soul of oratoria (変態転生土方)
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ソウルオブオラトリア
ソウルオブオラトリア


ニンジャローリングしながらケツを掘るやべーやつがダンジョンを荒らすらしい。


遠い、遠い昔の話。

世界に光は在らず、霧と、古の竜たちばかりが在った。

その世界には人も、生も死もなく、ただただ石の底が続くばかり。

そんな”灰色の世界”にある時、火が起きた。松明なんてものじゃあない。まさしく海のような火が地の底から噴き出たのさ。

火が起きたことで世界に光がもたらされ、同時に闇を生んだ。

これが”最初の火”さね。

その火で暖をとろうと、石ばかりが続く底のどこに隠れていたのか、竜とは違う生き物たちが火に群がりだした。

後に神々の地を創り上げる巨人たちさ。名をグウィン、ニト、イザリス、そしてその娘たち。

彼らは湧き出た火を”最初の火”と名付け、その炎の海から特別なモノを見出した。それが”王のソウル”。

”王のソウル”を見出した者たち、そして従者と共にグウィンは世界の支配者である不死身のドラゴンへと反乱を起こす。

これが、”神と人”の始まりさね。

――なに? 人はどこだって?

イッヒッヒ……いいところに気付くじゃあないか。いたんだよ、巨人たちの陰に隠れて暖をとる、”王のソウル”それ以上の力を持つソウルを見出した”小人”がね。

グウィンたちと比べれば非力も非力、踏みつぶされれば塵芥と成り果てるその身が見出したるソウルは――

 

――ダークソウル

 

 

 

 

 

 

 Soul of oratoria

 

 

 

 

 

 

――ふと、目を覚ました。

兜のスリットから見る地面は見飽きた土で、辺りは鬱蒼とした雰囲気に包まれている。唯一違うと思える点は、大空が厚い岩肌ということだろうか。

跪いた状態から立ち上がり、体の調子を窺う。

手、足、共に満足だ。気を失っていたにしては、上等と言える。

そこまで確認してから不死人――ジョンは再度、辺りを見渡した。天井と同じような岩肌が左右上下に続き、奥は霧掛かっていて見えない。全てが赤茶色で染まったこの場所は、さながら墓地だ。

 

――俺はさっきまでなにをしていたのだったか。

 

そう己に問うてみる。

しかし、直前の記憶は曖昧で、遥か昔、何度も死んだこと(・・・・・・・・)は思い出しても、気を失う前、ここに放り出される前のことが思い出せない。

記憶に靄がかかっているのではなく、きれいさっぱり抜け落ちていた。

どうやら人間性の限界が近いとみえる。もっとも、近いからといって何か手を打てるわけではない。川を流れる水を止めることができないように、時の流れが不変のように、すり減る人間性を保守する方法はない。

呪われた不死人の証である”ダークリング”が体に現れた者は、決して死なぬ体を手に入れる。しかし、体は不死身でも精神は不死身ではない。精神という器に死という水が注ぎ続けられれば、いずれ受け止めきれずに器が壊れてしまう。

壊れた結果が、亡者だ。意志を持たぬ、欲望のままに生きる存在。

欲望のままに生きるが故にボロボロの衣服、爛れた皮膚、欠けた歯……おぞましい、しかし哀しい亡者の姿を思い浮かべたジョンは、地面が細かく揺れ始めたことに気付いた。

揺れは徐々に大きくなっていき、遠くの地面がボコボコと沸き立つのを見たジョンは、すぐさま手を背中に回し、担いでいた大剣その柄を握りしめる。

 

「――メェェェ……」

 

顔を出した”化け物”が産声をあげる。

特徴的な二本の巻き角に、180ほどあるジョンより遥かに高い身長。無骨な岩の棍棒を握る腕は逞しく、身体に無駄な贅肉は見当たらない。

 

「牛頭の……」

 

ジョンは小さく呟くが、直ぐに「……違うか」と否定した。

牛頭のデーモン、奴は”アレ”ほど体躯は細くないし、獲物も大斧だ。なにより――。

 

――メェェェェェェ……。

 

「多いな……」

 

これほど数はいなかった。

ボコボコ、ボコボコと絶えず聞こえてくる土の音に、ジョンは背中から抜いた大剣、”クレイモア”を肩に担いだ。

一匹、十匹という話ではない。百、二百……まだまだ増え続けていた。横の壁から、地中から、天井からも生まれ落ちてくる。

多すぎる産声は何重にも重なり、一つの咆哮と成る。あれを一体一体切り裂いていたら、身体がいくつあっても足りないだろう。

ジョンは”クレイモア”を地面へと突き刺し、腰から一つのタリスマンを取り出した。

長い旅路で汚れきったそれは一般の信者たちに配られるような簡素なもので、拳ほどの大きさしかない。

ジョンはそれを握りしめ、”クレイモア”を構えなおした。

いつの間にか地面の振動は止み、目の前には牛頭擬きがまるで海のように蠢き、ひしめき合っている。あそこに突っ込む間抜けはいないだろう。ジョンは”クレイモア”を頭上に掲げ、力いっぱい地面に叩きつけた。

叩きつけた衝撃で地が揺れ、天井から岩の欠片が落下し、空気が悲鳴をあげる。それと同時に牛頭擬きもジョンに気付き、獲物を見つけたことに対する歓喜のような咆哮を一斉にあげた。

 

――メェェェェェェ……!!

 

連なる咆哮、その後に牛頭擬きは一斉に走り出す。

幾百、下手をすれば千を超える個体数に多くの人間は恐怖し、逃げ出すだろう。対抗できるだけの装備と人数がいればあれに抗うかもしれないが、たった一人で挑む馬鹿はいない。

たった一人で挑めば一撃で首を飛ばされ、食い漁られ、骨も残らない。

普通はそうだ。しかし――。

 

「死よ、我が剣に」

 

――ジョンは、普通ではなかった。

握るタリスマンに光が集い、ジョンはそれを地面へと叩きつけた。

タリスマンの光が一層強まり、地面へと吸い込まれる。瞬間、橙色の、禍々しい色をした切っ先が地面から顔を出す。

 

「突き、穿て」

 

ジョンの小言に呼応し、切っ先が勢いよく地面から飛び出す。

橙色の透けた大剣が無数に地面から飛び出し、牛頭擬きの股座を裂き、天を衝く。

血が飛び散り、痛み嘆く咆哮が響き、それでも剣は天を衝く。無数に、果てしなく現れ続けるそれは”死”そのものであり、墓王の眷属のみが知りえる業でもある。

多くの死の礎の上にあるその力の名は――”墓王の大剣舞”と言った。

 

 

 

 

 1

 

 

 

 

――世界には、”穴”があった。

大陸の片隅にぽっかりと空いた”穴”はいつからあるのか、誰が掘ったのかもわからぬ大穴で、人々が理解していたのはその穴から異形の化け物……モンスターが溢れ出てくるということだけだった。

”穴”は無限にモンスターを生み続ける魔境で、一時はその軍勢に地上を奪われかけた人々だったが、異種間同士で手を結び、モンスターひいては”穴”に対する反撃に出る。

後世において”英雄”と称えられる者たちによって地上に進出したモンスターたちは葬られ、人類は”穴”へと到達した。

”穴”の中にはまさしく未知の世界が在った。

数多の階層で構成される”地下迷宮”。

日の光がなくとも不思議な光源で明るく、地上では見られない草花が群生し、迷宮にしか存在しない鉱石などが発見された。

そして”穴”の上に”蓋”という名目で都市が作られ、モンスターの地上進出を抑えるために有志が集まる一方で、未知の”地下迷宮”それを探索しようとする酔狂者たちが現れるようになった。

”冒険者”とは、そんな彼らを指す言葉として人々に浸透した。

 

そして時は流れ、”古代”と呼べる時代に転機が訪れる。

”神々”の降臨。

超越存在である彼らが、”下界”に顕現したのである。

悠久の時を生き、退屈していた彼らは文化を育み、モンスターと命を削りあう人類に”娯楽”を見出したのである。

万能ともいえる神の力を封じてまでして下界に降り立った神々により、人類は急速な成長を始める。

もたらされた”神の恩恵”によって人類は発展を続け、遂には”地下迷宮”の攻略にも乗り出し始めた。

迷宮都市オラリオ。

かつて”穴”の上に築き上げられた大陸屈指の要塞都市。

多くの神々が住まい、未知が眠るその地に人は集まり続ける。

富を、栄光を、あるいは未知の世界を求めて。

ヒューマンが、エルフが、ドワーフが。あらゆる種族が、あらゆる年齢の子らが神々を求めてやってくる。

”古代”以前。

”原初”の時代において古き神々を討ち果たした不死人さえも。

 

 

 

 

 2

 

 

 

 

「――()()()()()()()

 

天を衝く死の剣を見た”ロキ・ファミリア”のラウル・ノールドは静かにそう呟いた。

”地下迷宮”……ダンジョン、その49階層にて大量発生する山羊頭の巨大なモンスター”フォモール”。

何十人という歴戦の冒険者たちが盾で壁を作り、その壁を崩させないようファミリアのエースたちがフォローし、後方から大火力の魔法で薙ぎ払うことでようやく攻略が完了する四十九階層をたった一人で攻略し、しかも無詠唱でこれほどの大魔法を発動する冒険者。

 

「……団長の勘は当たってたな」

 

『嫌な予感がする』。

四十九階層を手前にしてロキ・ファミリアを率いる小人族(パルゥム)のフィン・ディムナのいつにも増した真剣な表情をラウルは思い出した。

フィンの予感、その裏付けのためにラウルは先行偵察をしていたのだ。

一人の冒険者によって築かれていくフォモールの両断された死体を見、気分が悪くなったラウルは少し空気を洩らし、一歩後退する。

 

「おっかないけど、人で良かった」

 

階層主(バロール)でもいるのではないかと内心に怯えていたラウルは呟き、団員が待機する四十九階層の入口へと音を立てずに移動を開始した。

瞬間、ラウルの全身を震えが襲う。

地面が揺れているのかと錯覚するほどの震え。寒さではない、これは――。

 

「――誰だ、貴様」

「――」

 

――恐怖。

いつの間にか背後に立たれていたこと、そして血に濡れた大剣の刃が自身の首に添えられていたこと、背中に伝わる鋭利な切っ先を感じたこと。

どれからくる恐怖なのか、今のラウルにはわからなかった。

()()()()()

 

「―――」

「どうした。声も出せんか」

「ち、ちがう」

 

鎧越しに聞こえるくぐもった声にラウルは思わず答えた。

 

「敵じゃ、ない。ロキ・ファミリアの、ラウル・ノールドだ……」

「ほう。――それで?」

 

ガチャリ、と鎧が揺れて大剣が少し首に近づく。

これから先、返答を間違えれば死ぬ。例えオラリオの最強、その一角を担うロキ・ファミリアの人間でもこいつは容赦なく殺すだろう。

冷汗が頬を伝い、大剣に垂れる。

何を言えばいい、何と説明すれば解放される。そんな疑問ばかりがラウルの頭の中をぐるぐると周り、口から出るのは荒い息だけだ。

 

「敵じゃ、ないんだ……!」

 

思考の末に漏れたのは懇願だった。

体の震えは止まらず、膝は笑い出した。過去がフラッシュバックし、涙が浮かぶ。

 

「……信じよう、その言葉」

「……え?」

「許せ」

 

大剣が首元から退かされ、背後から覆いかぶさってきていた殺気が消える。

崩れるように座り込んだラウルが振り返れば、大剣を背中に戻しながら霧の向こうへと歩く一つの鎧姿が見えた。

 

「一つ聞いてもいいか?」

「は、はいぃっ!?」

「出口はどっちだ?」

 

立ち止まり、振り向いた男に動揺しつつも、振りかけられた質問にラウルは仲間が待つ階段方面を指さした。

 

「あ、あっちに上に戻る階段があるっス……」

「助かる」

 

ガッシャ、ガッシャと鎧を鳴らして歩き去っていく男の姿にホッと息を吐いた次の瞬間、ラウルはハッとした。

 

「団長に報告しないと……!」

 

立ち上がり、服のあちこちに付いた砂埃を払うことなく、ラウルは赤茶色の地面を駆けた。

 

 

 

 

 3

 

 

 

 

先ほどの青年が言っていた通り、歩む先に階段があった。だが、ジョンは階段を見つけると同時に複数とは言えない人の塊とも呼べる存在を感じ取っていた。

微かに聞こえる人の声、擦れる鋼の音、僅かな風に乗ってくる温かさ……。それら全てが大勢の人間がいることをジョンに教えてくれる。

初々しい青年は斥候といったところか。

ジョンは考えつつも歩を進める。確かに大した数だが、先ほど葬った牛頭擬きに比べればひどく劣る。中には数人、優れた者もいるようだが、それだけだ。

階段に足を掛け、上る。

数秒上れば、そこはまた赤茶色の風景が広がっていた。しかも些か狭く、さながら洞窟だ。

 

「……むさ苦しい」

 

人、人、人――。狭い洞窟に所狭しと立つ人々に、ジョンはうんざりした。が、同時に気付く。

生気を失っていない、と。

目を見てみれば皆、光が宿っている。どうやら亡者ではないようだった。それに―――。

 

(ダークリングがない……)

 

呪われた不死人の証であるダークリング。それは大抵両目に現れるモノで、彼らにはそれが見当たらなかった。

つまり彼らは普通の人間であり、健常者であると言える。

ならば、ならばなぜこんな辺鄙な場所にいるのか。しかもこんなにも大勢で。

住んでいる場所がモンスターにでも襲われたか、あるいは――。そこまで考えて、思考をやめる。

自分と彼らでは文字通り住む世界が違う。

自分が闇で、彼らは光だ。余計な詮索は必要ない。

ジョンは止めていた足を再び動かし、前へと進む。

 

「……ちょっと待ってくれ」

 

その言葉に、足を止める。

振り返れば、ジョンの背の半分もない子供がそこにいた。

 

きみは誰だ?(・・・・・・)

「俺は呪われた(・・・・)モノだ。関わるな」

 

好奇心旺盛な子供は苦手だ。とジョンは思う。不死人にホイホイ近づくのだから、たまったものではない。

関わるな、と言い捨ててジョンは歩き出そうとする。が。

 

「話は終わってねェ」

 

奇妙な風貌の男が、行く手を塞ぐ。

銀髪に、防御力が低そうな服。普通(ノーマル)人間の甘やかされて育てられたタイプか、と内心にジョンは思う。

 

「言い方が悪かったかな。どこのファミリア(・・・・・)の冒険者だい? きみ一人で、この”深層”に?」

 

「それに」と子供は続ける。

 

「その背中の剣に付いている血は、いったい誰のかな?」

 

その言葉に、周りが殺気立つ。

目の前の銀髪も犬歯をむき出しにして殺気を洩らしていた。

どうやら、あの青年はこいつらの仲間だったらしい。が、話を聞いてくれるほどの冷静さはなさそうだ。

 

「フー……」

 

ジョンは深くため息を吐く。

背中のクレイモアに手を掛け、

 

「俺は人斬りは好まない。だが、降りかかる火の粉を払わないほど愚かでもない」

 

空気を裂き、銀髪の男のすぐ横をクレイモアが勢いよく過ぎる。

地面に切っ先がめり込み、亀裂が洞窟内を幾つも奔った。

 

「この言葉を聞き、死を恐れぬのならば来るがいい」

 

来るな、という意思を込めて言葉を放つ。

息を呑んだ彼らの返答は、武器を構えることだった。

「……そうか」とジョンは短く応える。

 

「死にたいらしいな」

 

殺意が、鎧から漏れ出した。

 

 

 

 

to be continued......




