萌えっ娘もんすたぁ ~遙か高き頂きを目指す者~ (阿佐木 れい)
しおりを挟む

prologue

冒険の始まり


 ――お前には無理だ。

 

 告げられた無常な言葉は、俺の心を打ち砕くには充分なものだった。

 ずっと、ずっと夢の中にいた背中に追いつくために踏み出せる一歩のはずだった。

 耳を破壊されるのかと思わんばかりの歓声に包まれながら、誇らしく胸を張るあの人が好きだった。

 だけどあの人は、自分に向けられる声援よりも、まず真っ先に俺へと顔を向け子供のように笑みを浮かべるんだ。

 どうだ、凄いだろう? 

 そんな笑みに、俺も笑顔で頷き返すのがたまらなく嬉しかった。

 

 そう、あの人は――

 あいつは――

 

 俺の憧れであり、目標だった。

 俺の誇りであり、いつか倒したい人だった。

 だから、近づけると思った。

 そのために選んだ。

 だが、その初め。一歩を踏み出す前に、博士によって打ち砕かれた。

 どうして?

 何故?

 どれほど投げかけても答えはなく、背を向けられた俺は伸ばした腕を下ろす他無かった。

 そうして、ずっと夢見てきたものは幻となり、ただ遠くに亡羊と現れる蜃気楼と成り果てた。

 叶わないのだと思い込み、遠くから眺めるだけの景色へと変わっていったのだ。

 

 

 歓声が轟音となって耳へと届く。

 その先に、歓声の向こう側に目指した場所がある。

 ――うん。

 必要なのは、それだけでいい。

 頷きあって、歩を進める。

 これが俺達の……夢の到達点なのだから。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【第一話】マサラ――始まりの町

 どれだけ歳を重ねようと、ずっと――ずっと夢見てきた。

 本当に小さい頃。まだ自分が誰だとか、世の中なんてこんなものかとか、そんな馬鹿みたいな現実を知る前だ。野山を駆け回ったり、幼馴染と一緒に遊んだり――一日が終わるのが惜しくて、明日に心を躍らせた日々。

 いつか、なろうと描いていた夢があった。

 がむしゃらに、ひたむきに――目指すべき夢に向かって努力していた俺は、

 

「――」

 

 今、ここにいる。

 こうして自宅の警備をしながら虚ろに天井を見上げている今となっては、その夢は飛び移れないほどの深い溝となってしまっている。

 

「今日、か」

 

 無気力に寝そべったベッドから見上げた天井には、ポスターが貼られている。

 誇らしく優勝カップを掲げながら、片方の腕でまだ小さな子供を抱いている若い男だ。

 

 そのポスターを見る度に、胸が掻き毟られるかのような焦燥と自分には到達できない高みを感じてしまう。

 

 でも、剥がせない。

 そのポスターだけは剥がせなかった。

 現実を何ひとつわかっていなかった俺への見せしめであり、己に対する懺悔でもある。

 

 何故ならば、俺にはその資格はもう無いのだから。

 手をどれだけ伸ばしても、届かない。

 どこまでも、どこまでも……どれだけ伸ばしても決して届かない。

 自ら望むことを放棄した俺には、何を為そうと、どれほどの空想であろうと届かぬ距離なのだ。

 

 たったひとり、憧れていた背中だけが俺を待っていたのだとしても。

 

    ◆◇◆◇

 

 

「兄貴。俺、明日博士に"萌えもん"をもらいに行くよ!」

 

 嬉しそうに報告してきたのは、昔から俺を慕ってくれている弟分かつ幼馴染であるレッドだ。ジーンズに赤いジャケット、頭にはトレードマークの紅白の帽子を被っている。なんとも子供っぽい格好だが、背負った大きなリュックと瞳は自分の言葉に本気だと物語っている。

 

 萌えもんトレーナー。

 それは萌えもんと共に生きる人々を指す。

 

 今では子供ですら野生の萌えもんを捕まえられる時代になったが、そうなったのは技術の進歩のおかげだ。モンスターボールと呼ばれる捕獲道具が一般に出回るまでは、子供にはもちろん、大人ですら二の足を踏んでいた。

 

 人間と萌えもん。

 お互いがお互いの住む場所に入り込み、事故や事件があちこちで起こっていた。

 そんな中だったからこそ、モンスターボールが世界に革新を与えたのだ。

 

 そして今では、萌えもんトレーナーは人々に娯楽を生む、職業だった。

 知識を武器に、知恵を戦術に。己の技術と六体の萌えもんをパートナーにしてリーグチャンピオンを目指す。年に一度の『萌えもんリーグ』では全国放送もされるほどの、娯楽である。

 

「……そうか。頑張れよ、レッド」

 

 羨ましい。

 嘘偽り無くそう思った。かつて俺が挫折してしまった道を、レッドは今歩き出そうとしているのだ。羨ましくないなんて言えば嘘になる。

 だが俺には、その想いを口に出す資格はない。

 

 だから、羨ましい気持ちを押し隠し友人の門出を祝福する。

 心から。俺の分まで――。

 

 なぁレッド、お前にはどう見えているんだ? 今、お前が嬉しそうに報告してくれた男は、夢を追うのを諦めた情けない男だぞ?

 

「ありがとう、兄貴。でも……でもさ、俺、兄貴の夢も――」

 

 レッドが言おうとしていることはわかっている。

 ずっと一緒にいたんだ。俺の夢がどうなったのかくらい、レッドは知っている。そして、まだ俺がその夢を捨て切れていないこともきっと、わかっている。

 なんたって、兄弟同然に育ったんだから。

 

「わっ」

 

 帽子の上から頭を押さえ込む。

 レッドからは俺の顔が見えないように、強く。

 

「気にすんな! レッド、お前は俺を気にする必要なんてないんだ。せっかく博士から萌えもんをもらえるんだろ? お前の夢だ、お前が胸を張らなくて誰が胸を張るんだ」

 

 努めて明るく。いつものように言ってやる。お前が夢を追うのなら、後悔なく送り出してやるのが俺の役目だろうから。

 

「……兄貴」

 

「行けよ。俺を気にするくらいなら、お前は自分の夢に向かえ。俺の分までな」

 

「――うん、わかったよ」

 

 レッドは頷いた。

 

「だったら、行ってこい。俺に遠慮してんじゃねぇよ」

 

「いったぁっ!」

 

 背中を叩いてやる。

 痛がっていたレッドだったが、やがてしっかりを前を見て一歩をふみだしていった。

 

「行ってくるよ、兄貴!」

 

 博士の研究所へと走っていく背中に、俺はただ

 

「……ああ」

 

 小さく、頷いてやることしか出来なかった。

 

 

 レッドを送り出してからしばらく。

 気休めにベッドで寝転がっていたら、外からしわがれた男の声が届いた。かすかに窓が開いているから、風に運ばれてきたのだろう。

 

 身を起こし窓から覗き込むと、白髪の混じる爺さんとレッドが出発前の話をしているようだった。

 あの頭は大木戸博士(オオキドのジジイ)か。

 

「っと、そうだ」

 

 ふと思いつき、パソコンの電源を入れる。そしてアイテム呼び出しサービスから"傷ぐすり"を取り出す。昔使おうと思ってそのままにしておいたものだが、俺にはもう使い道がないし、レッドへの餞別くらいにはなるだろう。

 

 家から出ると、今まさにレッドが出発しようかというところだった。

 マサラからトキワへと向かう道だ。子供のお使いでも通る道だが、これからの旅を考えていろいろと話していたのだろう。何しろカントー地方をぐるっと一周旅をするのだ。長い道のりになる。

 トキワへの道を見てみると、遠くでレッドの幼馴染みふたり(グリーンとブルー)が野生の萌えもんと戦っているようだった。

 

 そうか、あいつらもレッドと一緒に旅立つのか。

 感慨深く眺めていると、ジジイが気がついたようだ。

 

「おお、ファアルか」

 

「よう、ジジイ」

 

 しかし今は、還暦を迎えた爺さんよりも大事なものがある。

 邪魔なジジイをさっさと視界から消し去り、

 

「兄貴?」

 

「ほら、餞別だ。持って行け。俺にはもう必要ないもんだからな」

 

 呆然とするレッドにさっき取ってきた傷ぐすりを投げてやる。

 

「え? わ、とと」

 

 慌てて受け取ったレッドは、それが何なんのか気が付くと、

「傷ぐすりだ……ありがとう、兄貴」

 

 リュックにしまった。

 まぁ、これでいいだろう。後はレッド自身の問題だ。俺に出来ることは……だぶんもう無い。

 

「行ってこい」

 

「――うん!」

 

 駆け出していくレッド。途中、グリーンとブルーに合流し、3人でふざけあっているのが見て取れた。仲が良いもんだ。

 

「良いのか?」

 

「ああ、これでいいんだよ」

 

 幼馴染である三人がいなくなって一気に暇になった。

 煙草に火をつけ、去っていく幼馴染たちの背中を見送る。

 

 まだ幼く子供っぽい弟分、レッド。

 クールぶっているが突発的な出来事には弱い、グリーン。

 悪戯好きで快活な女の子、ブルー。

 

 それぞれがそれぞれの道を行く。萌えもんトレーナーとして。

 

「何じゃ、お主でも感傷には浸るか?」

 

「たまには、な」

 

 そうして、踵を返した。

 ジジイと話すことも少し辛い。

 頭の中ではジジイは間違っていなかったと理解していても、素直に認められない自分が惨めだった。

 

「……すまなんだな」

 

 去り際、ジジイがそんなことを呟いた気もするが、紫煙と共に吐き出した息で聞こえなかった。

 だってそうだろう?

 あんたは、何も悪くないのだから。

 悪いのは、俺だけなのだから。

 

 

 俺の住むマサラタウンは、カントー地方でも田舎と呼ばれる町だ。そんな場所にどうして研究所を構えているのか知らないが、萌えもん学の権威であるオオキド博士が住んでいる。現在最強と呼ばれるリーグチャンピオンもこの町の出身なこともあり、【始まりの町】と呼ばれたりもするそうだ。

 だが、蓋を開けてみればただののどかな田舎町であり、人口も少ない。学校だっていろんな学年の寄せ集めだ。海に面し、周囲は手付かずの森に囲まれた、村と言っても言いすぎじゃないくらいの本当に小さな町だ。ゆっくり散歩しても一時間くらいあれば町の全てを見て回れてしまう。

 

 そのため、町に住んでいる全員と顔見知りだ。こうして散歩しているだけで、声をかけられまくる。それを適当にあしらいながら歩いていると、町外れの林道に見慣れぬものが倒れていた。

 

「……あれは」

 

 草陰に隠れるようにして倒れている少女は、ぐったりとしていて動く気配がまるでない。苦し気な表情から、何か事件に巻き込まれたのではないかとも思える。

 生い茂った木々の木漏れ日に反射して光るのは、長く蒼い髪の先端部分を纏める高貴なアクセサリである白露の球。小学生の子供くらいの体躯に額から少しだけ飛び出た角――どう見ても萌えもんだった。

 何があったのかわからないが、放っておいたら危険なのは間違いない。

 

「ジイさんなら何とかできるか?」

 

 迷いなくその萌えもんを抱き上げると、やっぱり意識がないようで重たかった。くぐもった声を一瞬だけ出したが、それだけ。

 

「悪い、ちょっとだけ揺れるからな」

 

 聞こえてはいないだろうが、声をかけてから駆け出す。目指すは――マサラで唯一の萌えもん関連機関、博士の研究所だ。

 

 

 呼び鈴を押して反応があってからノブを回して入る――のが礼儀なのだろうが、緊急事態なので気にせず力任せにドアを蹴破った。脆い扉は俺の脚程度で簡単に開くどころか弾け飛び、廊下に飾ってあった額と壷をいくつか巻き込んだ上に壁に突き刺さって止まった。危ないな、泥棒だったらどうするんだ。

 

「いるか、ジイさん!」

 

 耳が遠くなりかけているであろうジイさんに向かって、大声で呼びかける。

 何事かと研究員たちが集まってくるが、気にせずジイさんだけを探す。

 

「なんじゃ、さっきは沈んでおったくせに騒がしいのう」

 

「大変だ。とにかく大変なんだ。なんでもいいからベッド貸せ」

 

 ぐい、っとわかるように抱えた萌えもんを突き出した。

 

「……お前、わしでもまだ手を出していないというのに」

 

 ナニを考えてんだこのジイさんは。

 

「急いでるんだ、ベッド貸せ」

 

「自分の家の方が良いと思うのじゃが……ここには研究用の粗末なベッドしかないぞ?」

 

「それが良いんだよ馬鹿たれ!」

 

「なんというマニアックな……」

 

 ジイさんは頭を抱えてから奥を指差した。

 

「奥の部屋じゃ」

 

「ああ」

 

 走り出す瞬間、ぼそりと聞こえた声があった。

 

「……さて、今日は老人を労わらん日になりそうだ」

 

 苦労はかけるが礼は言わないぜ、ジイさん。

 

 

 病院の診察室のような部屋で、傷ついた萌えもんをベッドに寝かせる。ジイさんの言うように本当に簡素なベッドで、スプリングも無い硬いものだった。枕も硬い。まさしく実験室仕様といった感じ。これじゃ、ゆっくり眠ることも出来ないだろうに……。

 

「えっと……」

 

 周りを見渡して目ぼしいものを探す。柔らかい枕が欲しい。

 

「ほら、これじゃろう?」

 

 と、目の前に差し出されたのはひとつの枕。ちゃんと柔らかく真っ白な、人間が普段寝る時に使うものだ。

 

「……ジイさん、気が利いてるじゃないか」

 

 感謝しつつ枕を受け取る。もちろん、ジイさんが触っていたカバーは投げ捨て、中身に軽くファ○リーズをかけておくのを忘れない。

 

「ひどい!」

 

 嘆くジイさんは放っておいて、枕を入れ替える。

 呼吸は落ち着いてきているが、人間とは違うかもしれない。姿が同じだからって中身まで同じだとは限らないからだ。

 

「で、どうしたんじゃ、そのミニリュウは」

 

 ミニリュウ。

 そうか、これがあの珍しいミニリュウなのか。名前だけは聞いたことがある。

 

「町外れの林で倒れてたんだ。見捨てるのも、何だしな」

 

「なるほど。ま、お主らしいわの」

 

 苦笑で返され、俺も同じように苦笑した。

 ジイさんは博士らしく、研究員たちを集めるとテキパキと指示を飛ばしていった。おそらく治療してくれるのだろう。治療に特化した萌えもんセンターとまではいかないが、ここも立派な研究施設だ。それなりの設備は揃っているはず。

 俺に出来ることはもう無いな……。

 

「――ん、んんっ」

 

 邪魔になるだろうし立ち去ろうとしたら、萌えもん――ミニリュウが僅かに目を開けた。

 

「……これから怪我治すから、ゆっくり眠っとけ」

 

 前髪を手ですくと、心地良さそうに目を細めて再び眠りについた。

 こうしてもみると、人間の女の子と変わらないな。

 俺はそうしてしばらくミニリュウを見つめた後、

 

「じゃ、頼むわジイさん」

 

 任せておけ、と頼もしい返事を貰ってから外に出る。壊れた扉を更に踏み抜いて外に出る。

 

 煙草に火をつけ一服。

 俺に出来ることなんて、もう何も無い。

 レッドたちを見送った時と同じような虚脱感に包まれる。

 

 でも、それは他でもなく俺自信が選らんだ結果だ。

 だから、これでいい……この虚脱に身を任せるくらいしか出来ない。

 

「ふぅ」

 

 ふと見上げた空は澄んでいて、冒険に出るにはうってつけの天気だった。こんな日にトレーナーとしての一歩を踏み出せたのだから、あの三人は本当についている。

 でも、俺も出来れば――。

 振り切れない迷いが頭を掠める。

 もしかしたらだが。

 俺も萌えもんを捕まえられれば何か切っ掛けになるのではないだろうか……?

