エアープレイブルーファンタジー (雨山針)
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[エアープレイブルーファンタジーchapter1:青白い旅立ち]
「前!前見えてますか!?ああ!でもスピードを落としたら墜落しますって!」
「少し黙っててもらえますか!?集中してるんですよこっちは!」
「あの・・わたしなんだか気持ちわる・・オエッ」
目まぐるしく外に映る景色はどこまでも澄み渡る青空。そんな絶好の旅立ち日和の空と違って、どこまでも荒れ狂う僕たちの状況。
さあ、冒険が始まるんだ、というよりは、一体この先どうなってしまうんだろうという不安しかなかった。今思い起こせば僕たちの旅はこんな荒れ狂う青空から始まったんだっけ。
「グラン、今日も森に行くのか?よーしじゃあ競争だぜ!」
「ずるいよビィ、走ってないじゃないか・・飛んでるんだもの・・」
今日も軽口を叩いて笑いあいながらビィと一緒に森に修行へ行く。
いつか村を出て旅をしてみたい、そんな憧れからおもちゃの剣を振ったりしてるけどなんとなくわかってるんだ、結局は憧れは憧れのままできっと村でのんびり暮らすんだって。
でも剣を振ってる間はまるで本当に冒険者になったみたいで・・ビィと二人でずっと勇者ごっこ。
村には同年代の仲間もいないし、これが僕の一番楽しい時間だ。
「?ようグラン・・なんだか今日はやけに森が静かだな・・なんだかまるで森が緊張してるような・・」
「うん・・なんだろう・・怖がってる?いや、ちょっと違うな・・なんだかすごく大きな物に敬意を払っているような・・」
「これなら今日はいつもより奥にいけそうだぜ」
いつもなら弱いとはいっても魔物や動物達が縄張りを越えようとするとおそってくるのに今日は目があっても微動だにしない。
これなら、普段は入れない森の神殿の中にまで探検できるかも。
そんなちょっとした刺激と冒険を求めて森の聖域とよばれる場所にまで僕たちは進んでいった。
「はー・・すげえなグラン、この神殿ってこうなってたのかあ」
「うん、ツタや木がいたるところに生えてるけどなんだか神聖な雰囲気だねビィ」
とくになにか部屋があるわけでもない通路だらけの神殿、どちらかというと迷路、といったほうがいいのかもしれない。
一応目印をつけながらきているから迷うことはないだろうけど、一体どれぐらい行けば最奥にたどり着けるんだろう、いや、そもそもゴールがあるのか?そんな不安にかられた時だった。
「グラン見ろ!広間みてえなところがある!しかもなんだか光が見えるぜ!」
「お宝とか!?」
すごい、まるで本物の冒険だ、ぼくはすっかり非日常な出来事に舞い上がり、息をきらせながら大広間にむけて走り出した。
だけどそこで待っていたのは・・もっと非日常な出来事の幕開けだったんだ。
「お、女、の、子・・・?」
広間にあったのは祭壇、そしてその祭壇には光を放つ竜の像、そしてまるでその竜に守られているように、少女が光り輝きながら眠っていた。
「最近の宝ってすげえな」
「いや違うでしょこれは。迷い込んで行き倒れてるんだよきっと!助けないと!」
「でもよう、なんでこの嬢ちゃん光ってんだよ?」
「それぐらい助けがいる状態ってことなんだよ。」
自分でも何を言ってるのかわからなかった。
でも目の前で女の子が倒れている、なら男の子は助けないといけないんだ、僕が大好きな冒険小説の主人公だって、女の子が困っていたらいつだって助けていた。
なら・・なら僕だって。
「大丈夫ですか!?しっかり!ケガはありませんか!」
少女の肩をつかみ軽くゆする、息はしているし見たところケガがあるようにも見えない。
「う・・うーん・・」
少女がゆっくりと目をあける、ふと気づけばあの光は消えていた。
「あ・・わたし・・」
「大丈夫ですか!僕はグランです!おはようございます!」
僕の方が大丈夫じゃない気がしてきた。
「嬢ちゃん行き倒れてんのか?腹減ってんならリンゴくらいならあるぜ!食いかけだけど」
やめてよ恥ずかしい。
「あの・・グラン・・さん・・?」
「はい!なんですか?」
「おはようございます・・わたしはルリア・・そう、ルリアっていいます、その、いきなりなんですけど・・・ここはどこでわたしは誰なんでしょう・・?」
「え?ここは森の祭壇で君はルリアなんでしょう?」
「はい・・でもなんでわたしはここにいるんでしょう」
僕が知りたい。
「そして、わたしはルリアですが・・ルリア以外のことがわからないんです、ルリアってどういうことなんでしょう」
哲学系少女かな?
