IS―審判の時― (Vシネ面白かった丸)
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ブルー・ティアーズ

新社長が出て幾数日、そろそろ二次創作が出来上がってもいい頃だなと思い検索しても0件、エグゼイドの主要人物が主人公の小説はほぼ出揃っていると言うのに……。
このままではいけない! と思い立ち書きました。台詞は新社長脳内ボイスで余裕過ぎて書くのめっちゃ楽しかったです。

※修正。私の研究成果→我が社の研究成果


 格納庫、と呼ばれているそこは同時に発着場でもある。眼前のアリーナへと通じるゲートをレールを用いて射出され、戦場へと運ばれる。ここはそのための準備をする場である。

 

 話をそらして自己紹介させてもらうと、私はどこかしらの世界の知識を持った人間である。前世の記憶、とはまた違う。何故なら知識にある年号と今の年号にそう違いはないからだ。

 仏教において、前世とは個人が生まれる前に送った一生のことを言う。今の一生は現世といい、この一生の先が来世である。つまり私は現世の記憶を二つ持っていることになる。

 幼い頃から持っていたから、それが何故私の中にあるのかは分からない。だが分からないならそれでも構わない、友人が出来ない以外に困ったことなんてないし、むしろ私の趣味と噛み合うことにより擬似的な才能として振るうことが出来るからだ。

 

 で、ここで話を戻す。どうして私が戦場前にいるのかと言うと――――

 

「……仕方ない。檀、お前とオルコットの試合を先に回す。いいな?」

 

「問題ありません」

 

 ――――私が戦場へと向かう兵士の一人であるからだ。

 どうしてこうなった。いや事の発端は何かなんて分かっている、つい数週間前のことだからだ。私は、この世界を構成する重要なファクターとなり得てしまった男子禁制であるISを、男の身でありながら起動してしまった。そこからはあれよあれよと連れ込まれ流されて進められ、気がつけばクラス代表なんて物の候補になってしまい、さらにはそれを決めるための戦いにまで巻き込まれてしまった。

 どうして、この学園の人間はこうも脳筋なのだろうか。物事には様々な解決法が存在するが、その中でも力による解決は最も愚鈍であると考えている。

 わかだまり、禍根、遺恨だけでなくストレスまで自分だけでなく他者にも残すからだ。まぁ、一番嫌がる理由と言うのは……。

 

「私が勝つに決まっていますからね」

 

 全く、無駄のない行動に勤めてほしい物だ。

 

 

◆◆◆

 

 

 その言葉は、あの時と全く同じ台詞だった。

 あの時、俺とオルコットさんが啖呵を切りあったクラス代表を決める時間。同じく他薦を受けていた檀は、千冬姉についでだからと勝手に決められ、いいなと念を押された時、瞳一つ揺らさずに力強い眼差しを持って、確かに言った。

 

『問題ありません。私が勝つに決まっていますからね』

 

 その発言にクラス全体が唖然とした後、オルコットさんがまた噴火した。さっき言った言葉をさらに酷くしたような、まさに侮辱のオンパレード。あまりの言いように俺だけで無くクラスメイトにまで火がつこうとしたその時に、静めたのは檀だった。

 

『セシリア・オルコット。才能だけでなく最大限の努力を持ってイギリス代表候補生までのしあがった本国で一時期時の人となった悲劇のISパイロット、その類い稀なる豊富で高めの適正率はまさに優秀の一言。一年全体で見ても間違いなく上位の実戦成績を持つ人物』

 

 何処からかファイルを取りだし檀はそれをつらつらと読み上げる。その言葉にオルコットさんの態度は急変、自分の立場をよく分かっているようですわねと機嫌までよくなる始末。まさか媚を売るつもりなのか、ここまで生まれ故郷を馬鹿にされておきながら、と怒りの矛先があいつに向くのも束の間。

 

『――だが、どうやら過大評価が過ぎたらしい』

 

 檀はまたも、クラスを静めた。その手に持った紙媒体のファイルを、半分に破り捨てたんだ。オルコットさんはまたも唖然、そうして少しすると顔を赤くするを通り越したのか目をつり上げ、殺気というのかもしれない鋭い物を放ちながら、口を開こうとしたとき、檀が先んじた。

 

『しーっ。……これ以上は時間の無駄だ。織斑先生、授業の再開を』

 

 鋭い物を向けられながらさらりと受け流し、なんでもないかのように授業の再開まで促す。千冬姉はため息をつくと、言われるまでもないとその場を纏め上げ授業を続けた。

 クラスの皆はその姿に檀の評価をうなぎ登りにしたらしいけど、俺は全くそんなことは出来なかった。むしろ俺の中で檀に対して芽生えた感情は、恐れだった。

 具体的にどこが、と言われると自分でも掴み損ねているから言葉に出来ないのだけど、これだけはハッキリと言える。

 檀 正宗は、必ず何かを起こす。

 

 

◆◆◆

 

 

 土を踏みしめる音が緊張に包まれ、静まり返ったアリーナによく響く。一歩、また一歩と彼女に近づく度に殺気が鋭く研ぎ澄まされて突き刺さるのを感じる。困ったものだ、今から行うのは試合であって死合ではないのだが。そんなもの突き刺したところでなんの意味も価値もない。

 ブルー・ティアーズ、君の行為も行く道も全て無駄ばかりだ。

 

「ここはISのためのアリーナですわよ。ISも身につけず土足で上がり込んでくるなんて、分を弁えた方が宜しいのでは?」

 

「許可はある。それに、私の物は君のと違ってスマートでね、ゲートを使わずともアリーナに上がれるのだよ。体重100kg越えの君には分からないかも知れないがね。ブルー・ティアーズ」

 

「……どうやら、最後の許しのチャンスも棒に振るつもりのようですわね」

 

「そう言う君は記憶力が乏しいようだね。私は言ったはずだ。『私が勝つに決まっている』、とね」

 

「ッ!」

 

 瞬間、光が迸る。耳のすぐ側を光線が走り、背後の地面に轟音と傷跡を残す。

 なるほど、これがスターライトmkⅢの威力か。現代兵器が太刀打出来ないと言うのも頷ける。こんなものが相手では、戦車と言えど十秒も持たずに撃破されることだろう。何千発ものミサイルをIS一つで凌ぎきったという話も、眉唾物ではないらしい。

 

「ISを装着なさい、私が貴方を撃ち殺さない内に」

 

「ではお言葉に甘えさせてもらうとしよう」

 

 まだ長袖である制服を一枚脱ぎ、物を取り出してから地面に放り捨てる。そのままメタリックブルーに塗装されたそれをバックルに重ねるように当てはめると、重苦しく渋い音声で装着音が鳴り響く。

 そうしてポケットから、我が社の研究成果を取りだし、取り付けられたスイッチを押した。

 

《KAMEN RIDER CHRONICLE》

 

「今こそ審判の時」

 

 研究成果、ガシャットを勿体ぶらず手放す。ガシャットは重力に従いあわや地面へ真っ逆さまと思いきや、その場で落下を止め浮遊し、まるで意思を持つかのように私の回りをくるりと回り始める。

 それを確認した後にバグルドライバーⅡのAボタンをクリックすると、軽快な音楽がアリーナ全体へと流れ始める。別に何かを馬鹿にしているわけでもこけにしているわけでもない、これは待機音声だ。審判の時を始めるための、Aメロなのだ。

 ガシャットの挿入音が重苦しい音声として流れる

 

「――変身」

 

 解放のスイッチを押した。

 

《BUGL UP!》

 

 それは、自身を昇華させる言葉。

 

《天を掴めライダー、刻めクロニクル。今こそ時は、極まれり!》

 

 激しい迸りと共に、私の全てが変わったことに今や自分だけでなくアリーナにいる全員が気づいたことだろう。黒を基調とした緑のフルボディ、はためく黒であり赤でもあるマント。そして今の自身を象徴する、浮かび上がった時計と数字のマーク達。

 

全身装甲(フル・スキン)のIS……!?」

 

「そのような武骨な名称は止してもらおうか。これの名……いや、今の私は"クロノス"。"仮面ライダー クロノス"と、そう呼んでもらおうか」

 

「ふざけた事を……檀正宗ッ!」

 

 勢いのまま叫ぶと、彼女はブルー・ティアーズに装備された現行で数少ない武装である、ビット"ブルー・ティアーズ"を自身の側に侍らせた。

 また一つ、無駄を増やした。もう既に試合開始のブザーは鳴っているというのに、早々に撃ち抜きに行かず余裕まで見せている。宙に浮かんでいるからと言って、その程度のことで慢心してしまうとは、つくづく自分の目が鈍くなったのかと思ってしまう。

 

「さぁ、私、セシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でる――――」

 

「しーっ」

 

 決めようとしているところ悪いが、これ以上無駄を増やされては困るのだよ。時間まで無駄にされてしまってはたまらない。

 それに、

 

「審判の時は、厳粛でなくてはならない」

 

「……あなたという人間は、どこまで人をこけにすれば――――!」

 

《PAUSE》

 

 AとBボタンを押すだけ。

 それだけで、世界は嘘のように静止する。

 風も、音も、ブルー・ティアーズでさえも。

 範囲内における私以外の全ては呼吸すら忘れたかと思えるほど静まり返る。

 そうだ、こうでなくてはならない。

 彼女には悪いが、私が行おうとしているのは試合ではなく、審判(ジャッジ)なのだから。

 

「ブルー・ティアーズ、君の人生は実にドラマ的だ。

 両親を失い、幼い君は勤勉の後残った財産を外敵から守り、信用できるのは同じく残されたメイドの一人だけ。素質はあっただろうがそれを腐らせることなく、努力で磨き続け、国を代表する候補生にまで成り上がった。

 まさにどん底からの逆転劇だ、君のような存在をゲームに――――商品にできれば、どれ程の売り上げが出ただろうか。私には想像もつかないよ」

 

 だが、それはもう叶わない。それら輝く全てを、彼女の持つ下らない固定観念が、女尊男卑が錆び付かせてしまった。こうなっては再び磨いたところで錆びつく前より売り上げの延び代は半分ほどに落ちてしまっているのは明確だ。

 

「ブルー・ティアーズ、いやセシリア・オルコット。君にはもはや商品価値はない」

 

 この身は既にIS以上のスペックを持っている、その程度の高さなど軽く跳躍する程度で届いてしまう程に。慢心は己を殺すとは、よく言ったものだ。

 跳躍し彼女まで約半分、Bボタンをクリックする。所謂、キメ技というものの体勢に入る。この程度で今までの無駄を取り返せる訳ではないが、手間は少ない方がいい。ただの一撃で、仕留めてやろう。

 そうしてすぐに彼女の目の前まで到達し、再度Bボタンを押す。

 

《CRITICAL CREWS-AID》

 

「たっぷりと味わうといい」

 

 もはや聞こえてはいないだろう彼女にそう囁き、その場で力付くに反時計に回転、振り上げた蹴りを、彼女の眉間に叩き込む。

 響かない鈍い音の後、彼女はあまりの威力に姿勢を崩したが、やはり再び動かなくなる。

 当然だ、私がしているのはただのフリーズではなく、文字通り時間泥棒(タイムビルク)なのだから。

 そこそこ跳躍したとは言え、飛べるのだから何事もなく着地出来るのは当たり前だった。

 

《終焉の一撃!》

 

「ブルー・ティアーズは絶版だ」

 

《RESTART》

 

 AとBボタンを再び押す。

 たったそれだけの行動で、世界は呼吸を思い出す。

 次いで聞こえたのは鈍い音の続きと、壁を砕いた轟音。

 我ながら見事な蹴りの入れ方だった。あそこまで綺麗に入れられてはいくらISと言えど一発で再起不能になっているだろう。

 アリーナに設置されたモニターを見上げれば、予想通りにシールドエネルギーは0になっており、彼女の敗北を雄弁に示していた。

 

「GAMEOVERだ」

 

《…………しょ、勝者、檀正宗》

 

 ブルー・ティアーズのデータを得られなかったのは惜しいが、使い手があれでは分かっている以上のデータは望めないだろう。セシリア・オルコット、君は本当に惜しい人材だったよ。

 ガシャットをドライバーから引き抜き、私へと姿を戻した後、そのまま悠々とアリーナから立ち去った。

 一方的とは言え、勝利の余韻は変わらず良いものだと、実感するために。




新社長の「しーっ」が好きすぎて二回もさせてしまった。でも後悔はしていない。


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ラファール・リバイヴ・カスタムⅡ 前半

鈴ちゃんはキャンセルだ(セカン党)
戦闘もキャンセルだ。主にセシリアのその後やゲンムコーポレーションの説明をしているだけの回です。


 そもそも私はこのIS学園に何を求めているのか。確かに流れであれよあれよと連れ込まれたにせよ、私は通学を拒否できるそれなりの理由と肩書きを持っている。つまり、行きたくないと思えばいつでもそれを使って在学だけしている形に持ち込めたのだ。

 

 だが私がそれをしないのは、この学園の面白いところに気がついたからだ。真っ二つだ、この学園は二つにしか分けることができない。それは消費者であるか、貢献者であるか。

 

 消費者というものは会社経営で無くてはならないものである。そもそも会社は何かしらの物を消費者に売り付けて存在しているのだ、買うものがいなければ成り立たない。この学園の二つのうち一つは皆消費者として扱うことが出来る、我が社の大事な顧客として。

 

 貢献者とは、即ち我が社に利益を与えてくれるものである。商品はもちろんだが、会社経営は一人で成り立つものではない。我がゲンムコーポレーションもまた私一人で動いているのではなく、私もあくまで社長として出来ることはしているがどれも一流とは言いがたいだろう。

 ならば、その道の一流を雇用すればいい。そしてその一流を囲むようにその道の筋の者たちも雇用し、塊として会社を形成する。即ち貢献者とは我がゲンムコーポレーションの社員一人一人のことも言うのだ。

 

 だがゲンムコーポレーションはまだ上を目指している、上へ更に上へと。その為には更なる人材が必要だ。一つ一つ、積み上げることで着実に押し上げてくれるような人材が。

 商品価値とは、商品になるものと貢献者になるもの、二つのことを意味しているのだ。

 

「そういう意味では、君の商品価値は最高峰かもしれないな」

 

 夜の帳も落ちた頃、学園寮の一室でそう囁く。

 

「少し前に来た甲龍は商品価値があるにはあったが、今すぐ我が社の益になるようなものではなかった。彼女のストーリーはありふれているし生々しい、商品としては絶版ものだ。だがあれは、ヒーローの側にあってそれの価値を高める、謂わばヒロインの役割、貢献者なのだよ。行き着く先が良いにしろ悪いにしろ」

 

 二組のクラス代表、と言っていたか。あぁ、結構だとも。我がクラス代表の白式と存分に高め合うといい。そうして商品価値が規定まで高まった頃には……いや、憶測で物を話すのは社長として良くないことだ。まだ互いに潰れ合うかもしれない、そうなった場合は両者共々絶版ではあるが。

 

「当然だが、シュヴァルツェア・レーゲンにも商品価値はある。だがあれは貢献者にはなり得ない、あそこまで喜劇向きな人材もそういない。商品としては我が社がプロデュースすれば莫大な売り上げになるだろう」

 

 だがそう、ここまではおまけのようなものだ。

 

「ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ。先程も言ったが君は素晴らしい商品価値を持っている。ストーリーはありふれたようなものでなく劇的で、その空気を読む能力は他の存在の一線を越えている。実に我が社好みの人物だ」

 

「……関係ないよ、僕は明日にはもうこの学園にいないんだから」

 

 女である自らの体を抱きしめながら、絶望したように彼女はそう言った。

 素晴らしい、彼女は何もせずとも自分を底へ底へと叩き込んでくれる。存在してはいけないのだと、存在してはいけなかったのだと。自分が思う限りどこまで深くなるそこへと身を庇うことなく投げ出している。

 だが世の中には捨てる神あれば拾う神もある

 

「そう自棄になることもないだろう、ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ。確かに君はシャルル・デュノアとして生きる道は絶たれてしまった、もうデュノア社には帰れない。ああ、母親の元には帰れるかもしれないな」

 

 かき抱く腕に爪が更に深く食いつく、唇は噛まれ食いちぎるのではと思うほど力を強く込めている。

 

「だが私ならば、ゲンムコーポレーションならば、君を救うことが出来る」

 

 その一言で、全ての力が抜けるわけではなかったが傷がついてしまうような事態は避けれたようだった。彼女は戸惑いがちにこちらを見るが、すぐに俯いてしまう。

 

「……価値が無くなれば、僕をああするんでしょ? セシリア・オルコットさんのように」

 

 セシリア・オルコット?

 

 ふむ。

 

 さて、誰だったか。私はそんな人物といつ関わりを持ったんだ?