([∩∩])<死にたいらしいな

このすば? なんのこったよ(すっとぼけ)
オリ主タグは追加した方が良いんですかね……?


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ソウルオブオラトリア2

ちなみに私はかつて森に住んでました


パチパチと篝火が燃えていた。

辺りは暗く、月が崩れた建物を照らしている。

 

「勇者よ、不死の勇者よ。まだ”こころ”はあるか?」

 

背後から嫌な臭いと共に聞こえてくる声に、ジョンは沈黙を通した。

 

「未だ王の器に魂は満たされず、道は閉ざされている。満たせ、満たすのじゃ。王のソウルを持つ者たちは既に役目を終え、あるいは道を誤っている」

 

抱えた剣を背中に戻し、ジョンは立ち上がった。

 

「それらを倒し、奪うことは世界の蛇が認める正しい行為なのじゃ。お主が気に掛けることなど何もない」

 

「そう、なにもないのじゃ――」

 

 

 

 

 Soul of oratoria

 

 

 

「レベル4以下は全員階を上れ!」

 

鎧男から目を離さずにフィンはそう吼えた。

疼く親指を抑え込み、槍に手を掛ける。

只者じゃないことは火を見るよりも明らかで、放たれる殺意は肌を粟立たせる。

 

「――」

「……あぁ?」

 

警戒しながら去っていく団員たちを見た男はゆっくりとクレイモアを持ち上げ、切っ先を地面に突き立てると、その柄に両手を添えて動かなくなった。

怪訝な顔をした狼人(ウェアウルフ)のベート・ローガは構えをとりつつも一歩下がる。

 

「どういうつもりだ? テメエ」

「戦えない者を巻き込む気はない。去るまで待つ」

「……随分と、優しいんだね」

 

とフィンは投げかける。

男は無反応で、それが気に喰わなかったのかベートは拳を振りかざした。

 

「よせ、ベート」

「あぁ!?」

 

制止の声を上げたのはハイエルフのリヴェリア・リヨス・アールヴで、深い緑の長髪を揺らしてエメラルドグリーンの瞳をベートと鎧の男に向けていた。

彼女の制止にベートは一瞬声を荒げるが、リヴェリアの冷めた瞳に貫かれ、忌々しそうに舌打ちを洩らす。

 

「あ、あのっ……。私はどうすれば……」

「レフィーヤ……」

 

フィンの眼の先には山吹色の髪を後ろでまとめた少女が立っていた。

人のモノとは違う尖った耳はエルフの証で、男の殺気を恐れているのか杖を持つ手が震えていた。

レベル3である彼女は優秀な魔法使いで、この後起こる未知数な戦闘には巻き込めない。

だが―――。

 

「だーいじょーぶだって! あたしやティオネ、アイズだっているんだから!」

 

そう豪語するのは小麦色の肌をした少女、ティオナだ。アマゾネス特有の露出が多い服を着こなし、愛用武器である両刃剣【大双刃(ウルガ)】を構える。

 

「……大丈夫だよ、レフィーヤ」

 

金の長髪を靡かせてティオナに続くのはアイズで、既に手には愛剣である【デスぺレート】が握られていた。

 

「……良い仲間を持ったな、娘」

「えっ!?」

「怯えるな。まだ戦いが始まったわけではない」

 

突然始まった会話にレフィーヤは身を固まらせる。

 

「良い、実に良い仲間だ。お前を守り、お前を育ててくれる」

「あ、ありがとうございます……?」

「―――故に、死ぬ」

「っ!!」

 

放たれる殺気に各々が一斉に武器を構える。

アイズはレフィーヤの前に飛び出し、フィンが、ティオナが更に前へと出る。

 

「俺は手加減はしない。敵対者に贈れるのは死だけだ」

 

大剣は未だ地面に刺さったままだが、向けられる殺気は既に戦闘レベルにまで達している。

場の雰囲気が張り詰めていき、フィンたちが息をのんだ瞬間、

 

「―――団長っ!!」

 

聞き覚えのある声が、ダンジョンに響いた。

 

「ラウル! 無事だったのか!」

「お、遅れてすいません……! はぁっ、はぁっ……。ほ、報告します! 大荒野(モイトラ)のフォモールは全滅です……! あの人が、全部……」

「―――なんだって?」

「そんなわけねえだろ! 四十九階層を一人で攻略だ!? んなもん聞いたこともねえし、ありえねえ!」

「ほ、ホントっすよお! 俺、見てたんすから!」

「……フォモール?」

 

不意の男の発言に、皆が一斉に男を見据える。

ラウルは恐る恐るといった具合に、

 

「あ、あんたが倒したモンスターの名前っす」

「そうか」

 

それだけ言って、男は背を向けて去ろうとする。

 

「待て! どこへ行こうってんだ?」

「殺意の源は消えた。今更戦うこともない。俺は、上を目指す」

「その前に教えてほしい。きみの名前は?」

 

四十九階層を単独で攻略する冒険者など聞いたことがない。

どこかのファミリアがその存在を隠していたとすれば、警戒しておくに越したことはない。

ギルドに名前を照会すれば、所属しているファミリアがわかる。

 

「―――名前、名前か。そんなものとっくの昔に忘れてしまった。今はただの名無し(ジョン・ドゥ)だ」

「忘れる? 名を?」

「もういいだろう。これ以上俺に関わるな。詮索するな。そして―――」

 

瞬間、男の行く先を塞いでいたベートが壁に叩きつけられた。

 

「―――俺の前に立ち塞がるな」

 

 

 

 

 4

 

 

 

 

「ベートォ!」

「騒がしい連中だ……」

 

背後の声を無視してジョンは歩み始めた。

確かに派手にめり込みはしたが、それなりに力加減はした。意識は失うだろうが、死にはしないだろう。

後ろから迫る”風”に意識をやりつつ、”ソウル”から一本の剣を出して後方へ向き直る。

 

「っ!」

「せっかちな娘だ」

「武器が……。変わった……?」

 

鍔迫り合う剣の向こう側で、端整な顔が疑問に染まる。

兜の中で不敵に笑ったジョンは、軽々と”銀騎士の剣”を振りぬいた。

後方に吹き飛ばされながらも空中で”不自然”に体勢を整えた娘の後ろから二人、突進してくる。

 

「アイズどいてーっ!」

「ティオナ、あんたは右!」

「はいはーい!」

「む……」

 

少女が持つ両刃剣は巨大で、”銀騎士の剣”では受けきれないと判断したジョンは剣を消し、新しく剣を引き出す。

引き出したるは黒鉄の剣、身の丈ほどもある超巨大な特大剣。

それを片手で引き抜いたジョンは少女の両刃剣を弾き飛ばし、ククリナイフで迫るもう一人の女に向けて”ソウル”から”ダガー”を引き抜く。

 

「どうなってんのよ、それ……っ!」

「悪態を吐く前に力を入れたらどうだ」

「言ってくれるじゃないの……オラァ!!」

 

女とは思えない言葉遣いの後に繰り出される拳を”グレートソード”を盾にすることで回避する。

 

「あい――ったあ……っ!!」

「徒手格闘で挑んでくる奴はそうそういない。面白いやつだ……。名前は?」

「ティオネ、よっ!」

 

同時に投げられるナイフを”ダガー”で切り払い、一歩、二歩と下がる。

 

「覚えておこう」

「余裕そうに……! アイズ!」

「―――任せて」

 

風が吹き荒れ、一人の少女が舞い降りる。

手には一本の長剣が握られ、切っ先はジョンに向けられていた。

 

「”目覚めよ(テンペスト)”」

「―――面白い」

 

風の属性付与は見たことがない。

先ほど見た不自然な体勢の整え方から察するに、あれもこの魔術の応用なのだろう。

移動に使え、武器にもなる。素晴らしい魔術だとジョンは内心に思った。

それに加えての扱い易い直剣。一撃の重さではなく、手数とスピードを重視していると踏んだジョンは”ダガー”と”グレートソード”を消す。

淡い白銀の粒子となって消えた武器たちの後には白銀の光だけが残り、そこから一本の剣の柄が顔を覗かせていた。

ジョンが持つ”内なるソウル”には無数の武器や防具が蓄えられており、そこから無制限に好きなものを取り出すことができる。

ジョンが引き抜くこの剣もまた彼の集めた収集品(コレクション)の一つ、名も無き騎士の直剣―――”アストラの直剣”。

剣を引き抜き、切っ先を少女―――アイズへと向ける。

 

「死力を尽くして来るがいい」

「……行きます」

 

瞬間、風が吹く。

アイズの姿が消えるが、ジョンはすぐに己の直剣を自身の背後へと持っていく。

衝撃が走り、背後で息を呑む音が聞こえた。

 

「―――どうして」

「甘い」

 

振り返りながらも剣を振りぬく。

 

「風が教えてくれる。お前がどう動き、どう攻撃するか」

「……風を、読んだ?」

「そうだ。そして二撃目はない」

 

握られた”アストラの直剣”が粒子となって消え、新たな剣が引き抜かれる。

石造りのそれは刀身に幾つものルーンが刻まれ、長い年月の経過によって苔むしていた。

ジョンはそれを両手で構え、切っ先を地面に突き刺す。

 

「”緩やかな平和の歩み”を」

 

詠唱が終わるとともに水面に雫が垂れたような波紋がジョンを中心に広がる。

 

「……なにを」

「すぐにわかる」

 

そう言い、ジョンは”石の大剣”を構え、ゆっくりとアイズに向けて歩き出した。

アイズは剣を構え、一先ず距離を取ろうとしたのか後ろへとバックステップを繰り出す……がそれはただの後退りで終わった。

 

「なんで……!」

 

下がろうとしても足が重く、一歩一歩と緩やかにしか下がれない。

 

「普通ならば逃げるために使われる魔術だがな。俺は、確実に仕留めるために使う」

 

一歩、一歩とジョンは近づく。

 

「助けを期待しても無駄だ。連中も効果の範囲内だからな。諦めろ」

「クッ……!」

 

ジョンの影がアイズを覆う。

上段に構えられた”石の大剣”がダンジョンの天井を擦った。

 

「これが結果だ」

 

剣を、振り下ろす―――。

 

 

 

 

 5

 

 

 

 

「―――え?」

「ゴホッ、ゴホ……。この鎧を抜くとは……」

 

振り下ろされるはずの剣は止まり、不思議に思ったアイズが閉じていた目を開けると、一本の槍がジョンの腹部を貫通していた。

 

「どうやら、上半身は普通に動けるみたいだね」

「子供と侮ったか……」

「僕は四十代だよ」

「ほ、お……。クっ、ハッハッハ……! 面白い、じつに面白いな……!」

「どうやら魔法の効果も切れたみたいだ。アイズ、戻れ」

 

フィンの言葉に静かに頷き、アイズは駆ける。

確かに強力な魔法だが、どうやら十秒程度しか持たないらしい。

 

「さて……。きみの所属ファミリアを教えてくれたら”ハイポーション”をあげるよ。当然、言わなかったらこのまま放置する」

「治療など必要ない。こんなもの……」

 

ジョンはそう言い捨て、腹を貫通する槍に手を掛けた。

フィンは少し顔を顰めると、

 

「止めておいた方がいい。出血がひどくなるだけだ」

「放っておけ。死にたがりなど」

「リヴェリア……」

「クク……。ハハハ……! 死にたがりか……。言い得て妙だな……。だがな、女。俺は、俺たちは―――死ねんのだ(・・・・・)

 

槍が引き抜かれる。

溢れ出る血が鎧を伝い、足元に血だまりが出来た。

 

「うえ……」

「そら、返すぞ」

 

槍が投げられる。

フィンはそれを上手く掴み、先の言葉を反芻した。

 

死ねない(・・・・)とはどういう意味だい?」

「そのままの意味だ」

 

そう言ってジョンは鎧兜を取った。

くすんだ白髪が揺れ端整な、しかしどこか老けた顔が露になる。

 

「何歳だと思う」

 

ジョンはフィンに問いかけつつも腰から一つの硝子瓶を取り出した。

硝子の中には薄い橙色の飲み物が揺れている。

 

「さて、ね……。二十代後半かな」

「外れだ」

「……三十代?」

「それも違う」

 

ジョンはそう言い、硝子瓶に口を付けた。

中の飲み物を一口飲むと、瓶を腰にしまい込む。

 

「もう体感数百年ほど生きている。最も、あの世界で時という概念があるとは思えないがな……」

「数百年……!?」

「俺たちは呪われ、世界の終わりまで生き続ける運命(さだめ)にある。それ故だ」

 

ジョンは言い終わると、剣を構えた。

 

「その傷で戦う気かい?」

「もう傷は癒えた。心配は無用だ」

「さっきの瓶が、治癒薬か……。フィン」

「ああ……。しょうがない。彼はやる気みたいだ。レフィーヤ、頼む」

「は、はい! 【解き放つ一条の光、聖木の弓幹(ゆがら)】」

 

杖を構え、詠唱に入ったレフィーヤを見たジョンの顔色が変わる。

剣を逆手に構えて投擲すると、一気に駆け出した。

 

「リベンジ! おりゃあッ!!」

「馬鹿の一つ覚えか……」

「言ったなあっ!!」

 

光から黒鉄の大剣を引っ張り出したジョンはティオナの大双刃(ウルガ)と打ち合う。

剣先がぶつかり合い、弾かれたのはティオナだった。

 

「まだまだあっ!!」

「振りが大きいぞ」

 

振り回される大双刃(ウルガ)を真正面から切り上げ、体勢が崩れたところに蹴りを貰ったティオナは吹き飛ばされる。

 

「あーん、またやられたー! でも、時間は稼いだもんねー!」

「【汝、弓の名手なり。狙撃せよ、妖精の射手】」

「チッ……。阻止は無理か」

「【穿て、必中の矢】」

 

詠唱阻止を諦めたジョンは下がり、後方を見る。

長い通路が続くばかりで、障害物は見当たらない。

 

「【アルクス・レイ】!!」

 

杖先から放たれるのは速度重視の単発魔法。

自動追尾の特性を持ち、放たれれば回避不能の魔弾と化す。

迫りくる光を見たジョンは何も握っていない片手を振りかざし、唱えた。

 

「”雷の槍”を」

 

 

 

 

to be continued......

 




あぁ^~話が進んでるのか進んでないのかさっぱりなんじゃあ^~


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ソウルオブオラトリア3

サブタイトルは†闇の守護騎士†世界の理の崩壊性愛。
分かる人には分かる。分からない人はスルー、しよう!


