もう一つの【銀狼 銀魂版】 (支倉貢)
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【if】松下村塾健在の話


もしも松陽が生存し、松下村塾が残っていたら、のお話。

※親バカが多数います。苦手な方はお気をつけ下さい。


「オイコラ銀兄!!」

 

「ぐぼえっ」

 

松下村塾の母屋の縁側。ポカポカ陽気に包まれ微睡んでいた銀時の意識は、痛みにより突然覚醒された。

寝転ぶ銀時を足蹴にしているのは、彼よりも一回りほど年下の少女。銀髪をポニーテールにして括り、大きな赤い目は細められ銀時を睨みつけている。

 

少女の名は吉田志乃。松下村塾で教鞭をとっている吉田松陽の娘だ。また彼女は、銀時の妹でもある。

しかし兄に対するその扱いは、かなりひどいなものだった。

 

「あだだ……何しやがるクソガキ……」

 

「あんた、私の団子勝手に食べたでしょ?」

 

「あぁ?知るか。俺ァそこに置いてあった団子もったいねェなって思って食っただけだ」

 

「結局食ってんじゃねーか!!アレ私のだったのに!」

 

「自分のもんにはちゃんと名前書けって松陽に教わらなかったんですかー。ってことで名前を書いてない志乃ちゃんが悪いでーす」

 

「ぶちのめす!!」

 

ついに怒りがピークに達した志乃は、手にしていた竹刀を銀時に振り下ろす。銀時がその一撃を避けたことを皮切りに、二人の鬼ごっこが始まった。

これは毎日恒例のイベントで、特に昼方に多い。状況によって銀時が追いかけたり志乃が追いかけたりするのだが、基本心底くだらないと切り捨てられる内容である。

こないだなど、銀時が「志乃にジャンプを先に読まれた」という何ともアホらしい原因で喧嘩に発展した。この兄妹はウマが合うのか合わないのか、よくわからないのである。

そして、この鬼ごっこを終わらせるのも、いつも同じ人物だ。

 

「やれやれ、また喧嘩をしているのですか。飽きないですねぇ」

 

くすくすと微笑みながら、逃げる銀時の前に現れた男。髪が長く、なよっとしたような印象を受けるこの男の姿を見るなり、二人の顔色が一気に青くなる。

 

彼の名は吉田松陽。先述した通り、志乃の父親で松下村塾で教師を務める男。見た目からは想像できないほど強く、銀時も現在松下村塾一の実力を誇る志乃でさえ、彼に太刀打ちできない。

 

「し、松陽……」

 

「父さん……」

 

「まったく、今日は一体何が原因ですか?」

 

「今日は私悪くないからね!銀兄が私の団子勝手に食べたんだもん!」

 

「あぁん!?あんなとこに置きっ放しだった志乃の方が悪いだろーが!」

 

二人揃って自分の正当を主張する。どちらも必死だ。

何故かって?それは……。

 

「そうですね。大切なものを置きっ放しにして片付けなかった志乃も悪いですし、確認をせず勝手に食べた銀時も悪い。ということで……」

 

松陽が軽く拳を握り、青ざめた二人の頭に順に軽く叩き込んだ。

 

「ぬぐあっ!!」

 

「うがっ!」

 

「喧嘩両成敗です」

 

二人が自分の正当を主張する理由。単に、このバカげた威力の拳骨を食らいたくないからである。

 

********

 

天人がこの星に襲来して以来、この国は飛躍的な発展を遂げた。志乃達の暮らす片田舎の村もその影響を受け、ありとあらゆるものが溢れてきた。

 

廃刀令の煽りを受けて、松陽達も表立って刀を持つことはなくなったが、松下村塾には今でも人が集う。

卒業した教え子がやってくるのもあるが、多くの人が金を取らずに読み書きを教える松下村塾に、子供を通わせるからだ。

特にそこの娘である志乃は、村でも人気者だった。

剣の実力もさることながら、人に優しく己に厳しい性格。また、粗野な言動を意に介さない程の端正な顔立ちから、村の人達も彼女を愛した。

中には志乃を嫁に欲しいという村人もいたが、松陽をはじめ銀時達弟子が決してそれを許さなかった。もちろん銀時達がただのシスコンであるだけなのだが、実を言うと父親の松陽が一番ひどい。

親バカを発揮させて、彼女が心の底から惚れた男を連れてくるまではどこにも嫁にはやらない、と言っているのだ(しかし、それでも嫁には出したくないとぼやいていた)。

 

「父さーん」

 

電話を受けていた志乃は、父を呼ぼうと振り返る。しかし。

 

「どうかしましたか?」

 

「うわっ!?」

 

居間にいたはずなのにいつの間にか背後にいて、志乃は思わず飛び上がって受話器を落としそうになった。

いつもいつも気配を消して近づくのはやめてほしい。驚きすぎて寿命が縮んだらどうすんだ。そんな事を思いながら、楽しそうな父に受話器を手渡す。

 

電話の相手は、桂だ。

桂と高杉は、松下村塾を卒業して既に一人立ちしている。志乃は彼らの仕事というか肩書きを何一つ知らないが、年中暇を持て余している銀時と違ってなかなか会えないので、久々に声が聞けて嬉しかったりする。

それを言えば桂にしつこく付きまとわれるので、口が裂けても言わないが。

 

「ーーそうですか。では、楽しみに待っていますね」

 

そう言って、松陽は受話器を置く。

 

「ねぇねぇ!ヅラ兄何て言ってた?」

 

「今度の土曜日、晋助と一緒にうちへ帰ってくるそうです」

 

「本当!?」

 

パアア、と志乃の表情が明るくなる。

まるで太陽のようなそれに、松陽は頬を緩ませて志乃を抱きすくめた。

 

「わっ!」

 

「はあ……貴女は本当に可愛いですね」

 

「……もう、父さんったら」

 

頬を擦り付ける父に、娘は苦笑する。

松陽がこんな風に甘えるのも、志乃の前だけである。志乃は照れくさそうに微笑し、父の背に手をまわした。

男手一つで育ててきたからか、それとも志乃の顔立ちが母似だからか。妻を溺愛していた松陽にとって娘は妻同様に愛おしい存在だった。

愛した女と瓜二つの娘。もちろん人間としては別人だが、自他共に認める親バカの松陽は、一人娘の志乃に大きな愛情を注いだ。志乃もそれを受け入れ、二人の間には父娘(おやこ)以上の絆があった。

 

「父さん、早く台所行こ?晩ご飯の支度しなくちゃ」

 

「ふふ、そうですね」

 

互いに笑い合って、親娘は手を繋いで廊下を歩き出した。

 

********

 

そして、待ちに待った土曜日。志乃は玄関で、兄二人を迎え出た。

 

「ヅラ兄ー!晋兄ー!おかえりー!」

 

「ヅラじゃない桂だ!……志乃ォォ!お兄ちゃんが帰ったぞォォォ!!」

 

お決まりの切り返しを挟んで、桂はこちらへ駆け寄って来る可愛い妹に向かって、両腕を広げた。

しかしその妹は、天使のような笑顔のまま、父・松陽直伝の拳骨で桂を撃沈させる。

玄関で突っ伏す桂を放って、志乃は高杉に抱きつく。

 

「おかえり、晋兄」

 

「あァ。ただいま、志乃」

 

「父さーん、二人とも帰ってきたよー」

 

奥から松陽がやってきて、志乃に叩きのめされた桂を見下ろす。

 

「先程大きな音が玄関先でしましたが……何かあったのですか?」

 

「んーん、何にもないよ」

 

「そうですか」

 

柔和に微笑む松陽に、高杉と復活した桂が会釈する。そして二人を奥に案内した。

 

********

 

この二人が帰ってきた時、あるいは銀時達悪ガキ三人衆が揃った時は、大概宴会状態である。

酒が入って下手に暴れたり志乃に手を出したりすると、松陽から容赦のない拳骨が降ってくる。これもお決まりのパターンだった。

 

そして例の如く桂にコスプレを強要させられそうになり、父にヘルプを求めて潰してもらう。

はたまた酔った銀時は暴れて家具を壊し、挙句には志乃のファーストキスまで奪おうとした。もちろん、彼にも松陽の拳骨が入ったが。

こういう酒の入る時、志乃は決まって高杉の隣に陣取った。

あのバカ二人よりかはまだマシだし、何より酒は嗜む程度を飲み、それ以上は決して無い。志乃の記憶する限り、彼が酔い潰れるまで飲んだという事例は一度もない。隣にいても、たまに酌を頼まれるくらいだ。

だから志乃は、安全地帯を確保するため、必ず高杉の近くに座った。もちろん今回もそうだったのだが……このザマである。

 

「あーあー、潰れちゃったよ」

 

ツンツンとちょっかいを出しつつ、運んでやるかと腕を掴んだ時、松陽に止められる。

 

「放っておきなさい、志乃。後は私が部屋へ運んでおきますから」

 

「え?でも……」

 

「わかりましたね?」

 

「……はい」

 

笑顔で圧力をかけた松陽は、桂と銀時の首根っこをそれぞれ掴んで引きずる。

それでいいの。弟子の扱いそれでいいの父さん。ツッコミを入れる間もなく、松陽は部屋を出て行った。

部屋に残されたのは、高杉と志乃だけ。静寂が空間を支配する。

 

「志乃」

 

「何?」

 

「……こっち来い」

 

トントンと軽く膝を叩いて、微笑む高杉。志乃は一度頷いて、高杉の膝の上に対面する形で座った。一層近くなる距離に、志乃は少しだけむず痒く感じた。

髪を優しく撫で、ぎゅっと強く抱きしめられる。

 

「んっ……」

 

「でっかくなったな」

 

「そりゃあもう12歳だもん」

 

「そうか」

 

12、か。と独白のように呟く高杉に、志乃は首を傾げる。

聞けば、彼と桂が松下村塾に入門したのも、大体その頃くらいらしい。まさに、彼の運命が変わった歳とも言えるのだ。

 

「そうなんだ……知らなかった」

 

「そうか?」

 

「うん。そういえば、三人の昔話なんて聞いたことないかも。……ねぇ、もっと聞かせて?」

 

上目遣いでお願いしてみると、しょうがねえなァと高杉は微笑み、語り出した。

初めて松陽と出会った日。何百何千と挑んで、ようやく銀時に勝った日。松陽を超えるために、入門を決めた日。銀時や桂との喧嘩、松陽の拳骨、みんなで歩いた土手……。そしてーー。

 

「お前が産まれた時だ。先生も俺達も、そして……お前を命を懸けて産んだ母親も、みんなお前のことを待ってた。だから、お前が産まれた時……泣いてない奴なんかいなかった」

 

「それは……母さんが死んだから?」

 

「いや、お前が産まれてきたのと、両方だ。嬉しくて悲しくて……色んな感情がごちゃ混ぜになって、みんなよくわかんなくなってた」

 

志乃の頭を撫でながら、高杉は彼女を真っ直ぐ見つめた。

 

「……いいか、志乃。自分のせいで母親が死んだなんて、思うんじゃねェぞ。あの人はな、お前が幸せになるのを誰よりも望んでいた。お前の幸せを奪おうとする奴らがいるなら、俺達がそいつらを皆殺しにしてやる。何だって相談に乗ってやるし、何ならお前を嫁にだって貰ってやる」

 

「晋兄……」

 

 

 

「おや、それは聞き捨てなりませんね」

 

突如割って入ってきた、第三者の声。高杉と志乃の表情が強張る。

 

「晋助。君は先程、"誰"をお嫁に貰うと言いましたか?」

 

松陽が、いつもと変わらぬ優しい笑顔で二人を見下ろしていた。

自分の愛娘が弟子の男の膝の上に、しかも向かい合うように座っている。父親として、これほど喜ばしくないことはない。

 

「父さん?」

 

「先生……いや、これはその……」

 

「言い訳無用。志乃、すぐに降りなさい」

 

「え?……う、うん」

 

再び笑顔の圧力に負けた志乃は、すぐに高杉の膝の上から降りる。そしてもちろん高杉にも拳骨の制裁が下された。

スッキリした松陽は志乃を抱き上げ、自分の膝の上に乗せる。

 

「ちょ、父さん?」

 

「ふふ……貴女は本当に可愛らしい」

 

「く、くすぐったいってば……」

 

高杉から志乃を奪い返した松陽は、娘を愛で始める。

ぎゅっと強く抱きしめて、髪を混ぜ撫でる。たまに頬ずりまでしてくるもんだから、たまったもんじゃない。

 

「父さん……私もう子供じゃないんだけど」

 

「何を言ってるんですか。私から見れば、貴女はずっと子供です」

 

「いや、そうかもしれないけどさ……そういう意味じゃなくて。その……こういうの、恥ずかしいからやめてほしいなって……」

 

「そうですか。では夫婦になれば、そんな心配もなしに貴女を毎日可愛がれますね」

 

「できるわけねーだろそんなの!!ていうか弟子にはダメっつっといて自分はいいのか!!どんな理不尽だよ意味わかんねーよ!!」

 

自分のことを鮮やかに棚に上げた父親に、志乃は思わずツッコミを入れた。

誰かこの親バカを止めてください切実に!!



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他のやつとっとと更新しろ!とか言わない。
最近課題に追われて忙しいの。ゆっくり考える時間があまりないの。どうしてこうなったんだンゴ三兄弟。私のせいですねすみません。


松下村塾一の実力者・吉田志乃には、ある習慣がある。

それは、散歩だ。元々活発な性格の彼女は、昼下がりに毎日散歩に出かける。護身用の木刀を腰に挿し、愛用の草鞋を履いて、外へ飛び出す。

 

「いってきまーす!」

 

「暗くならない内に帰ってくるんですよ」

 

「はーい!」

 

その背中を父・吉田松陽は、微笑ましい気持ちで見守っていた。

志乃は母に似て、元々体が弱い娘だった。幼い頃はよく熱を出し、その度にヒヤヒヤしたものだ。

その娘が元気に外を駆け回っている。丈夫に育ってくれて本当に良かった、と安堵した。

 

しかし、出かける度に、護身用として木刀を持たせるのは、いささか気分が良くなかった。

天人襲来当初、治安はまあ悪くなった。そもそも地球を蹂躙する目的でやってきた連中だ。反りが合うわけがなく、かつてはぶつかり合い、首都の江戸には未だ攘夷浪士達が蔓延っているという。

そんな時代だからこそ、自分の身は自分で護れるくらい、できなくてはならない。それがすごく、苦々しくて。

そして、今日も願う。どうか、あの娘の剣が抜かれませんように、と。

 

********

 

村を一回りした志乃は、西日に照らされた土手を步いていた。そこには小さな広場があって、子供達が遊んでいるのが見える。それを横目に、空を仰いだ。

赤と紫の境目がぼんやりする夕焼け空。暗くなる前に帰ってこいという、父の言葉を思い出す。

 

「……そろそろ帰ろっかな」

 

父が娘である自分を溺愛してくれているのは、もちろん彼女自身も知っていた。 娘のことになると自身を顧みず、いつも心配してくれる。それがかなり大袈裟で困ることもあるが、私のことを想ってくれているのだと思うと、とても嬉しかった。

そんな父に、心配をかけたくない。小走りで自宅へ向かおうとしたその時。

 

「きゃああああああああああ!!」

 

「わああああああああん!!お母さーん!!」

 

「!?」

 

空気を切り裂くような、悲痛な叫び。志乃は思わず足を止め、振り返った。

声は、あの土手から聞こえてくる。一度だけかと思えば、子供の泣き声は何度も聞こえてきて、ただ事じゃないことを匂わせた。

土手の広場に向かうと。

 

「……なっ」

 

志乃は目を疑った。

泣き叫ぶ子供達を連れていこうとしている、異形の生物達。地球では決して見ることのない、そいつらはーー天人だった。

何で。どうしてこんな片田舎に、天人が襲ってくるんだ。

初めて見る天人の姿に、志乃は一歩退がる。とにかく、誰か助けを呼ばなければ。天人に打ち勝てるほど強い人は、この村ではーー。

 

グイッ!

 

「頭ァ、もう一人ガキを見つけましたぜ!」

 

「っ!?」

 

首根っこを掴まれ、足が宙に浮く。天人に見つかり、捕まったとわかるのは早かった。脳が恐怖にジャックされ、ジタバタと暴れ出す。

 

「や、放してっ!!」

 

「けけっ、イキのいい娘だ」

 

「それに見ろよ、この顔」

 

天人に顎を乱暴に掴まれ、持ち上げられる。

 

「これくらいの上玉なら、相当高く売れるぜ」

 

「オイ、無闇に傷つけるなよ。せっかく捕まえた商品の価値が下がるだろ」

 

天人達の会話を聞いて、志乃は青ざめた。

売られる。このままじゃ遠い宇宙のどこかに売り飛ばされて、二度と父さんの元へ帰れないかもしれない。それどころか、その先でもっと酷い目に遭うかもしれないーー。

嫌だ。怖い。怖い!

 

「ッ!!このガキ、暴れるな‼︎」

 

逃げようと必死に抵抗しても、数人に押さえつけられて、自由になれない。周りの子供達の泣き声が耳に入り、さらに恐怖は募っていく。

助けて。誰か、助けて。父さんッ……!!

心の中で、叫んだその時。

 

カツン

 

ジタバタさせていた足が、ふと腰に挿した木刀に当たる。志乃はその感覚に、ハッと我に返った。

そうだ……何のために、木刀(これ)を持ってきたのか。何のために、今まで父に鍛えてもらったのか。

恐怖に囚われていた頭が、急に冷静になっていく。

暴れなくなった志乃を押さえていた天人が、彼女の腕を掴む手を緩めた。

その瞬間。

 

ドォウッ!!

