暇だったはずなのに……【艦これRPGリプレイノベル】 (卯木卵木)
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暇だったはずなのに…… 前編

 呆れかえるほど穏やかな海。近頃は観光客も減ったが、それでもここの海には多くの人が居て、私はそこを守るべく此処にいる。

 長門型戦艦一番艦 長門、私の名前だ。

 艦娘として、湘南沈黙プロダクションの一員として、この海を守り深海棲艦――陸を侵食する海の怪物――と戦っている…はずなのだが。

 

「目線、こっち下さい」

今は、ポスターの撮影をしている。

 

 湘南沈黙プロダクション。

 海軍の施設として整備されたものの、このあたりに深海棲艦が出没したとの情報は既に五年以上無く、指揮する提督すらも居ない状況で私たちは地域の広報活動に従事してきた。有り体に言えば、地元アイドルと言ったところで、まさに施設の名に偽りなし。

 平和なのは喜ばしい限りなのだが、私とて艦娘であり、海での戦いを経験し活躍したいと言う想いは確か燻っている。

 だが、今日も何も変わらない平和な日常だった、一日の疲れを洗い流す浴場に行くまでは。

「長門さん、そういえば明日ここに提督が着任されるそうですよ?」

 湯船に浸かる私を見つけるなり口を開いた高雄の発言に、恐らく私はずいぶん間抜けな顔をしていただろう。

「それは……本当なのか?」

「はい、あなたが先に浴場に向かった直後に連絡がありまして。」

 彼女は、高雄。高雄型重巡洋艦の一番艦だ。私もスタイルには自信がある方だが、彼女の前では、少々それを保つのが難しくなる。それほどだ。

 その高雄の報告には、驚きがあった。そして、戦いの予感を思わせるものでもあり、不謹慎ながら心が燃え上がりそうだった。しかし、少しの拍の後、疑問も湧き出てきた。

「そうなのか……。しかし、何故今更、ここに提督を派遣するんだ?」

「細かいことは気にしちゃダメぴょん!」

 湯船から、ざばっと飛沫を上げて私にくっついてきたのは、睦月型駆逐艦四番艦 卯月。どことなく小動物を思わせる言動に和みそうになるのだが、特徴的な語尾や彼女の雰囲気がそれを邪魔する。

「こら、卯月。湯船に潜るな、行儀が悪い。」

「だって、提督が来るならうーちゃんたちも、深海棲艦をちぎって投げて大活躍だぴょん!」

 私の注意を聞いているのかいないのか、返事もせずに提督が来た後の事を言う。だが、そうであってほしい自分も居る。注意を続けることなく、それに賛同した。

「そうだな、これで私たちも戦える!」

「そうですね…!何でも変えてしまえそうな、素敵な気持ち…!」

 高雄も同じ想いのようだった。私たちは、突然ながらも確かに感じた変化のきっかけに、高まる期待を抑えられないでいた。

 

 

***

 

 

 翌日、私は予定の時間よりも少し早く起床していた。我ながら子どものようだが、楽しみで目が醒めてしまったのだ。着替えを済ませ、談話室の自動販売機でコーヒーを買い、工廠へ向かう。朝一番の静かな、凛とした空気が逸る気持ちを落ち着けてくれる。そして、今一度艤装の整備を始めた。不思議といつもよりも集中できた気がした。これならば、いつも以上の力を出せるだろう。

 朝礼の時間となり、会議室――応接室を兼ねているが――へ入ると、高雄と卯月が既に入室していた。きっと、彼女らも気が急いていたのだろう。

「おはよう、高雄、卯月。本日はここ湘南沈黙プロダクションに提督が着任する。今までの訓練の通り、持てる実力を発揮してほしい。以上だ。」

 旗艦として規律に従いやってはいる。だが、たった三人の朝礼で、いつも顔を合わせているのだから、いつも通り短く終わる。普段ならそのまま、各々の自由時間であったり、撮影やイベントなどのアイドル活動になるのだが今日は違う。艤装、機関を全備しいつでも提督を迎えられるようにした。

 そして、提督を乗せたタクシーが到着する。

「待っていたぞ。私は戦艦長門、ここの旗艦だ。」

「私は重巡洋艦高雄です。着任されたのがあなたのような素敵な方で良かったわ。」

「駆逐艦卯月で~すぅ、うーちゃんって呼ばれてます!びしぃっ!」

 各々の挨拶を聞き、共に来た艦娘に続いてタクシーから降りた提督は優しい笑顔で敬礼した。

「出迎えありがとう。今日からからここを指揮する、よろしく頼む。こちらは私の秘書官を務める赤城だ。」

 提督に紹介された艦娘も挨拶をする。

「航空母艦赤城です、よろしくお願いします。」

「こちらこそ、よろしく頼む。早速だが、ここを案内しよう。」

「ああ、お願いする。」

「では、私は周辺の哨戒に。」

「頼んだ。敵影はないと聞いてはいるが、十分気をつけてくれ。」

 そうして赤城の哨戒出撃を見送った後、施設を案内した。応接室を兼ねた会議室、最低限の設備の工廠施設、ほんのわずかばかりの資源が仕舞われている倉庫、自販機やいくつかのソファが有るだけの談話室、空き部屋の多い艦娘の私室、今後は時間ごとに男女を分けるであろう浴場。

 いずれに於いても、提督は設備や様子を細かく記録していく。少々配慮の無い場面もあったが、今後を思えば仕方ないと思うことにした。そして最後に、たまに私が使っていた執務室を案内したのだった。

 提督はそのまま執務室で作業を始める。鞄から取り出した書類と、今まで私が作成した誰に渡すでもなかった資料を見比べながら。

 日々の任務を疎かにしなくて良かった…。そう胸を撫で下ろしていると、ふいに提督が気付いた。

「そろそろ赤城も戻ってきても良さそうな時間だが…。」

 提督のその言葉に、壁に掛けられた簡素な時計を見れば、針は四時を指している。既に三時間が過ぎていた。

「念のために誰かを向かわせるべきかもしれないな…。」

「では、高雄に出撃してもらう。万が一も想定するならば、速力と攻撃力を併せ持つ重巡洋艦の彼女が最適かと。」

「分かった。では、すぐに頼む。」

「いいだろう。」

 私は直ぐに執務室を後にし、私室に控える高雄へ急いだ。準備を整える間に事情を説明し、極力の時間短縮を図る。

 そして、説明をし切った頃には彼女の出撃準備も整っていた。

「高雄、出撃いたします!」

 勇ましく声を上げた彼女の後姿に、無事を祈りながら見送った。

 

 

***

 

 

 出撃してしばらくは、定期的な哨戒の航路をなぞっていた。しかし、その周りには何の異変もありはしなかった。より外洋へ向かうしかない…。高雄がそう考えた時、間もなく日も沈みそうな水平線に艦影が見えた。

 そちらへ向かえば、そう時間はかからずその影は赤城だったことが分かった。向こうもこちらに気づく。

「赤城さん!ご無事でしたか!」

「高雄さん、ご心配をおかけしました。」

 言葉を交わし、何事も無かったと思った矢先に赤城さんの受けた、軽微だが確かにある損傷に気付いた。この湘南沈黙プロダクションの艦娘に深海棲艦との交戦経験は一切ない。情けない限りだが、身近なところで戦いがあったと言うだけで緊張が身体中を駆け巡る。

 そんな私を見抜いてか、先に切り出してきた。

「この程度であれば問題はありません。敵の深海棲艦も、撤退に追い込みましたから。」

「そうですか…。」

 戦闘経験を感じさせる言動に、緊張を解けないでいた。なんとか、話をしなければ。そんな義務感にも似た感覚で、赤城さんに問いかける。

「敵の深海棲艦と言うのは…。」

 どういう構成だったのですか。ただそれだけの二の句が継げなかった。それほどに、戦いがあったという事実は、身体を強張らせ頭を真っ白にしたのだった。

 そんな私へ、赤城さんのほうから続きを察し、話かけてくれた。

「駆逐艦ハ級が四隻でした。うち一隻からは、オーラのような気配を感じました。恐らく、エリート級でしょう。」

 交戦しながらも、敵の実像を把握する。言うには易いが、もし自分がその立場ならと考えるととても出来るとは思えなかった。

 恥ずかしい話、私が来た時に交戦中でなくて良かったとすら思っている自分が居る。艦娘として、どうなのか。

 目の前の武勇の存在と自分を見比べて、そんなことすら考えてしまう。自分から始めた話への返事は、自分の思考の海の中に沈んでしまっていた。

「では、戻りましょうか。」

 その声で我に返った。赤城さんは優しく微笑んでいた。その姿にも、どうしようもない差を感じながら、私と赤城さんは港へと帰投した。

 それほど時間は経たぬうちに、日が沈む。それとほぼ同時に、私たちの母港は姿を現した。

「報告には私一人で行きます。あなたは先に戻っていて。」

「はい、ありがとうございます。」

 気を使ってくれたのだろう、戻るなり私にそう声をかけ赤城さんは執務室へと向かった。戻ってきてようやく身体のこわばりが落ち着いてきた私は、素直にその言葉に甘えることにして、すぐに整備とお風呂を済ませた。あとはもう休んでしまおう…。そう思って私室に向かった私を、卯月が待っていた。