 

「はっ、馬鹿か」

 

 夢を諦めたのは、他でもない俺自身だろうに。

 それを未だに振り切れず縋りついているだけの情けない男だろうに。

 

「……俺に、夢を追う資格なんて無いだろうが」

 

 そんな俺の迷いを見透かしたかのように、ころころと足元に転がってくる紅白の丸いボール。

 手に取り、独りごちる。

 

「萌えもんボール、か」

 

 おそらく研究員の誰かが忘れていったんだろう。ぽんぽんと放り投げて玩びながら時間を潰す。

 

 

 ――夢を。

         夢を、諦めたのは誰?――

 

 

 ガキだった頃の俺が、責めるような目で問いかけてくる。

 

「……うるせぇよ」

 

 追えもしない夢なんて、そもそも見るべきじゃなかったんだよ。

 色あせた思い出の中で、小さな子供が研究所へと走っていく。

 買ったばかりのリュックを背負い、瞳を希望で彩らせて。

 これから始まる冒険に胸を躍らせ、憧れの父親に追いつけるのだと信じて。

 その先で何を言われるのかも知らずに。

 

 これが、夢の残滓だ。

 自分の目指した夢の残り粕だ。

 

 気が付けば、萌えもんボールを力の限り握り締めていた。

 

「っと」

 

 さすがに握りつぶすほどの握力はないが、研究所の備品を壊すわけにもいかない。

 短くなった煙草を研究所の玄関に放り捨て、次の一本に火をつける。

 そうして。空が赤く染まり始める頃、中からジイさんが出てきた。

 

「お主、片付けようという気はないのか?」

 

「もう大丈夫なのか?」

 

「……大丈夫じゃ。今は意識も戻って目覚めておるよ」

 

「そうか」

 

 なら、会っても問題ないだろう。

 

「いや、だから」

 

 そういえば来客用のスリッパがあったような気がするが、まぁ今更だろう。

 

「……もういいわい。真っ直ぐな奴め」

 

 最後の呆れたジイさんの言葉が耳に届いたような気がしたが、気にしないでおく。

 途中すれ違う研究員たちの顔を見るに、本当に大丈夫のようだ。なんだかんだで皆優しい人たちなのは間違いない。ひとりの萌えもんが助かったことを心から安堵しているのだから。

 

 診察室に入ると、側にいた研究員が俺を指差した。ベッドには上半身を起こしたミニリュウ。だがその姿はさっきまでのように衰弱しておらず、弱々しく見えながらもどこか高貴な空気を持っていた。

 研究員によって俺の方に顔を向けたミニリュウは、何かを言おうとしたのかパクパクと口を開けた後に、やがて恥ずかしそうに顔を伏せた。

 

 その様子を見れて、ようやく肩の荷がおりた。

 それはどこにでもある、どこにでも見れる、萌えもんの――ひとりの女の子の姿だったから。

 備え付けられてあるパイプ椅子を拝借し、ベッドの横に座る。

 

「もう大丈夫なのか?」

 

「――うん。その、ありがとう」

 

 ぎこちなく小さく返ってきたのは感謝の言葉だった。幼い中にも高貴さのある、鈴のような声だった。

 

「そうか。良かった」

 

 窓の外を見れば、そろそろ暗くなろうかという時間だった。

 朝にレッドを見送ったのだから、結構な時間が過ぎている。

 

「じゃあ、俺は行く。明日にはきっと、このしみったれた研究所から出られると思うぜ」

 

「あっ」

 

 立ち上がる俺に、ミニリュウは小さく声を漏らした。

 意識してではなかったのか、自分でも驚いたように目を見開きやがて顔を落とした。

 

「と思ったが、ジイさんにちょっと用事があったんだった。動くのも邪魔臭いからここで待つことにするか」

 

 わざとらしく、もう一度パイプ椅子に腰掛ける。

 

「お前も早く寝ろ。怪我してんだろーが」

 

「……ふんっ」

 

 ミニリュウはぷいっと顔を背け、そのまま布団を頭から被った。

 まぁ、この様子なら大丈夫そうだ。

 どうせ今日も家に帰ったところでいつもと変わらない。

 なら、レッドたちが旅立った日くらい、特別であってもいいじゃないか。

 程なくして聞こえてきた寝息に苦笑を浮かべ、俺は静かに目を瞑った。

 

 

「起きんかファアル」

 

 眠りこけていた身体を揺すられる。

 目を開けてみればジイさんがひとり。

 

「うるせぇ、毟るぞ」

 

「どこを!?」

 

 咄嗟に髪の毛をガードするジイさん。

 相変わらず反応がアグレッシブだな。

 

「んっ、……ふぅ、どうしたんだよ」

 

 背伸びをして意識を覚醒させる。時計を見れば、目を閉じてから1時間程度しか経過していなかった。ミニリュウもぐっすりと眠っているようだった。

 

「お主に話がある。来い」

 

「……わかった」

 

 険しい表情に真剣さを感じ、頷き従う。

 廊下へと俺を呼び出したジイさんは、抑えた声で語りだした。

 

「あのミニリュウ、酷く痛めつけられておった」

 

「あん? そりゃ見ればわかるが」

 

「そうではない。ファアル、お主なら言ってもわかるだろうが」

 

 そうして、ジイさんは告げる。

 あのミニリュウは、服の下にいくつもの傷跡が刻まれていたのだ、と。

 火傷、裂傷、痣……それらが外からでは見えない位置に刻まれていた、と。

 喧嘩――それも悪質な、苛めに近い陰湿な部類だろう。第三者にひと目でわからないように、と考えられて付けられる傷跡だ。

 

「……あいつ、人の萌えもんなのか?」

 

「いや、その形跡はなかった。彼女は野生じゃ……それもかなり弱い」

 

「ちっ」

 

 あり得ることだった。

 タマゴから孵化させる事が出来るようになった現在、子供の頃からしごいて強くするトレーナーは、多い。

 かつてのように純粋に萌えもんの技とトレーナーの知略を競うのではなく、育成し戦わせ、勝つ。それが今の萌えもんバトルの主体になっていた。

 

「なぁ、あんたのところで保護はできないのか?」

 

「可能じゃ」

 

 だが、と。

 ジイさんはそう締めくくり、俺を真っ直ぐに見つめた。

 

「ファアル」

 

「な、なんだよ」

 

 その瞳は後悔しているようでもあり、怒っているようでもあった。

 まさしく、俺のように。かつてに自分に後悔し、激怒している瞳でもあった。

 

「お主は、本当にそれでいいのか? 本当に今のままでいいのか?」

 

 それは、俺が何度も自問した答え。

 何度も自分自身に問うた答え。

 そして出る答えも決まっている。

 

「当たり前だろ、俺は……」

 

 俺にはその資格は、

 

「資格を決めるのは、お前自身じゃ。だから、あの時わしはお前に問うた。お前に告げた」

 

 お主には無理じゃ、と。

 年端も行かない子供には、あまりにも過酷な旅になるから。

 

 そして俺は、自ら旅を放棄した。

 叶わぬと自分自身で判断し、諦めた。

 抱いていた夢をその手から捨てた。

 いや、捨てようとした。

 

「お前の夢は終わるのか? 本当に終わってしまうのか?」

 

 だけど、まだ。

 まだ、夢の残滓は。

 

 ――まだ、俺の中に……この手に。

 

「……萌えもんボール」

 

 紅白の球。ついぞ手にすることのなかったトレーナー必須のアイテム。

 それを力の限り握り締める。

 

「ファアル、あのミニリュウはお主と同じだ。あれは……同じドラゴンタイプからつけられた傷じゃろう。仲間からつけられたものだと、わしは思う」

 

 だから、と。

 

「お主が、救え。救ってやれ。ミニリュウを救ったお主には、その資格がある」

 

 かつて、夢を捨てた男になら。

 今もなお、夢にしがみついている男になら。

 誰に笑われようと、夢をまだ諦めずに抱いている男になら。

 

 きっと、同じ人は救えるのだと。

 

 ジイさんはそう告げていた。

 

「そのボールを手にした時点で、お主はもう、ひとりのトレーナーじゃよ。わしはそう思う」

 

 旅立っていった幼馴染たち。

 見送るしか出来なかった、夢破れた男がひとり。

 

「俺の資格、か」

 

 見送るという選択をしたのは誰だったか。

 自分には無理だったと決め付けたのは誰だったか。

 憧れだと決め付けて、届かないと思いながら眺め続けていたのは誰だったか。

 

 ――俺だ。

 

 全部、俺だった。

 俺がそう望んでいた。

 夢に届かない自分への言い訳として。

 

「ジイさん、俺は……」

 

「こんな時くらい博士と呼べんのかお前は」

 

「――はっ、それは無理だな」

 

 もう一度、踏み出せるかもしれない。

 まだ、この胸にある火が燻り続けている限り。

 

「なら、行け。あまり女子を待たせるものではないぞ」

 

「……ああ」

 

 俺はジイさんに背を向けて治療室の扉を開ける。

 ミニリュウがベッドの上で身体を起こしていた。

 

「よう、起こしたか?」

 

「……起きてた」

 

「そうか」

 

 パイプ椅子まで戻る。

 座ると、きし、と軋みを上げた。

 

「……これは、独り言。だから無視してくれても別にいい」

 

「ああ」

 

 ミニリュウの声に、耳を傾ける。

 

「私、強くなりたい。弱い自分が……憎い」

 

「ああ」

 

 ミニリュウは、小さい自分の身体をかき抱く。

 弱い自分を押し隠すように。

 そうしていれば、いつか強い自分が内側から出てくるかのように。

 

「私は、誰にも馬鹿にされないくらい、強くなりたい……! 強くなって、自分を認めさせたい!」

 

「ああ」

 

 無力な自分を責め、どうにもならないと心の中で哭いている。

 それは硝子のように脆く、しかし何よりも気高い決意だった。

 俺に足りなかった想い。

 

 どうしても強くなりたい。

 その想いを、ミニリュウという萌えもんは持っていた。

 だから、

 

「俺も強くなりたい。目指したい……いや、越えたい背中がある。俺はもう自分に負けたくなんかねぇ」

 

 ミニリュウが俺の言葉に耳を傾けているのがわかる。

 きっと、これは儀式だ。

 今日初めて会って、初めて話して――理解できるかもしれない相手へと向ける、誓いの言葉だ。

 

「だから、パートナーが欲しい。まだスタート地点にすら立てていない俺と共に歩んでくれる、相棒が」

 

 そして、ミニリュウの目を真っ直ぐに見つめる。

 

「一緒に強くなろうぜ。今から始められるのなら。俺達がまだ終わっていないと思っているのなら、まだ終わっていないんだ」

 

 きっと。

 それは当たり前で。

 誰もが気付いている真実で。

 俺にはわからかった、現実なのだ。

 

「……うん。強く、なろう」

 

 ミニリュウは俺へと手を伸ばす。

 俺はモンスターボールをその手に触れさせかけ、慌てて止める。

 

 そうじゃない。

 俺達に相応しいのは、きっとこれ。

 

 小さな手を握る。

 俺の掌にすっぱりと覆われてしまうほどの手のひらは、温かかった。

 

「俺はファアル。マサラタウンのファアルだ。」

 

 そして一番必要で大切な言葉を。

 信頼という気持ちを乗せて、相手へと送る。

 

「よろしくな、"リゥ"」

 

 握手。

 人と萌えもんの絆の証。

 俺とミニリュウ――リゥとの絆の始まり。

 

「――うん。ファアル」

 

 ぎこちなく返してくれる笑み。

 だけど、俺達の旅は。

 俺達の夢は。

 今、この簡素な診察室から始まったのだ。 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【第二話】トキワ――旅立ちの儀式

 しかし息巻いて出発しようとしたのはいいものの、ぶっちゃけ何の準備もしていないことに気が付いた。

 てなわけで、家に一旦帰宅し必要なものを纏め上げていたら一日経ってしまった。

 

「そっか。ファアル、あんた…」

 

 家に帰ると、家事をしていたお袋が出迎えてくれた。

 俺と傍に寄り添うにして警戒しているリゥを見て、納得したように深々と息をつき、

 

「もしもし警察ですか? うちの息子が幼女誘k」

 

「待て待て待て待て!」

 

 

 ボールには入りたがらないリゥの意志を汲んで外に出したまま帰宅した時の母の言葉と顔は生涯忘れない。ほんとに警察が家に来たじゃねぇか。

 そんなこんなでリゥは温かく俺の家族へと迎えられた。親父が不在の家で萌えもんとはいえ久しぶりに賑やかな食卓となった。

 

「リゥちゃん、これ食べてみて。自信作なのよ!」

 

「は、はぁ」

 

「リゥ、こっちも美味しいから。食べさせてあげるね。あーん」

 

「あ、あーん」

 

 おかしいな、俺、ガン無視ですけど。

 四角い食卓でひとりしょんぼりと箸を持つ。

 目線の先には小さなメザシ一尾と醤油、かつおぶしに梅干。

 片や、リゥは若鶏のから揚げに色とりどりのサラダ、大根おろしをつけてさっぱりとした味付けに仕上げられており、更にじゃがいもの煮付けにかぼちゃの煮物まである。

 ……非常に納得がいかない。

 

「……あのー」

 

 もしもし?