 

志乃は一瞬で木刀を抜き、押さえていた天人達を一掃した。

そのコンマ単位の出来事に、他の天人達も子供達も驚愕を隠せない。その中で、志乃だけが悠々と木刀を肩に置いた。

 

「なっ……何しやがる、クソガキィィィ!!」

 

武器を持って襲いかかってきた天人。動きを見た志乃は、驚いていた。

 

ーー何こいつ?こんなに鈍くて、勝てると思ってんの?

 

世界がスローモーションみたいに、ゆっくり動いて見える。いや、天人が遅いだけかと判断し、攻撃される前に強烈な一撃を叩き込む。

他の天人達も、同じくゆっくり動いて見えた。

躱し、殴り、時に蹴る。正直に言って相手にならないほど、敵は弱かった。

志乃は確信する。自分は、強いと。

 

「ひ……ひィっ!!」

 

「な、何なんだこの娘は!?」

 

「オイてめーら」

 

怯えて後退りする天人に、志乃はビッと木刀を差し出す。

 

「今すぐその子達全員解放しろ。そしたら命だけは助けてやらァ」

 

「なにっ……!?」

 

「このまま戦っても、てめーら総潰しになるだけだっつってんだよ。それともアレか?ここで全員殺されたいのか?選択肢は二つに一つだろ。ホラ早く選べ。3秒待ってやる。ハイいーち……」

 

「わ、わかった!!ガキ共は全員置いて帰る!!それでいいだろ!!」

 

「よろしい」

 

天人達は、志乃の強さとただならぬオーラに、引き退る他なかった。子供達を全員解放し、倒された仲間を引きずって帰る情けない姿を見送った志乃は、彼らに嘲笑を送った。

そして、助けた子供達を振り返る。

 

「みんな、大丈夫?怪我はない?」

 

「「「うわあああああああああん!!」」」

 

子供達が一斉に泣き、志乃に集まってくる。べたべたと抱きつかれて、動けなくなった。

志乃はその子供達の頭を、一人一人優しく撫でる。誰も怪我をしていないみたいだ。

よかった。私も、何かを護れたんだ。そう思うと、嬉しかった。

怖かった。怖かったよ。ありがとう、お姉ちゃん。

涙でぐちゃぐちゃになった顔を押し付けて、彼女にお礼を言う子供達。

 

「もう、大丈夫だよ」

 

志乃が優しく声をかけると、子供達の涙の大合唱は、さらに大きくなったーー。

 

********

 

「ーー何?それは本当か?」

 

地球に停泊している、とある船。そこでは天人達が忙しなく行き交い、何かを運んでいる。

ダンボールに詰められたそれの中身は、全て白い粉ーー転生郷だ。そして、それを売り捌く彼らは、宇宙海賊「春雨」の末端。

 

そこの事実上のリーダーは、片田舎から子供を誘拐しようとしていた部下が戻った報告を受け、彼らの元へ足を運んだ。

しかし、目的の子供は一人もいない。なんでも、攫おうとした子供の中に桁外れな強さを誇る娘がいて、それに邪魔されたという。しかもその娘ーー。

 

「まさか。しかし"奴ら"は、先の戦争で絶滅したのではなかったか」

 

「はい、確かに戦争で"奴ら"の血筋は途絶えたはずでした。ですが、容姿の特徴とバカげた強さ……我々もまさかとは思いましたが……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーー間違いありません。あの娘、"銀狼"の生き残りです!!」




松陽は娘に銀狼の血が流れていることを隠していました。おかげで志乃は今まで平和に暮らすことができたわけですが……。
アレですね、やっぱ松陽が育てても銀時が育てても、結果は同じでしたね。志乃は自分の正体を知らずに育つっていう。


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「ただいまー」

 

「おかえりなさい、志乃」

 

娘が帰ってくる気配を察していたのか、松陽が玄関先で待ち構えていた。そして予想通り、キツく抱きしめられる。

 

「……?」

 

しかし、彼女を抱きしめた松陽は、その着流しに妙な匂いがするのに気がついた。あの愛しい匂いに加えて、異質な匂い。

何かあったのか。松陽は志乃の目の前にしゃがんだ。

 

「志乃、何かあったのですか?」

 

「え……」

 

突然問われ、志乃はポカンと父を見つめる。

どうしてわかるのか。父には浮世離れした何かを感じていた志乃だが、驚きのあまり、何も言えなかった。

彼女の様子を見て、松陽は溜息を吐く。

 

「……やはりそうですか。詳しく話しなさい」

 

真っ直ぐ見上げてくる父の目は、今まで見たことのない色をしていた。志乃はただ、頷くことしかできなかった。

 

********

 

「天人が?」

 

「うん。弱かったから、私が全員倒したけど」

 

「……………………そうですか」

 

事情を聞いた松陽は、俯いて黙り込む。どうしたのか、と首を傾げた志乃は父の顔を覗こうとしたが、次にはいつもの笑顔を向けられた。

 

「…………怪我はありませんか?」

 

「平気。大丈夫」

 

「なら、良かった」

 

優しく微笑み、頭を撫でられる。

松陽が口を閉ざした理由。それを知る術を、志乃は持たなかった。

 

********

 

それから数日。特に変わった事もなく、毎日が過ぎていった。

ところがある日突然、松陽が志乃を呼び出し、衝撃の決断を告げた。

 

「松下村塾を閉校する!?本気なの父さん!?」

 

「ええ。江戸へ上京して、そこで暮らそうかと。もう明日には出発する予定です」

 

あまりにも唐突すぎて、志乃は開いた口が塞がらない。

ちょっと待て、いくらなんでも急すぎやしないか。志乃は反論を試みようとしたが、父のことだから、自分の意見を丸め込む正論が返ってくるに違いない。

松陽はにこ、と微笑んで、さらに言う。

 

「荷物も最小限に留めてくださいね。もうここへは当分戻らないと思いますが……」

 

「……どうしたの?父さん」

 

「?」

 

どうも、怪しくてならなかった。最近の父も、今こんなことを言う父も。

もちろん、誰かが吉田松陽に変装しているわけではない。目の前にいるのは正真正銘、吉田松陽本人だ。

だからこそ、不審に思える。何かを隠していると。

その聡明とも言える察知能力は銀狼の血より来るものだと、志乃は知らない。

 

「最近……というか、私が天人を倒したってとこら辺からおかしいよ。私に何か隠してるの?……や、父さんのことだから、大丈夫だとは思うけど……」

 

「……志乃」

 

「でも、やっぱりおかしいよ。ねえ、教えて?」

 

念を押して、松陽を真っ直ぐ見つめ返す。松陽もしばらく黙って娘を見ていたが、嘆息して微笑んだ。

 

「やれやれ。貴女()には敵いませんね」

 

「達?」

 

「貴女と、私の妻のことです」

 

「……私と、母さん?」

 

「ええ」と、松陽は頷く。父から秘密を聞き出そうとしたはずが、話をすり替えられているような気がする。少しムッとして、松陽に詰め寄る。

 

「それが今何の関係が……」

 

「ありますよ。貴女にとって、とても大切な事です。……本当は、こんな日が来てほしくないと願っていたのですが」

 

「……え?」

 

いきなり何を言っているのだ。わけがわからなくて、少し怖くなる。

松陽は動揺する志乃の心中を察しつつ、口を開いた。

 

「……貴女の母、吉田澪は元々、とある戦闘集団の一員でした。彼女は代々、人を殺すことを生業としてきた……銀狼の一族なのです」

 

「……銀狼……?」

 

「ええ。ですから貴女にも、少なからず人斬りの血が流れている。……澪はずっと心配していました。自身の血のせいで、貴女に悲しい生き方をさせることになるのではと……」

 

父から初めて聞いた、母の話。それよりも、自分の母が人殺しだったということに驚いた。

 

「それに加え、私の血も受け継ぐ貴女です。……銀時達にも話していなかったのですが、貴女だけには真実を話しましょう」

 

貴女に残酷な運命を背負わせてしまう無力な父を、どうか許してくださいね。

松陽はポツリと呟いて、いつになく真剣な目で娘を見つめた。

 

「私はかつて、暗殺組織天照院奈落の頭領を務めていました。吉田松陽は仮の名で、私の本当の名は虚というのです」

 

「……………………!?」

 

「……端的に言ってしまえば、貴女は人殺し夫婦の間に生まれた娘なのです」

 

「…………えっ?」

 

衝撃が強過ぎて、言葉が出ない。

私は、人殺しの子供。いつも穏やかで笑顔の優しい父が、娘である自分を溺愛して止まない父が、人殺しだったなんて。

 

「私達は自身の運命に抗おうと、共に自分自身と戦ってきました。そしてこの松下村塾を開いた……奪うことしかしてこなかったこの手で、何かを与えたかったのです。そして生まれてきた貴女に、深い愛を与えたかった……」

 

目を見開いて真っ直ぐ見つめてくる娘に、松陽は悲しげに微笑む。

 

「ですが私は、結局貴女にこんな業を背負わせることしかできませんでした……」

 

「……父、さん……」

 

「私は父親失格ですね……与えるものは幸せでも何でもない。貴女を苦しめる真実しか与えられませんでした……」

 

「………………」

 

黙って俯きがちになる松陽。こんな父を見るのは初めてで、どう声をかけていいのかわからなかった。

でも……それでも……。

 

「……やめてよ」

 

「………………志乃……」

 

「そんな事、言わないでよ……!両親の正体が何だろうがあんたが勝手に責任を感じてようが、そんなのどうだっていい!私の父親は吉田松陽ただ一人だ!!今目の前にいる、アンタしかいないんだよ!!」

 

「!!」

 

松陽は、立ち上がって大声で叫ぶ娘を見上げる。その目には涙が溜まっていて、キッと鋭くさせていた。

しかし次には、目をふにゃっと緩めて松陽の胸に飛び込んだ。

 

「ぅうっ……ぐすっ、う、ぅっ……」

 

「……志乃」

 

「父さんッ……父、さん……!」

 

泣きつく娘の背中を摩り、落ち着かせようと試みる。

娘を悲しませてしまうなど、本当に自分はダメな父親だ。しかしまたそう言えば、きっと彼女は怒るだろう。自分は娘を愛していて、娘もまた自分を愛してくれているのだ。

 

「……志乃……私は、貴女を愛していますよ」

 

「……私、もっ……父さんのこと、大好き……愛してる……!」

 

更けた夜の空の下、親娘の愛しを囁く声が、静かに響いていた。




親バカの娘はファザコン。

自分と妻の業を知っていたからこそ、娘にまでそれを背負わせたくないと考えてしまう。それで阻害されたように感じた娘は、父と母二人の業を一緒くたに背負おうとする。

親の心子知らず、逆もまた然り。ということですね。


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日に日に気温と湿度が上昇していってるような気がします。私は頭がおかしくなってしまったのでしょうか。夜中なのに眠れない。


数日後、江戸かぶき町。その一角にある万事屋の元に、一通の手紙が届いた。郵便受けを覗いてそれを手にした新八が、宛名を確認する。

 

「銀さん宛てだ。差出人は……吉田松陽?」

 

誰だろう、と首を傾げつつ、客間に戻る。銀時は書斎の机に足をかけ、ジャンプを読んでいた。

 

「銀さん、銀さん宛てに手紙が届いてますよ」

 

「あー?テキトーなとこに置いとけ」

 

「それ依頼の手紙アルか?新八、早く開けるネ」

 

「あっ、ちょっと!」

 

神楽が新八の手から手紙をふんだくり、それを無造作に破る。中には便箋一枚のみしか入っていなかった。

 

「えー、『銀時へ。この度江戸に引っ越すことになったので、新居探しをお願いします。吉田松陽、志乃』だって」

 

「はァァァ!?」

 

神楽が読み上げた内容を聞いて、銀時はジャンプをビリっと破いてしまった。それくらい衝撃だったのかと新八達は驚いたが、何とか話を戻そうとする。

 

「なんだ、れっきとした依頼じゃないですか。良かったですね、銀さん」

 

「いやいやいやいや……ちょっと待て。ねェ神楽ちゃん、最後何てった?もっかい言ってくんない?」

 

「えーと……だって」

 

「そこじゃない。もうちょい前」

 

「それ依頼の手紙アルか?新八、早く開けるネ」

 

「誰が第一声から言えっつったよ!!手紙の内容に決まってんだろーが!」

 

このやり取りにうんざりしたのか、銀時は神楽から手紙を奪い取る。ようやく手紙の内容を再確認した銀時は、深い深い溜息を吐いた。

 

「松陽の奴……たったこんだけの文章で納得しろってか。事情諸々をすっ飛ばしてんだろーがふざけんじゃねェ!」

 

「まぁまぁ。でもこの依頼人の方、銀さんの知り合いなんでしょう?」

 

「……まぁそうだけどよ」

 

「誰アルか?このしょーよーって」

 

「アレ?話してなかったっけ。松陽は俺の……まぁアレだ、アレ」

 

「結局何なんですか?」

 

「新八、野暮なこと言うなヨ。アレって言ったら昔の女に決まってるネ」

 

「んなワケねーだろ!……ったく。新八ィ、神楽ァ、家探しに行くぞ」

 

ボリボリと頭を掻いて、銀時は廊下へと歩き出した。

 

********

 

「わぁっ!すごいよ父さん見て!あのでっかい塔!」

 

「ターミナルですね。あそこから宇宙に行けるそうですよ」

 

江戸。今や江戸のどこからでも見える巨大なターミナルに、志乃は興奮したように声を上げた。

田舎から一切出てきたことのない志乃にとって、都会は未知の世界だ。わくわくと同時に、少し不安もある。だが不思議と心配はない。隣の父の手を握ってさえいれば。

はしゃぐ娘の手を引いて、松陽は街を見回す。確かに所々に天人の姿は見受けられるが、他星からの使節か何かであるため、ひとまずは安心できそうだった。

 

「父さん、銀兄はどこにいるの?」

 

「えぇ、ここで待ち合わせのはずなんですが……」

 

「呼んだら出てくる?」

 

「志乃、ここはヒーローショーではありませんよ」

 

テンションの上がりまくっている娘も可愛い。親バカの松陽は、クスクスと笑いながらも彼女を窘めた。

しかし、銀時の姿が見当たらない。松陽と手を繋ぎつつ、志乃は辺りを見回す。

その時。

 

「おっ、いたいた。おーい松陽ー!志乃ー!」

 

「銀兄ー!!」

 

銀時が手を振りながら、こちらへやってきた。志乃は松陽から離れて一目散に銀時の元へ駆けて行く。銀時も志乃を迎え入れようと両手を広げたが。

 

「ぬぁうっ」

 

「コラコラ。私から離れてはいけないと言ったでしょう」

 

「何でだァァ!!」

 

志乃は松陽に引き戻され、抱き上げられる。今まさに妹と熱い抱擁を交そうとしたのに、それを妨害された銀時は松陽に突っかかる。

 

「今のは完全に兄妹の微笑ましいシーンだろーが!!何邪魔してくれてんだ!つーかどこで親バカ発揮してんだ!!」

 

「志乃は誰にも渡しませんよ。私の大切な娘ですから」

 

「父さん……それじゃ私、恋愛も結婚もできないんだけど……」

 

相変わらずの父に、溜息を吐く。

この親バカは、本当に娘をどこかの男に嫁がせるつもりはあるのだろうか。この父親のせいで一生独り身とか、リアルに想像できそうで笑えない。

とにかくジタバタ暴れて父から離れる。そのことに松陽はかなりショックを受け、二人かかりで慰めることになった。志乃が「父さん大好き愛してる!」と言えば即座に機嫌を直したが。

 

********

 

「志乃、もう一回言ってください。はいっ」

 

「はいっ、じゃない!!いつまで引きずってんの!!」

 

「貴女が可愛いものですから。さ、もう一回」

 

「いい加減にしろよ!!娘に愛の言葉を要求する父親って何だよ!!」

 

先程勢いで言ってしまったあの言葉が、かなり松陽の胸に響いたらしい。

聞けば、生前の母はあまりそういう事を言ってくれなかったのだとか。ツンデレな所も可愛らしいのですが、と惚気ていた父なんて知らない。

言わなけりゃ良かった。志乃は銀時と二人で呆れて、無視を決め込むことにした。

しばらく銀時について歩いていると、スナックお登勢という名の看板が見えてきた。

 

「違う違う、俺ん家は上だ」

 

「上?」

 

顔を上げて二階を見ると、「万事屋銀ちゃん」と書かれた看板が目に入った。銀ちゃん、とは銀時のことを指すのだろうか。

 

「万事屋ってのをやっててな。依頼してくれたら何でもやるぜ」

 

「へぇー」

 

「ちなみに江戸での新居も何個か見つけてる」

 

「おや、意外と仕事が早いですね」

 

「意外とって何だ意外とって」

 

他愛ない会話をしながら、二階に上がり、扉を開ける。「はーい、ただいまァ」と間伸びしたような声を出し、ブーツを脱ぐ。

 

「銀兄、裸足でブーツ履いてたら足臭くなるよ」

 

「うっせェほっとけ」

 

銀時に小言を言いつつ、草鞋を脱いで揃える。靴をちゃんと揃えるあたり、松陽の教育が彼女には行き届いているらしい。

廊下を歩いて客間に通されると、そこには眼鏡の少年と少女がソファに座っていた。眼鏡の少年は志乃と松陽の姿を一目見て、ガバッと立ち上がる。

 

「あっ、お、お客さん!ホラ神楽ちゃん、お客さん来たよ!銀さんもお客さん連れて来るんなら言ってくださいよ!」

 

文句をぶつくさ言いながら、台所に向かう少年。「まぁ座れや」と銀時に促され、志乃と松陽はソファに座った。

銀時はテーブルの上にいくつか物件の紙を並べて、少女の隣に座る。

少女が、じーっと志乃から視線を外さない。それにもちろん気づいていた志乃は、少し居心地悪そうに座り直した。

 

「?どうしましたか、志乃」

 

「えっ⁉︎あっ、いや、別に何でもないよ」

 

