ルイズさまは、お妃さま!? (双月の意思)
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ルイズさま、おめでとう

遥か宇宙、マール星レピトルボルグ王家は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールをお妃に迎えるための使者をハルケギニアに送った。
ワンダユウ「チンプ~イ!頼んだぞ~!」



 遥か宇宙、マール星レピトルボルグ王家は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールをお妃に迎えるための使者をハルケギニアに送った。

「この星?」

「そう、この星だ」

「どこ、どこ、どこ~?」

「まあ、待ちなさい」

 宇宙船には、チンプイとワンダユウが乗っており、今まさにあと少しで、ルイズのいるトリステイン魔法学院に到着するところであった。

「あっ、あの子だね!」

「これっ、あの方と言いなさい。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールさま、16歳」

「うん。なかなか可愛い~!」

「なかなかお元気でいらっしゃる」

ドカン!

「いささかおドジな面も・・・」

「ホント」

「しかし、失敗を苦にしない強さもお持ちのようだ」

「うん」

 宇宙船には、チンプイとワンダユウが乗っており、今まさにあと少しで、ルイズのいる魔法学院に到着するところであった。

 

 その頃、トリステイン魔法学院では・・・

爽やかな青色の空に、ドォン!! という轟音が鳴り響いていた。

 そこでは、二年生に進級するための試験、春の使い魔召喚の儀式が行われていた。

生徒達はこの儀式を行う事で自分の属性に合う使い魔を召喚し、自分の魔法属性と専門課程を決めるのだ。この使い魔は呼び出した人間の属性によって異なり、モグラやカエルなどを召喚した人間もいれば、サラマンダーやウィンドドラゴンの幼生など非常に珍しい生き物を召喚した者もいる。

 しかし、今、使い魔召喚を試みている少女がいた。この少女は、桃色がかったブロンドの髪と鳶色の目が特徴的な美少女であったが、魔法は不得手なのか、まだ何も召喚できないでいた。

 悔しそうに奥歯を噛み締める少女に、あちこちから罵詈雑言が投げかけられる。

「さすがゼロのルイズだな! 召喚もまともにできないなんて!」

「どうでも良いけど、早くしてくれよ!」

「さっきから爆発ばっかりじゃないか! もう諦めた方が良いんじゃないか!」

 それに少女――――ルイズは観衆達に黙れと言いたくなったが、どうにかしてその言葉を呑み込んで歯を食いしばる。

「ミス・ヴァリエール」

 自分の名前を呼ぶ声に振り返ると、そこには頭が見事に禿げ上がった中年の男性が立っていた。使い魔召喚の監督を行っている教師、『炎蛇』のコルベールだ。

「だいぶ時間が押してしまっているし、続きは明日にしましょう」

「お、お願いします! あと一回だけ召喚させてください!!」

叫びながら、ルイズはコルベールに向かって頭を下げた。

さっきから何回もやっても爆発ばっかりで、一向に成功する兆しが無い。もしかしたらこれ以後も爆発するだけかもしれないが、このまま諦めて明日に回すのはルイズのプライドが許さなかった。

 すると、ルイズの気持ちを察したのか、コルベールは少し考え込んだ後優しい声でルイズに言う。

「・・分かりました。じゃあ、あと一回だけですよ。これでだめだったら、明日にします」

「っ! ありがとうございます!」

 ルイズは再びぺこりと頭を下げると、深呼吸した後に息をついて心を落ち着かせる。

「何だよ、またやるのかよ!」

「もう明日にしようよ」

うるさい黙れ、とルイズは心の中で言い返してから杖を握る。

「宇宙のどこかにいるわたしの僕しもべよ!」

自分のありったけの力を込めて、ルイズは叫ぶ。

 ここまで失敗したのだ。もうドラゴンやグリフォンなどの贅沢は言わない。せめて。せめて犬や猫、最悪自分の大嫌いなカエルでも構わない。

(お願い・・お願いだから、成功して!!)

「神聖で美しく、そして強力な使い魔よ! わたしは心よりも訴え、求めるわ! 我が導きに答えよ!!」

 そして杖を振り下ろすと、今日一番の爆発が起こった。

爆風が辺りに吹き渡り、灰色の煙で周囲が見えなくなる。

「おい! また爆発したぞ!!」

「もう勘弁してくれよ、ゼロのルイズ!」

 だが、ルイズは周りの言葉に耳を貸さずに、徐々に薄れていく灰色の煙をじっと見つめる。

煙が晴れるとそこには、光を放つ大きな鏡が浮かんでいた。

「早く! 早く出てきなさいよ! わたしの使い魔!」

「焦ってはいけませんよ、ミス・ヴァリエール。このゲートを潜るかどうかは向こう次第ですからね」

 焦るルイズに、コルベールは優しく声をかける。

 

 すると・・

ヒューンという音とともに見たこともないフネ?のようなものが、ゲートの近くに着陸した。

 そして、声だけが聞こえてきた。

「見つけたよ。ルイズがいるよ」

「ルイズさまとお呼びしなさい!口のきき方を知らん奴だ。では、そそそろ行くか」

「誰?」

 ルイズがそう言うと、

パン!パン!パンパカパカパンパーン

と、音がしたと思ったら「「バンザーイ」」という声とともに

ルイズに大量の紙ふぶきと紙テープが降りかかった。

「「おめでとうございます~!」」

 そこに、ネズミのような生き物と犬のような生き物が現れた。

「全宇宙えりすぐり数万人候補者の中から厳正審査の結果、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールさまが、マール星レピトルボルグ王家第一王子ルルロフ殿下の・・・、お妃に選ばれました~!!」

 犬のような生物、ワンダユウが胸を張り、高らかに告げた。

「マー・・、レピ・・王家?お妃・・お妃!?わたしが!?」

 ルイズは何のことだか分からなかったが、なぜか自分がどこぞの王族のお妃に選ばれたと聞かされ、頭を殴られたようなショックを受けた。

 周囲も突然のことで唖然としている。

「おい、あの生き物、喋ってるぞ?」

「使い魔召喚はどうなったんだ?」

「どこの王族だって?」

「どこでもいいじゃない!王族になれば、進級も関係ないし。ズル~イ!」

「お妃だって!いいな~。ゼロのルイズのくせに生意気よ」

 色々な声が飛び交う中、どこかのガキ大将のようなヤジまで飛んできた。

「「おめでとうございます。おめでとうございます」」

 そう言いながら、二匹の喋る不思議生物がルイズの周りを跳ね回っていた。

 そんな二匹の様子を呆気に取られてみていたルイズであったが、ネズミのような生物の近くに、自分の目の前にある光の鏡と同じものが付きまとっていることに気が付いた。

「ねえ、あんたの近くのそれって・・」

 ルイズが尋ねる。

「ああ、これ、ルイズさまの使い魔を召喚する魔法のようですね」

 何でもないことのように、ワンダユウは答えた。

「ちょっと!あんた!なんでゲートを潜らないのよ!」

 ルイズはそう言いながら、チンプイに突進するが、チンプイはヒラリとかわして宙に浮かび上がった。

「だって、さっき、そこの頭ピカピカのおじさんが言ってたじゃない。このゲートを潜るかどうかは、ぼく次第だって」

「ぐっ!」

 ルイズは、もっともなことを言われて言葉に詰まった。

「それじゃあ、こうしましょう。チンプイをルイズさまの使い魔に致しますので、ルルロフ殿下とご婚約なさって下さい」

 いかにも、ワンダユウらしい物言いである。

「なっ・・」

 言葉に詰まるルイズの返事を聞かず、ワンダユウは話を進めようとする。

「早速、ご案内致します。ワンダユウ!」

 そう言うと、ルイズの体が浮き上がった。

「わっ、わっ!」

 ルイズは、足をバタバタさせた。

「あれって”レビテーション”?あの犬がやってるの?呪文聞こえた?」

「いや、何も」

「先住魔法?」

 ルイズの心配よりも目の前の”レビテーション”?のようなものの正体について、生徒たちは話を始めていた。

「お待ちください!」

 コルベールは焦って、二人に声をかけた。先ほど生徒の誰かが言っていたように先住魔法の可能性もあるので、コルベールは内心ひやひやしていた。

「なにか」

「お待ちください。そのご様子だと我々が何をしているのかご存知の様子ですが・・今、神聖な使い魔召喚の儀式の真っ最中なのです。そちらの・・」

「ぼく、チンプイ」

「・・チンプイ殿が使い魔になられるかなられないかは、確かにチンプイ殿の自由ですが・・私もこの儀式の監督責任があります。先約があるのかもしれませんが、いきなりミス・ヴァリエールをこのまま連れて行かれたら、ヴァリエール公爵家にも申し訳が立たない。どうか、お待ちください」

 コルベールは、相手を刺激しないように言葉を選びながら、二匹を説得しようとしていた。

「先約なんてないわよ!」

 ルイズが口を挟むが、コルベールにジロッと睨まれて、口をつぐんだ。

「ややっ!大変失礼致しました。ルイズさまをお迎えに上がるのが、わたくしどもの悲願でしたので、つい気が焦ってしまいました。申し遅れました。わたくし、ワンダユウと申します、以後お見知りおきを。突然のことで驚かれるのはごもっとも。今すぐおいでをとは申しません。時間はたっぷりございます。妃殿下のお心の準備ができるまでお待しましょう」

 ワンダユウは、トリステインの貴族に則った見事な一礼をした。

「あなた・・それをどこで」

 この犬のような生き物が、貴族らしい見事な一礼をしてみせたことに驚きを隠せなかった。

「ルイズさま。わたくしどもはお妃候補をお選びする際に、ルイズさまの身辺調査はもちろんのこと、その国の文化などについても調べさせて頂いております。ルイズさまに恥をかかせないように、このワンダユウ、一生懸命練習をした次第でございます」

 ワンダユウが答えた。

「ふっ、ふ~ん。いい心掛けね」

 先ほど先住魔法?と思われる”レビテーション”をかけられ、動揺は隠せなかったが、ルイズは精一杯虚勢を張ってみせた。

「ご協力感謝致します。・・・ところで、使い魔召喚の儀の途中だったのですが、チンプイ殿、そのゲートを潜り、ミス・ヴァリエールの使い魔になって頂けないでしょうか?」

「やだ」

 ルイズを指しながらコルベールは言ったが、チンプイは拒絶した。

「なっ、何で嫌なのよ!」

 ルイズが叫んだ。

「だって、まだルイズちゃんからルルロフ殿下と婚約OKって言葉聞いてないもん」

 チンプイが答えた。

「これっ、口のきき方に気を付けないか!」

 そして、チンプイを注意したワンダユウはルイズに向き合い言った。

「ご無礼をお許しください。チンプイは、まだ子供なのです。しかし、恐れながら、チンプイの言うことももっともです。チンプイはマール星で暮らしているのです。ルイズさまがルルロフ殿下とご婚約なさってマール星に来て頂かないと困ります」

「あのね!わたしは、見たことも聞いたこともない国のお妃になんてならなわよ!」

「じゃあ、ぼくも使い魔にならないよ」

 チンプイとルイズの意見が平行線になりそうだったので、コルベールが助け舟を出した。

「使い魔を持たなければ、彼女は進級できないのです。これは彼女の一生に関わる問題なのです。チンプイ殿、どうかミス・ヴァリエールと契約して頂けませんか」

「だから、ルイズちゃんがルルロフ殿下と婚約するならいいよ」

「言っときますけどね!わたしは見たこともない殿下のお嫁になんかならないの!!」

 コルベールの助け舟は全く意味をなさなかった。相変わらず、二人?の意見は平行線だ。

「ううむ・・・仕方がありませんね。学院長と相談してみることにします。ミス・ヴァリエールの進級については後々考えることにしましょう。婚約については・・家庭の事情に一介の教師が口を挟むわけにもいかないので・・、取り敢えず、ヴァリエール家に連絡しましょう。ひとまず、ワンダユウ殿、チンプイ殿、我々と一緒に来て頂けますか?勿論、ミス・ヴァリエールもですよ」

「了解しました」

「うん、いいよ」

「はい・・・」

 三人?がそれぞれ答えた。

他の生徒は自習ということで解散させ、二人と二匹は、学院長室へと向かった。

 




藤子・F・不二雄作品とゼロの使い魔のクロスオーバーが書きたかったので、今回は、チンプイで書いてみました。
 ルイズがいつもサイトを振り回しているので、今回はルイズが振り回される話を書いてみました。

※先ほどワンダユウが使った先住魔法?は、『科法』といって、名前を言うだけで、魔法みたいなことが色々できます。


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ルイズさまとヴァリエール家と使い魔

マール星レピトルボルグ王家の使者、ワンダユウとチンプイは、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールをお妃に迎えるため、トリステイン魔法学院の学院長室にて話し合いの席に着いていた。


「オスマン学院長。ミス・ヴァリエールおよびマール星レピトルボルグ王家の使者のワンダユウ殿とチンプイ殿をお連れしました」

「うむ。入りたまえ」

 部屋の中から声がかかり、二人と二匹は、中に足を踏み入れた。

「お初にお目にかかるの。わしは、このトリステイン魔法学院の長、オスマンじゃ。人はオールド・オスマンと呼んでおる。ミス・ヴァリエールをそちらの国の第一王子ルルロフ殿下の妃として迎えたいということと、チンプイ殿の前にミス・ヴァリエールの使い魔のゲートが開いておるが使い魔になりたくない、という認識でよろしいかの?」

 外の騒ぎで気になったオスマンは、『遠見の鏡』で観察をして状況は大体把握しており、秘書のロングビルにはすでに席を外させていたのだった。先住魔法らしきものをワンダユウが使ったのも見ており、いつものとぼけた感じではなく、いつになく真剣な表情であった。

「はい、その通りでございます。・・・ところで、ルイズさまのご家族の方々のお姿が見当たらないのですが・・コルベール殿、まだ到着なさらないのですか」

「大変申し上げにくいのですが・・先刻、フクロウ便で手紙を出したばかりですので、どんなに早くても明日の夕方になるかと・・」

 コルベールは、申し訳なさそうに言った。ハルケギニアの連絡手段はフクロウ便しかない上に、交通手段が馬か竜籠かフネしかないので、無理もない。

 夢中になると周りが見えなくなるコルベールを同席させるわけにはいかないと判断したオスマンは、コルベールを退室させた。

 コルベールの退室後、ワンダユウが口を開いた。

「わたくしもあまり長く滞在できないので・・ルイズさまのご家族には今、お越し頂きましょう。科法『遠隔テレポート』、ワンダユウ!」

 すると、そこに、ラ・ヴァリエール公爵、カリーヌ、エレオノール、そしてカトレアが、皆、紅茶のカップを片手に突如現れた。

 突然のことで、一同唖然としている。

「突然お連れしてしまい、申し訳ございません。わたくし、ワンダユウと申します、以後お見知りおきを。恐れながら、ラ・ヴァリエール家三女のルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールさまが、全宇宙えりすぐり数万人候補者の中から厳正審査の結果、マール星レピトルボルグ王家第一王子ルルロフ殿下のお妃に選ばれましたので、わたくしの『科法』でお越し頂きました」

 そう言うと、ワンダユウは、先ほど同様、トリステインの貴族に則った見事な一礼をした。

「な、何ですって!?っていうかここはどこ!?わたしたちお茶をしてたはずじゃ・・って!ちびルイズがお妃!?冗談でしょ!?」

 突然のことで訳が分からず、長女エレオノールが叫んだ。手に握られた紅茶が自分たちがさっきまで確かにヴァリエール邸でお茶をしていたことを証明していた。

「あらあら。ルイズがお妃さま?すごいじゃない。わたし、自分のことみたいに誇らしいわ」

 カトレアは、ルイズとお揃いの桃髪を揺らしてコロコロと笑った。

「ルイズ・・」

 紅茶のカップをおもむろに置くと、カリーヌはルイズを見据えた。

「ひゃい!母さま」

 ルイズは情けない声を上げた。

「あなた・・ワルド子爵との婚約はどうしたのです?お妃?どういうことか説明なさい」

 カリーヌは鋭い目を光らせて、ルイズに詰め寄った。

「わわわ、わたしは何も知りません。つ、つつ、使い魔を召喚しただけです!」

 慌てて弁解するルイズの横には、光のゲートがあり、同じものがチンプイの横にも浮かんでいた。

「・・使い魔。そこのネズミのような生き物ですか?ゲートが2つ・・まだ、”召喚”が出来ていないようですが・・」

 カリーヌは、チンプイを一瞥して言った。

「ネズミって、酷いな~。ぼく、チンプイ。まだ使い魔じゃないよ。ルイズちゃんがルルロフ殿下と婚約したら、使い魔になってもいいよ」 

 チンプイは答えた。

「だ・か・ら、婚約しないって言ってるでしょ!いいから、ゲートを潜りなさいよ!・・そうよ、わたし、ワルドさまと婚約してるから無理!ねっ!分かったら、ゲート潜りなさい!」

 ルイズは、思い出したかのようにワルドとの婚約のことを言い、無理矢理チンプイをゲートに押し込もうとするが・・やはり避けられてしまう。

「その点はご心配には及びません。ワルド子爵は、『レコン・キスタ』の一味でございます。祖国トリステインを裏切ろうとしている男に嫁ぐのは、妃殿下も本意ではないでしょう?我々マール星レピトルボルグ王家は、トリステインには一切干渉いたしませんのでご安心を」

 ワンダユウが言った。

「誰が妃殿下よ!それより・・ワルドさまが『レコン・キスタ』って本当なの?」

 ルイズはさらりととんでもないことを言われ、婚約よりもその真偽を確かめたくなった。

「そうでございます。わたくしどもがルイズさまの身辺調査をしていて分かったことです。それに・・恐れながら、祖国を裏切るおつもりの『子爵』と国民から愛される『第一王子』のルルロフ殿下・・どちらを選ばれるのがルイズさまにとってお幸せか比べるまでもないでしょう。あと、ここにルルロフ殿下がルイズさまのために愛を込めて吹き込まれたディスク・・・恋文がたくさんございます。失礼ながら・・ワルド子爵は、ルイズさまに今まで何通の恋文をお書きになりましたか?」

「ゼロ・・ゼロ通よ!悪い!!ワ、ワルドさまはお忙しかったのよ。それに、”まだ”裏切ってないんでしょう?」

 憧れていたワルドが裏切り者なのがまだ信じられないのか、ルイズはワルドを必死でフォローする。

「・・今の話は本当なのか?ワンダユウとやら。本当ならば、即刻、ルイズとワルドの婚約など破棄だ。・・しかし、貴様らの『マール星』も『レピトルボルグ王家』も全く聞いたことがない。まさかと思うが、動物の国とか抜かすのではあるまいな?」

 これまで黙っていたラ・ヴァリエール公爵であったが、相手をじっと睨み付けて言った。喋る犬とネズミのような生き物に驚きを隠せなかったラ・ヴァリエール公爵であったが、娘の将来に関わることと分かると、頭を切り換えていた。

「マール星にはいろいろな人種が住んでいるんだよ。でも、安心してよ。ルルロフ殿下は、ヒト型宇宙人で、ルイズちゃんと変わらないよ」

 チンプイがワンダユウの代わりに答えた。

「宇宙人!?あんた達、宇宙人なの!?わたし、宇宙人のお嫁になんかならないわよ!」

 ルイズが驚いて叫んだ。

「宇宙人種差別は良くないなあ。ま、一度会ってみれば、君も夢中になると思うよ」

 チンプイは何でもないことのように言った。

「あなた達・・ワルド子爵が裏切り者であろうとなかろうと、婚約済の女性に新たに婚約を申し込むのは、”規律違反”だと思わないのですか。あと、ルイズにも罰が必要ですわね」

 カリーヌの言葉に学院長室の空気が凍り付いた。

 エレオノールが珍しく作り笑いを浮かべ、

「か、母さま、ここで暴れるのはちょっと・・それに今回は、ちびルイズに非はないわよ・・・、ねえ、カトレア?」

 カトレアも、ちょっと困ったような声で、

「わ、わたしもそう思いますわ」

 こほんとラ・ヴァリエール公爵が咳をした。

「なあ、カリーヌ。娘たちの言う通りだ。それなら、あのワンダユウとチンプイとやらだけで良かろう?何もルイズまで・・」

 その言葉が途中で轟音にかき消される。パラパラと机の上に埃が舞い落ちる。見ると、学院長室の壁が消失していた。なんとも強力な風の呪文であった。

 しかし、ワンダユウはそれに動じることなく言った。

「・・・確かに、その点は殿下にも申し上げたのですが、殿下自らお選びになって言ったのです。『ぼくはルイズさんがいい。ルイズさんじゃなきゃダメなんだ!・・それに、ルイズさんが、騙されるのを黙って見過ごすことなんてぼくには出来ない』と。

ですから、せめて、ワルド子爵が、大悪党であることだけでもお伝えしなければと思った次第でございます」

「・・事情は分かりました。しかし、先ほど、ルイズは、そこのチンプイさんを無理矢理ゲートに押し込めようとしていました。神聖な使い魔の儀にあるまじき行為です。・・やはり、ルイズへの罰は必要ですわ」

 そう言うと、カリーヌの目が光った。

「ひいい!スミマセン、母さま!婚約とか言われて混乱していて・・二度としませんから、どうかお許し下さい!」

 ルイズが懇願する。

「言い訳無用。お仕置きです。それと・・ワンダユウさん?あなたが、ルイズの婚約騒動のこの場の責任者のようですから、皆さんを騒がせた責任を取って頂きたいわ。わたくしと、決闘しなさい。それで、あなたが負けたら、この縁談はなし。あなたが勝てば、この縁談の話の続きを聞きましょう」

 そう言ったカリーヌの手には既に杖があった。やる気満々、場所を変えるのももどかしいようだ。

「・・はあ。しかし、わたくしとしては、公爵夫人に手荒なことをするのは気が進まないのですが・・」

 ワンダユウが遠慮がちに言った。

「遠慮なさらなくて結構!オスマン殿!」

「なんですかな? 公爵夫人殿」

「合図をお願いできますか?」

「ほっほっ、よろしいでしょう」

 カリーヌは、今すぐに決闘を始めないと気が済まないらしかった。オスマンは、すでに学院長室は悲惨な状態だったので今更文句を言うこともなく、心の中でおいおいと泣きながら、黙って手を振り上げた。

「わたくしは”烈風”カリン、ことカリーヌ・デジレ・ド・マイヤール。いざ!参ります!」

 ラ・ヴァリエール公爵は、カチカチと震えながら口ひげをいじり始めた。昔を思い出したのである。若く、美しく、そして、峻烈だった自分の妻の過去を・・・。

 しかし、ワンダユウはやはり、動じることなく、気が進まないという感じで名乗った。

「マール星レピトルボルグ王家の使者、ワンダユウ。気が進みませぬが、謹んでお相手致します」

「始め!」

 オスマンの手が振り下ろされると同時に、カリーヌは呪文を唱え始めた。

 それに対し、ワンダユウは、

「・・やはり気が進みませんな。科法『超強力バリヤー』、ワンダユウ!」

「”カッター・トルネード”!」

 ”烈風”カリンの十八番の風のスクウェアスペルがワンダユウに襲い掛かるが・・先住魔法”反射(カウンター)”のように簡単に跳ね返されてしまった。

「・・!」

 カリーヌはレビテーションを自分にかけてその場を離れる。

「カリーヌの”カッター・トルネード”が跳ね返されるのか・・。もしやあれは・・せ、先住魔法か?」

 ラ・ヴァリエール公爵の顔に焦りの色が浮かぶ。

「ラ・ヴァリエール公爵殿・・・お忘れか?そなたたちをこの学院長室に一瞬で連れてきたのは他ならぬワンダユウ殿なのじゃ。先住魔法にそのような便利なものがあるとは、聞いたことがない。おそらく、マール星の・・宇宙人の魔法なのじゃろう・・」

 オスマンが自分の見解を述べる。

 カリーヌは”偏在”を10体作り出し、同時に”カッター・トルネード”を放つが、やはりはじき返されてしまう。そして、学院長室の天井は跡形もなく消し飛ばされた。

「くっ!」

 流石の”烈風”カリンにも焦りの色がみえた。

「このまま続けたら、公爵夫人がお怪我を・・やむを得まい。科法『選択性ミニ・ブラックホール』、ワンダユウ!」

 突然、カリーヌの頭上に、ミニ・ブラックホールが生まれた。予想外の出来事にカリーヌの対応が遅れ、カリーヌの”偏在”とともに杖が吸い込まれてしまった。

「・・勝負ありですな。勝者、ワンダユウ殿」

 決闘の終わりを、オスマンが告げた。

「・・・完敗ですね。仕方がありません。ワルドの件については、婚約を破棄しましょう。そちらのお話の続きをお願いできますか。・・ルイズへのお仕置きはその後にしましょう」

 カリーヌは、穏やかな表情で言った。ルイズへの死刑宣告つきではあるが。ルイズは、顔を青くしている。

「母さま!何もワルド子爵との婚約を破棄しなくても!裏切り者かどうかも分からないのに!先ほどの戯言を信じるのですか!」

 エレオノールが声を荒げる。

「エレオノール。わたくしは半ば強引に決闘を始めたのに・・ワンダユウ殿は終始、わたくしの身を案じて闘っておられました。ルイズの母であるわたくしを傷つけまいとしたのです。その姿勢、王家の従者の鏡です。信じるに値するでしょう」

 カリーヌは答えた。

「お褒めに預かり、光栄でございます。では、この学院長室を元に戻しましょう。科法『モトノモクアミ』、ワンダユウ!」

 すると、学院長室に瓦礫が集まり・・何事もなかったかのように、学院長室は元の姿に戻った。

「おおっ・・!」

 カリーヌの魔法で徹底的に破壊しつくされた学院長室が元に戻り、オスマンは泣いて喜んだ。

「こんなことまでできるなんて・・。ねえ、ワンダユウ?あんたのその魔法何なの?」

 ルイズが尋ねた。

「ふむぅ。なんと説明すれば良いでしょうか・・。そうですな。こちらのエルフの”先住魔法”とは異なる、マール星の魔法だと思って下さい。わたくしどもは、『科法』と呼んでおります」

 厳密には、マール星の、設備も機械もほとんど必要としない高度な科学技術なのだが、科学技術の発達していないハルケギニアで育ったルイズ達には伝わらないので、敢えてワンダユウはそう説明した。

「『科法』・・スゴイのね。母さまが手も足も出ないんですもの。・・でも、わたしも信じるわ。ワルドさま・・いえ、ワルドが裏切り者だって話。母さまを傷つけないようにしてくれたんですもの。

でも、わたし、そんなに魅力的な女じゃないわ。それに、年老いた両親を残して遠い宇宙に・・それもお会いしたこともない王子様のお嫁になりに行くなんて、わたしには出来ないわ!!」

 ルイズは、何とか諦めてもらおうと力説した。

「オ~~、なんというお優しいお言葉!しかし、マール星の技術をもってすれば、ハルケギニアとマール星は簡単に行き来できるので、ご安心を。・・ただ、王室典範でご婚約前にお顔をお見せすることは出来ぬのです。昔からの決まりなのです」

「う~。でも、でも!やっぱり、会ったこともない人と結婚なんて!」

 渋るルイズに、チンプイが言った。

「じゃあ、殿下にそっくりな人の写真を撮ってルイズちゃんに見せたら?ワンダユウじいさん」

「じいさんとは何ごと!!しかしな~。う~~典範にはないし・・背に腹は代えられん!殿下にそっくりの方をハルケギニアで探すか。殿下ほどハンサムな男性がいるとも思えんが・・。科法『探知スター』・『遠隔撮影』・『画像作成』、ワンダユウ!」

 ワンダユウが渋々ながらチンプイの提案を受け入れ、科法を使った。

 すると、一枚の写真が現れた。

「おおっ!奇跡だ!ほとんど、瓜二つの方がおられた!」

 ワンダユウは興奮気味にチンプイに写真を見せる。そこには、金髪の美青年が写っていた。アルビオンの王子ウェールズ・テューダーその人である。

「わあ~。ホント、殿下そっくりだね~」

 チンプイは写真を見て目を丸くした。

「ついでに、ワルド子爵が『レコン・キスタ』の一味である証拠の映像をお見せしよう、ワンダユウ!」

 ワンダユウがそう言うと、貴族連盟『レコン・キスタ』の総司令官オリヴァー・クロムウェルにアルビオンを滅ぼしトリステイン侵略するための謀略を命じられ、ワルドがそれに従う映像が壁に映し出された。

「・・どうやら、信じるしかないようだな。しかし、こんなものまで映すことが出来るとは、『科法』とはスゴイものだな」

 ラ・ヴァリエール公爵は、ワルドが裏切り者である証拠となる映像をみて眉をひそめたが、科法に感心した様子だった。

「これが、ルルロフ殿下の写真だよ。そっくりさんだけど」

 チンプイがルイズにヴェールズの写った写真を見せた。

「シャシン?何よこれ・・どうやったらこんな精巧な絵が描けるのよ。でも・・そうね、確かに、顔はまあまあね。でも、これだけじゃどんな方なのか分からないわ」

 ルイズは顔を重視するタイプではない。無論、ハンサムであることに越したことはないが・・。

「ですから、ここに、殿下からの愛のディスクをお持ちしたのです。ご覧下さい」

 ワンダユウがそう言うと、ワルドの映像から見たこともない景色と建物の映像に変わった。

「本当は、ルイズさま個人に宛てたディスクなので、他の方が観るのは良くないのですが・・マール星がどのような所か分からないと、ご家族も不安でしょう。ルイズさま、今回だけ、ご家族で一緒にご覧になることと、説明役としてわたくしどももご同席させて頂くことをお許し下さい」

 ワンダユウは、ルイズに頭を下げて、許可を求めた。

「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。では、わしは席を外させてもらおうかの。では、ごゆっくり」

 そう言うと、オスマンは出て行ってしまった。

「別にいいわよ。ところで、この声って、ルルロフ殿下?」

 ルイズが尋ねた。恋文を家族で観るのは何とも複雑な気分だが、両親を差し置いて真っ先に自分に許可を求めてきたので、悪い気はせず、許可した。

「その通りでございます。では、ご覧下さい」

 そうワンダユウが言うと、ディスクの本編が始まった。

「ルイズさん。はじめまして、ルルロフです。本来なら、顔を見せて直接お話したいのですが、王室典範で婚約前に顔をお見せることはできない決まりなのです。ごめんなさい・・。

まず、マール星がどのような所かルイズさんに知ってもらいたいので、見て下さい。大銀河の中心部近く・・、ハルケギニアから五光年離れた場所にマール星があります」

「五光年て何よ」

 ルイズが尋ねる。

「はい。光の速度で五年かかる距離ということでございます。しかし、ワープを使えばほんの数時間でマール星とハルケギニアを行き来できるのでご安心を」

 ワンダユウが答えた。

「ワープとは、先ほど我々をここに一瞬で連れてきた魔法かね?」

 ラ・ヴァリエール公爵が尋ねた。

「はい。大体そのようなものでございます。ただ、ワープを使っても距離が離れているので、どうしても数時間はかかってしまうのです」

 ワンダユウが答えた。

「数時間で済むのなら、わたしたちが普通にこの魔法学院に行くまでにかかる時間とそう変わらないわね」

 カトレアがコロコロと笑いながら言った。

「まったく・・、『科法』ってどんだけデタラメなのよ」

 エレオノールは、驚きを通り越して呆れていた。

「では、続きを」

 ワンダユウがディスクの続きを観るよう促した。

「水と緑に囲まれて、広場には四季折々の花が咲き乱れ、マール星では人間も動物も分け隔てなく暮らしています。ぼくのおすすめは王宮のバルコニーから見えるこの景色です。ぼくはここから、大運河の落日を眺めるのが好きなのです。黄金色のバターのような巨大な太陽が光のしずくを川面いっぱいにまき散らしながらゆるゆると・・・その眺めの美しさ、厳かさ・・・とても言葉では表現できません。ぼくは、光のしずくの最後の一滴が消え、紫紺の空が星で満たされるまで、立ち尽くしています。そして思うのです、この夕日を早くルイズさんとともに眺めたいと・・・」

 ディスクはこのような内容で、マール星のことを紹介しながらルイズへの愛の言葉が続いていた。

 一同は、ディスクを観終わった。

「なんと美しい所なのだ・・それにルルロフ殿下の教養の高さもうかがえる。わたしは、この結婚、賛成だな」

「わたくしも、初めて見る景色や建物に驚きましたが・・ルイズを大切にしようという殿下の気持ちが伝わってきました。反対する理由がありませんわ」

 ルイズの両親は、この縁談に乗り気のようだ。宇宙人とは言え、一国のそれも『第一王子』、『子爵』とは比べ物にならないほど家柄も良い。ルルロフ殿下のディスクから彼の誠実さとルイズを好きな気持ちがこれでもかという位伝わってくる。ハルケギニアの魔法も関係なさそうなので、魔法で苦労しているルイズにはこれ以上ない良い話だと両親は判断したのである。エレオノールとカトレアも賛成した。

 

 しかし、ルイズは、

「わ、わたしは、結婚なんてまだ分からないわ。ルルロフ殿下がいい人だっていうのは何となく分かったけど・・・まだ、どんな方なのかよく分からないし・・。まだ時間が欲しいの。・・・でも、使い魔は欲しいの・・、ダメ?」

 エレオノールはやおら立ち上がり、その頬をぎゅ~~~っと激しい勢いでつねり上げた。

「ダメに決まってるでしょ!ちび!ちびルイズ!」

「あいだ!でえざば(ねえさま)! いだい~~~~!」

「あなたはもう、勝手なことばかり言って!一体あなたは何を考えているの!」

「ぼく、使い魔になってもいいよ」

 チンプイが言った。

「しかし!」

 ”規律違反”に厳しいカリーヌの性格を受け継いでいるエレオノールが、食い下がる。

「気にしなくていいよ。ぼくの個人的なサービスだから。ルイズちゃんのこと好きになっちゃった。あくまで心から愛情で迎えてくれるんなら・・なってもいいよ。ルイズちゃんに婚約を無理強いする気もないよ。

でも、ぼくは使い魔になるためにはるばる来たんじゃないから、ルイズちゃんが自分からマール星のルルロフ殿下のところにお嫁に行きたいって思ってもらえるように、ぼくなりに頑張るつもりだよ」

 チンプイは、ニッコリ笑って答えた。

「ありがたいような迷惑なような・・・。分かったわ。じゃあ、代わりと言っちゃなんだけど・・ルルロフ殿下と”仮”婚約するわ。勘違いしないでよね!か・り!あくまでも、”仮”だからね!」

 ルイズは複雑な表情をしていたが、いつもの調子で言った。

「ちびルイズ!王族をつかまえて、”仮”って何よ!無礼にも程があるでしょ!」

「あいだだだっだ!いだいです!でえざば(ねえさま)! 」

 宇宙人とは言え、王族に対してあまりにも上からの物言いに、エレオノールは、眉を吊り上げてルイズの頬をつねり上げた。

「・・でも、ワルドみたいに、後で、問題が起こるかもしれないし・・それに、わたし、まだ学生だし・・」

 ルイズはつねられた頬をさすりながら弁解した。

「・・・分かりました。一日も早く来て頂きたいのがわたくしどもの本音ですが・・、殿下の深い愛がいつかルイズさまに通じるまで、何年でも待つと、殿下はおっしゃっておりました。気長にお待ちしております。

その代わり、殿下からのディスクを観たり、殿下のためにディスクに吹き込んだり・・・つまり文通をなさることと、使い魔とはいえチンプイをマール星の使者としてそれ相応に扱い、無理強いはしないこと・・まだ子供ですからな、この二つを条件とさせて頂きたいと思います。取り敢えず、お妃候補ということで、いかがでしょう?」

 ワンダユウが提案した。

 すると、今まで黙って話を聞いていたカリーヌが口を開いた。

「・・分かりました。エレオノール、ワンダユウ殿からマール星の王族としてのマナーや決まりを学びなさい。そして、すぐにでもルイズの家庭教師として、ビシバシ王族の何たるかを叩き込みなさい。仮にも、お妃候補なのですから、それなりでは困ります」

「分かりました、母さま。ワンダユウ殿、お願い致します。・・・ちびルイズ、一から鍛え直してあげるから覚悟なさい」

 エレオノールが答えた。二人の勢いに押され、ルイズはたじろいだ。

「それと、ルイズ・・・母はあなたにどのような教育を施しましたか?どんな事情があろうと、貴族としての振る舞いが全くなっていませんでしたよ。今回のお仕置きは、”激しく”いきます。覚悟なさい」

 カリーヌの目がギラリと光った。

 

 その夜、ほんのりと頬を染め、しばらくワイングラスをエレオノールは眺めて、

「はう、どこかにいい男いないかしら・・・」

と、ぼんやりした声でエレオノールはつぶやいた。

 

 同じ夜、ルイズの部屋には、ボロボロになって転がっているルイズを、心配そうに見つめるチンプイがいた。チンプイはあの後、使い魔としての契約を済ませ、その左手にはルーンが刻まれていた。

「ルイズちゃん、今日は大変だったね。ぼく頑張るから、これからよろしくね」

 




使い魔の契約をする場面は、話の流れで入れられませんでした。
チンプイはルイズの恋人候補って訳でもないので、今回はサラッと流させて頂きました。

 また、今回、ワンダユウを、”烈風”カリンが全く相手にならないほど強くしてしまいましたが・・これは、トリステインやロマリアは、マール星を無理矢理従わせて、戦争に巻き込むことが出来ないことを示唆するために、こういう設定にしました。
マール星が介入すると、マール星無双状態になりかねないので(笑)

 チンプイの強さは、まだ子供だからという理由で、それ程強くしないつもりです。
簡単に言うと、ワンダユウの強さをオスマン位とすると、チンプイは『ガンダールヴ』の力無しだったら、ギーシュ位にしようかと思っています。



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ルイズさまは、ゼロのルイズ

遥か宇宙、マール星レピトルボルグ王家は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールをお妃に迎えるための使者をハルケギニアに送った。
ワンダユウは、大使としてトリステインとマール星を行き来し、
チンプイは、ルイズの使い魔兼お世話役として、トリステインに残った。
ワンダユウ「チンプ~イ!頼んだぞ~!」

ついに、ルイズとチンプイの魔法学院での生活が幕を開けた。


 朝、ルイズは体中が痛すぎて目が覚めた。昨日は、母カリーヌの”激しい”お仕置きにより、身体中痛いしも服もボロボロであった。

ルイズの隣でスヤスヤと眠るチンプイを見て、ルイズは何となく腹が立ってきたので、ルイズは叩き起こした。

「痛いなあ。ルイズちゃん、何するの~」

 チンプイは目をこすりながらルイズに不満を言った。

「うっさいわね。チンプイ、わたしの使い魔になったんだから、わたしより早く起きなきゃダメでしょ!・・・まあ、いいわ。使い魔のことを今から説明してあげるからよく聞きなさい」

「うん。メインの仕事じゃないけど、ぼくのできる範囲でならやるよ」

 チンプイは答えた。

「メインでしょ!あんた、使い魔なんだから」

「違うよ。あくまでも、ぼくの個人的なサービスだよ。メインは、ルルロフ殿下との婚約のお手伝いだよ。まあ、話してみてよ」

 チンプイの言葉で、ルイズはお妃候補のことを思い出し、憂鬱な気分になったが、気を取り直して話し始めた。

「そ、そうだったわね。まあいいわ。まず、使い魔は主人の目となり、耳となる能力を与えられるわ」

「・・つまり、ぼくが見たものはルイズちゃんも見ることができるってこと?」

「そういうこと。でも、あんたじゃ無理みたいね。わたし、何にも見えないもん!」

「ふ~ん。見えたら、殿下の顔を見て、ルイズちゃんに見せてあげられるのに、残念だな~」

「ぐっ!き、昨日、そっくりさんのシャシンを見たからいいわよ。それから、使い魔は主人の望む物を見つけてくるのよ。例えば秘薬とかね」

「秘薬って?」

「特定の魔法を使う時に使用する触媒よ。硫黄とか、コケとか・・・。でもあんた子供だし無理そうね。秘薬の存在すら知らないのに」

「ごめんね」

「そしてこれが一番なんだけど・・・。使い魔は、主人を守る存在であるのよ! その能力で、主人を敵から守るのが一番の役目!・・あっ、チンプイ、もしかして昨日のワンダユウみたいに『科法』使える?」

 ルイズは、母カリーヌを圧倒したワンダユウを思い出し、期待の眼差しをチンプイに向けた。

「『科法』は使えるけど、ワンダユウじいさんほど強力なのはまだできないよ。ルイズちゃんのママにはとても敵わないな。でも、ちょっとは使えるよ」

「そう・・・。じゃあ、あんたにできそうな事をやらせてあげる。洗濯。掃除。その他雑用」

「それ、他の使い魔もやってるの?なら、やるけど・・見た感じ、何も出来なさそうな生き物ばっかりだったけど・・。ぼくは使い魔になるためにはるばる来たんじゃないんだよ?」

 チンプイは顔をしかめて抗議する。

「うっ、うっさいわね!ウチは、ウチよ!置いて欲しけりゃぜいたく言うんじゃないの!・・まあいいわ。昨日の母さまのお仕置きで服が汚くなっちゃった・・。着替えるから手伝いなさい」

 ルイズは誤魔化すようにして言った。

「しょうがないなぁ。科法『汚れ蒸発』、チンプイ!」

 チンプイがそう言うと、服の汚れがキレイに無くなった。

「汚れが無くなったわね・・・。何よ、あんた、ちゃんと科法使えるんじゃない!早く言いなさいよ」

 文句言いつつルイズは上機嫌だった。

「あっ・・。でも、先住魔法と間違えられて面倒だから、人前で科法使っちゃダメだって、オスマンじいさんに言われたな」

「そうかもね。でも、今は二人だから問題ないわ。それに、バレなきゃいいのよ。チンプイ、先住魔法だって分かんないように科法を使って、これからもご主人さまを助けなさい」

 ルイズはチンプイが科法を使っているところをクラスメイトに見せて自慢しようと思っていたので、がっかりしたが、科法があると便利なので、バレなきゃ大丈夫と思い、チンプイにこれからも科法を使って助けてもらおうと思ったのだった。

 

 ルイズとチンプイが部屋を出ると、燃えるような赤い髪の女の子とばったり会った。一番上と二番目のブラウスのボタンを外し、胸元を覗かせている。大抵の男ならばその谷間に思わず目が行ってしまうだろう。褐色の肌が、健康そうでプリミティブな色気を振りまいている。身長、肌の色、雰囲気、胸の大きさ・・。全部がルイズと対照的な女性だった。

 彼女はルイズを見ると、にやりと笑みを浮かべた。

「おはよう。ルイズ」

 ルイズは顔をしかめると、嫌そうに挨拶を返した。

「おはよう。キュルケ」

「あなた、使い魔の契約できたのね。おめでとう。ってことは、晴れてお妃さまって訳?」

 チンプイを指差して、バカにしたような口調で言う。

「あのね。まだ、お妃じゃないの!候補よ候補!間違えないでよね!」

「そうなの?まあ何でもいいけど。”サモン・サーヴァント”で使い魔に召喚を拒否されるなんて、あなたらしいわ。さすがはゼロのルイズ」

 ルイズの白い頬に、さっと朱がさした。

「うるさいわね」

「あたしも昨日、使い魔を召喚したのよ。誰かさんと違って、一発で呪文成功よ」

「あっそ」

「どうせ使い魔にするなら、こういうのがいいわよねぇ~。フレイムー」

 キュルケは勝ち誇った声で使い魔を呼んだ。すると、キュルケの部屋からのっそりと真っ赤なトカゲが現れた。大きさはトラほどもあり、尻尾が燃え盛る炎でできていた。チロチロと口から火炎がほとばしっている。

「これってもしかして、サラマンダー?」

 ルイズが尋ねた。

「そうよー。火トカゲよー。見て? この尻尾。ここまで鮮やかで大きい炎の尻尾は、間違いなく火竜山脈のサラマンダーよ? ブランドものよー。好事家に見せたら値段なんかつかないわよ?」

「そりゃ良かったわね」

 苦々しい声でルイズが言う。

「素敵でしょ。あたしの属性ぴったり」

「あんた”火”属性だもんね」

「ええ。微熱のキュルケですもの。ささやかに燃える情熱は微熱。でも、男の子はそれでイチコロなのですわ。あなたと違ってね?」

 キュルケは得意げに胸を張った。ルイズも負けじと胸を張り返すが、ボリュームが違いすぎて勝ち目が全く無かった。

 ルイズはそれでもぐっとキュルケを睨み付けた。どうやらかなりの負けず嫌いらしい。

「あんたみたいにいちいち色気を振りまくほど、暇じゃないだけよ」

 キュルケはにっこりと余裕の笑みを浮かべると、今度はチンプイを見つめた。

「あなた、お名前は?」

「ぼく、チンプイ」

「チンプイ? 変な名前。というか、あなた、やっぱり喋れるのね」

「変な名前って酷いな~。そうだよ」

 チンプイは文句を言った。

「ふふん!そうよ!あんたのサラマンダーと違ってチンプイは喋れるし、チンプイのがスゴイわよ!サラマンダーっていったって、ただのトカゲでしょ!」

 ルイズは得意げに自慢した。

「なんですって! 聞き捨てならないわね、ヴァリエール! あたしのフレイムを侮辱するの!?」

 ルイズとキュルケはぎゃーぎゃーと口げんかを始めてしまった。

 その様子を見守っていたチンプイが、しばらくして言った。

「・・・どうでもいいけど、二人とも朝ごはんは?」

「あっ、いけない!ゼロのルイズに構ってる場合じゃなかったわ。じゃあ、お先に失礼」

 キュルケはそう言うと、炎のような赤髪をかきあげて颯爽とキュルケは去って行った。ちょこちょこと、大柄な体に似合わない可愛い動きで、サラマンダーがその後を追う。

「そう言えば、あの子、ルイズちゃんの事をゼロのルイズって呼んでたけど、”ゼロ”ってなんのこと?」

「・・ただのあだ名よ。チンプイ、あなたは知らなくていいことよ。いいから、朝ごはん食べに行くわよ」

 ルイズはバツが悪そうに言って、ごまかすように歩き出した。

 

 トリステイン魔法学院の食堂は、学院の敷地内で一番背の高い真ん中の本塔の中にあった。食堂の中には長いテーブルが三つほど並んでおり、百人は優に座れるだろう。ルイズ達二年生のテーブルは、その真ん中だった。

 どうやら学年ごとにマントの色が決められているらしく、食堂の正面に向かって左隣のテーブルに並んだ、少し大人びた雰囲気のメイジ達は全員紫色のマントを着けていた。三年生なのだろう。

 右隣のテーブルのメイジ達は、茶色のマントを身に着けている。おそらく一年生だ。

ルイズによると、学院の中の全てのメイジ達、つまり生徒も先生も全員、ここで食事をとるらしい。

 一階の上にはロフトの中塔があり、先生達がそこで歓談に興じているのが見えた。

すべてのテーブルには豪華な飾り付けがなされていた。いくつもの蝋燭が立てられ、花が飾られ、果物がたくさん盛られた籠がのっている。

 得意げに指を振ってルイズが言った。彼女の鳶色の目が、悪戯っぽく輝く。

「トリステイン魔法学院で教えるのは、魔法だけじゃないのよ。メイジはほぼ全員が貴族なの。『貴族は魔法をもってしてその精神となす』のモットーのもと、貴族たるべき教育を存分に受けるのよ。だから食堂も、貴族の食卓にふさわしいものでなければならないのよ」

「貴族の食卓、ね」

 呟きながら、チンプイは食堂を見渡す。ルイズちゃんの言ってることは分かるけど、学生相手にしてはやけに豪華だなと、チンプイはひとりごちた。

「いい? ホントならあんたみたいな使い魔はこの『アルヴィーズの食堂』には一生入れないのよ。感謝してよね」

「そのアルヴィーズって何?」

「小人の名前よ。周りに像がたくさん並んでいるでしょう」

 ルイズの言う通り、壁際には精巧な小人の彫像が並んでいた。

「結構よくできてるね。動くの?」

「っていうか踊ってるわ。いいから、椅子を引いてちょうだい。気の利かない使い魔ね」

 腕を組んでルイズが言った。チンプイはやれやれと言うように肩をすくめながら椅子を引く。

 ルイズが礼も言わずに腰掛けると、チンプイも自分の椅子を引き出して座った。

 すると、チンプイは、ルイズが自分をじっと睨んでいる事に気付いた。

「どうしたの?」

 その眼差しにチンプイが尋ねると、彼女は床を指差した。そこには皿が一枚置いてあり、小さな肉の欠片が浮いたスープが揺れている。皿の端っこには硬そうなパンが二切れ、ぽつんと置かれていた。

「あのね? ほんとは使い魔は、外。あんたはわたしの特別な計らいで、床」

 ルイズは、使い魔との主従関係をはっきりさせたくて、周りに見せつけたくてやっているようだ。

「じゃあ、ぼく、外がいい」

 チンプイは、そう言って出て行こうとするが、止められた。

「だめ。ご主人様の好意を無下にする気!?」

 どうもこの少女は使い魔の意味をはき違えているようだ。おまけに、チンプイをマール星の使者としてそれ相応に扱うようにと、ワンダユウに釘を刺されたことも忘れているらしかった。

 すると・・・にゅ~~っとルイズの横から手が伸びてきて、その手はルイズの頬を思いっきりつねり上げた。

「あいだだだっだ!いだい~~~!!」

「コラ!ちび!ちびルイズ!!昨日、ワンダユウさんから言われたことをもう忘れたの!チンプイ君をマール星の使者としてそれ相応に扱うように言われたでしょ!これじゃあ、平民の方がまだマシな食事してるわよ!!」

 そう言って現れたのは、ルイズの姉、エレオノールだった。

「でえざば(ねえさま)! どぼしてごごに(どうしてここに)!いだい~~~~!」

「あんたをビシバシ教育するよう母さまに言われたからよ!だいたいね!チンプイ君は、あんたのわがままに付き合って残ってくれたのよ!それなのに何様のつもり!」

 エレオノールはそう言うと、眉を吊り上げて、ルイズをさらに激しくつねり上げた。

「あいだだだっだ!でぼ、ざいじょにどっぢがじゅじんかばっぎりざぜないど(でも、最初にどっちが主人かはっきりさせないと)・・・。いだい!いだいです!でえざば(ねえさま)! 」

「だまらっしゃい!他の使い魔だって、もっとマシな扱いよ。そんなことも分かんないの!とにかく、今日から徹底的に教育してあげる。返事は!」

「ば、ばい(は、はい)ッ!」

 ルイズが返事をすると、ようやくルイズの頬は解放された。

 

 そして、ルイズの隣にチンプイが座り、チンプイを挟むようにしてエレオノールが座った。

「偉大なる始祖ブリミルと女王陛下よ。今朝もささやかな糧を我に与えたもうた事を感謝いたします」

 祈りの声が、唱和される。唱和が終わると、ルイズは美味しそうに豪華な料理を頬張り始めた。 

「ねえ・・。ルイズちゃん、エレオノールさん。本当にここの生徒達はきちんと貴族の教育を受けているの?食事のマナーが全然なってないよ」

 生徒達の食事の様子を見たチンプイは、そう言って眉をひそめた。目の前にある料理は、『スパロニ(地球でいうラーメン)』のように細かい食事マナーをあまり必要としない料理ではない。それ相応の食事マナーが本来要求されるはずの料理であったが、よく見るとみんな食器の使い方がそれほど上品じゃない。がっちゃがっちゃと皿とフォークを当てて派手な音を立てるし、ズズズと音を立ててスープを飲み平気でこぼしたりしている。

 ルイズや女の子はそれなりにおとなしめな食べ方ではあったが、それでも、食事マナーがキチンとしているとは言い難かった。エレオノールも生徒達よりまだマシだが、上流階級の貴族であることを考えると、もう一声というところであった。

「・・・マール星では、どの様な食事マナーが求められるのですか?」

 エレオノールが尋ねた。

「料理によるけど・・この手の料理だったら、なるべく食器の音を立てないように食事することかな。細かい食事マナーは、ワンダユウじいさんの方が詳しいと思うよ」

 チンプイは答えた。

 「なによ、偉そうに」と、ルイズは心の中でひとりごちた。声に出すとエレオノールに頬をつねられるからである。しかし、そういうチンプイは確かに食器の音をほとんど立てずに行儀よく食べており、ルイズは悔しくてわざと音を大きく立てて食べた。

「コラ!ちびルイズ!仮にもお妃候補なんだから、レデイたるもの、行儀よく食べる努力をしなさい」

 エレオノールはルイズをたしなめた。

「うっ・・。ごめんなさい。姉さま」

 エレオノールに頭が上がらないルイズはしゅんと大人しくなり、音を立てないように注意して食べ始めた。

 

 その後、エレオノールは、ワンダユウから預かった『王族として必要な作法やマナー』のディスクを見ると言って別れた。ルイズに厳しいことを普段言っているが、なんだかんだ言って妹思いの良い姉なのだ。

 魔法学院の教室は大学の講義室のような造りをしていた。ルイズがチンプイを連れて中に入っていくと、先に教室にやってきていた生徒達が一斉に振り向き、くすくすと笑い始めた。生徒達の中には先ほど出会ったキュルケもいて、彼女の周りを男子が取り囲んでいる。どうやら男の子がイチコロだというのは本当のようだ。周りを囲んだ男子達に、女王のように祭り上げられている。

 皆、様々な使い魔を連れていた。

 キュルケのサラマンダーは椅子の下で眠り込んでいる。肩にフクロウを乗せている生徒もいた。窓から巨大なヘビがこちらを覗いており、男子の一人が口笛を吹くとヘビは頭を隠した。他にも、カラスや猫などもいた。

 ルイズが不機嫌そうな顔をしながら席に一つに腰掛けたのが見えた。チンプイが、他の使い魔を見習って教室の後ろへ行こうとすると、ルイズがチンプイを睨んだ。

「今度はどうしたの?」

「チンプイ、わたしの使い魔でしょ。使い魔は近くにいなさい」

 ルイズは、どうしても自分の魔法が成功した証である使い魔を周りに見せつけたいようだ。

「でも、他の使い魔は大体教室の後ろにいるよ」

 そうチンプイに言われ、またしても自分の隣で床に座らせようとしたが、エレオノールの顔が浮かんだルイズは、

「い、いいから!席に座っていいから近くにいなさい」

 ルイズがそう言った直後、扉が開いて先生が入ってきた。

入ってきたのは、中年の女性だった。紫色のローブに身を包み、帽子を被っている。ふくよかな頬が優しい雰囲気を漂わせていた。

 彼女は教室を見回すと、満足そうに微笑んで言った。

「皆さん、春の使い魔召喚は、大成功のようですわね。このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に様々な使い魔達を見るのがとても楽しみなのですよ。私の二つ名は”赤土”。”赤土”のシュヴルーズです。これから、一年、”土”系統の魔法を皆さんに講義します。では、授業を始めますよ」

「今から皆さんには土系統の魔法の基本である、”錬金”の魔法を覚えてもらいます。一年の時にできるようになった人もいるでしょうが、基本は大事です。もう一度、おさらいすることにします」

 シュヴルーズは机の上に置かれた石ころに向かって杖を振り上げ、短くルーンを呟くと突然石ころが光り出した。

 光が収まると、ただの石粉だったそれは光る金属に変わっていた。

「ゴゴ、ゴールドですか? ミセス・シュヴルーズ!」

 キュルケが興奮したように身を乗り出した。

「違います。ただの真鍮です。ゴールドを錬成できるのは『スクウェア』クラスのメイジだけです。私はただの・・『トライアングル』ですから」

 こほんともったいぶった咳をしてから、シュヴルーズはそう言った。それを聞いたチンプイは、横のルイズに小声で尋ねる。

「ねえルイズちゃん」

「何よ。授業中よ」

「スクウェアやトライアングルって、何?」

「系統を足せる数の事よ。それでメイジのレベルが決まるの」

「・・? どういう事?」

 ルイズは小さな声でチンプイに説明する。

「例えばね?”土”系統の魔法はそれ単体でも使えるけど、火の系統を足せばさらに強力な呪文になるの。単体の魔法を使うメイジの事を『ドット』メイジ、二つの系統を足せるのが『ライン』メイジよ」

 それを聞いてチンプイは考え込むように顎に手を当てながら、

「そうか、図形の形になってるんだ。じゃああの先生は三つの系統を足せるから『トライアングル』メイジ・・。『スクウェア』メイジは四つの系統を足せるって事?」

「そうよ。ま、スクウェアメイジは超一流の証だから、滅多にいないんだけどね。ちなみに、母さまはそのスクウェアメイジよ。ワンダユウの科法には全然歯が立たなかったけど、ここじゃスゴイのよ」

 そんな風にしゃべっていると、シュヴルーズに見咎められた。

「ミス・ヴァリエール!」

「は、はい!」

「おしゃべりする暇があるのなら、あなたにやってもらいましょう」

「え? わたし?」

「そうです。ここにある石ころを、望む金属に変えてごらんなさい」

 ルイズは立ち上がらない。困ったようにもじもじするだけだ。

「ご指名だよ。行ってきたら?」

とチンプイが促した。

「ミス・ヴァリエール! どうしたのですか?」

 シュヴルーズ先生が再び呼びかけると、キュルケが困った声で言った。

「先生」

「何です?」

「やめといた方が良いと思いますけど・・」

「どうしてですか?」

「危険です」

 キュルケがきっぱりと言うと、教室のほとんど全員がそれに同意するように頷いた。

「危険? どうしてですか?」

「ルイズに教えるのは初めてですよね?」

「ええ。でも、彼女が努力家ということは聞いています。さぁ、ミス・ヴァリエール。気にしないでやってごらんなさい。失敗を恐れていては、何もできませんよ?」

「ルイズ。やめて」

 キュルケが蒼白な顔で言うが、ルイズは立ち上がってはっきりした声で告げる。

「やります」

 そして、緊張した顔で、つかつかと教室の前へと歩いて行った。

隣に立ったシュヴルーズはにっこりとルイズに笑いかけた。

「ミス・ヴァリエール。錬金したい金属を、強く心に思い浮かべるのです」

 こくりと頷いて、ルイズは手に持った杖を振り上げた。何故か前の席に座っていた生徒は椅子の下に隠れていた。その姿に嫌な予感を感じたチンプイは、自分も椅子の下に隠れる。

 ルイズは目をつむり、短くルーンを唱え、杖を振り下ろす。

 その瞬間、机ごと石ころは爆発し、驚いた使い魔たちが暴れだした。

 キュルケのサラマンダーが先ほどの爆音に驚いてか炎を口から吐き、マンティコアが飛び上がり、窓ガラスを割って外に飛び出していった。その穴から先ほど顔を覗かせた大ヘビが入ってきて、誰かのカラスを飲み込んだ。

 ちなみにルイズとシュヴルーズは爆風をもろに受けて、床に倒れていた。

 すると、チンプイと同じように椅子の下に避難していたキュルケがルイズを指差して叫んだ。

「だから言ったのよ! あいつにやらせるなって!」

「もう! ヴァリエールは退学にしてくれよ!」

「俺のラッキーが食われた! ラッキーが!」

 その光景にチンプイが呆然としていると、煤で真っ黒になったルイズがむくりと立ち上がった。ブラウスが破れ、華奢な肩が覗いている。しかもスカートが裂け、パンツが見えていた。見るも無残な姿である。ちなみにシュヴルーズは倒れたまま動かないが、たまに痙攣しているので死んではいないようだ。

 ルイズは大騒ぎの教室を意に介した風もなく、顔についた煤を取り出したハンカチで拭きながら、淡々とした声で言った。

「ちょっと失敗したみたいね」

 その直後、ルイズは他の生徒達から猛然と反撃を食らった。

「ちょっとじゃないだろ! ゼロのルイズ!」

「いつだって成功の確率、ほとんどゼロのルイズじゃないかよ!」

 チンプイはやっと、どうしてルイズが『ゼロのルイズ』と呼ばれているのか理解した。

 

 その後、ルイズと使い魔のチンプイは、長々と説教をされ、めちゃくちゃになった教室の掃除を命じられた。罰として魔法を使って修理する事が禁じられたが、ルイズは魔法が使えないのであまり意味が無かった。なお、掃除を命じたミセス・シュヴルーズはその日一日錬金の講義を行わなかった。どうやらトラウマになってしまったらしい。

 しかし、科法はダメとは言われていないので、チンプイは科法を使った。

「科法『モトノモクアミ』、チンプイ!」

 すると、ワンダユウの時と同様に瓦礫が集まり・・何事もなかったかのように、教室はあっという間に元の姿に戻った。

 一方、この状況を生み出した本人は既に元に戻ったのに意味もなく黙って机を拭いている。

「・・これで分かったでしょ」

 突然、机を拭いていたルイズがそんな事を言った。

「分かったって、何が?」

「わたしの二つ名の由来に決まってるでしょ!!」

 教室に、ルイズの悲しそうな声が響き割った。

「何を唱えても、爆発ばっかり!! 魔法の成功率ゼロパーセント!! それで付いたあだ名が”ゼロ”のルイズよ!! あんただって本当は、わたしの事馬鹿にしてるんでしょ!? 貴族のくせに魔法が使えない落ちこぼれだって!! メイジ失格のできそこないだって!! 笑えば良いじゃない!! どうせ本当の事なんだし、あんたも笑って馬鹿にすれば良いじゃない・・」

 ひとしきり叫ぶと、ルイズはうずくまって啜り泣き始めた。

「どうしてよ・・。どうしてわたしは、魔法が使えないのよ・・どうして・・」

 チンプイはそんなルイズに近づいて言った。

「魔法が使えなくても心配ないよ。魔法が使えなくてもお妃は務まるから」

「ひぐ・・何よ、こんな時にマール星の話なんかしないでよ。あんた達は良いわよね!『科法』で何でも出来て!母さまだって簡単に負かしちゃうし、あんた達にとってハルケギニアの魔法なんて取るに足らないのかもしれないけど・・。あたしにはその取るに足らない魔法すらできない・・何にもないのよ!」

 ルイズが叫んだ。

「でも、ルイズちゃんはきちんと魔法を使えたでしょ?」

「え?」

 ルイズがチンプイの顔を見ると、チンプイは優しい笑みを浮かべてルイズの顔を見て言った。

「ぼくを召喚したじゃないか。それは、ルイズちゃんが魔法を使えたってことでしょ?ルイズちゃんは魔法を使えたんだから、”ゼロ”じゃないよ。それに、『科法』は、ルイズちゃんも使えるようになるよ」

「『科法』ってわたしにも使えるようになるの!?」

 科法が自分にも使えるようになると聞いて、ルイズは身を乗り出してチンプイに尋ねた。

「勿論だよ!・・でも、あいにくなことに、科法はマール星人だけにしか教えちゃいけないことになってるの。でも、もし、ルイズちゃんが殿下と婚約してくれるなら、マール星人になるわけだから、教えても問題ないんだよ」

「な、何よ。結局、わたしを丸め込もうって、魂胆だったのね!魔法も満足に使えないあたしに、科法が使えるわけないじゃない!」

 ルイズが叫んだ。

「魔法は関係ないよ。科法は魔法じゃなくて道具みたいなものだし」

「えっ?」

 ルイズはヒステリー気味だったが、びっくりして我に返る。

「だから、『科法』は魔法じゃないよ。マール星の科学技術は設備も機械もいらないの。キーワードひとつで使えるんだよ」

「カガクギジュツって何よ?」

「う~ん。だから、一言でいったら道具かな。覚えたら誰でも出来るんだよ。ルイズちゃんはドアを開けたり靴を履いたりするの、出来ない人いると思う?」

「いないでしょ。・・でも、あんた言ってたじゃない。ワンダユウみたいな『強力な科法』は使えないって。『科法』にもメイジみたいにレベルがあるってことでしょ?じゃあ、わたしがマール星人になったって使えないかもしれないじゃない!」

「『科法』は使う時に、自分の体力をエネルギーとして使うんだよ。ぼくは、子供で体力がないからあまり強力な科法を使えないの。例えるなら、簡単な科法が軽い木のドアで、強力な科法が重い鉄のドアだとすると、体力が無さ過ぎて重い鉄のドアはまだ開けられないって感じかな」

「そうなの?じゃあ、わたしに科法を教えなさいよ」

「ルイズちゃんが今すぐに婚約するならいいよ」

「まだ、その気はないって言ってるでしょ!ああ、もう!教室も片づいたし!先にどっか行ってなさい!もうマール星の話なんか聞きたくないわ」

「いや、しかし・・・」

「聞きたくないの!!」

 ルイズが怒鳴ると、ブスッとしてチンプイは出て行ってしまった。

 

「ふざけんじゃないわよ・・あれ?わたし、何で・・」

 ルイズの目から涙が溢れていた。貴族は魔法を使えなければならないという強迫観念がルイズにあったが、チンプイに魔法が使えなくても心配ないと言われた。それは、ルイズをお妃としてマール星に連れて行くための口説き文句に過ぎなかったかもしれない。しかし、その言葉はルイズの肩の荷を確かに軽くしていた。

 

 ひとしきり泣いた後、ルイズはポツリと呟いた。

「何なのよ・・全く。マール星、マール星、うるさいのよ。あのバカ使い魔」

 文句を言いながらも、その口元は笑っていた。

 




ゼロの使い魔の本編、始まりました。

パワーバランスが崩壊しないように注意しますので、よろしくお願いします。
取り敢えず、『遠隔テレポート』や『テレポート』はホイホイと使う気は物語の前半ではありません。それやっちゃうと、お話が終わっちゃいますし、
原作でも『テレポート』は疲れるから嫌だとチンプイは言っていたので、ちょうどいいかと(笑)


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チンプイvs青銅のギーシュ

遥か宇宙、マール星レピトルボルグ王家は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールをお妃に迎えるための使者をハルケギニアに送った。
ワンダユウは、大使としてトリステインとマール星を行き来し、
チンプイは、ルイズの使い魔兼お世話役として、トリステインに残った。
ワンダユウ「チンプ~イ!頼んだぞ~!」

ギーシュとの決闘編です。


 チンプイは出て行った後、食堂へと向かったが、長々と説教されたため、昼食の時間は終わっていた。

「はぁ、お腹空いたな・・」

 チンプイはお腹を抱えて、フラフラと飛んでいると・・

「フラフラしてるけど、大丈夫?」

 大きい銀のトレイを持ち、メイドの格好をした素朴な感じの、カチューシャで纏めた黒髪とそばかすが可愛らしい少女が心配そうにチンプイを見つめている。

「昼食の時間に間に合わなかったの」

 チンプイが答えた。

「わっ。話せるんですね。あなた、もしかしてミス・ヴァリエールの使い魔になったっていう、東の王族の従者の方ですか?」

 ワンダユウが高らかに素性を明かしたので下手に誤魔化さないで行こうということにはなったが、宇宙から来たと言っても誰もすぐには信じてくれないので、東の方から来たということになっている。そう言えば、『マール星』とは、直接の往来がない東の『ロバ・アル・カリイエ』の現地の呼び方であると、勝手に勘違いして納得してくれるらしい。

「そうだよ。知ってるの?」

「ええ。なんでも、使い魔召喚の儀の最中にやってきて、ミス・ヴァリエールをお妃にするために迎えに来たと高らかに宣言されたとか。噂になってますわ」

「そうだよ。言ったのはワンダユウじいさんだけどね。ぼく、チンプイ」

 チンプイが自己紹介をしたとき、チンプイのお腹が鳴った。

「お腹が空いてるんですね。私は、学院でメイドをさせて頂いているシエスタっていいます。こちらにいらして下さい」

 シエスタはそう言うと、チンプイを食道の裏にある厨房へと案内した。

 コックや、シエスタのようなメイドたちが忙しげに料理を作っている。

 チンプイを厨房の片隅に置かれた椅子に座らせると、シエスタは小走りで厨房の奥に消えた。

「昼食の時間は終わってしまったので、賄い食ですけど、良かったら食べて下さい」

「美味しい。これ、『スパロニ』みたいだ!」

 チンプイは、マール星の料理、『スパロニ』を思い出し、喜んで麵をすすった。これは、賄い食であり、食事マナーはあまり関係がない。チンプイは、食事マナーがなっていない生徒達も美味しいしこれでいいんじゃないかと、ひとりごち、食べ進めた。

「ふふっ。実はこれ、私が作ったんですよ。これは私の村の郷土料理の一つで、『ラーミエン(地球でいうラーメン)』っていうんですよ」

 シエスタは、ニコニコしながら夢中になって食べているチンプイの様子を見つめている。

「ご飯、どうして間に合わなかったんですか?」

「ルイズちゃんが魔法で教室滅茶苦茶にしたからって、長々とお説教されて遅くなっちゃったんだよ」

「まあ!そうなんですか。大変でしたね」

「美味しかったよ。ありがとう」

 チンプイは、空になった容器をシエスタに返した。

「よかった。お腹が空いたら、いつでも来てくださいな」

「助かるよ。ぼくに何かできることがったら言って。手伝うよ」

 チンプイが言った。

「そんな王族の従者の方にそんなことさせられませんわ」

 シエスタが驚いて言うと、

「気にしなくていいよ。ぼく、王族じゃないし。そんなこと言ったら、シエスタちゃんだって貴族たちのメイドでしょ?」

 チンプイが悪戯っぽく笑って言うと、

「ふふっ。言われてみたらそうですね。なら、デザートを運ぶのを手伝って下さいな」

 シエスタは微笑んで言った。

 

 大きな銀のトレイに、デザートのケーキが並んでいる。チンプイがそのトレイを持ち、シエスタがはさみでケーキをつまんで一つずつ貴族達に配っていく。

 すると、金髪の巻き髪にフリルの付いたシャツを着た気メイジがいた。薔薇をシャツのポケットに挿している。周りの友人たちが、口々に彼を冷やかしていた。

「なあ、ギーシュ! お前、今は誰と付き合っているんだよ!」

「誰が恋人なんだ? ギーシュ!」

 彼はどうやらギーシュと言うらしい。彼はすっと唇の前に指を立てると、

「付き合う? 僕にそのような特定の女性はいないのだ。薔薇は多くの人を楽しませるために咲くのだからね」

 その時、ギーシュのポケットから何かが落ちた。ガラスでできた小瓶である。中には紫色の液体が揺れていた。

 シエスタはしゃがみ込んで小瓶を拾うと、ギーシュに言った。

「あの、落としましたよ」

 だが、ギーシュは振り向かなかった。聞こえていて無視しているのか、聞こえていないのか分からなかったが、貴族同士のおしゃべりをわざわざ中断させるほどのことではないように思えた。

 仕方ない、とシエスタは、テーブルの隅に置いて立ち去ろうとした。

「待ちたまえ。これは僕のじゃない。君は何をしているんだね?」

 ギーシュは苦々しげにシエスタを見つめると、その小瓶を押しやった。

「でも・・。ミスタ・グラモンのポケットから落ちるのを見ましたよ」

 すると、その小瓶の出所に気付いたギーシュの友人達が、大声で騒ぎ始める。

「おお? その香水はもしや、モンモランシーの香水じゃないのか?」

「そうだ! その鮮やかな紫色は、モンモランシーが自分のためだけに調合している香水だぞ!」

「そいつがギーシュ、お前のポケットから落ちてきたって事は、つまりお前は今モンモランシーと付き合っている。そうだな?」

 友人達の指摘に、ギーシュは首を振りながら、

「違う。いいかい? 彼女の名誉のために言っておくが・・」

 ギーシュが何か言いかけた時、後ろのテーブルに座っていた茶色のマントの少女が立ち上がり、ギーシュの席に向かってコツコツと歩いてきた。

 栗色の髪をした、可愛い少女だった。着ているマントの色から、きっと一年生なのだろう。

「ギーシュさま・・」

 そう呟くと、少女はボロボロと泣き始めた。

「やはり、ミス・モンモランシーと・・」

「彼らは誤解しているんだ。ケティ。良いかい、僕の心の中に住んでいるのは君だけ・・」

 しかし、ケティと呼ばれた少女は、思いっきりギーシュの頬を引っぱたいた。

パシーン!という小気味良い音が食堂内に響き渡る。

「その香水があなたのポケットから出てきたのが、何よりの証拠ですわ!

