タフで脳筋で話も通じないはずだろう。

 

「とりあえず周辺の確認だ。休戦中と言えど兵士は徘徊しているかもしれないから注意しながら頼む」

 

「了解っと」

 

 自分にとっては慣れた定番の行為をして、何か目立つものがあるかどうかまたは妙な音が聞こえないかどうかを探る。

 すると、ふと空を見上げた先に――『おかしなもの』を見つけ、私は睨みつけるような視線をそのままに全員へ『それ』がある方に向くように人差し指を伸ばした。

 

「あれは――輪でしょうか?」

 

「すっごーい!」

 

「でけえなありゃ……」

 

 ――指差したそこには、超巨大な雲をぶち抜きくり抜いたような輪が広がっており、今出来たと言わんばかりに形状を崩さぬまま空中に存在し続けていた。

 大きさを予測しようにも素人目では計り知れず、専門家でも算出するには膨大な時間を要するだろうと思われた。

 

「自然現象……ではないだろうな」

 

「流石に、こんなものがあれば記録の一つや二つ残っていてもおかしくないじゃろ。……じゃが、来るまでに予習をした限りでは合致するようなことはこれっぽっちも見んかった」

 

「ということは、これも異常の一部……」

 

 各特異点全体に関わることなのか、第一特異点のみでこれだけの規模なのかは不明である。

 一先ず、自分達の頭のキャパシティを平気で超える現象がそこに在るので、到着した報告ついでにカルデアに通信を繋いで確認してもらうことにした。

 ……程なくして何事もなく通信は開かれ、安堵をしたロマニの顔が映る。悪いが早速お仕事の時間だ、どんとこい超常現象!

 

『何だいこれは……光の輪? いや、衛星軌道上に展開された何らかの魔術式か?』

 

「魔力反応があるということですか?」

 

『そこまではまだわからない。何にせよとんでもない大きさだ……推定でも北米大陸と同等かもしれない。けど、1431年にこんな現象が起きたなんて記録はないぞ』

 

『間違いなく未来消失の原因の一端ね。多分、その特異点に限った話ではないと思うわ』

 

「……そうか」

 

 解析には時間がかかると告げられ、今は放置して現地の調査に専念するように伝えられる。

 ……が、何かが頭のなかで引っ掛かってしまい、言われた通りにすることに私は強い抵抗感を覚えた。

 

「………」

 

「ただ眺めているだけでは何も得るものはないぞ?」

 

「――わかってる。だけども、今無視してはいけないって何故か思うんだよ。取り返しのつかない事になりそうな恐怖が、そこに在るような気がして」

 

 上手く言葉に言い表せないもどかしさに苛立ちながら私は、光の輪を直視し続け考えに耽る。

 ……もし、所長の言ったことが現実であるのなら、敵は何の為にアレを形作ったのだろうか。

 シンプルに特異点形成の一つの要素だとするなら強引に納得も出来なくもないが―――根拠のない直感的な思いがどうしてか「違う」という警鐘を鳴らしていた。

 

「どんな断片的な情報でもいい、時間をかけずともわかることは何かないの?」

 

『うーん……そう言われてもなぁ』

 

『例えば何がご所望なのよ』

 

 そうだなぁ……パッと思いつくのは放射線量だとか熱量あたりだが、どちらも今すぐに特定するのはやはり難しいかな?

 ダメ元で頼んでみたところ、一方だけなら可能だと所長は答えてくれたので、悩んだ挙句に熱量の方の計算を依頼することにした。

 ……数分後、解析結果の報告がなされ答えになっていない答えが返ってくる。

 

『――駄目ね、測定不能よ。熱量自体はあるようだけど規模が大きすぎて数値化なんて出来やしないわ』

 

「……増加傾向は? それとも、一定の熱量を維持しているだけ?」

 

『ええと、増えている……ように見えるわね。ということは魔術式自体はまだ完成の域にあるわけじゃなく、まだ途中(・・)……?』

 

 術式のスイッチを入れただけであって目的は達成されているわけじゃない……そういうことなのか。

 しかし、熱量が増えているとなると『何か』を依然として蓄え続けている事になる。――それも特異点全てにおいてだ。

 

「霊脈の魔力である可能性は?」

 

「いや、霊脈とて無尽蔵に魔力があるわけではないからな……継続して吸収するには非効率的だろう」

 

「それにもしそうだったとしたならよ、今頃此処は死の大地と化しているかもしんねえぜ?」

 

 確かにそれは言えていた。今立っている土地が無事である時点で、その線はありえないと理解すべきであった。

 ……ならば、それに代わる何を集めているというのだろう。霊脈の魔力よりも集める効率が良いものとは果たして―――

 

『何だ、簡単な話ね』

 

「えっ?」

 

 通信に割り込んできた様子のマイ子があっけらかんとした表情で言葉を発した。……彼女は、こちらの驚きを置き去りにして『あってはならない可能性(・・・・・・・・・・・)』を此処に示す。

 

 

 

 

 

 

 

『――その光の輪の正体は、生命エネルギーそのものよ。言い換えれば人間の魂を魔力として変換したものね。……魂食いと言えば、よりわかりやすいかしら?』 

 

「なっ……」

 

「嘘っ!?」

 

「そんなっ……!?」

 

「―――」

 

 

 

 

 

 

 

 無意識に放棄していたであろう可能性を引っ張り出された私は絶句し、愕然と再び輪の方を見つめた……見つめてしまった(・・・・・・・・)

 ――途端に幻覚として現れ聞こえてくる、共に困難を乗り越え束の間だが平和を享受していたはずの仲間や、送り出してくれた家族の苦痛に歪む顔と悲鳴。

 耐え切れなくなった私はその場に崩れ落ち、抑えられない気持ちを吐き出すようにして吐瀉物をそこにぶちまけた。胃液の苦い味が口を包み最悪の連鎖を起こす。……おかげで、食べたばかりの朝食が全て台無しだ。

 

「――げほっ、ごほぉおえっ!!」

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

「なわけないじゃろ! ……水だ、水を用意せい!」

 

 止まらない気持ち悪さを味わう横でエミヤが鞄からミネラルウォーターを取り出し、口内を洗うように促してくる。

 それに従い何度も濯ぐも不快感は抜けずに留まり続け、全身からは尋常じゃない汗が延々と吹き出していた。痙攣も起こり、まるで自分だけ極寒の中にいるようである。

 ……所長のバイタルが危険だという叫びが聞こえるが、そんなことは言われるまでもなく自覚済みだ。

 

「う、あっ……ぐっ」

 

「まだ吐きそう? 背中擦るの止めないほうがいい?」

 

「――おええええええええええっ!!!!」

 

「……続けたほうがいいみたいだね」

 

「お、おねがい」

 

 擦るというより叩くに近い衝撃が襲ってくるが、今はそれが心地良いようにさえ感じた。

 ……暫くして、呼吸も整って自力で立ち上がれるだけの気力を取り戻すと、吐き気止めを服用した後にマイ子が軽率だったと詫びを入れてくる。

 

『……ごめんなさい』

 

「うえっぷ……もう過ぎたことだからいい。……それよりも、お前が言うからには"アレ"はそうで間違いはないんだな?」

 

 見るだけでもぶり返すかもしれないので背を向けて指を差すだけに留めて言うと、彼女は首を縦に振って肯定する。

 

『ええ。……十中八九、あの光の輪は命の輝きが集められて出来たもの。即ち、人類史そのもの(・・・・・・・)と言っても過言ではないでしょうね』

 

『それじゃあ、レフ達は変な言い方だけど純粋に人類を滅ぼそうとしているのではなくて……利用してるってこと!?』

 

 その可能性が高いだろう。皮肉な話だが、霊脈からちまちま回収するよりかは遥かに効率的な方法だ。いかにも性根が腐っているやつの考えそうな手段だと私は思う。

 

「……完全に聖杯戦争の酷い応用じゃねえか」

 

「一体何がしたいんだろうね、人の命使ってまで」

 

 皆が毒づくのも無理はなかった。許せない、その一言に全員の思いは集約され纏まっていた。

 されど、この煮え切らない思いは今はぶつけようがなく燻ったままである。発散しなければどうにかなってしまいそうだ。

 

「で、どうするよこれから」

 

「さっさとレフと不愉快な仲間達を殴ってやりたいところだけど、まずは取り決め通りに情報収集だ。……ロマニ、現在地の座標は」

 

『ドンレミの村の外れだね。多少距離はあるがすぐ着けるだろう』

 

 だったら決まりだ。エミヤにシルバを付けて別行動を取らせ、私達はドンレミに向かう。

 既に敵の手に堕ちているかもしれないことを視野に入れて慎重に近づくとしよう。身分を尋ねられたら異変の噂を嗅ぎ付けた旅人だと名乗ってやり過ごす、以上!

 

「では、くれぐれも無理しないようにな」

 

「何かあったらすぐ連絡よこせよー!」

 

 二人は草原を駆け抜けて、狙撃が行いやすいポイントへと向かって瞬く間に去っていった。

 ――さてと、病み上がりだけどこちらも出発だ。時間をとらせた分を取り戻すぞー……ってあれ、いきなりエミヤから念話が来やがったよ。……なに、緊急事態?

 

 

 

『マスター、村から一人負傷兵がそちらに接近中だ……錯乱している様子が見られる、接触には注意しろ』

 

「えっ!?」

 

『恐らく村が既に襲撃を受けていると思われる。予定を変更してこちらが先行して確認を行うが……問題ないな?』

 

「わかった、頼んだよ」

 

 

 

 連絡の内容を四人に共有していると、そのタイミングで件の負傷兵の姿が現れた。……武装はしていないようだから命辛辛逃げてきたと思っていいだろう。傷については額と腕に切り傷とかすり傷がある程度である。

 警戒させないために走りながら覚えていたフランス語で大丈夫かと急ぎ問いかける。それに対し、フランス兵とされる兵士は酷く怯えた様子で反応をし、逃げろと頻りに呼びかけてきた。いいから落ち着けのチョップ!

 

「――何があった(威圧)?」

 

「ひっ――あ、化物が来たんだっ! か、か、顔にうようよしたのが生えた化物が大量にっ!! 皆殺されちまう!!」

 

「化物だと? ……一つ聞くが、そいつの色は何色だった?」

 

「……え、ああ、緑だったよ!! あと馬鹿みたいにでけえし、空も飛ぶし、全然刃が立たねえんだ!」

 

「不味いな……」

 

 特徴から察するにクトゥルフの落とし子、クトゥルヒあたりの襲撃を受けていると予想するとマシュとノッブ、アストルフォに手当などの面倒を任せて、兄貴に付いてくるよう呼びかける。

 

「神話生物とやらのお出ましか!」

 

「私は交戦したことあるからいいけど、この時代の人間が相手をするには荷が重すぎる! ただの剣や弓矢じゃびくともしないぞあいつら!」

 

「ハッ、ならよぉ……槍で刺し穿つまでだぜ!!」

 

 威勢よく村の入り口を潜り抜けた私達は、出迎えに現れた一体に対して歓迎の感謝を表す一撃をお見舞いしにかかった。

 腰のホルダーから長いバールのようなものを二つ取り出して連結し、その両端に炎を纏わせて振り回すと私は通り過ぎざまにクトゥルヒの右の片翼と片腕を連続で薙いでみせる。

 

「――熱い歓迎、ありがとさんってな!」

 

「派手にやるじゃねえか!」

 

 負けじと兄貴も全身をバネにして飛び上がり負傷中の落とし子の直上に躍り出ると、串刺しという言葉を体現するようにして脳天から心臓へ目掛けて槍を真っ直ぐに突き刺した。……そのまま個体は動かなくなり、塵が巻き上げられるように姿が掻き消される。

 

「オリジナルにしては呆気ない……使役しやすいようにダウングレードしているのか?」

 

「なんつーか、出来の悪いのを相手しているみてえだったな」

 

 でも、一般人にとっては畏怖すべき存在であることは変わりない。それに数がいるとなると、図体がデカイ分こちらを疲弊させるにはもってこいだ……油断しないようにしなくては。

 戦った感触を確かめていると、村の中央の方で轟音が鳴り響いているのが聞こえる。……先に着いていたエミヤが戦っていると思われるので、そちらの援護に回るとしよう。

 向かう途中で邪魔をしてきた別の落とし子を踏み台に、私と兄貴は屋根を伝って広場の教会前へと転がり込む。そこではちょうどエミヤが五体を相手取って戦っており、翼を広げるが如く干将莫耶を展開し見惚れるような舞を見せていた。それに付き合うように鉤爪を両手に装備したシルバの姿もあり、目にも留まらぬ速さですばしっこく動いている。

 

「無事か、二人共!!」

 

「……マスターか! 他はあらかた片付けた――後はこいつらだけだ!」

 

「教会に避難した人がいるッ! 近づけさせんな!」

 

「応ッ!」

 

 先行していただけのことはあり数を減らしてはくれていたみたいだった。……そういや、シルバも交戦経験はあったからエミヤにノウハウを教えることが出来たんだったな。

 要望に応え、教会に近づきそうな敵から葬ることにすると、バールのようなもののをしまい込んで新たに持ち運びに大変便利な折りたたみ式の小型チェーンソーをバックより取り出す。

 

「復刻・口にするのも憚られる対艦チェーンソー、ライト版!!!」

 

「一回目はいつだよ」

 

「知らんッ!」

 

 空飛ぶサメだってイチコロなブツを振り回した私は、配管工的アクションよろしく近くの住宅の外壁を蹴ることで加速を付け一直線にクトゥルヒの頭部を抉った。

 その衝撃で大量の体液が撒き散らされるが、私は構うことなく力を込めて振り下ろしじわじわと両断を加速させる。……わぁい、スプラッタだ。ぐへへへへへ!

 

「……ヒャッハー!!」

 

「人類最後のマスターとは思えねえ狂気っぷりだな、おい」

 

 憂さ晴らしでちょいとテンションが高ぶっているだけだから大目に見てね。……っと、オーバーキルしている間に残敵の掃討も終わりそうな様子だ。

 それとよく見たら、最後の一体だけ自分ボスですよと主張するように他の個体よりも巨大であり、口元が刺々しい触手となって溶解液を吐き出していた。運悪くその下に居た兵士の死体は、汚いそれを受けて骨が剥き出した状態になる。

 

「うわぁ、触れたくねー……」

 

「アレは知ってるやつか?」

 

「いやまあそうだけど、口のあたりが記憶にない弄り方されてるっぽい。……機動力も結構あるし撒き散らされたら困るな」

 

「……早いところ転ばせたほうが良さそうだ」

 

 エミヤに注意をそらしてもらっているその隙に、後ろに回り込んだ私達は得物を荒ぶらせ一気に畳み掛ける。

 一閃、また一閃と入れ替わって攻撃を加えていくが……この個体、見かけだけじゃなくて装甲も段違いのようで傷を一つつけるだけでも一苦労だ。チェーンソーですら皮を削る程度しか役目を果たさない。

 ――ならばと距離を取り、スピリタスを使って作成した火炎瓶を投擲し奴の背中と片翼に燃え滾る炎を点火した。意図を理解した兄貴もルーン魔術で放火活動を行い、熱と火力を上げていく。

 

「ここで衣をつけて狐色になるまで―――」

 

「揚げんなよ」

 

 というか、揚げるなら順序間違ってんじゃねーか……などとツッコミを入れながら再び接近を行い、延焼中の翼を眺める。よし、良い感じに焼けて柔らかくなったな。美味そう……ではない。

 

「仕上げだ! エミヤっ!」

 

「――せいあッ!!」

 

 牽制役をバトンタッチし、切り込み役となったエミヤが二刀を一刀のように合わせ、宙返りによる回転エネルギーを付与し……斬る。

 会心の一撃は目標であった翼をばっさりと切断し、引力に従って落ちるなかで断面を一瞬こちらに晒すとこれまで見てきたように消滅した。これで空で暴れられることもあるまい。あとは―――

 

「――転ばせるだけだねっ!」

 

「アストルフォ!?」

 

 時間を開けて追いついてきたと思われる彼が指示したわけでもなく横から飛び出て突撃すると、槍を突き出してクトゥルヒの足を狙った。

 ……瞬間、飛べないことを割り切って地に構えていた相手の足が転ばされよろけてしまうと、うつ伏せになって地面を重々しく揺らした。驚きはしたが、今が仕掛け時である。

 

「先輩、伏せてください!」

 

「一斉攻撃じゃ、放てぇ!!!」

 

 さあフルボッコタイムと洒落込もうとした時、マシュの声が聞こえ咄嗟にシルバの首根っこを掴み身を屈める。

 兄貴達も何事かと顔を歪めて私達に習うように回避行動をとると、ギリギリ寸前のところで濃厚な弾幕が飛んできた。アストルフォはどっか行ったけど多分無事だろう。

 ――そして、寝転がり続けること早何分。ようやく砲撃音が終わって静まり返った空気と火薬臭が鼻腔を直撃すると、大型落とし子の亜種は村から取り除かれ、襲撃の爪痕のみが痛々しく残っていた。

 

「終わったのか?」

 

「残存、または逃亡したエネミーは居ないようです……お疲れ様でした」

 

 もう一回遊べるよんと現れたりはしなかったようで、本当の意味でこれで横になることが出来る。

 だがしかし、死体だらけの場所でそうするわけにも行かないので腰を上げると守り通した教会に目を向けた。……生存者という名の住人がいると聞いていたが、話を聞ける状態にあるだろうか。

 僅かに心配していると、手当を任せてそれっきり放置していた兵士が皆の前に進み出てきた。

 

「凄えよ……あんた達。化け物どもを倒しちまった……」

 

「ああ、さっきの兵士君。……見ての通り、村は滅茶苦茶だが守れるものは守れたぞ」

 

「……あ、ありがとう。何とお礼をしたらいいものか―――」

 

「そういうのは結構。……それよりも、落ち着ける場所で何が起こっているのかを把握したい。しがない旅の武芸者なんでね。村の責任者的立場にいる人は生き残っていないかな?」

 

 この流れなら行けると信じて尋ねてみたところ、それなら避難を誘導して自らも教会に立て籠もっている神父様なら詳しく知っているとフランス兵は返してきた。どのみち教会に入る以外に選択肢はなかったようである。

 

「なら、会わせてくれ」

 

 そう言って頼み込むと、助けたこともあって快く了承してもらえたので、再襲撃に一応備えて見張りをエミヤにお願いしておく。

 そうして、合図とされるノック音をフランス兵にして貰った私達は――開かれた扉の中へ静かに足を踏み入れた。




はい、そんなわけで本来この時点で気付かないはずの事実に早くも主人公たちは気づいてしまいました。そりゃあキレるし吐きます。おろろろろろ(ry

また、試験量産型の使い魔と化した神話生物が来襲しましたがそのせいで、教会以外はドンレミの村はほぼ壊滅状態です。つまり(ry

※最後の口元がおかしい個体は強化型と思ってください。

そして次回、兵士に導かれるまま神父と邂逅した立香はこの時代で起きている異常について知ることになります。

お楽しみに。



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人のドラゴンでステーキが食べたい!

少し間を置きましたが更新です。
勤務先の環境に慣れたり、イベント走るのに忙しかったです。
水着勢ですが何とかコンプしました。

特異点ピックアップは第五特異点で見事に爆死です。(アニバーサリー礼装凸ったんで少し許すけどエジソンき過ぎぃ……

そんなわけでどうぞ。


 導かれるままに教会内へと入った私達を待っていたのは、僅かな灯りのみが周囲を照らす無人の空間だった。

 一瞬、避難した住民は何処だという疑問が過ぎったが、フランス兵が尋ねるまでもなく地下の部屋にいると教えてくれると中央横の物置部屋へと入り、カモフラージュが施された下に続く階段を降りる。

 そこでようやく他の人間の気配が感じ取れるようになり安堵すると、近づいてきた兵士の同僚らしき人物に軽く事情を説明しつつ頭を下げて警戒心を解き、そのまま廊下の奥に位置する部屋の前まで一行は何事もなく辿り着いた。

 その流れで、誘導してくれた兵士に神父様とやらに取り次いでもらえるか先に入って確かめてもらう。……そうして、束の間だが交渉が完了し面会が可能になるまで暇になった私達は、とりあえずということで状況の整理を行った。

 

「……にして、どう思うこの状況を」

 

「思っていた以上に特異点が引っ掻き回されてそうだ、っていうのが率直な感想かな……まさかのっけからの敵が開幕神話生物とは思わなんだ」

 

「敵さんもそれだけ必死ってことだろ。けど、彼奴等に加えて他のサーヴァントの連中を相手することになると……ちとやべえかもな」

 

 ただでさえ図体がデカイ上に連中は空中戦も出来るので、複数体に出くわせばそれだけ戦闘の場の面積は取られこちらの動きが制限される事になる。

 場合によっては、数の暴力によって迫られ逃げる隙間もない事態に陥ることもあり得るだろう。そうなれば負傷覚悟でダイナミックにフィリピン爆竹をぶちまけなければならないやもしれない。

 

「警戒すべきはあのデカブツを大量に投入され、儂らが疲弊しているところを畳み掛けられることよな。……早いところ、敵軍の情報が欲しいものよのう」

 

「いつの時代も優先すべきは高度な情報戦か。遅れてきた分後手に回るのは仕方がないことだけど、どう巻き返したものやらね」

 

「此処の神父の方との接触が、その足がかりになればよいのですが――」

 

 マシュの言う通り、今は少しでも劣勢を巻き返すための何かが欲しいところだ。

 些細な事でも良いので今のフランスの内情を聞けるだけ聞き出さないと、何を目指し何と戦えばいいのかも明確に定まらない。

 ……関係ないけど、そういえばアストルフォは何処へ行ったんだろ。戦闘に乱入してきてから姿を見てないけど、エミヤの方にいるのかな。確認してみよう、おーい。

 

『エミヤ、そっちは大丈夫そう?』

 

『……今のところは再襲撃の兆候はなさそうだな。あと、アストルフォだが先程戻ってきてこちらにいる』

 

『ああ、やっぱり。……もう、一体何処行ってたのさ、こんな時に。何か珍しいものでもあったの?』

 

 珍しいものイコール神話生物だったとしたら困り物だが、エミヤがないと断言しているので要らぬ警戒はしないでおく。

 すると、理性蒸発系ボーイの彼は小さく考え込むように唸ると、自分でもよくわかっていないと答えてこちらをズッコケさせつつ気がかりなことを述べた。

 

『んーと、懐かしいような、因縁を感じるような……でも会ったら指差して笑ってしまいそうな、そんな変な気配を感じたんだよ。すぐに消えちゃったけどね』

 

『もしかして知り合いでも召喚されて近くに居たのかな? さっきの今だから自然と関与していたのかと疑わしくはなってしまうけど』

 

『そんな感じの雰囲気は感じなかったけどなー……ホントに様子を見に来ただけーってみたいにボクは思ったよ?』

 

 ……ふーん、やっぱりよくわからないが気にはある程度留めておくことにしようか。もし味方になりそうなら儲けものというぐらいに。

 遅れ気味の点呼もとい安否確認を済ませていると、そこでようやくアポを取ってくれていたフランス兵が部屋の外に出てきた。

 すぐさま面会が可能か確かめたところ、問題ないとのことで私達はぞろぞろと雪崩れ込む勢いで室内に立ち入る。

 ――すると、小さな火の灯りが複数置かれることでまともな光量を獲得している書斎めいた部屋の中に、初老のそこそこ鍛えていそうな細身の神父が机の上で手を組んで待っていた。

 イメージ的には秘密組織の司令……とはいかないものの参謀的立場にいるような人物、という印象を何となくだが抱く。どう話しかけたら良いのやらと迷っていると、先手を取られて神父側から淡々とした言葉がこちらに飛んできた。

 

「……待っていたぞ、藤丸立香。いや、今は人類最後の魔術師、カルデアのマスターだったか?」

 

「なっ……私を知っている、だって……!?」

 

「それだけじゃありません! 何処から来たのかも話していませんのに、カルデアから来たことが既に知られています!」

 

 身構えていたとはいえ思わぬ事態に一気に警戒心が高まり、自分達は選択をファンブって序盤から地雷を踏んだのかと焦り額に汗を垂らす。同時に、ハンドサインでノッブに出口の確保を依頼しゆっくりと移動してもらうと。ドアをぶち破ってでも逃げる準備を突貫で整える。

 対し、神父はというと何を考えているかもわからない表情のまま瞳を一旦閉じて息をつき、そう露骨に距離を置かんでもいいと言って積み重なっている紙の束や小物の影から何かを掴むと、私に見えるようにコトリと前方に場所を移した。

 

「私が何者か気になっていることだろうが……これで納得してくれるかね?」

 

「それは―――」

 

 視界に入るように置かれたそれは、百年戦争が起きたこの時代に不釣合いな形状と技術、意匠が施された銃のようなもので……微妙にデザインは異なりカスタマイズがなされているも何処か見覚えがある代物だった。

 ――否、見覚えがあるというレベルではない。外見はどうあれ、その大元となったアイテムの存在を自分は間違いなく知っていた。忘れるはずもなかった。

 であるからして、マイノグーラからの情報と紡ぎ合わせると、神父のその正体を言い当ててみせる。

 

「まさか、イス人なのか?」

 

「ご名答。……直接の面識はないが、君の噂はかねがね聞いているよ」

 

「――へえ、そいつは結構なことだね。ちなみに、噂ってのは誰経由で入ってきたのかな?」

 

 イス人だから味方と判断するのも早計が故、返答に困るであろう難しい問いを試しに投げかける。……これで、曖昧に濁すのであれば信頼度はマイナスに少々傾くがどう返してくるか。下手に考え込まず、素直に答えてくれればいいのよ?

 

「ふむ、それならこう答えよう。日本科学技術大学の理工学部の『教授』と、私が未来のこの教会で身体を借りていた神父の下で見習いシスターをしていた少女から君の活躍を聞いた」

 

 理工学部の『教授』に、フランスのシスターの少女……だって?

 ……うぉーい、どストレートに知り合いだとわかるし……噂じゃなくてちゃんと口伝えに聞いてんじゃねえか!!! 特に『教授』はある意味アンタのお仲間なんですがね!! 頭脳派じゃなくて肉体派だけど!!

 信頼できるような証拠を示せとは言ったけど直球過ぎてなんだか引いてしまうわ。いや、自分から話し振っといて何様のつもりだって話だが、正直もうちょいぼかすかと思っていました。イス人同士の飲み会の席で聞いたとかその程度にな!

