Fate/story of color (破月)
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序章

――――"聖杯"。

 

 

 

それは、あらゆる"奇跡"を叶える力を持つ、万能の杯。

 

 

 

――――"聖杯戦争"。

 

 

 

それは、七人の魔術師(マスター)が七人の英霊(サーヴァント)を召喚し、覇を競いあう究極の決闘劇。

 

過去、三度に渡り繰り広げられた聖戦だが、四度目を迎えた時、その戦いは破綻した。勝者に捧げられる無色の聖杯が、その権能を濁らせ、悪意に染まっていたのだ。

 

最初に気が付いたのは、此度の聖戦に招かれた一人の男だった。英雄たちの頂点に君臨する、未来を見通す眼(千里眼)を持った、一人の王。黄金に輝く鎧を纏い、その鷹のように鋭い瞳を以て、男は知った(みた)。聖杯の実態と現状、そして、遠くない未来に訪れる一つの出会いを。

 

だからこそ、男はこの戦いに背を向けることを決めた。臣下の礼を取りながら、その実、彼を出し抜こうという愚かな思いを抱く男に実情のみを伝え、自らの首を落としてみせた。

 

 

 

それが始まりだ。

 

 

 

男に見捨てられた魔術師は、男の言葉を切り捨てた。

 

故に、第4次聖杯戦争は、男を召喚した者ではなく。己の力だけで汚染された聖杯に辿り着いた一人の魔術師殺し(おとこ)と、無念と共に聖杯を諦めた騎士王(しょうじょ)によって、幕を閉じた。

 

汚れは大本である大聖杯にまで及んでいた。これでは闘う意味などないと、魔術師殺しと騎士王は嘆き、怒り、他の魔術師(マスター)達を説得した。

 

 

 

時計塔の天才は、苦渋の表情で説得に応じた。

今生の忠誠を誓った男(彼のサーヴァント)は、影を帯びた笑みを浮かべる。

 

迷える教会の使徒は、無感動な顔で頷いた。

百余りの顔を持つ女(そのサーヴァント)は、仮面の下で唇を噛み締める。

 

未熟な青年は、不満げではあったが理解を示した。

奔放なる征服王(彼のサーヴァント)は、残念そうではあったが呵々と大笑する。

 

ある少女の為に出戻った男は、絶望を隠しきれずに嘆いた。

狂気に沈んだ騎士(彼のサーヴァント)は、狂ったままに生前の主へと懺悔する。

 

快楽殺人者は、そんなことは関係ないと笑った。

聖処女復活を願う侯爵(そのサーヴァント)も、意に介さず虚言を述べる。

 

 

 

この聖戦に勝者はいない。ただ、敗者がいるとすれば。それは、傲慢たる英雄王(サーヴァント)の言葉を聞かなかった、その男ただ一人だろう。

 

最初に英霊(サーヴァント)を失った御三家の一角である魔術師は、現実を直視し、そして、去っていったサーヴァントを思った。

 

 

 

――――王よ、貴方の言葉は決して間違ってはいなかったのだな。

 

 

 

後悔と自責の念に駆られながら、誰よりも聖杯の汚染を取り除くことに魔術師は全霊を注いだ。他の者と手を取り合い、無色の願望器に戻れよと祈りながら。

 

 

 

2年が経った。

 

 

 

聖杯の汚染は見事取り除かれ、それを見届けた英霊たちはそれぞれの思いを胸に、その地を去っていく。

 

 

 

最初に暗殺者(アサシン)が、マスターだった言峰綺礼を一瞥して消えた。

 

次に槍兵(ランサー)が、マスターであるケイネス・エルメロイ・アーチボルトとその妻、ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリに頭を深々と下げて消えた。

 

続いて騎兵(ライダー)が、坊主とマスターを呼んで、ウェイバー・ベルベットの頭を豪快に撫でて消えた。

 

さらに狂戦士(バーサーカー)が、マスターになった間桐雁夜に傅き、謝罪を口にして消えた。

 

魔術師(キャスター)は、狂った笑みを浮かべ、マスターの雨生龍之介の名を叫びながら消えた。

 

