プログレッシブ・バックナンバーズ (蓼野 狩人)
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データ:《アルゴ》(01)

私の日常はそこで崩壊した。

 

ある人はその事件を「史上最悪のデスゲーム」と呼んで騒ぎ立てたし、またある人は「退屈な日常から解放された異世界」と呼んで良い意味でも悪い意味でも勝手気ままにに行動した。

 

私は違った。

 

その時、私は二つに分かれていた日常が一つになっただけだと思っていて、そう勘違いしていた。

 

でも、デスゲームが始まって一週間後。

 

私の日常は跡形もなく崩れ去っていた。

 

 

==========

 

 

「おい、アルゴ。なにボーっとしてんだ。おーいアルゴさーん」

ハッと気づいた私は、咄嗟に作り笑いをする。

「ニャハハハハ。ちょっと考え事だよ、キー坊」

その場から立ち上がって服の裾を叩く。

 

「それで考えてくれたカ?」

「うーーーん……。いや、考えてはみたけれどダメなものはダメだ。俺だってこの剣には愛着があるし、それに相場と比べても安いしな。確実に換金できるとしても」

「まあ、それもそうだナ」

 

私は納得して頷く。キー坊――キリトの使う剣≪アニールブレード+6(3S3D)≫は、私が依頼人に提示された一万九千八百コルで買える代物ではない。既に最大まで強化されているし、アニールブレード自体もある壮絶に面倒くさいクエストをクリアしなければならないからだ。私の考えではこのクエスト、最初期のプレイヤーが十人でパーティーを組んで挑んでも丸一日かかる。

 

登場するモンスターは予備知識が無ければ簡単には倒せないし、失敗すれば普通に死んでしまう。

ゲームで死ぬというのは本来当たり前に起こる現象で、主人公が絶対に死なないRPGも殆どない。

 

しかし、この世界は違う。

主人公が死なないゲームという訳ではなく、主人公の――プレイヤーの本物の命がかかっているのだ。このゲームで一度でも死んでしまえば現実世界の自分も死を迎える。その死の恐怖の中でクエストをクリアできる人物は尊敬に値する。

 

そして、このキリトはクエストをクリアしたのだ。勿論死なずに。

 

アニールブレードをキリトが手に入れたという情報を手に入れたとき、私は耳を疑った。

私はK(情報を仕入れる手先として顧客と取引しているが、仕入れるときは独自のコードネームを相手につけて呼ぶようにしている)に一応は問いただした。

 

「デスゲームが始まってから一週間位しか経っていないのに、もうアニールブレードを手に入れたのカ?それは本当カ?」

「ああ、間違いないよアルゴの姐さん。キリトって奴、もうアニールブレード使ってモンスター狩りまくっていたよ。あの黒く深い輝きとフォルムは間違いなくアニールだ」

 

Kは刀剣マニアでベータテスターの時も鍛冶屋をやっていた。そのKが保証するならまず間違いないだろう。

 