歩く。

荒れた地を歩き、石ころを蹴飛ばし、背中の”クレイモア”を揺らしてジョンは歩く。

 

「―――」

 

かの地は遠く、行く手を阻むように”牛頭のデーモン”が数匹、雄たけびをあげていた。

”クレイモア”に手を伸ばし、血で汚れた刃を見る。

薄汚れた鎧姿が映し出され、ジョンは乾いた笑いを洩らした。

 

「どちらがデーモンなのか、わからんな」

 

しかし決めたのだ、歩き続けると。

世界の終わりを待つだけの自分に使命を教えた騎士に報いると。

そう。

心折れかけても、剣はまだ、この手の中に。

 

 

 

 

 Soul of oratoria

 

 

 

 

轟音がダンジョンの中に響き渡る。

逃げ場はなく、放たれたのは必中の魔法。

当たったことは疑いようがなかった。

 

「やったの?」

「どうかな……。ガレス、そろそろベートを起こしてやってくれ」

「ほいきた」

 

逞しい体つきをしたドワーフ族のガレスが横たわるベートに近づき、頬を引っぱたく。

鍛えられた身体から繰り出される張り手はベートを起こすのに十分で、彼は起き上がるなり吼えた。

 

「い―――ってえだろうが!」

「いつまで寝とるか」

「普通に起こしやがれ!」

 

吼えるベートを横目に、フィンが声をかける。

 

「”ポーション”はいるかい?」

「……いらねえ。クソっ、折れねえ程度に加減しやがった……。あの野郎はどこいった!?」

「あの土煙の中」

「野郎……ッ!!」

「待て、ベート。……アイズ、”エアリアル”で煙を吹き飛ばしてくれないか」

 

「うん」とアイズは頷き、続けて「”目覚めよ(テンペスト)”」と唱える。

吹き荒れる風が構えた剣に移り、アイズはそれを振るった。

風が土煙を払い飛ばし、後に見えるは見慣れたダンジョンの風景。

 

「消えた……!?」

「全員固まれ。幸い一本道、来るなら正面か後方だ」

「もしかして上の階のみんなを襲いに行ったんじゃ……」

 

そうつぶやくティオナをフィンは「いや」と否定した。

 

「”戦えない者は巻き込まない”。彼が言ってた言葉だ。上の階に行ったとしても、襲わずスルーしているはずさ。……ベート、アイズ、辺りに気配はないか?」

「……足音一つ聞こえねえ」

「……私も、何も感じない」

 

二人の返事にフィンは構えを解く。

つられるように全員が構えを解き、レフィーヤが大きくため息を吐いた。

 

「はぁ……。き、緊張しました……。何だったんでしょう、あの人……」

「ホントにねー……。まっさかあたしの”大双刃(ウルガ)”と真正面からかち合えるなんて。……しかも打ち負けるし」

「ケッ、負けたのかよ」

「ずっとおねんねしてたベートに言われたくないしいーっ!」

「じゃあさっさと起こせ! このクソ女!」

「あ、あの。お二人とも喧嘩は……。まだ終わったとは限らないんですし……」

 

いがみ合うティオナとベートの仲裁に入るレフィーヤがそう言い終えた瞬間、

 

「―――その通りだ。なにも終わってなどいない。なにも(・・・)な」

 

つい先ほどまで聞いていた声がすぐ傍(・・・)から聞こえたきた。

 

「どこから―――ッ!?」

「”フォース”」

「グッ―――!」

 

突如として起きた強烈な衝撃波に各々が飛ばされ、ダンジョンの壁に叩きつけられる。

一撃で意識が刈り取られ、残ったのは後方と前方を警戒していたラウルとガレスだけだ。

 

「だ、団長!」

「ぬぅっ……! どこじゃ! 姿を見せい!」

「―――見ろ、この有様を。たった一つの衝撃波でこの為体(ていたらく)だ」

 

ゆらり、と空間が揺れてジョンが現れる。

鎧兜は被られていて表情は窺い知れないが、口調からは失望、あるいは絶望が読み取れた。

 

「お前たちはもろ過ぎる。故に一度きりの生を大事にしなければならない。強大な敵との戦いを避け、惨めだろうが生きなければならない。ノーマル(お前たち)はそうあるべきだ」

「姿隠しの魔法……!? いったいお主、いくつ魔法を扱えるのだ!?」

「……さっきの娘の魔術で理解した。ノーマルのお前たちがどうしてそこまでの力を持っているのか、合点がいったよ。やるべきことも、見つかった」

 

ジョンは動かず、ガレスを見つめている。

ガレスは”グランドアックス”を構え、ジョンとにらみ合う。

 

「まだやるのか? まあいい……。伝達役は二人もいらない、一人で十分だ」

「……ラウルよ、フィンたちを頼むぞ」

「が、ガレスさんッ!!」

「おおおおお―――ッッ!!!」

 

雄たけびを上げ、ガレスは走る。

”グランドアックス”を振りかぶり、渾身の力を込めて叩きつけ―――

 

「馬鹿な……」

 

振り下ろされた”グランドアックス”を迎え撃ったのは盾でもなく、剣でもなく、長い鍔が特徴的な短刀だった。

その刀身の倍以上もある”グランドアックス”が見事に止められ、ピクリとも動かない。

 

「力だけではな」

「ぬおっ!?」

 

短刀が捻り上げられ、押し返される。

態勢が崩れたところに蹴りを受け、ガレスは転んだ。

ジョンはゆっくりと背中から”クレイモア”を引き抜く。

 

「ぐッ……。ここまで……!」

「う、く……。俺だって、俺だって……っ! うおおおおッッ!!」

「よ、よせ! ラウル!」

 

ラウルは吼え、腰からロングソードを抜き、ジョンの背中へと疾走する。

ガレスの制止の声を振り切って、剣を突き刺した。

 

「……どうしてそう、お前たちは死にたがる?」

「へ、へへ……。みんなのおこぼれでここまで来たっすけど……。最後の最後、役に立てたっすかね?」

「ラウ―――」

 

引き抜かれた”クレイモア”をジョンは逆手に持ち替え、そのまま脇を通すようにして背後を突く。

血飛沫がダンジョンを染め、腹からせり上がる血にラウルはむせた。

そんな様子を確認するまでもなく、ジョンは”クレイモア”を引き抜き、背中に戻す。

 

「これがお前たちの驕りの代償だ。この男の死を以て、免罪とする」

「おのれぇっ!!」

 

立ち上がろうとするガレスをジョンは足で押さえつけ、地面に押し付ける。

 

「騒ぐな。もう助からん」

「まだじゃ、まだ万能薬(エリクサー)を使えば間に合う! 頼む! 使わせてくれ! 命ならばわしのを持っていけ! こやつはまだ……。若い……!」

「そんな決定権はお前にはない……。伝えておけ。死を悼み、死を悲しみ、そして次は自分の身に降りかからぬように―――精々臆病に生きて往け」

 

その言葉を最後に、ジョンは”クレイモア”を構えて柄を振り下ろす。

意識を失う前、ガレスの瞳に映ったのは鎧兜のスリットからこちらを覗く、黒い二つのリングだった。

 

 

 

 

 6

 

 

 

 

―――一週間後、”迷宮都市オラリオ””ギルド”にて。

応接間の一室、豪華な装飾がなされたその部屋に”ロキ・ファミリア”主神”ロキ”はいた。

対面に座るのは肥えた体に尖がった耳を持つ”ロイマン・マルディール”で、ロキの厳しい目に額から汗をこぼしていた。

 

「で、見つかったんか」

「い、いえその。ジョン・ドゥ、もしくはフルプレート、大剣装備の冒険者は存在しません。在籍している冒険者のデータはご覧になりましたよね?」

「ああ、全部ちゃう。あれ以外や」

「でしたら、我々ではもう力に……」

 

ロイマンの言葉にロキは「あぁん?」と睨みつける。

 

「うちの眷属()が殺られてんねんぞ? きっちり落とし前つけさせんと気がすまん!」

「し、しかしですね……! こうして冒険者のデータをお見せしていること自体、かなりの問題でして……」

「その代わりに納税金上げとるやろうが。それに、あの腐れ名無しが他の冒険者襲うかもしれん。ちゃうか?」

 

ロキがそう言うと、ロイマンは唸る。

ハンカチを取り出して汗を拭うと、

 

「と、とにかく。ギルドとしても警告と情報提供を呼び掛けています。いずれ、情報も入ってくるでしょう」

「チッ……。しゃあないなあ。今日は帰る。情報が入ったら……。ええな?」

「そ、それはもう。ただちにお知らせしますとも」

 

何度も頭を下げるロイマンに片手を挙げ、ロキは部屋を出る。

すれ違うギルド職員に軽く挨拶しつつ、出口を目指す。

いつもならば護衛の一つでもつけろと小言を言ってくる職員もファミリアの状況を察してか軽く頭を下げ、無言で去っていく。

ギルドの建物から外へ出れば、既に夜。月が辺りを照らしていた。

 

「……さむっ」

 

夜風に震える。

本拠(ホーム)に向かう足取りは重く、ロキは道端の石ころを蹴飛ばした。

石は転がり、転がり……。やがて人の足にぶつかる。

 

「なんや、自分。ぼさっと突っ立って」

「―――傷ついた飼い犬は脚を引きずり、やがて主の元へ帰る」

「あん?」

 

ロキが怪訝に首を傾げると、男は一瞬で間合いを詰め、ロキの首に手を掛ける。

月明かりが鎧を照らし明かし、汚れた鎧が露になった。

ロキの眼が険しくなる。

 

「北の、遥か北。世界の果てからやって来たぞ」

「お前か……?。お前がうちの眷属()を―――!」

「お前たちから、奪うために―――」

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

「使えるのか?」

「まあ、手駒は多い方がいいだろう?」

「使えん駒がいたところで……」

 

暗がりのダンジョンで赤髪が揺れる。

松明の光が白骨の仮面を映し出し、三人の影をダンジョンに投影した。

 

 

 

 

 

to be continued......

 

 




はい、いったんCM入りまーす。
どんどん短くなってる……なってない?
誤字報告兄貴たちありがとう!フラーッシュ!(あえ)


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ソウルオブオラトリア4

みんな屍になあれ(シャラララーン)


不死の身体、永遠の業。

託された使命、渡された秘宝。

求めたのは世界が終わりを迎えるまでの時間つぶしか、それとも救いか。

ジョンはまた、輪廻の世界で目を覚ます。

 

 

 

 

 Soul of oratoria

 

 

 

 

「”王のソウル”は持って無いようだが……。まあいい、連中に力を与えているのはお前だな」

「力? ”神の恩恵(ファルナ)”のこと言うとんのか?」

「名称などどうでもいい。問題なのは力を与え、束ねてどうするのかだ」

「そんなんどうでもええわ! ラウルを殺ったんはお前やな」

 

睨みを利かせるロキにジョンは掴んだ首を少し締め上げる。

苦悶の声をあげるロキの顔がジョンの陰で染まる。

 

「俺は人間の味方だ。(お前たち)の都合で人の子が利用され、命燃えているならば、俺はそれを許容しない」

 

首を絞める力が徐々に強まり、手から伝わる殺意が蛇のように肌を這う感覚をロキは覚えた。

 

「―――待ってくれ」

「……また、お前か」

 

月明かりに照らされた金髪に、大人びた声、特徴的な小柄な体型はフィン・ディムナだった。

 

「……フィン」

「ロキ……。彼女が僕らに力を与える理由は僕が説明しよう。だから彼女を放してくれないか?」

「断る」

 

ジョンはそう言い切った。

フィンは深いため息を吐くと、背負っていた槍を取り出す。

 

「やめておけ。敵わないことは身に染みているだろう」

「確かに僕はきみに勝てないだろう。でも、ロキは僕らを長い間支え続けてくれた恩人だ。見捨てることはできない」

「お前は馬鹿ではないはずだ、もう少し賢く生きろ」

 

フィンは槍を構えて息を大きく吸い込む。

 

「恩人を見捨てることが賢い生き方なら、僕は一生馬鹿でいい」

「フィン……」

 

数秒、ジョンとフィンの視線が交錯し、その後にジョンはロキの首を手放した。

咳き込むロキを見下ろしてジョンは、

 

「話くらいは聞いてやる」

「……。僕らが出会った“ダンジョン”は覚えているだろ? あれは遥か昔から世界にあった“穴”だ。いつから、誰が作ったのかもわからない。もちろん、神ですら」

 

ジョンは背中から“クレイモア”を引き抜き、地面に倒れ込んでいたロキの眼前に刃を添える。

「うひぃっ」と素っ頓狂な声をロキはあげた。

 

「本当に知らないのか?」

「しらんしらん! 本当にしらん!」

「……ンンッ! 話を続けよう。ダンジョンにはモンスターが生まれ、人々は昔からその被害に―――」

 

とフィンが喋っていたところで、ジョンが遮った。

 

「話が長い」

「―――僕ら(人間)はダンジョンの謎を解き明かしたい。彼女()はそんな僕らに娯楽を見出し、手助けをしてくれているというわけさ」

 

言い終えたフィンを一瞥し、ジョンはロキを見下ろす。

鋼鉄の兜で顔は隠れていて表情は窺い知れないが、雰囲気には僅かな殺気が混ざっている。

 

「人が死ぬのも娯楽の内か? やはりお前たちは度し難いな」

「そんなわけないやろが! ……うちらは力を与えることしかできん。それをどう扱うかは眷属(こども)次第や。扱いきれずに死んでしまうことも、ある」

「ラウル・ノールドもその一人か?」

 

ジョンがそう言うと、ロキは目を細めた。

 

「やっぱりお前か」

「……ロキ、そのことで話がある。これは”ロキ・ファミリア”幹部と話し合った結果だ。―――僕らは彼を追わない。ギルドの方にもさっき、伝えておいた」

「……なんやて?」

「元はと言えば僕らが仕掛けたのが事の始まりだ。言うなれば自業自得……。彼はそれをラウルの命で許すと言ってくれた。なら、僕らはそれを受け入れてこの一件に終止符を打つ」

 

フィンはロキを見据え、言い終えるとジョンに向けて軽く頭を下げようとする。

その行為をジョンは制止した。

 

「謝罪は不要だ。ラウル・ノールドの命で免罪は済んでいる」

「……そうか」

「フィン。本当に、それでええんやな?」

 

ロキの問いに目を瞑り、「ああ」と答えたフィンに、

 

「なら、うちからはもうなにも言わん。眷属(こども)の決めたことや、見守らせてもらうわ」

「すまない、ロキ」

「……っちゅうことや。こっちはもうあんたのことは追わん。けどあんたはちゃうみたいやな?」

 

突きつけられたままの”クレイモア”を辿ってロキはジョンを見上げる。

不動の甲冑の背後で月が輝く。

 

「悪いけど、ロキを狙うなら僕らは戦う。例え勝てなくてもね」

「愚かなまま死ぬか」

「それも、人の生き方さ」

「―――その必要はなくてよ。小人族の勇者(ブレイバー)さん」

 

 

 

 

 7

 

 

 

 

カツカツとヒールの音が響き、建物の脇道から一人の女性が現れた。

靡く銀髪は月に照らされ美しく、ジョンを見つめる瞳はアメジスト。

メリハリのある身体に扇情的なドレスを纏い、現れたるは、

 