さようなら!」

 ギーシュは頬をさすった。

 すると、今度は遠くの席から、一人の見事な巻き髪の少女が立ち上がった。いかめしい顔つきで、かつかつとギーシュの席までやってきた。

「モンモランシー。誤解だ。彼女とはただ一緒に、ラ・ロシェールの森へ遠乗りをしただけで・・」

 あまりに下手な言い訳である。その証拠に、彼は冷静な態度を装っていたが、冷や汗が一滴額を伝っていた。

「やっぱり、あの一年生に手を出していたのね?」

「お願いだよ。”香水”のモンモランシー。咲き誇る薔薇のような顔を、そのような怒りで歪ませないでくれよ。僕まで悲しくなるじゃないか!」

 モンモランシーはテーブルに置かれたワインの瓶を掴むと中身をどぼどぼとギーシュの頭の上からかけた。

 そして、

「嘘つき!」

と怒鳴って去って行った。

 沈黙の中、ギーシュはハンカチを取り出すと、ゆっくりと顔を拭いた。そして首を振りながら芝居がかかった仕草で言った。

「あのレディ達は、薔薇の存在の意味を理解していないようだ」

 シエスタがチンプイから銀のトレイを受け取って再び歩き出そうとすると、ギーシュがシエスタを呼び止めた。

「待ちたまえ、そこのメイドの君」

「な、なんでしょう?」

 シエスタが顔を強張らせて振り返ると、ギーシュは椅子の上で体を回転させ、すさっ!と足を組んだ。

「君が軽率に、香水の瓶なんかを拾い上げたおかげで、二人のレディの名誉が傷ついた。どうしてくれるんだね?」

 その言葉に、シエスタは青くなった。

「申し訳ございません。でも・・お言葉ですが、ミスタ・グラモンが二股をかけてるのがそもそもの原因かと」

 すると、ギーシュの友人達がどっと笑った。

「その通りだギーシュ! お前が悪い!」

 周りの友人達の笑い声で、ギーシュの顔にさっと赤みが差した。

「いいかい? メイド君。君が僕に声をかけたとき、知らないフリをしたじゃないか。話を合わせて瓶を拾わないぐらいの機転があっても良いだろう?」

 シエスタは顔を青くしたまま、弁解をする。

「ですから、黙って香水の瓶をテーブルに置いたじゃありませんか。瓶が落ちていることに気が付いて貴族の方に声をかけたのに、それを拾わないなんてその方が問題になってしまいますわ」

 さらに友人達の笑い声が大きくなり、ギーシュの顔がさらに赤みを増す。

「どうやら、君は貴族に対する礼を知らないようだね・・!」

 明らかに言いがかりだが、友人の笑いものにされ、ギーシュの顔が怒りで震えて目が光る。

 シエスタの顔はすっかり青ざめていた。

「待ちなよ」

 チンプイが声をかけた。

「君は・・」

 喋る謎のネズミのような生き物に呆気にとられ、ポカーンとしていたが、ギーシュは何かに気付いたような表情を浮かべた。

「ああ、君は確かあのゼロのルイズが使い魔にした東の王族の従者だったな。これは、僕とそこのメイドの問題だ口を挟まないでもらおうか」

「そうはいかないよ。シエスタちゃんだってさりげなくテーブルに置いたじゃないか。事情を知らないあの子の行動はどこも悪くないよ」

 チンプイが答えた。

「そうだ!そうだ!お前が悪い!」

 友人のヤジが飛ぶ。

「っ!さすがはゼロのルイズの使い魔だ! 主人が出来損ないであれば、使い魔も出来損ないというわけだ!」

 ――――その言葉で、チンプイの表情が変わった。

「・・どういう意味?」

「そのままの意味さ。出来損ないのゼロのルイズが召喚したのなら、その使い魔も出来損ないというわけだ。そんな使い魔に貴族の機転を期待した僕が間違っていたよ。どこへなりとも行きたまえ」

 ギーシュは、自分の非を誰かに強引に押し付けたかっただけだった。

 すると、チンプイはふんと相手を馬鹿にするように鼻を鳴らして、

「君が貴族?全然、貴族っぽくないけど」

「な、何だと!?」

「チンプイさん!」

 チンプイの言葉に、ギーシュが憤り、顔を青くしたシエスタがチンプイを制止しようとしたが、遅かった。

「二股の責任をぼくやシエスタちゃんに押し付けて、しかも何の関係もないルイズちゃんを馬鹿にする・・・君のような人間を何て言うか知ってる? 世間知らずの馬鹿って言うんだよ」

 その言葉でギーシュの顔が怒りで震え、目が光る。

「どうやら、君は貴族に対する礼を知らないようだね・・!」

「あいにく、ぼくは別の国から来たからね」

 二人はしばらくお互い睨み合っていたが、やがてギーシュの方が先に口を開いた。

「よかろう。君に礼儀を教えてやろう。ちょうど良い腹ごなしだ」

「ぼくは構わないよ」

 チンプイは怒っていた。この学院に来た時から思っていた事だが、どうもこの学院のメイジ達は貴族とは名ばかりのような気がしてならない。教室に入ってきたルイズを嘲笑うし、食事マナーはなっていないし、正直言ってあまり貴族という雰囲気が感じられない。本当にここの生徒達はきちんと貴族の教育を受けているのかと疑問に思うレベルである。 

 ギーシュはくるりと体を翻すと、チンプイに言った。

「ヴェストリの広場で待っている。ケーキを配り終えたら、来たまえ」

 ギーシュの友人達がわくわくした顔で立ち去り、ギーシュの後を追った。

 一人はテーブルに残っている。恐らくチンプイを逃がさないための見張りのようなものだろう。

 シエスタはぶるぶる震えながら言った。

「あ、あなた殺されちゃう・・・」

「え?」

「貴族を本気で怒らせたら・・」

 そう言うと、シエスタは、だーっと走って逃げてしまった。

 チンプイががきょとんとして彼女の後ろ姿を見ていると、ルイズが駆け寄ってきた。そして、話の内容が聞こえないようにシッシッと見張りの生徒を遠ざけた。

「あんた! 何してたのよ! 見てたわよ!」

「あ、ルイズちゃん」

「あっ、ルイズちゃん、じゃないわよ! 何勝手に決闘なんか約束してんのよ!」

「だって、悪いのはあいつだよ? それなのにあんな事言うから・・」

 チンプイが苦々しい表情を浮かべると、ルイズはため息をついてやれやれと肩をすくめた。

「謝っちゃいなさいよ」

「どうして?」

「科法は大っぴらに使えないし・・怪我したくなかったら、謝ってきなさい。今なら許してくれるかもしれないわ」

「・・・あいつは、ルイズちゃんをバカにしたんだ。ルイズちゃんは、すごく頑張ってるのに、それをバカにしたんだ!ちゃんと使い魔召喚だってできたのに!あいつを懲らしめなくちゃ、ぼくの気が済まないよ!」

 チンプイの決意は固いようだ。

「はあ、分かったわ・・。貴族の決闘は、杖を落とせば勝ちだから、適当に・・」

「分かった!ワンダユウじいさんみたいに、杖を科法『選択性ミニ・ブラックホール』で吸い込んじゃえばいいんだね」

「バカ!それじゃバレバレじゃない。そうね・・じゃあ、こうしましょう。ギーシュに剣を魔法で作らせるから、適当に剣を振って、適当にあしらってるフリをして、バレないように科法を使いなさい。それと・・チンプイ、やるからには勝ちなさい!これは、ご主人様の命令よ!」

「分かった。ぼく、頑張るよ」

 ルイズはチンプイを連れて、ヴェストリの広場へと向かった。慌てて、見張りの生徒もその後を追いかけた。

 

 ヴェストリの広場は、魔法学院の敷地内、『風』と『火』の塔の間にある中庭にある。西側にある広場なので、そこは日中でも日があまり差さない。そのため、決闘にはうってつけの場所になっていた。

 だが、今は噂を聞き付けた生徒達で広場は溢れかえってた。

「諸君! 決闘だ!」

 ギーシュが薔薇の造花を掲げると、うおーっ! と歓声が巻き起こる。

「ギーシュが決闘するぞ! 相手はルイズの使い魔だ!」

 ギーシュは腕を振って、歓声にこたえている。それからやっと存在に気付いたという風に、チンプイの方を向いた。

「とりあえず、逃げずに来た事は誉めてやろうじゃないか」

「じゃあ、ご褒美に、ルイズちゃんとシエスタちゃんに謝ってよ」

 ギーシュの眉がピクッと動いた。

「調子に乗るなよ、使い魔風情が。では、始めるとするか」

 ギーシュが言った直後、人混みの中からルイズが飛び出してきた。

「ギーシュ!」

「おお、ルイズ! 悪いな。君の使い魔をちょっとお借りしているよ!」

 ルイズは長い髪を揺らし、よく通る声でギーシュを怒鳴りつけた。

「いい加減にして! 大体、決闘は禁止のはずでしょ!」

「禁止されているのは、貴族同士の決闘のみだよ。使い魔と貴族の間での決闘なんか、誰も禁止していない」

 ギーシュのその理屈に、ルイズは言葉を詰まらせた。

「そ、それは、そんな事今まで無かったから・・。でも、自分の使い魔が、みすみす怪我するのを黙って見ていられるわけないじゃない!それでもやろうっていうなら、ハンデとしてチンプイに剣の一本ぐらい与えなさい。じゃないと貴族の名誉に傷がつくわよ?」

「ふむ、それもそうだな。おい、そこの君!その剣を取れ!それを開始の合図としよう!」

 ルイズは、ギーシュの貴族としてのプライドを利用して、剣を”錬金”させることに成功した。

「僕はメイジだ。だから魔法で戦う。よもや文句はあるまいね」

「別にいいよ」

「いい覚悟だ。ああ、言い忘れたな。僕の二つ名は”青銅”。”青銅”のギーシュだ。従って、青銅のゴーレム”ワルキューレ”がお相手するよ」

 チンプイが剣を手に取った。すると、左手に刻まれたルーン文字が光り出し、体が軽くなった。

 チンプイは軍人ではない。当然、剣を握ったこともないのだが、左手に握った剣が自分の体の延長のようにしっくりと馴染んでいる。襲ってくるゴーレムの動きがゆっくりとして見えた。

「チンプイ!」

 チンプイが科法『バリヤー』を使った。すると、ワンダユウの『超強力バリヤー』には遠く及ばないものの、バリヤーはいつもより高い効果を発揮した。

 あまりにもゴーレムの動きが鈍いので、チンプイはゴーレムに切りかかった。どうせ、バリヤーで反射されるし、あくまでも剣であしらっているように見えるからだ。

ぐしゃっと音を立てて、真っ二つになったゴーレムが地面に落ちる。自分のゴーレムが、粘土のように切り裂かれるのを見て、ギーシュは声にならないうめき声をあげた。

剣を握っているチンプイ自身も、信じられないという表情をしていた。

「ワ、ワルキューレ!!」

 叫びながら、ギーシュは慌てて薔薇を振るう。花弁が舞い、新たなゴーレムが六体現れた。

 全部で七体のゴーレムが、ギーシュの武器だ。一体しか使わなかったのは、それには及ばないと思っていたからだ。ゴーレムが、チンプイを取り囲み、一斉に躍りかかった。

 

 決闘が始まる、少し前。

学院長室で、コルベールは泡を飛ばしてオスマンに説明をしていた。

 チンプイのルーンが気になり、スケッチしてそれを調べていたら・・

「始祖ブリミルの使い魔『ガンダールヴ』に行き着いた、というわけじゃね?」

 オスマンはコルベールが描いたチンプイの手に現れたルーン文字のスケッチをじっと見つめながら、コルベールに尋ねる。

「そうです! チンプイ君の左手に刻まれたルーンは、伝説の使い魔『ガンダールヴ』に刻まれていたモノとまったく同じであります!」

「で、君の結論は?」

「チンプイ君は、『ガンダールヴ』です! これが大事じゃなくて、なんなんですか! オールド・オスマン!」

 コルベールは、禿げ上がった頭をハンカチで拭いながらまくし立てた。

「ふむ・・。確かに、ルーンが同じじゃ。ルーンが同じという事は、チンプイ君は『ガンダールヴ』になった、という事になるんじゃろうな」

「どうしましょう」

「しかし、それだけで、そう決めつけるのは早計かもしれん」

「それもそうですな」

するとその時、ドアがノックされた。

「誰じゃ?」

 扉の向こうから、秘書であるロングビルの声が聞こえた。

「私です。オールド・オスマン」

「なんじゃ?」

「ヴェストリの広場で、決闘をしている生徒がいるようです。大騒ぎになっています。止めに入った教師がいましたが、生徒達に邪魔されて止められないようです」

「まったく、暇を持て余した貴族ほど性質たちの悪い生き物はおらんわい。で、誰が暴れておるんだね?」

「一人は、ギーシュ・ド・グラモン」

「あのグラモンとこのバカ息子か。親父も色の道では剛の者じゃったが、息子も輪をかけて女好きじゃ。おおかた女の子の取り合いじゃろう。で、相手は誰じゃ?」

「・・それが、メイジではありません。ミス・ヴァリエールの使い魔のようです」

 ロングビルの報告に、オスマンとコルベールは顔を見合わせた。

「教師達は決闘を止めるために『眠りの鐘』の使用許可を求めております」

 オスマンの目が、鷹のように鋭く光った。

「アホか。たかが子供の喧嘩に、秘法を使ってどうするんじゃ。放っておきなさい」

「分かりました」

 そう言った直後、ロングビルが去って行く足音が聞こえた。

 コルベールは唾を飲みこんで、オスマンを促す。

「オールド・オスマン」

「うむ」

 頷いたオスマンが杖を振るうと、壁にかかった大きな『遠見の鏡』に、ヴェストリ広場の様子が映し出された。

 

 ゴーレムが、チンプイを取り囲み、一斉に躍りかかった・・刹那。チンプイとすれ違った六体のゴーレムはバラバラに切り裂かれ、金属音を立てながら地面へと崩れ落ちた。

「ひっ・・!」

 ギーシュは、怯えた声を出して地面に尻餅をついた。チンプイはギーシュに近づくと、剣の切っ先を彼の目の前に突き付ける。

「まだやる?」

 ギーシュはふるふると首を横に振りながら震えた声で言う。

「ま、参った」

 

 チンプイは、剣を手から離して言った。

「もう、二股なんかしちゃダメだよ。あと、酷い事を言ったんだからシエスタちゃんとルイズちゃんに後で謝っておいてね」

「シエスタ?」

「さっき君が責任を押し付けたメイドの子だよ」

 そうチンプイが言ったところで、ワンダユウがやってきた。

「チンプイ!何をやっているんだ!」

 ワンダユウが怒鳴った。

「あっ、ワンダユウじいさん。そこのギーシュ君が、ルイズちゃんをバカにしたから、決闘っていうのを受けたんだよ」

 チンプイは答えた。

「何だって!チンプイ!なんで、わしに相談しなかったのだ!」

 ワンダユウはそう言うと、チンプイの耳元へ近づき、「科法はバレなかったんだろうな」と、小声で聞いてきた。

「うん。 だって、ワンダユウじいさん、いなかったじゃない。・・で、一応、勝ったから、ルイズちゃんに謝るように言ったんだ。ここの生徒は酷いんだよ。皆で一緒になってルイズちゃんをバカにするんだ」

 チンプイが言うと、ワンダユウは眉を吊り上げて、その場にいた生徒や教師全員に聞こえるように、高らかに言った。

「ここにいる者たちよ、よく聞きなさい。ここにおられるお方をどなたと心得る。恐れ多くも、マール星レピトルボルグ王家の第一王子ルルロフ殿下の婚約者・・ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール妃殿下にあらせられるぞ!」

「何が妃殿下よ。わたしは婚約は・・」

 ルイズが文句を言いかけると、チンプイは手でルイズの口を塞いだ。

「まあまあ、ここはワンダユウじいさんに任せようよ」

 チンプイは、ルイズをなだめた。

 ワンダユウが話を続ける。

「妃殿下を侮辱するということは、マール星を侮辱したも同然。これは、立派な外交問題ですぞ!それに、ルイズさまを侮辱するということは、ラ・ヴァリエール公爵家に対する挑戦と受け取れますな」

 外交問題と言われ、事の重大さに、一同は顔を青くした。おまけに、忘れられがちだが、ルイズの実家はトリステインでも有数の大貴族である。これまで問題にならなかったが、もしルイズの実家を怒らせたら、ただでは済まない。

「以後、妃殿下への暴言はお控え願いたい。よろしいですかな?」

 一同は、力強く首を縦に振った。

 

 オスマンとコルベールは、『遠見の鏡』で一部始終を見終えると、顔を見合わせた。

 コルベールは震えながらオスマンの名前を呼ぶ。

「オールド・オスマン」

「うむ」

「チンプイ君が『科法』を使っている様子はありませんでした」

「うむ」

「そして、剣を持ってからのあの動き!あんなもの見た事ない!やはり彼は『ガンダールヴ』!」

「うむむ・・」

 コルベールは、オスマンを促した。

「オールド・オスマン。さっそく王室に報告して、指示を仰がない事には・・」

「それには及ばん」

 オスマンはそう言いながら、重々しく頷いた。白いひげが、厳しく揺れる。

「どうしてですか? これは世紀の大発見ですよ! 現代に蘇った『ガンダールヴ』!」

「ミスタ・コルベール。ガンダールヴはただの使い魔ではない」

「その通りです。始祖ブリミルの用いた『ガンダールヴ』。その姿形は記述がありませんが、主人の呪文詠唱の時間を守るために特化した存在と伝え聞きます」

「そうじゃ。始祖ブリミルは、呪文を唱える時間が長かった。その強力な呪文ゆえに、な。知っての通り、詠唱時間中のメイジは無力じゃ。その無力な間、己の体を護るために始祖ブリミルが用いた使い魔がガンダールヴ。その強さは・・」

 オスマンの台詞を、コルベールが興奮した調子で引き取った。

「千人もの軍隊を一人で壊滅させるほどの力を持ち、あまつさえ並のメイジではまったく歯が立たなかったとか!」

「で、ミスタ・コルベール。チンプイ君を現代の『ガンダールヴ』にしたのは誰なんじゃね?」

「ミス・ヴァリエールです」

「彼女は優秀なメイジなのかね?」

「いえ、むしろ、む・・」

 ”無能”と言いかけてやめた。二人も先ほどのワンダユウの話を聞いており、”外交問題”という言葉が頭をよぎり、口ごもったのだった。

「さて、今はその二つが謎じゃ」

「ですね」

「その・・なんじゃ、ミス・ヴァリエールと契約したチンプイ君が、何故『ガンダールヴ』になったのか。まったく、謎じゃ。理由が見えん」

「そうですね・・」

「とにかく、王室のボンクラ共にガンダールヴとその主人を渡すわけにはいくまい。そんなオモチャを与えてしまっては、またぞろ戦でも引き起こすじゃろうて。宮廷で暇を持て余している連中はまったく、戦が好きじゃからな。

それに・・、チンプイ君とミス・ヴァリエールをそんな戦に巻き込んだら、それこそマール星との重大な外交問題になってしまうぞい」

「ははあ。学院長の深謀には恐れ入ります」

 コルベールは、ワンダユウと”烈風”カリンの決闘を見ていないので、事の重大さがいまいち分かっていなかったが・・”烈風”カリンを圧倒するほどの力を持つワンダユウを有するマール星を怒らせたら、トリステインは一溜りもないだろう。その事を知るオスマンは、緊張感のないコルベールを見て頭を抱えた。

「とにかく!この件は私が預かる。他言は無用じゃぞ、ミスタ・コルベール」

「は、はい! かしこまりました!」

 オスマンは杖を握ると窓際へ向かった。そして遠い歴史の彼方へと、想いを馳せる。

「伝説の使い魔『ガンダールヴ』か・・。一体、どのような姿をしておったのだろうなあ」

 コルベールは学院長の背中を見ながら、夢見るように呟く。

「『ガンダールヴ』はあらゆる武器を使いこなし、敵と対峙したとありますから、腕と手はあったんでしょうなぁ」

 

 ところ変わって、ルイズの部屋。

そこには、ルイズ、エレオノール、チンプイ、ワンダユウがいた。

「・・全く余計なことをしてくれちゃって」

 ルイズはふくれっ面になった。

「まあまあ、これでルイズちゃんの悪口を言う人がいなくなるんだからいいじゃない」

「良くないわよ!実家の力を振りかざすなんて、不本意だわ!それに、ワンダユウ!何勝手なことをみんなの前で言ってるのよ!」

「別にいいじゃない、ちびルイズ。確かにスマートなやり方じゃなかったけど、ルイズのために二人とも頑張ってくれたのよ」

「でも・・でも!エレ姉さま!わたし、まだ、婚約するって決めたわけじゃ・・」

「それから、申し遅れましたが、ルイズさまのご日常をディスクに撮影することになりまして・・・」

 ワンダユウが言いかけると、ルイズは怒って言った。

「冗談じゃないわ!!勝手にプライバシーをのぞかないで!」

「いえ、これはルルロフ殿下のお望みでもありますし、国民も将来の妃殿下の・・・」

「妃殿下になんかならないったら!!」

「いえ、きっとなられます」

「しつこいわね!!」

 そう言って、ルイズは部屋にあったほうきを手に取り、振り上げた。

「こういうシーンは受けるよ。是非アップで」

というチンプイの言葉と、ビデオを構えるワンダユウを見て、ついルイズはほうきをはく動作に切り替えてしまった。

「ほう。ご自分のお部屋のおそうじでしたか」

 ワンダユウが言うと、ルイズは怒って、

「やーめた!」

と言って出て行ってしまった。

 その後も、ルイズが授業を受ける様子や、エレオノールに王族に必要な作法やマナーを学ぶ様子、決闘でチンプイに負けたギーシュが謝罪しに来た様子などが撮影された。

 

 数日後・・

「マール星から連絡が入ったよ。ルイズちゃんのディスクを公開したところ、一生懸命働く姿や学業に打ち込む姿、暴言を吐いたギーシュを寛大な心で許している姿に、殿下をはじめ全国民が感動して、一日も早くマール星に来てほしいってさ」

 チンプイの報告を受けて、ルイズは先が思いやられると思い、頭を抱えた。

 




チンプイが科法を使わずに原作の才人同様、大けがをするという流れにしても良かったのですが、せっかく科法が使えるのに使わないのは不自然かなと思い、このような流れになりました。
 チンプイの『バリヤー』の強度はどうしようか、考え中ですが・・、『ガンダールヴ』の力ありでも、トライアングルメイジのの攻撃が防げるかどうかレベルにしたいと思っています。


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大胆不敵!?怪盗フーケ

遥か宇宙、マール星レピトルボルグ王家は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールをお妃に迎えるための使者をハルケギニアに送った。
ワンダユウは、大使としてトリステインとマール星を行き来し、
チンプイは、ルイズの使い魔兼お世話役として、トリステインに残った。
ワンダユウ「チンプ~イ!頼んだぞ~!」

フーケ戦を全部入れると、長くなるので、2回に分けます。


 ギーシュとの決闘に勝利した後、チンプイの後ろから、

ドドドと足音が近づいてきた。聞こえてきた。チンプイが振り返ると、シエスタが自分に向かってものすごい勢いで走ってきているのが目に入った。

「チ、チンプイさん!」

 シエスタはチンプイの目の前まで走ってくると急ブレーキをかけて止まった。よっぽど急いだのか、深呼吸をして息を調えている。

「どうしたの、シエスタちゃん」

それに目を丸くしたチンプイが尋ねると、ようやく落ち着いたシエスタが言った。

「さっきの決闘、見てました。あの・・お怪我とかはありませんでしたか?」 

「う、うん。平気だよ。そんなに急いで、どうしたの?」 

「あ、はい・・。チンプイさんに謝ろうと思って。あの時はすいませんでした。私を庇ってくれたのに、逃げ出してしまって。でも、貴族は怖いんです。私みたいな、魔法を使えないただの平民にとっては」

「別にいいよ。ぼく、全然気にしていないし」

「それじゃあ、私の気が済みません。何かお礼をさせて下さい」

「じゃあ、『ラーミエン』をまた食べさせてよ。あれが一番ぼくの口に合うんだ。マール星の『スパロニ』を思い出させる味なんだよ」 

「そんなことでしたらお安い御用です。いつでも好きな時に厨房に来てくださいな。『ラーミエン』をいくらでも作って差し上げますわ」

 それから、チンプイは度々厨房に行き、シエスタに作ってもらい、『ラーミエン』を食べるようになった。

 そこで働く平民の中には、魔法を使い偉ぶっている貴族に不満を持つ平民も少なくない。ヴェストリの広場で貴族のギーシュを剣でやっつけたことで、厨房の人たちに感謝されたチンプイが、マルトー料理長を筆頭に厨房の人から『我らの剣』と呼ばれるようになったのは、別のお話。

 

 ギーシュとの決闘の数日後。

「そうだ、チンプイ。明日は街に剣を買いに行くわよ」

 その言葉に、チンプイは思わず目を丸くしてルイズを見つめた。

「え、どうして?」

「チンプイ、決闘のとき、科法使ったんでしょ?傍から見てて全然分かんなかったし、科法を隠すのに便利だと思うの。いちいち誰かに剣を”錬金”してもらうのも面倒だし・・。剣士なんでしょ?あんた」

「違うよ。剣なんか握ったことないよ」

「ふーん・・・」

 ルイズはしばらく考え込み、口を開いた。

「使い魔として契約した時に、特殊能力を得ることがあるって聞いたことがあるけど、それなのかもね」

「そうなんだ。でも明日の授業はどうするの?」

「それも大丈夫よ。明日は虚無の曜日だから、授業は無いわ。分かったら、早く寝なさい」

「分かった。ありがとう」

 ルイズの隣で、チンプイは丸くなり眠りについた。

 

 虚無の曜日の朝。

キュルケは化粧を終えると、自分の部屋から出て、そ~っとルイズの部屋の扉を開けようとした。キュルケは、朝に弱いルイズが起きる前にこっそりと忍び込もうとしていたのだ。

 しかし、鍵がかかっている。

 キュルケは何のためらいもなく、ドアに”アンロック”の呪文をかけた。すると、ガチャリと鍵が開く音がした。学院内で”アンロック”を唱える事は重大な校則違反なのだが、キュルケはまったく気にしていない。

最近、ルイズを大っぴらに茶化すことが出来なくてストレスが溜まっていたので、こっそりとルイズの寝顔にメガネやヒゲなどの小粋な化粧をしようと企んでいたのであった。

 だが、部屋はもぬけの殻である。二人共いない。

 キュルケはきょろきょろと部屋を見回した。

「相変わらず、色気のない部屋ね・・」

「全くその通りね。でも、校則で禁止されている”アンロック”を使うなんてどういうつもり?」

 キュルケは、突然声をかけられ、ギョッとした。

 すると、そこには、不機嫌そうにこちらを見つめる金髪の女性がいた。

「失礼ですけど、どなた?ここは、ミス・ヴァリエールの部屋よ?」

「知ってるわ。それより、黙って人の部屋に入るなんてどういうつもりと、聞いたのよ。いいから名乗りなさい!」

 金髪の女性は眼鏡をついっと持ち上げると、キュルケを睨んだ。

「あたしは、キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーですわ。そういうあなたは、どこのどなた?」

 キュルケが尋ねると、金髪の女性は眉を吊り上げた。

「フォン・ツェルプストーですって!校則をを破ってわざわざここに忍び込むなんていい度胸してるじゃない!わたしは、ラ・ヴァリエールの長女、エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエールよ。ルイズに、王族として必要な作法やマナーを朝からみっちり叩き込もうと思ってきたのだけれど・・・。そんなことより!あなた!貴族の淑女としての自覚が足りないようね」

 エレオノールの勢いに、キュルケはたじろいだ。

「そ、そうでしたの。ごめん遊ばせ。では、あたしは失礼させて頂きますわ」

 そう言って逃げようとするキュルケの肩をガシッとエレオノールは掴んだ。

「ちょうどいいわ。妹だろうがツェルプストーだろうが、関係ないわ。レディとして当然の作法をわたしが一から教えてあげる。返事は!?」

「は、はいッ!」

 キュルケは思わず背筋を伸ばして返事をしてしまった。

 それから、キュルケはエレオノールの”教育”を受けるはめになった。作法の教育といっても、ルイズに肩透かしを食らったエレオノールの憂さ晴らしだったらしい。取り敢えず、歩き方の練習と一礼の練習をさせられたのだが、散々エレオノールの小言を浴びせられた。

 キュルケは貴族の端くれとして貴族らしい振る舞いには自信があったのだが、今日のエレオノールのお眼鏡にはかなわず、何度もやり直しを命じられた。

 エレオノールの”教育”が終わったのは、夕方のことであった。

 ちなみに、キュルケの親友のタバサは、一日中平和に読書を楽しんだそうだ。

 

 虚無の曜日の昼。

トリステインの城下町を、チンプイとルイズは歩いていた。魔法学院からここまで乗ってきた馬は、街の門のそばにある駅に預けてある。

白い石造りの街はまるでテーマパークのようである。魔法学院に比べると、質素な身なりの人間が多かった。

 道端で声を張り上げたり、果物や肉、籠などを売る商人たちの姿があり、のんびり歩いたり、忙しなく歩いている人間がいたりと、老若男女取り混ぜて歩いている。

「狭いね」

「狭いって、これでも大通りなんだけど」

「これで?」

 道幅は五メートルもない。そこを大勢の人が行き来するのだから、歩くのも一苦労である。

「ブルドンネ街。トリステインで一番大きな通りよ。この先にトリステインの宮殿があるわ」

「へえ」

 チンプイは相槌を打ちながら、物珍しそうに辺りを見回していた。

「ほら、寄り道しない。この辺りはスリが多いんだから」

 ルイズは、財布は下僕が持つものだと思っているが、使い魔は下僕じゃないとエレオノールに徹底的に”教育”されたことと、チンプイは服を着ていないので財布を裸で持つことになってしまうため、ぎっしりと金貨が詰まった財布は、仕方なくルイズが持っていた。

 ルイズは、さらに狭い路地裏に入って行った。悪臭が鼻を突く。ゴミや汚物が、道端に転がっている。

「汚いね」

「だからあんまり来たくなかったのよ」

「ルイズちゃんの美容と健康に良くないよ。そこへいくとマール星の美しさときたら・・・」

「マール星の話は今は関係ないでしょ!そんなことより、今は武器屋よ!ビエモンの秘薬屋の近くだったから、この辺りなんだけど・・」

「あれじゃない?」

 武器屋には剣の形をした看板が下がっており、見るからに武器屋だと分かりやすい外見をしていた。

 ルイズとチンプイは石段を上り、羽扉を開けて、店の中に入った。

店の中は昼間だというのに薄暗く、ランプの灯りが灯っていた。壁や棚に、所狭しと剣や槍が乱雑に並べられ、立派な甲冑が飾られている。

 店の奥でパイプを咥えていた五十絡みの親父が、入ってきたルイズを胡散臭げに見つめた。紐タイ留めに描かれた五芒星に気付き、パイプを離してドスの利いた声を出した。

「旦那。貴族の旦那。うちはまっとうな商売をしてまさあ。お上に目をつけられるようなことなんか、これぽっちもありませんや」

「客よ」

 ルイズは腕を組んで告げた。

「こりゃおったまげた! 貴族が剣を! おったまげた!」

「どうして?」

「いえ、若奥様。坊主は聖具を振る。兵隊は剣を振る。貴族は杖を振る。そして陛下はバルコニーからお手をお振りになる、と相場は決まっておりますんで」

「使うのはわたしじゃないわ。使い魔よ」

「忘れておりました。昨今は貴族の使い魔も剣を振るようで」

 主人は商売っ気たっぷりに愛想を言った。それからチンプイをじろじろと見て、

「剣をお使いになるのは、このお方で?」

 ルイズは頷きながら、店主に言った。

「わたしは剣の事なんか分からないから、適当に選んでちょうだい」

 主人はいそいそと奥の倉庫に消えると、聞こえないように小声で呟いた。

「・・・こりゃ、鴨がネギしょってやってきたわい。せいぜい、高く売りつけるとしよう」

 主人は三十サントほどの長さの短剣を持って現れ、思い出すように言った。

「そういや、昨今は宮廷の貴族の方々の間で下僕に剣を持たすのが流行っておりましてね。その際にお選びになるのが、このようなダガーでさあ」

 確かにきらびやかな模様がついており、貴族に似合いそうな綺麗な剣である。

「貴族の間で、下僕に剣を持たすのが流行ってるの?」

 ルイズが尋ねると、店主はもっともらしく頷いた。

「へえ、なんでも最近このトリステインの城下町を盗賊が荒らしておりまして・・・」

「盗賊?」

「そうでさ。なんでも『土くれ』のフーケとかいう、メイジの盗賊が貴族のお宝を盗みまくってるって噂で。貴族の方々は恐れて、下僕にまで剣を持たせる始末で。へえ」

 ルイズは盗賊には興味が無かったので、じろじろとダガーを眺めた。

「もっと大きくて太いのがいいわ」

「お言葉ですが、剣と人には相性ってもんがございます。ましてや、今回お使いになるのは人ではありません。この小さな若奥様の使い魔とやらには、この程度が無難なようで」

「もっと大きくて太いのがいいと、言ったのよ」

 ルイズが言うと、店主はぺこりと頭を下げて店の奥に消えた。その際に小さく「素人が!」と毒づくのを忘れない。

 今度は立派な剣を油布で拭きながら、主人は現れた。

「これなんかいかがです?」

 それは見るも見事な剣だった。一・五メイルはあろうかという大剣で、柄は両手で扱えるよう長く、立派な拵えである。ところどころに宝石が散りばめられ、鏡のように両刃の刀身が光っている。見るからに切れそうな、頑丈な大剣である。

「店一番の業物でさ。貴族のお供をさせるなら、このぐらいは腰から下げて欲しいものですな。と言っても、こいつを腰から下げるのは、よほどの大男でないと無理でさあ。やっこさんなら、背中にしょわんといかんですな」

 チンプイは近づいて、その剣をじっと見つめた。

「あほか。そいつにそんなでけーの持てるわけねーだろ。それに、そのなまくらじゃ、大根一本切れやしねえよ」

 乱雑に積み上げられた剣の中から、低い男の声がした。ルイズとチンプイが目を向けるが、そこには積み上げられた剣しかない。

「おいデル公! ふざけた事言ってんじゃねえ!」

「はっ、本当の事言って何が悪いってんだ!」

 店主が大声を出すと、先ほどの声が再び返ってきた。チンプイが声のする辺りを探すが、やはり人の姿は無い。

「おいおい、おめえの目は節穴か!」

 ようやく声の出所を特定し、チンプイは少し目を見開いた。なんと、声の主は一本の剣だったのだ。錆の浮いたボロボロの剣から、声が発されているのだ。

 チンプイはその剣をまじまじと見つめた。ダガーと長さは変わらない短剣である。ただ表面には錆が浮き、お世辞にも見栄えが良いとは言えない。

「それって、インテリジェンスソード?」

 ルイズが当惑した声を上げた。

「そうでさ、若奥様。意志を持つ魔剣、インテリジェンスソードでさ。いったい、どこの魔術師が始めたんでしょうかねえ、剣を喋らせるなんて・・。とにかくこいつはやたらと口は悪いわ、客に喧嘩は売るわで閉口してまして・・・。やいデル公! これ以上デタラメ抜かすんだったら、貴族に頼んでてめえを溶かしちまうからな!」

「おもしれぇ! やってみろ! どうせこの世にゃもう、飽き飽きしてたところさ! 溶かしてくれるんなら、上等だ!」

「やってやらあ!」

 主人が歩き出した。しかし、チンプイがそれを遮って言った。

「勿体ないよ。喋る剣って言うのも、面白いし」

 ネズミのような生き物が喋ったことに驚いた主人は腰を抜かしてしまった。

「君は、デル公って言うの?」

「ちがわ! デルフリンガー様だ! つうか、おめえ、人の言葉しゃべれるんだな」

「ぼく、チンプイ。よろしくね。デルフリンガー」

 すると、剣は何故か黙ってしまった。それはまるで、チンプイを観察しているかのようだった。

 しばらくして、剣は小さな声で喋り始めた。

「おでれーた。見損なってた。てめ、『使い手』か」

「使い手?」

「ふん、自分の実力も知らんのか。それにしても、てめ、韻獣か?見たことねえ動物だな。まぁいい。それより、俺を買え」

「ルイズちゃん、ぼく、この剣にするよ」

 チンプイが言うと、ルイズは嫌そうな声を上げた。

「え~~~。そんなのにするの? もっと綺麗で喋らないのにしなさいよ」

「でも、喋る剣って面白いよ」

「それだけじゃない」

 ルイズはぶつくさと文句を言ったが、やがてため息をつきながら店主に尋ねる。

「あれおいくら?」

「あ、あれなら、新金貨百で結構さ」

「結構安いわね」

「こっちにしてみりゃ、厄介払いみたいなもんでさ」

 主人は手をひらひらと振りながら言った。

 ルイズは財布を取り出し、中に入ってた金貨を全てカウンターに落とす。店主は慎重に枚数を確かめると、頷いた。

「毎度」

 それから剣を手に取り、鞘に収めるとチンプイに手渡した。

「どうしても煩いと思ったら、こうやって鞘に入れとけば大人しくなりまさあ」

 チンプイは頷いて、デルフリンガーという名前の剣を受け取った。

 

 同じ頃。

「ちっ!」

 学園内にある宝物庫前で舌打ちをする影があった。名前はミス・ロングビル、学園長の秘書だ。

「スクウェアクラスのメイジが”固定化”の呪文をかけているみたいね。流石に頑丈だわ」

 すると、足音が近づいてきた。

「おや、ミス・ロングビル。ここで何を?」

「ミスタ・コルベール。宝物庫の目録を作っているのですが・・オールド・オスマンから鍵をもらうのを忘れてしまったのに今気が付いて、ちょうど戻ろうと思っていたところですわ」

 ミス・ロングビルは愛想のいい笑みを浮かべて答えた。

「その・・・、ミス・ロングビル」

「はい?」

「もしよろしかったら、昼食をご一緒にいかがですかな?」

「・・・」

 ミス・ロングビルは、少し考えた後、くすっとと笑い、申し出を受けた。

「構いませんよ」

 コルベールはこっそりガッツポーズをした。普段は教鞭をとるか研究に没頭する彼だがそんな彼だって女性を伴った食事をしたいことだってあるのだ。それが今である。

食事に向かう道中で、コルベールは口を開いた。

「宝物庫の鍵は頑丈でしょう?ですがあそこには一つ弱点があると思うのですよ」

「それはどんな?」

「魔法に関しては無敵ですが、物理的な攻撃には弱いと思うのです。例えば、まあ、そんなことはあり得ないのですが、巨大なゴーレムが・・・」

 コルベールは、得意気に、ミス・ロングビルに自説を語った。

 聞き終わった後、ミス・ロングビルは満足気に微笑んだ。

「大変興味深いお話でしたわ。ミスタ・コルベール」

 

 次の日の昼、ルイズ達が授業を受けているとずしんと大きな音がした。

 学院の宝物庫が巨大なゴーレムの拳によって破壊されたのだった。学院の教師や衛兵が駆け付けたときには、巨大なゴーレムは魔法学院の城壁をまたぎ、去った後だった。

去り際に犯人が置いたと思われる紙切れが1枚あった。そこには、こう書かれていた。

『破壊の杖、確かに領収致しました。 

返却をお求めの場合、トリステイン魔法学院の近くの森の廃屋にて、応対い致します。その際には、交渉人として、ジャン・コルベールと、ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールの使い魔をご指名させて頂きます。

 土くれのフーケ』

 

 翌朝、教師全員とフーケに指名されたチンプイ、さらにチンプイの関係者としてルイズとエレオノールも、魔法学院の宝物庫に集められた。

 オスマンは、フーケが白昼堂々学院の宝物庫を襲ったこと、フーケが破壊の杖の返却の交渉人として、コルベールとチンプイを指定してきたことを皆に説明した。

「さて、賊は大胆にもメイジだらけのこの魔法学院に忍び込み、『破壊の杖』を奪っていきおった。つまり、我々は油断していたのじゃ」

 オスマンは壁にぽっかりと空いた穴を見つめた。

「それよりも、問題は、フーケの書き置きじゃ。なぜ、フーケはわざわざ盗んだ『破壊の杖』を返すと言うて、コルベール君とチンプイ君を交渉人に選んだのか・・・。その真意は分からん。しかし、マール星の使者であるチンプイ君を危険に晒す訳にもいかんのでな。護衛隊を編成しようと思う」

「しかしですな! オールド・オスマン!フーケは、二人を交渉人に指名してきたのですぞ!そんなもの作ったら・・・」

 オスマンは長い口髭を擦りながら、口から唾を飛ばして興奮するその教師を見つめた。

「ミスタ・・、何だっけ?」

「ギトーです! お忘れですか!」

「そうそう。ギトー君。そんな名前じゃったな。君は怒りっぽくいかん。しかし、誰か人質に取られたわけでもない。それに・・、フーケは、交渉人の人数までは指定してこんかった。何人で行っても構わんじゃろう。まあ、大人数で行けば逃げられるかもしれんがの。・・ときに、ミス・ロングビルはどうしたね?」

「それがその・・、朝から姿が見えませんで」

「この非常時に、どこに行ったのじゃ」

「どこなんでしょう?」

 オスマンとコルベールが噂をしていると、ミス・ロングビルが現れた。

「ミス・ロングビル! どこに行っていたんですか! 大変ですぞ! 事件ですぞ!」

 興奮した調子でコルベールがまくしたてる。しかしミス・ロングビルは落ち着いた調子でオスマンに告げた。

「申し訳ありません。朝から、急いで調査をしておりましたの」

「調査?」

「そうですわ。フーケのいう『トリステイン魔法学院の近くの森の廃屋』が、どこなのか調査を致しました」

「仕事が早いの。ミス・ロングビル。で、どこなんじゃ?」

「徒歩で半日。馬で四時間と行った所でしょうか」

 その時、護衛隊の編成に消極的だったギトーが叫んだ。

「すぐに王室に報告しましょう! 王室衛士隊に頼んで、兵隊を差し向けてもらわなくては!」

 すると、オスマンは首を振って、目をむいて怒鳴った。

「馬鹿者! 王室なんぞに知らせている間にフーケは逃げてしまうわ! その上・・、身にかかる火の粉を己で払えぬようで何が貴族じゃ! 魔法学院の宝が盗まれた! これは魔法学院の問題じゃ! 当然我らで解決する!」

 オスマンの言葉を聞いて、何故かロングビルは微笑んだ。まるで、この答えを待っていたかのように。

 オスマンは咳払いをすると、有志を募った。

「では、護衛隊を編成する。我と思う者は、杖を掲げよ」

 しかし、誰も杖を掲げなかった。困ったように、顔を見合わすだけだ。

「おらんのか? おや? どうした! フーケを捕まえて、名を上げようと思う貴族はおらんのか!」

 ルイズは俯いていたが、やがてすっと杖を顔の前に掲げた。

「ミス・ヴァリエール!」

 それを見てシュヴルーズが驚いた声を上げた。

「何をしているのです! あなたは生徒ではありませんか! ここは教師に任せて・・」

「誰も掲げないじゃないですか。それに、チンプイはマール星の使者であると同時に、わたしの使い魔です。主人であるわたしが行かない訳には行きませんわ」

「わたしも行きますわ。妹が心配ですもの・・。あと、この生徒もぜひ行きたいと言っているのですが?」

 エレオノールも杖を掲げた。杖を持っていない方の手は、キュルケの襟首をつかんでいた。

 キュルケは、ジタバタして逃げようとしている。どうやら、エレオノールはキュルケがルイズの部屋に忍び込んだ理由を聞きだしたらしい。キュルケがトライアングルメイジだと知り、それを黙っている代わりにフーケ討伐に協力しなさいと言って、有無を言わさずここまで引きずってきたのだった。

「キュルケ?何であんた、ここにいるのよ。関係ないでしょ。尻尾巻いてさっさと逃げなさいよ」

 ルイズは、そんなエレオノールの意図を知らず、ただチンプイの科法をキュルケに知られたくないと思って言ったのだが・・逆効果だった。

「ふん。ヴァリエールに負けてられませんわ」

 ルイズの言葉にカチンときたキュルケは思わず、自分で杖を掲げてしまった。しまった!とキュルケは思ったが、もう遅かった。エレオノールは、キュルケが杖を掲げたのを見て満足そうに手を離した。

 すると、もう一人、杖を掲げた者がいた。タバサだった。エレオノールに引きずられていったキュルケを心配して後を付けていたのだ。

「タバサ。あんたは良いのよ。関係ないんだから」

 キュルケがそう言うと、タバサはキュルケの目を見つめて短く告げる。

「心配」

 キュルケは感動した面持ちで、自分の小さな友人を見つめた。ルイズも唇を噛み締めて、彼女にお礼を言った。

「ありがとう・・、タバサ・・」

 そんな四人の様子を見て、オスマンが笑った。

「そうか。では、頼むとしようかの」

「オールド・オスマン! わたしは反対です! 生徒達をそんな危険にさらすわけには!」

「では、君が行くかね? ミセス・シュヴルーズ」

「い、いえ、わたしは体調が優れませんので・・」

「彼女達は、敵を見ている。その上、ミス・タバサは若くして『シュヴァリエ』の称号を持つ騎士だと聞いているが?」

 タバサは返事もせずにぼけっとした表情で突っ立っている。そんな彼女とは対照的に、教師達は驚いたようにタバサを見つめていた。

「本当なの? タバサ」

 キュルケも驚いている。『シュヴァリエ』は王室から与えられる爵位としては最下級なのだが、タバサの年齢でそれを与えられるという事自体が驚きなのである。男爵や子爵の爵位ならば領地を買う事で手に入れる事も可能であるが、『シュヴァリエ』だけは違う。純粋に業績に対して与えられる爵位、実力の称号なのだ。

 タバサの件で宝物庫の中がざわめくと、オスマンは続いてキュルケを見つめた。

「ミス・ツェルプストーは、ゲルマニアの優秀な軍人を数多く輩出した家系の出で、彼女自身の炎の魔法も、かなり強力と聞いているが?」

 キュルケは得意げに、髪をかきあげた。

 そして、オスマンはヴァリエール姉妹の方に体を向けた。

「ヴァリエール公爵家が長女、エレオノール君は本学院の卒業生であり、現在、アカデミーの研究員として活躍しておる。彼女の土魔法はかなりのものと聞いているが?」

 エレオノールは腕を組み、無言で頷いた。

 それからルイズが自分の番だとばかりに可愛らしく胸を張るが、オスマンは困ってしまった。褒める所が中々見つからなかったからである。

 こほん、と咳をすると、オスマンは目を逸らしながら言った。

「その・・・、ルイズ君は数々の優秀なメイジを輩出したヴァリエール公爵家の三女で、その、うむ、なんだ、将来有望なメイジと聞いているが? しかもその使い魔は!」

 そして、ルイズの横のチンプイを熱っぽい目で見つめた。

「マール星の使者であり、剣一本で、あのグラモン元帥の息子のギーシュ・ド・グラモンと決闘して勝ったという噂だが」

 オスマンは思った。チンプイが、本当に、伝説の使い魔『ガンダールヴ』ならば、『科法』を大っぴらに使えなかったとしても、『土くれ』のフーケに、後れをとる事はあるまいと。

 オスマンの言葉に、コルベールが興奮した調子で続いた。

「そうですぞ! なにせ、彼はガンダー・・・」

 途中まで言いかけたコルベールの口を、押さえ、誤魔化すようにして言った。

「そ、それに、何も生徒と卒業生だけではない。教師のコルベール君がついておる!大丈夫じゃよな!?コルベール君!」

「むぐ!はぁ!いえ、はい!大丈夫です!僕も頑張ります!」

「この六人に勝てるという者がいるのなら、前に一歩出たまえ」

 オスマンが威厳のある声で言うが、前に出る者は一人もいなかった。オスマンは六人に向き直った。

「魔法学院は、諸君らの努力と貴族の義務に期待する」

 チンプイ以外は真顔になって直立をし、「杖にかけて!」と同時に唱和し、恭しく礼をする。チンプイも慌てて真似をした。

「では、馬車を用意しよう。それで向かうのじゃ。魔法は目的地につくまで温存したまえ。ミス・ロングビル!」

「はい。オールド・オスマン」

「彼らを手伝ってやってくれ」

 ロングビルはそれを聞いて、頭を下げた。

「もとよりそのつもりですわ」

 




チンプイに大きさが合わないので、デルフには小型化してもらいました。


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エレオノールさま、頑張る

遥か宇宙、マール星レピトルボルグ王家は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールをお妃に迎えるための使者をハルケギニアに送った。
ワンダユウは、大使としてトリステインとマール星を行き来し、
チンプイは、ルイズの使い魔兼お世話役として、トリステインに残った。
ワンダユウ「チンプ~イ!頼んだぞ~!」

お待たせしました。フーケ戦~フリッグの舞踏会までです。



 四人はロングビルを案内役に、早速出発した。

 馬車と言っても、屋根なしの荷車のような馬車である。襲われた時に、すぐに外に飛び出せる方が良いという事で、このような馬車になったのだ。

 一同が目的地に向かっていると、キュルケが黙々と手綱を握る彼女に話しかけた。

「ミス・ロングビル、手綱なんて付き人にやらせれば良いじゃないですか」

 キュルケの言葉に、ロングビルはにっこりと笑った。

「良いのです。わたくしは貴族の名を無くした者ですから」

 それを聞いて、キュルケは思わずきょとんとした表情を浮かべた。

「だって、あなたはオールド・オスマンの秘書なのでしょ?」

「ええ。でも、オスマン氏は貴族や平民だという事に、あまり拘らないお方です」

「差支えなかったら、事情をお聞かせ願いたいわ」

「よしなさい、ミス・ツェルプストー」

  コルベールがキュルケを窘めた。

キュルケは、ため息をつくと、今度はルイズの方を向いて言った。

「ったく・・・、あんたがカッコつけたおかげで、とばっちりよ。何が悲しくって泥棒退治なんか・・・」

 ルイズはキュルケをじろりと睨んだ。

「とばっちり?あんたが自分で志願したんじゃないの」

「だってそれは・・」

 そこまで言うと、本当に言っていいのかという目でこちらを見つめるエレオノールと目が合った。ルイズに悪戯しようとしたとなれば、マール星が黙っていない。

「ぐっ!な、何でもいいじゃない!と、とにかく、エレオノールお姉さまに感謝しなさいよね!あたしが協力するのはお姉さまに頼まれたからよ」

「エレ姉さまが?キュルケ、あんた、いつ姉さまと知り合いになったのよ?」

 意外そうな顔でエレオノールの方を向くと、

「・・まっ、色々あるのよ、ちびルイズ。とにかく、あんたもお妃候補なんだから、級友は大事にしなさい。ご先祖様同士の確執にわたし達まで付き合うことはないわよ」

 エレオノールはそう言うと、優しくルイズとキュルケの頭を撫でた。すると、二人とも顔が赤くなった。

「そ、そうね、エレ姉さま。こ、今回だけは感謝するわ。キュルケ」

「そ、そう。感謝しなさい。せいぜい、怪我しないことね。ルイズ」

 キュルケは、半ば強引に参加するはめになったが、妹思いのエレオノールの優しさに触れ、自分もずいぶん久しぶりに年上の女性に頭を撫でられたので、自分にも姉が出来たみたいで温かい気持ちになっていた。

 タバサは相変わらず本を読んでいる。チンプイは丸くなってルイズの膝で寝ていた。

 

 やがて馬車は深い森に入った。鬱蒼とした森が金木以外の恐怖をあおる。昼間だというのに薄暗く、気味が悪い。今にも何か出そうな雰囲気である。

「ここから先は、徒歩で行きましょう」

 ロングビルがそう言うと、全員が馬車から降りた。

 森を通る道から、小道が続いている。一行は開けた場所に出た。森の中の空き地といった風情で、広さはおよそ魔法学院の中庭ぐらいだ。真ん中には、確かに廃屋があった。元は木こり部屋だったのだろうか。隣には、朽ち果てた炭焼き用らしき窯と、壁板が外れた物置が並んでいる。

 七人は小屋の中から見えないように、森の茂みに身を隠したまま廃屋を見つめた。

「わたくしの聞いた情報だと、フーケが指定したのはあの小屋のようです」

 ミス・ロングビルが廃屋を指差して言った。人が住んでいる気配はまったく無い。フーケは本当にあの中にいるのだろうか?

「では、フーケのご要望通り僕とチンプイ君で行きましょう。皆さんは外で隠れていて下さい。大丈夫、チンプイ君は僕が守りますよ、ミス・ヴァリエール」

 コルベールが言った。ルイズとエレオノールはいつになく真剣なコルベールの表情に頷いた。

 フーケがいたとしても心配はない。小屋の中にゴーレムを造り出すほどの土は無いからだ。外に出ない限り、得意の土ゴーレムは使えないだろう。

 フーケが外に出た所を魔法で一気に攻撃する。土ゴーレムを造り出す暇を与えずに、集中砲火でフーケを沈めるというわけだ。

 コルベールとチンプイが小屋の中に入る。小屋の中は一部屋しかないようだった。部屋の真ん中には埃の積もったテーブルと、転がった椅子、そして崩れた暖炉も見える。テーブルの上には酒瓶が転がっており、部屋の隅には薪が積み上げられていた。やはり、元は炭焼き小屋だったらしい。

 そして、薪の隣には木でできた大きな箱がある。

 そこには、こう書かれていた。

『ようこそ、交渉人のお二方 ジャン・コルベールの博識とチンプイのガンダールヴの力で”破壊の杖”の使い方を解明されたし 土くれのフーケ』

そこにあったのは、地球の武器『M72ロケットランチャー』だったのだが、杖っぽくないので、一瞬、それが偽物ではないかとコルベールは疑ったが、しばらく考えて、しまったという表情で手で顔を覆った。

「どうしたの?コルベール先生」

 チンプイが尋ねた。

「フーケは我々に”破壊の杖”の使い方を調べさせるつもりで、あの書置きを残したらしい」

「えっ?ぼく、ハルケギニアの武器の使い方なんて分かんないよ?」

「いや・・、君は分かるはずだ。君の使い魔の印は、ありとあらゆる『武器』を使いこなしたという伝説の使い魔『ガンダールヴ』の印だからね。・・でも、これを知っていて、巨大ゴーレムが現れて・・。しまった!」

 なるほど、だからいつもより科法が強いのかと、チンプイはひとりごちた。『科法』は、言わば道具のようなものなので、『ガンダールヴ』のルーンは”武器”と認識したらしい。

 そう考えて納得したところで、チンプイはコルベールの慌てように気が付いた。

「どうしたの?」

「フーケはミス・ロングビルだ。巨大ゴーレムなら宝物庫を壊せるかもと彼女に僕が言った翌日に襲撃されたから間違いない!皆が危ない!戻るぞ!チンプイ君!」

「分かった」

と、チンプイが答えた直後。

「きゃあああああああっ!!」

 突然、ルイズの悲鳴が響き渡り、ばこぉーんといい音を立てて、小屋の屋根が吹き飛んだ。

 屋根が無くなったおかげで、空がよく見えた。そして青空をバックに、巨大なフーケの土ゴーレムの姿があった。

「ゴーレム!」

 キュルケが叫んだ直後、タバサが真っ先に反応した。

 自分の身長よりも大きな杖を振り、呪文を唱える。巨大な竜巻が舞いあがり、ゴーレムに直撃した。

 だが、ゴーレムはまったくビクともしていない。タバサに続くかのようにキュルケが胸に差した杖を引き抜き、呪文を詠唱する。杖から炎が伸びてゴーレムを包み込むが、やはりゴーレムはまったく意に介していなかった。

「無理よこんなの!」

「退却」

 タバサが呟く。キュルケとタバサは一目散に逃げ出し始めるが、ルイズの姿が見えない。

 彼女はゴーレムの背後に立っていた。ルイズはルーンを呟き、ゴーレムに杖を振りかざす。すると巨大なゴーレムの表面で、何かが弾けた。恐らくルイズの魔法だろう。その爆発でルイズに気付いたのか、ゴーレムが振り向いた。小屋の入り口に立っていたチンプイは、二十メイルほど離れたルイズに向かって叫んだ。

「ルイズちゃん、逃げて!!」

 が、ルイズは唇を噛み締めながら、

「いやよ!! あいつを捕まえれば、誰ももうわたしをゼロのルイズなんて呼ばないでしょ!」

 彼女の目は、真剣そのものだった。ゴーレムは近くに立ったルイズをやっつけようか、逃げ出したキュルケ達を追うか、迷っているように首を傾げた。

「もう、誰もそんな風に呼んでないじゃない!」

「それは、ワンダユウが呼ぶなって言ったからよ。どうせ、皆心の中で思ってバカにしてるんだわ。わたしにだって、ささやかだけどプライドってもんがあるのよ。ここで逃げたら、ゼロのルイズだから逃げたって思われるわ!」

「誰も思わないよ!いいから逃げて!」

「わたしは貴族よ! 魔法が使える者を、貴族と呼ぶんじゃないわ」

 そう言いながら、ルイズは強く杖を握りしめた。

「敵に後ろを見せない者を、貴族と呼ぶのよ!」

 ゴーレムはやはりルイズを先に叩きのめす事にしたらしい。ゴーレムの巨大な足が持ち上がり、ルイズを踏みつぶそうとする。ルイズは魔法を詠唱し、杖を振った。

 だが、やはりゴーレムにはまったく通用しない。ゴーレムの胸が小さく爆発したが、それだけだ。ゴーレムはびくともせず、わずかに土がこぼれただけだ。

 ルイズの視界に、ゴーレムの足が広がった。ルイズは思わず目をつぶった。

 その刹那、科法『バリヤー』を身に纏ったチンプイがデルフリンガーで受け止めた。ガキンッとぶつかり合う強烈な衝撃音が響き渡った。

 しかし、しばらくしてピキッという音とともに、『バリヤー』は破られた。

「”アース・ウォール”!」

 エレオノールが土の壁を発生させて二人が踏みつぶされるのを防いだ。

「姉さま!わたしの邪魔をしないでよ! あたしは自分の力で・・」

 そう言いかけたが、ぱっしぃーん、と乾いた音がルイズの言葉を遮った。

 エレオノールが、ルイズの頬に一発、平手打ちをしたのだ。

「いい加減にしなさい!あんたのプライドが何よ!あんたの軽はずみな行動で、わたし達がどれだけ迷惑ををしていると思ってるの!」

 見ると、ルイズ達を守るべく、皆戻って必死にゴーレムの足止めをしていた。

「あんたが学院の連中を見返してやりたいって言うのは分かるわよ。でもね、死んじゃったら終わりなのよ!母さま達を悲しませないで頂戴!」

「で、でも!エレ姉さま!わたし、このままじゃ臆病者って後ろ指をさされるわ!」

 すると、エレオノールは優しくルイズの頭を撫でた後、ルイズをギュッと抱きしめた。

「言いたいやつには言わせておきなさい。ルイズ、忘れないで。世界中が後ろ指をさしたって、敵になったって・・。わたしはちびルイズの味方よ。勿論、母さま達やチンプイ君、ワンダユウさん、それにルルロフ殿下もね」

 ルイズはゆっくりと顔を上げた。その時、辺りを強い地響きが襲っていた。

「取り敢えず、フーケを探しましょう」

 エレオノールはキッと真剣な表情になって言った。

「でも、フーケがどこにいるかなんて・・」

「フーケはロングビルさんだって、コルベール先生が言ってたよ」

「何ですって?」

 ルイズが目を大きく見開いた。そういえば、辺りを偵察してきますと言って森の中に消えたまま、ミス・ロングビルは姿を見せていない。

「そう・・。チンプイ君、科法でフーケを探せる?」

「うん。探せるよ」

「じゃあ、見つけたら合図して。フーケの杖を奪えば、無力化できるわ」

 エレオノールはチンプイにそう言うと、コルベール達に向かって叫んだ。

「コルベール先生!あのゴーレムを転ばせて!逃げるわよ!」

 エレオノールはフーケに聞かれていることも計算に入れて、フーケの油断を誘うために敢えてコルベール達にそう言ったのだった。

「そうだな・・。『破壊の杖』、使い方が分かったとしても使うわけにはいかん!ミス・ツェルプストー、ミス・タバサ、先に逃げなさい!」

「でも、先生はどうなさるんです?」

「僕はこいつを足止めする。逃走経路を確保してきてくれたまえ」

「分かりましたわ」

 タバサが自分の使い魔に呼びかけ、早く来るように指示した。

「ウル・カーノ・ジエーラ・ティール・ギョーフ」

 コルベールが詠唱すると、その華奢な身体に似合わぬ巨大な炎の蛇が躍り出てフーケのゴーレムの巨大な足を燃やし尽くした。

 

「科法『探知スター』、チンプイ! 見つけたよ。エレオノールさん」

 チンプイが科法でフーケを見つけ、エレオノールに合図した。

「”ブレッド”!」

 エレオノールが詠唱すると、土礫が隠れていたフーケに襲い掛かった。

 ちょうどコルベールの魔法に驚き、気を取られていたフーケは杖をはじかれてしまい、自身も土礫が当たって地面に崩れ落ちた。

「フーケを捕まえて、『破壊の杖』は取り戻したわよ。学院に帰りましょう」

 キュルケ達は顔を見合わせると、歓声を上げながらエレオノールに駆け寄った。

 

 フーケを捕まえた後、ルイズ達は学院に戻り、学院長室にてオスマンに報告をした。

「ふむ・・。ミス・ロングビルが土くれのフーケじゃったとはな・・。美人だったので、なんの疑いもせず秘書に採用してしまった」

「一体、どこで採用されたんですか?」

 コルベールが尋ねた。

「街の居酒屋じゃ。私は客で、彼女は給仕をしておったのだが、ついついこの手がお尻を撫でてしまってな」

「で?」

 コルベールが促すと、オスマンは照れたように告白した。

「おほん。それでも怒らないので、秘書にならないかと、言ってしまった」

「何で?」

 コルベールが本当に理解できないという口調で尋ねた。

「カァーッ!」

 オスマンは目をむいて怒鳴った。とても年寄りとは思えない迫力である。それからオスマンはこほんと咳をして、真顔になった。

「おまけに魔法も使えるというもんでな」

「死んだ方が良いのでは?」

 エレオノールが、虫を見るような目でオスマンを見ると、ぼそりと本音を呟いた。オスマンは軽く咳払いをすると、エレオノールに向き直り重々しい口調で言った。

「今思えば、あれも魔法学院に潜り込むためのフーケの手じゃったに違いない。居酒屋でくつろぐわたしの前に何度もやってきて、愛想よく酒を勧める。魔法学院学院長は男前で痺れます、などと何度も媚を売り売り言いおって・・。終いにゃ尻を撫でても怒らない。惚れてる? とか思うじゃろ? なあ? ねえ?」

 コルベールは、それを聞いてはっとした表情を浮かべた。フーケに、物理攻撃に弱いという宝物庫の壁の弱点を教えてしまったのは彼なのである。コルベールはその一件はこの場では黙っておこうと思いつつ、オスマンに話を合わせた。

「そ、そうですな! 美人はただそれだけで、いけない魔法使いですな!」

「その通りじゃ! 君は上手い事を言うな! コルベール君!」

 ルイズとエレオノール、そしてキュルケとタバサの四人は呆れたて、そんな二人の様子を見つめていた。

 周囲の冷たい視線に気付き、オスマンは照れたように咳払いをすると、厳しい顔つきをしてみせた。

「さてと、君達はよくぞフーケを捕まえ、『破壊の杖』を取り返してきた」

「君達の『シュヴァリエ』の爵位申請を、宮廷に出しておいた。追って沙汰があるじゃろう。と言ってもミス・タバサはすでにシュヴァリエの爵位を持っているから、精霊勲章の授与を申請しておいた」

 ルイズ達の顔が、ぱっと輝いた。

「本当ですか?」

 キュルケが驚いた声で尋ねると、

「本当じゃ。良いのじゃ、君達はそのぐらいの事をしたんじゃから」

 オスマンがそう言うのを聞いてから、ルイズは横のチンプイをちらりと見てオスマンに尋ねる。

「オールド・オスマン。チンプイには?」

「残念ながら、彼は貴族ではない。また、マール星のことは知られると色々面倒なのでな。まだ伏せておるんじゃよ。チンプイ君には、わしのポケットマネーからお金を出そう」

 オスマンは『科法』のことを言っているのだろうと、ルイズは思った。”烈風”カリンを圧倒したワンダユウと王室のボンクラ貴族たちがうまく交渉できるか疑問だ。ルイズ達家族は平気でも、その他のハルケギニア人はその限りではない。下手にワンダユウを怒らせるわけにはいかないのだ。

「ありがとう、オスマンじいさん」

 チンプイはニコッと笑って言った。チンプイはまだ子供なので、ハルケギニアの地位などに興味はなかったが、お金がもらえると分かり、何を買おうかなとウキウキしていた。

「さてと、今日の夜は『フリッグの舞踏会』じゃ。この通り、『破壊の杖』も戻って来たし、予定通り執り行う」

 それを聞いて、キュルケの顔がぱっと輝いた。

「そうでしたわ! フーケの騒ぎで忘れておりました!」

「今日の舞踏会の主役は君達じゃ。用意をしてきたまえ。精々、着飾るのじゃぞ」

 一同は礼をすると、学院長室を後にした。

 

 ルイズの部屋で、ルイズとエレオノールが舞踏会の準備をしようとしたその時、

パン!パン!パンパカパカパンパーン

という音とともに、ルイズとエレオノールに大量の紙ふぶきと紙テープが降りかかった。

「おめでとうございまーす!!」

 ワンダユウが突然現れて言った。

「ワンダユウ!あんた、今までどこにいたのよ!」

 ルイズは怒鳴った。無理もない。フーケがチンプイを『破壊の杖』を返す交渉人として選んだので、学院は護衛隊を編成したが、ワンダユウ一人いればもっと楽にフーケを捕まえることが出来たからだ。

 すると、ワンダユウは申し訳なさそうな顔をして言った。

「申し訳ございません。わたくし、マール星に帰っておりまして、先ほど、科法『遠隔通信』でチンプイの報告を受けて初めて知ったのです。まさか、チンプイがこのような事件に巻き込まれているとは・・。ルイズさまとエレオノールさまを危険に晒してしまい申し訳ございませんでした」

「エンカクツウシンって何よ?」

 ルイズが尋ねた。

「はい。遠い所にいても連絡を瞬時にとることができる科法でございます。『テレポート』のように移動しなくともその場にいながらお互いの顔を見て会話ができるというものでございます」

「『テレポート』すればいいじゃない」

 ルイズが言うと、チンプイが口を挟んできた。

「気軽に言わないでよ。いくらワンダユウじいさんでもマール星とハルケギニアの間を『テレポート』するのは無理だよ。・・・それに、すっごく体力使うから、ぼくはまだ『テレポート』は自由に使えないんだ。使えてもせいぜい一日一回だけだよ」

「チンプイの言う通りでございます。あと、ルイズさまとエレオノールさまに言っておきたいことがございます」

「改まって何よ?」

「カリーヌさま達にお会いした時にも申し上げましたが・・・我々、マール星レピトルボルグ王家は、トリステインを含めたハルケギニアに対してはには一切干渉しないという方針でございます。

今回は、チンプイが事件に巻き込まれ、ルイズさまとエレオノールさまにもご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありませんでした。

ですが、ご自分から厄介事に関わらないようにして頂きたいのです。ルイズさま達ご家族の安全がマール星にとっては、このハルケギニアでは最優先事項なのです。また、外交問題になるので、トリステインを含むハルケギニアの国同士の厄介事・・・特に戦争に発展するようなことにはマール星は一切干渉しないという方針なのです。・・・万が一、トリステインが国家存亡の危機になってしまったら、ルイズさま達ご家族だけ、マール星に避難して頂きたく存じます。

勿論、その際には、ルルロフ殿下の婚約とは関係ありませんのでご安心を。ルルロフ殿下はそのようなことで婚約をせまられるようなケチなお方ではないのです」

 ワンダユウはそう言うと、頭を深く下げた。

「伝統あるトリステインが危なくなるなんて!そんな縁起でもないこと言わないで!あり得ないわよ!」

 ルイズは癇癪を起した。しかし、エレオノールが窘めた。

「やめなさい、ちび!万が一ってワンダユウさんも言ってるでしょ!まあ、そんなことあって欲しくないけど・・その時は、マール星のお世話になりましょう。 ところで、ちびルイズ、厄介事に首を突っ込まないってワンダユウさんに約束してあげなさい。ワンダユウさんは、あなたの身を案じてくれているのよ?わたしも厄介事には首を突っ込まないって約束するわ。ほら、ルイズはどうなの?」

 エレオノールに促されてルイズは渋々ながら約束した。

「分かったわ。約束する。でも、友達を助けたくてそういうことになりそうだったら協力してくれる?ワンダユウ?」

「勿論でございます。そうならないことを願っておりますが、その際には真っ先にチンプイの科法『遠隔通信』でご連絡くださいますようお願い申し上げます。・・・ただし、国家間の問題になるようなことに首を突っ込むのだけはおやめください」

 ワンダユウは念を押す。

「分かったわ。約束する。 ところで、ワンダユウ、あんた何しに来たの?」

 ルイズが尋ねると、ワンダユウは「おお!そうでした!」と言って、

パンパカパカパンパーン

という音とともに、再びルイズとエレオノールに大量の紙ふぶきと紙テープが降りかかった。

「おめでとうございます!ルイズさまとエレオノールさまの今回のご活躍を王宮に報告したところ、わがレピトルボルグ王室会議は、ルイズさまとエレオノールさまに対し・・・、『公爵』の称号を贈ることに決定いたしました!!」

「「『公爵』ですって!?」」

 ルイズとエレオノールの声が重なった。

「はい。これが、その印の勲章であります」

 ワンダユウが、見たこともない立派な勲章を二人に差し出した。二人とも、『公爵』と言われて両親に並んだようで嬉しそうだ。

「それから・・」

「まだ何かあるの?」

 ルイズが尋ねると・・

パンパカパカパンパーン

という音とともに、今度はエレオノールにだけ大量の紙ふぶきと紙テープが降りかかった。

「あのねえ!!やたらにめでたがらないんで欲しいんだけど」

 エレオノールは文句を言った。

「いえ、今日は特におめでたいのです。エレオノールさまは公爵夫人となられた訳です。聞けば、まだご結婚なされていないそうで、カリーヌさまもヴァリエール公爵もご心配なさっておりました。そこで!差し出がましいこととは思いますが、エレオノールさまが公爵夫人となられた記念に、マール星全面協力のもと、エレオノールさまの結婚相手の候補者を探すことが決定いたしました!」

「えっ・・」

 突然のことでエレオノールは理解が追い付いていない。

「わたくしどもには、王室典範でご婚約前に王族はお顔を見せることが出来ない決まりとなっております。その制約の中で候補者を選ぶのです。今までわたくしどもが縁結びのお手伝いさせて頂いた王族の方々は、一目見て運命を感じるほどの出会いを皆感じておいでで、今もお幸せそうに暮らしております。わたくしどもは、相性の良い相手を探すことに関しては、何千年もの経験に基づいたプロ中のプロです。勿論、最終的にお選びになるのはエレオノールさまご自身ですのでご安心を。エレオノールさま、いかがでしょう?」

 ワンダユウの言葉に、ルイズは賛同した。

「エレ姉さま、協力してもらいましょうよ!わたし、姉さまに幸せになって欲しいもの」

「そ、そうね。ルイズがお妃候補なのに、わたしだけ結婚しないのは寂しいわね。じゃあ、お願いできるかしら?」

 エレオノールはつい先日も、バーガンディ伯爵と婚約していたが、その性格が仇となり伯爵から「もう限界」といわれ、婚約を破棄されたばかりだ。両親には結婚をしなさいと言われていたし、妹に先を越されるかもしれないので、ダメもとでお願いすることにしたのだった。

「はい、お任せください。 ところで、今日は舞踏会があるそうですね。ルイズさまと エレオノールさまに合ったお召し物をこちらで用意してもよろしいでしょうか?」

 

 ワンダユウの提案にルイズとエレオノールがOKすると、しばらくしてパンダのような生き物が現れた。

「こちら、宇宙的ファッションデザイナー、デブラ・ムー先生です。ムー先生はルイズさまとエレオノールさまのご婚礼のためのドレスなどのデザインもお願いすることになると思います」

 ワンダユウがそう言って、ムーを紹介した。一見気難しそうな感じだが、仕草などが可愛らしく愛嬌があった。

 ムーは、ルイズとエレオノールを色々な角度からじろじろと見て言った。

「フム、フム、フム・・・。合格です!!ハルケギニア人のためのデザインは予習はしてきましたが、初めてで気が進まなかったのだが。お会いして、芸術的インスピレーションがフツフツと沸いてきました!!今後は、ルイズさまとエレオノールさまのお召し物全てをデザインして差し上げましょう」

 ルイズとエレオノールは、公爵の称号を得て機嫌が良かったので、OKした。

ルイズとエレオノールの寸法をワンダユウとチンプイが手伝って測り終えると、

「では・・。芸術は・・・」

 ムーは、右手に様々な生地、左手にはさみを持つと、サッと構えた。

「ルイズさま、エレオノールさま、危険です。こちらへ」

 ワンダユウは二人の背中を押して部屋の外へ避難させた。

「危険?何が危険なのよ?」

 ルイズはキョトンとして尋ねた。

「今に分かります。 なるべく爆発しないで欲しいなあ・・・・」

 ワンダユウが呟いた。

「爆発?まさか、ちびルイズじゃあるまいし・・」

 エレオノールが言いかけると、

ドカン ドカン ドカン ドカン 

 大きな音がしたので、四人がそ~っと部屋を覗くと、部屋のものは一切被害は出ていないが、ムーが、自分の体から空気の塊のようなものをいくつも出しながら叫んでいた。

「芸術は爆発だ!!」

 

 しばらくすると、ムーは四人を部屋に呼び入れた。

「フウ~・・・。わが才能のすべてをかたむけた傑作の数々が完成した」

 ムーは、汗を大量に流して疲れていたが、ワンダユウに完成した衣装を渡すと、満足そうにマール星に帰って行った。

「では、お召し替えを。せっかくなので、これを使いましょう。『瞬間着がえカーテン』にございます」

 ワンダユウが、そう言って透明な布をルイズとエレオノールの頭の上にかざしてそのまま下ろすと・・不思議なことにルイズとエレオノールの体を通り抜け、服は素敵なパーティードレスに変わっていた。

 ルイズは、長い桃色がかった髪をバレッタにまとめ、ホワイトのパーティドレスに身を包んでいた。肘までの白い手袋がルイズの高貴さをいやになるぐらい演出し、胸元の開いたドレスが作りの小さい顔を、宝石のように輝かせている。

 エレオノールはルイズとデザインはお揃いだが、彼女の金髪を引き立たせる色違いのブルーのドレスだった。

 ブリミル教のもと衣装が国によって大きな変化が無かったので、ハルケギニアでのムーの衣装は奇抜すぎるものとはならなかったのだった。

「悪くないわね」

 ルイズは自分の衣装を見て言った。

 エレオノールは衣装を着て少し歩いてくると言って、嬉しそうに出て行った。

 

「ワンダユウ、今日はありがとう。わたし達に『公爵』の称号を贈ってくれたり、エレ姉さまの結婚に協力してくれたり・・こんな素敵な衣装まで」

 ルイズは珍しく素直に感謝した。

「なんと、勿体無いお言葉!気に入って頂けてわたくしも嬉しく存じます。 ところで、ルイズさまは歌うことがご趣味と伺っております。この舞踏会で、サプライズでご披露なさってはいかがですか?ムー先生には、エレオノールさまにも内緒で衣装もご用意しておりますが」

 ワンダユウが言うと、ルイズは一瞬嬉しそうな顔をしたが、申し訳ないという面持ちで言った。

「お気持ちはありがたいんだけど・・。皆が言うのよ。顔色悪くして、お願いだから歌わないでくれって・・。わたしの歌を家族の皆も音痴だと・・」

 すると、チンプイとワンダユウは顔を見合わせキョトンとした。ワンダユウは言葉を続ける。

「その音痴がいいんです!正確な歌などいくらでも電気的に合成できます。しかし・・これを微妙に外して歌うことは人間にしかできません。いかにも人間らしい人間の歌!!いま求められているのがそれなのです!!・・それに、ルイズさまの歌っているお姿を国民に公開したところ、国民からアルバムを出して欲しいという熱烈な要望を多数頂きました!是非、ルイズさまに歌の収録にご協力頂きたいのですが」

「わ、わたしの歌を、いつマール星の国民に公開したの!? また、勝手なことして・・。でも、人気って本当? あと、アルバムとかシュウロクって何よ?」

 ルイズは本来、気位とプライドは非常に高い上、短気で気難しく癇癪持ちという厄介極まりない性格をしているが、今日は散々持ち上げられたので、気分が良く、それが何なのか分かったら協力してもいいと思っていた。

「はい、申し訳ございません。ルイズさまとお会いする前のことでございます。ルイズさまの日常を拝見して・・ルイズさまの歌に感動したので、感動のあまり・・・本当に申し訳ございませんでした。

そうそう、アルバムと収録についてでしたね。

アルバムとは、ルイズさまの歌っているお姿をディスクに収めたもののことです。これがあれば、何度もルイズさまの歌っているお姿をルイズさまが一々歌わなくても観ることできるのです。

収録とは、ルイズさまの歌っているお姿をディスクに収めることです。アルバムは一度収録すれば、大量に複製できるので、国民も皆楽しめるという訳です。どうでしょう?ご協力頂けますか?」

 ルイズは、自分の歌に感動してくれたと知って、乗り気になっていた。

「いいわ。今日は気分がいいから、特別に許してあげる。じゃあ、シュウロクっていうの、舞踏会が始まる前にさっさとやるわよ」

「はい!ありがとうございます」

 ワンダユウは深々と頭を下げた。

 

 しばらくして、今度はライオンのような生き物が現れた。今度はムーとは対照的に、ニコニコ笑っており、親しみやすそうな感じだ。

「こちらは、マール・ロコムビア社というレコード会社の製作部長、ムジエル氏」

 チンプイが紹介した。

「はじめまして。ルイズさま。百二十年もこの業界で生き抜いたわたくしが自信を持って申し上げます!!ルイズさまこそ、百年にひとりのビッグアーチストでございます。早速、収録に取り掛かりましょう!」

 ムジエルはそう言うと、三人を魔法学院の裏で宙に浮かぶ『けいたいスタジオ』へと案内した。

 ルイズは、羽根を頭と背中に付けたデザインの衣装に『瞬間着がえカーテン』で着替えた。アーチストという言葉は分からなったが、百年にひとりと言われてルイズもその気になってきた。

「自由にのびのびとお歌い下さい。どうぞ!!」

 ムジエルの合図で、ルイズは歌い始めた。

「ウィ アー ザ コスモス、ウィ アー ザ コスモス♬」

歌っている途中で「わたしも結構のるわね」と心の中でひとりごちた。

「わたしの耳に狂いはなかった。このマッタリした音程の外れ具合」

 ムジエルが言った。ムジエルもチンプイもワンダユウもうっとりして聞き入っている。

「ノッタリしたリズム感・・・。う~~む、なんとも言えん!!」

 ムジエルは感動のあまり涙している。

 ルイズが歌い終わると、三人は感動の涙を流しながら駆け寄ってきた。

「心をうたれました!!」

 ムジエルが言った。

「ほんと!?」

 ルイズも嬉しそうだ。

 ムジエルは、嬉しそうにして帰って行った。

 

 アルヴィーズの食堂の上の階が大きなホールになっており、舞踏会はそこで行われていた。

 中では着飾った生徒や教師達が豪華な料理が盛られたテーブルの周りで歓談している。

 チンプイは、シエスタが作った『ラーミエン』に舌鼓を打っていた。

 ホールの中では、キュルケがたくさんの男に囲まれて笑っている。

 黒いパーティドレスを着たタバサは、一生懸命にテーブルの上の料理と格闘していた。

 エレオノールも素敵なパーティードレスに身を包み、教師たちと歓談していた。

 それぞれに、パーティを満喫しているようだ。

 門に控えた呼び出しの衛士がルイズの到着を告げた。

「ヴァリエール公爵が三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール公爵夫人のおな~り~!」

 先ほどの歌の衣装に身を包んだルイズが現れた。

 その様子を見た楽士達が、小さく流れるように音楽を奏で始めた。

「今日は、わたしから、サプライズがあります。マール星の使者のチンプイとワンダユウがどうしてもわたしの歌を聞きたいそうなので・・・、恥ずかしいですが、心を込めて精一杯歌わせて頂きます」

 そう言うと、ルイズはお辞儀をした。

「や、やめて、ルイズ・・」

「よしなさい、ちびルイズ・・」

 キュルケとエレオノールが真っ青になって止めようとしたが・・遅かった。ルイズはすでに歌い始めてしまったのだ。その歌声に、マール星人は聞き惚れていたようだが、ルイズの歌はハルケギニア人にとってはその歌を聞いた者の体調は直ちに悪化するほどひどいものであり、その威力はどこかのガキ大将並であった。

「ホゲ~~♬」

 こんな感じである。

「素晴らしい・・」

 ワンダユウはルイズの歌に感動して、またも涙した。

「こりゃ、ルイズちゃんの歌で、音楽業界に空前の大ブームが来るよ!!」

 チンプイも嬉しそうにして聞き入っていた。

 その横で、その場にいたハルケギニア人は次々に倒れ、根性で演奏していた楽士も倒れたのだが、マール星の『けいたいスタジオ』から持ってきたレコードがかかっていたので、ルイズがそれに気が付くことはなかった。

 ワンダユウとチンプイが感動して聞き入っている様子に気を良くしたルイズは、倒れたハルケギニア人に気付くことなく歌い続け、ルイズの歌は夜更けまで続いたそうだ。

 

 翌朝、ワンダユウは感動して何度もルイズにお礼を言い、マール星に帰って行った。

 魔法学院では、朝食の時間になっても、ルイズとチンプイ以外はなぜか誰も出てこなかった。

「昨日、みんなはしゃぎ過ぎたんじゃない?」

「そうね。でも、今日は虚無の曜日じゃないのに、皆、羽目を外し過ぎよ」

 皆、体調不良になり出てこられなかったのだが、その原因がルイズの歌にあることに二人が気付くことはなかった。

 

 そんな様子を眺めていたデルフが、こっそりと呟いた。

「おでれーた!こんな破壊力のある歌があるのか!ほんと、おでれーた!」

 




デルフは、剣なので、ルイズの歌でどうにかなることはありませんでした。(笑)


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妃殿下と姫殿下

遥か宇宙、マール星レピトルボルグ王家は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールをお妃に迎えるための使者をハルケギニアに送った。
ワンダユウは、大使としてトリステインとマール星を行き来し、
チンプイは、ルイズの使い魔兼お世話役として、トリステインに残った。
ワンダユウ「チンプ~イ!頼んだぞ~!」

アルビオン出発前夜のお話です。
今回は何やら大事な記念日の前夜でもあるようです。

※「チンプイやワンダユウなら、ウェールズにちょっと連絡して手紙を返してくれと要求すること位、科法『遠隔通信』でできそう」というご意見を頂いたので、それを踏まえて、話を一部改変させて頂きました。


 魔法学院から遠く離れたトリステインの城下町の一角にあるチェルノボークの監獄で、ミス・ロングビルことフーケが収監されていた。

 裁判は来週中にも行われるとのことだったが・・あれだけ国中の貴族のプライドを傷つけまくったのだから、軽い刑でおさまるとは思えない。おそらく、縛り首。よくて島流し。脱獄を考えたが、フーケはすぐに諦めた。

 というのも、杖を取り上げられてしまったので魔法が使えないからだ。食器も全て木製。金属のスプーンやフォークを使って、何年も掘り進め、脱獄した者が遠い過去にいたからだそうだが・・壁や鉄格子には魔法の障壁が張り巡らされており、脱獄は不可能に思えた。

 それからフーケは自分が捕まった時のことを思い出していた。

「大したもんじゃないの!あいつらは!」

 コルベールは、宝物庫の弱点を見抜くほどの頭脳の持ち主だったので”破壊の杖”を解析させるために指名したのだが・・まさか、あの冴えない中年男が巨大なゴーレムの足を焼き尽くすほど強力な炎を使えるとは思わなかったのだ。

 でも、自分を捕らえたのは彼ではない。コルベールの炎に気を取られたていたのは確かだが、うまく隠れていたはずなのに絶妙なタイミングで攻撃され、気絶させられたのだ。

 いったい、自分を捕らえたのは誰なんだろう?

