気付いたら赤木しげるの娘だったんですが、 (空兎81)
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~天和通りの快男児~ 出会いは唐突に

 

「かっかっかっ、こりゃ間違いなく俺の娘だわ」

 

 

家に押し入ってきた3人の黒服を1人目はアッパーで顎を振り抜き2人目は回し蹴りで鼻頭引っ叩き3人目は膝で股の下蹴り抜いて泡吹かせて外に出ようとした瞬間ドアの前に立っていた白髪の男にそう言われた。

 

おそらくその男を振り払って外に逃げることはできただろうがその男の佇まいとその身に纏う神気のようなオーラを見て足が止まる。私にはその男が誰だかわかった。わかってしまった。

 

その男の名は赤木しげる。伝説の博徒だ。

 

 

話は変わって少し私の話をしよう。私はどこにでもいる普通の女子大生だった。過酷な受験戦争を勝ち抜き、最後のモラトリアム期間、花の女子大生生活を楽しむごくごく普通の女子大生だった。

 

しかし気付いたら昭和の香り漂うボロアパートで白髪の少女となり突っ立っていた。何いっているかわからんと思うが私もマジわけわからんかった。気付いたら手足縮んでいるし見たことない場所にいたんだぞ?なんだこのリアルコナンくんは。出歩く度に殺人現場に遭遇するデンジャラスな小学生生活は御免被りたいです。

 

しかしそう願うも私の置かれた環境はコナンくんが羨ましくなるくらい劣悪なものだった。

 

まず、母親が風俗嬢だった。そして父親はいない。

 

別に風俗嬢という職種を馬鹿にしたいわけではないがうちの母親は最悪だった。子育てはしない系女子なのか私のことは基本放置で時々机の上に万札を置く以外は何もしない。男も平気で連れ込んで、小学生くらいの娘の前で平気でおっ始める。これ、中の人がリアル小学生ならトラウマものだぞ?中身女子大生の私でも涙目だわ。そういうことには夢を抱いていたのに、ちくしょう。処女にはキツすぎる現場だったわ。

 

次に、この身体の持ち主は学校に行っていない。

 

ランドセルも教科書も筆記用具もこの家には何もない。学校に行ったことがないのはほぼ間違い無いだろう。このレベルだと出生届が出されているのかも不安になりますね。全くもって将来に希望を持てない身体だわ。

 

そして、最後にここは平成ではない。昭和時代だった。

 

平成っ子として生まれた私には衝撃の事実だった。私はいつタイムマシンに乗ったというのだろう。まさかの過去にタイムスリップしているという事態に絶望しかありません。これがもし強くてニューゲームって感じで純粋に小学生から人生やり直せるなら楽しかったかもしれないが前の生活から何1つ好転しているものがないのだ。こんなもんどうやって生きていけばいいんだよ。児童相談所に通報でもすればいいの?この時代にそんなもんあるのかな。

 

これからどうやって生きていけばいいんだろうと情報収集しながら悶々と考え込む日々を送っているとついに母親が帰ってこなくなった。いよいよ生命の危機を感じてきましたね。取り敢えず金がなくなる前に役所にでも飛び込むとしますか。

 

そう思って行動しようとした瞬間薄っぺらいドアが蹴り破られ黒いスーツにサングラスをかけた男たちが中に入ってきた。男たちは口々に『こいつか?』『ああ、連れて行こう』とか話していていた。

 

うん、めっちゃピンチですよコレ。きっとあのロクデナシのお母様が置き土産として何かして下さったのですね。どう見てもそっち系の人々ですし売られる予感しかしませんわ。

 

というわけで捕まったらただでさえ期待できない未来がより悲惨なものになりそうだったので全力で逃げることを選択する。小学生のガキということで向こうはこっちを舐めまくっていたのでまず先頭にいた黒服の顔面目掛けて拳を振り抜いた。

 

身長差がいい感じで働いて拳は黒服の顎を綺麗にかち上げた。子どもの力とはいえ急所に一発くらった黒服はよろめいて倒れた。そのまま驚いて固まっている2人目の黒服に回し蹴りを食らわす。今の私には力はないからね、堂々と急所を狙わないと。

 

私の蹴りは黒服の鼻にもろ直撃した。顔の中で鼻と目は急所だからよく効いたのだろう、黒服は鼻血を出して倒れた。ちなみにこの時の私はスカートを履いていたので回し蹴りした時にパンチラどころかモロパンしているわけだが、まさかこの黒服が鼻血を出したのは少女のパンツを見たからか?くっ、昭和にも変態はいるのだな。急いで逃げないと。

 

3人目の黒服は2人も倒された後なのでさすがに警戒していた。ふむ、ここから上半身を狙っていくのは難しそうだな。じゃあ男の最大の急所を潰しておきますか。

 

というわけで顔の前で腕を構えている黒服の股間を強打する。おそらくさっきのふたりが顔面やられていたから下半身に意識がいってなかったのだろうな。黒服はちょっと形容しがたい顔で倒れた。まあ美少女に蹴られんだからご褒美だろ。さっさと逃げよう。

 

そうして玄関から出ようとしたら白髪の男に上記のように言われた。その男を見て私は初めて気づいた。私はあのアカギの世界にいるのだと、そしてこの派手なシャツをきた白スーツの男の言葉を信じるなら私は赤木しげるの娘なんだと。

 

え、赤木しげるに娘っていたっけ?いやいや、最後に家族がどうたらいってたしいなかったはずだぞ?あれ、おかしくね?私が赤木しげるの娘っておかしくね?

 

いやまあそもそも私の存在自体がおかしいって言われたらそれまでなんだけどとあまりの事態にフリーズしていると赤木さんがスタスタ近づき私のことをヒョイっと抱きかかえ

 

 

「うちのお転婆娘がすまんかったな。お前さんら大丈夫か?」

 

 

そういって赤木さんが倒れた黒服たちに声をかける。少女の力など大したものではなかったらしく黒服たちはよろよろと立ち上がる。

 

そしてそのまま私は赤木さんに抱かれベンツに乗せられどこかに連れ去られた。

 

うん、びっくりして途中から抵抗するの忘れてたけどこれ普通にまずいよね?ヤーさんたちの車に拉致されているってことだもんね。赤木さんいるから酷いことされないと信じたいがこの人はこの人で頭のネジがぶっ飛んでいるから信用できない。

 

赤木しげるについて私が知っているのは漫画の中の知識だけだ。博打が恐ろしく強くて自分というものをしっかり持っていてそれに全てを賭けれる狂った人。

 

『アカギ』や『天』を読んだ時は赤木しげるという人物をかっこいいと思いその生き様に惚れ込んでいたが、現実世界にいるとなると話は別。負けたら腕一本だとかいいながら賭けに挑んでくる奴とお付き合いなどしたくないです。そんな狂気な世界に身を任せるのではなく普通に生きたいわ。

 

 

「まあ、驚いたよな。いきなり親父とかいわれてもよぉ」

 

 

「・・・」

 

 

「クックックッ、そういう可愛げのないところも昔の俺にそっくりだな。まあとって食いはしねえからそう殺気立つなよ」

 

 

赤木さんはタバコをふかしながら楽しげに笑う。え、全然殺気なんか出したつもりはないんだけど、というか知らなかったとはいえ黒服さんたちぶっ飛ばして報復されないかとガタガタ震えているんだけど赤木さんの目にはどう映っているんだ?あれか、目つきが悪いからガンくれているとでも思われたのか?つくづくアカギDNAは不運しか呼ばないな。

 

暫くすると和風の大きなお屋敷についた。広い庭に池まで付いている日本家屋に普段であれば感嘆の声も出ただろうが、あちこち見かける黒服に情けない悲鳴をあげそうになる。なんだよここ、あれですか、ヤクザの本家ですか?やっぱり黒服3人目をぶっ飛ばして皆様おこなの?スライディング土下座を決めるので許してくれませんかね。腕一本とか嫌です。

 

逃げ出したいけど赤木さんに抱きかかえられているから逃げることもできない。なんで抱きかかえられるんだと不思議に思ったがよくよく考えたら靴なんて履く暇がなかったから素足なんだよね私。ということでどうやら赤木さんは親切心で抱き上げてくれたっぽいけど地面に画鋲がまかれているのだとしても下ろしてほしい。すぐに逃げ出せない環境にある方がつらいわ。

 

そうして連れていかれた先は和室の一室で四角い木の机の上に緑のマットと黒い鞄が置かれている。何が始まるんだとビクビクしていると赤木さんは私を1番奥の机に下ろし自分はその対面に座った。

 

 

「まあ恐らくお前さんは俺の娘なんだろうけど俺は何にも背負い込みたくねぇんだよ。だから賭けをしねぇか?」

 

 

「賭け?」

 

 

「ああ、そうだ。お前さんが勝ったら俺の娘だ。だが、負けたら赤の他人だ。今後一切関わらねえ」

 

 

そういって赤木さんは黒い鞄を開けた。その中身を見た瞬間今から何が始まるのか悟った。黒い鞄の中に入っていたのは黒と白の長方形の駒とサイコロと細長い棒、赤木しげるの名を世に轟かせたゲーム、それは麻雀の牌だった。

 

 

「ルールは知っているか」

 

 

「知らない」

 

 

「そうか、じゃあ1から説明せにゃならんな」

 

 

そういって赤木さんは私に麻雀のルールを教え始めた。アカギも天も読んでいるからポンとかチーとかロンとかそういった言葉は知っているけど麻雀なんてやったことはない。一応ルールは教えてもらったけど複雑すぎて実際に使える気がしないぞコレ。というか今から麻雀する流れなんですか?え゛、神域赤木しげると麻雀をするだ、と?なんだこの無理ゲーは。ビルの上の鉄橋渡り切る方がまだ簡単な気がするぞ。

 

 

「そんじゃやるか。まあとはいえ初めてのお前さんが俺に勝ち切るのは難しいだろうからハンデをやるよ。半荘一回勝負で一度でも上がれたらお前の勝ちだ」

 

 

赤木さんがそういうとともに横の席に2人の黒服が座り牌を混ぜ始める。というわけで麻雀勝負が始まったわけなんだけど私未だに状況理解できていないぞ?えっと、この麻雀に勝つと私は赤木さんの娘で負けたら赤の他人か。え、これどっちも嬉しくない二択なんだけど、だって赤木さんの娘ってことはそっち系の道に引きずり込まれて赤の他人だと野垂れ死ぬ未来が見えてんだぞ?なんだこの地獄待ちは。私に全く得がないですよちくしょう。

 

取り敢えず赤木しげるなら本当に『赤の他人ならもう関係はないな。じゃあな』といって放り出してきそうだから勝ちにいかなければならない。でもそもそも麻雀で赤木さんに勝つのが至難の技という難易度ルナティックモード。なんかもう詰んだ気がするわ。

 

牌を積んでサイコロを振る。どうやら私が親らしい。言われるがままに牌を取って中を見る。もうこうなりゃヤケクソだしやるだけやろう。えっと、3つの固まりを4つと2つの固まりを1つ作ればいいんだから、…うん?

 

 

「よし、じゃあお前さんからだな。いらん牌を1枚切ってくれ」

 

 

「切る牌はない」

 

 

そういいつつ確認してもらうために手牌を倒す。私の手には四メンツに頭が1つ、すでに手牌が完成していたのだった。

 

 

 

※※※

 

 

手牌を倒した後赤木さんは一瞬目を丸くした後私の手の中を覗いてそして爆笑した。ハハッと赤木さんの笑い声が響く中両隣の黒服たちは唖然とした表情をしていた。

 

どうやら私が上がったのは天和という一生に一度上がれるかどうかのとんでもない役で麻雀で1番高い点数の役満だったらしい。赤木さんは『さすがは俺の娘だ』と機嫌良さげだった。なんだかよくわからんが取り敢えず賭けは私の勝ちでいいらしい。やったね!これで私は赤木さんの娘だね!全くもって嬉しくないけど。

 

赤木さんは機嫌良さげに『せっかく勝ったんだからお前さんのいうこと聞いてやるよ』といってきた。え、なんでも?本当になんでもいいの?腕一本といったらくれるんですか?

 

まあそんなこというとマジで切り落としそうだから言わないけどどうしようかな。欲しいものはたくさんあるけど、まあまずはこれかな。せっかくの権利を行使して『赤木の姓は名乗らない』と言ってみる。

 

不思議そうな顔で『なんでだ?』という赤木さんに『あんたの名を背負うのはごめんだ。私は私で生きていく』とさりげなく裏社会で生きることを拒否しておく。うん、この世界で赤木の名を名乗ったらもう絶対表世界に社会復帰できませんからね。こんな始まりだったけど私は普通に学校行ってサラリーマンになるという一般的な社会生活を送りたいんです。間違ってもどっかの組の代打ちとかしませんから。

 

そういうと赤木さんは『お前さんは野心家だな』と楽しそうに笑う。野心じゃなくて保身だよ。え、どういう受け取り方したらそんな発想になるの?いやもう深く考えないでおこう。私が麻雀に関わるのはこれっきりだ。

 

そう思うも赤木しげるの娘という立場で裏社会から逃げられるはずもなく様々な勝負に巻き込まれていくことをこの時の私は知らない。

 

今、私こと『伊藤 蓮』の物語が始まったのだった。

 

 

 



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その日暮らし

 

赤木さんはまた私を抱きかかえると車に乗せ移動する。どこにいくのだろうとビクビクしているとやがて一軒の白い家に着いた。屋根は赤くて小さな庭があって可愛らしい家だ。

 

黒服が鍵を開け赤木さんに抱きかかえられながら中に入る。家具はしっかり揃っていて机の上に調味料が置かれてたり台所に調理器具が吊ってあったりと生活感のある家だ。まさか赤木さんの家ですか?なんとなくこの人の家は和風だと思ってたんだけど違うんだな。

 

 

「ここでいかがでしょう?」

 

 

「うん、いいんじゃないか。あの話受けると組長にも伝えておいてくれ」

 

 

「はっ、ありがとうございます。組長もお喜びになられるでしょう」

 

 

そういって黒服が頭を下げて出ていった。うん、待って話についていけない。え、ここって赤木さんの家じゃないの?赤木さんの家じゃないならなんなんだよココ。

 

 

「ここは?」

 

 

「ああ、娘と暮らすから家を用意してくれっていったら準備してくれたんだよ。まあ随分可愛らしい家だな」

 

 

そういって赤木さんは家の中を確かめるようにあたりを見渡す。うん、そうですかー。ここは赤木さんの家じゃないんですか。因みに前の住民はもういないらしい。ヤクザが管理する家主がいない家か、盛り塩とかしといたほうがいいのかな?深く考えると精神によろしくないので気にしないでおこう。潔癖ではなかったんだけど調味料とかは捨てといたほうがいいだろうな。

 

そんなわけで赤木さんとの生活が始まったのだけれども基本的に赤木さんは私がいてもいなくても自由に生きていた。

 

夜は大概いなくて朝に帰ってくる時もあればそのまま2、3日行方をくらますこともしばしば。たまに夜に家にいることがあるなと思えばタバコをふかし酒を飲んでいるだけだ。

 

うん、こんだけ不健康な生活を送っていたらそりゃ病気にもなるわ。あの死に方は赤木さんにとっては自分を貫き通したというある意味納得のいく死に様だったのかもしれないがそれに振り回される周りは堪ったもんじゃない。

 

私は絶対に赤木さんに自殺などして欲しくない。漫画ですら胸にくるものがあったのだからリアルだとボロボロ泣く自信があるわ。赤木しげるの娘と呼ばれるのは嫌でも赤木しげるのことは好きなのだ。それは前世の知識があるということもあるがこの才能があって飄々とした態度で自由に生きるこの人を好ましく思ってしまうのは仕方ないのだ。赤木しげるにはやはり人を惹きつける何かがある。

 

というわけで私は赤木しげるを53歳で自殺させるつもりなどさらさらないのだ。幸い病気になる原因はこの不摂生がたたったことだとわかっているのだからそれを改善すればいい。やれることはやろう。せっかく赤木しげるの娘という立場にいるのだから。

 

 

「これはお前さんが作ったのか?」

 

 

「そうだけど?」

 

 

取り敢えず酒を控えろタバコを控えろ夜は寝ろなんていってもこの傍若無人なおっさんはどうせ聞きやしないだろうし、いけそうなところから攻めよう。ズバリ食生活だ。きちんとした栄養を取らせること、これが第一の目的だ。

 

さらに理想をいえば三食必ず取らせるように習慣づけ夜に家にいるようにさせるのが理想だが、この人の生き方的にそこまでは難しい気がするしまあできるところまでやろう。

 

ひとり暮らしをしていたからそこそこ料理は作れる。メニューは和食にしてみた。本当は洋食の方が得意なのだが赤木さんの年齢を考えると和食が無難だろう。

 

というわけで本気で赤木さんを取りに行くために夕食を準備してみた。ご飯は土鍋で炊いて肉じゃがは下準備から丁寧に行い焼きナスはこげひとつ残らぬよう皮を取り茹でたほうれん草にはかつおぶしと薬味を添え味噌汁の具は王道のワカメと豆腐を使い最後にアルツハイマーの予防に良いとされる鯖をミョウガを添えて出した。我ながらよう頑張ったわ。ひとり暮らし時代なんて冷蔵庫にあるものを適当にソバと炒めていただけだったのに。

 

手を合わせて食事を始める。赤木さんも席について箸を手に持ったのでどうやら食べてくれるらしい。にしても張り切って作りすぎたよな。赤木さん少食そうな顔しているし全部は食べれないかも。

 

なんて思いながら味噌汁を啜りつつ赤木さんの様子を見るとジャガイモを口に運んでいるところだった。どうやら箸は進んでいるようだ。

 

 

「随分手間をかけて作ったんだな。味が染みてやがる」

 

 

「せめて飯ぐらいしっかり食べないと身体壊すぞ」

 

 

「ほう、これは俺のためか?」

 

 

その質問には答えずニンジンを口に運ぶ。うん、まあ赤木さんのためなんだけどそれをいうのはちょっと照れくさいじゃん。自分でも張り切りすぎたのは自覚しているので黙ってご飯を口に運ぶ。あー、白米うめえ。

 

赤木さんはそれ以上なにも言わず黙ってご飯を口に運んだ。でもなにも言わずともなんとなく嬉しそうにしていることが雰囲気から伝わってきた。

 

それから赤木さんは夜は帰ってくるようになった。朝も朝食を作っているとわかると起きてくるようになり舌がバカになるからとタバコの本数も減った。順調に行き過ぎてびっくりだわ。赤木さんの生活習慣変えようと思ってたけどここまで綺麗に嵌るとは思ってませんでしたよ。なんだ、赤木さんは意外と食い意地が張っているのか?胃袋掴む作戦が効果的なようですね。

 

 

「ほう、今日はオムライスか。お前さんは洋食も上手いんだな」

 

 

「どうも」

 

 

赤木さんが食卓につくのが習慣付いてきたので料理に自分が好きなメニューを取り入れていく。取り敢えず今日の晩御飯はオムライスだ。小さいサラダとコンソメスープをつけて食卓に並べる。

 

手を合わせてからスプーンを掴む。赤木さんも食べ始めたようで美味しそうに頬を緩めている。喜んでもらえると作った甲斐があったというものだがこんなにも家に居ついて大丈夫なのだろうか?ここ1週間は一緒にご飯を食べているのだから代打ちには行けてないはずだぞ?神域赤木しげるなのだからどこからも引っ張りだこだろうに、どうなっているのだろう。

 

 

「最近ずっと家にいるみたいだけどいいの?」

 

 

「うん?なんのことだ?」

 

 

「代打ち。呼ばれているんじゃないの?」

 

 

わからないことは本人に聞くしかない。遠回しに聞く技術がないので直球で尋ねる。

 

すると赤木さんは器用にスプーンをくるくる指で玩びながら楽しそうに笑った。

 

 

「そりゃ娘が俺の為に心を込めて飯を作ってくれるんだぞ?外にそれ以上美味いもんはねえよ。それが勝負の味でもよ」

 

 

「ふーん、そうか」

 

 

答えを聞けたのでオムライスを口に運ぶ。黙って運ぶ。黙々と運ぶ。

 

勝負事するより食べたいと思ってくれるほど私の料理を好きだと言ってくれるのか。どうしよう、めっちゃ嬉しい。心臓ばくばくいってきたわ。心なしか顔まで熱くなってきたぞ?あー、もー、

 

くそう、生まれつきポーカーフェイスでよかったよ。これなら照れているのが赤木さんにバレることもあるまい。いや、待てよ、なんだか耳も熱くなってきたぞ。

 

頼む、やめてくれ、と祈りながら自分の耳たぶに触れる。残念なことにそこは熱を持っていて真っ赤に染まっていることが容易に想像できた。

 

顔を上げると笑っている赤木さんと目が合う。どうやら私の照れ隠しはバレバレらしい。

 

 

 

 



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ハワイにて

6/8 誤字直しました。ご指摘ありがとうございますm(_ _)m


 

「蓮、ハワイに行くぞ」

 

 

「いやだけど?」

 

 

部屋でレシピ本読みながら今夜の料理について考えているといきなりバタンとドアが開き赤木さんが入ってきた。

 

突然のことで驚いたが身体を壁にうまく手元を隠しさりげなくレシピ本を机の下に押し込む。大丈夫、カムフラージュに机の上に少年ジャンプが置いてあるから私が料理の勉強してたことはバレないはず。なんかエロ本隠す中学生みたいな行動しているけど、仕方ない。だって赤木さんのためにレシピ覚えていたとかバレたくないじゃん。

 

まあ私の料理本のことは取り敢えず置いといて赤木さんが突然いいだしたハワイの件についてだ。うん、なんで急にハワイ?確かにアロハシャツが似合いそうなオーラはあるけど急に海外と唐突過ぎませんか?海外どころか関東からも出たことない私にはいきなりハワイはハードル高いな。それより旅行行くなら大阪行ってたこ焼き食べたい。

 

 

「そういうなよ。若いうちに見聞広めとくのも悪いことじゃないぜ?」

 

 

「興味ない。それに学校があるだろ」

 

 

この家に引き取られてから私は地元の中学校に通うようになった。小学生だと思っていたこの身体は実は13歳でちょうど中学一年生になったところだった。中学生にしてはこの身体小さいし細すぎるよな。料理は自分のためにもしっかりしないといけないわ。

 

小学校に行っていない私が中学生になるには色々と問題があったが一応保護者がいることと学力的に問題がないため許された。まあそりゃ小学校レベルの問題ならいくらなんでもできますからね。テストは全て満点でした。

 

別に休んだところで勉強についていけないということはないが将来のことを考えると学校には行っときたい。私は代打ちとか裏世界の住人になるつもりは全くないんです。真っ当な道を進みたい。

 

 

「学校行きたいなんて俺の娘とは思えねえな。俺がお前さんくらいの時はやんちゃばっかりしてたぜ?」

 

 

「ふーん、そう」

 

 

ああ、知ってます。チキンランとかチキンランとかチキンランとかヤクザ相手に麻雀打ったり拳銃ぶっ放してたりしてたんだよね。13歳で何やっているんだよこの人、生き急ぎすぎだろ。それが赤木しげるといえばそれまでだが私はそんなデンジャラスな人生はごめんである。

 

興味ないとばかりにジャンプをめくる。この時代の漫画は知らないものだらけだな。あ、でもドラゴンボールとジョジョがあるぞ。リアルタイムでこれ読めるのってすごいよな。

 

ジャンプをペラペラめくっているとふと腹のあたりが圧迫されて身体が宙に浮く。ジロリと後ろを見ると赤木さんが楽しそうに私を抱き上げていた。

 

 

「わりぃがもう決まっていることなんだよ。行くぞ」

 

 

そういうと赤木さんは私を抱きかかえたまま家を出て表に停めてあった黒い車に乗る。黒服が運転するそれは赤木さんがドアを閉めるのと同時に走りだした。

 

うん、ちょっと待って。流れるような展開に全然ついていけてなかったけどまさか今から行くのか?え、ちょ、私何も持ってないぞ?マジで着の身着のままだぞ?せめて荷物くらい纏めさせてよ。

 

 

「必要なものは向こうで買うから心配するなよ」

 

 

「このくそじじいが」

 

 

言葉遣いが汚くなったが私は悪くない。というわけで急遽ハワイにいくことになった。

 

 

ハワイにはなんか知らないおっさんが2人付いてきた。ふたりとも私が赤木さんが自分の娘だと紹介すると目を飛び出さんばかりに驚いていた。

 

そんなわけでハワイ旅行がスタートしたのだが基本的に私は無言で赤木さんたちの後ろについていく。ふたりのおっさんが時折話しかけてくれるのだが対人スキルと表情筋が死んでいる私はうまく受け答えができず素っ気ない態度を取ってしまっている。ポーカーフェイスがギャンブル以外では役に立たないことが証明されましたね。うん、つらい。

 

ハワイでは海に行ったりゴルフいったりとバカンスを楽しんだ。赤木さんはどこいってもめっちゃモテていた。ただの四十代のアロハシャツ着たおっさんだというのに、いやまあモテるのわかるけれども。だってこの人、色気の化け物だし。

 

そんな感じでハワイを満喫しホテルに帰ろうとした瞬間1人の日本人に声をかけられる。

 

 

「すいません、赤木さんですよね。お願いがあるんですが」

 

 

「そうだが、お前さんは、」

 

 

「井川ひろゆきです。以前天さんの後ろでふたりの対決を見ていました」

 

 

黒髪童顔の男性がそう名乗った。ひろゆき?ああ、この人がひろさんか。東西戦では最後まで天さんとともに戦い赤木さんの死後は覚醒しいち作品の主人公にまでなっちゃうHIROさんではないですか。ということはこれはアレだな、東西戦の参戦に口きいてもらうためにきた展開ですね。

 

立ち話はなんだということでホテルの部屋に入って話を聞く。予想通りひろさんの目的は東西戦に参戦するための口利きだった。赤木さんはその話を聞いてタバコを一本取り出し火をつけた。

 

 

「ほう、日本じゃそんなおもしれぇもんが起こっているんだな」

 

 

「ええ、西と雌雄を決する戦いです。僕はその戦いになんとしても参加したいんです。赤木さんの頼みなら天さんも断りません。お願いします」

 

 

そういって頭を下げるひろに赤木さんは少し考え込むと煙を吐き出した。

 

 

「そうはいってもお前さんの実力が分からなければどうしようもねえな。今から卓を囲みにいくか。どこか場所あるか?」

 

 

「それなら赤木さん、どうやらこのホテルは牌を貸し出してくれるみてえだぜ」

 

 

「そいつはいいな。早速借りてきてくれ」

 

 

というわけでひろの腕前を見るために麻雀をすることになった。麻雀に必要な面子は4人、そしてここにいるのは5人。うん、私が打つ必要は無さそうだな。赤木さんのゴルフに付き合わされて身体ガタガタだし先に寝るか。まだお子様だもの、寝る時間は早いんです。

 

鷲尾さんが麻雀牌を借りてきてくれたので部屋の中央に机にセッティングした。点棒も用意してじゃあ始めるかという雰囲気の時に赤木さんが私の肩を叩く。なんですか?私はおねむなんですけど?

 

 

「俺はいいからお前が打て。場慣れしておくのも大事だぜ?」

 

 

「赤木さん、その子は?」

 

 

赤木さんからまさかのバトンが回ってきたぞ。え、麻雀打てる人4人いるんだから4人で楽しく麻雀しとけばいいじゃん。場慣れとかも必要ないだろ。これから先麻雀するつもりは全くありませんよ?

 

 

「ああ、ひろにはいってなかったな。こいつは俺の娘の蓮だ」

 

 

「え、赤木さんに娘がいたんですか!?」

 

 

「おう、びっくりだろ?俺も一ヶ月前に知ったんだ」

 

 

「えええええーーっ!!?」

 

 

ひろの驚いた声が辺りに響く。うん、そりゃ常識的に考えて娘がいるのが一ヶ月前にわかりましたとか意味わからない展開だもんな。本当にこの人自由に生きているんだな。まあおかげで私が存在できたんだが。

 

麻雀なんか打ちたくないけど赤木さんにそう言われれば場の雰囲気的に断れない。しぶしぶ席について牌を取っていく。えっと、確か横の2人は関東でも指折りの実力者でひろは将来の主人公だろ?ルールも怪しい私が勝てる相手ではありませんね。まあ適当に頑張りましょうか。

 

 

「乗り気じゃねえのか、蓮」

 

 

「別に」

 

 

「クックッ、まあなんも賭けてねえ麻雀なんかつまんねえもんな。じゃあこうしよう、お前とひろのさし勝負で先に3回トップ取った方が勝ちだ。ひろが負けたら東西戦の口利きはなし、蓮が負ければこれを破く」

 

 

そういって赤木さんは細長い封筒をヒラヒラ揺らす。なんだろう?と思って見ているの赤木さんは中から飛行機のチケットを取り出す。え、ちょ、それ、

 

 

「蓮が負けたら帰りのチケットはなしだぜ?」

 

 

赤木さんはニヤリと笑った。って、ええええっ!?負けたら帰りのチケット破かれるの!?私無一文だし新しいチケットとか取れないぞ?というかコレ負けたらそのままハワイに取り残されるってことだよね?そんなことされたら確実に野垂れ死ぬんだけど!

 

ゆるゆるの麻雀から一気に生死をかけた緊迫感のある麻雀に変わる。後ろで赤木さんが狂気に身を委ねた麻雀ほど心踊るものはないだろう?とカラカラ笑っていっているけど何も面白くないんですが?やっぱりこの人、人間としてどこかネジが吹っ飛んでいるわ。ううっ、負けられない。

 

そんなわけで将来の主人公ひろとの戦いが始まった。

 

 

 



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東西戦の出場権

ひろ視点です。麻雀については大目に見てくださいm(_ _)m


 

※ひろ視点

 

東西戦のメンバーになるために赤木さんに口を聞いてもらおうとハワイまで行くとそこで赤木さんの娘、蓮と勝負することになった。

 

この勝負に僕が勝てば東西戦に参戦できる。だけれども蓮が負ければ日本へのチケットを失いハワイに取り残される。

 

小学生くらいの女の子にはとんでもないプレッシャーのはずなのに蓮は赤木さんにそう聞かされた時眉ひとつ動かさなかった。

 

自分の身がかかっていようが彼女の心は揺らぐことがないらしい。この子は間違いなく赤木さんの娘なのだろう。だけれども僕も負けるわけにはいかない。なんとしてでも東西戦に出てみせる!

 

そんなわけで始まった最初の半荘、僕が親だった。

 

流れは来ていた。リーチをかけた瞬間ツモり1発がつく。裏も乗って親マンだ。幸先がいい。

 

その後も流れが来ていた。次の局は中とドラ1で軽く上がりその後金光さんがツモって親は流されたけど次の局で鷲尾さんが振り込んでくれて2位の金光さんとは一万点以上差がある。

 

蓮は動かない。リーチをかけるどころかポンやチーもしない。ダマでテンパっているのだろうか?不気味だ。

 

結局この局は僕がトップだった。蓮は1度も上がらなかった。でも振り込みもしなかった。

 

まるでこちらの手を見透かすためにこの半荘を"見"に回った。そんな印象を抱いた。

 

結局僕は1度も蓮の手の内を見ることなく二回戦に移行することになる。

 

二回戦、蓮が動いた。わずか4巡でリー棒を掴みリーチを宣言する。

 

その速さはまさに神速、鳴きもせず早々に手を揃える引きの強さは赤木さんを感じさせた。

 

結局5巡、僕がいらない牌を整理している間に蓮はツモった。

 

ついにわかる蓮の手の内、開いた手の中は七対子だった。

 

1度も捨て牌を被らせず七対子を完成させるのを凄いと思うのと同時に違和感を覚える。七対子は単騎待ちの形になるので相手を狙い撃つのに適した役だ。こんな風に僕と蓮とのサシでの勝負なら黙って僕を狙い撃つのが当然だろう。それなのにリーチをかけたのは何故だろう。

 

結局蓮の手はリーチ、七対子だけの凡手だった。だけれどもここから僕は蓮の麻雀を思い知らされることになる。

 

この局から三連続、蓮の独壇場だった。

 

蓮は五巡以内で必ずテンパった。そしてそのどれもが周りに明らかにテンパっていることを示して来た。鳴いて三フーロ作ったりリーチしたりと方法は様々だが相手に自分の状況を知らせる。ダマで待たないことにどんな意図があるのか困惑したが上がった後の蓮の手牌を見てわかってしまった。いや、わからされた。

 

蓮の待ちは恐ろしく悪いものだった。そして必ず単騎だった。もう1巡待てば手替りするんではないかと思うところで平気でリーチをかけてくる。まるで麻雀を覚えたてでとにかくテンパイを維持する初心者のような行動に見えたが、違う。蓮のこれは脅しなのだ。

 

ドラ表示牌に1枚、河に1枚すでに使われている北で蓮は待っていたりする。五巡といえばまだ字牌の整理が終わってないような段階だ。そんな時に平気で残り1枚の牌で待っている蓮がいると非常にやり辛い。確率的には低いとわかっていてもどうしても掴んだ牌をきれなくなる。結果手が制限され進みが遅くなる。

 

あのテンパイを伝える行動は全てこちらの行動を抑制するもの。蓮に場の捨て牌を支配される。

 

そしてそんな薄い牌を掴んでくる強運、はっきり格の違いを思い知らされる。この半荘は蓮に取られた。

 

だけれども僕も負けるわけにはいかない。間違いなく僕の方が麻雀歴は長いのだ、麻雀に対する呼吸、感覚、知識、その全てを僕の方が上回っているはずだ。

 

蓮もいつまでも好調のわけではない。次の半荘では先ほどの怒涛の攻撃はなりを潜めて蓮は静かに麻雀を打っている。今の彼女には流れがないのだろう。この隙を突かなければ僕に勝機はない。

 

麻雀の理を僕は知っている。場に何が捨てられ見えている牌からツモることのできる牌の確率、鳴ける可能性を考慮した手作り、逆転までに必要な飜の数、目に見えている情報を正しく使いこなせる。

 

蓮みたいな待ちを選ぶ必要はない。多面待ちにして自分がツモればいいのだ。手を進めていく。麻雀の王道を行こう。

 

しかし結局この局はツモれなかった。鷲尾さんに上がりを掻っ攫われる。これは仕方ない、僕と蓮だけで麻雀をしているのではないのだ。周りがついている時もあるだろう。

 

結果この半荘は鷲尾さんに攫われた。だけれどもこれならいい。先ほどに続き蓮の流れが続かないのであればそれでいい。

 

あくまでこれは僕と蓮の戦いなのだ。蓮に勝たれないことが大切だ。

 

だが、次の局、また蓮の流れがやってきた。五巡目に蓮がリーチをかける。だけどもすでに僕の手もイーシャンテンである。蓮は待ちが悪いことが多いからテンパれば僕の方が早く上がれる可能性が高い。そう思ってツモったのは西だった。

 

2枚目の西、本来なら即ツモ切りしても良いような牌なのに手が止まる。蓮は平気で地獄待ちを行なうからこの牌はかなり臭い。

 

だがこの牌を切らなければ手を崩していくことになる。せっかくイーシャンテンまで行ったのにここで手を崩したらもうこの局は蓮に追いつけないかもしれない。

 

強く行くべきか下がるべきか、結局僕は手を回して西を手の中に収めることにした。幸いにして西は僕の風だ。重ねることができればまだチャンスはあるかもしれない。

 

だが次に引いてきたのは欲しかったカンチャン牌、強く打っていたらここでテンパイだった。くそう、と悪態をつきながらそのままツモ切る。

 

蓮の番となり牌をツモる。ツモるなよと祈っていると蓮はそのまま牌を河においた。スーピンだった。本来の僕の上がり牌。

 

なんてことだろう、西を切っていたら上がっていた。しかも蓮からの直取りでリーチと1発までついていた。西さえ切れていれば。

 

いや、終わったことでぐちぐちいうのはやめよう。この西は切れなかったのだ。今できるだけ精一杯やろう。

 

その3巡後蓮は上がった。一索を1巡目に切っているのにツモったのは四索だった。蓮はフリテンだったのだ。当たる牌などひとつもなかったのだ。

 

手先が冷たくなって行く。西どころか蓮に通らない牌なんてひとつもなかったのだ。結局僕はさっきの蓮の打ち方のイメージに引きずられていただけだったのだ。心の弱さに付け込まれた。

 

その後は散々だった。普段だったら切らないような牌を切って何度も蓮に振り込んだ。この半荘も落としてしまった。

 

ドクドクと心臓が鼓動するのがわかる。これで蓮は二回トップを取った。あと一回蓮にトップを取られたら僕の負けだ。

 

だけれどもこんな心境じゃとても蓮に勝てそうにない。どうしたら、

 

 

「ジジイ、リーチの後でもカンはしていいのか?」

 

 

「ああ、暗カンならしてもいいぜ」

 

 

「ふーん」

 

 

・・・え?

 

 

2人の会話を聞いて思わず顔を上げる。なんだ今の会話は。ルール確認だなんて、そんな当たり前のこと、まるで初心者みたいな発言じゃないか。

 

俺の動揺に気付いた赤木さんがニッと笑い吸っていたタバコを灰皿に押し付ける。

 

 

「ああ、勝負の途中に悪いな。だけれどもこいつ麻雀するのは2回目なんだよ。ルール確認は大目に見てくれ」

 

 

「麻雀するのが2回目なんですか、」

 

 

それは衝撃の事実だった。頭が真っ白になる。赤木さんの娘だから麻雀は当たり前のようにできると思っていた。いや、でもよく考えると娘だとわかったのも一ヶ月前だと言っていた。蓮は本当にルールを知らないのか?

 

 

「おう、しかも最初の時は蓮が一度でも上がったら勝ちっていうルールでこいついきなり天和なんかで上がりやがったからよう、実質これが初めての麻雀だな」

 

 

そういって赤木さんは新しいタバコに火を付ける。初めての麻雀で天和で上がり実際に打つのがこれが初めてというなら、それが本当ならこの子は化け物だ。赤木さんと同様に天に愛され才能に恵まれそれを使いこなすことのできる人を逸脱した存在。

 

だけれども今ならば僕にもチャンスがある。確かに将来蓮は僕には及ばない高みへと行くのだろうけれど今なら話は別だ。麻雀のルールを完全に理解出来ておらず才能を使いこなせていない今なら僕にも勝機はある。

 

初めて麻雀をするにあたって難しいのは役を作ることだ。そのままただ回せばいつかは形になるかもしれないが周りがポンチー鳴けば手の進みの遅さは焦りに代わる。かといって闇雲に鳴けば多くの役が消えかといってどうやって手を回せば役が付くのか初心者には判断が難しい。

 

1番わかりやすい役はリーチをかけること、これならば切る牌が制約される代わりに当たり牌が出た時にすぐに上がることができる。

 

蓮もそうなのではないだろうか。蓮も役をよくわかっていないから手の変えることのできないリーチを連発していたのではないだろうか。

 

ここがきっと蓮に付け入る隙だ。

 

次の半荘、早々に二鳴きし仕掛ける。五巡たったが蓮から動きはない。テンパれば蓮はリーチをかけるだろうし捨て牌を見ればまだ字牌を整理しているところだ。この局に蓮の流れはない。なら僕が上がり切る!

 

8巡目、テンパった。3-6萬待ち、白ドラ3、悪くない手だ。蓮の捨て牌を見るとまだ端の整理をしている。すぐには蓮から僕のロン牌は出てこないかもしれないが手は遅そうだ。これなら僕の方が早い。まずはこの手を上がり切る。

 

他の2人は鷲尾さんはともかく金光さんは手が早そうだ。真ん中の牌が出始めている。1巡前で切っていたウーピンでテンパったのだろうか。少なくともイーシャンテン。

 

手を回す。中々ツモれない。金光さんは間違いなくテンパっている。蓮は捨て牌を見るにテンパイもありえるかもしれないが蓮がテンパっているのならリーチをかけるのではないか?いずれにせよ注意は必要だろう。

 

自分の番が来た。ツモったのは西だった。さっき切れなかった西。

 

場を見るともう2枚も西が切れている。これで待っている人がいるなら地獄待ちだ。金光さんはない。染めているわけでもないしおそらく役は断么。

 

問題は蓮だ。もしテンパっているのなら蓮の好きそうな待ち牌だ。待ちの悪い牌、2回戦目の蓮の麻雀が頭に浮かぶ。

 

でも今蓮はリーチをかけていない。じゃあやっぱりテンパイしていないのではないだろうか。蓮がテンパイしていないリーチは3回ポンと鳴いたトイトイだけでそれ以外は蓮は全てリーチをかけている。

 

そもそも後1枚しかないとんでもなく薄い牌だ。こんなところで止まらない。この西を抱えてテンパイを崩すなんて論外だ。

 

西をそのまま河に捨てる。大丈夫、この牌は通る。蓮はきっとテンパっていない。だってリーチはかかっていないんだから。

 

 

「人を信じすぎだよひろさん」

 

 

蓮の声が響く。蓮が手牌の両端に手をかける。まさか、

 

 

「私が初心者だと聞いてそれを過信しすぎるのは気が緩んでいる。その心の隙を狙う者もいるんだから」

 

 

牌が倒された。暗刻が四つと西がひとつ。四暗刻、西単騎待ち、

 

 

「ロン。その西だ」

 

 

役満に振り込んだ僕に残された点棒はなかった。

 



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必要

な ん と か 勝 て た

 

ひろさんとの私の日本への航空券をかけた戦いは私が勝つことができた。

 

でもホント最悪な戦いだったわ。ルールは一応教えてもらってたけど実際にやってみるとどのタイミングでポンとかチーとか言えばいいのかわからないし鳴いたとしても何が役かわからんし、リーチすべきなのかもわからない。わからないことだらけだった。

 

結局1回目の半荘は何もできずに終わってしまった。ひろさんにトップ取られた時は心の中で絶叫したね。私の野垂れ死が近付いてきたんだからもう気が気でなかったよ。

 

半荘2回目は何か気付いたらほとんど二枚組が出来ていてあと一枚で手が完成するみたいな形になったからとにかくリーチをかけてみた。リーチかけたならロン牌でたら上がれるしわかりやすくていいよね。

 

で、なんかわからんが2回戦はついていたのかとことん上がりまくった。お、これはいけるんじゃね?と思って迎えた3回戦目は何も出来ませんてました。鷲尾さんと金光さんの接戦でまったく入り込めませんでした。つらい。

 

だけどもそれでも私は一度も振り込まなかった。なんか牌掴んだ時に、こう、ざわざわっとした物が背筋を駆け上ったりする時があるんだよね。そういう時は大概誰かの当たり牌っぽい。なんだこの当たり牌発見センサーは。チートやんけ。赤木さんのDNAが強すぎる。

 

迎えた4回戦目、早めにテンパイすることができたからサクッとリーチをかける。当たり牌なんだろうと手の中の確認すると自分の河にロン牌があった。これ、4と7以外に1も当たり牌だよね。終わった。もう上がることできないじゃん。え、じゃあこれって当たり牌もないのにただずっとツモった牌切っていくことしかできないの?なんだその拷問は。

 

いや、待て。確か自分で当たり牌切っちゃった場合でもツモるのはおっけーだった気がする。おおっ、セーフ!まだ勝ち上がれる可能性はあるぞ!

 

その局はなんとかツモることができた。でもその後から何故かひろさんが調子を崩して私に2回も振り込んでくれた。お腹でも痛かったのか?なんにしても上がることができて本当によかったよ。

 

これで私が2回トップを取ることができた。後1回トップを取れば日本に帰ることができる。じゃあ5回戦を始めようというところでそういえば気になったことがあったんだと思い出す。確かリーチをした後って手を変えれないと聞いていたのに金光さんがカンしたんだよな。あれってアリなのかな?

 

赤木さんに聞くとリーチをした後でも役が変わらなかったら大丈夫らしい。まだ麻雀のルールはイマイチわかってないところがあるからね、この状態でこのメンツに挑むって本当に無謀だよな。

 

それから5回戦目、ひろさんがめっちゃ攻めてきた。1巡目からチーと鳴いてその後も鳴いてあっという間に二フーロ、もうテンパったのかな?うーん、まずいな。

 

取り敢えず字牌を整理していく。2つ組が多いしここは七対子狙いかな?あ、でも1萬が重なったぞ。流石に3つになった奴捨てるのは嫌だな。1枚のやつ捨てていこう。

 

あ、また3つになった。これで西以外は3つ組になっているね。えっと、これ確か役あったはずなんだけど、トイトイだっけ?じゃあリーチかけなくとも上がれるんじゃね?見ていると結構皆テンパったからといってリーチかけるわけでもないみたいし私もこのまま待っているか。西こい西!

 

といっている間にひろさんから西が出てきた。おおっ!やった!黙っていたらまさかのひろさんからロン牌が出てきたぞ!やっぱり黙って待っているのもいいんだね!

 

 

「人を信じすぎだよひろさん。私が初心者だと聞いてそれを過信しすぎるのは気が緩んでいる。その心の隙を狙う者もいるんだから」

 

 

上がれて機嫌良くペラペラ喋る。なんか喋り方偉そうだな私。将来黒歴史になっていそう。

 

 

「ロン。その西だ」

 

 

牌を倒す。でも点棒計算はできないから誰かがいくらっていうのを待つ。いくらくらいになるんだろう。1万点くらいはいくのかな?

 

 

「四暗刻、西、地獄待ち単騎」

 

 

ひろさんがボソッとそう呟き顔色を失いイスに沈む。え、スーアンコー?なんだそれ、トイトイじゃないのか?