「“美の女神”フレイヤ……。以後、お見知りおきを」

「“以後”などない。お前はここで終わるのだからな」

「あら、せっかちなのね。美しい女はお嫌い?」

「美しい以前にお前は神だ。故に殺し、奪うのみ」

 

空いた片手で中からもう一振りの大剣“バスタードソード”を引き抜き、フレイヤへと向ける。

すると、脇道から一人の大男が現れた。

一目見れば分かるほどに鍛え上げられた肉体に、片手には既に一振りの大剣が握られている。

 

「オッタル……!」

「久しいな、フィン」

 

そう言いつつ、オッタルはフレイヤの横に立つ。

 

「貴方が本気で私たちを殺そうとしているのは分かるわ。でも待ってくれないかしら?」

「断る」

「なんでそこまでうちらを殺そうとすんねん。ちょっと殺意高すぎん?」

 

「異常やで」とロキは付け加える。

ジョンが見下ろすと、殺意にロキは視線を逸らした。

 

「神など人の世には必要ない」

「だけども“神の恩恵”がなければ人の子はダンジョンを攻略できないわ。素のままの子らはあまりにも弱すぎるもの。皆が皆、貴方のように強いわけじゃない」

「ダンジョンなど、放っておけばいい」

 

ジョンはそう言い放つ。

「はぁっ!?」と声をあげたのはロキだ。

 

「自分、なに言うとんねん! ダンジョン放っておいたら地下からモンスターが―――」

「その時は俺が始末する。そもそもなぜ命を賭して潜る? ロマンか? 好奇心か?」

 

「くだらん」とジョンは一蹴した。

 

「これは僕の勘だけど……。ダンジョンにはなにかがある。わからないけどそう感じるんだ」

「漠然だな。その“なにか”が判明するまでこいつらを殺すのを待てと?」

「……そうだ。きみに勝てない僕らは願うことしかできない」

「断る」

 

答えを分かり切っていたのかロキは深くため息を吐いた。

次に声をあげたのはオッタルだ。

持っていた大剣を中段に構え、ジョンを見据える。

 

「フレイヤ様はやらせん」

「神を崇拝するか、それとも魅了されたか? どちらにせよ、俺に敵対するなら行き着くのは死だ」

「オッタル、剣を下ろしなさい。分かってるでしょう? 人の身では彼は倒せない。貴方を失うわけにはいかないのよ」

「……有難きお言葉」

 

フレイヤの言の葉にオッタルは剣を引き、再びフレイヤの影に隠れる。

その姿を見たジョンは小さく笑った。

 

「神の犬か。その耳の意匠とよく合っている」

「……」

 

目を伏せ、沈黙するオッタルを一瞥したジョンは次いでフレイヤを見る。

 

「なにか考えがあると見るが?」

「聡明ね。一つ情報を差し上げるわ。オラリオの南―――。歓楽街を牛耳っているイシュタルという神がいるの」

「フレイヤ、あんた―――」

「……イシュタルはとあるモノを使ってオラリオを引っ掻き回そうとしている。“殺生石”を使って」

 

「“殺生石”とは?」とジョンは問う。

フレイヤは妖艶に笑い、

 

「なんでも狐人(ルナール)の命を使って生成する禁忌の魔道具だとか……。これこそ、まさに貴方の言う”神の都合で命が燃える”ことではなくて?」

「……それで? 話が終わったならばお前たちを殺してそいつを狩るまで」

「私……。いえ、私とそこのロキは“悪い神”ではないわ。でも現実に人の命を無下にし、踏みにじる神はいる」

 

フレイヤの意図を理解したジョンは思わず低い笑い声を洩らした。

身体が震え、切っ先がぶれる。

 

「クックック……。自らの延命に他の神を売るか」

「ええ、そう。貴方が他の悪神を殺しまわる間だけ無害な神は放置してほしいの。いかが?」

「そこまでして生にしがみつくか、無様だな」

 

ジョンの言葉に今まで黙っていたオッタルが、「貴様……」と唸る。

しかし、「オッタル」と鈴の音のような透き通ったフレイヤの声に再び黙った。

 

「いいだろう。お前のその様に免じて、他の神を殺し終えるまで、その命預ける」

「断るー思ってたで」

「今死にたいのか? だったらそう言え」

「ちゃうちゃう! うちらが天界に戻るとか考えんのか?」

 

二振りの大剣をソウルへ返し、ジョンは踵を返す。

 

「その時は天を焼くまで」

「……ほんま、おっそろしいわあ……。こいつ、マジのマジ。本気で言っとるわ」

 

超越存在の名残、神は下界の存在の嘘を見抜くことができる。

ロキは砂埃を叩き落しながら言う。

 

「なにがあんたをそこまで駆り立てるんや? うちらがそこまで憎いか?」

「さあな……。そんな感情は遥か昔に抜け落ちた。この胸にあるのは使命だけだ。たったそれだけが、俺をここまで歩かせた」

 

「そしてこれからもな……」鎧が擦れ合い、ガチャガチャと音を立てる。

オラリオの闇の中へと消えていくジョンを、一同はただ黙って見届けた。

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

不意に、影が飛び出してきた。

ジョンは足を止め、飛び出してきた影を見つめる。

僅かな明かりで見えたのは、所々破れた衣服に、茶髪の髪。

転がるようにして飛び出してきたそれを見たジョンは、「ふむ」と呟く。

 

「立てるか?」

「え?」

 

ジョンは手を差し出し、少女を立たせる。

子供のような体格をした彼女に、

 

「歓楽街を知ってるか?」

 

と問いかけた。

 

 

 

 

to be continued......




やめて! 不死人の絶殺精神で歓楽街を攻撃されたら牛耳ってるイシュタルまで焼き払われちゃう!
お願い、死なないでイシュタル!(フレイヤ並感) あなたが今ここで死んだら、フレイヤやロキはどうなっちゃうの?
フィンたちはレベルを上げてる。あなたが耐え続ければ不死人に勝てるかもしれないんだから!(無理ゲー)
次回「イシュタル死す」 デュエルスタンバイ!


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ソウルオブオラトリア5

お前が屍になるんだよ!前編


闇の中に屍の道が続いている。

人、デーモン、犬やドラゴンの死骸が積み重なっている。

それらは全てジョンの手によって作られた道であり、そしてその道は遥か彼方の王の玉座に向かって続いていた。

 

「―――」

 

行かなくては。

輝く時代に終焉を。

そして虐げられた者たちが生ける時代を。

全ては覚悟の上で作り始めた、歩き始めた道。

 

「―――きっとお前が不死の勇者なんだなあ」

 

声が聞こえる。

 

「―――おれたちの希望だ……」

 

声が、響いている。

 

「―――連れてってくれ、あんたと一緒におれたちのソウルを……」

 

死骸に躓き、ジョンは転んだ。

”クレイモア”が死骸の道に突き刺さり、血で汚れた刃が倒れる己を映し出した。

ボロボロの鎧、装飾した美しかった祖国の国旗も、破れ、汚れ、背中に靡いていた。

 

「どうしたのだ? まだまだ道は続いているぞ」

「―――まだ……」

「さあ立ち上がれ、不死の勇者よ。戦え、戦うのだ。神々の屍を積み上げろ。そうしなければソウルは集まらん、玉座への道も開かぬ」

「まだ、足りないのか……」

 

掠れた声が鎧から零れ落ちた。

どれだけ殺してきた。

どれだけ奪ってきた。

善も悪も振り払って。

闇の中から蛇が囁く。

 

「引き返したくなったか? 後悔しているのか? ならばなぜ歩き始めた? なぜあの不死院で朽ち果てなかった? どうして牢獄から世界を見続けなかったのだ?」

「黙れ……」

 

”クレイモア”を支えに立ち上がる。

震える足に力を込め、傷だらけの体に鞭を打つ。

 

「それでよい……。さあ、進め。今からでも遅くはない。貴公が葬ってきた者たちのために、貴公が奪ってきた神々のために、貴公を信じて朽ちて逝ったものたちのために、玉座を目指せ―――」

 

それっきり、蛇の声は聞こえなくなった。

ジョンは歩き始めた。

彼方に輝く玉座を見据え、屍に剣を突き刺して。

なれど。

未だ玉座には至らず―――。

 

 

 

 

 Soul of oratoria

 

 

 

 

「えっ? か、歓楽街?」

「ああ」

「知ってます、けど……」

「案内してくれ」

「案内!?」

 

と驚愕の表情を浮かべた少女にジョンは、「ああ」頷く。

すると、怒声が夜空に響いた。

 

「見つけたぞ、クソ犬が!」

「ひっ……!」

「手間ァ取らせやがって……! 覚悟はできてんだろうなァ!?」

「う……」

 

路地裏から現れた一人の男は背中から一振りの”ロングソード”を引き抜き、怒りの表情で少女を睨む。

その視線上に、ジョンは割って入った。

 

「待て」

「あァ!? なんだテメエ……。こいつの仲間か?」

「いや、違う。この娘はこれから俺を案内するところだ。手出しは無用に願う」

 

ジョンが告げ終わると、男は噛みついた。

 

「やっぱり仲間じゃねえか! テメエも痛めつけてやらあ!!」

「……火の粉は掃う主義だ」

 

振りぬかれる”ロングソード”を引き抜いた”クレイモア”で打ち払う。

安物なのかジョンの”クレイモア”とかち合った”ロングソード”は刃が折れ、男の腕が上へ跳ね上がる。

ジョンは体の流れを殺さずにそのままステップし、男の体に肩で体当たりをすると、そのままに壁へと押し付けた。

 

「カハッ……。て、テメエ……。何者(なにもん)だ……!?」

「聞け。今はなすべきことがある、故にお前の命は奪わない。()()()()()()()()()()()()()()()

「……!」

「わかったか? ならば行け」

 

「くそっ」と吐き捨て、男は路地裏に走り込む。

その姿を見届けたジョンは、少女へと向き直った。

 

「あ、ありがとうございます。冒険者さん」

「礼は不要だ。それと、()()()()()()()()()()

「!!」

「詮索はせん。行くぞ、案内しろ」

 

”クレイモア”を背中にしまうのを見届けた後に少女は歩き出す。

怯えたようにチラチラとこちらを窺ってくる彼女に、ジョンは若干の居た堪れなさを味わった。

 

 

 

 

 8

 

 

 

 

「ここが歓楽街です」

 

南のメインストリートを抜け、更に南東へ。

視覚を刺激するピンク色の光に、露出が多い服装をした女性たちが男たちに微笑みかけているその場所は、淫靡な雰囲気が蔓延していた。

漂う香水の香りに鎧の中で顔を顰めたジョンは、少女へと向き直る。

 

「ご苦労だった。お前はもう帰っていい。いや、帰れ」

「えーっと……。本当に案内してほしかっただけなのですか?」

「……それ以外に何がある?」

「助けたお礼にゴニョゴニョ……」

「……さっさと帰れ」

 

そう言ってジョンは”ソウル”から金の硬貨を数枚取り出して少女に渡す。

 

「駄賃だ。上手く使え」

「案内だけで、こんなに?」

「物の価値観は人によるだろう。ではな」

 

ジョンは踵を返し、夜の街へと歩き出す。

露出が極端に多い中で鎧姿が闊歩しているのは大変ミスマッチだったが、そんなことを気にするほどジョンは繊細ではなかった。

呼び止めるキャッチガールを避け、人を避け、先へ先へと進む。

勘を頼りに角を曲がり、進もうとしたところで声を掛けられた。

 

「待ちな」

 

同時に腕を掴まれ、ジョンは停止を余儀なくされた。

仕方なしに立ち止まり、振り返る。

黒の長髪に引き締まった体、鍛えられつつも女性としての色香もしっかりある体つきをした褐色の彼女は、踊り子のような衣装に身を包んでいた。

記憶に新しい衣装だ。

 

歓楽街(ここ)で鎧姿なんて珍しいねえ。ウブなのかい?」

「回りくどいやつだ……。言いたいことがあるならはっきり言え」

 

ジョンの物言いを鼻で笑うと、彼女は

 

「私はアイシャ。”イシュタルファミリア”のアイシャ。歓楽街の治安を維持する戦闘娼婦(バーベラ)さ。怪しいやつには()()()張り付くのが仕事」

「”イシュタルファミリア”、か……。僥倖だな」

「なに―――!?」

 

疑問符を浮かべるアイシャは、次の瞬間に己の身体にめり込んだ拳を感じた。

口から息を吐きだし、痛みに膝をつく。

 

「恨みはないが少し眠ってもらう」

「あ、んた……」

「許せ」

 

手刀を振り下ろし、アイシャの意識を刈り取るとジョンは”ソウル”から”魔術師の杖”を取り出し、掲げる。

 

「”姿隠し”を」

 

詠唱に呼応して金の鱗粉が杖から降りかかると、ジョンの体は透けて背景に同化する。

すると同時に路地裏、歓楽街から複数の娼婦たちが姿を現した。

 

「今日は不作―――ってアイシャ!」

「どうした!」

「だめだ、完全に気を失ってる……。どうしよう?」

「取り敢えず、本拠(ホーム)に運ぼう。手当しないと……」

 

アイシャを囲んで話す娼婦たちの後ろで、背景が揺れた。

 

 

 

 

 9

 

 

 

 

”イシュタルファミリア”本拠”女王の神娼殿(ベーレト・バビリ)

金色の外壁に、摩天楼施設(バベル)の造りに似た上階まで続く吹き抜け構造、その玄関ホールに娼婦たちはアイシャを担ぎながら侵入した。

 

「なんだ、お前たち。ぞろぞろと」

 

上階の一角から声をあげたのは”美の神”イシュタルだった。

僅かもない衣で乳房や腰を覆い、金銀を使った冠に耳飾り、首飾り……。

様々な豪華な装飾をし、正に女王と言わんばりの風貌。

 

「大変なんです、アイシャが誰かに襲われて……!」

 

娼婦の言葉に、「なに?」と疑問の声をあげたイシュタルは、次いで”風”が吹いたのを知覚した。

同時に宮殿を支える柱の一つに、どこからか現れた一本の槍が突き刺さる。

 

「なんだ? なにが―――」

「イシュタル様、お下がりください! なにかが……!」

 

そう言いながら囲う団員の声に、イシュタルは言い知れぬ恐怖を感じた。

()()()()()()

 

「―――神イシュタルとお見受けする」

「な―――ッ!?」

「他者の命を自身の都合で消費する、その傲慢さを償え……!!」

 

背後からの声に膝を折られ、口を封じられる。

同時に、イシュタルの艶やかな身体から一本の剣が生えた。

 

「先に逝け。俺もいずれ逝こう」

 

拘束が解かれ、背中を蹴られて剣が抜ける。

ジョンはその場で剣を構えなおし、倒れ込むイシュタルの首を短い動作で跳ね飛ばした。

 

「イシュタル様―――ッッ!!」

「貴様ァッ!!」

「哀れな羊に用はない」

 

”クレイモア”を盾にして攻撃を防ぎ、そのまま突進。

団員たちを吹き飛ばしてジョンは走る。

 

「追え! 逃がすな!」

戦闘娼婦(バーベラ)は下から追い詰めろ!」

 

怒声の中を駆け抜け、ジョンは窓から下へと飛び出した。

屋根に着地し、転がりながらも走り続ける。

 

「遊郭の方に逃げたぞ!」

「チッ、鬱陶しい……」

 

放たれる矢を切り払い、ブーメランを避け、突っ走る。

和風の建物の屋根に飛び移り、更に駆けようとしたところで、降りかかったのは樽だった。

 

「無茶をする……!」

 

”クレイモア”で迎撃するが無茶な体勢で切り払ったせいか、”クレイモア”に引っ張られる形で後ろへと倒れ込んだジョンは、追撃を交わすために横へと転がって建物の通路へと落下する。

通路の木を何本か圧し折り、しかしそれを気にする間もなく走る。

 

「どこだ!?」

「見失ったぞ、探せ!」

 

追手は見失ったようで、好機と踏んだジョンは部屋の一室に滑り込む。

しばらくここでやり過ごすのだ。

 

「お待ちしておりました、旦那様」

「……なに?」

 

そう言って頭を下げるのは金髪の少女で、煌びやかな紅の着物に身を包んでいた。

特徴的な耳と尻尾を揺らし、

 

「今宵、夜伽をさせて頂きます、春姫と申します」

 

と告げた。

 

 

 

 

to be continued......