「おつかれさまで~すぅ!」

「お疲れ様です。待っていてくれたのですか?」

「もちろん!うーちゃんは高雄にやらなきゃいけない大事なことがあるんでっす!ささ、こっちにくるぴょん!」

「え、あの…」

 是非を問うでもなく、私の腕を引いていく卯月。一体、何があると言うのだろうか…。この小動物のいたずらの可能性に少し不安でいると、談話室に連れてこられた。

「卯月、ここに何があるのですか?」

「いいから!ここに座るぴょん!くしし!」

 そうして、何が起こるかも分からないままに、笑いを隠さない卯月にソファに座らせられた。ああ、今日はどんないたずらをされるのだろうか。とりあえず、座った瞬間には何もなかったけれども。目を閉じて心の準備をする私は、不意に肩に刺激を感じた。想定外の事態に思わず、声をあげてしまった。

「ひゃあ!」

「おつかれさまって言ったのにぃ~、信じてくれないのは悲しいぴょん…」

 肩の刺激は、すぐに心地よいものに変わった。卯月が、肩を揉んでくれていたのだ。この子がこんなことをしてくれるなんて。

「お客さぁ~ん、ずいぶん凝ってますねぇ~!」

 卯月の軽口もまた、心地よかった。心の緊張が解れていく。仲間が居て、良かった…。そうして、私はそのまままどろみの中へ落ちて行くのだった。卯月の声を遠くに聞きながら。

「ちょっと~!このまま寝ちゃったら、うーちゃんじゃ高雄を運べないぴょん!起きてぇ~!」

 

 

***

 

 

 翌日、やはり私は予定の時間よりも早く目が醒めていた。昨日と同じように談話室の自動販売機でコーヒーを買い、昨日から提督のいる執務室へ向かった。その部屋で仮眠を取っただけであろう提督だが、疲れや気分の乱れはなく、昨日と一切変わりなく見えた。

「おはよう、長門。」

「おはようございます、提督。」

「高雄は大丈夫だったかい?」

「はい。昨晩、談話室で寝てしまっていたので、部屋まで運びました。」

 朝の挨拶を交わしつつ、昨晩の心配ごとの報告をする。卯月の頼みで、寝てしまった高雄を彼女の部屋へ運び入れたのだ。慣れない環境となった上に急な出撃で、少しばかり疲れたのだろか。尤も、私とて人の心配が出来るほどの余裕がある訳ではない。提督が居るとなると、やはり緊張はする。

「そうか、ありがとう。ところで。」

 提督はその報告を聞くと、短く礼を言った。それから、続いて言葉を紡ごうとしたところで、建物内に響くサイレンで遮られることとなった。

「これは…。」

 提督は険しい顔をしながら、サイレンを聞いていた。私はここの施設に居て初めて聞くサイレンによって、燃え上がる心と逃げ出したい心の二つが呼び起されていた。これは、深海棲艦の接近を告げるサイレンだ。

「長門、出撃は君たちだ。赤城はここの防衛に当たらせる。」

「いいだろう、直ぐに支度する。」

「頼むぞ。」

「任せてもらおうか、私たちの力をお見せしよう。」

 旗艦としての誇りか、艦娘としての意地か、提督からの任務に大見得を切る。そして、少しばかりは直前の自分の言葉を取り消したいと思った。

「良い答えだ。では、マルハチマルマル出撃だ。準備を。」

 提督はその見栄を評価し、出撃の指示を下した。自分の発言を取り消すことはできなさそうだ。

「うむ、戦艦長門、出撃する!」

 そう自らを鼓舞するように声を上げ、敬礼をし、執務室を去った。その直後、高雄と卯月に出会った。彼女らも、昨日と同じく早く目が醒めたのだろう。サイレンに、二人とも不安そうな表情をしていた。

「高雄、卯月。直ぐに出撃準備だ、私たちが出る。いいな。」

 旗艦として、出撃の指示を出す。きっと私も不安な顔をしていただろう。

 それから十数分後、工廠には艤装を装備した全員の姿があった。いざこの場に居ると、恐怖心が大きくなってきている。しかし、逃げ出すわけにはいかない。

「湘南沈黙プロダクション旗艦長門、出撃するぞ!」

「高雄、抜錨します!」

「うーちゃん、がんばるぴょん!」

 各々が、自らに言い聞かせるように叫び、そうして、私たちは海に繰り出していった。

 

 

***

 

 

 沖合に発見された深海棲艦。この近海で深海棲艦が最後に発見されたのは五年以上前のことだ。それは、私たちが着任する前のことでもある。提督の命で出撃したものの、私にも、そして高雄にも卯月にも、緊張の色が濃く浮かび上がっていた。このままでは、いざ対峙した時に、満足に戦えないかもしれない…。そんな不安が脳裡を掠める。ならば、私がやるべきは…。

「高雄、卯月。そう堅くなるな。いままでの訓練を思い出せばいい。私たちなら出来るさ。」

 そう声を掛け、ふたりに向けて微笑む。いや、微笑んだつもりだった。

 だが、それは失敗していたらしい。高雄は、微笑み返してはくれず、苦笑いを浮かべている。卯月に至っては涙も見えた。緊張や戦いへの昂りからか、ひどく邪悪な顔になっていたのだろう。そのことにショックを受けた私は、不意に足元へ大きな波が来ているのを見落としていた。そのまま波に躓きバランスを崩し、海面に身体を打ちつけ、全速で進んでいたために何回か海面を転がってようやく止まった。まさか、コケるなんて。顔から火が出そうだ。

「ふふふ、だ、大丈夫ですか?ふふ…」

「くしし、長門すごい勢いで転がっていったっぴょん。面白かったぴょん!」

 ふたりの笑い声が聞こえてきた。過程は違えど、求めた結果は同じだ。心の中で繰り返しそう唱え、恥ずかしさで逃げ出したい気持ちを必死に平静に見せた。ほんの一部ではあるが、艤装がひしゃげているのは見ないことにした。

「そうですね、私たちなら出来ます!」

「せっかくのチャンスっぴょん!がんばりまぁ~すぅ!」

まるで私が励まされているみたいだ。

「……進むぞ。」

 そうとだけ言い、再び進行を開始した。

 それから少ししたら、敵の艦影が見えてきた。サイレンを鳴らした奴らだ。その姿は、影だけを見れば魚か、あるいは、オタマジャクシのようにも映るかもしれない。しかし、黒い外骨格を思わせる装甲と巨体、怪物の歯牙、不気味な緑や赤の眼光がそれを否定する。今の私たちには、恐怖を具現化した存在のようにも感じられた。緊張が走るが、待ち望んだ実戦でもある、と心を勇気づける。

「高雄、接敵するぞ!偵察機を!」

「はい!お願いね!」

 高雄に偵察機を飛ばすよう指示を出す。間もなく、高雄が言う。

「偵察機より!敵艦の進行方向、九時の方向です!」

「分かった。このままなら十分に追いつけるな。敵の旗艦は私が引き受ける!」

 高雄の報告を受けて敵艦隊を追う。さて、いよいよ主砲の射程に敵艦を収めた。心臓の鼓動が強くなるのを感じつつも、敵の旗艦に狙いを定める。今だ。

「全主砲、斉射!てーーっ!」

 ずどん。身体を今までに感じたことのない衝撃が襲う。訓練では感じたことの無い手応え。実弾の手応えだ。そして、その衝撃の主は、橙色に輝きながら弧を描き、狙いの通りに着弾した。直撃弾と爆風、そして強烈な波で敵旗艦にはかなりの傷を与えたはずだ。怪物のように歯が並ぶ口から吐き出す黒煙も、その証左だ。かろうじて轟沈しなかった、その敵の旗艦と、その横に居た随伴艦の目は、こちらに向いた。

「いいぞ!私はここだ、狙って見せろ!」

「砲撃戦、用意!」

 二隻を引き付けた直後、高雄の切り裂くような声と、再びの轟音が聞こえた。高雄が後列の敵艦を撃ったのだ。その曲線は、敵を轟沈せしめることは無かったものの、多大なる傷を負わせた。私の切った啖呵が、彼女の勢いを後押ししたのだろう。

 そして、敵艦隊もこちらを射程に収めるように進路を変更した。いよいよ敵からも攻撃が来るのだ。傷を負っていない後列の深海棲艦が、啖呵切った私に狙いを付ける。いざ狙われているとなると、身体が強張るが…。

「ながぴょん!危ないぴょん!」

 その声で、我に返った。もう、弧は放たれた。全力で波を蹴る。次の刹那、背後に波飛沫を感じた。

「卯月、ありがとう。だが、なんだその呼び方は。」

「かわいいかなぁ~って。」

 お礼と疑問を同時に投げかける。この小動物は、初めての実戦だと言うのに物怖じをしていないのか。とは言え、今はそれに助けられたのだが。

「そんな攻撃、当たりませんわ!」

 高雄も捉えられていた。だが、直前に与えた損傷のおかげか狙いは甘かったようだ。これなら、行ける。相変わらず緊張はしているが、それほど気負うものではない。そういう感覚が、芽生え始めてきた。