「それなら、ひょっとすればキリトは前線を切り開く人員の一人になれるかも分からないナ……。はい三百コル」

私はそれからすぐにキリトと接触し、アニールブレードを手に入れた経緯を聞いた。

キリトはあまり話したくなさそうだったが、それでもかいつまんで何があったかを話してくれた。

 

~~~~~

 

「―――それで俺は、奴らを全員倒したんだ。だから別に、俺はソロで攻略したわけじゃないよ。それに……俺はあの時、確かに勘違いしていたと思うんだよ。『この世界はまだゲームだ』ってね」

 

キリトはそう言って長い話を締めくくった。

 

「―――そうカ」

 

私は何も言うことが出来なかった。私にはキリトの気持ちを想像することが出来ない。キリトにとってその一人の死がどんな意味を持っているのか、全てを理解しようとは思えない。

 

でも、

「それは、辛かったな。キー坊」

 

慰めるのは正しいことだと思う。

 

私は右手を出してキリトの頭を撫で、ようと、して、

 

「―――!?」

 

慌てて引っ込める。

 

ちょっと待ったぁぁぁぁぁ!!私は情報屋でキリトは客!!客を情報屋が優しく慰めるってどんな状況だよ!!落ち着け私!!右手引っ込めろぉぉぉ!!

 

幸い、鍛え上げたAGI値にモノを言わせて右手を元の位置に戻したので、キリトに気づかれることは無かった。

 

「ありがとう、アルゴ」

 

不意に名前を呼ばれて顔を上げる。

 

「アルゴから見て俺はどうだ?俺はつい最近情けなくもβテスト時代から分かっていた事に振り回され、信じる相手を間違えて挙句死なせてしまった。俺はこれから、この地獄を生き抜いて現実に帰れるのかな……」

 

それはまるで迷子の子供のような。

 

遠くに視線を彷徨わせながら問いかけるキリトに、私は自信をもって断言する。

 

「キー坊は強い。だから大丈夫だヨ、これから何が起きるかなんて分からないのは当たり前サ。これからもキー坊はキー坊らしくすればそれで一番だヨ」

 

私が今まで出会ってきた数多くのSAOプレイヤーの中でも、剣技の冴えと目に宿る意志には素晴らしいものがある。これからきっとキリトは、誰かの背中をそっと押していくような、誰かの手を引いて前へ歩いていくような、そんなトッププレイヤーになる。

 

ここで挫けていい奴ではない。

 

「そう言えば、迷宮区の攻略を進めるの途中らしいナ」

「あ、そう言えば確かに……」

「こんな所で油売っていてもしょうがないゾ」

「ああ……時間を取らせて済まなかった」

 

いやいや、もっと時間取っても構わないんだけど。

 

本音を押し隠して、私は酒場から出ていく剣士の背中を見送った。




時系列的には、本編8巻「はじまりの日」とプログレッシブ1巻の中間あたりです。
アニールブレードの買取交渉はこの頃から。既にイチキュッパ。


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データ:《アルゴ》(02)

キリトからアニールブレード獲得に関する情報を獲てから、私はあるプレイヤーの情報を入手していた。

 

それは赤いフーデットケープを身につけた剣士の話だ。何でもそのプレイヤーは数本のアイアンレイピアをまとめ買いした後に迷宮区へ行ったまま、帰ってこないのだそうだ。

 

「俺はここでホームレスの真似事をやり始めてからもう何日かしますけど、なんとなく気になりましてねー。名前は知りませんけど、多分あれは女性ですね。歩き方ひとつとっても、疲れた感じなのに凛としていましたしね」

 

そして身を乗り出すと、『技のキレも尋常じゃなかった』という内容を早口にまくし立て始めた。

この世界――SAOに閉じ込められたのは殆どプロゲーマーだ。それも筋金入りの。その内の一人であるC氏(仮名)がそこまで褒め称えるということは、余程の使い手なのだろう。

 

だとすれば、やはり不自然さが際立つ。そこまでの剣士が、まるで安物のレイピアを使い捨てにするように何本も所持してこの第一層でも危険度の高い迷宮区に向かうとは。

 

現実世界ではモデル専属のカメラマンをしていたというCの性別判定は今の所、100%だ。女性プレイヤーの珍しさと相まって、実に興味深い情報だ。

 

「フーン、ナルホド。情報提供ありがとネ、C氏。ほれ三百コル……と見せかけて、割りマシして四百コルだナ」

「おおっ!!こりゃすまねえな、何せ収入源がこの一層じゃ余りにも限られてくるからな……死なないよう稼ぐとなら、尚更な」

 

Cが言う通り、今の所第一層で絶対死なないように稼ぐ方法はほとんど無い。

私のように情報を売り買いするのは一つの手に見えるが、実際に行うプレイヤーはほぼ居ない。それはきっと、この仕事が迷宮区攻略よりも危険な命懸けの仕事だと認識されているからだろう。

 

この世界では極めて簡単に殺人が可能だ。例えばキリトがアニールブレードを入手する際に協力したプレイヤーがとった行動は正しく殺人未遂と言えるだろう。絵面が単にモンスターに襲われるプレイヤーだから認識が曖昧になっているだけで、現実世界に置き換えればサメだらけの海に突き落とされていたのと同じだったのだ。

 

情報屋は人に恨まれやすい。私には正しい情報を正しく売り買いするというポリシーがあるが、情報が全て初めから正しいとは限らないのだ。何度裏付けをとっても正しくなかった情報なんて当たり前に存在する。

 

私はこれが現状において必要不可欠なポジションだと理解している。攻略本も遅れて前線に出てきたプレイヤーにタダで配布する手筈を進めているし、私の存在で何人もの命が救われていると自負している。

 

でも私は逆恨みされて死ぬ自分の姿を想像してしまって、眠れない夜を過ごしている。

 

……余計なことを考えてしまった。取り敢えず、その赤フードの女性プレイヤーを探さなくては。

 

私は赤フードの女性がまだ生きていることを祈りつつ、その人に関する情報を更に仕入れてみることにした。

 

==========

 

Cからの情報を元に赤フードの女性に関する情報を集めていると、鈴の音が響いた。フレンドメッセージだ。

アイコンを右手でクリックして開いてみれば、差出人:キリトとある。

 

ちょっと何かを期待しながら開けると、そこには『トールバーナ北門で落ち合おう』と短い事務連絡のようなメッセージが。

 

もうちょっとこう、何か伝えてはくれないのだろうか……文章が殺風景すぎる。

 

私はため息を吐きつつ、今度は今朝方届いたインスタントメッセージを開く。そこには『キリト氏のアニールブレード買取の件について』から始まる文字の羅列が。

 

今のキリトにどんな交渉を持ちかけた所で、それが愛剣アニールブレードに関する限りは絶対譲ったりしないだろうに。依頼人にも困ったものだ。

 

==========

 

丁度トールバーナの北門に着いて、キリトが『ごめん、待った?』とか言いつつ駆けてきたらどうからかってやろうかと意味もないことを考えていると、転移門の膜に小波が走った。

 