最後は剣士(セイバー)だった。麗しい(かんばせ)を歪め、衛宮切嗣を、言葉すら幾つも交わせなかったマスターを見つめていた。

 

 

 

曰く、此度の現界は無念しかないと。

 

曰く、貴方と言葉を交わし、互いを理解できなかったことが残念だと。

 

曰く、次があるのならば、今度こそ貴方を理解したいと。

 

曰く、次こそは必ず、"願い"を叶えてみせると。

 

 

 

そうか、と。切嗣は表情もなく頷いて背を向ける。そしてセイバーもまた、そんな彼に背を向けて消えていった。その様子を、アイリスフィール・フォン・アインツベルンが、少しだけ寂しげに見守っていた。

 

そして、すべてのサーヴァントが消え、立会人たる遠坂時臣は小さく嘆息する。これで、終わったのだ。勝者のいない、聖杯戦争が。

 

 

 

そのさらに2年後。彼を見限った王が、数奇な運命のもと、一人の少年に招かれる。

 

 

 

 

 

― ― ― ― ―

 

 

 

 

 

玉座に深く腰を下ろした男は、傍らに現れた者に言う。

 

 

エルキドゥ(とも)よ」

「なんだい、ギルガメッシュ(とも)よ」

(オレ)は彼奴めが生まれてくることが、こんなにも待ち遠しい。彼奴こそが我が召喚者に相応しく、この(オレ)こそが彼奴の英霊(サーヴァント)に相応しい」

 

 

口許を歪め、心底愉快だと言いたげな口調に、エルキドゥ(とも)と呼ばれた彼/彼女は可憐な笑みを浮かべた。

 

 

「ふふふ……そうだね、そうだとも。お互いがお互いに相応しい。僕も、会ってみたいものだ」

 

 

そうだろうと返し、男はだだ広い蒼穹を見上げる。

 

 

「―――■■よ」

 

 

その名を口にした瞬間、遥か彼方から鐘の音が聞こえてくる。それは誰かの死を告げるものではない。しかし、誰かの生を祝うものでもない。ただ、喚んでいるのだ。

 

 

「思ったよりも早かったね」

 

 

その言葉に頷き、男は玉座から立ち上がる。

 

 

「行ってらっしゃい。君の――――()()()()旅路が、善きものでありますように」

「ああ」

 

 

そうして、男は座から消えた。

 

 

 

――――本霊(かれ)を呼ぶ、召喚者(マスター)のもとへ。



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誕生

――――水面に揺れる木の葉のように。薄暗く、温かな"何か"に包まれて揺蕩い、()()は小さく身動ぎした。コポリ、と気泡が弾ける音を聴く。けれどそれは幻聴だ。なぜならこの身は、()()()()()()()()()()のだから。

 

 

『愛しい子』

 

 

柔らかな、女性のものとおぼしき声が響いた。さわりさわりと、"何か"を隔てた向こう側で動いた気配がする。それに答えるように未熟な足のようなものでとん、と"何か"を蹴る真似をしてやれば、喜色ばんだ声音で女性が笑う。

 

 

『元気な子だねぇ』

 

 

きゃらきゃらという幼い少女のような笑い声。その声を聞きながら()()は、はたと思い至った。

 

 

『あなたは私と私の旦那様、どちらに似るんだろうね』

 

 

ここが、母の腹の(なか)であるということに。

 

 

 

それから半年が経とうとする頃、第4次聖杯戦争の終結間もなく、()()は誕生する。名を、

 

 

「生まれてきてくれてありがとう、貴方の名前は――――」

 

 

■■という。

 

 

 

 

 

― ― ― ― ―

 

 

 

 

 

「キリツグー、置いてっちゃうよー」

 

 

そんな声が屋敷の中に響き渡る。冬の様相をまだ残す町に駆り出すために、コートを羽織った少女が玄関先で父親を待っていた。

 

 

「今行くよ、イリヤ」

 

 