 会社でも学校でも多くの人物と顔を合わせているから、流石に一人一人の名前までは覚えていない。先日我が社に入社した社員だったか、はたまた三組の生徒だったか。心当たりが思ったほどないな、絶版にした何かであれば可能性はあるのだが、捨てたゴミの名前まで覚えてはいない。

 だが彼女の口ぶりから、クロノスの恐ろしさは知っているようだ。恐らくだが、絶版にしたうちの一人なのだろう。あとで過去の資料を確認するとしよう。

 

「先程も言ったが、君の商品価値は素晴らしいものだ。そしてそれが損ねられることは、一生あり得ない。何故なら私は――君を右腕として雇いたいからだ」

 

 

◆◆◆

 

 

 最初に彼を見たとき、僕は恐れを抱くと同時に寂しさを覚えた。

 転入してきて最初の授業が始まった頃、皆それぞれのグループで固まって談笑をしていた。授業が始まるまでまだ余裕はあるだろうし、それも当然だなと思ってた。でもふと見渡すと、誰も近づいていない場所があることに気がついた。

 そこに彼が、一人で立っていた。

 檀正宗。一組クラス代表決定戦でイギリス代表候補生を文字通り一瞬で倒し、そして彼女からISすらも奪った男。そして、僕が監視しデータを盗む対象の一人でもある。

 

 何故彼が孤立しているのか、おおよその検討はついていた。彼は強すぎたのだ、そして情けも容赦も持ち合わせてはいなかった。恐れられているのだ、所属クラスだけでなく、学年全体でも。二組の子も、彼には近づこうとしなかった。

 恐らく皆、彼のことをよく思っていないのだろう。だけどそれを表に出して喧嘩を売ることもできない、そうした場合どうなるかは、セシリア・オルコットが自らの身を持って示してくれたのだから。

 

 情報によると彼女はIS学園を除名後候補生から外され、さらに本国からは多額の賠償金を支払わされたと聞く。彼女は今、守ってきた財産すら失い、一日をなんとか食いつないで生きているらしい。

 だが彼女は謂わば被害者なのだ、規定通りの勝負であればああなることはなかった。だから、咎められるべきは彼であるし、除名されるべきも彼であるはずだ。

 

 しかし彼はそのどちらも負ってはいない。それは彼が、いやゲンムコーポレーションが日本製のIS部品のシェアを全て掌握しているからだ。どんな町工場でも、どんな大企業であろうとも、全て買収に成功している。今やゲンムコーポレーションは、日本一のIS企業だ。

 元を辿れば、彼女のブルー・ティアーズの80%はゲンムコーポレーション製の部品で出来ている。フレームやシステムはイギリスに本店を置く企業のものであるけど、組み立てるべき部品がなければISは成り立たない。

 もちろん部品なんて日本製である必要はない、中国なりインドなりドイツなり、どこでなりとも買えばいい。むしろ自国で生産すればいい。しかしそんなものはおもちゃだと言わんばかりに、日本の技術力の高さをゲンムコーポレーションが雄弁に語っている。

 

 そもそもゲンムコーポレーションはゲーム会社だ。そのゲームの評価の高さは他のゲーム会社を全て過去のものにするほどに高い。全世界で遊ばれていない時間はないとまで言われる原点にして頂点のゲーム、"マイティアクションX"がそれを物語っている。

 シンプルながら完成されつくされているそのあまりの面白さは、販売されればどの国でもゲーム名で社会現象になるぐらいだ。しかも未だにDLCを更新しているし、遊び方を増やすModも、どれもこれも無料で全て公布している。払った値段以上の満足と楽しさを与える、それがゲンムコーポレーションの理念らしい。

 かく言う僕も熱狂的なマイティアクションXのファンの一人だ。二人プレイが実装された時は、お母さんと一緒に夢中になって遊んだなぁ。

 

 閑話休題。

 つまりゲンムコーポレーションは、世界の企業とは隔絶された技術力とセンスを誇っているということだ。部品を使われたISはスペック以上の動きをし、故障はなく、メンテナンスも五分ほど弄ればすぐに終わる。例えそのISで事故が起こったとしても、原因はパイロットにあると誰もが即答する。

 それほどまでにゲンムコーポレーション製というのは信頼されているのだ。ゲンムコーポレーションも信頼に応えるように定価より安く部品やパーツを提供しているし、まさにIS世界を牛耳る存在として頂点に君臨していると言っても過言ではない。

 

 そんなのを相手に、敵に回したらどうなるのか。IS部品の輸入だけでなくゲームの輸入までストップされ、ゲンムコーポレーションのゲームなんて誰も手放そうとしないからネットでは転売屋が定価の倍以上の値段で売り、足元を見てさらに値段を吊り上げることだろう。

 ゲンムコーポレーションのゲームは麻薬だ、配給がストップされたとなれば市民、いやイギリスに住む9割の人間がストライキを起こす。

 ISもろくな物を作ることが出来なくなるため国力も下がる、イギリスは混迷期に入り、最終的にはイギリスという国が無くなることになるかもしれない。ゲンムコーポレーションとは、それほどの力を持っている。だからセシリア・オルコットを切り捨てるのは、当然の帰結だったのだろう。

 

 しばらくすると、授業が始まった。専用機を持っていない学生にとって初めてISについての操縦技能の教えを乞うことが出来る場であることもあって、授業はそれなりの盛り上がりを見せた。

 順番にクラスメイトに操縦を教えていると、ふと彼が誰もいない場所で何かしらの作業をしていることに気がついた。授業中でそういうことをしているのに、先生は誰一人彼に対して怒るような様子は見せない。

 

『……あぁ、あれ気持ち悪いよね。どの授業でもあんな感じだよ、一人で隅っこの方で黙ってキーボードカタカタしてさ。何しに来てるんだろうね。ぶっちゃけ邪魔だしいらないから帰ればいいのに……』

 

『ちょっと、聞こえるよ』

 

 質問してみると、彼女たちはそういう風に答えてくれた。

 ISを動かしてしまったからこの場にいるのに、一夏と違って誰にも必要とされない彼。

 まるでどこかの誰かを見ているようで、胸が苦しくなった。




多数の感想、評価、UAありがとうございました。たった一日で赤評価になることが出来たのも月島さん、いえ暖かい皆様のおかげです。ありがとうございました。

誤字脱字のほどあれば報告よろしくお願いします。



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ラファール・リバイヴ・カスタムⅡ 中盤

こんな長引かせるつもりはなかったんだけどなー!
おどろきほうすけだなー!
字数は少ないんですけどね


 気がつけば、一夏の特訓に参加することになっていた。一夏は檀くんの辞退によりクラス代表になったため、その実力はまだまだ基準に達しているものではないらしい。本人も今の実力に満足していないようだし、特訓すればするほど効果が出るかもしれない。それを側で見れるということは、僕としても大変都合の良いことだ。

 僕の目的は白式のデータの収集にある。特訓に参加できる位置というのは、最もデータ収集に都合の良いポジションだ。

 檀くん、クロノスのデータも取れると尚良いということを言われたけれど、当の本人はあの一戦以来アリーナに来ることもなく、ISを使う授業にも参加せずに黙々と何かしらの作業に没頭している。一度話しかけては見たものの、煙に巻かれてしまった。彼のデータ収集は後々ということになるだろう。

 

 さて時は過ぎて放課後となり、一夏の特訓の時間となった。彼の武装は情報にあった雪片弐型以外は存在していない、というよりも拡張領域が全てこの雪片弐型に持っていかれてしまっているらしい。そのため僕の武器の使用認証などをして色々と武器を試し撃ちさせていた頃に、彼が来たのだ。

 既にISを身にまとい、悠然とした歩みでアリーナ中心へと向かってくる檀正宗が。

 

『……檀、なんでここにいるんだよ』

 

『私は変わった専用機持ちではあるがISパイロットの一人、そのパイロットが練習のためアリーナに立ち寄るのは何もおかしいことではないと思うのだがね』

 

 珍しく嫌悪を表情に出し噛みつく一夏に、檀くんはいつも通り変わらず余裕を持って答えた。フェイスの向こうの表情で彼が笑っているように感じられたのは、きっと僕だけではないはずだ。

 

『また誰かに手を出そうとしてるんじゃないだろうな』

 

『私が今まで誰かを自発的に傷つけようとしたことはなかったはずだが……。どうやら君は礼儀だけでなく記憶力まで欠けているらしいな白式』

 

 その言葉に血が昇ったのは一夏、ではなく彼を想っている凰さんのようだった。その肩に装備されている非固定浮遊部位の刺付き装甲を一部スライドさせて、砲門を向けると、獰猛な笑みを浮かべ口を開いた。

 

『自分のした行いも思い出せないなんて、そっちこそ脳ミソちゃんと機能してるの? そんなにカッチカチじゃあ脳ミソが泣いてるわよ』

 

『筆記テスト基準値ギリギリの君に言われると、いやはやなんとも堪えるものだ。私以上に使われていない大脳を思うと、思わず涙を流してしまうほどだ』

 

 皮肉に皮肉をもってすっぱりと返す。皮肉の言い合いというのは頭に来た方が負けだと言うけれど、隣の彼女の笑みが更に深まったのを見て本当にそうなんだな、と思ったのを覚えている。短い付き合いではあるがその中で思った感想通り、彼女は口よりも先に手が出るタイプ人間であるらしい。

 このまま見過ごすことは出来ない。

 

『まぁまぁ。檀くんは練習をしに来ただけだよ? それなら僕たちが関わる必要なんて何もないさ、檀くんだって理由もなく手を上げるようなことはしないだろうしね。そうだろう、檀くん』

 

『君の言う通りだラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ。理由もなしに、私は誰かに手を出すような真似はしない。今この場で宣誓したっていいが、如何かな?』

 

『……いい、そんなの必要ない』

 

 吐き捨てるような一夏の言葉に、彼は特に何かを思うことはなかったのかそのままアリーナの端の方へ移動し、軽く一人で型を確かめるように動き始めた。

 これは、チャンスだ。勘だけど、これ以降檀くんがアリーナを使って練習する場面に遭遇することはきっとないだろう。だから僕の役目を、データ収集を行うのならば、今が最大の機会だ。一人で動くよりも、相手と組手をした方が練習効率も良い。見てきた限り彼は効率の良い方を好む、檀くんはきっと僕の申し出を断らないだろう。

 

『……なぁシャルル、檀と話をするならきっと今だと思うぞ。前々から仲良くしたいとは言ってただろ? 俺のことは気にするなよ、箒だって鈴だっているからさ』

 

 考えまで同じかどうかはわからないが、一夏も今が機会だと分かっているのだろう。こうやって背中を押してくれたのだから、僕は応えるべきではないではないだろうか?

 

 いやダメだ(・・・・・)

 

 最大の機会、最高のチャンス、最上の舞台。今を逃す手はない、だがそれでもダメだ。これに乗ってはいけない。

 

 あまりにも(・・・・・)出来すぎている(・・・・・・・)

 

 もし、どうする?

 もし彼が僕のことを疑っていたら、もし彼が僕をスパイだと感じ取っていたら、そんな中この場で僕が彼に近づいたら、どうなる?

 先の会話で分かった、彼は非常に賢い。同時に理性的で、何に対する準備も出来ているようだった。

 あの時、凰さんに砲門を向けられていた時、彼はいつでも動けるように戦いの準備を終えていた。彼は獲物を囲みいつでも終わりの手を出せるように、そうまるで蛇のように鋭く早く確実に、その時が来れば凰さんを襲っただろう。

 今だってそうだ、僕はもう既に罠の一歩手前まで来てしまっている。あと少しでも進んでしまえば、きっと僕は終わりを迎えてしまうだろう。

 

『大丈夫、同じクラスメイトなんだからいつだって話す機会はあるよ。今は、友達の約束ちゃんと果たさないとね』

 

 まだその時ではない。罠を目の前に、僕は後ずさり避けて道を進むことにした。そうだ、焦ることなんて何もないんだ。道は罠を貼られた一本道だけじゃない、視界を広く持てば道は無数に広がっていると言うことがわかる。

 その内いくつかの道は既に閉ざされてしまっているが、それでも通れる道はまだ残っている。なら、後はそれらから最善を選んで進むだけでいい。

 

 さて変わらず練習を続ける僕たちに、また新しい乱入者が入ってきた。

 ドイツの専用機、"シュヴァルツェア・レーゲン"を身にまとったラウラ・ボーデヴィッヒさんだ。彼女は何やら一夏に対して浅からぬ恨みを抱いているようだった。何故かはわからない、ただ頻繁に織斑先生のことを引き合いに出すだけで、何かを語ろうとはしない。とにかく一夏と戦い勝利したいだけのようだ。

 それに対して一夏はもちろん否定した、一般人は理由もなく手を上げるような真似はしない。

 

『そうか、では戦わざるを得ないようにしてやろう』

 

 その一言の後に彼女の肩の砲門が火を噴いた。狙いは一夏ではないのを見て威嚇射撃かと思って気を抜いたが、それがダメだった。

 弾道には、練習を応援していたただの女子生徒が立っていたんだ。

 

『――ッ!』

 

 僕の出力では、恐らく間に合わない。だが一夏ならば、一夏の瞬間加速ならば間違いなく間に合う。一夏の顔が怒りに歪むのが見えた。

 すぐに射出体勢に入り、エネルギーの充填を始める。

 女子生徒がこちらへ射撃されたことに気づき、顔をくしゃりと歪めた。

 一秒もかからぬ内に充填が終わるであろう、そんな時に、彼が動いた。

 

 結果的に、弾道は逸らされた。弾はアリーナのシールドに当たり弾かれ、地面へと転がる。

 一夏はまだ、射出されてはいなかった。膝をついた彼女の命を救ったのは、檀正宗だった。

 

『……なんの真似だ、檀正宗』

 

 予想外の邪魔立てに、彼女の目が鋭くつり上がる。

 

『――何の真似、か』

 

 彼はいつもと変わらぬように、悠々と語り始めた。

 

『それはこちらの台詞だよ、シュヴァルツェア・レーゲン。何故彼女を絶版にするような真似をした』

 

『あの程度、織斑一夏でも止められていた、確実にだ。私は万に一つでもそいつを殺すような、手の抜き方を間違えるようなことはしない。

 貴様こそどういうつもりだ、何故邪魔をする。これは私と織斑一夏の問題だ、貴様には何の関係もない。その行為にはなんの意味もない』

 

 自分から周りを巻き込んでおいて、そんな台詞が通ると思っているのだろうか。いや、恐らく本当に思っているんだろうなぁ、ドイツ人は頭の中までホットみたいだ。どうやら彼もそう思っていたらしく大袈裟に呆れた表現をしていた。

 

『前半についてはもはやどうしようも、救いようもないようだ。さて君はこの行為に意味があるのかどうか、と気になっているようだ。あるとも、それも君よりも随分とまともな理由がね』

 

 彼は一歩一歩と歩き始めると、言葉を続けた。

 

『彼女は我が社の大事な顧客だ。ファンの一人でも減ることがあれば、売り上げに大きな支障が出る。それが止められると言うのならば、止めるのが会社の義務と言うものだ』

 

『何を言っている、お前は一体なんだと言うのだ』

 

 ボーデヴィッヒさんは彼が何者か、まるで聞かされていないようだった。恐らく、自分から説明の機会を蹴ったんだろうなぁと思う。彼女の標的は最初から織斑一夏、ただ一人だったみたいだ。

 

『私が何者か、どうやら君は何も聞かされていないようだね。所でシュヴァルツェア・レーゲン、君はゲンム・コーポレーションという企業を知っているかな?』

 

『……まさか、貴様』

 

『ようやく気づくとは、分かってはいたが君は驚くほど貢献者としての商品価値がないようだ。そうだ、ゲンム・コーポレーションを作ったのは私、この檀正宗こそが社長だ』

 

 ゲンム・コーポレーション、一般人であれば誰もが知っているゲーム会社、IS関係者であれば知らぬものはいない大手IS企業。二つの顔をあわせ持つそれを巧みに運営している社長が、目の前の彼であると知ったときの彼女の顔は、それはもう鳩に豆鉄砲を食らわせたものよりも驚いた表情をしていた。

 

『我が社の顧客に手を出すということは、ゲンム・コーポレーションに牙を向けたことに他ならない。当人同士の問題であるならまだしも、全く無関係な我が社のファンを傷つけようとした罪は、あまりにも重い』

 

 一歩、また一歩と距離を縮め、ついに二人の距離は互いの間合いに入った。

 

『審判の時だ、シュヴァルツェア・レーゲン』

 

 彼の手がドライバーに伸びようとした、その時だった。

 

《そこの生徒、何をしている! 名前と所属を言え!》

 

 アリーナ上部にある放送室からの忠告に彼は手を止め、

 

『……時間か。今回のことはまたの機会にするとしよう』

 

 そう言って構えを解き、彼女に背を向け歩き出す。ボーデヴィッヒさんもまたこれ以上この場にいる気はないのか、彼とは逆方向へその場を去った。

 一触即発の空気から解き放たれて、思わずほっとため息をついて、驚いた。

 僕の肩に、檀くんの手が置かれていたからだ。

 

『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ。君には前々から興味を持っていたのだが、今回のことで俄然興味が湧いた、後で私の部屋に来てくれ。一度茶も交えて話し合いたい』

 

 それだけ言うと彼は離れていき、腰の抜けていた同級生に手を伸ばし、抱きつかれ泣かれていた。いや、あれは安堵から来たもので、泣かした訳ではなさそうだ。

 そんな彼女に紳士的に接する姿を見て、僕は一人言葉の意味を掴みかねていた。




「どうして彼女を(私の許可なく)絶版するような真似をした」

そこそこ思っていたんですけど、なんでダンまちベースにエグゼイドを混ぜた二次創作がないんだろう。レベルが重要なのはどっちも変わらないんですし、良い感じに合うと思うんですけどネ。レベル99? ムテキ? 知らんなぁ


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ラファール・リバイヴ・カスタムⅡ 後半

思ったより長引きそうになったので、急展開の如くシャル編は終わらせしました。お慈悲^~、お慈悲^~
毎度誤字脱字報告をしてくださってる方々、ありがとうございます

※この小説の主人公はあくまでオリ主です。今回はその要素が多分に含まれています。お覚悟を。


 あの時の僕は、あの言葉に対して疑いを持っていた。当然だ、受けとる直前であんな罠を張られてしまってはそのまま鵜呑みにしろという方が無理があると思う。何があってもいいように、とナイフやら銃やらを隠し持ち、何があってもISの装着前に攻撃をし自分の身はなんとしてでも守って見せる、と意気込んでいた。

 まさか、思いもしなかった。このお茶会が、そんな。

 

『なるほど、そういう観点もあるのか。いや、君の意見は実にためになる』

 

『僕みたいな一ファンの感想が役に立ったのならこれ以上に嬉しいことはないよ』

 

 ――――本当にただお茶を飲んで会話するだけだなんて……!

 いや、いやまだだ。まだ警戒を解いてはいけない。これはまだ前座だ、所謂牽制しあうべき場。こんなところで挫けてはいけない、どんな罠があっても負けたりなんかしない!