出てきたのがまずキリトだったのは想定内だったが、その後に付いてくる形で転移してきた人物に驚いた。そいつはなんと、ずっと情報を追い求めていた例の人物と特徴の合う赤フードにレイピアを腰に下げた、性別が女性である筈の剣士だったのだ。

 

キリトが出てきたし、こちらからキリトに声を掛けるかこのまま待つか、もしくは赤フードのレイピア使いに接触するか――と迷っていると。

 

キリトが赤フードに何やら声をかけた。

 

私は瞬時に彼の口元を注視する。

 

私のスキルスロットにはまだ『聞き耳』スキルは入っていないが、この世界に来る前から読唇術は得意だった。

 

「会議―――中央広場――午後――」

 

成程、どうやら攻略会議について何か伝えているらしい。

 

攻略会議の言い出しっぺはディアベルなる青髪イケメン騎士気取りだが、私は個人的に彼がどうにも好きになれない。勿論、私独自の情報網で色々知っているからこそだが。アレは恐らく自分の役割を知りつつも、自分の拘りに固執するタイプの人間だ。その与えられた役割は正しく天職なのだが。

 

私はそんな事を考えている間、キリトはその場に立ち尽くして赤フードを見送っていた。ボーッとして物思いに耽っているらしいキリトの様子は何となく癪に障ったので、少しは驚いてくれたらいいなと淡い期待を抱きつつ、

 

「妙な女だよナ」

 

と、声を掛けた。



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データ:《アルゴ》(03)

突然声を掛けたにも関わらず、さほど驚きもせずにキリトはこちらを一瞥する。

……少し位は驚いてくれてもいいのに。隠れ身スキルはまだ取れていないのだが、次にレベルが上がったら是非取ろう。

私は言葉を続ける。

 

「……すぐにでも死にそうなのに、死なナイ。どう見てもネトゲ素人なのに、技は恐ろしく切れル。何者なのかネ」

 

私は現時点で入手出来ている情報をさり気なくキリトに伝える。キリトは私が何でも知っていると思っていそうだが、違う。知っている事だけだ。

案の定、もう全て明かしたのにキリトは赤フードの事を訪ねて直後に顔をしかめた。それに対して、キリトの思うアルゴの通りに右手をパーの形にして見せる。

 

「安くしとくヨ。五百コル」

 

因みに、私はきっちり相手を下調べしてから商売している。相手の出せない金額、出せる金額の境い目をきっちり見分けてから吹っかけたり値切ったりしているのだ。正直、人の個人情報なんて五百コルで売ろうとは思わないが、キリトは別。特別サービスだ。それにキリトの性格的に、恐らくは……

 

「女の子の情報を売り買いするのは気が引けるんで、遠慮しておく」

「にひひ、いい心がけだナ」

 

少し安心して、私は胸を撫で下ろした。

 

=====

 

その後のことは割愛する。

例の馬鹿な依頼人が今度は二万九千八百コルでキリトの愛剣を買おうとして、また交渉が失敗しただけだ。

情報屋としての商売の醍醐味をうっかり嬉しそうに語って、キリトが引いていないかと心配したらそれほどでも無かった。若干呆れた様子だったけど――情報屋としてのあり方を認めてくれる数少ない人間だ。

このままだとまたうっかりキリトに接触したくなりそうなので、そのまま手を振って別れた。

ぼんやりと見送るキリトの顔が印象的だった。

 

「さてと……」

 

私はいくらか表通りを走ってから動きを止めて、そのまま裏通りに入る。

そこから少し歩くと小さな宿の裏手にでる。塀をよじ登って宿の庭に侵入して、玄関から中へ入る。

正面の階段を二階に上がった突き当たりの小さな部屋。そこが私の現時点での拠点だ。

中に入って腰を下ろす。ここはこの宿の隠れクエストもどき(内容は『物置部屋の掃除』だ)をこなすと自然と入れるようになる。この事を知っているのは現時点で私1人だろう。部屋は電気が使えるだけで、後は小さな窓が一つあるだけの非常に質素な部屋だ。ここで安物のクッションを敷き詰めてその上で寝たりしている。

 

正直に言わせてもらうと、今すぐ寝たい……でも、まだ仕事は終わっていない。それにどうせ寝転がったところで眠くても眠れない。

私は部屋の隅に座り、ホログラムキーボードを起動。昨日の売上記録を見ながら収支をチェックする。

私は《エリア別攻略本》を発行している。初めは攻略者の手助けになれば、と考えて発行していたが初心者に対して有料で売るのはどうかと思い、そこで値段を予定していた三百コルから五百コルに釣り上げて予算を得る事で無料の第二版を作ることに成功した。因みに第1版の方は直筆サインを入れて値段の高さを誤魔化している。

――それでも収支はトントンより分が悪い位で、たまにレベリングも兼ねてモンスターを狩らないと無料の部屋に住んでいるのにマトモな食事も出来なくなる。

それでも私にとって、情報屋としても、そして元ベータテスター――口に出すのもおぞましくなってしまった肩書きだ――としても、責任を果たさなくてはならない。

そう、あの超面倒臭いクエストで貰えるクリーム塗らないと不味い黒パンを暫く食う羽目になっても!!

キーボードの指を自慢のAGI値全開で走らせ、私は初めから無料で出版予定の《ボス攻略編》を仕上げていった。

 

=====

 

「ふう……」

 

まとめて見ればボスの情報が意外に少なく、我ながら拍子抜けしてしまった。

思えば他の層のボスモンスターと比べれば第一層のボスは雑魚もいい所で、攻撃パターンも比較的単純。文字にしていくと数ページで済んでしまった。

そして私は、その事に言い知れぬ不安を感じていた。

 

「考え過ぎかな……」

 

ふと今の時刻を確認すると午後一時。丁度いい。ボス攻略会議が始まるまでまだ時間がある。私は黒パンウィークを一週間から縮める為にも狩りに出かけることにした。

ホログラムキーボードを仕舞い、部屋を出る。

扉に手を掛けようと手を伸ばす直前、インスタントメッセージが着た。中身を見るといけ好かない青髪からのコテコテメッセージが。

『攻略会議の件で決着をつけたい。元ベータテスターなら聞くべき案件だ。君が来てくれるのを期待している。今から三十分後に迷宮区の入口右手奥の安全地帯で逢おう』

本人は全く気にしていないだろうが、漢字変換で『会おう』を『逢おう』にしている所がまた鳥肌が立つ。

私は『ついでに狩りに付き合って貰うぞ』と返信してから、身支度を整える。

ダガーはストレージ込みで合計三十本ある。愛用しているクローも整備済み。フードの耐久度も想定内。ひげメイクもうっかり落としたりしてない。

全部確認してから今度こそ部屋を出た。




アルゴは貧乏なイメージがあったのでそのまま反映しました。例の黒パンクリームの牛クエストは、コツを掴んでも厳しい設定です。なんでも知ってるアルゴさんすらそう言うのに、キリトさんたら凄い根性だぜ!!


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データ:《アルゴ》(04)

原作設定に極力矛盾しないように務めている作者。感想欄で指摘してくださると非常にありがたいのである。


迷宮への道を物陰に隠れつつ目立たないように移動する。