 

 

「この局面で差し馬に役満振り込ませるとは流石アカギの娘だな」

 

 

「ああ、こりゃ将来とんでもないバケモンになるぞ」

 

 

横に座っていた鷲尾さんと金光さんが口々にそういう。うん、役満?あれ、それって麻雀で1番得点の高い役じゃなかったっけ?え、この手そんなに凄い手だったの?3つ同じ牌を4組集めると役満なのか。マジか。

 

 

「それじゃあ日本に戻るとするか。おもしれえこともやっているみたいだしな」

 

 

そういって赤木さんがタバコに火をつける。あ、やっと日本に帰れるのか。もう日本行きのチケット賭けた勝負とかしたくないので帰れるのは素直に嬉しい。

 

しかし、今の状況は非常にまずい展開だ。自分のことでいっぱいいっぱいで忘れていたけどこれ確か東西戦の出場権賭けた戦いだったよね。私ひろさんに勝っちゃったんだけどまさかひろさんの代わりに東西戦出ろとかいう展開にならないよね。いやいやいや、無理無理無理。あんなヤクザが絡んだ不法地帯で麻雀打つなんて冗談じゃないぞ。今たまたまひろさんに勝てたけどビギナーズラックだよこんなもん。東西戦出たらフルボッコにされる自信があるわ。

 

それにここでひろさんが東西戦に出なかったらHIROの方はどうなるんだ?まさかなくなっちゃうの?私の存在がある時点で原作なんて崩壊しているも同然だがそれでもひと作品をぶち壊すような展開にするのは嫌だぞ。

 

 

「ふーん、東西戦に出るってこと?」

 

 

「ああ、お前も来るだろ?」

 

 

「ひろさんが来るなら行ってもいいよ」

 

 

そういうと赤木さんは勿論ひろさんも驚いた顔をした。まあ今まで対戦していた相手が来るなら行くっていうのは意味わからんよな。しかしここは譲らん。原作改変なんて責任重そうなことをやらかすのはごめんなのです。

 

 

「東西戦は間違いなく過酷な戦いになるぞ。なんでひろを連れて行きたいんだ?」

 

 

「必要だから」

 

 

「必要?」

 

 

「ああ、ひろは間違いなく将来とんでもない打ち手になる。連れて行くべきだ」

 

 

ひろが主人公になるには絶対に東西戦を経験する必要がある。そうじゃなくてもひろは色々とキーを握る人物だ。ここでひろさんが参戦しなかったらどう原作が変わるか全く読めなくなる。そんな恐ろしい事態には絶対にしたくない。

 

 

「お前がそんなこというなんて珍しいな。というわけだ、来るかひろ?」

 

 

「は、はい、勿論です!行かせて下さい!」

 

 

タバコをふかしながらそういう赤木さんにひろが嬉しそうに答える。ああ、よかったよかった。これで無事ひろさんは東西戦に参加できるね。ちょこちょこ原作変わっちゃっているけどひろさんが東西戦に参加しないなんて大きな改変が行われなくてよかったよ。

 

そしてその後ひろさんが参戦するなら自分も参加すると言ってしまっている事実に気付いて頭を抱えるのだった。

 

 

 



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参戦

 

「東のメンツ…、俺の席はあけてあるんだろうな」

 

 

日本に帰って来て東西戦に参加するために天に会いに行こうという話になり訪れたのはどこぞのマンションの一室だった。

 

赤木さんがノックするとともにドアが開かれ中に入って行く。しばらくすると赤木さんの『はいんな』という声が聞こえ鷲尾さんと金光さんが入ってひろさんも入っていったのでその後に私も中に入る。その瞬間中にいた面々から驚きの視線を受ける。

 

 

「赤木さん、その子は、」

 

 

「ああ、俺の娘の蓮だ。麻雀始めて日は浅いが腕は立つぞ。東のメンツに入れてやってくれ」

 

 

「赤木さんの娘!??」

 

 

顔に傷のある天さんと思わしき人が大声をあげる。まああの赤木しげるに娘がいるとかびっくりだよな。気持ちめっちゃわかるわ。

 

にしてもこの人が天さんか、大きくて傷まみれで髪の毛が逆立っていて、なんというか熊みたいな人ですね。でも原作見ていると大らかだし器が広いし悪い人ではなさそうだ。嫁は2人いるらしいけど。

 

 

「腕は本当に確かですよ。ハワイで打ったのですが僕は負けてしまいました」

 

 

「ああ、わしらと卓を囲んだんだが蓮がトップだった。ルールを知ったばかりの初心者とは思えねえ」

 

 

「ひろだけでなく鷲尾さんや金光さんがいる卓でトップだと!?」

 

 

元々部屋にいたメンツがざわめく。まあ確かにこんな子どもが東の錚々たるメンツの中で勝ち抜いたとなれば驚きもするだろうけど、ただのビギナーズラックなのでそんなに注目しないで下さい。え、ちょ、なんか凄い勢いで私のこと認知されていってね?いやいやいや、だから裏世界で生きて行くつもりはこれっぽっちもないんだって!ヒィィイィッ、天さんのことは嫌いではないけど裏プロトップの人に名前なんて覚えられたくないよ!

 

 

「蓮っていうのか。あの3人と打ってトップ取るなんて流石赤木さんの娘だぜ。俺は天だ。よろしくな」

 

 

「…伊藤蓮です。どうも」

 

 

「伊藤?赤木じゃないのか?」

 

 

天さんが不思議そうに首を傾げる。取り敢えず苗字名乗って赤木さんと無関係アピールしてみる。赤木さんのことは好きだが裏社会で超有名人である赤木さんの名前は背負いたくないんです。そういうと赤木さんはタバコをふかしながらクツクツ笑う。

 

 

「どうも蓮は俺の名前で有名になるのが嫌みてえだな。俺とは関係なく自分で戦い抜きてぇなんて大した奴だろ?」

 

 

「なるほど。確かに赤木さんの娘だとそれだけで色眼鏡で見られるものな。自分の力だけでのし上がっていきたいなんて芯が通った生き方してんな、蓮」

 

 

ニカッと笑うと天さんは私の頭にぽんぽんと手を置いた。うん、いい雰囲気になっているっぽいけどちゃいますよ?裏社会でのし上がりたいなんてこれっぽっちも思ってないし赤木さんの苗字名乗らないのはそっちの道に行きたく無いからだよ!なんか私が我が道を行く強気な野心家みたいな流れになっているけどマジ違います。ヤーさんたちと麻雀なんて打ちたくないよぅ。

 

その後銀二さんも来て東のメンバーが揃った。そのままマンションにお泊まりし(結局ここ誰の家だったんだ?)次の日開催場所のホテルに向かう。なんでヤクザの会合はくっそ高そうな場所で行うんだろうな。まあ美味しいご飯食べられるのは素直に嬉しいです。

 

東側に与えられた部屋でルールについて確認する。まあ内容は原作通りでした。取り敢えずドベにならなかったらそれでいいらしい。そもそも私は打つつもりないし気楽にいこう。

 

と思ったら、と思ったら!

 

メンバー表に私の名前があって発狂しそうになる。え、ちょ、ひろさんは!?ここはひろさんがA卓入って健さんと原田と打つ場面じゃないのか?!

 

 

「ひろさんは?」

 

 

「ひろは予備戦力だな。向こうは武道派のヤクザだから勝負が拗れたら何をするかわかんねえ。戦力は多いにこしたことがない」

 

 

「なんだひろひろって。そんなにひろに懐いたのか?かーっ、寂しいね。俺なんてクソジジイ呼ばわりだっていうのに」

 

 

そういうと赤木さんはグリグリ私の頭をかいぐり回す。なんかちょっと痛いぞ。怒っているのかこの人。

 

まあそれより、いやいやいや、ひろさん出ないってどういうことだよ!まさかこのままずっとひろさんポジに私が居座って打ち続けるのか?なにそれ死んじゃう。だから私完全初心者でルールも怪しいんだぞ?麻雀ってコンビ打ちも大切なんだよね?私サインとか覚えられる自信ありませんわ。

 

取り敢えずこの回は変更なし。次の半荘は向こうとの交渉次第でひろさんも打たせてもらえることになった。おおおっ、よかった!まだ希望はあるね!なんとしてもひろさんには打ってもらわないといけないから天さん頼んだぞ!

 

 

「ねえ、どうしてそんなに僕を買ってくれるの、蓮」

 

 

試合が始まるまで後3時間はある。ロビーで麻雀のルールブック読みながら座っているとひろさんがやって来てそう尋ねた。ひろさんの表情は少し暗い。

 

 

「確かに技術は上かもしれないけど実力は君の方が上だ。それもすぐに君も身につけて僕は全く及ばなくなる。なのにどうして君は僕を東西戦に出そうとするんだ」

 

 

「必要だから」

 

 

いや、なに言っているの。技術も実力も圧倒的にひろさんの方が上だよ。私は本当にただの初心者なんです。場違い感が半端ないわ。

 

 

「必要?」

 

 

「この東西戦勝つにはひろさんが必要なんだよ」

 

 

「でも、僕は蓮に負けて」

 

 

「ひろさんが強くなるのはここからだ」

 

 

ひろさんの麻雀が神がかるのはこれから先、東西戦を経験して10年という月日を刻んで赤木さんと話をしてそこから神眼を手に入れるのだ。ひろさんは必要ですよ、こんなところでスピンオフの主人公をなくしてたまるか!

 

 

「ひろさんの未来に期待している。だから貴方はここで打たないといけないんだ」

 

 

そういうとひろさんは目を見開き固まった後ふっと口元を緩め、『蓮がそういってくれるなら僕もがんばってみるよ』といって去っていった。よかった、取り敢えずひろさんが東西戦に全く参加しないという最悪の事態はなくなりそうだ。あとは次の勝負で私がいきなり吹っ飛ばないことだね。それが最も難しいんだけれども。

 

そして始まる東西戦、同じ卓のメンバーが原田、南郷、健だと聞いて頭を抱えるのだった。



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初戦

 

現役最強と呼ばれる原田さんがいる席か。もうめっちゃつらい。しかも原田さんはイカサマを見つけたら平気でドス抜いて殺しにくる武道派ヤーさんだよ。すぐにこの席から逃げ出したいです。

 

救いは確か原作では健さんがやらかしてドベ落ちしてくれるので私はなにもしなくともこの場にはいられるということだ。がんばってね、健さん。私はのんびり打っときますから。

 

そんなわけで始まった東1局、配牌は悪くない。じわりと回していこう。

 

 

「ククッ、お前みたいなガキが出てくるなんてよっぽど東は人手不足のようだな」

 

 

「そうかもね」

 

 

原田さんに話しかけられて思わず身体がガタガタ震えそうになるがなんとか抑え込んでいらない牌を捨てる。ちょ、いきなり話しかけてこないで下さいよ。武道派ヤクザの組長に目をつけられるとか怖すぎる。なるべく静かに打とう。

 

原田さんはソーズを落とすと3巡目でリーチをかけた。捨て牌見るとピンズか萬子に当たり牌がありそうだけど確かこれってピヨ待ちだった奴だよね?よかったぁ!原作覚えていて本当に助かった!とにかくピヨだけは打たないようにしよう。

 

相手のロン牌わかっているならこっちのもの、いらない牌どんどん落として手を使っていく。お、テンパった。後はリーチをかけるかどうかだが、

 

うん、なんか嫌な予感がするんだよね。取り敢えずここはリーチかけずにいよう。でもリーチしなかったら当たり牌でても上がれるかわからないんだよな。ルールわからんのマジ辛い。

 

と言ってる間にピヨつもりました。うわあああっ、これ切れない牌だよ!やっぱりなんか引く予感があったんだよね。取り敢えずこれは中に入れて、さて何切ろう。ピヨ切らなかったらテンパイ崩れるなー。むむむ。

 

いやでも逆に考えれば原田さんの上がり牌を抑えたってことだよね。うーん、じゃあ流れは悪くないのかな?まあ手を回しながらゆっくり打とう。まあ上がれたらラッキーということで。

 

結局その局は誰も上がれず流れた。テンパイと言って手を倒したのは原田さんと健さんのふたりだけ。原田さんの待ちは原作通りピヨ単騎でした。覚えててよかった原作、知らんかったら普通に振ってたわ。

 

 

「ふっ、ガキだがグズってわけではなさそうだな。だがそんな打ち方じゃ、俺は殺れないぞ」

 

 

原田さんがこちらをニヤリと笑う。そりゃ麻雀歴3戦目の私と現役最強の原田さんじゃお話にならんでしょう。なんだろう、挑発なのかな?この人ホント好戦的で嫌です。

 

さて、ここからの打ち筋は原作情報あったかもしれないが全く覚えてないので普通に打たなければならない。どうしようかな、まあ考えたところで私にできる戦略ってリーチをかけるかかけないか選ぶくらいしかないけど。

 

でもリーチかけなくて回し打ちしたとしても相手の捨て牌見て何が怪しいとか全く読めないし、そもそもこの人ってフリテンリーチとかしちゃう人でしょ?捨て牌って意味ないじゃん。うん、役あるか考えるの面倒だしテンパったらリーチしよう。

 

と思っていたら次の回リーチかけた瞬間ツモって裏も乗って跳満いった。その後も中をポンと鳴いて千点であがる。一気に私がトップだ。

 

あれ?こんなに頑張るつもりはなかったのに気づいたらトップ独走しているぞ?周りも驚きながらなんて速さだとか何故その牌を切らないんだ、とかブツブツ話している。別に特に何もせずいらんところ切っているだけなんだけど、初心者だからこそ怖いもの知らずなんです。後は単純に手が速かった。

 

その後は周りがちょこちょこ上がりながらオーラスまで来た。相変わらず私がトップである。原作崩壊しているけどいいのかな、そもそも私が打っている時点で原作もなにもないか。取り敢えずドベにはなりたくないのでこの局は振らないように注意しよう。

 

そうこうしていると、ふと、健さんの手牌が少ないことに気がついた。ああ、ここが例の四暗刻の場面ですか。今確かに健さんドベだしついでに原田さんを飛ばせたら美味しいもんね。これはうまくいかないんだけど、止めるのも難しいんだよな。ということで頑張れ健さん、ひょっとしたらワンチャンありますよ!

 

と思ったがダメでした。やっぱり左手に1牌抱えているの見破られて刺されちゃいました。ドンマイ、健さん。まあまた次があるので頑張って下さい。

 

にしても怖かったわ原田さん、平気で人刺したよ。目の前の卓が血で染まっていってガクブルでしたわホント。やっぱりヤーさんと麻雀なんかしたくないよぉ。次はひろさんが変わってくれると信じています。

 

 

「目の前で人が刺されても顔色ひとつ変えねえか。肝が座ったガキだな。おい、お前名前は?」

 

 

さあ、これで退散と思ったところで原田さんから声が掛かる。内心ヒィ!と悲鳴をあげながら呼ばれた以上は振り返る。アカギDNAのせいで表情筋が仕事しないだけで健さんが刺された時はめっちゃビビりましたよ。取り敢えず聞かれたことには答えとく。

 

 

「蓮、伊藤蓮だ」

 

 

「蓮か、その名前覚えとくぞ」

 

 

ククッと笑いながら原田さんは去っていった。うん、普通に答えちゃったけどこれまずかったよね。ヤクザに名前覚えられても絶対いいことないもん。うわあああっ、私のばかァ!でも答えないという選択肢もなかったよちくしょう!

 

その後、僧我さんと赤木さんが四暗刻上がって他の卓も終了した。次は2回戦か、ココこそひろさんの出番だと信じているからね!

 



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本戦

 

1回戦が終わって次は2回戦だ。ここからはいよいよ本戦のメンバーを決める戦いで1位になった人から勝ち抜けしていくシステムらしい。

 

皆が気を引き締める中、私はとんでもない強敵と戦っていた。抗えない、呑み込まれる、意識が薄れていく、

 

そう、睡魔だ。私はめっちゃ眠かった。

 

そりゃ13歳の身体に夜の12時スタートの麻雀は辛すぎますよ。しかも赤木さんの生活習慣を良くするためにめっちゃ規則正しい睡眠を取っていたんだぞ?緊張してたから頑張れてたけど流石にもう眠いです。

 

 

「蓮、凄いね。あの原田がいる卓でトップを取るなんてやっぱり君は強いよ。次からはトップを取った人から抜けて行くルールだけど蓮ならすぐに勝ち抜けて、」

 

 

「ひろさん、後は頼んだ」

 

 

ひろさんの肩をポンと叩くとその辺りのソファーに倒れこむ。もうマジ眠い。原作ではひろさんが打っているんだし私の出番はもういいだろう。さっさと寝よう。

 

薄れていく意識の中で『え、蓮ッ、蓮ッ!』と焦るひろさんの声が聞こえて来た気がしたが私はそのまま眠りについた。

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

「よう、眠り姫、起きたか?」

 

 

「…なんだ、ジジイか」

 

 

おおぅ、よかった。なんかわからんけどビルの上の鉄橋渡らされていてヒィと怯えていたらアカギ(19)が『この橋渡って見せましょう』とかなんとかいいながらフワァと浮き上がって空まで上っていって、お前渡ってないじゃん!と鉄橋渡りと突っ込みに追われてたんだけどなんだ、全部夢か。ハァ、焦った。全部夢でよかったよ。

 

だが、夢から覚めたところで危ないギャンブルは続いているんだよね。今どこまでいっているんだろう。なんなら麻雀全部終わっていても構わないんだけどな。

 

 

「ひろは原田に後一歩までのところまで詰め寄ったが負けちまったよ。残っているのは最後のひとりを決めるための1局だけだよ」

 

 

「それもひろさんが打てばいい」

 

 

残念ながらまだ予選すら終わってないらしい。外を見ると真っ暗だしまだまだ夜中なのだろう。

 

まだひと眠りできるなと思いながら背中を倒そうとした瞬間肩を掴まれる。目の前には表情の読めない赤木さんが立っていた。

 

 

「なんでここでひろに任せるんだ?」

 

 

「ひろさんが勝つから」

 

 

あくびを噛み殺しながらそう答えると赤木さんは驚いた顔をした。

 

 

「ひろがか?ひろもそれなりの打ち手だがあの中では見劣りするぞ。根拠はなんだ?」

 

 

「そもそも腕は負けてないよ。足りなかったものも今は持っている。下馬評1番の馬に賭けたって勝てるわけでもないんだし自分の選択を信じるよ」

 

 

根拠は原作知っているからなんだけどそんなこと言えないからそれっぽいことをいって誤魔化しておく。

 

赤木さんは私の話を聞くと面白そうに笑い『まあギャンブルなんてそんなもんだな。お前とひろが納得しているなら構わないぜ』といってひろさんが打つことを認めてくれた。よかった、これできっとひろさんが奇策を炸裂されて勝ち切ってくれることでしょう。

 

安心したら眠くなったのでそのままひと眠りする。起きたらひろさんは原作通り勝っていた。よかった、よかった。

 

 

※※※

 

 

 

無事予選が終わり3日後本戦ということになった。このままひろさんが本戦も打ったらいいんじゃないの?と思ったが流石に本戦は自分で打ちなさいといわれた。つらい。

 

おまけに麻雀3回しかしたことない超初心者なのが天さんにバレて本戦までの3日間みっちり東のメンツに麻雀仕込まれました。それならなおのことひろさんを、といったのにその才能を伸ばさないのは勿体ない!といわれ麻雀漬けの3日間でした。いやいや、代打ちになるわけでもないし絶対麻雀できるようになっても使わないぞ?あー、ハワイから考えると何日学校休んでいるんだコレ。絶対担任の先生に不良だと思われているよ。

 

3日間仕込まれたので役や通しはひと通り覚えた。おかげで夢にまで麻雀が出てきてうなされましたよ。もうどうにでもなれと若干自棄っぱちになりがら本戦の会場に連れてかれる。3日間ほぼ徹夜麻雀とかしたのでもう夜中でも眠くならないよきっと。生活リズムも乱れまくっているな私。あとでちゃんと戻ってこれるんだろうか。

 

本戦はどっかの料亭を貸し切って行われる。ホテルの時も思ったけど誰がお金払っているんだろう。原田さんかな?ヤクザって儲かるんですね。

 

いくつかルールを決めていよいよ本戦が始まる。10巡交代制で満貫未満は点棒を取らない。そして振り込まれても点棒が増えないことから常に誰もが飛ぶ危険性のあるデスマッチ。ううん、ほんとなんでこんな恐ろしい戦いに私が参加しているんだろうね。お家に帰りたいな。

 

最初は私が打つことになった。そして10巡後には赤木さんと交代することになる。つまり何もせず赤木さんに手番を回すだけのお仕事ですね。静かに打っておこう。

 

手を開けるとめっちゃ萬子が入っていた。えっと、いち、に、さん、し…、11枚も入っているぞ?確か全部萬子だったら6飜、鳴いても5飜はあるんだっけ?おおっ、じゃあ清一色狙いますか。

 

最初からバシバシいらない牌を切っていく。私が牌を切るたび周りの空気がピリピリしていくんだけどなんでだろうね。まあ気にせず自分の打ちたいように打っていこう。

 

そうして打っていった8巡目、五筒を引いた。手が止まる。

 

なんとなく、この牌は切ってはいけない気がする。ここまで徹底的に萬子を出さなければ他家にも私が染めていることがバレただろう。このまま突っ張ったらツモることは出来るかもしれないが相手を討ち取ることはできない。

 

そう考えるとこれはチャンスじゃないかな?ここまで来て筒子で待っているなんて思われないだろうし。うん、手変えしよう。

 

不要な萬子を叩き斬る。瞬間、ピリピリしていた空気にさらに重さが増した。何だ、この場は、めちゃめちゃしんどいぞ。早く赤木さんとチェンジしたいです。

 

次にツモったのは東だった。いらないのですぐに切ると原田さんに鳴かれてしまった。これはまずかったかな?まあもうやっちゃったもんは仕方ないしこのまま突っ走ろう。

 

そして10巡目、六筒を引いた。おっけー、テンパイです。役はあるからリーチはやめとこう。必要なら赤木さんがするだろうし。

 

席を立って赤木さんにチェンジする。赤木さんは私に向かってニヤっと笑うとそのまま打ち続けた。笑ったってことは間違った打ち回しじゃなかったってことかな?ふーっ、よかった。一応チームなんだし赤木さんの足を引っ張りたくないもんね。

 

結局赤木さんもリーチをせず打ち回し最終的には相手方から直撃を勝ち取った。赤木さんは点棒を受け取ると立ち上がり私の方へと手を伸ばす。

 

 

「よくやった蓮。あれはこの打ち回しで正解だ」

 

 

そういうと赤木さんはくしゃくしゃと私の髪を撫で回す。髪はボサボサになったが心が熱くなった。

 

赤木さんに褒められたのが嬉しい。やっぱり私は赤木さんが好きなのだ。この多大な才気を持つ人に認められたことがどうしようもなく幸福だった。

 

相変わらず仕事をしない表情筋がポーカーフェイスを作り『別に』とそっけない返事を返す。でもそんなことは赤木さんにバレていたのだろう。

 

赤木さんはニヤリと笑って私の耳を摘む。触れた部分から手の冷たさが伝わり私はまた耳が赤くなってしまっていることを悟った。

 

 

 



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異彩

 

※天視点

 

 

赤木さんの娘だという蓮はやはりその血を受け継ぐかのように勝負の神様に愛されていた。

 

初戦、あの原田と同じ卓でトップを取った。

 

初めての戦いということでおそらく原田は本気を出していなかっただろう。それでもあのメンツ相手に勝ち切るのは並みの技量ではない。蓮は間違いなく麻雀の才能を持っていた。

 

だが、その後蓮は打たなかった。ひろに出番を譲り自分は会場の端で横になる。

 

蓮は何故かひろを買っていた。ハワイで打った時に何か感じるものがあったのかもしれない。卓を囲んだ者同士にしかわからないもの、そういうものもあるだろう。

 

最初の戦いは原田を後一歩のところまで追い詰めたが取り逃がしてしまった。だがそれによりひろゆきの麻雀が変わる。綺麗に勝とうとする打ち方からがむしゃらに何が何でも勝ちにいくやり方に。

 

結局蓮は最後の予選通過者を決める卓までひろに譲り、ひろもそれに応えるように最後の一席をもぎ取った。

 

この戦いを経たことでひろは格段に強くなった。これが蓮の狙いだったのだろうか。

 

予選が終わり3日後に本戦となる。本戦までに向こうに柄を攫われないように皆同じ場所で過ごそうという話になったのだが、そこでとんでもない事実を知った。蓮は麻雀をたったの3回しかしたことがないらしい。

 

役もあやふやで点棒計算もできないという初心者丸出しの状態だ。だからこそあの原田相手に突っ走れたというのもあるのかもしれないが、どんなルールになるかわからない本戦にその状態で連れていくわけにもいかない。

 

本戦までの3日間は蓮に麻雀を馴染ませることにした。それまでも打てていたのだから蓮が麻雀をしっかり呑込めるようになるまでにそう時間はかからなかった。

 

予選から3日後、仕上がった蓮と東のメンツとともに本戦へと向かう。新たなルールをいくつか決めていよいよ勝負が始まる。

 

最初の打ち手は蓮と俺だった。いらない牌を整理しつつ場を見ていく。その中で蓮の捨て牌は一際目立っていた。

 

いきなり索子のど真ん中が捨ててありその隣には筒子が並ぶ。混一色か清一色か、明らかに蓮は萬子で染めていた。

 

3日一緒に打っていて思ったのだが蓮はよくこういった打ち回しをする。自分の手の内を隠すことをしない。何を狙っているか周りにアピールしリーチすることにも躊躇いがない。一見、自分の手の内を晒すことは愚かに見えるが蓮の狙いは別にある。

 

初牌の字牌を蓮がツモ切る。混一色ではなく清一色、蓮の手の高さを感じ周りの空気がピリピリとしたものに変わる。

 

となれば皆もう萬子が切れない。手を回す。あるいは安牌の確保に移る。豪腕の麻雀、自分の手を曝け出し周りを下ろしにかかる、蓮の麻雀は降しの麻雀だった。

 

そしてついに蓮の手の内から萬子が溢れた。張ったのだろう。場の緊張感もいよいよピークに達する。

 

このまま上がられるわけにはいかないと思ったのか原田が東を鳴く。ここで交代だ。

 

10巡たったので順番に皆入れ替わっていく。蓮が赤木さんと交代し俺も銀さんと交代する。少し空気が緩んだがテンパイ濃厚なのが2人もいるのだから気が抜けない。張っていないものは降りだろう。銀さんも現物を切る。

 

そして何巡かした後赤木さんが三井から出た四筒をロンといった。え、と皆が驚く中赤木さんが手を倒す。四・七筒待ち、萬子ではなかった。

 

赤木さんは交代してから全てツモ切っていた。つまりこれは蓮が用意した手役なのだ。

 

清一色で押していたかと思えばこっそりと手の中に筒子を紛れさす。剛の中に柔を、相手を討ち取る柔軟な見事な打ち回しだった。

 

赤木さんが嬉しそうに蓮の頭を撫で回していた。やはり自分の娘の活躍が嬉しいのだろう。

 

蓮は相変わらずの無表情だが嫌そうには見えない。意外と仲が良いあの2人を見ていると自分も娘が欲しくなる。嫁2人に頼もうかな、この戦いが終わったら俺もがんばろう。

 

そこからはしばらく場は動かなかった。満貫縛りがある以上そう簡単に手は作れないし作れたとしても味方からやツモでは上がれない。軽い手で相手に流されてしまうこともある。

 

その中で蓮はやはり異彩を放っていた。手を緩めない、わかりやすく高い手を張っていることをアピールしてくる。あがり切ることがなくともそれは西に圧力をかけていた。

 

蓮が仕掛けているとなるとまっすぐ行きにくくなる。牌を回し、手が縮む。だがそんな風に突っ走れば当然蓮が振ることもあった。

 

リーチをかけ、手を変えられなくなった時に僧我のロン牌を掴み振り込んでしまう。

 

だがそんな時ですら蓮は平然としていた。顔色ひとつ変えず点棒を払いその次の局ではドラを鳴き手牌を短くしながら平然とドラ三を確定させる。

 

死ぬことを恐れない、そんな打ち方、死ぬときはあっさり死ぬとばかりの強い切り方に西は圧倒されていた。

 

結局蓮は僧我と原田にそれぞれ振り込んだが代わりにあの僧我から1度直取りをしてその上さらに相手の親被りで満貫をツモあがりしている。

 

満貫を2度振り込んでいるから16000の支出だがその代わり最初の三井からの振り込みも入れると22000点分の点棒を西から奪っている。しかも僧我や原田相手にだ。蓮は東に充分過ぎるほど貢献してくれている。

 

だが蓮の残りの点棒も少ない。満貫2つに加え相手がツモあがりした時にも点棒を持っていかれているから今の蓮の点棒はあと7000だ。満貫振り込んだら終わる。だが、そんなこと関係ないとばかりに蓮は突っ走る。

 

 

「リーチ」

 

 

箱から千点棒を一本取り出すと蓮は卓の上に放り出した。振れば終わりという状況なのに蓮は緩めない。西の連中の顔色が変わる。

 

もう手の変えることのできない蓮を殺りきりたいというのが本音だろうがまだ3巡目、手も煮詰まっていないこの段階では仕掛けることが難しいだろう。

 

結局その5巡後蓮がツモった。リーヅモ、一盃口、ドラ一、マンガン。振れば終わるという状況で見事に西から点棒を奪った。

 

次の局、原田が早々に仕掛けて索子の二鳴き、染めてそうな感じだがドラが絡めば満貫はいく。おそらくあの索子はブラフで本命は筒子。

 

蓮もそう読んだのか切ってきたのは索子のど真ん中、五索。いくらブラフだと思っても中々切れないものだが蓮は自分の読みと心中できるらしい。肝っ玉が据わってやがるぜ。

 

こんな打ち回しをしていたら蓮はそうそうに振りそうな気がするが意外と蓮が振ることはない。振ったのはリーチをかけていて手替わりできない2度のみ、守備に回った蓮は鉄壁だった。

 

相手の手の中を見透かし相手の思考すら読み取っているのではないかと思うほど蓮の打ちまわしは完璧だった。流石は赤木さんの娘、打ち方が神がかっている。

 

リーチをかけなければ振らずに打ち回せるのだからかけるべきではないはずなのに蓮は満貫振ったら終わる点棒で平気で突っ込んでくる。その打ち方が西にプレッシャーを与えているのだろう。流れは東にあった。

 

蓮だけではない、銀二さんもついに仕掛けてきた。得意のガン牌を使い原田を翻弄する。しかし肝心なところで僧我に阻まれ原田を殺り切れてない。

 

あと一歩というところで原田が休憩を言い出した。勝負は後半戦になるだろう。

 

 

 



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心情

「銀さんのガン見破られるから牌変えた方がいいよ」

 

 

次の勝負まで一旦休憩を挟む、ということになったので私もご飯を食べて眠ることにする。

 

いやぁ、それにしても前半戦は大変だったなー。せっかく天さんにダマの待ちかた教えて貰ったんだけど満貫縛りで役作れず結局ガンガンリーチしちゃったよ。

 

おかげで相手に振り込みまくって残り7000点しかないけど僧我さんから振り込み貰っているしツモってもいるし結果オーライかな?初心者のにわか仕込みにしてはよくやっているよね。うん、私がんばった。

 

夕食は寿司で全部特上だった。大トロとかうますぎて口の中が溶けるかと思ったわ。東西戦に参加してよかったと初めて思ったね。取り敢えずたらふく食べるとしましょう。

 

お腹がいっぱいになって長いこと麻雀していて疲れが出てきて眠気がやってくる。じゃあこのまま寝るか、と思ったところでふと思い出したことがあったので口にする。確かもう銀さんのガン牌ってバレちゃうんだよね。前半戦で凄かったけどこの後は使わない方がいいだろう。

 

と思ってそう口にした瞬間周りの空気がガラリと変わった。え、私なんかまずいこといっちゃった。

 

 

「俺のガン牌が見破られるっていうのはどういうことだ?」

 

 

「そのままの意味だけど、そろそろバレて原田に利用されるだろうから牌変えた方がいいんじゃないかって話」

 

 

「そう思う根拠はなんだ?俺から見ても銀さんのガン牌は完璧だぜ」

 

 

何気なくした話にめちゃめちゃ食いついてこられる。ええっ、なんとなく親切心でいったつもりなのになんか予想外に盛り上がっているぞ?さらっと流して早く寝たいというのに、ああ、むっちゃ眠い。

 

 

「根拠もなにも知っているだからだけど?」

 

 

そりゃ原作読んでいるから展開は知ってますよ。くそう、まぶたが重くなってきた。こんなに長くなるなら起きてから話振るんだった。

 

 

「知っている?それはどういうことだ?」

 

 

「まさか銀さんのガン牌を見破ったってことか?!」

 

 

「嘘だろ、本当に気付きやがったのか?」

 

 

驚愕に満ちた声が辺りから聞こえてくる。うんうん、ホントホント。確か月明かりで照らされて浮き上がった影によって原田さんは銀さんのガン牌に気付いちゃうのだ。そんなことで気づかれるとは銀さんもついてない。まあいままでしっかりアドバンテージ稼いでいるのだからここは一歩後退して態勢を立て直しましょうよ。

 

 

「まあ落ち着けや。蓮が銀次のガン牌見破ったってならどんな目印か言えるはずだ。それを言わせればいいだけだろ?」

 

 

騒ぐ皆を諌めるように赤木さんがそういう。え、銀さんのガン牌見破ったの私じゃなくて原田さんなんだけど、もういいや。なんかガンについて言わないと解放してくれないオーラあるしさっさとネタばらしして寝よう。

 

 

「銀さんのガンは牌の表にあるんだよ。じゃあ私は眠いから寝てくるから」

 

 

あくびを噛み殺しながら部屋を出てお店の人が用意したという寝室に向かう。後でどんな会話がなされていたのか私に知る由もなかった。

 

 

 

 

※※※赤木視点

 

 

 

 

「だそうだが、どうだ銀次」

 

 

「…ああ、そうだ。間違いねえよ」

 

 

銀次が観念したように息を吐き出す。あたりに緩やかな騒めきが広がり皆が顔を見合わせる。

 

まさかと思ったが本当に蓮は銀次のガン牌を見破ってしまったらしい。俺や天にもわからなかった銀次のガン牌を見抜くとは全くもって大したタマだ。

 

 

蓮はほんの2ヶ月ほど前にあいつの母親が死んだことでわかった俺の娘だ。

 

ある日の夜、1組の男女が痴情の縺れの果てに死んだらしい。それだけならよくあることだろうが問題はその女が死に際に『私はあの赤木しげるの女よ!彼の子どもを産んだんだから!』と叫んだことだった。

 

女に飽きた男が捨てようとした瞬間、女が激怒し刺そうとしたのを返り討ちにしたのが事の顛末だ。男はとあるヤクザの下っ端で女が赤木しげるの名を出したことに怯えそれを上に伝えたところ俺にまで話が来た。

 

『赤木さんのスケに手を出すような不義理者は粛清しますんで』という若頭を宥めて取り敢えず俺の子とやらに会うことにした。そんな失敗はしたつもりはなかったがなにせ男盛りの30代は女から女の間を渡っているような生活だったしやらかしちまったのかもしれねえ。黒服の運転する車に乗りながら娘にどう接すればいいのか考えていた。

 

なにせ、自分の親もろくに知らないような生活を送っていたもんだから家族というものには縁がない。そんな中で娘なんてもんに接していくなんてどう考えても無理だろう。

 

興味本位とめんどくささが混じり合ったような心境だった。会ってみたいという気持ちはあるが娘なんてもんを背負い込むつもりは毛頭ない。最低限のケジメをつけてそれで終わりだろう。

 

そう思って訪れたアパートで油断した黒服に急所を撃ち込み次々と昏倒させていく少女を見たときはそれまで悶々と構築されていた娘像が全て吹き込んだ。

 

三人の男を倒し出口である玄関に向かって来た少女と目が合う。

 

その目はひたすら純粋だった。あれだけ暴れたというのにその目には怒りや喧騒など見当たらずどこまでも純粋に透き通っていた。

 

その目にどこか昔の自分を見た気がした。本能的にわかった。ここに来るまではどこか半信半疑だった存在、しかし確信を持てた。

 

こいつは間違いなく俺の娘だった。

 

 

『かっかっかっ、こりゃ間違いなく俺の娘だわ』

 

 

なんだか無性に気分がよくなった。こいつが俺の娘だというならばきっと自分の生を実感できるようなギャンブルが好きになることだろう。

 

そのままそいつを担いで組に戻る。そして麻雀牌を持って来させ中を見せる。

 

麻雀を知っているかと聞けば知らないという。ガキに教えるもんじゃねえだろうが俺の娘なら問題はねえだろう。ルールを教え込んでいく。

 

賭けをしないギャンブルなど弾倉のない拳銃のようなもの、なんも熱くなりやしねえ。だからこの勝負に賭けをしようと言った。勝てば俺の娘で負ければ赤の他人だと。

 

いくら血の繋がった娘だろうと足枷はいらない。この身ひとつで渡っていくのが俺の人生だ。余計な荷物を背負うつもりはない。

 

この歳の娘がなんの後ろ盾もなしに投げ出されれば生きていくのは難しいだろう。こいつにとってはまさに生死がかかった勝負なはずなのに全く表情は変わらなかった。無表情、無感動、ただ純粋な目で麻雀牌を見ていた。俺もガキの時はこんなだったんかね。そいつは南郷さんにも苦労をかけただろうな。

 

麻雀を覚えたてのガキと俺じゃ勝負にならんだろうからハンデをやった。1度でも上がれたらお前の勝ちでいいと。

 

それでもこいつにとっては難しいことだろう。こっちはその気になりゃ一度も相手を上がらせないように場を操作するのは難しくない。そして俺に手加減する気もない。

 

こいつが俺に勝つには豪腕、豪運、常軌を逸脱したなにか、異才が必要だ。

 

そんなわけで始めた一局目、そいつの親だった。何か切るように促すとそいつは静かに口を開く。

 

 

『切る牌はない』

 

 

ゆっくり倒された手牌はアタマひとつに四メンツ、上がっていた。役満、天和だ。

 

それを理解した瞬間笑いが込み上げてきた。周りを気にせずゲラゲラ笑う。

 

麻雀をやりつくした人生でも1度お目にかかれるかどうかなのにこいつは随分神様に愛されているようだ。とんでもない強運、こいつは俺より凄い博徒になるかもしれない。

 

2年ほど前にも天とかいう奴に粉かけられたが、これで勝負事で負けるのは2度目、いよいよ俺もツキが落ちてきたのかもしんねえな。

 

勝敗が決まったので賭けの内容に従う。『さすがは俺の娘だ』といってそいつの頭に手を乗せたが特に反応はなかった。まあこいつが俺の娘なら誰が父親だろうが関係ないだろう。

 

せっかくの勝者なんだからなんかひとつ言うこと聞いてやるというとここで初めてこいつは表情を変え、少し考え込むと『赤木の姓は名乗らない』と言ってきた。

 

俺の娘であることは拒否しないのに俺の姓を名乗るの拒むのを不思議に思い『なんでだ?』と聞くと『あんたの名を背負うのはごめんだ。私は私で生きていく』と答えやがった。

 

俺の名を背負うなんて言い方するってことはこいつは俺のことは多少知ってやがったのか?いや、これまでの流れで何か勘付いたのかもしんねえ。どちらにせよこいつの意思はわかった。

 

俺の力は借りず自分の力で生きていく。ったく、賭けの意味がなかったな。『お前さんは野心家だな』といって笑うとそいつは立ち上がって『伊藤 蓮だ』と淡々といった。そうか、蓮っていうのか。いい名だな。

 

それから世話になっている組に家を用意させて蓮と暮らし始めた。蓮は面白い奴だった。俺と同じで賭け事にしか興味ないのかと思えばそうでもなく料理したり学校に行きたがったりと普通のことを好んだ。

 

しかもどこで習ったのか料理が上手くて俺はついつい家に入り浸るようになった。蓮の料理はただ味付けが好みってだけじゃなくて、俺のために用意しているっていうのがわかる品ばかりだった。

 

どれもこれも手間暇かけられていてしかも品目が多い。俺がうまいっていった料理やもうちっと濃い方が好みだといった味付けは必ず覚えていて次の料理に加えられている。

 

ある時急な代打ちで二、三日目家を空けて戻るとちょうど夕飯時で蓮は飯を食ってた。

 

メニューは焼きそばだった。いかにも冷蔵庫の中のいらないものを炒めましたといった感じのメニューだった。俺がいない時の蓮の飯は随分と簡素だった。

 

蓮は俺に気付くと何か作ろうかといってきたが俺はそれを断って蓮の食べかけの焼きそばを食う。夕食を取られた蓮は不満そうだったが俺はいい気分だった。普段の飯が俺のために心を込めて作っているとわかったからだ。

 

その焼きそばは今まで食った物の中で1番うまかった。

 

それから蓮の飯を食うために家にいるようになり舌が馬鹿にならないようにとタバコも少し控えた。

 

組の奴らは俺の居所がわかりやすくなったと喜んだ。俺もこの生活を悪くないと思うようになった。

 

ごく一般的な生活を望む蓮だが、賭け事はどうかというとやはり俺の血が入っているだけあって強かった。

 

ハワイに行って、東西戦の口利きをしてほしいというひろゆきという青年と日本行きのチケットを賭けて勝負させてみたが見事勝ち切った。東西戦では初戦、実力を出し切っていないとはいえあの原田を圧倒した。予選ではひろゆきに打たせるというよくわからねえことをしていたが、今も銀次のガン牌を見破っている。

 

やっぱりこいつもこっち側の人間なのだろう。まだ13歳の蓮がこれからどうなるか楽しみに思った。

 

この戦いも後半戦に入る。ここからは大きく荒れるだろう。

 



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運命

 

寝て起きて広間に戻ると銀さんが牌の交換すると言ってきた。眠くて原作情報ポロポロ漏らしちゃったけどこうなるなら結果オーライかな?これで銀さんがいきなり飛ぶ未来は消えるだろうし、よかったよ。

 

というわけで後半戦が始まる前に原田さんに牌の交換を願い出ると驚いた顔で『本当に牌を交換していいのか?』と聞いてきた。うん、交換していいんです。ガンがバレた牌なんて敵に情報与えるだけだししかもこの牌には原田さんの仕掛けもされちゃっていたはずだ。そんなもんを使うなんて真っ平ごめんである。

 

確か原田さんは凹凸を作るためにお寿司のお米を使ったはず、『米粒のついた牌は使いたくないから』というと顔色を悪くして牌を変えてくれた。これで勝負の準備は整いました。後はみなさんがんばってください。

 

と思ったが流れは意外と東に来なかった。ガン牌について何か思うことがあるのか原田さんは鬼気迫る勢いで強打してくる。

 

原田さんのガン牌の仕掛けを無効にしたから勝てると思ったけどそうでもないらしい。取り敢えず西は銀さんのガン牌に振り回されるのはごめんのようで銀さんをはっきり狙い撃っていた。

 

そして原田さんの執念が実ってしまい銀さんから直撃を取り飛ばした。1番点棒を持っていた銀さんが最初の脱落者となってしまい、東に嫌な雰囲気が漂う。

 

だが、私はそれとは別の空気を感じでいた。この場の勝つ負けるというだけの話ではない。運命とでも言われてしまいそうなもっとどうしようもない流れを。

 

銀さんが最初に飛ばされた。これは原作通りの話だ。

 

この東西戦に参加したのはひろさんではなく私なのに今ほぼひろさんと同じ立場を味わっている。少ない点棒、最初の脱落者が銀さん、全員の点棒や切り筋など違っていることもあるが大筋は何も変わっていない。

 

思ったことがある。私という余分な存在があってもこの世界の流れは変わらないんじゃないのか。“原作”というのは変えられないんじゃないかと。

 

東西戦がどうなろうと私には関係ない。縁がある天さんに勝ってほしいとは思うけれど東西戦自体は今の私には大したことではないのだ。

 

そんなことよりも、ずっとずっと、大切なことがある。

 

この東西戦が終われば原作は9年後に移行する。そこが『天 天和通りの快男児』の終着点、この世界を名作と呼ぶのに相応しい作品に仕上げた最終章、

 

赤木しげるの“通夜編”だ。

 

若年性アルツハイマーになった赤木しげるは自殺する。誰の言葉にも意思を曲げず挑まれた勝負にも勝ちきり自分というものを持ったまま逝ってしまうのだ。

 

その最後をどう思うかは人それぞれだろう。私がその話を読んだ時は、心が震えた。

 

赤木しげるの言葉のひとつひとつに意味があり重みがあり信念があった。

 

紙越しの世界なのにそこにははっきりと生きた鼓動があり赤木しげるの生を実感した。死んで欲しくないと思いながらもその生き様を賞賛し尊敬した。

 

『天 天和通りの快男児』と作品ならそれでいいと思う。皆に惜しまれ愛され死んで逝く。そんな伝説を作り上げればいい。

 

でも今はダメだ。赤木さんが死ぬのはダメだ。

 

もうここは紙とインクで描かれた世界ではない。感じた鼓動は心臓が脈打たせ燃え上がる熱は体温によって生まれる。

 

赤木しげるは生きているのだ。この世界ではひとりの生身の人間として生きているのだ。遠い、遠い、交わりのない人ではなく同じ物を食べ同じ屋根の下で眠り、人の頭をよくぐしゃぐしゃにしてくれる生きた人間なのだ。

 

この人をあの夜のように死なせてしまうのは嫌だ。伝説の人なんかじゃなくていい、ただ赤木さんとして生きて欲しい。

 

だがそれが難しいと気付いてしまった。私という大きな異分子があるのにこの世界は原作通りの道筋を辿ろうとしている。このままではきっとあの夜が来る。

 

今、場にいるのは私と赤木さんだ。赤木さんが何かしているのは後ろの銀さんたちの雰囲気でなんとなく悟った。

 

そして10巡たち赤木さんから天さんへと順番が変わる。私も赤木さんと席を代わるから立ち上がり天さんの後ろに行くとそこには1と9を役に絡ますように作られた2つの一盃口、純ちゃん二盃口が出来ていた。

 

この形は見覚えがある。確か西の2人を討ち取ったふたりのドラゴン、役満四暗刻への布石だ。

 

やっぱり私という要因はそれほど世界に影響を与えていないらしい。天さんは結局そのドラゴンを育て上げて地を割らせた。飛龍地斬、役満の完成だ。

 

いよいよ本格的に流れを変えられない気がしてきた。でももし原作通りになるというならば赤木さんはきっと死んでしまうだろう。

 

どうすればいいのかなんて見当もつかない。でもこのままではダメだというなら何かしら変えないといけないだろう。

 

見事役満を和了りきった天さんと赤木さんが顔を見合わせ笑っている。だけども私は2人と笑い合うこともできず腹の底が冷え切っていた。

 

確か赤木さんはこの東西戦が最後の勝負だといっていた。おそらくこの戦いが最後のチャンスなのだろう。この先の展開を変える可能性のある最後のチャンス。

 

勝負事が好きなわけではない。裏の世界に足を踏み入れるのは真っ平ごめんだと思っている。それでも赤木さんに死んで欲しくないんだ。

 

たばこをふかし穏やかに笑っている赤木さんを見て私は密やかに決意した。

 

 

 



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嵐の前兆

 

※天視点

 

東西戦もいよいよ大詰めとなってきた。

 

銀さんを取られ西に流れを掴まれたが赤木さんが作り上げた手牌を四暗刻にまで育て上がり切ることができた。

 

これによって西の阿久津と三井を討ち取った。最後は数が多い方が有利なのが麻雀だ、原田か僧我どちらか取ればそれで東西戦は勝利といえる。

 

西もなり振り構わずやってくる。僧我にハネ満ツモられて残り3000の蓮を狙い打っている。

 

それがわかっているから蓮もあの怒涛の攻めが嘘のように今は静かに打っている。リーチをかけることもない。

 

リーチをかけず手変えのできる時の蓮はそれが単騎だろうが地獄待ちだろうがけして振りはしなかった。防御に回った時の蓮の打ち回しも見事なものだった。

 

だが3000という点棒は原田か僧我にハネ満をツモられれば飛んでしまう点数だ。西の戦略は七対子で蓮を狙い撃ち、それが実らなければハネ満をツモり飛ばそうというものだった。

 

その戦略が生き、原田にツモられてしまう。しかし裏は乗らなかった。取り敢えず蓮は助かった。

 

しかしこのまま西にこの戦法を許し続けたら残り3000となった蓮はいずれ飛ぶだろう。西が仕掛けてきた戦法に対して動いたのは赤木さんだった。

 

俺も卓に入っていたから手を直接見れたわけじゃねえが赤木さんは何かをやらかしたらしい、見事な迷彩を作り原田から直撃を取った。これで原田の点数は残り5000、満貫直撃で終わる。

 

だが身動きが取れなくなった原田の代わりに僧我が動いた。赤木さんとの攻防の果てなんと直撃を取られたのだ。これで赤木さんの点数も5000まで落ちる。

 

持ち点が16000の俺と13000の僧我以外の誰が満貫振っても終わる状況だ。そこで今度動いたのは蓮だった。

 

僧我からニ萬をチーし、赤木さんから北(ドラ)を鳴く。混一色、ドラ3満貫の縛りは優に超え上がりそうな雰囲気を醸し出している。

 

しかし俺は後ろに周り蓮の手牌を見て驚く。蓮の手の中は萬子で纏まっておらず役が全くない状態だった。

 

ここからどうするのかと見ていると僧我の切った七索を見て蓮は薄く笑った。まさか鳴くつもりか?