「なあグラン・・こいつもしかして記憶喪失ってやつなんじゃねえのか?」
それならまだ僕の理解の範疇に留まる、哲学系だったらさすがに専門外だったから助かった。
「うーん・・とりあえずここじゃどうしようもない、一旦村に帰ろう、あ、あの、怪しいものとかじゃないから一緒に来てもらえる?えっと・・ルリア・・さん」
「ルリアでいいですよ、グラン、なんだか不思議、あなたなら信じられるって感じます。うふふっ。」
危ない危ない・・もしこの子が都会の子だったらきっとこんなふうにして田舎ものの男をその気にさせるんだ・・引っかからないぞ、僕は堅実派なんだ。
そう思ったけど、頼りなく僕の服をつまんで少し緊張したように僕についてくる彼女からは打算というか裏というか・・・そういうものを感じさせないまるで彼女の髪の色のような、透き通った蒼い雰囲気を感じた。
ルリアと出会ってからしばらく経った。
村にルリアを連れて行ったときはもう夜になっていたので僕の家に成り行きで泊めることになり・・もともと僕の家は村のはずれにあることもあって行き来が割りと遠く、結局ルリアの記憶がもどるてがかりがあるまで僕の家で一緒に暮らすことになった。
この際村のおじさんおばさん達にしつこくからかわれたことはあまり思い出したくない。
「いやーグランにもついに春がねえ」「邪魔しちゃ悪いよ、二人きりにしてやろう」「村の未来は安泰じゃあ・・」
皆ニヤニヤニヤと僕達にあうたびにいうもんだから腹が立ちだした、ここ数日は村の中心にはいかず家でルリアにいろいろな話を聞いて一緒に記憶の手がかりを探すようにしているけれど成果はない。
気づいたらあの場所で目が覚めた、結局これにつきる。
でもなんだかビィ以外の同年代の子とこんなにたくさん話をしたのは初めてだ。
それも女の子か、いろいろ大変なことになる予感はしていたけど、案外このままでも楽しいかもしれない。
「今日は森のほうに行って見るか?当然森を通ってあの神殿に来たんだろうし、何かおもいだすかもしんねえぞ」
「いいね、ビィ、それに散歩にもなるし」
「わー!じゃあ三人でお話しながら行きましょう!」
いつかはルリアの手がかりが見つかって離れることになるのだろうけど、今しばらくは僕とビィとルリアの三人でこんな風に楽しく過ごせてたらいいな、なんて、このときは思っていた。
「反応のあった村までの到達時間は?」
「ハッ!残り一時間ほどです!カタリナ中尉!」
「なら全軍に伝えろ、速やかに上陸の準備、兵装も怠るな、ただし村人達に警戒されないよう軍人として当然の武装程度にはとどめて置け、そして最重要項目だ、これは侵略でも略奪でもない、速やかに対象のみを確保、民間人への危害は余程のことがない限りは決して認めん」
「了解であります!」
「ルリア、か。見た目はまるで年端のいかぬ少女らしいな・・あまり気持ちのいい任務ではないが帝国の、いや、世界のためだ、なんとしてでも任務を遂行する、しなければならない」
僕たちが探していたルリアのてがかりは、ほっておいても向こうから勝手に、もっとずっと深刻な形で、真っ直ぐ僕たちのほうへ向ってきていたんだ。
「あれえこんな村に帝国軍人さんが何の用だあ?」
「お騒がせして申し訳ありません、私は帝国軍人カタリナ・アリゼと申します、ただ今大規模人員調査をしておりまして・・ここ最近でこの村では新しく住人となった方などはおられないでしょうか?できれば詳しく測定したいのでささやかなことでも教えていただけると助かるのですが・・」
「いやー小さな村だからねえ、子供も去年一人産まれたっきり・・あーいや、こないだのあの子はどうだろ、数に入るのかな?」
「あの子、というのは?」
「いやなに、グランって村の数少ねえ若男のところによお、キレイな蒼髪の美少女が最近厄介になってんだこれが、いやーあいつも純情そうに見えてやるときゃやるっていうのかそれに」
「グラン君、ですね?その方のおうちはどのへんなのでしょう?」
「あー村のはずれだからちょっと歩くよ、なんなら道案内・・」
「いえ、場所さえ教えてもらえれば大丈夫ですので、こちらも準備などもありますしお手をわずらわせるわけにはいきません」
「お、そうかい?じゃああいつによろしくいっておいておくれよ」
「ええ、わかりました」
――トントン
「はいはい今でます」
ノックの音がする、まあどうせまた村のおじさんかおばさんが冷やかしがてら食料をおすそわけしにきてくれたんだろう、おすそわけ?いや違うな、食料は僕をからかうための代金がわりだ、だから食料を貰っている側だとしても遠慮の必要はないよね?今日こそイヤミの一つでも言ってやろうか、そう思いながらドアを開けた。