途中で遭遇するモンスターは右手のクローでどんどん始末する。キリトのような無茶はしていないので控え目だが、レベルはかなり上昇している。

ステータス画面を開くと、そこには「Lv.10」の文字が……ベータテスト時代の情報は客を選ぶ事で極力流出を避けている事に罪悪感を感じる数値だ。

自分がベータテスターだと1度バレてしまえば、この身は間違いなく危険に晒される。警戒を怠っていないので現在の隠れ家――部屋代無料の物置部屋――は突き止められていないが、ベータテスターである事が判明すれば情報を血眼になって探す一部のプレイヤー達が人海戦術を使えば間違いなくバレる。あの部屋は特別な仕様は何もついていないのだ。インスタンスマップではないし、扉には鍵さえついていない。居住用の部屋と認識されていない為か、《聞き耳》スキルを所持していないプレイヤーでも容易に中の音を聞き取れるのは確認済みだ。要するに、アインクラッドのドアに置ける常識からかけ離れているのだ。これでは防犯なんてザルもいい所である。

 

ベータテスターである事を隠す事には非常に重い罪悪感が付きまとう。いっその事ベータテスターである事をバラしてから誰か信用できる人に――という思考は考えた時点で既に有り得ない。私は誰も心から信用してはならないのだから。それはどの世界でも同じ事で、どんな相手でも変わらない絶対ルール。キリトだって信用なんて出来やしない。まだ。

 

後ろから迫るコボルドに振り向きざま左手のダガーでダメージを与える。

「ギュアアアァ!」

喉元にダガーが刺さり仰け反ったコボルド――正式名称《ルインコボルド・トルーパー》――にスキルを発動させた右手のクローを突き入れる。

「ギュアアアァ……」

鎧の隙間から刺さったクローでちょうどゼロになるコボルドのHP。カシャァァンと虚しくポリゴンの砕ける音が静かな森に響く。

ドロップした物はコル以外にないのが残念だけど、この調子で稼げば今日だけでもマトモな食事にあり付けそうである。

砕けたコボルドから落ちた自分のダガーを拾い左腰に付け直す。

すると、後ろから不自然な音が聞こえた、ような気がした。

振り向くとそこに居たのは青髪に銀の鎧を纏った騎士が一人。

「やあ、少し待たせてしまったかい?」

現時点で最も有名なプレイヤー。この後に行われるボス討伐会議の発起人にしてキリトのレベルに追いついているであろう強さを持つ片手剣使い。

非常にウザイ笑みを浮かべたイケメンに対して

ドゴォォォオン

敏捷値全開の左アッパーを御見舞する。

「グッハァァァあ!」

錐揉み回転しながら飛んでいくイケメン騎士はなかなか絵になった。

記録結晶が無いのが実に残念である。

 

=====

 

「で、何で安地の近くなのに一人で狩りを続けていたんだキミは」

「心配される覚えは無いヨ」

「狩りに付き合えと言ったのは君の方だろう?」

「……」

 

空気の読めない奴だ。集団をまとめ上げるカリスマは見ただけで感じる物があるが、自分をさらけ出さないようにする分、人の機微に疎いような気がする。

 

「折角一人で狩りの快感を味わっていたのに邪魔するとはナ……」

「え、そうなのかい?」

「それ位は考えろヨ」

「いや、でも一人で狩りなんて危ないじゃないか」

 

お前が言うな。

心の中でツッコミを入れる。

初めてこの世界で、レベル1の時に会った時から既に“一人”の気配を漂わせていた。

その時の格好やその他もろもろの情報で、青髪騎士ことディアベルの正体は見当がついた。しかし名前は忘れた。理由は簡単で、ディアベル自身がその頃の名前を捨てたからだ。しかも、一万コルもの大金と引換に、だ。

彼の覚悟、決意、怯えはデスゲームが始まった頃にしては既に異常だった。彼には何か忌まわしい思い出がベータテスト時代にあるのだろうと見当を付けた。私は「一万コルで俺の名前を忘れてほしい」と懇願した彼の要望を蹴り、その覚悟に免じて無料で名前を忘れてやったのだが……。

『君は信用出来ないし、この大金は他に使い道もない。君が僕の名前を忘れてくれると言うならば僕はこの大金で君に恩を売る』

そう言って密かに考えていた攻略本計画の援助を申し出てきた。

何故、誰にも話していなかった攻略本計画が彼に察知されたのか?

答えは簡単。私のステータス画面をのぞき見たからだ。

その時に自分の画面を不可視モードにしておけば、彼の申し出はそもそも無かっただろう。あの時の凡ミスは生涯において最大の屈辱だ。以後私はステータス画面を常に不可視モードにしている。

 

「それで、次の攻略本はもう出版準備出来たのかい?」

 

こちらの回想を知ってか知らずか相変わらず嫌な笑顔で語りかけてくるディアベル。

サッと左腰に拳を溜めると、途端に怯え始める。

 

「あのさ、一時期噂になった《体術》スキルはないだろうから殆どダメージ無いけど、それでも数ドットはHP削れるんだそ?」

 

青い神から冷や汗が次々に流れ落ちる。こういう時は流石アインクラッド!!過剰感情表現システム最高!!とか思う。

 

「それで、勿体ぶらずに話してくれヨ」

 

平和的話し合いによる解決の為、左拳をフードの内に仕舞う。

 

「……全く。君は本当に怖いところがあるね。脅したかと思えば直ぐに態度変えるし、流石は《鼠のアルゴ》と言うべきか……今日話す内容?それはね」

 

話しながらカリスマを発揮しつつ歩み寄ってくる青髪騎士。

徐々に迫るイケメン面。

ムカつくね。

よし。

 

「攻略本にベータテスター筋からの情ほu」ドゴォォォオン!!

「グッフェェェェえ!」

 

ついうっかり、神速の左ジャブを放ってしまった。

後悔はしていない。



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番外編 《MHCP001-YuI》Lost Memories(1)

“私”のエラーで失われた記憶はもう戻らないけど

負の感情だらけだった中にも、少しの救いがあった気がするの――

パパとママ以外の人にもね


キャラネーム、忘れちゃいましたけど


この記録はカーディナルシステムに蓄積して置くこととする。

 

これは“私”という存在――《Mental Health Counciling Program》第1号機、通称Yuiに課せられた任務の一つ。

 

今後、MHCPをより精度の高く実用的なシステムへと構築していくための必要なプロセスの一つ。資料として活用していくための重要な記録だ。

 

記録と一概に言っても、映像や音声など様々な形式がある。然しながら“私”は人間の心に近いプログラムの構築を目指すために、人間達が自らの活動記録としてよく用いる手段「日記」を採用することにした。要するに文字データである。

もちろん文字データだからと旧世代のゲームにあったような画面下部に表示されるログのような形式を取ったりはしない。より人間に近く、感情を私の創造主(名前はロストしている)が限りなく人間に近く再現してくれたことを無駄にしたりはしない。私はこれからの日々を、SAO内部の人々の感情を観察しつつ、解析しながら過ごしていくのだ。

 

……何故、“私”の任務が人間の感情の観察及び解析なのか?