 

「つうか、よりにもよってレティシアがシスターやってる先の神父かよアンタ」

 

「ああ。驚いたかね? 彼女は喜々として君に旅行先で助けられたことを語ってくれたぞ」

 

 レティシアというのは聞いての通り、私と面識のあるフランス人のシスターの名だ。

 彼女との出会いは確か彼女が、日本への観光で島原を訪れていた時だったか。地の利がわからず迷っているところを、別件の用事を終えて彷徨いていた私が案内してあげたのはよく覚えている。

 それから例の如くまた妙なトラブルに巻き込まれたのはお約束だが、いつもと違ってひたすら逃亡劇を繰り広げていただけだった気がした。

 後からわかったことだが、どうも追ってきた連中は彼女が偶然拾った某一族の家紋入りのアイテムを狙っていたようである。……勿論、渡すことなんかせず然るべきところに届けてトンズラこいたけどね。

 

「……彼女は元気かと聞きたいところだけどまあ、今の状況じゃわかりきったことか」

 

「聞くのも野暮な話じゃな。――それで、此奴は味方ということでいいのか、立香よ?」

 

「それこそ野暮な話だと言いたいげな目線を向けてきてるし、害はないということで味方と判断してもいいんじゃないかな。……但し、そうであるならそれで何かもたらしてくれないと困るけど」

 

 チラチラと視線を投げ返す私は、時は一刻を争うとして神父に情報提供を要求した。……出会ってすぐ「待っていた」と言ったからにはさぞかし有力な情報を抱えていることだろう。でなければここに来た意味がなく時間をロスしたことになる。

 

「元よりそのつもりだとも。……ひとまず長話になることは免れんのでな、腰掛けるといい」

 

「それではお言葉に甘えて……」

 

 マシュが率先してその辺にあった椅子を人数分調達し、一同はやっと落ち着くことが出来る機会を得る。約2名ほどそうじゃないが後できちんと休む時間は作ってあげよう。

 ということで、今後の行動方針を示すための生存戦略ぅ、始まりますよっと。んでもって、今ならカルデアに繋いでも問題なさそうなので回線を開き会話に参加してもらう。

 

「それで、何が聞きたいのかね? 言っておくが提供できる情報にも限度があるのでな」

 

「……収集がまともに出来る程の状況ではないということか?」

 

「そうだな。要請に応じてこの地に来てみたはいいが、時代がこうも違うと集めるに集めれん。加えて、情報を得るがために死と隣り合わせになりながら人から人へと乗り移っていては私の精神が持たんよ」

 

「そうかい……なら、その上での質問だ。――この特異点の発生の原因は、黒幕は一体誰だかわかるか?」

 

 単刀直入にズバリと私は本題に切り込む。これがわからないとなればそれを探るまでの労力が必要となるが、そのせいで特異点修正のタイムリミットをオーバーしちゃいましたーなんて事になったら本当にどうしようもない。

 ぶっちゃけ、楽できるところは楽したいというのが心からの本音だ。何事も効率よく進めなきゃ疲れるに疲れるだけになりストレスが溜まるだけになる。それに誰だって、常日頃から激しい勢力争いの図に巻き込まれるロボモノ主人公の終盤の形相みたいにはなりたくないでしょ。

 

「ふむ、黒幕か……きちんとした説明を先にしたいところだがご希望の通り、結論の方から述べよう。この異常なフランスの状況を作り出しているのは―――昨日、処刑されたばかりのジャンヌ・ダルク……その人だ」

 

「なっ……」

 

『ちょ、ちょっと待ちなさいよ。処刑されたばかりってことは死んだのを誰もが見届けているってことよね? なのにその言い方だと……』

 

「まるで蘇ったかのような感じだな。処刑方法は火炙りだった筈だから不死鳥の如く復活でも遂げたってことかね?」

 

 んなわけないことはわかっている。でも、聖杯なんて存在を知らなければ大抵はそのように勘違いしてしまうことだろう。この時代ならキリスト教の影響が強いがために、主の加護を受けたということで片付けられてしまいそうな気もする。逆に言えば―――

 

『聖杯か……聖杯によって処刑されたジャンヌ・ダルクは蘇らされた、もしくは事前に不死状態になっていたという事になるだろうね』

 

「……概ね正解だ。しかし、そのジャンヌ・ダルクが蘇った直後に行った行動は一つ。処刑した恨みを晴らさんとばかりにシャルル7世とピエール・コーションを殺害したそうだ」

 

「成程、そうなれば人理が揺らぐのも当然の帰結か。……でも、それだけじゃ済まなかったんだろう?」

 

 二人を始末したところで収まらなかった結果がこの村が襲われる要因になっていると考えると筋が通る。

 神父はその予想を事実だと肯定し、現にこの村以外も壊滅的被害を受けていて窮地に何処も陥っていると語った。

 

「蘇った彼女は竜の魔女を自称し、その名の通りに竜種を従え各地を襲撃している。その中に君達が撃退した落し子達も含まれているのは語るまでもないがな」

 

「竜種ってのは所謂ドラゴンって奴か? あの火を噴いたりするやつ?」

 

「……そうだ。よって、制空権は彼女によって既に掌握されていると言っても過言ではない」

 

 この時代の装備で対空戦を挑もうなど自殺行為も甚だしいことだ。……あーもう、益々私らが何とかしないといけない羽目になろうとしているな。

 

「そこにさらにサーヴァントもいるんだろう。そいつ等に関する情報はねぇのか?」

 

「素性や正体までは特定できんよ、面と向かって相対したわけではないからな。だが、少なくとも目撃情報では少なくとも4体は配下にいるとして確認されている。出てこないだけでそれ以上いる可能性は十分にありえるがな」

 

「――という事はエミヤが言ってた通り、一勢力にサーヴァントが固まっているわけになるか。そうなると、相対する勢力が生まれても何ら不思議ではないらしいけどそっちはどうなんだ?」

 

「それは私も初耳だ。……が、まとまった勢力ではなく個別にであるのなら召喚されている節がある。何でも、竜種を撃退する力を有した騎士が2名ほどいると目撃情報がある」

 

『竜種を撃退……そうか竜殺しか! ジャンヌ・ダルクが竜を従えている事に対するカウンターとして多分召喚されたんだね!』

 

 その話が本当なら連中も早めに始末しようと動くだろう。もしかすると、今この瞬間にもということもあるかもしれない。

 ……完全に出遅れているな。遅れてるからこそ特異点は発生したのだということは重々理解しているが、こうも後手に回らされていては自然と焦るというものだ。

 

「カウンターで呼ばれたサーヴァントは、群れてないのなら必然的に勧誘してこちらに引き込むとしてだ……問題はまだあるんだろう?」

 

「ああ、残念な事にな。実は先にこの事を話すべきだったのだが最初から混乱させるのも悪いと思ったのでな」

 

 意味深な素振りを見せる神父に怪訝な目を向けると、彼はこちらの度肝を抜く様なことを平然と言ってのける。

 

 

 

「ジャンヌ・ダルクだが蘇り暴虐を行っている方とは別に、兵士を庇い守ったというジャンヌ(・・・・・・・・・・・・・・)がもう一人居るとの証言がある」

 

「……え?」

 

 

 

 ――つまり何だ、この時代には死んだはずのジャンヌが善と悪に分かれるように二人も存在しているという事になるのか。何それ怖い。

 今のタイミングで話してもかなり衝撃的だが、冒頭で話していたらもっと頭の上にクエッションマークを浮かべていたことだろうと思う。

 

「英霊としてのジャンヌもまたカウンターとして呼ばれている、ってことでいいのか」

 

「狙われるとしたら最優先で狙われるだろうなー……」

 

「そもそも、もう交戦しとったとしたら襲撃はそのジャンヌという奴を炙り出すもしくは誘い出す意味もあるやもしれん」

 

 そこの詳しい時系列やタイミングに関しては直接本人に聞かなければ判明しないだろう。

 ……話をまとめると、カウンター召喚されたサーヴァントを探して三千里しながら、敵側のジャンヌとその手下達を倒して聖杯というお宝をGETしてくればいいのね。

 何だか王道RPGみたいな展開だが、シンプルでわかりやすければその方がやりやすいというものだ。

 

「気をつけたいのは合流前に敵のジャンヌ達に出くわすことと、それから――」

 

『はぐれだと思っていたサーヴァントが敵の手先だった、なんて事だね。区別についてはカルデアの解析技術を持っても難しい。精々わかってそのサーヴァントの属性ぐらいだが、それだけで敵味方を分けるのは止めておいたほうがいい』

 

 史実や言い伝えでどう語られていようが丸々参考にせず、直接会って己の目で本質を見極めろって事か。こりゃ自分の力量も同時に試されているようで難題だな。しくじったら殺されかねない。

 

「ま、お主なら大丈夫じゃろ! 謙遜せずはっきりと物申すタイプじゃから腹に一物抱えている奴よりよく思われるじゃろうな!」

 

「なーに、やり取りでミスったとしてもだオレらがフォローしてやるから安心しな。だろ、盾の嬢ちゃん?」

 

「は、はい、精一杯カバーさせていただきますので、先輩はどんと構えていてくださいっ!」

 

「お、おう……」

 

 青春マンガにありがちな空気になり、場も暖められたわけであるがこれからが大変だ。

 大雑把な方針は出来上がっても次に何処へ向かえばいいのかそれが定まらない。ジャンヌ探すにしたって手当り次第探していたら時間の浪費だ。何か手がかりはないのやら。

 

「ならば、ヴォークルールへ行くといい。彼処であれば彼女が向かう理由が少なからずある」

 

「ジャン・ド・メスとベルトラン・ド・プーランジか……この時期に存命か否かは知らないが一応目指す理由にはなるか」

 

「……博識だな」

 

「映画や文献で紹介されていた程度にしか知識にないよ。……今日はもう日も暮れているし、一旦休んで明朝に出発するということでいいか?」

 

 反対するものはおらず全員一致で休息を取ることに専念することが決まると、神父に空き部屋を用意してもらい外に出て移動をする。

 タイミングもいいのでエミヤ達に戻ってきてもらい、目的地が決まったことを共有した私は一日の記録をレポートに纏め上げ早めに床へとついた。無論、有事に備えて感知用の仕掛けは忘れぬよう教会の内外に施しておく。

 

 ――その甲斐あってか再び目を覚ますまでの間に被害を受けることはなく、気分が悪いのを押し殺していた体も快調に戻っていた。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、太陽の日差しが出始めた頃、簡単に手持ちの食料で朝食を済ませた私はイス人がインストールされた神父に別れを告げ、ドンレミの村を速やかに後にすることにして位置的にパリがある方面へ向けて早足で歩を進めていた。

 また、当初の予定通りに今度こそ班分けをしてエミヤとシルバに別ルートから同じ目的地を目指してもらうと途中に戦いの爪痕が幾つも目に映り、つい最近の間にこの地でも戦いがあったことが窺い知れた。微かに漂う血の生臭い匂いが緊張感を無駄に煽る。

 

「……文字通りの壊滅状態みたいで幸先が思いやられるなぁ」

 

『しっかりしなさいよ、貴女の調子次第で戦局は左右されてしまうんだから』

 

 へいへーい、わかってますよーっと曖昧な返事をして一度通信を切る。

 ……って、飯食ったばかりなのにもう腹の虫が鳴いてるよ。エミヤの反対を押し切って食べやすいブロック食品で済ませたけど、やっぱあの程度じゃ体は物足りんかったか。

 

「あー、さっさと特異点修復して焼肉食べたい。ていうか今食べたい。ドラゴンの肉って美味いのかなー」

 

「さ、さあどうなんでしょうか。皆さんは食べたことは……」

 

「ねえな」「ないよー!」「儂も食べてみたい!」

 

 揃いも揃って未経験で余計に期待が高まる。私、某ファンタジー小説で傷癒やすのに使われたぐらいにしか知識ないのよね。ほんまマンガ肉とかってどんな味するのか気になって仕方がないよ。

 

『というわけで、機会があったら調理のほどよろしくお願いしますわ』

 

『何だ唐突に!? 私だって食べたこともなければ捌いたこともないぞ!?』

 

『そこはフィーリングで勝負っすよ。美味かったらカルデアの貴重な食料にもなるし、レパートリーも増える』

 

『……言い出しっぺなのだから手伝ってはもらうぞ?』

 

『任せろい、そのぐらいお安い御用さ』

 

 何せ私はヌシと呼ばれた大魚を釣ったと同時に三枚卸しにしちまう女なんだぜ、と女子力でなく野武士力をアピールしていく。

 何故にそんなことをしているんだという声が聞こえるが、そりゃ引き上げた途端に鋭利な角みたいなのが刺さらんと迫ってきたらカウンターかましたくなるでしょうが。……あ、別に釣ったときに特に事件に巻き込まれたりはしてないから完全に趣味を満喫しただけだよ。

 

「釣りはいいよなぁ、久しぶりにやりてぇもんだ」

 

「やったことあんの兄貴」

 

「……あー、あるみてえだな。ぼんやりとだが魚屋でバイトしてたような記憶もあんな」

 

「こわっ」

 

 どんな過程を辿ればそんな経験をするに至るのか小一時間問い詰めたいところである。――えっ、エミヤもフィィィィイッシュ!って連呼して釣り上げてた? ……あんたら何してんのホンマ。

 平行世界の聖杯戦争の平和なカオスっぷりに、どうしたらそれが酷くなってさらに全世界規模の歴史さえも左右する事態になるのと白目をひん剥く。

 騒動の中心にいる奴が巫山戯ているかいないかで聖杯戦争の趣旨が決まるのなら、全ての黒幕は完全シリアス路線を突っ走ってやがるな。だったら、それに付き合いつつも時折巫山戯させてもらおう。ギャグ補正で差をつけるんだ(暴論)!

 

「――儂知っとる、ギャグ漫画じゃと話の区切れ目に急所狙われても、次の話では何か軌道ズレてて割りかし無事だったりするアレ!」

 

「意外と凄いんだよねあの補正……マジレスすると、要するに自分のペースに引き込んだ者勝ちっていうのが結局のところ戦いの真理なわけよ」

 

「それは言えてるな」

 

 自分の姿勢を崩さないってことは相手の物言いや行動に圧倒されないってことだからね。マシュも我を強く持ってどんと身構えていこうな。ガッツがあるのは兄貴お墨付きだし。

 

「はいっ!」

 

「良い返事だ。その調子その調子」

 

 ……さて、朝のジョギングのノリで駆け抜けてはみたが、もうちょい頑張ればそろそろ見えてきそうな感じだろうか。

 砦が目印になるとか出発前に言われたような気がしたが、襲撃をもう受けていて『砦だった何か』になっていたとしたらどうしましょうかね。

 まず野宿は確定するとして、身を隠せる場所を探さないとな……例えば森とか。幸い、遠目からでも結構生い茂っていて隠れやすそうなポイントは見つかったけども、敵のテリトリーだったりする危険性も考慮にいれないとアカンな。やることなすこといちいち頭働かせてやんないといけないのマジしんどいっすわー。

 

「……ああ、そうそう。言い忘れてたけどさ、万が一の時の逃走手段にフォードも持ってきてあるけど、それも駄目なら最悪敵の制空権であろうと空を突っ切るから覚悟しておいてね」

 

「えっ、空ですか……? まさかアストルフォさんのヒポグリフ……」

 

「いやいや、流石に全員は乗せられないよ~。命綱垂らしてならギリギリかもだけどバビュっと飛べなくなっちゃうよ」

 

 そんなことは承知済みだ。だから、移動に用いるのはサイズ的にも無理があるアストルフォのヒポグリフではない。

 暴れ馬のような奴で見た目怖いかもだが移動手段としてもってこいのを実は用意しているのさ。シャンタク鳥って言うんですけどね。

 

「例の如く神話生物だったりする」

 

「デスヨネー……じゃが、呼ぶからにはきちんと飼い慣らしてはおるんじゃろうな?」

 

「そりゃもう当たり前ですよ。ビジュアル映えこそしない奴だが知能は高いしこちらの言うことは大体理解してくれる。……その気になれば、宇宙空間にだって行ける凄い奴だよ」

 

「――宇宙ゥ!?」

 

 まあ何の備えもなしに行ったら到達した時点で私ら即死するのは言わずもがなだがな。いや、その前に酸欠になってくたばる未来しか予想できないわ。……ワープで行けば問題ない? 問題大ありだわ。

 

「じゃあ、月にも行けるの?」

 

「色んな障害をブレイク・スルーできる備えさえしていれば行けるんじゃないかな……てか、アストルフォ――君って月まで旅行しに行ったんだっけか」

 

「うん、そうだよー♪」

 

 ヒポグリフも大概やべえな。あと、宇宙服もない時代に生身で月に行こうとするとか怖いよ。魔術的な処理を施して行ったのであれば、それこそ魔術ってそんなことも出来るのかって唖然となるわ。

 そう言っている私も外から地球が一望できる謎空間……月らしきところに拉致られたことあるんですけどね。あの時は、わーい宇宙だーとは素直に喜んでいられなかったよ。ムーンビースト共大量におったしな。んで、脱出できたと思ったら今度は影の国ですしおすし。

 

「他の巻き込まれた連中は元の世界にそんな日も経たないうちに帰れたのに、私だけ月単位ですよ。酷くないですか」

 

「……ひでえなおい」

 

「おかげで帰ってきたら帰ってきたで家族にも知り合いにも上手い言い訳せなあかんかったし、時期が時期で補習に参加させられるでもうてんやわんやだったよ」

 

 あの頃ほど得たものと引き換えに失ったものというか後回しにされたものが多かった時はないと、開いていない通信の彼方にいる師匠へと恨みを募らせる。

 稽古つけてくれたことには感謝はしてるけど、修行と称して従者紛いのことをさせるわ、疲れ果てた寝込みを度々襲ってきたのは万が一記憶喪失になろうとも絶対に忘れない。あとケルトのタイツみたいな戦闘服をお土産に持たせてくれたけど、一体何処で使えば良いねん……ははーん、人理が焼却されてる今ってか。やかましいわ!

 

「着るのは止めとけ、師匠が伝染るぞ」

 

「――ほう、言ったな。戻り次第、儂の部屋に来い。みっちり扱いてやるぞ、セタンタ(声真似)」

 

「……本人かと一瞬ビビったから止めてくんねえかな!?」

 

「是非もないよネ!」

 

「くっそ似とるなお主!?」

 

 宴会芸御用達の声真似を披露したところで、タイミングを狙い澄ましたかのように通信が本当に入る。やべえ、本人ご登場か……と身構えていると普通にロマニがモニターに投影された。

 鬼気迫る表情からして他愛のない会話に混じりに来たわけではなさそうである。だとすると―――

 

「何かあった?」

 

『指示を受けたポイントを目指している途中で悪いけど、悪い知らせだ。ヴォークルール周辺をモニタリング中に魔力反応が複数現れた』

 

「類似パターンと数は!?」

 

『提供された神話生物のデータとは異なるパターンだ。数は最低でも5体……動きの速さからして恐らく噂の―――』

 

「……ドラゴンの群れか!」

 

 直ちにエミヤとも連絡を取り、情報にズレがないかを確かめる。

 ……が、報告内容に寸分の狂いはなく、目指していた砦は半壊している上に今度こそ陥落しそうになっていることが明らかとなった。

 話を聞きながら高速移動をしていると視線の先に黒煙が噴き出しているのが確認でき、視認した直後に大爆発を引き起こして砦の壁の中央に修復が不可能なレベルの大穴を開く。

 その衝撃に慌てふためき怯える兵士の姿があちこちで動き回るのがこちらからでも見て取れる。中には瓦礫に埋もれた者もいるようであった。

 

「――周辺にサーヴァントの反応は?」

 

『現状は確認できない! そっちからはどうだいマシュ?』

 

「……皆さん以外の反応は感じ取れません。なので、少なくとも目指した先で鉢合わせになる可能性はないかと!」

 

 だったら上等、心置き無くドラゴン解体祭り&救助活動だ。人理修復戦隊ゴーカルデアス、出動!! 武装の携帯を許可するッ!

 

「蒸着ッ!」

 

「……それは違うと思うんじゃが!? ともあれ、エンチャントファイアされとるのを黙って見過ごすわけにはいかぬ、者共よ突撃じゃあ!!!」

 

 ノッブの号令を受けて被害を受けている現場へ急行をする。

 そして、敵だと間違われるよりも先にマシュの手を借りて人間砲弾のように跳躍を行い、キミタケブレードを片手に翼を広げてバッサバッサと飛行を続けるドラゴンの一体の前に飛び出る。

 互いに姿が目に入り、脅威だという認識が取り交わされるとドラゴンは今にも火炎を噴き出しそうな体勢となり胸いっぱいに息を吸い込む。……だが遅い、そちらが攻撃を決意した瞬間にはもうこちらの先制攻撃の準備は終わっているのだ。

 私は心の中で詠唱を完了させていた呪文を発動させ、文字通りに息の根を止めに掛かった。

 

 

「――深淵の息。さあ、水のない此処で溺れ死になさい」

 

「■■■■■■■■■――!!???」

 

 

 声にならない叫びとは程遠いが、ドラゴンの気持ち的にはそう表現するのが相応しい断末魔が耳を劈く。

 ……無理もない、何せ今ドラゴンの肺の中は溜め込んだ息以外に海水が大量に混入し、人で言うむせた状態の最上級に悩まされているのだから。

 混乱し吐きそうに叫ぶ以外に行動など取れるはずもなく、次第にドラゴンは翼をはためかせるのをやめて弱々しく地上へと墜ちていく。

 そこに畳み掛けるべく背に飛び乗ると、私は刀を鞘へと一度戻し……回転を付けて横一文字に空間を薙いだ。首は刎ね飛ばされ、残された胴体からは噴水のように海水が混入した血が噴き出す。

 被らないように距離を取った後に近づいてみたが動き出したり再生をする様子はなく、目論見通り即死したようだった。

 

「ほい、これでお肉確保っと」

 

「水の無いところでこの程の水を……信じられん。ならば儂はその逆を行くッ!!」

 

「その構えは――」

 

 種子島を某機動戦士の兵器みたく器用に操っていた炎上系女子は、あろうことか得物を手放して左右の手を何かを掴むかの状態で手首の辺りで重ね合わせる。

 待て待て、そいつは著作権的に不味い……というかなんで知ってるんだ!?

 

 

 

「……今必殺の、ノーブーナーガー、波ッッッ!!!」

 

 

 

 技名とともに彼女の手からは同じ形をした炎の塊が飛び出し、元々弱らせていたらしき一体に向けて進んでいく。

 対象は回避する余裕が無いほど追い詰められ疲弊していたのか大した抵抗もなく直撃を喰らうと、織田家の光る家紋を浮かび上がらせて爆発四散した。

 

「本能寺ィ―――エンドぉ!!」

 

「……本能寺された側が相手を本能寺していくとか新しいな」

 

「死に芸は活かしてなんぼじゃからな!」

 

 死因が弱点になるとか前情報で聞いていたけれど、稀に宝具として昇華することもあり得るのかー。勉強になるなぁ。

 などと適当に関心をしていたのも束の間、残りの個体もキレイにたいらげられて戦利品という名の食料として回収される事となった。座標を通達してクーラーボックスにぶち込んでっと。

 生き残った兵士に何やってんの、そもそもあんたらなんなのと怪訝そうな目で見られるも、通りすがりの武芸者の自警団もとい傭兵ですと受け流しさっさと救助活動に手を貸してあげた。

 ……そのついでに聞き込みも欠かさず行ったところ神父からのタレコミ内容と合致し、追加で蘇ったとされる悪のジャンヌの容姿に関する情報が手に入った。

 

「顔や体格は生前と変わらないが、肌の色は死体見たく白く装いは全身真っ黒と来たか……むむむ」

 

「……既視感のような何かを感じますね」

 

「そうなの?」

 

 上手く説明できないが似たようなものを何処かで見た覚えがあるし、それに関する話も聞いた記憶があるような気がした。ええと、誰から聞いたんだっけ……。

 すぐには思い出すことが出来そうになかったので、次にエミヤ達と合流するまでにどうにかしようと心に決めた私は一先ず目先の問題をどうにかすることにした。

 ――そうです、フラグ回収乙をしてしまった寝泊まりの問題ですよ。多少の被害程度だったら宿を提供してもらえたかもしれないのに、被害をリアルタイムで受けていたとなれば厄介になるのは失礼というより無理な話だ。

 そんなわけで皆さん、野宿確定です。お疲れ様でした。

 

「「えー」」

 

「辛いのは一緒やで……この鬱憤は飲んで食べて忘れよう」

 

「肉も手に入ったことだしな、パーッとやるか……」

 

「そう、ですね……」

 

 そうと決まればシェフを呼ばねば。――おーい、エミヤさんや。戦いには今回加わらずにいたようだけど大丈夫かー?

 てっきり援護射撃ぐらい戦闘中に飛んで来るかと思ったけど、一切来なかったので不思議に思っていたが今回はジャンヌ達の介入を警戒して傍観を貫いたのだろうか。文句は別にないけれどもね。

 ……がしかし、返ってきたのは予想外の内容であり、事態を急激に加速させる理由の一端となって私達の前に現れることとなった。

 

 

 ――そちらの戦闘に介入しようとしたジャンヌ・ダルクを拘束した。すぐにこちらへ来てくれ。

 

 

 現れたのはどちらの方のジャンヌなのか……期待と不安が絡み合うように交錯した気持ちが私達の心を埋め尽くした。




神父がやべーやつと警戒した人すみません、その人ただの情報提供者です。そしてさり気なくアポクリファでその胸で聖女は無理でしょな人に憑依されている子も交流(直流だ!)があったことが暴露。

大学教授はどんと来いのその人だったりするかも。
ただし、肉体を完全に乗っ取られてるわけではなく共存している状態だったりします(どうでもいい

その相棒の人?古武術使える探偵に雇われつつグルメ巡りながら怪事件追ってるってよ。運命に逆らえってなぁ!