 

『さてシャルルくん、君の意見には本当に助かったよ。その仕事に見合った報酬として"マイティアクションX"の新作、の試作品を是非プレイしてもらいたいのだが、どうだろう?』

 

『是非お願いしますッ!』

 

 ゲンム・コーポレーション製のゲームには、勝てなかったよ。

 いやだって、しょうがないよ。こんなの誰だって頷いちゃうし引っ掛かっちゃうよ! だってあの不朽の名作、世界で最も遊ばれたゲームのギネス記録を塗り替えたマイティアクションXの新作だよ! こんなの頷かないなんて、それこそファンとして失礼というべきじゃないかな!

 

『くくっ……あぁ、いや失礼。君の熱意が、製作者の一人としてあんまりにも嬉しくてね。つい』

 

『い、いやぁ……あはは……』

 

 そこで、僕が思わず身を乗り出して彼に顔を近すぎるほど寄せていることに気がついた。嬉しかったとは言え、勢いに任せて僕はなんてことをしているんだ。正宗の態度が思ったよりフランクだったのもあるかもしれないが、いくらなんでも心を許しすぎている気がする。

 いけないいけない、自制自制。僕がこの場にいるのはスパイとしてなんだから。

 とりあえず落ち着くために、紅茶を一口。

 

『――美味しい』

 

 色々と紅茶を飲んできたつもりだったけど、ここまで美味しいのに巡りあったのは初めてだ。僕の反応を見ると、正宗は自慢する子供のような表情で語り始める。

 

『あぁ、それは私のお気に入りでね。我が社でブレンドしたものなんだ』

 

『ゲンム・コーポレーションって思ったより手広いんだね……いくらぐらいするの?』

 

『数千万』

 

『嘘っ!?』

 

 そ、そんなことを知ってしまっては勿体無くて飲めなくなってきちゃった……! どうしよう、舌が肥えてしまったら紅茶が飲めなくなってしまう。ああでも美味しいからもう少しのみたい……! どうしようこの二律背反!

 

『ジョークさ』

 

『ジョーク!?』

 

 正宗はくつくつと笑いながら、ゲームの準備をしてこよう、と言って自身の机の方に向かっていった。

 そ、そうだ、からかわれたのは恥ずかしいけれど、この後には新作ゲームが待ってるんだった。βプレイヤーとしてプレイできるんだからこれぐらい我慢我慢。

 

 ………………それにしても、まだかな。いやいや、試作品と言っていたし、完成していないそれを準備するのにきっと色々と手間がかかっているのだろう。それに、彼は社長だが独善的な王様ではない。だから何をされても許されるわけではないのだ、会社からのお許しを待つ必要もあるかもしれない。

 …………まだかな。いやダメだダメだ。きちんと自制しないと。

 そこでふと、床に一枚のコピー用紙が落ちていることに気づいた。何かの資料かもしれないのに、こんな雑な管理方法でいいのだろうか。いや、正宗も案外人間だったりして。とりあえず本人に渡そう、とそんな軽い気持ちで手に取ったのが、間違いだった。

 

『…………。んんっ……!?』

 

 こ、この紙……これからのゲンム・コーポレーションのゲーム開発の予定表だ!?

 う、うわぁ……すごい、そうか、マイティアクションXの次のDLCはそれぐらいに配信されるんだ……。楽しみだなぁ……。あぁっ!? た、タドルクエストがリメイクされるって噂、本当だったの!? うわぁ、どうしよう、お小遣い足りるかな……中古を待つのも手だけど、手放す人なんているわけないよね……うーん、正宗になんとか融通出来ないかって聞いてみようかな……ダメだ、頷く姿が想像できない。うぅ、バイト探そう……。ど、ドラゴナイトハンターZってなに? もしかして完全新作!? う、うー! どうしてこう欲しいものって被るのさぁ!

 

『百面相をして、随分と楽しそうじゃないか』

 

『ひゃわぁ!?』

 

 驚いて振り向くと、正宗が苦笑いを浮かべて立っていた。もしかして、全部見られてた? こ、これは……相当、恥ずかしい……! と、そこまで考えて頬に帯びた熱がさっと引いていく。

 これ、もしかしなくても機密文書なのでは……? そ、そうだとしたら、僕は取り返しのつかないことをしてしまったんじゃないだろうか。

 

『あ、あのっ、これっ、見ちゃったんだけど……』

 

『ん、あぁ、どこに行ったかと思ったらこんな近くにあったのか。いや助かったよ、ありがとうシャルルくん』

 

『……せ、責めたりしないの?』

 

『リークさえしなければ、私は君に何かしたりなどしない。この情報は君の胸に、そっとしまっておいてくれ』

 

 それよりも準備ができた、と彼は手を引いてテレビの前まで連れていってくれる。

 もしかして、これが彼の素なのだろうか、となにとなしに思う。

 そうだ、考えてみれば当たり前なのだ。

 彼は世界に誇る大企業、ゲンム・コーポレーションのCEOなのだ。ただの学生だけが集まる場所ならばまだしも、IS学園は良くも悪くも国の手が入り込んでいる。僕のようにデータ収集のためにスパイをするような人間だっているのだから、どんな人間がどこから自身に干渉してきてどのような影響を会社に与えるかなど分からない。もしあの素っ気ない態度と冷血にも思える企業主義が会社を守るための方法だとしたら、どれだけの人が見方を変えるのだろう。

 少なくとも、僕は変わった。確かにオルコットさんの件は畏怖すべきことだ、けれど彼女にだって悪いところはあった。クラスメイトに色々と聞いてみると、最後には正直スッキリしたとも言っていたし、やり過ぎは否めないが彼が全部悪いと思うのは間違いだと思う。

 それに、こんなにも柔らかく笑うことが出来る人間を、僕は悪だとは断定したくなかった。

 

 新作、"マイティブラザーズXX"は試作品であるというのにも関わらず素晴らしい出来だった。前作であるマイティアクションXでの評価点を最大に活かし、尚且つそれは今回からの新要素、別々の能力を持った二人マイティを操るというものだが、それらを評価点で潰していない恐るべきバランスの元に成り立っているゲームだった。まだ1ステージしか出来ていないというのが残念でならないけど、逆に言えば1ステージだけでも十分ゲームをしたという満足感を得ることが出来るまさに名作になるであろうゲーム。

 けれど不満点がないわけではない。試作品であるから仕方がないかもしれないが、新要素に対するSEが前作の応用、所謂使い回しされているものであるという点。そして新要素のせいでスピード感が損なわれているという点だ。

 マイティアクションXはギミックがあっても本来のスピード感を損なわせないもので、無駄に足止めをされたりして不愉快にならずに勢いのまま進めるゲーム。その点がマイティブラザーズXXの交代システムやギミックで少し損なわれているのが残念だった、という由を正宗に伝えてみると彼は真摯に受け止めてそれらを改善することを約束してくれた。

 

『君ほどのファンの言葉だ、一攫千金よりも価値があるのは間違いないだろうからね。それに、美人の言葉はまず信じろ、と祖父もよく言っていた』

 

 とまで言ってくれた、ファンとしてここまで嬉しいことはない。でも、もう少し言葉は選んだ方がいいと思うんだ、スケコマシ扱いされちゃうかもしれないし。

 

『本当に楽しかったよ、ありがとう。お母さんとプレイしていた頃を思い出したよ』

 

『ほう、評価の方を聞いても良いかな?』

 

『うん。とっても面白いって言ってたよ。お母さんは箱入り娘だったみたいだから、ああいう娯楽には目がなかったんだけど、まさか夜更かししてまでプレイするとは思わなかったよ。僕がそれを怒ると、「ごめんねシャルロット、面白くてつい」って……』

 

『――シャルロット?』

 

 瞬間、全身の熱という熱が引いた。

 

『君の名前は、シャルル・デュノアではなかったかな?』

 

 その時、僕は取り返しのつかないことをしてしまったことを悟り、口を滑らした己を呪った。

 

『――シャルルくん、いやラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ。先の言葉を説明してもらおうじゃないか』

 

 まるで別人のように刷り変わった冷たい眼差しが、愚かな僕を射し貫いた。

 

 

◆◆◆

 

 

 そうして僕は、洗いざらい全て吐かされた。愛人の子であることも、IS学園にはスパイとしてやってきたことも、そうしてバレたあとはもう消される未来しかないことも。

 そこまで知った上で、彼はこう言った来た。「右腕として雇いたい」と。

 

「右腕って、どういうこと? 正宗は、もう僕を許す気はないでしょ?」

 

「では一つ聞こう、ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ。君は、クロノスのデータを本社に送ったのかな?」

 

 その答えは、Noだ。そもそも今日彼の部屋に来たのはそのデータを送るための収集をするためだったから。何一つとして解析出来ていないのに送れるわけもない。そう、隠さず正直に言うと、彼のなんの熱もこもっていない瞳と目が合った。

 まるで幾万の真実の中にある砂粒ほどの嘘すらも見抜くのではないかと思えるぐらいに、澄んだ眼をしていた。体が恐怖で震えるのを感じた。おかしい、何故僕は恐れているんだろう。嘘なんて、もうどこにも隠せやしないというのに。

 

「では、私は君を許すことも許さないこともできない」

 

「えっ?」

 

「どうやら君はとことん出来ていないらしいな、いやスパイに堕ちた程度だから、か」

 

 どうして、そんなことを言うのだろう。僕にはもうスパイであるという事実しか残っていないと言うのに!

 

「起こっていないことを、証拠もなく君の口から語られただけのことを、許すも許さないもないということだ」

 

 何を、言っているんだろうか。彼は。

 

「"走れ、メロス"という文学作品があるが、私はあれがヘドをはくほど嫌いだ。

 最後にメロスがセリヌンティウスに許しを乞い自己満足のためだけに他人に自分を殴らせるという行為をするが、その後にセリヌンティウスもメロスに同じことをさせる。

 言葉だけのそれを、彼らは容易く信じるのだよ。

 全く理解に苦しむ、口から出ただけの物を伴わない真実など、なんの利益にもなりはしない。なんの証明にもなりはしない。

 私はそれが嫌いなのではなく、商業でもない場所でそれを行うその精神が嫌いなのだ。証明できず、起こりもしなかったことに対して許しを乞う。そんなことをしようとも分からなかった側は許そうとも許さずともその人材を無駄にするだけに終わることに、何故気づかないのか。

 だから私はこう思うのだよ、未遂で終わったことに許しを乞うぐらいなら、その時未遂で終えてよかったと清々と思えるほどそれに対しての行動をするべきだとね」

 

「……は、はは。あはははっ!」

 

 長々とまどろっこしく語っているが、要は彼はこう言いたいのだろう。

 特に不快に思っていなければ怒ってもいないのに、しかも実行に移す前の段階で終わったこと謝られても困る。許されたいと思うのなら、まずは君自身の行動で示してみるべきだ。その道は、私が指し示してあげよう。と。

 もっと簡単に意訳すると、君がほしいのだけどついてくる気はないか? 席は用意しているぞ! だ。

 

 なんて、なんて口下手で不器用で、優しい人なんだろう。

 そうだ思えば、ゲーム一つであれほど語り合えたのは彼が初めてだ。冗談を言われてからかわれたのも、間違いを優しく許されたのも。

 こうして、全力で誰かに必要とされたことも。

 

「……私は答えた。次は君が返答する番だと、そうは思わないかね?」

 

 皮肉げに笑うこの姿も、今ではなんだか愛嬌すら感じてしまう。あ、そう思うと正宗って色々と可愛いかもしれない。大事な資料を無くしちゃうし、口下手だし、不器用だし。

 うん、答えはもう決まってる。

 

「――――履歴書は後日でいいですか?」

 

「……くっ、ははっ。いや、必要ない。私の方でもう作ってある」

 

 そう言うと彼はご丁寧に僕の証明写真まで張られた履歴書を取り出す。というか、どこから回収してきたんだろう、証明写真。

 

「仕事は追って伝えるとしよう。今日はもう帰るといい、時間も時間だ。それと、学校にいるときに敬語は不要だ」

 

「うん、わかった。……ねぇ正宗、きっと救ってね?」

 

「ゲンム・コーポレーションは、商品価値のあるものを絶対に無駄にはしない。約束しよう、シャルロット」

 

 そう言ってくれるのがなんだか恥ずかしくて、思わずはにかんだ笑顔で彼と別れてしまった。

 

 帰り道、月が優しく微笑んでいるように見えて、なんだかとてもおかしくなってしまった。だって今の僕も、きっと同じような表情をしているから。

 今日は、よく眠れそうだ。

 

 その後、最初から男装スパイだとバレていたのではないかと気づいて、かなり頭を抱えてしまったことは、内緒にしたい。

 

 

◆◆◆

 

 

「ということは、やるんですね社長」

 

「ああ、君には待たせて申し訳ないと思っているよ」

 

「いえ、いいんです。社長なら必ずやってくれると信じてましたから、待つのは苦じゃありませんでした」

 

「そうか。……予定では買収するつもりだったのだが、状況が変わった。やはり彼女の商品価値は素晴らしい」

 

「じゃあ、私の望み通り買収じゃなく」

 

「あぁ。デュノア・コーポレーションは本日を持って、」

 

「――絶版だ」




次回は番外編です。絶版待ちの人は申し訳ないんですがもうしばらくお待ちください。
そういえば、なんか気づいたら日間ランキングで六位になってしました。これも仮面ライダー、IS、そしてエグゼイドファンの皆様のおかげです。本当にありがとうございます。どこまで筆者のやる気が続くかはわかりませんが、長い目で見てやってくださると幸いです。


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消費者、相川清香の場合

絵書きデビューやらアナムネシスやらに熱を入れていたらいつの間にか六日も過ぎていた。許しは乞わぬ。
前回の後書き通り、今回は番外編です。主にクラスメイトとの友人関係の描写になります。

なんだか感想がかなり物騒なことになってましたが、この作品の社長はオリ主です。純度100%の善意で人を助けることぐらいします、だって人間だもの
(棒)

毎度誤字報告ありがとうございます。非常に助かっております。


 IS学園には、主に目立った男子が二人がいる。

 一人は最初に見つかった、所謂ファーストと呼ばれる織斑一夏くん。頭はあんまり良くないみたいだけど、十人中三人の女子を一目惚れさせるほどの甘いマスク、誰にでも分け隔てなく接し誰かのためなら真っ先に身を投げ出せる性格なども相まって、彼は学園中の人気者だ。一部邪見にする人たちはいるけど、この学園でそんなものを表に出していては生きられないことを悟ってすぐにマスクを被ることだろう。

 もう一人は全国適正試験で見つかった、所謂セカンドと呼ばれる檀正宗くん。こちらは織斑くんと違って、印象は最悪だと言える。頭もルックスもいいけれど、性格や人当たりは最悪。平然と人を見下すし、オタクみたいに部屋の隅の方でパソコンを動かしてるし、暗いし、無視するし、オルコットさんを学園から排除したりもした。

 正直、最初の頃はかなり嫌ってた。むしろ上記のことがあるというのに好きになれる人物などいるのだろうか。いや、何人かいた気がする。かなりメルヘン入ってて半ば宗教になってたけど。ともかく私、相川清香は檀正宗が嫌いである。そう、ちょっと前までは。

 

 それはトーナメントより、少し前の話だ。

 私の趣味は多種多様である、体を動かすことが好きなので主にスポーツ方面に傾いてはいるのだけど、私も年相応の女子高生らしい趣味も持ち合わせている。因みにマイブームは、ゲームだ。

 ゲームは女性らしくないって? ふふん、その考えはこっちでは古いんだなぁこれが。

 今やゲームの立場は昔とは比べ物にならないほど上昇しているのだ。とある番組では男女混合老若男女合わせたアンケートで、「あなたは毎日ゲームをしていますか」という質問に対してYesと答えたのは100人中90人という結果が出た、と残している。これはつまり街で適当に十人捕まえればその内九人は毎日ゲームをしていることになるということなのだ。

 それほどまでにゲームという存在は、現代社会においてなくてはならないものになっている。その原因の一端が、大手ゲーム会社、ゲームの王様と呼ばれるゲンム・コーポレーションだ。ドラクエショックなんて目じゃないぐらいの社会現象を引き起こしたこともあるこの会社は今や全国に展開、全世界人口の七割がゲームをプレイしているのでは? なんて話題をお茶の間に流れてしまう程に、ゲンム・コーポレーションは売れに売れている。

 因みに、私のイチオシゲームは"ギリギリチャンバラ"だ。スポーツマンに対して強く意識して作られたこのゲームは、一瞬の判断と見切りが物を言う真剣チャンバラゲームである。このゲームは他のゲームとは違い、VR型のゲーム、つまりプレイヤーはまるで目の前にいるかのように感じられる敵キャラと本格的なチャンバラごっこを楽しめるのだ。

 ゲームなんて話題についていく程度にしかやっていなかったのだけど、これには大ハマりした。PvPのゲームでもあったから、様々な人とオンラインで戦ったし、たまたま出会った人とチャンバラしたりもした。

 ゲームエリア内であれば既に戦場、似たようなもので"バンバンシューティング"というゲームもあるらしいけど、銃の腕がからっきしの私には向いていない代物だった。

 

 そう、その日はギリギリチャンバラの新ステージの配信日だった。告知によると、新敵であるカイデンが実装され難易度も一つ上の物が増えると聞いている。とにかく私は授業を終えたその足ですぐに先生が娯楽のために作った"ゲームアリーナ"に向かうと、驚いたことに先客がいた。我らが一組の担任教師、織斑千冬先生である。

 

「……やはり腕は鈍ったな。ん……相川か?」

 

「あっ、はい。あの、どうしてここに先生が?」

 

「ここは娯楽のためのゲームアリーナだ。となれば、目的は一つしかないだろう」

 

 そう言って、先生はギリギリチャンバラのゲームカセットを見せた。

 この時、私は大層驚いた。あの堅物の先生が、ゲームをプレイするような人間とは到底思えなかったからである。いや、先生だって人間だ。ストレス発散のためにタバコも酒もセックスもするだろう。大人の色気、というものを織斑先生は私の知るなかで一番放っている。

 

「まぁ、そういうことだ。相川もこれか?」

 

「はいっ。私、ギリギリチャンバラにはそこそこ自信があるんです」

 

「ふっ、そうか。……ふむ」

 

 どうしてか、先生は私の頭の天辺から爪先までじっくりと眺め始めた。どこかおかしいところでもあったのだろうか。

 

「踏ん張れよ。良く見れば勝機は必ずやってくるだろうからな」

 

「はぁ……?」

 

 それだけ言うと、先生はさっさとアリーナから出ていってしまった。なんだったのだろうか、踏ん張れ、だの良く見ろ、だの言っていたけど。いや、そんなことよりもゲームだ。告知された日からこの時をずっと待っていたんだ。

 カセットを専用のホルダーに差してゲームを起動させると、ゲームエリアが瞬く間に広がり、ギリギリチャンバラの世界を形作っていく。そうして現実と仮想は溶け込み、もはや私の目では区別をつけることなど出来はしない。

 

「さぁ……いざ勝負!」

 

 私は専用の刀型のコントローラーを、ゲームスタートの字に突きつけた。

 

 

◆◆◆

 

 

「また負けたぁーっ!」

 

 アリーナの床に倒れ込む。

 これでもう十連敗だ、いずれもカイデンの手によって一太刀目でやられてしまっている。負ける度にもう一度、もう一度と何かを掴もうとするも当のカイデンの刀はまさに変幻自在、何パターン用意されてるかもわからないその流水のごとく乱れのない太刀筋。私はそれに呑まれ、まんまと翻弄されているというわけだ。

 

「うーん、もうお手上げだー」

 

 太刀筋を見切れぬのであれば、振るいきるその前に切り捨てる。なんてことも試してみたのだが、如何せん向こうの振りの方が早くスペックで負けてしまっているということが露呈しただけに終わった。

 ならば先手をとる、と動けば向こうにギリギリチャンバラされる始末。CPU特有の超反応相手に勝てるわけがないよー。

 

「手こずっているようね!」

 

「あなたは、岸里さん! 何か打開策を思い付いたんだね!」

 

 流石フルアーマーの名は伊達じゃない、有能!

