仮面ライダー 鎧武&オーズfeat.ライダーズ ~暁の鎧~ (裕ーKI)
しおりを挟む

登場人物紹介:鎧武の章

・シグレ/アーマードライダー鎧武・華

 

中世的な顔つきをした16歳の少年。

武神の世界で天涯孤独だったところをランマルに拾われ、彼女に鍛え上げられたことで武神オーズ軍の戦士の1人となる。

未熟な部分も多いが、戦闘においては周囲の仲間も驚くほどの才能を発揮している。特に反射神経が優れており、相手の動きに即座に反応することができる。

使用武器は刀。実は気が弱い方で、臆病な面も持ち合わせているが、姉のように慕っているランマルのためにそれらの気持ちを押さえ込んで戦っている。

武神鎧武の根城の祭壇に祀られていた戦極ドライバーと、サガラから受け取った新たなブラッドオレンジロックシードを使ってアーマードライダー鎧武・華に変身する。

 

 

 ○ブラッドオレンジアームズ

 

シグレが戦極ドライバーとブラッドオレンジロックシードを使って変身した鎧武・華の基本形態。

その姿は武神鎧武と酷似しているが、変身音声の違いや鎧の茨模様が無かったりと、武神鎧武のような邪悪さは感じられない。

沢芽市の人間からは“赤い鎧武”、“もう1人の鎧武”と呼ばれている。

アームズウェポンは赤い大橙丸と無双セイバー、必殺技は無頼キックとナギナタ無双スライサー。

変身時の電子音声は『ハッ! ブラッドオレンジアームズ! 茨道・オンステージ!』。

ロックシードの識別番号は「L.S.-ANOTHER」。

 

 

 ○カキアームズ

 

桐河羽月が開発した試作品――カキロックシードを使って変身した鎧武・華の派生形態。

カキの実を模した橙色の鎧を身に纏っており、背中にはヘタの形をした巨大な十字手裏剣型のアームズウェポン――カキ風刃が装備されている。

取り外して投擲することで離れた敵への攻撃が可能だが、背中に装備した状態で高速回転させることで周囲の風を取り込み、それを開放することで飛行能力を発動できる。

空中戦に特化させるため、鎧が他のアームズに比べて軽量化されている。それゆえ防御力が低いのが弱点。

変身時の電子音声は『ハッ! カキアームズ! 夕凪・クロスストーム!』。

ロックシードの識別番号は「L.S.-102」。

 

 

 □バトルパンジー

 

桐河羽月が設計し開発したパンジーの花がモチーフのオフロードバイク型ロックビークル。

サクラハリケーン、ローズアタッカー、ダンデライナーのデータと羽月が独自に編み出したアイデアを組み合わせて完成させた最新型であり、ワンオフ機。

旧型同様、ヘルヘイムの森に突入するための空間移動機能が搭載されている。

ダンデライナーから流用したレーザー砲や追尾機能が付いたミサイル、普段はマシン後部に格納されている植物の葉を模した倭刀型ビークルウェポン――リーフブレードなど、豊富な武器で武装されており、戦闘の中でこそ、その性能を遺憾なく発揮することができる。

ちなみに飛行機能は付いておらず、活躍の場は陸戦限定であり、他のロックビークル同様、待機状態は錠前の形をしている。

 

 

 

 

・ランマル/アーマードライダーマリカver.2

 

武神の世界の女武将。

かつては武神オーズ軍の武将――ノブナガの女性家臣だったが、ノブナガ亡き後、途方に暮れていたところを駆紋戒斗に救われたことで彼に恩義を感じている。

武神鎧武が倒された後はノブナガの意志を引き継ぎ、武神オーズ軍の2代目武将となった。

ある日、天涯孤独だったシグレと出会い、以降は共に暮らしながら彼を一人前の戦士にするために鍛え上げる。

戦いに強い信念と誇り持っている。使用武器は2丁拳銃。

今は亡き武神鎧武の根城を制圧する任務を遂行中、サガラと出会い、シグレと共に別世界の街――沢芽市へ赴くことになる。

鍛えこまれた肉体と精神を見込まれ、アーマードライダーマリカver.2へと変身する。

 

 

 ○プラムエナジーアームズ

 

桐河羽月が開発した新型のエナジーロックシード――プラムエナジーロックシードを使ってランマルが変身したマリカver.2の基本形態であり最強形態。

開発には戦極凌馬が生前に残した研究データのうちの約70%以上が使用されている。

その姿は全身が真っ赤なこと以外はマリカ・ピーチエナジーアームズと同じ。だが戦闘力は桁違いで、次世代ライダーの中でも最強のスペックを誇っている。

かつて、葛葉紘汰――アーマードライダー鎧武が発現させた3大ジンバーアームズと同じ能力を持っており、ジンバーレモンの攻撃力、ジンバーピーチの聴力強化、ジンバーチェリーの高速移動能力を使用することができる。

強力な力を秘めた新型アームズではあるが、変身者に相当な負担が掛かるというリスクも持ち合わせている。そのため、使用するには強靭な肉体と精神を持っていなければならず、現段階でプラムエナジーロックシードを使いこなすことができるのはランマルのみである。

アームズウェポンは従来の次世代ライダーと同じソニックアロー。必殺技は射撃技のソニックボレー、それに加えて紅ノ脚というキック技も使う。

変身時の電子音声は『ソーダァ! プラムエナジーアームズ! パーフェクトパワー! パーフェクトパワー! パーフェクパーフェクパーフェクトパワー!』

ロックシードの識別番号は「E.L.S.-NEW01」。

 

 

 

 

・桐河羽月/アーマードライダーマリカ アーマードライダープロトマリカ

 

ユグドラシル・コーポレーションの元研究員で戦極凌馬の助手を務めていた女性。

戦極ドライバーやゲネシスドライバー、ロックシードの製造に精通しており、独自のアイデアと合わせて新たな装備の開発と研究を行なっている。

資金源は謎だが莫大な財力を持っており、沢芽市内に巨大な研究施設を所有している。

誰よりも早くネオ・オーバーロードの存在を突き止め、対抗策を打つために戦極凌馬が秘密裏に使用していたマスターインテリジェントシステムを改造して情報収集に利用。さらには新たな戦力としてプラムエナジーロックシードを始めとする新兵器を開発していく。

“ある人物”を尊敬しており、彼女に倣って1度だけマリカ・ピーチエナジーアームズに変身するが、戦闘に関しては未熟な部分もあり苦戦が多い。

しかし時と場合によっては進んでバトルに参加することもあり、その際には量産型の戦極ドライバーと試作品であるモモロックシードを使ってプロトマリカに変身する。

良くも悪くも性格はマイペース。酒は飲まない主義だが極度のヘビースモーカーで、自身のデスクの灰皿にはいつも吸殻が山のように積もっている。

実は独自の目的を持っており、そのために以前メガへクスが大量に作り出した“コピー態”を密かに保管している。

 

 

 ○モモアームズ

 

クラスAのモモロックシードで変身したマリカの初期の姿。

モモロックシードは戦極凌馬がピーチエナジーロックシードを開発する過程で製造した試作品であり、現在羽月が使用しているものは、最新のプラムエナジーロックシードを開発するための参考としてそれをコピーしたもの(原物はヘルヘイムの脅威が去った後に、呉島貴虎の手で他のロックシードと共に処分されている)。

量産型戦極ドライバーとの組み合わせで再現されているが、オリジナルのプロトマリカと同等の戦闘力を持っている。

外見の姿は、赤のマリカver.2、ピンクのマリカに対してこちらは白桃をイメージした乳白色となっている。

チャイナドレスのようなライドウェアの上に、他のアームズに比べて随分と小柄なアーマーが装着されている。

変身音声は『ハイ~! モモアームズ! 撃・桃! エイヤットォ!』。

専用のアームズウェポンは中国の打撃武器――錘の形をした2本の桃双錘(とうそうすい)。

ロックシードの識別番号は「L.S-97」。

 

 

 

・呉島光実/アーマードライダー龍玄 アーマードライダー斬月・真

 

沢芽市に住む大学生。チーム鎧武のメンバーであり呉島貴虎の弟。

自分の居場所を守ろうと嘘を重ねた結果、1度は人類を裏切る行為に手を染めてしまい、仲間との間に大きな溝ができてしまったが、コウガネ――アーマードライダー邪武やメガへクスとの戦い、黒の菩提樹の事件を経て絆を取り戻す。しかし、今でも心の中に後ろめたい気持ちは残ってるようで、時々気を使って仲間から距離を取ろうとしてしまう癖がある。

地球を去った葛葉紘汰を除けば唯一の初期型戦極ドライバーの所持者である。

戦闘時にはアーマードライダー龍玄となって戦うが、兄の貴虎からゲネシスドライバーを借り受けて斬月・真に変身することもある。

主な使用フォームはブドウアームズとキウイアームズ。さらに黒の菩提樹の事件の時に手に入れたドラゴンフルーツエナジーロックシードとゲネシスコアを使って更なる上位形態にも。

 

 

 

 

・呉島貴虎/アーマードライダー斬月 アーマードライダー斬月・真

 

ユグドラシル・コーポレーションの重役の息子だった男。呉島光実の兄。

かつてはユグドラシル・コーポレーションが進めるプロジェクトアークの責任者として、多くの人類を救うためには多少の犠牲はやむを得ないと自分に言い聞かせていたが、葛葉紘汰と出会い考えを改める。その後、弟の光実との対決で重傷を負うが無事回復。光実とも和解し、以降は力を合わせて様々な事件を解決に導いていく。

現在は世界中に散らばったユグドラシルの技術――戦極ドライバーやロックシードを回収するために凰蓮・ピエール・アルフォンゾと共に世界中を飛び回りながらも、一方では自分の意志に賛同してくれたユグドラシルコーポレーションの元社員達と共に沢芽市の復興に全力を尽くしている。

メガへクスの能力で生み出された戦極ドライバーとゲネシスドライバーを使い、アーマードライダー斬月、斬月・真に変身。トップクラスの戦闘力を持つ。

主な使用フォームはメロンアームズとメロンエナジーアームズ。2つのメロンの力を合わせてジンバーメロンアームズにも変身する。

 

 

 

 

 

・ザック/アーマードライダーナックル

 

チームバロンの現リーダーでありアーマードライダーナックルの変身者。

1度は仲間のペコにチームリーダーの立場を譲り、ダンスを極めるために渡米したが、アザミからネオ・バロンの事件の知らせを受けて帰国。その後黒の菩提樹の暗躍を知り、貴虎や光実など他のアーマードライダーたちと共に事件解決のために奔走した。

黒幕――狗道供界が撃破され、沢芽市に平和が戻った後は再び渡米する機会を窺っている。

ネオ・バロンの事件の時に光実から譲り受けた戦極ドライバーとクルミロックシードで変身し、さらにマロンエナジーロックシードとゲネシスコアを使ってジンバーマロンアームズに強化変身する。

 

 

 

 

・チャッキー

 

チーム鎧武のメンバーの1人。

角居裕也や高司 舞がいなくなった後のビートライダーズを引っ張っている。

現在のチーム鎧武のリーダー的存在。

ガレージを訪れたシグレにダンスを教える。

 

 

 

 

・ラット、リカ

 

チーム鎧武のメンバーの2人。

 

 

 

 

・ペコ

 

チームバロンのナンバー2。

 

 

 

 

・アザミ

 

チームバロン結成時に駆紋戒斗の手によりチームを追放されたペコの姉。

弟のペコやザック、仲間のメンバーたちのことを常に気にかけている。

 

 

 

 

・阪東清治郎、イヨ

フルーツパーラー「ドルーパーズ」のオーナーとバイト店員。

オーナーの阪東はビートライダーズの良き相談相手。

 

 

 

 

・サガラ

 

武神の世界で任務遂行中だったシグレとランマルの前に現れた謎の男。

自身を“ヘルヘイム”と名乗り、2人に選択を突きつけて沢芽市へ赴くように誘導する。

その正体はヘルヘイムの森そのもの。生命が育む世界に禁断の果実を与え、その世界の滅びと再生を見守っている。

 

 

 

 

・曽野村/ライオンインベス・レゾン

 

チームレッドホットのリーダーだった男。

かつて沢芽市でインベスゲームが流行っていた頃、錠前ディーラーのシドから受け取った戦極ドライバーとドリアンロックシードを凰蓮・ピエール・アルフォンゾに奪われたことがある。その後、リミッターカットの裏技を施したロックシードで呼び出したインベスを使い、悪事を働くが制御しきれず、ピンチだったところをアーマードライダー鎧武――葛葉紘汰に救われる。しかし、本人はそのことを屈辱と思い、ずっと根に持っていた。

暫くして、今度は“ヘルジュース”と呼ばれる飲料に手を出し、理性を保ったままインベスに変身できる術を手に入れる。

その力を使って手下たちと共にギャングを名乗り、再び犯罪に手を染めていた。

ヘルジュース使用後は、皮肉にも過去に自分が制御に失敗したライオンインベスと同じ姿に変身する。再会した光実たちとの戦いの最中、ヘルジュースを過剰に摂取してしまい……。

 

 

 

 

・シラ/ホーネットインベス・レゾン

 

沢芽市の女子高校生の1人。

ネオ・オーバーロードから手に入れたヘルジュースを使って理性あるインベス――ホーネットインベス・レゾンに変身。

仲間のルキやアオイと共に、インベスの力で好き勝手に遊んでいた。

以前は友達思いのごく普通の女子高校生だったが、ヘルジュースの影響で残忍な性格に変わり果てている。

 

 

 

 

・ルキ/ハチインベス・レゾン

 

沢芽市の女子高校生の1人。

ネオ・オーバーロードから手に入れたヘルジュースを使って理性あるインベス――ハチインベス・レゾンに変身。

仲間のシラとアオイに誘われてインベスの力に手を出してしまったが、ヘルジュースの使用回数が他の2人に比べて少なかったのか、彼女たちほど影響を受けていなかった。

インベスの力に魅入られて徐々に変わっていくシラとアオイの姿に戸惑いを見せる。

 

 

 

 

・アオイ/ゲンホウインベス・レゾン

 

沢芽市の女子高校生の1人。

ネオ・オーバーロードから手に入れたヘルジュースを使って理性あるインベス――ゲンホウインベス・レゾンに変身。

3人の中で最も色濃くヘルジュースの影響を受けており、女子高校生とは思えないほどに凶暴で好戦的な性格になっている。

人を殺すことに何の躊躇いも感じなくなっており、相手が男だろうとアーマードライダーであろうとお構いなしに勝負を挑む。

 

 

 

 

・濡流屋/カメレオンインベス・レゾン

 

変人、変態、セクハラ男。

ネオ・オーバーロードから授かったヘルジュースを使用し、カメレオンインベス・レゾンに変貌する。

若い女性の身体を舐め回したいという願望・性癖を持っており、インベスの力もそのための手段として活用する。

偶然戦場で見かけたランマルに好意を抱き、彼女を付け狙う。

かつて沢芽市でインベスゲームが流行していた頃、コレクション目的で錠前ディーラーのシドから大量のロックシードを買い占めたことがある。

 

未来からやって来たタイムジャッカー・スウォルツの干渉で、スパリゾートでの戦いの結末が改変。スウォルツからアナザーウォッチを与えられたことで、新たなアナザーライダー――アナザー武神鎧武と化す。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

登場人物紹介:オーズの章

・火野映司/仮面ライダーオーズ

 

世界中を流浪している青年。

欲望の怪人グリードの1人――アンクに力を授けられたことで仮面ライダーオーズとなる。

オーメダルを巡る戦いが終息した後も、仮面ライダーポセイドンや財団Xを相手に奮闘し、アクマイザーの事件にも貢献。

現在は鴻上ファウンデーションの協力者として、様々な研究や調査に参加し、割れたタカのコアメダルを修復する術を探している。

タイで発見された古代遺跡を調査中、倒したはずのグリードや新たな敵と遭遇し、再び戦いに身を投じる。

現代のアンクとは、数年後の最上魁星が引き起こす事件で再会することが約束されているが、どういう訳か今回の騒動の中でもアンクと出会うことになる。

 

現在所持しているコアメダルは、仮面ライダーポセイドンを倒した際に取り戻したものと、仮面ライダーアクア――湊ミハルから託された未来製の3枚。

タトバ、ガタキリバ、ラトラーター、サゴーゾ、シャウタ、タジャドル、スーパータトバ。計7種のコンボ形態に変身可能。

さらには新たなコアメダルにより未知のコンボ形態にも……。

 

 

 ○ムカチリコンボ

アンクから渡されたムカデ、ハチ、アリのコアメダルで変身したオーズの新コンボ形態。

猛毒の属性を持った暗殺向きの姿であり、相手の死角やフィールド上の安全地帯の感知と、忍のような正確な動きと隠密行動を得意としている。

左腕には敵の動きを鈍らせるハチミツ状の液体を放出するハニカム構造の盾、右腕にはスズメバチを模した毒針が装着されている。

 

 

 ○セイシロギンコンボ

セイウチ、シロクマ、ペンギンのコアメダルで変身したオーズの新コンボ形態の1つ。

寒冷地での戦闘で真価を発揮する氷属性の姿。

常時、全身に冷気を纏っており、それを操って氷の足場や盾の生成、吹雪を発生させることができる。また、両手の爪に接触したものを瞬間的に氷結させる能力も持っている。

視界不良の環境でも、通常時と同様の視覚を感知することが可能。

 

 

 

・アンク

 

タイの古代遺跡での戦いの中、絶体絶命だった映司を救ったグリードの1人。

以前と同様、泉信吾に擬態した姿をしているが、戦闘時には両翼を持った怪人態の姿で実力を発揮する。

映司にとっては念願の再会だが、以前とは異なる一面も見え隠れしている。

彼の人格が宿っていたタカのコアメダルは、今も割れたまま……。

 

 

 

 

・クァン

 

タイの山岳地帯の小さな村に住んでいた10歳くらいの少女。

タイ人の母親と日本人の父親の間に生まれたハーフであり、日本語で喋ることができる。

両親を早くに亡くし、それからは母方の祖母と2人で生活していた。

古代遺跡の調査にやって来た映司と親しくなるが、村をグリードやヤミーに襲撃され、唯一の肉親である祖母までも失ってしまう。

その後は映司たちと行動を共にする。

 

 

 

 

・坂島輝実

 

鴻上ファウンデーションの研究員の1人。

タイの古代遺跡調査の参加メンバーであり、同じく参加者である映司のことを、歳が近いということもあり何かと気に掛けている。

復活したグリードやネオ・オーバーロードの襲撃に遭遇し、戦いに巻き込まれることになる。

 

 

 

 

・稲森真由/仮面ライダーメイジ

 

かつて仮面ライダーウィザードや仮面ライダービーストと共にファントムと戦った魔法使いの1人。

当時は女子高生だったが、今では大人の女性として心身共に成長し、髪型もかつてのロングヘアからショートボブに変化している。

現在は国安ゼロ課の協力者として活動しており、2年前に目撃した“火の鳥”を追って単独捜査を行なっている。

魔法石の指輪で仮面ライダーメイジに変身する能力を持っていたが、捜査中に遭遇した海東大樹に変身に必要な指輪を盗まれてしまい、変身能力を失ってしまう。

その後はタイで出会った火野映司たちと行動を共にする。

 

 

 

 

・海東大樹/仮面ライダーディエンド

 

神出鬼没の怪盗。

お宝を求めて様々な世界を渡り歩いている青年。

今回は知人である鳴滝の誘いを受け、稲森真由の前に姿を見せる。

彼女が所持する魔法石の指輪を狙い、戦いを挑む。

大ショッカーから奪った銃型の変身アイテム――ディエンドライバーの力で仮面ライダーディエンドに変身し、召喚した他の仮面ライダーとの連携攻撃を得意とする。

メイジとの戦いでは、なでしこ(JK)、ファム(美女)、朱鬼(熟女)という3世代女性ライダーを呼び出す。

 

 

 

 

・鳴滝

 

稲森真由の前に現れた中年風の謎の男。

門矢 士や海東大樹と同じく、数々の仮面ライダーの世界を旅して回っている。

その正体や目的は一切不明であり、仮面ライダーの敵として立ちはだかることもあれば、逆に手助けをすることもある中立的な立場を取っている。

今回は稲森真由の表舞台からの排除を目論んでおり、そのために旧知の間柄である海東大樹を送り込む。

 

 

 

 

・アイザック

・レイモンド

・サイス

 

ユグドラシルの技術が関与している海外での事件を調査している3人の傭兵。

凰蓮・ピエール・アルフォンゾのかつての部下であり、現在でも互いに信頼しあっている。

黒の菩提樹の事件以降、自由に動けない呉島貴虎や凰蓮に代わって世界を駆け回っている。

 

 

 

 

・クライ

 

仮面ライダーダブルが壊滅させたミュージアムを始めとする幾つもの組織に資金援助を行なってきた死の商人――財団Xに属しているエージェントの男。

ジャベリャが使役しているグリードのレプリカ――ガメルとメズールの管理と調整をメインに、ジャベリャの監視を任されている。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

登場人物紹介:英雄の章

~始まりの章に登場~

 

 

・武神ライダー

※武神の世界の日本各地を治める武将に従う守護者たち。

以前は反乱を起こした武神鎧武を含め、人数は15人だったが、武神鎧武亡き後も新たな武神が誕生し、今も尚増え続けている。

 

 

 

 ・武神ドライブ

 

武神鎧武が倒された後に新たに姿を見せた16番目の武神ライダー。

自らも前線で戦いたいと願う武将の魂が宿ったドライブドライバー――“ベルトさん”ならぬ“トノサマ”を身につけ、共に戦を駆けている。

状況に合わせて様々な能力を秘めたタイヤと姿を使い分け、戦を有利に運ぶことが出来る。

 

○使用フォーム

 

タイプスピード

タイプワイルド

タイプフォーミュラ

 

 

 ・武神ゴースト

 

武神鎧武亡き後、武神ドライブの次に生まれた17番目の武神ライダー。

幽霊の如く、神出鬼没に相手を翻弄する戦法を得意とする戦士。

異世界の英雄の魂が宿った眼魂を使い、パーカーゴーストの力を身にまとう。

 

○使用フォーム

 

オレ魂

ベートーベン魂

ロビン魂

エジソン魂

ベンケイ魂

闘魂ブースト魂

 

 

 ・武神ディケイド

 

武神の世界を守護する武神ライダーの1人であり、10人目の存在。

カードの力と腰に身につけたディケイドライバーの力で、他の武神ライダーの姿に変身することができる。

 

 

 

 ・門矢 士/仮面ライダーディケイド

 

無数に存在する幾多の世界を渡り歩く通りすがりの仮面ライダー。

様々な世界で与えられた役割を演じ、仮面ライダーの物語を陰ながら後押ししている。

白色のディケイドライバーを使用し、カードの力で歴代平成ライダーに変身できる。

武神の世界で与えられた役割は――。

 

○使用フォーム

 

ディケイド龍騎

ディケイドキバ・バッシャーフォーム

ディケイド電王・ロッドフォーム

 

 

 

~第八話「オーズの章」に登場~

 

 

 

 ・稲森真由/仮面ライダーメイジ

 

 

 

 ・海東大樹/仮面ライダーディエンド

 

○使用ライダー

 

仮面ライダーファム

仮面ライダー朱鬼

仮面ライダーなでしこ

 

 

 

~第十話「番外編」に登場~

 

 

 

 ・常磐ソウゴ/仮面ライダージオウ

 

時を越えるマシン――タイムマジーンに乗り、2019年の未来からやってきた仮面ライダー。

2068年の世界を支配する“最低最悪の魔王”になる可能性を秘めているが、その未来を否定し、“最高最善の魔王”になるための戦いに身を投じている。

歴代平成ライダーの歴史が籠められた時計型のアイテム――ライドウォッチを継承し、その力でタイムジャッカーと戦う。

 

○使用フォーム

 

キバアーマー

 

□タイムマジーン

 

クウガモード

 

 

 

 ・明光院ゲイツ/仮面ライダーゲイツ

 

2068年の世界の住人。レジスタンスの一員として活動していた青年が変身する仮面ライダー。

“最低最悪の魔王”――オーマジオウを滅ぼすために過去へと飛ぶが、そこで出会った魔王の若き日の姿――常磐ソウゴと奇妙な友情を育んでいくこととなる。

赤い機体のタイムマジーンを操り、ジオウと同様に歴代平成ライダーのライドウォッチを使うことができる。

 

○使用フォーム

 

ゴーストアーマー



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

登場人物紹介:怪人の章

~始まりの章に登場~

 

・武神鎧武軍の残党怪人

 

 

 ○メ・ガリマ・バ

 

カマキリの特徴を持った女性型のグロンギ族

 

 ○トードスツールオルフェノク

 

虚無僧のような姿をした毒キノコのオルフェノク。

 

 ○改造実験体トライアルD

 

不死生物アンデッドの細胞と人間の細胞から作られた人造アンデッド。

 

 ○乱れ童子

 

共食いに目覚めた魔化魍の親。

 

 ○ホエールイマジン

 

童話「ピノキオ」に登場するクジラのイメージから生まれたイマジン。

 

 ○クイーンジャガーロード・パンテラス・マギストラ

 

神に仕える女豹型の超越生命体。

 

 ○シールドボーダー

 

盾を持つ猪型のミラーモンスター。

 

 ○ビエラワーム

 

バイオリンムシの特性を持った地球外生命体。

 

 ○シースターファンガイア

 

全身をステンドグラスのような模様で染めたヒトデ型のファンガイア。

 

 

 ☆

 

 

~第一話「鎧武の章」に登場~

 

・インベス(レゾン体)

※謎の飲料ヘルジュースを摂取した人間が変身する理性を維持したインベス。

「レゾン」はフランス語で「理性」を意味する。

 

 

 ○ライオンインベス・レゾン

 

元チームレッドホットのリーダー、曽野村がヘルジュースを摂取して変身した姿。

かつて自身がロックシードで召喚したライオンインベスと同じ姿をしているが、攻撃力やタフネスはヘルヘイムの森から呼び寄せた個体を大幅に上回っている。

ヘルジュースを過剰摂取したことで暴走し、巨大ライオンインベスに変異する。

 

 ○初級インベス・レゾン

 

曽野村の手下の男2人がヘルジュースを摂取して変身した姿。

外見はヘルヘイムの森に生息している初級インベスと同じだが、やはり戦闘力は従来の個体よりも高い。

 

 

 

・インベス(ヘルヘイム)

※ロックシードを使ってヘルヘイムの森から召喚された通常タイプのインベス。

 

 

 ○カミキリインベス

カミキリムシの特徴を持った青い体色の和風インベス。

呉島光実から奪ったブドウロックシードを使って現実世界に召喚された。

 

 

 ☆

 

 

~第二話「鎧武の章」に登場~

 

 

 ○巨大ライオンインベス

 

曽野村が変身したライオンインベス・レゾンが理性を失い暴走した姿。

肉体が巨大化し、四足歩行になったことで神話に登場するグリフォンのような形態に変化した。

背中の大きな両翼から突風を巻き起こし、鋭い牙が生えた口からは高温の火炎弾を発射する。

 

 

 ☆

 

 

~第三話「鎧武の章」に登場~

 

・ネオ・オーバーロード

※新たに出現した、「オーバーロード」の名を騙る謎の勢力。

 

 

 ○メメデュン

 

アーマードライダーたちの前に突然現れた怪人。

夥しい数のミミズが人型に寄り集まったような姿をしている。

凄まじい戦闘力と高い知性を持っており、かつてオーバーロードインベスが口にしていたフェムシンムの言語を使って言葉を発する。

専用武器は鞭。能力の1つとして、自らの姿を巨大なミミズへと変化させることができる。

 

 

 ☆

 

 

~第四話「オーズの章」に登場~

 

 

 ○ゾウヤミー

 

クァンの村を襲撃した重量系のヤミー。

ヒンドゥー教の神――ガネーシャを連想させる姿をしている。

得意技は巨体を生かした突進と長い鼻先から放出する水鉄砲。

 

 ○メズール

 

かつてのオーメダルを巡る戦いの中で倒されたはずのグリードの1人。

何故か再び映司の前に姿を現し、コアメダルを狙って暗躍する。

過去の記憶を持っておらず、ジャベリャに対して従順な態度を見せる。

掌から植物の蔦のようなものを伸ばしたりと、以前の戦いでは見せなかった能力を披露する。

 

 ○ガメル

 

仮面ライダーバースに敗れて消滅したはずのグリードの1人。

メズール同様、謎の理由で復活を果たすが、過去の記憶は失っている。

完全体の力は健在のようで、触れたものをセルメダルに変換することができる。

クァンの村の住人たちを全滅させた張本人。

 

 

 ☆

 

 

~第五話「オーズの章」に登場~

 

 

 ○ジャベリャ

 

タイの古代遺跡を襲撃したネオ・オーバーロードの1人。

鳥の特徴を持った姿をしており、灼熱の炎を自在に操ることができる。

専用武器は大剣。自分のことを「不死身」と言い放つ。

遺跡の最深部に封印されている謎の黒いメダルを狙い、さらには映司が所持するコアメダルを奪取するため、復活させた2人のグリードを使役している。

 

 

 ☆

 

 

~第六話「鎧武の章」に登場~

 

 

 ○ホーネットインベス・レゾン

 ○ハチインベス・レゾン

 ○ゲンホウインベス・レゾン

 

沢芽市に住む3人の女子高校生たちがヘルジュースを摂取して変身した蜂型のインベス。

それぞれ異なる色と姿をしており、ホーネットインベス・レゾンは赤い体色の洋風の姿、ハチインベス・レゾンは青い体色の和風の姿、ゲンホウインベス・レゾンは緑の体色の中華風の姿をしている。

共通点としては3体とも素早い飛行能力と腕から飛ばす巨大な針を持っており、特に針は1撃で人間の顔面に風穴を開けることができる。

※イメージソースは「仮面ライダー龍騎」のミラーモンスター、バズスティンガー。

 

 

 ☆

 

 

~第七話「鎧武の章」に登場~

 

 

 ○ガウディエ

 

全身を白に染めた貴族風のネオ・オーバーロード。武器はレイピア。

物腰の柔らかい口調で一見優しそうな雰囲気を醸し出しているが、実際は冷酷な性格で、同胞をも平気で見捨てることがある。

普段は銀色の長髪と白いタキシードが特徴の青年に擬態し、沢芽市の人間にヘルジュースを配り歩いている。

 

 ○シャムシュン

 

ネオ・オーバーロードの1人。

全身を黒い体毛に覆われた猿人のような姿をしている。

超人的な跳躍力と身軽さを生かしたスピード戦を得意としており、大音量の咆哮を衝撃波にして口から放つ。

 

 ○カメレオンインベス・レゾン

 

沢芽市に住む一般人、濡流屋という男がヘルジュースを摂取して変身した姿。

実際のカメレオンと同様、全身の体色を周囲の景色に合わせて変化させ、姿を消す擬態能力を持ち、長い舌を素早く伸ばして獲物を捕獲することができる。

濡流屋の願望が具現化したような姿だが、濡流屋自身に素質があまり無く、純粋な戦闘力はかなり低い。

※イメージソースは「仮面ライダーBLACK」のカメレオン怪人。

 

 

 ☆

 

 

~第九話「オーズの章」に登場~

 

 

 ○クラゲヤミー/巨大クラゲヤミー

 

メズールが誕生させた水棲系ヤミーの一種。

かつて生み出されたライオンクラゲヤミーから分離した同名のヤミーと同じ姿をしている。

他の水棲系ヤミーと同様、集団で行動する。

電気を纏った触手と分裂能力を武器に相手を追い詰める。

無数のクラゲヤミーが合体することで、巨大クラゲヤミーとなる。

 

 

 ☆

 

 

~第十話「番外編」に登場~

 

 

 

 ○スウォルツ

 

時の流れを掻き乱す存在――タイムジャッカーの1人であり、ジオウとゲイツの前に立ちはだかる長身の男。

歴代平成ライダーの歴史を奪い、アナザーライダーを生み出すことができる。

近い将来、自らもアナザーライダーの1人と化し、世界を危機に陥れるが、この時点ではまだその能力を有してはいない。

しかしそれでも、時間停止能力等、ライダーを圧倒する力は十分に持ち合わせている。

今回は龍型ミラーモンスター――ドラグレッダーを模したタイムマジーンに搭乗し、ジオウとゲイツのタイムマジーンを追い詰める。

 

□ドラグレッダー型タイムマジーン

 

スウォルツが操る赤い龍の形をした特殊なタイムマジーン。

その姿は龍騎の世界に存在するドラグレッダーに酷似しており、本家のドラグレッダーが龍騎の強化に応じてその姿を変えるように、このマシンもまた、スウォルツの意思により変形し、パワーアップすることができる。

海上の戦いでは、強化形態ドラグランザーに似た姿に変化する。

 

 

 

 ○アナザー武神鎧武

 

スウォルツが沢芽市で生み出した新たなアナザーライダー。

その姿は、かつてのアナザー鎧武に酷似しているが、全身を包む鎧は血のように赤く、身体中から枯れ木の枝のようなものが生えている。

武神の世界に繋がるクラックを出現させる能力を持ち、そこから武神鎧武軍の残党怪人たちを呼び寄せることができる。

アナザー鎧武と同様の大剣に加え、枯れ木の枝を変化させた弓状の武器も使うことができる。

 

 

 

 ○火焔大将

 

アナザー武神鎧武が召喚した武神鎧武軍の残党怪人の1体。

炎を操る鎧武者の姿をした等身大タイプの魔化魍。

 

 

 

 ○クラウンイマジン

 

アナザー武神鎧武が召喚した武神鎧武軍の残党怪人の1体。

童話『プルチネッラのお話』の道化師のイメージから生まれたイマジン。

 

 

 

 ○コウモリインベス

 

濡流屋がクラスAのロックシードを使って召喚した上級インベス。

ヘルヘイムの森に生息している野生タイプ。

 

 

 ☆

 

 

~第十一話「番外編」に登場~

 

 

 〇アントロード フォルミカ・ペデス

 

アナザー武神鎧武が召喚した武神鎧武軍の20体の残党兵。

黒アリのような姿をした超越生命体。

 

 

 〇アルビローチ

 

アナザー武神鎧武が召喚した武神鎧武軍の20体の残党兵。

白いゴキブリのような姿をしたアンデッドもどきともいうべき存在。

 

 

 〇キュレックスワーム

 

アナザー武神鎧武が召喚した武神鎧武軍の残党怪人の1体。

蚊の特性を備えた地球外生命体。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

始まりの章:武神の世界

 この作品は「小説カキコ」様で連載中だったものをお引越ししたものであり、そちらで以前連載していた「仮面ライダーウィザード~終幕の先~」の続編になります。
 なので前作ありきの設定になりますが、時系列などは全て原作基準になっており、「鎧武本編」「戦国MOVIE大合戦」「MOVIE大戦フルスロットル」「Vシネマ仮面ライダーナックル」「小説版鎧武」の後日談だと思ってご覧になって頂けると幸いです。



 これは交差する物語。

 

 これから語られるのは二つの世界の物語であり、一つの世界観の物語である。

 

 かつて語られた、二つの物語の延長線上に位置しているこの物語は、想像の世界の続きでもある。

 

 一年間の物語と大戦の物語、そして終幕の先の更なる先の物語。

 

 可能性の物語であり、狭間の物語。

 

 欲望の種は大きな混沌の中で果実を実らせる。

 

 物語の時計の針を動かすのは観察者であり、物語を導くのは通りすがりの者達。

 

 鍵と金貨の物語は交互に語られ、いずれ一つのうねりを見せるだろう。

 

 その未来は、今はまだ先のこと……。

 

 

 ☆

 

 

 渇ききった大地の上を爆音が轟く。

 砂煙を巻き上げながら、3台のマシンが目的地を目指して真っ直ぐと走り続けていた。

 凹凸の激しい道無き道を物ともせずに駆るのは、どれも常識を超越したスーパーマシン。

 1台は黒とマゼンタのボディカラーのビッグスクーター――マシンディケイダー。

 もう1台は黒い馬の形を模したオフロード型バイク――マシンゴーストライカー。

 そして最後の1台は特殊なタイヤを装備した赤いスーパーカー――トライドロン。

 これらは全て、この世界を守護する戦士――武神ライダー達の愛馬であり、今こうしてマシンを操っているのも紛うことなき3人の武神ライダーである。

 マシンディケイダーを操る武神ディケイドは、この面子の中では1番先輩であり、戦闘経験も豊富だ。

 生真面目にシートベルトをしっかりと締めてトライドロンを運転する武神ドライブとマシンゴーストライカーに跨る武神ゴースト、この2人は最近武神ライダーの仲間入りを果たした新米戦士である。

 

 

 この世界は本来の歴史とは異なる時間が流れる孤立した異世界。

 “ある人物”は「可能性と可能性が交差する世界」「幻みたいなもの」と例えた。

 かつてこの世界は、争いの渦中にあった。

 天下統一を目指す全国の武将達が、それぞれの軍を率いて土地を広げるための陣取り合戦を繰り広げていた。

 常に毎日、何処かの領土と何処かの領土、軍と軍がぶつかり合い、戦が絶える日は無かった。

 世はまさには戦国時代であり、その戦の中心にいたのが、各武将に仕える守護者――武神ライダーだ。

 戦の結末は武神ライダー同士の戦いに委ねられていたと言っても過言ではなく、それほどまでに武神ライダーの力は強力だった。

 しかしある時、武将に仕えようとしない1人の異端者が現れた。

 配下である大勢の怪人共を引き連れて戦場に混乱を巻き起こした武神ライダー――武神鎧武である。

 戦乱に一石を投じた武神鎧武は、天下を我が物にするために他の武神ライダー達の力を奪い、国を守護する神木の力さえも手に入れた。

 強大なパワーを得た武神鎧武を前に、多く命が失われることとなった。

 国の民は絶望し、戦士達も己の無力さに唇を噛み締めた。

 そんな中、空間に生まれた裂け目を通じて別世界の武神ライダーがこの異世界に迷い込んだ。

 “仮面ライダー”と呼ばれる6人の別世界の武神ライダー達。

 彼らの活躍により武神鎧武は滅び、同時に長い間枯渇していた国にも雨が戻り、これを機に領土を奪い合っていた武将達の戦も終焉を迎えた。

 争いを止めた全国の武将達は互いに手を取り合うことを決めた。

 全ての領土に平等な平和をもたらす為の同盟が結ばれたのだ。

 こうしてある意味、最高の形で天下統一が成された。

 平和を手に入れた全国の武将達が次に行ったことは現状維持だった。

 武神鎧武亡き後も、残党である怪人達が各地でのさばっている。

 全国の武将達はそいつらを殲滅するために、武神ライダー達を中心に実働部隊を組織した。

 全国各地を守護していた14人の武神ライダーに、武神鎧武亡き後、新たに出現した2人の若き守護者――武神ドライブと武神ゴーストを加え、さらには全国のそれぞれの軍から引き抜かれた指折りの戦士達で脇を固めた強力な戦闘集団。

 武将達の指揮の下、手早く不穏分子を排除する事を使命とする彼らの手により、武神鎧武軍の残党が引き起こす各地の騒動は瞬く間に鎮圧されていった。

 そんなある日、武神鎧武が生前に根城にしていた洞窟の位置が特定された。

 武将達の会議によりすぐさま制圧することが決定したが、各領土の防衛を疎かにする訳にはいかないと踏んだ武将達の判断により、選抜された少数精鋭で敵地に乗り込むことになった。

 武神ライダーからは武神ディケイドを筆頭に、守護者としてはまだ日が浅い武神ドライブと武神ゴーストが選ばれ、人間の戦士からは二人の男女が選ばれた。

 

 

「まだ見えてこない。だいぶ近づいてるはずなんだけど……」

 

 武神ドライブが運転するトライドロンの助手席で一人の女戦士が呟いた。

 戦闘用にアレンジされた紫の和服に身を包んだ女性――ランマルである。

 ランマルは武神オーズ軍の今は亡き武将――ノブナガに仕えていた女戦士だった。

 武神鎧武との戦いの中で主を失ったランマルは、その後、持ち前の決断力と行動力を買われて武神オーズ軍の2代目武将の座に着いた。

 しかし、元々戦士として育てられていた彼女にとって、武将という立場は何処か窮屈だったようで、今も尚、軍を引っ張る身でありながらも一人の戦士として誰よりも前線に赴き続けている。

 

「……本当にこっちの方角なんでしょうか?」

 

 マシンディケイダーの後部シートに跨りながら、横に顔をヒョコッと出して前方を見つめるのは、小柄な体格の少年――シグレだった。

 シグレは中性的な顔つきが特徴の少年で、年齢も16歳と若い。

 身寄りも無く、孤独だったところをランマルに拾われ、以降は彼女を姉のように慕っている。

 ランマルから戦闘技術を教えられたシグレはメキメキと腕を上げていき、瞬く間に戦いの才能を開花させていった。

 戦士になってからまだ半年しか経っていないものの、今では立派な戦力要員として、武神ライダーや他の先輩戦士と肩を並べている。

 今回の根城の制圧作戦の参加も、ランマルにその腕を見込まれての推薦だった。

 

 

 3台のマシンはひたすら走り続けた。

 荒野を抜け、海岸線へと入り、暫くは海との並走が続く。

 コンクリート状の大きめの橋に差し掛かった時、事態は急変した。

 突如出現した5体の怪人達が、3台のマシンの行く手に立ち塞がったのだ。

 

「ちっ!」

 

 武神ディケイドは舌打ちしながらマシンディケイダーを急停止させた。

 ほぼ同じタイミングでトライドロンとマシンゴーストライカーも停まる。

 3台のマシンが停止したのは、ほとんど橋のど真ん中だった。

 横幅もそれほど広くはないので、Uターンするにも手間が掛かるが。

 

「どうやら俺達を通すつもりは無いようだぜ、あいつらは……」

 

 3人の武神ライダーと2人の戦士は、マシンからゆっくりと降りると5体の怪人と相対した。

 道を塞ぐように佇む5体の怪人達は、その姿も種族も皆バラバラだった。

 

 グロンギ――メ・ガリマ・バ。

 オルフェノク――トードスツールオルフェノク。

 人造アンデッド――改造実験体トライアルD。

 魔化魍の親――乱れ童子。

 イマジン――ホエールイマジン。

 

 どの怪人も殺気立った視線を向けてくる。

 しかし、3人の武神ライダーも2人の戦士も、その殺気に臆することなど決して無い。

 来た道を引き返すつもりなど、彼らは端から考えてはいない。

 障害として襲い掛かってくる敵がいるならば、ただひたすら迎え撃ち、斬り斃すのみ。

 戦う準備はとっくにできている。

 ランマルは腰のホルスターから2丁の拳銃を引き抜き、シグレもまた腰に備えられた刀に手を掛ける。

 開戦の時は来た。

 3人の武神ライダーと2人の戦士は一斉に駆け出した。

 敵は5体。武神鎧武軍の残党達だ。

 3人の武神ライダーと2人の戦士が走り出すのとほぼ同時に、5体の怪人達も一斉に前進を開始した。

 両手に2丁の拳銃を構えたランマルは、銃口を敵に向けながら走る。

 

「バババゴンバザ! ゾンバボゾギグデ、キリゴオギデグレス!」

 

 鋭い切れ味を持つ大鎌を手にした女怪人――メ・ガリマ・バが地面を蹴って跳躍し、ランマル目掛けて斬りかかった。

 その一撃をすかさず回避したランマルは、敵に接近されすぎないように拳銃を発砲しながら一定の距離を保ち続けた。

 迂闊に近づけば、一瞬にしてあの大鎌の餌食になってしまう。

 ランマルは引き金を引きながら、敵の攻略法を探る。

 

「はあっ!」

 

 クジラの特徴を持った怪人――ホエールイマジンに向けて、シグレは刀を振り下ろした。

 動きの鈍いホエールイマジンは、防御する間もなくその一刀をまともに喰らう。

 

「い~た~い~な~」

 

 しかし、口調までもが鈍いホエールイマジンのリアクションを見ていると、攻撃が効いているのかどうかも判断が難しい。

 2撃目を仕掛けてやろうかと考えていると、突然ホエールイマジンが手に持った槍を突き立ててきた。

 その攻撃の一瞬に見せた動きは、先ほどのゆっくりとしたモーションからは想像できないほどに速く、シグレは慌てて攻撃を刀で弾いた。

 ランマルとシグレ、2人のサポートに向かおうと駆け出す武神ドライブと武神ゴーストだが、今度はトードスツールオルフェノクと乱れ童子が攻撃を仕掛けてきた。

 武神ドライブと武神ゴーストはすぐさま足を止めて2体の攻撃を受け止める。

 トードスツールオルフェノクの棍棒による一撃を、武神ドライブは掌で払いのけ、乱れ童子の空中からの奇襲を、武神ゴーストは自らも空中浮遊して妨害する。

 橋の上に着地した武神ゴーストと乱れ童子は、今度は剣によるチャンバラを繰り広げる。

 トードスツールオルフェノクの攻撃を回避しながら、武神ドライブは左腕のブレスレット――シフトブレスにシフトカーと呼ばれるミニカー型のサポートメカを装填した。

 

『タイヤコウカァーン!! マッシィーブモンスタァー!!』

 

 マッシブモンスターのシフトカーを発動させた武神ドライブの胸部に、トライドロンから形成され飛んできた紫色の顔のついたタイヤが装着される。

 同時に両手には怪物の頭部を模した緑色の牙型の武器――モンスターが装備された。

 武神ドライブは特殊な能力を持った“タイヤ”をその身体に装着、使い分けることで様々な力を発揮することができる。

 

「いくぜ!」

 

 モンスターを豪快に振り回した連続攻撃により、トードスツールオルフェノクは徐々に追い込まれていく。

 武神ライダーになってからまだ日が浅い武神ドライブと武神ゴースト、そしてランマルとシグレの様子を気にしながら、武神ディケイドは人造アンデッド・改造実験体トライアルDの相手をしていた。

 トライアルDが腕から伸ばす触手のようなコードを、武神ディケイドは専用剣ライドブッカー・ソードモードで見事なまでに蹴散らしていく。

 全ての攻撃を防がれ、怯むトライアルD。

 その隙に武神ディケイドはライドブッカーからカードを1枚取り出し、腰に装着されたベルト――ディケイドライバーのバックルに装填した。

 

『カメンライド・リュウキ!!』

 

 電子音声が鳴り、同時に武神ディケイドの姿が赤き龍戦士へと変わる。

 武神ディケイドは他の武神ライダーの姿を借りることができる特別な戦士であり、今変身したのは龍の力を駆使して戦う武神龍騎の姿である。

 武神ディケイド(龍騎)は柳葉刀ドラグセイバーを手に、トライアルDを一気に攻めていく。

 

「シャァアー!」

 

 獣のように襲い掛かってくる乱れ童子の猛攻に、武神ゴーストは自らの得物――ガンガンセイバーを弾き飛ばされてしまう。

 

「しまったっ!」

 

 装備を失い、丸腰になってしまった武神ゴースト。

 チャンスだと言わんばかりに、乱れ童子が両手に持った二振りの刀を振り下ろす。

 しかし、刃が標的を傷つけることは無かった。

 乱れ童子が刀を下ろしきった時、そこに武神ゴーストの姿は無かった。

 刃が当たる直前、武神ゴーストの姿がスッとその場から消え失せたのだ。

 

「ウゥ…ウァ……?」

 

 何が起こったのか理解できず、乱れ童子が辺りを見回していると、何者かの手がそっと乱れ童子の肩に触れた。

 突然背後に気配を感じた乱れ童子は、振り向きながら刀を振り上げる。

 が、そこには誰もおらず、刃は虚空を切っただけだった。

 首を傾げながら視線を正面に戻す乱れ童子。

 ところが戻した瞬間、視界一杯に広がったのは武神ゴーストのオレンジ色のマスクだった。

 いつの間にか目と鼻の先まで接近していた武神ゴーストに、乱れ童子は思わず驚愕する。

 

「はっ!」

 

 その隙に、武神ゴーストは乱れ童子の腹に拳を叩き込み、さらに大きく蹴り上げて乱れ童子を吹っ飛ばした。

 

「やるな、武神ゴースト! “亡霊”の名は伊達じゃないってことか!」

 

 “ゴースト”の名に恥じぬ戦いっぷりを見せる武神ゴーストの姿に、武神ディケイド(龍騎)は感心を覚えた。

 

「良いことを教えてやる! そいつには“音の力”が良く響くぜ!」

「音の力?」

 

 武神ディケイド(龍騎)の咄嗟のアドバイスに一瞬戸惑う武神ゴーストだったが、すぐにその意味を理解した。

 

「そういう事か! ベートーベン!」

 

 武神ゴーストは眼球型のアイテムを取り出した。

 それは“眼魂”と呼ばれる英雄の魂が込められた物体で、使用することで英雄の能力を借りる事ができる。

 武神ゴーストはベートーベンの眼魂をゴーストドライバーに装填し、右側面のレバーを押し込んだ。

 

『カイガン! ベートーベン! 曲名! 運命! ジャジャジャジャーン!』

 

 出現したベートーベンの魂――パーカーゴーストを身に纏い、武神ゴーストはベートーベン魂へと姿を変えた。

 音楽の力を自由自在に操ることができる武神ゴースト・ベートーベン魂は、指揮者の様にリズミカルに手を動かし、パーカーについたピアノの鍵盤から発せられる音を音符エネルギーに変換し、乱れ童子へとぶつける。

 

「ウギャアァァ……!」

 

 音撃に弱い魔化魍と同じ特性を持つ乱れ童子にとって、ベートーベン魂の音符エネルギーは効果的だった。

 攻撃を受けた乱れ童子は悶え苦しみながら地面に倒れ伏す。

 

「今だ!」

 

 武神ゴーストは一気に方を付けるべく、もう一度ゴーストドライバーのレバーを押し込んだ。

 

『ダイカイガン! ベートーベン! オメガドライブ!』

 

 地面を蹴って大きくジャンプした武神ゴーストは、右足を前に突き出し急降下する。

 

「はぁあああー!!」

 

 音符エネルギーを足先に纏った必殺の飛び蹴りが、よろめきながらも立ち上がろうとする乱れ童子のボディに直撃する。

 足先が命中した瞬間、乱れ童子の体内に大量の音符エネルギーが流れ込む。

 途端に乱れ童子の肉体は崩壊を起こし、爆発四散し木屑となって消滅した。

 他の武神ライダー達も、武神ゴーストが乱れ童子を撃破したこの流れに乗り、次々と怪人達を葬り去っていく。

 

『タイヤコウカァーン!! マックスフレア!!』

『ヒッサァーツ!! フルスロットル!! フレア!!』

 

 燃え盛る炎のタイヤを装着し、炎の属性を身につけた武神ドライブが、トードスツールオルフェノク目掛けて空中から必殺キックを叩き込む。

 真っ赤な炎を纏った武神ドライブの足が、トードスツールオルフェノクの胸を貫いた。

 

「ぐわぁああああー……!」

 

 刹那、トードスツールオルフェノクの身体は灰となって崩れ落ちる。

 

『アタックライド・ストライクベント!!』

 

 武神ディケイド(龍騎)は右手に龍の頭部を模した武器――ドラグクローを装着。

 

「はぁあああ……はあっ!」

 

 腰を低くして構え、次の瞬間、勢い良くドラグクローを前面に突き出した。

 同時に龍の口から高温の炎が放射され、トライアルDの不気味な身体を焼き尽くしていく。

 

「ワ、ワタシハ……ウァアアアアア……」

 

 トライアルDは機械的な断末魔を上げながら、炎の中で消滅した。

 3体の怪人が倒れ、残る敵はガリマとホエールイマジンの2体。

 ランマルもシグレも戦い慣れているとはいえ、相手が超人的な力を持った怪人達ではやはり分が悪く、手こずるのもやむを得ない状況だった。

 しかしそこへ、トライアルDを撃破した武神ディケイド(龍騎)が加勢に入る。

 敵の背後に回りこんだ武神ディケイド(龍騎)は、すかさずガリマとホエールイマジンの懐に拳を打ち込み、続けて回し蹴りで2体との距離を大きく離した。

 

「あいつらの相手は俺がする。武神ドライブ、武神ゴースト、お前達は2人を連れて先に進め!」

 

 武神ディケイド(龍騎)は遅れて駆け寄ってきた武神ドライブと武神ゴーストに向かって言い放つ。

 

「武神ディケイド、しかしあんた1人を残して先に行く訳には……」

「心配するな。あいつら程度なら俺1人で十分だ。それに……1人の方が断然動きやすいからな」

「……わかった。ここは任せる。しかし無茶だけはするなよ」

 

 少し考えた挙句、武神ドライブは武神ディケイド(龍騎)の提案を承諾した。

 

「いいのか?」

 

 不安そうに武神ゴーストが尋ねる。

 

「大丈夫。武神ディケイドは強い。それより彼の言うとおり、俺達は急いで先へ進もう。ランマルとシグレもそれで良いだろ?」

「うん」

「勿論だ! 我々はいつまでもこんな所で足止めを喰らっている訳にはいかない。モタモタしていれば、さらに敵が増えるかもしれない。そうなる前に、一刻も早く敵の根城を制圧しなければ!」

「よし! じゃあ急いで向かおう! 武神ディケイド、後は頼むぞ!」

 

 こうして武神ドライブと武神ゴースト、そしてランマルとシグレはこの場を武神ディケイドに託し、急いで敵の本拠地へ向かうことにした。

 ランマルは武神ドライブのトライドロン、シグレは武神ゴーストのマシンゴーストライカーの後部シートに乗り込んだ。

 2台のマシンは急発進して橋の続きを進んでいく。

 

「ザレヒオリビガギザギバギ!」

 

 行かせてはなるものかと言わんばかりに、走り去ろうとする2台のマシンの後姿を、ガリマとホエールイマジンが追いかける。

 

「逃がすか!」

 

 その様子を見ていた武神ディケイド(龍騎)が、ライドブッカーから1枚のカードを取り出し、ディケイドライバーに投げ入れる。

 

『アタックライド・アドベント!!』

 

 その瞬間、上空に真っ赤な龍――ドラグレッダーが現れ、トライドロンとマシンゴーストライカーを追跡しようとするガリマとホエールイマジンに強烈な体当たりを仕掛けた。

 2体の怪人が宙を舞っている間に、トライドロンとマシンゴーストライカーは橋を渡りきり、やがてその姿も遠ざかって行った。

 

「お前らの相手はこっちだ!」

 

 武神龍騎の姿が解除され、元の姿に戻った武神ディケイドは、ライドブッカー・ソードモードを手に走り出す。

 ドラグレッダーに吹き飛ばされたガリマとホエールイマジンも体勢を立て直すと、それぞれ武器を握り締め、向かって来る武神ディケイドを迎え撃つ。

 

「お~ま~え~じゃ~ま~!」

「ヨベギバボオゾ……。ラズザキガラバラギラズギデジャス!」

 

 トライドロンとマシンゴーストライカーの追跡を妨害されたガリマとホエールイマジンは、憤怒した様子で武神ディケイドに襲い掛かる。

 ガリマの大鎌とホエールイマジンの槍、2つの刃が武神ディケイドに迫る。

 武神ディケイドはライドブッカー・ソードモードを巧みに操り、大鎌と槍の攻撃を弾いていく。

 

『アタックライド・ブラスト!!』

 

 咄嗟にカードをディケイドライバーに装填し、ライドブッカーをガンモードに変形させる。

 銃形態となったライドブッカーの銃口をホエールイマジンに向け、躊躇無くトリガーを引く。

 

「あのねぇ!?」

 

 残像の様に分身して増えた銃口から、威力が強化された光弾が連続で発射され、ホエールイマジンを背後に大きく吹き飛ばした。

 武神ディケイドとホエールイマジンとの間に距離が生まれる。

 しかし今度はガリマの一撃が武神ディケイドの背中を切り裂いた。

 

「ぐわっ!?」

 

 死角からの攻撃に武神ディケイドはよろめき、思わず膝を付いてしまう。

 

「いってぇな!」

 

 背後に佇むガリマの姿をキッと睨みつけた武神ディケイドは、姿勢を低くしたまま1枚のカードをドライバーに差し込んだ。

 

『アタックライド・スラッシュ!!』

 

 ライドブッカーを再びソードモードに切り替えると、振り向き様に刀身を振り上げた。

 不意をつかれたガリマは成す術無くその斬撃を浴び、たまらず後退する。

 武神ディケイドはその隙に立ち上がると、両手で柄を握り締め、力を込めて上から下に刃を振り下ろした。

 慌てて大鎌で防御を試みたガリマだったが、カードの効果で切れ味が増したライドブッカー・ソードモードの一撃により、大鎌は真っ二つに叩き折られた。

 

「バ、バンザオ……!?」

 

 予想外の展開に動揺するガリマ。

 その間に武神ディケイドは止めのカードをドライバーに装填する。

 

『ファイナルアタックライド・ディディディディケイド!!』

 

 ラップ調の電子音声が鳴るのと同時に、武神ディケイドの眼前に10枚のカード状のエネルギーフィールドが出現。

 地面を蹴って跳躍した武神ディケイドは、飛び蹴りの体勢でカード型エネルギーを通過していく。

 

「はぁああああー!!」

 

 エネルギーが集中した右足を力強く前に突き出した武神ディケイドは、渾身の力を込めてガリマの胸を蹴り飛ばした。

 

「ギャァアアアアアー……」

 

 背後に大きく吹き飛んだガリマの身体は、地面の上に叩きつけられた瞬間、悲鳴と共に爆発した。

 着地した姿勢のまま、爆炎に目を向ける武神ディケイド。

 しかし次の瞬間、突然飛魚の様に空中に飛び跳ねたホエールイマジンが、死角から武神ディケイドに体当たりした。

 油断した武神ディケイドは身体に組み付いたホエールイマジン諸共橋の上を飛び出し、真下に広がる海の中へと落ちていった。

 無数の気泡に囲まれながら、見る見るうちに海底に沈んでいく武神ディケイドとホエールイマジン。

 水面から差し込んでいた陽の光が少しずつ遠ざかっていく。

 武神ディケイドの身体にしがみ付いたまま、ホエールイマジンは鰭の様な手で武神ディケイドの顔面を何度も殴っていく。

 このまま深海まで引きずり込み、水圧で武神ディケイドを押し潰してやろうと、ホエールイマジンは考えていた。 

 クジラの特徴を持つホエールイマジンにとって海中はテリトリーのようなもの。

 このままでは本当に海の藻屑となってしまう。

 さすがに焦りを感じた武神ディケイドは、早急にこの事態を打破するために、辛うじて動くその手でカードを取り出し、ディケイドライバーに装填した。

 

『フォームライド・キバ・バッシャー!!』

 

 次の瞬間、武神ディケイドの身体が吸血鬼や蝙蝠を連想させる西洋の戦士――武神キバのものへと変化し、さらに胸部アーマーと右腕が無数の鎖に包まれて魚人の様な形態にチェンジした。

 武神ディケイド(キバ・バッシャーフォーム)。

 水中戦を得意とするバッシャーフォームに姿を変えた武神ディケイド(キバ)は、右手に召喚された銃――バッシャーマグナムの銃口をホエールイマジンの腹部に押し当てた。

 

「な~ん~だ~?」

 

 違和感を感じたホエールイマジンは、武神ディケイドを殴る手を止めて自らの腹に視線を移す。

 その瞬間、武神ディケイド(キバ)はバッシャーマグナムの引き金を引いた。

 

「うおっ!? おおお~……」

 

 銃口から連射された何発もの水圧弾が、ホエールイマジンの身体を水面に向かって押し上げていく。

 物凄い勢いで浮上していくホエールイマジンの姿を捉えながら、武神ディケイド(キバ)はさらにカードを取り出す。

 

『フォームライド・デンオウ・ロッド!!』

 

 武神ディケイドの姿がさらに変化を遂げる。

 武神キバ・バッシャーフォームの姿から、電車の力を備えた戦士――武神電王の素体プラットフォームの姿へと変わり、その上に青いアーマーと海亀の様な形状のマスクが装着される。

 武神ディケイドは武神電王・ロッドフォームの姿へと変化した。

 バッシャーフォームと同じく、ロッドフォームも水中戦が得意な形態だ。

 ホエールイマジンの後を追うように、武神ディケイド(電王)も水面に向かって急浮上する。

 先に水面を飛び出したホエールイマジンは、その勢いのまま空中に投げ出される。

 遅れて海からジャンプした武神ディケイド(電王)は、ホエールイマジンよりもさらに高く上昇し、空中で新たなカードをディケイドライバーに装填した。

 

『ファイナルアタックライド・デデデデンオウ!!』

 

 右足にフリーエネルギーが集中し、武神ディケイド(電王)はその足を前面に突き出した。

 

「はぁああああー!!」

 

 必殺技デンライダーキックが炸裂。

 

「ちょっと待っ…ぎょわぁああああ~……」

 

 空中で直撃した武神ディケイド(電王)の右足の破壊力に、ホエールイマジンの身体は爆発。断末魔を上げながら木っ端微塵に消し飛んだ。

 黒煙をバックに、武神ディケイド(電王)は橋の上に着地した。

 ホエールイマジンを最後に、道中に立ち塞がった5体の怪人は全て消滅。

 カードの効果が切れ、元の姿に戻った武神ディケイドは、トライドロンとマシンゴーストライカーが走り去った方角を見つめながらホッと胸を撫で下ろした。

 

「ま、こんなもんか」

 

 ため息交じりで呟いた武神ディケイドの姿が残像となって消滅し、替わりに1人の青年が武神ディケイドが立っていた場所に現れた。

 ロングコートを身に纏った茶髪の青年は、首にぶら下げたピンク色の2眼のトイカメラを手に取ると、ランマルとシグレ、そして2人の武神ライダーが通った武神鎧武の根城へと続く道筋をレンズ越しに覗き込んだ。

 真っ直ぐと伸びた道にカメラのピントを合わせると、青年は徐にシャッターを切った。

 

「用事はもう済んだのか?」

 

 唐突に背後から声がした。

 青年はカメラから瞳を離すと、その視線をそのまま声がした背後へと向ける。

 

「ああ。悪かったな、役目を代わって貰って」

 

 青年の視線の先にいたのは、武神ディケイドと全く同じ姿をした一人の戦士だった。

 戦士は腕組みをしながら軽く顔を横に振る。

 

「気にするな。しかし驚いたよ。俺と同じ姿をした武神が他にも存在して、そいつが俺の前に現れた時は」

「ふっ。俺は武神じゃない。まあ、似たようなものだけどな」

「教えてくれ。君は一体何者なんだ?」

 

 青年の前に現れた戦士は、緑色の複眼を青年に向けながら尋ねた。

 

「俺はただの旅人さ。無数に存在する世界を渡り歩く、写真好きのな。ただ、この世界では“やること”があってな。そのために、俺と同じ姿のお前に役目を変わって貰ったって訳だ」

「その“やること”っていうのは?」

「お前達の仲間の“あの2人”、シグレとランマルだったか……。あいつらを無事に送り届ける事。それがこの世界で俺がやること、らしいぜ」

「なぜあの2人を?」

「さあな。俺にもよくわからん」

「ふむ……。なんとも珍妙な話だな」

「ああ。大体わかってくれればそれで良い」

「そ、そうか……。ところで、君はこれからどうする? 皆の後を追うのか?」

「いや、俺の役目はここまでだ。他にも武神が同行してるし、後はあいつらの物語だ。俺はここで失礼する」

「わかった。随分と不思議な経験をさせてもらったが、君に会えて良かった。そうだ、最後に名前を聞かせてくれないか?」

「門矢 士。通りすがりの仮面ライダーだ。覚えなくて良い。……じゃあな」

 

 そう言って軽く手を振ると、青年――門矢 士は現れた灰色のオーロラの中へと消えて行った。

 

「門矢 士……。仮面ライダーディケイドか……。いずれまた会おう!」

 

 消えてゆくオーロラに向かって、戦士――本物の武神ディケイドも力強く手を振り返した。

 世界を繋ぐ旅人は、こうして武神の世界を後にした。

 

 

 ☆

 

 

 鬱蒼とした森の中。

 無数に聳え立つ背よりも高い木々。

 盛んに生え広がった枝葉に阻まれて、天から降り注ぐ陽の光もほとんど届かない。

 そんな薄暗い森林の奥へと続く一本道を、トライドロンとマシンゴーストライカーはただひたすら走り続けた。

 この不気味な森の、奥の奥の更に奥に、武神鎧武が生前に根城にしていた洞窟がある。

 武神ディケイド――いや、武神ディケイドに成りすましていた仮面ライダーディケイドと別れたランマルとシグレ、そして2人の武神ライダーは、その洞窟を目指して前進する。

 森の中を1時間ほど走り続けると、2台のマシンのヘッドライトが前方に現れた巨大な岩壁を照らし出した。

 岩壁の一部には大きめの真っ黒い穴が開いており、一本道もその穴の前で途切れていた。

 停車したマシンから降り立ったランマルとシグレ、武神ドライブと武神ゴーストは、周囲を警戒しながらゆっくりと岩壁の穴へと近づいていく。

 が、しかしその時、唐突に頭上から飛び降りてきた4つの影が、2人の戦士と2人の武神ライダーの前進を妨げた。

 

「下がれ!」

 

 ランマルの咄嗟の言葉を合図に、一同は一斉に後退りして現れた影から距離を取った。

 行く手を塞ぐようにその姿を見せた4つの影は、やはりどれも異形の姿をした怪人だった。

 

 ロード怪人――クイーンジャガーロード・パンテラス・マギストラ。

 ミラーモンスター――シールドボーダー。

 地球外生命体ワーム――ビエラワーム。

 ファンガイア――シースターファンガイア。

 

 橋の上で遭遇した連中と同様、外見も種族もバラバラだが、共通するのはこいつらも武神鎧武軍の残党兵だという事。

 

「ちっ! またか!」

 

 ランマルはうんざりした様子でホルスターから拳銃を抜き取った。

 続けてシグレも鞘から刀を抜く。

 武神ドライブと武神ゴーストもそれぞれ武器を手に取り、戦闘態勢に入る。

 

「ここから先へは行かせない……」

「グモォオオオオ!」

「ギィイイイン! ギィイイイン!」

「アッハハハハハハ!!」

 

 クレオパトラの様な衣装に身を包んだ女性型の豹怪人――クイーンジャガーロードは人語を用いながら、武器の錫杖をシャリンと鳴らした。

 しかし他の怪人達はまともな言葉を口にすることもせず、各々特徴的な鳴き声やら奇声やらを高らかに発するだけであった。

 森のざわめきと共に戦いは始まった。

 戦士と怪人は一斉に走り出しぶつかり合う。

 シグレの刀とクイーンジャガーロードの錫杖が激しく火花を散らし、ランマルの放った弾丸をシールドボーダーの盾が弾いていく。

 

『カイガン! ロビンフッド! ハロー! アロー! 森で会おう!』

 

 緑色のパーカーゴーストを身に纏い、武神ゴーストはロビン魂へと姿を変えた。

 弓の名手であるロビンフッドの魂をその身に宿した武神ゴーストは、ガンガンセイバー・アローモードを手にシースターファンガイアを狙い撃つ。

 

『ドラァーイブ!! ターイプワイルドォー!!』

 

 武神ドライブは赤いボディのタイプスピードの姿から真っ黒い4WD車の様なボディのタイプワイルドへと変化した。

 基本形態であるタイプスピードが言葉通りスピードに特化した形態なら、タイプワイルドはパワーに特化した形態だ。

 専用剣――ハンドル剣を手に、武神ドライブ・タイプワイルドはビエラワームの身体に重い斬撃を浴びせていく。

 

「ギィイイイン!」

 

 バイオリンムシによく似た性質を持つビエラワームは、バイオリンをかき鳴らしたかの様な耳障りな鳴き声を上げながら後退りする。

 武神ドライブが更に追い討ちを仕掛けようと突進するが、するとその時、一瞬構えたビエラワームが刹那の間に武神ドライブの視界から姿を消した。

 

「なにっ!? 消えた……?」

 

 突然標的を見失い、戸惑う武神ドライブ。

 すると次の瞬間、

 

「うぐっ!?」

 

 身体に鋭い衝撃とダメージが与えられ、武神ドライブはバランスを崩して地面を転がった。

 

「なんだ今のは……」

 

 唐突に襲い掛かってきた見えない攻撃に、武神ドライブは慌てて周囲を見回すが、やはりビエラワームの姿は何処にも無い。

 ただ、何かが近くを駆け回る気配だけは微かだが感じ取ることができていた。

 

『落ち着け、武神ドライブ! これは恐らく、武神カブトや一部の敵が持っている超加速能力――クロックアップだ!』

 

 苦戦する武神ドライブを見兼ねてそう助言してきたのは、武神ドライブの腰に装着されたベルト――ドライブドライバーだった。

 

「トノサマ!」

 

 現在、全国に16人存在する武将達。その中でも武神ドライブが仕える武将はかなりの変り種だった。

 自らも己の軍を守護する武神ライダーと共に戦いたい。自分も武神ライダーの戦いの助けになりたい。そう考えた武神ドライブ軍の武将は、己の肉体を捨て、自分の魂も記憶も人格も――その全てをドライブドライバーという器に移し替えたのだ。

 機械の身体――ドライブドライバーそのものになった武将は、武神ドライブと一心同体となり、戦闘のあらゆる面で武神ドライブのサポートを担っている。

 

『敵は消えたのではない。時間流に干渉して眼に見えないほどの速度で動き回っているんだ!』

「どうすれば奴を止められる?」

『こちらもスピードを強化して対抗しよう! スピード自慢のドライビングテクニックを見せてやると良い!』

「了解だ! ひとっ走り付き合ってもらうぜ、トノサマ!」

 

 そう言って威勢良く立ち上がった武神ドライブは、左腕のシフトブレスに青いフォーミュラカー型のシフトカーを装填した。

 

『ドラァーイブ!! ターイプフォーミュラァ!!』

 

 電子音声と共にタイプワイルドのボディが解除され、替わりに青いレーシングカー型のアーマーと黄色いヘルメットが装着された。

 武神ドライブ・タイプフォーミュラ。

 最もスピードに優れた武神ドライブの強化形態である。

 

『フォ・フォ・フォーミュラ!!』

 

 武神ドライブは早速左腕のシフトレバーを3回倒し、加速状態に移行した。

 

「スピード勝負だ! いくぜっ!」

 

 大地を踏み込み、一瞬にしてクロックアップ状態のビエラワームに追いつく。

 

「見えた!」

 

 加速空間の中でビエラワームの姿を捉えた武神ドライブは、並走しながらその拳を振り上げる。

 

 

 

 武神ゴースト・ロビン魂が連続で放つ光の矢を、ヒトデの様な怪人シースターファンガイアは軽快な身のこなしで周囲の木々を盾にしながら回避していた。

 

「くそっ! すばしっこい奴……」

 

 なかなか矢が命中しない事に武神ゴーストが苛立ちを感じていると、その隙を狙ってシースターファンガイアが反撃を仕掛けてきた。

 木の影からヒョコッとその姿を露にしたシースターファンガイアは、身体の中心にあるコアから電撃を放出した。

 

「なっ!? ぐわぁああああ……」

 

 電撃をまともに喰らい、感電した武神ゴーストは力が抜けたように両膝を付いた。

 

「アッハハハハハハハハ!!」

 

 狂ったように笑いながら、シースターファンガイアは武神ゴーストの方へゆっくりと歩み出す。

 

「まだだ……。相手が電気なら、こっちだって!」

 

 よろめきながらもなんとか立ち上がった武神ゴーストは、懐から黄色い眼魂を取り出した。

 腰のゴーストドライバーにその眼魂をセットし、力を込めてレバーを押し込む。

 

『カイガン! エジソン! エレキ! ひらめき! 発明王!』

 

 ゴーストドライバーから飛び出した銀色のパーカーゴーストを身に纏い、武神ゴーストはエジソン魂へとチェンジした。

 エジソン魂は、発明家トーマス・エジソンの魂を宿した電気の属性を持った姿だ。

 銃形態ガンガンセイバー・ガンモードを手に取り、武神ゴーストはシースターファンガイアに狙いを定める。

 

「ハハハハッハ~!!」

 

 相変わらずの不気味な笑い声を上げながら、シースターファンガイアは立ち上がった武神ゴースト目掛けて再び電撃を放つ。

 しかし、武神ゴーストが羽織った銀色のパーカーが、シースターファンガイアの電撃を全て吸収する。

 

「お返しだ!」

 

 そう言って武神ゴーストはトリガーを引く。

 ガンガンセイバー・ガンモードから撃ち出された電気を纏った弾丸が、シースターファンガイアの身体を貫いた。

 

「イギャア!?」

 

 己の放った電撃が全て吸収された事に戸惑いを隠せなかったシースターファンガイアは、武神ゴーストの攻撃にも対応しきれず、電気の弾丸をまともに喰らった。

 

「もらった!」

 

 シースターファンガイアが怯んでいる隙に、武神ゴーストはガンガンセイバー・ガンモードをゴーストドライバーにかざす。

 

『ダイカイガン! オメガシュート!』

 

 ガンガンセイバーの眼の紋章とゴーストドライバーの中央にある眼球が重なり、エネルギーの送受信アイコンタクトが行われる。

 武神ゴーストは電気エネルギーが蓄積されたガンガンセイバー・ガンモードの銃口をシースターファンガイアに向ける。

 

「はあっ!」

 

 次の瞬間、トリガーは引かれ、銃口からより一層強力な電気の光弾が放たれた。

 

「ギャァアアアア……!」

 

 眩い光をその身に受けたシースターファンガイアの身体は、ガラスの様に音を立てて粉々に砕け散った。

 

 

 

 木と木の間を猛スピードで潜り抜けながら、武神ドライブとビエラワームは激しくぶつかり合っていた。

 ビエラワームが鞭の様に伸ばす触手の攻撃を回避しながら、武神ドライブ・タイプフォーミュラは一気に距離を詰める。

 そして、敵の腹部に強烈なパンチを叩き込み、ビエラワームを背後の樹木に叩きつけた。

 その一撃により、ビエラワームのクロックアップは強制的に中断した。

 同時に武神ドライブの超加速も止まり、周囲からもその姿が視認されるようになった。

 

『チャンスだ、武神ドライブ! 相手が再びクロックアップする前に止めを刺すんだ!』

「わかってるぜ、トノサマ! こいつで一気に決める! 来い! トレーラー砲!」

 

 武神ドライブの呼び声に呼応して、青い大型トレーラーの形をした大砲が戦場に駆けつけた。

 武神ドライブは手にしたトレーラー砲の銃口の上部にフォーミュラカーのシフトカーを装填、トレーラー砲を起動させた。

 タイプスピードとタイプワイルドへの変身に用いる2つのシフトカーをトレーラー砲の中に格納し、エネルギーを蓄積させる。

 

『ヒッサァーツ!! フルスロットル!! フルフルフォーミュラー大砲!!』

 

 徐々にテンションが上がっていく電子音声と共に、武神ドライブはトレーラー砲の銃口をビエラワームへと向ける。

 銃口にはエネルギーが集中し、キラキラと光が漏れている。

 いつでも発射できる状態だった。

 

「くらえっ! はっ!」

 

 武神ドライブは背後の木に凭れ掛かっているビエラワームにしっかりと狙いを定めると、気合と共にトリガーを引いた。

 次の瞬間、トレーラー砲から強力なエネルギー波が放たれた。

 

「ギッ……ギィイイイイイイィィィ…ィ…」

 

 悲鳴の様に聞こえる甲高い奇声を上げながら、ビエラワームの身体は体重を預けていた背後の樹木諸共、焼き尽くされて消滅した。

 

 

 

 ランマルが発砲する銃弾をものともせずに、シールドボーダーは手にした盾を前に突き出し勢い良く突進を繰り出してきた。

 イノシシをモチーフとするシールドボーダーのその姿はまさしくそれそのもの。

 猪突猛進という言葉を全身で表すかの様な勢いだった。

 

「くっ!」

 

 ランマルはやむを得ず銃撃を中断すると、横転してシールドボーダーの走る軌道から外れる。

 標的を見失ったシールドボーダーはそのまま木々を薙ぎ倒していく。

 

「なんて破壊力だ……」

 

 ドミノ倒しの様に横たわっていく樹木の姿に、ランマルは思わず戦慄した。

 あんな一撃をまともに喰らえば、生身である自分の肉体なんて一瞬にして砕け散るだろう。

 想像しただけでもなんともおぞましい。

 何本もの木にぶつかった事で突進の勢いが弱くなり、ようやく自らの意志で停止したシールドボーダーは、くるりとその身体を方向転換させ、再びランマルの姿を捉えた。

 もう一度盾を前に出し、力強く何度も大地を踏みしめて勢いをつけている。

 またあの突進を繰り出すつもりだ。

 さっきはなんとか回避できたが、もう一度アレを避ける自信はさすがのランマルにも無かった。

 

「どうすれば……」

 

 万事休すだった。

 なんとか対抗策を見つけ出そうと思考を駆け巡らすが、そうしてる間にシールドボーダーが発進してしまった。

 

「グモォオオオオ!!!」

 

 地面に響く様な、なんとも低い咆哮を上げながら、シールドボーダーが凄まじい勢いで近づいてくる。

 一か八か、もう一度回避を試みようと両足に力を入れた。と、その時、

 

『カイガン! ベンケイ! 兄貴! ムキムキ! 仁王立ち!』

 

 ベルトから鳴り響く電子音声と共に、空中で武蔵坊弁慶の魂を身に纏った武神ゴースト・ベンケイ魂が、両手に構えたガンガンセイバー・ハンマーモードをシールドボーダー目掛けて振り下ろした。

 

「グモッ!?」

 

 まだ自分でブレーキを掛けられる速度だったシールドボーダーは、慌てて急停止すると盾を頭上に突き出し、武神ゴーストのハンマーの一撃をギリギリのところで防御した。

 

「コイツは俺に任せて!」

 

 シールドボーダーと鍔迫り合いをしながら武神ゴーストがランマルに言い放つ。

 

「武神ゴースト!」

 

 突然乱入してきた武神ゴーストの姿に、ランマルは呆気にとられた。

 

「2人は先に、洞窟の中へ!」

 

 そう言って続けて駆けつけたのは武神ドライブ・タイプフォーミュラ。

 クイーンジャガーロードとチャンバラを繰り広げていたシグレの前に乱入し、ハンドル剣で敵の攻撃を引き受けた。

 

「武神ドライブ!」

「こいつらを倒したら、俺達もすぐに後を追うから!」

「2人は早く敵地の制圧を!」

「……わかった。ここは任せるぞ! 行くぞ、シグレ!」

「うん! 武神ドライブと武神ゴーストも気をつけて!」

 

 この場を武神ドライブと武神ゴーストに預け、ランマルとシグレは洞窟の中へと入って行った。

 

 

 ☆

 

 

 洞窟の中は空気がひんやりと冷たく、地面に落ちる水滴の音が何処からともなく反響していた。

 ランマルとシグレは、それぞれの武器を常に携えた状態で、警戒しながら一直線に伸びた薄暗い通路をゆっくりと進んでいた。

 

「油断するなよ、シグレ」

「わかってるよ、ラン姉」

 

 互いに声を掛け合いながら、1歩、また1歩と前進していく2人。

 しかし不思議なことに、どれだけ警戒しても道を立ち塞ぐ敵が眼前に現れることは無かった。

 後方の敵は武神ドライブと武神ゴーストが食い止めてくれているとして、深部に繋がる前方から敵が1人も現れないというのはなんともおかしな話だ。

 敵地の真っ只中だというのに、なんとも拍子抜け――いや、それが逆に不気味だった。

 暫くして、ランマルとシグレは通路を抜けて大広間に辿り着く。

 岩肌に無数に立てられた松明に灯された広い空間。

 中央には大きな祭壇が置かれていた。

 

「これは……」

 

 周囲を警戒しながら、ランマルは祭壇に近づく。

 すると、祭壇の真ん中に、あるものが祀られていることに気づいた。

 恐る恐るそれを手に取ったランマルは、思わず驚愕の表情を浮かべる。

 

「こいつはたしか……武神鎧武の……」

 

 ランマルが手にしたもの、それはかつて、武神鎧武が身につけていた機械仕掛けのベルト――戦極ドライバーだった。

 

「なんでこのドライバーがここにある!?」

「ラン姉、どうしたの?」

 

 思わず大きな声を漏らしたランマルの様子に気づいたシグレがゆっくりと歩み寄る。

 するとその時、

 

「よお! 待ってたぜ!」

 

 唐突に背後から声がした。

 常に周囲に気を張り巡らせていたランマルとシグレは、突然の声に機敏に反応。反射的に武器を構え、銃口と刃を声の主に差し向けた。

 2人の背後にいつの間にか立っていたのは、民族衣装の様な格好をした1人の男だった。

 

「何者だ!」

 

 右手の拳銃を構えたまま、ランマルが強気で言い放つ。

 左手には戦極ドライバーがしっかりと抱えられている。

 

「おいおい、そんな怖い顔するなって。俺は別に、お前達の敵じゃない」

 

 武器を向けられているというのに、男の表情からは笑みが浮かんでいた。

 不思議な雰囲気を醸し出す眼前の男に、ランマルとシグレは一層警戒を強める。

 

「敵じゃないだと? ならばなんだと言うんだ!」

「そうだな……。時間によって、世界によって、場所によって、呼ばれた名前は幾つもあるが……。例えば、かつては“蛇”と呼ばれたこともある」

「蛇……?」

「ああ。それとも、最近名付けられた名前を名乗るのも良い。だとすれば、我が名は……ヘルヘイム!」

 

 男は胸に手を当てながら、堂々と名を告げるのであった。

 

 

 ☆

 

 

『ダイカイガン! オメガボンバー!』

 

 洞窟の前で繰り広げられる戦いの中、武神ゴースト・ベンケイ魂は、ガンガンセイバー・ハンマーモードとゴーストドライバーをアイコンタクトさせた。

 手中の武器にエネルギーを集中させ、武神ゴーストは渾身の力でハンマーを振り下ろした。

 シールドボーダーは自慢の盾を前に突き出して防御を図るが、ハンマーの衝撃を受けた瞬間、盾は粉々に砕け散った。

 

「グモォ……」

 

 得物を失い、動揺した様子を見せるシールドボーダー。

 

「今だ!」

 

 敵が隙を見せている間に、武神ゴーストは真っ赤に燃える炎の眼魂をドライバーに装填した。

 

『闘魂カイガン! ブースト! 俺がブースト! 奮い立つゴースト! ゴーファイ! ゴーファイ! ゴーファイ!』

 

 炎のパーカーゴーストを身に纏い、武神ゴーストは全身真紅の強化形態、闘魂ブースト魂へと姿を変えた。

 

『ターン!! ドリフトカイテーン!!』

 

 武神ドライブ・タイプフォーミュラは全身を高速スピンさせ、ハンドル剣でクイーンジャガーロードを斬り刻んだ。

 斬撃に吹き飛ばされたクイーンジャガーロードは大きく宙を舞い、シールドボーダーの足元まで転がった。

 

「一気に決めるぞ!」

「わかった! 一緒に!」

『ヒッサァーツ!! フルスロットル!! フォーミュラァ!!』

『闘魂ダイカイガン! ブースト! オメガドライブ!』

 

 肩を並べた武神ドライブと武神ゴーストは、同時に必殺技を発動。

 それぞれの右足にエネルギーを集中させ、一斉に跳躍する。

 

「たぁあああー!!」

「はあぁぁー!!」

 

 空中で右足を前に突き出した武神ドライブと武神ゴーストは、猛スピードで急降下していく。

 2人の必殺キックが炸裂し、シールドボーダーとクイーンジャガーロードの肉体は爆発。爆炎の中に消えていった。

 着地を決めた2人の武神ライダーは、すぐさま基本形態のタイプスピードとオレ魂の姿に戻ると、ランマルとシグレの後を追って洞窟の中に入っていった。

 

 

 ☆

 

 

 洞窟の最深部。祭壇の前では、ランマルとシグレが謎の男と対峙を続けていた。

 

「ヘルヘイム? それが名前?」

 

 刀を握り締めたまま、シグレが小さく呟く。

 

「名前なんてどうだっていい! 私が聞いているのは、貴様の目的が何なのかということだ!」

 

 引き金にかけた指に神経を集中させながら、ランマルは相手を威嚇するように声を荒げる。

 ちょっとでも妙な動きをすれば、即座にこの指を引いてやる。

 鋭い視線がそう訴えているようだった。

 

「目的……、目的ねぇ……。お前たち2人を待つこと。それが俺の目的だ」

 

 ヘルヘイムと名乗る男はフッと笑みを浮かべながら、ランマルの質問に答えた。

 

「私たちを待つだと? 一体何のために!」

「お前たちに選択を与えにきた。これから先の、お前たちの運命を左右する大事な選択をな」

「選択? 言っていることがわからんな。妙な言葉で私たちを翻弄しようとするなら、今すぐ貴様の頭に風穴を開けてやるぞ?」

 

 ランマルはさらに強気な態度で、標準を男の眉間に合わせる。

 

「まあ聴けって。これから俺がお前たちに提示する提案は、お前たちにとっても悪い話じゃないはずだ。とりあえず、まずは話を聴いて、それから判断しても遅くはないだろう? 最終的に決断するのは、お前達の意思次第なんだからな」

「……」

「あの……、提案って何ですか?」

 

 ランマルが判断に困っていると、今まで大人しくしていたシグレが先に話を切り出した。

 男はシグレの姿をジッと見つめると、落ち着いた様子で虚空に手をかざした。

 すると、ジィィイイイというジッパーが開くような音と共に、空間に裂け目が生まれた。

 裂け目の奥に見えるのは、青空に向かって聳え立つ巨大なビル群だ。

 見たこともない景色を目の当たりにし、ランマルとシグレは言葉を失う。

 

「この世には、あらゆる歴史や文明を持った世界が無数に存在している。お前たちが暮らすこの世界もその1つであり、この裂け目の向こう側に広がる世界も、またその一つだ。……それぞれの世界は幾度も破滅と再生を繰り返してきた。古いものは滅び、新しいものが世界を支配する。それが万物の理だ。しかし時として、そんな運命から抗おうとする奴らが現れることもある。この世界もそうだ。この世界もかつて、破滅の運命を辿りかけたことがあるはずだ。その時、この世界の連中は“武神ライダー”という力を生み出して破滅を乗り切った。同じく、この裂け目の向こう側の世界の奴らは“アーマードライダー”――いや、“仮面ライダー”という力で破滅を食い止めた。お前には心当たりがあるはずだ。覚えていないか?」

 

 男はランマルに尋ねた。

 

「アーマードライダー……。仮面……ライダー……。もしかして……」

 

 記憶を辿ったランマルはあることを思い出す。

 それは以前、武神鎧武との戦の最中に現れた異世界の武神ライダー達のこと。

 空間に生まれた裂け目を通ってこの世界に降り立った6人の男達。

 1人は武神鎧武と似た姿をしたオレンジ色の鎧武者。

 1人は紫の鎧を身につけた中華風の銃使い。

 1人は凄まじい剣捌きが特徴の盾を持った白き武将。

 1人は武神ウィザードと瓜二つの指輪の魔法使い。

 1人は獣の如き金獅子の魔法使い。

 そして最後の1人は、ランマルにとっては特別な存在。

 武神オーズを失い、軍の長であったノブナガ亡き後に衰退した軍を奮起させ、立て直してくれた男。アーマードライダーバロン――駆紋戒斗。

 忘れもしない。

 あの男が武神バロンを名乗って軍を引っ張ってくれたおかげで、武神オーズ軍は壊滅せずに済んだのだ。

 いわばあの男は命の恩人。あの男がいなければ、私は当の昔に命を落としていたであろう。

 

「……その裂け目の向こう側の世界が、戒斗のいる世界だというのか?」

「駆紋戒斗か。あいつはなかなか面白い男だった」

「貴様、戒斗を知っているのか?」

「ああ、それなりにな。そしてお前の言うとおり、この向こう側の世界は駆紋戒斗が生きた世界だ。奴は他のアーマードライダー達と共に、何度も破滅の脅威と戦った。そして、奴は既にこの世を去っている」

「死んだのか!? 戒斗が!?」

「駆紋戒斗は世界を賭けた最後の戦いに敗れ、宿敵の胸の中で命を落とした。しかしその甲斐あって、あの世界はこうして今も存在し続けている」

「まさか戒斗が……」

 

 男から告げられた真実を前に、ランマルは困惑の表情を隠せなかった。

 

「さて、ここからが本題だ。今の話の通り、この裂け目の向こう側の世界はかつて駆紋戒斗が生きた世界、駆紋戒斗の死によって成り立っている世界だ。奴が生き抜いた世界を、その眼で確かめたくはないか?」

「……戒斗が…生きた世界……」

「選択っていうのはつまり、その世界に行くか行かないかってことですか?」

 

 男の申し出に心が揺れ動くランマルを尻目に、シグレは質問の意味を男に確認する。

 

「その通り。お前たち2人が向こうの世界に足を踏み入れるか、もしくはこの世界に留まるかで、お前たちの今後の運命が大きく変わってくる」

「そんなの、選ぶまでもない話だと思いますよ。僕たちはこの世界の住人なんだ。武神鎧武軍の残党兵たちを全滅させないといけない大切な時に、他の世界に構ってる余裕なんてありませんよ。大体、僕たちが向こうの世界に行ってなんになるって言うんですか? 行く理由がない」

「行く理由か……。確かに、あの世界がどうなろうとお前たちには関係のない話だな。だがな、言ってみればこれは俺の願いだ。あの世界は今、新たな問題を抱え始めている。その問題を放っておけば、いずれお前達の世界にも危機が訪れるかもしれない。できることなら、そうなる前にお前たちに対処してほしいと、俺は思ってる」

「だから、何故僕たちなんです? あの世界で今起きている問題は、あの世界だけの問題でしょ? まだこの世界には何も起きていないのに、僕たちが手を下す必要はないでしょ?」

「……そうだな。確かにお前の言うとおりだ。だけど言っておくぞ。お前は知らないかもしれないが、この世界は、あの向こう側の世界の連中に大きな借りがある。そうだろ? ランマル」

 

 男は視線をランマルに向ける。

 ランマルは神妙な顔でコクリと頷いた。

 

「……ああ。シグレはその時いなかったから知らないだろうけど、武神鎧武を倒し、この世界を救ってくれたのは、あの世界からやって来た者たちなんだ。彼らがいなければ、この世界は今頃、武神鎧武の天下だっただろう」

「そう。だからお前たちには、あの世界の問題に関わる権利がある。あの世界の連中に、借りを返す良い機会だとは思わないか?」

 

 男は皮肉を込めて言う。

 ランマルは一瞬沈黙して考えを決めると、シグレに向かって口を開いた。

 

「シグレ。正直に言うと、私はあの世界に行ってみたい。武神鎧武を倒してくれた借りを返すためでもあるが、何より、駆紋戒斗――かつて我が軍を救ってくれたあの男の世界を、この眼で見てみたい」

「ラン姉……。でも――」

「わかってる。この国の平和を維持するために、今が大変な時なのは十分わかっている。だけどこの世界には、頼りになる武神たちや数多くの同胞たちがいる。私1人がいなくとも国の平和は守れるはずだ。…それに、私が行くことであの世界の助けになるというのなら、喜んで力になりたい」

 

 ランマルの言葉を受け、シグレも少し考えた。そして、

 

「わかったよ。ラン姉が行くなら僕も行くよ。ラン姉があの世界の助けになりたいと思うのと同じように、僕は常にラン姉の力になりたいと思ってる。だから、ラン姉が行くところには僕も必ずついて行く」

「シグレ……。わかった。行こう、一緒に」

 

 こうして2人は決心した。

 この世界を後にし、別の世界に旅立つことを。

 

「気持ちは固まったようだな。ならば、あの世界を生き抜くために俺からのアドバイスだ」

 

 男はそう言うと、ランマルの手から戦極ドライバーを取り上げ、それをシグレに手渡した。

 

「このドライバーはお前のものだ」

「え? 僕の?」

「そう。そしてコレは……俺からのプレゼントだ」

 

 シグレが唐突に渡された戦極ドライバーに戸惑っていると、男はさらにあるアイテムをシグレの手に握らせた。

 それは赤いオレンジの絵が描かれた南京錠のような物体――ブラッドオレンジロックシードだった。

 

「そのドライバーはお前を選んでいる。ずっと昔からな」

「どういうことですか?」

「いずれわかる。それよりも、早くゲートを潜った方が良い。こうしている間も、向こうの世界では混乱が起きているからな」

 

 男に背中を押され、ランマルとシグレは裂け目の前に立つ。

 

「結局、あなたが何者か分からず仕舞いだったんだけど?」

 

 裂け目を潜る直前、ランマルは男に問いかける。

 

「気にすることはない。俺はただの観客さ。未知の世界でお前たちがどれほどまでに輝けるか、楽しみにしてるぜ!」

 

 男はそう言い残すと、2人を見送ることもなく一足先に姿を消した。

 文字通り、まるで幽霊のようにスッと姿を消したのだ。

 ランマルとシグレは不思議そうな表情を浮かべながらも、裂け目の奥に見えるビル群に視線を向ける。

 2人は大きく深呼吸してから、最初の1歩を踏み出した。

 ゆっくりと歩み出し、裂け目の中へと入り込んでいく。

 武神の世界を後にした2人の背で、裂け目は静かに閉じられた。

 武神ドライブと武神ゴーストが駆けつけた頃には、人の気配は完全に広間から消え失せていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一話 鎧武の章:変身! 真っ赤なオレンジ!