……はい、おふざけが過ぎましたね。
そんなわけで次回はジャンヌと合流してステーキ試食会です。つまり死にます。(死なねえよ)

次回もお楽しみに。


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闇堕ちは言うほど簡単じゃない

先日のサーバ障害の詫び石でまさかの水着ネロ宝具5…初めて限定鯖を宝具5にしてしまった(恒常だとセイバーなアルトリアが宝具5だったり

なので、術クッキーをかき集めて現在スキル9/9/9状態です(QP足りない

ボックスガチャイベントお願いだから来てくれー(白目

では、内容としてあまり進んでいませんがどうぞ。


 必要な分の食料を手に入れ、やけくそ気味に野宿を強行することになった私達のところへ飛び込んできたジャンヌ・ダルク確保の一報はある意味で度肝を抜かれた知らせであった。

 ……というのも、行き着く先でほぼ後手に回るのを覚悟していただけに、騒動の中心にいる人物の出現はもう何度か戦闘を挟んだ後になるかと予想していたのだ。一度や二度は入れ違うことぐらいも勿論予め計算のうちに入れていたりしていた。

 しかし、それを裏切る形でエミヤがジャンヌを拘束してしまったので大きく軌道修正を余儀無くされる。まあ、事態が好転して動いているなら別に構わないのであるが、そうは問屋が卸さないのがいつもの流れだ。

 そんなわけで、悪い方のジャンヌちゃんが神話生物に嫌気をさして逃げ出してきたのか、はたまたは良い方のジャンヌちゃんが正義感たっぷりで出てこようとしたのか考えながら、反応のある茂みに入り込み暗闇の中に輝いているであろう光を探る。

 程なくしてパチパチと火花が散る音が聞こえたのを感じ取るとその音がする方向へ歩き、背後に皆を待機させた上でわざとらしく草木を揺らした。

 

「……誰だ?」

 

「――ある時は海賊、ある時はアイドルをプロデュースする、精神力を弾丸に変えて撃ち出す孤独なアウトローさ」

 

「コブラじゃねーか!」

 

「……何だマスターか」

 

 はい、ここまでテンプレです。

 二人の元気な様子を見るに、拘束されたのは実はエミヤ達側だったというオチはなかったようだと私は安心した。もし仮に最悪そうであったとすれば、今頃は森林が伐採&燃焼祭りだったに違いない。主にノッブの敦盛ビートやら何やらで。

 

「燃え尽きるほど本能寺ィ!」

 

「いや、自分から燃えていかんでいいから」

 

「むぅ、立て続けに分身でもして沖田の名でも叫んで蹴りをキメてやろうと思ったのにのぉ……」

 

 何処のバーニングなダディやねん。つーか、演出的に沖田さん死んでるじゃねーか!

 ……それはさておき、見慣れない大きな旗を携えた女性がその辺の岩の上に座り込んでいるのが見えるが、彼女がもしかしなくても噂のジャンヌか?

 視線をこちらが向けたのを機に彼女は瞑想でもしていたのを解いて立ち上がると、火に照らされた装いと顔が私達の瞳に焼き付いた。……直後、私限定でデジャヴが襲い、気がつけば反射的にある人物の名前が口から飛び出す。

 

「……レティシア?」

 

「え?」

 

「先輩、その名前は確か――」

 

 何という事か、ジャンヌの顔はつい昨日話題に出たばかりの知り合いであるレティシアの顔と瓜二つであったのだ。

 同一人物かと見間違うぐらいのそっくり具合いに驚くも、時代が離れているのでまずそれは有り得ないと理解した。

 ……だったらあれか、レティシアの方がジャンヌに似ているということで実は血縁者だったり生まれ変わりだったりするのだろうか。

 気になって仕方がないが困惑しているご様子なので放置するわけにもいかずとりあえず取り繕う。

 

「いや、知り合いにかなり似ていたもんで……」

 

「そう、なんですか……私にも何処と無く、聞き覚えのある名前のような気がしますが……上手く言い表せないようです」

 

「……あれれ、ボクにも記憶があるようなないような気がしてきたぞ~?」

 

 むむむ、全くの無関係ってことではなさそうだがそれを追求するのに時間をかけている暇は今はないな。アストルフォもおまけとばかりに関係有るような雰囲気だしややこしい感じがプンプンする。

 ……んで、エミヤが特に警戒もせずにせっせと食事の準備に取り掛かっている余裕を見せているということは、このジャンヌは闇堕ちした方のジャンヌではないとみてノープロブレム?

 

「問題があるようなら君を招集したりはしない。それと、話を聞く限りでは彼女も手を拱いてるようだ」

 

「というと?」

 

「――実は私は……英霊、サーヴァントとして召喚されてはいますが、成り立て……つまりは死んで間もない駆け出しの状態にあるのです。必要な知識も最低限のみでルーラーのクラスとして在るのは自覚しているのですが―――」

 

「本来ルーラーとして、サーヴァントとして与えられるべき能力及び聖杯戦争に関する知識が大きく欠如しているそうだ。おまけにステータスも十全ではないという」

 

 裁定者たるルーラーのみに与えられる権利である対サーヴァント用の令呪もない状態で、ただ自分の死後にほっぽり出されるようにして召喚されたと述べる彼女は、そんな状態にあるにも関わらずめげずに調査を続け真実の一端へと辿り着く。

 それこそがもう一人のジャンヌが存在するという矛盾であり、そのジャンヌが「竜の魔女」として各地を荒らし回っているという耐え難い現実だった。

 そんなことを仕出かしてしまう闇を自らが抱えているのかと恐怖する彼女は、自分自身を信じられないと言って不安である胸の内を正直に明かした。

 ……対し、私はウンウンと考え込んでいる素振りを見せた上で自分なりのさっぱりとしたフォローを彼女に返す。

 

「いや、基本闇堕ちって外部的圧力によるモノだから、自分からやるとなると限度があるよ」

 

「あー、大体はそうだよな。弱いところを突かれていいように操られるみたいな」

 

「だから自分に対して怯えられる余裕がある時点で大丈夫だと思うよ? ……ま、だとしたら暴れてる方のジャンヌは結局なんだってことになるけれどね」

 

 自分でも自覚していなかった知られざる暗黒面が意思を持って暴れてるなんて妄想を抱くより、現実的な推論を重ねたほうが何倍も賢明だ。まずは冷静になって自分を信じるところから始めようじゃないか、ジャンヌ。

 

「……その通りだな。何にせよ、一旦食事をしながら落ち着くとしよう。互いの紹介も含めて生真面目で細かい話はそれからだ」

 

「おう、そうしようぜ」

 

 兄貴とアストルフォに調理中の見張りを任せ、私達は事前の宣言通りにドラゴンの肉の下ごしらえへと入る。何となくクセと臭味がありそうだから入念に処理して誤魔化さないとな……肉質は見かけより柔らかそうで味わい深そうである。

 

「えっ……これは何ですか」

 

「ん、これ? ――ミキプルーンの苗」

 

「懐かしいCMのネタは止せっ! ……先程彼女たちが退治したドラゴン、正確にはワイバーンと言った方が正しいか――の肉だ」

 

「――食べて大丈夫なんですか!?」

 

 ごもっともな反応ありがとう。食べる興味が先行して肝心なことを見失いかけてたわ。……にしてシェフよ、今更だがこの厄介な敵の肉は食っても大丈夫そうなん? カルデアに大量に送りつけちゃったが。

 

「血肉に呪いが付与されているようなことはないので問題ないだろう。……流石に、ファフニールクラスのドラゴンの肉であれば迷わず捨てていたところだがな」

 

「中まで呪いたっぷりそうだもんなぁ……食用の神話生物の方が(・・・・・・・・・・)まだマシかもしれない」

 

「だろうな……ん?」

 

 どうした、鱗は全部剥がしたぞ。煮るなり焼くなりしてくれていいんだぞ。出来れば日持ちしそうな一品も作ってくれるとありがたい。

 

「――ん、ああ、任された。他にご注文は?」

 

「儂、煮付けが食べたい!」

 

「……ドラゴンの煮付けとかいうパワーワード」

 

「それな」

 

 間違いなくSNSに投稿したら話題になりそうな言葉である。でも、人理焼却されてるから世界中には発信できねえな。カルデアッターでも作って遊ぶか……ポロリもあるかもよ。

 

「……SNSで思い出した。デレステとか人理焼却してるんじゃ道理で起動できねーわ……黒幕絶対許さねぇ!」

 

「大体のアプリはそうだろうっていうか、まあそれは純粋にキレていいかもな。良かったな、また一つ殴る理由が増えたぞ」

 

「増えたところでプレイ出来なくてとても辛いんだが」

 

「だったら造詣深い英霊に協力してもらって一から作ればいいだろッ!」

 

「――その手があったか!」

 

 ゆくゆくはコミケで同人ゲームとして売りに出すとかすればいいんじゃないかな。そうすれば貴重なカルデアの収入源にもなるだろうしね。

 ドラゴン肉の味付けをするエミヤの横で、箸休めのちょっとしたおかずなどを食材パックや道中で見つけた木の実等の有り合わせで作ると、私は呆気にとられる表情ながらも興味津々に見ているジャンヌに味見にとその一部を差し入れる。

 

「簡単な和え物だけど食べる?」

 

「……いいのですか? それにサーヴァントは――」

 

「食事を必要としないだっけか? 元々人間なんだから別にいいじゃろんなもん」

 

 どこぞの騎士王はどこぞの弓兵のところで魔力供給と称してたらふく食していたらしいし、食う食わないなんて些細な事だ。文句あるなら無理矢理口の中ぶち込むぞ。

 

「い、いえ、いただきますっ!」

 

「どうぞ、召し上がれ」

 

 わざわざあーんしてあげて食べさせてやると、初めての和風テイストの味に不慣れな顔を浮かべつつも彼女は美味しいと満足気に答えてくれた。――ん、おかわりがほしいって? もしやお主も腹ペコキャラか! 逃げろエンゲル係数ゥ!

 暫くして、メインディッシュの肉の方も上手に焼けましたーと主張するように火が通りそれぞれの器に配られる。調理中に匂いに釣られてよーわからんエネミーが出現したりもしたが、敵の手先というわけでもなかったので見張り要員だけで瞬殺余裕でしたとさ。

 ……さあて、和やかで話しやすいムードになったところで空気も読まずにシリアスタイムだ。――何から話す? やっぱ闇ジャンヌの考察から行っちゃうか?

 

「その事だが、既に出ている情報から向こうのジャンヌの正体について心当たりがある」

 

「あれま、早いな」

 

「……君だってよく考えれば行き着く答えさ。何せ一度話していることだからな」

 

 一度話している……てことは、前に覚えた引っ掛かりはエミヤと会話した時のものだったか。

 彼と闇堕ちに繋がるような話したことはええと……ああ、そういうことか!!

 

「思い出したようだな。あの時、この場にいなかったものに説明するとだ―――マスターは私が知る『騎士王』が変質した存在と戦ったことがあるんだ」

 

「おめえが知る『騎士王』と異なるって……ああ、成程ね。聖杯が絡んでいるとなれば大いに有り得る話か」

 

「どういうことなの?」

 

 ピンとこない面々に噛み砕いて解説するとつまりは、聖杯の力によって英霊はその在り方を歪められたりされることもあるということだ。

 例に出した騎士王も冬木で会った性格とは百八十度違うというし、好みも美食グルメ好きとジャンクフード好きに見事に分かたれていたらしい。

 

「冬木の聖杯は呪われていたこともあり、在り方を反転させるのも容易かった。その時は黒化、オルタ化と呼称していたな……今回の特異点にある聖杯が同じように呪われているかはわからんが、聖杯にはそのような力もあると理解していた方がいい」

 

「……整理するとですが、竜の魔女とは即ち――黒化したジャンヌさんである可能性が高いというわけですか」

 

「でなければ、もっと頭の良い方法で仕返しなり何なりしていたと思うよ。先の戦闘も含めて考えるに計画性はまるでないように感じてる」

 

「もっとも、生まれ故郷や面識ある人間に恨みを抱いていたのであれば辻褄は合ってしまうがな」

 

「そんな事私は――!!」

 

 すかさず本人は否定しに掛かるが言われずとも考えていないことぐらいわかっている。だがしかし、その考えすらも逆さにしてしまえるのが聖杯の怖いところだ。万能なアイテムにはいつもつき物な話だな。

 

「この予想が当たっていたとして問題は、本人が願ってそうなったか第三者が願ったかだな。……深く考えるまでもなく後者であると思われるけど」

 

「では、接触したとしても聖杯は本人は所持していないかもしれないということですか」

 

「暴れるように仕向けたものが後方で大事そうに抱えているのが定石じゃろうな。んでもって、居るとするならば奴らの根城……」

 

「決戦にふさわしい舞台か」

 

 その場所がどこかは特定できないが国内にあるのは確かだろうし、ドンレミやヴォークルールを襲うように使い魔に仕向けたのならそう遠くない範囲で構えているはずだ。

 もしかしたらここから近いラ・シャリテに潜んでいたりすることもあったりする? ……それはねーよ、居たとしても手先になってるサーヴァントが門番代わりに構えている程度がいいところだ。ボスっていうのはもっと最深部に構えてないとな。

 お誂え向きなのはオルレアンだが、シンプル過ぎてダミーなのではと警戒してしまう。

 

「そうじゃな、敵の大将は本陣でどどーんと構えとらんとな!」

 

「これでジャンヌが前に出てきたら、所詮は駒の一人として扱われているとする一考の余地がある。――何にせよ一度、OHANASHIしてみっか」

 

「何処か、違うニュアンスで聞こえるのですが……」

 

「気のせい気のせい」

 

 相手が殺る気満々なのに普通の言語にて交渉を進める馬鹿はいないだろ。よって、肉体言語にて語るまでだ。王位後継者の魔法少女もよく言ってるし。

 

「もう一点気に留めておくべきなのは、黒化したとされるジャンヌ……言い辛いので『ジャンヌ・オルタ』と呼ぶが、彼女がサーヴァントとしての霊基を持っていて一体どのクラスに当てはまっているかだ」

 

「セオリー通りに考えればルーラーである可能性が一番高いですね。けど、それだと……」

 

「本来持つべきルーラーとしての能力をフルに使っていることだろう。はぐれのサーヴァントの分の令呪まで所持していたら迂闊に仲間にすることも出来やしないだろう」

 

「けど、仮に持ってたとしたら二人いるっていう竜殺しを強制的に呼び出してズガンッと殺っちゃわない?」

 

 言われてみればそうだな……だが能力はあってもその発想に行き着いていないだけとも考えられる。いや、参謀的立場のように頭が回る存在が居ればまず思いつかない筈がないか。

 

「此処の状況は明らかになっていっても、敵さんの情報はまだまだだな」

 

「危険だけど直接相対しないことには始まらない。迂回してばかりの情報収集で簡単に敵の懐に潜り込めたら苦労はしないよ」

 

「余程手慣れたアサシンにしか出来ん所業じゃな」

 

 この場にいる全員でスニーキングミッションとか無理な話なので、カチ当たったらその時はその時だ。

 最善の判断が出来るかはあまり自信がないが、その時やれることを精一杯やるしかその先の道を開く手段はない。

 話し込んでいる合間にも箸やスプーンを思い思いに動かし続けた私達は満腹感を得ると、次はラ・シャリテに向かう方針で意見を固めて今晩は身を休めることに落ち着いた。

 

「道に沿って行かずとも本陣に直接殴り込んで宝具ブッパ出来れば良いんじゃがのぉ……」

 

「本陣がわからない状態なのはこの際置いとくけど、フォードに全員乗り込んで特攻キメれば案外イケるかも」

 

 但し、一発勝負なのでしくじれば最後なのが難点だ。それでも成し遂げたいのであればエクスカリバーでも数本持ってくるほかあるまい。もしくはこちらでトチ狂ってでもして邪神を召喚し特異点の発生の根源諸共拠点を押し潰すかだが後始末が大変だ。特異点消失させてもトラウマ残してどうすんじゃい。

 

「……正攻法が何事も一番ってわけだ」

 

「そうじゃな」

 

 偉人とのピロートークを終え、寝心地が良いとは言えない寝袋で私は丸くなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、朝餉前に野良の魔物に襲われた一同は朝の運動とさほど変わらぬと言いたげに敵という敵を吹き飛ばし、何事もなかったようにドラゴン肉のハンバーガーへと齧りついた。

 その表情たるは無に満ちていて、加わっていた自身も僅かに引いたぐらいだ。確認してみれば全員が全員各自でそう思っていたようで、新参者のジャンヌさんはとても怖がっておりました。

 

「モノを食べる時は、誰にも邪魔されず救われてなきゃあダメだからね、仕方ないね」

 

「うん、仕方ない!」

 

 これこれ、アストルフォよ。ほっぺにソース付いとるで。拭いてやるからじっとしとき。……うん、取れたで。

 

「――何イチャイチャしてるんですか!」

 

「あれれ~、ヤキモチィ?」

 

「違いますよ!」

 

 こらこら、煽るんじゃない。ジャンヌもなに永遠の因縁みたく睨み合ってんのさ。……記憶に無いけど魂がそう告げてる? またしても平行世界で何かあった関係か……こりゃ、二人の間にいた人間の気苦労が窺い知れないぜ。

 でも、アストルフォって男だから女性であるジャンヌと誰を取り合っていたんでしょうかね。男でも女でも片方が同性愛になってしまうぞ。私はどんな形であれ否定はしないが。

 

「えっ、男なんですかこの人!?」

 

「……そこからかよっ!?」

 

「そこはルーラーとしてのスキルで読めないの……ってああ、どのみち上手く使えないし読めたところであんな状態だから無理があるかぁ」

 

 あんな状態というのは、ステータスが奇妙なことに乙女チックで落書きだらけなのである。本人の意志によるものなのか性別も書き殴ったように潰されており、初見さんは外見でしか判断しようがない始末だ。

 なのにどうして私は男だと見破ったかって……それはアレだよ、デュランダル関連の逸話云々と女の勘って奴だ。それと、こんな可愛い子が女の子のはずがないだろうっていう例のアレもあったりする。

 

「よくわかりませんが、何をどうしたら彼と因縁の関係になるようなことになるのでしょう……」

 

「聖杯戦争もしくは聖杯大戦」

 

「それ以外に思いつくもんがねーよなぁ?」

 

 多分、ジャンヌがルーラーとして呼ばれた上に争い合ってる陣営の一人にアストルフォが居た世界があったんでしょうね。

 そうなると、予備システム関連で冬木の聖杯に何かあったことが読み取れるが、そこに追加でレティシアが関係していたのではと私は昨日邂逅した時の反応から推察する。

 ……うむ、全然展開が読めんぞ。誰か一から何まで語れる記憶を所持した英霊を連れてきてくれ。もしくは冒頭だけでもいいからさ。――あ、すぐに出られるとこちらとしても余裕が無いので間を置いて頼むわ(注文多い)。

 

「別の聖杯戦争……帝都聖杯戦争のことなら語れるんじゃが儂」

 

「そういうのは参加者もう一人現れてから語ろうね」

 

「……えー、沖田早く来んかー!」

 

「沖田さん以外という発想はないのですね」

 

「うむ、ない!」

 

「即答ッ!?」

 

 そんなノリで食事を済ませた私達は、ジャンヌに配慮した人目につかないルートで進行を模索し入り組む道を切り開くと、近場の町を上から眺めることの出来る位置を陣取った。

 ……そして、進行方向を確認している最中に気づいてしまう。目指しているラ・シャリテでドンレミとヴォークルールと同様の悲劇が繰り返されていることを。被害状況の詳細まではわからなかったがそんなのは黒煙が空に向かっている時点でお察しであった。

 すぐさまカルデアに回線を繋ぎ、生命反応及びエネミーの反応がないかの確認を要請するが、帰ってきたのは絶望的な現実だった。

 

『駄目だ、残っている生命反応も無ければ外に逃げようとする反応もない! 在るのは――』

 

『ドラゴン……いえ、ワイバーンと落とし子って奴らの混成部隊よ!!』

 

「……よりにもよってか!」

 

 想定していたよりも早くその編成が出てしまったという焦りを覚えながら、私は急行して排除すべきかの判断に一瞬迷った。

 既に救うべき相手のいないところへ駆けつけたところで感じるのは虚無感だけ……わかっているさ、そんなこと。けれど、だからといって見過ごしたら、素直に持ち場に帰ってくれるはずもなく、次の標的に向けて侵攻を開始するだろう。

 一度通った道が跡形もなく消えているのは御免だと、私は我先にと道を滑るように下る。

 

「先輩ッ!」

 

「策はあんのか、嬢ちゃん!!」

 

「まともに走ったところで結果は変わらないッ! 人が居ないってなら逆に好都合……アレを使うまでだッ!!」

 

 比較的平地なところに降り立ったところで私はバッグより手のひらサイズのある物を取り出して、躊躇することなく付いていたボタンを押し込む。

 飛ぶように距離を取った後、光と共に電撃のような閃光が撒き散らされるとそれらが失せた後に一台の車が出現していた。……そう、フォードである。

 

「何ですかこれは!?」

 

「未来のフルスロットルマシンさ! ひとっ走り付き合えよ!」

 

「――説明になってませんよっ!?」

 

 いいから乗り込めと誘導し、私は運転席に座りノッブを助手席に座らせ、後は後ろの荷台に乗り込んでもらう。

 ……一応、後部座席に空きスペースあるけど、そこに収まっちゃったら攻撃も防御も出来なくなるから我慢してね。思えば飛び道具要員少なすぎワロタ。 

 

「で、どうするの?」

 

「爆走しながら減らせる敵は撃ち落として、襲ってきたらマシュの盾で強行突破する。残りはサーチ・アンド・デストロイだ!」

 

「――よっしゃ、ノッたぜその頭の悪い作戦!」

 

「世紀末的BGMでも鳴らしてアゲていくぞォ!」

 

「……しっかり掴まってなァ! ヒャッハー!!」

 

「何なんですかもう!?」

 

 聖女の悲鳴を無視して急発進したフォードは、けたたましいエンジン音をかき鳴らして草原を進み、音に気づいて接近してきた敵の群れに恐れもせずに突っ込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻……別行動をしているエミヤ達とはまた異なる二人組がラ・シャリテの異常に気づいて行動をしようと茂みの中で佇んでいた。

 一人は高貴で輝かしい雰囲気を体から発する女性で、もう一人は芸術を体現しているかのような男性であった。……二人は、スローペースでありつつも広い草原に姿を現すと、目的地を見てふと声を漏らした。

 

「酷いものだね……死の旋律がそこら中に満ちているようだ」

 

「命の輝きも失われてしまっているみたい……まるで痩せてしまった大地のようだわ」

 

「そうだね……でも、不協和音だらけの公演にクレームを付ける勇気ある客もまだ居るようだね」

 

 男が手に持った長細い棒で指し示した先には、ちょうどラ・シャリテに向けて吶喊を仕掛けている集団がおり、彼等が生きた時代よりも進化した乗り物で距離を驚くべき速さで詰めていた。

 

「まあ、凄く早いのに乗り心地が良さそうね!」

 

「うん。そして心なしか高ぶるような魂のメロディも感じられる……ようやく君のように輝く星々が集まる時が来たようだ」

 

「――それじゃあ、華麗に綺麗に大胆に登場する準備をしましょう! ただ遅れてやってくるのでは楽しくないもの!」

 

 少女の夢が形となった彼女は一挙一動が美しく思えるステップで足取りを進めていく。その様子を見て男は彼女らしいと微笑み、正しい判断だと自分だけにしか聞こえない声で話した。

 

「クレームを受けてハイそうですかと引き下がる運営もいない……その時が君の特別なステージの幕開けだよ」

 

「……あら、何か言ったかしら?」

 

「ううん、何でもないよ。僕は君がやりたいようにするのを応援するだけさ……」

 

 

 最初の決戦の地になろうとしているラ・シャリテの地にて……今、運命によって導かれた様々な因果が重なり合う。




食用の神話生物で作ったラーメン食べたい(楽しむことを諦めなさそうな顔で


はい、そんなわけでプリキュアとその妖精っぽい人たちが動き始めてますね(実際は音楽とかで戦ったりするのでシンフォギアっぽいのですけど


そして次回はついに、ジャンヌ・オルタ出現!?
主人公、まさかの行動に――


次回もお楽しみに


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女の子は皆キラキラしてる(物理)

ただの風邪かと思ったら、喉が炎症起こして敏感になってるとか診断されてつらい作者です。咳き込む度に気持ち悪くなって夜中に起きてしまう始末です。

まあ、そのせいで起きている時間も増え執筆時間も増えましたが休むに休めてないです、はい。

そんなわけで、撤退戦(?)です。どうぞ


「――兄貴、任せたっ!」

 

「おうよッ!!」

 

 瓦礫だらけの町の地にムーンビーストの槍を深々と突き立てた私は、それを支えにして新体操の鉄棒よろしく大回転を行うと途中からポールダンスのようなスタイルとなって片手を手放し、待ち構えていたクーフーリンの兄貴を手に取った。

 そうして、そのまま加速のエネルギーを譲渡しワイバーンが翼はためかせる空へ加減なしに投擲すると、彼は自分自身がゲイボルグであると主張し叫び……群がる無数の敵をたった一突きで殲滅してみせる。

 ……一方で、地上ではアストルフォが以前の戦法を有効活用してクトゥルヒを駆け抜けついでにすっ転ばせて行き、その脅威度を一時的に下げると――チャンスをモノにしたマシュとジャンヌの同時攻撃が炸裂する。

 

「ジャンヌさん!」

 

「……はいっ!」

 

 およそ盾と旗によるものとは思えない衝撃音が波となって周囲に響く。

 ……英霊と融合しているマシュはともかく、ジャンヌはあの振るうのに苦労しそうな重たい旗でよく攻撃出来てるなぁと思う。……実は脱いだら胸だけじゃなく、筋肉も凄かったりするんですかね。

 私も結構鍛えているけれど、どれほどのものなのか気になりますわ。

 

「――オキタアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

「唐突にどうしました信長さん!? ――って、炎を纏って分裂したーっ!?」

 

「あーあ、本当にやりやがったよ……この魔王様」

 

 少し目を離していた横で突然絶叫が聞こえたかと思えば、見上げた先にはマシュが述べた通りにノッブが空中で大回転を決めて、謎の分身を行いながら別の転んでいるクトゥルヒへと鋭い蹴りをお見舞していた。

 ……えっ、その前に長ったらしい回想をガン=カタ(?)中にブツブツ呟いていただって? ごめん、全く聞き取ってなかったけど捏造に捏造を重ねてこの場にいない沖田さんを殺すのは止めましょうね。ニコルの悲劇は繰り返しちゃいけないんだ。

 

「上に居た連中は始末し終わったが、そっちはどうだ」

 

「こっちも片付け終わったよ。……ただまあ、来る前以上に酷い惨状だよ」

 

 一ヶ所に集った皆が見回す町はもはや町とは呼べないものになっており、都市開発のために盛大に既存の建築物を吹き飛ばしたかのような被害状況が至る所で広がっていた。

 ……もっとわかりやすく言うのなら、単身で娘を救いに来た元コマンドーの筋肉モリモリのマッチョマンの変態が、駆け抜けついでにドンパチやらかした爪跡にそっくりだと言った方が正しいかもしれない。

 論より証拠で、構造物は数えるほどしか残ってはなく……その下には、つい数時間前までは命だったものが辺り一面に無残にも転がっていた。中には奴らによって食されてしまっている存在も多くいる。

 凝視し続けていれば慣れている私はともかくマシュの精神が持たなくなると思われるので、アイコンタクトで見えないように彼女以外にお願いして囲ってやると、落ち着きようがない現場で無理に落ち着こうと深い溜息を吐いた。

 

「……ここまでするってことは、それだけ憎悪を抱いて……いや、抱かされているんだろうかね」

 

「自分の意志でこうしているんじゃないってか?」

 

「半分そうであって半分そうでないような予想を今立ててる。こっちのジャンヌを見てて思うけど、反転してるからって竜や得体の知れない生物引っさげて『フランスを蹂躙しよう!』なんて考え、真っ先に思い浮かべるか普通?」

 