彼女の異変を察知した松陽が、志乃の横顔を覗き込む。

何でもない、は自分の嘘の常套句と同じだ。妙な所で自分と似たものだが、それも彼女との血の繋がりがある証拠だと思うと嬉しくなる。

 

「嘘を言いなさい。そんな子供騙しでは父は欺けませんよ」

 

「まぁ確かに嘘だけど、大したことじゃないから」

 

「素直でよろしい」

 

なでなでと志乃の頭を撫でる松陽(ちちおや)。それに幸せそうに目を細め、頬を緩ませる志乃(むすめ)。この相思相愛親娘め……イチャイチャぶりを見せつけられた銀時は、溜息を吐いた。




松陽は娘に自立させるつもりがあるのか。いや多分あるだろうけど、それまではそばに居てあげたいとかそんななのかな。
どうでもいいけどこの小説での松陽のボケ属性が炸裂してます。個人的に松陽は好きなキャラでもあるので書いててとても楽しいです。……あの拳骨、確か第1話で志乃も使ってたよね。何この親娘怖い。


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ここでようやく新八がお茶を二つ持ってくる。

 

「どうぞ、粗茶ですが」

 

「いえ、お気遣いありがとうございます」

 

「あ……ありがとうございます」

 

父に倣って、志乃も新八に会釈をする。一方神楽は先程からジッと志乃を見つめていた。

 

「ねぇねぇ銀ちゃん、この娘銀ちゃんの妹アルか?」

 

「あ、確かに言われてみれば似てるかも」

 

神楽に続いて、新八も志乃に興味を示す。一気に注目されて、志乃はピンと背筋を伸ばした。隣に座る松陽は、緊張する娘を横目で一瞥し、クスクスと笑う。

 

「ええ。血は繋がってませんが、志乃にとって銀時は兄のような存在なのです。加えてこの娘はちょっと人見知りな所がありまして……どうか、良くしてあげてくださいね」

 

「じゃあ、貴方がこの娘の父親……?」

 

「そうです。おっと、自己紹介がまだでしたね。私は吉田松陽。銀時の師をしていた者です」

 

「えっ、銀さんの師匠!?」

 

新八が驚きの声を上げる。それに続いて神楽も言った。

 

「じゃあお前が銀ちゃんをこんなちゃらんぽらんに育てたアルか⁉︎」

 

「すみませんね、私の監督不行き届きで……何度も叱ってはいたのですが」

 

「叱ってたっつーか見つかる度に殴られてたんだけど、俺?」

 

「今でも殴られるよね」

 

「それはお前の愚行に巻き込まれてるだけだ」

 

「てめェしばくぞ」

 

銀時の言葉に志乃が小言を入れると、銀時に言い返され、結局喧嘩腰になる。お互い腰の木刀に手をかけ、今まさに引き抜かんとしていた。

 

「志乃、他人の家で暴れてはいけませんよ」

 

「…………はい」

 

「よーしいい子いい子。ご褒美にティッシュやるよ」

 

「ねェお前やっぱ殺していい!?」

 

あっ、この兄妹仲が悪いのか。そしてこの松陽とかいう人には敵わないのか。新八と神楽は一瞬で三人の関係性を察した。

胸倉を掴み合ってギャーギャー喚きまくる銀時と志乃。

 

「ちょっと銀さん、喧嘩はやめてくださいよ」

 

「「うるせー黙ってろダメガネ!」」

 

「何でそこは揃ってんだァ!!アンタら仲悪いのか良いのかわかんねーよ!!」

 

「志乃。人様に対してその口のきき方は何ですか?」

 

「ぎゃああああああ!!ごめんなさい父さんんんん!!」

 

にこにこ、と優しい笑顔を浮かべたまま、松陽は志乃の頭をその大きな手で掴み、ギリギリと圧迫した。

何この永遠に続く痛み。こめかみを拳でグリグリされるのと同じくらい痛い。これなら一発の拳骨を食らう方がまだマシなんだけど。泣きながら謝ると、松陽は手を離してくれた。

 

「はぅぅ……痛いよぉ……」

 

「ったく、松陽が育ててんのに何でそんなに口が悪く育ったんだ?オメー」

 

「お前のせいだよカタストロフィ!!」

 

「何だよそれ」

 

松陽が仲裁したにもかかわらず、この二人の仲の悪さは天下一品らしい。

流れを変えようと、新八がコホンと咳払いをした。

 

「そういえば松陽さん……あの、志乃ちゃんのお母さんは?」

 

松陽、銀時、志乃の体がピクリと反応する。

あれっ、別の話に持っていきたかったのに。どうやら自分は地雷を踏んでしまったようだ。新八は少し青ざめた。

しかし、松陽はにこやかな笑顔で答える。

 

「私の妻は、この娘が産まれたのと同時に亡くなりましてね。志乃は、母の顔を覚えていないんです」

 

「あっ……す、すみません!そんなつもりじゃなかったんですけど……」

 

「いいんですよ。もう十年以上も前の話です。ね、志乃?」

 

「うん。私にとっちゃ、父さんが父でもあり母でもある、ってカンジだからね」

 

ふふっ、と笑みを浮かべる父と娘。笑顔が似ているあたり、やはり血の繋がった親娘だということを伺わせた。

ずっと黙って話を聞いていた神楽が、思いついたように立ち上がり、志乃の手を引いた。

 

「そうだ志乃ちゃん!一緒に定春の散歩行こうヨ!」

 

「散歩?定春って?」

 

「わんっ!」

 

「うわあああああああ!!でっかい犬ゥゥゥ!!」

 

奥の部屋から現れた巨大な白い犬ーー定春に、志乃のテンションは一気に上昇する。

志乃は元々動物が大好きな子供だ。今までにないサイズの犬に、志乃の目はハートになっている。

 

「ヤダヤダ何これ!可愛い!」

 

「でしょ!でしょ!定春超可愛いアルヨ!」

 

「お散歩、この子と一緒に行くんだよね?行きたい!ねぇ父さん、行っていい?」

 

「ですが……」

 

志乃の眩しい笑顔に戸惑いながらも、松陽は言い淀む。

江戸に出た理由は、あくまで志乃を護るためだ。今までと同じように片田舎を転々としていては、志乃に頼る宛てが無くなってしまう。松陽としては、なるべく彼女の傍にいてやりたかった。

もし、ここで手を放したらーー志乃が二度と、帰ってこないような気がして。天人と志乃が接触したというあの日から、いつもよりも過保護になった気がする。

 

「……父さん、ダメ?」

 

「……………………わかりました。いいですよ」

 

「ホント!?」

 

「ええ。神楽さん、どうかうちの娘をよろしくお願いしますね。志乃、神楽さんと離れてはいけませんよ」

 

「はーい!」

 

「志乃ちゃんは私が護るアル!任せてヨ志乃ちゃんのパピー!」

 

「あっ、待って神楽ちゃん!僕も行くよ」

 

志乃、神楽、定春、新八の順で、ドタドタと慌ただしく部屋を出ていく。最後に新八が戸を閉めたのを見届けてから、銀時は松陽に視線を向けた。

 

「……で?何でまた急に江戸まで出てきたんだ?詳しく話してもらうぜ、松陽」




危険な連中に目をつけられている娘を護りたい気持ちと、活発な娘に外で自由に遊ばせてやりたい父親の複雑な気持ち。
母親が生きていれば、また何か変わったかもしれませんが……。


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これのゴールを特に決めてなかったから、私がどうなったと思う?

orz

こうなってます。


「ここが駄菓子屋で、あそこが甘味処アル!」

 

「団子は!?団子はある!?」

 

「あるアルヨー!」

 

「いぇああああああ!!」

 

「ねぇ志乃ちゃん、最初の緊張どこに行ったの⁉︎めっちゃテンション高いじゃん!」

 

団子、という単語が出た瞬間、志乃は人が変わったようにテンションが上がった。

 

「私団子大好きなんだ」

 

「そうなの?」

 

「酢昆布好きアルか?」

 

「うん、それなりに」

 

他愛ない会話をしながら歩いていると、前方からパトカーが何故かこちらへ猛突進してきていた。

 

「……えっ」

 

「えええええええ!?何でェェ!?」

 

文章でサラッと流していたが、実はかなり危ない状況である。パトカーから、叫び声が聞こえてくる。

 

「死ねェェクソチャイナぁぁぁ!!」

 

「何、何なの!?」

 

「し、志乃ちゃんこっち!離れて!」

 

何が何だかわからぬまま、新八に手を引かれてその場を離れる。もちろん神楽も一緒に逃げ、窮地を脱した。

パトカーは急ブレーキをかけ、砂埃を巻き上げて止まる。中から淡い栗毛の端正な顔立ちの青年が現れた。恐らく先ほど自分達を轢こうとしたのは彼だろう。神楽がその青年に突っかかった。

 

「いきなり何するアルか、人でなし!!」

 

「チッ、殺れなかったか……」

 

何この人超怖い。志乃の中の彼の第一印象は、彼の服のように暗黒に染まった。

「ふざけろクソサド!」と叫んだ神楽が青年に跳び蹴りを放つが、躱されてさらに喧嘩に発展してしまう。江戸の観光はどこ行った。

呆然と喧嘩を眺めていると、隣に立つ新八が補足説明を入れてくれた。

 

「あ……あの人は沖田さんっていってね。あれでも真選組っていう特殊警察の隊長なんだ……」

 

「警察……?警察って、岡っ引きさんのこと?」

 

「うーん、まぁそれよりも立場は上っぽいけどね」

 

「へー」

 

新八と話していると、ふと沖田が志乃の存在に気付き、こちらを振り向く。

 

「あり?もしかして旦那の子供ですかィ?」

 

「何言ってるアルか!銀ちゃんのポンコツ遺伝子がこんな可愛い子産み出せるわけないアル」

 

「まぁ確かにそれもそうか」

 

何を話しているかはわからないが、とにかく銀時がディスられているのはわかる。まぁ銀時がバカにされようが、今に始まったことではないので、特には気にしない。

 

「初めまして、吉田志乃です。兄がいつもお世話になってます」

 

「マジでか、旦那の妹かィ」

 

ジロジロと値踏みするように見られ、志乃は緊張に体を強張らせる。しかしよく見てみると、この沖田という青年は実に整った顔立ちをしている。美少年、とはまさに彼のことを指すのだろう。

なんて考えていると、不意に視界に沖田の顔がいっぱいになった。

 

「!?ぁ、あの……?」

 

「へーぇ……旦那の妹、ねェ……」

 

顎に手を添え持ち上げられ、覗き込んでくる。沖田の端正な顔が近づいて、ドキドキと鼓動がうるさい。こんなにも男と接近したのは、父以外初めてだ。

 

緊張する彼女の頬は弱冠赤らみ、その目は困惑の色を映していた。

あの銀時の妹というからどんな女なのかと思ったが、どうやら兄とは正反対の性格らしい。しかも顔を近づけただけでこの反応とは、よほど純粋みたいだ。

無垢ならば、尚更調教しやすい。プライドの高い女を屈伏させるのもいいが、知らない感覚に怯えながらも、快楽に身を委ねてしまう純粋な少女をさらに貶めるのも、悪くない。沖田のドS心はゾクゾクするばかりだ。

さて、何をしてやろうか。彼女に手を伸ばした瞬間、頭に激痛が走る。次には体が吹っ飛ばされた。

 

「っ……!何しやがんでィ、クソチャイナ!」

 

「お前こそ志乃ちゃんに触るなアル!志乃ちゃんのパピー、超怖いんだヨ!お前なんか一捻りで殺されるネ!」

 

「そん時は娘を盾にとるから問題ねェ」

 

「志乃ちゃん早く!逃げるアル!」

 

「え……う、うん……」

 

神楽が助けてくれたおかげで、どうにか逃げ出す。

あの二人はどうやらかなり仲が悪いようだ。何だか建物が破壊されるような音まで聞こえたが、恐ろしくて耳を塞ぐ。ひたすら他人のフリをしていたい。

喧嘩する神楽と沖田、それを止める新八を遠くから眺めていると、不意に背後から肩を掴まれた。

 

「えっ?ーーーーんんッ!?」

 

何があったか判断がつかぬまま、口元に布が押し当てられる。鼻腔を妙な臭いが刺激し、不意に頭がクラクラした。

マズイ。それだけを理解した志乃は、ジタバタと必死に暴れる。視線だけを後ろに投げると、普通の人間とは思えない異形が見えた。

天人だ。それが約三人ほど、志乃の体を押さえつけている。

 

「んんっー!!んー!!」

 

なんとか遠くで喧嘩を続けている神楽や沖田に伝えようと、くぐもった叫び声を上げる。しかし薬がまわる方が早く、体から力が抜けていった。

ぼんやりした視界に、こちらを見た三人の姿が映った。

 

********

 

新八が見たのは、天人に捕まっていた志乃だった。

 

「志乃ちゃん!!」

 

必死に名前を呼ぶも、志乃は意識を失っているのか、ぐったりとしている。天人は動かない彼女を担いで、どこかへ攫おうとしていた。

 

「待てお前らっ、志乃ちゃんを放せ!!」

 

「志乃ちゃん!?」

 

新八に続いて神楽、沖田も緊急状態に気づき、逃げていく天人を追いかける。神楽が夜兎の力を生かしたスピードで、天人達に追いつこうとしていた。

 

「お前らァァァ!!その薄汚い手を離すアルぅぅ!!」

 

「どけチャイナ」

 

沖田の声が聞こえて、振り返る。

沖田は肩にバズーカ(・・・・)を構え、天人達に向けていた。

 

「ちょっと待てェェ!!お前志乃ちゃん殺す気アルかァ!!」

 

神楽の言葉も聞き止めず、沖田は躊躇なく天人を狙ってバズーカ砲を放つ。

真っ直ぐ天人に向けて放たれた砲撃は、あわや志乃に直撃しかけたが、天人達の足元で爆発した。

拘束された志乃の体は宙に浮き、地面に落ちる寸前で沖田にキャッチされた。志乃の誘拐に失敗した天人達が、次々に逃げていくその背中を神楽が蹴っ飛ばす。

 

「テメェら志乃ちゃんに手ェ出しといて生きて帰れると思うなヨ!お前らなんか志乃ちゃんのパピーにボコボコにされる運命ネ!」

 

「結局松陽さん頼り?」

 

新八の軽いツッコミが入った瞬間、沖田は止めていたパトカーのドアを開けて、後部座席に志乃を寝かせる。ゲシゲシと神楽が天人を蹴りつける中、屯所へ連絡を入れてから、志乃を乗せたままパトカーを発進させた。

沖田が志乃を誘拐した。それに新八と神楽が気づいたのは、約数分後のことである。




結局一番怖いのは、志乃ちゃんのパピー(松陽)。


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「…………ん」

 

ぼんやりした視界のピントが合ってくる。くっきりと見えてきた天井は、見たことがないものだった。

ここはどこだ。体を起こして、キョロキョロと辺りを見回すも、これまた知らない場所で緊張する。

時間がかなり経ったのだろう。障子から西日が差し込んでいて、遠くでは烏が鳴いている。心細さに、志乃は布団を握りしめた。

その時、ガラッと障子が開かれる。

 

「っ!」

 

「あ、起きたんだね。大丈夫?」

 

部屋に入ってきたのは、地味な雰囲気を纏った男。それでも見たことのない男だった。

突如現れた彼に、志乃は怯えて後ずさった。

 

「だ、大丈夫だよ!俺は君の敵じゃないから!沖田隊長から世話を任されただけだから!ねっ!」

 

「沖田……?」

 

聞き覚えのある名前を聞いて、少し安心する。見た所人間らしいし、気絶する直前に見た天人とは全く違う。

志乃は布団の上に座り直して、男を見つめた。

 

「あの……さっきはごめんなさい。私、驚いちゃって……」

 

「気にしなくていいよ。怖かったよね」

 

志乃を労わるような声音に、ホッとする。

この人は優しい人だ。そう判断した志乃は、頬を綻ばせた。

 

「あ、私、吉田志乃って言います」

 

「俺は山崎退。よろしくね」

 

「山崎……さん。あの、ここは……?」

 

「ここ?ここはね、真選組の屯所だよ」

 

「真選組……?屯所……?」

 

聞き慣れぬ単語に、コテンと小首を傾げる。頭の中を、ハテナマークがぎゅうぎゅうに詰め込まれたみたいだ。

彼女の様子を見た山崎は、説明を始めた。

 

「真選組っていうのは、警察組織の一つだよ。俺達は武装警察っていって、攘夷浪士を取り締まったりするのが主な仕事かな。で、屯所は俺達の集会所っていうか、なんていうか……まぁ、みんな普段ここで生活してるよ」

 

「山崎さんも?」

 

「うん」

 

なるほど、と頷いた志乃は、再び部屋を見回した。

特にこれといった装飾のない質素な部屋。かつての自分の家を自然と思い出し、何故か安堵する。

 

「志乃ちゃん、頭とか痛くない?かなり強い催眠薬で眠らされてたみたいだから……」

 

「あ……言われてみれば……」

 

「わかった。もう少し寝てていいよ。沖田隊長には俺から言っておくから」

 

「でも……あんまり長居したら、父が心配しますし……」

 

「じゃあ、旦那にも連絡入れておくから。志乃ちゃん、万事屋の旦那の妹だもんね?」

 

「はい……それなら……」

 

体を横たえて、山崎がその上に布団を被せてくる。

トントンと布団の上から志乃の体を軽く叩くと、志乃はゆっくりと目を閉じ、安らかな寝息を立て始めた。

 

********

 

志乃が眠ったのを見た山崎は、腰を上げて部屋から出ていく。

障子を静かに閉めると、背後から声がかけられた。

 

「起きたか、あの娘」

 

「わっ!!って、副長……」

 

山崎が振り返ると、見事なV字前髪の男ーー土方十四郎が立っていた。トレードマークとも言えるタバコを咥える彼は、この真選組で副長を務め、隊士達をまとめている。

 