「うーちゃんの本当のちからぁ!見るっぴょん!」

 卯月が射程に敵艦を捉える。目標は、先ほど私が大破させた敵旗艦だ。そして、叫び声と同時に主砲を放つ。

「念のためぇー、こっちも!」

 がしゃん。太腿の魚雷発射管を回転させ、敵へ向ける。そのまま、魚雷を発射、海面に跡を残しながら水中を進んでいった。そして、砲弾と魚雷の二段攻撃は、瀕死の敵艦を確実に沈めたのだった。

「やったぁ!これがうーちゃんの実力ぴょん!」

 やはり、この野うさぎは物怖じしていない。普段は少々鬱陶しく感じるのだが、この状況では頼もしさすら感じる。

 そうして安心していた私を、不意の衝撃が襲う。迂闊なことに、頼もしい仲間の様子に少々油断をしていたようだ。体勢を崩したが、損傷はない。自分の頑丈さを誇りに思いつつ、すぐに立て直した。

 衝撃が知らせた方向を見れば、先の敵艦が私に狙いを付け続けていた。そして、いよいよ距離は詰められた。一層の緊張感と高揚感が身体中に広がった。

 後列の敵艦が再び主砲を構える。巨大な顎と見える部分が開き、鉄の火が私たちに向けられる。そして間もなく、それが空気を振るわせる。狙いは……高雄だ。

「当たらないと言ったでしょう!」

 蛇行や加速減速を繰り返し、砲撃をやり過ごした彼女は、そう言いながら砲を構えた。一拍の後、再び空気を振るわせる轟音が響く。その音の余韻が消え去らぬうちに、爆発音と虫を思わせるような甲高い断末魔が聞こえてきた。

 高雄の砲撃で、敵艦はまた一隻、海の底へと沈んでいった。

「馬鹿め、と言って差し上げますわ!」

「高雄やるぴょん!うーちゃんももっとがんばりま~すぅ!」

 その高雄の戦果に対抗するように、小うさぎが張り切る。が、調子に乗ったためか、あるいは焦ったのか。射撃体勢が整わないままに撃った彼女は反動でバランスを崩し、そのまま海面に叩きつけられた。無論、その弾が命中することはなかった。

「うぅ…痛ぁい…」

「さっき礼を言ったと思えばそれか。無理に撃つからそうなるんだ。」

 転倒で艤装にもダメージが行ってしまった卯月をかばうように立ち、こちらに狙いを付け続ける深海棲艦へ砲撃を行う。もちろん、しっかりと射撃体勢を整えて、だ。しかし、その砲弾は、敵へ当たることなく巨大な水柱を上げながら海中へと消えて行った。

「格好を付けたと思ったらながぴょんも外してるぅ~」

「まぁ、時の運もある。」

 締まらない自分を恨めしく思いながら、とりあえず取り繕う。この戦いが終わるまで卯月とは目を合わせないようにしておこうか。そう考えている間に、さらに敵艦隊との距離は詰まった。

「卯月!転んでいる場合じゃない!雷撃用意だ!」

「うーちゃん、魚雷はもう装填済みだぴょん!」

 そう合図する。卯月がはしゃぎ応え、そして発射音がした。直後に飛沫の音がし、水面に線を引きながら敵艦隊へと進む。

 その線が幾らか進むと、向こうから引かれた線と交差する。敵の雷撃の狙いは――私だ。今からでは回避は間に合わない。ならばと、歯を食いしばる。足元に衝撃が走り、身体が吹き飛ばされそうになる。視界が衝撃と水柱で霞む。だが…。

「…その程度か。痒くも無い。」

 身体にも艤装にも、傷はない。少し前にも思ったことを再び思う。長門型の、私の装甲は伊達では無い。

 私が無傷を確認した時、敵艦隊からも爆発音と悲鳴が聞こえた。卯月の放った魚雷が命中したようだ。

「当たったけど、沈められなかったぴょん…」

「構わんさ。敵艦隊撃沈数二、撤退を始めている。私たちの勝利だ。」

「私たちの初陣を勝利で飾れて良かったです。お疲れさまでした。」

 すこし不満げな卯月を宥める。自分の言葉と、高雄の言葉を深く噛み締めていた。初陣での勝利。訓練が無駄でなかったこと、そして自分たちの実力。たとえ全滅は出来ていなかったとしても、これを証明するには十分な戦果だ。

「さて、帰還するぞ。」

 ふたりにそう声をかけ、来た海路を引き返す。道中の時とは正反対の気持ち、満足感と達成感に満たされていた。

 

 

***

 

 

 プロダクションにはすぐに着いた。要した時間は出撃した時とさほど変わらなかったのだろうが、気分がそれを感じさせなかった。補給や整備も後回しに、艤装のままに執務室へと向かった。逸るのは高雄と卯月も同じだったのだろう、私の後についてきた。

「提督、作戦終了だ。勝利を持ち帰ったぞ。」

「御苦労さま。それは素晴らしい限りだ。」

 突然に扉を開けるや否や、私は勝利の報告をした。その不躾を提督は咎めるようなことも無く、労いの言葉をかけてくれた。

「無事、帰還することが出来ました。提督のお陰です。」

「うーちゃん、頑張ったぴょん!」

「そのようだな、よくやった。」

 提督の労いの言葉は高雄と卯月にもかけられる。

「ありがとうございます!…しかし、敵艦隊を全滅できなかったということは、私たちの情報が知られたということでもありますが。」

「そうだな。だが、私たちなら負けはしない。敵が攻めてきたとしても、これから此処へ配属される者もいるだろう。待ちに待った艦隊決戦だ、腕が鳴るな。」

「…実はそのことなのだけどね。」

 高雄の懸念はもっともだが、それでも今後の展開を思えば胸が熱くなるというものだ。そう盛り上がる私を、提督が遮る。なにか、とても言いにくそうな様子だ。

「ここは、私から。ここ、湘南沈黙プロダクションは解散となります。」

「はい?」

「え?」

「う?」

 言いにくそうにする提督から受け取った指令書を説明する赤城に、私たちの頭上にいくつものハテナマークが浮かぶ。勝利に沸き立っていた私たちの心は、水を打ったかのように静まり返っていた。

「周辺海域の深海棲艦は殲滅したと判断、この拠点の役目は完了しました。よって、解散ということになります。」

「私は解散に当たって設備確認や後処理に来ただけでね。」

 提督と赤城の話している言葉が理解できなかった。頭の中で聞こえた言葉を繰り返し、少しずつ噛み砕いていく。ここの解散と言った、そして提督はその確認に来ただけであり、私たちの指揮などしないのだ。時間をかけて、そのことを飲み込んだ。

「それはどういう意味なのだ…」

 飲み込めはしたが、認めたくない。私はその一心で確認した。何かの勘違いか、聞き間違いであってほしい。だが、そんな淡い期待は赤城の返答により泡沫と消えた。

「御説明したとおりです。深海棲艦出現の情報はこの周辺では確認されていませんでした。これを本部はこの海域の深海棲艦の脅威は排除されたと判断し、解散の決定を下しました。」

 整然と話され、これは現実に違いなく、聞き間違いや勘違いでは無かったと思い知った。そして、ついさっきの出来事で反論を試みる。

「だが待ってほしい。今日、すぐそこに、深海棲艦が来たのだぞ。」

「それは正直なところを言って予想外だった。だが、決定が覆ることはないだろう。」

「何故です!」

 提督の冷酷なまでの物言いに、私も少し語気を強めて食い下がる。

「そうだね、君達には説明しないと納得もできないだろうな。」

 提督はそう言うと、鞄をごそごそと探り、すぐに一冊の資料を机の上に出した。それの表紙には、朱の㊙が書かれていた。

「提督、これは?」

「近海に整備中の洋上基地だ。ここに任務が一本化される運びになっている。もっとも、まだ完成には時間がかかるけどね。」

 物言いたげな私の顔を見て、少し思案し提督は続けた。

「そこに配属される艦娘は練度も高いが…君達も配属されるように掛けあってみよう。」

 そして、一拍の無言の後にこう続けた。

「だが、期待はしないでくれ。」

 その言葉には、これ以上の有無を言わせぬ意思が感じ取れた。提督はそれを隠そうともしなかった。その言外の強い言葉に私たちはただ黙ることしかできなかった。

 

 

-中編へ続く-



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暇だったはずなのに…… 中編





「国際ブラック砦…?」

 解散の決定を、私たちにとっての最後通告を、下されてから一月。ようやく私たちは整備中の洋上基地の名前――尤も、これは通称で正式名称も極秘扱いなのだが。――を知ることとなった。ずいぶんふざけた名前とも思うが、提督は大真面目に続けた。