 憎いという感情自体は抱こうが別に構わない。しかし、ジャンヌ・オルタは私から見ると復讐を幇助する存在によって武器を渡されて、好き勝手に暴れている人間にしか見えないのであった。

 

「幇助している側にとっても、フランスは憎むべき相手ということですか、先輩?」

 

「要するにいけ好かねえ奴が、自分の憎悪をジャンヌの奴に転写して利用してるって事だよな」

 

「……だろうなぁと私は思うよ。『フランスに裏切られた果てに蘇ったジャンヌ』はこうでなければならないって感情が蠢いているようで……非常に気持ちが悪い」

 

 虫の居所が悪いとはこの事かと解釈し、喫煙者の如くエア煙草を踏み潰し続ける。

 段々と勝手な同情の思いが湧き上がってくるが、それとこれとは別問題と考えて更なる暴挙はなんとしても阻止していかねばならない。戦ってでも止めるとはまさにこういうことだ。

 憐れむというある種の驕りを捨て、最終的には正々堂々完膚なきまでに叩き伏せてやると気持ちを新たにすると、フラグという名のゴングが既に鳴っていたことが通信により明らかになる。

 

『――藤丸君、休憩中のところすまないが……悪い知らせだ』

 

『別方向へ侵攻していたと思われる大きな魔力反応の塊が、そちらに向けて反転してきているわ!! ライダークラス以上に恐ろしい機動力よ!!』

 

『こちらでも確認したがマスター……狙いは君達だ』

 

「わかってるよ」

 

 このまま素直にラ・シャリテから進めるとは端から思っていなかった私は、エミヤにシルバをこちらに呼び寄せるようにだけ指示を飛ばして、今いる全員に臨戦態勢を取るように伝えた。

 ……状況的にジャンヌ・オルタかその操り主が出てこようと、この場で特異点における決着をつけることは無理ゲーだろう。当然護衛は幾人か付いとるじゃろうし。仮にやれたとしてもハイリスクハイリターン過ぎて、誰がリスクを背負うことになるかわかったもんじゃない。こちとら帰還はみんな一緒にがモットーなんじゃ。

 出来るのは戦力の把握と、場を引っ掻き回して逃げるタイミングを作り出すぐらいだと今は高を括り、念話で予め行動方針を共有すると相手が現れ覆い尽くすであろう空を鋭く睨む。

 ――やがて、予期していた通りに先程までに倒した数ほどではないがワイバーンの群れが再びこの地に現れ、乗せていた脅威を私達の目の前に投下する。――数にして、五つ。

 いずれも自らが引き連れているサーヴァントと同等の存在であり、常人が見たら失禁して失神しそうな尋常ではない威圧感を狂気と一緒に放出していた。……こりゃあ、普通のサーヴァントと思わんほうがいいな。明らかにドーピングめいたものキメとる感あるよ。

 並び構える皆もそれは十分感じ取ったようで、相手側からもはや聖杯戦争は破綻していたとわかった。例えるなら、これからチャンバラ勝負しようってのに釘バット肩に担いで参加してきた的なヤバさだ。

 

「……っ!!」

 

 ……そして、一際目を引く存在がジャンヌの身体を驚愕で震わせる。待望の、と言うのには些か間が悪い――彼女とほぼ瓜二つの容姿を持った"黒"の存在が、金色の瞳を滾らせて立っていたのだ。

 成程、コイツは如何にもと決められたベクトルへ感情が向かうのを制し、私はギリギリの冷静さを保つように頭を働かせる。……その間に、こちらのジャンヌを視界に収めた竜の魔女は、ありえないものを見るモーションを取って笑いながらクールさを捨てていた。

 

「――なんて、こと。まさか、まさか……こんなことが起きるなんて」

 

「あ、ああ……」

 

「ねえ、お願い。誰か私の頭に冷たい水をかけてちょうだい。まずいの、やばいの――本気でおかしくなりそうなのッ!!」

 

 ジャンヌが怯えるのとは正反対に狂喜している様子で一人勝手にテンションをアゲアゲにしているオルタは、そうでもしてくれないと滑稽で笑い死んでしまうと言ってのける。

 また、事もあろうに舞い上がったはずみで自ら背後にいる存在が『ジル』と呼ぼれていることをほのめかし、連れてきて居るメンバーの中には該当者がいないと彼女ははっきり明言した。

 ……いや、うん。こうもペラペラ喋ってくれるとは思わなんだ。真剣に悩んでいた時間にまったく釣り合わないぜ。

 

「あ、貴女は――貴女は、誰ですか!?」

 

 質問を投げかけるだけの勇気は取り戻したジャンヌが、戸惑いの入り混じった問いかけを口に出す。

 まあどうせ、自分こそが真のジャンヌだと言い宣うのは目に見えているよね。したがって、さっき彼女が付けた注文を思い出して、私は空気も読まずその要求に応えてあげることにした。

 ……悦べ、堕ちた聖女よ。君の望みは――少し遅れたが叶う。

 

「それはこちらの台詞ですが、いいでしょう……上に立つ者として答えてあげましょう。私は―――」

 

(――やれ、シルバ!!)

 

 面倒臭そうに名乗り口上を述べようとしたタイミングで、残存する構造物に潜んでいたシルバに私は鋭い指示を飛ばす。

 ――直後、どこからともなく放物線を描いて何かが入ったポリタンク状の容器が飛来し、オルタに目掛けて襲来を開始した。

 

「……む?」

 

 勿論、彼女の周囲に居るサーヴァントが気づくことも計算のうちに入っている。

 ……現に、長髪のイケオジ系ランサーが我先に気づき、脅威にも成りえないと一瞬にして呆れ果てていた。だが処理しないことには直撃コースにあると認めると、事務的に取り除こうとして雑に槍を振るった。

 それこそが真の狙い目で、落とし穴だったとはまるで理解せずに。

 

「ジャン――」

 

 予定調和な流れでオルタが俺はお前でお前は俺だと伝えようとしたその時、私が思い描いていた悲劇は此処に完成をする。

 

「ぬだる……ぶほぇ!?」

 

『え』

 

 ――何ということでしょう。殺伐としていた重苦しい空気は謎の超局地的豪雨(?)によって洗い流されてしまいました。

 これにはやり取りを見守っていた面々も口をポカーンと思わず開けてしまいます。大丈夫ですかー、黒いジャンヌさーん。随分とぬるぬるテカテカしてますがエロいですね。

 

「なに、よっ……これは!!」

 

「私に聞かれても……」

 

「水ゥ……じゃないですかね?」

 

「これのどこが水なのよ!? ああもう、ベトベトして気持ちが悪いったらありゃしない!!」

 

 じゃあ、水じゃないと言い張るなら何だというのか答えてごらんよ。誰かの知恵を借りるとかはナシだぜ。

 ……ああでも、一つだけ許可しようか。君がジャンヌ・ダルクだというのなら主の啓示とやらが聞こえるはずだろう。もしも聞こえないって言うのなら、落ちぶれて愛想を尽かされたか君が自分で聞こえないように耳を塞いでいるか、あるいは……

 

「ジャンヌという役割(ロール)を演じるようにさせられた赤の他人という事になるが、真相はどうなんだい?」

 

「……アンタは、一体」

 

 動揺の色は見えない。本命の予想が図星ではなかったということは、最初の方のシャットダウンしている対応の方が正しかったのだろうか。

 されど、そうに見えても私的には彼女がジャンヌであってジャンヌではないとする考えが根強かった。その理由は、騎士王が反転しようと王たらんとすることを止めなかったように、国を救おうと駆け抜けた人間がそう安々と反転して生涯を否定し切るような暴挙に出るとは思えなかったからである。道は違えても最終的にやることは結局変わらないのではないだろうか。

 ……そういった意味合いでも、何でもかんでも気に入らないモノは滅ぼしに掛かるという行動に出ているオルタは、純粋な聖女ジャンヌの反転とは言い辛い。まだ親交のあった友人が顔を変えているだとか、世界には3人いるというそっくりさんが演じているという方が信じられる。

 

「ん、私か……私は、神だァ(ねっとり」

 

『――ちょっと藤丸君っ!?』

 

 いいからいいから。一度言ってみたかったんだよ、この自己顕示欲にまみれたクソみたいな台詞。大抵マジで言ってるとまず一番に殺されたりするよねー。

 

「……神、ですって? 冗談はよしなさいな」

 

「ところがどっこい、あながち間違ってないんじゃよなこれがな。主にアウター的な意味で!」

 

「もれなく信仰すると狂気と混沌の世界へご招待だ。いあいあ、くとぅるふふたぐんってな!」

 

「おいやめろ」

 

 安心しろ、私だってまともに詠唱する気はねえよ。もしも唱えてる時があるのなら、その時は正気失ってやべーことをしている現れになる。殴ってでも止めろ。最悪殺せ。

 

「え、じゃあジルもまともじゃないってこと……? いえ、元からまともじゃなかったけれどもっ!」

 

「……あっ察し」

 

 ご愁傷様ですね。貴女のおうちのジルさんとやらはどうやら深淵に首を突っ込んでしまったお方のようだ。……ははーん、クトゥルヒが召喚されているカラクリも段々と読めてきたぞ。

 

「その辺にしておくべきだ。……相手のペースに乗せられて些か喋りすぎではないかね、マスターよ」

 

「――ッ、そうね……少々喋りすぎたわ」

 

 と、ここでイケオジサーヴァントの助言が飛び、これ以上の情報の引き出しはこの場においては不可能となってしまった。今まで空気を読んでくれていてありがとうよ。

 私としても頃合いと思っていたので潔く引き下がると、置いてきぼりであった連中は改めて戦う構えを見せた。正直、コミュニケーションが成立しないまでに狂っていると思っていたが、手綱を握れるだけの理性は残してあるようだ。

 

「おっ、殺る気かい? ローション塗れのくせして威勢はいいな、聖女様は」

 

「ろ、ローション? ……って、やっぱりアンタ達の仕業だったのねッ! 許さないわッ!!」

 

「そういう発言は本気で犯人だと疑ってから言おうね。……まあいいさ、蹂躙されるのが果たしてどちらなのか存分に確かめ合おうじゃないか」

 

 一触即発のそれらしい空気となった戦場で、視線と視線とが衝突し合い火花が大量に散らされる。

 本場の聖杯戦争の空気とはこういうものなのかと痛いぐらいに肌で実感するも、悪いが長く付き合っているつもりは毛頭ないんだ。こちらが弱くて瞬殺されるだとかそういう訳ではなくて―――

 

「――では、血を戴こう」

 

「臓をぶち撒けなさい……血を啜り切ってあげるわ」

 

 そもそも戦うつもりはこれっぽっちも私達にはないのであった。……少なくとも私達には。

 即ち、戦う存在は別にいるというわけであり、ローション入りのポリタンクから間を置いて今度は広範囲で煌めく何かが空の気候に関係なく降り注いだ。

 

「くっ……!!」

 

「なによこれは……!!」

 

「――水晶? いえ、硝子の薔薇……?」

 

 夥しい数の光を反射し輝く薔薇は的確にオルタ達の動きを封じ、一歩たりとも動けない世界を瞬く間に創造した。

 そこに、愛らしくも美しい声による歌が音楽に乗せて流れ、一輪の花が堂々と大きく咲き誇る。

 

「違うわ――それは私の抱いた"夢"のカタチ。またの名を―――『()』と呼ぶわ」

 

「誰っ!?」

 

「あれは――」

 

 伝説の戦士……戦うプリンセス、プリキュアだ!!

 見ろよあの身のこなし……スケートリンクでダンス踊るみてえにアクセル決めて薔薇を自分からプレゼントしているぞ。えっ、そこで逆立ちして横回転しながらまた配布するの? どんだけアグレッシブなお姫様なんだ……。

 

「……ふむ、曲を何となく湧き上がる感じにしてみたけど、よもや彼女が此処まで過激に動くとはね」

 

「歌って踊れるアイドルは貴重だよ。……どう、彼女にシンデレラなガールズになってもらって皆を笑顔にしてみない? あっこれ名刺ね」

 

「ははっ、面白いことを言うね。けれど勧誘はもうちょっと落ち着ける場所でしてもらおうか。此処はちょっと、話を聞くには雑音が多すぎる」

 

 故あって乱入してきた一人に気さくに話しかけてみると、意外と乗り気なご様子だ。では、ご注文通りに動かさせていただきましょうかね……スタッフゥー援護をよろしくゥ!

 手を遠くからでも見えるようにして合図を送り、花の弾幕の間に的確に剣の弾幕を割り込ませて芸術品のような檻を一つ一つ丁寧に形成する。見栄えだけが良いように思えるが、薔薇の棘のように下手に触れてどうにかしようとすると痛い目にあう。

 

「うああっ!!」

 

「くそっ、爆発した!」

 

 抵抗して脱出しようとした者は感圧式スイッチに触れて自爆させられる悲劇に見舞われ、他の者の心配をする心の余裕は削がれていく。

 やがて、ジャンヌ・オルタの直衛に着こうとする存在が波状攻撃により見事に捌けたところで、私は最後の仕上げに取り掛かりに動くべく単身で戦場の中央を忍者気味に駆けた。炎が妨害として飛んでくるが如何せん遅すぎる。

 

「どいつもこいつも何やってるのよ!? ……攻撃の一つや二つこんだけ数いて凌げないのッ!!」

 

「凌げるかは結局、リード握ってるお前の采配次第だよ。今回ばかりは狂犬に噛みつかれるのが怖いんでね、暴れられる前に檻に閉じ込めさせてもらった」

 

「ちょこまかとッ……この化け物が―――」

 

「………」

 

 ああ、そうだよ。お前の認識は寸分の狂いもなく正しい。

 その証明として、正解者にはちょっとした恐怖を体験させてあげるよ。

 

「――ローションでヌルヌルとくれば、あとはド定番のこれだな」

 

「なによそれ!?」

 

 左腕の拘束を解き左腕に見せかけていたモノを本当のカタチに戻した私は、指に位置していた触手の先を地を這うように進ませて防御がお留守な彼女の片足に絡みつかせた。なお、地面は浴びせ掛けられた余波で滑りやすくなっているので、バランスを崩させれば……ほれ、この通りすってんころりん。

 無様にもオルタは受け身を取る暇も与えられずに背中と頭を強打し、苦痛な表情に顔を大きく歪ませた。……で、これで終わり? いやいやそんな訳がないでしょう。

 チベットスナギツネ並の無表情をつくり、見下ろしながら静かに語りかける。

 

「ひっ……!!」

 

「お前が何者であれ、やらかした事に対する報いはきっちり受けてもらう……忠告だが口を閉じてないと舌を噛むか歯を折るぞ」

 

「――は? えっ、えっ?」

 

 そう言って、よりヌルヌルとして滑りやすい身体に雁字搦めに巻き付いてやると野球の投手が肩に力を入れて投げるように姿勢を作り、拘束を緩めぬまま宙へと彼女を浮かせる。

 

「いや、止めてそんなっ……痛いから止めて!! お願い!!」

 

「さっきまでの威勢はどうしたよ。というか、お前がこうする立場だった時に中断はしたか? ――してないよなぁ!?」

 

「うがっ!?」

 

 真っ直ぐでなく初めから下に叩きつける気満々で挑んだ一撃を喰らった彼女は、思い切り足で踏まれた以上の打撃を受けて白目を剥くほどの反応を見せる。

 ……その痛々しい光景に敵味方問わず目を背けるような反応が見られるがお構いなしだ。むしろ、よく見ておけ聞いておけと言いたいぐらいである。

 

「……コイツにホイホイ従ってるお前らもお前らだよ。こちとらな、未来で何もかも奪われて家族から友人、知り合いから何から何に至るまで詳細不明な企みの材料にされてんだ。嫌々だか何だか知らないが、本当に狂いたいのはこっちだよバカヤロウ!!」

 

「うわぁ、もう一発やっちゃったよ」

 

「ここぞとばかりに恨みつらみを晴らしとるな」

 

「何処までが本気で何処までがお巫山戯なのか、もうわけわかんねえな」

 

 同情を捨てた故の好感度マイナス振り切り対応だから。半分半分ってところだよ。

 ……さて、うんともすんとも言わなくなったな。消滅するほどの致命傷は負わせられなかったが、気絶ぐらいなら片腕一つで状態として陥らせることが出来るようだ。ちい、覚えたよ。

 私は自身の服に被害が及ばないように乱暴にタオルで彼女を簀巻にすると、此処にはもう用がないと踵を返して立ち去ろうと率先して動き始めた。

 

「――何処へ行く!?」

 

 男装なのか女装なのかどちらでもないのかはっきりしない装いの騎士が、病院行けとマッハで言いたくなるような傷だらけの姿で勇敢にも叫ぶ。この期に及んで私の手の内に在るオルタが心配だとは、騎士道精神がそうさせたか。

 

「決まっているだろう……人気のない場所で洗いざらい情報を吐いてもらった後、所有しているであろう聖杯を回収してこの特異点ともおさらばだ。次の特異点が私を待っている。それに―――」

 

「……それに?」

 

「これから跡形もなく盛大に吹き飛ぶ場所に長居は無用だろ。ついでに言っておくと、あと5分以内に爆発して君達はジ・エンドだ」

 

「――たかが、爆破物程度でサーヴァントを倒せるとでも思っているの!?」

 

 思わんだろうな。言ってる私も自分に対して何言ってんだお前って叫びたいぐらいだよ。けれどもな、虚仮威しとされるクサい台詞を頭ごなしに否定して侮っていると気がつけば後の祭りなんだぜ。

 車をすぐにでも走らせられるように急かし荷台に飛び乗った私は、荷物から厳重注意と油性ペンで書かれた紙袋の中身からホールケーキ程のサイズの何かを取り出して残された連中の中央に転がるように投げつけた。

 同時に、車を出すように騎乗スキル持ちのアストルフォにお願いし、晴れて人理修復戦隊ゴーカルデアスwithキュアヴィヴラフランスはラ・シャリテの地から逃れる運びとなった。

 

「はい、そんなわけで」

 

「ボーナスタイムだ」

 

「えっ、金属バットと……それはもしかしてグレネードですかっ!?」

 

「Exactly、その通りでございます。そーれ、投げとくれっと……たーまやー!!」

 

 捕手の練習に付き合う監督らしくサイドから安全ピンを抜いた多種多様のグレネードをシルバに投げてもらい、カキンと心地よい音が何処までも反響する。

 グレネードの種類はええと、対サーヴァントにカスタマイズした魔力の霧によるチャフとルーンを付与したスタングレネード、それに純粋な起爆剤のグレネードだったか。

 

「後5分で爆発すると言ったが、何も時限式だとは言っていない。――後5分したら、"私"が爆発しにかかるという意味だったのだ。ウェヒヒヒ」

 

「ええ……」

 

「総員、耐ショックー」

 

 既に計算上では影響外に逃れたが、稀に何かが飛んで来るとも限らないので姿勢を低くして伏せておくよう促した。……いつぞやは焼死体が降ってきたこともありましたが、その時に巻き込まれた連中は全員元気です(人理焼却前調べ)。

 鳴り止まないフィリピン爆竹とその他諸々の爆発音のする背景を後ろにフォードは、リヨンとマルセイユがある方向の途中にあるこれまでより巨大な森林地帯へ身を隠すべくタイヤを只管に止めることなく回転させ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやいや、派手にやらかしたね」

 

 今日も今日とて野宿を敢行することが決まった私達は、色々吹っ切れた頭でセーフティポイントを手際よく確保し早速疲れを癒やそうと各々休んでいた。

 そこへ、半ば強引に合流してもらい尚且つ協力してもらった二人組が加わり、約束通りにビジネスの話が今にも持ち上がろうとしていた。

 

「派手と言うが、また振り出しに戻ったよ戦局は。誰一人として撃破したわけじゃない」

 

「……すると、あの爆発はまさしくはったりだったと言うわけか」

 

「そういうこと。はったりは本当のように見せかけてこそなんぼだから。――それよりも、二人はかの天才と王妃ということでいいんだよな」

 

 シルバがこちらにローションを投げに向かう合間に遭遇したというはぐれのサーヴァントである彼等は、こちらが初めから撤退を最優先に動いていることを理解し親切にも作戦を成功させるべく協力を申し出てくれていた。

 その際に真名を自分から大胆にも暴露したのには割りと衝撃を受けたが、音楽家と王族が前線に出て堂々と戦う姿はそれ以上にインパクトがデカかった。私が伸びる触手で叩きつけを繰り返していたのが霞んでしまうぐらいだよ。

 

「彼女の痛々しい姿を見るのはアレだったが、どうも件の黒いジャンヌはおいたをしたらどうなるか考えたことがなかったようだね」

 

「まるで良し悪しがわからない生まれたての子供のよう……悪い言い方になってしまうけれど、あのジャンヌからは見かけに応じた知識があるように感じられないの」

 

「そうですよね……何というか『極端すぎる(・・・・・)』と私自身も彼女と直接会ってみて思いました」

 

 メンタルが低ければ今の言葉に、対象は違えど傷ついていてもおかしくなかったこちらのジャンヌが会話に加わり、いよいよオルタは真っ当なオルタではない疑惑が真実味を帯びてきた。真っ当なオルタの定義とは一体……アホ毛がない? エミヤは黙ってて。

 

「彼女は自身をこの私だと言おうとしてましたが、完全に違うと捉えると何が例えとしてしっくり来るんでしょう……」

 

 うーんと、強いて言うなら一つのことに熱中しすぎなポンコツな妹? それも勉強を疎かにしていてその熱中していたことに関連したことしか頭にないみたいな。

 

「妹……確かにしっくりしますね。実際にはいた事はありませんが、もし居たのなら場合によってああ成り果ててしまったかもしれません」

 

「姉の威光と名誉を取り戻す的な? 本当に居たら危うく騙されていただろうなぁ……」

 

 もっともその可能性はなく、真実はいつも冷徹に残酷であった。

 多分というか恐らくだが、竜の魔女の成り立ちにはジャンヌを信じ続けてきたある人物が一枚噛んでいると見て確定だろう。手に入った情報と『今の状況(・・・・)』がどうしてもそれを物語ってしまっていた。

 

「背中に令呪が在るのと、聖杯を所持していないのがわかった途端に強制転移で拘束から抜け出させるとは、あちらさん隠すつもりはないみたいだな」

 

「しかしどうしてジルが……」

 

 そりゃ、推しや身近な人が死ねば暴走したくもなるからに決まってんじゃん。私にもそういう時期があったからわからなくもないけれども、だからってやべーアイテムに手を出して僕が考えた理想のジャンヌをクリエイトしちゃうのはノーグッドだ。欲望のままに手を出していたら尚更アウトである。

 

「どうせキチるのなら、自分の体をジャンヌのボディにしてくれぐらいすればいいのに。俺自身がジャンヌになることだ――ってね」

 

「それは……全力でお断りしたいですね」

 

 だとよ、ジル・ド・レェ。何にせよ、てめえの好き勝手な都合でまったく自己のない伽藍堂な存在を生み出したりするな。これでジャンヌが死んだらまた代わりのジャンヌが居るとぬかしたら、そのとっくに振り切れてる正気度ごと精神破壊してやる。

 冗談抜きでのムーンビーストの槍の解放も辞さないとする私は、もう一つの懸念に対しても注意を張り巡らせて伸びてきた親指の爪を何度も口に含んで噛みしめる。

 

「……話は変わるがジャンヌ、生きていた頃のジル・ド・レェは魔術を噛じっていた節はあったか?」

 

「いえ、ないとは……思います。客観的に見て至って普通の、腕の立つ同僚の兵士というのが彼だったかと」

 

「であれば概ね史実通りか。そこに加えてこちら寄りになっているとすると、あの話は現実味を帯びるか……」

 

『――あの話というのは?』

 

 カルデアからの通信も加わり、あまり知られているかもわからないマイナーな話題を聞いている全員に振る。

 

「……フランソワ・プレラーティって錬金術師がいるんだけどさ、そいつは魔術世界だとどういう認識?」

 

『確かこちらでも錬金術師もしくは魔術師として知られているね。……青髭のパトロンとの話もあるがそれに関係する話かな?』

 

 そんなところだよ。……つまりは、親しい仲だったというのが重要なポイントだ。個人の間柄なら金銭以外にも物の貸し借りがあったと見るのが定石だろう。故に、今回の話はそれに帰結する。

 

「神話生物が召喚されている上に、オルタが口走った青髭の奇行。そしてHPLではフランソワ・プレラーティは、『ルルイエ異本』を部分的に訳したとして軽く名前が上がる」

 

『……ルルイエ異本?』

 

『私みたいな邪神やリツカ、余程の物好きか追い詰められた人間にしか読解できない、地球外の言語で書かれた魔導書よ。何故か翻訳されたりしていることもあるけど、脅威度はそのまんまで専門機関で主に厳重に管理されているわ』

 

 いつの間にか管制室に居たマイ子が丁寧にも解説を入れてくれ、読むべきではない書物ということで認識される。ゲシュタルトが崩壊しそうだ。

 

「たまにPDF化して持ち歩いてるアホもおるけどね。私も送りつけられてちゃっかり持ってます」

 

「……捨てないんだね」

 

 捨ててもどうせ何処かで拾うから最初から持っていて防御しているだけだよ。……で、その『ルルイエ異本』の劣化コピー本が現実にあり、今こうしてフランスが神話生物の脅威に晒されているという事は、死ぬまでの凶行を含めて考えて青髭に手に写本が収まったと思っていいだろう。

 或いは、フランソワ・プレラーティがジャンヌが死んで間もないこの時期からジル・ド・レェを唆して暗躍していたと見るべきか。後者なら、狂人が増えてイカレ具合も倍増で特異点の修復完了もかなり遠のくに違いない。

 

「初回なのに痺れを切らさせるだけの刺激は与えちゃったからな。次は確実に蛮行に及んでくる」

 

「具体的には?」

 

「食料の足しにしかならないただのワイバーンやクトゥルヒ以上の存在を急ごしらえに用意してくるとかだろうな。それも今の戦力じゃ束になって立ち向かっても勝てないぐらいのとびきりのやつを……」

 

 それが何であるかまでは見当もつかないが、お遊びはこれまでだというメッセージ性は出してくる事は揺るがない。

 対策を取られる前にこちらで先行して対策を講じられるよう動ければいいんだがな、未来予知でもしない限り無理な話か。

 

「地道に星を集めるといい。こうして出会えたんだ、流れは今のところ君に傾いていると言っていい」

 

「そうよ。でなけれれば私もアマデウスに再びこうして会えなかったもの」

 

「……そうだといいんだけれどな」

 

 励ましの言葉に痛み入りつつ薪に火を起こすと、プチ歓迎会と称したただの食事会の準備に私は取り掛かった。メインディッシュは例の如くワイバーンの肉であるが、これ王族の人に食べさせてもいいんじゃろうかと不安で一杯だ。

