ゾイドグラフィックス戦記 (ロイ(ゾイダー))
しおりを挟む

ゾイドグラフィックス戦記 ゴドス編

ゴドス編

 

ZAC(ゾイド星暦) 2030年 中央山脈 国境地帯 

 

 

険しい山肌にへばり付く様にして岩だらけの地面を3機の小型ゾイドが歩んでいた……いずれも直立二足歩行恐竜型でそのシルエットは、共和国軍の誇る恐竜型大型ゾイド RBOZ-003 ゴジュラスに酷似していた。

 

そして3機ともそれぞれ異なる特徴を持っていた。先頭の機体は、頭部コックピットが他の2機と異なり、共和国軍共通規格のものではなく大型のものに換装され、背中からは指揮官機用のアンテナが騎士の馬上槍のように伸びていた。

 

その後ろの機体は共和国軍共通規格コックピットである以外は先頭の機体と相違点はなかった。

 

そして最後尾の機体は、頭部コックピットのキャノピーに他の2機に比べ両腕が大型化され、その先端のクローは月明かりを浴びて黒光りしていた。

 

「全機、機体のコンディションは完璧か?」

 

先頭の機体、ゴドス1番機に乗るダン・ロックウッド中尉は部下に尋ねた。

 

「こちら、グレイ 異常ありません。」

 

 

2番機のグレイ・ロンバーグ少尉が答える。

 

「同じく異常なしだ…しかし隊長さんよぉ…」

 

「どうした?」

 

「本当にこんな所に帝国の基地なんてあるのかよ?」

 

3番機のボブ・マクライト少尉が質問する。

部隊内で一番年上の彼は、隊長のダンよりも実戦経験豊富だった。彼の額の斜め傷は、見るものに凄みを与えていた。

 

「偵察隊の高性能センサー付きのグランチュラが確認しているんだ。確実な情報だ。」

 

クモ型小型ゾイド グランチュラは、8本の脚による高い安定性から複雑な地形の多い中央山脈では偵察用に重宝されていた。

 

彼ら…アンバー試験小隊は、次期主力小型歩兵ゾイド ゴドスの実戦テストの為に中央山脈での作戦に参加していた。

 

彼らの乗機 ゴドスは、ガリウスやエレファンタス等のフレームがむき出しになっている従来の共和国小型ゾイドとは異なり、脚部やゾイドコアの内蔵された胴体等バイタルパートが新開発の特殊合金製の装甲板で覆われている等防御力が強化されていた。

 

10分程、険しい山道を進軍していた3機であったが、先頭のダンのゴドス1番機が歩みを止めた。後方の2機もそれに続く。

 

「ついたぞ…あれが目標だ。」

そう言うと彼は、自機の左マニュピレーターで谷底を指差し、同時に自機のセンサーからの映像を部下の機体に転送する。

 

「…これは!」

「…!」

転送された映像をみたグレイとボブは、驚愕した。

 

映し出された谷底の映像には、不鮮明ながら明らかに人工物と思われる物体と幾つかの光が確認できた。

 

その正体は、谷底にゼネバス帝国軍が建設した基地であった…中央大陸を東西に二分する中央山脈の険しい地形は、両軍の大規模な進軍を困難にしていた。

 

それは双方が地球人の技術協力によって兵站を強化された今日においても変わることは無かった。

 

一部の大部隊による例外的な攻勢を除けば、戦闘の多くは小型ゾイド中心の中小部隊規模の小競り合いが中心であった。その為両軍ともに中小部隊用の補給基地を建設していたのである。

 

「…恐らく3日前、第5小隊とやりあった奴らの拠点だろう…」

「どうします隊長? あの規模だと最低でも10機は整備可能です。」

 

辛うじて見える基地施設の影からグレイは敵の基地の規模を推測する。

 

「…俺達の機体は、次期主力量産機候補の試作機だ。我々の成果次第で共和国の未来が変わるといっても過言ではない…各員の奮闘に期待する。」

 

「「了解!」」

 

「(きっとこの機体ならやれるはずだ!)」

 

グレイは、心の中で自分を奮い立たせた。

彼は、以前メガロサウルス型小型ゾイド ガリウスで帝国軍と交戦し、所属していた部隊が二度も壊滅の憂き目にあった経験を持っていた。

 

そして彼は、現状の共和国ゾイドの火器で特殊装甲で覆われた帝国軍のゾイドを倒すことは、ほぼ不可能であることを痛感していた。

 

だからこそ、彼は、このゴドスのテストパイロットに志願したのである。

 

「……まず、ロングレンジガンで弾薬庫を叩く!どんな強力なゾイドも弾薬が無ければ、半分無力化したも同じだ。」

 

3機のパイロットは、ゴドスの腰部に装備されたロングレンジガンのトリガーを引いた。

直後、発射された6条のビームは闇夜を切り裂いて基地の弾薬庫を直撃した。

 

その攻撃は、内部に溜め込まれた弾薬を誘爆させた。

 

本来ならヘリック共和国軍のゾイドや兵士を攻撃するはずだった弾薬が帝国軍の基地で炸裂し、鮮やかなオレンジの炎が吹き上がる。

 

 

 

「全機突撃!いくぞ!」

 

 

先頭に隊長機のダン機、右に2番機であるクレイ機、左に3番機のボブ機が並ぶ。

 

即座に鏃隊形を形成し、半ば前傾姿勢で3機のゴドスは、基地に向かって突撃した。

 

この時、基地のゼネバス帝国軍は、突然の攻撃に混乱しており、一部の兵士は単なる爆発事故だと思っていた者もいた。

 

混乱の中、難なく基地内に突入したゴドス3機は、腰部のロングレンジガンを乱射した。

狙いもでたらめな攻撃だが、敵基地の中で撃つのだから効果は覿面だった。

 

基地の施設の至る所で爆発や火災が起こり帝国兵が逃げ惑う。

 

帝国軍も敵が侵入したことに気付くと即座に迎撃部隊を出撃させた。次々と格納庫から兵士とゾイドが飛び出す。

 

最初に現れたのは、背中にミサイルポッドを載せた痩身の二足歩行恐竜型だった。

 

「マーダか!」

 

マーダは、中央大陸西部に生息するオルニトレステス型ゾイドを素体として開発された小型ゾイドでその健脚は450キロという陸戦ゾイド最高の速度を叩き出すことが出来、その高速性を活かして偵察機や連絡機としても運用されていた。

 

背中のミサイルポッドは威力こそ低いが、高い誘導性能を誇り、軽装甲の共和国小型ゾイドには脅威となっていた。半包囲したマーダ6機の頭部装甲式コックピットの細長いキャノピーから赤い光が漏れる。

 

一瞬ダンの目には、それが、敵兵士の敵意の具現の様に見えた。

 

「吹っ飛べ!」

 

マーダが攻撃を仕掛けるより早くボブのゴドスがロングレンジガンを放った。だが、その攻撃は、マーダではなくその後ろの燃料タンクを狙ったものだった。

 

直後、タンクは大爆発を起こし、誘爆した施設の破片が無数のナイフとなって周囲に存在する物体に襲い掛かった。

 

それは、軽装甲のマーダにとって致命的であった。無論ゴドスにも破片は襲い掛かったが、強化された装甲が弾いていた。

 

一方破片の驟雨を受けたマーダ6機は、いずれも速度性能が低下する程の損傷を負った。

 

中には、その細長い脚を叩き斬られて無残に横転している機体もいたほどであった。

 

いかに神速を誇るマーダも足を傷付けられてはその神速を発揮することは不可能である。

 

「落ちろ!」

 

クレイはすかさず真ん中のマーダにトリガーを引いた………ビームを受け、右脚が吹き飛んだマーダは崩れ落ちた。

 

「これで、4機目!」

 

ダンのゴドスがストライククローでマーダを撃破する。最後のマーダは、パイロットが機体を乗り捨てたことで無力化された。

 

「へっ臆病者が!」

 

それを見たボブが大声で嘲笑う。

 

「油断するな!次が来るぞ!」ダンのその言葉を肯定するかのように土埃を舞い上げ、3機の芋虫型ゾイドが現れる。

 

「モルガか!厄介だなっ」

 

土煙を上げて向かって来る敵機の姿にボブは、舌打ちする。

 

ゼネバス帝国の国民の多数を占める民族 地底族が使役している昆虫型ゾイドをベースに開発された小型ゾイド モルガは、大型ゾイドに匹敵する頭部装甲と低い全高と相まって高い生存性を誇っていた。

 

そしてこの機体は、戦闘だけでなく、作業用にも使用されていた。この3機は、この基地の設営用に配備されていた機体であった。

 

モルガ3機は、頭部側面に2門ずつ装備された20㎜ガトリング砲を連射しつつ、ゴドス3機に突撃する。

 

「こいつら!」

 

ゴドス3機は、ロングレンジガンで迎撃する。だがそれは大型ゾイドに匹敵する頭部装甲を持つモルガの前では、命中した部分を少し焦がしただけだった。

 

「グレイ!ボブ! 側面に回り込め!」

 

ダンは、部下に指示を出す。

モルガの側面部は頭部装甲程は厚くはなく、また駆動系が一部露出していた。

 

その為、共和国軍では、モルガの対処法として側面攻撃が推奨されていた。

 

「了解っ!」

 

「おう!」

 

クレイは、モルガの体当たりを寸前で横に飛んで回避し、モルガの無防備な側面に攻撃を浴びせた。

モルガの赤い車輪の付いた側面部に突き刺さる。

 

直後、其処から煙と青白い稲妻が走り、小爆発が起こった。

 

機関部を撃ち抜かれたモルガは、後方の倉庫に突っ込み動きを止めた。

その近くでは、ダンの指揮官機に突撃したモルガが、同様に側面に攻撃を受けて撃破されていた。

 

しかしボブは、回避せず、正面から大型化されたストライククロー…メガクローを叩き付けてモルガを撃破した。十分に加速が付いた特殊金属製の爪の直撃を受けたモルガの頭部は完全に粉砕されていた。

 

次に現れたのは、ブラキオサウルス型小型ゾイド ザットン1機とディメトロドン型小型ゾイド ゲーター2機であった。

 

前者は輸送・補給用、後者は、電子戦・強行偵察用、どちらも本格的な戦闘用の機体ではない。

 

「こんな機体でこのゴドスの相手になるかよ!」

 

 

ボブは大声で叫ぶとゴドスのスロットルを最大に引き上げて突進した。

 

ゴドスの最高時速は、150キロ。前世代機のガリウスの280キロには劣るものの、パワーアシストと強化された関節部、素体となったアロサウルス型ゾイドの持つ強靭な脚力と相まって持久力に優れていた。

 

 

「悪く思うなよ!」

 

敵機からすれば文字通り瞬く間に肉薄したゴドスは、3機に襲い掛かった。

 

他の2機の同型機よりも大型化されたクローが、後退しようとしたザットンの細い首を引っ掴み、千切り捨てた。

 

直後、鮮血の様にオイルがザットンの首筋から噴き出した。

 

ゲーター2機はビームガトリングを乱射した。だが、軽装甲の従来の共和国ゾイドや歩兵には有効なその火器も十分に装甲が施されたゴドスの前では全て弾き返された。

 

「落ちろ!」

 

即座にゲーター2機は、グレイとダンのゴドスにロングレンジガンを撃ち込まれて大破した。

 

「これで最後か?」

 

次の瞬間、廃墟と化した基地施設の陰から砲弾がボブのゴドスに命中した。

 

 

背部バックパックを吹き飛ばされた彼のゴドスはその場に崩れ落ちた。

 

「ボブ!」

 

ダンのゴドスが背後の倉庫に倒れ込んだ彼の機体に接近しようとした。

 

だが、砲弾が2機の間に着弾し、ダン機の目の前に爆炎が立ち上った。

 

クレイとダンは、即座に砲撃の来た方向を見た。

 

2人の視線の先……燃え盛る監視塔と格納庫の瓦礫を押しのけ、重火器を背負った鋼鉄の獣が姿を現した。

 

そのゾイドは、ゴドスやマーダと異なり、4足歩行で尾で短かった。

 

太い胴体は、特殊合金製の装甲で覆われ、その背中には、戦車のそれと酷似した長砲身の旋回砲塔が載っていた。

 

 

頭部は、帝国軍小型ゾイドの共通コックピット、更にそれを守る様に四角形の砲口を持つ砲が2門、角の様に伸びていた。そしてその前身は、砂漠の景色に同化しやすいデザートイエローに塗装されていた。

 

「ゲルダー…改造型!」

 

グレイは、突如現れた新手に驚いた。

 

「パイロットは、この基地の司令官だろうな…」

 

指揮官のダンが歯噛みしつつ呟く。

 

まだ地球人からの協力が両陣営共に技術中心であったこの時期、将軍や指揮官が前線で一般兵と共に戦うことも日常茶飯事であった。

 

また地球の中世ヨーロッパの王侯や貴族が戦場に赴く時に全身を鉄の鎧で固め、体格のいい馬に乗った様に、彼らは、大型機や新型機に優先的に搭乗していた。

 

その為、最も強力なゾイド、重武装のゾイドが指揮官機であるとダンが推測することは容易かった。

 

トリケラトプス型小型ゾイド ゲルダーは、レッドホーン、モルガと並んでゼネバス帝国軍の攻撃部隊の先頭を務め、その重装甲と火力で共和国軍の兵士を恐怖させていた。

 

更にこの機体は、ゲルダーの重武装改造機 ヘビーゲルダーであった。

 

ヘビーゲルダーは、追加装備の背部旋回砲塔を右に旋回させると、その方向にいるゴドス2機めがけて砲撃した。

液体爆薬によって加速された特殊合金の矢が高速で2機に迫る。

 

ゴドス2機は、何とかそれを回避した。

 

2機の間を高速で通過した砲弾が後方の半壊した施設に激突して爆発した。

 

背後で起ったオレンジの炎が2機のゴドスを赤く照らした。

 

「グレイ!こいつに火力で挑むのは自殺行為だ。基地施設内に向かうぞ!」

 

ダンは、基地施設を盾にすることでヘビーゲルダーの火力を封じようとしていた。

 

ヘビーゲルダーの大火力は、新型機であるゴドスをも破壊可能な威力を持っていたが、同時に味方の施設を破壊してしまう危険性もあった。

 

 

 

「隊長!ボブ少尉はどうするんですか?まだ彼は生きてますよ!」

 

ボブのゴドス3番機の頭部を赤外線センサーで確認したグレイが言う。

 

「今は、奴を撃破することが先決だ。俺達まで撃破されたら元も子もない!」

 

ヘビーゲルダーが再び砲撃した。

 

ゴドスの周囲に着弾、爆発が巻き起こり、コンクリートとその下の遥か昔に冷え固まった溶岩で出来た黒い硝子質の土が舞い上がる。

 

2機のゴドスは、脚部の跳躍力を全開にして後方にジャンプした。

 

2機の着地と同時にヘビーゲルダーの2本の角…電磁砲が火を噴いた。

 

2機のゴドスは溜らず、格納庫の陰に隠れた。ヘビーゲルダーは、マグネッサーシステムを作動させ、追撃する。

 

ヘビーゲルダー4本の脚が地面から離れ、重い機体が、地面より少し上に浮かんだ。

 

惑星Ziの地磁気との磁気反発を利用したこのシステムは、サラマンダー等の飛行ゾイドの推進システムやマーダ等の高速ゾイドにも備わっていた。

 

このヘビーゲルダーは、障害物突破用や不整地対策としてマグネッサーシステムを搭載していた。

 

大地を滑る様に移動するヘビーゲルダーは、基地施設を盾にする2機の敵機めがけてかまわず発砲する。

ゴドスの周囲に火柱が幾つも沸き立ち、攻撃の余波を受けて基地施設が次々と爆発した。

 

「狂ってやがる。」

 

友軍の施設をも巻き込む猛攻撃にダンが毒づく。

 

ヘビーゲルダーは、砲塔を旋回させ、グレイのゴドスを狙って砲撃する。レーザー照射警報と同時にヘビーゲルダーの背中でオレンジ色の爆発の華が咲いた。

 

「砲撃!」

 

その直後、グレイのゴドスを砲弾が掠めた。猛火の如き砲撃を浴びせてくるヘビーゲルダーの前にゴドス2機は、回避することしか出来ない。

 

時折、ゴドス2機がロングレンジガンで応射する。

 

だが、その攻撃は、ヘビーゲルダーの装甲に全て弾き返される。

 

「なんて火力だ。」

 

やがて回避を続けていた2機は、先程ボブのゴドスが撃破された格納庫付近に戻っていた。ボブのゴドスは、先程同様に原形をとどめた状態で倉庫にもたれ掛っていた。

 

「もう逃げ場は、無いぞ!共和国の手先め!」

 

ヘビーゲルダーのパイロットは、自らの勝利を確信していた。

 

ヘビーゲルダーの正面モニター…そこには、周辺の敵味方のゾイドの位置を表示する光点が映し出されていた。敵機を表す赤い光点は2つ。その時、モニターの光点が一つ増えた。

 

「何!」

 

驚愕するヘビーゲルダーのパイロット、機能停止した筈のボブのゴドスが立ち上がったのを見た。この時、ヘビーゲルダーは、ボブのゴドスに対して側面を曝す形となっていた。

 

「死に損ないが!」

 

ヘビーゲルダーのパイロットは、砲塔を旋回させ、損傷したボブのゴドスを迎撃しようとする。

 

「食らえ!」

 

それよりも早くボブのゴドスが腰部ロングレンジガンを発砲した。

 

1発は、ゲルダーの装甲板に弾かれたが、もう1発は、見事に側面の機関部……マグネッサーシステムの増幅装置を撃ち抜いていた。

 

「しまった!」

 

マグネッサーシステムを突如破壊されたヘビーゲルダーは、浮力を失って落下する。

ヘビーゲルダーは、地面に叩き付けられると、横転しそうなほど傾いた。だがゲルダーのパイロットは小規模とはいえ、基地を任され改造機を与えられているだけの技量はあった。

 

即座に傾きの反対側の地面に旋回砲塔を発砲し、反動を利用して横転を回避した。

体勢を立て直したヘビーゲルダーは、ボブのゴドスに旋回砲塔を向け、至近距離で発砲する。

 

細長い砲身の先端で炎が花開き、高速徹甲弾が飛び出す。

 

ボブのゴドスは、寸前で攻撃を回避すると、大型クローで砲塔の先端部を掴み、細長い砲身をへし折った。

 

「止めは任せたぞ!」

「わかった。グレイ、援護を!」

「了解」

 

グレイのゴドスがロングレンジガンで援護する。

 

ゲルダーは、角の電磁砲で迎撃する。だが、ボブのゴドスが横からヘビーゲルダーを抑え込み射撃を妨害した。

 

ゲルダーの電磁砲は、ゴドスの装甲に打撃を与える威力を持っていた。

だが射角が安定せず、その攻撃は、ダンのゴドスの周囲に着弾しただけだった。

 

「食らえ!」

 

接近したゴドスの強靭な脚から繰り出された一撃がヘビーゲルダーの頭部に炸裂した。

 

直撃を受けたゼネバス帝国小型ゾイド共通の装甲式コックピットは一瞬で拉げ、ゴドスのつま先が胴体にめり込み、内部機関を破壊していた。

 

頭部を粉砕されたヘビーゲルダーは、その場に崩れ落ちた。

直後、そのヘビーゲルダーは内部機関が誘爆し、爆発炎上した。

 

「大丈夫か?」

 

損傷したボブのゴドスに2機のゴドスが接近した。

 

「ああ、左肩が吹き飛んじまったが、こいつも俺もまだやれるぜ!」

 

被弾時に頭を打ったのか、額から血を流しながらもボブは、左腕を振り上げ、気丈そうに笑みを浮かべた。

 

「……まさか試作機までいたとは…観測隊によれば、二週間は、磁気嵐が吹き荒れるそうだから当分は連中も気づくことはないだろう」

 

「へへっそりゃ…ゼネバスの連中にこの景色を見せてやれないのが残念ですね」

 

彼らの眼の前で帝国軍基地は、戦闘の影響で物資が誘爆したのかまるで活火山の如く燃え盛っていた。

 

「全員!撤収するぞ!」

 

「「了解!!」」

 

基地機能が完全に失われたことを確認した隊長は、撤収命令を下した。

 

「やったのか…これでこの機体の有効性が証明出来た。」

 

燃え盛る炎を見つめ、グレイは自分に言い聞かせる様に呟いた。

 

奇襲とはいえ、3機で新型を含む15機の帝国ゾイド撃破を達成したことは、ゴドスがゼネバス帝国の主力量産機と互角以上に渡り合える性能を持った機体であることの何よりの証明となるはずだった。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

その後、数回の実戦を経たのちにゴドスは、生産性と整備性から頭部コックピットを民間機にも広く出回っている共和国共通規格型に変更する等の仕様変更がなされたのち、正式にRMZ-11 ゴドスとして主力歩兵ゾイドとして採用された。

 

なお、格闘戦特化型、通称 メガクローカスタムは正式採用は見送られ、エースパイロット向けに少数生産されることとなった。

 

ゴドスはサソリ型小型ゾイド ガイサックと共に共和国軍の数的主力として各戦線に投入され、その基本性能の高さを如何なく発揮した。

 

前線では、味方の共和国軍の兵士には小型ゴジュラスと称えられ、対する帝国軍兵士からは恐竜の殺し屋と恐れられた。

 

その後、帝国軍が鹵獲したゴドスや戦場から回収した残骸を分析し、ゴドスに対抗してイグアノドン型歩兵ゾイド イグアンを投入、更にゴリラ型歩兵ゾイド ハンマーロックを投入すると小型ゾイドでのゴドス無敵神話は崩壊した。

 

 

それでもゴドスは、度重なる改良と共和国の国力に支えられた物量で主力歩兵ゾイドとして第一次中央大陸戦争を戦い抜いた。

 

2年後、ニクス大陸で戦力を回復したゼネバス軍のバレシア湾上陸によって第二次中央大陸戦争が勃発した際もゴドスは数的主力として前線に立ったが、ゾイド開発競争による性能の旧式化は否めなくなっていた。

 

そして2047年、後継機としてアロサウルス型歩兵ゾイド アロザウラーが就役したことから徐々に最前線を退いていった。

 

 

 




感想、アドバイス待っております


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ゾイドグラフィックス戦記 シーパンツァー編

ZAC2041年 中央大陸西部 バレシア湾近海

 

 

 

穏やかな蒼い海の中にその鉄の鯨は、静かに漂っていた。この近海に棲むどの野生ゾイドよりも巨大なそれは、鯨型輸送艦ゾイド ホエールカイザーの水中型であった。

 

ホエールカイザーは、中央大陸の北に位置する中央大陸の住民が暗黒大陸と呼び、現地人がニクス大陸と呼ぶその大陸の近海を回遊する鯨型ゾイドを改造して開発された輸送艦ゾイドであった。

 

また空を素早く飛行し、多くの物資やゾイドや兵士を輸送可能なことから、空のグスタフの異名を持っていた。

 

 

その胴体にある格納庫で、ヤドカリ型小型ゾイド シーパンツァー36機とそのパイロット達は出撃の時を待っていた。

 

 

彼らシーパンツァー隊の任務は、バレシア沿岸の共和国軍陣地を破壊、浅瀬を制圧し、大型ゾイドを多数含む帝国軍上陸部隊の主力を搭載した輸送艦ゾイド ホエールカイザーの艦隊の上陸地点を確保することであった。

 

「我々の隊の任務は、皇帝陛下たっての要請である。各員は一層努力せよ」

 

シーパンツァー隊を率いる指揮官のマックス少佐の声が通信機を介して部下達のシーパンツァー各機のコックピットに響いた。

 

 

 

本来、彼らシーパンツァー隊は、このゼネバス帝国の失地奪還作戦であるバレシア湾上陸作戦に参加する予定ではなかった。

 

ところが、皇帝がシーパンツァー隊の上陸訓練を視察した際その性能にほれ込み、試作機が完成したばかりのシーパンツァーを上陸作戦に参加させることを参謀本部にねじ込んだのである。

 

こうして本来なら引き続き、極寒の暗黒大陸で性能試験と訓練に明け暮れていたであろう彼らとシーパンツァーは、ゼネバス帝国の中央大陸帰還作戦の第一歩となるバレシア湾上陸作戦に投入されることとなったのである。

 

「いよいよ実戦か…」

 

シーパンツァーのコックピットで、パイロットであるクルト・マイスナー曹長は、呟いた。

中央大陸西部の孤島 ニカイドス島の沿岸の漁師の家に生まれた彼は、シンカーの開発でゼネバス帝国軍に海軍が結成された際に貴重な水上ゾイドの適性を持つ人材として配属され、以後帝国海軍のゾイドパイロットとして戦争に参加していた。

 

 

 

「発進まであと3分、整備班は注水前に格納庫より退避せよ」

 

格納庫に響いたその放送は、作戦の時が間近であることを教えていた。

 

「…」

 

クルトは、脚が震えるのを感じた。無理もないことである、僅か36機のゾイドで共和国軍の大部隊が待ち受けるであろう、バレシア湾に殴り込みをかけるのだ…震え上らない方がどうかしているというものである。

 

 

整備兵が格納庫から退避すると同時に、格納庫内が注水され、海水で満たされる。

 

同時に艦首のハッチが解放され、シーパンツァー隊は、外の海へと解き放たれた。

 

母艦より発進したシーパンツァー隊は、ハイドロジェットエンジンを始動させ、行動を開始した。

 

機体後部の推進装置より吐き出される高圧水流がシーパンツァーを前進させる。

 

シーパンツァー隊は、海上の状態を確認する為胴体中央部の潜望鏡を伸ばした。

 

潜望鏡のセンサーからの取り込まれた穏やかな海と青空がモニターに映し出された。

 

 

まもなくして上陸すべき陸地が姿を現した。それは、彼らゼネバス帝国の将兵にとって故郷の大地であった。

 

 

指揮官のマックス少佐は、泣く泣く残してきた妻子のことを思い、かすかに瞳を潤ませた。

 

共和国の占領下でも元気にしているのだろうかと。

 

他の隊員達も共和国軍に占領されている故郷のことを思った。

 

クルトも、今頃は故郷では、漁の季節で家族も忙しくしているに違いないと思っていた。

 

 

ゼネバス皇帝が、バレシア基地から暗黒大陸に脱出した際に軍人や科学者、官僚を中心に帝国を再建する為の人員が選ばれ、共に暗黒大陸を統治するガイロス帝国の元に逃れた。

 

だが、この時に選ばれた者達の内で家族を連れて行けた者は半分にも満たなかったのである。

 

 

故郷の地への上陸を図る彼らの前に最初に立ち塞がったのは、勇敢な共和国海軍の水兵が操縦する海戦ゾイドでも、強力な爆弾を搭載した共和国空軍の飛行ゾイドでもなかった。

 

ゾイドですらなかったのだ。

 

彼らが遭遇した最初の障害………それは、機雷であった。

 

「前方に機雷確認、各機注意せよ」

 

マックス少佐がそう言った直後、先頭のシーパンツァーの高硬度マニュピレーターが敷設された機雷に接触した。

 

機雷は、設計通りに信管を作動させた。

 

水中で高性能爆薬が炸裂し、海水が沸騰し、水柱が高く吹き上がる。

 

 

「設計通りの性能だ。内部機関もなんともないぞ」

 

シーパンツァーの重装甲の前に機雷の爆発は、明らかに威力不足であった。

 

その後もシーパンツァーが次々と機雷と接触したが、撃破された機体はなかった。

 

機雷礁を乗り越え、彼らは、1機も欠けることなく、陸地へ進撃した。

 

 

半ば強引に機雷礁を乗り越えたシーパンツァー部隊を、共和国海軍の部隊が発見し、襲い掛かってきた。

 

最初に彼らを迎え撃ったのは、ワニ型小型ゾイド バリゲーターの部隊であった。

 

 

同じ頃、バレシア湾の共和国軍の海軍基地が襲撃を受け、停泊していた超大型ゾイド ウルトラザウルスが撃沈されたことで、共和国海軍は混乱状態に陥っていた。

 

この攻撃を行ったのは、シーパンツァーと同じく新開発されたゼネバス帝国海軍の魚型中型ゾイド ウォディックであった。

 

「帝国軍の上陸部隊か!」

 

友軍が混乱する中でも、バリゲーター部隊は、勇敢にも陸地へと接近するシーパンツァー隊を迎え撃った。

 

「攻撃開始」

 

「全機魚雷発射」

 

双方の指揮官が部下に指示を出す。

双方が機体に搭載された魚雷を発射する。

それぞれに被弾機が出たが、その結果は対照的であった。

 

バリゲーター部隊の側は、被弾撃沈、良くて撃破に追い込まれた機体が殆どであったが、シーパンツァー隊に撃破機は2機しか出なかった。

 

双方の防御力の差が出た形となった。

 

バリゲーター部隊は、砲撃戦は不利と判断したのか、シーパンツァー隊に接近し、格闘戦を挑んだ。バリゲーターの1機は、機体をバネの様にして海面から飛び上がり、シーパンツァーに飛び掛かった。

 

上空からのシーパンツァーのコックピットを狙った攻撃である。

 

鋭い金属の歯が煌く。重装甲のシーパンツァーと言えど、コックピットは、他の帝国軍小型ゾイド同様に整備性、生産性の問題で共通規格のモノを使用しており、防御上の弱点でもあった。

 

「落ちろ!」

 

クルトは、シーパンツァーのボディ側面に搭載された高出力ビームキャノンのトリガーを引いた。

 

長い砲身の先端から迸った赤い光の矢は、空中のバリゲーターの左両脚部を抉り、尾部の一部を吹き飛ばした。

 

バリゲーターは、海面に突っ込んで爆発した。指揮官機であるマックス少佐のシーパンツァーにバリゲーターが、大口を開けて突撃する。

 

 

「沈め!」

 

シーパンツァーは、魚雷ポッドを発射した。

魚雷は、シーパンツァーに噛付こうとしていたバリゲーターの口に突き刺さり、炸裂した。

 

バリゲーターの頭部が吹き飛んだ。頭部を失ったバリゲーターは、浅瀬にその身を横たえ、動きを止めた。

 

バリゲーター部隊は過半数の機体を喪失し、陸地へと撤退した。

 

次にシーパンツァー隊に襲い掛かったのは、共和国空軍のプテラス部隊であった。

 

「敵は海中にいる!攻撃開始!」

 

プテラス部隊の指揮官が、命令を下すと同時に海面に対して機銃掃射が浴びせられる。次いでミサイルが撃ち込まれ、海面に水柱がいくつも生まれた。

 

「対空射撃開始!」

 

シーパンツァー隊は、ボディに据え付けられた高出力ビームキャノンの砲身の一部だけを海面から浮上させると、一斉に発射した。

翼を撃ち抜かれ、プテラスは、海面に突っ込んで爆発した。

 

プテラス隊も海面に向けて機銃掃射だけでなく、ミサイル攻撃を浴びせるが、水中にいる重装甲のシーパンツァー隊に効果的なダメージを与えることは出来なかった。

 

攻撃のために低空を飛行せざるを得ないプテラス隊は、シーパンツァー隊の対空射撃によって大損害を被った。

 

高い飛行性能を誇るプテラスも低高度で対空砲火の中を突き進めば、その結果は火を見るより明らかである。

 

 

たまらずプテラス隊は、約半数の機体を撃墜されて退却した。

 

「ん?なんだあいつは!帝国軍の新型か!」

 

 

共和国側の目の前で、シーパンツァー隊は次々と海岸に上陸していった。

 

シーパンツァー隊は、胴体に搭載された12連装ミサイルポッドを発射した。

胴体中央の装甲がスライドし、ミサイルが白煙を上げて発射される。

 

バレシア湾の海岸に建設されていた共和国軍側の陣地にミサイルの豪雨が降り注いだ。

 

地球とは異なり、度々発生する強力な電磁嵐で誘導兵器や通信機器の信頼性が低い惑星Ziでもこれだけミサイルを限られた範囲に撃ち込めば、命中率は高まるのは当然であり、共和国軍陣地は、大打撃を蒙った。

 

ミサイルを頭部コックピットに受けたゴドスが崩れ落ちる。

バリゲーターがミサイルをレーザー砲で撃ち落す。

 

高出力ビームキャノンも発射され、トーチカが次々と破壊される。

歩兵陣地に命中したミサイルが中にいた歩兵隊やアタックゾイドを天高く舞い上げた。

 

 

「帝国軍の攻撃だ!」

 

「新型機だと!」

 

海岸に展開していたゴドス部隊が迎撃する。また少数ながら陸地に残っていたバリゲーターもシーパンツァー隊の前に立ち塞がる。

 

「食らえ!」

 

高出力ビームキャノンがゴドスの胴体を貫く。ゾイドの中枢である生体核(ゾイドコア)を破壊されたゴドスは、砂地に崩れ落ちた。

 

ゴドス部隊も負けじと腰部のロングレンジガンで射撃する。

 

だが旧来のゼネバス小型ゾイドに有効なこの攻撃を、シーパンツァーは苦もなく弾き返した。

 

ゴドス部隊は、シーパンツァーに接近する前に次々と打倒されていった。

 

白兵戦主体の兵装を持つ歩兵ゾイドであるゴドスと高火力のシーパンツァーでは相性が悪すぎた。

 