 

 

「確認したいんだけど、ここでその七索をカンしたら鳴かせた人の責任払いになるんだよね」

 

 

「あまりアホいうな。ここでその七索を鳴いたらおどれの混一は消えこの先どう頑張っても役はつかないのやで…!ドラ3のせっかくチャンス手なのに…、そんなことできるわけあらへんやろ!」

 

 

「役はあるよ。ここでツモれば」

 

 

カン、といって蓮が手牌を伸ばす。僧我が唖然とした顔でその様子を見ていた。

 

確かにここでツモれば大明槓の責任払いだ。蓮にはツモることのできる予感でもあったのだろうか?

 

蓮がカン牌を引き寄せる。皆が固唾を呑んで見守る中、蓮は牌を見るとそのままツモ切った。上がり牌ではなかった。

 

僧我がホッと息をついたのが目の端に映る。ここでツモることができないということはもう蓮にあがり目はないということだ。ドラ3を持ちながらたった4cmの手配で上がることなく手を回さなければならない。

 

そんな圧倒的不利な状況にありながら蓮は表情を変えることなく淡々と手を回している。

 

それがどこか不気味に思えたのだろう。相変わらず場には緊張した空気が流れていて僧我も原田も表情が硬い。

 

僧我が手牌を暫く睨みつけ六筒を捨てる。だが、その一巡後また六筒を捨てた。

 

明らかに間違えたと表情が語っていた。七対子を狙っていたのか、はたまたそれ以外の手だったのかそれで僧我は勢いを失った。そして最後赤木さんに満貫を振り込み残りの点棒が5000点となる。

 

討ち取ったのは赤木さんだがこれは蓮の功績だ。大明槓という奇策で僧我は蓮から多大なプレッシャーを受けていた。僧我は蓮の圧力に屈したのだ。

 

だがそこで終わる僧我ではなかった。果敢に攻め、そしてリーチをかけていた俺は僧我に振ってしまう。

 

これで俺の残り点棒は8000、誰が振っても勝負が決する。

 

そこからしばらくは緊張状態が続いた。互いに手を回し場を回し、膠着状態に陥る。あまりにも動かない場に一旦休憩を挟み午後9時まで自由時間となった。

 

皆部屋から出てそれぞれ休息を取ろうとする。その中に無表情で部屋から出て行く蓮の姿が見えた。その時、ふと蓮と話したことがほとんどないことに気が付いた。

 

あの赤木さんの娘で豪運と揺れない鋼のような心を持つ蓮、聞けばまだ13歳という若さの彼女が何を思いこの戦いに参加しているのか話してみたくなった。

 

 

「よ、蓮。あの僧我と原田相手に一歩も引かぬ打ち回しは凄かったぜ。お前が東側にいてくれてよかったよ」

 

 

「…どうも」

 

 

声をかけると蓮は静かにそう返す。相変わらずの無口無表情ぶりに少し苦笑してしまう。蓮はあの天真爛漫な赤木さんの娘とは思えないほど落ち着いた雰囲気を纏っている。母親似なのだろうか?それとも赤木さんも若い時はこうだったのか?

 

 

「今から休むのか?」

 

 

「そのつもりですが…」

 

 

「もしよかったらちょっと付き合ってくれねえか?お前と話したくてよ」

 

 

「別に、かまいませんよ」

 

 

淡々とそう返す蓮を連れその辺りの部屋に入り黒服にお茶を持ってきてもらう。ちょうどいい温度で運ばれてきたお茶に口をつけて話を切り出す。

 

 

「本当に蓮は肝が座っているよな。現裏社会トップの実力を持つ原田と闇の世界に15年以上君臨してたっていう僧我に互角以上に渡り合ってたぜ。麻雀はあんまりしたことないって聞いたが、他になにかギャンブルをしたことあるのか?」

 

 

「いや、特にないです」

 

 

「そっか、じゃあ蓮は天性の博徒なんだな。さすがはあの赤木さんの娘だぜ」

 

 

赤木さんの娘という単語にピクリと蓮が肩を震わせる。それがどういう感情からは相変わらずの無表情のため読み取れない。赤木さんの名を背負わないために同じ姓を名乗らないと聞いたが、最初の赤木さんとの絡みからは悪い印象を持っているようには見えない。それどころか赤木さんに褒められた蓮はどこか嬉しそうだった。おそらく蓮も赤木さんのことが好きなのだろう。

 

その後、俺の嫁さんたちのことや蓮の普段の生活、それから家にいる時の赤木さんの様子なんか他愛もない話をする。蓮は無口な方だが自分の考えを持っていないわけでもないようだ。相変わらず話し口調は淡々としているが会話が途切れることはない。美人なんだからもっと笑えばさらに可愛いのにといえば『…天さんは女たらしですね』と返される。そうか?男なら美人がいたら口説くのは当たり前のことだと思うぞ?蓮ももうちょっと年が近かったら本気で口説いていたかも知れねえな。まあ赤木さんが怖いからやらねえけど。

 

結局1時間近く話し込んでしまった。徹夜で麻雀していた蓮も眠いだろうしそろそろお開きにする。

 

 

「話に付き合ってくれてありがとうな蓮。赤木さんの私生活とかお前のこと知れてよかったよ」

 

 

「いえ、」

 

 

「東西戦の方も頑張ろうな。お前がいると心強いぜ」

 

 

そういった瞬間だった。今まで穏やかだった空気が張り詰め蓮の雰囲気が変わる。

 

急に雰囲気が変わり驚く俺に、どこか、勝負を彷彿させるようなオーラを纏いながら蓮の口元が弧を描いた。

 

 

「味方とは限らないですよ」

 

 

「え、」

 

 

「自分のために打っているので。最後の勝負はもらいます」

 

 

そういうと立ち上がり蓮は部屋から出ていった。残された俺はただ呆然と蓮を見送る。

 

味方ではない?蓮が西側の人間だということか?いや、今までの打ち回しを見てもとてもそうだとは思えねえぞ。自分のために打つと蓮はいったな。これが鍵、蓮は何かするつもりなのだ。

 

決勝のメンツを決めるための最後の一戦はどうやら大いに荒れるらしい。それも面白そうだと思いながら俺はポケットから取り出したタバコに火をつけた。

 

 

 



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圧力

原田視点part1


※原田視点

 

休憩を挟みいよいよ決勝に残るメンツを決めるための最後の麻雀を始める。

 

ここまで本当に予想外の連続だった。まさか阿久津、三井の両方がこんなに早く落ちるとは思っていなかったし東のメンツがここまでしぶといとも思わなかった。

 

こうなったのは赤木や天の行動によって追い詰められたからだ。特に阿久津と三井を殺った赤木と天による四暗刻により西は大きく戦力を削られた。

 

だがそんなことはこの戦いを始める前からわかっていたことだ。東のメンツの中で天と赤木が抜き出ているのだからそれを俺と僧我で抑える、そういう作戦だった。

 

だが1つ計算違いが起きた。天と赤木以外にとんでもない打ち手がいたのだ。

 

伊藤 蓮、どうみてもただのガキにしか見えないこいつに西は翻弄されている。

 

最初に俺がこいつと打ったのは東西戦の第1局、ビケ殺しのルールでの卓だった。

 

その時の蓮はそこまで脅威に思わなかった。索子しか捨てられていない河で待ちを索子だと読み切る洞察力、リーチをかけた時の牌の乗り方、相手に振らない打ち回し、屑ではないがつけ込む隙はいくらでもある甘い打ち手だった。

 

蓮はやたらとリーチをかけてきた。すべての手を見れたわけではないが明らかにダマで待つべき手牌でリーチをかける。おそらく相手を降ろすことを意図しているのだろうがリーチをかけてくれるのならやれることはいくらでもある。ガキとしては打てる奴だがこの東西戦の相手と考えるなら脅威ではない。東のメンツの数合わせ、ただそうとだけ思った。

 

だがそうでないとすぐに思い知らされた。東一局、いきなり蓮は五索を捨てた。その次は二筒、明らかに萬子染めである。

 

しかも3巡目には字牌を切った。混一色ではなく清一色、ここまであからさまだと誰も振らない、ツモったとしても親は天だ。親被りを食うのだから東に旨みがない。

 

まだ所詮ガキ、高い手に浮かれて手作りしているのか?と思っているとついに蓮の手の内から萬子がこぼれた。いよいよ張ったのだろう。天の捨てた三筒を鳴く。

 

その後蓮がツモ切りした東を鳴く。これで聴牌、だが淀みなく東を捨てる蓮も間違いなく聴牌しているだろう。

 

この局の親は天だから蓮にツモられるのはそこまでの痛手ではない。してはいけないのは振り込みだがこの捨て牌で振るやつなどいないだろう。萬子の臭いところをツモれば手を回すだけだ。

 

そうこうしているうちに10巡がたった。それぞれ後ろにいたものと交代して新たな場が再開される。蓮の手牌を引き継いだ赤木はツモ切りをするだけだ。やはり聴牌だったのだろう。萬子は捨てられないなと思いながら見ていると三井の切った四筒で赤木がロンという。一瞬、何を言われたのかわからなかった。

 

ロンだと?バカな、赤木は蓮の手牌を崩していない。ということはあれは萬子の清一色ではないのか。

 

倒された手牌には萬子が多く並んでいる。しかしその隣には密やかに五筒と六筒が並んでいた。

 

ピンフ一通ドラ1、マンガン。なんてことだ、あの手牌は清一色などではなかった。

 

華やかな清一色で惑わしこっそり実利を取る。上がったのは赤木だがこれは蓮にしてやられたのだ。

 

予選の一回戦での打ち回しを見ていて俺は蓮を舐めていた。人ひとり死ぬかもしれないという状況で顔色を変えない肝っ玉の太さは評価していたが麻雀の腕が脅威だとは思っていなかった。

 

だがあの時蓮は実力など発揮していなかった。他者を圧倒するような打ち回しをしつつその裏できっちり相手に点棒を吐き出させる。東側の穴だと思っていたところはそうではなかったかもしれない。

 

だからといってやることも変わらない。蓮の実力を読み違えたのは痛いがそれでも俺には及ばない。純粋な実力で勝ち切るだけだ。

 

それから場が膠着し始めた。誰かが高い手を作る気配があると別の者が安手で場を回す。

 

そんな中で蓮はひとり突っ走っていた。平気でリーチをかけ捨て牌を読ませ自分の手を隠そうとしない。

 

派手で華やかな打ち回し、そんなものに振ったりしないが蓮が恐ろしいのは時折地味な打ち回しで確実に実利を取りに来るところだ。

 

3連続リーチをかけられた次の局、ダマで僧我を討ち取ってしまった。役は断么ピンフの平凡な手だが、ドラが絡んでマンガンには届いている。きっちり西の点棒を奪いに来ている。

 

3連続リーチという派手な打ち回しをされた後でいきなりダマに切り替えられては対応ができない。現に僧我も蓮のことを聴牌すればリーチをかける打ち手だと思っていたのだろう、苦々しい顔で点棒を払っていた。ここまで連続して手が入ることはないだろうから前の3連続リーチには空リーが含まれていたのかもしれない。リーチにつられ蓮にしてやられた形だ。

 

だが、蓮につけ込む隙はある。派手な打ち回しで相手を引きつけるためとはいえ奴はリーチをかけてくるのだ。その後どんな戦略を立てようがリーチをかけてしまえばただ牌をツモ切ることしかできない、赤子同然だ。

 

蓮がリーチをかける。俺も聴牌をしたがリーチはかけない。

 

捨て牌から見るに蓮の待ちは索子の真ん中、おそらく二・五索。筒子を掴めば出す可能性がある。

 

蓮が牌をツモる。自分の掴んだ牌を見た瞬間蓮は一瞬目を伏せ、そして俺の方を見ながら二筒を捨てた。

 

ロン、といって牌を倒す。タンピン三色、きっちりマンガンだ。蓮は黙って点棒を出す。

 

あの動作を見るに蓮は二筒が俺のロン牌だとわかったのだろう。わかったところでリーチをかけてしまえば何もすることができない。

 

点棒が減り続けるこのルールで誰か1人を狙い撃つことができるのは大きい。それを理解している僧我もリーチをかけた蓮を狙い撃ってマンガンを直撃させていた。

 

僧我にツモられた2000、俺と僧我に振り込んだマンガン、これで一気に蓮の点棒は7000まで落ちた。あと一度でもマンガンを振れば蓮は脱落である。

 

だが俺たちの狙いは蓮を脱落させることではない。次に振れば死ぬという状況を作り出すこと、肝の座ったガキではあるがチームに迷惑をかけるかもしれないという状況の中では手が縮むだろう。10巡交代制で荷物がひとつあればそれだけで東全体の戦力ダウンに繋がる。点棒を削ること、そして蓮を使えなくすることが俺たちの狙いだった。

 

だが次の局蓮はドラを鳴いた。そして五萬を強打する。

 

もう8巡目で捨て牌から俺に萬子がキツイこともわかるはずだ。それをこの打ち回し、逃げている者の打ち回しではない。蓮は攻めっ気を失っていない。振れば死ぬというのにこのガキどんな精神状態で打っているというのだ。

 

結局この局は僧我に打ち込んでもらい軽く流す。だが次の局わずか3巡目でリー棒を掴むと薄く笑った。

 

 

「リーチ」

 

 

出されたリー棒を見て背筋が騒めく。こいつは何をしているんだ?あと一度でも振り込んだら死ぬんだぞ?死ぬのが怖くないのか?

 

蓮から訳のわからない不気味さを感じた。しかしリーチをした以上これから先、手を変えることはできない。ここで蓮を殺れば西が圧倒的に有利だ。

 

だが3巡目ということで手が纏まらず結局その5巡後蓮にツモられる。これでまた東に差をつけられた。

 

このまま流れを東に持って行かれれば取り返しのつかないことになる。天から索子を鳴き早々に二副露、索子を染めているように見せているが待ちは三・六筒、三筒ならば三色がついて満貫だ。

 

索子を2つ鳴いているのだから周りからは混一色、清一色に見えるだろう。例え他の待ちだと見破られても索子を切る手は止まる。点棒が増えないこの麻雀では振ることを何より避けるべきなのだからそれが当然だ。なのに、

 

手番が回ってきた蓮はツモった牌を手の中に収めそして五索を切った。選りに選って1番点棒が少ない蓮が索子のど真ん中を切ったのだ。何故、何故そんな牌が切れる。

 

俺の手を染めてないと読むのは難しいことではない。だが振れば終わる蓮が切れる牌ではないはすだ。そこまで自分を信じ切れるものだろうか。一切迷いのない蓮の打牌に流れを東に持って行かれた。

 

東で厄介なのは蓮だけではなかった。派手な蓮の打ち回しに気を取られているうちに準備が終わった者がいたらしい。

 

銀次という男が明らかに次の牌がわかっているかのような打ち回しをし始めた。ガン牌という言葉が頭に過ぎる。事実銀次の打ち回しにはいくつも不自然な打ち回しがあった。

 

しかし、銀次のガン牌は完璧なものではないらしい。七対子を上がった銀次の河に2つも対子が捨ててあるのを見てそれを確信する。

 

ガン牌があろうと竹光ならば怖くない。周りを牽制するためにもリーチをかけた瞬間頭を落とした銀次にこちらの動きを牽制するためだけのガン牌だと確信する。

 

しかし、後俺のラス牌というところで銀次がリーチをかけてきた。僧我が鳴きを入れ事なきを得たが何もなければ俺は銀次に振っていた。西の苦しい戦いは続く。

 

場の空気を変えるために休憩を申し出た。食事を取った後誰もいない部屋で牌を睨みつける。その時月夜に浮かぶ影を見つけた。そうか、これで銀次を殺れる。

 

俺はやっと西の反撃の糸口を掴んだのだった。

 

 

 

 



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蚊帳の外

原田視点part2


「牌を交換しよう」

 

 

東からそう申し出られた時何を言われているか理解できなかった。

 

東の銀次がガン牌を使っているのは周知の事実、それを俺たちから交換を要求するのではなく向こうから提案するなど意味がわからなかった。自分たちのアドバンテージを捨てることにどんな意図があるというのか。

 

 

「本当に牌を交換していいのか?」

 

 

動揺を隠せずついそう聞いてしまう。それに答えたのは蓮だった。

 

 

「米粒のついた牌は使いたくないですから」

 

 

相変わらずの無表情で淡々と蓮がそういう。だが平常の蓮と対照に俺は血の気が引くのを感じた。

 

銀次のガン牌は牌の表に薄い透明な接着剤のような物を塗り牌の浮き具合からそれが何の牌なのか見分けるというものだった。それを知った俺は牌に米粒をつけ銀次のガン牌を逆手に取るつもりだったのだが、何故それを蓮が知っているのだ。

 

まさか見られていたのか?いや、あの時確かに誰もいなかった。考えられるのは今積まれている牌を見て勘付いたという可能性だがガン牌の存在を知っている俺でさえ目を凝らさなければ凹凸を見抜けない。一体どんな感性を持っていたらそれに気付けるのだ。

 

ここまで言われれば牌を変えざるを得ない。牌を変えることは西にとって有利なことだったはずなのに何故こんな敗北感を抱かなければならないのだ。

 

不味い、このままでは東に流れを取られてしまう。せっかく間を挟んだというのにこのままでは何も変わらない。

 

もうこれ以上ガン牌に左右されるのはごめんだった。形振りなど構ってられない。とにかく我武者羅に銀次を取りに行く。

 

ガン牌の無くなった銀次は一歩引いていたがそんなことは関係ない。ここで銀次を取らなければ西に勝機はない。

 

銀次に張り付き追い詰めそして執念が実る。親の倍満を銀次に直撃させ一撃で屠る。これで圧倒的に西が有利になった。

 

人数もそうだが点数も逆転した。ここで西はツモ上がる作戦に切り替える。同じ失点なら最終的に点棒が多い西が勝つことになるだろう。

 

それにこの作戦ならあの鬱陶しい蓮を仕留めることができる。常に大胆に攻めてくる蓮だが意外と奴は振ることがない。まるで何が当たり牌かわかっているかのように鮮やかにロンを避けてくる。

 

後7000点しかないのに蓮を殺りきれないのは奴が回避にも優れているからだ。だがこの作戦なら蓮を捕らえることができる。ツモならば振り込まなくとも場にいる者から点棒を取れるのだ。

 

僧我がツモ上がりをし、ついに蓮の点棒が3000となる。後ひと押しで蓮が殺れるというところで赤木と天に四暗刻を上がられ三井と阿久津が落ち逆に西が追い詰められる。

 

俺の点棒はあと15000点で僧我の点棒も13000と点棒に余裕はない。東の点棒も合わせて32000とあまり差がないが最後に物を言うのが人数差だ。ここで俺か僧我が落ちるようなことがあれば西の勝ちの目はなくなる。

 

もうこうなればしのごの言ってられない。1番点棒の少ない蓮を取る。

 

とはいえリーチをかけた時以外振ったことのない蓮を討ち取るのは難しい。そこで俺と僧我は七対子で蓮を狙い撃つ。ただの単騎待ちならそこにヨミは存在しないしそれでも振らないというならツモって裏が乗ればハネ満だ。残り3000の蓮を討ち取ることができる。

 

だがここで赤木が動いた。一索待ち、直撃で点棒を取られる。

 

あんな都合のいい迷彩などあるはずがない。カンをした時に待ちを変えたのだろう。赤木にしてやられた。

 

身動きが取れなくなった俺の代わりに僧我が動く。赤木の甘さにつけ込みマンガンを直撃で振らせた。

 

これで赤木も点棒が5000とマンガンを振れば終わりの状態にある。あがれる時にあがらない仲間を庇う己れの甘さがこの状態を生んだんやと僧我がいう。

 

確かに今の赤木は明らかに蓮を庇ったような動きをしていた。あがったら蓮を飛ばしてしまうからこそツモあがりすることを拒否したのだ。

 

人数の利を生かすためという考えはわかるが蓮、赤木、天の三人ならば流石に赤木と天の方が実力が上だろう。蓮を生かすために赤木が落ちれば意味がない。

 

なにか、違和感がある。赤木が蓮に甘すぎる。

 

それは卓上のこともそうだがそれ以外の…、初戦蓮・赤木が三井からマンガンを奪った時のことを思い出す。先制攻撃を決めた蓮に赤木が嬉しそうに声をかけ頭を撫でていた。

 

そもそもなんでこんなガキが東西戦に参加しているんだ?まだランドセルを背負っていると言われても納得できそうなガキを連れてくることを何故あの天が許した?

 

白い髪、鋭い目付き、他を圧倒するような雀力、ひょっとしてこのガキは赤木の親戚かなにかか?

 

そうだとすれば納得のいくことも多い。赤木しげるの血縁者か、道理で強いわけだ。将来こいつはとんでもない化け物になるだろう。すでにその片鱗も見せている。

 

僧我から二萬を、赤木から北(ドラ)を鳴く。混一色ドラ3、点棒が競ってきて再び蓮が仕掛けてきた。

 

蓮にツモられればまずいと手作りをする。俺より点棒の多い僧我も突っ張っているようだ。混一色の蓮は張れば索子や筒子は溢れるだろう。僧我が七対子で蓮を狙い撃っているのがわかった。

 

だが次の瞬間信じられないことが起こった。『ここでその七索をカンしたら鳴かせた人の責任払いになるんだよね』といって蓮が僧我の七索をカンしたのだ。

 

大明槓の責任払い、ここで蓮がツモあがれば僧我の1人払いとなる。

 

恐ろしく低い確率、だが俺はこの時終わったと思った。大明槓などあがれるものではないとわかっていながら蓮はツモってしまうのではないかと、そう思ってしまった。

 

おそらく蓮が大明槓を言い出した時に俺はもう呑まれてしまっていたのだろう。今の蓮にはそれだけの力があると思わされていた。

 

結局、蓮はあがれなかった。混一色も消えドラ3を抱えながらもあがることができず手を回すだけの状態になった。

 

だが、蓮は平然としていた。それすらも予定通りと言わんばかりに表情を変えず淡々とツモ切る。

 

俺は手牌が4cmしかない蓮をただただ不気味に思った。

 

俺の中にはわけのわからない焦燥が広がりただテンパイを維持するためだけに場を回していた。それは僧我も同じだったのだろう。何気なくツモ切った牌を赤木にロンと言われた。タンヤオ、三色、ドラ1、マンガン。

 

点棒を吐き出し僧我の残り点棒は5000になる。蓮の圧力に屈し集中力をかいた一打を赤木に掬われた形だ。これで蓮、赤木、俺、僧我の4人がマンガンを振れば終わる状態になった。誰が勝つかわからないサドンデス。

 

振ったことで目が覚めたのだろう、そこから僧我はがむしゃらに手作りをする。

 

2度安手で和了した後、天からマンガンを直取りし残り点棒8000点と天もこのサドンデスに引きずり込んだ。

 

これで全員がマンガンを振れば終わる状態だ。だがそこからは場が膠着し始めた。誰かが手作りすれば安手で回されてしまう。

 

一度休憩を取り再開する。流れは切れたがそれはこちらも同じこと、この戦いは何百億、何千億という金がかかった勝負、何をしてでも負けることはできない。

 

五索と五筒を一枚ずつ抜き代わりに白を入れるように指示を出す。これがアヤとなる可能性もあるが最悪の展開は防げるはずだ。何より牌の枚数が変わっていることを西だけが知っている事実はこちらが大きく有利なはず、この作戦で東を取り切る。

 

再開後の一戦、早速俺が聴牌した。八索を切れば一通がつきダマでいけるが五索は1枚少なく出にくい牌だ。ここは四索を切りリーチをしよう。蓮ではないが相手にプレッシャーをかける。

 

結局この局はあがることが出来なかった。次局、手牌にはヤオチュウハイが多い。 白も手元にないしこれは国士と決め打って手を進めていく。

 

9巡目、蓮の手が止まる。ツモった牌を手の中に入れると一瞬目を閉じ点棒を掴む。

 

 

「リーチ」

 

 

点棒が卓の上を転がる。これで蓮の方も張ったらしい。

 

だが、今の蓮は何か違和感があった。全員8000を切った状態でさらに蓮は1番点棒が少ない。前進するしかないことはわかっているがこのリーチは何かおかしかった。

 

蓮の麻雀は基本降ろしの麻雀だ。あの小さい身体からは考えられないほどのプレッシャーを浴びせてくる。それに呑まれ西は何度も失点を重ねてしまった。

 

だが、今の蓮のリーチには何も感じない。こちらを討ち取ろうとする意志も吞み込もうとする圧力も何も感じない。

 

まるで、俺たちに敵意を持っていないかのようだった。

 

いや、これは流石に考え過ぎだろう。リーチをかけた蓮はこれで手替わりすることができない。俺もこれで一向聴、アタリ牌を掴めばあっさり蓮が出すこともあるだろう。余計なことを考えずこの手を上がり切ろう。

 

そして、俺もついに聴牌する。その瞬間、蓮が白をツモ切った。これで終わりだ。

 

 

「ラス牌の白か…、もろうとこう…。ロン、国士無双や…!」

 

 

蓮の様子は変だったが結局あがり切ったのは俺だった。ならば結果がすべて、何の問題もない。

 

蓮は俺の手牌を見た後静かに自分の手を倒す。頭に使われているのは白が2枚、なるほど、蓮の様子がおかしかったのはコレか。

 

 

「白が6枚あるなんておかしな麻雀だね」

 

 

「せやな、だがそれは1枚目の白をツモ切った時にわかってたことやろ?その時に何も言わなかったってことはお前はこの無法を認めていたということや」

 

 

蓮は何も言わない。ただ俺の意を聞いて静かにこちらを見つめてくる。

 

何もいうことがないならこれで終わり、蓮の予選落ちでこの場はしまいや。

 

そう言おうとした瞬間、『じゃあ俺の異例も認めてもらおうか』と言って赤木が手を倒した。

 

 

「ロン、頭ハネだ」

 

 

そういう赤木の待ちは二・五索、五筒待ち、白なんてカスっていない。

 

そう抗議すると赤木は白の代わりに割りを食った牌があるはすだ。それはズバリ五索、雀箱をひっくり返して五索が出てきたら自分の頭ハネを認めろと言ってきた。

 

なんて奴だ、白の代わりの牌を断定しそれをロン牌としてくるだと?

 

五索が出て来なければ逆にお前のチョンボだと脅すも赤木は平然とそれを受け入れた。

 

くそっ、せっかく蓮を討ち取ることができたというのになんてことだ。部下に指示し変えた牌はずばり五索と五筒、赤木に読みを的中させられている。

 

この場はそれを呑むしかない。部下に雀箱をあらためさせようとした瞬間だった。

 

 

「五索はないよ」

 

 

蓮の声が辺りに響く。驚いて顔をあげると意思の灯った瞳で真っ直ぐと前を見つめている蓮がいた。

 

 

「五索はないんだ。だから勝負しよう、赤木しげる。あの箱の中に入っている牌について」

 

 

そういって蓮が赤木の方を見る。赤木も静かに蓮を見つめ返していた。

 

ああ、そうか。この違和感はそういうものだったのか。ずっとこの局で蓮は俺や僧我相手に戦っていたわけではなかったのだ。蓮が討ち取りたかったのはただ1人、そもそも俺たちは相手になどされていなかった。

 

 

「私は貴方を取りにきた」

 

 

そういう蓮の目には赤木しげるしか映っていなかった。

 

 

 

 



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賭け事

赤木さんの未来を変えたいと思った。だけれどもそれは並大抵のことではないはずだ。やっぱりこの世界が“天”の世界であり物語である以上それに沿うことは仕方のないことだろう。だから、それでも変えたいと思うなら赤木さんの変化が必要だと思った。

 

原作を変えるだけなら難しくない。決勝のメンツを変えたければ私が適当に誰かに振り込めばいいし西を倒したければ最後のリーチで白待ちにすればいい。そうすれば5枚目の白をツモあがることができるのだから西のメンツを飛ばすことができる。

 

でもそれでは原作は変わらない気がした。そんな程度では赤木さんの死という壮大な運命を変えられる気がしなかった。

 

赤木さんの未来を変えるのは難しい。原作でも赤木さんの運命を変えられる可能性があるのは2度しかなかった。僧我さんのナインとひろさんの一筒当てくらいしか赤木さんが死を翻す機会はなかったのだ。その機会も赤木さんの神かかった才気にあっさりと失われる。

 

でも逆にいえば勝てば赤木さんの運命は変えられたのだ。思ったのはこれだった。もし、赤木さんに賭けを挑んで勝つことができれば未来は変わるんじゃないかと。

 

自分でもとんでもないことをいっているなと思った。あの神域と呼ばれた赤木しげるにギャンブルで勝つなんておこがましいにもほどがある。だけれども私にはひとつ有利なことがあった。この世界が物語であることを私は知っているのだ。

 

私はこの先の展開を、未来を知っている。6枚の白があるという異常な麻雀で赤木さんは割りを食った牌が自分の当たり牌だといい、手を倒した。

 

赤木さんの読みはズバリ的中したが黒服が原田さんの指示を誤解し白の代わりに五筒と五萬を抜いていたため赤木さんがロンだといった五索は雀箱にはなかった。

 

それでも五筒はあったから生き残ることはできたのに赤木さんは自分の生き方を曲げないために予選落ちした。

 

私はこの世界を曲げたいと思っている。自分という物が消えて無くなる前に逝ってしまうこの人の運命を曲げたいと思っている。

 

ならばどこかで赤木さんの理を曲げる必要がある。そのチャンスがあるとすればここしかないだろう。鋭い洞察力で読み切った隠された牌を偶然の不運により取り零すこの瞬間が赤木しげるにつけ込む隙だ。

 

ここで私は勝負をかけようと思う。自分が自分であるため、信念に基づき自分が定めたロン牌以外であがることを良しとしないのが赤木しげるの生き方ならばそれを曲げさせてみせる。別の道を受け入れさせてみせる。

 

これで未来が変わるかはわからない。だけれども赤木しげるの理を曲げさせることは必要なことだと思った。

 

東西戦はなるべく原作通りに打った。すべてを覚えているわけではなかったしそもそも持ち点が違うのだから意味がないことかもしれないが北(ドラ)は鳴いて僧我さんの七索はカンした。

 

その結果僧我さんは赤木さんに振り込んで残り5000、そして今度はその僧我さんに天さんが振り込んで残り8000、誰が振っても飛んでしまうサドンデス状態となった。

 

途中一旦休憩を挟み天さんとお茶を飲んだ。天さんは私のために座布団引いてくれるしお茶を頼んでくれるしめちゃめちゃ紳士だった。挙句の果てに『蓮は顔立ち整っていて美人だし将来凄くモテるだろうな。あとは笑えばさらに可愛いと思うぜ!』とか言ってくるから内心照れまくりだった。さすが嫁が2人いる男は違いますな。この時ばかりは表情が変わらないポーカーフェイスに感謝したよ。ちょっとキュンとしたのは秘密にしておこう。

 

天さんはとても魅力がある人だと思う。優しいし大らかだし度胸があるし強いしワイルドだし人間として器が大きくて私はとても好きだ。だからこの東西戦で天さんに勝ってほしいという気持ちは持っている。

 

だけども私にとって天さんが東西戦で優勝することよりも赤木さんの方がずっと大切なのだ。赤木さんを倒すという私の目的は東のリーダーである天さんに迷惑をかけることになるかもしれないけどこれは譲れない。

 

私は赤木さんの未来を変えたいのだ。どうしても生きてほしい。

 

だから天さんが『東西戦、頑張ろうな。お前がいると心強いぜ』と言ってくれたのに私は頷くことができなかった。差し出された天さんの手を取ることもせず『最後の勝負はもらいます』といって部屋を出る。正直やってしまった感が半端ないんだけど天さん怒ってないよね?大らかな心で許してくれることを全力で祈ろう。

 

休憩を挟んで後半戦を再開する。いきなり原田さんがリーチをかけてきたがあがることはできなかった。聴牌を見せるため倒された手牌は七索待ちで五索待ちにすれば一通がつくというのに違和感のある切り方だった。これは原作通り進んでいるのだろう。なら次がいよいよ勝負の時だ。

 

開けた手牌には白が2枚あった。やっぱり原作通り流れが進んでいる。手を回し9巡目聴牌する。五筒を切れば一・四筒待ち、三筒を切れば白・三筒待ち。

 

切る牌は決めていた。ここに来るまでずっと考えていたことだった。

 

これで未来が変わるかはわからない。だけども何もしなければ何も変わらないだろう。

 

五筒を掴む手に力が入る。この一手で私は赤木しげるを取るのだ。

 

 

「リーチ」

 

 

そういって掴んだリー棒を卓に転がす。もうこうなれば私にできることはない。ただツモった牌を切って行くだけだ。

 

場が回って行く。最初にツモったのは白だった。5枚目の白、異物が紛れ込んでいる。

 

当然ツモ切る。その後引いて来た三筒もツモ切る。九萬、一萬と引いてついに引いたのは6枚目の白だ。

 

ドクンと心臓が高鳴ったのを感じた。この牌で私は原田さんに振り込むのだろう。だけれどもそれはどうでもいい、重要ではないのだ。

 

大切なことはここで赤木しげるを討ち取れるのか、ただそれだけだ。

 

ツモ切った白を、『ラス牌の白か…、もろうとこう…。ロン、国士無双や…!』と言って原田さんに手牌を倒された。私もこの場の異常性を伝えるために白が2つ含まれる手牌を倒す。

 

原田さんは一度無法を認めたのだからそれを拒否することはできないという。

 

私は原田さんの言葉をただ静かに聞いていた。別に私は原田さんの和了を阻止するために手を倒したわけではない。ただジッとその瞬間が来ることを待っていた。

 

 

「じゃあ俺の異例も認めてもらおうか」

 

 

『ロン、頭ハネだ』といって赤木さんが牌を倒した。白の代わりに割りを食った牌があるはずだ、それは五索。雀箱の中に五索があれば俺の頭ハネを認めろと原田さんに迫る。

 

ついにこの瞬間がきた。心臓がドクドク脈打ち自分の鼓動がすぐ側で聞こえて来る気がした。西が赤木さんの提案を受け入れて雀箱を開ける前に『五索はないよ』と切り出す。ここで赤木さんの理を曲げてしまうのだ。

 

 

「五索はないんだ。だから勝負しよう、赤木しげる。あの箱の中に入っている牌について」

 

 

呟くように『貴方を取りにきた』というと赤木さんは一瞬目を見開いた後ニヤリと楽しそうに口元を吊り上げた。

 

 

「ほう、何を勝負しようってんだ?」

 

 

「雀箱の中には五索はないよ。あるのは五筒と五萬だ。それを賭けよう」

 

 

五索はない。原田さんは五索と五筒を抜くように指示を出したけれども勘違いした部下の人が五筒と五萬を抜いた。だから赤木さんは和了することなく自分の心に従い身を引いてしまう。

 

この場で和了らないことが赤木さんの理だというならばそれを曲げてもらう。

 

賭けという言葉に赤木さんの纏う雰囲気が変わる。くつくつと笑っているのに何か圧力のようなものを感じる。チェシャ猫のように笑いながらじっとこちらを見つめてくる赤木さんを見て、勝負の相手に認識されたのだとわかった。

 

 

「いいぜ、蓮。雀箱の中に五索があれば俺の勝ち、五筒と五萬ならお前の勝ちだ。何を賭けるんだ?」

 

 

赤木さんが“賭ける物”は何かと聞いてくる。私が賭けてほしい物は決まっていた。

 

未来を変えるためには何かを曲げなければならないと思っている。このままでは進めばただただ赤木さんを失うだけなのだ。

 

でもただ変えるだけでもダメだろう。私という大きな異分子があるというのに結局原作は大して変わっていない。

 

だから変えてほしいのはあなた自身だ、赤木さん。自分が自分であるために生きるという貴方の理を曲げてもらう。

 

 

「貴方の理を賭けてもらう」

 

 

『五筒で貴方は和了りなんだから貴方の理を曲げてこの後も打ち続けてもらう』と言葉を続ける。自分の口にした言葉を守ることが赤木さんの矜持ならそれを曲げてもらう。五索でなく五筒で和了るのだ。

 

赤木さんはクククッと笑うと構わないと言った。だけども私に同等の物を賭けろと言った。

 

勝負事であるからには何か賭けなければならないと思っていた。でも何を賭ければいいのかわからず顔を向けると赤木さんは真っ直ぐと私に視線を注いだ。

 

 

「俺が俺の理を賭けるんだ、お前にもお前の理を賭けてもらう。負けたらお前は赤木の姓を名乗れ」

 

 

その言葉に頭が真っ白になる。無意識のうちに息を呑み喉がこくりと鳴ったのが自分でもわかった。

 

私は赤木さんの姓を名乗っていない。赤木さんのことは好きだし娘であることも嫌ではないがそれでも赤木の姓は名乗りたくないのだ。

 

赤木しげるの名前は特別だ。13歳の時にこの世界に入ってからずっとこの人の名前は裏世界に轟いている。裏世界のトップに君臨し天さん以外には負けたことがないという伝説の人だ。そんな人の娘でさらに“赤木”という姓まで名乗ったらたぶん私は逃げられなくなるんだと思う。一生あの赤木しげるの娘だといわれ裏世界に身を置くのではないだろうか。

 

今、東西戦に出ているけど裏世界なんかに関わりたくない。やくざは怖いし名を残したいとも思っていない。まっとうで普通の人生で生きていくことが私も望みなのだ。

 

私が私らしく生きるのに“赤木”の姓はいらない、それが私の理だ。そして赤木さんはそれを賭けろという。

 

赤木さんに自身の生き方を賭けてもらうのだから私も自分の生き方を賭けるというのは理に適っている。それはわかっているのだけれども胸を圧迫するような息苦しさを感じずにはいられない。この賭けには私の人生も懸かっているのだ。平静ではいられない。

 

負けたらこの人生はきっと普通とは程遠いものになる。わかっている。わかっている。それでも、

 

 

…私は赤木さんに死んで欲しくないんだよ。

 

 

「…それでかまわない」

 

 

「そうか。じゃあ雀箱の中にあるのが五筒と五萬なら和了ってやるよ。五索があったらお前は今日から赤木蓮だ」

 

 

そういって赤木さんが黒服の男に牌を検めるようにいう。もう、サイは投げられた。

 

ここで、互いの理を賭けた勝負が始まった。



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家族

ここからクライマックスです。
※原作の展開めっちゃ変わります。
※赤木さんの勝負観に捏造入ります。
※麻雀については大目に見てください。



※赤木視点

 

 

「私は貴方を取りにきた」

 

 

真っ直ぐと射抜くような強い瞳をした蓮と目が合う。

 

その言葉を聞いて腹の底から湧き上がるような高揚感を覚えた。東西戦の途中であり実の娘から挑まれた勝負であるというのに魂が揺さぶられた。

 

やはり俺はどうしようもない根っからの博打好きらしい。これから始まるだろう真剣勝負に心が震えた。

 

 

「ほう、何を勝負しようってんだ?」

 

 

「雀箱の中には五索はないよ。あるのは五筒と五萬だ。それを賭けよう」

 

 

蓮は白の代わりに割りを食った牌が何か当てようという。俺があの箱の中にある牌が五索だと断言したのは先程の一戦で原田が五索で待つことを嫌ったからだ。あれから五索はキナ臭いと思っていたがさらに五索で頭ハネをするといった時の原田の反応から考えて今は五索を白と交換したのだと確信している。赤の五の数牌を避けるためだと錯覚したと言い訳もたつし間違いない。

 

だが、蓮は五索はないという。五索ではなくあるのは五筒と五萬だけだと。

 

どんな考えがあるのかは知らないが俺は俺の理に従うだけだ。勝負を挑まれた以上引くという選択肢はない。

 

 

「いいぜ、蓮。雀箱の中に五索があれば俺の勝ち、五筒と五萬ならお前の勝ちだ。何を賭けるんだ?」

 

 

「貴方の理を賭けてもらう」

 

 

俺の理?どういう意図だという意味を込めて蓮に目線を向けると、意思の灯った瞳で、だけれども静かに口を開いた。

 

 

「五筒で貴方は和了りなんだ。だから貴方の理を曲げてこの後も打ち続けてもらう」

 

 

蓮は五筒で俺に和了れという。俺の待ちが二・五索、五筒であることから五筒でもあがることはできるが、五索でロンと言った以上それ以外の牌であがるのは俺の意に反している。なるほど、俺の理を賭けるという言葉はその要求に即しているだろう。

 

口調は緩やかなのにそこに込められた意志は火傷しそうになるほど熱い。蓮が何を思って俺の理を変えさせたいのかはわからないがそこに強い思いが込められていることが伝わってくる。

 

クククッ、あんなにクールだったのに随分と熱くなっているじゃねえか。やっぱりお前は俺の娘だな蓮。博打に魂込めちまうなんてそれらしいぜ。

 

蓮は俺に理を賭けろという。ならばお前が賭ける物もお前の理であるべきだ。

 

 

「それで構わない。だが、賭けというならばお前にも同等の物を賭けてもらうぜ」

 

 

「何を賭ければいい?」

 

 

「俺が俺の理を賭けるんだ、お前にもお前の理を賭けてもらう。負けたらお前は赤木の姓を名乗れ」

 

 

そういうと蓮の目が見開かれ息を呑む音が聞こえた。

 

蓮は別に母親に思い入れがあるわけではないし俺を嫌っているわけでもない。それにも関わらず“赤木”の姓を名乗らない。

 

ここにこいつなりの理由があるのだろう。俺の娘であることを良しとしながら俺の姓を拒んでいる。蓮が蓮として生きるのにそれが必要であるならその理を賭けてもらおう。これは互いの理を賭けての勝負だ。

 

 

「…それでかまわない」

 

 

「そうか。じゃあ雀箱の中にあるのが五筒と五萬なら和了ってやるよ。五索があったらお前は今日から赤木蓮だ」

 

 

そう決め事をしていよいよ牌を検める。俺たちのことで随分と周りを待たせてしまったが西に特に損がある話でもないし構わないだろう。五索も五筒もなければチョンボで俺が落ちるといい雀箱を開けさせた。

 

誰もが牌の中に注目している。黒服が中を開け牌を1つずつ取り出していった。

 

まずは春夏秋冬、それを脇に寄せ残った4つの牌のうち1枚を卓の上に置く。

 

最初の1枚は五筒、まずは俺のあがり牌が1枚あったらしい。蓮の予想が1枚当たった形だ。

 

次の牌を表に向ける。白。もう一枚の牌も卓の上に置き表にすると白だった。

 

雀箱の中に残る牌はあと1枚、この牌が何であるかですべてが決まる。

 

 

「そいつは、蓮はお前の何なんだ」

 

 

「蓮は俺の娘だぜ」

 

 

「そうか、赤木の関係者だと思ったが娘だったのか」

 

 

最後の牌をめくる前、原田がそう尋ねてきた。そういえば蓮のことは西には言っていなかったな。蓮の名字は伊藤だったし西が俺の娘だとわからないのも無理はない。

 

 

「なら、これからは“赤木”が2人になるわけだな。最後の牌は五索だ」

 

 

原田が諦めたようにそういう。そうか、やはりあの七索待ちの違和感はあっていたのだろう。俺の理が正しかった。

 

決着はついた、そう思って蓮を見ると驚いたことに蓮の瞳から闘志は消えていなかった。いつもと同じように何も映し出さない表情の中に瞳だけが燃えるように熱を持っていた。

 

 

「まだわからない。牌を開けるまで何が起こるかわからない。そういうもののはずだ」

 

 

そういって蓮が雀箱を持つ黒服に目線を送る。

 

それを受けた黒服は怯えたように最後の牌を差し出した。それは蓮の言葉に恐れを抱いているようだった。

 

恐らくこの黒服が原田から指示を受け牌を入れ替えた人間だろう。ということは原田と同様にこいつは最後の牌が何かを知っているはずだ。それにも関わらずここで蓮に怯えるのはどういう理由だ?

 

途端、背筋が寒くなる。原田の七索待ちは蓮だって違和感を持ったはずだ。それでも蓮は五索ではなく五萬があるといった。蓮の理はどこから出てきたんだ?