 今後の戦闘よりもどうでもいい事に焦りを覚えたこちらの心情を余所に、肉の焼ける匂いが周囲を包み込むように立ち込めたのであった。




この王妃様、SAKIMORIインストールされてね?(

そして容赦ない触手拘束からの連続回転叩きつけノックアウト。
青髭、ちょいと戦いの様子覗いてみたら既に拉致られてる場面で発狂。怒りの聖杯による回収です。お疲れ様でした。

んでもって、Fakeのあの人の名前が出てくる始末。
つまりは何だ、大惨事クトゥルフ大戦だ(確定。


次回もお楽しみに。


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聖☆おねえさん、襲来。

お久しぶりです、どうも。
ネロ祭、疲れましたよ。
135箱ぐらい開けるのが精一杯でしたがスキル石がたんまり溜まってホクホク顔です。

では、今回の話もどうぞ。


 

 ――今一度、状況を整理してみようと思う。

 

 そう大所帯に成りつつある皆の前で真面目に切り出した私は、インスタントな珈琲を片手に一つの転換点であると思われる今に至るまでに入手した情報の纏め上げへと取り掛かった。

 なお、何故現時点を転換点だと判断したかについてであるが、これまで予想をしたり聞いた程度であった敵の情報が直接会うことによって頭がパンクしそうなほどのインフレを起こしているからに他ならない。

 ……要するに、勢力図や相関図が良い感じに出来る頃合いになったので、入手した情報に対して白黒つけて何をどうすればこちらの目的が達成されるのか明確にし全員に共有したいわけである。

 

「題して、100秒でわかる第一特異点!!」

 

「いや、そんな早くダイジェストに出来ないからね!?」

 

 勝手な議題のタイトルが書かれた携帯用のホワイトボードを鋭いツッコミの手で弾き飛ばし、冗談を抜きにして第一特異点の現状を振り返り始めた私は、まず初めにフランス全体を騒がしている背景についておさらいを開始した。

 

「自称ジャンヌの反転体こと、ジャンヌ・オルタによって休戦状態にあったはずの百年戦争は竜と神話生物とその他諸々が蠢く別の戦いへと移行していた。既に幾つかの土地は壊滅的被害を受けていて、このままではフランスという国の存続も危うくなる」

 

『フランスがここで万が一潰える事になれば、世界地図が書き換えられるだけでは済まない。そこに存在していた人々の人生さえも変わることになる』

 

 そうなることで救われる命があるのかもしれないし、逆に犠牲になる命が増えることになるのかもしれない。

 例をあげれば、ここに居るマリー・アントワネットの人生が変わり果てることに繋がるだろう。何せ、彼女は元々はオーストリアのお姫様だ。嫁ぐ先であるフランスがなくなれば歩む人生も違い、好きになる相手もその後の死因も本来とは異なることになる。

 個人的にはその方が幸せなのではないかと思わなくもないが、どうなろうとも悲劇的な結末は変わらないみたいなクソ理論に従って歴史が進んでしまうことも有り得る。……故に、不確定でどう転ぶかわからない未来を憂いるよりも私は正しい歴史である方をどこまでも尊重する。

 

「それが正しい……あり得たかもしれない可能性を夢見るのは微睡みの中で十分さ。囚われすぎると最悪、このフランスを騒がせている張本人みたいなことをしてしまいかねないからね」

 

「……実を言うと、フランスが特異点となっていると聞かされた時に真っ先にそれを危惧していたり。別に、貴方の仕業だとかは考えてなかったけど」

 

「ハハッ、マリアにオルタは似合わないよ。存在していたとしたなら彼女を嫌うか、恐れていた誰かによって形作られた別人か何かだろうさ」

 

「会ってみたい気もするけども、違った意味で輝いていて仲良くなるなんて叶わないでしょうね……」

 

 人々の妄想や認識が作り出した虚像の具現化……通常なら頭の中止まりの存在だが、聖杯であれば可能にしてしまえることもある。……やはり厄介なアイテムだなぁと私はつくづく思った。

 

「――でだ、相手側は知っての通りサーヴァントによって厳重な守りを固めている挙句、聖杯を所持している関係でそのバックアップを受けている節がある」

 

「狂化状態の付与に加えて、令呪紛いの転移までするとは先の戦闘結果はともかく大した奴らじゃ」

 

「まあ、向こうも同じ手は食わないようにしてくるだろうよ。それに、あの場にいた連中が戦力の全てではないと見た」

 

「……ジルのことですね」

 

 ……最悪、七騎であるという聖杯戦争のルールを破って大量に追加召喚を行い、ゴリ押しみたいな事を仕出かしてくるかもしれない危険性があるだろう。

 限度があったとしても、誰かを倒したら代わりにまた召喚して補充したなんてことは当たり前のように行ってくるに違いない。対しこちらは、無尽蔵な魔力はなく人員にも限りがあってリタイアしたらそれで最後だ。命を大事にを胸に動かなければ段々と不利になり続けてしまう。

 

「対策としては連中の数がこちらを下回った段階で畳み掛けるのがベストなわけだが、そう簡単に突っ込まさせてはくれないだろうな」

 

「分断は狙ってくるだろうな。全員集合でフルボッコなんて誰だって味わいたくねえよ」

 

 そらそうだわな、と同意の表情を見せるとその上でどう動くべきかを熟考する。

 シンプルに考えるならばこちらの数を増やすことがセオリーだが、既に情報として上がっている竜殺し2名を仲間にするだけではまだ心もとないというのが本音だ。

 

『聖杯戦争という枠内で考えるならば、そこにあと二人はほしいところだね。カルデア組を除けばそれでちょうど7人になるはずだ』

 

「となると、あと4人を道中で仲間にしなければならないわけか。手がかりになるようなものが今のところないのが辛いが会えるだろうかね」

 

「会えるじゃろ(適当)」

 

「――ふむ、聖女にフランス関係者、竜殺しと来れば次は何が来るのやら……」

 

 吸血鬼っぽい二人組が向こうにいたし、そのお仲間かあるいは狩る側とかかもな。

 まあ、装いとか容姿も英霊だから目立つことだろうし、変な格好をした連中見ませんでしたかって比較的安全地帯で尋ねてまわれば運が良ければそのうち邂逅するだろう。格好云々に関してそっくりそのままブーメランなのは理解している。

 

「他にわかっていることといえばアレか、聖杯の持ち主が暫定で判明していることか」

 

「一点狙い出来るってのは大きいよな。だが、あくまでも現時点で保有してる相手が分かってるに過ぎねえし、油断はすんなよ?」

 

「狂っている奴ほど割りと冷静なのは重々理解しているよ。それに、寸前での持ち物譲渡は私でもやる手でもあるし……」

 

「まさに狂人VS狂人の高度な戦いじゃな」

 

「せやな」

 

「――そこは否定しろよお前っ!?」

 

 否定するも何も狂ってなきゃ人理修復に挑むなんてするわけがないだろうに、何を今更。常人だったら今頃は嫌だと喚き散らして枕を涙で濡らしてるよ。ふぇええ……ってな。

 

「せ、先輩は狂ってなんかいません!」

 

「あ、うん。気持ちは有り難いのだけれど、事実だから……」

 

 詳しくは言わんけど、これでも不定の狂気を患ってたりするんですよね。誰かに確実に迷惑をかける系のやつを。……最近は発症してないけど、特異点巡っている間に一度はなっちまうかもしれないぜ。

 

「……よくわかりませんが、その時は私が止めてみせます!」

 

「やめとけやめとけ。マシュは綺麗なままでいて欲しいから、ねっ?」

 

『ぶっちゃけ、歯止めが効かなくなるだけだから。主にせ――』

 

「それ以上言うなァ!」

 

 余計なことを言われる前に通信を閉ざし、咳払いをした後に開き直ったように私は会話を再開する。……ほらそこ、訝しげにみんなよ恥ずかしい。襲うぞこの野郎。

 

「話を元に戻すけど……こちらの勝利条件については、聖杯を奪取さえしてしまえばほぼ勝ちは決まると言っていい。てか、最初からそれ以外の条件がない」

 

「取ったついでに倒さねければならない相手が現れなければの話じゃがな。それ以前に最後の悪足掻きを試みられることもあるかもしれん。その時の儂らがどんな状態かによって難易度は跳ね上がるぞ」

 

「そうなんだよなぁ……」

 

 あの青髭が自分の理想のジャンヌを生み出してしまうほどの執着を秘めているのであれば、最後の最後に何かやらかすのは想像に難くない。

 その時こそが真の最終決戦となるだろうから、消耗はあまりしないように上手く采配を取らないといけないな。みんなー、前もって言っておくけど無茶は最後まで取っておこうねー。

 

「一番無茶をしそうな人間に言われても説得力ねえぞ」

 

「……シルバお前、戻ったら暫くドッグフードの刑な」

 

「地味に辛いからやめろ」

 

「じゃあ、ペディグリーチャム」

 

「尚更やめろ」

 

 じゃあ何がいいんだよ、我儘なやつだなぁお前は。

 ……あー、とにかくだが、切り札というか宝具は乱発しないようにね。元々乱発できるかはさておき、ギリギリまで温存することに意味はあるからさ。

 

「あとは今後の方針についてだな。このままリヨンってところに向かうつもりか?」

 

「いや、当初の予定ではそうだったけども、それはラ・シャリテで何事もなければの話だよ。結果として、乱戦状態に陥ったからそのまま向かうのは迂闊すぎる」

 

「距離的に近いこともありますしね……本拠地か前線基地として機能していることもあるでしょう」

 

『――すると、乗り込む乗り込まないを決める前の情報収集に勤しむわけだね』

 

 近場に小規模だが街もあることだ。そちらに建築物に対して足りてなかった被害者の多くが逃げ延びているやもしれない。一旦、そこで明らかになっていない勢力図を纏め上げてから次に何処へ向かうかを判断しよう。

 

「……今のフランス軍の動向もつかみたいところですね」

 

「確かにフランス軍の様子も気にはなっている……下手にこちらの動きが邪魔されないためにも手を打つ必要も出てくるかもしれない」

 

「では、そのように動きましょう。大勢で動くと目立ちますから偵察は最低限の人数で、残りはそのバックアップということで待機ですね」

 

『うん、それで行こう』

 

 合意が得られたところで人選については後々にし、ちょっとしたつまみとして用意し串に挿して焼いていたマシュマロを手に取り頬張る。……うむ、焼き加減は上々だな。

 追加でセットをしつつ焼き終えた分を全員に配ると、私は話のタネとして聖杯戦争において最も重要な事柄について思い出してがら切り出した。

 

「ジャンヌ・オルタと青髭はいいとして、その配下にいる英霊の正体も気には留めておかないと――」

 

「ざっくり見た感じ、一番厄介そうなのはランサーっぽい奴だな。それと杖持った奴もなかなかだったと思うぜ」

 

「……杖持ちは二人いた気がするんだけど?」

 

 アストルフォの指摘通り、杖持ちの女性サーヴァントは二体確認されていた。アレでどう戦ってくるねん……叩くの? それとも魔力ぶつけてくる感じ?

 手の内晒させる前に動き封じちゃったから攻撃手段とか殆ど確認できていねえや。

 

「あー、じゃあ露出度高い奴」

 

「いやうん、だからどっちも高かったと思うよ。素直に仮面つけてたか付けてないかで判断しようや兄貴」

 

『まあ、どちらも現状は脅威であることは変わりないね。一先ず仮面を付けていた方から注目してみよう。ランサーと一緒にやけに血に固執していたようなのがやはりヒントになるかな?』

 

 感覚的に捉えてみても、相対したあの二人は人外系の類だろう。生粋ではないように見えたから恐らく後天的にそうなってしまった的な、ある意味私と似たり寄ったりな関係かもしれない。

 

『スキルや宝具、それと姿などは伝承や不特定多数の認識によって時に形作られることもある。これに当て嵌めると血から連想が容易な、吸血鬼として語り継がれてしまった存在があの二人なんだろうね』

 

 男性で吸血鬼であるとして語り継がれている存在といえば、一般的にヴラド・ツェペシュ……正確にはヴラド三世が有名だと言えるだろう。

 

「しかし、なんだっていきなり吸血鬼要素のある者が召喚されてるのかのぉ……召喚者の気まぐれか?」

 

「いやそうじゃないよ。ヴラド三世はドラキュラ公もしくは串刺し公という異名がある。ドラキュラとは『竜の息子』という意味合いもあるから、その関係で呼ばれたのかもしれない」

 

「相変わらずのマイナーな知識だよな」

 

 うるせえ、こちとら最初から知る目的で知ったんじゃねえ。グールや血肉大好きモンスターの類を調べるなかでついでに知っただけのことだっての。

 それで、仮に男性サーヴァントがかのヴラド三世だったとすると逸話からして串刺しによる攻撃やらしてきそうで怖いな。足元に気をつけないと一瞬でやられそうだ。

 

「仮面のサーヴァントの方は見当付く?」

 

「……女性の吸血鬼って言ったらカーミラが有名かな。『ドラキュラ』に影響を与えた作品だけにヴラド三世とは少なからず繋がりはあることにはある」

 

『でも、カーミラはあくまで小説内の登場人物だよ?』

 

 そこが私も引っかかりを感じているが相手は聖杯を所有している為、基本的にルールだの常識は通用しないと言っても過言ではない。

 オルタがいい例であり、先程ロマニが述べた通りに人の想像や認識がサーヴァントを無から有るものたらしめる事があるわけだ。……正確には無ではなく、微かな有があるのは一応承知している。

 

「微かな有……言い換えればモデルになった方がいると見たほうがいいでしょうか」

 

『仮説が正しければ存在するね。かのバートリ・エルジェーベトまたはエリザベート・バートリー……血の伯爵夫人がそうだなんて言われているよ』

 

 モデルとそこから生まれた存在が出会う時、互いの認識的にはどんなことになるんだろうな。母親や姉妹っていう甘っちょろい関係には絶対にならなさそうなのは予想がつくが……。

 

「ま、なってみねえとわからんだろうし結局は当人同士が解決するしかねえ。そういう宿命だろうよ」

 

「……だろうなぁ」

 

 きっとろくなことにならない未来は見えているが、対応についてはその時なってから考えよう。

 吸血鬼(仮)組に対する真名予想はこれぐらいが限度として、次は仮面を付けてなかった方のどことなく破廉恥な格好の女性サーヴァントの予想と行くかい?

 

「――いえ、その前に一ついいかしら?」

 

「あっはい、どうぞどうぞ」

 

「あちらのジャンヌに付き従っていた騎士の……セイバーの英霊についてなのだけれど……私に心当たりがあるわ」

 

 わざわざ王妃が切り出すということは、生前の知り合いだということなのだろうか。

 ……思い出してみると、彼女が介入した時に一番驚いた顔をしていたのは他でもない暫定セイバーだった気がした。ていうか、物凄いガン見して動きを追ってましたよね。特に逆立ちしながら脚を回転させてたモーションのところ。

 

「……彼女? だけれど、シュヴァリエ・デオンだと思うわ」

 

「その根拠は?」

 

「確かなものとは言い難いけれど、私を知っていてあそこまで男装の似合う女性は彼女以外に他にいなかったと思うの」

 

 シュヴァリエ・デオン……生涯の半分を男性として生き、残り半分を女性として生きたフランスのスパイであり、フリー・メイソン会員か。

 

「フリー・ソーメン?」

 

「定番のネタありがとう」

 

 何だか素麺を食べたくなってきたが、それはカルデア内で素麺を飛ばせるぐらいに余裕が出来てからにしような。

 ――で、シュヴァリエ・デオンについてだが詳しい経歴を洗ってみても、現状はそれほど脅威度はないように感じられた。

 そもそも、彼もしくは彼女がいかんなく能力を発揮するのは諜報が求められる舞台のはずだと思うのだが。間違っても魑魅魍魎がうじゃうじゃとしている魔境なんかではない。

 

「彼女もこんな状況のなかで召喚されるとは思ってなかったと思うわ。本当に気の毒ね」

 

「……解放してあげたいけども、契約を解除してなおかつ狂化を解かないことには倒す以外に止めようがなさそうだ」

 

 何とかして私の配下に一時的に入ってもらえば令呪で狂化だけは解けると思うんだけども、肝心のオルタの支配から逃れる方法がないことにはアクションが起こせない。

 私の覚えている呪文で対抗できるかは試したことがないので、いざ目の前にしてぶっつけ本番はマジ勘弁な。落ち着いたところで検証させてくれ。

 

『――マスター、契約を解除してしまえば後はどうにかなるんだな?』

 

「うん? ああ、相手に支配から抜け出す意志があれば万事解決するんじゃないかな」

 

『そうか、だったら私に考えが―――『ッ……悪いが、サーヴァントの反応だっ!!』……こちらでも確認した、相手は杖を持ったサーヴァント一人だ』

 

「仮面付き?」

 

『――いいや、仮面なしの方だ』

 

 食べかけのマシュマロを乱暴に食べ終え、襲来するであろう方向を全員で見据える。

 よりにもよって正体を考察してない相手が来るとは厄介だが、単騎で来るとはこれまた意外である。まさか、本気を出せば一人でこちらを蹴散らせるだけの実力を秘めているのかあの破廉恥サーヴァントは……油断ならんな!!

 

「どうするマスター?」

 

「またフィリピン爆竹投げるか?」

 

「此処で投げたら皆巻き添え食らうでしょうが……今回は森の中だし火気厳禁だよ」

 

「……向こうが使ってきた場合には?」

 

「携帯消火器で消せよと怒鳴りながら殴る」

 

「殴る」

 

「うん」

 

 そんなやり取りをしている間に足音が聞こえ、視界には暗がりから近づく十字架杖を持った女性サーヴァントが映った。

 やけにスローペースで近づいてきているところを見ると、言葉をかわさず問答無用で仕掛けてくるほど野蛮な性格はしていないようである。……加えて、以前より落ち着いてるような気配もするので、もしや追跡者としてただ単に命令されて来たわけではないのか?

 疑問を余所に、完全に姿が見える距離に女性サーヴァントが到着すると、睨みを利かせるこちらに対して律儀にも挨拶をしてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――こんにちは、皆さま。寂しい夜ね」

 

「さっきまでそうでもなかったんですけどね……それで、どちら様で?」

 

「……そうね。私は……私は何者なんでしょう」

 

 ……あかん、彼女ったら自暴自棄になってるわ。嫌な上司にパワハラされて深夜まで残業させられたOLのそれのように目が虚ろで、この後ヤケになって暴れそうな気配を最初から漂わせてやがる。

 これには一同揃って困惑し、どう扱っていいのやらわからないという表情を浮かべる。……えっ、私が代表して話を聞けって? マスターなんだからってお前ら逃げる理由がずるいぞ。

 ええい、もうどうすりゃいいんですか。カウンセリングなんて受けたことはあっても受け入れる側に回ったことはないぞ。と、とりあえず基本的なところから真似して聞いてみるしかない!!

 

「ご、ご職業は?」

 

「………」

 

 おい、何を聞いてんだって顔をするんじゃない。そして、アンタもキョトンとしないでくれ。恥ずかしくなって埋まりたくなるから。

 

「――せ、聖女を、やっております」

 

「そうなんですか、ご大変ですね」

 

 続けるんかーい! しかも、真面目に答えるんかーい! ……なにこれ、何だよこれは。自分でもよくわかんなくなってきた。

 ……立ち話もなんだし座ろうか。誰か飲み物とお菓子用意してー。ついでに特製の精神安定剤も混ぜといてー。

 

「最近、辛いと感じたことやストレスを覚えたことはありますか」

 

「……あります」

 

「具体的にはどのような?」

 

「壊れた聖女の使いっ走りを幾度となくさせられ、罪なき人々を蹂躙することに加担させられました。……理性は強制的に凶暴化していて今も耐えるのに必死です」

 

 聖女パワーで何とか残った理性を繋ぎ留めているわけね。でも、それも長くは持ちそうにないと悩んでいるわけですか。

 召喚されてからどれぐらい経過しているかは知らないが、相当堪えていると見たほうが良さそうである。

 

「時間がないということなのでズバリ聞きますが、貴女は早く今の役割から解放されたいと思っている……だから追跡役を受託した、違いますか?」

 

 切り込んだ問いかけに聖女な彼女は驚いたように頷き、溜めていたであろう胸の内を私にぶち撒けてみせる。

 

「外に出れば罪を重ねられ続け、戻れば異形が徘徊するなかで待機を命じられる……もううんざりなのよっ!! これ以上こんな毎日を繰り返していたら私は聖女である以前に人でなくなってしまうわ!!」

 

「……あー、可哀想に。ドラゴンはともかくクトゥルヒの連中と生活してたら気が滅入るどころじゃないわな。精神を毎日削っていくようなもんだ」

 

「アレに詳しいの、貴女」

 

「一応は専門家です。ドラゴンスレイヤーならぬクトゥルフスレイヤーが本職ですよ、私」

 

 昔ほど最近は狩ってませんけどね。全盛期では歩く殺戮機構なんていう痛い異名を付けられるほど狩ってたような覚えがある。ちなみに、ムーンビースト撃破数のギネスあるならぶっちぎりですよ、HAHAHA。

 

 

 

「……何体狩ったんだよ嬢ちゃんは?」

 

「随分前に聞いた時には、99822体って言ってたかな」

 

「いちいちカウントしとるのかあやつは……」

 

「ネタで言ってるのかもわからん」

 

 

 

 

 ヒソヒソしてるの丸聞こえだぞ。あと、告げた時は完全にネタで言ってたよ。実際は―――もっと狩ってる(おい待て。

 

「なら、貴女なら全部退治できるのね……あの気持ちが悪いのを」

 

「勿論、プロですから。……それで、私達に頼みたいのは別のことでしょう?」

 

「……ええ、そうよ」

 

 覚悟を決めた様子で彼女は瞳を閉じると、単刀直入に取引と要求を一度に突き付けてきた。

 その内容とは―――自らの介錯と引き換えに持ち得ている情報を公開するというものだった。……情報やるから見逃してくれとかはよくある展開だけど、始末してくれというのは新しくて初めてだな。

 

「……やってくれるかしら?」

 

「そうですねぇ……うーん」

 

 こればっかりはすぐにうんともすんとも答えられそうになかった。

 既に知ってる情報が出てきたりしたら、それはそれで無駄事になってしまうしな。

 

「まだ欲しいものがあるの? 悪いけどこれ以上にあげられるものは……」

 

「そういう問題じゃないんですよ」

 

 命は投げ捨てるものだとよくネタで言われるが、実際に捨てられるような真似を目の前でされるのは勘弁願いたいレベルでノーサンキューだ。

 ……考えてもごらんよアンタ、無抵抗な人間を殺り終えた後の無言の空気をよ。立て直すのにどれだけ時間を要すると思ってんだ。こちとら特に制限があろうとなかろうと常時RTAなんだぞ。

 

「むむむ……」

 

「早くして頂戴、決断してもらわないと私は――!!」

 

 やれやれ、せっかちな聖女様だこと。狂化受ける前から割りと短気な性格してそうで怖いな。はてさて、頃合いとみたが如何に。

 

「わかってますよ。あーもう、仕方ない……ということで、やっちゃってくださいなイエス様」

 

『あいよー(私の腹話術)』

 

「えっ!?」

 

 突然の、特に理由のない立川に住んでそうな誰かさんの合いの手が聞こえ彼女の顔に動揺が走ったかと思えば、次の瞬間……何かが何処からともなく飛来し人体に突き刺さるような鈍い音が耳へと届く。

 発生源は他でもない目の前に居る自称聖女の彼女であり、ギギギと擬音を鳴らすようにゆっくりと首を回すとその背中には歪な形状をした短剣が突き刺さっていた。……間違いなく宝具だとわかるそれに気づいた時にはもう遅く、怪しい光を帯びてそれは周囲を照らすように輝いた。

 

「あ、ああ、アアアアアア……!!!」

 

 彼女は拷問を受ける女エージェントよろしく苦しみ出し、反射的に耐えようとして背筋を大きく仰け反らせる。ついでにたわわな胸も揺れまじまじと見つめてしまう。

 

「――どうだい苦しいだろう、それがご注文通りの『死』だ。なーに、痛みは一瞬よ。すぐに楽になるって」

 

「ちょっ、と……貴女、心の準備ってものが……」

 

「時間、ないんでしたよね?」

 

「考える時間取らせておいて、それはないでしょ……!?」

 

 正論だが、こちらにも準備というものが必要だったからな。

 具体的には会話外で作戦を練って念話でそれを通達したり共有したりで……危うく頭が沸騰するところだったよ。

 ――ええと、そんでもってここからはどうするんだっけ……ああそうそう、状態をチェックしつつ仕上げの前の大事なプロセスを踏めば良いのだったな。

 眩い光が収まりつつあるのを見計らい、次なるステップへ進むために私は教えられた通りの言葉を紡ぐ。

 

 

 

「―――告げる! 汝の身は我の下に、我が命運は汝の剣に! 聖杯のよるべに従い、この意、この理に従うのなら―――」

 

「なっ、それは――」

 

 

 

 本来の聖杯戦争で詠唱されるべき呪文であり、この狂い果てた聖杯戦争では縁がないモノ……だが、この一時においては必要な一手となる。

 

「私はあの女の支配下にあるのよ!? 幾らそんな言葉を紡いだところで……」

 

「まだわかんねえのかアンタ?」

 

 見守っていた兄貴がまだ意図と目的を理解していない聖女に対し、暴れないよう掴みかかりながらツッコミを投げかける。

 

「……何を?」

 

「狂化は続いてるかもだが、少なくともあの魔女との契約は途切れてるはずだっての」

 

「つまりお主は、狂犬病な野良犬状態とほぼ同然!」

 

「その例えはちょっと違うと思いますが……」

 

「大体はあってるからいいんじゃない?」

 

 合ってるか合っていないかはこの際どうでもいいとして、伝えた通りの状態にあることをやっと自覚してもらえたようで彼女からはあり得ないという声が漏れる。

 

「嘘っ……」

 

「嘘なもんか。詳しいトリックは後で解説するとして、安全に情報を得るために徹底的にやらせてもらう。故に―――我に従え! 聖女マルタ!」

 

 ライダークラスの霊基を宿し、尚且つ聖女としての顔を持ち、竜が蔓延るフランスに縁があるとするならば該当する存在はエミヤと私の知識を重ね合わせた限りでは一人しかいなかった。

 新約聖書に登場し、追放された先の南フランスにて竜退治の逸話を轟かせた聖女――マルタ。……なるほど、竜を説き伏せ従えるということを拡大解釈すればライダーとして現界するのもある程度納得がいった。

 

「……いいわよ、ノッてやろうじゃない。でも、正気なの貴女……これだけの人数を既に従えておいて魔力は……」

 

「そこにいるジャンヌ達3人は別として、カルデアから来てる面子は特殊な供給ルートがあるから、実質私の負担はマシュ一人ぐらいよ」

 