この時、どうして相手の声だけでも確認しなかったのだろうか、田舎だからとセキュリティに対する意識が完全に低かったんだ。
まあ、今更言っても仕方のないことではあるんだろうけども。
「こんにちわ、グラン君、私は帝国軍人中尉カタリナ・アリゼという者だ、君に少し聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「え・・なん・・ですか・・」
穏やかな声と笑顔ではあるが絶対に友好的な雰囲気ではない。それだけは直感的に感じた。
「ルリア、という少女がここにいると聞いてきたんだけどね、その子はエルステ帝国で行方不明になって捜索願いが出されている子なんだ。本人か確認したいので呼んできてくれないだろうか」
嘘だ。
これも直感的に感じた、おそらくこの人はこういう裏工作めいたことは得意ではない、明らかにこの人の出す雰囲気は戦いに挑む人のそれだ。
そもそもなるべく見えないようにしてはいるがパッと見ただけでも大勢の軍人が家の周りを取り囲んでいる、明らかに行方不明者の捜索なんて軽い雰囲気じゃない。
「・・・ルリアは今寝ています、起こしてくるので少し外で待っていてもらえますか」
「あ!グラン!また誰か来てるんですか?今日はどんな食材をわけてもらえるんでしょう!」
「ハハッ!ルリアは食いしん坊だぜ!」
全ての言い逃れができなくなった。
――ルリア・・! ――蒼い髪・・! ――中尉!間違いありません・・!
「全員!戦闘態勢!姿で油断するな!少女ではなく星の獣を相手にすると思え!」
カタリナに続いて兵士達も剣を抜く。
嘘だろ・・。即攻撃態勢に入るレベルなのかよ・・!
「ルリア!ビィ!こっちだ!早く!」
まだ事情が飲み込めていないルリアとビィを引っ張り、家の地下にある隠し通路に飛び込んだ。
「おいグラン!なんだってんだよありゃあ!お前あの姉ちゃんに何したんだ!」
「僕じゃなくて狙われてるのはルリアだよ!なんとなくわかるでしょそれぐらい!」
「ええっ!わたしあの人に何かしたんでしょうか!」
・・・正直、ルリアの過去がわからない以上あのカタリナとかいう人のほうが事情を知っているのかもしれない、でも何故なんだろう、初めてルリアと出会ったときからこの子は悪い子じゃない、少なくとも人から剣や敵意をむけられるべき子なんかじゃあない、そんな直感めいた確信があるんだ。
きっとこんなこと誰に言ってもただの自分に都合のいい思い込みだ、なんて言われてしまうんだろうけど。
隠し通路の出口は森の入り口だ、このまま森の中で追っ手をまくことができれば・・!
結論から言うと甘いなんてものじゃあなかった。
森にさえ行けばなんとかなるかもしれない、そう思っていたけどそもそも相手は正規の軍隊の大群だ。
むしろ人目につく村の中よりは森の中で隊列を組んで仕留める、その方が都合がいいに決まっている。
どの道僕達にこの島から出る方法なんてないんだから。
森の中で逃げ回っているとういうよりは、じわじわと森の奥に追い詰められている、そんな状況だった。
――坊主、そろそろ観念しちゃくれねえか?おじさん達も乱暴なことなんてしたくねえんだ
――もういいだろ、こんなの話して理解できることじゃねえよ、とにかくさっさと対象だけを・・・
「ルリアに何をする気なんだよ!乱暴なことはしたくない?既にもう十分荒事になってるじゃないか!」
帝国兵が舌打ちしながら完全に剣を構える、まずい、もう僕が戦うしかないのか・・ただのおもちゃとまではいわないけれど、素人が剣の練習をするための模造剣、そんな頼りない剣だけがこっちの武器。
これでルリアを守れるのだろうか・・いや、守らなきゃいけないんだ。
僕も汗で湿った手で剣を構えた。
「グラン!危ないことはやめて!きっと何かお互い誤解があるんです!当事者のわたしが話してみます!」
ルリアがそういって僕を嗜める。
そして僕の前をかばうように一歩進み出た。
「あ!あの!わたしルリアです!はじめまして・・?でしょうか!?わたし自分がどういう人間なのかわからなくて・・もしあなた達の気に障ったことがあったのなら謝ります!訳を話してもらえないでしょうか!」
そういってさらに一歩進んで話し合いを求めたルリアに
――なんの躊躇もなく兵士が、ここぞとばかりに剣を振り下ろした。
ルリアの体が傾いていく、いや違う、傾いているのは僕の体だ、首筋から背中にかけて電気のような刺激が走っている、それに体の表面はとても熱いのに体の中には涼しげな風が吹いているような・・そんな気持ちの悪い感覚と共に、ルリアの驚いた顔が見えた。
その時、やっと自分が無意識にルリアのことを庇って斬られたんだということに気がついた。
「グラン!いや!なんで!」
「お、おい!しっかりしろよ!」
――クソッ!民間人を・・!