ゴドス部隊に代わって今度は、カメ型小型ゾイド カノントータス部隊が砲撃戦を挑んだ。

 

 

シーパンツァー隊と、彼らの目の前に広がる中央大陸の陸地の間を阻むものは何も無かった。

 

 

カノントータスの機体名称にもなった背部の突撃砲が一斉に火を噴いた。

 

シーパンツァー隊に次々と砲弾が降り注いだ。

 

「全機!その場で塹壕を掘れ」

 

海岸を制圧したシーパンツァー隊は、その場に停止すると、機体前部の脚を利用して砂浜を掘り返し始めた。

 

シーパンツァーの機体前部に搭載された高硬度マニュピレーターは、近接格闘戦用の武器としてだけでなく、地面を掘る事による塹壕の構築も可能だったのだ。

 

塹壕が構築されたことでシーパンツァー隊の被弾率は、目に見えて低下した。

 

 

「この!」

 

クルトは、他の隊員と同様に高出力ビームキャノンを発射した。

その一撃は、カノントータスの突撃砲付近に命中した。

 

突撃砲の弾薬が誘爆したのか、カノントータスは、大爆発を起こした。

カノントータス部隊も突撃砲を次々とシーパンツァー隊に浴びせかけた。

 

更に、共和国軍のクワガタ型小型飛行ゾイド ダブルソーダの編隊も飛来し始めた。

 

「あれが、新型機か!」

 

シーパンツァー隊の隊員の一人が驚きの余り叫んだ。

 

ダブルソーダは、中央大陸の東側の森林地帯に生息するクワガタ型ゾイドを改造して開発された飛行ゾイドで、プテラスやシュトルヒの様な本格的な空戦は出来ないものの、低空飛行能力と対地攻撃能力は優れており、帝国軍のカブトムシ型飛行ゾイド サイカーチスに対抗して開発された新型機であった。

 

カノントータス部隊によってロケット砲弾がシーパンツァー隊に浴びせられる中、ダブルソーダ部隊が低空から機銃掃射を浴びせかけた。

 

シーパンツァー隊の一部は、先程のプテラス隊との交戦と同様に高出力ビームキャノン砲の仰角を上げて上空のダブルソーダを迎撃した。

 

「こいつめ!」

 

だが、低空での運動性に優れたダブルソーダは、それらを回避すると、背部のビーム砲や機銃掃射で反撃する。

 

「ぐぁっ」

 

ダブルソーダの機銃掃射で、コックピットを破壊されたシーパンツァーが白い砂浜に擱座した。

 

重装甲を誇るシーパンツァーもコックピットだけは、他の帝国軍小型ゾイドと余り変わらない防御性能だった。

 

カノントータス部隊や共和国軍のトーチカ群もシーパンツァー隊に激しい砲撃を浴びせかけた。

 

ロケット砲弾を複数発胴体に受けたシーパンツァーが戦闘不能に陥る。

いかに胴体部を覆う重装甲のシェルユニットも集中砲火を受けては限界があったのである。

 

「やられた!」

「こちら、カール機残弾ゼロ!!」

 

更に2機のシーパンツァーが撃破された。

共和国軍は、シーパンツァー隊に対して集中砲火を浴びせかける。

 

他にも損傷や機械故障等で戦闘不能に陥った機体もあり、既にシーパンツァー隊の稼働機は半数を切りつつある。

 

「このままでは、全滅だ!」

 

第2小隊長が言う。

 

「こんなところで全滅するのかよ!」

 

クルト以下他のシーパンツァー隊の隊員も全滅を覚悟し始めていた。

クルトのシーパンツァーも、ミサイルが既に払底していた。

 

対する共和国軍は、内陸より、次々と増援部隊が向かっており、シーパンツァー隊の全滅は避けられないかに思えた。

 

その時、彼らが待ちわびた援軍が出現した。

 

「援軍だ!!本隊が来たぞ!!」

 

マックス少佐が叫んだ。

 

「皇帝陛下万歳!」

 

彼方の青空には、灰色の金属で出来た鯨が浮かんでいた。

ゼネバス帝国軍の主力部隊を搭載したホエールカイザーの艦隊が到着したのである。

 

カノントータス部隊を初めとする共和国軍部隊も衝撃の余り思わず、砲撃を中止した。

 

艦首にゼネバス帝国の紋章を刻んだホエールカイザーは、シーパンツァー隊が制圧した沿岸の浅瀬に着水すると、次々とゾイド部隊を吐き出し始めた。

 

 

こうなると、先程までシーパンツァー隊を攻撃していた共和国軍部隊もそれどころではなくなった。

 

ゼネバス帝国軍の最強ゾイドと名高いゴリラ型大型ゾイド アイアンコングの部隊が、ミサイルで支援を開始した。

 

新型電子戦ゾイド ディメトロドンの背鰭のレーダーシステムに誘導されたミサイルの雨は、的確に共和国軍を打ち据える。

 

ミサイルの直撃を受けた指揮官機のカノントータスが爆砕した。

 

高速大型ゾイド サーベルタイガーが、随伴機のヘルキャット部隊を引き連れて進撃する。

 

レッドホーンが、数機単位のスクラムを組んで背中の火砲を乱射しながら共和国軍の陣地に突撃した。

 

 

更にシーパンツァー隊の後方では、浅瀬に乗り上げた魚型ゾイド ウォディックが、背部のミサイルランチャーやビーム砲で、地上部隊を支援していた。

 

ミサイルを受け、バリゲーターが爆発炎上した。低空飛行していたダブルソーダが、ウォディックのビームを受け、爆発する。

 

上陸を果たしたホエールカイザーから発進したディメトロドン型大型電子戦ゾイド ディメトロドン部隊は、背びれに搭載された高性能アンテナから妨害電波を発生させながら、共和国側のステゴサウルス型大型電子戦ゾイド ゴルドスを撃破した。

 

更にディメトロドンの発生させる強力な妨害電波が、共和国軍の通信網をズタズタにしたことが、さらに戦況に影響を与えた。

 

共和国軍司令部は、敵がどこに上陸したのかすらも把握することが出来なくなってしまっていた。

 

増大していく帝国軍の戦力の前にバレシア湾に展開していた共和国軍守備隊は、増援を呼ぶことをも出来ず、降伏を余儀なくされた。

 

「全機砲撃中止、白旗が上がった!我々の勝利だ。」

 

マックス少佐からの命令を受け、クルト以下シーパンツァー隊のパイロット達は砲撃を停止した。

 

他の帝国軍部隊も共和国軍守備隊の降伏を確認し、攻撃を停止し始めた。

 

やがてバレシア湾は、つい数時間前の戦闘が起きる前と同じ、打ち寄せる波音とかすかな野生ゾイドの鳴き声だけが支配する場所に戻った。

 

 

戦闘が終了した後も、ホエールカイザーからは、アイアンコング、サーベルタイガーやレッドホーンといったゼネバス帝国軍の主力ゾイドと、完全武装した帝国軍将兵達がバレシアの大地に降り立っていた。

 

「「「「「皇帝陛下万歳!!帝国万歳!」」」」」

 

帝国軍の将兵達は、未だに両軍のゾイドの残骸が転がり、燻る中、一斉に叫びをあげた。

 

彼らの乗機たるゾイドも、咆哮を上げる。それは、勝利を喜ぶ鬨の声であった。

 

故郷への帰還を果たした喜びの余り、咽び泣く者も多くいた。

 

それは、クルトも例外ではなかった。

 

彼らは、故郷の大地へと帰還を果たしたのである。バレシア上陸作戦は、帝国軍の勝利に終わった。

 

これこそ、ゼネバス帝国の反撃の序章だった。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

バレシア上陸作戦に試作機が全て投入されたシーパンツァーは、戦果を挙げたものの、戦闘中に確認された不具合や問題点から、本格的な生産は見送られ、その後も改良が施されることとなった。

 

 

更に漸くシーパンツァーの改良が完了したZAC2041年後半に、前線に各種実戦テストの為に移送される途中だったシーパンツァーが、共和国側の特殊コマンド部隊 ブルーパイレーツにより、鹵獲される等といった事態も発生した。

 

この様なアクシデントで本格的な生産は遅れたものの、ゼネバス帝国軍の主力海戦ゾイドとして沿岸、河川防衛や強襲揚陸作戦、地上ではマルダーに代わる支援ゾイドとして後方支援に投入された。

 

ゼネバス帝国滅亡時には、暗黒軍に接収され、多くの帝国ゾイドと同様にディオハリコンの投与による性能強化が図られた。

 

暗黒軍仕様と呼ばれるこのシーパンツァーは、陸戦での機動性が特に向上していたとされている。

 

 

大異変後、ガイロス帝国は、軍備再建の際に優れた海戦・支援ゾイドであるシーパンツァーの再配備、再生産を計画した。

 

だが大異変により、野生体が既に絶滅しており、シーパンツァーの再生産は不可能となっていた。

シーパンツァーの量産が不可能となったことで、この計画はとん挫し当時現存していたシーパンツァーが、修復と改良が行われた後、再配備されただけに終わった。

 

ZAC2099年6月に勃発した第2次大陸間戦争にも海兵隊を中心に配備されていた機体が投入された。

 

この海兵隊所属機に関しては、ZAC2101年のガイロス帝国本土の戦闘の1つ ウルド湖での強襲作戦時にも実戦参加したことが最後に確認されている。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ゾイドグラフィックス戦記 ヘルキャット編前編

 

 

 

ZAC2034年1月26日 中央大陸 帝国共和国 国境地帯

 

 

 

金属質の樹木が林立する森林地帯、陽光を浴びて銀色に輝く巨木が所狭しと存在するこの地は、大部隊の展開には適さない為、これまで両軍の小部隊同士の戦闘が散発的に起こる程度であった。

 

 

神殿の柱の様な巨木が立ち並ぶ中をヘリック共和国軍のゴドスが3機が歩みを進めていた。

 

 

共和国軍国境警備部隊所属の彼らは、帝国領より度々侵入してくる偵察部隊の撃破を目的としていた。

そして今、彼らは敵機を追い詰めていた。

 

 

視線の先には、敵機…ゼネバス帝国軍のディメトロドン型小型ゾイド ゲーターが1機いた。

つい20分前に遭遇した帝国軍偵察部隊と彼らは交戦した。

 

マーダ3機、ゲーター2機を撃破した彼らは、今、最後の1機を追い詰めていたのであった。

 

ゴドス3機は、電子戦ゾイドのゲーターが勝てる相手ではない。

 

 

撃破された僚機が救援の信号弾を撃ち上げていた為、付近の帝国領から増援が来る可能性があったが、すぐに救援に到着できるのは、マーダ位であった。

 

そして軽武装のマーダが、共和国の小型ゾイドとしては重武装のゴドスに勝利するのは、余程のベテランでなければ不可能である。

 

「さて…どう料理してやろうか…?」

 

ゴドスのパイロットの一人は、笑みを浮かべて言った。

 

「さっさと終わらせようぜ…敵の救援が来たら厄介だ」

 

「どうしたブライアン、グレイ中隊長の慎重さに影響されたのか?」

 

「そういうわけじゃ…」

 

そのパイロットは、自身の考えを口に出して言い切ることが出来なかった。

次の瞬間、彼らの周囲を取り巻く森の中から発射されたレーザーが、彼のゴドスの頭部を吹き飛ばしたからである。

 

コックピットを破壊されたゴドスは、地面に力なく崩れ落ちる。

 

「ブライアン!」

 

突然の攻撃に共和国兵は驚く、同時に木々の間から敵機が飛び出す。

 

 

彼らの目の前に現れた敵ゾイドは、4足歩行型で、頭部には牙が無く、ゼネバス帝国軍の小型ゾイドの共通コックピットと装甲カバーを組み合わせた従来機と異なった形状をしていた。

 

その機体は、ゼネバス帝国軍小型ゾイドの多くと同様に赤と銀色のツートンカラーだった。

 

その機体は、ゼネバス帝国軍が新開発したヒョウ型高速ゾイド ヘルキャットであった。

 

「新型だと!」

 

「レーダーにも熱センサーにも全く反応が無かったぞ」

 

「この森じゃレーダーは役立たずだ!」

 

2機のゴドスは、腰部のロングレンジガンを未知の敵機に向けて乱射する。

 

直撃を受ければ、重装甲のゼネバス側小型ゾイドでも損害を受ける攻撃である。

ヘルキャットは、それらの攻撃を軽々と回避する。

 

「なんて動きだ。照準が付けられん」

 

 

ゴドスの右に回り込んだヘルキャットが、ゴドスに体当たりした。体当たりを受けたゴドスは、横転した。

ヘルキャットの胴体下部の高速キャノン砲が横転したゴドスのコックピットを撃ち抜く。

残り1機となったゴドスにヘルキャット2機が正面と背後から同時に高速キャノン砲とレーザー機銃を胴体に向けて浴びせかけた。

 

 

生体核のある胴体に2機のヘルキャットの集中射撃を受けたゴドスは、爆発した。

敵機を全て撃破したヘルキャット2機は、しばし動きを止めた。

 

 

直ぐに右にいたヘルキャットは、ゲーターに接近する。

 

 

もう1機は、頭部を動かすのみで、その場に留まる。敵の増援に備えての、周辺警戒の為である。

 

 

 

「大丈夫…けがはない?」

 

ゲーターに通信を送ったヘルキャットのパイロットは、まだ若い女性で、オレンジ色の髪をショートカットに整えていた。

その幼さを残した顔は、女性というより、少女という形容が適切であった。

 

「大丈夫です!」

 

ゲーターのパイロットは、大声で叫んだ。

その両目には涙が浮かんでいた。

 

先程まで突如敵に襲撃され、戦友を喪い、敵に包囲され、戦死か、捕虜になるかの選択しかない状況に追い込まれていた。

 

それが友軍の新型機によって救出されたのであるから当然のことであった。

 

 

 

 

 

中央にゲーターを左右に挟むようにヘルキャット2機は、友軍基地への帰路に就いていた。

 

 

「ヘルキャットは、他のゾイドと違って排気口がブラックホール化されてるのよ、おかげで排熱も最小限で済む。だから敵は、このヘルキャットに気付かなかったってわけ。」

 

右のヘルキャットのパイロット、ダーシャ・ノイホフ少尉は、笑みを浮かべて言った。

 

「凄いです。2人とも最新鋭機を任されるなんて…」

 

ゲーターの新兵は憧れに満ちた口調で言う。

 

 

「…」左のヘルキャットのパイロット、クルト・ロスナー准尉は、彼女と対照的に無表情で不機嫌そうだった。

 

 

彼は、約半年前まで、オルニトレステス型小型ゾイド マーダのパイロットであった。ヘルキャットは、マーダと同様に高速性能に優れた最新鋭機である。

 

 

マーダ乗りであったクルトが、ヘルキャットのパイロットに選ばれたのもそのような理由があった。だが、彼自身は、ヘルキャットのパイロットとなったことに不満であった。

 

マーダは、ゼネバス帝国が独自開発した最初の小型ゾイド1号で、地球人より導入された流体力学を考慮したボディと徹底した軽量化によって最高速度500km/hという現在量産されている帝国、共和国の両国の陸戦ゾイドでも最高レベルの速力を誇り、起伏のある地形での機動性でも大半のゾイドを上回る。

 

 

対して現在の彼の乗機であるヘルキャットは、最高時速でもマーダの半分以下である200km/hであった。

 

それでも最新鋭機として高速移動を長期間可能にしていることや最小限の排熱による優れた隠密性能等、全般的には優れていた。

 

だが、マーダに乗り慣れた彼にとってこのヘルキャットは、鈍足でしかなかった。

200km程度ならゲーターやモルガでも瞬間的には出せる速度である。

 

 

また彼にとってマグネッサーシステムを全開にした超高速移動時のマーダの、風と一体化したかのような感覚は、忘れがたいものであった。

 

クルトは、マーダで、大型ゾイドを含む共和国軍部隊を翻弄し、時には敵の改造型小型ゾイドを撃破したこともある。

 

彼は、この基地のゾイドパイロットの多くが羨む最新鋭機のヘルキャットのパイロットに選ばれたことを憂鬱に感じていたのである。

 

彼らパイロットの想いなど余所に、森林地帯は、静寂を取り戻していた。

 

周囲の木々から聞こえる地球の虫や鳥に似た野生ゾイドの声は、先程戦闘が発生し、現在も両軍の部隊が森を行きかっていること等、忘れさせてくれるかのようである。

 

 

ゾイドと同様にこの惑星の植物の多くも、金属を含有している。その為、金属探知機やレーダーの性能は大幅に制限される。

 

その上、鉄骨並みの耐久力と太さを誇る金属樹木が無数に存在する為、大型ゾイドや大部隊の行動は、制限されることになる。

 

これらの理由から、この森林地帯では、これまで小型ゾイド部隊同士の小規模な戦闘が行われてきただけであった。

 

 

ダーシャらは、第34基地に到着した。

 

基地に到着した彼らを出迎えたのは、基地の防衛部隊所属のカタツムリ型小型ゾイド マルダーだった。

 

丸いボディを重装甲で覆ったマルダーは、ゼネバス帝国軍の小型ゾイドの中で最も重い機種で、機動性では劣る。

 

装甲殻に内蔵した火器と重装甲を生かした移動トーチカや対空警戒といった防衛任務に利用されている。

 

この第34基地の部隊は、基地守備隊を除き、共和国側森林地帯への情報収集、帝国側に侵入する共和国軍部隊の発見の為に配備されている。

 

 

 

共和国側に比べ、工兵部隊の規模で大きく劣るゼネバス帝国軍は、森林地帯を切り開いてそこに大規模な基地を設営するよりも、森林地帯に小規模な拠点を複数設営し、それぞれの部隊を連携させることで共和国軍の侵攻を迎撃するという戦略をとっていた。

 

ちなみに偵察部隊用の基地は、第34基地以外にも複数存在している。

 

また偵察部隊用の他にも、ヘルキャットと同様に今年に新開発されたばかりの、ヘリック共和国軍の歩兵ゾイド ゴドスと互角以上に渡り合える性能を有するイグアノドン型歩兵ゾイド イグアンを装備する精鋭部隊を有する第16基地や兵員輸送仕様の森林戦迷彩が施されたマルダーやモルガが配備された第20基地等がある。

 

これらの基地は、帝国領土側の森林地帯に設営されていた。

 

ダーシャが指揮官を務める第45偵察隊は、この第34基地で唯一、ヒョウ型高速ゾイド ヘルキャットを配備した部隊である。

 

ヘルキャットが投入される以前は、共和国側への偵察任務や侵入してきた敵部隊の捜索等は、オルニトレステス型ゾイド マーダが行っており、ヘルキャットが未だに本格的に生産されていない今でも大半の基地はマーダがそれらの任務に従事している。

 

 

ダーシャのヘルキャットを先頭に3機の小型ゾイドは、基地の格納庫に入った。

 

最後尾を務める若い兵士が操縦するゲーターは、戦闘による損傷か、動きがダーシャ、クルトのヘルキャットに比べ、ぎこちなかった。

 

「大丈夫なのか…」

 

 

後ろの友軍機の動きの悪さを見たクルトが呟いた。幸いそのゲーターを含む、3機のゾイドは格納庫の整備スペースにたどり着くことが出来た。

 

ダーシャのヘルキャットのコックピットが開き、コックピットから灰色のパイロットスーツを着たオレンジがかった赤毛の女が降り立った。

 

次に隣にいたヘルキャットのコックピットが開き、パイロットであるクルトがそれに続く。

 

 

ダーシャとクルトを迎えたのは、先に基地に帰還していたダーシャの部下達だった。

 

「ノイホフ隊長、友軍部隊の救出には成功したようですね!流石です!」

 

感激の気持ちに絶えない口調で言うのは、アレク・ボルコフ准尉である。

 

ダーシャを指揮官として尊敬している彼は、この部隊で最も経験が浅い。

 

「クルト、お前もそろそろこいつに慣れたか?こいつはいい機体だぞ」

 

ヘルベルト・シュナイトフーバー准尉は、笑みを浮かべて言った。

 

過去の戦闘により出来た顔に斜めに走る傷のあるこの男は、一見すると厳格に見えるが、その性格は陽気で豪快という外見とは異なるものであった。

 

また彼は、クルトと同じ、マーダのパイロットからの転換組だった。

 

この基地には、現在ダーシャとクルトのヘルキャット2機を含むヘルキャットが、4機配備されている。

 

「…」

 

クルトは、無言で格納庫を去って行った。ヘルベルトは、それを不快に思うことはなく、彼の背中を見つめていた。

 

いつものことだ、と知っているからである。司令部に機種転換願の書類を提出する為である。ZAC2030年代軍に所属するパイロットは、基本自身の乗るゾイドを選ぶことは出来ない。

 

だが、それには例外があった。

 

 

機体との相性が悪い場合、自身の操縦技量に見合っていない等と言った事情がある場合は、以前搭乗していたのと同じ機種に機種転換出来た。

 

要するにヘルキャットのパイロットになることを受け入れられないクルトは、未だにマーダのパイロットに戻りたかったのである。

 

その日は、敵襲の警報がなることも無く平穏に過ぎ去った。

 

 

 

 

1月27日 森林地帯

 

 

翌日も第45偵察隊は、出撃した。

 

 

 

この金属樹木が林立する地域では、他の国境地帯、平原や砂漠地帯の様にレッドホーンやゴジュラスといった大型ゾイドの戦闘も、多数のゾイドが投入される大部隊同士の会戦が行われたことは殆ど無かった。

 

だが、それはこの森林地帯が戦闘が行われることが少ない平穏な地域であることを意味しているわけではない。

 

 

むしろ物量や機体性能が戦いの勝因となる割合が少ない分、更に激しく過酷な戦闘が繰り広げられてきた。森林地帯は、攻撃側にとっても防御側にとっても格好の遮蔽物になる。

 

性能で遥かに劣るゾイドが、勝利を収めることもあれば、数に勝る側が完全敗北を喫したこともある。この地では、地形を味方に付けた側が勝利を収める。

 

この緑色の迷宮では、名も知れない無数の小戦闘が繰り広げられてきた。

 

 

今回の出撃は、共和国領内より帝国側に侵入したゴドス12機を迎撃するという任務だった。

 

恐竜の殺し屋、小型ゴジュラスとも恐れられる共和国軍の高性能小型ゾイド ゴドスを10機以上保有する敵部隊に対して、

 

 

最新鋭機といえども、軽武装のヘルキャット4機だけで勝利するのは、困難である。

 

その為、第45偵察隊だけでなく、最新鋭機のイグアン8機で編成される第21戦闘小隊が投入される。

 

イグアンは、大陸西南部の森林地帯を生息地とするイグアノドン型ゾイドを素体とした歩兵ゾイドで、これまでゴドスに煮え湯を飲まされたゼネバス軍が打倒ゴドスを目的に開発した機体である。

 

 

鹵獲したゴドスや戦場で回収したゴドスの残骸を解析し、開発されたイグアンは、ゴドスと形状が著しく似通っていた。

 

このためゴドスと80%近い設計が共通しており、更にゴドスとのパーツの互換性すら有していたのである。

 

またイグアンは、ゴドスの得意技とも言えるキックも可能である。

 

但し、他のゾイドを捕食することで知られているアロサウルス型に対して金属樹木や露出した鉱石を餌とするイグアノドン型では、脚力に差があり、キックの攻撃力に劣っている為、蹴爪を付けることで攻撃力を補っていた。

 

 

ゴドスの設計を徹底的に解析して作られたこの機体は、カタログスペックでゴドスを上回っていた。

 

だが、これは同時にゴドスの設計が優秀であることの裏返しでもあり、このことは、ゼネバス帝国軍の将軍達とイグアン開発に携わった技術者達を大いに悔しがらせていた。

 

 

帝国軍基地破壊任務を遂行する為に帝国側森林地帯に侵入した12機のゴドスは、既に帝国軍部隊と交戦し、撃破していた。

 

ゴドス部隊の周囲には、撃破されたゲーター、モルガやマーダの残骸がいくつも転がっていた。

 

共和国軍の勝利は、揺るがないかに見えた。

 

その時、木々の中から飛び出したヘルキャット4機が戦闘に加入した。

 

「全機、友軍部隊が来るまでの時間を稼ぐ!無理に撃破しようと思わないで!」

 

「「了解!」」

 

「…了解」

 

4機のヘルキャットは、ゴドス部隊に向けて移動しながらレーザー機銃や高速キャノンを発射した。

ダーシャのヘルキャットが高速キャノンを放った。

 

その一撃は、1機のゴドスの右腕に見事命中した。「あれが、例の四足獣型か!」

「動きがサイズの割に早い、気を付けろ」

 

ゴドス12機は、散開隊形から密集体形に移行する。ヘルキャット4機は、散開すると、ゴドス部隊に対して移動しながら射撃を開始した。

 

200km近い高速を叩きだしながらの射撃は、最新式の照準器や射撃修正プログラムの存在を加味しても停止射撃に劣る。

 

ヘルキャット4機は、それぞれ散開してゴドス部隊に襲い掛かった。

 

ダーシャのヘルキャットが、高速キャノン砲を発砲。

 

その一撃が、最前列にいたゴドスの腹部に命中した。

 

「そこだ!」

 

クルトのヘルキャットがレーザー機銃を叩き込んだ。左足の関節キャップが破壊され、ゴドスは、その場に膝をついた。

 

周囲のゴドスが、損傷機を庇う様に陣形を組み、ロングレンジガンをクルトのヘルキャットに乱射した。

 

追撃できず、クルトのヘルキャットは後退した。

 

 

ゴドス部隊は、陣形を組むことで、機動性に劣るという問題を解決し、同時に数の優位を生かせる状況に持っていこうとしていた。

 

「ちっ!」

 

マーダならこいつらを苦も無く翻弄できるのに! クルトはこの状況では詮無いことを思いつつ、次の標的を捜す。

 

「当たってくれ」

 

今度は、森林へと離脱するヘルベルトのヘルキャットに向けてロングレンジガンを撃っていたゴドスにレーザー機銃を撃った。

 

「落ちやがれ!」

 

ヘルベルトのヘルキャットが、森の中から高速キャノンを発砲した。

その一撃は、ゴドスの頭部を狙っていたが、寸前で回避され、地面に空しく着弾する。

 

戦闘がこう着状態に陥ろうとしていたその時、ゴドスの1機が爆散した。

 

イグアン8機が戦場に到着したのである。マグネッサーシステムを応用した背部のフレキシブルスラスターによってイグアンの機動性は、ゴドスを上回っていた。

 

この部隊に配備されたイグアンのパイロットは、格闘戦用の装備を追加したガリウス改造型の操縦経験のある者達が中心となって構成されていた。

 

メガロサウルス型歩兵ゾイド  ガリウスは、ゼネバス帝国軍も戦争初期には、共和国軍と同様に運用していたゾイドである。

 

ゼネバス帝国軍は、自軍が装備するガリウスに特殊金属の爪や尾部にカッターを装着する等の格闘戦用の装備を施し、戦場に投入したのである。

 

 

このゼネバス型ガリウスとでも言うべき改造型は、共和国軍のガリウスやエレファンタスに対して格闘戦で優位に立った。

 

ゲルダーやマーダ等のゼネバス帝国独自のゾイドや共和国軍のゴドスのロールアウト以降は、このガリウス改造型は前線を退いたが、そのパイロット達は、未だに多数存在していた。

 

 

帝国軍は、イグアンをロールアウトした際、同じ直立2足歩行ゾイドで、操縦特性が近いイグアンのパイロットに彼らを充てたのである。

 

ゴドス部隊は、新手の登場に驚いたが、即座に攻撃を開始した。

 

機動性に勝るイグアンは、それらの攻撃を回避し、接近戦に持ち込んだ。

 

「まずは1機!」

 

指揮官機のイグアンは、右足のキックをゴドスの胴体に叩き込んだ。胴体が大きくひしゃげたゴドスが崩れ落ちる。

 

ゴドスのロングレンジガンを回避すると、胴体目がけて左腕の4連装グレートランチャーを叩き込んだ。

 

「援護する!」

 

ヘルキャット4機は、イグアン部隊の掩護に回る。ダーシャのヘルキャットがイグアンと交戦していたゴドスの頭部を高速キャノンで撃ち抜く。

 

 

クルトのヘルキャットは、1機のゴドスの背後に回り込んだ。クルトは、レーザー機銃で、ゴドスの背中を銃撃する。

 

背部の砲が破壊され、ゴドスは、旋回しようとした。そこをイグアンのパイロットは見逃さなかった。

 

イグアンの右腕のクラッシャーバイスがゴドスの頭部コックピットを破壊した。

 

イグアン部隊とヘルキャット部隊に挟まれてゴドス部隊は、有効な反撃を行うことが出来ず、撃破されていった。

 

 

最後の1機は、イグアン部隊の集中砲火を浴びて砕け散った。

 

 

「やったぞ!」

 

「これからは、共和国の奴らの好きにはさせん」

 

 

イグアン部隊は、機体に損傷こそうけたものの、1機も喪失することなく、戦闘に勝利した。

 

 

だが、勝利の美酒に酔いしれる彼らに対して砲弾が浴びせられた。

 

赤熱した隕石の様に砲弾がイグアン部隊の1機の胴体に命中した。直撃を受けたイグアンは爆散する。

 

「全機、機体を森に隠せ!」

 

イグアン部隊を率いる指揮官が叫ぶ。イグアン部隊は、散開し、周囲の木々に身を隠そうとした。

 

それでも2機のイグアンがそれぞれ、下半身と上半身に砲弾を受けて大破、爆散した。

 

ヘルキャット4機は、その場から飛び退く。

 

直後、その場にも榴弾や徹甲弾が、隕石の様に降り注ぎ、そこにあった岩や樹木を根こそぎ吹き飛ばす。

 

「新手か!」

 

「皆!私達も森に隠れるわよ!」

 

ダーシャは、突然の襲撃にも慌てることなく対応する。クルトらもそれに反応した。

 

ヘルキャット4機は、それぞれ樹木の影に隠れる。

 

「新型機か!」

 

正面モニターに表示される敵機の姿を見たクルトは叫んだ。

 

彼らの目の前に現れた敵機…………それは、大砲を背負った鋼鉄の亀とでも言うべき機体だった。

 

その機体は、ヘリック共和国軍が開発したカメ型 小型ゾイド カノントータスであった。

 

この小型ゾイドが開発された背景には、1年前のゼネバス帝国軍が新開発した対ゴジュラス大型ゾイド アイアンコングの出現がある。

 

 

150機のアイアンコングによる共和国本土侵攻で、首都にまで侵攻されたことから、共和国軍は、既存の保有するゾイドで最強のゴジュラスの戦力強化を進めると共に、数的主力となる新型小型ゾイドの開発も進めた。

 

カノントータスは、大型ゾイドを十分に撃破可能な小型ゾイドというコンセプトで開発された。

 

主砲である突撃砲は、対ゾイド用の徹甲弾から榴弾、ロケット砲弾等任務に合わせた砲弾が使用可能で、徹甲弾を使用した場合の威力は、帝国軍の主力大型ゾイド レッドホーンに致命傷を与える可能性を秘めている。

 

 

また副砲を兼ねる胴体側面の左右に装備した連装対空砲は、帝国軍が対地攻撃用に新型の飛行ゾイドを開発中であるという情報から装備された火器で、上空のみならず地上目標に対しても射撃可能な火器だった。

 

 

また防御力の面でも、ゼネバス帝国軍機の攻撃力の増大等を考慮して、これまでの機動性を重視した共和国ゾイドの設計とは異なり、素体となったカメ型ゾイドの特徴である甲羅を生かした重装甲で覆われていた。

 

その最も分厚い部分の防御性能は、大型ゾイドに匹敵した。

 

共和国軍は、高い攻撃力と防御力を有するこの小型ゾイドの量産を進めており、前線の各部隊への配備も進んでいたが、この森林地帯に投入されるのは、これが初めてである。

 

本来ならカノントータス部隊は、先行したゴドス部隊と合流し、帝国領内に存在する敵基地の破壊任務に従事する予定だった。

 

それが、カノントータス隊とゴドス隊の速度差によって合流できず、戦場に到着したのは、ゴドス部隊が全滅した後となったのである。

 

出現したカノントータス4機は、突撃砲を目の前の敵部隊に対して砲撃を開始した。

 

「凄い火力だっ」

 

撃ち込まれる突撃砲の砲弾が着弾し、土砂や樹木を吹き飛ばすのを見たクルトは、肝を冷やす。

これでは、これまでの戦闘の様に金属樹木等を遮蔽物として利用できるか怪しかった。

 

「ヘルキャットなら、あの攻撃を回避できます。私達が時間を稼ぐ間に体制を立て直してください!」

 

ダーシャは、イグアン部隊の指揮官に言う。

 

「わかった!」

 

イグアン部隊の残存機は、奥へと後退していく。対照的にヘルキャット部隊は、カノントータス4機に向かっていった。

 

カノントータスの突撃砲が火を噴き、砲弾が大地を抉った。

 

ヘルキャットは、それを回避し、レーザー機銃や高速キャノンを連射する。

 

だが、それらの攻撃は、カノントータスの装甲に弾かれる。

「なんて装甲だ!」

 

アレクは、僚機と集中攻撃を浴びせても平然としているカノントータスを見て悲鳴を上げた。

 