「この聖杯戦争も変わってるけど、貴女達も大概ね」

 

「直に慣れるさ」

 

 おっと、忘れちゃいけねえ。再契約したとはいえ狂化のステータス異常は続いているだろう。そんな感じは一見してないようだが保険はかけておくもんだ何事も。

 その辺りを説明すると、貴重な令呪をわざわざ消費するのはどうなのかと詰問されたが、心配しなくともカルデア由来の令呪は日をまたぐと1画分回復するという本来の聖杯戦争のマスターが泣いて悔しがる仕様なのでこれと言って問題はなかった。

 時間帯的にあと数時間もすればプラマイゼロになるので気にすることではない。というわけで、何か別のことが起きる前に令呪を以て命じ狂化解除を強く願った。

 

「……」

 

「どうですかね?」

 

「何となく、憑き物が取れた気分ね。ようやく本調子よ……でも、貴女の魔力ちょっと何か混じってない?」

 

「半分のそのまた半分ぐらい、さっき気持ち悪いとお主が言っとった連中の仲間じゃからな」

 

「素直に1/4って言おうよ」

 

「……倒す立場にいるのに侵食された系? 大丈夫なのかしら?」

 

 いえ、倒す立場にはいましたが侵食ではなく善意で移植された系です。それに代償がヤバイ呪文を発動させたりしない限りは危惧している通りの結末は迎えないので心配はご無用である。

 仮に妙なことになっても自分自身のことなのだからケリはどうにか付ける予定だ。あ、死んだりするのはまず考えてないからそこのところよろしく。

 

「なら、いいけれど……」

 

「ささ、これで仲間になったのだから心置きなく情報交換と洒落込めるわけだ。……何か食べる? 今なら焼きマシュマロとハンバーガーが付いてくるよ」

 

「……特にお腹は空いていないし、食事は必要ないのだけれど頂けるなら貰おうかしらね」

 

 具材がワイバーンの肉であることは敢えて隠し、余っていた分を渡すと彼女は大胆にかじりつき美味しいとの感想を述べた。ふふん、そりゃカルデア現状No.1のシェフが作ったからな当然だ。

 

「でもどうやって、あの魔女との契約を断ち切ったというの……?」

 

「ああ、それは……」

 

「私から説明しよう」

 

 ――とここで、噂をすれば今回の立役者がぬるりと現れ、解説を自ら進んで担ってくれた。

 

「君の背中に突き刺した短剣があるだろう? アレは神代の魔女、コルキスの王女メディアの逸話が具現化した宝具でな、あらゆる魔術を初期化する特性を持っているんだ」

 

「あらゆる魔術を、ですって? だったら令呪による契約であろうと打ち消せるのは納得がいくけれど……」

 

「何故本人でもない野郎が使えるかって顔をしているが、まあそれはそいつ自身の特性ってやつだ。つくづく反則だと思うぜ」

 

「その反則に至るまでこれでも長年苦労したんだがな……」

 

 何であれ、情報を提供してもらおうって時に邪魔されることがないように手を打てたのは良かったというものだ。

 あとは私が続けてやったように令呪によって不安要素を完全に払拭したわけだが、ここに来て戦闘勃発とか本当にならなくて心底安心した。今日のところは休ませて欲しいからね。

 

「実は令呪を使ったタイミングで、暴走したり狂化状態のシャドウサーヴァントが彼女から飛び出してきて、己の闇に打ち勝てみたいなことになると思ってました、はい」

 

「熱い展開じゃが、そうなったところで全員でフルボッコすればどのみち結果は変わらぬぞ」

 

「わかってるよ。……で、本気で交戦していたとしたらどんな感じになっていたんです、マルタさん」

 

「タラスクでここの一帯が滅茶苦茶になっていたわね。あの子ただでさえ大きいから……」

 

 うへえ、退治した存在であるタラスクを召喚できるのかぁ。実物は見たことなんてあるわけないがサイズはさておきガメラっぽい感じだとは聞いたことがある。この場に出されでもしていたらボヤ騒ぎ以上に周辺から注目を集めるところだった。

 

「この際だから弁明しておくけど、数時間前の戦闘はこれっぽっちも本気で倒すつもりなんてなかったからね」

 

「……でしょうね。でなきゃ一人ぐらいは倒されていただろうし、あの魔女が拉致された時点でこちらに何かしら変化あったもの」

 

「変化をもたらそうとした矢先に離脱されたみたいだからね。そっちの、ジルとかいう人物によってだと僕達は推測してるけど……」

 

「あら正解よ。向こうのキャスターこそがこの狂気の世界を作り上げた真犯人と言っても過言ではないわ。令呪もなしにあの女を離脱させたということは即ち――」

 

「ルルイエ異本には私が知る限りでは転移の呪文はなかったはず……てことは、やはり聖杯による緊急脱出だったということで結論づけて良さそうだな」

 

 パズルのピースが確証を持って一つ埋まり、何を優先すべきかは定まった。また追加情報で、本拠地はオルレアンにあることが決定付けられ、阻む障害がこれ以上なければ一直線に攻略に迎えることが判明する。一同は喜ぶ反面……恐ろしいほどの一抹の不安を覚えた。

 案の定、嫌な予感だけはいつものように的中し、オルレアンに行き着くには自分達を脅威とみなしたジャンヌ・オルタによる新たな刺客を排除しなければならないことがマルタの口からは告げられる。そもそも、この事が一番に私達に伝えたいことだったらしかった。

 

「今此処にいる全員が貴女達の全戦力ということで間違いないわね?」

 

「そうだけど……」

 

「なら、はっきり申しておくけど『あの脅威』にはこのままでは対抗することは出来ない。返り討ちにされて逃げるのが関の山と言ってもいい」

 

『それほどの脅威を投入してきたのか……正体については理解していると見ていいのかな?』

 

「ええ……アレを攻略できるのは生粋の竜殺しという存在のみ。私以上に竜の扱いに長けた人間でなければあの邪竜の中の邪竜は倒せないでしょう」

 

「待て、それはまさか―――」

 

 次に出てくる言葉は告げられなくともわかってしまっていた。何故ならそれは、ついこの間の休憩時に冗談混じりに出てきた名前であり、召喚してくるとは全く思えなかった存在であるからだ。

 

 

 

 

「『邪竜ファヴニール』……それがこれから私達に立ちはだかる災厄にして脅威の名前。これを倒さないことには貴女達の目的は果たされないでしょう」

 

 

 

 

 ……最悪にして最凶の邪竜の声が、我々を殺戮せんと声高く何処かで鳴り響いた気がした。




悩んだ結果、マルタさんまさかの味方化。ルールブレイカーぶっちゃしてからの再契約令呪発動です。
デオンくんちゃんでテストしようかなと思った矢先に襲来したのが彼女にとって幸運だったのです、はい。

関係ないですけど、最近アズールレーンというゲームにハマっているのですが、第六サーバーの名前が何と「ルルイエ」に決まりましたね。

どうしてこうなった。


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友情ブレイクバースト

2週間ぶりの更新です。
イベントに残業と全然手を付ける暇がなくて少しずつしか書き溜めることが来ませんでした。

あと、英霊剣豪ですが実装からすぐさまプレイしクリアしました。
熱い展開で大変よろしかったです。
インフェルノさん欲しさに回したら彼女来たけど、武蔵ちゃん2人も来て驚きました。正月の爆死は何だったのか(

あと、キャメロット舞台も見に行きましたが鑑賞後は直ちにベディに聖杯捧げてました。尊すぎるでしょ


 現状のままでは倒しようがない刺客の正体が発覚し、私達一行はより一層竜殺しを求めて活動をしなければいけなくなった。

 つーか、何だよファヴニールって……反則もいいところだろ。こんな事になるなら現代の竜殺しにでもなっておけばよかったぜ。……え、そういう問題じゃないって?

 

「竜殺しがこの特異点に二人いることはわかっているけれど、かなり限定して探さないといけなくなったな」

 

「つまり、討ち倒した人物であるジークフリートに絞って探さねばならないわけか……」

 

「もし最初から召喚されてなかったとしたら厄介じゃぞ。別の竜殺しに代役を頼めるかも不安じゃ」

 

「エミヤさんの宝具で代用することは……?」

 

「理論上は可能だがランクが落ちるのは避けられない。元より連発が可能な宝具のようだがそれ以上に放つ必要が出てくることだろう」

 

 効率的ではないし、エミヤが後方支援を担うという方針が崩壊することに繋がる。

 であるからして、やはり血眼になってプロであるジークフリートを探す必要がある。だが、手がかりがないことには迂闊に動きようがないし、実戦投入が間近となれば長距離の移動は危ういと言えた。特にオルレアン方面へ向かうのは危険が過ぎる。

 

「いえ、手がかりならあるわよ」

 

『何だって、それは本当かい!?』

 

「ええ、伊達に狂化に抗っていたわけではないわ。私はあの女の影に隠れて竜殺しと思われるセイバーを匿ったの」

 

「――何処に!?」

 

 問題はそこだ。近場でなければこちらは大胆に行動することを迫られる。慎重に今は事を進めたいのでそれだけは避けたいところだ。

 一抹の不安を余所に、マルタは投影された地図を眺めると最後に竜殺しと会ったという場所を指し示した。

 

「リヨンか……」

 

「街の状態としてはどうなのですか?」

 

「何回か襲撃して放置の状態ね多分。拠点化は別にしていないはずだから移動していなければ身を隠すには――」

 

「逆にもってこいって訳か」

 

 考えたなと感心しつつ私は、匿ったという具体的な場所の特徴について聞き出し、捜索に掛ける時間を短縮しようと試みる。

 すると、領地内に建てられた城に未だ居る可能性が高いとの証言が取れ、探す苦労が軽減される運びとなった。いちいち聞き出さずとも案内を任せればいいとも考えはしたが、出来れば向こう側にマルタが寝返ったことを悟られたくはない。

 

「でも会えたからといって無理に戦わせるような真似はしないであげて。彼は野良サーヴァントであるが故にまだ消耗した状態にある」

 

「成程……であれば、その場でファヴニールの襲撃を受けたとして撃破は難しく、良くて撃退がいいところということだな」

 

「ジークフリートだったならの話だがな」

 

『しかし、竜殺しのセイバー。この局面においては失っては困る存在だ。藤丸君、くれぐれも厳重に保護を頼むよ』

 

 そうと決まれば行動あるのみである。

 予定であれば明け方を待ってから行動を起こすつもりでいたが、マルタがこちらに派遣され結果が出るまでの時間とそれに伴う追手の二次派遣がこちらへ到達する時間を考慮に入れれば話は変わるというものだ。

 恐らく、こちらがリヨンへ到達したかしないかのタイミングでかち合う可能性が高いため、回避するには今のタイミングでのリヨン到着が望ましいと言えた。捜索に掛ける時間もただ削るのではなく増やすに越したことはない。

 

「じゃあ、休憩は一旦お開きってことで。異論はない?」

 

「ええ」

 

「ああ、いいぜ」

 

 移動は……そうだな。念のため先行して様子見を行う班と連絡を受けて進む班に分けようか。

 いつも通りエミヤに遠くからの確認は任せるとして、すぐにUターンできるように機動力を与えたいところだな。

 

「――なら、ボクが一緒に大丈夫か見てくるね!」

 

 アストルフォがちょうど良く名乗り上げ、二人は早々に召喚されたピポグリフに飛び乗って変わらず星が輝く夜空に向かって駆けていった。

 んじゃまあ、私達は野宿セットを片付けて夜中のドライブに洒落込む準備を整えようか。火の始末は特に入念にっと……。

 

「これ以上の大所帯になることが想定されると、移動手段についても要検討ですね……」

 

「なーに、その時は私がシャンタク丸を呼び出すまでよ。4人ぐらいなら余裕で乗せられる」

 

「なお、コイツが乗らないともれなくアザトースの玉座へご招待な件について」

 

「……もし行っちまったらどうなんだ?」

 

「わからん」

 

「えっ?」

 

 私も行ったことがないからな、辿り着いてしまったらどうなるかなんて想像でしか語ることが出来ない。

 諸説によれば、この世の全ての現象や物事の「起源」とされているぐらいに危険かつヤバイ存在だ。真偽はどうであれ、接触すればただでは済まないことは確実だ。かなり低い確率で生存出来たとしても精神の方が持つかどうか……まさに触らぬ神に祟りなしというヤツである。

 まあ、間接的に夢の中っぽいところで会った気もするけれど、適当に忍殺語で会話したことぐらいしか記憶に無いです、はい。

 

「そんなアブねー所に行きかける使い魔召喚すんなよ……」

 

「シャンタク鳥自体は無害なんだよ。それに、心配しなくともこの特異点が乱立している状況下でアザトースに接触なんて出来るかってんだ」

 

「あ、これフラグだ」

 

「折るから問題ないです」

 

 私のフラグブレイカー能力を舐めないでいただきたい。そもそも私が乗って言うことをきかせてさえいれば件の問題は発生しないので。

 ――っと、変に駄弁っていたら荷物も纏め終えて車に積み終わったな。あとは出発してもよいかの合図が来るのを待つだけだが、面倒なことになっていないといいが。

 

『……マスター』

 

『あっはい、やっぱりタダでは入れなさそうですか』

 

『いや、見たところ守りは皆無だ。エネミーなど一体たりとも見当たらない。構造物の損傷は思った以上に激しいがな』

 

 となると、竜殺しのサーヴァントの魔力反応があるかどうかだけか。無ければ振り出しに戻ってしまうけれど……。

 

『探知についてはこれからだ。一先ずはこちらに向かって出発しても何ら問題はないだろう』

 

『わかった、そうするよ』

 

 連絡を終え、車のエンジンを駆動させた私達は舗装もクソもない道を走り、ひっそりとリヨンの街へと侵入するに至った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――で、微弱な魔力反応が感じられたのが情報通りの此処か」

 

 これと言って道中に襲撃を受けることはなかった後続組の私達は、目的地に到着すると手分けをして捜索を行うまでもなく領地内の一ヶ所へ集っていた。

 そこはマルタが告げたひときわ目立つお城であり、外見こそ戦闘の被害を大きく受けているが内部はまだ丈夫そうに保たれている様子だった。

 先んじてマルタと一緒にやや遠方へ退避したエミヤの解析によれば、件の竜殺しと思わしき反応は地下で静止していて動いていないとのことである。

 カルデア側でもダブルチェックを行い、安全確認の下で人質救助チームよろしく突入を開始すると、目の前には灯りのない寒気が酷くする虚無のような空間が広がっていた。

 

「まるで廃墟探索に来ている気分だな」

 

「写真撮るか?」

 

「撮らねえよ、心霊スポットってわけじゃないんだから」

 

「そう彼女が呟いていた時である……おわかりいただけただろうか」

 

 おわかりいただけないので、それらしいナレーションを付けるのは止めましょうねノッブ。

 

「彼女の後ろを孤独なSilhouetteがふと横切ったのをVTRは捉えていた……」

 

「捉えてないし、そもそもVTRを残せるものを持っていないでしょうが」

 

「けど、射影機に写っとるよほら?」

 

「って、人の部屋から勝手にやべえ物持ってくんなよオイ!?」

 

 骨董屋でふと手に入れてしまったありえないものが写ってしまういわく付きのカメラを没収し、本当は何も写っていなかったことを確認して私は安堵する。もし写っていたのなら確実に寄り道をしていたところだったよ。

 ……とにかく今は竜殺しの発見を優先して地下へと続く道を探さないとならないわけだ。素直に階段を手分けをして見つけよう。

 

「そんな事しなくとも直接床をぶち抜けばいいんじゃねえか?」

 

「ほう、ダイナミック竜殺し捜索をご所望か……」

 

 ポキポキと骨を鳴らして構えを取れば、慌ててジャンヌとマシュが制止をしてきた。

 

「せ、先輩っ!?」

 

「……本気でやらないで下さいね!?」

 

 心配しなくともやらんがな。やったら敵襲があった時に外へ出にくくなるし、向こうが容易にこちらを見つける要因にもなりかねないしな。

 てなわけで、慎重に事を進めよう。皆、懐中電灯やランプは持ったな!! 無いなら丸太でもいいぞ!(よくない

 

「あっ、あそこに階段があるよ!」

 

「でかした!」

 

「お、ワインが貯蔵されてるじゃねえか。多分、そんじょそこらの物よりも美味いに違いねえぜ」

 

「でかした!」

 

「とくとくとく……ぐいっ、ぷっはー美味いッ!!!」

 

「飲んどる場合かーッ!?」

 

「鍵が厳重にされてたけれど、ピッキングというので色々したら簡単に開いたわ!」

 

「でか…した…?」

 

 何で王妃がそんな器用なこと出来るんだよって思ったら、夫のルイ16世は無類の錠前マニアだったな。何処かで難しい鍵の開け方をわざわざ彼女に披露してみせたのかもしれない。

 ――そんな雑学を思い出しつつ、慎重と言いながらも完全に怒涛の勢いで各部屋を漁り地下へと突き進んでいった我々一行は、やがて魔力反応が何処よりも一番伝わってくる部屋の前に辿り着く。

 素直にノックするか迷いもしたが、隠れてるのに『はーい、今出ますよー』と返して出て来るサーヴァントが居るわけがないので、借金の取り立てを行うように乱暴に扉を私は蹴破ってみせる。――そして、吹き飛んだ扉の哀れな残骸の先に何者かの気配を感じた。

 

「……そこに、誰かいるのですか?」

 

 誰よりも早くジャンヌが居るであろう誰かに問いかけると、奥から聞いたことのあるような声色の男の声が苦痛を含んで聞こえてくる。

 同時に、よろよろと不自由そうに立ち上がる動作音も聞こえ、こちらに近づこうとしてくる様子が窺えた。

 

「くっ……オレを殺しに来たというわけか」

 

「え?」

 

「……いいだろう、このような男を殺したければ存分にかかってくるがいい」

 

 どうやら相手はこちらをオルタの仲間だと誤解しているようであった。そりゃ、大所帯で一気に来られたら当然警戒もするわな。私がそっちの立場でもきっと同じようにするはずだ。

 でも想像と現実は異なるので、瞬時に弁明の言葉を投げかけようと試みる。――が、そこにアストルフォが割って入り、何時になく熱い態度で応対した。

 

「――待ってくれ、ボク達は君を倒しに来たわけじゃない! 助けに来たんだっ!」

 

「……オレを助けに……来ただと?」

 

「貴方を匿ったというサーヴァントから事情を聞きました。彼女は此処には居ませんが、竜の魔女の支配下にはもうありません」

 

「その話を……信じろと言うのか?」

 

 なんなら令呪使って呼ぼうか? 彼女の狂化解くのに使ったばかりでもう1画減るのは痛いけど、それで信用が得られるなら安いものだと割り切ろう。

 1画分使用済みであることをアピールし、本来の聖杯戦争であれば次に令呪を使えば猶予がなくなることを大胆にも示す。

 

「いや……それには及ばない。だが、教えてくれ。何故手負いのオレをわざわざここまで探しに来た?」

 

 理由をご所望か。なら、答えはシンプルである。

 

「――邪竜ファヴニールを竜の魔女が使役し、近々こちらの目の前に現れると件の保護した彼女から聞いた」

 

「ファヴニール、だと……!?」

 

「ああそうだ。ただの竜なら私達だけでも倒せるが、奴が相手だというのなら話は別だ」

 

「……成程な。要するにそちらは『竜殺し』の仲間を欲しているというわけか」

 

 正しくは適材適所であるジークフリートをだが、もうこの際とやかく言うまい。

 さて、要件は伝えたわけだがそちらとしては何か条件や言うことはあるだろうか。

 

「――一つだけ、質問させてくれ。そこの『彼』にだ」

 

「えっ、ボク?」

 

「そうだ」

 

 驚いた事に初見で男であるとは見抜けないであろうアストルフォを『彼』と断言し、竜殺しであるとされる男はたった1つの問いを述べる。

 

「……君は何の為に戦うんだ? マスターの為か?」

 

「えー、うーん、それも一応あるけれど……世界の危機だって言うし。それから何ていうか―――」

 

「――『心地良い』からか?」

 

「うんっ! ……って、何で知ってるのさ!?」

 

「ああ、君は変わらないな……だからこそ、こうしてそこに居る」

 

 彼が答えるよりも早く、予測というより既に知っていたと思わしき反応を男は見せた。

 そうして男は、ようやく影に隠れていた身体をこちらの灯りのもとに晒し、真名を堂々と告げる。

 

「――オレの名は、ジークフリート。かつて、邪竜ファヴニールを討ち滅ぼした……即ち、君達が求める竜殺しだ」

 

『ビンゴだ! やったね、藤丸君!!』

 

 ロマニが歓喜の声を上げており私としても喜びたいところであるが、こちらに近づこうとする彼を見てあることに一部のサーヴァントと共に気がついた。

 すぐさま駆け寄り肩を貸してやると、無理をしている人間らしく体重がやや重くのしかかってくる。

 

「ジャンヌ、気がついたか?」

 

「ええ、これは……酷い呪いです」

 

「……何だって、どういうことなの!?」

 

 わからない面々に対して説明すると、彼は高度な呪いの類によって傷が癒えない状態を付与されているらしかった。

 通常の解呪系魔術では歯が立たないレベルで複数刻みつけられており、ジャンヌの見立てでは最低でも二人以上の聖人による洗礼詠唱でやっと解くことが可能であることがわかった。

 

「1つずつ解くのではなく、複数同時でなければ駄目なやつみたいだな……妙な小細工をしやがって」

 

「君の力でどうにかならないのかい?」

 

「解呪が出来るアイテムはないこともないが、どれもこれも特定の呪いに対してのみしか効果を発揮しないものばかりだから使えない」

 

「ならば、マルタの奴を解呪のためにUターンさせるかの?」

 

 確実かつ安全に実行するのであればそれが好ましいと言えるが、戻ってこさせている合間にオルタに襲来されたら隠蔽工作が台無しになる。

 だがしかし、必要なリスクとして敢えて思い切った行動を取るべきかという考えもあり、一概に判断を下すことはできなかった。大丈夫だと高を括っていたら不意打ちを受けることなんてザラだしなぁ。

 

「仮に、エミヤがマルタに使っていた短剣を利用するにしても再合流が必要になるか」

 

「できればここで何とかしたいが、そのための手段がねえんだろ? じゃあ、やるしかねえじゃねえか」

 

「待て、焦るでない。こういう時ほど所持品やら各々が持つスキルやら能力のチェックじゃ」

 

 促されるようにマスターの特権であるサーヴァントのステータス確認を実施し、何か使える手立てがないか高速で確認する。

 うへえ、情報量パなくて整理が大変で脳みそ溶けそう。定期テスト直前に大きなHPL案件終わらせた時を思い出し、顔がFXで有り金全部溶かしたかのような表情に私は自然となった。

 

「ん……何だこれ」

 

「何かありましたか!?」

 

「宝具名が不明だけど、全ての魔術を打ち破る的な説明が頭に入ってきた」

 

「誰、誰、誰の宝具なの!?」

 

 急かしてくるので、失礼を承知で持ち主を指差してみると当の本人はキョトンとして、自分が所持しているとはまるで自覚していなかった態度を取った。……いや、君なんやけどアストルフォきゅんや。

 

「ええっ、ボクっ!?」

 

「もしかして自覚なしに持ってる系の宝具……なわけないか」

 

「とりあえず、持っている宝具を分かる範囲で挙げてみましょう?」

 

 えーっと、この世ならざる幻馬(ヒポグリフ)触れれば転倒!(トラップ・オブ・アルガリア)恐慌呼び起こせし魔笛(ラ・ブラック・ルナ)にそれから―――

 

魔術万能攻略書(ルナ・ブレイクマニュアル)だね!」

 

「……なんか最後の、それらしい名前の宝具だけど、確認した中になかったんだが」

 

「だって、仮の名前だからね! 似た感じな名前だったと思うから付けてみたんだ!」

 

 それじゃねーかよ!! というかステータスも仮の名前で本人認識してるならそれで上書きして認識させろっての。

 ……言いたいことは山ほどあるが、取捨選択して必要最低限に留めて私は尋ねる。

 

「で、それはどうやって手に入れたの」

 

「んー、ロジェスティラから貰った!」

 

「……その時、名前は教えてもらった?」

 

「ような気もするけど、ちょーっと待ってね! 今なら思い出せるかもしれない! むむむっ!!」

 

「………」

 

 コイツはダメそうな雰囲気である。やはり、安全を考えて此処から遠ざけていたマルタに戻ってきてもらうしかないのか。

 あるいは、アストルフォが理性を取り戻せるだけの環境を構築できればいいのだが、狂気の象徴たる満月をなくすことなんて物理的に無理だろう。ムーンビースト共で月を覆い尽くすなんて危ない考えが過ぎったが、そんな事すれば月をその後で破壊しなければなくなる。

 

「やたらと敵を月にぶつける作品あるじゃろ? あれ儂、太陽にぶつければ良くねって思うんじゃが」

 

「太陽は焼却炉か何かかよ」

 

 殺しても蘇るような不死生命体相手なら有効だけれど、そうでない相手に仕掛けるのは良心が抉られるので止めて頂きたい。

 

「ああっー!」

 

「どうした、突然大声を上げて……まさか本当に思い出せたのか」

 

「一応はね! ……でも、すぐにまた忘れちゃうかもしれないから、答え合わせと一緒に使ってみるっ!」

 

 そう言って座っているジークフリートの前に躍り出た彼は、魔導書を片手で開きページを噴水の如く吹き出させた。

 辺りには本の用紙が接着剤でも塗られたかのように張り付き、幾つかの物は二人を包み込む球体にならんと宙を忙しなく舞った。

 

 

「……『黒』のセイバー、ボクが君を助けてあげる!」

 

「――! ああ、すまない。頼む……『黒』のライダー」

 

 

 二人だけにわかる短いやり取りの後、魔導書は強烈な魔の光を帯びてついに発動する。

 

 

破却宣言(キャッサー・デ・ロジェスティラ)――!!!』

 

 

 真の宝具名が響き渡り、発動した効果が粒子となってジークフリートに優しく降り注ぐ。

 間を置いてから再度駆け寄って呪いの具合いを確かめると、ジャンヌは悪い意味でなく良い意味で首を横に振った。

 

「そんな、解呪されてる……!?」

 

「綺麗さっぱり失せていますなぁ」

 

「……凄いです」

 

「へへ~ん、どんなもんだいっ!」

 

 魔導書を元に戻したアストルフォはふんぞり返ってドヤ顔を晒した。

 その横から王妃が歩み寄れば、彼女も宝具を用いて治療に乗り出した。

 

「よかったわ、今度は傷を癒せるみたい」

 

「これですぐにとは言わないが、彼等が来ても多少は戦えるだろうね」

 

 しっかし、月が丸見えな夜空であるのに何故思い出すことが出来たのだろうか。

 隠しの条件でもあってそれが今回たまたま発動したりしたのかな? それらしいような会話があったようだが。

 

「概ねその認識で間違いはないだろう……もっとも、奇跡に近い巡り合わせだが」

 

「なんか、冬木に居た連中と近いような感じがするぜ」

 

「冬木か……ある意味無関係とは言えないかオレも彼も……そして、ルーラー」

 

「わ、私ですか?」

 

「ああ、君もその中に入っている……が、ピンときていない辺り随分とイレギュラーなようだ」

 

 そこで話を一度区切り、ジークフリートは知りたいのなら覚えている限りで語ると言ってこんな場所だが休んでくれと促してきた。

 ……ま、天井はあるし雨はしのげる。寝れるだけの広さもあり、他の部屋から使えそうな備品は運び込めるとくれば野宿より何倍もマシであった。

 ということで、本日はジークフリートさんが居る城の地下をキャンプ地もとい宿泊先とする!