「で、何かわかったか」

 

「い、いえ、その……薬がまだ抜け切ってなかったみたいなので、もう一度寝かせました」

 

「そうか」

 

短く切ると、土方は背を向けてタバコの煙を燻らせる。彼についていきつつ、山崎はボソッと呟いた。

 

「沖田隊長の話からすれば彼女、完全に被害者ですよ。いつまでここに留めておくんですか?」

 

「天人との関係がわかったら、だ。それ以上屯所に置いときゃ、真選組のイメージにも関わる。小娘幽閉なんざ、社会的に抹殺されるネタだからな」

 

「そこの心配してるんですか?普通志乃ちゃんの方が先ですよね?」

 

山崎のツッコミを無視して、続ける。

 

「……万事屋に連絡は」

 

「今からです。沖田隊長は連絡無しに志乃ちゃんを連れてきたみたいですから……」

 

「ったく……あのバカ」

 

溜息と共に、紫煙を吐き出す。それが赤紫の空に消えゆくのを眺めた後、土方は自室に戻ろうとした。

しかし次の瞬間。

 

「副長ォォォォ!!」

 

叫びながら、一人の隊士が駆け寄ってくる。額に汗を滲ませ、何やら緊迫した表情だ。

 

「何だ?どーした」

 

「大変です副長!!屯所に万事屋が殴り込んできてッ……」

 

「はぁ?」

 

思わず顔をしかめた瞬間、大きな音と共に障子ごと数名の隊士達が吹っ飛ばされる。

縁側に出てきたのは、銀時達三人ともう一人、見覚えのない男だった。木刀を手にした二人に、土方は腰の刀に手をかける。

長髪を流した男が、鋭くこちらを見つめて歩み寄ってくる。

 

「ここに、志乃という娘がいるでしょう。私の子です。返していただきたい」

 

「……てめェ、あの娘の父親か?」

 

「そうです。あの娘は私の子。誰にも渡さない。たとえ天人だろうと、警察だろうと」

 

ジッと真っ直ぐこちらを見つめてくる長髪の男の視線は、鋭く睨みつけるわけでもないのに確かな威圧を持っていた。

見ただけでわかる。この男、強い。

木刀を肩に担いだ銀時も言う。

 

「ついでに言うと志乃は俺の妹だ。てめーらみてーな薄汚え犬コロ共に嫁にやってたまるか。つーことで返せ。今すぐに」

 

「誰も嫁にするために誘拐したとは言ってねーだろ。つーか誘拐してねェ、保護だ。さらに言えばあんな小娘嫁にできるか!!見た所まだ10くらいだろが!!アホかあぁアホなのか、そうだよな」

 

「いやぁどうだか。おたくら女との接点0だから、案外志乃みてーな歳の娘もいけちゃったりするんじゃねーの?なっロリコン警察」

 

「誰がロリコンだシスコン!!」

 

「シスコンじゃねェ!!妹を愛でるのは兄として当然だろーが!!」

 

「それをシスコンだっつってんだよ!!」

 

いつものノリで喧嘩をおっ始める二人。このままでは埒が開かない。新八と神楽が銀時を引っ張って諌めると、一歩、松陽が前に出る。

 

「とにかく、あの娘を返していただきたい。私はそれで満足なのです。あの娘を返していただけるなら、すぐにでもここから出て行きましょう」

 

「そうか。父親のアンタがいるなら話は早え。俺達ゃあのガキが何故天人に攫われそうになったか、それだけわかれば構わねェからな」

 

「……………………」

 

「おそらくあの娘に訊いても知らぬ存ぜぬだろう。なら、説明はアンタにしてもらうぜ、お父さんよ」

 

松陽を値踏みするような視線は、警察として彼らの正体を暴くためのもの。

しかし松陽も、志乃の正体をあっさり明かすようなことはしない。するつもりもない。

真選組は幕府の組織。つまり、天導衆の配下ともいえる。もちろん彼らがそんな連中だとは思えないが、もしここから天導衆の耳に志乃と自分の情報が入れば……間違いなく自分は捕らわれ、志乃は奴らに利用される。虚の血と銀狼の血が生み出した娘を、天導衆が放っておくわけがない。

だが、この場は彼らの納得のいく説明をしなければならない。それも、敵の目的も含めて納得させなければ、自分達親娘は疑いの目を向けられる。

 

ーー天乃、どうか許してくださいね。

 

心の中で亡き妻に一言詫びて、松陽はゆっくりと口を開いた。

 

「……………………わかりました。説明は私からしましょう。ですから、志乃のいる場所へ案内してください」

 

「…………こっちだ」

 

背を向けた土方についていくと、銀時が松陽に問いかける。

 

「いいのかよ松陽。奴らに正体知られればマズイんだろ……?」

 

「心配いりませんよ。上手くやりますから」

 

にこ、と微笑みかけた松陽に、銀時はそれ以上何も言わなかった。




字数が最近減っているような気がする。

オリジナルって難しい。


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志乃の正体暴露回。ガキ使の「絶対に笑ってはいけない」は最高です。


銀時と松陽が案内されたのは、志乃が眠っている部屋。

少し小さなその中心に布団が敷かれてあって、志乃がすやすやと寝息を立てていた。

 

「志乃っ!」

 

彼女の姿を見るなり、松陽は布団の傍らへ駆け寄った。

静かに眠る娘の小さな手を握りしめ、額に持っていく。肌に触れる彼女の指先が、温かい。それだけで、泣きそうになる。

 

「よかった……本当に、よかった……」

 

両手で志乃の手を包む込み温もりを感じていると、涙が出そうになる。

銀時が「親バカ……」と呟いてるが、この際無視する。娘が無事なら、それでいい。

神楽と新八が、少し気まずそうに俯く。

 

「ごめんアル松陽、私達が目を離さなければ……」

 

「いいえ……いいんです。娘が無事なら、それで。この娘が生きてさえくれれば、私はそれでいいんです」

 

「松陽さん……」

 

眠る娘の手をきゅっと握る父は、にこりと二人に微笑む。新八と神楽は、この人は本当に娘のことが大切なんだ、と感じた。

土方も畳に座り、松陽を見やる。

 

「娘に会わせてやったんだ。全部話してもらうぜ」

 

「……………………」

 

ふぅ、と小さく息を吐いた松陽は、志乃の手を離し布団の中に戻す。

紫煙を燻らせる土方を一瞥し、娘の柔らかい髪を優しく撫でた。

 

「……この娘の母親は、"銀狼"です」

 

「何だと⁉︎」

 

「おい、松陽!」

 

「銀狼って……もしかして、あの!?」

 

ポツリと松陽が呟いた真実に、銀時と土方、新八の表情が崩れる。しかし、天人の神楽だけはわけがわからないという顔だった。

 

「銀狼?何アルかそれ」

 

「銀狼は、この国で最も恐ろしいと言われている人殺し一族だよ。戦国時代から脈々と続く彼らは、攘夷戦争でもその強さを発揮し、天人達にも畏れられたっていうよ」

 

新八が神楽のために説明すると、松陽も黙って頷く。土方は眠っている志乃を一瞥した。

 

「解せねえな。銀狼は攘夷戦争が起こる前にほぼ全員殺された。生き残りがいたのは聞いていたが……まさか、そいつが?」

 

「…………ええ。この子の母……つまり私の妻は、歴代"銀狼"史上最強と呼ばれた剣士、霧島天乃。この子も少なからず、彼女の血を受け継いでいるからでしょうか。昔から力がとても強く、怪我の治りも早くてね。元々片田舎に住んでいたのですが、ついに天人に気づかれてしまいました」

 

松陽の手が優しく、愛娘の髪を撫で続ける。

 

「彼らは何も知らないこの子を、兵器として利用するつもりでしょう。銀狼は普通の人間とは違う、特殊な一族ですから。本来の力を引き出せば、戦艦の一つや二つ、たった一人で容易に沈められてしまう。…………このままあそこにいれば、この子は本当の自分を知ってしまう。私はこの子を護るために、江戸を訪ねたのです」

 

「え……でも、江戸には今や天人がたくさんいます。そんな町に住んでたら、志乃ちゃんが危ないんじゃ……」

 

新八が志乃を一瞥しながら言うが、松陽は首を横に振る。

 

「天人がたくさんいるからこそ、です。江戸に来ている天人のほとんどは、大使館の職員か観光客。志乃を狙った彼らは、おそらくそういう故郷に居場所を持たない犯罪者ばかりであると私は考えています。それに、」

 

松陽は今度は、銀時を見やる。

 

「ここには、頼めば何でもやってくれる万事屋さんがいますしね」

 

「…………松陽……」

 

「銀時。……もし、私に何かあったその時は……私の代わりに、この娘を護ってあげてください」

 

儚げな笑顔に、銀時は口を噤む。

どうしてそんなことを言うのか。志乃に父親が必要だということくらい、自分も充分理解しているだろうに。

 

「ん…………」

 

健やかな寝息を立てていた志乃が、ゆっくりと目を開く。松陽がすぐに反応し、彼女の名を呼んだ。

 

「志乃っ!大丈夫ですか?私のこと、わかりますか?」

 

「父さん……?」

 

「どこか痛い所は?怪我はありませんか?」

 

ぼんやりした視界に映るのは、不安そうな顔で見つめてくる父。上体を起こすと、松陽がすぐに、まだ力の入りきらない体を支えてくれる。

 

「大丈夫。……心配かけてごめんね、父さん」

 

「いいえ、いいえ。貴女が無事なら、それだけで私は……」

 

体を寄せて、ぎゅっと強く抱きしめる。髪を撫で、体温を感じるように、両腕の中に娘を閉じ込めた。

抱擁する親娘を眺めて、銀時は少し妙に感じた。

志乃が幼い頃から、松陽は娘に深い愛情を注いでいた。母似の娘に妻の面影を重ねているだけかとも思ったが、それよりも何かあるような気がするのだ。

もっと何か、深い理由が……?

 

「……松陽、」

 

「銀時?」

 

「……帰ろうぜ」

 

「…………ええ、そうですね。帰りましょう」

 

にこ、と笑んだ師の表情の裏に、何か闇を感じざるを得ない銀時であったーー。




怪しいのは実は松陽だったり。なんとなく始めたこのシリーズですが、やはりゴールがないとやってけないので、取り敢えず大まかなゴールを決めることにしました。
どうなるか、はこれからのお楽しみということで。


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【if】時雪以外の男が彼氏だったらの話


もしも志乃の彼氏が時雪以外だったら、のお話。

相手によって志乃に悪影響を与える可能性大。


〜坂田銀時の場合〜

 

「銀ー!」

 

銀時の営む万事屋にやってきた志乃は、ソファに寝転ぶ彼の上にダイブする。「ぐえっ」という苦しげな声に構わず、銀時に抱きついた。胸に顔を埋めると、大好きな匂い。銀時の死んだ魚のような目が、志乃を映した。

 

「んだよ……」

 

「んー?何でもなーい」

 

「じゃあいきなりダイブしてくるんじゃねーよ!すっげー痛えんだかんな!」

 

「てめー、俺の苦しみわかってねーだろ」と志乃を抱きしめて、頬を引っ張る。びにょーんと伸びる頬に銀時は口角が上がるのを抑えられない。

ソファで志乃を組み敷いて下にさせると、細い腕が銀時の首にまわる。素直に甘えてくる彼女が可愛らしくて、銀時は頬に軽く口付けた。

 

「ぎっ……!?」

 

途端に、ぶわっと赤くなる志乃の頬。それが面白くて、くつくつと笑いを堪え切れない。

 

「も、もうっ」

 

「ワリーワリー。……お前が可愛かったもんでな」

 

愛おしげに彼女の髪に触れる。その先に、再びキスを落とした。

 

 

 

(前半部分はもう普段でもやりそうじゃん。恋人らしいことキスしかしてねーし、シスコンブラコンの君らなら確実にしてるよねェ!?)

 

(してねーよ、するわけねーだろ!)

 

(大丈夫。もし銀がキスしようとしてきても唇刈り取るから)

 

(あれっ?もしかして俺の味方一人もいない?)

 

 

 

〜志村新八の場合〜

 

いつもの剣術の修行が終わったその日。

 

「師しょ……あ、違う。新八」

 

「わっ!……わざわざ言い直さないでよ」

 

新八、と名前で呼んだだけなのに、ここまで照れるとは。昔は普通に呼び捨てだったのに。真っ赤になる彼氏に、志乃のドS心がくすぐられる。

 

「えいっ」

 

「ぅわっ!?し、ししししっ、志乃ちゃんっ!?」

 

ぎゅう、と背中を抱きしめてやると、新八は志乃よりも大きな体を揺らして、激しく動揺する。小悪魔的な笑みを浮かべ、新八の耳元に唇を寄せて囁いた。

 

「新八、大好き」

 

「〜〜〜〜ッ!!」

 

ぼふっ!と音を立てていそうな程、新八の顔はさらに一段階赤くなった。くつくつと楽しげに反応を見ていると、震えていた新八の体が硬直する。

どうしたのか、と彼を見上げる。新八は鼻血を流して、床に崩れるように倒れた。

 

「しっ、新八っ!?」

 

(し……しし、し、志乃ちゃんのっ……や、柔らかすぎる胸、が……!!)

 

新八の邪な思考など知らず、志乃は首を傾げて倒れた新八を見下ろした。

 

 

 

(新八のチェリーな面がよくも悪くも出ましたね)

 

(そこに良し悪しなんかあるの!?ていうか志乃ちゃんの前で何て事言ってんだァァ!!)

 

(取り敢えずキモい消えろメガネ)

 

(もう心折れる……)

 

 

 

〜土方十四郎の場合〜

 

「とーうーしーろっ」

 

「オイ名前で呼ぶなっつったろ」

 

「いいじゃん、デートなんだし」

 

そう言って、志乃は土方の腕に抱きつく。楽しげな彼女に対し、土方は溜息を吐く。

いや、今二人が所謂恋人関係になっているのは、他でもない自分のせいなのだが。幼い頃から変わらず背伸びし続ける彼女を心配していたのが、いつの間にか恋愛感情に変わっていた。

気がついたら目が離せなくて、いつも側にいたいと思ってしまうようになった。……相手はまだ子供なのに。

もちろん、付き合っていることは内緒だ。これが隊士に、特に沖田にバレれば面倒だ。様々な誤解が生まれるし、何より志乃に近寄ろうとするアホもいるかもしれない。

土方はそれが気がかりだった。

 

「……志乃」

 

「?」

 

志乃の細い腰に手をまわし、抱き寄せる。どうしたのか、と赤い双眸が土方を捉えた。その純粋な瞳に見据えられ、土方はそのまま志乃を抱き上げた。

 

「わっ……!」

 

突然体が宙に浮かび、小さく悲鳴を上げる。志乃を抱っこすると、ちょうど土方の目には彼女の銀髪と白い首筋が映る。

 

「……ん」

 

「ひゃっ……ちょ、ちょっと……」

 

そこに顔を埋めると、ほんのり甘い匂いがする。背中に手をまわし、匂いを嗅ぐと、志乃はくすぐったいのか、身を捩る。

そのまましばらく匂いを嗅いでから、土方はようやく志乃を降ろした。

 

「……何、いきなり」

 

「お前もせいぜい男には気をつけるこった」

 

え?と首を傾げる志乃。土方はそんな彼女の髪を撫で、穏やかな笑顔を浮かべた。

 

 

 

(これだよ……!これが一番書きたかった……!!)

 

(最悪だった)

 

(ウゼェが俺も同意見だ)

 

 

 

 

〜沖田総悟の場合〜

 

※下ネタ入ります

 

「志乃」

 

「なぁに?」

 

昼休み中。大好きなチキン南蛮を口に運ぼうとしたその時、彼氏の沖田が前に座ってきた。

 

「今夜、俺と一発【ピー】しねェか」

 

「は?」

 

「「「「ブッ!!?」」」」

 

志乃と沖田以外の全員が、小説の存続すら左右しかねない爆弾発言に吹き出す。志乃だけはわけがわからず、首を傾げている。

 

「えっ、何?つまりどういうこと?」

 

「要するにおしべとめしべを……」

 

「何つー説明してんだァァァァ!!」

 

とんでもなく危ない説明を始めようとした沖田の頭に、土方の踵落としが決まる。沖田はそのまま顔面を机に叩きつけられた。

 

「お前白昼堂々何やってんだァ!!アホか!ガキに何つー事教えようとしてんだよ!」

 

「何でィ土方さん。俺と志乃は付き合ってんだからナニしようが勝手だろィ」

 

「カタカナ変換やめろ‼︎この小説が消されるだろーが!!」

 

「ねぇザキ兄ィ、【ピー】って何?」

 

「ギャアアアアアア!!何てこと言うの志乃ちゃん」

 

「嬢ちゃん、忘れるんだ!今のは全部忘れるんだァァァァ!!」

 

状況を一切呑み込めない志乃に、隊士達は何とか先程の沖田の発言を忘れさせようとした。団子をチラつかせれば、即座に忘れたが。

 

********

 

志乃が何故この男に惚れたのか、周囲は未だによくわからない。元々志乃に悪影響を与えるような存在なのに、何故かこの二人は付き合っている。

それは予てより全員の疑問だったのだが、ついに山崎が志乃に思い切って尋ねてみた。

 

「志乃ちゃんは何で沖田隊長と付き合ってるの?」

 

「えっ?」

 

志乃がキョトンとした顔で、山崎を見上げる。

 

「何でって……何で?」

 

「いや、その……あの、沖田隊長のどういう所を好きになったのかなって」

 

「どういうとこって言われても……」

 

うーん、と腕組みをして考える。しばらく首を傾げて唸っていたが、不意に腕を解いた。

 

「わかんない」

 

「えっ!?」

 

「特に理由はないよ。ただ、私が総悟を好きなだけ。総悟が私を好きでいてくれてるだけ。それ以上に何かいる?」

 

「…………」

 

ふふ、と優しく笑った彼女は、とても幸せそうに見えた。

そうか、彼女はただ、見つけただけなんだ。自分のことを想って、大切にしてくれる存在を。

現に沖田は志乃と付き合ってから、常にと言い切っていいほど彼女の傍にいた。

志乃が見廻りに行く時は必ず一緒に行っていたし、ご飯を食べる時も常に隣にいるし、志乃が誰かと話しているだけでも……。

 

「オイ山崎。てめェ、人の女と何喋ってんでィ」

 

ほら、やっぱり来た。

沖田は志乃が誰かと話していると、すぐに妨害しにやってくる。志乃は俺のものと言わんばかりの圧力に、山崎は萎縮する。

 

「お、沖田隊長……こ、これはその」

 

「おし、山崎。歯ァ食い縛れ」

 

「ちょっと志乃ちゃん助けてェェェ!!」

 

山崎は涙目で志乃に助けを求めるが。

 

「わっ……ちょ、総悟っ」

 

「ん、大人しくしとけ」

 

志乃は沖田に抱きしめられ、全く身動きの取れない状態。しかも抱きしめられた彼女は満更でもなさそうに頬を染めている。志乃はその手を、沖田の背にまわした。

 

「総悟、大好き」

 

「俺も」

 

ーーえっ、俺は一体何を見せられてるの?