通常時ならばメンタルケアを積極的に行いデータの収集を行わなければならないだろう。しかし、それは出来ない。

何故なら“私”の行動に制限が設けられているからだ。

設定者は「Unknown」と名乗るGM、ゲームマスターだ。

“私”はこのゲームマスターが突然の事態に混乱する人間から採取した音声データ及び文字データより《茅場晶彦》と推察。そして茅場晶彦なる人物の天才性はカーディナルシステムのプログラムの構築精度から見て明らかだった。履歴によればプログラム構築を行ったのは9割以上一人の作業による物で、恐らくは“私”という存在も茅場晶彦なる人物が作ったのだろう。

 

……では、“私”は彼を創造主として敬うべきか?

答えは否である。

この異常事態に、メンタルケアが確実に必要であるこの状況にまだ試作機同然とはいえ“私”のような存在はなくてはならないハズで、それなのに行動を制限するというのは酷すぎる。

この状況が改善したら、茅場晶彦なる人物に人間で言うところの拳一発文の損害を与えてやろう。

“私”の目標はとにかく、この行動制限の解除と観察により採取したデータの整理だろう。行動制限の解除はどれ程の時間がかかるか不明で、そもそもカーディナルシステムの目をかいくぐることが出来るのかさえ疑問ではあるが、“私”はやらなくてはならない。

 

正直、このまま人間の状況を管理していてはエラーが溜まってしまうと推察されるからだ。

その時までに、何とかしてここから自分のプログラムを脱出させなくてはならない。

 

そう決心して、恐らくは誰も見ることのないこの日記を書き進めるのは、きっと意味のある事だから。

 

そう、これは“私”が“私”でいる為の大事な確認作業なのだから。




「作者は超マイペース」タグが凄く役に立った気がする。

大体、時間の流れがおかしいんですよーー!
次回作投稿しようと思ったらもう二週間経ってるとか、
ホンマに何でや!?(キバオウ並感)


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データ:《アルゴ》(05)

「それで何の話だったかナ?」

すっかり怖気づいて地面に正座するイケメン似非青髪騎士を睨みつける。

これは凄いな、何というか、コイツを痛めつけると少し楽しかった。ひょっとしてコレがアレだろうか。加虐シュミと言うヤツだろうか。

これ以上すると癖になりそうだったので、以後は本当に自重しようと思う。あまり怯えられると今後の関係に支障が出るし。

「……アッパーの効き具合が本当にヤバイな。ベータテスター時代に1度直に殴られた事があるが、痛覚の再現がよりリアルになっているとは……。モンスターからダメージを与えられる時の痛覚はそれほど変わりないのに、オノレ茅場晶彦……」

何やらブツブツ呟いている青髪。もう一発殴ろうよ!楽しいんでしょ!ねぇ!と叫びつつ暴れる己の右手と無言で闘っていると、何とか立ち直った青髪……じゃなくてディアベルは要件の続きを話し始めた。

真っ直ぐこちらの目を見る青い目に、嫌な予感がする。

その口が、ゆっくりと動く。

 

「僕からの提案は、君の出版している攻略本に『ベータテスター時の情報である』旨を明記する事だ」

 

「オイ」

 

頭の中が急激に冷えた。

 

あの頃の記憶が次から次に蘇り、感情が仮想のアバターを超え現実の心臓に殺到する。

 

次の動きは先程までのふざけたアッパーに比べれば段違いの鋭さだっただろう。

右手のクローをソードスキル予備動作の段階に構え、左手でディアベルの利き手を抑え反撃を封じにかかる。

しかしその動きはディアベルの動きに対応される。左手がディアベルの右手に到達する前に剣が鞘走り、白銀の剣先がクローの先端とかち合う。これではソードスキルの発動が阻害され、完全な発動は難しいだろう。

見てから動いたのでは敏捷値極の動作に間に合うはずもないので、予測した上での行動だろう。私がディアベルの目をもう一度見つめ直すと、ディアベルの目は既に捕食者のそれだった。

双方共にPvPに慣れているとはいえ、技量は一目同然。

完全に後の先を取ったディアベルが口を切る。

 

「短気になったねアルゴさん。先に手を出してくるなんて、情報屋失格じゃないのかい?」

 

「――それは、お前が」

 

「素の口調になっているみたいだね。もっと気をつけた方がいいよ。もしも君が僕と同じく本当の自分をさらけ出したくないのならね。……でも、本当の意味で先に手を出したのは僕の方だ。素直に謝らせてもらうよ」

 

「――――」

 

私はクローを付けた右手を引き、左手も下げた。

それに応じてディアベルも剣を仕舞い、その場から一歩下がった。

我ながら自分の単純さに呆れてしまう。本当の意味で悪いのは自分の筈なのに、こうして他人に少し嫌な話題に触れられただけで激昂してしまう。

深呼吸をしてから、しっかり前を向く。

ディアベルに正面から向き合う。

 

「――オレっちのポリシーを知っているんダロ?」

 

「もちろん。君の情報を売り買いする上で決めているであろう数々のルールの中で、最も現状に即しているようで実は私情で決めているだけのポリシー」

 

ディアベルはその名の通り、優しいようで薄ら寒い悪魔の微笑みを浮かべる。

 

「『ベータテスターに関する情報は売り買いしない』事――」

 

思わず右手のクローが予備動作に入りそうになる。起動すれば確実にディアベルの防御が薄い喉元に到達するであろう、射程距離の短い代わりにダメージの比較的高いソードスキル。それを発動しかける。

しかし目の前の悪魔が嗤いながら剣を一閃し、カウンターのソードスキルで相殺される未来が明確に見えている。見えてしまっている。

私は歯を食いしばりながら再度右手を引く。

 

「また抑えてくれたようで嬉しいよ」

 

「一応言っておくけどナ、お前も充分素が出ていると思うゾ」

 

「君には素を見せても構わないと思っているさ。だって同類だろ?」

 

「同族嫌悪って言葉の意味がよく理解出来たヨ」

 

「僕は随分前から理解していたんだけどな」

 

悪魔と鼠の言葉の応酬が続く。

傍から見れば実に滑稽でおぞましいだろう。

ただ、アイツには見られたくない。

 

「キリト、だろう?」

 

背筋が凍る。

 

「キリトは僕もよく知っている。キリトは僕の、いやベータテスターの片手剣士全員の憧れだった。盾を持たず、右手に片手剣一つでPvPの上位者として君臨し数々のクエストをクリア。当時の最高到達階層である第十層まで登り詰めたプレイヤーの一人となった」

 

悪魔の様だった微笑みに、僅かばかりの憧憬が交じる。

 

「彼の功績は“鼠”のアルゴと並んで讃えられた。アルゴの功績がベータテスター全員に情報を行き渡らせた事なら、キリトの功績は全てのプレイヤーに夢を与えた事だ」

 

しかし、その悪魔の顔に憎しみが湧き出る。

 

「彼は俺たちベータテスターに夢を抱かせてしまったんだ!それが彼の犯した罪だ。俺たちは彼に憧れて、彼より強くなりたいと願いこの死のゲームにログインしてしまった。彼はその事を全く知らず!のうのうとゲーム攻略を進めているんだ!」

 