 しかし、今となってはもう関係のないことだ。

 そう、考えていたとき、鉄格子の向こうに長身の黒マントを纏った人物が現れた。白い仮面に覆われて顔が見えないが、マントの中から魔法の杖が突き出ている。どうやらメイジのようだ。

「『土くれ』だな?」

「誰が付けたか知らないけど、確かにそう呼ばれているわね」

 おそらく自分を殺そうとどこかの貴族が雇ったのだろうとフーケは踏んだのだ。今まで盗んだものの中には世間に公にされるわけにはいかない禁制の品なども結構あった。口封じという訳だ。

 だが相手の言葉は予想に反したものだった。

「再びアルビオンに使える気はないかね?マチルダ・オブ・サウスゴータ」

「っ!」

 フーケの顔から余裕が消えた。それは、自分が捨てることを強いられた貴族の名であった。だが・・なぜこいつが知っているのだ?

「まさか!父を殺し、家名を奪った王家に仕える気なんかさらさらないわ!」

「大変結構。単刀直入に言う。今の無能なアルビオン王家を倒さないかと言っているんだ。我々『レコン・キスタ』の仲間になれ、マルチダ」

 貴族連盟『レコン・キスタ』・・・それは、ハルケギニアの天下統一と、強力な先住魔法を操るエルフに奪われた始祖ブリミルが光臨せし『聖地』の奪還を目論む連中である。

 トリステイン王国、帝政ゲルマニア、故郷のアルビオン王国、そしてガリア王国・・・、未だに小競り合いが絶えない国同士が、一つにまとまるなんて夢物語だ。

 おまけに、強力なエルフどもから『聖地』を取り戻すなど不可能だ。

「あんたらのことは知っているよ。あんたらの大将は、あんたらの”夢”を実現させる勝算はあるのかい?」

「だからこそ、我々は優秀なメイジが一人でも多く欲しい。協力してくれないかね?『土くれ』よ」

「どうせ・・断れば殺すってんだろ?分かったよ、その夢物語にしばし付き合ってやるよ。少なくとも、アルビオン王家が倒れるところ位は見せてくれるんだろうね?」

 フーケは笑って言った。

「それは、我々次第だ」

 男はポケットから鍵を取り出し、鉄格子に付いた錠前に差し込んで言った。

 

 ところ変わって、魔法学院。

朝食を終えたルイズとチンプイが教室で座っていると、扉が開いてギトーが現れた。ギトーはフーケの一件の際、オスマンに『君は怒りっぽくていかん』と言われ、チンプイの護衛隊の編成に消極的だった教師である。

 長い黒髪に漆黒のマントを身に纏ったその姿は、なんだか不気味である。まだ若いのに、その不気味さと冷たい雰囲気からか、生徒達には人気が無かった。

「では授業を始める。知ってのとおり、私の二つ名は”疾風”。”疾風”のギトーだ」

 教室中が、しーんとした雰囲気に包まれる。その様子を満足気に見つめ、ギトーは言葉を続けようとした。

 しかし、その時、教室の扉がガラッと開き、緊張した顔の珍妙ななりをしたコルベールが現れた。

 頭にやたらと馬鹿でかい、ロールした金髪のかつらをのっけている。見ると、ローブの胸にはレースの飾りやら刺繍が踊っている。何をそんなにめかしているのだろう?

「ミスタ?」

 コルベールのその姿を見て、ギトーが眉をひそめた。

「あややや、ミスタ・ギトー! 失礼しますぞ!」

「授業中です」

 コルベールを睨んでギトーは短く言った。

「おっほん。今日の授業は全て中止であります」

コルベールは重々しい調子で告げると、その途端教室から歓声が上がった。その歓声を抑えるように両手を振りながら、コルベールが言葉を続ける。

「えー、皆さんにお知らせですぞ」

 もったいぶった調子で、コルベールはのけ反った。その拍子に頭に乗せたカツラが取れて、床に落っこちる。ギトーのおかげで重苦しかった教室の雰囲気が、一気にほぐれた。

 教室中がくすくす笑いに包まれる。

 一番前に座ったタバサが、コルベールのつるつるに禿げ上がった頭を指差して、ぽつんと呟いた。

「滑りやすい」

 滅多に口を開かない彼女の一言で、教室が爆笑に包まれた。キュルケが笑いながらタバサの肩をぽんぽんと叩いて言った。

「あなた、たまに口を開くと、言うわね」

 コルベールは顔を真っ赤にさせると、大きな声で怒鳴った。

「黙りなさい! ええい! 黙りなさい小童共が! 大口を開けて下品に笑うとは、まったく貴族にあるまじき行い! 貴族はおかしいときは下を向いてこっそり笑うものですぞ! これでは王宮に教育の成果が疑われる!」

 コルベールのその剣幕に、教室中がおとなしくなった。ようやく冷静になったコルベールは再び咳払いをしてから、

「皆さん、本日はトリステイン魔法学院にとって、良き日であります。始祖ブリミルの降臨祭に並ぶ、めでたい日であります」

 コルベールは横を向くと、後ろ手に手を組んだ。

「恐れ多くも、先の陛下の忘れ形見、我がトリステインがハルケギニアに誇る可憐な一輪の花、アンリエッタ姫殿下が、本日ゲルマニアご訪問からのお帰りに、この魔法学院に行幸なされます」

 予想外の言葉に、教室中がざわめいた。

「したがって、粗相があってはいけません。急な事ですが、今から全力を挙げて歓迎式典の準備を行います。そのために本日の授業は中止。生徒諸君は正装し、門に整列する事」

 生徒達は緊張した面持ちになると、一斉に頷いた。コルベールはうんうんと重々しげに頷くと、目を見張って怒鳴った。

「諸君が立派な貴族に成長した事を、姫殿下にお見せする絶好の機会ですぞ! 御覚えがよろしくなるように、しっかりと杖を磨いておきなさい! よろしいですかな!」

 

 魔法学院に続く街道を、筋の冠を御者台の隣に付けた四頭立ての馬車が、静々と歩んでいた。聖獣ユニコーンと水晶の杖が組み合わさった紋章と煌びやかな装飾がかたどられている。よく見ると、馬車を引いているのは、無垢なる乙女しかその背に乗せないといわれるユニコーンであった。その馬車は、王女の乗る馬車であることを示していた。

四方を固めるのは、国中の貴族の憧れ、王室直属の近衛隊である魔法衛士隊の面々である。

 街道は花々が咲き乱れ、街道に並んだ平民たちが、口々に歓呼の声を投げかける。

「トリステイン万歳!アンリエッタ姫殿下万歳!」

 馬車の中に乗るのは、すらりとした気品のある顔立ちに、薄いブルーの瞳、高い鼻が目を引く瑞々しい美女、トリステインの第一王女アンリエッタ・ド・トリステイン姫殿下、その人であった。

 彼女は、馬車の中でため息をついていた。

「本日、十三回目のため息ですぞ。殿下」

「馬車の中で位好きにさせてくださいな。マザリーニ枢機卿」

 アンリエッタは、この馬車に同乗する痩せぎすの白髪白髭の男、マザリーニ枢機卿に反論した。

 先帝亡き後、一手に外交と内政を引き受けた激務が、実年齢は四十代なのに、二十歳以上老けて見えるほど、彼を老人にしてしまったのだった。

彼は、貴族連盟『レコン・キスタ』がアルビオン王家を亡き者にしようとしていること、その後はこの小国トリステインに矛先を向けるに違いないのでゲルマニアと同盟を結ぶ必要があること、そのためにはアンリエッタがゲルマニアに嫁ぐ必要があることを説明した。

 しかし、アンリエッタはため息をつくばかり。

 そこで、マザリーニはアンリエッタの気晴らしにと、魔法衛士隊グリフォン隊の隊長ワルド子爵を呼び寄せた。

 ワルドは、風の魔法で花を摘み、アンリエッタに渡した。

「あの者は?」

「『閃光』のワルド子爵。かのものに匹敵する使い手は、『白の国』アルビオンにもそうそうおりますまい」

「ワルド・・・、聞いたことのある地名ですわ」

「確か、ラ・ヴァリエール公爵領の近くだったと存じます」

「ラ・ヴァリエール?」

 アンリエッタは記憶の底をたぐった。それから、はたと頷く。確か、土くれのフーケを捕まえた貴族たちの中に、ラ・ヴァリエールの名前があったことを思い出した。

 『シュヴァリエ』を授与する予定であったが、アルビオンと戦になる前に軍務に服する貴族たちの忠義をいらぬ嫉妬で失いたくありませぬ、というマザリーニの意見で取りやめになっていた。

 なんとかなるかもしれない。アンリエッタはそう思って、少し安心した。

 

 魔法学院の正門をくぐって、王女の一行が現れると整列した生徒達は一斉に杖を掲げた。しゃん! と小気味よく杖の音が重なった。

正門をくぐった先に、本塔の玄関があった。そこに立ち、王女の一行を迎えるのは学院長のオスマンだ。

 馬車が止まると、召使い達が駆け寄り、馬車の扉まで緋毛氈ひもうせんのじゅうたんを敷き詰めた。

 呼び出しの衛士が緊張した声で、王女の登場を告げる。

「トリステイン王国王女、アンリエッタ姫殿下のおなーりー!!」

 しかし、がちゃりと扉が開いて現れたのは枢機卿のマザリーニだった。

生徒達は一斉に鼻を鳴らしたが、マザリーニは意に介した風もなく馬車の横に立つと、続いて降りてくる王女の手を取った。

 生徒の間から歓声が上がる。

 王女はにっこりと薔薇のような微笑を浮かべると、優雅に手を振った。

「あれがトリステインの王女? ふん、あたしやお姉さまの方が美人じゃない」

 キュルケがつまらなさそうな口調で言った。

「ふふっ、ありがとう。でも、今回だけ姫殿下に花を持たせてあげましょう、キュルケ」

 エレオノールは、そう言ってキュルケの頭を優しく撫でた。キュルケの顔が赤くなる。

「お姉さまがそう言うなら・・。あれ?でも、ルイズも妃殿下になっちゃったら、アンリエッタさまと立場変わらないのよね?」

「そうね。でも、そう言われても、実感がないわ」

「まあ、ルイズですからね」

 そう言って二人は悪戯っぽく笑った。

 

 そして、その日の夜・・・。

ルイズの部屋で、ルイズとエレオノールとチンプイが談笑していると、突然ドアがノックされた。

 ノックは規則正しく叩かれた。初めに長く二回、それから短く三回。

 ルイズの顔がはっとした表情になった。急いで立ち上がると、ドアに駆け寄って開く。

 そこに立っていたのは真っ黒な頭巾をすっぽりと被った少女だった。少女は辺りを窺うように首を回すと、そそくさと部屋に入ってきて後ろ手に扉を閉め、しっと言わんばかりに口元に指を立てた。それから頭巾と同じ漆黒のマントの隙間から魔法の杖を取り出すと軽く振った。同時に短くルーンを呟くと、光の粉が部屋に舞う。

「”ディティクトマジック(探知)”?」

 ルイズが尋ねると、頭巾の少女は首を縦に振った。

「どこに耳が、目が光っているか分かりませんからね」

 どうやら少女は部屋に聞き耳を立てる魔法の耳や、どこかに通じる覗き穴が無いか調べていたらしい。それらが無い事を確かめ終えると、少女は頭巾を取った。

現れたのは、なんとアンリエッタ王女だった。

「「姫殿下!」」

 ルイズとエレオノールが慌てて膝をつくと、チンプイもそれにならうように床に膝をついた。

 アンリエッタは三人を見て、心地よい声で言った。

「お久しぶりね。ルイズ・フランソワーズ。 お久しぶりです。エレオノール殿」

 ルイズの部屋に現れたアンリエッタ王女は、感極まった表情を浮かべて膝をついてルイズを抱きしめた。エレオノールは、その様子を懐かしそうに見ていた。

「ああ、ルイズ、ルイズ、懐かしいルイズ!そんな堅苦しい行儀はやめてちょうだい! あなたとわたくしはお友達! お友達じゃないの!」

「もったいないお言葉でございます。姫殿下」

「やめて! ここには枢機卿も、母上も、あの友達面をしてよってくる欲の皮の突っ張った宮廷貴族達もいないのですよ! ああ、もう、わたくしには心を許せるお友達はいないのかしら。昔なじみの懐かしいルイズ・フランソワーズ、あなたにまで、そんなよそよそしい態度を取られたら、わたくし死んでしまうわ!」

「姫殿下・・・」

 悲しげな声を出すアンリエッタに、ルイズは顔を持ち上げた。

「幼い頃、一緒になって宮廷の中庭で蝶を追いかけたじゃないの! 泥だらけになって!」

 幼少期の頃を思い出したのか、はにかんだ表情を浮かべながらルイズは応えた。

「ええ、お召し物を汚してしまって、侍従のラ・ポルト様に叱られました」

「そうよ! そうよルイズ! ふわふわのクリーム菓子を取り合って、掴み合いになった事もあるわ! あ、喧嘩になるといつもわたくしが負かされたわね。あなたに髪の毛を掴まれて、よく泣いたものよ」

「いえ、姫さまが勝利をお収めになった事も、一度ならずございました」

 ルイズが懐かしそうに言った。

「思い出したわ! わたくし達がほら、アミアンの包囲戦と呼んでいるあの一線よ!」

「姫さまの寝室で、ドレスを奪い合った時ですね」

「そうよ、『宮廷ごっこ』の最中、どっちがお姫様をやるかで揉めて取っ組み合いになったわね! わたくしの一発が上手い具合にルイズ・フランソワーズ、あなたのお腹に決まって」

「姫さまの御前でわたし、気絶いたしました」

 それから二人はあははは、と顔を見合わせて笑った。

「ねえ、エレオノールさん、二人はどんな仲なの?」

 チンプイは、アンリエッタ王女の顔をじっと見つめる。おしとやかに見えたが、とんだお転婆娘であるらしい。

「姫さまがご幼少の頃、うちのちびルイズが姫殿下のお遊び相手になっていたのよ」

 そんな二人の会話を横で聞いていて、アンリエッタは目を丸くした。

「エ、エレオノール殿、そこの可愛いネズミさんとお話していませんでしたか?もしや、韻獣?エレオノール殿の使い魔ですか?」

「姫さま、わたしの使い魔です!」

 ルイズがふくれっ面をして言った。

 

 すると・・ 

パン!パン!パン!パン!パンパカパカパンパーンパーン

という音とともに、いつもより物凄い量の紙ふぶきと紙テープが四人に降りかかり、四人を生き埋めにした。

「おめでとうございます!!!」

 ワンダユウがいつものごとく突然現れて言った。今回は、妙にテンションが高い。

「ぷはっ!また、いきなり・・ワンダユウ!」

 ルイズが怒鳴った。

「はい、なんでしょう?妃殿下」

「『なんでしょう?』、じゃないわよ!!今は、姫さまが来てるのよ!」

「ルイズ・・・これはいったい・・、妃殿下?」

 アンリエッタは理解が追い付いていない。

 そんなアンリエッタに気が付いたワンダユウは、トリステインの貴族に則った見事な一礼をして言った。

「ややっ!大変失礼致しました。今日は特にめでたい日でしたので・・・。

申し遅れました。わたくし、マール星レピトルボルグ王家の使者、ワンダユウと申します。妃殿下がいつもお世話になっております。アンリエッタ・ド・トリステイン姫殿下」

「まあ、これはご丁寧に・・。妃殿下?ルイズのことですか?」

 アンリエッタは思わずその一礼に応じた。

「うん。ルイズちゃんはねえ、幸運にもマール星レピトルボルグ王家第一王子ルルロフ殿下のお妃に選ばれたんだよ。 あっ、ぼく、チンプイ。ルイズちゃんの使い魔だよ。よろしくね」

「これっ、口のきき方に気を付けないか!この方は、トリステインの第一王女アンリエッタ・ド・トリステイン姫殿下にあらせられるぞ!」

 そして、チンプイを注意したワンダユウは、アンリエッタに向き合い申し訳なさそうに言った。

「ご無礼をお許しください。チンプイは、まだ子供なのです」

「良いのです。可愛い使い魔さんね。はあ、それにしてもルイズが妃殿下なんて・・・わたくし、びっくりよ」

 アンリエッタが言った。

「恐れながら、姫さま。お妃候補でございます。まだ、結婚するか決めかねてまして」

「そうなんですの?あなたが羨ましいわ。自由って素敵ね。ルイズ・フランソワーズ」

「そんなことありませんわ。・・・ところで、ワンダユウ、今日は何のご用?」

 ルイズが尋ねると、ワンダユウは「おお!そうでした!」と言って、

パンパカパカパンパーン

という音とともに、再びルイズとエレオノールに大量の紙ふぶきと紙テープが降りかかった。

「だから!やたらにめでたがらないんで欲しいんだけど」

 エレオノールは文句を言った。

「いえ、今日は特におめでたいのです。マール建国一万周年記念日前夜でございますから」

「「「一万周年!?」」」

 その歴史の長さに、ルイズとエレオノールだけでなく、アンリエッタの声まで重なった。

「一万周年って・・どんだけ歴史があるのよ!ハルケギニアでさえ、始祖ブリミルが光臨してから六千年なのに!!」

 ルイズは、悔しくなって癇癪を起した。

「やめなさい!ちび!・・・それにしても、マール星がそんな歴史ある国とは知りませんでした」

「いひゃい!いひゃいです!ねえさま」

 エレオノールは、ルイズを軽くつねりながらも、感心した様子だった。

「はい。王室では数々の儀式が行われるのです。つきましては、明日の儀式には、ルイズ妃殿下とエレオノール公爵夫人にもご参加いただきたいのです」

 ワンダユウが言った。

「だから、妃殿下じゃないってば!だいたい・・」

 ルイズが言葉を続けようとしたら、アンリエッタが言葉を被せてきた。

「公爵夫人!?エレオノール殿は公爵になられたのですか?」

「はい。フーケの一件で、マール星に『公爵』の称号を贈って頂きました」

 エレオノールは答えた。

「まあ!トリステインは『シュヴァリエ』の授与さえ渋ったのに、なんと豪気な・・・。失礼ですが、マール星はどこにございますの?」

「東の方です。姫殿下」

 説明が面倒なので、エレオノールはそう説明した。

「まあ、ロバ・アル・カリイエから?あのエルフの国を通って?  すごいのね。トリステインより歴史もあるし、そんな国の妃殿下になれるルイズは幸せね。しかも、結婚の選択の自由があるっていいわね・・」

「姫さま、どうなさったんですか?」

 アンリエッタの声の調子に、なんだか悲しいものをルイズは感じて尋ねた。

「いえ、何でもないわ、ごめんなさいね・・・、嫌だわ、自分が恥ずかしいわ。あなたに話せるような事じゃないのに・・・、わたくしってば・・・」

「おっしゃってください。あんなに明るかった姫さまが、そんな風にため息をつくって事は、何かとんでもないお悩みがおありなのでしょう?」

「・・・いえ、話せません。悩みがあると言った事は忘れてちょうだい。ルイズ」

「いけません! 昔はなんでも話し合ったじゃございませんか! わたしとお友達と呼んでくださったのは姫さまです。そのお友達に、悩みを話せないのですか?」

 ルイズがそう言うと、アンリエッタが嬉しそうに微笑んだ。

「わたくしをお友達と呼んでくれるのね、ルイズ・フランソワーズ。とても嬉しいわ」

 アンリエッタは決心したように頷くと、真剣な表情を浮かべる。

「今から話す事は、誰にも話してはいけません」

「席を外しましょうか?」

 ワンダユウが言った。

「いいえ、皆さんはルイズにとって大切な方々です。席を外す理由がありませんわ」

 そして、物悲しい調子で、アンリエッタは語りだした。

「わたくしは、ゲルマニアの皇帝に嫁ぐ事になったのですが・・・」

「ゲルマニアですって!」

 ゲルマニアが嫌いなルイズは、驚いた声を上げた。

「あんな野蛮な成り上がりどもの国に!」

「そうよ。でも、仕方がないの。同盟を結ぶためなのですから」

 アンリエッタは現在のハルケギニアの政治の情勢を、皆に説明した。

 アルビオンの貴族達が反乱を起こし、今にも王室が倒れそうなこと。反乱軍が勝利を収めたら、次にトリステインに侵攻してくるであろうこと。

 それに対抗するために、トリステインはゲルマニアと同盟を結ぶ事になったこと。

同盟のために、アンリエッタ王女がゲルマニア皇帝に嫁ぐ事になったこと・・。

「そうだったんですか・・・」

 ルイズは沈んだ声で言った。アンリエッタがその結婚を望んでいないのは、口調から明らかであったからだ。

「いいのよ、ルイズ。好きな相手と結婚するなんて、物心ついた時から諦めていますわ」

「姫さま・・」

「礼儀知らずのアルビオンの貴族達は、トリステインとゲルマニアの同盟を望んでいません。二本の矢も、束ねずに一本ずつなら楽に折れますからね。・・したがって、わたくしの婚姻を妨げるための材料を、血眼になって探しています」

「もし、そのような物が見つかったら・・・」

「トリステインは、たった一国でアルビオンと戦わなきゃならなくなりますな」

 ルイズの言葉を、ワンダユウが引き継いだ。

「で、もしかして姫様の婚姻を妨げるような材料が?」

 ルイズが顔を蒼白にして尋ねると、アンリエッタは悲しそうに頷いた。

「おお、始祖ブリミルよ・・。この不幸な姫をお救いください・・」

 アンリエッタは顔を両手で覆うと、床に崩れ落ちた。まるで悲劇のヒロインでも演じているかのような芝居がかった仕草に、エレオノールとワンダユウは冷たい視線を送った。

「言って! 姫さま! いったい、姫さまのご婚姻を妨げる材料って何なのですか?」

 ルイズはつられたのか、興奮した様子でまくしたてる。両手で顔を覆ったまま、アンリエッタは苦しそうに呟いた。

「・・わたくしが以前したためた一通の手紙なのです」

「手紙?」

「そうです。それがアルビオンの貴族達の手に渡ったら・・・、彼らはすぐにゲルマニアの皇室にそれを届けるでしょう」

「どんな内容の手紙なんですか?」

「・・・それは言えません。でも、それを読んだらゲルマニアの皇室は・・・、このわたくしを許さないでしょう。ああ、婚姻は潰れ、トリステインとの同盟は反故。となると、トリステインは一国にてあの強力なアルビオンの立ち向かわねばならないでしょうね」

 ルイズは息せきって、アンリエッタの手を強く握った。

「いったい、その手紙はどこにあるのですか? トリステインに危機をもたらす手紙とやらは!」

 その言葉に、アンリエッタは首を振った。

「それが、手元にはないのです。実は、アルビオンにあるのです」

「アルビオンですって! では! すでに敵の手中に?」

「いえ・・その手紙を持っているのは、アルビオンの反乱勢ではありません。反乱勢と骨肉の争いを繰り広げている、王家のウェールズ皇太子が・・・」

「プリンス・オブ・ウェールズ? あの凛々しいと噂の王子さまが?」

 アンリエッタはのけぞると、ルイズのベッドに体を横たえた。

「ああ! 破滅です! ウェールズ皇太子は遅かれ早かれ、反乱勢に囚われてしまうわ! そうしたら、あの手紙も明るみに出てしまう! そうなったら破滅です! 破滅なのです! 同盟ならずして、トリステインは一国でアルビオンと対峙せねばならなくなります!」

 ルイズは息を呑んだ。

「では姫さま。わたしに頼みたい事というのは・・・」

「無理よ! 無理よルイズ! わたくしったら、なんて事でしょう! 混乱しているんだわ! 考えてみれば、貴族と王党派が争いを繰り広げているアルビオンに赴くなんて危険な事、頼めるわけがありませんわ!」

「何をおっしゃいます! 例え地獄の釜の中だろうが、竜のアギトの中だろうが、姫さまの御為とあらば、何処なりと向かいますわ! 姫さまとトリステインの危機を、このラ・ヴァリエール公爵家の三女、ルイズ・フランソワーズ公爵夫人、見過ごすわけには参りません!」

 ルイズは膝をついて恭しく頭を下げた。そんなルイズとは対照的に、エレオノールとワンダユウは痛む頭を抑えるように額に手を当てながら、険しい表情を浮かべてため息をつく。

「『土くれ』のフーケを捕まえた、このわたくしめに、その一件是非ともお任せくださいますよう・・」

 そこまで言ったところで、ルイズの頬が再び引っ張られた。

 それも、今までにない位、激しく。

「こんの大ばかルイズ!!あんた、なに一人で先走ってるのよ!」

「あいだだだっだ!いだい~~~!!いだい!いだいです!でえざば(ねえさま)!」

「だまらっしゃい!あんた、フーケ捕まえたとき何にもしてないじゃないでしょう。一人で何ができるのよ!みすみす死にに行くようなもんじゃない!」

「でぼ、でえざば、づがいばどでがらば、じゅじんどでがら(でも、姉さま、使い魔の手柄は、主人の手柄)・・、いだい~~~!!」

 ルイズは、エレオノールにつねられながらも、ジャイアニズムな発言を宣った。暗に、チンプイが活躍したからいいだろうと、言っているのだ。

「なわけないでしょ!ルイズ!!あ・ん・た・じ・し・んの話よ!それに、チンプイが使い魔になる条件とこの間ワンダユウさんが言ったことをもう忘れたの!?取り敢えず、母さまに報告ね!」

「びぃ~~~!おでがいじばず!でえざば。ぞれだげば、ごがんべんぐだざい!(ひぃ~~~!お願いします!姉さま。それだけは、ご勘弁下さい!)」

「ふん!本当に殺されるわけでもない母さまのお仕置きも受けられないちびが、死ぬかもしれない戦場に行けるわけないじゃない!」

 エレオノールは、さらに激しくつねり上げる。

「条件?使い魔になるのに条件などあるのですか?」

 アンリエッタが驚いて口を挟んできた。

「姫殿下、今はルイズにお仕置き中・・まあいいわ」

 ルイズの頬を解放して順を追ってアンリエッタに説明し始めた。

 まず、チンプイがルイズを妃殿下として迎えに来た際に、たまたまチンプイの横にゲートが開いていて、チンプイがゲートを潜ることを最初は拒んだこと、話し合いの結果、ルイズのわがままに付き合う形でチンプイが使い魔になったが、その際の条件が、チンプイをマール星の大使としてとしてそれ相応に扱い、無理強いはしないことであったことを説明した。

 次に、マール星は、ルイズ達家族の身の安全を最優先事項としていること、外交問題になるのでトリステインを含むハルケギニアの国同士の厄介事・・・特に戦争に発展するようなことにはマール星は一切干渉しないという方針であることを伝えた。

 最後に、フーケ討伐で活躍したのは、ルイズ以外の面々であり、ルイズは足を引っ張っただけだということも説明した。

 それらを聞き終えて、アンリエッタは、困ったように言った。

「・・・そうでしたの。ルイズは昔から見栄っ張りな所がありましたものね。・・・でも、手紙はどうしましょう」

「それでしたら、わたくしに策がございます」

「本当ですの!?」

 ワンダユウの言葉にアンリエッタは目を輝かせた。

「簡単です。姫殿下が違う内容の手紙をたくさんお書きになり、アルビオンにばら撒けばよろしい。そうすれば、姫殿下によく似た筆跡であることないことを書く、質の悪いニセモノがアルビオンにいるという噂が立ち、ゲルマニアはどの手紙も信じないでしょう」

「素晴らしい策ですね。ワンダユウさん」

「さすが、ワンダユウじいさん!」

「確かに、それなら、姫さまも安心ね!」

 エレオノール、チンプイ、ルイズは、喜んだ。この策ならば、わざわざ戦場に行く必要がない。

 しかし、それを良しとしない者がいた。

「確かに、そうですわね。でも、ゲルマニアがトリステインの揚げ足を取りに行く可能性や噂が拡がるのに時間が掛かる可能性も否定できませんわ。アルビオンの貴族達は、王党派を国の隅っこまで追い詰めていると聞き及びます。敗北も時間の問題でしょう。・・・でも、安心して。わたくしは、ルイズにアルビオンに行くことを依頼するのはやめます」

 ワンダユウの作戦は、噂が拡がるのに時間が掛かったとしても、後で弁解できるので、決して悪い作戦ではない。そもそも、ゲルマニアがトリステインのあら捜しをするような国ならば、政略結婚をしたところで意味をなさないだろう。アンリエッタの話はどうにも要領を得なかった。

「姫さま・・」

 ルイズが何か言おうとしたが、エレオノールに睨まれて黙ってしまう。

「わたくしはフーケをルイズが討伐したと聞いて、信用できるからと甘えていただけですわ。でも、大丈夫ですわ!こんなこともあろうかと、明日の朝、ワルド子爵にアルビオンに向かってもらうことになっていますもの!」

 アンリエッタが胸を張って答えた。

 ルイズ達はワルドという名前に反応して、顔を見合わせた。

「ワルドって、『レコン・キスタ』でルイズちゃんの元婚約者のワルドだよねぇ?大丈夫なの?」

 チンプイが尋ねた。

「ワルド子爵が、あの礼儀知らずの『レコン・キスタ』?まさか!ご冗談でしょう?

・・・えっ、もしかして本当ですの?」

 アンリエッタが笑い飛ばそうとしたが、ルイズ達の渋い表情を見て、冗談ではないと気が付いた。

「はい。その通りです。ですから、わたしが・・・」

 そこまで言いかけたところで乱入者があった。ルイズの部屋の扉が勢いよく開き、誰かが飛び込んできたのだ。

「姫殿下! その困難な任務、是非ともこのギーシュ・ド・グラモンに仰せ付けますよう」

「色々と聞きたい事はあるけど・・・一体いつ頃から部屋の前にいたの?」

 チンプイの問いに、ギーシュはうむと頷きながら、

「廊下を歩いていたら、偶然薔薇のように見目麗しい姫様を見つけてね。それで後を追ってみたら、ここに入って行ったんだ。それからは、ドアの鍵穴からまるで盗賊のように様子をうかがっていたんだよ」

「あなた、縛り首になっても、文句言えないわよ?・・・姫殿下、どうやら”サイレント”もかけておいた方が良かったようですわね」

「えっ?」

 驚くアンリエッタを尻目に、エレオノールは、覗き魔のギーシュを思いっきり蹴り飛ばした後、廊下に向かって声をかけた。

「いるんでしょう?キュルケ、タバサ。 タバサ、扉を閉めて”サイレント”をかけて」

 キュルケは両手を上げて降参のポーズで、タバサは大きな杖で”サイレント”をかけ、部屋に入ってきた。

「・・・さて、彼女達はゲルマニアとガリアの留学生です。色々話を整理しなければいけませんね」

 エレオノールは、額に手を当てて考え、なにやらワンダユウとヒソヒソ話を始めた。

ヒソヒソ話が終わると、二人はみんなの方を向いて言った。

「話がまとまりました。姫殿下は、”手紙”をアルビオンに取りに行って欲しいんですよね。ルイズ、あなたはそれに協力したいと」

 エレオノールが確認するように言うと、ルイズは返事をして、ワンダユウに向き合って言った。

「ええ。でも、わたしだけじゃ死にに行くようなものだってことは分かったわ。でも・・・ねえ、ワンダユウ?今回は戦争しに行くわけじゃないし、”友達”を助けたいの。 思いっきり、国家間の問題になるようなことだから約束を早速破るようで申し訳ないけど・・・どうしても姫さまを助けたいの。協力してくれる?」

「・・・本来なら、承知できませんが、今回だけ条件付きで協力させて頂きます」

「ありがとう。それで、条件って?婚約とは関係なしよ・・・」

「はい。ただし、本当に今回だけです。まずは、これから話すことは全て秘密にすると誓って下さい。この場の全員、姫殿下もです」

 皆黙って頷いた。

「よろしい。今回の道中では、わがマール星の魔法『科法』を使わねばならないでしょう」

「ワンダユウ、それはっ・・」

 ルイズは、ずっと皆に秘密にしてきたことなので止めようとしたが、エレオノールが肩を叩いて首を横に振ったので、渋々引き下がった。

「『科法』?あの詠唱無しで使ったレビテーションのようなもののことかね?」

 ギーシュが尋ねた。ワンダユウは、皆に科法のこと、マール星が東ではなく宇宙にあること、マール星の方針、姫さまご指名のワルドが”レコン・キスタ”であることなどを説明した。

「あの『烈風』を圧倒するワンダユウ殿がいれば安心だ。ワルドは捕らえて、我々で行けばいいじゃないか!」

 ギーシュは興奮した様子で言った。身の安全を確保しつつ、モンモランシーに自分の道中の活躍を土産話にして見直してもらえると思ったからだ。

「ダメ。証拠がない・・」

 タバサが否定した。科法を他人に知られるわけにいかない以上、立証が出来ないのだった。

「そう。だから、敢えて今回は泳がせて、証拠をつかむの。それに、ワルドに頼んだ以上、今回のことはもう、”レコン・キスタ”に知られてしまっているわ。もし、ワルドを捕まえたら、別の刺客を送り込んでくるでしょう。でも、ワルドの動向に注意していれば、どんな協力者がいて何をするつもりなのか大体分かるはずよ。 ワルドがしっぽを出したら捕まえて科法で洗いざらい”レコン・キスタ”のことを話してもらった後、縛り首でいいんじゃない?」

 エレオノールの言葉に一同は納得をした。確かに、その方がどこから来るか分からない刺客におびえるよりもよっぽどマシだ。

「・・・わたくしは、よかれと思ってウェールズさま達を殺す刺客を送り込もうとしていたのね・・。これじゃあ、王女失格ね」

 アンリエッタは自嘲気味に言った。

「ねえ、思ったんだけど・・科法『遠隔通信』でウェールズ皇太子に直接連絡を取るのはダメなの?手紙がヤバイなら、燃やしてもらうとかすればいいじゃない?」

 キュルケが最もな疑問を口にした。

「それも考えたんだけどね。『科法』をウェールズ皇太子に知られることになるでしょう?『科法』の存在をなるべく他の人に知られたくないのよ。

 それに、ワルドが『レコン・キスタ』だっていう証拠がない以上、今すぐにワルドを捕まえるのは難しいでしょう。姫殿下の権限で強引に捕まえてもいいけど、それだと姫殿下は”暴君”のレッテルを張られることになるわ。

『レコン・キスタ』は、ハルケギニアの天下統一を狙っているから、強力な使い手であるワルドをもし正式に捕らえることが出来れば、ワルドを公式の場で処刑することで、『レコン・キスタ』への牽制になるのよ。

もし証拠がつかめなかったら、これから戦場に行くわけだから、戦争に乗じて戦場で始末するわ」

 エレオノールが答えた。

「なるほどね~。ハルケギニアの天下統一を狙っているなら、ゲルマニアもガリアも他人事じゃないし、ワンダユウさん達以外全員にメリットがあるわけね、お姉さま」

 キュルケの言葉が、ルイズの胸にグサッと刺さった。確かに、ワンダユウやチンプイ達マール星には何のメリットもないことだ。にも関わらず、婚約とは関係なしよと言って無理に頼んだのだ。チンプイには無理をさせることになるだろう。それもチンプイが使い魔になる条件を破ることになる。

「わたし・・・、なんて卑怯なのかしら」

と、ルイズは心の中でひとりごちた。

 

「………………という訳だから、各自条件があるからそれを了解したら、各自復唱して頂戴」

 ルイズが罪悪感を感じて考え事をしている間に、エレオノールは話を進めていた。

「まず、ルイズは、マール星一万周年の儀式を道中行うこと。最後は大勢必要だから、皆も協力者して。それと、戦いになって危なくなったら逃げること」

「・・・分かったわ。儀式には、ちゃんと参加するわよ。戦いも・・悔しいけど・・・この間迷惑かけたし、危なくなったら逃げるわ、約束する」

 ルイズは罪悪感を感じていたので、珍しくプライドに邪魔されることなく、あっさりと同意した。

「そう。それでいいのよ、ちび。それから、これはこの場にいる全員に約束して貰いたいことなんだけど・・まずは、道中見たこと聞いたこと、姫殿下の密命の件、そして科法を一切口外しないこと。それから、さっきもルイズに言ったように、危なくなったら逃げるけど、それ以外でも勝手に動かれたら作戦に支障をきたすの。絶対に個人プレイには走らないようにして頂戴。特に、そこの覗き魔君!あんたも、ちびルイズみたいに、格好つけて先走って勝手なことしそうだから、特に気を付けなさい!」

「し、しませんよ!そんなこと! 覗き魔君はやめて下さい。・・ところで、密命や科法を伏せて土産話をするのもダメですか?」

 ギーシュは格好をつけて勝手なことをするところがある。ギーシュは、図星を指されて声が裏返ったが、モンモランシーに土産話をしたくておずおずと尋ねた。

「ダメに決まってるでしょう!皆で勉強合宿でもしていたことにするわ。追及されたりしてボロが出てからじゃ遅いのよ?」

「ぐっ・・分かりました」

 ギーシュは、ボロを出さない自信が無かった。すぐに調子に乗るクセがあるからだ。以前のギーシュなら、そんな自覚は無かったが、チンプイとの決闘の一件で、ギーシュも反省して、自分の悪い癖位は自覚できるようになっていた。

「話を続けるわよ。次は、姫殿下です。今後、この様な無茶なことをわたしや両親を通さずにルイズに勝手に頼まないこと、ワンダユウさんやチンプイ君を東の国”マール星”出身の大使として正式に受け入れ、マール星のことを探る連中がいたら真っ先に知らせること」

「・・分かりました。始祖ブリミルに誓って約束しましょう」

 アンリエッタが同意した。

「最後は、キュルケとタバサよ。あなたたちには、万が一の場合、ゲルマニアとガリアで、亡命や噂を流す手伝いをしてもらうことが条件よ」

「分かったわ。お姉さま」

 キュルケは了解したが、

 タバサは、

「わたしは母国でそこまでの力がないから約束できない」

と答えた。タバサはなんとなく訳ありだと思ったエレオノールは、ガリアに関しては諦めた。

 そして、エレオノールは、全員に約束して貰う条件を復唱させた。

「よし・・ワンダユウさん、お願いね」

「かしこまりました。では、失礼して・・科法『約束固めライト』、ワンダユウ!」

 ワンダユウは、約束固めライトという道具を使って全員に浴びせた。

「な、何したのよ!」

 ルイズが叫んだ。

「科法『約束固めライト』、守る気のない約束でも言葉にしたら、それにこのライトを浴びせるだけで、約束を守らずにはいられなくなるという科法です」

「そ、そんな恐ろしい物を使ったの!?エレ姉さま!」

 明らかに協力者であるエレオノールにルイズは抗議する。

「あんたが、約束を守らないからよ」

「うっ・・。分かりました、姉さま」

 約束を次々に破った負い目があり、エレオノールに睨まれて、渋々ルイズは引き下がった。

「しかし、こんなもので、約束が守れるのかね?」

 ギーシュが疑問を口にする。

「じゃあ試してみたら?」

 チンプイに言われて、各々は約束を破れるかどうか試した。さりげなく言おうとしたり、紙に書こうとしたり、ジェスチャーで伝えようとしたり、口を滑らせるように誘導尋問したり、ギーシュに短時間作用型の自白剤を飲ませたりしたが・・どう頑張っても、本人の意思に関係なく・・約束を破ろうとすると約束を破るな、守れ守れと体中に凄まじい苦痛が責め立て、決して破ることが出来ないことを皆実感した。

 その過程で、ギーシュに自白剤を飲ませた際に、ギーシュが女子寮侵入の常習犯であり、女子風呂や着がえの覗きの常習犯でもあることが判明し、キュルケ達に魔法でギタギタにされボロ雑巾のようになったのは、余談である。

 

 アンリエッタが帰った後。

「・・ねえ、ワンダユウ?どうして、わたしに婚約させるのに、そのライトを使わなかったの?」

 ルイズが尋ねた。このライトを使えば、手っ取り早くルイズをマール星に連れて行くことが出来るのに、今までしなかったのはなぜなのか、ルイズはどうしても知りたくなったのだった。

「確かにそうですな。国王陛下も殿下も待ちかねておられますし、このライトを使えば、我々もお役目を早々に果たすことができるでしょう。しかし、ルルロフ殿下は、あくまでもルイズさまが納得してマール星においでになることを望んでおられるのです。わたくしどもも殿下と同じ気持ちです。ですから、こうしてルイズさまのお心の準備ができるように、わたくしどもがルイズさまのお相手役として色々お世話をしながら、マール星の美しさやルルロフ殿下の素晴らしさをお伝えしている次第でございます」

 じわっと、ルイズの目から涙がこぼれた。ルイズは、先程の自分の愚かな行為を思い出して恥じたのだった。

「ル、ルイズさま?どうなさったのですか?」

「ごめんね。ワンダユウ、さっきは姫さまに久しぶりに会えたから、わたし調子に乗っちゃって、どうかしてたわ・・。ねえ、ワンダユウ、もうしないって約束するから、そのライト使って。わたし、すぐ調子に乗るクセがあるの。もう、皆に迷惑かけたくないのよ」

 ルイズがそう言ったが、ワンダユウはライトを使おうとはしなかった。

「今回は、命がけになるので、やむを得ず『約束固めライト』を使いましたが・・今、使うわけにはまいりません。ルイズさまはご自身のためにも、科法に頼らず、ご自分をコントロール出来る様になって下さい」

 ワンダユウがルイズを優しく諭した。

「・・分かったわ。ありがとう、努力するわ」

 ルイズはワンダユウにお礼を言った後、まだ会ったことのないルルロフ殿下のことを考えていた。

 こんな自分を好きだと言ってくれて、決して婚約を無理強いしないでくれる殿下は、どのような方なのだろうか?もし叶うのならば、是非婚約するより前に会ってみたいなと、アンリエッタにせめてものお守りにと託された『水』のルビーを弄りながら、ルイズはひとりごちた。

 




キュルケやタバサを何とか”科法を知る側”にねじ込むことが出来ました。

『約束固めライト』の道具の効果は同じですが、微妙に設定をいじらせて頂きました。というのも、約束した時の声をパネル状に固めて、約束が果たされるまでハンマーでひっぱたくという設定は、ずっと守ってもらう系の約束でどのように効果を発揮するか原作で登場しなかったため言及されなかったからです。
 まさか、ずっとハンマーでひっぱたくわけにもいかないですからね(笑)


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マール建国神話

遥か宇宙、マール星レピトルボルグ王家は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールをお妃に迎えるための使者をハルケギニアに送った。
ワンダユウは、大使としてトリステインとマール星を行き来し、
チンプイは、ルイズの使い魔兼お世話役として、トリステインに残った。
ワンダユウ「チンプ~イ!頼んだぞ~!」

アルビオンに向かう道中のお話です。
マール建国一万周年の儀式を行います。


 ワルドが来る前に、作戦会議がルイズの部屋で行われていた。

「ルイズ、あんた魔性の女になりなさい」

「ふぇ!? エレ姉さま。そ、そ、それってどういうことでしゅか?」

 エレオノールの発言に、ルイズは顔を赤くした。驚きのあまり、語尾もおかしくなった。

「今回のアルビオンの大使は、ルイズ、あなたよ。ワルドは、十中八九、ルイズの元婚約者っていう立場を振りかざして、ルイズを甘い言葉で篭絡しようとするでしょう。だから、あんたは徹底的に拒絶しなさい。近寄るな、話しかけるな、余計な詮索するな、ヒゲ・・・何でもいいわよ。

でも、今回の任務をちゃんと真面目にこなせば、あなたを見直すかもねって最後に言っておくのが、ポイントよ」

 じーっとルイズはエレオノールの平らな胸を見つめて言った。

「・・・姉さまに魔性の女の在り方を言われても、説得力ないわ」

 ルイズの言葉を聞いたエレオノールは眉を釣り上げて、ルイズの頬を軽く一回だけつねった。

「さ、最近は、わたしも結構モテるの!結婚相手の候補だって数万人もいるのよ!」

「いひゃい! でも、それってワンダユウ達が探してくれてるだけでしょ。姉さま、キュルケ位しか・・いだだだ!いだいです!でえざば(ねえさま)!」」

 エレオノールは、ルイズの話をルイズの頬をつねり上げて遮り、言った。

「いいから聞きなさい!ちび!何も、ワルドを本気で惚れさせる必要はないの。ルイズを篭絡できる可能性を残しておけば、ワルドの行動は読みやすくなるわ。アイツが、いくら貴族の憧れでモテモテの魔法衛士隊の隊長だといっても、目の前の女に頑なに拒否されたら、冷静さを欠くと思うの」

「なるほど・・。分かりました、姉さま。わたし、やってみます」

 ルイズはつねられた頬をさすりながら答えた。

 

 話し合いが終わり、朝もやの中、出発のための準備をしていた。

 ワンダユウは、『透明キャップ』という被ると透明になれるキャップを被って、後からこっそりと付いて行くことになった。勿論、アンリエッタには口止めしてある。

 ルイズ・エレオノール・チンプイはマール建国一万周年の儀式をやりながら行くため馬車で、キュルケ・タバサ・ギーシュはタバサの使い魔の風竜で行くことになった。

 ギーシュが、馬車の御者としてワルキューレを錬成した後、困ったような口調で言った。

「お願いがあるんだが・・」

「あによ?」

「僕の使い魔を連れて行きたいんだ」

「それは別に良いけど・・・どこにいるの?」

「ここ」

 ギーシュが地面を指差した。

「いないじゃないの」

 ルイズが乗馬鞭を片手にすました顔で言うと、ギーシュはにやっと笑って足で地面を叩いた。

 すると、モコモコと地面が盛り上がり、茶色の大きな生き物がそこから顔を出す。

 ギーシュはすさっ! と膝をつくと、地面から出てきたその生き物を抱きしめた。

「ヴェルダンテ! ああ! 僕の可愛いヴェルダンテ!」

「あんたの使い魔ってジャイアントモールだったの?」

 ギーシュの使い魔は、巨大なモグラだった。大きさは小さいクマほどもある。

「そうだ。ああ、ヴェルダンデ、君はいつ見ても可愛いね。困ってしまうね。どばどばミミズはいっぱい食べてきたかい?」

 モグモグモグ、とヴェルダンデは嬉しそうに鼻をひくつかせた。

「そうか! そりゃ良かった!」

 ギーシュはヴェルダンデに頬を擦り寄せた。

「ねえ、ギーシュ。ダメよ。その生き物、地面の中を進んで行くんでしょう?そんなの連れていけないわよ。わたし達、馬で行くのよ」

 ルイズは困ったように言った。

「結構、地面を掘って進むの早いんだぜ? なあ、ヴェルダンデ」

 ヴェルダンデは、うんうんと頷いた。

「わたし達、これからアルビオンに行くのよ。地面を掘って進む生き物を連れていくなんてダメよ」

 ルイズがそう言うと、ギーシュは地面に膝をついた。

「お別れなんて、辛い、辛すぎるよ・・、ヴェルダンデ・・・」

 その時、巨大モグラが鼻をひくつかせた。くんかくんか、とルイズに擦り寄る。

「な、何よこのモグラ!」

 ルイズが思わず叫んだ直後、ヴェルダンデはいきなりルイズを押し倒すと、鼻で体をまさぐり始めた。

「や! ちょっとどこ触ってるのよ!」

 ルイズは体をヴェルダンデの鼻でつつきまわされ、地面をのたうち回った。スカートが乱れ、派手にパンツをさらけ出しながら、ルイズは暴れた。

「いやぁ、ジャイアントモールと戯れる美少女ってのは、ある意味官能的だな」

 ギーシュは腕を組んで頷きながら、目の前の光景を見た感想を述べた。

「バカなこと言ってないでやめさせなさいよ!きゃあ!」

 ヴェルダンデは、ルイズの右手の薬指に光るルビーを見つけ、そこに鼻を擦りよせた。

「この! 無礼なモグラね! 姫さまに頂いた指輪に鼻をくっつけないで!」

 すると、ギーシュが頷きながら呟いた。

「なるほど、指輪か。ヴェルダンデは宝石が大好きだからね。ヴェルダンデは貴重な鉱石や宝石を僕のために見つけてきてくれるんだ。”土”系統のメイジの僕にとって、この上もない、素敵な協力者さ」

 そんな風にルイズが暴れていると・・・。

 一陣の風が舞い上がり、ルイズに抱き着くヴェルダンデを吹き飛ばした。

「誰だ!」

 ギーシュが激昂してわめくと、朝もやの中からグリフォンに乗った羽帽子をかぶった長身の貴族が現れた。

「貴様、僕のヴェルダンデに何をするんだ!」

 ギーシュがすっと薔薇の造花を掲げるが、一瞬早く羽帽子の貴族が杖を引き抜き薔薇の造花を吹き飛ばす。模造の花びらが宙を舞った。

「僕は敵じゃない。姫殿下より、君達に同行する事を命じられてね。君達だけではやはり心もとないらしい。しかし、お忍びの任務であるゆえ、一部隊つけるわけにもいかぬ。そこで僕が指名されたってわけだ」

 長身の貴族は帽子を取ると、三人に向かって優雅に一礼した。

「女王陛下の魔法騎士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵だ」

 文句を言おうと口を開きかけたギーシュは緊張した顔つきに変わった。『レコン・キスタ』のワルドだ。ここからは、エレオノールの手筈通りやらねばと、気を引き締めたのだ。

 ワルドはそんなギーシュの様子を見て、首を振った。

「すまない。婚約者が、モグラに襲われているのを見て見ぬ振りはできなくてね」

「”元”婚約者よ!今は他人でしょう?ワルド子爵。・・そう、今着いたの。じゃあ、先に行ってなさい。わたし達は馬車でゆっくり行くから。賊とかいたら倒しておいて」

 ルイズは、エレオノールの指示通り、儀式の邪魔をされないように先に行かせるよう促し、言葉も突き放した言い方をした。

「久しぶりに会えたのに、冷たいことを言わないでくれ。僕のルイズ!」

 ワルドは困ったような笑みを浮かべると、ルイズに駆け寄って抱え上げようとした。

「触らないで!今回、たまたま任務が一緒になっただけでしょう?ワルド子爵」

 ルイズに拒絶されて、ワルドは渋々グリフォンのところに戻り、気を取り直して言った。

「久しぶりに会えたから、つい・・すまない。彼らを、紹介してくれたまえ。ルイズ」

「・・まあ、いいわ。皆、自己紹介して」

「ぼく、チンプイ。ルイズちゃんの使い魔だよ」

「そうか。君が・・」

 ワルドは、ルイズの使い魔と聞いて、目つきが鷹のように鋭くなった。エレオノールは、捕まったフーケあたりから、チンプイが『ガンダールヴ』であるという情報を聞いたのかもしれないと思った。エレオノールは、コルベールとチンプイから、フーケの小屋の書置きの一件を聞いていたので、そう予想したのだった。魔法衛士隊の隊長ともなれば、顔が広いだろう。

「わたしの名は、キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。ルイズの級友ですわ」

「同じく級友のタバサ」

「同じく級友のギーシュ・ド・グラモンだ」

「ご存知かと思いますが、わたしは、ルイズの姉のエレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエール公爵夫人です」

 エレオノールが名乗ると、ワルドは大きく目を見開いた。

「公爵夫人!?義姉さんは、『公爵』の称号をいつの間に・・」

 ワルドが言葉を続けようとすると、エレオノールがそれを遮り、言った。

「ルイズと婚約解消した貴方に、義姉さんって呼ばれる筋合いはないわよ。・・まあ、色々あってね。取り敢えず、もう出発しましょう。じゃあ、先に行ってなさい、子爵。キュルケ、付き合ってあげて」

「はあい、お姉さま。じゃあ、行きましょうか。おじさま」

 キュルケが腕を絡ませたが、ワルドはちらりとキュルケを見つめると、左手で押しやった。

「あらん?」

「君のような美人に言い寄られるのは嬉しいが、これ以上近づかないでくれたまえ。婚約者が誤解するといけないのでね」

「もう婚約者じゃないから、あたしは気にしないわ」

 ワルドはひらりとグリフォンに優雅に跨ると、ルイズに手招きをした。

「そんなこと言わずに、おいで。僕の小さなルイズ。君は僕のことが嫌いになったのかい?」

「どうせ親が決めた婚約だったし、興味ないわ。それより、わたしは、道中やることがあるの。いいから先に行ってて!」

「昔、僕のことを好きだったんじゃないのかい? 確かに、ずっとほったらかしだったことは謝るよ。婚約者だなんて言えた義理じゃないことも分かってる。ずっとほったらかしたことに怒った君は、ご両親に頼んで婚約を解消させたんだろう?でも・・ルイズ、僕には君が必要なんだ。婚約解消を取り消して欲しい。

その代わりと言ってはなんだが、君が道中ですることを教えてくれないか?僕にできることなら協力するよ」

 ワルドは頭を下げて言った。『レコン・キスタ』の一員として、ルイズが道中何をするつもりなのか、さり気なく情報収集をすることも忘れない。

「・・余計な詮索はやめなさい。いいから、先に行ってて。同じことを言わせないで、子爵」

 しかし、取り付く島もないルイズの態度であった。

「分かった。もう、余計な詮索はしないよ。約束する。だから、婚約解消だけは取り消してくれないか?」

 その時、太陽光に混ざって本人は気づいていないが、ある光がワルドを包んだ。『透明キャップ』を被ったワンダユウが、『約束固めライト』をワルドに浴びせたのだ。

 これで、ワルドは、本人の知らないうちに『余計な詮索』が出来なくなった。

「今回の任務を真面目にわたしの言われたとおりにやれば、婚約解消を取り消すのもやぶさかではないわ。もう一度だけ言うわよ。先に行って、賊がいたら片付けておいて」

 ルイズは同じことを何回も言わされて、いつもなら癇癪を起しているところだが、ワンダユウに言われたことを思い出し、少しだけ耐えることを覚えた。

 かなり上からの物言いであったが、ルイズは一応、エレオノールに言われた通り、自分を篭絡できる可能性が残っているような口振りで言ったのだった。

「・・・分かった。精々君に見直してもらえるように頑張るよ。じゃあ、先に行ってるよ」

 ワルドはグリフォンに跨り、駆け出した。

 続いて、キュルケ達もワルドを監視するために、タバサの風竜に乗って、その後に続いた。ヴェルダンデは結局、タバサの風竜に抱えられる形で付いて行くことになった。

 

 ワルドが行った後、ルイズ達も馬車で出発した。馬車の中で、ルイズとエレオノールは、チンプイからマール建国神話の話を聞かされていた。

「これから行われる儀式はすべてマールの建国神話に基づいているんだよ。よく聞いてね。

 今から一万年前の昔・・・、マール星は立ち寄る人もいない無人の星だったんだ。それはね、不死身の魔物、ドロロンボロが住んでいたからなんだよ。ドロロンボロはほうき星に乗って近くの星を荒らしまわってたの。そこに現れたのが、勇士レピ。彼は勇敢にも、ドロロンボロを退治しようと、たった一人でマール星に乗り込んだんだ。でも、マール星は広いから、魔物のすみ家を探し求めて、山を越え海を渡り砂漠をさすらううちに、食べ物が無くなっちゃったんだ。レピは心を込めて神に祈った。すると、しばらくして夢うつつの中でレピは確かに神様の声を聞いたんだよ。神の声に導かれるままに行くと、なんと!ダンゴの木が生えていたんだ」

「ダンゴって何よ?」

 ルイズが口を挟んだ。

「マール星のデザートだよ。ダンゴは木になる食べ物じゃないんだ。でも、神様だから木から生やすくらい簡単なのかもね。あとで、儀式で食べさせてあげるね」

「デザート・・。それって美味しいの?」

 ルイズはデザートと聞いて思わず、つばを飲み込んだ。

「すごく美味しいよ。『神饌の儀』で食べられるから、楽しみにしててね。じゃあ、話を続けるよ。

すっかり力を取り戻したレピは滝に打たれ身を清めて、ドロロンボロのすみ家を教えたまえと念じたんだ。すると、小鳥がアッチアッチとさえずり、レピをドロロンボロの所へ導いたんだ。レピは、その鳥の後を追って、実に七日七晩を走り通したんだよ」

「七日七晩って・・まさか!わたし達にも七日七晩走れって言うんじゃないでしょうね!?」

 ルイズは、儀式が神話に基づいているため、同じことをさせられるのではと、不安になってチンプイに尋ねたのだった。

 もっとも、科法『約束固めライト』の効果で、どの道やらざるを得ないのだが・・。

「心配しなくても大丈夫だよ。『七日走りの儀』は、息が切れるまで全力疾走するだけでいいから」

「「ホッ」」

と、ルイズとエレオノールは安堵の胸を撫で下ろした。

「話を続けるね。

小鳥に導かれて遂に、ドロロンボロのすみ家に辿り着いたレピは、枯れ木のような姿をしたドロロンボロと対峙したんだ。ドロロンボロに挑んだレピだったけど、ドロロンボロは確かに不死身だったんだ。切っても切っても生き返ってくるの。七日七晩過ぎて流石の勇士も疲れ果てて、魔物の枝のような手に捕まっちゃって、いよいよ最期かと思われたとき・・・レピは魔物の影がニヤリと笑ったのに気付いたんだよ。それでレピは、今まで相手にしていたのは魔物の影で、影に見えた方が魔物の本体だと気が付いて剣を突き刺し、見事に魔物を退治したんだ。そして、レピは跪き、八方を拝んで神様に感謝したんだ」

「何で八方を拝んだのよ?」

「神様はいたるところにいらっしゃるからだって、ワンダユウじいさんが言ってたよ」

「なわけないでしょ! 神様は始祖ブリミルが・・いひゃい!」

 チンプイに文句を言おうとしたルイズであったが、言い終わる前に、エレオノールにつねられた。

「話を最後まで聞きなさい!ちび! 大体、ブリミル教がマール星にあるわけないでしょ! どうしてあんたは、人の話を最後まで黙って聞けないのよ!」

 エレオノールは、落ち着きのないルイズに堪忍袋の緒が切れて、ルイズの頬をつねり上げた。

「あいだだだっだ!ぎぐ!じゃんどぎぎまずがら、ぎじぎもじゃんどやじまずがら、ゆるじで、でえざば!(聞く!ちゃんと聞きますから、儀式もちゃんとやりますから、許して、姉さま!)」

「ホントに?」

「ぼんどでず(ホントです)。いだい~~!」

「分かったわ。ちゃんと聞くのよ」

 ルイズの頬は、ようやく解放された。

「えっと・・話を続けていい?」

「ええ、いいわよ」

「分かった、続けるよ。

こうして、魔物ドロロンボロを退治したレピは、レピトルボルグ一世となって、国を作ったのでした。おしまい! じゃあ、儀式を早速やろうよ」

 儀式を始めるため、三人は一旦、馬車を降りた。

 ルイズとエレオノールは、まず、跪いて八方を拝み(『八方拝の儀』)、息が切れるまで全力疾走をした(『七日走りの儀』)。

 その後、チンプイの科法『パーソナル人工降雨』で水に打たれて「アッチアッチ」と唱えた(『滝みそぎの儀』)。

 科法『パーソナルサンルーム』で濡れた服と身体を乾かした後、

馬車に戻り、馬車に揺られながら、二人は一時間ほど心を空っぽにしてめい想にふけた・・・もとい、居眠りOKなので、一時間ほど眠った(『めい想の儀』)。

 そして、お待ちかねの、ワンダユウがマール星から持ってきたダンゴが、ルイズとエレオノールに馬車の中で用意された。

「あ~、よく眠っ・・じゃなくて、よくめい想した! 走ったし、お腹空いたわ・・。いい匂いね、それ」

「これが、聖なるダンゴだよ。さあ、召し上がれ」

 器に盛られたダンゴに、ルイズとエレオノールは、手を伸ばして頬張った。

「美味しいじゃない!こんなに美味しいデザート食べたことないわ!ねえ、エレ姉さま」

「ええ。ホント、美味しいわね。マール星の人達って、いつもこんなに美味しいものを食べてるの?」

「そうだよ。マール料理の美味しさは、宇宙でも屈指なんだ!マール星に来たら、こういう美味しいものが毎日食べられるよ」

「そうね・・・、考えておくわ」

 ルイズは、ダンゴの美味しさに感動して、初めてマール星に行くことに前向きな発言をしたのだった。

 こうして、『神饌の儀』も、つつがなく終わった。

「じゃあ、最後は『影さしの儀』だね。これは、深夜午前0時に月明かりのもとで大勢で賑やかに歌って踊りながら影を踏むんだよ」

「でも、ワルドはどうするの?」

 ルイズが尋ねた。

「大丈夫よ。別に見られたって、傍から見たら、楽しそうに騒いでる様にしか見えないわ。今晩、泊まる所に着いたら、夕食の後、ワルドだけ部屋にサッサと押し込めばいいのよ」

「なるほど、さすが、姉さまね!」

 

 一方、ワルドは、賊を雇って待ち伏せさせていたが、キュルケ達が見張っていたので、自分で賊を倒すしかなかった。

「くそっ!わざわざ雇った賊を自分で相手にしてたら世話ないじゃないか!・・・まあいい、ちゃんと仕事をしているようにみせれば、ルイズも僕になびきそうだったし、まだチャンスはある」

と、ワルドは心の中でひとりごちた。

 

 ラ・ロシェールで合流した一行は、一番上等な宿、『女神の杵』亭に泊まる事になった。

 『女神の杵』亭は貴族を相手にするだけあって、豪華な作りである。テーブルは、床と同じ一枚岩からの削り出しでピカピカに磨き上げられていた。顔が映るぐらいである。

 ワルドが『桟橋』へ乗船交渉に行っている間に、チンプイは、キュルケ達に夜中になったら”影さしの儀”に参加するように伝えた。

 そこに、『桟橋』へ乗船の交渉に行っていたワルドとルイズとエレオノールが帰ってきた。

 ワルドは席に着くと、困ったように言う。

「アルビオンに渡る船は明後日にならないと、出ないそうだ」

「急ぎの任務なのに・・」

 ルイズは口を尖らせている。

「あたしはアルビオンに行った事がないから分かんないんだけど、どうして明日は船が出ないの?」

 キュルケの方を向いて、ワルドが答えた。

「明日の夜は月が重なるだろう? 『スヴェル』の月夜だ。その翌日の朝、アルビオンが最もラ・ロシェールに近づくんだ。さて、じゃあ、今日はもう寝よう。部屋は取った」

 ワルドは鍵束を机の上に置いた。

「キュルケとタバサは相部屋だ。そして、ギーシュとチンプイが相部屋。エレオノール公爵夫人が一番上等な部屋。僕とルイズは同室だ」

 ワルドの言葉に、ルイズとエレオノールが、眉を釣り上げた。

「そんな、ダメよ!わたしたち、もう婚約者でも何でもないのに!」

 ルイズが叫んだ。

「大事な話があるんだ。二人きりで話したい」

「なら、今ここで話して。皆に秘密にする内容なんて何一つないわ」

 ルイズが言った。その間に、エレオノールは、さり気なくギーシュに頼んで鍵束をフロントに戻し、部屋を取り直させた。

 ワルドは、二人きりになってルイズを口説くつもりだったが、ルイズは取り合ってくれない。

 そして、ワルドは、エレオノールがこちらをじっと見ていることに気が付いた。

「くそっ!あの行かず後家がいるんじゃ、ルイズを口説けないじゃないか!・・・最悪の場合、これを使うか」と、ワルドは心の中で悪態をつきながら、クロムウェルに渡されたポケットの中のものをこっそりと確かめた。

 そもそも、こんな大勢の前で、しかもエレオノールがいる前でルイズを口説くのは無理だ。

「じゃあ、話は終わりね。ギーシュ君に頼んで部屋は取り直したわ。キュルケとタバサは同室、ギーシュ君とワルドはそれぞれ一人部屋、わたしとルイズとチンプイ君は同室ね。・・ちなみに、さっきふざけた部屋決めをした罰としてワルドは一番安い部屋ね」

 エレオノールは、そう言って各自に鍵を渡す。

 ワルドは、ばつが悪そうに、皆より早々に部屋へと退散した。

 

「さて、ワルドも居なくなったことだし、”影さしの儀”をするわよ!みんな準備して」

 エレオノールに促されて、皆は深夜午前0時に双月が照らす月明かりのもとへと集まった。

「科法『睡眠シェルター』、チンプイ!」

 チンプイは、騒いでも怒られないようにと科法『睡眠シェルター』で、『女神の杵』亭を覆った。

 チンプイが科法をかけた後、ルイズ達は宿の前の広場で影を踏んで、それぞれ楽しく踊り騒い始めた。(『影さしの儀』)

 

 みんなでしばらく楽しく踊ったところで、ルイズが、

「じゃあ、盛り上がってきたところで、わたしが一曲・・」

と言うと・・

「わぁい!待ってました!!」

 チンプイは嬉しそうに飛び跳ね、『透明キャップ』で隠れているワンダユウもしっぽを振って喜んでいるが・・

「ル、ルイズ・・何もこんな時に歌わなくても・・」

「そうそう、皆盛り上がっているし・・」

「折角の『影さしの儀』なのよ?」

 キュルケ・ギーシュ・エレオノールは、必死に説得し、タバサも表情はあまり変わらないが、冷汗をかきながらコクコクと首を必死に縦に振った。

 しかし、ルイズは、

「だからこそよ!チンプイはあんなに嬉しそうじゃない!これは、マール星の儀式なのよ!マール星で大人気のわたしの歌で盛り上げなくっちゃ!」

 そう言って、歌い始めた。

「仲良しの 月 がー ふたーつ 出た出ーた♬ 月がー 出た~~♬ さぞや お月さん けむたかろ サノヨイヨイ♬」

「いやあ、いつ聴いても素晴らしいね!めでたい♪めでたい♪」

 チンプイとワンダユウは、大喜びしていた。

 対照的に、キュルケ達は、ルイズが歌を聞き始めると、さっそく寒気がし始めた。しかし、科法『約束固めライト』の効果で、”影さしの儀”が終わるまで、退散することもその場で意識を失うことも今回は許されなかった。

「いつも不思議でしょうがないんだけど・・」

 ギーシュは気を紛らわすため、キュルケ・エレオノール・タバサに話しかけた。

「・・ルイズ本人はどうしてあのすさまじい歌にケロッとしていられるんだろう?・・ウウッ!」

「あ、当たり前でしょ。毒虫が自分の毒で死ぬ!? 同じことよ」

 エレオノールは、顔色を悪くしながら、吐き気を根性で押さえ込んで答えた。自分の妹に対して、ひどい言い草だが、ルイズの歌のこととなれば話は別である。

「そ、そうですよね・・じゃあ、チンプイ君達は、何で平気なんですか?・・オップゥ!」

「なんでも、正確な歌は、マール星では科法で人工的に作れるけど・・・これを微妙に外して歌うことは人間にしかできない。・・いかにも人間らしい人間の歌で・・マール星の人達には・・ちびルイズの歌は絶大な人気なんですって・・ウップ!」

「信じられないわ。お姉さま・・オップゥ!」

 エレオノール達は、もはや限界だったが、吐き気は感じても、吐くことは神聖な”影さしの儀”において、科法『約束固めライト』の力が強く働き、許されなかった。

 意識を失って倒れることも許されず、吐き気を感じても吐くことも許されず・・・拷問のような時間をエレオノール達は必至で耐え抜いた。

 三時間たっぷり歌って満足したルイズは、エレオノールを引っ張って(引きずって?)自分の部屋に戻って行った。

「チンプイ!」

 チンプイは、『女神の杵』亭を覆っていた『睡眠シェルター』を解除した。

 

 『女神の杵』亭で働く人たちや泊まっていた人たちは、『睡眠シェルター』の効果で無事だった。

 ところが・・、たったひとり、この歌を聞いた不幸な人があったのだ!!

「う~ん、こんな安っぽいベッドでは眠れないな。夜風に当たって来るか・・」

 ワルドは、夜風に当たるために外に出た。

 科法『睡眠シェルター』は、誰にも邪魔されず静かに眠るために、音だけを遮断する科法で宿の内装も外観も全く変わらないため、外に出ること自体は可能なのだ。

「・・・? こんな時間に、外で何の宴会だ・・・?」

 ワルドが声のする方が気になって、広場の方へと向かうと・・

「ジャガ ジャーン♬」

 ルイズがノリノリで歌っていた。

「オエ~~、なんというひどい歌!!」

 ルイズの歌を聞いて、ワルドに寒気と吐き気が同時に襲ってきた。

「は、はやく宿に・・」

バタ!