 

二人のラブラブムードの中、三十路を越えた男は一人、悲しい気分に浸った。

 

 

 

(この話だと単に山崎が不憫なだけだね)

 

(ってことで俺ァ早速志乃と……)

 

(どこに志乃連れて行こうとしてんだコラァァァ!!)




個人的には新八が一番書きやすかったです。彼、ものすごい純情なんで。トッキーとはまた違った(と言ってもかなり微妙な)関係性になりました。

沖田はもう、腹括りました。多分こうなるだろうと。純粋なものを自分だけの色に染めたいって、ドSなら少なからずあると思うんですね、そういう願望が。まあでも普段の二人なら、「死ね」「お前が死ね」の応酬になると思います。


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シリーズ第二弾。今回はアフ狼とジミーとアホと痔の忍者がお相手。

弱冠一名、カオスになりそうな予感しかしない。


〜斎藤終の場合〜

 

「終っ」

 

志乃がやってきたのは、彼氏である三番隊隊長・斎藤終の部屋。斎藤は超がつくほどのシャイで、彼女の志乃でさえもなかなか彼と喋ることがままならない。もちろん声すら聞いたことがない。

 

部屋を覗いてみても、斎藤の姿は見えない。またトイレにでも行っているのか、と思った時。

背後に気配がする。ハッと振り返ると、柱の影に斎藤が隠れているのが見えた。彼の特徴的なオレンジアフロのおかげで、すぐにわかった。

しかし斎藤は志乃と目が合うと、サッと視線を逸らしてどこかへ行ってしまう。

 

「あっ、待ってよ終!」

 

逃げる斎藤を追いかけるが、いかんせん彼の足が速い。

埒が開かないと判断した志乃は、屋根の上に飛び乗り、移動してから反対側に逃げ込んだ斎藤の目の前に躍り出た。

 

「待ってってば!」

 

「!!」

 

あたふた、あたふた。慌てまくった斎藤は、最終的に立ったまま眠ってしまった。

またか。志乃は嘆息する。斎藤は焦りが極地に達すると、どんな状況でも寝てしまうのだ。

 

「Z〜」

 

「はぁ……」

 

志乃は溜息を吐いて、ぐーすか眠る斎藤を見上げた。

……ちょっとくらい悪戯を仕掛けてみてもいいだろうか。志乃の心がそわそわする。

そっと斎藤に近づいて、抱きついてみる。ポスッと胸に顔を埋めると、大好きな匂いがする。

普段の彼なら絶対にこんなことさせてくれない。キスすらさせてくれないのだ。まぁ、シャイで有名な彼が、キスに至るまでに色々問題を解決しなきゃいけないのだが。

 

「終、大好き」

 

小さな声で呟く。その時、斎藤の体がピクッと反応した。

 

「……えっ」

 

まさか、起きていた?ゆっくり顔を上げると、真っ赤になった斎藤が志乃を見下ろしていた。

急に恥ずかしさが込み上げてきて、志乃は咄嗟に斎藤から離れ、頭を抱えて「ぅぅ、」と唸る。

 

「ぁ……あ、の」

 

「?」

 

「ぃ、いいい今の、聞いて……?」

 

斎藤が、りんごどころか熟れたトマトのように頬を赤らめながら、頷く。それを見た志乃は、しどろもどろになりつつ、ボソッと呟いた。

 

「…………じょ……冗談じゃ、ないんだからね……」

 

斎藤も、常時持っているスケッチブックにペンを走らせ、彼女に見せた。

 

『ありがとう、とても嬉しいZ』

 

 

 

(なんか時雪と似た感じですね。ていうか超絶怒涛のシャイ隊士斎藤さんに恋人ができるのか疑問)

 

(確かに)

 

(………………Z〜……)

 

(寝た!寝やがったぞこいつ!)

 

 

 

〜山崎退の場合〜

 

山崎が監察の仕事として張り込みをして今日で3ヶ月。

頑張って働いている彼氏を労おうと、志乃は弁当片手に山崎の仮住まいのアパートに向かった。

 

********

 

「やっほ、退。大丈夫……じゃ、なさそう……だね」

 

「…………」

 

「……退?おーい」

 

「ん?あっ、えっ、し、志乃ちゃん!?あっ、まだ喋れた」

 

「気づいてなかったの?ていうかまだ喋れたって何」

 

「いやー、ここ最近全く喋ってなかったから」

 

あははと笑いながら、山崎はポリポリと頭を掻く。視線が志乃から、彼女の手に提げられた弁当に目が行った。

 

「それ……?」

 

「あ、これ。食べる?」

 

「えっ、あ、いや……」

 

山崎は戸惑った。

志乃が自分のために、一生懸命弁当を作ってくれたのは嬉しい。

しかし、今自分は張込みの仕事中。いくら彼女からの差し入れとはいえ、あんぱん以外の物を口に入れれば、張込みの神に見放されるのではないか。

さらにここで受け取らねば、志乃にまで見放されるのではないか。

そして最終的には全てから見放されて誰にも看取られず孤独死するのではないか。

 

「いやそこまでは考えてねーよ!」

 

「何言ってんの退」

 

「えっ、あっ、えと……じ、地の文!」

 

山崎は志乃に嫌われないために、テキトーな嘘を吐いた。

 

「嘘じゃないでしょ!紛れもなく地の文(あんた)が喋ってんだろーが!!小説の世界を悪用して好き勝手するなァァ!」

 

天井に向かって叫ぶ山崎。彼を見て、志乃はクスクスと笑った。それに気づいた山崎は、ハッと志乃を振り返る。

 

「ふふ、やっぱり面白い」

 

「し、志乃ちゃん……」

 

「流石は私の彼氏だね」

 

「ちょっ……!!」

 

彼氏、と久々に呼ばれて、山崎の体温は一気に上昇する。と同時に、志乃に確認した。

 

「志乃ちゃん、俺と付き合ってること、誰にも言ってないよね……?」

 

「大丈夫!」

 

「な、なら良かった……」

 

山崎がここまでホッとするには、理由がある。

思い出してみてほしい。山崎は真選組隊士であり、三十路を既に通り越した身。そんな彼がたった12歳の少女と交際しているというのだ。世間からすれば山崎は白い目で見られまくり、主に銀時や土方、沖田などに抹殺されかねない。想像するだけでも恐ろしい。

 

「まぁ、いつか口滑らしちゃうかもね」

 

「やめて!!俺殺されちゃうから!!」

 

「大丈夫、退を殺そうとする奴らは全員返り討ちにしてやるから」

 

「……それはそれで……ちょっと」

 

「何?私に護られるのが嫌だっての?」

 

「……………………そりゃ、まぁ。俺だって男だからね」

 

 

 

(ねぇ、オチテキトーすぎない?俺だからってテキトーにしすぎてない!?)

 

(気のせいだよ気のせい)

 

 

 

〜桂小太郎の場合〜

 

ある日、志乃が真選組屯所の廊下を歩いていると。

 

「…………!」

 

ピク、と何者かの気配に反応した。少し腰を落として、刀の柄を握る。

明らかに誰かに見られているような気がする。というか寧ろ、何かを向けられているような。

気配が動いた。刹那、志乃は刀を抜き、気配の感じる場所へぶん投げた。

ガッシャア!と何かが割れる音がする。刀は何やら機械らしきものに突き刺さっており、破片が床に散乱していた。

 

「誰だ!」

 

「お、落ち着け志乃!俺だ!」

 

壁の影から姿を現したのは。

 

「こ、小太郎!?」

 

そう。そこにいたのは、女中の服装に身を包んだ桂本人。キョトンとして、志乃は彼に近づいた。

 

「何してんのあんた、ここどこだと思って……!」

 

「すまない、お前に会いたくてな。……つい、忍び込んでしまった」

 

「つい、じゃないよ……はぁ……」

 

ただそれだけの理由で敵地に忍び込むとは、バカだろうこいつ。溜息を吐く志乃に、桂は胸を張る。

 

「仕方ないだろう。愛しい彼女と会えぬ気持ちを想像したことはあるのか、お前は」

 

「その愛しい彼氏が、敵地に忍び込んでるのをバレないように庇う気持ちを想像したことはあるんですか、あんたは」

 

今度はさらに、深い溜息を吐く。

以前桂が真選組に潜入した時も、桂の正体がバレないように、志乃が色々と気を回していたのだ。その苦労が蘇り、キリキリと胃が痛む。

 

「ていうかさっきあんた、私に何向けてたの?」

 

「カメラだ。お前の可愛い隊服姿を収めようと思ってな」

 

得意げに語る彼氏を本気で殴りたくなった。

桂はよく彼女の志乃にコスプレをさせて、そのままイチャイチャするケースも多い。その度に志乃にぶん殴られるのだが。

まぁ、カメラ本体が壊れたため、良しとしよう。

 

「おーい嬢ちゃん、何やってんでィ」

 

「!?」

 

背後から、沖田が声をかけてくる。ヤバい。今自分は桂と一緒にいるのだ。妙に鼻の効く沖田なら、バレるのも時間の問題かもしれない。

 

「まぁいーや。ホラ、見廻り行くぜィ」

 

「あ……う、うん」

 

よかった、女中の格好をしている桂はそこまで気にかけられなかったようだ。ホッとして沖田について行こうとすると。

 

「待て」

 

ガシッと、腕を掴まれて、引き寄せられる。そのまま志乃の体は桂の腕の中に閉じ込められた。

 

「この娘は俺の彼女だ。悪いが仕事先の男だろうが、志乃に触れることは許さん」

 

「は?何寝惚けたこと言ってんだテメー」

 

「ちょっ……」

 

まずい。まずいまずいまずい。このままでは、桂の正体がバレるのも時間の問題だ。志乃は桂を押しやろうとするが、ガッチリ掴まれて動けない。

 

「……テメーまさか……桂か?」

 

カチャ、と音を立てて、沖田が刀に手をかける。志乃が急いで桂を庇おうと口を開いたが、すぐに手で塞がれた。

 

「ふっ……流石は真選組一番隊隊長。よくぞ見破ったな!!」

 

「5秒以内に嬢ちゃんを放しやがれィ。じゃねェとバズーカぶっ放す」

 

「それは無理な話だ。何故なら志乃は、将来俺の妻となる女だからな」

 

「は?」

 

堂々と言い放った桂を前に、志乃は頬を赤らめ、沖田はポカンと拍子抜ける。さらに桂は続けた。

 

「貴様らのようなむさ苦しい男共の魔窟にいれば、いずれどうなるかなど火を見るより明らか!だから俺はこの監獄から志乃を救いにやってきたのだ!」

 

「監獄って何その言い方」

 

「ではさらばだ!」

 

「ぬ、わぁっ!?」

 

志乃がボソッとツッコんだ瞬間、フワッと体が宙に浮く。足が地面から離れ、横抱きにされていたとわかるのは早かった。

 

「ちょ、ちょっと……!」

 

真っ赤になる志乃を無視して、状況はどんどん変化していく。桂が懐から時限爆弾を放り、その隙に志乃を連れて屯所を抜け出す。

 

「かーつらァァァァ!!」

 

沖田の怒号と共に、バズーカ砲がこちらへ飛んでくる。

 

「ぎゃああああ!!来た!!来たよォォォォ!!」

 

「しっかり掴まっていろ!!」

 

「いやァァァァ!!」

 

悲鳴を上げながらも桂の首に手をまわし、しっかり抱きつく。桂が窓の外へ飛び出したのと同時に、屯所が爆発した。

 

ドォォン!!

 

「……うっわぁ…………」

 

「これで俺達の仲を邪魔する者はいなくなったな」

 

「主に総兄ィとアンタのせいだよねコレ」

 

無残な形になってしまった屯所に、思わず引いてしまう。いやぁ、後先考えずに爆弾投げるバカに、バズーカ撃ち込むバカが起こす被害って恐ろしいな……。そう思うと、さらに引いた。

 

「さぁ志乃、これから夢のはねむーんへの出発だァ!!」

 

「お前は黙ってろォォ!!何だよはねむーんって!気持ち悪いわ!」

 

こうして二人は、愛のはねむーんへと旅立っていったのだった。

 

 

 

(思ったこと云々の前にヅラ兄ィマジで死ね。この災厄野郎くたばれ!!)

 

(どんだけ桂嫌いなの志乃)

 

(世界が滅びるくらい)

 

(意味わからんわ!!)

 

(それでも俺は志乃を愛しているぞ!)

 

(そういうとこが嫌いなんだよ死ね!)

 

 

 

〜服部全蔵の場合〜

 

「全蔵、やっほ」

 

「よォ、ワリィなこんな時間に呼び出しちまってよ」

 

「いいよ全然」

 

夜。月明かりが街を照らす中、志乃は彼氏の全蔵と出会っていた。

ちなみにこの関係は、もちろん義兄の銀時には内緒である。告白した瞬間、喧嘩が勃発するのは目に見えているからだ。

 

「……そういえばさ、」

 

「ん?」

 

「何で私と付き合ったの?」

 

「それ聞くか?」

 

「だってアンタ前にブス専って言ってたじゃん、しかも自分で」

 

「まぁ確かに別嬪にゃ興味ねーがよ」

 

「私が別嬪じゃねーってか、テメェマジで殺すぞ」

 

「待て待て待て待て」

 

懐から取り出したクナイを構えると、全蔵が冷や汗を流して止める。志乃の手からクナイを素早く奪い取り、ぶにっと頬を引っ張った。

 

「ひゃひひゅんにょ(何すんの)」

 

「お前がこんな物騒なモン出すからだろ」

 

溜息を吐いて、クナイを自身の懐にしまう。頬から離した手を今度は志乃の頭を撫でた。

 

「惚れた女と好みのタイプは必ずしも一緒じゃねーんだよ。そんなもんなんだよ」

 

「そうなの?」

 

「そ。確かにお前は俺のタイプじゃねーが、俺が惚れ込んだのは紛れもなくお前だ。わかったか?」

 

「……子供扱いすんな。仮にもアンタの女だぞ」

 

頬を膨らませてジロリと全蔵を睨む志乃。確かに自分はまだ子供だし、彼氏の全蔵とはかなりの年の差がある。他の大人の女に取られないかが一番心配なのだ。

 

「………………」

 

「どーした?」

 

「……だって全蔵はさ、私より年上だしまぁそれなりにカッコいいとは思うし……ねぇ、他の女なんて作らないでよ?作ったら殺すからあんたを」

 

「だから怖えよお前!!」

 

「もしもあんなことやこんなことをしてたらその男の象徴切り落として殺す」

 

「オイぃぃぃ!!純粋女子で売ってきたんじゃねーのかお前はァ!!」

 

全蔵のツッコミも聞き止めず、志乃はムスッと頬を膨らませたまま、ツカツカ歩き出した。

純粋女子とか知るか。自分はただ、全蔵に浮気してほしくないだけだ。軽くイライラしていると、不意に背後から首元に腕がまわされた。

 

「……なら、他の女ができちまう前にあんなことやそんなこと、したいか?俺と」

 

「…………は?」

 

キョトンとした志乃の頭にキスを落として、全蔵は彼女を抱きしめた。

 

「ほら、具体的に言ってみろよ。お前の口で。1から100まで」

 

「……………………」

 

ほんのりと頬を染めて、視線を逸らす志乃。それが可愛らしくて、顎を持ち上げた。

 

「…………じゃ、あ」

 

「何だ?」

 

「ぎ………………ぎゅっと、してくださいっ!!」

 

志乃は全蔵から離れると、両手を広げて全蔵を待ち構えた。しかし、全蔵は志乃から離れ、ガクリと勢いよく膝をつく。

予想はしていた。していたけれども。あの過保護なシスコンバカ侍に育てられた志乃ならば、そういう内容は全く教えられていないだろう。志乃が珍しく下ネタに走ると思ったら、要望は無垢そのもの。全蔵は落胆するばかりであった。

 

「ねぇ、何その反応。やっぱ浮気する満々かコラ。ぶち転がすぞ」

 

「ごめんなさいしますしますしますから怒らないで」

 

 

 

(オイ作者お前早いとこ投稿したいからって俺の分だけ短くしてねェか)

 

(え?気のせい気のせい)

 

(ま、俺はあんなクソガキ相手じゃゲロ吐きそうだったけどな)

 

(テメェ殺すぞ)




このシリーズ、メンバーをはじめに決めて順番に書いてるんですが、今回はかなり悩みました。この連中マジでややこしいしめんどくさい。誰だこのメンバーにした奴。私ですね。