 

 抱えていた荷物を床に置いた私達は、友人宅にお泊まりに来た気分でワイワイとその場に腰を下ろした。




はいそんなわけで、ジャンヌさんとマルタさんによる解呪かと思いきやまさかのユウジョウブレイク!(アポクリファ……)でした。

ですので、次回はアポクリファ関連の説明回ですね。
何故、破却宣言を新月でも無いにも関わらず使えたのかもここで解説したいと思います。(まあ、今回の話でだいたい察しはつくでしょうけれど)


次回もお楽しみに


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衝突する因縁

今回は短め。ガチバトルを次回でやりたいので。


 

 ――第三次聖杯戦争で強奪された大聖杯が引き起こした聖杯大戦により、マスターとサーヴァント達は黒の陣営・赤の陣営・中立のルーラーの3つに分かれ、かつてないほどに戦局は混沌を極めていた……。

 その最中、偶然にも自我を獲得するに至ったホムンクルスの少年は、残り僅かな寿命で何を成すのか悩みながら、突き動かされるように戦場へと飛び込んでいく。

 やがて運命は世界をも巻き込み、少年少女は大いなる野望を持つ男と対峙する。

 

「とまあ、そんな事が何処かの世界であったわけなのね。大体わかった」

 

「相変わらずの理解の速さ、惚れ惚れするのぉ」

 

「よせよ、褒めても出るのは火の付いたフィリピン爆竹だけだぞ」

 

「殺しに来てやがるじゃねーか」

 

 冗談は常套句だからね。

 ……それはそれとして、聖杯の予備システムが発動した世界でジークフリートとアストルフォが揃って同じ陣営に呼ばれることなんてことがあったとは思わなんだ。しかも、その時のルーラーがジャンヌで、私の知り合いのレティシアの身体に憑依する形で現界していたとはね。道理で奇妙な縁を感じると思ったら、ちょっとした同窓会になっていたわけだ。印象に残るような出来事を経験したりすると、割りと世界を違えても思い出すもんなんだ。

 まあ、特異点のせいで色々曖昧になっているのも関係しているらしいけれども。

 

「……そうか、彼は最後まで戦い抜いたか。君のマスターにまでなるとは予想外だったが」

 

「いやぁ、なるまでに酷い目にあわされたけどねっ! 具体的に言うと赤のセイバーに殺されかけたり、元のマスターに彼を殺すように令呪で命令されたりで……」

 

「……よく耐えたな」

 

「伊達に理性蒸発してないもん!!」

 

 いやそれ関係あるのかというツッコミを総員で挟みたいところであるが、アストルフォなら仕方がないかと妙に納得してしまった次第である。つか、顛末までなんとなくで覚えていたってことはちゃっかり最後まで生き残っていたのか君は。もしかしてヒロインポジ?

 

「何故でしょう……覚えがないのですがそれは絶対違うと、何かが語りかけてきているような気がします……」

 

「黒いオーラ出とるけど、微妙にオルタ化してね此奴?」

 

「そんな簡単にオルタというものになれるものなんでしょうか」

 

「なれるわけねーだろがおい」

 

 けれども、オルタで偽物なジャンヌが現在のフランスで暴れているわけですしおすし、何かのはずみで影響受けてそうなるとかあり得なくないかもしれない。確証はないけれど。

 

「んにゃ待てよ、セイバーの奴もアホ毛を引っこ抜くと確かオルタになったような……」

 

「マジかよ」

 

『ええ……朧気ながら覚えていますが、どういうわけかアホ毛がスイッチ代わりになっていたんですよね。普段は美食家で大食らいといった感じでしたが、一度毛が抜けると途端にジャンクフード好きになりまして……あ、大食らいなのは変わらないです』

 

 カルデアで待機組のメドューサが追いかけるように証言するが、そこは少食にならないのかーい。

 てっきりオルタって本人の真逆を行く存在だと思っていたけれど、一概にそうだと言い切れなくなってきたな。誰しもが持つ別側面や闇の類いともはっきりと言い難く、結論の言葉を述べるのに詰まってしまう。別に急いじゃいないがね。

 

「――ま、儂も沖田の奴とフュージョンするタイプのオルタっぽい何か持っとるから気にしたら負けじゃ」

 

『えっ、アレって彼女が守護者をやっている時の場合の姿では?』

 

「合体しても結局同じ姿になれるんじゃから、守護者な沖田だけの所有物ではなかろうて」

 

 細かいことはわからないが、オルタもまた十人十色で複雑だということは重々理解した。今後、オルタ系の英霊を召喚した際の教訓として受け止めよう。

 一方で、戦局をジークフリートを含めてまた再び振り返ってみると、経験者的にも芳しくないことが指摘される。

 

「……状況は異なれど、一方の勢力に聖杯が既にあるというのは不味いな」

 

「せやね。使えない状態ならまだゴリ押しが出来て余裕がありそうだったけど、使える状態にあるというのがやはりネックかな」

 

「うーん、ボク達の時と同じように強襲しちゃって奪えればいいんだけどねー。誰か、空飛ぶ要塞みたいな宝具持ってない?」

 

 あれば苦労しないと言わんばかりに誰も返事はせず、結局のところアブダクションによる聖杯回収は出来ないことがわかってしまった。てことは、素直に殴って奪うしか他に方法はないってことですね。

 

「あるいは脳筋思考で、オルレアンごと宝具ブッパにて跡形もなく吹き飛ばすとか」

 

「本拠地わかってるからこそ出来るっちゃできるが、この面子だと火力が乏しいだろ」

 

 広範囲の破壊に特化していそうな宝具持ちは残念ながらノッブとエミヤぐらいであり、イカれた作戦を実行するにしても二人への負担が大きすぎるか。……何か良い代案はないものやら。

 

「気配を察知されるのを覚悟して、空から畳み掛けるとかどうだろう」

 

「空――空挺作戦か……やるにしてもドラゴンによる防衛網を掻い潜らないといけないリスクがあるし、第一全員で降下することは出来ない」

 

「加えて、向こうに腕の立つアーチャーがおれば誰かが欠けることに繋がるじゃろう。それが立香であれば儂らの負けじゃ」

 

 地上ルートで自身が侵攻したとしても同じリスクが伴うのは避けられない。

 ……何ていうか、パワーと圧倒的にスピード感が足りないのよな。そのせいで柔軟に対応されてしまう気がしてならないんだ。効果音に例えると、ズバババーンとドォーンって感じが抜けてしまっている。

 

『スピードは抜きにして、破壊力というパワーのみに絞れば爆破か何かをぶつけるのが得策じゃないかな。後者を選ぶなら一撃で守りを崩すだけの質量が求められるね』

 

「……爆破は設置するのも遠くから飛ばすのも無理があるから、自然とぶつける方が選ばれるわけだが――選択肢には何がある?」

 

「私のガラスの馬はどうかしら? 頑張れば多分大きく出来ると思うわ」

 

 うーん、どのぐらい大きく出来るかは別として耐久性が心配である。強度を魔力とかで補正できるなら十分に候補となりうるが……まあそこは防御呪文とか展開すればカバーは出来るか。

 ただし、キラキラしすぎてかなり派手で目立つのは避けられなかったりする。

 

『あの、提案なのだけれど……』

 

 何ですかいな所長。もっと突っ込ませるのにお誂え向きなのをご存知で?

 

『こっちにもドラゴンが居るのだからそれをぶつければ良いんじゃないかしら』

 

「此方のドラゴン?」

 

『――タラスクよ。聖女マルタが召喚できるって言っていたでしょう。魔力注ぎ込みつつ完全武装化して突撃させれば破壊力も素早さも申し分ないんじゃないかしら』

 

 ……ふむ。つまり、劇場版タラスク~フランスの小さな勇者たち~を実行しろと。

 前提としてタラスク君の素の動きが早いことが求められるが、高速スピンとかは得意なのだろうか。

 出来ると信じて確認の念話を飛ばしてみたところ、それくらいは容易いとの回答が得られた。勿論、巨大化も出来るようで、もはや大怪獣バトル待ったなしである。

 

「よし、それでいこう。別途、もう一段階策を打ち立てたいところだけども、それは決戦前までということで保留だ」

 

「……辿り着くまでに此方の状況もどう変わるかわかりませんしね」

 

「良い意味で変わっていればいいのだがな」

 

 その通りだなと全員が頷いたところで時間を確認すれば、既に日を跨いでいることになっていた。時間も忘れるほどについつい話し込んでいたようだが、そうでもしないと認識の共有を完了するとか無理だろう。

 自然と出たあくびを噛み締めつつまともな寝床を築いた私は、令呪が元通りになったのを見届けてから重い瞼を閉じて横になった。

 

 ……そして翌朝、就寝中に襲撃がなかったことを喜びながら朝食を仲良く取っていたところに、竜の魔女ことジャンヌ・オルタが空気も読まずにリヨンに対して猛攻撃を仕掛けてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ちょっと、どういうことよ!?」

 

 恐らくは此方の反応を追ってか、もしくは消失したマルタの反応を追ってか自ら出向いてきたと思われるオルタは、タレコミ通りにファヴニールを伴って意気揚々にこれなら勝てるまいという挑発的な言葉を複数並べてこちらへと迫ってきていた。

 それに対し、食べかけの朝食を口に咥えながら向かい合った私達は、アドリブでIQが低いような受け答えをしてさも恐怖を抱いているかのように装うと、彼女が満足気にニンマリ微笑んで命乞いをしろと調子に乗った発言したのを気に――ノータイムでジークフリートを戦場に投入して宝具を発動するように要請をした。

 ……これにより、呪いもなく仮契約によるバックアップを得られている彼の攻撃を受けた邪竜は、体力フルで襲来したというのにものの僅かでレッドラインを彷徨うこととなり、苦しみの咆哮を辺りに大反響させて轟かせる。

 

「どうもこうも、お前の判断ミスだ。かの大邪竜を仕向ければ竜殺しのいない私達を倒すことなど造作も無いと踏んだのだろうが、生憎竜殺しなら既に仲間にしている」

 

「ファヴニールを一撃で瀕死に追い込む力―――そんな、まさかッ!?」

 

 竜を使役してフランスを蹂躙しようとした時点で、ある程度想定すべきだったカウンター的要員の事を考えていなかった様子の彼女は、遅すぎるこのタイミングでようやく目の前に居るのが誰なのかを理解した。

 

「ひ、退きなさいファヴニールッ!!」

 

「遅いっ!!」

 

 ここで逃がすのを許すほど現実は甘くはないことを思い知らしめるが如く、ジークフリートの携えた剣戟は美しくかつ鋭く大翼をもいだ。まさに天魔は失墜し、地面には衝撃と共に死に体が倒れ伏す。

 残る敵はもはや脅威とも見て取れないワイバーンのみとなって、以前のようにサーヴァントを引き連れていない彼女は丸裸も同然となった。

 

「さーて、前回同様ぬるぬるローションプレイカムバックと行こうか」

 

「巫山戯ないでッ、この……化け物の変態ッ!!」

 

「ああ、だからこうしてお前を甚振ろうとしているんじゃないか」

 

 触腕をアグレッシブに動かしまくり、エロ同人に成りかねない様子を見せれば、絡みつかれた時の記憶がフラッシュバックしたようでオルタは反射的に縮み上がった。

 ちなみにだけども、今のところの好感度や印象はおいておくとして、容姿的にかなり好みなんですよねこのオルタちゃん。ちょくちょくからかってやりたい欲が自然と出てくる。

 

「どっちが悪者かもうわけわかんねえな」

 

「よく言うでしょ、誰かにとっての正義は誰かにとっての悪だって。少なくとも私はコイツにとっての大いなる悪だよ。だが、当の本人は見合う正義を持ち合わせていないようだ」

 

「――言わせておけばッ!!」

 

「じゃあ聞くが、お前の憎悪や怒りに正当性はあるのか」

 

 周りに裏切られ処刑に科されたという事実は、己の人生に関わった人間……家族や友人でさえも手にかけてもいい理由になるというのか。

 だとしたら人間としてとことん落ちぶれたもんだ、狂った聖女様とやらは。

 

「家族や友人だなんて、そんなモノはッ……」

 

「――盾の嬢ちゃんッ!!」

 

 『私にはない』と言い切って彼女は、ワイバーン共に一斉に火を噴かせて此方を攻撃してくると、それに紛れて騎乗したまま旗を振り翳し突撃を行ってくる。

 咆哮は底知れぬ憎しみを杭として放ち、既に崩壊していた土地のすべてを再び薙ぎ払った。

 

「――先輩っ、無事ですか!?」

 

「皆さんも怪我はありませんか!!」

 

 兄貴の咄嗟の警戒の声により、マシュと此方のジャンヌが協力して防御を行ってくれたおかけで物理的ダメージはゼロに終わった。

 だが、安心したのも束の間で、通り過ぎたかと思った彼女は消滅寸前のファヴニールの下へ舞い戻ると、懐から手の平サイズのカプセル状の何かを取り出し、露出した傷口を抉るように『それ』を押し込む。

 

「何をするつもりじゃ!?」

 

「なんだか嫌な予感がするよー!?」

 

 咄嗟に止めようと動こうとした時にはもう遅く、切り裂かれた翼があった位置には触手で編まれたかのような歪な作りの大翼が生え始め、それ以外の外傷がみるみるうちに治り始めていた。

 多分、見えていない内部の異常も徐々に消え去っているに違いない。

 

「――ジークフリート!」

 

「ああ、わかっている!」

 

 再生しているとならば、完全に再生し切る前にもう一度滅ぼすと攻撃を繰り出す。

 ……が、威力が弱まっているわけでもないにも関わらず、巨体に外傷は一つたりとも付くことはなかった。

 また、よく観察すれば、火炎を吐くはずの大きな口からは溶解液のようなものが滴り落ち、頭部は如何にも侵食されているように管が浮き出て凶悪な姿を晒していた。

 

『……バカな、さっきまで通用していた宝具が通用していないだって!? どうなっているんだ!!』

 

『待って、そうじゃないわ。ダメージは入っていたけれども、再生力のほうがそれを上回ったのよ!!』

 

『あるいは竜ではない別のモノに変質しているのかもしれないな』

 

 三者三様にバックアップチームからはああでもないこうでもないという声が届く。

 

「マイノグーラ、お前の観点ではどうだ?」

 

『貴女の師匠と同意見と言ったところかしら。そうねぇ……邪神竜ファヴニール(仮)にでもなったと今は考えなさい』

 

 クトゥルヒをも従える技術を有していることから、それを応用した何かをファヴニールに対して使ったのだろう。

 しかし、竜殺しをもってしてもまともに削れない相手にすることが可能であるのなら、何故最初からそうしなかったのか疑問だ。……アレか、変質させたら言うことを聞かない存在に成り果てるとかそんな王道な理由だろうか。

 ……皮肉にもその勘は当たり、元凶たるジル曰くこうなると手がつけられなくなるとオルタは言い放って、自分だけ被害を免れようと残ったワイバーンを引き連れてそそくさと退去してしまった。うわー、完全に押し付けられたよコイツの後始末。

 

「くっ、すまない……彼女が手出しができないまでに討ち滅ぼすべきだった」

 

「……いや、君のせいじゃない。誰もあんな切り札を残しているとは思わないよ!」

 

「アストルフォの言う通りだ。……ちっ、嫌な記憶が甦るっての畜生」

 

 悪態を垂れる合間にも変質という名の進化は行われ、新たに二つほど首から頭部にかけてのパーツが誕生していた。このまま続けられては、やがてヤマタノオロチを彷彿とさせる姿になりかねない。いや、もっと言えば九頭竜の方が正しいか。

 

「■■■■■■■■■■■―――!!!! 」

 

「――うわっ!」

 

「危ねえなぁ!!」

 

 竜のモノとはかけ離れた奇怪な音に耳を塞いでいる余裕もなく、畳み掛けるように吐かれた溶解液と火炎を私達はそれぞれ安全地帯へ飛んで回避する。

 どちらも吐けることに驚いたが、未だなおジークフリートとの因縁は続いている様子で彼を優先して狙っていることがわかった。

 

「俺が注意を惹き付けるしかないか……すまないがマスター、その間に何か策を練ってくれ」

 

「……負担はでかいぞ」

 

「だったらボクも付き合うよ! なーに、泥舟に乗ったつもりで任せてくれ!」

 

「そこは大船だろ」

 

「そうとも言うね!」

 

 ……因縁には因縁をぶつける作戦で時間を稼ぎ、囮以外のメンバーで倒す算段を立てる事になった私達は、短期決戦を強いられながらも持久戦で目の前の脅威に立ち向かうべく行動を開始した。

 




邪神暴竜ファヴニール、変生。

竜特攻が効果的でなくなった今、果たして一行は脅威を倒すことが出来るのか。

あ、アポクリファのダイジェスト部分は分かる人にはわかるあれのパロです。



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勝利の果実を味わえ

どうも、1ヶ月ぶりです。

実はまさかセイレムにクトゥルフネタが絡んでくるとは思わず、ややスランプに陥っていました。どうアレンジしろって話ですよ。

まあ、時間かけて妄想して2通りの話を考えましたがある片方を選ぶと、外伝が大量生産されるので普通に攻略するでしょう。もちろんシナリオ崩壊しますね。


てか、アビーちゃんとエレシュキガルで予想通りボーナスが吹き飛んだのだわ。
辛いのだわ。


 

 邪悪な進化を遂げたファヴニールの注意をひきつける囮役をジークフリート達に任せ、その間に打倒のための策を講じることを迫られた私達は、攻撃の散発を繰り返しながらやり取りを交わしていた。

 

「……クソが、心臓狙ってるっていうのにピンピンしてやがるし、畳み掛けてもすぐに再生されちまう」

 

「なんともまあ、分厚い肉の装甲だこと。これじゃあ竜殺しが限定的にレジストされているかわかんないや」

 

 試しに再度、ジークフリートとエミヤよりそれぞれ通らないとされる竜特攻を持つ攻撃を放ってもらったわけであるが、やはり目に見える形では判断が付き辛かった。カルデア側でもモニタリングしてもらっているも、結果は変わらずじまいでジリ貧まっしぐらである。

 

「何か、他に手段はないのですか先輩……」

 

「うーん、こういう時は一点に瞬間最大火力を叩き込むのがセオリーだけども、何の考えもなしにそれをやるのは代償が大きい」

 

「せめて、弱点を見つけるべきだろうね」

 

 その弱点の筆頭が竜殺しの力であったのだが、出来ないとなれば別の弱点を探り当てる以外に方法はない。 しかし、言うても土壇場で思いつくのは色々と無理があった。

 

「ええとそうじゃ、ドラゴンには……こおりタイプとフェアリータイプの攻撃が有効じゃったな」

 

「あら、そうなの?」

 

 いやいや、それはポケットなモンスターの世界での話ですってば。本気になさらないで。

 ……百歩譲って効果があるとしたら、設定したゲーム開発陣すげえってことになるわ。

 

「試す以前に、該当の攻撃方法を持ち合わせている人間がいない件について」

 

「じゃあ、今から召喚すればよくね? いるんじゃろ、そういう知り合いがお主」

 

「……いなくはないけども、この状況でピンポイントで呼べるわけがないでしょうが。やらせるなら、もうちょっと落ち着いた環境でトライさせてよ」

 

 というか、呼んだはいいが効かずに終わったら最悪だ。呼びつけた私達だけでなく呼ばれた方にも気不味い雰囲気が流れ、険悪ムードになりでもしたら終わりである。もうちょっと確実性を持たせないと。

 

「――竜殺しの攻撃が通用しないと仮定すると、既にアレは邪竜以外の何かになっている……そこからアプローチを取ってはどうでしょう?」

 

「混ざった側……要はクトゥルヒ側の弱点で攻めてみようって魂胆か」

 

『明確にこれだと言えるものはあるのかい?』

 

 そう言われて深く熟考するも、弱点らしい弱点などあったものかという壁にぶち当たる。それと残念な事に、ろくな倒し方をしていないことに今更ながらハッとなって気づいてしまった。もはや、スナック感覚で倒す状態に近いの非常に危ない。でも止められない。

 

「素の状態で一番効果があったと印象に残っているのは、そうだな……」

 

「例の如く、フィリピン爆竹?」

 

「いや―――煮えた濃縮オリーブオイルだ」

 

「「「はっ?」」」

 

 一斉に何言ってんだコイツ、という視線を向けられるのも致し方ないと自分でもそれはよーくわかっている。

 けれども事実は事実なので、ありのままを語るしかあるまい。

 

「いやね、ろくに武器を用意していなかった時があってね。その時に使った手段が、オリーブオイルを大量に流し込んで内部から焼くっていう戦法なわけよ」

 

『よく思いついたな、その戦い方……もしや君の発想か?』

 

「いや、その時に居合わせた料理人が提案して私は実行に移しただけ。まあ、オイルだから一応は油だしよく燃えるよね」

 

「……無理矢理飲まされた奴、可哀想じゃな」

 

 実際物凄く苦しんでいたのであるが、そんな事はお構いなしに当時の私は点火を果たすと相手をしていた個体はジューシーな音と香りを漂わせながらその場に没してしまった。

 ――ちなみに、業界では蛸のように調理して食べることが可能ともっぱらの噂です。

 

「え、食べれるのかよ!?」

 

「私は食べたことないけどね。……知らず知らずに食べていたなんてこともあるかもしれないが」

 

「……害はないのかい?」

 

「あったらそれらしい情報が1つぐらい耳に届いているはず。ないってことはそういうことなんでしょ」

 

 ショゴスのラーメンというのも聞いたことがあるが、それは知り合いが食べたことがある程度の話だったりで特に語ることはない。

 ……はい、そんなわけで閑話休題。真面目にオリーブオイル云々が作戦として成り立つかどうかについて吟味するとだが、良い線はいっていると私は思うね。

 何せ、外傷はことごとく防がれ与えられていない。であれば内側も含めて傷つけてみるのも一考の余地があるというものだ。

 

「でも、オリーブオイルはどこから調達するのですか? カルデアにもそんな貯蓄は―――」

 

「その点については大丈夫。オリーブが生えてないところから大量にオイルを生み出す術があってだな、私が実は会得している」

 

『――何故、会得したんだい!?』

 

 あーうん、酔っ払ったノリでですよ。……いやはや、覚えたはいいが使う機会なんて滅多になかったのに、まさかこんな局面で役に立つ機会が来るとはね。人生って何が起こるかわからないもんだ。

 

「で、そいつを奴に飲ませるのはいいが、あのままじゃ素直に飲んではくれねえだろ」

 

 指差した方向には、未だにピポグリフに搭乗中の二人に目掛けて攻撃を繰り出す……もとい吐き出しているファヴニールが長い首を荒ぶらせて暴れていた。

 即ち、今この瞬間に割り込んで作戦を発動しても、狙いが定まらないどころかオリーブオイルを飲むことを拒絶される可能性があった。

 

「アレじゃな、暴れる奴は一度ふん縛ってでも動きを止める必要があるというわけじゃな」

 

「動きを封じる役と、攻撃役で別れる必要がありますね……私は前者の方の防御役が適任でしょうか」

 

「だろうね。足止め役には……マシュ、ジャンヌ、王妃、アマデウス、兄貴を振ろう。攻撃役にはジークフリート、アストルフォ、ノッブ、エミヤ、そして私だ」

 

『私は?』

 

「マルタは撃破後に伏兵が居た場合に、こちらが立て直すまでの時間を稼いでほしい。遠慮なく相手をタラスクでふっ飛ばしちゃっても構わないよ。シルバについてはそのサポート」

 

「時間を稼ぐ(物理)」

 

『あ””!?』

 

 取り急ぎ、空中をリヨン狭しと駆け巡っている二人に念話で作戦の内容を伝えると、総員が配置についたのを機に一旦暫しの休憩に入ってもらった。本当にごく僅かな休憩時間であるがな。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

「――作戦開始だッ!!」

 

 間髪入れずに、叫びを戦場に轟かせた私は王妃にアイコンタクトを取り、手筈通りに動いてもらうことを要請した。

 対し肝心の彼女は、笑顔でそれを許諾するとガラスの馬で天まで登るように駆け、太陽を背にファヴニールへ向けて坂を駆け下りるように一直線に急降下を開始する。

 勢い的にそのまま突っ込むのかと早とちりをしかけるが、その予想に反して彼女は騎乗していた馬の上に器用に立ち上がり、一度宙返りをして片足にて尻を蹴った。……途端、蹴られた馬にヒビが大きく入ったかと思えば、大量の杭となって分裂し一斉にかの暴竜に降り注いだ。

 例の如く、相手の体を傷つけた瞬間には傷が塞がってしまうも、誰ひとりとして動揺はしない。

 

「一見すると、すぐに回復されてしまう攻撃に見えるけども―――」

 

「――狙いはそこじゃない」

 

 傷つけることなく通り過ぎた杭を見れば、それらは後ろに伸びていたファヴニールの巨大な影を正確に捉え、無数に地面へと突き刺さっていた。

 すると、それまで暴れまわっていた邪竜は金縛りにあったかの様子で動きが鈍り、わけもわからず硬直をしてしまう。

 

「俗に言う影縫い……王妃にはこれからもSAKIMORI路線で突っ走ってもらいたいですねぇ」

 

「フランス国民に怒られやしないかの」

 

「私の知る限り再評価されてるから大丈夫」

 

 無駄口を叩いている合間に、エミヤと復帰したジークフリートによる斬撃と衝撃が加えられ、作戦に重要な器官たる口を閉じさせまいとダメージが与えられていく。勿論回復はされるが、だからといって苦痛は消えはしないようだ。

 

「常時口を開けさせているのはいいけど、狙いがブレるか……だったらこっちも動きながら当ててやる」

 

 状況を観察するに定位置から永遠とオリーブオイルを飲ませ続けるのは効率が悪いと判断した私は、ようやく満を持して相棒たる使い魔を彼方より呼び寄せる決意をする。

 

「It's Show Time!!」

 