 ワルドは、本能的に宿に戻ろうとしたが、宿のドアに手をかける前に、力尽きて倒れてしまったのだった。

 

 ルイズは、歌い終わって戻る途中で、外で倒れているワルドを見つけた。

「こんなところで、こいつ何やってるのかしら・・・まさか!『影さしの儀』を覗き見に・・」

「い、いえ、それはないと思うわ。多分、安っぽいベッドで寝付けなくて夜風にでも当たろうとして、ちびルイズの歌を聞いたんじゃないかしら・・・」

 エレオノールはフラフラになってルイズに寄りかかりながら答えた。

「姉さま、そんなにフラフラになって・・いくら『影さしの儀』だからって飲み過ぎよ。・・・なんでわたしの歌でワルドがこうなるのよ?」

 ルイズはエレオノールの背中をさすりながら尋ねると、チンプイが代わりに答えた。

「そりゃあ、ルイズちゃんの歌に思わず聞き入っちゃったけど・・・眠気に勝てず、ここで寝ちゃったんじゃないの?」

「なるほど・・。それにしても、わたしの歌を勝手に盗み聞きしておいて、最後まで聞かないなんて!やっぱり、ワルドは礼儀知らずの『レコン・キスタ』なのね!失礼しちゃう!  ふぁっ・・あーあー。眠くなっちゃった」

 ルイズは、自分の歌を勝手に聞いておきながら最後まで聞かないことに腹を立てたが、眠くなってきたので、ワルドはそのまま捨て置き、部屋に戻った。

 

 ワルドは、その後、部屋に戻るキュルケ達に存在を気付かれることなく、キュルケ達にその場で吐かれたり、踏まれたりした。

 

 翌朝。

ワルドは、『女神の杵』亭の玄関前で目を覚ました。

「う~~ん。ここは・・?ん? なんかクサいな・・」

 そこに、吐物と泥まみれになったワルドを見つけた、『女神の杵』亭の従業員がやってきて声をかけた。

「クサいのはあなたですよ!貴族のおじさま!ウチの玄関を汚さないで下さいませんか!この『女神の杵』亭は、貴族の方にもご贔屓にして頂けているのに、こんな玄関では今日お泊り頂いている方々に不快な思いをさせてしまいます!どうしてくれるんですか!!」

 ワルドは、吐物まみれだったが・・、マントと杖を身に付けていたので、その従業員はなんとか貴族だと分かったのだった。

「お、おじさまって、僕はまだ二十代・・・」

「十代でも二十代でも何でも結構ですが・・・この玄関を汚した責任を取って頂けませんか?貴族様?」

 従業員は、怖い目をしていた。今から掃除をしても泊まっている客が出発するまでにとても吐物の臭いを取り切れないので、玄関を汚した犯人と思われるワルドに対して激しい怒りを覚えていたのだった。

「いや・・汚したのは、僕の婚約者達・・」

 ワルドはその勢いに押されて、必死に弁解したが、ルイズのことを婚約者と言ったのが失敗だった。

「ほう・・。そうですか・・、貴方の婚約者達・・ずいぶんおモテになるのですね。

では、この場合、殿方が責任を取るべきでは?」

「そ、それは・・いや、間違えた!”元”婚約者だ!僕は関係ない!」

「そんなお酒と吐物の臭いをプンプンさせて!無関係なわけないでしょう!この際、”元”婚約者でも”現”婚約者でも、どちらでも結構です! 殿方らしく、責任を取って下さいな!」

 その後、宿の支配人もやってきて、宿の外観を著しく損ねたとして、ワルドは五百エキューを宿に支払うことになった。

「ううっ・・!僕じゃないのに・・。クサっ!」

 




ちなみに、エレオノールは27歳、ワルドは26歳です。

 ワルドが出来なくなった『余計な詮索』は、相手をルイズ達と認識した上で、新たに浮かんだ疑問に対して有効です。
 ワルドが、あらかじめ決めておいたことに対しては、今回は『科法』による制限がかかりません。


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『白の国』

遥か宇宙、マール星レピトルボルグ王家は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールをお妃に迎えるための使者をハルケギニアに送った。
ワンダユウは、大使としてトリステインとマール星を行き来し、
チンプイは、ルイズの使い魔兼お世話役として、トリステインに残った。
ワンダユウ「チンプ~イ!頼んだぞ~!」

儀式が終わった翌日のお話です。
チンプイは、マール星にはない、浮遊大陸『アルビオン』に、驚きを隠せないようです。

※今後は、多忙のため、毎日少しずつ書くので、亀更新になるかもしれませんが、ご了承下さい。




 儀式の翌日の昼、チンプイが目を覚ますと、扉がノックされた。

 今日は船が出ないんだからゆっくり寝かせてくれればいいのに、と思いながら扉を開けると、そこには羽帽子をかぶったワルドがチンプイを見下ろしていた。

「こんにちは、使い魔君」

 プ~ンと、ワルドから吐物の臭いがしたので、チンプイは思わず鼻を覆った。

「こんにちは。なんか凄く臭うよ。どれだけ昨日飲んだのか知らないけど・・せめて、その臭いを落としてから来なよ。 そんなイヤな臭いを嗅がせに来たの?貴族にあるまじき行為だよ」

 チンプイの言葉に、ワルドは眉をピクつかせながら、にっこりと無理に笑顔を作って言った。

「だ、誰のせいで・・、まあいい。それに関しては謝るよ。でも、一刻も早く君に訊いておきたくてね。君は伝説の使い魔『ガンダールヴ』なんだろう?」

「え?」

 チンプイがきょとんとして、ワルドを見た。ワルドは、誤魔化すように、首を傾げて言う。

「・・・その、あれだ。フーケの一件で、僕は君に興味を抱いたのだ。君はここよりも遥か東の遠い国からやってきたそうじゃないか。おまけに伝説の使い魔『ガンダールヴ』だそうだね」

「どうしてその事をご存じなのですか、ワルド子爵?・・・あなた、クサいわよ」

 突然、別の方向から声がしたので、ワルドはギョッとして声がした方向を見た。すると、そこには、部屋の奥から鼻を覆いながら出てきて、不機嫌そうにこちらを見つめる金髪の女性がいた。

「エ、エレオノール公爵夫人!? 何故ここに?」

「なぜも何も、昨日部屋を決め直したでしょう? それより、わたし達以外ではオールド・オスマンとミスタ・コルベールしか知らない情報を、どうしてあなたが知っているのかと聞いたのよ! 取り敢えず、その臭いを洗い流してから来なさい。チンプイ君に話があるようだけど・・貴族として、最低限の身だしなみもなっていない人間と話すことなんて何もないわ」

 エレオノールは、そう言ってワルドを追い返した。

 

「くそっ!あの行かず後家め!邪魔しおって! 僕がクサいのは、お前らのせいだろうが!・・・しかし、迂闊だった。部屋を決め直したのをすっかり忘れてた。『ガンダールヴ』の力を確かめなければ、今後の任務に支障をきたすかもしれない・・なんとしても誤魔化さなければ」

 ワルドは、ようやく入れて貰えた貴族の浴場で体を洗いながら、心の中でひとりごちた。

 

 ワルドは、吐物の臭いをきれいに洗い流した後、再びチンプイのいる部屋を訪ねた。そこには、すでに全員集まっており、ワルドはやりにくいなと思いながらも、エレオノールに促されてチンプイのことを知っている理由を話し始めた。

「先程は失礼した。僕は歴史と兵つわものに興味があってね。フーケを尋問した時に、君に興味を抱き、王立図書館で君の事を調べたのさ。その結果、『ガンダールヴ』に辿り着いた。おそらく、フーケは、オールド・オスマンの秘書をしていたから、宝物庫について調べているときにチンプイ君のことを知ったのだろう」

 怪しいと言えば怪しいが、一応、筋は通っている。

「あの『土くれ』を捕まえた腕がどのぐらいのものだか、知りたいんだ。ちょっと手合わせ願いたい」

「手合わせ?」

「つまり、これさ」

 ワルドは腰に差した魔法の杖を引き抜いた。

「やだ」

 チンプイは拒否した。どう考えても『レコン・キスタ』としての敵情視察だ。そんな申し出をを受ける義理はない。

「そうよ。ワルド、そんな馬鹿な事やめて。今はそんな事している時じゃないでしょう?」

 ルイズもチンプイに同調する。

「そうだね。でも、知っているだろう?彼が『ガンダールヴ』だってことを。貴族というヤツは厄介でね。強いか弱いか、それが気になるともう、どうにもならなくなるのさ」

「姉さまにも聞いたけど、信じられないわ。わたしの魔法は失敗ばかりだし・・」

 ルイズは、自分で言ってて少し落ち込んだ。『公爵』の称号を得ても、魔法の実力は変わっていないことを再認識させられたからだ。

 それでも、チンプイのご主人様として、トリステインの貴族として、ワルドの企みを止めなければと思った。

「『ガンダールヴ』なんて誰もが持てる使い魔じゃない。君はそれだけの力を持ったメイジなんだよ」

「だとしても、スクウェアクラスのあなたと戦えば、怪我をするわ。チンプイはわたしの大切な使い魔であると同時に、姫さま公認の異国の大使でもあるのよ。勝手に戦って怪我をさせたら、外交問題になるわよ?」

「ぐっ・・!」

 外交問題と言われて、ワルドは言い返せなくなった。

「う~ん。ぼく、考えたんだけど、条件付きで、外交問題にしないで手合わせを受けてあげるよ」

「チンプイ!」

 ルイズは止めようとしたが、チンプイとエレオノールが目配せをしてきたので、何か考えがあるのだろうと思い、引き下がった。

「それは、ありがたい。条件とやらを聞こう」

「うん。今後、ぼく達を誰一人傷つけない、傷つけさせないことだよ」

「・・・それは、この手合わせも含めるのかね?」

「勿論だよ。いやなら、手合わせはしないよ」

「分かった・・無傷は難しいが、なるべく傷つけないように努力するよ。万が一、君が怪我をした時のために水の魔法薬も大量に買っておこう。

その代わりと言ってはなんだが・・・手合わせの後は、君を含めてルイズ達を誰一人傷つけない、傷つけさせないと、約束しよう」

 その時、『透明キャップ』で隠れているワンダユウが、『約束固めライト』をワルドに浴びせた。

 これで、ワルドは、本人の知らないうちに『ルイズ達を誰一人傷つけること・傷つけさせること』が出来なくなった。仮に、『レコン・キスタ』の協力者がいたとしても、少しは安心だろう。

 

 赤い月が白い月の後ろに隠れ、一つだけになった月が青白く輝く夜。

チンプイとワルドはかつて貴族達が集まり、陛下の閲兵を受けたという練兵場で二十歩ほど離れて向かい合っていた。 練兵場は今ではただの物置き場になっている。樽や空き箱が積まれ、かつての栄華を懐かしむかのように、石でできた旗立台が苔むして佇んでいる。

「昔・・と言っても君は分からんだろうが、かのフィリップ三世の治下、古き良き時代には、ここでよく名誉と誇りをかけて僕達貴族は決闘したものさ。でも、実際はくだらない事で杖を抜きあったものさ。そう、例えば女を取り合ったりね・・今回の介添え人は、ルイズにお願いしよう」

「分かったわ。でも、絶対に怪我させないでね」

「努力するよ・・では、始めるか」

 ワルドは腰から杖を引き抜いた。フェンシングの構えのように、それを前方に突き出す。

 チンプイは、科法『バリヤー』を身に纏うと、デルフリンガーを引き抜いて切りかかった。

 ワルドは杖で、チンプイの剣を受け止めた。ガキーンと、火花が散る。

 そのまま後ろに下がったかと思うと、シュシュと風切音と共に、驚くほどの速さで突いてきた。

 チンプイは、素早くそれらを全て受け流した。

「なんでぇ、あいつ、魔法を使わないのか?」

 デルフリンガーがとぼけた声で言った。

「一応、ああ言った手前、怪我させないようにしてるんじゃない? 別にいいよ。それよりも・・」

 手合わせで使うとしても、攻撃魔法だろう。今後は、『約束固めライト』の効果で自分達に当てることは出来ない。なら、どんな魔法を使うか無理に知る必要はない。

 しかし・・チンプイは、別のことに感心してうなった。ルーンを光らせたチンプイと同じ位、ワルドは素早かったのだ。一回切り結んだだけでギーシュとは格が違うことを悟った。

「君は確かに素早い。さすがは伝説の使い魔だ」

 そう言うと、閃光のような突きを何度も繰り出しながら、ワルドは低く呟いている。

「デル・イル・ソル・ラ・ウィンデ・・・」

「相棒!いけねえ!魔法がくるぜ!」

 デルフリンガーが叫んだ。

 ワルドの呟きが呪文の詠唱だと悟った時・・・ボンッ! 空気が撥ねた。

 見えない巨大な空気のハンマーが、横殴りにチンプイを襲った。

ピキッという音とともに、『バリヤー』は破られ、チンプイは尻餅をつき、負けを宣言した。

「参った」

「・・・? そうか・・勝負あり、だ。 分かったろう、ルイズ。彼では君を守れない」

 ワルドは、思ったよりも”エア・ハンマー”に、チンプイが全然吹き飛ばされなかったことに疑問を感じたが、科法による制限で深く考えることが出来ず、取り敢えず勝ったからいいかと、結論付けた。

「いいのよ。わたしのわがままに付き合って使い魔になってくれたんだし・・。

? よく考えたら、ワルド、あんた、ギーシュの使い魔も吹き飛ばしてたわよね? あんた、そうやって、他人の使い魔より自分が強いって誇示して回ってるの?」

「い、いや、あのときは・・、そうだね。伝説の使い魔に勝てたから、つい調子に乗っちゃったよ。ゴメン」

 ワルドは、水の魔法薬をチンプイに渡すと、逃げるようにその場を立ち去ろうとした・・・

 その時・・ずしん!と、大きな音がした。

 

 月明りをバックに、巨大な影の輪郭が動いた。巨大なゴーレムの肩に、誰かが座っている。その人物は長い髪を、風にたなびかせていた。

「「「「「フーケ!」」」」」

 フーケ討伐時に結成された護衛隊のメンバーとチンプイの五人は同時に叫んだ。

 よく見てみると、フーケの隣には黒マントをまとった貴族が立っていた。恐らくその貴族がフーケを脱獄させたのだろう。黒マントの貴族は喋るのをフーケに任せ、だんまりを決め込んでいる。白い仮面をかぶっているので顔が分からないが、体格からして男性のようだ。

 『ガンダールヴ』のことを知っていたから、こいつはワルドの”偏在”だろうと、エレオノールは当たりを付けていた。 ワルドは風のスクウェアメイジ、カリーヌも得意とするスクウェアスペルの”ユビキタス(偏在)”が使えても不思議じゃない。

「感激だわ。覚えててくれたのね。親切な人が出してくれたから、素敵なバカンスをありがとうって、お礼を言いに来たのよ!」

 フーケは、目が吊り上がり、狂的な笑みを浮かべていた。フーケの巨大ゴーレムの拳が唸り、硬い岩でできたベランダの手すりを粉々に破壊した。どうやら岩でできたゴーレムの破壊力は、以前より強くなっているようだった。

「ここらは岩しかないからね。土がないからって、安心しちゃだめよ!」

 フーケがそう言った直後、いきなり玄関から現れた傭兵の一隊に取り囲まれた。

 エレオノール、ギーシュ、キュルケ、タバサにワルドが魔法で応戦しているが、多勢に無勢、どうやらラ・ロシェール中の歴戦の傭兵たちが束になってかかってきているらしく、手に負えないようだ。

 歴戦の傭兵たちはメイジとの戦いに慣れているらしく、緒戦でキュルケ達の魔法の射程を見極めると、まず魔法の射程外から矢を射かけてきた。暗闇を背に樽や空き箱を盾した傭兵たちに地の利があり、屋外で隠れるところのない一行は分が悪い。

 矢が雨のように飛んで来たが、タバサが”エア・シールド”を張って防いだ。

 さり気なく、”エア・シールド”に合わせて、ワンダユウが科法『バリヤー』を張ったので、しばらくの間は大丈夫だ。しかし、ワルドに”余計な詮索”が出来ない科法をかけているとはいえ、傭兵たちにバレないように科法を使うのは、それ以上は難しかった。

「参ったね」

 ワルドの言葉に、キュルケが頷いた。

「やっぱり、この前の連中はただの物盗りじゃなかったわね」

 ワルドが自分で用意した傭兵だと分かっているが、一応キュルケは話を合わせた。

「あのフーケがいるって事は、アルビオン貴族が後ろにいるという事だな」

 キュルケが杖をいじりながら呟いた。

「・・・奴らはちびちびとこっちに魔法を使わせて、精神力が切れた所を見計らい、一斉に突撃してくるわよ。そしたらどうすんの?」

「僕のゴーレムで防いでやる」

 ギーシュがちょっと青ざめながら言うが、それを淡々と戦力を分析していたキュルケが切り捨てる。

「ギーシュ、あんたのワルキューレじゃ一個小隊が関の山ね。相手は手練れの傭兵達よ?」

「やってみなくちゃ分からない」

「あのね、ギーシュ。あたしは戦の事なら、あなたよりちょっとばっか専門家なの」

「僕はグラモン元帥の息子だぞ。卑しき傭兵ごときに後れを取ってなるものか」

「ったく、トリステインの貴族は口だけは勇ましいんだから。だから戦に弱いのよ」

 それでも、ギーシュは立ち上がって呪文を唱えようとしたが、ワルドがギーシュの口の前に遮るように手をかざしてそれを制した。

「いいか諸君。このような任務は、半数が目的に辿り着ければ、成功とされる」

 ワルドが低い声で言った。おそらく、ルイズ達の戦力を分散させるのが狙いだろう。

「ダメよ!さっきの約束を忘れたの!?」

「でも、ルイズ、他に方法が・・」

 ワルドが言いかけると、デルフリンガーが口を開いた。

「あるぜ。おい、貴族の娘っ子!歌え!歌って皆を鼓舞するんだ!そうすりゃ、あんな奴らに負けねえぜ。なあ、姐さん!」

 デルフリンガーに言われて、はっとしたエレオノールは、デルフリンガーの意図に気が付いて言った。

「そこのボロ剣の言う通りよ。ルイズ、歌いなさい!」

「でも、エレ姉さま。今はそんな場合じゃ・・・。それに・・、姉さま、わたしが音痴だって言ってたじゃない。昨日だって、わたしの歌を聞いて顔色悪そうだったし・・・」

 昨日は、マール星の儀式で、チンプイがあんまりにも喜んでくれたので調子に乗って歌ったが、ルイズは今になって、エレオノールに昔、音痴だから歌うなと言われたことを思い出したのだった。

「・・わたしが間違ってたわ。あなたの歌は素晴らしいのよ。 昨日だって、あなたの歌がいっぱい聴けて、つい嬉しくなっちゃって、飲みすぎちゃったんだもの」

 エレオノールは、内心はルイズの歌を聞きたくないと思い、顔を引きつらせながらも、必死に笑顔を作って言った。

「でも・・」

 エレオノールは、皆に目配せをした。すると、皆もエレオノールとデルフリンガーの意図に気が付いたらしい。

「そうよ。ルイズ、あんな凄い歌、ゲルマニアでも聞いたことがないわ」

 キュルケが褒める。

「そうだぞ、ルイズ。僕も、昨日の歌で完全に君の歌の虜になってしまったよ。今後も、リサイタルを開いて欲しい位だ」

「本当に?」

「本当だとも。皆も心の底からルイズの歌を聴きたがってるんだよ。なあ、諸君」

「「「ほっ、ほんと!!聴きたいな、ぜひぜひ」」」

 キュルケ達は、顔を引きつらせながらも、ギーシュの話に乗っかった。

「そうだったの・・じゃあ、任務が終わったら、時々、リサイタルを開いてあげるわよ。感謝しなさい!」

 ルイズは、ギーシュに煽てられて、すっかりいつもの調子を取り戻した。

 しかし、任務の後に、またルイズの歌を、しかも定期的に聞かされるハメになり、キュルケ達はギーシュを白い目で睨んだ。ギーシュはしまったと思ったが、どんな時でも格好を付けたがるのが彼の性分である。

 ギーシュは、薔薇の杖を高々と掲げて高らかに言った。

「さあ、思いっきり歌ってくれたまえ、ルイズ。 君の歌で、僕たちはどこまでも頑張れるだろう」

 皆は、そんなギーシュの様子にやれやれと呆れながら、杖を取った。

「ボエ~~ーー!!♬!♬」

 ルイズは、いつもより気合を入れて、力いっぱい歌った。

「ゲー!な、何だあの歌は!? 聞くに堪えん」

「オエ~! ぎぼぢわるい(気持ち悪い)」

 傭兵たちは、ルイズの歌を聞いて、一気に体調を崩し、次々に倒れた。

 エレオノール達は、あくまでもルイズの歌で自分達が頑張れたとルイズに思わせるために、なんとか意識を保って、魔法を傭兵たちにぶつけた。

 もっとも、チンプイだけは、元気いっぱいに剣を振り回し、次々と峰打ちにしていたが・・。

「ウェ~~!な、何なんだい、あの歌は!」

 フーケは、倒れそうになったが、気付に短剣を自分の左腕に突き刺して、なんとか意識を保った。

 しかし、ゴーレムはその場で崩れてしまった。

「オエ~~! お、おのれ! 僕の五百エキュー・・」

「僕はゲロ袋じゃない・・、ゲロ袋じゃないんだ・・」

「・・・ウップッ!」

 ワルドの”偏在”は何人かいたようだが、ルイズの歌に耐えかねて、全て消えてしまった。

 ワルド本人も、ルイズの前で吐かないように頑張っているが、その顔色は悪い。

 

 傭兵たちが全滅したのを見届けて、エレオノールは次の作戦に打って出た。

「ワルド、”偏在”を出して。出せるでしょう?スクウェアメイジなら。

フーケがまだよ。あいつをあなたの”偏在”で足止めしている間に、逃走経路を確保しておいて」

 エレオノールの作戦・・それは、ワルドの”偏在”と『レコン・キスタ』の仲間をぶつけて仲間割れさせ、感情的になって言い合いをしている敵が重要なことを口を滑らせるように誘導することであった。ワルドの”偏在”を消せば、ワルド本体に情報が洩れることはない。ワルドの”偏在”の始末は、ワンダユウに手伝って貰えば問題ない。

 エレオノールの意を汲んだキュルケが言った。

「じゃあ、わたし達が囮に残るわ」

「危険よ!わたしが残るわ!」

「いいの。ルイズの近くには、お姉さまがいなくっちゃ・・。それに、ワルド子爵の”偏在”がいれば安心でしょう? 」

 キュルケは、エレオノールにだけ分かるように「ワンダユウさんもいるしね」と小声で伝える。

 エレオノールは、頭を掻きながら、大きなため息をついて言った。

「はあ~。・・分かったわ。でも、無理しちゃダメよ。あとで桟橋で合流しましょう」

「はあい、お姉さま」

「ワルド、お願い」

「分かった」

「ユビキタス・デル・ウィンデ・・」

 ワルドの”偏在”が出現した。キュルケ達をを守るようにして現れた”偏在”は、白い仮面をかぶっていなかった。

 キュルケはルイズに向き直って言った。

「ねえ、ルイズ。勘違いしないでね? あんたのために囮になるんじゃないんだからね」

「わ、分かってるわよ」

 ルイズはそれでも、キュルケ達にぺこりと頭を下げた。

「よし、聞いての通りだ。裏口に回るぞ、桟橋はこっちだ」

 ワルド・チンプイ・エレオノール・ルイズは、桟橋へと向かった。

 

 四人が、長い階段を上ると、丘の上に出た。

 山ほどもある巨大な樹が、四方八方に枝を伸ばしている。樹の枝にはそれぞれ大きな何かがぶら下がっていた。巨大な木の実にも見えるが、それが果たして船なのであった。飛行船のような形状で、枝にぶら下がっていた。

 ワルドは樹の根元へと駆け寄った。樹の根元は巨大なビルの吹き抜けのホールのように空洞になっていた。枯れた大樹の幹を穿って造り上げたものらしい。夜なので人影はなかった。各枝に通じる階段には、鉄でできたプレートが貼ってある。そこには何やら文字が躍っており、まるで駅のホームを知らせるプレートのようである。

 ワルドは目当ての階段を見つけると、その階段を上り始めた。木でできた階段は一段ごとにしなる。手すりがついているものの、ボロくて心もとない。階段の隙間、闇夜の眼下にラ・ロシェールの街の明かりが見えた。

 途中の踊り場で、後ろから追いすがる足音に気が付いた。振り向くと、白い仮面の男が、一番後方にいたルイズを抱え上げようとした。

「きゃあ!」

 悲鳴を上げるルイズに仮面の男の手が伸びる。

バシイン!

 間一髪のところで、チンプイが、仮面の男の手をデルフリンガーで打ち据えた。

 仮面の男は、一歩後ろに下がると、呪文を唱えた。男の周囲から電撃が生成される。

「相棒!構えろ!」

 デルフリンガーが叫ぶが、”ライトニング・クラウド”はあらぬ方向に逸れた。男は胸を押さえて蹲っている(うずくまっている)。

 その後も、男は”エア・ハンマー”など色々な攻撃魔法を放つも、全て空を切った。

「どういうことだ?」

 デルフリンガーが、解せぬという感じで、チンプイに小さい声で尋ねた。

「ワンダユウじいさんの科法の力だよ。ワルドはぼくたちに手出しできないんだ。それは、”偏在”も例外じゃない」

 チンプイが小さい声で答えた。

「すげぇな」

 デルフリンガーは、感心した様子だった。

 しばらくして、男は諦めたのか、階段の手すりを掴んで手すりを飛び越えると、そのまま地面へと落下していった。四人が地面へと目を向けるが、すでに男の姿はどこにも無かった。

「何だったんでしょうね?あのお年を召したメイジは?」

 エレオノールは、白い仮面の男の正体がワルドの”偏在”だと知りながら、すっとぼけて言った。

「お、お年を召し・・さ、さあ? だが、皆無事だったのだ。い、今は一刻も早くアルビオンへと向かおう」

 ワルドは、お年を召したメイジと言われて行き場のない怒りで腕をプルプルと震わせながら、三人に早く先へ進むよう促した。ワルドの言葉に三人は頷き、再び階段を上り始めた。

 

 ところ変わって、練兵場。

フーケは、ルイズ達がこの場を離れたのを見届けると、不敵に笑って言った。

「ふふっ。馬鹿だねえ。わざわざ、戦力分散させるなんて」

「そんなことないわ。おばさんには、ハンデが必要でしょう?なにせ年だしね」

「年ですって? 小娘が! わたしはまだ二十三よッ!」

 フーケはキレた。

「それに・・あたし達には、スクウェアメイジの子爵もいらっしゃいますもの」

 キュルケが取り澄まして言った。

「それが、あんた達の首を絞めてるんだよ。・・・まあ、いいわ。死になさい!」

 フーケが呪文を唱えようとした。

 が・・、”ウインド・ブレイク”でフーケは吹き飛ばされた。

「・・・どういうつもりだい?」

「い、いや、すまない。手が滑った」

 ワルドの”偏在”は、焦ったように答えた。科法による制限で、キュルケ達に攻撃しようと呪文を唱え始めたフーケを見て、咄嗟にフーケを攻撃してしまったのだった。

事情を知るキュルケ達は傍観を決め込んだ。これで、感情的になって、情報を漏らしてくれたら儲けものだ。

 フーケは、眉を吊り上げて問い詰める。

「手が滑っただって!?スクウェアメイジのあんたが? 冗談じゃないよ。標的(ターゲット)と接触する大使の嬢ちゃんはここにはいないじゃないか! いつまで、そいつらの味方ぶるつもりだい? わたしを『レコン・キスタ』に勧誘したワルド子爵?」

「「な、何ですって(何だって)!?」」

 キュルケとギーシュは、驚いたフリをした。傍観を決め込むといっても、ここで驚かなければ不自然だからだ。

 フーケは、キュルケ達の反応を満足そうに見て、言った。

「そうさ!こいつは、『レコン・キスタ』の一員なのさ。ここに、あんたらの味方はいないよ。この間負けたのだって、どうせ『ガンダールヴ』とヴァリエールの長女がやったんだろう? そいつらがいない、今、あんた達はここで死ぬしかないのさ」

 フーケは、ケタケタと笑いながら言った。

「フーケ・・、喋り過ぎだぞ」

「別にいいじゃない? 冥土の土産に教えてやっても」

 ワルドの”偏在”はやれやれと、ため息をつくと、キュルケ達に向き合って言った。

「聞いた通りだ。驚くのも無理はないが、我々のことを知ったからには、生かしておけん。悪いが死んでもらうぞ」

「か、勝手にそっちが喋ったんじゃないか!」

 ギーシュは、上ずった声で反論した。ワルドがギーシュ達を傷つけられないと知っていても、「死んでもらう」と言われては、心から信頼できない。おまけに、フーケがいる。

 ギーシュは、恐怖のあまり、ワンダユウが近くにいることをすっかり忘れていた。

「ねえ? どういった経緯で『レコン・キスタ』に入ったの?良かったら、教えて頂けないかしら?」

「ふん、いいわ。冥土の土産に答えてあげる。わたしは、牢屋から出して貰う代わりに、『聖地』の奪還を夢見る『レコン・キスタ』に誘われたのさ」

「へぇ・・じゃあ、あなたもエルフのいる『聖地』を取り戻したいって思ってるんだ?」

 すると、キュルケの言葉に、フーケはにやりと笑って答えた。

「な訳ないだろう?『聖地』には強力なエルフどもがいるんだ。どんなにメイジを集めたって、勝てると思えないね。 でも・・・そこの男に協力しなきゃ殺すって言われたんだよ」

「へぇ・・じゃあ、ワルドさえいなければ、あんたは自由の身って訳だ」

「そうなるだろうね。幸い、他の『レコン・キスタ』のメンバーには会ってないし。でも、そいつは、怖いからね。無理な話さ」

 フーケは肩をすくめて言った。

 ハルケギニアには写真がない。フーケの顔が『レコン・キスタ』に割れていないのなら、ワルドさえ何とかすれば問題なさそうだと思ったキュルケは、不敵に笑って言い放った。

「ふ~ん。じゃあ、こんなのはどう? 今、ワルドの”偏在”を始末して、あたしがあんたを死んだことにして逃がすっていうのは?」

「調子に乗るなよ、小娘が!」

 ワルドの”偏在”は、キュルケに向かって”エア・ハンマー”を放った。しかし、科法による制限がかかり、やはり逸れてしまう。

「くっ!何故だ!」

 ワルドの”偏在”は、凄まじい痛みに襲われて胸を押さえながら、苦しそうに蹲っていた。

「どう? 貸しひとつで手を打ってあげるけど? ちなみに、余計な詮索はしないでね?」

「はぁ~、ワルドの”偏在”に何をしたのか知らないけど・・出任せって訳じゃあなさそうだね。仕方ないね。分かった。いつか、借りを返してやるよ。あんたらにも手を出さないし、余計な詮索もしないよ。だから、このヒゲをなんとかしとくれ」

 フーケが言った。その瞬間に、『透明キャップ』で隠れているワンダユウが、『約束固めライト』をフーケに浴びせた。

 これで、少なくとも、フーケは敵にならないだろう。

「くっ!なめるなよ!小娘が!」

 ワルドの”偏在”の”ライトニング・クラウド”がキュルケ達に襲い掛かった。

 当然、この電撃魔法も空を切った。

 タバサが前に出る。

「”ライトニング(稲妻)”」

 精神力を込めることなく、ただそうタバサが呟いた。

 しかし――――

 タバサの杖の先から突如、稲妻が発生し、ワルドの”偏在”に直撃し、ワルドの”偏在”は消えた。

 実は、ワンダユウがこっそりと科法『バリバリ』で稲妻をタバサの杖から発生させたように見せかけて攻撃しただけで、決してタバサの力ではない。

 タバサは、効果が分かりやすい名前をワンダユウにさり気なく伝えて、科法で代わりとなる電撃系の攻撃をしてもらったのだ。

 タバサの作戦勝ちである。

「・・・さて、これであなたは自由よ?約束は守ってよね」

 キュルケは悪戯っぽく笑って言った。

「その子、そんなに強かったのかい? まあいい・・。分かったよ」

「ま、待ってくれ!今度デートしてくれないか?」

 ギーシュは、怖くても美人と別れるのが惜しくなり、立ち去ろうとしたフーケを口説き始めた。

 キュルケは、ギーシュのあまりにも見境のない女好きに呆れて笑った。

「ふふっ、ありがとう。 でも、五年早いよ、坊や。あの金髪巻き毛の子と早く仲直りしな。

じゃあね」

 そう言うと、フーケは去っていった。

 キュルケ達は、タバサの使い魔のシルフィードで一気にワルド達に追いつき、桟橋で合流した。

 

 ワルドは、甲板でラム酒を飲んで酔っ払って寝ていた船員を起こし、船長を呼んでこさせた。ワルドは、船長に王室の勅命だから今すぐ出向するよう言った。

 しかし、船の燃料となる『風石』は、ラ・ロシェールに最も近づく明日の朝の最短距離分しかないため、今は出向できないらしい。『風石』が足りない分は、ワルドが自身の魔法力で補うことと、積み荷の硫黄と同額の運賃をワルドが支払うことで話がついた。船長の話では、ニューカッスル付近に陣を配置した王軍は、攻囲されて苦戦中らしい。ルイズ達は、ウェールズ皇太子と道中の自分たちの無事を祈りながら、眠りについた。

 

 船員達の声とまぶしい光で、チンプイは目を覚ました。舷側から下を覗き込むと、白い雲が広がっている。船は雲の上を進んでいた。

「アルビオンが見えたぞー!」

 鐘楼の上に立った見張りの船員が、大声を上げる。チンプイは見張りの船員が見ている方向に視線を向けて、思わず息を呑んだ。

 そこには、まさに巨大としか言いようのない光景が広がっていた。

 雲の切れ間から、黒々と大陸が覗いており、大陸ははるか視界の続く限り延びている。地表には山がそびえ、川が流れていた。こんな景色は、マール星にはない。

「驚いた?」

 いつの間にか隣に立っていたルイズが、楽しそうな笑みを浮かべながらチンプイに尋ねた。

「うん。こんな景色は、マール星でも見たことないな」

「浮遊大陸アルビオン。ああやって、空中を浮遊して、主に大洋の上を彷徨っているわ。でも、月に何度か、ハルケギニアの上にやって来る。大きさはトリステインの国土ほどもあるわ。通称『白の国』」

「どうして『白の国』なの?」

 チンプイが尋ねると、ルイズは大陸を指差した。大河からあふれた水が、空に落ち込んでいる。その際、白い霧となって、大陸の下半分を包んでいた。霧は雲となり、大雨を広範囲に亘って(わたって)ハルケギニアの大陸に降らすのだとルイズは説明した。

 

 ちょうどその時、鐘楼に立った見張りの船員が大声を上げた。

「右舷上方の雲中より、船が接近してきます!」

 チンプイ達が乗り込んできた船よりも一回りは大きい船が一隻近づいてきた。舷側に開いた穴からは、大砲が突き出ている。それを見て、ルイズが眉をひそめた。

「イヤだわ。反乱勢・・・、貴族派の軍艦かしら」

 一方、後甲板でワルドと並んで操船の指揮を取っていた船長は見張りが指差した方角を見上げた。

 黒くタールが塗られた船体は、まさに戦う船を連想させる物だった。こちらにぴたりと二十数門も並んだ砲門を向けている。

「アルビオンの貴族派か? お前達のために荷を運んでいる船だと教えてやれ」

 見張り員は船長の指示通りに手旗を振るが、黒い船からは何の反応もない。

 副長が駆け寄ってきて、青ざめた顔で船長に告げた。

「あの船は旗を掲げておりません!」

 すると、船長の顔が副長と同じようにみるみるうちに青ざめた。

「してみると、く、空賊か?」

「間違いありません! 内乱の混乱に乗じて、活動が活発になっていると聞き及びますから……」

「逃げろ! 取り舵いっぱい!」

 船長は船を空賊から遠ざけようとしたが、時すでに遅し。併走し始めた黒船は脅しの一発を、チンプイ達の乗り込んだ船の針路めがけて放った。

ぼこん! と鈍い音がして、砲弾が雲の彼方へと消えていく。

 黒船のマストに、四色旗流信号がするすると登る。

「停船命令です、船長」

 そう言われた船長は苦渋の決断を強いられた。この船にも武装が無いわけではないが、武装と言っても移動式の大砲が三門ばかり甲板に置いてあるに過ぎない。二十数門も片舷側にずらりと大砲を並べたあの船の火力からすれば、役に立たない飾りのようなものである。

 助けを求めるように、隣に立ったワルドを見つめた。

「魔法はこの船を浮かべるために打ち止めだよ。あの船に従うんだな」

 ワルドは落ち着き払った声で言った。船長は口の中で「これで破産だ」と呟くと、船員達に命令した。

「裏帆を打て。停船だ」

 

「空賊だ! 抵抗するな!」

 黒船から、メガホンを持った男が大声で怒鳴った。

「空賊ですって?」

 ルイズが驚いた声で言った。

 黒船の舷側に弓やフリント・ロック銃を持った男達が並び、こちらに狙いを定めた。鉤のついたロープが放たれ、チンプイ達の乗った船の舷縁に引っかかる。手に斧や曲刀などの得物を持った屈強な男達が船の間に張られたロープを伝ってやってくる。その数、およそ数十人。

 『透明キャップ』を被ったワンダユウは、そっとルイズに耳打ちをした。

「妃殿下、申し訳ありません。わたくしも、大っぴらに科法を使う訳には参りませんので、今はご辛抱下さい」

「あの空賊たちは何なの? ワンダユウ」

「少なくとも貴族派ではないことは確かでしょう。もしそうだったら、今後、硫黄の取引に応じる商人がいなくなってしまいますからな。・・・もしかしたら、王党派が空賊に扮しているのかもしれませぬ。昨夜の船長の話では、アルビオンでは、戦時中の今、硫黄は喉から手が出るほどの必需品のようですし・・なにより、敵の補給路を断つのは戦の基本でございます」

「そうね・・。でも、本当に王党派なのかしら?」

「・・・妃殿下、もしもの時はわたくしがお守り致しますので、空賊たちに鎌をかけてみてはいかがでしょうか? 相手が王党派だとしたら、大使である妃殿下が話した方がよろしいかと存じます」

「・・・そうね。やってみるわ」

 ルイズは意を決して、空賊の頭に声をかけた。

「ねえ?アルビオンの王党派に用があるんだけど、どこにいるか知ってる?」

「さあ? 知らねーな。会ってどうするよ?貴族のお嬢ちゃん」

 答えた空賊頭は、元は白かったらしいが、汗とグリース油で汚れて真っ黒になったシャツの胸をはだけ、そこから赤銅色に日焼けした逞しい胸が覗いていた。ぼさぼさの長い黒髪は赤い布で乱暴に纏められ、無精ひげが顔中に生えており、丁寧に左目に眼帯が巻かれている。

「それは言えないわ」

「なんでだ?」

「密命だもの」

「ル、ルイズ!」

 エレオノールが怒鳴った。

「あっ!・・」

 しまったと、ルイズは思った。密命のことまでわざわざ話す必要はない。

「ぷっ!わっはっは! ひー、可笑しい! もし、嬢ちゃんの言っていることが本当なら、嬢ちゃんは、密命に全く向いてねえなあ。もう少しマシな噓を付いたらどうだ?」

 空賊の頭は笑い転げた。ルイズの顔にサッと赤みが差す。

「おめえらは、もしかしてアルビオンの貴族派かい?」

 頭が尋ねると、ルイズは首を縦に振らずに真っ向から空賊の頭を見据えた。

「誰が薄汚いアルビオンの反乱軍なものですか。馬鹿言っちゃいけないわ。わたしは王党派への使いよ。あんた達、少なくとも貴族派じゃないでしょう? 空賊まがいのことをしたら、商人がアルビオンに寄り付かなくなって、困るのは貴族派だもの。

まだ、貴族派が勝ったわけじゃないんだから、アルビオンは王国だし、正統なる政府はアルビオンの王室ね。わたしはトリステインを代表してそこに向かう貴族なのだから、つまりは大使ね。だから、大使としての扱いをあんた達に要求するわ」

 頭は、歌うような楽しげな声で、ルイズに言った。

「貴族派につく気はないかね? あいつらは、メイジを欲しがっている。たんまり礼金も弾んでくれるだろうさ」

「死んでもイヤよ」

「トリステインの貴族は、気ばかり強くってどうしようもないな。まあ、どこぞの国の恥知らずどもよりは、何百倍もマシだがね」

 頭はそう言って、わっはっはっは、と笑いながら立ち上がった。チンプイ達は、頭の豹変ぶりに戸惑い、顔を見合わせた。

「失礼した。貴族に名乗らせるなら、こちらから名乗らなくてはな」

 周りに控えた空賊たちが、一斉に直立した。

 頭は縮れた黒髪をはいだ。なんと、それはカツラだったのだ。眼帯を取り外し、作り物だったらしいひげをびりっとはがした。現れたのは、凛々しい金髪の美青年、アルビオンの皇太子ウェールズ・テューダーその人であった。

「「「殿下!?」」」

 チンプイとルイズとエレオノールは、驚いて同時に叫んだ。

 




ワルドは、『ルイズ達を誰一人傷つけること・傷つけさせること』が出来なくなりました。
 ルイズを篭絡することも出来ていないワルドですが、何やら秘策があるようです。

次回でゼロの使い魔の二巻の終わりまで行けたらいいなと思ってますが、もしかしたら二回に分けるかもしれません。


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逆襲のワルド

遥か宇宙、マール星レピトルボルグ王家は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールをお妃に迎えるための使者をハルケギニアに送った。
ワンダユウは、大使としてトリステインとマール星を行き来し、
チンプイは、ルイズの使い魔兼お世話役として、トリステインに残った。
ワンダユウ「チンプ~イ!頼んだぞ~!」

アルビオン編、ニューカッスルの決戦前夜のお話です。


「「「殿下!?」」」

 チンプイとルイズとエレオノールは、凛々しい金髪の美青年を見て、驚き、同時に叫んだ。

「・・? 僕のことを知っているのかい? 初対面だと思うが・・・」

 ルイズは、アンリエッタとウェールズの密会に協力したことはあるが、ウェールズと面識はなかった。

 ワンダユウが、三人にそっと耳打ちをする。

「このお方は、ルルロフ殿下ではございません」

「でも、殿下に凄く似てる。声だってそっくりだよ?」

 チンプイが小声で言った。

「このお方こそ、このハルケギニアで最もルルロフ殿下に似ておられるお方なのだ」

「そうなの・・」

 ルイズはまじまじとウェールズを見つめた。

「・・まあいい。取り敢えず、名乗らせてくれ。僕はアルビオン王立空軍大将、本国艦隊司令長官・・、本国艦隊と言っても、すでに本艦『イーグル』号しか存在しない、無力な艦隊だがね。まあ、その肩書よりこちらの方が通りが良いだろう」

 そこで一旦言葉を切ると、金髪の美青年は居住まいをただし、威風堂々、名乗りを上げた。

「アルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ」

 突然の皇太子の出現に、キュルケ達は口をあんぐりと開け、ワルドは興味深そうに皇太子を見つめた。

 ウェールズはにっこりと魅力的な笑みを浮かべると、ルイズ達に席を勧めた。

「アルビオン王国へようこそ。大使殿。先程は誠に失礼を致した。

大使殿はすでにお察しかもしれないが・・金持ちの反乱軍には続々と補給物質が送り込まれる。彼らに王党派と気付かれないように、彼らの補給路を絶つためには、空賊を装うのもいたしかたない」

 ウェールズはイタズラっぽく笑いながら言った。

「外国に我々の味方の貴族がいるなどとは、夢にも思わなかったから、君達が王党派という事をなかなか信じられなくてね。君達を試すような真似をして済まない。

さて、御用の向きを伺おうか」 

 エレオノールは、ちょっと躊躇うように口を開いた。

「その前に、念のため、本当にウェールズ皇太子かどうか確認させて頂きたいのですが・・」

「まぁ、先ほどまでの顔を見れば無理もない。僕はウェールズだよ。正真正銘の皇太子さ。なんなら証拠をお見せしよう」

 ウェールズはルイズの指に光る『水』のルビーを見つめて言った。

「君のその指輪を貸してもらっても良いかな?」

 ルイズは少しの間迷っているような表情を浮かべていたが、やがてゆっくりと頷くと、ウェールズに恭しく近づく。それを確認するとウェールズはルイズの手を取り、水のルビーに近づけた。二つの宝石は共鳴しあい、虹色の光を振りまく。

「この指輪は、アルビオン王家に伝わる『風』のルビーだ。君が嵌めているのは、アンリエッタが嵌めていた水のルビーだ。そうだね?」

 その質問に、ルイズは頷いた。

「水と風は虹を作る。王家の間にかかる虹さ。これで、いいかい?」

「はい。確かに、確認致しました。大変失礼しました。

申し遅れましたが、わたしは、トリステイン王国ラ・ヴァリエール公爵が長女、エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエール公爵夫人と申します。 

詳細は、我々の大使よりお聞きください」

 そう言うと、エレオノールはトリステインの貴族に則った見事な一礼をした。

「ほう!その若さで公爵か・・。大したものだな!

して、大使殿はどのようなご用件でこちらに?」

「はい。アンリエッタ姫殿下より、密書を言付かって参りました。

わたしは、姫殿下より大使を仰せつかりました、ヴァリエール公爵が三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール公爵夫人と申します」

 ルイズは胸のポケットからアンリエッタの手紙を取り出すと、エレオノールに倣って、トリステインの貴族に則った見事な一礼をして、手紙をウェールズに手渡した。

「なるほど!君も、その若さで公爵か!君達姉妹のように立派な貴族が、このアルビオンにいてくれたら、このような惨めな今日を迎える事もなかったろうに!して、密書とやらは?」

 ウェールズは愛しそうにその手紙を見つめると、花押に接吻した。そして慎重に、封を開き、中の便箋を取り出して読み始めた。

 真剣な顔で手紙を読んでいたが、そのうちに顔を上げた。

「姫は結婚するのか? あの、愛らしいアンリエッタが、僕の可愛い・・、従妹は」

 エレオノールは無言で頭を下げて、肯定の意を表した。再びウェールズは手紙に視線を落とすと、最後の一行まで読むと、微笑んだ。

「了解した。姫は、あの手紙を返して欲しいとこの僕に告げている。何より大切な、姫からもらった手紙だが、姫の望みは僕の望みだ。そのようにしよう」

 それを聞いて、ルイズの顔が輝いた。

「しかしながら、今、手元にはない。ニューカッスルの城にあるんだ。姫の手紙を、空賊船に連れて来るわけにはいかぬのでね」

 ウェールズは笑いながら言葉を続けた。

「多少面倒だが、ニューカッスルまで足労願いたい」

 その後、チンプイとキュルケ達とワルドもウェールズに自己紹介を済ませた。

 

 チンプイ達を乗せた軍艦、『イーグル』号は、浮遊大陸アルビオンのジグザグした海岸線を、雲に隠れるようにして航海した。三時間ほど進むと、大陸から突き出た岬の突端に、高い城が見えた。

 ウェールズは後甲板に立ったチンプイ達に、あれがニューカッスルの城だと説明した。しかし、『イーグル』号はまっすぐにニューカッスルに向かわずに、大陸の下側に潜り込むような進路を取った。

 備砲を百八門と竜騎兵を有する本国艦隊旗艦『ロイヤル・ソヴリン』号が、貴族派の手に落ちた後、『レキシントン』号と名前を変えて、空からニューカッスルを封鎖しているのだという。

 そのような巨大戦艦を、今の王党派が相手に出来る訳もないので、雲中を通り、大陸の下からニューカッスルに近づき、王党派しか知らない秘密の港に向かうらしい。

 雲中を通って大陸の下を通ると、辺りは真っ暗になった。大陸が頭上にあるために、日が差さない。おまけに雲の中であるので、視界がゼロに等しく、簡単に頭上の大陸に座礁する危険があるため、反乱軍の軍艦は大陸の下には決して近づかないのだ、とウェールズが語った。ひんやりとした空気が、チンプイ達の頬をなぶる。

「地形図を頼りに、測量と魔法の明かりだけで航海する事は王立空軍の航海士にとっては、なに、造作もない事なのだが」

 貴族派、あいつらは所詮、空を知らぬ無粋者さ、とウェールズは笑った。

 しばらく航行すると、頭上に黒々と穴が開いている部分に出た。マストに灯した魔法の明かりの中、直径三百メイルほどの穴が、ぽっかりと開いている様は壮観だった。

「一時停止」

「一時停止、アイ・サー」

 掌帆手が命令を復唱する。ウェールズの命令で『イーグル』号は裏帆を打つと、しかるのちに暗闇の中でもきびきびした動作を失わない水兵達によって帆をたたみ、ぴたりと穴の真下で停船した。

 穴に沿って上昇すると、頭上に明かりが見えた。そこに吸い込まれるように、『イーグル』号が上がっていく。

 眩いばかりの光にさらされたかと思うと、艦はニューカッスルの秘密の港の岸壁に着岸した。そこは、真っ白い発光性のコケに覆われた、巨大な鍾乳洞の中だった。

 ウェールズはルイズ達を促して、タラップを降りた。

 すると背の高い、年老いた老メイジが近寄ってきて、ウェールズの労をねぎらった。

「ほほ、これはまた、大した戦果ですな。殿下」

 老メイジはイーグル号に続いてぽっこりと鍾乳洞の中に現れたマリー・ガラント号を見て、顔をほこらばせた。

「喜べ、パリー。硫黄だ、硫黄!」

 ウェールズがそう叫ぶと、集まった兵隊から歓声が上がった。

「おお! 硫黄ですと! 火の秘薬ではござらぬか! これで我々の名誉も、守られるというものですな!」

 老メイジは、そう言うとおいおいと泣き始めた。

「先の陛下よりお仕えして六十年・・、こんな嬉しい日はありませぬぞ、殿下。反乱が起こってからは、苦汁を舐めっぱなしでありましたが、なに、これだけの硫黄があれば――――」

 にっこりとウェールズは笑った。

「王家の誇りと名誉を、叛徒どもに示しつつ、敗北する事ができるだろう」

「栄光ある敗北ですな! この老骨、武者震いがいたしますぞ。して、ご報告なのですが、叛徒共は明日の正午に、攻城を開始するとの旨、伝えて参りました。まったく、殿下が間に合って良かったですわい」

「してみると間一髪とはこのこと! 戦に間に合わぬは、これ武人の恥だからな!」

 ウェールズ達は、心底楽しそうに笑いあっている。ルイズは、敗北という言葉に顔色を変えた。つまり、死ぬという事だ。この人達は、それが怖くないのだろうか。

「して、その方達は?」

 パリーと呼ばれた老メイジが、ルイズ達を見てウェールズに尋ねた。

「トリステインからの大使殿だ。重要な要件で、王国に参られたのだ」

 パリーは一瞬、滅び行く王政府に大使が一体何の用なのだ? と言いたそうな顔つきになったが、すぐに表情を改めるとルイズ達に微笑んだ。

「これはこれは大使殿。殿下の侍従を仰せつかっておりまする、パリーでございます。遠路はるばるようこそこのアルビオン王国へいらっしゃった。たいしたもてなしはできませぬが、今夜はささやかな祝宴が催されます。ぜひとも出席くださいませ」

 

 ルイズ達はウェールズに付き従い、城内の彼の居室へと向かった。城の一番高い天守の一角にあるウェールズの居室は、王子の部屋とは思えないほど質素だった。

 木でできた粗末なベッドに、イスとテーブルが一組。壁には戦の様子を描いたタペストリーが飾られている。

 ウェールズは、椅子に腰かけて机の引き出しを開き、宝石が散りばめられた小箱を取り出した。ウェールズは、小さな鍵のついたネックレスを外すと、小箱の鍵穴にその鍵を差し込んで箱を開けた。蓋の内側には、アンリエッタの肖像が描かれている。

 ルイズ達がその箱を覗き込んでいる事に気づいたウェールズは、はにかみながら言った。

「宝箱でね」

 中には一通の手紙が入っていた。それが王女のものであるらしい。ウェールズは、それを取り出して愛しそうに口づけた後、開いてゆっくりと読み始めた。何度もそうやって読まれたらしい手紙は、すでにボロボロであった。

 読み返すと、ウェールズは再びその手紙を丁寧にたたみ、封筒に入れてルイズに手渡した。

「これが姫からいただいた手紙だ。この通り、確かに返却したぞ」

「ありがとうございます」

 ルイズは深々と頭を下げると、その手紙を受け取った。

「明日の朝、非戦闘員を乗せた『イーグル』号が、ここを出港する。それに乗って、トリステインに帰りなさい」

 ルイズは、その手紙をじっと見つめた後、決心したように口を開いた。

「あの、殿下・・。先ほど、栄光ある敗北とおっしゃっていましたが、王軍に勝ち目はないのですか?」

 ルイズが躊躇うように尋ねると、アルビオンの皇太子はあっさりと答えた。

「ないよ。我が軍は三百。敵軍は五万。万に一つの可能性もあり得ない。我々にできる事は、はてさて、勇敢な死にざまを連中に見せる事だけだ」

 それを聞いて、ルイズは俯いた。エレオノールがルイズの肩をぽんぽんと叩いたので、ルイズが振り向くと、エレオノールは悲しそうな顔で黙って首を横に振った。

「殿下の、討ち死になさる様も、その中には含まれるのですか?」

「当然だ。私は真っ先に死ぬつもりだよ」

 明日にも死ぬという時なのに、皇太子はいささかも取り乱したところがない。現実感がなくて、まるでお芝居の中の出来事のようにも見えた。

 ルイズは深々と頭を下げて、ウェールズに一礼すると、意を決して口を開いた。

「殿下・・、失礼をお許しください。恐れながら、申し上げたい事がございます」

「なんなりと、申してみよ」

「この、ただいまお預かりした手紙の内容、これは・・」

「ルイズ」

 エレオノールが窘めた。それはウェールズとアンリエッタのプライベートに踏み込み過ぎているからだ。それでも、ルイズは、きっと顔を上げると、ウェールズに尋ねた。

「この任務をわたくしに仰せつけられた際の姫さまのご様子、尋常ではございませんでした。そう、まるで、恋人を案じるような・・。それに、先ほどの小箱の内蓋には、姫さまの肖像が描かれておりました。手紙に接吻なさった際の殿下の物憂げなお顔といい、もしや、姫さまとウェールズ皇太子は・・・」

 ウェールズは微笑んだ。目の前の少女が何を言いたいのか察したのである。

「君は、従妹のアンリエッタと、この僕が恋仲であったと言いたいのかね?」

 その言葉に、ルイズは頷いた。

「そう想像いたしました。とんだご無礼を、お許しください。してみると、この手紙の内容とやらは・・」 

 ウェールズは額に手を当てて、言おうか言うまいか少し悩んだそぶりを見せた後に言った。

「恋文だよ。君が想像している通りのものさ。確かにアンリエッタが手紙で知らせたように、この恋文がゲルマニアの皇室に渡ってはまずい事になる。なにせ、彼女は始祖ブリミルの名において、永久の愛を僕に誓っているのだからね。知っての通り、始祖に誓う愛は、婚姻の際の誓いでなければならぬ。この手紙が白日の下にさらされたならば、彼女は重婚の罪を犯す事になってしまうであろう。そうなれば、なるほど同盟相成らず。トリステインは一国にて、あの恐るべき貴族派に立ち向かわねばなるまい」

「とにかく姫さまは、殿下と恋仲であらせられたのですね?」

「昔の話だ」

 ルイズは熱っぽい口調で、ウェールズに言った。

「殿下、亡命なされませ! トリステインに亡命なされませ!」

 ワルドが寄ってきて、すっとルイズの肩に手を置く。だがルイズの剣幕はおさまらない。

「お願いございます! わたし達と共に、トリステインにいらしてくださいませ!」

「それはできんよ」

 ウェールズは笑いながらそう答えた。

「殿下、これはわたくしの願いではございませぬ! 姫さまの願いでございます! 姫さまの手紙には、そう書かれておりませんでしたか? わたくしは幼き頃、恐れ多くも姫さまのお遊び相手を務めさせていただきました! 姫さまの気性は大変よく存じております! あの姫さまがご自分の愛した人を見捨てるわけがございません! おっしゃってくださいな、殿下! 姫さまは、たぶん手紙の末尾であなたに亡命をお勧めになっているはずですわ!」

「そのような事は、一行も書かれていない」

「殿下!」

 ルイズがウェールズに詰め寄った。

「私は王族だ。嘘はつかぬ。姫と私の名誉に誓って言うが、ただの一行たりとも私に亡命を勧めるような文句は書かれていない」

 ウェールズは苦しそうな表情を浮かべながらルイズに言った。その口ぶりから、ルイズの指摘が当たっていたことがうかがえる。

「アンリエッタは王女だ。自分の都合を、国の大事に優先させるわけがない」

 それを聞いて、ルイズはウェールズの意思が果てしなく固いのを感じ取った。ウェールズは、アンリエッタを庇おうとしているのだ。臣下のものに、アンリエッタが情に流された女だと思われるのが嫌なのだろう。

 ウェールズは、優しくルイズの肩を叩いた。

「君は正直な女の子だな、ラ・ヴァリエール嬢。正直で、まっすぐで、良い目をしている」

 ルイズは、寂しそうに俯いた。

「忠告しよう。そのように正直では大使は務まらぬよ。しっかりしなさい」

 ウェールズは微笑んだ。白い歯が見える、魅力的な笑みだった。

「しかしながら、亡国への大使としては適任かもしれぬ。明日に滅ぶ政府は、誰より正直だからね。何故なら、名誉以外に守るものが他に無いのだから」

 それから机の上に置かれた、水が張られた盆の上に載った針を見つめた。それがアルビオンの時計らしい。

「そろそろ、パーティの時間だ。君達は、我らが王国が迎える最後の客だ。是非とも出席してほしい」

 チンプイ達は部屋の外に出た。ワルドは残って、ウェールズに一礼した。

「まだ、何か御用がおありかな? 子爵殿」

「恐れながら、殿下にお願いしたい議がございます」

「なんなりとうかがおう」

 ワルドはウェールズに、自分の願いを語って聞かせた。ワルドの願いを聞いて、ウェールズはにっこりと笑った。

「なんともめでたい話ではないか。喜んでそのお役目を引き受けよう」

 

 パーティは、城のホールで行われた。簡易の玉座が置かれ、玉座にはアルビオンの王、年老いたジェームズ一世が腰かけ、集まった貴族や臣下を目を細めて見守っていた。

 明日で自分達は滅びるというのに、随分と華やかなパーティだった。王党派の貴族達はまるで園遊会のように着飾り、テーブルの上にはこの日のためにとっておかれた、様々なご馳走が並んでいる。

 こんな時にやってきたトリステインからの客珍しいらしく、王党派の貴族達がかわるがわるルイズ達の元へとやってきた。貴族達は悲観にくれたような事は一切言わず、三人に明るく料理を勧め、酒を勧め、冗談を言ってくる。

 そして最後には、「アルビオン万歳!」と、怒鳴って去って行くのだった。

 

 そんな中、パーティ会場の外で、エレオノールとワンダユウが、話をしていた。話題は、勿論、未だにしっぽを出さない『レコン・キスタ』のワルドについてである。

「ワンダユウさんは、どう思いますか?」

 誰もいない空間に向かってエレオノールが話しかける。ワンダユウがそこにいるのだが、ワンダユウは『透明キャップ』を被っているので姿は誰にも見えないのだ。

「ルイズさまを篭絡しようとしている節がありますな。すでに”元”婚約者であり、ルイズさまにハッキリと拒絶されているにも拘らず、婚約者と言い続けていますし・・。

『ガンダールヴ』のことを知っていた以上、『レコン・キスタ』は、ルイズさまを『虚無』の担い手と睨んで、ルイズさまを手に入れようとしているのかもしれませんな。

ただ、表立った動きがこれまでないのは、エレオノールさまがいらっしゃるからかもしれませんね。今まで襲撃は、傭兵や賊に任せていたようですが、ルイズさまだけはそうはいきません。

そこで、提案なのですが・・、どうでしょう?一度エレオノールさまがルイズさまから離れるというのは?」

「・・・罠を仕掛ける、ということですか?」

「はい。ただ・・その罠は、ルイズさまにも悟られないようにしなければなりません。ルイズさまは、その・・」

「あの子は、良くも悪くも嘘を付けないからね?」

 言いにくそうにしているワンダユウの言葉を、エレオノールが引き継いだ。

「・・はい、さようでございます。大変申し上げにくいのですが・・ルイズさまには、囮になって頂きたく存じます。ルイズさまは、エレオノールさまがこの場を離れても、気丈に振る舞われるでしょう。シンの強いお方ですからな。しかし、ワルドに付け入る隙を与えなければ、今回の作戦は上手くいきません・・。そこで、わたくしも、この場を離れようと思います」

 それを聞いたエレオノールは、声を荒げた。

「ちょっと! それは、いくら何でも危険すぎるわ! 誰がワルドを取り押さえるのよ!」

「無論、こっそりと代わりの護衛を付けます。科法『透明キャップ』で隠れていただきますが・・。表向きは、キュルケさん達に護衛を代わりに頼むことに致しましょう。今のエレオノールさまのように、ルイズさまもさすがに動揺なさるはずです。そうすれば、ワルドが付け入る隙も生まれると存じます。

・・そして、エレオノールさまが消えれば、ワルドは慌ててルイズさまと接触するでしょう。明日、王党派が滅びるという限られた時間の中で、これ以上のチャンスはありませんからな。慌てれば、慎重さは欠けます。注意深いきつねも、そのしっぽを見せてしまうという訳です」

「なるほど・・、ルイズから今離れるのは、わたしにとっては不本意ですが・・仕方ありませんね。その『護衛』とやらは、信用するに足る人物なのですか?」

 エレオノールの問いに、ワンダユウが答える。

「はい。今、ちょうど、いらっしゃったところです」

ワンダユウの指し示した空間に、大きな光の玉が出現した。その光の中から、ワンダユウのいう『護衛』が現れた。

「! あなたは!」

「………………………」

 驚くエレオノールに『護衛』は、事情を説明した。

「そうですか。分かりました。このような心強い”護衛”にいて頂ければ、わたしも安心してこの場を任せることが出来ます。

それで・・ワンダユウさん?ルイズには、わたしがこの場を離れる理由をどう説明するのですか?」

 エレオノールは、安堵の表情を見せながらも、一番気になっていた質問をワンダユウにした。

「はい。ちょうど、エレオノールさまの結婚相手の候補者が決まってきたので、エレオノールさまに選んで頂こうかと思っております。ルイズさまには、ワルドのしっぽを出させるためだということはお伝えしますが・・、あくまでも、キュルケさん達に護衛をお願いする、とご説明させていただきます」

「なっ!わ、わたしの結婚相手!? ルイズに説明するのは分かったけど・・わたしの結婚相手!?」

 エレオノールは、顔を真っ赤にさせて、思わずワンダユウに何度も確認した。

「はい。それと・・今回、エレオノールさまに会っていただきたい方がいらっしゃるのですが・・」

「・・誰?」

 ワンダユウに尋ねるエレオノールの顔はまだ赤かったが、エレオノールに会いたいという人物に、エレオノールは興味を持ったのだった。

「ムニルさまご夫妻です。ムニルさまは、ルルロフ殿下の母君の一番上の姉君の令孫に当たります。・・つまり、ルイズさまやエレオノールさまは、ムニルさまの叔母君に当たる訳です。

ムニルさまご夫妻は、ご新婚旅行の途中ですが・・エレオノールさまのご活躍を耳にされて、是非エレオノールさまにお会いしたいとのことです。

これは、エレオノールさまとルイズさまにとって貴重なお話を聞くまたとない機会ですよ?」

「どうして?」

「ムニルさまご夫妻は、王室典範でご婚約前にお顔をお見せすることは出来ない中で、ゴールインなさりました。ムニルさまの奥様のキキさまは、ルイズさまと同じで結婚相手のお顔をご覧になることが出来ず・・ムニルさまは、エレオノールさまと同じでご自分のお顔を結婚相手にお見せすることが出来ず・・お二人とも少なからず悩んでおいででした」

「・・・そう。確かに、聞いておくべきなのかもね。というか、わたしは、ルイズと逆で相手にわたしの顔を見せられないのね。

何だか歯がゆい気持ちだわ。・・・ルルロフ殿下もこんな気持ちなのかしら?」

 エレオノールは、少し俯いて言った。

「はい。今までは」

「今までは? どういうこと、ワンダユウさん?」

 エレオノールは、ワンダユウの言葉で顔を上げた。

「はい。確かに、王室典範ででご婚約前にお顔をお見せすることは出来なかったのですが、先日のチンプイの提案にわたくしも乗ってしまい、ルルロフ殿下と瓜二つのお顔をしたウェールズさまのお写真をルイズさま達にお見せしたことが、王室で問題になり、議論になりまして・・」

「じゃあ、ワンダユウさんもチンプイ君も何か罰を受けるの?」

 エレオノールが不安そうに尋ねた。

「いいえ。王室典範に瓜二つのお方のお写真を見せてはいけないという規定はございませんでしたし、ルルロフ殿下とルイズさまの縁談を円滑に進めようと考えたためということで、今回はお咎めなしとなりました」

「そう。それを聞いて安心したわ。それで、何か新たな規定が王室典範に加わったの?」

エレオノールは、安堵の吐息を漏らした。

「はい。………………、となりました」

「そう。なるほどね。これは、マール星にとって、歴史的な快挙になったわね」

 ワンダユウが説明した新たな王室典範について、エレオノールは納得の表情を浮かべた。

「はい。わたくしもそう思います。これで、ルルロフ殿下やエレオノールさまのお悩みが、かなり解消されたと存じます」

「ええ、そうね。じゃあ、行きましょうか」

「はい」

 ワンダユウとエレオノールは、ルイズ達のもとへと向かった。

 大きな光の玉は、すっと消えて、別の場所へと向かった。

 

 エレオノールは、ルイズ達に、ワンダユウとともにエレオノールの縁談で一時この場を離れる旨を説明した。

「姉さま、何で今なの!? それに、ワンダユウまで連れて行くなんて!」

「ワルドを油断させるためよ。それに・・別にワンダユウさんがいなくったって、どうせルイズやキュルケ達に攻撃できないんだから、問題ないでしょう?」

「それはそうだけど・・でも!誰がワルドを捕まえるのよ! チンプイじゃ無理よ!ワンダユウがいなきゃ困るわ!」

「そ、それは・・そう! どうせ攻撃当たらないんだから、いつかワルドの精神力も尽きるわよ! どうしても生け捕り出来なかったら、チンプイ君とか・・誰でもいいから刃物で、ワルドを打ち首にすればいいわ!」

 エレオノールは、誤魔化すように身振り手振りで説明をした。

「打ち首って・・」

 ルイズは、人殺しをチンプイにさせるのも自分が人が死ぬ現場を見るのもイヤで、表情を曇らせた。

 そんなルイズの様子に、エレオノールはため息をついて言った。

「はあ・・。よく聞きなさい、ちび。ここは戦場で、ワルドは敵なのよ。人殺しがイヤだなんて言ってられないの。戦場では誰かが死ぬわ。 あなたが自分で志願したことでしょう?」

「で、でも! チンプイにやらせるなんて!」

「別にチンプイ君じゃなくてもいいわよ。でも・・あなたがこの任務をやると自分で決めた以上、誰がワルドを殺しても、ワルドの殺害にあなたも関与したという事実をちゃんと受け止めなくてはダメよ」

「はい・・、分かりました。

・・姉さま、これからは、たとえ姫さまのお願いでも、軽はずみに戦争参加や戦場に行くと言わないようにします。チンプイやワンダユウも巻き込んじゃったし・・。

わたしのあの時の発言。責任の重さを、今、痛感しました・・」

 ルイズは、戦場に行くことがどういうことなのか頭では分かったつもりでも、実際に人の死と隣り合わせの戦場に行くということがどういうことなのか理解していなかった。トリステイン魔法学院では、所詮、貴族同士の遊びのような決闘が関の山であったからだ。

 色々な人を巻き込んでいることに、ルイズは責任を感じ、深く反省していたのだった。

 ルイズの反省した様子に、エレオノールは無言で頷いた。

「お姉さま、ルイズも反省してることだし、しんみりとした話はこれくらいにして、これからのことを話しましょうよ」

 キュルケが場の空気を変えようと、話を戻した。

「そうね・・。キュルケ、ありがとう。

じゃあ、話を戻すわよ。チンプイ君が『ガンダールヴ』であることを、おそらくフーケ辺りから聞いて、『レコン・キスタ』は、ルイズを『虚無』の担い手と睨んで、ワルドにルイズを手に入れるように指示したんだと思うわ」

「わたしが『虚無』・・、本当なの?姉さま?」

「あくまでも可能性よ、ちび。それとね、ワンダユウさんも、今回は長くハルケギニアにいて貰っているけど・・いつもルイズの近くにいられる訳ではないわ。

万が一、ワンダユウさんがいない時に何かトラブルに巻き込まれても、チンプイ君やあなたの信頼する仲間たちと一緒に困難を乗り越えられるようにした方がいいわ。

幸い、キュルケ達のお陰でフーケも居なくなったし、ワルドもルイズ達に攻撃できないから、危険も少ないし、自分達でやってみるいい機会だと思わない?」

「確かにそうだけど・・。でも・・」

 煮え切らない様子のルイズに、キュルケが後押しするようにして言った。

「ワルドの”偏在”は、フーケの攻撃からあたし達を守ったわ。本人は不本意だったみたいだけど・・。つまり、フーケの他に『レコン・キスタ』の協力者がいたとしても、その協力者はワルドを相手にしなくちゃならないのよ。ワルドの実力はかなりのものだし、あたし達が危ない目に合うことはないんじゃないかしら?

お姉さまが戻ってくる前にワルドをとっ捕まえて、あっと言わせましょうよ」

 キュルケはそう言うと、悪戯っぽく笑った。

「そうね・・。ありがとう、キュルケ。わたし、やるわ!」

 そう言ったルイズの鳶色の瞳には、決意の意志が宿っていた。

 

 その後、ワルドやウェールズに、所用で一時この場を離れると説明して、エレオノールはニューカッスルを後にした。

 その際、ワルドは、誰にも見られないように顔を伏せたまま、歪んだ笑みを浮かべて、

「チャンスだ!何であれ、あの行かず後家がいなければ、もう怖くない。

フーケの話を聞く限りでは、フーケを仕留めたのはチンプイかエレオノールで間違いない。チンプイの剣の腕は確かに凄かったが・・、あの程度で『土くれ』が遅れを取るとは思えない・・。つまり、一番厄介なのは、エレオノール。『公爵』の称号も伊達ではないという訳だ。

高飛車で口だけの僕の婚約者は、恐らくついでに同じ称号を貰っただけだろう。今のうちに、あの生意気な小娘を手に入れなくては!」

と、ワルドは心の中でひとりごちた。

 

 エレオノールがいなくなったのを確認すると、ワルドはすぐに行動を起こした。

 まず、ウェールズ皇太子と大事な話があると言って、始祖ブリミルの像が置かれた礼拝堂から、アルビオンの王党派の面々を遠ざけた。

 そして、ワルドは、ルイズに近づいて言った。

「明日、僕とここで結婚式を挙げよう、ルイズ」

 ルイズの体が固まった。一瞬、何を言っているのか分からなかった。

「こ、こんなときに?こんなとこで? それに、わたし達、婚約解消したじゃない! エレ姉さまや母さまだっていないのに、何を勝手な・・」

 ワルドは、ルイズの言葉を切るようにして言った。

「ダメだ!君は、僕・・いや我が『レコン・キスタ』に必要なんだ」

「『レコン・キスタ』・・・それって!ワルド、あなた!」

 ルイズは、ワルドの言葉に目を大きく見開いた。まさか自分から正体を明かしてくるとは思っていなかったからだ。

「僕のルイズ・・君は何も考えず、ただ従えばいい」

 ワルドは、冷たい声で言った。

「冗談じゃないわ!結婚なんかするもんですか!」

 ルイズは、ワルドが自分に攻撃できないと分かっていても、その雰囲気に気圧されて、怖くなり走って逃げようとした。

「逃げられはせん。『虚無』の末裔よ」

 ワルドはそう言うと、クロムウェルに渡された『アンドバリ』の指輪をルイズに向けた。

 ルイズは意識が薄れていく中で、必死に助けを求めた。

「た、す、け、て・・。姉・・さま、チ・・ンプイ」

 その直後、ルイズの鳶色の瞳は灰色に濁り、ルイズはワルドに無言で跪いた。

「大変!早く、チンプイに知らせなきゃ!」

 その様子をこっそり窺っていたキュルケ達が駆け出そうとした。しかし・・、

「どこに行くつもりだ」

「ひっ!」

 急に目の前に現れたワルドの”偏在”に、ギーシュは悲鳴を上げて、腰を抜かした。

「ちょ、ちょっと、お手洗いに・・」

 ギーシュは苦し紛れの言い訳をする。

「そんな訳あるか! ・・まあいい。客人がいないと王党派のボンクラ共に騒がれても面倒だ。お前たちは黙って部屋に戻って眠れ」

 ワルド本体が背後からキュルケ達に『アンドバリ』の指輪をかざした。

 すると、キュルケ・タバサ・ギーシュは、目が死んだ魚のようになって、フラフラと各自部屋に戻っていった。

「ふふっ! これで邪魔者はいなくなった! 

・・いや、『ガンダールヴ』が残っているか。まあいい。あいつ一人位なんとでもなるさ。

さて、準備をしようか、ルイズ! 僕達の結婚式とウェールズ皇太子の葬式の準備をな!フハハハハハ」

 ワルドは大声で下品に笑いながら、ルイズを引き連れてその場を後にした。

『透明キャップ』を被り、その一部始終を見ていた『護衛』は、ギュッと拳を握りしめた。

 

その夜。

 滅び行くアルビオン王政府と最期まで自分に付いてきてくれた王党派の家臣たち、そして愛するアンリエッタのことを考えながら、ウェールズは、ひとり物思いにふけていた。

「アンリエッタ・・、最期に君に一目会いたかったが、それが出来ない無力な僕を許してくれ」

 そんなウェールズをぽうっと照らす大きな光の玉に、ウェールズは気が付いた。

「? 何だあの光は」




次回で、ニューカッスルの決戦完結。
その次の話で、外伝としてエレオノールの結婚相手に関するお話を入れようと考えております。


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ニューカッスルの決戦

遥か宇宙、マール星レピトルボルグ王家は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールをお妃に迎えるための使者をハルケギニアに送った。
ワンダユウは、大使としてトリステインとマール星を行き来し、
チンプイは、ルイズの使い魔兼お世話役として、トリステインに残った。
ワンダユウ「チンプ~イ!頼んだぞ~!」

アルビオン編、ニューカッスルの決戦完結です。

※多忙のため、毎日少しずつ書いたので、かなり亀更新になってしまいました。今後も亀更新になると思いますので、ご了承下さい。


 ワルドがルイズを連れ去ったことを知らないチンプイは、城のバルコニーで黄昏た空を見つめ、ひとり物思いにふけていた。

「浮かねえ顔して、どうしたんだ? 相棒」

 沈んだ表情を浮かべているチンプイに、デルフが声をかけた。

「ワンダユウじいさんがいなくなって、ルイズちゃん大丈夫かなあと思って」

「なら、今からそばに行ってやれよ。あの娘っ子も不安だろうし、喜ぶぜ。素直にそう言わねえだろうがな」

「うん・・。そうなんだけど、ぼく、ワルドを押さえられる自信が無くて・・」

「あいつはどうせ攻撃できねえんだろ? それに、姐さんと犬の旦那は、万が一何かがあっても、お前が付いていれば大丈夫だと思ってここを離れたんじゃねえのか? 最悪、バンバン『科法』とやらを使えば何とかなんだろ」

「う~ん。ぼくのスタミナじゃ、大した科法は使えないんだよね。『ガンダールヴ』の力で科法が強化されたのに、それでもワルドとの決闘で負けちゃったし・・」

「それだ。相棒」

「何?」

「相棒、『ガンダールヴ』なんだよな?」

「うん。伝説の使い魔だってね。ま、伝説が聞いて呆れる弱さだけど・・それがどうしたの?」

「んなことねえよ。この前は相手が悪かったし、科法を大っぴらに使わないで戦ったんだしよ。

ああ、その名前なんだが・・随分昔のことでな・・、なんかこう、頭の隅に引っかかってるんだが・・、なかなか思い出せねぇ」

 デルフリンガーは、金具をカチカチと動かして、ふむ、とかああ、とか何度も呟いた。

「なんだ。そんなの簡単だよ。思い出させてあげようか?」

「そ、そんなのって、おめえ・・。俺に思い出させるなんて出来るのか?そんな魔法、聞いたことねえぞ」

 驚くデルフリンガーにチンプイは笑って答えた。

「魔法じゃなくて、科法だよ。 じゃあ、いくよ。 科法『思い出ひき出し』、チンプイ!」

「ん? おおおっ!!すげえ!本当に思い出したぜ!便利だな、科法って。 ありがとな、相棒!」

「どういたしまして。 で、『ガンダールヴ』のこと何か思い出した?」

「ああ。実はな、俺は昔お前に握られてたぜ。ガンダールヴ。でも、すっかり忘れてた。何せ、今から六千年も昔の話だからな。懐かしいねえ。泣けるねえ。そうかぁ、いやぁ、なんか懐かしい気がしてた」

「え? どういうこと? 前の『ガンダールヴ』の話?」

「そうさ!嬉しいねえ! そうこなくっちゃいけねえ! 俺もこんな格好してる場合じゃねえ!」

 叫ぶなり、デルフリンガーの刀身が突然輝き出し、今まさに研がれたかのようになった。

 チンプイは呆気に取られてデルフリンガーを見つめる。

「デルフ?」

「これがほんとの俺の姿さ! 相棒! いやぁ、てんで忘れてた! そういや、飽き飽きしてた時に、テメェの体を変えたんだった! なにせ、面白い事はありゃしねえし、つまらん連中ばっかだったからな!

それより、相棒!おめえの科法と俺の能力を合わせれば、ワルドの野郎にも勝てるぜ」

「そうなの?」

 チンプイは怪訝な顔をして尋ねた。

「ああ。俺は攻撃魔法を吸収できんだ。ワルドのスクエア級の魔法でも問題ねえよ。

それから、『ガンダールヴ』の強さは心の震えで決まるんだ。怒り、悲しみ、愛、喜び・・なんだっていい。ただ、無茶をすればそれだけ『ガンダールヴ』として動ける時間は減るぜ。なにせ、お前さんは主人の呪文詠唱を守るためだけに生み出された使い魔だからな」

 デルフリンガーが説明した。

「そうなんだ・・あれを吸収できるんなら、勝てるかもね。でも、心を震わせるタイミングを考えなくちゃいけないってこと? まだ必要ない時にどうしても心が震えたらどうするの?」

 チンプイが尋ねた。

「そん時は、深呼吸して心を落ち着かせるか、俺から手を放すんだな」

「科法は?」

 デルフリンガーはしばらく考え込んだ後、言った。

「そん時に決めたらいいんじゃねーの? 使わなきゃ反応しねーだろうし」

「そうだね」

 笑ってそう答えたチンプイは、いつもの明るさを取り戻していた。

 

 その頃、始祖ブリミルの像が置かれた礼拝堂でウェールズ皇太子は新郎と神父の登場を待っていた皆、戦の準備で忙しいらしく、周りに他の人間は一人もいない。ウェールズも、すぐに式を終わらせて戦の準備に駆けつけるつもりであった。

 ウェールズは皇太子の礼装に身を包んでいた。明るい紫のマントは王族の象徴、そしてかぶった帽子はアルビオン王家の象徴である七色の羽がついている。

 扉が開き、ルイズとワルドが現れた。ルイズは何故か呆然と突っ立っている。ワルドに促され、ウェールズの前に歩み寄った。

 『アンドバリ』の指輪で操られたルイズは、わずかに意識はあったものの行動に移すことは出来ず・・言われるがままに、半分眠ったような頭でここまでやってきた。

 ワルドは、アルビオン王家から借り受けた新婦の冠をルイズの頭にのせた。新婦の冠は魔法の力で永久に枯れぬ花があしらわれ、なんとも美しく、清楚なつくりをしていた。

 そしてワルドはルイズの黒いマントを外し、やはりアルビオン王家から借り受けた純白のマントをまとわせた。新婦しか身に着ける事を許されない乙女のマントである。

 始祖ブリミルの像の前に立ったウェールズの前で、ルイズと並んでワルドは一礼した。ワルドの格好は、いつもの魔法衛士隊の制服である。

「では、式を始める」

 王子の声がルイズの耳に届く。しかしどこか遠くで鳴り響く鐘のように、心もとない響きだった。ルイズの心には、深い霧のような雲がかかったままだ。

「新郎、子爵ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。汝は始祖ブリミルの名において、このものを敬い、愛し、そして妻とする事を誓いますか」

 ワルドは重々しく頷くと、杖を握った左手を胸の前に置いた。

「誓います」

 ウェールズはにこりと笑って頷き、今度はルイズに視線を移す。

「新婦、ラ・ヴァリエール公爵三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール・・」

 朗々と、ウェールズが誓いのための詔を読み上げる。

 今が、結婚式の最中だという事に、ルイズはようやく気付いた。相手は祖国を裏切ろうとしている、かつて憧れていたワルド。二人の父が交わした、結婚の約束。幼い心の中、ぼんやりと想像していた未来。婚約破棄を言い渡した母。

 今、ルイズはワルドに怪しげな指輪で操られている危機的状況ではあるが、それよりも、ルイズは先程からずっと気になっていることがあった。ウェールズの顔を見る度に、胸がチクリと痛くなるのである。ウェールズ皇太子は、姫さまの思い人なだけあって、成程、確かにかっこいい。しかし、これほどまでにウェールズのことを意識していなかったはずだ。

 でも、それならばどうしてこんなにせつないのだろう。

 どうして、こんなに気持ちが沈むのだろう。

 滅び行く王国を、目にしたから?