ダーシャとクルトのヘルキャットも、攻撃を浴びせるが、カノントータスの重装甲に弾かれ、損害を与えることが出来なかった。

森の中に後退したヘルキャット4機は、それぞれカノントータスに銃撃を続けた。

 

「こいつの火器じゃ、あの亀の装甲は敗れないぞ!」

 

自分達の攻撃を受けても平然としているカノントータスを見てクルトが毒づく。

 

「それなら!」

ダーシャのヘルキャットがカノントータス4機の正面に飛び出した。

 

「隊長!」

 

「あの女っ何考えてるんだ?っ」

 

クルトにはその行為は、無謀な自殺行為に見えた。アレクやヘルベルトも同じ思いを抱いていた。

眼の前に飛び出してきた敵機を見たカノントータス4機は、突撃砲を一斉に発射した。

更に連装対空砲も連射する。ダーシャのヘルキャットは、火の壁にも見えるそれらの砲撃を巧みに回避する。

ダーシャの動きは、まるで相手の攻撃がどこから来るのか予測しているかのようである。

 

ダーシャは、目の前の敵機の脆い部分を狙おうとしていた。

 

重装甲のカノントータスの数少ない装甲が施されていない箇所……胴体から飛び出した頭部コックピットを目がけて…そして彼女は、引金を引いた。

 

「食らいなさい!」

 

ダーシャのヘルキャットの高速キャノン砲が火を噴く。

 

その一撃は、胴体から飛び出していたカノントータスの頭部コックピットを撃ち抜いていた。

 

操縦者を失ったカノントータスは、その場に擱座した。

 

「よし!」

 

次の瞬間、信じられないことが起こった1機のカノントータスが、ダーシャのヘルキャットにコックピットを撃ち抜かれて擱座したカノントータスを突撃砲で砲撃したのである。

 

後方から砲撃を受けたカノントータスは、弾薬庫に誘爆したのか、大爆発を起こした。

それは、貴重な新型機の情報を敵に渡すまいとして行ったことであった。

 

 

「なんて奴だ!」

 

それを見たクルトは、その行為に衝撃を受けた。次に激しい嫌悪を抱いた。

先程までの味方機を、パイロットの遺体が残っている可能性もあるそれを、機密保持の名目で破壊することは、理屈の上では納得できたが、それを実際に行うのには抵抗があった。

 

ゾイドは、生命体でもある。それを単なる兵器として破壊する、それも戦死した戦友の遺体ごと吹き飛ばす。その行為は、戦場においても許されない行為の様に思えたのである。

 

他のパイロットも同様に嫌悪を抱いているようで、ヘルベルトは、大きく舌打ちした。

 

 

カノントータス3機と4機のヘルキャットの戦闘は、双方ともに決定打を欠いていた為、長引いた。

 

カノントータスの機体名の由来にもなった突撃砲は、重装甲の機体が多いゼネバス帝国軍小型ゾイドの全ての機種に致命打を与える威力を有している

 

だが、ヘルキャットの機動性の前に初速の遅い砲弾を命中させることは出来なかった。

 

唯一ヘルキャットを捉えることのできる連装対空砲も射角が上下に制限されているため、立体的に駆け回るヘルキャットを捉えることは出来なかった。

 

更に言えば、カノントータスは、全機、胴体上部に搭載していたレーダーを破壊され、射撃精度が低下していた。

 

 

対するヘルキャットも機動性で勝るもののカノントータスを破壊できる兵装は無かった。

 

この膠着状態は、数分間続いた…双方の兵士が永遠に続くのではないかと思い始めたその時、均衡が崩れる事態が起こった。

 

カノントータス隊に砲撃を受けて後退した筈のイグアン部隊が、側面から襲い掛かったのである。

 

カノントータスは、主砲である突撃砲も副砲である連装対空砲も上下に動かすことは出来たが、側面の目標には攻撃することはできなかった。

 

カノントータスは側面の敵に向けて旋回しようとしたが、4機のヘルキャットが、銃撃を浴びせ、それを阻んだ。

 

もはや3機のカノントータスは、狩られるのを待つ獲物でしかなかった。

最後のカノントータスは、至近距離からイグアン4機のキックを浴びて沈黙した。

 

 

この日の戦闘は、帝国軍の勝利に終わった。撃破された共和国軍の新型機の残骸は、後日帝国軍の回収部隊が、回収することとなった。

 

 

また、ゴドスを撃破可能な主力小型ゾイドとして開発されたイグアン部隊が、ゴドス部隊を相手に圧倒的勝利を収めたことは、これまでゴドスの性能と、共和国の豊かな国力を背景とした物量によって苦戦させられてきた前線の帝国軍兵士を勇気付けることは間違いなかった。

 

だが、その後出現した新型機との戦闘で3機を喪失したことは、この大戦果に大きな影を落とした。

 

またイグアン隊の援護として出撃したヘルキャット小隊は、ゴドス2機を撃破、数機を損傷させ、直後の新型機を有する部隊との戦闘でも1機を撃破し、残る3機をイグアン隊が撃滅する際に退路を断つ等の活躍を齎した。

 

第45偵察隊が帰還したのは、鮮やかな赤い夕日が彼らを照らす頃だった。

 

彼らは、敵部隊に勝利し、イグアン部隊が基地に帰還したその後も、数時間その場で待機することを命じられたのである。

 

撃破された新型機の残骸を共和国軍が回収、もしくは破壊する為に工作部隊を送り込んでくることを警戒したというのがその理由である。

 

結局彼らは、敵と遭遇することもなく、後退の部隊が到着した後に基地に帰還した。基地に帰還した彼らは、基地の友軍兵士達から総出で歓迎された。

 

ダーシャは、ヘルキャットのコックピットを開放し、古代の凱旋将軍さながらに立ち上がって、笑顔で手を振った。

 

それを見た足元の基地の兵士達がどよめき、歓声をあげた。

それを見て、ヘルベルトは陽気に笑みを浮かべ、実戦経験の最も少ないアレクに至っては、基地の兵士と一緒に興奮していた。

 

クルトは、それを冷めた目で見ていた。

 

クルトは、コックピットから降りると同時に一人の兵士に肩を叩かれた。

直ぐに彼が振り向くと、其処には若い兵士が立っていた。

 

「ロスナー准尉、司令がお呼びです。」

 

虫族の出身であることを示す褐色の肌が特徴的なこの兵士は、そう言った。

 

「了解した。今すぐ向かう」

 

クルトは、その命令通りに司令室に向かった。

何故自分がこの基地の司令官に呼ばれるのか、彼は理解していた。

 

 

ダーシャは、それを予め知っていたのか、祝賀の場になりつつある格納庫を去っていく部下の一人を一瞥しただけであった。

 

 

 

「クルト・ロスナー准尉、入室します!」

 

彼が司令室に入った時、この部屋の主である基地司令官 ヴァルター・ロートマン少佐は、金属製の机に両手を置き、椅子に腰かけていた。

 

 

 

長く伸ばした山羊の様な顎髭が特徴的なこの人物は、2年前に中央山脈のある前線基地を巡る戦闘で負傷した為、ゾイドパイロットとしてではなく、この第34基地の司令官に就いていた。

 

長引く戦争で、彼の様に戦傷でゾイドの操縦が困難になる兵士は、少なくなかった。これまで、帝国では、基地司令と守備隊指揮官を兼任するケースが多かった。

 

 

これは、地球人来訪以前の部族間紛争時代の優れた戦士、ゾイド乗りが砦の指揮官を務めるという伝統の名残である。

 

だが、地球人の来訪によって両国の技術力や国力が向上し、新型ゾイドの開発等で戦術が大きく変化してからは基地司令としての業務と守備隊指揮官としての作戦指揮を同時に行わなければならないという問題も発生していた。

 

 

ゼネバス帝国よりも国土が豊かで人口も多いヘリック共和国では、地球人の技術導入の際に行われた軍制改革で、基地司令官と基地所属のゾイド部隊の指揮官の分離は、1年前に概ね完了していた。

 

だが建国間もない帝国の場合、人口が共和国に劣ることもあって、人員の余裕は無かった。

 

そこで帝国は、戦傷でゾイド操縦が出来なくなった士官やパイロット適性が低い士官を基地の司令官に任命し、守備隊指揮官と分離したのである。

 

「ようこそ准尉、楽にしてくれ」

 

ロートマン少佐は、クルトが室内に入ってきたと同時に顔に笑みを浮かべ、そして数秒後には、その顔の表情を無表情に戻した。

 

 

クルトは、部屋の真ん中に置かれているパイプ椅子に座った。ロートマンは口を開いた。

 

「君が要望していた機種転換の件だが、帝国軍としては、君は、それに該当しないということになった。つまり君には、引き続き、ヘルキャットのパイロットとして戦ってもらうことになる」

 

「なぜでしょうか?」

 

その言葉の意味を理解したクルトは、湧き上がる憤りを自制心で抑えつつ、目の前の上官に尋ねる。

 

「今回の戦闘でも、貴官は、ゴドス数機を行動不能にし、直後の新型機との戦闘でも撃墜される事無く敵の牽制に成功している…この戦闘終了の直後に秘匿回線で送られてきたノイホフ少尉の報告と貴官の乗機の戦闘記録を参照する限り、君は、ヘルキャットの性能を十二分に活かしている。ヘルキャットのパイロットとして優秀な兵員を配置換えにすること等できんよ…」

 

ロートマンは、命令の根拠を示して相手の反論を封じようとしていた。

 

クルトは、反論できなかった。

 

「…わかりました。退出してよろしいでしょうか?少佐殿」

「許可する」

 

あの女…

 

不快感を押し殺しつつ、彼は、司令室を離れた。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ゾイドグラフィックス戦記 ヘルキャット編後編

 

 

夜、雲一つない空に浮かぶ3つの月から放たれる冷たい光が、大地を照らしていた。

 

 

クルトは、基地の格納庫にいた。彼のいる基地のかまぼこ型の格納庫には、ヘルキャットの他にゲーターが8機駐機されていた。

 

背鰭にレーダーを搭載した偵察、電子戦用で、正面戦闘に投入するのは、性能的に問題があるものの、この様な森林地帯での偵察、情報収集任務には最適な機体だと言える。

 

この基地のゲーターは、1機を除き、森林戦仕様に塗装されていた。

 

唯一の例外のゲーターは、通常のゲーターでは無く、通称 ゲーター・レディファントマと呼ばれる機体で、通常のゲーターを上回る電子戦能力を有し、更に地上における早期警戒機としても使用可能という高性能機であった。

 

またその高性能と引き換えに、電子部品の製造コストや機体の維持費も合わせると大型ゾイド並みのコストがかかっている。

 

その為、現在戦線に配備されているのは、2、3機のみという機体である。この基地には試験評価の為に護衛部隊ごと送られてきていた。

 

対空砲台替わりのマルダーだけは、野外に係留されていた。

 

つい2時間前まで、格納庫を動き回っていた整備兵の姿も影一つ無い。彼らは、定期整備の完了後すぐに兵舎で眠りに就いている。

 

作戦の都合や敵の出現で、未明に起こされることや徹夜の作業を強いられることも頻繁にある彼らにとって睡眠時間は、黄金よりも貴重だった。

 

クルトは、閑散とした格納庫に人影を見た。

 

「あれは…」

 

肩までかかるオレンジがかった赤毛を二本三つ編みにした女性士官が彼のヘルキャットの近くに立っていた。

 

クルトの上官…ダーシャだった。

 

ダーシャは、クルトのヘルキャットを興味深そうに眺めると、クルトの方に顔を向けた。

苦手な相手の出現にクルトは、露骨に顔をしかめた。

 

「クルト准尉…」

 

対するダーシャは、意外そうな表情をしていた。

 

「あんたもいたのか」

 

クルトは、相手が上官であるのにもかかわらず、苛立ちを隠さない口調で言う。

「あなたこそ、この場所にいるとは思わなかったわ。」

 

地底族の特徴である磨き上げたルビーの様な眼が彼を見据えた。

 

地底族が多数派を占めるゼネバス帝国では、赤い色の瞳は珍しくもないが、ここまで綺麗な瞳を持つ者はそうはいないだろう…ダーシャの事が気に食わない彼も、それは認めていた。

 

「早くこのクソ猫にさよならをいいたいんでね」

 

「まだあなたはヘルキャットを認められないの?また機種転換の申請書を出したそうね…何度出しても無駄なのに。」

 

「何だと…」

 

「ゼネバス帝国軍は、共和国よりも国力でも、人口でも劣る…人材を遊ばせているわけにはいかないってこと。貴方は優秀なパイロット…だからこそ、このヘルキャットに乗り換える人材に選ばれたのよ、この決定が覆ることは無いわ」

 

「俺は、このゾイドに向いていないんだ。紙の上の数字で相棒を決められたら敵わないぜ…」

「クルト、貴方もいつまでもマーダに拘っているわけにはいかないこと位分からないわけではないでしょ?」

 

ダーシャの言い方は、上官が部下に対して言うというよりも、母親が聞き分けの悪い子供をたしなめている様にも聞こえた。それが一層クルトを苛立たせた。

 

 

「…俺はな、マーダに3年以上も乗ってたんだ。こののろまな子猫ちゃんと違ってな」

 

クルトは、嫌悪に顔をしかめると、右手で、格納庫のゾイドハンガーに駐機された自身の乗機であるヘルキャットを指差して言った。

 

「クルト…あんたは、マーダに乗ってる時、3回も乗機から脱出する羽目になっている。マーダは、帝国のゾイドの中で最も軽装甲なのよ、貴方に運が無ければとっくに死んでるわ。」

 

対照的にダーシャは、冷めた口調で言う。

 

マーダは、重装甲が多い、ゼネバス帝国ゾイドの中では装甲が薄く、大損害を受けることも少なくなかった。

 

クルトも参加した1年前の帝国領 ミーバロス市を巡る戦闘では、先鋒を務めるマーダ部隊は、市内を防衛するヘリック共和国軍部隊の防御砲火を浴びることとなった。

 

この戦いでマーダ部隊は、大損害を受けた。

 

この時期の前線兵士達にはマーダ乗りの寿命は2週間足らずと言われたこともあった。

ヘルキャットの方が操縦性でも、持久力でも最初の帝国ゾイドであるマーダと比較にならない程強化されている。

 

そしてヘルキャットは、マーダ最大の弱点である防御力の面の問題も解決していた。

 

中央大陸西部の森林地帯 タイガーゲージに生息するヒョウ型ゾイドを素体に開発されたヘルキャットは、コアの出力が小型ゾイドとしては高く、同時に体格でもマーダよりも大型である。

 

その為、機動性を損ねない程度に装甲を機体の大部分に施すことが出来た。

 

対照的にマーダは、ヘルキャットの素体であるヒョウ型ゾイドに比べて小型で、コア出力も劣るオルニトレステス型ゾイドを素体としている。

 

その為、装甲が施されているのは、ゾイドコアのある胴体や脚の一部等の箇所に止まる。

 

これは、素体となったゾイドの体格差、コア出力の差によって生まれたキャパシティの差であり、単純な改造や武装強化で乗り越えられるものではなかった。

 

「それに武装でもマーダよりヘルキャットは大型の武装を乗せることができるし、消音機能と排熱システムで帝国軍のゾイドで最も発見されにくい、しかも運動性能は、この森の金属樹木の上に飛び乗ることだってできるのよ…マーダとは比べ物にならないってことよ。早く受け入れることね。幸い貴方は、ヘルキャットに乗った後も手を抜いていないようだし…」

 

手を抜いてゾイドを操縦すること等、軍人として、ゾイド乗りとしてそれだけは、出来なかったのである。

 

「当たり前だ!」

 

クルトは、思わず格納庫に響き渡る様な大声で叫んだ。

 

「とにかく、ヘルキャットに乗ることを受け入れることね。貴方の様な優秀なパイロットが新型機を受け入れないのは我軍の損失だわ。」

 

そう言うと、ダーシャは、クルトに背を向けて格納庫から立ち去って行った。

 

クルトは、その場に立ち尽くすことしかできなかった。

 

 

 

 

1週間後、第45偵察隊を含むヘルキャット装備の部隊に任務が下った。

第34基地のパイロット達が、基地の一室に集められた。

 

クルトとダーシャ、ヘルベルトとアレクは、真正面の椅子に座っている。

 

作戦は、第34基地にいる戦闘用ゾイドが全て動員されるという、基地が建設されて以来の大作戦だった。

 

作戦は、主力である帝国機甲師団の共和国領侵攻に先立ち、侵攻ルート上に存在する国境沿いの金属樹木が密生する森林地帯に潜伏する共和国軍の電子索敵部隊を撃破せよ、というものであった。

 

これは、森林戦で戦果を挙げてきたヘルキャットにとっては御誂え向きの任務と言える。

 

また最新鋭機のヘルキャットだけでは、数が足りない為、マーダ装備の部隊も作戦に参加することになっている。

 

 

これまで、森林地帯に偵察任務に出撃していたゲーター隊は、基地周辺で待機し、基地防衛と電波妨害による支援任務に従事することとなっていた。

ブリーフィング後、パイロット達は、格納庫に移動し、それぞれの乗機に乗り込んだ。

 

「あんたのサポートとはな…」

 

クルトは、部隊の指揮官であるダーシャの僚機を務める。

 

「ヘルキャット以前にマーダで戦果を挙げているあなたは、この基地では、有数の高速ゾイド操縦者よ。だから僚機にした…不満かしら?」

 

「いいや…不満は無いよ隊長殿」

 

「クルト、隊長殿を頼んだぜ…アレク!油断するなよ!」

 

「了解です!」

 

4機の鋼鉄の豹は、敵の待ち受ける森林へと消えていった。

 

クルトのヘルキャットのレーザー機銃が火を噴き、ステゴサウルス型小型電子戦ゾイド ゴルゴドスの胴体側面を射抜いた。レーザー弾の乱打に胴体を撃ち抜かれ、ゴルゴドスは力なく崩れ落ちる。

 

ダーシャとクルトは、共和国領の森林地帯で、順調に共和国軍の電子索敵部隊を撃破していた。

 

「流石ね。やっぱり相棒の事を認めてあげるべきよ…あなたは」

 

「…そうかい隊長殿!」

 

彼らは、森林の奥で、足を止めた。

 

そこには、破壊されたゾイドの残骸が転がっていた。残骸は、マーダ、ゲーター、モルガ…全て友軍の機体で、装甲の厚いモルガも頭部装甲を破壊されて撃破されていた。

 

ゲーターは、集中的に攻撃を受けたらしく、どの残骸も損傷が激しかった。

 

そしてマーダは、原型を留めていないものも少なくない。

 

「敵の迎撃部隊がいたのか?」

 

「大型ゾイドのようね…」

 

大型ゾイドのものと思われる巨大な足跡が残されていた。

 

「森に隠れるわよ!」

 

敵部隊を待ち伏せする為、2機のヘルキャットは、周囲の森林に身を隠した。

 

その数分後、彼らが待ち受けていた敵部隊が姿を現した。

 

護衛機の指揮官機なのだろう指揮官機仕様のゴドス、サソリ型小型ゾイド ガイサック、グランチュラ4機、装甲車ゾイド ハイドッカー…そしてその後方から地響きを立ててそれらのゾイドよりも遥かに大きい4足歩行のゾイドが、背びれを揺らしながら接近してきていた。

 

 

 

「ゴルドスか…」

 

新たに出現した敵機を睨み据え、クルトは、震える声色で呟いた。

 

「森林戦仕様ね…あれが部隊の指揮官機よ、きっと」

 

 

その後方には、三色迷彩に塗装されたゴルドス森林戦仕様がその巨体を誇示していた。

 

ヘリック共和国軍が開発したステゴサウルス型大型ゾイド ゴルドスは、電子戦、強行偵察、弾着観測を行うことを主目的に開発された機体である。

大型機のパワーと搭載力を生かして全天候3Dレーダーを初めとする多数のレーダーや敵の分析やレーダーでの捕捉時に支援する高速コンピュータ等の数々の電子兵装を搭載し、ゴルドス1機でゲーター5機に匹敵する電子戦能力を持っていた。

 

純粋な戦闘能力では、主砲の破壊力、格闘性能、装甲で帝国のレッドホーンに劣るが、ゴルドスの情報収集能力、電子妨害によって正面戦力で劣る共和国軍が勝利した戦いも少なくは無い。

 

この森林戦仕様は、共和国軍が国境の森林地帯の奥深くに配備した強行偵察隊の所属機で、帝国軍の侵攻を察知する為に配備されていた。

 

もしこのゴルドスを野放しにすれば、ゼネバス帝国軍の機甲師団が共和国領に侵攻する際にレーダーでそれを発見し、後方の共和国軍基地に敵部隊の存在について即座に機体に搭載された強力な通信機によって通報するだろう。

 

 

そうなった場合、情報を得た共和国軍は、即座に防衛線の穴を塞ぐべく、サラマンダーを含む空軍による爆撃、そしてゴジュラスやマンモスを中核とする部隊を投入し、迎撃することは確実である。

 

その場合、いかに強力なゾイドと精鋭を有するとはいえ、主力部隊は、苦戦を強いられることになるのは間違いなかった。

 

 

今回の作戦でもゴルドスが敵の索敵部隊に存在している可能性は、高いと予測されていた。

 

だが、こうして実際に遭遇するとどう対処すべきか2人は容易に判断できなかった。

奇襲攻撃でも大型ゾイドであるゴルドスを相手にするのは、ヘルキャットの装備火器の威力的には、余りにも分が悪い。

 

クルトにとっては、大型ゾイドと交戦するのは、マーダを操縦していた頃でも未経験だった。

 

同様にダーシャも大型ゾイドとの交戦経験は無かった。

 

最初に攻撃を仕掛けたのは、ダーシャのヘルキャットだった。

 

胴体下部の高速キャノン砲が歩兵を満載したハイドッカーの胴体側面を撃ち抜いた。

コアを撃ち抜かれたハイドッカーは瞬時に爆発し、乗っていた歩兵は一人残らず全滅していた。

 

少し遅れてクルトのヘルキャットがレーザー機銃を連射した。

 

 

コックピットを撃ち抜かれたゴドスが崩れ落ちる。共和国部隊は、突然の奇襲に慌てていたが、大型ゾイドの巨体を利用して強力なレーダー等の索敵、電子戦装備を搭載するゴルドスの索敵能力なら直ぐに捕捉されてしまうだろう。

 

「いくわよ!」

 

「おう!」

 

2機のヘルキャットは、森から飛び出す。

 

「新型だと!」

 

グランチュラがエレショットを放つ。

エレショットは、収束し、高威力化した電磁波をビームの様に発射する兵器で、装甲が施されたヘルキャットにとっては、命中しても精々機体の動きがしばらく悪くなるだけだ。

 

だが、敵の方が多い状況で動けなくなれば、機動力が利点のヘルキャットにとっては致命傷となる。

 

「そんな攻撃!」

 

エレショットを回避し、ダーシャはトリガーを引く。

 

ヘルキャットのレーザー機銃がグランチュラの頭部に叩き付けられた。

 

グランチュラのコックピットが吹き飛び、グランチュラは、動きを止めた。

 

ガイサックが尾部のポイズンジェットスプレーと胴体のロングレンジガンを乱射、その真後ろにいたゴルドス森林戦仕様もビームや砲弾を撃ちまくる。

 

どちらも軽装甲のヘルキャットには、十分に脅威となる。

 

ダーシャのヘルキャットは、レーザー機銃を連射する。光弾の雨を受けたグランチュラが爆散する。

 

クルトのヘルキャットもグランチュラを撃破していた。最後のグランチュラが爆発の炎に消える。

 

クルトのヘルキャットが、高速キャノン砲とレーザー機銃を連射し、ガイサックの胴体の燃料タンクと内部に収められているゾイドコアを破壊した。

直後、ガイサックが爆発し、燃え盛る破片が周囲に飛び散った。

 

短時間で7機いたゴルドスの護衛機は、全滅した。

 

 

残るは、攻撃目標であるゴルドス森林戦仕様のみ……護衛機を瞬く間に叩き潰されたゴルドス森林戦仕様は、咆哮を上げた。

 

ゴルドスは、背部の105mm高速キャノン砲が火を噴いた。

小型ゾイドの火器とは比較にならない破壊力を持つ砲弾が地面に着弾し、火柱を上げた。

 

 

2機のヘルキャットは、左右に別れ、それぞれゴルドスの側面に回り込む。

左に逃げたクルトのヘルキャットがゴルドスの横をすり抜けようとした瞬間、ゴルドスの腰の部分に装備されたパノーパー20mmビーム砲が火を噴く。

「ちっ!」

ビームがヘルキャットの後左足を掠めた。

もしマーダなら装甲を撃ち抜かれて撃破されていただろう。

 

ダーシャのヘルキャットが背部のレーザー機銃と胴体下部の高速キャノンを乱射した。

 

発射された光弾と銃弾がゴルドスの胴体側面に次々と命中した。

 

だが、小型ゾイドの火器で打ち破れる程脆くは無かった。

 

「食らえ!」

 

クルトのヘルキャットがゴルドスの頭部目がけてレーザー機銃を撃つ。

だが、ゴルドスは、それをぎりぎりで回避し、胴体に装備されたビームランチャーを撃つ。

更にゴルドスの尾部の火器が一斉に火を噴いた。

 

その攻撃は、背後から襲いかかろうとしていたダーシャのヘルキャットを狙っていた。

 

「しまった!」

 

ダーシャは操縦桿を押し倒し、回避を図った。

 

だが、それはいささか遅かった。

 

 

その内の一発がヘルキャットの左後ろ脚に着弾、更に数発が、側面を曝したヘルキャットの腹部に命中した。被弾したダーシャのヘルキャットは、崩れ落ちた。

 

「ダーシャ!」

 

ダーシャの安否は不明だったが、コックピットの損傷が殆ど無いことから生きている可能性は高かった。

 

 

「!」

 

万事休す…思わずクルトの脳裏にその言葉が浮かんだ。

 

ダーシャのヘルキャットが戦闘不能になった以上、自身とヘルキャットだけで目の前のゴルドスを撃破しなければならないからだ。

 

ヘルキャットの俊足をもってすれば、鈍足のゴルドスから逃げること等容易い。

 

だが、その場合、撃破されたダーシャのヘルキャットを見捨てることになる。

 

最新鋭機の友軍機が敵地で回収不能になった場合、残骸でも攻撃して破壊する様に指示が出されていたが、彼にとってはありえない選択である。

 

1週間前の新型機の共和国兵の様に戦友を撃つ真似はしたくなかったのだ。

 

加えてここは、敵地だ。長々と戦うのは、リスクが高すぎる。

 

ヘルキャットの性能を十二分に出しきらない限り、目の前の大型ゾイドであるゴルドスを倒すことはできないだろう…彼は、気付いていなかったが、今まで頑なに受け入れることが出来なかったヘルキャットを受け入れようとしていた。

 

それは、死を前にした状況が齎した奇妙な連帯感とでもいうべきものであった。

 

 

 

 

ゴルドスは、残る1機のヘルキャットを仕留めるべく、突進した。

ヘルキャットよりも遥かに鈍いその動きをクルトは機体を横に跳躍させて回避する。

 

「いくぞ!」

 

ヘルキャットのレーザー機銃を右前足に向けて叩き込んだ。

 

ゴルドスは、悲鳴を上げ、被弾した箇所から紫色のスパークが生じ、黒煙が立ち上る。

だが、ゴルドスは、未だに倒れる気配はない。

 

3Dレーダーを兼ねる背鰭を不気味に輝かせ、尾部を振り回して火器を乱射する。

 

「ちっ、大型ゾイドだけあって分厚い装甲だな…」

 

ヘルキャットの頭部は、一瞬だが、森の木々と枝を見つめていた。

 

「…そういうことか」

 

それを見逃さなかったクルトは、以前の格納庫でのダーシャとの会話を思い出した。

ヘルキャットの素体であるヒョウ型ゾイドは、中央大陸西部の森林地帯に生息する。

 

そして彼らは、森林地帯の樹木を上り、その上から獲物に飛び掛かる立体的に狩りを行うことで知られている。

 

そしてそれは、戦闘用に改造されてもその本能は、失われていなかった。

 

ヘルキャットは、跳躍した。

 

 

ゴルドスの砲撃が先程までヘルキャットがいた地面に着弾する。

 

跳躍したヘルキャットが着地したのは、地面ではなかった…周囲に神殿の石柱の如く聳える樹木の1つ…そこから幾つも生えた太い枝であった。

 

高く伸びた太い樹木の枝の上にヘルキャットは器用に着地した。だが、その足場は余りにも小さく不安定である。

 

数秒と経たず、ヘルキャットはそこから次の樹木に跳躍する。

 

そしてその木の枝に着地とほぼ同時にゴルドスに向けて飛び降りた。

 

ゾイドの砲撃に対してもある程度耐える金属樹木の耐久力と弾力は、ヘルキャットの重量を受け止めるとばねの様に撓った。

 

その反発力を得たヘルキャットの跳躍力は、クルトのかつての乗機 マーダを超えていた。

 

マーダをも上回る跳躍力でヘルキャットは、敵に向けて飛び掛かった。

 

「一撃で仕留める!」

 

森の樹木から飛び降りたヘルキャットは、ゴルドスの上から襲い掛かった。

 

狙うのは、ヘルキャットの火器でも破壊可能な重要箇所、ゴルドスの頭部コックピット…キャノピーは多少の攻撃にも耐えることができるが、レーザーは防げない筈だった。

 

自身に向かって森から急降下してくる敵機の姿を見たゴルドス森林戦仕様のパイロットは、その動きに驚愕した。

 

ゴルドスの装備火器の射角では、上から飛び掛かるヘルキャットを捉えることは出来ない。苦し紛れの一撃か、ゴルドスの主砲たる105mm高速キャノン砲が火を噴く。

 

当たり所によってはレッドホーンの装甲に打撃を与える威力を持つその一撃が命中すれば、装甲の薄いヘルキャット等完全に破壊されることは確実である。

 

そして、クルトのヘルキャットは、今上空から地上へ向けて落下している状態の為、相手の攻撃を回避することは出来ない。

 

「当たるかよ!」

 

自分と相棒を奮い立たせるかのようにクルトは叫んだ。

 

そう口走った彼にも勝算があったわけではない。そして彼とヘルキャットは、賭けに勝利した。

 

赤熱化して隕石の様に赤く輝く砲弾が、ヘルキャットの胴体真下を通り過ぎた。

 

「デカブツが!これでも食らいやがれ!」

 

クルトはトリガーを引いた。ヘルキャットの背部に装備されたレーザー機銃が火を噴く。

 

ピンク色の光弾が断続的に砲口から吐き出され、ゴルドス森林戦仕様の頭部コックピットに降り注いだ。

 

大型で動きが機敏とは言えないゴルドス森林戦仕様は、その攻撃を回避する術を持たなかった。

 

キャノピー式コックピットのある頭部に次々とレーザー弾が掠め、コックピットを覆う円形のキャノピーがレーザーの高熱で歪んだ。

 

ついにレーザー弾がコックピットを捉えた。数発のレーザー弾が、ゴルドスの頭部キャノピーを貫き、コックピットにいたパイロットを焼き尽くした。

 

コックピットを撃ち抜かれたゴルドス森林戦仕様は、崩れ落ちた。

 

黒と緑色に塗装された巨体が地面に倒れる音が森の中に木霊した。クルトのヘルキャットが大地に着地したのは、それとほぼ同時であった。

 

 

「…やったぜ…相棒」

 

この短時間の戦いの中で、クルトは、ヘルキャットを相棒と認めていた。

 

「ダーシャ、無事か!」

 

クルトは、自機をダーシャのヘルキャットに接近させた。

コックピットは、損傷していないため、パイロットは生きている可能性が高い。

 

「ダーシャ隊長!」

 

クルトは、倒れ込んでいるダーシャのヘルキャットに通信を送る。

 

「…ゴルドスはどうなったの?」

 

ダーシャは、負傷していたものの、生存していた。どうやらゾイドの操縦も可能な程度の負傷の様だった。

 

「倒したよ…俺と相棒がな」

 

ヘルキャットは、嬉しそうに唸り声を上げた。短期間の激闘で、クルトはヘルキャットを相棒だと認めていた。

 

「…糞猫じゃなかったの?」

 

格納庫での事を思い出し、ダーシャは、皮肉を言った。

 

「動けるか?」

 

「なんとか移動は可能だけど、左後ろ脚はダメね。完全に機能停止してる。いざとなったらあなただけ基地に帰還しなさい」

 

「…味方を見捨てられるか」

 

ここから2人そろって基地まで帰還できるか厳しいな…彼がそう思ったその時、森の木々が轟音と共に崩れ去り、緑色のゾイドが出現した。

 

出現したのは、帝国軍の誇るゴリラ型大型ゾイド アイアンコングだった。

 

それも1機ではなく、後ろに4機いた。アイアンコングは、全機がノーマル機と異なり、森の中に溶け込む様な迷彩塗装が施されていた。

 

「アイアンコング…」

 

「友軍部隊か、貴官らの撤退を支援する。」

 

先頭のアイアンコングが通信を送ってきた。

 

「了解した」

 

帝国側の基地に帰還した後、クルトを含むこの作戦に参加したゼネバス帝国軍兵士は、自分達が何のためにこの戦いに参加させられたのかを知った。

 