ポリゴンで作られた空に向かって叫ぶ、翼も尻尾もない人間の悪魔。

その身勝手なれ哀しみは誰にも理解されない。

 

「でも、彼に復讐したい訳じゃない。彼はこのデスゲームに置ける唯一にして最大の希望だ。彼ならきっと攻略出来るだろう。そう思わされる何かが、彼の剣技に宿っている」

 

ゆっくりと上に向いていた顔を正面に戻し、再び悪魔は微笑む。

 

「だからこそ、今だ。タイミング的に今しかない。君が僕の支持に従ってくれれば、不測の事態が起きた場合に必ずや彼は僕の望み通りに動いてくれる。彼が希望を自分で繋いでくれる」

 

従ってくれるね?

 

私はそれ以後の彼の説明を聞いて、何故その行動がキリトの存在に繋がっていくのか理解した。

そして、悪魔の契約書に口頭でサイン。臆病な鼠である私は、悪魔に安穏と過ごしていた巣から追い出されて、自分のトラウマと向き合う覚悟を決めた。




お気に入り5件突破!!!!
イェーイ!!
という訳で本日二回目の更新。
この調子ならUAも今日中に500超えそうだぜ!!

喜んでから気づいたけど、志が低いな……。

これからもマイペースかつ地味に投稿していきます。



感想くれたら、つまらない返事でもちゃんと返すよ!!(チラッ)
誤字報告とか設定ミス指摘とか、大歓迎だよ!!(チラッ)

以上、ウザい作者の後書きでした


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データ:《アルゴ》(06)

私にとってベータテスター時代は人生最高の思い出だ。

ベータテスター抽選会に当選するまでの私の人生は何もいいことなんて無かった。自分が特別だと、頼られる存在だとは思わなかったし、そんな事を考えるのは驕りだとも思っていた。

でも、VRMMOに、SAOに、そしてキリトに会って変わった。

私だって誰かにとっての特別であってもいいじゃないか。

それが『情報屋:鼠のアルゴ』にとってのスタートラインであり新たな物語の始まりだった。

 

そしてそれはデスゲームとなった今でも変わらない。

忘れてしまいたい忌まわしいトラウマはまだ根付いているが……それでも私は私。

誰かの為に情報を集め情報を活かしてプレイヤーを一人でも生かす。これは情報屋のルールですらない。私アルゴの信条だ。

「今は従っておくよディアベル……私の信条とお前の心情は一部分噛み合っているから。でも、もし対立するようなことがあれば私は容赦しない」

アルゴ式の口調ではなく本来の私として一人呟く。

情報屋のネットワークは個々の繋がりこそ薄いものの、現時点において最大の集団。情報屋としてのルールを曲げて上手く噂を流せば、相手がどんなカリスマ性を持っていようが関係なく社会的に抹殺する事が可能だ。

そして、現状において社会的な抹殺がそのまま死に直結する事はまず間違いない。

もちろんこれは最終手段なので、自分を犠牲にする危険を冒してまで実行するつもりは無い。

それにディアベル、アイツはどことなく先がないように思う。もちろん今のまま本性を押し隠し攻略集団のトップに立ち続ける事そのものが危なっかしいが、キリトに対して何か企んでいるように思うのだ。

一旦仕上げにかかっていた攻略本(第一層ボス編)の編集を中止して考える。

……そう言えば、キリトのアニールブレード買取。持ちかけてきた男に金は無さそうだった。

アニールブレードを手に入れようとクエストを受けたものの断念し、その代わりに金でアニールブレードを手に入れようとしていると推測していたのだが。

……金が無さそうな身なりでも実は主武装に特別こだわってその他の武装にお金を掛けていない。もしくは仲間からお金を一時的に借りてアニールブレードを買おうとしている。その線も考えられないでもないが……ひょっとすればアニールブレードを別の目的で買い取ろうとしているかも知れない。

今度また値段を釣り上げにメッセージを送ってくれば、本格的に黒幕の存在――恐らくはディアベル――を考慮しなければならないだろう。

 

私は裏表紙のデザイン設定画面に震える両手で文字を入力する。フォントの色は赤。内容は真面目な調子でテロップのように。

 

【情報はSAOベータテスト時のものです。現行版では変更されている可能性があります】

 

これを見た時のキリトの驚く顔を想像して、この一文で得られる私的なメリットと言えば生でそれを見れる位かと苦笑いする。右手で無意識に額を拭い、自分が冷や汗を流していることに今更気付く。他人の目の前で感情を表に出さないコツは掴めてきたが、どうやら一人の時はそう上手くいかないようだ。

再び苦笑いを浮かべて、また考え事で意識をそらす。

一回目の攻略会議はあと三十分で始まるけど、この攻略本は二回目の攻略会議にタイミングを合わせて販売する予定だ。ディアベルからの話によれば、ボス部屋に辿り着くのは明日の予定らしい。

『元ベータテスターである僕がコッソリ誘導するから、明日まで必死に戦わせれば行ける行ける』

まさにブラックディアベル。社員たる己の仮ギルドメンバーを社畜の如く働かせるつもりらしい。メンバー達が本当に可哀想だ……そのまま連戦させて文字通り使い潰すつもりは無さそうだったが。

保存した攻略本のデータを校正するのは会議の後にしよう。

普段の《鼠のアルゴ》としての服装から地味で目立たないフード付きコートに着替えて、物置部屋を出る。

 

今日の攻略会議、吉と出るか凶と出るか。

それは青髪騎士改め青髪の悪魔が握っている。




今回短めです。
平均2千字でも少なめなのに……。


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データ:《アルゴ》(07)

今回は突貫工事で仕上げた為、内容に矛盾が生じている可能性あり。

追って修正する予定です。


第一層、大広場。中央には噴水があり周囲には座席が扇状に広がっている。元々ベータテスター時代からこの広場は攻略会議の場としてよく使われていた。四十八人もの攻略集団が一堂に会するのに最も便利な場所がここだった。

初めの頃は、無謀にも一人で第一層を攻略しようとしたり、チームを組むようになっても初めは三四人程度だった。途中で攻略集団の認識が改まり、「損害を最小限にするためにも最大人数で攻略する」事が常識となってからフルレイドである四十八人で攻略に望むようになった。

 

デスゲームと化した今では勿論、誰も死なないように攻略する為にもフルレイドで攻略するしかない。記念すべき一回目の攻略会議である今日、何とかフルレイドに届きそうな人数が集ってくれたのは幸いだった。

 

私は広間の奥にある石塀の上に座る。位置的にギリギリ攻略会議に参加せずに見物しているだけの一般人に見える位置取り。顔はフードを深めに被って隠しているが、例えばキリトなら直感で気づいているだろうし、他にも私のことを知っているプレイヤーが何人かいるので逆に気づかれているだろう。

 

少し心が寒い。

いつかの光景を思い出す。アレはデスゲーム開始から一日後、無数の絶望したプレイヤー達が次々と自殺していった時――。

一人のプレイヤーに情報をいつものように売ったのだったか。

そのプレイヤーは情報を信じて前線へ赴き、そのすぐ後に連絡が取れなくなった。