 

震える手で黒服が最後の牌を差し出した。ゆっくりと卓の上に置かれたそれはついに最後の審判を下す。

 

そこには“伍”という漢数字と萬の字、最後の牌は五萬だった。白と取り替えられた牌は五筒と五萬、蓮の理が勝った。

 

足元から力が抜けていくような感覚がある。目の前に広がる光景が視界に入っているはずなのにうまく思考することができない。俺はゆっくりと手を伸ばし牌に触れる。

 

親指の腹で牌の表面をなぞる。何万回と行ってきた盲牌だ、その感触から掴んだ牌が五萬であることが伝わってくる。

 

 

そうか…、ああ…、そうか。俺は負けたのか…。

 

 

その事実がゆっくりと俺の中に染みてくる。2年前、天に粉をかけられ一ヶ月前、蓮の強運に勝ちを浚われ自分の衰えを感じていた。

 

そして、この東西戦。これほどまでの大勝負はもうないだろうと臨んだ戦いで俺は真剣勝負で蓮に敗れたのだ。

 

 

「勝負を再開しよう」

 

 

そう蓮がいう。勝ったのは蓮だ。賭けの内容に従うなら蓮が俺に振り込んで場が流れたところからの再開になる。

 

 

「ああ、そうだな。蓮の振った五筒で頭ハネだ。勝負を再開しようじゃねえか」

 

 

まだ、場の空気が騒めいている中次の局に進める。

 

今場を完全に制しているのは蓮だ。ここ一番の大勝負に勝ちきり西も東もすべて呑み込んだ蓮に圧倒的に流れがある。

 

そして俺は蓮が最高潮に流れに乗り切った時に何が起こるのかを経験している。まだ、麻雀牌も見たことがなかった蓮がたった一度の勝負で起こした奇跡を俺は忘れていない。

 

予感があった。すべての条件が整ったこの場で蓮がもう一度あの奇跡を起こすのだと俺は確信していた。

 

初めて牌を握らせた時に蓮が麻雀の神様に愛されていたことはわかっていたのだから。

 

配られた牌を開く。大敗した後だというのに思ったより悪くない。

 

この配牌なら一筒から捨てるな、と思ったところで親の原田が一筒を切った。続いて僧我も一筒を切る。ああ、なるほどな。仕上がるっていうのはこういう状態をいうんだろう。

 

 

「和了らなくてよかったのか、蓮」

 

 

からかうような口調でそういう。原田と僧我の第一打が一筒で俺の不要牌も一筒ならそういうことなのだろう。視界の端に驚いた原田と僧我の顔が見えたが視線を蓮から外さない。

 

蓮は俺の言葉に顔をあげると俺に視線を合わせてからまっすぐ手を伸ばし牌をツモった。そして牌を見ると表にして静かに右側に置いた。それはやはり一筒だった。

 

 

「貴方を取りに来た、っていったはずだよ」

 

 

ツモ、と言ってぱたりと蓮が手牌を倒す。ツモった一筒で蓮は和了っていた。地和、役満だった。まさしく天に愛された配牌だった。

 

原田の第一打で和了っていたくせに自分でツモるとは勝手な奴だな。東西戦のことを考えるなら原田を殺る選択肢以外ないというのに東のことを全く考えていやがらねえ。クククッ、本当にこいつは俺の娘なんだな。そうだ、博打っていうのは自分のために打つもんなんだよ。お前がお前であるための選択をすればいい。

 

それが、蓮にとっては俺を討ち取ることだったんだろう。まったくもって完敗だ。ここまで綺麗に決められると何も言えやしねえ。俺はこれで終わったのだ。

 

蓮が地和を和了ったことで東西戦は東の勝利ということになった。今までの取り決めで言うなら残り点数4000の原田が飛んで俺と蓮と天の三人で決勝という形になるはずだが僧我がそれを辞退した。俺との決着はついてないが僧我の中でも折り合いがついたのだろう。まあここまで鮮やかな手で和了られれば文句もでないな。東西戦はこれで終了した。

 

これまで積み上げたものはすべて崩してきた。あるのは俺が赤木しげるであるという矜持と博打だけ。その博打も今日完全に敗北した。俺に残るものはもう何もない。

 

ふと、蓮がこちらに近づいてくるのが見えた。今回の戦いの最大の功労者がやってきたか。まあ声でもかけてやるとするか。

 

そう思って立ち上がろうとした瞬間目の前に手が伸ばされる。手の先を追っていくと俺に向かって手を差し出す蓮の姿があった。

 

 

「帰ろう、…父さん」

 

 

その言葉に目が見開かれる。何を、と思って蓮を見ると相変わらずの無表情だが耳が赤い。ああ、そうだ、そうだった。

 

 

俺にはまだ家族がいた。

 

 

思わず口元が笑みを作る。その手を取って立ち上がり目の前の小さな体温を抱きしめる。

 

 

「おう、帰ろうぜ蓮。お前の飯が食いてえ」

 

 

蓮が腕の中でかすかに震えたのを感じた。

 

 



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赤木しげるの娘

東西戦が終わり穏やかな日常が返って来た。

 

赤木さんは家でタバコ吸ってたりふらっと何処かへ出かけたりと相変わらず好き勝手生きている。私は2週間ぶりに学校に行き、そして皆に避けられるようになった。もう充実した中学生生活を送るのは無理かもしれない。青春生活は高校デビューで果たすとしよう。別にぼっちで泣いてなんかない、泣いてなんかないです。ぐすっ、

 

私は東西戦で大きく原作を変えてしまった。私という異分子がいながらひろさんが打っている時とほぼ変わらない展開になっちゃうのだからよっぽどのことがない限り原作変わらないと思ってはっちゃけたのだが、正直やり過ぎた感は否めない。なんか東西戦で優勝したの私みたいになっているんだよね。いやいやいや、これは東陣営皆で力を合わせた勝利です。お願いだから私のスタンドプレーでもぎ取ったみたいな雰囲気出すのはやめてください。裏社会にバリバリ関係しているこの戦いで優勝したとかどうみても裏プロ路線一直線だよ。私は平凡に生きたいんだって。

 

これで原作が変わったのかはわからない。東西戦の結末は変わったがあの夜が来なくなるという保障はどこにもないのだ。ただ、あの戦いが私の自己満足で終わってしまう可能性もある。それでも変わったこともあった。

 

あれ以来赤木さんと距離が近くなった気がする。よく話しかけて来るし時折私の頭をぐしゃぐしゃに撫でたりする。そんでもって前よりすごく我儘になった。

 

いっつも人が食べている焼きそばを強奪してくるから好物だと思って晩御飯に出したら『なんだよ、今日の飯は手抜きじゃねえか。違うのが食べてえ』とぶーぶー文句を言ってきた。はっ倒すぞこのジジイ。好物じゃないならなんで毎回人の晩飯盗っていくんだよ。嫌がらせ?嫌がらせなの?取り敢えず人が作った飯に文句言うんじゃねえと怒ったけど赤木さんは全く気にした様子もなく飄々としていた。

 

誰だよこのジジイをこんな我儘に育てたの。純度の高い才能があってもワガママなのはダメだと思います。しょうがないのでその時はオムそばにするってことで互いに合意したのだが、完成したオムそばを持ってきて『ケチャップで文字書くところまでがオムそばだろ?ほら、早く書いてくれよ』と言われた時は目眩がした。ここはメイド喫茶ではないんですよ?

 

 

【挿絵表示】

 

 

もう半ばヤケクソ気味にケチャップで『ジジイ』と書いてやると赤木さんはニヤニヤと笑いながら『なんだ、父さんじゃないのか?父さんって呼んでいいぞ?』と言ってきた。軽く殺意が湧いた。

 

絶対2度と父さんなんて呼んでやるものかと決意したが、その後嬉しそうにオムそば食べる赤木さんを見ると許したくなる。この人は本当にずるい。そんな姿を見るとやっぱり私は赤木さんのことが好きなんだと思ってしまう。

 

東西戦が終わってから天さんとは交流があるがひろさんには会っていない。やっぱりサラリーマンになったんだろうか。私はそれでいいと思うけどひろさんのことを考えるとそれは停滞しているってことになってしまうのかもしれない。原作と結末がかなり変わってしまったからHEROが生まれるかはわからないけどいつか連絡を取りたいと思う。優しくて強くていつも一生懸命なひろさんは麻雀を抜きにしても会いたい人だ。どうか元気に過ごしていてほしい。

 

逆に天さんとは時々会ったりしている。天さんがうちにくることもあるし私が天さんの家に遊びに行ったこともあった。天さん本当にお嫁さんがふたりいたよ。しかもどっちも美人!器の大きな男は惹かれる女性も魅力的なんだとすごく納得した。取り敢えず天さんはショートヘアが好きなのだと心のノートにメモしておこう。

 

大らかすぎる天さんは『俺の物はお前のもの、お前の物は皆の物』という博愛精神でなんでも持って行っちゃうから注意が必要なんだけど、こないだ家に遊びにきた時は言葉の爆弾まで落としていった。なんでも裏世界で私の名前が響き渡っているとのことらしい。いやいや、待て待て、どういうことだ。なんで裏世界で私の名前が売れているんだよ、おかしいです。

 

そう抗議するも『そりゃ、全国の博徒が注目する東西戦で優勝したんだから蓮が有名になるのも当然だろ?』と言われてしまう。いや、本当違います。チーム戦だったんだから個人の勝利とかないですから。お願いですから私個人の名前だけ取り上げるのやめて下さい。

 

だが天さんは『東西戦勝てたのは間違いなく蓮のおかげだぜ?謙遜することはないさ』っていってくる。謙遜じゃないです、拒否しているんです。いよいよ私の平穏な人生が終了する予感がしてきたと思ってきたらついに家にまでヤーさんがやってくるようになった。

 

なんか偉そうなおっさんが『これでどうかうちの代打ちを引き受けてくれませんか』とアタッシュケースに詰め込まれた万札見せてきた時は意識が飛ぶかと思った。平凡な女子中学生になんてこと頼むんだこのおっさん。やばい、これは断ったら誘拐されちゃう感じか?でも絶対に引き受けたくないぞ?

 

絶体絶命のピンチに駆けつけてきてくれたのが赤木さんだった。バンッとドアを蹴り飛ばし、『ふざけんなヤー公ども、俺の娘に手を出すんじゃねえ…ッ!』って言われた時は鉄仮面が剥がれ目が潤んだ。

 

感極まって思わず『父さん…ッ!』と叫びそうになったが次の瞬間『蓮は俺とマカオに新しくできたカジノに行くんだよ!お前らなんかに構っている暇はねえんだから帰れ!』と言う赤木さんに表情が死んだ。おいこらクソジジイ、私の感動返せ。全然私の為じゃないじゃん、思いっきりお前の私利私欲の為じゃねえか。もういい、絶対に父さんなんか呼ばないからな!お前なんてクソジジイなんかで充分だ。

 

しかし、このジジイやはり裏に影響力があるようでそれ以来パタリとヤクザが来なくなる。凄いとは思うけど感謝はしない。だってこのジジイ絶対に自分のためにやっているんだもん。そのうちハワイの時みたいにまた強引に捕まえられマカオに連れてかれるぞ?誰に助けを求めたらいいんだ?天さんか?でも天さんも喜んで普通について来そうな気がするぞ。どうしよう、救いが全くありません。

 

赤木さんとの賭けには勝ったけど代わりに私は平穏な日常を失ってしまったらしい。裏社会に引き込まれそうになったり赤木さんに振り回されたりと散々だ。でも赤木さんは毎日楽しそうにしている。

 

ご飯には文句いうし人の予定は無視するし裏社会に繋がりは多いし赤木さんはとんでもない人だ。おかげで私の日常は騒がしすぎる。

 

でも、そんな平凡とは程遠い日常を少しいいと思ってしまっている自分がいる。

 

だって、ご飯を作れば赤木さんは美味しそうに食べてくれるし私の予定を無視して強引に色んなところに連れ歩くの楽しそうだしギャンブルに勝つと喜んでくれる。

 

結局私は赤木さんのことが好きなのだ。この自分勝手で我儘でギャンブルが好きなどうしようもない人の側にいることに喜びを感じている。

 

初めはこの人を神様のような何かだと思っていた。天衣無縫で大胆で才気に溢れた奇跡のような人。神域という言葉はダテじゃなくて紙面越しに見てた時からどこか遠い世界の人だと思っていた。

 

でもこの世界に来て親子になってこの人が生きた人間だっていうことを酷く実感した。博打は神がかったように強いけど私生活ボロボロだし不良中年だしろくなもんじゃない。

 

もう私にとって赤木さんは神様ではない。どこか遠くの人ではなくすぐ側にいてくれて私を『蓮』と呼んでくれる家族なのだ。だから、この人の生き方に付き合ってあげよう。

 

だって私は赤木しげるの娘なのだから。

 

 

 

 



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あとがき

これにて『気付いたら赤木しげるの娘だったんですが、』は完結です。ここまでお付き合い下さりありがとうごさいました。

 

途中蓮vs赤木が難産すぎて心折れそうになっていたのですが皆様のコメントのおかげでなんとか最後まで書き切ることができました。本当にありがとうございます。また、誤字脱字のご指摘もありがとうございます。間違いまくりでほんと申し訳ないです。とても助かりました。

 

 

この作品は今さらながら『天 天和通りの快男児』の存在を知って読んだ結果、気付いたら執筆していました(笑)うわあああああっ!!!!赤木さんかっこいい好きだぁでも死なないでぇええーーっ!!と悲しいやら寂しいやら萌えやら色々な感情が爆発して書かずにはいられなかったです。

 

原作の『天 天和通りの快男児』は本当に名作です。カイジやアカギは読んだことあるけど天は知らないっていう人は是非読んでほしいです。福本作品好きな人は絶対に好きになります。

 

えー、ここからは本編で出せなかったネタバレや今後の展開について書いていきます。お暇でしたらお付き合い下さい。

 

まず、蓮の名字についてですがコメントにもありましたが、福本作品の有名なあの人から取ってます。ぶっちゃけますと蓮はあの人の従姉妹という設定です。せっかく赤木さんとの勝負に勝ち切り守った名字ですか“赤木”なんかよりもずっと曰くのある名字になりました(笑)

 

そのうち賭博黙示録の世界にもぶっ込みたくてこの名字にしてます。きっと数年後には蓮のところに遠藤さんが来るんじゃないですかね?どのタイミングから参入させるのか考えているのですが佐原の死亡フラグ折りたいから『鉄骨渡り』からかな?でもこの主人公だと絶対に鉄骨渡りなんてやってくれないので考え所です。書くとしたらもうちょっと設定煮詰めてから書きたいです。

 

次に今後の展開についてですが、元々この連載は天→銀と金→カイジ→天(通夜編)で構想練っていたので続くとしたら次は銀と金になります。

 

天(通夜編)はおそらくもう書かないと思います。実は割としっかり構想練っちゃっているんですけどこの落ちで通夜編があるのはあまりにも悲しいのでたぶん書きません。書くとしたらIF設定ですかね。どちらにしても銀と金が終わらないと通夜編は書けないので銀と金書いたら考えます。

 

銀と金は凄く好きな作品なので割と続きは書きたいんですが構想が全然煮詰まってないです。ポーカー編とか麻雀編とか凄く好きなのでこの辺りから参入させたいんですがどうやって絡めよう。取り敢えず銀と金読み返しながら考えてみます。

 

後はアカギも好きなので『気付いたらアカギの姉だったんですが、』とかも書きたい。でもアカギはオリ主絡めれるところが少ないから難しいな。原作は鷲巣編が完結しましたね。これを機に全巻集めたいな。

 

というわけで暫く時間を置いたら銀と金の執筆に入ろうと思います。まだ全然できてないのでどれくらいかかるかわかりませんので気長にお待ちいただけますと幸いです。

 

最後に、ここまで読んで下さりありがとうごさいました。福本作品は名作ばかりで大好きです。なんで二次創作少ないんですかね?もっと増えて下さい。マジで

 

 



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~ひろ~ 運命の分岐点


銀と金編ではないのでご注意を


東西戦から2年が経ち、私は相変わらず赤木さんに振り回される日常を送っている。

 

あの東西戦で赤木さんの運命を変えるために私は自分の理を賭けそして勝ち切った。これで赤木さんの運命が変わるかどうかはわからない。原作とは違う世界になったけれどそれが赤木さんの生死にどれほど影響を与えられるのかはわからなかった。

 

蝉の声が止み始めるこの時期は不安になる。木の葉が色づき秋が近づいてくるとあの日を思い出すからだ。

 

1999年9月26日、秋の中ごろ、赤木さんは自ら命を断って死んでしまう。

 

赤木さんが死んでしまうのはアルツハイマー型認知症にかかり赤木しげるとしての自分が消える前に自らの手でけじめを付けたかったからだ。

 

病に侵されなかったら赤木さんは死なずに済むかもしれない。そのため私は赤木さんの生活態度を直そうとしたり病院の定期検診につれていこうとするのだが、うん。あのおっさん全く病院に行きやがらねえ。

 

いわく、『あんなところいって身体弄りまわされるのは性に合わねえ。ま、病気になっちまったらそれはそれでしょうがあんめぇ』といいやがる。いやお前病気になったら死ぬほど周りに迷惑かけながら自殺するじゃん。何もしょうがなくないので病気になる前にきちんと予防してください。

 

なんとか病院に連れていこうとすると『なら、俺に賭けで勝ったら行ってやってもいいぜ』といいやがるので『だまれ、晩飯素うどんにするぞ』と言って撃退する。なんで自分の身体のことなのに条件出してくるんだよ。なんかもう赤木さんのわがまま度がどんどんアップしてくるんだけどこの人本当に7年後死ぬの?

 

未だに引退したっていったくせに面白そうなギャンブルがあるとほいほい挑んじゃうし私のご飯を誉めたりケチつけたり楽しそうだしどう見てもあと50年は生きるだろ。下手したら私より長生きしそうだわ。

 

赤木さんのやんちゃぶりは落ち着かない。おかげで今も『わりぃが財布忘れたから小春って店にまで持ってきてくれ』って呼び出されてしまった。

 

ただいまの時刻は夜の12時を回っているのだが青少年保護育成条例はご存知ないのでしょうか?未成年は午後10時以降で歩いてはいけないんですよ?いやもうそれ以前にどこの世界に15歳の娘に深夜飲み屋に来いという親がいるんだよ。まあここにいるんだけど。うちの親が色々規格外でつらい。

 

そんなわけでネオンの光に照らされる繁華街を赤木さんの財布持ってひとりで歩く。この人って財布まで虎柄なんだな。なんでこんなチンピラっぽい柄を好むんだろう。それはそれで似合ってしまっているのがなんとも言えないところなんだけど。

 

周りを酔っ払いのサラリーマンや明らかにカタギでない男たちが通り過ぎていく。

 

内心絡まれやしないかドキドキきていたがそんなことはなかった。だけれども平均的な女子中学生が夜の繁華街歩いていて声をかけられないのはそれはそれでどうだろう。私ってちゃんと一般的な女子中学生でいられているのだろうかめっちゃ不安になります。

 

あたりには酒の匂いが立ち込めている。そんな中路端に酔っ払いがひとり倒れていても誰も気に留めないだろう。

 

だけれども私は思わず足を止めてしまう。ネオンの光と光の間、暗闇の中に倒れるその男の顔が不意に視界に入った瞬間私は立ち止まらずにはいられなかった。

 

黒縁のメガネにまだらに生えた濃い髭、疲れ果てた顔で項垂れているのはあの東西戦で共に戦った“天”の登場人物のひとり、ひろさんだった。

 

…え、本当にひろさん?あのピュアっピュアっだったひろさんがたった2年で寂れたサラリーマンみたいになっているんだけど何があったし。現代のサラリーマン業は2年でこうなっちゃうくらい大変なの?なにそれ怖い。

 

取り敢えず放っておくわけにも行かないので側にいき声をかけることにする。なんて話かけたらいいんだろうね。やっほー!ひろさん元気ー?とかか?どう見ても元気じゃないよね。もう普通に声かけよう。

 

 

「ひろさん…、」

 

 

ゆっくりそう名前を呼ぶとゆるゆると顔を起こしひろさんが私の方を見る。そして目が合った瞬間信じられないとばかりに目が開かれる。

 

 

「蓮?なんで、蓮がここに…」

 

 

「ひろさん、何しているの?」

 

 

ひろさんは立ち上がろうとしてでも力が入らないのか失敗する。辛うじて上体を起こし壁に背をつけることはできたがそれ以上は身体を動かすことができないようだ。

 

瞬間ひろさんが自嘲気味に笑う。片手で顔を抑え皮肉を込めた顔でこちらを見上げる。

 

 

「何しているかって?見ての通りだよ蓮。もう、僕は麻雀は辞めたんだ。君や赤木さんに追いつけない苦しみを味わうより逃げることを選んだんだ」

 

 

そうしてひろさんはハハッと空笑いした。それは何もかもを諦めたような笑みだった。

 

いやホントどうしちゃったんだひろさん。天のヒロインとまで言われた可愛さが全くなくなっちゃっているよ。あまりの変わりっぷりに内心ちょっとビビっている。

 

でも確か原作でもこうだった。天さんや赤木さんの麻雀を見たひろさんは自信を失い代打ちとして生きていくのではなく会社員となった。でもそれはひろさんが望んだ生き方ではなく薄く死んでいくような日々を送ることになる。

 

この世界の展開は原作とは違うが同じようにひろさんは天才たちの幻影に苦しめられ麻雀の道から退いたのだろう。原作では東西戦から9年後、赤木さんの通夜をきっかけに覚醒してHEROとなるが今はただのひげゆきさんなのだ。残念ながら今のひろさんはただの酔っ払いでなんの覇気もない。

 

 

「幻滅しただろ?君に期待をかけられながら僕は何も応えることができなかった。僕は何の取り柄もない凡人だったのさ」

 

 

何もかも投げやりな態度でひろさんがそういう。片手で顔を押さえているから表情はよく見えないが口元は寂しげに笑っている。病んでいるなひろさん。お仕事そんなにつらいのかな。あんまりにも辛い仕事なら転職を考えるのもひとつの手だと思うよ。この時代ってハローワークとかあるのかな。

 

にしてもひろさんはおかしなことをいう。幻滅する?え、ひろさんに幻滅するところあったっけ?

 

 

「何に幻滅するんだ?」

 

 

「何って、僕は麻雀から逃げたんだよ。君に必要だっていわれたのに、」

 

 

「ひろさんはまだ始まっていないんだよ。それなのに私は貴方の何に幻滅すればいいんだ」

 

 

そういった瞬間ひろさんがえ?といって顔をあげる。そんな驚かれた顔されたってひろさんが活躍するのはこれからHEROになってからなのだ。まだ物語すら始まっていないのに幻滅しただろっといわれても答えるところがないですよ。

 

 

「貴方はHEROになるんだよ」

 

 

「蓮、君はなにをいって・・・」

 

 

「お、いたな蓮。あんまりにも来るのが遅いから迎えにきてやったぜ」

 

 

ひろさんが何か言おうとした途端それを遮り軽快な声が私の名前を呼ぶ。視線をやると白いスーツに虎柄の男が手をあげながらこちらに近づいてきていた。

 

その見覚えのありすぎる風体に頭を抱えそうになる。うん、財布なかったんじゃなかったのかよクソジジイ。何故ここにいるんだし。

 

 

 

 



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停滞と始動

 

 

「お、そこにいるのはひょっとしてひろか?なんでこんなところにいるんだ?」

 

 

「それより貴方は何故ここにいる?財布がなかったんじゃないのか?」

 

 

ひろさんじゃなくてなんでお前がここにいるんだよ。確か私は財布忘れたからといわれて深夜の繁華街に呼び出されたはずなんだがなんで普通に店から出てきているんですかね。まさか狂言?返答によっては私は明日からご飯作るのをストライキします。

 

 

「お前が来るのが遅かったから店の親父にコインの裏表を10回連続当てたらタダにしろって持ちかけたんだよ。まあうまくいったからここにいるな」

 

 

「ふーん、そう」

 

 

え、簡単に言っているけどそれとんでもない確率だよね?えっと2を10回かけるから1024分の1?この人裏社会から引退したとか言ってたけど全く衰えてないだろ。神域って通り名が伊達じゃなさ過ぎて怖い。

 

 

「で、なんでひろがここにいるんだ?」

 

 

「別に、たまたま会っただけさ」

 

 

「ほう、そうか」

 

 

赤木さんがじっとひろを見てそして静かに零す。

 

 

「止まっているなひろ」

 

 

「え、」

 

 

「あの東西戦からか?停滞している。お前は止まっているんだ」

 

 

その言葉を聞いた瞬間ひろがサァーと青ざめる。もともと血色が良かった顔色ではなかったがはっきりと顔色が変わったのがわかった。

 

 

「な、何いって…、今酔っ払ってこんなところにいるからそういっているんですか?でも、そんな日だってあるじゃないですか。仕事がうまくいかないとかわけもなく呑みたくなるとか…、」

 

 

「そういう話じゃねえ。お前は朧なんだよ。真っ直ぐ生きていない淀み、…濁りを感じた。お前はこの2年間動いていねえ…、半死だっ…!」

 

 

赤木さんのその言葉を聞いてひろさんがゆっくり顔を下げる。そして拳を握りしめ肩を震わせる。

 

 

「分からない…。赤木さんには、貴方たちには分からないんだ…。へこたれる人間の気持ちがわからない…!」

 

 

「そうか?」

 

 

「そうです…!だって、赤木さんも蓮も何でもできるじゃないですかっ…!やろうと思っても、心ならず停滞してしまうそんな人間の気持ちがわからないんだっ…!」

 

 

ひろが絞り出すようにそういう。顔には苦悩の表情がありひろさんが本当に苦しんでいることが伝わってくる。うん、でも待って。確かに赤木さんは天才だが私は凡人だぞ?私を赤木さんと同じ括りにいれるの心底やめてもらえませんか?私はコインの裏表を連続で10回当てられるような化け物と違いますので。

 

 

「…仮にそうだとしても命は関係ないだろ。人生は楽しむか楽しまないかだ。思うように勝負すればいい」

 

 

「でも、失敗したら…」

 

 

「別に構いやしねえよ。いいじゃないか…!三流で…!熱い三流なら上等よ…!」

 

 

そういってふっと笑うと赤木さんはひろに背を向けその場を離れる。え、放置?ひろさんこのままでいいの?

 

チラッとひろさんを見ると俯いたまま肩を震わせている。ううん、なんか悩んでいるっぽいしここは放っておいた方がいいのかな?

 

少し先を歩く赤木を追いかけ隣に並ぶ。

 

 

「いいの?」

 

 

「ひろのことか?後はあいつが決めることだ。まあひろの気持ちもわからなくない。とんでもない才能を目の当たりにするとどうすればいいかわからなくなるさ」

 

 

物思いに耽るように赤木さんがそういう。え、赤木さんがどうしようもなくなるほど凄い才能を持った人がいたの?誰だ、市川さん?鷲巣さん?あ、天さんか。うん、確かに“天”の主人公である天さんはとんでもない人間だったもんね。赤木さんがそういうのも頷ける。

 

 

「まあだからといって俺の生き方が変わるわけじゃねえんだけどな。人生ってのはただ生きることでしか実らねえんだ」

 

 

そういって赤木さんは笑って私の髪をくしゃくしゃに撫でる。ちょ、いきなりなんなんだこのおっさん。道端で人の髪ぐちゃぐちゃにするのはやめて下さい。

 

赤木さんが言おうとしていたことは少しわかる気がする。周りなんて気にせずに自分らしく生きろっていうことだ。とてもいい話だし原作でも感動したところではあるがでもこのおっさんは好きに生きすぎているだろ。好きに生きるのもいいけど深夜の繁華街に娘を呼び出すのはおかしいくらいの常識は身につけて下さい。

 

 

 

※※※

 

 

それから3日経った。何故か赤木さんはずっと家にいる。

 

いつもだったらふらっと何処かへ行ったり夜は飲みに行ったりするのにずっと家にいる。

 

不思議に思っているとその日の夜家のチャイムが鳴った。赤木さんに代打ちを頼むどっかのヤーさんかな?と思ってインターホンに出ると天さんとなんとひろさんがそこにいた。

 

ドアを開けて中に入ってもらう。ひろさんは前にあった時と同じように黒縁のメガネをかけ髭を生やしていたが前と違い目に力があった。

 

 

「昨日、会社を辞めてきました」

 

 

「ほー、それでひろ、どうするつもりなんだ?」

 

 

「この世界で生きます。例えどんなに苦しくても自分の心に嘘をつかないことにしたんです」

 

 

そういうひろさんの顔は晴れ晴れとしていた。安定した人生を生きるより勝負し裏の世界で生きることを選んだのだ。

 

世間一般では褒められる生き方ではないだろう。だけれどもHEROの世界を知っている私にとってはこれで良かったと思う。勝負事の世界で生きるひろさんは活き活きとしていて輝いている。

 

がんばってねひろさん、私も自分の生きたいように生きて平凡な日常を送るから。

 

 

「それで蓮、僕と打って欲しいんだ。これから先僕がこの世界で生きていく実力があるか君と打って試したい」

 

 

「別にかまわないよ」

 

 

「俺も打たせてもらうぜ。東西戦の最後の戦い、俺は勝負の場に座ることすらできなかった。赤木さんや蓮に勝ちたいって気持ちはひろと同等だぜ」

 

 

「じゃあこの4人で箱テンになるまで争うってことでいいんだな?」

 

 

ということで天さんひろさん赤木さん私の4人で打つことになった。まあ別に減るものじゃないしひろさんの裏社会復帰のため麻雀しようというなら打ちますよ。失うものもないし気楽に打ちましょう。

 

 

「いや、ここでひとつルールを追加したい。二翻の代表的な役が5つありますよね?」

 

 

「一気通貫・三色同順・チャンタ・三暗刻・七対子あたりか?」

 

 

「はい、その5つを先にクリアしたチームが勝ちということにしましょう」

 

 

「チーム?」

 

 

天さんの提案に赤木さんが首を傾ける。これってアレだよね、東西戦の本戦で行われるはずだったクリア麻雀だよね。え、それを今からここでやるの?あれって確かチーム戦だったってことだよね。ということは…、

 

 

「はい、俺とひろ、赤木さんと蓮がチームを組んで先に5つの役をクリアした方が勝ちです」

 

 

「俺は構わねえが蓮はどうだ?」

 

 

「問題ないよ」

 

 

「だ、そうだ。じゃあ早速始めるか」

 

 

そういって赤木さんが牌を出す。どうやら赤木さんとペア戦をすることになったらしい。ちょっとびっくりしたがあの赤木さんとペアを組めるのは頼もしいね。きっと無双してひとりで全部の役作ってくれることでしょう。がんばってくださいお父さん。

 

 

「蓮、この麻雀で僕は何かを掴んでみせる。だからこの勝負真剣に打って欲しい。本気の君に勝ちたいんだ」

 

 

真っ直ぐと意志を持ったひろさんの瞳が私を射抜く。赤木さんとチームを組めたがどうやら楽な戦いにはならないらしい。

 

 

 

 

 




クリア麻雀編はじまるよー
なお、クリアカード編ではない模様


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乱戦

 

というわけでクリア麻雀が始まりました。私は赤木さんとペアらしい。

 

最強無敵の神域赤木しげるとチームを組めるなんてこれはもう勝ったも同然ですね!期待してますよお父様。きっと何もせずとも赤木さんがあっという間にクリアすべき役を作ってくれるでしょう。

 

とはいえ、向こうも強敵だ。天の主人公である天さんとHEROの主人公であるひろさんという主人公ズが相手なのだから一筋縄いかないだろう。

 

この強すぎる相手を倒すためにもクリア麻雀はチーム戦であるし赤木さんとの協力プレイが必要なのだが始まってから大変なことに気付きました。私たちなんの打ち合わせもしてないです。

 

絶対鳴かせ役と鳴き役が必要なのに何のサインも用意していないぞ?そりゃ東西戦の時にはサインもちゃんと覚えたけど2年も経てば忘れるしそもそも私が使っていたサインは天さんに教えてもらった物だ。そんな手の内が筒抜けになるサインは使えません。これどうやって勝てばいいんだろう。最初からチーム赤木は前途多難です。

 

まあとにかく手を見ないことには始まらないと牌を積み上げ手牌を開けるとなんと対子が5つあった。おおっ、七対子イーシャンテンじゃん!鳴いて連携出来ない役がいきなり手牌に来たのはついています。これはなんとしてでも和了したいな。

 

取り敢えずツモった牌をそのまま切って考える。七対子は聴牌までは自力で頑張らなければならないが最後の差し込みを味方にしてもらうことができる。

 

この戦いは一応ひろさんが私に戦いを挑んだという扱いなので私の左隣には赤木さんが、ひろさんの左隣には天さんが座っている。

 

ということで赤木さんは私のサポート位置のわけだから援護自体は期待していいのだろうけど何を切って欲しいか伝える手段がないのは致命的だと思う。本当チーム戦だとわかっていたのになんで通し確認しておかなかったんだろうね。まあ麻雀はよくしてたけどスタンドプレーの大好きな赤木家では通しをするっていう発想がないから仕方ないや。日頃の習慣から何も考えずそのまま始めてしまったわ。

 

七対子を聴牌することを目指しつつ赤木さんに待ちを伝える方法を考えよう。でもそれってあの天さんやひろさんを出し抜くってことだよね。もう普通に和了する方が簡単な気がして来た。自力で七対子ツモれるようがんばろう。

 

それから8巡、なんとか七対子を聴牌することに成功する。私の待ちは四筒だ。これが赤木さんにあればクリア麻雀のひとつ、七対子が完成する。やっぱりなんとかして私の状況を赤木さんに伝えたい。

 

まだひろさんも天さんも鳴いてないことから聴牌はしてないだろうけど鳴かせ出したら一瞬で勝負が決まることもある。早いうちに和了りきりたい。

 

なんとかひろさんや天さんの注意を逸らす方がないだろうか?ともだもだ考えると天さんが切った一萬をひろさんがチーした。うわあああっ、連携プレイが始まった!これ放っておくとマジで決まるぞ!?

 

いや、まて。でもこれ逆にチャンスじゃね?一度鳴かせ始めたら立て続けに鳴かせるはずだ。鳴いている時はどうしても自分の手元に注意がいく。そこで赤木さんにサインを送ってみるのはどうだろうか?

 

いくらひろさんや天さんと言えど鳴いている最中に通しをされれば注視できないんじゃないかな?うん、やってみる価値はあるだろう。

 

次の天さんのツモ番が勝負だ。きっと天さんは次もひろさんを鳴かせにかかるはず、その隙に赤木さんにコンタクトを取ってみよう。

 

天さんが八萬を捨てた、瞬間赤木さんに視線を送りサインを伝える。“七対子”“四筒”。素早くひろさん達に気付かれる前にサインを送ることができたと思う。

 

しかし赤木さんからの返答はない。四筒の有無についても手の様子についてもなにも伝わってこない。

 

え、なんで赤木さんからの返しのサインがないんだ?目がバッチリあっていたから気付いていないってことはないと思うんだけどまさか私がサイン出したと思ってないのか?

 

そりゃ私からサイン出したことなんてほとんどなかったけどチーム戦となれば私も協力プレイをしようと思いますよ。ああ、これはダメな気がする。赤木さんサインが送られたなんて気づいてないっぽいし全然意思疎通できてないからこの回終わったらちょっと作戦会議でもしましょう。

 

ひろさんが八萬を鳴いてこれで二副露だ。一二三萬、七八九萬を鳴いたことから恐らく狙っているのは一通だ。もう既に手の中に四五六萬があるのか、それともまだ形付いていないのかはわからないが大して猶予はない。

 

赤木さんの手番となったがやはり四筒は捨てなかった。持ってない可能性もあるけどこれは伝わってないんだろうな。私の手番になりツモったのは一索、四筒で待つよりは一索の方が出やすいかもしれない。それに四筒ならひろさんに通っている。うん、ここは四筒の方を切ろう。

 

四筒を河に捨てる。その瞬間ロンと言われ手が倒された。

 

 

「タンヤオ一盃口ドラ3、満貫だな」

 

 

私は倒された手牌を見て呆然とする。待ちは四筒単騎、明らかに私を狙い打った手だ。

 

ねえ、待って。理解が追いつかない。なんであなたが和了るんだよ赤木さん。

 

これはクリア麻雀だからより難易度の高い役を作れるなら和了ってもらうのは構わないけど赤木さんの手牌にはクリア麻雀に必要な役はひとつもない。これはただ私の点棒をさらうだけの手牌だ。

 

 

「へー、四筒持っていたんだ。どういうつもり?」

 

 

「くっくっ。なに、簡単な話さ。お前を倒したいと思っている男がもう1人いたってだけのことだ」

 

 

そういって赤木さんは楽しそうに笑う。私のサインもしっかり赤木さんに伝わっていたのだろう。その上で赤木さんはそれを利用して私を討ち取ったのだ。

 

ちょっと待って。全く納得できないぞ?これってクリア麻雀なんだよ?チーム戦なんだよ?なにあっさり敵対しているんだクソジジイ。向こうは協力プレイしているんだからこっちだけ不利じゃんかバカ野郎!うわあああっ!赤木さんいるから楽勝ゲーだと思ったのに一気に難易度がベリーハードになりやがったぞ。味方がいなくなったし点棒も減ったし踏んだり蹴ったりすぎる。

 

チーム戦が2対1対1の戦いになりましたね。これでクリア麻雀をするのか、ハハッ。…無理ゲーですわ。

 



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孤立

 

唐突に第三勢力として立ちはだかる赤木さんに頭が痛くなる。ただでさえひろさん&天さんという強敵が相手だというのに赤木さんまで敵に回るとかホント辛い。しかも私のこと倒したいとか言われたしピンポイントで狙われてるよ。これが四面楚歌という状況ですね。マジ泣けます。

 

麻雀を再開し場が回る。ひろさんは景気よくポン・チー鳴いて手を進めていっている。やっぱりパートナーがいると進みが早いですよね。うらやましいな〜、私全然鳴けないんだけど。これってきっと赤木さんが牌を絞っているんですよね。なんで赤木さんの右なんかに座っちゃったんだろう私。おかげで全く手が進みませんよ。あ、でもそれはどの席に座っても同じか。どうせ周り全員私の敵だし。…救いはないんですかね?

 

ひろさんと天さんは順調に手を進めて行く。すでに三色同順、チャンタ、そして三暗刻はクリアされている。

 

三暗刻をツモられた局ではなんとなくヤバイ感じだとは思ってたけど鳴けないんだから邪魔することもできない。普通に差し込まれてクリアされましたよ。つらい。よりによってクリア麻雀の急所を攻略されたんだけどこれ私にまだ勝ち目があるのだろうか。

 

ひろさんと天さんペアに付け込める隙があるとすればそれはすべての和了を天さんの差し込みによってクリアしたところだ。天さんの残りの点棒はあと7100しかない。マンガン振れば終わる点数だ。

 

クリア麻雀では点棒がなくなった人がいるチームが負けとなる。点棒が少なくなった天さんは赤木さんや私に振り込むことはもちろん、もうひろさんへの差し込みもできないだろう。すでに3つの役をクリアしているひろさん天さんチームだがここからの動きは難しくなるはずだ。

 

取り敢えず向こうとしては天さんに手を作らせひろさんが振り込む戦略を取るだろう。だけどこれなら天さん→ひろさんの流れではなくひろさん→赤木さん→私の順で回るからさっきまでより動きにくくなる。頭ハネもあるしひろさんから溢れる牌を鳴きやすくもなるだろう。まあひろさんが鳴ける牌流してくれて得するのは赤木さんなんだけどね。相変わらず私は赤木さんの右隣でつらい戦いを強いられてます。

 

とにかく今大事なのは流れを切ること、このままひろさん&天さんの流れを維持されるとこのまま突っ張られて和了される危険性がある。なんとしてでもひとつ和了したい。

 

そういっている間に聴牌した。ドラ3、待ちは一・四萬だ。ロンなら四萬の片あがりだからリーチをかけたいがそうするわけにはいけない。

 

もしリーチをかけて天さんが振り込んだら天さんは飛ぶ。クリア麻雀は点棒がなくなった人がいるチームが負けとなるからこれでひろさんも負けとなるんだけど、じゃあ誰が勝つかというとその時に1番点棒を持っている人が勝ちとなる。

 

天さんから取ったのが8000点だけなら私はさっき赤木さんに親マンを振り込んでいるので赤木さんがトップとなってしまう。私の捨て牌から待ちはバレてそうだしツモ狙いかな。

 

私が浮かせていた北を切ると天さんがフッと笑みをこぼした。うーん、聴牌したのバレたな。やっぱり自力でツモるしかないや。

 

天さんがツモりその牌を手の中にいれると四萬を捨てた。私のロン牌、今の天さんからは和了できない。きっとわかっていて捨てたのだろう。うわっ、せっかく聴牌したのにこの手和了りきるのか?なんかうまいこと天さんに危険牌処理されて和了できる気がしませんね。

 

天さんが切ったから次はひろさんの番のはずなのにひろさんは動かない。鳴くつもりなのかな?と思って見上げたひろさんは拳をギュッと握りしめ何か決意したような顔をしていた。

 

 

「天さん、僕はもうかっこつけて打つことはやめたんだ。手段は選ばない、なんとしてでも勝つ」

 

 

「ひろ?なにを…」

 

 

「僕は天さんにも勝ちたいんだ。東西戦で僕は後ろから見ているだけだった。だけどもう舞台にあがる覚悟を決めた。だから僕にとって貴方も超えるべき壁なんだッ…!」

 

 

ロンといってひろさんが手牌を倒す。断么・平和・ドラ1で5800。ひろさんの手にクリア麻雀に必要な役はない。つまりこれは自分が勝つために倒した手なのだ。

 

ひろさんもチームプレイを捨てたのだ。自分がただ1人の勝者になるために。

 

 

「だそうだが、どうするんだ天」

 

 

「ひろにいっぱい食わされましたね。構いませんよ、チームプレイはここで終わりにしましょう。だけどひろ、ここからは俺もお前の敵だ。俺はまだ勝負を諦めてないからな」

 

 

「望むところです天さん。貴方達天才になんとしても一矢報いたいんです。どんなことをしてでも勝ちます」

 

 

ひろさんが力強く返答する。はい、というわけでひろさん&天さんペアも解散しましたね。クリア麻雀なのに次々ペアがなくなっているんだけどどうなっているんだよ。え、絶対チーム組んで協力した方が有利だよね?何故皆さん方は攻略難易度をあげる方に尽力を注ぐんだよ。

 

いやもうこの際皆様方が山が高い方が燃える登山家タイプの人間なのはいいけど私を巻き込むのはやめてもらえないですか?ぼっちになった上縛りプレイにも参加させられるなんて辛すぎます。

 

 

「蓮ここからは僕個人の勝負だ。ここで僕は必ず君を討ち取ってみせるよ」

 

 

「へー、それは楽しみだ」

 

 

楽しみすぎて涙が出ちゃいそうです。その上クリアした役が3つあって点棒が5万点近くあるひろさんにロックオンされているんですか。この中で1番点棒持っているのは赤木さんなんだから赤木さんと争ってくれよ。もしくは残り1300の天さん飛ばしたらひろさんの勝ちなんだから天さん狙い打ってよ。何故このタイミングで私を狙う宣言をするんだし。私はごくごく普通の一般的な女子中学生です。

 

場が大きく動いたが引き続きクリア麻雀は続く。5つの役をクリアするか誰かが飛べばそれで終わりだ。ペアがなくなってますます乱戦模様だか、まあがんばろう。

 

 



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崖っぷちの闘牌

 

 

「よし、ツモったぜ!リーヅモ、二盃口、ドラ5。裏も乗ったな、三倍満だぜ!」

 

…まって、

 

 

「お、ツモったな。純チャン、三暗刻、ドラが絡んで跳ね満だ」

 

 

…まって、まって

 

 

「ツモ、七対子です」

 

 

だから待ってって…!

 

 

チームが消え去り全員が敵のサドンデスが始まった瞬間高得点の和了が乱舞する。天さんは三倍満ツモるし赤木さんは跳ね満の上クリア麻雀の役をふたつ完成させているしひろさんは4つ目の役をクリアしている。なんだこれ、イジメか?皆さんなんでそんなサクサクとんでもない手を和了することができるんだよ。マシンガンの打ち合いの中でひとりバターナイフで戦っているような気分だわ。全くもってついていけません。

 

いっとき天さんの点棒が1300で飛ぶんじゃね?と危ない状況だったがそんな心配をする必要は全くありませんでしたね。それよりやばいのは私の状況だよ。あと残り点棒3000しかない上なんの役もクリアできていないんだけどこれは果たして勝ち目があるのだろうか。

 

取り敢えず振ったら終わりだけどこの高打点の殴り合いだと誰かにツモられても終わりそうだ。この局はなんとしてでも和了しないと!

 

幸いにしてツモは悪くなくてすでにイーシャンテンだ。2・3・4の三色も見えている。ここで上がり切れば流れが変わるかもしれないしなんとしてでも和了したい場面だ。

 

そして、次順、聴牌する。待ちは二・五・八索で二索なら三色だ。なんとなくツモれる気がするが天さんは聴牌、少なくともイーシャンテンではありそうだしひろさんも白を鳴いて手は速そうだ。ここまでの様子から今の私に流れはない。取り敢えずダマで待つ。

 

私の手番、引いたのは一索だった。

 

いらないしそのままツモ切ろうとした瞬間背中に寒気が走る。ざわざわとした予感が体中を駆け巡り指先にしびれるような感覚がある。

 

…これは、切れば終わる牌だ。誰だかわからないけど一索で聴牌していて振れば私は終わるのだ。

 

一索を手の中に入れる。これを残すとなると三色は消えてしまうけど振って終わるよりは遥かにマシだろう。はぁ、せっかく聴牌したのに中々うまくいかないな。やっぱり今の私に流れはないのだろう。

 

仕方なしに一筒を切ってイーシャンテンに戻す。振っても終わりだけど誰かにツモられても終わる可能性があるんだよな。誰だか知らんが聴牌している人がこの回でツモってしかもそれが高くないことを全力で祈りましょう。

 

特に誰も和了することなくまた私の番が回ってきた。ツモったのは二索。誰かが一索で待っていなかったらこの二索で三色ツモ和了りだったのに…。まあ終わったことをグチグチいっても仕方ないし前向きに考えると聴牌しなおせただけでもラッキーだよね。点棒の少ない私はとにかく和了することが大切なわけなんだしもうひとつの一つの一筒を切って一・四・七索待ちとしましょう。

 

そう思って一筒に手を伸ばした瞬間ゾクッとした背筋が冷える。信じられないものを見る気持ちで一筒を見る。この感覚、…一筒も誰かのあたり牌だ。

 

嘘だと言ってよバーニィ。また誰かのあたり牌掴んじゃうとかそんなことありますか?今の私に流れはないと思ったけど切ろうとした牌が連続で誰かのあたり牌であるほど私ってツイてないんだ…。

 

…いやちょっと待って、何か変だぞ?確かに今私は残念なくらいついてないけど、じゃあこの牌って誰のロン牌なの?

 

赤木さんはこの回は進みが遅いから違う。天さんさんは河に一筒があるから違う。ということはこれはひろさんのあたり牌なのだろうか?

 

そう思ってひろさんを見た瞬間、思わず呼吸が止まる。

 

ひろさんは真っ直ぐ私を見ていた。瞬き一つせず射抜くような視線をこちらに向けていた。その瞳は何もかも見透かすかのように澄んでいるのにどこかギラギラと熱く滾っているように思えた。

 

ああ…、そうか…。そうだったのか…。忘れていたわけじゃなかったけど実感はなかった。貴方は主人公になる人だったね、ひろさん。

 

違和感の正体がわかった。一索に触れてももうあのざわざわとした予感がなくなっている。一索はもう誰の待ちでも、…ひろさんの待ちではなくなっているのだ。

 

さっきまでひろさんの待ち一索だった。でもひろさんは私が一索を振らなかったのを見てさっき切った雀頭の残り、一筒に狙いを定めたのだ。

 

今私はひろさんに狙い打たれている。一点集中、私の動きに合わせてひろさんは待ちを変えて直撃を取ろうとしているのだ。私が振り込めば今一番点棒の多いひろさんの勝ちだ。

 

…いや、うん。マジか、マジなのか。自分で言っていてなんだけど本当にそんなこと可能なのかな?相手の捨て牌と手出しの位置見ながら待ちかえるとか不可能じゃね?ひろさん、もう神眼ひらいているだろ。うわっ、卓についている化け物の数が3人になってしまったよ。取り敢えず一筒は捨てられないから振っても大丈夫になった一索を捨てよう。これで待ちは一・四筒。

 

ひろさんはそれを見てフッと笑う。そして手番になるとツモった牌を手の中に入れて二筒を捨てた。ちょ、また手が変わったぞ!?私が一筒を振らないと見て待ちを変えたのだろう。高性能レイダーにつけ狙われるのってこういう感覚なんだろうか。私みたいな凡人付け狙うんではなくて赤木さんや天さん狙ってくれませんか?超人は超人同士で争っといてください。

 

まずい、今は非常にやばい状況だ。私の点棒はだった3000、振り込めば終わるのだ。崖っぷちに立ちながら凄腕スナイパーに狙われているような気分になる。あたればそのまま奈落へ真っ逆さまだ。

 

そうしてツモったのは五筒、それを見た瞬間ピリッとした感覚が背中を伝う。間違いない、これはひろさんのあたり牌だ。ひろさんのあたり牌が次々と舞い込んできているのだ。どうやらツキの方も残念なことにないらしい。そのまま五筒を捨てられないから一筒を捨てる。これで二・五筒のノベタン待ちだ。

 

崖っぷちでひろさんの攻撃を避け続ける。ひろさんは私のあぶれ牌にぴったり合わせて待ちを変えてくるがそれを避け聴牌を作り続ける。もう私の手は高くはないし振らないことだけを考えれば切れる牌はいくらでもあるけれど聴牌だけは崩さない。例え大した点にならないとしても聴牌を崩すことは自分の攻撃の手段を失うことになる。

 

直撃を食らわなかったとしても私がギリギリなのは変わらない。どちらにせよここでなにもできなかったら私の負けが濃厚になる。

 

バターナイフでも相手に傷を負わすことができたらそこから流れを引き込めるかもしれない。この劣勢で和了することには価値がある。

 

避ける。逃げる。そして密やかに狙う。私とひろさんは手出しの攻防を続ける。

 

だけどもひろさんの弾丸が足元に刺さる。直撃は避けた。しかし、地面がぐらりと揺れる感覚があった。

 

私は頑張った。力を尽くした。だけれども間に合わない。

 

ことり、とひろさんがツモった牌を倒す。結局私は追い付けなかったのだ。

 

 

「蓮、君は凄いよ。この局、一対一で君と勝負して改めて君の凄さがわかった。君の手の内を読み切った自信はあるのにまるで君は振り込まなかった。やはり君にはとんでもない麻雀の才能があるんだろうね。でも、それでも才能だけで勝負が決まるわけではないのが麻雀だ」

 

 

ひろさんが手牌を倒す。白、ドラ2、ひろさんは親だったから2000オール。ひろさんの攻撃は避け切った。その上聴牌も維持し続けている。それでも和了したのはひろさんだった。

 

振ったわけではなかったからまだ私の点棒は残っている。だけれどもそれもあと1000点で終わる。もうノーテン罰符でも飛ぶ点棒だ。

 

点棒が46600、クリアした役が三暗刻・七対子・チャンタ・三色同順のひろさん。片や私は点棒は1000でクリアした役はない。勝負はもう決着したも同然だ。

 

だけでも私の中には沸々と熱が湧き上がっていた。ドクンドクンと心臓の高鳴りを感じ身体が熱くなる。

 

ひろさんはもうHEROになっているのかもしれない。9年後ではなく、今、赤木さんの通夜が行われていないこのタイミングでもうHEROになっているかもしれないのだ。

 

それはとんでもないことだと思えた。2年前、私が原作を変えるために赤木さんに勝負を挑んだ。この世界には流れでもあるのか少々の誤差では原作を変えることはできない。運命を変えることはとんでもなく大変なことなのだ。

 

だけどもここでもしひろさんがHEROになるというのならそれは原作を変えたことになる。またひとつ世界の運命が変わる。

 

そしてもう一つ、あの通夜編で赤木さんの意思を変えることができるかもしれなかった2回のチャンス、そのうち一回がひろさんにあった。

 

通夜編のひろさんは停滞していて赤木さんを止めるだけの力はなかった。だけどもHEROとなったひろさんならどうだろうか?主人公となったひろさんならひょっとしたら赤木さんの運命を変えてくれるのかもしれない。

 

握った手の中が汗をかいている。ドクドクという心臓の鼓動が耳のすぐ裏で聞こえてきた。

 

この麻雀はひろさんの復帰戦だった。だけれどもこの勝負にはそれ以上の意味があるのかもしれない。

 

どうすればひろさんはHEROになれるのだろうか。この勝負をひろさんが勝つことができたら?いや、ただひろさんが勝つだけでHEROになれるとは思えない。

 

ひろさんはこの勝負が始まる前に私と勝負しろといった。赤木さんでも天さんでもなく私の名前を出した。私と勝負することでひろさんの中でなにか変わることがあるのだろうか?