 ああ、無視ですか。聞いちゃいないねこれ。

 

「え、えっと」

 

 申し訳無さそうに俺を見るリゥに小さく笑い返してから、メザシを加えた。

 ほとんど生じゃねぇか。

 ただまぁ、悪いもんじゃない。

 チャンピオンって立場上、ここ数年は家に帰ってきていない親父。だからこそかもしれないが、お袋が笑っているのを良く見かけるようになった。

 そう、笑っているんだ。

 

「どうしたの、ファアル」

 

「……いや、なんでもねぇ。ってかこのメザシ、半分生じゃないか

 

「刺身と思いなさい」

 

「無理があんだろ」

 

 だから、どんな切っ掛けであれ楽しそうなのは見ていて安堵した。

 ――旅に出る。

 何も言わない俺に、それでも何か感じ取っているのだろう。今夜のお袋は、ひょっとしたらここ数年で一番はしゃいでいたように思えた。

 

 

    ◆◆

 

 

 夜が明けて。

 

「さて、行くか」

 

「うん」

 

 結局、荷物は安っぽい鞄がひとつ。機能性のあるリュックなんて持ってなかったので腰に小さなホルダーをつけ、そこにボールを収納することにした。

 もうひとつあるホルダーにはアイテムやらを収めるつもりだ。

 寝袋はかさばるので基本的には萌えもんセンターでの寝泊りを想定。ただ、軽いタオルケットだけは鞄に押し込めた。

 ということで、旅立つには非常に心もとない装備になってしまった。

 が、正直な話、必要になれば買えばいいんだからそれほど軽装でもないだろう。

 リゥを頷き合い、一緒になって一歩を踏み出した。

 ここからが俺達のスタートだ。

 青々とした空が俺達の旅立ちを祝福してくれているようでもある。

 レッドたちにも負けないくらい良い旅立ち日和だ。

 と、

 

「兄貴ー!」

 

 ジジイの研究所から駆けて来るのは見知った姿。大きめのリュックに赤い帽子は見間違うことなく弟分のレッドだ。

 レッドに手を挙げて応えつつ、これからどうするかを思案する。萌えもんリーグに挑むには各街に存在するジムリーダーを斃してバッジを集めなくてはいけない。近くでは…トキワかニビになるだろう。

 だが、それよりもだ。

 まずはやらねばなるまい。

 

「……なんで海なの?」

 

「漢が旅立つ時は海を眺めるもんだって決まってるんだよ」

 

 潮風が気持ちいいぜ。広がるマサラの砂浜には人っ子ひとりおらず、過疎化が心配になるが、まぁ今はどうでもいい。

 

「――寒い」

 

 春先だからな。

 隣でリゥが両手で身体を抱えながら「馬鹿やってないで早く行くぞ」と哀れみを込めた視線を投げかけてくる。その視線がたまらない。

 

「何で照れてるんだよ、兄貴」

 

「お前にも直にわかるさ」

 

 漢の美学ってもんがな。

 

「確かこの先には――グレン島か」

 

 地図を取り出してみると、今俺が望んでいる場所から遥かな遠方にグレン島と呼ばれる火山島があるようだ。そこにもジムはあるが……今は無理だろう。

だが、

 

「泳いでならいけるかもしれねぇ」

 

「……はい?」

 

 何しろグレンには萌えもん研究所なるものがあるはずだ。

 萌えもんの研究所だ。

 あられもない萌えもんとかいっぱいいるに違いなんだ。

 そうに違いない。

 

「なぁ、リゥ」

 

「――何?」

 

 地平線を指差す。こう、逆転でも出来そうなくらいビシッと。

 

「泳いでいこうぜ」

 

「いや」

 

「でも泳げばきっと気持ちいいと思うんだよ」

 

「いや」

 

「ほら、どうせ行かなきゃいけないんだし」

 

「いや」

 

 取り付く島もない。

 

「どーしてー?」

 

「――気持ち悪いなぁ、もう。

 大体、泳ぐって言うけどその格好でどうやって行くの?」

 

 言われ、自分の姿を見る。全くもって泳ぐには適さない格好。この服装だと海どころか川ですら溺れる自信がある。

 

「リゥが泳いで俺が捕まる。どうだ、完璧だろう!」

 

「絶対にやだ!」

 

 だいたい、とリゥは怒りを露わに続ける。

 

「あ、あんたは絶対に変なことしてくるに決まってる! そうよ、だって変な目してるもの!」

 

「おい、見損なうなよリゥ」

 

 あまりにも失礼な発言だった。

 昨日の今日だ。信頼関係が形式上のことなのはわかる。

 だが、俺だってリゥを相棒と認めているのだ。リゥのことを認めているのだ。

 

「えっ……?」

 

 だから俺は宣言する。

 声高らかに。

 

「そんな平坦な胸に興味なんぞあるわけなかろうが!」

 

「溺死しろバカぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――!」

 

 リ ゥ の た た き つ け る 攻 撃

 

 一回転した遠心力そのままに長い髪を尾のようにして俺へと文字通りに叩きつける。

 

「お、ぶぼぉっ!」

 

 見事にぶっ飛ばされた俺は顔ごと着水。初めてした海とのキスはしょっぱい味だった。

 

「はぁー、はぁーっ」

 

「あ、ははは」

 

 レッドに至ってはもう笑うしかないのだろう。引きつった笑みを浮かべている。

 

「ぶはっ」

 

 しかし死ぬかと思った。打ち付けた顔がまだ痛い。

 なんとか浮き上がると、リゥたちの姿はかなり遠かった。こりゃかなり飛ばされたものだ。

 リゥとしても手加減はしてくれていたのだろうが、それでこの威力だ。使えるかもしれない。

 まぁ、とりあえず戻るとするか。服も重たいし、沈みそうだ。

 妙に重たい身体に違和感を覚えながらなんとか陸地に戻る。

 

「う~、さぶ」

 

 海から上がると、暖かいはずの春風が身に染みた。

 

「そのまま溺れちゃえばよかったのに」

 

 身も心も寒くなった。

 

「あ、兄貴……それ」

 

「あ?」

 

 浜辺に置いておいた鞄からタオルを出して顔を拭いていた俺をレッドが驚いた顔で指差していた。

 視線を移してみると、リゥも同じような顔で俺を見ている。

 はて。

 この妙に重たい身体と何か関係でもあるのだろうか。

 ゆっくりとレッドたちの視線を追って腰あたりに視線を落とす。

 

「きゃはっ」

 

 何かいた。

 俺の腰あたりに抱きついていた。

 1mくらいの小さい萌えもんが。

 場所的にかなりアウトなんだが、それもまた――イィもんだ。

 

「お前、どうしたんだ?」

 

 海草だらけでどんな萌えもんかすらわからない。マサラ近海ならばメノクラゲっぽい気はするんだが……。

 ぬめぬめする海草を一通り取り払うと、小さな顔にきょろりとした紫の瞳が俺を見上げていた。身体を覆っているのは頑丈な殻で、緊急時にはその中に篭ることが可能な萌えもん。

 即ち

 

「シェルダーじゃないか」

 

 マサラ近海でもあまり見かけない萌えもんだ。

 迷ったのかじゃれついてきたのか。

 シェルダーは面白いものでも見つけたかのように俺から放れない。

 そろそろ放れてくれないと困るんだが……理性的な部分で。

 

「とりあえず放れてくれないか?」

 

 ゆっくりと諭す声で話す。

 

「や!」

 

 拒絶。

 どうしよう。万策つきた。

 シェルダー。水と氷タイプを持つ萌えもんだ。正直な話、この先を考えるとこれほど頼もしい仲間もいない。

 だけど、今の俺にはボールが無い。

 捕まえるべきアイテムが無いのだ。

 こんな事なら見栄なんて張らずにジジイのところから99個借りてくれば良かった。

 

「あの、兄貴」

 

「ん?」

 

「これ……良かったら使ってよ」

 

 言ってレッドが差し出したのはまだ何も入って無いモンスターボール。

 

「いいのか?」

 

「――うん。使ってくれ」

 

 レッドは眩しいものでも見るかのように、真っ直ぐな瞳で頷いた。

 

「博士に聞いてきたんだ。昨日、俺達が旅立ってからの事。俺、嬉しかったんだ、本当に。兄貴が……本当の兄貴に戻れた気がして」

 

 だから使ってくれと。

 レッドはもう一度だけ俺に告げた。

 

「……ありがとよ」

 

 そして貰ったボールをシェルダーに見せ、その瞳を見つめる。

 紫の瞳。それは深い海の底のようでもあり、シェルダーそのものの色でもあるかのような純粋さを持っていた。

 

「一緒に来るか?」

 

「ほ?」

 

 シェルダーは俺とボールをしばらく見た後、頷いた。

 

「よし」

 

 ボールを押し当ててシェルター、もといシェルが仲間になったのを確認してからホルダーにボールを収める。

 萌えもん、げっとだぜ!

 断じて口には出さんが。

 

「別にそんなの捕まえなくても」

 

「戦力は多い方がいいだろ?」

 

「それは……そうだけど」

 

 どうにも納得が出来ないといった風のリゥの頭を撫でてやる。

 

「ちょ、ちょっと」

 

「はは、行こうぜ」

 

「――もう、わかった」

 

 でもその前に風呂な。

 

 

    ◆◆

 

 

  マサラからトキワへと抜ける道。

 そこはマサラと違い、綺麗に整備された道だ。歩道は整備されているし、道端には老人が休憩し、恋人たちが愛を語らうためのベンチが備え付けられている。まっすぐにトキワへと伸びているその道は、嫌でも冒険への期待感が膨らむというものである。

 また、人と萌えもんの住み分けが曖昧なのも特徴で、すぐ側の草むらでは野生の萌えもんが生息していたりするのだから不思議なものだ。

 そんな歩道を、俺達はトレーナーよろしく草むらを意識しながら歩いていく。目的はもちろん、レッドの戦力増強だ。

 シェルダーでの恩もある。頼りないかもしれないが、レッドを手伝ってやりたいってのが本心だった。

 そのレッドだが、ジジイから貰ったヒトカゲを出して草むらを歩き回っている。

 正直な話、どう考えても危ない気がするんだが、まだ春先だし引火したらシェルでなんとなるだろうけども。

 

「ったく」

 

 別の意味ではらはらしながら、レッドの後姿を見る。

 まだ幼さの残る小さな体だ。男の子って言葉が一番しっくり来る。新品のリュックも真新しく、まるで入学したてのようにも見える。

 大して俺はといえば、擦り切れそうな薄手のロングコートに肩からかけるだけの小さなバックだけだ。

 

「? どうしたの、急に笑って」

 

「いや、なんでもねぇさ」

 

 俺もレッドも同じようなもんか。

 こみ上げてくる笑みを抑えながら俺も周囲を見渡す。

 こちらとしてもそろそろリゥの力を試してみたいし、ポッポやコラッタのような手ごろな相手が欲しかった。

 

「ふぁあ……ぁふ」

 

 リゥは俺の考えを知ってか知らずか、良い天気の前に可愛らしい欠伸をしてながら俺の歩調に合わせてゆっくりと歩いている。

 腰につけたボールは後ひとつ。ニビでのジム戦を考えると、シェルの実力も把握しておきたい。

 しかし、萌えもんバトルは初体験でもある。手持ちの萌えもんを駆使して指示を出し、勝つのが目的とはいえ、要は戦術の読み合いだ。一定以上は頭の中で戦術パターンを構築しておいた方がいいだろうな。

 

「なぁ、レッド」

 

「ん?」

 

「お前、バトルはもうやったのか?」

 

 レッドはぴたりと足を止める。

 そして肩を落とし、酷く沈んだ声で呟いた。

 

「――グリーンとやった」

 

 ああ、あいつか。ショタグリーン。

 

「勝ったのか?」

 

「……訊かないでよ」

 

 つまり、負けたんだな。

 聞けば、グリーンが貰ったのはフシギダネだという。となると残りのゼニガメはブルーだろう。レッド、グリーン、ブルー、それぞれに象徴的なカラーの萌えもんを渡すとはジジイのくせになかなか小粋だ。

 とはいっても、ヒトカゲは火、フシギダネは草だ。タイプの相性からして負けるとは思えないのだが……。

 

「……いや」

 

 むしろ負けた方が良かったのかもしれない。

 ここから這い上がれるのなら、きっとレッドは強くなる。そんな予感があった。

 

「あ、兄貴!」

 

 野 生 の コ ラ ッ タ が 飛 び 出 し て き た !

 

「きたきたきたぜぇ、レッド!」

 

 僅かに伸びた前歯チャームポイントの、これまた可愛いお客様だ。今すぐお持ち帰りしたい。

 だが今回の相手は俺じゃない。

 

「お前がやれ。こいつは、お前の相手だろ?」

 

「――うん! わかってる!」

 

 レッドが臨戦態勢になると同時に、ヒトカゲもまたレッドの前へと躍り出る。

 なんだ、良いコンビじゃないか。

 

「ヒトカゲ、ひっかけ!」

 

 レッドの指示に従って、ヒトカゲが長い爪を出してコラッタへと飛びかかる。負けじと応戦するコラッタ。

 ……なんだか、実にイィ光景だな。

 客観的に見れば普通に戦っているだけなんだろうが、小さな女の子たちが組んずほぐれつバトルってのもまた……たまらんものがある。

 

「あ、敵だ」

 

「お?」

 

 リ ゥ の た た き つ け る 攻 撃 !