 

 

 




あと一、二話で一章完結です


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ソウルオブオラトリア6

第一章終わりっ、平定!


一匹の”世界の蛇”は言った。

王のソウルを集め、一つとし、最初の火を継ぐことこそが真の使命であると。そしてその使命を全うする資格がジョンにはあるのだと。

消えかかる最初の火を継ぎ、神々の時代を存続させる。それもまた、選択肢の一つだった。

しかし長い旅路の光景を思い浮かべ、ジョンは思った。

光りある、力ある神々は道を外れ、己が欲望に溺れ、あるいは闇を恐れて逃げた。

不死人たちを世界の果てへと追いやり、助けもせず、救済も施さずにただ傍観していただけの神。

そんな神々を、そんな時代を救うことに果たして意味はあるのかと。

もう一匹の”世界の蛇”は言った。

ならば、神々を滅ぼし、人のための、人の時代を貴公が作るのだと。

ただ在るだけの神など、消し去ってしまえと―――。

 

 

 

 

 soul of oratoria

 

 

 

 

「あの、旦那様? 早着替えがお上手なのですね」

「いや、俺はお前の客じゃない。……とりあえず静かにしておいてくれ」

 

目の前の春姫と名乗った娼婦にそう告げ、ジョンは壁際に移動し、息をひそめた。

外は相変わらず喧騒に塗れており、それが酔っぱらった冒険者のモノなのか、自分を追う追っての怒声なのか、入り混じりすぎていて、判別はできなかった。

 

「もしかして、そういう―――」

「なにか言ったか、娘」

「い、いえっ! こ、この春姫! お客様に全力でお応え―――ぇっ!?」

 

勢いよく立ちあがり、服を脱ぎながら前へと進むものだから、服の裾を踏んづけて春姫は見事に転んだ。

床には布団が敷いてあったからよいものの、それでも華奢な彼女には相当の衝撃だったようで、目を回して唸っていた。

その様を見たジョンは一言、

 

「なんなんだ……?」

 

と小さく唸った。

すると、唸るジョンの視線の先、入ってきた襖が開けられる。

即座に背中の”クレイモア”に手を回し、息を殺して闇に潜んだジョンは動作を止めた。

 

狐人(ルナール)の君よ……。ハッハッハ、待ち切れなかったのかな―――ぁっ!?」

「許せ」

 

男が部屋へと入り、襖を閉めたタイミングで部屋角へと引きずり込み、当て身で気絶させる。

この男には申し訳ないが、ここは今絶好の隠れ場所。

ジョンは”内なるソウル”から金貨を数枚取り出して男の懐へと忍ばせた。

少女と時間を買った金の代わりになればいいが、と呟いて。

 

「いるんだろ? 入るよ」

「……お前は」

「キツイボディブローの礼を言ってなかっただろ?」

 

新たな侵入者は、ジョンが気絶させ、神イシュタルへの道として利用したアマゾネス、アイシャだった。

未だに少し赤い腹部を擦り、小さく彼女は笑う。

 

「悪いが、今度は気絶では済まないぞ」

 

”クレイモア”に手を掛けてジョンは言う。

その仕草とジョンの背中から見える”クレイモア”の切っ先が鮮血に染まっているのを見たアイシャは、

 

「イシュタル様を殺したんだってね」

「ああ。お前も敵討ちか?」

 

張りつめた空気の中、アイシャはどこか空虚な笑みを浮かべた。

 

「まさか。死んで清々してるよ。ようやく、ようやく呪縛から解き放たれたんだ」

「お前も、神に翻弄された人の子か」

「……昔の話さ。馬鹿なアマゾネスが、世話してた狐人(ルナール)に同情して主神に逆らった結果、痛めつけられ、骨の髄まで”魅了”されたってだけの話」

 

「でも」とアイシャは続ける。

 

「もう自由だ。もう、あの姿を見ることもない。震えることも……。ないんだ」

 

そっと自分を抱きしめるアイシャをジョンは黙って見続けた。

 

「お前たちを苦しめる神々は俺が消し去ってやる。もう怯えることはない」

「……そうかい。そりゃ頼もしいね。でも、仮にも神を殺したんだ。他の神々が黙ってないよ?」

「問題ない。最終的には全員死ぬのだからな」

 

「殺す順番が前後するだけだ」とジョンは静かに言い放つ。

そんなジョンに背筋が粟立つのを感じたアイシャは、同時に鎧兜のスリットの奥に、ぼうっと光る二つのリングを見た。

 

「あんたそれ―――」

 

とアイシャが言いかけた時、遊郭全体に「ゲゲゲゲゲッ」と特徴的な笑い声が響き渡った。

 

「―――!! フリュネか……!!」

「知り合いか?」

「忌々しい……。あたしを痛めつけた張本人さ……!」

『匂う、匂うよお……! いい匂いだあ……!』

 

近づく地面の揺れに、一筋の汗を流したアイシャは未だに目を回している春姫を脇に抱えると、

 

「裏口まで案内する! 行くよ!」

「それは是非頼む」

 

襖を勢いよく開け放ち、アイシャは駆ける。

それに追従し、ジョンは遊郭の中を疾走した。

娼婦を避け、客を押しのけ、角を曲がって徐々に遊郭の外側へと向かう。

 

「あともう少し……!」

「ゲゲゲッ! なあにがあともう少しだってえ?」

 

角から現れたのは二メートルを超えるおかっぱの巨女だった。

ずんぐりした胴体に、短い手足、大きな目に裂けた口。

一見モンスターかと思えるような風貌をした女は、

 

「フリュネ……!!」

「どこへ行こうってぇ? アイシャ! イシュタル様を殺した輩を引き連れてさぁ~」

 

その巨体と過去のトラウマに押されてか、アイシャは一歩下がる。

同時に、ジョンは一歩前へと踏み出した。

それを見、アイシャは叫ぶ。

 

「待ちな! フリュネはレベル5だ! まともに戦って勝てる相手じゃない!」

「問題ない」

「問題ないって……。ああもう!」

「ゲゲゲッ! いい度胸だぁ。好きだよぉ、あんたみたいな男はさぁ~」

 

品定めするような視線を鬱陶しい、と言わんばかりに手で払ったジョンは、

 

「訊きたいことがある。お前はモンスターか? それともデーモンの類か?」

「ゲゲゲッ! アタシは人間さぁ! とぉっても上等なぁ!」

「人の身でそこまで変異するとは、随分と人道に外れたことをしてきた様だな。お前の人間性も限界と見える」

 

ジョンは背中の”クレイモア”を引き抜き、フリュネへと突きつけた。

 

「お前の業、俺が払ってやろう」

「面白いねぇ。アタシのレベルを知って()ろうってぇ? ゲゲゲッ! いいよぉ、無理やりってのが一番好きなのさぁ!」

 

そう言い終えると、舌舐めずりを一つ、フリュネは拳を振りおろす。

巨体からは想像もできない俊敏さで繰り出された拳は、アイシャが瞬きする間にジョンへと届いていた。

 

「やられた……!?」

「あぁ……。どうしてやろうかぁ? 薬? 道具? たまんないねぇ」

 

すると砂煙の中で、ガチャリ、と鎧の擦れ合う音が鳴る。

同時に、フリュネの拳が宙へと跳ねあげられた。

 

「なぁっ!?」

「無駄口は獲物を仕留めてから叩くのだな。まあ―――」

 

隙だらけのフリュネの胴体に、”クレイモア”が根元まで突き刺さる。

ジョンは続けて蹴りを入れ、反動で”クレイモア”を引き抜いた。

 

「もう遅いがな」

「無傷……!? は、はは……。あんた、ホントに何者さ?」

「どうでもいいことだ。行くぞ」

 

ジョンは剣に付着した血を振り払い、背中に戻して歩き始める。

それにつられて歩き出したアイシャは、倒れたフリュネにまだ息があることに気が付いた。

 

「まだ生きてる……!」

「放っておけ」

「……生きてたらまたあたしたちを追ってくるかもしれないよ? 執念深い女だからね」

「その女を助ける人間が現れると?」

「……ないね」

「だろう」

 

軽く会話し、ジョンは次いでアイシャが脇に抱えた春姫を見た。

ジョンの目線に気が付いたのか、アイシャも春姫を見つめる。

 

「どうして連れてきた?」

「あー……」

 

とばつの悪そうな声をもらしたアイシャは、

 

「つい、咄嗟に」

 

と答えた。

 

 

 

 

 10

 

 

 

 

荷物を取ってくる、と春姫を託して暗闇に去って行ったアイシャを見届けてから、ジョンは歓楽街を抜けて裏路地の一角に座り込んでいた。

天気は変わり、雨が降り続ける中で、ジョンは目の前の建物、その二階を見上げる。

アイシャとの合流地点でもある宿屋で、見つめる部屋の中に春姫を放りこんでおいたのだ。

雨が鎧を打つ中、ジョンは裏路地に現れた客を注視した。

軽装に、片手に一振りの直剣。

金色の長髪は雨にぬれ、髪と同じ色をした瞳がジョンを射抜いていた。

 

「いつぞやの、風使いか」

「ようやく、見つけた」

「お前たちは俺を追わない。そういう取り決めだった筈だが?」

 

ジョンの問いにアイズ・ヴァレンシュタインは沈黙した。

ただ、剣を握る手に力が入っていることだけは分かった。

 

「ロキは、みんなは、殺させない……」

「前者はともかく、後者を殺す予定はない」

「みんなは、私が、まもる……!」

「渇望に溺れたか。哀れだな」

 

言葉の終わりと同時にアイズは駆け、”デスペレート”を振るった。

技も、魔法もない。

純粋な力のみの一撃。

それはあっさりと、ジョンの片手によって防がれていた。

アイズが振り切る寸前で持ち手を押さえ、攻撃を不発にさせたのだ。

 

「どうして……!? どうして、あなたはそんなにも強いの……!? どうして、私はこんなにも―――」

 

「弱いの…?」とアイズは言葉を並べ、崩れ落ちた。

ジョンはその姿を見下ろし、「戦わないのか?」と告げる。

その問いかけに”デスぺレート”を握るアイズの手は小さく震えた。

続けてゆっくりと立ち上がり、剣の切っ先をジョンへと向ける。

 

「弱い自分が許せないか? だから無謀と分かっていても俺へ立ち向かってきたのか? それは勇気ではない、ただの蛮勇だ。愚かな行為そのものだ」

「それでも、それでもロキ達が殺されるのを黙って見ているなんて、できない!」

「ならばここで死ぬがいい。そうすれば、その渇望からも、葛藤からも、絶望からも解放される」

 

背中から”クレイモア”を引き抜き、構える。

それに呼応してアイズは素早く”デスぺレート”構え直し、ジョンへと打ちこんだ。

 

「私は死ねない! 死なせない! だから……!」

「だから?」

 

打ちこまれる剣を一振りで払う。

宙で回転し、距離を取ったアイズは剣の切っ先をジョンへ向け、唱えた。

 

「”目覚めよ(テンペスト)”……!!」

「風か。しかしどうする? ここは一本道、後ろか、上か、前しかない。高機動は意味をなさない」

(エアリアル)、最大出力……!」

 

自身の背中に展開、圧縮した(エアリアル)を踏みつけ、アイズはジョンを見据えた。

 

「リル」

「……! 面白い……!」

「ラファーガ……!!」

 

アイズ・ヴァレンシュタインの必殺技とも言える”リル・ラファーガ”。

風を纏い、超高速の突撃による一撃必殺の技は、タイミングを合わせたジョンの切り上げによって、呆気なく打ち砕かれた。

 

「これでも―――」

「お前はよくやった。敬意を持ってその命奪わせてもらう」

「届かないんだね……」

 

”内なるソウル”から取り出されたるはグウィン王の四騎士の一人に数えられた無双の騎士の名を冠した大剣。

その神聖さから刀身はわずかに光を帯びており、夜の雨の中で映えた。

剣が突き刺され、アイズは僅かに呻いた。

 

「さらばだ」

 

これで終わる。

アイズの脳内で記憶がフラッシュバックし、最後に映った光景は、

 

「―――」

 

美しい、風のような母の姿だった。

 

「おわ、れない……!」

 

そう、まだ。

 

「なに……? 確かに心の臓を貫いた筈……」

「終われない……!」

 

剣はまだ、この手の中に。

己の身体を貫通している剣、その根元を押さえ、血を吐きながらアイズは俯いていた顔を上げる。

 

「お前、それは―――!!」

「終わらせない……!!」

 

ジョンを見据えるアイズの双眸に、黒い輪(ダークリング)が浮かび上がった。

 

 

 

 

 to be continued......