「そうだ。以前資料を見せた時には決まっていなかったからね。」

「しかし、本来そちらに回される任務まで私たちに来るなんてな。」

「長門、すまない。正直なところ私もどこまで進んでいるのか分からないのだ。何しろ、極秘中の極秘だからな。」

 提督は軽く私に詫びた後、皮肉を続けた。ここ、湘南沈黙プロダクションはその新基地が完成するまでのつなぎのような扱いとなっていた。

 それだけでも快くはないのだが、基地の運用開始が遅れているのか、あるいは着任する艦娘の集まりが悪いのか、そこに課される予定の任務がこちらに流れてきたのだ。

「そして、その任務が要人の御子息のお迎えか。」

「ああ、建設中の基地の視察に来るらしい。その間のお守りをってことだろう。君達に任せるのも変な話だけどね。不服かもしれないが…。」

「もちろん任務だ。全うして見せよう。」

 提督を遮ってまで伝えた言葉には、自分でもわかるほど苛立ちが滲み出ている。悔しさと、ばつの悪さから返事を待つことなく執務室を後にした。

 朝礼を高雄、卯月と済ませてから訓練を始める。先日からは提督と一緒に来た赤城に対航空戦力を想定した稽古を付けてもらっていた。私達には航空戦力を扱ったことはおろか、それに備えた訓練すらもしたことが無かった。複雑な気持ちを引き摺りながら、訓練用の砲弾を撃ち出す。

「長門さん、それでは何の対策にも成りません。」

「そうか、慣れないものだな。」

 赤城の何度目かわからない指摘にもやもやした気分を抱えつつ、訓練を続けた。少しばかり艤装に損傷が目立ってきた頃に、赤城の放った航空機部隊が何かを発見した。

「長門さん、沖合に誰かが…。負傷しているようです。」

「何だと、卯月、向かえるか?」

「了解でぇーす!」

 空からの負傷報告に旗艦として卯月に指示を出す。その負傷者、綾波型駆逐艦 潮は卯月の肩を借りて私たちの前にやってきた。傷は深く自力で移動することすら困難な有様で、沈まずにここまで来れたことが奇跡と言えるものであった。

「大丈夫か?すぐに入渠の手配をする、もう少しの辛抱だ。」

「いえ…それよりも先に…。伝えたいことが…あります。」

「そんな傷ではまともに話せんだろう、とにかく休め。高雄、提督への報告を頼む。」

「はい!」

「あ、あの…。」

 急く潮を遮り、卯月が肩を貸していた少女を抱え上げ工廠へと向かった。それからしばらくし、入渠の準備をする私たちと潮の下に、高雄と提督がやってきた。応急処置を受け少し余裕の出来た彼女が話し始めた。

「皆さん…、ありがとうございます…。私は、通称国際ブラック砦所属の駆逐艦、潮と申します。皆さんにお伝えしたいことがありまして…。」

 少し自信なさげに話し出した潮の口から語られたのは、にわかには信じ難いものだった。

「実は…私たちの建造中の基地に、突然深海棲艦が現れて…壊滅させられてしまったのです…。」

 そこにいる艦娘は高い錬度を誇っていると聞いていた。声には出さなかったが、驚きと、不謹慎ながらもチャンスと捉える心があった。

「あんなに強い深海棲艦が居るなんて…思わなかったです。お願いします、私の仲間を…曙ちゃんと時雨ちゃん、最上さんを助けてください…。」

 私が口を開くよりも先に提督が言った。

「赤城、潮の入渠後、ここの周辺の警戒を頼む。長門、高雄、卯月。すぐ出撃して、彼女らを救出するんだ。」

「もちろんだ。」

 提督よりも先に切り出せなかったのは悔しいが、言おうとしていたことは同じだった。すぐに答える。それに頼もしさを感じてもらえたのか、提督はこう続けた。

「無理しない範囲で深海棲艦も沈めてしまえ。それは君達の戦果だ、君達の希望を通す材料にも成りえる。」

「ああ、私たちの力をお見せしよう。」

「はい、お任せ下さい。」

「うーちゃん、がんばるぴょん!」

 初陣の時と同じ見栄を切り、敬礼をした。何を言うでもなく、高雄と卯月も続き、彼女らも敬礼した。

 

 

***

 

 

 あれからすぐに私たちは出撃した。海は突然に発生した重大な任務の今後を予感させるような酷い雨と波で、恐らくは基地襲撃の際に流出したのだろう、無人のクルーザー船が漂う荒れ様だった。

 しばらく進むと、屋根やクレーンの先端だけが海上に伸びている様子が目に入るようになってきた。

「どうやら、襲撃された基地はこの下のようですね…。」

 高雄が海図を少し広げながら言う。出撃前に渡された最新版の海図は、風雨によって使い古したもののようにも見えた。それによると、もうその基地内に差し掛かっているということなのだが。

「この下…ということは。」

「はい、襲撃され、水没したということでしょう。」

「ながぴょん…、高雄ぉ…。うーちゃん、ちょっと怖いぴょん。」

 私が言いたいことを、高雄は海図を仕舞いながら言う。卯月は、少しおびえた様子だ。しかし無理もない。深海棲艦がもたらす被害と言うものを、私たちは始めて目の当たりにしたのだ。陸を侵食し、海へと還す。そう理屈の上では聞いていたが、実体験したのはわけが違う。私もプライドや立場が無ければ弱気を口にしていたかもしれない。

「む、無事な建物があるようだが。」

「ええと、それは。」

 やはり先に預かっていた海図とは別の、基地の地図を取り出し、その建物を探す高雄。それによると、ファッションセンターだという。艦娘や人員のための商業施設であったようで、大きな建物であったのが幸いし、三階より上が水没することなく残っていた。

「ながぴょーん、少し休憩していくぴょーん…。」

 建物の無事な様子を見て、卯月が音を上げた。とはいえ、悪海象の中を全速力で来たのだ、私も少し疲労感がある。

「そうだな、中に敵が潜んでいるかも知れん。後顧の憂いがないように確認しなければな。」

「ふふ、そうですね、長門さん。少し休憩していきましょうか。」

 それらしい理由を付けたことをあっさりと看破されながら、壁面に空いた穴から中へと足を踏み入れた。

「中はあまり荒れていないようだな。」

 洋服はほとんどがそのままの様子で、ハンガーやマネキンに掛かったままだった。

「撮影でも、あまりこういった洋服は着ませんでしたね。」

 高雄が洋服をいくつか手に取りながら言う。彼女の言うとおり、つい先日までしていたアイドル活動では普段の格好で参加することが殆どだった。軍に身を置く者、関係ないと思い込むようにしていても、やはり可愛らしい洋服には心を惹かれる。

「こういうのはいかがですか?」

「勝手に手に取るな。それに、私には似合わないだろう。」

 高雄が手に広げたのは、ニットのワンピース。胸元が深めのVネックで、袖もひらひらと可愛げがある。似合わないとは言ったが、膝くらいまで来るサイズで長身の私でも違和感なく大人っぽさを演出して着られるだろう。そんなことまで考えてようやく、高雄に乗せられていることに、その服を上から下まで吟味している自分に気付く。

「今年のトレンドだそうですよ?」

「流行りだろうと何だろうと、私は着ないぞ。」

「ながぴょん、顔が赤くなってるぴょん!着てみたいのにぃー、恥ずかしいのかなぁー。」

 うさぎと女子力が私の包囲網を狭めてくる。

「分かった。今回だけだ、それにこれはあくまで作戦中に発見した拾得物だ。」

 そうふたりに念を押し、恥ずかしさを隠すあまりひったくるような勢いで高雄の手からニットワンピースを受け取り、試着室の脇のベンチに艤装を一旦置き、カーテンを閉めた。次にカーテンを開けた時、ふたりの顔はぱっと明るくなった。

「長門さん、とても似合っていて素敵です。」

「ながぴょん、かわいいぴょん!」

「五月蝿いぞ、ふたりとも。」

 騒ぐふたりの前に姿を見せた事を少し後悔しつつ、十秒ちょっとでカーテンを再び閉めた。そしてふと鏡を見ると、紅潮した顔はまんざらでもないといった表情をしていた。そんなことはあり得ないと言うかのようにすぐに着替え、艤装を再び背負った。

「さて、もう行くぞ。十分休憩はできただろう。」

 もはや、ここに入った理由はすっかり忘れていた。そして、後ろで辛うじて生きていたレジスターにクレジットカードを通し、ニットワンピを持っていこうとしていた高雄は残念そうにそれを畳み直していた。

 

 

***

 

 

 休憩していた間に少しは風雨が弱くなり、相変わらずの荒れ模様ではあるものの先の時よりも楽にはなっていた。そうしているうちに、背の低い鉄塔が見えてきた。

「あれは…見張り櫓のようだな。ほとんどが沈んでしまっているが。」

「ながぴょん、そこに誰かいるぴょん!」

 現状を確認するや否や、少し先行している小うさぎが人影を見つける。間もなくして、私にもそれが分かった。基部が水没し、海面から伸びている一メートルほどの梯子の上の物見台に居るのは艦娘だ。