小さな姫君の声に答えるように、奥から草臥れたトレンチコートを着た男が現れる。その横に、赤銅色の髪と琥珀色の瞳を持った少年が、表情を削ぎ落とした顔で寄り添っていた。

 

 

「シロウも行くの?」

「ああ、そうだよ。アイリは、舞弥と留守番をしているってさ」

「そっかー、じゃあお土産買ってこないと!ねー、シロウ?」

「……ん、ねぇちゃん」

「――――!」

 

 

少年はほんの小さな笑みを浮かべ、少女は心の底から嬉しいと言わんばかりに破願一笑し、その様子を目にした男は人知れずこの幸せを噛み締める。

 

 

 

――――こんな日が、来るなんて。

 

 

 

助けを求める()()を救おうとして、救えるモノと救えないモノを機械的に選別してきた男は、もういない。犠牲になったモノが増えれば増えるほど、憤り、傷付き、嘆いていた男は、ついに積年の思いを断ち切り、イリヤと言う名の愛娘と、士郎と言う名の養子の、ただ一人の()()として今を生きている。だだっ広い武家屋敷には、二人の子供の他、最愛の妻と愛人とも言うべき女性が二人いて。それから、懇意になった藤村組の娘も時折遊びにやって来る。

 

 

 

――――世界の恒久的平和を願っていた。

 

 

 

そんな願いが霞んで見えるほど、今の生活が輝いている。この輝きを失うことは出来ず、自らの手で壊す決断力も、勇気も、冷徹さも、今の男の中には既に存在していなかった。……魔術師殺しは既に、その牙を折られてしまっていた。

 

 

「行ってらっしゃい、お気を付けて」

「子供たちをよろしくね、キリツグ」

「ああ、行ってくるよ」

 

 

二人の女性に見送られ、両手を子供達の手と繋ぐ。慎ましいこの幸せが、これからもずっと続いてほしい。そう願う男の顔は穏やかだった。

 

 

 

 

 

― ― ― ― ―

 

 

 

 

 

「――――まさか、とは思いましたが」

 

 

顎に手を当てそう呟いた現当主は、孫に当たる赤子を抱いた息子に視線を投げる。その視線に含まれた意図を図りかねた息子は首を傾げ、眉間に深いシワを刻んだ己の父親を見つめた。魔術の副作用で色が抜けたという白い髪、代々家系的に浅黒い肌、そして抜き身の刀を思わせる鋭い眼差しを持つ。それが結木家当主、結木時貞である。

 

 

「薄々感じていたことでしたが、こう現実になると、存外動揺するものですね。私の代で()()()()()()()()()を終えるつもりでいましたが、そうもいかなくなってしまったようです」

 

 

眉間にシワこそ刻まれど、言葉とは裏腹にあまり動揺しているようには見えない。しかし、息子の貞雪も時貞の言葉で漸く事態を把握したようだった。

 

 

「それでは、この子は」

「ええ、間違いなく。優秀な()()()となるでしょう」

 

 

赤子を抱く腕が強張り、貞雪は大きく目を見開く。魔術師の家に在りながら、その才を一切持たずにいた自分の子が、よもや魔術師の業を背負って生まれてくるなどと。誰が予想できただろう、妙に勘の鋭い父ですら、生まれた赤子の姿を見るまで、想像すらしていなかったというのに。

 

 

「そ、れは……」

「心穏やかではいられないでしょうが、これは事実です。この子の身には、私をも越える魔力が宿っている……他の者の手に渡れば悪用されかねない」

 

 

それほど危険なのだと、時貞は言う。けれど貞雪はそれを信じることが出来なかった。魔術回路を持たぬ身ゆえ、腕の中にある温もりが、ただ平凡なものとしか思えない。だが、時貞の言葉に偽りはないのだろう。今までこんなにも深刻な表情をした父を見たことがなかった。ただ茫然と腕の中の我が子を見つめ、貞雪は呟く。

 

 

「神はこの子に、何を望んでいるだ……」

 

 

― ―

 

 