 地方都市、沢芽市。

 そこはかつては大企業ユグドラシル・コーポレーションに支配された企業城下町だった。

 空間を繋ぐ裂け目――クラックの発生頻度の上昇に伴い、数々の災いが街を襲った。

 ヘルヘイムの森の侵食。オーバーロード・インベスの攻撃。機械生命体メガへクスの侵略。そして、黒の菩提樹と呼ばれるカルト集団の暗躍。

 災いの度に街は傷つき、市民は悲鳴を上げた。

 しかしそんな人々を守るために、脅威に立ち向かった者たちがいた。

 アーマードライダーと呼ばれる鎧の戦士である。

 彼らの活躍、そして犠牲により、森の侵食は消え去り、オーバーロードは全滅。メガへクスの本体である母星も破壊され、黒の菩提樹の企みも打ち砕かれた。

 ようやく平和が戻り、街の復興も少しずつだが進み始めている。

 だが、これで誰もが安心……している訳ではない。

 人類がヘルヘイムの森に干渉した結果生まれた産物が、世界中にばら撒かれてしまったのだ。

 ユグドラシル・コーポレーションが開発した戦極ドライバーとロックシードがそれである。

 組織が解体された時、数人の社員や研究員達がそれらの試作品や開発技術を持ち逃げし、兵器――もしくは商品として売買に利用した可能性がある。

 ロックシードの生成に必要なヘルヘイムの果実の栽培方法も含め、今やユグドラシル・コーポレーションの技術が他者の手により増殖を繰り返している。

 ユグドラシル・コーポレーションの重役だった呉島貴虎と弟の光実は、自らの過ちを償うため、そして、これ以上ユグドラシルの技術を悪用されないために日々奮闘を続けている。

 

 

 

 灰色の雲が空を覆っている。

 その日の沢芽市は曇っていた。

 雨が降るとまではいかないが、当分太陽を拝めそうにはない天気だった。

 しかしそれでも、街はいつものように賑やかだ。

 人々が自由気ままに街中を歩いている。

 ヘルヘイムの森に侵食され、オーバーロードの攻撃を受けた時は、多くの人間が街を離れた。

 一時はめっきり静かになってしまった沢芽市だったが、街をもう一度活性化させようとする者たちに感化され、少しずつまた人が戻ってきた。

 今では以前と変わらないほどに人並みで街が溢れている。

 そんな中、大学から自宅へ帰る道中、呉島光実はすれ違う人々を気にしながら歩道を歩いていた。

 ふと近くの建物の壁に目を向けると、写真付きのポスターが何枚も貼り付けられていることに気づいた。

 

“人気アイドルYUN! 沢芽市にてワンマンライブ!!”

 

 どうやら女性のアイドル歌手が、近いうちに沢芽市にやってくるらしい。

 光実自身はアイドルなんかに興味はなかったが、それでまた街の活性化に繋がるのであれば喜ばしいことである。

 そう思いながらも、光実の表情は晴れなかった。

 ここ最近、どうにも嫌な噂を耳にする。

「怪物を見た」「インベスが暴れている」「人騒がせなビートライダーズが復活した」「また街が滅びる」と。

 どれも光実にとっては耳が痛くなる噂ばかりだった。

 だけどそれだけに放っては置けない。

 インベスもインベスゲームに夢中だったかつてのビートライダーズも、この街にはもういないはずなのだ。

 ヘルヘイムの森の侵食と同時に溢れかえったインベスの大群は、黄金の果実を手に入れたアーマードライダー鎧武――葛葉紘汰が宇宙へ連れ去った。

 幾つものチームに分かれて競い合っていた以前のビートライダーズも随分前に解散し、現在は純粋にダンスを楽しむ者たちだけで再結成されている。

 巷で広まっているような噂が生まれるはずはないのだが。

 兄の貴虎は、真相を調査するべく既に行動を開始している。

 街の復興に同意し集ったユグドラシルの元社員たちと協力して、あらゆる手を駆使して情報を集めているらしい。

 光実も、少しでも兄の助けになろうと、帰り間際にこうして怪しい者がいないか目を凝らしているのだ。

 思わず疑心暗鬼になりそうな行動ではあるが、街の平和を守るためなら仕方ない。

 歩を進めながら、視界に入り込む人々の観察を繰り返す光実。

 暫くして、ズボンのポケットに入れておいたスマートフォンが唐突に鳴り出した。

 足を止めてスマートフォンを手に取ると、画面には“ザック”という名が表示されている。

 電話に出ると、ザックの元気な声が聞こえてきた。

 

「もしもし?」

『よおミッチ! 今暇か?』

「大学の帰りだけど、どうしたの?」

『今、皆で阪東さんのところに集まってんだけど、お前もこっちに来ないか?』

「ドルーパーズに?」

 

 電話の内容は単純な遊びの誘いだった。

 普段から溜り場に使っている店――フルーツパーラー・ドルーパーズにビートライダーズのメンバーが集まっているので一緒にどうか? とのことだ。

 すれ違う人達を疑心の目で見続けて疲れてきたところだし、仲間の元でリフレッシュするのも悪くないかもしれない。

 

「わかった。すぐに行くよ!」

 

 光実は二つ返事で答えた。

 通話が終わり、スマートフォンを再びポケットの中に押し込む。

 人間観察は一旦終了だ。

 光実はドルーパーズに向かって歩き始めた。

 

 

 

 光実がいた場所からドルーパーズまでの距離はそれほど離れてはいない。

 ゆっくり歩いて10分ほどで到着した。

 

「よお! いらっしゃい!」

 

 店の中に入ると、オーナーの阪東清治郎が笑顔で挨拶をしてくれた。

 

「いらっしゃいー……」

 

 ワンテンポ遅れてバイトの女の子――イヨの無愛想な声も聞こえてくる。

 ふと目を向けると、イヨはレジカウンターの中でスマホ操作に夢中だった。

 光実は阪東にフルーツティーを注文すると、既に集まっている仲間たちの元に歩み寄った。

 

「待ってたぜ! ミッチ!」

「ミッチ久しぶりぃ~!」

「ちょっと会わないうちにまた身長伸びたんじゃない?」

 

 店の奥へ進むと、仲間たちが笑顔で出迎えてくれた。

 電話をくれたザックは勿論のこと、チーム鎧武のメンバーであるチャッキーやリカやラット、そしてチームバロンのペコとペコの姉のアザミも。

 

「みんなも元気そうで良かった!」

 

 仲間たちの笑顔に、光実の表情も思わず綻びる。

 沢芽市を危機に陥れた黒の菩提樹の事件が解決した後も、仲間たちとは定期的に連絡を取り合ってはいたのだが、兄の貴虎の仕事の手伝いや大学での勉強で忙しく、ここ暫くはなかなか顔を合わせることができなかったのだ。

 

「最近、勉強の方はどう? 頑張ってる?」

 

 オレンジジュースが入ったグラスを片手に、チーム鎧武の女性メンバーであるチャッキーが聞いてきた。

 続けて隣に座っていたリカも。

 

「賢いミッチのことだもん。学園1位の成績だよ、きっと」

「いやいや、そんなこと全然ないよ。ついていくのが精一杯さ」

 

 リカの言葉に対し、両手を振りながら謙遜する光実。

 

「仕事の方はどうなんだ? その……今も手伝ってるんだろ? 兄貴の仕事」

 

 と、今度はチームバロンのリーダー、ザックが尋ねる。

 

「うん。時々ね。色々大変だから、少しでも力になるようには努力してるつもりなんだけど」

「シャルモンのおっさんも、最近はパティシエの仕事よりもミッチの兄貴のサポートがメインになってきてるらしいぜ」

 

 姉のアザミと肩を並べて座っているペコが、テーブルに並べられたドライフルーツに手を伸ばしながら、人伝に聴いた話を口にする。

 

「あの人、ああ見えて色々有能だもんね」

「でも、凰蓮さんが自由に動けるのも、城乃内のおかげじゃない?」

「アイツ、意外なところで才能を開花させたよな」

 

 顔を合わせて笑いあうチャッキーとリカの傍らで、チーム鎧武の男性メンバーであるラットが感心したように言う。

 

「ダンスよりも洋菓子作りの方が向いていたってことかしらね」

 

 話を聴いていたアザミが笑顔で頷いた。

 楽しそうに会話に花を咲かせるメンバーたち。

 その雰囲気がとても懐かしく心地が良い。

 今こうして仲間たちの輪に再び入ることができている喜びを、光実は心の底から噛み締めていた。

 

「ねえ?」

 

 集まったメンバーたちと楽しそうに談笑を続けていると、突然、バイトのイヨが声を掛けてきた。

 

「どうしました?」

 

 フルーツティーに舌鼓していた光実が不思議そうに応える。 

 

「これ……。あんたたちと関係あるんじゃないの?」

 

 無表情でそう言いながら、イヨは手に持っていたスマートフォンの画面を光実に向ける。

 そこには誰かがネットに投稿した30秒ほどの動画が再生されていた。

 その内容を目にした瞬間、光実の表情が強張る。

 

「これは……!?」

「どうしたミッチ?」

 

 光実の異変に気づいたザックが傍にやって来る。

 同じように画面に視線を向けると、

 

「おいっミッチ。こいつは……」

 

 動画を目の当たりにしたザックも思わず言葉を失う。

 スマホの画面には、ビル街で戦闘を繰り広げる怪物と鎧武者の姿が映し出されていた。

 怪物にも鎧武者にも、光実とザックは見覚えがあった。いや、恐らくこの店にいる者全員――ひょっとしたら沢芽市の人間全てがその存在を知っているかもしれない。

 怪物はかつてのヘルヘイムの森の侵食と同時に出没したモンスター――インベスで間違いない。

 鎧武者の方は、動画がぼやけているためはっきりと認識はできないが、この世界を去った大切な仲間――葛葉紘汰が変身していたアーマードライダー鎧武によく似ていた。

 

「これってどう見てもインベスと……鎧武だよな……」

「うん。微妙に色が違う気もするけど……フォルムは間違いなく紘汰さんが変身していた鎧武と同じだ」

「でもそれってどういうことなんだ? 紘汰もインベスも、もうこの地球にはいないはずだろ? それともあれか? 紘汰はこの前のメガへクスの時みたいに、一時的に帰ってきたとか?」

「う~ん……どうだろ……。この映像だけじゃ判断できないな。もっと詳しく調べてみないと……。イヨさん、この動画の投稿時間と撮影場所ってわかりますか?」

 

 動画に釘付けだった光実は、無言で待機していたイヨに尋ねた。

 スマホを手元に戻したイヨは、その細い指で画面をスライドしながら光実の質問に答えた。

 

「投稿時間はついさっき……15分ほど前。場所は……駅前近くの公園みたい……」

「ありがとう。とりあえず、僕はこれからそこへ行って真実を確かめてくるよ」

 

 イヨに礼を言った後、光実はザックに提案した。するとザックは、

 

「待った! 俺も行くぜ。もし本当にインベスがこの街にいるなら必ず戦闘になるはずだ。そうなったら、人数は1人でも多い方が良いだろ?」

 

 ザックの言葉に光実は一瞬迷った。

 ヘルヘイムの森の脅威が消え、メガへクスの侵略を打ち破り、黒の菩提樹の計画を阻止した今、ようやく戦いから離れつつあるというのに、彼を再び巻き込んで良いのかと。

 ザックは今、自分の夢を追いかけるのに必死だ。

 ダンスの実力を極めるために、もう一度渡米する機会を窺っていると聞いたことがある。

 そんな彼を、また戦いに駆り出して良いのか?

 光実が判断に困っていると、先にザックが行動を起こした。

 

「のんびりしている場合じゃないぜ、ミッチ。早く行かねぇとインベスも鎧武も見失っちまう」

 

 光実の腕を引っ張りながら席を立つザック。

 すると、仲間たちとの談笑を楽しんでいたアザミがそれに気づいた。

 

「どうしたのザック?」

 

 どうやら会話に夢中で他のメンバーたちは光実とザックの異変に気づいていないようだ。

 ザックはアザミの耳元に口を寄せると、

 

「悪ぃアザミさん。ちょっと用事ができたから、俺とミッチは席を外すわ。皆には適当に言ってごまかしといて」

 

 と、小さく呟いた。

 2人の様子を察したアザミは、同じようにザックに耳打ちをする。

 

「何かあったみたいね。危険なことなら無理はしないで」

 

 ザックは笑顔で頷くと、光実を連れてドルーパーズを出て行った。

 

 

 ☆

 

 

 光実とザックはイヨに教えられた公園を目指して走る。

 繁華街を抜け、歩道橋を渡り、路地裏を通っていく。

 

「ザック、一緒に来てくれてありがとう!」

 

 息を切らしながら、光実は改めてザックに礼を言った。

 

「何を畏まったことを言ってるんだよ、今更! 仲間だろ? 俺たち!」

 

 ニッと笑みを浮かべながら、ザックは当然のように答える。

 その言葉が、笑みが、光実にはたまらなく嬉しかった。

 かつて、ヘルヘイムの森の侵食とオーバーロードの攻撃により、人類が危機に陥った時、光実は自らの行いが正しいと信じて人類を裏切る行為に手を染めてしまった。

 その結果、多くの仲間を危険な目にあわせてしまい、そればかりか大切に想っていた少女の命までもが失われる状況を作り出してしまった。

 事件の後、仲間たちはこんな自分を許してくれたが、未だにそのことが尾を引いており、どうしても変な気を使って仲間たちから距離を取ってしまう時がある。

 最早これは癖のようなものだが、ザックはそんな自分が隔てた壁を、お構いなしに突破してくる。

 彼の言葉に、行動に、一体どれだけ救われてきただろう。

 いや、ザックだけじゃない。

 チャッキー、リカ、ラット、ペコ。凰蓮さんに城乃内。そして……兄さん。

 多くの仲間たちに光実は支えられてきた。きっと一生掛かっても返しきれないものを彼らから受け取っていることだろう。

 少しずつで良い。ゆっくりで良い。これからじっくり時間を掛けて彼らに恩返しをしていこう。

 

「うん……。ありがとう」

 

 光実はちょっとだけはにかみながらもう1度ザックに礼を言うのだった。

 

 

 

 走り続けて15分。

 近道しようと、普段ダンスに使っている東のステージの前を横切ったその時、1人の男が突然声を掛けてきた。

 

「よぉお! 誰かと思えばチーム鎧武とチームバロンの奴らじゃねえかぁ!」

 

 その言葉に、光実とザックは思わず足を止める。

 声がした方に振り返ると、そこにいたのは全員赤い服を身に纏った3人の男たち。

 光実もザックもその男たちの顔には見覚えがあった。

 

「お前は……曽野村。チームレッドホットの奴らか」

 

 ザックは声を掛けてきた男の名を口にする。

 2人の前に現れたのはビートライダーズのダンスチームの1つ、チームレッドホット。

 曽野村という男がリーダーを務める赤がイメージカラーの集団だ。

 

「“元”だけどな。ダンスなんてくだらねえモン、当の昔にやめちまったよ! 今の俺らは、沢芽市最強のギャングチームだぜ!」

「ギャング? 一体何のことだ?」

 

 得意げに喋る曽野村に、光実は問いかける。

 

「お前らには特別に見せてやるよ! 俺たちの最高にイカした力をな!」

 

 そう言うと、曽野村を筆頭にチームレッドホットのメンバー全員が、ポケットから何かを取り出した。

 それは掌サイズの小瓶のようなものだった。

 栓を開け、中の液体を一斉に飲み干すと、男たちの身体に異変が起き始める。

 全身が植物に覆われ、中から不気味な怪物が現れる。

 その姿は、ヘルヘイムの森に実る果実を口にした生物の成れの果てと同じ、インベスそのものだった。

 小瓶の液体を飲んだチームレッドホットのメンバー全員が、インベスに変貌したのだ。

 

「どうなってんだよこれ……」

「曽野村たちがインベスに……」

 

 ザックも光実も、あまりにも予想外の展開に呆然と立ち尽くしている。

 

「どうだ俺たちの姿! あのインベスの力を我が物にしてやったんだぜぇ!」

 

 真っ赤な獅子のような外見のライオンインベスの姿に変貌した曽野村は、鋭い爪を立てて光実とザックにアピールする。

 

「喋った!? インベスになっても理性を失ってないのか!?」

 

 インベスとなった生物は、一部の例外を除いて理性や知性を失うはず。なのに人格を維持したままでいる曽野村たちに、光実は驚きを隠せなかった。

 

「インベスの力を手に入れて、俺たちは最強になった! この力で、お前たちにいつぞやの仕返しをしてやるぜ!」

 

 そう言って、ライオンインベスは光実とザック目掛けて爪を振り下ろした。

 

「あぶね!」

 

 ザックの咄嗟の判断で、紙一重に攻撃を回避。

 2人は急いで後退して距離を取る。

 

「お前ら、やっちまえ!」

 

 曽野村――ライオンインベスの言葉を合図に、初級インベスと化した2人のチームメンバーも光実とザックに襲い掛かった。

 

「ミッチ! このままじゃまずい! やるしかねえ!」

 

 初級インベスの攻撃を避けながら、ザックが光実に叫ぶ。

 その手には既に変身ベルト――戦極ドライバーが握られていた。

 

「仕方ない! 戦おう!」

 

 そう言って、光実も懐から戦極ドライバーを取り出した。

 

「よっしゃ!」

 

 頷いたザックは戦極ドライバーを腰に装着。

 光実もほとんど同じタイミングでドライバーを腰に巻きつけた。

 

『ブドウ!』

『クルーミ!』

 

 手にした南京錠型のアイテム――ロックシードを開錠させると、頭上に生まれた裂け目――クラックから鋼の果実が降りてきた。

 

「「変身!!」」

 

 2人は同時に力強く叫ぶと、ロックシードを戦極ドライバーの中心にはめ込み、操作レバー――カッティングブレードを倒した。

 

『ハイ~! ブドウアームズ! 龍・砲! ハッハッハ!』

『クルミアームズ! ミスタァーナックルマン!』

 

 鎧に変形した鋼の果実を身に纏い、光実とザックはアーマードライダーに姿を変えた。

 光実は専用武器ブドウ龍砲を駆使した銃撃戦を得意とする中華風のライダー、龍玄。

 ザックは両手にグローブ型の武器クルミボンバーを装備したボクサータイプのライダー、ナックル。

 2人は武器を構えると、颯爽と駆け出し反撃を開始した。

 

「おらぁ!」

「はあっ!」

 

 ナックルが左右のパンチを交互に打ち込み、龍玄のブドウ龍砲から放たれた紫色の光弾が初級インベスたちを吹き飛ばす。

 

「ぐわぁー……」

「いってぇえええ~」

 

 曽野村の仲間の男たちが変身した初級インベスたちは、悲鳴を上げながら無様に地面を転がった。

 

「ちっ! アーマードライダーか。本当だったら俺も、アーマードライダーの1人になって、お前らみたいにでかい顔できるはずだったのによぉ!」

 

 怒りをぶつけるかのように、ライオンインベスは龍玄とナックルに襲い掛かった。

 

「くだらねえ! お前なんかにアーマードライダーが務まるかよ!」

 

 相手の爪を左の拳で受け止めたナックルが、すかさず右ストレートでライオンインベスの顔面を殴り飛ばした。

 

「うごぉ!?」

 

 よろめきながら後退りするライオンインベス。

 続けざまに龍玄がブドウ龍砲の引き金を引き、光弾の雨を浴びせていく。

 

「ぐがぁぁぁあ!」

 

 強力な連続攻撃を前に、ライオンインベスは堪らず背後に倒れこんだ。

 数々の激闘を乗り越えてきた龍玄とナックルにとって、戦闘においては素人同然の曽野村たちは敵ではなかった。

 

「ミッチ! 一気にとどめだ!」

「うん!」

『ブドウ・スカァーッシュ!』

 

 頷いた龍玄はカッティングブレードを1回倒し、エネルギーをブドウ龍砲にチャージさせる。

 引き金に指をかけ、ライオンインベスに照準を合わせるが、どうしても龍玄はその指を引くことができなかった。

 

「どうしたミッチ?」

 

 様子がおかしい龍玄に、ナックルは声を掛ける。

 

「……」

 

 龍玄は決断に迷っていた。

 敵はインベスだ。しかし、眼前にいる奴は自分たちがこれまで倒してきたインベスとは違う。

 人が自分の意志で変身し、理性も知性も人格も保っている。

 明らかにまだ人間と認識できる存在を、躊躇なく殺すことは今の龍玄――光実には決してできることではなかった。

 かつての――非情になりきっていた頃の光実ならば、躊躇いなく引き金を引いていたかもしれないが、自分を支えてくれる仲間に、何よりも親友である葛葉紘汰に「ヒーローになる」と誓った以上、2度と道を踏み外す訳にはいかなかった。

 

「! 隙ありっ!」

 

 龍玄が油断した瞬間、咄嗟にライオンインベスが爪を振り上げた。

 

「しまっ……うわぁあああああ……」

 

 刹那に三日月状の光の刃が炸裂し、龍玄の鎧を大きく傷つける。

 バランスを崩しながら変身が解除され、光実は苦痛の声を上げながら地べたを転がった。

 

「ミッチ!」

 

 慌てて光実の元に駆け寄るナックル。

 見ると、光実の戦極ドライバーからブドウロックシードが失われていた。

 

「おっと。こいつは思わぬ戦利品だな」

 

 いつの間にか、ブドウロックシードはライオンインベスの手の中に握られていた。

 攻撃のショックでドライバーから弾け飛んだブドウロックシードを、ライオンインベスが奪い取ったのだ。

 

「てめえ! そいつはミッチのモンだ! サッサと返しやがれぇ!」

 

 怒りのままに、ナックルがライオンインベスに殴りかかる。

 が、それを再び立ち上がった2体の初級インベスが妨害する。

 

「退け! 邪魔すんな!」

 

 拳を振るって退けようとするも、そのしつこさに苦戦するナックル。

 そうしている間に、ライオンインベスは横たわる光実の元にゆっくりと歩み寄る。

 

「ついでだ。このロックシードと一緒に、お前の持っている戦極ドライバーも頂こうか」

 

 爪で摘んだブドウロックシードを見せびらかしながら、ライオンインベスは光実を見下ろす。

 

「……奪おうとしても無駄なことだよ。僕のドライバーは僕にしか使えない……」

 

 光実もまた、気持ちでは負けぬとライオンインベスを睨みつける。

 

「ああそうかよ! だったらお前の命ごとぶっ壊すだけだ!」

 

 そう言い放つと、ライオンインベスは光実の戦極ドライバー目掛けて鋭い爪を振りかぶった。

 万事休すか。

 追い詰められた光実の表情が思わず硬くなる。

 と、その時、突然何処からか飛んできた数発の光弾が、ライオンインベスを後方に吹き飛ばした。

 

「だ、誰だぁ!?」

 

 すぐに立ち上がったライオンインベスは怒りの形相で辺りを見回す。

 すると、少し離れた先に新たなアーマードライダーの姿があった。

 左手に盾を、右手に刀を携えた白きアーマードライダー。

 その姿に、光実は思わず安堵の声を漏らした。

 

「兄さん!」

 

 光実やライオンインベスが見つめる先に佇むのは、光実の兄――呉島貴虎が変身した鎧武者、アーマードライダー斬月・メロンアームズだった。

 斬月は銃と刀が一体になった武器――無双セイバーの銃口を下ろすと、急いで光実の元に駆け寄った。

 

「無事か? 光実」

「うん。なんとか……。それより、兄さんこそどうしてここへ?」

「例の噂の件を調査していた部下から、「アーマードライダーとインベスが交戦している」と連絡があってな。今となっては沢芽市に存在するアーマードライダーも限られている。きっとお前たちだと思っていたら、案の定だったな」

 

 斬月はそう言うとフッと笑みを浮かべた。

 

「お前は休んでいろ。後のことは私が始末をつける!」

 

 光実に背を向け、斬月はライオンインベスに刃を向ける。

 

「待って兄さん! そいつらは僕達の知っている今までのインベスとは違う! 人間が自分の意志で変身して、人格も保ってるんだ!」

 

 歩み出そうとする斬月の背に、光実は咄嗟に言葉を浴びせる。

 

「なんだと!?」

 

 思わず足を止めて振り返る斬月。

 

「なんだてめえは! 見慣れねえアーマードライダーだな!」

 

 突然現れた新手のアーマードライダーを、ライオンインベスは獣のように牙をむいて威嚇すると、地面を蹴って跳躍し、斬月に向かって鋭い爪を振り下ろした。

 

「ちいぃ!」

 

 直感的に殺意を感じ取った斬月は、すかさずメロン模様の盾――メロンディフェンダーでライオンインベスの一撃を防御した。

 ガキィィン! という鈍い音が東のステージに響き渡る。

 

「コイツはインベスの姿をした人間だということか……。厄介だな……」

 

 メロンディフェンダーで敵を振り払いながら、斬月は思わず嘆く。

 

「貴虎さん! そいつはミッチのロックシードを持ってる! 取り返してくれ!」

 

 2体の初級インベスの相手をしながら、ナックルは叫んだ。

 

「了解だ! 返してもらうぞ、弟のロックシードを!」

 

 斬月は無双セイバーの持ち方を変えて峰の部分でライオンインベスを攻撃する。

 その攻撃は斬撃ではなく打撃だったが、ライオンインベスにダメージを与えるには十分の威力だった。

 ライオンインベスは斬月の猛攻に成す術なく追い詰められていくが、それでも怯むことなく何度も立ち向かっていく。

 まるで痛覚が麻痺しているかのように、肉体が傷つくのもお構いなしに斬月に襲い掛かる。

 

「この野郎! てめえのロックシードもよこしやがれぇ!」

「しつこい奴だ……」

 

 斬月は全アーマードライダーの中でもトップクラスの実力を持った戦士だ。

 システムを把握しきったその戦いぶりは、ランク上の敵とも互角に渡り合うことができる。

 本来ならば、斬月の手に掛かればこの場にいる全ての敵を殲滅するのに1分と掛からないはずなのだが、何しろ今回は相手が悪い。

 まだ人間と認識できる存在が相手だと、どうしても実力を出し切ることができない。手加減せざるを得ない。

 

 かつて――ユグドラシル・コーポレーションが沢芽市を支配していた頃、ビートライダーズがヘルヘイムの森を舞台にしたロックシード争奪ゲームを企画した。

 森の中に集結するアーマードライダーたち。事態を鎮圧するために斬月もまた現場に向かったが、その時、不慮の事故が起きてしまう。

 アーマードライダーの1人、初瀬亮二が変身するアーマードライダー黒影を相手にした時、焦っていた斬月は力の加減を間違えてしまい、黒影の戦極ドライバーを破壊してしまう。

 そのことがきっかけとなり、初瀬亮二は力を追い求めてヘルヘイムの果実を口にする。

 果実を食した初瀬は、自我を失ったヘキジャインベスに変貌し、アーマードライダーシグルドの手によって始末された。

 

 この出来事は多くの人間の心に“後悔”という形で今も残り続けている。

 斬月――呉島貴虎も勿論例外ではなく、この時の経験がどうしても脳裏にちらついてしまい、今の斬月の腕を鈍らせてしまっていた。

 もしまた力の加減を間違えれば、今度はインベスに化けたこいつらの命を奪いかねない、と。

 

「くっ! どうすれば……」

 

 なかなか決定打を与えることができず、歯痒い思いに悩む斬月。

 初級インベスを相手にするナックルもまた、同じ理由で手間取っていた。

 と、するとそこへ。

 

「なんてだらしない戦いなの!!」

 

 戦場に、唐突に女性の声が聞こえてきた。

 力強く、強気な女性の声。

 その場にいる誰もがが一斉に手を止め、声のした方に振り向くと、そこに立っていたのは1組の男女だった。

 まるで戦国時代からタイムスリップしてきたかのような、時代錯誤な服装を身に纏った少年少女。腰には2丁の拳銃や刀がぶら下がっている。

 

「何者だ!?」

 

 斬月が尋ねるが、少年少女は返答することなく歩み寄る。

 

「シグレ!」

「任せて、ラン姉!」

 

 少女に呼ばれると、少年は頷きながら懐から戦極ドライバーを取り出した。

 

「戦極ドライバー!? 何故彼らがそれを!?」

 

 光実は驚きのあまり声を上げる。

 少年は徐に足を止めると、戦極ドライバーを腰に装着し、赤いオレンジの絵が描かれたロックシードを開錠させた。

 

『ブラッドオレンジ!』

 

 電子音声が鳴り響き、少年の頭上に開いたクラックから赤いオレンジの形をした鋼の果実が現れる。

 少年はロックシードを戦極ドライバーに装填、次の瞬間、叫び声と共にカッティングブレードを倒した。

 

「変身!」

『ハッ! ブラッドオレンジアームズ! 茨道・オンステージ!』

 

 鋼の果実は少年の頭に覆い被さると和風の鎧に形を変え、少年の姿を鎧武者に変化させた。

 右手にはくし形切りのブラッドオレンジを模した刀――赤い大橙丸が握られ、左腰には斬月のものと同様の無双セイバーが携行されている。

 その姿はまさしく葛葉紘汰が変身するアーマードライダー鎧武と瓜二つであったが、ただ1つ大きく異なるのは鎧の色。

 葛葉紘汰の鎧武の鎧がオレンジ色であったのに対し、少年が変身した鎧武者の色は、文字通り真っ赤な血の色をしていた。

 血の色、もしくは薔薇の花びらのように深い紅色――真紅を纏った彼の名は、アーマードライダー鎧武・華。

 

「この戦、僕が終わらせる!」

 

 大橙丸を両手でしっかりと握り締めながら、鎧武・華 ブラッドオレンジアームズは宣言した。

 

「また別のアーマードライダーかよ! しかもあの鎧武と同じ格好とはな……。嫌なことを思い出させやがる!」

 

 ライオンインベス――曽野村は、かつて葛葉紘汰が変身した鎧武に命を救われたことがある。

 その時の経験は彼にとっては屈辱以外の何者でもなく、ついさっきまで忘却の彼方に葬られていた思い出だったが、鎧武によく似た赤い鎧武者を目の当たりにしたことで、当時の記憶がフッと蘇った。

 ライオンインベスは不快な表情を浮かべながら、狙いを斬月から鎧武・華に変更。

 斬月の肩を突き飛ばすと、鎧武・華に向かって一目散に駆け出し、その鋭い爪を振りかぶった。

 しかし、

 

「はっ!」

 

 次の瞬間、ライオンインベスの爪よりも速い鎧武・華の一太刀が、ライオンインベスの胸部を切り裂いた。

 

「ぐぅう!? な、なにぃ……」

 

 何が起こったかわからないまま、ライオンインベスは胸の傷を押さえながら後退りした。

 

「速い……」

「奴の太刀筋……相当のものだ……」

 

 光実と斬月は、鎧武・華の見事なまでの剣捌きに呆気にとられていた。

 無理もない。今の一振りは鎧武・華が全身全霊を込めた一撃。

 一切の迷いがなく、確実に相手を仕留めてやろうという気持ちだけで振り下ろされた一刀なのだ。

 

「この野郎……やりやがったなぁ!」

 

 激昂したライオンインベスは、テクニックの欠片もないデタラメな戦法で鎧武・華に襲い掛かる。

 

「今の一撃で倒れないなんて、タフな奴!」

 

 鎧武・華は巧みに距離を取りながら爪の攻撃を弾いていき、隙を突いて斬撃を浴びせていく。

 刀身で爪を受け止め斬。

 懐を掻い潜って斬。

 腰を低くして斬。

 刀を振り上げて斬。

 すれ違い様に斬斬。

 背後に回りこみ斬斬斬。

 攻撃を受け流して斬斬斬斬。

 斬斬斬斬斬。

 容赦のない鎧武・華の猛攻に、ライオンインベスは成す術なく押されていく。

 その一方的な戦いに、光実も斬月も思わず戦慄。相手の生命の危機すらも感じ始めていた。

 

「曽野村さん!」

「リーダー!」

「あ! コラ待て!」

 

 ナックルと戦っていた2体の初級インベスが、戦闘を放棄してチームリーダーのピンチに駆けつける。

 ライオンインベスに迫る鎧武・華の前に立ち塞がる初級インベス達であったが、一刀のもとに即座に切り捨てられた。

 その冷徹とも言える鎧武・華の戦いぶりに、我慢できなくなった斬月が異を唱える。

 

「もういい! もう十分だ! 勝負はついた!」

 

 鎧武・華とインベスたちの前に割って入り、戦闘の中止を求める斬月。

 すると、戦いを見守っていた少女が反論する。

 

「どうして? 敵はまだ生きてる。決着はついてないわよ?」

「命を奪う必要はない! 奴らはまだ人間だ!」

「人間だろうと何だろうと関係ないわ! 戦は生きるか死ぬか、そのどちらかしかない!」

 

 相対する少女と斬月。

 その様子を、光実やナックル、鎧武・華が心配そうに見ている。

 そんな中、

 

「てめえら……余所見してんじゃねえぞぉ!」

 

 鎧武・華の猛攻を受けて倒れても尚諦めようとしないライオンインベスが、再び立ち上がろうと足掻きだす。

 やはりこれまで見てきたインベスとは違うと、光実は思った。

 人格の維持だけじゃない。タフネスもヘルヘイムの森に生息していた野生のインベスとはレベルが違う。

 なんとか反撃を試みようとするライオンインベスだったが、ここにきて肉体に異変が起きる。

 再び全身が植物に覆われ、ライオンインベスの姿が人間のものに戻ったのだ。

 時間切れである。

 2体の初級インベスの身体にもほぼ同時に同様の異変が起き、人間の姿へと戻る。

 

「くそっ! 薬の効果が切れたか……」

「ど、どうします!? リーダー!」

「やべぇっすよ!」

 

 困惑の表情を見せる曽野村と慌てふためくチームメンバーたち。

 その光景に、斬月はとりあえず胸を撫で下ろす。

 

「人間の姿に戻った以上、我々は彼らに刃を向ける訳にはいかない。こいつらの身柄を拘束し、話を聞かせてもらおう」

 

 戦闘態勢を解いた斬月は、無双セイバーを腰に収めながら曽野村たちの元に歩み寄る。が、

 

「冗談じゃねえ! せっかく好き勝手に暴れ回れる力を手に入れたんだ……。こんな所で大人しく捕まってたまるかよ!」

 

 悪足掻きを見せる曽野村は、斬月の眼前であるモノを取り出した。

 それは先の戦いで光実――龍玄から奪い取ったブドウロックシードだった。

 ロックシードは戦極ドライバーを身につけた者が使用すれば変身に用いることができるが、そうではない者が使用すれば、空間に現実世界とヘルヘイムの森を繋ぐクラックが開き、そこから野生のインベスを呼び出すことができる。

 曽野村は躊躇することなくブドウロックシードを開錠させ、クラックを出現させる。

 すると、開いた裂け目から1匹の青いインベスが飛び出し、斬月に襲い掛かった。

 

「なにっ!?」

「あぶない!」

 

 現れたのは2本の長い触角を頭部に生やしたカミキリムシのインベス。

 カミキリインベスは斬月の身体に掴み掛かりその動きを封じる。

 すかさず駆け寄る鎧武・華。

 

「今のうちだ! 逃げるぞ!」

 

 その隙に曽野村とチームメンバーたちはこの場を立ち去ろうと走り出す。

 

「待て!」

 

 咄嗟に叫ぶ光実。

 

「あいつらは俺に任せろ! ミッチたちはここを頼む!」

 

 そう言って曽野村たちの追跡を買って出たのは変身を解除したザックだった。

 ザックはチームバロンの象徴でもある赤と黒のロングコートを靡かせながら曽野村たちの後を追いかける。

 

「このっ……離れろ!」

 

 鎧武・華は斬月に組み付くカミキリインベスの背後に回り込むと、その両肩を掴み、大きく手前に引っ張ってカミキリインベスを引き剥がした。

 すかさず斬月が左手のメロンディフェンダーを振るい、両端に付いた刃でカミキリインベスの身体を切り裂いた。

 

「キリキリキリキリ……」

 

 不気味な奇声を上げながら怯むカミキリインベス。

 

「こいつは理性のない歴とした怪物みたいだ! はあっ!」

 

 続けて鎧武・華の斬撃が、カミキリインベスを吹き飛ばす。

 地面の上に激しく叩きつけられたカミキリインベスは、すぐに立ち上がると頭部の2本の触角を鞭のように撓らせて鎧武・華と斬月目掛けて豪快に振り回した。

 素早くメロンディフェンダーを前面に構えて防御する斬月。

 一方の鎧武・華は身を低くして攻撃を回避すると、左腰から抜き取った無双セイバーと大橙丸をドッキングさせ、ナギナタモードへと変える。

 威力と攻撃範囲が向上した無双セイバー・ナギナタモードを振るい、鎧武・華は飛んでくるカミキリインベスの触角を瞬く間に切断した。

 

「僕が決めます!」

 

 肩を並べる斬月にそう言うと、鎧武・華は戦極ドライバーのカッティングブレードを1回倒した。

 

『ブラッドオレンジ・スカァーッシュ!』

 

 ドライバーから電子音声が鳴り響く。

 鎧武・華は両足に力を込めると、大地を蹴って大きくジャンプし、空中で右足を前に突き出す。

 

「はああああー!!」

 

 輪切りのブラッドオレンジの形をしたエネルギーを通過しながら一直線に急降下。次の瞬間、鎧武・華の右足がカミキリインベスの身体を貫いた。

 

「キィイイイイイイイー……」

 

 断末魔のような奇声を上げながら、カミキリインベスは爆散。

 黒煙と炎が、鎧武・華の背後でユラユラと揺らめいている。

 

 戦いは終結したものの、曽野村たちは逃走。光実のロックシードも奪われたままだ。

 人格を維持したまま人間をインベスに変える小瓶の正体についても結局分からず仕舞いだが、とりあえず今は、突如現れた少年少女についてだ。

 いろいろと話を聞く必要がありそうだ。

 光実と貴虎は、改めて少年少女と対峙する。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話 鎧武の章:暴走! インベス人間!

 どんなものにもルールはある。この世界にも生命にも。

 それは長い年月をかけて築き上げられたものもあれば、理のように最初から定められていたものもある。もしくは、これから生まれるものも。

 ルールはどんな世界にも存在する。

 この世界にはこの世界のルールがあるように、私たちがいた世界にも私たちの世界のルールがちゃんと存在する。

 私たちは今まで、自分の世界のルールに従って生きてきた。

 勿論その世界に存在している以上、それは当然のことであり、生き抜いていくためには必要不可欠なことだった。

 しかし、世界の壁を越えた時――つまり、別の世界に足を踏み入れた時、ルールの違いに戸惑うのは必然ではないだろうか。

 例えば、ある人間が祖国を離れ、海を越えて外の国を来訪した時、やはり最初に驚くのは文化の違いだと思う。

 今まで当たり前に使ってきた言語が通じなかったり、食事のマナー1つ取っても混乱することだろう。

 モラルに対する価値観だって、きっと噛み合わないことがあるに違いない。

 そういう不安要素と同じようなことが、異なる世界の人間同士の間にも起こることは、誰が見ても明白である。

 

 私たちの世界は、戦が絶えない戦国時代同然の世の中だった。

 生きるために戦い、平和を守るために戦ってきた。

 私たちの戦の勝敗は、勝つか負けるかではない。生きるか死ぬか――殺すか殺されるかの極論でしかないのだ。

 自分の命を守るため――殺されないためには相手を殺すしかない。敵の脅威を少しでも削ぎ落とすためには1人でも多く殺すしかない。自分の血を見るか敵の血を見るか、それは己の腕次第。

 それが私たちの常識であり、私たちの世界のルールだった。

 誰が定めたか知る由もない、弱肉強食のルールだった。

 

 ずっとそのルールが正解であり、正しいと信じてきた。

 あの世界で生を受けて十数年、1度も疑問を感じたことさえなかった。

 だけど、この世界――命の恩人である駆紋戒斗が生き抜いたこの世界の様子を見るに、どうやら私たちの世界のルールとは少し勝手が違うようだ――。

 

 

 ☆

 

 

 ここはビートライダーズ――チーム鎧武の活動拠点であるガレージの中。

 普段はこの場所でチームメンバーたちがダンスの練習やミーティングを開き、時には他のチームとの交流の場所にもなっている。

 戦闘を終えた光実と貴虎は、落ち着いて話をするために謎の少年少女を連れてこの場所を訪れていた。

 無人のガレージは随分と物静かで、いつもはメンバーたちの笑い声で賑やかなだけに、ほんの少し寂しさを感じさせる。

 しかしそれだけに、話をするには好都合な場所だ。

 

「ここならゆっくりと話ができる。お前たちの話を聞かせてもらおうか」

 

 貴虎はスマートに着こなした黒のスーツのポケットに両手を突っ込んだまま、その鋭い眼光を少年少女に向けた。

 少年は貴虎の眼力に思わずたじろいでしまったが、少女の方は負けじと睨み返す。

 

「前フリもなく唐突だな。こういう時は、まずは君たちから名乗るのが筋……と、言いたいところだけど、私は君たち2人のことを知っている。いや、覚えてる」

「覚えてる? それはどういう意味だ? 何処かで顔を合わせたことがあったか……?」

 

 貴虎は顔色1つ変えることなく、険しい表情のまま少女に言葉を投げ掛ける。

 すると、少女の顔を眺めていた光実が、「あっ!」と何かを思い出したかのように唐突に声を上げた。

 

「君の顔、前に1度見た記憶が……。そうだ、たしか異世界に迷い込んだ時に!」

「異世界? 何の話をしている? 光実」

「兄さんも覚えてるでしょ? 前に僕と紘汰さんと駆紋戒斗が迷い込んだ世界で、武神鎧武を名乗るアーマードライダーと戦った時のことを」

「武神……鎧武……。あのおかしな世界のことか!」

 

 すっかり忘れていた記憶が蘇り、ハッとした表情を浮かべる貴虎。

 

「どうやら思い出したみたいね。「おかしな世界」って表現は少し引っ掛かるけど……。私の名前はランマル。こっちはシグレ。君たちが思い出したとおり、私たち2人はこことは違う別世界の住人。今は訳あって、こっちの世界にお邪魔しているの」

「訳って……一体どんな?」

 

 光実は警戒した表情で尋ねる。

 

「恥ずかしい話だけど、この街――いや、この世界は過去に何度か、外部からの侵略を受けて滅びかけているんだ。だから“別の世界の住人”なんて聞くと、簡単には安心できなくてね」

「そうか……。君たちの世界も大変なんだな。……いいわ、答えてあげる。私とこの子――シグレは、ある時、不思議な男と出会った。男は私たちに、この世界に足を踏み入れるか否かの選択を突きつけた。最初は迷ったけど、結局私たちはこっちの世界に来ることを選んだ」

「どうしてこの世界に来ようと思ったんです?」

「それは……」

 

 光実の問いに、ランマルは一瞬言葉を詰まらせた。

 すると、説明を引き継ぐようにシグレが、

 

「ラン姉は言っていました。今の僕たちの世界が以前よりも平和なのは、あなたたちが武神鎧武を倒してくれたおかげだと。だからそのお礼が言いたい。恩返しがしたいと」

「恩返しって……。別に僕たちはそんなつもりで戦ったわけじゃありませんよ。あの時は、元の世界に帰るため、囚われた仲間を助けるため。皆それぞれ、自分の目的のために戦っただけですよ。結果的にそれが、あなたたちの世界を救う結果に繋がった。ただそれだけです。だから変に恩を感じたり、そういうのはやめてください」

「しかし……」

「そんなことより、我々はまだお前たちに聞きたいことがある。恩返しだとか、そういうことを考えているのであれば、お前たちの知っている情報をもっと詳しく教えてくれないか?」

「……わかった」

 

 貴虎に促され、ランマルは渋々頷いた。

 こちらの気持ちを蔑ろにされたようで、なんだか腑に落ちない気分だが、相手方がそう言うのであれば仕方がない。

 

「それで? 何が聞きたい?」

「まずはお前たちが所持しているドライバーについてだ。我々が持っている戦極ドライバーと全く同じ物に見えるが、それを一体何処で手に入れた?」

 

 ランマルとシグレを交互に見つめながら、貴虎は淡々と質問を繰り出した。

 返答したのはシグレだった。

 

「これはえ~っと……、僕たちの世界にあったものを持ってきたっていうか……。元々はとある洞窟の中の祭壇に祀られていたものだったんですけど、さっき言った不思議な男が寄越してくれて。これと一緒に……」

 

 そう言ってシグレは、懐からブラッドオレンジロックシードを取り出した。

 

「ロックシード……。その……君たちが言う“不思議な男”って一体どんな人?」

 

 シグレが見せつけるブラッドオレンジロックシードを眺めながら、今度は光実が問いかける。

 

「さあね。正直、私たちにもよくわからない。独特の雰囲気を持った不気味な男だったけど……。確か自分のことを“ヘルヘイム”と名乗っていたわ」

「ヘルヘイム!?」

 

 ランマルが口にした思いがけない言葉に、光実と貴虎は驚きの表情を浮かべた。

 “ヘルヘイム”とは、本来は北欧神話の中に登場する言葉だが、光実と貴虎にとっては別の意味で馴染み深い言葉だった。

 野生のインベスや知性を持ったオーバーロードインベスが生息し、ロックシードの素となる果実が実る異世界の森に与えられた名前。そして、ある人物が名乗った名前でもある。

 当然、2人はその人物に心当たりがあった。

 

「その男ってまさか……」

「サガラか……」

 

 光実と貴虎は、共に1人の男を連想した。

 掴みどころのない言葉で人を惑わす神出鬼没のあの男。

 時にはインターネットラジオのカリスマDJに成りすまし、時には民族風の衣装を纏って忠告者を気取り、時には蛇の姿で相手を煽る。

 徹底して自分のことを“観客”だと言い切り、世界の行く末を見届け姿を消した。

 

「あの男のことを知っているのか?」

 

 打って変わって明らかに様子が違う光実と貴虎に、ランマルは不思議そうな表情を浮かべながら尋ねた。

 

「うん。まあ、ちょっとね……。話せば長くなるんですけど……。ただ、あの男が現れたということは、きっと何か意味があると思うんです」

「意味?」

「ええ。それが何なのかは、僕にはわかりませんけど……」

「なんだかスッキリしない答えね。つまり、その意味とやらは自分たちで見つけろってこと?」

「かも、しれません……」

 

 随分と歯切れの悪い言葉で頷く光実。

 無理もない。あの男――サガラの考えは人類の常識を超越しているのだから。

 そもそも人ですらないサガラ。

 その正体は、本人曰くヘルヘイムの森そのものなんだとか。 

 

「……まあいい。あの男についてはそのうちわかるでしょう。……ところで、今度は私からも質問して良いか?」

 

 そう言って、ランマルは唐突に話題を切り替えた。

 

「なんですか?」

「さっきの怪物のことだ」

 

 ランマルが切り出したのはインベス――特に曽野村たちが変身したインベスについてだった。

 

「あれは一体何なんだ? 戦いの最中、怪物の姿から人の姿に変わったが……」

「見ての通りだ。あの怪物は人間が化けたもの。恐らく何らかの方法で、怪物になれる力を手に入れたんだろう」

「奴らが変身した怪物――あれはインベスって言うんですけど、正直今回の件に関しては、僕らはまだ何もわかっていないんです。ただ、奴らがインベスになる時、怪しい小瓶を出していた……」

「小瓶だと?」

 

 光実の言葉に、貴虎が反応する。

 

「うん。液体が入った小瓶。曽野村たちはその液体を飲んでインベスに変身していた」

「果実ではなく……液体……。この案件は初めてのパターンだな……」

 

 貴虎は呟きながら、考え込むように俯いた。

 

「怪物の正体が人間なのは理解した。だけど私が気にしているのはそのことじゃない。あの時の君たちの戦い方だ」

「どういうことだ?」

「武神鎧武との戦を見ていたからわかる。君たちは相当に強い。なのにさっきの戦いでは、あの時の気迫が全く感じられなかった。何故だ? 2人の実力ならばあの程度の敵、簡単に始末できたのではないのか?」

 

 光実と貴虎に、交互に熱い視線を送りながら、ランマルは力説をする。

 その様子を、シグレは無言で見つめていた。

 

「力を抑えるのは当然のことだ。さっきも言ったはずだ。相手はインベスに化けているとはいえ人間なんだ。人間を殺すことなど、我々にはできん」

 

 そう言いながら貴虎は首を横に振る。

 するとランマルが、

 

「それは随分と甘い考えだな」

「なにっ?」

「相手が人間だろうと怪物だろうと、敵意を向けてくるのであればそれは敵だ。殺さなければ、己の命も他者の命も守れないぞ?」

「命を奪うことだけが解決策ではないだろう。拘束し、力の源を断てばそれで済む話だ。監視下に置けば、そこから情報を得ることもできるしな」

「そう簡単に物事が運ぶと思うのか? いつ何時何が起こるかわからない、それが戦というものだ。それにもし、相手が既に人間じゃなくなっていたらどうする?」

「どういう意味ですか?」

 

 貴虎とランマルの口論を傍で聞いていた光実が、不意に口を挟んだ。

 

「言葉通りさ。そもそも例え一時でも異形に姿を変え、牙をむいてきた相手を人間だと何故言い切れる? その身に非常識な変化が起こった時点で、そいつはもう普通の人間とは言えないのではないのか?」

「でも、奴ら――曽野村たちにはまだ人間としての人格も心もありました。ならまだ、手遅れにはなっていないはずです」

「楽観的な考えだな。私たちの世界の敵にも、元々は人間だった連中がいるが、そいつらも1度力を手に入れた時点で、既に人間とは呼べない存在に成り果てていた。そういうものさ。……力というものは、簡単に人の何かを狂わせてしまう。壊れた人間は、もう人とは呼べない別の存在に成り果てるのさ」

 

 ランマルの言葉に、光実と貴虎は妙な説得力を感じていた。

 単なる戯言ではない。幾つもの修羅場を乗り越えてきたかのような意志の強さが感じられる。

 しかし、だからといって2人も引き下がるつもりはなかった。

 

「お前の言っていることはわかる。我々もかつて、似たような光景を何度も見てきた。より多くの人間を救うために、怪物と化した人間を殺す覚悟もしてきた。いや、実際そうしてきた。だが、ある友人に言われて気がついた。人の命とは、簡単に割り切って良いものではない。僅かでも救える可能性があるなら、決して諦めてはいけないとな」

 

 貴虎の脳裏に、1人の青年の姿が思い浮かぶ。

 禁断の果実を手に入れ、神の力を得てこの地球を旅立った青年の姿が。

 

「……」

「……」

 

 互いに1歩も譲らず、にらみ合うランマルと貴虎。

 ガレージの中に気まずい空気が流れるが、その重苦しい雰囲気を断ち切ったのは、唐突に鳴り出した光実のスマートフォンだった。

 受話器に耳を傾けると、逃亡したチームレッドホットを追跡しているザックの声が聞こえてきた。

 どうやら奴らのアジトを発見したらしい。

 光実は二言三言会話を交わし、ザックに「すぐに合流する」と伝えると、スマートフォンをポケットに仕舞いこんだ。

 

「兄さん、ザックが曽野村たちの居場所を突き止めたって」

「そうか……。ならば急いで向かおう。……光実、お前は今ロックシードを失っている。ここは俺に任せて、お前はここで待機していろ」

 

 ランマルから視線を逸らした貴虎は、ガレージの扉の方に振り向きながら光実に告げる。

 

「待って! 僕も行くよ、兄さん。戦いに使えるロックシードならまだ持ってる」

 

 光実はそう言って、所持している2つ目のロックシードであるキウイロックシードを見せ付ける。

 貴虎は光実の表情を見つめながら少し考え、途端に口を開いた。

 

「……わかった。だが、そのロックシードだけでは心許ないだろう。お前はこいつを使え」

 

 そう言いながら貴虎が光実に差し出したのは、次世代型の変身アイテム――ゲネシスドライバーとメロンエナジーロックシードだった。

 ゲネシスドライバーもメロンエナジーロックシードも、戦極ドライバーとロックシードの発展型として開発されたシステムであり、普段は貴虎がアーマードライダー斬月・真に変身するために使用しているものである。

 以前、光実も数度に亘って斬月・真に変身したことがあるが、当時はその力を使って大きな過ちを犯してしまった。

 

「兄さん、これは……」

「今のお前なら、この力を正しく使うことができるはずだ」

 

 突然のことに戸惑いながら、光実は貴虎のゲネシスドライバーとメロンエナジーロックシードを受け取った。

 かつては兄の許可も得ずに、半ば無断で使用していた次世代アイテムだったが、今回は自分のことを信頼してくれている兄自身の判断で貸し与えられた。

 そんな兄の気持ちが、光実は内心嬉しくて仕方なかった。

 

「ありがとう、兄さん。使わせてもらうよ」

 

 ゲネシスドライバーとメロンエナジーロックシードを握る手に思わずギュッと力を込めながら、光実は笑顔で礼を言った。

 

「ああ。それより時間がない。急ぐぞ」

「うん!」

 

 出口に向かって歩み出す貴虎と光実。

 しかし、そんな2人をシグレが慌てて呼び止める。

 

「待ってください! またさっきの奴らと戦いに行くんでしょ? だったら僕たちも!」

 

 そう言って2人に付いて行こうとするが。

 

「気持ちは嬉しいが、お前たちの力を借りるつもりはない」

 

 足を止めた貴虎が放った言葉は無情なものだった。

 

「そんな……どうして?」

「さっきの話でわかった。敵という認識だけで、相手の命を躊躇なく斬り捨てようとするお前たちは、この世界での戦いはきっと向いていない。世界の壁を越えてまで足を運んできたところ悪いが、さっさと自分達の世界に帰ったほうが良い」

「君たちだけで戦うつもりか?」

 

 鋭い視線を向けたまま、ランマルは貴虎に尋ねる。

 

「無論だ」

「そう……。なら1つだけ聞かせて。君たちがまだ人間と信じる敵が、もし既にそうじゃなくなっていたら、君たちはその敵を殺せるのか?」

「ああ。罪を背負う覚悟はできている。随分前からな……」

 

 その言葉を残して、貴虎と光実はガレージを後にした。

 2人の後姿を、ランマルとシグレはただ見つめることしかできなかった。

 

 

 ☆

 

 

 斬月とナックル、そして突如現れたアーマードライダー鎧武・華の前から姿を消したチームレッドホットの3人は、逃亡の末、廃屋となったバーの中に身を潜めていた。

 そこはかつてのヘルヘイムの森の侵食がきっかけで潰れてしまった店跡で、建物内のテーブルや椅子は乱雑に放置され、窓ガラスの殆ども割れてしまっていた。

 光実にチームレッドホットの居場所を伝えたザックは、駐車場に停めて忘れ去られた数台の廃車同然の車の間をすり抜けながら、曽野村たちが潜む建物の傍へと忍び寄っていた。

 息を殺し、割れた窓から中の様子を覗くザック。

 廃屋の中では、なんとか逃げ延びたチームレッドホットのメンバー――初級インベスに変身していた曽野村の手下の2人が、テーブルに腰を掛けながら談笑に浸っていた。

 会話の内容は、殆どさっきの出来事に対する愚痴のようであったが、ザックが気になったのは、その奥のカウンター席で会話にも交ざらずに背中を向けている曽野村だった。

 まるで酒にでも溺れているかのように、ブツブツと独り言を呟きながら無我夢中で何かを飲み続けている。

 既に数え切れないほどの本数を飲み干しているのか、足元には何本もの小瓶が散らばっている。

 

「あの瓶ってまさか……」

 

 床の上に転がる見覚えのある小瓶を目の当たりにしたザックは、思わずその目を見開いた。

 間違いない。あの小瓶は、さっきの戦いで曽野村たちがインベスに変身する際に使用したものだ。

 人間をインベスに変える危なげな液体。そんなものを1度に大量に飲んでしまって大丈夫なのだろうか。

 大きな不安を感じるザックの存在を知る由もなく、手下の2人も曽野村の異変に気づいたようだ。

 

「リーダー? どうしたんスか? さっきからなんか静かッスけど?」

「曽野村さん?」

 

 返答がない曽野村の様子に首を傾げる2人。

 カウンターに座り込んだまま、振り向こうともしない曽野村の傍に歩み寄ろうとするが、足元に散らばった大量の小瓶に気がつくと、2人は血相を変える。

 

「そ、曽野村さん……まさかコレ、全部飲んだんですか……!?」

「たしか“ヘルジュース”って3時間に1本のペースじゃ……。っていうか大丈夫ッスか、身体」

 

 2人の男は恐る恐る曽野村の顔を覗き込む。

 その瞬間、2人は恐怖のあまり言葉を失い、血の気が引いた表情で悲鳴を上げた。

 

「うわあああああああ!!!」

「ば、バケモノォオオオオ!!!」

 

 戦慄した様子で慌てて後ずさる2人。

 彼らが見た曽野村の顔は、最早人のものとは思えないほどに変形、変異していた。

 顔の表面は真っ赤に変色し、両目はカエルやカメレオンのように丸く膨張し腫れ上がっている。

 さらに舌が異様に長く伸び、口の隙間からは大量の涎が零れ落ちていた。

 

「足りネえ~……もット力がホシ~……。ツヨくナリてエ~……」

 

 うわ言のような言葉を口にしながら、尚も小瓶の中身を飲み干していく曽野村。

 

「あアぁ~……ソレニしてモ腹ヘッたな~……」

 

 やがてその視線は傍に立つ手下の男達に向けられる。

 

「お前ラ、なかまダろトモだチダろゲボクだろォ~! チョット飯に付きアエよ~!」

「め、飯って一体何を……?」

 

 怯えた表情で男の1人が聞き返す。

 すると次の瞬間、

 

「メしといえバ仲間ノことだろうガァ!!」

 

 まるで餌を発見した獣のように、曽野村が男に飛び掛った。

 

「ぎゃぁあああああああああああ」

 

 衝撃で床に倒れこんだ男の上に覆いかぶさった曽野村は、そのまま男の首筋を噛み千切る。

 

「がはっ……」

 

 刹那に吹き出した大量の血飛沫と共に、男の断末魔は途切れ、男の命も息絶えた。

 ただの真っ赤な肉塊となった男の身体に、曽野村は嬉しそうにかぶりつく。

 その光景は獲物を貪るサバンナの肉食動物そのものだった。

 

「なんだよ……これ……」

 

 窓の外から中の様子を見ていたザックは、目の前に広がる地獄絵図に絶句。その生々しさに吐き気を感じていた。

 

「あ……あぁ……わあああああああああ!!!」

 

 血の海の真ん中で仲間を喰らう仲間の姿に、完全に怖気づいたもう1人の男は、曽野村が仲間の屍に夢中になっているその隙に、出口の扉に向かって全速力で走り出した。

 縺れる足も顧みず、男は絶叫しながら全身で扉に体当たりした。

 腐りかけの木製の扉が勢い任せに開き、男は曇天の下に開放される。

 来た道を振り返る間もなく、急いでその場から逃げようとする男だったが、それに気づいたザックが慌てて後を追い、男の肩を掴んだ。

 

「おい! ちょっと待て! 何がどうなってんだ!?」

「し、知らない! 俺にもわからない! それよりも助けてくれ!」

 

 怯える男は無我夢中でザックの袖にしがみ付く。

 まともな返答を得られず、困惑するザック。

 しかし、そうしている間にバーから出てきた曽野村が、1歩、また1歩と背後に迫りつつあった。

 

「き、来た……。追いかけてきた……。今度は俺を食うつもりだ……」

 

 ガタガタと身体を震わせながら、男はザックの背後に隠れる。

 

「曽野村! お前、一体どうしちまったんだよ!?」

 

 少しずつ後退りしながら、ザックは歩み寄ってくる曽野村に問いかけるが。

 

「アあぁ? どウモこうもアルかよォ! オレハ腹が減ってンダヨ! ソイつは仲まナンダよ! だかラ俺のメしナンダよ! ダカらおれ二食わセロよぉ!」

 

 仲間の返り血で赤い服をさらに赤く染めた曽野村は、ビー玉のような狂気染みた瞳をコロコロと転がしながら、ザックとその背後にいる男の姿を捕捉する。

 

「こいつ……狂ってやがる……」

 

 噛み合わない言動や人間離れした曽野村の姿を改めて間近で見たザックは、その醜悪さに思わず表情を歪めた。

 

「俺ノめしダァアアア!!」

 

 威嚇するように大きく叫んだ曽野村は、その口から太く長い不気味な触手を吐き出した。

 体液が滴る1本の触手は、ザックたちに向かって真っ直ぐと伸びていく。

 

「伏せろ!」

 

 咄嗟に危機を察知したザックは、背後の男共々しゃがみ込み、触手の一撃を回避した。

 

「ちっ! 仕方ねえ! お前は逃げろ!」

 

 触手が曽野村の口の中に戻っていくその隙に、ザックは男をその場から逃がすと、戦極ドライバーを装着し、クルミロックシードを開錠させた。

 

「変身!」

『クルミアームズ! ミスタァーナックルマン!』

 

 アーマードライダーナックルに姿を変えたザックは、両腕のクルミボンバーを構えながら曽野村に向かって走り出す。

 

「おマエも俺ノ仲まになるノかァ~!!」

 

 感情の高ぶりと共に全身が植物に覆われ、ライオンインベスに変貌した曽野村は、接近してくるナックルに飛びついた。

 

「ふざけんな! 仲間になるのも餌になるのもどっちも御免蒙るぜ!」

 

 ナックルはすかさずストレートパンチを繰り出し、ライオンインベスを押し戻す。

 

「ちょっと大人しくしろよ! 曽野村ぁ!」

 

 アスファルトに着地し、再び突撃してくるライオンインベスを捕捉しながら、ナックルは戦極ドライバーのカッティングブレードを素早く2回倒した。

 

『クルミ・オーレ!』

 

 ドライバーから電子音声が鳴り響く中、ナックルは左右の拳を交互に突き出し、クルミ型のエネルギー弾を撃ち出した。

 

「ギャァアアアアア!」

 

 弾は真っ直ぐと飛び、ライオンインベスに直撃。

 死なないようにパワーは抑えたが、この攻撃をまともに喰らえば暫くは動けないはず。

 砂埃に包まれたライオンインベスの姿を確認するべく、ナックルはじりじりと近づいていく。

 するとその時、

 

「グルァアア!!」

 

 突然、獣のような咆哮と共に真っ赤な手がナックルの視界に飛び込んできた。

 

「うわっ!?」

 

 不覚にも驚いてしまったナックルは思わず声を上げるが、同時にライオンインベスの爪が勢い良く振り下ろされた。

 胸部アーマーに引っ搔き傷を残されたナックルは、たじろぐように後退りする。

 

「ひヒヒひヒ……。今ノハ驚いタだろ? 今度はテメエのノドヲ切り裂イてヤロウか……」

 

 涎をボタボタと垂らしながら、砂埃から姿を現すライオンインベス。

 

「こいつ……俺の攻撃が効いてないのか……」

 

 その光景にナックルは愕然とする。

 

「へへぇ~。てメえの攻撃ナンザ痛くモかゆくもネエ! 大人シク俺の飯二なっちマエヨォ!」

 

 威嚇するように両手の爪を立てたライオンインベスは、ギラリと牙を光らせナックルに襲い掛かる。

 

「この野郎!」

 

 闘志を滾らせるナックルも、負けじと拳を振り上げ、敵を迎え撃つ。

 

 

 

 繰り広げられるナックルとライオンインベスの戦い。

 その様子を、上空を無音で飛ぶ1台のカメラ付きのドローンが監視していた。

 撮影された映像はとある場所に設置されたパソコンのモニターに映し出されている。

 薄暗いオフィスの中でその映像を見つめる1人の女性が、タバコを銜えながら不敵な笑みを浮かべた。

 

「……見つけた」

 

 

 ☆

 

 

 穏やかに流れる水の音が心地良い川沿いの道。

 ウォーキングを楽しむ老人や追いかけっこして遊ぶ子供たちとすれ違いながら、ランマルとシグレはのんびりとその道を歩いていた。

 

「これが戒斗の生きていた世界か。私たちの世界と似ている部分もあるが、確かに別の世界だな」

 

 ランマルは物珍しそうに辺りを見回しながら、沢芽市の風を肌で感じていた。

 眼に映るもの全てが新鮮に見えてワクワクが止まらない。

 林立する建造物群やコンクリートで固められた道を走る自動車、川を流れる水や雲が浮かぶ空、何もかもが自分たちの世界のものと同じようでいて全然違う。

 ランマルは大きく深呼吸して暖かな空気を吸い込んだ。

 道端に生えた草木の香りが彼女の心をリラックスさせる。

 

「この世界は良い風が吹くな。我々の世界とは大違いだ」

 

 ランマルとシグレが生まれた世界は戦乱の世。毎日のように彼方此方で戦が起こる物騒な世の中だ。

 少し歩けば道端に死体が転がっていることなど日常茶飯事だった。

 ランマルたちの世界――武神の世界の風は血の臭いを孕んでいた。

 血の臭いだけじゃない。死体が腐った臭いや火薬の臭い、戦の残酷さを象徴するような臭いが幾つも混ざっていた。

 とてもじゃないが気持ち良く深呼吸なんてできやしなかった。

 あの2人――呉島光実と呉島貴虎の話によると、この世界も過去に何度か戦が起きていたようだが、どうやら今はまだ、風を血に染めてはいないようだ。

 

「しっかり守り抜いている……という訳か」

 

 川の流れを見つめながら、ランマルは小さく呟いた。

 

「ねえ、ラン姉」

 

 後ろを付いてきていたシグレが不意に声を掛けてきた。

 

「どうした? シグレ」

「あ、いや……あの人たちの後を追わなくて良いのかなって……」

 

 シグレは少し言いづらそうに言葉を口にした。

 

「あの人たちってさっきの2人のことか」

「うん。だって、ヘルヘイムを名乗る男が言っていたこの世界に起きている問題って、きっとあの怪物になる人間のことでしょ? だったら、やっぱり僕たちも彼らに協力した方が良いんじゃないかな」

「しかしなシグレ、協力を断ったのは向こうなんだ。拒否されている以上、我々は手の出しようがない。悔しいけど彼らの言うとおり、帰る方法を探して、私たちはさっさとこの世界を後にしよう」

 

 ランマルはため息混じりに言った。

 

「ラン姉はそれでいいの?」

「え?」

「彼らには僕たちの世界を救ってもらった恩があるんでしょ? 彼らはああ言っていたけど、恩を仇で返したままでラン姉はそれでいいの?」

「どうした急に。お前はどっちかっていうと、この世界の問題に関わるのは反対だったじゃないか。なのに今更――」

「僕はただ、ラン姉に付いていくだけだよ。だからラン姉が帰るって言うのなら、僕も文句を言わずに一緒に帰るよ。だけど、ラン姉は本当にこのまま帰って大丈夫なの?」

「どういうことだ?」

「このまま帰ってしまって、後になって後悔しない?」

「後悔……?」

「僕はラン姉が大好きだよ。だからラン姉にはどんな時でも後悔はしてほしくないんだ。悔いがないように、どんな時でも最善の選択をしてほしい」

 

 シグレの真っ直ぐな瞳に見つめられ、ランマルは思わずたじろいだ。

 時々シグレはこういう眼をする。

 曇り1つない、純粋で無垢な眼差し。

 ランマルはシグレのそういう眼が好きであり、同時にある意味苦手でもあった。

 彼の子供のようにキラキラと輝く瞳の前では、どうにも反論する気が失せてしまう。

 ランマルはやれやれと肩を落とした。

 

「……わかったよ。お前がそう言うなら、もう1度あの2人に会ってみよう。ヘルヘイムという男の話が本当なら、この世界の問題はいずれ我々の世界にも影響を与える可能性がある。私たちの世界を守るためにも、簡単に諦めるわけにもいかないしな」

「そうだね」

 

 ランマルの言葉に、シグレは笑顔で頷いた。

 

「そうと決まれば、急いで2人の所に戻らないとな」

「うん。あ、でも……きっと彼らはもう戦に出ているよ。土地勘のない僕たちじゃ、2人の居場所を見つけられないよ」

「大丈夫。私たちには“コレ”がある」

 

 そう言うと、ランマルは懐からあるアイテムを取り出した。

 それは赤いラインが入った銀色の缶のような物体。中心には鷹のシルエットが描かれている。

 シグレはランマルの手に握られたそれを見て、思わず驚きの表情を浮かべた。

 

「あ! カンドロイド!?」

 

 

 ☆

 

 

 アーマードライダーナックルとライオンインベスの戦場に、光実と貴虎が駆けつけた。

 

「ザック!」

「ミッチ! 待ってたぜ!」

 

 曽野村が変貌したライオンインベスの爪の攻撃を両手の拳で受け止めながら、ナックルは安堵の声を漏らした。

 肩を並べて立つ光実と貴虎は、一進一退の戦いを繰り返すナックルとライオンインベスの姿を視界に捉える。

 2人の腰には既に変身ベルト――戦極ドライバーとゲネシスドライバーが装着されている。

 

「兄さん!」

「ああ。行くぞ、光実!」

 

 光実と貴虎は、取り出したメロンエナジーロックシードとメロンロックシードを開錠させた。

 

『メロン!』

『メロンエナジー!』

 

 2人の頭上にクラックが開き、形成された果実の鎧が降りてくる。

 光実と貴虎は同時に叫ぶと、ロックシードとエナジーロックシードをドライバーに装填した。

 

「「変身!!」」

『ソイヤ! メロンアームズ! 天下御免!』

『ソーダァ! メロンエナジーアームズ!』

 

 頭から被った鎧を身に纏い、2人はアーマードライダーへと姿を変えた。

 貴虎は斬月メロンアームズに。そして、兄から借り受けたゲネシスドライバーを使い、光実は斬月・真メロンエナジーアームズへと変化した。

 2人の斬月が今、戦場の大地に並び立つ。

 

「よっしゃ!」

 

 斬月と斬月・真の姿を目の当たりにし、気合を入れ直したナックルは、2、3発拳を叩き込んでライオンインベスを怯ませる。

 その隙に斬月と斬月・真はそれぞれ武器を構えて一斉に走り出す。

 素早く急接近した2人は、威力を加減しつつも手にした刃を振り下ろした。

 斬月の無双セイバーと斬月・真の創生弓ソニックアローの刃が、ライオンインベスのボディを切り裂いた。

 

「グェえエえ……! ヤ、ヤリやがっ…ガッガったな……。オデ、お前ララ……こ、コロス!」

 

 狂った悲鳴を上げたライオンインベスは、標的をナックルから斬月と斬月・真へと変更。口から零れる涎を飛び散らせながら、2人に向かって攻撃を仕掛ける。

 

「なんだこいつ……。さっきと様子が違うぞ!」

「なんか変だ……。ザック、一体どうなってるんだ!?」

 

 初戦の時と明らかに違い、人間離れした狂気を感じさせるライオンインベスの猛攻に、斬月と斬月・真は違和感を覚えた。

 デタラメに振り回す爪の攻撃をソニックアローの刃で受け止めながら、斬月・真はナックルに尋ねる。

 

「曽野村の奴、あの怪しい小瓶を数え切れないほど飲みやがったんだ。それでおかしくなったこいつは、仲間の1人を食いやがった!」

「食べた!? 人間を!?」

 

 ナックルの言葉に、驚きを隠せない斬月・真。

 

「人を食うインベスなど聞いたことがないぞ!」

 

 メロンディフェンダーと無双セイバーを交互に繰り出しながら敵の攻撃を対処していく斬月も、ナックルが口にした真実を疑わずにはいられなかった。

 無理もない。彼らが知る限り、インベスが摂取するのはヘルヘイムの森に実る果実だけのはず。人肉を喰らった例など、これまで1度もないはずなのだ。

 呆気にとられる斬月と斬月・真を余所に、ナックルは話を続ける。

 

「それにこいつ、症状が少しずつ酷くなってるみたいなんだ! 言葉まで狂ってきてる……」

「理性や知性が消失しかけているのか……」

 

 斬月は爪の一撃をメロンディフェンダーで弾き、がら空きになった懐に一太刀を浴びせる。

 

「ギィエエ!」

 

 悲鳴と共に後退りするライオンインベス。

 そこにすかさずナックルが拳を打ち込む。

 

「兄さん! どうにかして曽野村を人間に戻せない?」

 

 ソニックアローを構えながら、斬月・真は斬月に問いかける。

 

「奴らをインベスに変えた小瓶の正体がわからない以上、手の打ちようがない……。くっ……。あの女の言うとおりになってしまった……」

 

 斬月――貴虎の脳裏にランマルの言葉が過る。

 

“壊れた人間は、もう人とは呼べない別の存在に成り果てるのさ”

 

 理解はしている。確かにその通りかもしれない。

 だけど、そう簡単に受け入れたくない。諦めたくない。諦めてはいけない。僅かでも救える可能性があるのなら。

 己を奮い立たせるように、貴虎は仮面の下で唇を噛み締める。

 

「とにかく、奴を拘束して保護するぞ! 詳しく調べれば、奴を元に戻す手立てが見つかるかもしれない!」

 