「君たちは誰だい?」

 そう問いかけながら、飛び降りてきたのは白露型駆逐艦の二番艦、時雨であった。国際ブラック砦から逃げてきた潮の探す仲間の一人であった。

「湘南沈黙プロダクション、旗艦の長門だ。」

「そうか、助けに来てくれたんだね。ありがとう、でも…。」

 時雨に返事をする。彼女はお礼こそ言ってくれたものの、ひどく落ち込んでいる様子だ。

「僕は、不幸だ…。みんなが辛い時に、戦っている時に、一緒に居られなかった…。今も、誰も見つけられなかったんだ。」

 その口ぶりからは、彼女は任務に出ていたのか、ここを離れていたのだろう。それが、罪悪感として圧し掛かっている。

「気にしちゃダメっぴょん!」

 卯月が時雨の手を握りながら、いつもの調子で打ちひしがれる彼女を元気づける。

「ずいぶん変わったしゃべり方だね。」

 潤む目で笑いながら、卯月の言葉を揶揄するように返す。この隔意の壁を軽々と飛び越えられるのは、卯月だからこそ成せる技なのかも知れない。すこし打ち解けたところに援護射撃をする。

「時雨が無事で良かった、これで入渠して待つ潮にいい土産が出来たというものだ。」

「潮は無事だったのかい?良かった…。」

 これで勇気づけられた時雨は、ぱぁっと表情が明るくなった。

「ありがとう、僕も少し、強くなれたみたいだ。」

「まずは時雨さんを保護できましたね、一度プロダクションに…。」

 高雄が進言し終わるを待たず、時雨が何かを見つけた。

「危ない、魚雷だ!」

 その警告に辺りを見れば、いくつかの雷跡が向かってきている。間一髪にそれをかわす。敵艦影はつい直前まで見当たらなかったはずだが、今は深海棲艦の輸送艦が波間からこちらを窺っていた。しかし、雷撃をするような艦種は見当たらない。

「また来たよ!」

 さらに時雨の声が響く。やはり何もないところから突如現れた魚雷は卯月に迫っていた。時雨が卯月を突き飛ばし、時雨は魚雷の直撃を受けてしまった。これは、間違いない。

「卯月、爆雷用意だ。敵は潜水艦だ、お前が頼りだ。高雄と私で輸送艦を沈める。」

 辛うじて動ける時雨が退避したのを確認しながら、指示を出す。

 潜水艦、気付かれることなく忍び寄り、痛撃を狙う海中の暗殺者だ。私や高雄にそれを攻撃する手段はない。敵としてはこの上なく厄介な者だ。

「行くぞ。」

 先陣を切って、砲を構える。卯月に対潜に集中してもらうべくする、全力の露払いだ。実弾の反動が身体を振るわせる。その弧は的確に着弾した。しかし、大きな損傷にはなったものの、活動を止めることはなかった。

「高雄、続けろ!」

「もちろんです!」

 高雄の砲撃が続き、輸送艦は黒煙を濛々と上げながら水中へ消えて行った。

「卯月、潜水艦の位置は必ず見つけてやる、確実に落としこめ!」

「任せるっぴょん!」

 魚雷に捉えられぬように走り回る卯月のために、周辺に目を凝らす。併せて、ソナーでの探索も行う。三つの反応があった、その尻尾をついに捉えたのだ。

「卯月、そこだ!」

「了解でぇーすぅ、やっちゃうぴょん!」

 知らせた位置を駆け抜けざまに爆雷を投下していく。幾許か後に、水柱が上がり、ソナーの反応もひとつ消え去った。

「いいぞ、卯月。その調子で、もう一度だ。」

 しかし、その後、損傷は与えたものの、ソナーの痕跡が消えるには至らなかった。敵の魚雷が来る。

「旗艦はここだ、逃げも隠れもしない。」

 反応を見失った辺りの海に対し、挑発をする。それが聞こえたのか否か、二束の雷跡は私に向いていた。何度目かの魚雷の衝撃。だが、不思議なものでこれほどの衝撃であっても身体は慣れていくようだ。

「効かぬわ。」

 水煙が落ち着くころに、そう決めた。敵からのさらなる攻撃は来る気配はなく、こちらには損害はない。それは、私たちの勝利を意味していた。

「みんな、無事で良かったよ。」

「時雨ぇ~、大丈夫?」

「なんとかね。」

 卯月が時雨を心配し駆け寄る。出会った時の見張り櫓に退避していた彼女の艤装は大破していたが、なんとか航行はできそうだ。

「では、時雨さんのためにも一度帰港しましょう。」

「そうだな。」

 目標はひとつ達成した。巡回する潜水艦隊も退けた。まだまだやるべきことは残っているが、第一段階としては十分だろう。徐々に弱まりつつある風雨の中、来た海路を四人で引き返して行った。

 

 

―後編へ続く―

 



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暇だったはずなのに…… 後編

 風雨が収まってきたものの、損傷の激しい時雨を保護していた帰り道は思うように速度は上がらなった。しかし、私も高雄も卯月もそれを不満に感じることはなかった。ある意味では憎らしい敵とも言える国際ブラック砦だが、そこの所属艦娘であろうと救出できたことは喜ばしいことだった。

 悪海象に足を取られていた往路とほぼ同じだけの時間を経て母港へ戻ると、傷の癒えた潮が、赤城と提督と共に帰りを待っていた。

「時雨ちゃん、良かった…。無事だったんですね!」

「潮、きみが助けられたって聞いて僕も安心したよ。」

「救援が来るって聞いてたけど、これだけなの?たいしたことないわね。」

 再会の挨拶を交わす潮と時雨。そこへつっけんどんな声が割り込む。そちらを見れば、交戦をくぐり抜けてきたのか、傷だらけでぼろぼろの姿の曙が居た。

「曙ちゃん!」

 潮がその姿を見て、歓喜の声を上げる。彼女は綾波型八番艦の曙。潮が言っていた生き残りのうちの一人だ。どうやら、私たちが基地に辿り着く前に離脱し、ここへ辿り着いたようだ。

「長門だ。提督から救援の任務を命じられている。」

「ふん、ここで何もしてこなかったビッグセブンに何が出来るっていうのよ。」

「曙ちゃん!」

 自己紹介に噛み付いてくる曙を、潮が諌める。その様子を見るに、彼女が矢鱈に突っ掛かるのはいつものことなのだろう。

「まあ、いいわ。あたしたちの鎮守府があった場所に、深海棲艦が集結中よ。敵の親玉らしいヤツの姿も見つけたわ。ツインテールの嫌なヤツ。」

「ツインテールの?」

 もたらされた情報に私は心当たりが無かった。高雄や卯月を見ても、分かっていない様子だ。だが、潮や時雨の顔には、緊張感が張り詰めていた。そこから察することのできる、敵の強大さ。だが、臆する訳にはいかない。

「敵の拠点が分かり、敵の大将も分かったのだ。どうせこのままではいつか攻められ、持たなくなる。一気に攻撃しようじゃないか。」

「馬鹿言わないで。もう相当数の敵艦が集結してるのよ。あんたたちみたいな未熟な奴らが行ったって、蜂の巣になるだけってことも分からないの?」

「だが、このままでは緩やかに負けるのを待つだけだ。違うか?」

 曙の物言いに少しばかりかっとなる。正しいことを言われているのは、それも私たちよりも実力のある者が言うのは、理解できる。だが、それをすぐに納得できない自分が居た。

「ふたりとも、やめなさい。」

 納得できないでいる私と曙が睨みあう中に、ぴしゃりと鋭い声が私たちの動きを止めた。提督が私たちの帰還の報で、こちらに来たようだ。お互いに不服面で見合わせる。

「…でも、手段が無いわけじゃないわ。」

 先に重苦しい膠着状態を破ったのは、曙だった。

「囮で深海棲艦を親玉から引き剥がすの。あんたたちには無理でも、私たちなら出来るわ。その間にあんたたちが本丸を攻撃するの。」

「長門、聞いたな?」

「ああ、私たちを舐めないでもらおう。」

 曙はこう言っているが、恐らくどこかで私たちを信用してくれたのだろう。あるいは、現状を打破するために、私たちに賭けたのか。

 どちらにしても、私たちがやることになったのだ。提督と曙に言い放った後、振り返り高雄と卯月の顔を見た。ふたりとも、熱意に満ち満ちている。

「見ての通りだ。私たちは負けなどしない。」

「ふん、そっちが負けそうになったら私たちは勝手に逃げるわ。それから潮、あんたは頼りない艦隊について行きなさい。」

「え、曙ちゃん?」

 敢えて突き放す言い方をしたであろう曙からの突然の指名に、潮が困惑の声を絞り出す。

「この頼りない奴らに負けられちゃ困るのよ。あんたの腕は信じてるから。」

 ぶっきらぼうな言葉。だが、それに慣れている潮にはその言外の意味も通じているようだ。ぱぁっと表情が明るくなり、

「曙ちゃんも気を付けてね。」

 と、優しく微笑んでいた。

「あとは最上と合流できれば万全だね。」

 時雨が当面の目標を確認するように言う。

「そうだな、ならば直ぐにでも出撃せねばな。」

「だが、指揮官としては今の君達をそのまま送り出すわけにはいかないな。物資や修理が必要な者もいるだろう。」

 急く私を止める提督。考えてみれば、私は訓練の際の傷もそのままに出撃していたし、時雨や曙は大破した状況である。

「作戦開始は明朝だ。今のうちにすべての支度をすること。恐らく、ここ湘南沈黙プロダクションの最後にして最大の作戦だ。全員の無事を祈っている。」

 提督は、秘書官である赤城に。今や攻撃目標となった国際ブラック砦の潮、曙、時雨に。そして、この湘南沈黙プロダクション所属の私、高雄、卯月に。この場に居るすべての艦娘にそう伝えた。