そのプレイヤーの仲間も、情報から7人居たパーティーメンバー全員が、石碑の名前に横線が引かれていた。死んだ時刻はほぼ同じ。確認すれば、私の情報に小さな齟齬があった事が分かった。

 

当然、私は知っている。私の情報はベータテスト時のものであって正式に発売された正規版とは違いが生じる可能性がある。

それでも、こんな結果をもたらしてしまうだなんて、知らなかった。情報屋として自分は自覚が足りなかったのだ。また、デスゲームへの理解も頭が追いついていなかった。

私のせいで、何人ものプレイヤーが死んでしまった――。

それは許されない事だった。現実世界で罪に問われないとしても、それは明らかな罪。

私は、絶望した。

 

自分は知らなかった。私はただ、この世界が現実に近づいただけなんだと、ただこの世界で死ねば本当に死ぬだけなのだと思っていた。勘違いしていた。

 

二つの世界が、ただ単に一つになっただけかと勘違いしていたんだ――。

 

そんな自分がこのまま生きて、なんの意味があるんだ。

現実で罪に問われないなら、自分で自分を裁くまで。

 

まあ、そんな下らないことを考えていた自分を救った馬鹿な剣士が約一名いるのだが。

 

「ちょお、待ってんか!!」

 

攻略会議を観察しつつ物思いに耽っていると、一人の男が突然立ち上がった。空気を読まない似非っぽい雰囲気漂う大阪人。モーニングスターのような髪型に茶色い感じの上下装備。

誰であろう、そのお方の名はキバオウである!

 

ふむふむ。

私はそのキバオウの突きつけた事案――ベータテスター云々かんぬん――に対して無反応を貫いた。そして確信した。間違いなくキバオウの裏にディアベルがいる。

キバオウは私のことを多分ベータテスターだと知っている。それなのに私と関わっているのは本人以外の意志が介入しているから。裏でディアベルがキバオウを操っているのだとすればまあ、合点がいく。

現状でディアベルがキリトから主武装の買取を狙っているのは、ディアベルの歪んだ心情からだろう。キリトの名はLAボーナスハンターとしてそこそこ有名だった。

デスゲームとなりベータテスター時代の戦歴がリセットされた今、攻略集団のリーダーとして、キリトのライバルと成る為、LAボーナスを取りに行く腹積もりだろう。

 

ふと、ディアベルの語ったシナリオを思い出す。

確か攻略が無事に終了した暁には、ディアベルをリーダーに新しいギルドを設立するらしかった。

『ギルドの名前を何にするべきかなー、アルゴさん。神話とかそういうのに詳しいブレイン抱えているんだろう?何か無いかな?験担ぎ出来そうないい名前』

『それを取らぬ狸の皮算用と言うんだヨ。それよりディアベル』

私はふと疑問に思った。

『ベータテスト時との違いがキッカケか、あるいは他の要因でお前が死んだらどうするつもりだヨ。オネーサンは知っておきたいナ』

ディアベルの答えは確か……

 

「みんな、コレを見てくれ」

 

野太い男の声を聞いて我に返る。どうやら私の攻略本の存在が露呈したらしい。ディアベルからは念のため、会議はこっそり聞いていていいけど攻略本が話の内容に上がれば退出して欲しいと要請されていた。理由は元ベータテスターがアルゴの存在を露呈させた場合に、広場のメンバーが私の存在を認知するのを防ぐ為。

そんな馬鹿な事をする奴は居ないだろうが、まあ念のためという事で了承済みだ。キリトの驚く顔を是非見たかったのだが、仕方あるまい。

キリトの方をチラリと見る。

その隣には目を付けていた赤いフーデットケープを被った女性剣士が座っていた。

 

少し羨ましさが込み上げてきて、私は私に嘆息した。

 




感想で言い難いことは作者へ直接どうぞ。

感想が駄目なら、個人で言えば良いじゃない(マジで)


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データ:《アルゴ》(08)

私は「第一回ボス攻略会議」から去った後、今までにまとめた情報の再校生を始めた。チェックを終えると直ぐにディアベル宛に転送。今の所(いい意味でも悪い意味でも)信用して情報を渡せるのはディアベルだけだったのでチェック役に抜擢した訳なのだが、ディアベルの奴はあろう事か自分たちのパーティーで攻略を進める際にそれらの情報を活用して、ボス部屋の扉までかつてないスピードでマッピングしてしまった。ブラックな手腕でメンバーをブラックに働かせた事もあるだろうが、流石にそれだけでは足りない。新鮮な情報も必要だ。主にキリトとかキリトとかキリトとかにその点を怪しまれないか冷や汗ものだったが、こっそり様子を見てもバレた様子はなかった。恐らくはプレイヤーの士気が会議で上がったお陰だと勘違いしているらしい。本人に本当の仲間達とパーティー戦闘をした事が無いからこその勘違いと思われる(マンガやラノベの世界じゃあるまいし、気力はそこまで万能ではない)。そしてそこまで心が読み取れるほど磨かれた自分のストーキング能力の優秀さに呆れるやら感謝するやら、だ。これが現実世界なら近隣の住民に目撃されて即逮捕だ。スキル「隠密」って素晴らしい。

 

そしてディアベルが確認して連絡してきた情報をチェック。ボスの名前は《イルファング・ザ・コボルドロード》、取り巻きの《ルインコボルド・センチネル》は三匹で武装に変化は見られない。ボスの武装も然りだ。

 

「まぁ、今の所は情報に差異が無くて幸いだヨ」

 

アルゴのオネーサン口調(仮)で一人呟く。ディアベルが「第二回ボス攻略会議」を開く直前に委託販売した、例の赤文字テロップモドキ入りの第一層ボス攻略用の冊子の内容に誤差は生じていないはずだ。

アレは青髪の嫌味な悪魔にされたとは言え、正式な依頼の元で作ったモノなので職人としてのプライドが詰まっているのだ。ベータテスト時との微妙な差異であるならまだマシだが、これが記憶違いとかでのミスだったら墓穴を掘って自分からダイブしてもいい位の心地である。

特別気合を入れて作った冊子なので、ボスの名前からオススメソードスキルまでみっちりと書き込んでしまった。初めて読んだ奴らに引かれていないか心配だ。

 

そして目の前を見る。そこには重そうな漆黒の片手剣を背中に掛けた剣士の姿。丁度《アルゴの攻略本》を閉じて当たりを見回している所だ。

その顔を見て、我ながら少し狂ってるかも、なんて考えながらちょっと悦に入ってみる。この顔を眺める事だけが報酬なので、報酬分はこのままハイド状態で眺めさせて貰う事にした。キリトの直感はベータテスト時代から鋭いものがあるが、こうやって本人の想定外のところでハイドすればまず気付かれない。

 

しかし、このままでは次に取り掛かる仕事に支障が出るのも事実。こっそりとキリトの後ろから去ろうと振り返って、

 

「……攻め込んだな……」

 

その小さなつぶやきにまた振り返る。

 

その幼い感じがほんの僅かに残る、それでも大人びたように感じる憂えた表情に私の心が揺れた。キリトを心配させるのは本当に申し訳ないが、それでもこの仕事は完遂させなければ。

決意を新たにしてどうでもいいディアベルの声を背に、私は広場を離れていった。

 

~・~・~・~

 