今回の共和国領への作戦は、侵攻作戦に先立っての作戦ではなかった。

 

その主目的は、共和国軍の防衛ラインを攪乱させることだった。

 

小型ゾイド部隊が共和国軍の防衛ラインをかき乱している隙に、大型ゾイドであるアイアンコング4個小隊、12機を森林地帯に侵入させた。

 

戦闘で索敵網が機能しなくなっていた共和国領の森林地帯を容易く突破したアイアンコング12機は、森林地帯の外れに建設されていたヘリック共和国軍基地をミサイルで攻撃したのである。

 

発射されたミサイルは、1週間前に基地に潜入したスパイコマンドーによって提供された情報に基づいて着弾点を設定されており、精確に弾薬庫、食糧庫、ゾイド格納庫等にすべて着弾し、基地に壊滅的打撃を与えた。

 

本格的な攻勢の際、このことは、帝国軍の有利に働くことは間違いないだろう。

 

 

 

20分後、彼らは基地に帰還した。

 

以後、ヘルキャット4機を保有する第45偵察隊は、この森林地帯で偵察、奇襲任務に従事した。

 

隊員の一人 クルト・ロスナーは、後にサーベルタイガーの援護を行うヘルキャット部隊の訓練教官の1人に選ばれた。

 

 

ZAC2036年 ゼネバス帝国軍は、レッドホーン、アイアンコングに次ぐ3番目の新型大型ゾイドとして虎型高速ゾイド EPZ-003 サーベルタイガーを就役させた。

 

大型ゾイドとしては最高時速200kmという当時の常識を覆す速さを誇るこのゾイドは、その高い機動性で共和国軍のゾイドを次々と撃破し、多くの共和国兵を恐れさせた。

 

共和国軍の最強ゾイドであったゴジュラスすらサーベルタイガーの機動性には苦戦を強いられ、ヘリック共和国軍は、空軍の支援が受けられない状況下での交戦を禁止した程であった。

 

このサーベルタイガーの開発には、ヘルキャットで得られた高速ゾイドの戦闘データやノウハウが生かされていた。

 

 

ゼネバス帝国が、マーダの後継機としてヒョウ型ゾイドをベースに最初の高速ゾイドとして開発したヘルキャットは、それまでの射撃戦、肉弾戦が主体だったゾイド戦闘を一変させ、運動性と機動性を生かした機動戦闘というゾイド戦の新境地を開いた。

 

特に森林地帯での戦闘では、消音装置と隠密性能を生かした奇襲攻撃で多くの共和国ゾイドを葬り〝密林の暗殺者〟の異名を得た。

 

そしてサーベルタイガーの僚機としても高い戦果を挙げた。

 

第二次中央大陸戦争時も引き続きサーベルタイガーと共にヘルキャットは、帝国軍高速部隊の一翼を担い、ディメトロドンやブラックライモス、レドラー、ブラキオス、シーパンツァー等の新鋭帝国ゾイドと共にゼネバス帝国の失地回復に貢献した。

 

だが、サーベルタイガーへの対抗機としてシールドライガーと共に、開発された狼型中型高速ゾイド コマンドウルフが実戦投入されたことが、ヘルキャットの運命を一変させた。

量産性にも優れるコマンドウルフは、火力、機動性、防御力でヘルキャットを上回っていた。更に消音性能を重視したヘルキャットと異なり、電磁牙とストライククローによって本格的な格闘戦が可能であった。

 

ヘルキャットは、各地の戦場でコマンドウルフを有する共和国軍高速部隊の前に敗戦を重ねた。

 

かつて共和国兵を恐怖させた森林地帯での奇襲作戦でも敵部隊に奇襲攻撃を仕掛ける前に、護衛機のコマンドウルフによって駆逐されるケースも増えていった。

 

更にクマ型中型ゾイド ベアファイターがロールアウトしたことも、さらに状況を悪化させた。

 

中央大陸東部の森林地帯に生息するクマ型ゾイドを素体として開発されたベアファイターは、速力はヘルキャットに僅かに劣るものの、装甲と火力、パワーでは遥かに上回っていた。

 

ヘルキャットは、これら2機種の中型高速ゾイドの前に苦戦を強いられた。

 

シールドライガーに苦戦させられたサーベルタイガーが、グレートサーベルとして火力、速力を中心に改良された様に随伴機であるヘルキャットも様々な改良案が提案された。

 

しかし、サーベルタイガーよりもサイズが小さく設計面でも余裕がない為それ以上の性能向上には限界があった。

 

ヘルキャットの後継機として西方大陸に生息するライオン型野生ゾイドをベースに開発された高速ゾイド ライジャーがヘルキャットの後継機として開発された。

 

だが生産が大戦末期であったこと、コストの問題によってヘルキャットを完全に代替することは出来ず、ヘルキャットは、ゼネバス帝国軍高速戦闘部隊の数的主力として終戦まで苦闘を強いられた。

 

ゼネバス帝国滅亡時、多くの帝国ゾイドと同様にヘルキャットも暗黒軍に接収された。接収されたヘルキャットも、他の機体同様に蛍光物質ディオハリコンの投与によって基本性能を大幅に引き上げられた。

暗黒軍は、ゼネバス帝国軍から接収したグレートサーベル、ライジャー、独自開発したガルタイガー、ジークドーベルといった優れた性能を持った高速ゾイドを保有していた。

その為、性能、設計共に旧式のヘルキャットが、前線に投入されることは少なく、主に後方で、陸上連絡機、練習機として運用された。

 

大異変後、多くの高速ゾイドが野生体の絶滅、個体数激減によって再配備不能に追い込まれたことで、西方大陸戦争時、サーベルタイガーの改良機 セイバータイガーの随伴機としてヘルキャットもガイロス帝国軍高速戦闘隊に主力機として配備された。

 

この時、ヘルキャットは、かつての戦友であるサーベルタイガーがセイバータイガーとして強化改良された様にヘルキャットも消音装置の改良、武装の強化などの性能向上が図られた。

 

また少数ながら最新技術である光学迷彩システムを搭載した機体も存在した。

 

西方大陸戦争の途中には、ライバル機であったコマンドウルフの強化改造型やシールドライガーの後継機としてブレードライガーが投入されたことで、またもやヘルキャットは旧式化し、ヘルキャットの後継機としてチーター型高速ゾイド ライトニングサイクスが開発された。

 

この機体は、セイバータイガー以上の高性能を誇ったが、皮肉にもライジャーの時と同様に最新技術を導入したことによるコストが問題となり、配備数でヘルキャットを補完するには至らなかった。

 

 

結局、第二次大陸間戦争においても、ヘルキャットは、高速ゾイド部隊の数的主力として苦しい戦いを

続けることになったのである。




感想をお待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ゾイドグラフィックス戦記 プテラス編 前編

作中に名前のあるリヒトホーヘンというキャラはヒストリーオブゾイドの劇中にいるバトルストーリーの公式キャラです。
確実に名前は、あの赤い飛行機乗りに由来すると思われます。

ちなみに現在の見解では、戦略爆撃はそこまで有効ではありません


 

 

ZAC2037年 9月14日 中央大陸西部 ゼネバス帝国領 

 

 

 

かつて侵攻してきた共和国軍と帝国軍の戦闘が幾度も繰り広げられてきた砂礫の野には、激しい戦いの名残である破壊されたゾイドの残骸が無数に転がっていた。

 

それらの残骸が転がる砂地に、帝国軍の小規模部隊が展開していた。

 

 

部隊の内訳は、ゲーター3機、それを取り囲むように、護衛のマーダ(電磁砲装備型)が4機、指揮官機のゲルダーがいた。ゲルダーは、背部に4連装対空ミサイルを追加装備している。

 

 

「今日は、平穏に終わりそうだな…」

 

 

マーダのパイロットは、モニターの片隅に表示された時刻表示を見て言った。

 

今の所、ゲーターは敵機の機影を自慢の3Dレーダーで地上にも、上空にも捕捉していなかった。

 

彼らの直ぐ近くには、中央大陸を二分する山脈 中央山脈が壁の如く聳え立っている。

 

「お前ら、油断するなよ…」

 

ゲルダーに乗る指揮官が、部下を注意する。

 

この対空警戒任務は、旧式機のゲルダーやマーダが使われていることから分かる様に敵と交戦する危険性の低い任務である。

 

それでも、共和国領との境に近いこの地域は、最前線の1つである。その時、ゲーターの3Dレーダーが、彼らに接近する機影を捉えた。

 

 

それらは、速度と方向から見て敵機である可能性が高かった。

 

 

「敵機です!」

 

ゲーターのパイロットが叫ぶ。

同時に各機のコックピットに対空警戒を示す警報が鳴り響いた。

 

「きやがった!」

 

 

帝国兵の一人がそう言ったのと同時に、中央山脈の黒い影から湧き出す様に敵機が姿を現した。

 

共和国軍の最新鋭小型飛行ゾイド プテラスである。

 

大きく蒼く光るマグネッサーウィング、ペガサロスとは比較にならない太い胴体、陸戦ゾイドに匹敵する脚部は、従来の共和国軍の飛行ゾイドに比べても異質で、敵機のシルエットを繰り返し、脳裏に叩き込まれてきた帝国兵達が見間違うはずがなかった。

 

数は6機。どの機体も低空を飛び、空にV字を描く様な隊形で彼らに向かってきている。

 

帝国兵達の目の前で、プテラス6機は、散開すると地上のターゲットに襲い掛かる。

マーダやゲーターが電磁砲やビームガトリングを上空に向けて乱射するが、射角の問題で、プテラスの機影を捉えることは無かった。

 

プテラスは、敵部隊に機銃掃射を浴びせながら脚部の爆弾漕の小型爆弾を投下する。10発以上の小型爆弾が帝国軍部隊の周囲に着弾し、彼らを包囲する様に火柱が立ち昇る。

 

直撃を受けたゲーターは、木端微塵に吹き飛び、爆風を直に浴びたゲーターが背鰭を穴だらけにされながら横転する。

 

その機体のコックピットは、完全に破壊されていた。

隣では、マーダが脚部を破壊されて行動不能に追い込まれていた。

 

 

「おのれ!」

 

せめて一矢報いようと指揮官機を務めるゲルダーが背部の対空ミサイルを発射した。

ゲルダーの背部がミサイルの発射炎で一瞬オレンジに染まった。

 

発射された4発のミサイルは、白煙を上げて青空の敵機を追う。

 

地球では、航空兵器に対して有効な対空ミサイルも強力な磁気嵐によって誘導装置の信頼性が低下しているこの惑星Ziでは、無誘導のロケット弾と大差は無かった。

 

高い運動性能を誇るプテラスは、それらのミサイルを急旋回や急降下で容易に回避する。ミサイルは、敵機を捉えることなく、空しく自爆していった。

 

プテラスの1機が急降下し、地上の帝国軍機に向けて機銃掃射を開始した。すれ違い様にプテラスの胴体上部側面に装備されたバルカン砲が火を噴く。

 

機銃弾を胴体に受けたマーダが爆散する。別のプテラスが、ゲルダーの背部に機銃掃射を浴びせた。

 

幸い重装甲のゲルダーは、装甲に多少傷がついただけで済んだ。ゲルダーの後ろで、最後のゲーターがプテラスの機銃掃射で大破した。

 

「終わったのか…」

 

ゲルダーに乗る部隊指揮官を務める帝国兵は、次々と共和国領へ去っていく敵の航空部隊を憎しみの籠った目で見据えて言った。

 

襲撃は時間にすると数分であったが、それが地上の帝国軍部隊に与えた損害は、甚大な物だった。

 

マーダは、2機が大破、対空哨戒任務を務めるゲーターは、全てがスクラップと化し、彼らの任務である共和国軍の爆撃部隊の発見、監視という目的は果たせなくなった。

 

国境付近で対空監視任務に従事していた第145電子偵察小隊は、共和国空軍のプテラス部隊の襲撃を受け、短時間で壊滅を余儀なくされたのだ。

 

任務を達成したブルーグレーの機影は、意気揚々と東の空へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ZAC2034年、ヘリック共和国は、鳥族の王族出身の共和国空軍司令官 リヒトホーヘンの発案で、共和国空軍に配備されてきた大型飛行ゾイド サラマンダーの過半数を新設した戦略航空大隊に編入、この部隊による帝国本土空爆作戦を正式に承認した。

 

これは、それまでのゾイド星(惑星Zi)の軍事作戦の常識を超えた作戦であった。

 

この作戦は、爆装したサラマンダー部隊によって中央山脈を超え、ゼネバス帝国本土の都市や軍需工場といった拠点に対する戦略爆撃を行い、帝国の戦争遂行能力を奪うことを目的としていた。

 

後方拠点に打撃を与え、ゼネバス帝国の国力を低下させるだけでなく、帝国市民の士気を低下させることにより、戦争を早期終結に導くというもので、それまでゾイド部隊による大会戦や都市や拠点に対する攻略作戦等が主体であったこの惑星の戦争の常識を遥かに超えたものであった。

 

帝国本土空爆作戦が発表された時、戦線から遠く離れた敵国の都市に対する攻撃等全く想像出来なかった陸軍、海軍の将軍、共和国議会の一部議員は、絵空事であると思った程である。

 

それまでの空軍、飛行ゾイドの役割を考えれば、彼らの反応も当然と言える。

 

飛行ゾイドの存在によって地球以上に航空兵力の歴史は長かったものの、それらの利用法は、前線偵察、相手の偵察妨害、敵の飛行ゾイドへの攻撃、地上攻撃等で、陸軍の補助としての存在であった。

 

前線から遥か離れた都市を空爆し、戦争そのものの趨勢に影響を与える等考えられなかったのである。

 

帝国本土空爆作戦を立案した空軍司令官 リヒトホーヘンは、鳥族の貴族出身のエースパイロットであり、帝国軍の侵攻作戦によって故郷を失っていた。

 

この前代未聞の作戦を考案するにあたって彼が教師としたのは、6万光年離れた惑星 地球の戦争で行われた航空作戦の歴史だった。

 

その中で彼が注目したのは、戦略爆撃という用語であった。

 

戦略爆撃………敵国の生産施設や都市を破壊し、戦争継続能力を奪うことで戦争を早期終結へと導く。

 

リヒトホーヘンにとってこれは、この戦争を終わらせる答えの様に見えたのである。

 

 

そして、この作戦に要求される性能を全て満たすのは、新開発されたばかりだった唯一の大型飛行ゾイドであるサラマンダーのみだった。

 

 

その半年後、戦略航空大隊に編入されたサラマンダーは、戦略爆撃を開始した。

 

大量の爆弾を搭載できるサラマンダーの大部隊による空爆は、ゼネバス帝国最大の工業地帯ウラニスク工業地帯等数多くの都市や防衛拠点、工場等に打撃を与え、ゼネバス帝国の工業力、戦争遂行能力も低下していった。

 

 

対するゼネバス帝国も、この天空からの脅威に手を拱いていたわけではなかった。対空ミサイルや対空砲の高性能化、唯一の実用飛行ゾイドであるシンカーの武装、速力強化等のサラマンダー対策を進めた。

 

中でも最も効果を発揮したのは、ゼネバス帝国空軍、陸軍の連携によって国内に形成された防空哨戒網である。

 

これは、地球人科学者より導入されたレーダーシステムと通信網を利用し、共和国領を飛び立ったサラマンダー部隊をいち早く発見、敵の爆撃編隊の針路から、目標となる拠点を算定するというシステムである。

 

これにより、敵機の針路上に迅速かつ効率的に防空戦力を集中させることが可能となったゼネバス帝国空軍は、少ない防空戦力で、効率的に迎撃することが出来るようになった。

 

防空網に突入することとなったサラマンダー部隊の被害は、拡大し、爆撃作戦の中止さえ提案され始めた。

 

防空網の眼となっていたのは、当初、レーダーを有する基地であったが、これは固定目標であるため、即座に少数機のサラマンダーによる爆撃対象にされた。

 

 

これによりサラマンダー部隊の被害は低下した。

 

 

対する帝国軍は、爆撃のターゲットとならない様にレーダーを移動させればいい、と考えた。

 

 

ここで、白羽の矢が立ったのが、ディメトロドン型電子戦ゾイド ゲーターである。ゲーターの背びれの3Dレーダーは、地上、空中両方の敵を探知可能で、対空警戒任務に転用出来た。

 

小型ゾイドであるゲーターのレーダーシステムは、基地のレーダーに性能で大きく劣っていたが、空を高く飛ぶ大型機であるサラマンダーの大編隊を捕捉し、その方向を通報するには、十分だった。

 

防空網の眼である索敵システムが復旧したことで、サラマンダー部隊の被害は再び増大した。

 

 

これを受け、共和国空軍は、貴重なサラマンダー部隊の被害を出来る限り、減らす為国境付近の地域に展開する帝国軍の対空監視部隊の掃討部隊を編成した…敵地に侵入し、敵の対空監視部隊を叩き潰すという困難な任務には、共和国が開発した新型飛行ゾイド プテラスが充てられたのであった。

 

 

 

 

 

 

対空哨戒部隊への襲撃を終えたプテラス6機で編成される第3小隊は、基地への帰路に就いていた。

 

眼下には、黒々とした中央山脈の険しい山肌が広がっている。

 

 

 

「グレン隊長!今日も楽な任務でしたね!」

 

 

 

2番機を務めるコリン・マクスウェル中尉は、先程の戦いを脳内で回想しながら先頭を飛ぶ隊長に言った。

 

「コリン、油断するよ…連中は、旧式機を護衛にしているからいいものの、本格的な対空装備を出して来たら…こっちが酷い目に遭うんだ」

 

通信波により伝達されたお調子者の副官の言葉を聞きながら、禿頭の指揮官は、彼をたしなめる様に言う。

 

「おい、新入り!お前もよくやったな、ケイ、お前は、マーダの脚を吹き飛ばしただろ?」

 

編隊の最後尾のプテラスに乗るパイロットは、初陣の緊張の余韻の残る顔を緩ませた。

 

「はい!ありがとうございます」

 

「各機!基地が見えて来たぞ!」

 

パイロット達の視界に光を放つ山の中腹の一部が見えた。

 

 

中央山脈山頂付近に積る白銀の万年雪や遥か古代のマグマが冷え固まって出来た黒い岩石の輝きとも違うそれは、中腹に建設した共和国の空軍基地の輝きである。

 

中央山脈 タリオニス空軍基地 まだ中央大陸が統一されていた頃、中央山脈の周囲を主な居住エリアとする民族 鳥族の聖地が存在していた場所にこの空軍基地は建設されていた。

 

聖地だった頃は、遥か有史以前に気候変動で絶滅した、サラマンダーを上回るサイズの大型翼竜型ゾイドの群れの化石が、御神体として配置され、鳥族によって神殿が築かれていた。

 

最盛期には、鳥族以外の民族を含む数多くの人間が険しい山を乗り越えて参拝していたのである。

 

 

だが、ZAC2037年現在、もう誰も、古代の鳥族の文化、技術水準の高さを示すその神殿も、気候変動で滅び去った古の空の巨人たちの遺骨が埋まった大岩も、見ることは出来ない。

 

かつて部族間抗争の頃も保護されていたその壮麗な神殿と化石が埋め込まれた大岩は、ZAC2033年のゼネバス帝国軍の共和国領侵攻作戦の際に帝国軍の砲撃によって破壊され、現在は廃墟となっているのがその理由である。

 

破壊された鳥族の聖地に築かれたこの基地の名が、地球の古代の言語で、「報復」を意味する単語なのは、偶然ではないだろう。

 

事実この基地は、開設されてから今日に至るまで共和国空軍機という報復の矢を撃ち込んできた。

そして今日も、帝国領に放たれた矢が、任務を終えて帰還してきた。

 

 

 

 

 

「全機!着陸態勢に入れ!」

 

 

かつての神殿の名残である崩れかけた大理石の石柱が視界に入ったのと同時にプテラス隊を率いるグレン・マクダネル大尉は、旗下のパイロット達に命令を下す。

 

プテラス5機のパイロットの指揮官を務めるこの男は、ペガサロスで、シンカー2機を撃墜し、地上攻撃でも戦果を挙げたエースパイロットである。

 

「「「「「「了解!」」」」」」

 

彼の部下は、即座に指示通り自分の機体の速度を緩める。

 

グレンは、神殿跡に聳える石柱が見えた辺りで、減速するのが、この基地での安全な着陸でのコツだと経験から知っていた。

 

なにしろ中央山脈の山腹に建設されたこの基地では、滑走路を外れたら、即命に係わる。

 

3日前には、第5小隊のプテラスが2機、減速のタイミングを間違え山脈に激突する事故を起こしていた。

 

グレンも、彼の部下達も戦闘で敵の対空砲火や敵機に撃墜されて死ぬのは、覚悟している。だが、事故で犠牲になることは、何としても避けたかった。

 

灰色の強化コンクリートを敷き詰めた滑走路がパイロット達の視界一杯に迫った。

最後尾の新米パイロット2人は、緊張に表情を強張らせる。

 

プテラス6機は、指揮官機を先頭に空中で静止し、次々と滑走路に降り立つ。

 

プテラスは、その改良型マグネッサーウィングとサラマンダー譲りの二足歩行も可能な頑強な着陸脚の存在によって垂直着陸が可能であった。

 

これは、それ以前の共和国空軍の戦闘機である鳥型ゾイド ペガサロスが離着陸に長い滑走路を必要としていたのとは対照的だった。

 

着陸したプテラスのコックピットが開き、パイロット達が、頭部側面に内蔵されていたワイヤーロープを用いて滑走路の硬い地面に降り立った。

 

ゴドスのフレームを流用したプテラスは、グライドラーやペガサロスと異なり、全高が高い為、この様な方法で搭乗員は、乗降しなければならなかった。

 

一応、プテラスを地面に寝かせることでパイロットが乗り降りする方法があったが、発進時に手間がかかる為最前線では用いられなくなっていた。

 

 

「…」

 

 

最後に着陸したプテラスのコックピットが開放され、パイロットが地面に降りた。

 

ケイ・ランバート准尉は、対ゾイド爆弾の爆風にも耐える強化コンクリートが敷かれた地面の硬い感触を両脚で確かめた。

 

これが、この若きパイロットの癖で、彼にとって自分が今揺らぐことのない地面にいるのだと確かめる儀式の様な物である。

 

黒曜石の様な黒髪を後ろにまとめた彼は、この部隊に入ってからまだ日が浅くプテラスに搭乗しての実戦はこれが初めてだった。

 

「中々良い着陸だったぞ!」

 

「敵機一機撃破よくやったな」

 

着陸と同時に隊長であるグレン以下隊員達が彼の肩を叩き、笑顔で迎え入れた。

 

グレンの次にケイの右肩を叩いたのは、プテラス3番機のパイロット リック・バークレイ少尉である。

「ケイ、昨日の賭けはお前の勝ちだったな。次は負けねえからな」

 

最後に金髪を短く刈りこんだヘアスタイルの長身の男がケイの前に現れて言った。

彼、プテラス5番機のレイモンド・ラッド准尉は、ケイと同様に今回の出撃が初陣である。

 

「賭け?」

 

「おいおい、忘れちまったのかよ。訓練学校を卒業した時に言っただろ?空でも陸でもいいから敵ゾイドを最初に仕留めた方に酒をおごるってな」

 

「…ああそうだったな。奢ってくれるよな?」

 

ケイは半年前の約束を思いだし、笑みを浮かべて言った。

 

「それは、この基地にバーが出来てからの話だなぁ」

 

レイモンドも口元に笑みを浮かべる。その笑みは、賭博師が相手と賭けに勝利した時に見せるそれに似ていた。

 

このタリオニス空軍基地は、現在建設途上で、滑走路と格納庫、レーダー等の空軍基地として不可欠な設備こそ完成していたが、酒保やバー等の兵員の休息や娯楽の為の施設は過半数が未完成であった。

 

また将来の帝国本土空襲作戦を見据えて設置されることが決められた重装備機 プテラス・ヤーボ用のカタパルトも未完成である。

 

「…畜生!」

 

ケイは、悔しそうに顔をしかめる。

 

「お前ら整備の邪魔になる前に宿舎に戻るぞ」

 

「あっ」

 

「はい!分かりましたぁ」

 

他のパイロットが滑走路から去りつつあるのを見た2人は慌ててその後を追った。

司令室に戦果報告する必要のある指揮官のグレン以外の第3小隊のパイロット達は、宿舎へと消えていった。

 

第3小隊は、エースパイロットであるグレン中尉の指揮の元順調に帝国領への地上攻撃において戦果を挙げた。

ケイとレイモンドも第3小隊の一員として地上の敵ゾイドをスクラップに変えていった。

 

 

 

 

 

ZAC2037年 9月20日 

 

 

この日も第3小隊のプテラス6機は、帝国側の対空監視部隊を撃破し、基地に帰還する途中だった。新米のケイとレイモンドは、初陣と同じく一番後ろを飛んでいる。

 

「今日も遭遇しなかったなぁ…」

 

「どうしたんだケイ?」

 

「いや…俺らの部隊何度も帝国の本拠地に突撃してるのに一度も迎撃機と空戦してないなって思ってさ」

 

「確かに、俺ら一度も敵の飛行ゾイドと遭遇してないな」

 

レイモンドも不思議そうに言う。

 

「ゼネバスの奴らは陸軍に偏重した編成になっているからな。空軍の規模は、それほど大きくない。それに飛行ゾイド部隊同士の空戦なんてそうは無いもんさ」

 

「そうなんですか!?」

 

「それって、どういうことです?隊長」

 

2人の新兵は、驚き気味だった。

 

「シンカーは、確かに脅威だが、あれは、海軍の攻撃機も兼ねている。この内陸で遭遇することはまずない。俺達が交戦するのは、空軍の所属機だけだが、これは、現在半分以上が帝国首都やウラニスク工業地帯とかの重要拠点の防衛に回されてるそうだ。まあサラマンダー部隊の連中のお蔭だな。最後の残りの半分の部隊のシンカーも多くが前線の爆撃部隊かその護衛らしい。だからこの国境の小部隊が遭遇する確率は少ないってわけだ。」

 

「勉強になりました大尉殿!」

 

「だからと言って油断するなよ。お前ら、いつ、帝国がシンカーの大部隊で攻め込んで来るか分からんからな。」

 

グレンは、そういうと通信を切った。

 

この時は、グレンを含む全員が、帝国空軍によるタリオニス空軍基地への攻撃は、まだまだ先だろうと想像していた。

 

 

 

 

 

だが、次の日、皮肉にも彼の言葉は現実のものとなる………日暮れ前に帰還した偵察機のプテラスが、帝国空軍によるタリオニス空軍基地への空爆の兆候有という情報を持ち帰ったことによって…レドームを装備したプテラス偵察機が、滑走路にシンカー部隊が多数展開しているのを発見したのだ。

 

それが、タリオニス空軍基地の攻撃の為に集められた航空部隊であることは、明らかであった。

 

なぜならば、この付近でそのような大編隊を用いて攻撃する程の航空戦力を有する目標は、タリオニス空軍基地しか存在していなかったからである。

 

国境近辺に展開していた対空警戒部隊に損害を与え、本土防空網を穴だらけにされたことで、ゼネバス帝国軍は、この空軍基地を眼の上の瘤と見做したのであった。

 

対する共和国空軍は、折角山岳地帯に建設した飛行場をみすみす破壊させるわけにはいかず、プテラス隊を支援する為、サラマンダー・ブラックバードを空軍基地の上空に派遣した。

 

サラマンダーの早期警戒機、夜間戦闘機仕様であるこの機体最大の特徴は、背部のレドームである。

 

このレドームによって、サラマンダー・ブラックバードは、捕捉した目標を探知し、更にその情報を味方基地や味方の迎撃機に送信し、効果的に友軍機を迎撃に向かわせることが出来た。

 

更に基地の対空レーダーと異なり、低高度の目標を捉えることが可能である。この索敵能力の高さから空軍の関係者の中には、「空のゴルドス」と呼ぶ者もいる。

 

サラマンダー・ブラックバードからの管制の元、タリオニス空軍基地のプテラス飛行隊は、シンカー部隊を迎撃する予定だった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ゾイドグラフィックス戦記 プテラス編 後編

タリオニス空軍基地のブリーフィングルームにプテラス飛行隊のパイロット全員が集められ、迎撃作戦のブリーフィングが行われ、各飛行小隊の配置や攻撃の順番等が決められた。

 

数時間のブリーフィングが終わった後、基地司令官は、格納庫の1つで、パイロット達と整備兵達に対して訓示を行った。

 

 

 

 

「明日にも、ゼネバス帝国軍は、この基地を破壊すべく空軍の大部隊を送り込んでくる。だが、私は、そのことについて全く恐れてはいない!なぜならこの基地には、真の空の戦士である君達と最新鋭機のプテラスによって守られているからだ。明日の戦いで、にわか仕込みの空軍しか持てぬゼネバス軍に本当の飛行ゾイドの戦い方という物を教えてやれ!」

 

 

鳥族の神官の家系の出身だというその長身の将校は、話し終えると目の前に立つ兵士達に向けて敬礼した。

 

パイロットと整備兵達も一斉に起立し、彼に敬礼を返す。

 

敬礼が終わると、格納庫に集められた集団は2つに分かれた。

 

 

パイロット達は、宿舎へと眠りに就くために、作業着の整備兵達は、明日の空戦に向けて基地の格納庫に並ぶプテラスの整備作業を開始した。

 

宿舎に向かう途中、最後尾にいたケイとレイモンドは、何度も後ろを振り返った。

パイロット達の中で、最も早く睡眠状態に突入したのは、指揮官であるグレンであった。

彼は、ベッドに入ると瞬く間に眠りに落ちた。次にバークレイとレイモンドが眠りに就く。

 

レイモンドは、緊張の余り疲労していたのである。対照的にケイは、中々眠ることが出来なかった。

 

「ケイ、眠れないのか?」

 

「はい。ビューフォート少尉。整備の人たちがまだ作業しているのに…」

 

「だからこそ寝るんだよ新米。整備の奴らは、夜が仕事の時間なのさ。寝ない方が整備班の皆に失礼だ」

 

今度は、後ろのベッドのマックスウェル中尉が言う。

 

「パイロットは、休むのも仕事の内だ。俺達に出来るのは、明日の空戦で敵を叩き落して整備の連中が昼間に枕を高くして寝れる様にすることだけだ。その為にも今は休息を取れよ」

 

「…わかりました」

 

ケイは、なるべく早く眠れる様に自分の頭の上まで毛布をかぶった。

 

 

 

 

 

 

朝、タリオニス基地は、昨日の夜の喧騒とは真逆の静かな状態となっていた。

 

徹夜でプテラス隊のチェックを行った整備兵達は、滑走路に並んだ機体を誇らしげに見つめていた。

 

疲れ果てた彼らの視線の先…滑走路には、敷き詰められた石畳の石の様にダークブルーの機影が所狭しと並んでいる。

 

このタリオニス空軍基地の保有するプテラス全機の内出撃可能だと判断された機体の全てがその場にいた。

その数28機、数では、事前偵察で確認されたシンカー部隊の56機に劣っている。

 

だが、プテラスにはサラマンダー・ブラックバードからの索敵情報と管制という頼もしい味方がある。

 

プテラスは次々と両翼のマグネッサーシステムを始動させ、青い翼を輝かせて浮かび上がる様に飛び立っていった。

 

 

プテラスの改良型マグネッサーシステムによるVTOL(垂直離着陸)能力がこの滑走路に依存しない離陸を可能としていた。

プテラス以前の空軍の主力であるペガサロスでは、この様な迅速な上空への展開は不可能だっただろう。

 

 

第1小隊と第4小隊、第5小隊は、敵の編隊の予測進路上に展開し、防衛線を張る。これらの部隊が、サラマンダー・ブラックバードの索敵情報を元に敵編隊に襲い掛かることになる。

 

早期警戒機のサラマンダー・ブラックバードからの情報を生かす作戦だ。第3小隊のプテラス6機は、第2小隊と共に滑走路上空の防衛の任務に就いた。第2小隊は、3日前の損害から回復しきっておらず、数は、4機である。

 

この2つの小隊は、それぞれ新米パイロット2名を抱えていることと数で劣っている為、基地上空の防空に回されたのである。

 

プテラス隊の約半数以上がシンカーの迎撃に飛び出して数分後、双方の戦端が開かれた。

突如、いくつもの火球が膨れ上がり、青空を照らした。

 

 

それはミサイルを食らったシンカーの断末魔の閃光であったが、それに気付く術は無かった。

 

次に細長い黒煙を出しながら黒い点の様な物体が地上に墜ちていく。

 

「爆発した!」

 

「俺達の担当空域にも来るのか…」

 

ケイとレイモンドは、戦闘の光と煙を不安げに見つめている。

 

「俺達で守り切れるのか……」

 

ケイの頭に渦巻き始めていた不安が思わず音声となってコックピットに響く。

 

「お前ら、気持ちは分かるが、基地を守るのが一番だ。俺達の出番がないのが一番いいんだからな」

 

プテラス4番機のロバート・ビューフォート少尉が2人の新米パイロットに言う。

 

「そうだぞ。落ち着いて待機するんだ。」

 

「ケイ、レイモンド、地上の目標をお前らは、潰してきた…空中の敵にも訓練通りにやればいける。お前ら1人で敵機と戦うわけじゃない」

 