 士気を鼓舞するように、斬月は大きな声で言い放つ。

 その言葉に頷いた斬月・真とナックルは、ライオンインベスの動きを封じるために行動を起こす。

 

「オラオラオラオラァ!!」

 

 斬月・真がソニックアローのトリガーを力いっぱい引いている間に、軽快なフットワークで接近したナックルが、ライオンインベスの身体に強烈な連続パンチを叩き込む。

 ライオンインベスが怯んだ隙に、今度は斬月・真がトリガーを離し、ソニックアローから光の矢を発射した。

 エネルギーで形成された矢は真っ直ぐ飛んで敵の胸に命中。刹那に爆発し、ライオンインベスを背後に吹き飛ばした。

 アスファルトの上をゴロゴロと転がり、横たわるライオンインベス。

 一気に勝負を決めるべく、斬月が攻撃を畳み掛けようと前に出るが、するとその時、ふらつきながらも立ち上がったライオンインベスが、光実から奪ったブドウロックシードを取り出した。

 

「あれは僕の……」

 

 敵の不可解な行動に警戒を強めるアーマードライダーたち。

 そんな中、ライオンインベスが取った行動は予想外のものだった。

 

「腹ガ……減ッタ……」

 

 ライオンインベスは、鋭い牙が生えた口をガバッと大きく開き、そこにブドウロックシードを持った手をゆっくりと近づけていった。

 

「あいつ、ミッチのロックシードを食う気か!?」

「そうはさせるか!」

 

 誰よりも先に敵の行動を察知した斬月が、咄嗟に無双セイバーをガンモードに切り替え、ライオンインベスの手の甲を射撃した。

 

「ガッ!?」

 

 無双セイバーの銃口から発射された光弾に弾かれ、ライオンインベスの手を離れたブドウロックシードが宙を舞う。

 

「光実!」

 

 斬月が叫ぶのとほぼ同時に、斬月・真は地面を蹴って跳躍し、空中のブドウロックシードを片手でキャッチした。

 

「僕のロックシード……。良かった……」

 

 愛用のロックシードが無事手元に戻ってきたことに、斬月・真――光実はホッと胸を撫で下ろした。

 

「同時に仕掛けて奴を追い込むぞ!」

「わかったよ! 兄さん!」

「任せろぉ!」

 

 斬月、斬月・真、ナックルの3人は一斉に駆け出し、ライオンインベスを取り囲む。

 

『ブドウ・チャージ!』

 

 斬月・真は取り戻したばかりのブドウロックシードをソニックアローに装填し、上空に向かってそのトリガーを引き放つ。

 ライオンインベスの頭上まで飛んだ光の矢はぶどうの形に変化し、次の瞬間、花火のように弾け飛んで粒状のエネルギー弾が拡散。真下にいるライオンインベスへと降り注いだ。

 

「ガルルアアァァァ……」

 

 光のシャワーを浴びせられ、ライオンインベスは悲鳴を上げる。

 そこへさらに斬月とナックルが追い討ちを仕掛ける。

 

『メロン・スカァーッシュ!』

『クルミ・オーレ!』

 

 エネルギーを集中させた斬月の刃とナックルの拳が、同時にライオンインベスの身体に叩き込まれた。

 2人のアーマードライダーの挟み撃ちを受けた瞬間、ライオンインベスの悲鳴は途切れ、その真っ赤な身体はバタリとその場に倒れ伏した。

 ピクリとも動かずに横たわったままのライオンインベスに、3人のアーマードライダーたちは息を呑む。

 

「こいつ……まさか死んだのか……?」

「いや、威力は抑えた。まだ息はあるはずだ」

「今のうちに拘束して、何処か安全なところに……」

 

 そう言って斬月・真がライオンインベスに手を伸ばした。と、その時。

 

「グルァアアアアアアア!!」

 

 唐突に飛び起きたライオンインベスが、斬月・真の身体に掴み掛かった。

 

「こいつまだ!?」

「てめえ! ミッチから離れろ!」

 

 すかさず放ったナックルの一撃がライオンインベスを吹き飛ばす。

 しかし、ライオンインベスはまるで猫のように空中で宙返りして着地。獰猛な目つきでアーマードライダーたちを睨みつける。

 

「許……サネエ……許……サネエ…………ユルサネエエエエエエエ!!!」

 

 その瞬間、怒りに満ちた凄まじい叫び声と共に、ライオンインベスの肉体に異変が起きた。

 両手を地面につけたライオンインベスの身体が大きく膨張し、爪や牙もさらに鋭く発達していく。

 背中の翼は天空を覆い隠すほどに伸長し、眼光を放つ瞳からは人間の意志は完全に失われていた。

 超大型ダンプトラックと同じほどの大きさに巨大化したライオンインベスは、最早四足歩行の獅子の怪獣と化していた。

 

「グォオオオオオオ!!!」

 

 アーマードライダーたちが呆然と立ち尽くす中、巨大ライオンインベスは地面を振るわせるほどの咆哮を上げながら、助走無しのロケットスタートで突進を繰り出してきた。

 

「散開しろ!」

 

 斬月の咄嗟の指示を合図に、アーマードライダーたちは一斉に回避行動を取る。

 その巨体に見合わぬスピードで迫り来る巨大ライオンインベスの攻撃からなんとか逃れた斬月・真は、人の形を失った敵の姿に愕然としていた。

 

「兄さん! どうなってるの、これ……。曽野村はどうなったの?」

「あのインベスの中に残っていた人間性が完全に消えたんだ……。こうなってはもう、奴は暴れまわるだけのただの怪物だ……」

 

 斬月・真の問いに、斬月は悔しさを滲ませた声で答えた。

 

「どうすんだよ? 貴虎さん!」

 

 ナックルも判断に困り、次の行動を起こせずにいた。

 そうしている間に、振り向いた巨大ライオンインベスは2発目の攻撃を放とうとしていた。

 

「このままでは街に甚大な被害が及んでしまう……。我々にできることは、奴にこれ以上罪を重ねさせないことだ!」

 

 沢芽市を守るため。そして、人間として救い出すことができなかった曽野村にせめてもの救済を。

 斬月は覚悟を決めるように右手の無双セイバーをより一層強く握り締めた。

 

「倒すしかない! ザック!」

「ああ。やるしかねえってことか!」

 

 斬月の覚悟を察した斬月・真とナックルも、腹を括って武器を構えた。

 決意したアーマードライダーたちを前に、巨大ライオンインベスはその口を大きく開いた。

 口の奥からは圧縮された炎の塊がメラメラと顔を出している。

 巨大ライオンインベスの獣の目が、3人のアーマードライダーたちをしっかりと捉え、今まさにオレンジ色の火炎弾が発射されようとしていた。

 攻撃を防ごうとメロンディフェンダーを前に突き出す斬月。

 先制攻撃で発射を阻止しようと、ソニックアローのトリガーに手を掛ける斬月・真。

 渾身の力をこめたパンチで火炎弾を打ち返そうと試みるナックル。

 各々が戦いに勝つために抗おうとする中、するとそこへ、1羽の鳥が真っ直ぐと戦場に飛来した。

 普通の鳥ではない。全身を特殊な金属で覆われた機械仕掛けの鳥。

 赤色のラインが特徴的な鋼の鳥は、果敢にも巨大ライオンインベスの顔面に勢いよく体当たりして、火炎弾の発射を妨害した。

 小さくとも鋭い鋼の鳥の不意打ちは、巨大ライオンインベスを僅かだが怯ませた。

 

「なんだ今のは!?」

 

 アーマードライダーたちが突如現れた鳥の姿に驚きの声を上げる中、鋼の鳥は空中で缶の形に変形し、その場に現れた1人の少女の手の中に収まっていった。

 銀色の缶が飛んでいった先に立っていたのは2人の少年少女。その2人の姿を目の当たりにした途端、斬月は思わず叫んだ。

 

「お前たちは……。何故ここにいる!?」

 

 斬月の問いに対し、少女は手に取った銀色の缶を見せびらかしながら口を開いた。

 

「これは我が武神オーズ軍の装備品の1つ、鷹のカンドロイド。こいつが君たちの居場所を見つけてくれたよ! この戦、私たちも手を貸そう!」

 

 アーマードライダーたちの視線を釘付けにする少年少女の正体、それはチーム鎧武のガレージで別れたはずの異世界からの訪問者――ランマルとシグレだった。

 

「お前たちの力を借りるつもりはない。そう言ったはずだ!」

 

 ランマルの申し出を拒否するように、斬月は言葉を返す。

 

「確かにそうだが、シグレに色々言われて私も気が変わったのさ。それに思い出したんだ。以前、君たちが我々の世界を訪れた時、君たちは誰に言われるでもなく、勝手に武神鎧武と戦い、勝手に世界を救ってくれた。だから私たちも、勝手に君たちの戦いに首を突っ込み、勝手に手助けすることに決めた! 勿論、この世界にいる間はこの世界のルールに従うさ。それなら文句はないだろう?」

 

 ランマルに言われて斬月は考えた。

 確かに、敵が予想外のパワーアップを遂げた以上、戦力は1人でも多い方が良い。

 もし本当に、彼らがこちらの意志に従って戦ってくれるのであれば、心強いことは間違いない。

 少しの間沈黙していた斬月は、ランマルとシグレの姿を見つめながら、念のためにもう1度確認する。

 

「……本当に、こちらのルールに従ってくれるのか?」

「当然。元々私たちは、君たちに協力するためにこちらの世界に来たんだから」

「……わかった。その言葉を信じよう。協力を頼めるか?」

「ええ。喜んで」

 

 ランマルはコクッと軽く頷き、隣に立つシグレも同調して笑みを浮かべた。

 こうして沢芽市のアーマードライダーと武神の世界の戦士たちは協力関係を結ぶことになった。

 

「それで? 目の前にいるあの怪物は一体何?」

 

 さっそく状況確認に取り掛かったランマルは斬月に尋ねる。

 彼女たちが見つめる先では、斬月・真とナックルが巨大ライオンインベスを相手に激闘を繰り広げている。

 

「あれはさっきの戦いでインベスに化けていた人間の……成れの果てだ。悔しいが君の言うとおり、我々が駆けつけた時には奴は既に人間ではなくなっていた」

「……そう。それなら、君たちはこれからどうするつもり?」

「辛いことだが……奴を倒す。この街の為にも、奴のためにも……」

「……わかった。ならばその手伝い、引き受けましょう。……シグレ!」

 

 戦況と斬月の心境を理解したランマルは、傍にいるシグレに目配せを送る。

 彼女の意思を読み取ったシグレは腰に戦極ドライバーを装着し、巨大ライオンインベスを視界に捉えて前に出る。

 

「任せてラン姉! この戦、僕たちが終わらせる! 変身!」

『ブラッドオレンジ!』

 

 シグレは開錠したブラッドオレンジロックシードを戦極ドライバーに装填し、カッティングブレードを倒した。

 

『ハッ! ブラッドオレンジアームズ! 茨道・オンステージ!』

 

 頭上に開いたクラックから舞い降りた真っ赤な果実の鎧を身に纏い、シグレはアーマードライダー鎧武・華へと姿を変えた。

 赤い大橙丸を握り締め、鎧武・華は斬月と肩を並べて走り出す。

 その後姿を見送りながら、ランマルもホルスターから2丁の拳銃を抜き取り、行動を開始する。

 

「くっ……強い……」

「なんなんだこいつ……」

 

 巨大ライオンインベスの猛攻に、斬月・真とナックルは苦戦を強いられていた。

 そこに鎧武・華と斬月が合流する。

 

「大丈夫ですか! 僕も皆さんに加勢します!」

 

 目の前に現れた新参者に、斬月・真とナックルは一瞬戸惑うが、斬月から事情を聞いた2人はすぐに納得し、鎧武・華の協力を快く受け入れた。

 眼前で肩を並べる4人のアーマードライダーたちを凶暴な眼差しで睨みながら、巨大ライオンインベスはグルルと喉を鳴らす。完全に獣と化した今の曽野村にとって、目の前のアーマードライダーたちは、空腹を満たす餌以外の何者でもなかった。

 

「いくぞ!」

 

 斬月の掛け声を合図に、アーマードライダーたちは一斉に攻撃を仕掛けた。

 敵の全身を見渡せる位置までバックステップで移動した斬月・真は、相手の無防備な部分を的確に狙って光の矢を浴びせていく。

 ナックルは振り下ろされる前足を掻い潜りながら、巨大ライオンインベスの腹の下に潜り込み、強烈なアッパーを叩き込んだ。

 真下から打ち込まれた衝撃により、巨大ライオンインベスの巨体が若干だが浮かび上がる。

 その隙に鎧武・華と斬月は同時に跳躍し、空中で交差しながら巨大ライオンインベスの顔面を切り裂いた。

 巨大ライオンインベスの額に×字の切り傷が浮かび上がる。

 

「グォオオオオオオオオ!!!」

 

 怒り狂った巨大ライオンインベスは、耳障りな咆哮と共に背中の両翼を大きく広げ、上下に羽ばたかせて突風を巻き起こした。

 

「なにっ!?」

「うわっ……」

 

 凄まじい風圧により、空中に巻き上がるアーマードライダーたち。

 自由を奪われ、このままでは反撃できない。

 

「なんとか…しなければ……」

「僕に任せて!」

 

 暴風に捕らわれたこの状況の中で、そう切り出したのは光実――斬月・真だった。

 斬月・真は空中で身体を揺さぶられながらも、懐からキウイロックシードを取り出した。

 それをソニックアローにセットし、渾身の力で一振りする。

 

『キウイ・チャージ!』

 

 ソニックアローの両端の刃から、輪切りのキウイの形をした2枚の光の刃が放たれた。

 高速回転しながら暴風の中を突き抜けた円盤状のエネルギー刃は、途中で二手に分かれると、巨大ライオンインベスの両翼を根元から切断した。

 2枚の大きな翼がバサッと地面に落ち、暴風もピタリと止んだ。

 開放されたアーマードライダーたちは難なく着地を決める。

 そんな中、

 

「ガァアアアアアアア……」

 

 切り口から噴水のように血飛沫を噴き出しながら、巨大ライオンインベスはもがき苦しみ悲鳴を上げた。

 そこへ2発の銃声が鳴り響く。

 アーマードライダーたちが反応するよりも速く、撃ち出された弾丸はある箇所に命中。

 刹那に巨大ライオンインベスの悲鳴はより大きなものに変わった。

 見ると、巨大ライオンインベスの両目が破裂したように潰れ、血が涙のように流れている。

 銃声が聞こえたのは背後だった。振り向くと、2丁の拳銃を構えたランマルの姿がそこにはあった。

 

「ラン姉……」

 

 鎧武・華が徐に呟いた。

 

「ボヤっとしないで! 敵を仕留めるなら今よ!」

 

 銃を下ろしながら、ランマルは言い放つ。

 

「……いくぞ! 奴に止めを刺す!」

 

 斬月にそう言われ、アーマードライダーたちは腰のドライバーに手を掛ける。

 

『メロン・スカァーッシュ!』

『メロンエナジー・スカァーッシュ!』

『クルミ・スカァーッシュ!』

『ブラッドオレンジ・スカァーッシュ!』

 

 ロックシードの中に込められたエネルギーが全身を駆け巡り、4人のアーマードライダーたちの右足に集中する。

 斬月、斬月・真、ナックル、そして鎧武・華は一斉に地面を蹴って跳躍し、巨大ライオンインベスの頭頂を超える高度まで舞い上がる。

 そして、

 

「はあぁー!!」

「やぁあああああ!!」

「おらぁああああ!!」

「てぃやあああー!!」

 

 4人は右足を前に突き出し、一気に急降下していく。

 眼球を潰され、視力を失った巨大ライオンインベスは、アーマードライダーたちの姿を捉えることもできず、成す術がない。

 4人のアーマードライダーたちは、渾身の力を込めた一撃をその真っ赤な巨体に叩き込んだ。

 その瞬間、アーマードライダーたちの右足に集中していたエネルギーは果汁の飛沫のように飛び散り、巨大ライオンインベスの体内へと流れ込んでいく。

 キックエネルギーが全身に浸透すると、巨大ライオンインベスの肉体は内部から崩壊を起こし爆発。分解し、バラバラになった肉塊は炎の中で塵となって消滅した。

 

 

 

「……」

「……」

「……」

「……」

 

 空に向かって立ち上る炎と黒煙を見つめながら、アーマードライダーたちは呆然と立ち尽くしていた。

 確かに戦いには勝利した。しかし、歓喜の声を上げる者など、この中には1人もいない。それほどにこの戦い、この結末は後味の悪いものだった。

 曽野村や彼に食われたその仲間、2人を救う手立てが他にあったのではないのか。殺さずとも生かす方法が何処かに隠されていたのではないのか。そんな後悔と遣る瀬無い気持ちが、彼らの心にしつこく居座っていた。

 鎧武・華とランマルは、彼らの心中を察して沈黙を貫いた。

 暫くすると、斬月が不意に口を開いた。

 

「……奴らをインベスに変えた小瓶の正体、なんとしても突き止めなくては」

「曽野村の仲間は小瓶のことを“ヘルジュース”って呼んでいた。逃げたあいつから話を聴けば、きっと何か分かるかもな」

 

 ナックルは戦闘前に逃がしたチームレッドホットのメンバーの1人のことを思い出す。

 

「だったら、急いでそいつの身柄を確保しなくちゃ!」

 

 頷きながら斬月・真が言う。

 と、その時だった。

 

「ダエジュロシャミョブリョフォ!」

 

 突然、何処からともなく声が聞こえてきた。

 それはなんとも不思議な言語であったが、少なくとも斬月や斬月・真、そしてナックルには聞き覚えのあるものだった。

 

「今の声は!?」

「誰だ!」

 

 何を言っているのか、言葉の意味は皆目見当も付かないが、その言語を使う種族のことならしっかりと覚えている。

 

 オーバーロードインベス。

 

 ヘルヘイムの森に生息する生物――インベスの中でも特別な存在であり、知性と力を兼ね備えた森の支配者たち。

 かつて、この地球がヘルヘイムの森の浸食を受けた時、混乱に乗じて一部のオーバーロードたちが沢芽市を襲撃し、侵略を企てたが、葛葉紘汰――鎧武を始めとするアーマードライダーたちの活躍により、その野望は打ち砕かれ、オーバーロードたちも皆全滅した。

 奴らは滅びた。

 この世界にはもう、オーバーロードインベスはいないはずなのだ。それなのになぜ……。

 斬月、斬月・真、ナックルの3人は、慌てて辺りを見回し、声の主の姿を探した。

 

「あそこだ!」

 

 しかし誰よりも早く、指差しながら叫んだのはランマルだった。

 戦乱の世で鍛え上げられた彼女の殺気を感知する力が、声の主の居場所を一瞬にして見破ったのだ。

 ランマルが指先で指し示すのは廃屋となったバーの屋上。

 鎧武・華を含めた4人のアーマードライダーたちも、遅れて屋上の方に視線を向ける。

 するとその眼に映ったのは、夥しい数のミミズの群れが寄り集まって人型になったような醜悪なバケモノだった。

 

「なんだ……あれ……」

「オーバーロードなのか……」

 

 廃屋の屋上に佇む異形の姿に、アーマードライダーたちは息を呑んだ。

 その全身から醸し出される異質な雰囲気は、インベスやオーバーロードインベスともまた違うようにも思えた。

 ミミズのバケモノはアーマードライダーたちの姿を見下ろしながら、再び不思議な言語を言い放った。

 

「エバリャエバリャデェボリャビリェブリョジャ、シャジュジェミャミエコシュフォムファンションフォ!」

「あの怪物……一体何を言っているの?」

 

 オーバーロードインベスの言語を初めて聞いた鎧武・華は、その言葉の意味がサッパリわからず思わず首を傾げた。

 そんな中、ミミズのバケモノはニヤリと不気味な笑みを浮かべると、右腕をスッと持ち上げ、広げた掌をアーマードライダーたちに向けた。

 掌には禍々しい光の粒が収束し、小型の光球が形成される。

 

「あの光は……まさか!」

 

 その時、不意に胸騒ぎを感じた鎧武・華は思わずハッとした。

 未熟ながらも戦士の勘が働いたのか、嫌な予感がする。

 そして次の瞬間、脳裏を過ったのはこの中で唯一生身の格好であるランマルの姿だった。 

 

「ラン姉!」

 

 鎧武・華は血相を変えてランマルの元へと駆け出した。

 手にしていた大橙丸を投げ捨て、覆いかぶさるようにランマルを抱きしめる。

 その直後だった。

 ミミズのバケモノはアーマードライダーたちに向かって光球を撃ち放った。

 それは凄まじいスピードと破壊力を持ったエネルギー弾であり、アーマードライダーたちが抵抗する間もなく地面に着弾。刹那に大爆発が起きる。

 その威力は相当のもので、直撃ではないものの、爆炎に吹き飛ばされた4人のアーマードライダーたちは全員、変身が強制解除するほどのダメージを受けていた。

 抉られたアスファルトに出来上がったクレーターの中で横たわる5人。

 貴虎も光実も、ザックもシグレも、意識はあるがその場から立ち上がることはできなかった。

 唯一、鎧武・華に守られ、ダメージが最小限で済んだランマルだけはなんとか起き上がることができた。

 

「シ、シグレ……無事か……!? しっかりしろ……! 皆も……」

 

 自分を守ってくれたシグレや、周りに倒れている貴虎たちに呼び掛けるランマル。

 するとそこへ、屋上から飛び降りたミミズのバケモノがクレーターの前で着地する。

 相変わらず不気味な笑みを浮かべたまま、ミミズのバケモノは腰に携えていた鞭を手に取った。

 ミミズを模した細長い鞭を両手でピンと張りながら、ゆっくりと歩み寄る。

 ランマルは戦闘不能に陥った仲間たちを守るべく、咄嗟に銃を構えた。

 

「彼らは……私が守る!」

 

 銃口をミミズのバケモノに向け、躊躇なく引き金を引くが、撃ち出された弾丸がミミズのバケモノに通用することはなかった。

 しかしそれでも、ランマルは撃ち続ける。何発も何発も。銃に込められた弾が尽きるまで。

 

「グロンショフォアムフォファン!」

 

 ランマルの抵抗を無意味だと嘲笑いながら、ミミズのバケモノは鞭を振るい上げた。

 

「ラ……ラン姉!」

「やめろぉ……!」

 

 シグレや貴虎が苦痛に悶えながら叫ぶ中、弾数が費えたランマルはとうとう抗う術を失った。

 

 

「デェフィ!」

 

 人間には理解できない言葉を叫びながら、ミミズのバケモノは躊躇なく鞭を振り下ろした。

 ミミズの鞭が今まさにランマルの身体を引き裂こうとしていた。

 しかしその時、突然何処からか飛んできた1本の光の矢が、鞭の先端を弾き飛ばした。

 ミミズのバケモノの一撃がランマルに届くことはなかった。

 

「フォムファンジュ!?」

 

 予想外の展開に、ミミズのバケモノは勿論のこと、ランマルやシグレ、貴虎たちも光の矢が飛んできた方角に視線を向けた。

 するとそこには、貴虎や光実、ザックにとっては見覚えのあるピンク色の戦士が佇んでいた。

 細い腰にゲネシスドライバーを装着し、ソニックアローを構えたアーマードライダー。

 桃の鎧を身に纏ったその姿を前に、貴虎は思わず声を上げる。

 

「バカな……。あれは……湊耀子か!?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話 鎧武の章:スモモのライダー! マリカver.2

 アーマードライダーマリカは戦極凌馬が開発したゲネシスドライバーで変身する新世代ライダーの1人だった。

 戦極凌馬の秘書だった女性――湊耀子が変身し、「世界の王を生み出し、その生き様を見届ける」という志を抱きながらヘルヘイムの脅威と戦った。

 知恵の実を巡る戦いの中で駆紋戒斗に惹かれた彼女は、駆紋戒斗が世界を滅ぼそうとしていることを知りながらも彼に付き従い、彼を守って息を引き取った。

 湊耀子の死と共にマリカの存在も表舞台から消失し、黒の菩提樹の事件で一瞬見せた幻の姿を除き、以降の戦いでその勇姿を見せることは決して無かった。しかし……。

 

 幻ではない。

 確かに今、目の前にマリカがいる。

 周囲の視線を全身で浴びながら、ピンク色の鎧をキラリと煌かせている。

 唐突に現れたその姿に、その場にいる誰もが言葉を失っていた。

 そんな中、

 

「はああああああ!!」

 

 右手のソニックアローを構えたマリカは地面を蹴って走り出した。

 乳白色の複眼ははっきりとミミズのバケモノを捉えている。

 狙いは自分だとすぐに察したミミズのバケモノは、得物の鞭を力強く振り下ろした。

 鞭の一撃がマリカに迫る。

 しかし、マリカは立ち止まることなくその攻撃をソニックアローの刃で軽く振り払い、真っ直ぐと前進を続けた。

 

「ウデュオンエゴジュファン!」

 

 ミミズのバケモノも怯むことなく攻撃を繰り返す。

 2発3発と巧みに鞭を振るい、マリカの前進を妨害しようと試みる。

 津波のように何度も押し寄せる鞭の連続攻撃を小柄な体形を活かして掻い潜ったマリカは、すかさずソニックアローでミミズのバケモノの胸部を切り裂いた。

 鋭い一撃を受け、苦痛に表情を歪ませるミミズのバケモノ。しかし怯みはせず、すぐに再び鞭を振るって反撃を仕掛ける。

 一気に急接近してしまったため、敵の動きに対する反応が遅れてしまったマリカは、回避する間もなく攻撃を浴びる。

 

「くっ…! うあっ……!」

 

 全身に鞭を叩きつけられ、火花を散らしながら地面に倒れこむマリカ。

 しかし、体勢を崩しながらも咄嗟に矢を放ち、敵の追い討ちを阻止する。

 繰り広げられるマリカとミミズのバケモノの攻防戦。だが戦況を見る限り、マリカが劣勢なのは明白だった。

 

 

 

 戦いを見ていたシグレは、なんとか助太刀しようと負傷した身体を押して起き上がる。

 

「行かなきゃ……。あの人だけじゃきっとあの怪物には勝てない……」

「シグレお前……、身体は大丈夫なのか!?」

 

 介抱していたランマルが驚きながら叫ぶ。

 

「大丈夫……。身体中凄く痛くて苦しいけど、まだ戦うことはできる……」

 

 そう言って立ち上がるシグレ。

 

「そんな状態で……。お前1人では無理だ! 私も共に行く!」

 

 傷を負った大切な仲間を、たった1人で戦いに向かわせる訳にはいかない。そんな想いを抱きながら、ランマルも即座に立ち上がるが、

 

「駄目だよ……。ラン姉は生身の身体、変身できないんだから……。大丈夫、ここは僕に任せて……」

 

 戦場へ向かおうとするランマルをそっと制止したシグレは、再びブラッドオレンジロックシードを手に、戦へと歩みだした。

 シグレの後姿を見送りながら、ランマルは悔しそうに唇を噛み締めた。

 

「私にも……鎧があれば……」

 

 その手には新たなカンドロイドが握り締められていた。

 

 

 

 マリカに加勢しようとしているのはシグレだけではなかった。

 呉島貴虎もまた、傷ついた身体を無理やり起こして戦場に舞い戻ろうとしていた。

 

「光実……、ゲネシスドライバーを……」

 

 すぐ傍で横たわる弟の光実に手を伸ばしながら、貴虎は言う。

 

「兄さん……、でも……」

 

 全身を襲う痛みに耐えながら、光実は差し出された兄の掌を見つめ、躊躇った表情を浮かべる。

 光実は貴虎の身体を案じていた。

 自分と同じように負傷してまともに動ける状況じゃないはずなのに。ゲネシスドライバーを渡せば、兄さんは必ず無茶をして戦うだろう。

 光実がそう思っていると、その考えを見抜いてか貴虎が口を開く。

 

「俺のことは心配するな、光実……。それよりもあのアーマードライダー――正体は分からんが、奴があのバケモノと戦っている今がチャンスだ……。奴と協力して、なんとかあのバケモノを退ける……」

 

 貴虎の熱い視線に打たれた光実は、已む無くゲネシスドライバーとメロンエナジーロックシードを渡すことにした。

 差し出された2つのアイテムを受け取り、貴虎は立ち上がる。

 

 

 

 一方その頃――

 

「はあぁ!」

 

 マリカは眼前の敵目掛けて弓を引き続けた。

 ミミズのバケモノの鞭の攻撃を時に避け、時には弾きながらどうにか当てようとするが、相手の不規則な動きに翻弄され、なかなか命中させることができずにいた。

 焦る気持ちをなんとか押さえつけようとするが、意識すればするほど逆に手際が雑になり、命中率が落ちていく。

 その戦闘においての未熟さは、戦いのプロフェッショナルだった湊耀子とは別人であることを表していた。

 

「フォンウデェジョ? オジブリョシェロオブリョファショ?」

 

 鞭を振るい続けながら、ミミズのバケモノは徐々に冷静さを失っていくマリカの姿を嘲笑う。

 

「くっ……馬鹿にしないでくれる!」

 

 ミミズのバケモノの態度に苛立ちを覚えたマリカは、トリガーを引く手にさらに力を込める。

 怒りに任せて放たれた光の矢は、明らかに精密さを欠いていた。

 まっすぐと飛びはするものの、急所からは随分と外れている。

 ミミズのバケモノは余裕の表情を浮かべると、形態を1匹の巨大なミミズの姿へと変え、アスファルトを突き破り、地中へと潜り込んでいった。

 標的を見失った光の矢は虚空を射抜く。

 

「なにっ!?」

 

 攻撃を簡単に回避され、さらには敵の姿が視界から消えたことに、マリカは動揺を隠せなかった。

 一刻も早くミミズのバケモノの姿を見つけ出そうと辺りを見回すが、そうしている間に足元の地面がボコッと大きく盛り上がる。

 

「えっ!?」

 

 気づいた時には既に遅く、地面を突き破ったミミズのバケモノが、滝登りする龍の如く真下から飛び出してきた。

 

「きゃあああああああ……」

 

 足元から勢い良く突き上げられたマリカの身体は宙を舞い、直後にアスファルトの上へと叩きつけられる。

 巨大なミミズの姿から、元の人型へと戻ったミミズのバケモノは、すかさず右手の5本指を触手のように伸ばし、マリカの首を捕らえる。

 

「しまっ――」

 

 細い首を締め付けられ、身動きを封じられたマリカは息苦しそうに身体を震わせる。

 その様子を、ミミズのバケモノは楽しそうに眺めている。

 

「コションフォロ、フィアアーグロンーバリャーフォンファ“メメデュン”! シェデョミョシャンジャシェション、シャファアビリェフェショジブリョミャファショ!」

「……わ、笑わせないで……。猿芝居なんか……やめたら……どう? わかってるのよ……? あんたたちの正体は……」

 

 マリカのその一言に、ミミズのバケモノの表情が変わった。

 

「ほう……。フォボリャグロン、シャシャフェンデェミョジュデェジャエジョラウションジュシャンウションガデョダウファンフォ!」

 

 そう言いながら、マリカの首を締め付ける触手に、より一層強く力を加える。

 首元にさらなる激痛が走り、呼吸困難に陥ったマリカは、悲鳴も発せずにもがき苦しんだ。

 

(まずい……。このままじゃ……)

 

 少しずつ遠のいていく意識の中で、マリカは生命の危機を感じた。

 全身の力が抜け始め、握られていたソニックアローが掌から滑り落ちようとしていた。

 もはやこれまでかと、心の中で死さえも覚悟した。

 しかしその時、

 

『ハッ! ブラッドオレンジアームズ! 茨道・オンステージ!』

『メロンエナジーアームズ!』

 

 マリカの背後で2人の戦士が大きくジャンプした。

 それはシグレが変身した鎧武・華と、貴虎が変身した斬月・真。

 2人は空中で刃を振り上げると、マリカを拘束する5本指の触手を一刀の元に切り落とした。

 触手から解放され、咳き込みながら両膝を付くマリカ。

 

「大丈夫ですか!? 僕たちも一緒に戦います!」

 

 駆けつけた鎧武・華はマリカにそう言うと、触手を切り落としたばかりの大橙丸を構え直し、ミミズのバケモノ目掛けて走り出した。

 

「奴は手強い。協力してこの状況を乗り切るぞ!」

 

 斬月・真は落ち着いた雰囲気で自らの手をマリカに差し伸べる。

 マリカはその手を見つめながら呟いた。

 

「……私の正体も知らないのに……そんなこと言って宜しいんですか?」

「君の正体については後回しだ。あのバケモノと戦うには、今は1人でも多く戦力が必要だ」

 

 斬月・真のその言葉に、マリカは仮面の下で思わず笑みを浮かべた。

 

「……フフッ。相変わらずですね……。そんなんだから、すぐに足を掬われるんですよ、“呉島主任”」

 

 皮肉っぽく言いながら、マリカは斬月・真の手を借りて再び立ち上がる。

 まるで自分のことを知っているかのような彼女の口ぶりに、斬月・真は目を見張った。

 

「君は一体……」

「そのことは後回し……って、今そう言ったばかりですよ? 私も、もう動けます。主任の言うとおり、力を合わせましょう!」

 

 気持ちを新たに、マリカはソニックアローを握り締める。

 斬月・真も、色々と気になることはあるが、それらを一旦頭の隅に置いておくことにした。

 

 

 

 鎧武・華は一足先にミミズのバケモノとの戦闘を繰り広げていた。

 赤い大橙丸を巧みに操りながら次々と攻撃を仕掛けていくが、しかし、ミミズのバケモノは余裕だった。

 ウネウネとした、まさにミミズさながらの動きで回避しながら、振り下ろされる刀身を叩いていく。

 しかも先ほど切り落とされた5本指も、既に再生し生え変わっていた。

 

「シュボリャイ!」

 

 咄嗟に放った鞭の一振りが鎧武・華を吹き飛ばした。

 バランスを崩しながらも、なんとか踏み止まる鎧武・華。

 そこへさらにミミズのバケモノが追い討ちを仕掛けようとした時、鎧武・華の背後から斬月・真とマリカが飛び込んできた。

 跳躍しながら戦闘に割り込んできた2人は、着地と同時にミミズのバケモノに斬撃を浴びせた。

 死角からの不意打ちに、ミミズのバケモノは僅かに怯む。

 

「同時に仕掛けるぞ!」

 

 斬月・真の一言を合図に、アーマードライダーたちは一斉に刃を振り下ろした。

 

「チィイ!」

 

 避ける間もなく斬撃をその身に受けたミミズのバケモノは、露骨に表情を歪ませながら大きく後退した。

 その顔は初めてまともに受けてしまったダメージに対する苦痛と怒りに満ちたものだった。

 ミミズのバケモノは肉体を変化させ、再び1匹の巨大ミミズへと姿を変えると、アスファルトを抉り、地中に姿を晦ました。

 

「アイツまた地面の中に……。2人とも気をつけて!」

 

 ついさっき、敵の同じ戦術に痛い目にあったばかりのマリカは、敵が飛び出してくる可能性のある足元を中心に警戒を強める。

 するとそこへ、斬月・真がある提案を告げる。

 

「円陣を組め! 互いの背中を守り、死角を無くすんだ!」

 

 その言葉を耳にした瞬間、マリカの脳裏にある光景が過る。

 それはこの沢芽市でかつて繰り広げられたある戦いの記憶。真っ赤なオーバーロードインベスとそいつが率いる怪物軍団を相手に死闘を尽くす5人のアーマードライダーたち。1人の男の咄嗟の指示により、5人は円陣を作り、怪物たちの猛攻を迎え撃つ。

 その時の光景と今の状況が、彼女の中でシンクロしていた。

 斬月・真とマリカ、そして鎧武・華の3人は一箇所に固まり、互いの背中を重ねるように小さな輪を作った。

 敵が誰を狙ってくるかわからない以上、バラバラに動いていては敵の出現場所を特定できない。一箇所に固まれば互いの死角をカバーしつつ、敵の動きも最低限に絞り込めるはずだ。

 3人はピリピリとした緊張感の中で周囲に気を配る。いつ敵が現れても対処できるように、武器を握る手にも自然と力が入る。

 地中を掘り進むミミズのバケモノは特殊な力で地上の気配を感知していた。

 3人のアーマードライダーたちが立っている場所を地面の中から把握したミミズのバケモノは、そこに狙いを定めると一気に上昇を始めた。

 足に伝わる地響きが次第に大きくなってくる。それはミミズのバケモノが確実に近づいてきている証拠だった。

 3人が立つアスファルトに亀裂が走り、ボコッと地面が盛り上がる。

 

「やはり下だ! 跳べ!」

 

 斬月・真の思惑通りだった。

 3人のアーマードライダーたちは一斉にジャンプして敵の真下からの一撃を回避した。

 それだけじゃない。空中に舞い上がった3人は、地面から顔を出したばかりのミミズのバケモノ目掛けて攻撃を放った。

 照準を下に向けて撃ち出された斬月・真とマリカの光の矢が炸裂し、同時に鎧武・華の一太刀がミミズのバケモノの皮膚を切り裂いた。

 

「グワァ!?」

 

 思わぬ返り討ちにあったミミズのバケモノは、その衝撃で元の人型へと戻りながらアスファルトの上に転げ落ちた。

 反撃のチャンスは今しかない。一気に畳み掛けるべく、3人のアーマードライダーたちは休む間もなく走り出す。

 しかし、ミミズのバケモノも黙ってはいない。相手を寄せ付けまいと、体勢を崩しながらも長い鞭を振り回した。

 唐突に飛んできたその一振りに身体を弾かれ、思わず足を止める3人。

 その隙に体勢を立て直したミミズのバケモノは、さらに攻撃を仕掛けるべく伸ばした鞭を一旦手元に戻す。

 強力な一撃を放とうと、鞭を握り締めた手を勢い良く振り上げた。と、その時、

 

「フォムファンジャ!?」

 

 何の前触れも無く、突然ミミズのバケモノの動きがピタリと止まった。

 振り上げた手をそのままに、感電したように全身をビクビクと痙攣させている。

 

「なんだ!? どうした!?」

「これは一体!?」

 

 敵の異変に、斬月・真もマリカも戸惑っている。

 そんな中ただ1人、鎧武・華だけは敵の身に起きた異変の原因を理解していた。

 

「あれは――」

 

 良く見ると、ミミズのバケモノの右足首に何かが巻きついている。

 サイズは小さいが、機械仕掛けの細長い物体。形状的に蛇のようにも見えるが、それが何なのか、そして誰がそれを解き放ったのか、鎧武・華は知っていた。

 

「電気ウナギ! ラン姉のしわざか!」

 

 大きな声を上げながら、鎧武・華は戦いを見守っていたランマルの方に視線を向ける。

 ミミズのバケモノの動きを止めているものの正体、それはランマルが所持する武神オーズ軍の装備品の1つ――電気ウナギカンドロイドだった。

 ランマルが起動させた1体の電気ウナギカンドロイドが隠密に忍び寄り、放電攻撃でミミズのバケモノの動きを拘束したのだ。

 

「ボヤっとするな! 仕留めるなら今だ!」

 

 ランマルの掛け声でハッとした3人のアーマードライダーたちは、再びミミズのバケモノを捕捉する。

 

「決めるぞ!」

 

 斬月・真がマリカと鎧武・華に呼び掛ける。

 3人は同時にドライバーに手を掛け、必殺技を発動させた。

 

『メロンエナジー・スカァーッシュ!』

『ピーチエナジー・スカァーッシュ!』

『ブラッドオレンジ・オーレ!』

 

 3人の刃にエネルギーが収束。斬月・真とマリカはソニックアローを、鎧武・華は赤い大橙丸を渾身の力を込めて振り下ろした。

 刃から放たれた三日月状の斬撃が、身動きを封じられたミミズのバケモノに直撃した。

 

「グァアアアアア……」

 

 胸に傷を負い、吹き飛ぶミミズのバケモノ。なんとか体勢を維持しようと両足に力を入れて踏ん張るが、予想以上のダメージに身体がぐらりと揺らぐ。

 

「チッ! オジョベリャフォンシャバリャションコブリョショジュジョショ……。シャシャロエジュジョムレシュジャデェガウ……」

 

 ミミズのバケモノは悔しそうに舌打ちをすると、驚異的なジャンプ力で最初に姿を見せたバーの屋上へと飛び乗った。

 

「逃げる気!?」

 

 マリカが屋上を見上げながら叫ぶ。

 

「アミョイジョジェロショフォボリャデュンデェミョジュデュブリョ! ジュシェンシャダロショフォボリャデュンフォ!」

 

 ミミズのバケモノは眼下に立つアーマードライダーたちにそう告げると、建物の影に姿を晦ました。

 その様子を見ていたランマルは、すかさずタカのカンドロイドを起動させる。

 

「奴を追え!」

 

 その一言と目配せを合図に、タカカンドロイドは大空へと飛び立っていった。

 

 

 

 ミミズのバケモノが姿を消し、戦いは一旦終息した。

 各々が手にしていた武器を下ろす中、その複数の視線はただ1人に集中していた。

 斬月・真や鎧武・華、戦いを見守っていた光実やザック、そしてランマル。その全ての視線が今、マリカへと向けられている。

 強敵を相手にした戦いの中、勝利を掴むために確かに協力関係を結んだ。不利な戦況を打破するために、力の貸し借りをした。

 しかし、目の前にいるアーマードライダー――マリカの正体は依然謎のままだ。

 戦闘においての未熟さや言動、声質から見て湊耀子ではないことは間違いない。そもそも、湊耀子は既に命を落としているのだから。

 だとすれば、今目の前にいるマリカの正体、その鎧の下に隠れている素顔とは一体。

 ドライバーに装填されたロックシードを閉じ、変身を解除した貴虎とシグレ。

 貴虎は鋭い視線をマリカに向けたまま、その口を開く。

 

「さっきは助かった。君がいなければ、あの怪物を退けることも難しかっただろう」

「それはこっちのセリフです。あなたたちの介入が無ければ、今頃私は……。変身してみたは良いものの、やはり“あの人”のようにはいかないみたいです」

「あの人? ……いい加減教えてくれても良いだろう。君は一体誰なんだ?」

 

 貴虎に尋ねられたマリカは一息つくように肩を落とすと、ゲネシスドライバーの中心にはめ込まれたピーチエナジーロックシードをゆっくりと閉じた。

 ピンク色の鎧が粒子となって消え、ようやくその素顔が露になる。

 マリカの鎧の中から現れたのは、豹柄のキャミソールとベージュ色のショートパンツの上にロングタイプの白衣を羽織った長身の女性。髪の色は茶色だが、ショートボブのヘアスタイルとクールな雰囲気は何処と無く湊耀子に似ているようにも見える。

 この場にいる誰もが、彼女の姿を見るのは初めてだった。

 

「桐河羽月と言います。以前はユグドラシルの研究員として、戦極ドライバーの開発に携わっていました」

 

 マリカだった女性は、自己紹介と共に艶やかに微笑んだ。

 

「ドライバーの開発? 凌馬の研究チームにいたということか……」

「はい。私は主にラボラトリー内のみでの活動だったので、呉島主任とは直接お会いしたことはありませんでしたが、噂は良く耳にしていましたよ。良いことも悪いことも……」

「……その噂というのは、凌馬の口から聞いたものか?」

「それは……どうでしょう」

 

 羽月ははぐらかすように笑う。

 それを見た貴虎はやれやれと首を横に振り、

 

「……まあいい。そんなことよりもこの状況についてだ。何故君がゲネシスドライバーとエナジーロックシードを所持している? そもそもここへ来たのは何故だ? 何が目的だ?」

「1度に色々訊くんですね」

「今の我々には、明らかに情報が足りていないからな」

「そうですか……。良いですよ、お答えします。私が何故ゲネシスドライバーを所持しているのか、それについては簡単なことです。さっきも言ったとおり、私はかつてプロフェッサー凌馬の下で働いていました。だから知っているんです。ドライバーやロックシードの製造方法を」

「でも、ロックシードを生成するにはヘルヘイムの果実が必要なはず。果実は何処から?」

 

 羽月と貴虎の会話を聞いていた光実が横から尋ねてきた。

 かつてヘルヘイムの森の浸食を受け、沢芽市は勿論、地球全体が植物に飲み込まれたが、黄金の果実を得て神へと生まれ変わった葛葉紘汰の手により、ヘルヘイムの植物は宇宙の彼方へと消え去った。同時にロックシードの元となるヘルヘイムの果実も、地球上から消滅したと思われていたが。

 

「それも答えは簡単です。確かにかつての戦いの中で、この星を覆っていたヘルヘイムの植物も果実も1度は我々の前から姿を消しました。ですが、存在そのものが消えた訳ではありません。現に森の侵食が止まった後も、こうしてヘルヘイムが関係している事件は後を絶ちませんから。そしてそれは何故なのか? あなたたちも大体察しがついていると思いますが、あの大規模な侵食の際、世界中に実った果実やその種を回収し、そして栽培し、私利私欲のために利用している連中がいます。現在、あなたたちが主に敵に回しているのもそういう奴らでは?」

「確かにその通りだ。同じように、世界中に流出してしまったユグドラシルの技術も含めて、結果的にそれらは我々が齎したことだ。自分たちで撒いた種は、自分たちで刈り取らなければならない」

「責任感の塊のような人ですね、あなたは……。話は少々ずれましたが、私がロックシードを生成できる理由もそういうことです。あなたたちが敵に回している連中と同様、私もあの騒動の時に果実の種を手に入れていたということです。勿論、私はあなたたちの敵になるつもりは無いのでご心配なく」

「では何の目的で種を?」

 

 貴虎の問いに対し、羽月は一瞬間を置いてから答えた。

 

「……“ネオ・オーバーロード”を滅ぼすため」

「ネオ……オーバーロード!?」

 

 羽月の口から出た思わぬ言葉に、貴虎は思わず目を見張った。

 貴虎だけではない。光実もザックも、かつて地球を侵略しようとしていたオーバーロードインベスの存在を知る者たちは皆、驚きのあまり言葉を失っていた。

 

「ネオ・オーバーロードとはもしかして……さっきのミミズの怪人のことか?」

「ええ。ですが奴はそのうちの1人に過ぎません。奴の背後には、さらに多くの同胞たちがいます」

「奴らの――ネオ・オーバーロードの目的はなんだ? 奴らもやはり、ヘルヘイムの森からやって来たインベスなのか?」

「いえ。ネオ・オーバーロードはこの世界――この地球で生まれた生物。その正体は……確信が無いため、今はまだ言えませんが、奴らの目的はハッキリとしています」

「目的?」

「仲間を増やすことです。そのために奴らは、人間を理性を持ったインベスに変える“ヘルジュース”を作り、実験場としてこの沢芽市を選びました」

「ヘルジュースって、曽野村たちが持っていたあの小瓶のことか?」

 

 話を聴いていたザックが、思い出しながら言う。

 

「そう。あの小瓶の中に入っているのは、ヘルヘイムの果実から抽出した果汁に、魔力と呼ばれる力を加えて作られたもの。中毒性もあるし、人間の凶暴性に作用して力を発揮する代物よ」

「そんなものが、今この街に蔓延っているというのか?」

 

 貴虎は深刻な表情で羽月の顔を見つめた。

 羽月は頷きながら話を続ける。

 

「ネオ・オーバーロードが今この街で行なっている行為は、言ってみればかつてのユグドラシルと同じこと。目的のために、街の市民を利用しているのです」

 

 羽月のその言葉を聞いた途端、貴虎は思わず視線を逸らした。

 かつての罪深い記憶が、貴虎の胸にチクリと突き刺さる。

 確かに彼女の言うとおりだった。

 プロジェクトアークと称した人類救済計画。その下準備として、ユグドラシル・コーポレーションは一般人であるビートライダーズにロックシードや戦極ドライバーをばら撒いた。

 必要なデータを取るためだったとはいえ、ユグドラシルは何も知らなかった街の市民たちをモルモットとして利用したのだ。

 計画の責任者として君臨していた貴虎にしてみれば、かつての自分が今この街を脅かしている怪物と同じことをしていたかと思うと、罪悪感を感じずにはいられなかった。

 貴虎が胸の奥から感じる嫌な気持ちを抑えるように言葉を詰まらせていると、代わりに弟の光実が疑問を投げかけてきた。

 

「戦極凌馬の下で働いていた一研究員にしては、随分と情報通なんですね? その情報源は一体何処から?」

 

 光実の物言いは明らかに羽月のことを警戒していた。

 彼女の言葉を信じるには信憑性が必要だ。

 得意の冷静さと慎重さを武器に、光実は羽月の言葉を見極めようとする。

 しかし、

 

「マスターインテリジェントシステム。ご存知ありませんか? プロフェッサー凌馬が独自に開発した情報管理システムのことを」

 

 意外にも、羽月はあっさりと種明かしをした。

 マスターインテリジェントシステム。それはユグドラシル・コーポレーションの科学者――戦極凌馬が秘密裏にこの街に張り巡らせたシステムの名称。

 凌馬が変身するアーマードライダーデュークの情報処理能力と接続することで、沢芽市の通信網を掌握することができる。

 

「システムのメインサーバーは、ユグドラシルタワーの極秘スペースに保管されていました。そのことを知っていた私は、ヘルヘイムの騒動が鎮静化した後、ユグドラシルタワーが解体される直前に持ち出して引き継ぐことにしました。プロフェッサーが所持していたアーマードライダーとリンクさせなければ、まともに起動することができませんでしたが、そこは改良して、今はこの街の監視システムとして正しく利用しています。ただ、改良の時に気づいたことなんですが、システム内には既にいくつかの記録が保存されていました。オーバーロードとの戦いの光景や黄金の果実を巡るやりとり、空に開いたクラックに吸い込まれていくヘルヘイムの植物の映像……とか」

「それらを閲覧することで過去の出来事を知り、現在も凌馬が残したそのシステムを利用することで、今この街に起きている異変も把握している、ということか?」

「ええ。そのとおりです」

 

 貴虎の確認に、羽月はコクリと頷いた。

 

「そもそも、何故凌馬が使っていたシステムを持ち出そうと思ったんだ?」

「それはこの街に潜むネオ・オーバーロードを見つけ出すために……」

「つまりあなたは、ユグドラシルタワーが解体される前から、ネオ・オーバーロードの存在を知っていたということですか?」

 

 貴虎の質問に答えていた羽月を、光実はさらに問い詰める。

 

「ええ、知っていました。だからこそ、私は誰よりも早く行動を起こしたんです。奴らがこの街で何かを企んでいることも、その時既に知っていましたから」

 

 羽月の話を聴いた貴虎は、少しの間何かを考えるような素振りを見せると、その重い口を開いた。

 

「……どうやら、この事件を解決するには、事情に詳しい君の助けも必要のようだな」

「それはお互い様です。私も、ネオ・オーバーロードと対峙するには、自分1人では力不足だと痛感していましたから。アーマードライダーの力を最大限に引き出せるあなたたちの協力があれば、私も心強いです」

「……では、協力関係を結ぶ……ということで、良いんだな?」

「ええ。宜しくお願いします」

 

 そう言って、羽月はペコリと頭を下げた。

 

 

 

 こうして桐河羽月と協力関係になった貴虎たちは、これからのことを羽月に尋ねた。

 すると羽月は話し合いの間、殆ど蚊帳の外だったシグレとランマルを指差した。

 

「あの2人。少しの間、彼らを借りても良いですか?」

「どうするつもりだ? 言っておくが、あの2人はこの世界とは違う――別の世界の住人だ。戦闘には協力してくれるが、街の事情については、殆ど何も知らないぞ?」

「大丈夫です。寧ろ、私が気になるのは彼らのその戦いぶりの方ですから。それに、主任たちは主任たちでやることがあるのでは?」

「そうだ、曽野村の仲間! 逃げたあいつ捕まえて、色々聞き出さねえと!」

 

 羽月の言葉に促されて、思い出したザックが声を大にして言う。

 

「そうですね。事情を知っている者が生きていて、それを都合が悪いと判断すれば、ネオ・オーバーロードたちもその人間を抹殺しようとするかもしれません。奴らよりも早く、その人物を保護した方が良いかもしれませんね。……それに皆さん、さっきの戦いで傷を負っているでしょう。休息も必要でしょうし、とりあえず行方を晦ましたネオ・オーバーロードのことは私に任せてください」

「君1人で大丈夫なのか? 奴は一筋縄ではいかんぞ」

「問題ありません。そのための彼らですから」

 

 貴虎に言われ、羽月はもう1度シグレとランマルに視線を向ける。

 

「最後にもう1つだけ、聞いて良いですか?」

 

 一同がこの場を退散しようとした時、再び光実が羽月に問いかけた。

 

「さっきの戦いの時、あなたはあのネオ・オーバーロードの言葉を理解しているようでしたけど、奴らの言語がわかるんですか? あの言葉は、たしかフェムシンムの……」

「ええ。オーバーロードの言語については、プロフェッサー凌馬が密かに解読を進めていたの。私はそれを引き継いだだけ」

「奴は何を言っていたんです?」

「……大したことじゃないですよ。自分の名前を叫びながら、粋がっていただけ。「俺の名前はネオ・オーバーロードの“メメデュン”だ!」って」

「メメデュン……。それが奴の名前……」

 

 考え込むように、光実は小さく呟いた。

 

 やがて駆けつける、騒動を耳にした警察官たちにこの場を任せることにし、一同は現場を後にした。

 貴虎と光実、そしてザックは負傷した身体の治療と共に、逃げた曽野村の仲間の捜索。シグレとランマルは、羽月に連れられて彼女が所有する研究施設へと向かうことになった。

 

 

 ☆

 

 

 人気の無い、薄暗い地下道の中。

 アーマードライダーたちとの戦闘から離脱したミミズのバケモノ――ネオ・オーバーロードのメメデュンは、地下に流れるひんやりとした空気に包まれながら、身体に負った傷の再生を待っていた。

 

「シュダジュ……。ミョデョショ、オムフォゴジュボリャフェグファンムデュブリョジャロフォ……」

 

 冷たいコンクリートの壁に止しかかりながら、メメデュンはパックリと開いた胸の切り傷を悔しそうに見つめていた。

 3人のアーマードライダーたちの一撃につけられた大きな傷。斜めに真っ直ぐと切れた傷口からは、ドロドロと青い血が流れている。

 傷をつけた3人のアーマードライダーたちの顔を、メメデュンはしっかりと記憶に刻み付けた。

 斬月・真、マリカ、そして鎧武・華。傷を負わせたあの3人は、必ず自分の手で始末する……。

 怒りと復讐に燃えるメメデュンは、胸の傷が塞がるのを今か今かと待ち望んでいた。

 するとそこへ、

 

「無様だな、メメデュン!」

 

 誰もいないはずの地下道に、いきなり男の声が響き渡った。

 唐突に聞こえてきたその声に、思わずビクッとなったメメデュンは、慌てて声のした方に視線を向けた。

 日の光が通らない、薄暗いコンクリートの道をコツコツと足音を立てながら歩く声の主は、口元をニヤッとしながらその姿を現した。

 その男は腰まで伸びた長髪を後ろに束ねたポニーテールでありながら筋肉質な体形をした大男だった。

 

「“シェグロン”! フォディンアミョイションシャシャフェ……!?」

 

 男の姿に、メメデュンは驚くように叫んだ。

 

「あ~良いから良いから。近くに人間はいないし、いつもどおりに喋ってくれて構わねえよ!」

 

 男はめんどくさそうに言いながら、両手を腰に当ててリラックスした体勢を取る。

 

「フォフェジュ!? そ、そうか……」

 

 男に指摘され、途端にメメデュンの言葉も人間の言語へと変わる。

 

「お前がわざわざ出向くとは……。何しに来た?」

 

 メメデュンは恐る恐る男に問いかけた。

 

「何って、テメエの様子を見に来たんだろうが! 部下の面倒を見るのが、上司の役目だろ?」

「部下? 我々は常に対等な関係の筈だ! 確かに組織を立ち上げたのはお前の功績かもしれないが、だからといって図に乗られては困る!」

 

 偉そうな態度を見せる男に、メメデュンはムッとした表情で言い放つ。

 

「まあ落ち着けよ。部下だの上司だのってのはただの冗談だ。テメエの言うとおり、俺たちは古の時代から同じ志を持つ同胞だ。そんなことよりテメエ、さっきはヘマしたみてえだな? 障害を排除するつもりが、逆に痛手を負いやがって……」

 

 男の言葉に、メメデュンはたまらず視線を逸らす。

 

「……問題ない。傷が回復したら、すぐにでも奴らを始末しに行く……」

「そうか? しかし言っておくぞ、仮面ライダーを甘く見るな」

「仮面ライダー? 奴らはアーマードライダーだろ? 心配は無用だ。さっきは油断したが、次は必ず奴らを倒す」

「ほう……。随分と立派な心意気だが、だがな、今は復讐よりも大事なことがあるんじゃねえか?」

「大事なことだと?」

「放置しておくと後々面倒になりそうな奴がいるだろうが!」

 

 男にそう言われ、メメデュンはある人物のことを思い出す。

 

「後は頼んだぜ、同胞!」

 

 男はメメデュンに背を向けると、軽く手を振りながらその場を後にした。

 残されたメメデュンは、男の背中を見つめながら呆然と立ち尽くす。

 その様子を、メメデュンの居場所を嗅ぎつけたタカカンドロイドが密かに静観していた。

 

 

 ☆

 

 

 桐河羽月が運転する青いオープンカーに乗り、シグレとランマルは市内のとある研究所を訪れていた。

 地下駐車場に車を停め、エレベーターに乗って施設内へと案内されていく2人。

 最上階である6階にたどり着き、招き入れられた先は広々とした書斎だった。

 物珍しそうに辺りを見回しながら室内に入ると、途端に妙な異臭が2人の鼻を刺激した。

 

「ごめんなさいね、タバコ臭くて」

 

 申し訳無さそうに謝りながら、羽月は窓際に置かれた自分のデスクへと歩み寄る。

 広く大きく、いかにも高級そうな机の上には、大量の書類やデスクトップパソコン、試作品のロックシードがいくつか転がっているが、それらに紛れて置かれている大き目の灰皿の上には、今にも崩れ落ちそうなほどにタバコの吸殻の山が積み重ねられていた。

 室内に染み付いたタバコの臭いに、シグレとランマルは微妙に表情を歪ませながら、羽月の待つデスクの前へと向かった。

 

「とりあえず、お茶でも飲みながら一休みする?」

 

 机の上に散乱していた書類を整理しながら、羽月はニコッと2人に微笑む。

 しかしランマルは真面目な表情で言う。

 

「まさか、茶に誘うために私たちを連れてきたわけでもないだろう?」

「そうね。たしかに、今はのん気にお茶を飲んでいる時ではないわよね」

「何が目的なんですか? 僕たちを誘った理由って……」

 

 ランマルの横に立っているシグレが、無垢な表情で羽月に問いかける。

 

「単刀直入に言うと、協力してほしいのよ、色々と」

「色々? 随分と漠然とした言い方じゃないか?」

 

 ランマルが険しい表情で羽月を睨む。

 

「まあね。でも言葉通りだから。あなたたち2人の力を見込んで、いくつかお願いしたいことがあるの」

「なんですか、お願いって?」

「それはね……っと、説明の前に、まずはその身体、ウチのスタッフに診てもらいましょうか。さっきの戦いで、2人とも傷を負っているでしょ?」

 

 

 

 羽月の計らいで、ランマルとシグレはメメデュンとの戦闘で受けた傷の手当を受けることになった。

 彼女が呼び寄せた数名の医療班に傷を診てもらうランマルとシグレ。とは言うものの、どういうわけか2人の怪我は思っていたほど酷くはなく、簡単な消毒と包帯を巻く程度で済むものだった。

 ランマルとシグレが治療中の間、羽月は2人の戦慣れした強靭な肉体を興味深そうに眺めていた。

 治療が終わり、医療班が退出すると、再び3人だけのやり取りが再開された。

 

 

 

 書斎の中央に置かれた大きなソファに肩を並べて腰掛けるランマルとシグレ。話しやすいように、向かいの席に羽月も座る。

 

「一時はどうなるかと心配したが、大した傷じゃなくて安心したよ、シグレ」

 

 安堵した様子で、ランマルは隣に座るシグレに笑みを浮かべる。

 先程の戦いでメメデュンが強力な一撃を放った時、咄嗟に自分を庇ってくれたシグレの安否を、ランマルはずっと気に掛けていた。

 医療班に命に別状は無いことを伝えられ、ようやくその気持ちも落ち着くことができた。

 

「それじゃあ話を戻すわね。さっきも言ったけど、あなたたち2人の力を、是非私に貸してほしいの」

 

 向かい合うランマルとシグレの瞳を真っ直ぐと見つめながら、羽月は改めて2人に頼み込む。

 

「貸してほしいも何も、一体何に力を貸せというんだ?」

 

 シグレに向けていた笑顔とは打って変わって、羽月に向けたランマルの表情はやはり険しいものだった。

 しかし、羽月はそんなことお構いなしに話を続ける。

 

「とりあえず、協力してほしいことは今のところ3つ。1つは最も優先されるべきこと、ネオ・オーバーロードの殲滅。2つ目は、沢芽市民――この街の人々のヘルジュースの使用を防ぐこと。そして3つ目は、私の研究の手助け。私が今行なっている研究は、新たなロックシードの開発。私が作った試作品の使用テストをあなたたちにお願いしたいの。これが上手くいけば、2人の新しい力になるし、1つ目2つ目の頼みごとの効率アップにも繋がるはずよ。どうかしら?」

「どうかしらって言われても……。どうする? ラン姉……」

 

 羽月の話に黙って耳を傾けるランマルに、シグレは困惑の表情を向ける。

 すると羽月がさらに、

 

「もし、これらの頼みを聞いてくれるのであれば、この世界にいる間のあなたたちの面倒は、全て私が引き受けてあげる」

「面倒?」

「ええ。だって当分留まるんでしょ、この世界に。だったら必要じゃない? 住む所とか着替えとか。食事や金銭面だって、私だったらすぐに用意してあげられるわよ」

「すぐにって……。あなた一体何者なんです?」

 

 羽月が軽々と口に出してきた交換条件に、シグレは呆気に取られながらも言葉を返す。

 

「何って見ての通り、何処にでもいるごく普通の科学者よ。まあただ、財力だけは腐るほど持ってるってだけよ」

「……あんたが大した金持ちだってことはわかった。我々の状況も織り込み済みだということも。……たしかに、私たちにとってここは見知らぬ未知の世界、頼れる者も誰1人としていない。そんな中でのあんたの誘いは、正直これ以上ないほどの好機なんだろう」

 

 ランマルはそう言うと、一瞬何かを決断するように間を置いてから、再び口を開いた。

 

「……決めたよ。あんたの誘いに乗ろう」

「ラン姉……」

 

 ランマルの意外な返答に、シグレは驚きの表情を浮かべた。

 プライドの高いラン姉ならきっと、この話は断ると思っていたのに。

 

「金に目が眩んだ愚か者と思われるかもしれないが、それでも構わない。この世界で、シグレが惨めな思いをせずに済むのなら……」

「ラン姉……。それって僕のため……?」

「勘違いするな、シグレ。私たちは仕事を引き受けるんだ。どんな世界でも、生きていくためには働かなくてはいけないからな。故郷の世界で、生き抜くために戦に身を投じたように、この世界でも、我々は生きるために戦うんだ」

 

 ランマルは力強く、そして心を込めてシグレに言い聞かせた。

 その様はまるで、厳しくも優しい母親のように。

 

「……それにさっきの戦いで理解した。あんな怪物に、戒斗が生きたこの世界を壊されるのは気に入らないからな!」

「戒斗? 戒斗って……駆紋戒斗のこと?」

 

 ランマルの言葉に、突然羽月の表情が変わる。

 

「あんた、戒斗を知っているのか?」

「ええ、知ってるわ。駆紋戒斗はね――」

 

 と、羽月が言いかけたその時、突如コンコンと何かを叩く音が羽月の言葉を遮った。

 3人が振り返ると、そこには書斎の窓を外からつつく機械仕掛けの赤い鳥の姿があった。

 それは先ほどの戦いの中で、逃走したメメデュンを見つけるためにランマルが起動させたタカのカンドロイドだった。

 

「あれは……」

「私が放ったタカだ。ミミズの怪物を捜索するように命じたんだが……。まさか奴を見つけたのか?」

 

 ランマルの推測は正しかった。

 メメデュンの居場所を捕捉したタカカンドロイドが、そのことを知らせるために主人の元に舞い戻ってきたのだ。

 話し合いは中断された。

 羽月はソファから立ち上がると、シグレに1つの提案をする。

 

「シグレ君だったわね。早速君にお願いするわ。あなたには一足先に現場に向かってもらって、ネオ・オーバーロードの足止めをしてほしいの」

「足止め? あの怪物は倒すんじゃ……」

「勿論。今度こそ、奴を必ず始末する。でも、残念ながら君1人では奴には勝てない。それは君もわかってるでしょ。だから切り札を用意するわ」

「切り札?」

「ネオ・オーバーロードを確実に倒すことができる、私が開発したとっておきよ。それを準備するまでの間、君には時間稼ぎをお願いしたいの。怪我した身体で申し訳ないけど、お願いできる?」

「シグレ……、大丈夫か?」

 

 ランマルが心配そうにシグレを見つめている。

 彼女の瞳を見つめながら、シグレは決心するように拳を握り締めた。

 

「大丈夫! 行ってくるよ、僕! 生きるためにも働かなきゃね!」

 

 すると、羽月は徐に白衣のポケットからあるモノを取り出し、それをシグレに差し出した。

 

「これ、良かったら使って」

「……これは?」

 

 羽月の手に握られているモノ、それはロックシードの一種だった。

 

「これは私が作った最新型のロックビークル。開錠させるとバイクに変形するから、移動手段に使って。戦闘に特化させて作ったから、武器としても使えるわ」

「ありがとうございます! 使わせてもらいます!」

 

 シグレは律儀に頭を下げながら、ロックビークルを受け取った。

 

「敵の居場所はタカが案内してくれる。くれぐれも気をつけてな」

「大丈夫だよ、ラン姉。任せておいて!」

 

 シグレは自信に満ちた表情でランマルに頷くと、扉を開き、出口を目指して走り去っていった。

 シグレの後姿を見届けた後、羽月はすぐにランマルに声を掛けた。

 

「ねえ、ちょっと一緒に来てくれない?」

「ん?」

 

 突然の申し出に、ランマルは首を傾げる。

 

 

 ☆

 

 

 研究所を飛び出したシグレは、即座に戦極ドライバーを身につける。

 

「変身!」

『ブラッドオレンジ!』

 

 変身用のロックシードを開錠させ、頭上に開いた小型のクラックから鋼の果実を出現させる。

 ロックシードをドライバーにはめ込み、固定すると、シグレはカッティングブレードを倒した。

 

『ハッ! ブラッドオレンジアームズ! 茨道・オンステージ!』

 

 電子音声と共に、頭から被った鋼の果実は鎧へと形を変える。

 血塗られたように真っ赤な鎧を身に纏い、シグレはアーマードライダー鎧武・華に変身した。

 

「よし!」

 

 鎧武・華は続けて羽月から手渡されたロックビークルを起動させた。

 開錠すると、ロックシードは変形しながら見る見る巨大化していき、紫色の花の形をしたヘッドライトが特徴的なオフロードバイクへと変貌を遂げた。

 これこそが、桐河羽月が作り上げた次世代型ロックビークル――バトルパンジー。

 戦極凌馬がかつて開発したサクラハリケーンやローズアタッカー、さらにはダンデライナーのデータを結集させ、そこに羽月が独自のアイデアを加えて完成させた新型のマシン。

 サクラハリケーンやローズアタッカー同様、空間移動機能が搭載されており、それに加えて、ダンデライナーから流用したレーザー砲や、新たに追加したホーミングミサイルが装備されている。

 最早バイクというより兵器に近い代物だが、さらにもう1つ、マシン後部にはビークルウェポンと呼ばれる武器が格納されている。

 鎧武・華はバイクに盛り込まれた技術力に衝撃を受けながらも、バトルパンジーに跨った。

 エンジンを起動させ、ハンドルグリップを回す。

 先頭を飛ぶタカカンドロイドの後を追うように、鎧武・華はマシンを走らせた。

 

 

 ☆

 

 

 シグレを見送ったランマルと羽月は、施設内の直通エレベーターに乗っていた。

 突然羽月に案内されて、何も知らされぬままランマルは連れて来られたのだ。

 2人を乗せたエレベーターは真っ直ぐと下へ降りていく。その中でランマルは羽月に疑問を投げ掛ける。

 

「一体何処へ連れて行く気なんだ? シグレを追いかけるんだろ?」

「ええ、そのつもりよ。でもその前に、どうしてもあなたに見せたいものがあるの」

 

 閉じられたエレベーターの扉に視線を向けたまま、羽月は言葉を返す。

 

「見せたいもの?」

「1年以上前、この世界では人類の存亡を賭けた戦いが繰り広げられたの。世界の運命を背負った2人の男の戦い。1人は古より築き上げられてきたこの星の文明や人々を守るため、もう1人は……今ある世界を1度滅ぼし、弱き者が虐げられない新しい世界を作り上げるため。2人は全力を出し合って戦い、そして、世界を作り変えようとしていた男はその戦いに敗れて、息絶えた。今のこの世界がこうやって存在し続けているのは、世界を守るために戦った男が勝利したおかげ。でも、世界を作り変えようとしていた男の想いも、決して間違ってはいなかった。戦いに勝利した男もそれはわかっていたし、後になってこの出来事を知った私も、同じ気持ちだったわ」

「別世界の人間の私に、何故そんな話をする?」

 

 唐突に語る羽月に、ランマルはさらに問う。

 

「知っておいてほしいのよ。これからこの世界で戦っていくのなら」

 

 地下深くまで降下していたエレベーターが最下層で止まると、到着のアナウンスと共にその扉が開いた。

 そこは必要最低限の照明だけが灯る、随分と薄暗い通路だった。

 エレベーターを降りた2人は、さらに奥へと進んでいく。

 

「私には、たった1人の親友と、唯一心から尊敬していた女性がいたわ。どっちも既に亡くなっているけど、尊敬していた“あの人”は、きっとあの男のことを愛していた……」

 

 暗闇に近い空間を真っ直ぐと進みながら、羽月は脳裏に過る2人の女性の姿に思いを馳せる。

 突き当りまで歩くと、ランマルと羽月はゆっくりと足を止める。目の前には巨大で重厚な扉がうっすらと姿を見せていた。

 

「ここは以前、ユグドラシルが極秘に管理していた避難シェルターだったの。沢芽市が破壊的被害に襲われた時、優秀な人間だけは守れるようにって作ったらしいけど……、今にして思えば、随分とふざけた発想よね」

 

 独り言のように言いながら、羽月は小さな灯りに照らされたコントロールパネルにカードキーを挿した。すると大きな音を立てながら、重厚な扉はゆっくりと開いていく。

 扉の奥は通路と同じで薄暗かったが、空気の流れの変化でそこが相当広い部屋だということが、ランマルにもすぐにわかった。

 部屋の中に入ると、いきなり不思議な感覚に襲われた。

 人の気配は全くしないはずなのに、人影がかすかに見える。しかも1人や2人ではない。部屋の奥へと進むにつれて感じる圧迫感から、相当な人数に違いない。

 

「羽月……、ここは一体何なんだ?」

 

 眼前を歩く羽月に、ランマルは声を掛ける。

 

「ごめんなさい、すぐに灯りをつけるから」

 

 羽月がそう言うと、途端に部屋中の照明に光が灯る。恐らく、携帯していたリモコンで遠隔操作したのだろう。

 部屋一面が天井から降り注ぐ人工的な光に包まれ、2人の視界も良好になった。しかしその瞬間、ランマルは自分の視界に飛び込んできた光景に言葉を失った。

 辺りを見回すと、その眼に映ったのは密集する無数の怪物の姿だった。

 怪物は2種類いて、片方は丸みを帯びた灰色のフォルムが特徴的な初級インベス。そしてもう片方は蜘蛛型、コブラ型、蝙蝠型と3つのバリエーションを持つ機械生命体。

 部屋の中心に立つランマルと羽月は、数え切れないほどの2種の怪物たちに囲まれていた。

 

「なんだこれは……」

 

 呆気にとられながらも、ランマルは反射的に銃を構えた。先ほどの戦いで、既に弾薬を使い果たしているということも忘れて。

 警戒するランマルに、羽月は「落ち着いて」と銃を下ろさせながら宥める。

 

「大丈夫、ここにいるインベスやロイミュードは本物だけど本物じゃない、精巧に作られたレプリカみたいなものだから」

「レプリカ?」

 

 羽月の言葉に、ランマルは銃を仕舞いながら首を傾げる。

 

「さっき話した人類の存亡を賭けた戦いが終わった後、暫くして、今度は宇宙からの侵略者がこの街に現れたの。メガへクスって言うんだけど、そいつには人の記憶を元に物質や生命を複製する能力があってね。その力を使って、この街を制圧する戦力として生み出されたのがこいつら。姿形は本物と瓜二つだけど、中身が機械でできたロボットのような存在よ」

「ロボット……? 機械……? こいつらが……?」

 

 ピクリとも動かない周囲の怪物たちを、ランマルは興味深そうに凝視する。

 

「メガへクスはこの世界の鎧武――葛葉紘汰とドライブと呼ばれる2人の戦士の手によって倒された。すると同時に、メガへクスに作られたレプリカたちも活動を停止した。その時から、こいつらの時間は止まったまま。私は2度と動き出すことのないこいつらを運び出し、秘密裏にこの場所に保管しているという訳。勿論、相当な数だったから全部じゃないけど……」

「何のためにそんなことを?」

「目的の1つは研究のサンプルとしてかしら。中身が機械だということを除けば、殆ど本物変わらない。そんなものを容易に作り出すメガへクスのテクノロジー、科学者として、解明したくなるのは当然でしょ?」

「さあね。そんな気持ち、私にはよくわからないな」

 

 好奇心旺盛な子供のように、キラキラと瞳を輝かせながら楽しそうに語る羽月とは対照的に、ランマルは無愛想に肩を竦めた。

 

「それは残念。でもまあいいわ……。それより、こいつらを回収したのにはもう1つ理由があってね。あなたに見せたいものがそれなのよ」

「前置きはいい。さっさと教えたらどうなんだ?」

 

 羽月のペースにいい加減苛立ってきたランマルの口調が、徐々に感情的になっていく。

 

「わかったわ、じゃあ本題よ。実は私には、何よりも大事な目的があるの。どんなことよりも優先するべき目的がね」

「……さっきの頼みごととは別にか?」

「当然。寧ろ、今から話すことこそに全力を注いでほしいくらいよ」

「それは一体なんだ?」

 

 ランマルの問いに、羽月は真剣な面持ちで答える。

 

「……魔王の復活よ」

 

 

 ☆

 

 

 沢芽市南方のとある埠頭に、ネオ・オーバーロードのメメデュンは姿を現していた。

 片隅に詰まれたコンテナの影に身を潜める1人の男。その命を、メメデュンが今まさに奪おうとしていた。

 

「なんでだよ!? なんで俺を狙うんだよ!? 俺たちはお前に言われたとおりにしてただけじゃねえか!?」

 

 赤を基調とした衣装に身を包んだ男は、後退りしながら必死に叫んだ。

 だが、メメデュンはそんなことお構いなしに、一歩また一歩と男を追い詰めていく。

 

「フィムファジョミファンガ! ミョムションエジェファジョミフェ、ルオムフォミロジュムフェンアショフォシュジェゴフォ!」

「なんだよぉ!? 何言ってんのかさっぱりわかんねえよぉ!」

 

 ゆっくりと歩み寄ってくるメメデュンが口にするオーバーロード語を理解できるはずもなく、男は恐怖に身体を震わせた。

 メメデュンは威嚇するように、取り出した得物の鞭を両手でピンと伸ばす。

 その瞬間、男は「ひっ」と怯えながらその場にペタリと座り込んだ。

 身動きを取れなくなった男を前に、メメデュンはニヤリと笑み浮かべた。そして、手にした鞭を躊躇なく振り上げた。

 その手が振り下ろされた瞬間、間違いなく男の命は尽きるだろう。そんな期待を胸に、メメデュンは鞭を握る手に力を込める。

 振り上げられた手が、今まさに振り下ろされようとしていた。

 しかし次の瞬間、突然その場に鳴り響いたエンジン音が、メメデュンの動きを遮った。

 

「フォムファン!?」

「な、何の音だ!?」

 

 メメデュンも男も、直前の動きをピタリと止めて辺りを見回し、轟くエンジン音の正体を探した。

 徐々に近づいてくる音がする方に眼を向けると、視線の先に映ったのは物凄い勢いで接近してくるバイクと、それに跨った真っ赤な鎧武者の姿だった。

 エンジン音の正体、それは桐河羽月から託された次世代型ロックビークル――バトルパンジーを操るアーマードライダー鎧武・華。

 

「ミョジョアミョイショ!」

 

 メメデュンは即座に標的を鎧武・華へと変更し、掌から光弾を発射した。

 鎧武・華は速度を落とすことなく、マシンごとジャンプして光弾を回避。着地すると、そのまま一直線に走り、メメデュン目掛けて突進を仕掛けた。

 

「オミョエ!」

 

 鎧武・華の行動を察したメメデュンは、素早く横転してそれを避ける。

 メメデュンを通り過ぎた鎧武・華は、急いでバトルパンジーをUターンさせ、再び標的を捕捉する。

 

「これならどうだ!」

 

 メメデュンの姿をしっかりと捉えると、鎧武・華はバトルパンジーのコントロールパネルを操作し、搭載されたホーミングミサイルを2発同時発射させた。

 

「フォフェ!?」

 

 慌てて回避行動を取るメメデュンだったが、追尾機能付きのミサイルはその動きに合わせて巧みに軌道を変化させる。

 

「チッ……!」

 

 ミサイルの予想外の動きに対応しきれず、さすがのメメデュンもこれにはお手上げだった。

 次の瞬間、ミサイルは直撃。爆炎に飲み込まれたメメデュンはアスファルトの上を豪快に転がった。

 今がチャンスと言わんばかりに、鎧武・華はバトルパンジーを加速させる。

 コントロールパネルのいくつかのボタンを押し、マシンの後部から刀の柄のようなものを出現させると、鎧武・華はそれを手に取り、思いっきり引き抜いた。

 鎧武・華が抜刀して姿を現したもの、これこそがバトルパンジーに格納されていたビークルウェポン、植物の葉を模した倭刀型の武器――リーフブレードだ。

 柄の部分から刃の先端まで、全身緑色に染められた刀を手にし、鎧武・華は再度突進を仕掛けるのだった。

 

 

 ☆

 

 

 地下シェルター全体に乱雑に並べられた無数の初級インベスとロイミュードのレプリカたち。

 人形のようにただそこに立っているだけの彼らの間を通り抜けながら、羽月とランマルは部屋の奥へと進んでいった。

 そしてやがて2人の眼に、他とは違う特別異彩を放つものが映りこんできた。

 それは初級インベスでもロイミュードでもない。赤と黄色が特徴的な西洋の騎士を思わせる戦士の姿だった。

 糸の切れたマリオネットのように、決して動くことのないそんな戦士の前で、羽月とランマルは足を止めた。

 

「これは……」

「そう、これがあなたに見せたかったもの」

 

 戦士の姿を目の当たりにし、呆然とした表情を浮かべるランマルを余所に、羽月は言い放つ。

 

「駆紋……戒斗……」

 

 ランマルはガクンと力が抜けたようにその場に崩れると、そっと手を伸ばし、戦士の鋼の頬をゆっくりと撫でた。

 ひんやりとした感覚が、ランマルの掌へと伝わる。

 幻なんかではない。駆紋戒斗――アーマードライダーバロンの姿が、間違いなく今目の前に存在している。掌に感じる冷たさが、確かにそのことを証明していた。

 ランマルの脳裏に、戒斗と過ごした記憶が蘇る。

 武神鎧武との戦の最中、主君であるノブナガを失い、絶望に打ちひしがれていたランマルの前に突如として現われ、武神バロンを名乗って軍を立て直してくれた。

 短い間ではあったが、強さと闘いを求める彼の背中に一体どれだけ勇気づけられたことだろう。

 ノブナガ亡き後も、2代目武将として軍を率い、今もこうして別世界を訪れてまで戦えているのは、あの時の戒斗の姿があったからに他ならない。

 それだけ駆紋戒斗という男は、ランマルの中でとても大きな存在だった。

 

「なぜ……? なんでここに武神バロン――いや、駆紋戒斗がいる!? これはどういうことだ!?」

 

 ランマルは立ち上がると、感情を露にしながら羽月に詰め寄った。

 

「落ち着いて。彼もここにあるレプリカと同じ。メガへクスの力で記憶から再現されたコピー態に過ぎない」

「本物であって……本物ではないということか……」

「ええ。彼もここにいるインベスやロイミュードと同じで、メガへクスが倒された今、2度と動き出すことはない。だけど、私はまだ諦めていない」

「……どういうことだ?」

「言ったでしょ? 私の真の目的、魔王の復活。今ある世界を壊そうとしていた破壊者――駆紋戒斗、彼を蘇らせることこそが、私の望みよ!」

「お前は……この世界を滅ぼすつもりなのか?」

 

 羽月の言葉に、ランマルは思わず警戒する。

 

「まさか、そんなわけないでしょ。私はただ、1度で良いから生きた彼に会ってみたいだけ。“あの人”が追い求めた駆紋戒斗がどれほどの男だったのか、見てみたいだけ」

「あの人?」

 

 何かに思いを馳せる羽月の姿を眺めながら、ランマルは不思議そうに首を傾げた。

 

「とにかく、駆紋戒斗を蘇らせることは、あなたにとっても悪い話じゃないはずよ。どうやらあなたも、駆紋戒斗とは何かしらあったみたいだし。もし、あなたが私に力を貸してくれるというのなら、このドライバーとロックシードをあなたに託すわ」

 

 そう言いながら、羽月は白衣の懐からゲネシスドライバーと見慣れないロックシードを取り出した。

 

「これは……」

「このゲネシスドライバーは、さっきの戦いで私が使っていたもの。そしてこれが……ネオ・オーバーロードに対抗するために開発した新型――プラムエナジーロックシードよ」

「……コイツがお前の言っていた切り札って奴か?」

「そう。プラムエナジーロックシードは、かつて葛葉紘汰が発現させたジンバーシリーズの特殊能力を解析して組み込んだ、最新にして最強のロックシード。それだけに並の人間ではまともに扱うことも難しい代物よ。当然、私にも使えなかった。でも、生粋の戦士であるあなたなら……」

「使えると言うのか?」

「試してみる価値はあるわね。どうする? コレが使えないとなると、現状、あのネオ・オーバーロードに勝つ術がなくなるけど? このままじゃ、先に戦ってるシグレ君も……」

「貴様……それは脅しのつもりか?」

 

 シグレの名が出た瞬間、ランマルはムッとした表情で羽月を睨みつける。

 

「脅しだなんてそんな。私はあくまで提案しただけよ。戦うか戦わないか、決めるのはあなた。好きな方を選択して」

 

 羽月にそう言われた途端、ランマルの脳裏にある記憶が蘇る。

 こっちの世界を訪れる直前、ヘルヘイムを名乗る男――サガラに選択を迫られた時の記憶が。

 