――――それから4年が経つ。利発な子供は、歳不相応な成長をもって周囲を驚かせた。特に根源に至ることに熱心な一族の者にすわ天才だ、すわ神童だなどと持て囃されながらも、子供は決して驕らずただ淡々と魔術を研鑽した。それが己に出来る唯一だとでも言うように。

 

 

「――――素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 

そして、運命の(とき)は訪れる。

 

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 

 

水銀で描かれた魔法陣の中央に立ち、拙いながらも朗々と詠唱する子供がいる。それを見守る祖父時貞の目は厳しく、父貞雪は内心穏やかでなく、しかしそれを顔に出さずにいた。

 

 

「―――――Anfang(セット)

 

 

カチリ、と時計の長針が真上を示す。時は逢魔が時、子供の魔力が最も高まる瞬間だ。日が差し込むべき窓の類いは一切無く、壁に飾られた燭台に点された僅かな灯りのみが彼らを照らしていた。

 

 

「告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

 

淡い色合いの魔力の奔流が子供の周囲を渦巻き、それに呼応して魔法陣が赤い光を灯す。

 

 

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――――!」

 

 

顔を覆いたくなるような、鋭い光が迸る。暴風にも似た風が、怒涛の勢いで吹き抜けていった。そして、静寂が満ちる。かつり、と何かが地下室の石畳を叩く音が大きく響いた。

 

 

「ふ……ふふははははは!!」

 

 

そこにいたのは、神代に生きた人類最古の王。豪奢な鎧を纏い、高らかに笑いながら彼は言う。

 

 

「相性などと言う目にも見えぬ曖昧なもので、よくもまあこの(オレ)を喚び寄せたものだ。貴様の事は知っている、千里眼(この眼)で見通せぬ未来(もの)など在りはせぬのだから!……なぁ、召喚者よ。異なる世界で無惨にも死した魂よ。生まれ出でたその時から、既に世界に囚われていた哀れなる者よ。お前は、その命運から無様にも逃れるために、この我を呼んだのか」

 

 

否、と子供は言う。圧倒的な存在を前にして臆することなく、

 

 

「――――自分自身だ。自分自身の可能性に挑むため、僕は貴方を喚び寄せた」

 

 

そう宣った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これは、7組のマスターとサーヴァントが聖杯を求め戦う物語ではない。

 

 

 

これは、14組のマスターとサーヴァント達が集う大戦の物語でもない。

 

 

 

――――これは、異端な少年とその導き手たる王、

そして、少年に絶対の忠誠を誓い、溢れ返るほどの愛を捧げた一人の赤枝の騎士の物語である。

 

 

 

物語はzeroから始まり、Grand Orderで事結ぶ。



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王と子

お久しぶりです、生きてます。
あまり気分が乗らず執筆が滞ってしまい申し訳ありません……。
今回の話は短いですが、書き上げた分だけ投稿します。
次回更新は他作品含めて未定です。


Kal Vas Xen Hur(風よ)

「ふん」

 

 

文字を刻んだ石を4つ、展開する。鋭利な刃のような風が駆け抜ける。しかし、その不可視の刃は一刀にて両断された。

 

 

「ッ、Kal Vas Xen Ylem(大地よ)!」

「ぬるいわ」

 

 

さらに4つ。大きな亀裂が走り柱がせり上がる。けれど、それは体勢を崩させるには物足りない。

 

 

Kal Vas Xen Flam(炎よ)!!」

「ふははははははは!」

 

 

続けてもう一度、4つの石を眼前に展開。灼熱の塊が舞い上がる。だが、それすらものともせず、逆に大火を打ち返してみせた。

 

 

「僕の事おちょくってますよね?」

「今更よな!」

 

 

悪びれる素振りも見せず、逆立てた黄金の髪を揺らして男が笑う。周囲は天変地異でも起きたかと思うほどに荒れ、身綺麗な男とのギャップが激しい。脱力した少年の姿に手詰まりを察し、男は少年との距離をつめた。少年はじゃらりと様々な石をポケットから取り出すだけ取り出し、憤慨した様子を隠すでもなく頭を掻く。

 

 

「くそ……っ」

 

 