――い、いや、これは仕方がない!任務遂行の障害は強硬手段をとらねばならない場合も当然ある!
――気の毒だが世界と少年一人の価値は等価では・・綺麗ごとを言ってても始まらないさ・・
色んな声が遠くで聞こえる、さっきまで熱かった体の表面も、今はもう寒いくらいだ、痛みはあるにはあるんだけど耐えられないほどの激痛ってわけではないのがせめてもの救いだ。
このままぐっすり眠れてしまえそうですらある。
そうすればこの僅かに残る痛みも消えて無くなるだろう。
もうすでに夢のようなものまで見え始めている。
これは・・ルリアと過ごした短かったけれど楽しかった思い出だ。
――幻の島、ですか?
うん、冒険小説によく出てくるような誰も踏み入れたこともないような伝説の島、他にも古代の技術で造られた遺跡とか・・そんなのに行けたらやっぱり興奮するだろうなって・・
――すごいすごい!わたしも行って見たいです!
笑わないでくれるの?嬉しいな、やっぱり僕も男の子だからさ・・無理だとわかっていても大冒険なんてのに憧れちゃうんだ。僕の両親がいないのもさ、冒険者だったからなんだって。
――無理なんかじゃないですよ!だってグランはとっても優しいんですから!
はは・・優しさで冒険ができれば苦労なんてしないんだけどなあ。
――優しさは大事ですよ。強さは誰かと協力しあえば補えるかもしれないですけど・・優しさはきっと無くしてしまったらもう一度取り戻すのは大変なことだと思いますから。
じゃ、じゃあさ、もし僕がもうちょっと強くなっていつかホントに冒険に出る、なんてことがあったらさ、ルリアも一緒に行ってみたりとかする?た、旅の仲間、みたいな感じで。
――いいんですか!?わーい、約束ですよ!
最後に思い出したのは子供じみた微笑ましい口約束、でも僕にとっては、なんだかまるで運命的な物語がここから今やっと始まる・・なんて冒険小説の主人公にでもなった気がしてすごく楽しかったし嬉しかったんだ。
結局、口約束は口約束のまま、果たされることはなくなってしまったんだけど。
全てが消えていく感覚の中で最後に感じた感触は・・唇に触れた柔らかくて暖かい感触と、少ししょっぱい水滴、そして、力強いなにかの奔流が体の中に入ってくるような・・・そんな感覚だった。
「お、おいルリア・・なにをしてんだ・・?」
――お、おいこれ・・
――これが例のリンクってやつじゃないのか!?まずい!はやくやれ!
兵士がルリアに向って再度剣を振り上げる、ああ、誰か、もう僕は動けないんだ、誰でもいい、誰かルリアを・・
そう思っていると、兵士の剣を誰かの剣が弾き飛ばした、ああよかった、でもなんだかそれにしてはチャチな剣だなあ、まるで模造剣みたいだ、僕が持っているような・・
あれ?さっきまでもう何も見えなかったのになんだか今は周りの状況もしっかりと見えるぞ、ルリアの顔もビィの顔も見える、でもルリアを助けてくれた恩人の顔だけは見えないんだ。
その人の手と剣だけははっきりと見えるのに。
「グラン・・お前・・生き・・」
ビィが信じられないものを見るかのようにこっちをみている。
――ク、クソッ、こいつついにやっちまいやがった!構うな!こうなった以上はこいつも抹殺対象だ!もう遠慮も罪悪感を感じる必要もねえ!
兵士がバケモノを見るかのような目でこっちを見ている、それと同時に今度は一人ではなく複数の兵士が剣を抜いて向ってきた。
た、大変だ、こんな数じゃさっきの恩人さんでも・・そもそもさっきの動きも達人っていうよりはただ我武者羅に剣を振ってたって感じだったし・・
でも、僕の目に映っている手とその手に握られているおもちゃみたいなチャチな剣は・・まるで竜かなにかの爪のように、一振りすれば風が吹き、剣先からは炎が燃え上がり、水のように変幻自在で滑らかに、なんど剣をうけても岩石のように相手の剣を弾き飛ばしたんだ。
気づいた時にはあれほどいた兵士達は皆地面に倒れてうめいている、剣という剣がすべて折れ・・いや、折れるなんてものじゃないなこれは。
剣という剣が皆砕け散っていた。
あのチャチな剣以外は・・
「グラン!良かった・・!本当に・・!」
ルリアが目の前で泣きながら僕を抱きしめている。ん?僕を?