 

ならば私は全力で戦おう。残りたった1000の点棒で何の役もクリアしていないけどこの世界の未来を変える可能性に繋がるならばすべてを出しきる。

 

流れは完全にひろさんにある。だからこの逆流の中抗い続けることは運命を変える可能性がある気がした。

 

頭が冷えていく。冷静に卓を見通す中で心だけが熱を発していた。

 



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諦観

 

※赤木視点

 

 

ようやく本気を出したか。

 

 

静かに闘気を纏う蓮を見てクツクツ笑う。

 

停滞しているひろを蓮が見つけ、ひろが前に進み出すために始まったこの麻雀は乱戦を極めた。

 

ひろと天が仕掛けてきたクリア麻雀というゲームはチーム戦という前提で行われ先に決められた5つの役を先にクリアした方が勝ちという物だった。

 

俺と蓮がチームというようになったが俺はハナから蓮と組む気はなかった。これがただの身内の、暇つぶしのような物なら蓮と組んで戦うのも面白かったかもしれない。

 

だがこれはひろの進退がかかった真剣勝負だ。勝負事であるなら色々なルールが追加されようと結局勝者はひとりとなる。馴れ合いなど不要だった。

 

だがそうとは思わなかった蓮が、天がひろを鳴かす隙を見計らってサインを送ってくる。“七対子”“四筒”、蓮の待ちと状態はわかった。

 

2年前、俺を倒し東西の猛者たちを圧倒した蓮だが意外と勝負事に執着はない。むしろ勝負を忌避している感じすらある。

 

俺と同類だと思った蓮は全く違うタイプの人間だ。勝負が人生と思う俺と平穏を望む蓮、父娘だが似るわけでもねえんだな。だが、それでも蓮の才能が異質というのは疑いようがないことだった。

 

安穏とした生活を好みながら勝負の熱に晒されれば焼け落ちるどころか逆に熱を纏い支配する。これで勝負事を望まないというのだから蓮は本当に神様という奴に愛されているのだろう。

 

そしてまた蓮の勝負観も他と常軌を逸していた。普段の蓮はあの小さな身体から想像もつかないような豪運と剛腕で相手をねじ伏せてきた。だが蓮が自分から望んだ勝負ではそれが変わる。

 

蓮は、一途だった…。勝負事に対して一途で健気で何かをすくい上げようと必死に足掻く。何を掴もうとしているかはわからない。だがそれが蓮にとってすべてを投げ打っても手に入れなければならないものだというのは感じた。

 

あの東西戦でもそうだった。蓮は東西戦の勝者になることも俺を倒すことも望んじゃいなかった。だがあの場には蓮にとって全てを賭けても欲しいものがあったのだ。

 

それが何かはわからない。知りたいとは思うが俺が博打に不条理であることを求めるように蓮にも何かこだわりがあるのだろう。本人が喋らないのにそれを暴き立てるようなこともない。

 

蓮の待ちが四筒であるならコレは切れない。他の待ちを確定させて俺も四筒で待つ。俺が切らなければ蓮は四筒で待たなくなる可能性が高い。そして案の定、蓮は次の自分の手番でツモった牌を手の中に入れて四筒を切った。

 

 

「ロン。タンヤオ一盃口ドラ3、満貫だな」

 

 

「へー、四筒持っていたんだ。どういうつもり?」

 

 

「くっくっ。なに、簡単な話さ。お前を倒したいと思っている男がもう1人いたってだけのことだ」

 

 

そういうと蓮は黙って点棒を差し出した。相変わらず表情がわかりにくい奴だが眉間に少しシワがよっている。不快というよりは不安が心の中に渦巻いているんだろう。はっ…、お前にとっては唐突なのかもしれないが最初からこうだったんだぜ?勝負はとっくに始まっていたのだ。

 

場の空気を理解していなかった蓮はいつものような力を発揮できていない。そうこうしているうちにひろが3つの役をクリアした。

 

だがここでも予想外のことが起こった。ひろがクリアできる役もないのに天から和了したのだ。これでひろと天のペアも決裂となる。

 

ひろゆきは本気で勝ちに来ているのだ。ペアという優位性を捨て単独で勝負を挑んだ。まだ場の空気を掴めていない蓮とがむしゃらに勝ちに来ているひろじゃ勝負に対する熱量が違いすぎる。こりゃ、蓮は負けるかもしれねぇな。

 

その後天が和了し俺が和了しひろゆきが和了するが蓮に動きはない。細かい和了を繰り返しながら場は進んでいくが蓮にはそれすらない。振り込みもしないがツモりもしない。ジリジリ点棒だけが減っていった。

 

そして、ひろが蓮に勝負を仕掛ける。蓮との直接対決を望み打ち取りにいった。中盤以降ふたりは手出しの応酬だった。手の内を見ねえと詳しくはわからねえが次々にあぶれ牌を狙うひろに蓮がその待ちをかわしているように見える。

 

だがそもそもの流れが蓮にとって悪すぎる。最後は1000へと数少ない点棒を減らした。

 

俺、天、ひろの3人との麻雀は蓮にとって身内のお遊びの領域を出なかったのかもしれない。そして、ただ漠然と戦うのには他のメンツの勝ちへの執着が強すぎた。結局この麻雀は“勝負”なく終わるのかもしれない。そう思った時だった。

 

ゆらりと蓮の纏うオーラが変わる。静かに佇むその姿から考えられないほどの熱が感じられる。

 

まるで青い炎だ。静かに揺らめくのにその内すべてを焼け焦がすように何よりも熱い。

 

…ああ、あの時の蓮だ。俺を倒した燃えるような熱を持った蓮がそこにいる。

 

何が蓮をその気にさせたのかわからない。ひろにやり込められたのが癇に障ったのか?いや、蓮はそんなことでは勝負をしない。蓮は勝敗には興味がないのだ。

 

蓮が心を注ぎ込むもの、それが何かはわからないがここにあったのだろう。蓮が、勝負を望んだ。

 

クックッ、点棒が1000でクリアした役もないのにこのメンツ相手に逆転するつもりかよ。面白え、やってみろよ蓮。楽にはさせねえぞ。

 

 

ひろの親から再開だ。ひろも蓮の変化には気付いているだろう。引き締まった顔で牌をツモっていく。

 

だがいくらやる気になろうとそう簡単に流れは変わらないだろう。しかもこの局はひろが蓮に競り勝った後だ。流れはひろにある。

 

下手すればこのままひろが和了しそれで終わる可能性すらある。そうして始まった第1打、ひろが捨てた九萬を蓮が鳴く。

 

 

「ポン…!」

 

 

蓮が引き寄せた牌を右に寄せる。早速ツモ番を飛ばされたわけだが蓮の狙いはなんだ?九萬ってことはチャンタ狙いか?いや、混一色や役牌の後付けも充分考えられるな。切る牌は考えねえといけねえ。

 

だがその後すぐに蓮の狙いがわかった。ひろがツモった牌をツモ切っている。その反対に蓮がツモった牌は手牌に入るようだ。

 

蓮が仕掛けたこと、それはひろのツモを奪うことだ。好調のひろと不調の自分のツモを入れ替えひろの流れを奪い取ろうとする。いいたいことはよくわかるが実際にやるとなるとそう簡単なことじゃねえ。流れなんて目に見えない曖昧な物の存在を信じきり不要な牌を鳴いて相手のツモ番を奪うなんてことは理屈では説明できない。

 

蓮は自分の信念に身を任す事が出来るらしい。この土壇場で不条理に身をまかせるなんてこいつもどこかおかしいな。だが、実際にその不確かな流れを捕まえ流れを手にしているんだからこいつはとんでもない博徒だ。

 

蓮は好調だがそろそろひろに復活の兆しがある。1度鳴いてツモ番を入れ替えたわけだがその程度でなくなるほどひろの流れも薄くない。

 

 

「その牌、チー…!」

 

 

「おっと、コレか」

 

 

蓮が俺の捨てた一索を鳴く。これで蓮は二副露、ポンと鳴いた九萬と今食った一・ニ・三索。混一色は消えたな。チャンタか?なんにしてもまたツモ番がズレた。この鳴きは単に必要牌を食いたかったのかそれとも…。

 

俺のツモ番がくる。掴んだのは二索、これが本当にひろの必要牌ならこいつはとんでもねえことになるぞ。とても切れる牌ではないから手の中に収める。この局の終わりも近い。

 

そしてその3巡後、ツモといって蓮が手牌を倒す。開かれた手牌を見て納得する。ひろのツモを奪ったならひろの望んだ手が入るはずってことか。七索をツモって索子の一通が完成している。ひろの最後のクリアすべき役がそこにあった。

 

 

「僕の必要牌は蓮に食い取られたんですね」

 

 

ひろが手牌をパタンと内に倒す。ひろの手は見えなかったがその時ふと思った。蓮が索子の一通をツモ和了するということはひろの手も索子の一通だったんじゃねえのか?

 

ぞくりと背筋に何かが伝う。二索は本当にひろの必要牌だったのかもしれない。それを蓮が鳴いて阻止したのだ。

 

今までの蓮の麻雀は降ろしの麻雀だった。聴牌したことを隠しはしない。そして時折強烈な手を和了しきり振れば死ぬという印象を抱かせる。

 

その代わり大物手を捨てて千点食い和了するといったことは蓮は苦手だった。千点取るならフリテンリーチをかけて相手を降ろす、そんな奴だった。だからクリア麻雀は蓮にとって不利だったのかもしれない。高得点を取るのではなく必要な役を作るというのは蓮の麻雀に合っていない。

 

だがそれは思い込みだったのかもしれない。今蓮は流れを読み切りひろからクリアすべき役をひとつもぎ取った。

 

この戦いでひろがひと皮剥けたのは感じていた。以前のうまく打とうとする打ち回しが消え何が何でも勝つといった気概を持っている。だがそれは蓮もだった。蓮もかっこつけて打つのをやめている。華やかで誰をも圧倒する打ち筋ではない。勝ちに来ている。静かに細やかな打ち回しを持って流れを支配しようとしている。

 

今、こいつはとんでもねえ化け物になったのかもしれねえな…。

 

この場には駆り立てるような焦燥があるわけではない。命を懸けたひりひりと肌の焼けるような緊張感のあるギャンブルがあるわけでもない。

 

だがこいつを見ているとどうしようもなく胸がざわめく。全身に血が通い身体が熱くなる。

 

これから蓮が起こす奇跡を見ていたいと思った。

 

俺が博打以外に興味を持つなんてこういうのを歳をとるっていうのかもしんねえな。まあ悪いこったねえだろう。親が子供に興味持つっていうのはよう。

 

クツクツ笑いながら前の山を崩す。ここから蓮が何をするのか見届けてやろうと思った。

 

 

 

 

 



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傾く天秤

 

※天視点

 

 

『天さん、僕は蓮にどうしても勝ちたいんです。どうすれば蓮に勝てますか?』

 

 

2年間、あの東西戦から音信不通だったひろが突然やってきてそういうのだから驚いた。聞けば偶然蓮と赤木さんに会ってやはり自分は勝負の世界で生きるべきだと決意したらしい。

 

そしてこの世界で生きていけるか計るために蓮と戦いたいというが、蓮は途轍もなく強い。あの東西戦で数多の猛者を相手に勝ちきり赤木さんにすら勝負を挑み圧倒した。そしてこの2年間も幾度となくギャンブルを繰り返してきたが1度も負けた姿は見たことがない。未だ頂点にして最強、衰えることなく裏世界の博徒のトップとして勝ち続けている。

 

2年間鉄火場から離れていたひろがただ挑んだところで勝てないだろう。その中でわずかにチャンスがあるとすればそれはひろの持つ繊細さだ。

 

蓮は大胆で華やかな打ち回しを得意とするがその逆、細やかな和了をあまり行わない。特に鳴いて回すスピード麻雀をしていることはほとんどない。

 

時折みせる爆発的な和了で相手を圧倒し降ろさせるというのが蓮の基本スタイルだ。これを綺麗に決められるとその後、日を改めたとしても蓮の闘牌が頭にチラつき手が縮む。普通何度も打てば相手の傾向や対策を探れるものなのに蓮はただ恐れを蓄積させる。打てばその場で格付けをされ二度と敵わなくなる。

 

だがこれが普通の麻雀ではない、例えば決められた役をクリアすれば勝ち、といったルールを設けた麻雀ならどうだろうか?

 

役を作るという一点に関しては蓮よりひろの方がうまくやるだろう。これならばわずかにだが勝ち目がある。さらに個人戦ではなくチーム戦として蓮の動きを縛る。

 

チーム戦となればおそらく蓮は赤木さんと組んでもらうことになるだろうが2人とも協力し合うようなタイプではないしチームとしたところでうまく機能しないだろう。蓮を討ち取るための戦略を考えひろに伝える。

 

 

『クリア麻雀ですか?』

 

 

『ああ、決められた役、一気通貫・三色同順・チャンタ・三暗刻・七対子を先にクリアしたチームを勝ちとするルールを設ける。蓮は細かい役を作るのは得意ではないからこれならひろにも勝ち目がある。どうだろうか?』

 

 

そういうとひろは少し考え込み、『それで構いませんがこれは僕が蓮に挑む勝負です。なるべく天さんは僕をアシストしてもらえませんか?』という。

 

その時ある種の予感があったが、俺はそれを了承する。これは俺とひろが蓮と赤木さんに挑む戦いであるがそれでもメインはひろと蓮の戦いだ。ひろに覚悟があるのなら好きなようにすればいいと思った。

 

ひろと共に赤木さんの家に行きクリア麻雀を始める。

 

クリア麻雀は東一局から乱戦を極めた。赤木さんが蓮から出た牌で和了したのだ。

 

俺がひろを鳴かした隙に蓮が赤木さんにサインを送っているように見えたが赤木さんの方には協力する気はなかったらしい。あっさり裏をかいて初手から蓮に差をつける。

 

赤木さんから直撃を食らった蓮は眉間にしわを寄せていた。それは不機嫌というよりは戸惑いの色の方が強いように見える。蓮は赤木さんと協力するつもりだったのだろう。

 

ふと、蓮がギャンブルが好きでなかったことを思い出す。これだけの才能を持っていながら博打が好きでないと蓮の口から初めて聞いた時には驚いた。どうにも納得できないが蓮は博徒として裏世界で生きるより表の世界で平穏に生きることを望んでいるらしい。東西戦であれだけの振る舞いをしていて駆け引きを好まないのは不思議な感じがあるがこの無欲なところが蓮の強さの一つかもしれない。外的要因に囚われずただ目の前のゲームに集中できるからこそ最後の一線をためらいなく踏み越えられあの強さを発揮するのだろう。

 

そうとはいえ、蓮はこの2年間それなりに裏社会のギャンブルに首を突っ込んでいるように見える。

 

2年ほど前は赤木さんとマカオのカジノに行ったって言ってたしラスベガスにも行ったと聞いた。一年前はどこかの組の代理戦争である麻雀に巻き込まれたらしいし高レートのマンション麻雀に恐ろしく強い白髪の女の子が出たという噂も聞いた。

 

じゃあやっぱり蓮はギャンブルが好きなのかというとそうではないらしい。前に赤木さんと飲みに行ったときに酔った赤木さんが『蓮の奴、賭け事の場に連れていくと途端、不機嫌になりやがるんだよ。飯も具なしの焼きそばしか出さなくなるし…。なんだよ、しっかり勝っていたじゃねえか』とこぼしていたから自分から進んでやりたいものではないのだろう。

 

なら何故蓮がギャンブルをするのかというとこれは俺の想像なんだが、…赤木さんに喜んでほしいからじゃねえかな?自分から進んで行ったりはしないが赤木さんに連れていかれれば賭場にも行く。ギャンブルに勝つと赤木さんが喜んでくれるから蓮は賭け事をするのだろう。

 

蓮が赤木さんを好きなことは見ていて伝わってくる。家に行ってご馳走になった料理は手間暇かけて作られていることがわかるしわりと無口な蓮が俺に話す内容はほとんど赤木さんのことだ。平穏に生きたいと言いながら蓮の口から学校生活のことを聞いたことはない。無表情なのにいつもどこか楽しそうに話すのは赤木さんのことばかりなのだ。

 

この父娘は本当に仲がよくて羨ましくなる。赤木さんも蓮のことが可愛くて仕方ないみたいだ。この間どこかの組の代打ちに赤木さんが出かけたときに『時間もかかりますし何か取りますか?』という黒服に赤木さんは『俺の飯はあるからなんもいらないぜ』といって弁当を持参してその場にいたものの度胆を抜いたらしい。

 

その話を聞いた時に『え、弁当を持って行ったんですか?』という俺に、『なんで蓮の飯があるのに出前なんか取らないといけねえんだ?』と赤木さんが不思議そうに返すもんだから俺は笑いが止まらなくなった。

 

赤木さんにとって蓮のご飯を食べることはあたり前のことらしい。出会って3年も経っていない父娘のはずなのに俺はこの人たちより仲の良い家族を見たことない。俺も子どもを持つなら娘がいいな。ギャンブルが強くて弁当を作ってくれる娘なんて最高だろ。

 

だけれどもこんな仲の良い父娘でも勝負となると話は変わる。互いが蹴落とす相手となりただひとりの勝者を決めるためを争うことになる。ひょっとしたら蓮はまだ勝負のスイッチが入っていなかったのかもしれねえな。あの無表情の下で赤木さんとチームを組めることをただ喜んでいたのだとしたら少し悪い気がする。

 

だが、ここで手を緩める奴は博徒ではない。ひろは赤木さんと蓮が決裂したのを見て勝負を仕掛ける。役を三つクリアし俺から点棒ももぎ取る。ここで俺をきっちり取り切らなかったのはチームをきちんと解消していないのに俺の点棒がゼロになれば自分も負けになるからだろう。ひろが真剣にこの勝負を勝とうというのならチームプレイを破棄することに俺も不満はない。点棒は少ないがここから盛り返してやろう。

 

俺、赤木さん、ひろがツモ和了する。だが蓮に動きはない。最初に赤木さんに振り込んだことでリズムが崩れているのだろう。不調の蓮…、そこをすかさずひろが取に行く。

 

どうやらひろは蓮の目線や出だしの位置で蓮の手牌を丸裸にしてしまったらしい。蓮の捨てるだろうという牌に狙いを定めて待ちを作っていく。

 

だが蓮は攻めるのも得意だが守りも硬い。ひろが次々と待ちを変えていったが結局振り込まなかった。しかしそもそもの流れが蓮にはなく結局ひろがツモ和了した。

 

だがその時蓮も火がついたらしい。ひろの捨てた九萬をポンと鳴きひろのツモと自分のツモを入れ替えた。

 

ひろの流れを奪った蓮はその後ツモ和了しクリア麻雀の役のひとつ、一通をクリアする。

 

そこから蓮の反撃が始まった。とはいえまだ流れがひろにあるこの場で蓮の手が爆発するということはなかった。蓮は静かだった。あの華やかで爆発力の高い蓮がこんな打ち回しをするのかと思うほどそれは水面下でひっそりと行われた。

 

蓮が一通で和了してから3局、誰も和了できていなかった。

 

 

「その牌、ポンです」

 

 

「お、じゃあ次は俺のツモ番だな」

 

 

そう言いながら山に手を伸ばすが嬉しくはなかった。今の鳴きで手の中から必要な物が溢れた感覚がある。

 

俺の手はイーシャンテン、ペンチャン牌をツモれば理想的な聴牌だというのに引いたのは二索、不要牌だ。手が進まない。そのまま二索をツモ切る。

 

その後、対面の赤木さんが俺のツモだった牌を河に捨てる。それは欲しかった七筒だ。思わず頭に手をやる。このペンチャンは引ける気がしていたがもう無理かも知れねえな。

 

蓮は鳴くことで周りのツモを入れ替えていた。そのせいで欲しかった牌が別の奴のツモになり手が進まなくなる。狙ってやっているとは信じられないが蓮が鳴くようになってからこの3局、誰も和了してないのだから間違いないだろう。蓮がこんな打ち回しをするなんて知らなかったぜ。

 

自分の手を進めるためではなく周りを牽制するために蓮は鳴く。ジリジリと周りも焦れていくのがわかる。今、場の流れは誰の物でもない。和了のないこの場は停滞しているようにみえる。

 

次に、和了った奴が流れを手に入れるだろう。急ぎたいところだがこのペンチャン待ちは落とそう。このままいても和了できる気がしないぜ。

 

端の八・九筒を落としていく。その瞬間、蓮が鳴いた、

 

 

「その牌、チー…」

 

 

あ、このやろう。

 

ツモがズレてしまった。嫌な予感がしながらツモるとそれは欲しかった七筒だった。今更手の中に置いておくわけにもいかずツモ切る。河にはきれいに九・八・七筒と並んでいる。これは和了どころか聴牌も怪しくなってきたな。

 

蓮にいいようにやられている。だがそれは俺だけでないはずだ。誰も和了できていないということは全員が蓮にいいようにしてやられている。

 

今まで蓮に流れはなかった。あのひろに勝負を挑まれ競り負けた時は特に最底辺だったといえる。

 

これまでの打ち方ならば蓮に勝機はなかっただろう。あの場から蓮の手が爆発することはなかったはずだ。だから蓮は自分のスタイルを捨てて勝ちに来た。場の流れを乱すために普段はしない鳴きを入れその場にあった流れを失わせる。

 

今蓮に流れがあるかはわからない。だが蓮は誰よりも懸命だ。流れっていうのはそういうところに来てしまう。

 

 

 

「ツモ…!チャンタ…っ!」

 

 

 

蓮が掴んだ牌を倒し手牌を見せる。あの華やかで爆発力のある蓮とは思えない泥臭い手牌だ。鳴いて強引に牌を掴んで和了したのは蓮だった。

 

 

今、天秤が傾いた。

 

 

蓮の点棒はまだ3500だ。すぐにでも吹き飛ぶか細い点数、だが蓮の目には闘気が宿っている。流れが変わったのだ。

 

さあ、ひろ。どうするんだ?蓮は本気になったぜ?

 

見るとひろも真っ直ぐ蓮を見つめている。逃げる気はないらしい。勝負はまだまだこれからだ。

 

若い2人がしのぎを削る。この戦いの結末がどうなるか楽しみだな。

 



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選択

「ツモ、七対子…!」

 

 

これでクリア麻雀の役は4つ目、後1つで完成だ。やっと、ひろさんに追いついた。

 

 

この時点でひろさんがHEROになることは原作を変えることだ。ひろさんに覚醒してもらうためにも全力で戦おうと決意した時には私の点棒は1000点でクリアした役はひとつもなく、逆にひろさんの点棒は4万点を超えで4つの役をクリアしていた。

 

おまけにその前の局でやり込められたせいかなんかひろさんが和了する気配がムンムンだったんだよね。このまま何もしなかったらひろさんに和了されて終わる!と思ったので取り敢えずひろさんの第1打を鳴いてみた。

 

九萬なんて全くもっていらなかったが、ひろさんのツモを奪い取ることが大事だった。流れに乗っていたひろさんがそのままツモっていたら和了する気しかしない。

 

取り敢えずひろさんが和了するのを阻止しつつ私も聴牌しないとノーテン罰符で死ぬ!と思ってたらいつの間にか一通イーシャンテンになっていた。…マジで?

 

ひろさんのツモを奪ったらひろさんの最後のクリア役、一通が和了れそうになるとかなにこれ怖い。私でこれなんだからあのままひろさんがツモっていたら聴牌…、いや和了っていたんじゃね?恐ろしすぎるよひろさん。取り敢えず今の流れがひろさんにあるのは再認識しました。

 

じゃあ一度鳴いたくらいじゃひろさんの好調な状況を止められないんじゃないのか?と思ってもう一回鳴く。お、その赤木さんの一索、欲しかったところですよ。はい、チーします。

 

 

「その牌、チー…!」

 

 

赤木さんの一索を食ってこれで七索待ちだ。私の和了も大事だが大切なのはひろさんのツモがどうなっているかだ。ドキドキしながらひろさんを見ているとツモった牌をそのまま切った。よしっ、ひろさんに流れが戻ってないぞ!今がチャンスだ!

 

その3巡後、私は七索をツモ和了し心の中でガッツポーズした。よし、これでひろさんの和了を阻止したしノーテン罰符で飛ぶ状態からも解放されたぞ!まだ点棒は3500点しか持ってないけど!うん、やっぱりまだまだ貧弱だよね。せめてマンガン振っても死なないくらいの点棒は欲しいです。

 

にしても鳴くっていうのは相手の流れを奪う手段として凄く効果的なんだな。普段は鳴かなくてもなんとなく欲しい牌ツモれてたし点数低くなるから鳴くことなんてほとんどなかったけどこれはいい戦法かもしれない。ひとつツモ和了したとはいえアレだけひろさんにきっちり決められたのだからまだ私に流れはないだろう。ならば鳴けば私に流れを取り戻すことまではできなくとも乱戦に持ち込めるかもしれない。

 

そう思って次の局も積極的に鳴いてみる。具体的に鳴いて誰が困るかまではわからないがなんとなくこの牌鳴くと流れが揺らぐみたいなことはわかった。取り敢えず和了することではなく場を乱すことに意識を向ける。途中、鳴きすぎて裸単騎になり防御力低すぎて死にそうになったりうっかり聴牌取れずノーテン罰符取られてまた持ち点が1000点になったり色々やばかったがなんとか飛ぶことなく生き残れている。

 

3巡、誰も和了することなく場が回る。どこかピリピリとした空気が流れ、場も乱れているように感じる。

 

…これはチャンスかもしれない。私に流れがあるとはいえないがそれは誰にでも言えることだ。今ここで和了できることができれば一気に流れを物に出来るかもしれない。

 

もう流れを乱すことは求めない。なりふり構わず最短経路で勝ちを目指す。

 

これがおそらく最初で最後のチャンスだろう。あと一通でクリアするひろさんがいるのだ、ここで勝たなければ私よりに先にひろさんが和了る。

 

ツモる。鳴く。牌を切る。場は特別鳴きにくいという状況ではないのでおそらく誰も牌は絞ってないだろう。皆がこの今が正念場だとわかっているのだ。赤木さんも天さんも和了するためにためらいなく不要牌を切っている。今大事なのは速度、誰よりも速く駆け抜けることだ。

 

和了したい。勝ちたい。未来を変えたい。

 

ここで私が勝ったとしても運命が変わるかはわからない。だけれども私が心底望んでいないのにこの世界で流れを変えるなんて不可能だ。だから全力で一打一打に心を込めて牌をツモる。

 

指先に汗がにじんでいる。チーと赤木さんの捨てた牌を鳴く。特に意識して鳴いたわけではないがまた誰かの流れが歪んだのを感じた。今私は噛み合っている。自分の鳴きとそれにより周りに与える影響が噛み合っている感覚があった。

 

誰かが私の捨て牌をポンと鳴く。それにより手元に来た牌は有効牌、私は今流れを掴んだのだ。

 

九索を掴んでツモと手牌を倒す。チャンタのみ、クリア麻雀の役をひとつクリアする。流れを捕まえたのだ。もう、けして逃すものか。

 

三色同順もツモ和了した。順番に役をクリアしていく。途中赤木さんに1度親を流されたが私の流れは途切れていない。七対子をツモり4つ目の役をクリアした。

 

今私の点棒は7200、クリアした役は一通、チャンタ、三色同順、七対子、残るは三暗刻のみ。

 

それに引き換えひろさんの点棒は44800点、クリアした役は三色同順、チャンタ、三暗刻、七対子。ひろさんの最後の役である一通は鳴いても作れる。面前でないと作ることのできない三暗刻を和了しなければならない私はまだ不利だ。

 

だけれどもそんなことは関係ない。鳴くことができようができまいが流れがあるのは私だ。点棒が少ないことも作る役が難しいことも重要なことではない。ただ私が三暗刻を和了すれば勝ちなのだ。

 

ひろさんの親から始まる。自分の番がくれば牌をツモる。牌が重なっていく。典型的な対子場だ。

 

圧倒的に私に流れがあった。対子が暗刻に変わり数が増えていく。7巡目にしてイーシャンテン、この流れで確実に決めたい。今は私の流れだけど次局がどうなるかはわからないのが麻雀だ。これが最後のチャンスだと思うべきだろう。

 

そして8巡目、有効牌を引く。はっきりと流れは私にある。それは間違いない、間違いないんだけど…、

 

四筒をツモる。最後の対子が重なりました。はい、四筒暗刻、六筒暗刻、二索暗刻、九萬暗刻、に三筒と四萬ですか。四暗刻単騎待ちテンパイですね。

…いやいや、ちょっと待って。確かに私の流れだと思ってたけどこれはやりすぎだろ。暗刻欲しいと思ってたけど4つはいらないぞ?え、これどうしたらいいの?

 

このクリア麻雀では麻雀の代表的な二牌役を和了するという趣旨で行われているから四暗刻と三暗刻は全く別物扱いとしている。だから四暗刻を和了したところで私がクリア麻雀に勝利したとは言えないのだ。

 

他にもクリア麻雀には誰かが飛べば勝ちというルールもあるがこのメンツだと単騎待ちであろうが振りそうにないし点棒が1番少ない私がツモっても誰も飛びはしない。四暗刻にするメリットは全くないのだ。

 

せっかくの役満聴牌なのに何これタイミング悪すぎだろう。え、ちょ、結局どれ切ったらいいの?取り敢えず四萬はドラだから三筒の方を切っておこうか。

 

そう思って三筒に手をかけた瞬間予感があった。次に四萬をツモって四暗刻を和了りきると。

 

え、それは困るぞ?四暗刻をツモることになんのメリットもない。じゃあ四萬を切るか?でもドラを切るって危ないし下手したらこれでロンと言われる可能性もあるぞ?鳴かれれば流れも変わってしまうかもしれないし、…うん、どうすればいいんだ。

 

そう思ってふと顔を上げる。私の対面に座るのはひろさんだ。こちらジッと見つめるひろさんと目が合う。

 

この戦いはひろさんがHEROになるために必要な戦い、原作を変えて違う未来を作るための戦いだ。

 

ひろさんの瞳は鋭く熱い。殺りにきている。ひろさんは私を倒すために今真剣勝負に身を委ねている。

 

…私は何を考えていたのだろう。三暗刻を和了してクリア麻雀に勝利する?四暗刻をツモって役満を和了しきる?違うだろ。そんなことのためにここにいるんではないんだ。

 

私は全力で戦うためにこの場にいるんだ。ひろさんをHEROにするために真剣勝負をしようとしているのだ。勝つか負けるに拘っているのではない。私の全てをひろさんにぶつけるために戦っているのだ。

 

この状況の最善とはなんだろうか。それは三暗刻を和了してクリア麻雀を制することでも四暗刻を即座にツモ和了することでもない気がした。

 

思い出すのは赤木さんの麻雀だ。赤木さんの闘牌にはいつも華があり見ていていつもわくわくさせられるような感動があった。もしそんな人の心を震わせるような麻雀を打つことができたら何かが変わる気がした。

 

よく考えて切る牌を決める。これが私の出来る全力の闘牌だ。

 

リーチ棒を掴む。そして四萬を叩き切った。

 

 

「リーチ…!」

 

 

何も隠しはしないよひろさん。今私は貴方を取りにきているのだ。私は私の全てをもってこのクリア麻雀を勝ちに行く。

 

カランとリーチ棒が卓に転がる。今、賽は投げられた。

 



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神域

※ひろ視点

 

 

本当はずっとこの世界で生きたいと思っていた。天さんや赤木さんやそして、蓮のいるこの世界で…。

 

 

東西戦から2年、手の届かない世界を生きる天才を目の当たりにして僕は麻雀を辞めた。

 

小さな地元の文具メーカーに就職し社会に揉まれ、今では仕事にも慣れそれなりに人間関係もうまく行っていた。

 

だけども僕は燻っていた。訳もなくイラつき時々どうしようもない焦燥感に駆られる。

 

あの東西戦で思い知らされたはずだ。自分は麻雀で生きて行くための大切な資質が欠けていることに。赤木さんのような透明な天才性…、死ぬことさえ恐れぬ無欲…、天さんのような生きること、勝つことのぶ厚さ…、どこまでも切れない重厚な麻雀、

 

そして蓮の力強く止めることのできない豪運豪腕の麻雀…、魅せられる…心すら奪われる奇跡の闘牌。僕にはそんなこと無理だろう。

 

本当はずっと焦がれていたのに自分の限界に見切りをつけてしまった。今でもわからない…、これで、良かったのだろうか。それとも進むべきだったのだろうか…、二流と知りつつも。

 

イラつき酒を煽る。泥酔して道端に倒れ込む僕に声をかけたのはこの2年間僕がずっと焦がれていた人、蓮がそこにいた。

 

 

『ひろさん、』

 

 

惨めだった。憧れていた人にこんな情け無い姿を晒すなんて。

 

酒で酔っていたことを見られたのが嫌だったのではない。誇れるような生き方をしていない自分の姿を蓮に見透かされそうで嫌だった。

 

だが蓮は幻滅などしていない。まだ始まっていないのに何に幻滅すればいいのだという。

 

僕がまだ始まっていない…?

 

蓮には一体何が見えているというのだ。昔からそうだった。蓮は僕を買ってくれていて僕が必要だと、強くなるのだと言ってくれる。

 

僕はまだやり直せるのだろうか…。

 

その後来た赤木さんの三流でも、熱い三流でもいいという言葉に胸を打たれた。

 

そうだ、真面目であることにどんな意味があるんだ。こんな誰にも、自分にも誇れない生き方をするくらいなら思うように生きよう。僕はこれから勝負の世界で生きて行く。

 

蓮と打ちたかった。この先僕が生きて行く上で目標とする人とぶつかっておきたい。いや、それだけでない。僕は勝ちたいんだ。ずっとずっと蓮と戦って勝ちたかったんだッ!

 

蓮の居所は知らなかったから天さんを訪ねる。天さんは蓮に勝ちたいというとクリア麻雀を提案してくれた。

 

蓮に勝てるかもしれない可能性を教えてもらえた嬉しくもあり悔しくもあった。クリア麻雀はチーム戦だ。僕1人では蓮に勝つことができないと天さんに言われた気がした。

 

今の僕では蓮に勝つことができない。わかっている。それでもどうしても僕は蓮に勝ちたかった。

 

いざクリア麻雀を始めると蓮と赤木さんのペアはすぐに崩壊した。蓮が赤木さんに振り込み一歩後退する。

 

それだけでなく赤木さんに振り込んだ蓮はそれ以降勢いをなくす。蓮に勝つためには今しかないとそう感じた。

 

天さんのアシストで僕は3つの役をクリアした。このままいけば蓮に勝てるかもしれない。

 

だけどもそれは僕の望んだ勝ち方ではない。僕は僕の実力で蓮を倒したい。蓮と一対一の戦いをしたかった。

 

天さんとペアを解消するなら一言それを口にするだけでいい。だけれども僕たちは博徒だ。言いたいことは卓で語ればいい。

 

天さんから和了してペアを解消する。天さんはふっと口元を緩めながら僕に何か語りかけるような視線を向けて来たから元々こうなることはわかっていたかもしれない。蓮と勝負する場を整えてくれた天さんには感謝の言葉しかない。

 

そしてついに蓮と一騎打ちの機会が訪れた。ここまで僕は蓮の様子をずっと観察して蓮の癖は見抜いている。蓮は理牌する時に高確率で左側に索子を寄せる。

 

牌の出て来た場所から蓮が二・五・八索待ちだというのはわかった。左側の牌は最初から動かなくてわからないが真ん中の牌は筒子でおそらく一・一・二・三・四筒。萬子の動きはわからないが二・三・四の三色が濃厚だろう。

 

僕の待ちは一・四索。蓮が掴めば場に出るはずだ。

 

次順、蓮は牌をツモるとピタリと動きを止める。そして少し考えると一筒を切った。

 

三色を捨ててイーシャンテン戻し?まさか僕の待ちを見抜いて聴牌を崩したのか?

 

ざわざわとした予感が背中を駆け巡る。守備に回った蓮は恐ろしいほど振らない。リーチをかけなければ鉄壁だといっても過言ではないくらいだ。

 

後ろで蓮の闘牌を見ていた時はその硬い打ち回しに感嘆の声をあげていたがこうして対戦相手として向き合うとただただ恐ろしい。何故、その牌が止まるというのだ。蓮はここまで一度も和了できなくて焦っているはずなのにここで止まれるものなのか。

 

もう一・四索はでない。二筒をツモる。これで一索を切れば一・二・四筒待ち、蓮の残した雀頭の残り一筒を狙い打つ。

 

だがその次、蓮はツモった牌を横に置き顔を上げる。蓮は無表情でクールな印象を受けるが瞳だけは燃えるように熱い。そんな意思の篭った瞳をした蓮と目が合い僕は悟った。ああ、見つかったのだと。僕が蓮を狙い撃っていることがバレたのだ。

 

蓮が一索を捨てる。位置的に入ったのは二索、一筒を捨てると一・四・七の三面待ちなのに僕の待ちを読んでいるのか、蓮はけして振りはしない。

 

改めて僕の目の前に座る人がとんでもない領域にいるのだと実感する。蓮には全てを見透かされている。それでも追うのは止めるものか。

 

次に掴んだのは五筒、待ちを変えよう。二筒を切って四・五筒。

 

だか次に蓮から出て来たのは一筒、たぶんツモったのは五筒だったはず。読まれている、僕の待ちは蓮に読まれているのだ。

 

だけれども蓮は常に後手を引いている。蓮の引いた牌が僕のあたり牌になるように場が動いている。ならばここは追従しよう。追って追って逃がさない。ここで見失えば2度と見えなくなってしまう。今蓮を討ち取ることのできる最大の機会だ。

 

僕が手を変え蓮も手を変える。互いに聴牌を作りながら相手に振り込ませようと牌を捨てていく。

 

だが蓮は振り込まない。僕も蓮の手牌は読み切った自信がある。互いに振り込まずに場が進む。そして流局間近、ついに僕が牌を掴む。

 

僕はツモ和了した。これで蓮の点棒はあと1000点、あと一歩のところまで追い詰めたといえる。

 

だけれども僕は嫌な予感がした。蓮の点棒が後1000点だというのは逆に言えば僕が蓮を殺りきれなかったことになる。確かにさっきの局を制したのは僕だったが決着がついたわけではないのだ。

 

蓮の点棒はあと1000点でクリアした役はひとつもない。それに引き換え僕の点棒は44800もあり役も4つクリアしているというのに冷や汗が止まらない。

 

蓮が、蓮が発するオーラが燃えるように熱い。まるで東西戦の最後の勝負、蓮が赤木さんに戦いを挑んだ時のような闘気を纏っていた。

 

長引けば不利になるのは僕だろう。次で決めるつもりで勝ちにいこう。

 

配牌は恐ろしくよかった。リャンシャンテンで一通が見えている。これなら勝てそうだと思って捨てた九萬を蓮に鳴かれた。

 

それからツモが入らなくなる。反対に蓮は好調なようだ。結局蓮に和了されてしまった。役は一通、僕の流れを奪われた。

 

それから場が膠着しだす。理由は蓮が鳴いて流れを操作しているからだ。掴めたはずの必要牌を蓮に鳴かれずらされる。僕にあったはずの流れを乱される。

 

そして3順後、蓮がツモ和了しあっという間に蓮に流れを奪われた。チャンタ、三色、七対子、クリア麻雀の役を順調にクリアしていき残りは三暗刻ひとつ。

 

そして始まった局、場は完全に対子場だった。牌が重なっていく。気づけば完全に流れは蓮の物になっていた。

 

あの時、殺りきらなかったからこうなった。

 

蓮に1000点残してしまったからこうなった。勝利と優勢はあまりに違う、それを身を持って実感する。

 

この局、もう僕の最後のクリアすべき役である一通は和了できないだろう。なら僕がするべきことは一つ、蓮の和了を阻止することだ。

 

蓮に流れがある状況でそれをすることは困難なことだ。だけれどもあの1000点しかない状態から蓮はそれをやってのけた。僕の捨て牌を鳴いて流れを支配して今の状況を作り上げた。

 

蓮に勝ちたい、今ここでやらなければいつやるというんだ。手を整えチャンスを探る。流れは蓮にあった。蓮がリー棒を掴む。

 

 

「リーチ…!」

 

 

からんと蓮のリー棒が卓の上に転がる。この流れだ、間違いなく蓮の手の中には三暗刻ができているはずなのに蓮はリーチをかけてきた。いや、これが蓮の本来のスタイルだ。自分が聴牌したことを隠しはしない、振れば終わるとこちらに圧力をかけてきている。だけれども僕はもう逃げないと決めた。このリーチ、真っ向から戦ってやる…ッ!

 

蓮が捨てたのはドラ、四萬だ。これはチャンスなのかもしれない、蓮から流れを奪うチャンスが来た。

 

 

「その四萬ポンします…ッ!」

 

 

これで僕と蓮の流れが入れ替わる。いらない牌を捨ててドキドキと高鳴る鼓動を胸に蓮のツモ番に神経を集中する。蓮が牌をツモる。しかしそのままツモ切った。蓮は和了しなかった。

 

ほっと息を吐いて牌をツモる。これが蓮の一発目のツモ、引いたのは四萬だった。蓮は和了してなかったのだ。

 

まだここではなかったのか。この四萬は蓮に通っている。このままツモ切る選択肢もあったがあえて僕は牌を右端に置く。

 

 

「カン…!」

 

 

リーチしている蓮がいるのにカンは愚策かもしれない。だけれども今は点数より速さ、そしてクリアすべき役を作ることが優先される。一回でも多くツモるために僕はカンした。

 

有効牌を引いた。これで僕も聴牌。ドキドキと胸が高鳴ってきた。先ほどまで流れを持っていたのは蓮だったが今その流れに乗っているのは僕なのだ。ここで僕がツモ和了すればまだ勝負はわからない。

 

いらない牌をきり新しくドラ表示牌をめくる。それは三萬だった。……息が止まるかと思った。

 

つまりこの手はドラ8、親倍は8000オール、ツモれば蓮は飛ぶ。

 

この局が最終となったのだ。やはり蓮の流れに乗った牌はとんでもないことになる。これで僕が和了することができたら蓮の点棒はなくなるのだ。あの蓮に勝つことができる…!

 

 

「ひろさんがカンしてくれると信じていた」

 

 

蓮の声が静かに場に響く。その言葉に昂揚していた身体が冷めていくのを感じた。

 

え?とその声に反応し顔をあげると蓮はツモった牌を脇に寄せカタリと牌を倒す。

 

 

「カン…。貴方がカンをしてくれないとこの場所には届かなかったから」

 

 

蓮が六筒を倒しカンをする。そして嶺上開花、ツモった牌と手牌をゆっくりと倒した。

 

 

「ツモ。リーチ、嶺上開花、三暗刻…!」

 

 

暗刻が3つに三筒、蓮の待ちは二・三・五筒、三筒なら役満だった。いやそもそも三筒を切っていたら一発で四萬を引いて蓮は四暗刻を和了していた。だからおそらくこれはわざと三暗刻にしたてあげた手牌、クリア麻雀に勝利するため四萬を切れば僕がカンをして自分の和了牌を掴めることを見透かしての選択なんだ。

 

蓮はどこまで先を読んでいるのだろう。鳴かされたこともカンしたこともすべて蓮の読み通りだったのか。

 

一気通貫、チャンタ、三色同順、七対子、三暗刻、すべての役をクリアされた。結局僕は蓮の手の上で踊っていただけだったのだ。

 

 

「おめでとう、蓮。やっぱり君は凄いよ。残り千点の状況から逆転するなんて…、君はやはり最高の博徒だよ」

 

 

「ひろさん、まだ終わってないよ」

 

 

称賛の言葉を贈る僕を蓮が止める。終わっていない?でも蓮がクリア麻雀を制してもうこのゲームは終わったんじゃ…?