その様子が実に面白いと、男は更に笑みを深める。

 

 

「やっぱり、付け焼き刃のルーンだと弱いですね……」

「ルーン魔術は門外漢であるが、(オレ)魔術師(キャスター)の素養もある。しかし、此度の召喚は弓兵(アーチャー)であるが故に」

「頼んでも御教授願えない、ということですね。分かってます……」

「左様、であるならば……その様に頬を膨らませるな。栗鼠か貴様は」

「……誰のせいだと」

 

 

男の性格をよく知る者がこの場にいれば、きっと二度見をするか眼を剥くだろう。それほどまでに、男はいつになく軽快な笑みを浮かべていた。それもこれも、自らを召喚せしめた少年が、想像以上に仕上がっていたためだ。歳に見合わない口調はやや気になるが、その生まれを思えば些末事である。男――ギルガメッシュは漸く笑いを納め、波紋を一つ浮かべてその中に少年が持つ石を無造作に投げ入れた。そして少年を担ぎ上げ、自動修復の刻印が起動を始めた修練場を背後に、地上へと続く階段に足を掛ける。

 

 

「さて、これからどうするか」

 

 

かつん、かつん、と石階段を踏む音が反響する中、ギルガメッシュは少年に問いかけた。その口角は、答えを聞くまでもないと言わんばかりに愉しげに歪められている。故に、少年はあえて求められていないと思われる方の答えを紡ぐ。

 

 

「書庫に貴方の英雄譚があったと思うので、それを読もうかと」

 

 

案の定、その言葉にギルガメッシュは顔を顰めた。

 

 

「止めておけ、あのようにつまらぬものを読んだとて、貴様には何の益もあるまい。読むならば他の物にせよ」

「そうですか?最古の王の物語を紐解くのも、大変有意義だと思うのですが」

「我がつまらぬ」

 

 

やはり、求められていた答えとは違ったらしい。ギルガメッシュの傲慢な言い様に、少年は憮然としてため息をつく。こういった性格であることは()()()()()が、いざ目の前にしてみると呆れるしかない。よくもまあ、優雅な紳士はこの男を召喚したものだ。更に言えば、あの外道神父はこの男と10年も一緒に過ごしていたというのだから、感服する。だが、ここでない世界の記憶を掘り起こしても、意味はない。ここにいるギルガメッシュは、()()()と同質ではあっても、同一ではないのだ。さて、では何をしよう。思考を切り替えつつも、疲れた体に伝わる振動が眠気を誘う。何とか意識を保ちながら、他にやっておくべきことはないかと思案する。叙事詩を読み解くのは、別段今でなくてもいい。むしろ、読み解くより本人に語ってもらえばよいのではないか。

 

 

「……ギル視点の、話が聞きたい……かなぁ」

 

 

それは思うだけにとどまらず、自然と言葉となって零れ落ちていた。堅苦しい言葉遣いは崩れ、無意識に落とされたそれをギルガメッシュは拾い上げる。こくり、こくり、と船をこぎ始めた少年に視線を落とし、一瞬の思案の後口を開く。

 

 

「では、寝物語に我が臣下の話でもしてやろう」

「ああ、それは……」

 

 

かすれた声が何事かをいい終える前に、ふっ、と腕の中の重みが増した。しかし、それはサーヴァントであるギルガメッシュには苦にもならない、軽やかな重みで。

 

 

「ふ……聞かせてやろうと言ったそばから寝落ちるとは、不敬な奴よ。しかし、如何に精神が成熟していようと、体が幼ければそれに引き摺られるのも道理よな」

 

 

猫のように胸元にすり寄ってくる少年を抱えなおし、最古の王はそう独り言ちる。小さく、静かに、穏やかに。

 

 

「眠れ、異邦の子。貴様が挑むと定めた己自身、その道程はさぞ険しかろう。故に、今は眠れ。――――夢も見ぬ、深い眠りにな」

 

 

 

 

 

――――それは、ある秋晴れの日。少年が王を現世に喚び寄せてから、約半年が過ぎた頃の出来事だ。



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