 

「手を貸してあげるわ、と言いたいところだけで私もクリア出来ていないの!」

 

「無能!!」

 

「だから代わりの打開策を見つけてきたわ!」

 

 そう言って彼女は引きずってきたであろう何かを押すことで、それを無理矢理前に出した。

 

「――無理矢理引きずられてきたから何があったかと思いきや、ゲームでクリア出来ないだけの理由でここまでされるとは、全く予想外だ」

 

「無能!!!」

 

「断定が早すぎるわ!」

 

 妥当だよ! どうしてよりにもよって、こんなオタクを連れてきたのさ! どっからどう見てもモヤシ系だよ、パソコンカタカタして画面向こうの美少女にへらへらしてるのがお似合いレベルのオタクだよそれ!

 しかし、連れてきてしまったものは仕方ない。

 

「あー、檀くん。これ絶対君には向いてないからさ、早く帰って仕事の続きしてなよ。無理矢理引っ張ってきて、悪いんだけどさ」

 

 丁重にお帰りいただこう。いつも通りの檀くんならば、証拠さえ貰えればいる意味もないだろうから大人しく帰ってくれるだろう。

 

「……君に、一つ言っておこう。私は確かに日中ずっと端末機器を弄っているが、かといって運動が不向きなわけではない。そのゲームなら私は君より高スコアを叩き出すことが出来る」

 

「……へぇ?」

 

 今のはちょっとカチンと来たよ。君みたいな社会不適合者の塊が私よりも運動ができて、しかもゲームで高得点を叩き出せるって? 笑いが溢れそうになったよ。

 あの試合だってどんな手段を使ったか知らないけど、どうせオルコットさんのISに予め何かしらのプログラムでも仕込んでたんだろう。そうでもないとISがあんな不自然な挙動をするわけがない。

 つまるところ何が言いたいのかと言うと、

 

「……嘘」

 

 私が檀くんより劣ってるはずがない、そう思っていたということだ。

 勝負は一瞬の出来事だった。その刹那の交差はまさにゲーム名に相応しいプレイであり、これ以上に合理的な剣筋を私は知らなかった。悔しいが、見惚れてしまった。その一太刀に、その構えに、その振るいに、その姿に。檀正宗という存在を初めてフィルターをかけずに見た感想は、全くと言っていいほどに美しさとはかけ離れた存在だ、というものだった。

 ただ実直に結果だけを追い求め、すがり、無駄を削れるだけ削り取った無機質とも取れる合理的な剣筋。それは紛れもなく、努力が行き着いた一つの果ての形。

 

「ふむ、久しぶりではこんなもの、といったところか」

 

 檀くんはコントローラーを呆然自失の私に返すと、そのままゲームアリーナを去ろうと足を進ませた。しまった、このまま行かせてはいけない。

 

「あ、あのっ!」

 

 気づけば声をかけていた。彼はそのまま振り返りこそしなかったが、帰る足は止めてくれた。

 

「檀くん……」

 

 これほどまでに、気持ちが上り詰めたのは初めてだった、と思う。なんとなく、胸が締め付けられるような気もする。目線はちょっぴり落ち着かないし、手だってなんだか落ち着いていない。

 

「私と」

 

 不思議だったけど、考えればすぐにわかることだった。嗚呼、そうかこれが――――

 

 

 

 

 

 

「マイティアクションXの最終スコアで勝負だッ!」

 

 これが純粋な怒りかッ!

 

「……なんだって?」

 

「だから! 勝負! マイティアクションXの最終スコアで!」

 

「どうして私がそんなことをしなくてはならないのかね。いやそもそも、私は何故君に怒りを向けられなければならないのか」

 

 何故、だって? そんなの決まってる!

 

「――あんたが私のセーブデータでカイデンを倒すからでしょうがぁッ!」

 

 私は何事も自分で成し遂げることを良しとする人間だ。アドバイスやら手伝いやらは素直に受けとるが、最終的に事を成すのは自分でなければならない。自分がしたいことであれば尚更だ。そして成し遂げた後の達成感は堪らなく心地いい。それを、彼はムッツリとした顔で横からかっさらっていったのだ。許せるだろうか、いいや許せるわけがない!

 

「……? 何も言わずにコントローラーを渡したのは君だろう、私はてっきりそのままプレイをしていいものと考えていたのだが」

 

「それぐらい察するのがゲーマーってもんでしょ!」

 

「私はゲーマーでも、ましてやクリエイターでもないのだが……」

 

「いいから勝負する!」

 

 そうして勝負して、これもまた驚いた。

 なんとマイティアクションXをクリア出来なかったのだ。いや、確かに難しいギミックのあるステージは多少あれど、難易度だけで言えば小学生でも全機使えば5ステージぐらいならいける。しかし檀くんは、2ステージで全機を使い果たしたのだ。しかも結構アホっぽい死に方で。

 彼は絶望的なほどにアクションゲームが苦手だったのだ。

 それを知った時は驚きまくって、ゲームオーバーした時の彼があんまりにも喋らないものだから、その場で腹を抱えて笑った。それはもう大いに笑った。

 

「……もう帰っていいかな。私は君と違って忙しいんだ」

 

「ご、ごめんっ、ごめんってば! 流石に笑いすぎたのは悪かったと思ってるよ!」

 

「そう思うのなら早く帰らせて欲しいのだが……」

 

「待って待って。もう少し遊んでよ、まだやってほしいゲームいっぱいあるし」

 

 ゲキトツロボッツとか、シャカリキスポーツとか、あとジェットコンバットもやってほしい。

 

「……君は私と遊ぶのではなく、私で遊びたいだけだろう」

 

「ハテサテ、どうかなー」

 

 ――まぁ、そういうこともあって、今や檀くんは私や私の仲良しグループとは良好な関係を築けてると言えるだろう。本人もなんだかんだ面倒見がいいし、無理難題でなければ手も貸してくれる。

 彼がゲンム・コーポレーションの社長と知った時は驚いたけれど、私たちにとってはむしろ都合がよかった。何故なら、堂々と裏技について尋ねることが出来るからだ。まぁ、何一つとして教えてはくれなかったけど……。

 例え彼が社長であったとしても、私たちの関係は恐らく変わることはないだろう。だってこんなにも親近感があって、ゲーム勝負で私たちに負けてばっかりの情けない、その分なんだか愛らしいただの同級生の一人なんだから。




・千冬さんの言葉の意味
 カイデンは攻撃するまでのスペックは高いものの、攻撃した後のスペックは低いという設定の敵だった。ので、振らせてからカウンターをするのが攻略上ベスト。剣筋に惑わされてはいけない。

・私はゲーマーでも、クリエイターでもないのだが
 言葉通り。社長はCEOなので、開発者は他にいる。

・社長が女の子と仲がいいんですが
「――そういう訳で、次のゲームはこれで決まりっ」
「……ときめきクライシス?」
「そう、女の子と仲良くなって恋人になってあんなことやこんなことをするゲームだよ! 全年齢だよ!」
「ふむ、恋愛シミュレーションゲームというものか。確かに今まで我が社にはなかったゲームだ」
「そういうわけだから、女の子たちと交遊なんかして具体的なデータ収集をよろしくね☆」
「社内で取ればいいだろう。我が社には優秀な女性も多いはずだが」
「チッチッチッ、このゲームの設定は高校生。つまり、出来る限り年相応の生のデータでなくてはならないのだー!」
「あぁ、そういえば君たちの年齢は――」



誤字脱字などあれば報告よろしくお願いいたします。


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ゲンム・コーポレーション/取るに足りない凡作

ヒャア、もう我慢できねぇ! 絶版だァ!

※今話はオリキャラ有りです


「――諸君、忙しい中こうして出席してくれたことを、心より感謝しているよ」

 

 上座に当たる席に腰を下ろし、十人にも満たない幹部の前でそう言い放った。

 言葉は概ね本心だ、実際我が社は今新作の開発や数々の企業との会談にと、てんてこ舞いの毎日だ。見渡す限り、顔色が悪いのもちらほらと見える。

 我が社は自他共に認めるホワイト企業であるから、定時に上がれているものがほとんどのはずだが、どうやら自主残業をしてくれているらしい。流石は私の認めた商品達だ。素晴らしい活躍を期待していると言ったが、ここまで身を粉にして働いてくれるとは、社長である私も鼻が高いと言うものだ。

 

「社長~、出来れば手短に済ませてほしいな~って思うんだけど~。今結構良いところでさ~」

 

「CKO、社長の御前だ。文句を言うならあの出来損ないを代理にすればよかっただろう。お前よりは態度は有能だぞ」

 

「あ? 出来損ないはどっちだよCSO。無駄に時間長引かせてさ、迅速に行動するようにって社長も言ってたじゃん」

 

「あれも戦略の一つだ。シナリオ一辺倒のお前には分からないかもしれないがな」

 

「迅速の言葉の意味もわかんないのかよ、無駄を戦略と呼べる君の頭の方がよっぽど――」

 

 二人の言い合いはそこで止まった。いや、止まらざるを得なかった。それは二人の首もとには異なる凶器がそれぞれの頸動脈に突きつけられていたからに他ならない。手を軽く上げてそれ以上を止めると、凶器はすぐに彼女たちから遠ざかった。

 

「二人とも。我が社のことを考えてくれるのは、CEOの私としても大変喜ばしいが、会議を妨げるのは少々頂けない。聞き分けが悪ければ……分かるだろう?」

 

「ごめんなさーい」

 

「…申し訳ありません」

 

「良い。ご苦労だったな、CIO」

 

 そう軽く礼を言うと、CIOはらしく頭を恭しく下げた。

 

「さて、今回集まって貰ったのは諸君らに新たな仲間が増えるのと、先のことについての報告だ。まずは顔合わせと行こう」

 

 入りたまえ、と一言声をかけると扉は静かに音をたてながら開かれ、金髪の美女が新品のスーツを見にまとい凛とした佇まいで入室した。

 そう、先日私の右腕としてスカウトしたばかりの商品、シャルロットだ。

 

「シャルロットです。この度、社長の右腕としてスカウトされ、まずは見習いとして本社で働くことになりました。よろしくお願いします」

 

 と、やはり落ち着いた声色で紹介を済ませた。それにしても分かってはいたがなかなかの胆力だ、この場にいる人物は皆そこそこに有名人のはずなのだが、柔らかな笑顔のまま表情筋一つ崩れていない。見習い卒業は、思ったよりも早いかもしれないな。

 

「彼女には次期CFOとして働いてもらうつもりだ。教育は現CFOにしてもらうが、教育の一環、君たちの元に訪れる可能性があることを覚えておいてほしい」

 

 幹部たちはそれぞれのらしい返事を返しながらも、シャルロットの価値を定めるように視線を向けている。素晴らしい、私の目だけを信用することなく自分の目で価値観を測る。それでこそ我がゲンム・コーポレーションの商品だ。

 

「時間もないことだ、親睦を深めるのは後にしてもらおう。さて、諸君らの目覚ましい活躍の成果もあって、デュノア・コーポレーションは見事に絶版された。CKO、君の知識から来るシナリオは素晴らしいものだった。多少のブレはあったものの、当初の通り我が社の勝利に揺るぎはなかった。Good Job」

 

「報酬には期待していいんでしょ?」

 

 もちろんだ、と頷き返す。一番スカウトに手間も資金もかかったが、やはりこれ以上の成果を出すCKOはもはや人類には存在しないだろう。キッチリと手綱を握っておかねばならないな。

 

「CSO、君の戦略は見事に彼らを転がし、最初から最後まで彼らは君の手のひらから抜け出すことは敵わなかった。Good Job」

 

「お褒めに預かり光栄です。ですが先ほどのCKOの言う通り無駄があったのも事実、これからも貴方の元で研磨することを、どうかお許しを」

 

「より一層の活躍を期待しているよ」

 

 その言葉にCSOはまた深々と頭を下げる。盲目的で扱いやすいのは利点だが、こちらの褒めに対して一歩引いて受けとるのは頂けない。謙虚と言えばそれまでだが、そろそろ正面から言葉を受けとるべきだ。今度キッチリと話をつけるとしよう。

 

「CIO、そしてシャルロット。君たちが我々に与えてくれた情報には一寸の狂いもなかった。CKOとCSO、二人だけでも勝利は勝ち取れただろうが、君たちのお陰で我が社にの被害経理は想定を遥かに越えた最低額で済ませることが出来た。Good Job」

 

 言葉を受け取った二人はただ静かに頭を下げた。CIOは相も変わらず無表情だが、シャルロットはどこか嬉しそうな気配を隠しきれていない。彼女の環境のせいだろう、あまり必要とされることも必要以上に褒められることもなかったと聞いている。その点我が社は仕事に対して正当な報酬を与える、これからも慣れずにどこぞのゴミのように慢心しないことを期待しておこう。

 

「デュノア・コーポレーションのラファール・リヴァイヴは我が社の傘下である倉持技研がその権利を持つことになった。そのため彼らの上司に当たるCTOがそのまま管理に当たることになる」

 

「そういえばあのマサコンがいないね、珍しすぎて槍どころか天変地異すら落ちてきそうなんだけど」

 

「彼女には別件の仕事を依頼してある、その用事で今回の会議には出席できないと先日連絡があった」

 

 CTOの発明の成果のおかげで我が社の商品たちへの被害の全てを抑えることができた、その仕事ぶりを褒めたかったのだが仕方ない。また時間のある時に言葉だけ伝えるとしよう。

 

「道理でCIOがカメラを持っていると思った」

 

「っていうかいいの社長、余すことなく撮られてるけど」

 

「……彼女への報酬だ、多少は目をつむろう」

 

 思っていたのだが私の回りの人間はどうしてこうどこかしらネジが外れているのか。スカウトしたのは私だが、誰がこんなダメな人間になることを想像する。しかし商品価値だけはしっかりと示してくる、仕事は完璧に仕上げる。正当な報酬を与えるのが我が社の基本とは言えここまでだと少しばかり嫌になってくる。

 えぇいやめろCIO、私のローアングルのアップなどなんの価値もない、それ以上踏み込んでくるなら絶版にするぞ。

 

「……さて今回の緊急会議はこれにて終了だ。諸君らの変わらぬ奮闘に期待しているよ」

 

 笑みを深めてのその言葉を持って会議の終わりとした。

 世界三位のデュノア・コーポレーションが沈んだからと言って、まだ満足など出来ていない。我が社はこんなところで止まりはしない、ゲンム・コーポレーションは必ず世界一へと上り詰める。

 他でもない、私の商品価値を持ってして。

 

 

◆◆◆

 

 

 IS学園には毎年開催される、全生徒による学年別トーナメント戦がある。

 二ヶ月ほどしか動かせていない一年には少々酷だが、この短い期間で学んだことをどれほど活かせるか、またどんなことが足りていないのか、どれが自分に適した使い方なのか。そういうことを学ぶことが出来、また教師もそれを知ることができる。このトーナメント戦はISの教育上必須事項でもあるのだ。

 二年はこの一年で学んだことをどれだけ発揮できるか、そして三年に向けどのように問題点を解決するのかを学ぶ機会。そして三年は来場者でもある大手IS企業に自身を売り込む、謂わば就職活動の一環でもある。

 去年に比べ今年は専用機持ちが多く、ツーマンセルにしタッグ戦方式としたが、奇数であるため一人余ることになる。

 だがその問題はすぐに解決することになった、クラスでも一人でいることが目立つ檀が一人で出場する旨を申し出てきたからだ。

 

 今まで碌に授業にも参加していない奴が何を言うか、と否定しようとしたが彼以外の大多数は非戦闘経験者であることも相まって教師一人で否定する材料はあまりにも少なすぎた。返事は延期としとにかく会議に持ち込んで解決案でも探ろうかとしたが、それも徒労に終わった。

 賛成の意見を述べる教師があまりにも多すぎたからだ、彼女たちはどれもISという存在のお陰で自らの地位を高めたものばかりで、一夏と違って檀は大きな権力を持ちながらもISを動かしたため、後ろ盾がある。その後ろ盾があまりにも自分の邪魔だから、これを機に恥を晒してあわよくば手を引くことを望んでいるようだった。