 

 油断していた。まるで敵を見るかのような眼差しで俺を睨みつけるパートナーさんの存在を。ですよねー、ただの変態でしたもんねー、俺。

 まぁ、手加減はしてくれいるようだし何よりだ。本気なら海の向こうまで飛べるもんな。

 と、相棒の後ろに影が現れる。

 

「――リゥ、たたきつけろ!」

 

 敵は後ろだと視線に籠める。

 伝わる気配。リゥが振り向き様に放った一撃は、野生のポッポを確かに捉えていた。

 だが甘い。相手も気配を察知して後ろへと飛んだのだろう。幾分か衝撃が和らいだようで、こちらへと敵意をむき出しにしている。

 

「……今はいい」

 

 その様子に違和感を覚えるも、気にしている場合ではない。

 空中で体勢を立て直し、着地する。

 即座にポケモン図鑑を開いてリゥの技を確認する。

 

 電磁波、叩きつける、まきつく、龍の息吹

 

 随分と頼もしいラインナップだ。

 リゥの扱える技を頭に刻みつける。

 

「電磁波いけるか!?」

 

「当たり前よっ!」

 

 すかさずポッポに打ち込む電磁波。なるほど、遠距離から放てる

技のようだ。

 電磁波が命中し、ポッポは麻痺で動きが鈍る。鳥の萌えもんは空に飛ばせたら厄介だ。こうして動きを封じるのがセオリーだろう。

 

「リゥ!」

 

「諒解!」

 

 隙を与えず、次の指示を。こちらの意図を汲んでくれたリゥは身体を大きく捻り、長い髪を鞭のようにして叩き付けた。

 

「ぴっ、!」

 

 しかし動けるようになったのか、ポッポは即座に身を翻すと、そのまま空へと飛び去って行った。

 

「あ、逃げたっ」

 

「……」

 

 今の一瞬、まるで麻痺が治ったかのように見えたんだが……俺の気のせいだったのだろうか。

 

「こらっ、待てぇー!」

 

「……まぁ、いいか」

 

 暴れたりないのか、リゥが空へと向かって叫んでいるがもう戻ってくる気配はなかった。

 

「兄貴、今のは?」

 

「ん? ああ、逃げられてな」

 

 無事に捕まえたのだろう。萌えもんボールを手にレッドが駆け寄ってくる。

 俺は苦笑を返してリゥへと声をかける。

 トキワまでもう少しだ。

 

    ◆◆

 

 

「……ふむ、なるほど。状況判断は悪くなさそうだ」

 

 ベンチに座った男の呟きと放り捨てた〈なんでもなおし〉の存在に気が付かないままに。

 

 

 街道を抜けると、マサラとは比べ物にならないくらい賑やかな喧騒に包まれる。

 トキワシティ。

 チャンピオンロードとニビシティへと続く交流点でもあるこの町は年中通してトレーナーに溢れている。

 だが、肝心のトキワジムは閉鎖されており、年に一度、萌えもんリーグが開催される直前にのみ扉を開くのだという。

 

「さて、着いたな」

 

「うん。そうだね」

 

 レッドは自分の捕まえたコラッタを考え深げに眺めている。

 ボール越しながら既に愛着がわいているようだった。

 

「うしっ、萌えもんセンターに行くぞ!」

 

 そんなレッドを伴って萌えもんセンターへと向かう。

 萌えもんセンター。戦って傷ついた萌えもんの治療を専門的に行ってくれる場所だ。トレーナーにとっては休憩所でもあり、パートナーを癒す大切な私設でもある。

 俺はシェルを、レッドはコラッタと――もうひとつボールを預けていた。

 

「なんだ、いつの間に捕まえたんだよ」

 

「あはは、実は兄貴が戦ってる間にね」

 

 照れたように笑うレッド。

 てっきりコラッタだけかと思っていたが、そうでもなかったようだった。

 

「お預かりになりました萌えもんは無事に傷が癒えましたよ」

 

 にっこりと笑みを返してくれる受付の姉さんに挨拶を済ませ、外に出る。

 まだまだ日は高い。この先、ニビへと続くトキワの大森林は広大だし、準備も必要になってくる。急がなければならない。

 

「じゃあ、レッド。またな」

 

 旅の仲間もここで終わり。

 俺はレッドに背を向けて先を行く。

 いつまでも一緒にいるわけにはいかない。

 

「――あ、兄貴っ!」

 

 と、レッドがどもりながら大きく声を上げる。

 数歩先を進んでいた俺はいつもの調子で振り返り、その手に握られたものを見て言葉を呑み込んだ。

 

「ぼ、僕と……い、いや、俺と」

 

 萌えもんトレーナーの鉄則。

 目の合ったトレーナーとは戦うのが規則。

 真っ直ぐに俺へと突き出した腕の先には、ひとつのモンスターボール。

 そして、もうひとつの暗黙のルール。

 勝負を挑まれたのなら、

 

「萌えもんバトルだ!」

 

 背中を見せてはならないっ!

 

「――はっ、いいぜ!」

 

 臨戦態勢に入ろうとするリゥを片手で制する。

 まずはこいつの様子を見ないとな。

 腰のホルスターからボールを抜き出し、そのままの勢いで前に投げる。

 光を放ち、ボールからシェルが現れる。

 

「やっはー、外だー」

 

 さて、頼むぜシェル。

 

「い、いけっ、ポッポ!」

 

 レッドが繰り出したのはポッポ。先ほど見かけた野生のものよりも一回りほど小さいが、鋭い目が印象的だ。

 

「頼むぜ、シェル!」

 

 しかしいきなり出されて状況がわからないのか、シェルはしきりに首を傾げている。

 

「何なにー?」

 

 こっちを向いて首を傾げてくるシェル。

 

「ああ、実は……」

 

「い、未だポッポ、体当たり!」

 

 レッドの指示に従ってポッポがシェルへと小さな身体をぶつけてくる。

 

「ちっ、シェル、殻に篭れ!」

 

「あいさー」

 

 殻に篭ったお陰で、ポッポの攻撃はなんとかダメージが軽減されるも、今の先制はかなり痛い。

 

「うー、バトルー?」

 

 涙目で俺を見上げてくるシェル。

 

「ああ、いきなりで悪いが頼めるか?」

 

「――やるっ!」

 

 シェルは頷くと、殻から飛び出てポッポと向き合った。

 

「……」

 

 図鑑を開く。

 

 体当たり、殻に篭る、水鉄砲

 

 ポッポの方が素早さが高く、こちらの方が遅い。

 しかし防御はポッポが弱く、こちらの方が高い。

 なら、遅いながらの戦術を行うしかない。

 

「ポッポ、もう一回だ!」

 

 レッドが指示を出す。

 このレベルだと、まだ体当たりくらいしか覚えていないのは当然だろう。

 ああ、だからこそ付け入る隙がある。

 

「わくわく。わくわく」

 

 楽しそうに身体をリズミカルに揺らしているシェル。この緊張感の無さは良い意味で頼もしい。

 レッドの指示を受けたポッポが真っ直ぐにこっちに向かってくる。

 そう、真っ直ぐにだ。

 

「シェル、水鉄砲!」

 

「らじゃっ!」

 

 だから、命中する。

 

「なっ」

 

 レッドが驚く。

 ああ、当たり前だ。これはゲームじゃない、現実なのだ。相手が攻撃してむざむざ喰らうつもりは更々無い。

 

「ぴっ」

 

 水鉄砲の威力に体当たりを外してしまうポッポだったが、勝機は今この瞬間にしかない。

 すかさず指示を出す。

 

「シェル、体当たりだ!」

 

「がってんしょうち!」

 

 水鉄砲で浮いたポッポへとシェルが水の上を走るようにして体当

たりを食らわせる。

 

「あ、ああっ!」

 

「ぴ、ぴぅ……」

 

 そして、目を回して斃れた。

 

「一体目、撃破だ」

 

 戻ってきたシェルが褒めてと首を傾ける。

 

「おう、ありがとな」

 

 その頭をなでる。

 

「きゃっ、もっとほめるがよい」

 

 生き生きと返事をしてくれた。

 さっきの水鉄砲の威力といい、当てに出来そうだ。

 

「も、戻れポッポ!」

 

 ポッポを手元に戻すレッド。

 小さく「ごめんよ」と呟いていたが、聞こえないフリをする。

 

「……ファアル、いいの?」

 

「いいんだよ、これでな」

 

「そっか。わかった」

 

 見上げてくるリゥにはどうやらお見通しらしい。

 まぁ、昨日からの付き合いだとはいえ、さすがに俺とレッドの関係くらいわかるわな。

 

「今回はシェルでいく。いいか?」

 

「私に訊くことじゃないでしょ? トレーナーなんだから」

 

 そうだな。

 そうかもしれない。

 

「ほらっ、次よ次!」

 

「いっ!」

 

 弱めの電磁波を喰らい、身体に痺れが走る。

 ああ、でも。

 気付けにはちょうどいい。

 両の頬を叩き、レッドへと意識を向け直す。

 

「いけ、コラッタ!」

 

 続いてはコラッタ。さっき街道で俺が発見した萌えもんだ。

 おそらくヒトカゲは最後だろう。弱点属性であるシェルの体力を出来るだけ削り、ヒトカゲのダメージを軽減させるつもり、という事か。

 

「……」

 

 こちらには全快に近い状態のリゥが控えている。

 萌えもんを変更するなら今しかない。

 思考は一瞬。

 即座に指示を飛ばす。

 

「シェル、一旦下がってくれ!」

 

 そして渇を入れてくれた本人へと。

 

「頼む、リゥ」

 

 背後のリゥから、くすりというような笑みが漏れたような気がした。

 

「諒解」

 

「えー?」

 

 シェルをこっちに手招き。

 

「主役は後に出番があるもんだぜ、シェル」

 

「わかった!」

 

 シェルの頭に掌を置く。

 

「ミニリュウ、か」

 

 レッドがリゥの姿を見て呟いた。

 相手はコラッタだ。本当なら斃すはずだったポッポに逃げられたため、事実上はこれが初めての俺とリゥの戦闘となる。

 手は抜けない。

 

「先手必勝でいく。リゥ、電磁波!」

 

「はいはい」

 

 リゥが右手を掲げると、掌から電磁波が発せられる。

 これが電磁波。電気萌えもんなら勝手が違ってくるのだろうが、リゥはそうやって生み出すようだった。

 

「かわせ、コラッタ!」

 

 だが鼠に近い萌えもんであるコラッタは、難なくかわす。

 

「なっ」

 

 それに驚いていたのは他でもない、リゥだった。

 

「……なるほどな」

 

 少しだけリゥの本質が見えた気がする。

 だが、それも後回しだ。

 レッドは更に指示を飛ばす。

 

「体当たり!」

 

 すばしっこく走り回り、リゥの電磁波から逃れながらも近づいてくるコラッタ。

 

「こ、このっ、このっ!」

 

 リゥはコラッタへと電磁波を放つも、その度に右に左に動かれ命中とまでいかない。

 拙いな。

 即座に頭で戦術を組みかえる。

 コラッタはポッポよりもなお素早い。電磁波を当てて動きを止めて、と考えていたが、どうやら無理のようだ。

 一方、リゥは攻撃力が高い分、命中精度に難がある。改善点はそこだが、戦闘中にどうにかなるものでもないだろう。

 

「――いや、あるか」

 

 閃いた思考。

 挽回するにはこの手しかない。

 

「リゥ、電磁波を止めろ!」

 

「いや! だって当たれば斃せるんだもの!」

 

 コラッタは既に目の前だ。

 後1回、電磁波を放つ隙すらない。

 ならば、

 

「だから言ってるんだ! 俺の指示に従え!」

 

「うっ」

 

 びくりと身体を竦ませるリゥ。

 なんだ?

 その姿に違和感を覚えるも、その瞬間コラッタがリゥへと体当たりを命中させる。

 

「あ、うっ!」

 

 リゥの小さな身体には大きなダメージだ。

 体当たりをしたコラッタともども地面を転がっていく。

 そう、共々に。

 

「リゥ、今ならいける。電磁波だ!」

 

「――っ」

 

 俺の意図を汲んだのか、コラッタの尻尾を掴んで電磁波を流す。

 強烈な電磁波を喰らったコラッタはその瞬間、動きを止めてしまう。

 

「叩きつけろ!」

 

「くっ」

 

 リゥは跳び上がり、勢いのままコラッタを叩き伏せる。

 

「あ、ああ……」

 

 レッドの悲鳴が聞こえるも、こっちのさっきので体力が削られてしまっている。

 おそらく後1撃喰らえば立っていたのはコラッタだっただろう。

 

「ナイスファイト」

 

「――うん」

 

 元気の無いリゥ。

 シェルのように頭でも撫でてみようかと手を伸ばすと、びくっとまるで恐れれうように身を縮こまらせた。

 

「……」

 

 そっと。

 優しく触れる。

 

「あっ」

 

 そして前を向き、小さく告げる。

 

「ありがとよ」

 

 レッドはボールにコラッタを戻している。

 そして、俺を真っ直ぐに見つめ告げる。

 

「いけ、ヒトカゲ!」

 

 ボールが割れ、砂煙を上げながら火蜥蜴が現れる。

 

「よし、頼むぜシェル!」

 

「ばっちまかせろー」

 

 シェルを送り出す。

 

「……そっか。そうじゃないんだ」

 

 だから聞こえなかった。

 俺の後ろで安堵したリゥの呟きは。

 

「ヒトカゲ!」

 

「シェル!」

 

 ここから先は読み合いだ。

 如何に相手を倒せるかにかかっている。

 

「体当たりだ!」

 

 警戒するべきは、その長い爪でのひっかく攻撃だ。

 他の萌えもんと比べても攻撃力の高いヒトカゲが繰り出す一撃は、それだけで脅威足りうる。

 しかし、

 

「ひのこだ!」

 

 レッドの予想は俺を裏切っていた。

 

「あ、あちち! あーつーいーよー」

 

 シェルの周りが火に包まれる。

 そうか。

 シェルのタイプは水と氷。通常ならば有効になりにくいはずだが、氷を持っている分、相殺されてしまうのだ。

 加えて、今の攻撃がレッドの隠し球であったのも悟る。

 マサラからトキワまでずっと草むらを歩いていた。だからこそ、レッドは「火の粉」を使えなかったのだ。

 そう、つまり逆に言ってしまえば周りに燃えるものが無いならばいくらでも使用できるのだ。

 

「ますたー」

 

 シェルが涙目でこっちを振り返る。

 ヒトカゲとの距離はまだ離れている。

 

「もう少し踏ん張ってくれ」

 

 機を狙うにはまだ早すぎる。

 先に焦れた方が負けになる。

 じりじりと削られていくシェルの体力。しかし火の粉は永遠ではない。すぐに消えてしまえば、そこには体力がつきかけているシェルがいるだけだ。

 

「へ、へろへろー」

 

 ふらふらと千鳥足になるシェル。

 

「くっ、ひ、ヒトカゲ……」

 

 しかしレッドは俺を警戒してか、二の足を踏んでしまっている。

 さて、どうするか。

 もう一度火の粉がくれば終わりだ。シェルは力尽きる。

 しかしこちらの水鉄砲が一度でも命中すればヒトカゲも力尽きるだろう。

 賭けるしかない、か。

 

「シェル!」

 

 俺は真っ直ぐに上を指差す。

 

「水鉄砲だ!」

 

「ばっちりょーかい!」

 

 指示通りに、真上へと水を放出した。

 

「な、何を……」

 

 レッドはその光景を見て、驚いているようだったが、

 

「ヒトカゲ、ひっかけ!」

 

 チャンスは今しかないと指示を出した。

 レッドに応えてヒトカゲがシェルをひっかくべく距離を詰める。

 ――賭けのひとつには勝った。

 上に向けて水鉄砲を放ったのは、ひとつは火の粉を消す目的があった。

 上空へと放たれた水鉄砲はやがて重力に従って地面へと拡散して降り注ぐ。云わば人工の雨となる。

 火炎放射などのような威力の高い技ならば防げないが、火の粉程度なら打ち消せる弾幕になる。

 加えて、ヒトカゲの攻撃方法は察するに「ひっかく」か「火の粉」のみだ。泣き声は相手の攻撃力を下げるものだから、水鉄砲には適用されない。つまり、必然的にレッドはひとつの技しか選べない。

 こちらへと近づくための攻撃しか。

 

「シェル!」

 

 素早く指示を飛ばす。

 相手の爪が届くよりも速く、

 

「水鉄砲だ!」

 

 シェルの水鉄砲が至近距離で放たれた。

 

「嘘でしょ……」

 

 後ろでリゥの驚いた声が上がる。

 

「ひ、ヒトカゲ!」

 