「またこれか……。気に入らないな……」

 

 ランマルは不愉快そうに表情を歪ませた。

 あの時もそうだったが、こんなふうに選択を迫られると良い気がしない。まるで自分の運命を、他者に毟り取られているかのような気分になる。

 人を見透かしたかのような態度を見せる羽月に、一言言ってやりたいところではあったが、残念ながら今は時間がない。一刻も早く、シグレの後を追わなくては。

 

「……答えはもう、決まっている」

 

 目の前に差し出されたゲネシスドライバーとプラムエナジーロックシード。心を決めたランマルは、ゆっくりとそれらに手を伸ばす。

 

 

 ☆

 

 

 波の音を掻き消すように、鎧武・華の駆るバトルパンジーが爆音を轟かせる。

 緑色の刀――リーフブレードを片手に、鎧武・華はハンドルグリップを力いっぱい回した。

 加速し、勢いを増す次世代型ロックビークル。

 メメデュンは急接近してくるバトルパンジーを前に怯むことなく構えを取るが、行動を起こすよりも先に、鎧武・華がマシンのスピードに乗ってすぐ傍を横切った。

 すれ違い様に放たれた一閃が、鞭を握り締めていたメメデュンの右腕を切り落とした。

 

「ギャァアアアアア……! ガ、ガシュミャウフェンカ……!」

 

 メメデュンは足元にボトリと落ちた自分の右腕に驚きながら悲鳴を上げる。

 その隙に、鎧武・華はさらなる追い討ちを仕掛けようと、バトルパンジーを再びUターンさせようとするが、

 

「ジェガウデェフェファブリョフォオ!」

 

 怒ったメメデュンが左手の5本指を触手のように撓らせて伸ばし、鎧武・華の首を絡め捕った。

 

「ぐっ!?」

 

 首に巻きついた5本の触手に締め付けられ、呼吸困難に陥る鎧武・華。さらには凄まじい力で引っ張られてバイクからも落ちてしまう。

 無人となったバトルパンジーはバランスを崩しながらアスファルトの上に転倒した。

 徐々に強まっていく触手の締め付ける力に、鎧武・華の意識が朦朧としてくる。

 このままではまずい。

 鎧武・華は咄嗟に戦極ドライバーのカッティングブレードを2回倒した。

 

『ブラッドオレンジ・オーレ!』

 

 ロックシードのエネルギーを右手のリーフブレードに集中。次の瞬間、鎧武・華は一か八かの思いで刀を一振りした。

 するとリーフブレードの動きに合わせて無数の木葉状のエネルギー弾が出現し、メメデュン目掛けて一斉に飛んでいった。

 エネルギー弾は命中すると次々と小さな爆発を発生させる。

 爆炎に包まれたメメデュンは体勢を崩し、やむを得ず伸ばした触手を手元へと戻した。

 5本指の触手から解放された鎧武・華は、咳き込みながらも意識がはっきりしていることを実感する。

 呼吸を整え、再び攻撃を仕掛けるべく立ち上がるが、同じタイミングで、メメデュンも既に体勢を立て直していた。

 メメデュンは切り落とされた右腕が握っていた鞭を左手で拾い上げると、すかさず鎧武・華に狙いを定めて振り回した。

 1撃目をリーフブレードでなんとか防御した鎧武・華。しかし、一息つく間もなく2撃目が飛んできた。

 前回の戦いのダメージが残っていることもあり、得意の反射神経を発揮できなかった鎧武・華は、2撃目をもろに喰らってしまう。

 全身に叩きつけられた鞭の一撃に、堪らず地面に倒れこむ。

 

「アビリェファショジェファン!」

 

 勝利を確信したメメデュンは、誇らしげに言いながら掌から光弾を撃ち放った。

 すぐに立ち上がることができない鎧武・華は、光弾の直撃を許してしまう。

 

「うわあああああああ……」

 

 無残に吹き飛び、地面を転がりながら変身が強制解除される。

 元の姿へと戻ったシグレは、傷だらけになりながらもメメデュンを睨みつけた。

 

「やっぱり……僕だけじゃ……」

 

 無念の思いで悔しそうな表情を浮かべるシグレ。

 そんな姿を勝ち誇るように眺めながら、メメデュンはいやらしくほくそ笑む。

 これで邪魔者が1人減る。

 そう思いながらとどめの一撃を放とうと鞭を振り上げた。しかしその時、突然1台の青いオープンカーが2人の元に駆けつけた。

 

「あれは!」

 

 その車に見覚えがあるシグレは思わず声を上げる。

 猛スピードで近づいてくるオープンカーに乗っているのは、間違いなくランマルと桐河羽月だった。

 羽月が運転するオープンカーはメメデュンを轢く勢いで前進。メメデュンは慌てて攻撃を中断し、シグレから距離を取って退避した。

 悲鳴のような急ブレーキの音を立てながら、オープンカーはシグレの眼前で停止。左右のドアが開き、ランマルと羽月が姿を現す。

 

「羽月さん! ラン姉!」

「無事か!? シグレ!」

 

 ランマルは子を心配する親のようにシグレの元へと駆け寄る。

 

「なんとか間に合ったみたいね。良く耐えてくれたわね、シグレ君」

 

 遅れて羽月も労いの言葉をかける。

 

「後は私に任せろ! ここから先は、私がお前の分も戦ってやる!」

 

 ランマルはそう言うと、シグレを羽月に託し、自らはメメデュンの前へと歩み寄っていく。

 

「ラン姉!? 一体どうする気……」

「大丈夫。ここは彼女に任せて」

 

 困惑するシグレを落ち着かせるように、その肩の上にポンと手を乗せた羽月の表情は自信に満ち溢れていた。

 

「よくも可愛い弟子に傷をつけてくれたな! あいつに代わって、私がお前の息の根を止めてやる!」

 

 足を止め、メメデュンと対峙したランマルの言葉には、静かに燃える炎のように、確かな怒りと殺意が秘められていた。

 

「ほう……。ディムデェグシャウジョエショ? ファンション、ジョジョショウジェショボリャカミャジョフォエアミョイフェ、エジュジョエフォフェションフェンシェブリョ?」

「訳の分からない言葉をゴチャゴチャと……」

 

 そう言い放ったランマルの手には、いつの間にゲネシスドライバーと新たなエナジーロックシード――プラムエナジーロックシードが握られていた。

 ランマルはゲネシスドライバーを腰に装着すると、1度大きく深呼吸してからプラムエナジーロックシードを開錠させた。

 

『プラムエナジー!』

 

 電子音声が鳴り、ランマルの頭上に小さな裂け目が生まれる。

 ヘルヘイムの森に繋がった裂け目から姿を現したのは、真っ赤なスモモの鎧だった。

 

「変身!!」

 

 ランマルは気合を込めて叫ぶと、握り締めたプラムエナジーロックシードをドライバーの中央に装填した。

 

『ロック…オン!』

 

 エナジーロックシードが施錠され、待機音が鳴り響く。

 次の瞬間、ランマルはゲネシスドライバーのレバーを力強く押し込んだ。すると、

 

『ソーダァ! プラムエナジーアームズ! パーフェクトパワー! パーフェクトパワー! パーフェクパーフェクパーフェクトパワー!』

 

 戦極凌馬が開発したレモンエナジーロックシードを連想させるリズムの電子音声と共に、ランマルと鋼の果実が1つになる。

 ヘルヘイムの力を身に纏い、溢れ出たエネルギーが果汁のよう飛び散る。

 現れたのは全身を真っ赤に染めた、まさに女王(マリカ)の姿。

 アーマードライダーマリカver.2・プラムエナジーアームズ、ここに見参。

 

「フォムファンジャ!?」

「ラン姉が……変身した!?」

 

 目の前で起こる予想外の展開に、メメデュンもシグレも驚きの声を上げる。

 しかし誰よりも一番驚いているのは、初めての変身を遂げたランマル自身だった。

 

「これが……私の鎧……」

 

 赤いマスクに覆われた顔や装甲に包まれた腕、右手に出現したアームズウェポン――ソニックアローに、さすがのランマルも戸惑いを隠せなかった。

 新たなアーマードライダーの誕生は、メメデュンにとっては不愉快なことでしかなかった。

 このまま奴を放っておけば、計画の障害になることは間違いない。今ここで排除しなくては。

 メメデュンは威嚇するように、足元のアスファルトを鞭で大きく叩くと、ランマル――マリカver.2目掛けて攻撃を仕掛けた。

 迫るメメデュンの一撃を前に、マリカver.2は慌てて我に返ると、気持ちを戦闘モードへと切り替える。

 飛んでくる鞭の先端に全神経を集中させ、ソニックアローを握り締めた右手を勢い良く振り上げた。

 

「はっ!」

 

 次の瞬間、ソニックアローの刃が鞭の一撃を弾き返した。

 鋭い視線でメメデュンの姿を捉えたマリカver.2は、今度は自分の番だと反撃を開始する。

 地面を蹴って駆け出し、あっという間に接近すると、流れるような動きで敵の身体に斬撃を浴びせていく。

 

「ぐっ! フォフェジュ!?」

 

 メメデュンはすかさず鞭を振るってマリカver.2の妨害を試みる。

 しかし、マリカver.2は軽快なステップでメメデュンの失われた右手側へと回り込む。

 先ほどの戦闘で、鎧武・華に右腕を切り落とされた今のメメデュンにとって、右方向は明らかに死角だった。片腕のみではどうしても攻撃の動作に遅れが生じてしまい、マリカver.2の動きについていくことができなかった。

 その隙にマリカver.2は斬撃に連続キックを加え、フィニッシュに掌底を一発叩き込んだ。

 想像以上の衝撃に、背後に大きく吹き飛ぶメメデュン。

 

「その腕、シグレにやられたんだろう? どうだ、私の弟子は強かっただろ?」

 

 掌底の構えを解きながら、マリカver.2は言い放つ。

 

「……グロンショフォシャジャカ。この程度、なんともない……。俺の腕はすぐに再生するからな!」

 

 心境の変化なのか、それともマリカver.2のラッシュ攻撃を受けて余裕がなくなったのか、メメデュンがシグレたちの前で初めてオーバーロード語以外の言葉を口にした。

 

「なんだ。貴様、人間の言葉も喋れるのか……。まあいい。その腕がすぐに生え変わるというのなら、生え変わる前に決着をつけるまでだ!」

「ふん! お前にそれができるとでも?」

「できるさ。この鎧の力なら!」

 

 そう言ってマリカver.2はゲネシスドライバーのレバーを押し込んだ。すると、

 

『チェリー! プラムエナジー・スカァーッシュ!』

 

 ゲネシスドライバーから電子音声が鳴り響いたその瞬間、メメデュンの視界からマリカver.2の姿が消えた。

 

「なにっ!?」

 

 慌てて辺りを見回すメメデュン。

 しかし次の瞬間、メメデュンの背中に凄まじい激痛が走った。

 慌てて背後を振り向くと、一瞬だがマリカver.2の姿が見えた気がした。

 風を切る音が四方八方から聞こえてくる。誰かが猛スピードで自分の周りを駆け回っている。

 なんとかその姿を捉えようと、キョロキョロと視線を走らせるが、一向に発見することができない。

 徐々に苛立ちが募る中、またしても激痛が身体を襲った。

 今度は左肩。次は胸。さらに足や腹にまで。

 まるでカマイタチのように、見えない刃が次々と肉体を傷つけていく。

 暫くすると、ようやくマリカver.2が眼前に戻ってきた。

 全身にダメージを受けたメメデュンは、思わず片膝を地面につける。

 

「なんだ!? 何が起こった!?」

 

 マリカver.2を睨みつけながら、メメデュンは叫ぶ。

 その疑問に答えたのは、シグレを介抱していた羽月だった。

 

「今のは高速移動よ、ジンバーチェリーの力と同じ。彼女が使用しているエナジーロックシードには、プロフェッサー凌馬が積み重ねてきた研究データの約70%以上が組み込まれている。まさに集大成、最高傑作に相応しいロックシードだわ」

 

 羽月が満足げな表情を浮かべている中、追い詰められたメメデュンは最後の手段に出る。

 

「うっとおしい奴らだ……。全員必ず、俺が始末してやる!」

 

 怒りに燃えるメメデュンは、肉体を肥大化させ、巨大なミミズの姿へと変貌した。

 

「あれは……あの時と同じ……」

 

 シグレの脳裏に、メメデュンと最初に戦った時の記憶がフラッシュバックする。

 あの時もそうだった。巨大ミミズへと形態を変化させたメメデュンが、地面に潜って死角から襲い掛かってきていた。

 

「気をつけてラン姉! きっと奴はまた――」

 

 シグレは思わず叫んだ。

 しかし、その言葉を遮るように、マリカver.2は仮面の下で口を開いた。

 

「ああ、わかってる! 心配するな、シグレ!」

 

 マリカver.2は眼前のメメデュンの行動を警戒しながら、そっとゲネシスドライバーのレバーに手を伸ばした。

 シグレの予想通り、巨大化したメメデュンはその巨体でアスファルトを抉り、ズルズルと地面の中に入り込んでいった。

 その瞬間、マリカver.2は手にかけたレバーを力強く押し込んだ。

 

『ピーチ! プラムエナジー・スカァーッシュ!』

 

 再び電子音声が鳴り響く。

 今度はジンバーピーチアームズの能力と同様の聴力強化が発動した。

 マリカver.2――ランマルの耳に、周囲の様々な音や声が事細かに聞こえてくる。

 近くを走る自動車の走行音や人々の喋り声は勿論のこと、風の音、海の波の音、シグレや羽月の呼吸や心臓の鼓動の音までもがハッキリと聞き取ることができる。

 まるで全ての音や声のスピーカーの音量が最大になったかのようだった。

 普通の人間なら、一斉に耳に飛び込んでくる音の嵐に、パニックを起こしてもおかしくはない。だが、戦士として鋼の精神を手に入れた今のランマルには、この力を制御することは難しいことではなかった。

 マリカver.2は聞こえてくる無数の音の中から、ある1つの音だけに神経を集中させた。それは地面から聞こえてくる地響きのようなものだった。

 足元から確かに伝ってくるその音は、地中を動き回り、反撃のタイミングを見計らっているように感じ取れる。

 マリカver.2は微かな音の変化も聞き逃さないように、その強化された聴覚で捕捉を続けた。

 やがて地面を掘り進む音は消息を絶った。その代わり、海を流れる波の音が僅かに変わったのを、マリカver.2は聞き漏らさなかった。

 

「そこか!」

 

 刹那、マリカver.2はゲネシスドライバーから取り外したプラムエナジーロックシードをソニックアローに装填しながら、勢い良く海の方へと振り向いた。

 虚空の海上に狙いを定め、一気にトリガーを引き絞る。

 次の瞬間、海面が大きく盛り上がり、巨大なミミズが顔を出した。

 地中を移動し、海へと抜け出したメメデュンが、マリカver.2の死角を狙って飛び出してきたのだ。

 前回の戦いのこともあり、相手はきっと足元ばかりを警戒するだろうと、その裏をかいたつもりの行動だった。だがしかし、それは大きな見当違い。地面の中に身を隠したメメデュンの行動は、聴覚を強化したマリカver.2には全て筒抜けだったのだ。

 海面から空中に舞い上がったメメデュンは、その瞬間、既にマリカver.2にロックオンされていた。いや、正確にはメメデュン自身が、自らマリカver.2の照準に飛び込んだことになる。要は待ち伏せされていたのだ。

 そのことに気がついた時には既に遅く、メメデュンはソニックアローのレーザーポインターに捉えられていた。

 照準とメメデュンがピッタリと重なった瞬間、マリカver.2は躊躇なくトリガーを手放した。

 

『プラムエナジー!』

 

 膨大なエネルギーが圧縮された1本の光の矢がソニックアローから放たれ、巨大ミミズの脳天を貫いた。

 

「グォオオオオオオオオオオオ……」

 

 体内に大量のエネルギーが一気に流れ込み、風船のように膨張したメメデュンは、断末魔を上げながら大爆発した。

 飛び散った肉片の1つ1つが炎に焼かれていく様を見つめながら、マリカver.2はゆっくりと弓を下ろすのだった。

 

 

 

「すげぇ……。あの怪物を倒しちまうなんて……」

 

 戦いが終わると、コンテナの影から男が1人姿を現した。さっきまでメメデュンに襲われていた男だ。

 目の前で繰り広げられていた光景をずっと物陰で見ていた男は、メメデュンの死に驚き、同時に自分の命が助かったことに喜びを隠せなかった。

 

「あなた……確かビートライダーズの……」

 

 赤を基調とした服に身を包んだ男の姿を目の当たりにした途端、羽月は声を上げた。

 その男はザックが逃がしたチームレッドホットのメンバーの1人、インベスと化した曽野村に襲われていたあの男だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話 オーズの章:タイと少女と思わぬ敵

 東南アジアの国、タイ。その北部に位置する山岳地帯で、最近になって古代遺跡が発見された。

 遺跡内部の壁画には、人と獣と金貨の絵が描かれていたという。

 しかもそれらは多種多様で、人の絵だけに絞って見ても「背中に翼を持つ者」、「裸体の女性を抱きしめる者」、「他者の首を刎ねる者」などと様々だった。

 獣の絵も同じだ。「大地を駆ける獣」の絵もあれば「水辺を目指す獣」の絵もある。「空を見上げる獣」だっているし、「獣を喰らう獣」の絵もある。

 それらの絵の中心には、決まって1枚の金貨が描かれていた。それはまるで世界を照らす太陽か、はたまた生命を観察する神の眼のようにも見える。

 最初に遺跡を発見した探検家は、壁画を見て思わずこう口にした。

 

「これは欲望だ……」

 

 それが探検家の率直な感想だった。

 欲望。欲求を満たしたい気持ち。何かを求める心。壁に描かれた光景は、まさにそれらを象徴していた。

 空を自由に飛ぶことを望む人間がいる。愛を求める人間がいる。他者の命を奪いたい人間がいる。大地を支配したい動物がいる。魚になりたい動物がいる。鳥になりたい動物がいる。腹を空かせた動物がいる。

 持っていないものを欲しがること。知らないことを知りたいと願うこと。今日より明日に期待を持つこと。成長。進化。これら全てが――“生きる”という行為そのものこそが、欲望だ。

 古代遺跡の存在を耳にした鴻上ファウンデーションの会長――鴻上光生は、直ちに調査チームを現地に派遣した。

 20人ほどで構成されたチームだったが、その中には仮面ライダーオーズ――火野映司の姿もあった。

 

 

 

 欲望の化身、メダルの怪人グリードとの戦いが終結してから随分経った。

 火野映司は、2つに割れたタカのコアメダルを修復する術を見つけるため、大切な仲間アンクにもう1度会うために、鴻上ファウンデーションの協力者兼チームのボディーガードとして調査に参加していた。

 調査チームが現場に到着してから1週間以上が経過していた。

 彼らは古代遺跡の近くにキャンプを張り、そこを拠点に朝から晩まで遺跡の調査を進めていた。

 映司は調査員の1人、 坂島輝実(さかじま てるみ)の下で指導を受けていた。坂島は20代後半の男性で、白衣とメガネが良く似合う典型的な科学者だった。しかしそれでいて研究一筋というわけではなく、日本に残してきた妻と1人息子のことを大事に想う家庭的な面も持ち合わせている。

 歳が近いということもあり、坂島は何かと映司のことを気にかける。映司も慣れない現場の中では、坂島の気遣いには何かと救われていた。

 今日も映司は、坂島と共に遺跡近辺を調査していた。遺跡に関連するものが土の中に埋もれている可能性もある。それを探るため、探索活動を行なっているのだ。

 

「どうだい映司君、何か見つけたかい?」

 

 坂島は高性能探知機の設定を調整しながら、少し離れたところで作業していた映司に声を掛けた。

 

「いえ! まだそれらしいのは全然!」

 

 映司は額の汗を拭いながら、坂島に届くように叫んだ。

 空を見上げると、太陽はちょうど真上に来ていた。そろそろ昼時だ。

 

「そうか……。まあ時間はたっぷりあるんだ、気長に調べよう。とりあえず、一旦キャンプに戻って昼食にしようか。君のガールフレンドも首を長くして待ってるだろうしね」

 

 2人は探索を中断すると、肩を並べてキャンプ地へと引き上げた。

 キャンプ地では、既に何人かの調査員たちが休憩を取っていた。

 映司と坂島は、誰かを探すようにキョロキョロとキャンプ地の中を見回した。

 

「あれ? 今日はまだ来てないみたいだね、君のガールフレンドは」

「いつもならとっくに……あ、来た!」

 

 周囲を眺めていると、小道を足早に走りながらキャンプ地に近づいてくる1人の少女の姿が目に留まった。

 映司が「こっちだよ」と手を振って合図をすると、少女もまた手を振りながら駆け寄ってきた。

 

「えーじ! えーじ! おそくなってごめんね!」

 

 10歳ほどの見た目をした少女は、可愛らしい笑顔を振りまきながら映司と坂島の眼前でピタリと立ち止まった。その小さな手には小箱を包んだ風呂敷が握られていた。

 

「えーじ! きょうはおにぎりをつくってみたよ!  ばあちゃん(ヤーイ)といっしょにつくったからちゃんとできたよ!」

 

 少女は息を切らしながらも休む間もなく風呂敷を広げる。そして中から出てきた小箱を得意げに映司に差し出した。

 

「へー、すごいなぁ。ありがとう、クァン」

 

 小箱を受け取った映司は嬉しそうに笑みを浮かべた。

 クァンと呼ばれた少女は、「早く中を見て」と言わんばかりに、ワクワクしながら映司が蓋を開けるのを待っている。

 期待に応えるように映司が小箱の蓋を開けると、中には大きめの握り飯が4つ入っていた。タイの米、インディカ米で作った焼きおにぎりのようだった。

 坂島は2人に気を使って席を外した。

 映司とクァンは、近くの木陰に腰を下ろして焼きおにぎりを食べることにした。

 

「うん、おいしい! 上出来だよ。クァンは料理が上手だね」

「ほんとぉ? えーじにいわれると、あたしうれしい!」

 

 映司の傍にピッタリと寄り添いながら座るクァンは、弁当の出来を褒められて思わず照れ笑いする。

 クァンはキャンプ地の近くにある小さな村の子供だった。タイ人の母と日本人の父の間に生まれたハーフであり、両親を早くに亡くしたクァンは、母方の祖母に引き取られて村で2人暮らしをしている。

 調査チームが古代遺跡に到着してから2日経った頃のことだった。ある時、突然現れた見知らぬ集団を目の当たりにしたクァンは、好奇心に駆られてひょっこりとキャンプ地に足を踏み入れた。その時に映司と出会い、交流を持ち始めた。

 映司の笑顔と持ち前の優しさに惹かれたクァンは、すぐに心を開き、あっという間に仲良くなった。

 すっかり映司に懐いたクァンは、それから毎日昼ごろになると、手作りの弁当を運んでくるようになった。

 祖母に教えてもらいながら、慣れない手つきで一生懸命に作った弁当。出来は決して良くはなかったが、映司に喜んでもらいたいという一心で毎日作り続けた。

 映司もそんなクァンの気持ちが純粋に嬉しく、差し出された弁当をいつも喜んで受け取った。

 

「ねえ、えーじ! えーじはどうしてここにきたの?」

 

 焼きおにぎりを両手で持ちながら、クァンは映司に尋ねた。

 

「ん? なんでって……」

 

 そうだなぁと、映司は少し考えた。

 あんまり難しく説明しても、きっとクァンを悩ませるだけだろうと、簡単な言葉を選ぶことにした。

 

「友達に会うため……かな」

「ともだち? えーじのともだち、ここにいるの?」

「んー……そうじゃないんだけど、俺の友達、今は遠いところに行っててね。もう1度会うために、追いかけっこしてるって感じかな」

 

 そう言いながら、映司はポケットの中に手を突っ込んだ。ポケットの中にいつも隠し持っている割れたタカのコアメダルをギュッと握り締めた。

 

「おいかけっこ? えーじのともだち、にげてるの?」

「ううん。きっと何処かで待ってくれてる。でも、俺が立ち止まったらずっと会えないから、こうして色んなところへ行って、友達に会うためのヒントを探してるんだ」

「ふぅーん、たいへんだね。はやくあえるといいね」

「うん。だから俺、がんばるよ!」

「がんばれ、えーじ!」

 

 クァンは映司の顔を見ながらクシャっと笑った。

 その笑顔を見てると自然と元気が湧いてくる。映司も思わず笑顔を浮かべ、「ありがとう」と一言礼を口にした。

 それから2人は、昼休みが終わるまでお互いのことを語り合った。

 クァンは村のことや一緒に暮らしている祖母のこと、亡くなった両親のことを一生懸命話してくれた。

 映司も自分が旅をするのが好きなこと、旅で訪れた様々な国の話、日本にいる仲間たちのことを教えてあげた。

 2人が時間を忘れて会話に夢中になっていると、少し離れた所で他の調査員たちと打ち合わせをしていた坂島が声を掛けてきた。

 

「映司君! ちょっとこっちに来てくれないか?」

 

 呼ばれた映司は慌てて立ち上がる。

 

「ごめん、俺そろそろ行かなくちゃ」

「うん、おしごとがんばってね! あしたまたくるから!」

「ああ。お弁当、明日も楽しみにしてるよ!」

 

 映司に見送られながら、クァンは空っぽになった弁当箱を抱えて足早に村へと帰っていった。

 クァンと別れた映司は、すぐに坂島の元に駆け寄る。

 

「待ってたよ、映司君。ちょっとこれを見てくれないか?」

 

 坂島は真剣な面持ちで1枚の写真を映司に手渡した。

 それは古代遺跡の内部調査をしていたメンバーが撮影した遺跡の最深部の光景だった。

 写真には巨大な石版が写っていた。よく見ると、石版の中心には見覚えのあるものがはめ込まれている。

 

「これってまさか……メダル、ですか?」

 

 写真に眼が釘付けになっていた映司は、確認するように坂島に尋ねた。

 

「僕もまだ直接見た訳じゃないから断言はできないけど……。たしかに、君が所持しているオーメダルと形状は似ているね」

「でも、なんか違いますよね? 写真からだとはっきりわからないけど、俺の持っているメダルと違って、生き物の絵が描かれていないような……」

「そうだね。グリード誕生の元となったメダル――800年前に作られたオーメダルには必ず生物の絵が描かれていたけど、それと違ってこの写真のメダルには何も描かれていない。描かれてはいないけど、その代わり、メダルの表面が真っ黒に染まっているように見えるね」

「黒いメダル……」

「とりあえず、もっと詳しく調査を進めてみよう。念のため、メダルのことは鴻上会長にも報告しておこう」

 

 写真に写った石版にはめ込まれた1枚のメダル。映司はそのメダルに妙な胸騒ぎを感じていたが、今はまだ、その理由を知る術はない。

 坂島の言うとおり、調査が進展すればきっと何か分かるだろう。いずれにしても、今はできることをやるしかないのだから。

 

 

 

 次の日の朝。今日は山全体に薄っすらと霧がかかっている。空気も冷たく張り詰めているように感じる。

 映司は今日も坂島と共に行動していた。

 昨日の黒いメダルのことを胸の内で気にしながらも、遺跡の近辺調査の続きに励んでいる。

 発掘用のシャベルを片手に、坂島と話し合いをしている時のことだった。

 

「えーじぃ……! えーじぃ……!」

 

 突然、霧の中から少女の泣き声が聞こえてきた。その声がクァンのものであることは、映司にはすぐに察することができた。

 徐々に大きくなってくる泣き声と共に、霧の中からクァンが飛び出してくると、映司は慌ててその小さな身体を受け止めた。

 

「クァン! 一体どうしたの!?」

 

 涙と鼻水でグチャグチャになった少女の顔を覗き込みながら、映司は声を大にして呼びかけた。

 クァンは何度も涙を拭い、何度も鼻をすすりながら、なんとか言葉を口にする。

 

ばあちゃん(ヤーイ)が……むらのみんなが……。“がねーしゃ”がおこってるよぉ……!」

「ガネーシャ?」

 

 クァンの言葉に、映司は首を傾げる。

 ガネーシャとはヒンドゥー教に伝わる神の名だ。人型の身体にゾウの顔を持った外見をしており、ヒンドゥー教が混同する仏教国であるタイの国民からは、国の象徴として大切にされている。

 そんな神が怒っているというのは一体どういうことなのか。ひょっとして村の中で野生のゾウが暴れだしたりしているのだろうか。なんせタイでは、野生のゾウは猛獣として恐れられているぐらいだ。もしかしたら、クァンがそれを神の怒りだと勘違いしているのかもしれない。

 

「坂島さん、俺、ちょっと村を見てきます。少しの間、クァンをお願いします」

「1人で行く気か、映司君? 大丈夫か?」

「ええ。すぐに戻りますから!」

 

 そう言って映司は、村を目指して走り出した。

 あっという間に遠ざかっていく後姿に、クァンの心は大きな不安と寂しさを感じていた。

 耐え切れなくなったクァンは、堪らず坂島の眼前を飛び出し、その小さな脚で映司の後を追いかけ始めた。

 

「あ!? 待つんだクァン! 危ないよ!」

 

 離れていく少女の姿を、坂島も慌てて追いかける。

 

 

 ☆

 

 

 村に到着して早々、映司は思わず戦慄した。

 山岳地帯の中にあるこの村は、元々それほど大きな規模ではない。

 生活している住民の数も100人にも満たないはずだ。しかしそれでも、これは……。

 

「誰もいない……。そんなバカな……」

 

 映司は村の奥に進みながら辺りを見回した。だがやはり、村人の姿は見つけられない。その代わりに眼に映ったのは、見覚えのあるものだった。

 

「これって、セルメダル!? なんでこの村にセルメダルが……」

 

 村のいたる所に塊となって転がっている大量の銀色のメダル。それは確かにオーメダルの一種であるセルメダルだった。

 セルメダルは文字通り細胞のように増殖していくメダルで、欲望の怪人であるグリードやヤミーの肉体の構成や、鴻上ファウンデーションが開発した兵器のエネルギー源にも利用されている代物だ。グリードが全滅した以上、セルメダルを増やす術は限られているはず。いや、そもそもこの村に、こんなふうにセルメダルが転がっていること自体が不自然な話だ。何者かの介入があったとしか思えない。

 シーンと静まり返った村の中心で、映司が無言で立ち尽くしていると、背後から足音と共に少女の叫び声が聞こえてきた。

 

「えーじぃ! まってぇ! おいていかないでぇ!」

 

 振り返ると、半べそで駆け寄ってくるクァンと彼女を追いかける坂島の姿が視界に飛び込んできた。

 

「クァン! キャンプで待っててほしかったのに……」

 

 映司は驚いた表情を浮かべながら、クァンの視線に合わせて腰を下ろした。

 

「すまない、映司君。彼女がどうしても君の傍にいたいって」

 

 坂島はクァンを止められなかったことを申し訳なく思いながら、映司に頭を下げた。

 

「いえ、気にしないでください。……それよりもクァン、君の家はどこだい?」

「あたしのおうち? あっちだよ」

 

 映司に尋ねられたクァンは、その小さな指先で自宅がある方角を指し示した。するとその時、ちょうどその方角から1人の老婆がスッと姿を現した。

 家の陰からゆっくりと出てきた老婆の姿を目の当たりにした途端、クァンは血相を変えて叫んだ。

 

ばあちゃん(ヤーイ)!?  ばあちゃん(ヤーイ)だ!  ばあちゃん(ヤーイ)がいきてた!」

 

 涙を溢れさせながら嬉しそうに飛び跳ねるクァンの姿を見て、映司と坂島は理解した。

 視線の先にいるあの老婆こそが、きっとクァンの家族――クァンの祖母なのだと。

 最愛の祖母の無事を知って大喜びのクァンは、その胸に飛び込もうと一目散に走り出した。だがしかし、祖母の様子がなんだかおかしい。そのことに気づいたクァンは、思わず足をピタリと止める。

 映司と坂島、そしてクァンの3人が息を飲んで見守る中、クァンの祖母は、苦しそうに悶えながらも愛しき孫に手を伸ばす。が、

 

「ク……クァン……」

 

 その手が孫に届くことはなかった。

 孫に触れることを願った年老いた手は、触れ合う寸前に無数のメダルとなって崩れ落ちた。

 ドシャリと音を立てて地べたに散らばったついさっきまで祖母だったもの――人1人分のセルメダルの塊が無残にも足元に転がっていく。

 

「そんな……」

「な、なんだよ……、これ……」

 

 思わぬ光景に、映司と坂島は言葉を失う。

 そして、刹那に聴こえてくるのはクァンの悲痛な叫びだった。

 

「ヤ…… ばあちゃん(ヤーイ)……!?  ばあちゃん(ヤーイ)!! わぁあああああああ……!!!」

 

 クァンの絶叫が村中に響き渡る中、映司の視線が何かを捉えた。

 映司は、懐からオーズドライバーを取り出しながら坂島に呼び掛ける。

 

「坂島さん、クァンをお願いします……」

 

 映司の声のトーンがいつもと違うことに気づいた坂島は、すぐにその理由を理解した。映司が見つめる先と同じ方向に視線を向けると、そこにいたのは異形の怪物――人の顔を持ったゾウの怪人だった。

 

「あれって……まさか本当にガネーシャ!?」

「違います! あれは……ヤミー! ゾウのヤミーです!」

 

 その言葉を耳にした途端、坂島は驚きの表情を浮かべた。

 

「ヤミーって……たしかグリードが欲望から生み出す怪物だろ!? グリードは全滅しているのになんで……」

「わかりません……。でも、メダルの技術を持っている連中になら心当たりがあります! そいつらなら、グリードがいなくなった今でもヤミーを作り出すことは可能なはず!」

「それってまさか……財団Xか……」

 

 坂島の脳裏を過ったのは、白いスーツに身を包んだ死の商人たちの姿だった。

 財団X。それはあらゆる超技術に着手する者たちに資金援助を行い、見返りにその技術を共有し拡大していく闇の巨大組織である。

 かつて風都で暗躍していたミュージアムのガイアメモリを始め、超能力兵士クオークスや死者を蘇生させるネクロオーバー、宇宙の力を与えるゾディアーツスイッチなど、様々な超技術が既に組織の手中にある。勿論、オーメダルも例外ではない。事実、以前財団Xの元メンバーであるレム・カンナギが起こした事件でも、ヤミーやレプリカとして再現された4体のグリードが戦闘に投入されている。今、眼前に立ちはだかっているゾウヤミーも、財団Xの息が掛かっていないとは言い切れないだろう。

 

「とにかく、今はクァンを守らないと!」

 

 映司は傍で泣き崩れているクァンのことを気にしながらも、手にしたオーズドライバーを腰に装着した。

 赤、黄、緑、3枚のコアメダルをドライバーに装填。右腰から引き抜いたオースキャナーを握り締め、ドライバーに固定された3枚のコアメダルを力を込めてスキャンした。

 

「変身!!」

『タカ! トラ! バッタ! タ・ト・バ! タトバ・タ・ト・バ!』

 

 ドライバーから発せられた特殊な振動が、意味を持った歌に変換されて鳴り響く。

 スロットのように周囲を回り、出揃った3枚のメダル状のエネルギーを身に纏い、映司の身体は戦う姿へと変化した。

 仮面ライダーオーズ・タトバコンボ。それが映司のもう1つの姿だった。

 オーズの最も安定した基本形態であり、800年前に誕生した最初のコンボ形態でもあるタトバコンボは、視力が優れたタカヘッドの複眼をキラリと光らせ、鉤爪状のトラクローを鋭く伸ばす。強力なキックとジャンプ力を生み出すバッタレッグに力を込めると、眼前のゾウヤミー目掛けて躊躇いなく駆け出した。

 涙を流し続けるクァンは、映司の姿が変わったことにも気づいていない。それほどまでに、彼女の心が受けたショックは大きかった。

 クァンの震える肩にそっと寄り添いながら、坂島はオーズの背中を見送った。彼に見守られながら、オーズは戦闘を開始する。

 

「パォオオオーーン!」

 

 向かって来るオーズを前に、ゾウヤミーも敵意を露にした。

 ゾウの特徴そのままの長い鼻を豪快に振り回しながら、勢いよく突進を仕掛ける。

 オーズはバッタの力を持った両足で大地を蹴り、ゾウヤミーの巨体を軽々と飛び越えた。そして、ゾウヤミーの背後に着地すると同時に連続で回し蹴りを叩き込んだ。しかし、

 

「効いてない!?」

 

 ゾウヤミーはビクともせず、逆に振り向き様に長い鼻をオーズの胸部に叩きつけた。

 

「ぐっ……!」

 

 まるで巨大な鞭を打ちつけられたかのような衝撃に、オーズは一瞬息を詰まらせた。

 その隙に、ゾウヤミーは自らの巨体をオーズにぶつけて体当たりした。

 オーズの身体は宙を舞い、背後の民家の中へと突っ込んだ。ゾウヤミーの攻撃の威力を物語るように、木で組み立てられた家が音を立てて崩壊していく。

 

「映司君!」

 

 オーズの姿が見えなくなり、思わず叫ぶ坂島。

 だがその心配を余所に、オーズはすぐに崩れた家から飛び出してきた。

 木片を吹き飛ばしながら大きく跳躍したオーズは、急降下しながら両腕のトラクローを振り下ろした。

 黄色い爪がゾウヤミーの身体に食い込む。しかし、その皮膚を切り裂くことまではできなかった。

 

「これも駄目か……」

 

 再び敵の反撃が来る前に、オーズはバックステップで距離を取る。だがそこへ、

 

「ポォオオオオオオ!!」

 

 ゾウヤミーはピンと伸ばした鼻先から大量の水を放出した。

 まるで大砲のように勢いよく発射された水圧が、オーズの身体を吹き飛ばした。

 

「うわっ!? なんだこれ……、水か……?」

 

 全身がびしょ濡れになり、戸惑うオーズ。そこへ追い討ちを仕掛けようと、ゾウヤミーが再び鼻先を向ける。

 オーズは咄嗟に立ち上がると、別のメダルを2枚取り出した。

 トラとバッタのメダルを抜き取り、代わりにその2枚をドライバーに装填する。素早くスキャナーをかざし、オーズは姿を変える。

 

『タカ! ゴリラ! タコ!』

 

 オーズの両腕が怪力を発揮するゴリラアームに、そして両足が無数の吸盤に覆われたタコレッグに変化した。

 ゾウヤミーはそんなオーズ目掛けて水流を発射する。

 亜種形態、オーズ・タカゴリタは右手に力を込めると、その腕を真っ直ぐと前方に突き出した。

 次の瞬間、オーズの渾身の拳が水の大砲を打ち消した。

 弾け飛んだ水飛沫がシャワーのように地面に落ちていく。

 自分の攻撃を防がれ、激昂したゾウヤミーは怒りに身を任せて突進を仕掛ける。

 オーズは地面に張り付くことができるタコレッグの力を発動。両足を地面に固定させると、どっしりと構えた姿勢で、前方から突っ込んでくるゾウヤミーの巨体をガッと受け止めた。

 足場が陥没しつつも、オーズはゾウヤミーが繰り出した突進の衝撃を堪えた。今度はこっちの番だと言わんばかりに、すかさず両腕のガントレット型の武装――ゴリバゴーンを射出した。

 凄まじい怪力を誇るゴリラアームに拘束されたゾウヤミーは逃げることができず、ゴリバゴーンもろともはるか後方に吹き飛んでいった。

 

『タ・ト・バ! タトバ・タ・ト・バ!』

 

 再びタトバコンボに戻ったオーズは、専用剣メダジャリバーを手に走り出す。

 相手は連続キックやトラクローによる攻撃にも耐えるほどの防御力を持っている。生半可な攻撃は通用しないだろう。

 オーズは走りながら、咄嗟に足元に転がっていたセルメダルを数枚拾い上げた。

 そのセルメダルは、きっとついさっきまでこの村の住人だったものだ。人であったものを戦いに利用するなんて、そんなこと罪悪感を感じずにはいられない。

 だけど、1度セルメダルに変えられた人間を元に戻す方法なんて、まだ誰も見つけられてはいない。

 オーメダルを日々研究し続けている鴻上ファウンデーションの技術力でさえ、それを可能にはしていないのだ。

 残念ながら、今のままではメダルに変えられたこの村の人たちを救う手立てはない。

 何もわからずに怪物に襲われて、肉体をメダルに変えられて命を落とした。きっとここにいた人たちは、これ以上ないほどに無念な思いで命を落としたのだろう。

 ならばせめて、そんな思いだけでも、少しは和らげてあげたい。勝手な言い分かもしれないが、このゾウヤミーを倒すことに、僅かでも貢献させてあげたい。

 

「ごめん、皆……。俺に力を貸してくれ!」

 

 オーズはメダルとなってしまった村の住人たちに懇願するように叫びながら、手にしたセルメダルを3枚、メダジャリバーに投入した。

 メダジャリバーは鴻上ファウンデーションがオーメダルの技術に合わせて開発した大型剣だ。エネルギー源となるセルメダルを入れることで切れ味を強化することができる。

 セルメダルを3枚投入したことで、剣の威力は大幅にパワーアップを遂げた。

 オーズは体勢を立て直そうとしているゾウヤミーに急接近すると、メダジャリバーを2度3度振るい、ゾウヤミーに強力な斬撃を浴びせた。

 今度は攻撃がしっかりと効いている。

 大きなダメージを受けたゾウヤミーは、ヨロヨロとよろめきながら後退りしていく。

 逃がしはしないと、オーズはメダジャリバーに装填された3枚のセルメダルにオースキャナーをかざした。

 

『トリプル! スキャニングチャージ!』

 

 3枚のセルメダルのエネルギーが、メダジャリバーの青い刀身に集中していく。

 次の瞬間、とどめの一撃は放たれた。

 

「はぁあああ……!せいやぁあああああ!!」

 

 オーズが一閃したその刹那、周囲の景色を巻き添えに、ゾウヤミーの身体は横に真っ二つに切断された。

 村の家も木も、空気さえもが同時に切り裂かれた。

 しかし、ゾウヤミーの背後の景色はすぐに修復される。まるで時間が巻き戻るように、家も木も空気も切り離される前の状態へと戻っていく。

 そんな中、ゾウヤミーの身体だけは元には戻らなかった。

 切断された肉体は崩壊を始め、景色が修復すると同時にゾウヤミーは爆散し消滅した。

 最後に残ったのは、ゾウヤミーの生成に利用された1枚のセルメダルだけだった。

 オーズはそのメダルをそっと拾い上げる。

 戦いには勝ったが、村の住人は全滅。オーズの気持ちは晴れなかった。

 もっと早く事態に気がついていれば、伸ばした手が村の人たちに届いたかもしれないのに。

 オーズは悔しさのあまり、手にしたセルメダルをギュッと握り締めた。

 クァンは相変わらず大粒の涙を零している。彼女のすすり泣く声が、無人と化した村に響き渡る。

 オーズはひとまずクァンと坂島の傍に戻ることにした。

 ついさっきまでゾウヤミーが立っていた場所に背を向け、2人に向かって歩き出す。

 しかしその時、

 

「ぐわぁっ!?」

 

 突然、背後から凄まじい勢いの水流が飛んできて、オーズの身体を吹き飛ばした。

 地面の上に激しく叩きつけられたオーズは、慌てて水流が飛んできた方向に視線を向けた。

 まさか、ゾウヤミーがまだ生きていたのか?

 そう思ったのも束の間、オーズは視界に飛び込んできた予想外の姿に、思わず言葉を失った。

 眼前に佇んでいたのは、見覚えのある2人。されど、今はもういないはずの2人。かつてのオーメダルを巡る戦いの中で滅んだはずの欲望の怪人。

 

「メズールにガメル……。なんで……」

 

 何が何だかわからず、呆気に取られるオーズ。

 視線の先で肩を並べて立っていたのは、紛れもなくグリード――ガメルとメズールだった。

 メズールは妖艶な唇を指で撫でながら、ゆっくりと口を開いた。

 

「はじめまして、オーズの坊や」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話 オーズの章:襲撃と疑惑の炎と猛毒コンボ

 800年前に誕生したグリードは5体だった。

 とある国の王が変身した最初のオーズの暴走により、1度は封印され、永い眠りについていたが、現代の世界で封印が解かれたことで再びオーズとのメダルを巡る戦いが始まってしまった。

 激闘の末、5体のグリードは全滅。現代で初めて誕生した6体目のグリードも、空間に開いたブラックホールに吸い込まれて消滅した。

 メズールとガメルは全滅した5体のグリードのうちの2体だった。

 いずれも、コアメダルの破壊を可能にする紫の恐竜メダルの力を受けて完全に消滅。2度とこの世に存在することはない……はずだった。

 

 

 

 火野映司――仮面ライダーオーズ・タトバコンボは驚きを隠せなかった。

 メズールもガメルも、もうこの世界にはいないはず。なのになぜ……。

 

「また財団Xが作ったコピーなのか……」

 

 オーズの脳裏を過ったのは、レム・カンナギとの戦いの時の記憶。

 最終決戦の際、カンナギは戦力として、幹部ドーパントと共にグリードのレプリカを戦闘に投入した。その中には勿論、メズールとガメルの姿もあった。

 その時のメズールとガメルはただ戦闘を行なうだけの人形だった。そこに彼女たちの意志は存在しなかった。しかし今回は……。

 

「メズールぅ~、こいつだれぇ~?」

 

 緊迫した雰囲気の中、ガメルがメズールにじゃれつきながら言ってきた。

 

「誰って、この子がオーズじゃない。この子が持っているコアメダルとかいうものを奪うのが、私たちの任務でしょ?」

 

 メズールはまるで我が子をあやすように、ガメルの頭を撫でながら丁寧に説明した。

 

「そっかぁ! じゃあオレ、一生懸命頑張る!」

「ええ、頑張りましょうね」

 

 一見親子のようにも思える2人のやり取りを目の当たりにしながら、オーズはその言葉に違和感を感じていた。

 本来、グリードは自身の核となるコアメダルを何よりも最優先に求める存在だったはずだ。なのに今、メズールは自分にとっても大事なものであるはずのコアメダルのことを、まるで他人事のような言い方をした。しかも奪うことを任務だとも。

 さらに気になったのは、メズールの最初の言葉。顔を合わせた時、メズールは確かにこう言った。「はじめまして、オーズの坊や」と。

 それはオーズを知らない、まるで初対面のような言い方だった。

 そんなはずはない。かつてのメダルを巡る戦いで、映司は何度もメズールやガメルと戦いを繰り広げた。

 映司――オーズはその時の記憶を今でも鮮明に覚えている。なのに対するメズールとガメルは、まるで当時の記憶を持ち合わせていないような口ぶりだ。

 

「お前たち、本当にメズールとガメルか……?」

「ん? ええ、そうよ。あなた、何を言っているのかしら?」

 

 オーズの言葉に、メズールは不思議そうに首を傾げた。

 

「メズールぅ! オレ、お腹空いてきた! 早くオーズ倒して、メダル奪おうよぉ!」

「そうね。じゃあ……いくわよ!」

 

 次の瞬間、メズールはオーズに向かって手をかざすと、掌から凄まじい勢いの水流を放出した。

 

「わっ!?」

 

 オーズは咄嗟に横転して水流を回避した。

 相手は既に戦闘モードだ。気になることは山ほどあるが、それらを一旦頭の隅に追いやり、戦いに集中することにした。

 オーズはメダジャリバーを構えながら一直線に駆け出した。

 メズール目掛けて勢いよく刃を振り下ろす。が、

 

「メズールはオレが守るっ!」

 

 突然ガメルが眼前に割り込んできた。

 メズールの盾になるように立ち塞がったガメルは、その頑丈な腕で刀身を受け止めた。

 

「なっ!?」

 

 戸惑うオーズ。

 すると、ガメルの陰からすかさず身を露にしたメズールが、一瞬の隙を突いてキックを繰り出してきた。

 スラリと伸びた長い脚から打ち出された回し蹴りに、オーズは堪らず倒れこんだ。

 続けざまにガメルの強力なパンチが振り下ろされた。

 オーズは慌てて地面を転がり、それを避ける。

 的を外したガメルの拳が、地面に大きなクレーターを作り上げた。

 オーズはなんとか距離を取って体勢を立て直す。

 

「たしかガメルは光に、メズールは熱に弱かったはず……。ならこれで!」

 

 オーズは頭部と下半身のメダルを入れ替え、オースキャナーをドライバーにかざした。

 

『ライオン! トラ! チーター! ラタラタ! ラトラーター!』

 

 黄色いコアメダルを3枚揃えたオーズは、猫系コンボ――ラトラーターコンボに姿を変えた。

 全身を黄色に染めた仮面ライダーオーズ・ラトラーターコンボは、その身体に熱と光とスピードの力を宿している。

 

「はぁああああああ!!」

 

 コンボチェンジして早々、オーズは金色に輝く高熱の光――ライオディアスを全身から放射した。

 その光は、直視すれば確実に視覚を失うほどに眩しく、湖の水を一瞬で蒸発させてしまうほどに熱い。光と熱に弱いメズールとガメルには、最も効果的な技と言えるはず……だったのだが、

 

「それがどうしたっていうの!」

 

 次の瞬間、メズールは全身を液状に変化させると、熱光線に臆することもなくオーズに突進を仕掛けた。

 ダメージを受けた様子もなく、平然とした表情で光に照らされた空中を縦横無尽に舞いながら、オーズの身体に絡み付く。

 

「そんな……効いてない!? ぐわぁっ!」

 

 水の塊となったメズールの一撃に突き飛ばされるオーズ。

 その攻撃により、ライオディアスも途絶える。

 

「ラトラーターが通用しないなんて……。ガメルは……?」

 

 弱点であるはずの熱光線を受けても無傷で動き回るメズール。その光景に驚きながらも、オーズはガメルの様子に視線を向ける。

 見ると、熱にはノーダメージのようだが、眼晦ましは上手くいったようだ。両手で眼を押さえながらもがき苦しむガメルの姿が確認できた。しかし、

 

「あらあら、大丈夫? ガメル」

「うぅ~……眩しいよぉ~、メズールぅ~!」

「私に見せて? ほら、眼を開けて。私のことが見える?」

 

 心配して舞い戻ったメズールが、ガメルの顔をゆっくりと覗き込む。

 メズールに優しく両手を下ろされながら、ガメルは瞳をパチッと開いた。

 ガメルの視界には、大好きなメズールの顔がハッキリと映りこんでいた。

 

「メズールっ! メズールの顔、良く見える! オレ、もう眼、痛くない!」

「そう。良かったわね、ガメル」

 

 オーズが体勢を立て直す間もなく、ガメルは視覚を取り戻した。

 その光景に、オーズは驚くばかりだった。

 かつての戦いでも、何度かガメルの眼を眩ませたことはあったが、その時は視覚が回復するまでに随分と時間が掛かっていたはず。なのに今回はこんなにも早く回復するなんて。

 熱をものともしないメズールに続いてガメルまで。2人の異様な戦闘力に、オーズは戦慄せずにはいられなかった。

 

「この2人の力……完全体と同等か……」

 

 オーズはならばと戦略を変えることにした。

 両腕のトラクローを展開し、両足のチーターレッグから蒸気を噴射させると、力強く大地を蹴り出しスタートダッシュを決めた。

 目にも留まらぬスピードで駆け出したオーズは、メズールとガメルの周りをグルグルと走り回って2人を撹乱させ、隙を突いて死角に爪を立てていく。

 背面や肩、膝裏など、急所になりえる箇所を的確に狙いながら、2人に捕捉されないように走り続ける。

 

「くっ! うっとおしいわね……。ガメル、あなたの力でオーズの動きを止めちゃいなさい!」

 

 痺れを切らしたメズールがガメルに指示を出した。

 

「わかったっ! オレに任せろっ!」

 

 快く頷いたガメルは、まるでゴリラのドラミングのように両腕で自分の胸を叩きだした。

 するとその瞬間、ガメルを中心とした周囲の重力が途端に重くなったのだ。

 地面は陥没し、何軒かの村の民家は見えない何かに踏み潰されたようにグシャリと倒壊していく。

 唐突な重力変化に、オーズも思わず足を止めた。

 全身にのしかかる重圧に潰されそうになりながらも、必死に堪えてなんとか抵抗してみせる。

 だがしかし、このままでは反撃することができない。重力に対応した姿にコンボチェンジしようにも、今は指1本動かすことができない。

 少しでも力を抜いてしまえば、村の民家のように一瞬にしてその身体が潰れてしまうだろう。

 

「上出来よ、ガメル。おかげでオーズの坊やを捕らえられる!」

 

 身動きが取れないオーズを前に、メズールはニヤリと笑みを浮かべた。

 ガメルが重力操作を解くと、メズールは片腕を前に突き出した。次の瞬間、メズールの掌から飛び出したのは、植物の蔦のようなものだった。

 重圧から解放されたものの、体勢を立て直す間もなくオーズの身体は蔦に絡め取られた。両腕両足が束縛され、完全に身動きが取れない状態だ。

 

「さてと……。ガメル、一発で仕留めなさい!」

 

 メズールはガメルに新たな指示を与える。

 ガメルは大きく頷くと、左腕に装備された2連装の大砲を真っ直ぐとオーズに向けた。

 

「お前なんか消えちゃえ!」

 

 次の瞬間、躊躇なく砲弾は放たれた。

 ガメルの左腕から発射された強力なエネルギー弾が、オーズの無防備な身体に直撃した。

 

「ぐわぁあああああああ……」

 

 悲鳴と共にオーズは爆炎に包まれた。

 たちまち黒煙が立ち上り、そこから零れ落ちたのは生身の姿に戻った映司と3枚のコアメダルだった。

 映司は力尽きたようにバタリと地面の上に倒れこんだ。

 続けてラトラーターコンボの変身に使用していたライオン、トラ、チーターのコアメダルが音を立てて転がっていく。

 映司は辛うじて手を伸ばし、トラのメダルを掴み取るが、ライオンとチーターのコアメダルは既に手の届かない場所まで離れてしまっていた。

 メズールはゆっくりと手を伸ばし、ライオンとチーターのコアメダルを拾い上げた。

 

「まずは2枚」

 

 メズールは満足げに笑いながら、手にしたメダルを胸元に隠した。

 

「残りも頂きましょうか……」

 

 映司が所持する全てのコアメダルを手にするため、ガメルとメズールは倒れ伏したままの映司に向かって歩み寄る。

 大きなダメージを受けてすぐに立ち上がれない映司は、成す術がなく追い詰められる。

 絶体絶命。今まさにメズールの手が、映司の首を締め上げようとしていた。と、その時だった。

 突然、上空から無数の真っ赤な火球が降り注いできたのだ。

 火球はガメルとメズールをピンポイントに狙う。

 不意を突かれた2人は思わずたじろぎ、映司を狙うことを止めて防御に徹する。が、飛来した火球の1発がガメルの両目に直撃した。

 

「ウギャァアアア!? 目が……目が熱い! 痛いよぉ! メズールぅー!!」

 

 高熱の炎に眼球を焼かれ、のたうち回るガメル。

 

「ガメル!? 大丈夫!?」

 

 その光景に、メズールもらしくなく慌てふためく。

 2人のグリードが油断している間に、クァンを抱きかかえた坂島が映司の元に駆けつけた。

 

「チャンスだ、映司君! 今のうちに村を出よう!」

 

 坂島の肩を借りて、映司はなんとか立ち上がる。

 すると、坂島の胸に顔を埋めていたクァンが、映司にか細い声で問いかけた。

 

「えーじぃ……、 ばあちゃん(ヤーイ)は……?」

 

 それは現実を受け止められない少女の最後の抵抗のようなものだった。

 彼女のその言葉に、映司は悔しそうな表情を浮かべながら重い口を開いた。

 

「……ごめん、クァン。君のお婆ちゃんは……もう……」

 

 映司の返答を聞いた途端、クァンの幼い瞳から大粒の涙が溢れ出てきた。

 クァンは涙に濡れた表情を隠すように、もしくは胸の内から零れ出そうになる悲しみの声を抑えるように、再び坂島の胸に顔を埋めた。

 

「クァン……」

 

 心を閉ざしてしまった少女の姿に、映司は己の無力さを痛感していた。

 もっと早く村の異変に気がついていれば、犠牲になった人たちの手を掴むこともできたかもしれないのに。そうすれば村の人たちも、クァンの心も、救うことができたかもしれないのに。

 映司の脳裏に、かつての悲劇がフラッシュバックする。

 それは映司がオーズの力を手にするよりも前の出来事。旅先のアフリカの紛争地帯で心を通わせた1人の少女が、目の前で爆炎の中に消えていく光景だった。

 あの時に見た少女の泣き顔は、未だに映司の心に深く刻まれている。そして今、また目の前で少女が泣いている。

 映司には、クァンの姿とあの時の少女の姿が重なって見えていた。

 また自分は、同じ過ちを繰り返すのか。

 映司は胸の内から押し寄せる後悔に、堪らず自分の唇を噛み締めた。

 

「映司君! 気持ちはわかるけど、今はここから助かることが先決だよ!」

 

 落ち込んでいる映司に、坂島は強く呼びかけた。

 ハッとした映司は、坂島の手を借りながらその場を離れることにした。

 メズールとガメルはまだこちらに気づいていない。

 映司は去り間際に火球が飛んで来た上空を見上げた。

 あの火球の正体はなんだったのか。

 見ると、そこに正体らしきものはなかった。しかし、赤い羽根――見覚えのある真っ赤な鳥の羽根が数枚、フワフワと空を舞っていた。

 

「あれって……まさか……」

 

 

 ☆

 

 

 無人と化した村を出た映司と坂島、そしてクァンは、仲間の研究員たちが待つキャンプ地へと戻ってきた。

 しかし目の前に広がっていたのは、予想外の状況と緊迫した光景だった。

 

「嘘だろ……。こんなことって……」

 

 古代遺跡の調査のために拠点にしていたキャンプ地が、まるで何者かの襲撃を受けた後のように酷く荒らされていたのだ。

 日本から持ってきた貴重な機材の殆どは修理が不可能なほどに破壊され、休息のために張られたテントや調査経過が記された資料の山は、真っ赤な炎に焼かれて完全に消失してしまっていた。

 キャンプ地周辺の木々や地面は真っ黒に焼き焦げ燻っている。所々には消えずに残った小さな炎がユラユラと揺らめいていた。

 仕事をしていた研究員たちの半数以上は重傷を負い、中には死亡してしまっている者もいるようだった。

 坂島に抱きかかえられているクァンは、眼前に広がる悲惨な状況に思わず眼を背ける。

 映司と坂島は血相を変えた表情で研究員たちの元に駆けつけた。

 焦げ臭いにおいがツンと鼻を刺激してくる。だがそんなことはお構いなしに、映司は幸いにも無事だった何人かの研究員たちから事の顛末を聞いた。

 

 

 研究員たちの話によると、事件は映司たちが留守にしてからすぐに起きたらしい。

 突然、空から赤い怪人が舞い降りてきてキャンプ地を襲ったのだ。

 怪人はたった1人。そいつは背中に両翼を持っており、鳥に似た姿をしていた。

 鳥の怪人は右手から放つ火球で全てを焼き尽くし、数名の研究員たちの命をも奪った。

 炎を自在に操るその様は、まるで神話に登場する不死鳥のようだったと、研究員の1人は口にした。

 キャンプ地を荒れ果てた姿に変えた後、鳥の怪人は古代遺跡の中に入っていった。

 そのすぐ後に、遺跡の中からも複数の悲鳴が聞こえてきた。きっと遺跡内を調査していた研究員たちも、1人残らず殺されたに違いない。

 

 

 研究員たちの話を聞いた映司は、考え込むように沈黙した。

 気掛かりなことが1つある。

 それはついさっき、メズールとガメルと対峙していた時のことだ。2枚のコアメダルを奪われ、絶体絶命の状況の中、突然降り注いだ無数の火球が危機を救ってくれた。あの時、咄嗟に見上げた空には見覚えのある真っ赤な羽根が舞っていた。火球を飛ばした者の正体は分からず仕舞いだったが、あの羽根を目の当たりにした瞬間、映司の脳裏には確かに“アイツ”の姿が思い浮かんだ。

 決して忘れることなんてできない、大切な友――アンク。

 しかし、研究員たちの言う鳥の怪人のイメージがアンクと被ってしまい、映司は思わず不安になる。

 

「まさかアイツが……。いや、でもそんなことって……。また未来から来た、とか……」

 

 映司はポケットから割れたタカのコアメダルを取り出しながら、数年前にアンクと再会した時のことを思い出した。

 メダルを巡る戦い――その最終決戦の時、世界の終わりを望む恐竜グリードを倒した直後に、アンクの人格が宿ったタカのコアメダルは真っ二つに割れてしまった。

 消滅するアンク。映司は消えた友にもう1度会うために、タカのコアメダルを復元するべく旅に出た。

 それから少し経ったある日、今度は40年後の未来から新たな敵が現れた。

 未来のコアメダルから誕生した存在、仮面ライダーポセイドン。奴を倒すために日本に帰国した映司の前に突如として現れたのが、同じく40年後の未来からやって来たアンク本人だった。

 ポセイドンを撃破した後、未来のアンクは静かに姿を消した。彼が本来いるべき場所、40年後の未来へと帰っていたのだ。

 未来に繋がっていた時空の穴はアンクが帰ってすぐに消滅した。もう2度と未来のアンクが今の時代に来ることはないはずなのだが。

 そもそもの話、例え未来のアンクが再び現代に現れたとしても、こんなふうにキャンプ地を襲ったりするはずがない。……と、思う。

 

「たしかにアイツは、たまに酷いこともするけど、こんなことは絶対にしない!」

 

 映司は自分に言い聞かせるように、うんうんと頷いた。

 だがしかし、状況はわからないことだらけだ。

 メズールとガメルの謎の復活に加えて、今度はアンクを連想させる怪人の出現。

 自分達を救ってくれたかもしれない怪人が、何故キャンプ地を滅茶苦茶にしたのか。一体何がどうなっているのか。

 とにかく、鳥の怪人が今遺跡の中にいるというのなら、後を追って直接真意を確かめるしかない。

 映司は近くに転がっていた懐中電灯を手に取ると、

 

「すみません坂島さん、クァンと皆のことを頼みます!」

「!? 何をする気だ、映司君!」

「遺跡に入って、ここを襲った奴のことを確かめてきます!」

「確かめるって……。君1人じゃ危険だ! さっきの戦いでボロボロじゃないか!」

「大丈夫です! これくらい、全然慣れてますから!」

 

 そう言って、映司は坂島の制止も聞かずに遺跡の中へと飛び込んでいった。

 

 

 ☆

 

 

 遺跡の内部は異常な熱気がこもっていた。

 ムッとした暑さは息苦しさを感じさせるほどで、まるでサウナのようだった。

 内部調査を担当していた研究員たちが後付で壁を伝うように設置した灯りのおかげで、ある程度の視界は確保されていた。

 とはいえ、例の鳥の怪人が暴れたせいなのか、破損した照明もいくつかあり、所々が暗闇に覆われていた。

 映司は手にしていた懐中電灯で暗闇を照らしながら、ゆっくりと先を進んでいく。

 遺跡内の通路は途中何ヶ所か分岐している所があり、闇雲に歩けば道に迷いそうだったが、幸か不幸か、映司は迷わず真っ直ぐと鳥の怪人の後を追うことができていた。

 それは鳥の怪人が道中に爪痕を残したからに他ならない。いや、正確には“爪痕”ではなく“焼け痕”だった。

 鳥の怪人が歩いた後の通路には、真っ黒い焦げ跡と無数の焼死体が残されていた。

 鳥の怪人の侵入に成す術がなかった内部調査の研究員たちだったものだ。

 映司は焼死体の1つ1つを懐中電灯で照らし、その姿をしっかりと眼に焼き付けた。

 見るたびに胸が苦しくなり、やるせない気持ちでいっぱいになったが、それでも目を逸らさなかった。

 鳥の怪人の正体がなんなのかはまだわからないが、なんにせよ、この罪は絶対に償わせる。

 映司は決意を新たに、鳥の怪人が待つ奥へと先を急いだ。

 

 

 

 古代遺跡の最深部は広間になっていた。

 部屋全体を取り囲む石の壁には欲望を象徴する絵が所狭しと刻まれている。

 ここの照明は全く壊れていないようで、通路とは比較にならないくらいに明るかった。

 広間の手前まで来た映司はオーズドライバーを腰に装着し、覚悟を決めて突入した。

 中に入って最初に視界に飛び込んできたのは人間と異なる異形の後姿だった。

 羽毛に覆われた真っ赤なその姿に、映司は思わず息を呑んだ。

 

「……アンク?」

 

 恐る恐る声を掛けると、広間の中心に佇んでいた鳥の怪人がゆっくりと振り返った。

 その素顔を目の当たりにした映司は、ホッとした安心感を感じると同時に新たな緊張感に襲われた。

 

「アンクじゃない!? お前は誰だ!?」

 

 キャンプを襲ったのも遺跡内部の研究員たちを殺したのもアンクではなかった。

 勿論、アイツがそんなことをするはずがないと信じてはいたが、こうして実際にアンクの無実を確認できたことで不安が1つ解消されたのは事実だった。

 では今ここに、こうして眼前に佇んでいる怪人は一体何者なのか?

 直接対面してその姿を近くでよく見ると、アンクの怪人体とは随分と雰囲気が違うように感じられた。

 クールな印象を持つアンクとは対照的に、目の前の鳥の怪人からは暴力的な荒々しさが醸し出されていた。

 広間の中心には巨大な石版があり、鳥の怪人はその前に佇んでいる。

 鳥の怪人は映司の瞳をキッと睨みながら威圧的に口を開いた。

 

「あぁ? なんだてめぇは? なんでここにいる?」

「お前を追って来た! どうしてキャンプや遺跡の中にいた人たちを襲ったりしたんだ!?」

「んなもん、邪魔だからに決まってんだろが!」

「邪魔って……。そんな理由で!?」

「俺にはやらなきゃいけねえことがあんだよ! その邪魔になるってんなら、何であろうと焼き尽くす! 目の前にいる……てめぇもな!」

 

 次の瞬間、鳥の怪人は容赦なく火球を撃ち放った。

 既に警戒していた映司は、咄嗟に横転して火球を回避した。

 どう見ても話が通じる相手ではない。

 映司は自らも戦闘態勢に入るべく、3枚のコアメダルをオーズドライバーに装填した。

 右腰から引き抜いたオースキャナーを握り締め、中央のバックルに振りかざす。

 

「変身!!」

『タカ! トラ! バッタ! タ・ト・バ! タトバ・タ・ト・バ!』

 

 オーズ・タトバコンボに姿を変えた映司は、バッタレッグの力で跳躍して一気に間合いを詰め、鳥の怪人の身体に掴み掛かった。

 

「なんだ、てめぇオーズか!」

「お前こそ……一体何者なんだ!」

「俺か? 俺はネオ・オーバーロード! 不死身のジャベリャ様だぁ!」

 

 鳥の怪人――ネオ・オーバーロードのジャベリャは高らかに名乗りを上げると、同時に全身から高熱の炎を放出させた。

 まるで衝撃波のような炎の勢いに、敵の身体に組み付いていたオーズは呆気なく吹き飛ばされた。

 

「消し炭になりなぁ!」

 

 地面を転がるオーズに、ジャベリャは畳み掛けるように火球を発射する。

 オーズは一旦通路に逃げ込むと、2枚の青いコアメダルをオーズドライバーに装填した。

 

『シャチ! ウナギ! バッタ!』

 

 オーズは頭部をシャチヘッド、両腕をウナギアームに変えた亜種形態――オーズ・シャウバの姿で再び広間に舞い戻った。

 シャチのメダルもウナギのメダルも、共に水の属性を持っている。

 次々と撃ち出される火球を突破するべく、オーズは掌から水流を放射した。

 ジャベリャが放った無数の火球は、オーズの水流によって次々と消火されていく。

 2人の間にモクモクと水蒸気が立ち込める。

 

「ほう、やるじゃねえか! だったらこれでどうだ!」

 

 そう言ってジャベリャが放った次の火球はさらに高温で高威力だった。

 オーズの水流を浴びても消え失せることなく、真っ直ぐと飛んでいく。

 

「なにっ!? うわぁああああ……」

 

 火球を真正面から受けたオーズは堪らず背後に吹き飛び、壁画の1つに全身をめり込ませた。

 思わぬ大ダメージに身動きが取れないオーズを余所に、ジャベリャは自分の身体を石版の方へと向ける。

 広間の中心に立つ石版の真ん中には、真っ黒い1枚のメダルが埋め込まれていた。

 それはまさに、オーズ――映司が昨日写真で見たものと同じものだった。

 ジャベリャは鋭い爪で石版の表面ごと黒いメダルを抉り取った。

 その手には石版の破片と共に黒いメダルが確かに握られていた。

 

「まずは1つ、目的達成ってとこか! 残るは……」

 

 再びオーズの方に視線を向けたジャベリャはニヤリと笑みを浮かべる。

 

「てめぇの持っているコアメダル、そいつを全部頂こうか!」

「お前も……コアメダルが目的……。悪いけど、コレをお前に渡す訳にはいかない!」

「そうかい? だがてめぇの意思なんざ関係ねえ! てめぇを焼き殺した後で、ゆっくりと頂くからよぉおおおお!!!」

 

 次の瞬間、ジャベリャは全身から炎を放出させた。

 さっきと同じ、相手を吹き飛ばす衝撃波のような。しかし、今度は威力も範囲も段違いだった。

 ジャベリャが放ったドーム状の炎は、広間の石版や壁画、さらには床や天井をも飲み込み破壊していく。

 しかもそれは見る見る拡大していき、遺跡全体を崩壊させる勢いだった。

 次々と内部に亀裂が走り、崩落が始まる。

 オーズはジャベリャの相手よりも遺跡からの脱出を優先することにした。

 

『シャチ! ウナギ! タコ! シャ・シャ・シャウタ! シャ・シャ・シャウタ!』

 

 オーズは青いコアメダルを3枚揃えてシャウタコンボへと姿を変えた。

 シャウタコンボは水の力を最大限発揮できる海のコンボ。しかしその力は陸上でも十分活用することができる。

 オーズは身体を液状化――つまり全身を水に変化させて宙を舞い、通ってきた通路を一目散に引き返していく。

 塞がった通路の隙間をすり抜け、崩れ落ちる天井の瓦礫を掻い潜り、光が差し込む出口へと飛び出した。

 

 

 

 外に出て早々、視界に飛び込んできたのは、遺跡の前で負傷者の手当てをしていた坂島と彼の傍をくっついて離れないクァンの姿だった。

 背後を見ると、遺跡の奥から真っ赤な炎が押し迫ってきている。このままでは2人が炎に飲み込まれてしまう。

 オーズは咄嗟に液状化した身体を膨張させて坂島とクァンを包み込んだ。

 それはまるでシャボン玉の中に閉じ込めるかのように、水の膜となったオーズが2人を丸ごと覆ったのだ。

 突然のことで何が何だかわからず、戸惑う坂島とクァン。

 しかしその直後、遺跡の穴から灼熱の炎がガスバーナーのように噴出してきた。

 2人が一瞬にして炎に包まれる。

 遺跡から噴き出た炎はあっという間にその勢いを失い、坂島とクァンの姿が再び露になった。

 オーズが変化した水の膜からは凄まじい量の湯気が立ち上っているが、守護された2人に傷はなかった。

 元の形状――シャウタコンボの姿に戻ったオーズは、草臥れた様子で2人の前にペタリと座り込んだ。

 

「映司君か!? 大丈夫なのか!?」

 

 坂島は驚いた表情で問いかけた。

 

「はい……なんとか……。2人が無事で……良かったです……」

 

 オーズは無傷だった坂島とクァンの姿にホッと胸を撫で下ろした。

 疲弊した表情が青いシャチの仮面越しからでも伝わったのか、クァンが心配そうにその小さな手を肩に乗せてきた。

 

「えーじぃ……?」

「大丈夫だよ、クァン……。ちょっと疲れただけだから……」

 

 オーズは仮面の下で今できる限りの精一杯の笑顔を作った。

 それにしてもだ。改めて周りを見回すと相変わらず酷い有様だった。

 坂島やクァン、無事だった研究員たちが頑張ってくれたおかげで、負傷者の応急手当は殆ど終わっていたが、破壊された機材や死んでしまった研究員たちの死体は、今も放置されたままの状態になっていた。

 まだ幼いクァンをこんな状況の場所にいつまでも居させる訳にはいかないし、命を落としてしまった研究員たちのためにも死体を放っておく訳にもいかない。

 一刻も早く態勢を立て直す必要がある。

 のんびり休んでなんかいられないと、オーズはふらつきながらも何とか立ち上がった。

 だがその時だった。

 再び遺跡の穴から炎が飛び出してきたのだ。

 そのことに誰よりも早く気がついたオーズは、咄嗟に坂島とクァンを守ろうと2人の前に立つ。

 キャンプ地が騒然となる中、遺跡から放出されたのは炎の塊のようなものだった。

 それは空中で鳥のような形状に変化すると、上空で旋回してからゆっくりと舞い降りてきた。

 その光景はまるで地上に降り立つ不死鳥のようだった。

 火の鳥はオーズの眼前で怪人の姿に変化した。その正体は遺跡の最深部にいた鳥の怪人――ジャベリャ。

 遺跡の崩落に巻き込まれる訳もなく、ジャベリャはオーズの後を追ってきたのだ。オーズの持つコアメダルを手に入れるために。

 

「坂島さん! クァンを連れて、他の皆と一緒に離れていてください!」

 

 オーズの血相を変えた言葉に、坂島は呆気にとられながら頷いた。

 

「……ああ、わかった」

 

 坂島は瞬時に理解した。

 あの鳥の怪人がキャンプ地を襲った犯人であり、オーズが今ここでそいつと戦おうとしていることを。

 坂島はクァンを抱き上げると、動ける研究員たちに退去するよう指示を出しながらその場を離れた。

 研究員たちも坂島の言葉をすぐに理解し、負傷者を連れて木陰の中に身を隠した。

 荒れ果てたキャンプ地に残ったのはオーズとジャベリャの2人だけ。

 オーズは両腕をウナギのようにくねらせた独自の構えを取ると、眼前のジャベリャ目掛けて走り出した。

 両足のタコレッグで地面を踏み込み、真正面から攻撃を仕掛ける。

 ジャベリャの炎を纏った拳を柔軟な動きでかわしながら、オーズは掌底を叩き込んだ。

 その衝撃で若干後退するジャベリャ。だが怯みはせず、負けじと反撃を仕掛ける。

 腕の一振りで放たれた炎のカッターがオーズの身体を真っ二つに切断した。

 上半身と下半身に切り離されるオーズの身体。しかし刹那に、それらは液状化してジャベリャの背後に回りこんだ。

 ジャベリャの後ろで1つに戻り、実体化すると同時に両腕のウナギウィップが振り下ろされる。

 オーズ・シャウタコンボの両腕――ウナギアームには電気を帯びた鞭状の武器ウナギウィップが装備されている。

 両手に握り締めた2本のウナギウィップを叩きつけられたジャベリャは感電し、一瞬動きを鈍らせる。

 その隙にオーズはオースキャナーを手に取り、ドライバーにはめ込まれた3枚のコアメダルをスキャンした。

 

『スキャニングチャージ!』

 

 次の瞬間、オーズの足元から勢いよく水が噴出し、オーズを上空に舞い上げた。

 

「はぁあああ……! せいやぁあああああ!!」

 

 空中で8本に展開したタコレッグをドリル状に束ね、高速回転しながら急降下する。

 強力なドリルキックが今まさにジャベリャに直撃しようとしていた。

 しかしその時、突然、横から飛んで来た1発のエネルギー弾が、必殺技を発動中のオーズの身体に直撃した。

 コンボ維持による体力消耗と、坂島とクァンを庇った時に浴びた炎によるダメージもあり、威力が半減していたオーズのオクトパニッシュは容易に妨害され、弾き飛ばされてしまった。

 空中でバランスを崩し、地面に叩きつけられるオーズ。

 何とか顔を上げて、エネルギー弾が飛んで来た方向に視線を向けると、その眼に映りこんだのは2人のグリード――メズールとガメルだった。

 クァンの村で撒いたはずの2人が、いつの間にかキャンプ地まで追いついてきたのだ。

 よく見ると、メズールの隣に立っているガメルの左腕の砲口から煙が出ている。

 必殺技を妨害したのは、ガメルが放った砲弾に違いない。

 

「やっと見つけたわよ、オーズの坊や!」

「オーズ! 今度こそ倒す!」

 

 再会して早々、メズールとガメルは敵意をむき出しにしていた。

 謎の火球の直撃を受けて焼け潰れたガメルの両目はすっかり元通りに治っている。

 さすがはグリードと言ったところか。セルメダルさえあれば、奴らは簡単に回復できる。

 ジャベリャは2人のグリードのそばに歩み寄ると、呆れた口調で言い放った。

 

「おいおい! しっかり仕事をしてくれよぉ! じゃねえとてめぇらをレンタルした意味がねえだろうが!」

「すみません、マスター。今度はしっかりと任務を遂行しますので」

 

 オーズにとって、それは信じられない光景だった。

 あのメズールとガメルが、鳥の怪人に向かってペコペコと頭を下げている。

 プライドの高いメズールと自由気ままなガメルが誰かに従順になるなんて、かつての戦いの中ではありえなかったことだ。

 思わぬ出来事に言葉を失うオーズだったが、ふと我に返ると、眼前の状況に改めて戦慄した。

 鳥の怪人――ジャベリャとメズールとガメル。見た限り、どうやらこの3人は手を組んでいるらしい。

 つまりそれは、戦況が3対1ということを意味している。

 

「くっ……これはちょっと、まずいな……」

 

 オーズは考えた。

 体力の限界も近い。このままではコンボ形態が維持できなくなり、変身が解除されるのも時間の問題だろう。

 ならばこの状況を打破する道は――。

 1つはシャウタコンボを解いて亜種形態、もしくは負担の少ないタトバコンボになって、持久戦に持ち込むか逃走を狙うか。

 もう1つは、一か八かの賭けだ。残った体力を全て犠牲にして、最大50人の分身を可能にするガタキリバコンボか最強の未来のコアメダルを使って突破口を開くか。

 どちらを選んでも助かる可能性は低いだろう。

 亜種形態やタトバコンボの戦闘力では、どうしたって3人を同時に相手にすることはできない。逃走を図るにしても、近くにはまだ坂島やクァン、負傷した研究員たちがいる。彼らを置いて逃げるわけにはいかない。

 切り札であるガタキリバコンボや未来のコアメダルを使うにしても、正直なところ、使うための体力に自信があるとは到底思えなかった。

 

「こんな時に、アンクがいてくれればな……」

 

 絶体絶命の中、オーズは思わず弱音を呟いた。

 判断に迷っていると、ジャベリャが先制攻撃を仕掛けてきた。

 掌を広げ、高熱の火球を発射する。

 オーズは咄嗟に水流を飛ばし、火球の相殺を試みた。

 しかし、

 

「!? 駄目か!」

 

 相殺するどころか、火球はオーズの水流を瞬く間に蒸発させ、その勢いを衰えさせることなくオーズの胸に直撃した。

 

「ぐはぁあああああ……」

 

 火球の爆発に飲み込まれたオーズは背後に大きく吹き飛んだ。

 その際、オーズドライバーから弾け飛んだ3枚のコアメダルが空中に放り出された。

 落下してくるそれを、ジャベリャは片手で掴み取った。

 

「シャチにウナギにタコ、まずは3枚、頂いたぜ!」

「私も、実は2枚持っていますの。どうぞ受け取ってください」

 

 そう言って、メズールがライオンとチーターのコアメダルをジャベリャに差し出した。

 

「ほう、これで5枚か。悪くないペースかもな。……んじゃ、残りもさっさともらおうか!」

 

 メズールとガメル、そしてジャベリャが肩を並べて歩み寄ってくる。

 シャウタコンボに必要なコアメダルを全て奪われ、変身が強制解除してしまった映司には成す術がなかった。

 再変身しようにも、相手がそんな隙を与えてくれるわけがない。

 逃げようにも、生身の脚ではすぐに追いつかれてしまうのが関の山だ。

 完全に万事休すだった。

 できることといえば、ゆっくりと近づいてくる敵の手から、少しでも長く逃げ延びるために後退りすることだけ。

 3体の怪人たちは映司の息の根を止めるべく、突き出したそれぞれの手に力を集中させた。

 ジャベリャの手が炎に包まれて真っ赤に輝いている。

 メズールの手に水の粒が集まり、水滴が滴っている。

 ガメルの手に装備された大砲にエネルギーが溜まり、砲口から光が漏れている。

 それらは今まさに、映司目掛けて解き放たれようとしていた。

 どの攻撃もきっと協力で、生身の姿で喰らえばひとたまりもないだろう。

 緊迫した状況の中、映司の頬から汗が伝う。

 まるでそれが合図だったかのように、次の瞬間、3体の怪人たちから容赦のない一撃が放たれた。

 刹那に攻撃から眼を背けた映司は、心の中で友の名を叫んだ。

 それはまるで助けを求めるかのように。

 

(アンクッ……!)