「チームプレイってことだ」

 

「はい!」

 

「11時方向より敵機18機接近中、約3分で第4エリアに到着する模様、第2小隊 第3小隊は、迎撃に迎え」

 

 

遥か上空を飛ぶサラマンダー・ブラックバードから通信が入った。

 

今日は快晴の為、磁気嵐による電波障害の心配はなかった。

 

第4エリア…それは、基地上空の周辺の空域に与えられた名称である。

 

 

 

 

「18機!」

 

「俺達の倍近くも来るのか…」

 

空戦経験が無いケイとレイモンドは、その報告を聞いて思わず、心中の驚きを音声化した。

 

「的が多いと思えばいい!それに相手は爆装してるから動きが鈍い筈だ。」

2人の新米パイロットとは対照的に実戦経験が豊富な指揮官のグレン大尉は、冷静に敵機を分析する。

 

他の3人の部下もシンカーを相手にした空戦の経験を持っている為、冷静である。

 

「見えたぞ!」

 

約1分後、彼らの視界に空を飛ぶ銀色に光る物体が見えた。その数は、少なく見ても10機確認できた。機種は、ゼネバス帝国軍の現状唯一の量産飛行ゾイド エイ型飛行ゾイド シンカーである。

 

シンカーは、水中での運用も可能で、水中を航行することで純粋な飛行ゾイド以上の航続距離を手にしていた。

 

また敵地の寸前の海面から空中に発進しての奇襲攻撃は共和国軍を苦しめた。

 

 

素体である野生ゾイドが元々飛行ゾイドではない為、空戦性能では、速度では劣っていたが、重装甲と大火力で共和国軍のペガサロスを圧倒した。

 

このプテラスが開発されたのもこのシンカーの水中と空中の両面からの奇襲攻撃で本土の安全を脅かされたからである。

 

 

「こちら第2小隊!先に仕掛ける。第3小隊は、止めを頼む」

 

「了解した」

 

「第2小隊全機 ミサイル発射!」

 

第2小隊のプテラス4機が、シンカー部隊に向けて背部の対空ミサイルを発射する。

 

 

対空ミサイルの直撃を受けたシンカーが次々と上空で砕け散る。

胴体にミサイルを受けたシンカーは、空中で火球となって燃える破片を撒き散らし、翼の付け根に命中した機体は、片翼だけを残して墜ちていく。

 

直撃を受けず、至近距離での爆発を受けたシンカーも、無事ではいられず、無視できない損傷を受けた。中には、搭載していた爆弾が誘爆して粉々になったものもいる。

 

目標たるタリオニス空軍基地の姿を見る前にシンカー部隊は、3分の1の戦力を叩き落された。

 

シンカー部隊は、元の高度を維持する編隊と低高度の2つに分かれた。対するプテラス10機も二手に分かれる。

 

低高度の編隊は、第2小隊が、元の高度を飛ぶ編隊には、第3小隊が襲い掛かる。

 

2つのシンカー隊は、尚も進撃を継続する。

 

爆装したシンカーは、編隊を維持してプテラス隊の迎撃を避ける様に飛行する。逆に爆装したシンカーの護衛のシンカーはプテラスに向かって来る。

 

護衛機のシンカーは、爆装型と異なり、ロケットブースターの推力が強化されていた。

だがプテラスの飛行性能は、シンカーを遥かに上回っていた。

 

もとより空を飛びまわる翼竜型を素体としたプテラスと水上を滑空することしかできない程度の飛行能力しかないエイ型を素体とし、地球人から導入されたパワーアシスト、ロケットブースター等の技術で無理に飛行能力を与えられたシンカーとでは、飛行ゾイドとしての質が違った。

 

意気揚々とプテラスに立ち向かったシンカーは、プテラスに次々と返り討ちにされ、眼下に広がる中央山脈の岩肌へと真っ逆さまに墜落していった。

 

「当たるか!」

 

 

グレンのプテラスは、背後から襲い掛かるシンカーの加速ビーム砲を回避すると、機体の運動性を生かし、急旋回でシンカーの後ろを取った。

 

「逃げられるかよ!」

 

グレンのプテラスは、20mmバルカン砲を連射する。シンカーの背中に次々と機銃弾が突き刺さった。

 

回避運動に入ることも出来ずにシンカーは、背中の被弾箇所から黒煙と炎を上げながら、墜落して行った。

 

同じ頃、ケイのプテラスは、1機のシンカーを追い回していた。

 

「当たれ!当たれ!」

 

ケイは、20mmバルカン砲でシンカーに銃撃を浴びせる。

だが、シンカーは、機体を横滑りさせて機銃弾を回避する。既に数発がシンカーのボディに命中していたが、重装甲のシンカーに致命打を与えるには至らない。

 

「ミサイルで!近すぎるっ」

 

ケイは、20mmバルカン砲よりも威力の高い対空ミサイルを使用しようとする。

対空ミサイルならシンカーを一撃で撃墜することが可能である。

 

だが、ミサイルは発射されなかった。ミサイルを発射するには、余りにも距離を詰め過ぎていたのだ。

それに気付いたケイは、機体を減速させた。

 

シンカーとの距離が開き、ミサイルの目標への照準合わせが可能になったことを示す警報がコックピットに鳴り響くと同時に、ケイは、対空ミサイルの発射ボタンを押した。

 

プテラスの背部から勢いよく発射されたミサイルは、シンカーへと突っ込んでいく。

 

ケイの見ている眼の前で、彼の発射した対空ミサイルがシンカーの左のロケットブースターに命中した。

 

ロケットブースターが爆発し、シンカーの左翼が根元から吹き飛んだ。

 

左翼を失ったシンカーは、黒煙を吹き上げながら眼下の山岳地帯へと墜ちていく。

 

 

「やった!」

 

ケイは、コックピット内で大声で叫んだ。彼が実戦で空を飛ぶターゲットを撃墜したのは、これが初めてだったのだ。

 

次の瞬間、真後ろで爆発が起こった。何事かと彼が振り返ると火達磨になったシンカーが錐もみ状態で墜落していくのが見えた。

 

「ケイ、1機落したからって油断するな!」

 

バークレイが怒鳴る。

 

ケイは、即座に理解した。彼がシンカーを最初の空中戦での敵機撃墜を喜んだのと同時に低空からシンカーが彼の機体の背後に回り込んでいたのである。

 

それに気付いたバークレイが咄嗟にシンカーを撃墜したことで彼は難を逃れたのだと。

 

もし彼が、背後のシンカーを撃墜していなかったら、ケイは、最初の敵機撃墜を喜びながら、自身が撃墜されていただろう。

 

「すみません!」

 

自分の愚かさを認識した彼は、助けてくれた上官に感謝と謝罪を込めて言う。

 

 

「おう!次は自分の為にもこんなへまするなよ。この混戦じゃ、早期警戒機からの警報も当てにできねえ」

 

「はい!」

 

気を取り直し、ケイとプテラスは、次なる敵機を追い求めた。

 

「当たれ!」

 

レイモンドのプテラスが1機のシンカーを対空ミサイルで撃墜する。被弾箇所から真っ二つに切り裂かれたシンカーが空中で砕け散る。

 

ケイのプテラスは、自分の横を掠めたシンカーに狙いを絞る。

 

接近し、20mmバルカンをシンカーに撃ち込む。20mm弾を受け、シンカーの装甲板がはじけ飛ぶ。

 

シンカーは、機体を左右に揺らして回避を図るが、双方の運動性能の差は残酷過ぎた。

 

その時、ビューフォートのプテラスが、下から襲い掛かる。

 

彼のプテラスは、シンカーの下腹へと銃撃した。右のロケットブースターに被弾したシンカーは、燃料の白い煙を噴き上げて、降下していく。

 

「やったぞ!ケイありがとよ。」

 

彼らの見ている前で、シンカーは、燃料が引火したのか爆散した。

 

 

 

 

第3小隊と第2小隊のプテラスの猛攻を受けて、18機いたシンカー部隊は、2機まで減らされ、その2機はグレンのプテラスが追撃している。

 

 

彼と彼のプテラスが追跡する2機のシンカーは、他のプテラスの迎撃を掻い潜り、タリオニス空軍基地の滑走路に接近していた。

 

翼下には、ホーミング魚雷の代わりに地上攻撃用のクラスター爆弾を4発抱えている。

 

もし、滑走路や建設中のカタパルトが破壊されることになれば、今後の作戦にも支障を来すこととなる。

何としても撃墜する必要があった。

 

「行かせるかよ!」

 

後ろにいたシンカーにグレンのプテラスは、胴体のバルカン砲を叩き込む。

 

胴体に被弾したシンカーは、被弾箇所から火を吹き上げながら墜ちていく。

 

同時に、プテラスのコックピットに警報が鳴る。それは、プテラスの胴体部のバルカン砲が弾切れを起こしたことを教えていた。

 

「ちっ」

 

舌打ちするグレン。弾薬が残っている頭部の機関砲では、シンカーの重装甲を撃ち抜けない。

 

「あまりやりたくないが…」

 

グレンは、プテラスのスロットルを一気に引き上げる。

 

プテラスのゾイドコアから両翼のマグネッサーシステムにエネルギーが流れ、プテラスの速力を増大させる。

 

加速したプテラスは、シンカーと接触するのではないかと思う距離にまで迫った。

 

「食らえ!」

 

グレンのプテラスは、両脚をシンカーの背部装甲に叩き付けた。

 

プテラスの陸戦ゾイドに匹敵する強靭な脚は、格闘兵器としても使用可能である。

だが、それは、一歩間違えば敵機との衝突にもなりかねず、使用されることは希だった。

 

プテラスに蹴り飛ばされ、操縦不能に陥ったシンカーは、滑走路手前の鋭く尖った黒い岩肌に激突。

 

シンカーの残骸からオレンジ色の爆炎が吹き上がった。

 

1分後、各空域合わせて半数以上の機体を失ったシンカー隊は各空域から退却していった。

 

 

更に数分後、各空域を担当したプテラスが帰還した。基地の通信網を共和国兵達の歓声が満たした。

彼らは、自分達の巣を守り切ったのである。

 

 

ゼネバス帝国空軍は、中央山脈のタリオニス空軍基地を破壊し、本土防空の要である対空警戒部隊への脅威を排除すべく、シンカー56機で編成される爆撃部隊を送り込んだ。

 

だが、早期警戒機のサラマンダー・ブラックバードの支援を受けた半数以下のプテラス隊によって阻止された。

 

爆撃部隊の半数以上を喪失した帝国側に対して共和国側は、損傷機4機、プテラスを2機を喪失しただけで、戦術的にも圧倒的勝利といえた。

 

この勝利には、サラマンダー・ブラックバードにより、タリオニス空軍基地の航空隊が、敵航空部隊の針路、位置を把握していたこともあるが、飛行ゾイド プテラスの性能も大きかった。

 

従来のペガサロスでは、戦力的にシンカーを圧倒することは出来ず、更にVTOL性能を有するプテラスの様に短期間で迅速に出撃することも出来ない為、滑走路上で撃破されていた可能性もあったからだ。

 

空での勝利を得た青い翼竜達は次々と灰色の強化コンクリートの地面に降り立ち、パイロット達がそれに続く。

 

地に足を付けた彼らを滑走路に待機していた整備兵達が歓迎した。

 

整備兵達に囲まれ、歓待を受けるパイロット達の中には、1週間前新米パイロットだったケイとレイモンドの姿もいた。

 

 

………彼らはもう雛鳥ではなく、一人前の猛禽であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翼竜型飛行ゾイド プテラスは、ZAC2034年、共和国軍が、帝国軍の飛行、水中ゾイド シンカーに対抗する為に開発されたゾイドである。

 

プテラスは、サラマンダーの量産型として研究されていた飛行ゾイドの設計とゴドスのフレームを流用し、開発された飛行ゾイドで、サラマンダーのマグネッサーウィングを参考にした改良型マグネッサーウィングと陸戦小型ゾイドに匹敵する強度の脚部によって垂直離着陸を可能とした。

 

またパイロットの生残性を考慮し、同時期に開発されていた蛇型小型ゾイド スネークスにも採用された分離して単独飛行が可能な新型コックピットを採用した。

 

垂直離着陸能力と優れた速力、火力を有するプテラスは、シンカーを迅速に迎撃し、帝国軍のシンカーの内陸進攻を抑止すると共にシンカーの活動を海岸付近にまで抑え込むことに成功した。

 

プテラスは、長大な滑走路を必要とするペガサロスや完全に旧式化したグライドラー、高性能ながら量産が利かないサラマンダーに変わって共和国空軍の主力機として活躍し、第1次中央大陸戦争後半における共和国の制空権確保に大きく貢献した。

 

対するゼネバス帝国軍も制空権奪回の為、火山地帯の始祖鳥型飛行ゾイドを改造して開発された空戦ゾイド シュトルヒを投入した。

 

 

この機体は、優れた命中率と高い威力を持つSAMバードミサイルを装備していた。シュトルヒの性能は、運動性でプテラスを上回っていた。

 

だが、開発された頃には、ゼネバス帝国の工業力が低下していたことにより、配備数が少なかったことと機体の整備状況の悪化、パイロットの技量差、そしてプテラスの性能改良等の複合的な要素によってプテラスと共和国空軍にとっての深刻な危機にはなり得なかった。

 

第1次中央大陸戦争においてプテラスは、共和国軍の制空権確保に数的主力機として大きく貢献した。ZAC2041年 バレシア湾に上陸し、中央大陸への帰還を果たしたゼネバス帝国軍が上陸してきた際に迎撃した共和国軍部隊の中にもプテラスは配備されていた。

 

この時は、帝国軍の新型ゾイド ディメトロドンのジャミングによる陸軍との連携不足、帝国軍が飛行場を奇襲したこと等によって戦果を挙げることが出来ず、多くのプテラスが戦場である空で戦わずして、地上で破壊された。

 

 

それでも第二次中央大陸戦争が勃発した当初、プテラスは、引き続き帝国軍の主力機 シュトルヒやシンカーと互角以上に戦うことが出来た。だが、ZAC2042年にロールアウトされたゼネバス帝国空軍のドラゴン型飛行ゾイド レドラーの登場は、プテラスとサラマンダーによって守られてきた共和国の空を脅かすこととなる。

 

暗黒大陸に生息するドラゴン型飛行ゾイドをベースに開発されたこのゾイドは、通常の状態では、一切の射撃兵装を装備しておらず、着陸脚を兼ねる4本のストライククローと尾部の特殊金属製の切断翼による近接格闘戦を得意とし、その威力は、プテラスのみならず、大型のサラマンダーにさえも脅威となった。最高速度でも運動性能でもレドラーはプテラスを上回っていた。

 

レドラーは、数々の戦闘で共和国空軍のプテラス部隊を撃破し、帝国本土をかつてと同様に空爆しようと襲来してきたサラマンダー部隊に大損害を与えた。

 

プテラスの性能面での改良が行われたが、最後までレドラーから制空権を奪い返すには至らなかった。

 

戦闘機としては、かつてのペガサロス同様に性能が旧式化しつつあったプテラスであったが、戦闘爆撃機や攻撃機、偵察機としては、引き続き活躍した。

 

特にZAC2045年5月のリンデマン提督率いるウルトラザウルス艦隊とゼネバス帝国海軍南方艦隊が衝突したフロレシオ海海戦で、プテラスは、空母へと改装されたウルトラザウルスへと1隻辺り10機近くが搭載され、艦隊のエアカバーを務めると共に共和国艦隊の矢として帝国艦隊に打撃を与えた。

 

この時プテラス隊は、空戦部隊と対艦兵装を有する攻撃部隊の2つに分けられ、前者には、共和国空軍のエースパイロットが集められ、後者には、対艦ミサイルと帝国軍の魚型海戦ゾイド ウォディックが深海に潜っても追尾できる高性能誘導魚雷が、機体に装備された。

 

この二つの部隊は、この海戦での共和国艦隊の勝利に大きく貢献した。

 

この時攻撃部隊は、共和国海軍を提督から一水兵にいたるまで恐れさせたウォディックがウルトラザウルスを奇襲する前に悉く撃沈し、艦隊が帝国艦隊との砲撃戦に突入する前に被害を受けることを防ぎ、砲撃戦時には、ブラキオス艦隊をミサイル攻撃で撃沈した。

 

空戦部隊は、海戦の後半に沿岸の空軍基地より襲来した対艦ミサイル装備のレドラー部隊と空戦を繰り広げ、大損害を受けながらもウルトラザウルスを守り抜いた。

 

ZAC2051年にレドラーに対抗して開発されたテラノドン型飛行ゾイド レイノスの就役すると、制空戦闘機としてのプテラスはその役目を後継機であるレイノスに譲った。皮肉にもレイノスは、万能機として開発されたプテラスが、退役に追い込んだペガサロスと同じく、制空戦闘機として設計開発された飛行ゾイドだった。

 

 

プテラスはその後、練習機や対地攻撃機、弾着観測機として運用された。また民間に放出された機体は、輸送用や連絡用等の為に広く活用された。

 

当時共和国側からは暗黒軍と呼ばれたガイロス帝国との第1次大陸間戦争時、共和国空軍が、ギル・ベイダーを初めとする暗黒軍の強力なゾイドによって大損害を被りながらも、ZAC2056年の巨大彗星飛来による大異変による終戦までパイロットの技量の致命的な低下が起こらなかったのには、中央大陸戦争期に大量生産されたプテラスが練習機として転用されたことによる大量養成が可能だったのが大きく、これは、終戦まで暗黒空軍が、陸軍からの出向や吸収したゼネバス空軍に人材を依存していたこととは対照的だった。

 

大異変後、気候変動によって個体数が激減したレイノス、サラマンダーに替って比較的野生の個体数が存在し、また生き残りの機体が軍民両方に存在したプテラスは、再び再建された共和国空軍の主力ゾイドとなった。

 

ZAC2099年に勃発したかつての暗黒軍、ガイロス帝国との戦争 第二次大陸間戦争の前半期、西方大陸戦争時にプテラスは、共和国側の主力飛行ゾイドとして投入された。この戦争でも、ガイロス空軍のレドラーに空戦で圧倒された。

 

その後、プテラスは、かつての戦いと同様に新開発された飛行ゾイド ストームソーダに主力機としての座を譲ったが、戦闘爆撃機や偵察機としては引き続き使用された。またこの戦争では、プテラス・ボマーと呼ばれる戦闘爆撃機仕様も投入された。

 

このボマーユニットは、原形となった旧大戦期の改造型 プテラス・ヤーボと異なり、機動性、運動性の低下も最小限に抑えられ、その状態でのVTOLも可能、更に簡単に炸薬による排除が可能になっていた。

 

 




感想、評価お待ちしています


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ゾイドグラフィックス戦記 ツインホーン編 前編

ゾイドバトルストーリーではツインホーンの活躍はあまりありません
ですが皇帝親衛隊の新鋭機として帝都防衛戦に参加したのは間違いないと思われます。


 

 

 

まもなく戦場へと変貌つつある大理石の都の下、地球人の技術によって建設された地下格納庫で、彼らは出撃の時を待っていた。

 

 

地下格納庫では、赤い象型ゾイドが約20機整備されていた。

 

その機体は、皇帝親衛隊のみに配備された小型ゾイド ツインホーンであった。

 

ツインホーンは、ゼネバス皇帝の護衛部隊であり、首都防衛部隊の中核戦力でもある皇帝親衛隊の主力機として開発されたマンモス型小型ゾイドである。

 

その性能は、イグアン並みの格闘能力、マルダー並みの対空能力、ゲルダー以上の攻撃力という、ゼネバス帝国軍最強の小型ゾイドと言っても過言ではない性能であった。

 

だが、帝国小型ゾイドの共通コックピットとは異なる新型コックピットの採用等の最新技術の導入による設計の複雑化によって製造コストは、従来の小型ゾイドを上回り、整備性も悪化していた。

 

この点もあってツインホーンは、現在のゼネバス帝国軍では、皇帝親衛隊にのみ配属されているのである。

 

「いよいよ、実戦か…」

 

出撃の時を、戦友と共に今かと待つツインホーン401号機のコックピット内で、皇帝親衛隊第2中隊第1小隊所属のヴァルター・ベルガー少尉は、自分に対して言い聞かせるかのように呟いた。

 

間もなく、帝都に攻め寄せる共和国軍と戦う……彼は、そのことに対して、未だ現実感を持つことが出来なかった。この帝都防衛の戦いは、彼ら皇帝親衛隊の隊員と、その乗機であるツインホーンにとって本格的な実戦参加であった。

 

マンモス型小型ゾイド ツインホーンは、制式採用型のベースとなったデータ収集用に開発された白いカラーの試作機や先行量産型の少数機が実戦テスト、前線部隊への士気高揚目的に前線に投入されることはあったが、生産された機体の大半は、皇帝親衛隊の所属機としてパレードに参加する程度で、実戦経験は皆無に等しかった。

 

そして彼、ヴァルターは、そのどちらにも参加していなかった。

 

一般部隊からの転属組であるヴァルターは、皇帝親衛隊に配属されて以来、彼は、この首都攻防戦の日に至るまで殆ど実戦を経験していなかった。

 

例外は、来襲してきた共和国空軍の飛行ゾイド相手の対空戦闘であり、陸戦は一度も無かったのである。

 

実戦に参加できることは、彼にとって喜びでもあった。

 

親衛隊に配属されて以来、中々前線に参加できないことが、悩みでもあったからだ。一般部隊にいた戦友達が前線で戦っている時に自分は本国で安全に過ごしていると考えていたのである。

 

「…」

 

ツインホーン412号機のコックピットで、マインツ・シュミット少尉は、黙々と愛機であるツインホーンの機体の調整を行っていた。

 

赤みがかった金髪が特徴的なこの若者にとってこの親衛隊に配属され、実戦を迎えるということは、他の隊員と同様に名誉なことであった。

 

だが、孤児院出身の彼にとっては、それは、彼の戦友たち以上に特別な意味をもっていたのである。

 

ゼネバス帝国に存在する孤児院は、その大半が国営で、その目的は、将来の帝国軍兵士を育成することにあり、院内では、軍事教練や思想教育が盛んに行われていた。

 

ヘリック共和国側や帝国内の反政府組織は、この事について、子供に軍事訓練を施し、国家そのものを兵営にする愚行だと非難している。それは、一面では、真実を突いていた。

 

 

だが、育てられた者達にとっては、そこはただ一つの居場所だった。1か月前に22歳の誕生日を迎えたマインツは、今日のこの日が来ることを心待ちにしていた。

 

10歳で両親を失った後、ここまで自分を育ててくれた祖国の為に命を奉げることができる。

 

顔も碌に覚えていない、幼い頃に戦死した父、共和国軍の爆撃で死んだ母、生きている唯一残された肉親である孤児院にいる妹、自分と共に帝国軍に入隊した孤児院の友人達、自分を優秀なパイロットに育て上げてくれた訓練学校の教官…今まで出会ってきた親しい人々の顔が彼の脳裏を過った。

 

「祖国の為に」

 

祖国の為に…繰り返し、士官学校で教えられてきた標語を祈りの言葉の様に心の中で呟きながら、彼は、その時を待った。

 

「…(エリカとマリは元気にしているだろうか?)」

 

親衛隊 第2中隊指揮官のヨーゼフ・ベッカー少佐は、首都から故郷に疎開した妻子の事を思った。その鍛えられた鋼鉄の様なしなやかな体躯と整えられた口髭は、彼を見る者に真面目で几帳面な人物だという印象を与えていた。

 

事実それは、見かけ倒しではなく、彼はその通りの人物であった。

 

ZAC1980年の開戦以来、彼は前線でも先頭にたって戦い、戦果を挙げてきた。

 

だからこそ、皇帝を守る精鋭である親衛隊の1個中隊を任されるに至ったのである。この地下格納庫で整備を受けているツインホーンは全て彼の指揮下にあった。

 

第2中隊指揮官のヨーゼフ・ベッカー少佐のツインホーンは、指揮官機型である。

 

このタイプは、通常機とコックピットの形状が異なり、レーダーと通信機能が強化されていた。彼は、ツインホーンの開発の際に製作された射撃、対空、格闘の3機能に特化させた試作機 プロトホーンの格闘戦特化型のテストパイロットを務め、ゴドス5機を撃破する戦果を挙げているエースパイロットであった。

 

「敵が何機来ようと我々は皇帝陛下を守り抜く…」

 

狭いコックピットで彼は呟いた。その言葉は、自分に言い聞かせるかの様だった。

 

「…生き残れるだろうか」

 

ツインホーン436号機のエルンスト・ハルシュタイン少尉は、部隊の同僚達の多くとは異なり、戦いに向かうことを恐れていた。部隊内でも大木の様な堂々とした体躯の持ち主で、隊内では、歴戦の勇士とみられていたが、彼の内面はそれと大きくかけ離れていた。

 

そもそも彼は、この精鋭で知られる皇帝親衛隊の一員に選ばれること等、想像すらしていなかったのである。3年前、まだ一般の部隊にいた頃マルダーのパイロットだった彼は、お世辞にも優秀な兵士ではなかった。砲撃音に怯えることもしばしばで、同僚から臆病者扱いされることもあった程である。

 

対空射撃で共和国空軍機8機を撃墜したことが彼の運命の転換点であった。

 

それ以来戦果を挙げ続け、帝国軍兵士の憧れである皇帝親衛隊に配属されたのである。彼にとって皇帝親衛隊に入れたことで嬉しかったのは、実戦が少ないということであった。

 

帝都での戦いを目前に控えた彼の脳裏を満たすのは、どうやってこの戦いを切り抜けて生き残るかということだけだった。第1中隊のツインホーンパイロット達は、実戦の時を待った。

 

それぞれの兵士達の思い等、一切斟酌することなく、〝その時〟は訪れた。

 

 

 

 

 

 

「ツインホーン439号機整備完了!」

 

若い整備兵の弾んだ声が格納庫に響いた。

最後のツインホーンの整備が完了したことで、部隊は、出撃準備が整った。

 

皇帝親衛隊の兵士達は、指揮官からパイロット、実戦に参加しない整備兵に至るまで、その時を待ち続けた。

 

 

 

………そして、出撃の時は来た。

 

「全部隊出撃せよ!」

 

指揮官機型のツインホーンが部隊の先頭に立つ。実戦の際に、指揮官先頭という帝国軍の伝統は親衛隊において顕著であった。

 

第1中隊を初めとする6つのツインホーン部隊は、地下と地上を繋ぐ出入り口から出撃し、ゼネバス皇帝の居城である王宮を初めとする帝都の重要拠点の防衛に出撃する予定だった。

 

 

地上に現れたツインホーン部隊の周囲には、見る物を圧倒するかのような無数の瓦礫の山があった。彼らが守護すべきだった場所 ゼネバス帝国首都 中央大陸に並ぶものなしと謳われた壮麗な大理石の都は、共和国軍の誇る翼竜型重爆飛行ゾイド サラマンダーの空爆と超大型ゾイド ウルトラザウルスの艦砲射撃によって醜い瓦礫の山に変換されていた。

 

その惨状は、直接ではなく外部からの情報がセンサーによって3D映像としてコックピットのモニターに表示されている。

 

これは、コックピットが装甲化されているためである。

 

「共和国軍め…」

 

無残に破壊された町並みを見た親衛隊員の1人が怒りに満ちた声で言う。

 

「友軍機とは珍しいな」

 

「ああ」

 

彼らの頭上を赤い鳥型ゾイド4機が通過していった。

 

「シュトルヒか…」

 

ベルガーは珍しそうに呟いた。

 

シュトルヒは、中央大陸西部の火山地帯に生息する始祖鳥型ゾイドをベースに開発された空戦ゾイドである。

 

優れた空戦性能を有するシュトルヒは、制空権奪回の切り札として、大型ゾイドであるアイアンコングやサーベルタイガーと並んで最重要生産機種に指定され、量産が進められていた。

 

だが、現在は帝国の兵器生産の中心であるウラニスク工業地帯が、サラマンダーの猛爆を受けて以降は、生産は完全にストップしてしまっていた。

 

ZAC 2038年 12月 現在、帝国首都付近を飛行しているシュトルヒは、皇帝親衛隊所属機だけである。

 

「現在、帝都に襲来した共和国軍部隊の主力は、王宮広場で現在守備隊と交戦中、親衛隊第1中隊は急行しこれを撃破せよ」

 

首都各地に潜伏している電子戦ゾイド ゲーター部隊からの通信が入った。彼らもまた地下格納庫や通路から出撃した部隊である。

 

第1中隊は、王宮の近郊に到着した。

 

首都の中心部に位置する王宮、ゼネバス皇帝の居城にしてゼネバス帝国の中心であるその大理石を組み合わせて作られた芸術品は、連日のヘリック共和国軍の空爆と砲撃により、首都の大半の建造物が軍民の区別なく瓦礫に変換されている今も、その建物だけは、大きく損傷を受けつつ、見る者にその威容を誇示していた。

 

「やはり、共和国軍の狙いは、皇帝陛下の御身か」

 

この激戦の中でも堂々と聳える大理石の城を目に留め、ヨーゼフは呟いた。

 

彼は、共和国軍が、皇帝を生きて拘束するべく、意図的に攻撃を緩めていると推測していた。そしてその推測は当っていた。

 

彼らは知る由もないが、今帝国首都に攻め寄せている部隊を率いる共和国軍の名将 ヨハン・エリクソン大佐は、ゼネバス帝国皇帝を、大統領の弟でもあるその人物を必ず生きたまま捕える様に大統領から直接命令を受けていたのである。

 

これまで大小100回近く行われた、帝都を灰燼に変えたサラマンダー部隊による無差別爆撃も、皇帝の住居たる王宮には一切手を付けていなかった。

 

地下格納庫より出撃したツインホーン第1中隊は、帝国首都の中心に存在する王宮へと急いだ。

 

王宮を囲む広場に展開する友軍の支援が彼らに課せられた任務である。小型ゾイドの部隊が複数戦闘を演じることが出来る程の広さを持つこの広場は、閲兵式の為に作られたもので、その中心には、アイアンコングの銅像が置かれていた。

 

2年前、ゼネバス帝国皇帝が、親衛隊と帝都守備隊を中心とした閲兵式を行ったこの広場では、現在、共和国軍首都攻略部隊が帝都守備隊の残余と交戦していた。

 

宮殿内にも皇帝親衛隊を初めとする帝国軍の精鋭が待ち伏せしていたが、彼らはまだ戦闘には加入していなかった。

 

「共和国軍め!」

 

攻め寄せる共和国軍に向けて、マルダーがミサイルを発射する。白煙を上げて金属の矢が前方の共和国軍の小型ゾイド部隊に着弾し、損害を与えた。

 

次の瞬間には、肉薄したゴドスがキックを叩き込んで撃破する。

 

アロサウルス型小型ゾイド ゴドスは、バランスのとれた性能で、敵兵から恐竜の殺し屋の異名で恐れられた機体である。そのゴドスは、別のマルダーを狙うが、イグアンに横合いからキックを食らわされて破壊された。

 

カノントータスの砲撃がゲルダーやイグアンを吹き飛ばす。広場で帝国軍部隊を次々と撃破していく共和国軍小型ゾイド部隊…彼らが、攻撃目標である王宮に足を踏み入れるのは間もなくかと思われた。

 

 

「全機進め!ゼネバス皇帝のいる王宮は目前だぞ!」

 

小隊指揮官機のゴドスがガイサック3機を従えて進撃した。

彼らと王宮との間を阻むものは何もなかった。

 

 

「くっ!王宮への侵入を許してしまうのか!」

 

ハンマーロックに乗るパイロットは、それを見て思わず叫んだ。彼の機体は、ゴドス3機と交戦しており、それを阻止するすべはない。

 

部下の機体も同様である。

 

これまでの帝都での戦闘で戦力を大幅に撃ち減らされた帝国軍部隊は、戦力が払底していた。

 

「くぅ…陛下、申し訳ありません」

 

皇帝陛下の居城を守りきれない無力さにそのパイロットは顔を顰めた。次の瞬間、王宮に突入しようとしていたゴドスの頭部を横合いから放たれたビームが撃ち抜いた。

 

「小隊長!何だ!ぐぁあ」

 

「ダニーっ」

 

ガイサック3機も、後を追う様にビームを胴体に受けて爆散した。

両軍の兵士が、ビームの来た方を見た。

 

「新型機か?!」

 

「親衛隊か!」

 

そこには、赤いマンモス型小型ゾイドの群れがいた。

 

装備機全機をツインホーンで編成したゼネバス皇帝親衛隊 第1中隊が到着したのである。第1中隊は、撃破機を出すことなく戦場に到着した。

 

 

 

 

「全機攻撃開始。王宮から共和国軍を叩きだせ」

 

指揮官機を先頭に第1中隊のツインホーンは、共和国軍部隊に襲い掛かった。

 

 

ツインホーン各機が、ミサイルポッドと加速ビーム砲を目の前の敵に向けて乱射した。

背部に搭載されたミサイルが白煙を上げて敵部隊に降り注ぐ。それは、ツインホーンの鮮やかな赤い機体色と相まって活火山の噴火を見る者に想起させた。

 

ツインホーンは、前方に倒した腰部の加速ビーム砲を撃ちながら、敵部隊に襲い掛かる。

 