 その晩、整備を終えた私は潮に割り当てられた部屋を訪ねていた。未熟なのは百も承知だ。だからこそ、少しでも何かを学び、明日の決戦に臨みたかったからだ。

「私も、あんまり艦隊の指揮は執ったことが無くて…。」

 潮にそう答えられ、少しばかり肩すかしを食らってしまった。ならば、と続けてそこにあったチェスを見つけたので、その勝負に誘った。

「それなら…。」

 そう応じてくれた。たかが盤上の戦争ゲームではあるが、これも何かに繋がるかもしれない。そう肩肘張っていた様子を、潮に見抜かれていた。

「あの…もっと気楽にやりませんか?」

「ああ、そうだな。いや、すまない。明日のことを考えれば、ちょっと不安になってな。」

「そうでしたか。じゃあ、尚更このゲームを楽しみましょう。」

 潮はそう言って、ゲーム途中の白と黒の盤を指し示す。

「気負わないように、と言っても難しいでしょうから。ですから、せめて今はいろんなことを忘れてください。」

 そうだな、と相槌を打ち、そのままゲームを進めて行った。

 

 

***

 

 

 翌朝、私たちはすべてを整えて港に居た。強敵の存在、私たちの今後が決まること、それらの事実がひどい重圧のように感じられた。

「長門、出撃する!」

「高雄、出撃します!」

「うーちゃん、抜錨でぇす!」

「潮、参ります!」

 そういうプレッシャーを振り払うように、出撃した。青空と白い雲が広がる下を、一路進む。昨日と同じ海域というのが、まるで嘘のようだ。昨日はしゃいだショッピングセンターを過ぎてから、最上捜索のために進路を昨日と別方向に取った。そうして辿り着いたのは、倉庫が並ぶ区画であった。

「最上さん、この中に隠れているとか…」

「そうだな、捜索していこう。」

 そうして、水没しかかった倉庫群へと進路を取った。いくつかは砲撃を受けたのか崩壊しており、辛うじて無事なものの中にも、少しばかりの資源が残っているだけ。そこに最上の姿はなかった。

「最上さん…。」

「諦めるな。行っていない場所はまだあるんだ。」

「そう…ですね。」

 落ち込む潮を元気づけながら、去ろうとする。だが、高雄と卯月に呼び止められた。

「待って下さい!なんだか声が…。」

「こっちだぴょん!」

 高雄が気付いた声の方に卯月が駆け寄る。皆でそちらへ行き、何が入っているのか分からない箱をどかすと、そこには一人の少年が怯えきった目でこちらを見つめていた。

「ほら、もう大丈夫だ。」

 そう声をかけながら、手を伸ばす。しかし、この少年はより怯えるばかり。

「まいったな。どうしたものか。」

 襲撃に巻き込まれ、落ち着くことも出来ず、心細い思いをしていたのだろう。だが、こうまで拒絶されると事情を分かっていても堪える。

「ほら、もうだいじょうぶっぴょん!」

 手をこまねいている私に代わって、野うさぎが少年へと話しかける。

「怖かったのかなぁ~、でも、もううーちゃんたちが来たから安心ぴょん!」

「…お姉ちゃん、もう、大丈夫なの?」

 少年が初めて、控えめにだが私たちに口を開いてくれた。

「もっちろん!うーちゃんにオマカセでぇすぅ!」

「卯月、これから決戦に行くんだぞ。」

 今にも少年を連れて行こうとする卯月に、元の目的を思い出させる。このような場所に残して行くのは一抹の不安もある。だが、私たちの向かう先は海の上なのだ。

「ああ、そうだったぴょん…。」

「そう落ち込むな、敵に勝ってこの少年を迎えに来ればいいんだ。」

 そう卯月を励まし、改めて少年を見る。攻撃に巻き込まれた故か、衣服は少し汚れが目立っていたが仕立ては良さそうなものだ。おそらく、それなりに裕福な環境に居た子供なのだろう。私は、提督に噛み付いた日のやり取りを思い出していた。

「私たちは任務中故、現在は保護できません。ですが、必ずや勝利と共に再び参ります。どうか、今しばらくお待ちください。」

「大丈夫、うーちゃんたちは強いから!」

 私が伝えた言葉に、卯月が自信満々につなげる。

「うん、お姉ちゃんたち、気を付けてね。」

 少年は、変わらずおろおろとはしていたが、少しは心細さも晴れたのかもしれない。そんな気配を感じさせた。やはり、人との壁をうさぎ跳びのごとく超えてしまうようだ。

「負けられない理由が、またひとつ増えてしまいましたね。」

 高雄が、倉庫からの去り際にそう声をかけてきた。大きくうなずき、まだ見ぬ敵の首魁への闘志を燃やしていた。

 

 

***

 

 

 憎らしくさえ思っていた件の要人の息子だったが、戦闘に巻き込まれ怯える姿を見れば、守るべき者と何一つ変わり無かった。自分の見識の狭さを少し恥じつつ、基地だったはずの海を進む。

 程なくして、水没した建築物群が目立つ場所へと辿り着いた。クレーンの鉄塔やビルなどの軍事的な建築物が並んでいる区画だったが、深海棲艦の侵食により、まるで熱帯のマングローブの林を思わせるような光景となっている。

「そこに誰かいるのかい?」

 ビルの谷間を行く最中、不意に声をかけられた。動揺しながらも周囲を見渡せば、ビルの壁面に空いた大きな穴からこちらを見る最上の姿があった。

「最上さん…!無事だったのですね!」

 潮の嬉しそうな声が、あたりに響いた。

「うん、少し怪我はしちゃったけどなんとかね。でも機関が故障しちゃって。故障さえしなければ、ボクも突撃できるのになー。」

「それじゃあ、故障していて良かったです。」

 最上の無謀な発言を、笑顔でいなす潮。私たちがそうであるように、彼女らも軽口を叩き、冗談を言い合えるかけがえのない仲間なのだ。そう思っていると、潮と再会を喜んでいた最上は、私たちにも気付いたようだった。

「キミたちは、潮と一緒に助けに来てくれたのかい?」

「ああ。だが、それだけじゃない。敵の親玉をぶん殴りに向かうところだ。」

 そう強気に語る私を、最上はきょとんとした顔で見つめ、そして笑顔になり、続けた。

「へぇ、じゃあボクも手伝うよ。」

「ありがたい。」

「最上さんなら、そう言うと思っていましたよ。もちろん、曙ちゃんも時雨ちゃんも。」

 私の礼に、潮が笑顔で重ねる。やはり、彼女らも強い絆で結ばれているのだろう。数多の戦場を乗り越えてきたが故の、お互いへの信頼と敬意。私と高雄、卯月とは違う形のものだ。

「そうか、曙も時雨も無事だったんだね。」

 晴れやかさの戻りつつあった最上の顔に、さらに喜びの色が浮かぶ。仲間の無事の知らせは、何よりもうれしいものなのだろう。つられて私の緊張も緩んできた。だが。

「皆さん、敵影です。準備を!」

 高雄が知らせた敵接近の報せに、一気に緊張感が戻る。その方向を見やれば、ビルや鉄塔の向こうを駆け抜ける深海棲艦の姿があった。

「やれやれ、どこにでも現れるな。」

「偵察機よりさらに入電、敵艦隊の挙動から見て私達には気づいていないようです。」

「なら機を見て迎え撃つぞ。建物を盾にされたら厄介だ。」

 敵艦隊は軽巡洋艦と駆逐艦二隻。迂闊に打って出て相手に地形を利用される不利を被るよりは、多少戦いにくくとも建造物を利用した方が被害を抑えられるだろう。そう考え、皆に指示を出す。気配を消し、敵の動向をうかがう。そして、そのタイミングはすぐに訪れた。

「行くぞ、捉え次第に総攻撃だ。」

 ビルの陰から飛び出し、一気呵成に砲撃。T字陣形で有利に位置取りできたこともあり、苦戦することも無く勝利を収めた。敵からの反撃こそあれど、それが私たちに傷を負わせることも無かった。

「ふん、他愛も無いな。」

 幾度かの戦闘をしてきたことが、徐々に自信として身についてきた。

「ありがとう、これでボクの機関でも航行できるよ。」

「うん?ということは、目的地が決まっているのか?」

 最上の発言はまるで行き先を知っているようなものだった。その真意を確認すれば、この基地の工廠が損傷が比較的少ない状況とのことだった。期せずして、敵の中枢へ挑む橋頭保を確保できそうだ。