 

 

 




どうなるんだろうね、これ(無責任)
ちなみに次章で完結するゾ これホント

次章タイトルは「神と人と」です。

このタイトルジャ○ラックさん的にアウトなんですかね?
タイトルだけならオッケー? 教えてエロい人。


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神と人と
神と人と


所謂、嵐の前の静けさ


様々な風景が風のように流れていく。

火山、城、森、遺跡。それら全てに共通することは、人の気が無く、廃墟のような風貌をしていることだった。

やがて光は消える。天高くに光の残滓が煌いて、闇の中で孤独と絶望に苛まれた()()()は、声にならない悲鳴をあげた。

手を高く挙げる。必死に光へと手を伸ばし思う。

この果てない絶望から、この無上の孤独から逃げ出せるのならば。

()()()()()()()()()()()()と。

 

 

 

 

 soul of oratoria

 

 

 

 

「それが俺だ」

 

ハッと、アイズは現実に戻ってきた。

辺りを見回し、此処があの暗闇ではなくオラリオであることを知り、ホッとする。

体中に雨とは別の冷汗が流れ、動悸が激しくなる。

 

「あれは……なに?」

「俺の現実だ。俺はずっと、あそこにいる」

 

「見ただろう、あの光を」とジョンは続けた。

 

「あれこそが()()()の救いの光だ。あそこに向かうために屍を積み上げている」

「神様の屍を積み上げて、そこまでして求める光……」

「ヒトの時代だ。ヒトが、ヒトの為に生き、ヒトの為に死ねる時代。……ヒトだけの時代」

 

「そして」とジョンは言葉を並べる。

 

「そこに奴ら(神々)の居場所はない」

 

「故に、消えてもらう」ジョンはそう続けて口を閉じた。

ザーザーと雨が降りしきる中、アイズは瞳の奥、薄っすらと輝く”ダークリング”をジョンへと向ける。

 

「だからって、みんな殺すことは――!」

「時代を造るとはそういうことだ。目も塞ぎたくなるような犠牲の上にこそ、時代は成り立つ。その犠牲の業は全て俺が背負おう。恨みも憎しみも全て」

 

そう言って、ジョンはゆっくりと手を差し出した。

 

「お前も一緒に来い」

「え……?」

「その”輪”が発現した以上、お前はもう()()()の中へは帰れない。いつか、俺と同じ絶望に突き当たることになるだろう」

 

その手をじっと見つめるアイズに、

 

「お前が求めるモノはなんだ? 仲間か? 偽りの()か? 無頼の強さか?」

 

そう告げられ、思い返す。

アイズ(自分)にとって必要なモノはなにかと。

Lv.5に成り三年、長期の遠征で得た”熟練度”は僅か。

強くなりたかった。もっと、もっと。しかし現実は非情だ、目の前にはLvという大きな壁が立ちふさがっていた。

 

「強くなりたいのだろう?」

 

そうだ。とアイズは心の奥底で肯定する。

他にはなにもない。なにも、なくなってしまったのだから。

だが、強くなりたい。それを追い求めて、自分は仲間を裏切れるのか?

自分を仲間と言い、共に助け合ってきた仲間を。

そんな心中を察したのか、ジョンは口を開く。

 

「仲間……。それも良いだろう。ならば帰るがいい。傷ついたお前を、彼らは温かく迎えるだろうさ。そうしてお前は生きていける。傷ついた体を彼らに委ね、共に。()()()()()()()()()()な」

「過去の……残骸……」

 

アイズの記憶の淵に、輝かしい過去が思い浮かぶ。

しかしそれは既にひび割れ、引き裂かれ、虚無を舞う残骸だ。

 

「だが、それでも思い果てぬならば。お前が求めた高みが何よりも眩しいのなら。積み上げるがいい、お前に残された全てを。俺たちと共に」

 

……そう。

必要なモノは強くなれる場所(ダンジョン)。強くなれる環境だけ。

他にはなにも要らない。そんな余裕など、ない。

アイズ(わたし)の全ては、強くなるために。

差し出された手に、アイズは縋り付いた。

 

 

 

 

 1

 

 

 

 

夕方、”ロキ・ファミリア”本拠地、黄昏の館。その一室にフィンはいた。外には雨が降り続き、陰鬱な雰囲気が部屋を包んでいた。

対面のソファにはファミリア最古参の二人であるリヴェリア、ガレスが顔に影を落としながら座っている。

 

「神イシュタルが、殺害されたそうじゃ」

「……そうか」

 

深く重いガレスの言葉に、フィンはそれしか言えなかった。

超越存在である神、崇められ、奉られ、しかし人と生きることを望んだ神。その一神が死んだ。

 

「信じたくはなかったがどうやらあの男、本気で殺し尽くす腹積もりらしいな」

「……手に負えないのはそれを成し遂げられるだけの力を持っていることだ」

 

不死。決して死なぬ体。それに加えて理不尽なまでの武技の極み。

大剣、直剣、短剣、魔法……。一人が持つにしては大きすぎる力。

 

「ではどうする? このまま黙って見ておるつもりか?」

 

ガレスの問いにフィンは、「それはない」と即答した。

 

「ロキを見捨てることはしない。……それに、手がないわけじゃない」

「……やるのか、フィン」

「ああ。僕らでは彼に勝てない。でも、()()()()()()()

 

しかし、間違いなく多くの犠牲を払うことになる。とフィンは続けた。

 

「……仕方なかろう。無血の勝利など、あり得ん」

「僕かガレス、どちらかが死ぬかもしれない」

「ふん。後進に道を譲る時が来ただけのことじゃろう」

 

淡々と答えるガレスに、フィンは小さく笑った。

立ち上がり、頭を切り替える。

 

「オッタルに連絡を。それと、ギルド経由で全冒険者に伝達を」

 

無言で頷くリヴェリアとガレスを一瞥し、フィンはドアへと向かう。

 

「―――反撃開始だ」

 

 

 

 

 2

 

 

 

 

「……イシュタル様が亡くなられました」

 

ギルドの応接間の一室にロイマンの震え声が響いた。

ソファに座るフレイヤは不動のまま、ロキは小さく「そうか」とつぶやく。

 

「ま、まさか本当に神々の方が……! 由々しき事態です、早急に手を打たなければ!」

「止めておきなさいな。下手を打てば、敵対者としてギルド諸共消されるかもしれないわよ?」

「そ、そんな……」

 

ロイマンの情けない声に、ロキは薄っすらと目を開けてフレイヤを見る。

 

「んで、刻一刻とギロチンへ向かっとるわけやけど」

「私たちになにが出来て?」

「……”神の力(アルカナム)”の解放」

 

ロキの言葉に一瞬目を細めたフレイヤが、「正気?」と問う。

 

「正気も正気や。このまま殺されるわけにはいかへん」

「確かに解放すれば彼を消せるかもしれないけど……。貴女も天界へ逆戻り、一生下界へは戻れないのよ?」

「せやけど、他の神々(連中)も解放は渋るやろ。それが例え自分たちの命の危機でもな。だったらうちが……」

 

「片、付けたる」ロキはそう言い放ち、目の前に置かれた紅茶を一気に飲み干す。

 

「……イシュタルは、どないなっとった?」

「団員の証言によりますと……。その、背後から心臓を貫かれて首を斬り落とされた、と」

「えっぐいやっちゃな、ほんま……」

 

「それと、なんですが」とノイマンは続ける。

 

「神イシュタルのご遺体が……。霧のようになって消えたそうです。これはどういうことなんでしょうか? 天界に戻られた、と考えても?」

「霧のように……?」

「ええ、更には”イシュタル・ファミリア”団員の”神の恩恵”が消失していないという報告も上がってきておりまして……」

「それはおかしいやろ。契約した神が死んだら”神の恩恵”も消える筈や。イシュタルは死んでないんとちゃうか?」

「首を落とされていますので……。考えにくいかと」

 

言い合うロイマンとロキを他所に、フレイヤはぽつりとつぶやく。

 

「”ソウル”」

「あん?」

「覚えてないかしら、ロキ。天界で伝わっていること……。生物を構成する三つの要素」

「あー……。なんや、確か……。肉体と、精神と……」

(ソウル)

「それや。んで、それがどないした?」

「肉体は死すとも魂は死せず……。ロキ、どうやら私たちはただ殺されるだけでは済まなさそうよ?」

 

疑問符を浮かべるロキにフレイヤはそう言い放ち、薄く笑った。

 

 

 

 

 ×××

 

 

 

 

「貴方が、神様を殺す人ですか?」

 

雨が降りしきる路地裏、大通りに面した出口に、フードを被った少女がいた。背中には身長に合っていない大きなバッグを背負い、頬を腫らして暗く濁った瞳をジョンに向けている。

人を呼ばれることを警戒したアイズを手で制し、ジョンは告げる。

 

「そうだ」

「……なら、殺してほしい神様がいます」

「名は?」

「”ソーマ・ファミリア”主神、ソーマ様です」

 

to be continued......

 

 




次回、いっぱい死ぬ(小学生並の感想)
   主人公敗北する
   ヘスティア頑張る
   
の三つでお送りしまーす。
準備会なので字数自体は少なめ。おにいさんゆるして


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神と人と 2

ちょっとくらい……投稿しても、バレへんか


その先に、光があると信じて歩き続けた。

その光こそが、絶望に溺れ闇に溶けた者たちを救うと信じていた。

だからこそ同類を斬り捨てることに躊躇いはなかった。

だが。

その光が我々を照らすものではなく、我々を見捨てた巨人(神々)を照らすものだと知った時、光は消え、闇が満ち、救世の旅路は贖罪へと変わり、勇者は悪魔に成り下がった。

 

 

 

 

 soul of oratoria

 

 

 

 

雨が降りしきる闇夜の中、ジョンは鎧を鳴らしながら歩を進めていた。目指すは”ソーマ・ファミリア”の本拠で、案内人はリリルカ・アーデと名乗った少女。

後ろから見る彼女の姿は大きなバッグで隠れていて、しかし歩む二つの足に揺らぎは見えない。見掛けによらず、存外彼女は鍛えているようだった。

そんなバッグがポツリポツリと語りだす。己の生い立ち、世界への怒りを。

 

「リリの両親は神酒欲しさに死にました。少しでも稼ごうと欲を出して、不相応な階層に潜って」

「そうか」

 

ジョンは淡泊にそう答えた。

そう答えるべきだと考えたからだし、それ以上の答えが見つからなかったからでもある。

特に気にする素振りも見せずにリリルカは続けた。

 

「ファミリアの仲間は神酒欲しさに仲間を蹴落とすようになりました。裏切り、横領、闇討ち……」

「……そうか」

 

ズキ、と記憶の欠片が痛む。

目の前を歩くリリルカが少年の姿に変わり、ジョンを見た。懐かしい、記憶の彼方にしか存在しないその顔は満々の笑みを浮かべて走り去る。

走り去ったその先に佇む二人の夫婦に連れられて、いつかの少年は消え去った。きっと、夢にも思っていないのだろう。自分が呪われるなど。自分が、見捨てられるなどとは。

 

「……ソーマ様が死んだら、変わるんでしょうか」

「変わらんだろう」

 

それが人間の本質だ、とジョンは続けた。

だがそれも終わる。裏切り、奪い、見捨てる。そんな感情は神々と共に消え去る。

光の消失。即ち、(ダークソウル)が満ちた時に人は真に理解かり合える。未来永劫にわたって争いが無駄だと悟り、人々は一つになる。

ふと、リリルカは立ち止まって振り返った。

ジョンも同様に足を止め、フードの下から目を向けてくるリリルカと向き合う。

 

「あなたはどうして神様を殺そうとするのですか? ソーマ様は特殊ですが、ほかの神々は冒険者と上手くやっていると思います」

「……」

 

ジョンは思う。

それら全ては偽りであり、奴らは所詮己の保身しか考えていないのだと。

どんな現実を見せられても、どんな仲睦まじい姿を見せられても、この考えだけは決して揺るがない。揺るぎようがない。

古い神々が迫る闇に怯えて逃げ出したように、ダークリングが発現した己を見捨てたように、この地に住まう神々も、身の危険が迫れば人の子を盾として逃げ出すに決まっている。

そうなれば人々は絶望するだろう。嘆き、悲しみ、()()()()()()()()。その前に、元凶となる連中を消し去る。

 

「奴らは多種多様というだけで、本質は変わらん」

「本質?」

「俺たちのことを、自分の土台程度にしか思っていない」

 

そんな連中が人と手を取り合い、生きて往く。

()()()()()。ジョンと混ざり合った()()()()()()たちがそう叫ぶ。

 

「そうとも、殺さなければな……。誰も、救われないのだから……」

「……?」

「行こう」

 

揺れる()()に言い聞かせる。まだ、終わるべき時ではないのだと。

 

 

 

 

 1

 

 

 

部屋のドアが開く音にアイシャは身構えつつも振り返った。そこにいるであろうと予想した鎧姿は無く、いたのは美しい金髪を雨に濡らし、どこか濁った金色の瞳をこちらに向ける軽装の剣士。

冒険者の間では著名な、”剣姫”アイズ・ヴァレンシュタインその人だった。

しかし、とアイシャは訝し気に目を細めた。以前、彼女を見かけた時はもっと明るく、無垢な印象を受けたが、今の彼女はまるでその逆だ。手に持ったその得物がそれを際立たせる。

 

「あんた―――」

「ジョンからの伝言がある」

 

言葉を遮ったアイズの冷えた言葉に、思わず息を呑む。

 

「好きにしろ」

「……それだけかい?」

「そう」

 

短く答え、アイズは踵を返して出ていこうとする。アイシャは慌てて呼び止めた。

このまま彼女を行かせてはなにか、言葉にできないが、なにかよくないことが起きてしまう。そんな気がしてならなかったからだ。

 

「ちょ、ちょっと待ちな! ……髪くらい乾かしていきなよ」

「髪?」

 

とアイズは問い返し、次いで自分の髪から滴る水滴を見、思い返したかのように「あぁ」とつぶやいた。まるで、今まで自分が濡れていたことに気づいていなかったかのように。

だがそんな表情もすぐに消える。どうでもいい、とばかりに視線を外し、深い黄金の闇がアイシャを貫いた。

 

「必要ないから」

「必要ないってあんた……。風邪ひくよ?」

「そんなこと、どうでもいい。今はただ、やるべきことがある」

 

それは? と吸い込まれるようにアイシャは問うた。

自分の剣を見下ろしていたアイズは小さく答える。

 

「もっと力を」

 

 

 

 

 2

 

 

 

リリルカは歩く。

”ソーマ・ファミリア”敷地内に建てられた酒蔵に挟まれた石造りの道を歩み、視線の先に立つ管理棟を目指す。その心臓はやや速く、高く鳴り続ける。

透明になりながらも後ろをついてきているであろう鎧姿の男がこれから神を殺す。その手伝いをしているのだから当然だ。しかし、それとは別の感情がリリルカの中で高鳴り続けていた。

地獄からの解放。”ソーマ・ファミリア”冒険者の荷物持ち(サポーター)として蔑まれ続けてきたことからの解放。それだけではない。なにか、もっと別な……。

と、そこまで考えたところで管理棟の入口にたどり着く。平常心を保ちながらリリルカは門番に向けて口を開いた。

 

「ザニス様はどちらに?」

「ん? あぁ……。今はソーマ様のところじゃないか? なにか用か?」

 

門番の探るような目から逃げるようにフードを深くかぶりなおしたリリルカは、懐から大きく膨らんだ革袋を取り出し、音を立てるように揺らす。

 

「上納金を納めに」

「そうか。わかった。入っていいぞ」

 

管理棟の内部に入り込み、ソーマがいるであろう最上階を目指す。

出入り口から大分離れた人気のない階段で、後ろから声が降りかかった。

 

「ザニスというのは?」

「……ソーマ様に代わってファミリアを運営してる冒険者様です。ソーマ様は神酒を造ること以外に興味がありませんから」

「ほう」

「ファミリアの仲間が仲間を裏切っている現状を作り出した張本人でもあります。ザニス様が上納金のノルマ達成者の上位に神酒を与えるシステムなんて作り出さなければ……。こんな、こんな地獄は……!」

 

時折聞こえる怒声、僅かに鼻につくアルコールの香り。耳を閉じ、鼻を塞ぎたくなるような現実が窓から見える敷地内にはあった。

窓辺から目を逸らし、足早に階段を上る。

早く、はやくこの地獄を終わらせてくれ。そんな思いで上り詰め、辿り着いた最上階に、一人の(ヒューマン)がいた。

 

「おや、珍しいなアーデ。お前がここにいるとは」

「ザニス、様……」

「上納金でも納めに来たか? これまた珍しい。一切納めようとしなかったお前が」

 

理知人を気取ったザニスの顔から目を逸らしたリリルカは今すぐにここから消えたい衝動に駆られた。同時に、己の中に高ぶる”なにか”がざわついた。

 

「……ザニス様はなぜノルマ達成の上位者に神酒を与えることをはじめたのですか?」

「ん? そんなの決まっているだろう? そうすればもっと金が手に入るじゃないか!」

 

ガチャリ、とリリルカの後ろで鎧が擦れる音がした。

 

「私はな、アーデ。ソーマ様が作る神酒も欲しいし、女だって欲しい、無論金もだ。この世に蔓延る快楽、そのすべてを味わいたいんだよ」

 

ああ―――。とリリルカは内心に嗤った。

 

「ここは最高だ。どれだけ悪事を働いても主神から咎められることはない。趣味に没頭するあの野郎(かみ)の邪魔さえしなければ好き放題できる」

 

おぞましい顔の口元を歪ませ、ザニスは嗤う。それと同時に”風”が吹き、リリルカの身体を隠すコートを揺らめかせた。

”空中”からくすんだ銀色の手甲に守られた手が現れ、ザニスの首元を掴み壁に叩きつける。次いで腕が現れ、脚が現れ、兜が露になると、低い声が唸った。

 

ギルティ(有罪)

 

 

 

 

 3

 

 

 

 

なんだこいつは。

声にならない声でザニスは呻く。

首を掴んで離さない手を外そうともがくが、Lv.2の力を以てしても手が外れることはなかった。窒息死を防ぐために手と首の間に指を滑り込ませるのが精いっぱいだ。

ならば、と空いた手で腰から護身用のナイフを引き抜き、振りかざす。が、動かない。振りかざせと脳が命じているのに、上げた手が下りることはなかった。

 

(なぜ―――!?)