 もちろん建前はこれ以上にないくらい綺麗事だ。やれ「彼の腕前を正当に評価することができる」だの、やれ「これからの教育方針にも関わってくる」だの、やれ「これを機にISと真剣に向き合ってくれるかもしれない」だの、やれ「IS学園の一生徒としての自覚を持ってくれるかもしれない」だの。内面に本音を隠しきれていない者ばかりだ。それが生徒の前に立つ教師の思うことか。

 

 否定の意見を上げる者は私を含めて三人ばかり。結論は「やらせてみせて状況判断、明らかに敗けが見えた場合は担当教員が介入して試合を強制終了させる」ということに落ち着いた。

 担当教員は、よりにもよって否定の意見を述べた者の一人だ。私や山田くんが着ければよかったのだが、うちのクラスには檀を含めて問題児が多すぎることもあって、そちらが問題を起こさない、また起きた場合のバックアップに回る担当に着いてしまった。

 

 そういうことを報告しなければならない、ということもあって今朝は頭が痛かった。生徒に正々堂々と恥を晒してこいと平然と言える厚かましい教師などそうそう居ない、少なくとも私はそんなこと言って心を痛ませないほど非情ではなかった。やるからには勝たせてやりたいし、そのための最善の道を示してやりたいと思うのが教師として普通ではないだろうか。

 しかし当の本人は告げられても表情ひとつ変えず、いつぞやの時のように言い放った。

 

『問題ありません。私が勝つに決まっていますからね』

 

 自身の敗けを一点足りとも信じていない、曇りない勝利への自信。驕りとも慢心とも違うその姿に、思わず歳を疑ったが担任としては嬉しく思った。

 

『良いだろう、そこまで言ったんだ。勝ち点の一つでも上げてこい』

 

『えぇ、一点どころかコールド勝ちして見せましょう』

 

 こいつなら出来る、そう思ってはいたが、認識が甘かったと知るのは大会当日のことになる。

 

 トーナメントとは言っているが、その大会表を決めるのは教師の仕事ではなくコンピューターの仕事となっている。つまり誰と当たるかわからない、完全ランダムの状態。誰が一回戦に選ばれてもおかしくないと、どの学年も戦意や恐れ、緊張で満ちていて学園全体が良い空気となっていた。

 そうして選ばれた一回戦の組合わせは、檀正宗とフランスやアメリカの代表候補生のタッグ。

 

「――やられた……!」

 

 最悪の組合わせだった。よりにもよって戦争経験者の二人と檀が戦う羽目になるとは。いや、そうじゃない。これは間違いなく意図的な物だった。

 完全ランダム制と言っても、これは生徒の教育の一環で行われる行事。そこで代表候補生と全くの素人が初戦で鉢合わせしては、互いの教育のためにならない。そのため、どの生徒にも必ずまともに試合できる機会が少なくとも一度だけあるように設定されているのだ。それをするためにコンピューターと生徒の来歴等が入っているデータバンクを繋ぎ、コンピューターにはある程度同じ強さやセンスを持ち合わせたものたちを初戦にぶつけ、自らの力を確かめさせることができるようにしてある。

 

 檀は全くの素人である、ISにはまともに乗ったこともなく、セシリア・オルコットでの試合も何が起こったか正確に把握できていないため、教師側では無効として扱っている。つまりデータ上の戦闘経験は0のままのはずだ。それが戦争経験者のタッグの対戦相手になるなんて、あり得るはずがない。

 今日という日のためにコンピューターはちゃんと今朝にだってメンテナンスを受けている、つまりコンピューターの不調はあり得ない。とすれば間違いなく、データが書き換えられているのだろう。それも檀のデータを。

 犯人など見え透いている、いや心当たりが多すぎて逆に困るぐらいだ。

 既に試合の始まる準備も進んでいる、今さらデータ改竄の疑いがあると止めるには確かめる時間も人員もない。試合は滞りなく進むだろう。教師として、私が出来ることはなんだろうか。無理矢理にでも介入して試合を強制終了させることか、私もあいつも恥をかくことは避けられないがこれからの道を断たれるよりはずっとマシだ。今から準備をすれば、試合が開始するくらいには済むはずだ。

 

 試合が開始する前のインターバル、両者がアリーナの中で見合っている状態。私は準備に手こずっていた。まさかここまで手を伸ばすとは、向こうも随分と本気のようだった。これでは試合開始から数分経たなければ出撃すらままならない状態だ、それほどの時間があればISの試合などもう終盤だ。半ば道は断たれるも同然だ。

 準備を急ぐ私の耳に、生徒の声が聞こえてくる。

 

「残念だったね、よりにもよって私たちと鉢合わせするなんてさ」

 

「これでも戦争を経験しててさ、戦いには結構自信があるんだよ」

 

「そうか、道理で君たちには自信に満ち溢れているわけだ」

 

「アイシャとは二ヶ月ほどの付き合いだけど、考えも似てるし、自分で言うのもなんだが、私達は優勝候補だ」

 

「そのISはISを操作するものみたいだから、対策としてジャミングも装備させてもらってるよ。つまり君はもうただの素人ってこと。そういうわけだからさ、怪我する前に棄権した方がいいよ。絶対防御は痛みまでは庇ってくれないからさ」

 

 好き勝手に言っているが、実際その通りだ。それに対策まで張られてしまっては、檀は自身の腕前だけで勝たなくてはならない。それも、二人を相手に。檀がこの状況で勝利するのは、万が一程度と言える。つまり、一方的になぶられるだけの試合が行われることを意味していた。これが気に入らないという理由だけで生徒にすることか。

 だが絶望的である状況であっても、檀の声色は変わらなかった。

 

「忠告痛み入るよ。だが問題はない」

 

「はぁ?」

 

 こんな状況でさえ、あいつの言うことは変わらない。

 

「私が勝つに決まっている」

 

 虚勢でも、驕りでもないその一言が私の手を止めさせた。二人に負けないほどの自信に溢れたらその一言に、どうしようもない期待を抱いたからだ。こいつなら、きっと一矢報いる。そういう展開はスポーツマンとして嫌いじゃない。

 やってみろ、檀。嬉しく思った私の気持ちを裏切るなよ。

 

「……強がる私カッコイーって感じ? ウザ」

 

「気で負けるようにしないのは戦場でも悪くない。だがこれは戦場でも試合でもない。一方的ななぶり殺しだ」

 

「ああそうだろうな。君たちの意見には全面的に賛成だ」

 

「――今から行われるのは一方的な審判(ジャッジメント)だ」

 

《BUGL UP!》

 

 

◆◆◆

 

 

 戦いは終始一方の有利に進められていた。

 当たり前だ、片方はずぶの素人である私、もう一方は戦争経験者でタッグだ。どちらが有利に思えるかなど火を見るよりも明らかだ。

 当然、始まってからずっと無傷の私が押している。

 

Fuck(どうなってんだ)!」

 

「Fワードを公共の場で使ってはいけないと親に教わらなかったのかね?」

 

 罵倒と共に放たれる数十の弾は対IS用に作られたものなのだろう、弾自体にも相応の加工をしてSEを削り取ることを目的とした形状をしている。当たればISとは言えただではすまないかもしれない、だが相手が悪かった。何故なら、君達の前に立っているのは私というクロノスなのだから。

 時計を模した半透明のシールドが余すことなく銃弾を遮断する。速度に物を言わせ何度も角度を変えては射撃をしているが無意味なこと、襲ってくる弾丸は全て消えては現れてを繰り返すシールドを前に足下に届くことすらなく跳弾してはあらぬ方向へと跳んでいく。

 

「――ッ!」

 

「奇襲のつもりか?」

 

 普通ならば死角である方から迫り来る刃の一撃を、事も無げに弾く。受けてやってもいいが、SEが減らないことに疑問を抱かれるにはまだ早い、クロノスのスペックが判明するのはまだ後々でなければならない。そういう筋書きであるのであれば尚更だ。

 奇襲は無駄と悟ったのか白兵戦に持ち込んでくるが、これもまた無駄だ。私はこういうゲームに対してだけは得意と言い張れることが出来るほどには訓練を積んでいる。割合的にはクロノスのスペックの方が上、というのが多くを占めるのだが。

 

「これでも食らいやがれ!」

 

 振るわれる刃を余裕をもって弾くだけのゲームをしていると、白兵戦役のISが急に下がったと思えば、援護役のISが何かを放り投げてくる。それは間違いなく、パイナップルとも呼べる手榴弾。点は無駄と悟り面での攻撃をしてきたか。

 別段受ける理由もない、それに蝿のように飛び回られるのもいい加減耳障りで目障りだ。

 バグルドライバーⅡのABボタンを押す。

 

《PAUSE》

 

 数瞬後、世界は静寂に包まれ、クロノスに支配される。

 宙に浮いたまま止まってしまったの手榴弾をボールの如く蹴り飛ばし、勝ち誇った顔を浮かべる白兵戦役のISにぶつける。そして爆破の範囲から逃げるように撤退の構えを取るISに近づき、ボタンを押した。

 

《CRITICAL CREWS-AID》

 

「君はもはやゲームとして遊び飽きた」

 

 エネルギーを集中させた拳を顔面へと叩き込む。絶対防御が立ちはだかったせいで直接肌に触れることは敵わなかったが、既にその威力は余すことなく叩き込んでいる。殴打を受けたISは宙で二三回転し、再び止まる。もはやゲームオーバーからは逃れられないだろう。

 

「このゲームは絶版だ」

 

《RESTART》

 

 世界が動くことをクロノスによって許される。それと同時に今までしたことの全てがIS達を襲う。援護役のISは威力の勢いのまま縦に回転、その後地面に墜落し、そして白兵戦役のISには0距離手榴弾の洗礼を全身に受けていた。

 

《……ミーシア・ドゥテルテ、ダウン》

 

「み、ミーシア……? どこ、ミーシア!?」

 

 まだ稼働中のISは何かを探すように、いやまるで狂ったかのように辺りを見渡す。探しているものなら私の足下で土遊び中だ、と教えてあげようとしたがどうも様子がおかしい。

 

「あ……あ? あ、¢¥∞℃¢′%¢≧*∴±◆÷◇≠●☆♀◆♂±!」

 

「……ああ、鼓膜が破れてしまったのか」

 

 そういえばあの手榴弾、結構な至近距離で爆発していたような気がする。絶対防御は威力を殺してはくれたが、突発的な爆音までは防ぎきれなかったのかもしれないな。もしくは、そういう所を削って別の部分を改良したそういうISだったのかもしれないが。彼女のようなゲンム・コーポレーションの商品にもなり得ない者達の情報管理はCIOの仕事だ。私の耳に入らなかったということは、取るに足りない凡作だったと言うことだろう。

 しかも悪いことに、爆破を間近で見たせいか目まで悪くなっているようだ。恐らく一時的な物だろうが、見えず聞こえない状況というのはあまりにも辛すぎることだろう

 

「では君も絶版だ」

 

 足下のISの私物であるマシンガンを拾い、それをクロノスの力でハッキング、使用可能にし発狂したように暴れまわるISを的に見たてトリガーを引いた。

 しばらくするとSEが切れ、見たことがあるようなないような教師たちがアリーナの中に入ってきては彼女達を回収していく。それを見送ってから、つまらないゲームで遊ぶことほど無駄なことはないなと改めて考えに耽った。

 

 

◆◆◆

 

 

 試合は終わった、だが誰一人として歓声をあげることはない。ISのハッキングが出来るIS、檀の専用機に対する印象は正にそれだった。だが蓋を開けてみれば、その性能は圧倒的だった。銃弾を自動的に悉く防ぐシールド武装、本人の高い戦闘技能、そしてハッキングでもなんでもない単一仕様能力。

 あいつの目の前で爆発するはずだった手榴弾は対戦相手のすぐ側に瞬間移動し爆破、もう一人はまるで見えない一撃を与えられたかのように吹っ飛びダウンした。そう、あれはまるで停止結界で受けたダメージが跳ね返った時のような挙動だった。

 理解不能、会場にいる全員がその状態のまま呆けるほどに。私はそれを見てやりすぎだと思う反面、スッキリとした心持ちで眺めていた。そして、アイツの有言実行するその姿勢に、どこか好ましさを抱いてたような気もした。

 

 数分後、檀はこれ以上のトーナメントを辞退する代わりに二回戦目である愚弟対ラウラの試合に参入する許可を携えて、再びアリーナへとやってきた。




・CKO
 最高知識責任者。長老。一番の物知り。

・CSO
 最高戦略責任者。大軍師。石兵八陣とか使う。

・CIO
 最高情報責任者。情報戦略はお手のもの。ある意味忍者。

・CFO
 最高財務責任者。お金の管理する人。色々と大胆。

・CTO
 最高技術責任者。IT博士。筆者は主任的な何かと思い込んでいる。

・CEO
 最高経営責任者。ある意味一番偉いけど、日本では半ば冠になってる。

・マサコン
 正宗コンプレックス。

・ローアングルのアップ写真
 高値で売れたらしい。

・デュノア・コーポレーション
 本社支社問わず謎の組織に襲撃された後、社員のミスによって個人情報がネットに大幅に漏洩。敢えなく倒産した。

・倉持技研
 国から運営の許可をもぎ取った。

・四人とか幹部少なくない?
 発言力皆無なのが何人かいるだけ。

・奇数
 原作で偶数じゃなきゃタッグ戦するなんて言わないだろうと思ったから。

・千冬さん
 筆者が基本的に好き。今思えば生徒のやりたいことをやらせて後々の責任は自分で取っているし有能教師では?(色々なことから目を剃らしつつ)

・ミーシアとアイシャ
 オリキャラ。戦争経験者でISパイロットとか中々苦しいなと思った。けど、もう考えるのはやめた! もう台詞はない。


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主人公、織斑一夏の決心

読者諸君。確かに投稿が遅れたのは、私がその場のノリで別小説に夢中になったり、動物番長に没頭していたせいだ。
だが私は謝らない。このサイトで投稿を続ける限り、読者諸君が私の小説を読んでくれると信じているからだ。


 それは、クラス代表決定戦が終わった後のことだ。クラスの皆が檀を避けていく中、俺もその中の一人として考え事をしていた。檀がどうやって勝ったのか、何故檀はクラス代表を辞退したのか。そういうことを考えてなかったとなれば嘘になるけど、もっと別のことを考えていた。

 

 オルコットさんはどこに行ってしまったのだろうか。

 

 今大きく頭の中を占めているのはそんな疑問だった。そりゃあ、オルコットさんのことを全面的に悪く思ってないと言えば嘘になるけど、少なくとも俺たちは啖呵を切りあった、あの瞬間だけであっても俺たちは確かにライバルになってたんだ。ライバルのことが気にならないわけがない。

 檀の試合に負けた後、オルコットさんは忽然と姿を消してしまった。気がつけば学園から名前が無くなっていて、本当にどこに行ってしまったのか、それこそ大人でなければわからない状態。せめて一目でも会えれば、一言伝えたいことがあったのに、それももう叶わないのかもしれない。

 

 実家のイギリスに帰ったんじゃないか、なんて噂も流れたけどなんの言葉もなく突然消えてしまうことなんてオルコットさんに限ってあり得ないんじゃないか、と思った。クラスメイトは大口叩いたのが恥ずかしくなって帰ったんじゃないかとも言ってたけど、それなら益々一言もないのが気になってしまう。けどもし実家に帰ってしまったのなら、一体いくらぐらい貯めればイギリスに行けるだろうか、そんなことを考えていたら気がつけば夜になっていてもう風呂から上がった後だった。

 せめて誰か一人でもメールアドレスを知っていればなぁ、と思ったところでノックが響いた。はっとして返事の後に扉を開くと、知らない女性がメイドの格好をしてしゃんとした姿で立っていた。

 

「えっと、誰ですか?」

 

「貴方様宛にお手紙です、織斑一夏様」

 

 差し出された手紙を反射的に受け取って、気づいた。宛先に書かれてるのは英語の筆記体で、俺には到底読めるようなものじゃなかった。なんとなくIが一番最初に来ているから、恐らく彼女の言う通り俺宛で間違いない。差出人の名前も同じく筆記体で書かれていて、十全に理解は出来なかったが読めた。

 セシリア・オルコット。そう丁寧な字で記されていた。

 

「これをどこで……ッ。えっ」

 

 跳ね上げるように顔を前を向けると、そこに先程までいたメイドさんの姿はなく、その場に残されたのはただ驚く俺と手紙だけ。耳を澄ませても聞こえるのは笑いあう女子の声だけで、足音なんて一つもしない。ISを使うわけにもいかないし、現状で彼女を追うのは不可能だった。

 ドアを閉め、机に向かい、赤い蝋のようなもので閉じられたそれを破いて、開いた。

 

 

『織斑一夏さんへ。

 

 まずは面と向かい言葉を交わさずこのような形で気持ちを伝えること、そして先日での数々の暴言、お許しください。

 私は今、イギリスへと送還の途中の車の中でこの手紙を綴っています。何故、そんなことになってしまったのか。貴方には伝える必要があると思いましたが、携帯端末すら取り上げられてしまい、現状こういう形でしか伝達手段がありませんでした。

 どうして伝える必要があったのか。それは檀正宗を止められるのは織斑一夏さん、貴方以外に存在しないからです。

 

 あの後、檀正宗の一撃に倒れた後。あまりにも一瞬過ぎる幕引きに私は敗けを認められませんでしたが、次の貴方との試合もあったのですぐにでも貴方を倒そうと準備に入りました。啖呵を切ったからには、例え直前で無様を晒したとしても引き下がる訳にはいかなかったのです。どれだけ愚かであっても、自分の言葉には自分で決着をつけるつもりで。しかし貴方も知っての通り、それは叶いませんでした。

 ゲンム・コーポレーションを名乗る存在が私からブルー・ティアーズを取り上げ、すぐに拘束し連行していったからです。その後彼らは何も語るようなことはありませんでしたが、リーダーらしき人物は私を見て一言、「貴方にもう商品価値はない」とだけ残して後は社員らしき方たちに任せて去ってしまいました。

 気がつけば、ブルー・ティアーズはISコアの動作不良による起動不可能状態にされ、その責任は全て私に着せられていました。濡れ衣だと何度も抗議しましたが、私の祖国であるイギリスまでゲンム・コーポレーション側についていて、全て切り捨てられてしまいました。結果私宛に莫大な賠償金が請求され、それらはほぼ全て借金となってしまいました。