 愛する者を捨て、望んで死に向かう王子を目の当たりにしたから?

 違う。悲しい出来事は、心を傷つけはするけれど、このような雲をかからせはしない。

 ルイズは不意に、初めてウェールズに会って驚いた時のことと、ワンダユウが『フリッグの舞踏会』の前にエレオノールに言った言葉を思い出した。

 もしかして・・

 その理由に気づいて、ルイズは顔を赤らめた。

 でも、それはほんとの気持ちだろうか?

 わからない。でも、確かめる価値はあるんじゃないだろうか?

 ルイズは、自分でも抑えることのできない今までに感じたことのない感情により、自力で『アンドバリ』の指輪の呪縛を解こうとしていた。

 

「新婦?」

 ウェールズがこっちを見ている。ルイズは慌てて顔を上げた。

 式は自分の与り知らぬ所で続いている。ルイズは戸惑った。どうすれば良いんだろうか。こんな時は、一体どうすれば良いのだろうか。誰も教えてくれない。いつも自分を立ててくれるワンダユウも、いつも自分を正しく導いてくれるエレオノールも、この場を離れている。こんな我儘な自分の使い魔になってくれたチンプイは、異変に気が付いたら、必死になって自分を探してくれているに違いない。

「緊張しているのかい? 仕方がない。初めての時は、ことがなんであれ、緊張するものだからね」

 にっこりと笑って、ウェールズは続けた。その笑顔がルイズの胸にチクリと刺さる。

「まぁ、これは儀礼に過ぎぬが、儀礼にはそれをするだけの意味がある。では繰り返そう。汝は始祖ブリミルの名において、このものを敬い、愛し、そして夫と・・」

 ルイズは深呼吸して、決心した。

 ウェールズの言葉の途中、ルイズは首を横に振った。

「新婦?」

「ルイズ?」

 二人が怪訝な顔で、ルイズの顔を覗き込む。ルイズは、ウェールズに正面から向き直った。悲しい表情を浮かべて、再び首を横に振る。

「どうしたね、ルイズ。気分でも悪いのかい?」

「そう・・じゃない。た、たす、助けて・・ください。殿下。わたし・・ワルドに変な魔法かけられて・・無理矢理結婚させられそうなんです」

 そう言うと、ルイズはヴェールズの胸にに勢いよく飛び込んだ。

 予想もしてなかった展開に、ウェールズは目を大きく見開いたが、ウェールズは優しくルイズの頭を撫でて言った。

「なんと・・君がそんな目に遭っていたのに、気付いてあげられなくてすまなかった・・。もう大丈夫だ。よく頑張ったね、ル・・ラ・ヴァリエール嬢。君は、この結婚を望まないんだね?」

「はい、その通りでございます」

 ルイズは、ウェールズに優しく頭を撫でられて、すっかり正気を取り戻していた。

 それを見たワルドの顔に、さっと朱が差した。ウェールズは困ったように、首を傾げると残念そうにワルドに告げた。

「子爵、誠にお気の毒だが、花嫁が望まぬ式をこれ以上続けるわけにはいかぬ」

 だが、ワルドは、ウェールズの言葉を無視して、ウェールズの胸にうずくまるルイズに呼びかけた。

「・・緊張しているんだ。そうだろ、ルイズ。君が、僕との結婚を拒むわけがない」

「ごめんなさい、ワルド。憧れだったのよ。もしかしたら、恋だったかもしれない。でも、今は違うわ」

 すると、ワルドの表情が、どこか冷たい、トカゲか何かを連想させるものに変わった。

 熱っぽい口調で、ワルドが叫ぶ。

「世界だルイズ。僕は世界を手に入れる! そのために君が必要なんだ!」

 豹変したワルドに怯えながらも、ルイズは再び首を横に振った。

「・・わたし、世界なんかいらないもの」

 ワルドは両手を広げると、ルイズに詰め寄った。

「僕には君が必要なんだ! 君の能力が! 君の力が!」

 ワルドの剣幕に、ルイズは恐れをなした。何が彼を、こんな物言いをする人物に変えたのだろう?

 

 城のバルコニーで、チンプイは目をこすった。

「何だよ相棒」

「左目に何かこことは別の景色が見えるんだけど・・」

 果たしてそれは、誰かの視界だった。

 左目と右目が、別々の物を見ているようにチンプイは感じていた。

「なら、貴族の娘っ子の視界なんじゃねーの?」

 デルフの言葉でチンプイは、いつだったか、ルイズが言っていた事を思い出した。

『使い魔は主人の目となり、耳となる能力を与えられるわ』

 だが、ルイズちゃんは自分の見ているものがまったく見えないと言っていたけど・・、逆の場合もあるという事だろうか?

 しかし、どうして、突然ルイズちゃんの視界が見えるようになったのだろうか?もしかして、ルイズちゃんのピンチ?

 チンプイはそこまで考えると、バルコニーを飛び出した。

「ど、どうしたんだよ相棒! 何が見えたんだ!?」

「話はあと!ルイズちゃん・・お願い、無事でいて! 科法『探知スター』、チンプイ!」

 チンプイは、ルイズの居場所を科法で突き止めると、なぜかルイズとワルドの結婚式が開かれている礼拝堂へと急いだ。

 

 ルイズに対するワルドの剣幕を見かねたウェールズが、ルイズを守るようにギュッと抱きしめた。

「子爵・・君はフラれたのだ。いさぎよく・・」

「黙っておれ! ルイズ・・そいつから離れるんだ。君は、そいつの恋人でも何でもないだろう?」

 ワルドの威圧するような低い声にルイズは、怯みそうになったが、ウェールズをさらに強く抱きしめて、ルイズは言った。

「違うわ!この方は・・」

 そこまで言いかけて、ルイズはウェールズの顔を見ると、胸が高鳴り、恥ずかしくなってその先を続けられなくなってしまった。

「そいつが?なんだって?・・まあいい。 取り敢えず、離れろ!」

 科法で余計な詮索が出来ないワルドは、ウェールズの暗殺を実行しようと頭を切り換えた。しかし、ルイズが邪魔で攻撃が出来ない。ルイズを手に入れられないのなら、ウェールズごと消しても問題ないはずなのに、それをしようとするとすさまじい痛みがワルドを襲い、ワルドは蹲った。

 それでも、ワルドは痛みに耐えて立ち上がり、言った。

「ぐっ・・こうなっては仕方ない。ならば目的の一つは諦めよう」

「目的?」

 ルイズは思わず首を傾げた。どういうつもりなのだろうか。

 ワルドは唇の端を吊り上げると、禍々しい笑みを浮かべた。

「そうだ。この旅における僕の目的は三つあった。その二つが達成できただけでも、良しとしなければな」

「達成? 二つ? どういう事?」

 ルイズは不安におののきながら、尋ねた。科法による制約で、ルイズにワルドは攻撃できないはずであるが、心の中で、考えたくない想像が急激に膨れ上がる。この場に、ワンダユウとエレオノールとチンプイがいないことが、ルイズにはとても心細く感じられた。

 ワルドは右手を掲げると、人差し指を立ててみせた。

「まず一つは君だ、ルイズ。君を手に入れる事だ。しかし、これは果たせないようだ」

「当たり前じゃないの!」

 次にワルドは、中指を立てた。

「二つ目の目的は、ルイズ。君のポケットに入っている、アンリエッタの手紙だ」

 ルイズはその言葉で、はっとした表情を浮かべた。

「ワルド、あなた・・」

「そして、三つ目・・」

 ワルドの『アンリエッタの手紙』という言葉で、すべてを察したウェールズは、ルイズを守るように抱きかかえながら、杖を構えて詠唱を開始する。しかし、ワルドは二つ名の閃光のように素早く杖を引き抜くと、瞬時に”エア・ニードル”の呪文の詠唱を完成させた。ワルドは風のように身を翻らせ、ウェールズの背後に回り込むと、青白く光るその杖でウェールズを貫こうとした・・。

 その時!

 ゴォオオオオオオオオオオオッ!

 突如、巨大な竜巻がウェールズの背後に現れ、ワルドは壁に叩き付けられた。

「がはっ! い・・一体、何が起こったというのだ」

「『三つ目・・、貴様の命だ。ウェールズ』ですか? 『レコン・キスタ』のワルド子爵?」

 その言葉に驚いたワルドが、ウェールズの方を向くと、そこには、いつの間にか、幻獣マンティコアの大きな刺繍が縫い込まれた黒いマントを羽織った騎士が、ウェールズとルイズを守るように立っていた。おまけに、隊長職を意味する羽飾りのついた帽子を被っている。騎士の羽飾りの下の顔は、下半分が鉄の仮面に覆われている。

「貴様!何者だ! その帽子とマント・・マンティコア隊の隊長のものだな?ド・ゼッサールか?」

 ワルドは、騎士を睨みつけながら言った。しかし、ド・ゼッサールにしては、体が細い。何者なのだろうか?

 

「母さま!」

 ルイズは、一瞬でその騎士の正体を見破った。ワルドは、ルイズの言葉に驚き、目を見開いて、騎士をもう一度見つめる。なるほど、そのマントはよく見ればずいぶんと色あせ、年月を経たものであった。しかし、手入れがいいのか、綻びや破れは見当たらない。

 ワルドは、正体が分かると、不敵な笑みを浮かべて、騎士と対峙した。

「これはこれは、ラ・ヴァリエール公爵夫人・・おっと、今はルイズとエレオノール殿も公爵夫人ですから、混同してしまいますね。 カリーヌ殿、ルイズの母君であるあなたが、どのようなご用向きで、そのような格好でこちらへ?」

「本来ならば、裏切り者に、答える義理はありませんが・・いいでしょう。冥土の土産によく聞きなさい。今日のわたくしは、公爵夫人カリーヌ・デジレではありません。鋼鉄の規律を尊ぶ、先代マンティコア隊隊長カリンですわ。祖国を裏切り、国法を破りし娘の元婚約者のワルドを拘束し、もって当家のトリステインへの忠義の証とさせて頂くわ」

 カリーヌの鋭い眼光に気圧されそうになりながら、ワルドは呪詛の言葉を吐き出すような声で冷たい声で言った。

「!・・まさか、貴様が、あの”烈風”カリンだったとは・・。あの行かず後家・・エレオノールが、ルイズから離れたのはそういうことか。 確かに、音に聞く『烈風』ならば、僕に後れを取ることはないと思ったのだろうが・・その名声はもはや過去の話だ。雅な社交界で戦場の垢や埃もすっかり抜け落ちてしまった貴様が今更そんな恰好をしたところで、現役バリバリの魔法騎士隊隊長である僕に勝てる訳がない! もうとっくにご存知のようだが・・そうとも!いかにも僕はアルビオンの貴族派、『レコン・キスタ』の一員さ。ウェールズと貴様ら親子共々葬り去ってくれる!」

「どうして! トリステインの貴族であるあなたがどうして!?」

 ルイズは、わななきながら、怒鳴った。ワルドが裏切り者であることは知っていたが、どうしてワルドが祖国を裏切ったのか、ルイズには理解できなかったのだった。

「我々はハルケギニアの将来を憂い、国境を越えて繋がった貴族の連盟さ。我々に国境はない」

 そう言うと、ワルドは杖を掲げた。

「ハルケギニアは我々の手で一つになり、始祖ブリミルの光臨せし『聖地』を取り戻すのだ」

「昔は、昔はそんな風じゃなかったわ。何があなたを変えたの? ワルド・・」

「月日と、数奇な運命の巡り合わせだ。それが君の知る僕を変えたが、今ここで語る気にはならぬ。話せば長くなるからな」

 

 ワルドは思い出したように杖を握ると、カリーヌめがけて”ウィンド・ブレイク”を放った。しかし、カリーヌは瞬時に反応し、”エア・ハンマー”を放つ。ワルドの魔法はあっさりと押し負けて、ワルドはなんなく弾き飛ばされ、床に転がった。

 カリーヌは、そんなワルドをつまらならなさそうに見て言った。

「今の魔法騎士隊隊長って、この程度なの?」

「ぐっ! い、今のは少し油断しただけだ!」

 全身に走る激痛に耐えながら、ワルドは立ち上がり、カリーヌを睨み付ける。

「さて、ではこちらも本気を出そう。風の魔法で最強の使い手が、誰なのか教えてやる」

 そう言うと、ワルドは呪文を唱え始めた。

「ユビキタス・デル・ウィンデ・・」

 呪文が完成すると、ワルドの体はいきなり分身した。

 分身した数は、四つ。本体と合わせて、五人のワルドがカリーヌ達を取り囲んだ。

 ワルドの分身は、すっと懐から真っ白の仮面を取り出すと顔に付けた。それを見たルイズは、怒りと恐怖で、体が震えた。桟橋で自分を連れ去ろうとした男は、ワルドだったのだ。

「!・・桟橋であたしを攫おうとしたあのお年を召した仮面のメイジは、ワルド・・、貴方だったのね!」

「だから! お年を召してない! 正体が分かってまだ言うか、小娘!・・まあいい、どうせここで、死ぬんだ。教えてやる。あの行かず後家は、気付いていたようだぞ?」

 ワルドは、顔を真っ赤にして怒った後、顔を歪めて笑いながら言った。

「!・・エレ姉さまの悪口は許さないわ。ワルド!」

 ルイズは、ワルドを睨み付けた。その鳶色の瞳から涙がこぼれる。ワルドを倒す力が自分に無いことが、悔しいのだ。

「下がっていなさい、ルイズ」

 カリーヌは、ルイズにそう言うと、ワルドに向き直り呪文を唱えた。

 巨大な竜巻がカリーヌの背後に現れる。

「”カッター・トルネード”!」

「な、なんだあれは!」

ワルドが唖然とした次の瞬間・・、竜巻は大きく膨れ上がり、ワルドを”偏在”もろとも絡めとる。逃げる間もなく、ワルドはまるで、巨人の手に掴まれたかのように空中で翻弄された。ワルドと”偏在”たちは、まるでシェーカーに入れられたカクテルだった。

「あいだッ!」

「でッ!」

「なんなのだこれはああああ!」

「ぐうぅぅぅぅッ!」

「うわぁあああああ!」

 五人は悲鳴を上げ続ける。こうなってしまっては、”偏在”も形無しだ。

 竜巻が唐突に止み、空中から地面へと落下すると、”偏在”は全て消え去っていた。

 地面に叩きつけられ、ワルドはうめきをあげた。

「くそ・・化け物め!」

と、ワルドは心の中でひとりごちた。数多の修羅場を潜ってきた若き天才のワルドは、生まれて初めて恐怖を覚えた。というのも、そこに立っていたのは、今まで潜ってきた修羅場が生温いと感じるほど”厳しい”という言葉をよくこねて、鋳型に納め、”恐怖”という炎で焼き固めた騎士人形であったからだ。

 しかし、『レコン・キスタ』の一員としてここで諦める訳にはいかない。

「”ミスト”」

水と風の合成魔法。風2つと水1つによる、霧で相手の視界を奪うトライアングルスペルである。百戦錬磨のカリーヌであるが、一線を退いて久しいカリーヌは、最近編み出された魔法に一瞬面食らった。

この隙に、ワルドは礼拝堂の開いている窓へと急いだ。

”烈風”カリンが王国始まって以来の風の使い手という噂は、伊達ではなかった。正面からではとても敵わないと悟ったワルドは、一度撤退し、作戦を考えることにしたのだ。

 

 だが・・。

 礼拝堂の窓から飛び込んできた烈風にワルドは弾き飛ばされた。

 ワルドが窓から逃げようとした刹那、飛び込んできたチンプイが、デルフリンガーでワルドの体を弾き飛ばしたのだ。

「なぜにここが分かった? ガンダールヴ」

 ワルドはチンプイを睨み付けて、内心で舌打ちをした。

「・・ルイズちゃんの視界が、見えた」

「そうか、なるほど、主人の危機が目に映ったか。しかし、君を相手している暇はない。僕は失礼するよ」

「ここは通さないよ。ぼくが、相手だ!」

 チンプイは、科法『バリヤー』を身に纏うと、デルフリンガーを引き抜いて切りかかった。

「ふん、雑魚が。身の程を知れ! うぉおおおお!!”ウィンド・ブレイク”!」

 ワルドはそう言うと、科法によりチンプイを攻撃できないはずであるが、激しい痛みを強い精神力で我慢して、無理を押して”ウィンド・ブレイク”をチンプイに放った。

 猛る風がチンプイを襲う。

「相棒! 俺をかざせ!」

 チンプイは、言われた通りに飛んで来る魔法にデルフをかざした。

「無駄だ! 剣では魔法を防ぐ事などできん!」

 しかし・・・。

 チンプイを吹き飛ばすかのように思えた風が、デルフリンガーの刀身に吸い込まれた。

「なんだと!」

 驚くワルドに、チンプイは科法で攻撃をした。

「科法『パーソナル人工降雨』、チンプイ!」

 突如、ワルドの頭上にだけ滝のような雨が叩きつける。

「急に雨が!」

 ワルドが驚いていると、その後ろで巨大な暴風が吹き荒れた。

 ワルドの”ミスト”を、カリーヌが”カッター・トルネード”で吹き飛ばしたのだ。

「く・・くそっ!」

 ワルドは、顔を歪めてうめいた。もう逃げ場がない。

 火のような怒りを含んだ目で、カリーヌはギロリとワルドを睨み付けた。眼光で殺すかのような勢いだ。

「ひっ・・!」

 睨み付けられたワルドは、狂ったように呪文を詠唱した。

「”ライトニング(稲妻)”」

 タバサがフェイクで、練兵場で精神力を込めずに呟いていた魔法だ。杖の先から猛烈な閃光と共に稲妻を放つ魔法で、高位の風呪文だが、どこに飛んでいくかわからないので使いづらく、魔法を撃った本人に飛んでくる場合もある。ゆえに、通常は”ライトニング・クラウド”を使う。

だが、追い詰められたワルドは、この高位の風呪文でこの状況を一か八か何とかしようとしたのだった。

「ぎゃぁあああああ!」

 しかし、魔法が杖から放たれる前にワルドは自らの魔法で失神した。チンプイの科法『パーソナル人工降雨』により全身がびしょ濡れだったワルドは感電してしまったのだ。

 その時、失神したワルドのポケットから『アンドバリ』の指輪が地面に落ちたのだが、誰も気が付くことはなかった。

「チンプイ!」

 ルイズが、チンプイの元へと駆け寄り、チンプイをギュッと抱きしめた。

「・・ 終わりましたね。チンプイ君、ワルドを倒してくれてありがとう」

 カリーヌは、優しい笑みを浮かべてチンプイにお礼を言うと、呪文を唱えて風のロープでワルドを拘束した。

「いや、これはワルドが自滅しただけだよ。カリーヌさんがいなかったら、何もできなかったし・・」

「そんなことはありません。わたくしが逃がしてしまったワルドを、たった一人で止めて、どんな形であれ、ワルドを倒したのは・・チンプイ君、貴方よ。もっと自信を持ちなさい」

「そうよ、チンプイ!本当にありがとう。あんたは、わたしの最高の使い魔で、友達よ!」

「友達・・。うん!そうだよね。ありがとう!」

「なんで、あんたがお礼を言っているのよ」

「えへへ。なんとなく」

 ルイズとチンプイは、笑いあった。先程まで激しい戦闘があったとは思えない、和やかな雰囲気に包まれた。

「水を差すようで申し訳ないが・・どうやら、おしゃべりをしていられる時間はあまりないようだ」

 ウェールズが申し訳なさそうに言った。

 確かに、外から大砲の音や火の魔法が爆発する音が、遠くから聞こえてくる。

「戦場を嘗めてたわ。手紙を届けるだけだと思ってたのに・・。チンプイ、母さま、ごめんなさい」

 ルイズは、俯いて謝った。そのとき・・。

 ぼこっと、地面が盛り上がり、床石が割れ、茶色の生き物が顔を出した。続いて、ギーシュ達も顔を出す。

「ぷはっ!」

「なに?・・きゃっ!」

 茶色の生き物は、ルイズを見つけると、モグモグと嬉しそうにその体をまさぐった。

「ギーシュの使い魔のジャイアントモール!? ・・って、あんた、誰?」

 ルイズはギーシュの使い魔『ウェルダンデ』の突然の登場に驚いたが・・それ以上に、その横に二本足で立っているアルマジロのような生き物に驚いた。なんと、サングラスをかけて、葉巻を吸っているのだ。

「ふーっ。お初にお目にかかります、ルイズさま。おれは、マール星秘密情報局〇〇一三号、マジローです。ワンダユウ氏に依頼されて、カリーヌさまとともに、ルイズさま御一行にもしものことがあった時に動けるように陰ながら待機させて頂いておりました。

ワルドに怪しげな魔法をかけられてルイズさまが連れ去られ、キュルケ達が部屋に戻ったのを見たので、カリーヌさまにご報告して、ルイズさまの方はカリーヌさまに追って頂き、おれは科法『お目覚め光線』でキュルケ達の正気を取り戻させて頂きました」

「その通りよ。ルイズ」

 ルイズがカリーヌの方を向くと、カリーヌは澄ました顔でそう答えた。

「ウェルダンデに、水のルビーの匂いを追って穴を掘ってもらったんだよ」

 フガフガとルイズの指に光る『水のルビー』に鼻を押しつけているのを、満足そうに眺めながら、ギーシュはそう言った。

「そう・・。ところで、チンプイ、母さま・・」

 ルイズは恥ずかしそうにウェールズの方を見ながら、チンプイとカリーヌに目配せをして言った。

「分かった。皆、先に行こう。マジローさんも」

「なんでだ?・・ああ、成程。了解した」

 ウェールズの方を見て、全てを察した腕利きの工作員のマジローは、ウェルダンテを引き剝がし、逃走の準備を始めた。

「フル・ソル・ウィンデ。 さあ、皆も早く。今は、ルイズと殿下を二人にさせてあげて」

「分かりました」

「分かったわ」

「・・・」

 ワルドを”レビテーション(浮遊)”で運ぶカリーヌに促されて、ギーシュ達も納得いかない顔だったが、その場を離れ、マジローと逃走の計画の打ち合わせを始めた。

 

二人きりになったルイズとウェールズの間に、しばし沈黙の時間が流れた。

「何から話せばいいかな・・」

 ウェールズが頭を掻きながらそう言うと、

「・・まずは、あなたがルルロフ殿下だって言えばいいんじゃないですか?」

と、ルイズが答えた。

「どうして・・」

 ウェールズ改めルルロフ殿下は、大きく目を見開いた。

 その様子に、ルイズは悪戯っぽく笑みを浮かべて答えた。

「あんまり、女の勘を甘く見ない方がいいですよ、殿下。 改めて、はじめまして、ルルロフ殿下。わたしは、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールです。 まさか、婚約するより前に殿下にお会いできるとは思いませんでした。お会いできて嬉しいです」

 ルイズは頬を赤らめながら、マール星の王族に則った見事な一礼をした。

「ルイズさん、それは・・」

「はい。エレ姉さまに習って、密かに一生懸命練習しておりました、殿下」

「そうですか。ありがとうございます。・・でも、どうして、ぼくがルルロフだと分かったんですか?ルイズさん」

「はい。ワンダユウが、以前、『縁結びのお手伝いさせて頂いた王族の方々は、一目見て運命を感じるほどの出会いを皆感じておいでです』と言っているのを思い出したんです。 初めてウェールズ皇太子にお会いした時は何も感じなかったのに・・わたし、あなたを礼拝堂で一目見て、ドキドキしたんです。同時に、ワルドに無理矢理結婚させられそうになっているところをあなたに見られるのがイヤで、胸がチクッとしたんです。

・・ところで、王室典範で『婚約前に王族はお顔を見せることが出来ない』決まりになってるんでしょう? ・・その、わたしが、殿下のお顔を拝見して・・大丈夫なのですか?」

「正直、ルイズさんとワルドの婚姻の媒酌をするのは・・とても辛かったよ。でも、事情があって、ワルドに手出しできずにいました。ごめんなさい。

・・あと、王室典範の件ですね。はい。実は、ワンダユウとチンプイが、ぼくとそっくりなウェールズさんの写真をルイズさんに見せたことが、王室で問題になって・・」

「えっ!、ワンダユウとチンプイ、何か罰を受けるのですか?」

 ルイズが驚いて、不安そうに尋ねた。

「いいえ。王室典範に瓜二つの人の写真を見せてはいけないという規定はなかったし、ぼくとルイズさんの縁談を円滑に進めようと考えたためということで、今回はお咎めなしとなりました」

「そう。それを聞いて安心しました。それで、何か新たな規定が王室典範に加わったのですか?」

 ルイズは、安堵の吐息を漏らした。

「はい。王族と瓜二つのその土地の人と婚約者候補に知り合いになってもらったら、予告なしで、お忍びで婚約者候補の元を訪れて・・正体を見抜かれたら、顔を見せても良いということになりました。

元々、『婚約前に王族は顔を婚約者候補に見せることが出来ない』っていう決まりは、レピトルボルグ一世が、結婚の約束をしたまだ見ぬ婚約者と初めて会った時に、運命的な出会いを感じたのが始まりなんです」

「そうなんですね。・・でも、王室典範を変えても大丈夫なのですか?」

 ルイズが上目遣いで尋ねると、ルルロフは笑って答えた。

「問題ないと思いますよ。例えば、『七日走りの儀』も、息が切れるまで全力疾走するのではなく、かつては本当に七日七晩を走り通さなければいけなかったそうです。でも、あまりにも大変だから、改訂されたそうです。大切なのは、昔の王室典範通りに行うことではなくて、王室典範で大切にしていることの真意を汲んで、敬意を払うことだと思いますよ」

「そうですね。そのお陰で、殿下にお会いできて本当に良かったです。

こんな我儘なわたしを好きだと言ってくれて、決して婚約を無理強いしないでくれる殿下は、どのような方なのか・・ずっと・・ずっと、気になっておりました。出来る事なら、是非、直接お会いして、お話をしたいと思っておりました。

殿下。わたしから、婚約に関して提案があるんですけど・・」

「はい。なんでしょう?」

 婚約と聞いて、ルルロフは緊張した面持ちで襟を正して、ルイズの言葉を待った。

「殿下・・。わたしも、一目お会いして、運命の出会いを感じました。殿下のことが、わたしも好きなんだと思います。でも・・婚約する前にもっと殿下のことを知りたいのです。

それと、今、同じ学び舎で学んでいる学友を見て羨ましく思ったことがあるのです。

殿下・・婚約する前に、わたしの恋人になって頂けませんか?」

 ルルロフは、ルイズの突然の告白に驚いたが、にっこりと笑って答えた。

「はい、喜んで。ぼくもルイズさんのことをもっとよく知りたいな。これからよろしくお願いします。 ぼくのことは、ルルロフでいいですよ」

「こちらこそよろしくお願いします。・・その・・ル、ルルロフ、もう少し砕けた話し方にしてもいい?」

「勿論だよ」

「そう・・。わたしのことも、ルイズでいいわ。ねえ?ルルロフ」

「なんだい?ルイ・・んむっ」

 ルルロフの言葉は、途中で一瞬ルイズの唇に塞がれた。突然のことで、ルルロフはきょとんとした顔で、ルイズを見つめた。

「えへへ// 結婚前にはしたないかもしれないけど、恋人ならキス位するでしょう?・・ダメ?」

 頬を赤く染め、上目遣いでルルロフを見つめながら、ルイズは悪戯っぽく笑って言った。

「そんなことないよ// ルイズ」

「じゃあ、ルルロフもわたしにキスして//」

「分かった//」

 ルルロフの顔が近づき、ルルロフの唇が、ルイズのそれと重なった。ルイズの心の中は温かい気持ちでいっぱいになり、先程のワルドの一件で傷ついた自分の心が癒されていくのを、ルイズは感じた。

「ぷはっ。えへへ// わたし、今、すごく幸せよ// ルルロフ」

「ぼくもだよ// ルイズ」

 ルイズは、ルルロフの胸にしばらく顔をうずめていたが、ウェールズがどうなったか気になり、ルルロフに尋ねた。

「ねえ?ルルロフ。ウェールズ皇太子達はどうしたの?」

 ルルロフは、微笑んで言った。

「大丈夫、心配ないよ。昨夜、ウェールズ皇太子を説得してきたんだ。ワルドが『レコン・キスタ』で、恐らく、ウェールズ皇太子の命とアンリエッタ姫の手紙を狙っているであろうことを教えたんだよ。説得には苦労したけど、ウェールズ皇太子が生き残っていれば、アルビオン王政府を再建する機会は必ず訪れるであろうこと、トリステインに迷惑をかけずに亡命する方法があることを教えたんだ」

「そんな方法あるの?」

「うん。ゲルマニアに亡命することだよ。勿論こっそりだけど。そうすれば、トリステインとゲルマニアの同盟を拒む理由も生まれないしね。アルビオンの貴族派『レコン・キスタ』は、ゲルマニアと一戦することにしたとしても、今すぐ戦えば間違いなく『レコン・キスタ』は負ける。そう簡単に、ウェールズ皇太子達に手出しができないはずだ」

 ルイズは、ルルロフの言葉にパッと顔を輝かせた。

「じゃあ!ウェールズ皇太子達は!」

「うん。今頃、ゲルマニアの郊外に着いたんじゃないのかな?ウェールズ皇太子は王党派の家臣と共に『イーグル』号の中さ。非戦闘員に加えて乗り込むには手狭だったから、科法『スケールアップ』でさり気なく、『イーグル』号を大きくして、バレないように科法『シースルーシール』で、『レコン・キスタ』の連中にだけ見えないようにしておいたから安心だしね。

ただ一点だけ・・、ワルドがルイズとの結婚式の媒酌を頼んで、事情を知らないウェールズ皇太子が引き受けてしまったから、ウェールズ達が無事に逃げ果せるまで、ウェールズのふりをぼくがして、時間を稼いでいたのさ。下手にワルドを刺激して、『レコン・キスタ』の仲間に知らされては厄介だからね」

「そうだったの・・。良かった!ありがとう。ルルロフ」

「どういたしまして。ルイズ」

 ルイズとルルロフが話をしていると、ギーシュがそんな二人を呼んだ。

「おーい!そろそろ行かないと、マズいよ!早くしたまえ!」

「じゃあ、そろそろ行こうか。ウェールズ皇太子は生死不明の方が、何かと都合がいいから、アンリエッタ姫には悪いけど、生きているとだけ伝えて、公にはそう発表するように言ってくれないか?ルイズ」

「分かったわ。ルルロフ、あなたはどうするの?」

「ぼくは、アンリエッタ姫には会わずにマール星に帰るよ。ぼくのことは、アンリエッタ姫には伏せておいてくれないか? ハルケギニアの情勢にマール星が関わるのはあまり良くないし・・実際、ぼくは表立って活躍はしてないしね」

 そう言って、ルルロフは悪戯っぽく笑った。

「そうね。あとで、ギーシュ達にも口止めしておくわ。じゃあ、行きましょう」

 ルイズとルルロフが穴に潜った瞬間、礼拝堂にウェールズ達王党派を探しに貴族派の兵士やメイジが飛び込んできた。

 

 ウェルダンデが掘った穴は、アルビオン大陸の真下に通じていた。

 ルイズ達が穴から出ると、すでにそこは雲の中である。待ち構えていたシルフィードが、ルイズ・チンプイ・カリーヌ・ギーシュ・キュルケ・タバサを背に乗せ、ワルドを前足で暴れないようにしっかりと抱えて、ウェルダンデは口にくわえられた。

 ジャイアントモールは風竜の口にくわえられたので、抗議の声を上げた。

「我慢しておくれ、可愛いウェルダンデ。トリステインに降りるまでの辛抱だからね」

 ルルロフとマジローは、マジローが用意した王室御用達の宇宙船に乗り込む。

「ルルロフ・・また、会えるわよね?」

「勿論だよ、ルイズ。時々会いに行くし、これからは、科法『遠隔通信』でお話もしよう」

「嬉しいわ// ええ、勿論よ。ねえ?ルルロフ。わたしもマール星に行ってみたいんだけど・・いい?」

「勿論、大歓迎だよ// じゃあ、またね!ルイズ」

「またね!ルルロフ」

 ルイズとルルロフは、お互いに別れを惜しむようにキスをして、各々、トリステインとマール星へと向かった。

 

そんな二人の会話を見ていたチンプイ達は、ウェールズが実はルルロフであったことにも驚いたが、なにより、頑なにルルロフを拒んでいたルイズのあまりの変わりように呆気にとられていた。

「何やってるのよ?皆。ほら、行くわよ」

「う、うん。ルイズちゃん、随分、殿下と打ち解けたんだね。殿下と婚約したの?」

 チンプイがそう言うと、ルイズは胸を張って答えた。

「まだよ。 取り敢えず、ルルロフと恋人になったわ」

「・・まあ、手順をちゃんと踏むならそうよね。それにしても、悔しいわね。ルイズの恋人があんな超イイ男だなんて。初めて、先を越されたわ」

 キュルケは困ったように、お手上げのポーズをした。

「婚約する前に、まずは恋人・・いいわね。わたくしも青春を思い出すわ」

 そんなルイズ達の様子を見て、カリーヌは昔を思い出しながら、ひとりごちた。

 




大変お待たせ致しました。原作2巻分終わりました。
ウェールズが助かっている時点で、大きく展開が変わってきていますが・・なるべく、原作リスペクトでいきたいと思っています。この後、どうなるのか、ご期待ください。

次回は、外伝としてエレオノールの結婚相手に関するお話を入れようと考えております。


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外伝 コーヤのエリおばさま

遥か宇宙、マール星レピトルボルグ王家は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールをお妃に迎えるための使者をハルケギニアに送った。
ワンダユウは、大使としてトリステインとマール星を行き来し、
チンプイは、ルイズの使い魔兼お世話役として、トリステインに残った。
ワンダユウ「チンプ~イ!頼んだぞ~!」

今回は、エレオノールの結婚相手に関するお話です。
サブタイトルの『エリ』とは、誰なのでしょうか?

※サブタイトルと本文の一部を改変させて頂きました。ご了承ください。


 エレオノールは、ワンダユウとともにニューカッスルを後にした。

 マール星へはルイズより先に行く訳にいかないとエレオノールが言ったので、エレオノールが婚約者候補を選んだ後、途中でムニル夫妻と合流して、その婚約者候補がいる星へと向かうことになった。今回は、ムニル夫妻の新婚旅行ついでにその星を観光をして、エレオノールの心の準備が出来たら、お忍びで婚約者候補にも会う予定だ。

 

 王室御用達の宇宙船の中で、エレオノールは、ワンダユウに渡された何十枚もの婚約者候補の写真を見ていた。これでも、候補者を厳選して絞り込んだらしいが、それでも多い。そこで、エレオノールは、少しでも気になった人だけ、ワンダユウ達が独自に製作したプロフィールディスクを見て決めることにした。ハルケギニアとは何の関わりもない人たちの中から選ぶので、いつも両親が持ってくる縁談よりもはるかに気楽である。

 その中で、コーヤコーヤ星のロップルという青年がエレオノールの目に留まった。

 

 その頃、コーヤコーヤ星では・・。

 環境保護センターの土を専門に調査する部署で働く青年が、上司の女性に有給休暇の申請をしていた。

「リーザさん、有給休暇を頂きたいのですが・・」

「またなの?ロップル君。 いくらあなたが『スーパーマン』と知り合いだからって、わざわざあんな空気の汚れた星に行かなくてもいいじゃない」

 リーザと呼ばれたエレオノールに瓜二つの女性は、そう言って顔をしかめた。

「リーザさん!のび太君は、知り合いじゃなくて友達です!のび太君がコーヤコーヤ星に遊びに来てくれたとき、リーザさんにそう紹介したじゃないですか!」

「そうなんだけど・・それが、信じられないのよねぇ。あの『スーパーマン』のび太とロップルが友達だなんて。彼、優しいからロップルに話を合わせてくれただけじゃない?」

「違いますよ!そもそも………」

 ロップルが有給休暇を申請する際は毎回この話題で、リーザと口論になる。

 

 『スーパーマン』のび太・・それは、コーヤコーヤ星を救った英雄だ。

 かつて、強引な開発で大企業にまでのし上がった『ガルタイト鉱業』という悪徳企業が、貴重な鉱石であるガルタイト鉱欲しさに『コア破壊装置』でコーヤコーヤ星を破壊して、ガルタイト鉱に富むコーヤコーヤ星をガルタイト鉱のかけらにしてしまおうと企んだ。これは、『ガルタイト鉱業』が雇った、宇宙をまたにかける冷徹な悪党にして銃の名手であるギラーミンの提案であった。ギラーミンの指示の下、順調に事が運び、あと一歩で目的を達成できるところまでいった・・。

 しかし!

 それは、五人の英雄たちによって阻まれた。ドラえもん、しずか、ジャイアン、スネ夫、そして、のび太である。

 ドラえもんは、不思議な道具を使って、『ガルタイト鉱業』の嫌がらせから何度も守ってくれたロボットであり、コーヤコーヤ星の住民たちの間で人気が高い。

 しずか・ジャイアン・スネ夫は、驚異的な怪力で巨大な岩を軽々と持ち上げ、『ガルタイト鉱業』の巨大な宇宙船に岩の雨を降らせて撃ち落としたことで有名だ。ただ、コーヤコーヤ星の住民たちとはあまり接する機会がなかったため、その事実しか知られていない。

 そして・・、五人の英雄たちの中でもずば抜けて人気なのが、『スーパーマン』のび太だ。

というのも、のび太は百発百中の凄腕のガンマンであり、銃の名手であるギラーミンと一対一の銃での決闘で勝利を治め、コーヤコーヤ星破壊の危機を救った張本人であるからだ。また、ドラえもんと同様『ガルタイト鉱業』の嫌がらせから何度も守ってくれたことが人気に拍車をかけている。

 

 ロップルの宇宙船がワープに失敗したことが原因で、偶然超空間が捻れてロップルの宇宙船の倉庫とのび太の部屋の畳が繋がったことで、お互いに聞いたこともないほど遠く離れた星にいるのび太とロップルは友達になった。

 コーヤコーヤ星の危機をのび太達が救った後、超空間の繋がりが外れて、二人は二度と会えなくなった・・。

と思われたが、高度な科学技術を誇るマール星とコーヤコーヤ星が交流を持つようになったことで、再び、二人は会えるようになった。ロップルは、事あるごとに今もこうして有給休暇を取ってたびたびのび太に会いに行っている。勿論、のび太がコーヤコーヤ星に行くこともあるが、のび太がコーヤコーヤ星を訪れると、いつもコーヤコーヤ星の皆はお祭り騒ぎで歓迎するため、のび太が「照れくさい」と言うので、ロップルの方から地球に行くことが多い。

 のび太は現在、地球で環境保護局の自然調査員として働いている。ロップルは、そんなのび太に憧れて、のび太と同じ職業を選んだのであった。

 

 リーザに散々嫌みを言われたが、ロップルは何とか有給休暇を取ることが出来た。

「兄さん!お土産買ってきてね」

「ロップル、アタシ、ドラヤキガ食ベタイ!」

「分かったよ。買ってくる。チャミーは、いつもドラ焼きだね。飽きないの?」

「ドラチャンガ教エテクレタ、地球デ一番オイシイ食ベ物ダモノ。飽キナイワヨ。ソレヨリ、ノビ太サンニ、ドラチャント一緒ニ、マタ、コーヤコーヤ星ニ来テッテ、伝エテ!ロップル」

「のび太さんによろしく言っておいてね。兄さん」

「気を付けて行くのよ。ロップル」

「分かった、分かった。 じゃあ、行ってきます。チャミー、クレム、母さん」

 ロップルが自宅の玄関から出かけようとした・・。

 その時!

パン!パン!パンパカパカパンパーン

と、音がしたと思ったら「「バンザーイ」」という声とともにロップルに大量の紙ふぶきと紙テープが降りかかった。

「「おめでとうございます~!」」

 そこに、ネズミのような生き物とウサギのような生き物が現れた。

「全宇宙えりすぐり数万人候補者の中から厳正審査の結果、ロップルさまが、マール星レピトルボルグ王家が公爵、エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエール公爵夫人の・・・、婚約者候補に選ばれました~!!」

 ウサギのような生物、ラビが胸を張り、高らかに告げた。

 ちなみに、その横にいるネズミのような生き物の名前はワケナイ。チンプイの幼稚園時代の後輩だったりする。

「えっ!ぼくが!?」

「兄さんが!?」

「ロップルガ!?」

「まあ!」

 皆、目を丸くした。マール星の公爵といえば、ロップル達から見れば雲の上の存在である。マール星では、王族はマール星全面協力のもと非常に相性の良い結婚相手を探してもらうという話は聞いたことがある。しかし、まさかロップルが選ばれるなんて誰が予想できただろうか。ルイズ達と違い、その凄さをよく知っているからこそ、あまりにも突然の出来事に、一同はイマイチ実感が湧かず、固まってしまった。

「「おめでとうございます。おめでとうございます」」

 そう言いながら、二匹はロップルの周りを跳ね回っている。

 

はっと我に返ったロップルとクレムの母、ライザが、慌てて挨拶をした。

「突然のことで信じられません。本当にマール星の公爵様が、ウチのロップルをお選びになられたのですか?

・・あっ、申し遅れました。わたくし、ロップルの母のライザと申します。どうぞ、中へお入り下さい」

「お気遣い頂きありがとうございます。お邪魔します」

 一同は、リビングへと移動した。

「では、改めまして、続けさせていただきます。

突然のことで驚かれるのはごもっとも。ですが、エレオノールさまがご自身でお選びになられました。・・申し遅れました。わたくし、ラビと申します。以後お見知りおきを」

「ぼく、ワケナイ。仲良くしまちょうね。ロップルちゃま」

「では、早速、エレオノールさまのディスクとお写真をご覧ください」

「えっ! マール星の王族は、婚約前に顔を見せられないはずでは?」

 ロップルが驚いて質問をした。

「はい。最近、王室典範が改訂されまして・・正確には、『婚約者候補のいらっしゃる星で、外見がよく似た方の写真をお見せできるようになった』ですね」

「そうなんですか・・。ちなみに、この婚約って・・」

 マール星の王族の使者を前にして言いにくそうにしているロップルを見て、ラビは優しく微笑んで言った。

「はい。勿論、断って頂いても構いません。ロップルさまの意思を尊重するようにと、エレオノールさまもおっしゃっているそうです。

ただ・・、わたくしどもは、相性の良い結婚相手を探すことに関しては、何千年もの経験に基づいたプロ中のプロです。きっとエレオノールさまのことをお好きになられると思いますよ」

「そうですか・・、では、早速、写真を見せて頂いても?」

「はい。どうぞ、ご覧下さい」

 ラビが、写真をロップルに手渡す。その写真を見たロップルは大きく目を見開いた。

「リーザさん!?」

「知り合いなんでしゅか?」

 無邪気に尋ねるワケナイの質問に、ロップルは申し訳なさそうに答えた。

「うん、そうだよ。ぼくの職場の上司のリーザさんだよ・・。でも、ぼくは、リーザさんのこと苦手なんだよね・・。そのリーザさんによく似たエレオノール公爵夫人のことを、ぼくが好きになるとは思えないな・・」

「でも、別人でしゅよ? それに・・、エレオノールちゃまは、あのルルロフ殿下が選んだ婚約者候補、ルイズちゃまのお姉ちゃまで、しゅごいマホーツカイだって話でし」

「えっ?魔法使い? 魔法使いって本当に実在するのですか?」

 コーヤコーヤ星に魔法使いという概念がないが、ロップルはのび太に借りた漫画などで魔法使いという空想上の存在が地球のおとぎ話によく出てくることを知っていたのだった。

「はい。その通りでございます。詳しいことは、エレオノールさまが自ら吹き込まれたディスクをご覧下さい」

 ラビが答えた。ワンダユウからの連絡を受けてすぐにコーヤコーヤ星へと向かったため、『メイジ』というものがどのようなものか理解する暇がなかったので、ラビは詳しい説明はエレオノールが吹き込んだディスクに任せることにした。

「では、早速ご覧下さい」

 ラビはそういうと、壁に映像を映し出した。本人の顔はまだ見せてはいけないことになっているので、ディスクにはハルケギニアの映像とともにエレオノールの声が流れた。

「ロップルさん。はじめまして。わたしは、ハルケギニアのトリステイン王国、ラ・ヴァリエール公爵が長女、エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエール公爵夫人ですわ。本来なら、顔を見せて直接お話したいのですけれど・・王室典範で婚約前に顔をお見せることはできない決まりなのです。ごめんなさい・・。

突然ですが、ロップルさんは『魔法』というものをご存知ですか?

わたしの生まれ育ったハルケギニアでは、火・風・水・土といった自然の力を操る”魔法”という不思議な力があります。この『魔法』を操れる人間はごく一部で、操れる人間は、『魔法使い』・・わたし達の呼び方では『メイジ』と呼ばれ、文明を担っています。わたしは、土魔法を得意としていて、現在、『アカデミー』という研究機関で研究員として、土魔法の研究をしています。わたしと同じ土を専門に調査するお仕事をなさっているロップルさんに、心惹かれました」

「へぇ。同じ土を・・。ううっ・・余計にリーザさんを連想してしまいそう・・」

「そんなこと仰らずに、続きをご覧下さい。リーザさんとやらとは全くの別人ですよ。聡明で妹想いな素晴らしいお方と聞いております」

 ラビは、ワンダユウから聞いたエレオノールの人物像を話したが、ロップルはどうしてもエレオノールをリーザと重ねてしまい、印象が良くないようだ。

「………………」

 その後、ディスクは、ハルケギニアのことを紹介しながらロップルへの愛の言葉と婚約は無理強いしないという旨の内容が語られた。

 一同は、ディスクを観終わった。

「兄さん。わたし、エレオノールさまは悪い人じゃないって思うわ。リーザさんのことを忘れて、もう少し考えてみたら?」

「ソウヨ!ロップルガコンナ高貴ナ人ニ求婚サレルコトナンテモウナイト、アタシ思ウワ。モウ少シ考エタラ?」

「クレムとチャミーの言う通りよ。大事なことだから、もう少しじっくり考えなさい」

「分かったよ・・。少し散歩して頭冷やしてくる。のび太君には少し遅れるって連絡しておいてくれないか?クレム」

「分かったわ。兄さん」

「じゃあ、行ってきます」

「行ってらっしゃい。兄さん」

 こうして、ロップルは、散歩をしながら考えてそれでも結論が出なかったら、のび太達に相談しようと心に決めて、散歩に出かけた。

 

 ところ変わって、エレオノールが乗る宇宙船の中。

宇宙船は、間もなくコーヤコーヤ星に到着する予定で、すでにムニル夫妻も合流して、エレオノールが乗る宇宙船に乗っていた。

「なるほど。あなた達も、お互いのことを全く知らなかったのね?」

 エレオノールは、ムニル夫妻に結婚する前の話や結婚を決めた理由について訊いていた。驚くことに、ムニルは十四歳、ムニルの新妻のキキに至ってはまだ十一歳らしい。

「ええ、エレオノールおばさま。あたくしもマール星から三光年も離れた星の生まれなの。この縁談が起きたとき、ムニルなんてぜーんぜん知らなかったわ」

「やっぱりそうなのね。ところで・・、そのおばさま、おばさまってのやめて頂けないかしら?」

「だって、おばさまなんだもの。ねーえ、キキ」

「ねーえ、ムニル」

「・・まだ、妹は婚約してないわよ」

 本当は、エレオノールはまだ自分が若いので、”おばさま”呼ばわりされたくないだけなのだが・・、そのことにまだ二人は気が付かないまま、話が進む。

「ルイズおばさまの気持ちは、あたくしもよーく分かりますわ。あたくしもルイズおばさまと同じことで散々悩みましたもの・・。

それが、初めてムニルに会ったとき・・、あたくし、運命の出会いを感じたわ!!

ムニル!愛してる!!」

「キキ!ぼくだって!!」

「はあ~!」

 イチャつき始めた二人に、エレオノールはため息をつき、”おばさま”呼びをやめさせることを諦めた。

 

 しばらくして、宇宙船はコーヤコーヤ星に到着した。 

 すると、ワンダユウから事前に連絡を受けていたラビとワケナイが、エレオノール達を迎えた。ワンダユウが、二人を紹介する。

「こちら、ロップルさまにエレオノールさまの婚約者候補になったことを伝えに行ってもらった、ラビとワケナイです」

「お初にお目にかかります。わたくし、ラビと申します。以後お見知りおきを」

「はじめまちて、エレオノールちゃま。ぼく、ワケナイ。チンプイ先輩の後輩でし」

「はじめまして。わたしが、エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエールよ。よろしくね。 へ~、あなた、チンプイ君の後輩なの」

「はいでし」

「ねえ、おばさま。せっかくコーヤコーヤ星に来たんだから、あちこち見物しませんか?」

「そうねえ・・。でも、コーヤコーヤ星って広いみたいだし、かといって宇宙船だと目立つし・・」

 エレオノールが悩んでいると、キキが笑って言った。

「大丈夫よ。おばさま。ムニルは『ワープ』が得意なの」

「『ワープ』?」

「はい。『テレポート』と似てるんですけど、人じゃなくて空間ごと瞬間移動する科法ですよ。使うのは結構難しいですけど、『テレポート』みたいにエネルギーをたくさん消費しないから、あまり疲れないんです」

「へえ~。そんな科法があるの」

「パッパッとまわって来ましょう」

「ええ。お願いするわ」

「お任せ下さい。科法『ワープ』、ムニル!」

 一行は、ムニルの『ワープ』で色々な場所に行き、色々な珍しい動物を見た。

 胴体はなくて顔から足が生えた人の背丈ほどの二本足の象、”パオパオ”。北の岩の間に巣を作るタマゴから羽が生えている鳥、”タマゴ鳥”。風船のように丸みを帯び、フワフワでモコモコのパンダ、”パンク”。色々な生物がいて、実に面白い。

 色々な所を見て回った後、一行は川のほとりで昼食を取った。

「面白い生き物がたくさんいて、楽しい所ですね。おばさま」

「ええ、とっても!それに、あのガルタイト鉱って鉱石も実に興味深かったわ」

 エレオノールは、コーヤコーヤ星に来て良かったと思った。というのも、コーヤコーヤ星の動物も確かに面白かったが、土を専門とするエレオノールにとって、道中見つけたガルタイト鉱は実に興味深いものであったからだ。

「あの反重力を発生させる鉱石のことね。ええ、面白いですよね。ガルタイト鉱を二つこすり合わせるだけで宙に浮けるんですもの」

「ガルタイト鉱は、結晶の大きさとずれる角度で反重力を自由に調節できる、コーヤコーヤ星の文明を支える貴重な鉱石なんですよ。マール星と貿易するきっかけになったのも、ガルタイト鉱なんです」

「へえ~。そうなのね」 

 キキとムニルの説明に、エレオノールが感心していると、難しい話を聞いてて飽きてしまったワケナイが、エレオノールの袖をクイクイと引っ張った。

「ねえねえ、エレオノールちゃま。難しい話ばかりしてないで、マール星で最近流行っている『変身ごっこ』で遊びまちぇんか?」

 小さい子どもには難しかったかと、エレオノールは心の中でひとりごちた。

「いいわよ」

 エレオノールは、せめてもの罪滅ぼしに、ワケナイの遊びに付き合ってあげることにした。

「わーい!ありがとう。エレオノールちゃま、大好き!」

「ぼくらは、この辺を少し散歩してきますね。おばさま」

「分かったわ」

 ムニル達が散歩に出かけた後、ワケナイは地面に科法陣を描いてキーワードを唱えた。

「科法『変身ごっこ』、ワケナ~イ!」

「わっ!急に体がモコモコに・・、さっきのデブラ・ムーさんにそっくりな生き物ね」

 エレオノールは、川の水面に自分の姿を映してびっくりした。というのも、自分の体が、先程見た”パンク”のようになったからだ。

「えへへ。ぼくは、この動物だよ。ワケナイ!」

 ワケナイは、頭がワニの顔をした巨大なカタツムリ、”デンデンワニ”に変身した。

「面白いわね」

 その後、二人は色々な生物に変身したり、近くにいた動物をワケナイやエレオノールの姿に変身させたりして、楽しく遊んだ。遊んでいるうちに眠くなってしまい、二人は眠ってしまった。

 

「おや?二人とも眠ってしまったか。よっこらせっと!」

 ラビは、眠っているエレオノールを抱えて、宇宙船へと運ぶ。

「森の中をこんなに科法で散らかしおって!まったくもう・・。ワンダユウ!」

 ワンダユウが、科法を解除すると、”パオパオ”に変身していたワケナイが元に戻った。

「んあ?もう晩ご飯の時間でしゅか?」

「何を寝ぼけておるんだお前は!ほら、エレオノールさまを宇宙船までお送りするぞ」

「?・・は、はいでしゅ!」

 一瞬、何かを忘れているような気がしたワケナイであったが、エレオノールが寝息を立ててラビの背中で眠っているのを見て、気のせいだと思い、ラビの後に続いた。

 

 ワンダユウ達が去った後、木の陰からエレオノールが目をこすりながら出てきた。実は、先程のエレオノールは、”タマゴ鳥”が科法『変身ごっこ』で変身したものだったのだ。本物のエレオノールは逆に”タマゴ鳥”に変身して木の陰で眠っていたので、ワンダユウ達は本物のエレオノールに気が付くことなく去ってしまったのだ。

「う~ん・・。ワケナイ君?皆戻ってきたの?」

 エレオノールが声をかけるが、返事がない。

「ちょっと!ワケナイ君!隠れてないで出てきてよ!」

 不安になったエレオノールが叫ぶが、やはり返事がない。エレオノールは、ワケナイがコーヤコーヤ星の動物たちを自分たちの姿に変身させて遊んでいたことを思い出し、勘違いで偽物のエレオノールを連れて行ったのだろうと思った。このまま待っていれば、いずれワンダユウ達がエレオノールを探しに来るだろう。しかし、エレオノールは、全く知らない土地で一人ぼっちになり、不安な気持ちでいっぱいになった。

「大丈夫。皆、すぐに戻って来るわよね!」

 エレオノールは自分に言い聞かせるように、ひとりごちる。気を紛らわせるために、川のほとりに近づくと、魚がヌッと顔を出した。顔を出したかと思ったら、陸に上がってきた。

「キャー!!」

その魚は、魚からカエルの足が生えた生物、”ウオガエル”。ルイズ同様カエルが苦手なエレオノールは、腰を抜かしてしまった。一人ぼっちになった不安もあり、もう涙目になっていた。

「なんで・・なんで!よりによって、カエルがいるのよう・・。早く来てよ。ワンダユウさん、ムニル、キキ・・」

 

 そんなエレオノールの様子を見ていた人がいた。

「あれは・・。リーザさん? どうしてここに?相変わらず、ウオガエルが苦手なんだな」

 森に散歩に来ていたロップルだ。

「あんなに涙目になっちゃって・・。あれ?」

 ロップルは、違和感に気が付いた。いつもなら、リーザが涙目になっていても気にならないのだが、このリーザはやたらと可愛く見える。

「もしかして・・」

 ロップルは思うところがあり、リーザ?に声をかけた。

「あのう・・どうかしましたか?」

「! あなたは!・・いえ、ちょっと道に迷ってしまって」

 エレオノールは、人がいて助かったと思い、パッと顔を輝かせた。次の瞬間、その声をかけた人物がロップルであったことに驚いてボロが出そうになったが、王室典範で正体を明かしてはならないことを思い出し、出来る限り平静を装い、森に偶然迷ったコーヤコーヤ星の住民のふりをした。

 ところが・・。

「そうですか・・。あの・・、失礼ですけど、あなたはエレオノールさまですか?」

「! どうして・・」

「やっぱり! ぼくの職場の上司のリーザさんにエレオノールさまはよく似てらっしゃいますけど・・ぼく、リーザさんのこと苦手なんですよ。でも・・」

「でも?」

 エレオノールが上目遣いでロップルの顔を覗き込むと、ロップルは顔を真っ赤にして答えた。

「で、でも!一目見て分かりました。あなたはリーザさんじゃない・・。こんなにドキドキしたの、ぼく、初めてですよ//」

「そ、それって・・!」

「はい。・・正直、リーザさんの写真を見せられて、これがエレオノールさまだって言われたときは断ろうと思ってたのですが・・」

そこで、ロップルは言葉を一旦切ると、座ってエレオノールと同じ目線で向き合って言った。

「一目お会いして、運命の出会いを感じました// エレオノールさま、好きです!結婚を前提に、ぼくと・・いえ、ぼくの恋人になって下さい!」

「!」

 エレオノールは驚いて固まってしまった。異性に好きだと言われたのは初めての経験で、しかも、婚約してもいいではなく結婚を前提に恋人になって欲しいと言われたのだ。

「は、はい!わたしも、愛しています!ロップルさん// これからよろしくお願いします//

ロップルさん、これから恋人になるんですから、もっと砕けた話し方でお願いします」

 エレオノールは、自分の想像を上回る熱烈なプロポーズを受けて、嬉し涙を流しながら、にっこりと笑って答えた。

「ありがとう。ねえ、エレオノール?」

「なあに?」

「エレオノールのことを『エリ』って呼んでもいいかな?//」

「『エリ』・・、素敵な愛称ね// ありがとう。ええ・・、ええ!勿論よ!」

 エレオノールは、初めて恋人に愛称を付けてもらったことが嬉しくて、幸せをかみしめるようにして答えた。

「ありがとう// ぼくのことは、ロップルでいいよ。

ああ・・こんな可愛い人と恋人になれるなんて!もう、幸せ過ぎて信じられない位だよ。エリ!」

「可愛い?わたしが!?ホントに?」

 きょとんとしてロップルをじっと見つめるエレオノールのことを、可愛いなと思いながらロップルは答えた。

「うん。今もすごく可愛いよ// エリ」

「ありがとう// なんだか夢みたい・・// わたし、幸せよ// ロップル」

 二人はそう言うと、自然に距離が近づき、お互いに肩を寄せ合い、ギュッとロップルはエレオノールを抱きしめた。

 

 そんな様子を、エレオノールを探しに戻ってきたワンダユウ達は陰から一部始終を見ていた。

「なにやら、うまくいったご様子で、とてもめでたいのだが・・、我々はいつ出ていけばいいんじゃろうか?」

「もう少し二人っきりでいさせてあげて下さい。ねえ、キキ」

「ええ、ムニル」

 そう言うと、ムニル夫妻は立ち上がり、自分達の宇宙船をリモコンで呼び寄せた。

「もうお戻りで?」

「ええ。これ以上、エリおばさまの邪魔しちゃ悪いですし・・。マール星に一日も早いおいでをお待ちしておりますとお伝えください」

「かしこまりました。では、お気を付けて、新婚旅行をお楽しみくださいませ」

「はい。ありがとうございます。では・・、ムニル!」

 ムニル夫妻は、宇宙船に乗り、新婚旅行の続きをしに戻って行った。

 

 その後、ロップルはエレオノールを連れて家に戻り、家族に紹介した。

「はじめまして。ロップルのお母様。わたしは、エレオノールと申します」

 エレオノールは、初めて恋人の家で恋人の母親に自己紹介をしたので、緊張でカチコチになっていた。

「はじめまして。ロップルの母のライザと申します。

エレオノールさま、どうぞ自分の家だと思っておくつろぎ下さい。結婚を前提に、ロップルと恋人になられたのでしょう?わたくしのことは、どうぞ母さんと呼んで下さいな」

「はじめまして。お義姉さま。妹のクレムです。・・あんなこと言ってたのに、兄さんも隅に置けないわね」

「ハジメマシテ。エレオノールサマ。チャミーデス。ホントヨネ、クレム」

「! クレムもチャミーもからかうなよ!」

 照れ隠しでロップルが怒鳴る。

「そ、その・・母さん、クレム、チャミー。わ、わたしのことは、エリと呼んで下さい// ロップルに付けもらった愛称なんです//」

 エレオノールは、まだ緊張しているらしい。

「まあ!いい愛称を付けたわね、ロップル。これから、ロップルのことをお願いね。エリ」

「出来の悪い兄ですけど、よろしくね!エリ義姉さん」

「ヨロシクオ願イシマス。エリサン」

 ライザ・クレム・チャミーはそう言って、頭を下げた。

「はい。こちらこそ、よろしくお願いします。母さん、クレム、チャミー」

 その後、しばらく談笑していると、タイミングを見計らってワンダユウ達がやってきて、二人はしばしの別れを告げた。

「また、会えるよね?エリ」

「勿論よ、ロップル。時々会いに行くし、これからは、科法『遠隔通信』でお話もしましょう。また、『スーパーマン』のび太さんのお話聞かせて」

「勿論だよ。ねえ?エリ。ぼくもトリステインに行ってみたいんだけど・・いい?」

「勿論、大歓迎よ// 妹達と両親を紹介するわ。じゃあ、またね!ロップル」

「またね!エリ」

 こうして、エレオノールは後ろ髪を引かれる思いでコーヤコーヤ星を後にした。

 

 エレオノールとワンダユウを見送ったラビが、ぽつりと言った。

「色々あったな・・。ヒヤリとしたが、この縁談がうまくいって本当に良かった」

「うん!ぼくのお陰だね」

「調子に乗るんじゃない!危うく、エレオノールさまが行方不明になるところだったんだぞ!」

 ラビが怒るのも無理はない。エレオノールが何の動物に変身したか忘れたというワケナイのせいで、科法『探知スター』で探すことが出来ず、かなり苦労したからだ。

「もう、今度という今度は許さん!科法『おしりペンペン』、ラビ!」

「あいた~!!あーん!もうコーヤコーヤ星はこりごりでし~!」」

「ダメだ!我々はロップルさまお世話係として残るんだからな!勝手に帰るなんて許さんぞ!もう、こんな悪戯はしないか?」

「しない!しないよー!だから許して~!」

 しばらくワケナイの悲鳴がコーヤコーヤ星に響いていたのは、余談である。

 

 ところ変わって、エレオノールが乗る宇宙船の中。

 エレオノールは上機嫌であった。というのも、お見合いをしたことは何度もあるが、恋人が出来たのは初めてだったからだ。エレオノールが、先程のロップルの告白の余韻に浸っていると、ワンダユウが話しかけてきた。

「エリさま。ルイズさまよりご連絡が入っておりますが、いかがなさいますか?」

 エレオノールは、ワンダユウにも『エリ』と呼んでもらうことにした。というのも、『エリ』という愛称を聞くと、この愛称を付けてくれたロップルを近くに感じる気がするからだ。

「今、話せるの?ワンダユウさん」

「はい。勿論でございます。そのための科法『遠隔通信』ですから」

「そう。じゃあ、ルイズに繋いで頂戴」

「かしこまりました。ワンダユウ!」

 ワンダユウがそう言った直後、エレオノールの前にルイズの映像が映し出された。後ろにカリーヌとチンプイの姿も写っている。

「姉さま!」

「ルイズ!本当に離れていてもお話しできるのね。そっちは大丈夫だった?」

「はい。母さまとチンプイとルルロフに助けて頂きました」

「ルルロフって・・、ルイズ?」

エレオノールは、急にルイズがルルロフ殿下のことを呼び捨てにしたことと、ルルロフ殿下が戦場で危ないにもかかわらずルイズの所に行ったことに驚いていると、ルイズは頬を赤らめて答えた。

「ルルロフは、ウェールズ皇太子達を逃がすために、ウェールズ皇太子のふりをしていたんだけれど・・わたし、一目見てウェールズ皇太子じゃないって分かって、同時に運命の出会いを感じたの!!//

それで・・、わたし、ルルロフの恋人になったのよ!姉さま//」

 エレオノールは、初めて見るルイズの恋する乙女の表情に戸惑ったが、エレオノールも自身の成果を胸を張って報告した。

「良かったわね。・・ところで、ルイズ・・わたしも、婚約者候補と恋人になったわ!」

「そうなの!? おめでとう!姉さま。ちなみに、どんな人?」

「赤い月と青い月が交互に昇る、コーヤコーヤ星の人でね・・ロップルっていうの// ロップルは、土を専門に調査する部署で働いているのよ」

「へえー。姉さまと気が合いそうね」

「そうなのよ。でも、最初は、ロップルったら、わたしが職場の苦手な上司に似ているからって、わたしに会うまでは、断るつもりだったみたいなのよ。それが・・、わたしを一目見てその上司じゃないって見抜いて、わたしのことを好きになってくれたのよ// ルイズ」

 エレオノールも、先程のルイズと同じ恋する乙女の表情をしていた。しかし、その表情は、ルイズの次の言葉で崩れることになる。

「本当におめでとうございます!姉さま。 ところで、わたし・・、ルルロフとキスしちゃった!// それも、わたしから!えへへ//」

デレデレとしまりのない表情で報告するルイズの言葉に、エレオノールは口角をピクつかせながらも精一杯笑顔を作って答えた。

「そ、そう・・よ、良かったわね。ルイズ」

 そこへ、カリーヌが、珍しく困った表情で、二人の娘達の話に口を挟んだ。

「そうなのよ。ルイズったら、皆が見ている前でも構わずルルロフ殿下とキスしたのよ。まったく・・。

でも、これで、ようやく孫の顔が見られそうね。エレオノール、あなたも期待していいのよね?」

「は、はい。母さま」

 エレオノールは、背筋を伸ばして答えた。

「じゃあ、また連絡するね。ワンダユウじいさん」

「じいさんとは、なにごと!!・・まあいい。取り敢えず、引き続き、ルイズさまのことを頼んだぞ」

「うん。分かった」

 チンプイは、そう言うと、通信を切った。

 

 映像が切れると、エレオノールは、大声で叫んだ。

「結局、妹に先を越された~!!」

 エレオノールは、ルイズが自分より先に恋人とキスを済ませたことにショックを受けていたのだ。

「だ、大丈夫ですよ。エリさま」

 ワンダユウがなだめるが、エレオノールは涙目でキッとワンダユウを睨み付けて言った。

「何が大丈夫なのよう。わたし、ルイズより年上なのよ!」

 取り乱すエレオノールに、ワンダユウは優しく言った。

「些細なことです。エリさまもルイズさまも理想を相手を見つけられたのならば、早い遅いは問題ではありません。早かったり遅かったりしたら、お二人とも、今のお相手と出会えなかったかもしれないのですから・・。それに・・、エリさま。次に会う時に、いつキスなさるかお考えになるのも楽しいと思いますよ?もしかしたら、ロップルさまの方もいつキスしようかお考えになっているかもしれませんし・・」

 ロップルもいつキスしようか考えているかもと聞いて、エレオノールは顔が赤くなった。

「そ、そうね// 楽しみは、次に会う時にとっておいたことにするわ// はあ~、次はいつ会えるのかしら?」

「すぐにお会いになれますよ」

「そうね・・。楽しみだわ」

 エレオノールは、どこにデートに行こうか・・いつキスしようか・・など、次にロップルに会う時に思いを馳せていた。

 

 すると・・。

「エリさま。早速、ロップルさまよりご連絡が入りました」

「えっ!// 本当!? すぐに繋いで頂戴」

 エレオノールは、ロップルからの連絡にパッと顔を輝かせた。

「かしこまりました。ワンダユウ!」

 ワンダユウがそう言った直後、ロップルの映像が映し出された。後ろにラビの姿も写っている。ワケナイは、なぜかそこにいなかった。

「やあ// エリ」

「ロップル// また話せて嬉しいわ// どうしたの?」

「うん。さっき言いそびれたんだけど・・実は、ぼく、これからのび太君のところに会いに行くところなんだよ。急だけど、これから一緒にどうかなと思って・・。

ぼくはのび太君の家に泊まるんだけど・・。エリが来れるなら、しずかさんの家に泊めてもらうようにお願いするからさ・・。どうかな?」

 エレオノールは、チラッとワンダユウの方を見た。

 すると、ワンダユウは優しい笑みを浮かべて言った。

「大丈夫ですよ。ご友人の家に男女別々で泊まるなら、問題ありません。

念のためカリーヌさまに確認を取らせて頂きますが、多分お許しが出ると思いますよ」

「ありがとう、ワンダユウさん。ロップル!わたしも地球に行くわ!」

「ロップルさま、何泊のご予定ですか?」

 別々に泊まるとはいえ、さっきまでロップルといつキスをしようかと考えていたエレオノールは、急に意識してしまい、顔が真っ赤になって、ぼふんと顔から湯気が出た。

「3泊4日です。一緒に泊まるのは・・、さすがに・・// まだ結婚前だし・・// そ、そういうのは、ちゃんとしないとね//」

 エレオノールの真っ赤になった顔を見て、ロップルも顔が赤くなった。

「エライ!!さすが、ロップルさま! では、カリーヌさまにお許しを頂いたらすぐにご連絡を差し上げますので、先に地球へ向かっててください。後ほど、エリさまを地球までお送り致します」

「ありがとう。ワンダユウさん。

エリにのび太君達のこと、紹介するよ。じゃあ、また後でね。エリ」

「ええ。楽しみにしてるわ。また後でね。ロップル」

 

 その後、ワンダユウは、カリーヌに連絡を取った。ロップルとの地球への旅行の話を聞いて一瞬驚いたが、何度縁談を持って行ってもことごとく破談になった娘が今度こそうまくいきそうだと思ったカリーヌは、快諾した。

 ちなみに、ルイズはというと、先に恋人と旅行に行く自分の姉に嫉妬して、「付き合ってすぐに、婚前旅行なんてどういうつもりよ」と騒ぎ立てたが、カリーヌに睨まれて、渋々引き下がったのは余談である。

 

 




同じ赤い月と青い月つながりで、『ドラえもん のび太の宇宙開拓史』より、ロップルがエレオノールの恋人となりました。
『エリ』とは、ロップルがエレオノールに付けた愛称でした。

※『エレオノール』という名前の愛称を調べていたら、偶然にも『チンプイ』の本来の主人公『春日エリ』と同じ『エリ』という愛称がありました!
すごい偶然ですね(笑)。

次回より、ゼロの使い魔の原作3巻に突入します。


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アンリエッタ姫の憂鬱

遥か宇宙、マール星レピトルボルグ王家は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールをお妃に迎えるための使者をハルケギニアに送った。
ワンダユウは、大使としてトリステインとマール星を行き来し、
チンプイは、ルイズの使い魔兼お世話役として、トリステインに残った。
ワンダユウ「チンプ~イ!頼んだぞ~!」

トリステイン帰還後のお話です。

※多忙のため、今後は、また亀更新になると思いますので、ご了承下さい。
※蛇足ですが、ドラえもんの誕生日に合わせて更新させて頂きました。
 ちなみに、ルイズとチンプイの誕生日設定はないようです。


 トリステインの王宮は、ブルドンネ街の突き当たりにあった。王宮の門の前には、当直の魔法衛士隊の隊員達が、幻獣に跨り闊歩している。戦争が近いという噂が、二、三日前から街に流れ始めていたためだ。隣国アルビオンを制圧した結果、貴族派『レコン・キスタ』が、トリステインに進行してくるという噂だった。

 よって、周りを守る衛士隊の空気は、ピリピリしたものになっている。王宮の上空は、幻獣、船を問わず飛行禁止令が出され、門をくぐる人物のチェックも激しかった。

 いつもならなんなく通される仕立て屋や、出入りの菓子屋の主人までもが門の前で呼び止められ、身体検査を受け、ディティクトマジックでメイジが化けていないか、『魅了』の魔法等で何者かに操られていないか、など厳重な検査を受けていた。

 そんな時だったから、王宮の上に一匹の風竜が現れた時、警備の魔法衛士隊の隊員たちは色めきたった。

 魔法衛士隊はマンティコア隊、ヒポグリフ隊、グリフォン隊の三隊からなっている。三隊はローテンションを組んで、王宮の警護を司る。一隊が詰めている日は、他の隊は非番か訓練を行っているのだ。今日の警護はマンティコア隊であった。マンティコアに騎乗したメイジ達は、王宮の上空に現れた風竜めがけて一斉に飛び上がる。風竜の上には複数の人影があった。しかも風竜は、巨大なモグラをくわえ、何かボロ切れのようなものをかかえていた。

 魔法衛士隊の隊員たちは、ここが現在飛行禁止である事を大声で告げたが、警告を無視して風竜は王宮の中庭へと着陸した。

 桃色がかったブロンドの美少女に、ネズミのような生物、燃える赤毛の長身の女、そして金髪の少年、眼鏡をかけた小さな少女、そして黒いマントを羽織った騎士だった。その騎士は、隊長職を意味する羽飾りのついた帽子を被っており、騎士の羽飾りの下の顔は下半分が鉄の仮面に覆われていた。おまけに、ネズミのような生物は、なぜか剣を背負っていた。

 マンティコアに跨った隊員たちは、着陸した風竜を取り囲んだ。腰からレイピアのような形状をした杖を引き抜き、一斉に掲げる。いつでも呪文が詠唱できるような態勢を取ると、ごつい体にいかめしい髭面の隊長が大声で怪しい侵入者達に怒鳴る。

「今現在、王宮の上空は飛行禁止だ。ふれを知らんのか? それと・・、そこのマントと帽子を被った・・貴様だ、貴様! それは選ばれた者しか身に付けることを許されぬのだぞ!怪しいやつめ!答えろ!何者だ!」

「・・貴様とは、ご挨拶ね。わたくしにそのような口をきくとは、ずいぶん偉くなったものね?ド・ゼッサール」

 騎士はそう言って、髭面の隊長を睨み付けた。

「その声は!まさか、カリン殿!?」

「わたくしを忘れるなんて・・ずいぶん偉くなったのね?ド・ゼッサール」

「い、いえ・・、その・・。大変失礼致しました! すぐに取り次ぎます!」

 ド・ゼッサール隊長の豹変ぶりに魔法衛士隊の隊員たちはざわつき出す。

「おい!何をやっている!早くしろ!

ここにおられるお方をどなたと心得る!恐れ多くも先のマンティコア隊隊長”烈風”カリン殿にあらせられるぞ!」

 ド・ゼッサールの言葉で隊員たちに衝撃が走った。何人かはアンリエッタの所へ急いだが、ある者は生きる伝説を前に恐れおののくあまり失禁してしまい、ある者はビックニュースだとばかりに仕事を投げ出してどこかへ行ってしまい、またある者は空の上ということも忘れてジャンピング土下座をして仲間に助けられた。

 そんな現マンティコア隊を見て、カリーヌは顔をしかめて低い声で現隊長の名を呼んだ。

「ド・ゼッサール」

「は、はい!」

「今の魔法衛士隊はたるんでいますよ。まったく・・裏切り者のワルドだけじゃなく、わたくしのマンティコア隊まで・・。ド・ゼッサール!」

「はい!!」

「姫殿下に密命の報告が終わったら、マンティコア隊の隊員を全員連れてすぐにわたくしのところに来なさい!皆まとめて、一から鍛え直して差し上げますわ!」

「ひっ! わ、分かりました!カリン殿! ・・ところで、ワルド子爵が裏切り者とは?」

 かつて峻烈だった先代マンティコア隊隊長を前にして、ド・ゼッサールは涙目になりながら、誤魔化すように気になったことを訊いた。

「密命に関わることなので、詳しいことは言えませんが・・、言葉通りの意味ですわ。ワルドは、あの『レコン・キスタ』の一味だったのよ。 ほら、これよ。これ」

「その汚いボロ切れが何か・・。って、ワルド子爵!?」

 カリーヌが指さした、風竜が抱えているボロ切れに見えたものは、カリーヌの拷問でボロボロになったワルドであった。

「まあ、自業自得よ。

それよりも!今の堕落したマンティコア隊の方が問題ですわ!