 相性の問題もある。今の一撃でヒトカゲは力尽きた。

 ……ふぅ。

 これで、俺の勝ちだ。

 

「やったな、シェル」

 

「いえーい」

 

 ふらふらしながらもVサインを向けてくれるシェル。俺もシェルに同じようにVサインしてからボールへと戻した。

 

「ありがとうよ」

 

 もう一度ボールに向かって言葉を向け、レッドへと意識を戻す。

 ヒトカゲを手元に戻し、レッドは項垂れていた。

 力弱く、地面に向かって。

 

「う、うぅ……また、負けた……」

 

 シェルの打ち上げた水鉄砲がまだ降り注いでいるが、レッドが流

しているものはそのせいじゃないだろう。

 

「あ、ちょっとファアル!?」

 

 何か言いたそうなリゥを置いてレッドへと向かう。

 気配を察したのか、レッドが擦れた声を出す。

 

「僕、やっぱり才能が無いや……グリーンには勝てないし、ブルー

にだって負けた。今頑張って兄貴にも挑んだのに……負けた!」

 

 それは慟哭だった。

 立ち向かっても立ち向かっても。

 それでもなお立ち塞がる巨大な壁だった。

 勝てない。

 自分の全てを尽くしても、勝てない。

 足掻いても、どれほど想っても。

 自分の限界を突きつけられる。

 だから、上を向いていた頭を下げて項垂れる。

 自分には無理だと自分を納得させ、諦めることで惨めな自分を慰める。

 

「――レッド、顔を上げろ」

 

 だから、そんな奴に向けることなんてひとつしかない。

 

「な、なんだよ兄貴。兄貴になんてわかるわけないじゃないか!」

 

 涙と鼻水で汚くなった顔で、真っ直ぐに。

 自分の不幸などわかるはずもないと叫びを上げる。

 その姿はまるで赤ん坊のようで。

 俺はまだまだ子供だから。

 そんな奴に出来ることなんてひとつしか知らない。

 

「お前は――どこ見てやがる!」

 

 殴った。

 涙に濡れた頬を容赦なく殴った。

 

「ぶっ、えぇぇっ!?」

 

 吹っ飛んでいくレッド。

 地面を何度もバウンドし、砂煙を上げて転がり、やがて止まった。

 

「ちょ、ちょっとファアル何やって」

 

「顔を上げろ、レッド!」

 

 リゥの声を無視する。

 今必要なのはそんな言葉じゃない。

 傷ついた相手に、羽が折れて飛ぶのを躊躇っている奴にかける言葉は慰めの言葉じゃない。

 いつか諦めてしまった俺のように。

 もう一度、飛べるように背中を押す事だ。

 

「あ、兄貴……?」

 

「お前が……いや、お前とさっきまで一緒に戦っていたのは何だ?

 情け無いって自分で言ったお前の腰についてる重みは何だ?」

 

 そう、それは酷く簡単なことなのだ。

 俺がこうしてここにいるのも。

 リゥが俺と一緒に旅立ってくれたのも。

 ひとつの、同じ理由なのだから。

 

「お前が戦ってんのは俺じゃねぇだろ!」

 

 だから、いつでも感じられる。

 いつでも感じていられる。

 

「情け無いって下を向くなら、まず初めにそいつらを見てやれ」

 

 自分を信じてくれる奴らを。

 自分を信じて背中を預けてくれる奴らを。

 

「お前が戦ってるのは、そいつらがいるからだろうが」

 

 だから、裏切らないように。

 どれだけ人から罵倒されても。

 どれほど人から貶されようとも。

 自分を信じてくれる奴らだけは、決して裏切らないように。

 

「もう一度立ち上がってやれ。お前が謝るよりも、お前がもう一度立ってくれる方がそいつらのためだ」

 

「こいつらの……」

 

 それがトレーナー。

 それが萌えもん。

 俺達の絆であり、夢なのだ。

 

「じゃあな、俺は行くぜ」

 

 レッドへと背を向ける。

 

「……やっぱりファアルは馬鹿だと思う」

 

 呆れたようなリゥの言葉。

 でもそれはどこか嬉しそうでもあって。

 

「はっ、だろ?」

 

 俺も笑って、そう答えたのだった。

 きっと、ただそれだけの事。

 そしてそれは、トレーナーだけじゃなく誰にでも言える事でもある。

 だから、信じられる。

 だから、立ち上がれる。

 

「……みんな、俺は」

 

 きっとレッドは大丈夫に違いない。

 どれほど挫折しようとも、あいつが気付いたものはそう簡単に折れはしない。

 

「――兄貴ぃっ!」

 

 レッドが叫ぶ。

 必死に。

 目指す目標へと向かって。

 かつて俺が、親父にそうしたように。

 

「俺は、兄貴を倒す!」

 

 はっ。

 

「やってみろ!」

 

 背を向けて、手を振る。

 これだけでいい。次に会うのはいつだかわからない。

 だけど、目指す目標はひとつなのだ。

 

「……待ってるぜ、レッド」

 

 萌えもんセンターへと向かって駆けていくレッドを見送りながら、そう呟いた。

 

 

 

 

「で、快復は?」

 

「もうちょっと待っててください」

 

 リゥに土下座するのも忘れはしなかった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【第三話】トキワ――ショタグリーンと森林浴

 レッドがトキワに入っていってから約1時間。頬を膨らませているリゥをからかっていたらいつの間にか意識が飛んでいて約1時間。俺はようやくトキワへと足を踏み入れた。

 若者が闊歩し、子供たちが駆けまわり、萌えもんセンター、大きくはないがコンビニとその姿はマサラ出身者にしてみれば都会そのものだ。また、無計画にではなく計画的に景観を考えながら建設されているのも面白い。そのため、マサラから来た田舎者でも迷わずに済む。まったく、そのあまりに都会的かつ親切な町並みに、この俺ですらはしゃぐ心が抑えられない。

 

「や」

 

「やっほー、とかバカ言ったら叩きつけるから」

 

「……やっと着いたなぁ、トキワ」

 

 危なかった。今度は見知らぬ人の家の壁とでもキスをするところだった。無機物はもう嫌だ。

 だが、手始めにすることは決まっている。リゥをボールに戻すと、その足で萌えもんセンターへと。受付の姉ちゃんに相棒たちの疲れを取ってもらっている間に買い物へ。

 

 萌えもんの回復は無料だからいいものの、買い物はやはり金がかかる。これから目指すのは広大なトキワの森だし、迷っても大丈夫なように日持ちする食料をいくつかと萌えもんボール、そして傷薬と毒消しを買っていれば金がすぐに無くなってしまう。

 

 ふむ、町の周りで調子に乗って萌えもんバトルしているガキからカツアゲもとい報酬を得なければならないな。

 

 ずしりと重たくなった鞄を持ってセンターに戻ってみれば、そこには元気になった我が相棒たち。飛び込んでくるシェルを抱きとめながら受付の姉ちゃんに頭を下げた。にこりとスマイルを返す姿はさすがにプロ。これからもお世話になるだろうからこっちも失礼のないようにしないとな。例えば、ボールに入れられたせいか今隣りで不機嫌そうな相棒による壁の破壊とかそういうの。

 

 ま、てなわけでさっそく森に行こうと思ったのだが、なにやら前方、レッドが森に向かう道で酔っ払いの爺さんに絡まれていたのでさっさと見捨てて寄り道していくことにした。

 

 俺的都会トキワシティから少し外れると、大きな一本の道がある。今は放置されている簡素な道だが、一年に一度、大きく賑わう時がある。萌えもんリーグが開催される数週間だ。各地を旅し全てのジムリーダーに勝利し、その証となるバッジを集めた者だけが通ることの許されるチャンピオンロード――栄光へと続く唯一の道が、今俺の歩いている道なのだ。

 

 そして俺にとっては幼い頃に通った記憶のある道でもある。今では朧気な記憶でしかないが、いつかここを堂々と歩いていける日を目指したいと心から願う。

 

 トキワから少し歩くと巨大な建物が見えてくる。周囲の自然とは相反した人工物でありながらも、どこか周囲と馴染んでいる、まるで神殿を思わせるかのような一風変わった建物。見ようによっては教会のようにも見えるその建物こそ、チャンピオンロードへ挑戦する許可を下す門だ。

 

「……っと」

 

 その近く。生い茂る草むらで見慣れた姿を見つけた。

 ツンツンに逆立った髪は性格を現しているかのようで実に親切。切れ長で吊り上がった気の強そうな瞳も美男子に入るであろうルックスも、女の子を惹き付けずにはいられない。要するにレッドを含めた男たちの天敵みたいなガキがそこにいた。

 

 正直に言ってしまえば、会うと喧嘩を吹っかけてくるただの生意気な糞ガキなんだが、爺さんの孫とあって顔は既に知られている。むしろレッドと並んでの幼なじみである。

 だから、声をかけてやった。

 

「おーい、ショタグリーン!」

 

「ぶっ」

 

「……うわ、何その名前」

 

 草むらで盛大に吹き出したグリーンを見て、心底嫌そうな顔をするリゥ。安心しろ、デマのように思えてデマじゃないから。

 グリーンは怒りに髪を逆立たせてずんずんと俺へと向かってくる。まったく、相変わらず怒りやすい奴だ。

 

「おい、ファアル」

 

 しかも呼び捨て。まぁ、昔からだから気にしないけども。

 

「なんだよ? 見かけたから声をかけただけなんだが、何を怒ってるんだ?」

 

「怒るわ! 見ろ、周りを!」

 

 言われて顔を巡らせてみればピクニックなどで遊びに来ていた人たちが一様に顔を見合わせてひそひそとこちらをちらちら見ながら小声で話している。露骨に笑っているおばさんまでいらっしゃるようだ。

 これまた……

 

「無視すれば良かっただろうが」

 

「無視したらお前、肩組んでくるだろうが! 何度それで俺がから

かわれてると思ってるんだ!」

 

「不器用だなぁ」

 

「何がだよ!」

 

「有名人になってるじゃないか」

 

「違う、こんなの有名人じゃねぇ!」

 

 しかし手を振り回して講義してくるグリーンだが、これがまた必死すぎて退く要因になっているのをこのご本人、全く気付いていない。ジジイの孫だしまぁ訂正しなくてもいいだろう。別に俺の評判は悪くならないしな。

 

「つーかあんた」

 

 と、息を荒げながらグリーンはリゥを指さした。

 その姿があまりにも変質者だったので、さすがにリゥは俺の影に隠れてしまった。

 

「間違えた。こっちも変態だった」

 

「おいちょっと待て」

 

「いや、もうそれはいいから」

 

 グリーンは額に手を当て、一呼吸置くと、やがて落ち着いたのか俺達の方をゆっくりと見上げ、

 

「あんたも旅に出たのか?」

 

「――ああ」

 

「そうか」

 

 グリーンは空を見上げた。

 大きく、広い空だ。俺も空を見上げる。本当に、良い天気だ。

 

「安心しろ、リゥ。お前は立派な女の子だからこいつのストライクゾーンには入らないぞ」

 

「えっ」

 

「おい、なんで今の流れでそうなるんだよ! 脈絡とか無かっただろ今!」

 

「わかってる。俺はどんなお前でもお前の味方だからな、ショタグリーン」

 

 まったく、この恥ずかしがり屋め。背中をばんばんと叩いてそれとなく周囲にアピール。

 

「――はぁ、もういい」

 

「それで、お前も萌えもん探しか?」

 

「ん、まぁな」

 

 グリーンは俺から一旦距離を取ると、草むらに目をやった。

 

「ジイさんからの頼みでもあるからな。捕まえていって図鑑を完成させないと」

 

 しょうがないジイさんだ、と文句を言いながらもその顔は優しく緩んでいる。なんだかんだでこいつ、ジイさん子だからな。

 

「確かお前もレッドやブルーと一緒で図鑑を完成させるんだろ?」

 

「ああ、そのためにも冒険しないと」

 

なるほどな。このひたむきさはこいつの強みでもある。外見に似合わずどこか優しかったりするのも長所だろう。レッドとは正反対だが、良いトレーナーになるだろうな、という予感がある。

 

「って、俺のことよりあんただ。そいつ、ミニリュウだろ?」

 

「おう。可愛いだろ?」

 

「かわっ!?」

 

「いや、それはいい」

 

 グリーンは自分の図鑑を開くと、なにやら考えた挙句閉じた。

 そして、

 

「バトル、やらねぇか?」

 

 ぽん、とボールを出してきた。

 もちろん、断る理由は俺にはない。

 

「このファアル、売られた喧嘩は買うのが流儀だ」

 

 こちらも距離を取る。俺につくようにして後ずさったリゥは、俺の数歩前で着地。今度こそは自分がとばかりに自己主張している。もちろん、文句は無い。

 

 グリーンもまた同じようにして後ろに跳ぶと同時、手にしたボールを地面に投げつける。中から飛び出したのは小さいながらも獰猛さを持ったたてがみのイカス萌えっ娘、オニスズメだ。近頃見かけるようになってきた、男の娘といういものらしい。さすがグリーン、お前やっぱりカッコ良いよ。

 

「オニスズメ、つつけ!」

 

 先行を取ったのはオニスズメ。素早さから見てもリゥより鳥萌えもんのオニスズメが速いのは当然だ。問題はどう対処するか、だが。

 

 リゥの覚えている技を即座に頭に思い浮かべる。

 叩きつける・電磁波・りゅうのいぶき・たいあたりと言ったところ。オプションでにらみつけるも出来る。

 

 各技の威力を元に空より襲い来るオニスズメへの対処方を構築。耐久力から見て、オニスズメを沈められる技は揃っている。

 問題なのはタイミングだ。速くても遅くても駄目だ。もちろん、ジイさんの元で戦い慣れている分、さっきのヒトカゲほど甘い相手でもあるまい。制空圏を取られている以上、迂闊な戦法はこちらの負けを意味する。

 

 以上を元に、即座に戦略を弾き出す。なんだかんだ言いながら、リゥは俺を信じてくれている。俺の指示を待ち、真っ直ぐに獲物を見据えて立っている。

 だから応えなければならない。トレーナーとして、相棒として。

 

「はっ、良い的だぜ!」

 

 縮まる距離。互いが接触するのに数秒とかかるまい。瞬きした次の瞬間には地に臥すリゥの姿があるだろう。上空から勢いを上乗せしたオニスズメの攻撃はそれだけの威力がある。

 だが――

 

「そいつは俺たちの台詞だ、小鳥野郎」

 

 右手を上に挙げ、勢い良く振り下ろす。

 

「リゥ、叩きつけろ!」

 

 その姿を見たリゥは意味を汲み取りすかさず行動に。

 まるで技を技で迎え撃つかのような指示に、リゥはその長い髪を地面へと向かって叩きつけた。

 地面にこそ敵はあり。衝撃で粉塵が巻き起こる。そしてその衝撃に跳躍を加えれば、オニスズメの元へと跳ぶことが出来る。

 