 

必死に目をやると、短い短刀で壁に縫い付けられている様が映し出される。

現実を認識し、痛みが脳を襲うが、悲鳴は出ない。くぐもった声が誰もいない廊下に響くだけだ。

()()()()()()()()()()()()()()

思考が錯乱し、動悸が激しくなる。状況を打破するきっかけを必死に探し、フードで顔が隠れて見えないリリルカが目に付いた。

 

「あ゛、ーデ……ッ!」

 

ピクリ、とフードが動き、リリルカが顔を上げる。その顔は――。

 

―――無邪気な笑顔に染まっていた。

その笑顔の口元が動く。言葉を発さずに、唇だけを動かしてリリルカは言葉を描いた。

 

―――死んでしまえ。

 

貴様、貴様、きさま―――っ! ザニスは心中に怒り、目力で威嚇する。

 

「知っているか。欲望とは炎らしい」

 

目の前の鎧姿、その左手に()が溢れ出す。

ザニスは思わずぎょっとし、()()に見入った。

よく目にする松明の炎ではない。魔法のそれでもない。もっと特別な、見るモノすべてを魅了する炎だった。

 

「欲に溺れたお前は、炎で燃え尽きるのがお似合いだ」

 

まさか、まさかこいつは――!

()が溢れ出る左手で口を押えられ、ザニスは呻く。

声にならない悲鳴が上がるが、それもすぐに消えた。ジョンの左手から噴出する炎によって舌が焼かれ切ったからだった。

内臓を焼き、肌を焼き、後に残るは灰のみ。

その灰も、ソウルの粒子となってジョンへと吸い込まれ消えた。

 

 

 

 

 4

 

 

 

 

ドアを”クレイモア”が切り裂く。音を立ててドアが倒れ、その音に部屋の主は作業中の手を止めた。

 

「誰だ」

()()()はジョン・ドゥ。神ソーマと見受ける。命を貰いに来た」

「酒ではなく、命を?」

 

返答は大剣、”クレイモア”だった。柄を両手で握りしめ、刃の切っ先をソーマへと向ける。

ピリピリと空気が殺気で張り詰め、剣の切っ先を向けられながらも、ソーマがとった行動は杯をジョンへと向けることだった。

まさか、とリリルカは思わず唾をのむ。

 

「これを飲んでも同じことが言えるのならば、好きにしろ」

 

”神酒”。

多くの冒険者を魅了し、中毒にさせてきた酒が、今差し出されていた。

その匂いを嗅ぐだけで、リリルカは”神酒”の魔力に魅了されていた当時の記憶が蘇り、背筋が凍る。

いけない。あれを飲ませては。

きっと、魅了されてしまう―――。

 

「ジョン様―――!」

 

言葉を続けようとしたその瞬間、ジョンの姿が消えた。次に()()()()()、そして遅れて地面を強く踏みつける音が部屋に響く。

消えたのではなく、踏み込んだのだった。その姿は既に大剣を振り下ろし終わり、静止していた。

パキッ、と杯が渇いた音を立てて割れ、”神酒”が零れ落ちる。

 

「俺が欲したのは魂であって酒ではない。言葉すら聞き間違えるほどに酔っているらしいな」

 

()()されたソーマが言葉一つ発さずに光になって消える。その光はジョンへと吸い込まれ、一体化した。

 

「消えろ、酔っ払い」

 

”クレイモア”に付いた血を振り払い、背中に戻したジョンが言う。

へたりと地面に座り込んだリリルカは、わけも分からず静かに涙を流した。

問題は山積みだが、それでも元凶は消え去った。この地獄はようやく終わりが見えたのだと、そう思えたからなのかもしれなかった。

 

「立てるか?」

「……はい」

 

(嗚呼―――。リリはようやく―――)

 

冒険者を目指して”オラリオ”を訪れる人々は、たった一人仕える神を選ぶ。

リリルカは選ぶことはできなかったが、今こうして、仕えるべき相手を見出した。

 

(光、わたしを救ってくれた光―――)

 

しかしそれは大人数から見れば闇であろうとは、リリルカは考えなかった。

 

 

 

 

to be continued......

 




次回予告と違うやん! どうしてくれんのこれ?
運営に連絡させてもらうね

某スタイリッシュの人に焚きつけられてパパっと書いて、投稿!って感じで……


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神と人と 3

お待たせ?


いつも、始まりはこの篝火だった。パチパチと音を上げて燃え続けるそれは決して消えることはなく、曰く、不死人の骨を薪としているらしい。

燃え続けるのは希望か、無念か。知りたいところではあったが、この世は無常、死人に口なし。確かめる術はない。

自分もいつかこの炎に焼べられる時がくるのだろうか。果たして、そんな時がくるのか? ()()()()()()()()()()()()()()()()()

思考もその程度にゆっくりと立ち上がり、地面に突き刺した大剣を手に向かうべき場所へと歩き始める。

 

「よう。お前さん、まだ諦めてなかったんだな」

 

背後から声が投げかけられる。

足を止め、首だけを回して目だけを声の方へと向けるとそこには疲れ切った顔の戦士が座っていた。青いインナーが透けて見える鋼の鎖帷子を着込み、まるで亡者のような瞳でジョンを見ている。

―――此処、火継ぎの祭祀場にてただ一人静かに時が過ぎるのを待ち続けている戦士。名前は知らず、しかし彼は時に助言をしてくれる存在だった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()、それでも言葉と言える言葉を話す他者というかけがえのない存在としてジョンは彼に感謝していた。

しかし返答は沈黙。戦士もその対応は予想していたのだろう、皮肉一つ言わず興味を無くしたようにジョンから視線を外す。

向けた意識を戻し、ジョンは再び目的の場所へと歩き始めた。

やがて世界が逆転し、辿り着くのは消えぬ篝火。

 

「よう。お前さん、まだ諦めてなかったんだな」

 

()()()()戦士。

彼に悪気はない。同じことを繰り返していることの自覚がないだけだ。誰が彼を責められようか。

これがジョンだけの現実。ジョンだけが知る地獄。―――不死人の地獄だ。

不死人が見る世界に同じ時を生きる者はいない。死に、戻り、それを繰り返して時を積み重ねていく。

形容しがたい孤独感が()()()を蝕んでいく。それを振り払うかのようにジョンはまた歩き出した。

 

「よう。お前さん、まだ諦めてなかったんだな」

 

諦念の混じった低い声を背後に、ジョンは無言のまま空を見上げた。

今は遥か遠い昔、いつか見た時と同じように、変わらぬ青空はそこにあった。

 

 

 

 

 Soul of oratoria

 

 

 

 

「総勢百名弱、か」

「無論志願者はその数倍はいたが、この作戦ならば百名弱で事足りるだろう。……事後のこともある」

 

”ロキ・ファミリア”本拠、”黄昏の館”の一室でオッタルが告げる。

その言葉に反応したフィンは、「君のところ(ファミリア)はどうしたんだい?」と問うた。

 

「アレンに全てを任せてある」

 

その返答にフィンは小さく、「そうか」と洩らした。猫人(キャットピープル)のレベル6、実力派で知られる冒険者……と瞬時に脳裏に情報が浮かぶが、オッタルの”ロキ・ファミリア”の内情を知りたそうな視線に掻き消えた。

フィンは小さく笑い、

 

「作戦後はリヴェリアが団長になるよ。無論僕が生き残れば引き続き僕が務めるけど、その可能性は低いだろうしね」

「よくまとまったモノだな」

 

オッタルの言葉に、「当然反対されたよ。君もそうだろ?」と返したフィンは手元のグラスを呷る。

ギルドを通して発令された討伐作戦にはほぼ全ての冒険者がその手を挙げた。だが、実戦に参加できる冒険者は所謂古参と呼ばれる冒険者たちだけで、多くの冒険者は弾かれた。

鬼の形相で詰め寄ってきた団員たちを思い出したフィンは、

 

「僕らだけが生き残ってはダメなんだ。ロキだけが生き残ってしまっても、ダメなんだよ」

 

と静かに言った。

 

「僕らは後ろの皆の道になる。その道行きには”彼”にも付き合ってもらおう」

「不死人、か……」

 

オッタルの呟きに対してフィンは頷く。

 

「彼の殺気を味わったよ。全身の肌が粟立って、武器を持つ手が震えた。……間違いなく、僕らが対峙した中で最強の敵だ」

「それに加えての不死性とはな」

「本来ならあり得ない話だけど……ロキ曰く、”ウソは言っていない”らしい」

 

「でも―――」とフィンは続け、

 

「この作戦なら嘘か真かは関係ない。どっちだろうと彼を無効化できる」

 

そう告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

両断されたソーマの身体が淡い粒子となって巻き上がり辺りを漂ったかと思うと、おもむろに差し出されたジョンの手へと収束する。一際明るい光が部屋を一瞬満たせば、その手には白く燃える炎が握られていた。

幾度となく見てきた()()()()()。この光景を見る度に、己の中で混ざり、廻るソウルたちが騒めく。()()()、と。

具現化した”ソーマのソウル”が粒子となってジョンの中へと吸い込まれる。これで一段落。砕いた訳ではなく、収納しただけだが短く息を吐き、”クレイモア”を担ぎなおした。

ベランダへと歩みだし、少女に地獄と比喩された敷地内を見下ろした。

 

「―――」

 

地面に横たわる者、胸倉を掴み合い吼える者、虚ろな目で虚空を見上げる者……。

それらは確かに地獄と言える光景で、人間がその様を晒して生きていることにジョンは胸の奥に僅かな痛みを覚えた。

しかし助けてやりたいと思っても、その術が解らない。毒や火傷を治す薬はあれど、心の傷を癒す術は持っていないのだ。

 

「―――助けたいの?」

 

不意に上から声が降る。

監視塔の屋根から金色の髪を靡かせて、アイズ・ヴァレンシュタインがベランダへと音もなく舞い降りた。

別段、驚いた様子もなくジョンは静かに頷く。

 

「どうすればいいと思う」

「分からないのに、助けたいんだ」

「奴らは彼らを見捨てた。……俺たちと同じようにな。だから俺が救おう」

 

「どうすればいいと思う」。ジョンは再度問いかける。

数秒の沈黙の後、アイズは口を開いた。

 

「……ギルドがある」

「ほう?」

「敷地内の酒蔵を改造して、毒抜きの施設にする。運営は彼らに任せればいい」

 

アイズは言う。

彼らの状態は謂わば毒に犯されているようなもので、それを治すためには長い時間と療養できる環境が必要なのだと。

一通りの話を聞いたジョンは頷き、踵を返した。

 

「ギルドとやらに向かう」

「ならわたしも―――」

 

そこまで言いかけ、アイズは視線を外に向けた。左手を腰に携えた”デスペレート”に添え、半ば剣を抜く。

ジョンもまた鎧を突き抜け肌を刺す殺意と、背筋を這いまわる蛇のような気配を知覚していた。幾度となく(まみ)えてきた暗殺者たちの気配だ。

ジョンが背中の”クレイモア”に手を伸ばしたところで、アイズが「わたしがやる」と制止する。

 

()()()()()()?」

「迷いはないから」

「ならいい」

 

バルコニーの手すりに飛び乗ったアイズを見送り、ジョンは地面にへたり込んだリリルカの元へと歩み寄る。

膝を突き、視線を合わせたところで

 

「ギルドに行きたい。案内できるか?」

 

と震える彼女を宥めるように優しく尋ねた。

リリルカは小さく頷き、立ち上がる。それに釣られてジョンも立ち上がったが、リリルカはジョンを見上げるばかりで動こうとしない。

自身を見上げる鳶色の小さな双眸に、少しの困惑を抱きながらもジョンは「どうした?」と言葉を掛けた。

 

「どうか……リリをお導きください」

 

目を伏せ、祈るように彼女は言った。

その姿を見たジョンの脳裏にいつかの風景がフラッシュバックする。

”クレイモア”を振り切った自分と、赤い鮮血を吹き出しながら地面へと倒れていく同類たちとが映し出され、掠れた言葉が鼓膜を打った。

 

『我らに救いを―――』、

 

ヒトに救いを。

我らに希望を。

死んでいった同類たちはヒトが生きていられる世界を望んだ。そして今、彼女は自身が導かれることを望んでいる。ならばジョンの答えは初めから決まっていた。

 

「お前がそう望むのならば」

 

 

 

 

 

 

 

 

”ソーマ・ファミリア”を出、ギルドへと向かうリリルカに追従しながらも、ジョンは街中の静まり返った様相に思考をやった。

建物から人の気配はするものの、しかし街中に人の姿は見えず、閑散としている。深夜の時間帯故に不自然ではないが、ここまで人気がないと不審に思うのは当然だった。

すると突然前を歩くリリルカが足を止める。ジョンはすぐさま背中の”クレイモア”に手を添え、リリルカの前へと立った。

雨音に紛れて聞こえてくる靴の音。一つ二つではなく、十かそれ以上の靴音がまっすぐこちらへと向かってきていた。

 

「ジョン様……」

「隠れていろ」

「は、はいっ」

 