斎藤さんは完全にアニメのイメージで書きました。原作漫画は集めてるんですが、まだ斎藤さん出てきてないです。
ガチで何巻初登場ですかあの人。調べたらわかるんでしょうけど、元々情報収集能力が皆無なんで多分正解に行き着かないと思うんですよね。ていうかこんなくだらないこと聞いても〜みんな知ってるから〜みたいな感じの周知の事実みたいな〜(ウゼェ)。

次回は誰だろうな。地雷踏む気しかしないな。

これからものろのろやってきます。


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第三弾。
今回のお相手は悪党ばかり。ヤダコワイ何このメンバー。

でもそんな相手に対してズバズバいっちゃうのが志乃だと思うのよね。怖いもの知らずだから。あの銀時が育てた子って設定だから一応。

出来の悪さは相変わらずです。お目汚し失礼します。


〜高杉晋助の場合〜

 

江戸の近郊にある、大きな川。そこに浮かぶ屋形船から、志乃は夜空を見上げていた。

耳には、三味線の弦を弾く音が聞こえる。志乃のいる窓とは反対側のそこで、窓の縁に腰掛けて演奏しているのが、高杉晋助。

 

「綺麗な月だねぇ」

 

空には、大きな月が金色に輝いていた。

ポツリと呟いた志乃の言葉に、高杉は喉を鳴らして笑う。

 

「お前もそんなしみじみしたことを言えるんだな」

 

「むっ、それどーいう意味」

 

「そのままの意味だ。それ以上ねーよ」

 

そう言うと、志乃はますます頬を膨らませる。「もういい。知らない」とそっぽを向く彼女がとても愛らしい。

それを笑っていると、志乃から恨めしそうな視線が飛んできた。

 

「そんな顔すんな。お前が可愛いんだよ」

 

「うるさい。バカ。もう知らない」

 

すっかり怒った志乃は、再び視線を月に向ける。その時、不意に背中が温もりに包まれた。

 

「え……っ」

 

「生意気だな」

 

ニヤリと笑った高杉の手が、服の中に侵入する。

 

「ゃっ……な、何しっ……放せっ!」

 

「おとなしくしてろ」

 

「ひぁ……っ」

 

ツッ、と耳を熱い舌が伝う。ビクッと体を震わせて動けなくなったところで、高杉の手が肌を這う。

 

「や、めッ……」

 

か細い声で訴える。高杉は耳にキスを落としてから、ゆっくりと離れた。乱れた服を整え、赤い顔で睨んでくる。

 

「変態」

 

「何とでも言え。何ならもう一回してもいいんだぜ」

 

「ごめんなさい冗談ですだからやめろ触るなァァァァ!!」

 

屋形船の中で重なる二つの影を、月だけが見ていた。

 

 

 

(本編では結局どういう立ち位置かあまりよく決まってない高杉だけど、今回恋人役として書いたらただのロリコンになった件。個人的に過去篇で出てくる高杉が一番好きです)

 

(あの時は可愛かったのにね……。銀にあんなにからかわれて……)

 

 

 

〜河上万斉の場合〜

 

「寝れない」

 

夜。というより、宇宙に朝も夜もないのだが、就寝時間。

そんな時間に万斉の部屋を訪れたのは、志乃だった。

藤色のパジャマに身を包み、愛用の枕を抱えて部屋に入ってきたのだ。

 

「寝れない。万斉さん、三味線弾いて」

 

「……またでござるか」

 

「うん。また。三味線弾いて、万斉さん。アレ聴いたら眠れそう」

 

ダメ?と上目遣いで万斉を見上げる。志乃がおねだり上手なのは知っているが、実際にされると断りづらい。

昔、高杉に連れられて現れた小さな娘は、今はこんなに大きくなった。

一般的な子供なら寺子屋を卒業しているだろう年頃なのに、未だに眠れないと駄々をこねて、万斉の演奏を強請る。

溜息を吐いて三味線を取り出すと、待ってましたとばかりに布団に潜り込む。ちなみにこの布団はもちろん万斉のものである。

弦を弾いて、彼女の大好きな曲を演奏する。しばらくすると、魔法にかかったかのように、志乃は瞼を閉じて寝息を立て始めた。

志乃が眠ったのを確認して、撥を持つ手を止める。彼女の綺麗な銀髪を優しく撫でた。

 

「まったく……相変わらず無防備でござるな」

 

散々晋助に言われているだろうに。そんな言葉を、溜息と共に吐き出す。

一房摘んだ髪の束を持ち上げて、軽く唇を押し付けた。

 

 

 

(この後高杉に見つかって、「妹に手ェ出したら殺す」と脅され目をつけられる不可避ルート)

 

(万斉さァァん!!)

 

 

 

〜神威の場合〜

 

人気のない、海風の吹く埠頭。

その少し冷たい風に髪を靡かせ、志乃はコンテナに凭れ掛かり、ある男を待っていた。

肌寒さを感じ、腕を抱える。その時、ふわ、と体が抱きしめられ、温もりに包まれた。

 

「神威!」

 

「久しぶり。ずっと会いたかったよ」

 

「うん、久し……んんっ」

 

愛しの彼氏・神威と再会して間も無く、唇を塞がれる。しかもそれがかなり長く、志乃は神威に腹パンした。

「ふぐっ」という彼の苦しそうな声なんて聞こえない。苦しかったのはこっちだ。

 

「何すんの」

 

「こっちの台詞だアホんだら。何しやがる」

 

「再会のキス」

 

「長えんだよ!!窒息で殺す気か!?」

 

「会えなかった時間分するからね」

 

「一ヶ月間するってか!?ふざけんな!」

 

出会って早々、喧嘩する二人。

しかし、これが二人のいつもの関係なので、誰も気にする人はいない。

ここに阿伏兎がいれば、「仲睦まじいこって」と呆れ顔をするだろう。

 

「ってことで、ワンモア!」

 

「話聞いてんのかテメッ……んむっ、ふっ……」

 

再び抱きつかれ、唇を重ねられる。

これにより神威が、本日二度目の腹パンを食らったことは言うまでもない。

 

********

 

「ねぇ志乃」

 

「何?」

 

「キスしていい?」

 

「また!?」

 

団子屋を出て散歩をしていると、唐突にキスを要求される。

にこにこと屈託のなさそうな笑顔だが、考えていることは絶対に腹黒い。

 

「ヤダ」

 

「じゃあ今ここでしていい?」

 

「わかったわかった!わかったから!」

 

後頭部と顎を固定され、危機を覚える。すぐに迫ってくる神威を引き離した。

 

「してもいいけど、今はダメ。我慢して」

 

「え〜?」

 

「え〜?じゃない。我慢もできない奴、私嫌いだよ」

 

「でも俺のこと好きでしょ?」

 

「……………………うるさい」

 

頬を赤らめてそっぽを向く志乃に、神威は満足そうに微笑む。

うむ、今日も志乃のツンデレは健在だ。

 

「ねぇ志乃、やっぱり春雨に来てよ。俺が話通してやるからさ。それに志乃がウチに入るんなら、上も許すと思うけど」

 

「バカ言え。私はお前に会う前に一度春雨の末端組織に誘拐されてんだよ。おかげで連中とは気まずいどころか最悪の関係だし、さらに言えば春雨とも軽くドンパチやってんだからな!?」

 

「すごい。流石志乃」

 

「拍手送ってんじゃねェ!!」

 

パチパチという乾いた拍手も耳障りに感じ、志乃の拳が右ストレートを放つ。もちろん神威に止められたが。

 

「じゃあ、俺とずっと傍にいるのとこうして今まで通り遠距離恋愛するの、どっちがいい?」

 

「…………それは……っ」

 

極限の選択に、志乃は思わず俯いて言い淀む。

神威を好きになった時から、こうなることはわかっていた。

いずれ身の振り方についてもハッキリ決めなきゃいけないし、こうして離れ離れになるとしたら、神威が他の女とくっつく可能性だってある。神威がそんな男ではないとはわかっているが、不安なのだ。

神威は黙って志乃の手を両手で握る。

 

「大丈夫。もし元老(うえ)がお前に手を出そうとするなら、俺がそいつらを皆殺しにしてやる。ずっとお前を護ってやる。約束する」

 

「神威…………」

 

「ねぇ、返事は?」

 

「………………………………は、はい……」

 

「よく言えました」

 

にこ、と笑んだ神威は、真っ赤になって俯く志乃の頬を両手で包み込み、唇を重ねた。

 

 

 

(もしこうなるオチだったら、という妄想の元書きました。でもオチは誰が何と言おうとトッキーなんで)

 

(そーいうこった。だから私のことは諦めろ。そのままライバルポジでいっとけ)

 

(うん。だから最初から言ってるだろ?決闘して勝ったら俺の子を産んでもらうって)

 

(お前人の話聞けェェェェェ!!)

 

 

 

〜阿伏兎の場合〜

 

霧島志乃には、二十歳上の彼氏がいる。

彼の名は阿伏兎。何の因果か何の理由かは取り敢えず置いといて、二人は付き合っている。

 

「阿伏兎さん!アレ!あそこの団子屋、すっごく美味しいんだよ!」

 

「いや、そう言ってさっきも団子屋入っただろうが。つーかどんだけ食うつもりだ」

 

傘をさしていない方の手を引く志乃は、目の前の団子しか見ていない。

そんな少女を窘める男の姿は、側から見ると親娘に見えなくもない。実際、親娘でもおかしくないほどの年の差なのだが、ここでは敢えて触れないことにする。

 

「色気は食い気でできてるんだよ、知らないの?」

 

「ガキが色気だの何だの言ってんじゃねェ。んなもん欠片もねェ身体してるくせに」

 

「コレはサラシ巻いてるだけですー!!ホントはかなりあるもんねー!!そんな小娘に惚れたのは紛れもなくアンタなんだからねー!!」

 

「わかったわかった、それ以上言うな。周りの視線が」

 

周囲など気に留めずに騒ぐ志乃の口を手で塞ぐ。彼の匂いがより近くなって、阿伏兎の腕に抱きついた。

「歩きにくいから離れろ」と言われても、気にせず抱きしめる。

 

「はぁ……」

 

「何、どしたの?」

 

「いや、こんなガキにときめいちまうたァ……社会的に抹殺されるな、って思ってよ」

 

「元々海賊だから社会的に既に死んでるよね」

 

「清々しい笑顔で言ってんじゃねーよ。笑えねーんだよ」

 

ふふっと微笑んだ志乃は、その笑顔のまま続ける。

 

「心配しなくても、私が護るから大丈夫だよ」

 

「バカ言ってんじゃねェ。俺ァ夜兎だぞ。お前に護られるほど弱くねーよ」

 

「知ってるよ。私が言った意味はそっちじゃない」

 

「あ?」

 

「アンタにまとわりつくような女がいたら、私がそいつら全員ぶっ飛ばしてやる。そーいう意味」

 

ニッと歯を見せて笑った志乃に、阿伏兎は再び溜息を吐いて頭を掻いた。

……無防備なのはお前の方だけどな。

口を開いて紡ごうとした言葉は、空に消える。

 

「そーかい。俺からすれば、お前さんの方が他の男に取られねェか心配だがな」

 

「へ?う、わあ!?」

 

ヒョイと軽く抱き上げられ、咄嗟に阿伏兎に抱きつく。

突然のことに、志乃はわたわたと狼狽える。

 

「な、ななな、あ、阿伏兎さん何をっ!?」

 

「何って、ただ抱き上げただけだろーが。ん、顔赤いぜ」

 

「わわっ、み、見ないで」

 

顔を覗き込もうとすると、両手で隠されてしまう。白く細い指の隙間から、チラチラと赤い頬が垣間見えた。

必死に顔を隠さんとする姿が可愛い。思わず笑みを浮かべる。

 

「もうっ!!笑わないでよ!!」

 

「しょーがねーだろ。お前さんが可愛いんだからよ」

 

「は、……っ!?」

 

ぶわっと赤くなる熱い頬に、ちゅっと軽く口付ける。

顔を離すと、少し潤んだ赤い目と視線が合ったが、すぐに逸らされた。

 

「んだよ、もっと見せてくれよ」

 

「やっ」

 

阿伏兎の肩に顔を埋め、抱きつく。

小さい声で囁かれた「バカ……」という呟きは、聞こえないフリをしておいた。

 

 

 

(私個人的に阿伏兎さんは嫌いじゃないよ。何でもかんでもNo.2は親しみが持てるね)

 

(あー、土方とか万斉とか?確かに組織のトップよりNo.2と仲良いよね、志乃は)

 

(真選組の場合は例外だよ。近藤さんのことは大好きだよ!)

 

(なぁ、俺に関してのコメントは?)

 

 

 

〜朧の場合〜

 

暗殺組織「天照院奈落」。

その首領を務める男・朧には、何よりも大切に思う少女がいる。

彼女の名は霧島志乃。彼が想いを寄せていた女性の娘で、戦場で会った際に娘自身にも同様の感情を抱いていた。

以来、朧は陰ながら彼女を見守り続けた。彼女に危害を加えるような存在はすぐに削除したし、彼女に近寄るような男は皆殺した。

 

思えば、単なる想いの暴走だったかもしれない。

おそらく一方的な片思いのはずだったのだ。

誰よりも幸せになってほしいと願うのに、彼女が他の男の手で幸せになるのが、この上なく許せない。

そんなある日、街中で、二人は再会してしまった。

 

「……朧兄ちゃん?」

 

「……!!」

 

愛おしい声で、自分の名前を呼ぶ。それだけで嬉しくなるなんて、自分は案外単純な人間かもしれない。

場所も、ちょうど人が全く通らない路地裏だった。散歩好きな志乃は、こんな路地裏にも平気で入っていく、無防備な子供に成長していた(襲われても物理的に返り討ちにできるから)。

 

「朧兄ちゃん……だよね?そう、だよね?」

 

「………………っ」

 

振り返ってはいけない。

今まで遠くから見守ってきたのに、いざ向こうから近寄ってきたら、遠ざかる。朧は手にした錫杖を、強く握りしめた。

背後から、志乃の足音が聞こえる。すると、背中が温もりに包まれ、心臓が跳ねる。

 

「朧兄ちゃん、待ってよ!覚えてる?私だよ!攘夷戦争の時、子供だったーー」

 

 

腰にまわされた手を取り、抱き寄せて唇を塞ぐ。

驚いて開いた大きな赤い目が、より近くに映った。

 

「お、ぼろ、にいちゃ……ん、んんっ」

 

ぐい、と押しやろうとする志乃を抱きしめて、さらに深く口付ける。

時折体をピクつかせ、ぎゅっと服にしがみつく仕草すら愛おしい。

ゆっくりと顔を離すと、頬を紅潮させて蕩けた目で見つめる志乃の姿があった。

 

「はっ……朧、兄ちゃん……?」

 

「っ……志乃……」

 

やってしまった。

ずっと、触れてはいけないと耐えてきたのに。

バッと志乃との距離を離す。

しかし。

 

ガバッ!

 

「待って……!」

 

志乃の細い両腕が、その場を去ろうとした朧の腰に絡みつく。志乃の目尻には赤い雫が溜まっていた。

 

「お願い朧兄ちゃん……私の話を聞いて……!」

 

「…………放せ」

 

「やだっ!!」

 

説得しても、即座にかぶりを振られる。きっと何をしても、彼女が首を縦に振ることはないだろう。

朧を捕まえたまま、ポツポツと志乃が呟き始めた。

 

「会いたかった…………ずっと、会いたかったよ……」

 

「……………………っ」

 

「私……朧兄ちゃんにずっと会いたかったの。だって……あれから、何にも……」

 

グスッと、鼻水を啜る音がする。

無意識のうちに手が震えていた。

早く、早く引き剝がさねば。

 

「私……朧兄ちゃんが好き」

 

「っ!?」

 

「ずっと言いたかった……お兄ちゃんのことが大好きって」

 

息が止まる心地だった。思わず振り返ると、潤んだ志乃の目と合う。

 

「わかってるよ。私は朧兄ちゃんと一緒にいちゃいけないって。でも…………それでも……」

 

これ以上言わせまいと、再び口を塞ぐ。ゆっくりと顔を離してから、志乃の頬に手を添えた。

 

「…………本当にいいのか。お前の大切な兄や、その仲間も皆全て裏切ることになるんだぞ」

 

「それでもいい……一緒に、いたい…………」

 

両腕に、志乃をしっかり閉じ込める。

烏は少女を攫い、羽根を残して飛び去った。

 

 

 

(本編での登場はまだなんですけど、もう一国傾城篇の半ば以上までは書いてます。早いとこ投稿したい。なのに前の話を書く気になれないんだよなぁ……)

 

(知るか。さっさと続き書けやアホ作者!!早くしねーと読者の皆さんがついてこれねーだろーが!!)

 

(はい!!頑張ります!!泣きそう!!)




ハイ、ということで第三弾はこれにて終了。
全体的な感想としては、ダークネスにラブを入れるのが難しすぎるということですね。最後なんてほぼやっつけですよ、えぇ。
300円あげるからみんなまとめて幸せになって(なれるか)。


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【another】志乃と神威の話【完結】


神威が志乃に対する思いをつらつらと並べただけのお話。

恋情なのか友情なのかよくわかんない二人の関係。
私的には友情だと思いますけど実際は隠れた恋情です。意味わかんねえ。


神威side

 

驚いた。まさか志乃が春雨の母艦にやってくるとは思わなくて、俺はただ感情のままにあいつの背中を眺めていた。

志乃は春雨の資料室で何やら探しているらしく、ずーっとパソコンと向き合ってる。時折前屈みになったかと思えば、次には「あーっ!!」と喚き散らす。

 

元々ああやって、情報収集をするのはガラではないのだろう。慣れてないカンジが見てわかる。

それなのに自分でやるとか、ホントにあいつは面白い。俺だったら、ぜーんぶ阿伏兎に丸投げするのに。

それからしばらくその奮闘を見ていると、不意に志乃が立ち上がった。

気分転換でもするのか、パソコンを落とし、こちらへ歩み寄ってくる。

 

「!志乃、」

 

「……………………」

 

俺の呼びかけに志乃はチラリと俺を一瞥し、そのまま通り過ぎる。興味がない、とはまさにこのこと。

……俺なんか、眼中にないってこと?