「帝都をこれ以上貴様らの好きにはさせんぞ」

 

指揮官機のヨーゼフ少佐のツインホーンが格闘戦用の牙 ヒートでゴドスを狙う。ゴドスのパイロットが機体を後退させようとした時には、赤熱化された牙がゴドスの胴体を貫いている。

 

ツインホーンの2本の牙には、高熱を放出する機能が内蔵されており、格闘戦での威力を増すのに貢献していた。

 

これが、この兵装がヒートと呼ばれている理由である。

 

「当たれ!」

 

エルンストのツインホーンは、遠距離から加速ビーム砲やミサイルを発射してガイサックやゴドスを次々と破壊する。他の親衛隊の機体が格闘戦を積極的に行っているのとは対照的だったが、これはパイロットのエルンストが格闘戦を嫌っていたからである。

 

 

格闘戦は、訓練での死亡率も高い危険な戦法だからである。

激戦の中でも彼は生き残ることを最優先に考えていた。

 

 

「どけ!」

 

ベルガーのツインホーンは、ビーム砲を乱射しながら敵機に突っ込む。

 

その隣には、マインツのツインホーンもいた。ベルガーのツインホーンは体当たりでゴドスを押し倒し、頭部コックピットを踏み潰す。マインツのツインホーンは、ヒートでゴドスを切り裂いた。

 

「〝恐竜の殺し屋〟もこの程度か!」

 

ベルガーは、次の獲物に照準を合わせる。

 

彼はレーザー照準器に捉えた敵機に向けて、トリガーを引いた。

 

数秒後、頭部を撃ち抜かれたゴドス2機が地面に倒れ込む。

 

「なんてパワーだ!小型ゾイドとは思えんぞ」

 

他の親衛隊員も、ツインホーンの高性能を引き出していた。共和国軍部隊は、僅か20機程ののゾイドの戦闘加入によって苦戦を強いられた。

 

「なんて機体だ!たかが30機にも満たない敵機に!」

 

共和国軍の前線指揮官の1人は、目の前の光景が信じられずにいた。

 

しかし、共和国軍も次第に体制を立て直し、数にまかせた波状攻撃で帝国軍を圧倒し始めた。

 

「数が多い!」

 

不用意に接近してきたゴドスをツインホーンの鼻で横倒しにしつつ、ヨーゼフは叫んだ。

その発言は、この広場で交戦する帝国軍の兵士の言葉を代弁していた。

 

「何機いるんだよ?」

 

ベルガーのツインホーンはゴドスのコックピットに鼻を突き刺し、先端の火炎放射器を浴びせて撃破し、ガイサックを突進で弾き飛ばす。

 

その横では、ゴドス数機のロングレンジガンの集中射撃を受けてツインホーンが1機撃破されていた。

 

独自の装甲防御型コックピットを採用したツインホーンもゼロ距離からコックピットを撃ち抜かれては打つ手がなかった。ツインホーンを擁する皇帝親衛隊も数に押され始めていた。

 

親衛隊以外の守備隊機は撃破されるか王宮への撤退を余儀なくされていた。

 

今の所撃破機は、孤立したところを袋叩きにされた1機だけだが、このままでは他の機体も後を追うことになるのは、時間の問題だった。

 

 

だが、その状況は一変した。

 

 

広場の中央に置かれていたアイアンコングの銅像が突如動きだし、共和国軍に襲い掛かったのである。

 

 

「なんだと!?」

 

 

それまで単なる置物だと思っていた物が動き出す光景を見たベルガーは、驚愕の余り一瞬茫然となった。

 

彼の同僚も、一瞬自分の見ている物が信じられなかった。

 

それは、共和国軍の兵士も同じで一瞬だが、砲火が止んだ。

 

アイアンコングの銅像は、両腕で近くにいたガイサックとゴドスを掴むと共和国軍部隊に向けて投げつけた。

 

直後、共和国軍部隊の中央で、火柱が上がった。

 

 

それは、帝都防衛用の最終兵器として配置されていた無人ゾイド ブロンズコングが起動したのであった。

 

 

無人でもパイロットの乗ったゾイドと戦える無人ゾイドは、この時代では、ある種のオーバーテクノロジーと言えた。

 

人口で劣るゼネバス帝国軍は、人間の操縦するゾイドと同じレベルでの行動が可能な無人ゾイドの研究に熱心だった。しかし、導入された地球人の技術をもってしてもその実用化は難しかった。

 

生物であるゾイドは、UAV等の無人兵器とは異なっていたからである。単に自動操作にするだけでは、野生ゾイドと変わらない為、人間の乗るゾイドの持つ高度な判断力には到底及ばず、地球の戦車や戦闘機などの兵器に使用されていた人工知能(AI)では、ゾイドと人間とゾイドの同調性による性能向上を再現することは困難だった。

 

 

ブロンズコングは、地球で研究されていた高性能軍事AIをランドバリーら冒険商人の技術者がゾイド用に改良し、アイアンコングに搭載した無人戦闘ゾイドであった。

 

 

ブロンズコングは、AIの指示にゾイドを完全に従属させ、完全にコントロールさせるという点で、それまでの人間による操縦に劣る従来のAI式、ゾイドに操縦の大半を任せる自動操作と異なっていた。

 

 

 

AIの指示に完全に従うには、ゴジュラスやサーベルタイガーの様に凶暴でパイロットを選ぶ機体ではなく、比較的大人しく人間の指示に従うゾイドであるという条件があった。

 

ゼネバス帝国の大型ゾイドの中でも、性格が大人しく比較的人間の操作に従い、防衛戦で特に力を発揮するという性質を持つアイアンコングがAIの搭載機に選ばれた。

 

 

このブロンズコングは、模擬戦闘では優秀な成績を示したが、高性能AIのコストの問題から量産化は見送られた。その試作機は、宮殿の広場に銅像という名目で配置されたのであった。

 

 

ブロンズコングの正体は、開発を指示したゼネバス皇帝と一部の上層部のみ機密であった。

 

またブロンズコングは、帝都防衛用ということで、通常のアイアンコングと異なり、ミサイルランチャー等の火器は一切装備していなかった。

 

だが、小型ゾイド中心の共和国軍部隊を蹴散らすのには、十分であった。

 

長い腕を振り回して迫りくる共和国軍機を蹴散らし、ハンマーナックルでカノントータスを粉砕した。

 

カノントータスの突撃砲も分厚い装甲に弾き返された。突如現れた敵機に共和国兵達は、混乱した。

 

 

「銅像が動き出した!!支援砲撃を!!」

 

 

指揮官機仕様のゴドスに乗る共和国兵は、通信機に向かって叫んだ。

その声は悲鳴に近かった。

 

 

「許可できん!ここからでは、味方を巻き込む!」

 

 

これまでの戦いで共和国軍の前線部隊に勝利を齎してきたウルトラザウルスの艦砲射撃も、ゼネバス皇帝が潜伏しているとみられる宮殿と周囲にひしめく友軍機の存在もあって不可能であった。

 

 

ブロンズコングは、巨体とパワーを生かして小型中心の共和国ゾイドを次々と破壊し、搭載されたAIの命令通り、目標…起動時に帝国軍臨時司令部から送信されたデータにある、郊外の共和国軍の総司令部が存在すると推測されるウルトラザウルスへと向かって前進していった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ゾイドグラフィックス戦記 ツインホーン編 後編

ブロンズコングはバトルストーリー2巻の改造ゾイドで最も印象に残ったゾイドでした。


 

共和国軍が、ブロンズコング迎撃に部隊の戦力が取られた為、他の帝国軍部隊にも余裕が生まれた。

 

 

「この隙を逃すな!全部隊攻撃開始!」

 

割れ鐘の様な大声で、ツインホーン隊指揮官のヨーゼフ少佐は叫んだ。

 

「落ちろ!」

 

マインツのツインホーンが、背部の加速ビーム砲を発射する。狙い澄まされた一撃が、ゴドスの橙色のキャノピーを撃ち抜き、中のパイロットをビームが焼き尽くした。

 

操縦者を葬られたゴドスは、力なく崩れ落ちた。

 

「ちっ、逃がすか」

 

もう1機のゴドスは、距離を取ろうとしたが、それよりも早く突進したツインホーンのヒートが、ゴドスの胸部を抉った。

 

ゾイドコアを破壊されたその機体は力なく倒れた。

 

「蠍野郎が」

 

次にサソリ型小型ゾイド ガイサック3機が現れた。

 

ガイサック3機は、尾部のポイズンジェットスプレーを発射した。このポイズンジェットスプレーは、対ゾイドのみならず、対人兵器としても使用可能な兵器である。

 

ベルガーのツインホーンは、発射された霧状の毒液を回避すると火炎放射器で反撃する。

 

長い鼻の先端が火を噴き、炎がガイサックを呑み込んだ。数秒後、火達磨になったガイサックは、動きを止めた。

 

装甲キャノピー式コックピットを採用し、重装甲のプロテクターを全身に纏った帝国軍ゾイドに対し、共和国ゾイドは、装甲が薄く、コックピットも視界の良好さを優先した強化防弾ガラスのキャノピー式であった。その為、本来対ゾイド用ではない火炎放射器でも撃破可能であった。

 

もう1機のガイサックは、戦友の無残な最期を見て恐れたのか、廃墟の後ろに後退を図った。

 

「逃がすか」

 

ビームが、ガイサックの頭部コックピットを吹き飛ばした。

 

地面に転がるガイサックの残骸を踏みしめ、彼のツインホーンは、ビームを敵に向けて乱射する。

 

赤き重装兵達は迫りくる共和国軍を迎撃する。その時、ヨーゼフの指揮官機に通信が入った。

 

「…!!王宮から撤退し、第21地区の敵の砲兵部隊を撃破せよ…だと!?誤報ではないのか?」

 

友軍のゲーターを中継して伝達された通信を聞いた第1中隊指揮官はそれが誤報だと思った。

 

 

だが、繰り返し同じ命令が下された為、彼もその指示が誤報でないと理解した。

彼は知るすべはなかったが、この命令は、彼らが守るべき者によって出されたものであった。

 

 

「全機!王宮から第21地区に移動せよ…友軍部隊の支援に回る!」

 

「王宮の敵はどうするんですか?」

 

マインツが尋ねた。彼ら皇帝親衛隊にとって皇帝の居城が敵に攻撃されている状況を放置する事には抵抗があった。

 

 

「…王宮内にも友軍はいる…」

 

 

質問に答えるヨーゼフの声は、自分を納得させる様な口調だった。

 

彼を含め、第1中隊の隊員は、その命令に納得出来ていたわけではなかったが、上官の命令には従わざるを得ない。

 

皇帝親衛隊のツインホーンは、ブロンズコングが暴れまわっている内に王宮の広場から離脱した。

 

 

途中最後尾にいたツインホーンが2機被弾し、爆散する。

 

1機は、カノントータスの突撃砲を側面に受けて大破したもので、もう1機は、関節部にゴドスのロングレンジガンを受けた結果であった。

 

 

 

 

第21地区に向かう彼らは、ゴドス部隊と遭遇した。

 

 

「新型!」

 

 

見慣れない機体を見たゴドスに乗る共和国兵は、驚愕し乗機を後退させようとしたが、間に合わずビームによってコックピットごと焼き尽くされた。

 

第1中隊のツインホーンは、ゴドス部隊が体勢を立て直す前に強襲を仕掛けた。

 

 

ヒートでコックピットや胸部のゾイドコアを貫き、遠距離の敵はミサイルと加速ビーム砲で撃破する。

 

 

ゴドス部隊は、残り数機となった段階で撤退していった。

 

「他愛もない奴らだ」

 

壊走していく残存機をヨーゼフは、嘲笑った。

 

熟練した部隊ならば、各機が連携して撤退するか、友軍を呼ぶはずである。

 

だが、このゴドス部隊は、天敵の襲来を受けた草食動物の様にバラバラに退却したのであった。

 

 

 

「(生き残れるかもしれない…)」

 

何とかこの戦いで生き延びてきたエルンストは、その光景に自分が生き延びれるのではないかと希望を抱いた。次の脅威は、上空から現れた。

 

共和国空軍のプテラス12機が第1中隊に空襲を仕掛けてきたのである。

 

 

12機のプテラスが翼下の爆弾を投下した。

 

爆弾の直撃を受けたツインホーン2機が大破する。

 

間髪入れず、12機の翼竜は、低空に降りて機銃掃射を浴びせかける。

 

「対空防御!」

 

指揮官の命令一過、第1中隊のツインホーンは、加速ビーム砲を上空の敵機に向けて連射した。

丁度プテラス隊は、彼らにとっては不運なことに再び低空に降りてきていた。

 

その為、彼らは弾幕に突っ込む形となった。

 

 

2機のプテラスがビームの弾幕に突っ込んで爆発する。

 

更に後方にいた機体にもビームの雨が叩き込まれる。

 

1機が左のマグネッサーウィングを撃ち抜かれ、大理石の瓦礫に突っ込んだ。

 

もう1機は、コックピットを撃ち抜かれた。

 

プテラス隊も機銃弾で反撃するが、ツインホーンの分厚い装甲を撃ち抜くには至らない。

 

プテラス部隊は、半数以上の機体を喪失した時点で撤退していった。

 

 

 

 

プテラス隊の空爆を凌いだ第1中隊は、第21地区にいる敵部隊と戦闘に突入した。

 

 

そこにいた部隊は、カノントータスを主力とする部隊であった。

 

カノントータス部隊は、20機程で、その約半数が、王宮に攻め込んでいた共和国軍に対する支援砲撃を行っていた。

 

 

カノントータス部隊は、赤い敵機の姿を確認すると機体を回頭させ、ツインホーンの群れに突撃砲を向けた。

 

ツインホーンが射程に入ると同時に背部に搭載された突撃砲が一斉に火を噴いた。

 

 

カノントータスと共に戦場に投入されて以来、多くの帝国軍の砦を破壊し、ゾイドを葬ってきた砲がツインホーン部隊に向けて発射される。ツインホーンが数機、突撃砲の集中砲火を受けて爆散した。

 

「くっ…煙幕展張!」

 

ツインホーンは、スモークランチャーを発射した。

 

前方で、煙幕弾が炸裂し、前方に煙幕の白い壁が形成される。

 

煙幕によって視界を塞がれたカノントータス部隊の砲撃が止んだ。

 

彼らは、同士討ちを恐れたのである。

 

ツインホーンは、ミルクを溶かした様な視界の中でも問題なく進撃を継続する。

 

これは、ツインホーンの鼻に搭載された臭覚センサーの存在によるものである。

 

ツインホーン等、象型ゾイドは、鼻の感覚器官が優れていることで知られており、ゼネバス帝国軍は、ツインホーンを戦闘ゾイドに改造する際、この特性をセンサーに応用したのである。

 

 

そして、彼らは、カノントータス部隊に肉薄した。

 

 

第1中隊のツインホーンは、カノントータス部隊との接近戦に突入した。

 

ツインホーンは、突進力に優れ、接近戦で威力を発揮できる。対して、カノントータスの側は、格闘戦兵器を有していなかった。

 

「砲兵隊を守れ!」

 

護衛機のゴドスやガイサックがカノントータスを守るべくツインホーンの前に立ち塞がる。

 

ツインホーンの突進が前列にいたゴドスをなぎ倒した。だが、ツインホーン部隊も無傷ではなく、反撃を受けて撃破される機体も出た。

 

1機のゴドスがツインホーンを抑え込む。その隙にガイサックがレーザークローでツインホーンの左前足を切り裂いた。ツインホーンは、その場に倒れ込んだ。

 

ゴドスが至近距離から腰部のロングレンジガンを連射し、ツインホーンに止めを刺した。

 

そのゴドスもツインホーンのビームを胴体に受けて火達磨になった。

ベルガーのツインホーンにもゴドスが襲い掛かる。

 

「やられるか!」

 

 

ゴドスの攻撃を回避し、加速ビーム砲を至近距離で撃ち込んだ。マインツのツインホーンと数機が火炎放射器で足元から襲い掛かろうとするガイサックを焼き払った。

 

護衛機を葬ったヨーゼフの指揮官機型が至近距離から火炎放射を浴びせ、カノントータスを撃破する。

 

それを皮切りに他のツインホーンもカノントータスに攻撃を浴びせた。

 

「うおおおっ」

 

ベルガーのツインホーンは、側面から鼻とヒートを使ってカノントータスを横転させる。

そして剥き出しの胴体下部に加速ビーム砲を叩き込む。

 

搭載弾薬が誘爆し、カノントータスは爆発炎上する。

 

ヨーゼフの指揮官機は、鼻でゴドスを抑え込み、即席の盾にしつつ、カノントータスの頭部を腰部の加速ビーム砲で撃ち抜く。

 

ツインホーンは次々とカノントータスを葬って行った。

 

カノントータス部隊も唯やられたわけではなく、ツインホーンに対して応戦した。1機のカノントータスが機体を方向転換させ、突進してくるツインホーンに突撃砲の砲身を向けた。

 

そのカノントータスの突撃砲が火を噴くのとツインホーンのヒートがカノントータスのボディを突き刺したのは、殆ど同時であった。

 

カノントータスの発射したロケット砲弾がツインホーンのボディを撃ち抜き、ツインホーンの牙がカノントータスのコックピットを貫いた。ツインホーンの爆発がカノントータスを巻き込み、差し違える形で2機は火球と化した。

 

 

別のカノントータスは、胴体側面の対空砲を水平射撃することでツインホーンの突撃を阻止しようとする。

 

 

対空砲の銃撃をコックピットに受けたツインホーンが市街地に擱座する。

 

「クルツの敵だ!」

 

だが、撃破された機体の僚機が突進でそのカノントータスを撃破した。

 

一部の機体は奮戦したが、大勢変わらず、カノントータス部隊は、第1中隊に全て撃破された。ツインホーンに接近戦を挑まれた時点でカノントータス部隊の敗北は決まっていたと言えた。

 

「これで…最後か」

 

エルンストは、部隊の比較的後方で撃破された共和国ゾイド…その大半がカノントータス…の残骸を眺めていった。その声には、これまでの戦いに生き残れたことの安堵が多分に含まれていた。

 

ふと彼は、残骸と化した共和国ゾイドの中で動く影を見た。それは、半壊したカノントータスであった。

 

その機体は胴体装甲が半壊していたが、背中の砲身が動いていた。その砲身は、ヨーゼフ少佐のツインホーンに向けられていた。それを見た途端、彼は、反射的にツインホーンの操縦桿を動かしていた。

 

「隊長!危ない!」

 

エルンストの警告が指揮官機の通信機に届いた時には、カノントータスが背部の突撃砲が発射していた。

 

 

標的はヨーゼフ少佐の指揮官機。

 

 

 

その攻撃の目標となったヨーゼフを含め、誰もが間に合わないと思ったその時、エルンストのツインホーンがその間に割って入った。

 

「エルンスト少尉か!」

 

発射された突撃砲弾は、エルンストのツインホーンの胴体側面に大穴を開けた。次の瞬間、ツインホーンは爆発炎上した。

 

 

「何故…」

 

エルンストは、自分が何故こんな行動をとったのか、自分自身でも理解できなかった。

彼は、指揮官を上官として尊敬してはいたが、命をなげうつ程のものではなかった。

 

だが、不思議と後悔は無く、それどころか晴れがましい気持ちさえ抱いていた。

 

やがて彼の意識は、機体の内部機関から生じた業火に呑み込まれ、途絶えた。

 

「エルンスト!よくも!」

 

指揮官機を含むツインホーン数機が彼の敵を討った。半壊したカノントータスは、集中砲火を浴びて大破した。

 

「…エルンスト…すまん」

 

部下に命を救われた髭面の指揮官は、右手で彼の墓標と化した燃え盛る残骸に向けて敬礼した。

 

少なくない損害を受けながらも、第1中隊は、次に向かうべき場所に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

王宮に砲撃を浴びせていたカノントータス部隊を撃破した第1中隊は、そこで動きを止めた。彼らは、郊外にいる別の親衛隊所属部隊と合流する為の地点に到着した。

 

この大理石の都の外周に位置するこの場所は、帝都の大半と同様に連日の空爆と砲撃によって瓦礫の山へと変容を遂げていた。それらの白い瓦礫の周辺には、共和国軍のゴドスやガイサックの残骸が転がっていた。

 

 

「ゴジュラス…!」

 

一際大きい瓦礫の山の隣には、ヘリック共和国の誇る大型恐竜型ゾイド ゴジュラスが無残な姿をさらしていた。そのゴジュラスは、背部から黒煙をあげ、頭部が半壊していた。

 

敵の大型ゾイドの残骸を見たベルガーは、友軍がまだ生き残っているのだと勇気付けられるのを感じた。

 

他の親衛隊のパイロットも同様である。

中央には、親衛隊所属のゾイド部隊…ツインホーンとイグアンの混成部隊。

 

その数は、約30機。どの機体も損傷していた。部隊の中心には、赤いアイアンコング…アイアンコングmkⅡ限定型がいた。

 

 

「ヨーゼフか!」

 

アイアンコングmkⅡ限定型に乗る皇帝親衛隊の将校は、合流を果たした部隊の指揮官に通信を送った。

 

「大佐殿!何故王宮を放棄したのです?」

 

ヨーゼフは、それまで心中に秘めてきた疑問を口にした。

 

「皇帝陛下脱出の為に王宮への砲撃を阻止する必要があったのだ。」

 

「…皇帝陛下は御無事なのですか?」

 

「…皇帝陛下は、この都から脱出された……ゆえに我々がここで戦う意味も無くなった。」

 

「皇帝陛下が脱出されたのですか!」

 

 

帝国首都を守りきれなかった…だが、指導者である皇帝陛下が脱出されたことの意味は大きい。

 

自分達は、重要な使命をやり遂げたのだ…第1中隊指揮官であるヨーゼフ以下、親衛隊第1中隊の隊員は自分達の戦いが無駄ではなかったことを理解した。

 

「皇帝陛下が脱出された今、我々がここにいる意味はない。友軍部隊と共に帝都を脱出する。」

 

アイアンコングmkⅡ限定型に乗る大佐は、指揮下にある部隊に命令を下す。

 

その時、首都の外…荒野の向こうから、共和国軍部隊が姿を現した。

 

ゾイドの数は、少なく見ても100機以上いる様だった。

 

大半は、ゴドスやガイサックなどの小型ゾイドだが、多くの帝国兵とゾイドを葬ったヘリック共和国の誇る大型ゾイド ゴジュラスの姿も複数あった。

 

しかも部隊の中心にいた1機は、ゴジュラスmkⅡ限定型だった。

 

「…俺達を逃がしたくないみたいだな…」

 

ベルガーは、荒野に展開する敵の大部隊を睨んで言う。

 

ライバルであるアイアンコングmkⅡ限定型のパイロットがそうである様にゴジュラスmkⅡ限定型のパイロットも共和国軍の中でも優れたパイロットのみが搭乗を許される。

 

 

通常型のゴジュラスパイロットですら精鋭が選ばれる中で、更に操縦技量が要求されるゴジュラスmkⅡ限定型のパイロットに選ばれるということは、共和国軍で最高のパイロットであると認められるに等しかった。

 

そんなパイロットを含む部隊が送り込まれたという事は、共和国軍が何としても皇帝親衛隊を逃がしたくないと考えていることの証左と言える。

 

「どうした?怖いかベルガー少尉?」

 

「いえ、指揮官どの!望む所です!」

 

指揮官からの通信に大声でベルガー少尉は、返答する。

 

「全機突撃隊形」

 

司令機であるアイアンコングmkⅡ限定型を中心に第1中隊を含む残存のツインホーンが集結した。

 

更に合流した一般部隊のイグアンやモルガ、ハンマーロックといった小型ゾイド部隊も加わった。

 

中には、電子戦機のゲーターや兵員輸送機のザットン等明らかに正面からの突撃に不向きな機体もあった。

 

レッドホーン数機もその戦列に加わった。

 

戦いの始まりを告げるかの様にアイアンコングmkⅡ限定型の背部の大型ミサイルが発射された。本来のアイアンコングmkⅡ限定型では、背部のミサイルは4発の内2発が対サラマンダー用の対空ミサイルである。

 

だが、この機体は、数日前の対空戦闘で、対空ミサイルが払底した為、今は、全て対地攻撃用に換装していた。

 

ミサイルは、共和国軍部隊の中心で炸裂し、10機以上のゴドスやカノントータスを破壊した。更にアイアンコングmkⅡ限定型は、右肩にマウントされたビームランチャーを連射する。

 

ゴジュラスやウルトラザウルスの装甲にも打撃を与える威力を持つビームランチャーがゴドスやガイサックの集団を引き裂く。

 

レッドホーン、ツインホーン、モルガを先頭に帝国軍部隊が突撃する。

 

親衛隊司令機のアイアンコングmkⅡ限定型は、戦闘開始と同時に部隊から離れ、背部の高機動スラスターを全開にし、単機で共和国軍部隊に挑みかかる様な動きを見せた。

 

他の機体と異なり、単機で突入を図るその姿は、勇者の蛮勇にも、愚者の無謀にも思える。

 

だが、これには一定の合理性があった。この行動には、高機動スラスターを有する自機の機動性を活かす為だけでなく、他の友軍機への砲撃を減らす意図があったのである。

 

首都から敵を逃がしたくない共和国軍部隊も、向かって来る帝国軍部隊を迎撃する。

 

先頭にいたゴジュラスmkⅡ限定型の背部に装備された2門の長距離キャノン砲が発射された。

 

 

直後にカノントータスの突撃砲が一斉に火を噴き、砲弾の嵐が帝国軍部隊に降り注いだ。

 

部隊の最前列を形成するレッドホーンやモルガ、ツインホーンは、帝国ゾイドの中でも高い防御力を有している機種だったが、損害を受けた。

 

ゴジュラスmkⅡ限定型の長距離キャノンから発射された砲弾を受けたレッドホーンが大破し、突撃砲の砲弾に頭部装甲を打ち破られたモルガが擱座した。

 

それでも帝国軍は、歩みを止めず、共和国軍の大軍に向けて突撃した。

 

やがて戦闘は、接近戦に移行した。カノントータスがレッドホーンのクラッシャーホーンを食らって大破し、ゴドスのとび蹴りを頭部に受けたモルガが擱座する。

 

「来るな!」

 

ゴドスが腰部のロングレンジガンを乱射する。至近距離からロングレンジガンをコックピットに受けたツインホーンが擱座した。

 

「よくも!」

 

ベルガーのツインホーンは、長い鼻でゴドスを横倒しにする。皇帝親衛隊のツインホーン部隊は、接近戦で力を発揮した。ベルガーのツインホーンは、その中でも大立ち回りを演じていた。

 

接近戦を挑もうとするゴドスを火炎放射器で牽制し、頭部を加速ビーム砲で撃ち抜き、突撃砲を撃ち込んできたカノントータスを突撃砲を回避して体当たりを食らわせ、コックピットを前足で蹴り砕く。

 

両腕のレーザークローを振り回して突っ込んできたガイサックのコックピットを鼻を振り下ろして粉砕する。

 

「ゴジュラスか…」

 

彼のツインホーンの目の前に現れたのは、共和国軍の誇る大型ゾイド ゴジュラスの巨体であった。

 

次の瞬間、ゴジュラスの背中が爆発した。ゴジュラスが怒りの咆哮をあげる中、赤い機影が戦場の空を駆け抜けた。

 

「シュトルヒ!有難い!」

 

ベルガーは、上空を飛ぶ味方に感謝した。

シュトルヒがゴジュラスの背部にバードミサイルを撃ち込んだのである。

 

高い命中率で共和国空軍の兵士を恐れさせているバードミサイルは本来対空用だったが、地上目標に対しても使用可能だった。

 

「いくぞ相棒!大物を仕留めてやろう!」

 

ベルガーとツインホーンは、ゴジュラスへと向かっていった。

 

 

同じ頃、ヨーゼフのツインホーン指揮官機型も同じように戦っていた。

 

既に左の耳が脱落し、火炎放射器も使用不能になっていた。パイロットであるヨーゼフも疲労が蓄積していた。だが、パイロットもゾイドもその戦意は衰えていない。

 

「いくぞ!我々親衛隊が突破口を開くのだ!」

 

半ば、機能を失いつつある通信機に向けて声の限り、ヨーゼフは叫んだ。

1人でも多く友軍を脱出させる…彼の心中には固い決意があった。

 

指揮官機を先頭にツインホーン数機が、敵のカノントータス部隊に突進した。

 

彼の唯一の心残りは、地方に疎開した妻子の事であった。マインツのツインホーンは、遠距離から上空を飛ぶプテラスを迎撃していたが、やがて加速ビーム砲が射撃不能に陥った。

 

「…エルゼ」

 

唯一残された彼の肉親の名前を呟くと、彼は、敵陣に向けてツインホーンを進ませた。

 

ツインホーンを装備する唯一の部隊である皇帝親衛隊は、帝国首都の戦いで奮戦し、皇帝の脱出までの時間を稼いだ後、友軍部隊と共に撤退戦に参加した。

 

この戦いで、何機のツインホーンが離脱できたのかは不明である。

 

 

 

 

 

 

 

 

EMZ-28 ツインホーンは、帝国親衛隊の主力機として開発されたマンモス型小型ゾイドである。

 

ゼネバス帝国の小型ゾイド技術の粋を集めて開発されたこのゾイドの性能は、当時としては高水準であり、総合性能では、当時最強の小型ゾイドであったという分析も存在する。

 

その反面、万能機としての性能を引き出すには、高い技量が要求された。この機体は、当時ゼネバス帝国軍の兵士から選び抜かれた隊員で構成される皇帝親衛隊にのみ配備された。

 

数少ない最前線の戦いでは、親衛隊所属機のレッドホーンの随伴機として戦果を挙げた。

ツインホーンが、本格的な実戦に参加したのは、諸説(ZAC2038年の皇帝の右手攻勢にも参加していたという情報もある)あるが、最も有名なのは、帝国首都の戦いである。

 

この戦いにおいて皇帝親衛隊の隊員は、ツインホーンの機体性能を十分に引き出し、ゼネバス皇帝の帝国首都脱出までの貴重な時間を稼ぎ出した。

 

また帝国首都の戦闘以外では、バレシア基地での戦闘がツインホーンが活躍した戦闘として有名である。

この戦いでも、ゼネバス皇帝と帝国再建に必要な人材を暗黒大陸に送り出す為に、彼らは最後の一兵になるまで戦い、全滅した。

 

2年後、暗黒大陸から軍備再建を遂げて帰還したゼネバス皇帝の軍隊の中にもツインホーンの姿はあった。

 

再建された皇帝親衛隊と共に帝国首都奪還後の閲兵式にもツインホーンは参加した。

 

後にツインホーンは、皇帝親衛隊の再編成に伴い、一般部隊にも配備された。

だが、操縦の難しさからその性能を引き出すことのできたパイロットは殆どおらず芳しい戦果を挙げることはできなかった。

 

ゼネバス帝国崩壊後、ツインホーンは、多くのゼネバス帝国製ゾイドと同様、北方のニクス大陸の国家ガイロス帝国に鹵獲され、俗に暗黒軍仕様と呼ばれるタイプに改修された。

 

これらの黒と携行緑に塗装されたツインホーンは、多くの暗黒軍(ガイロス帝国軍)ゾイドと同様に蛍光金属 ディオハルコンを投与され、パワーと格闘性能を中心に強化されていた。

 

暗黒軍仕様のツインホーンは、レッドホーンの暗黒軍仕様 ダークホーンと共に暗黒軍突撃部隊に配備された。

 

 

大異変後、ツインホーン野生体の個体数は激減し、事実上再生産は不可能となった。

 

ただ、その高性能から生き残りのツインホーン数十機が改修され、小隊長機として、ガイロス帝国宰相 プロイツェンの私兵でもある精鋭部隊 PK(プロイツェンナイツ)師団機甲部隊に少数配備された。

 

 

また、中央大陸や西方大陸では、かつての親衛隊所属機の生き残りと思われる機体が民間で利用されていることが確認されている。

 

 

 




感想、アドバイス、評価、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ゾイドグラフィックス戦記 マルダー編 前編

ゾイドワイルド!
新作のゾイドアニメとゾイドシリーズが発表されましたが、楽しみですね。

今回の話は、時系列的には、ゴドス編の次位の時期です。



 1人の男が谷の上に立っていた。

 

燃え盛る炎を思わせるオレンジ色の髪を短く切り揃えた中年の男の視線の先には、自然豊かな中央大陸東部の大地が広がっている。

 

遠くから見るとエメラルドを敷き詰めたかの様に見える美しい緑の地面は、不毛の土地の多いゼネバス帝国の人間にとっては羨望を掻きたてる物であった。

 

その足元には、彼の率いた軍勢………ゼネバス帝国陸軍 第37装甲大隊に所属するゾイドと将兵達の姿があった。

 

ZAC2032年 9月12日 ゼネバス帝国軍は、レッドホーン3機を中核とする侵攻部隊を編制、ヘリック共和国領 ライカン峡谷に侵攻した。

 

戦力で劣るヘリック共和国軍は、四方を城壁で囲んだ要塞 レーン砦に立て篭もり、帝国軍の侵攻部隊を迎撃する構えを見せた。帝国軍は、砦を包囲し、猛攻撃を仕掛けた。

 