 エルダーサインが刻まれた宝石がやたらとデカイ指輪を取り出した私は、天にそれをかざして同じ紋章をしたゲートを開く。そうして何かが飛来する気配を感じ取った私は感覚に任せて飛び上がり、次の瞬間――着地を呼び出した存在の上でバランス良く行った。

 

「キー!」

 

「おっす、久し振りシャンタク丸。元気してたか」

 

 呼び出したのは、私が成実の腕を手に入れてから使役できるようになった馬の顔にコウモリのような羽を持つ神話生物……通称シャンタク鳥であり、過去の戦いから負った隻眼めいた傷が特徴的な個体であった。

 彼は見慣れない土地に呼び出されたことに対して短く説明を求めて鳴きつつ旋回をする。

 

「すまんね、訳あって結構昔のフランスまで来ちゃってるんだ。んで、今はあの不思議な事が起こっちゃった邪竜を討伐するクエストを皆で敢行中。オーケー?」

 

「キィ!」

 

 大体わかったというニュアンスで返され、つまりは回避し続けてればいいんだろうと受け取られると、そこに追加注文で的確に相手の口元が狙いやすいようにポジショニングしてくれと頼み込んだ。

 

「さーて、やっちゃいましょうか」

 

 準備を整え、今……必殺の構えを私は大きく取った。

 

「むっ、あの構えは――アースの構え!!」

 

「知っているのですか!?」

 

「うむ……一般社会とは結界で隔絶している森の民が使う大自然の力じゃ」

 

『えっ、じゃあ藤丸君は実は森の民……?』

 

『なわけないでしょ。さっき言ってたじゃない教えてもらったって』

 

 正直な話、ピンポイントでオリーブオイルが出るアースなんて教えてもらいたくはなかったんですけどね、酔いつつも料理振る舞おうとしたら必要なオリーブオイルがないことに気がついて、その事を漏らしたら今のこれですよ。彼らは元気にしてっかなーとふと思ったが、人理焼却でもう答えは出てたわ。畜生め。

 

「自然の恵みの力を思い知れ―――」

 

 片足の膝をついて安定化をはかり、手を重ね合わせた後に私は集められたエネルギーを一点に集中させて目をくわっと見開きながら放つ。

 

「橄欖(かんらん)の鼓動!!!」

 

 解き放たれた良い香りのするオリーブオイルの水流は渦を巻いて直線状に進み、流し込まれるようにファヴニールの口の中に吸い込まれる。

 当然ながら、突然飲まされ始めた謎の液体に困惑を隠せずに暴竜は抵抗とばかりに動かしづらいであろう首を振り、溶解液もしくは火炎を吐こうと試みる。

 だが、それが命取りであったと気づくのは実際に行動を移してからであった。

 

「……自ら導火線に火を付けることになるとは思わなかっただろうな」

 

「焼けるほど喉が痛くなるって、こういうことなんだろうね」

 

 吐き出す以前に恐らく気管内で出火が始まったことで、自業自得のダメージが発生し始める。

 改めて苦痛から逃れようとしているようだが、そうすることさえ彼には許されない。何故ならば、構わず継続してオリーブオイルが注がれ続けているからだ。

 

「こぼしたオイルにさえも出火が始まって、二重の火炙りですか……」

 

「どれだけ強靭な外壁を持とうとも、内部から攻め込まれたらどうしようもないということだ。別の言い方をすれば他国との戦争より、自国での内乱のほうがよっぽど恐ろしいって感じだね」

 

「……そう、ですね」

 

「ジャンヌさん……」

 

 思うように吐き出せない状態にありながらも繰り出された火炎からマシュと共に皆を守るジャンヌは、思うところがある表情をした。

 されど、向き合ったからこそ今の自分がいるのだと思い直し、旗を握る手の力を一層強めた。

 

「今のこの状態ならどうだッ!?」

 

「放てぇ!!」

 

 どこまで弱体化しているかを推し量るために、ノッブが火縄銃で全体的に隅々まで狙い撃ち、一方の兄貴は急所と思われる部分へえぐり押し込むように槍を突っ込ませた。

 

「どうだ!?」

 

『再生のスピードが落ちている……内部的なダメージの方にリソースを割いているからか?』

 

「だとすれば、チャンスです先輩ッ!!」

 

「わかった!」

 

 確実にダメージが浸透しつつあることを視認し、待機していたアストルフォ達に合図を送った。

 

「――行くよッ、黒のセイバー!!」

 

「ああ、わかった!!」

 

 今度こそ邪悪なる竜を討ち取ってみせるという覚悟を秘めて、一人の勇者は加速を付けたピポグリフから送り出され……歪んだ因縁を断ち切るべく剣に全身全霊の魔力を込めた。

 

「……令呪を以て命じる! 今こそ邪神暴竜ファヴニールを討て、ジークフリート!!」

 

「うおおぉぉぉぉぉおおおおお―――ッ!!!」

 

 結んだ仮契約による恩恵という名の後押しを受けて落陽の輝きは増し、やがて一体の竜と一人の英雄の距離は目と鼻の先となったのであった。

 

 

 

 

 

「さらばだ我が生涯の半身よ、そして受けるがいい―――幻想大剣(バル)……天魔失墜(ムンク)!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 横を通り過ぎるのではなく自らファヴニールの内部へと侵入したジークフリートは、内側から外側に刃を届かせて下へ下へと進む。内部はきっと灼熱のトンネルになっているであろうに、彼は気ににも留めずに突っ込んで行った。

 

「再生の原因は……そこか」

 

 問答無用で斬る中で、侵食され心臓と呼べる器官ではなくなったモノを垣間見て、同情にも似た感情が湧き上がるが感傷に浸っている余裕はない。

 ジークフリートは魔力を放出されている大剣を構え直し、完全消滅させるべく心臓に突き刺した瞬間に魔力をありったけ爆発させた。

 その弾みで、邪竜の全身には胸を中心として亀裂が入り、光景を目にしていた者達は一斉に防御態勢をとった。

 

「耐ショック防御!!!」

 

「はいっ!!」

 

 より強固な護りを張り巡らして輝きに包まれる目前から身を守る一同。

 どのくらい時が流れたのかわからなくなるまでそれは続き、ジークフリートの安否が気になり始めたところでようやく収まる様子を見せた。

 

「……どうなったのかしら?」

 

「ロマニ、魔力反応は確認できる?」

 

『待ってくれ……爆発の影響で反応が乱れて――お、この反応は彼か』

 

「彼?」

 

 どっちの彼なのかとわからずに困っていれば、答えの方が先にこちらへとやってきていた。

 目に飛び込んできたのはピポグリフ、ということは騎乗しているのはアストルフォであり……その片手にはややボロボロな竜殺しの英雄の手がきちんと握られていた。

 

「おーい、みんなー!」

 

「アストルフォ!! ……彼は無事か!?」

 

「――うん、この通りっ!!」

 

「っ……黒の、ライダー、あまり……揺らさないでくれないか」

 

「あ、ごめん」

 

 手綱ではなく彼を握った手をブンブン揺らすところが彼らしいなと思いつつ、帰還中にミスで落されないように私は助け舟を出してフォローする。

 また、その途中で撃破したはずのファヴニールがコンティニューしてこないかと気を配っていたが、間違いなく因縁には終止符が打たれたようで、それらが確定した後に私達はどっと疲れを表すようにその場に倒れ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

「……今の爆発は」

 

 その頃、リヨンを奪還せんと重武装で進軍していたフランス軍のある部隊は、到着を目前と控えた矢先に目的地にて膨大な光が溢れ出していることを目にしていた。

 

「元帥、あれは一体――」

 

「私にもわからんが……何者かが争っていたのではないだろうか」

 

 元帥と呼ばれた白銀の鎧を着た長髪の男は、微かに漂う戦いの匂いを感じて状況を誰よりも早く予測した。

 

「我々よりも先にですか!?」

 

「ああ。聞くところによれば、各地に攻め入っている竜を退ける一行が最近現れ始めたと聞く。もしかするとだが、その彼らが一足先に到着していたのやもしれん」

 

「すると、その集団は……」

 

「無事であるならば現在もあの場にいる可能性が高いだろう。だが、逆であるならば――」

 

 相手をしていた存在との交戦は免れないだろうと彼は押し黙った。

 ともなれば、迂闊に総員で突撃を行うのは問題であると判断し、どう行動をすればいいのか思考を巡らせた。

 

「よし、こうしよう……私と足が早く身軽な数名がまず先に偵察として内部に侵入をする。残りは後方で待機し、いずれかの急ぎの報告があるまで動くな」

 

「それは危険では……」

 

「何を今更、今やこの国の何処もが危険だろう。であれば、より危険だとわかっている地に部下だけで行かせられるものか」

 

 壊滅寸前のところを何とか保たせまとめ上げている男はそう言って幾人かを選抜し、我先にとリヨンへ歩を進めていく。

 ……彼の者の名は、ジル・ド・レェ――奇しくも一連の騒動を引き起こしている元凶の同じ名を持つものであり、狂い果てる前のその過去でもある人物であった。

 




でも僕は、オリーブオイル!()


はいそんなわけで、何故か1話が最近配信され始めたアレのネタが入ってますね。
だって、クトゥルヒで検索したらオリーブオイルで茹でて食べられるってあったんだもん……かけるもとい飲ませるしか無いじゃない。


あと、「泣きながらオリーブオイルを紹介する照英なもこみち」なんて画像があったのが悪いです(笑)なんであるんだよ(


そんなわけで次回もお楽しみに



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徒歩を拒むものたち

お久しぶりです。
立て続けのボックスガチャイベが続いた影響で執筆どころじゃなくなっていました。
あと、ジャンヌ・オルタですが持ってなかったので引いたのですが、ガチで家賃分かかって白目ひん剥いてます。

節分イベについては、200階まで攻略完了しました。
いやー、普段使ってなかったサーヴァントの運用とか色々考えさせられましたね。
割とこういうイベ増えてほしいかもです。
あとインフェルノさんかわいい。宝具重ねたいけど出ない(宝具1

そんなわけで特に戦闘のない話です。どうぞ


 神話生物の細胞か何かが投与され変貌したファヴニールとの激戦を終え、今日のところはこれ以上戦闘は継続したくないという思いを胸に地面へ寝転がった私は、戦闘の爪跡を眺めながら各々休む一同を横目に見て損害状況を軽く整理していた。

 止めを刺したジークフリートは言わずともボロボロで、折角直前ギリギリまで回復させていたのに逆戻りである。まあ、急ぎ応急手当と言わんばかりに回復はさせてはいるが、アストルフォが肩を貸している感じからして戦線復帰は暫く待ったほうが良さげだろう。

 他については、損害はほぼなく軽微であり万が一再襲撃を受けても戦う事自体は問題なさそうだ。――が、二度も三度も強力な竜種を持って来られたとしたら流石に全速力での撤退もやむなしと言える。

 というか、ファヴニール並かそれ以上に強い存在って他に何がいるんでしょうかね。ヒュドラとか九頭竜とかどうなんだろう……誰かドラゴンの格付けランキング的なもの下さいよ。

 

「ドクター、周辺にサーヴァントの反応はありますか?」

 

『君達以外には見当たらないね。例の彼女自体はファヴニールを放置して完全に撤退したと見ていいだろう』

 

『けれども、気配遮断に特化したアサシンを差し向けて疲労しているところを襲撃――ということも十分あり得るわ。警戒は怠らないようにしなさい』

 

 そこまで知恵が働くだろうかと半ば考えつつ、私は兄貴に目配せをして周辺に感知用のルーンを刻んでもらう。私も何か仕掛けておこうかと思ったが残念ながら体力の限界で無理であった。

 

「で、どうするよ嬢ちゃん。この後は……」

 

「追撃は――まず無理だろうから、ジークフリートの回復後に折を見て予定通りディエールに向かおう」

 

「じゃが、向こうにはこちらの現在地が知られとるぞ。直接此処に向かわせずとも道中で待ち構えている可能性も……」

 

 確かにそれは言えている。一度は巻いたが今回のでおおよその進行ルートは察知されてしまっただろう。であれば、ディエールのある方角には間違いなく門番とも言うべきサーヴァントが待ち構えている。

 もっと頭を働かせているのなら、既に通った場所であるラ・シャリテ方面や海へと続くマルセイユにも警戒網を敷いていると思われる。まさに後にも先にも引けない前門の虎、後門の狼のような状況か。

 

「結局は前門をぶち破るしかないわけだが、それとは別に考える必要がある事が存在するね」

 

「――この時代のフランス軍についてね?」

 

「そうだね。マスターもわかっているようだが、彼らを放置していては進むに進めない。ある程度話をつけておかないと竜の魔女以上に障害になりかねない」

 

 現にフランス軍はジャンヌが悪落ちして蘇ったと全体的に認識しており、もう一人ジャンヌが存在しているなんて事はごく一部の助けられた人間にしか知られていない。つまりは、オルタであろうとなかろうとジャンヌと一緒に行動していれば高確率で手先と疑われてしまうわけだ。

 だが、かと言ってこちらのジャンヌを単独で行動させるわけにもいかないので、何とかして事実を認知してもらう必要がある。

 

「実際の戦場で知ってもらうのはリスクが高すぎますから、穏便に済ませたいですね……」

 

『……伝える相手も選ばないとね』

 

 そんじょそこらの部隊のリーダーや兵士に伝えるだけでは、世迷い言と断じられて効果は見込めない。伝えるなら軍の上層部にいる人間かもしくは意見できる人間が求められる。

 

『接触するにしても軍に対してコネがいるようね……』

 

「コネ、ねぇ……」

 

 そんなものは異邦人たる私達にはあるわけがなかった。イス人がインストールされてる神父なら或いはと一瞬思ったが、今更確認しにドンレミへ戻るには時間がかかる上に出向くことで再襲撃が発生する恐れがあった。

 

『向こうから来てくれる、なんて事があればいいんだけどね。ははは……』

 

「あるわけなかろう、そのようなこと」

 

「うんう―――ん?」

 

 ノッブの発言に同意しかけたその時、誰よりも早く兄貴が反応を示しこちらへ警戒の言葉を投げて寄越した。釣られて周囲の皆も一気に目つきが変わり、動けるように準備を整え始める。

 

「……サーヴァントじゃ、ねえなこの反応は……人間かコイツは?」

 

「数は?」

 

「指で数えるほどしか居ねえな……大方さっきの戦闘音を聞きつけた兵士ってところかねぇ」

 

 それが本当であるなら一気に警戒レベルは下がるが、どのみちジャンヌには霊体化なりして姿を隠してもらわなければならないだろう。また同時に、接近してくる兵士が何者であるかも判断してもらわなければなるまい。

 

「一般兵なら適当に取り繕う。そうでないのなら相手次第でザ・交渉タイムだ」

 

「はいっ!」

 

「……来るぞッ」

 

 相手方が私達を視界におさめるよりも早く視認してみせると、最初に現れたのは長い黒髪に白銀の鎧を纏った一人の男であった。その後方にはリヨンに行き着くまでに見た兵士と同じ装いの人間が確かに数えるほど付いている。

 

「あれは―――ジルっ!?」

 

『えっ――それは本当なのかい!?』

 

「ええ、彼は……ジル・ド・レェに間違いありません……」

 

 まさかの人物のご登場に戸惑いを私は隠せない。……いやだって、黒幕と同じ名前ですやん。それが堂々と来られたら誰だってビビるでしょうが。

 

「……でも、青髭って言われるほど青髭してないな。青髭フェイスがどんなんか知らんけど」

 

「ええと、多分目玉が飛び出しているような感じかと……」

 

 見た限りではそのような状態にあるわけでもなかった。聞くところによれば興奮しているとそうなるらしく、その度に目潰しをしていたとか。ふーん。

 

「もう一度確認しますが、あの集団は……偽装でも何でもなく生身の人間でしょうか。ドクター」

 

『――ああ、何度もスキャンを掛けたが何か仕込まれているわけでもない只の人間だ。所持品に魔術的なものがある様子も確認出来ない』

 

 だとすると、紛れもなく純粋なフランス軍の兵士なのか。いや、そもそもオルタの背後にいるジル・ド・レェがこの時代の本人かサーヴァントの彼かまだ判断がついていない。……どちらにしても話してみて判別付ける以外に方法はないということか。

 

「直感じゃが、シロじゃろうな。沖田の魂を賭けてもいい」

 

『貴女、直感スキル無いですよね。……あと、この場に居ない人の魂を勝手に賭けないで下さい』

 

「んー、じゃあ信勝の魂」

 

『じゃあ、じゃないでしょうが』

 

 巫山戯たやり取りが交わされている合間に相手方はこちらを視認し距離を詰めてくる。

 勢いを持ってやって来ていないことから話す余地はありそうだが、穏便に済むかどうかは私の駆け引き次第だ。

 頭をポリポリと掻いて面倒くさそうにしながら代表して話をする席につくと皆に合図すると、彼からまず私に声をかけてきた。

 

「――失礼。貴女らに話があるのだが少しよろしいかな?」

 

「……別に構いませんが、貴方は?」

 

 兵士が何だ知らないのかと軽く憤るような姿勢を見せるが、彼はそれを諌めて礼儀正しくジル・ド・レェであると名乗ってきた。反射的にこちらも名乗り、腹の中を探るように様子を窺う。

 

「私は……武芸者を纏め上げながら旅をしている、リツカと言います」

 

「おおっ、するとやはり貴女らが噂に聞く一団でしたかっ!!」

 

 いつの間にか噂になるほどになってたかーって……フランス軍の目の前で戦ったのって片手で数える程度しかなかったはずなんだが、それだけで有名になるとか世間は意外と狭いな。

 まあ、事態の深刻さから対処できる人間を欲しているというのもあるのだろう。出て来る相手が相手だからな、この時代の乏しい装備で収束させ解決するのは酷というものだ。

 

「あの邪竜共をいとも容易く倒していると聞き及んでいますが、もしや先程の爆発は―――」

 

「あー……尋常じゃない大きさの奴を倒した影響ですね。危うく全員丸焦げになるところでしたよ」

 

「しかし、無事なご様子。どのように倒されたのかも気になりますが、避けるのにも何か秘策がお有りで?」

 

 秘策も何も全力防御した結果なんだがな。というか、倒し方も到底教えられるようなものではない。真似できるとすればオイルを飛ばすことぐらいだが、私みたいに正確に口元へ流し込むのは困難だろう。ホースみたいのがあればまだわからないでもないが。

 

(どうするのですか、何か答えなければ怪しまれてしまいます)

 

(わかってるって……ああもう、説明しにくい倒し方したツケがこんなところで返ってくるとは思わなんだ)

 

(時代に即した戦い方を今後は少しでも心がけるようにせんとな。儂らがやっているのは戦国時代に戦車持ち出して大暴れするのとそう変わらんしのぅ)

 

(それ戦国自衛隊)

 

(猿の願いを叶えるためにヘリを持ち出すやつ、とかもそうじゃな)

 

(……時空警察懐かしいなオイ)

 

 しょうがないので戦い方の指南については、難しいから無理だと答えて上手く話をはぐらかすとして、どうこの後に話を繋ぐかだ。

 ノーコメントを貫けば会話は途切れ、こちらの印象はあまりよろしくなくなるだろう。そうなれば、目前にいるジル・ド・レェが敵か味方かの判断もつかなくなる。うーん、悩みどころだ。

 

(この状況で彼の出方を見るには―――)

 

(……マスター、いいだろうか?)

 

(むっ?)

 

 鋭気回復中のジークフリートが、唐突に意見があるとこのタイミングで申し出てくる。

 また、傍に座るアストルフォがさも自信あり気に彼の提案に乗ってくれと熱い視線をぶつけてきた。

 ……時間的に何を話すのかは共有している暇はない。ぶっつけ本番のアドリブで勝負で意図を読めということか。――いいだろう。

 

「それについては俺が話そう」

 

「……貴公は?」

 

「オレの名は……ジーク。彼女達が訪れる以前から成り行きでこの地を守っていた一介の騎士だ」

 

「――確か、この街に住んでいた者が避難した際、揃って残った者が一人いると言っていたが……もしや」

 

「ええ、彼のことです。実のところ、ジークの無事を確認するために我々はこの地を訪れたのです」

 

 嘘は言っていないが脚色の入っているフォローを入れ、いかにも友人を助けに来た体を装う。

 そうして、続けざまにジークと便宜上名乗った彼は、事のあらましに関してズガズガと切り込んでいった。

 

「先程、オレ達が戦ったのは巨大な竜種だと伝えたが……やや正確性に欠ける」

 

「というと?」

 

「あの竜種は、竜の魔女ことジャンヌ・ダルクがオレ達を殺すために召喚した存在だった……」

 

「召喚ッ!? それにジャンヌが――!?」

 

 彼の心を揺れ動かすワードが出たことにより、反応が顕になった。内容の真偽は別としてこれが反応を見るのに最適解か……考えたなジークフリート。

 

「あの光景には目を疑ったが、倒した後だからこそわかる――アレは幻ではない。まさしく竜の中の竜ともいうべき存在だった」

 

「それで、ジャンヌは……!?」

 

 誘導は出来ているな……後は此処でなんと答えるかだが、そんなものは既にわかりきっていた。

 

「……落ち着いて聞いてください。実は――」

 

「襲ってきたジャンヌならば何処ぞへと消えた。がしかし、問題はそのきっかけとなった……」

 

「こちらを襲うためでなく、守るために現れた……もう一人の、ジャンヌ・ダルクです」

 

「――はっ?」

 

 思った通りに混乱しているので、畳み掛けて情報を与えてゴリ押していく。

 要するに、現在のフランスにはジャンヌ・ダルクが二人も存在していることを認知してさえ貰えればそれで良いのだから。その上で反応を窺う。

 

「驚きましたよ、同じ顔、同じ容姿を持つ人間が目の前で居合わせたんですから」

 

「ま、全く同じだったのですかっ!?」

 

「少なくとも顔はそっくりでしたね。髪色や服装といったところの細部に関しては異なっていましたが……」

 

「つかぬことを聞くが、元帥……貴方の知るジャンヌ・ダルクはどのような姿をしていた?」

 

「それは……ええと」

 

 当然覚えているであろう特徴を列挙してもらい、隠れてもらっている彼女とすり合わせを行うが、ドン引きするほど的確に身体的情報を捉えていたので認識が阻害されているといった心配はなかった。つーか、元帥本人はジャンヌ・オルタのことを報告でしか聞いていないんかーい。

 

「――なるほど、この国随一で彼女に詳しい貴方が言うのだから間違いないですね。私達を守ってくれた方がまさしくジャンヌだったのでしょう」

 

「いやしかし、ジャンヌが二人に……一体どうして? 悪魔と契約したという噂は――」

 

「事実かどうかは私達でもわかりかねます。ですが、逃げた竜の魔女を追って消えたジャンヌはこう言いました」

 

 自らが招いたに等しいこの状況を終わらせるために、期間限定で遣わされ蘇っているのだと。

 であるからして、もしフランス軍が事態の収束に奔走しているのであれば被害を出さないためにも大人しくしていて欲しいと。

 

「ジャンヌ……」

 

「元帥、今の話を信じるのですか……?」

 

 取り巻きの兵士が不安げに声を彼にかける。その意見はごもっともで、初対面の人間の言葉を真に受けるのは警戒心がなさすぎるというものだ。

 

「すべてを信じていいかは私にもわからん。……だが、私とて竜の魔女がジャンヌだと受け入れたくないのだ」

 

「――つまり?」

 

「今の証言が真であるか確かめるために、もう一度竜の魔女について事細かく調べなおす。戻り次第、竜の魔女を見たという者の聴取だ」

 

 処刑直後というタイミングだけになかなか言い出せない人間もいると理解したのだろう。……いつの時代も情報共有は大事やね。勝手に噂が独り歩きすると真実は霞んでしまうからな。

 参考までに私がスケッチした似顔絵と違いについての情報を描いた用紙をサンプルとして渡しておくことにする。

 

「貴女方はこれからどうするおつもりで?」

 

「……一時とはいえ助けられた恩もありますから、探すついでにまた襲撃を受けている場所に顔を出すつもりです」

 

「そうですか……」

 

「もしまた会えたら伝えたい事はありますか?」

 

「いえ、それには及びません。機会があれば、自分自身で伝えようと思います」

 

 それでなければ意味が無いとさも言いたげに彼は答える。

 ……ここまでの会話の中で何度も様子を確かめたが、ノッブが言った通りで彼はシロであるようであった。

 すると狂気に陥ったのはジャンヌが死んだ直後からではなく、その後にあった出来事……恐らくはルルイエ異本を手にした時からだという仮説が成り立つ。もっとも、この正しくない歴史ではあっているかは確かめようがないが。

 

 その後、二言三言会話を交わした私達は、彼らが退くのを見届けてやや張り詰めていた空気を元に戻した。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「……彼のビフォーアフターっぷりが益々気になったな、早く会ってみたい」

 

「興味本意で黒幕に会いに行こうとすんじゃねえよ」

 

「てへっ」

 

『それはさておき、これでこちら側の彼女が一緒に行動していても不思議ではない大義名分が一応得られたね』

 

『絶対にフランス軍から襲われないという保証がついたわけではないけれど、気休めにはなるわ』

 

「……ありがとうございます」

 

 フランス軍の動向もこれである程度はコントロール出来たことだろう。発言通りに行動さえしてくれれば、こちらの憂いもなくなる。

 気を取り直して、戦闘後の休憩へと入った私達はジークフリートの回復具合を目安に次の場所……ディエールへ移動する算段を立てた。

 

「車にそろそろ乗り切れる人数じゃなくなってきたな。エミヤー、投影でもう一台どうにかなんない?」

 

『無茶を言うな。せめて修理可能な廃車ぐらいは提供してくれ』

 

『出来るだけ近代の特異点がないと調達は無理じゃないかなー』

 

「なら、それらしい特異点があったらそこ優先して攻略しようか」

 

「……完全に車での移動を前提とした人理修復になっていますね」

 

「だって楽じゃろ?」

 

 車が駄目なら自転車かバイクでも構いませんぜ。前者だとめちゃくちゃシュールだが、やってみたい面白さはある。

 

『変な集団に見られるから止めてちょうだい』

 

「今でも変な集団じゃろ」

 

「その意見はごもっともで」

 

 時代錯誤も甚だしい私らである。ま、統一感出したら出したで余計怪しまれるかもだが。

 

「――私、バイクというモノに乗ってみたいわ!」

 

「……宝具弄れば実現可能なのでは?」

 

 ギロチンブレイカーって強そうなマシンっぽいしね。なお、馬よりも轢く力が強そうなので相手は大惨事間違い無しである。

 既に色々と歯止めが効かなくなっている彼女は何処へ向かおうとしているのか悩みつつ、今日という日はまた過ぎていく。

 




余談ですが、第二部序があんな展開になるとは思わなくて混乱しましたが、
我がカルデアでは「何がロストベルトだ、こちとら超人類史やぞ!」というスタンスで行くことにしました(適当


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