 努力して守ってきたオルコット家の財産も、賠償金の前では焼け石に水、これから私がどうなってしまうのか、それは私にもわかりません。

 

 あまりに理不尽な仕打ち。しかし不思議なことが幾つもあることに、貴方はお気づきでしょうか。

 まず、IS学園に属している生徒に対しては、基本的には如何なる国家も手出しをすることはできません。国家にすら無理なことを、ただの一企業がどうして出来てしまうのか。

 また、どうしてただの企業がISコアを起動不可能状態にすることができるのか。授業でも言っていた通り、ISにはまだ不明な点が多く存在しています。特にISをIS足らしめる中心部のコアは、篠ノ之博士以外には理解しえないブラックボックスと化していて、これがISを量産できない大きな理由となっています。それを動作不良するように弄るなんてこと。出来るはずがありません。それこそ、篠ノ之博士でもない限り……。

 そして一番の謎は、檀正宗のISです。誓って言いますが、私は彼から一度も眼を離していません。ISのハイパーセンサーだって、むしろ絶好調だったくらいです。ですが気がつけば、私は強烈な打撃を受け、壁にその身を叩きつけられていました。

 

 ゲンム・コーポレーションという企業、そして檀正宗という存在。思えば彼のような人間がIS学園に来たことすら不思議でなりません、まるでIS学園で何かを企んでいるかのよう、そんなことすら考えてしまうほどに。

 ただの人間、特に国家代表候補生程度では彼に太刀打ちすることすらできません。ですが織斑一夏さん、ブリュンヒルデの弟である貴方ならば、彼を打ち負かすことも、ゲンム・コーポレーションを阻止することが出来るかもしれません。

 こんなことを貴方にお願いするのは、短い付き合いではありましたが良くしてくれた先生やルームメイトを守るため、そして一瞬ではありましたが貴方に立ちはだかったライバルであったから、貴方にどうにかしてほしいのです。

 私の夢の舞台であったIS学園のことを、よろしくお願いします。

 

 追伸

 私がいた部屋に、天蓋付きのベッドがあります。あれはただのベッドではなく、ブルー・ティアーズの稼働データがリアルタイムで送信されるデータバンクでもあって、寝る直前に見返すことが出来るようになっています。今となってはただのベッドですが、もしかしたら檀正宗の攻略の糸口になるかもしれません。どうか、ご活用ください。』

 

 手紙が少しくしゃりと歪んだ。そこで自分が無意識に力を込めていることに気づいて、手紙を離し、机に拳を叩きつけた。

 

「檀、正宗――――!」

 

 思えば、オルコットさんはあんな啖呵を切った後でも話しかけるクラスメイトが後を絶たなかった。人徳とか、性根とか色々と理由はあったんだろうけど、何よりもその姿勢、努力を怠らずただ自らを高める。そんな姿勢に皆引かれたのかもしれない。それに俺が知らなかっただけで、檀ですら彼女のことは知っていた。

 

 今なら分かる、彼女は本当にすごい人だったんだ。圧に屈することなく、ただ前を進み、己の努力の結果を掴み取った。まるでサクセスストーリーに出てくる主人公のような彼女に、今更ながら尊敬の念を抱いた。

 きっと多くの努力をして結果を勝ち取ったのは、オルコットさんだけじゃない。この学園にいる皆がそれぞれ血の滲むような努力をして、それでも届かなかった人もいれば、掴み取った人もいる。IS学園にいる俺以外の人間が、誰もが尊ぶような経験を経てそこに立っている。

 

 それを、檀正宗は自分に対しては価値がないからという身勝手な理由だけで何でもないような顔で踏みにじっていく。

 どうしようもなく、許せなくなった。

 

「俺は、やるぞ。オルコットさん」

 

 聞いたところ、IS学園には行事の一つとして学年別トーナメント戦なるものが開かれるらしい。檀正宗と決着をつける最も大きなチャンスはここにある。

 檀正宗、お前が何を企んでいるかなんて俺には分からない。でもこれ以上させやしない、暴君のような振る舞いを、権力で努力を嘲笑うような真似を。

 

「皆を、守ってみせる」

 

 籠手として眠る白式が、同意するかのように小さく煌めいた。

 

◆◆◆

 

「ブルー・ティアーズのデータは役に立ちそう?」

 

 全ての企業の最先端を行くような技術室で、二人のうち一人がもう一人へと呟いた。もう一人は静かに首を振り、口を開いた。

 

「全然。あのクソゲーはブルー・ティアーズの力を五割も引き出せてなかった。だから取れるデータも無駄だらけ、どうしてこんなのもので代表候補生を名乗れたか、不思議なくらい」

 

 歯に衣着せぬ言い草に、一人は苦笑を漏らしたが決して否定はしなかった。ブルー・ティアーズに限らず、BIT兵器を搭載しているISにはあるテクニックがデータとして搭載されているが、セシリア・オルコットはそれを使うどころか手が届くこともなく手放すことになってしまった。これに一人は大いに不満そうな表情を浮かべる。

 

「たどり着く条件、環境、そしてISまで用意してあげたのに、こんな結果じゃあしょうがないか」

 

「結構大変だったって別働隊も言っていた。搭乗機にウィルスを仕込んで、情報規制をして、周りの人間に吹き込んで、人員まで派遣したのに。これじゃあ彼らが浮かばれない」

 

「まーくんも期待してたのに、かわいそうだよね~。別動隊にはちゃんとした手当てが行くから問題はないだろうけど、これじゃあまーくんが浮かばれないよ~」

 

 一人はケラケラと笑っていたが、もう一人はムッツリとした顔でデータの編集を行っていた。表情からは読み取ることはできないが、真逆のようにも見える両者にも一つの共通点があった。

 内心は、腸が煮えくり返るほどに怒っているという点だ。

 

「……あー、賠償金もっと高めておくんだったかなぁ。いや、むしろ周りの情報操作もして迫害でもさせるべきだったか?」

 

「そこまで露骨だと確信される。ただでさえ嗅ぎ付けれるように示したのに、これ以上ヒントを与える必要はない」

 

「そうだけどさぁ」

 

「それに」

 

 一人がキーボードを一度叩く。すると画面はデータの束から一つの映像に移り替わり、一人の金髪の少女が複数の男性に狩り場のように囲まれている状況が映し出された。

 

「うちのCIOは、もっと上手くやってるみたい」

 

「うーわー……えげつないことするなぁ、こんなのトラウマどころか……まっ、いっか」

 

 うんうんと頷くと、本当に興味をなくしたのか一人は機械的それをピコピコと揺らして背を向けて歩き出した。

 

「あれの準備は?」

 

「ばっちぐー! もう後は書き換える(・・・・・)だけってねー!」

 

「わかった。後でそっちに向かうから、資料の準備もしておいて」

 

「おっけー。じゃあまた後でね、CTO」

 

 黒の白衣をはためかせて退出したのを見届けると、一人は再びデータの束に向き合って、編集の作業に没頭していった。






「――――ここは、どこだ?」

 自らの名に決着をつけたあの夜、確かにこの身で伝説の終わりを感じたはずだ。なら何故、自分はここに立っているのか。
 いや例え理由があろうと関係ない、ここに己が立っているのならばやることは一つだ。
 ――欲望の赴くままに、華麗に美しく、価値ある財宝を戴いていくのみ。

「大人しくお縄につけ」
「サポーターはご入り用ですか?」
「どうしてそうやってまた地味な嫌がらせするんですか!?」
「あーもうまたやられたァっ!!」
「なんなんだてめぇは、物をどう扱おうが俺の勝手だろうが」
「ただで見逃すほどロキ・ファミリアの名は安くない」

「ならば怪盗らしく、戴いていく」

《Lupin!》

「怪盗アルティメットルパン、ここに参上」


『ダンジョンで究極の怪盗を目指すのは間違っているだろうか』

プロットで満足!!!


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シュヴァルツェア・レーゲン

更新が遅くなり本当に、申し訳ない。
あと前話の感想ありがとうございます、皆一夏が大好きなんですね!僕も大好きです!
じゃあ俺、明日から始まる水着ネロちゃまに全力出すから……


 ISの世界において、ISバトルとは基本的にシングルやタッグのことをさす。その方が見所も多いし、なによりISの速度は尋常にそれを通り越しているので、機体の数が少なければ少ないほど一般人にも理解しやすいので人気が伸びやすいというのもある。

 しかしここで起きようとしているのは、そのどちらでもない。バトルロイヤルのような無秩序だけでない、タッグバトルのような規律制だけでもない。今ここで始まろうとしているのは、その二つが混じりあった三つ巴戦である。

 軍人、一般男子、そして私。こんな珍妙な組み合わせをしているが、学園にいるゲンム・コーポレーションの社員は私の勝利を信じて疑っていないだろう。しかしアリーナを見つめる幾万の観客はこの試合がどう転ぶのか、勝者は誰になるのか、全く読めていないだろうし予想以上のことを出来ていないだろう。

 私にはわかる。数学ほど難しくなく、文学ほど奇っ怪でもないのだから。この戦い、どう転ぼうとも私の勝ちで終わる。

 

「織斑一夏、貴様だけは必ず私がこの手で捩じ伏せる。そのついでに檀正宗、貴様もな」

 

「お前に興味はない。俺の敵は檀一人だけだ」

 

「随分と嫌われたものだ。では私の前には敵無し、と言ったところか」

 

 一人は怒りを滲ませ、一人は憎悪をたぎらせ、一人はどこ吹く風と態度に余裕を含ませ。三者三様に互いの顔を見合わせ、二人は体に力を入れ構えを取る。私は焦る必要も先手を取る必要もないため、いつも通り威風堂々と立つだけで後手の一撃を決めることが出来る。なんなら力を使えば絶対の先手が取れる。

 精々足掻いてもらおうじゃないか。

 

『試合開始!』

 

 開戦を告げるブザーが鳴り響いた、と同時に二人が動く。

 一人は手刀を構え、一人は刀を持ち、ISのスピードを存分に使い瞬きの間に三桁もあったであろうクロノスとの距離を一桁、それこそ手を伸ばす範囲にまで詰めてくる。

 そのスピードは、これほどの速度を出すことが出来る兵器などISが確立されて未だに存在し得ないだろう、と思わせるほど恐ろしいものだ。

 しかし所詮その程度。クロノスのスペックを持ってすればどうにかするなど訳ない。

 瞬時に振るわれた腕を掴み攻撃を無効にし、スピードの勢いそのままに両者をそれぞれあらぬ方向へと放り投げる。

 

 すると一人は極僅かな滞空時間でレールガンを展開、照準し射撃。一人は瞬時加速を持って離した距離を積めてくる。

 レールガンも白式もその速さはまさに雷、だがどれもこれも無駄な足掻きだ。クロノスを装着した私にとってそれでもまだあまりにも遅すぎる、幾つも思い浮かんだ対処法を余裕の心持ちで選べてしまうほどに。

 ふむ、それではこれでいこう。

 レールガンには時計盤のシールドを、白式には半身を反らした後に蹴りを叩き込み再び距離を空けさせてもらう。

 しかし見事な連携だった、クロノスでなければどちらかの対処は出来てもどちらかがダメージになり、また対処したそれも受けることになっただろう。

 

「シュヴァルツェア・レーゲン……共闘のつもりか?」

 

「勘違いするな、織斑一夏は私が潰す。そのためには貴様が邪魔だ、檀正宗っ!」

 

 非固定武装から四つのワイヤーブレードが飛び出し、鋭利な先端をもって突き刺そうと迫り来る。まるでそれぞれが龍の首のように自由自在に舞い、回避先を潰すかのように動き襲いかかってくる。なるほど、操作のできる武装ならば時計盤を迂回し私が持つ防御策の一つを無意味にすることができる、そういう腹積もりのようだが。そんなことは間違いなく徒労に終わる。クロノスには回避不可能であり、絶対無比なる力が宿っているのだから。

 

《PAUSE》

 

 ドライバーの両ボタンを押すだけで世界は静止する。あらゆる波は声を潜め、クロノスという絶対的支配者の前に頭を垂れる。いくらISという超越された力を身に付けていたとしても、クロノスを持ってすればただの置物に早変わりする。

 

「君達にはまだ商品価値がある、出来れば傷つけたくはないのだがね……」

 

 白式はこちらの様子を伺っているのか身を遠くに置いたままで、その構えから隙あらば飛び出そうとしていたのは明白であった。シュヴァルツェア・レーゲンはレールガンとプラズマ手刀、そして残った二つのワイヤーブレードで彼女もまた隙を突こうとしていたのだろうということが分かる。こうして止められてしまっては無意味に他ならないがね。

 

 拳を握り、振りかぶり力を込めて殴り抜けようと一撃を叩き込んだ時、勝ちを確信した。

 だがそれは大きな間違いだった。

 

 拳から激痛が走る。

 そしてそれは拳のみにならず、そのまま腕へ、腕から体へそして全体へ流れ、焼けつくような痛みを刹那の時とは言え全身へともたらした。

 

 視界がちかつく。

 脳が一瞬にしてその動きを一時不能にされ、四肢は跳ね上がり体は意思もなく震え上がる。

 

 その様が見えた人間には、私がまるで泳ぐことができず水中で足掻く昆虫のように見えただろう。

 

「ぐぁぁ……っ!?」

 

 バチリ、とドライバーが音を鳴らし、

 

《RESTART》

 

 世界は私の承認も無しに緩やかに動き始めた。

 

 シュヴァルツェア・レーゲンは一撃を受け吹き飛び何度も転がり、ようやく静止していたが、私の心境はそれどころではなかった。

 

「何故、ポーズの中で攻撃をッ……!」

 

 ポーズは世界を静止させる、まさに神のごとき所業の力。止まった世界の中で動けるのはクロノスである私以外この世に存在しない、いや存在してはならない。さらにクロノスの鎧の前ではあらゆる攻撃はほぼ無力、この世界で私に痛みを与える攻撃など、もはや核以外に存在しないというのに、何故私はダメージを受けた!

 

「ふっ……くっ、どうやら私の……目論み通りだったようだな……」

 

「シュヴァルツェア・レーゲン、何をした……!」

 

 銀髪を揺らし、彼女は上手くいったとばかりに不敵に笑みを浮かべている。許されない、この戦場において笑うことが出来るのは私一人のはずだ。

 

「貴様の戦いを見て、何度も不思議に思ったことがある……。それは私の慣性(アクティブ)停止(・イナーシャル)能力(・キャンセラー)とも違う、いやそれすら越えた能力の正体もそうだが、それを解く上で疑問がいくつもあった。そして今、その疑問は解かれた」

 

「……いいだろう、では聞かせてみせたまえ。君の推理とやらを」

 

 まだ痛みが残る腕で先を促すと、シュヴァルツェア・レーゲンは壁に手をつきながら起き上がり、口を開いた。

 

「一つ目の疑問は、瞬間移動だ。貴様の試合を見たが、決定打となりえたであろう瞬間だけ、貴様も対戦相手も、位置がコンマ0.00000秒の世界で瞬間移動していた。

 ISは音速を越えることができる、だからISもそれに耐えれるだけの耐久力を持っている。

 だが、コンマ何零秒を越える速度を出せばソニックブームが起こり、さらに操縦者はGで原型を保てなくなるどころか蒸発し、何もかもが無事ではすまない。それがなかったのが、まず大きな疑問だ」

 

「……ふむ、続けたまえ」

 

「二つの目の疑問は、時計だ。この学園全体の電波時計が同時に何度も時間を修正しているとのデータが出ていた。

 最新鋭の電波時計だ、ズレなど起こすはずもない。そうであるにも関わらず、どの時計も同時刻にそのズレを修正している。

 そしてこの二つには共通点がある、それはこれらは貴様の試合中にしか起こらないという所だ。もっと具体的に言えば、貴様の腰についているその装置のボタンを押した瞬間にそれらが起こる」

 

「…………」

 

「私はこの二つに大まかな仮定をつけ、それに対する対策を持って試合に望み、そしてそれが成功した今、貴様の能力は既に把握した」

 

「言ってみるといい」

 

「――――貴様、時間停止を行っているな」

 

 アリーナ全体の声が静まり返った。ポーズを使っていないのにこういう状態になり、それを体験するというのは中々新鮮なものだ。

 遠くの方で呆けていた白式が、はっとして声を上げる。

 

「時を止めるなんて、そんなこと出来るわけがない!」

 

「私は把握した、と言ったはずだ。そしてその弱点も。奴にダメージが入ったのがその証拠だ」

 

 アリーナの電工掲示板を見ると、私のシールドエネルギーを示すゲージバーが目に見えて減っているのが誰から見ても丸わかりだった。ここまで無傷だったクロノスに、確かにダメージが入ったのだ。

 ダメージを負う予定はあった、そして能力が把握される予定も。だがここまで早く、ましてやシュヴァルツェア・レーゲンに暴かれてしまうとは。なるほど、どうやら彼女の言う通り、ラウラ・ボーデヴィッヒの価値は道化だけに収まらないらしい。

 どうにもおかしく、思わず笑いだして拍手を送った。

 

「……その通りだ、シュヴァルツェア・レーゲン。時間停止、それこそがクロノスの能力が一つである『ポーズ』の力だ」

 

「ふんっ、その分だと弱点も認めているようなものだな」

 

「徒手空拳しかない、そう言いたいのかね?」

 

「その通りだ。だから貴様は、私がポーズの瞬間に全身へ巡らせたプラズマに触れ、ダメージを受けた」

 

 彼女は動きこそは派手ではあったが、流石は軍人と言うべきか。シールドを伴わない受け身を取ることでシールドエネルギーの減少を最低限に抑えている。それもあって、見た目ほどダメージは受けていないどころか逆に私のほうが大きいぐらいだ。

 肉を断たせて骨を断つ、言葉通りの戦法だ。だが言うは易く行うは難し、この一手からは彼女の戦闘センスの高さが滲み出ている。

 