「グラン・・?お前ホントに生きてる・・ってことでいいんだよな?傷も出血もなくなってるしよぉ・・」
ビィが話しかけてくる、グランって僕のことだよな?いやまあ僕以外にグランがこの場にいてもややこしいけどさ。
「え、もしかして・・僕生きてるの?」
ようやく状況が飲み込めてきた。
ってことはあの兵士達を倒したのも・・・
「わたしにもよくはわからないんです・・でもなんだかこうしなきゃって思って・・・グランに死んで欲しくない、そう思ったらわたしを半分あげればいいんだって。自分でも何を言ってるのかわからないんですけど・・」
僕もなんだか理屈じゃなくわかる、今僕とルリアは一つになっている。
いや自分でも何を言っているのかわからないんだけど。
これ初対面の人に喋ったらドン引きされるだろうな・・少なくとも今確実にわかるのはそれぐらいだった。
「にしてもすげえなお前、いつの間にあんなに強くなってたんだよ、ビックリだぜ!」
いや、多分それは・・・
「多分ルリアが力をくれたからだよ、じゃなきゃ田舎の子供が正規軍を模造剣で一人でなぎ倒すなんて無理だよ」
「わたしも自分にこんな力があるなんてビックリです・・・」
でもとにかく今は都合がいい、この力があればルリアを守り抜ける、このままエルステの手から逃れる事だってできるかもしれない。
でもそもそもあいつらはいつまでこの島にいるんだろう、ルリアを殺すまで帰るつもりがないんだとしたら・・いや、今はそれは考えないでおこう。
その後森の中を兵士達を倒しながら駆け抜けていく、この力はホントに凄い、剣を適当に一振りしただけで二、三人の兵士が吹き飛んでいく。
「いける・・・!いけるぞ!これなら!この力なら・・・!」
そんな先の見えない不安の中にいた僕達に希望の炎が灯ったと同時に
「そこまでだ、止まれ少年」
希望の炎すらをも凍てつかせる、そんな壁が立ちはだかったんだ。
「確か・・・カタリナ・・中尉」
「覚えてくれてありがとう、少年。聞いたよ、ルリアとリンクしてしまったらしいな。
残念だ、出来れば民間人の君をこれ以上巻き込みたくはなかった。非情に徹し切れなかった自らの甘さが招いた結果だな・・だがまだなんとかなるかもしれない、ルリアをこちらに渡してくれ。」
「嫌です、でも一応聞きます、渡したらどうなるんですか?」
「・・・嘘もごまかしも嫌いだ。彼女は世界を破滅させる恐れすらある不確定因子だ。
帝国の・・・否、世界の平和のため彼女は抹殺されなければならない。君はそんな存在とリンクし同一存在となった、彼女が死ねば君も死ぬ。
だが可能性は低いがリンクしたばかりならばまだ君の命は助かるかもしれない。」
「それ聞いて大人しく従う人っているんですかね・・?」
「・・・案外こういう場合聞き入れてくれる人はでるんだよ、自分でいうのもなんだが私の誠実な対応にこの人に任せるなら大丈夫かも、と。だからこそ・・こういう汚れ仕事が私に回ってきやすい。」
ふ、とやりきれないような自嘲気味た笑いをカタリナはこぼした。
確かにこの人に出会ってから終始感じていたのは・・やりきれない諦観とこちらへの労わりなど、およそ悪役とはいえないような・・正義の為に無理やり悪人を演じているような・・そんな歪な正義感だった。
でもだからといってはいそうですかとも言わないし気を許したりもしない、この人は・・間違いなくなんのためらいもなく僕たちを殺しにくるだろう。
「一応聞く。要求を聞き入れてはくれないんだね?」
「・・まあ、順当に考えて聞き入れるメリットがないんで。
それに・・・どう綺麗ごとをいったところで歩み寄ろうとしたルリアに剣を向けたのは許せませんから」
「綺麗だな少年、私なんかよりもよっぽど君のほうが誠実だよ。グラン君、できれば君とはもっと違った形で会いかった。」
互いに剣を抜いた。普通に考えれば何をどう考えても勝てるはずがない、でも今の僕にはルリアがいる、ルリアの力がある、僕の好きな冒険小説の主人公も言っていた、守るものがあるとき人は誰より強くなると。