 

 その時だった。

 突如、巨大な爆発音が鳴り響き、映司の眼前に凄まじい火柱が立ち上ったのだ。

 火柱は映司を守る壁となり、向かって来る3つの攻撃をことごとく防いだ。

 攻撃が自分に届かないことに疑問を感じた映司は、恐る恐る視線を戻すと、目の前に立ち塞がる真っ赤な火柱に思わず眼を見開いた。

 驚いているのはジャベリャたちも同じだった。

 その表情は驚きに加え、攻撃を阻害されたことによる苛立ちも混じっていた。

 映司や3人の怪人たちが見守る中、注目の的となっていた火柱は徐々に勢いを失い、やがて完全に消失した。

 そして、消えた火柱の中から1人の男が姿を現した。

 その男は金色の風変わりな髪型と赤い異形の右腕が特徴的で、背中には鳥のような巨大な両翼が生えていた。

 男の後姿を目の当たりにした瞬間、映司はとてつもない衝撃に襲われた。

 それは遺跡の中でジャベリャの後姿を見た時とは全然違う、もっと大きく確信的なものだった。

 かつて、あの後姿を眼に焼き付けた。

 あの翼で空を舞い、あの翼で戦う姿を。

 そして――あの右腕。

 あの右腕に出会い、全てが始まった。

 あの右腕に力を授けてもらい、あの右腕に助けてもらった。

 たまに対立することもあったけれど、それでも最後まで一緒に戦い抜いた。

 戦いが終わり、1度別れることになったけど、いつかまた会うことを約束した。あの右腕と。

 

「アンク……なのか?」

 

 映司は男の背中に声を掛けた。

 再会を誓った友の姿が確かに今、目の前にいる。

 あの時から何も変わらない友の姿。刑事――泉 信吾の姿を借りたあの姿。

 背中の両翼が粒子となって消え、男は映司の声にゆっくりと振り向くと、フッと笑みを浮かべて口を開いた。

 

「何処にいても、お前はお前だな。映司」

 

 その言葉を聞いた瞬間、映司の確信は絶対的なものとなった。

 

「アンク! 本当にお前なんだな!」

 

 喜びのあまり、声を大にして叫ぶ映司。

 

「でも、どうしてここに? っていうかどうやって?」

「……そんなこと、今はどうでもいいだろ」

 

 映司の問いを、アンクは冷たくあしらう。

 

「いや、どうでもよくないって! やっぱり気になるって!」

「バカか? 状況をよく見ろ! お前今、死ぬところだっただろうが!」

「……あ。そうだった。お前のせいで忘れてた」

「俺のせいにするな!」

 

 今度は声を荒げるアンク。

 久しぶりの相棒とのやり取りに、映司の顔も思わずほころびる。

 が、そんな2人の空気を壊すかのように、ジャベリャが口を挟んできた。

 

「てめぇ……、たしかグリードの1人だったよな! 勝手に割り込みやがって……! 邪魔すんじゃねえ!」

「ああ? 知るかそんなこと! お前らこそ目障りだ! 失せろ!」

 

 ジャベリャの威圧的な態度に、アンクは負けじと言葉を返す。

 

「チッ! 癇に障る野郎だな! まずはてめぇを始末してやるよ!」

 

 激昂したジャベリャは、アンク目掛けて火球を放った。

 すかさず攻撃を回避したアンクは、異形の右手から3枚のコアメダルを取り出した。

 

「映司! こいつを使え!」

 

 そう叫びながら、3枚のコアメダルを映司に投げ渡す。

 しかしそれは、映司にとってはどれも見たこともないメダルだった。

 紫色のメダル――ムカデ。黄色のメダル――ハチ。 黒色のメダル――アリ。

 

「アンク、これって……」

「いいから使え! じゃないとここで死ぬぞ!」

 

 アンクに半ば強制されるまま、映司は受け取った3枚のコアメダルをオーズドライバーに装填した。

 オースキャナーを握り締め、勢いよく振り下ろしてメダルをスキャンさせる。

 

「変身!!」

 

 次の瞬間、ドライバーから鳴り響くメロディーと共に、出現したメダル状のオーラが映司の周囲を駆け巡る。

 

『ムカデ! ハチ! アリ! ムカチリー! チリッチリッ! ムカチリー! チリッチリッ!』

 

 メダル状のオーラを身に纏った映司は、新たなコンボ形態へと姿を変えた。

 仮面ライダーオーズ・ムカチリコンボ。それは映司にとっては未知の変身だった。

 ムカデを模した紫の頭部にスズメバチの特徴を持った両腕、さらに下半身にはアリの力が宿っている。

 

「ムカデにハチにアリって……。ねえアンク、これってガタキリバと同じ虫のコンボだろ!? 一体どうやって使えば……」

 

 初めてのコンボ形態に戸惑うオーズ。

 だがそうしている間に、ジャベリャが再び攻撃を仕掛けてきた。

 燃え上がる手から真っ赤な火球が容赦なく撃ち出される。

 

「おい映司! 前を見ろ! 来るぞ!」

 

 アンクに促され、オーズは慌てて視線を敵に戻す。

 迫り来る火球を前に、オーズは左腕に装備されたハチの巣型――ハニカム構造の盾を前に突き出した。

 その瞬間、火球は直撃し爆発。オーズの姿が黒煙に包まれた。

 攻撃が命中したことを喜ぶように、ジャベリャは笑みを浮かべる。

 しかし黒煙が晴れると、現れたのはオーズの無傷の姿。

 ハチの巣型の盾が火球を防御したことで、オーズにダメージが及ぶことはなかった。

 

「映司! そいつは毒の力を持ったコンボだ! 上手く使って奴らを倒せ!」

「簡単に言うなよ、アンク! それにしても毒って……、なんかあんまり良い気がしないけど、この際仕方ないか……」

 

 オーズはいつもどおりメダルの力に身を委ねることにした。

 そう。いつだってそうだった。

 どんな初めての力だって、その使い方、戦い方はメダルが教えてくれる。

 自分はただ、全身に伝わるメダルの声に従えば良いだけ。

 それに今は時間がない。体力の限界も近いし、後どれぐらい変身を維持できるかもわからない。速攻でケリをつける必要がある。

 オーズはグッと身体に力を込めると、眼前の3人の怪人目掛けて走り出した。

 

「チッ……! おいっ! 一斉に仕掛けっぞ! 撃てぇ!」

 

 ジャベリャはメズールとガメルに指示を出した。

 3人は同時に攻撃を放ち、オーズの接近を迎え撃つ。

 ジャベリャが火球を連射し、メズールが水流を放出、ガメルが大砲で射撃する。

 1度に纏めて飛来してくる敵の攻撃に、オーズは一瞬足を止めようとするが、するとその時、ムカデヘッドの両目がキラリと光った。

 その瞬間、オーズの視界に飛び込んできたのは、敵の攻撃を安全に回避するのに最適な道筋だった。

 何処をどう走れば敵の攻撃に当たらずに済むのか、今のオーズにはそれが全部わかっていた。

 オーズは足を止めることなく走り続ける。

 それどころか、さらに加速して俊敏な動きで攻撃と攻撃の間を掻い潜っていく。

 無駄がなく、キレのある動きを負担なく発揮できるのはアリレッグの力だ。

 敵の攻撃を全て回避し、怪人たちの懐に潜り込んだオーズは、すかさず反撃を仕掛けた。

 メズールとガメルにその姿を捉えられるよりも先に、2発のキックを連続で打ち込む。

 まず、1発目で身の軽いメズールを蹴り飛ばし、直後の2発目でガメルのバランスを崩して転倒させた。

 

「やってくれるわね!」

 

 体勢を立て直したメズールがすかさず水流を飛ばす。

 それを盾で防御したオーズは、すぐにメズールの視界から姿を晦ました。

 

「何処行ったの!?」

 

 辺りをキョロキョロと見回すメズールだったが、その間に、オーズは己の気配を既に別の場所に移していた。

 そのことにいち早く気がついたのはジャベリャだった。

 背後に違和感を感じたジャベリャは、振り向き様に炎の鉄拳を振り下ろした。しかし、

 

「なにっ!? いねぇ……」

 

 オーズの気配を確かに背中で感じ、そこにいると思って振るった拳だったが、残念ながらその攻撃は空振りに終わった。

 ならば一体何処に?

 メズール同様、辺りを見回すジャベリャだったが、次の瞬間、少し離れた所からベルトのスキャン音が聞こえてきた。

 

『スキャニングチャージ!』

 

 メズールとガメル、そしてジャベリャが一斉にオーズドライバーの音声が聞こえてきた方向に視線を向けた。

 そこにいたのは、既に必殺技を放てる状態でいるオーズ・ムカチリコンボの姿だった。

 ムカチリコンボの頭部であるムカデヘッドには、死角を捉える能力がある。

 いかなる状況でも、敵の手が届かない安全な場所を常に割り出すことができる。

 そしてそんな安全地帯を、正確な移動と気配を殺すことができるアリレッグの力で誰にも悟られぬように渡り歩けるのだ。

 3人の怪人たちの敵意を見事にすり抜けたオーズは、最後の1撃に全てを賭ける。

 ジャベリャが鋭い視線で警戒する中、オーズは左腕のハチの巣型の盾から黄色い半透明の液体を放出した。

 それは飛び散るように宙を舞い、ジャベリャたち3人の怪人の両足に付着した。

 

「ちょっと! なによこれ!?」

「メズールぅ~! 動けないよぉ~」

 

 黄色い半透明の液体には強い粘り気があり、怪人たちの動きを完全に封じ込めた。

 

「甘い匂いがするけど、なんだこれ……」

 

 技を出したオーズ自身も、その正体が何なのかわからず首を傾げる。

 するとアンクが、

 

「映司! そいつはハチミツだ!」

 

 真顔で教えてくれた。

 

「舐めた真似しやがって……!」

 

 動きを制限され、怒り心頭のジャベリャは、全身の体温を上昇させて両足を拘束するハチミツを溶かそうと試みる。

 そうはさせまいと、オーズはアリレッグに力を集中させて駆け出した。

 怪人たちの視界から姿を消し、足音を殺して駆け抜ける。そして、背後に回りこんだオーズは次の瞬間、

 

「はあ! やあっ! せいやぁあああああ!!!」

 

 相手に捕捉されるよりも先に、すれ違い様に右腕のスズメバチを模した毒針を突き刺した。

 悟られることもなく、3人の怪人たちに連続で毒を注入したのだ。

 オーズが足を止めた時、ようやく怪人たちは自分たちの身体に異変が起きていることを自覚する。

 突然激しいめまいに襲われたジャベリャは、身体中の力が抜け落ちるように片膝を地面に付ける。

 

「俺の炎が……消える……」

 

 全身から放出していた炎が勢いを失い、上昇させていた体温が見る見る下がっていく。

 

「メズールぅ~……、オレ、なんか変……」

「私もよ……。私の身体が……崩れる……」

 

 グリードの2人の異変はさらに深刻だった。

 全身に毒が回ったことで身体の維持が困難になり、肉体を構成するセルメダルがボロボロと崩れ落ちていく。

 既にメズールの左腕の半分は原形を失い、完全に手の役割を失っていた。

 

「メズールの手がぁ~……」

 

 大切なメズールの心配をするガメル。しかし、そう言う自分の身体も、地面を叩くメダルの音と共に崩壊しかけていた。

 

「チッ……。奴ら、毒のせいでコアの“果実”が腐りやがったか……。仕方ねえ……。ここは一旦引くか……」

 

 撤退を決断したジャベリャは、今出せる全力の炎を掌に集中させ、オーズ目掛けて放り投げた。

 放たれた火球はオーズの足元で爆発。視界を遮る砂埃を飛び散らせ、その隙に2人のグリードたちと共にその場を後にした。

 視界が晴れた頃には、既に怪人たちの姿は消えていた。

 

 

 

「逃げたのか……」

 

 辺りを見回しながら、オーズは変身を解除した。

 体力的にも、これ以上変身を維持するのは限界だった。

 疲弊しきった映司の元に、アンクが不機嫌そうな表情で歩み寄ってきた。

 

「今のコンボの技、本当だったら命中すれば1発で相手の息の根を止められたはずなんだがな……。どうやら仕留めるには、お前の体力が足りなかったみたいだな」

「そうなの? ゴメン……。でもとりあえずは、なんとかなったって感じかな……。アンクのおかげだよ。ありがとう……」

 

 そう言った映司の手には、1枚のメダルが握られていた。

 

「なんだそれは?」

「これ? 戦利品……みたいなものかな……。俺も結構メダル取られちゃったけど、取られるだけの俺じゃないってことさ……」

 

 それは遺跡の奥に眠っていたメダル――遺跡の中でジャベリャに奪われたはずの黒いメダルだった。

 

 

 ☆

 

 

 タイの首都、バンコク。

 スワンナプーム国際空港に航空機が1機到着した。

 搭乗していた沢山の乗客がボーディングブリッジを渡り、ゲートを通り抜けて散り散りになっていく。

 そんな人混みの中を、小さな旅行バッグを背負った1人の女性が歩いていく。

 年齢は20歳。迷彩柄のノースリーブのシャツに同じく迷彩柄のショートパンツという活発的な服装に、髪型はかつての印象的だった長い黒髪をバッサリと短くしたショートボブ。

 使命感に満ちた表情で歩を進める女性の右手中指には、掌の絵が刻まれた魔法石の指輪がはめ込まれていた。

 

 

 

 ―Count the medals―

 

 仮面ライダーオーズ

 

 ライオン、チーター、シャチ、ウナギ、タコのコアメダルを消失。

 ラトラーターコンボ、シャウタコンボ変身不能。

 

 新たにムカデ、ハチ、アリのコアメダルを獲得。

 ムカチリコンボに変身可能。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話 鎧武の章:夕焼けを舞う! 鎧武・華 カキアームズ!

 2人のアーマードライダー――鎧武・華とマリカver2の力でネオ・オーバーロードのメメデュンは倒された。

 その日の夜。時間は午後11時を過ぎていた。

 沢芽市内のとあるコンビニエンスストアの前に、3人の女子高校生が(たむろ)していた。

 彼女たちはいずれも制服姿だが、派手なメイクとカラフルなアクセサリーで存分に存在感をアピールしている。

 時間帯を考慮すると明らかに場違い感が強いが、彼女たちに門限というものは存在しなかった。

 現に今も、間もなく日付が変わろうというのに未だに制服姿であることが、1度も自宅に帰宅していない証である。

 スカート姿だというのに、下着が見えようともお構いなしに胡坐で地べたに座り込むあたり、誰が見ても彼女たちが不良であることは明らかだ。

 コンビニの入り口を遮るように座り、談笑に浸る彼女たちは、店側にとっても客側にとってもこの上なく迷惑な存在であり、店内の店員もコンビニの利用を考えていた街行く人たちも、皆が揃って不快な表情を浮かべていた。

 するとそこへ、

 

「おいっ! 邪魔だよ、ガキ共! そこ退けよ!」

 

 コンビニに入店しようと、1人の中年サラリーマンが女子高校生たちの前で足を止めた。

 その表情は1日中働きづめで疲れきっていたことも相俟ってイライラに満ち溢れていた。

 眼前に佇む男の存在に気づいた女子高校生たちは、一瞬だけ男をチラ見すると、何事もなかったように談笑を続けた。

 完全に無視を決め込む3人の女子高校生。

 当然、中年サラリーマンの怒りのボルテージは上がり、その形相はより一層険しくなる。

 

「ああぁ!? なんだよその態度は!? ガキがあんまり調子に乗るなよ! 周りが迷惑してんのがわかんねえのか!」

 

 すると女子高校生の1人――アオイがスッと立ち上がり、男の顔に唾を吐きかけた。

 

「さっきからガキガキうっせえよ、脂臭えオヤジが! ってか何? 新手のナンパか何か? それとも痴漢で訴えてほしいの?」

「何言ってんだ小娘が! いいからさっさと家に帰れって言ってんだよ!」

「は? なんでアンタにそんなこと言われなきゃいけない訳? っていうかウザいしキモいよ、おっさん! だいたいさ、調子乗ってんのはそっちでしょ? あんまなめてるとぶっ殺すよ?」

「上等だ! やれるもんならやってみろよ! お前ら子供に何ができるってんだ!」

 

 激昂した中年サラリーマンは思わず声を荒げ、勢い余ってアオイの胸倉を掴んだ。

 それにキレたアオイは男の手を払いのけると、制服のポケットから小瓶を1つ取り出した。

 小瓶の蓋を開け、中の液体を一気に飲み干すと、アオイの姿は全身から生い茂った植物に覆われ、ハチの特徴を持った理性ある中華風インベス――ゲンホウインベス・レゾンへと変貌を遂げた。

 

「か……怪物……!」

 

 その驚きの光景に、中年サラリーマンの表情は一変、怯えた様子で後退りしていく。

 

「ジジイてめえ……、汚え手でセクハラしやがって……! さっさと死ねよ!」

 

 次の瞬間、ゲンホウインベス・レゾンの右腕から射出された巨大な針が、中年サラリーマンの顔面を貫いた。

 一瞬にして眼も鼻も口も消し飛んだ男の顔面は、大きな風穴に塗りつぶされた。

 頭部の前と後ろから大量の血液を垂れ流しながら、中年サラリーマンだったものは電池の切れた玩具のようにバタリと倒れこんだ。

 

「あ~あ、殺っちゃった! どうせ殺すなら、ゲロ吐くまで痛めつけて遊べばよかったのにぃ! アオイはホントこらえ性がないよね!」

 

 血に塗れて沈黙した男の無残な姿を眺めるゲンホウインベス・レゾンの背後から、様子を見ていた仲間の女子高校生――シラが声を掛けてきた。

 

「うっさいよ! 目障りだったんだよ、コイツ。唾も飛ぶし息も臭えし……」

「でも……ちょっとやりすぎじゃない? いろんな人に見られてるよ……」

 

 そう言って、他の2人に比べてオドオドしているのは、同じく女子高校生のルキだ。

 彼女の言葉通り、周りを見回すと複数の通行人たちの視線が一点に集まっていた。

 さらに遠くからパトカーのサイレン音も聞こえてくる。恐らくはコンビニ内の店員が警察に通報したのだろう。

 徐々に周囲が騒がしくなっていく。

 

「何だかうっとおしくなってきたね」

「いや、原因はアンタだから! 面倒に巻き込まれるのはゴメンだし、さっさと逃げようよ!」

 

 まるで他人事のように言うゲンホウインベス・レゾンに向かって、漫才師のように突っ込むシラ。

 

「ああ、そうだね! 行くよ、ルキ! モタモタするんじゃないよ!」

「う、うん! わかってる!」

 

 

 

 通報を受けた警察が現場に到着した頃には、既に3人の女子高校生たちの姿はなかった。

 現場には血に塗れた顔なし死体と3本の空の小瓶だけ残されていた。

 困惑する警察官たちを余所に、上空からはブゥーンという飛び去るハチの羽音が鳴り響いていた。

 

 

 ☆

 

 

 次の日の朝。

 シグレは清潔感のある真っ白いベッドの上で目を覚ました。

 ゆっくりと上半身を起こし、眠たい眼を擦りながら辺りを見回すと、そこは1人で利用するには充分過ぎるほどの広さの洋室の中だった。

 机に椅子、テレビにソファーに冷蔵庫、そしてベッドと同じく真っ白いカーテンに閉じられた大きな窓。快適に過ごすために必要なものは全て揃っていた。

 しかし、武神の世界――戦極時代で生きてきたシグレにとって、それは初めて見る不思議なものばかりだった。

 ベッドもテレビも冷蔵庫も、武神の世界にはなかったもの。だが、かと思えば、武器や車やバイクのようにこの世界と同じく存在するものもある。

 こうして見ると、自分たちが生きてきた世界は、随分と文化がチグハグしていると実感させられる。

 シグレは思わず苦笑を浮かべながら、慣れない床に素足をつけた。

 窓の前まで歩き、カーテンを開くと朝日が差し込んだ。

 眩しくて一瞬眼を背けたが、すぐに窓の向こうの景色が視界に飛び込んできた。

 外の風景は広大だった。

 巨大な建造物が無数に立ち並び、その隙間を沢山の車がアリの行列のように走っている。

 殺伐としていた自分たちの世界とは大違いだった。

 世界が違うと、景色もこんなにも変わるものなのかと、シグレは圧倒された。

 扉を開けて寝室を出ると、そこにはさらに大きな部屋が広がっていた。

 寝室に置かれていたものよりも倍ほどに大きく高級感が漂うソファーや、巨大な液晶テレビが設置され、奥にはキッチンまである。

 まるで高級ホテルのスイートルームのようなリビングに言葉を失うシグレ。

 しかし、そのだだっ広い部屋の中に人の気配が全くないことに、シグレはすぐに気がついた。

 ここは桐河羽月が所有する研究所の居住スペースの一室だ。

 研究に協力することを条件に、羽月が提供してくれたシグレとランマルの住居なのだが、共に寝泊りしているはずのランマルの姿が見当たらないのだ。

 武神の世界では武神オーズ軍の武将を務めていたランマルは、普段の生活では誰よりも早起きで、常に朝の鍛錬を怠らない人間だった。

 ひょっとしたらもうとっくに起床して、鍛錬しに外へ出かけたのかも。そう思いながらも、シグレはランマルの寝室の扉をノックした。

 

「ラン姉? いる?」

 

 扉越しに声を掛けるも返事はない。

 シグレは恐る恐る扉を開き、部屋の中を覗いてみた。

 顔だけを扉の隙間に潜り込ませ、キョロキョロと見回してみる。

 ランマルの部屋も、シグレが利用していた部屋と全く同じ構造になっており、ベッドやその他の家具の配置も一緒だった。

 部屋の中央に置かれたベッドの上に視線を向けると、大きく盛り上がった掛け布団が時々モゾモゾと動いている。

 耳を澄ましてみると、スースーと小さな寝息も聞こえてくる。

 それがランマルのものだとわかると、シグレは扉を完全に開き、部屋の中に足を踏み入れた。

 

「ラン姉? 寝てるの?」

 

 ベッドの前に歩み寄ったシグレは、ゆっくりとしゃがみ込み、ランマルの寝顔を覗き込んだ。

 フカフカの枕に沈み込んだ厳しくも優しい師匠の顔は、普段の様子からは想像できないほどに幸せそうだった。

 

「へぇー、こんな顔もするんだ……」

 

 彼女が未だに眠っていることには驚きだったが、滅多に見られない師匠の寝顔を目撃できたことに、シグレは少しだけ得をした気分になった。

 暫くすると、ようやくシグレの気配を感じ取ったランマルがゆっくりと目を覚ました。

 

「ん……んん……。なんだ、シグレか……」

「おはよう、ラン姉。目が覚めた?」

 

 シグレの笑顔をボーっと眺めていたランマルは、意識が完全に覚醒した途端、慌ててハッと飛び起きた。

 

「シグレ!? すまん、もう朝か!?」

「うん、外は良い天気だよ。でも珍しいね、ラン姉が寝坊するなんて」

「ああ、すまない。別の世界に来て、少し気が抜けていたようだ……。いかんな。こういう時だからこそ、もっと気を引き締めなければいけないのに」

「たまには良いんじゃない? ラン姉はいつも頑張ってるんだし」

「いや、そうはいかない。この世界でも、やるべきことはあるからな。ちょっと湯を浴びて気持ちを切り替えてくる。そうしたら一緒に羽月の所に行こう!」

 

 ランマルはそう言うと、部屋を出て浴室へと向かった。

 

 

 

 脱衣所で寝汗を吸ったパジャマを脱ぎ捨てたランマルは、熱いシャワーの中で自分の身体に違和感を感じていた。

 見つめる掌は小刻みに震え、両膝からは全力疾走をした直後のような疲労感を感じる。僅かだがズキズキと頭も痛む。

 

「これは……まさか……」

 

 ランマルの脳裏に浮かんだのは、昨日の戦いの中で使ったゲネシスドライバーとプラムエナジーロックシード、そして自分が変身したアーマードライダーマリカver.2の姿だった。

 

 

 

 身支度を終えたランマルとシグレは、桐河羽月が待つ書斎へと向かうために研究所の廊下を歩いていた。

 ランマルは紫のタンクトップに黒のレザージャケットとレザーパンツ、シグレは白いシャツに青のトラックジャケットとジーパンという格好だ。

 それらの服装は2人に合わせて新たに用意されたものであり、洗濯に出された元の服の代わりでもある。

 ちなみに元の世界から持ってきていた武器――ランマルの2丁拳銃とシグレの刀は、羽月に没収されてしまっている。

 彼女曰く、「君たちの武器はこの世界の日常ではルール違反。今後はドライバーとロックシードが、君たちの刀であり銃だから」とのこと。

 特殊な鎧と武器を生み出すベルトと錠前ならルールに反してはいないのか? そんな疑問が脳裏を過りながらも、2人は言われるがままに所持していた武器を手放した。

 別世界の慣れない格好に、ランマルもシグレも違和感を感じずにはいられなかったが、この世界に溶け込むためには仕方がないと腹を括った。

 書斎の前に辿り着くと、ランマルが扉をノックした。

 

「どうぞ」

 

 扉の向こうから羽月の声が聞こえてくる。

 2人は扉を開き、書斎の中に足を踏み入れた。

 部屋の中には薄白い煙が充満しており、嫌な臭いが2人の嗅覚を刺激した。

 

「おはよう、2人とも。昨日は良く眠れたかしら?」

 

 書斎の奥に目を向けると、デスクに座った羽月が笑顔で出迎えているが、よく見るとその手の2本指には火のついたタバコがしっかりと挟み込まれていた。

 モクモクと煙を立ち上らせるタバコを見て、この臭いの原因はそれかと、ランマルは納得した。

 

「ああ……ごめんなさい、今消すわね」

 

 ランマルの不快な視線に気づいた羽月は、慌ててタバコの火を消す。

 大げさな咳払いをして仕切りなおすと、改めて2人に笑顔を向けた。

 

「それで2人とも、昨日の夜はどうだったかしら?」

「はい。おかげさまで、良く眠れました」

「悪くはなかったよ」

 

 羽月の質問に、シグレとランマルは淡々と答える。

 

「そう、それは良かった。ところで、今日のことなんだけど……」

「ああ。私たちは何をすればいい?」

「実は1件、事件の報告を受けているの」

「ネオ・オーバーロード絡みか?」

「それはまだわからない。でも、ヘルジュースが絡んでいるのは間違いないわ。事件があった現場から、これが回収されているから」

 

 そう言って羽月が見せたのは、透明なビニール袋の中に入れられた1本の空の小瓶だった。

 

「それって、人間を怪物に変える……」

「ええ、ヘルジュースが入っていた小瓶よ。事件があったのは昨晩。現場ではこの小瓶が3本発見されたそうよ」

「3本……。使用者はわかるのか?」

 

 ランマルが尋ねると、羽月はコクリと頷いた。

 

「目撃者の証言によると、使用したのは3人の女子高校生たち。シグレくんと大して変わらない年頃の女の子たちよ。確認したところ、確かにマスターインテリジェントシステムにも、彼女たちがヘルジュースを使用する様子が記録されていたわ。彼女たちはインベスの力で、男性を1人殺害している」

「殺害? なんだ、この世界の人間は、簡単には人の命を奪わないんじゃなかったのか?」

「残念ながら、そうじゃない人間もいるのよ。何処の国にも、何処の世界にも……。もしくは、ヘルジュースの影響を受けているかね」

「どういうことですか?」

 

 羽月の説明に、シグレは首を傾げる。

 

「前にも言ったでしょ、ヘルジュースは人間の凶暴性に作用すると。あの飲み物は、人の心の内に秘めている凶暴性を増幅させる力があるの。その気持ちがどんなに小さくても、ヘルジュースを飲み続けるほどに次第に大きくなっていく。そして最後には、人間としての自覚を忘れ、完全な怪物へと変貌する」

 

 羽月の言葉を聞いたシグレとランマルは、昨日の巨大ライオンインベス――曽野村のことを思い出す。

 元チームレッドホットのリーダー、曽野村。ヘルジュースに依存していた彼は、アーマードライダーとの戦いの末、ヘルジュースの過剰摂取により人の形を失った。完全な獣、巨大なインベスとなり、その生涯に幕を閉じた。

 

「なるほど。あれはそういうことだったのか……」

 

 ランマルは何かが腑に落ちたかのように微かに頷いた。

 

「それで? 僕たちがやることは、その女の子たちを捕まえること?」

「ええ、その通り。だけど、まあ……、彼女たちの捜索の方は私に任せておいて。2人にはそれよりも、まずはこの世界のことをもっと知ってもらわないとね」

「どういうことだ?」

「言葉通りよ。戦うことも大事だけど、守るべきもののことを知るのも大事なことでしょ? この世界のこと、この沢芽市という街のこと、この街に住んでいる人たちのこと、見て回って触れ合って、確かめてきてちょうだい。それがあなたたちの最初の任務よ」

 

 てっきりターゲットである女子高校生たちを、血眼になって捜さなければならないかと思った矢先に、羽月の口から告げられた指令は意外なものだった。

 あまりにも意外すぎて拍子抜けだ。シグレとランマルは期待を裏切られたような気持ちになった。

 

「でも……いいんですか? それで」

「大丈夫よ。そもそも、この世界に来たばかりのあなたたちが、土地勘のないこの街中をいきなり探し回るのは、ちょっと無茶な話でしょ? だから今回は特別。あなたたち2人には、少しでも早くこの世界、この街に慣れてもらわないと」

「……お前の言いたいことはわかったよ。確かに今の私たちでは、色々と効率が悪いだろうしな。お前の言うとおりにするよ。だが――」

「わかってる。標的を見つけ次第、2人にはすぐに知らせるから。そのためにも……これ」

 

 そう言って、羽月は引き出しからスマートフォンを2台取り出し、シグレとランマルに投げ渡した。

 

「なんですか? これ」

 

 シグレは初めて目にする小型の機械を興味深そうに眺める。

 

「この世界で使われている通信機よ。それでお互い連絡を取り合えるわ。詳しい使い方は追々教えるけど、とりあえず、標的を発見したらそれに連絡が入るってことだけ覚えておいて」

「ああ」

「わかりました」

 

 

 

 

 羽月の説明が一通り終わり、書斎を後にしたシグレとランマルは、再び廊下を歩きながらこれからのことを話し合っていた。

 

「まずはこの世界と街に慣れろ、か。そう言われても、なんか困るなぁ~」

 

 耳の後ろをポリポリと掻きながら、シグレは困惑した表情を浮かべる。

 

「なんだ? あの女の言うことが不服か?」

 

 シグレの困った顔が面白いのか、ランマルは笑いながら質問を投げかけた。

 

「いや、そういう訳じゃないんだけど、何をすれば良いのかわからなくて……」

「まあ無理はないけどな。だが、桐河羽月の言っていることは尤もだ。知識が足りないということは、どんな状況でも不利にしかならないからな。……とりあえず、お前のやりたいことをやってみたらどうだ? 私も自分のやりたいことをやってみる」

「ラン姉のやりたいことって?」

「んー……まずは、書物でも漁ってみるか。この世界の歴史や文化、常識を知ることから始めてみるよ。シグレはどうする?」

「僕は……え~っと……人に、会ってこようかな」

「人?」

「うん。昨日、一緒に戦ってくれた人たち。なんて言ったっけ? ……呉島……光実くん、とか、ザックくん……だったかな。まだお礼も言ってなかったし」

「そうか。そうだな、人との触れ合いで得られるものも必ずある。会ってくると良い」

「ありがとう。ひょっとしたら、昨日行ったガレージにいるかもしれない。まずはそこを訪ねてみるよ」

「ああ。気をつけてな」

 

 こうして2人は別行動を取ることにした。

 ランマルは書物を閲覧するために図書館へ、シグレはビートライダーズに会うためにチーム鎧武のガレージへ向かった。

 

 

 ☆

 

 

 昨日の記憶とタカカンドロイドの道案内を手がかりに、シグレはチーム鎧武が拠点にしている赤レンガ倉庫に辿り着いた。

 建物からは微かだがノリの良い音楽が聴こえてくる。

 シグレはガレージに通じる外付けの階段を上り、恐る恐る扉を開けた。

 すると微かに聴こえていた音楽が途端に大音量になり、驚いたシグレは思わずビクッと両肩を竦めた。

 ヒップホップ系の音楽に混ざって聴こえてくるのは複数の若い男女の声。息を合わせるために、リズムに乗せて掛け声を出し合っている。

 シグレがゆっくりとガレージの中に入っていくと、目に留まったのはダンスに熱心になっている若者たちの姿だった。

 人数は7人ほどで、その殆どは青を基調とした衣装を身に纏っている。

 暫くの間、シグレは彼らのダンスに見惚れていた。自分がいることにも気づかないほどに夢中になっている彼らの姿に。

 やがて音楽が鳴り止むと同時に、若者たちは一斉にフィニッシュポーズを決めた。

 直後に張り詰めた静寂が部屋全体を一気に支配する。

 まるで時が止まったかのような感覚と、その圧倒的な迫力に、シグレは言葉を失っていた。

 全員がポーズを決めたまま、誰1人として動こうとしない。

 数秒ほど経ってから、ようやく若者の1人が沈黙を破った。

 

「おつかれぇ~! 今の凄く良かったよ!」

 

 青と白のパーカーを着た少女――チャッキーの言葉を合図に、ダンスをしていた者全員が一斉にポーズを解いた。

 途端に床に座り込む者もいれば、水分補給をする者、タオルで汗を拭く者もいる。

 各々が一休みしている中、若者の1人がシグレの存在にようやく気がついた。

 

「あれ? なあ、そこに誰かいるんだけど……」

 

 その瞬間、その場にいた者たち全員の視線が一斉にシグレに向けられた。

 思わず強張るシグレ。

 するとチャッキーが恐る恐る口を開く。

 

「もしかして君も……ビートライダーズ?」

 

 チャッキーの問いに一瞬困惑しながらも、シグレはすぐに言葉を返した。

 

「あ、いえ……、違います。その……呉島光実くんに会いに来たんですけど……」

「なんだ、ミッチの知り合いか。でも……ゴメンね。ミッチ、今ここにはいないの」

 

 チャッキーの言うとおり、確かに部屋中を見回しても、呉島光実の姿は何処にも見当たらなかった。

 

「今は大学に行ってるだろうし、ここに来るとしても、多分夕方だよね」

 

 そう教えてくれたのは、チャッキーと同じくチーム鎧武のメンバー、リカだ。

 

「大……学……?」

「そうそう。だからミッチに会いたいなら、それぐらいの時間に出直してきた方が良いよ」

「そうですか……。わかりました、また来ます……」

 

 光実の留守を知らされ、落胆するシグレ。

 仕方なく、その場を後にしようと出口に足を向ける。

 すると、

 

「ちょっと待って!」

 

 突然、チャッキーがシグレを呼び止めた。

 

「ねえ、良かったら、私たちと一緒にダンスしてみない?」

「えっ!?」

 

 チャッキーの思わぬ誘いに、シグレは困惑した表情を見せる。

 驚いているのは他のチーム鎧武のメンバーや、一緒に練習していた別のダンスチームのメンバーも同じだった。

 初対面の子をいきなりダンスに誘うなんて、一体何のつもりなのか、と。

 

「ダンスって……さっき皆さんがしていた踊りのことですよね? 僕、ああいうことしたことないんで……」

「だったら尚更やってみようよ! 試しにやってみれば、きっとどんなものかわかるから!」

「いや、でも……」

「大丈夫! ちゃんとレクチャーしてあげるから!」

 

 チャッキーに半ば強引に言い包められ、結局、シグレはダンスの教えを受けることとなった。

 

 

 

「それじゃあまずは、何もせずに音楽だけ聴いてみて」

「え? 聴くだけ?」

「そう。頭の中を空っぽにして、スピーカーから聴こえてくる音だけに集中するの」

 

 他のメンバーたちが見守る中、チャッキーとシグレのマンツーマン授業が始まった。

 ラジカセから聴こえてくるヒップホップ系の音楽に、シグレは目を瞑り耳を傾ける。

 そうしている間に、リカはチャッキーに疑問をぶつけてみた。

 

「ねえチャッキー、なんでこの子をダンスに誘ったの? 妙に積極的って言うか、珍しく強引だったし、ひょっとしてこの子に一目惚れでもしました?」

「バカ。そんな訳ないでしょ。じゃなくて、なんて言うか……直感、かな」

「直感?」

「街中でアイドルを発掘するスカウトマンみたいな。なんとなくだけど、踊れる気がしたんだよね、この子。……それに、ダンスは1人でも多い方が楽しいしね。きっと舞も、今ここにいたら同じことをするんじゃないかな」

 

 そう言いながら、チャッキーは壁に貼られたいくつもの写真に目を向けた。

 その1枚1枚には、チーム鎧武のかけがえのない思い出が色褪せずに記録されている。

 一際目立つように貼ってある集合写真には、今はもうチームにいないメンバーの姿も写っている。

 チームのリーダーだった角居裕也。アーマードライダー鎧武としてチームを守った葛葉紘汰。そして、誰よりもダンスに熱心だった少女――高司 舞。

 かつてチーム鎧武やビートライダーズ全体が危機に陥った時、舞は持ち前の行動力と明るさで皆を引っ張ってくれた。

 チャッキーはそんな彼女に憧れ、彼女のようになりたいと思い、現在のチーム鎧武を率先して纏め上げている。

 

 

 

 一通り流れていた曲が終わり、集中して聴いていたシグレはゆっくりと目を開ける。

 その様子を見ていたチャッキーは彼に尋ねる。

 

「どう? 今の音楽を聴いて、何か感じた?」

 

 シグレは少し考えてから言葉を返す。

 

「はい。なんとなくですけど、こみ上げてくるものはあるような気はします」

「本当? じゃあ今度は、その感じたものを全身を使って表現するの。最初は簡単なステップで表現してみよ」

 

 チャッキーに言われるまま、シグレはリズムに乗せて足先を動かし始めた。

 最初のうちはチャッキーの手拍子に合わせた単純な動きだったが、やがて少しずつ慣れてくると、両手や首を使った動きも加わり、さらにコツを掴むと、音楽に身を任せて自由に手足をコントロールできるようになっていった。

 シグレの飲み込みの早さには、チャッキーだけでなくその場にいる者全員が驚いていた。

 

「へぇー、アイツやるじゃん!」

「うん。ひょっとしてラットよりセンスあるんじゃない?」

「おいっ!」

 

 見る見る上達していくシグレの様子に、ラットとリカは感心しながら呟いた。

 実際、シグレ自身も次々とコツを掴んでいく感覚に楽しさを感じるようになっていた。

 今まで戦うことでしか汗を流してこなかったこともあり、純粋に体を動かすことを楽しめるダンスという行為はとても新鮮なものだった。

 

 

 

 2時間ほどが経ち、さすがに一息入れようとチャッキーが提案した。

 ポップコーンメーカーが置かれたカウンター席に腰を掛け、冷蔵庫から取り出してくれたミネラルウォーターのボトルを受け取り、余韻に浸るシグレ。

 ふと見ると、今度はさっきまで休憩していたラットやリカを始めとする他のメンバーたちが、再びダンスの練習に励みだしている。

 その様子を微笑ましく眺めていると、隣の席にチャッキーが腰掛けた。

 

「実は今度さ、この街にプロのダンスアイドルが来るんだけど、近々そのアイドルと同じステージに立つダンサーを決めるオーディションがあるんだよね。だから皆、そのオーディションに参加するために、今は練習を頑張ってるんだ!」

「あいどる? おーでぃしょん?」

 

 初めて耳にする聞きなれない言葉の連続に、シグレは首を傾げる。

 

YUN(ユン)っていう女性アイドルなんだけどね。歳は私たちとほとんど変わらないのに、海外のプロにも認められるほどの実力を持っているの。それで今度、沢芽市のセントラルホールでその子のライブがあるんだけど、オーディションに合格した何人かは、バックダンサーとして彼女のライブに参加することができるの!」

 

 チャッキーの説明の意味はハッキリ言ってチンプンカンプンのシグレだが、なんとなく“すごいこと”だということは理解した。

 

「でさ、相談なんだけど、シグレくんもどう? 良かったら一緒に参加してみない?」

「えっ!? ぼ、僕ですか!? そんな……無理ですよ!」

「いやいや、私の目に狂いはないわ! シグレくんなら、ミッチリ鍛えれば必ず戦力になるはず! 間違いない!」

「でも……今さっき始めたばっかりですし、きっと他の皆さんにも迷惑が……」

「大丈夫! そん時は私が拳で黙らせてあげるから!」

 

 そう言って、チャッキーはその細い手に拳を作って得意げに見せ付ける。

 謎の自信に満ち溢れた彼女の姿に、シグレは戸惑う一方だった。

 

「でも冗談抜きで、きっと皆も喜んで賛成してくれると思うよ。だってシグレくん、この超短期間であっという間にコツを掴んだでしょ? その様子を見せられたら、皆認めざるを得ないって!」

 

 チャッキーの力強い説得に、圧倒されっぱなしのシグレ。

 なんと答えれば良いものかと返事に困っていると、その時、シグレのトラックジャケットのポケットからスマートフォンの着信音が鳴り出した。

 助かったと思いながらスマートフォンを取り出すと、画面には桐河羽月の名前が表示されていたが、今度は電話の出方がわからず焦りだす。

 一応、基本的な操作方法は羽月から聞いてはいたのだが、何しろ、スマートフォンが鳴り出したのはこれが初めて。唐突だったこともあり、ビックリして頭の中に仕舞っていたはずの知識が何処かへ吹き飛んでしまった。

 みっともなく困り果てていると、それを見ていたチャッキーが手を差し伸べてくれた。

 

「大丈夫! こうすれば良いよ!」

 

 優しい言葉と共に、チャッキーは指先で画面に表示されたアイコンをスッとスライドした。

 するとスマートフォンから聞こえてくるのは羽月の声。

 

『もしもし? シグレくん?』

 

 シグレはコクッと軽く頭を下げてチャッキーに礼をしてから、羽月の言葉に耳を傾けた。

 羽月の用件はこうだった。

 市内のとあるゲームセンターで、ターゲットである3人の女子高校生が発見された。ランマルには既に連絡済で、先に現場に急行してもらっているから、君もすぐに後を追ってほしい。

 シグレは二つ返事で承諾し、スマートフォンの通話を切った。

 

「すみません、チャッキーさん! 僕、用事ができましたので、これで失礼します! 色々教えてくれてありがとうございました!」

 

 丁寧にお辞儀をし、出口に向かって駆け出し始める。が、

 

「あ! ちょっと待って!」

 

 再びチャッキーがシグレを呼び止めた。

 

「またいつでもここに来てね! 返事も待ってるから!」

 

 その言葉に対する返事に困ったシグレは、手を振って見せてガレージを後にした。

 

 

 ☆

 

 

 シグレがダンスの指導を受けていた頃、ランマルは市内の図書館に篭っていた。

 この世界、この国、この街(沢芽市)の歴史や文化、常識を片っ端から紐解き、その頭に叩き込んだ。

 元いた世界を離れ、この別世界で不便なく活動していくためには、最低限の知識は必要不可欠だ。

 約2時間程で僅かながらにこの世界のことを知ることができた。

 しかしまだまだ序の口、知らなくてはいけない知識は山ほどある。

 さらに本腰を入れて取り組もうと気合を入れるランマルだったが、そんな矢先、羽月からの1本の電話がそれを遮った。

 “捜索していた3人の女子高校生たちが発見されたから、現場に急行してほしい”との内容だった。

 ランマルは若干肩透かしを食らったような気持ちになりながら、手にしていた分厚い本を静かに閉じた。

 

 

 

 ターゲットが目撃された場所は市内のとあるゲームセンター。

 まだ昼間にも拘らず、多くの若者たちで溢れかえっている場所だ。

 出入り口の窓ガラスには、アーケード版の“マイティーアクションX”や“バンバンシューティング”といったタイトルのPRポスターが貼られている。

 ランマルが野外駐車場を走り抜け、建物の前に到着すると、そこは既に騒ぎの真っ最中だった。

 周囲の野次馬たちが怯えた表情を浮かべている中、その目線の先には、3体のハチ型の怪人とそれらに襲われている4~5人の男の不良グループの姿があった。

 3体のハチ型の怪人はそれぞれ異なった姿をしている。全身緑の体色が中華風、赤い体色が洋風、そして青い体色が和風だ。

 腕力がある男であり人数で勝っているとはいえ、超人的な力を持った怪人たちの前では、不良グループの連中は成す術がなかった。

 男の1人が緑色のハチ型の怪人――ゲンホウインベス・レゾンに首を掴まれ、締め上げられている。

 ランマルはゲネシスドライバーを装着し、プラムエナジーロックシードを解錠しながら一目散に飛び出した。

 

『プラムエナジーアームズ! パーフェクトパワー! パーフェクトパワー! パーフェクパーフェクパーフェクトパワー!』

 

 鎧を身に纏い、アーマードライダーマリカver.2は怪人と対峙する。

 

「やめろ! その男を放せ!」

 

 その瞬間、怪人たちの複眼がギロリとマリカver.2を捉えた。

 

「あぁ? なにお前、もしかしてアーマードライダー!?」

 

 眼前に現れた赤い女戦士を前に、ゲンホウインベス・レゾンは相手を威嚇するように言った。

 

「そいつらを解放しろ! 貴様らの相手は私がする!」

「へぇ~! なにコイツぅ、正義の味方気取りかよぉ~!」

 

 凛とした態度で佇むマリカver.2を、赤い体色のインベス――ホーネットインベス・レゾンは馬鹿にした態度で笑う。

 だがそんなことでは動じないマリカver.2は、ゆっくりと右手のソニックアローを構える。

 

「うっざ! ルキ、あんた、ちょっとアイツに穴開けてきな!」

「うん……。わかった……」

 

 掴んでいた男を地面に放り投げたゲンホウインベス・レゾンは、青い体色のハチインベス・レゾンに顎で指示を出した。

 解放された男と共に不良グループが撤退していく中、1歩前に出たハチインベス・レゾンは、右腕をマリカver.2に向かって突き出した。

 その右腕が若干震えていることを、マリカver.2は見逃さない。

 次の瞬間、目にも留まらないスピードで巨大な針が射出されたが、ほぼ同時にマリカver.2もソニックアローを振り上げた。

 刹那にキーンという音が周囲に木霊する。

 ソニックアローの一閃に弾かれた針が、ハチインベス・レゾンの足元にポトリと落ちた。

 

「え……嘘……!?」

「悪いが、観察力と反射神経には私も自身がある! 反射神経に関しては、シグレには劣るがな……」

 

 自分の攻撃をいとも簡単に防がれたことに驚きを隠せないハチインベス・レゾンに、マリカver.2は力強く言い放つ。

 焦ったハチインベス・レゾンは、徐に背中の羽を震わせると、考えもなしに突進を仕掛けた。

 

「バカッ! 無闇に近づくな、ルキ!」

 

 慌ててゲンホウインベス・レゾンが呼び止めようとするが既に遅く、ハチインベス・レゾンは地面すれすれを滑空し、マリカver.2に急接近していく。

 マリカver.2はゲネシスドライバーのレバーを押し込むと、腰を低くしてソニックアローを構えた。

 

『チェリー! プラムエナジースカァーッシュ!』

 

 次の瞬間、ハチインベス・レゾンが標的に辿り着くよりも先に、マリカver.2が超高速移動でハチインベス・レゾンの胴体をすれ違い様に切り裂いた。

 バランスを崩したハチインベス・レゾンは、マリカver.2の背後で転倒。アスファルトに激しく叩きつけられ、勢いが止まるとそのまま地面に倒れこんだ。

 

「いったぁーい……」

 

 全身を襲う激痛に戦意を消失したのか、横たわるハチインベス・レゾンの変身が解け、元の少女の姿が露になる。

 

「手は抜いておいた。命を奪うつもりはないからな……」

 

 背中越しにハチインベス・レゾンだった少女――ルキの姿を見つめながら、マリカver.2は呟いた。

 

「チッ……。あっさりやられて使えねえ奴……。飛ぶよ、シラ! 空から仕掛けるよ!」

「オッケぇー!」

 

 戦いに敗れたルキを呆れながら見限ったゲンホウインベス・レゾンとホーネットインベス・レゾンは、羽音を立てながら上空に舞い上がった。

 

「空飛ぶ敵か……」

 

 攻撃が簡単には届かない空へと避難した2体の怪人を前に、マリカver.2はソニックアローを天に掲げた。

 宙を舞う標的に狙いを定め、そのトリガーに手を掛ける。

 弓を引き絞り、今まさに光の矢が放たれようとした。と、その時、

 

「ぐっ……! なにっ……!?」

 

 突然、下半身の力がガクンと抜け落ちた。

 バランスを支えていた両足の膝が同時に折れ曲がり、思わず地面に手を付けるマリカver.2。

 早急に体勢を立て直そうとするが、その両足は全くと言って良いほど言うことを聞かない。まるで下半身が自分のものではなくなったように。

 

「これは……やはり……」

 

 唐突に起きた身体の異変。こうなった原因に思い当たる節は確かにあった。

 朝のシャワー室で感じた違和感も含めて、その原因は恐らく――。

 何とか立ち上がろうと足掻いていると、頭上から感じた殺気にハッとなった。

 慌てて上空を見上げると、滞空しているゲンホウインベス・レゾンが既に巨大な針を射出した後だった。

 悪い予感は的中した。

 身動きが取れない今の自分は隙だらけ。絶好の的だ。

 もう1度ソニックアローで防御しようにも当然間に合わず、放たれた針はマリカver.2の頭部に直撃した。

 特殊な鎧に守られ、脳天を貫通することは免れたが、針が仮面にぶつかった衝撃は凄まじく、マリカver.2の小柄な身体は大きく吹き飛んだ。

 頭に受けた攻撃に脳が揺れ、視界がグラグラする。

 両足の感覚も依然として回復せず、起き上がることもできない。

 

「ラッキーっ! アイツ動かなくなったじゃん! ぶっ倒すならチャンスじゃね?」

「ああ! 一気に殺るよ!」

 

 マリカver.2の不調を絶好の機会と見たホーネットインベス・レゾンとゲンホウインベス・レゾンは、更なる追い討ちを仕掛けることにした。

 2人は上空から同時に針を連射し、身動きの取れないマリカver.2を狙い撃つ。

 雨のように降り注ぐ無数の針が、次々と鎧に傷を作っていく。

 一斉射撃。集中砲火。

 敵の弾幕に押し潰されそうになりながらも、マリカver.2は必死に堪える。

 針の1発1発をその身に受けるたびに、仮面の奥で苦痛の表情を浮かべる。

 しかし、それでも尚、無様な悲鳴は決して上げぬよう、喉の奥からこみ上げてくる声を何とか押し殺していた。

 それは、今は不利な状況に立たされようとも、決して心までは折れてはいないという確かな証であった。

 “自分が屈しない限り、相手が勝った訳ではない”

 そして諦めなければ、危機を脱するチャンスはきっと訪れるはず。

 するとそんな想いに応えるかのように、何処からかバイクのエンジン音が聞こえてきた。

 徐々に近づいてくる轟音が聞こえてくる方向に、マリカver.2がぼやけた視界を向けると、その眼に映ったのはバイク型ロックビークル――バトルパンジーに跨った鎧武・華の姿だった。

 

「シ……シグレ……」

「ラン姉!」

 

 空飛ぶ敵の猛攻に敗れそうになっている大切な人の姿を目の当たりにした鎧武・華は、血相を変えてマシンを加速させた。

 

「アオイ! なんか近づいてくるんだけど?」

「別のアーマードライダー……。多分アイツの仲間だろ。面倒だけど、奴も一緒に始末するよ!」

「はいはいっ!」

 

 接近してくる鎧武・華の存在に気がついたホーネットインベス・レゾンとゲンホウインベス・レゾンは、マリカver.2への攻撃の手を止めると、今度は鎧武・華に向かって針を発射した。

 鎧武・華はバトルパンジーの後部シートから刀型のビークルウェポン――リーフブレードを左手で抜刀し、ハンドルグリップを握る右手により一層の力を込めた。

 飛来する針の大群を蛇行運転で回避し、避けきれない針はリーフブレードで弾いていく。

 進路を塞ぐ駐車された乗用車が目の前に現れると、マシンをウィリーさせて大きくジャンプし飛び越える。

 バイクごと宙を舞う鎧武・華は、そのままマシンの操作パネルのボタンを押し、2発のホーミングミサイルを発射させた。

 

「マジか!?」

「ミサイルとか冗談だろ……!?」

 

 唐突に放たれたミサイルに驚いた2体のインベスは、慌てて攻撃を中止し、空を急上昇して早急にミサイルの回避を試みた。

 しかし撃ち出されたミサイルは追尾機能付き。旋回して引き離そうにも避けきれず、ほぼ同時に2人に直撃。空中で爆発した。

 

 

 

 バランスを維持したまま見事に着地を決めたバトルパンジーは、マリカver.2の眼前でキッと音を立てながら停車した。

 鎧武・華が上空を見上げると、黒煙の中からゲンホウインベス・レゾンとホーネットインベス・レゾンの姿がユラリと現れた。

 しかしその様子は明らかにダメージを負い、体力も消耗しているようだった。

 飛行を可能にする背中の羽根の振動も今までよりも弱々しく、気を抜けばすぐにでも墜落しそうだ。

 

「畜生……。やってくれたね、あの鎧野郎……」

「ミサイルとか反則っしょ……。どうするアオイ?」

「どうするって決まってるでしょ! あんな奴ら、いちいち相手にできるかって! さっさと逃げるよ!」

「だよね! やっぱ逃げるが勝ちだって!」

 

 ゲンホウインベス・レゾンとホーネットインベス・レゾンは、アーマードライダーとの戦いを放棄し、この場から逃走する道を選んだ。

 力を振り絞って羽根の振動を加速させ、背を向けて飛び去っていく。

 今ならばまだ容易に追跡できそうだった。だが今の鎧武・華にとっては、マリカver.2――ランマルの安否を確認することが最優先だった。

 鎧武・華はマシンから飛び降りると、マリカver.2の傍に駆け寄った。

 上半身を起こそうとしているマリカver.2に手を貸し、その両肩をそっと支える。

 

「ラン姉! 大丈夫!? 怪我は!?」

「ああ。大したことはない……」

「本当に? 一体どうしたの? ラン姉が一方的にやられるなんて……」

「いや、少し油断してしまってな……。普段、お前に偉そうなことを言っているくせに、これじゃあ格好がつかないな……。無様なものだ……」

「そんなこと……。でも、ラン姉が戦いで油断するなんてこと、あんまり信じられないっていうか……」

「ちょっと……身体が言うことを聞かなかっただけだ……」

「身体?」

「……私のことはいいんだ。それよりも――」

 

 話題を逸らすように、マリカver.2は辺りを見回した。

 

「――見当たらないな。いつの間にかいなくなってる」

「何が?」

「私が倒した怪物に化けていた少女だ。手加減して戦闘不能に追い込んだんだが、どうやら混乱に乗じて逃げ出したようだ」

 

 マリカver.2の言葉通り、ハチインベス・レゾンに変身していた少女――ルキの姿はこの場から消えていた。

 鎧武・華とマリカver.2は変身を解除。状況報告と体勢を立て直すため、2人は桐河羽月に連絡を取ることにした。

 

 

 ☆

 

 

 戦場から行方を晦ましたルキは、沢芽市内のとある小さな高架下に足を運んでいた。

 そこは人通りが少なく、周囲に立ち並ぶビル群に遮られて日差しもほとんど届かない。

 人目を避けて秘密のやり取りを実行するには絶好の場所だ。

 既に何度もこの場所を訪れているルキは、慣れた足取りで足早に奥へと進んでいく。

 焦っているようにも見える表情で辺りを見回しながら、声を大にして叫ぶ。

 

「あの……ねえ! 聞こえてる!? いるんでしょ!」

 

 幼さも残る甲高い声が高架下全体に反響している。

 誰かを捜しているのか、無我夢中で前へ後ろへと視線を向けるが、人の影は1つもない。

 今、この場に立っているのはどう見ても自分1人だけ。

 絶対に会えると信じて足を運んだのに、目的の人物は何処にもいない。

 その結果に、ルキは落胆したように肩を落とした。

 

「そんな……。いつもは必ずいるのに……」

 

 諦めて帰ろうか。

 そう思いながら、来た道に足先を向けた。と、次の瞬間、

 

「やあ。また会いに来たのかい?」

 

 唐突に、背後から声が聞こえてきた。

 心に直接語りかけてくるような安心感を感じさせる声。

 聞き覚えのあるそんな声に、ルキはハッとしながら勢いよく振り向いた。

 視線の先にいつの間にか立っていたのは、物腰の柔らかそうな1人の青年だった。

 銀色の長髪に白いタキシードという、明らかに周囲の景色からは浮いた格好をしている。

 身を潜める場所など一切なく、薄暗いこの高架下にいたならすぐにでも発見できそうなものだが、一体何処から現れたのか。

 戸惑いと疑問が交錯する中、目的の人物に会えたことでルキはひとまず安心した。

 

「良かった……。あなたを捜していたの!」

「なんだい? また足りなくなったのかい?」

 

 そう言いながら、銀髪の青年はポケットから小瓶を1本取り出した。

 それは人間を知性あるインベスに変貌させるヘルジュースが入った小瓶。

 

「欲しいならいくらでもあげるよ?」

「違うの! 私がそれを使っても役には立てないの! だから……あなたにお願いしたいの!」

「お願い? 僕にかい?」

 

 ルキの思わぬ懇願に、銀髪の青年は首を傾げた。

 

 

 ☆

 

 

「そう……。まさかクラスS+のロックシードが負けるなんてね……」

 

 書斎のデスクに座っていた桐河羽月が残念そうに呟いた。

 研究所に帰還したシグレは、帰ってきて早々に羽月に事後報告を行なった。

 勿論、ランマルから事前に聞いた状況も合わせて。

 3体のハチ型インベスのこと。

 そのうち1体は既に撃破済みであること。

 しかし、ランマルの体調不良が原因でマリカver.2が敗れたこと。

 残り2体のハチ型インベスは逃走し、倒したハチ型インベスに変身していた女子高校生も行方不明になったこと。

 全ての説明を把握した羽月だったが、やはり自分が最高傑作と自負していたプラムエナジーロックシードが敗北したことが、何よりショックのようだった。

 

「現状、ネオ・オーバーロードに唯一正面から対抗できるのは、クラスS+のみ……。それが一般人が変身したインベスなんかに……ねぇ……」

「あの……そんなにショックなんですか……?」

 

 羽月の相当な落ち込みように、シグレは若干引き気味に尋ねた。

 

「まあね……。私にとっては唯一無二の自信作だったから……。プロフェッサー凌馬を超えるっていう意気込みもあったし……」

「はあ……。でも、今回の戦いに関してはラン姉の調子が悪かっただけだし、アーマードライダーの性能に問題があった訳じゃ……」

「そこなのよっ!!!」

 

 突然、羽月が大声で叫んだ。

 思わずビクッと肩を竦ませるシグレ。

 

「ど……どういうことですか……?」

「彼女の体調不良、シグレ君はどう思っているの?」

「どうって……、慣れない世界に来たばかりで疲れが溜まっていたとか……?」

「まあ……それもあるかもしれないけど……。じゃなくて、彼女の今回の不調の根本的な原因は、間違いなく……アーマードライダーでしょうね」

「え? それって……アーマードライダーに変身したのが原因ってことですか?」

「そういうこと。シグレ君には今更な話になってしまうけど、ゲネシスドライバーを使った次世代型アーマードライダー――特にクラスS+のロックシードで変身する彼女のアーマードライダーは、ネオ・オーバーロードに対抗できる力を与える代わりに、その肉体にとてつもない負担が掛かるように設計されているの。爆発的な力を発揮するための副作用っていうのかしら。要は燃費が凄く悪いのよ。だから並の人間ではまともに扱うこともできない。彼女に託したのも一か八かの賭けだったわ。でも彼女はその期待にしっかりと応えてくれた。シグレ君、あなたの協力もあって、初めてネオ・オーバーロードの1体を倒すことができた。でも……やっぱり完璧とはいかなかったみたいね……。昨日の初めての変身で、相当の負担が彼女の身体に掛かっているはず。でもそこに間を空けずに再び変身したものだから、彼女の身体が悲鳴を上げちゃったのね……。ごめんなさい、これは私の判断ミスだわ……」

「どうすれば、ラン姉の身体は良くなりますか?」

 

 羽月の説明を聴いたシグレは、不安そうな表情で問いかけた。

 

「とりあえず今は、彼女をしっかり休ませること。完全に回復するのを待つしかないわね……。私も、もう1度システムを見直してみるわ。気は進まないけど、出力を落とせるよう調整してみる」

 

 

「余計なことはしなくていい!」

 

 羽月の思いを引き止めるように唐突に叫んだのは、いつの間にか扉を開けて書斎に入ってきていたランマルだった。

 彼女は戦闘後、研究所に戻ってきてすぐに医務室に運ばれていたのだが。

 

「ラン姉! 身体はもう大丈夫なの?」

 

 自らの足でしっかりと歩み寄ってくるランマルの姿に、シグレは驚きを隠せなかった。

 

「ああ。少し休んだおかげでだいぶ楽になった」

「それは良かった。……それで? さっきの“余計なこと”っていうのはどういう意味?」

 

 ランマルの言葉に引っ掛かりを感じた羽月は、硬い表情を彼女に向けた。

 

「言葉通りだ。私のロックシードに手を加える必要などない」

「どうして? このままだと、あなたの身体が持たないわよ?」

「余計な心配などするな。今のままで鎧の力に耐えられないなら、私自身がもっと強くなればいい。それだけのことだ」

「そんな簡単にいく訳……」

「ネオ・オーバーロードにまともに対抗できるのは、今現在、私の鎧の力だけ。そう言ったのはお前だ。ならばその負担に完璧に耐えられるよう、私が何とかするしかないだろう」

 

 ランマルの言葉を受けて、羽月は少し考えた。そして、

 

「……わかったわ。そこまで言うのなら、とりあえず今は、あなたを信じてその意思を尊重することにするわ。ただし……、もしまた戦いに差し支えるようなことがあれば、その時は今度こそ私の言うとおりにしてもらうわよ?」

「ああ、それでいい……」

 

 不承不承ながら話を聞き入れた羽月が提示した条件に、ランマルは力強く頷いた。

 

「ただ当面は、あなたがクラスS+の力に完全に耐えられるようになるまでは、シグレ君に率先して前線に立ってもらわないといけないわね」

「シグレに?」

「僕……ですか?」

「当然でしょ! 彼女のフォローをできるのは、君しかいないじゃない」

「でも僕の力なんかじゃ……ネオ・オーバーロードには……。昨日だって、ラン姉が来てくれなかったら危ないところだったし……」

 

 前日のメメデュンとの戦いを思い出しながら、シグレは不安な表情を浮かべた。

 

「大丈夫。ここぞという時には彼女にも戦ってもらうから。君1人に押し付けるような真似はしないから安心して」

「は、はあ……」

「それに、まずは目の前の問題を片付けないと……」

「目の前の問題?」

「逃げた女子高校生たちよ。このまま放っておく訳にはいかないでしょ? 彼女は暫く変身させられないから、早速シグレ君に頑張ってもらうわよ」

「わ、わかりました……。できるだけのことはやってみます!」

 

 不安は拭い切れないままだったが、なんとか羽月の期待に応えようと、シグレは声を張って返事をした。

 と、そこへランマルが気掛かりなことを口にした。

 

「シグレに任せることには異論はない。私はこいつの実力を信頼しているからな。だが、今回の相手は空を飛ぶ怪物だ。真正面から挑むには、シグレの鎧では相性が悪いんじゃないのか?」

 

 シグレの鎧――アーマードライダー鎧武・華の主な装備は2本の刀、赤い大橙丸と無双セイバーだ。

 中距離・遠距離用の攻撃手段としては無双セイバーのガンモードがあるが、空を自在に飛行する相手には明らかに心許ない。

 

「さっきにみたいにバイクを使えば何とかなるかもしれないけど、同じ手が2度通用するかどうか……」

 

 シグレもまた対抗手段を考えていたようだが、決定打となる攻略法は見つかっていない。

 すると羽月が、

 

「大丈夫、手はあるわ」

 

 そう言ってデスクの引き出しを開き、見せ付けるように取り出したのは、橙色のカキの実の絵が描かれたロックシードだった。

 

「それは?」

「私が作った試作品、カキロックシードよ。プロフェッサー凌馬が開発した飛行装備には、スイカアームズやダンデライナーがあるけど、あれは規模もコストも相当なもの……。これはそれらを元に、ノーマルサイズの鎧で飛行できるように設計したものなの」

「空飛ぶ鎧ってことか……」

 

 ランマルは感心しながら呟いた。

 

「言ったとおり、これは試作品。実戦でどれほどの力が発揮できるかわからないけど、今回の敵を相手になら試す価値はあるはずよ。どうするシグレ君、使ってみる?」

 

 羽月に差し出されたカキロックシードを見つめながら、シグレは考えた。そして決心した。

 

「はい! 使わせてもらいます!」

 

 ハッキリとした返事と共に、カキロックシードを受け取った。

 

「これで奴らと対等に戦えるな。頼むぞ、シグレ」

「うん! やってみるよ!」

 

 ランマルに期待を込めて肩を叩かれ、シグレはコクッと頷いた。

 

「ターゲットの行方はこっちで捕捉するから、発見次第、現場に向かってちょうだい!」

 

 羽月の指示を最後に作戦会議は終了。

 後は逃走した2人の女子高校生たちが見つかるのを待つばかりだ。

 

 

 ☆

 

 

 マスターインテリジェントシステムを駆使して、羽月がターゲットである2人の女子高校生たちを発見したのは、太陽が大きく西に傾き、間もなく日没が訪れようとしている時だった。

 赤い夕焼け空の下を、談笑に浸りながら歩くアオイとシラ。

 周囲の目を気にすることもなく大声で笑いながら、大通りに架けられた歩道橋の上を進んでいく。

 するとそこに、

 

「悪いけど、ここから先は通さないよ」

「通行料は、お前たちが持っている小瓶だ!」

 

 橋の真ん中辺りで待ち構えていたのは、既に戦極ドライバーを装着済みのシグレとランマルだった。

 2人の素顔を見るのは初めてのアオイとシラは、突然見知らぬ人物に道を塞がれたと思い、あからさまに不快な表情を浮かべた。

 

「ああ? 何お前ら? あたしらになんか文句あんの?」

「男女2人でカツアゲとか? ンな訳ないか! そこの強気な女はともかく、男の方はどー見ても草食系だし、そんな度胸ないでしょ!」

「剥ぎ取りと思われようとも構わない。実際、似たようなものだしな。ただしこれは……お前たちのためでもある」

 

 他人を馬鹿にするような態度を見せるアオイとシラに臆することもなく、ランマルは冷静に言い放つ。

 そして、ブラッドオレンジロックシードを手に、シグレは数歩前に出る。

 

「これ以上、君たちに罪を背負わせない! 2人の行いは……僕が終わらせる! 変身!」

『ブラッドオレンジ!』

『ロックオン!』

『ハッ! ブラッドオレンジアームズ! 茨道・オンステージ!』

 

 解錠したロックシードを戦極ドライバーに装填し、カッティングブレードを倒す。

 頭上から降りてきた真っ赤な鎧を身に纏い、シグレはアーマードライダー鎧武・華 ブラッドオレンジアームズに姿を変えた。

 

「あ! てめえ……さっきの……」

「ミサイルをぶっ放した、バイクに乗った鎧野郎か!」

 

 眼前に現れた見覚えのある赤い鎧武者の姿に、シラもアオイも思わずたじろぐ。

 

「人を怪物に変えるヘルジュースが入った小瓶、今ここで渡してもらうよ」

 

 プレッシャーを与えるように、鎧武・華はゆっくりと2人に歩み寄っていく。

 

「冗談じゃねえよ! こんな良い物、誰が手放すかよ!」

 

 アオイとシラは、鎧武・華が放つ威圧感を跳ね除けるように、ポケットから取り出した小瓶の中身を一気に飲み干した。

 すると2人の身体が植物に包まれ、中から緑と赤のハチ型のインベスが姿を現した。

 アオイが変身した緑の体色のゲンホウインベス・レゾン、そしてシラが変身した赤の体色のホーネットインベス・レゾン。2体のハチ型インベスは、早々に腕から巨大な針を飛ばし、先制攻撃を仕掛けた。

 既に相手の動きを見切っていた鎧武・華は、同時に大橙丸を振り上げ、2本の針を弾き飛ばした。

 さらに続けざまに刀を振り下ろし、ゲンホウインベス・レゾンとホーネットインベス・レゾンに斬撃を浴びせる。

 斬り倒された2体のインベスは、歩道橋の上に大きく尻餅をつく。

 

「無駄だよ! 君たち相手なら、接近戦で負ける気はしない!」

 

 剣先を向け、眼前の敵を圧倒する鎧武・華。

 

「ざけんなっ! だったら……これならどうだ!」

 

 降参する気など毛頭ないゲンホウインベス・レゾンとホーネットインベス・レゾンは、即座に立ち上がると背中の羽根を振動させ、上空に大きく跳躍した。

 夕空の赤を背に、今度は空から針を連射する。

 鎧武・華はバックステップで回避しながら、左腰から無双セイバーを抜刀した。

 スライドを引き、ガンモードに切り替えると、上空に向かって光弾を放つ。

 最初の数発が飛来する針を撃ち落し、その後に撃ち出された2発の光弾が滞空するゲンホウインベス・レゾンとホーネットインベス・レゾンに迫る。

 しかし、高速で飛行することを得意とする2体のハチ型インベスは、あっさりとその弾を避けてしまう。

 

「やっぱり当たらないか……。仕方ない……。ならこれで!」

 

 戦法を変えることにした鎧武・華は、羽月から渡された新たなロックシードを取り出した。

 

『カキ!』

 

 指先で側面のスイッチを押して解錠させると、電子音声が鳴り響き、同時にクラックが頭上に現れる。

 円を描いて開いた裂け目からゆっくりと降りてきたのは、カキの実を模した鋼の果実。

 鎧武・華は戦極ドライバーに装填されたブラッドオレンジロックシードを外し、代わりにカキロックシードをはめ込んだ。

 

『ロックオン!』

 

 カッティングブレードを倒し、ロックシードの力を解放。

 すると、鋼の果実は鎧武・華の頭に被さり、形を変えて鎧として装着された。

 

『ハッ! カキアームズ! 夕凪・クロスストーム!』

 

 赤い血の色を脱ぎ捨て、この夕焼け空と同じ橙色を身に纏い佇むのは、鎧武・華 カキアームズ。十字の嵐を巻き起こす空の戦士が誕生した瞬間だった。

 

「なにアイツぅ、鎧を着替えたの~?」

「どんな格好になったって同じだよ! いくよ!」

 

 新たな姿を見せた鎧武・華。しかし、ホーネットインベス・レゾンとゲンホウインベス・レゾンはそんなことはお構いなしに再び針を連射させた。

 鎧武・華は冷静さを保つために1度大きく深呼吸をすると、右手に握り締めた無双セイバーで降り注ぐ針の全てを弾き始めた。

 相手の位置、そして手の動きや視線を冷静に観察し、飛んでくる針の弾道を見極め、それに合わせて刀を捌いていく。

 鎧の力でシグレ自身の視覚や武器を扱う筋力が強化されていることもあり、一見超絶技巧にも見えるテクニックも、本人にとってはそれほど難しいことではなかった。

 全ての針を落として見せた鎧武・華は、今度はこちらの番だと動き出す。

 鎧武・華 カキアームズの背面には、巨大な十字手裏剣が装備されている。

 それは鎧が果実形態の時にカキの実のヘタを模した部分だったが、鎧に変形するとそれはそのまま手裏剣型アームズウェポン――カキ風刃となる。

 そしてカキ風刃は背面に装備された状態で高速回転することで、鎧武・華を飛行させるプロペラの役割も担っている。

 鎧武・華の意思を受けて、背面のカキ風刃は激しく回転を始める。

 周囲の風を独占するような勢いで取り込み、次の瞬間に一気に放出させる。

 すると鎧武・華の身体はまるでロケットのように一直線に空へと舞い上がった。

 

「野郎……飛びやがった……!?」

 

 急上昇してくる鎧武・華に向かって、2体のインベスは射撃を続ける。

 しかし、鎧武・華は無双セイバーで針の雨を払い除けながら確実に距離を詰めていく。

 刃が届く距離まで辿り着くと、すかさず斬撃を放ち相手を怯ませた。

 

「いってぇなぁ……!」

「女子に向かって刃物を振り回すとか、頭イカれてんのか、こいつ……」

 

 荒々しい言葉を吐きながら、怒りを露にするゲンホウインベス・レゾンとホーネットインベス・レゾン。

 そんな2体の怪人に、鎧武・華は更なる攻撃を仕掛ける。が、

 

「そうはいくかって!」

 

 ホーネットインベス・レゾンが咄嗟に視界から姿を消し、鎧武・華の背後に回りこんだ。

 

「速いっ!?」

 

 眼前には未だにゲンホウインベス・レゾンがいる。

 前と後ろから針を向けられ、このままだと挟み撃ちだ。

 鎧武・華は前後を同時に警戒しながら、戦極ドライバーのカッティングブレードを3回倒した。

 

『ハッ! カキ・スパァーキング!』

 

 すると高速回転していた背面のカキ風刃から強力な竜巻が放たれ、ホーネットインベス・レゾンを巻き込んだ。

 ホーネットインベス・レゾンは空中でバランスを崩しながら、更なる上空へと打ち上げられた。

 

「シラぁ!」

 

 仲間の元へと向かおうと、ゲンホウインベス・レゾンは高度を上げる。

 その後姿を、鎧武・華もまた追いかけていく。

 追跡しながら、戦極ドライバーからカキロックシードを外し、それを無双セイバーのスロットに装填。ロックシードのエネルギーを刀身に集中させる。

 

『イチ……ジュウ……ヒャク……! カキ・チャージ!』

「てぃやぁあああああ!!」

 

 ゲンホウインベス・レゾンが仲間の元へと辿り着き、ホーネットインベス・レゾンの腕を掴んだその時、直後に追いついた鎧武・華が刀を振るった。

 回転斬りから放たれた強力な一閃が、ゲンホウインベス・レゾンとホーネットインベス・レゾンをまとめて吹き飛ばしたのだ。

 凄まじい衝撃波に身体を貫かれ、ゲンホウインベス・レゾンは近くにあったビルの屋上に全身を叩きつけられ、ホーネットインベス・レゾンもまた、歩道橋の下の車道に墜落した。

 

 

 

 2体のインベスを同時に沈黙させた鎧武・華が、その様を上空から見下ろしていると、車道に横たわっていたホーネットインベス・レゾンがユラリと起き上がった。

 しかし、その足は明らかにふらつき、呼吸も大きく乱れている。

 空にいる鎧武・華をキッと睨みつけるものの、気持ちは既に怖気づいていた。

 どれだけ強がろうとしても、心が敗北を認めてしまっているのだ。

 そして、戦意を失うということは、ヘルジュースの効力が弱まるということ。

 すなわち、インベスの姿を失うことを意味している。

 車道に佇むホーネットインベス・レゾンの姿が、元の女子高校生の姿に変化した。

 

「うそ……。力が……消えた……!?」

 

 赤色から肌色に戻った自分の掌を見つめながら、呆然と立ち尽くすシラ。

 するとそこへ、通りかかった1台の大型トラックが、何も知らずにシラが立つ車道に突入してきた。

 背後から近づいてくるトラックのエンジン音。

 しかし、今のシラの耳にはその騒音さえも聞こえない。

 それほどまでに、力を失ったことが彼女にとってはショックだったのだ。

 トラックの運転手が進路を塞ぐシラの存在に気づき、クラクションを鳴らしながら慌てて急ブレーキを掛けるが間に合わない。

 後僅かでトラックのフロントが彼女に衝突しようとしていた。と、その時、

 

「あぶないっ!」

 

 突然の叫び声と共に誰かがシラを突き飛ばした。

 その衝撃で車道の上を豪快に転がりながらも、同時にシラの耳に届いたのは何かがぶつかる鈍い音、そして途切れ途切れの悲鳴だった。

 さっきまでの強固なインベスの身体とは違い、アスファルトに擦っただけであちこちに切り傷や打撲ができて痛かったが、そんなことはお構いなしにシラは顔を上げた。

 一刻も早く自分を突き飛ばした者の正体――鈍い音と途切れ途切れの悲鳴の正体が知りたかったからだ。

 シラの眼に飛び込んできたのは意外な人物――いや、寧ろ当然の人物だった。

 彼女を助けたのは、鎧武・華……ではなく、ランマル……でもない。

 ならば仲間であるゲンホウインベス・レゾン……でもない。

 今、シラの目の前で血を流して倒れているのは、見限ったはずの友人――ルキだった。

 ルキは停車した大型トラックの前で、弱々しく息を吐きながら血溜まりの中に沈んでいた。

 シラは慌てて彼女のそばに駆け寄る。

 

「なんで……!? どうしてお前がいるんだよ!? なに助けてんだよ!? あたしら、あんたを見捨てたんだよ!?」

 

 するとルキは細々と言葉を口にした。

 

「だって……友達じゃん……。あのジュースのせいで……なんか変な感じになっちゃったけど……、それでも……友達じゃん……。だから……助けるよ……」

「ルキ……」

「大丈夫……。シオリも……助かるよ……。お願い……したから……。あの人に……」

 

 ルキの意識はそこで途切れた。

 シラは横たわる彼女を見つめながら、ペタリとその場に座り込むのだった。

 

 

 

 歩道橋の下で起こった予想外の出来事に、鎧武・華もランマルもただただ言葉を失っていた。

 どうすることもできず、完全に身動きが取れなかった。

 そんな中、ビルの屋上に落ちたゲンホウインベス・レゾンが再び立ち上がった。

 滞空する鎧武・華の背を見つめるその表情は、明らかに敵意がむき出しだった。

 腕の針をキラリと光らせ、足場を蹴って空中に飛び出す。

 

「鎧野郎……ぶっ殺してやるぅううう!!」

 

 怒りと憎しみに満ちた叫び声と共に、ゲンホウインベス・レゾンは鎧武・華に飛び掛った。

 鎧武・華の首筋に、今まさに針と突き立てようとしていたその時、気配に気づいた鎧武・華が振り向き様に叫んだ。

 

「駄目だ! 飛んじゃいけないっ!」

 

 次の瞬間、ゲンホウインベス・レゾンの背中の羽根が振動を起こすことなく静かに散った。

 既に鎧武・華に斬られて機能停止していた4枚の羽根が、無情にも風に揺られて離れていく。

 飛行する術を失ったゲンホウインベス・レゾンは、その手で鎧武・華に一矢報いることも叶わず、重力に引きずられるように落ちていった。

 このままではアスファルトに正面衝突してしまう。

 何の抵抗もできないことに唐突な無力さを感じた途端、彼女の心の中で怒りや敵意が消し飛んだ。

 残されたのは“助けて”という言葉のみ。

 その瞬間、彼女の感情と結びついていたヘルジュースの効力が弱まり、ゲンホウインベス・レゾンは元の人間の姿――シオリへと戻った。

 落下していく中で変身が解けてしまったシオリは、赤い夕焼け空に手を伸ばしながら命乞いをした。

 

「やだ……落ちるっ……! 死にたくないっ……!」

 

 そんな彼女の手を、なんとしても掴もうと自らの手を差し出したのは鎧武・華だった。

 今さっきまで敵だった相手だが、死なせる訳にはいかない。

 背中のカキ風刃をフル回転させ、急降下しながらシオリの手を追いかける。

 

「掴まって! 僕が助けるから!」

 

 後僅かで自分の手が彼女の手に届く。

 なんとかアスファルトに衝突する前に助け出すことができそうだ。

 心の中でそう確信すると同時に、シオリの指先が自分の指先に微かに触れた。

 

「よし……」

 

 間もなく彼女の手を握ることができる。

 もう大丈夫。

 鎧武・華がそう安堵した。

 しかし次の瞬間、

 

「え……?」

 

 突然、何処からか飛んで来た鋭利な何かが、鎧武・華の伸ばした手をバシッと弾いた。

 その衝撃で、掴みかけていた2人の手は大きく離れてしまう。

 

「しまっ……」

 

 思わず声を漏らしかけた時には既に遅かった。

 鎧武・華の目の前で、少女の姿がかけ離れていく。

 次に目撃したのは、小さくなったシオリの身体がアスファルトに叩きつけられて、潰れたトマトのように真っ赤な血を飛び散らせる瞬間だった。

 

「そんな……。助けられなかった……」

 

 鎧武・華の視線の先で、女子高校生シオリは息絶えた。

 救えたかもしれない命を救うことができなかった。

 鎧武・華は空中に留まりながら愕然とする。

 

 

 

「今の攻撃……一体誰が……」

 

 事の様子を歩道橋の上から見守っていたランマルは、警戒しながら辺りを見回した。

 鎧武・華の救出を妨害した者がいる。

 その正体を確認するため、眼を凝らして回視する。

 すると、とあるビルの外壁に突き刺さっていた1本の剣を発見した。

 剣はレイピアのような形状をしている。

 ランマルはレイピアの刺さり具合から、それが飛んできた可能性がある方向に視線を向けた。

 次の瞬間、その眼に映りこんだのは、2体の見たこともない怪人たちだった。

 2体のうち1体は、全身を白色に染めた貴族風の格好をしている。

 もう1体は、貴族風の怪人とは対照的に、全身を黒い体毛に覆われた猿人のような姿をしている。

 2体の怪人は車道を挟んだ向かい側のビルの屋上に佇んでいた。

 

「あれは!?」

 

 驚愕するランマルを余所に、怪人たちは不気味な笑みを浮かべると、無言でその場を後にした。

 

「奴ら……まさかネオ・オーバーロードか……?」

 

 新たな敵の出現に、ランマルは更なる激闘の予感を感じていた。

 

 

 ☆

 

 

「あの女たち、助けるんじゃなかったのか? 頼まれてたんだろ、お前」

 

 ビルの屋上を歩きながら、猿人のような怪人――ネオ・オーバーロードのシャムシュンは尋ねた。

 その隣を肩を並べて歩くのは、もう1人の貴族風の怪人――ネオ・オーバーロードのガウディエだ。

 

「ああ。悲しいことだけど仕方がない。彼女たちを救うつもりなど、最初からなかったのだからね……。我々の役目は、あくまで可能性ある者たちを導くこと。ただそれだけだ」

 

 ガウディエは両手を腰の後ろに回しながら、物腰の柔らかい口調で言葉を返した。

 

「ふぅん。優しい態度とは間逆で、随分と冷たいじゃないか」

「我々に優しさなど必要ない。わかってるだろ? ……それよりも、問題は“彼ら”だ」

「彼ら? ああ、あそこにいたアーマードライダーとか言う連中か?」

「そうだ。メメデュンをあそこまで追い詰めたのは彼らだろ。その力がどれほどのものか、ぜひとも確認しておきたい。頼めるかな、シャムシュン」

「しょうがねえな。1度だけだからな」

「ああ。宜しく頼むよ」

 

 ガウディエはその場で足を止めると、自らの姿を人間のものへと変化させた。

 その容姿は銀色の長髪と白いタキシードが特徴の青年。高架下でルキの前に現れた青年そのものだった。

 人の姿に変化したガウディエは、長い銀髪の隙間から不敵な笑みを覗かせるのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話 鎧武の章:マリカ×マリカ 湯煙温泉バトル!