「な――!」

 

 しかし狙ったのはここではない。鼻白んだオニスズメが身体の先僅か数ミリを掠めていく瞬間に、リゥが掴み取る。

 これで零距離。有利な部分は消えたわけだ。

 

「電磁波、撃ち抜け!」

 

「諒解!」

 

「――びっ!」

 

 リゥの電磁波が空中に咲く。閃光の後、全身を痺れさせられたオニスズメは、空中でバランスを失い地上へと落下する。

 だがまだだ。最後の指示をリゥに下す。

 

「……容赦が無いというか」

 

 当たり前だ。いくら幼なじみとはいえ、敵にくれてやる優しさなど微塵も無い。

 俺の指示を受けて、無残にもオニスズメは地面へと叩き付けられる。ノックアウトってやつだ。

 

「「「おおー!」」」

 

 周囲から湧き上がる拍手と歓声。いつの間にかギャラリーが出来ていたようだ。

 

「くそ、戻れオニスズメ」

 

 グリーンがオニスズメを手元に戻した結果、対オニスズメはリゥの勝利となる。

 続いてグリーンが出したボールは判断するまでもなくフシギダネ。頭に乗った球根がとってもキュートだ。しかし騙されてはいけない。

 奴は、男の娘だ。

 

「今度は負けねぇぞ!」

 

「はっ、いいぜ、来いよ!」

 

 第二戦に突入というわけだ。

 レッドのヒトカゲに勝った実力、試させてもらうぜ。

 しかしこっちの手持ちはリゥとシェルだ。相性から見ても、水タイプのシェルだと草タイプのフシギダネ相手は分が悪い。ならここは、やはり迷わずリゥだ。

 

「リゥ、続投よろしく」

 

「任せて」

 

 さっきも俺の意図を組んでくれたようだし、思った以上に連携は取れている。

 リゥの小さいながらも大きい背中に俺も全幅の信頼を寄せる。

 と、

 

「おっ?」

 

 手元の図鑑を見てみれば、さっきの勝利で新しい技を閃いたようだ。

"竜巻"

 良い技じゃないか。

 

「リゥ、睨みつけろ!」

 

「はぁ?」

 

「俺じゃなくてフシギダネをだ」

 

 危うく俺の防御が0になるところだった。

 眼光鋭く睨みつけるリゥ。

 

「へ、ばーか!」

 

 グリーンは好機と見てかフシギダネに指示を飛ばす。

 

「宿木の種だ!」

 

「任せろ!」

 

 頭の球根から小さい種を飛ばすフシギダネ。

 

「へっ?」

 

 もちろん、睨みつけていたリゥは為す術も無く命中する。

 種はリゥの服へと潜り込み、そこから種子を見る間に成長させ、最後にはリゥの全身を襲う。

 

「な、何これ!?」

 

「おお!」

 

 ばっちりだグリーン。この時を狙っていた! この、リゥが触◯に襲われているようなこのシチュエーションを!

 ナイスだ!

 しかしグッと親指を立てるもグリーンは軽く無視。調子に乗って更にフシギダネに指示を飛ばす。

 

「蔓の鞭!」

 

「きゃあ!」

 

 リゥを襲う一条の鞭。良い。非常に良いよグリーン。言いようのない昂りが俺を――

 

「いいからさっさと指示をせんか、この変態!」

 

「――ちっ」

 

 せっかく人が楽しんでるってのに……。

 さて、体当たり・鳴き声・宿木の種・蔓の鞭、か。なるほど、確かに育っている。

 仕方ない。俺はフシギダネへと向けて、

 

「竜巻」

 

「……それでいいの」

 

 リゥが目を瞑ると、額の短い角が明滅し始める。

 自然法則を無視し、物理法則を蹴破った異常は瞬時にして展開。空気で捻じ切るかの如く天を貫く文字通りの竜巻がフシギダネを呑み込んだ。

 

 SMプレイから解放されたリゥはまず最初に俺を睨みつけると、

「後で覚えてなさいよ」との怖い発言をして下さった。すまん、さっきの素晴らしい光景は生涯忘れない。

 

「ふ、フシギダネ!」

 

 オニスズメですら到達しなかった高みまで吹き飛ばされた後、フシギダネは落下する。落下ダメージも合わさって、これで終わりだ。

 

「あ、ああ……」

 

 フリギダネの無事を確認し、ほっと一息をつくグリーンを一瞥してリゥは呟く。

 

「はい、勝利」

 

 元の蔦へと戻っていく宿木をむしり取り、リゥは俺の方へと駆け寄ってくる。

 あまりの嬉しさに抱きつこうとしてくれたのだろう。俺が手を広げこの胸で抱きとめようとしたら、何故か体中が痛い上に今度は柵とキスをしていた。

 

「死ね」

 

 ごもっとも。

 俺がむくりと起き上がると、グリーンはフシギダネをボールへと戻したところだった。

 しぶしぶと言った様子で俺の前まで来ると、握った掌から数枚の小銭がちゃらり。俺の掌へと納まったそれは勝利した者にのみ与えられる賞金だ。

 

「確かに、いただいたぜ」

 

「――ふん。次は勝つからな!」

 

 グリーンは持ち前の負けず嫌いを発揮したまま、萌えもんセンターへと歩いて行く。

 ま、確かにレッドよりかは強かった。だけど、まだまだ甘いのには変わらない。根が正直な分、戦い方も真っ直ぐすぎる。もうちょっと弄れた戦い方もありだと思うんだが――俺から言うべきものでないのは確かだ。

 

「リゥ、お疲れ」

 

 ぷい、とそっぽを向くリゥ。これまた機嫌が直るには時間がかかりそうだ。

 そしてもう一度、改めて聳え立つ建物を見やる。

 数ヵ月後、あそこを堂々と潜れる日が来るのだろうか。

 

「いや――」

 

 潜るんだ。自信と誇りを持って、萌えもんリーグに殴り込む。今目の前で膨れているリゥと、ボールに入っているシェル。今後会うだろう仲間たちと一緒に、あの門を通り抜ける。

 感傷に浸るのは帰る時でいい。今はただ、前に進むだけだ。

 

「行こう」

 

「ん」

 

 リゥの手を引っ張って、来た道を戻る。見物していた人たちの声が嬉しかった。背中を後押ししてくれているような気さえしてくる。

 だから、それに恥じぬ戦いを。いつか俺を見た人が同じように誇りを持ってくれるように。そのために、せいぜい戦ってやろうじゃないか。

 寄り道しちまったけど、目指すはニビシティ。今日でトキワの森を越えてやる――。

 

   ◆◆

 

 トキワの森。

 深く生い茂った木々によって日光が遮断され、昼間ですら薄暗い森である。森に面するトキワとニビにはそれぞれゲート代わりの大きな建物があり、そこで休息を行ったり落し物をした場合の届け出も受け持っている。

 

 その人工的な建物から一歩中に踏み入ると、自然の明かりが僅かながらに世界を照らす天然の迷路が広がる。

 時々見える子供達は一様に虫取り網を持って駈けずり回っている。のどかだ。のどかだが、ガキ共が追いかけているのが女の子の姿をしているというのは凄くシュールだ。人間なら確実に通報もんだろう。

 

「さて、と」

 

 そんな奴らをよそ目にしながら、地図を広げる。ここに入る前にゲートの警備員から貰った森の地図だ。物資を運ぶようのルートももちろん存在しているが、そっちは野生の萌えもんはほとんどいない。出来るだけ萌えもんと触れ合いたいので、ここは森の中を迂回していくルートを選びたい。

 

 だがそれも一直線に進めばいいというものでもないようなので、草むらを散策しながらだと選ぶ道がかなり狭まってくる。寄り道も大事だが、ここで出てくる萌えもんといえばキャタピーとビードル、そしてピカチュウくらいか。この先がタケシだということを考えると、電気タイプのピカチュウは使えないが、今後を考えると是非とも欲しい萌えもんではある。

 

 キャタピー・ビードルも同様、進化すれば強くなる。早々に戦力を増強するならば外せない要員であろう。

 

 何はともあれ、進むべき道は決まった。

 ルートをたたき出してからリゥとふたりで歩いて行く。

 しかし、なんでリゥはボールに入らないんだろうな。まぁ、ひとり寂しく旅をするよりよっぽど気が楽だし、何より信頼関係が築ける。

 

 つまるところ、だ。なんだかんだでぶっ飛ばされているけど、リゥとこうして旅をすることを俺は気に入り始めているって事なんだろう。

 

「決まったの?」

 

「おう、ばっちりだ」

 

 途中、トレーナーとも出くわすだろう。タケシ対策に出来ればシェルも補強しておきたい。

 

 というわけで、草むらを散策しつつバトルを経験していく。道中出会った萌えもんはゲット――と言いたいが、リゥが容赦なく叩き潰していくので全く捕まえられない。

 

 だがおかげでシェルやリゥの癖がわかってきたのは大きい。例えばシェルはまだ子供だから力に斑があるし、リゥはリゥで戦闘能力は高いものの、高見から見下ろしている節がある。かと言ってやはり不安が拭えないようで、俺の指示がないととんでもない事をしでかしてしまいかねない弱さもある。不安定さで言ってしまえば、シェルもリゥも一癖以上持っていると考えていいだろう。

 

 それらを予測して行動を指示していかねばならないので、トレーナーとしてはとても有り難い収穫だ。

 

「俺の虫萌えもんと勝負だ!」

 

 と麦わら帽子に短パン、虫取り網といういかにもな格好のガキとも戦っていく。というか、日が当たりにくいのに麦わらを被っているとどうにも違和感があるな、少年。

 

「あ、これもってくー」

 

 シェルが道中楽しそうに拾っていくのは頭上から落ちてきた木の実だ。これは萌えもんたちに持たせると時分たちで判断して使用してくれる、案外と便利な代物でもある。こちらが道具を使うタイムラグが消えるのは大きい。持っているのと持っていないのとでは大きく違ってくる。

 

「お、意外と美味いな」

 

「そうね……って、あれは何?」

 

 言ってリゥが指差したのは他の木々に隠れるようにして存在している木だった。日光が当たらないためか、細く今にも倒れそうな木に、白い布のようなものが引っかかっている。

 

「紐みたいだな」

 

 近付いてみると、どうやらハチマキのようだった。引っかかっている高さは俺の身長よりも低いが、子供の頭なら調度これくらいになるだろうという場所だった。おそらく、この辺りまで来た子供が引っ掛けてしまったのだろう。

 

「ん~」

 

 このまま放っておいてもよさそうだが、本人が探している可能性もある。俺はハチマキを手に取ると、ニビ側のゲートに預けることに決めた。

 

「ぱくっちゃえー」

 

 さすがにそれは犯罪だ。欲しいなら持ち主探してカツアゲした方がマシってもんだ。

 

「ま、困った時はお互い様だしな」

 

 シェルの頭を撫でてやる。こずいたら泣きそうだもんな、ほんと。

 

「……まったく」

 リウはリゥで仕方ないとため息をついた。

 ま、どうせ行く方向だしな。特に問題もないだろ。

 

「――待って~!」

 

 踵を返した時だった。遠くから聞こえてくる、どこ聞き慣れた声が次第にこちらに近づいてきているようだった。

 

「待てー!」

 

「あれは……ピカチュウ?」

 

 小さい身体でちょこまかと逃げているのは黄色い毛並みがトレードマークの電気鼠。ああ、可愛い。抱きしめたいな!

 

「変わったもんだなぁ、ブルー」

 

「ちっがーう!」

 

 更にその向こう。草むらから野生の萌えもんのように這い出してきたのは我が幼なじみであるブルー。活発さを絵にしたようで、冒険の大好きな漢顔負けの少女だ。博士によれば、確かこいつも萌えもんを貰っていたはず。確か……ゼニガメだったか。

 

 ブルーは体格こそ歳相応で小柄だが、レッドやグリーンと違って大人びている。女の子らしいというか、精神が早熟なのだろう。その代わり、悪戯っぽいというか若干ながら小悪魔気質なわけだが。

 

「手伝い、いるか?」

 

「いらない!」

 

「へいへい、と」

 

 肩を竦めてピカチュウの道を空ける。だがピカチュウさん、どうやら俺までも敵と認識して下さったらしく、立ちふさがるなら倒すまでと放電を始めた。

 

「げっ」

 

 最悪だ。まさか俺の魅力がここまで萌えもんを惹き付けてしまうとは思っても

 

「はいはい、いいから」

 

 リゥが呆れたようにピカチュウの頭を長い髪で叩きつけた。

 

「びっ!?」

 

 今気付いたとばかりにリゥを向くピカチュウ。若干涙目なのが非常にそそる。お持ち帰りしたい。

 しかし世の中は非情である。遊んでくれると思ったのか、シェルが遠慮無しに威力の増した水鉄砲を発射。

 

「ピッ」

 

 断末魔すらかき消して水流は巨木へと。流されるままに押しやられたピカチュウもろもとも激突した。

 

「……きゅう」

 

 目を回して倒れるピカチュウ。捕獲するのなら、今しかないだろう。

 

「うそ……」

 

 だが驚いていたのはブルーも同じだ。あっという間に片付けられたピカチュウを信じられないといった様子で見ている。

 

「投げないのか?」

 

 ボールをひとつ渡す。最初にピカチュウを追っていたのはブルーだ。仕方ないが、俺が横取りするわけにもいかない。

 

「でも――ううん、そうだね」

 

 さすが幼なじみ。ブルーはそんな俺の気質を知っているため、すぐに頷くとピカチュウに向けてボールを投げて見事に捕獲した。

 

「おめでとさん」

 

「うん、ありがと」

 

 はにかんで笑ったブルー。ショタグリーンと違って実に素直な娘さんだこと。多少男勝りな部分があっても、こういった素直さを捨てていないのはブルーの魅力だと思う。どっかのショタ糞孫とは大違いだ。

 

「もうおわりー?」

 

「ああ、ご苦労さん」

 

「んー」

 

 頭を撫でてやるとまた嬉しそうに目を進めるシェル。なんかリゥもうずうずしているように見えたんでついでに撫でてやる。

 

「勝手に触るな!」

 

「なんで!」

 

 今度は巨木とキスをした。

 

 

   ◆◆

 

 

「でも驚いたなぁ」

 

 近くにあった切り株に腰を下ろしてしばしの休息。

 俺は事のあらましをブルーに話してから一息ついた。

 周りではシェルとブルーのゼニガメが仲良く遊んでいる。リゥは疲れたのか、俺にもたれかかって小さく寝息を立てていた。結構な強行軍だったからな……今はそっとしておいてやろう。

 

「まさかファアルもトレーナーになったなんて」

 

 俺の見せた図鑑は、同じくブルーも持っていた。去り際にジイさんから貰ったものだったが、やはりブルーたちと同じものだったようだ。これで俺にも萌えもんを集めてみろって事らしい。そうならそうとあの時に言えってんだ。妙な含み笑いしかしやがらなかったくせに。