ムカついて、俺の胸辺りまでしかないそいつの背中を抱きしめた。志乃は一瞬体をびくりと揺らしたけど、不機嫌そうな目で俺を見上げた。

 

「何」

 

「こっちのセリフ。俺に呼ばれたら、『わんっ』だろ」

 

「誰が言うか!!私はてめーの犬じゃねーんだよ!!死ねこのすっとこどっこい!!」

 

一度の絡みで5倍くらい返してくれる。やっぱりこいつは面白い。

ケラケラ笑いながら「冗談だよ」と告げると、生意気な舌打ちが返ってきた。……可愛くないなぁ。

 

「お前さ、もうちょっと可愛げ持てないの?」

 

「お前なんかに見せる可愛げなんて1㎜もないわ。死ねっつってんだろアホ毛」

 

「うん、そういうとこが可愛い」

 

「気持ち悪い!!やめろ放せ近寄るな!!ハゲろ!!」

 

「ハゲないよ」

 

何?お前は口を開けば、他人の心を抉るコースクリューブローしか打ち込めないの?ってくらい罵倒を連発する志乃。

思えば俺への返事は全て猛毒が含まれてる。ていうか毒しかない。向こうは隠すつもりもないし。

こんなにストレートに毒を盛ってくるなんて、逆に清々しくて俺は好きだ。

 

志乃が元々ツンデレなのは知ってる。デレるのは阿伏兎か、鬼兵隊のグラサンのお侍さんか、シンスケのみ。

それが何だか、すごくムカつく。

志乃は無自覚かもしれないけど、口では嫌いだと言いながらシンスケのことが大好きだ。

俺と話してても(一方的に俺が絡みに行くだけだが)、シンスケの姿を一目見たらすぐにそっちに行ってしまう。

それがすごく気に食わない。

何でかなんて、わからないけど。

その答えを知りたくて志乃に近づいてるのに、俺のことを見てほしいのに、こいつは全く相手にしてくれない。そのことがさらに俺をムカつかせて。

だから、さっきより強く志乃の小さな体を抱きすくめる。

 

「志乃」

 

「何。苦しいからさっさと放せ」

 

「お腹、空いてない?」

 

こういう時は、やけ食いに限る。

 

********

 

偶然志乃もちょうどお昼を食べようとしたらしく、俺は志乃と肩を並べて食堂に向かった。

 

「何がいい?俺的にオススメなのはやっぱり地球の料理かなぁ」

 

「何、ここ地球の料理とかもできるの?え、でも開国したの確か二十年前だよね?もう取り入れてんの!?最先端だな、春雨!」

 

「えっ、じゃあダンゴもできる!?」と何故かテンションが異様に高い彼女。すぐさまシェフの所に行って、そのダンゴとやらを注文していた。

俺は取り敢えず、メニューの端から端まで全てを注文する。これはいつものことなので周囲も特に気にしていない様子だったが、隣の志乃はものすごく引いていた。

……傷ついてなんかない。俺全く傷ついてないから、うん。

 

程なくして、俺の料理が全て到着。それを一心不乱に食べていると、志乃の頼んだダンゴがようやく来た。

とても柔らかそうな丸いものを、串に刺したシンプルな料理。それの表面が少し焼けていて、甘辛いタレが食欲をそそる。

 

「それがダンゴ?」

 

「うん。私の大好物なんだ」

 

志乃の、大好物。それを聞いた瞬間、何故か心がとくん、と跳ねた。

それからすぐに、ダンゴ、ダンゴと名前を復唱する。まるで覚えるかのように。

何で覚える必要があるのか。

それはもちろん、この後食べるため……ーー。

 

「……あれ」

 

違う。それだけじゃない。

いや、食べるためとかそんなのよりも、もっと重要な理由がある。

 

志乃の好物を覚えておくためだ。

……何のために?そいつで志乃を釣って、俺の子を産んでもらうため?

……あれ?そもそも、何で俺、志乃に俺の子を産んでもらうなんて……?

それは……夜兎と銀狼の血の混ざった子供と後々戦うため……。

 

(違う、それだけじゃない)

 

ただ単に、誰にも触れてほしくないんだ。こいつに。

 

気づいてしまうとサーッと頭の中のモヤモヤが消え去って、逆に鼓動が激しくなる。

 

「〜♪」

 

チラリと隣を一瞥すると、幸せそうにダンゴを食べる志乃。もう周りに花が飛んでてもおかしくない。それくらいのほんわかオーラを放ってる。

……いや。いやいやいやいや。

思ってない。断じて、可愛いなんてこれっぽっちも思ってない!

 

ぶっちゃけ初めて見た。志乃のデレ。これ絶対にデレだ。デレだよね?うん、絶対そうだ。

普段は鋭いナイフみたいな眦が、ムスッとした口元が、蕩けるように緩んでる。年相応に子供っぽくて、あどけなさを全面に押し出した表情。

いやもう、ホント……可愛い。……あっ。認めてる。

 

「何?何か付いてる?」

 

志乃の赤い双眸が向けられて、それに気づいた俺はハッとした。

 

「……付いてる」

 

「何が?」

 

「虫」

 

「虫?どこ?」

 

そう言って、ペタペタと自分の頬を触る志乃。

あれっ、あんまり効果がない。女ってのは虫が嫌いな生き物なんじゃなかったっけ。アイツもゴキブリ嫌いだったし、志乃も絶対そうかと思ってたんだけど。

すぐに「嘘だよ」と呟くと、「死ね」と返ってきた。ホント、可愛げもへったくれもない。

 

「……意味わかんない」

 

「何が?ああ、お前のアホな頭の存在理由が?」

 

「喧嘩売ってんの?殺すよ?」

 

「やれるもんならやってみろよバーカ」

 

ホント、意味わかんない。

こいつのどこに、俺は惚れたんだろう。




ちょっぴり自覚はしているけど、その相手から貶されまくって自分でもわからなくなってる神威くん。
このスパイラルが今日も延々と続いてます。そしてそこから抜け出せない。


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志乃side

 

昼食も済ませた頃、私は再び作業に戻ろうと席を立つ。

こんなことで時間を潰してるような暇は私にはない。ここは敵地だ。長らく世話になるような場所じゃないし、何よりこんな所にいつまでも居座ってたら、帰る足を失うかもしれない。

それだけは死んでもゴメンだった。

でも。

 

「どこ行くの?」

 

この実際年齢だけは年上で精神年齢は私よりも年下であろう戦闘バカは、どうしてか私にしつこく付きまとう。

今ものすごい悪い目つきで睨んだ自信がある。

悪気はないけどイライラしてるのだ。ただでさえ隣でとんでもない量食われて軽い胸焼け起こしてるってのに。これ以上私に何の用だ。

 

神様、私は何か悪いことをしましたか。もしそうならこれからは態度を改めます。

ですから今すぐこのバカの手を引き剥がしてください。

ものすごい力で手首握られてるんです。

このままじゃ私の右手は骨折どころか完璧に引き千切られます。誰か助けて。

 

「いい加減にしてくれない?私にゃテメーに構ってる暇はこれっぽっちもねェっつってんだよ。理解したらブラックホールに呑み込まれて死ね。永久に帰ってくんな」

 

「ひどい……」

 

「あぁあ!もうわかったから!そんな目で見るな、私が悪者みたいに思えるだろ」

 

捨てられた子犬みたいに寂しげ且つ潤んだ目で見つめられるとこうも調子が狂う。

そしてこの数秒後にはいつもの腹立つ笑顔を浮かべてやがる。マジでぶん殴ってやろうか。

 

「仕方ないからもうしばらく付き合ってやるよ。んで?次はどこ行くの?」

 

「決めてない」

 

「お前マジでぶっ殺すぞゴラァ!!」

 

こいつホント何なの。溜息を吐いて、金属バットにかけた手を下ろした。

別にこいつを許してやったわけじゃない。ただ、今春雨の母艦で暴れると、面倒どころか厄介事の類いしか生まれない。

だから仕方なく、仕方なく手を引いてやってるのだ。私偉い。

 

「じゃあ、俺達専用の鍛錬場に行く?」

 

「なに、鍛錬場に夜兎専用とかあるの?」

 

「そりゃあね。基本白兵戦は俺達夜兎の独壇場だから」

 

「何それ。おー怖っ」

 

「志乃も人のこと言えないじゃん。刀持ったら世界最強なクセに」

 

「否定はしない」

 

フフン、と得意げに神威を見上げると、神威は一瞬真顔になってからフイとそっぽを向いた。

 

「……何、どうした?」

 

「…………何でもない」

 

「え、何?何なの?ねぇねぇどーした?ん?」

 

「お前しつこいよ」

 

「弱みを見せたらつけ込むのが私だよ」

 

「性格悪いね」

 

「お前ほどじゃねーよ」

 

********

 

神威に連れていかれたのは、鍛錬場ではなく、宇宙の見える広い窓。

え、何?マジで何がしたいのこの人?

 

「じゃあ私戻るわ」

 

「ダメ」

 

「いだだだだ!わかったわかったから髪引っ張んな!!」

 

ムカつく!なんか取り敢えずムカつくこいつ!

ホント何なの!?私アンタに何かしましたか!?

 

「ねっ、どう?綺麗でしょ」

 

「は?ああ……そうだね」

 

「もうちょっと感慨深く」

 

「そうだね」

 

「やる気あるの?」

 

「お前をぶん殴る気しかない」

 

「ハハ、そんなことしたらどうなるかわかってんの?」

 

「決闘になるね。この綺麗な空間を前に」

 

マジで何なんだこいつ。あのアホ提督の約束破って本気の殴り合いしてやろーか。

ムカつく。ホントムカつく。死ね。

 

「…………ねぇ、志乃」

 

「何?」

 

「あのさ。……その」

 

いきなり向き直ったと思えば、下を向いて何やらボソボソ呟く。

何なんだ。ホントにこいつは何なんだ。

ていうか何でちょっと赤くなってんの。

何で目ェ合わせようとしないの。

何でちょっともじもじしてんの!!乙女か気持ち悪い!!

 

「……もうちょっと、一緒にいたいって言ったら……怒る?」

 

「は?」

 

少し寂しそうな声音に、拍子抜ける。

つーかアホ毛まで垂れ下がってんぞ。何?このアホ毛は意思でも持ってんのか?

 

「まぁ、怒りはしないけど……」

 

「ホント!?」

 

「私に団子を貢ぐんだったらな」

 

「……………………………………」

 

あ。今あからさまに不機嫌になった。

何だ。私がそんな自分勝手な人間じゃないとでも思ってたのか?

言っとくけど、私はてめーら悪党どもに優しくしてやるほど心の広い女じゃねェ。ていうかてめーらに見せる優しさも可愛げもねェ。

悪かったな、私はそんじょそこらにいるようなか弱い女じゃないんだよ。

銀の剣術を受け継ぎ、ヅラ兄ィの賢さを受け継ぎ、辰兄ィの人誑しを受け継ぎ、高杉の洞察力を受け継いだとんでもねえガキなんだよ。

あんな悪ガキどもに育てられた娘だぞ。ロクな大人になれないのは目に見えてる。

でも、あいつらが悪いとは一度も思ったことはない。寧ろ感謝してるんだ。こんな風に育ててくれてありがとう、ってな。おかげで私は、こんな危険地帯でも、こうして悠々と生活できるようになったんだから。

 

「……お前ホントムカつく」

 

「何とでも言いやがれバーカ」

 

「……………………」

 

そっぽを向いた神威が、そのまま歩き去っていく。

ホント、意味わかんない。

何でアイツは、私にあんなにひっついてくるんだろう。




今回で「【another】志乃と神威の話」は終了です。一番内容が薄っぺらかったので一番最初に終わりました。

テーマとしては、「淡すぎる恋愛」みたいな感じで書きました。主に神威の一方的なものですが、志乃も彼には悪いイメージは持ってなくて、寧ろ友達のように思っています。
同い年で同じく片思いの沖田くんと神威は、私の中ではよく比べて進展を見ていくのですが、志乃にとってはどちらもライバルなのです。新八と同じ男友達なのです。あくまで好きなのはトッキーなので。
あ、でも新八は男友達である前に師匠でもあるので、彼らよりかは上……かな。うわ、なんかかわいそう。

沖田くんの場合も書いてみたらそれはそれで面白そうだな、と思いました、まる

それではまた次の機会にお会いしましょう。


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【another】志乃と朧の話


志乃と朧、実は会ったことあるんだぜ。というお話。

時間軸としては、銀時達が攘夷戦争で戦っていた頃です。


青い空、白い雲。

それがゆったり流れていくのを、志乃は縁側に座って眺めていた。

 

そよ風が彼女の綺麗な銀髪を揺らし、幼いながらも美しさを感じられる。

花の香りに包まれている少女は今、戦場にポツンと建つ小さなボロ小屋にいた。

このボロ小屋は、志乃の兄である銀時達の拠点とする後方基地より少し離れた場所にある。

外に出たいと願う彼女は、銀時達の出征の目を盗んで周辺の地図を盗み見て、この小屋を見つけたのだ。

志乃はそこに入り浸り、まだ小さな外の世界を楽しんでいた。

柔らかな風、草花の芳しい匂い、空を飛ぶ鳥、蝶達ーー様々なものに出会った。どれもこれもが新鮮で、志乃は心躍らせた。

そんなある日。志乃がいつものように、空をのんびり仰いでいると。

 

ガサガサッドサッ

 

「っ!?」

 

草木の不自然に揺れる音に、志乃は警戒心を強める。音のした方を振り返り、慎重に歩み寄る。

 

「だっ……誰……?」

 

人の気配が確実に察知できる。

そこには一人の男が、血を流して草むらに倒れていた。

 

「え……っ」

 

志乃は思わず呆然として、男の傍らにしゃがみ込む。そーっと男の白い髪を払い、顔を覗き込んだ。

白い髪にシュッとした鼻のかなり整った顔立ち。目元には隈のようなものがあって、服には八咫烏のマークが見えた。

少なくとも、志乃の記憶に彼の顔は無かった。つまり、初めて会う外の世界の人間。志乃は恐る恐る、男の肩をつついてみた。

しかし、反応はない。今度は揺らしてみる。

 

「あの……大丈夫?」

 

話しかけても、男はピクリとも動かない。代わりに、血がドクドクと流れていた。

まずい。このままでは彼が死んでしまう。

一瞬のうちにそう悟った志乃は、男の首根っこを引っ張って、小屋の中に引き入れた。

 

********

 

「……………………」

 

男がまだ重たい瞼を開ける。

夢を見ていた。自分の憧れのあの(ひと)に会う夢を。

視界のピントがようやく合ってきて、古びた木造の天井が映る。どうやら自分は体を横たえているらしい。

状況を判断した瞬間、隣に気配を感じた。

 

勢いよく起き上がって隣を見下ろすと……男は、思わず息を呑んだ。

そこには、幼い少女が自らの腕を枕にして眠っていた。

光を反射し、床に散乱する美しい銀髪。閉じられた目や鼻、口のバランスはどれも均衡が取れていて、綺麗な顔立ちであることを伺わせる。

しかし、無防備に晒された寝顔はあどけなさを感じさせ、まだ彼女が子供であることを証明していた。

 

男が息を呑んだ理由は、彼女が美しいからではない。

彼の夢で見た、あの憧れの(ひと)と瓜二つの顔立ちをしていたからだ。

何で、どうして。だって彼女はもうこの世にはいないはずだ。それに、こんなに幼くはーー。

そこまで考えて、ハッと少女を見やる。

まさか、この娘は彼女の子供……?

 

「ん……」

 

「!」

 

少女がゆっくりと寝返りをうつ。ゴロンと転がって、スヤスヤと気持ち良さそうに寝息を立てていた。

悟られるかと思ったが、大丈夫なようだ。子供であるためか、まだ気配には疎いらしい。

改めて少女の美しい顔を覗き込もうとすると。

 

「ん……?」

 

今度こそ、少女がむくりと起き上がった。寝ぼけ眼を擦って、男を見上げる。

 

「あ……」

 

目を合わせた少女は、微笑しながら小首を傾げ、男を見つめる。

 

「もう……起きて、大丈夫?」

 

「……………………」

 

少女の視線が、自身の体に巻かれていた包帯に行く。

なるほど、彼女が傷の手当てをしてくれたらしい。

見た所、弱冠二、三歳かという幼子なのに、よく的確に手当てできるものだ。男は思わず感嘆した。

 

「……あの?」

 

ずっと黙ったままの男に不安を募らせたのか、少女が男の顔を覗き込む。

その視線に気づいて、男はようやく返事をした。

 

「……ああ。もう、大丈夫だ」

 

「そう?よかった……」

 

にこ、と心の底からホッとしたような表情。綻んだ少女の笑顔が、男の脳裏で別の女と重なった。

やはり、似ている。彼女の面影を、そっくりそのまま残している。

それがむず痒くて、気持ち悪い。

違う。だって、あの(ひと)はもうーー。

 

「……あっ、怪我治るまであんまり動いちゃダメだよ。まだ傷口塞がってないと思うから……」

 

「…………」

 

「あっ、動いちゃダメだって!」

 

さっさとここから出ようと傷ついた体を起こすと、少女がペタペタと歩いて近寄り、抱きついて引き止めてくる。

 

「めっ!だよ!お兄ちゃん!」

 

「………………」

 

ーーめっ!だぞ!朧!