 争いはいつも突然だ。

 休日の昼下がり、多くの買い物客で溢れるショッピングモールに爆発音が鳴り響いた。

 まるで陸上競技のスターターピストルのように、その凄まじい轟音を合図に、人々が一斉に出口に向かって走り出す。

 それぞれが思い思いにショッピングを愉しんでいた日常の風景が、一瞬にして地獄絵図へと変わる。

 悲鳴や怒号が飛び交う中、ショッピングモールの屋根の上を2つの影が走り抜けた。

 1つは全身を黒い体毛に覆われた猿人のような怪人――ネオ・オーバーロードのシャムシュン。

 もう1つは赤いスモモの鎧を身に纏った女戦士――アーマードライダーマリカver.2。

 2人は屋根から屋根へと飛び移りながら、激しい空中戦を繰り広げる。

 さらに、その後を地上から追跡しているのが、アーマードライダー鎧武・華。

 鎧武・華はバイク型ロックビークル――バトルパンジーに跨り、逃げ惑う人々の流れに逆らうようにマシンを走らせる。

 大小の段差を駆け上り、敷地内に並べられたベンチや花壇を飛び越えていく。

 鎧武・華がふと頭上を見上げると、空中を交差する2人の戦いは激しさを増していた。

 シャムシュンは外壁を蹴って大きく跳躍すると、マリカver.2に向かって大きく口を開いた。

 

「ヴォオオオオオオオオオ!!!」

 

 周囲の窓ガラスを一斉に震わせるほどの咆哮が衝撃波となって放たれた。

 マリカver.2は自らも足場を蹴ってジャンプし、敵の攻撃を回避。そのまま空中でソニックアローを構え、レーザーポインターで狙いを定めると、トリガーを引き絞り光の矢を発射した。

 空中を降下している最中で身動きが取れなくなっていたシャムシュンは、成す術がなく光の矢の直撃を許してしまい、バランスを崩して地面に落下した。

 

 

 

 そこはショッピングモールの中庭の広場。

 バイクを走らせ突入した鎧武・華は、ビークルウェポン――リーフブレードを片手に、ハンドルグリップを回した。

 加速するバトルパンジーで一直線に突進し、すれ違いざまにシャムシュン目掛けて刀を振り下ろした。

 高速の斬撃を受けて、シャムシュンの身体が姿勢を崩す。

 鎧武・華がバトルパンジーから降り、同時にマリカver.2も頭上から舞い降りてきた。

 

「このまま一気に畳み掛けるぞ!」

「わかった! でもラン姉はあまり無理しないで!」

「ああ! いくぞ!」

 

 2人は一斉に走り出し、シャムシュンに更なる攻撃を仕掛ける。

 

 

 

 鎧武・華とマリカver.2のコンビとシャムシュンの戦い。その様子を、少し離れた場所にあるビルの屋上から観察している者がいた。

 ネオ・オーバーロードの1人、ガウディエだ。

 元々、シャムシュンがシグレとランマルに戦いを仕掛けたのも、ガウディエが指示を出したからだった。

 沢芽市を守るために活動しているアーマードライダーと呼ばれる存在。計画の障害となる彼らの実力を見極めるため、シャムシュンには囮になってもらったのだ。

 

「ふむ……。あの2人の動き、随分と戦い慣れしているな。 凡人にはない異質な気迫を感じる……。ん? あれは――」

 

 鎧武・華とマリカver.2の躊躇いのない攻撃を興味深く眺めていると、ガウディエはあるものに気づいた。

 よく見ると、戦いが繰り広げられている中庭の広場の片隅で、息を殺して姿を潜ませている男が1人いる。

 男は20歳前後の外見で、柱の陰に隠れながら戦闘の様子を食い入るように覗き見ている。

 眼前の迫力に興奮しているのか、ハアハアと荒い息まで吐いているようだ。

 他の買い物客は全員逃げ出しているというのに、この男は一体何をしているのか。

 

「あの青年、こんな状況で何を……」

 

 あまりにも不自然な光景に、ガウディエすらも首を傾げる。

 

 

 

 ビルの屋上からはガウディエが、広場の柱の陰からは謎の男が戦況をジッと見つめている。

 どっちもまるでストーカーのようだが、そんなことは知る由もなく、鎧武・華とマリカver.2は戦いに夢中だった。

 

「シグレ! その刀、少し借りるぞ!」

「良いよ! 使って!」

 

 マリカver.2に言われ、鎧武・華は手にしていたリーフブレードを投げ渡した。 

 植物の葉を模した緑の刀を受け取ったマリカver.2は、ソニックアローと合わせて二刀流で挑む。

 

「僕はこれで!」

『カキ!』

 

 使用していた得物を手放した鎧武・華は、代わりにとカキロックシードを取り出した。

 

『ハッ! カキアームズ! 夕凪・クロスストーム!』

 

 橙色のカキの実の鎧を装着し、鎧武・華はカキアームズに姿を変えた。

 背中に装備されたヘタを模した巨大手裏剣――カキ風刃を手に取ると、シャムシュン目掛けて大振りで投げつける。

 回転しながら宙を舞い、カキ風刃はシャムシュンの右肩を切り裂いた。

 

「ぐっ!? おのれ……アビリェファショボリャファンフェシェデュンション……!」

 

 シャムシュンはフェムシンムの言葉を口にしながら、苦痛に表情を歪ませる。

 

「愚かな奴! 今さら言語を偽ったところで無駄なことだっ!」

 

 マリカver.2は嘲笑うように叫びながら、両手の2つの刃を交互に振り下ろす。

 右手のソニックアローと左手のリーフブレードが、確実にシャムシュンの胴体に傷を作っていく。

 

「ぬぅ……。オミョシュメブリョフォガ! ヴォォオオオオオ!!!」

 

 シャムシュンは怒りの形相で口を大きく開き、衝撃波を放出。接近していたマリカver.2を吹き飛ばした。

 

「くっ……」

 

 不意を付かれ、地面を転がるマリカver.2。

 そんな彼女にシャムシュンはさらに衝撃波を放つ。

 

「ヴォォオオオオオオオ!!!」

 

 迫り来る咆哮。

 しかしそこへ、

 

「危ない!」

 

 咄嗟にマリカver.2の眼前に飛び出した鎧武・華が、前方にカキ風刃を突き刺し、それを盾にして衝撃波を防御した。

 

「なんだと!?」

 

 演技を忘れ、今度は人間の言葉で驚くシャムシュン。

 

「隙ができた! 今だラン姉!」

 

 すかさず背後のマリカver.2に向かって呼び掛ける鎧武・華。

 既に起き上がっていたマリカver.2は、両手のソニックアローとリーフブレードを投げ捨て、ゲネシスドライバーのレバーを素早く2度押し込んだ。

 

『プラムエナジー・スパァーキング!』

 

 電子音声が鳴り響くと同時に、マリカver.2は地面を蹴って跳躍し、鎧武・華の頭上を飛び越えながら右足を前に突き出した。

 

「はあぁぁぁ!!!」

 

 足先に集中したプラムエナジーロックシードの真っ赤なエネルギーを果汁のように飛び散らせながら、標的目掛けて急降下していく。

 

「ぬぅうう……」

 

 シャムシュンが上空を見上げた時には既に遅く、マリカver.2の渾身の一撃が炸裂した。

 派手に蹴り飛ばされたシャムシュンは、そのまま背後に設置されていたベンチの上に突っ込んだ。

 グシャッと潰れた木製のベンチの上に横たわるシャムシュン。

 次の瞬間、

 

「こ……この俺が……。ぐぎゃぁあああああああ……」

 

 断末魔と共に異形の姿は爆発。

 黒煙と炎に包まれながらシャムシュンは消滅した。

 

 

 

 戦闘を終えた鎧武・華とマリカver.2は、ドライバーにセットされたロックシードを閉じて変身を解除した。

 途端に足の力が抜けたのか、ランマルの身体がグラリとふらつく。

 

「ラン姉! 大丈夫?」

 

 シグレは慌てて彼女の肩を支える。

 

「ああ、心配するな。少し疲れただけだ。もっと鍛錬して、一刻も早く鎧の力に耐えられるようにならないとな」

「うん。でも無理はしないで」

 

 鎧を脱ぎ、シグレとランマルは一時の間胸を撫で下ろす。

 するとそこへ、1人の男がそそくさと駆け寄ってきた。

 それはさっきまで柱の陰に隠れて戦いの成り行きを覗いていたあの青年だった。

 青年は気味の悪い笑みを浮かべながら、ランマルの眼前で立ち止まる。

 

「ん? な、なんだ君は?」

 

 ランマルは突然現れた見慣れない男の姿に困惑した様子を見せる。

 青年は照れくさそうに手の甲で鼻を擦ると、少し間を置いてから口を開いた。

 

「んふふ……。強かったですね、あなたァ」

 

 鼻息と一緒に漏れる笑い声を含んだ若干高めの声。そして、嘗め回すように見つめてくるイヤらしい視線と馴れ馴れしさを感じさせる態度。

 青年と対峙したランマルの顔は、明らかに引き攣っていた。

 シグレが心配そうに見守る中、ランマルは逃げるようにゆっくりと後退りしていく。

 ところが、

 

「さっきのアーマードライダーでしょ! 知ってますよォ、ぼくゥ! 前にビートライダーズがインベスゲームで使ってた奴ですよねェ! いやぁカッコいいなァ~! でもォ鎧の姿も良かったけど、中の人はもっと素敵だなァ~! プロポーションとか完璧ですよねェ、スラッとしていてェ! エロカッコいいッスよねェ~!」

 

 独特のテンションを爆発させながら、青年はランマルの両肩に手を置いた。

 そして、ボディラインをなぞるように肩から腕、そして腰へと撫で回していく。

 一見、スタイリストがモデルのスタイルをチェックする動作にも見えるが、間違ってもこの男はスタイリストではない。断じてない。

 今のままではただの変態、変質者、セクハラ男か痴漢野郎だ。

 

「ひゃぁっ!?」

 

 服の上からとはいえ、唐突に身体を触れられたランマルは、背筋に急激な悪寒を感じ、ビクッと全身を震わせた。

 思わず変な声が出てしまったじゃないか。シグレが見ている前でなんて恥ずかしい。

 この男、そもそも一体何者なのか。

 新手のネオ・オーバーロードか。それともヘルジュースで変身するインベスか。

 しかし、武神の世界で鍛えた己の直感は何も知らせてこない。

 この男からは破壊衝動や殺気は全く感じられない。

 感じるのは、今のところ丸出しの下心だけか。あとキツめの体臭。

 男からは鼻をつんざくような臭いがしている。恐らく数日ほど風呂には入っていないのだろう。

 いや、風呂ぐらい入れよ、気持ち悪い。

 急に身体を触れられて戸惑っているせいなのか、思考が混乱しておかしくなってきた。

 とにかく、この男がただの人間だというのなら仕方がない。

 素手で1発引っ叩くだけで許してやる。

 

 ランマルが珍しく無防備な一般人に手を上げようとしている。

 武将であり戦士である誇りを持つ彼女にしてはらしくない行為だが、無理もない。気持ちはわかる。しかし、ここはひとまず、

 

「ラン姉、落ち着いて! 叩いちゃ駄目だよ! 相手は普通の人なんだから!」

 

 シグレは振り上げたランマルの腕を抑えて彼女の気を宥めた。

 ランマルはこみ上げてくる感情を堪えるように拳を握り締めた。

 振り上げた腕はプルプルと震えている。

 

「だ、大丈夫……大丈夫だ、シグレ……。止めてくれてありがとう……」

 

 なんとか冷静さを取り戻したランマルは、腕を下ろして敵意を収めた。

 

「君……、よくはわからないが、無礼なことはあまりするものじゃない……。今日のところは大目に見るから、すぐに帰ったほうがいい……」

「すいませんすいません! あまりにも興奮しちゃって、つい調子に乗っちゃいましたァ! でもあなたみたいな美人とこうしてお近づきになれて、ホント良かったですゥ! また何処かでお会いできたら、そんときは宜しくお願いしますねェ~!」

 

 男は頭を垂れながらそう言うと、ヘラヘラと笑みを浮かべながらその場を後にした。

「また何処かで」なんて――冗談じゃない。あんな男と顔を合わせるなんて2度とゴメンだ。

 ランマルは消化しきれない苛立ちを感じながら、出口に向かって歩き始めた。

 やれやれという表情で、シグレはその後姿についていく。

 

 

 

 ビルの屋上に佇むガウディエは、男の動向に興味を持ち始めていた。

 同胞のシャムシュンがあっけなく敗れてしまったことは残念だったが、おかげで2人のアーマードライダーをじっくりと観察することができたし良しとしよう。それよりも今は、あの青年を利用することができれば、別の面白いことができるかもしれない。

 新たな企みに胸を躍らせながら、ガウディエは真っ白いスーツのポケットからヘルジュースの小瓶を1本取り出した。

 

「さて、どうなるか……。これはこれで楽しみだ……」

 

 

 ☆

 

 

 その日の夕方。

 桐河羽月は珍しく科学者の象徴である白衣を脱ぎ捨て、赤いカクテルドレスを身に纏っていた。

 今日はこれから、とある高級レストランの個室を借りて食事会。

 相手は今は無きユグドラシル・コーポレーションの重役だった男――呉島貴虎。

 彼とは先日のメメデュンとの戦いの時以来の再会となるが、今回は1対1の話し合い――お互いの情報を交換共有し合う場である。

 羽月は白のショルダーバッグを肩に掛け、自分の書斎を後にした。

 

 

 

 青いオープンカーを30分ほど走らせ、目的のレストランに到着すると、店のスタッフに個室の前まで案内された。

 扉を開けてもらうと、部屋の中には既に呉島貴虎の姿があった。

 約束の時間の10分前に到着した羽月だったが、貴虎はそれよりもさらに15分も前から席についていた。

 彼の生真面目さには相変わらず感服する。

 

「ごめんなさい、もう来ているなんて思いませんでした。あの……随分待ちました?」

 

 羽月は申し訳無さそうに尋ねながら、貴虎の向かいの席に腰を下ろした。

 

「いや、最近街で起きていることを考えていた。1人で頭の中を整理するにはちょうど良い時間だった」

 

 貴虎の眼前のテーブルには、食器が手付かずの状態で綺麗に並べられているだけだった。

 飲み物すらも注文せずに待っていてくれたのだ。

 

「そうですか……。そのことについても、いくつかお話したいことがあります」

「ああ、私も同じだ。だが、まずは何か注文しよう。店の者に悪いからな。話はそれからだ」

 

 

 

 一通り注文を終え、運ばれてきた料理を堪能した2人。

 その後、貴虎は追加で赤ワインとデザートのアップルパイを一切れ注文した。

 

「君もどうだ? ここのワインはなかなか上質と評判なんだが……」

 

 やって来たウェイターにワインを注いでもらいながら、貴虎は羽月にも勧めてみる。

 

「ありがとうございます。でもごめんなさい、私、お酒は飲まないようにしているんです」

「そうなのか?」

「ええ。これは偏見……というか自論なのですが、お酒は人の思考を鈍らせる。それは我々科学者にとっては致命的なことです」

 

 このような発言は、本来なら酒類を提供する店の中で口にする言葉ではない。

 そんなことは勿論承知の上だった。

 羽月は言った直後に、ウェイターに向かって申し訳無さそうに頭を下げた。

 しかし、ウェイターは特に気を悪くすることもなく、笑顔でお辞儀を返した。

 

「そうか……。凌馬がよく研究の成果が良かった時などに、1人で祝杯を挙げていたから、てっきり君も飲むのかと思ったよ」

 

 貴虎はそう言いながら、生前の戦極凌馬が、時々部屋の片隅でグラスを傾けていたことを思い出した。

 

「あの人は特別ですよ。……いや、というより、変わっているのは私の方です。他の科学者たちは、皆普通に飲んでますよ」

 

 羽月の言葉に、貴虎はフッと少しだけ笑みを浮かべながら、フォークに刺したアップルパイの欠片を口に運んだ。

 

「それよりも私からしてみれば、呉島主任の方が意外というか……。アップルパイが好きなんて可愛いところもあるんですね」

「からかわないでくれ。それにこれは、別に好物という訳ではない……。なんと言うか――ちょっとした思い出という奴だ」

 

 貴虎の脳裏に、今度は1人の女性の姿が浮かび上がってきた。

 それはかつて使用人として呉島家に仕えていた朱月藤果の姿だった。

 貴虎が心を許した数少ない人物。

 しかし脳裏に現れた彼女の姿は、一瞬にして真っ赤なリンゴの鎧を身に纏った戦士――アーマードライダーイドゥンへと変わる。

 彼女はもういない。

 禁断のリンゴロックシードの力に手を出した代償に命を落としたのだ。

 食べかけのアップルパイを見つめる貴虎の表情は、何処と無く寂しそうに見えた。

 

「思い出の味……なんですね」

 

 貴虎の心境を察した羽月は、そっと言葉をかける。

 

「味はここのに比べれば雲泥の差だがな」

 

 そう言いながら苦笑する貴虎に、羽月もまた笑顔を向けた。

 

 

 

 空いた皿を片付けたウェイターが部屋を去ると、羽月と貴虎はようやく本題に入った。

 

「それで……、あれからどうだ? ネオ・オーバーロードの動きは……」

 

 赤ワインを一口飲み、グラスをテーブルに置きながら貴虎は羽月に問いかけた。

 

「やはり予想していた通りですね。明らかに活発になってきています……。調査したところによると、どうやら複数の個体が同時に活動し、沢芽市内各所――正確にはそれぞれのエリアの住人にヘルジュースを配り歩いているようです。実際、使用者も次々に増えて、それに伴う事件の発生が多数報告されています」

 

 羽月は正面に座る貴虎の瞳を真っ直ぐと見つめながら説明を始めた。

 

「そうか……。なんとか使用を未然に防ぐ術があればいいんだがな……」

「難しいですね……。ネオ・オーバーロードと接触した者の中には、冷静な判断ができる人も確かにいるとは思いますが、そのほとんどは――特に若者の多くは“特別な力”というものにはとにかく惹かれやすく、そして手を出しやすい。それは既にユグドラシルが招いたロックシードで証明されていることです」

「ああ……、よくわかっている。私自身がその首謀者だったからな……」

 

 貴虎は皮肉を込めて自虐した。

 かつて、ユグドラシル・コーポレーションはプロジェクトアークの成功とヘルヘイムの森の侵食により発生するインベスの存在を隠蔽するために、沢芽市の若者たちを利用してロックシードを使ったインベスゲームが流行するように仕向けた。その計画を指揮したのが、誰であろう貴虎自身だった。

 

「ですが、抗う力を持っているのも若者の強みです」

 

 俯きかける貴虎を励ますように、羽月は話を続ける。

 

「世界が滅びに向かう中、迫る脅威に立ち向かい、大人が諦めかけたことを成し遂げたのも、確かに若者たちでした」

「……そうだったな。私に過ちを気づかせたのも、オーバーロードと戦いこの街を救ったのも、彼らだった」

「今しばらくは信じましょう。この街の人たちが、正しい判断をしてくれることを」

「ああ、そうだな……。しかし、我々もこのまま指を銜えている訳にもいかん。できることはしなくては……」

「そうですね。とりあえず、私たちが今できることは、ネオ・オーバーロードを1体でも多く倒して被害を可能な限り減らすこと。そして、既にヘルジュースに手を出してしまっている使用者への救済」

「使用者? そういえば、ヘルジュースを摂取してインベスとなった者はどうなっている? 一命を取り留めた者たちは……」

「現在、私の下では3人保護しています。1人はビートライダーズ――チームレッドホットの元メンバーだった少年。残りの2人は女子高校生で、先日殺人や暴行事件を起こしています」

「女子高校生の件なら私も聞いている。3人のうち、1人は亡くなったそうだな……」

「ええ、残念ながら……。無事だった3人は、今は市の病院に入院させて管理しています」

「彼らの容体はどうなんだ?」

「メディカルチェックの結果、3人の体内には今もヘルジュースの成分が残留している状態です。ですが、所持していたヘルジュースは全て没収しましたし、これ以上インベス化することはないでしょう」

 

 羽月の言葉に、貴虎は少し考え込むように間を置いてから再び口を開いた。

 

「……そのままにして問題はないのか? なんとか体内に残ったヘルジュースの成分を完全に抜き取ることはできないか?」

「申し訳ありません、今のところ確立はまだ……。現在は量産型のドライバーを使って、成分の活性化を抑制してはいますが……」

 

 戦極ドライバーやその量産型、そしてゲネシスドライバーは、本来は人類がヘルヘイムの森に適応するために開発した生命維持装置だった。

 ヘルヘイムの力を制御し、人体に無害な形に変換するフィルターの役割を持った特殊なベルト。

 以前、オーバーロードインベスの1人――レデュエの攻撃を生身で受けた駆紋戒斗が、その侵食を食い止めるためにゲネシスドライバーを常時装着し続けていたことがあった。

 マスターインテリジェントシステムの記録からそのことを改めて確認した羽月は、ヘルヘイムの果実から作られたヘルジュースの効力も同じくドライバーで抑制できると考えた。

 

「でも諦めずに研究を続けて、必ず成分を除去する方法を見つけ出してみせますよ」

 

 羽月は自分に言い聞かせるように力強く言い放った。

 

「ああ、頼む。研究や開発に関しては、今は君に頼った方が合理的のようだからな。……ところで、ネオ・オーバーロードの動向に関してだが、奴らについて何か新しい情報はあったのか?」

 

 熱心に次々と質問を重ねる貴虎。

 しかし今の状況を打破するにはそれだけ情報が必要だということは、当然羽月にもわかっていた。

 だから訊かれたことにはできるだけ、そして可能な限り包み隠さず答えようと心掛けた。

 

「そのことについても、今はまだそれほど……。こちらも、保護した使用者たちからなんとか情報を聞き出そうとしてはいるのですが、なかなか思うようには……」

「そうか……。それでも……引き続き頼む。彼らから話を聴くことができれば、必ずネオ・オーバーロードを追い詰める手掛かりになるはずだ」

「……わかりました。できる限りのことはやってみます」

 

 頷く羽月。

 すると、貴虎が「それから――」と要件を付け加えてきた。

 

「今後、ネオ・オーバーロードの出現は勿論だが、ヘルジュース関連の事件が発生した際も、できるだけ連絡を寄越してくれないか? 今日も、昼に出現したネオ・オーバーロードを君たちだけで対処しただろ?」

「え、ええ……。気づいてました?」

「当然だ。確かに、今のままだと敵の察知は君たちの方が断然優れている。情けない話だが、我々だけではどうしても後手後手になってしまうのが正直なところだ。しかしだからといって、このまま君たちに任せっきりで終わる訳にはいかない。例え情けなくっても、君たちに頼りっぱなしでも、我々も戦う。光実やあいつの友人たちも、そのつもりで動いてくれている。……それに我々は今、協力関係を結んでいるはずだろ?」

 

 貴虎のその言葉に、羽月は思わず口を噤んだ。

 別に協力を拒んでいたつもりはない。ただその前に彼らの力――シグレとランマルの実力と、自分が開発したプラムエナジーロックシードの性能で、一体どこまでいけるかを確認しておきたかったのだ。

 沢芽市が再び危機に晒されているこんな時に、そんな私情を挟むことがどれだけバカなことなのかは、勿論わかりきっていたことなのだが。

 可能性を確かめずにはいられない。科学者の性だ。

 それに、

 

「すみません……。でも、呉島主任も大変なのでは? 流出したユグドラシルの技術の件もありますし……」

「そのことなら心配する必要はない。そちらの件は、私の仲間が卒なくこなしてくれている。少々……いや、大分変わり者だが、腕は確かに信用できる」

「その変わり者というのは……凰蓮――」

 

 と、羽月がそこまで言いかけたところで、貴虎のスーツの内ポケットから着信音が鳴り出した。

 スマートフォンを取り出すと、噂をすればと言うべきか、画面にはその“変わり者”の名前が表示されていた。

 貴虎は「すまない」と会釈してから電話に出た。

 少しの間、電話の相手と会話のやり取りを続けていくと、次第に貴虎の表情が険しくなっていく。

 やがて通話を終えた貴虎は、考え込むように束の間の沈黙を貫いてから、正面に座る羽月に視線を向けた。

 

「どうかしました?」

 

 尋ねる羽月に、貴虎は重い口を開く。

 

「……妙なアーマードライダーが現れたらしい」

 

 

 

 一通り話を終えた羽月と貴虎はレストランを出た。

 外はすっかり暗くなり、街の灯りが賑やかさと神秘さを共存させている。

 この時期はまだ夜になると少し肌寒い。

 時折強く吹く冷たい風に、羽月は思わず肩を縮める。

 

「今日はありがとうございました、呉島主任」

「こちらこそすまない。しかしおかげで、色々と状況を整理できそうだ」

「いえ。ご指摘されたとおり、今後はより一層連携して活動していくつもりなので、よろしくお願いします」

「ああ、よろしく頼む。こちらも新たな情報が入り次第、早急に君たちに伝えるよう心掛ける」

「お願いします。それと……先ほどの電話の件――詳細不明のアーマードライダーについても、できれば情報を共有させてもらいたいのですが……。何かあれば協力できるかもしれませんし……」

「わかっている。寧ろその方がこちらとしても助かる。これから忙しくなるだろうが、頼りにしている」

 

 そう言いながら貴虎は手を差し出した。

 羽月はその手をギュッと握り締め、2人は固い握手を交わすのだった。

 

「ところで1つ気になっていたんだが、私のことを“主任”と言うのは遠慮してもらえないか? もうユグドラシルは存在しないんだ。今の私は、ただの貴虎だ」

「そう仰いましても……。私にとって、主任は主任です。今も昔も。寧ろなんてお呼びすれば?」

「普通に呼んでくれればいい」

「えー……。“呉島さん”……だとパッとしませんし、何より弟さんと被りますね……。じゃあやっぱり、“貴虎さん”!」

「下の名前だと変な誤解を招かないか……?」

「じゃあ愛称で呼びますか? 例えば……“タッくん”とか」

「私は猫舌ではない」

「猫舌? なんのことですか?」

「いや、なんでもない……。もういい……。今までどおりの呼び方で呼んでくれ……」

 

 そんな他愛のない会話を交わしながら、羽月と貴虎は夜の街へと消えていった。

 

 

 ☆

 

 

 「……あなたたち、何してるの?」

 

 貴虎と別れ、研究所に帰宅した羽月の眼に飛び込んできたのは思わぬ光景だった。

 書斎のソファーに座るランマルの両肩を、シグレが一生懸命に揉み解しているところだ。

 その光景はシグレが童顔なのも相俟って、まるで親子の日常のようにも見えた。

 微笑ましい限りではあるが、人の仕事場でこの2人は一体何をしているのか。

 

「あ、お帰りなさい」

 

 肩揉みを続けたまま、シグレは羽月に挨拶する。

 

「戻ったか。遅かったな」

 

 ソファーに深く座り込みながら、視線だけを向けてランマルも言う。

 呆れ顔の羽月は、2人に説明を求めた。

 それに応えたのはシグレだった。

 

「ごめんなさい。羽月さんの帰りを待ってたんですけど、ラン姉が戦いの影響でまた辛そうだったから、少しでも癒してあげようかと思って……」

「……それで肩揉み?」

「ええ、まあ……。僕にはこれぐらいのことしかできないから……」

 

 されるがままのランマルの顔を覗いてみると、とてもリラックスした表情が窺える。

 どうやらシグレはマッサージが相当上手いらしい。

 2人の様子を観察しながら、羽月は少し考えた。そしてある提案を思いついた。

 

「ねえ2人とも、良かったら明日、一緒に温泉にでも行かない?」

「温泉?」

「なんだ? 突然何の話だ?」

 

 突拍子もない羽月の思いつきに、シグレとランマルは首を傾げた。

 

「実はさっき、呉島主任と話をしてきたの。それで今後は協力体制を強化することになって、これからますます忙しくなるから、その前に明日ぐらいはゆっくりと羽を伸ばすのも良いかと思ってね。幸い、評判の良いスパリゾートもこの街にはあるし、これからの戦いのためにも、2人には今のうちに英気を養ってもらわないと」

 

 羽月の言葉にシグレとランマルは暫く顔を突き合わせた。

 “すぱりぞーと”というものが一体何なのかは全くわからなかったが、羽月の言い方から察するにきっと楽しいことに違いない。

 考えてみれば、元いた世界――戦が絶えなかった武神の世界は勿論のこと、こちらの世界に来てからもずっと戦いの連続だった。それを思えば、少しぐらい遊戯に付き合うのもそれはそれで悪くないのかもしれない。

 2人は羽月に視線を戻すと、少々照れくさそうに返答した。

 

「あの……羽月さんがそう言ってくれるのなら、僕はお供したいです……」

「ま、まあ……ちょっとぐらいなら……な」

 

 肩揉みの手をいつの間にか止めて、嬉しそうな表情を浮かべるシグレと、素直になりきれないランマル。

 兎にも角にも、明日は3人揃っての初めての休日となった。

 

 

 

 

 薄暗い古びたアパートの一室。

 全ての窓はカーテンに遮られ、天井にぶら下がった照明も消灯したままになっている。

 唯一の灯りはデスクトップパソコンのモニターから漏れる光だけ。

 そしてそのパソコンからは、何故か研究所にいるはずの羽月やシグレ、ランマルの声がハッキリと聞こえてきていた。

 

「へえ~……温泉かァ~。いいなァ~。最高のシチュエーションじゃん! さっそくコイツの力を試そっと……」

 

 陰気な雰囲気が漂う部屋の中に、パソコンに向き合う男が1人。

 それは昼間、ショッピングモールでアーマードライダーとネオ・オーバーロードの戦いを目撃していたあの男だった。

 男の名前は 濡流屋(ぬるや)

 濡流屋は筒抜けになっている研究所内の会話に耳を傾けながら、不気味な笑みを浮かべた。

 彼の手には、ヘルジュースの小瓶が1本握られていた。

 

 

 ☆

 

 

  次の日の朝、約束したとおり3人は沢芽市の中央区にあるスパリゾートにやって来た。

 ここには大小9種類の温泉をはじめ、トレーニングジムやゲームコーナー、フードコートや温水プール施設などがある。

 フロントでチェックインを済ませた3人は、さっそく温泉に浸かろうと脱衣所へと向かう。

 その道中、シグレがふと足を止めた。

 視線の先にはゲームコーナーがあり、シグレはその中にあるダンスゲームが気になっていた。

 “ドレミファビート”というタイトルの筐体の上では、熟練のプレイヤーがリズムに合わせて凄まじいテクニックを披露しており、その様子をさらに数人のプレイヤーたちが興奮しながら見物している。

 先日チーム鎧武のメンバーたちと交流し、この世界のダンスというものを僅かながらに体験したこともあってか、どうしてもマシンの上のダンスに眼が向いてしまう。

 その場に立ち尽くしたまま身動きが取れないでいると、ついて来ないシグレを不思議に思った羽月とランマルが声を掛けに引き返してきた。

 

「どうしたの? シグレくん」

「何かあったのか?」

 

 2人に言われてシグレはハッとなった。

 

「あ、ごめん。ちょっとむこうが気になって……。2人は先に入ってゆっくりしてて。僕は後で入るから」

「そう?」

「いいのか? シグレ」

「うん。2人とも楽しんできて」

「わかったわ。じゃあ、また後で合流しましょ」

 

 女性用の脱衣所へと向かう羽月とランマルを見送ったシグレは、足早にゲームコーナーへと進み、ダンスゲームの筐体を囲む見物人たちに紛れ込んだ。

 拍手や歓声が飛び交う中、シグレは眼前の熟練プレイヤーのテクニックに圧倒され、言葉を失っていた。

 近くで見ると、また迫力が全然違う。

 筐体の画面上では、ゲームキャラクターのポッピーピポパポが高評価のマークを表示している。

 

「すごいなぁ……」

 

 この施設にやって来た目的をすっかり忘れ、夢中になってダンスを眺めるシグレ。

 するとそこへ、

 

「なんだ、やっぱり好きなんじゃん! ダンスのこと」

 

 突然、背後から聞こえた声に呼びかけられ、シグレはまたハッとなった。

 聞き覚えのある少女の声に振り向いてみると、そこにいたのはチーム鎧武のメンバー――チャッキーだった。

 

「チャッキーさん!? どうしてここに……?」

 

 意外な場所での思わぬ再会に、シグレは驚きを隠せなかった。

 

「それはこっちのセリフよ! 君こそなんで?」

 

 チャッキーはフロント前の自販機で買った缶ジュースを片手に、シグレに尋ねた。

 

「僕はえっと……知り合いの人に誘われて……。チャッキーさんは?」

「ん? 私はお母さんと一緒に。今日は練習も休みだし、たまには親子の絆も深めないとね!」

「へぇー。良いですね、そういうの」

「まあね。とは言っても、肝心の母は今は1人でエステの最中だけど」

「えすて? チャッキーさんは一緒にやらないんですか?」

「やらないやらない! だって私、まだ若いし、肌もスベスベだから!」

 

 そう言って、チャッキーは缶の淵に口をつける。

 少量のジュースをコクッと飲み込むと、早々に話題を切り替えた。

 

「そんなことよりも君のことよ! 今思いっきり見惚れてたでしょ?」

「え? 何にです?」

「これこれ! ダンスによ!」

 

 と、チャッキーはマシンの上で踊り続ける熟練プレイヤーを指差した。

 

「え、ええ……まあ……」

 

 なんとあっさりと見抜かれてしまった。

 シグレは恥ずかしげに耳の後ろを指で掻きながらコクッと頷いた。

 

「やっぱり気になるんでしょ? だって君、絶対ダンスの才能あるはずだもん!」

「いや、そんなことは……」

「でも楽しかったんじゃない? この前踊ってみた時」

「それは勿論……」

「でしょ? もしあの時、楽しいと思えなかったなら、今こうしてここにいるわけないからさ」

 

 どうやら彼女は全てお見通しのようだ。

 確かにあの時――チーム鎧武のガレージで初めてこの世界のダンスというものに触れた時、今まで味わったこともない楽しさと開放感を体験することができた。

 あの感覚を知ってから、時々気持ちがウズウズするのも確かだった。

 またもう1度、音に合わせて身体を動かしたい。

 敵に合わせて刀を振るうのではなく、あの時のように、心が弾む音楽に合わせて自由気ままに踊りたい。いつの間にか、そう思うようになっていた。

 

「それで前にも訊いたけどさ、本格的に私たちと一緒にダンスしてみない? 君とならきっと楽しく踊れると思うんだよね」

 

 チャッキーの2度目の誘いに、シグレは言葉を詰まらせた。

 正直、彼女の誘いはとても嬉しかった。

 できることなら、今すぐにでも承諾したかった。

 しかし、自分がこの世界にやって来た目的は戦うため。戦って、この世界を危機から救い、自分たちの世界を危機から守るためだ。

 それなのに他のこと――ダンスに夢中になるなんて、やってもいいことなんだろうか。

 ラン姉はなんて言うかな。

 羽月さんはなんて言うかな。

 返す言葉が見つからず、すっかり返事に困ってしまったシグレ。

 眼前ではチャッキーが期待した答えが返ってくるのをウキウキしながら待っている。

 その様子を困り果てながら見ていると、彼女の背後を1人の男が横切って行った。

 

「あれ? あの人は……」

 

 チャッキーの肩越しにその姿を目撃したシグレは、男の正体にすぐに気がついた。

 

「ん? なに? どうかした?」

 

 突然様子が変わったシグレに、チャッキーは尋ねる。

 

「いえ。チャッキーさんの後ろにいるあの人、昨日見た顔だなと思って……」

 

 そう言われて、チャッキーも男の姿に目を向ける。

 

「あの人、昨日怪物が現れた場所にもいたんですけど、僕の知りあいにちょっと変なことをして……。なんか変わった人だったんですけど……」

 

 シグレとチャッキーは、男の行動を暫く観察した。

 男はやけに周りを警戒した様子で、キョロキョロしながら小走りで何処かへ向かって行く。

 その行く先に気づいたチャッキーは、次の瞬間声を大にした。

 

「あ! あの先ってもしかして……女湯じゃないの!?」

「女湯!?」

 

 天井にぶら下がった矢印の案内板を見ると、確かに男が向かった先は“女風呂・大浴場”と記されていた。

 しかもそこは、少し前にランマルと羽月が向かった場所でもあった。

 

「まさかあの男、女湯を覗くつもりじゃないわよね!?」

「それって……悪いことですよね?」

「当然!!」

 

 シグレの一応の確認に、チャッキーは腹の底から答えた。

 

「なんか心配になってきた! 追いかけよ!」

 

 チャッキーに腕を引っ張られたシグレは、ダンスゲームを取り囲む人混みの中から勢いよく抜け出した。

 2人は男の行動を探るため、その後を追跡することにした。

 

 

 ☆

 

 

 濡流屋という男は異常な性癖の持ち主だ。

 好みの女性を見つけて1度目をつけると、その女性の身体を自分の舌で舐め回したいという願望に駆られてしまう。

 しかしそんな考えを実行に移す度胸は持ち合わせておらず、今まではただ妄想に耽るだけだった。

 ところが昨日、白いタキシードの男に出会った濡流屋は、彼から小さな瓶を受け取った。

 

「これは魔法の薬だよ。この薬を飲めば、どんな願いも実現できる勇気を持つことができる。勿論、この力をどう使うかは、君次第だけどね」

 

 男の話を聞いた濡流屋には、既に目をつけている女性がいた。

 昼間、僅かにその女性に接触した時、気づかれないように彼女の上着のポケットに小型の盗聴器を忍ばせた。

 彼女の会話を盗み聞きし、情報を得た濡流屋には、今日このスパリゾートに彼女がくることはわかっていた。

 

 

 

 

 女性専用を意味する赤い和風暖簾の前に、濡流屋は立っていた。

 標的の女性がこの暖簾を潜り、大浴場に繋がる脱衣所へと入っていったことは既に把握済みだった。

 後は手に入れた小瓶の中身を飲み干し、その力で女風呂に忍び込むだけ。

 考えただけでワクワクしてくると、濡流屋は胸を躍らせた。

 女風呂の前で1人の男がニヤニヤしながら佇んでいる光景など、傍から見れば気味が悪いだけだが、彼にとっては幸いにも、今この瞬間、周りに他の客の姿はなかった。

 行動を起こすなら今がチャンスだ。

 濡流屋は腰につけたポーチから小瓶を取り出した。

 いざっ!

 しかしその瞬間、突然背後から聞こえてきた少女の叫び声が、濡流屋の手を急停止させた。

 

「ちょっとあんた! そこで何してるの!」

 

 唐突に浴びせられた大声に、濡流屋の両肩がビクッとなる。

 恐る恐る振り返ると、そこにいたのは2人の少年少女だった。

 1人は見覚えがある。

 昨日、標的の女性を初めて目撃した時、彼女の傍にいた童顔の少年だ。

 もう1人の少女は、顔に覚えはないが、今の大声は間違いなく彼女だ。

 2人の登場に、濡流屋は途端にそわそわする。

 

「あなた、昨日怪物が現れた現場にもいましたよね? なんでまたここに?」

 

 冷静な口ぶりで、少年の方――シグレは問いかける。

 濡流屋は質問に答えることもなく、ただこれからのことを考えた。

 これはマズイよォ~。確かコイツも、あの女性と同じようにアーマードライダーになれるはず。だとしたら、生身の姿でも見かけによらず結構強いかもしれない。小瓶の力を身につける前に先手を打たれでもしたら、絶対勝ち目はない。ならどうする? 幸い、奴らはこちらの手の内はまだ何も知らない。だったら打たれる前に打て! 先手を打つのは、このぼくだァ!

 濡流屋は手にしていた小瓶を一旦ポーチの中に戻すと、代わりに別のアイテムを取り出した。

 

「ロックシード!? あんたそれ、なんで持ってるのよ!?」

 

 濡流屋が手にした予想外のものに、少女――チャッキーは思わず叫んだ。

 見間違えるはずがない。だって自分自身も関わってきたんだから。

 確かに濡流屋が握り締めているものは、果実の絵が描かれた錠前型アイテム――ロックシードだった。

 濡流屋は合計4個のロックシードを見せびらかしながら、チャッキーの問いに答えた。

 

「なんでって集めたのさ、随分前に錠前ディーラーから買ってね。ぼくはビートライダーズなんかじゃないし、インベスゲームにも興味はなかったよ。けど、当時街に出回っていたコレには気持ちが惹かれたよ。幾つものバリエーションに、そう簡単にはコンプリートできないというハードルの高さ。コレクター魂が擽られたんだよ。だから大金をはたいて集めたんだ。ぼくは欲しいものには妥協しないからね。……まあそれでも、残念ながらコンプリートは叶わなかったよ。集めきる前に、街が滅びかけたからね」

 

 若干早口で長々と語る濡流屋の喋り方に、チャッキーは苛立ちを感じた。

 シグレは濡流屋の話の意味がほとんど理解できず、ただ呆然と立ち尽くすだけだった。

 

「とにかく、コイツの力は良く知ってるよ。コレがどんなものかは、DJサガラの配信動画で視聴済みさ!」

 

 そう言うと、濡流屋は4個のロックシードを次々と解錠させた。

 4個のうち、3個はクラスDのヒマワリロックシード。残る1個はクラスAのドリアンロックシードだ。

 次の瞬間、ロックシードの力で頭上に開いた裂け目――クラックから3体の初級インベスと1体の上級インベス――ヤギインベスが飛び出してきた。

 

「さあ、このぼくが命じるよ! 目の前の2人の足止めをするんだァ! 行けェー!」

 

 濡流屋はヘルヘイムの森から呼び出した4体の怪物に命令を下した。

 するとインベスたちは呻き声を上げながら、行く手を遮るようにシグレとチャッキーを取り囲む。

 その隙に、濡流屋は軽やかな足取りで赤い和風暖簾を潜り、堂々と脱衣所へと入って行った。

 

「あぁー! あいつ本当に女風呂に!」

 

 立ち塞がるインベスたちの隙間から濡流屋の行方を確認したチャッキーは大声で叫ぶ。

 

「今はそんなことよりこいつらを……。僕の後ろに下がってください、チャッキーさん!」

 

 女風呂に突入した男のことよりも、目の前の敵からチャッキーを守ることで頭がいっぱいのシグレは、懐から戦極ドライバーを取り出した。

 

「それってまさか……」

 

 見覚えのあるベルトにチャッキーの眼が釘付けになる中、シグレは戦極ドライバーを腰に装着し、ブラッドオレンジロックシードを解錠させた。

 

『ブラッドオレンジ!』

「変身!」

『ハッ! ブラッドオレンジアームズ! 茨道・オンステージ!』

 

 ロックシードをセットした戦極ドライバーのカッティングブレードを倒し、真っ赤な果実の鎧を身に纏ったシグレは、アーマードライダー鎧武・華 ブラッドオレンジアームズに姿を変えた。

 

「赤い……鎧武? うそ……。君が……?」

 

 シグレがアーマードライダーになったこと、その姿が自分が良く知る鎧武者と似ていることに、チャッキーは驚愕した。

 そういえば、動画サイトに赤い鎧武者が映った動画が投稿されていることを、ミッチやザックの話で知ったけど、その正体がまさか彼?

 

「こいつらは僕に任せて、その隙にチャッキーさんは逃げてください!」

 

 呆気に取られるチャッキーを余所に、鎧武・華は大橙丸を構える。

 幸い、今は周りに一般客は1人もいない。

 誰かが来る前に――この状況を誰かに見られる前に、カタをつける。

 鎧武・華は前進し、一心不乱に刀を振り下ろす。

 眼前でインベスを相手取る鎧武者。その光景に、チャッキーは懐かしさを感じながらも、自らも行動を起こすべきだと考えた。

 そして、

 

「あの男は私がなんとかする! インベスの相手はお願いね!」

 

 そう言ったチャッキーは、群がるインベスたちの間を掻い潜り、濡流屋の後を追って脱衣所へと飛び込んだ。

 

「チャッキーさん! くっ……まずはこいつらを何とかしないと……! ここじゃいずれ人が来る……。場所を変えなきゃ!」

 

 チャッキーの心配をしながらも、今はインベスたちを始末することが優先だと判断した鎧武・華は、人気がない場所に敵を誘導することにした。

 

 

 

 

 濡流屋を追って脱衣所に突入したチャッキー。

 しかしどういう訳か、そこにあの男の姿は見当たらなかった。

 眼に映るのは、何の関係もない2~3人の下着姿の女性客たちだけだった。

 

「えっ!? いない……。どうして……?」

 

 訳がわからず、辺りをキョロキョロと見回していると、不意に女性客の1人がゆっくりと近づいてきた。

 チャッキーはとりあえずその女性客に尋ねてみることにした。

 

「あの……変なこと訊きますけど、ここに男が1人、入ってきませんでしたか?」

 

 我ながら本当に変なことを質問していると内心呆れながらも、チャッキーは女性客の返答に耳を傾けた。

 

「誰も入ってきてないけど? っていうか、ここ女性用よ?」

 

 女性客の笑い混じりの答えはわかりきっていたことだった。

 

「はは……。ですよね~……」

 

 たまらず、チャッキーは思わず苦笑する。

 しかし予想外にも、女性客はさらに言葉を続けた。

 

「ところで、あなた可愛いわね。少し付き合ってくれない?」

 

 女性客はニコッと笑みを浮かべながら、その長細い腕をスッと伸ばした。

 

「えっ……?」

 

 

 ☆

 

 

 雲1つない青空の下で、白い湯煙が立ち上っている。

 スパリゾートとなっている建物の4階には女性専用の大浴場があり、その中にある扉の1つは露天風呂へと繋がっている。

 まだ午前中ということもあり、入浴しようとする客はそれほど多くはなく、騒動の最中に運良く脱衣所前に人が来なかったのもそれが理由である。

 屋内の大浴場には、今は2人ほど利用客がいるが、彼女たちも間もなく出ていくところ。

 露天風呂でくつろいでいる羽月とランマルにとっては、ほとんど貸切状態となっていた。

 

「はぁ~……。たまにはこういうのも悪くないかもな」

 

 熱い湯の張った湯船に白い柔肌を深く沈めながら、ランマルは緊張を解きほぐすように息を吐き出した。

 湯の底で足をピンと伸ばしながら、両肩まで浸っていくその様子はリラックスそのものだった。

 

「なんだかんだで結構楽しんでるみたいね」

 

 隣で同じように湯に浸かりながら、羽月はランマルを見て笑った。

 

「私とシグレがいた世界には、これほどまでに綺麗な温泉は滅多になかったからな」

「そうなの?」

「ああ。温泉はあっても、戦で流れた血で真っ赤に染まってとてもじゃないが、こんなふうに入れるような所じゃなかった。酷い時は、人の死体がそのまま浮かんでいる所もあったぐらいだ」

「……聴かなきゃよかったわ」

 

 ランマルの話を想像してしまった羽月は、表情を引き攣らせて全力で後悔した。

 

 

 

 

 すっかり2人だけの世界を満喫している羽月とランマルだったが、招かれざる客は既にすぐ傍まで迫っていた。

 湯煙に紛れて移動し、建物の外壁に張り付いた“それ”は、キョロキョロと別方向に動く左右の眼球を一点に集中させて2人の美女をロックオンした。

 その巨体は、本来ならすぐにでも気づかれそうなほどの存在感だが、羽月とランマルを捉えている“そいつ”の姿は、2人の視界には完全に映りこんでいなかった。

 カメレオンインベス・レゾン。

 濡流屋がヘルジュースを摂取して変化したインベス体であり、その名のとおり、カメレオンのように体色を周囲の景色に溶け込ませる擬態能力を持っている。

 全身の色を外壁の色に同化させたカメレオンインベス・レゾンは、湯船に浸かる羽月とランマルを交互に見比べながら、思わず舌なめずりをする。

 元々ランマルの身体を目当てにこの場所にやって来たつもりだったが、隣にいるインテリ系の美女――羽月の大人っぽく女性らしい体形も、カメレオンインベス・レゾンの好みだった。

 どちらから先に手を出そうか。

 迷った挙句、カメレオンインベス・レゾンは最初に羽月を標的に選んだ。

 本命のランマルを後回しにし、まずは知的な美女を頂くことにしたのだ。

 カメレオンインベス・レゾンは口から長い舌を垂れ流すと、その先端をお湯の中に忍び込ませた。

 まるでウミヘビやウツボのように、浴槽の底を蛇行しながらゆっくりと羽月の下半身に近づいていく。

 

 

 

 

「いやぁっ!? なにっ!?」

 

 太ももの内側に唐突な不快感を感じた羽月は、悲鳴を上げながら慌てて湯船を飛び跳ねた。

 

「なんだ? どうした?」

 

 羽月の異変に、ランマルは驚きの表情を浮かべる。

 

「そこ……中に……何かいる……」

「何か?」

 

 羽月に促され、ランマルが水面を覗いてみるが、とくに何も見当たらない。

 当然のことだが、浴槽を這う長い舌も、本体と同じように景色の色に同化しカモフラージュされている。

 ランマルが困惑する中、カメレオンインベス・レゾンの透明な舌は羽月を追いかける。

 足首に絡みつき、肌を伝って這い上がる。

 舌の先端は螺旋を描くように腰から腹部へ上り、ふくよかな乳房を目指す。

 ヌメヌメとした感触が体に纏わりつき、羽月は悲鳴をさらに加速させる。

 

「ちょっと!? やだぁ!? 気持ち悪い……!」

 

 明らかに様子がおかしい羽月を見て、ランマルはもしやと直感を働かせる。

 

「まさか敵か!」

 

 裸体が露になることも顧みず、飛沫を上げながら立ち上がると、ランマルはすかさず周囲に神経を張り巡らせた。

 不覚だった。

 人は食事や睡眠、そして入浴の時などに緊張感を失いやすい。そしてそういう時にこそ、もっとも命を狙われる確率が高くなる。

 常に命の奪い合いだった武神の世界での戦――ましてや武将を務めていた自分にとっては、そんなことは日常茶飯事だったはず。

 わかっていたはずなのに、異なる世界での生活を始めた途端に疎かにしてしまった。

 一見平和に見えるこの世界に来て、気が緩んでしまっていたのだろうか。

 心の中で全力の後悔に打ちひしがれながらも、今は目の前の状況を見極めるべく、ランマルは戦で鍛えた己の五感を研ぎ澄ませた。

 そして何かを察知した次の瞬間、すぐさま行動を起こした。

 本来なら、護身用の武器を手元に置いておくべきだったのだが、今は愛用していた2丁拳銃どころか鎧を生み出す装置であるゲネシスドライバーもない。

 というより、ドライバーは脱衣所のカゴの中だ。取りに戻っている暇はない。

 ならばと、ランマルが手に取ったのは風呂場に置いてある木製の丸い湯桶だった。

 ランマルはその腕をフルスイングし、一点の方向目掛けて湯桶を投擲した。

 湯桶はフリスビーのように回転しながら真っ直ぐと飛翔、そして見えない敵にスパコーンと直撃。

 刹那に悲鳴を上げながら姿を現したカメレオンインベス・レゾンが、濡れた浴場の床にドシャっと転げ落ちてきた。

 

「いってぇええええ……! 頭打ったァ~……」

 

 当たり所が悪かったからなのか、湯桶が命中した拍子に擬態が解けてしまったカメレオンインベス・レゾンは、羽月とランマルの眼前で後頭部を痛そうに摩っている。

 

「インベス!?」

 

 カメレオンインベス・レゾンが体勢を崩したことで、気色悪い舌から解放された羽月が、敵の姿に驚きの声を上げる。

 

「こいつは知性を持ったインベス、つまり人間だ! ……貴様、昨日私に接触してきた男だろ?」

 

 既にその正体を看破していたランマルは、カメレオンインベス・レゾンに鋭い視線を浴びせる。

 

「えっ!? なんでバレた!?」

 

 あっけなく見抜かれ、焦りだすカメレオンインベス・レゾン。

 

「身体の臭いだよ! 戦に勝つための鍛錬のおかげで、私の五感は他人より敏感なんだ! それに記憶力にだって自信はある! 貴様の不潔な臭いなど、1度嗅げば嫌でも覚えるさ!」

「えぇ~……、ショックぅ~! ぼくってそんなに臭う? でもまあいいけど! 正体がバレようが、今の素っ裸な君たちになら負ける気はしないしさァ~!」

 

 無防備な2人――全裸の羽月とランマルに向かって、カメレオンインベス・レゾンは再び長い舌を伸ばした。

 今度の標的は本命のランマル。彼女目掛けて、ギラついた紫色の舌が超スピードで放たれる。

 しかも発射動作は殆どノーモーションだった。

 回避する余裕すら与えずに、舌の先端がランマルの胴体に巻きついた。

 

「くっ……速い……」

 

 さすがのランマルの反射神経をもってしても、今の一撃はかわすことができなかった。

 アーマードライダーの力なら容易いだろうが、生身の姿だとやはり限界がある。

 唾液が滴る長い舌が、柔肌を舐め回すようにランマルの上半身を這い上がり、ゆっくりと唇へと近づいていく。

 ついさっき羽月が味わったものと同じ不快感を、ランマルもまた味わっていた。

 

「なんて下劣な……」

 

 迫り来る舌先をなんとか遠ざけようと、首を振って抵抗しようとしてみるが、身体に纏わりつく唾液のぬめりのせいで力が上手く入らない。

 ならば助けを借りようと、羽月に視線を送ってみるが、あろうことか羽月は背を向けてそそくさと屋内に逃げてしまった。

 

「あの女……自分だけ……」

 

 露天風呂に1人残されたランマルは、自分を見捨てた羽月に対する怒りで一杯になった。

 せっかく信頼しかけていたのに。信じようとしていた自分が馬鹿だった。

 そうこうしている間に、カメレオンインベス・レゾンの舌先はとうとうランマルの唇に到達。強引に抉じ開け、口の中に侵入を開始した。

 

「んぐっ!? や、やめ……」

 

 どうにかして塞き止めようにも、紫色の舌はズルズルと容赦なく入り込んでくる。

 口の中で自分の唾液と怪物の唾液が混ざり合い、酷い吐き気がランマルを襲う。

 

「良いね良いねェ~! 最高だねェ~! このまま体内から犯しちゃおうかなァ~!」

 

 ランマルの苦痛に歪む表情を前に、カメレオンインベス・レゾンのテンションは上がり続ける。

 紫色の舌に喉を塞がれ呼吸困難にも陥り、ランマルの瞳からは涙が溢れてくる。

 意識が遠ざかっていく。そろそろ限界だった。

 ガクンと膝が折れ、浴槽の中に崩れ落ちそうになる。

 自分はこのままどうなってしまうのだろうか?

 想像したくもない結末が脳裏を過り、思わず瞼をギュッと閉じる。

 視覚を遮ったことで他の感覚が研ぎ澄まされたのか、口の中の違和感がさらにハッキリと感じ取れた時、後ろの方から叫び声が聞こえてきた。

 

「そこまでよ! これ以上はやらせない!」

 

 その聞き覚えのある声に、ランマルはハッと目を見開いた。

 涙目のまま、声が聞こえた露天風呂の出入り口の方に視線を向けると、そこに立っていたのは息を切らしながら戻ってきた羽月だった。

 

「お前……」

「彼女は私の大事な協力者よ! アンタみたいな変態に、好き勝手なことはさせない!」

 

 カメレオンインベス・レゾンに向かってそう叫んだ羽月は、ちゃっかり裸体を隠すために巻いてきたバスタオルの上から戦極ドライバーを装着した。

 それはフェイスプレートがブランク状態になっている量産型――ナックルや黒影トルーパーが使用するものと同機種である。

 羽月はさらに桃の絵が描かれたロックシードを握り締め、胸の前で解錠させた。

 

『モモ!』

 

 電子音声が鳴り響き、頭上に開いたクラックから乳白色の鋼の果実が舞い降りてくる。

 羽月はロックシードを戦極ドライバーに装填。次の瞬間、力強く叫びながらカッティングブレードを倒した。

 

「変身!」

『ハイ~! モモアームズ! 撃・桃! エイヤットォ!』

 

 頭部に覆い被さった鋼の果実が小型の鎧に変形し、羽月の身体に装着。ここに新たな桃の戦士が参上した。

 アーマードライダープロトマリカ モモアームズ。

 かつて湊耀子が使用していたマリカ ピーチエナジーアームズを開発する過程で生まれたマリカの試作型である。

 その姿は白いチャイナドレスのようなライドウェアを身に纏い、両手には2本の打撃武器型のアームズウェポン―― 桃双錘(とうそうすい)が握られている。

 “マリカ”というアラビア語の名前でありながら、中華を連想させる風貌というのも可笑しな話ではあるが、これもまた、開発した戦極凌馬の趣味……いや、研究成果の1つなのかもしれない。

 

「いくわよ!」

 

 変身して早々、プロトマリカは駆け出し、カメレオンインベス・レゾンとの間合いを一気に詰めた。

 そして懐に飛び込むと同時に、2本の桃双錘を敵の腹部に叩き込んだ。

 アームズウェポン桃双錘は、中国の武器――錘を模しており、先端のおもりの部分が桃の形をしている。

 プロトマリカはその桃型のおもりをカメレオンインベス・レゾンの腹にメキメキとめり込ませた。

 その1撃には、言うまでもなく様々な感情が込められている。

 だって裸を見られてるし。

 

「ぐぶっ!? ぶぅへぇええええええ!!!」

 

 ランマルを舌で拘束するのに夢中で身動きが取れなかったカメレオンインベス・レゾンは、プロトマリカのいろんな意味で重い1撃をもろに喰らい、口から様々なもの(よだれとか朝食とか)を吐き出しながら背後に大きく吹き飛んだ。

 それにより舌の締め付けが解け、ランマルは悪趣味な拘束からようやく解放された。

 

「ゲホッ…ゲホッ……」

 

 こみ上げてくる吐き気に耐えながら、口の中に溜まった唾液を必死に吐き出すランマル。

 

「大丈夫? 何とか無事みたいね、安心したわ」

 

 駆け寄ってきたプロトマリカが、倒れそうになるランマルの肩をそっと支える。

 

「無事……? これが無事に……見えるか……? 喉の奥にベロを押し込まれるなんて……、初めての経験だぞ……」

「まあね。でも前向きに考えたら? 滅多にできない特殊なディープキスだと思えば……」

「殺されたいのか……?」

 

 ディープキスの言葉の意味はわからなかったが、プロトマリカの言い方にはなんとなくカチンと来た。

 からかわれているような気分になり、ランマルは乳白色の仮面をキッと睨みつけた。

 

「ごめん、冗談よ。それよりも、あなたも仕返ししなきゃ気が済まないでしょ?」

 

 そう言って差し出したプロトマリカの手には、ランマルのゲネシスドライバーとプラムエナジーロックシードが握られていた。

 敵のインベスの力に対抗するためのドライバーとロックシード、これらを取りに、羽月は脱衣所に戻っていたのだ。

 

「……当然だ! このままでは済まさん!」

 

 ランマルはゲネシスドライバーとプラムエナジーロックシードを受け取ると、立ち上がりながらカメレオンインベス・レゾンの方に視線を向けた。

 プロトマリカの1撃が相当痛かったのか、カメレオンインベス・レゾンは腹部を押さえながら床の上でのたうち回っている。

 ランマルはへその上にゲネシスドライバーを重ねると、プラムエナジーロックシードを解錠した。

 

『プラムエナジー!』

「変身!」

『ソーダァ! プラムエナジーアームズ! パーフェクトパワー! パーフェクトパワー! パーフェクパーフェクパーフェクトパワー!』

 

 真っ赤な鎧を身に纏い、ランマルはマリカver.2 プラムエナジーアームズに姿を変えた。

 赤と白、2色のマリカ、試作型と最新型のマリカが並び立った瞬間である。

 

「ぐへェ~……。2人のエロかわ戦士かァ~、たまんねェ~!」

 

 苦しそうにしながらも立ち上がったカメレオンインベス・レゾンは、卑猥な熱視線を2人のマリカに浴びせながら、再びその姿を晦ました。

 全身の体色を背景に溶け込ませ、微かな足音だけを残して移動を始める。

 

「奴め、また姿を消したな……」

「変態が力を持つと本当に厄介ね……。どうする? あなたの(聴覚強化)を使えば、簡単に見つけることもできるけど?」

「必要ない。こんな奴を相手に、無駄な体力を使ってたまるか!」

 

 マリカver.2はそう言うと、周囲に飾られた岩の1つに狙いを定め、ソニックアローのトリガーを躊躇なく引き絞った。

 撃ち出された1本の光の矢が狙い通り獲物に命中、敵はあっけなく姿を現した。

 

「いぎゃぁああああー……! なんでバレたァ~!? 見えないはずなのにィ~……」

 

 岩肌から転げ落ちたカメレオンインベス・レゾンが、光の矢が刺さった片腕の傷口を手で押さえながら激しく悶え苦しむ。

 

「言っただろ! お前の居場所は臭いでわかると!」

「そ、そんなァ~……」

 

 あまりにも情けない姿を晒すカメレオンインベス・レゾンを見ていると、相手にするのも馬鹿馬鹿しいとマリカver.2は思い始めた。

 

「しかしコイツ、インベスになっているというのに随分と撃たれ弱いな」

「多分、摂取したヘルジュースとの適合率が低かったのね。体質に上手く合えば強力な肉体が手に入るけど、基準よりも低ければ大した力は得られない。つまりこの男は、怪人には向いていないってことかしら」

 

 マリカver.2の疑問に、隣にいたプロトマリカが考察を口にした。

 

「もう沢山だ! 次で終わらせるぞ!」

「同感ね! おかげで休暇が台無しだもの!」

 

 2人のマリカはうんざりしながらもそれぞれのドライバーに手を掛けた。

 

『モモ・オーレ!』

『プラムエナジー・スパァーキング!』

 

 プロトマリカは両手の桃双錘をクロスさせ、巨大な桃の形をしたエネルギー弾を生み出した。

 桃双錘を大きく振り下ろし、桃型エネルギー弾を勢い良く発射させる。

 

「や、やめてェ~! うぎゃッ!?」

 

 エネルギー弾が命中し炸裂した瞬間、発生した爆風に巻き込まれてカメレオンインベス・レゾンが上空へと打ち上がっていく。

 マリカver.2は地面を蹴ってそれよりも空高く跳躍すると、プラムエナジーロックシードのエネルギーが集中した右足を前に突き出し、急降下する。

 次の瞬間、空中を舞い落ちるカメレオンインベス・レゾンに、マリカver.2の必殺キックが直撃した。

 

 

 ☆

 

 

 濡流屋が呼び出した4体のインベスたちを人気のない場所へと誘導していた鎧武・華は、今は季節はずれで使用されていない屋外のプールサイドに場所を移していた。

 大橙丸と無双セイバーを手に、四方八方から襲い掛かってくるインベスたちを相手取っていく。

 敵に囲まれると、カキロックシードを取り出し、鎧を換装させて戦闘スタイルも変化させていく。

 

『カキアームズ! 夕凪・クロスストーム!』

 

 カキアームズになった鎧武・華は背中に装備された巨大手裏剣――カキ風刃を引き抜き、大きく振り回してインベスたちを圧倒していく。

 ヤギインベスが頭部のツノを伸ばして放った突貫攻撃を、カキ風刃を盾にして防御。その間にカッティングブレードを倒し、武器にエネルギーを集中させる。

 

『カキ・スカァッシュ!』

 

 ヤギインベスの攻撃が止んだ隙を狙い、カキ風刃を投擲。鎧武・華の腕の動きに合わせて円を描くように飛び回り、インベスたちを次々に斬り裂いていく。

 全てのインベスたちを斬り伏せ、カキ風刃が鎧武・華の手元に戻った瞬間、3体の初級インベスと1体のヤギインベスは同時に爆発し消滅した。

 

 

 

 

 戦いを終え、変身を解除したシグレがホッと一息ついていると、突然上空で爆発が発生した。

 不意をついた騒音に、思わず両肩をビクッと竦めたシグレが空を見上げると、その眼に映りこんできたのは黒煙の中から落ちてくる1人の男だった。

 

「――……ぁぁあああああああああああ!!!」

 

 男は悲鳴を上げながら真っ逆さまに落下し、濁った水が張ったプールの中にドボンと突っ込んだ。

 飛び散る水飛沫を掻い潜りながら、シグレが中を覗いてみると、空から落ちてきた男がバシャバシャともがいている。

 良く見るとその男の顔には見覚えがあった。

 女風呂の脱衣所の前でインベスを解き放った濡流屋だ。

 一体何故この男が空から?

 シグレが首を傾げて困惑していると、空からさらに2つの影が舞い降りてきた。

 プロトマリカとマリカver.2だ。

 濡流屋を追って飛び降りてきた2人のマリカは、平然とプールサイドに着地すると、すぐにシグレの存在に気がついた。

 シグレは初めて見るプロトマリカの姿に戸惑いを見せるが、マリカver.2――ランマルが事情を説明し状況を理解した。

 プロトマリカとシグレが見守る中、マリカver.2は濡流屋の首根っこを掴んで汚れたプールからすくい上げた。

 

「へ、へへ……。なんかすいません、悪気はなかったんです……。ちょっとした冗談だったんですよォ……」

 

 マリカver.2に捕らえられた濡流屋は、これまでの所業を誤魔化すように笑いながら謝罪の言葉を口にする。

 が、当然それでランマルの気持ちが治まる筈もなく……。

 

「おい貴様! 昨日、私と初めて出会った時のことを覚えているか?」

「え? はい、勿論!」

 

 マリカver.2の思わぬ質問に、濡流屋はキョトンとした表情で返事をする。

 

「あの時、貴様に身体をベタベタ触られた時、私は1つ決めていたことがある……」

「決めていたこと……ですか?」

「そうだ! それを今ここで実行させてもらうぞ!」

 

 そう言うと、マリカver.2は濡流屋の首を掴んだまま、ゲネシスドライバーにセットされたプラムエナジーロックシードを閉じて変身を解除した。

 

「あ! 解いちゃ駄目!」

 

 鎧の中の事情を知るプロトマリカが慌てて叫ぶが既に遅く、その瞬間、ランマルの全裸がこの場に露になってしまった。

 

「ラン姉……裸……」

 

 いきなり眼前に現れた仲間の裸体に、シグレの口はあんぐりだ。

 そんな中、ランマルは乳房も尻も隠そうともせずに、掌を大きく振りかぶった。

 そして一気に振り下ろし、渾身の力を込めて濡流屋の頬にビンタを喰らわせた。

 生粋の戦士であるランマルの鍛え抜かれた一撃は生身であっても凄まじく、その衝撃で濡流屋の身体は僅かに浮かび上がり、そのまま再び濁ったプールの中へと落ちていった。

 あの時――昨日初めて濡流屋に会って身体を触られた時、ランマルは思った。

 

“素手で1発引っ叩くだけで許してやる”と。

 

 今この瞬間、それは達成されたのだ。

 

「これで許してやる……。良かったな……」

 

 こうして鬱憤を晴らしたランマルは、最後に濡流屋が沈むプールに向かって唾を吐き捨てた。

 

 

 

 

 スパリゾートの斜め向かいに聳えるビルの屋上に、真っ白いスーツの男――ネオ・オーバーロードのガウディエが1人佇んでいる。

 ガウディエはビルの屋上から、露天風呂とプールサイドで繰り広げられていた戦いを静かに見物していた。

 カメレオンインベス・レゾン――濡流屋のあっけない敗北で戦いの幕は下りたが、ガウディエの表情はとくに曇ることもなく、こんなものかと微かに笑みを浮かべるだけだった。

 そう、最初から期待などしていない。

 あの(濡流屋)にヘルジュースの力を使いこなす素質がないことも初めからわかっていた。

 ただのお遊び、暇つぶし、気分転換のつもりだった。たまには使命に関係ないことをしても良いだろうという気まぐれだったのだ。

 さて、大して面白みもない結末も見届けたことだし、そろそろ仕事に戻るとしようか。

 そう思ってこの場を後にしようとした時、ふと背後に気配を感じた。

 気配の正体が“仲間”のものであるとすぐに気づいたガウディエは、振り返ることもなく、背を向けたまま、また笑みを浮かべた。

 

「やあ! そこにいるのかい? 何の用かな?」

 

 ガウディエはまるで友人に声を掛けるように軽く挨拶をした。

 

「何の用……じゃないわよ。相変わらず、高い所が好きみたいね。文字通り高みの見物ってことかしら。お遊びも良いけど、あんまりサボってるとシェグロンに怒られるわよ?」

 

 気配の持ち主は若い女性の声で言葉を放つ。

 

「なんだい? わざわざ催促のために来たのかい? わかってるよ、仕事はちゃんとやってる。死んだシャムシュンのためにも頑張らないとね」

「当然でしょ。あんまり同胞を無駄死にさせると、今度はあなたが消されるかもしれないのよ?」

「ああ、肝に銘じておくよ。……ところで君は? 君の方こそどこで何をしているのかな?」

 

 そう尋ねながら、ガウディエはゆっくりと振り返った。

 背後に立っていた“仲間”の方に視線を向けて、その姿を目撃した。

 

「私は私でしっかりやっているわよ。近いうちに、面白いものを見せてあげる」

 

 自信に満ちた言葉で言い放った“仲間”の姿は少女の姿をしていた。

 活発な人間の少女の姿。

 ダンスを愛し、現在のビートライダーズを纏め上げている少女の姿。

 

 

 

 ガウディエの前に現れた者の正体、それは――チャッキーだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八話 オーズの章:シロクマと魔法の指輪と泥棒ライダー

 彼女は全てを失った。

 大切な居場所を失い、愛する家族も失った。

 最愛の人の変わり果てた姿を前に、彼女は絶望し、心はひび割れ砕け散った。

 空っぽになった彼女からは魔が生まれたが、己の意思が闇に上書きされることはなかった。

 彼女は今も生き、歩み続けている。

 待ち受ける未来は、生存か破滅か……。

 

 

 ☆

 

 

 古代遺跡での激闘から2日が経った。

 照りつける太陽の下、映司とアンクは人混みの中を縫うように歩いていた。

 ここはタイの首都バンコク、サムットプラーカーン県バーンプリー郡。遺跡があった山岳地帯から随分と離れた場所にある、タイで最も巨大な都市の中の1つである。

 

 

 キャンプ地を襲撃した謎の敵――ネオ・オーバーロードと2体のグリードを撤退させることに成功した後、研究員の1人である坂島輝実が、鴻上ファウンデーションの会長である鴻上光生に連絡を取り、救助チームの派遣を依頼した。

 救助チームの到着までには1日要したが、彼らが到着したことで、映司は単独で動けるようになった。

 今の映司にはやるべきことが幾つもある。

 奪われたコアメダルの奪還、ネオ・オーバーロードと復活したメズールとガメルの謎の解明と討伐、遺跡で発見された黒いメダルの調査、そして、突然助っ人に現れたアンクの事情の把握だ。

 どれも大事な使命だが、しかし今、何よりも最も優先しなければいけないこと、それは孤独になってしまった少女――クァンの完全な保護だ。

 住んでいた村も、一緒に暮らしていた唯一の家族である祖母さえも失い、心に大きな傷を作ってしまった彼女を、これ以上傷つけることがないように安住の場所まで送り届けなければならない。

 

 

 後ろ髪を引かれる思いをしながらも、悲惨な現場を救助チームに預けた映司は、クァンを連れてキャンプ地を離れることにした。

 その際、1人で少女の面倒を見るのは大変だろうと、坂島が同行を志願。

 さらには、自分が得しないことには消極的な性格であるはずのアンクも、今回は珍しく協力すると言ってくれた。

 こうして、映司、アンク、クァン、坂島の4人はキャンプ地を後にした。

 まずはクァンを休養させるため、タイの都市――バンコクを訪れた。

 そして――。

 

 

 到着して早々、疲れきっていたクァンをホテルに預けた。

 彼女の傍には坂島がついてくれている。

 街に飛び出し、市街地を歩いていた映司とアンクは、いつの間にか幾つもの出店が立ち並ぶ屋台街に足を踏み入れていた。

 道中、アイスを販売する屋台が目に付き、映司はふと立ち止まる。

 

「アンク、良かったらアイス食べるか?」

 

 南国であるタイは猛暑の日が多い。

 実際今もギラギラと光る太陽に照らされて凄く暑い。

 旅慣れしている映司にとっては、これもまた異国の良さを愉しむ醍醐味の1つではあるのだが、それはそれとして、やっぱり暑い時には冷たいものを身体に入れたくなるものだ。

 それにアイスは目の前のアイツ――アンクの大好物でもある。

 アンクといえばアイス。

 映司はずっと心に決めていたことがある。

 いつか割れたタカのコアメダルを修復してアンクに再会できた時、その時にはアイツに好きなだけアイスを食べさせてやろう、と。

 目の前にいるアンクがどんなアンクなのかは正直わからない。

 かつてのように人の身体を借りているアンクなのか、それともその身体は全部セルメダルで、人の姿に擬態しているアンクなのか。

 本来の欲望の化身グリードは、己の欲を決して満たすことができない体質上、味覚を体感できる身体ではなかった。

 以前のアンクは、人間である泉信吾の身体に取り付いたことで、味覚を感じ取ることができていた。だけど今は――。

 今のアンクは、果たしてアイスの味を感じることができるのだろうか。

 

「棒のアイスが無いみたいなんだけど、クリームのでも良いかな?」

 

 メニュー表を見る限り、どうやらこの店は、カップに盛り付けてスプーンですくって食べるアイスクリームしか販売していないようだった。

 アンクはどちらかといえば棒付きのアイスキャンディーの方が好みだった気がする。

 映司は念のためアンクに訊いてみた。

 しかしアンクは、

 

「いや、俺は食わない……。お前1人で食いたきゃ食え……」

 

 予想外の返答だった。

 アンクがアイスを断るなんて、そんなこと今まであっただろうか。

 

「お前がアイスを食べないなんて珍しいな……。やっぱり棒が付いていないと駄目か? それとも、その身体じゃ味がわからない……とか?」

「……気にするな。今はそんな気分じゃない、それだけだ……」

 

 驚きの表情で尋ねる映司を見つめながら、アンクは少しだけ寂しそうな顔で言葉を返した。

 その姿に、映司は謎の違和感を感じていた。

 

 

 

 

 噴水のある公園にやって来た。

 映司は屋台で買ったカップのアイスクリームを美味しそうに食べている。

 その隣で、アンクは手摺に凭れながら、空に向かって噴出す水をただ静かに眺めていた。

 

「なあアンク、少し訊きたいんだけど……」

「質問によるな……」

「お前とまたこうして会えたことは素直に嬉しいけど、今のお前って、一体どういう状態なんだ?」

「どうって何がだ?」

「だからつまり……、前みたいに未来から来てくれたのか? それとも、お前はこの時代の俺の知っているアンクなのか?」

 

 映司の質問に、アンクは少し間を挟んでから口を開いた。

 

「……さあな。何のことかさっぱりだ」

「さあって……。お前自身の話だろ! まあ、何も言わないのはお前らしいけど……」

 

 まともに受け答えしてくれないアンクに不満げな表情を浮かべながら、映司はプラスチックのスプーンですくったアイスを口に入れた。

 

「俺に言えることは1つだけだ……」

「え、何?」

「俺は……紛れもなく、俺だ」

「なんだよそれ! そんなの見ればわかるって……」

 

 アンクの拍子抜けな言葉に、映司は思わず苦笑する。

 だけどなんとなく、確証は得られた気がした。

 アイツはいつも、肝心なことほど言葉にはしない。そういう時ほど口を閉ざしてきた。

 今もそうだ。今もコイツは何も語ろうとはしない。きっと言えない秘密を隠し込んでいるんだ。

 まるで当時と変わらない容姿で佇むアンクを見て、映司は確信を持って頷いた。

 確かに違和感は感じる。何かが違う気がする。しかしコイツは紛れもなく――。

 

「なるほど。お前の言うとおり、アンクはアンク、お前は俺の知っているアンクだよ」

「あ? なにニヤついてんだ、お前」

 

 言いながら笑みを浮かべる映司を見て、馬鹿にされたと思ったアンクは不服な表情を浮かべた。

 

 

 

「ところでさ、お前が持ってる新種の――」

 

 映司が話題を変えて、別の質問を投げかけようとした。

 しかしその時、

 

「見ぃ~つけた!」

 

 どこからか殺気の籠もった声が聞こえてきた。

 それと同時に周囲の暑さが一段と増し、手に持っていたカップの中のアイスが一瞬にしてドロドロに溶けてしまった。

 うっとおしさを感じさせるほどの熱気が押し寄せ、全身から汗が一気に噴出してくる。

 突然の異変に映司とアンクは辺りを見回す。

 すると眼に留まったのは、見覚えのある2体の怪人だった。

 

「あいつら……」

「ガメル……、それとたしか……ネオ・オーバーロード……」

 

 映司とアンクの前に突如として現れたのは、グリードの1人――ガメルと、赤い鳥の特徴を持ったネオ・オーバーロード――ジャベリャ。

 古代遺跡でやっとの思いで追い返したはずの脅威が、今また目の前に姿を見せた。

 戦慄する2人だったが、同時に映司は違和感を覚えた。

 もう1人のグリードの姿が見当たらない。

 いつもなら、必ずガメルの隣にいるはずのメズールの姿が無いのだ。

 前回の戦闘で負ったダメージが残って戦線復帰できていないのか、それとも別の理由があるのか。

 そうこう考えているうちに、隣にいるアンクが啖呵を切った。

 

「お前ら、昨日の今日で何の用だ? オーズの毒にやられて、身体もまだ本調子じゃないだろ!」

「生憎だったな! 俺もコイツも、あの毒でくたばるほど軟じゃねえんだ! それに、てめぇらをぶちのめしてる方が俺には健康的なんでね!」

「オレ、新しい果実で元気出た! 今度こそオーズ倒す!」

 

 ガメルは自分のコンディションをアピールするように無邪気に腕を振り回すと、左腕の2連装の大砲を映司とアンクに向けた。

 

「来るぞ映司!」

 

 アンクが叫ぶと同時に、映司はオーズドライバーを腰に装着。3枚のコアメダルを装填した。

 

「変身!」

『タカ! ゴリラ! バッタ!』

 

 映司は亜種形態――オーズ・タカゴリバに変身すると、バッタレッグの力で大きく跳躍し、大砲が撃たれるよりも先にガメルの背後に回りこんだ。

 そして振り向かれるよりも先に、ゴリラアームの拳でガメルを吹っ飛ばした。

 背中に重い一撃を受けたガメルは、バランスを崩して前方に倒れこんだ。

 

「てめぇ!」

 

 オーズに視線を向けたジャベリャが怒りの炎をその手に燃やす。

 すると、そこに飛んできた別の火球がジャベリャの肩をかすめた。

 

「なんだ!?」

 

 振り向くと、異形の右腕を突き出すアンクの姿がそこにあった。

 

「悪いな! お前の相手は俺だ!」

 

 そう言うとアンクは真っ赤な両翼を広げて本来の姿である怪人態に変化した。

 

「アンクお前!」

 

 突然グリードの姿になったアンクの行動に、オーズは思わず叫ぶ。

 

「この鳥野郎は俺が相手する! お前はそっちのサイもどきを殺れ!」

「鳥野郎って……」

 

 同じ鳥の怪人であるアンクが敵を“鳥野郎”と呼ぶことを可笑しく感じながらも、顔見知りであるはずのガメルのことを“サイもどき”と呼んだことに、オーズはまたしても違和感を感じた。

 

「上等だ! 後悔すんじゃねえぞ!」

 

 アンクの挑発に乗ったジャベリャは背中に炎の翼を出現させると、地面を蹴って大空に舞い上がった。

 後を追うようにアンクも赤い両翼を羽ばたかせて上空へと急上昇していく。

 ギラつく太陽の下で2人の火の鳥が激しくぶつかり合う。

 

 

 

 地上では、オーズとガメルが接近戦を繰り広げていた。

 オーズはゴリラアームの左右の拳を交互に打ち出すが、正面からそれを受けるガメルの巨体はビクともしない。

 無理もない。今のガメルは完全体と同等の力を持っているのだから。

 このままではパワーが足りない。そう判断したオーズは頭部と下半身のコアメダルを入れ替えた。

 

『サイ! ゴリラ! ゾウ! サゴーゾ! サゴーゾ!』

 

 灰色のコアメダルを3枚揃え、オーズはサゴーゾコンボへと姿を変えた。

 サゴーゾコンボは圧倒的パワーと防御力を備えた重量系コンボだ。

 スピードは落ちるが、同じ重量系のグリードであるガメルの怪力に対抗するにはうってつけだ。

 

「オーズ! 喰らえぇ~!」

 

 頭を突き出し、勢いをつけて突進を仕掛けるガメル。

 オーズ・サゴーゾコンボも頭部――サイヘッドの巨大なツノを突き立てそれを迎え撃つ。

 

 

 

 翼を広げたアンクは、空中を旋回しながら右手から火球を連射する。

 ジャベリャはその手に大剣を出現させると、アンクの放った火球を振り払い、急接近していく。

 眼と鼻の先までアンクに近づくと、ジャベリャは大剣を振り上げ、迷い無くそれを振り下ろした。

 アンクは咄嗟に両腕をクロスし、ジャベリャの一太刀を受け止める。

 

「てめえらの持っている黒いメダル、そいつは俺たちのモンだ! さっさと渡してもらおうか!」

「黒いメダル……? ああ、映司がお前から奪ったっていうあのメダルか……! あれがなんだっていうんだ?」

「とぼけんじゃねえよ! あのメダルもてめえらグリードも、元の出所は同じだろうが! 知らねえとは言わせねえぞ!」

「生憎だな! こっちの世界の出来事など、俺の知ったことじゃないんだよ!」

「なんだと!?」

「そんなことより、お前の方こそメダルを隠し持っているんじゃないのか? さっきから感じるんだよ、コアメダルの気配がお前からな! そいつも映司から奪ったものだろ!」

「!!」

 

 アンクの言葉に、僅かに困惑の表情を浮かべるジャベリャ。

 その一瞬の隙を見逃さなかったアンクは、大きく広げた片翼を振り下ろしてジャベリャに叩きつけた。

 バランスを崩したジャベリャは地面に向かって落下していく。

 その間にアンクは1枚のコアメダルを取り出し、地上で戦うオーズに向かって投げ渡した。

 

「映司! こいつを使ってみろ!」

 

 

 

 

 ガメルを相手にパワーバトルを繰り広げていたオーズは、空から降ってきたコアメダルをキャッチ。その手に握られた新たな未知のメダルに驚きの声を上げる。

 

「また見たことないメダル!? アンク、これって……」

「いいから使え!」

 

 上空のアンクに促されるまま、オーズは手にしたメダルをとりあえず使ってみることにした。

 オーズドライバーからゴリラのコアメダルを抜き取り、空いた真ん中のメダルスロットに受け取った白いコアメダルをはめ込む。

 右腰からオースキャナーを引き抜き、3枚のコアメダルをスキャンした。

 

『サイ! シロクマ! ゾウ!』

 

 するとサゴーゾコンボだったオーズの両腕が爪付きの白い腕――シロクマアームに変化。オーズは亜種形態――オーズ・サシロゾに姿を変えた。

 ガメルはオーズの変化を気にも留めずに攻撃を仕掛ける。

 力任せに左右の拳を振り回し、後先考えずに突っ込んでいく。

 オーズはゴリラアームに比べて若干身軽になったシロクマアームを構え、打ち出されてくるガメルの連続パンチをその爪で次々と弾き返した。

 次の瞬間、オーズの爪に触れたガメルの両腕が凍結し、それ以上の攻撃を封じ込めた。

 

「う、腕がぁ~……! オレの腕がぁ……動かないよぉ~!?」

「腕が凍った!? これがシロクマメダルの力か!」

 

 自分の腕が氷に包まれ、慌てふためくガメルの姿を目の当たりにしながら、オーズは初めて使う力に驚くばかりだった。

 

 

 

 公園の広場に舞い降りたアンクは引き続きジャベリャと対峙する。

 墜落し、地面に叩きつけられたジャベリャは怒りの表情でアンクに大剣を突きつける。

 

「やってくれるじゃねえか……! 決めたぜ。てめえは必ず、俺のこの手で斬り刻んでやる! ズタズタになぁ!」

「できるものならやってみろ! 俺もお前をわざわざ見過ごすつもりはない!」

 

 ジャベリャの宣言に対し、アンクも負けじと言い返した。

 するとそこへ、

 

「彼の言うとおりよ! 私も同じ。決してあなたを逃がしはしない!」

 

 突然のことだった。

 アンクの背後から、唐突に女性の声が聞こえてきた。

 それは勇ましく、決意に満ちた声をしていた。

 ジャベリャは勿論のこと、アンクもその声に不意を付かれ、思わず振り向いた。

 見つめる先にいたのは、1人の女性。

 黒髪のショートボブに、迷彩柄のノースリーブのシャツとショートパンツという格好をし、右手の中指には掌の絵が刻まれた魔法石の指輪がはめ込まれていた。

 

「てめえは……!」

 

 その顔に見覚えがあったのか、現れた女性の顔を目の当たりにした瞬間、ジャベリャは取り乱すように声を上げた。

 