――先手必勝、全力を叩き込む。 炎が、風が、空気中の水分が、足元の地面が、光が、影が。全てが剣とこの体に宿ろうとした。
――その時
「敵の大技がくるぞ!気をつけろ!」
ビィの叫び声と共に、まるで僕に味方していた水すらをも無理やり従わせるかのように・・水という水がカタリナの命令を規律に従い統率されたような・・水そのものの力が膨れ上がった。
「奥義!アイシクルネイル!!」
「ああああーー!?!?」
体が凍る、熱が消える、剣が振れない、考えもまとまらない、気づいた時には地面で溶けて崩れた氷像のように地面に這いつくばっていた。
「そこで大人しくしていてくれグラン君、じきに氷で痛みもなくなる」
そういってルリアに近づくカタリナ。
考えが甘かったんだ、能力もそうだけど素人目から見てもわかった。
剣を振る瞬間すら見えなかった。
これが達人の技というものなんだろう。
この力で剣を一振りしさえすれば・・なんて考えていた時点でもう負けだったんだ。
「ルリア、私の勝ちだ、これ以上グラン君に苦しい思いをして欲しくないのなら・・わかるね?彼のことを大切におもっているのだとしたら・・彼が日常に帰れる可能性を消さないであげてくれ」
ダメだ、ルリア、逃げて。
口がうごかない、体も全く動かない。
「・・・わかりました。でもお願いです、一つだけ約束をして・・もしグランが生きれる可能性があるのなら・・全力でその可能性を見つけて下さい」
「・・・わかった、騎士の誇りに誓おう。君が死んだ後に彼が死んでいなければ・・その後の彼は私が守ろう」
そしてルリアは最後にこちらをチラリとだけ見て・・微笑んだ後目を瞑った。
やめてよ、なんで皆そんなにルリアを殺そうとするんだよ、ルリアは世界なんて滅ぼさないよ、だってルリアは僕と一緒に世界を旅をするんだ、世界を滅ぼしたら旅なんてできないんだから本末転倒じゃないかよ、そんな簡単なことなんで僕より頭のいい大人達がわかんないんだよ。
「ちくしょう!ルリアには手出しさせねえぞ!」
「トカゲ君・・これは人間同士の大切な話なんだ」
「オイラはトカゲじゃねえ!仮にトカゲとしてトカゲですらやっていいことと悪いことがわかんのに何が人間だ!恥ってもんを知りやがれ!」
カタリナの腕に噛み付いていたビィもあっという間に地面に叩きつけられた。
「ルリア!これ以上は悲しみが増えるだけだ!せめて一瞬で終わらせてやる!奥義!アイ――」
「サンライズ・ブレード!」
ルリアに目掛けて放たれようとした深藍の氷の刃は――まるで春風に溶かされるかのように、緑色の風によってかき消えた。
何が起こったんだろう。
凍った体に春が訪れたように温かみが増していく。
風だ、風が吹いたんだ、北風のような厳しい風じゃなく――繁栄の西風が。
「どなたかな?村の人、ではないな?」
「お初にお目にかかります、エルステ帝国カタリナ・アリゼ中尉であられますね?私の名は秩序の騎空団リーシャと申します、我々は常に空の動向を監視しており秩序の騎空団はこの度の帝国軍の一村への大軍列挙において著しく空の秩序を乱すと判断致しました。それに伴いもしも帝国が民間人に危害を加えようとするならば粛清し対象を保護しろ、との任務を上層より受諾しております。」
「ちっ、何が保護だ、そっちはそっちで動いてるってことか。秩序の騎空団か、知っているよ。邪魔しないでもらおうか、空の正義のヒーローを気取ってごっこ遊びをしているチンピラ集団に構っている時間はない。」
「ご自身の頭で正義と秩序も判断できない成金の犬達にだけはさすがにいわれたくありませんでしたね」
なんて険悪な雰囲気だ、風が吹いて暖かな雰囲気が戻ったと思ったら一気に寒気がしてきた。
「そこで倒れている方」
え?僕?僕は何も言ってないよ・・・
「治療術もかけたので万全とはいかずとも動けるはずですよ、私が貴方達を保護します、立ってください」