上擦った声で返事をしながら路地へと走り込むリリルカの様子を窺いながらもジョンは”クレイモア”から手を放さない。

軽く握りなおし、見据えた闇の中から歩み出てきたのは見覚えのある顔をしていた。

雨が滴っていても端整な顔立ちに、太陽光のような金髪、小柄な体躯には不相応な長槍を肩に抱えた男。フィン・ディムナだ。

傍らに立つ同じく小柄でありながらも鎧の上からでも分かるほど鍛えられた体躯に、立派な髭を蓄えた男にも、筋骨隆々とした長身の男にも見覚えがあった。

皆、覚悟を決めた眼をジョンへと向けていた。後ろに控える戦士たちも同じように。

武器を持ち、盾を持ち、覚悟を決めた。ここまで揃っていて話し合いなどあり得ない。ジョンは一言、

 

「やはり、馬鹿には生きられんか」

「ああ。それはできない」

 

短いやり取りで、すべては決まった。

ジョンは踵を返し、フィンたちへ着いてこいと言わんばかりに背中を見せる。

 

「街に配慮してくれるのかい?」

「当然のこと」

 

向かうは街外れの平原、背中に感じる多くの敵意に呼応するかのように、己の中のダークソウルが蠢いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雨を裂き、衣服が濡れるのも構わずにレフィーヤ・ウィリディスはオラリオの街中を走っていた。

抱え慣れた杖を胸に抱き、息を切らしながらも追い続けた輝く金髪の彼女を探す。

”ロキ・ファミリア”全員に敷かれた待機命令、多くの団員が戸惑いを隠せないままに待つ本拠に、アイズ・ヴァレンシュタインの姿はなかった。

嫌な予感がレフィーヤの胸を打ち、居ても立っても居られなかったが為に本拠を飛び出し、今はただ闇雲にオラリオ駆け巡る。

 

「アイズさん……!」

 

最後に見かけた時の底暗い瞳をしたアイズを思うと、レフィーヤの心臓は焦りと不安で高鳴る。

早く見つけなければならない。早く声を掛けてあげなければならない。そんな漠然とした思いが体中を奔り回っていた。

ふと、足を止める。

雨音に紛れて聞こえてくる鉄を打つかのような音が自身の耳に入ってきたからだった。

頬を雨粒とは別のモノが流れる。すぐさま音の発生源へと駆け、その光景を見た。

腰まで伸びた金の長髪を揺らし、黒衣に身を包んだ冒険者の首を斬り飛ばすその光景を、レフィーヤは見てしまった。

 

「アイズ、さん?」

 

震える声で尋ねる。

レフィーヤの声に振り向いたその顔は、間違いなく、相違なく、かつて自分に笑いかけてくれたアイズ・ヴァレンシュタインその人だった。

”デスペレート”から血が滴り、地面に落ちて往く。頬に付いた返り血も、地面に倒れ込む複数の冒険者も、すべてを否定したい一心でレフィーヤは言葉を絞り出した。

 

「アイズさん、ですよね?」

「うん、そうだよレフィーヤ」

 

変わらぬ声色、変わらぬ表情でアイズはそう答える。

 

「その人たちは……どうしたんですか? 襲われ、たんですよね? 襲われなきゃ殺す理由なんて、ないですし」

「それはちょっと違うかな。襲われそうになったのはわたしじゃなくてジョンだよ」

「ジョン……?」

 

心臓の鼓動が早くなっていくのをレフィーヤは知覚した。

足を寒さとは別の震えが襲い、ここから逃げ出したい気持ちが心を支配していく。

 

「レフィーヤも知ってるでしょ? あの鎧の人」

「―――」

 

ダンジョン内での出来事がフラッシュバックし、レフィーヤは絶句した。

どうして、なぜ、そんなことばかりが脳内を駆け巡り、言葉が上手く作れない。

アイズがあの鎧人を守った、それはつまり―――。いや、そんなわけがない。だけども―――。

 

「どういうことなんですかアイズさん……」

「もう答えは出てるはずだよ」

 

淡々とした答え。

 

「教えてくださいアイズさん……!」

「わたしはあの人についていく」

「アイズさんッ!」

「……わたしは、強くなる」

「アイズ・ヴァレンシュタイン―――ッ!!」

 

静まり返ったオラリオの夜空に、レフィーヤの悲痛な叫びが響いた。

 

 

 

 

to be continued......




不死とはなにか
不死人とはなにか


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神と人と 4

五千字超えないクソザコ投稿者(自虐)


雨が降り続いていた。髪から垂れた雨雫が頬を伝い、地面へと落ちていく。レフィーヤは胸に抱えた杖を震えながらも前へと押し出し、二の足を開いた。

積み上げた戦闘経験がさせる、戦闘態勢だ。アイズもそれを察してか”デスペレート”を一振りし、踊るように構えた。

長い間傍で見続けてきたが、あんな構えは見たことがない。レフィーヤは半ば確信を持ちつつも、

 

「あの鎧の人に……なにかされたんですね」

 

と問う。

数秒の沈黙後、アイズは静かに語った。

 

「レフィーヤはどうして戦うの?」

「どう、して?」

「わたしは強くなりたかった。誰よりも、なによりも。だからジョンの側についただけだよ」

 

そう言い切るアイズの語調に乱れはなく、纏う雰囲気に変化は見られない。それはつまり彼女は本気なのだとレフィーヤは悟った。

杖を握りしめ、震える声で再度問う。

 

「その選択が、わたしたちと戦うことになっても……」

「構わない」

 

寄せ付けない切り返しにレフィーヤは思わず息を呑んだ。その言葉は構える”デスペレート”のように鋭く、胸に突き刺さる。

 

「レフィーヤはどうして戦うの?」

 

アイズが再び問う。

金などではない。力を求めたわけでもない。そう、自分はただ―――。

ただ、目の前の金色の光を追いかけていただけだ。追いつき、共に生きたいと、ただそれだけのために戦ってきた。

そして今もなお、金色の光はこの胸を焦がしている。

 

「わたしは……。わたし、は……!」

 

記憶の仲間と目の前のアイズ。二つの間でレフィーヤの心が大きく揺れた。

 

 

 

 

 Soul of oratoria

 

 

 

 

螺旋剣が地面に突き刺されば、そこから自然と炎が湧き上がってくる。

ソウルから取り出した骨片をくべれば、篝火が出来上がった。

 

「―――盾を」

 

槍を掲げ、フィンが静かにそう号令を掛けると、剣を持たずに大盾だけを装備した冒険者たちが一斉に動き出した。

同時にリヴェリアが後方へと下がり、それに追従するように冒険者たちは動く。やがて足を止めたリヴェリアを囲むように盾が構えられた。

盾の円の中心で、リヴェリアが高く杖を構える。遠目から見ても分かる詠唱のそれだった。

次に剣と盾を装備した数十人の冒険者が壁のように広がり、剣を後ろに、盾を前面に押し出して構える。

一連の動作を見届けたジョンは「―――ふん」と鼻を鳴らした。

思考の必要すらない、待ちの戦術。となれば魔術師が放つのは致死級の一撃だろう。

猶予は一分か、それとも十秒か。地面に突き刺さった”クレイモア”を見つめ、しかしすぐに抜き取る。使い古された柄から伸びる布が風に舞い、踊る。

()()()()。ただいつも通りに戦うだけのことだった。

 

「さて、始めるか」

 

”クレイモア”の柄を両手で強く握りしめる。天高く構え、そのまま背中へと垂らし、姿勢を低く構えた。

この”クレイモア”は()()のではなく()()()()といった表現が正しい使い方だ。本来ならば前者に加えての()()が主流だが、高みへと至ったソウルを持つジョンが使えば、どんな動作も()()()()()()という表現が適切になってしまう。

 

「総員、覚悟を決めろ。君たちの神が己にとってなによりも代えがたいものならば、奮起せよ!」

 

「―――応」と波が起きた。同時にジョンは駆けだす。大きく足を開き、地面を蹴り飛ばし、姿勢を更に低くして()へと突貫する。

()に動揺が走るほどの速度、そして己の背中を這いずり回る殺意の蛇に屈しなかったのは猛者(おうじゃ)と称えられた巨人だった。

 

「フレイヤ様の為に!」

 

オッタルが立ちふさがると察するや否や、ジョンは片足を伸ばし、片足を曲げ、地面を削りながら減速する。しかし勢いは殺さず、そのまま回転へと移行する。

地面を抉りながら下から上へと振り上げられる”クレイモア”とオッタルの大剣とが衝突した。

 

「ぬ、う―――!」

「いい武器だな。しかしそれだけでは……!」

 

オッタルの巨体をものともせず、ジョンは”クレイモア”を振り切った。2メドルほどの巨躯が宙へと浮き、そのまま吹き飛ばされる様は異質であった。

 

「【―――黄昏を前に(うず)を巻け】」

 

遠くから聞こえる詠唱に向かってジョンは更に加速する。

 

「【魔槍よ、血を捧げし我が(ひたい)を穿て】」

 

「【ヘル・フィネガス】」そう唱え、フィンは右手の親指で額を打った。額から伝達される魔力が瞬く間に全身へと行き渡り、最後にフィンの眼を紅く染めると、彼は咆哮した。

理性を感じさせない、敵意と殺意に満ちたフィンを見、ジョンは「ほう」と戦闘中にも関わらず興味深い声を上げた。

 

「理性を代償に力を増してるのか? だが―――」

「オオオオオ―――ッ!!」

 

横薙ぎに振られる長槍、ジョンに焦りはなく、加速して一気にフィンの懐に入り込む。そして小柄なフィンの頭上から肘鉄を打ち下ろそうとした時、彼と視線が交錯した。

しかしジョンに躊躇いはない。鎧の重量に加えて鍛え上げられたソウルの身体から繰り出される肘鉄は、容赦なくフィンへと襲い掛かった。

鎧を纏っていないフィンならば、容赦なく骨を砕き、致命傷となる一撃。だが、それは彼の左腕が犠牲になることで致命傷には至らなかった。

 

「やるな」

「―――シィッ!」

 

即座にジョンを蹴り、後ろへと下がりつつもフィンは空中で長槍をジョンへ向けて投擲する。

風を切る鋭い一撃はしかし、身体を捻ることで避ける。

地面へと突き刺さった槍を引き抜き、ジョンは地面へと着地するフィンへと投げ返した。

が、フィンもまた着地の姿勢を更に低くし、まるで地面に這うかのような体勢を取ることで回避する。槍が己の頭上を飛んでいくのを感じ、フィンはその場、その高度で回転し、槍をつかみ取った。

 

「―――そう。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

掴み取り、着地したフィンを暗い影が覆う。深く引かれた”クレイモア”、その切っ先が瞳に映り込む。それは紛れもない死の形、だがフィンは目を閉じることはなかった。

なぜならば―――。

 

「させんわい!」

 

仲間が、友が、助けてくれると()()で知っているからだ。

それを悟った瞬間、ジョンは横から訪れた衝撃に吹き飛ばされる。受けた衝撃から瞬時に己の中のソウルたちが【バッシュだ】、【シールドバッシュだ】と囁く。

その囁きを一蹴し、相手を見つめる。

記憶に新しい、立派な髭の男、ガレスがそこにいた。

 

「ワシらの勝ちじゃ」

「まだ分らんぞ。お前程度なら二秒あれば事足りる。魔術に対しては……お前の屍を盾にするとしようか」

 

”クレイモア”を構えなおし、ジョンは突進した。ガレスは大盾を持っているものの、その程度であれば容易に崩せる。

盾を蹴り飛ばし、首を断つか―――! 接近し、構えられた大盾を下から掬いあげるように蹴り飛ばす。大きく飛ばされた手を見ることなく、ジョンは”クレイモア”をガレスに突き刺し―――。ガレスが、盾以外の装備を持っていないことに、気が付いた。

ガレスの後ろで組まれた隊列が水を裂くように分かれ、そして杖を構えたリヴェリアが目に映る。

 

「お前―――!」

「ガハハ……。二秒もあれば、十分じゃわい……! やれい! 腐れエルフ!」

「【吹雪け、三度の厳冬――】」

 

間に合わない―――。ジョンの思考が行き着く。

 

「お主も一緒に……こい……!」

「【我が名はアールヴ】」

 

ウィン・フィンブルヴェトル。それは時さえも凍てつかせる極寒の吹雪。

襲い掛かる白い景色と、鎧を突き抜ける寒さに、ジョンは「見事」と一言だけ洩らして意識を手放した。

 

 

 

 

 1

 

 

 

 

「そう……君が例え死ななくとも、凍らせてしまえば関係がない」

 

傷だらけのフィンが白い結晶に向かって話しかける。

複雑骨折した左腕をポーションで癒しつつも、続けた。

 

「僕らは定期的に君に魔法を掛ける。永遠に、ずっと。リヴェリアが死ねばレフィーヤが。レフィーヤが死ねば彼女の子供が。僕らは君を封印し続ける。僕らの―――勝ちだ」

 

歓声が上がり、戦士たちは喜び合う。あるいは一緒に凍ったガレスを思い、泣いた。

悪夢の化身、ジョン・ドゥは封印された。神々と人に平穏が戻り、オラリオに平和が戻ったのだ。

 

そう、思われていた―――。

季節は巡り、凡そ数百年の時が流れた。

栄えたオラリオの郊外には決して魔法を切らしてはならないという氷獄の塔が建ち、エルフの魔法使いたちが度々その塔を凍らせている。

しかし……。ある好奇心旺盛な少年が、その塔に掛けられた魔法を解いてしまった。正確には、中の氷を砕き続け、中に何があるのかを確かめてしまったのだ。

そして()()は現れた。

 

「クハハ―――! 何度味わっても苦いものだなァ! 敗北の味は――!」

 

少年は見た。

少年は聞いた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

狂ったように笑う男は浴びるように何かを飲み、そしてまた笑う。次に発した言葉は、驚くほど底冷えした声だった。

 

「さて、()()()

 

男はどこからともなくナイフを取り出し、鎧の隙間から己の首へと突き刺す。

血が噴き出し、倒れ込んだ男はやがて動かなくなった。

そう、()()()()()()()

 

 

 

 

 2

 

 

 

 

目を開ける。

見慣れた篝火に、突き刺さった”クレイモア”が映り込む。

 

「―――盾を」

 

嗚呼、嗚呼。覚えている、覚えているぞ。”ダークソウル”が蠢き、囁く。

ジョンは立ち上がり、酷く懐かしい面々を視界に捉えると、語り掛けた。

 

「認めよう」

「……なんだって?」

「お前たちを、神の使徒として。()()()()()()()()()()()()()として認めよう」

 

”クレイモア”が銀色の粒子となって消える。代わりに現れたのは、無骨な大斧だった。

刃も、柄すらも鉄で造られたそれは従来の製法で造られたものではなく、不死人によって具現化されたソウルを鍛えることによってのみ得られる特殊武器。

真空の刃で敵を両断する死の業で多くの英雄たちを葬ってきたゴーレムの斧である。

 

「喜べ。神に殉教したいという貴様らの願いは、今日此処に叶う」

 

”ゴーレムアクス”が風を纏う。

その場にいた全員が死の気配を感じ取り、反射的に武器を構えた。

 

「さあ、死ぬがいい」

 

鎧兜のスリットのその奥で、ダークリングが強く、怪しく輝いた。

 

 

 

 

to be continued......




おったる「(´・ω・`)」


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