ド・ゼッサール!今日は、”激しく”いきます!覚悟なさい!」

「は、はい!承知致しました~!」

 こういうときの先代隊長に下手な言い訳は逆効果と知っているド・ゼッサールは、今日の自分の運命を恨みながら、混乱している隊員たちの収拾に当たった。

 

 しばらくして、宮殿の入り口から鮮やかな紫のマントとローブを羽織った人物がひょっこりと顔を出した。中庭の真ん中で魔法衛士隊に囲まれたルイズの姿を見て、慌てて駆け寄ってきた。後からマザリーニも出てきた。

「ルイズ!」

 駆け寄ってくるアンリエッタの姿を見て、ルイズの顔が薔薇をまき散らしたようにぱあっと輝いた。

「姫さま!」

 二人は、一行と魔法衛士隊が見守る中、ひっしと抱き合った後、興味深そうにそんな自分達を、魔法衛士隊の面々が見つめている事に気づき、アンリエッタは説明した。

「彼らはわたくしの客人ですわ、隊長殿」

「さようですか」

 アンリエッタの言葉で隊長は納得し、持ち場へ去ろうとした。が、そんな隊長をカリーヌは呼び止めた。

「お待ちなさい、ド・ゼッサール。あとで、マンティコア隊の隊員を全員連れて王宮の練兵場に来るのよ。分かりましたね?」

 カリーヌの言葉を聞いて、ド・ゼッサールは顔を青くするが、アンリエッタはそれを聞いて口を挟んだ。

「まあ!やはり、ラ・ヴァリエール公爵夫人が、”烈風”カリン殿だったのね! ワンダユウ殿から話は聞いておりましたが、本当だったなんて・・。

わたくし、子供の頃大変憧れてましてよ。火竜山脈での竜退治!オーク鬼に襲われた都市を救った一件・・。煌びやかな武功!山のような勲功!貴族が貴族らしかった時代の、真の騎士!数々の騎士が、あなたを尊敬して、競って真似をしたと聞いております!」

「お恥ずかしい限りです」

「何をおっしゃるの!そんなことありませんわ! 

ところで、カリン殿、先ほどの発言・・。もしや、マンティコア隊に稽古をつけて頂けるのかしら?」

「はい。先ほどのマンティコア隊の様子を見る限り、失礼ながら、わたくしが隊長を務めていたころよりずいぶんと堕落したようにお見受けしました。そこで、わたくしが現マンティコア隊を一から鍛え直そうと思い、現隊長に声をかけた次第です」

「まあ!それは、またとない機会ね!カリン殿、お時間があるときだけで結構ですので、よろしければ、マンティコア隊を鍛え直しに、時々来て頂けないかしら?」

 アンリエッタの言葉に、ド・ゼッサールの顔が引きつる。そんなド・ゼッサールの心情を知ってか知らずか、カリーヌが微笑んで答えた。

「はい。喜んで」

「嬉しいわ。これで、今のマンティコア隊も、少しはかつての騎士らしくなるでしょう」

 そんな二人の様子を見守っていたマザリーニが声をかけた。

「殿下」

「なんです?マザリーニ枢機卿。その位いいでしょう」

 アンリエッタが不機嫌そうに言うと、マザリーニはにっこりと笑って言った。

「そうではありませぬ。ただ教えに来て頂くだけでは、申し訳ないと存じます。ですので、………………というのはいかがでしょう?」

 マザリーニの助言に、アンリエッタの顔がぱっと輝いた。

「まあ!それは、いい考えね。 カリン殿」

「はい」

「あなたを『魔法衛士隊教導・マンティコア隊 名誉隊長』に任命いたします。

・・ちょっと、誰か、机と羽ペンと羊皮紙をここに」

 アンリエッタは、そう言って机と羽ペンと羊皮紙をマンティコア隊の一人に持ってこさせると、さらさらと羊皮紙に何かをしたためた。それから羽ペンを振ると、書面に花押が付いた。

「これをお持ち下さい。わたくしが発行する正式な許可証です。王宮を含む国内外へのあらゆる場所の通行と、マンティコア隊の教導と使用を認めた許可証です。

もちろん、引退した身であるカリン殿は、戦への参加は自由とさせて頂きますわ」

「ご配慮感謝いたします。しかし、通行とマンティコア隊の使用は・・」

「良いのです。密命の件でカリン殿やマール星の大使殿にご迷惑をお掛けしたので、せめてものお詫びです。

それに、ルイズとエレオノール殿の身に何かあっては、マール星の方々に申し訳が立ちません。

全ての魔法衛士隊をお貸しするわけには参りませんが・・、必要な時にはマンティコア隊を是非お使いください。カリン殿はマンティコア隊の先代隊長にして、王国始まって以来の風の使い手。隊員たちも喜んで従うでしょう」

 

 アンリエッタはマザリーニに『密命』と『マール星』について事の次第を予め説明していた。

 『密命』の内容は、

 『現在のハルケギニアの政治の情勢を正確に把握するためにウェールズ皇太子達から亡命の意思の有無を聞き出すこと

 裏切り者の可能性があるワルドを、アルビオン王家をエサに連れ出してしっぽを出させ、ワルドが裏切り者である動かぬ証拠を押さえた時点で、マール星の大使と”烈風”カリンで捕らえ、出来れば生かしたままトリステインに連れ帰ること』

 ・・の以上二点であると説明した。

また、『マール星』に関しては、

 『ロバ・アル・カリイエ』の大国であり、エルフすら意に介さないほどの武力を持った国と説明し、『科法』のことは伏せた。

そして、マール星の第一王子はルイズをお妃とすることを望んでおり、

 ルイズの家族も賛成していること

 ルイズがうんと言えば、家族全員でマール星に移り住むこともあり得ること

 なども、アンリエッタはマザリーニに説明していた。

 

 マザリーニは、これらの情報を踏まえて、 

 『烈風』を有するトリステインの大貴族であるラ・ヴァリエール公爵家がいなくなれば、トリステインの弱体化は必至であること

 あわよくばマール星と同盟を結び、ラ・ヴァリエール公爵家にトリステインに留まってもらうために、マール星とラ・ヴァリエール公爵家の機嫌も取っておく必要があること

 いずれラ・ヴァリエール公爵家がマール星に移住してしまうとしても、移住するまでの間に一人でも多くの『烈風』の後継者を本人に育ててもらう必要があること

 などを考え、アンリエッタに提案したのだった。

 アンリエッタは、マザリーニの考えに今回ばかりは心底感心した様子であった。

「隊長殿」

「はっ!」

 アンリエッタは、ド・ゼッサールに声をかけると、真摯な目で言った。

「カリン殿の長女・エレオノール殿と三女のルイズは、ロバ・アル・カリイエの大国『マール星』にとって重要な方々です。

マール星と良い関係を続けるためにも、今後、ラ・ヴァリエール公爵家とマール星の大使殿たちをお守りすることを命じます。

また、カリン殿が自ら教えて下さるのです。色々学び、精進しなさい」

「はっ!承知いたしました。姫殿下。

これから、ご教導よろしくお願い致します。名誉隊長殿」

「ええ、よろしくね。ド・ゼッサール隊長」

 カリーヌとド・ゼッサールのそんなやり取りを見た後、アンリエッタがぽつりと言った。

「本当は、『マール星』と同盟を結び、『レコン・キスタ』との戦いになった場合の協力が得られたら良いのだけれど・・。本来なら、ルイズではなく、わたくしがマール星の第一王子ルルロフ殿下のもとに嫁ぐべきよね」

 アンリエッタの言葉を聞いたルイズは、眉と口角をピクつかせながらも、必死に笑顔を作って言った。

「ひ、姫さま。マール星は、このハルケギニアから遠く東に離れた国・・。無理を言ってはなりませんわ。それに・・、ルルロフ殿下はわたしをお選びになったのです!姫さまが気にすることはありませんわ!」

「そ、そうね・・。というか、ルイズ? あなた、ルルロフ殿下との婚約に消極的だったのではなくて?」

 ルイズは、身を乗り出して、アンリエッタに言った。

「いえ!!かなり前向きに考えております!というか、いずれ必ず婚約します!姫さまは、お気になさらないでください!」

「そ、そう。分かったわ。あなたに任せるわ、ルイズ」

 ルイズの勢いに驚いたアンリエッタは、そう答えた。

「はい!!お任せください!」

 ルイズは、胸を張って力強く答えた。

 そんなルイズとアンリエッタのやり取りを黙って聞いていたカリーヌが言った。

「姫殿下。わたくし、早速、マンティコア隊に稽古を付けたく存じますので、密命の詳細はルイズ達に聞いていただけますか? ・・それと、『レコン・キスタ』に関する情報も、ワルド子爵から聞き出せるだけ聞き出したので、これ以上の尋問は不要かと」

「分かりました。では、マンティコア隊をよろしくお願いしますね。カリン殿。

ところで、ワルド子爵のことですが・・、やはり裏切り者だったのね・・」

 ワルドの方をちらりと見たアンリエッタは、そこで言葉を切った。その表情は曇っていた。裏切り者を使者に選んだこと、合意の上とはいえ裏切り者と知りながら使者としてワルドをウェールズのもとに送り出したことなどが頭をよぎり、アンリエッタは心を痛めたのだった。

「殿下。………………」

 マザリーニが、再びアンリエッタに助言をする。マザリーニの助言を聞いて、最初は戸惑った様子のアンリエッタであったが、しばらくして、アンリエッタはきっと顔を上げると、毅然とした態度でド・ゼッサールに言った。

「隊長殿、ワルドは『レコン・キスタ』の一味だったのです。証人もここに大勢いるわ。先日のフーケのように脱獄できぬよう、即刻、打ち首になさい」

「はっ!承知いたしました」

 そう言うと、ド・ゼッサールは、気後れして動けないでいる隊員たちを促し、カリーヌと共にワルドを引きずって、王宮の練兵場へと去っていった。

 その後、ワルドは処刑された。

 ちなみに、ド・ゼッサール達は、その日、カリーヌに徹底的な”指導”を受けた。その後も、たびたびカリーヌの”指導”を受けた。カリーヌの”指導”の後は、マンティコア隊の隊員たちは皆ボロボロになったが、隊員たちは確実に強くなっていった。

 後に、マンティコア隊の面々が、他の魔法衛士隊を寄せ付けないほどの強さを身に付けるのは、もう少し先の話である。

 

 アンリエッタは再びルイズに向き直った。

「道中、何があったのですか? ・・とにかく、わたくしの部屋でお話ししましょう。他の方々は別室を用意します。そこでお休みになってください」

 キュルケとタバサ、そしてギーシュを謁見待合室に残し、アンリエッタはチンプイとルイズを自分の居室に入れた。マザリーニも、アンリエッタに気を利かせて、仕事があると告げて、その場を去っていった。

「ああ、無事に帰ってきたのね。嬉しいわ。ルイズ、ルイズ・フランソワーズ・・」

「姫さま・・」

 ルイズの目から、ぽろりと涙がこぼれた。

「件の手紙は、無事、この通りでございます」

 ルイズはシャツの胸ポケットから、そっと手紙を見せた。アンリエッタは大きく頷くと、ルイズの手を固く握りしめた。

「やはり、あなたはわたくしの一番のお友達ですわ」

「もったいないお言葉です。姫さま」

 しかし、一行の中にウェールズの姿が見えない事に気づいたアンリエッタは、顔を曇らせる。

「・・ウェールズさまは、やはり父王に殉じたのですね」

「いいえ。お二人ともご無事でございます」

 ルイズの言葉を聞いて、アンリエッタの表情がぱあと明るくなった。

「まあ! して、ウェールズさま達は、何処に?」

「存じ上げません。ですが、ご無事であることは確かです。

それと・・、ウェールズ皇太子達が生きていると分かれば、『レコン・キスタ』にまた狙われるので、公にはウェールズ皇太子達は生死不明と発表していただけますでしょうか?」

「それは、確かにそうですわね。・・ルイズ、ウェールズさま達は、本当にご無事なの?」

「はい。それは、間違いありません」

 そして、ルイズはアンリエッタに事の次第を説明した。

 アルビオンへと向かう船に乗ったら、空賊に襲われたこと。

 その空賊が、ウェールズ皇太子だったこと。

 ウェールズ皇太子にトリステイン王家への亡命を勧めたが、断られたこと。

 ワルドに奇妙な魔法をかけられ、無理矢理結婚させられそうになったこと。

 結婚式の最中、ワルドが豹変し、ウェールズを殺害してルイズが預かった手紙を奪い取ろうとしたが、カリーヌとチンプイが駆けつけてくれたので、事なきを得たこと。

 ウェールズ皇太子達は、秘密の港より密かに脱出し、どこかは分からないが、逃げ果せたこと。

 ウェールズ皇太子達は無事で、こうして手紙も取り戻してきた。『レコン・キスタ』の野望・・ハルケギニアを統一し、エルフから聖地を取り戻すという大それた野望はつまずいたのだ。

 しかし・・、ウェールズ皇太子達が無事で、トリステインの命綱であるゲルマニアとの同盟が守られたというのに、アンリエッタは浮かない表情をしていた。

 アンリエッタは、かつて自分がウェールズにしたためた手紙を見つめながら、はらはらと涙をこぼした。

「・・あの方は、わたくしの手紙をきちんと最後まで読んでくれたのかしら? ねえ、ルイズ」

 ルイズは頷いた。

「はい、姫さま。ウェールズ皇太子は、姫殿下の手紙をお読みになりました」

「ならば、ウェールズさまはわたくしを愛しておられなかったのね」

 アンリエッタは、寂しげに首を振った。

「では、やはり・・、皇太子にトリステイン王家への亡命をお勧めになったのですね?」

 悲しげに手紙を見つめたまま、アンリエッタは頷いた。

 ルイズは、ウェールズの言葉を思い出した。彼は頑なに『アンリエッタは私に亡命など勧めていない』と否定していた。やはりそれは、ルイズが思った通り彼の嘘だったのだ。

「ええ。死んで欲しくなかったんだもの。愛していたのよ、わたくし」

 それからアンリエッタは、呆けた様子で呟いた。

「ウェールズさまは、わたくしに会うのが嫌だったのかしら」

「姫さま。ウェールズ皇太子は、あなたやこのトリステインに迷惑をかけないために、トリステイン王家への亡命を拒んだんだと思いますわ」

 ぼんやりとした顔で、アンリエッタはルイズの方を見た。

「わたくしに迷惑をかけないために?」

「自分が亡命したら、反乱勢が攻め入る格好の口実を与えるだけだって王子さまは言っていました」

「ウェールズさまが亡命しようがしまいが、攻めてくる時は攻め寄せてくるでしょう。攻めぬ時には沈黙を保つでしょう。個人の存在だけで、戦は発生するものではありませんわ」

「・・それでも、迷惑をかけたくなかったんですよ。それは、ウェールズ皇太子が誰よりも姫さまを愛しておられるからこそですよ」

 アンリエッタは、深いため息をつくと、窓の外を見やった。

アンリエッタは美しい彫刻が施された、大理石削り出しのテーブルに肘をついて、悲し気にルイズに問うた。

「ウェールズさまは生きておられるのに会えないなんて・・、残された女はどうすれば良いのでしょうか?ルイズ」

「姫さま・・。わたしがもっと強く、ウェールズ皇太子を説得していれば・・」

 アンリエッタは立ち上がり、申し訳なさそうに呟くルイズの手を握った。

「いいのよ、ルイズ。ウェールズさまは無事だったのだし、あなたは立派にお役目通り、手紙を取り戻してきたのです。あなたが気にする必要はどこにも無いのよ。それにわたくしは、亡命を勧めて欲しいなんて、あなたに言ったわけではないのですから」

 それからアンリエッタは、にっこりと笑った。

「わたくしの婚姻を妨げようとする暗躍は未然に防がれたのです。わが国はゲルマニアと無事同盟を結ぶ事ができるでしょう。そうすれうば、簡単にアルビオンも攻めてくるわけにはいきません。危機は去ったのですよ、ルイズ・フランソワーズ」

 アンリエッタは努めて明るい声を出した。

 ルイズはポケットから、アンリエッタにもらった『水』のルビーを取り出した。

「姫さま。これをお返しします」

 しかし、アンリエッタは首を横に振った。

「それはあなたが持っていなさいな。せめてものお礼です」

「こんな高価な品をいただくわけにはいきませんわ」

「忠誠には、報いるところが無ければなりません。いいから、とっておきなさいな」

 ルイズは頷くと、それを自分の指に嵌めた。

「それと・・これを」

 そう言って、アンリエッタは、古びた革の装丁がなされた一冊の本をルイズに手渡した。

「これは?」

 ルイズが怪訝な顔でその本を見つめた。

「『始祖の祈祷書』です」

「『始祖の祈祷書』?これがですか?姫さま」

「ええ。トリステイン王室の伝統で、王族の結婚式の際には貴族より選ばれし巫女を用意し、選ばれた巫女はこの『始祖の祈祷書』を手に、式の詔を詠みあげる習わしとなっております。巫女は、式の前より、この『始祖の祈祷書』を肌身離さず持ち歩き、詠みあげる詔を考えることになっているのですが・・。

わたくしとゲルマニア皇帝との結婚式の際の巫女を、ルイズ・・あなたにやって欲しいの」

「えええ!わたしがですか!わたし、ちゃんとした詔を作る自信ないですよ!」

 すると、アンリエッタは悲しそうな笑みを浮かべて言った。

「もちろん、草案は宮中のものに推敲させますが、わたくしにとっておそらく一生に一度のことなのです。お願いよ、ルイズ・フランソワーズ」

 ルイズは、アンリエッタの悲しそうな笑みを見て、胸が締め付けられるような気がした。というのも、自分は一目で恋に落ちたルルロフ殿下と結婚するのに、幼馴染みのアンリエッタは政治の道具として好きでもない皇帝と結婚するからだ。アンリエッタは、幼い頃、共に過ごしたそんな自分を式の巫女役に選んでくれたのだ。

 ルイズはきっと顔を上げた。

「わかりました。謹んで拝命いたします」

「あなたならそう言ってくれると思ったわ!ありがとう!ルイズ・フランソワーズ」

 アンリエッタはそう言って、ルイズを抱きしめた。

 

 そして、アンリエッタは、ルイズから離れると、今度はチンプイの方に向き直って言った。

「チンプイ殿、あなたが、ワルドを捕らえたそうですね。さすが、マール星の大使殿だわ」

 チンプイは、照れながら答えた。

「いや~、あれは、ワルドが自滅しただけだよ。カリーヌさんがいなかったら、何もできなかったし・・」

「そんなことないわよ!母さまも、ワルドの”ミスト”で足止めされて、危うく逃げられるところだったんだから!ワルドを倒せたのは、チンプイのお陰よ。もっと自信を持ちなさい」

 ルイズが口を挟む。

 それからアンリエッタは、思いついたように、体中のポケットを探る。そこにあった宝石や金貨を取り出すと、それをそっくりチンプイに握らせた。

「ルイズの言う通りよ。これからもルイズを・・、わたくしの大事なお友達をよろしくお願いしますわね。優しい使い魔さん」

「そ、そんな・・・、こんなにたくさん受け取れないよ」

 チンプイは手に持った金銀宝石を見て、あっけにとられた。

「是非、受け取って下さいな。本当ならあなたを『シュヴァリエ』に叙さねばならぬのに、それが適わぬ無力な王女のせめてもの感謝の気持ちです」

「うん。分かった。そういうことなら、ありがたく受け取っておくよ。ありがとう、姫さま」

 チンプイは笑って答えた。

 

 ところ変わって、ニューカッスル城。

 浮遊大陸の岬の突端に位置した城は、一方向からしか攻める事ができない。密集して押し寄せた『レコン・キスタ』の先陣は、魔法と大砲の攻撃を何度か食らい、損害を受けた。

 しかし、所詮は多勢に無勢。一旦、城壁の内側へと侵入された堅城は、もろかった。ところが、城内に侵入すると、そこはもぬけの殻であった。

 どこか王軍しか知らない秘密の抜け道でもあったのかもしれない。

 城内では、今、『レコン・キスタ』の兵士達が財宝あさりにいそしんでいる。宝物庫と思われる辺りでは、金貨探しの一団がお目当ての物を探し当てたらしく、歓声を上げていた。

 長槍を担いだ傭兵の一団が元は綺麗な中庭だった瓦礫の山に転がる死体から装飾品や武器を奪い取り、魔法の杖を見つけては大声ではしゃいでいる。

 その様子を苦々しげに見つめて、

「やはり、トリステインの貴族は口ばかり達者で、信用できんな」

 と、ひとりごちたのは、年のころ三十代の半ばくらいの男であった。丸い球帽をかぶり、緑色のローブとマントをその身に纏っている。一見すると聖職者のような格好に見えた。だが物腰は軽く、まるで軍人のようだった。高い鷲鼻に、理知的な色をたたえた碧眼。帽子の裾からカールした金髪が覗いている。

 緑のローブの男は、

「ワルドめ!何一つ目的を達成できておらんではないか!しかし、困ったな・・。信用していたからこそ、あの指輪を貸したというのに・・。あの指輪がないと、困るぞ」

と、心の中でひとりごちた後、

「おい!財宝漁りもいいが、まだ見つからんのか!」

と、『レコン・キスタ』の兵士達に怒鳴った。

 すると、兵士の一人が、慌てた様子で緑のローブの男のもとへと駆け寄ってきて言った。

「閣下!見つけました!そこの瓦礫の山のそばに転がっておりました!」

 そう言って、その男が指をさしたのは、二日前まで礼拝堂であった場所だ。ワルドとルイズが結婚式を挙げようとした場所であり、ワルドが捕らえられた場所でもある。

 だが、今ではただの瓦礫の山になっていた。

 閣下と呼ばれた緑のローブの男こそが、『レコン・キスタ』の総司令官、オリヴァー・クロムウェルである。

 クロムウェルは、指輪が見つかったと聞くと、にかっと人懐こそうな笑みを浮かべ、その兵士の労をねぎらった。

「おお!正にそれは、ワルド子爵に余が貸した『アンドバリ』の指輪!よくやった!褒美は惜しまんぞ!」

「はっ!ありがとうございます。ですが・・、閣下、ワルド子爵はどうしたのでしょうか?」

 兵士に聞かれたクロムウェルは、ふんと鼻を鳴らして答えた。

「あの役立たずのことかね?トリステインにいる我が同胞から知らせは受けているよ。どうやらあの男は何一つ任務を達成することなく、処刑されたらしい。ゲルマニアとトリステインの同盟を阻止し、ウェールズを仕留めるという重要な任務をあの男には与えていたのだがな」

「閣下・・。では、我々は・・」

 クロムウェルは、不安そうな兵士の肩を叩いてにっこりと笑って言った。

「安心したまえ。同盟は結ばれても構わない。ウェールズを仕留められずとも、どのみちトリステインは裸だ。余の計画に変更はない」

 兵士は会釈した。

「外交には二種類あってな、杖とパンだ。とりあえずトリステインとゲルマニアには温かいパンをくれてやる」

「御意」

「トリステインは、なんとしてでも余の版図に加えねばならぬ。あの王室には『始祖の祈祷書』が眠っておるからな。聖地に赴く際には、是非とも携えたいものだ」

 そう言って満足げに頷くと、クロムウェルは去って行った。

 




このような日常や戦闘シーン以外だと、私の拙筆ではどうしてもチンプイ要素が少なくなりますね・・(苦笑)

次回は、アンリエッタの女王就任までいけたらいいなと思っておりますが、長くなりそうなので2回に分けるかもしれません。

『竜の羽衣』は、科法『局地的反重力場』があれば、存在意義はほとんどないので、どうしようか悩んでおりましたが、ちょっと面白い案を思い付いたので、お楽しみに。


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外伝 魔女っ子エリちゃん

遥か宇宙、マール星レピトルボルグ王家は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールをお妃に迎えるための使者をハルケギニアに送った。
ワンダユウは、大使としてトリステインとマール星を行き来し、
チンプイは、ルイズの使い魔兼お世話役として、トリステインに残った。
ワンダユウ「チンプ~イ!頼んだぞ~!」

今回は、『外伝 コーヤのエリおばさま』の続きです。
本編をお楽しみの方、急に外伝を挟んでしまってすいません。次回から、本編に戻ります。

※『エリ』は、エレオノールの婚約者・ロップルが、エレオノールに付けた愛称です。(詳細は、『外伝 コーヤのエリおばさま』参照)

※多忙のため、今後は、また亀更新になると思いますので、ご了承下さい。


 地球から帰ったエレオノールは、ほうきを持ち、なんとなく掃き掃除をしながら歌っていた。

「わたしは、魔女っ子エリちゃん♪ ア~ブラ カタブ~ラ 魔法使い♬」

「何してるの?姉さま。『エリ』って誰?」

 本来は、貴族は掃き掃除などしないので、ルイズはどうしたのだろうと思い、声をかけたのだった。

 急に声をかけられてビクッとしたエレオノールが、慌てて誤魔化すように手をブンブンと振りながら答えた。

「ル、ルイズ!?そ、その・・。ちょっとね・・。

ああ!言ってなかったわね。『エリ』は、ロップルがわたしに付けてくれた愛称よ!」

 ルイズは、じと~っとした目でエレオノールを見つめながら言った。

「じゃあ、”魔女っ子”って、姉さま? 姉さま、”魔女っ子”って歳じゃ・・いひゃい!いひゃいです!ねえはま(ねえさま)!」」

 エレオノールは、ルイズの頬を軽くつねって、ルイズの言葉を遮った。

「別に、そんなことないよ」

 ひょっこり顔を出したチンプイが、口を挟んだ。

「どうしてよ?チンプイ」

 ルイズが、頬をさすりながら訊くと、チンプイは笑って答えた。

「ルイズちゃんのアルバムを収録したムジエルさんは百三十歳超えてるし、王室のご隠居のヒコザーモンさんなんて三百歳だよ? エリちゃんは、まだまだ若いよ」

「「三百歳!?」」

 エレオノールとルイズは同時に叫んだ。この間、ルイズの歌を収録したムジエルが「百二十年もこの業界で生き抜いたわたくしが…」と言っていたことを、ルイズは思い出した。

「そう言えば、ムジエルさんも百二十年とか言ってたけど・・。マール星の人ってすごく長生きなのね」

「そうかな?う~ん。多分、マール星の医学がすごく発達しているからかもね。どんな病気もすぐに治せるし、アンチエイジングケアもかなり進んでいる方だと思うし・・」

「どんな病気も!? じゃあ、ちいねえさまの病気も治せるの?」

「うん。多分、治せるんじゃない? Dr.チョロン先生に頼めば・・そうだ!今度、ルイズちゃんとエリちゃんの健康診断をしに来るはずだから、その時に頼んであげようか?」

「ええ。是非、お願いするわ。ありがとう、チンプイ。 これで、ちいねえさまの病気も治るわね。姉さま」

「そうね。ありがとう、チンプイ君・・。うん?・・って、『エリちゃん』!?」

 エレオノールは、先程から、チンプイの自分に対する呼び方が変わっていることに気が付いた。すでに成人しているエレオノールに対して、チンプイは、ちゃん付けをしていたのだ。

「うん。ダメ?」

「うっ・・。い、いいえ。チンプイ君がそう呼びたいなら、別にいいわよ」

 チンプイに捨てられた子犬のような目で見つめられて、エレオノールはダメとは言えなくなった。

「マール星人は長生きだから、まだまだわたしは若輩者だし、ちゃん付け位いいかな」

と、エレオノールは心の中でひとりごちた。

「わーい!エリちゃん、ありがとう!」

 チンプイはそう言って、エレオノールに抱きついた。

 その様子を面白くなさそうに見ていたルイズが、口をとがらせてチンプイに言った。

「チンプイ!姉さまだけじゃなくて、わたしにも愛称付けてよ!」

「うーん・・。ルウちゃん?ルッちゃん?」

 チンプイは腕を組んで考え、思い付いた名前を挙げるが、どれもパッとしない。

「はあ~。なんか冴えない愛称ね~。もっとマシなのないの?」

 ルイズは大きなため息をついて言った。すると、チンプイはむっとして言った。

「だって、そもそもエリちゃんの愛称を考えたの、ロップル君だよ!ぼくが考えたんじゃないもん!ルイズちゃんも殿下に考えてもらったら?」

 『殿下』と聞いて、ルイズは頬を赤らめながら答えた。

「殿下・・// そ、そうね// 今度、ルルロフに考えてもらおうかしら?

と、ところで、姉さま。どこであのような歌を?」

 ルイズが照れ隠しで誤魔化すようにして訊くと、エレオノールは笑って答えた。

「ああ、あの歌はしずかさんに教わったのよ」

「しずかさんって誰?」

「実はね・・」

 エレオノールは、ロップルと行った地球で出会ったしずか達との話を語り始めた。

 

 数日前――――

 ワンダユウに地球に送ってもらったエレオノールは、ロップルと合流すると、のび太・しずか・ドラえもんが、出迎えてくれた。

「紹介するよ。こちら、コーヤコーヤ星を救ってくれた、ぼくの親友の野比のび太君」

「はじめまして。野比のび太です。先程、ロップル君から話は聞きましたよ。お会いできて嬉しいです」

「はじめまして。ええ。こちらこそ、『スーパーマン』とお会いできて光栄ですわ」

「いや~、『スーパーマン』だなんて、そんな・・//」

「のび太さん・・」

 エレオノールに『スーパーマン』と呼ばれてデレデレとしているのび太に、嫉妬したしずかは、やや低い声で、のび太をたしなめた。

「あっ!し、しずかちゃん!ゴ、ゴメン!」

「もう!デレデレしちゃって!のび太さんなんて、知らない!」

「ゴメ~ン。ゴメンね、しずかちゃん。もうデレデレしないよ~」

「・・反省してる?」

「してる!してる!ぼくは、しずかちゃんがいてくれなきゃ、死んじゃうも~ん!」

「も~// オーバーね// 皆見てるのよ? まあ、いいわ。許してあげる」

「ほんと!ありがとう// しずかちゃん!」

「ふふっ// どういたしまして」

 そんな二人の様子を温かい目で見守っていたロップルは、はっとして、咳払いをした後、仕切り直して紹介を続けた。

「んっ!ん!! じゃあ、紹介を続けるね。こちら、のび太君の婚約者の源静香さん」

「はじめまして。源静香です。エレオノールさんは、ロップルさんの恋人で、『魔法使い』なんですよね?お会いできて嬉しいです」

「はじめまして。ええ、そうですよ。こちらこそ、コーヤコーヤ星を救った『女英雄(ヒロイン)』にして、『スーパーマン』の婚約者のしずかさんにお会いできて嬉しいですわ」

「『女英雄』だなんて、そんな・・//」

 『女英雄』と言われて、嬉しいような恥ずかしいような気持ちになったしずかは、恥ずかしそうに俯いた。

「最後に、こちら、ドラえもん。のび太君の一番の親友で、未来の世界のネコ型ロボットだよ」

「こんにちは。ぼく、ドラえもんです。いや~、魔法使いが実在するなんて、ビックリしました。お会いできて光栄です」

 ドラえもんは、のび太が大学に入った後、未来の世界に帰ったが、今ものび太が心配でこうしてたまに様子を見に来ているらしい。

「はじめまして。お話はロップルから聞いているわ。マール星並みに科学技術が発達しているんですってね。よろしく・・ケホッ!ケホッ! ごめんなさい。さっきから、体も重くて・・」

「あっ!そうか!エレオノールさんの星も地球より重力が小さいんですね。気が付かなくてごめんなさい。えーと・・」

 そう言って、ドラえもんはポケットを探った。

「あった!『テキオー灯』!」

 ドラえもんはそう言いながら、短銃に似た形をした緑色の道具をポケットから取り出した。

「『テキオー灯』?」

 エレオノールが聞き返す。

「はい。これは、海の中・・宇宙空間・・どんな状況下でも生活できるようになる光線を出す道具なんです。二十四時間・・つまり丸一日しか効果はないんですけど・・」

 エレオノールは、不安そうにロップルの方を見た。というのも、どう見ても武器の短銃にしか見えなかったからだ。

「大丈夫だよ、エリ。ぼくもさっきその光線浴びたから。・・それより、トリステインの重力もコーヤコーヤ星と同じように地球より重力が小さかったんだね。それじゃあ、体が重いはずだよ。気が付かなくてゴメンね。エリ」

「いいえ、気にしないで。ロップル。 じゃあ、お願いするわ。ドラえもんさん」

「分かりました。じゃあ、いきますよ」

 エレオノールは、『テキオー灯』の光を浴びた。すると、体が重い感じも息苦しさもなくなった。

「体の重い感じも息苦しさも無くなったわ。すごいのね。地球の科学技術って・・」

 エレオノールが感心していると、のび太が笑って補足した。

「正確には、百年後の地球の科学技術ですけどね」

「百年後・・本当に未来から来たのね、ドラえもんさんって。ああ!申し遅れました。

わたしは、トリステイン王国出身のエレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエールです。

長いので、エリで結構ですわ。すでにご存知のようですが、ロップルの恋人です。

皆さんはロップルのお友達なのですから、どうかわたしとも友人のように接して下さいな」

 エレオノールは、そう言って微笑んだ。

「へえ~。長い名前なんで・・長い名前なんだね、エリさんの名前って。トリステインじゃ、みんなそうなの?」

 ドラえもんが、あまりにも長い名前に目を丸くして尋ねた。

「いいえ。『メイジ』・・つまり『魔法使い』は、トリステインでは文明を担っているから、貴族として苗字が与えられるの。役職や所有している土地名なんかも一緒に組み込んだりして、ついでにセカンドネームやらサードネームやら付けたりするから、貴族の名前は長くなることが多いのよ」

「へ~。『魔法使い』って貴族なんだ。なんか意外だな」

「そうね。なんだか、わたし達の想像しているイメージと違うわね」

 のび太としずかは、『魔法使い』が貴族であることに驚いて目を丸くした。

 五人は、のび太の家に移動して、しばらく談笑した。

 その中で、のび太としずかの婚約エピソードも語られた。

 婚約に至った決め手は、大学時代にしずかが雪山で遭難して、のび太が助けに来たことがきっかけで(逆にのび太がしずかに助けられ、「そばにいてあげないと危くて見ていられない」という理由で)婚約に至ったらしい。

 意味ありげな笑みを浮かべて話す二人に、ロップルとエレオノールは首をひねったが、二人を心から祝福した。ちなみに、ドラえもんは、事情を全て知っているので、温かい目で二人を見ていた。

 

 その後、ドラえもんとロップルはそのままのび太の家に、エレオノールはしずかの家に泊まることになった。

 『魔法使い』だというエレオノールに、しずかの両親は驚いたが、のび太の親友の恋人と聞いて、温かく迎えてくれた。しずかの母が料理を振る舞うことになった。

 料理が出来るのを待っている間に、”コンロ”と”テレビ”を目にしたエレオノールは、驚いてしずかに尋ねた。

「ねえ?しずかさん。火が魔法も使っていないのに火種のない所から出たり・・、科法を使っているわけでもないのに映像が流れたり・・一体どういう仕組みになっているの?」

「ああ。あれはね、”コンロ”っていうのよ。火種はちゃんとあるの。ガス・・、つまり、燃えやすい鉱石が気体になったものを火種にしているの。映像が流れているのは、”テレビ”といって、電気・・つまり雷の力を人為的に作り出して、別の場所で”テレビカメラ”っていう道具で見た景色を映しているの」

「雷を魔法や科法なしで人為的に作りだして燃料にするなんて・・すごい技術ね。

それと、燃えやすい鉱石って・・、硫黄みたいなもの?」

「ええ。成分は違うけどそうよ」

 それを聞いたエレオノールは目を丸くした。というのも、硫黄といえば、ハルケギニアでは”火の秘薬”と呼ばれ非常に高価な代物であり、一般家庭で気軽に使えるほど安くはないからだ。

「それって、ものすごく貴重なんじゃ・・」

「ええ、限りある資源だから貴重は貴重だけど、一般家庭で普通に使える位はまだあるのよ、地球には」

「へえ・・。ドラえもんさんの『テキオー灯』にも驚いたけど、ドラえもんさんのいる未来の地球にも負けない科学技術が、今の地球にはありそうね」

 エレオノールが感心してそう言うと、しずかとしずかの父は顔を見合わせて苦笑した。

「いやいや、ドラえもん君のいる未来の世界には到底及ばんよ。それこそ、我々からしたら、魔法か奇跡にしか見えない」

 しずかの父は、そう言った。

「魔法は、地球やマール星の科学技術ほど万能じゃありませんよ・・」

 エレオノールは、地球やマール星の科学技術を目の当たりにして、ハルケギニアの魔法に自信が持てなくなっていた。

「そうなのかね? 魔法というものを実際に見たことがないから分からんが・・、未知の技術を見て、他人のものが良く見えてしまっているだけではないかね?」

「そうなのでしょうか・・。そうだ。魔法、よかったら少し見てみますか?」

「いいの!?エリさん!」

「ええ、もちろん」

 しずかが目を輝かせて尋ねる様子に、苦笑しながら、エレオノールは言った。

 普段なら、魔法を見世物にしたりしないのだが、しずか一家が泊めてくれるお陰でロップルとの旅行が実現したので感謝の気持ちもあったし、何より地球人の目にハルケギニアの魔法がどう映るのか興味があった。

 しずかの母も、魔法に興味があるのか、料理を中断していそいそとエレオノールの魔法を見に来た。

 エレオノールは、しずかの父に失敗して丸めた原稿を用意してもらうと、それに魔法をかけた。

「じゃあ、いきますよ。イル・アース・デル・・。”錬金”!」

 エレオノールが呪文を唱えると、丸まった原稿は、材質が紙から粘土へと変化した。

「うわあ・・」

「おおっ!」

「まあ!」

 しずかは目を輝かせ、しずかの両親は目を大きく見開いた。その様子に気を良くしたエレオノールは、続いて別の呪文を詠唱した。

「フル・ソル・ウィンデ・・。”レビテーション”」

 ふわっと粘土は浮き上がり、エレオノールの杖の動きに従ってゴミ箱へと移動し、そのままゴミ箱の中に入った。

 パチパチパチ

 しずか一家は感動して、拍手をした。

「いや~。スゴイものを見せて頂きました。物体の材質を変えたり、物を風なしで浮かせる技術は、ドラえもん君の未来の世界ならあるだろうが、今の我々ではとても無理だ。

エレオノールさん、もっと自分の魔法に自信を持って下さい。あなた方は、我々とは異なる”魔法”という技術で、あなたの星の文明をけん引しているのですから」

 しずかの父に言われて、自信を取り戻したエレオノールは、笑って力強く答えた。

「はい!」

 

 しばらくして、夕食となった。その際に、振る舞われた料理にもエレオノールは驚かされた。

 小さくて底の深い器に入った、”トン汁”なるスープは、しっかりと煮込まれた豚肉の脂と何種類もの野菜が混じり合い、それらの旨味が噛みしめる度にあふれ出した。それでいて普段トリステインで食べるスープよりもさっぱりとしていた。

 ”ライス”なるものは、粘り気のある白い粒が、”トン汁”と似たような器に盛られていた。ほのかな甘みがありながら、他の料理を味わう邪魔をせず、それでいて確かに食べているという満足感を残すそれは、立派にパンの代わりを果たすだけでなく、パンよりもさっぱりとしていて美味しかった。

 メインディッシュの”エビフライ”なる料理は、海で獲れたエビという魚介類に細かくしたパンの衣をつけ、油で揚げた(水ではなく油で茹でることらしい)ものだそうだ。淡白な味ながらプリプリとした食感が面白く、癖の無い油をたっぷり含んだ、香ばしくて歯ごたえのある衣と一体となって、驚きの美味しさを奏でる。さらに、タルタルソースという、白いソースは、細かく刻んだ野菜と茹でた卵が混ぜてあり、少し酸味の効いたそれは、やや淡白なエビフライと交じり合うことで素晴らしい味となった。エレオノールは、美味しさのあまり思わずため息が漏れた。

 また、サラダも、トリステインのものよりもシャキシャキとしていて、朝の水浴びのような爽やかさがあった。

「どうですか?お口に合いましたか?」

 しずかの母が尋ねると、

「ええ、どれもとっても美味しかったわ。どれもわたしが見たことがないものでしたが、”エビフライ”は食べているという満足感がありながらさっぱりとしていて美味しかったし、他の”ライス”や”トン汁”というスープもさっぱりとしていてとっても美味しかったです。どれもトリステインにないのが、残念ですわ」

 エレオノールは、笑顔でそう答えた。

「気に入って頂けて良かったわ。じゃあ、最後にデザートをお持ちしますね」

 しずかの母はそう言うと、透明な器に盛られた”アイスクリーム”なるものを持ってきた。エレオノールは、冷たくてそれでいて滑らかな食感をもつそれに驚いた。

「これは・・、冷たくて美味しいわね」

「でしょう?」

 笑顔でそう言うしずかやしずかの両親と、お互いの国の料理やお菓子についてしばらく話をしていると、しずかは思い付いたようにあることを聞いてきた。

 

「そうだ。話は変わるけど、エリさん達は『魔法使い』だから、やっぱり、ほうきで空を飛ぶの?」

「えっ? わたし達が出来るのは、”フライ”という魔法で、自分の体を浮かせて馬車並のスピードで飛ぶことよ。その魔法を使っている間は他の魔法を使えないし、あまり長時間飛んでいられるわけではないわ」

 エレオノールは、目を丸くした。というのも、ほうきとは平民が掃除をするために使う道具であり、それを使って空を飛ぶなど考えたこともなかったからだ。

「そうなんだ・・。地球では、『魔法使い』はほうきにまたがって自由に空を飛び回るっていうイメージなんだけどね・・。わたし、昔、そんな魔女・・『魔法使い』に憧れていたのよ」

 明らかに残念そうな顔をしていたしずかを見て、エレオノールはなんとなく申し訳ない気持ちになった。

「ごめんなさいね。せっかく憧れてくれていたのに、イメージを壊してしまって・・」

「ううん、いいの。

それでね。童話に出てくる魔女みたいに魔法でパッパッとなんでも出来て、困っている人を助けてあげたら、どんなに楽しいだろうなって。

そんな空想をしていることをのび太さんに話したら、ドラちゃんに頼んで夢を叶えてくれたのよ」

「えっ・・。ドラえもんさんて、魔法も使えるの?」

「違うわよ。ドラちゃんの道具を貸してくれたの」

「それって、魔法を使ってる感じがしないんじゃない? しずかさんは、それで良かったの?」

「ええ。魔法は現実にはないものだと思ってたから、妥協したのよ。それでもね。絶対に譲れないことがあったの」

「譲れないこと?」

「ええ。『空飛ぶほうき』よ。地球の童話では、『魔法使い』の代名詞みたいなものだから、どうしてもそれで空を飛びたかったの。

そしたらね、ドラちゃんは持っている道具で、『空飛ぶほうき』を作ってくれたの。それで、楽しくて夢中になって飛び回ってたら、夜遅くなっちゃって・・。わたし、あの時まだ小さかったからママにすっごく怒られちゃったわ」

 しずかはそう言って、ペロッと舌を出した。

「それであんなに遅くなったのね。全く、あなたって子は・・」

「まあまあ、昔のことだ。許してやりなさい」

 昔を思い出してしずかに小言を言おうとするしずかの母を、しずかの父がなだめた。

「なんだか、わたしも『空飛ぶほうき』に乗ってみたくなったわ」

 エレオノールがぽつりと言った。

「じゃあ!明日、ドラちゃんに頼んでみましょうよ!」

 しずかは、興奮した様子でエレオノールに提案した。

「え、ええ。そうね」

 エレオノールは、そんなしずかにタジタジになりながらも、そう答えた。エレオノールも内心、『空飛ぶほうき』に興味があったので、明日が楽しみだわと、心の中でひとりごちた。

 

 その頃、のび太の家では・・。

 のび太たちは夕食を済ませ、談笑していると、自然と話題は『魔法使い』の話になった。のび太は、昔を懐かしむように、『魔女っ子しずかちゃん』の話をした。

 すると、ロップルは、

「そういえば、エリの魔法に『空飛ぶほうき』はないみたいだよ?」

と言った。

「そうなの?じゃあ、誰が言い出したんだろうね。『空飛ぶほうき』なんて」

「さあ?分かんないな」

「そっかー。でもさ、しずかちゃんは絶対に『空飛ぶほうき』の話をするよ。ねえ、ドラえもん、なんとか『空飛ぶほうき』を作れないかな?」

「うーん。また、『無生物催眠メガホン』を使ってもいいけど・・。そんなに長いこと効果は続かないから、ぬか喜びさせちゃうだけじゃない?」

 ドラえもんは、のび太の提案に困った顔をして、そう答えた。

 『無生物催眠メガホン』。拡声器に似た形をした道具で、生きていないものに催眠術をかけることが出来る。かつて、この道具を使って普通のほうきを『空飛ぶほうき』に変えたのだった。

 しかし、効果は何日も持続するわけではないので、エレオノールを逆にがっかりさせてしまうかもしれない。

 黙って話を聞いていたロップルが、ふと思いついて言った。

「ねえ。『ガルタイト鉱』を使ったら、『空飛ぶほうき』、作れないかな?」

「『ガルタイト鉱』?確か、反重力を発生させる鉱石のことだよね。『ガルタイト鉱』を二つこすり合わせると宙に浮けるっていう、あれ」

 のび太の説明を聞いていたドラえもんがピンときて、手をポンと打った。

「あっ!そうか! あれでほうきを作って、それを制御する装置を作れば・・」

「あー!!」

「ねっ!」

「でもさー。肝心の『ガルタイト鉱』はどうするの?」

 のび太が尋ねると、ロップルは笑って答えた。

「問題ないよ。マール星の人に連絡して送ってもらうから」

 その夜、ロップルは、コーヤコーヤ星でロップルの帰りを待つラビに持たされたマール星の通信機で、ラビと連絡を取った。ロップルは、『ガルタイト鉱』と日本の貨幣に換金した自分の貯金を『瞬間転送機』でのび太の部屋へと送ってもらった。

 

 翌日。

 のび太の家に一同が集合し、エレオノールとしずかが、『空飛ぶほうき』のことをドラえもんにお願いすると、ロップルがドラえもんの代わりに言った。

「しずかさんが昔やったみたいに『無生物催眠メガホン』で普通のほうきを『空飛ぶほうき』にしても、その効果がずっと続くわけじゃないでしょう?

だからさ、コーヤコーヤ星の『ガルタイト鉱』を使って、ずっと使える『空飛ぶほうき』を作ってみない?」

 ロップルの言葉に、エレオノールはパッと顔を輝かせた。

「ほ、本当に作れるの?ロップル」

「もちろんだよ。 ねっ?ドラえもん」

「うん」

「・・それでさ。ぼく、考えたんだけど。『ガルタイト鉱』でほうきを作るとして、反重力場を発生させるためには、もう一つ『ガルタイト鉱』が要るでしょう?それをさ、指輪型にしてエリにはめてもらって、エリがほうきにまたがったら反応するようにできないかな?」

「えっ・・//」

 指輪と聞いて、エレオノールは顔が少し赤くなった。ロップルは、恋人に指輪を贈ろうとしていることに気付いているのだろうか?

「それって、指輪を制御装置を兼ねた鍵にするってこと?」

 ドラえもんが尋ねる。

「うん。そうだよ。・・それでさ。日本には3泊4日の予定なんだし・・// 

指輪型制御装置の土台になる指輪を今日買って、『空飛ぶほうき』を作るのは明日に出来ないかな? 

せっかく恋人に指輪を贈るんだから、エリと今日デートして、一緒に選びたいんだ//」

 ロップルは恥ずかしそうに言った。

「ロップル・・//」

 エレオノールは、感動してロップルをじっと見つめた。

「まあ、ロマンチックね。いいんじゃない?

そうだ!せっかくだから、わたしとのび太さん、エリさんとロップルさんで、ダブルデートしない?」

 しずかが、ダブルデートを提案した。

「ぼくはいいけど・・、ドラえもんはどうするの?」

 のび太が、ドラえもんの方をチラッと見て言った。

「ぼくのことは気にしないでいいよ。明日のために『空飛ぶほうき』のほうきだけでも、ぼくが今日作っておくから」

「そう?わたしが言い出したんだけど・・、なんだか悪いわね・・」

「大丈夫だよ。ぼくがいたんじゃお邪魔だし、エリさんとロップル君は時間も限られてるからさ。のび太君としずかちゃんは、ロップル君とエリさんのデートをサポートしてあげてよ」

 しずかが少しばつが悪そうに言うと、ドラえもんは笑ってそう言った。

「分かったわ。じゃあ、お願いね。ドラちゃん」

「任せてよ。 ロップル君、『ガルタイト鉱』は?」

「のび太君の部屋に置いてあるよ。じゃあ、悪いけど、頼んだよ」

「分かった。あとはやっておくから、ロップル君達はデートを楽しんできてよ」

「ありがとう。じゃあ、行こうか。エリ、のび太君、しずかさん」

「ええ」

「うん」

「ええ」

 こうしてエレオノールは、のび太としずかに東京のデートスポットを案内してもらいながら、人生初のデートを楽しんだ。

 水族館でイルカショーを観たり、クレープ屋の前で”クレープ”なるものをロップルと一緒に食べた。

 ちなみに、その時エレオノールが食べた”クレープ”は、”チョコバナナクレープ”なるもので、輪の一部を切り取ったような元はある程度酸味があるのであろう黄色い果物が、とろけるように甘く柔らかい白いミルクのようなものに埋まっており、甘くて苦いソースがその上にかかっていた。それらを包む、淡い黄色と茶色のまだら模様の布のようなものは、あえてほとんど味がしないことで、ともすれば甘すぎて疲れるクレープの味を調えて、見事な味のハーモニーを奏でていた。

 その後、デパートで色々な服をみて、ロップルに”ワンピース”という服を買ってもらった後、宝石店で指輪をロップルと選んで購入した。

 購入した指輪には、種類は分からないが、エレオノールの好きな青い宝石が埋め込まれていた。

「ロップル、この宝石、取り出しちゃうのよね・・。『ガルタイト鉱』を埋め込むために買ったから仕方ないって分かっているんだけど・・、初めてあなたに買ってもらった指輪だから、ちょっと残念だわ・・」

 エレオノールが寂しそうに笑ってそう言うと、ロップルはポケットから小さな紙袋を取り出してエレオノールに渡した。

「これは?」

「うん。指輪の改造は、ぼくが言い出したことだけど・・、ぼくも、その宝石を取り出しちゃうのもったいない気がしてさ・・。さっき、そこのシルバーアクセサリーコーナーで、宝石のついていないネックレスを買っちゃった。良かったら、明日、これにその宝石付けない?ぼくも手伝うからさ」

 それを聞いたエレオノールの表情が、パッと輝いた。

「ええ、そうしましょう!ありがとう、ロップル」

「どういたしまして、エリ」

 こうして、無事にエレオノールの初デートは無事に終わった。

 

 その後、ドラえもんとのび太の両親としずかの両親も合流して、”すき焼き”なるものを食べた。

”すき焼き”は、甘辛い味付けのされた独特な汁に、牛肉や野菜、そして”豆腐”と”白滝”というしずか達の国に独特な食材であろう甘辛い汁を吸ったあっさりとした具が入っていた。それらを溶き卵にくぐらせて、”ライス”と共に食べると、甘辛い風味が口いっぱいに広がり、またしても”ライス”が食べているという満足感をエレオノールに与えた。

 一つの鍋(正確にはのび太達とのび太の両親達で計二つ)を大勢でつつくというのは、貴族であるエレオノールにとって初めての経験であったが、悪い気はせず、なんとなく温かい気持ちに包まれた。

 その夜、ほろ酔いのしずかが、

「わたしは、魔女っ子しずかちゃん♪ ア~ブラ カタブ~ラ 魔法使い♬」

と歌っていたのを聞いたエレオノールが、密かに気に入って口ずさんでいたのは余談である。

 

 翌朝。のび太の部屋に一同は集まった。

「はい。これ、昨日、『ガルタイト鉱』をほうきに埋め込んでおいたよ。見た目は普通のほうきに見えるけど・・、簡単に折れたり、燃えたりしないように、『材質変換機』で強度を高めておいたから、大丈夫だよ」

「昨日のうちにそこまでしてくれたのね。ありがとう。一応、わたしも”固定化”の魔法をほうきにかけておいていいかしら?」

「”固定化”の魔法って?」

「物質の酸化や腐敗を防いで、あらゆる化学反応から保護するという土魔法よ」

「へ~。便利だね。うん、ほうきがより長持ちしそうだし、いいんじゃない?」

「ありがとう。じゃあ、早速・・」

 エレオノールは、そう言うと、”固定化”の魔法を『空飛ぶほうき』にかけた。

「では、ここで・・。『天才ヘルメット』!と、『技術手袋』!」

 ドラえもんはそう言って、どう考えても物理的にポケットに入らなさそうなヘルメットと手袋を人数分取り出した。

「・・そのポケットにどう考えてもそれ、入らなさそうだけど・・、どこに入ってたの?」

 エレオノールは目を丸くして、ドラえもんに尋ねた。

「ふふふっ。ぼくのポケットは、『四次元ポケット』といって、・・まあ、簡単に言うと、ものすごく広い空間が広がっているから、中にいくらでも物を入れることが出来るんだよ」

「へ~.便利ね~」

 エレオノールは、感心した。

「じゃあ、今、出した道具の説明をするよ。

これは、『天才ヘルメット』といって、改造したいものがあれば、このヘルメットをかぶると、自動的に考えてくれるんだ。

こっちは、『技術手袋』といって、指先が色々な工具になっているから、どんな改造も工作も出来るんだよ」

 ドラえもんは、道具を指差しながら説明した。

「説明が終わった所で、早速、始めようか」

 こうして作業は始まった。指輪に内蔵する細かい精密機械をドラえもんとのび太で作り、エレオノールとロップルは『ガルタイト鉱』の形状を変えたり、指輪にそれらを組み込みやすいようにしたりした。

 その間に、しずかは、ロップルが昨日買ったアクセサリーと宝石を二つに分解して何やら別の作業をしていた。

 こうして、昼過ぎに『空飛ぶほうき』の制御装置の指輪が完成した。

「出来た!」

「「おめでとう!エリさん、ロップル君」」

「ありがとう。のび太君、ドラえもん。二人が手伝ってくれたお陰だよ。エリ、指輪を付けた感じはどう?」

「ええ。わたしの指にピッタリよ!ロップル。ドラえもんさんも、のび太さんも、手伝ってくれてありがとう」

 この指輪の宝石には、コーヤコーヤ星に咲くという、『雪の花』の模様が、指輪の宝石に付けられたことから、『雪の花』の指輪と名付けられた。

 この『雪の花』の指輪は、エレオノールがはめて、ほうきにまたがると、『ガルタイト鉱』で出来た『空飛ぶほうき』が反応する仕組みだ。エレオノールの脳波を『雪の花』の指輪がキャッチして、ほうきの細かい動きを制御するため、エレオノールの思い通りの飛行ができ、最高速度は時速四百五十キロを誇る。『空飛ぶほうき』の周囲には反重力場が発生しているため、向かい風で息が苦しくなったり、バランスを崩したりすることはない。

「・・それで、しずかちゃんは、何をしていたの?」

 ドラえもんが尋ねると、しずかは、二つのネックレスをロップルとエレオノールに差し出した。

「ふふっ。エリさんとロップルさんに許可を取ってね、指輪に付いてた宝石を二つにして、ペアネックレスを作ってみたの」

 二つのネックレスには、青い宝石が輝いており、『雪の花』の模様がどちらにも入っていた。

「ペアネックレスなんて、思い付かなかったよ。さすが、しずかさん!

エリ、これ、お揃いだよ!」

「ええ、そうね。嬉しいわ、ロップル。

コーヤコーヤ星の『雪の花』の模様まで入っているし、すごく素敵よ。ありがとう、しずかさん」

 ロップルとエレオノールがお礼を言うと、しずかはにこっと笑って言った。

「どういたしまして。二人ともすごく似合ってるわよ」

 その後、『空飛ぶほうき』のテスト飛行も無事に成功し、五人は喜びを分かち合った。

 

 その夜。

 エレオノールとロップルは、『空飛ぶほうき』でちょっとした『空中お散歩デート』をしていた。

 エレオノールの後ろにロップルが乗っている。

「地球では、月が一つなのね」

「コーヤコーヤ星も一つだよ。赤い月と青い月が交互に昇るから」

「そうだったわね。トリステインでは、いつも赤い月と青い月が揃って昇るのよ」

「へえ~、そうなんだ。コーヤコーヤ星で二つの月が揃って昇るときは、いつも見られないんだよ」

「そうなの?」

「うん。二つの月が揃って昇るときは、『ムラサキノ夜』っていってね、大洪水の夜なんだ」

「じゃあ・・、二つの月が揃って昇るのは、あんまりいい思い出ないの?」

 エレオノールが少し俯いて尋ねると、ロップルは笑って答えた。

「そんなことないよ。むしろ、本当なら見てみたいくらいさ。大津波が、遠い南の湖から肥えた土を運んできてくれるから、『春の訪れ』とも言われているんだ」

「良かった。そうなのね」

 エレオノールは、ほっと胸を撫で下ろした。

「エリ・・。ぼくは、どんな所でも。エリと一緒なら幸せだよ」

「わたしもよ。ロップル」

 二人の顔が自然に近づき、二人は地球の満月の月明かりの下で、初めてキスをした。

「ぷはっ。ふふっ// キス・・しちゃったわね// ロップル」

 そう言って、エレオノールはロップルの肩に頭をのせた。

「そうだね・・// エリ」

 ロップルは、そんなエレオノールの肩を抱いて、しばらく二人で満月を眺めていた。

 その間、二人には静かなゆったりとした時間が流れた。

「ねえ、ロップル? 結婚したらどこに住みたい?」

「ぼくは、エリがいるところならどこでもいいよ。エリは?」

「わたしもよ。・・でも、ルイズがルルロフ殿下と結婚しそうだから、もしかしたらマール星に住むことになるのかしら?わたし達」

「そうかもしれないね。・・でも、いつか、エリの実家にも行ってみたいな」

「嬉しいわ。その時は、わたしの家族を紹介するわね」

「うん。楽しみにしているよ」

 二人は、しばらく夜の『空中お散歩デート』を楽しんだ後、それぞれ、のび太の家としずかの家へと戻って行った。

 

 翌日の昼。

「じゃあ、また来るね。のび太君」

「うん。ロップル君、今度はぼくもコーヤコーヤ星に遊びに行くよ」

「ぼくも」

「ありがとう。のび太君、ドラえもん。母さん達、喜ぶよ」

 ロップルは、ドラえもんとのび太と握手をした。

「しずかさん、色々ありがとう。楽しかったわ」

「わたしもよ、エリさん。また、遊びに来てね」

「ええ。もちろん。しずかさんも、トリステインに遊びにいらしゃいよ。歓迎するわ」

「ありがとう。ええ、わたしもいつか、トリステインに遊びに行くわね」

 五人は別れを惜しむように、しばらく話をした。

 すると、ワンダユウが迎えに来て、エレオノールとロップルは、地球を後にした。

 

 ――――エレオノールの地球での話を聞き終えたルイズが、口を開いた。

「じゃあ、姉さまが持っているそれって・・」

 ルイズは、エレオノールが持っているほうきをじっと見つめた。    

「ええ。『空飛ぶほうき』よ」

 エレオノールはそう言うと、ほうきにまたがった。すると、ふわっと浮き上がり、エレオノールは魔法学院の空の上をぐるっと一周して降りてきた。

「どう?」

「すごい・・すごいわ!姉さま!・・ねえ、お願い。わたしにも貸して」

「別にいいけど、わたしじゃなきゃ飛ばないのよ?このほうき」

「そうなんだ・・」

 がくっと肩を落とす妹を見たエレオノールが、

「・・じゃあ、私の後ろに乗って飛んでみる?」

と言った。

「いいの!?」

「ええ、もちろんよ」

「ルイズちゃん、ズル~い!エリちゃん、ぼくも!」

 目をキラキラと輝かせて、頼んでくるルイズとチンプイに、エレオノールは苦笑して、

「ええ、いいわよ。さあ、二人とも後ろに乗って」

と、ほうきに乗るよう促した。

 そして、二人は、しばらく『空飛ぶほうき』での空中飛行を楽しんだ。

 その様子を見た大勢の魔法学院の学生が、自分も乗せてくれと押しかけてきた。

 あまりにも大勢だったので、エレオノールが困った表情をしていると、

 見かねたルイズが、

「ダメ!生憎これは、三人乗りでね。わたしとチンプイで定員オーバーよ」

と言った。

 その言葉がきっかけで、「早く降りろ!」だの「代われ」だの、散々言われて口論に発展した。

それでも、頑として譲らないルイズに根負けして、皆、すごすごと立ち去ったのは余談である。

 




ハルケギニアの重力が地球より小さい設定にさせて頂きました。
あと、空気は・・、まあ地球の方が汚いですよね(笑)。
『空飛ぶほうき』の最高速度は、ゼロ戦を参考に設定させて頂きました。


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工廠と王室とシエスタ

遥か宇宙、マール星レピトルボルグ王家は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールをお妃に迎えるための使者をハルケギニアに送った。
ワンダユウは、大使としてトリステインとマール星を行き来し、
チンプイは、ルイズの使い魔兼お世話役として、トリステインに残った。
ワンダユウ「チンプ~イ!頼んだぞ~!」

長くなりそうなので、やはり原作3巻終了まで、2回に分けます。すいません。


 アルビオン空軍工廠の街ロイサスは、首都ロンディニウムの郊外に位置している。

 『レコン・キスタ』は、ウェールズ皇太子を仕留めそこなったとはいえ、アルビオンのニューカッスル城を攻め落とした。『レコン・キスタ』の総司令官、オリヴァー・クロムウェルは、アルビオン皇帝を名乗り、アルビオンの至る所に誇らしげに『レコン・キスタ』の三色の旗が翻っている。

 ロイサスの赤レンガの大きな建物には、天を仰ぐばかりの巨艦、アルビオン空軍本国艦隊旗艦『レキシントン』号が停泊していた。そこは空軍の発令所であり、そこでは全長二百メイルにも及ぶ巨大帆走戦艦がこれまた巨大な盤木にのせられ、突貫工事で改装が行なわれていた。

 アルビオン皇帝、オリヴァー・クロムウェルは、供の者を引き連れ、その工事を視察していた。

「なんとも大きく、頼もしい艦ではないか。このような艦を与えられたら、世界を自由にできるような、そんな気分にならんかね?艤装主任」

「わが身には余りある光栄ですな」

 気のない声で、そう答えたのは、『レキシントン』号の艤装主任に任じられた、サー・ヘンリ・ボーウッドであった。彼は革命戦争の折り、『レコン・キスタ』側の巡洋艦の艦長であった。その際、敵艦を二隻撃破する功績を認められ、『レキシントン』号の改装艤装主任を任されることになったのである。艤装主任は、偽装終了後、そのまま艦長へと就任する。王立であった頃からのアルビオン空軍の伝統であった。

「見たまえ。あの大砲を!」

 クロムウェルは、舷側に突き出た大砲を指差した。

「余の君への信頼を象徴する、新兵器だ。アルビオン中の錬金魔術師を集めて鋳造された、長砲身の大砲だ! 設計士の計算では・・」

 クロムウェルのそばに控えた、長髪の女性が答えた。

「トリステインやゲルマニアの戦列艦が装備するカノン砲の射程の、おおよそ1.5倍の射程を有します」

「そうであったな、ミス・シェフィールド」

 ボーウッドは、シェフィールドと呼ばれた女性を見つめた。冷たい妙な雰囲気のする、二十代半ばくらいに見える女性であった。細い、ぴったりとした黒いコートを身に纏っている。見たことのない、奇妙ななりだ。マントも付けていない、ということはメイジではないのだろうか?

 クロムウェルは満足げに頷くと、ボーウッドの肩を叩いた。

「彼女は、東方の『ロバ・アル・カリイエ』からやってきたのだ。エルフより学んだ技術で、この大砲を設計した。彼女は、未知の技術を・・、我々の魔法の体系に沿わない、新しい技術をたくさん知っておる。君も仲良くするといい、艤装主任」

 ボーウッドはつまらなそうに頷く。彼は心情的には、実のところ王党派であった。しかし、彼は、軍人は政治に関与すべからずとの意思を強く持つ、生粋の武人であった。

 上官であった艦隊司令が反乱軍側についたため、仕方なく『レコン・キスタ』側の艦長として革命戦争に参加したのである。アルビオン伝統のノブレッス・オブリージュ・・、高貴なものの義務を体現するべく努力する彼にとって、未だアルビオンは王国であるのだった。彼にとって、クロムウェルは忌むべき王権の簒奪者であった。それでも、上官は上官だ。ぐっとこらえて、疑問に思っていたことをクロムウェルに尋ねた。

「そうかもしれませんな。しかしながら、たかが結婚式の出席に新型の大砲を積んでいくと、下品な示威行為と取られますぞ?」

 トリステイン王女とゲルマニア皇帝の結婚式に、国賓として初代神聖皇帝兼貴族議会議長のクロムウェルや、神聖アルビオン共和国(新しいアルビオンの国名だ)の閣僚は出席する。その際の、御召艦が、この『レキシントン』号であった。

 親善訪問に新型の武器を積んでいくなど、砲艦外交ここに極まれり、である。

 クロムウェルは、何気ない風を装って、呟いた。

「ああ、君には『親善訪問』の概要を説明していなかったな」

「概要?」

 また陰謀か、とボーウッドは頭が痛くなった。

 クロムウェルは、そっとボーウッドの耳に口を寄せると、二言三言、口にした。

 ボーウッドの顔色がみるみるうちに青ざめた。そのぐらいクロムウェルが口にした言葉は、ボーウッドにとっての常軌を逸していた。

「バカな!そのような破廉恥な行為、聞いたことも見たこともありませぬ!」

「軍事行動の一環だ」

 事もなげに、クロムウェルは呟いた。

「トリステインとは、不可侵条約を結んだばかりではありませんか!このアルビオンの長い歴史の中で、他国との条約を破り捨てた歴史はない!わたしを卑劣な艦長にするおつもりですか!」

 激昂して、ボーウッドはわめいた。

「ミスタ・ボーウッド。それ以上の政治批判は許さぬ。これは、議会が決定し、余が承認した事項なのだ。君は余と議会の決定に逆らうつもりかな?いつから君は政治家になった?」

 それを言われると、ボーウッドはもう何も言えなくなってしまった。彼にとっての軍人とは物言わぬ剣であり、盾であり、祖国の忠実な番犬である。それが政府の・・、指揮系統の上位に存在するものの決定なら、黙って従うより他はない。

「・・アルビオンは、ハルケギニア中に恥をさらすことになります。卑劣な条約破りの国として、悪名を轟かすことになりますぞ」

 ボーウッドは苦しげにそう言った。

「悪名?ハルケギニアは我々『レコン・キスタ』の旗の下、一つにまとまるのだ。それが困難な道のりであることは余も分かっておる。そのためには、手段を選んでおれぬこともあるということだ。

なに、心配するな。君の心配する汚名は、全て余が被ろう。君がもし誰かに何か言われたら、『余に指示された』とだけ答えればいい。大丈夫だ。君は何も悪くない。

君のミスや汚名は、全て余のものだ。だが、君の手柄は、君の手柄だ。君は安心して功を立て、名声を得るといい」

 クロムウェルは、そう言ってボーウッドの肩をぽんぽんと叩くと、供の者たちを促し去っていった。

 その場に取り残されたボーウッドは、呆然と立ち尽くした。部下の手柄を横取りしたり、部下に自分のミスを押し付けようとする『ジャイアニズム』な上官は数多くいたが、『君のミスや汚名は、全て余のものだ』と言う上官に、ボーウッドは出会ったことがなかった。

 常軌を逸してはいるが、アルビオンを手に入れるという成果を上げている以上、優秀な上官なのだろう。

 ボーウッドは、ぽつりと呟いた。

「そこまでして・・。あいつは、ハルケギニアをどうしようというのだ」

 

 一方、こちらはトリステインの王宮。アンリエッタの居室では、女官や召使が、式に花嫁が纏うドレスの仮縫いでおおわらわであった。太后マリアンヌの姿も見えた。彼女は、純白のドレスに身を包んだ娘を、目を細めて見守った。

 しかし、アンリエッタの表情は、まるで氷のよう。仮縫いのための縫い子たちが袖の具合や腰の位置などを尋ねても、あいまいに頷くばかり。そんな娘の様子を見かねた太后は、縫い子たちを下がらせた。

「愛しい娘や。元気がないようね」

「母さま」

 アンリエッタは、母后の膝に頬をうずめた。

「望まぬ結婚なのは分かっていますよ」

「そのようなことはありません。わたくしは、幸せ者ですわ。生きて、結婚することができます。結婚は女の幸せと、母さまは申されたではありませんか」

 そのセリフとは裏腹に、アンリエッタは美しい顔を曇らせて、さめざめと泣いた。マリアンヌは、優しく娘の頭を撫でた。

「恋人がいるのですね?」

「『いた』と申すべきですわ。速い、速い川の流れに、アンリエッタは流されているような気分ですわ。すべてがわたくしの横を通り過ぎてゆく。愛も、優しい言葉も、何も残りませぬ」

 マリアンヌは、首を振った。

「恋ははしかのようなもの。熱が冷めれば、すぐに忘れますよ」

「忘れることなど、できましょうか」

「あなたは王女なのです。忘れねばならぬことは、忘れねばなりませんよ。あなたがそんな顔をしていたら、民は不安になるでしょう」

 諭すような口調で、マリアンヌは言った。

「わたくしは、何のために嫁ぐのですか?」

 苦しそうな声で、アンリエッタは問うた。

「未来のためですよ」

「民と国の、未来のためですか?」

マリアンヌは首を振った。

「あなたの未来のためでもあるのです。アルビオンを支配する、『レコン・キスタ』のクロムウェルは、野心豊かな男。聞くところによると、かのものは『虚無』を操るとか」

「伝説の系統ではありませぬか」

「そうです。それが真なら、恐ろしいことですよ、アンリエッタ。過ぎたる力は人を狂わせます。不可侵条約を結んだとはいえ、そのような男が、空の上からおとなしくハルケギニアの大地を見下ろしているとは思えません。軍事強国のゲルマニアにいた方が、あなたのためなのです」

 アンリエッタは、母を抱きしめた。

「・・申し訳ありません。わがままを言いました」

「いいのですよ。年頃のあなたにとって、恋はすべてでありましょう。母も知らぬわけではありませんよ」

 母娘はしっかりと抱き合った。

 

 ところ変わって、トリステイン魔法学院。

 ある日の夕方、シエスタは、いつものように厨房でチンプイに『ラーミエン』を振る舞っていた。

「チンプイさん、おいしいですか?」

 チンプイが『ラーミエン』を食べている横で、シエスタが微笑んで尋ねてくる。

「うん。美味しいよ。シエスタちゃん、いつもありがとう」

 チンプイも、微笑んで答えた。

「ふふっ。どういたしまして。ねえ?チンプイさん」

「なあに?シエスタちゃん」

「今夜、ヴェストリの広場にきてください。見せたいものがあるんです」

「見せたいものって何?」

 チンプイが、きょとんとして尋ねた。

「ふふっ。それは、その時のお楽しみです」

 シエスタはそう言うと、ウインクをして去っていった。

 

 その日の夜、チンプイがヴェストリの広場に行くと、シエスタが古い大釜に火をかけて待っていた。

「こんばんは。チンプイさん、お待ちしてましたよ」

 そう言って、にっこりと笑うシエスタは、いつものメイド服だったが、頭のカチューシャを外していた。肩の上で切りそろえられた黒髪が、艶やかに光っていた。

「こんばんは。シエスタちゃん、それは何?」

 チンプイは、火にかけられている古い大釜を指差して尋ねた。

「うふふ。これは、『ゴエモン風呂(地球でいう五右衛門風呂)』っていって、私の故郷、タルブの村に伝わるお風呂なんです」

「お風呂?これが?」

 チンプイは、まじまじと古い大釜を見つめた。釜の下にくべた薪を燃やし、蓋を沈めて底板にしてあるようだ。トリステイン魔法学院に、風呂はある。大理石でできた、ローマ風呂のようなつくりであった。プールのように大きく、香水が混じった湯が張られ、本来は貴族しか入ることを許されないのだが、チンプイはロバ・アル・カリイエの大国『マール星』の使者ということで、ルイズやエレオノールと一緒に入っていた。チンプイは、まだ子供なので、男子禁制の女子風呂に入っていたのだった。

 ちなみに、ギーシュ達が「ずるい」だの「自分達も一緒に入れろ」だの喚いて、キュルケ達に魔法でギタギタにされたのは、余談である。

「ええ。さすがに、お湯は貴族専用のお風呂には負けてしまいますけど、こうして月見をしながら入れるので、『ゴエモン風呂』もちょっとしたものだと思いますよ。

チンプイさんの故郷の『ロバ・アル・カリイエ』から運ばれた『お茶』を用意したので、これを飲みながらチンプイさんと一緒にお風呂に入ろうと思って」

 そう言うシエスタの隣にはお盆があった。そこにはティーポットとカップがのっていた。

「そうなんだ。ありがとう」

 正確には、『ロバ・アル・カリイエ』はチンプイの故郷ではないのだが、チンプイはシエスタの厚意に甘えることにした。

 シエスタは、ぽんぽんブラウスのボタンやスカートのホックを外していくと、脱いだメイド服や下着を近くの木の枝にひっかけた。チンプイの手を引いてお湯に浸かると、お盆を浮かべてティーポットからカップに『お茶』を注いだ。

「どうぞ」

「ありがとう」

 チンプイはそれを口に運んだ。『お茶』の独特の香りが鼻腔をくすぐる。口に含むと、爽やかな風味が口いっぱいに広がった。マール星の『ウサギクルイアドベンチャ』ほどではないが、これはこれで美味しい。

「うん、美味しいよ」

「ふふっ。よかった」

 暗がりの中のシエスタ、黒髪が濡れ、艶やかに光っている。

 こうして間近で見ると、シエスタがとても可愛らしいことにチンプイは気が付いた。今まであまり気に留めなかったが、ルイズやエレオノールとは違う、野に咲く可憐な花の魅力がある。大きな黒い瞳でチンプイをじっと見つめるシエスタの低めの鼻も、愛嬌があって可愛い。また、着やせするタイプなのか、ルイズやエレオノールが羨ましがるプロポーションをしていた。主に胸のあたりが。

 チンプイは、子供なので、異性の体にまだ興味はなかったが・・、お風呂でキュルケの体を見る度に、ルイズやエレオノールに同じ愚痴を聞かされていたので、シエスタの体をルイズ達が羨ましがるであろうことは、子供ながらなんとなく分かったのだった。

「ねえ、チンプイさんの国ってどんな所なんですか?」

「ぼくの国?」

「うん、聞かせてくださいな」

 シエスタが身を乗り出して、無邪気に聞いてくる。

「そうだねえ。どう言ったらいいかな~」

 『科法』のことは秘密なのでどうしたものかとチンプイが悩んでいると、いつの間にかルイズが、こっそりとこっちを見ていることに気が付いた。何か言いたそうにしているので、チンプイは科法『テレパシー』を使った。

 科法『テレパシー』。相手のことを視認できれば、頭の中で思っていることが相手に伝わる科法である。

『どうしたの?ルイズちゃん』

「わっ・・。ムグ!」

 いきなり頭の中に直接響いてくる声に驚いて思わず声を上げそうになったが、手で口を押さえて、何とか堪え、おそらく科法なのだろうと思ってチンプイの方をじっと見た。

『相手のことが見えていれば、頭の中で思うだけで会話ができる科法だよ。そんな所にいないで、ルイズちゃんもこっちに来たら?』

 呑気な自分の使い魔に、ルイズはあきれてため息をつくと、チンプイに伝えた。

『あのねえ。そのメイドは平民、わたしは貴族なの。わたしがいたら、そのメイド、羽を伸ばせないわよ?』

『そうなの?ところで、ルイズちゃん、この子の名前は、シエスタちゃんだよ』

『そう。そのシエスタと何してるのよ?チンプイ』

『何って?見たまんまだよ。一緒にお風呂に入ってるの』

『そりゃ、分かるけど、どうしてそういうことになったのよ? さっき、わたしと一緒にお風呂、入ったじゃない』

『うん。そうなんだけど・・、シエスタちゃんが見せたいものがあるって言うから来てみたら、シエスタちゃんの故郷、タルブの村のお風呂と、ロバ・アル・カリイエの”お茶”を用意してくれてたの。だから、一緒に月見しながら、お風呂に入ってるんだよ』

『ええっ!”お茶”って、ロバ・アル・カリイエからたまに運ばれる珍しい品じゃなかった!?』

『そうなの? じゃあ、シエスタちゃんには感謝だね。ところで、ルイズちゃん』

『何よ?』

『シエスタちゃんにマール星はどんな所って今聞かれたんだけど・・、どう答えたらいい?』

『うっ・・、難しい質問ね。マール星のことは秘密だし・・。そうだ!宇宙ってことは伏せて、マール星の観光名所の話をしたらどう?それなら、あまり問題にならないと思うわ』

『なるほど! ありがとう、ルイズちゃん』

『気にしないでいいわよ。じゃあ、わたしは先に戻ってるわね。あんまり、長湯し過ぎないようにしなさいよ。お休み、チンプイ』 

『分かった。ありがとう、ルイズちゃん。お休み』

 ルイズは、チンプイがどうして大釜にメイドと一緒に浸かっているのか分かると、満足して自分の部屋に戻っていった。

「・・さん」

「うん?」

「チンプイさん!聞いてますか!」

「あっ、シエスタちゃん、ごめんごめん。どう言えばいいか考えてたんだよ」

 シエスタには、チンプイがぼーっとしているように見えたようだ。貴族であるルイズがいるとシエスタが羽を伸ばせないそうなので、チンプイは、ルイズがさっきまでいたことは黙っていることにした。

「そうですか・・。なら、いいんですけど」

「うん、それでね。マール星のことだけど・・、海が色々な色に変化する『ペンキキ海』とか、樹齢十万年の大木『セタメコイア』や正確に一時間ごとに噴火する『間欠火山』があるよ」

 チンプイは、ルイズとルルロフの新婚旅行先の候補にも挙がっている、”七色の海”の『ペンキキビーチ』と雄大な自然が楽しめる『ギサミンゴ湖』の見どころを伝えた。

 すると、シエスタはぷくっと頬を膨らませた。

「いやだわ。色々な色に変わる海だの、樹齢がやたら長い大木だの、私をからかってるんでしょう。村娘だと思って、バカにしているんですね」

「か、からかってなんかないよ!」

 チンプイは思った。ほんとのことを言いたくても、ワンダユウやルルロフに口止めされているし、ほんとのことを言ったらシエスタを混乱させるだけだ。何せ、チンプイとワンダユウが宇宙からやってきたことを知るのは、今のところルイズの家族とオスマン氏と、アンリエッタと、ルイズの学友のキュルケ達だけなのだから。

「じゃあ、ちゃんとほんとのことを言ってくださいな」

 シエスタは、チンプイを上目遣いで見つめた。

「ほんとのことなんだけどなあ・・。あとは、そうだねえ・・、食べ物が違うかな」

「食べ物って、『ラーミエン』は、マール星の『スパロニ』に似ているんですよね?他は、トリステインのお料理と違うんですか?」

「うん。『スパロニ』はそうだけど・・、『タロモンモコッコドンブラ』とか『カレキハナワンワ』とか『カメツレラレリューグ』とかがあるよ」

 チンプイは当たり障りのない範囲で、マール星のことを話した。シエスタは、目を輝かせて、その話に聞き入った。

 シエスタがあまりにも一生懸命に聞いてくれているので、いつしか時を忘れてチンプイはシエスタに、故郷の話をしていた。

 しばらく経つと、シエスタは胸を押さえて立ち上がった。年頃の男子であれば、鼻血を出していることだろう。シエスタは、枝にひっかけてある服や下着を身に付けると、チンプイにぺこりと礼をした。

「今日は来てくれて、ありがとうございます。とても楽しかったです。チンプイさんの話、素敵でしたわ」

 シエスタは嬉しそうに言った。

「また聞かせてくれますか?」

 チンプイは頷いた。

 シエスタはそれから、頬を染めて俯くと、はにかんだように指をいじりながら言った。

「えっとね? お話も素敵だけど、一番素敵なのは・・」

「シエスタちゃん?」

「あなた、かも・・」

「えっ・・?」

 チンプイがきょとんとしていると、シエスタは小走りに駆けていった。

 チンプイは、その異国少女らしい本気か冗談か分からないベタなセリフを聞いて、ルルロフを熱っぽい瞳で見つめるルイズのことを思い出したが、どうして思い出したのか分からず、

「ちんぷいかんぷい」

と、ひとりごちた。

 

 そのことを、翌朝、ルイズに話すと、ルイズは目を大きく見開いた。

 ルイズに、チンプイが尋ねると、

「あんたには、まだ早いわよ。あれ?でも、姉さまの話だと、マール星基準なら早くないのかしら? でも、チンプイはヒト型宇宙人じゃないし・・」

と、ぶつぶつ言っていてイマイチ要領を得なかった。

 チンプイは、そんなルイズの様子に頬を膨らませて、

「もう!ルイズちゃんなんて、しらんぷい!」

と言って、怒って、朝食を食べに、先に食堂に行ってしまった。

「シエスタとかいうメイド・・、ほんとにチンプイに恋しているのかしら?」

 一人残されたルイズはそう、ひとりごちた。

 

 朝食の後。

 ルイズが、今日は授業に参加しないで部屋で休んでていい、と言ったので、チンプイは、ルイズの部屋のベッドで昼寝をしていた。

 すると、扉がノックされた。

 誰だろう、とチンプイは思った。ルイズならノックなんかしないで入ってくる。ワンダユウかエレオノールだろうか?それとも、ルイズに会いに来たマール星人?