 

蓮はドラ表示牌を降ろし裏ドラをめくる。一つ目、三筒。ドラが三つ乗った。これで倍満。

 

僕は息を呑む。ねえ待ってよ蓮。どうして君がこれを知っているの。僕は知っている、この展開を見たことがあった。

 

これは赤木さんが天さんを打ち取ろうとした時の策、裏ドラを暗刻として数えた四暗刻地獄待ち単騎、なんで、まさか蓮がこれを…。

 

今の状況はあの時と似ていた。僕と蓮の点棒差は37400、ツモで蓮が僕に勝つなら倍満では足りない、役満をツモ和了するしかない。

 

カタンと二つ目の裏ドラがめくられた。八萬、これで三倍満、あとひとつで数え役満。

 

ドクドクと心臓の高鳴りを感じた。赤木さんや天さんも固唾をのんで見守っている。もし、もしこんな奇跡が起こるならそれは蓮はもう人ではない気がした。

 

 

「私と全力で戦いたいっていったよね。私は全力だったよ。それがこの結果だ」

 

 

そういって蓮が最後の牌をめくる。クルリと綺麗に回転して牌が表を向く。それは萬子、表になった牌を見て僕の意識は完全に真っ白になった。

 

最後の牌は八萬だった。裏はすべて乗ったのだ。数え役満、蓮はあの時赤木さんができなかった奇跡を成し遂げたのだ。

 

 

「これで逆転だ、ひろさん」

 

 

蓮が静かにいう。こんなのはもう人の領域ではない、神様の領域だ。蓮は今神がかった闘牌を僕に見せつけた。

 

勝てるのだろうか、こんな圧倒的な力を持つ蓮に敵う日がくるのだろうか。

 

わからないけれども心は昂揚していた。もう、追いつけないと諦めるのは2年前に行っている。ここからはひたすら君を追い続けるよ蓮。それがどんなに困難だとしても僕は一生追い続ける。

 

この感動は生涯忘れないだろう。いつか僕は神様を捕まえよう。

 

 

 



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変化

 

 

私が三暗刻を和了したことですべての役を作り上げクリア麻雀は終了した。

 

最後の局は四暗刻も狙えたけどもクリア麻雀に勝つだけなら四暗刻を和了できても意味ないので普通に三暗刻を狙った。

 

でもただ三暗刻を和了してもあのままだと私の持ち点最下位だったしその状態で勝ったというのはなんか違う気がしたからリーチかけて点数あげようとしたら裏ドラ全部乗って数え役満まで行きました。マジか、流れ来ていると思ってたけど全部乗るほどツイていたのか。ラッキーだったね。おかげで役をすべてクリアした上で点数もトップで終われましたよ。

 

それで肝心のひろさんはどうするのかな?と思っていたら終わった瞬間キラキラと目を光らせながら『蓮、君は本当に凄いよッ!こんな奇跡のような打ち回し…、神様がそこにいるみたいだった。僕も君を追うよ。一生この道を歩き続けていく!』といってギュッと手を握ってきたから大丈夫だと思う。よほど興奮していたのかちょっと手がミシミシいっていたけど、うん、まあ大丈夫だと思います。

 

このままひろさんが麻雀の世界で生きていくならばいつかきっとHEROになってくれるだろう。それによって未来が変わってくれることを信じている。

 

ひろさんと天さんは帰っていきまた私にはいつもの日常が戻ってきた。学校に行って家で赤木さんのご飯を作って時折赤木さんの持ってくるギャンブルに巻き込まれてドタバタと騒がしくなる。

 

そうしているうちに夏が終わっていく。蝉の声が聞こえなくなり草木が色づき始めた。9月の中頃、あの日がくる。

 

9月26日、赤木さんの命日だ。死ぬのはまだ先、7年後であるとわかっていても気が滅入る。赤木さんが死んでしまうのはどうしようもなく嫌だった。

 

東西戦で原作を変えてクリア麻雀でひろさんの運命を変えた。これで果たして赤木さんの未来に変化はあるのだろうか。

 

原作では誰が何をしようが赤木さんの意思を覆すことはできなかった。赤木さんの運命を変えることはそれだけ重く難しい。私という異分子がいても原作通り動こうとする世界なのだから何をしようが未来は変わらないのかもしれない。1999年9月26日、赤木さんは自殺してしまうのだ。

 

いや、弱気になるのはやめよう!今めっちゃ原作変わっているし赤木の未来が変わる可能性も全然あるよね?取り敢えずご飯はちゃんと食べてもらってたばことお酒は少し控えさせて規則正しい生活を送ってもらおう!健康なら赤木さん死ななくて済むし。

 

ああ、後は定期的に健康診断も受けてもらわないと。病気になったとしても早く見つかれば手遅れにならないかもしれないからね。

 

でもそのためにはあの赤木さんとギャンブルをして勝たないといけないのか。あのジジイ病院嫌いなのか自分からは行ってくれないし強制的に行かせようと思ったらギャンブルで勝って言うことを聞かせるしかない。

 

なんか2人で出来て勝てそうなゲームとかないかな。うーん、チンチロとかどうだ?よし、まずは四五六賽を作ってくれる人を探しに行きましょう。

 

 

「おーい、蓮。保険証ってどこだ?」

 

 

「どうしたジジイ。身分証が必要なのか?」

 

 

「ちげえよ。病院に行くのには保険証がいるんだろ?」

 

 

え、病院?

 

 

赤木さんの言葉に鍋をかき回していた手を止め振り返る。え、病院に行くってどういうこと?まさか怪我でもしたんですか?もういいお年なんだしヤクザの賭場に行って『ねじ曲げられねえんだっ・・・!自分が死ぬことと・・・博打の出た目はよ・・・!』とか言って刀傷作ってくるのはやめてもらえませんか?取り敢えず怪我したならリアルにやばいし手当が必要だな。

 

 

「何処か怪我したってこと?」

 

 

「ん?明日健康診断に申し込んだって言ってなかったか?病院には保険証が必要なんだろ?」

 

 

きょとんとした顔でそう言う赤木さんに思わず持っていたおたまを落とす。ぽちゃんと鍋の底におたまが沈んでいくが拾うこともできずただ赤木さんを凝視する。うん、今なんていった?

 

健康診断にいくだと?え、私まだ赤木さんとチンチロしてないしなんのギャンブルもしてないぞ?赤木さんが素直に病院に行くなんて…、何が狙いだ。私の常識を超えていてまったく想像つかないぞ。

 

鍋の火を止めて深呼吸。ふーっ、よし、わからないことは赤木さんに聞こう。

 

 

「どういうことだ。ジジイが病院に行くなんて頭でも打ったのか?」

 

 

「別に大したことじゃねえよ。ただ、まあもう少し生きてえと思っただけさ。お前にとんでもねえもん見せられたからよう、」

 

 

そういって赤木さんが照れくさそうにタバコに火をつける。煙が縦に上りふーと赤木さんが息を吐く。

 

たぶんそれは赤木さんにとって何気ない一言だったんだと思う。確固たる意志を持ったわけではない、ちょっと思い付いた程度の特に意味のない言葉。

 

 

だけども、私は、…泣きそうだった。

 

 

鼻の奥がツーンと痛く目が潤んでいくのがわかる。その言葉をどれ程望んでいたのかこの人は知らない。

 

誰がどんな勝負を挑んでもこの人が心底望んだことを変えることはできないのだ。死を望んだ赤木さんを変えることができるのは赤木さんだけなのだ。

 

それを今この人は生きたいと言ってくれた。私の活躍を見ていたいからまだ生きていたいとそういってくれたのだ。それはとんでもなく大きな変化だった。

 

泣きそうなのがバレたくなくて赤木さんに背を向ける。涙は溢れない、ああ、鉄仮面で本当に良かった。赤木さんに泣きそうなのは知られたくない。

 

だが勘のいい赤木さんは気付いてしまったようだ。『蓮?』といって近づいてくる。まずい、さすがに顔を見られれば赤木さんにバレてしまうかもしれない。顔がバレない方法、よしこれしかない!

 

近づいてきた赤木さんに勢いよく抱きつく。赤木さんが衝撃に『ぐっ』と唸り声をあげたが知ったことかとしがみつく。顔をスーツに押し付けるとタバコ臭かった。そろそろクリニーングに出さないといけないのかもしれない。

 

スーツをくしゃくしゃにして抱きついているというのに赤木さんからリアクションはない。ちょっと不安になってきたので離れようと思って力を抜くとポンと頭に手を置かれた。思わず顔を上げる。

 

 

「蓮、俺は家族ってもんがよくわからねえしお前が何考えているかもわからねえ。だけどお前が飯を作ってくれて帰ってきたらおかえりっていってくれる生活は悪くねえって思っている。俺はお前と家族をやれてよかったよ」

 

 

そういって赤木さんが照れくさそうに笑う。本当に嬉しそうな幸せそうな笑み。ああ、もう!

 

赤木さんは私を泣かせにかかっているのだろうか?上を向いてられなくてまた赤木さんのスーツに顔を押し付ける。どうせクリーニングに出すし汚してもいいだろう。

 

赤木さんが好きだよ、大好きだよ。この自分勝手に生きる神様がとんでもなく好きなのだ。平凡な人生でよかった。でも赤木さんの娘でよかったとも思っている。

 

一分一秒長く生きて欲しい。9月26日なんて永遠に来なければいい。

 

神様なんかならなくていいからずっと一緒にいてよ。ねえ、父さん。

 

あなたがどうしようもなく好きなんだ。

 

ギュッと抱きしめた身体からは鼓動が伝わってくる。ずっと、こんな日々が続けばいいと思った。

 

 



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番外編 9(ナイン) 前編

 

199×年9月26日ーーーーー

 

ああ、今年もまた9月26日が来た。

 

蝉の声が遠のいて来た9月下旬、カレンダーを眺めながらぼんやりと物思いに耽る。

 

今から数年後の今日、赤木さんは死んでしまうのだ。やれることはやった。東西戦を変えた。ひろさんはHEROとして歩み始めている。

 

この世界はもうあの『天』の世界とは大きく変わっている。あの通りの世界になる方がもう難しいというのに私の不安は消えない。

 

理由はわかっている。『天』の通夜編で己の命に対する赤木さんの意思があまりに絶対的だったからだ。

 

誰も赤木さんの意思を翻すことはできなかった。言葉による説得も勝負による結果も何もかもがうまくいかなかった。

 

この世界の主人公である天さんでさえそれは出来なかったのだからそれがいかに絶望的であるかわかるだろう。あの場になったら赤木さんの死は変えられない。きっとそうなってしまうのだろう。

 

だから私の出来ることは全てやり尽くしてあの9月26日がこないようにする。ご飯を作ろう。病院にも引っ張っていこう。それが私のするべきことだ。

 

だけれども考えずにはいられない。もし、もしあの9月26日が来てしまった時、

 

私は赤木さんを止めることが出来るのだろうか?

 

 

「ジジイ、勝負しないか」

 

 

「お前から誘いに来るなんて珍しいな。何の勝負だ?」

 

 

縁側に腰掛けタバコを吐いていた赤木さんに声をかける。もう日も暮れかかっているし今日は出かけないのだろうか?いや、面白そうな勝負があるとふらっといってしまう人だからそれはわからないか。何にしても今日は私の勝負に付き合ってもらおう。

 

右手に持っていた黒い箱を縁側に置く。使い慣れたその蓋をあけると直方体の白い駒が敷き詰められている。

 

麻雀牌だ。今日の勝負はこれを使う。

 

 

「なんだ麻雀か?にしてはメンツが足らねえな。誰か呼ぶか?」

 

 

「いや、今日は1対1でやろう」

 

 

「てことは変則的なルールか。何をするんだ?」

 

 

「9(ナイン)だ」

 

 

箱をひっくり返して牌を取り出す。1から9まである牌ならどれを使っても構わないけどせっかくだから筒子にしよう。

 

赤木家にはガン牌防止の為にいくつも麻雀牌があるので筒子をもう1セット揃えることは難しくない。これで私と赤木さんはひと組ずつ筒子の1から9を持ったことになる。

 

 

「互いにひとつずつ牌を出し合う。数字の大きい方が勝ちで勝ったら相手の牌をもらうことができる。最終的に持っている牌の点数の合計が大きい方が勝ちだ」

 

 

「同じ牌だったらどうなるんだ?」

 

 

「引き分け。牌はそのまま置いておく」

 

 

「よし、わかった。じゃあ何を賭ける?」

 

 

赤木さんがニヤリと笑う。めっちゃナチュラルに賭ける物聞いてきましたね。親子で楽しく暇つぶしにゲームをするという発想はこの人にはないらしい。

 

だけれども今日に限ってはそれで構わない。これは真剣勝負でないと意味がないのだ。

 

 

「なんでも。好きなものを賭ければいいよ」

 

 

「じゃあ俺が勝てば来週末は石川に行くぞ。どうやらおもしろい賭場が開かれるみてぇだからな」

 

 

ニヤリと赤木さんが笑う。こういう顔の赤木さんに連れて行かれる場所は碌なところではない。絶対ヤのつく自由業の人が出てきて命を賭けたギャンブルが始まるのだ。あー、ヤダヤダ。

 

うん、まあ原田さんの親戚みたいな人々とギャンブルするのも嫌だけどそれより気になることがある。

 

来週末?それって、

 

 

「私、修学旅行って言わなかったっけ?」

 

 

「おう、行き先は石川県だな」

 

 

赤木さんがニヤッと笑う。この悪魔には血が通っていないらしい。

 

何故娘の修学旅行の日程に他県に行ってギャンブルしようと思うんだよ。鬼か。悪魔か。

 

まあ親しい友人がいない修学旅行が楽しみかと言われたら何も答えられないんだけど。…泣いてもいいだろうか?

 

 

「他の日でいいじゃん」

 

 

「嫌だね。俺はしたいことをしたいようにする。そもそも蓮が修学旅行なんてもんに行っちまったら俺は暇だろ。お前がいない間、俺の飯はどうしたらいい」

 

 

赤木さんがブーブー文句を言う。子どもか。ジジイの暇つぶしで私の青春を消滅させようとするのはやめてもらえませんかね。

 

ご飯も今まで私がいない期間だって食べてこれたのだからなんとでもなるだろう。最悪天さんの家に押しかけたらいいんだよ。麻雀した後お嫁さんたちの手料理でもごちそうになって下さい。

 

まあとはいえ、そう言ってもらえるのは嬉しいけどね。あの赤木さんに勝負以外で興味を持ってもらえるのは割と奇跡的なことだと思う。今までは根無し草のような生活であんまり食に対して興味を持ってなかったというし、健康を維持する為にも食生活をちゃんとするのは大事だからご飯を食べたいといってもらえるのは有難い。

 

でも私が修学旅行の3日間くらい我慢してよ。今までも3日間くらいふらっとどこかへいなくなることもあったじゃないか。それくらい自活してくれ。

 

 

「まあどうしても嫌だというならお前が勝てばいいだけだ。勝負に勝てば四の五の言わねぇよ」

 

 

赤木さんがニヤニヤと笑みを浮かべる。向こうは譲るつもりはないらしい。軽く勝負を持ち掛けたらとんでもないやぶ蛇になりましたね。勝負に負けたら私の修学旅行はキャンセルになるらしい。

 

まあ勝負を仕掛けた時点で無茶言われることはわかってたし仕方ない。それに無茶を言うのは向こうだけではないのだ。

 

 

「なら私が勝ったらひと月のタバコは1カートンまでで」

 

 

「……は?」

 

それまでニヤリと笑みを浮かべていた赤木さんが真顔になる。目を見開き口を薄く開け固まっている。思考が完全に止まったようで手に持っていたタバコから灰がポトリと庭に落ちた。

 

 

「マジで言っているのか?」

 

 

「マジで言っているけど?」

 

 

「……こりゃ、負けられねぇわ」

 

 

赤木さんは持っていたタバコを灰皿に押し付け麻雀牌を手に取る。どうやらやる気になったらしい。赤木さんの表情が真剣な物に変わる。

 

というわけで互いの日常の一部を賭けた、割と本気で負けられない勝負が始まったのだった。

 

 



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9(ナイン) 後編

 

最初に出す牌を決める。じっくりと牌を見つめ思考する。

 

これはお互いに失いたくない物を賭けた真剣勝負だ。赤木さんは本気で向かってくるだろう。それでいい。そうでなくては困る。

 

これは本気の赤木さんにどれだけ迫ることができるか計るゲームなのだから。

 

一打目だ。悩んだところで何の意味があるのかと言われるかもしれない。

 

でもこの最初が肝心なのだ。私が赤木しげるという神様に追いつけるかどうかはこの最初の切る牌によって決まる。

 

牌をジッと眺める。赤木さんはかつて牌の透ける感覚がなければ生き残れなかったと言っていた。

 

これはそれよりもずっと難しいことだろう。牌を予見する力がなければ赤木さんは倒せない。

 

ひとつの牌を掴んで前に出す。覚悟を決めた。さあ、これで賽は投げられた。

 

赤木さんがひとつ牌を掴んで前に出す。そして私の出した牌と赤木さんの出した牌、ふたつの牌を表にした。

 

 

「なんだふたつとも四筒じゃねえか」

 

 

「そうだね。次はジジイの番だ」

 

 

「ああ」

 

 

赤木さんはすぐ様次の牌を切った。私もそれに応えてすぐにひとつ牌を掴んで前に出す。

 

ふたつの牌が置かれたところで牌を表にする。丸がふたつ、両方とも二筒だ。

 

 

「また、分けか」

 

 

「そうだね」

 

 

続いて私が牌を切る。それを見て赤木さんも牌を出した。

 

ふたつの牌を表に開ける。六筒、また引き分けだ。

 

そこで赤木さんの表情が変わった。

 

 

「クックックッ。なんだ、わざとか。何を企んでいるんだ、蓮?」

 

 

「貴方に勝つことだよ。ジジイ、あんたの出番だ」

 

 

赤木さんが牌を掴んで前に出す。私も自分の手牌から牌を取り出した。

 

表にする。三筒。またもや引き分けだ。

 

これが私が最初からやろうとしていたことだ。9(ナイン)は赤木さんの死を止めようとして僧我さんが挑んだ勝負。

 

そして赤木さんが全て同じ牌を合わせ引き分け、神様であることを知らしめたゲームだ。

 

だからこの勝負を赤木さんに挑んだ。赤木さんは今本気で勝ちに来ている。

 

その赤木さんに全て同じ駒で引き分けることができたら私は神様に追いつくことが出来るのではないだろうか?

 

牌を切る。それまで手拍子で出していた赤木さんが手を止め私の出した牌をジッと見つめる。

 

心を見透かされるかのような感覚、赤木さんが伏せられた牌を読もうとしていることが伝わってくる。ここが正念場だろう。

 

そんな赤木さんを背筋を伸ばし真っ向から見つめる。頑なに気配を消そうと奮闘したところで赤木さんには読まれてしまう。隠そうとしても無駄なのだ。この人は勝負事に関しては神様だ。

 

だから堂々としていよう。私の一打は赤木さんを討ち取るため全神経を集中させて選んだ一手なのだ。それが敗れると言うのならば単に私の力不足だ。

 

何も隠すことはない。私は全力だ。

 

赤木さんが牌を選ぶ。そして前に置かれたふたつの牌を表にした。

 

それは両方とも7筒だった。ククク…と笑う赤木さんの声が聞こえて来た。

 

 

「どうなってんだ、蓮。また、同じ牌…。狙ってるんだな?」

 

 

「勿論」

 

 

クツクツ笑いながら赤木さんが牌を切る。それに合わせて私も牌を切った。

 

牌をめくる。2つとも八筒だった。

 

やっと、やっとここまで来た。残りは3つ、一筒、五筒、九筒。

 

次を合わせれば引き分けが確定する。あの僧我さんを失わず退けた赤木さんの奇跡の闘牌に追いつくことが出来る。

 

牌をジッと見つめる。三択だ。だけれどもこの三択はとてつもなく難しい。

 

確率だけならば最初の1投目を当てる方が難しいのだけどもう赤木さんは本気になってしまっている。

 

ただの1/3ではないのだ。ここには赤木さんとの読みと直感との勝負が存在している。

 

静かに牌を掴む。ここに賭けられた物を忘れ、ただ勝負にのみ身を委ねる。

 

私は、神様に追い付きたい。

 

牌を切った。続いて赤木さんも牌をひとつ掴み前に置いた。この勝負を決めるふたつの牌が並んだのだ。

 

私はゆっくり手を伸ばす。そして牌を表に開けた。

 

私が選んだのは五筒だ。自分の牌を開けた後に赤木さんの出した牌に手を伸ばす。

 

丸い模様が刻まれた面が表となる。描かれた模様は5つだ。五筒、赤木さんが出したのも同じ牌だった。

 

終わった。引き分けだ。あの赤木さん相手に絵柄を揃え続けることが出来たのだ。あの夜の一部を今、私は再現したのだ。

 

胸が何かの感情でいっぱいになる。身体が熱くなり息苦しくなる。私は神様に並ぶことが出来たのかもしれない。

 

なら、あの夜が来たとしても私は赤木さんを引き止めることができるのだろうか。

 

 

「気を抜くには早いんじゃねぇか、蓮」

 

 

赤木さんの声に一気に場へと意識が戻される。

 

トンッと音がして赤木さんが牌をひとつ前に出す。もう勝敗は変わらない。だけれども赤木さんはニヤリと笑った。

 

 

「何と戦ってたのかはしんねぇがうまくやられちまったな。だが、最後くらい足掻かせてもらおうか。お前はこの牌を当てられない」

 

 

楽しげに赤木さんはそういった。勝負はもう決まった。ここで私が牌を当てなくても引き分けという事実は変わらない。

 

だけれども原作赤木さんは全ての牌を合わせ切っていた。1牌も揺らぐことなく最後まで同じ牌を出し続けていた。

 

そして何より目の前の赤木さんがこの牌は当てられないと挑発してくる。私が神様に追いつくには最後のこの選択も当てなければならないようだ。

 

牌を見つめる。二択だ。ただの二択なのに今までで1番難しいように思える。

 

手元にあるのは一筒と九筒、最弱と最強の駒が残っている。赤木さんが切ったのはどちらなのだろうか。

 

わからない。流れを掴みきれていない。さっきまでは場を支配しているような、そんな感覚があったのに今は地に足がついてしまっている。私が私として牌を見つめている。

 

さっきの三択を当てた時点で私の気持ちは切れてしまったのだ。あそこで全てが決まると、使い果たした。愚かなことだ。勝負はまだ終わってなかったのに全力を出し切った。

 

牌に視線を落とす。何物にでも負ける一筒と何物にも勝る九筒、切るべき牌はどちらなのだろう。

 

一度引いてしまった狂気のような熱は私の中に戻らない。この選択は私の純粋な意思で選ばれる。私は出したい牌を選ぶ。

 

並んだふたつの牌のうちひとつを掴んで前に出す。

 

読まれているのだろうか、私の出す牌を。だとしても関係ない。全てを取り払ってただ出したいと思った牌はこれだったのだ。

 

私が選んだ牌を開ける。九筒だ。

 

そして、赤木さんの牌を開ける。そこに描かれていたのは……

 

.

.

.

 

「まっ、結局のところ勝負は引き分けだったな」

 

 

「……そうだね、ジジイ」

 

 

表になったふたつの牌を前に静かにそう答える。

 

私が選んだのは九筒、何物にも負けることのない最強の駒だ。

 

流れを読めずただ自分の意思だけで選んだらそうなった。ギャンブルのない平穏な日常を送りたいと思っていたのに、存外、私は負けず嫌いだったらしい。

 

思い出せばそうだった気がする。挑まれた勝負で結局私はいつも勝とうとしていた。

 

そうだ、私は勝ちたいんだ。赤木さんにどうしても勝ちたいのだ。

 

そして神様であるこの人を引き摺り下ろして一緒に生きて欲しいのだ。

 

だけれども赤木さんの出した牌を見る。表に返したその牌には大輪の花が一輪咲いている。

 

一筒だ。赤木さんが選んだのは最弱の牌である一筒だったのだ。たぶんこれがこの人の本質なのだろう。

 

人と違う理を持ちその結果によってはあっさり死のうとする。死にたがりなのだ。赤木しげるはギャンブルの結果によってあっさりと死んでしまいたいのだ。

 

この人はいつだって精一杯人生を全うとして死のうとする。

 

 

「それで、蓮。まさかこれで終わるつもりはねぇだろうな?引き分けなんぞ俺は望んでいないぜ?」

 

 

こちらを挑発するように赤木さんがそういう。結局、この勝負は引き分けだったけど私は神様に追いつくことはできなかった。あの通夜が来てしまったらやはり私は赤木さんを止めることはできないのだろう。

 

ならば本当の神様になってしまう前に引き止めておこう。まずはやっぱり健康的でいてもらうことが第一かな?それなら、

 

 

「勿論。今日から禁煙させてあげるよ、ジジイ」

 

 

最後に残された一筒をギュッと握りしめ口元を吊り上げる。健康的に長生きしてもらうためにもヘビースモーカーは良くないよね。

 

じゃあ次は勝ちに行こう。もう引き分けなど狙わない。この人が神様になりきってしまう前に勝負を決めきってしまおう。

 

牌を回収しながら思う。私は神様の域に届いていなかった。私は勝てない。神様となった赤木さんを止めることはできない。

 

だからやはりあの日は来てはいけないのだ。数年後の今日に通夜などさせてはならないのだ。

 

それでももし“原作”という名前の運命が捻じ曲がらなかったら、

 

……その時は神様と命を賭けて勝負しないといけないのかもしれない。

 

まあそうならないようにやっぱり赤木さんには健康でいてもらおう。

 

本日2回目の『9(ナイン)』が始まる。

 

平穏な日常を送りたいと願いながらも今日も私はギャンブルの世界に身を置く。

 

私の大切な神様を捕まえるために。

 



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〜銀と金(誠京麻雀)〜 恋人

※森田視点

 

 

おそらく一目見た瞬間、心を奪われたのだ。

 

銀と見紛うような透き通るような白髪、無表情でありながら強い意志が込められた鋭い瞳、小柄な少女であるというのに全身から湧き上がるような闘気、そこにいるのはまるで人ではなかった。

 

だけれども惹かれずにはいられなかった。理由はなかった。でも確信は持てた。

 

この子は俺が求めていた先の世界を持つ人間なのだろう。

 

 

✳︎✳︎✳︎

 

 

中条との勝負が終わり俺は漫然とした日常を過ごしていた。有り余る金を持っていながら贅沢する気も起きなかった。そんなことで金の持つ力を目減りさせたくなかった。

 

金の持つ最も大きなパワー、それは戦闘力だ。五千万なら五千万の、一億なら一億の仕事がある。資本がなければ手も足も出ないのは経験済み、むやみに張るコマを減らしたくなかった。

 

鬱蒼とした気分で夜の街を当てもなく歩いていく。繁華街は賑わいを見せネオンの光に包まれている。

 

そろそろ今日の宿を探さないと、と思ってふとあたりを見渡すと道端で3人の男が1人の女を囲んでいる姿が見えた。女の顔は見えないがセーラー服を着ていることから学生だろう。

 

俺は今大金を入れたボストンバッグを持っているため面倒ごとはごめんだったがこの胸糞悪い光景を捨てても置けなかった。

 

ポケットに手を忍ばせそこにあるものを確認してから3人組に声をかける。

 

 

「おい、お前ら何をしている」

 

 

できるだけドスを効かせた声で呼びかける。男たちは、あ?と言いながら振り返り俺を見るとビクッと身体を震わせた。

 

俺の方がガタイがいいし身長も高い。喧嘩するのに割りが合わないと思ってくれたら儲けもの、無理ならばポケットの中の携帯を取り出して警察に通報するぞと脅すつもりだ。

 

俺も表には出せない金を持っている身だからできれば警察には関わりたくないがこいつらは見るからにただのチンピラっぽい。通報すると言われれば引くだろう。

 

3人の男たちは互いに顔を見合わせチッと舌打ちをすると『いくぞ』と言って引いていった。3人が去っていくのを確認してから女の子の方を向く。そして、その子を見て俺は息を呑んだ。

 

とてつもなく存在感のある子だった。美人と言われれば美人だがそれだけでは言い表せない凄みがある。透き通るような白い髪に意思を持った瞳、ネオンによって照らされる夜の街に溶け込んで一際輝いているように見えた。

 

あの3人はなんて子に声をかけたんだ。ナンパするにしても違う目的があるにしても声をかける相手を間違えているだろ。

 

ドクドクと心臓が鼓動するのを感じる。目の前の少女はまるで抜き身の刃物のようだった。美しい白刃の剣、引き寄せられるけれど触れることはできない。目の前の少女の持つ鮮麗なオーラに俺は強烈に惹きつけられた。

 

 

「ありがとうございます。彼奴等、めんどうだったので助かりましたよ」

 

 

そういって目の前の少女は踵を返そうとする。このまま人混みに紛れたら2度と会うことはないかもしれない。そのことにどうしようもない焦燥感を抱いた。

 

気付いたら『待ってくれ…ッ!』とその少女を呼び止めていた。足を止めたその子は振り返るとジッと俺を見てくる。何か言わねばと思って必死に思考を働かせる。

 

 

「…送らせてくれないか。またさっきのやつらみたいなのに絡まれたら危ないし女の子が夜道を歩くのは危険だろう」

 

 

なんとか出てきた言葉はそれだけだった。だが、嘘ではなかった。この辺りはけして治安はよくないしセーラー服の女の子がひとりで歩けるようなところではない。

 

その子は何も言わず静かに俺を見つめている。警戒されてしまったのだろうか。確かにこれだとさっきのチンピラ達と変わらない。

 

なんとか言葉を重ねようとして白髪の少女を見た瞬間、息を呑む。

 

真っ直ぐと、俺を見ていた。瞬きすらせずその子は俺を見ていた。

 

全身から存在感を溢れさせているのにその瞳はガラス玉みたいに透き通っている。

 

本心を、本質を見透かされそうだった。この子に嘘は通じないとそう予感させられた。

 

俺の本心はなんだ?俺はなんでこの子を引き止めたんだ?その答えはたぶん、

 

 

「すまん、君に一目惚れしてしまったようなんだ。良かったら付き合ってくれないか?」

 

 

気付いたらそう口にした。そしてそれはすとんと心に落ちてきた。

 

ああ、たぶん、俺はこの子に心を奪われた。衝動と衝撃が身体を突き抜けてどうにかなってしまいそうだった。この感情を本当に恋と呼んでいいのかはわからない。

 

だけどもとてつもない熱量が身体を駆け抜けて行った。

 

 

「付き合う?」

 

 

少女はきょとんとした顔をしている。そういった表情をすると年相応の女の子に見えた。

 

 

「ああ。君が好きなんだ」

 

 

「ふーん、お兄さん変わってますね」

 

 

少女がふっと笑う。さっきまでの無表情が剥がれ感情が現れた。少女は楽しそうだった。そして口元を緩めたまま言葉を紡ぐ。

 

 

「いいですよ。付き合っても」

 

 

「……本当か?」

 

 

聞こえてきた言葉に思わず耳を疑う。自分で言っておいてなんだが、期待はしていなかった。

 

誰だってそうだろう、月に焦がれたとしても手が届くわけがない。だけれども少女は頷く。

 

 

「ええ。これからお兄さんは私の恋人です」

 

 

そういって静かに笑った。俺はこの少女の恋人になったらしい。急な展開に信じられない自分がいる。こんなに上手くいくことが人生であるのだろうか。

 

ドクンドクンと心臓が高鳴っているのがわかる。これは本当に現実なのか。意識がふわふわとしていて地に足をついている感覚がない。

 

すると少女が手を差し出してきた。そしてまだ現実味を持てずにいる俺に向かって静かに笑いかける。

 

 

「蓮、私の名前は伊藤 蓮。お兄さんの名前は?」

 

 

「……森田 鉄雄だ。よろしくな、蓮」

 

 

差し出された手をぎゅっと握り返す。やんわりとした手の体温が伝わってきてはっきりと実感が湧いた。

 

そうか、蓮か。この子が俺の恋人なのか。

 

 

この日の俺は自分の幸運がどれほどのものか、まだ、分かっていなかった。

 

俺にはツキがあると銀さんは言っていた。だから梅谷さんも安田さんも巽さんも船田さんも皆、俺と組みたいのだという。

 

俺は強運なのである。それを後ほど思い知らされることになる。

 

今俺の手を握る小さな手の持ち主が裏世界最高峰と謳われた最強の博徒、

 

赤木しげるの娘だということをこの時の俺はまだ知らない。

 

 

 

 

 




銀と金(ラブコメ風)です。


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馴れ初め

蓮は高校2年生(17歳)くらいです



最近思ったことがある。

 

いや、最近どころか割とずっと思っていたことなんだけど、改めて気になったので思い返してみると、

 

私、全然普通の女子高生活を送れてないですよね?

 

なんか、高校入っても赤木さんのご飯作るか、赤木さんのギャンブルに引っ張られていくか、赤木と勝負するか、くらいしかしてないです。うん、全然普通の女子高生っぽくなくてつらい。

 

勿論、赤木さんのことは好きだ。この人には死んで欲しくないしそのために必要とあれば勝負もするけど、これとそれは別。

 

私は普通の女子高生として生きていたいのである。

 

なんかもう本当に全く青春っぽいことができてなくて、いとかなし。友達いないし部活も入れてないし、というか赤木さんに引っ張られて学校すらいけないこともしばしばあるぞ?なにこれ悲惨。私は平穏な人生はどこに行ったの?

 

1度、代打ちを頼みにきたヤのつく方々が『どうか我々に力を貸して下さい、蓮殿!』と言って学校に来てから先生からも遠巻きにされます。絶対に不良だと思われているよねコレ。

 

ちなみにそのヤーさんの組は赤木さんに連れられ反対側の代打ちとして戦うことになったのでボッコボコにしてやりました。ということでそれ以来学校にその筋の方々が迎えにくることはなくなったけど、……まあもうすでに手遅れですね。私の女子高生活は消滅しましたよ。…ぐすん。

 

修学旅行もなんだかんだあって行けなかったんだよね。え、なんで行けなかったかって?赤木さんと勝負して負けたからですが、なにか?

 

まあ結果は一勝一敗一分だったからこっちの要求も通して赤木さんのタバコの量を減らすことにも成功したのだけども、それでもその代償が私の修学旅行って高くないですか?修学旅行って高校生活で一度しかないんですよ?私の青い春を返して下さい。

 

むしゃくしゃしたから石川県行ってやった手本引きでは赤木さんとどっちが多く稼げるか勝負して、その賭場を傾けてしまうほど勝ってしまった。ちなみに私と赤木さんの勝負は引き分けである。

 

うん、まあ結局同じところに賭けちゃうもんね。差はほとんど開かなかったなー。

 

その後のんびり赤木さんと釣りしていたら『金返せー!』と賭場のヤーさんたちが追いかけてきたから赤木さんがボストンバッグを海に放り投げた。釣り糸引っ掛けているから勝手に取れと。

 

これでいいだろう、と立ち去ろうとしたら『待て。今度は騙されないぞ!そのクーラーボックスの中も見せろぉー!』と言ってきたのでめんどくさいからクーラーボックスも海に投げてやった。後ろでヤクザのお兄さん方が絶叫した。

 

そしてどうしたら海に落ちた荷物を回収できるのか相談しているヤーさん方を尻目にそのまますたこらさっさとその場を後にする。別に釣り糸とかつけてないから回収するの大変だっただろうな。そんでもって別に中に現金が入っているわけでもないし骨折り損だったろう。

 

え、中に現金は入ってなかったよ?ボストンバッグの中には私と赤木さんのちょこちょことした荷物しか入れてないしクーラーボックスに入っていたのは釣った魚だけである。魚も鍵かけてなかったし海にクーラーボックスが投げ入れられた瞬間うまく逃げたんじゃないかな?つまり中身は空だ。

 

じゃあ現金は何処にあるのかというと、

…普通に宅急便で送っちゃいましたけど、なにか?だって大金持ち歩くなんてなんか嫌だし。

 

ちなみに送り先は原田さんの家である。別に私も赤木さんもあんな大金使わないし正直家にあっても邪魔なだけなので全くもっていらん。

 

原田さんならきっと喜んでくれるだろう。お礼にたこ焼きとか奢ってくれないかな。大阪で食い倒れとかしてみたい。

 

まあだからといって原田さんに会いたいわけではないんだけど。だってあの人もヤーさんだし。ごくごく一般的な女子高生である私が気軽に関われる人ではないですよ。

 

手本引きが終わって石川県から帰ってくる。しかし赤木さんは『じゃあ俺は適当にぶらついてから帰るわ。帰ってきたら飯は餃子がいいぜ』と言い残して途中で消えた。

 

勝負して満足したから娘は放置プレイなんですかね。もう普通に日が暮れて夜のお姉さん達が仕事を始めるような時間なのですが、私ひとりで家に帰るの?

 

10代の娘が夜の街をひとりで歩くことに関してはいいのだろうか。いいんだろうな。常識という言葉を親の中に置いて生まれてきたような人だし。まあ、どうせ誰にも絡まれないだろうしさっさと帰ろう。

 

と思ってネオンの光が溢れる街を歩いていたら3人組の男に絡まれた。

 

 

「こんな時間に女子高生がなにしてーんの?」

 

 

「夜遊びー?悪い子だねぇ。そんなことしていると悪い人に連れていかれちゃうよぉ?」

 

 

「そうそう。ということで1人じゃ危ないし俺たちと一緒に行こうよ。ね?」

 

 

チャラ男であることを全力で主張した3人組が私の行く道を塞ぐ。

 

マジか。マジなのか。え、こんなチンピラに絡まれるという女子高生にありがちなイベントが私に発生したというのか。

 

どうしよう、ちょっと嬉しいかもしれない。今まで街歩いていても絡まれるどころか皆目を逸らして道を開けるもんね。なにその扱い、私はヤーさんと同じジャンルの生き物なんですか?泣いた。普通に生きていたかっただけなのにどうしてこうなったし。

 

だが、こうして私は絡まれている。チンピラたちが『やべえ、声かける奴間違えた』みたいな顔しているけど絡まれたのは間違いない事実なのだ。これは私が普通の女子高生ってことでよろしいでしょうか?

 

とはいえ、いくら絡まれたのが嬉しくてもそのままこいつらについていくことはできないからね。どうやって逃げようかな。

 

取り敢えず目の前の男にグーパン食らわせて鼻折って怯ませた後回し蹴りでトドメを刺すのがいいかな。赤木さんのおかげで物騒なことにも手慣れてますからね。はは、つらい。

 

 

「おい、お前ら何をしている」

 

 

だが私が手を出す前に低い声が響いた。チンピラどもがそちらに目をやるのと同時に私も声をした方を向く。

 

するとそこには黒髪を後ろで束ねた背の高い男性が立っていた。男はポケットに手を入れ堂々と構えながら威圧するような目でチンピラ達を見ていた。

 

え、何この少女漫画展開。ピンチに登場するヒーローというお約束展開が私に現れるだと?なんだろう、今日は一生に1度のラッキーデーなのだろうか。今なら赤木さんに勝負挑んでも勝てるかもしれない。

 

ガタイのいい男性の登場にチンピラ達はチッと舌打ちをして去っていく。取り敢えずこれはお礼を言わないといけない。

 

 

「ありがとうございます。彼奴等、めんどうだったので助かりましたよ」

 

 

そうお礼を言った瞬間、マジマジと黒髪のお兄さんが私を見ていることに気付いた。

 

え、私何かおかしい?見た目だけで『なんかこいつヤバい奴だぞ?』みたいなオーラが出ているんですか?え、何がダメなの?白髪なのが一般的ではない?

 

でもこれは赤木さんとお揃いだから染めたくないなぁ。変えるなら他のところでお願いします。

 

なんとなく気まずくなってその場を立ち去ろうとする。お礼もいったし別にもう帰っても失礼じゃないよね?

 

せっかくの少女漫画展開だったのに残念だなぁ、と思って背を向けた瞬間、『待ってくれ…ッ!』と呼び止められる。ん?

 

 

「…送らせてくれないか。またさっきのやつらみたいなのに絡まれたら危ないし女の子が夜道を歩くのは危険だろう」

 

 

黒髪のお兄さんはゆっくりとそういった。夜道は危ないから送らせて欲しいだと?まさかの女の子扱いに全私が泣いた。

 

生まれてこの方こんな紳士的な言葉をもらったことがないから本気で涙が出てくるよ。最近だと女の子どころか人間として扱われているかも怪しいもんな。

 

私が赤木さんに連れられて賭場に行くと『蓮だ、蓮が来たぞ』『無理だあんなの。勝てっこねぇ。俺は降りるぞ!』とか言われるもんね。私は化け物か何かな?まるでゴジラが現れたような反応に心がバキバキに折れます。

 

女の子扱いされたことに感動し打ち震えて言葉を返せずにいると黒髪のお兄さんが何やら慌て始めた。そしてポツリと言葉を落とす。

 

 

「すまん、君に一目惚れしてしまったようなんだ。良かったら付き合ってくれないか?」

 

 

衝撃の言葉を言われた。一目惚れしたから付き合ってほしいだと?

 

え、付き合う?それってラブとか愛とかのあれですか?

 

 

「付き合う?」

 

 

思わず聞き返してしまうと黒髪のお兄さんは『ああ。君が好きなんだ』と言ってくる。おおぅ、マジか。マジなのか。

 

私にラブコメ展開とかそんなものがあったのか。

 

目頭が熱くなる。青春というものには全く無縁の人生になると思ったのにここでまさかの一発逆転です。青春の王道、恋愛タイムがやってきたのだ。

 

あとはこのお兄さんと付き合うかなのだが、たぶんこの人いい人だ。チンピラに襲われた女子高生助けに行くし悪い人のはずがない。

 

顔も精悍な顔立ちでかっこいいし、うん。断る理由はありませんね。

 

 

「いいですよ。付き合っても」

 

 

「……本当か?」

 

 

「ええ。これからお兄さんは私の恋人です」

 

 

了承されて驚いた顔をしているお兄さんに向かって手を差し出す。やった、これで私にも彼氏ができたよ!一般的な女子高生として青春を満喫するぞ!

 

うきうきと浮かれていると大事なことを思い出す。あ、そうだ。これから私の恋人となる人の名前を聞いておかないと。

 

 

「蓮、私の名前は伊藤 蓮。お兄さんの名前は?」

 

 

「……森田 鉄雄だ。よろしくな、蓮」

 

 

黒髪のお兄さんが笑って手を握り返す。これで晴れて私たちは恋人になったわけなのだが、

 

……森田 鉄雄?ほう、黒髪オールバックでガタイが良くて緑のスーツ着た森田 鉄雄さん?ああ、そうか。

 

まだまだ私の波乱万丈な人生は続いて行くらしい。平凡な幸せがくるのだと浮かれていた気持ちがしゅわしゅわと溶けて消えて行く。

 

本日、私の恋人となったこの黒髪のお兄さん。彼は、

 

金と裏社会を巡る物語、『銀と金』の主人公のひとり、森田 鉄雄さんだったのだ。

 




裏社会ではレン・ゴジラ扱いな模様


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予兆

初めての彼氏に浮かれていたらなんとお相手は福本作品のひとつ『銀と金』の主人公、森田 鉄雄さんだということが発覚しました。

 

福本先生の作品はどれも波乱万丈の物語、その主人公の恋人なんてどう頑張ったって平凡なわけがないよね。ははっ。なんで私は一般人として生きて行くことができないんでしょうね。

 

父親は赤木しげるだけど私は凡人なんですよ。破天荒な世界観に巻き込まないでください。

 

それにしてもこの世界は『天』及び『アカギ』の世界だと思ったけど森田さんもいるんだね。作者が同じだと世界も繋がったりするんですかね。

 

ということはカイジさんとかもいるんだろうか。待って、私の名字『伊藤』だけどカイジさんとは関係ないよね?『伊藤』なんて全国に1万人くらいいそうだし赤の他人ですよね?

 

平穏に生きたくて『赤木』を名乗らないことにしたのにカイジさんと同じだとなんの意味もないですよヤダー。頼みますから福本作品の代表作、ギャンブル王者カイジさんと私は全く無関係であってください!

 

そんなわけで始まった森田さんとの恋人生活だけれども意外と順調だった。平日の昼間は学校だけど放課後や土日は良く会った。

 

そして動物園や水族館へ行ったり街を一緒に歩いたりちょっと洒落た喫茶店に入っておしゃべりをしたりした。

 

デートだ。ものっすごく普通にデートしている。

 

しかもどれもこれも楽しかった。森田さんは色々な話のネタを持っていて口下手な私から何か言わなくても話題を振ってくれる。一緒にいてとても楽だ。

 

殺人鬼と追いかけっこする展開になったらどうしようと思っていたけれどそんな気配はまったくない。森田さんは大人の男性で私をリードし引っ張ってくれる。

 

なんかちゃんと青春を過ごしている気がするよ。普通に生きることができて実に楽しいです。

 

だけれども気になるのは常に森田さんが大きなボストンバッグを持っていることだ。どこに行くにも必ずしも持っていて、それでいてカバンを開けることはない。中に何が入っているのかな?

 

 

「森田さん、その鞄には何が入っているの?」

 

 

「ん?ああ、これか」

 

 

喫茶店でひと休みしながらなんとなく尋ねる。ちなみに森田さんはブラックで私もブラックにしようと思っていたんだけど気付いたら暖かいミルクにすり替わっていた。

 

『子どものうちからブラックばかり飲んでいると背が伸びないぞ』と森田さんがいう。そしてぽんっと頭の上に手を乗せられた。

 

子ども扱いされているのかもしれないけど嫌じゃない。なんだろう、この身体になってから甘やかしてもらったことがないからかな?胸がほっこりします。

 

うん、うちには自重という言葉を忘れたおっきなお子様がいらっしゃるもんね。ここで私が年相応に振る舞うと赤木家が崩壊してしまいます。

 

 

「そうだな。じゃあここに入っているのが全部現金だといったら蓮は信じるか?」

 

 

森田さんがからかうような口調でそういった。ちょっと試すような、悪戯心があるといったそんな顔をしている。

 

うん、現金?あ、ひょっとしてセザンヌの勝負で得たお金が入っているのだろうか?

 

 

「じゃあ2億くらいですね」

 

 

「信じるのか?」

 

 

森田さんが驚いた顔をする。うん?え、だって信じるもなにも、

 

 

「事実でしょ?」

 

 

「……蓮の感性はずば抜けているな」

 

 

森田さんは静かに笑みを浮かべながらコーヒーを口にした。それからしばらくして森田さんはボストンバックを持ってこなくなった。

 

 

そんな風に日常を過ごしているとある日森田さんから呼び出される。森田さんはいつものスーツをきっちり着こなし決意を固めた顔でそこに立っていた。

 

まるで戦場に行く兵士のような雰囲気だ。

 

 

「蓮、これから暫くの間会えないかもしれない」

 

 

「ふーん、何処かに行くの?」

 

 

「ああ、ちょっとな。大事な勝負をしに行くんだ」

 

 

森田さんが静かに笑みを浮かべる。だけれども全身からは張り詰めた空気が漏れていてピリピリとしている。どうやらかなり真剣な勝負らしい。

 

どこの展開のことだろう。セザンヌの次の勝負だからポーカーかな?

 

いやでもボストンバック持ち歩かなくなったしポーカー勝負は終わったのかもしれない。

 

ということはアレかな。『銀と金』の中でも最も莫大な金額が賭けられた麻雀勝負、

 

巨万な富を持つ老人、蔵前 仁との『誠京麻雀』だ。

 

 

「だからその前に蓮に会っておきたかった」

 

 

そう言って森田さんがゆっくりと私の背に手をやる。抱きしめられた。気付いたら私は森田さんの腕の中にいた。

 

 

「蓮、俺は必ず勝つ。勝って戻ってくるから」

 

 

ギュッと腕に力が込められる。それと同時に上から降ってくる言葉にふと焦燥感を抱く。待って、森田さん。なんかこれって、

 

……死亡フラグっぽくないですか?

 

人生を賭けた勝負を前に恋人に会いに行き戻ってくると誓う。うん、フラグっぽい。なんかやばい感じのフラグのオーラがムンムンします。

 

これが物語だったら『それが私が森田さんを見た最後の姿だった』とナレーションがつきそうなレベルで死亡フラグが立ってますよ。え、森田さん本当に大丈夫?

 

森田さんが行くのはおそらく誠京麻雀だ。誠京麻雀で賭けられるのは多額の賭け金と人生、負ければ『飼われる』だけの人生が待っている。

 

『飼われる』とは何かの比喩ではない。本当にその言葉通り人の尊厳を全て奪われ檻に入れられる。福本作品の中でも最も狂気染みた敗北の代償だろう。この勝敗には人生がかかっているのだ。

 

原作では森田さんが勝っていた。賢明であることを辞めただ蔵前を殺すためだけに前進を続けた森田さんの直向きさと心の隙をついた銀王さんの話術で見事勝利をもぎ取った。

 

だからこの世界でも大丈夫だよね?森田さんは勝つよね?