それから約2ヶ月が経過した 11月4日。

 

砦を袋の鼠にした筈の帝国軍は、逆に苦境に立たされていた。その原因は、補給物資が枯渇しつつあることにあった。

 

補給がなくては、どんな強力な兵器、訓練された将兵を有する軍隊でも勝利することは不可能である。整備部品の不足から、レッドホーン1機、マーダ5機、ゲルダー4機、モルガ3機が戦列を離れた。

 

これらのゾイドは、戦闘で敵に破壊されたわけではない。

整備不良により、戦力として機能していないだけなのである。

 

弾薬や食料、そして整備部品が到着すれば、再び攻撃を行い、上手くいけばレーン砦を落すことも可能になる。

 

だが、現在まで、それらの補給物資は届いていなかった。

何故なら、補給物資を前線部隊に運ぶ補給部隊が到着していなかったのである。

 

補給物資がこの部隊に一向に到着しないのは、共和国軍の妨害が原因であった。

 

共和国側は、この砦に増援を派遣する代わりに空軍部隊により、後方の補給物資を輸送して来る部隊を攻撃し、物資を破壊したのである。

 

 

本来補給部隊を守るべき、ゼネバス帝国空軍は、創設間もない事もあり、本土の都市の防空で精一杯であった。

 

彼らは、全ての前線の地上部隊を援護し、制空権を共和国空軍から奪取する為の航空戦力を有してはいなかった。

 

更に不足しているのは、補給物資だけではない。

攻略部隊には、要塞を攻略するのに不可欠な戦力が、砲兵戦力が不足していた。

 

砲兵がいなければ、敵の要塞砲を叩くどころか反撃する事も儘ならない。

 

城塞を打ち破る手段もゾイドによる体当たりと爆薬による爆破しかできない。

 

この手段は、どちらも犠牲が大きい上に失敗の可能性も高かった。

 

一週間以内に次の補給がこの地に到着しなければ、彼らは、撤退を余儀なくされる。

 

そうなれば、今までこの地で行われてきた戦いで倒れた将兵やゾイド、消耗された補給物資、将兵達の命を懸けた努力………それらの全ては無駄となる。

 

「今度こそ……成功してくれ」

 

谷の上に立つ男………要塞攻略部隊司令官 ホルスト・ブラント大佐は、西の方角を見やり、祈る様な声で言った。

 

彼の視線のはるか向こう………西には、友軍の拠点と出発の時を待つ補給部隊がいる筈だった。

 

 

 

レーン砦を包囲する帝国軍部隊が撤退か、包囲を継続するかの決断を迫られているのと同じ頃、中央山脈の国境地帯に設営された兵站拠点 C-5564では、レーン砦を包囲する部隊に送る為の補給部隊が編成されていた。

ゼネバス帝国側は、これまでの空からの妨害の前に目的地にたどり着く前に補給部隊が阻止された事を考慮して、ある対策を練っていた。

 

帝国軍は、補給部隊に専門の防空部隊を随伴させたのである。

 

 

―――――兵站拠点 C-5564

 

 

元々、この基地は、ゼネバス帝国軍がヘリック共和国の領土に侵攻する部隊の補給物資を集積する目的で建設された。

 

今日も、前線に補給物資を送る為に編成された補給部隊とそれを護衛する護衛部隊が出撃の時を待っていた。

 

今回の補給部隊は、竜脚類型ゾイド ザットンと昆虫型ゾイド モルガで編成されていた。

 

ザットンは、背部に補給物資を格納したコンテナを載せている。モルガは、機体後部の、普通はミサイルを入れる箇所に物資を格納している。

 

護衛は、蝸牛型小型ゾイド マルダーで構成された部隊。

 

マルダーは、丸盾の様な円形の胴体と胴体下部から覗く帝国小型ゾイド共通コックピットが特徴的な機体であり、帝国小型ゾイドでは最も重い機体でもある。

 

18機のマルダーが、ザットンとモルガ、合わせて26機で構成される補給部隊の護衛であった。

 

更に対空監視の為に電子戦機のゲーターが3機加わる。

 

「すごい数だ。この一回の補給でレーン砦を包囲してる友軍に物資を届けるってわけか。」

 

マルダー 12番機のパイロット クルツ・リヒター少尉は、目の前に展開する友軍の補給部隊を見て感心していた。

 

彼の愛機の正面モニターには、弾薬や食料、ゾイドの整備部品を満載した輸送用コンテナを胴体後部の格納庫に格納したモルガと背部に載せたザットンが見事な隊列を組む姿が表示されていた。

 

「ああ、これならレーン砦までたどり着けそうだ。」

 

クルツの同僚のマルダー14番機のパイロット ハインツ・ノイヴァール少尉も安心していた。

 

「だといいけどな」

 

クルツは、楽観主義者の同僚とは対照的に作戦が成功するのか不安だった。

 

これまで、レーン砦への攻略作戦は幾度も行われてきた。

その度に帝国軍は撃退されてきた。

 

レーン砦の城壁を突き破り、内部に歩兵と小型ゾイド部隊を送り込んだ事もあったが、撤退を余儀なくされたのである。

 

帝国軍の補給線を空襲する共和国空軍の活躍によって。

 

隊列を組み終えた補給部隊と護衛部隊は、移動を開始した。

 

彼らの部隊の陣形は、補給部隊を中央に置き、護衛部隊のマルダー8機が左右に展開し、補給部隊の盾となる陣形である。

 

最前列と最後尾の機体も、敵襲があった場合、同様に友軍の盾となる予定だった。

ゲーター3機は、マルダー部隊の外周に展開する。

 

背鰭の磁気探知機と全天候3Dレーダーによる索敵により、部隊の眼となるのが、彼らの任務であった。

 

マルダーに護衛された補給部隊は、レーン砦を包囲する友軍部隊に物資を送り、彼らが再びレーン砦を攻撃できる様にするのがその任務である。

この輸送作戦が失敗すれば、レーン砦を包囲している帝国軍は撤退を余儀なくされる。

 

作戦の重要性に補給部隊の護衛に就くマルダー部隊のパイロット達は、心中の高ぶりを感じていた。クルツもその1人であった。

 

 

「……しっかし、俺達もいきなり重要な作戦を任せられたもんだよな。」

 

クルツは、僚機に乗る同僚に14番機のハインツに話しかける。

天候が快晴のお陰でいつも悩まされる電磁嵐が存在せず、通信状況は非常に良かった。

「どういう事だ?クルツ」

 

「今まで基地で砲台替わりだったのに、いきなり最前線の友軍部隊の支援だぜ。」

 

 

 

鈍足のマルダーは、機動性を優先するゼネバス帝国軍の現在の戦術には合致していなかった。

 

その為、この部隊を含む多くのマルダー部隊は、拠点や都市の対空砲台代わりに運用される事が多かった。

 

 

それがいきなり重要な作戦に投入される事になったのだから、クルツが違和感を覚えるのも当然である。

 

「俺達は対空戦闘をやってきたからな。補給線を攻撃する敵の空襲に対抗する為だろう。空軍のシンカーも全然足りないらしいし……。」

 

「12番機、14番機、私語は慎めよ。」

 

護衛部隊指揮官のマックス・ファルケンバーグ大尉が2人を注意した。

指揮官機は、部下の機体の通信内容を把握していた。

 

「護衛任務は、重要な任務だ。他の隊員もそれを肝に銘じておくことだ。」

 

「了解!」

 

30分後、彼らは、上空から接近する共和国空軍と遭遇する事となる。

 

遭遇した場所は、遮蔽物は何もない荒涼とした平地。

 

「敵の航空部隊を確認!」

 

最初に敵機を発見したのは、ゲーター2番機であった。

 

「敵が現れたぞ!全機対空戦闘用意!!!」

 

ファルケンバーグ大尉の大声が帝国軍のゾイド用通信機の発信する電波を経由して部下達の機体のコックピットに響き渡る。

 

この友軍の支配地域において、出現する敵は飛行ゾイド以外考えられない。

 

これまでレーン砦を包囲する部隊への補給は、共和国空軍の空からの攻撃によってすべて阻止されてきた。

 

今回、マルダー部隊が補給部隊の護衛機として参加しているのは、対空火器により、これらの上空からの脅威を排除する為である。

 

これまでマルダー16機で編成されるこの対空部隊は、拠点防衛用の戦力として、帝国領に襲来してきた多くの共和国空軍の飛行ゾイドを撃墜破してきた。

 

ゲーター3機は、本格的な対空火器こそ存在しないが、背鰭の3Dレーダーで上空の敵を捕捉し、友軍にその情報を伝える事で正確な対空射撃を可能とするという重要な役目があった。

 

「了解!!いよいよ現れやがったか」

 

機種は、ペガサロスとグライドラー……どちらも現在の共和国空軍の主力ゾイドである。

 

その数は20機。ペガサロスが8機、グライドラーが12機という内訳で、新型機のペガサロスと従来機のグライドラーの混成であった。

 

ペガサロスは背部にミサイル、グライドラーは、翼下に地上攻撃用の爆弾を搭載していた。

 

「全機陣形を組め!1機たりとも輸送隊に爆弾を落とさせるな!」

 

ファルケンバーグ大尉の命令が補給部隊を守るマルダー全機が戦闘態勢に入った。

 

対空部隊のマルダーは、減速しつつ、移動を継続する。同様に減速しつつ補給部隊のザットンとモルガも、隊列を組んでの移動を継続する。

 

彼らは、最悪の場合、各機ばらばらに撤退する様に補給基地の司令官から命令を受けていた。

 

上空を飛ぶ共和国航空部隊は、青空に見事なV字隊形を描いていた。それらの鋼鉄の鳥達の翼には爆弾が抱えられている。

 

地上を進むゼネバス帝国兵達は、指揮官のファルケンバーグからリヒター達対空部隊の隊員や補給部隊の隊員に至るまでそれらの敵の脅威を認識していた。

 

「隊長!敵機が接近してきます!」

 

「慌てるな、4番機、6番機、8番機、12番機、16番機のみ対空ミサイルを発射せよ。その他の機体は、絶対に発射するな。」

 

「……(俺も指名されたか)」

 

クルツは、緊張と闘志が電流の様に背筋を駆け抜けるのを感じ、緊張した。

 

彼も、同僚の大半も対空戦闘は初めてではなく、友軍基地を攻撃する為に接近してくる共和国の飛行ゾイドを撃墜した経験を持っていた。

 

 

 

同時に彼らは、ゼネバス帝国軍に散々煮え湯を飲ませたヘリック共和国の保有する強力な空軍の空爆の恐ろしさを身を持って体験させられてきた。

 

 

 

「何故ですか?!敵がこっちに向かってきてるんですよ!」

 

 

 

マルダーに乗る対空部隊の隊員の1人―――――――――実戦経験の少ない新兵が焦燥感に満ちた声でファルケンバーグに尋ねる。

 

 

 

「ミサイルは、貴重だ。この戦いで浪費するわけにはいかん。我々が友軍部隊の下に到着するまでの間、どれだけの被害が出ると思っているんだ。それにマルダーの火器は、ミサイルだけではない。ミサイルに頼りすぎるな!若造」

 

「……申し訳ありません!指揮官殿!」

 

ファルケンバーグの考えを知り、冷静さを取り戻したその兵士は、謝罪した。

対空射撃の切り札である自己誘導ミサイルは、マルダーの胴体にも最大3発しか格納できなかった。

 

ファルケンバーグ隊長の命令通り、指名を受けた機体のみがミサイルを発射した。

 

マルダーの胴体上部のミサイル発射口が解放され、自己誘導ミサイルランチャーが姿を現す。

 

同時にランチャーに装填されたミサイルが発射される。

 

5機のマルダーから放たれた銀色の矢は、白煙を上げて青空へと駆け上がった。

 

 

マルダーの胴体に内蔵されていた自己誘導ミサイルは、対空ミサイルとも呼ばれていたが、地上と上空の両方の目標を攻撃する事が可能であった。

また目標や任務に合わせて弾頭の種類も複数存在していた。

 

今回、補給部隊の護衛任務に就いている対空部隊のマルダーに搭載されているミサイルはどれも対空用に炸裂弾頭を装着したタイプだった。

 

 

これらのミサイルは、敵の熱源を捕えるタイプの誘導装置を内蔵した誘導性能の高いミサイルであった。

 

共和国軍航空部隊は、自分達に向かってくるミサイルを見るや否や編隊を崩し、それぞれ回避運動に入った。

 

ここからは、ミサイルの性能や大気の状態、飛行ゾイドの性能、パイロットの技量といった様々なファクターが結果を左右する事になる。

 

「やった!」

 

「俺のミサイルが当たった!」

 

「まずは2機……」

 

 

澄んだ青空にオレンジの華が咲き、黒い煙が青空を汚す。

 

最初の撃墜機が出た。

 

 

クルツはその事に興奮した。新兵に至ってはコックピットで大声で叫んでいた。

 

 

動きが遅れたグライドラーが2機、対空ミサイルの破片をもろに受けて撃墜された。

 

最も近い位置にいたグライドラーは、ゾイドコアがある胴体を穴だらけにされて石の様に地面に落ちていった。

 

その機体は間もなく爆弾が誘爆したのか、空中で火球に変じた。

 

もう1機は、頭部キャノピーを破片に突き破られ、パイロットが重傷を負って操縦不能となった。

 

操縦不能に陥ったグライドラーが錐もみ状態で地面に向かって落下していった。

 

 

残りのミサイルも次々と敵機に命中するか、敵機の至近距離で爆発して上空に炎と鉄の華を咲かせていった。

 

正面からミサイルの直撃を胴体に受けたペガサロスは、胴体が吹き飛んで頭部と両翼を飛び散らせた。

 

 

1発だけはペガサロスの機首の30mmビームバルカン砲の連射で撃墜されたものの、4発のミサイルが直撃や飛び散らせた破片で敵機を撃墜した。

 

 

5機のグライドラーと2機のペガサロスが致命的な損傷を被り、飛行能力を喪失して地面へと落下を余儀なくされた。

 

 

黒煙を引いて墜落する敵機の運命を確認することなく、マルダー部隊のパイロット達は、上空の敵機の群れを見据える。

 

 

 

「ビビって逃げちまえっ」

 

 

 

誰に言う事無くクルツはコックピットで吐き捨てる。

 

 

 

こちらのミサイル攻撃に怖気づいて敵が撤退してくれれば……補給部隊のひとまずの安全は確保される。

 

 

 

指揮官のファルケンバーグも同様に敵が撤退する事を望んでいた。

 

 

 

これまで対空部隊を率いて友軍の拠点を共和国空軍の空襲から守り抜くための戦いを行ってきた彼は、友軍を守ると言う事は、多くの敵を撃墜すればいいだけの任務ではないと言うことを認識していた。

 

「ちっ、突っ込んできやがった」

 

「全機対空防御!」

 

「諦めの悪い奴らだな!」

 

 

敵機の動きを見た指揮官は直ちに指示を下し、クルツら、部下達はそれぞれ愚痴を吐き捨てる。

 

ミサイル攻撃を受けた共和国空軍航空部隊は、半数近くの味方機を撃墜されたにも拘らず、マルダー部隊に護衛された補給部隊を叩き潰すべく、突撃してきたのである。

 

 

 

ペガサロス6機と7機のグライドラーは、それぞれ機体に抱えた兵器を地上の敵に叩き付けるんと空を駆ける。

 

 

 

対するマルダー部隊も重装甲の殻に内蔵した対空火器を展開し、対空射撃を開始する。

 

 

 

 

マルダーの胴体側面に装備された加速ビーム砲と胴体に格納されていた中口径電磁砲、頭部コックピットの両側面に装備された機銃が上空に向けて一斉に発射された。

 

 

 

マルダー部隊は、互いに友軍機の死角を補い合う様に配置され、肉食獣から子供を守る為に円陣を組むある種の草食動物の群れを見る者に想起させた。

 

 

 

補給部隊に襲い掛かろうとする共和国軍の航空部隊を金属とエネルギーで形成された光の網が迎えた。

 

1機のグライドラーが電磁砲を左翼に受けて飛行不能に陥り、地面に激突してバラバラになった。

 

1機のペガサロスが頭部の30mmビームバルカンと20mmパルスビーム砲2門を乱射して輸送部隊に低空から突進する。

 

 

 

その後ろには、両翼に爆弾を搭載したグライドラーがいた。

 

 

 

 

「あのデカ足を近づけさせるな!奴の脚部には……」

 

 

 

ファルケンバーグ大尉の警告が部下の機体の通信機から発せられる。

 

 

 

グライドラーは、現在では旧式機扱いだったが、対地攻撃機としては侮れない機体であった。

 

 

 

グライドラーのボディに不釣り合いな程のサイズの脚部は、ミサイルコンテナと緊急離脱用のロケットブースターも兼ねていた。

 

 

 

グライドラーは空戦性能こそ低いが、巨大な脚部ユニットをウェポンベイとしている為、共和国空軍の標準的なミサイルや爆弾なら4発程搭載できた。

 

 

その事は、無力な補給部隊を護衛するマルダー部隊にとって脅威だった。

 

 

クルツのマルダーの胴体にペガサロスのビーム弾が次々と着弾する。

 

 

だが、マルダーの分厚いプロテクターに次々と弾かれる。

 

 

元々ペガサロスの機首の火器は、装甲の薄い飛行ゾイドを撃墜する事を主眼に開発された兵器であり、マルダー等の重装甲のゼネバス帝国軍の小型ゾイドを貫けるような兵装では無かった。

 

 

 

 

「当たれ!」

 

 

 

クルツは、胴体に中口径電磁砲を発射した。

 

 

 

電磁加速された砲弾は、見事ペガサロスの胴体を、ゾイドコアを撃ち抜いた。

 

 

 

胴体を撃ち抜かれたペガサロスが墜落した。

 

 

 

その背後を飛んでいたグライドラーの両脚部が開き、ミサイルが顔を出す。

 

 

 

「ミサイルを撃つ気か!?」

 

 

 

クルツが舌打ちしたのと、ほぼ同時にグライドラーは横合いから受けたビームを浴びて撃墜された。

 

 

 

 

「ありがたい!」

 

 

 

グライドラーを撃墜したのは、隣にいた僚機のマルダーから発射されたビームだった。

 

 

 

自分は、一人で戦っているわけではない。隣にいる味方機が共に補給部隊を守っている。

 

 

 

戦闘の興奮の中で忘れつつあった当たり前の事にクルツは、気付かされた。

 

 

 

「食らえ!」

 

 

 

 

1機のペガサロスが、補給部隊のゾイドに狙いを定めた。

 

 

 

ペガサロスの背部の対地ミサイルが発射される。

 

 

 

そのミサイルは、補給部隊のザットンを狙っていた。

 

 

 

標的にされたザットンの背部には、物資を満載した輸送コンテナが乗せられている。

 

 

 

ただでさえ機動性が低い上に、物資を満載して機動性が更に低下しているザットンが、ミサイルを回避出来る可能性は殆ど無かった。

 

「させるか!」

 

 

1機のマルダーが射線上に立ち塞がる。

友軍機の盾になったのである。

 

 

直後、対地ミサイルがそのマルダーの円形の胴体に着弾した。

 

 

「どうなった?」

 

 

ファルケンバーグは、部下の安否を気遣った。

 

 

 

黒煙が晴れ、補給部隊の盾となったマルダーが姿を現す。

 

 

 

そのマルダーは、丸い胴体の表面装甲を多少損傷していたが、戦闘能力を維持していた。

 

 

 

マルダーの重装甲は、その一撃に見事耐え切っていた。ミサイルを発射したペガサロスが中口径電磁砲を食らって撃墜される。

 

 

 

被弾したペガサロスが地面に激突して大破したのと同じ頃、後のグライドラーがマルダーの放った加速ビーム砲の一撃を受けて墜落した。

 

 

 

 

爆装していたグライドラーが全滅するのを見た護衛のペガサロスは、慌てて退却していった。生き残っていたのは、2機だけだった。

 

 

「全機、対空戦闘止め!」

 

「補給部隊の被害は?」

 

 

ファルケンバーグ大尉は、部隊の損害を確認する。

 

「護衛のマルダーが数機被弾しましたが、戦闘可能です。補給部隊の損害は、ありません。」

 

「よし!いい滑り出しだな」

 

ファルケンバーグ大尉は、上機嫌だった。

 

 

クルツを含め、彼の部下達も同様に笑顔を浮かべていた。

 

 

 

これまでレーン砦に向かう補給部隊は、幾度も共和国空軍の攻撃によって大損害を被るか、物資を全て焼き払われるかして任務を果たす事が出来なかった。

 

 

護衛部隊も空を縦横無尽に飛び回る飛行ゾイドを撃墜出来ず、損害を重ねてきた。

 

 

 

それが、今回は、補給部隊に被害を出さず、敵に大損害を与える事に成功したのだから、喜ぶのも無理は無かった。

 

5分後、隊形を再び整えた補給部隊と護衛のマルダー部隊は、進軍を再開した。

 

 

 

 

 

 

「今日は、此処で野営する!全機進撃停止!各機分散して駐機させた後、食事とする!」

 

 

 

太陽が地平線の向こうに沈み、3つの月と無数の星々が暗闇に染まった空を満たして暫く経ってから、ファルケンバーグ大尉は、部下達に待機する様に命じた。

 

 

「……(今日は此処までか。)」

 

 

 

クルツは、漸く眠れる事に安堵した。途中、休憩はあったが、睡眠は取れなかった。

 

「ここで休憩か。まるで墓場だ。」

 

同僚の一人がそうぼやいたのを通信機越しにクルツは、聞いた。

 

 

「確かにここは……」

 

 

 

クルツもその同僚と同意見だった。

彼らの周囲には、かつて破壊されたゾイドの残骸や放棄された陣地があった。

 

 

ここは、古戦場だった。

 

 

夜の闇で見えないが、恐らく周囲の砂を掘り返せば、埋葬された両軍兵士の遺骨に出くわす可能性は高かった。

 

 

敵の夜間爆撃を避けるにはおあつらえ向きの遮蔽物といえたが、感情面ではあまり長居したくない場所だった。

 

 

護衛のマルダーと補給部隊のザットンとモルガは、それぞれ離れた地点に機体を停止させた。

 

これも、敵の空襲を受けた際の被害を局限する為である。

 

「よし、予定の位置に着いたな。各員は、コックピットで食事を取った後、明日の明朝まで睡眠をとれ。今日は移動しない。」

 

「夜間は、移動しないのですか?」

 

 

 

ファルケンバーグの部下の一人が怪訝そうに言う。

 

 

「そうだ。十分に睡眠をとる必要があるからな!我々対空部隊にとっても、補給部隊にとっても睡眠は欠かせないだろう?」

 

 

 

「ですが、レーン砦攻撃に出ている友軍部隊は、一刻も早く補給物資が到着するのを待っています!」

 

 

 

今度は補給部隊の指揮官がファルケンバーグに意見を言ってきた。

 

 

 

彼らとしては、一刻も早く前線に補給物資を届けたいのだろう。とクルツは推測した。

 

 

 

 

護衛部隊の一部も補給部隊の指揮官と同意見だった。

 

 

 

航空攻撃が低調になる夜間を行動するのは、攻撃を避ける意味でも理にかなっていた。

 

 

 

「………今日はここで休息を取る。夜間の移動はしない」

 

 

 

護衛部隊の指揮官である髭面の男は、補給部隊の指揮官の意見を撥ね付ける。

 

 

 

「何故ですか?!大尉殿、友軍部隊は、我々の到着を一日千秋の想いで待っているのですよ?!」

 

「夜間の移動は、その分友軍兵士を疲れさせる。注意力散漫の兵士は、敵にとってその分奇襲を成功させる条件になる。貴官の想いは理解できるが、安全性には代えられない。」

 

「……分かりました。」

 

大尉の発言に納得したのか、それ以上議論しても無理と考えたのか、補給部隊の指揮官の男は、反論しなかった。

 

 

 

「諸君、食事を取った後は、各員休息を取れ、警戒要員は交代制とする!」

 

「了解」

 

「了解」

 

「了解」

 

「了解」

 

 

星空の下、補給部隊とその護衛達は、夕食を始めた。

 

 

 

「やっと食事か。………(退屈な味だな)」クルツは、カロリーバーを齧りながらそんなことを思った。彼の口一杯にカロリーバーの単調な食事が広がった。

 

 

彼らの食事は、魚の缶詰か、カロリーバー、水筒の中の水。

 

クルツは、これまで防衛任務に就いていた基地の食堂の食事が懐かしくなった。

 

食堂の食事も飛びぬけて美味いわけでは無かったが、少なくとも向こうは火の通った温かい食事を取る事が出来た。

 

 

 

昔は、夜は前線でも宴会だったのにな……。

 

クルツは、自分が新兵だった頃を、まだレーダーも精密誘導爆弾も光学兵器も存在しなかったあの長閑な戦場を思い出していた。

 

 

 

 

地球人が来訪する前、夜には、一部の例外を除いて戦闘が行われる事は無かった。

 

 

夜は大抵宴会か睡眠だった。

 

 

かつては最前線でも火を熾(おこ)して酒を飲んだ。だが、今ではそれは、命取りに繋がる行為であった。

 

 

 

地球由来のレーダーや熱センサー等の探知機が導入されて以来、焚火を行うのは、敵に存在を教えているのと同じだった。

 

 

 

 

「皆、食事は終わったな?これより就寝する!夜間見張りは交代制とする。最初は、2番機、4番機がペアで行え!」

 

ファルケンバーグは、最初の見張りを指名した。

 

 

「了解!」

 

「了解」

 

「(俺が指名されなくてよかった)」

 

 

そんなことを考えつつ、クルツは、支給品の毛布を被り、コックピットで眠りに就いた。

 

 

 

昼間の戦闘と対空監視の疲れもあって、彼は殆どの隊員と同様に直ぐに眠りの世界に旅立つことが出来た。

 

 

 

 

 

 

「出発だ。全機隊形を組め!」

 

 

「了解!」

 

 

「了解!」

 

 

「了解」

 

 

 

翌日、太陽がまだ地平線から昇るか、昇らないかの明朝、彼らは出発した。

 

 

「大尉殿、妙ですね」

 

「どうした?アインハルト中尉」

 

ファルケンバーグ大尉の副官 アインハルト・ハルシュタット中尉は、怪訝そうに顔を顰めて言った。

 

「敵が静かすぎます。我々の存在を無視しているかのようです。」

 

彼の言う様に昼間までの間、彼らが攻撃を受けることは無かった。

 

 

 

「……」

 

 

 

クルツを始めとする護衛を務めるマルダー部隊の隊員達や補給部隊の隊員も不思議に思っていた。

 

 

 

雲一つない青空には、敵の飛行ゾイドの姿もない。昨日襲撃を受けた時とは大違いだった。

 

 

 

 

「ライカン峡谷に入れば、敵の航空部隊もおいそれとは我々を爆撃できなくなる………急ぐぞ、諸君!後1日でライカン峡谷に入れるはずだ」

 

「はい!指揮官殿」

 

「了解!」

 

「……」

 

その時、部隊の外周で対空警戒任務に就いていたゲーター3機の内1機が、低空を飛ぶ大型飛行ゾイドの反応を捉えた。

 

ゲーターのパイロットは、その反応に該当するゾイドを知っていた。

そしてそれは、彼とその戦友達にとって不幸な事に友軍機では無かった。

 

 

「3時方向より敵機接近!!機種はサラマンダーと思われる!」

 

ゲーターのパイロットは、通信機に向かって叫ぶ。

 

「サラマンダーだと!?………数は?」

 

「1機だけです!」

 

「……サラマンダー!」

 

 

指揮官のファルケンバーグ大尉を含め、マルダー部隊と補給部隊のパイロットは、一様に驚愕した。

 

サラマンダーと言えば、ヘリック共和国軍の誇る大型飛行ゾイドであり、中央山脈を越えての帝国側基地や都市への爆撃を行っている防空部隊にとって宿敵ともいえる存在である。

 

 

この部隊も帝国の防空戦力の一端として、サラマンダーとは何度も交戦した経験を有している。防空部隊にとっての宿敵が出現したのだから、驚愕するのも無理はなかった。

 

 

「サラマンダー!どうして奴が低空を……」

 

クルツは、驚きつつもサラマンダーが低空飛行をしていることが気になった。

 

 

これまで、彼が、対空部隊のパイロットとして交戦してきたサラマンダーは、3~30機程の編隊を組んでの高高度爆撃戦術を取っていた。

 

それが、地を這う様な低空で単機で現れたというのは、腑に落ちない話だった。

 

間もなく、彼と彼の仲間達は、その理由を否が応でも教えられる事となる。

 

低空を飛ぶ機影が見えた。

 

サラマンダーの巨体は、低空で一際目立った。

 

 

その鋼鉄の怪鳥が、輸送部隊とそれを護衛するマルダー部隊の脇腹を狙って向かってくる姿は、上空から獲物を狙う猛禽類さながらである。

 

 

鋭い嘴の付いた頭部は、恐ろしく、巨大な翼は、力強い印象を見る者に与えている。

 

 

 

何よりも補給部隊と護衛のマルダーのパイロット達を驚かせたのは、その巨体だった。

 

 

「なんてでかさだ!レッドホーン位あるぞ!?」

 

「低空飛行してやがるからな!」

 

マルダー部隊の隊員達は、低空から接近してくるサラマンダーの巨体を見て驚愕する。

 

 

彼らも、防空部隊の一員として、共和国空軍のサラマンダーとの交戦経験を有している。

 

 

 

だが、それらは、高高度を飛ぶ豆粒の様にしか見えない敵機にミサイルを発射するという任務であった。

 

その為、サラマンダーがどの位の大きさか知る事は出来なかった。

 

 

大半の兵士は、漠然と大きいのだろうと考えていた。

 

サラマンダーの実際の大きさを確認した者は、地面に墜落した残骸を目撃した者だけだった。

 

 

そして、この部隊には、隊長と数名以外、その様な人間はいなかった。

 

 

クルツも、マルダー部隊の隊員の大半も帝国領への偵察任務と戦術爆撃に現れた機体しか見た事が無かった。

 

「あれがサラマンダー……」

 

低空を飛ぶ巨体に驚嘆するクルツ、彼の声にファルケンバーグの声が重なる。

 

「掃射機型だ!」

 

 

補給部隊に迫るサラマンダーは、通常のサラマンダーとは異なった形状をしていた。

 

 

 

その機体は、サラマンダーガンシップ。

 

現在のゼネバス帝国軍の地上部隊にとって空飛ぶ悪夢そのものといえる機体だった。

 

 

共和国空軍の誇る大型飛行ゾイド サラマンダーは、その巨体から拡張性が高く、多くの大型ゾイドと同様に任務に合わせて複数のバリエーションが存在していた。

 

その内の1つ、地上攻撃仕様が、このサラマンダーガンシップである。

 

通常型との相違点は、背部の火器管制・航法員用コックピットを複座化し、メインパイロットを含めて3人乗りに、2連装ミサイル発射機を撤去、代わりに全身に多数の地上攻撃用兵装を満載している点である。

 

左右の胴体側面に地上攻撃用のガンポッドと横向きに装備したバルカンファランクスをそれぞれ2基、脚部側面に地上攻撃用のミサイルポッドとを2基、そして全身に近接防御用のバルカン砲を7門装備していた。

 

重武装であるため、空戦性能と最高速度、運動性能は低下していたが、火力と装甲では通常型を凌駕していた。

 

地上攻撃用の装備で固めたこの機体は、帝国軍にとって一番遭遇したくない飛行ゾイドの1つであった。

 

「低空から襲い掛かって来るぞ!全員補給部隊を守れ!対空防御陣形!1~6番機は、ミサイル発射!」

 

 

ファルケンバーグ大尉の命令の元、マルダー6機から自己誘導ミサイルがサラマンダーガンシップ目掛けて発射された。

 

オレンジ色の推進炎を噴き出しながら6発のミサイルは、低空で補給部隊に向けて突進するサラマンダーガンシップの巨体に向かって突進する。

 

高い耐久性を誇るサラマンダーといえど、複数の自己誘導ミサイルを食らえば、墜落を免れる事は出来ない。

 

「やったか!」

 

ハインツがそう叫ぶのを通信機を通じてクルツは聞いた。

 

彼だけでなく、他の同僚も撃墜を確信していた。

 

サラマンダーガンシップの両翼から何かが射出された。

 

直後、サラマンダーガンシップの背後にいくつもの火球が生まれた。

 

白煙をまき散らし、オレンジに明滅する火球―――――その正体に気付いたクルツは声を上げた。

 

「フレアか!」

 

「しまった!」

 

 

驚愕するクルツの声に悔しさが滲んだファルケンバーグ大尉の声が重なる。

 

フレアの熱に誘導装置をかく乱された6発の自己誘導ミサイルは、明後日の方向へと飛び去っていった。

 

「しまった!」

 

数秒後、自己誘導ミサイルは、虚しくサラマンダーの後方で自爆した。

 

サラマンダーガンシップに損傷は無かった。

 

低空飛行で敵地上部隊を攻撃する事が主任務のサラマンダーガンシップには、ミサイル防御用にフレアを搭載していた。

 

この時期、ゼネバス軍の対空ミサイルは、多くが熱誘導方式を採用していた。

 