言われた通りに立ち上がる、まるで物理的な意味だけじゃなく精神的にも氷が解けたみたいだ。
「グラン!よかった・・!」
またルリアに抱きつかれる、この役得も今日で二度目か、シチュエーションがロマンチックじゃなかったけれど。
「相棒!何度も心配させやがってよぅ!」
ビィも抱きつい・・いや、しがみついてくる、心配してくれて嬉しくないわけじゃないが君はいい。
ああほら鼻水がさぁ・・
「いいですか、逃げますよ、さすがにカタリナ中尉と事を構えるのは賢明とはいえません、貴方達をかばいながらでは尚更です。」
「ほう?逃がすと思っているのかな?私はこう見えて今本気で怒っているよ、任務の遂行に支障をきたしたこともそうだが彼女達の悲しくも美しい覚悟もうやむやにされてしまったみたいな気がしてね」
「ま、待てよ!逃げるってのには異論はねえがそもそもいきなり現れたおめえを信用しろってのかよ!」
ビィが食って掛かる、まあ当然といえば当然の疑問だ、ここで救いのヒーロ・・ヒロインがピンチに助けてくれたと考えるのはさすがに甘すぎるだろう。
「ならここで中尉に大人しく殺されますか?それとも先ほどよりダメージを受けた身でもう一度彼女にリベンジを?」
「貴女についていきます・・」
「素直でよろしい」
選択肢なんてはなからなかった。
「ゴメンねルリア・・僕が弱っちいせいで・・」
「グラン、言ったはずですよ、グランには強さよりもいい所があるって、それに弱いだなんてことも私は思いません」
ルリアが微笑む、なんだか治療術をかけてもらったさっきより体が軽やかになった気がするけど気のせいだろうか。
「だから逃がさんと言ってるだろ?先ほどカタがついていれば後味の悪さもまだ少しはマシだったというのに」
本気で不機嫌そうな声でカタリナがこちらを睨む、すでに彼女の周りには暴力的な冷気が暴発寸前、といった感じで空気を震えさせていた。
「いいですか、合図をしたら私についてきなさい」
リーシャさんが剣を構える。
カタリナの目は小物を見るようにリーシャを超え、真っ直ぐにルリアを捕らえていた。
「ソニックブレード!」
リーシャの剣から風が迸る、今度の風は厳しい北風そのものだ。
「ライトウォール!」
その風がカタリナに届く前に、全て霞のように霧散した。
と、同時に、もうカタリナの体と剣の切っ先は――ルリアの目前に存在していた。
「今です!ウインドシャール!」
「!?風が防御壁のように・・!」
カタリナの体が一瞬弾き返される。氷の刃もまるでカタリナの方へ方向を変えて飛んでいるみたいだ。
「早く!走りなさい!せいぜい数秒程度の足止めにしかなりません!」
リーシャの言葉に僕とルリアとビィは弾かれたように彼女について走り出した。
「それでこの後どうするんです!」
「私の乗ってきた小型飛空挺があります!この人数なら乗り込めるでしょう!大型騎空挺は帝国の船に阻まれてこの村に立ち入ることができませんでした!」
走りながら今後の動向を確認する、もう息も絶え絶えだ、後ろを見るとカタリナが追いかけてきている、あの鎧を着ながら身軽な僕たちの後をしっかりついてきてるんだからたまったもんじゃない、しかも何が怖いって顔が笑っているのだ、ただし目だけは全く笑っていない。
氷の微笑ってああいうのをいうんだろうな・・・
などと考えていると小高い平野に出た。そこに小型騎空挺の姿もある、あれに乗り込めれば・・・!
「いいですね!船に入ったらすぐドアを閉めて!扉を押さえて!」
そうか、乗ってすぐ飛び立てる訳じゃない、しばらくは篭城戦に打ち勝たなければ・・大丈夫かなあ、あの人ドアとかこぶしで突き破ってこないよね?
そんな心配をしてる暇はなく船に乗り込んだ瞬間に僕たちは扉を押さえた。
「全速力で飛び立ちます!頭がそのへんにメッタ打ちになるぐらいの衝撃がくることぐらいは覚悟して!」
それって結局死んじゃうんじゃ・・・まさかこの人はこうやってルリアを始末する為に・・?