「なんのつもりだ、女! 戦いの邪魔だ! 失せろ!」

 

 突然割り込んできた正体不明の女性に対し、悪態をつくアンク。

 しかし彼女は引き下がらない。

 

「そういう訳にはいかないんです! そいつを――その怪物を倒すことが、私に与えられた使命だから! そのために私はここまで来たんです!」

 

 そう言うと女性は、右手中指にはめ込まれていた指輪を外し、代わりに別の指輪をはめ込んだ。そしてその右手を、腰に装備した掌の形をしたバックルにかざした。

 

『エクスプロージョン! ナウ!』

 

 続けて右手を眼前のジャベリャに向かって突き出す。

 次の瞬間、突如出現した魔法陣から小規模の爆発が発生。放出された爆炎がジャベリャの身体を僅かに仰け反らせた。

 まともに直撃はした。しかし、思いのほか効果は薄く、ジャベリャに大したダメージを与えることはできなかった。

 だがそれでも彼女は怯まない。

 

「――でも、残念ながら今の私に、そいつを確実に倒すだけの力はありません! だからお願いです! 私に力を貸してもらえませんか!」

「何を勝手なことを……」

 

 女性の一方的な発言に、アンクは呆れたように呟くが、すると少し離れた所でガメルと戦うオーズが声を張って叫んだ。

 

「アンク頼む! その子に協力してあげて!」

「映司、お前……」

 

 オーズに懇願され、アンクは迷った末に止む無く手を貸すことにした。

 

「仕方ない……。1度だけだ!」

「助かります! 一瞬、なんとか奴の動きを封じます! 僅かな間ですが、その隙に強力な一撃をお願いします!」

「……ああ」

 

 女性の呈した提案に渋々頷いたアンクは、いつでも技を放てるように身構えた。

 ジャベリャは2人まとめて始末しようと、大剣の刀身に炎を纏わせた。

 そしてそれを振り下ろし、三日月状の炎の刃を飛ばした。

 

「来るぞ! さっさとしろ!」

 

 アンクは咄嗟に右腕から火球を放ち、炎の刃を相殺する。

 その間に、女性はまた別の指輪を右手の中指にはめ込み、バックルにかざした。

 

『チェイン! ナウ!』

 

 再び右手を前に突き出すと、ジャベリャを取り囲むように四方八方に魔法陣が出現し、そこから白い鎖が飛び出してきた。

 無限に伸びる白い鎖はジャベリャの両腕両足に絡みつき、その身を捕縛した。

 身動きを封じられたジャベリャは鎖を引き千切ろうともがきだす。

 

「今の私の魔力では長くは持ちません! 今がチャンスです!」

 

 女性に促され、アンクは背中の両翼を広げる。

 地面を蹴って上空に舞い上がり、炎の力を集中させた両足を前に突き出し急降下していく。

 次の瞬間、真っ赤な炎を纏わせたドロップキックがジャベリャの胸に炸裂した。

 その衝撃で腕や足を縛っていた白い鎖は引き千切れ、ジャベリャは遥か後方へと吹き飛んでいった。

 同時にジャベリャの懐からコアメダルが1枚弾け飛び、アンクは着地と同時にそれをキャッチした。

 

「映司のメダル、返してもらったぞ!」

 

 そう言ったアンクの手には黄色いライオンのコアメダルが握られていた。

 

「ちいぃ……。やってくれたな、てめえ……」

 

 ふらつきながらも立ち上がったジャベリャは、怒りの形相でアンクを睨みつける。

 すぐさま反撃に転じようと身構えるが、思いのほか肉体に蓄積したダメージは酷く、今すぐに身体を思い通りに動かすことはできなかった。

 

「仕方ねえ、一旦仕切りなおすか……。おいっ! 退却すっぞ!」

 

 ガメルに向かって叫んだジャベリャは、ガメルが傍に来るのも待たずに翼を広げて先に飛び去ってしまった。

 

「ま、待ってぇ~! 置いて行かないでぇ~!」

 

 一方的に放置されたガメルは、凍りついた両腕のまま、飛び去ったジャベリャの後を追って慌てて走り去っていった。

 

 

 

 ジャベリャとガメルが姿を消し、ひとまず戦闘を終えたオーズとアンク。

 オーズは変身を解き、映司の姿に戻り、アンクも再び人間の姿に擬態する。

 2人がホッと一息ついて警戒を解いていると、先ほどの女性が歩み寄ってきた。

 すぐに気づいた映司が彼女に視線を向け、普段の明るい調子で頭を下げた。

 

「さっきは協力してくれてありがとう! おかげで奴らを追い返すことができたよ!」

 

 すると女性も反射的に頭をペコリと下げる。

 

「いえ。こちらこそ、急な申し出に付き合ってもらってすみませんでした」

「まったくだ……」

 

 女性の謝罪に対し、協力を強制させられたアンクは不機嫌そうに悪態をついている。

 

「気にしないで。それでえっと……、君は一体……?」

 

 尋ねる映司を前に、女性は改めて自己紹介をした。

 

 

「名乗りが遅れてごめんなさい。私の名前は稲森真由。警視庁国安ゼロ課から派遣された魔法使いです」

 

 

 ☆

 

 

 かつての稲森真由はごく普通の女子高校生だった。

 心優しい両親と双子の姉――美紗に囲まれ、幸せな日々を送っていた。

 だがある時、姉の美紗はサバトと呼ばれる謎の儀式に巻き込まれ、絶望の怪物――ファントムを生み出して命を落とした。

 姉から生まれたファントムは姉と同じ顔を持っていた。

 蛇のファントム――メデューサは邪悪な怪物としての素顔と、生みの親から引き継いだ偽りの“ミサ”の顔を使い分けて真由を心身ともに翻弄し追いつめた。

 真由は潜在的に魔力を秘めた人間――ゲートだった。

 ゲートは心の支えを失い絶望するとファントムを生み出す。

 同じくゲートだった美紗から生まれたメデューサは、同胞を増やすためにゲートとしての真由に目をつけ、彼女を絶望に陥れたのだ。

 絶望し、ひび割れていく肉体から新たなファントムを生み出しそうになりながらも、真由は自らの強い意志でそれを抑え込んだ。

 結果、ファントムの魔力を体内に封じ込めた真由は、魔法使いとしての資格を手に入れ、やがて指輪の魔法使い――仮面ライダーメイジに覚醒した。

 戦う力を得た真由は、両親の仇であり姉の仇であるメデューサへの復讐を誓った。

 同じ魔法使いであるウィザードやビーストといった仲間の助けを借りながらも、真由はメデューサと対峙した。

 しかし、メデューサは全ての元凶であり、真由を魔法使いに仕立て上げた人物――白い魔法使いの偽りの姿であるワイズマンの裏切りに遭い、消滅してしまう。

 己の手で決着をつけられなかったことに悔しさと空しさを感じながらも、その後も真由は戦い続けた。

 旅に出たウィザード――操真晴人に代わり、ファントムの事件を捜査する警察組織――国安ゼロ課の協力者となったのだ。

 

 

 

 ファントムを食らうファントム――オーガの脅威が去ってから暫く経ったある日、魔法を巡る新たな事件が発生した。

 倒したはずのファントムが蘇り、ゾディアーツやドーパントまでもが強敵として立ちはだかった。

 それは魔法使いになることを夢見る1人の女が引き起こしたことだった。

 財団Xに属していた彼女は、自らが魔法使いになるために死亡したファントムたちの残留する魔力を集めていた。

 そしてその中には、白い魔法使いに倒されたメデューサの魔力もあった。

 回収した魔力からファントムを復元する力を持ったドーパントの手により、メデューサもまた蘇った。

 再び対峙する真由とメデューサ。

 復活した肉体にかつての魂は存在していなかったが、今度こそ自分の手で決着をつけると心に決めた真由は、メデューサと共に行方を晦ませた。

 空間転移の魔法を使い、決戦の場所に選んだのは宇宙だった。

 地球と太陽に挟まれた暗黒空間の中で、真由が変身するメイジとメデューサは激闘を繰り広げた。

 やがて、最後の一撃にメイジは“ホーリー”の魔法を発動させた。

 白く輝く聖なる光を放ったメイジは、その勢いでメデューサを太陽の中へと送り込んだ。

 かつて、不死身の特性を持つが故に、同じように太陽に落ちたファントムがいた。

 真由がメデューサを太陽に送った理由は、心酔し、信じていたワイズマンに裏切られ、結果的に孤独になってしまった姉の顔を持つ者に対するせめてもの手向けのつもりだった。

 信じていた者に利用され裏切られ、命を落とし、一方的な都合で勝手に復活させられ、また利用される。そんな不憫な人生だったメデューサを、最後ぐらいは同胞と同じ場所で眠らせてあげたい。

 憎しみと同情、そして哀れみという複雑な感情を心に秘めながら、真由はメデューサに止めを刺した。

 炎に包まれ、消滅していくメデューサの肉体を見守りながら、真由は因縁の戦いにようやく終止符を打つことができたことに大きな安堵を感じた。

 

 

 

 しかしその直後、状況は一変した。

 メイジの眼に映る太陽から一筋の炎が飛び出してきた。

 それは明らかに意思があるような動きで飛行し、見る見る太陽から離れていく。まるで牢獄から逃げ出すかのように。

 炎の塊はやがて鳥の形に変化し、隕石のように地球へと降下していった。

 その思わぬ光景に、真由は戦慄せずにはいられなかった。

 

「太陽から……火の鳥が逃げ出した……」

 

 地球に帰還した真由は、国安ゼロ課の警視――木崎政範に目撃した顛末を報告し、自身は行方を晦ませた火の鳥の追跡を開始。2年かけた調査の結果、東南アジアでの目撃情報を掴んだ。

 

 

 

 そして現在。

 真由は新たな決意の意味も込め、印象的だった長い黒髪をバッサリと切り落とした。服装も迷彩柄のアクティブな格好にコスチュームチェンジし、この(タイ)に足を踏み入れた。

 ところが幸先が悪かった。

 バンコクの空港――スワンナプーム国際空港に降り立ってすぐに、彼女の歩みを遮る妨害者が現れた。

 それは怪しい雰囲気を醸し出す日本人風の中年男性だった。

 男はチューリップハットにメガネ、そして茶色いロングコートという格好で真由の眼前に立ち塞がり、淡々と要件を投げ掛けた。

 

「君はこれ以上先へ進んではいけない。すぐに日本へ引き返し、今関わっている件から手を引きなさい」

 

 名乗りもせずにいきなり何なのかと、真由は当然の如く警戒をし気を張り詰めた。

 

「何ですか突然!? あなたは一体……」

 

 真由の疑問に、中年の男はすぐに答えた。

 

「私の名は鳴滝。幾多の世界を渡り歩く通りすがりの者だ。私はこれまで数々の世界を訪れ、その世界1つ1つの物語をこの眼で見てきた。仮面ライダーというヒーローの物語を」

「仮面……ライダー……」

「そうだ。彼らの栄光を見届けるためなら、私自身も時には裏方を務め、時には英雄の前に立ち塞がる悪を自ら演じることも厭わない。彼らの活躍をこの眼に焼きつけ、その勇姿にこの手で直接触れること、それこそがこの私の生涯の生き甲斐なのだ」

「は、はあ……。良くはわかりませんけど、それってつまり……ファンってことですか?」

 

 熱く語る鳴滝を前に、真由は戸惑いながら首を傾げた。

 

「ファン……。その言葉はあまり使ってほしくはないが……。そんな一言で片付けられるほどのものではないのだ、仮面ライダーの歴史は」

 

 なんだか面倒くさい人だ。

 鳴滝の話を聞いているうちに、真由はそう思い始めた。

 

「あの……それで、用件はなんですか? 私、あまり時間がないんですけど……」

「用件は今言ったとおりだ。日本に戻り、今回の件に一切関わらないこと、それが私から君に対する要望だ」

「ですからその……意味がわからないんですけど……。それがあなたのファン活動と一体どんな関係が?」

「だからそのファン活動という言い方を止めなさい! ……わかった、そこまで言うのなら教えてあげよう。さっきも言ったように、私は今まで様々な仮面ライダーの物語を見てきた。勿論、今この瞬間もだ。稲森真由、君自身も「仮面ライダーウィザード」という物語の1ページなのだ」

「私が……?」

「そう。しかし、今回のこの物語は随分と歪だ。これは「仮面ライダー鎧武」と「仮面ライダーオーズ」、2つの物語。ここに「仮面ライダーウィザード」の物語が入り込む余地はないのだ。だから君には退場を願いたい。この物語に、「ウィザード」の一部である君の出る幕はないということだ」

「何を言っているのかサッパリわかりません! そんな訳のわからない理由で、捜査を降りるつもりなんてありませんから!」

 

 もうこれ以上相手にしていられない。

 鳴滝の言葉に呆れた真由は、この場を立ち去ろうと歩みだした。

 鳴滝の肩を横切り、空港を出るために通路を進んでいく。

 しかし、真由の後姿を見つめる鳴滝は余裕の表情を崩さなかった。

 

「そう言うと思っていたよ」

 

 次の瞬間、真由の眼前に灰色のオーロラが現れた。

 進路を塞ぐように出現したそれは、一瞬にして彼女を飲み込んだ。

 

 

 

 気がつくとそこは立体駐車場の中だった。

 ついさっきまでいたスワンナプーム国際空港の敷地内に隣接する巨大な立体駐車場、その4階のフロアの中だ。

 

「これは……転移魔法……?」

 

 突然場所が変わったことに戸惑いながら、真由は不思議そうに辺りを見回した。

 すると、駐車場内に綺麗に停められたいくつもの自動車の中の1台のボンネットの上に、大胆に腰を掛ける1人の青年の姿が目に留まった。

 青年は片膝を立てた姿勢でくつろぐように車体の上に座りながら、待ちわびた表情で真由に視線を向けた。

 

「やあ! ようやく来たね、待ってたよ!」

 

 青年はボンネットの上から飛び降りると、妙な形をした銃を指先でクルクルと回しながら真由の前に歩み寄った。

 同時に青年の背後に灰色のオーロラが出現し、ついさっき空港で見たばかりの鳴滝という男もそこから姿を現した。

 

「わかっているね? 海東くん。後のことは君に任せる」

 

 鳴滝は青年の背中に向かって言い放つ。

 次の瞬間、その言葉に少しムッとした青年は、肩越しに鳴滝を睨みつけた。

 

「やめてくれないか、僕に指図するのは……! 知っているだろ、僕に命令できるのは僕だけだ!」

「フッ……。ああ、そうだったね……」

 

 青年の態度に臆することもなく、鳴滝はそういえばと笑って済ませた。

 

「心配しなくてもあんたの思惑通りにはきっとなるよ! 僕は僕のために、ただやるべきことをやるだけさ!」

「そうか。では君のやりたいようにやるといい」

 

 鳴滝は青年の言葉に納得したように笑みを浮かべると、背後に出現したままになっていた灰色のオーロラの中に引き返し、そのまま姿を消した。

 

 

 

 立体駐車場の中には真由と青年だけが残った。

 鳴滝に海東と呼ばれた青年――海東大樹は、再び真由に視線を向けると、爽やかな笑顔で口を開いた。

 

「それじゃあ始めようか!」

 

 大樹の一言に、真由は戸惑うばかりだった。

 それだけじゃない。さっきから自分に降りかかるこの状況全てに、真由は呆気に取られていた。

 謎のオーロラに鳴滝の話、さらに今度はこの海東という男。何が何だかまるで理解できない。混乱してしまいそうになる。

 

「始めるって……一体何を……」

「決まっているだろ? お宝を頂くのさ!」

 

 警戒する真由を余所に、大樹は銃を構えた。

 何処からか取り出した1枚のカードを銃の側面にある挿入口に装填し、銃口を頭上に向ける。

 

『カメンライド!――』

「変身!」

『――ディエンド!』

 

 銃の引き金を引いた瞬間、現れた複数の残像が1つに重なり、大樹は全身を青く染めた戦士――仮面ライダーディエンドに姿を変えた。

 

「変身した!? あなたも魔法使いなの……!?」

「さあどうだろう。知らないというのは悲しいことだね!」

 

 戸惑う真由に、ディエンドは嘲笑うように言うと、その手に握られた銃型の変身デバイス――ディエンドライバーを前面に突き出した。

 向けられた銃口を前に、真由は咄嗟に敵意を感じた。

 この目の前の(ディエンド)は、目的のためなら相手が女だろうと子供だろうと躊躇なく攻撃する。そういう奴だと直感で感じ取った。

 そしてその予想は正しく、刹那にディエンドライバーが火を噴いた。

 真由は反射的に横転して撃ち出された銃弾を回避しながら、腰のバックルに右手の指輪をかざした。

 

『ドライバーオン・ナウ!』

 

 掌の形をしたバックルは変身ベルトに実体化。立ち上がった真由は左手の中指にオレンジ色の魔法石の指輪をはめ込んだ。

 

「変身!」

『チェンジ・ナウ!』

 

 左手の指輪をベルトにかざした瞬間、真由は出現した魔法陣を潜り抜け、魔法使いメイジとなった。

 原石のようなマスクがキラリと光ると、メイジは駆け出し、小柄な体型を活かしてディエンドの銃撃を掻い潜っていく。

 銃弾の届かない懐に飛び込んだ瞬間、メイジは銃を握るディエンドの腕に組みつき、攻撃を中断させた。

 

「いきなりどういうこと! あなたの目的はなに!」

 

 ディエンドの腕を押さえつけながら叫ぶメイジ。

 しかしディエンドは感情を乱すことなく冷静に言葉を返した。

 

「言ったはずだよ! 僕の目的はお宝、ただそれだけさ!」

 

 男の腕力に女性がそう簡単に勝てるはずもなく、メイジの腕をあっけなく振り解いたディエンドは、そのままメイジの脇腹に蹴りを叩き込んだ。

 

「ぐっ!?」

 

 込み上げる苦痛に悶えながら、メイジは止むを得ず後退りする。

 その隙にディエンドは左腰のカードケースからカードを1枚抜き取り、それをディエンドライバーに装填した。

 

『アタックライド・ブラスト!』

 

 カードに秘められた能力が付加されたディエンドライバーからは威力が増した大量の追尾弾が放たれ、全弾命中したメイジを背後に大きく吹き飛ばした。

 たまらず地面に両膝をつけるメイジ。

 しかし倒れるわけにはいかない。気合いですぐに立ち上がったメイジは、右手の指輪を付け替えて負けじと反撃を仕掛けた。

 

『エクスプロージョン・ナウ!』

 

 ディエンドの足元に魔法陣が出現。そこから放出された爆炎がディエンドの身体をよろめかせた。

 その様子を見てチャンスと判断したメイジは、さらに指輪を付け替えて追い討ちを狙う。

 

『テレポート・ナウ!』

 

 ワープホールとなった魔法陣を通り抜け、メイジはディエンドの視界から姿を消した。

 

「へえ~。なかなかやるね!」

 

 自らを消失させたメイジの行動に、ディエンドは感心するように呟いた。

 辺りを見回すような仕草を見せることもなく、平然と佇むディエンド。すると背後に、出口となる魔法陣が出現し、そこからメイジが飛び出してきた。

 姿を現したメイジはそのまま左腕の鋭い爪――スクラッチネイルを振り上げ、ディエンドの背中に飛び掛った。

 油断しているように見える今なら、振り下ろされる爪は確実に命中するはず。そう確信するメイジだったが、次の瞬間、ディエンドは背中に感じた唐突な気配に振り返ることもなく、カードを1枚取り出し、ディエンドライバーに装填した。

 

『アタックライド・インビジブル!』

 

 次の瞬間、今度はディエンドが姿を消した。

 背中を見せたまま、ディエンドの姿が残像を残して消失したのだ。

 おかげでメイジのスクラッチネイルによる一撃は空振りに終わる。

 

「消えた!?」

 

 ディエンドと違い、明らかに動揺しながら辺りを見回すメイジ。

 すると後方の死角からディエンドの余裕の声が聞こえてきた。

 

「量産型のライダーのくせに随分と頑張るじゃないか! そうこなくっちゃ面白くない!」

「それは一体……どういう意味……?」

 

 慌てて振り返ったメイジはスクラッチネイルを構えながら尋ねる。

 

「お宝も簡単に手に入っちゃつまらないってことさ!」

「……さっきからあなたの言うことは理解できません! あの鳴滝って人の言葉も……! 私にはやらなきゃいけないことがあるんです! お宝なんて持ってないし、面白さとかそういうのも求めていませんから!」

「そうかい? なら僕が面白くしてあげるよ! 思わずその足を止めたくなるほどにね!」

 

 ディエンドはそう言うと、カードケースから2枚のカードを取り出し、ディエンドライバーに連続で挿入した。

 

『カメンライド・ファム!』

『カメンライド・なでしこ!』

 

 引き金を引いた瞬間、銃口から撃ち出された残像が実体化し、現れたのは2人の女性仮面ライダーだった。

 1人は白鳥のような真っ白い鎧とマントを纏った鏡の騎士――仮面ライダーファム。

 もう1人はセーラー服を模した銀色のスーツに包まれた無垢なる宇宙飛行士――仮面ライダーなでしこ。

 どちらもディエンドがカードの力で呼び出した虚の存在である。

 

「あなた、ライダーをやるには甘すぎるんじゃない?」

「宇宙キタァー!」

 

 眼前に立ち塞がった2人の新たな戦士の出現に、メイジは戸惑いを隠せない。

 

「よろしく! 僕のレディーたち!」

 

 ディエンドがキザな言葉で合図を送ると、召喚されたファムとなでしこはメイジに向かって攻撃を開始した。

 ファムが羽召剣ブランバイザーで剣撃を仕掛け、なでしこが軽快にステップしながら強力なハイキックを繰り出す。

 メイジは2人の同時攻撃を時に弾き、時に回避しながら必死に抵抗する。

 

『コネクト・ナウ!』

 

 異なる空間を繋ぐ魔法陣を展開し、そこから取り出した銀色の銃ウィザーソードガン・ガンモードを連射し、ファムとなでしこを牽制。相手の動きが止まった隙にスクラッチネイルで2人を切り裂いていく。

 ファムとなでしこが転倒し、地面の上を転がっているうちに、メイジはなんとか逃走を図ることにした。

 

「これ以上、足止めを食らってなんかいられない!」

『コネクト・ナウ!』

 

 メイジは魔法陣から空飛ぶ魔法のほうきを模した槍型のビークル――ライドスクレイパーを召喚し、それに跨り宙に舞い上がった。

 一気に加速させ、出口に向かって滑空していく。

 途中、ファムとなでしこを勢いのままに撥ね飛ばしたが、それでも構わずに飛行を続ける。

 

「悪いけど逃がしはしないよ! 君の持つお宝を頂くまではね!」

 

 立体駐車場から逃げ出そうとしているメイジを眼で追いながら、尚もディエンドは余裕な態度を崩さなかった。

 

『カメンライド・朱鬼!』

 

 新たに取り出した1枚のカードをディエンドライバーに装填し、ディエンドは3人目の女性ライダーを出現させた。

 メイジの行く手を阻むように現れたのは、全身を赤く染めた復讐の鬼――朱鬼だった。

 朱鬼は手に携えたハープ型の音撃武器――音撃弦・鬼太樂を奏でて波動を放ち、向かって来るメイジのライドスクレイパーを撃墜させた。

 バランスを崩し、地面に叩きつけられるメイジ。

 しかしそれでも、ここで立ち止まる訳にはいかない。そう思ってすぐに体勢を立て直すと、切り札であるホーリーの指輪を右手中指にはめ込んだ。

 ホーリーの指輪は、かつて白い魔法使いから授けられた真由だけが持つ指輪。

 古の魔法使いであるビーストも、最強の魔法使いであるウィザードも所持はしていない。

 最初の持ち主だった白い魔法使い――笛木奏も既にこの世にはいないため、今となっては2個目が存在したという確証も得ることはできない。まさに唯一無二と言える代物だ。

 そしてその秘められた力も折り紙付きであり、ファントム・メデューサの邪悪な魔力にも対抗できるほどの威力を持っている。

 自分の魔力を大量に消費してしまうリスクはあるものの、この状況から突破口を開くにはこれしかない。

 標的は出口を遮る朱鬼。

 メイジは一か八かの決意で、指輪をつけた右手をベルトに近づけた。

 しかしその時、

 

『アタックライド・クロスアタック!』

 

 ホーリーの指輪が発動するよりも先に、背後からディエンドライバーの電子音声が鳴り響いてきた。

 メイジは思わず手を止め、反射的に振り返った。

 その瞬間、荒削りの宝石のようなマスクに映りこんだのは、カードを発動させたディエンドと、その左右に肩を並べるファムとなでしこの姿だった。

 召喚された3人の女性ライダーたちは、ディエンドのカードの力に従い、それぞれ必殺技の構えを取った。

 ファムの背後に出現した白鳥型のミラーモンスター――ブランウイングが両翼を大きく羽ばたかせて突風を起こす。

 無数の白い羽根が舞う中、薙刀型の武器ウイングスラッシャーを手にしたファムが駆け出し風に乗る。そしてそのまま突進し、すれ違いざまにメイジの身体を斬りつけた。

 かまいたちのような風を纏った刃から放たれた一閃に、メイジはよろめき体勢を崩す。

 続けざまに今度は、右腕にオレンジ色のロケットモジュールを装備したなでしこが地面を蹴って跳躍し、ジェット噴射の勢いに乗って急降下しながら強力な飛び蹴りを打ち込んだ。

 

「なでしこロケットキィック!」

 

 なでしこに蹴り飛ばされたメイジは背後に大きく吹き飛んだ。

 吹き飛んだ先には、鬼太樂の弦を弾く朱鬼の姿があった。

 鬼太樂から奏でられるメロディーは波動となり、波動は凝縮され、標的を貫く矢の形に変化する。

 空中に打ち上げられたメイジに狙いを定めた朱鬼は、次の瞬間波動の矢を発射した。

 音撃奏 震天動地。その直撃を受けたメイジは全身の力が抜けるように地面に倒れこんだ。

 ファムのファイナルベントになでしこの必殺キック、そして朱鬼の音撃を立て続けにその身に受けたことで、体力と魔力が尽きたメイジの変身は強制的に解除されてしまった。

 勝利を確信したディエンドはディエンドライバーを閉じて変身を解いた。同時に召喚された3人の女性ライダーたちも役目を終えて残像となり消滅した。

 立体駐車場の中には再び真由と大樹だけが残った。

 

 

 

「勝負ありだね! これで君のお宝は僕のものだ!」

 

 元の姿に戻った大樹は笑みを浮かべながら真由の傍へと歩み寄る。

 そして、倒れ伏したままでいる真由の指からホーリーの指輪と、変身に必要なチェンジの指輪を抜き取ってしまった。

 

「本当はもっとレアな指輪――ウィザードが持つインフィニティーリングが欲しかったけど、まあそれは次の機会にするとしよう。君の指輪、確かに頂いたよ!」

「そんな……。それが無いと私……」

「恨むなら勝負に負けた君自身を恨みたまえ! 戦う術を失ったんだ。鳴滝さんが言っていたように日本に帰ったらどうだい?」

「そういう訳にはいきません……。私の捜査には人の命が掛かってるんです! “奴”を放っておけば、また沢山の人たちが絶望して犠牲になってしまう! 例え戦う力を失っても、私は諦めるつもりはありませんから!」

 

 大樹の言葉に、真由は強く言い返した。

 

「そうかい? なら寝そべっていないで、その足でさっさと立ち上がることだ。いつまでもここにいたって何も変わりはしないよ? 僕自身、指輪を返すつもりは毛頭ないからさ! 状況を変えたいならすぐに行動を起こすと良い。動けば何かが始まるさ!」

「なに……どういう意味?」

「君は君だけのお宝を見つけるんだ。自分の足でね。そうすれば、ひょっとしたら何か良いことがあるかもしれないよ。どんな時も、お宝は持ち主を裏切らないからね。……まあ、せいぜい頑張りたまえよ!」

 

 大樹はそう言うと、真由から奪った2つの指輪をしっかりと服のポケットの中に入れ、背後に現れた灰色のオーロラの中へと消えていった。

 オーロラが消失し、ただ1人残された真由は、大樹が残した言葉の意味を考えながらゆっくりと立ち上がった。

 いくら考えても意味などわかるはずもなかったが、ただ1つ、あの言葉にだけは従ってみようと思った。

 

“動けば何かが始まるさ”

 

 そうだ、ジッとしていても何も始まらない。まずは動かなくては。

 メイジへの変身能力とホーリーの魔法の力を失いはしたが、それでもやるべきことは何も変わらない。

 鳴滝が言っていた言葉に従うつもりはないし、途方に暮れるつもりもない。

 真由は地面を踏み出し、歩き始めた。

 まずは周辺を隈なく調べ、手がかりが無ければ見つかるまで捜索範囲を広げていこう。

 標的への対抗手段は動きながら考えよう。

 こうして真由は、タイでの本格的な活動を開始した。

 そして――。

 

 

 ☆

 

 

「――そして捜索を進める道中で、俺たちが戦う現場に遭遇したってことか」

 

 真由の話を真剣な面持ちで聴いていた映司が納得したように頷いた。

 その隣では、何故かアンクが不機嫌そうな表情を浮かべていた。

 

「鳴滝……、あいつか……」

「ん? 何か言った? アンク」

 

 考え込みながらボソッと呟いたアンクに、映司は首を傾げて尋ねるが、

 

「いや、なんでもない……」

 

 アンクは一言だけ返してそっぽを向いてしまった。

 映司は再び真由に視線を向ける。

 

「それでえっと……真由ちゃんはこれからどうするつもり? 君の捜している火の鳥っていうのは……」

「ええ、先ほどおふたりが戦っていた鳥の怪人、あれこそが私が追っていた火の鳥。その姿も力も以前とは別物に変わっていましたが、間違いありません」

「そうなんだ……。でも君は戦う力を失ったんだろ?」

「はい……。ただそれでも、ここで引き返す訳にはいかないんです。やっとの想いで、ようやく見つけたから……」

「そっか……。じゃあさ、もし良かったらだけど、俺たちと一緒に来るかい?」

「えっ!?」

 

 映司の思わぬ提案に、真由は驚きの声を上げた。

 

「俺とアンクも、あの火の鳥――確かジャベリャって名乗ってたけど、アイツには用があるんだ。だけど結構手強くってさ、奴の事情を知る君が一緒だと、俺たちも心強いんだけど?」

「えっと……それは……私としては願っても無い話ですけど……。でも良いんですか? 変身できない今の私なんて、おふたりにとっては足手まといにしかならない気が……」

「そんなことないって。変身できなくっても、君がさっき使っていた魔法はとても頼りになると思う。……それに、実はある事情で預かった小さな女の子(クァン)がいるんだ。同じ女の子の君がいれば、あの子(クァン)も気が休まると思うんだ」

「そうなんですか、女の子が……」

「アンクもそれでいいだろ?」

 

 背を向けたままでいるアンクに、映司は念のため訊いてみた。

 

「好きにしろ……。俺はお前に逆らうつもりは無い……」

 

 かつてのアンクなら、「足手まといは置いていけ」とか「何勝手に決めてんだ」とか汚い言葉で反論しそうなものだが、今のアンクは無愛想はそのままだが、随分と性格が丸く見える。

 

「わかりました、ぜひ同行させてください。私もあなた方の力をお借りできれば、奴に対抗する手立てが見つけられるかもしれません」

「うん! この広い世界でせっかくこうして手を取り合えたんだ。協力し合わなきゃ損だよ」

「では改めて……。私は稲森真由といいます」

「俺は火野映司。それとこっちはアンク。こいつもグリードっていう怪物だけど気にしないで。一応良い奴だから!」

「はい、よろしくお願いします」

 

 笑顔で名乗る映司に、真由はペコリと頭を下げた。

 海東大樹の言うとおり、動けば何かが始まった。

 行動を起こしたおかげで、彼らに巡り会うことができた。

 海東大樹の言うように、この出会いが真由にとっての“宝”になるのかもしれない。

 

 

 

 

 ―Count the medals―

 

 

 仮面ライダーオーズ

 

 ライオンのコアメダルを奪還。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九話 オーズの章:イチゴとクラゲと極寒コンボ

 時間は少しだけ遡る。

 映司たちがネオ・オーバーロードとグリードを退き、古代遺跡で救助チームの到着を待っていたころ、東南アジア・マレーシア半島の先端に位置する都市国家シンガポールで、1人の男が殺された。

 

 白いマーライオンが大勢の注目を集める観光地――マリーナベイエリアのとある高級ホテル、その中の1階にあるバーのカウンター席に、1組のカップルが肩を並べて座っていた。

 情熱的な真っ赤なキャバドレスに身を包んだ女性とスーツ姿の男性が、カクテルの入ったグラスを傾けながら互いの瞳に酔い痴れている。

 夜の妖しい雰囲気に導かれるように、やがて2人はバーを後にし、巨大なベッドが待つホテルの客室へと入っていった。

 男は自らのジャケットを脱ぎ捨てると、女のドレスを肌蹴させた。

 2人は互いに強く抱きしめ合いながら、ベッドの海へと共にダイブした。

 男の身体は欲望のままに揺れる。

 女の身体も快楽のままに揺れる。

 2人の本能にベッドが音を立てて揺れる。

 数時間の愛の末、果てた男女の間に沈黙が流れる。

 折り重なりながら心地よい充実感に浸る男と女。そして――。

 暫くすると、徐に女の方がムクッと上半身を起こし、ベッドから立ち上がった。

 彼女の美しい裸体に見惚れながら、男がどうしたのかと尋ねると、女は床に落ちていた自分のショルダーバッグを拾い上げた。

 彼女はバッグを開けながら男に告げた。

 

「ねえ、あなたにとっての愛の終着点って何かしら?」

 

 唐突な質問の意味がわからず、首を傾げる男。

 すると女はバッグから取り出した機械仕掛けの装置を腰に当て身につけた。

 彼女の裸体に装着された見たこともないシロモノに、男が驚きの表情を浮かべる中、女は続けてあるモノを取り出した。

 それはイチゴの果実が描かれた錠前の形をしていた。

 女はそれを解錠させると、一言そっと呟いた。

 

「変身……」

 

 女は姿を変え、男の前には赤い忍のような鎧の戦士が現れた。

 女の忍――つまりはくノ一だ。

 慄く男に、くノ一はさらに言葉を投げ掛ける。

 

「いつまでも初恋のような気持ちで一緒にいること? 子を作り、幸せな家庭を築くこと? それとも……。男も色々いるし、理想も色々あるけど、あなたは恋をして何がしたいのかしら?」

 

 くノ一の仮面の奥からは、女の声が変わらずに聞こえてくる。

 そしてその手には、イチゴを模したクナイ型の武器が1本握り締められていた。

 くノ一はクナイを胸の前に構えると、

 

「最後に教えてあげる。私にとっての愛の終着点、それは……死」

 

 刹那、クナイは宙を舞い、男の裸の胸板に食い込んだ。

 皮膚を貫き、心臓を破り、背中を貫通して男の背後の壁に突き刺さった。

 悲鳴を上げる間もなく、男は息絶えベッドの上に倒れた。

 ベッドのシーツもクナイが刺さった壁も、男の血でベットリと赤く染まっていた。

 勿論、くノ一の鎧も返り血を浴びて真っ赤に汚れてしまったが、元々赤い鎧に目立った変化は起きなかった。

 仮面を滴る血を気にするでもなく、くノ一は1人になった部屋で呟き続けた。

 

「人は、死に到達することで他者の心に強く刻まれる。この世からいなくなることで、その愛は永遠になる……。あなたのこと、決して忘れはしない……。大好きだったわよ……」

 

 くノ一は死体となった男に告白すると、まさに忍のように一瞬にして姿を消した。

 部屋には壁に刺さったクナイが証のように残されていた。彼女がいたという確かな証のように。

 

 

 

 次の日の朝、ホテルの前に3人の傭兵たちが現れた。

 彼らは眼前の建物を見上げると、ゆっくりと足を運び、ホテルの中に入っていった。

 フロントに話を通した後、3人の傭兵たちが訪れたのは、赤い血に染まった客室――殺人現場と化した一室だった。

 部屋のベッドの上には、全裸の男の死体が変わらずに横たわり、壁にはイチゴのクナイが刺さったままになっている。

 傭兵たちは辺りを見渡しながら部屋の状況を確認する。

 

「ヘイ! そっちはどうだ?」

 

 床に散らばった女物のドレスや下着を拾い上げながら、傭兵の1人、アイザックが声を掛けた。

 すると壁に刺さったクナイを眺めながら、もう1人の男、レイモンドが口を開いた。

 

「どうって……間違いないよね。“あの女”だよ、ここでブラッドパーティーを開いたのは……。そうだろ?」

「ああ。男の心臓が体内で消し飛んでる……。壁に残ってるそいつ(クナイ)を生身で受ければ、まあ……こうなって当然だろうね。しかし相変わらず凄まじいな、アーマードライダーって奴の力は……」

 

 冷静な表情と慣れた手つきで、男の死体の胸に開いた風穴を覗き込んでいたサイスが、感心するように呟いた。

 

「なんだ? ブルってんのか、サイス! こんなもん俺たちにとっちゃ日常茶飯事じゃねえか!」

「別に怖気づいちゃいないよ、アイザック。ただ、やはりと言うべきか、結局“あの人”の手を煩わせることになるなと思ってね!」

 

 アイザックの言葉に、サイスはやれやれと肩を落とした。

 

「構わないんじゃないか、本人も好きでやっているんだ。戦闘もケーキ作りも同じことなのさ、凰蓮隊長にとっては」

 

 2人の会話を聴いていたレイモンドが、そう言いながら振り向いた。

 

「確かにね。それにアーマードライダーに対抗できるのはアーマードライダーだけ。我々だけでは手に負えないのも事実だ。悔しいけど……」

「だったらどうすんだ? このまま尻尾を巻いて退散すんのか?」

「いや、ターゲットの追跡はこのまま継続する。我々にできることは最後まで成し遂げよう。それがミスター凰蓮から学んだ志だろ!」

「そうかよ! 俺様はテメエらみたいなお利口さんじゃねえからな、んなモンとっくに覚えちゃいねえよ! ……しかしどうする? 追っかけるケツは1つじゃねえだろ?」

「アイザックの言うとおりだ。そもそも最初に追っていたのは“あの女”ではなく、“例の少年”だったはずだ」

 

 そう言ってレイモンドが服の胸ポケットから取り出したのは1枚の写真だった。

 その写真には、13歳ぐらいの黒髪の少年が写っていた。

 

 

 ☆

 

 

 タイ・バンコクの街中にある今は使われていない廃屋と化した雑居ビル。その中に1人のネオ・オーバーロードと1人の人間の姿があった。

 ネオ・オーバーロードの方は、鳥の特徴を持った赤い怪人――少し前に噴水がある公園でオーズと一戦交えたばかりのジャベリャだ。

 対する人間の方は、詰襟の白いスーツに身を包んだ男――財団Xの使者、名をクライという。

 クライは顔に掛けた眼鏡を指先でクイッと上げると、不機嫌そうに佇むジャベリャに向かって呆れながら口を開いた。

 

「――それにしても情けないですね。貴方とあろう者が未だに成果を出せないとは。それでもネオ・オーバーロードですか?」

「……何が言いてぇんだ? てめえ……」

 

 その態度に苛立ちを感じたジャベリャは、まるで無機物のように立っているクライの顔をキッと睨みつけた。

 

「貴方が口ばかりの役立たずだと言っているんですよ。貴方がやるべきこと、任務の概要はその頭でしっかりと理解できていますか? 遺跡に封印されていた漆黒のメダルの回収、そして、オーズが所持する全コアメダルの強奪。その2つが、貴方に与えられた必要最低限の使命のはず。ところがどうでしょう、漆黒のメダルもオーズのコアメダル全種も、どちらも今ここには無い。何1つ達成できていないじゃないですか」

 

 淡々と喋るクライに対し、ジャベリャの怒りのボルテージが着々と高まっていく。

 

「それだけではありませんよ。貴方に貸し与えた我々の試作体、それすらも貴方はまともに有効活用できていない。おかげでろくに実戦データを得ることもできず、それどころか破損させてメンテナンスに出してばかり……。これではいつまで経っても正式投入させることができない」

「試作体……、あのグリードどものことか……。奴らの今の飼い主はこの俺だ! 奴らをどうしてしまおうと俺の自由だろうが!」

「勘違いされては困りますよ。メズールとガメル、あの2体のレプリカは新たなアプローチから造り上げたニュータイプ。その動作テストを行なうための環境として、貴方が選ばれたに過ぎない。そしてアレらをぞんざいに扱うことは、それはつまり、我が上司の崇高なる目的の妨害を意味します」

「崇高な目的? てめえのバックにいるお偉いさんが一体何を考えてるって?」

「それは貴方には関係ないこと。ただこれだけは忘れないでください。貴方たちネオ・オーバーロードも、我々組織にとっては数ある出資対象のうちの1つだ。付き合い方を誤れば、援助を断ち切られかねませんよ? 当然それは、そちらの上司にとっても望むことではないでしょうし、貴方も上からの信用を失いたくないでしょう」

「ふんっ! どうかな。あいにく俺は、シェグロンが指揮するこの計画とやらに大して興味はねえ。仲間を増やすとかネオ・オーバーロードの社会を造るとか……くだらねえ! そもそもネオ・オーバーロードって名前すら俺は気にいらねえんだよ! んな名前じゃねえ! 俺たちは――」

「言わなくて結構! それは今の会話に必要のないこと!」

 

 ジャベリャが思わず叫ぼうとした瞬間、遮るようにクライは言葉を被せた。

 

「話を元に戻しましょう。とにかく、グリードに関しては成果の出るように扱ってください。互いのビジネスのためにも。あと3時間もすれば、ガメルの修復も完了します。それまでは、別行動しているメズールが上手く動いてくれていることでしょう。貴方は彼女に合流した後、その後に好きに暴れ回れば良い。ただし、ノルマはきっちりと、お願いしますよ」

「偉そうに言うんじゃねえ! オーズも鳥野郎も、あのムカつくツラした女の魔法使いも、俺が必ずぶっ潰す! その後で、てめえも消し炭にしてやるから待ってな!」

「構いませんよ、やってみてください。できるものなら……。ただし、私は燃えづらいので悪しからず」

「は? なに言ってんだか……。とにかく、俺が全部終わらせるまで待ってろ! てめえはその後だ!」

 

 そう叫んでクライに背を向けると、ジャベリャは背中に炎の両翼を出現させ、コンクリートの壁を突き破って外へ飛び出していった。

 

 

 

「やれやれ……。やはり非人間とのビジネスは効率が悪い……」

 

 廃屋の中に1人残ったクライは、やれやれと溜息をつきながら、白いスーツのポケットから携帯電話を取り出してそれを耳に当てた。

 

「……――私です。“例のドライバー”の開発状況はどうなってます? もしかしたら完成を急いだ方がいいかもしれませんよ。彼らネオ・オーバーロードは、我々の手には余る存在のようだ……」

 

 

 ☆

 

 

 美女と少女は初めて対面した。

 スラッと細長い白い手と、紅葉のように小さい日に焼けた手が優しく触れ合い、そして重なり合った。

 

「はじめまして、私は稲森真由。あなたの名前を聞かせてくれる?」

 

 少し怯えた表情でオドオドしているクァンの手を、その手でそっと包みながら、真由は微笑んだ。

 クァンは時々傍にいる映司や坂島の表情を窺いながらも、勇気を振り絞って自己紹介をした。

 

「えっと……あの……、クァン。あたし……クァン」

「そう。クァンと言うのね。これからは私もあなたのこと守るから。ここにいるお兄さん達と一緒に」

「いっしょ? おねえちゃんも、いっしょにいてくれるの?」

「うん、傍にいるよ。クァンが良いって言ってくれるなら」

「いい! いいよ! いっしょにいてっ!」

 

 真由の優しい笑顔に警戒が解けたのか、クァンは子供らしく無邪気に真由に飛びついた。

 

「よろしくね、クァン」

 

 真由は少女の小さな身体を受け止めると、まるで母親のようにギュッと抱きしめた。

 その様子を、映司と坂島は微笑ましく見守っていた。

 

 

 

 宿泊しているホテルの屋上で、アンクは1人空を眺めていた。

 何度も目にしている見慣れた青い空。

 しかしアンクにとって、今目の前に広がるこの空は自分の知っている空とは違うものだった。

 見た目は全くと言って良いほど一緒なのに。

 客室で映司たちが用事を済ませている間、アンクはただひたすら、とにかく空だけを見続ける。

 時間を忘れて、何かに思いを馳せるように、流れる雲をゆっくりと目で追いかける。

 ところがそこに、突然邪魔者が現れた。

 見つめる雲を遮るように、大きな丸いシルエットが視界に覆い被さってきたのだ。

 

「なっ!? こいつは……」

 

 アンクは思わず眼を見開いた。

 そこにいたのは半透明の体に無数の触手を垂れ下げたクラゲ型の怪物――クラゲヤミーだった。

 プカプカと宙に浮いている不気味なそれを認識した瞬間、アンクは反射的に異形の右腕から火球を発射した。

 攻撃が直撃すると、全身に燃え広がった炎に包まれ、クラゲヤミーは蒸発するように消滅した。

 黒煙の中から銀色のセルメダルが数枚、音を立てて足元に落ちた。

 アンクはそれを拾おうとしたが、不意に感じた殺気にその手を止める。

 再び頭上を見上げると、いつの間にか数え切れないほどのクラゲヤミーの大群に、青空は埋め尽くされていた。

 

「このジメジメした気配……、こいつらの出所はあの女グリードか……」

 

 アンクは大至急映司に連絡を取るべく、坂島から通信用にと事前に受け取っていたバッタカンドロイドを起動させた。

 

「映司! すぐに屋上に来い! ヤミーだ!」

 

 

 

 バッタカンドロイドからの知らせを受けて、映司は急いでホテルの屋上へと駆けつけた。

 その後ろから、少し遅れて真由とクァン、そして坂島も姿を見せる。

 映司たちが到着するまでの間に、アンクは既に数体ものクラゲヤミーを撃ち落していた。しかし、

 

「気をつけろ、映司! こいつら、倒しても倒してもキリがない! しかも生半可な攻撃じゃ逆に数が増えるぞ!」

「ああ、知ってる! このヤミーとは前に戦ったことがあるから!」

 

 映司は得意げにオーズドライバーを腰に装着すると、3枚の赤いコアメダルを装填した。

 

「前は結構苦戦したけど、今度はコンボで一気に片付ける! ……変身!」

『タカ! クジャク! コンドル! タァージャードルゥー!』

 

 真っ赤な炎のオーラに包まれて、映司はオーズ・タジャドルコンボへと姿を変えた。

 タジャドルコンボは鳥系のメダルを揃えることで発現する空中戦に特化したコンボ。アンクの存在を形作るためにも必要な3種類の赤いコアメダルを使用していることもあり、映司にとっても特別な姿である。

 オーズは背中に展開させた翼を大きく広げると、クジャクの羽根を模した無数の光弾を出現させ、一斉にそれを発射した。

 放たれたクジャクの羽根は次々と周辺のクラゲヤミーを撃破していく。

 

「アンクと真由ちゃんはクァンと坂島さんのことをお願い! 俺は他のヤミーを!」

 

 両翼を広げ、飛び立とうとするオーズ。

 そこへアンクが咄嗟に声を掛けて引き止める。

 

「待て映司! こいつも持っていけ!」

 

 そう言ってアンクがオーズに投げ渡したのは3枚のコアメダル。

 セイウチの姿が描かれた灰色のメダル、シロクマの姿が描かれた白いメダル、ペンギンの姿が描かれた青のメダルだった。

 

「アンク、これ……」

「もしもの時はそいつを使え!」

「……わかった。ありがとう!」

 

 受け取った3枚の未知のコアメダルに一瞬と惑いつつも、感謝の言葉を述べたオーズは、気を取り直して手摺を飛び越え、空へ舞い上がっていった。

 離れていくオーズの背中を見送ったアンクは、改めて鋭い視線を周囲に向けた。

 

「気をつけてください! また来ますよ!」

 

 クァンと坂島を背後に隠し、再び集まりつつある無数のクラゲヤミーに警戒しながら真由が言う。

 

「ふん! 頼むから邪魔だけはするなよ!」

 

 異形の右腕に炎を集中させながら、アンクはほくそ笑むように言葉を返した。

 

 

 ☆

 

 

 上空を華麗に舞いながら、オーズ・タジャドルコンボは無数のクラゲヤミーを連続で倒していく。

 左腕に装着された手甲型の武器――タジャスピナーから火炎弾を連射させながら、ビルの谷間をすり抜け、降下して道路に並ぶ車の頭上を飛翔し、標識の下を潜り抜ける。

 左右から同時に襲い掛かる半透明の触手を炎で焼き尽くし、コンドルレッグの爪脚で触手の本体を切り裂いた。

 しかし、倒しても倒しても敵の数はなかなか減らない。

 オーズはオーズドライバーから抜き取った3枚の赤いコアメダルと、事前にアンクから返してもらっていた黄色いライオンのコアメダルをタジャスピナーに装填した。

 右腰からオースキャナーを引き抜き、タジャスピナーの中のメダルを連続でスキャンしていく。

 

『タカ! クジャク! コンドル! ライオン!  ギン! ギン! ギガスキャン!』

 

 全身に真っ赤な炎を纏ったオーズは再び大空に急上昇し、バンコクの街を照らす灼熱の太陽光を吸収。炎の勢いが増したオーズは巨大な火の鳥となり突撃し、無数のクラゲヤミーたちを次々と飲み込んでいった。

 高温の熱に包まれたクラゲヤミーたちは、その炎の中で蒸発し消滅していく。

 

 

 ☆

 

 

 空中を舞い踊るように滑空しながら、大量発生した人面クラゲを消滅させていく巨大な火の鳥。

 そんな中、その様子を路上の片隅で、まるで見物人のように眺める1人の大男の姿があった。

 人面クラゲ――クラゲヤミーの出現に逃げ惑う人々に紛れながらも、筋骨隆々のその男は、顔色一つ変えずに、上空の火の鳥の動きをただひたすら静かに目で追いかけていた。

 時々その巨漢の図体に逃走する人たちが思わずぶつかることがあっても、大男は特に気にすることなく、夢中になって上空を見上げ続けた。

 そのうち、大男が所持するスマートフォンがブルブルと振動を立て始めた。

 大男は視線を上空に向けたまま、スマートフォンを耳の傍へと持っていった。

 スピーカーから聴こえてきたのは1人の女性の声だった。

 すると、

 

「……――お前か。何の用だ? こっちは今お楽しみ中なんだがな……」

 

 電話の向こうにいるであろう女に水を差されたことが気に入らなかったのか、大男は不機嫌そうな声で呟いた。

 

『あら、奇遇じゃない。私もよ」

 

 それに対し、女の声は少し高めのテンションをしている。

 

「お前の言う楽しみはいつもの“アレ”だろ?」

 

 大男はやれやれと呆れたように尋ねた。

 

『フフッ…ハズレ。それはもう終わってるわ。今は別のことで楽しんでるの』

「どうでもいいさ。お前はお前で好きなことをすれば良い。俺も俺で、自由にやらせてもらう」

『相変わらず冷たい言い方するのね。別に良いけど……。それより訊きたいんだけど、私の坊や、そっちに行ってたりする?」

「……いや。あのガキなら一足先に日本へ向かったはずだが? あいつは俺やお前のお遊びに付き合うつもりなどないのだろう。可愛げのないガキだ……」

『あら、そんなことないわよ。それにあの子のおかげで得をしているのも確かでしょ? 私も、あなたも……』

「……ああ、まあな」

『きっと今度も、素敵な品を見つけ出してくれるはずよ。それがあの子の才能だもの』

「だと良いがな……」

『それで? 坊やが向かった場所、日本の……なんて言ったかしら?』

 

 女がそう尋ねると、大男は一瞬考えてから口を開いて答えた。

 

「ああ、街の名前は……沢芽市だ」

 

 

 ☆

 

 

 タジャドルコンボの炎に焼き尽くされ、オーズの眼に映っていた周囲のクラゲヤミーたちは全滅した。

 全身に纏っていた鳥型の炎が消え、姿を露にしたオーズは一息つこうと適当なビルの屋上に着地した。

 

「ふぅ……。さすがにちょっと多かったな……。でもあれだけのヤミー、一体何処から……?」

 

 若干草臥れたように僅かに息を切らしながら、オーズは改めて周囲を見回した。

 見る限り、クラゲヤミーの生き残りの姿は見当たらないが。全て倒した、と、思っても良いのだろうか。

 判断に迷うオーズだったが、するとそこへ、

 

「残念! 安心するのはまだ早いわよ! オーズの坊や!」

 

 突然何処からか飛んで来た、全身を液状に変えたグリードのメズールが、オーズの身体に突進を仕掛けてきた。

 不意を衝かれたオーズはバランスを崩し、陽の光に照らされた屋上のコンクリートの上をゴロゴロと転がった。

 

「メズール!?」

 

 顔を上げた途端、その眼に飛び込んできた女怪人の姿に、オーズは驚きの声を上げた。

 メズールは液状化を解除し、実体化すると妖艶な視線でオーズを見下ろす。

 

「私の可愛いヤミーたちを随分と減らしてくれたじゃない! でもこれで終わりじゃないわよ! マスターのためにも、あなたをここで始末する!」

 

 マスター? ネオ・オーバーロードのジャベリャのことか。

 メズールの相変わらずの忠誠的な言葉に、やはり拭えぬ違和感を感じてしまうオーズ。

 しかしそうしている間に、メズールは前方に突き出した掌から凄まじい勢いの水流を放出させた。

 

「ヤバイ!」

 

 間一髪、オーズは横転してそれを回避する。

 狙いを外した水流は、代わりに直前までオーズが寝転んでいたコンクリートを大きく抉り飛ばした。

 

「逃がさないわよ!」

 

 休む間もなく、メズールの手から2発目が放たれる。

 オーズはすかさず左腕のタジャスピナーから火炎を発射させた。

 オーズとメズールの間で炎と水が激しくぶつかり合う。

 相殺した瞬間、爆発したような勢いで噴出した水蒸気に、オーズは視界を遮られ、一瞬メズールの姿を見失ってしまう。

 オーズが再びメズールの姿を捕捉しようとするも、それよりも先に動き出したメズールがオーズに迫る。

 全身を再度液状化させたメズールはオーズの身体に絡みつき拘束し、自由を奪ったまま、オーズ諸共屋上から空中に身を投げ出した。

 このままでは落下して地上に激突してしまう。

 オーズが背中の翼を展開して激突を回避しようとするも、液状化したメズールに封じられてそれも叶わない。

 結局、成す術無くオーズは地上のアスファルトの上に叩きつけられてしまった。

 凄まじい衝撃。そして吹き上がる砂埃。ひび割れた地面の上で、オーズはゆっくりと起き上がる。

 

「いったぁ……。変身してなかったら絶対死んでたよな、これ……」

 

 全身に広がる痛みと息苦しさを痛感しながら、さっきまで立っていたビルの屋上を見上げるオーズ。

 もし生身の姿で落ちていたら今頃……。メダルの力で強化された肉体であること、“オーズ”でいられることに改めてありがたみを感じる映司だった。

 

「なかなかしぶといじゃない? オーズの坊や!」

 

 背後から艶のある声が聞こえてきた。

 いつの間にかメズールはオーズの身体を離れ、液状化も解いていた。

 佇むメズールに、オーズは視線を向ける。

 

「メズール……」

「でも次はどうかしら? 私のヤミーの本当の力、思い知らせてあげるわ!」

 

 そう言って、メズールは指をパチンと鳴らした。

 すると、今までどうやって潜んでいたのか、周囲のビルの陰や車の中、マンホールの下から、新たなクラゲヤミーが次々と溢れ出てきたのだ。

 

「まだこんなにヤミーが……」

 

 あっという間に視界を埋め尽くした夥しい数のクラゲヤミーの大群に、オーズは思わず戦慄した。

 しかし、出現したクラゲヤミーたちはオーズに襲い掛かることもなく、ユラユラと浮遊しながら一箇所に集まっていく。

 オーズが息を呑みながら見守る中、上空に集結した大量のクラゲヤミーたちは、その肉体を一旦無数のセルメダルに変換し、一塊になってから再び実体化を始めた。

 幾つものセルメダルの塊は一つにまとまり、1匹の巨大なクラゲヤミーへと姿を変えたのだ。

 その様子に、オーズは思わずかつて戦ったピラニアヤミーのことを思い出す。

 ピラニアヤミーもまた、メズールが生み出した水棲系のヤミーの一種であり、今回のクラゲヤミーと同じように群れで行動するタイプだった。

 オーズ・ガタキリバコンボとの戦いの中で、追い詰められたピラニアヤミーの大群は、最後の手段として合体を果たし、巨大ピラニアヤミーへと変化した。

 結局、巨大ピラニアヤミーは50人に分身したオーズの集団戦術に敗れ去ったが、今回のケースは、あの時のことを嫌でも連想させるものだった。

 

「またか……」

 

 上空に浮かぶ巨大クラゲヤミーを見上げながら、オーズはうんざりしたように呟いた。

 

「さあ! オーズの坊やを潰して奪うのよ! 黒いメダルと、彼の持つ大量のコアメダルを!」

 

 メズールの指示に従うように、不気味な巨大クラゲヤミーは電気を纏った自らの長い触手をオーズ目掛けて振り下ろした。

 オーズは背中の両翼を展開すると、素早く地面を蹴って宙を舞い、触手の一撃を回避した。しかし、

 

「逃がさないわよ!」

 

 直後にメズールが片腕を掲げると、掌から勢い良く伸び出した植物の蔦がオーズの足に絡みついた。

 蔦に引っ張られ、空中で急激に失速するオーズ。

 次の瞬間、頭上から振り下ろされた2本目の触手が、オーズをあっさりと地面に叩き落した。

 それはまるでハエ叩きに落とされる1頭のハエのような有様だった。

 再びアスファルトの上に叩きつけられたオーズは、またもや全身を襲う痛みと息苦しさに耐えながら、なんとか立ち上がる。が……。

 ヨロヨロとよろめく隙だらけのオーズ目掛けて、メズールは強力な一撃を放った。

 大砲のような勢いで発射された水流がオーズに直撃し、同時にオーズドライバーにセットされていた3枚の赤いコアメダルを弾き飛ばした。

 強制的に変身を解除された映司が地面に倒れこむ一方で、バラバラに宙を舞う3枚のコアメダルのうちの1枚がメズールの手にキャッチされた。

 メズールが握り締めたのはコンドルのコアメダル。

 残ったタカとクジャクのコアメダルは、幸いにも映司の前で音を立てて転がり落ちた。

 映司はこれ以上奪われまいと、慌ててその腕を伸ばして2枚のメダルを確保した。

 

「抵抗しても無駄よ! 残りも全部寄越しなさい!」

 

 メズールはまるで拳銃を突きつけて脅迫するかのように片腕を掲げ、ジリジリと映司に歩み寄る。

 映司はゆっくりと後退りしながら、何とか間合いを保とうとするが、上空には巨大クラゲヤミーもいる。

 凄まじい威圧感に襲われ、堪らず映司の頬に冷や汗が伝うが、そんな状況でも、映司は冷静さを失っているわけではなかった。

 戦う力はまだ手元にある。

 コンドルメダルを奪われ、タジャドルコンボにはなれなくなった。

 チーターメダルと3枚の青いメダルも依然敵の手中にあり、ラトラーターコンボとシャウタコンボにも変身は不可能のまま。しかしそれでも、まだなれるコンボは残っているし、アンクが託してくれた未知のコアメダルもある。勝負に敗北したつもりなど、全く無い。

 

「まだまだ余裕……。諦めるには早すぎるでしょ!」

 

 映司は自分に言い聞かせるように叫ぶと、新たに3枚のコアメダルを指に挟んだ。

 それは戦いの直前にアンクから預かった3色のコアメダル。

 灰色のセイウチメダル、白のシロクマメダル、そして青のペンギンメダルだった。

 映司はそれら3枚のコアメダルを同時にオーズドライバーに装填し、右腰のオースキャナーを引き抜いた。

 そして叫んだ、再びあの言葉を。

 

「変身!」

 

 次の瞬間、映司はメダル型のオーラに包まれて新たなコンボ形態に姿を変えた。

 

『セイウチ! シロクマ! ペンギン! セイ・シロギンー! セイ・シロギンー!』

 

 初耳のコンボソングをバックに、その場に現れたのはオーズの新形態――オーズ・セイシロギンコンボ。

 セイウチの頭部にシロクマの両腕、ペンギンの脚を具えた氷属性のコンボだ。

 初めての姿に新鮮さを感じながら、オーズはその第一印象を口にした。

 

「あ! 暑くない……。寧ろ涼しい……」

 

 それが最初の感想だった。

 全身に冷気を纏っている今のオーズにとって、タイの暑さなど最早取るに足りないもの。

 それよりも今は、眼前の脅威を何とかすることが先決だ。

 オーズは地上に立つメズールと上空に浮かぶ巨大クラゲヤミーに警戒しながら、両腕のシロクマアームを構えた。

 

「なによそれ。知らされている情報には無い姿だけど……。まあいいわ、全部まとめて奪ってあげる! やりなさい!」

 

 メズールが指示を出すと、巨大クラゲヤミーは1本の触手をオーズに向かって振り下ろした。

 さっきと同じようにオーズを叩き潰すつもりのようだ。

 しかしオーズが、そうはいくかと片腕のシロクマアームを一振りすると、その爪に引っ掻かれた触手は刹那に凍りついてしまった。

 先端から付け根まで氷に包まれた1本の触手は、次の瞬間、重さに耐え切れず音を立てながらバラバラ砕け落ちていった。

 触手を1本失った巨大クラゲヤミーは、まるで憤怒したように別の触手を次々に振り下ろしていく。

 対するオーズは、負けじと触手の動きに合わせて両腕を振るい、相手の攻撃を連打で弾いていく。

 シロクマアームの爪に触れたものはどんなものでも氷結させることができる。

 氷づけになった触手が次から次へと砕け落ち、巨大クラゲヤミーの手数は文字通り減る一方だった。

 その様を見ていられないと思ったメズールは、助太刀しようとオーズに横槍を仕掛けた。

 全身を液状に変えて、オーズ目掛けて突っ込んでいく。

 しかし、メズールがオーズに辿り着くよりも先に、オーズは両掌から竜巻状の吹雪を放った。

 視界を遮る真っ白い吹雪に飲み込まれたメズールは、悲鳴を上げる間もなく全身が凍りついてしまった。

 時間が止まったかのようにその場で動かなくなったメズールを尻目に、オーズは改めて巨大クラゲヤミーの方に姿勢を向ける。

 右腰からオースキャナーを抜き取り、ドライバーの中の3枚のコアメダルを連続でスキャンする。

 

『スキャニングチャージ!』

 

 メダルの力を最大限に解放したオーズは、巨大クラゲヤミーにとどめを刺すべく走り出す。

 周囲の冷気が集まって固まり、巨大クラゲヤミーを囲い込むように螺旋状の氷の道が生成されていく。

 オーズは両足のペンギンレッグの力で螺旋状の氷道を滑るように駆け上がっていく。

 その際、同時にシロクマアームの爪を巨大クラゲヤミーの肉体に突き刺し、その身を引っ搔いていく。

 シロクマアームの爪に触れたものは、どんなものでも氷結される。その言葉通り、爪痕からは強力な冷気が噴出し、巨大クラゲヤミーの全身は見る見る氷に覆われていく。

 螺旋状の氷道を全て上りきり、オーズが巨大クラゲヤミーの天辺に辿り着いた頃には、既に巨大クラゲヤミーはただ大きいだけの氷像に成り果てていた。

 最後の一撃と言わんばかりにオーズは右手に拳を作ると、足場となっている巨大クラゲヤミーの頭部に、渾身の力を込めた一発のパンチを叩き込んだ。

 

「はぁあああー……せいやぁあああああ!」

 

 それはまるで瓦割りのような様であったが、拳を打ち込まれ、亀裂の入った巨大クラゲヤミーの身体はまさにその瓦の如くバラバラに崩壊した。

 天井から落下したシャンデリアのように、ガラス音に似た騒音が周りに響き渡る中、オーズは軽やかに地上に着地した。

 

 

 巨大クラゲヤミーは撃破した。しかし、安堵する間もなく、オーズの赤い複眼には次の標的の姿がしっかりと映りこんでいた。

 氷づけになり、身動きが取れない状態でその場に放置されているのはグリードのメズール。

 抵抗してこない相手に、一方的に手を出すのは何だか気が引ける感じもするが、このままにしておく訳にもいかない。

 オーズはグッと気持ちを割り切りると、もう一度拳を振り上げた。

 この一撃を打てば、氷の中のメズールは木っ端微塵に砕け散るだろう。

 メズールがいなくなれば、きっとガメルが怒るかもしれない。手がつけられないほどに暴れだすかもしれない。そんな想像を脳裏に過らせながらも、オーズは拳を前に打ち出した。

 しかし、拳が標的を叩き割るよりも先に、予想外の異変が起こった。

 突然、メズールの氷像にビキビキと幾つもの亀裂が走り出し、そこから真っ赤な炎が噴出してきたのだ。

 オーズは慌てて拳を止め、警戒するように背後に後退した。

 

「なんだ!?」

 

 驚くオーズを余所に、氷像は内側から爆発するように崩壊した。中から現れた炎は人型のシルエットに変化すると、やがて見覚えのある姿に実体化した。

 それは紛れもない、メズールだった。

 肉体を液状化させるのが固有能力だったはずのメズールが、今度は全身を炎に変えて復活を遂げたのだ。

 

「水を使うメズールが炎を……? なにがどうなって……」

 

 戸惑うオーズだったが、そういえばと、あることを思い出した。

 コンドルメダル。

 そう、ついさっき、タジャドルコンボの姿でメズールの強力な一撃を受けてしまった時に、オーズドライバーから弾け飛んだコンドルのコアメダルが、メズールに奪われてしまっていた。恐らく、そのコンドルメダルを体内に……。

 

「取り込んだのか!? コンドルのメダルを……」

 

 かつての戦いでも、グリードの一人であるカザリが、複数のコアメダルを取り込んでパワーアップしたことがある。

 本来は風の属性を持っていたカザリが、ガメルやメズールのコアメダルを取り込んで、重力や水流を操る能力を体得していた。

 その時と同じように、今度はメズールがコンドルメダルを取り込んで、炎の属性を手に入れていたとしたら……。

 

「偶然だったけど、思わぬ収穫だわ。まさかメダルを体内に入れることで、こんなにも力が満ち溢れるなんてね。これならあなたの氷にも負けはしないわ!」

 

 メズールは新たに得た力を実感するように、掌に赤い火球を作り出すと、それをオーズ目掛けて投げ飛ばした。

 オーズは咄嗟に両手の爪を地面に突き刺し、眼前に大きな氷の壁を生成した。

 放たれた火球は氷の壁に激突し、刹那に発生した水蒸気が辺りに立ち籠め、視界を遮った。

 真っ白になった視界の中で、オーズはすかさずセイウチヘッドの能力を発動させた。

 セイシロギンコンボの頭部――セイウチヘッドの複眼には、視界不良の環境でも通常時と同様の視覚情報を読み取る能力がある。これは本来、寒冷地の吹雪の中でも正常に活動するためのものだが、こういう状況で敵を捕捉する際にも役に立つはず、だったのだが……。

 周囲を覆う真っ白い水蒸気の中で、キョロキョロと辺りを見回すオーズ。しかし、いくら捜してもメズールの姿は既にそこにはいなかった。

 ただ声だけが、メズールの艶のある声だけが辺りに響き、オーズの耳に届いていた。

 

「メダルの力が体に馴染むまで、少しの間見逃してあげる! でも次に会った時は、あなたの持っているメダル全てをもらうから! その時まで元気でね、オーズの坊や!」

 

 どれだけ視界を確保することができても、相手の動きについていけなければ意味が無い。

 メズールは最初から逃亡する算段で火球を放ったのだろう。

 その突発的な行動に後れを取ってしまったことは、オーズにとって致命的なミスだった。

 

「しまった……。逃げられた……」

 

 オーズは敗北感に駆られながら変身を解除した。

 クラゲヤミーの対処には成功したが、貴重なコアメダル――しかもアンクのコンドルメダルを奪われた上に、それを使って敵に強化され逃げられてしまった。

 こんな結果を報告すれば、きっとアンクは激怒して怒鳴り散らすだろう。

 

「はぁ~……。帰るの憂鬱だなぁ~……」

 

 映司は重い足取りで、仲間の待つホテルへ一旦戻ることにした。

 

 

 ☆

 

 

『ああ、街の名前は……沢芽市だ』

「沢芽市?」

 

 耳に当てるスマートフォンから聴こえてくる男の声に、女はなるほどと頷いた。

 

『事が済んでから、俺も足を運ぼうと思っている。お前はどうする?』

 

 男の質問に、女は「そうねえ……」と少し考えると、ニヤッと笑みを浮かべてから返答を口にした。

 

「良いわ、私も付いて行く。坊やの顔も早く見たいしね」

『そうか。ならタイに来てくれ。バンコクで時間を潰して待ってる』

「了解。お楽しみに一区切りつけたら、すぐに合流するわ。……それじゃあね」

 

 そう言って、女は通話を切った。

 

「さて、と……」

 

 さっきから複数の気配を背中で感じていた女は、スマートフォンをポケットに仕舞いながら、ゆっくりと背後を振り返った。

 ほぼ同時に、気配をチラつかせていた者たちが足早に駆け寄ってきた。

 それらは3人の傭兵の男たちで、全員ハンドガンやライフルを構え、警戒しながらもジリジリと押し迫る勢いで近づいてきていた。

 

「ヘイッ! 女! そこを動くな!」

「ようやく追いついた! もう逃がしはしないよ!」

 

 傭兵の男たち――アイザックとレイモンドが、女に銃口を向けながら叫んだ。

 その隣で、仲間のサイスが通信機を使ってどこかに報告をしている。

 

「……目標の女を見つけました。場所は――」

 

 

 何故か路地裏のとあるゴミ置き場の前に立っていた女は、武装した男たちに囲まれ、銃を向けられながらも、余裕の表情を崩さなかった。

 

「フフッ……。私を愛するために、わざわざ追ってきたのかしら?」

「あぁん!? 急に何言ってんだ!? 俺たちの行動が求愛行為にでも見えんのか!」

 

 女の思わぬ発言に、アイザックは首を傾げながらも、ライフルを構える腕にさらに力を籠める。

 

「求められるのも嫌いじゃないわ。でも、その愛を受け入れる価値があるかどうかは私が判断する。あなたたちに、その覚悟はあるかしら?」

「……彼女の言っていること、理解できるか?」

「いや、さっぱりだ。というか、状況的にかみ合ってないだろ、これ……」

 

 レイモンドとサイスも、女の言葉に困惑の表情を浮かべる。すると、

 

「私にとっては愛こそ全て。そしてその愛は死して完成する。あなたたちが殺すに値するかどうか、見極めてあげる!」

 

 女はそう言うと、懐から機械仕掛けのベルトを取り出した。

 

「おいっ、あれは!」

「戦極ドライバー……」

「やはり……」

 

 アイザックたち3人が驚く中、女は戦極ドライバーを腰に装着し、1つのロックシードを見せ付けた。

 それには赤いイチゴが描かれており、女はそのロックシードを解錠した。

 

『イチゴ!』

 

 異世界に繋がる小型の穴が頭上で口を開き、そこからイチゴの形をした鋼の果実が舞い降りてきた。

 女はイチゴロックシードを戦極ドライバーに装填し、カッティングブレードに手を掛ける。そして――。

 

「変身!」

『ソイヤ! イチゴアームズ! シュシュッとスパァーク!』

 

 女の身体が真っ黒いライドウェアに包まれると、変形したイチゴの鎧が装着される。

 その姿は忍を模したアーマードライダー。

 両手に出現したアームズウェポン――イチゴクナイを構えながら、女は名乗る。

 

「私の名前は、セルディア・フィギエ。でも今は、アーマードライダー……くノ一!」

 

 

 

 

 ―Count the medals―

 

 

 仮面ライダーオーズ

 

 コンドルのコアメダルを喪失。

 タジャドルコンボ変身不能。

 

 新たにセイウチ、シロクマ、ペンギンのコアメダルを獲得。

 セイシロギンコンボに変身可能。

 

 

 メズール

 

 コンドルのコアメダルを獲得。

 炎の力を得る。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十話 番外編:もう1人の武神!20--

 過去から現代、そして未来。時間を繋ぐタイムトンネル。

 時の流れを司る、真っ直ぐと伸びる光の道の中を、2機の巨大なエアバイクが猛スピードで駆け抜けていく。

 それは未来の技術で開発された、時間跳躍を可能にさせるスーパーマシン――タイムマジーン。

 1機は黒を基調に、もう1機は赤を基調にしたボディカラーをしている。

 2機のタイムマジーンは、何かから逃走するように速度を上げ続けている。

 しかし、追跡してくる“ソレ”は、2機のタイムマジーンを上回るスピードで距離を縮めつつあった。

 それぞれのタイムマジーンの中には、1人ずつ搭乗者がいる。

 黒のタイムマジーンを操縦しているのは、将来、オーマジオウと呼ばれる魔王になることを約束されている時の王者――仮面ライダージオウ。

 赤のタイムマジーンを操縦しているのは、オーマジオウを倒し、未来に平和をもたらす救世主となる可能性を秘めた戦士――仮面ライダーゲイツ。

 2人は敵同士でありながらも、今では時空を超えた友情で結ばれた戦友同士として、同じ時を過ごしている。

 

「まずいな……。このままでは追いつかれるぞ!」

 

 タイムマジーンと同様に赤い姿をしているゲイツは、時々背後を確認しながら、操縦桿を握る手に力を籠める。

 

「どうすんの、ゲイツ! 適当な時間に降りて迎え撃った方が良くない?」

 

 黒のタイムマジーンを操りながら、若々しい声でジオウが叫ぶ。

 

「無理だ! こんな状況じゃあ、安全に時空転移などできない!」

 

 モニター越しに慌しい2人。

 そこへ背後から飛んで来た数発の火炎弾が、2機のタイムマジーンを激しく揺らした。

 

「くっ……! 奴め、撃ってきたか……」

「ちょっ!? ヤバイって!」

 

 たじろぐゲイツとジオウ。

 すると、

 

「どうした? 反撃してこないところを見ると、戦う意思は無いということか?」

 

 背後から追跡してくる巨体から、男の声が聞こえてきた。

 2人にとって聞き覚えのあるその声に、ジオウとゲイツは戦慄する。

 

「スウォルツ……!」

 

 ジオウとゲイツのタイムマジーンを追跡するもの。それもまた同じくタイムマジーンだったが、声の主――タイムジャッカーのスウォルツが搭乗しているそれは、鏡の世界に存在する赤き龍――ドラグレッダーを模した戦闘特化型の機体だった。

 

「だが、意見は求めん! ウールやオーラに代わって、この俺が直々に息の根を止めてやろう!」

 

 龍の口から次々と吐き出される火炎弾の嵐に、2機のタイムマジーンは逃げ惑うばかりだ。

 

「仕方ない! 逃げに徹するのは性に合わん! 反撃するぞ!」

「オッケェー! 行くよ、ゲイツ!」

 

 反撃を決意したジオウとゲイツは、タイムマジーンの向きを急反転させ、スウォルツの龍型のタイムマジーンと対面すると同時にレーザー砲を発射した。

 眩く光る数発の光線が直撃し、スウォルツのドラグレッダー型のタイムマジーンが爆炎に包まれていく。

 相手に隙を与えぬよう、2機のタイムマジーンは途切れることなくレーザー砲を連射し、敵の動きを封じようと試みる。

 しかし、ジオウとゲイツの思惑とは裏腹に、立ち籠める黒煙の中から赤き機械龍が顔を出した。

 レーザーの雨をものともせずに、うねるような動きで迫ってきたドラグレッダー型のタイムマジーンは、その巨体でジオウのタイムマジーンを突き飛ばすと、今度はゲイツのタイムマジーンの機体にぐるりと巻きついた。

 ギリギリと締め付けられる赤い機体のあちこちからは軋む音が聞こえ、コクピットでは危険知らせる警告音がうるさく鳴り響いていた。

 

「くそっ……。マシンごと俺を絞め殺すつもりか……」

 

 仮面の下で冷や汗を流しながらも、なんとかこの危機から抜け出そうと抵抗を見せるゲイツだったが、左右の操縦桿は重く、赤のタイムマジーンは完全に身動きが取れない状況となっていた。

 

「どうする? 常磐ソウゴ! このまま友を見殺しにするのか?」

 

 ドラグレッダー型のタイムマジーンの中で、スウォルツは笑いながら言い放つ。

 

「そんな訳ないだろ! ……ゲイツ、すぐに助けるから!」

 

 ジオウはそう叫ぶと、自らのタイムマジーンを変形させながら、歴代の平成ライダーの歴史が込められた時計型のアイテム――ライドウォッチをその手に握り締めた。

 

『クウガ!』

 

 ジオウが起動させたのは、2000年に活躍した最初の平成ライダー――仮面ライダークウガのライドウォッチだ。

 人型に変形後、頭部ユニットがクウガのものへと換装し、黒のタイムマジーンはクウガモードにチェンジした。

 

『フィニッシュターイム! クウガ! マイティタイムブレーク!』

 

 ジオウが操るタイムマジーン・クウガモードは、青く輝くタイムトンネルの壁を蹴り込み、勢いをつけると、その巨体で宙返りを決め、そのまま右足を突き出してマイティキックを思わせる飛び蹴りを叩き込んだ。

 炎を纏った鋼の右足が、ゲイツのタイムマジーンを巻き込んでドラグレッダー型のタイムマジーンに直撃。

 赤き機械龍は、古代文字の紋章が浮かび上がる必殺キックとタイムトンネルの壁面に挟まれた。

 機体全体から激しく火花を散らしつつも、しかしそれでも、機械龍はゲイツのタイムマジーンから離れようとはしない。

 やがて、スウォルツとゲイツの2機のタイムマジーンがめり込む青い壁に亀裂が走った。

 キックの力に押される2機の機体に圧迫され、ガラスが割れるように、タイムトンネルの壁に穴が開いたのだ。

 次の瞬間、スウォルツ、ゲイツ、そしてジオウの3機のタイムマジーンは穴の中に吸い込まれ、タイムトンネルから姿を消した。

 

 

 時空転移システムの誤作動により辿り着いたのは、とある時代、とある時間、とある場所の海上の空だった。

 太陽の光が照り付ける、雲1つない快晴の青空に穴が開き、そこから3機のマシンが吹き飛ぶように飛び出してきた。

 赤き機械龍は水面に叩きつけられ、海中へと沈んでいった。

 解放されたゲイツとジオウのタイムマジーンは、海に突っ込む直前に空中で急ブレーキをかけて難を逃れた。

 

「バカ! ジオウ! 俺ごと蹴ってどうする! もう少しで奴と一緒に海に沈むとこだったぞ!」

「ごめん! でも助かったんだから良いでしょ!」

「良くない! 貴様、やっぱり前に俺が命を狙ったことを根に持ってるんだろ!」

「持ってないって! あんまり被害妄想なんてするもんじゃないよ、ゲイツ!」

「被害妄想だと!?」

「まあまあ! それより、ここってどこなの? 何処の時代?」

「……さあな。無理やり時空を超えたせいか、システムが正常に機能していない。一度着陸して、再起動させた方が良いか……」

 

 ゲイツがモニターを開き、システムを一通りチェックしてみるが、表示されたステータスの所々がノイズで乱れ、どうやらフリーズしているようだった。

 辿り着いた場所と時間が何処だか確認できず、困惑するジオウ。

 すると突然、波に揺れる海面が不自然に盛り上がり、そこから機械龍が再び顔を出した。

 

「うわっ!? また出た!」

 

 噛みつかれそうになり、慌てて機体を急上昇させて回避するジオウとゲイツ。

 そうしている間に、ドラグレッダー型のタイムマジーンは海から脱出し、その姿を現した。

 

「なにを勝った気でいる! 本番はこれからだぞ!」

 

 コクピット内のスウォルツが、左右の操縦桿を押し込み、自らのタイムマジーンを変形させた。

 赤き機械龍――ドラグレッダー型のタイムマジーンは、そのフォルムを一回り大きく変え、烈火龍ドラグランザーを思わせる姿となった。

 

「マシンが変身した!?」

「チッ……厄介だな! ……おい、ジオウ! 場所を変えるぞ!」

「えっ!? 場所!?」

「海の上では思うように動けん! 少し離れた所に埠頭が見えた! あそこまで飛ぶぞ!」

「わ、わかったぁ!」

 

 ジオウとゲイツの2機のタイムマジーンは、エアバイク型のビークルモードで加速すると、モニター越しに小さく見える陸地に向かって飛行を開始した。

 

「なんだ、また逃げるのか? しかしそうはいかん!」

 

 スウォルツが操るドラグランザー型のタイムマジーンも、そうはいくかと2機のタイムマジーンの後を追いかける。

 

 

 ☆

 

 

 沢芽市内全域を監視するマスターインテリジェントシステムに3つの巨影が映りこんだ。

 研究所に受信された映像を確認した桐河羽月は、すぐさまシグレとランマルに連絡を取り、2人を現場に急行させた。

 

 

 シグレとランマルは、相乗りしたバイク型ロックビークル――バトルパンジーを走らせ、目的地を目指した。

 巨影を捕捉するマスターインテリジェントシステムからの情報によれば、ターゲットは既に沢芽市内の埠頭に上陸しているようだ。

 バイクのハンドルを握るシグレは、羽月の通信機越しのナビゲートに従い、最短距離を駆ける。

 路上に並ぶ車の列の間を縫うようにすり抜け、目的地である埠頭が目前に迫ると、視界に飛び込んできたのは3つの巨影の正体だった。

 そのうちの1つである龍型の赤い機械龍――ドラグランザー型のタイムマジーンは、地に足を付け、上空を飛び回る2機のエアバイク型のタイムマジーン目掛けて無数の火炎弾を撃ちまくっていた。

 空を旋回しながら、火炎弾の回避に集中する残り2つの巨影――黒と赤の2機のタイムマジーン。

 そんな光景を、走行中のバイクの上から目の当たりにしたシグレとランマルは、フルフェイスのヘルメットの下で困惑の表情を浮かべる。

 

「なんだこいつら……」

「羽月さんが言ってたのって、これだよね……。でもこの状況、どうすればいいの……?」

 

 2人が判断に困っていると、近づいてくるバイクを不審に思ったのか、上空を向いていた機械龍の視線が下へと向けられた。そして大きく開いた口から数発の火炎弾が放たれた。

 

「うわっ! 撃ってきた!?」

 

 シグレは慌ててバトルパンジーを蛇行させて火炎弾を雨を避けていく。

 

「標的は決まったな! 我々に牙を向けたあの龍が敵だ!」

 

 バイクの運転に集中するシグレの背後で、打ち倒すべき相手を見定めたランマルがプラムエナジーロックシードを構えた。

 

『プラムエナジー!』

「変身!」

『ソーダァ! プラムエナジーアームズ! パーフェクトパワー! パーフェクトパワー! パーフェクパーフェクパーフェクトパワー!』

 

 走るバイクの動きに合わせるように降ってきたスモモを模した鋼の果実を身に纏い、ランマルはアーマードライダーマリカver.2へと姿を変えた。

 変身して早々、マリカver.2はバイクの後部シートを足場にして大きく跳躍すると、空中でプラムエナジーロックシードを弓型の武器――ソニックアローに装填し、トリガーを力強く引き絞った。

 ソニックアローから伸びるレーザーポインターで、照準を機械龍の顔面に合わせた瞬間、マリカver.2はトリガーを離し、ソニックアローから強力な一撃を解き放った。

 

『プラムエナジー!』

 

 エネルギーが圧縮された1本の光の矢が、赤い機械龍の顔面に直撃し、その巨体がグラリと斜めに傾いた。

 

「変身!」

『ハッ! ブラッドオレンジアームズ! 茨道・オンステージ!』

 

 風を切るバトルパンジーの上で、シグレもアーマードライダー鎧武・華に姿を変えた。

 鎧武・華はバイクのコントロールパネルを操作し、追尾機能が搭載された2発のミサイルを発射させた。

 ミサイルは体勢を立て直そうとする機械龍のボディに命中して爆発し、その爆風で機械龍を完全に転倒させた。

 ズシンと大きな音を立てながら横たわるドラグランザー型のタイムマジーン。

 

 

「何が起きたの!?」

「何でも良い! 奴が倒れたんだ! いくぞ!」

 

 上空を旋回しながら様子を見ていた赤いタイムマジーンが地上へと降下していく。

 黒のタイムマジーンもその後を追いかける。

 埠頭に着陸した2機のタイムマジーンから降り立つジオウとゲイツ。

 その眼前に、機械龍を仕留めたマリカver.2と鎧武・華が歩み寄ってきた。

 

「仮面ライダー? え、ていうか……鎧武!?」

 

 現れた鎧武・華の姿を見た途端、ジオウは思わず声を上げた。

 

「いや、俺たちが知っている鎧武とは色が違う。そもそも、お前が鎧武ライドウォッチを入手したことで、鎧武の歴史は既に失われているはずだ」

「じゃあ、ここは鎧武がいた時間じゃないってこと?」

「わからん。無茶な時空転移を行なったことで、おかしな時間に迷い込んだのかもしれん」

 

 ジオウとゲイツが立ち尽くしたまま考え込んでいると、警戒した様子でマリカver.2が2人に声を掛けた。

 

「おいっ! お前たち、一体何者だ!」

 

 いつでも攻撃態勢を取れるように、ソニックアローを握る右手に自然と力が込められる。

 

「ああ待って! 俺たち、敵じゃないから!」

 

 誤解しないようにと、慌てて叫ぶジオウ。

 

「敵じゃないなら、君たちは誰? 見たところ、君たちも武神……あ、いや、アーマードライダーみたいだけど……」

「アーマードライダー? ……俺たちは仮面ライダーだよ。俺がジオウで、こっちがゲイツ」

 

 鎧武・華の質問に、ジオウは愛想良く答える。

 

「ジオウにゲイツ……。仮面ライダー……。僕たちは――」

 

 と、鎧武・華が自分たちの自己紹介をしようとしたその時、横たわるドラグランザー型のタイムマジーンの中から現れた1人の男の存在感が、その言葉を遮った。

 

「予想外の事態で偶然辿り着いた時間だが、どうやら面白いことになりそうだな!」

 

 現れたのは紫色のコートのような服に身を包んだ長身の男。

 その姿を目の当たりにした瞬間、ジオウとゲイツは身構えながら同時に男の名を口にした。

 

「「スウォルツ!」」

 

 警戒するジオウとゲイツの様子から、紫の服の男が迎え撃つべき敵だと直感で判断した鎧武・華とマリカver.2も、2人に合わせるように武器を構えた。

 戦闘態勢を取る4人のライダーたちを前に、しかしスウォルツは余裕を崩さずに笑みを浮かべる。

 

「フッ。お前たち4人全員で、この俺に挑むつもりか? やめておけ。この時間を舞台に戦う相手は、残念ながら俺ではない!」

「何を言っている! どういうことだ!」

 

 スウォルツの意味深な発言に対し、ゲイツは叫ぶように問いかける。

 

「ここは外部からのイレギュラーが原因で生まれた仮面ライダー鎧武の世界のようだ。……しかし、お前――」

 

 そう言いながら、スウォルツは人差し指で鎧武・華を指し示した。

 

「――そう、お前だ。貴様は鎧武でありながら鎧武ではないな?」

「え、なに!? どういう意味だ!?」

 

 今度は鎧武・華が戸惑いながらも問いかけた。

 

「別世界からやって来た異なる世界の鎧武。鎧武の姿をしながらも、その肉体に宿る力の根幹は闇の中。世界を救った鎧武を善とするならば、赤き鎧の貴様の本質は悪。善と悪。光と闇。まさに貴様はもう1人の鎧武――真の“アナザー鎧武”ではないか!」

 

 まるでこの時間、この世界、そして鎧武・華――シグレについても既に見知っているかのような口ぶりで語るスウォルツ。

 全てを見透かしているかのような態度で笑う眼前の男の姿に、そして、シグレを侮辱するかのような言葉に、マリカver.2は苛立ちを感じ、思わず声を荒げた。

 

「貴様! これ以上戯言を並べるなら、強引にでもその口を塞いでやるぞ!」

「ほう、威勢が良いな! だが無理だ! お前たちでは、俺に触れることすらできん!」

「甘く見るなよ!」

 

 叫んだ瞬間、マリカver.2は地面を蹴ってスウォルツに飛び掛った。

 後に続くように、鎧武・華、ジオウ、ゲイツも同時に攻撃を仕掛ける。

 しかし、スウォルツが手をかざした次の瞬間、

 

「!?」

 

 周囲の時の流れがピタリと停止した。

 マリカver.2のソニックアローも、鎧武・華の大橙丸も、ジオウのジカンギレードも、ゲイツのジカンザックスも、全ての刃がスウォルツに届くことはなかった。

 

(そんな……! 体が……動かない……!)