「そうそう、ボクの瑞雲もそこに仕舞いっぱなしだったんだ。助けてくれたお礼に、それをあげるよ。」

「いや、渡されても使える者が居ないんだがな。」

 本当に礼の気持ちを込めて言っているのか、分かってて言っているのかを計りかねながら、実情で返す。

「そっか、残念。」

 やはり、どちらの意図かは分からなかった。

 故障で速度の上がらない最上を守るように陣を組み、海上を進む。敵と遭遇することも無く、放棄された工廠施設へとたどりついた。砲撃を多少ながらも受けた痕跡があり、すべての設備が使用できる状況では無かった。

 だが、勝手知ったる潮や最上の整備により、大した時間を掛けずとも最低限の基地機能は復旧した。そして、水上爆撃機瑞雲はしっかり手渡された。

 機能が復旧した工廠で、私たちは最後の休息を取っていた。すっかり手持無沙汰になった私は、退屈や重圧を忘れるために卯月と共に簡単な訓練をしていた。

「卯月、もっと走りまわれ。狙われれば装甲に頼れない以上、回避するしかないんだ。」

「でも、ながぴょん…。うーちゃん疲れたぴょん…。」

「心配するな、ここにも入浴施設はある。問題は無い。」

「そう言う問題じゃないしぃ~!」

 とは言え、根を詰めて後に影響しては元も子もない。卯月が二度目の弱音を吐く前に、切り上げる。使える物資や装備が無いかを探していた最上と潮、それを手伝っていた高雄と合流し補給を行う。

「それで、何か使えそうなものはあったか?」

 補給作業の最中、色々と物資や兵装を持ってきた高雄達に訊く。

「はい、いろいろありましたよ。」

「うん、スツーカとかね。」

 高雄が答えながら小ぶりな主砲と緊急時用の応急資材を示す。その一方で、最上は見たことも無い航空機を見せつけていた。

「いや、使えないと言っている…。」

 と、まで言ってから貰えば私たちの本拠地を守る赤城への土産にもなるな、と考えた。

「まあでも、貰っておこうか。」

 どうやら工廠の資材を用いて、入渠を済ませてきたようだ。すっかり元気な様子の最上から航空機を受け取る。さて、今はどこに仕舞おうか。そう少し悩む私に、殴りつけるような声が聞こえた。

「使えないものなんか持って行って、どうする気よ。」

「まあまあ、何かに使えるかも知れないよ。」

 その声は曙と、それを制止する時雨のものだった。手筈通りに囮を引き受けるメンバーと合流出来たのだ。ならば準備は整った。高雄も、卯月も、同行する潮も、そして私長門も、万全。それは、つい先ほどに修理を終えた最上も、駆けつけた曙も時雨も同じ。思うことこそあるが、今は自分たちのため、共に戦ってきた仲間のため、決戦に集中しよう。

 

 

***

 

 

 陽が傾き、空は茜色に染まり、夕闇が近づいてくる。ついに、国際ブラック砦の司令部があったという場所まで目前のところまでやってきた。しかし、数多の深海棲艦が敵の中枢への一切の接近を許してくれそうも無かった。確かに曙の言う通り、無策で来れば直ぐにでも蜂の巣だろう。

「じゃ、手筈通り行くわ。負けんじゃないわよ。」

「任せておけ。そちらも負けるなよ。」

 返事を言いきるよりも早く、曙は時雨、最上と共に一気に接近を仕掛けていった。直ぐに敵艦たちは曙たちの迎撃に動いた。食いついたのを確認して、彼女らは徐々に後退しながら攻撃を続ける。その手際は、実に見事なものだった。少しした後には、交戦の音はいくらか遠くにフェイドアウトし、敵本陣へ至るまでの道が開けられていた。

「高雄、卯月、潮。行くぞ。」

「はい、何があろうと負けません。」

「うーちゃんに、期待するっぴょん!」

「が、頑張ります!」

 皆の力強い返事を聞き、私たちも疾風迅雷のごとく接近を始めた。

 行く道を阻む有象無象を蹴散らし、中心部と思しき場所へ辿り着く。おそらくは司令部の中枢となる場所だったのだろう、時計塔や出窓が、無残にも破壊されて海上に横たわっている。その残骸の上に腰かけている、ツインテールの髪型の深海棲艦。その容貌は、装甲や衣服を纏わぬ生気の無い白い肌と、怪物の口を思わせる両手の漆黒の装備と一体化した無数の砲塔、そして紅く燃える恨みに満ちた眼光。不気味で、とても美しかった。

 波が残骸に打ちつける音だけが響く。頬から首筋にかけて、冷や汗が滴る。身動きを取る、それだけのことが出来る気がしなかった。それだけ、目の前の美しき深海棲艦の物言わぬ威圧は、凄まじかった。睨み合う静寂のなかで、口火を切ったのはその美しくもおぞましい首魁、南方棲戦姫だった。

「何度デモ、水底ニ…。堕チテイクガイイ…。」

 純粋なる敵意が詰まった、呪詛の言葉。それを吐きながら、彼女は残骸を降り、海面へと降り立った。それと同時に、嫌悪感を抱く笑顔と、襟巻き、そしてやはり怪物を思わせる尻尾を持った戦艦級の深海棲艦も現れた。恐怖心で潰されそうな心を鼓舞すべく、声を張り上げる。

「行くぞ!私たちの進退、興亡、この一戦にあり!」

 それを合図に、皆の顔に、ようやく重圧以外の色が浮かぶ。そして、戦闘行動を始めた。

「偵察機、発艦してください!」

 高雄が偵察機を出し、相手の出方を見極めようとする。

「愚カナ…!」

 南方棲戦姫が掌にあたるはずの場所を空に向けぐっと拳を握るように怪物の口を閉じ、再び開くと、そこから多数の深海棲艦の戦闘機が発進した。高雄の放った偵察機は、一切の情報をもたらすことなく黒煙と紅炎を噴きだし、墜落していった。

「そんな…!」

「まさに、規格外だな…。よし、卯月と潮は残骸を盾にするよう心掛けろ。」

 驚く高雄に、声を掛け、指揮を出す。もっとも、驚きの声を上げたいのは、私も同じなのだが。旗艦と言う立場が、それを飲み込む心の強さとなった。だが、開幕からの予想外の出来事はこれだけに止まらなかった。

「敵爆撃機、来るっぴょん!」

 卯月の叫びに空を見れば、敵の爆撃機がすぐそこまで迫っていた。

「散開、回避だ!」

 すぐさま指示を出す。幸い、ギリギリのところで回避が間に合った。

「ようやく砲撃戦に持ち込めるな。」

 そうひとりごちる。だが、それすらも裏切られた。先ほどまで何もないところから現れた、数本の魚雷。それは、特殊艇による雷撃だった。あまりにも近すぎる。かわせない。姿勢を低くし、衝撃に備える。次の刹那、幾度目かの、しかし今までのどれよりも強い衝撃に襲われた。

「長門さん!」

「大丈夫だ、多少は驚いたがな。」

 潮の心配そうな声に、強がりで返す。実際のところ、機関や砲塔に少しばかり損害があったのだが、幸いにもさほど影響はなさそうだ。

「これで、間もなく射程に捉えられる。」

 水煙が落ち着きつつある中、姿勢を整えて敵に向かう。だが、私の視界に入ったのは、既に砲撃の態勢に入っていた敵の姫と、笑顔の戦艦だった。

「馬鹿な、もうこちらを捉えているのか?」

「堕チナサイ…!」

 まるで私の漏れた声に答えるかのように、姫の砲撃が始まった。敵の砲火は、まっすぐと私達へ向かって、後わずかのところでようやく狙いが誰かが分かった。

「高雄、逃げろ!」

「は、はい!」

 話せたのはそれだけだった。直後には、巨大な水柱が上がり私たちの視界を奪った。

「高雄、無事か?」

「はい、なんとか。」

 声だけでやり取りをし、無事を確かめる。だが、戦艦の主砲も高雄を狙っていたことに気付いていなかった。ずどん。砲撃の閃光から数拍おいて、空気を振るわせる音が聞こえた。直前の攻撃が、目くらましとなっていた。

「回避を、きゃっ!」

 慌てて回避姿勢を取り直す高雄。だが、姫の砲撃が彼女のすぐ近くの海面に巨大な波を起こしていた。突如消えた足元の海。崩れたバランス。迫り来る橙の弧。すべてが、スローモーションのように見えた。そして、次の光景に私はすべての感覚を失った錯覚さえ覚えていた。

 

 

***

 

 

 長門さんの声が無ければ、相手のペースに呑まれ戦意を失っていた私は、直撃弾を受けてだろう。すぐ横で上がった巨大な水柱と水煙に包まれる中で、そう考えていた。

「高雄、無事か?」

「はい、なんとか。」

 水の壁の向こうから聞こえてくる長門さんの声に、無事を知らせるべく答える。しかし、事態は私に立て直す暇を与えてはくれなかった。ようやく視界が確保できた時には、すぐそこに砲弾が迫っていた。