などと頭が混乱していると、船に凄まじい衝撃音が走った。
「しまった!そうですか!そう来ますか!」
リーシャさんが唇を噛む、どういうことだ?今の衝撃音は離陸準備じゃ・・・
その時、大きな氷の塊が船の窓から見えた。
その時直感的に僕は悟った。
あ・・そうか・・カタリナさんは僕らを始末したいんだから船が墜落しようがこのまま船もろとも木っ端微塵にしようが構わないんだね・・
妙に他人事のように現状が理解できた。
発射のエンジンはもうかかってる、あとは飛び立つまでにこの攻撃を船が耐えられるかと言う所だ。
あとはもう神に祈るだけか・・・
そう思ったとき
「グラン!私と一緒に祈って下さい!神様に助けてって!」
ルリアが僕の手を握ってきた。
正直もういろんなことがありすぎて、心のどこかじゃルリアと一緒に死ぬなら悪くもないかなとすら思った時もあったけど、彼女の手から伝わる熱が、一緒に死ぬよりも、これから二人で一緒に生きていくんだと、そんな力強い意思を僕に伝えてきた。
――そうだ、だって僕たちは二人で一つ、あの約束も二人で叶える、これから二人で旅に出るんだ。行こう、空の果て、君と僕の未来、まだ見ぬ空の物語。もう架空の冒険小説の主人公に憧れるだけじゃない。僕が、僕がルリアを守る。君と物語の主人公になる。
そう覚悟を決めたとき、凄まじい力の奔流が、僕とルリアから産まれたような気がした。
「な、なんですかあれは!?」
リーシャさんが叫ぶ。
外からカタリナの叫び声も聞こえたような気がする。
僕たちが窓の外を見ると
「ゲエッ!!なんだあのトカゲ!」
ビィが叫んだ。
そこには巨大な竜が口をあけながらカタリナに向って突き進んでいく、さすがにカタリナも攻撃をやめ回避と防御に専念している。
いや回避と防御ができるだけでも恐ろしいな、僕だったら今の突進で食われた。
「な、なんだか知りませんが今のうちです!コレなら無茶苦茶な発進ではなくきちんと離陸ができそうです!」
そしてそのまま小型騎空挺は大空に向けて飛び立った。
凄い、やったぞ、ついに憧れていた空を僕は飛んでいるんだ・・最高の親友と・・そしてヒ、ヒロインと・・
もうカタリナの姿も豆粒のようにしか見えない。
あの竜もいつのまにか消えていた。
「リーシャさん、これからどうするんですか?」
「当然秩序の騎空団本部へと帰還します、そこでなら貴方達の保護も完璧でしょう。」
そうか、敵の手から逃れて自由になったというよりは・・別の組織の手の中に入ったようなものか・・
少し不安になったけれど、まああの絶体絶命のピンチよりは大分マシな状況だろう。
そう思っていたとき。
――ギゴン!
とても空を飛んでいるときに聞きたくないような嫌な音が船に響いた。
あれ?なんだか揺れも激しくなってきているし速度もどんどんあがっているような・・・
「あの・・リーシャさん」
返事はない、顔が無表情だ、ただ数秒の後に一言だけ呟いた。
「おそらく墜落しますね。」
聞きたくなかった。
「な!?え!ちょ・・・!?」
「おそらく先ほどからのカタリナ中尉の攻撃で船にいろいろ損傷がみうけられます、まちがいなく騎空団本部までなどもちません、近場の島に不時着しますよ、まあできればですけど」
この人不機嫌になると無表情で早口になるタイプだ・・イヤだなあ、苦手なタイプだ・・・
「だ、大丈夫なんですか!?リーシャさん!」
ルリアが叫ぶ、こんなときでも彼女の柔らかな雰囲気は乱れなかった。可憐だ。
「まあ大丈夫でなければ全員死にますし、大丈夫であったのならさすが秩序の騎空団である私の秩序力といったところでしょうね」
大丈夫じゃなさそう・・・
そう思った瞬間、みるみる高度が下がり始めた、もう山にぶつかってもおかしくはない高度だ。
「前!前見えてますか!?ああ!でもスピードを落としたら墜落しますって!」
「少し黙っててもらえますか!?集中してるんですよこっちは!」
「あの・・わたしなんだか気持ちわる・・オエッ」
「オイラもうなんだか腹くくっちまったぜ、いざとなったらオイラに皆しがみついて飛び降りろよ、まあ無理だろうけどな・・・ハハハ」
冒険小説の始まり見たく、家族や仲間達、村の皆に見送られて堂々と空に飛び立つ、普通旅にでるなんていったらこういう想像をするものだけど、なんだかもう笑えるぐらい滅茶苦茶な旅立ちだ。
ぼくがもっとしっかりしていたりしたらかっこいい旅立ちなんてことができた可能性の世界もあるのかな?
でもなぜだろう、ずっと憧れていた蒼い空、その蒼さが空にひろがっている限り、そしてそんな空を溶け込ませたような髪の彼女が隣にいてくれる限り、どんな苦境も乗り越えられる・・・
いや、既にもう今日だけで何度も苦境を乗り越えてきたんだ、この先もきっとなんとかなる、そんな直感めいた確信が僕にはあるんだ。
だって・・・
「グラン!わたしも頑張ります!ビィさんと一緒に飛びます!羽とか生えるかもしれません!だからいざとなったらわたしにもしがみつきながら飛び降りてください!」
僕の直感は・・・良いことも悪いこともよく当たったんだから。
こんな良い子が世界に愛されこそすれ世界の敵なわけがないんだから。
エアプ時の知識その1
カタリナは敵もしくはライバルキャラだと思っていた
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