「例えどんな瞬間であろうとも、ハイパーセンサーがポーズの瞬間を見逃すわけがない。もう私にはその手は通用しない」

 

「なるほど。確かにクロノスの性能が君の言った通りであるならば、その言葉はまさに真実となるだろう」

 

 ではその理論がどれほど詭弁であるか、身を持って知ってもらうとしよう。

 

《PAUSE》

 

 ポーズを起動させ時間を静止させる。

 その止めるまでの瞬間、シュヴァルツェア・レーゲンが何かしら構えたのが見えたことから、どうやら対策が出来るというのは本当らしい。今彼女の全身には、先程と同じようにプラズマが流れているはずだ。つまり今触れれば先程の二の舞、しかし私にはこの徒手空拳以外に攻撃方法はない。

 そう、彼女の理論通りであるならば。

 

 クロノスの弱点がある。それは対処が考えてみれば案外容易であるということ、そして相手に成長の機会を与えてしまうことだ。

 この世界は弱肉強食、どれだけ有要であっても弱ければ絶滅されるだけ、安くて旨ければ尚のことだ。だが人類の手や天災が無ければ生物は絶滅することはない、どれだけ動けなくとも、どれだけ隙があろうともだ。

 

 例えば貝、あれだけ動きが鈍重であってもあれらが自然に絶滅することはない。それはあれに貝殻という鉄壁の防御があって、それを持つように進化したからだ。

 つまり殻に籠るというのは弱気に見えるかもしれないが、初歩の状態ではこれ以上にないほど有効的であるということ。実際今まで抵抗もなしに喰らわれるだけの有象無象が、防ぐ手立てを身に付けるまでに進化をした。

 押さえ付けるだけの力を振るうということは、それだけ有象無象に成長の機会を与えるということに他ならない。絶対無敵の力など存在しない、どこかしらに綻びがある。先程の私は見事に、その綻びをつかれたということだ。

 故に、シュヴァルツェア・レーゲンは知ることになる。手負いの獣ほど恐ろしい物はなく、それの前にした自身に勝つ術は無いのだということを。

 バグルドライバーⅡをバグスターバックルⅡから取り外す。脱着音の後、取りだし握ったグリップにそれを取り付けることで、装着音と共にそれは呼称とその意義の形を変える。

 ガシャコンバグヴァイザーⅡ、それは切り裂く武器であり撃ち抜く兵器の名前。

 

「己の無力を、そして抗うことの無意味さを――――」

 

 Bを押し、キメ技の音声の後直ぐ様Aボタンをクリックする。

 

《CRITICAL JUDGEMENT》

 

 二本の砲門が碧の雷を迸らせながらもエネルギーを充填していく。これから放たれるのはキメ技である蹴りとは格が違う、あれはどちらかというとシールドエネルギーを削ることよりもその装着者である人間を一発K.Oすることに趣を置いている。だがこの一撃は違う。

 

「――――その身で味わえ」

 

 グリップを握りしめる。踏み締めた地面が砕けるほどの反動を出して、MAXエネルギーが砲門から放たれる。それはまるで長針のように鋭く形取り、空を裂き真っ直ぐにシュヴァルツェア・レーゲン、その中心を寸分狂いなく貫いた。

 

《終焉の一撃!》

 

 一撃を受けた彼女の体は動かない、時を止めた瞬間となんら変わりなくそこにある。だが既に勝敗は決している。

 ガシャコンバグヴァイザーⅡをバグスターバックルⅡへと再びセットし、操作する。

 

《RESTART》

 

 時間が再び動き出す。それと同時に彼女が、いやシュヴァルツェア・レーゲンが膝をつく。彼女は自分が何故そうなっているのか全く理解できていない、そんな顔で呆けていた。

 

「な、んだ……なにをされた……? ……一体、何をしたッ!」

 

「ふっ、ハハハハッ!」

 

「答えろ檀正宗ッ!」

 

 試合開始時と変わらぬまま、プラズマ手刀を持って狂犬のように噛みつこうとしたいたのだろうが、そんなことはもう出来はしない。動こうとしても無駄なことだ、それはもう君の言うことを聞きはしない。何故ならそのISは既に、誰のものでもなくなったのだから。

 

「リプログラミングさ」

 

「リプロ、グラミング?」

 

「そうとも」

 

 私はおかしくも現世での記憶を二つ持って生まれ育った奇妙な存在だ。それには様々なゲームの存在、野望、そして恐怖する存在など様々なものが記憶されてあった。その中の一つが、このリプログラミングだ。

 本来はチート等を使用した不正利用者に対して二度とゲームが出来ないようアカウントやゲームデータに使うことを想定した力なのだが、既にこの力はISにも対応するようにプログラミングしクロノスに設定済みだ。

 

「リプログラミングとは文字通り、初期化を意味する言葉。そしてクロノスにはその力が備わっている。君のシュヴァルツェア・レーゲン、そのISコアを初期化する能力がね」

 

 その言葉と共に、処理が終わったのかシュヴァルツェア・レーゲンの形が変わっていく。トゲトゲしさは消えていき、鮮やかさは失われていき、そしてその力の全てが更地になっていく。彼女が積み上げてきたものは全て、塵に帰るのだ。

 

「君はもはや絶版だ」

 

「檀、正宗ェッ!」

 

 PICすらまともに働いていない機体では動くことも儘ならないのだろう、機体は擦れる音を出すだけで何も反応はしない。かといって一人では抜け出すことも出来ない、何故ならプログラミングの内容がもはや赤子も同然、当たり前のようにある機能でさえ学習された物なのだから、何も動かなくて当然だ。そのコアはなんの動かし方も知らないのだから。

 思い知っただろう、それが君の力の果て、君自身の限界だ。

 だがなにも残念に思うことはない、そのスペックは私たちに有用に使われると、そう決まっているのだから。

 

「――――」

 

《……シュヴァルツェア・レーゲン、戦闘続行不可能と見なし棄権とします。すぐにスタッフが回収に向かいます、ボーデヴィッヒさんは待機しておいてください》

 

 その言葉の後、すぐに教師であろうIS二機がアリーナに降り立ち、初期化されたシュヴァルツェア・レーゲンそのままラウラ・ボーデヴィッヒごと両側で担ごうと撤退の準備を始める。

 動くことも出来ない無様な姿のまま、彼女は小さく何事かを呟いている。聞き取ろうかと考えたが、止めておいた。負け犬の遠吠えほど耳汚しもなく、また情けないこともないだろうと思ったからだ。

 

「……さて」

 

 出口へと足を一歩進める。おおよその目的は果たした、もはやこの場で無駄な時間を割く必要もない。それよりもするべきことは山ほどある、それに向けた入念な準備こそが、今もっともゲンム・コーポレーションが必要としていることだ。

 

「――ッ!」

 

「……ふん」

 

 背後から迫り来る一刀を半身を傾くことで避け、二の太刀を脚で蹴り上げ弾く。

 互いに距離を取った所でバグルドライバーⅡをガシャコンバグヴァイザーⅡとして装備し、瞬時加速により勢い付いた一閃をチェーンソーの刃で受け止める。

 衝撃が風圧となって塵を巻き上げる。

 相手も両手を持って一太刀を押し通そうとしたため、それは自然に鍔迫り合いとなった。

 

「そういえば、気になっていたことが一つあるのだが……君は何故そんなにも私を敵視する? ゲンム・コーポレーションはなにもかもホワイトであることが自慢の一つなんだがね」

 

「白を切っても無駄だ! お前がオルコットさんにしたことは、全部分かってる! オルコットさんが送ってきた手紙から!」

 

「――セシリア・オルコットの手紙、だと?」

 

 なんだそれは、私はそんなものを知らない。手紙を出した事実など、報告に上がっていない。

 どうやら、由々しき事態にあるらしい。ゲンム・コーポレーションの内情を知られたとなれば、世界に隙を見せることになる。たかが一人の青二才に見られたところでダメージにはならない、だがそれが世論を味方に回したとなれば……。

 

「……すまないが予定が入った。君に構う時間はもう無い!」

 

 つばぜり合いのまま、Aを押し素早くBをクリックする。

 

《CRITICAL SACRIFICE》

 

 チェーンソーの刃がエネルギーの充填に合わせて回転数を増す。

 モーターが回転する低い音が大きくなるにつれ、ギリギリと得物から散らされる火花の量は多くなっていく。その光景に予感が働いたのか、白式は最悪を避けるように後ろに下がる。が、もう遅い。既にエネルギーの充填は終わっている。

 

「お仕置きだ!」

 

 円状の物に刃がつけられた、エネルギーのカッターがガシャコンバグヴァイザーⅡから放たれ、高速回転をしながら白式へ襲いかかる。

 

「そんなエネルギー!」

 

 雪片弐型に名の通り透き通るような光が宿る、まるで物語で主人公が振るうような聖剣そのもののような輝きを放つそれは高圧縮エネルギーのカッターをなんの抵抗もなく断つ。

 あれが零落白夜、エネルギーそのものを無効化にする唯一仕様(ワンオフアビリティー)。聞いていた通りエネルギー相手には凄まじい切れ味だ、絶対防御を強制的に発動させるあれをクロノスでも受けてしまえば一発で試合終了だ。

 だがもう遅いのだ。

 

《CRITICAL CREWS-AID》

 

「――ッ!?」

 

「るぁぁあッ!」

 

 エネルギーに集中していたのが彼に仇となった、その後ろで既にクロノスは別のエネルギーの充填を終えていた。だからこうして白式、君の顳顬に私の必殺の一撃が突き刺さる。

 肉に衝撃を与えた感触が足を通じて登ってくると同時に、鈍い音が鳴る。白式はかくも銃弾の如しスピードで壁に叩きつけられ、機械的なその壁を砕いた爆音を鳴らしその運動は止まった。

 その姿にどこか見覚えを感じたが、そんなことはもうどうでもよかった。今は文字通り、一分一秒が惜しいのだから。

 何かしら周りが騒がしく感じられたが、もはやそんなものは私の耳には入ってこなかった。すぐに幹部全員で会議する必要がある。この失態を誰が起こしたのか、問題の所在を確かめるための会議を。




・ポーズの正体
 ゲームエリア内だけ時間が止まってるってことは、絶対時計とか色々狂ってるだろうなって思った。

・ポーズの対処法
 クロノスが何かしら攻撃をした時、受けた相手は吹っ飛ぶとか一定時間は動いてた。でも慣性全部が消えるまで動くまでじゃなくてあくまで少しの間だけだったから、多分触れてしまったらある程度動いてしまうんだろうなぁって考えた。そういう意味での突破法。

・リプログラミング
 本分通りIS用に調整済み。ISコアの内部に侵入してデータを破壊し尽くすプログラムが暴れるので、システムが初期化をせざるを得ないという代物。ので厳密にはリプログラミングではない。

・白を切る
 ホワイト企業だけに


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ラウラ・ボーデヴィッヒの消失

無事お迎えできたので投稿です。
今回は全力で終わりへと着実に誘導していく感じにしました(展開が進むとは言ってない)
じゃあ俺、水着オルタに余力注ぐから……


 

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒの行方がわからなくなった。

 三人の試合が終わった後、その知らせを聞いてすぐに動いた。あの様な負け方が、アイツにとってもっともダメージが大きい。

 一人になれば何かしら動くことはよく分かっていた、昔から何かを抱えるとそこではない何処かに足を運んで一人で考え込むような、そんな人間だ。分かっていたのに、私にはどうすることもできなかった。

 "ラウラ・ボーデヴィッヒの行方がわからなくなった"、その言葉の意味を真に理解できていなかったのだろう。

 

 どこにもいなかった、保健室はもちろんどの教室にもどのアリーナにも、そしてどこのピットにも。どこを探してもなにを使っても発見できず、ボーデヴィッヒはIS学園から忽然と姿を消していた。

 

 じゃあどこに行ったのか、IS学園から誰かが出たような形跡は無かったというのに。

 

 ――――いや、一つだけ心当たりがあった。なんの痕跡も残さず、一切の遠慮も予兆も見せずに人を振り回すような、そんな人物に。すぐに携帯を手に取り連絡を試みた。いつもは向こうからかかってきてうるさいぐらいだというのに、こんなときに限って中々出ない。

 

 数コールの後に繋がった音と共に、いつもの浮わついた声が耳に届く――――

 

『ちーちゃん、今忙しいんだけど』

 

 ――――だがそうはならなかった。いつものふわふわとした態度は鳴りを潜め、その声には怒りが滲んでいる。

 

 あの何に対しても余裕綽々と斜めに構えているこいつがこんな状態になっているのは、ISの論文を否定された時以来ではないだろうか。

 だが気にしてはいられない、時間がないな割いてもらう時間を少しでも増やせるように本題から入るべきだろう。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒがいない、覗いていたのなら分かるだろう。頼む、教えてくれ」

 

『いないよ、もう』

 

 その断定は速かった。

 

「……何?」

 

『ラウラ・ボーデヴィッヒなんて存在はもう何処にもいない(・・・・・・・)んだよ、ちーちゃん』

 

「何を言っている……? お前は何を知っているッ!?」

 

 何処にもいないなんて言われて、そう簡単に頷けるものか。自殺なんて出来る場所は限られている、するには凶器やら場所やらを用意する必要がある。だがその痕跡すらこの学園にはない、ラウラ・ボーディヴィッヒは何にも触れていないしそんなところに行っていない。

 なのに何故そう言いきれる、何故いないことを知っている。

 

『ちーちゃんさ、アイツのことどう思ってる?』

 

「話を逸らすな! 今はラウラのことだ!」

 

『逸らしてなんかないよ、重要な話さ。ちーちゃんは、檀正宗のことどう思ってるの?』

 

「檀、だと?」

 

 何故そこで檀の名が出る。確かに奴は対戦者としてラウラと戦い、アイツには実にそぐわない敗北を与えた張本人ではあるが、それだけだ。どうしてそこでただの生徒の名前が出てくる、檀と今回の事と何の関係がある。

 

「檀はただの生徒だ。今の事と何の関係も、」

 

 そこで、どこか飲み込めない何かに直面した。

 なんだ、この凝りは。一見して何もおかしいことはない、普通のことを私は喋っている。だというのに、これは、この違和感はなんだ? 私は何を感じている、何を疑っている?

 

『そこだよ』

 

「なんだと?」

 

『ちーちゃんは今、ごく自然にそれを行った。だから気づけるけど、掴みきれない』

 

「何の話だッ!?」

 

『――どうしてちーちゃんは、そんなに檀正宗を信用できるの?』

 

「どうして、って」

 

 私はそれに答えられなかった、檀正宗は一見してまともな生徒だ。授業態度も悪くない、社長なだけあって成績も良い、最初に壁こそあったが今はクラスメイトとも自然に付き合えている。教師から見て、そう悪い生徒に思えない。

 何故だ(・・・)

 確かに平時の態度に問題はなくとも、戦闘時でのそれは褒められた物ではない。リスペクトもなく、バトルとして付き合わず、まるで殺し合いをするかのように非道に動く。言動もまた一人の社会人として言葉遣いというものを叩き込まなくてはならないほどに酷い。

 だというのになんだ、このアイツに対する高い信頼感は。

 

『それね、束さんも持ってるんだよ』

 

「なんだと?」

 

『檀正宗という存在に対する高い信頼……好感度と言い換えてもいいかもね。私にも心の中にそれがある』

 

 好感度、私と束の中に何故か高い数値で設定されているそれ。その凝りが違和感を覚えさせているのか、確かにそれが心の中にあるというのであれば未だにある"檀正宗は犯人ではない"と信じる気持ちにもある程度噛み合うかもしれない。

 

 つまり私は、洗脳の類いでも受けたと言うのか? 何時受けたなどと考えるのは無駄だ、檀は時を止めることが出来る。つまり何時だって事に及ぶことは可能だ、そしてそれは証拠が出ないことを意味する。

 しかし他の教師は檀にいい感情を持ち合わせてはいなかった、ということは私の発言力が目当てか、はたまた別の理由か。

 

 そう、こちらが受けた理由など幾らでも説明がつく。だが、束はどうして好感度が高いんだ? アイツはそうそう気にくわない相手の前に出るような人間ではないと思っていたのだが。

 

『誓って言うけど、束さんは檀正宗と会ったことすらないよ(・・・・・・・・・・)。向こうが忍び込んだことも、束さんが忍び込んだこともない』

 

「つまり、洗脳は電波のようなもので送られているのか?」

 

『洗脳じゃないだろうね、洗脳なら『アリス』がシャットダウンするはずだよ。オンラインでなら確実にね』

 

「どういうことなんだ……?」

 

『分からないからそれを調べてるんだよ、だから忙しいの』

 

 そう言って勢いのまま電話を切ろうとするので慌てて止めようとするが、束は本当に時間を割く余裕がないのだろう。最後に一言だけ残して通話を切った。

 

『ラウラ・ボーデヴィッヒは何処にもいないよ、いるのはもう皮だけさ』

 

 三日がたった今でも、あれ以降束が通話に出ることも、かけてくることもなかった。

 ラウラ・ボーディヴィッヒはまだ見つかっていない、ドイツは報告されても然程気にもしない様子で生返事のような返答を返してくるばかりで捜索の姿勢を見せようともしない。

 シュヴァルツェ・ハーゼの隊員も、今この時ばかりは涙を見せて悔しがっていた。僅かながら交遊もあった生徒たちも不安げな表情を見せている。これ以上そんな姿をただ黙って見ている訳にはいかない、少ないばかりの伝だが何を使ってでも見つけなくてはならない。

 

 そう思っていた矢先のことだった、ラウラ・ボーデヴィッヒがゲンム・コーポレーションの社員として帰ってきたのは。

 

 

◆◆◆

 

 よく考えれば、すぐに分かったことだった。

 

 セシリア・オルコットからの手紙を、織斑一夏が受け取った。正確な時間は不明だが、動く気力すら与えられない現在の彼女の状況から見て、手紙を出せるタイミングは一度しかない。

 護送車の中だ、あれだけのスペースがあれば手紙を書くことも、それを第三者が見ることも、その人物に手紙を託すことも出来る。

 