「回避を、きゃっ!」

 なんとか回避をしようと試みる。だが、直前の至近弾で海面が荒れ狂っていた。そうとも気付かずに駆け出そうとした私は、波に揺られ、バランスを崩した。海面に叩きつけられ、振り返った時には目の前に敵弾が来ていた。脳裡を今までのアイドル活動が、提督が来た日が、つい先日の戦闘が過ぎ去っていく。これが走馬灯と言うものなのか、と理解出来るほど、不思議と時間が極限までゆっくりと進んでいるような感覚さえあった。そして、砲弾が私の身体に接触する。爆炎が私の衣服を、身体を焼いていく。立っていることすらままならず、そのまま膝をつく。視界が夕日に染まった海の橙色に、それから黒に染まっていく。痛みすら感じなかったまま、事切れるのか。

「私…沈むのね…。」

 声になったかすら怪しい最後の言葉を残して、意識を失った。

 気がついた時には、海面に倒れ伏して居た。痛む身体を動かし、手元を見れば、妖精さんがやりきったような表情でこちらを見ていた。たしかに応急処置資材を持ってきていたが、まさか使う羽目になるなんて。

「高雄、生きてたっぴょん!」

「高雄、良かった…。」

「高雄さん!」

 仲間の声が聞こえる。ほっとして、そして、身体中の痛みに、涙が出そうになった。直ぐに動けないでいる私をかばうように、長門さんが前進しながら砲撃を敢行した。

「長門さん、あなたの攻撃なら…きっと!」

「ながぴょん、やっちゃえぇ~!」

「ああ、任せておけ。」

 私と卯月の思いを乗せた長門さんの一撃、しかし損傷こそ少なからず与えども、敵の長を沈めるには至らなかった。

「だったら…!」

 痛む身体を押して、立ち上がる。衣服は爆炎に焼け焦げ、もはや洋服としての体を成していない。機関は応急処置のお陰で、辛うじて稼働はしている。だが、主砲はとても使い物にならない。

「卯月、お願いがあります。とにかく、相手の目を引き付けてください。」

 卯月は、突然のお願いに目を丸くしていた。しかし、私の顔をまじまじと見ると、すぐににへらっと笑い、返事をした。

「わかったぴょん!何考えてるか分からないけどぉ、頑張るぴょん!」

 そう言って卯月は、一気に敵艦との距離を詰める。先行した長門さんと、縦横無尽に戦線を乱す卯月に、敵の視線は逸れた。やるならば、今しかない。

「高雄、突撃いたします!」

 身体と機関が悲鳴を上げる。お願い、もう少しだけ持って、と祈りながら、全速力で敵将へと突撃する。

「高雄さん、援護します!」

 潮の後押しを受け、みるみるうちに距離を詰める。敵の迎撃にも、幸い捉えられなかった。そして、懐に潜り込む。捕まえた。

「逃がしませんわ!」

「ワタシハ…モウ…ヤラレハシナイ…!」

「黙りなさい!」

 私を振り払おうと伸ばした腕の砲塔を掴み、圧し折る。自分でも、それほどの力が残っているのが不思議だった。間髪入れずに自分の砲を引き剥がし、打撃武器として振りおろす。痛みと憎悪に顔を歪ませた深海の姫は、さらに力強くもがく。この最後のチャンス、離してはなるものかと必死に掴むところを探す。辛うじて、腕を掴む。そこに力を込め、足元を払えば、白い身体と黒い武装が海面を離れ、紅い空を舞った。

「馬鹿め、と言って差し上げますわ!」

 遠心力と敵の体重を威力にしながら、海面へと叩きつける。背から伝わった衝撃が腕や武装に強烈な損傷を与える。苦しそうな姿を見せ、悶え、のたうちまわった。その身体へ向け、今度は私が片足を海面から跳ね上げ、そして体重と艤装の重量を乗せ踏みつけた。

「オ前モ…共ニ…堕チテ…イケ…」

 断末魔の言葉と共に、踏みつける私の足首を腕の怪物が力なく噛み付く。しかし、その最期の一矢は何か変化を起こすことなく、深海へとまた帰っていった。その時の表情は、悲しみなのか、憎しみなのか、あるいは別の感情なのか、私には判断がつかなかった。そして、戦意のままに、あるいはもっと純粋な殺意だったのかもしれないが、悶える敵へ躊躇なく追い討ちを仕掛けた自分を少し恐ろしくも感じた。

「高雄、見事だ。」

 長門さんの声で、轟沈せしめた余韻から現実に引き戻される。そうだ、目標こそ達成はしたが、まだ戦闘は終わっていないのだ。しかし、身体を動かす気力も無ければ、魚雷も砲塔も使える状況ではなかった。

「卯月と潮さんを、ここで見守ります。」

 歯がゆさを覚えながらも、後は機動性に優れた彼女らを見ていた。

 

 

***

 

 

 敵の親玉は沈んだのに、変わらずニヤニヤ笑いを浮かべる戦艦。やっぱり怖くて、ムカつく。けれども、高雄の戦い方がとても面白く、そして勇気づけられた。それは、うーちゃんだけじゃなかったみたいだ。

「わたしも…が、頑張ります!」

 叫びながら打ち出した主砲、そして畳み掛けるように飛ばした魚雷。それが、ニヤニヤ戦艦に、結構な衝撃を与えていた。こうなったら、うーちゃんも負けていられない!意気込んで射撃の準備をしていると、ながぴょんが卯月の主砲に手を乗せる。

「大丈夫だ、絶対に沈められるさ。」

「はい、卯月さんなら大丈夫です。」

 潮も、こっちに来て長門と同じく手を乗せた。そして高雄もぼろぼろの身体のまま手を重ねた。

「あなたならきっと出来ると思います。」

 あと一歩の勝利へ向けて短い間に起きたいろんなことを思い出した。提督や、赤城や、囮を引き受けてくれた向こうのチーム、ついさっき会った少年。

「卯月のぉ、本当の力ぁ!見るっぴょん!」

 ニヤニヤ戦艦へ向け、みなの手と想いが重ねられた主砲を撃ち、その直後に魚雷を放つ。

「行っけぇー!」

 想いを込めた砲撃が放物線を描き、想いを実現するための魚雷たちが海面に航跡を残しながら進む。それらが届くまでのわずかな時間は、この湘南沈黙プロダクションの行く末を決するまでの時間は、とてつもなく長く感じた。固唾をのんで見守る。うーちゃんも、長門も高雄も、潮も何も言わなかった。少しして、水柱が上がり、爆音が聞こえてきた。あのニヤニヤ笑いの戦艦は何を思っているのか、その表情のまま海の中へと沈んでいった。

「…やったぴょん?」

 終わりはあっけなかったので、少し実感が湧かない。

「大丈夫だ、卯月。私たちは勝ったんだ。」

 長門も、言い聞かせるように言っている。戦闘の音を聞き湧き出した深海棲艦たちは、将が沈んだことを悟り、散り散りに撤退していった。そして、少し後には卯月たちだけがそこの海に立っていた。

「帰ろう、私たちの鎮守府へ。」

「はい。」

「帰るっぴょん。」

「みんなが無事で、良かったです。」

 長門が、高雄が、卯月が言う。そして、潮が続けた。半分近くが水平線に隠れた夕焼けの赤に照らされてみんなの顔が紅潮しているように見えた。きっと、うーちゃんもそうだったんだろう。

 

 

***

 

 

 それから数日後、私たちの湘南沈黙プロダクションに国際ブラック砦の再建が始まったとの報告が入ってきた。

「思えば、イレギュラーの敵を討伐すれば尚の事こちらは不要になるのだな。」

「仕方ない。あの状況で対抗できる戦力だったのは長門達だけだったからね。」

「おかげで、ここも無事でした。」

 敵将を討ち取ったはいいものの、深海棲艦の脅威は大きく削がれることとなった。喜ぶべきことなのだが、その戦況の変化は私たちの居場所が閉鎖となる根拠を強めるものであった。執務室の机で書類に目を通す提督と、補佐をする赤城。そのふたりを睨みつけるしかできない私に、ノックの後に入ってきた潮が声を掛ける。

「長門さん達も、国際ブラック砦に来ませんか?きっと、今回の戦果があれば希望は通るのではと思います。」

「そうね、まああんた達も頑張ってたのは分かってるから。」

「そうそう、瑞雲もちゃんと使ってもらわなきゃだしね。」

「きみたちと一緒になれるなら、きっともっと強くなれるよ。」

 潮の提案はもっともだ。皆も歓迎してくれていることは分かる。

「お姉ちゃんたち、来てくれないの…?」

 件の少年も、すっかり私たちに懐いてくれた。少年の目を少し潤ませたお願いには、心が揺れるものがある。だが。

「どうだろうな。」

 すぐにイエスと答えられない自分が居た。

「そうですね、どうなるか分かりませんね。」

「そうだったらぁ、どうするかはぁ~。」

 いつの間に後ろに来ていた高雄と卯月の言葉と、笑顔。そうか、私の仲間たちは迷わなかったのか。ならば。

「潮、曙、最上、時雨。それから、赤城、提督。」

 この場に居る皆を見て、一拍を置いてから決意の言葉を伝える。

「この長門ら、湘南沈黙プロダクションの所属艦娘は……。」

 空いていた、ここの設備を見渡せる窓から一陣の風が通り抜ける。私たちの決断を祝福しているかのようだった。

 



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