「開いてるよ」

 チンプイがそう言うと、扉がガチャリと開いて、シエスタがひょっこり顔を見せた。

「シエスタちゃん?」

 厨房で会うことが多いので、予想外の来訪者にチンプイは少し驚いた。

「あ、あの・・」

 シエスタはいつものメイド服であったが、いつもと違って見えた。カチューシャでまとめた黒髪が、さらさらと額の上を泳いでいる。そばかすの浮いた頬が、親しみのある魅力を放っている。

「どうしたの?シエスタちゃん」

「あ、あのっ!昨晩の、その、お話とっても楽しかったです!特にあれ!なんでしたっけ! 『タロモンモコッコドンブラ』とか『カレキハナワンワ』、マール星のお料理!」

 チンプイは頷いた。お風呂の中で、チンプイはマール星の料理の話をシエスタにしたのだった。

「共通の話題が無くて困ったら、食べ物か旅行の話をすればいい」

と、ワンダユウに以前教えてもらったことを思い出したチンプイは、マール料理の話をしたのだった。シエスタは、食に対して関心が高いようで、マール星の観光名所の話よりもマール料理の話で盛り上がった。

「ああ、マール料理、ね」

「そうです!一度味わえばそのおいしさが忘れられず、一生食べ続けたくて移住してくる人もいるほどの食文化を持つマール星!素晴らしいわ!」

「トリステインにだって、『スパロニ』と似たような『ラーミエン』があるじゃない」

「あれは、私の故郷だけの郷土料理です」

 きっぱりとそう言い切った後、シエスタは身を乗り出してきた。

「あのね?マール料理もマール星の観光名所も素敵だけど、私の故郷、タルブの村も素晴らしいんです。ここから、そうね、馬で三日くらいかな・・。ラ・ロシェールの向こうです」

「へ~」

「何にもない、辺鄙な村ですけど・・、とっても広い、綺麗な草原があるんです。春になると、春の花が咲くの。夏は、夏のお花が咲くんです。ずっとね、遠くまで、地平線の向こうまでお花の海が続くの。今頃、とっても綺麗だろうな・・」

 シエスタは思い出に浸るように、目をつむって言った。

「へえ~」

「そうだ!」

 シエスタは、胸の前で、手を合わせて叫んだ。チンプイは驚いて、ルイズのベッドの上で尻餅をついた。

「ど、どうしたの?」

「チンプイさん、私の村に来ませんか?」

「え? ええええ!?」

「あのね、今度お姫さまが結婚なさるでしょう?それで、特別に私たちにお休みが出ることになったんです。でもって、久しぶりに帰郷するんですけど・・。よかったら、遊びに来てください。チンプイさんに見せたいんです。あの草原、とっても綺麗な草原」

「う、うん」

「あとね?タルブの村の郷土料理は、『ラーミエン』だけじゃないのよ。とってもおいしいシチュー料理があるの。『ヨシェナヴェ』っていうんです! 普通の人が見向きもしない山菜で作るんだけど、とってもおいしいの!『タロモンモコッコドンブラ』ほどおいしいかは分からないけど・・、是非、チンプイさんにも食べて欲しいわ」

「どうしてぼくに見せたいの?食べさせたいの?」

 シエスタは、恥ずかしそうにうつむいた。

「チンプイさんが、私に『可能性』を見せてくれたから」

「可能性?」

「そうです。魔法が無くても、貴族に勝てるんだって。私たち、なんのかんの言って、貴族の人たちにおびえて暮らしてるんです。でも、そうじゃない人がいるってこと、なんだか自分のことみたいに嬉しくって。私だけじゃなくて、厨房の皆もそう言ってて・・、そんな人に私の故郷を見て欲しいんです」

と、シエスタは言った。

「そ、そっか・・。でも、ぼくは、ヒト型宇宙・・じゃなかった、人じゃないよ?」

 チンプイが科法を使えることは秘密であるとはいえ、なんだかズルして褒められているような気がした。おまけに、たまたま伝説の使い魔とやらになって、科法が強化され、剣も使えるようになっただけだ。そんな風に、シエスタに褒められるほどのことじゃない。

「人かどうかなんて、関係ありません!」

「そ、そう?」

「はい!」

 シエスタは力強く頷いた。

 すると・・。

 ぐうぅううううううううううぅぅぅ!

 突然、チンプイのお腹が鳴った。

 チンプイが恥ずかしそうにしていると、シエスタは微笑んで言った。

「もうすぐ、お昼ですからね。無理もないですよ。早く食堂に行きましょう。ミス・ヴァリエールもお待ちですわ」

「そ、そうだね。じゃあ、行こうか」

「はい」

 こうして、チンプイとシエスタは、ルイズの部屋を後にした。

 

 数日後、シエスタはタルブの村へと戻ったが、チンプイは悩んだ挙句、魔法学院に残った。というのも、ルイズがアンリエッタとゲルマニア皇帝との結婚式の際の巫女に選ばれたため、自分も使い魔としてルイズに付き添う必要があると思ったからだ。

 

 その翌日・・。

 トリステイン艦隊旗艦の『メルカトール』号は神聖アルビオン共和国の客を迎えるために、艦隊を率いてラ・ロシェールの上空に停泊していた。

 ゲルマニア皇帝、アルブレヒト三世と、トリステイン王女アンリエッタの結婚式は、ゲルマニアの首府、ヴィンドボナで行われる運びであった。式の日取りは、来月・・、三日後のニューイの月の一日に行われる。

 そして本日、 後甲板では、艦隊司令長官のラ・ラメー伯爵が、国賓を迎えるために正装をして居住まいを正している。その隣には、艦長のフェヴィスが口ひげを弄っていた。

 約束の刻限をとうに過ぎている。にも拘らず、アルビオン艦隊は姿を現さない。

「奴らは遅いではないか。艦長」

 イライラした口調で、ラ・ラメーは呟いた。

「自らの王を追い出したアルビオンの犬どもは、犬どもなりに着飾っているのでしょうな」

 そうアルビオン嫌いの艦長が呟くと、鐘楼に登った見張りの水兵が、大声で艦隊の接近を告げた。

「左上方より、艦隊!」

 なるほど。そちらを見やると、雲と見まごうばかりの巨艦を先頭に、アルビオン艦隊が静静と降下してくるところであった。

「ふむ、あれがアルビオンの『ロイヤル・ソヴリン』級か・・」

 感極まった声で、ラ・ラメーが呟いた。あの艦隊が、姫と皇帝の結婚式に出席する大使を乗せているはずであった。

「しかし・・、あの先頭の艦は巨大ですな。後続の戦列艦が、まるで小さなスループ船のように見えますぞ」

 艦長が鼻を鳴らしつつ、巨大な艦を見つめて言った。

「ふむ、戦場では会いたくないものだな」

 降下してきたアルビオン艦隊は、トリステイン艦隊に並走する形になると、旗流信号をマストに掲げた。

「貴艦隊ノ歓迎ヲ謝ス。アルビオン艦隊旗艦『レキシントン』号艦長」

「こちらは提督を乗せているのだぞ。艦長名義での発信とは、これまたコケにされたものですな」

 艦長はトリステイン艦隊の貧弱な陣容を見守りつつ、自虐的に呟いた。

「あのような艦を与えられたら、世界を我が手にしたなどと勘違いしてしまうのであろう。よい。返信だ。『貴艦隊ノ来訪ヲ心ヨリ歓迎ス。トリステイン艦隊司令長官』、以上」

 ラ・ラメーの言葉を控えた士官が復唱し、それをさらにマストに張り付いた水兵が復唱する。するするとマストに、命令通りの旗流信号がのぼる。

 どん! どん! どん!

と、アルビオン艦隊から大砲が放たれた。

 礼砲だ。

 弾は込められていない。大砲に詰められた火薬を爆発させるだけの空砲である。

 しかし、巨艦『レキシントン』号が空砲を撃っただけで、辺りの空気が震えた。

 その迫力に、ラ・ラメーは一瞬後退ったが、すぐに気を取り直して指示を出す。

「おっほん。よし、答砲だ」

「何発撃ちますか?最上級の貴族なら、十一発と決められております」

 礼砲の数は、相手の格式と位で決まる。艦長はそれをラ・ラメーに尋ねているのであった。

「七発でよい」

 子供のような意地を張るラ・ラメーに、にやりと笑って見つめると、艦長は命令した。

「答砲準備! 順に七発! 準備出来次第うち方始め!」

 

 アルビオン艦隊旗艦『レキシントン』号の後甲板で、艦長のボーウッドは、左舷の向こうのトリステイン艦隊を見つめていた。隣では、艦隊司令長官及び、トリステイン侵攻軍の全般指揮を執り行う、サー・ジョンストンの姿が見える。貴族議会議員でもある彼は、クロムウェルの信任厚いことで知られている。しかし、実戦の指揮は執ったことがない。

サー・ジョンストンは政治家なのであった。

「艦長・・」

 心配そうな声で、ジョンストンは傍らのボーウッドに話しかけた。

「サー?」

「こんなに近づいて、大丈夫かね? 長射程の新型の大砲を積んでいるんだろう? もっと離れたまえ。私は、閣下より大事な兵を預かっているのだ」

 クロムウェルの腰ぎんちゃくめ、と口の中だけで呟いて、ボーウッドは冷たい声で言った。

「サー、新型の大砲といえど、射程いっぱいで撃ったのでは当たるものではありません」

「しかしだな、なにせ、私は閣下から預かった兵を、無事にトリステインに下ろす任務を担っている。兵が怖がってはいかん。士気が下がる」

 怖がっているのは兵ではないだろう、とボーウッドは思いながら、ジョンストンの言葉を無視して命令を下す。空では自分が法律だ。

「左砲戦準備」

「左砲戦準備! アイ・サー!」

 砲甲板の水兵たちによって大砲に装薬が詰められ、砲弾が押し込まれる。

 空の向こうのトリステイン艦隊から、轟音がとどろいてきた。

 トリステイン艦隊旗艦が、答砲を発射したのだ。

 作戦開始だ。

 その瞬間、ボーウッドは軍人に変化した。政治上のいきさつも、人間らしい情も、卑怯なだまし討ちであるこの作戦への批判も、全て吹っ飛ぶ。

 神聖アルビオン共和国艦隊旗艦『レキシントン』号、サー・ヘンリ・ボーウッドは、矢継ぎ早に命令を下し始めた。

 艦隊の最後尾の旧型艦『ホバート』号の乗組員が準備を終え、”フライ”の呪文で浮かんだボートで脱出するのがボーウッドの目の端に映った。

 

 答砲を発射し続ける『メルカトール』艦上のラ・ラメーは、驚くべき光景を目の当たりにした。アルビオン艦隊最後尾の・・、一番旧型の小さな艦に火災が発生したのだ。

「なんだ? 火事か? 事故か?」

 フェヴィスが呟いた次の瞬間!

 どごぉぉぉーーーん!

 火災を発生させた艦に見る間に炎が回り、空中爆発を起こした。

 残骸となったそのアルビオン艦は、燃え盛る炎とともに、ゆるゆると地面に向かって墜落していく。

「な、何事だ!? 火災が火薬庫に回ったのか!?」

 『メルカトール』号の艦上が、騒然となる。

「落ち着け! 落ち着くんだ!」

 艦長のフェヴィスが水兵たちを叱咤する。『レキシントン』号の艦上から、手旗手が、信号を送ってよこす。それを望遠鏡で見守る水兵が、信号の内容を読み上げる。

「『レキシントン』号艦長ヨリ、トリステイン艦隊旗艦。『ホバート』号ヲ撃沈セシ、貴艦ノ砲撃ノ意図ヲ説明セヨ」

「撃沈?何を言ってるんだ! 勝手に爆発したんじゃないか!」

 ラ・ラメーは慌てた。

「返信しろ! 『本艦ノ射撃ハ答砲ナリ。実弾ニアラズ』」

 すぐに『レキシントン』号から返信が届く。

「タダイマノ貴艦ノ射撃ハ空砲ニアラズ。我ハ、貴艦ノ攻撃ニ対シ応戦セントス」

「バカな! ふざけたことを!」

 しかし、ラ・ラメーの絶叫は、『レキシントン』号の一斉射撃の轟音でかき消される。

 どがが、どがーん!!!

 着弾。着弾。着弾・・。

『メルカトール』号のマストが折れ、甲板にいくつもの大穴が開いた。

「この距離で大砲が届くのか!」

 揺れる甲板の上で、フェヴィスが驚愕の声を上げる。ラ・ラメーは怒鳴った。

「送れ!『砲撃ヲ中止セヨ。我ニ交戦ノ意思アラズ』」

 しかし、『レキシントン』号はさらなる砲撃で、返事をよこしてきた。砲撃は一向に止む気配がない。

 着弾。

 砲弾の破片で、ラ・ラメーの体が吹っ飛び、フェヴィスの視界から消えた。

 同時に、着弾のショックでフェヴィスは甲板に叩きつけられる。

 フェヴィスは悟った。これは計画された攻撃行動だ。奴らは初めから、親善訪問のつもりなどない。

 自分達はアルビオンに嵌められたのだ。

 艦上では火災が発生している。周りでは傷ついた水兵たちが、苦痛のうめきを上げている。頭を振りながら立ち上がり、フェヴィスは叫んだ。

「艦隊司令長官、戦死! これより旗艦艦長が艦隊の指揮を執る! 各部、被害状況知らせ!艦隊全速! 右砲戦用意!」

 

「艦長・・」

 苦痛の叫びを上げる間もなく潰えた敵を悼むような声で、ジョンストンは傍らのボーウッドにおずおずと話しかけた。次々と無情な砲撃を冷徹にトリステイン艦隊に浴びせ続けるボーウッドに、ジョンストンは恐怖したのだった。

「サー、ご安心を。すでに、勝敗は決しました」

 ゆるゆると動き出したトリステイン艦隊を眺めつつ、ボーウッドが淡々と告げた。

「う、うむ。艦長、新たな歴史の一ページが始まったな」

 ジョンストンは冷静さを装いながら、絞り出すような声で言った。

「サー、戦争が始まっただけですよ」

 ボーウッドは、冷ややかな声で答えた。

 行き足のついていたアルビオン艦隊は、全速で動き出したトリステイン艦隊の頭を押さえるような機動で、すでに動いていた。

 アルビオン艦隊は一定の距離をとりつつ、砲撃を続け、あっさりと勝敗は決した。

 

 トリステインの王宮に、国賓歓迎のため、ラ・ロシェール上空に停泊していた艦隊全滅の報がもたらされたのは、それからすぐのことであった。

 ほぼ同時に、アルビオン政府からの宣戦布告文が急使によって届いた。不可侵条約を無視するような、親善艦隊への理由なき攻撃に対する非難がそこには書かれ、最後に『自衛ノ為神聖アルビオン共和国政府ハ、トリステイン王国政府ニ対シ宣戦ヲ布告ス』と締められていた。

 ゲルマニアへのアンリエッタの出発で大わらわであった王宮は、突然のことに騒然となった。

 すぐに将軍や大臣たちが集められ、緊急会議が開かれた。しかし、会議は紛糾するばかり。

まずはアルビオンへ事の次第を問い合わせるべきだとの意見や、ゲルマニアに急使を派遣し、同盟に基づいた軍の派遣を要請すべしとの意見が飛び交った。

 会議室の上座には、呆然とした表情のアンリエッタの姿も見えた。本縫いが終わったばかりの、眩いウェディングドレスに身を包んでいる。これから馬車に乗り込み、ゲルマニアへと向かう予定であった。

 会議室に咲いた大輪の花のようなその姿であったが、今は誰も気に留める者はいない。

「アルビオンは我が艦隊が先に砲撃したと言い張っておる! しかしながら、我が方は礼砲を発射しただけというではないか!」

「偶然の事故が、誤解を生んだようですな」

「アルビオンに会議の開催を打診しましょう! 今ならまだ、誤解は解けるかもしれない!」

 各有力貴族たちの意見を聞いていたマザリーニ枢機卿は頷いた。

「よし、アルビオンに特使を派遣する。事は慎重を期する。この双方の誤解が生んだ遺憾なる交戦が、全面戦争へと発展しないうちに・・」

 そのとき、急報が届いた。

 伝書フクロウによってもたらされた書簡を手にした伝令が、息を切らせながら会議室に飛び込んでくる。

「急報です! アルビオン艦隊は、降下して占領行動に移りました!」

「なに!場所はどこだ?」

「ラ・ロシェールの近郊! タルブの草原のようです!」

 

 生家の庭で、シエスタは幼い兄弟たちを抱きしめ、不安げな表情で空を見つめていた。

 先程、ラ・ロシェールの方から爆発音が聞こえてきた。

 驚いて庭に出て、空を見上げると、恐るべき光景が広がっていた。空から何隻もの燃え上がる船が落ちてきて、山肌にぶつかり、森の中に落ちていった。

 村は騒然とし始めた。しばらくすると、空から巨大な船が下りてきた。雲と見まごうばかりの巨大なその船は、村人たちが見守る中、草原に鎖のついた錨を下ろし、上空に停泊した。

 その上から、何匹ものドラゴンが飛び上がった。

「何が起こっているの? お姉ちゃん」

 幼い弟や妹たちが、シエスタにしがみついて尋ねる。

「家に入りましょう」

 シエスタは不安を隠して兄弟たちを促し、家の中に入った。中では両親が不安げな表情で窓から様子を窺っている。

「あれは、アルビオンの艦隊じゃないか」

 父が草原に停泊した船を見て言った。

「いやだ・・、戦争かい?」

 母がそう言うと、父が否定した。

「まさか。アルビオンとは不可侵条約を結んでいるはずだ。この前の領主さまのお触れがあったばかりじゃないか」

「じゃあ、さっきたくさん落ちてきた船は何なんだい?」

 艦上から飛び上がったドラゴンが、村めがけて飛んできた。父は母を抱えて窓から遠ざかる。

 ぶおん!

と唸りを上げて、騎士を乗せたドラゴンは村の中まで飛んできて、辺りの家々に火を吐きかけた。

「きゃあ!」

 母が悲鳴を上げた。

 家に炎を吐きかけられ、窓ガラスが割れて室内に飛び散ったのだ。村が燃え盛る炎と怒号と悲鳴に彩られていく。

 父は気を失った母を抱いたまま、震えるシエスタに告げた。

「シエスタ! 弟たちを連れて南の森に逃げるんだ!」

 

 竜騎士隊の火竜が飛び交い、兵が次々と草原に降り立った。広いこの草原は、侵攻軍が拠点とするのに最適だったのだ。

 タルブ領主、アストン伯爵が数十人の軍勢を率いて応戦していたが、強力なアルビオン竜騎士隊が相手では時間の問題であった。

 

 昼を過ぎた。王宮の会議室には次々と報告が飛び込んでくる。

「タルブ領主、アストン伯爵、戦死!」

「偵察に向かった竜騎士隊、帰還せず!」

「未だアルビオンより、問い合わせの返答ありません!」

 それでも会議室では、未だに不毛な議論が繰り返されており、一向に会議はまとまらない。マザリーニも、結論を出しかねていた。未だ彼は、外交での解決を望んでいるのであった。

「タルブの村、炎上中!」

 その急使の声で、呆然としていたアンリエッタは我に返った。大きく深呼吸して立ち上がると、一斉に視線が王女へと注がれた。アンリエッタは、わななく声で言い放った。

「あなた方は、恥ずかしくないのですか」

「姫殿下?」

「国土が敵に侵されているのですよ。同盟だなんだ、特使がなんだ、と騒ぐ前にすることがあるでしょう」

「しかし・・、姫殿下・・、誤解から発生した小競り合いですぞ」

「誤解? どこに誤解の余地があるというのです? 礼砲で艦が撃沈されたなど、言いがかりも甚だしいではありませんか!」

「我らは、不可侵条約を結んでおったのですぞ。事故です」

「条約は紙より容易く破られたようですわね。礼儀知らずのあの人たちは、もとより守るつもりなどなかったのでしょう。時を稼ぎ、虚を突くための口実に過ぎません。アルビオンには明確に戦争の意思があって、全てを行ったのです」

「しかし・・」

 アンリエッタはテーブルを叩き、大声で叫んだ。

「わたくしたちがこうしている間に、民の血が流されているのです!彼らを守るのが貴族の務めなのではありませぬか? 我らは、何のために王族を、貴族を名乗っているのですか? このような危急の際に、彼らを守るからこそ、君臨を許されているのではないですか?」

 誰も、何も言わなくなってしまった。アンリエッタは冷ややかな声で言った。

「あなた方は、怖いのでしょう。なるほど、アルビオンは大国。反撃をしたところで、勝ち目は薄い。敗戦後、責任を取らされるであろう、反撃の計画者にはなりたくないというわけですね? ならば、このまま恭順して命を永らえようというわけですね?」

「姫殿下」

 マザリーニが窘めた。しかし、アンリエッタは言葉を続けた。

「ならば、わたくしが率いましょう。あなた方は、ここで会議を続けなさい」

 アンリエッタはそのまま会議室を飛び出していった。マザリーニや、何人もの貴族が、それを押しとどめようとした。

「姫殿下! お輿入れ前の大事なお体ですぞ!」

「ええい! 走りにくい!」

 アンリエッタは、ウェディングドレスの裾を膝上まで引きちぎった。引きちぎったそれを、マザリーニの顔に投げつける。

「あなたが結婚なさればよろしいわ!」

 宮廷の中庭に出ると、アンリエッタは大声で叫んだ。

「わたくしの馬車を! 近衛! 参りなさい!」

 聖獣ゆにこユニコーンが繋がれた、王女の馬車が引かれてきた。

 中庭に控えた近衛の魔法衛士隊が、アンリエッタの声に応じて集まってくる。

 アンリエッタは馬車から一頭を外すと、ひらりとその上に跨った。

「これより全軍の指揮をわたくしが執ります! 各連隊を集めなさい!」

 状況を知っていた魔法衛士隊の面々が、一斉に敬礼する。

 アンリエッタは、ユニコーンの腹を叩いた。

 ユニコーンは、額から突き出た角を誇らしげに陽光に煌めかせ、高々と前足を上げて、走り出した。

 その後に、幻獣に騎乗した魔法衛士隊が口々に叫びながら続く。

「姫殿下に続け!」

「続け! 後れを取っては家名が泣くぞ!」

 次々に中庭の貴族たちは駆け出していく。城下に散らばった各連隊に連絡が飛んだ。

 その様子をぼんやりと見つめていたマザリーニは、天を仰いだ。

 どのように努力しようとも、いずれアルビオンとは戦になると思ってはいたが・・。

未だ、国内の準備は整っていないのだ。彼とて命を惜しんだわけではない。彼なりに国を憂い、民を思ってこその判断だった。小を切っても、負ける戦はしたくないのであった。

 しかし、王女の言う通りであった。彼が傾注した外交努力はすでに泡と消えていた。しがみついてなんになろう。騒ぐ前に、すべきことがあったのだ。

 一人の上級貴族が、マザリーニに近づいて耳打ちをした。

「枢機卿、特使派遣の件ですが・・」

 マザリーニは、被った球帽をその貴族の顔に叩きつけると、アンリエッタが自分に投げつけたドレスの裾を拾い、頭に巻いた。

「各々方! 馬へ! 姫殿下一人を行かせたとあっては、我ら末代までの恥ですぞ!」

 

 その頃・・。

 燃え盛るタルブの村を見ながら、シエスタは、南の森で幼い兄弟たちと身を寄せ合っていた。

 幼い兄弟たちをなだめながら、シエスタは祈るような声で言った。

「チンプイさん、助けて・・」

 




次回で、原作3巻の終わりまでいく予定です。


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タルブの村の戦い

遥か宇宙、マール星レピトルボルグ王家は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールをお妃に迎えるための使者をハルケギニアに送った。
ワンダユウは、大使としてトリステインとマール星を行き来し、
チンプイは、ルイズの使い魔兼お世話役として、トリステインに残った。
ワンダユウ「チンプ~イ!頼んだぞ~!」

シエスタのピンチにチンプイは?
10月は忙しくて予想外に更新が遅くなってしまいました。すいません。
※『エリ』は、エレオノールの婚約者・ロップルが、エレオノールに付けた愛称です。(詳細は、『外伝 コーヤのエリおばさま』参照)


 トリステイン魔法学院に、アルビオンの宣戦布告の報が入ったのは、昼過ぎのことだった。

 ルイズはチンプイを連れて、魔法学院の玄関先で、王宮からの馬車を待っているところであった。アンリエッタとゲルマニア皇帝との結婚式の際の巫女に選ばれたルイズとその使い魔をゲルマニアへと運ぶために用意された特別な馬車だ。しかし、魔法学院にやってきたのは息せき切った一人の急使であった。

 彼はオスマン氏の居室をルイズたちに尋ねると、足早に駆け去って行った。

 ルイズとチンプイは、その尋常ならざる様子に顔を見合わせた。

「どうしたんだろう?ずいぶん急いでるね、あのおじさん」

「そうね。王宮で何かあったのかしら? チンプイ、科法であの使者とオールド・オスマンの会話をこっそりと聞くことはできる?」

「出来るけど・・、な~んか、また、ワンダユウじいさんに怒られそうなことになりそうだな~。

そうだ!エリちゃんも呼んでいい?」

「うっ・・。そ、そうね。内容によっては、わたし、また、暴走しちゃうかもしれないし・・、姉さまなら、ちゃんと私の暴走を止めて、どうすればいいか考えてくれるものね。

それに・・、わたし、もう、ルルロフやワンダユウに迷惑はかけたくないわ」

 チンプイの提案にルイズは同意し、エレオノールを呼んで、ルイズの部屋でこっそりとオスマンと急使の会話を聞くことになった。

 

「じゃあ・・。はい、これ」

 そう言って、チンプイが用意したのは、ピラミッドのような形をした物体であった。三つあり、それぞれ大人が座ってどうにか入れる大きさであった。

「何よこれ?」

「これは、『実感ホログラフィ』っていってね。遠く離れたところにいるロボットの行動をこの中でそっくり体験できる機械なんだ。これがそのロボットさ」

 そう言って、チンプイがどこからともなく取り出したロボットは、丸いボールに短い手足が生えたような形をしていた。

「これが?」

 ルイズは、そのロボットをまじまじと見つめた。

「うん。じゃあ、ちょっと見ててね」

 そう言って、チンプイが近くにあったピラミッド型の本体の中に入ると、一瞬ピカッと光った。すると、ロボットはチンプイの姿へと変化した。

「「どう?ルイズちゃん、エリちゃん」」

 ロボットは、チンプイと同じ声で喋った。ピラミッド型の本体からも同じ声がする。

「すごい・・、すごいわ!チンプイ!!」

「でも・・、これじゃあ、姿が見えてバレバレじゃない?」

「大丈夫だよ、エリちゃん。これには、不可視モードがあって、『透明キャップ』と同じように、姿を見えなくすることもできるから。それに、ロボットの居る場所には音が漏れないようすることもできるよ」

 そう言うと、パッとチンプイの姿をしたロボットの姿が消え、チンプイの声はピラミッド型の本体の方からしか聞こえてこなくなった。

「これなら、大丈夫そうね」

 エレオノールは、薄く笑みを浮かべて言った。

 ルイズとエレオノールもそれぞれのピラミッド型の本体に乗り込んだ。

 

 オスマン氏は、式に出席するために一週間ほど学院を留守にするため、自分がいないとできないことを早急に片付ける必要があり、様々な書類に追われていた。

 すると、猛烈な勢いで、扉が叩かれた。

「誰じゃね?」

 返事をするより早く、王宮からの急使が飛び込んできた。それに乗じて、ルイズたちのロボットらも飛び込む。

「王宮からです! 申し上げます! アルビオンがトリステインに宣戦布告! 姫殿下の式は無期延期になりました! 王軍は、現在、ラ・ロシェールに展開中! したがって、学院におかれましては、安全のため、生徒及び職員の禁足令を願います!」

 オスマン氏は顔色を変えた。

「宣戦布告とな? 戦争かね?」

「いかにも! タルブの草原に、敵軍は陣を張り、ラ・ロシェール付近に展開した我が軍と睨み合っております!」

「アルビオン軍は、強大だろうて」

 急使は、悲しげな声で言った。

「敵軍は、巨艦『レキシントン』号を筆頭に、戦列艦が十数隻。上陸せし歩兵は数百・・総兵力は三千と見積もられます。我が軍の艦隊主力はすでに全滅、かき集めた兵力はわずか二千・・。

敵軍に完全に制空権を奪われたため・・、我が軍が持ちこたえられるのも時間の問題でしょう」

「現在の戦況は?」

「敵の竜騎兵によって、タルブの村は炎で焼かれているそうです・・。同盟に基づき、ゲルマニアへ軍の派遣を要請しましたが、先陣が到着するのは三週間後とか・・」

 オスマン氏はため息をついて言った。

「・・見捨てる気じゃな。敵はその間に、トリステインの城下町をあっさり落とすじゃろうて」

 

 ロボットを介して聞き耳を立てていた三人は顔を見合わせた。戦争と聞いて、ルイズとエレオノールの顔が蒼白になる。

 タルブと聞いて、チンプイの顔色が変わった。

「シエスタちゃんの・・唯一『ラーミエン』を作れる村じゃないか! シエスタちゃんも心配だし・・、もう『ラーミエン』が食べられなくなるなんて、絶対にイヤだ!」

 チンプイはそう、心の中でひとりごちた後、すぐに中庭へと駆け出した。

 ルイズとエレオノールは慌てて後を追う。

 

「科法『局地的反重力場』、チンプイ!」

 チンプイが空を飛んで飛び出そうとした。

 後ろから、ルイズがチンプイに抱きついた。

「どこに行くのよ!」

「タルブの村だよ!」

「な、何しに行くのよ!」

「決まってるでしょ!助けに行くんだよ!」

「ダメよ! 戦争しているのよ! あんたが一人行ったって、どうにもならないわ!」

 エレオノールもチンプイにしがみつく。

「ちびの言う通りよ。それに・・、ワンダユウさんも言ってたじゃない! マール星は、ハルケギニアの国同士の厄介事には一切干渉しない方針だって」

「そうよ! それに・・、わたし、もうルルロフやワンダユウに迷惑をかけたくないわ!」

 ルイズもエレオノールの言葉に賛同する。

 しかし、チンプイは・・。

「マール星は関係ないよ。ぼくが、個人的に力を貸したいんだよ」

 そこで言葉を切ると、チンプイは低い声でひとりごとのように言った。

「ぼくの大好きな『ラーミエン』は、ぼくが守る」

 『ラーミエン』という聞きなれない単語にルイズは首をひねったが、すぐにピンときた。

 『ラーミエン』とは、チンプイがシエスタに付けた愛称なのではないかと。

 ルルロフは、ルイズの呼び方は『ルイズ』のままがいいと言っていたが・・、エレオノールは、自分の恋人に『エリ』という愛称を付けてもらっている。

 チンプイにとって、シエスタは愛称で呼ぶほど特別な異性であり・・、命を懸けてまで守りたいのだと、ルイズは思った。

 それでも・・。

「死んだら、どうするのよ・・。イヤよ、わたし、そんなの・・」

「死なないよ。心配してくれるのは嬉しいけど・・でも、行かなくちゃ。『ラーミエン』のためだもの」

「・・分かったわ。わたしも行く」

「ダメだよ。ルイズちゃんは、殿下と結婚するんだから」

「イヤ! チンプイだけ行かせるわけにはいかないわ! それに・・、チンプイに何かあったら、わたし、ルルロフに合わせる顔がないもの」

 黙ってその様子を見守っていたエレオノールが、チンプイの顔をまっすぐ見つめて言った。

「チンプイ君・・、これは戦争なのよ。いくらチンプイ君が、科法を使えて、伝説の使い魔の力を持っていたって、一人じゃ、限界があるわ」

「タルブの村を救いたいんだ。それだけだよ。エリちゃん」 

 チンプイの決意は固いようだ。

 エレオノールはため息をつくと、チンプイに尋ねた。

「チンプイ君、そもそもどうやってタルブの村を守るつもりなの?」

「大丈夫、ぼくに考えがあるんだ。まず、科法『パーソナル人工降雨』を使ってタルブの村の燃え盛る炎を消火して・・、後は、大勢の歩兵を一網打尽に出来る科法を使ってタルブの村を守るよ」

 チンプイは、胸を張って答えた。

「そんなすごい科法があるの!? なら、安心ね!トリステインも救われるわ! ありがとう、チンプイ!」

 ルイズは興奮した様子で、感極まって、チンプイをギュッと抱きしめた。

 しかし、エレオノールは呆れた声で言った。

「二人とも・・、肝心なことを忘れてない? 歩兵は何とかできたとして・・、空から来る竜騎士隊と戦艦はどうするのよ」

「「あっ・・」」

「『あっ・・』じゃないでしょう!はあ~、まったくもう!そんなんじゃ結果は見えてるわよ」

「エリちゃ~ん・・」

 チンプイのすがるような目に、エレオノールは根負けした。

「うっ・・。はあ~。分かった、分かったわよ。わたしも協力するわ。

まずは・・、そうね・・。チンプイ君の目的は、アルビオン軍をやっつけることじゃなくて、タルブの村の人たちを救うってことでいいのよね?」

「えっ?う~ん・・。うん!そうだよ」

 チンプイは少し考えて肯定した。

『ラーミエン』を作るのに必要なものが何かは分からないが・・、作り方を知っているシエスタたちさえいれば、また『ラーミエン』を食べられるだろう。実際、シエスタは、タルブの村にしかないと言いながら、『ラーミエン』を魔法学院で作っていたのだ。『ラーミエン』を作る材料のストックを気にしている様子もなかったことを踏まえると・・、『ラーミエン』は、特別な材料を必要とするわけではないはずだ。

「そう。なら、わたしが『空飛ぶほうき』で、アルビオンの竜騎士隊を撹乱するから、その隙にタルブの村の人たちを逃がすっていうのはどう?」

「そ、そんな危険なこと、エリちゃんにさせられないよ! エリちゃんは、殿下の未来の義理のお姉さんだし・・。殿下とワンダユウじいさんに、怒られちゃうよ~」

 チンプイは、焦って言った。ルイズがルルロフと結婚したら、エレオノールはルルロフの未来の義姉なのだ。チンプイの個人的な理由で、危険な目に遭わせるわけにはいかない。

 しかし・・。

「大丈夫よ。それに・・、これはトリステインの問題なの。大使のチンプイ君だけ、危ない目に遭わせるわけにはいかないわ」

「エリちゃん・・」

 チンプイは、エレオノールを潤んだ目で見つめた。

「・・あっ!せ、戦艦はどうするの?姉さま」

 ルイズが、一番の大物が残っていることに気が付いて、エレオノールに焦って尋ねた。

「大丈夫よ。味方の歩兵がいれば、大砲は下手に打てないわ。それと・・、チンプイ君、いい目隠しになるから、もしタルブの村がまだ燃えていたら、消さないで頂戴」

「分かった」

「・・それと、歩兵の足止めは、任せてもいいのよね?」

「うん。任せてよ!エリちゃん」

 チンプイは、胸を張ってみせた。その様子に、エレオノールは、薄く笑みを浮かべた後、ルイズの方を向いた。

「そう・・。じゃあ、お願いね。

ルイズ・・、竜騎士隊の注意をわたしが引いて、チンプイ君が歩兵の足止めをするから・・、その間に、タルブの村の人たちを安全な場所に誘導して。

タルブの村の人たちの避難が終わったら、合図して頂戴。

わたしの『空飛ぶほうき』とチンプイ君の『局地的反重力場』で全力で逃げるから」

「分かったわ。・・でも、姉さま。安全な場所って?」

「ラ・ロシェール付近に展開しているっていうトリステイン軍とタルブの村を直線で結んだところから離れた森がいいわね」

「なるほど!分かったわ。任せて、姉さま」

「決まりだね!早く行こうよ!エリちゃん」

「分かったから、そんなに急かさないの!チンプイ君。 じゃあ、二人とも、後ろに乗って」

 エレオノールは二人を乗せて、『空飛ぶほうき』に跨る。すると、『空飛ぶほうき』は、ぶわっと浮き上がって、空を裂き、あっという間に空を駆け上った。

「うおー、飛びやがった! やっぱり、何度乗っても、おもしれえな!」

 チンプイの背中のデルフリンガーが、興奮したように騒ぐ。

「そりゃそうよ。ロップルやドラえもんさん、のび太さんと一緒に作ったほうきなんですからね。

それに、『魔法使い』がほうきで空を飛ぶのは当たり前なのよ」

 エレオノールが、誇らしげに言うと・・、

「「いやいや、『魔法使い』がほうきで空を飛ぶなんて、普通あり得ないから」」

 ルイズとデルフリンガーが同時につっこみを入れた。

 

 タルブの村は未だに燃え続けていた。草原には大部隊が集結し、港町ラ・ロシェールに立てこもったトリステイン軍との決戦の火蓋が切られるのを待ち構えている。

 その上には、部隊を空から守るため、『レキシントン』号から発艦した竜騎士隊が飛び交っていた。散発的にトリステイン軍の竜騎士隊が攻撃をかけていたが、いずれもあっさりと退けられていた。

 タルブの村の上空を警戒していた竜騎士隊の一人が、自分の上空、二千五百メイルほどの一点に、あり得ない方法で空を飛ぶメイジを見つけた。掃除道具の”ほうき”に跨って、空を飛んでいるのだ。しかも、もの凄いスピードで。

 あり得ない光景を目にした竜騎士は、慌てて竜を鳴かせ、味方に敵の接近を告げた。

 

 一方、チンプイとルイズは、タルブの村に近づいたところで、エレオノールと別れ、チンプイの科法『局地的反重力場』で、先にタルブの村に降りていた。『空飛ぶほうき』に乗るエレオノールに気を取られたのか、幸いアルビオン竜騎士隊に見つかることはなかった。

 チンプイはタルブの村を見つめた。家々は燃え盛り、どす黒い煙が立ち昇っている。

 チンプイは、この前、ルイズの部屋でシエスタに言われたことを思い出していた。シエスタの言葉が甦る。

『チンプイさんに見せたいんです。あの草原、とっても綺麗な草原』

 シエスタの言葉を思い出したチンプイは、ギリリ、と奥歯を噛み締めた。

 草原を見ると、そこはアルビオンの軍勢で埋まっており、村はずれの南の森に向かってアルビオンの歩兵たちが今まさに押し寄せようとしていた。

 チンプイは、南の森でシエスタの姿を見つけた。すると、シエスタに襲い掛かる歩兵の姿が目に映った。

 

「怖いよ~。お姉ちゃ~ん!」

 幼い弟や妹たちが、シエスタにしがみつく。

「うるせえぞ!、ガキども、邪魔だ!死ねえ!」

 アルビオン歩兵が剣をシエスタたちに振りかざした。

「きゃあ!! 助けて!!チンプイさん!」

シエスタは兄弟たちを庇うようにギュッと抱きしめ、目をつぶった。

その時!

ガキィィイイン!!

という音がしたかと思うと、シエスタにその剣が振り下ろされることはなかった。

 シエスタが恐る恐る目を開けると、そこにはシエスタたちを守るようにチンプイが立っていた。

 間一髪のところで、チンプイが駆けつけ、デルフリンガーでその剣を受け止め、そのまま歩兵の体を弾き飛ばしたのだった。

「大丈夫?」

 チンプイが声をかけると、シエスタは大粒の涙を黒い瞳に浮かべた。

「チンプイさん!」

「お姉ちゃん・・、このおしゃべりするネズミさん、だあれ?」

 シエスタの後ろに隠れた、幼い妹が恐る恐る、シエスタに尋ねた。

「大丈夫よ、カルミン。このネズミさんが、前に話したチンプイさんよ」

「そうなの?」

 カルミンと呼ばれたシエスタの妹が、今度はチンプイの方を向いて尋ねる。

「うん、そうだよ。ぼく、チンプイ。君たち、お名前は?」

「カルミンよ。シエスタお姉ちゃんの妹なの」

「ぼく、カルロス。シエスタお姉ちゃんの弟だよ」

「カルミンちゃんと、カルロス君か・・。よし!大丈夫だから、あそこにいる桃髪のお姉ちゃんの後に付いて逃げて」

 チンプイがそう言って指を指した先には、タルブの村の住民を東の森へと誘導するルイズの姿があった。

「「分かった。ありがとう、チンプイさん」」

 シエスタの妹カルミンと、その横にいた弟のカルロスは、お礼を言った。

「どういたしまして」

 チンプイはにっこりと微笑んだ。

「・・チンプイさんは、どうするんですか?」

 シエスタが心配そうに尋ねると、チンプイは真剣な表情になって答えた。

「あいつらを止める」

「危険です!一緒に逃げましょう!」

「あいつらがタルブの村の人たちを追ってくるかもしれない。誰かが止めなくちゃ・・」

「でも!」

「大丈夫だよ。心配しないで、シエスタちゃん。

この戦いが終わったら、また『ラーミエン』を作ってよ」

 心配するシエスタの頭を、チンプイが優しく撫でた。

「絶対に・・、無事に帰ってきてくださいますか」

「もちろん」

「分かりました。どうかご無事で」

 シエスタはそう言うと、カルミンとカルロスを連れてルイズの方へと駆けていった。

 

「おい、ネズミ野郎! よくも俺たちの邪魔をしやがったな」

「せっかく、お楽しみだったのに、畜生め!覚悟しろよ!」

「我々の作戦を邪魔した罪は重いぞ」

 気が付くと、アルビオンの歩兵たちがチンプイを取り囲んでいた。中には、杖とマントを身に付けている者もおり、メイジも混じっているようだ。

 チンプイは、険しい表情になって叫んだ。

「たとえ戦争でも、村人は関係ないじゃないか! 覚悟するのはそっちだ! いくぞ!」

 チンプイは、素早く科法『バリヤー』を身に纏うと、呟くようにして言った。

「科法『ツルツル』、チンプイ」

スッテーン!

 アルビオンの歩兵たちは皆、一斉に転んでしまった。

 科法『ツルツル』。ある一定の範囲だけ摩擦係数をゼロにする科法で、主に悪戯目的で使用されることが多い。というのも、誰もがバランスを崩して転ぶものの、その効果は数秒しか持続しないからだ。しかし、チンプイは、その科法が、『ガンダールヴ』の力のお陰で誰よりも素早く動ける自分にとってかなり有効であることに、気が付いたのだった。

「相棒、右だ!」

 デルフリンガーは、立ち上がろうとして隙だらけの敵を目ざとく見つけて、チンプイに指示を飛ばす。

「分かった」

 チンプイは、疾風のごとく素早く動き、歩兵の腕を打ち据えた。剣の勢いを利用して、次々に歩兵たちの武器を持つ腕を狙って打ち据えていく。

「相棒、どうして・・」

「武器が無ければ、あの人たち、何も出来ないでしょ?」

 チンプイは笑って言った。

「相棒は優しいねえ。でも、数が多いぜ。どうするよ、相棒」

「こうするんだよ。科法『早回し』、チンプイ!」

 ビデオテープの早送りのように動作を速くする科法を、チンプイは自分にかけた。

「すげぇ!科法ってやつは、何でもありだな・・。よっしゃ!これならいけるぜ!俺の指示に付いて来いよ、相棒!」

「任せて!」

 チンプイは、科法『ツルツル』を何度もかけながら、アルビオンの歩兵たちをデルフリンガーで打ち据えていった。

「な、何が起こっているのだ・・」

 歩兵の一人が呟いた。風のようなものが過ぎ去ったかと思うと、次々に仲間たちが腕を押さえて倒れていく。

歩兵たちの中に混じっているメイジたちも、科法『ツルツル』で詠唱に集中させてもらえず、次々にチンプイに倒されていった。

 デルフリンガーが叫ぶ。

「相棒!今だ!」

「うん! 科法『選択性ミニ・ブラックホール』、チンプイ!」

 突然、アルビオン軍の頭上に、ミニ・ブラックホールが発生し、歩兵たちの杖や武器が全て吸い込まれた。

 チンプイに打ち据えられ、負傷した歩兵たちは、武器も取り上げられてなす術がなくなり、散り散りに逃げていった。

「ふう~!いや~、暴れた、暴れた!俺たちの方は、片付いたな、相棒!」

 デルフリンガーが満足げに言った。

「うん。・・あとは、エリちゃんだね・・」

 チンプイは心配そうに、上空を見上げながら言った。

 

ウォオオオオオ!!!

 アルビオンの歩兵たちを圧倒したチンプイを目にした、タルブの村の人たちは歓喜の声を上げた。

「あのネズミ殿は、タルブの村を救った英雄だ」

「いやいや、あのお方は、神様のお使いじゃ。ありがたや、ありがたや」

 村人たちが各々、感謝の意を表していると、カルミンがふくれっ面で訂正した。

「ネズミ殿じゃないよ!チンプイさんだよ! チンプイさんは、神様のお使いじゃなくて、お姉ちゃんのお友達なの!」

 カルミンの言葉に、村人たちは驚き、

「シエスタ、本当かい?」

「どういうお方なんだい?」

といった具合に、口々にその真偽をシエスタに尋ねてきた。

「ええ、本当ですよ。チンプイさんは、今わたし達を安全な東の森に誘導して下さっている、ミス・ヴァリエールの使い魔で、ロバ・アル・カリイエの大国『マール星』からはるばるこのトリステインまでやってきた大使なんです」

 シエスタは、少し誇らしげに答えた。

 少し前に、意識を取り戻したシエスタの母は、シエスタがチンプイを安堵した表情で温かい目で見つめていることに、気が付いた。

 

「全く・・、早くしてよね!」

 ルイズは、タルブの村の人たちをアルビオン軍の侵攻方向から外れた東の森へと誘導していたが、チンプイの話で盛り上がり、村人たちの避難がなかなか進まないことに、ルイズは少しイライラしていた。

 そんなルイズに、申し訳なさそうに、タルブ村の村長が話しかけてきた。

「申し訳ございません、ヴァリエール公爵夫人。チンプイ殿の活躍で、村人たちは興奮しているようですじゃ」

「村を焼いているあの炎が、たまたまアルビオン軍の竜騎士隊や戦艦からの目隠しになっているだけで、危ないことには変わりないわ」

「ごもっともです。あとは、わたしが村人たちを東の森に誘導しますので、ヴァリエール公爵夫人は少しお休みください」

「そうはいかないわ。わたしは、姉さまやチンプイに村人たちの誘導を任されているのよ」

「だからこそです。わたし達平民は、戦争では無力ですじゃ。ヴァリエール公爵夫人は、もしもの時のために体力を温存しておいて下さい。なるべく早く避難を完了させますので」

 ルイズは、魔法が満足に使える訳ではないので、胸が痛くなったが、村長に悪気はない。ルイズは、そんなもやもやした気持ちをぐっと飲み込んで、言った。

「分かったわ。なるべく早くしてよね。そこの木陰にいるから、避難が終わったら、教えなさいよ」

「承知いたしました」

 村長はそう言ってルイズにお辞儀すると、村人たちのもとへと走っていった。

 

ルイズは、木陰に腰を下ろすと、『始祖の祈祷書』を開いた。

ここに来る前・・。

「おい、貴族の娘っ子。 俺は、全部思い出したぜ。村人たちの避難にめどが立ったら、『水』のルビーを指に嵌めて『始祖の祈祷書』を開きな。必要な時に、必要な呪文が浮かんでくるはずだ」

と、デルフリンガーに言われたのだ。

 何が何だかさっぱり分からなかったが・・、チンプイ曰く、デルフリンガーは、六千年前、前の『ガンダールヴ』に握られていた伝説の剣らしい。信じてみる価値はあるだろう。

 そう思ったルイズが、ページを開いた瞬間、『水』のルビーと『始祖の祈祷書』が光り出した。

 

 時は少し戻って、チンプイがアルビオンの歩兵部隊と対峙している頃。

「本当に、平民が使う”ほうき”で空を飛んでいるのか・・ふざけた奴だ。しかも一騎だと? なめられたものだな。おい、あのほうきに乗ったふざけた奴が誰だか分かる者はいるか?」

 アルビオン竜騎士隊の隊長が部下に問う。

「ラ・ヴァリエール公爵家ゆかりの者と思われます」

 部下の一人が答えた。

「なるほど・・。ふむ、まだ若いな」

「いかがいたしますか?隊長」

「なに問題ない。どうやって飛んでいるのか分からんが・・、所詮は小娘だ。

それに、ラ・ヴァリエール公爵家は代々”土”魔法の家系・・。つまり、この空の上では、我々が圧倒的優位というわけだ」

「なるほど。我々”風”魔法の使い手が後れを取ることはないと」

「そういうことだ。ただし!油断はするなよ!認めたくはないが・・、見たところ、機動力は奴の方がわずかに上だ」

 そう。速いのだ。”ほうき”などというおおよそ魔法とは無縁なものに跨っているにもかかわらず、アルビオンの火竜に匹敵するスピードだ。

「では、どうすれば・・」

「なあに、数では圧倒的に我々が有利だ。それに、追いつけないほどではない。奴を追うぞ!

連携して奴の動きを止め、確実に仕留めるぞ!皆、わたしについてこい!」

「「「はっ!」」」

 こうしてアルビオン竜騎士隊は、エレオノールの後を追った。

 

「ふふっ。上手くいったわね」

 エレオノールは、にやりと笑って言った。

 エレオノールは、竜騎士隊が付いて来れるか来れないかのスピードで、距離を取りながら、ルイズたちと逆の方向にアルビオン竜騎士隊を誘導することに成功したのだった。

竜騎士が跨る火竜の速度は、おおよそ時速百五十キロ。エレオノールの『空飛ぶほうき』が出せる最高速度の三分の一だ。いざとなれば、本気で逃げれば問題ない。

 そう、考えていたエレオノールだったが・・、考えが甘かった。

 エレオノールは、戦場での実戦経験が、まだまだ足りなかったのだ。

 

 先回りをしていた竜騎士が、エレオノールに”エア・ハンマー”を放ってきた。

 エレオノールは、慌てて体をひねって、旋回する。

 しかし、後ろと上空にも、竜騎士たちが待ち構えており、一斉に”エア・ハンマー”を放ってきた。

 ”エア・ハンマー”は、不可視の風の槌であるため、その軌道が読めない。

 同時に攻撃され、エレオノールの動きが一瞬止まった。

 その隙に、竜騎士隊は、エレオノールを八方から取り囲む。

 アルビオン竜騎士隊隊長が、部下たちに指示を飛ばした。

「今だ!一番隊、火竜のブレスを浴びせろ!」

 驚いたエレオノールは、急降下を開始する。

 しかし・・。

「続けて、二番隊!”ストーム”だ!」

 エレオノールは、竜巻の渦に取り囲まれた。これでは、最高速度を出しても意味がない。一か八か上空へとエレオノールは逃げようとしたが、連携の取れたアルビオン竜騎士隊の攻撃は止まらない。

「続けて、三番隊!”ウィンディ・アイシクル(氷の矢)” 発射!」

 上空から何十にも及ぶ氷の矢が降り注ぐ。

「くっ!」

 エレオノールは、再び急降下を開始した。すると、氷の矢は、途中で溶けてなくなった。

溶けてなくなった?どういうことだろう、とエレオノールが考えていると・・、急に風が熱くなったことに気が付いた。

 エレオノールが、はっとして竜騎士隊の方を見ると、”ストーム”に向かって”ウィンディ・アイシクル”と火竜のブレスを放っているアルビオンの竜騎士たちの姿が見えた。

 風魔法により作り出された竜巻は、火竜のブレスと”ウィンディ・アイシクル” を巻き込んで一気に大きくなり、熱を帯びた嵐となる。

「気付いたか。だが、もう遅い! くらえ、小娘! ”ファイヤー・ウインズ・ストーム(熱風の嵐)”!」

「えっ。きゃぁあああああ!!!」

 熱風が吹き荒れ、エレオノールを完全に飲み込んだ。

 ”ファイヤー・ウインズ・ストーム(熱風の嵐)”。アルビオン竜騎士隊が得意とする合体魔法である。火竜の炎のブレスに、アルビオン竜騎士隊の風魔法を合わせることで、荒れ狂う熱風の嵐を生み出す。

 速度で勝る風竜ではなく火竜をアルビオン竜騎士隊が好む理由はここにあった。

 

「しかし、あの”ほうき”は惜しかったな」

 一人の竜騎士がぽつりと言った。

「そうそう。それと、あの女、顔はよかったから、生け捕りにして、俺の妾にしたかったな~」

 もう一人の竜騎士が軽口を叩く。

「そうかあ?お前、趣味悪いぞ。あの女の胸を見たか?」

 顎ヒゲを生やした竜騎士が、尋ねる。

「いいや」

 軽口を叩いた竜騎士が首を振ると、顎ヒゲの竜騎士は真顔で言った。

「まっ平だったぞ」 

「「「ぷっ!」」」

 その場にいた全員が、吹き出した。

「くっく・・。確かに、顔はいいが、妾には向かんな。・・皆、無駄口はそれ位にして、嵐の上空に移動するぞ」

 隊長は、笑いを堪えながらも、皆を上空に移動するよう促した。

 稀に運良く嵐の中心の風のない所に逃れる者がいる。そんな時のために、アルビオン竜騎士隊は陣形を組んで、真上から風魔法で狙い撃つことになっていた。こうすれば、敵が嵐から放り出されても真下に落下するため、敵を見失うことはない。

 

「悪かったわね!まっ平で! どの道、ロップル以外の男はお断りよ!

・・それにしても、危なかったわ。『空飛ぶほうき』の反重力場が無かったらと思うと、ぞっとするわね」

 アルビオン竜騎士隊の会話が聞こえてきてぷりぷりと怒るエレオノールだったが、先程の九死に一生を得た状況を思い出し、体を震わせた。

 エレオノールは、咄嗟に”エア・ハンマー”を嵐に向かって放ち、熱風の渦の中心へと逃れたのだった。それも、『空飛ぶほうき』の反重力場のおかげで、熱風の渦に飲み込まれなかったお陰だ。

 エレオノールは、ギュッと『雪の花』のネックレスを握って、ひとり呟いた。

「ロップル、見てて。わたし、絶対に生きて帰ってみせるわ」

 エレオノールは、意を決して顔を上げると、呪文を唱え始めた。

「ラグーズ・アース・デル・ウィンデ・・。”デザート・ストーム”!」

 エレオノールが呪文を唱え終えると、突然、土砂の混ざった竜巻が、熱風の嵐の中に発生した。

 ”デザート・ストーム”。土と風の合成魔法である。風2つと土1つによる、土砂の混ざった竜巻を発生させるトライアングルスペルだ。

 強力な魔法ではあるが、アルビオン竜騎士隊が連携して作り出した熱風の嵐に比べると、遥かに小さい。

「ふん!この程度の風で我々を止められると思ったか!」

 アルビオン竜騎士隊はその小さな土砂の竜巻をいとも簡単に避けた。

 しかし・・。

「隊長!女がいません!」

 アルビオン竜騎士隊の一人が、熱風の嵐の中にエレオノールがいないことに気が付いた。

「なに!すると、あれは脱出するための目くらましか!おのれ、絶対に逃がさんぞ!

これよりあの土砂の竜巻の中に突入する。皆、わたしに続け!」

「しかし、隊長・・」

 アルビオン竜騎士隊の一人が不安そうな声を上げる。

「なに、心配するな。苦し紛れに小娘が作ったあの程度の竜巻の風など、我々の竜は意に介さないだろう・・。大丈夫だ。わたしが保証する。いいから、わたしに続け!」

「「「はっ!」」」

 こうして、アルビオン竜騎士隊は、隊長を先頭に、エレオノールが作り出した土砂の竜巻の中へと突入した。

 すると、アルビオンの竜は、確かにエレオノールの作り出した竜巻の風の中に突っ込んでもビクともしなかった。

 しかし・・。

 グェエエエ!

 ギャー!

 シャー!

 アルビオンの竜は、土砂の竜巻の風をものともせず踏ん張れたが、砂が目に入り、前が見えず混乱して暴れ出した。

「おい!落ち着け!くっ・・!目に砂が!・・むっ、見つけたぞ。撃て!」

 隊長は、竜の目の砂を払いながら竜をなだめ、エレオノールを見つけると自分の目に入ってくる砂に耐えながら、部下に指示を出した。

 部下たちも同様に、竜の目の砂を払いながら竜をなだめ、土砂の竜巻の上の方を飛ぶエレオノールをめがけて、魔法を放った。

 しかし、竜が暴れるので狙いが上手く定まらず、エレオノールにあっさりと避けられる。

 エレオノールは、竜騎士たちの魔法を回避しながら、真っ先に土砂の竜巻の外へと脱出すると、新たな呪文の詠唱を完成させた。

「ラグーズ・アース・イス・イーサ・デル・ウィンデ・・。”デザート・カッター”!」

 ”デザート・カッター”。風がぶつかる摩擦によって生じたわずかな静電気で土砂に含まれる砂鉄を振動させ、鋭い砂鉄の刃を作り出す、土2つと風1つによる、エレオノールのオリジナル魔法だ。

 すると、土砂の竜巻は急に大きくなり、風の勢いも激しくなった。

 エレオノールは、”デザート・ストーム”に、”デザート・カッター”でさらに風の力を上乗せし、それに砂鉄の刃を加わえることで、母の”カッター・トルネード”に勝るとも劣らない威力を発揮したのだった。

 ザッ!ザザザザ!! ザシュ!!ザシュ!!ザシュ!!ザシュ!!

 砂鉄の刃が、竜の翼と竜騎士隊を次々に切り裂いていく。

 火竜は翼をもぎ取られ、次々に落ちていった。

「うっ!痛え!痛えよぉおお!!」

「ひぃいいい!おい、しっかり飛べ!飛んでくれぇええ!!」

「ああっ!杖が折れた! 隊長ぉおおお!!」

 竜騎士隊の面々も、”レビテーション”を使う間もなく、次々に落下していった。

「くっ!アルビオンの竜騎士隊がこんな”土”魔法風情の小娘に、空中戦で後れを取るとは・・。無念!」

 そう、悔しそうにぼやいたアルビオン竜騎士隊隊長は、落下していく途中で、独り言のような声を確かに聞いた。

「わたしの得意分野は確かに”土”魔法だけど・・、仮にも『烈風』の娘であるわたしが、空中戦で負けるわけにはいかないわ」

 それを聞いた竜騎士隊隊長は、ふっと笑い、

「『烈風』の娘か・・。そりゃあ、我々、アルビオン竜騎士隊にすら、負けることは許されんのだろうな」

と、落下していく中で、竜騎士隊隊長は心の中でひとりごちた。

 やがて、荒れ狂う熱風の嵐と土砂の竜巻が収まった。空中に浮かぶアルビオンの竜騎士は誰も居なくなり、エレオノールだけが残った。

 

「全滅・・、だと? わずか十二分の戦闘で歩兵も竜騎兵も全滅だと?」

 艦砲射撃実施のため、タルブの草原の上空三千メイルに遊弋していた『レキシントン』号の後甲板で、トリステイン侵攻軍司令長官、サー・ジョンストンは伝令からの報告を聞いて顔色を変えた。

「敵は何騎なんだ? 百騎か? トリステインにはそんなに竜騎兵が残っていたのか?」

「サー。そ、それが・・、報告では空と地上、それぞれ一騎ずつ・・合わせて二騎であります」

「二騎だと・・? ふざけるな!二十騎もの竜騎兵と、数百に及ぶ歩兵が、それぞれたった一騎に全滅だと!?」

 伝令が、司令長官の剣幕に怯えてあとじさる。

「ほ、報告では、空の方は、”ほうき”で空を自在に飛び回るメイジが、烈風の如く激しい風魔法を放ち、我が方の竜騎士隊を一気に討ち取ったとか・・」

「れ、烈風だと・・。ま、まさか・・あの『烈風』か!?」

 ”烈風”という言葉を聞いたジョンストンの顔が一気に青ざめた。”ほうき”がどうのとか言っていたが、そんなことはどうでもいい。

 『烈風』といえば、すぐに思い当たるのは、トリステイン始まって以来の風の使い手、”烈風”カリンである。最近噂を聞かないので、とっくの昔に引退して隠居していると思っていたが・・、未だにその力が健在だとすれば、十分にあり得る話だ。あるいは、『烈風』の弟子か子供なのかもしれない。

「その可能性が高いかと・・。竜騎士隊隊長が、死に際に『烈風・・』と言っていたそうです」

「なんということだ・・。まさか、『烈風』とは・・。して、地上の方は?」

「はっ。そ、それが・・、地上の方は、小さくて巨大なネズミの韻獣が、疾風の如き速さで動き回り、剣一本で我が歩兵を全員打ち据え、武器を一瞬で全て奪い去ったとか・・」

「なに!韻獣!? 小さくて巨大だと!? 冗談も休み休み言えッ! せめて、大きいのか小さいのか正確に報告しないか!」

 ジョンストンは伝令に掴みかかろうとした。

「し、しかし・・、逃げてきた歩兵たちの証言がバラバラで、詳細は分かりかねます」

「歩兵たちの中にはメイジも多くいたというのに・・、ネズミごときに臆しおって!」

 すっと手を出して、ボーウッドが咎める。

「兵の前でそのように取り乱しては、士気にかかわりますぞ。司令長官殿」

 激昂したジョンストンは、矛先をボーウッドに変えた。

「何を申すか! 竜騎士隊と歩兵部隊が全滅したのは、艦長、貴様のせいだぞ! 貴様が事前によく調べなかったから、『烈風』だの『ネズミの韻獣』だのが湧いて出たのだ! このことはクロムウェル閣下に報告する! 報告するぞ!」

 ボーウッドは、喚きながら掴みかかってくるジョンストンの腹に当て身を食らわせた。白目をむいて、ジョンストンが倒れる。気絶したジョンストンを運ぶように、従兵に命じた。

 初めから眠ってもらえばよかったな、と思う。砲撃と爆発以外の雑音は、神経を逆なでする。一瞬の判断が明暗を分ける、戦闘行動中は特にそうだ。

 心配そうに自分を見つめる伝令に向かって、ボーウッドは落ち着き払った声で言った。

「竜騎士隊と歩兵部隊が全滅したとて、本艦『レキシントン』号を筆頭に、艦隊は未だ無傷だ。

それに、いかに『烈風』といえど、この巨大な艦を個の魔法のみで沈めるのは不可能だ。

『ネズミの韻獣』とて、地上から遠く離れたここまでは来れないだろう。

諸君らは安心して、勤務に励むがよい」

 一騎で二十騎を討ち果たしのけたか。ふむ、さすが『烈風』だな、とボーウッドは呟いた。

歩兵部隊を全滅させた『ネズミの韻獣』も気になるが・・、どちらも所詮は、”個人”に過ぎない。いかほどの力を持っていようと、個人には、変えられる流れと、変えられぬ流れがある。

 この艦は後者に当てはまる、とボーウッドは呟いた。

 

 一方、ルイズは、『始祖の祈祷書』に光の文字を見つけた。古代のルーン文字だが、座学は極めて優秀なルイズには、容易にその古代語を読むことが出来た。

 ルイズは光の中の文字を追った。すると、頭の中が、すぅっと冷静に、冷ややかに冷めていく。今眺めた呪文のルーンが、まるで何度も交わした挨拶のように、滑らかに口をついた。

 昔聞いた子守唄のように、その呪文の調べを、ルイズは妙に懐かしく感じた。

 思えば、自分が呪文を唱えると爆発する理由は、誰も言えなかった。ただ『失敗』と笑うだけだった。

 ルイズは『虚無』の担い手かも、というエレオノールの言葉が甦る。

 やってみよう。

 ルイズは腰を上げた。

 『始祖の祈祷書』に書かれたルーン文字を詠み始めた。神経は研ぎ澄まされ、辺りの雑音は一切耳に入らない。

「エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ・オス・スーヌ・ウリュ・ル・ラド・ベオーズス・ユル・スヴュエル・カノ・オシェラ・ジェラ・イサ・ウンジュー・ハガル・ベオークン・イル・・。”エクスプロージョン(爆発)”」

 長い詠唱の後、呪文が完成した。

 その瞬間、ルイズは己の呪文の威力を、理解した。

 巻き込む。全ての人を。

 自分の視界に映る、全ての人を、己の呪文は巻き込む。

 選択肢は二つ。殺すか。殺さぬか。

 破壊すべきは何か。

 上空に見えるのは、巨艦『レキシントン』号。

 ルイズは己の衝動に準じ、宙の一点目掛けて、杖を振り下ろした。

 

 アンリエッタは、信じられない光景を目の当たりにした。

 こちらに向かって進軍していたはずの数百ものアルビオンの歩兵部隊は、南の森の前で何かと小競り合いをしていたかと思ったら、次々に倒れていき、散り散りに逃げていった。

 天下無双と謳われたアルビオンの竜騎士隊は、一羽の鳥を追いかけ回していたかと思ったら、急に嵐が吹き荒れ、全滅した。

 終いには、空を遊弋する巨艦『レキシントン』号を有するアルビオン艦隊の上空に小型の太陽のような光の球が現れたかと思ったら、その球が膨れ上がり、全ての艦隊が地響きを立てて地面に滑り落ちたのだった。

 アンリエッタは、次から次に起こったあり得ない光景に、しばし呆然とした。

 辺りは、恐ろしいほどの静寂に包まれていた。誰も彼も、己の目にしたものが信じられなかったのだ。

 一番初めに我に返ったのは、枢機卿のマザリーニであった。彼は、戦艦や竜騎士隊が遊弋していた空に、一羽の鳥を見つけた。『空飛ぶほうき』に跨ったエレオノールであった。

 マザリーニは大声で叫んだ。

「諸君! 見よ! 敵の艦隊は滅んだ! 伝説のフェニックスによって!」

「フェニックス? 不死鳥だって?」

 動揺が走る。

「さよう! あの空飛ぶ鳥を見よ! あれはトリステインが危機に陥った時に現れるという、伝説の不死鳥、フェニックスですぞ! 各々方! 始祖の祝福、我らにあり!」

 すると、あちこちから歓声が沸き起こった。

「うおおおおおおぉーッ! トリステイン万歳! フェニックス万歳!」

 アンリエッタは、マザリーニにそっと尋ねた。

「枢機卿、フェニックスとは・・、真ですか? 伝説のフェニックスなど、わたくしは聞いたことがありませんが」

 マザリーニは、悪戯っぽく笑って言った。

「真っ赤な噓ですよ。しかし、今は誰もが判断力を失っておる。目の当たりにした光景が信じられんのです。この私とて同じです。しかし、現に敵艦隊は墜落し、敵歩兵部隊は逃げ、敵竜騎士隊は全滅・・。そして、あのように見慣れぬ鳥が舞っているではござらぬか。 ならば、それを利用せぬという手はない」

「はぁ・・」

「なあに、今は私の言葉が嘘か真かなど、誰も気にしませんわい。気にしておるのは、生きるか死ぬか、ですぞ。 つまり、勝ち負けですな」

 マザリーニは王女の目を覗き込んだ。

「使えるものは、なんでも使う。政治と戦の基本ですぞ。覚えておきなさい、殿下。今日からあなたはこのトリステインの王なのだから」

 アンリエッタは頷いた。枢機卿の言う通りだ。考えるのは・・、後でいい。

「敵は我々以上に動揺し、浮足立っておるに違いありません。なにせ、歩兵部隊や竜騎士隊だけでなく、頼みの艦隊まで消えてしまったのだから。今をおいて好機はありませぬ」

「はい」

「殿下。では、勝ちに行きますか」

 マザリーニが言った。アンリエッタは再び強く頷くと、水晶光る杖を掲げた。

「全軍突撃ッ! 王軍ッ! 我に続けッ!」

ワァアアアアアア!!

 

「ルイズ・・、ついに魔法を使えたのね・・。それも、大手柄よ!すごいわ・・」

 エレオノールは、ルイズがいるであろう東の森の方を目を細めて見ながら、感極まって涙を流した。

 突然アルビオン艦隊の上空に現れた光の球は、ルイズがやったのだろうと、エレオノールは直感したのだ。

 眼下では、タルブの草原から逃げようとするアルビオン軍に、トリステイン軍が突撃を敢行したところだった。トリステイン軍の勢いは、素人目にも明らかであった。

 武器を取り上げられた逃げ腰の歩兵部隊と、空から引きずり降ろされた水兵、そして強力な竜騎士隊の不在・・。未だに数で勝る敵軍だったが、敵軍にもはや勝ち目はなかった。

 

 夕方・・。

 シエスタたちは弟たちを連れて、森から出た。トリステイン軍が、敗走するアルビオン軍の兵たちをたくさん捉えたらしい。

 シエスタは、ようやく感謝の言葉を次々に述べる村人たちから解放されたチンプイのもとへと駆け寄った。

 シエスタは、自分の村を守ってくれたチンプイが愛しくて、チンプイの頭を抱きしめた。

 チンプイは、むぎゅ、と唸った。

「あっ!ごめんなさい。チンプイさん」

「ううん。大丈夫だよ。それより、シエスタちゃん。いっぱい動いたから、ぼく、お腹が空いたな」

「はい!じゃあ、腕によりをかけて、とびっきりの『ラーミエン』と『ヨシェナヴェ』を作るので、待っててくださいね」

 ルイズは、ずっこけた。というのも、『ラーミエン』は、チンプイがシエスタに付けた愛称だとばかり思ってたからだ。

 シエスタに後で話を聞いたところ、『ラーミエン』とは、マール星の『スパロニ』に似た食べ物で、チンプイの大好物らしい。

 やはり、チンプイはまだ子供だから、色気より食い気かと、ルイズが考えていると、『ラーミエン』に舌鼓を打っていたチンプイが言った。

「やっぱり、シエスタちゃんの作る『ラーミエン』は最高だね」

 チンプイのその言葉で、ルイズは思い直し、心の中でひとりごちる。

「いいえ、たかが食べ物で、命を懸けるわけがないわ・・。そうよ。『スパロニ』が食べたかったら、ワンダユウに持ってきてもらえばいいんだもの。本当は、シエスタのことが心配だったからなんじゃないかしら?