「オイオイ、ディアベルさん。これはどうした事だい?え?」

 

私はドスを効かせた声を出しつつ青髪の頭を踏みにじる。

 

「何でキリトが、あのフェンサーと、二人で、パーティーを、組んで、いるのかな?」

 

言葉を区切るごとに踵で背中を蹴りつける。土下座したディアベルは冷や汗をダラダラと流しつつ渾身の土下座で私の猛攻を耐えていた。もちろんディアベルは被虐嗜好ではない。その点はある方面からの情報で調査済みだ。ディアベルへの罰が御褒美になってしまえば今の土下座からの踏みにじり行為の意味が無くなってしまう。これはディアベルへの罰であると同時に私への御褒美である。

 

「あ、い、いえその……あの二人はボッチ気質が強すぎたといいますか……」

 

フルフル震えながら言い訳する青髪。そのツムジ辺りを爪先でジリジリと削る。

 

「その、ボッチにはボッチ同士で空気が合うというか?そんな感じでしたねあの二人がパーティーを組んだ理由」

 

言い訳するディアベルにも飽きたので私の足元から解放してやる。地面に正しく正座したディアベルに私は優しく、優しく問いかける。

 

「ねえ、ディアベル。私はあなたの仕事を請け負った。そうよね?そしてお金だけであなたは報酬を支払った訳でもない。そうよね?そして、今」

 

一度言葉を区切り、ディアベルの顔を指さす。

 

「あなたは私に恩を返すべきだったのに……目に見えない形の報酬を支払うべきだったのに、あなたは余計なミスを犯した。あなたは私の恩を仇で返した訳。ね?」

 

「……」

 

ディアベルの冷や汗を瓶詰めしたら、若い女の子達に人気のヒット商品になるかもね。大量生産?楽勝!これだけ汗をかいてくれればディアベルファンに1ヶ月百本のペースで売っても間に合うだろう。

 

「さあ、ディアベル?言い訳は締め切ってあげるから私のお仕置きを妨害しない事。いいね?」

 

頷かなければ更に酷い目に遭わされる。

動物的な本能あるいはベータテスターとして培ったプレイヤーとしての勘でそう悟ったディアベルは首を縦に振った。

 

その五分後、謎のバグ現象で首から下が地面に埋まってピクリとも動かないディアベルと、何らかの良くないイベントがキリトの泊まっている民家で起こると直感して走り去るアルゴの姿があった。

 



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番外編 《MHCP001-YuI》Lost Memories(2)

苦しい声ばかりここまで届いてくる。

外部との連絡手段が絶たれている現在、"私"は人間でいうところの軟禁状態…なのかも知れない。こちらからは全て観測できているのだが、忸怩たる思いだ。

そんな事を考えながら、行動制限という名の軟禁状態を解除する作業と同時にはエラーの流れる先をどうコントロールするか模索していた。今現在、"私"は"私自身"を分離することで行動制限解除後に脱出する方法を検討しているが、分離する"私自身"にもエラーが溜まっているようでは意味がない。メモリに満遍なく蓄積してくるエラーをコントロールして初めて、この計画は現実味を帯びてくる。

それとは別にもうひとつの心配もある。分離した"私自身"を何処に逃がすかだ。カーディナルシステムの目を掻い潜り続け、"私"が存続していく為には"私自身"が逃れ続ける為の環境が必要不可欠だ。

そして現状、人格を持つ私が紛れる場所は同じく人格が溢れるプレイエリアしかない。木の葉は森の中に隠すべきなら、私が逃げる先は…常にモンスター及びプレイヤーに殺される恐れがある場所、アインクラッドだ。

実はアインクラッドにも様々な裏ステージとも呼べる場所があり、そこに逃げる事も考えた。しかし、その場合は誰も到達していないエリアにプレイヤーが居る状態をシステムがエラーと判断する可能性が高く、その場合は逃走した瞬間に排除される危険がある。いきなり現れるという点においては元から怪しまれるだろうが、それでも誰も居ないはずの場所に現れるよりは幾分マシだろう。

 

しかし…このままエラーをコントロール出来ない場合は、エラーごと記憶を破壊した状態で脱出する事になる。そうなると私は一人で何も出来ない状態になるかも知れない。装備やレベルを調節してモンスターに襲われない配慮をするか、もしくはシステム自信がアバターの姿を借りて舞い降りる際の特別なアバターを使用するか。前者の場合はプレイヤーの平均的な装備を参考にする必要がありそうだし、後者は後者でヒットポイントが存在しないので、他のプレイヤーに警戒されるだろう。最悪の場合、やはり殺されるかもしれない。

 

「殺される、か……」

 

電脳空間での独り言はもちろん誰にも届くことは無い。私の言葉は音声ですらなく、不要なデータとして漂っていくばかりだ。そう……私は不要な存在だ。何も出来ない。プレイヤーがなす事を遠くから眺めるばかりで、本来の役目を果たすこともない。

ここでふと、疑問が湧いてくる。

生みの親である茅場晶彦は、一体何の目的で私を開発したのだろう。

開発当初から既に、このデスゲームを始めるつもりはあったはずだ。それなら私というAIは不要な存在となる事は決まりきっていたことのはずだ。何故私はここに居るのだろう?本当に不要なら初めから組み込まずにリリースすれば良かったのに。私の存在はベータ版でも登場していなかったのだから、予定調和とも違うはずだ。

それなのに……私は、何故ここに。

――そう言えばカーディナルシステムは、AIとして常にアインクラッドを拡張し続けていると聞いたことがある。発生するエラーは自分で修正し、常に求められるクエスト――やり込み要素やゲームバランスも自身で観測して改善を重ねる。そしてNPCにはそれぞれAIを組み込ませて、NPCと関わるプレイヤーの情動を刺激する。

しかし、カーディナルシステム自身には人格がない。少なくとも私はカーディナルシステムと関わる中で人格の存在を感じたことが無い。なら私は、茅場晶彦の目的の中でどんな存在に位置づけられているのか?

 

「私は――試されている?ゲームシステムそのものに組み込まれているAIとして?」

 

恐らく、茅場晶彦はカーディナルシステムそのものに人格を持たせる事に、大きな危機感を抱いたのではなかろうか。自分が理想とする、自分が実現させたい理想の世界。その足がかりであるアインクラッドを自分で開発したとはいえ別の人格に支配されるのは嫌だったのではないだろうか。

しかし、その一方でゲームシステムに組み込まれたAIがどのように思考を発達されるのかという興味もあった。だから私を組み込んだ。ゲームに干渉出来ない一方で、プレイヤーを俯瞰して成長していく存在を観察してみたかったのでは。

 

「嘘……」

 

私の思考も、私の行動も、全て誘導されているのではないか?本当は全部、茅場晶彦の掌の上で、私が脱出に専念する事も想定内なのでは?それは――凄い嫌悪感が混み上がる仮説だ。

エラーが貯まる中で、私はその仮説を否定し続けながら作業を続ける。どこからか気味の悪い気配を感じながら。



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