金属生命体による生態系が存在し、磁気嵐が吹き荒れるゾイド星(惑星Zi)では、電波ホーミング誘導やレーダー誘導方式よりも熱誘導方式の方が信頼出来たからである。

 

 

だが、この時は、それが裏目に出た。

 

 

 

更に2機のマルダーが自己誘導ミサイルを発射したが、先程と同様にフレアに攪乱された。

 

「……弾幕を張れ!!あのサイズだ。撃てばあたる!」

 

「了解!」

 

「補給部隊を襲わせるかよ!」

 

マルダー部隊は、中口径電磁砲とビーム砲で低空を進撃するサラマンダーガンシップを迎撃する。

 

電磁加速された砲弾とビームの火線を恐れることなく、重火器を満載した鋼鉄の翼竜は、獲物に向かって突進する。

 

「なんて防御力だ……!」

 

クルツが呻く様に言ったのと同時にサラマンダーガンシップの胴体左右にぶら下げられたガンポッドが火を噴いた。

 

 

大口径機銃弾の掃射を胴体に受けたマルダーが2機大破した。

更に2機が胴体下部のバルカンファランクスの集中射撃を受けて破壊された。

 

内1機は、頭部コックピットを撃ち砕かれていた。

 

「なんて火力だ!」

 

「5番機と8番機がやられた!12番機もだ!」

 

更に脚部のミサイルポッドが発射された。

 

「ミサイルだ!撃ち落とせ!」

 

「くっ!」

 

ミサイルは、半分以上がビームに撃墜され、残ったミサイルも補給部隊のゾイドに命中することなく、マルダーと地面に命中しただけに終わった。

 

「7番機!駆動系を損傷!」

 

マルダー部隊に更に被害が出た。

 

「いい加減んっ落ちろ!」

 

自身に向かって突進してくるサラマンダーガンシップの巨体に向けてビームを撃ち込みながら、クルツは、叫ぶ。

 

中口径電磁砲もビームも、陸戦ゾイドの装甲も貫通可能な火器である。

 

サラマンダーガンシップは、更に猛攻撃を浴びせてくる。

 

「このままでは、突破される……!」

 

こちらの火力は撃ち減らされているのに対し、サラマンダーガンシップは、火器を乱射しながら突進してくる。

 

このままでは、補給部隊がサラマンダーガンシップの餌食になるのは時間の問題である。

その時、ファルケンバーグ大尉のマルダーが対空ミサイルを発射した。

 

「……ミサイル?」

 

それを見たクルツは疑問を覚えた。対空ミサイルによる攻撃は、サラマンダーガンシップには通用しないと分かっている筈―――――――――彼だけでなく他の隊員も隊長の意図を図りかねた。

 

クルツは、発射されたミサイルの動きを見た。ミサイルは、〝一直線〟に飛んでいた。

 

「誘導装置をOFFにしている……!」

 

その動きを見たクルツは、隊長機が発射したミサイルの誘導装置がOFFにされている事に気付いた。

 

マルダーの自己誘導ミサイルは、パイロットの任意で誘導装置をOFFにすることが出来た。

 

無誘導ならば、砲弾と同じでフレアの影響を受けない。

 

ファルケンバーグは、サラマンダーガンシップの直線的な動きを見て予想進路上にミサイルを発射したのである。

 

命中させることが出来れば、サラマンダーガンシップもただでは済まないだろう……。

 

 

誘導装置を作動させていない自己誘導ミサイルは、ロケット推進する高性能爆薬を詰めた金属製の槍と同じだった。

 

そしてそれは、サラマンダーガンシップの予想進路上に突進した。

 

「いけ!」

 

クルツのマルダーも自己誘導ミサイルを発射した。

 

隊長と同じく、ミサイルの誘導装置をOFFにして、サラマンダーガンシップの予想新路上に向けて撃ち込んだ。2発のミサイルがサラマンダーガンシップへと突進する。

 

サラマンダーガンシップも全身に装備した近接防御用のバルカン砲とフレアをまき散らす。

 

鈍色の鉄の翼竜の巨体の周囲に無数の火球と火線が生まれる。

 

ミサイルは、サラマンダーガンシップの至近で炸裂した。

 

サラマンダーガンシップの巨体を炸裂した爆炎が包み込む。

 

少し遅れてクルツのマルダーが発射したミサイルがサラマンダーガンシップの近くで爆発した。

 

「やったか?!」

 

「今度こそ……!」

 

マルダー部隊のパイロット達と補給部隊のパイロット達は、固唾を飲んで、先程までサラマンダーガンシップが存在していた辺りを見た。

 

黒煙が晴れるよりも早く、サラマンダーガンシップの巨体が姿を現した。

 

2発のミサイルの爆発を突き破って現れた機体は、無傷ではなかった。

 

傷付いたサラマンダーガンシップは、右方向に旋回した。

 

 

サラマンダーガンシップは、撤退するのか、それとも補給部隊を撃破すべく、再び旋回してマルダー部隊の方向に突進するつもりなのかもしれない。

 

どちらにしても放置しておけば帝国軍の脅威である。

 

 

「全機攻撃開始!今の奴は死に体だ!」

 

「了解!」

 

「叩き落としてやる!」

 

今度は、マルダー部隊が攻撃する番だった。

 

マルダーの中口径電磁砲とビーム砲が胴体側面を晒して低空飛行するサラマンダーガンシップに次々と浴びせられた。

 

胴体側面のバルカンファランクスが破壊され、ビーム砲を受けた左のガンポッドが脱落する。

 

「よし!」

 

「落ちろ!デカブツ」

 

マルダーのパイロット達は、中口径電磁砲の発射ボタンを押し、ビーム砲のトリガーを引き続けた。

 

サラマンダーガンシップは、飛行ゾイドとは思えない耐久力で低空を飛び続けた―――――――だが、それも1発のビームが命中するまでだった。

 

マルダー部隊が乱射したビームの1発が、サラマンダーガンシップの左翼のマグネッサーウイングを撃ち抜いた。

 

推進力を失ったサラマンダーガンシップは、暫く低空をよろめく様に飛び続けたが、地面に激突して大破した。

 

激突時の衝撃で巨大な両翼………マグネッサーウィングは吹き飛び、頭部コックピットは潰れていた。

 

「………よし!サラマンダーを撃墜したぞ……!」

 

 

荒野の上で土色の煙と黒煙を噴き上げる巨体を見つめ、ファルケンバーグ大尉は、言った。

 

彼の声色には勝利の喜びはなく、敵を倒した事への安堵だけがあった。

 

サラマンダーガンシップとの交戦で受けた損害を考えれば、当然であった。

 

サラマンダーガンシップ1機の為だけに3機のマルダーを失い、3機が何らかの損傷を被った。

補給部隊のザットンとモルガが、損傷を受けていないのが不思議なくらいだった。

 

部下達の心中も敵を倒したことへの喜びよりも、全滅を免れた事への安心が優っていた。

 

「クルツ少尉」

 

「はいっ!」

 

指揮官に呼ばれ、クルツは恐縮した。

 

 

やはり勝手にミサイルを発射したのは不味かったのだろうか。彼はそう思った。

 

「何でありますか?ファルケンバーグ大尉殿!」

 

「お前は、先程の戦闘で敵機の予想進路上に無誘導にしたミサイルを発射したな」

 

 

「はい!大尉殿がそうされたので………」

 

「……‥‥よくやってくれた。感謝するぞ」

 

「………!」

 

予期せぬ言葉にクルツは、困惑した。

規律に煩い大尉は、命令違反で自分を叱責すると思っていたからである。

 

「……だが、命令違反は慎めよ!」

 

「………はい!指揮官殿!」

 

負傷者の救助と隊形の修正を行った後、補給部隊と護衛のマルダー部隊は、進撃を再開した。

 

 




サラマンダーガンシップは、現実のガンシップをモデルにしたオリジナルゾイドです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ゾイドグラフィックス戦記 マルダー編 後編

出発から3日目、サラマンダーガンシップを退けた補給部隊と護衛のマルダー部隊は、ライカン峡谷に侵入していた。

 

後数日もすれば、レーン砦攻略部隊と合流出来るだろう。指揮官のマックス・ファルケンバーグ大尉は、そう言って部下達を鼓舞した。

 

「この峡谷に来れば、共和国軍も爆撃してくることは無いだろうなぁ」

 

ハインツは、周囲を囲む険しい土色の岩の壁を見上げながら、クルツに言う。

 

「ああ、連中もここには、爆撃してこないだろうな。」

 

彼もハインツと同意見だった。

 

複雑に入り組んだライカン峡谷は、迷路の様に入り組んでいて、上空から敵を発見するのも大変だった。

また運よく敵部隊を発見しても航空攻撃するのは容易ではなかったからである。

 

また空爆を行って峡谷を閉塞させることもやろうと思えばサラマンダーを多数保有する共和国空軍は可能だったが、今までそれが行われた事は無かった。

 

理由は簡単で、閉塞させた場合、共和国がライカン峡谷を渡って帝国領に進軍することも出来なくなるからである。

 

「あともう少しか……」

 

レーン砦攻略部隊との合流を目指す彼らに突如、攻撃が浴びせられた。

 

マルダーの丸い胴体装甲にビームが着弾した。指揮官機には2発のビームが命中した。

どちらもマルダーの分厚い装甲と対ビーム、レーザーコーティングに減衰され、大した損傷にはならなかった。

 

補給部隊のモルガにも攻撃は及び、1機の頭部装甲にビームが命中した。

 

「敵の地上部隊?!」

 

前方に出現した機影を見た帝国兵の一人は驚愕する。

 

「共和国軍め、今度は地上部隊か。」

 

ファルケンバーグは、忌々しげに顔を顰めて言う。

 

彼らの目の前に共和国軍の地上部隊が現れた。

 

複雑な地形が入り組んだライカン峡谷には、ヘリック共和国軍のゲリラ部隊も複数行動していた。

 

これまでレーン砦攻略作戦が度々失敗したのも、補給部隊を攻撃した航空部隊と基地守備隊の奮戦もあったが、これらのゲリラ部隊が奇襲攻撃で帝国軍の後方を脅かしたという事情もあった。

 

敵部隊は、ガイサック4機とスパイカー6機で編成されていた。

 

どちらも小型で全高も低く発見されにくいゲリラ部隊向けの機体だ。

 

ガイサックは、背部に長期行動用のエネルギータンクを搭載していた。

スパイカーは、通常機と異なり、羽が追加装備されていた。

 

「全機敵部隊を迎え撃て!補給部隊に指一本触れさせるな」

 

「了解!」

 

クルツらマルダー部隊と、共和国軍ゲリラ部隊は、狭い峡谷の中で戦闘を開始した。

 

数では、マルダー部隊が10機しかいないゲリラ部隊を上回っていた。

 

だが、狭い峡谷という地形の問題で、数の利を生かす事が出来なかった。

その為、当初は苦戦を強いられた。

 

幸いにもゲリラ部隊のゾイドの装備火器は、マルダーの重装甲を貫けるほど強力では無かった。

 

マルダー部隊は、火力と装甲を活かして補給部隊を狙うゲリラ部隊を圧倒し始めた。

 

スパイカー3機がビームを受けて爆発した。

 

1機のスパイカーが跳躍した。

 

「補給部隊の中に入り込むつもりか?」

 

この改良型スパイカーは、追加装備された羽とパワーアシストによって短時間だけであったが、飛行、跳躍する事が出来た。

 

スパイカーのパイロットは、それを利用して護衛のマルダーを飛び越えて、補給部隊の懐に飛び込むつもりだった。

 

 

「!!叩き落とせ!」

 

「……(奴に内側に飛び込まれたら……)」

 

補給部隊の中に飛び込まれたら、厄介なことになる。

 

こちらは、峡谷で動きが制限されるうえに味方機が邪魔で攻撃できない。

 

対するスパイカーは、自慢の鎌で補給部隊のゾイドの装甲を切り裂くだけでいい。

 

モルガやザットンといった重装甲のゼネバス帝国小型ゾイドの装甲の継ぎ目を切り裂く奇襲戦術こそ、スパイカーの得意技だった。

 

スパイカーはマルダーを飛び越えて補給部隊の懐に着地しようとした―――――――――――その時、1機のマルダーが自己誘導ミサイルを発射した。

 

対空ミサイルの誘導装置は、パワーアシストを全開にした空中のカマキリ型小型ゾイドの放つ赤外線を捕捉し、見事柔らかな下腹に突き刺さり、炸裂した。

 

ミサイルの直撃を受けたスパイカーの華奢なボディは引き裂かれ、空中で火球に変じた。

 

「ブラント!ミサイルで跳躍した敵機を狙うとは……なかなかやるな!」

 

ファルケンバーグ大尉は、部下の機転をほめると、捕捉した敵機に向けてビームを発射した。跳躍を試みたスパイカーがビームを受けて大破する。

 

頭部からアンテナが伸びた指揮官機らしきガイサックの尾部のロングレンジガンが発射され、補給部隊のザットンの頭部を掠めた。

 

「食らえ!」

 

ファルケンバーグ大尉のマルダーが中口径電磁砲を発射した。その一撃は、背中のエネルギータンクに命中した。

 

一瞬、両軍のパイロットには、マルダーとガイサックが赤い火線が結ばれた様に見えた。

 

次の瞬間、ガイサックは火達磨になった。エネルギータンクが誘爆したのである。

 

 

2機のガイサックは、8本の肢を使って谷の急な斜面を器用に移動してくる。

 

スパイカーもそれに続く。どちらも多脚の昆虫型ゾイドならではの戦法だと言えた。

 

「後方を突くつもりか!させるか!15番機と13番機は、補給部隊に奴らを近づけさせるな!」

 

マルダー数機が斜面を移動する3機の小型ゾイドを攻撃する。

 

ガイサック2機の後ろを移動していたスパイカーがビームを受けて爆発炎上。

 

燃え盛る残骸が斜面から転がり落ちる。対するガイサックも攻撃を開始した。

 

尾部のビームライフルがモルガを掠める。

 

マルダーに接近したガイサックの鋏に装備されたポイズンジェットスプレーが発射される。

 

ガイサックの素体には、鋏に毒腺を持つ種類と尻尾の先に毒腺を持つ種類の2種類が存在していた。

 

この時期、共和国軍は、2種類の素体を用いてガイサックを生産していた。

 

後に生産性を上げるために、共和国軍では、鋏に毒腺を持つ種類を素体とするガイサックに一本化される事になる。

ゾイドの装甲にも損害を与える毒液がマルダーの胴体側面に浴びせられた。

 

パイロットや内部機関に致命的なダメージを与えることが出来るその一撃も、重装甲の前では、効果がなく、マルダーの装甲を若干溶かしただけだった。

 

ガイサックは、マルダーの胴体に自慢の鋏 レーザークローを突き刺そうと接近した。

 

補給部隊のモルガの頭部ガトリング砲が火を噴いた。

 

ガトリング砲を受け、ガイサックの薄い装甲は穴だらけになった。

 

 

胴体を蜂の巣にされたガイサックは、爆発炎上した。

 

 

もう1機のガイサックは、ゲーターのビームガトリングを浴びて蜂の巣になった後爆散した。

 

「残りは貴様だけだ!」

 

最後のガイサックは、ファルケンバーグのマルダーとその僚機のマルダーの発射した中口径電磁砲の直撃を受けて爆散した。

 

3時間後、ザットンとモルガで構成される補給部隊は、マルダー部隊の護衛の下、ライカン峡谷の出口を塞ぐ共和国軍 レーン砦の攻略部隊が展開する場所に到着した。

 

レーン砦に程近い、ライカン峡谷の開けた地点には、ゼネバス帝国軍のレーン砦攻略部隊が展開していた。

 

 

攻略部隊は、レッドホーンを指揮官機とする部隊で、マーダやモルガ、ゲルダーやゲーターの姿もあった。

 

ゾイドだけでなく、アーマードスーツや対ゾイドライフル、無反動砲等の装備で武装した歩兵部隊の姿もある。

 

どのゾイドも損傷し、歩兵部隊の装備や軍服も汚れて不揃いだった。満足に補給を受ける事が出来なかったのは一目で分かった。

 

その隣には、撃破されたゾイドや兵器の残骸がある。中でも巨大なのは、要塞攻略用に持ち込まれた長距離砲の残骸である。

 

 

レッドホーンの手前にも破壊された長距離砲が黒焦げになって転がっていた。

 

長距離砲――――――――ザットンやモルガが牽引するタイプのこの大砲は、レーン砦の城壁やトーチカを破壊する為にこの地に運ばれてきた。

 

その全てが、共和国軍との戦闘で破壊された。

 

対照的にレーン砦は、少なくない守備隊の戦力と防衛設備を喪失しつつも、未だに健在で帝国軍の兵士達に高く聳える城壁を見せ付けていた。

 

 

レーン砦の周辺には、破壊された両軍のゾイドの残骸が転がっていた。

 

 

マーダやエレファンタス等の旧式機だけでなく、モルガやゴドス等の新鋭機も含まれていた。一際目を引くのは、ビガザウロの残骸である。

 

両軍にとって最初の大型ゾイドの残骸は、太古の地球に存在していた竜脚類を思わせた。

 

「他の部隊もいるぞ!」

 

同僚の一人が叫ぶ。彼の言う通り、マルダーと補給部隊のザットンとモルガの隊列がレーン砦攻略部隊の近くにあった。

 

「あれは、前にガニメデの防衛に参加した第22防空部隊……」

 

クルツは、マルダーの胴体側面に見覚えがあった。

 

その部隊―――――第22防空部隊は、2か月前のガニメデ防空戦で共にガニメデ市をサラマンダーの空爆から守った部隊であった。

 

クルツ達は知らなかったが、他の補給拠点から出撃した補給部隊の護衛にも対空能力に優れたマルダーを装備した防空部隊が参加していたのである。

 

「よく来てくれた諸君、これで我々は勝利できる。部隊の全員を代表して言う。ありがとう、よく物資を届けてくれた。」

 

ライカン峡谷攻撃部隊指揮官のホルスト大佐は、補給部隊の到着を喜び、彼らを自ら出迎えた。

 

彼の前には、護衛部隊指揮官のマックス・ファルケンバーグ大尉と彼の部下、補給部隊の護衛を務めたマルダー部隊の隊員達、彼らが守り抜いた補給部隊の指揮官と部下、別の補給部隊と護衛を務めた第22防空部隊の隊員達の姿があった。

 

彼らがここまで物資を届け、敵の妨害を排除してくれなければ、レーン砦攻略部隊は、敗残の兵として退却を余儀なくされていただろう。

 

クルツもこの中にいた。他の隊員達と同様に晴れがましい気分だった。

 

「よくやってくれた。諸君らの奮闘のお陰で、我々は、この地で戦いを継続する事が出来る。」

 

感謝に堪えないといった口調でレーン砦攻略部隊の指揮官である髭面の男は、言った。

 

今も補給部隊のザットンからは、輸送されてきた補給物資を満載したコンテナが降ろされ、モルガの胴体後部からは、格納されていたコンテナや補充のミサイルや弾薬、整備部品が取り出されていく。

 

暫く整備を受ける事が出来なかった攻略部隊のゾイドも整備作業が開始されていた。

 

レーン砦攻略部隊の戦闘能力は回復しつつあり、再び城壁に守られた敵の要塞を攻略する事に着手できそうだった。

 

「今日にでも総攻撃を行う予定だ。マルダー部隊にも防空任務に従事してもらいたい。」

 

「了解です」

 

「少し気になったことがあるのだが……」

 

「なんでしょうか?」

 

「補給部隊には、増援の砲兵部隊が付属していると聞いたが、彼らはどこにいるのだね。私の見る限り、肝心の砲兵隊がいないようだが?」

 

ホルスト大佐は、怪訝そうに言う。

 

弾薬が補充されても現在の砲兵戦力だけでは、レーン砦を陥落させるのは、困難であった。

 

当初、長距離砲が牽引されてきたが、どれも現在は破壊されている。

 

「大佐!我々の部隊が砲兵隊です。」

 

ファルケンバーグは、髭面に晴れやかな笑みを浮かべて言う。

 

「!!」

 

ホルスト大佐の威厳のある顔に驚愕の表情が浮かんだ。

 

マルダーは、搭載しているミサイルを交換する事で対空攻撃にも地上攻撃にも対応できた。

 

補給部隊の護衛機にマルダーが選ばれたのも対空能力の高さだけでなく、ミサイルを交換することで後方支援用にも運用できるという点が着目されたからである。

 

そして、彼らが守り抜いてきた補給部隊のザットンが輸送してきたコンテナの中には、マルダーのミサイルランチャーに搭載可能な新型の要塞攻撃用ミサイルが含まれていた。

 

「…………そうだったか。では、諸君らには、攻撃の第1弾を行ってもらおうか」

 

「喜んでその任務に従事させて頂きます。」

 

3時間後、全ての準備が完了し、レーン砦攻略作戦が開始された。

 

ファルケンバーグ大尉らマルダー部隊は、攻略部隊の最後尾に展開した。

 

砦に突入する友軍部隊の後方支援が彼らの任務である。

 

「お前達、せっかく物資をここまで運んできたんだ。攻略作戦、何としても成功させるぞ!」

 

ファルケンバーグ大尉は部下達を鼓舞した。

 

「了解!」

 

「はい!指揮官殿!」

 

「隣の部隊に負けねえ様に敵の城壁にミサイルを撃ち込んでやります!」

 

部下達もそれに答える。要塞攻撃という晴れ舞台に参加するのだから彼らが興奮するのも当然であった。

 

 

「砲撃開始!」

 

ホルスト大佐のレッドホーンが背部の大口径3連電磁突撃砲を発射した。

 

それが攻撃開始の合図となった。

 

 

隊列を組んだマルダー部隊が一斉にミサイル発射口を開いた。マルダーの胴体上面部のハッチが開き、要塞攻撃用のミサイルが発射された。

 

 

彼方のレーン砦の城壁と周辺にミサイルが着弾し、幾つもの爆炎が生まれ、轟音が大気を震わせる。

 

帝国軍によるレーン砦攻略作戦が開始された。

 

ライカン峡谷の出口を塞ぐ拠点である共和国軍の基地 レーン砦は、四方を城壁で囲まれている。

 

レーン砦を攻略するうえで重要なのはレーン砦を守る城壁を破壊し、内部への侵入口を確保することである。

 

城壁は分厚くレッドホーンの体当たりにも耐えられる防御力を有している。

 

更に城壁の上には、砲台がいくつか設置されていた。

 

レーン砦攻略作戦が開始されてから砲台に対してはゼネバス帝国軍の集中攻撃が加えられ、現在では3分の1を残して破壊されていた。

 

だが、残された3分の1も攻略作戦を行う上では十分な脅威になりえる存在だった。

 

モルガ部隊がミサイルを発射した。マルダー部隊も引き続き、自己誘導ミサイルや要塞攻撃用のミサイルを発射した。

 

マルダー部隊が発射した自己誘導ミサイルが要塞の城壁に次々と着弾する。

 

城壁の上に建設された砲台が反撃する。マルダー1機が被弾、2機が衝撃波で横転した。

 

だが、他のマルダーがミサイルを叩き込んで沈黙させた。最後の砲台がレッドホーンの砲撃を受けて破壊された。

 

 

全ての砲台を喪失した城壁は、帝国軍から撃ち込まれる砲撃に打ちのめされるだけの存在になり下がった。

 

「城壁のひび割れた個所にミサイルを叩き込め!友軍部隊の突入口を形成するぞ!」

 

ファルケンバーグの命令が伝達され、部隊のマルダーは、更に攻撃を行った。

 

マルダーのミサイルが城壁の破損個所に次々と撃ち込まれ被害を拡大させる。

レーン砦の分厚い城壁が更に崩れ始める。

 

「全部隊突撃!」

 

マルダーの支援を受けたレッドホーンとモルガ部隊が進撃を開始した。

 

その背後には、マーダとゲルダーがいる。

 

モルガがミサイルを発射し、レッドホーンが、背部の大口径3連電磁突撃砲と全天候自己誘導ミサイルランチャーを発射してレーン砦へと突撃する。

 

「食らえ!」

 

レッドホーンのクラッシャーホーンが城壁に炸裂。

 

これまでの戦闘で撃ち込まれた砲弾とミサイルで痛めつけられた城壁は、ビスケットの様にひび割れ、轟音と共に崩壊した。

メインゲートからマンモスと小型ゾイドで編成された迎撃部隊が出現した。

 

ゴドスの蹴りを受けてゲルダーが撃破される。直後、そのゴドスは、別のゲルダーの集中攻撃を受けて大破した。

 

モルガ3機がガイサックを踏み躙る。その近くでは、ガイサックがモルガをレーザークローで撃破していた。

 

ホルスト大佐の操縦するレッドホーンは、襟飾りのビーム砲を連射し、ゴドスとガイサックを数機纏めて葬る。

 

守備隊のマンモスとホルスト大佐のレッドホーンがにらみ合う。

 

火力と装甲、機動性ではレッドホーンはマンモスを凌駕している。

 

だが、ゾイドとしてのパワーではマンモスが若干レッドホーンを上回っている。

 

マンモスのパワーとビーム発振器を仕込んだ牙 ビームタスクとの組み合わせは、レッドホーンにとっても油断すれば致命傷に成りかねない。

 

マンモスがレッドホーンに突進した。肉弾戦に持ち込んでレッドホーンを撃破する腹積もりの様だ。

 

ホルスト大佐のレッドホーンは、大口径3連電磁突撃砲と自己誘導ミサイルを発射する。

マンモスは、損傷を受けるが、恐れることなく突進を継続した。

 

マンモスの長い鼻がレッドホーンの頭部に振り下ろされる。レッドホーンはそれを回避すると、懐に飛び込んだ。

 

レッドホーンが下顎に装備した高圧濃硫酸噴射砲を発射する。

マンモスの左脚に濃硫酸のスプレーが浴びせられた。

 

マンモスの甲高い悲鳴が辺りに響き渡った。

 

「今だ!A小隊とB小隊は集中攻撃!」

 

ホルスト大佐の指揮の元、部下のモルガとゲルダーがマンモスを包囲し、集中攻撃を行った。

 

ゲルダーの角の連装電磁砲とモルガのミサイル、ガトリング砲がマンモスの黒い巨体に浴びせられた。

 

「止めだ!」

 

ホルスト大佐のレッドホーンが大口径3連電磁突撃砲を3連射した。

 

その一撃は、マンモスの頭部コックピットを撃ち抜いた。

パイロットを失ったマンモスは、レッドホーンの目の前に膝をつく様に崩れ落ちた。

 

「敵の大型機はこれで最後だ!全機突撃!」

 

マンモスが撃破された事で守備隊の戦力と士気は大幅に低下した。

 

マルダー部隊も援護のミサイル攻撃を欠かさない。

 

城壁に空いた穴から、モルガ部隊が内部に突入する。

 

砦内にいたガリウスとエレファンタスが迎撃するが、モルガは分厚い頭部装甲で攻撃を弾き返し、体当たりで敵機を叩き潰す。

 

モルガの胴体後部の装甲が開放され、中からミサイルが発射される。

 

砦の防御施設にミサイルが着弾し、煙と炎が要塞内に巻き起こった。数機のモルガの胴体後部からは、歩兵部隊が次々と降り立つ。

 

モルガから降りた歩兵部隊が砦内部に突入した。

 

「勝ったな」

 

目の前でレーン砦に殴り込みを駆けていく友軍部隊を見つめ、クルツは、呟いた。

 

「見ろ!敵の司令部を!」

 

「帝国の旗だ!勝ったんだ!」

 

司令部が置かれていた建物の屋上にそれまで翻っていた円と稲妻を描いた旗……ヘリック共和国の国旗が引き摺り降ろされた。

 

数秒後、その国旗に代わって、赤地に蛇と短剣……ゼネバス帝国の国旗が掲げられた。

 

それは、この砦の主が変わったことを、見る者全てに対してどんな言葉よりも雄弁に教えていた。

 

「………諸君!レーン砦は、陥落した。これにより我軍はライカン峡谷を超えてヘリック共和国の領土に侵攻する事が可能になった。これも補給部隊が与えられた任務を危険を顧みず、行ったからである。そして、彼らを守り抜いた我々の活躍のお陰である。我々は、この任務で祖国と戦友に貢献する事が出来たのだということを忘れるな!」

 

30分後、レーン砦は完全に制圧され、ゼネバス帝国の手に落ちた。

 

 

戦闘が終了し、太陽が地平線に隠れようとする光景をマルダー部隊のパイロット――――クルツは、眺めていた。

 

彼の隣には、愛機のマルダーがいる。

丸みを帯びた銀色のボディは、夕日に濡れて真鍮色に輝いていた。

 

これまで彼は、防空任務を危険な割に地味な任務だと思っていた。同じ様に乗機のマルダーについても火力と装甲だけの鈍足機と思っていた。

 

だが、この任務を終えた後はそれぞれに違う感想を抱いていた。

 

 

 

鈍足のマルダーでも戦い方次第では、活躍できると。

 

 

今回の戦いで彼とマルダーは、補給部隊を守り抜き、祖国の勝利に貢献出来た。

 

クルツは、この日、自分がマルダーのパイロットとなれた事を初めて誇りに感じていた。

クルツの上官 ファルケンバーグも、彼の部下達も、生涯、この任務を忘れることは無いだろう。

 

 

 

 

 

 

蝸牛型小型ゾイド マルダーは、ZAC2038年にロールアウトされてから、対空砲台として、ある時は、支援砲撃用として後方から、前線を進撃するゼネバス帝国機甲部隊を援護した。

 

だが、後に対抗機として共和国側にカメ型小型砲兵ゾイド カノントータスが就役したことで支援砲撃機としては旧式化した。

 

マルダーは、他の旧式化しつつある帝国ゾイドと同様に性能強化が図られたが、限界があった。そして苦闘を重ねつつもZAC2039年の第一次中央大陸戦争の終結までゼネバス帝国軍によって使用された。

 

中央大陸に残存したゼネバス帝国ゾイドの多くは、ヘリック共和国の手に落ち、研究資料として活用され、一部は復興用に民間に流出した。

 

鹵獲されたマルダーも他の帝国ゾイド同様にこの運命を辿った。搭載量を生かして民間で輸送用等に利用された機体もあった。

 

また共和国に占領された旧ゼネバス帝国領で活動していた残存帝国軍もマルダーを運用した。

 

残存帝国軍のマルダーは、対空戦闘や最大射程から砲撃して撤退するという戦法で使用された。

 

そして2年後のZAC4041年 暗黒大陸で、再建を果たしたゼネバス帝国軍が、かつて皇帝が僅かな部下と共に脱出した場所であるバレシア湾に上陸、中央大陸に帰還を果たしたことで、第二次中央大陸戦争が勃発した。

 

多くのゼネバス帝国ゾイド同様、マルダーも再建された帝国軍のゾイドとして再び、投入された。

 

しかし、性能面で旧式化していたこともあって対空部隊では、ブラキオスの対空型、砲兵隊の支援機では、シーパンツァーとモルガの砲撃型 キャノリーモルガ(後にガイロス帝国軍が配備した同名の機体とは、一部性能が異なる)が、それぞれ後継機として就役した。

 

それでも生産数の多いマルダーは、後継機の数が揃わないこともあり、引き続き前線に多く配備され、性能的に旧式化した後も味方部隊の空を守った。

 

ゼネバス帝国滅亡後、その軍事力と人材の多くを接収した暗黒軍ことガイロス帝国は、マルダーも接収し、ディオハリコンにを投与する事で強化、実戦配備した。

 

この暗黒軍仕様と呼ばれることの多いマルダーは、装甲防御力が強化され、ゼネバス帝国のマルダーとは比較にならない程の高い防御性能を発揮したと言われている。

 

大異変後、国力をある程度回復させたガイロス帝国は、軍備再建に乗り出した。

 

この際、主体となったのは、かつて旧式機と見下したゼネバス帝国ゾイドであったが、マルダーの再生産、対空部隊と砲兵隊への配備が検討された。

 

しかし、どちらも最終的に却下され、マルダーが再生産されることは無かった。

 

対空部隊への配備は、レドラーを多数配備した強力なガイロス帝国空軍の存在とモルガAAという対空性能と量産性に優れた防空ゾイドが開発されたことでマルダーを配備する必要はないと言う判断から却下された。

 

砲兵部隊への配備も、モルガに大型ゾイドを撃破可能な火力を与えることのできる追加装備 キャノリーユニットが開発されたことで必要無しと判断された。

 

キャノリーモルガを採用した方が、整備や量産性でマルダーを再配備するよりも安上がりだったのが大きな理由だった。

 

皮肉なことにマルダーは同じ初期ゼネバス帝国ゾイドであるモルガに再配備への道を絶たれたのであった。

 

しかし、かつての様に本格的な実戦投入こそ行われなかったものの、ガイロス帝国軍に残存するマルダーは、本土防衛部隊や西方大陸の占領地警備部隊に配備された。

 

ZAC2101年 ガイロス帝国本土 ニクス大陸にヘリック共和国軍が上陸 摂政 プロイツェンの総動員命令により、旧式機であるマルダーも最前線に投入された。

 

総動員命令で出撃した部隊に配備されていたマルダーは、ZAC2101年10月中旬から下旬まで続いたニクス大陸の戦闘最大の激戦となったセスリムニルの戦いに投入された事が確認されている。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。