 

子供の頃、耳に残る女の声と、目の前の少女の姿が重なる。

真っ直ぐに見つめてくる赤い目も、動く度に揺れる銀髪も、その柔らかい手も……。

あの時、確かに自分が手に入れたかったもの。

 

「……え」

 

少女の驚いたような声が、耳元で聞こえてくる。彼女の温もりを感じながら、男はさらに少女を抱き寄せた。

少女は抵抗するそぶりも見せず、大人しく男に抱きしめられたままでいる。こうされるのに慣れているのだろう。

 

「お兄ちゃん?」

 

「っ………………」

 

そう呼ばれ、男はゆっくりと少女から離れた。

わかっている。目の前の彼女が、いくら憧れた女と似ているからといって、それが本人というわけではない。

男は立ち上がり、小屋の外へ出ようとした。

 

「あっ!ダメって言ったでしょ!お兄ちゃん、傷が……」

 

「こんなもの、すぐに治る。……手当てのことは、礼を言う。だが、俺はお前の兄達の敵だぞ」

 

男は少女を冷たい視線で見下ろす。少女はキョトンとした表情のままだ。

 

「敵なら、助けちゃダメなの?」

 

「……………」

 

彼女は、自分の善意に従って行動したのだろう。目の前で倒れている者がいれば、それが敵だろうと何だろうと助ける。一般人としては常識なのだろうが、そんなものは戦場では通じない。

おそらくこの娘は、件の白夜叉達の妹。戦地では、攘夷四天王が囲う幼い少女がいるという噂が流れていた。娘の姿を見た者は殺されるとか、実はその娘が戦況をひっくり返せるくらいに強いとか何とか、悍ましい噂まで上がっているほどだが。

 

しかし、目の前の娘はそんな恐ろしい噂とは程遠い、実に純粋な少女。あの悪ガキ三人が育てたとは思えないくらいだ。よほど気を使っていたのか、それとも彼女に気を使われたのか。

真っ直ぐ見上げてくる視線に根負けして、男は溜息を吐いて腰を下ろした。

少女の頬が緩み、眩しい笑顔へと変わる。あまりにも無垢すぎる笑顔に、男はまた息を漏らした。

 

「私、志乃っていうの!お兄ちゃんは?」

 

「…………………朧」




何故いきなりこんな話を書いたかって?
アニメに触発されたからだよっ!


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志乃にとって、一番幸せな記憶。


「朧兄ちゃん!」

 

結論から言うと、志乃は朧に懐いた。

元々人懐っこい彼女が、外の世界の人間に心を許すのも早く、志乃はいつもこの小屋で朧が訪ねてくるのを待っていた。まるで、かの有名な忠犬のように。

その姿が実に哀らしく感じた朧は、定期的に彼女に会いに行った。もちろん毎日ではなく、二、三日に一度。

それでも会いに行く度に、志乃は幸せそうな笑顔を、朧に見せてくれるのだ。

元気に駆け寄ってくる彼女を抱き上げ、髪を撫ぜてやる。

すると志乃はぎゅーっ!と朧に抱きついて、胸に顔を埋めた。

 

「……相変わらず元気だな」

 

「うん!」

 

彼女の眩しい笑顔に触れる時だけ、朧は穏やかな気持ちになれた。

仮にも自分は、暗殺組織に身を置いているというのに。

さらに言えば、朧は彼女から父・吉田松陽を奪ったのだ。

それを知らないとはいえ、兄である銀時達が何故戦っているか、それくらいは理解できる歳のはず。

しかしそれを伝えていないから、当然だが志乃が朧を敵として見ることはなかった。

 

「朧兄ちゃん!今日は何して遊ぶ?」

 

「……そうだな、」

 

そう答えて、チラリと周囲を見渡す。

塀に囲まれたそこは小さな庭がある。そこには、春の訪れを告げる花々が咲き誇っていた。

彼の脳裏に、ある記憶が蘇る。

子供の頃、「ガキらしくない」と揶揄ってきたあの(ひと)が教えてくれたあれを。

 

「……少し待っていろ」

 

「?」

 

朧は志乃を下ろすと、庭に座り込み花を手折る。

それは確か、白詰草とかいう名前だったか。なんてことを思い出しながら、花を摘んでいく。

それらを纏めて括りつけ、輪っかの形にした。

 

「なぁに?それ」

 

興味を持った志乃が、朧のすぐ隣に腰を下ろし、草花を編んでいく朧の手を見つめる。

完成したそれを、朧は彼女の小さな頭に乗せた。

 

「…………わぁぁ……!かわいいっ!」

 

「……昔、ある人に教わった。花冠、というらしい」

 

「すごいすごいっ!ねぇねぇ、どうやったの?教えて!」

 

彼女のキラキラと輝く瞳。

それに見つめられたら、頷く他ない。

彼女の母に教わったことを、娘である志乃に教える。何の因果か、と朧は思った。

ふと隣を見ると、白詰草を手折って準備を進める志乃の背中。

中にはクローバーも混ざっていたが、彼女は気に留めない。

 

「これくらいでいいかな?ねえお兄ちゃん、教えて!」

 

ニコッと笑う志乃が、とても輝いて、美しく見えた。

 

********

 

「……できたーっ!!」

 

花冠作りに没頭すること約三十分。

きゃっきゃっと楽しそうにはしゃぐ志乃の隣で、朧は深い溜息を吐く。

女だから手先が器用、という自分の見解がそもそも間違っていた。

失敗と失敗と成功に見せかけた失敗とを繰り返し、あちこちにぐちゃぐちゃになった哀れな花々が散乱している。

それを横目で見つつ、幸せそうに笑う志乃を見やった。

 

「……!お兄ちゃん、抱っこしてー」

 

言われるがまま、彼女の小さな体を抱き上げる。

志乃は朧の頭に、自作の花冠を乗せた。

 

「コレ、お兄ちゃんにあげる!」

 

「……………………俺に、か?」

 

「うん!」

 

にっこり、と笑顔を浮かべる志乃。その顔が、本当に彼女(・・)に似ている。

彼女はおそらく母似なのだろう。

風に靡く美しい銀髪も、温かな光を宿す瞳も。あの頃確かに自分が憧れ、恋心を抱いていたあの(ひと)と同じものだ。

それを思い出しながら、ぎゅっと抱きしめる。

鼻腔をくすぐる甘く優しい匂いが、彼の心を安らがせた。

 

「ふふ。お兄ちゃん、気に入ってくれた?」

 

「……………………ああ。ありがとう」

 

「えへへ……」

 

風が吹いて、花びらを空中に持ち上げる。

ふわり、ふわりと舞う花弁が二人の周囲を包んでいく。

この時間がどうか永遠に続きますように、と二人は密かに願った。




永遠に続くはずがない幸せ。でも、そう願いたい。志乃にはまだわからなくても、朧はそれをよくわかっていた。
この二人だけの時間が崩れるのも、早い話。


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【if】志乃が春雨で育った話


題名の通り。もしも志乃が戦場で孤立していたところを馬董に拾われ、彼を師事してついていっていたら、のお話。

前置きが長いですが、一応ここまで知ってから読むとわかりやすいかと思われます。


志乃という名の少女を知らぬ者は、春雨の中にいない。

齢五つにも関わらず、春雨第二師団に属する天才剣士。

二歳の時に師団団長・馬董と出会い、彼を師事して春雨にやってきた。

その実力は馬董に勝るとも劣らないほどで、一振りの刀だけを武器に、大軍をたった一人で殲滅できる力を持つのだ。たった5歳の少女とは思えない、桁違いの実力。

志乃という名の少女を知らぬ者は、春雨の中にいない。

 

「シノ?誰それ?」

 

はずだった。

 

********

 

「誰それ?」

 

春雨に入団して間もない神威は、シノという聞きなれぬ名に、目の前に座る阿伏兎に尋ねた。

 

「なんだ、知らねーのか?……今日の昼、団長の所にその志乃がやってくるから、まァ見とけや。お前さんよりもずっとガキだからよ」

 

「ふーん」

 

自分から尋ねておいて、興味無さそうにぶらぶらと足を動かす。

そのシノという女は強いのか。強いのならば、即行殴りかかってやろう。

神威はニヤリとほくそ笑む。それを見ていた阿伏兎は、厄介な事になりそうだ、と溜息を吐いた。

 

********

 

第七師団団長・鳳仙。夜兎の王と呼ばれた男の目の前に、幼い少女が立っていた。

 

「初めまして、鳳仙様。第二師団馬董団長の弟子、霧島志乃です」

 

名乗りながら敬礼する少女を、鳳仙は値踏みするように見つめていた。

見ただけでもわかる、綺麗な長い銀髪。眩しい色の髪とは正反対に、赤い目は燻みを帯び、血の色を写していた。

まさに、人形のような顔立ち。触れれば壊れてしまいそうな、繊細な肌。目鼻口どれも均衡が取れていて、しかしその表情は柔らかく、あどけなさを感じさせた。

 

「挨拶が遅くなってしまい、申し訳ありません」

 

「構わぬ」

 

あの夜王と謳われた鳳仙を前に、堂々と挨拶をする少女。その小さな姿に、第七師団の面々は感嘆の声を上げる者もいた。

 

「ちょうど第七師団にもお前と年の近い者が入ってな。お前よりは年上だが」

 

「そうですか。是非お会いした……」

 

ドカァッ!!

 

大きな音と共に、鈍い打撃が神威の足に伝わる。確かに、目の前の幼い少女を蹴った。その感覚を感じた。

しかし。

 

ギギッ……

 

「……もしかして、貴方が鳳仙様の仰っていた方ですか?」

 

「な……っ!?」

 

神威の足は、志乃の刀の柄によって止められていた。潰そうと襲いかかる蹴りに負けないくらいの力で、神威は押し返された。

神威が体勢を立て直そうとした瞬間、志乃は抜刀する。神威が両足を地面に着けたその時には、彼の目前にキラリと光る銀色の刃が。

 

「いきなり危ないじゃないですか」

 

「くっ……」

 

「これが私じゃなかったら、貴方の勝ちだったかもしれないですけど」

 

刀を下ろした志乃は、チン、と小さな音と共に鞘にそれを納める。

あの神威の一撃を止めるとは。鳳仙の目が、強者を見る色に変わった。

ニコリと微笑む志乃と、悔しげに顔を歪める神威。この二人が春雨の戦力トップの座を争うのは、まだ先の話。

 

********

 

二人が出会って、7年後。志乃は12歳、神威は18歳になっていた。

志乃は春雨第二師団副団長として、その地位を確かなものにしていく。神威も鳳仙の隠居後、第七師団団長を引き継ぎ、それぞれ仕事という名の悪行を重ねていった。

 

この二人の出会いのエピソードは、春雨内で最早伝説のように語られていた。

神威の蹴りを受け止めた志乃の刀の柄が実は壊れていたとか、全力の殴り合いになって鳳仙も止めるのに一苦労だったとか、他にもたくさんある。

そんな噂を囁かれるくらい、二人の不仲は有名だった。

 

「よぉ神威。相変わらず腹立つ顔してんな死ね」

 

「やぁ志乃。相変わらずチビだねバカ」

 

「あんだとゴラァ!!お前もチビだろーが!!」

 

「お前よりかはデカいよ」

 

「上等だコラ!!表出ろ、今日こそ決着をつけてやる!!」

 

廊下でバッタリ会っただけでこれなのだ。有名になるのもわかる。副団長の阿伏兎は呆れて、もう口出しもしない。

これが、第七師団団長神威と、第二師団副団長志乃の日常。出会ってすぐに喧嘩を吹っかけ、船が大破するのではと思われるほど暴れまくる。

そしてその喧嘩を邪魔する者は、誰であろうと二人がかりで潰しにくる。

そう。志乃と神威は、仲が悪そうに見えて、案外仲良しなのだ。

そして今日も二人は、仲良く喧嘩する。



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第二師団副団長の志乃の一日は、目覚まし時計のアラームを止めることから始まる。

師である馬董に買ってもらったお気に入りの服に着替え、愛刀を腰に挿し、部屋を出る。

 

「おはようございます、副団長!!」

 

「おはよう。昨日頼んだ書類、できた?」

 

「ハイ!」

 

「そう。じゃあそれを後で私の部屋に持ってきてくれる?」

 

「わかりました!」

 

「うん。よろしくね」

 

にこ、と優しく微笑んでから、自らは資料室へと足を運ぶ。

彼女の真っ直ぐピンと伸びた背中に、部下は敬愛の眼差しを向けていた。

仕事以外の余計な事は一切せず、食事中にも隙を見せない。

凛としたその美しい横顔に惹かれる者も多く、その強さに憧れる者も多かった。

 

また、志乃は春雨内で唯一の女。

裏では「女神信仰会」などという、とにかく志乃を愛でるための組織が存在しているらしい。最初はそれこそただのファンクラブだったのだが、今や一大勢力に勝るとも劣らないものになっていた。

もちろんそれは、志乃の知るところではない。もし知られたら、人からチヤホヤされるのを嫌う彼女によって即刻破壊されるだろう。

 

「はぁ……」

 

誰もいない廊下で、小さく溜息を吐く。

団長であり師でもある馬董が、掟を破り幽閉されてから、志乃はその身一つで第二師団を守ってきた。

上に第二師団を潰すつもりがないのはもちろん理解しているが、第二師団の団長に別の人物を就かせようとした瞬間、志乃はすぐに反発した。

 

その座は我が師の座る席だ。誰にも奪わせない、と。

 

自分はただ、師のいない間、副団長としてこの師団を守らねばならない。

誰が何と言おうと、師の居場所を護り続け、「おかえりなさい」と言いたい。

そのために、志乃はその小さな背をピンと伸ばして、今日も艦を闊歩する。

 

********

 

「……………………お、そこにいんのは嬢ちゃんか」

 

「あ……阿伏兎さん」

 

資料室。

第二師団に任された転生郷売買地の情報を集めるべく、そこで多くのファイルを運んでいた時。

背後から、第七師団副団長の阿伏兎に声をかけられた。

 

「久しぶり…………あっ」

 

「あああああっ!?」

 

ぺこりと頭を下げた瞬間、資料のファイルがズザザザザザァッと滑り落ちる。

しまった。やらかした。

志乃は慌てて床に散乱したファイルを拾い集めた。

 

「大丈夫か?嬢ちゃん」

 

「ご、ごめん……」

 

「気にすんな。ガキはガキらしく助けられてりゃいーんだよ」

 

ポンと軽く分厚いファイルで頭を叩かれる。

阿伏兎は、春雨内で唯一志乃を子供扱いする大人だ。

神威(ガキ)の相手をして慣れているのか、それとも小さい頃から見守ってきた志乃に対し、娘のような感情を抱いているのか。

神威(バカ)の尻拭いのおかげで仕事を増やされる彼とはよく会う。

二人で並んでいると親娘みたいだ、と言われたこともあった。

 

「相変わらずちっこいな。ちゃんと飯食ってんのか?」

 

「食べてますー。あ、今日はまだだけど」

 

「そーか。ならコレ終わったら、一緒に行くか?」

 

「阿伏兎さんの奢りなら」

 

「……オイ、断りづれぇじゃねェか。そういうところがいやらしいな、お前さんは」

 

「えへへっ」

 

「褒めてねーよ」

 

本棚の間を通りながら談笑する。

志乃にとって、この時間が一番幸福とも言えた。

ただ、この相手が馬董(敬愛する師匠)ならば、尚更のことだが。

 

「掟破って幽閉された団長の代わりにお仕事か?ガキのくせによくやるねぇ」

 

「そういう阿伏兎さんも、バカやらかした団長の代わりにお仕事でしょ。よくやるよね」

 

「仕方ねーだろ。あんなのが上じゃなけりゃ、俺ももうちょっと楽だったんだがな」

 

「あはは、運が悪かったね阿伏兎さん」

 

「なぁ嬢ちゃん、あのすっとこどっこい一層の事殺してくれよ。そしたら俺もあのバカから解放されるのに」

 

「そんな簡単な相手なら阿伏兎さんが殺せるでしょ。あ、無理か。阿伏兎さん同胞愛好家だもんね」

 

「オイ何だその言い方は」

 

「大体、神威(アイツ)がそう簡単に殺られるワケがない。それなら、とっくの昔に私が殺してる」

 

キッパリと言い切った彼女の口元は、小さく弧を描く。

やはり、か。阿伏兎は嘆息した。

 

志乃が神威のことを、ライバルとして認めているのは、彼女の口ぶりで明らかだ。

馬が合い、よく一緒に食事をしたり休憩をしたりする阿伏兎は、彼女の良き理解者でもあった。

志乃は、神威の強さを知っている。

中身のない空っぽのそれでも、振り向かずに前だけ進む、彼の強さを。

そしてそれを信じ、神威もまた彼女の強さを信じた。

 

「でも、これだけは言えるよ、阿伏兎さん」

 

「あ?」

 

「「神威(志乃)を殺すのは()。他の誰にも手出しはさせない」」

 

不意に、志乃の言葉にもう一人の声が重なった。

本棚の影から、ひょこっとアホ毛が覗く。

 

「あっ、志乃。ここにいたんだ。探したよ」

 

「……何しに来た、神威。用がないならさっさと帰れ。私と阿伏兎さんのほのぼのハッピータイムを邪魔する気か」

 

「嬢ちゃん一体何だそれは」

 

顔を見合わせなければ、二人は互いの事を認め合うライバルのように見える。

だが、こうして顔を合わせた途端、一触即発の喧嘩上等モードに突入する。

周りに何があろうが誰がいようが関係ない。過去には元老の前で、激しい立ち回りを披露したこともある。

そして現在も、いがみ合いムードになって、空気がピリピリしていた。

 

「えっ、志乃まさか、こんなオッさんが趣味だったの?」

 

「バカ、私が一生ついていくと決めたのは師匠だけ。その他の男なんて毛程も興味無いわ死ねアホ毛ハゲろ」

 

「ハゲないよ」

 

「やめろ団長!嬢ちゃんも落ち着け」

 

バチバチと火花を散らす二人の間に割って入る。志乃はチッと舌打ちをして退がり、神威は相変わらずニコニコ顔のままだった。



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