 

不安になって思わず顔を上げて森田さんを見上げる。すると目が合った森田さんがふっと表情を緩め笑いかけてくる。

 

 

「蓮、戻ってきたら話があるんだ。大事な話が。帰ってきたら聞いてくれ」

 

 

抱きしめていた腕の力が抜かれて感じていたぬくもりが消える。森田さんは向かい合うとポンと私の頭の上に一度手を置き、そしてそのまま後ろを向いて去っていった。

 

そんな森田さんの後ろ姿を見て私は思う。……うん、森田さん。あのですね、これはやっぱりどう見ても、

 

死亡フラグの役満聴牌じゃないですかヤダー。

 

『戻ってきたら大事な話がある』って言った人が戻ってくる気がしないんですけど、大丈夫?本当に大丈夫?

 

いやいや、でも森田さんだし。銀と金の『主人公』である森田さんだし、きっと 蔵前さんにも勝ってくれますよね?

 

原作では森田さんの執念と銀さんの知略により誠京麻雀に勝っていた。原作というのはそう変わるものではない。それは身を持って知っている。

 

東西戦で私が参戦してもひろさんは予選を抜け出しガン牌を伝えても銀さんは討ち取られた。多少の変化では大筋は変わらない。そうであると理解している。

 

だけれども全く変わらないものかといえばそうでもない。結局東西戦は原田さんと天さんの一騎打ちがなされず終わったしひろさんは会社勤めを辞めすでにHEROとしての道を歩いている。

 

原作は変えられるのだ。必ずしもその通り世界が進んで行くとは限らないのだ。

 

うん、そして私は森田さんと恋人という関係にある。恋人になってしまっている。

 

原作では森田さんに恋人という存在はなかった。つまりこれは物語の流れと違う展開なのだ。

 

今まで原作が変わったことを思い出す。何もなければこの世界は物語の通り進んで行く。

 

そんな世界で展開が変わる。それは、

 

……異分子(私)がいるからじゃないかな?

 

なんだかんだ言って私は本来この世界にあるはずのない存在だ。だから物語は私を組み込むために多少歪んでしまう。

 

そうやって歪めることによって私は赤木さんの生を勝ち取ろうとして来た。原作が絶対でないことは私に取って有り難かった。それによって赤木さんの生きている未来を得られるかもしれないのだから。

 

だけれどもそれがここに来て裏目にでた。原作は絶対ではない。

 

ならば森田さんが負けることもあるのかもしれない。

 

もう森田さんの姿は見えない。もうすでに遠くに行ってしまったのだ。

 

胸に抱いてしまった不安は消えない。“運命”は絶対ではないのだから。

 

 



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助言

 

一晩経った。いつも通り学校に行って帰ってきて夕食の支度をする。

 

今日の晩御飯はカレーである。赤木家では私も赤木さんも辛口派なのでなんの戦争も起きない。実に平和な世界である。

 

夕食を作りながら考えるのは森田さんのことばかりだ。森田さんはもう勝負を始めているのだろうか。

 

勝っているのかな。いやでも確か原作では最初ボロボロだったし負けていた方がいいのだろうか?よくわからん。

 

小皿にルーをひと掬いし味見をする。うん、おいしい。カレーはちゃんと出来ている。

 

これで2日はカレーで3日目はカレーうどんだな。手抜きではないです。料理を長く続けるための主婦の知恵です。

 

夕食にはまだ早い時間だ。赤木さんも帰ってきていない。赤木さんは昨日からふらふらと何処かへ出かけてひと晩帰ってこなかった。

 

まあ自由に生きている人だからこういうことはよくある。そのうち帰ってくるだろう。

 

そう思った瞬間ガチャッとドアの開く音が聞こえた。この家の鍵を持っているのは私ともう1人しかいない。

 

まあ仮に不届き者だった場合は全力で対処するだけのこと。ここは台所だし武器はたくさんあるからなんとかなるだろう。

 

だけどそんな心配は全くの杞憂だったらしい。白いスーツに虎柄のシャツを着たよく見知った顔が入ってきたので声をかける。

 

 

「おかえり。晩御飯できているけど」

 

 

「今日はカレーだな。腹が減っているしよそってくれや」

 

 

そういって帰ってきた赤木さんはテーブルについた。この時間にお腹空いているってことはこの人昼ごはん食べてないのかな?いや、ひょっとしたら朝ごはんも食べてない可能性があるぞ?

 

なんたって博打をして『人の心より美味いものはない』とか言っちゃう人ですからね。人の心はおいしいのかもしれないけど栄養素はないのでご飯はちゃんと食べて下さい。

 

カレーをよそって冷蔵庫から予め作っておいたサラダを横に添える。あとはコンソメスープもよそっておこう。

 

私はコーンスープ派なんだけど以前コンソメスープを出したら赤木さんが喜んでいたから今日のスープはこっちにしておいた。別にコンソメスープも嫌いではないからそれくらい譲ってもいい。大切なのは赤木さんにちゃんとご飯を食べてもらうことですから。

 

赤木さんはテーブルにご飯が並べられるとガツガツと食べ始めてしまった。私はどうしようかな。お腹はそんなに空いていないけど赤木さんとご飯は食べたい。うーん、軽く食べようかな?

 

というか赤木さんが先に食べ始めるのも珍しいな。家にいる時はいつも一緒に食べていたし私が食べない時でも『蓮は食わないのか?』とひと言声をかけてくれるんだけどよっぽどお腹が空いていたのかな?

 

不思議に思いながらもおたまを手にした瞬間赤木さんが声をかけてきた。

 

 

「そういえば蓮、お前の恋人が今面白いギャンブルをしているようだぜ」

 

 

その言葉にカレーをよそおうとしていた手がぴたりと止まる。

 

……え、ちょっと待って。赤木さん今なんていった?

 

ギョッとして思わず赤木さんの方を見るとニヤニヤとした顔で赤木さんがこちらを見ていた。こちらの様子を伺って楽しんでいる顔である。

 

あ、うん、聞き間違いじゃないようですね。そうか、じゃあさ、赤木さん。

 

 

な ん で 恋 人 が で き た こ と 知 っ て い る ん で す か ?

 

 

もちろん私は言っていない。いやだって彼氏ができたって父親に話すのは恥ずかしいじゃん。一般的な女子高生はそうであるはずだし私もそうなんだ。だから私も赤木さんに話していない。

 

それどころかひろさんや天さんにだって話していない。誰にも話していないのだ。なのになんで赤木さんは知っているんだ?

 

そんでもってなんで森田さんが今とんでもないギャンブルに挑んでいるってことも知っているんですかね。私ですら直接本人から何しているのか聞いてないのに赤木さんは何処から聞きつけたのだろう。

 

ギャンブルの神様だから世の中の賭け事事情はなんでも知っているのだろうか。なにそれ怖い。

 

赤木さんは上着のポケットに手を入れると1枚の紙を机の上に置く。それに目をやるとどこかの住所が書いてあるようだった。

 

 

「森田っつったか?ここでギャンブルしているらしいぜ。行きたきゃ行けばいい」

 

 

赤木さんが楽しそうにそういう。本当にこの人は神様かなにかなのだろうか。全部この人の手の上でコロコロ転がされている気がするけど取り敢えず紙は受け取る。

 

正直森田さんのことは気になっていた。私が行ったところでどうにかなるわけでもないけどあれだけ死亡フラグを立てていくんだ。当然無事かどうかは確認したい。

 

それに彼氏が頑張っているところに彼女が応援に行くのはおかしいことじゃない。うん、全然普通のことですわ。私は森田さんの勇姿を見守りたいです。

 

着ていたエプロンを脱ぐ。赤木さんは私が森田さんの居場所知ったら行くってわかっていたんだろうな。私がご飯食べないことわかっていたから先にご飯食べはじめちゃったのだろう。

 

表情筋があまり仕事しないポーカーフェイスなはずなのに赤木さんには結構心を読まれてしまう気がする。やっぱり父娘なのかな。私もなんとなく赤木さんのすることわかるし。

 

 

「じゃあ行ってくる」

 

 

「おう、明日のカレーには海老フライを乗っけろよ」

 

 

赤木さんが楽しそうにそういう。これは赤木さんなりのエールだ。明日の晩ご飯を作れるようにちゃんと帰ってこいよ、という。

 

おそらく赤木さんは知っているのだろう。これから私が行くところが人生を賭けたギャンブルが行われている場所だということに。

 

普段使わない表情筋を稼働させ口元を吊り上げる。もちろん、帰ってくるよ。じゃないとこの不摂生なジジイのご飯を誰が作るというのだ。

 

 

「いいけど、明後日のうどんまで付き合ってね」

 

 

それだけいって外に出る。さて、じゃあ行くとしますか。

 

負けたら飼い殺しの人生が待っている、人の尊厳を全て奪うと最悪のギャンブル、誠京麻雀へ。

 



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参戦

はい、というわけで赤木さんにもらった住所の場所まで来ました。周りめっちゃ豪邸ばかりですね。私がここにいる場違い感が半端ないですわ。

 

さて、そんでもって今家の前にいるんですけど、……ここからどうすればいいの?

 

取り敢えずギャンブル会場まで行けばなんとかなると思ってたけどなんとかなりません。だって実際に賭け麻雀が行われているのはこの中なんだよね。え、どうやって入り込んだらいいの?

 

セキュリティしっかりしていそうだし忍び込むという選択肢はない。だけども中に入るコネクションもありません。あれ?詰んでませんか?ここに来てまさかのゲームオーバーですか?

 

誠京麻雀がどうこうという前にまさかの中に入れないという罠。もういいや。取り敢えずインターホン押そう。なんとかならなかったらお家帰って赤木さんとカレーを食べてます。

 

 

ピンポーン

 

 

「はい、どちら様ですか?」

 

 

落ち着いた男性がインターホンに出た。うまく説得する自信はないので正直に用件をいう。

 

 

「私はそちらにお邪魔している森田鉄雄さんの恋人です。彼に会いに来ました」

 

 

インターホン越しにそう伝えると一瞬の間があった後『……少々お待ち下さい』といって切られた。これってアウトなのかな?セーフなのかな?果たして恋人の応援は許されるのでしょうか。

 

ドキドキしながら待っているとガチャリとドアが開ききっちりとしたスーツを着た男性が出てきた。

 

 

「旦那様に確認したところ問題ないとのことです。どうぞ、お入り下さい」

 

 

そういって男性が中に入るように促してくる。うん、許されましたね。恋人の応援はオッケーということらしいです。

 

よしっ、じゃあ、森田さんの勇姿をこの目に焼き付けよう!と思って男性の後に続いて行くと、地下に降りて長い廊下を歩いて、そしてその先の扉の前に1人の男性が座っていた。

 

 

「ようこそ、お越し下さいました。森田様の恋人の方ですね。失礼ですが、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

 

 

「伊藤 蓮です」

 

 

「伊藤様ですね。この場所を訪ねてこられたということはこの先で行われていることもご存知なのでしょう。

この先では同額の勝ちか負けが積もるまでゲームを終えることはできません。つまり大勝か大敗しかないということです。

途中いかなる場合も勝負が終わるまで退出できません。承諾願えますでしょうか?」

 

 

高価そうなスーツを着た紳士風の男性が丁寧な口調でいうのはそういう。内容はこの扉の先で行われるゲームのルールについてだ。

 

原作を読んでいるのでもちろんルールは知っていたんだけど、え、それって私にも適用されるんですか?私はただの応援しにきただけですよ?

 

森田陣営の人間だから私もその規則が適用されてしまうということなのだろうか。うーん、正直全くもってよろしくないんだけど、まあ森田さんは勝つよね。強運だし原作でも勝っていたしいけるいける。

 

同意しないと中に入れないというなら仕方ない。ここまで来て帰るのもなんかもったいないし条件を飲もう。

 

 

「ええ、いいですよ」

 

 

「畏まりました。これほどまで真剣勝負を望まれる方がいらっしゃるとは蔵前様も喜ばれるでしょう。どうぞ、こちらへ」

 

 

紳士風な男性に連れられ扉の中に入る。

 

扉のすぐ内側は応接室っぽいところだったけどそこでは立ち止まらずどんどん奥に進んで行く。すぐに森田さん達のところに案内してくれるのかな?まあ早く会えるに越したことはないよね。こんなところにぼっちに取り残されても困ります。

 

しばらく進むと開けた部屋に着いた。その部屋はあちこちにトランプやらコインやらが置かれてひと目で遊戯場だとわかった。

 

ん?森田さん達のところへ案内してもらえるんじゃないのかな?と思ったところで部屋の中央に置かれた机へ行くように促される。

 

よく見ればそれはただの机ではなかった。緑色のマットが敷かれよく見慣れたそれは、麻雀の卓だった。

 

その向かい側にひとりの老人が座っている。

 

 

「君が森田くんの恋人なのかね?ここまでひとりでくるとは勇気あるお嬢さんだ」

 

 

ねっとりとした笑みを浮かべながら目の前の老人がそういう。

 

長い白髪に禿げ上がった頭部、ただ笑みを浮かべているというのに空気が歪んで見えるほどの存在感。

 

ああ、そうか。この人がそうなのか。

 

ひと目で誰だかわかってしまった。会ったことはないけれども間違いはないだろう。

 

この目の前に座る老人こそ誠京グループのドン、蔵前 仁だ。

 

 

「君、名前はなんというんだ?」

 

 

「蓮です。伊藤 蓮です」

 

 

「蓮さんか。ここにいるということは蓮さんはこの地下競技場でのルールは知っているということかね?」

 

 

「それなりには」

 

 

「クククッ、結構。結構。実は今君の恋人である森田くんと麻雀勝負をしていたのだがね、森田くんは負けが込んでしまって頭を冷やすために休憩中なんだよ。それで今わしは手持ち無沙汰なんだが、良かったら蓮さん、暇つぶしに付き合ってくれないか?」

 

ニタニタと笑いながら蔵前さんがそういう。この人にしたらただ笑っているだけなのかもしれないが、それだけで何故か不気味だ。

 

人ではない何か、それこそ物の怪の類であると言われても納得してしまいそうなオーラを持っていた。

 

 

「暇つぶしですか」

 

 

「そうだね、蓮さんは麻雀をしたことはあるかね?」

 

 

「家族で時々しています」

 

 

「そうか、そうか。それは上々。良かったらこの場でわしと勝負しないか?もしやってくれるというならばわしは君に15億の値をつけよう。勝てばそれだけの金を手に出来るチャンスを得られるわけだし、負けてもきっと森田くんがきっとなんとかしてくれる。君は何の心配もしなくてよい」

 

 

蔵前さんがそう誘いをかけてくる。私が誠京麻雀で勝負する、それは考えていなかった選択肢だ。

 

私がここに来たのは森田さんの勝負の行方を見届けるためで自分自身がこの賭けに乗るという気は全くなかった。

 

だけどもこの場に来て、この気の狂いそうな妖気を感じさせる老人と出会って少し考えが変わる。

 

別にお金が欲しかったわけではない。

そして森田さんを助けたいからでもなかった。

 

森田さんは『主人公』だ。勝負の行方を不安になる気持ちはあるけどそれでも『主人公』なのだ。

 

何もしなくともやはり勝つと思うしこの銀と金の世界で私の行動が彼を助けられるとも思えない。『森田さんを助ける』為に賭け事を始めたりはしない。私が賭け事をするのはもっと身勝手な理由だ。

 

自分の為にギャンブルをする。私がそうしたいから狂気の淵に足を踏み入れる。誰かのために人生を賭けるほど残念ながら人間はできてない。

 

私がこの場で心動かされたもの、それは蔵前 仁という勝ちを積み上げ過ぎた怪物とギャンブルをするということ、そのものだ。

 

この人はあまりにも巨大で絶大だ。生涯をかけて積み上げた金が彼を守る城壁となり立ちふさがる。蔵前 仁に戦いを挑むのは生身で城を相手にするようなもの、とてもじゃないけど勝てる戦ではない。

 

だけれどもそれをやってのけた人がいた。蔵前 仁と同じように莫大な財を積み上げ、そして血に狂い若者を殺し続けた闇の帝王、鷲巣 巌。

 

その昭和の怪物と呼ばれた鷲巣 巌と命を対価にギャンブルをした人が私の身近にはいた。

 

赤木さんだ。原作『アカギ』で赤木さんが鷲巣 巌という城に挑み勝ち続けた。

 

ギャンブルだらけの赤木さんの人生だけどそれでも鷲巣麻雀での出来事が赤木さんに与えた影響は大きかったはずだ。あの戦いは今の『赤木 しげる』を構成する一部である。

 

しかし、鷲巣麻雀で赤木さんは勝てなかった。最後は鷲巣さんに心臓を掴まれてしまった。

 

だから思う。もし、もしも私が鷲巣さんと同じように多大な金を積み上げた狂った老人、蔵前 仁に勝つことが出来たら、

 

……私は赤木さんを超えることができるのではないだろうか?

 

 

「いいですよ。やりましょうか、誠京麻雀」

 

 

「クククッ、結構。結構。それでは楽しませてもらおうか」

 

 

蔵前さんの口元が醜悪に歪む。本性を表したのか。目の前にご馳走を置かれた獣のように歓喜を露わにしていた。

 

それを静かに見つめる。頭は冷え切っていた。だけれども心の奥底からじわりと熱が湧き上がってきて身体が熱くなるようだった。

 

私は赤木さんに追い付いていない。それはこの間の「9」で思い知った。ギャンブルに生涯を費やしてきたこの人に私はまだ勝てない。

 

運命は変えるつもりだ。自分の手で終わらせるなんてそんな未来を迎えるつもりはない。

 

だけれどもそんな世界がやって来たときのために、納得できない結末を捩じ伏せるだけの力を持っていたい。

 

手に入れよう、今この場で。神様を捕まえる力を掴み取る。

 

 




主人公 : 蓮
恋人 : 森田
ヒロイン : 赤木さん←重要


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神様に続く道

誠京麻雀が始まった。最初にルールを説明されて箱にお金を投げ入れる人材をひとりつけられる。

 

私が麻雀に集中できるようにという心遣いだ。まあ確かにいちいちお金を入れるのもめんどくさいしこれは有り難いかな?

 

だけれども私の手が見える位置には立たないように頼んでおいた。ここにいるのは全員蔵前さん側の人間だ。信用はしないでおいたほうがいいだろう。

 

卓に座ったのは蔵前さんと私、それから石井さんという人と私をここまで連れて来てくれた紳士風の男性、袋井さんの4人だ。

 

『横の2人はただの数合わせで君とわしの勝負だ』と蔵前さんはいうがそれも信用しない。どう言い繕おうとやはり向こう側の人間なんだしいざとなれば何のためらいもなく蔵前さんの勝利のために動くだろう。

 

3対1、初めからそういう風に思っておこう。まあ確かにちょっと不利かもしれないけど赤木さんと天さんとひろさんの3人と麻雀するよりはしんどくないだろう。

 

あの人たちと勝負すると個人戦のはずなのに時々示し合わせて来たように3人で私を狙い撃ちしてくるからね。なんで超人3人が全員私を倒そうとしてくるんでしょうかね。こちらはただの一般的女子高生なのだからもっと優しくしてくれてもいいと思います。

 

ということで蔵前さんの腕前が赤木さん並みってこともないと思うし麻雀のメンツ的には問題はないと思う。やはり1番大変なのは蔵前さんの持つ圧倒的な財力だろう。

 

誠京麻雀ではお金があれば色々なことができる。例えば隣の牌をつもり直すことができたり王牌を開けたり、ツモるための金銭を吊り上げて強引に相手を下ろさせたりとかなり有利に勝負を進められる。

 

そうすると私の15億という金額はかなり心許ない。人ひとりの生涯年収が2億と言われている中で15億という値は充分すぎる価値をつけてもらったとは思っているけどこの誠京を戦うためにはとても足りない。

 

このゲームにおいてお金はメモリの役割でしかないのだ。商店街の福引きを引くみたいに牌をツモるために必要なチケットでしかない。だけれども無くなれば負ける。牌がツモれなければ麻雀で勝ち目はない。

 

ただ単に卓を回すだけならば15億という金額でも問題はないのかもしれない。ひとツモが200万とか400万なら半荘3回くらいはできるだろう。

 

だけれどもそれになんの意味がある?私がこの勝負を受けたのは蔵前さんと真剣勝負をするためだ。ただ牌をツモるだけの麻雀では意味がないのだ。

 

赤木さんはそうだった。損得なんて考えていない。ただ純粋に勝負のみに全てを注ぎ込んでいた。

 

いくらかの金を毟ればいいのではないのだ。限度いっぱいまで行く。蔵前 仁の持ち得る財産3兆円それを全て攫う。

 

それだけが勝利であり後はすべて敗北だ。これは互いの人生を賭けたギャンブルなのだ。

 

だからこれでは届かない。15億という金銭で3兆という資産を全て奪うのは無理だろう。

 

最低50億、たぶんそれくらいなければ勝負の場にも立てない。資産ランキングで名を連ねる蔵前 仁を吹き飛ばすにはそれくらいの火薬はいる。

 

だからこの半荘はそれを手にすることに目指そう。ここで50億攫う。

 

私の資金である15億、その3倍以上の金額をこの一回の半荘で掴み取るんだ。

 

卓が動き牌を積み上げる。山から自分の牌を取り手牌を開ける。2シャンテン、悪くない手だ。

 

だけれどもこれではダメだ。蔵前さんから50億攫おうと思ったら単に手が良いだけではうまくいかない。

 

おそらくこの手は和了れない。向こうの方が先、資金に際限のない蔵前さんは2度ツモを多用してくるだろう。

 

そして12巡目くらいにツモり合いになって負ける。その結果数千万という貴重な金を失う。この麻雀で勝負の場に立つ為に必要な金を無意味に失う。

 

それは最悪なことである。私がこの戦いに勝つ為に1番ネックになるものはやはり資金だ。それをただ消費してしまうほど劣悪なことはない。

 

蔵前さん達が牌をツモり捨てていく。私の番が来たが手は動かない。うん、ここは、

 

 

「どうかしたか?蓮さんの番だぞ?」

 

 

「……降ります」

 

 

パタンと手牌を伏せる。1度もツモることなく降りた私を見て蔵前さんは目を丸くした。

 

 

「どうした?いくら手が悪くてもツモによってはいくらでも張り直しがきくのが麻雀だぞ?1度もツモらず降りてもいいのか?」

 

 

「ええ、この手は和了できません」

 

 

「そうか。まあ余程悪い手だったのだろう。それなら我々はゆっくりと打たせてもらおう」

 

 

私を残して淡々と場が進んでいく。

 

2シャンテンだった。でもこの手では意味がない。行ったとしてもただ傷を負うだけの戦いになる。

 

今は耐える時。耐えて耐えて、行く時は最後まで行く。相手の喉元に刃を突き立てその首を落とすところまでやりきる。

 

あるのは0か100だ。全てを失うか全てを得るのかただそれだけの2択でいい。

 

場が回る。次もその次も私は勝負に参加しなかった。

 

そして親番が回って来た。

 

親はとても大切だ。親にはツモを引き上げる権利がある。このままひとツモ100万のままでは永遠に蔵前さんの財産を奪うことなんて出来ないのだから何処かで場代を吊り上げる必要がある。

 

それを最初から行使できるというのだから願ってもない。このゲームを制するには親番でうまく動かなくてはならない。だけど、

 

 

「降ります」

 

 

「……どういうつもりだ蓮さん。手が悪いから降りるのは確かに君の勝手だが、ここまで1度も勝負せず、しかも親番まで降りるだと?君は勝負する気はあるのか?」

 

 

パタリと手牌を伏せ親番を辞退すると蔵前さんが怒気を含ませた声でそういう。まあこれは当然の反応ですよね。私は1度も勝負せずに降り続けているのだから側から見れば尻尾巻いて逃げようとしているとしか思えないだろう。でも、

 

 

「勝負するつもりはありますよ」

 

 

「しかし、現実として君は1度もツモることなく降りているではないか。これではとても勝負とはいえん。初めから森田くんが来るまで時間を稼ぐつもりだったということか?」

 

 

「いえ、私は勝つつもりです。貴方の全財産をさらいますよ」

 

 

どうせやり切るつもりなのでこちらの思惑を伝える。その瞬間蔵前さんは目を見開きピタリと動きを止める。

 

そしてそのままマジマジと私を見つめてきた。それは何を言われたか理解できないというような顔だった。

 

 

「本気で言っているのか?わしの財産をさらうなど、いくらあると思っている?」

 

 

「三兆円ほどですよね。確かに膨大ですがそれだけ取らなければ貴方が破滅しない。仕方ないことです」

 

 

淡々とそういうとこちらが本気だとわかったのかみるみる顔が赤くなっていく。おそらく怒りがこみ上げて来ているのだろう。

 

 

「馬鹿なッ…!わしを誰だと思っているのだッ!この国でこれ程までの財を積み上げたわしからすべての金を奪うだと?そんな馬鹿馬鹿しい話があるわけがないっ!貴様、ことの重要性をわかっているのかッ!」

 

 

「勿論です。蔵前さんが莫大な財と絶大な力を持っているのは知ってます。だからこそ貴方を倒そうと思ったんですから。私には必要なのです。運命を捩じ伏せる力を手に入れるためには貴方に勝たなければならない」

 

 

怒りに表情を歪ませる蔵前さんにそう告げる。蔵前さんがとんでもない財産と力を持った超越者であることは知っている。まさにこの国の金庫、経済を支える大黒柱といっても過言ではない人物だろう。

 

だからいいんだ。蔵前さんは間違いなくあの鷲巣さんに並ぶ超人で狂人だ。

 

赤木さんの勝てなかった巨大な金の城を築き上げた狂った老人を倒すことができたら、

 

私は……赤木さんを超えられるかもしれない。

 

 

「それだけ尊大なことを言ったのだ。このまま逃げ続けるなど許さん。逃げられぬ楔、条件をつけるぞ」

 

 

「条件?」

 

 

「クククッ、そうだ。このわしの財産をすべて奪うなどとぬかしたんだ。まさかこの半荘を落とすなどあるまい。この半荘でトップを取れなければ蓮さん、君の負けということにしよう。残金がいくらあろうと関係ない。それで問題ないだろう?」

 

 

蔵前さんがニタリと笑いながらそういう。新しく付け加えられたのは私がトップを取れなければ負けだという条件。

 

局も半分終わっているというのに急に追加されたのは私が一方的に不利になるルールだった。

 

呑む必要はない。これはただの向こうの言いがかりだ。こちらから譲歩する謂れは全くないのだろう。だけど、

 

 

「構いませんよ。この半荘取れなければ私の負けということで」

 

 

「ククッ、そうか。後で後悔しないことだな」

 

 

蔵前さんが部下に合図を出し再び局が回り始める。

 

向こうの要求なんて認める必要はなかったのかもしれない。これで退路はなくなった。残る南場でトップを取らなければ飼い殺しの人生が待っている。

 

でも退路はいらなかった。負けたら終わり、それくらいでちょうど良かった。

 

神様を超える為には戻り道など必要ないのだ。

 

だから勝つよ。蔵前さん、貴方を倒す。

 

この道の先にきっと神様が待っているから。

 

 

 




次は蔵前視点


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足音

※蔵前視点

 

このわしの財産を全て攫うだと?馬鹿な、わしはここまで勝ちを積み上げ続けてきたんだぞ?それをこんな小娘に奪われるなどあり得ないことだ。

 

森田の恋人だと名乗ってこの場を訪れたのはまだ制服に身を包む白髪の少女だった。大方、森田くんのことが心配で様子を見にきたのだろうが飛んで火に入る夏の虫とはまさにこのこと。いい駒が手に入ったとほくそ笑む。

 

わずかな金を餌に娘を勝負の場に引きずりあげる。金を絞りあげればそれがそのまま森田くんの負債となりさらに金を巻き上げられる。

 

いや、そのままこの少女を手にしておくのも面白いかもしれない。恋人がこちらの手に落ちたとわかれば森田くんにプレッシャーを与えることが出来るだろう。

 

勿論この少女が本当は森田くんの恋人でない可能性もある。だが、それならそれで構わない。まだ若い少女を飼ったことはなかったからどのような反応をしてくれるのか実に楽しみである。10代半ばの少女につける値段として15億というのは安すぎる値段だ。

 

どう転んでもわしに損はない。この少女を手中に収めこれからのゲームを有利に進める。それだけのことだ。

 

わしの体制は盤石だった。負ける要素などどこにもない。

 

ただ、少し、ほんの少しだけ気にかかることがあるとすれば……、

 

年若い少女というには瞳があまりに強すぎるような気がした。

 

 

少女は蓮と名乗った。そうして誠京麻雀が始まる。

 

基本的に金を持たぬ者に勝ち目はない。逃げられないように最初は緩く締め最終的にはすべて搾り取る。

 

いつも通り勝ちのパターン、今回もこの手順で小娘ひとりを絡め取ろうとしたが予想外のことが起こった。

 

蓮が最初から局を降りたのだ。

 

この麻雀では降りることでツモ代を支払う必要がなくなる。だが、だからといって1巡目から降りることもあるまい。

 

どんなに酷い手だろうが3度良いところをツモれば纏まりはする。いくら金が惜しいからといっても1巡目はまだ100万、手持ちが15億であることを考えれば大した損失ではない。

 

 

『1度もツモらず降りてもいいのか?』

 

 

『ええ、この手は和了できません』

 

 

本人に確認しても意思は変わらないらしい。今まで色々な打ち手とこの誠京麻雀で勝負してきたがここまで思い切りの良い相手は初めてだ。

 

薄っすらとした違和感がある。この娘は今まで打ってきた者たちと違うのか?

 

その後も蓮は降り続けた。わしの親も石井の親も、そして……自身の親でさえ。

 

 

『……どういうつもりだ蓮さん。手が悪いから降りるのは確かに君の勝手だが、ここまで1度も勝負せず、しかも親番まで降りるだと?君は勝負する気はあるのか?』

 

 

 

『勝負するつもりはありますよ』

 

 

もしかしたら時間稼ぎをしているのかもしれない。はなから勝負する気などなく森田が来るのをひたすら待っているだけなのかと問うと勝負する気はあるという。

 

馬鹿な。ここまで降り続けていったいどうやって勝つというのか。

 

挙句、わしのこれまで築き上げた財をすべてさらうなどと抜かし始める。この娘はわしを誰だと思っているのだ。

 

本来ならば話すことも叶わないはるか雲の上の存在、天上人だ。そのわしを地に降ろすだと?そんなことできるわけがない。

 

大言を吐いた代償にこの半荘で取れなければ負けというルールを提示する。

 

もし本気でわしを奪りに来たというのならばこの半荘でトップを取るなど当たり前のこと、

 

向こうが何を言おうと認めさせるつもりだった提案はあっさりと呑まれた。蓮はこの半荘で勝てなければ負けでいいとはっきりとそういった。

 

なんと愚かなことだ。もうすでに蓮とわしの点数差は2万点を超えているし残る機会もあと南場しか残っていない。

 

莫大な資金を持っているわしは場代を吊り上げることも二度ツモすることもいくらでもできる。

 

それなのにこの娘は本気でわしに勝つつもりなのか?

 

しかしその後も蓮は降り続けた。南場になって局が進むがすべて最初の牌をツモる前に降りる。

 

蓮に金銭的損失はないが点棒の差は4万以上あった。そして蓮が降りた南3局もわしは好調で僅か5巡目でリーチ。しかも二度ツモにより一発でツモ和了る。

 

3900の手が裏も乗り満貫まで跳ね上がる。蓮との差を最終的に55800点に広げることができた。

 

そしてついに南4局となった。この局ですべてが終わり。ラス親は……蓮だ。

 

 

「クククッ。さて、蓮さん。この半荘もこれで終わりとなる。わかっておるだろうな?もし負ければ15億全て没収、そして蓮さんには飼い殺しの人生が待っておる。まさかこの局まで降りるなんてことは言わないだろうな?」

 

 

「勿論。この局は勝負しますよ」

 

 

手牌を開いた蓮が1枚の牌に手をかける。どうやら本当にやる気はあるらしい。

 

だがここからどうやって勝つつもりだ?蓮が親だとはいえ、そんなものは軽く流してしまえばそれでしまいだ。袋井も石井もこちら側の人間、和了するだけならば難しくない。

 

3対1という圧倒的に不利な状況で負ければ人間としての暮らしを失う。普通の人間に乗り切れる局面ではない。

 

そう、普通ではダメだ。ただの人間にこの状況をなんとかできるわけがない。

 

この場を乗り切る為に必要なもの、それは圧倒的な才だ。他を凌駕し寄せ付けない天賦の才、そして牌を引き寄せ捩じ伏せる唸るような剛運、そういったものがなければならない。

 

いや、それだけでは足りない。才能と運があるのは当たり前、その上で狂っていなければならない。人間的にどこか壊れている、そうでなければこの誠京麻雀を制することなどできないだろう。

 

それを蓮、貴様が出来るというのか?こんな小娘にそんな力があるのいうのか?

 

 

「場代、アップします」

 

 

牌を切るとともに蓮がそう宣言した。場代を上げるということは手は良いのだろうか。いや、どうせこの局で終わりだからとヤケになっているだけかもしれん。

 

どちらにしろ場代をあげられて困ることなどこちらにはない。好きなだけあげていけばいい。

 

蓮はその後も場代を上げ続けた。200万を400万に、400万を800万に……、

 

蓮はかなり手が速そうだ。3巡目で既に中張牌を捨てている。

 

だがわしの手も悪くない。中を袋井に切らせ早上がりの特急券を手にした。既にイーシャンテン、二度ツモもできるし2巡以内には聴牌するだろう。

 

場が進む。そして、場代が1億2800万になった時、先に動いたのは蓮だった。

 

 

「リーチ」

 

 

蓮がリー棒を放る。カランとそれが卓の上に乗せられたのを見て心の中で舌打ちをする。

 

くっ、わしの方が遅かったか。最終局、手が入らず無意味に死ぬということはなかったらしい。

 

まあ構わない。ここから和了するのが大変なのが麻雀だ。

 

特に誠京麻雀では資産力が物をいう。こちらがいくらでも二度ツモできるのに対して向こうは13億7300万しかない。二度ツモするにしても3度が限度、そうそう和了まい。

 

この麻雀で二度ツモができないとはかなり不利なことだ。ツモる機会が多ければそれだけ和了できる可能性が高くなる。

 

そう、蓮はやり過ぎたのだ。何が何でも勝ちたいというならば場代をここまであげるべきではなかった。そのせいで二度ツモを失い自分の手に制限をかけた。

 

クククッ、そう思うと楽しいものだな。当たり牌を掴めず苦しみもがく蓮の姿が目に浮かぶようだ。

 

まさかたかが聴牌した程度でわしを出し抜いたとは思っていまい。こっちはわしの二度ツモは勿論、袋井や石井に必要牌を切らせることも振り込ませることもできる。わしの優位は変わらない。

 

そしてわしの手番となる。1度目引いたのは不要牌。当然二度ツモだ。場代が1億を越えようと何の問題もない。その程度の端金でわしの足を止めることはできん。

 

引いたのは三筒、欲しかったカンチャン牌だ。これでわしも聴牌となる。

 

なんだ、結局わしも引いてしまうのか。まあそれも当然だな。ここまで財を積み上げてきたわしに運がないなどそのようなことあるはずがないのだ。

 

石井と袋井にわしのロン牌を持っているか確認すると石井は持っていないが袋井は三・六萬を抱えているらしい。

 

さて、これで支度は整った。ここで和了しトドメを刺すのも、刻々と敗北が近づき苦しむ蓮の姿を観戦するのも自由となった。

 

クククッ、あれだけわしに大見え切ったのだ。すぐ殺してしまうのは少々勿体ないな。ジワジワとツモることが出来ず苦しむ蓮を見るのも一興だ。

 

いや、だがそれは奴に勝つチャンスを与えることでもある。蓮はただの小娘にしては纏うオーラが落ち着き過ぎていて不気味だ。

 

優勢と勝利はあまりに違う。嬲るならば後でいくらでもできるのだ。ここは勝ちを確定しておくべきか?

 

 

「貴方に迷う選択肢はありませんよ」

 

 

次の袋井の手番に振り込ませるかどうか悩んでいると凛とした声が辺りに響く。

 

顔を上げると蓮が真っ直ぐとわしを見つめていた。

 

 

「何のことかね、蓮さん。わしが何を迷っているというのだ?」

 

 

「袋井さんに振り込ませるかどうか迷っていたんですよね。無駄ですよ。もう貴方がたの手番は回ってきませんから」

 

 

視線に射抜かれる。蓮ははっきりとした眼差しでこちらを見ていた。

 

わしが聴牌したことも袋井に振り込ませようとしていることも全て見透かされているらしい。馬鹿な、何故バレたというのだ。

 

そういって蓮が山に手を伸ばす。だけれども掴んだ牌がおかしかった。

 

本来の牌の隣を蓮は掴んでいた。

 

 

「二度ツモします」

 

 

「……二度ツモは構わないが何故まず普通にツモらない?そこでロン牌をツモれれば不必要な金を払う必要がなくなるぞ?」

 

 

そう、蓮は二度ツモをしようとしていたのだ。一度目の牌をツモらずいきなり二度ツモを仕掛けた。

 

そんなことをするメリットは全くない。二度ツモは場代の3倍、高騰しているこの場でできればそれは払いたくないだろう。

 

自分の手番でツモれるならばそれに越したことはない。それなのに何故当然の権利を手放す?

 

 

「だってそうしなければ意味がないじゃないですか」

 

 

「意味がない?何の意味がないというのだ?」

 

 

「リーチしてから最初に引いたからこそ価値があるのです。だから“一発”っていうんですよね?一回で引けなければ意味がない。それが二度ツモだろうとも、」

 

 

蓮が引いた牌を表にする。そしてそのままツモ、と言って自分の手を倒した。

 

開かれた手牌を見て唖然とする。蓮は和了っていた。二度ツモした牌で確かに和了していた。

 

蓮にはこれがわかっていたというのか?次にツモる牌が、二度ツモすれば1度目で和了できるとわかっていたのか?

 

馬鹿な、そんなことが何故わかる。これはわしが用意した牌で印をつけたような形跡もない。

 

まさか牌が透けて見えたとでもいうのか?馬鹿馬鹿しい、そんな非科学的なことがあるわけがない。

 

だが、何かが噛み合わない。これはただ一方的に金を持たない弱者を嬲るだけのゲームのはずだ。

 

そうであるはずなのに何故蓮は今までの獲物と同じように動かない?無闇に金を浪費し怯え逃げ惑い、最後に無謀を勇気だと勘違いし死地に飛び込むのがこの誠京麻雀に挑んだ者の末路だ。

 

だが、蓮はそうでない。流れが悪いと思えばスッパリと諦める。未練を残さない。そしてこのゲームを続けるにあたり最も大切な金を守り切る。

 

蓮は緩まない。機が来れば場代を上げわしから金を絞り出す。そしてその上、牌を透かしたかのような闘牌で和了を攫われる。

 

なんなんだこいつは。今までわしが殺してきた人間とはあまりにも違いすぎる。

 

改めて蓮を見つめる。その顔からは何の感情も読み取れず無表情だった。

 

だが、瞳には計り知れない熱が宿っていた。

 

常軌を逸していた。俗人とは異なる理をこの娘は持っている。

 

背筋に嫌な汗をかいていた。そう、異常者。この娘は何処かが狂っている。

 

感じたことのない悪寒に背筋が凍る。ヒタヒタと、耳元で何者かの足音を聞いた気がした。



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交差

 

取り敢えず、まずひとつ、和了を決める。

 

えっと、リー即ツモ、平和一盃口ドラ1だからハネ満?

 

あ、裏載っているや。ドラ3だから倍満か。8000オールですね。これで蔵前さんとの差は23800。

 

点棒を支払う蔵前さんは苦虫を噛み殺したような顔をしている。55800点あった優位が23800点になったらそれはそんな顔にもなっちゃうよね。でも負けると私の人生が終了するので手は緩めません。飼い殺しの人生は嫌です。

 

ここまでの7局を犠牲にしたせいで遥か彼方だった蔵前さんの背中が、やっと見えた。直撃ならマンガン、ツモならハネ満で逆転、射程圏内だ。

 

だけども気持ちを切ってはいけない。そのせいで神様を取り逃がしたことがある。最後の最後の決着がつくまでわからないのか勝負なのだと身を持って知っている。

 

それに変わらず追い詰められているのは私なのだ。今は南4局でラス親、終わればそれで敗北。トップを取れなければ敗北というルールなのだから和了できなければそれで終わりだ。

 

では、ただ和了すればいいかというとそれも違う。蔵前さんから五十億以上の金を毟り取ろうというのだ。そんな緩い気持ちでやり切れるわけがない。

 

立ち止まることは許されない。アクセルは踏み続ける。限度いっぱい行く。そうして初めて蔵前さんを追い詰めることができるのだ。

 

小さな和了を繰り返して親番を維持しようとは考えない。この局で勝ちに行く。23800という点差をひっくり返し五十億を奪い取る。卓は3対1だ。場は私に不利でそれは途方もなく大変なことだろう。

 

次の局が正念場だ。総資産3兆円という巨大な城を築き上げた老人、蔵前 仁を倒せるかどうかは次の局に掛かっている。

 

たぶん、素直な手はこない。不要牌を整理するうちに聴牌し和了を得ると言った手は来てくれない。今はそういう局面ではない。

 

だけれども手が入らないということもないだろう。前局和了したのは私だ。だから流れは私にあるだろう。

 

南4局、1本場。私が親だから最初に牌を取って行く。

 

全員がツモり終わり手を開けた。私も自分の手元に視線を向けた。そして、思わず笑みが零れた。

 

なるほど、この手は劇薬だ。扱いを間違えたら殺されるのは私だろう。

 

今、私は試されている。本当に蔵前に勝つ気があるのかと聞かれているのだ。

 

私の中にある1番の想いは何だろう。学校に行きたい。恋したい。青春を送りたい。全部本心だ。私は平穏な日常を望んでいる。

 

だけれどもたったひとつの願いがそのすべてを凌駕する。全てを賭けることができるのは、私が本当に心から思うことはただひとつしかない。

 

神様を捕まえたいのだ。ただひとつを選ぶのならそれでいい。

 

リー棒を手にする。だから迷うことはないのだ。あの高みに届くための選択をする。

 

そして北を掴みリー棒とともに河に横向けて置いた。

 

 

「リーチ」

 

 

河に置かれた牌を見て驚く蔵前をしっかりと見つめる。さあ、賽は投げられた。

 

私の残りの資金は9億8900万、緩めるつもりはないからツモることができるのは9巡目までだ。

 

私がバーストするか、9巡目までに蔵前さんたちに先に和了されたらゲームオーバー。

 

これで私が神様に追いつけるか決まるのだ。

 

その時ぽんっと肩に手を置かれる。振り返ってその手の先を見れば……、

 

肩で息をする私の恋人の姿があった。

 

 

※森田視点

 

 

俺達の命を担保にして始まった誠京麻雀で俺は惨敗を喫していた。

 

手持ちの500億の約半分を失い、俺自身も勝負の感覚を失いかけている。

 

銀さんが機転を利かせてくれて時間の猶予を得ることが出来たが俺にはまだ見つけることができていない。

 

この誠京麻雀を制するために必要な心のあり方を。

 

やってみたからわかる。この誠京麻雀では利を追ってはいけないのだ。

 

理性的ではいけない。損得勘定なんてしないでひたすら懸命でなければならない。

 

ギャンブルとは先の見えない崖から飛び降りることだと銀さん達に言ったが、まさにそれそのものだった。

 

跳ぶ時に穴の下を覗いて深さを測ってはいけない。生きたいと思ってはいけない。

 

助かりたいと思ってはいけないのだ。ただ跳ぶ。一線を踏み越え暗闇に身を躍らせなければならない。

 

だがそうするにはどうしても切れない未練を持っていた。もう一度、もう一度会いたい人がいた。

 

蓮、偶発的な運命によって引き合うことのできた俺の恋人。彼女に会いたかった。

 

蓮は不思議な人間だった。人以外のなにか、それこそ妖の類と言われても納得できそうなオーラを纏っているのに中身はごくごく普通の女の子なのだ。

 

蓮は平凡なことを好んだ。動物園へ行くと嬉しそうにアルパカの首に抱きつくし水族館に行ってイルカのショーを観るとずぶ濡れになりながら拍手をする。

 

そして、喫茶店に入って頼んだケーキセットの最後の苺をわけてあげると、目を輝かせて喜んだ。そんな普通の女の子なのだ。

 

だけれども蓮はやはり普通の人間ではない。中条や西条と破滅を賭けたギャンブルを超えてきた俺の嗅覚がそう叫ぶ。蓮は俺と同じ一線を超えた人間なのだと。

 

蓮のことが知りたい。何を思い何を抱き何を考えて生きていたのか、伊藤 蓮という人間のことを理解したかった。

 

戻れば聞こうと思っていた。そして聞いてほしいと思っている。俺の生きてきた軌跡を、そしてこれからの夢を。

 

俺は『金』と呼ばれる人間になりたい。そのために金を集める。そしてその先にある遙か高みに辿り着きたい。欲を突っ切った世界、そこに何がいるのか。

 

鬼がいるのか、仏がいるのか。……その答えは案外近くにある気がした。

 

俺ははっきり蓮のことを未練だと思っている。だけどもそれでは蔵前に勝つことはできない。

 

蔵前を倒す、その為には死を決意しなければならないのだ。

 

 

「銀さん、何か妙なことになっているぜ」

 

 

夕食の為皆で部屋に集まっていると安田さんがそんなことを言いながら入ってきた。

 

 

「何かあったのか?」

 

 

「今、蔵前が別の奴と麻雀勝負しているんだよ」

 

 

「別の奴?俺達以外に誰かきたのか?」

 

 

その瞬間、ドクンと俺の胸が高鳴った。別の誰かが誠京麻雀をしている。何故だろう、その言葉を聞いた瞬間、白髪が頭にちらつく。

 

この場所のことを俺は話していない。それどころか何をするかも俺は言わずにやってきた。だから彼女がここにくるはずなんてない。ないはずなんだが、

 

何故か最初に浮かんだビジョンが頭から消えない。蔵前の対面に座るのは白銀の髪を揺らすあの子なんじゃないかって。

 

 

「どんな奴だ?」

 

 

「若い女だよ。ひょっとしたら高校生くらいかもしれねぇ。確か名前は……、」

 

 

レン、という言葉を聞いた瞬間俺は走り出していた。後ろで『おい、森田ッ!?』と呼び止める安田さんの声が聞こえたが足は止まらなかった。

 

まさか、まさかまさかっ!本当に彼女がいるのか?!

 

何処か浮世離れした子だった。でも平穏を愛する子だった。

 

そんな彼女がこの狂気が乱舞する蔵前の賭場に足を踏み入れたというのか?

 

走る。走って走って扉を開ける。

 

そこには、いつも見慣れた小柄な後ろ姿があった。

 

信じられない気持ちだった。ふらふらとした足取りで駆け寄り肩に手を置いた。

 

そして振り返ったガラス玉のような瞳と目が合う。

 

 

「蓮、何故ここに……」

 

 

気付けば言葉が漏れていた。ああ、そうだ。やっぱりそうだった。

 

そこに座っていたのは俺の恋人の蓮だった。

 

振り返った蓮は俺の姿を見ると少しだけ目を見開く。そして、静かに口元を緩めた。

 

 

「やあ、森田さん。思ったより早く会えたね」

 

 

そう言って蓮は笑った。

 

この狂気の渦巻く地下娯楽施設で不釣り合いなほど蓮の笑みは綺麗だった。

 

 



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彼方

 

※森田視点

 

 

「クククッ、そうかそうか。本当に森田くんの恋人だったか。それは僥倖。そうであるからこそわしの出す15億という大金と釣り合うというものだ」

 

 

「……蔵前、これはどういうことだ。何故蓮がここにいる?」

 

 

クツクツと笑う蔵前を睨みつける。俺は蓮に居場所を伝えていない。ということはまさか蔵前が俺にプレッシャーを与える為に蓮を連れてきたのか?