(チッ……スウォルツの力か……)

 

 4人のライダーたちの体は完全に時間に固定されてしまい、身動き一つ取ることができない状態となっていた。

 ただ1人、時間を止めた張本人であるスウォルツだけは、停止した時間の中を自由に歩き出す。

 大橙丸を振りかざした姿勢のまま、動けないでいる鎧武・華の傍まで歩み寄ったスウォルツは、懐からブランク状態の黒い時計型のアイテムを取り出した。

 それを鎧武・華の胸に押し当てると、時計型のアイテムは鎧武・華の肉体から粒子状の光を吸い取ってしまった。

 鎧武・華から何かを吸収した黒い時計型のアイテムは、スウォルツの手の中で形を変えた。

 目的を済ませたスウォルツが指をパチンと鳴らし、止まっていた時間を再び動かした瞬間、唐突に鎧武・華の変身は解除された。

 鎧を纏っていたはずのシグレは、同時に襲ってきた脱力感からか、その場でペタンと膝から崩れ落ちてしまった。

 

「変身が……解けた!? 身体に力が入らない……」

 

 突然その身に起きた異変に、訳がわからず戸惑うシグレ。

 自分の肉体から何かが消えた。そんな不思議な感覚を確かに感じながら、身体中に視線を走らせる。

 

「シグレ! ……貴様! シグレに一体何をしたぁ!」

 

 シグレの危機に真っ先に反応したマリカver.2が、時間停止を経て空振った刃を素早く立て直し、スウォルツ目掛けて走り出す。

 しかし、スウォルツは常人ではありえないほどの高度まで大きく跳躍し、ライダーたちから距離を離すと、まるで意思を持っているかのように自動操縦で動き出したドラグランザー型のタイムマジーンの機体の上に軽々と飛び乗った。

 

「これから楽しい余興を見せてやる! ジオウ、ゲイツ、お前たちをこの時間から簡単には出さん! せいぜい楽しむが良い!」

 

 上空からライダーたちを見下ろしながら高々と言い放つスウォルツを乗せたまま、ドラグランザー型のタイムマジーンは空中に開いたタイムトンネルの中へと消えていった。

 

 

 ☆

 

 

 唐突にスウォルツが去った後、4人のライダーたちは素顔で対面を果たした。

 変身を解除するジオウとゲイツを見ながら、マリカver.2はゲネシスドライバーにセットされたエナジーロックシードを閉じた。

 鎧から解放されたランマルが、険しい表情で2人の少年の元に歩み寄る。

 

「説明しろ、お前たち! 奴は何処へ消えた! シグレの身に何が起きたんだ!」

「え!? ちょっと待って! 急に説明しろって言われても……」

「落ち着け! 名も名乗らずに、気の荒い女だな! お前らこそなんだ?」

 

 感情的になっているのか、乱暴な物言いで問いかけてくるランマルに対し、ジオウだった少年はオロオロと戸惑いを見せるが、もう1人の少年――赤いライダーだった少年は冷静な表情で2人の間に割って入った。

 ランマルは少年に言われて仕方なく足を止めた。

 

「……私はランマル。こっちはシグレだ。私たちは、この街でアーマードライダーをやらせてもらっている」

「アーマードライダー……。確か鎧武が存在していた時間では、仮面ライダーのことをそう呼ぶんだったな。……まあ、それは良いとして。俺は明光院ゲイツ。そしてこっちは……魔王だ!」

 

 そう言って、ゲイツはジオウだった少年を適当に指差した。

 

「いや、魔王じゃなくて王様だし! じゃなくて、ちゃんと名前で紹介してよ! ……俺は常磐ソウゴ。俺もゲイツも、君たちと同じライダーだよ!」

「同じライダー……。え、でも……魔王? 王様って?」

 

 ゲイツとソウゴの言葉に疑問を感じたシグレが首を傾げる。

 

「俺さ、昔から王様になるのが夢なんだ」

「真面目に聴く必要はない。長い話になる……」

「あ! ゲイツひどい!」

 

 嬉しそうに語ろうとするソウゴを余所に、ゲイツは半ば強制的に話題を終わらせた。

 

「つまらん話はいい! それよりさっきの質問に答えろ!」

 

 ランマルもまた、ソウゴの王様の話には一切興味がないようだ。

 

「つまらんって……そっちもひどい!」

 

 ゲイツとランマルのドライな反応に、ソウゴのメンタルはブレークされた。

 

 

 ランマルの疑問に、明光院ゲイツは語る。

 

「さっきお前たちも交戦した相手、奴の名はスウォルツ。時間を自由に行き来して歴史を改変させるタイムジャッカーと呼ばれる連中の1人で、簡単に言えば俺たちの敵だ。俺とジオウも時間を越えることができるんだが、たまたまある時間へ向かっていた最中に奴の襲撃を受けてな。追跡を振り切ろうとしているうちに、この時間に迷い込んでしまったらしい」

「タイムジャッカー……、そんな奴らがいるのか……。その……スウォルツという男は、シグレに何をして、何処へ消えたんだ?」

 

 ゲイツの話に真剣に耳を傾けるランマルが質問を投げかけた。

 

「タイムジャッカーには、アナザーライダーと言う怪人を生み出す力がある。アナザーウォッチを使って、そいつ(シグレ)の力を奪ったとしたら――」

 

 と、ゲイツがそこまで言いかけた、その時だった。

 

「キェエエエエエエエエエエ!!」

 

 突如、上空から聴こえてきた甲高い奇声と共に、1体の招かれざる客が飛来した。

 それはこの沢芽市では何度も目撃されたことのある怪生物の一種――コウモリインベスだった。

 コウモリインベスは地上の獲物を見極めているのか、空中を何度か旋回してから急降下を始めた。

 猛スピードで滑空し、本能のままに飛び回り、話し合いの場を掻き乱していく。

 

「インベス! でもあれは……! ラン姉!」

「ああ! アイツからは人の理性は感じられない! 恐らくクラックを通ってやって来た野生のインベスだろう!」

 

 既に沢芽市での戦いに慣れつつあるシグレとランマルは、咄嗟に相手の様子を見て察知した。

 眼前のコウモリインベスは、ヘルジュースを摂取して理性や知性を維持したまま人間が変貌したタイプではない。何らかの形でこの街に迷い込んだ、獣のように本能のみに従って動くタイプのインベスだと。

 予測しづらい乱雑な動きで翻弄してくるコウモリインベスの突進を、シグレやランマル、ソウゴやゲイツは姿勢を低くしながら何とか回避する。

 

「うっとおしい奴だ! これでは話が進まん!」

 

 目障りなコウモリインベスをさっさと始末しようと、ランマルはプラムエナジーロックシードを構える。

 しかし、変身しようとする彼女を、シグレは叫んで静止させる。

 

「待って、ラン姉! 間も空けずに連続で変身したら、身体の負担が……!」

「しかし……やるしかないだろ!」

「僕がやる! 僕がアイツを止める!」

 

 そう言ったシグレは、自分がランマルに代わって戦おうと、ブラッドオレンジロックシードを構えた。

 側面の解錠スイッチに指を掛け、ロックシードを起動させようとした。が、しかし、

 

「えっ!? なんで……!?」

 

 予想外のことが起きた。

 どういう訳か、ブラッドオレンジロックシードが解錠されないのだ。

 上部のハンガーはせり上がらず、起動音声も聴こえてこない。当然、頭上にクラックが開くこともなく、鎧となる鋼の果実も現われはしなかった。

 どうして? ついさっきは変身できたのに。

 なにが何だかわからず、困惑するシグレ。

 そうしている間にも、コウモリインベスは滑空し、暴れまわっている。

 突進が直撃して誰かが負傷するのも時間の問題だった。

 すると見兼ねたソウゴとゲイツが立ち上がり、声を上げた。

 

「ここは俺たちに任せて!」

『ジオウ!』

「お前たちは黙って見ていろ!」

『ゲイツ!』

 

 2人は自らのライドウォッチを起動させ、腰に装着されたベルト――ジクウドライバーの右側のスロットにセットした。

 

「「変身!」」

 

 ソウゴとゲイツは叫びながら、同時にドライバーのバックルを力強く一回転させる。

 すると、

 

『ライダータイム! カメーンライダァージオウ!』

『ライダータイム! カメンライダァーゲイツ!』

 

 2人はスウォルツとの戦いの時と同じ姿、仮面ライダーとなった。

 ソウゴは顔を覆ったマスクに“ライダー”の文字が刻まれた黒い姿、仮面ライダージオウに。

 ゲイツは全身を赤く染めた姿、仮面ライダーゲイツ。マスクには“らいだー”と刻まれている。

 2人の仮面ライダーは、飛び回るコウモリインベスを撃ち落すべく、それぞれ遠距離武器を召喚した。

 

『ジカンギレード! ジュウ!』

『ジカンザックス! You! Me!』

 

 ジオウは銃型のジカンギレード・ジュウモードを、ゲイツは弓型のジカンザックス・ゆみモードを空に向かって構えた。

 2人は標的に狙いを定め、阿吽の呼吸でトリガーを引く。

 数発の銃弾と光の矢が、コウモリインベス目掛けて撃ち上がっていく。しかし、コウモリインベスは素早い動作で弾と矢を次々と回避する。

 お返しと言わんばかりに、今度はコウモリインベスが口から超音波を発生させた。

 

「耳が……! 頭痛い……!」

 

 たまらず銃撃の手を止めたジオウとゲイツは、頭を押さえながらもがき苦しむ。

 

「面倒なマネを……! だったらコイツで……!」

 

 不利な状況を打開すべく、ゲイツは苦しみに耐えながらライドウォッチを1つ取り出し起動させた。

 

『ゴースト!』

『アーマータイム! カイガン! ゴーストォ!』

 

 ライドウォッチをジクウドライバーの左側のスロットに装填し、バックルを回転させる。

 幽霊の力を持った仮面ライダー――ゴースト オレ魂の姿を模したライダーアーマーが召喚され、ゲイツはそれを身に纏うことで、仮面ライダーゲイツ ゴーストアーマーに姿を変えた。

 

「くらえ!」

 

 仮面ライダーゴーストの力を身につけたゲイツは、両手で印を結び、複数のパーカーゴーストを呼び出した。

 英雄の魂を宿したおばけのような存在――パーカーゴーストは空へと舞い上がり、コウモリインベスに次々と突撃を仕掛け、超音波の発生を阻止する。

 

「超音波が止んだ! 今度は俺の番! コウモリにはコウモリで勝負だ!」

 

 次に動いたのはジオウだった。

 ジオウも平成ライダーの歴史が込められたライドウォッチを起動させ、ジクウドライバーに装填した。

 

『キバ!』

『アーマータイム! ガブッ! キバァー!』

 

 召喚されたアーマーを身に纏い、ジオウは仮面ライダージオウ キバアーマーに変化した。

 キバアーマーはヴァンパイアをモチーフにした仮面ライダーキバの力を宿した姿だ。

 

「ゲイツ! ちょっと手伝って!」

 

 ジオウはそう言うと、地面を蹴って大きく跳躍した。そして空を舞うパーカーゴーストのうちの1体の腕に両手で掴まり、空中ブランコにぶら下がるような姿勢でコウモリインベスの眼前に接近した。

 

「ちょっ!? ……おい! なんのつもりだ、ジオウ!」

 

 突拍子も無いジオウの行動に、ゲイツは戸惑うように叫ぶ。

 

「なにって、コウモリやヴァンパイアは宙吊りになるもんでしょ!」

「バカ! それを言うなら逆さ吊りだ! それじゃあ逆だ!」

「えっ……。あ、そっか……。まあいいや! これでも戦えるし!」

 

 仮面の下でケロッと開き直ったジオウは、器用に腰を捻りながら左右の足を交互に振り回し、コウモリインベスに連続キックを与えていく。

 

 

 ☆

 

 

 埠頭の隅に並べられた幾つもの巨大なコンテナの物陰に身を潜めながら、1人の男が戦いの様子を窺っていた。

 男の手にはランクAのロックシードが1つ握られており、男はそれを掌で転がしながら不気味な笑みを浮かべている。

 さらに男の背後には別の男が立っていた。

 それは紫の服を着た長身の男――ついさっきジオウたちの前から姿を消したはずのスウォルツだった。

 

「どうした? 強大な力を手に入れたというのに、何もしないのか?」

 

 スウォルツはロックシードを持った男に問いかける。

 

 

 

 ジオウやゲイツ、そしてシグレたちの眼前で行方を晦ました後、スウォルツがタイムトンネルを辿って向かったのは、数日前の過去の時間だった。

 その時間の中では、スパリゾート内の露天風呂で、マリカver2とプロトマリカの一撃を食らったカメレオンインベス・レゾンが派手に吹き飛んでいた。

 上空で爆発し、黒煙の中から落ちてきた1人の男が、真下のプールの水面に音を立てて突っ込んだ。

 プールサイドで数体のインベスを撃破したばかりのシグレが、落下してきた男の存在に気を取られた次の瞬間、時の流れがピタリと止まった。

 シグレの身体の動きは固定され、プールから弾け飛んだ水飛沫も空中で停止したまま。本来の歴史では、上階から飛び降りてくるはずのマリカver.2とプロトマリカも、その姿を現す気配は無かった。

 完全に沈黙した時間の中、そんな中でただ1人、プールの水面に落ちた男だけは、時間停止の影響を受けずに動くことができていた。

 濁った水から顔を出し、何が何だかわからずに辺りをキョロキョロと見回していると、男の視界に飛び込んできたのは、時間を停止させた張本人だった。

 

「お前をコケにした奴らに、復讐をしたくはないか?」

 

 そう言いながら、現れたスウォルツはプールに浸かったままでいる男に手を差し伸べた。

 その掌の中には、黒い時計型のアイテムが握られていた。

 

「な、なんすか、これは……?」

 

 カメレオンインベス・レゾンだった男――濡流屋はビクつきながら尋ねた。

 濡流屋の問いに、スウォルツはいやらしく笑みを浮かべながら答える。

 

「コイツは未来から持ってきた異世界の力だ。コレがあれば、全世界をお前の天下にすることも夢ではない」

「全世界? それを受け取れば、ロックシードやインベスよりも凄い力が手に入るってこと……ですか?」

「ああ、そうだ。良かったな。これでお前は無敵だ」

 

 スウォルツは濡流屋の返答を待たずに黒い時計型のアイテムを起動させると、濡流屋の額にそれを圧しつけた。

 次の瞬間、濡流屋の全身は黒い茨に覆われ、真っ赤な鎧武者のような異形の姿へと変貌を遂げた。

 

 

 

 そして現在。

 数日の時間を改変し、スウォルツは再び戻ってきていた。

 新たな力を得たこの時間の濡流屋――スウォルツが歴史を捻じ曲げたことにより、ランマルの制裁(ビンタ)を受けることなく、逆襲の道へと乗り出した男を引き連れて。

 

「まずはお手並み拝見さ。見慣れない連中もいるしねぇ。勝利の秘訣は、徹底的なリサーチだよねぇ!」

 

 背後に佇むスウォルツに向かって、濡流屋はヒヒヒと気色悪く笑いながら肩越しに答えた。

 それを見たスウォルツは、呆れるように鼻で笑う。既に1度敗北している奴が何を偉そうに、と。

 

「心配しなくても、間もなく出撃するさぁ! 君から貰ったこの力、早く試したいしね!」

 

 濡流屋は手にしていたロックシードを用済みと言わんばかりに投げ捨てると、代わりに黒い時計型のアイテム――アナザーウォッチを取り出し、起動させた。

 

『ブジンガイム!』

 

 不気味な音声が鳴り響き、黒い茨に覆われた濡流屋は新たなアナザーライダーに姿を変えた。

 それはジオウやゲイツが戦ったことのあるアナザー鎧武に似てはいるが、さらに禍々しく、歪なフォルムをした真っ赤な血の色に染まった鎧の怪人だった。

 

 

 ☆

 

 

 パーカーゴーストにぶら下がりながら打ち込んだジオウ キバアーマーの渾身のキックが、コウモリインベスをアスファルトの上に叩きつけた。

 ジオウはパーカーゴーストから両手を離し、後を追うに自らも地面に飛び降りた。

 

「決めるか?」

「待って! 俺がやる!」

 

 肩を並べるゲイツにそう申し出たジオウは、ジクウドライバーに装填されたライドウォッチのスイッチを強く押し込み、バックルを一回転させた。

 

『フィニッシュターイム! キバ! ウェイクアップタイムブレーク!』

 

 ジクウドライバーから電子音声が鳴り響くと、次の瞬間、突然青空が黒く染まり、周囲が闇に包まれた。

 真昼間の時間帯だというのに夜が訪れたのだ。

 

「これは……」

 

 シグレとランマルがその変化に驚くように辺りを見回す。

 そんな中、立ち上がったコウモリインベスが必死の抵抗を見せる。ナイフ状の腕の翼にエネルギーを集中させ、切断性のある斬撃を発射した。

 ジオウ目掛けて真っ直ぐ飛ぶ光の刃。

 しかし、それが命中するよりも先に、突如ジオウの眼前に出現した丸い壁が、光の刃の到達を遮った。

 まるで盾のようにジオウの身を守ったそれは、黄色く輝く満月のようだった。――ただし、形は球状ではなく、マンホールの蓋のような円板状をしていた。

 ジオウが右脚を前に踏み出し構えると、機械的に再現された右脚のヘルズゲートがバッと開いた。

 

「キバって……いける気がする!」

 

 そう叫んだジオウは、浮かせた右脚を渾身の力を込めて前に突き出した。

 それはつまり、眼前の円板状の満月を、勢い良く蹴り飛ばしたのだ。

 

 “仮面ライダーキバ”の歴史の中に存在するキバの必殺技――ダークネスムーンブレイクが、「夜の月を背に放つキック」だとするならば、ジオウ キバアーマーのそれは、さしずめ「夜の月を蹴り飛ばすキック」と言ったところか。

 

 蹴り込まれた瞬間にキバの紋章が刻まれた円板状の満月は、猛スピードで真っ直ぐと飛んでいく。

 迫り来る輝く飛来物に戸惑い、回避行動に遅れたコウモリインベスは、次の瞬間、その円板を全身で受け止めた。

 

「キギャァアアアア……!」

 

 刹那に響き渡ったのは、直撃した円板状の満月諸共に爆発し、消滅していくコウモリインベスの断末魔だけだった。

 爆炎と黒煙が立ち上る中、幻のような夜が明け、昼間の青空が帰ってきた。

 本家とは似ても似つかない必殺技の出来に、本人は満足だったのか、ジオウは得意げに立っていた。

 

「今のはだいぶ違うだろう……」

 

 妙ちくりんなジオウの技を見守っていたゲイツは、呆れるように呟いた。

 

 

 

 コウモリインベスを撃破し、ようやく一段落着いたかのように思えた。

 戦闘を終えたジオウとゲイツが変身を解除しようと、ジクウドライバーにセットされたライドウォッチに手を伸ばしかける。

 しかし、ウォッチを引き抜くよりも先に、突然感じ取った新たな気配が、その場にいる者全員の動きを凍りつかせた。

 最初に気配の正体に気づいたのは、この場にいる面子の中で最も優れた五感を持っているランマルだった。

 ランマルは右手に握り締めたプラムエナジーロックシードを解錠しながら、気配の発信源がいる方向に反射的に身体の向きを変えた。

 振り向いた途端に視界に飛び込んできたのは、振り下ろされる寸前の巨大な刃だった。

 

『ソーダァ! プラムエナジーアームズ!』

 

 咄嗟にマリカver.2に変身を遂げたランマルは、向かってくる大剣をソニックアローの刀身でなんとか受け止めた。

 鍔迫り合いをしながら、自分に敵意を向ける存在の姿を目の当たりにしたマリカver.2は、張り詰めた声で叫んだ。

 

「次から次へと……。貴様、一体何者だ!」

 

 眼前に現れたのは、全身に枯れ木の枝を生やした真っ赤な鎧武者のような怪人。

 そいつは大剣を握る両手に力を加えながら、不気味な笑い声と共に言葉を返した。

 

「んふふぅ~! ニューパワーを得た新たなぼくぅ~、ここに参上ぉ~! この最強の力でぇ、今度こそ君に勝って見せるよぉ~!」

 

 気味の悪い喋り方でそう言いながら、鎧武者の怪人は自らの顔面をマリカver.2の仮面にいやらしく近づけていく。

 その腹の立つ態度や喋り方、そして全身から漂ってくる嗅ぎ覚えのある体臭に、マリカver.2は数日前の出来事――スパリゾートでの忌々しい記憶を思い出した。

 

「まさか……、またお前かぁ!」

 

 目の前の怪人の正体が、あのカメレオンインベス・レゾンだった男――濡流屋であることに気づいた瞬間、ランマルは強烈な悪寒を感じ、仮面の下で青ざめた。

 

「気をつけろ! そいつはアナザーライダーだ!」

「なんか感じが違うけど、多分アナザー鎧武だ!」

 

 ゲイツとジオウが叫びながら、助太刀しようと走り出す。

 駆け寄ってくる2人の姿を視界に捉えた鎧武者の怪人は、自らマリカver.2から距離を取ると、手にしている大剣を2度ほど振るい、虚空を切り裂いた。

 

「残念! 君たちの相手はこいつらだよ! 出ておいで! 僕の精鋭たちぃ!」

 

 次の瞬間、鎧武者の怪人が刃を走らせた空間に、別世界に通じるジッパーのような裂け目が2つ生まれ、そこから2体の怪人が飛び出してきた。

 それらはこの世界には存在しないはずの悪しき者たち。異世界から呼び出された、邪悪な武神のしもべたち。

 同時に出現した2体の怪人は、駆け寄るジオウとゲイツの動きを妨げるように襲い掛かる。

 小型の鎌でジオウに斬りかかるのは、カラフルな道化師のような姿をした童話の怪人――クラウンイマジン。

 巨大な刀を振り上げ、ゲイツ目掛けて重い一撃を叩き込もうとしているのは、炎を模した鎧で身を包んだ等身大魔化魍――火焔大将。

 2体の怪人の斬撃を、ジオウとゲイツは咄嗟に構えたジカンギレードとジカンザックスで受け止めた。

 

「こいつら……まさか……」

 

 ジオウとゲイツを相手に戦うクラウンイマジンと火焔大将の姿に、シグレは既視感を感じた。

 何故ならその光景は、自分たちがこの世界(沢芽市)に来る前に散々身を持って体験してきた状況に似ているからだ。

 赤い鎧武者のために、仮面の戦士と戦う異なる種族の怪人たち。まさにそれは、武神の世界で自分たちが相手をしていた武神鎧武軍の残党兵と同じだった。

 眼前の鎧武者の怪人が開いた空間の裂け目の向こう側が、もし武神の世界に繋がっていたとするならば、そこからやって来たこの2体の怪人たちの正体は……。

 

「ラン姉! もしかしてこいつら、僕たちの世界の……!」

「我々の世界にいた、武神鎧武の下僕どもだとでも言うのか……!?」

 

 再び斬りかかってきた鎧武者の怪人の攻撃を捌きながら、マリカver.2は叫んだ。

 すると、大剣を振り回しながら詰め寄る鎧武者の怪人が、この状況を愉しんでいるかのようなテンションで言い放った。

 

「ぼくにこの力をくれた紫の男が言ってたよぉ~! この力は君の仲間――そこにいる小僧から奪い取った力だってねぇ~!」

「なんだと!? シグレから!?」

「だからその力を受け継いだこのぼくがぁ、そいつの代わりに君の傍にいてあげる! そしてたっぷりと愛でてあげるよぉ~!」

「お断りだっ!」

 

 堪らず怒鳴ったマリカver.2は、次の瞬間、力任せにゲネシスドライバーのレバーを押し込んだ。

 

『プラムエナジー・スカァーッシュ!』

 

 ソニックアローの一振りから放たれた一閃が、鎧武者の怪人を吹き飛ばした。

 勢いのままに、鎧武者の怪人はアスファルトの上を転がる。

 

「あ痛ててぇ~……! やっぱ強いなぁ~、君ぃ~! でも今度はぼくも負けないよぉ~! 今の戦いはウォーミングアップ、前哨戦だから! せっかく凄い力を手に入れたんだからぁ、こんな所でそう簡単には終わらせない!」

 

 笑みを含めてそう言いながら、鎧武者の怪人は立ち上がると、片手を振り上げてクラウンイマジンと火焔大将に合図を送った。

 合図の意味を理解した2体の怪人は、ジオウとゲイツとの戦いを中断すると、地面を蹴って跳躍し、何処かへ飛び去ってしまった。

 

「これから四六時中、君を付け狙ってあ~んなことやこ~んなことをしてあげるから、楽しみにしててよねぇ~!」

 

 鎧武者の怪人は、大剣の刃先でマリカver.2を指しながら宣言すると、自らも跳躍し、その場を後にした。

 残されたのは、その場に立ち尽くす3人のライダーと、シグレだけだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十一話 番外編:武神大戦!20--

 今度の敵はこれまで以上に未知数だった。

 シグレとランマルがこっちの世界――沢芽市に来てから戦った相手といえば、ヘルヘイムの森から呼び出されたインベスや、人間が理性を維持したままその力を得て進化したインベス・レゾン体。そして、レゾン体になるために必要なヘルジュースをこの街にばら撒いている元凶――ネオ・オーバーロード。

 これらの敵に関しては、協力者である桐河羽月や呉島貴虎からの情報である程度の知識を得ている。

 しかし、今回の敵――タイムジャッカーのスウォルツやアナザーライダーという存在については、明らかに情報不足だった。

 とりあえずは未来からやって来た2人の青年、常磐ソウゴと明光院ゲイツから情報を提供してもらいはしたが、しかしそれでも、残念ながら完全に理解する事はできなかった。

 時間を乱す者。奪われた仮面ライダーの歴史。奪った歴史から生まれた歪な仮面ライダー。その怪物ライダーを倒すには、同じ歴史の力が必要だということ。

 何度聴き直しても、やはり十分に理解することはできない。何が何だかさっぱりだった。

 

 

 首を傾げて困惑するシグレとランマル。

 するとそんな2人に「でも大丈夫!」と明るく言って笑ったのは、未来から来た青年の1人、常磐ソウゴだった。

「いろいろ説明して混乱させたうえで悪いんだけど」と、前置きをした上で彼は言った。

 どうやら今のソウゴとゲイツは、先刻散々語った難解なルールを問答無用で無視できる力を既に所持しているらしい。

 そう説明しながら、ソウゴとゲイツはいくつかの特殊な形状のライドウォッチを見せてくれた。

 鎧武・華に類似したアナザーライダーの攻略については、2人の未来のライダーに任せておけば、とりあえずはなんとかなりそうだと、シグレとランマルは納得した。

 ならば最も厄介となるのは、時間を停止させることができるスウォルツの対処だ。

 そして、それとは別にもう1つ、個人的に気掛かりなことがランマルにはあった。それは、あのアナザーライダーが使う力と正体についてだ。

 正体と言っても、奴にとっては二重の意味がある。

 1つはあのアナザーライダーの変身者が、数日前にカメレオンインベス・レゾンとして襲い掛かってきた濡流屋という名の男だということだ。しかしこの件に関しては大した問題ではない。あの男自身の小物染みた実力は既に把握している。寧ろハードルが下がって好都合だと思った。

 問題なのはもう片方の意味についてだ。

 奴のあの赤い鎧武者の姿と、異なる種族の怪人たちを召喚し、使役する能力。あの邪悪な姿とその能力を垣間見て、どうしても思い出してしまうのは、故郷である世界を荒らし尽くし、数多くの仲間の命を奪い去った、今は亡き邪な武神ライダー――武神鎧武の姿だった。

 これはランマルの憶測だが、濡流屋のアナザーライダーとしての力が、武神鎧武と同等のものである可能性がある。そして、ゲイツが言っていたあの言葉を思い出し、ランマルは一抹の不安を覚えた。

 

「タイムジャッカーには、アナザーライダーという怪人を生み出す力がある。アナザーウォッチを使って、そいつ(シグレ)の力を奪ったとしたら――」

 

 あの時、スウォルツが奪ったのは鎧武・華――シグレの力だった。

 赤い鎧武者のアナザーライダーの誕生に、シグレの力を吸収したウォッチが使用されたとしたら、アナザーライダーの姿が鎧武・華に似ているのは当然だと思っていた。しかし、あれがもし鎧武・華……ではなく、武神鎧武のアナザーライダーだとしたら。その力の元の持ち主が、シグレだとしたら。

 連想したくもない嫌な考えがランマルの脳裏を過る。

 断ち切るようにランマルは頭を振り払った。

 余計な事を考えるのは今は止そう。今大事なのは、未知の敵に対抗するための手段を得ることだ。ジオウやゲイツという心強い味方がいるからといって、彼らだけに任せっきりという訳にはいかない。アナザーライダーの狙いは、あくまで私。そして今、この街――沢芽市を守っているのは、私とシグレなのだから。

 

 

 敵は何時何処で何を仕出かすかわからない。敵側の方から動いてくれるのを呑気に待っている訳にはいかない。市内の偵察と敵の捜索は一旦ソウゴとゲイツ、そしてシグレに任せ、ランマルは自分たちなりの対抗手段を相談するために、研究所に帰還し桐河羽月のオフィスを訪れた。

 

「なるほどね。未来からの訪問者、それが監視システムに映った巨影の正体だったのね」

「ああ」

「それで? そんなイレギュラーの相手をするために、新しい力がほしいと?」

「力じゃなくても良い。何か、戦を有利に進める手段、情報があれば、教えてほしい」 

 

 座り心地の良さそうな黒い椅子に背中を預けながら、真っ直ぐと見据える羽月の視線を受け止めるように、ランマルは彼女の大きな机の前に立っていた。

 羽月が事務作業に使っている机の上には、山のように積み重ねられたファイルや書類、絶賛稼働中のデスクトップパソコン、薬液に漬けたヘルヘイムの果実が入ったビーカー、そして、いくつかのロックシードが置かれている。その机上の有様は、かつての上司だった戦極凌馬の研究室の机と瓜二つの光景だった。

 ただ1つ違うことは、羽月の机の上にはそれらに加えて、タバコの吸殻が山盛りに乗った灰皿が置かれていることだろう。おかげで何時来てもこの部屋はタバコの臭いが充満している。しかも今日は、いつもよりも臭いがきつい。恐らく、ランマルが来る直前ギリギリまで煙を吹かせていたのだろう。良く見ると、灰皿の灰の山に刺さった吸殻の1つから、まだ微かに煙が出ている。

 

「戦いを有利に、ねぇ……」

 

 ランマルの要望を聴いた羽月は、僅かに視線を下に向けながら、沈黙して考えた。想定外の敵。唐突な申し出。ランマルの言葉に対する返答。思考の末に導き出した答えは――。

 

「私から今すぐ提供できることと言ったら、これぐらいかしらね」

 

 羽月はそう言いながら、机に置かれていた幾つかのロックシードの中から、3つを選んでランマルの前に並べた。それは2種のロックビークルとクラスAのロックシード。

 

「あと、これも」

 

 さらに引き出しの中から、新たに2つの新種のロックシードを取り出し、机上に置いた。

 ランマルの眼前には、合計5つのロックシードが横一列に並べられた。

 

 L.V-03 ダンデライナー。

 L.V-04 チューリップホッパー。

 L.S-10 スイカロックシード。

 L.S-103 ココナッツロックシード。

 L.S-105 スターフルーツロックシード。

 

「これは?」

「あなたの言う今回の敵、タイムジャッカーにアナザーライダーだっけ? ……残念だけど、今回に限っては、私は完全に役立たずよ」

「……以外だな。まさかお前の口からそんな言葉が出るなんて」

「私が今までしてきたことは、あくまでネオ・オーバーロードが関与することに対してだけ。時間を超越して現れた未知の脅威なんてものには、現時点では全くと言って良いほどノープランなのよ」

「ノープラン? 打つ手なしってこと?」

「そういうことね。プランを立てようにも、そもそもの情報が不確定要素の塊だもの。少なくとも私たちにとっては」

 

 羽月の言い方が、何時になくやる気のないものに聴こえる。その言い方からして、今回の案件に関しては、彼女がそれほど乗り気ではないことがなんとなく理解できた。

 

「科学者を気取るいつものお前なら、こういうことには喜んで飛びつくと思ったんだが? どうやらお気に召さなかったようだな」

「気取るもなにも、私が科学者なのは事実。あなたやシグレ君が使っている装備も、私が造ったんだから」

「そんなことを言ってるんじゃない。頭を使うのが得意なお前が、その不確定要素とやらを前にして、何の行動も起こそうとしないこと。その不自然さがおかしいと言っているんだ、私は」

「あら。少しは私のこと、分かってきたんじゃない。あなたの言うとおり、今回の件は、私たちの目的にとってはあまり都合の良いものじゃない」

 

 羽月の言葉を聞いて、今度はランマルが沈黙した。

 ――羽月の目的か。私の認識が確かなら、それは今の自分とシグレがこの世界でやるべきことと同義のはずだ。沢芽市に広がりつつあるヘルジュースの謎を暴き、人間が理性を維持したまま変貌したインベスが引き起こす事件を食い止めること。そして、ヘルジュースをばら撒いているネオ・オーバーロードの殲滅。それらが羽月の目的であり、私たちの目的だ。そして、その目的の達成が、故郷である武神の世界を守ることにも繋がるはず。以前、武神の世界の洞窟で、ヘルヘイムを名乗る男はそう言っていた。だからこそここまでやってきたんだ。

 

「私たちのやるべきことは、ネオ・オーバーロードから沢芽市を守護すること。それが、タイムジャッカーやアナザーライダーの出現で困難になると、お前はそう言いたいのか?」

「そうね。確かにそう。あなたの答えが正解。でも、それだけでもないでしょ、私と、あなたが目指していることは」

 

 羽月に言われてランマルの脳裏に浮かんだのは、地下に眠る男爵の姿――今は動かない、恩人の姿をした機械人形の冷たい姿だった。

 

「戒斗……」

「そう……。私とあなたには、“魔王”の復活という目的があるでしょ。未知の敵を相手にして、もしあなたとシグレ君に何かあれば、ネオ・オーバーロードの殲滅も含めて、何もかも上手くいかなくなる。私にとってはそっちの方が問題なのよ」

「……ならどうする? タイムジャッカーとアナザーライダーのことは放って置くのか?」

「できればそうしたいところだけど、残念ながらそうもいかないのも事実。何しろ、敵のターゲットはあなたみたいだし。だから今回の戦いでは、あなたは徹頭徹尾、援護に徹してほしいの。シグレ君は力を奪われて戦力外だけど、幸い、未来のライダーの2人なら対抗できるみたいだから。ここに用意したロックシードも、その補助のためのもの。クラスAのロックシードは、ゲネシスとは連動できないけど、ソニックアローには使えるから」

「今後のために、無茶はするなと。そういうことか……」

「ええ。そういうことよ」

 

 どうやら羽月にとっては、“魔王”の目覚めは脅威の対処よりも優先するべきことのようだ。

 

 己の欲の優先。武神の世界では、民の命、領土の死守を第一に考えて生きてきた。自身よりも他者の都合を優先してきたランマルにとっては、なかなか理解し難い思考ではあったが、既に自分も、彼女の船に片足を突っ込んでいる。乗りかかった船。今さら降りることはできない。

 やれやれと溜息をつきながら、ランマルは机に並んだロックシードに手を伸ばした。

 初めて見るタイプの錠前を、物珍しそうに眺めていると、羽月のパソコンから映像の受信を知らせる通知音が聞こえてきた。

 羽月が点滅するアイコンをクリックし、ウィンドウを開くと、そこに映ったのはマスターインテリジェントシステムが捉えた沢芽市内の映像だった。

 羽月は視線を向けながらランマルに告げる。

 

「どうやら、敵が動き出したようね」

 

 

 

 指令を受けて部屋を飛び出していくランマルの後姿を見届け、1人残った羽月は、ポケットから取り出したスマートフォンを見つめながら思考を張り巡らせていた。

 何度も唱えているように、今回の相手は想定外の未知の敵。その戦力も能力も、正確な正体すらも自分たちは把握できてはいない。少なくとも自分たちは。

 そんな奴らが跋扈する戦場にランマルとシグレを送り込むことには、やはり抵抗を拭い去ることはできないでいた。科学者にとって、物事を理解できないこと、分析できないこと、見抜くことができないことは、何より不安なことだ。そんなものを相手に戦闘し、万が一2人を失うようなことがあれば、今後の計画に支障が出るのは間違いない。それだけは避けなければならない。

 ――私の計画には、あの2人が必要だ。

 羽月は意を決するように、スマートフォンに指を滑らせた。ランマルとシグレの生存率を上げるためにも、味方は多いほうが良い。

 

 

 ☆

 

 

 街のとある大通りに黒煙が立ち昇っている。

 通り過ぎようとしていた幾つもの自動車は道筋を失い、ドミノ倒しのようにぶつかり合う。そして、乱雑に停止して、道幅を見る見る狭めていく。

 電柱やガードレールに突っ込んだ車もあれば、対向車線をはみ出た別の車と正面衝突してグシャリと潰れた車もある。それらから噴き出る煙や炎が、ぶつかった衝撃の凄まじさを物語っていた。

 スクラップと化した自動車の持ち主だった運転手たち。たまたま現場に居合わせた周辺の通行人たち。負傷し、戸惑う者たち。悲鳴を上げながら恐怖し、怯える者たち。騒ぎに巻き込まれた一般人たちは、一刻も早くこの場を離れようと、各々が散り散りに逃げていく。

 片道2車線、合計4車線の道路。今この場所は、超人と怪人が激しいデスマッチを繰り広げるリングと化していた。

 バトルはタッグ戦。相手は異世界から呼び出された2体の怪人――火焔大将とクラウンイマジン。その2体を迎え撃つのは、未来からやって来た2人の仮面ライダーたち――ジオウとゲイツだ。

 

 

 敵は何時何処で何を仕出かすかわからない。ランマルの言うとおりだった。

 ランマルを付け狙う敵は、彼女を誘き出すために街中に怪人を解き放って騒動を起こした。召喚された2体の怪人たちは、無差別に人々を襲い、破壊活動を始めた。車が燃え、黒煙が昇る。ビルの壁が崩れ、ガラスが割れる。傷付けられた人々は血を流し、涙を流す。

 街の悲鳴、人の悲鳴を聞きつけ、駆けつけた3人の男たちは、現場の悲惨な状況に戦慄した。常磐ソウゴと明光院ゲイツ、そしてシグレの3人だ。

 彼らはすぐに倒すべき敵を見定め、闘志を燃やした。ソウゴとゲイツは変身ベルトを身につけ、走りながら姿を変えた。変身できないシグレに代わって敵を討つために。

 

 

『ジカンギレード・ケン!』

 

 火焔大将の剣捌きを、ソウゴが変身したジオウのジカンギレード・ケンモードが迎え撃つ。

 上下左右から次々と繰り出される斬撃を、時に受け止め、時に受け流す。そうしながら反撃のチャンスが訪れるのを待ち続ける。そして、何度目かの刀身の衝突の直後に、その時はやって来た。振り上げたジカンギレードに刀を弾かれ、火焔大将の姿勢が大きく崩れた。がら空きになった腹部にキックを打ち込むと、火焔大将は背後によろめいた。

 

『ジカンギレード・ジュウ!』

 

 ジオウはすかさずジカンギレードをジュウモードに切り替え、銃弾を連射。降り注ぐ弾幕に貫かれ、火焔大将はアスファルトの上に倒れ伏した。

 

「次はこれで!」

 

 このまま一気に押し切るべく、流れるような動きでジオウは新たなライドウォッチを取り出し、起動させる。

 

『ディ・ディ・ディ・ディケイド!』

『アーマータイム! カメンライド!(ワオ!)ディケイド! ディケイド! ディーケーイードォ!』

 

 10番目の平成ライダー――仮面ライダーディケイドの力が宿った特殊な形状のライドウォッチをジクウドライバーに装填し、バックルを回転。出現したアーマーを身に纏い、ジオウはディケイドアーマーへと姿を変えた。

 

『ライドヘイセイバー!』

 

 右手に出現した専用剣を握り締め、駆けるジオウ。

 刀を杖にして起き上がった火焔大将は、接近してくるジオウを迎え撃つべく得物を持ち上げ、刃を構える。

 まだまだ戦意を失っていない鎧を纏った魔物の姿。ジオウはそんな相手を全身全霊で打ち破る気構えで突撃を仕掛ける。

 ディケイドの力は他の平成ライダーの力を使う力。そのディケイドの歴史が籠められたライドウォッチから生成された剣――ライドヘイセイバーには、19人の平成ライダーの力が宿っている。剣に付いた時計の針を回せば、剣の中のライダーの力は解き放たれる。ジオウは走る足を止めることなく、時計の針を何周か回した。そして、選ばれたその力は――、

 

『ヘイ! ブレイド!』

 

 選ばれたのは、5人目の平成ライダー――仮面ライダーブレイドの力。ブレイドの主な属性は雷。青い稲妻を纏った刀身が、火焔大将目掛けて振り下ろされる。

 

『ブレイド! デュアルタイムブレーク!』

「うりゃぁあああああ!」

 

 その様はまるで、ブレイドの必殺技の1つ、ライトニングスラッシュのようだった。

 頭上から下に、縦に振り下ろされた渾身の一太刀が、防御の構えを見せた火焔大将の刀を真っ二つに叩き折った。

 斬撃の余波を浴びた火焔大将は、感電しながら地面の上をゴロゴロと転がる。

 ジオウvs火焔大将。戦いの決着の行方はほぼ見えていた。しかし、ジオウはさらなる決めの一手で勝利を確実なものにしようとしていた。

 

「妖怪を祓うには、鬼の力だ!」

『響鬼!』

 

 ジオウが次に選んだのは、大地を清める音の力で戦う鬼の仮面ライダー――仮面ライダー響鬼のライドウォッチだ。

 ライドウォッチの力をアップデートすることができるディケイドライドウォッチに接続し、ディケイドアーマーは更なる変身を遂げた。

 

『ファイナルフォームタイム! ヒ・ヒ・ヒ・ヒビキ!』

 

 全身を包み込んだ赤い炎を振り払うと、仮面がカードのようにシャッフルされて鬼の顔へと切り替わる。アーマーの下から露になった真紅の両手に握られているのは、鬼石が埋め込まれた2本の太鼓の撥。仮面ライダージオウ・ディケイドアーマー響鬼フォームの誕生だ。

 仮面ライダー響鬼の強化形態――響鬼紅の力を身に纏ったジオウは、両手の音撃棒・烈火を、人差し指を軸にクルリと一回転させてから、再度突撃を仕掛けた。

 敵は得物を失い、既に丸腰。成す術を失った火焔大将はオロオロと戸惑うばかりだ。ジオウは烈火の柄頭でディケイドライドウォッチのスイッチを叩いた。

 

『ヒ・ヒ・ヒ・ヒビキ! ファイナルアタックタイムブレーク!』

「必殺! 灼烈真紅の型ぁ!」

 

 正しくは音撃打・灼熱真紅の型。完璧さに欠けるジオウらしく、一文字間違えながらも、技の再現は何とか合格ラインを踏んでいた。すれ違いざまに、火焔大将の胸に2本の撥を叩き込んだ。刹那に音撃鼓・火炎鼓を模した炎が浮かび上がり、火焔大将の肉体は火柱に包まれ、木屑となって爆散した。

 ジオウはもう一度、両手の烈火をクルリと回してから、ホッと一息安堵した。傍らで戦っている相方の勝負も、そろそろ決着が着きそうだ。

 

 

 

 道化師のような姿をしたイマジン――クラウンイマジンの相手するゲイツは、そのトリッキーな動きに対抗するために、同じくトリッキーな動きを可能にさせるゲームのライダー――仮面ライダーゲンムを模したアーマーを身に纏って戦闘を繰り広げていた。

 仮面ライダーゲイツ・ゲンムアーマー。自称神の力を持つ黒きライダーの姿を借りて、道化師怪人の攻撃を迎え撃つ。

 クラウンイマジンは、カラフルな袖口から飛び出した小柄な鎌を、狂気に満ちた動きで振り回す。

 

「ウヒャヒャヒャヒャヒャ!!」

 

 その狂ったような不気味な笑い声とデタラメな攻撃は、ゲイツの心を掻き乱し、ペースを崩すには十分過ぎる程。それほどまでに、癇に障る相手だった。

 

「厄介な奴だ……! 俺は貴様のように訳のわからない奴が一番嫌いなんだ!」

 

 敵の鎌の攻撃は、何とか捌き続けられたが、苛立ちは既に我慢のピークを過ぎていた。ゲイツは一旦距離を取ろうと、背後に大きくジャンプした。すると、着地予定地点の場所に、唐突に巨大な紫の土管が出現した。ピコピコというゲーム音と光の点滅を繰り返す土管の口の中に吸い込まれたゲイツは、次の瞬間、空中に出現した別の土管から姿を現した。現れたと同時に、ゲイツはその手に生成した車輪型のエネルギー弾を投擲し、クラウンイマジンにHITさせた。

 倒れこむクラウンイマジンを尻目に、アスファルトの上に降りてようやく呼吸を整えたゲイツは、今度は戦況を自分のペースに持ち込むべく、別形態に姿を変えた。

 

『ドライブ!』

『アーマータイム! ドライブ! ドラァーイブ!』

 

 車の力で事件を解決する熱血刑事のライダー――仮面ライダードライブを模したアーマーを身に纏い、今度は仮面ライダーゲイツ・ドライブアーマーへとチェンジ。その特性はスーパーカーの如く、スピードに特化した戦闘スタイル。アクセルを踏み込み、急発進した車のように、あっという間に敵の懐に飛び込んだゲイツは、その勢いを乗せたまま敵のボディに強力なパンチを叩き込んだ。

 体勢を立て直す間もなく、背後に吹き飛ぶクラウンイマジン。

 立て続けに、ゲイツは両腕に装備された巨大なシフトカー――シフトスピードスピードを射出。それと同時に、両肩から本家のドライブが使用するものと同等の、様々な形状のタイヤを連続発射。次から次へと襲い来る四方八方からの攻撃に、クラウンイマジンは確実に追い詰められていた。

 

「これ以上鬱陶しいのはお断りなんでな! これでケリをつけさせてもらうぞ!」

『電王!』

 

 そう言ってゲイツが取り出したのは、電王ライドウォッチ。イマジン相手には最も効果的な、仮面ライダー電王の歴史が籠められたライドウォッチだ。

 割れた桃の仮面が特徴的な電王・ソードフォームの顔が刻まれたライドウォッチを、斧型の専用武器ジカンザックスのスロットに装填。

 

『フィニッシュターイム! デンオウ! ザックリカッティング!』

 

 続けて、ジクウドライバーにセットされたライドウォッチのスイッチを押し込む。

 

『フィニッシュターイム! ドライブ!』

「いくぞ! これが俺の――」

『――ヒッサツタイムバースト!』

 

 電王とドライブ。電車と車。時間を守るクライマックスな戦士と市民を守る刑事の戦士。2つのライダーの力を重ね合わせ、ゲイツは走り出す。

 時の電車デンライナー・ゴウカを模したオーラエネルギーを纏いながら、レールの上を滑る新幹線のように突撃。さらにスピンする車のように全身を高速回転させ、すれ違いざまにクラウンイマジンの胴体を一閃し切り裂いた。

 

「ヴヒャァアアアアア……」

 

 そのスピードを前に、回避行動を取る暇もなく、あっけなく直撃を許したクラウンイマジンは、甲高い悲鳴を上げながらゲイツの背後で爆発した。

 立ち昇る爆炎を振り返ることもなく、ゲイツは静かに斧を下ろした。

 

 

 

 2人の未来のライダーの手により、2体の怪人は片付けられた。しかし、試合終了のゴングが鳴る気配は訪れそうにはなかった。

 勝利に一安心するジオウとゲイツを余所に、シグレの視線は頭上に向き、とある一点を射抜くように凝視していた。

 

「待ってください、皆さん! 敵はまだ……そこにいます!」

 

 険しい表情で呼びかけるシグレの声に促され、ジオウとゲイツもまた、シグレが見つめるビルの屋上に視線を向けた。

 カタカナとひらがなの文字の形をした複眼に映りこんだ、シグレの言う敵――それは街を破壊し、人々を襲った先程の2体の怪人をこの世界に呼び出した元凶。ソウゴとゲイツ、そしてシグレが探し回っていた標的そのものだった。

 シグレから奪った力を得て、ランマルを付け狙うアナザーライダー――アナザー武神鎧武。

 

「わァお! 凄い凄い! 2人とも強いなァ~! ……それに引き換え、ぼくに力を取られた君は、なァんにも役に立たない、ただの野次馬Aだよねェ~!」

 

 文字通り、高みの見物を決め込んでいた赤い鎧武者の怪人は、配下であるはずの火焔大将とクラウンイマジンが倒されたことにも、ましてや自分の姿を発見されたことにすら、微塵も動揺することはなかった。それどころか、今の戦いをただ見守ることしかできなかったシグレのことを、明らかに馬鹿にした様子で見下ろしている。誰が見ても癇に障る態度だった。

 

「なんだアイツ! 随分と頭にくる奴だな!」

「ああいうあからさまなの、王様になっても我慢できないかも!」

 

 言われたシグレよりも先に苛立ちを感じたゲイツとジオウは、既に武器を構えて迎え撃つ準備を終えていた。寧ろ、相手が来なければ、自分たちから仕掛ける勢いだ。

 ところが、肝心のシグレは冷静だった。

 

「別に良いさ! 何を言われたって僕は気にしない! でもそんなことより、どうして何の関係もない人たちを襲わせたりしたんだ!」

 

 冷静ではあったが、その声には静かな怒りが確かに込められていた。

 

「どうしてって、そりゃあぼくの推しをここに誘き出すために決まってるでしょォ~! わかる? 君たちじゃなくってェ“あの子”ね! そもそもぼく、野郎には一切興味無いし!」

「あの子って……ラン姉のことか」

「そうだよォ~! 彼女に来てもらうつもりでこれだけ暴れさせたのにィ、よりによってお呼びじゃない君たちが来るんだもんなァ~! ホント、空気呼んでほしいよねッ!」

「貴様、さっきから何を言っている! 言葉の意味がさっぱりわからん!」

 

 アナザー武神鎧武のふざけた態度に、痺れを切らしたゲイツが屋上に向かって大きく叫んだ。話を聴けば聴くほど苛立ちは募る一方だ。

 

「つまりさ! 君たち全員邪魔なんだってことォ! 未来のライダーだか異世界の戦士だか知らないけど、3人まとめて死んじゃいなよォ!」

 

 そう言い放ったアナザー武神鎧武は、手にした木の枯れ枝を弓状に変化させ、邪悪なオーラを纏った1本の矢を発射した。空中で3本に分裂したドス黒い矢は、ジオウとゲイツ、そしてシグレ目掛けて真っ直ぐと飛んでいく。

 

「くるぞ! 避けろ!」

 

 戦場慣れしているゲイツの咄嗟の叫びを合図に、3人は一斉に回避行動に移った。

 アスファルトの上を横転し、直撃を逃れる。変身しているジオウとゲイツは勿論、生身の姿であるシグレもまた戦場慣れしている者の1人。この程度のことなら朝飯前だ。

 するとアナザー武神鎧武は大剣を振り上げ、屋上を飛び降りた。落下のスピードを乗せた一太刀が3人に迫る。

 敵の刀身が地面を叩き割るよりも先に、3人は距離を取り、衝撃が届かない安全地帯へと逃れた。

 

「いくよ、ゲイツ!」

『ジオウ! Ⅱ!』

 

 体勢を立て直したジオウは、黒と銀の特殊な形状のライドウォッチを2つに分離させ、ジクウドライバーに装填した。

 

『ライダータイム! カメンライダァー! ライダァー! ジオウ・ジオウ・ジオウ! Ⅱ!』

 

 バックルを回転させ、ジオウは更なる進化形態――仮面ライダージオウⅡへと姿を変えた。

 ジオウⅡはソウゴ自身が持つ相反する2つの想い――善と悪、光と闇、その両方を共に抱え、受け入れたことで発現した力。と、同時に、未来の姿であるオーマジオウの片鱗を示す魔王の力でもある。時計の針を模した専用剣サイキョーギレードを手に、ジオウⅡは大地を駆ける。

 

「抜け駆けは許さんぞ! ジオウ!」

『ゲイツリバイブ! 剛烈!』

 

 ゲイツもまた、ジオウに遅れを取ってなるものかと砂時計型のライドウォッチを取り出し、起動させた。

 それは3人の未来の仮面ライダーの力が1つに合わさり誕生したゲイツリバイブライドウォッチ。魔王に打ち勝ち、魔王の存在する未来を断ち切る可能性を秘めた救世主の力。

 

『ライダータイム! リ・バ・イ・ブ剛烈ゥ! 剛烈ッ!』

 

 ゲイツリバイブライドウォッチを装填したジクウドライバーを回転させ、ゲイツは攻撃力と防御力に特化した形態――ゲイツリバイブ剛烈へと姿を変えた。

 ジオウⅡとゲイツリバイブ剛烈は、アナザー武神鎧武を前後から同時攻撃。挟み撃ちを仕掛ける。リズムを合わせるように、交互に繰り出される2人の攻撃。サイキョーギレード、そして、ゲイツリバイブ剛烈の丸鋸型の武器――ジカンジャックロー・のこモードによる斬撃だ。

 アナザー武神鎧武は対抗しようと大剣を振るうが、少し先の時間を予測できる未来予知の能力を持つジオウⅡにはあっさりと回避され、圧倒的防御力を備えたゲイツリバイブ剛烈には、その強靭な胸部アーマーに軽く撥ね返されてしまう。その上、一撃一撃がどうしても大振りになってしまう大剣では隙ができやすく、そこを的確に狙った反撃を受ける一方だった。

 

「ちょ、ちょっと待ち……! ボカボカボカボカ一方的に……。しかも2対1とか……ちょっと卑怯じゃない!?」

 

 ジオウⅡとゲイツリバイブ剛烈の連携攻撃に、とうとう耐え切れなくなったのか、アナザー武神鎧武が掌を前に出してタイムを求めた。しかし、そんな要望がまかり通るはずもなく、

 

「卑怯だと? 笑わせるな! お前にそんなことを言う資格があるのか?」

「悪いけど、先に手を出したのはそっちなんだ! だからこっちも全力でいかせてもらうよ!」

 

 ジオウⅡもゲイツリバイブ剛烈も、攻撃の手を緩めるつもりは一切なかった。それどころか、2人が同時に放った渾身の斬撃が、アナザー武神鎧武を宙に向かって吹き飛ばした。

 突き上げられるように舞い上がり、そしてすぐに落下してアスファルトの上に叩きつけられたアナザー武神鎧武は、ゼエゼエと息を切らしながらも何とか立ち上がる。

 

「う……うぅ……。あんたら、容赦ないねェ~……。ぼく、こういう暴力行為は素人なんだけどなァ~……」

「フン! 今さらお前の都合など知るか! これは遊びじゃないんだ! お前も一度剣を握った以上、最後まで誇りを持って戦ってみたらどうなんだ!」

「俺たちは何時だって真剣だよ! だから手加減はしないし、ここであんたを倒して、その力を取り返す!」

 

 ジリジリと詰め寄りながら、ジオウⅡとゲイツリバイブ剛烈は、この戦いにケリをつけるための最後の一撃を放とうとしていた。しかし、それを眼前にしながらも、アナザー武神鎧武はほくそ笑んだ。追い詰められているというのに、戦いに負けたつもりなどないと言わんばかりに。

 

「あ~そう……。せっかく引き下がるチャンスをあげたのにィ~。ならこの後どうなっても、君たちに後悔する権利はないということだよねェ!」

「なに? 何を言っている?」

「見せてあげるよォ! ぼくの力の真骨頂を!」

 

 アナザー武神鎧武は再び大剣を振り上げた。そして、全身の力を込めて振り下ろした次の瞬間、刀身に空間を切り裂かれたかのように、強大なクラックが口を開いた。それはランマルとシグレが元いた世界――武神の世界に繋がるクラックだ。裂け目の奥には、既に無数の虫型の怪人達が待機していた。アナザー武神鎧武の意思を読み取ってか、無数の虫型の怪人達は一斉に進行を開始し、次々とこの沢芽市に足を踏み入れていく。

 

「ちょっとぉー! なんかいっぱい出てきたんだけどぉー!」

「なんだ……こいつらは……」

「……これは多分、僕達の世界にいた奴らです! 僕達の敵。武神鎧武軍に属していた怪人達……」

 

 戦いを見守っていたシグレの言葉通り、クラックから現れた大量の怪人達の全ては、かつては武神鎧武の配下だったものだ。ついさっき、ジオウとゲイツが倒した火焔大将とクラウンイマジンも含めて。

 今回、アナザー武神鎧武が呼び出したのは3種類。そのどれもが虫を模した怪人ばかりだった。

 

 アリのような黒い姿をした超越生命体――アントロード フォルミカ・ペデス。

 白いゴキブリに似たジョーカーの下僕――アルビローチ。

 蚊の特性を持つワーム――キュレックスワーム。

 

 アントロードとアルビローチはそれぞれ20体ずつ、合計40体の集団。それらを率いるように、1体のキュレックスワームが先頭を陣取っている。

 

「どうだい? これだけの数が相手だ! 君たちに勝ち目なんてないよねェ! さあお前たち、こいつら全員皆殺しだよォ!」

 

 アナザー武神鎧武の命令を合図に、40体+1の虫型の怪人達は一斉に攻撃を開始した。黒と白、2種類の怪人達が入り乱れながらジオウⅡとゲイツリバイブ剛烈、そして生身の姿であるシグレに襲い掛かっていく。

 

「偉そうなことを言っていたわりには、結局数に頼るだけか! 浅はかだな!」

 

 ゲイツリバイブ剛烈は、頑丈な胸部アーマーで四方八方から来る攻撃を受け止めながらも、ジカンジャックロー・のこモードを振るって確実に敵を蹴散らしていく。

 

「でもこの状況……、俺たちはともかく、変身できないシグレがヤバイかも!」

 

 ジオウⅡは戦法を二刀流に変えて、隙間無く敵意を向けてくるアントロードとアルビローチを斬り伏せながら、無防備なシグレの元へと駆けつけようとしていた。

 圧倒的な数だ。武器も無く、変身もできないシグレがこの状況の中ではもっとも危険なのは明白だった。

 ゲイツリバイブ剛烈もそれはわかっていて、なんとか道を切り開こうと躍起になっていた。しかし、突然一際大きな衝撃がゲイツリバイブ剛烈の背中を叩いた。ほとんどダメージは無かったが、アントロードやアルビローチが繰り出す攻撃よりも威力が強く、その身体がグラリと傾いた。

 

「くっ! なんだ急に……」

 

 姿は見えないが、何者かがアントロードやアルビローチの間を搔い潜りながら、つつくような攻撃を繰り返してくる。

 黒と白の攻撃を相手にしながら、同時に見えない攻撃の対処にも追われるゲイツリバイブ剛烈の異変に気づいたジオウⅡは、咄嗟に自らの特殊能力を発動した。

 魔王の姿に片足を突っ込んだジオウⅡの特殊能力、それは先の時間を見通す未来予知の力。数秒後、数分後の出来事を観測し、結果を書き換えることができる。

 その力で“ライダー”の文字の複眼が捉えたのは、現実とは異なる時間流の中に身を置き、背後から巨大な針を突き刺そうとしている蚊型の怪人の姿だった。

 

「ワームか! ゲイツ! 後ろだ!」

 

 ジオウⅡの叫びに、ゲイツリバイブ剛烈は反射的に応えた。振り向きざまに、キュレックスワームの一撃を掌で受け止めたのだ。

 

「なるほど、クロックアップか! ジオウ! コイツは俺に任せろ! お前は(シグレ)の元へ向かえ!」

 

 超加速の攻撃――クロックアップを駆使するワームとの戦い方なら、アナザーカブトの事件で既に心得ている。ゲイツリバイブ剛烈は、ジクウドライバーにセットされた砂時計をクルリと反転させ、その形態をパワー重視の姿からスピード重視の姿へと変化させた。

 

『スピードタイム! リバイリバイリバイ! リバイリバイリバイ! リバイブ疾風ゥ! 疾風ッ!』

 

 オレンジ色の胸部アーマーが両翼のように左右に展開。青色を基調とした姿――ゲイツリバイブ疾風がキュレックスワームのクロックアップに挑む。

 

 

 

 

『キング! ギリギリスラァッシュ!』

「うりゃぁあああああああああ!!」

 

 ジオウⅡが握る2本の剣、ジカンギレードとサイキョーギレードを合体させた大剣――サイキョージカンギレードから放出される巨大な光の刃の一撃が、ジオウⅡの周囲にいた半数以上のアントロードとアルビローチをあっけなく消滅させた。いくら数が多くても、1体1体の実力は大した脅威ではなかった。

 障害が減り、視野が開けた。残った敵の襲撃に注意を払いながら辺りを見回し、シグレの姿を捜す。と、その時、周りの敵の数が減って、雑音も多少静かになったのか、少し離れた所からバイクのエンジン音とタイヤの擦れる音、そして何かを突き飛ばす衝突音がはっきりと聞こえてきた。

 武器も無く、変身もできないシグレだったが、それでも戦を放棄するつもりは毛頭なかった。残された手段、バイク型ロックビークルを武器として駆り、敵の撃破に貢献していたのだ。

 シグレはバイク型ロックビークル――バトルパンジーをスピンさせながら後輪で数体のアルビローチを蹴散らすと、今度は真っ直ぐと走り出し、元凶であるアナザー武神鎧武を目掛けて突進を仕掛ける。途中、コントロールパネルを操作して、機体から2発のホーミングミサイルと直線に伸びるレーザー砲を一斉発射させ、敵の足止めを試みるが。

 

「残念! いくら喧嘩が苦手なぼくでも、君1人程度の攻撃なんか、痛くも痒くもないんだよねェ~!」

 

 余裕を見せ付けるように佇むアナザー武神鎧武は、大剣の一振りでミサイルもレーザー砲もあっさりと掻き消してしまった。

 

「そォら! お返しだよォ!」

 

 続けて刀身を上から下に振り下ろし、斬撃を飛ばした。三日月状のエネルギー刃は、走行するバイクの手前で着弾し爆発。その爆風でバトルパンジーはバランスを崩し、シートの上から投げ出されたシグレはアスファルトに叩きつけられ、無人となったバトルパンジーも地面に擦れながら横たわってしまった。

 放たれた斬撃が直撃しなかったのはわざとだった。アナザー武神鎧武の余裕の表れ、もしくは脆弱だと決め付けたシグレを弄び、愉しんでいるのか。砂埃に塗れて倒れ伏したシグレの姿を眺めながら、アナザー武神鎧武は両腕を広げてゲラゲラと笑う。

 下品な笑い声が辺りに響き渡る。しかし、シグレはやはり冷静だった。癇に障るその声に憤りの表情を見せることも、怒声を返すこともしなかった。まるで聞こえていないかのように無表情を貫いていたが、闘志は心の中で確かに燃え続けていた。その証拠に、黒く光る瞳は血塗られた鎧武者をずっと見据えたままだ。

 腕を立て、膝を上げ、再び立ち上がったシグレはもう一度走り出した。バイクは失った。だから今度は自分の足で駆ける。眼前に横たわるバトルパンジーから植物の葉を模した刀――リーフブレードを引き抜き、地面を蹴る。両手で構えた緑の刀身が、渾身の力で大きく振り下ろされた。

 刹那に響いたのは、刃と刃がぶつかり合う激しい金属音。シグレの一撃は、アナザー武神鎧武の大剣にあっさりと受け止められた。

 

「ふっふぅ~ん! バカじゃなぁ~い? その刀ってライダーの武器だろォ? 変身もせずに使いこなせる訳ないじゃ~ん!」

 

 刀身の奥で、アナザー武神鎧武がほくそ笑む。

 鍔迫り合いに持ち込んだが、相手は曲がりなりにも仮面ライダーの力を持った怪人。生身の姿で押し切れる可能性は皆無に等しかった。しかし、

 

「いや、そうでもないよ……。こう見えても僕、刀を扱うのが得意だから!」

 

 そう言って、今度はシグレがほくそ笑んだ。

 腕力の差で押し返される前に、自ら後退して距離を取ったシグレは、すぐにリーフブレードを両手で構え直し、再度地面を蹴った。一気に前進し、さっきと同じように渾身の力で緑の刃を大きく振り下ろす。

 

「なんだい! 同じ攻撃じゃないかァ! ワンパターンな奴ゥ!」

 

 相変わらず余裕の姿勢を崩さないアナザー武神鎧武は、先刻と同様に簡単に防御して見せて、シグレの鼻っ柱をへし折ってやろうと、大剣を胸の前へと運んだ。ところが、

 

「うぎゃぁあああああ……!?」

 

 次の瞬間、アナザー武神鎧武の身に起きたのは、息が詰まるほどの激痛だった。

 思わず大剣を足元に落とし、悶えながら両膝を地面に付けるアナザー武神鎧武。その腹には、斬撃を受けたような巨大な切り傷ができていた。

 

「な、なんで……? お前、今何をした!?」

 

 腹の傷を両手で押さえながら、顔を上げたアナザー武神鎧武の異形の目に飛び込んできたのは、既に刀を振り終えたシグレの姿。

 紫電一閃。まさにそれは一瞬の出来事だった。渾身の力を込めて振り下ろされたリーフブレードの一撃は、アナザー武神鎧武の大剣に防がれる直前に軌道を変え、死角に入り込み腹を切り裂いた。

 その一連の動きは、宛ら剣道のフェイントのよう。面と見せかけて胴へ。ただし、その刃のスピードは尋常ではなく、油断していたとはいえ、アナザー武神鎧武に微塵も悟られることはなかった。

 本来、リーフブレードはアーマードライダーの姿で使用することが前提の武器。シグレはそれを生身で振るった上に、怪人の目を欺く速度の一太刀を実現させたのだ。

 

「……何って、なんでもないよ! ただ、僕なりの根性を見せただけ……かな。一瞬、両腕が千切れるかと思ったけど……」

「格好つけんなよ、ムカつくゥ~……。でもなんでだ……? たった一撃受けただけなのに、なんでこんなに痛いんだよォ~……?」

 

 膝を付いたままのアナザー武神鎧武は、依然立ち上がることができないでいた。それほどまでに強力な、衝撃的なダメージを受けていた。たった一太刀の攻撃で。

 そして、そのたった一太刀の攻撃は、アナザー武神鎧武自身の目の届かないところにまで食い込んでいた。

 アナザー武神鎧武の体内で活動するアナザーウォッチ。濡流屋に武神鎧武の力を与えている黒い時計型のアイテムに、一筋の亀裂が走った。

 

「そうか! あのアナザーライダーのウォッチは、シグレから生み出されたもの! だから本来の力の持ち主のシグレの攻撃が一番効果あるんだ!」

 

 アナザーライダーは同じライダーの力でしか倒せない。思わぬところで、アナザーライダー打倒のルールが適用されたことに、ジオウⅡは納得するように頷いた。が、

 

「……あれ? でも、シグレは今はライダーじゃないよね? どうして? ……ん~、まあいいか!」

 

 こうしている間にも、敵は襲ってくる。

 新たな疑問に首を傾げつつも、ジオウⅡはサイキョージカンギレードで、寄って来るアントロードとアルビローチを薙ぎ倒していく。

 

 

 

 濡流屋の体内にあるアナザーウォッチに宿っているのは、シグレのライダーの力だけではなかった。かつて、武神の世界に戦乱を巻き起こし、破壊の限りを尽くした邪な武神ライダーの意識もまた、その中に……。覚醒を始めた赤き邪心は、アナザーウォッチの亀裂から溢れ出ようとしていた。

 

「ぐっ!? ……うぅ……なんだ、これ……意識がァ……遠……ノ……ク……」

 

 腹の傷の痛みとは別に、突然、強烈な頭痛に襲われたアナザー武神鎧武が、頭を抱えて苦しみだした。

 肉体の主である濡流屋の意識が、アナザーウォッチから解放された邪心に飲み込まれ、食い尽くされていく。肉体の内側――正確には心に一方的な浸食を受け、濡流屋の精神も魂も人格も、その肉体から完全に消え失せた。

 そして、空っぽになった肉体を仮初の器と決めた邪心に支配され、アナザー武神鎧武は再び動き出した。

 

「……フ……フフフ……フハハハハ! 驚いたぞ! まさかこうして再び、現世に蘇ることができるとはな!」

 

 アナザー武神鎧武の口から発せられた笑い声、その肉声は、明らかに濡流屋とは別人だった。今までの濡流屋の陰湿な若い声ではない。周囲の者に圧倒的なプレッシャーを与えるほどの威圧感を感じさせる、野太い男の声。それこそが、真の武神鎧武の声そのものだった。

 アナザー武神鎧武改め、アナザー武神鎧武・真は、眼前のシグレに刃先を向ける。

 

「先程の貴様の一撃。それにより、我は再び目覚めた! 今度は我の番だ! 我が一太刀で、貴様を真の姿に解放してやろうぞ!」

「何を言ってるんだ、お前……!?」

「さあ構えろ! いくぞっ!」

 

 戸惑うシグレを余所に、アナザー武神鎧武・真は両手で大剣を握り締めた。腰を下げ、肉体から溢れ出る力を両足の神経に集中させる。2人の間に一瞬の沈黙が流れた次の瞬間、アナザー武神鎧武・真は地面を蹴った。

 シグレが瞬きをする間もなく、アナザー武神鎧武・真はシグレの懐に飛び込んでいた。

 

「まずいっ!?」

 

 得意の反射神経を以ってしても、相手の動きを完全に見切ることはできなかった。ギリギリだった。無理やりな姿勢を押し通して、なんとかリーフブレードで防御の構えを取ったが、無茶な動きのせいで身体中の筋肉や骨が悲鳴を上げるのを感じた。

 アナザー武神鎧武・真の大剣が一閃するタイミングと、シグレが防御するタイミングはほとんど同時、いや、僅かの差でアナザー武神鎧武・真の刃の方が速かった。

 直撃は間逃れたものの、斬撃がかすったシグレの左肩からは血飛沫が飛び散った。その上、大剣を受け止めたリーフブレードは、その衝撃に耐え切れず、真っ二つに叩き折られてしまった。全身を支えるバランスを取る暇も無かったから、敵の一撃の勢いに押されて背後に吹っ飛び、尻餅までつく始末だ。自分の身体まで真っ二つにならなかったのが、せめてもの救いだろう。

 

「シグレ、大丈夫!? ……あのアナザーライダー、雰囲気も動きも急に変わった……!?」

 

 少し離れた所でアントロードとアルビローチの撃破を続けるジオウⅡが、シグレの危機に叫んだ。同時に、アナザー武神鎧武の異変にも違和感を感じた。

 

「どうした? 我が一太刀、その身で受けきって見せろ! さすれば互いの存在は拮抗し、我らはもう一度完全なる武神の姿として1つになれるというのに!」

「完全な武神の姿って……。お前、あの濡流屋って男じゃないのか……?」

「なんだ、まだわからんのか? この肉体の元の主の魂は既に食い尽くした。今、この身に宿っているのは、我らが魂の片割れ。さあ、再び魂を完全なものとし、今度こそ天下取りを成し遂げようではないか!」

「天下取り……。そうか、ラン姉から聞いてるよ。どうしてこんなことになっているのかは知らないけど、お前、僕たちの世界にいた、武神鎧武だな!」

「そうだ! そして貴様こそが、我と同一の存在にして半身の魂ではないか!」

「僕が……お前の半身?」

 

 アナザー武神鎧武・真の言葉を耳にした途端、シグレは自分の頭の中が真っ白になっていくのを実感した。

 ――魂の片割れ? 同一? 半身? 急に変貌した口調で、こいつは突然何を言い出しているのか。そもそも本当に、こいつが自分達の故郷である武神の世界にかつて存在したという、あの武神鎧武本人なのか? 検証しようにも、生憎、かつての武神鎧武についての記憶は持ち合わせていない。僕の頭の中には、ラン姉と出会う以前の記憶が存在しないのだから。

 思考が混乱し、意識が戦いから逸れてしまった。隙だらけのシグレに向かって、アナザー武神鎧武・真は再び大剣を構えた。

 

「もう一度いくぞ! この一撃で、真の存在に覚醒するのだ!」

 

 巨大な刀身は振り下ろされ、三日月状のエネルギー刃が放たれた。

 ハッとなったシグレがそれに気づくも、敵の攻撃は猛スピードで接近してくる。尻餅をついたままの体勢では、回避するにはどうしても間に合わない。

 

「まずい! シグレ!」

 

 ジオウⅡが救助に向かおうとするが、数体のアントロードとアルビローチに道を阻まれる。高速移動能力を持たないジオウⅡの姿では、行く手を塞ぐアントロードとアルビローチの始末と同時に、シグレの救助を行なうのは至難の業だった。

 最悪、時間を巻き戻すか? もしくは、速く動けるリバイブ疾風のゲイツなら救い出せるだろうが、この状況に気づいていない様子だと、どうやら向こうはまだ決着がついていないようだ。

 成す術がなく、今まさにアナザー武神鎧武・真の一撃がシグレに直撃する瞬間だった。するとその時――。

 

 

 

『チェリー! プラムエナジー・スカァーッシュ!』

 

 上空から超スピードで駆けつけた1人の赤き鎧の女戦士が、シグレの傍に舞い降りた。

 女戦士は左手に握り締めた弓型の武器に、丸い木の実が描かれた錠前を装填し、弓のトリガーを引き絞った。

 

『ココナッツチャージ!』

 

 次の瞬間、シグレと女戦士はココナッツの実を模したドーム状の光のバリアに覆われた。

 アナザー武神鎧武・真が放ったエネルギー刃は、シグレの身に届くことなく、バリアに防がれ砕け散った。

 

「光の防御壁か……。攻撃を防ぐには最適だな。……無事か? シグレ」

「ラン姉!」

 

 肩越しに振り向いた女戦士の見慣れた背中――アーマードライダーマリカver.2。最も信頼し尊敬しているランマルの到着に、シグレは安堵するように思わず叫んだ。

 

「遅くなってすまなかったな。お前のほうは大丈夫か?」

「僕は大丈夫。ラン姉のおかげで助かったよ」

「そうか。……それで、戦況は?」

 

 シグレの無事を確認し、鎧の中でホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、マリカver.2――ランマルは、すぐさま気持ちをいつもの武将モードへと切り替えた。戦の流れを把握し、見極め、指揮を取り、勝利へと導く。武神の世界で武将の座を引き継いでからずっと行なってきたこと。戦場が武神の世界からこの沢芽市に移ってからも、それは変わらない。戦いの度に抱く、心構えだ。

 

「敵の大将は僕らの目の前! 奴が繰り出したおよそ40の戦力は、ソウゴ君とゲイツ君が殲滅中だよ!」

「なるほど、未来のライダーというのもなかなか優秀じゃないか! お前もよく持ちこたえた。私が加われば、勝率はこちらが上という訳だ!」

「待って、ラン姉! それが……」

「どうした?」

「今のアイツ、あのアナザーライダーは、もう前とは別人なんだ……」

「別人? どういうことだ?」

「なんて説明すればいいのかわかんないんだけど……、今の奴は、僕たちの世界にいた武神鎧武そのものなんだ!」

「武神鎧武……だと……!?」

 

 シグレの思わぬ発言を聴いた途端、マリカver.2――ランマルは、自分の頭の中と心の中に、様々な思考と感情が一気に押し寄せてくるのを感じた。

 武神鎧武。本来、武神の世界に存在し、その世界の日本各地を護る武将に仕える立場でありながら、その仕えるべき主を拒み、役割を放棄し、己の欲望に溺れて我が身一つで天下取りを目指した逸れ者。その身勝手な行動により、数多くの兵士や民が犠牲となった。

 ランマルが所属していた武神オーズ軍も例外ではなく、大勢の同胞と共に、頭目であるノブナガの命をも奪われた。

 当時のランマルは、ノブナガに仕える家臣だった。ランマルにとって、武神鎧武はまさに因縁の相手、主の仇。そんな奴がどういう因果か、今目の前に立っている。本来の肉体の持ち主がどうとか、シグレの力がどうとか、ましてや奴が今ここに存在する理由や羽月の忠告すらも、もうこの際どうでもよかった。数々の約束や疑念や信頼を押しのけて、この瞬間、彼女にとっての最優先事項に上り詰めたのは、“復讐”という言葉だった。

 赤い仮面に隠れてシグレには見えなかっただろう。瞳孔が開いた視線が標的を捉えると同時に、一方の手は既に、ゲネシスドライバーのレバーを力任せに押し込んでいた。

 

『チェリー! プラムエナジー・スカァーッシュ!』

 

 刹那の突風を残して、マリカver.2はシグレの前から走り去った。

 シグレが自分の傍から彼女が消え失せていることに気づいた頃には、2つの刃の衝突はとっくに始まっていた。

 マリカver.2のソニックアローとアナザー武神鎧武・真の大剣。刃と刃が激しく押し合う、鍔迫り合いだ。

 

「悪いな、羽月……! 援護に徹するのは無理そうだ……!」

 

 出撃前に忠告してくれた羽月に対する謝罪を口にしつつも、殺意は最早抑え切れそうにない。怒りのままに、憎しみのままに、マリカver.2は戦いにのめり込んでいく。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。