 

「お前こそ、順調なのか?」

 

「んー、まぁまぁかな」

 

 ブルーは俺にとっては妹に近い。昔から良く遊んだし、何かと世話を焼いていたらいつの間にかこんな感じになっていた。近すぎず遠すぎずってやつだ。家族に近いけどそうじゃない。

 

 だから、ある種の遠慮はあってもずばりと切り込める部分もある。不思議な関係と言えばそれまでだが、お互い信頼している事だけ

は確かだろう。

 

「で、お前はジムに挑戦するのか?」

 

 ブルーは照れくさいのか頭をかきながら、

 

「うん。頑張ろうかなって思ってる」

 

「そうか……」

 

 なら、本当に頑張って欲しい。きっと険しい道だろうけど、ゼニガメもいるんだ。ニビだと相性もあるし良い勝負は出来るはずだしな。

 と、そうだ。

 

「これ、お前のじゃないか?」

 

 俺はさっき拾った白いハチマキを掲げてみせる。

 

「あぅ」

 

 予想は見事に当たってくれた。ブルーは驚いた顔をした後、悪戯が見つかったかのように舌を出した。

 そして受け取ろうと手を伸ばし――

 

「やっぱいい」

 

「は?」

 

「あげる。さっきのお礼だよ」

 

 さっき――ピカチュウの事だろうか。だったらあれは不可抗力だ。俺は何もしていないに等しい。

 だけどブルーは断固として譲らないつもりらしく、俺が受け取るまでじっとこっちを見ている。

 その目がまるで、家を出ると告げた時のお袋に似ていて――

 

「――わかった。貰っておく」

 

 俺は受け取るより他に選択肢が無かった。

 ブルーによると、どうやら萌えもん専用のアイテムらしく意外と使えるらしい。昔、空手道場に通っていた時に貰ったものだという。

 とりあえずそのハチマキをポケットにしまう。そしてついでに時計を見てみれば夕方に近づいていた。

 

「今から急げば日が暮れる前には出られそうだな」

 

「だね。そうしよっか」

 

 リゥを起こし、シェルを呼び戻してからブルーと一緒に森を抜けた。

 ニビで別れたブルーはやっぱり笑顔で、俺たちはお互いの武運を祈りつつその道を違えた。

 そして、ついに俺はジムへと挑む――。

 

 

 

<了>

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【第四話】ニビ――岩を繰る王者

 ついに到着したニビシティ。カントー随一とも言われる広大なトキワの森を抜けたために頭も身体もぼろぼろだ。今はとにかく休みたい。

 トキワの森へと繋がるゲートから出て少しだけ歩くとニビの穏やかな町並みが見えてくる。トキワと同じ程度の大きさだが、どこかゆとりを感じる景観だ。

 しかも夕暮れに染まる町並みはどこか哀愁を漂わせていて、日が沈むまでその光景を目に焼き付けていたいと思える景色だった。

 

「行こう?」

 

 言って、リゥが袖を引っ張ってくる。

 

「ああ」

 

 町の奥に見える立派な建物は、おそらく有名な萌えもん博物館であろう。裸の萌えも――げふんげふん、古代の萌えもんの化石が展示されている、この世界の歴史を知ることが出来る唯一の博物館である。ジイさんもここの協力者らしく、時々顔を出していると聞いたことがある。俺も一度小さい頃に来た記憶があるが、その時はさっぱりだった。ジムリーダー戦が終わった後にゆっくりと見てみようか。

 

 夕日に染まる町は家路を急ぐ人々で賑わっており、独特の活気に包まれている。俺も晩ご飯を買うべくコンビニへと足を向ける。ついでにトキワの森で手に入れた報奨金でジム戦の準備も忘れないようにしたい。

 

「モ」

 

 と、途中小さい草むらに隠れる影を発見。すぐに見えなくなったとは言え、俺の萌えもんレーダーが激しく反応している辺り、何かのモンスターだとは思うのだが……。

 また、一瞬だったが身体の色が特徴的で夕日に染まって巧く溶け込んでいたようにも見えた。逃すまいと揺れた草むらを注視してみればそこには、

 

「ロコンか」

 

 後で絶対に戦力になり得るであろう小さな炎っ娘がひとり。現在の戦力に炎タイプはいない。ニビシティのジムリーダーは岩タイプだから相性の悪い炎タイプの出番はないが、これから先を考えれば必要なタイプのひとつなのは間違いない。

 

「リゥ、頼むわ」

 

「――あれを?」

 

「おう、捕まえたい」

 

 リゥはしばらく俺を真っ直ぐに見た後、

 

「――わかった。変態みたいな目付きが多少マシだからやってみる。でも、倒しても文句言わないでよね」

 

 俺はいつでも紳士的な眼差しだっつーの。

 ただ、紳士的すぎてつい相手をじっくり舐め回すように見てしまうだけだ。

 

「あいよ」

 

 リゥは嘆息して、肩を回して戦闘へと向かった。その後ろ姿はまるでどこかの部族長のようだ。言ったらまたぶっ飛ばされちまうけど。

 だが、正直シェルだと弱点の属性もあって倒してしまう恐れがあるため、ここはどうしてもリゥに頑張ってもらうしかない。

 てなわけで、さっそく萌えもんファイト。

 

「さ、出てきなさい。そこにいるのはわかってるのよ」

 

「ふぇ?」

 

 びくりと躰を震わせ、おそるおそる草むらから顔を出したのはやはりロコン。おっかなびっくりと言った様子は保護欲をくすぐるものがある。ますますお持ち帰りしたい。

 リゥはロコンがこちらに気付くや否や、電光石火の勢いで地を蹴る。

 

 ロコンは吼えて逃げさせようとしているのか口を大きく開けて息を吸おうとするも、その前にリゥが肉薄する。

 

「はぁっ!」

 

 電磁波を見舞うと、ロコンが一瞬びくりと躰を震わせる。

 

「あ……あれっ?」

 

 痺れて思うように動けないロコン。自分自身に何が起こったのかわからないのだろう。直前の行動を止めて、目をぱちぱちさせながら驚いているようだ。

 だが俺からしてみれば今がチャンス。躊躇うことなくボールを投げると、ロコンはあっさりと捕まった。

 

「ゲットだぜ!」

 

「恥ずかしいから止めて」

 

 しかし電磁波がここまで使える技だとは思わなかった。地面タイプには完封されてしまうとはいえ、それ以外の場面ではお世話になりそうな万能技だ。捕獲にしろ戦闘にしろ、使えて損はない技だろう。

 

 ロコンを捕まえたボールをしまってから、俺は急ぎ足でコンビニへと向かい、その足で萌えもんセンターへと立ち寄る。

 萌えもんセンターはトレーナーのための施設というだけあって、萌えもんを休ませるのもさることながら、トレーナーが宿泊できる施設も完備されている。そのため、旅をしているトレーナーにとっては非常にありがたい施設なのである。

 

 俺は受付の姐さんに萌えもんを回復してもらってから、トレーナーの宿泊所となっている場所で利用台帳に記帳した。台帳を見てみれば、おなじみの三人も同じ宿泊所に泊まっているようだ。

 相変わらずボールに入らないリゥを連れて宿泊所に行ってみれば、さっそく多目的ホールで出くわした三者三様の声。

 

「兄貴!」

 

「ちっ」

 

「あ、お昼ぶりー」

 

 しかしショタグリーンだけ舌打ちだったのはおそらく仕様だろうな。

 俺は片手を挙げて返事をしてから用意された部屋へと。荷物を下ろして一休みした頃にはレッドたちが俺の部屋へと雪崩込んできた。

 

 だが萌えもんを出しているのは俺ひとり。みんな腰にボールはつけているものの、外に出して交流を深めたりはしないようだ。

 しかしまぁ、そういうものかもな。他のトレーナーからも好奇の視線を受けているのは俺自身わかっている。萌えもんを外に出しているのがよっぽど不思議な光景らしい。ぱっと見は女の子だもんな。だからかもしれんが。

 

「ま、いいか」

 

「? 何が?」

 

 なんでもないさ、と手を振って答える。

 こうなりゃついでだと、シェルとさっき捕まえたロコンを出す。ロコンの方はあだ名を考えてやらないとな。

 

「ますたー」

 

 ボールから出た瞬間に飛びついてくるシェル。いつも通りに受け止めて、苦笑しながらロコンを見やる。こうして面と向かうのは初めてだからか、俺の顔を見てびくりと身を竦ませた。人間で例えるなら所謂"人見知り"って奴だろう。身体を小さく縮こまらせている姿がまさしくそれだ。

 

「なぁ、ロコン」

 

「は、はははははい!?」

 

「あだ名を決めたいんだが、どっちがいい?」

 

「あ、あだ……? え、えっ?」

 

 突然の事で戸惑うロコンに選択肢を突きつける。

 候補はふたつ。俺はびしっと指を2本立て、

 

「マコトとピロシキ、どっちが」

 

「普通の名前にせんかい!」

 

「ピロシキッ!」

 

 言い終わる前にリゥにぶっ飛ばされた。ふふ、可愛いやつめ。

 

「あ、兄貴……」

 

「――ほんと何やってんだあんたは」

 

「あははははははは!」

 

 これもまた三者三様なご反応。

 

「軽い冗談じゃないか……いてて」

 

「それがわかりにくいの」

 

 さて、相棒さんからも忠告が出たことだし、ここは真面目にいくとするか。

 俺はロコンと再び向かい合う。

 

「あ、あの――」

 

「コン」

 

「は、はい?」

 

「コンだ。お前のあだ名は、今からコンだ!」

 

 はい、周りの反応わかるよわかる。安直だってんだろ? ああそうだ。フィーリングだよ! 名前聞いて思いついたんだよ! 全員で呆れた顔しやがって!

 

「……コン」

 

 ロコンは俯いて何度か俺が決めたあだ名を小さく呟いた後、

 

「あの、コンでいいです」

 

「よし、決定!」

 

 ぱちん、と指を鳴らす。これでコンも俺達の仲間ってわけだ。

 

「あのさ、私が言うのも何だけど……嫌ならちゃんと言った方がいいわよ?」

 

「い、いえ……これでいいんです。ううん、これがいいです」

 

「――そう、わかった」

 

 リゥはやれやれと肩を竦めたようだった。

 

「改めて、よろしくな」

 

「はい」

 

 コンは俺に深く頭を下げ、その後にリゥとシェルにも頭を下げていた。礼儀正しいってのはああいうのを言うのかもしれない。

 そうして、寝るまで俺達は騒ぎあった。

 時々リゥに殴られたり、レッドたちをからかったり。何も無い日常のように。まるで、明日がジム戦だとは想像出来ないほどの緊張感の無さで。

 でも、それでいいと思う。

 戦いは……明日なのだから。

 

   ◆◆

 

 天気は快晴。日差しも暖かく、雨の気配など全く感じない。まさしく絶好の勝負日和だ。

 ニビシティは今日も平和だ。しかしその中でも一部活気づいている場所が、ここニビジム。岩タイプの萌えもんを扱うジムリーダー、剛司の根城である。

 

 今日は俺を含めて四人の対戦が決まっている。昨日申し込み、通達が来たのは今朝だ。時間通りにジムへとやってきた俺を出迎えたのは、地面が揺れたのかとすら思うほどの大歓声だった。

 

 レッド・グリーン・ブルーは俺より先にニビシティに到着し、すぐに申し込んでいたようだった。そのため、俺は順番としては最後となる。おそらく、今戦っているのはブルーだろう。

 そして、ブルーなら勝つと信じている。正直、相手の手の内を見たいとも思ったが、それはフェアじゃない。何も知らない、わからないで挑むからこそ勝負は面白いもんだ。

 

 もちろん自分の相棒たちを傷つけさせたくはないし、負けるつもりもない。だが、戦いには礼儀がある。俺たち萌えもんトレーナーにしかない礼儀が。例え相手がエキスパートだったとしても、だ。

 少なくとも俺には相手の使うタイプがわかっているだけで、充分だ。

 

「よう、ファアル」

 

「兄貴、遅いよ」

 

 既に戦闘を終えたレッドとグリーンがジムの前で出迎えてくれる。

 

「あんたなら俺達の戦いを見に来るかとも思ったんだけどよ」

 

 俺はその問いに問題外だと肩を竦めてみせる。

 

「お前らなら勝つって信じてたからな」

 

 そしてそれは本当だったわけだ。レッドとグリーンの胸に光るグレーバッジを見て結果を知る。

 

 バッジとは、各ジムリーダーに勝つとその証拠として授与される照明だ。これがないと萌えもんリーグには挑戦できない。だからチャンピオンを目指す者たちはこぞって各地のジムを回る、というわけだ。本当に実力を持ったトレーナーと萌えもんだけが遙かなる頂きへと挑戦出来るシステムなのだ。

 

「良く頑張ったな、レッド、グリーン」

 

 ふたりの頭をぐしゃぐしゃに撫でてやる。

 

「ちょ、何するんだ」

 

「ま、いいじゃねぇか」

 

 弟たちが頑張ったんだ。今度は兄貴分である俺が頑張らないとな。

 リゥと目を合わせる。不安そうに揺れる瞳に、俺はしっかりと頷き返す。

 

「……震えてるじゃねぇかよ、あんた」

 

 グリーンの呟きを鼻で笑う。

 

「はっ、当然だろ」

 

 当たり前だ。

 怖いさ。自分自信の実力と、見たことも無い萌えもんとの戦い。相手は俺と同じくらいの年齢とはいえ、歴戦のジムリーダーだ。経験もまるで違う。

 だけど。

 だけど――

 

「――楽しんだよ、これが」

 

 わくわくしてたまらない。

 この先、奴とどんな戦いが出来るのかと考えれば考えるほど、笑みが浮かんで仕方がない。

 ああ、やっぱり俺は――

 

 

 どこまでも萌えもんトレーナーなのだろう。

 

 

 レッドたちに後ろでに手を振ってジムの門を潜る。ここから先は、俺の――いや、俺達の戦いだ。

 勝ってみせるさ。リゥにシェル、そしてコン。お前らが信じてくれている俺を。お前らを勝たせる事の出来る俺自身を。

 

「……ふぅ」

 

 落ち着かせるためか、さっきからリゥの挙動も固い。

 俺はそんなリゥに向かって手を挙げる。

 何のことだろう? 首を傾げたリゥだったが、いくら経っても俺が止めないので最後には手を挙げた。

 

「勝つぞ、相棒!」

 

「――っ」

 

 掌を叩き合わせる。俗に言うハイタッチだ。

 待ってろニビジムリーダー。今からお前を倒しに行く。

 

「――諒解、マスター」

 

 背を向けた俺に、リゥの小さな呟きが届く事はなかった。

 

 