それにしても・・、もっとわたしを労ってくれてもいいんじゃない? ま、あの子が生きててよかったけど」

 そう考えていると、シエスタの母がおずおずと話しかけてきた。

「あの・・、ミス・ヴァリエール。わたしは、シエスタの母で、カルメルと申します。あの・・いきなりで申し訳ないのですが・・、チンプイ殿の嫁に、シエスタを貰っていただけないでしょうか?」

「ふぇっ!?」 

 遠慮がちに話しかけてきた割には、とんでもないことを言う平民だと思ったルイズは、驚いて思わず声を上げた。

が、貴族としてそれ相応の態度で接しなければと、ルイズは、気を取り直して尋ねた。

「んっ!ん!! ほんと、いきなりね。・・一応確認するわ。チンプイは人じゃないわよ?分かってる?」

「はい。百も承知です。家族や村の皆の中には反対する者もいるでしょうが・・、チンプイ殿を見るシエスタの目を見て気が付いたのです。ああ、この子は、チンプイ殿のことが異性として好きなんだなと・・。娘の恋を応援したいのです。・・それに、チンプイ殿もシエスタのことが心配で、助けに来てくれたようですし・・」

「そうね。でも、チンプイは、恋愛のことはよく分かってないと思うわよ?それに、他の家族や村の皆に認めてもらうのは難しいんじゃないかしら?」

 ルイズは、チンプイの”好き”は、まだ恋愛感情のそれではないと思った。そもそも、シエスタを助けに来たのは、『ラーミエン』のためなのだ。もちろん、シエスタのことも心配だっただろうが、恋愛感情には程遠いだろう。

おまけに、チンプイはヒト型宇宙人ではない。反対する者も多いはずだ。

「はい。そこは、シエスタにチンプイ殿を振り向かせるよう頑張ってもらおうと思います。それと・・、家族や村の皆に認めてもらうのは、そう難しくないと思っております」

「どうして?」

「はい。わたしの祖父の故郷の昔話に『赤鬼の嫁取り』というお話があるんですけど・・、今のチンプイ殿とシエスタの状況に似ているんです」

「へぇ・・。聞いたことないタイトルね。どんな話なの?」

「はい。僭越ながら、語りをさせて頂きます」

「うん。お願いね」

「では・・。

昔むかし、山奥に心の優しい赤鬼がおって、村の娘、おゆきに恋していたそうじゃ。けれど、赤鬼は恐ろしい顔のため村人に嫌われておった・・。話を聞いた、友達の、角の生えた鬼は、村で暴れ出したそうじゃ。その鬼がおゆきに剣で切りかかろうとしたんで、赤鬼は木の棒で応戦しておゆきを助けたそうな。村人に応援されて、角の生えた鬼を赤鬼が殴りつけていると、角の生えた鬼がこそっと言ったそうじゃ。『へっ・・、弱虫もやればできるじゃねえか。おゆきと幸せに暮らせよ』こうして、角の生えた鬼は逃げ、村人に感謝された赤鬼は、おゆきを嫁にもらい、いつまでも幸せに暮らしましたとさ・・。

おしまいです」

「・・ずいぶん、独特な語りね・・。それで、その昔話がチンプイやシエスタとどう関係があるのよ?」

「はい。チンプイ殿は、今回、村を救って下さった英雄さまです。おゆきがシエスタだとすると、赤鬼がチンプイ殿で、アルビオン軍が角の生えた鬼で・・」

「なるほどね。でも、昔話のように上手くいくかしら?チンプイに恋愛感情があるか怪しいし・・。二人をくっつける作戦とかあるの?カルメル」

「はい。………………、というのはいかがでしょう?」

 シエスタの母の提案に、ルイズは顔をほころばせながら言った。

「それは、いい考えね。わたしも付いて行くわ」

「でも、貴族の方が行くような場所では・・」

 困惑してシエスタの母が言うと、ルイズは笑って答えた。

「大丈夫よ。そんなに気になるなら、わたしが貴族ってことは伏せるから安心しなさい」

「分かりました。では、娘を・・シエスタを、これからもよろしくお願いします。ミス・ヴァリエール」

「ええ、分かったわ。こちらこそ、よろしくね。カルメル」

 こうして、シエスタとチンプイの知らない所で、ある計画が進められていたのだが、それはもう少し先の話である。

 ちなみにタルブの村の村人たちは、アンリエッタの計らいでタルブの村の復旧を支援してもらえることになり、復旧するまでは当面焼けずに残った、この戦いで戦死したタルブの村の領主、アストン伯爵の屋敷を解放し、屋敷に入りきらなかった村人たちは、屋敷の周辺に仮設住宅としてテントを設置することになった。

 

 その日の夜、ルイズたちは、エレオノールの『空飛ぶほうき』で魔法学院に戻っていた。

 ルイズは、寝息を立てて眠るチンプイの頭を撫でながら、考え事をしていた。

 あの時の呪文・・、虚無の系統、『エクスプロージョン』。実感はない。ゼロ(虚無)だけに、唱えた実感がないのかもしれない。自分は本当に『虚無の使い手』なのだろうか?何かの間違いではないか?

 でも、チンプイが伝説の使い魔『ガンダールヴ』の力を与えられたということも、これで頷ける。伝説がたくさんね、とルイズは呟いた。

 思えば、チンプイとワンダユウがやって来てから、驚きの連続だった。王室典範で婚約前に顔を見せられないという宇宙人の王子さま、ルルロフからの突然のプロポーズ。王国始まって以来の風の使い手である母、”烈風”カリンを、あっさりと負かしてしまったワンダユウ。チンプイとギーシュの決闘・・。

 色々あり過ぎね、とルイズは笑った。おまけに、あんなに拒んでいたルルロフのことが、今では大好きなのだ。

 とにかくこれから忙しくなるだろう。いずれはマール星の王妃になることがあまりにも実感がなくって・・、自分が伝説の担い手だということが信じられなくって・・、ルイズはぼんやりと考えてため息をついた。これが夢だったら、どれだけ楽か分からない。いや、ルルロフやチンプイが幻であっては困る。

 その辺は、あの能天気な使い魔を見習おう。チンプイは、伝説の使い魔でマール星の大使のくせに、まったく気負ったところがない。そのぐらいでいいのかもしれない。とにかく自分には荷が重すぎるのだ『伝説』なんてものは。

 そういえば、ルルロフと科法『遠隔通信』で話をしたのは、昨日のことだったが・・、もうずいぶん前のことのような気がする。早くルルロフに会いたい、とルイズは思った。

 しかし、横ではチンプイが幸せそうな顔で寝ている。とても連絡を頼めそうもない。

 なによ、バカ。勝手なことばかりして。わたしに心配かけて。そんなにあの子がいいわけ?、とルイズは心の中でひとり呟きながらも、チンプイとシエスタの恋が上手くいって欲しいと思っていた。

 早くルルロフの顔が見たい・・が、今日の所は我慢しよう。

 そもそも、チンプイがいたら、チンプイとシエスタの恋の相談なんてできない。

 そのうち、紙ふぶきと紙テープで祝いにワンダユウもやってくるだろう。困ったら、ルルロフとワンダユウに相談してみよう。

 ルルロフに甘えるのは・・、しょうがないから明日にしよう。その代わり、近いうちに直接会っていっぱい甘えてやるんだから、とルイズは心に決めて、眠りについた。

 




原作3巻分終わりました。少し長くなってしまいました。すいません。

ゼロの使い魔は魔法ファンタジーものなのに、『空飛ぶほうき』が出てこなかったので、原作の『竜の羽衣』の代用品として書かせて頂きました。(※『空飛ぶほうき』を手に入れた経緯の詳細は、『外伝 魔女っ子エリちゃん』参照))

※シエスタの妹と弟は、原作で名前がなかったので、『ザ・ドラえもんズ』に登場する”シエスタ(お昼寝)”をすることが大好きなスペインのドラ、『エル・マタドーラ』が働いている肉料理店”カルミン”の店長の息子と娘の名前をお借りしました。


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妃殿下のマフラーは誰のもの?(前編)

遥か宇宙、マール星レピトルボルグ王家は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールをお妃に迎えるための使者をハルケギニアに送った。
ワンダユウは、大使としてトリステインとマール星を行き来し、
チンプイは、ルイズの使い魔兼お世話役として、トリステインに残った。
ワンダユウ「チンプ~イ!頼んだぞ~!」

お待たせ致しました。
多忙のため、更新がかなり遅くなってしまいました。すいません。
今後も更新が早くなったり、遅くなったりすると思いますが、ご了承下さい。

※『エリ』は、エレオノールの婚約者・ロップルが、エレオノールに付けた愛称です。(詳細は、『外伝 コーヤのエリおばさま』参照)


 ある日の昼下がり、ルイズはチンプイに頼んで、科法『遠隔通信』でルルロフと話をしていた。

「へえ~、こっちは初夏だけど、マール星は今冬なのね」

「うん、寒い日が続いてるね」

「ルルロフは、冬でも夕方、王宮のバルコニーに立ってるの?」

「うん、そうだよ」

「寒くないの?ルルロフ」

「寒いけど、そこから見える夕日が好きだからついつい見ちゃうんだよね。でも・・」

「でも?」

「ルイズと一緒に眺めたら、肌を指す寒風も暖かい南風に変わるんじゃないかな?」

「まあ・・//ルルロフったら// そうね。いつかわたしもルルロフと王宮のバルコニーから夕日を見てみたいわ。でも、夜風に当たり過ぎて風邪をひかないでね?ルルロフ」

「うん、気を付けるよ。ありがとう//ルイズ。・・っと、そろそろ公務の時間だ。じゃあ、またね!ルイズ」

「ええ、またね!ルルロフ。公務、頑張ってね」

「ありがとう、ルイズ。頑張るよ」

 そこで、通信が切れた。

「ふぅ・・。なんだか、久しぶりにルルロフと話したわ」

「久しぶりって・・。昨日、話したじゃない」

「そうなんだけど。この前、色々なことがあったからか、一日が過ぎるのが長い気がして・・、なんとなくそんな気分なの」

「ゴメンね。ルイズちゃん」

「ううん、いいの。悪いのは、『レコン・キスタ』だもの。チンプイが謝ることないわ。

チンプイのお陰でタルブの村も無事だったんだし、むしろ感謝しているくらいよ。ありがとう、チンプイ」

「そうかな?えへへっ// どういたしまして。ルイズちゃん」

「んっ~~!さてと! わたし、ちょっと散歩してくるわ。チンプイも好きにしてていいわよ」

「分かった。いってらっしゃい、ルイズちゃん」

 こうしてルルロフと話が出来たルイズは、上機嫌で学院内の散歩へと出かけた。

 

一方、アンリエッタは自分のベッドの上で、夢を見ていた。アンリエッタとウェールズが初めて出会った、ラグドリアンの湖畔が舞台だった。

 夢の中のアンリエッタは、ウェールズと手を握り合って湖畔を歩いていた。

「遅かったね、アンリエッタ。待ちくたびれたよ」

「ごめんなさい。晩餐会が長引いたの。もう、酔っ払いの長話にはうんざり」

「でも・・、こんな風に毎夜抜け出して大丈夫なのかい?」

 ウェールズが心配そうに尋ねた。というのも、二人とも、好きな相手と結ばれることが赦される身分ではないからだ。二人のことを誰かが知ったら・・、二人は公式の場でも顔を合わすことは不可能になるだろう。そんなウェールズの心配をよそに、アンリエッタはいたずらっぽく笑って言った。

「平気です。ウェールズさまも、先日の昼食会のおり、ご覧になった、わたくしのお友達・・。彼女にわたくしのベッドで、わたくしの影武者になってくれてますの」

「あの、桃色がかったブロンドの長い髪の、スマートな女の子かい?彼女と君は全然似てないじゃないか!」

「大丈夫ですわ。布団をすっぽりかぶっておりますので、誰かがベッドのそばに立っても、顔は見えませんわ」

「ずいぶんと悪知恵が働くじゃないか!」

 ウェールズは大声で笑った。

「しっ! そのような大声で笑ってはいけません。どこに耳があるか分かりませんわ」

「なあに、こんな夜更けに水辺で聞き耳を立てているのは、水の精霊ぐらいなものだよ。ああ、一度でいいから見てみたいものだね。月が嫉妬する美しさというのは、どのようなものなんだろう」

 アンリエッタは唇を尖らせて、恋人を困らせるような口調で言った。

「なぁんだ。そうでしたのね。わたくしに会いたいわけじゃありませんのね。水の精霊が見たくって、わたくしを付き合わせているだけですのね」

「そんなことはないよ。機嫌を直してくれよ、アンリエッタ」

 ウェールズは悲しそうな声で呟いた。

「ならば、誓って下さいまし」

「誓い?」

「そうですわ。このラグドリアン湖に住む水の精霊のまたの名は『誓約の精霊』。その姿の前でなされた誓約は、たがえられることはないとか」

「迷信だよ。ただの言い伝えさ」

「迷信でも、信じて、それが叶うのなら、わたくしは信じます。そう、いつまでも・・」

 アンリエッタはドレスの裾をつまむと、じゃぶじゃぶと水の中に入った。

「トリステイン王国王女アンリエッタは水の精霊の御許で誓約いたします。ウェールズさまを、永久に愛することを」

 それからアンリエッタはウェールズを呼んだ。

「次はウェールズさまの番ですわ。さあ、わたくしと同じように誓って下さいまし」

 ウェールズは水の中へと入っていった。そして、アンリエッタを抱きかかえる。アンリエッタはウェールズの肩にしがみついた。

「ウェールズさま?」

「すまない、アンリエッタ。それはできない」

「どうして? そんな意地悪なことを言わずに、誓って下さいまし」

「実は、近々婚約することになってるんだ」

 そのとき、強い風が吹いてアンリエッタは思わず目をつむった。

 すると、アンリエッタは、いつの間にか湖畔に立っていた。そして、ウェールズの腕の中には、いつの間にか別の女の子がいた。アンリエッタは、その女の子の顔を見て、当惑の声をあげた。

「ルイズ!? あなた、わたくしのベッドにいるはずじゃ・・。それよりも!ウェールズさまから離れなさい!」

「それはできませんわ、姫さま。 だって、ウェールズさまが、わたしをお選びになったのですから」

 ルイズは、勝ち誇ったような調子で言った。

「そういうことなんだ。すまない、アンリエッタ」

「ちょっと!ウェールズさま!? どうして!!」

 

 そう叫んだところで、アンリエッタは、自分のベッドでぱちりと目を開いた。

「嫌な夢を見てしまいましたわ。まったくもう・・。ルイズが婚約するのはルルロフ殿下ですのに・・。もう!それもこれもウェールズさまがどこに行かれるおつもりか、ルイズに伝えておかないのが悪いんですわ!」

 アンリエッタは、ぶつくさと文句を言った。どこに耳があるか分からないので、ウェールズが亡命先を言えなかったのは無理もないことであり、本来ならば命を落としていたはずの最愛の人が生きていただけでも喜ぶべなのだが・・。生きていると分かった日から、ウェールズに会いたいという気持ちが日に日に強くなっているのを、アンリエッタは感じていた。

「わたくし、なんて夢を・・」

 アンリエッタは、自分が見た夢に自己嫌悪して、そうぼやいた。

 アンリエッタは、ゲルマニア皇帝との婚約を解消した。隣国のゲルマニアは渋い顔をしたが、一国にてアルビオンの侵攻軍を打ち破ったトリステインに、強硬な態度が示せるはずもない。

 ましてや同盟の解消など論外である。アルビオンの脅威に怯えるゲルマニアにとって、トリステインはいまやなくてはならぬ強国である。

 つまり、アンリエッタは、己の手で自由をつかんだのだった。

 自由を手に入れ、恋人も生きているとなれば、会いたいと思ってしまうのは、無理もない話だ。

 しかし、アンリエッタは、一番のお友達であるはずのルイズのことを夢の中とはいえ、疑ってしまったことにショックを受けていたのだった。

「そういえば・・、ルルロフ殿下って、どんなお方なのかしら・・」

 ふと、アンリエッタはそうひとりごちた。

 

 トリステインの城下町、ブルドンネ街では派手に戦勝記念のパレードが行われていた。

 聖獣ユニコーンにひかれた王女アンリエッタの馬車を先頭に、高名な貴族たちの馬車が後に続く。その周りを魔法衛士隊が警護を務めている。

 狭い路地にはいっぱいの観衆が詰めかけている。通り沿いの建物の窓や、屋上や、屋根から人々はパレードを見つめ、口々に歓声を投げかけた。

「アンリエッタ王女万歳!」

「トリステイン万歳!」

 観衆たちの熱狂も、もっともである。なにせ、王女アンリエッタが率いたトリステイン軍は、先日、不可侵条約を無視して侵攻してきたアルビオン軍をタルブの草原で打ち破ったばかり。数で勝る敵軍を破った王女アンリエッタは、『聖女』と崇められ、今やその人気は絶頂であった。

 この戦勝記念のパレードが終わり次第、アンリエッタには戴冠式が待っている。母である太后マリアンヌから、王冠を受け渡される運びであった。これには、枢機卿マザリーニを筆頭に、ほとんどの宮廷貴族や大臣たちが賛同していた。というのも、先の戦いで、戦いに赴くことに二の足を踏むマザリーニたちを一喝して、真っ先にタルブの村へと飛び出し、強いリーダーシップを発揮したからだ。

 

 賑々しい凱旋の一行を、中央広場の片隅でぼんやりと見つめる敗軍の一団がいた。

 捕虜となったアルビオン軍の貴族たちであった。捕虜といえど、貴族にはそれなりの待遇が与えられる。杖こそ取り上げられるが、見張りの兵が置かれるだけで、縛られることもないのだ。その気になれば逃げ出せるのかもしれないが、逃げ出そうと考える者はいなかった。というのも、貴族は捕虜となる際に行う捕虜宣誓を破って逃げ出すことは、名誉と家名が地に落ちるからだ。何よりも名誉を重んずる貴族たちにとって、それは死に等しい行為なのであった。

 その一団の中、日焼けした浅黒い肌が目立つ精悍な顔立ちの男の姿があった。

 ルイズの『虚無』で炎上沈没した巨艦レキシントン号の艦長、サー・ヘンリ・ボーウッドである。彼はひとり、先の戦いに思いを巡らせていた。

 竜騎士隊と歩兵部隊を全滅させたのは、『烈風』と『ネズミの韻獣』だ。

 『聖女』アンリエッタは、逃げ腰の歩兵部隊と、レキシントン号の上空に輝いた”光の玉”により空から引きずり降ろされた水兵などの残党狩りを行ったに過ぎない。それでも、戦場に赴くことすら躊躇っていた貴族たちを一喝し、真っ先に飛び出しただけでも立派なことだとは思う。彼女は、軍人ではなく王族だ。であれば、先の戦いに大きく貢献したか否かではなく、トリステインの民たちに強いリーダーシップを示すことが出来たという紛れもない事実が、彼女が大きく評価されるに至った原因に違いない。これにより、年若くして女王に即位しても、問題ないということなのだろう。

 気になるのは、あの”光の玉”だ。突然現れ、見る間に巨大に膨れ上がり・・、艦隊を炎上させたのみならず、積んでいた『風石』を消滅させ、進路を地面へと向けさせた・・。そして何より驚くべきことは・・。その光は誰一人として殺さなかったことである。光は艦を破壊したものの、人体には何の影響も与えなかったのだ。そのお陰で、火災での怪我人が出ただけで済んだのだった。あんな魔法は見たことも聞いたこともない。『烈風』といい、『ネズミの韻獣』といい、未知の魔法”光の玉”といい、個人の力でここまで戦況を変えようとは・・。

「いやはや、我が『祖国』は恐ろしい敵を相手にしたものだ」

 ボーウッドはひとり呟いた。その後、近くに控えた、大きな斧槍を掲げたトリステインの兵士に声をかけた。

「きみ。そうだ、きみ」

 兵士は怪訝な顔をしたが、すぐにボーウッドに近寄る。

「お呼びでしょうか? 閣下」

 敵味方を問わず、貴族には礼がつくされる。しごく丁寧な物腰で兵士はボーウッドの言葉を待った。

「ぼくの部下たちは不自由してないかね。食わせるものは食わせてくれているかね?」

「ご心配なさらなくても大丈夫です。捕虜に食わせるものに困るほど、トリステインは貧乏ではありませぬ」

 胸を張って兵士は答えた。ボーウッドは苦笑を浮かべるとポケットから金貨を取り出して兵士に握らせた。

「これで『聖女』の勝利を祝して、一杯やりたまえ」

 兵士は直立すると、にやっと笑った。

「おそれながら閣下のご健康のために、一杯頂くことに致しましょう」

 立ち去ってゆく兵士を見つめながら、ボーウッドはどこか晴れ晴れとした気持ちでひとり呟いた。

「もう軍人は廃業してもいいかもしれないな。あんな光を見てしまったあとではね」

 

 パレードを横目にアンリエッタは、ぼんやりと手元の羊皮紙を見つめた。

 先日、アンリエッタの元に届いた報告書である。それを記したのは、捕虜たちの尋問にあたった一衛士である。そこには、エレオノールに撃墜されたアルビオンの竜騎士隊の話や、チンプイが退けた数百に及ぶアルビオンの歩兵部隊の話が書いてあった。

 空の方は、”ほうき”で空を敏捷に飛び回り、烈風の如く激しい風魔法を用いて、そのメイジは味方の竜騎士隊を一気に撃墜したと、捕虜となったアルビオンの伝令役の水兵は語ったらしい。アンリエッタは、”烈風”という単語を聞いて、”烈風”カリンを真っ先に想像した。が、違うと思い直した。最近カリンが熱心に指導しているマンティコア隊から、そのような報告は受けていない。そもそも、カリンの武勇伝も含めてトリステインの長い歴史の中で、”ほうき”で空を飛ぶ魔法などという奇想天外な魔法は聞いたことがない・・。ということは、未知の技術で空を飛んだのでは?という仮説が、アンリエッタの中で生まれた。

 その仮説を裏付けたのが、地上の戦闘に関する報告である。小さいはずなのに凄まじい力を秘めた『ネズミの韻獣』が、疾風の如き速さで動き回り、剣一本でアルビオンの歩兵部隊を全員打ち据えて、武器を一瞬で全て奪い去ったと、逃走中に捕らえられたアルビオンの歩兵は語ったらしい。『ネズミの韻獣』とは、十中八九、マール星の大使にしてルイズの使い魔であるチンプイのことだろう。しかし、『マール星』は、”ハルケギニアの国同士の厄介事には一切干渉しない”方針のはずだ・・。

 アンリエッタと同様に疑問に思った衛士は調査を続けたらしい。その後に、タルブの村での報告が書かれてあった。

 まず、”ほうき”で空を飛んでいたのは、ラ・ヴァリエール公爵夫人(長女)だったということが分かった、と書いてあった。

 アンリエッタは、エレオノールがワンダユウと仲が良さそうだったことを思い出した。アカデミーの優秀な研究員である彼女ならば、マール星の技術を取り入れてほうきで空を飛ぶくらい造作もないのかもしれない。また、彼女は『烈風』の娘でもあるのだ。”烈風”カリンに匹敵するほど魔法が強力であってもおかしくない。

 しかし、衛士の報告によれば、ラ・ヴァリエール公爵夫人(長女)は、アルビオンの竜騎士隊を撃退した後、何かをするそぶりはなかったと、たまたま空を見上げていたアルビオンの歩兵が証言していたらしい。視力には自信があるというその歩兵は、”ほうき”で空を飛ぶ彼女のスカートの中が見えそうだったので、スカートの中を見たくて熱心に彼女を見ていたので間違いないそうだ。ちなみに、その後、わいせつ未遂罪でそのアルビオンの歩兵が逮捕されたのは、余談である。

 次に書いてあったのは、『ネズミの韻獣』に関する報告だった。彼は、『マール星』の大使であり、トリステイン魔法学院で働くタルブの村娘と仲が良かったそうだ。彼は、たまたま帰省していたその娘の身を案じて、独断で、ラ・ヴァリエール公爵夫人(三女)を引っ張って助太刀に来たらしい。

 しかし・・、あの敵艦隊を吹き飛ばした光との関連を衛士は見つけられなかったようだ。

 エルフすら意に介さないと噂されるほどの武力を持った『マール星』の大使が、何かしたのでは?と、衛士は疑ったが、村人によるとそのようなそぶりはなかったらしい。

 それに加えて、先方は余計な詮索をされることを嫌っていると衛士は聞いていたので、事が事だけに、衛士は直接の接触をその三人にしてよいものかどうか迷ったらしい。報告書はアンリエッタの裁可を待つ形で締められていた。

 自分に勝利をもたらした、太陽のような眩い光。

 なるほど。『マール星』の『科法』ならば十分にあり得る話なのかもしれない。

 しかし、アンリエッタは、チンプイがやったのだとはどうしても思えなかった。というのも、歩兵部隊を追い払ったことは、仲の良いその村娘を助けるついでだったと弁解できるが・・、敵国の戦艦を撃ち落とすことは、マール星の方針に明らかに触れることになり、弁解の余地はない。チンプイは、マール星の大使として、ハルケギニアの戦争にそこまで干渉するわけにはいかなかったはずなのだ。

 しかし、あの場にチンプイとエレオノールの他にいたのは・・。

「あなたなの? ルイズ」

 もう一人の『烈風』の娘にして、アンリエッタの友人でもある、桃色がかったブロンドの少女が、あの光を発生させたのでは? という考えにアンリエッタは至った。

 そう思ってあの光を思い出すと、アンリエッタの胸は熱くなった。

 

 さて一方、こちらは魔法学院。戦勝で沸く城下町とは別に、いつもと変わらぬ雰囲気の日常が続いていた。やはり学び舎であるからして、一応政治とは無縁なのであった。

 そんな中、あまり人が来ないヴェストリの広場には、チンプイとシエスタがベンチに一緒に腰かけていた。

 

 陽光香るベンチに腰かけたチンプイは手に持った包みを開いた。ぱあっと顔が輝く。

「すごい! マフラーだ!」

 隣に座ったシエスタが、ぽっと頬を染めた。

「あのね? ほら、あの『空飛ぶほうき』でしたっけ? ミス・ヴァリエールの後ろに乗って空高く飛ぶとき、寒そうでしょ?」

 時間は午後三時過ぎ。シエスタは渡したいものがあるからと、このヴェストリの広場までチンプイを呼び出したのである。

 そのプレゼントはマフラーであった。真っ白なマフラー。シエスタのやんわりした肌のような、暖かそうなマフラーである。

「エリちゃんのほうきには反重力場が働いているから寒くはないんだけど・・、マール星は今冬だから寒いんだよね。だから、助かるよ。この前、ちょっと里帰りした時も寒かったし・・」

「えっ!? チンプイさん、いつ里帰りなさったんですか?」

「三日前だよ。ワンダユウじいさんに口止めされてるから、ルイズちゃんには内緒なんだけど・・」

 ガサッ!

 何やら草むらから物音がしたので、二人は一瞬目を向けたが、その後物音がしないので、気のせいだろうと思いチンプイは話を続けた。

「内緒なんだけどね。一瞬でマール星に行くことができる『五次元トンネル』を作ってあるから、そこからマール星に戻って、直接ルルロフ殿下にこの前のタルブの村であった戦いのことを報告してたの」

 ガサガサッ!

 また物音がしたので二人は視線を向けたが、何かが出てくる様子はないので、すぐに視線を外した。

「そうだったんですか。いいな~、チンプイさん。すぐに里帰りできて」

「シエスタちゃんも帰りたいの?」

「ううん、いいの。そんなに頻繁に帰ってたら、チンプイさんに会えなくなっちゃうし・・」

「そう・・。でも、いいの?ほんとに貰っちゃって・・。大変だったんじゃない? これ編むの」

 チンプイがそう言うと、シエスタは頬を染めた。

「いいの。あのね? 私、アルビオン軍の兵に切り殺されそうになったとき、すっごく怖かったの。でもね、あの時、チンプイさんが助けに来てくれたでしょう?」

 チンプイは頷いた。

「あのとき、すっごく、すっごく嬉しかったの。ほんとよ! だから私・・、戦いが終わって森から出てきたとき、いきなりあんなこと・・」

 チンプイも少し頬を染めた。シエスタは、チンプイの頭を抱きしめた際に、なんと頬にキスをしていたのであった。

 チンプイは照れているのを誤魔化すように、マフラーを首に巻いてみた。あれ? と気づく。

「シエスタちゃん、このマフラーずいぶんと長いんだけど・・」

「えへへ。それはね、こうするの」

 シエスタはマフラーの端を取ると、なんと自分の首に巻いた。なるほどそうすると、マフラーはちょうどよい長さになるのであった。

「えっ、二人用?」

「そうよ。いや?」

 そういってぐっとチンプイの目を覗き込んでくるシエスタは、なんとも素朴な魅力を放っている。まるで無邪気に懐いてくる子犬のような目だ。しかし、チンプイはシエスタの意図をいまいち理解できず、首を傾げて言った。

「ぼくには、ちんぷいかんぷいだよ」

 ガサガサッ!ザッ!!

「なんで分からないのよ!チンプイ!」

 ルイズが草むらから現れた。

「わっ!ミス・ヴァリエール! これは、その・・。五次元の話なんて、私たち全然してませんから!」

 突然のルイズの登場に驚いたシエスタは、動揺して今言わなくてもいいことを口走ってしまった。

「シエスタちゃん!」

 ”五次元”というシエスタの言葉にピクっと反応したルイズは、今言おうとした言葉が全部頭の中から吹っ飛んだ。具体的には、シエスタの好き好きアピールに気付かないチンプイを窘めようと思っていたのだが、そんなことはどうでもよくなってしまった。ルイズが今言いたいのは・・。

「チンプイ!『五次元トンネル』って何よ!自分だけルルロフに会うなんてズルいわ!!早くわたしにも使わせなさいよ!そのトンネル!」

「ま、まだ、ダメなんだよ。ルイズちゃん」

 ルイズの剣幕にうろたえながら、チンプイは答えた。

「なんでよ!わたしは、ルルロフの恋人なの!彼女なの!! ルルロフも、マール星に来ていいよって言ってたじゃない!」

「そ、そうなんだけど・・。ワンダユウじいさんが、ルイズちゃんが初めてマール星に来ることになったら、一大イベントだから、国を挙げて大歓迎したいって・・。だ、だから、ルイズちゃんにマール星に最初に来てもらう時は、是非王室御用達の宇宙船で来て欲しいから、『五次元トンネル』のことは内緒にな、って言われたんだよう」

 チンプイは少し涙目になりながら、慌てて説明した。

「そう・・。そうなら、そうと早く言いなさいよ」

「あれ?怒らないの?」

 チンプイは、急に大人しくなったルイズを見て、キョトンとした顔で尋ねた。

 ルイズはこほんと可愛らしく咳をすると、少し落ち着いた声で言った。

「そ、そういう事情があるのなら仕方がないわ。ワンダユウもチンプイも悪気があったわけじゃないって分かったから、もういいわ。・・でも、それならそうと早く言ってくれればいいのに」

 ルイズは唇を尖らせて、不満を口にした。

「だって、宇宙船より早く行ける方法があるなら、早くそっちを使わせろって、ルイズちゃん言うでしょ?」

「うっ・・。か、歓迎の準備とかあるなら、そ、そんなわがまま言わないわよ!・・多分」

「ほんとに?」

「ほんとよ! そ、それより、シエスタ!」

 ルイズは誤魔化すようにして、シエスタに声を掛けた。

「ひゃっ、ひゃい! な、な、何でしょうか? ミス・ヴァリエール」

 突然、貴族、それも公爵に声を掛けられたので、シエスタは緊張のあまり声が裏返てしまった。

「そんなに畏まらなくていいわよ。今後、長~い付き合いになりそうだし? ねっ?シエスタ」

 チンプイの方をチラッと見ながらルイズがイタズラっぽく言った。すると、シエスタは、顔を真っ赤にさせて恥ずかしそうに俯きながら、小さくコクコクと頷いた。

 チンプイは、意味ありげな二人の会話の意味が分からず・・。

「ちんぷいかんぷい」

 と言って、お手上げのポーズをした。

 

「それでね、シエスタ。わたしも、一応母さまに編み物を仕込まれたんだけど・・。イマイチ上手くいかないのよ。わたしに編み物を教えて頂戴」

「そ、そんな! 貴族の・・それも、こ、ここ公爵様に教えるだなんて、恐れ多過ぎます」

「だからそんなに畏まらないでよ。お願い!マール星に行く前に、どうしてもマフラーを自分で編みたいの!」

「えっー!?ルイズちゃん、マール星に行くの!?」

 チンプイは、目を丸くして口を挟んだ。

「そうよ」

 ルイズは、何でもないことのように答える。

「聞いてないよ」

「当たり前よ。今決めたんだもん。早くワンダユウに伝えてきて、チンプイ。どうせ、わたしがマール星に行けるのは何日か後でしょう? だから、早く!」

「そ、そそうだね。わ、分かった! 今すぐ、ワンダユウじいさんに伝えてくる!」

 チンプイは、慌ててワンダユウのもとへと急いだ。

 ルイズはチンプイがいなくなったのを確認すると、こそっとシエスタに小さな声で言った。

「あの二人用マフラーをどうしてもマール星に行く前に自分の手で編みたいのよ。あれは、ズルいわ。わたしも、二人用マフラーを編んで、ルルロフをメロメロにしたいのよ」

 キョトンとしていたシエスタだったが、ニコッと笑って言った。

「そういうことでしたら、お任せください。大丈夫、ミス・ヴァリエールなら、すぐ編めるようになりますわ。その代わりと言ってはなんですが・・」

 シエスタはそこで言葉を切ると、真剣な顔つきになって、ルイズの方に向き直った。

「なによ?改まって。 お礼なら、ちゃんとするから安心しなさい」

「ありがとうございます。あの・・、そうではなくて・・、その・・チ、チンプイさんとの交際を認めて下さい!」

「いいわよ」

「へっ? 今、なんて・・?」

 ルイズのあっさりとした返事に、シエスタは思わず聞き返してしまった。

「だから、いいわよ。言ってなかったけど・・、少なくともわたしとカルメルは、あなたとチンプイの恋を応援するつもりだから」

「え、えーーーっ!?」

「この前、あなたの母親と話してそう決めたのよ。でも、チンプイの心を射止められるかは、あなた次第だからね。チンプイは、恋愛のことは全然分かってないみたいだから、かなり大変だろうけど・・親族とか外野は、わたしとカルメルで押さえてあげるから、頑張りなさい」

「あ、ありがとうございます!お母さんとミス・ヴァリエールが味方なら百人力です!私、チンプイさんに振り向いてもらえるよう、頑張ります!」

「ええ、頑張ってね。・・っと!それより、時間がないわ。二人用マフラーの編み方、早く教えてくれない?」

「は、はい!分かりました!僭越ながらお教えさせて頂きます」

 その後、二人はルイズの部屋に移動して、ルイズはシエスタの指導の下、二人用マフラーの製作に取り掛かった。

 

 チンプイはワンダユウに、シエスタと話したことと、ルイズがマール星に行きたいから準備して欲しいと言っていることを伝えた。

「おおっ!!ついに・・ついに!ルイズさまが、マール星に来て下さるのか! このワンダユウ、こんなに嬉しいのは、初めてだ!ワォ~~ォ~~」

 ワンダユウは、感極まって、泣いて喜んだ。

「うん、ぼくも嬉しいよ。それでね。マール星に行くまでにマフラーを完成させたいんだって。だから、あんまり早く準備が出来てもダメみたいだよ?」

「なんと!!ルイズさまが、マフラーを!? 殿下へのプレゼントに違いない!」

「そうかなあ」

「そうに決まっている!おまえとシエスタ殿の二人用マフラーを見て羨ましくお思いになったのだ」

「どうして? ぼくとシエスタちゃんは恋人同士じゃないよ?」

 チンプイは、キョトンとして尋ねた。

「どうしてって・・、そりゃ、おまえ・・。 ああっ、もう! とにかく!吹きさらしのバルコニーに立たれる殿下が風邪など召されぬようにという、ルイズさまのお心遣いだ!」

 シエスタの気持ちに全く気付いていないチンプイに、ワンダユウは飽きれながら説明した。

「うん、それはそうかも。ルイズちゃん、そういう心配してたし」

「やはり! ついに、殿下の愛がルイズさまの心を動かしたのだ!! こうしちゃおれん! チンプイ!わしは殿下への報告とルイズさま歓迎の準備のために帰る!おまえは、一日も早くマフラーが完成するようお手伝いせよ!」

 ワンダユウはそう言うと、大急ぎでマール星へと帰って行った。

「なんだゆう! まったく、じいさんはいつも一方的なんだから!」

 そう文句を言いながらも、チンプイの口元は笑っていた。

 

 同じ頃。

エレオノールが、ルイズの部屋に入ろうとすると、ルイズの声が聞こえてきた。

「それでね。ちいねえさまったら・・」

 覗いてみると、学院の使用人にカトレアとの昔の思い出話を楽しそうにしながら編み物をするルイズの姿があった。

 エレオノールは、その様子を見て、そっとその場を離れた。

「・・やっぱり、あの子は、カトレアにべったりなのね。寒くなる前に、カトレアに手編みのセーターかマフラーでもプレゼントするつもりなのかしら?」

 最近は自分にも懐いてきたと思っていたエレオノールは、やはりルイズが好きな姉はカトレアなのだということを少し寂しく思いながらも、ルイズと同じくらい大切で、体の弱いもう一人の妹のために編み物をしてくれているルイズに感謝した。

「カトレアのために・・、ありがとう。ルイズ」

 エレオノールはひとり呟いた。その後、チンプイに頼んで、科法『遠隔通信』でカトレアと話をした。

 

「まあ!ルイズがわたしのために編み物を!?」

「ええ。学院の使用人に教わりながら編んでいるから、多分ちゃんとしたものが出来るんじゃないかしら?」

「そう。わたし、嬉しいわ」

「えっ・・。あの・・エリちゃ・・」

 二人の会話を聞いていたチンプイは、慌ててエレオノールに声を掛けようとした。

「ええ。わたしもあの子が優しい子に育てくれて嬉しいわ。じゃあね、カトレア」

「ええ、またね。姉さま」

 しかし、チンプイが声を掛ける前に二人は会話を終わらせてしまった。二人とも嬉しそうで、実はルルロフのために編んでるのかも、とはとても言い出せなかった。

 エレオノールがお礼を言ってその場を立ち去った後、チンプイはひとりごちた。

「ひとつのマフラーに、もらい手ふたり!! まさか・・いつもは相談役のエリちゃんが、とんだ勘違いをするなんて・・。どうしよう・・。どっちかがっかりするぞォ・・」

 チンプイは、うんうんと唸って必死に考えた結果、ある結論を出した。

「なんとか、カトレアさんに諦めてもらおう。寒くなってきたら、マール星の防寒グッズでしばらく我慢してもらうことにして・・。ルイズちゃんたちの母親のカリーヌさんにうまく取り成してもらおう」

 チンプイは、そう呟くと、ルイズの部屋に向かった。

 

 時は少しさかのぼり、チンプイがエレオノールとカトレアの会話を聞いているとき。

マンティコア隊の訓練を終えたカリーヌは、ルイズの顔を少し見ようと、ルイズの部屋に向かった。話声がするので覗いてみると、そこには学院の使用人に教わりながら編み物をするルイズの姿があった。

「そんなにギチギチ編むと肌触りがゴワゴワになってしまいます。毛糸を強く引っ張らなくても解けませんので、もう少し優しく、です。ミス・ヴァリエール」

「分かったわ。なかなか難しいのね」

「ええ。でも、ミス・ヴァリエールは呑み込みが早くていらっしゃるので、もう私が教えることはあまりありませんわ」

「そ、そんなことないわよ// でも、失敗したくないから、失敗しそうだったら、言ってね?ちゃんと直すから」

「はい!お任せください。ミス・ヴァリエール」

 カリーヌは、その様子を見て、ルイズの部屋には入らず、そっとその場を離れた。

「わたくしが教えた甲斐があったわ。やっぱり、わたくしの子ね。それに・・、学院の使用人が付いていてくれたら、きっと変なものはできないでしょう」

 カリーヌは、ルイズに置手紙をドアの前にすると、口元を少し綻ばせながらラ・ヴァリエールの屋敷へと帰って行った。

 

「ナニ!?ルイズがわしのために編み物を!? まさか!!」

 カリーヌから話を聞いたラ・ヴァリエール公爵は美髯を揺らし、気難しそうな灰色の瞳を輝かせた。口元は見たこともない位緩んでいた。

「本当ですわ。学院の使用人に教わりながら、今もせっせと編んでいると思いますわ。・・あなた、口元がだらしないわよ?」

「おおっ!すまん、すまん。つい、嬉しくてな。かわいい奴だ・・」

 カリーヌに窘められ、一度は口元をキュッと引き締めたが、また緩み始めていた。

「まったく・・、言ったそばから・・。まあいいわ。あの子のことだから、完成はいつのことか分からないけど、楽しみに待ってってあげて下さいね」

 カリーヌは、少し呆れてため息をつきながら言った。

「うむ! 楽しみにしているぞ!」

 

 こうして、ルイズの与り知らぬところで、マフラーのもらい手が、三人に増えてしまった。

 はたして、妃殿下のマフラーは誰の手に?

 続く

 




原作4巻 スタート。

『ゼロの使い魔』は、サイト争奪戦が多いイメージでしたが、いざ、原作リスペクトで、ルイズとサイトの恋愛要素を除外して書いてみると・・、戦闘シーンや『冒険編?』ばかりで、『日常編』担当のシエスタもなかなか登場しないことが多々あることに気が付きました。

今までは登場人物相関図がハッキリとしていなかったので恋愛要素を入れられず、『チンプイ』のお話のノリを入れることも困難でしたが・・、ようやく恋愛模様も明確になってきたので、これからは『チンプイ』度も多めで書きたいと思っております。


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妃殿下のマフラーは誰のもの?(後編)

遥か宇宙、マール星レピトルボルグ王家は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールをお妃に迎えるための使者をハルケギニアに送った。
ワンダユウは、大使としてトリステインとマール星を行き来し、
チンプイは、ルイズの使い魔兼お世話役として、トリステインに残った。
ワンダユウ「チンプ~イ!頼んだぞ~!」

お待たせ致しました。久々に『チンプイ』度多めのお話です。

※『エリ』は、エレオノールの婚約者・ロップルが、エレオノールに付けた愛称です。(詳細は、『外伝 コーヤのエリおばさま』参照)


 シエスタは、ルイズが編み物をマスターしてきたので、仕事に戻ろうと部屋を出ようとすると、ドアの前に置手紙があることに気が付いた。

「頑張って下さいね、ミス・ヴァリエール。何かあればいつでも呼んで下さい。

あと、これ、ミス・ヴァリエール宛ての手紙みたいですよ」

「うん、ありがとう。困ったら呼ぶわね」

「はい、いつでも呼んで下さいね。では、私はこれで」

 シエスタは、ぺこりとお辞儀をすると仕事に戻っていった。

「ええと、これは・・母さまからの手紙?内容は・・」

 ルイズは、カリーヌの置手紙を読んだ。

 ルイズが手紙を読み終えたタイミングで、チンプイがやってきた。

「ルイズちゃん、あのね・・」

「助けて!チンプイ!大変なことになったわ!!」

「どうしたの?そんなに慌てて・・。まさか!」

「実はね、母さまが、わたしが編み物しているところを覗いていたみたいで・・」

「! そう!ちょうどよかった!」

 カトレアのマフラーの件で、カリーヌに相談しようと思っていたチンプイは喜んだが、それもつかの間だった。

「よくないわよ!」

「どうして?」

「母さまったら、なぜかわたしが父さまのために編んでいるって勘違いして、父さまにそう伝えちゃったみたいなの!」

「えーーっ!カリーヌさんも!?」

「”も”って何よ?チンプイ。・・嫌な予感しかしないんだけど・・」

「・・その前に、ルイズちゃん。誰のためにマフラーを編んでいるのか、教えてくれない?」

「もちろん、ルルロフよ。二人用マフラーを編んで、ルルロフと王宮のバルコニーから夕日を見るの・・。ロマンチックでしょ?」

 ルイズは、その場面を想像しているのか、少しうっとりしながら言った。

「そういうものなんだ? とにかく、ワンダユウじいさんの予想が当たって、エリちゃんの予想が大外れだったんだね」

「えっ・・。エリ姉さまがどうかしたの?」

「実は、エリちゃんもルイズちゃんが編み物をしているところを覗いてて・・、カトレアさんのために編んでいるって勘違いして・・もうカトレアさんに伝えちゃったんだ」

「えーーっ!今度は、ちいねえさま!? なんで!皆、覗くだけ覗いて、勝手に勘違いして、帰るのよ!!」

 ルイズは、癇癪を起した。

「し、知らないよ。そ、そうだ!二人には待ってもらったら? いつまでに編むとか言ってないし、二人とも家族だから分かってくれるよ」

 チンプイは、ルイズの癇癪にうろたえながらも、丸く収まりそうな案をルイズに言ってみた。しかし・・。

「・・ダメよ」

「どうして?勝手に勘違いしただけでしょ?」

「母さまとエリ姉さまが、ね。 父さまとちいねえさまは被害者よ。何も悪くないのに期待させておいてガッカリさせるのは、悪いわ」

「ルイズちゃんは優しいね。 分かった!じゃあ、ぼくも手伝うよ」

「ほんと!?あっ・・、でも、やめとくわ・・」

「どうして!?」

「だって、科法でマフラーを編んだら、それはもうわたしの手編みのマフラーじゃなくなっちゃうじゃない」

「大丈夫!ルイズちゃんが編むってところは変えないから」

 チンプイは、胸を張って答えた。

「ほんとに?・・じゃあ、お願いしようかな」

「うん、任せて! 科法・・」

 チンプイが科法をかけようとしたまさにその時、

 

パン!パン!パン!パン!パンパカパカパンパーンパーン

という音とともに、部屋が埋まってしまうほど大量の紙ふぶきと紙テープがルイズとチンプイに降りかかり、二人を生き埋めにした。

「おめでとうございまーす!!」

 ワンダユウが突然現れて言った。

「もう!これから編もうってときに!」

「これは失礼を・・。今回、ルイズさまがマール星に来ていただけるということで、現在のルイズさまを歓迎する準備の進行具合などをお知らせに伺ったのですが・・」

「それなんだけど・・、延期してもいいかしら?」

「えっー!それはまた、なにゆえでございますか!? 殿下はもちろん、王さまもお妃さまも、大変なお喜びで・・」

「行かないとは言ってないわよ! わたしだって、ルルロフのご両親に早く挨拶がしたいし・・。そうじゃなくて!もう少し待って欲しいの!・・具体的にはマフラーが出来るまで」

「なんだ、その件でしたか。承知しております!ですから、それも計算して・・」

「ワンダユウじいさん!事情が少し違うんだよ!」

「はて?事情が違うとは?」

 ルイズとチンプイは、ワンダユウにカリーヌとエレオノールの勘違いで、作らなきゃならないマフラーの数が三つに増えたことを説明した。

「なるほど、そんなことが・・。カリーヌさまとエレオノールさまの勘違いから始まったのに・・、なんとお優しいお方・・」

 ワンダユウは、ルイズの優しさに感動して涙を流した。

「チンプイに科法で少し手助けしてもらうつもりだけど・・、それでも三つだから・・」

「分かりました! マール星への出発は、妃殿下がご自身でお決めください。時間が掛かっても構いません。ご自愛くださいませ」

「ありがとう。分かったわ。メドが立ったら、連絡するわね」

「はい、よろしくお願いします。それと・・」

「まだ、何かあるの?」

「はい。二つございます。一つ目は、ルイズさまとエレオノールさまに、Dr.チョロン先生の健康診断を受けて頂きたいのです」

「ケンコウシンダン?そう言えば、前にチンプイがそんなこと言っていたわね。ケンコウシンダンって何よ?必要なことなの?」

「はい、必要な手続きなのです。健康診断とは、ルイズさまがご健康でいらっしゃるかどうかを確認する検査のことでございます。妃殿下となられれば、様々な宮廷行事、外星使節の接待などお忙しい毎日となります。 さらに、立派なお世継ぎを産んでいただかねばなりません。そのためにも、ぜひともご診察をお受けいただきたいのです」

「お世継ぎ// そ、そうよね。分かったわ。ところで、そのDr.チョロンって医者でしょう?」

「さようでございます」

「ちいねえさまの病気、治せる?」

「はい、恐らくは・・。 分かりました! カトレアさまの診察もお願いしておきましょう」

「ありがとう!ワンダユウ。 それで、二つ目は?」

「いえいえ、礼には及びません。はい、二つ目は、ルイズさまがどのマール料理が特にお気に召されるのか、ルイズさまの歓迎の準備をする上で、是非知っておきたいので、王室料理長ブースカ氏がルイズさまの本日の夕食を作ることをお許しいただきたいのです」

「マール料理・・」

 ルイズは、マール建国一万周年の儀式で食べた聖なるダンゴがとても美味しかったことを思い出し、つばを飲み込んだ。

「はい。ブースカ氏は、超一流のシェフですから、きっとお気に召されるかと・・」

「分かったわ。ちいねえさまのことも気になるし・・。せっかくだから、実家で作ってもらおうかしら。ついでに、家族の分もお願いね」

「かしこまりました。味の好みやリクエストがございましたら、ブースカ氏にお伝えください」

「分かったわ。取り敢えず、今日のところはお任せで、気に入ったものがあったら、ブースカに伝えるわね」

「承知いたしました。では、わたくしはこれで」

 ワンダユウは一礼すると、Dr.チョロンとブースカを呼びにマール星に帰って行った。

 

「さて・・、じゃあ、時間まで編み物をやろうかな」

「じゃあ、早速、科法をかけるよ」

「うん、お願いね」

「分かった。 科法『人間オートメ化』、チンプイ!」

 チンプイが科法をかけると、ルイズの指がひとりでに動き始めた。

「あら? あらあら・・。 指が勝手に・・」

「ひとつの動作を休むことなく続ける科法だよ」

「どんどんはかどるわ。・・でも、疲れそう」

「大丈夫、言ってくれたら、科法を解いてあげるから」

「ありがとう。後はやっておくから、チンプイはちいねえさまの様子、見てきて」

「分かった」

 チンプイは、ルイズの部屋を後にした。

 

 しばらくすると、リスのようなマール星人、Dr.チョロンがやってきた。Dr.チョロンは、エレオノールの健康診断を済ませると、チンプイと話し合った結果、ルイズの健康診断は夕食前にやることにして、先にカトレアの診察を行うことになった。チンプイは、Dr.チョロンを連れて、ラ・ヴァリエールの屋敷を訪れた。

「こちらは、Dr.チョロン先生だよ。カトレアさんの病気の治療をしに来てもらったんだ」

 チンプイが、Dr.チョロンを紹介した。

「あらあら、可愛い先生ね」

 自室で、リスにしか見えない小柄なDr.チョロンを見たカトレアは、コロコロと笑いながら言った。

「娘をよろしく頼む」

「よろしくお願い致しますわ」

 ラ・ヴァリエール公爵とカリーヌは深々と頭を下げた。

「お任せ下さい。では・・」

 Dr.チョロンは、カトレアに今まで起きた症状とその頻度を尋ね、カトレアの両親には持病が何かあるか?カトレアと同じような症状を持っている親族はいないか?などを尋ねた。

 その上で、身体診察をして、蚊のロボットで採血をし、科法で『透視写真』(レントゲン写真とCTの画像を合わせたようなもの)を撮った。

「ふむふむ。なるほど・・」

 しばらく考えていたDr.チョロンは、診断名をカトレア達に伝えた。

「分かりました。カトレアさまのご病気は、”気管支喘息”と、先天性胆道閉鎖症を基礎疾患とした胆汁うっ滞による”肝硬変”です」

「キカ・・?セン・・? Dr.チョロン先生、どういう病気なのだね、それは?」

 聞きなれない単語に、ラ・ヴァリエール公爵は、首をひねりながら、Dr.チョロンに尋ねた。

「はい。ご説明いたします。大きく分けて二つございます。まず、一つ目は、”気管支喘息”という名前のご病気です。カトレアさまが時折、咳込んでしまうのは、家の埃やダニなどにカトレアさまのお身体が過剰に反応してしまうからなのです」

「なんと! では、使用人たちに言って、もっと掃除を徹底させねば!」

 ラ・ヴァリエール公爵が、外に控えた執事に早速指示しようと立ち上がると、Dr.チョロンはそれを止めた。

「いえ、それには及びません。掃除を徹底しても、埃が立ってしまって、かえって逆効果になることもありますので・・」

「では、どうすれば・・」

「マール星には、”気管支喘息”の特効薬がございますので、それを飲んでいただきます」

「それで治るのかね?」

「はい。薬を飲んで、三日間安静にしていれば治ります。・・その代わり、その間は、動物たちに近づかないで下さい」

「あらあら、どうしてですか?」

「動物にはダニがいるので、”気管支喘息”を悪化させてしまうのです」

「・・どうしても、ダメですか?」

カトレアは、ちょっと困ったような声で言った。

「動物たちと少しの間でも会えないのは、お辛いでしょうが・・、どうかご辛抱下さい。薬が効いてくれば、今まで通り動物と接していただいても構いませんから。念のため、普段動物が出入りしない埃っぽくない部屋でお過ごし下さい。

 ”気管支喘息”が治った後も、また再発しないように、動物と接した後は、毎回うがいと手洗いをするようにして下さい」

「分かりました。カトレアには、わたくしが普段使っている部屋で過ごしてもらうことにしましょう。それでよろしいですか?先生」

 カリーヌが、尋ねた。

「はい、問題ありません」

 Dr.チョロンの同意を得たカリーヌは、カトレアに言った。

「たった三日です。その位我慢なさい、カトレア。 動物たちの世話は、使用人たちにしばらく任せます」

「・・分かりました。母さまがそうおっしゃるのなら、わたし、我慢します。たったの三日ですものね。手洗いとうがいも、ちゃんとするようにしますね」

 カトレアは、少し寂しそうに笑いながら承諾した。

「・・それで、先生、二つ目の病気は?」

 ラ・ヴァリエール公爵が、Dr.チョロンに尋ねた。

「はい。二つ目は、”肝硬変”といいます」

「カンコウヘン? なんだね、それは?」

「今、ご説明いたします。人間には、肝臓という臓器があり、食べ物から得た栄養分を身体が利用しやすい形に変えたり、人間の体に良くないものを分解したりしています。”肝硬変”とは、一般的には暴飲暴食などによってこの臓器の働きが悪くなってしまう病気のことを言います」

「”一般的には”ということは、カトレアは別のことが原因という訳ですね?先生」

 カリーヌは、鋭い質問をした。

「そうだな。カトレアは、暴飲暴食などしていない。むしろ、食はやや細い方だ」

 ラ・ヴァリエール公爵も、口を挟む。

「はい、その通りでございます。

人間は、肝臓で胆汁という体液を作り、”胆道”とよばれる管のようなものを胆汁が通って食べ物にかけることによって、食べ物を自分の栄養として取り込みやすい形に分解し、役目を終えた胆汁は便と一緒に排泄されているのです。

しかし、カトレアさまの場合、この”胆道”が生まれつき閉じているので、胆汁が行き場を失って、肝臓に溜まることで、肝臓の働きが悪くなってしまい、結果、暴飲暴食をせずとも、若くして”肝硬変”になってしまったという訳です」

「先生、娘の病気は治るのでしょうか?」

「はい、治ります。カトレアさんの口の中から爪の先より小さい位のほんの少しのお肉を採取させて頂き、そこから新たな肝臓と胆道を作って、カトレアさまの今の肝臓と胆道と入れ替えます」

「ナニ! カトレアの肉を取るだと!? 貴様、どういう・・」

ゴォオオオオ!!!

 その言葉が途中で轟音にかき消された。見るとカトレアの部屋の壁が消失していた。

「これ以上、弱く放つのは難しいわね・・」

「カ、カリーヌ! しかし、カトレアの・・」

 じろっと、カリーヌは夫の顔を睨んだ。

「お黙りなさい! たかが爪の先より小さい位の肉を口の中から取るだけなら、少し口の中を切った程度の話じゃありませんか!そこから、カトレアのカンゾウとやらを新しく作って、今の悪くなったカンゾウと入れ替えると、先生がおっしゃっているでしょう! どこが悪いというのです!」

 妻に怒鳴られ、公爵は思わず頭を押さえた。

「ご、ごめんなさい! でも、そう簡単に体の中のものを入れ替えるなんて、わしには信じられなくて・・」

「マール星をトリステインの常識に当てはめていたら、どれもこれもあり得ないことでしょう!あなた、最初にワンダユウ殿に魔法学院まで一瞬で飛ばされたのをもうお忘れになったのですか!」

「そ、そうだったな。今考えてみると、あれもあり得ないことだ。・・Dr.チョロン先生、怒鳴ってしまって悪かった。この通りだ」

 公爵は、頭を深く下げて謝罪した。

「い、いえ、わたしは気にしていませんから・・、どうか頭をお上げください」

「ありがとう。それで、そちらの治療はどのくらいかかるのかね?」

「はい。今、口の中から小さなお肉を採取させて頂き、三日もあれば、新しい肝臓ができるので、そうしたら、手術支援ロボット『レピトルボルグ』を使って、科法『亜空間移植手術』でカトレアさまのお腹を開けることなく”手術”をさせて頂きます」

「シュジュツ? なんだね、それは?」

「はい。”手術”とは、大きな怪我や、カトレアさまのような生まれつきの体の中の異常などに対して、皮膚を切り開いて、直接原因を修復したり取り除いたりする行為のことを指します。しかし、患者さまの負担が大きいことから、マール星では、皮膚を切り開かなくてもいい方法が開発されたのです」

「なるほど・・。そのシュジュツはどの位かかるのかね?」

 カリーヌが鋭い眼光で睨んでいることもあって、公爵は、今度は取り乱すことなく尋ねた。

「だいたい二、三時間くらいで終わります。その間、カトレアさまには、麻酔薬とよばれるお薬でお休みになって頂きます」

「そのマスイヤクとやらを使わなくても、単にカトレアが寝ている間に、そのシュジュツというのはできないのでしょうか?先生」

 今度は、カリーヌが尋ねる。

「麻酔は、必ず必要です。お腹を切り開かないといっても、カトレアさまの体の一部を切ることには変わりないですから、麻酔で痛みを一時的に感じないようになって頂く必要があるのです」

「・・よく分かりました。Dr.チョロン先生、治療よろしくお願いします」

 これまで黙っていたカトレアはそう言って頭を下げた。

「わしも、先生がカトレアを治そうとしていることだけはよく分かりました。娘の治療、よろしくお願いします」

 そう言うと、公爵は深々と頭を下げた。

「そう言えば、話は変わりますが・・、先生はご結婚は?」

 カリーヌが不意に尋ねた。

「はい。妻と子供が三人おりますが・・?」

 Dr.チョロンは答えた。

「そうですか・・。残念ですわ」

「カ、カリーヌ」

 カリーヌは、公爵の言葉を華麗にスルーすると、ぽんと手を打って言った。

「それはそれとして、カトレアの治療、よろしくお願いしますね。先生」

「? はい。お任せ下さい」

 Dr.チョロンは、カリーヌの質問の意味が分からず、首をひねりながらも、そう答えた。

 その後、夕食前に、ルイズの診察を終えたDr.チョロンは、マール星へと帰って行った。ちなみに、ルイズの診察結果は、”ルイズさまは、申し分のない健康体でいらっしゃいます”とのことだった。

 

 編み物にキリを付けたルイズは、エレオノールと迎えに来たチンプイ、やってきたブタのような見た目のブースカとともに、ラ・ヴァリエールの屋敷へと向かった。

「こちらは、王室料理長のブースカ氏だよ」

 チンプイが、ブースカを紹介した。

「わたしに料理を作りに来てくれたんだけど、せっかくだから母さま達にも食べてもらおうと思って・・、大丈夫ですか?母さま」

「ええ、構いませんよ。ブースカ殿、よろしくお願いしますね」

 カリーヌは、少し笑みを浮かべながら言った。どうやら、エレオノールからマール料理が美味しいという話を聞いていたらしく、期待の眼差しをブースカに送っている。

「はい。お任せください」

 ブースカはそう言うと、指揮棒のようなものを持って、ラ・ヴァリエールの屋敷の食卓にて、ルイズたちの前で料理を作り始めた。

「料理は、オーケストラであります。様々な材料の味を引き出し、組み合わせてハーモニーにまとめるのです。 ブースカ!」

 ブースカが科法をかけると、次々に料理が出来上がった。

「美味しい!」

 ルイズが食べた『シンテン』なる料理は、小籠包のような見た目をしている蒸し料理で、儀式で食べた聖なるダンゴとはまた違った美味しさだった。ツルッとした皮が唇を通り抜けた後で豚肉と細かく刻んだ野菜の旨味が追いかけてきた。

「やっぱりこれだよね~!」

 チンプイは、大好物の『スパロニ』を美味しそうにすすっている。

「やっぱり美味しいわね!」

エレオノールが口に運んだ『レギチョサラダ』なるサラダは、トリステインのものよりもシャキシャキとしていて、朝の水浴びのような爽やかさがありながら、エレオノールがしずかの家で食べたものと違って、クセになる味付けが施されていた。

「まあ・・!」

 カトレアは、『豚のマルニ』なる肉料理を食べて、感動するあまり言葉を失った。科法により時間的には一瞬だが、その実、じっくりと煮込まれた豚肉は、香辛料や香草、お酒とともに煮込まれたことで複雑な味わいを奏で、口に含んだ瞬間、ホロホロと崩れ、口いっぱいにその旨味が広がっていった。

「・・・!」

 カリーヌは、食事中喋らないので分かりにくいが、『アッチアッチドウフ』なる麻婆豆腐のような豆腐料理がいたく気に入った様子で、息もつかずにスプーンを何度も口に運んでいる。辛味を吸った油が豆腐の旨味を引き立て、驚きの美味しさを奏でていた。

「こ、こりゃあ、美味い!!」

 公爵は、夢中で『ヤーハン』というチャーハンのような米料理を掻き込んでいる。パラパラとした白い米粒を良質な油が包み込んでおり、細かく刻まれた野菜と新鮮なエビと合わさって、素晴らしいハーモニーを奏でていた。エビの淡白な味ながらプリプリとした食感も面白い。

「最後にデザートをお召し上がりください」

 そう言って、ブースカが差し出したのは、『ニンアンチーズケーキ』というレアチーズケーキのようなケーキだった。絹のように滑らかで、すっきりと口の中で溶けるケーキでありながら、杏仁豆腐のようなさっぱりとした爽やかさがあった。ほんの少しだけ酸味があり、とても甘い実で作った赤いソースがその味をさらに引き立てていた。

 

「そういえば、ルイズ。あなた、何か編んでいるそうね?」

 食事を終えた後、エレオノールは思い出したかのように聞いてきた。

 ルイズとチンプイは、思わず、ビクッとなった。

「え、ええ。エリ姉さま。マフラーを編んでいます」

 ドギマギしながら、ルイズは答えた。

「どうですか?はかどっていますか?」

 カリーヌがその進行具合を尋ねてきた。

「は、はい。でも、少し時間がかかりそうですわ。母さま」

「そうか~。楽しみだなあ」

 公爵は、顔を綻ばせながら言った。

「ええ、楽しみです」

 カトレアもニコニコしながら言った。

「そう言えば、ルイズさまがマフラーを編まれているというニュースは瞬くうちにマール星の国民の間に知れ渡り、なんとお優しい皇太子妃殿下だろうと、感動の嵐を呼んでおります。 ところで、ルイズさま。どのお料理がお気に召しましたか?」

 ブースカは、マフラーの件に関するマール星の国民の反応をルイズに伝えつつ、ルイズが気に入った料理がどれか、尋ねた。

「・・・ホッ!」

 三人とも、マフラーを誰のために編んでいるか言っていることは違うのだが・・、ブースカの質問のお陰でこの場はなんとかなりそうなので、チンプイは安堵のため息をついた。

「え、ええと・・。そうね・・、どれもほんとに美味しかったけど、『シンテン』が特に美味しかったわ。あと、デザートなんだけど・・。『ニンアンチーズケーキ』もとっても美味しかったけど、やっぱりわたしは、クックベリーパイみたいなデザートがいいわ」

 ルイズは、マフラーの話題になったことに少しドギマギしながら答えた。

「ハッ、光栄でございます。かしこまりました。ルイズさまを歓迎するためのおもてなし料理の参考にさせて頂きます」

 その後、ブースカは、自分が作った料理をルイズたちが気に入ってくれたことを嬉しく思ったようで、満足そうにマール星に帰って行った。

 

 三日後・・。

「ルイズちゃん、ほんとにいいの?」

 チンプイは、不安そうにルイズに確認していた。

「ええ、お願い。この前、マフラーの話題が上がった時は生きた心地がしなかったもの」

 ルルロフの二人用マフラーを編み終えたルイズは、覚悟を決めたような様子で、チンプイに言った。

「分かった・・。じゃあ、いくよ。 科法『人間オートメ化』、十倍速フルオートマチック!!チンプイ!!」

 ルイズの指が、ものすごいスピードで動き始めた。

チャカチャカチャカ

「う~っ。こ、これは相当くたびれそうね・・」

「やめる?」

「いいえ!やるわ! チンプイ、明日、マール星に行くって、ワンダユウに伝えてきて!」

「本当に大丈夫?」

「このくらい平気よ!もう慣れてきたわ!さすが、わたしね!」

 ルイズは精一杯強がってみせた。

「分かった・・。ワンダユウじいさんに伝えてくるね」

 チンプイは、ルイズのことを気にかけながら、ルイズの部屋を後にした。

 

「ななな、なんと! もうマフラーが完成なさるのか!」

 ワンダユウは、目を丸くした。

「う、うん。ルイズちゃん、殿下に早く会いたいって、頑張ってたから」

 チンプイは、少し困ったような笑顔を浮かべながら言った。ワンダユウが心配するといけないので、科法『人間オートメ化』を十倍速にしていることは伏せるようにルイズに指示されたためだ。一応、嘘は言っていない。

「そうか・・、分かった!大急ぎで殿下たちに伝えてくる! チンプイ!お前も来なさい!」

 ワンダユウは、ルルロフの大きな愛がルイズに伝わったことに、感無量の感動を覚えつつ、チンプイを連れて大急ぎでマール星へと帰って行った。

 

 夕方、チンプイがルイズの部屋に戻ると、そこにはかなり疲れた様子で、それでも指だけは信じられないスピードで動かすルイズがいた。

「あっ、チンプイ・・。あと一列でおしまいだから・・、科法、解いて・・」

「わ、分かった。 チンプイ!」

 チンプイが科法を解くと、ルイズは疲れ果てた様子で、クタ~と腹ばいになった。

「お疲れ様、ルイズちゃん」

 チンプイはそう言うと、科法でルイズをベッドまで移動させ、優しく布団をかけた。

ルイズは本当に疲れたようで、夕食もとらずにそのまま朝まで寝てしまった。

 

 翌朝・・、ルイズが目を覚ますと、

パン!パン!パンパカパカパンパーン

という音とともに、ルイズに大量の紙ふぶきと紙テープが降りかかった。

「ルイズさま!おはようございます! マフラー完成、おめでとうございます!!」

「ふぁ~・・。おはよう、ワンダユウ。ずいぶん早いのね」

 寝起きの悪いルイズには珍しく、ルイズは怒った様子もなくワンダユウに話しかけた。いよいよルルロフとルルロフの両親に会えるかと思うと、気持ちがウキウキして、眠気と昨日の疲れはどこかに吹っ飛んでしまったのだった。

「はい、朝早く申し訳ありません」

「いいわ、わたしも早く行きたいし・・。用意するから、少し待ってね」

「かしこまりました」

 ルイズは顔を洗って着替えて準備を済ませて、ワンダユウに促されるまま、魔法学院の屋上に行くと、そこにはエレオノールとルイズの両親、そして、Dr.チョロンの治療により元気になったカトレアの姿があった。

「ちいねえさま! もうお身体は大丈夫なのですか?」

「ええ。Dr.チョロン先生のお陰で、もうこの通り、すっかり元気よ」

 カトレアはコロコロと笑いながら答えた。

「良かった・・。じゃあ、早速だけど、ちいねえさまと父さまにプレゼントです!」

 ルイズは、そう言うと、カトレアと公爵にマフラーを手渡した。

「何!? カトレアの分も編んでいたのか?」

「ええ、父さま。・・本当は、最初はルルロフのために編んでいたんですけれど、父さまとちいねえさまの分も編みたくなって・・」

 ルイズの言葉を聞いて、カリーヌとエレオノールは、ばつが悪そうに、少し目を逸らした。

「そ、そう。偉いわね。ルイズ」

「お疲れ様、ルイズ」

 事情を全て察したカリーヌとエレオノールは、ルイズにねぎらいの言葉をかけた。

「ありがとうございます。母さま、エリ姉さま。・・・ところで、母さま達はどうしてここに?」

「わたくしたちもマール星に行こうと思ってね。ダメだったかしら?」

「い、いいえ。嬉しいですわ、母さま」

「では、早速出発致しましょう。船の中に朝食のご用意もございます」

 ワンダユウはそう言うと、ルイズたちを、最新型の光子推進の豪華宇宙船の船内へと案内した。宇宙船はヨットのような形をしており、帆にはマール星レピトルボルグ王家の紋章が輝いていた。

「中はずいぶん広いのね」

 ルイズたちは感心した様子だった。

「では、出発致します」

 宇宙船が出発した後、マール料理に舌鼓を打ったルイズたちは、朝食を終えた後、展望室へと移動した。

「うわ~。宇宙ってこんな風になっているのね!見て!チンプイ!」

 ルイズは、宇宙船の窓際に駆け寄り、外を眺めた。

「ルイズちゃんは初めてだったね。良かった。気に入ってもらえて。宇宙船の旅もいいものでしょう?」

 チンプイも嬉しそうだ。

「そうね・・。宇宙の船旅も悪くないわ」

「あらあら、まあ・・!」

 エレオノールから話を聞いていたカトレアも、感動した様子で窓際に駆け寄ると、じっと外を眺めていた。

「そんなにはしゃぐと危ないわよ。ルイズ、チンプイ君、カトレア」

 カリーヌは、はしゃぐ三人を窘めたが、カリーヌも興味津々といった感じだった。

「これは何かね?」

 公爵は、テーブルに置かれた飲み物を指差してワンダユウに尋ねた。

「はい。冷た~いレモンのカクテルでございます」

「カクテル?どれどれ・・。ほう!これは冷たくて美味いな!」

 公爵は、外の景色はそこそこに、カクテルを飲み始めた。

「あまり飲み過ぎないで下さいね、父さま」

 エレオノールが窘める。

「うむ! しかし、これは美味いぞ!エレオノールとカリーヌも飲んでみなさい」

 公爵は、エレオノールとカリーヌとともにグラスを交わし、マール星に到着するまで楽しそうに飲んでいた。

 

 マール星に到着すると、お祭り騒ぎの歓迎ムードで包まれていた。

「「「「「「「ルイズさま!!ようこそ!!」」」」」」」

「「「「「「エリさま!いらっしゃ~い!」」」」」」

「「「「カリーヌさま!!」」」」

「「「「公爵さま~!!」」」」

「「「「カトレアさま!!」」」」

 トリステインのブルドンネ街で行われていた戦勝記念のパレードとは比べものにならない位の盛り上がりようだった。

「す、すごい歓声ね・・。道路もずいぶん広いのね」

 珍しく、カリーヌが戸惑ったような声を上げた。

「ああ。しかし・・、心なしか、ルイズとエレオノールの歓声の方がわしらより大きいような・・?まあ、仕方がないか」

 公爵は、少し不満を漏らしたが、歓迎ムードに気を良くしているようだった。

「それは、無理もありません。ルイズさまとエリさまは、メディアを通じて国民の目に触れる機会も多く大人気ですから・・。特に、ルイズさまの歌は、街中に流れ、空前の大ブームとなっております」

「ルイズの歌?」

 よく見ると、羽根を頭と背中に付けたデザインの衣装に身を包んだルイズが歌を歌う映像が、色々な建物の大スクリーンに映っていた。その映像を見て、歓声を上げるマール星人や、失神して倒れる観光客らしき宇宙人など、様々だ。

「ル、ルイズの歌が、マール星でこんなに人気があるとは・・分からぬものだな」

「え、ええ。そうね」

 公爵とカリーヌは、眉を若干引きつらせながら、苦笑いした。

 

 ルイズたちが王宮に到着すると、ルルロフとルルロフの両親が出迎えた。赤いカーペットが敷かれ、大量の紙ふぶきと紙テープが舞い、王宮で働く使用人がずらっとその横に大勢、並んでおり、ぺこりと挨拶をした。

「ようこそ!マール星へ!」

 ルルロフはにっこりと魅力的な笑みを浮かべながら、言った。

「ルルロフ!」

「ルイズ!」

 ルイズは、ルルロフの方に駆け寄った。二人は、カリーヌたちとマール星の王さまたちが見守る中、ひっしと抱き合った。

 ルイズは自分達を見つめるルルロフの両親に気が付き、慌てて挨拶をした。

「し、失礼しました。申し遅れました。初めまして、国王陛下、王妃殿下。わたしは、ヴァリエール公爵が三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール公爵夫人と申します」

「はっはっはっ。そんなに畏まらんで下さい。ルルロフと仲良くなってくれて、嬉しい限りですよ」

 ルルロフの父、マール星の国王は笑いながら言った。

「カリーヌ殿たちも、遠路はるばるようこそおいでくださいました。心より歓迎いたしますわ」

 ルルロフの母もにっこりと笑ってそう言った。

「「「「ありがとうございます」」」」

 カリーヌたちは、ルイズとエレオノールに教わったマール星の王族に則った見事な一礼をした。

 一同は昼食をともにした。その後、ルイズとルルロフに気を利かせて、皆、部屋を離れた。

 

「ルイズ。科法を使わないで、クックベリーパイを作ってみたんだけど・・、どうかな?」

「わたしのために作ってくれたの!嬉しい! とっても美味しいわ!ありがとう、ルルロフ」

 その後、ルイズはクックベリーパイを食べ終えて、ルルロフと談笑していると、気が付いたら夕方になっていた。

 

「ねえ、ルルロフ。王宮のバルコニーに連れてって」

「いいよ。行こうか」

 二人がバルコニーに移動すると、冬の肌寒い風が二人を突き刺した。

「ルルロフ、これ、プレゼントよ」

 ルイズは、すかさずマフラーをルルロフに手渡した。

「これを、ぼくに? ありがとう、ルイズ。・・あれ?このマフラー、ずいぶんと長いね」

「えへへ。それはね、こうするの」

 ルイズは、マフラーの端を取ると、自分の首に巻いた。

「えっ、二人用?」

「そうよ。ダメ?」

 ルイズは、頬を染めながら、上目遣いでルルロフの顔を覗き込んだ。

「そんなことないよ。嬉しいよ。ルイズ」

 二人の顔が自然に近づき、二人は大運河の夕日に照らされながら、キスをした。

 その後、二人には静かなゆったりとした時間が流れた。

「ねえ、ルルロフ?」

 ルイズはルルロフ肩に頭をのせながら言った。

「なんだい?ルイズ」

 ルルロフは、そんなルイズの肩を優しく抱きながらルイズの方を見た。

「わたし・・、ね。ルルロフと婚約するわ。いいでしょう?」

 ルイズは、鳶色の目でルルロフの目をうっとりと見つめながら言った。

「もちろんだよ!ありがとう。これからよろしくね、ルイズ」

 ルルロフは突然のことで大きく目を見開いて驚いたが、にっこりと笑って答えた。

「ええ、こちらこそよろしくね、ルルロフ。今までわたしのわがままで、散々待たせちゃってゴメンね」

「ううん。そんなことないよ、ルイズ」

「ありがとう。それで、ね・・?トリステインの魔法学院を卒業するまで結婚は待って欲しいの。一応、ちゃんと卒業したいのよ」

「分かった。大丈夫!ぼくは、いくらでも待つよ、ルイズ」

「ありがとう、ルルロフ」

 その後、二人は黄金色のバターのような巨大な太陽が光のしずくを川面いっぱいにまき散らす大運河を眺めていた。光のしずくの最後の一滴が消え、気が付くと、紫紺の空が星で満たされていた。

 




やはり『チンプイ』度多めのお話は、書いてて楽しいです。
キリが良いので、この辺で完結とさせて頂きます。
今後も何かしら投稿しようと思うので、良かったら、今後も読んで下さると嬉しいです。


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