 

 

「わしは何もしとらんよ。君に会いにわざわざ来てくれたそうだ。森田くんは実に良い恋人をお持ちのようだな」

 

 

「そうなのか、蓮?」

 

 

こくりと蓮が頷く。蔵前が連れて来たわけではないのか。

 

なら何故蓮はこの場所がわかったんだ?

 

とても表に出せないダーティな世界、まともに生きていてこの場所を知る術はない。

 

やはり蓮は裏社会に繋がる何かを持っている。俺の直感は間違っていなかった。

 

ならば蓮は何者なのか?この歳でアンダーグラウンドなこの世界を覗き見ている。一体今までどんな人生を送ってきたというのだろうか。

 

 

「さて、そろそろ場を再開させよう。わしのツモからだな」

 

 

蔵前がツモり牌を捨てる。落ち着け、今は蓮が何者なのかを気にかけている場合ではない。まずはこの勝負を勝ち切らないといけない。

 

蓮の金を投げ入れる係を代わってもらい後ろから観戦する。

 

まず、今は南4局。蓮はラス親か。蔵前との点差は23800。厳しい点差だが幸い親だ。連荘に連荘を重ねれば逆転ということも充分に考えられる。

 

おまけに蓮の流れも悪くない。初手からダブリーか。手は七対子、ツモればマンガン、裏まで乗ればハネ満だ。この局で逆転の可能性まである。

 

さて、それで肝心の待ちは、と思ったところで背筋が凍る。

 

蓮の手は七対子、待ちは北だ。その北が蓮の河の1番最初に横向けて置いてある。

 

なんだこれは。最初から北があったんだろ?ってことはもしかして、

 

……蓮は天和だったんじゃないのか?

 

驚きで声が漏れそうなのをなんとか留める。馬鹿な。何故役満をハナから捨てるような打ち方をするのだ?和了すれば親の役満で48000、何の問題もなくトップだ。

 

それを何故拾わない?おまけにフリテンリーチだから他の人からも和了できない。ツモ以外に和了する手段はない。

 

何故こんな理に沿わない打ち方をするのだ?勝ちを拾えばいい。自らの利を捨てることに何の意味がある?

 

俺の内心を知らない蓮は淡々と牌をツモっていく。そして自分の番が来る度に場代を上げていった。

 

200万が400万に、400万が800万に……

 

そしてひとツモ6400万となる。蓮はどこまで吊り上げるのだ?

 

蓮の残りの資金は8億くらい、正直もうやり過ぎだ。このペースだとギリギリ海底までいけるというもの。二度ツモをすることを考えるとすでに足りない。

 

最後の親ということで突っ込みたい気持ちはわかるがこれではその前に蓮がバーストする。ここは一旦緩めるべきところではないのか?

 

 

「場代、アップします。1.28」

 

 

「ちょっと、待て蓮!」

 

 

にも関わらず再び場代をあげる蓮に思わず静止の声をかける。1億2800万、それはいくらなんでもやり過ぎだ。

 

そんなことすればあと6巡しかツモることができない。蓮はツモ和了しかできないのだ。そう考えると6巡はいくらなんでも少ない。

 

ここで留まるのも勇気だ。蔵前たちが和了できなければ親の連チャンもできる。今は耐えて少しでも希望を繋ぐべきだ。

 

だがその瞬間振り返った蓮と目が合う。

 

蓮の瞳には何の欲も焦りも映っていなかった。ただただどこまでも透き通っている。

 

 

「森田さん、これはギャンブルだよ」

 

 

「それは勿論だが不要なリスクまで背負う必要はないだろ?アップはやり過ぎだ。ツモる牌がなくなってしまう」

 

 

「そんなことはないよ森田さん。だってギャンブルは“跳ぶ”ことなんだから」

 

 

そう静かに笑みを作る蓮に俺は身体からスッーと血の気が引くのを感じた。それは、俺の言葉だ。銀さんにギャンブルは何かと聞かれ答えた俺の考え。それを何故蓮が知っている?

 

 

「ならアクセルは緩めるべきではない。限度いっぱい、最後まで踏み切る。その方が高く跳べるから」

 

 

そういって蓮は牌をツモ切った。

 

俺は金を投げ入れながら蓮の言葉を心の中で反覆する。

 

アクセルを緩めない方が高く跳べる。そう、ギャンブルは崖に足を踏み入れ跳ぶことだ。それならば走り切っていた方がいい。

 

走幅跳の選手のように助走をつけ全速力で走る。そして最後の一歩を踏みしめ虚空に身を踊らす。それがギャンブル。戻り道など考えてはいけないのだ。

 

まだ17歳の少女が何故この心境に至れる。チキンランでアクセルを緩めないような闘牌、

 

蓮は覚悟が出来た人間だった。

 

 

「クククッ、これくらいの年頃の人間には良くあることだ。勇気と無謀を取り違える。まあ良い。わしはじっくり君の破滅を見守ろう」

 

 

蔵前が牌を切る。蓮の現物、蔵前は降りた。どうせ蔵前から和了することができないのだから降りてくれるのは有難いが、正直そんなことは些細なことだ。

 

問題はただ一つ、蓮がこの局に和了できるかどうか。

 

 

「そうだ、森田くん。そろそろ恋人にお別れを言った方がいいのではないか?蓮さんはこの半荘でトップを取れなければわしの物になるという約束なのだよ」

 

 

蔵前がにやりと笑いながらそういう。……なんだと?この半荘が取れなくとも蓮の資金が完全に0となることはない。それなのにトップを取れなければダメだとはどういうことだ。

 

 

「何のことだ蔵前。例えこの半荘が勝てなくとも資金がある限り負けではないはずだ。それで何故蓮の敗北となる?」

 

 

「実は蓮さんに条件をつけさせてもらっていてな、残り資金の有無に関わらずこの半荘でトップを取れなければ敗北となっているんだよ」

 

 

クツクツと蔵前が笑う。なんだその条件は。3対1という状況で元々不利なのにさらにトップを取らなければ敗北だと? 何故こちらが一方的にそんな不利を押し付けられなければならない。

 

 

「ふざけんな。てめえばかり勝手なこと言うんじゃねえよ。そんなこっちばかりが損する条件を何故呑まなければならない。馬鹿も休み休み言え!」

 

 

「君の意見は聞いていないよ森田くん。これはもう決定事項なのだ。それに蓮さんは構わないと言ってくれたぞ?」

 

 

蔵前が実に楽しそうにそういう。蓮が認めているだと?馬鹿な、何故そんな条件を呑んだのだ。

 

 

「本当か、蓮が」

 

 

「そうだね、この半荘取れなければ私の負けだよ」

 

 

「どうしてだ、蓮。そんなもの吞む必要はなかっただろう?何故自分を追い込むような真似をするんだ?」

 

 

そういうと蓮がこちらを振り向く。その顔には笑みが浮かんでいた。

 

 

「そんなに悪いことばかりじゃないよ。この半荘で決着がつくからこそ蔵前さんは緩んだ。何もせずとも私がパンクするのを期待して降りたんだ。我武者羅に来られれば結果はわからなかった。結局、首が絞まったのは蔵前さんの方、」

 

 

『場代、アップします』と蓮がいう。遂に来た。ひとツモ2億5600万、アップできるのもここまで。蓮の資金も残りわずかになった。

 

もう、ツモれなければ負けだ。蓮は自分を追い込みすぎた。場代を上げ続けたこともこの半荘でトップを取れなければ負けというルールを呑んだのも逃げ場をなくしている。

 

だけれどもギャンブルとはそういうものなのではないだろうか。安全を買わない。振り返らずただ前だけを見て突き進む。

 

崖からただ飛び降りる、その行為がギャンブルなのだ。

 

ポンっと肩に手を置かれた。振り返るとそこには銀さんが立っていた。

 

銀さんは笑っていた。だけれども額に汗が浮かんでいた。

 

 

「森田、俺は今お前の強運に心底震えている」

 

 

銀さんがそう言う。強運?俺の何が運がいいのだ?

 

意味を理解できない俺に向かって銀さんはゆっくりと話し始める。それは、俺の想像を超えた内容だった。

 

 

「4年程前、東と西が莫大な利権を賭けて麻雀勝負をした。日本全国から名のある打ち手が集まりしのぎを削ったが、勝ったのは当時13歳の少女だった」

 

 

……え?

 

ドクンドクンと心臓が強く脈打つのを感じた。裏社会の麻雀勝負、それに勝ったのが13歳の少女?

 

常識的に考えれば有り得ない話だ。裏プロといえば負ければ手足や命を支払わされるというとんでもない代償の中で勝ち上がって来た強者ばかり、その中で幼い少女が勝てるはずがない。

 

だけれども俺には心当たりがあった。当時13歳というならば今は17歳、死線を越えた匂いを放つ白髪の少女を俺は知っていた。

 

 

「そいつの名前は蓮。かつて裏社会トップと謳われた伝説の博徒赤木しげるの娘、そして現裏社会最強の博徒だ」

 

 

頭が真っ白になる。蓮が裏社会最強の博徒?ただ者ではないと思っていた。だけれどもそんな遠い地点の人間だとも思っていなかった。

 

その時後ろからツモ、という声が聞こえた。振り向くとそこには牌を倒す蓮の姿が見えた。

 



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選択

ダブリー・ツモ・七対子。裏が乗ってハネ満、逆転だ。

 

供託金は52億6200万。うん、目標の50億には届きましたね。これでやっとスタート地点に立つことが出来ました。

 

ここからが本番だ。50億という金額は蔵前さんにとって子どものお小遣い程度の価値しかないだろう。この程度では震えない。この程度では意味がない。

 

ここには“真剣勝負”をしにきたのだ。蔵前さんにも同じ土俵に乗ってもらわなければならない。

 

さあ、では次の半荘を、と思ったところで袋井さんがガタッと立ち上がりわなわなと震えながらこちらを指差した。

 

 

「思い出しました蔵前様!蓮とは確か裏社会でいくつもの組を潰した博徒の名前です!」

 

 

「なんじゃと?」

 

 

袋井さんがそう叫ぶ。ちょ、いきなりとんでもないことを叫ぶのはやめてもらえます?平凡な女子高生がヤクザ潰すとかそんなことできるわけがないじゃないですか。

 

まあ確かに赤木さんが喜ぶからちょくちょく賭場にいったけれども賭けたのはお金じゃなかったことも多かったし組を潰すようなことはしていないですよ。社会勉強のためにちょっと覗いただけです。

 

あ、でも赤木さんの右腕を賭けて勝負した時はやばかったかも。いきなり、『じゃあ蓮が負けたら俺の右腕やるわ』とか言い出したもんだから心臓が飛び出るんじゃないかというほど驚いた。

 

このジジイ、何勝手に人の賭け事の外馬に乗っているんだ?しかもそのときって私がボロボロに負けていて、ラス親終わった南3局でトップの人に4万点くらい負けていたはずだ。

 

完全負け戦なのに勝手に賭け金を吊り上げられてものっすごいプレッシャーだった。賭けの代償は惜しまず払う人だったから負けたら本気で腕を切り落としてしまう。私に負けるという選択はなかった。

 

そこからはとにかく必死だった。赤木さんが片腕を失うなんて絶対に嫌だったから2連続相手から直撃をぶんどりなんとか逆転する。

 

何を賭けていたのか知らないけどその後その組はなくなっていた。うん、あれってやっぱり私のせいだったのかな。いやでも赤木さんの腕とは比べられませんから仕方のない結果です。

 

ヤーさんは星の数ほどいるけど赤木さんはひとりしかいないのだ。その組に所属していたヤーさんはドンマイでした。

 

 

「確か4年前の東西戦で優勝したとも聞いています。実力は間違いなく裏社会随一。まさか森田様の恋人があの蓮だとは思いませんでしたが、とにかくまともに戦うべきではありません。幸い今のところ傷は深くありませんし、ここで撤収するのもひとつの手かと、」

 

 

「このわしに逃げろというのかっ。この王たるわしに、」

 

 

蔵前さんがわなわなと震えている。あ、まずい。まさか逃げるつもりなのだろうか。ここで逃げられると蔵前さんを倒すという目標が叶わなくなってしまう。それでは赤木さんを超える手段を失うことになる。

 

ん?でも本当に困るのだろうか?ここで逃げるようでは鷲巣さんと同等だとは言えない気がする。鷲巣さんは最後まで逃げなかった。金が尽き、血を抜かれることとなっても逃げなかった。

 

そして最後、1900という死に至る採血をすることになってもそれを受け入れた。『血などなくても生きていけるが気概がなくては生きていけない』といい致死量である血液を抜いた。

 

そんな鷲巣さんだから最後の最後に赤木さんの心を掴み勝利した。私が超えなければならないのは本物の“王”。蔵前さんは本当に王様なのだろうか?

 

 

「別に構いませんよ。退かれるなら退いていただいても。それなら勝負する価値はありませんから」

 

 

そういった瞬間、ぶわっと蔵前さんの顔が真っ赤に染め上がる。全身から溢れ出るそれは怒り、蔵前さんは怒り狂っていた。

 

 

「この、こんな小娘がわしを軽んじるというのかっ!断じて許さんッ!」

 

 

「落ち着いてくださいませ、蔵前様!それが奴の手なのです!貴方を怒らせなんとか勝負の場に引きずり出そうとしているのです!あれは本来なら関わるべきでない魑魅魍魎、悪鬼の類なのです!どうかここは何卒冷静にッ!」

 

 

怒り狂う蔵前さんをなんとか周りが諌める。なんか凄いこと言われているぞ。

 

え、ちょ、悪鬼って私のことだよね?それは言い過ぎではないですか?確かに赤木さんのDNA受け継いでいるから表情筋ニートだしなんだかんだギャンブルもしちゃっている気がするけど中身は一般的な女子高生なんです。化け物扱いは普通に傷つきます。

 

 

「何を言う袋井!誠京麻雀は金を持つ者が有利となるのだぞ?小娘が勝ったとはいえたかが50億程しかない!そんなものはわしの持つ金の圧力で踏み潰してくれるわッ!」

 

 

「しかし、蔵前様。この娘は異様です。いきなり二度ツモに行ったこともそうですが、今などは天和だったにも関わらずフリテンリーチをしたのですよ?まともではありません。どうか、ここはご自重下さいませ」

 

 

「ふんっ、そんなものは一回こっきりの奇策、手品と同じようなものだ。種がわかれば怖くない。わしはもう毛ほども緩めたりせぬ。どんな才を持っていようが金の前には無力、叩き潰してやろう」

 

 

ギリリと歯を食いしばりながら蔵前さんがそういう。どうやら降りるつもりはないらしい。

 

蔵前さんが鷲巣さんほどの王なのかはわからない。だけれどもこの人もあれだけの財を築きながら狂気に満ちている。

 

ならば戦えば間違いなくあの一夜に近づく。狂気の渦巻く生と死の境界線、その場に立つことができる。

 

 

「では勝負ということですね」

 

 

「そうやって余裕ぶっていられるのも今のうちだ。すぐに泣き喚きわしに赦しを乞うことになるぞ?カカカッ、いたぶってやる。覚悟するんだな」

 

 

血走った目で蔵前さんがそういう。場は整った。負けたら終わり、死よりも辛い代償を賭けた勝負が始まるのだ。

 

心臓がトクトクと鼓動を刻む。だけれどもこれは神様に届くチャンスを掴み取ったことでもある。

 

走り続けよう。神様に届くように、足を緩めたりしない。

 

その時ふと隣に誰かいるような気がした。顔を上げるとそこには森田さんが隣に並び立っていた。

 

 

「蓮が勝負するというのなら俺も席に着く。もともとこの勝負を始めたのは俺たちだ。文句はないだろ?」

 

 

しっかりと蔵前を見据えながら森田さんがそういう。え、まさかの森田さんの参戦?

 

 

「わしは今その小娘と勝負しているのだ。お前ごときがでしゃばって邪魔をするんじゃない。お前の相手は後でしてやるから引っ込んでおれ」

 

 

「蓮は森田の恋人、元々こちら側の陣営の者なのですから森田の参戦はそれほどおかしなことではありません。それに間も無く観戦者達が入ってきます。そこで会長が3対1でまだ少女といえる娘を痛めつけているのは少々醜聞が過ぎますよ」

 

 

「くっ、」

 

 

銀さんの言葉を受けて蔵前さんの表情が歪む。確かに大人3人で女子高生を囲んでいるのはあんまりイメージがよろしくないですよね。結局蔵前さんは森田さんの参加を許可した。

 

森田さんは私と目を合わせるように腰を落とす。その瞳には強い意志が宿っていた。

 

 

「蓮、君には俺はとても及ばないのだろう。ギャンブルにおいて君の覚悟を決めた懸命な闘牌はとても真似できない。でも恋人に全てを任せて逃げるような臆病者にもなりたくないんだ。一緒に戦わせてくれ」

 

 

森田さんの真っ直ぐな視線が私を射抜く。なんだろう、心が震える。

 

思えば誰かと共に戦うということはなかった気がする。赤木さんは家族ではあるが好敵手でもある。同じ場に座っても協力なんてしない。勝者は1人しかいない。

 

常にこの世界でひとりで戦ってきた。それが当たり前で勝利だけを目指してきた。だけれども森田さんは共に戦おうという。

 

暖かな気持ちになる。恋人として共にありたいと言ってもらえるのはとても嬉しい。

 

だけれども心の冷えた部分が冷静に訴えてくる。森田さんの参戦は私を有利にするものではないと。

 

森田さんは主人公だ。それだけでこの世界にある運命とやらの恩恵を受けることができる。主人公とは勝つようにできている。森田さんが卓にいるということは森田さんを中心に場が回るということだ。

 

それに森田さんは強運だ。卓につけば森田さんの運に牌が引き寄せられる。私の必要牌を取られ勝利を逃すかもしれない。リスクが高い。蔵前さん達3人を相手にするより森田さんの参戦の方が場が読めない。

 

だけれどもそれでいいかもしれない。ここは銀と金の世界、森田さんと蔵前さんがいる卓にこそ価値がある。

 

この道を登り進めていこう。進む道が険しいほど頂きに着いた時に得るものが大きい。

 

結末がどうなるかはわからない。だけれども精一杯戦おう。

 

恋人としても、博徒としても、それが私の選択だ。

 

 

 




蓮vs森田vs蔵前
(」・ω・)」うー!(/・ω・)/ファイ!


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一局戦

私、森田さん、蔵前さん、石井さんの4人で最後の麻雀が始まる。

 

この結果には私たちの破滅か蔵前さんの破滅かのどちらかがかけられている。それ以外はあり得ない。そこまで限度いっぱいいく。

 

掴み取りで東を引いた。サイコロを振る。私が親だ。右隣が森田さん、対面が蔵前さん、左隣が石井さんでいよいよゲームが始まる。

 

牌を取っていく。14牌、そして開いた手牌を静かに見つめる。

 

……酷い配牌だ。とても50億勝ったとは思えない配牌、手がバラバラでまとまりが無い。

 

だけれども悪いことだけでは無い。發と白が一枚ずついる。

 

私がこれだけ悪いのだ、おそらく森田さんと蔵前さんには手が入っているのだろう。そして森田さんに手が入っているといえば、それは大三元ではないのだろうか。

 

原作『銀と金』で森田さんは大三元を聴牌し蔵前さんを追い詰めた。成就はしなかったけれども銀さんの巧みな話術により3000億相当の利益を出すことに成功した。

 

もし、本当に森田さんに手が入っているというのならそれは大三元だろう。それをサポートすることのできる牌が私の手元に2つもある。だけど、

 

……これを切って鳴かせていけば私の勝利もなくなる。森田さんと蔵前さん、どちらが勝つかはわからないけど少なくとも私の勝利は無くなってしまうだろう。それでは意味がない。

 

この場に来たのは森田さんに会うためだけれどもこの席に座ったのは自分のためだ。勝ちたい。勝って神様を捕まえたい。

 

チームとして戦うなら森田さんをアシストすべきだ。だけれども私は森田さんの恋人としてここに座っているのではないのだ。

 

スタンドプレイの好きな赤木家の人間ですから、だから自分のために打つよ。

 

そう考えるとこの配牌は私の状況に合っている。良い手牌というのは流れに沿った牌が来ることを言う。トップで軽く和了れば勝ちのときにドラ3の重い手が来ても仕方ないしラスで逆転を、というときに翻牌の種がある軽い手ではダメなのだ。

 

ひとりでいい。誰の力も借りずひとりで歩いていく。鳴きを必要としないようなそんな手牌がいい。私は自分の力で掴み取る。

 

方針は決まった。ならば隠すことなど何もない。

 

自分の手牌の中で唯一面子になっている八筒を叩き切る。次の手番も次の手番も、私は八筒を手牌から切る。

 

私の河には八筒の暗刻が並んでいる。だけれどもその代わり3枚の幺九牌が手牌に来た。これで私の手の中の幺九牌は11種、

 

匂いを消すならば切り方は他にあったのかもしれない。だけれども隠す必要などないだろう。

 

狙うのは役満、国士無双だ。

 

全ての幺九牌を手元に納めることで成就する役、国士無双。鳴くことは許されない。周りに助けを求めることもできない。

 

自分の足で歩いて行こう。一歩、一歩踏み込めていく。

 

第2戦、東一局。始まったばかりの戦いだけれどもたぶんもう次局はない。この一戦ですべてが決まる。

 

勝つのは私なのか、他の誰かなのか、まだわからない。ただ、この一局は嵐のごとく荒れる気がした。

 

 

※森田視点

 

蓮は八筒の暗刻落としか。何かあるな……。

 

俺と蓮との間に途方も無い実力差があることはさっきの一戦で理解してしまった。銀さんは裏社会最強の博徒だと言っていたが本当にそうなのだろう。蓮の思考、スケールは次元が違う。

 

でもだからといって蓮ひとりに蔵前を任せるつもりはなかった。これは俺たちがふっかけた喧嘩だ。それを後から恋人に尻拭いされるような奴は男じゃねえ。

 

蓮がとてつもない博徒であることと俺が自分の命を張らないことは関係ない。俺は俺のできることをしよう。自分の力で蔵前に食らいついてやる。

 

そう思って引いて来た俺の手牌には發がふたつと白がふたつと中がひとつ。役満、大三元の種が5つも入っていた。

 

ドクンと心臓が高まるのを感じた。まだ場は始まったばかり、これは東一局であるがもうここが勝負の場であると感じた。この一局ですべてが決まる。

 

ここが俺の死に場所かもしれない。蓮は俺の隣にいる。もう未練はない。勝てなければ死ぬ、そういった心構えで臨もう。

 

ギャンブルはただ跳ぶこと、そう改めて蓮に教えられた。

 

賢明であることはもうやめよう。ここで蔵前を捕まえることが出来なければ胸を刺して死のう。

 

銀さんに先ほどもらったナイフを今ならば躊躇いなく使える気がした。

 

さて、それで、蓮の八筒の暗刻落とし。チャンタか染め手か、それとも素直に読むなら国士無双か……。

 

大三元は鳴いても問題のない役だ。そして悟られれば相手からは絶対に鳴くことのできない役でもある。味方の蓮に入っていればかなり有利に進めることができる。

 

だけれども、もし蓮が国士無双を狙っているというのならば白發中を出させることは蓮の手を失わせることを意味する。蓮の奇跡の闘牌を俺が潰してしまうことになる。

 

俺は何のためにこの席に着いた?蓮の足を引っ張るためか?違うだろ。自分の力で蔵前を倒すためにここにいるのだ。

 

サインは決めていないがその気になれば蓮に白發中を捨てて欲しいと伝えるのは難しくない。俺の後ろには仲間がいる。西条がやっていたように背中にサインを書き込んでもらえれば伝えることは難しくない。

 

だけれども俺はそれをしない。蓮を頼らない。俺自身の力でこの手を完成させてみせる。それに命を注ぎ込もう。

 

蓮、君がどんな人間だとしても俺は隣に並び立っていたい。

 

足は止めない。走り続けていく。

 

大きく、跳ぶために。

 



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※蔵前視点

 

小賢しくも何か企んでいるのか?そのようなもの何度も通用したりはせぬ。捩じ伏せてやる。そして。わしが絶対的な王であることをわからせてやろう。

 

先程の半荘は蓮という小娘にしてやられて50億ほど奪われてしまったが大したことはない。わしの総資産から考えればあんなものは雀の涙程度のこと、依然としてわしが有利なのだ。あんな小娘に負ける要素など何処にもない。

 

だが袋井はあの小娘が危険だから引けという。名のある博徒を数多く倒し裏社会で最強と謳われる蓮、奴にはわしの財産をさらう可能性があると。

 

わしも裏社会で勝ち続ける娘がいるという噂を耳にしたことくらいはあった。まさかその娘が森田の恋人になり、わしの目の前に現れるとは思わなかったがそれでもなおわしが負けるはずがないのだ。

 

あの小娘が勝った負けたと言っているのは所詮数億の金に一喜一憂する世界のこと、わしとは住む世界が違いすぎたのだ。

 

確かにあの蓮という娘の腕は中々のものなのかもしれん。まるで牌の動きが見えているかのような打ち方にわしの金を絞るため自分の利を捨てるという判断力、常人のものではない。

 

わしが今まで喰らい尽くしてきた奴らと違うというのは納得せざるをえない。

 

同じ土俵ならば勝てないだろう。何の変哲もないルールに数億の賭け金、それだけならばわしは勝てなかったかもしれない。純粋な雀力ならば向こうの方が上、それは認めても構わない。

 

だがこと誠京麻雀においてはわしの方が上、それは間違いないのだ。

 

いくら優秀な雀士であれどツモれなければ何の意味もない。蓮の持ち金はたかだか50億、ひとツモが10億20億となればそれだけでツモれなくなるのだぞ?

 

この状況でどうしてわしが負けるというのか。そんなはずがない。そんなわけがないのだ。

 

金を持たざる者は勝ち抜けぬ、それが誠京麻雀なのだ。

 

そうして始まった東一局、親はあの小娘だ。

 

蓮は何を考えたのか初手に八筒を捨てその後も2連続八筒を捨て続けた。

 

蓮の河に八筒が暗刻で並んでいる。ふんっ、またお得意の奇策を始めたということか。

 

この小娘は何をし出すのかわかったものではない。一度もツモらず二度ツモするし天和をフリテンリーチする。

 

何をしようとしているのかわからんが仕掛けられる前にわしが和了する。そうすれば蓮が何をしようが関係ない。わしが先に和了する。それが最善だ。

 

そうして来た4巡目、引いた牌を見て思わず口元が釣り上がる。

 

萬子だ、萬子の波がわしにやってきている。

 

既に手牌13枚のうち10枚が萬子である。今引いた牌も勿論萬子、ここまでくれば聴牌まですぐだ。点数も高い。親被りで蓮の親を蹴ってくれる。

 

そうして5巡目、またしても引いてきたのは萬子、九萬だ。これで九萬は暗刻になった。

 

蓮の捨て牌には筒子が多く並んでいる。狙っているのはチャンタか染め手か、いや素直に読むなら国士無双が1番有力であろうな。しかし、既にわしの手の中には九萬が3つもある。これで国士無双を狙っているというならば蓮が和了するのはかなり難しい。

 

ただの市井を生きる蓮と王として生きるわしでは生まれ持った運量に差がありすぎるのだ。奴の必要牌はわしが呑み込んでやる。蓮の国士無双が成就する可能性は限りなく低い。

 

クククッ、ならばこの機会に金を搾り取ってやろう。残り1枚の九萬など引けるわけがない。役満という夢を追いそのまま朽ち果てるがいい。

 

さらに次順、今度は一萬を持ってくる。ここまでくると新たに見え始める役がある。

 

九萬が暗刻に一萬が2枚、そして手は1枚を除きすべて萬子。なんということだ、わしはやはり王。小娘なんぞとは格が違うのだ。

 

麻雀をやり続けて生涯に1度お目にかかれるかどうかといった役、役満九蓮宝燈が見えていた。

 

神が擦り寄ってきおったわ。わしを勝たそうと牌が寄ってくる。

 

当時小さな一企業でしかなかったこの会社をわし1人で日本有数の巨大コンツェルンに育て上げた。わしには能力がある。天運がある。これは天からの啓示、わしは役満、九蓮宝燈を和了するのだ。

 

九蓮宝燈を和了するのにキーとなるのは一萬と九萬、九萬はすでに3枚あるから後は一萬を引けばこの手は完成したも同然になる。

 

クククッ、感じるぞ。わしはツモる。おそらく次、一萬をツモり小娘に決定的な敗北を突きつけることができる。

 

だが次の瞬間、蓮が手牌から一萬を抜き河に捨てた。思わず目を疑う。

 

馬鹿な、一萬を捨てるだと?蓮は国士無双である可能性が高い。そうであるにも関わらず一萬を捨てるというのは、手の中にもう一つ一萬があるということに他ならない。

 

わしの手牌にふたつ、河にひとつ、そして蓮の手牌にひとつ一萬はある。つまり空だ。わしが一萬がツモる可能性はない。

 

いくらわしと言えども無いものはツモることは出来ない。九蓮宝燈の和了はなくなったと言える。

 

まあ仕方ない。そういうこともあるだろう。

 

だがそれで状況が悪くなったのかと言えばそうではない。手牌13枚の中で12枚が萬子、役満に縛られなくなったのだから逆に動きやすくなったと言えるだろう。

 

蓮の捨てた一萬に対して発声する。

 

 

「その一萬をポンするぞ」

 

 

対面の河から一萬を拾い手の中にあった南を捨てる。これでイーシャンテン、清一色が見えている。

 

捨て牌から見え見えの清一色であるが石井の差し込みもあるし蓮が国士を強く行けば振り込みまである。

 

この局で決着、とまではいかんが点棒で大きく差をつけることができるだろう。

 

金はいくらでもある。じわりじわりと追い詰めていけばいいのじゃ。大切なのは勝つこと、勝利を積み上げる。

 

手は好調だった。恐らく3人の中でもわしの進みが1番速い。

 

だが、何故だろう。何かが噛み合わない。

 

一萬を鳴いたのは間違いではない、残り一枚である可能性が高い牌なのだからここが手に入る最後の機会だ。

 

それに九蓮宝燈に拘らなくなった分和了しやすくなったともいえる。わしがツモ和了すれば親被りで蓮の親を蹴ることができるのだ。堅実な手をわしは選んだのだ。

 

それなのにこの焦燥はなんなのだ?わしが何かを間違えたというのか。

 

6巡目にして清一色がイーシャンテン。だが何故じゃ。

 

この手を和了できる気がしなかった。



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理外

 

私の神様は果てしなく遠い存在だ。

 

ただ強いだけじゃない。選択が上手いとか運がいいとかそういうのだけではないんだ。

 

心を奪われる。魅了され目が離せなくなる。

 

ひとつひとつの選択に血が通っているのだ。魂が宿っている。

 

世界の全てを掴み取ってしまうような奇跡の闘牌、それが神様の領域。追い付きたい。その世界に辿り着きたい。

 

だから私も高みに至れるように、自分に誇れる打ち方をしよう。

 

この局、私が狙うのは国士無双。八筒を捨てて幺九牌が3枚来た。やはりここは国士の流れ、ツモは好調だった。

 

だけれども場の流れは今、私にない気がする。森田さんも悪くないだろう。そして、蔵前さんには……圧倒的な天運が舞い降りている。

 

蔵前さんに有効牌が流れている感覚がある。このままだと和了するのはきっと蔵前さんだ。

 

流石誠京グループという絶大な企業を一代で築き上げてきた人間だ。持っているツキが太い。蔵前さんが和了するのもそう遠くない未来だろう。

 

私はこの狂った勝負は東1局で終わると思っている。全てを失うか全てを得るか、誰かが壊滅的な敗北を負うこの勝負がこの1局で終わるのだ。

 

ということは蔵前さんの手はただの染め手ではないだろう。もっと絶大で圧倒的な勝負手が入っているはずだ。

 

蔵前さんの手には萬子が集まっている……九蓮宝燈だろうか?

 

一生に一度ツモれるかというかの役、九蓮宝燈。あまりの出現率の低さに和了すれば死ぬとまで言われた希少な役だ。

 

それをこの土壇場で作り上げるというのだろうか。

 

空気がピリピリと張り詰めてきたように感じる。蔵前さんの和了が近付いてくる。

 

そして一索を引いてきた瞬間ゾワリとした感覚が身体中を駆け抜けた。

 

ああ、ダメだ。これは次に蔵前さんがツモれば敗北が確定する。

 

一索を一度置き手牌をジッと見つめる。流れを変えなければならない。変わらなければ絶対的な敗北がきてしまう。

 

だけれども私にできることは少ない。私の手牌は国士に向けて幺九牌が集まっている。私が鳴けるということはないだろう。

 

ならば誰かに鳴いてもらわなければならない。だけれどもそれならば誰に鳴いて貰えればいいんだろう?

 

ここは間違いなく分岐点だ。このままただ緩慢に流れを享受すれば私の敗北は確定するだろう。森田さんに蔵前さん、この席に座るメンツは化け物揃いだ。時の運という曖昧なものに身を委ねて勝利を手にできるほど甘くはない。

 

なら、何を切る?わかりやすいのは發か白だろう。森田さんは確実に大三元だから切れば確実に鳴いてくれるはずだ。

 

そう思いながら發に触れるがその瞬間、ふと笑みが溢れた。

 

そんな緩い手でこの後を勝ち切れるわけがないか。發か白を切れることはその場しのぎの逃げでしかなく未来に繋がる一手ではない。發も白もまだ場に残っている筈だから切ったからといって即座に私の敗北に繋がるわけではないけどそれでも私の手の進みが遅くなるのは間違いない。

 

私にはあまり時間がない。先程蔵前さんから50億という資金を得ることはできたが今座っているメンツの中では私が一番資金力がないのだ。このまま場代をあげ続ければ東1局をツモり切ることすら出来ない。

 

それでも手は緩めない。限度いっぱい上り続けていく。自分をひたすら追い込むだけの行為、だけれどそれくらいでいい。そうでなければとても足りない。

 

神様に追いつく為の最短距離を駆け抜けていく。

 

引くという選択肢はない。ただただ走り続けていく。最後に辿り着くのが断崖絶壁だとしても私には飛ぶしかないのだ。

 

今この場の流れは蔵前さんにある。どうしてそれで森田さんを鳴かせて流れを変えられると思ったのだろう?そんなわけがない。この場が蔵前さんの影響下にあるというならば変えるべきは蔵前さんの意思だ。

 

選択をしよう。このどうしようもなく強大な蔵前さんの流れを断ち切るためには理外の一手が必要だ。

 

安全圏に身を置き賢い打牌をしていても何も変わらない。身を切らなければならない。血を流すような、そんな震えるような闘牌をしなければ相手を追い詰めることなど出来ないのだ。

 

下手したらここで振り込みまであるだろう。だけれどもこの状況だからこそ切る価値があるのだ。

 

一萬を掴んで河に捨てた。後ろから息を呑む音が聞こえてくる。私が国士を捨てたように見えたのだろうか?そんなわけがない。これが蔵前さんを取るための最善の一打、私は最後まで勝つつもりでいるよ。

 

さて、蔵前さんはどう動くのだろうと顔を上げた瞬間、にたりと笑う蔵前さんと目が合った。

 

 

「その一萬をポンするぞ」

 

 

蔵前さんが私の河から一萬を拾い右に寄せる。鳴いた、蔵前さんは鳴いたのだ。

 

蔵前さんからすれば国士を行なっている私が出す一萬は最後の一萬に見えるだろう。

 

そう思ってもらうために一萬を切った。ただ緩慢な手を続けても勝利は掴めない。

 

安全は考えない。リスクは背負うべきなのだ。重みのない行動に相手の足は止まらない。

 

その結果がこれだ。牌を手繰り寄せる。

 

本来だったら蔵前さんの物となるはずのツモだった。だから来ると思った。蔵前さんなら必ず引くと確信していた。

 

鳴きによって手はひとつ進んだのかもしれない。だけれども蔵前さんはツキを失ったのだ。

 

牌を引き入れ手元で表を向ける。そこに書かれていたのは先ほど私が手牌から切り出した牌、

 

……一萬だった。




次は銀さん視点


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支配者

 

※銀二視点

 

 

……これは本当に現実に起こっていることなのか?

 

蓮、裏世界最強の博徒。彼女が人ならざる者だと言われても今のオレは信じてしまうだろう。

 

首に紐を付けられ身動きの取れない議員8人を解放するためにオレたちは誠京グループ会長、蔵前 仁に勝負を挑んだ。

 

負けたらそれで終わり、一生この男の下でいいなりの人生が待っている。浮上することのない圧倒的な敗北、負ければ死とさして変わらない。

 

そんな大勝負の相手にオレが選んだのは森田だった。森田の無欲さ、強運が蔵前を討つとそう思っての判断だ。

 

だが、前半戦。森田は惨敗を喫した。2連敗により残金が半分近くなる。このままフラフラと戦い続けていても勝機は来ないだろう。

 

インターバルを申し出ると共に森田にナイフを渡す。今森田は酔っ払いのようにふらついている状態、それでは勝つことなどできるはずがない。

 

森田に必要なこと、それは覚悟を決めることだ。負けたら死ぬと決意する、そこから道は開かれるだろう。

 

だが、オレたちが席を外している間に状況が大きく変わっていた。白髪の少女がひとり、3対1の中誠京麻雀に立ち向かっていのだ。しかもその娘は驚くべきことに森田の恋人だという。

 

森田に恋人がいることは行きの車で話を聞いていた。ホテルのロビーで女に告白されたが自分には恋人がいるから断ったと。

 

それに対して安田がからかうような口調でどんな恋人か聞いていた。だが森田は気にすることなくこっちが聞いていて恥ずかしくなるような惚気を話し出す。

 

『俺の一目惚れで、その場で告白して付き合って貰いました。浮世離れしたところがあって、そこに惹かれたんです。だけれども水族館に行くとか一緒に街を歩くとか普通のことを好んでいました。

甘い物が好きですね。でも辛い物も好きらしいです。意外と食い意地は張ってますよ。普通のことを好む子なんですが、多分普通の女の子ではないですね。何かを抱えてます。一線を越えたことのあるようなそんな匂いを感じました。

 

いつか彼女のすべてを知りたいと思ってます』

 

茶化した様子もなくそういう森田にオレたちは両手をあげた。森田は恋人に惚れ込んでいると、そうはっきりと認識されられた。

 

それにしても森田は俺の身内贔屓を抜いたとしても良い男だ。その森田にここまで言わせるとはどんな女なのだろうか?

 

少し興味が湧いたがその時は蔵前との勝負が控えていたからそこまで意識はしていなかった。それよりも考えるべきことが山ほどあった。

 

だから森田の恋人があの蓮だとわかった時は心底驚いた。

 

蓮とは裏社会で最強であるとまことしやかに囁かれている博徒の名前だった。

 

かつて裏社会の頂点と呼ばれていた伝説の博徒、赤木しげるの実の娘らしい。ただ、名字は赤木ではないと聞いたことがある。真偽はわからないからただ蓮と呼ばれていた。

 

オレが蓮の名前を知ったのは歌舞伎町を纏めていたひとつの組が崩壊したと聞いた時だった。

 

今の裏社会では昔のように斬った張ったなんてことは滅多にない。全て金で解決される。そんな中腕の良い雀士はどの組も喉から出るほど欲しい物だった。

 

抗争は武力で行われない。代理戦争ということで高レート麻雀によって決着をつけるのだ。

 

詳しくはわからない。だが、蓮という人間の所属について決める卓が立ち、その結果ひとつの組が歌舞伎町から消えたのだ。

 

歌舞伎町は莫大な利権が絡む重要な場所だ。その組が潰れたということでかなりの混乱を極めたがそれに乗じてこちらはそれなりの甘い蜜も吸えた。

 

オレにとっては悪くない展開ではあったが、その原因となった蓮には当然興味を持った。

 

裏社会に圧倒的な影響力を持つ博徒、蓮。一体彼女は何者なのか?

 

だが探そうとしても彼女は神出鬼没、どこの組に所属するでもなく何かに属するでもなく唐突に現れる。

 

まるで雲を掴むような話だ。運良く元歌舞伎町を仕切っていた組員に話を聞くことができたが、

 

『……とても、人だとは思えません。人間があの領域に到達できるのですね』

 

と言われてしまった。その男も名のある雀士だったから言葉の重さに驚いた。蓮の実力は疑いようがないだろう。

 

裏社会最強の博徒、蓮。しかしその存在は陽炎のように虚ろで掴み所がない。

 

そんな蓮が森田の恋人だというのだから人生何が起こるかわかったものではない。

 

しかも蔵前に挑むこのタイミングで恋人という関係にあるのだから森田の強運には心底驚く。

 

蓮は早速蔵前に一勝を上げ50億を手に入れていた。自分の値段と同じ値を勝てばこのゲームから抜けることができる。蓮に付けられた値段は15億、たった一回のゲームでそれを達成してしまったのだ。

 

だが止めることなくそのまま続行ということらしい。森田も参戦し新たなゲームが始まる。

 

蓮が親だ。牌を取り手を開ける。

 

……あまり良いとは言えない手だ。牌が散らばっているし1つや2つ急所を引いたからといって和了できるかわからない形だ。

 

たが手の中には白と發がある。森田の手を覗き込めば白と發が対子になっているのが見えた。こうするとある役が浮かび上がってくる。

 

大三元、白發中を3枚揃えることで成就する役満だ。

 

大三元は鳴いても問題ない。蓮が森田を鳴かせれば二副露、森田が中を掴めば本格的に大三元も見えてくる。

 

流石恋人同士、手配がそっくりパズルのピースのようにハマるように出来ている。

 

この誠京麻雀で役満には莫大な祝儀がつく。供託金と場代に応じてツモった、もしくは振り込んだ相手に払わなければならない。

 

今は東1局で供託金はあまりないが賭け金を吊り上げていけば祝儀も天文学的な数字となるだろう。

 

この局はいかに森田の役満を成就させるかにかかっているだろう、そう思った瞬間蓮が八筒を切った。

 

八筒は手配に3枚、つまり暗刻だった。それなのに切るということは国士を狙うということか?

 

手牌の幺九牌は8種、手はあまりよくないから国士を狙うという選択肢もあるだろうが先はあまりに遠い。

 

俺ならば恐らく手を作りつつ森田のサポートに徹しただろう。だが、この選択をしたのはあの蓮だ。当然何かがあるのだろう。

 

さて、蓮の選択はどうなのだろうか、と見ていると蓮が立て続けに幺九牌を3枚引いてくる。

 

まさかと思って目を疑うが蓮の手牌には3巡目にして11種の幺九牌があった。国士が形となっていく。

 

蓮の役満が見えてきた。だがそうすると今度は森田が厳しくなる。

 

蓮が国士をするというのならば当然白と發は手牌から出てこないし大三元と国士は互いの必要牌を食い合っている。森田と蓮、互いが互いの役満を目指すというのならば2人の手が進まない可能性が互い。

 

蔵前の河には筒子と索子が並んでいる。恐らく萬子の染め手、進み具合がわからないが向こうは二度ツモを多用する。それなりに形は纏まっているのだろう。

 

まだ東1局、役満を和了することができればそれは大きいがそもそも蔵前に和了されれば何の意味もない。

 

ここは協力すべきではないのだろうか。どちらかが片方の役満に協力する。和了出来ればこの半荘と祝儀を手にできる。

 

……いや、ダメだな。俺だとどうしてもそろばんを弾いてしまう。そんな理詰めでこの状況を勝ち抜くことなどできるはずがないのだ。

 

もっと狂気的でなければ勝てるはずがない。足を踏み出し虚空に身を躍らす、それが出来なければ蔵前を追い詰めることなど出来ないだろう。

 

この場に座っている者にしかわからない流れという物もあるだろう。俺たちはふたりの奮闘をただ見守るだけだ。

 

莫大な金銭と俺たちの人生が賭けられた誠京麻雀、まず最初に流れを掴んだのは……蔵前だった。

 

蔵前の捨て牌を見ると筒子や索子が並んでいる。ツモった牌は殆ど手の中に入っているようだしこのままだと和了するのは早そうだ。

 

森田も手は形になりつつあるが肝心の三元牌は引いてこれていない。このまま東1局は蔵前に持っていかれるのだろうかと思い見届けていると……動いたのは蓮だった。

 

蓮は、信じられない行動を取った。

 

蓮が切った牌、それは一萬だ。手牌に1枚しかない一萬を捨てたのだ。

 

……どういうことだ?国士を降りたということだろうか?ならばそれならそれで捨てる牌があるだろう。

 

森田が大三元を狙っていることくらい蓮ならば気づいているだろう。降りるというならば森田をサポートするために發、白を切るのではないのだろうか?

 

そうではなくとも一萬というのは切るべきではない。蔵前が萬子で染めていることは一目瞭然、下手すれば振り込みまである牌だ。

 

何故ここで一萬を切らなければならない?蓮の意図は一体どこにある?

 

 

「その一萬をポンするぞ」

 

 

蔵前が蓮の捨てた一萬を鳴く。蔵前の手が進んでしまった。これで聴牌したのだろうか?これで差し込まれたらこの局は終わりだろう。

 

だが石井は差し込まなかった。まだ聴牌していないのか、それともツモやこちらからの振り込みを狙っているためかはわからないがまだ猶予はある。

 

この間になんとか態勢を立て直したい。蓮が降りた以上あとは森田が突っ走るしかないだろう。

 

そう思って蓮のツモってきた牌を見た瞬間、背筋が凍り付いた。

 

蓮の引いてきた牌は……一萬だった。

 

……俺は一体何を見ているのだ?

 

本来だったら蔵前に入る筈だったツモ、それを蓮が食い取った。あの一萬を捨てたのは降りるためではない、蔵前を鳴かす為に蓮が放ったのだ。

 

蔵前は萬子の染め手だ。鳴かなければ一萬が暗刻になっていたことになる。一萬の暗刻に萬子の染め手……

 

ひょっとして蔵前は九蓮宝燈だったんじゃないか?

 

ザワリとした感覚が身体中を駆け抜けていった。蓮が強いとは聞いていた。その闘牌は神懸かっている、奇跡を起こすのだと。

 

噂を聞いてかなりの腕だろうと思っていた。裏社会最強と謳われる蓮、その実力は疑っていなかった。

 

だが実際に目の当たりにして俺の認識が甘かったことを確信する。そんな次元ではなかった。ただ、麻雀が上手いとかそういう話ではなく、

 

蓮は場の流れ自体を支配しようとしているのだ。

 

これから場がどう動くのかはわからない。森田が中を重ねる可能性がある。蔵前に和了される可能性もある。

 

わからない。だが蓮を見ていると心が震えて仕方ない。

 

場の全てを見通す力、勝利のため自分の利を捨てる心の強さ、そして場を望んだ通り動かす支配力。

 

人とは思えない。これは本当に人間の至ることのできる領域なのか。

 

勝負を支配しているなにものか、運命宿命を支配する非情かつ慈悲深い存在、

 

それはひょっとしたら目の前の白髪の少女の形をしているのかもしれない。

 

 

 




余談 : 歌舞伎町の名のある雀士は天牌の三國さんのつもり


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