 だがそれをするためには、第三者が我が警備部隊を突破する必要がある。だが警備部隊は全くの無傷、であれば残る可能性は賄賂か、グルかだ。だが賄賂に靡くような安月給を、このゲンム・コーポレーションは払っていない。

 なら残った可能性など一つしかない。

 

「あの警備部隊の管轄はCSOの物だった……だがCSOの許可なく通ることが出来る人物が一人いる。それが君だ、CIO」

 

「流石のご慧眼、そしてご明察。感服致しました」

 

 CIOはそのスカートをつまみ丁寧なお辞儀をするだけで、焦る様子も言い訳をするようなこともしない。私はこれまで多くの人間を見てきた、自分の目には経験と実績による自信がある。

 だがその目を持ってしても彼女の内心を探ることも、何を抱えているのかも見抜くことができない。

 

 恐ろしい女だ、だがだからこそCIOに抜擢した。間違いではなかった、しかし正解ではなかったようだ。

 

「我が社では徹底させていることがある、どんな新入社員でも派遣社員であろうと、必ず守らせるようにしていることだ。CIO、答えてみたまえ」

 

「はい。報告、連絡、相談。所謂、ほうれんそうというものですね」

 

「その通りだ。よく分かっているようだ、だが――」

 

 白く細い首を掴む。緑の手甲が鈍く輝いた。

 

「骨身に染みてはいなかったようだな?」

 

 左手に装着されたガシャコンバグヴァイザーⅡ、その武装であるチェーンソーが唸る。

 

 会社において独断行動とは最も忌むべきものであり、即ちそれを許すことは群体全ての死を意味することとなる。

 ネットワークが発達しているこんな世の中だ、何が倒産に繋がるか分かったものではない。あの世界第三位の会社ですら派遣社員の独断、それによるネットワークへの個人情報の漏洩が倒産に繋がった。

 

 恐ろしいのはミスではない、ミスは取り返すことが出来る。本当に恐ろしいのは失敗を失敗と知らず、そう思わない行動をする人間だ。そしてそれは、私の目の前にいる。

 

 ふむ、だが。目の前にいる彼女の目の、なんと慈愛に満ちていることか。

 

「……汗をかかないな」

 

 変身を解除し、彼女から離れる。

 

「いいだろう、君に一つチャンスをやろう」

 

 指をパチリと鳴らし合図を送るとドアが開けられ、その先からは黒の白衣を纏ったCKOが笑顔で入室した。

 その手に色鮮やかなメカとガシャットを携えて。

 

「はろはろー☆」

 

「CKO、彼女にそれを取り付けたまえ」

 

「合点承知の助♪ 報酬の分もきっちり働く私は良妻の鑑~っと」

 

 CKOはすぐに行動を始め、元々一手間で済むことであるが瞬く間にCIOに持ってきたそれを取り付けた。ここまで特に抵抗をする様子も見せなかったCIOがここで何故か苦言を漏らす。

 

「良妻であれば無償で動くものだと存じ上げますが」

 

「うるせぇな黙ってろよ、社訓も守れない愚図が」

 

「失礼いたしました、ビジネス"ライク"様」

 

 ……社員同士仲良くしろ等と、私は言うつもりはないが微々たる仲間意識ぐらいは持つ方が効率的だと思うのだが。腕を信用するぐらいでないと仕事に支障が出てしまうものだ。

 CIOがしたことは信頼関係を潰せるような物であったからそう態度に出るのは仕方がないとはいえ、何か別のことで争っているような気も。……いや止そう、女性のことで口を突っ込む気にはなれない。痛い目を見たばかりであるから尚更だった。

 

「それの商品名は『ゲーマドライバー』。試作品だが、得られるパワーはクロノスの六分の一……つまり第二世代IS一機に相当する。もちろん装着条件に性別はない」

 

「改修したり開発したのは私やCTOだけど、原案はまーくんのそれだから安心してもいいよ

 ――――死なないかは別だけどね」

 

 その一言で部屋に張り付くような緊張感が生まれた。部屋に満たされた緊張を、CIOは今一身に受けているはずだ。しかしそのお手本通りの姿勢に乱れは一切生まれていない。

 そうだCIO、そうでなくては君をその立場に就任させた意味がない。その胆の太さこそが、君がCIOたる所以なのだから。

 

「今からそのゲーマドライバーに、そのガシャットを挿入してもらう。君が選ばれた暁には、私は君を自慢の一兵として扱い、今回のことは不問とする。だがそうでなければ……その命を持って代価とする」

 

「……」

 

「だが安心したまえ。既にチケットは渡してある……それを君が正しく受け取れているのか。それが君に与えられたチャンスだ」

 

 選ばれなければ死ぬ、そんな状況にも関わらずやはりCIOは汗をかかない。それどころか恭しく頭を下げ始め、余裕を含ませ口調で喋った。

 

「承りました。では、一言よろしいでしょうか?」

 

「言ってみたまえ」

 

 遺言か、それとも謝罪か。

 

 その二つであれば、私は彼女の遺体をそこらのゴミ捨て場にでも放っていたことだろう。

 

 だが、彼女は私の期待を裏切らなかった。

 

「自慢の一兵の誕生です、ご主人様」

 

 挿入音が鳴り響く。

 

 数瞬後、私は震えた。それは笑いのものでも、怒りのものでも、悲しみのものでもない。

 ――歓喜のそれだ。

 

「素晴らしい」

 

 目の前に立っていたのは己の血反吐で身を汚した敗者ではなく、鈍く輝く装甲を身に纏った一人のライダー、私の自慢の一兵の姿だった。

 

《――I'M A KAMENRIDER》

 

「今回のことは不問とする。これからもゲンム・コーポレーションのために尽力してくれたまえ、CIO。いや、

 ――――チェルシー・ブランケット。仮面ライダー、風魔」

 

 一人のメイドは、恐ろしき力を持った。しかしその力をここで振るうことをせず、ただその場で頭を垂れて身を捧ぐ。

 

「Yes、My Lord」

 

 その言葉を皮切りに、彼女はその姿を消した。今回のこともあって、色々と報告するべき場所へと向かったのだろう。最後まで見逃していたCKOは不満げに口を尖らして、こう聞いてきた。

 

「聞き出さなくってよかったの?」

 

「必要ない。凡そ察しはつく……無駄飯食らいが増えるわけでもない、好きにさせておくといい」

 

 社長がいいならそれでいいけど、と漏らしながらもやはりまだ不満げのようだった。確かにあれは会社のためにはなるが私のためにはならない、彼女からすれば排除するのがやはり一番手っ取り早く楽なのだろう。しかし社長の代わりなどいくらでもいる。

 

「ご苦労だったなCKO、報酬は後程送るとしよう」

 

「あっ、その報酬、ここで使うね。というわけでたまには名前で呼んでほしいなぁって!」

 

「……君は報酬が目的で我が社にいるのだろう、それでいいのか?」

 

 そう苦言を呈したところで、CKOの喜色一面の表情は鳴りを潜めない。まるでプレゼントを楽しみに待っている子供のようなその顔に、それ以上強く言うことも出来なかった。社長としてこれでいいのだろうか、いや社員が望んでいるのだからそれが一番なのかもしれない。

 

「これからも我が社のため、そして私のためにその力を存分に振るってくれ。"リーゲ"」

 

「にっひひ~。頑張るよ、まーくんっ☆」

 

 頭部に装着された機械的なそれを揺らして、フローレンはピースサインを突き出した。




僕もこんな殺伐とした話じゃなくて女の子とわちゃわちゃしてるような話書きたいんですよ!!(五体投地)
ラウラがどうなったか知りたいって人は今までの話を見返すとわかると思います。


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主人公、織斑一夏の転機

二ヶ月の沈黙を破り初投稿です。
短くて申し訳ない。


 また、負けた。なんの文句も浮かばないほど、綺麗に叩きのめされた。もはや一分の隙もない完璧な敗北、それは自らの力の無さを露呈させ、自分の心を深く深く沈めていく。

 

 俺では勝てないのか。檀正宗に、クロノスに、ゲンム・コーポレーションに。

 檀正宗の戦闘センスは本物だ、しかもクロノスにはポーズという強力な力があって、それを率いるゲンム・コーポレーションは世界を牛耳る企業となりつつある。

 どうすれば勝てるのか、どこを攻めれば俺は野望を阻止できるのか。分からないことは目の前の視界を黒く染め上げ、進むべき道を淡々と塗りつぶしていく。

 

 いや、そうじゃない。

 どうすればとか、なにをすれば、じゃない。これはゲームではなく、用意された攻略法なんて存在しない。道は自分で作るしかない、塗りつぶされた道を自分の色で染め上げて、己の道としなくてはならないんだ。

 弱音なんて吐いてられない、少しでも前に進まなくちゃならないんだ。

 そうでもしなければ、俺は……。

 

「……一夏?」

 

「っ。な、なんだ鈴?」

 

 少し、深く考えすぎてたかもしれない。こちらを覗きこむ鈴の表情は、どこか心配しているように見えた。

 

「なんだ、じゃないわよ。そっちが急に黙りこんだんじゃない。……前の一戦のこと、まだ気にしてるの?」

 

「そんなんじゃないって。皆それぞれ協力してくれてるんだ、落ち込んでる暇なんかないしな」

 

 クラスの半数は檀正宗に味方している。それはアイツが持つ類い稀なる才能である、カリスマってやつを存分に発揮しているからだろう。現に、何人かはゲンム・コーポレーションでもう働き始めてるって聞いたこともある。

 価値があればどんな人物であろうと別け隔てなく採用し、さらにカリスマの力でどんな問題児であろうとも統率し一流の社会人に育て上げる。ここだけ見れば、檀正宗は社長として理想的であるように見える。

 けど逆に言えばそれは、価値のない人間に対しては容赦なく在るってこと。あいつの前に出た価値のない人間がどうなったのか、それはオルコットさんと前の大会で檀正宗に敗れた二人がそれを証明している。

 

 ボーデヴィッヒさんもその一人だった、そして俺もまた敗れた一人。どうしてか俺たちは生かされている、いやボーデヴィッヒさんはもう生きてはいないのかもしれない。

 男子三日会わずしてなんとか、そんな感じ諺があるけど、あれはそんなものじゃなかった。憎悪をぶつけれた俺だから分かる、あれは外面の名前がボーデヴィッヒであるだけで中身はまるで別物だ。

 まるで、感情データをまるごとフォーマットしたかのような……これもアイツの言っていたリプログラミングの効果なんだろうか。今の俺には何も分からない、ただ分かることがあるとすればこれも全部檀正宗がしでかしたことってぐらいだ。

 

 閑話休題。

 でも、クラスのもう半数は俺を味方してくれている。皆でクロノスの対処法や弱点なんかを調べあげてくれていて、その中には上級生なんかも含まれている。本当に有り難いことだと思う、皆俺がクロノスを倒せると信じて動いてくれているんだから。

 だから、増々弱音なんて吐いてられない。廊下を進む足取りにきちんと力を入れる。

 

「だったら、辛気くさい顔してるんじゃないわよ。確かに今のところお先真っ暗だけど、折れる理由になんてならないわ。暗いこと考えてる暇があったら、私から一本でも多く取ってみなさい!」

 

「……鈴って、発破かけるの下手だよなぁ」

 

「んなっ!? 人が折角心配してやったのに……!」

 

「心配してくれたのか?」

 

「~~~っ! 知らない!」

 

 怒ってしまったからだろうか、鈴は顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。

 

 発破が下手だ、なんて言ってしまったけど鈴はすごい。ほんの少しの言葉で、こんなにも俺の気を楽にしてくれる。

 鈴の言う通りだ、現状が辛くたって折れる理由になんてならない。結局は自分にどう打ち勝つのか、それが一番の問題だ。

 あぁ、頑張らないといけないよな。本当に。

 

「でも、それじゃあ彼に勝つことはできない」

 

 振り向くと、知らない女性が壁に体を預けて立っていた。その髪は世にも珍しい水色で、手には今時持つのは珍しい扇子、制服の学年カラーは二年生のものを示している。しかも、とびきりの美人だ。

 鈴は近くに来ると耳元まで顔を近づけてきた。

 

「……誰?」

 

「……いや、俺も知らない」

 

「本当でしょうね? あんたの女の知り合いが出来る速さが異常なのは知ってるのよ、それこそ足りてるぐらいには」

 

「速さが足りてるってなんだよ。じゃなくて、本当に知らないって」

 

 確かに話しかけてきたのは向こうだけど、だからって知り合いとは限らないだろ。俺を集客装置かなにかと勘違いしてるんじゃないか?

 それに、友達が増えるのは良いことだろ。

 

「安心して。少なくとも私は味方のつもりだし、どちらかと言えば君の方が好みね」

 

「はぁ……?」

 

「がるるるっ!」

 

 あぁ、さっきまで警戒止まりだった鈴が急に敵意を剥き出しに。というか犬かお前は。

 犬耳……尻尾…………はっ、いやいや変なこと考えてる場合じゃない。

 

「一夏っ! こいつは敵よ! 絶対向こうのスパイとかそんな感じよ!」

 

「んー、まぁそう呼ばれるのも仕方ないとは思うのだけど……かといってスパイでないことの証明も難しいし」

 

 向こう、つまり檀正宗の側の人間であると言うことを示す言葉。今の学園の状況を考えたらそう思うのも仕方ないかもしれないけど、俺はそれに疑問を抱いた。

 

「いや、きっとこの人はスパイじゃないよ」

 

「ふぅん? 参考までに、どうしてそう思ったのかを聞いてもいい?」

 

 手に持った扇子を広げて、『釈明余地』の字を見せてくる。それ、もしかしてずっと用意してたのか……? あぁいやいや、今はそうじゃない。

 

「単純に、最初にかける言葉としては間違ってるなーと思ったから、かな。じゃなくて、です」

 

「そう思わせる手口なのかもしれないわよ?」

 

「それだったら、素直にすごいなって思います」

 

 彼女の目が細くなる。なんだか力強く睨まれてるような、何かを見定められているような……少なくとも居心地がいいようには感じられない。

 そうしていると鈴が俺の前に立って、庇うように片腕を横に広げる。俺には感じられないのだが、そんな剣呑な雰囲気なのだろうか。なんだか場に取り残されているような……。

 しばらくすると女性は笑みを溢して、扇子を閉じた。そうしてまた扇子を開いて、『サプライズ!』の字を見せてくる……って、なんだそれ! あの一瞬で文字が変わったぞ!?

 

「ごめんなさい、ちょっとからかいすぎたみたいね」

 

「え、えっと……」

 

「信じられないほど真っ直ぐね、こっちが馬鹿らしくなっちゃうぐらい」

 

「それ、褒めてる?」

 

「もちろん、手放しで称賛してます」

 

 朗らかな笑みを浮かばせる彼女には、先程までの冷たさは感じられなかった。鈴も場の空気がわかったのか、さっきまでの敵意を潜ませている。

 

「自己紹介が遅れたわね。私は更識楯無。気軽に楯無お姉ちゃんと呼んでちょうだい」

 

「けっ、何がお姉ちゃんよ。でかいだけのくせに」

 

「ん~? お子様にはこれが羨ましくてたまらないのかな~?」

 

 そう言うと更識さんは胸を手で上げて"ゆさっ、ゆさっ"と揺らしている。

 ……すごい。あの大きさ、柔らかさ、そして形の良さ。どれを取っても箒に全く劣っていない。まさに二強だ、おっぱいだけに。

 山田先生はプレミアム殿堂入りだからランクに入っていない。

 

「シッ!!!」

 

「い゛っっ!?」

 

 鋭いローキックが、俺の泣き所を襲う! 鈍重な音が中にも響き、同時に絶叫したくなるほどの痛みが体中を駆け抜ける。こんなの弁慶でなくとも泣ける。

 

「随分と仲が良いのね?」

 

「今現在の状況が見えてないんですか…っ!?」

 

「それを踏まえた上での感想よ」

 

 更識さんは扇子で口元を隠し上品に笑う。すごい、なんて高級感溢れる仕草なんだ。鈴なんて腹を抱えて仰け反って馬鹿笑いするのに。男子かよ。

 

「……」

 

「待て、待って鈴っ! 頭部に回し蹴りは俺じゃなくとも死ぬ!」

 

 良くても昏倒する。どちらにしろ、保健室行きは免れない。

 

「あっ、自己紹介の途中でしたよね!? 俺は……」

 

「織斑一夏くんと、凰 鈴音さん、よね。……お約束通りの驚いた顔ありがとう織斑くん。一度受ける立場になってみたかったのよね」

 

「一夏、あんたも私もクラス代表なんだから、知られてて当然でしょ」

 

 そ、そうだった。それに俺はこれでもISを動かせる男子の一人だ。世間を大いに賑わせたこともある、そこそこな有名人だった。政権交代なんかもあって一瞬で収まったけど。

 

「それもあるけど、私の立場もあるからね」

 

「つまり……?」

 

「ごめんなさい、実はあれで自己紹介は終わってないの。私は更識楯無、このIS学園では生徒会会長をしていて、最強の名を欲しいがままにしている者よ。ねぇ一夏君――」

 

 その手の扇子が今一度広げられ、そこには『新規歓迎』の四文字

 

「――生徒会で、私と特訓してみない? もちろん、打倒檀正宗くんを目指して、ね」

 

 更識さんはそう、妖しく笑った。




 長い間放置しててすいません。
 やっぱり本編放送による執筆欲ブーストは偉大だな、と実感していた次第であります。地雷認定されたのを見てしまったり、エグゼイドが完結してしまったり、なんだかんだ劇場版を見逃してしまったりと散々ではありましたが、完結ぐらいはしないと申し訳が立たないと思い、恥を忍んでの投稿と相成りました。

 偉いRTA走者様は言いました。「あなたの妄想を形に出来るのは、あなたしかいないのです」と。
 それに加え、オルガ・イツカ所長団長の言葉も胸にわっせわっせと頑張りたいと思います。
 だからよぉ……クロノスを題材に書いてた執筆者の皆々様……

 止まるんじゃねぇぞ……

 次回投稿は未定です。


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