 ジムリーダーが何故強いか。問われると、大抵の人間はこう答えるだろう。

 萌えもんの扱いが旨いのだ、と。

 

 事実それは真実で、彼らは各属性のスペシャリストと呼ばれるほどの実力を備えた天才たちだ。しかし歴然として違うのは、その経験と誇りである。トキワの森では虫萌えもんばかり捕まえていた少年たちがいたが、彼らとは全く違う存在として扱われているのがその点である。

 

 つまり、元から持っていたトレーナーとしての才能に加え、使用する萌えもんの属性を限定する事で戦闘に、戦略に磨きをかけたのがジムリーダーと呼ばれるトレーナーなのである。云わば、トレーナーとして到達するべきひとつの頂きなのだ。

 

 その中でもマサラ、トキワのトレーナーに登竜門とされているのがニビシティジムリーダーの剛司である。彼が扱う萌えもんは一様に岩タイプ。堅い表面を傷つけることは並大抵の萌えもんでは不可能に近い。水タイプや草タイプのような弱点で攻めるか、格闘タイプのように力で制するか。それほど強力な萌えもんのいないトレーナーにとっては腕の見せ所でもある。

 

 話に聞いた限りだと、レッドはバタフリー、グリーンは弱点である草タイプのフシギダネ、ブルーも同じく相性の良いゼニガメで勝利を収めたらしい。

 ならセオリー通りに行くならばシェルを先鋒に持っていくのが無難だろう。相手の出方、萌えもんがわからない以上、こちらもアドバンテージを持つ必要がある。

 

「これより本日最後のバトルを始めます!」

 

 ドーム上のバトルフィールドに、砂と岩が敷き詰められており、さながら天然の荒野である。岩が多いのはジムリーダーである剛司が有利に立つためであろう。俺のような挑戦者は、こういう仕掛けをも打ち砕いていかねばならない。

 

 そして、実況の声がマイクを通して会場内に響き渡る。周囲を軽く見渡してみれば、観客席は満員だ。盛況じゃないか。

 

「受けて立つのはもちろん、本日3度の戦いを経て尚疲れを見せないニビシティジムリーダー、剛司!」

 

 俺とフィールドを挟んで向かい合っている壇上の上で剛司が手を挙げる。同時、割れんばかりの歓声が開場を轟かす。

 いいね、ぞくぞくするぜ、こういうのは。

 

 自然と震えてくるのを落ち着かせる。

 そして観客が静まるのを待ってから、実況は続ける。

 

「続いて、本日最後の挑戦者は、またもやマサラタウン出身者のファアル!」

 

 俺には歓声なんぞ起こらないだろう。そう思っていたから驚いた。

 俺の時もまた同様に――いや、それ以上に歓声が巻き起こっていた。客席を見てみれば、レッドとグリーン、ブルーも最前列に座って俺を応援してくれている。

 

 ……ありがとうよ。心強い応援だ。

 

「では、バトルの前に剛司から発言があるようです」

 

 実況者が剛司にマイクを渡す。

 剛司は受け取ると、真っ直ぐに俺を見て言う。

 

「俺は今日これで4回目の戦いになる。だが、受けたからには全力でいかせてもらう。これまで以上にな」

 

 その目はしっかりと、俺を見据えていた。必ず倒す。その意思を込めて。

 ひしひしと伝わってくる戦意にいてもたってもいられなくなる。

 

 同様に実況者からマイクを預かる。

 大きく息を吸い込む。

 言いたい事なんてのは、ひとつだけだ。

 

「正直、ブルってる」

 

 その言語で開場内から失望感にも似た空気が漂うがわかる。

 だけど、構うものか。

 

「――あんたと戦うのが楽しみで仕方ねぇ。楽しみで楽しみで、笑えてきやがる」

 

 俺はきっと、笑みを浮かべていただろう。

 憧れていた萌えもんトレーナー。その第一歩を踏み出した時よりももっと、昂っているのがわかる。

 

 未知の敵と戦うのが楽しみで楽しみで仕方がない。

 だから、真っ直ぐに指をさして宣言してやる。

 

「本気で来い。今からてめぇのバッジを奪ってやるよ」

 

「……いいだろう」

 

 気のせいか、剛司の表情が笑ったかのように見えた。そして、おもむろに自分の持っていたホルダーを外し、別のホルダーを取り付けた。

 

 設置されたモニターに表示されたボールの数が2個から4個まで増える。戦力に出来る数にして、俺の倍いる計算になる。

 

「さぁ、ゴングを鳴らしてくれ」

 

 唖然とする実況者に告げ、剛司は壇上よりフィールドへと降り立つ。それだけで、何故か会場がどよめいた。

 ボールを取り出し、剛司は俺に真っ直ぐ突きつける。

 

「本気で行くぞ、挑戦者」

 

 俺もまた、ホルダーからシェルのボールを取り出し、真っ直ぐに剛司へと突きつける。

 

「当たり前だ、岩使い(ジムリーダー)」

 

 俺達は互いに小さく笑みを浮かべ、

 

「それでは、ニジシティジムリーダー戦――」

 

 同じように振りかぶり、

 

「ファイト!」

 

 勝負を開始した。

 




決戦はまた次回。

遅くなりましたが、感想・ご指摘ありがとうございます。まだこちらを使いこなせていないため、この場にて感謝を。題名やシチュエーション含めて少しずつ改善していきますので、暖かく見守って下されば幸いです。それでは、また次回に。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【第五話】ニビ――岩砕き勝利を手に入れる者

ニビジム戦です。タケシの名前はもうフィーリングで当て字ですよ! また、タイプの相性はあくまでも個人解釈です。現在のポケモンはあまり詳しくはないので、どんなタイプの組み合わせがあるのかまでは把握しておりません。作中時期は初代と同じ時系列で、ということでひとつ。


 かくして、ニビシティジムの火蓋は切って落とされた。

 俺と剛司、投げたボールは同時に展開され、

 

「イシツブテ!」

 

「シェル!」

 

 互いの声も同時。目の前の敵を打ち砕かんと下される指令は違っても、お互いに込められた意思はひとつだけだ。

 

 お前を倒す。

 

 勝利の頂を手にするために、全力でぶつかり合う。

 

「地震だ!」

 

「水鉄砲!」

 

 会場そのものを揺らす、地面タイプでも屈指の技が繰り出される。イシツブテといえども傲ればこちらに勝機はない。

 何を気に入ってくれたのかわからないが、剛司は本気で俺と戦ってくれているようだ。明らかに、通常対戦で使う布陣とは違っている。

 

 それがたまらなく嬉しく、楽しかった。

 

「さて、そのひ弱な水鉄砲でどうする!?」

 

 だが、剛司が力で来るというのなら、俺は知力でお前を引きずり下ろすだけだ。

 

 イシツブテが地震を繰り出す瞬間に飛ばした俺の指示は水鉄砲。効果があるといっても、そもそもシェルは地震を耐えられない。だが地面の上にいる以上、命中は必須だ。

 

 なら、答えは簡単だ。

 要は地上にいなければいい。

 指示と共に地面に向かって腕を振り下ろす。シェルは意味をくんでくれ、両手で溜め込んだ水を一気に地面へと放射した。

 

 シェルは子供とあってまだ体重は軽い。通常の水鉄砲ならば身体が持ち上がるほどの威力はない。だが、水を封じ込め注ぎこみ続ける事で流れが発生し、それが力と転じる。その力を一点へと向けて発射すれば、鉄砲水へと威力は跳ね上がる。

 

 即ち、シェルの身体程度ならば簡単に空を跳べる。

 

「な――!」

 

 だが剛司が驚いたのはその瞬間だけだった。

 即座に気を取り直し、空中で無様に身動きの取れないシェルと攻撃を開始する。

 

「ならば、ロックブラストだ!」

 

 指示を聞き届けたイシツブテがバトルフィールドに転がっている岩を持ち前の腕力を駆使して投げつけてくる。

 

 こちらは水タイプ。空では身動きなど取れず、回避の方法は存在しない。まさしく"良い的"である。

 

「シェル、篭れ!」

 

「らじゃ!」

 

 俺の号令と同時に即座に殻に篭るシェル。刹那到来した岩は容赦なくシェルを襲うが、シェルダーの取り柄はその頑丈さだ。思った通り、こちらのダメージは少ない。

 

 これならば、最初に地震を食らうより余程リスクは少ない。加えて――

 

「まだだ、イシツブテ――」

 

「遅ぇ! シェル、ぶちかませ!」

 

「水、鉄砲っ!」

 

 殻にこもっていることでこちらの次の行動が読めなくなる。

 俺の指示を聞いたシェルは殻にこもりながら先ほどと同じように溜めていた水鉄砲をイシツブテへと一気に噴射した。その威力、空中にいるシェルを観客席付近まで吹き飛ばすほどの威力を持っていた。

 

「――ぐっ」

 

 剛司の指示を受けようとした隙が仇となった。為す術なく命中した水鉄砲は、無防備だったイシツブテを飲み込んでそのまま壁へ轟音と共に直撃する。

 

「イシツブテ!」

 

 馬鹿な、とイシツブテを見る剛司。

 

「――1体目、撃破」

 

 目の前で敗れたイシツブテの様子に唖然としていた司会だったが、俺の言葉で我に返ったようだった。

 

「イシツブテの体力――0です! ファアル選手、先鋒のイシツブ

テを鮮やかに倒しました! これは面白いバトルになりそうだ!」

 

 遅れて沸き起こる歓声。

 こっちに戻ってきたシェルの目線に合わせる。

 

「いけるか?」

 

「ばっち」

 

「よし、次も頼むぜ!」

 

「うむ!」

 

 自分の頬を叩いて気合を入れるシェル。こいつはまだまだやってくれそうだぜ。

 

   ◆◆

 

 

「……凄い」

 

「逆転しやがった」

 

「あれがファアル――ううん、お兄ちゃんの力」

 

 その様子を、観客席の最前列で観ていた少年たちがいた。

 彼らの名前はレッド・グリーン・ブルーという。萌えもん研究の第一人者、オオキド博士より"萌えもん図鑑"の完成を託されて旅に出ているファアルの幼馴染たちである。

 

 幼い頃より家族同然に育った彼らをずっと面倒を見てくれていた

少年がいた。少年はかつて目指した夢を挫折し、心の奥に仕舞い込み、もはや届かないものだと諦めていた。そして、その事を誰よりも嘆いていたのは少年ではなく、彼ら3人の幼馴染たちであった。

 

 誰よりも強く、誰よりも大きく見えていた少年。兄のようだと慕う者もいれば、その大きさに反発する者もいた。

 

 しかし彼らはずっと望んでいた。いつも自分たちの前に立ち、引っ張ってくれていた兄の本当の姿を。いつの頃か、輝きを失ってしまったその瞳に再び光が灯るのだと信じて。

 

 だが現実は無情にも少年たちを旅へと駆り出した。かつて自分たちを引っ張ってくれていた少年が夢見たはずの舞台へと。

 

「んーむ……いや、奴に萌えもん図鑑は無理じゃ」

 

 旅立ちの前、3人で博士に詰め寄った時の記憶が蘇る。

 考え込み、難色を示していた博士。

 

 その言語の真意は果たして何だったのか。もし、博士がそのままずばり、「ファアルに図鑑を完成させるのは無理だ」と言いたかったのだとすれば?

 

 夢を諦めた少年はいつしか青年と呼べるまで成長した。夢を失い擦り切れ始めた彼はしかし、かつて持っていた魂をずっと胸の奥に仕舞い込んでいた。

 

 大切に、大切に。

 いつかもう一度、夢を追える日に今度こそ間違わないように。二度と折れないように。

 だからきっと今日こそが彼の本当の――旅立ちの日なのかもしれない。

 

 

   ◆◆

 

 

「戻れ、イシツブテ!」

 

 イシツブテを戻し、すかさず剛司は次のボールを手に取る。

 

「さぁ、剛司の次の萌えもんは――おおっと、ここでカブトだぁ!」

 

 剛司が選んだのは、膝を抱えた姿がまた愛嬌のある生きた化石ことカブト。シェルと似たような戦い方をする萌えもんだろう。ひょっとしたら御先祖様かもしれない。タイプは岩と水。弱点はカバーしているが、ここに来て電気がいないのは残念でならない。

 

「体当たりだ、カブト!」

 

 似たようなタイプの戦い方が可能だ。剛司も力で押すことに決めたらしい。だが、堅い甲羅に岩が加われば、シェルとは違いただの体当たりとて油断はでいない。ましてや標的はシェルだ。堅い殻を持つとはいえまだ子供。当たり負けする確率の方が遥かに高い。

 

 かと言ってさっきのような大掛かりな水鉄砲は無理だ。発射まで時間がかかる上に隙が大きい。ここはひとつ、堅実に手を打つのがベストか……。

 

「水鉄砲、頼むぜ!」

 

「ばっちぐーおっけー!」

 

 ここはシェルの水鉄砲を当ててカブトの体力を削りながら体当たりの勢いを弱めるしか手がない。

 

 だが、そんなのは誰にだって予想できる。いくつもの戦略から剛司が最も待ち望んでいたのは、まさにこの瞬間だった。

 

「ふっ――カブト、冷凍ビームだ!」

 

「おっけー!」

 

 土煙を上げながらこちらへと向かってくるカブトは、今まさに水鉄砲を発射しようとしているシェルに向かって冷凍ビームを放った。

 

 氷と水の属性を持つシェルだ。本来ならば別段怖くない攻撃だが、タイミングが悪かった。

 

 水鉄砲は即ち水を勢いよく発射する技だ。逆にカブトの放った冷凍ビームは相手を瞬時に凍らせる技である。もちろん氷タイプを持っているシェルには効果はほとんどない。だが、シェルが発射した水鉄砲には――

 

「ちっ、シェル! 止められないなら上へ向けろ!」

 

 指示を下す時間も無い。射線をずらすべく、指示を下す。頼む、間に合ってくれ!

 

「は――あわわ、そんなのむりむりむりー!」

 

 だが力もまだないシェルにそんな力技は難しかった。僅かだけ持ち上がってくれたが、その瞬間、冷凍ビームはシェルの手まで到達し水鉄砲によって濡れていたシェルの手元まで凍りつかせた。事実上、シェルの行動は封鎖されたようなものである。

 

 しかし恐ろしいのはここからだ。自然、発射していた分の質量もシェルへとかかってくることになる。当然支えられるはずもなく体勢を見事に崩してしまい、更には身動きすら封じられてしまう。

 

 まずい――!

 

「今だ。カブト、」

 

 だが狙っていた隙を剛司が逃すはずもない。いち早く号令をカブトに下すと、シェルに向かってその長い爪を振り上げる。

 

「ひっかけ!」

 

「ひああぁぁぁぁ」

 

 身動きの取れないシェルは見る間に被弾していく。

 一撃ごとに削られていく体力。このままでは数秒の内に敗北は必須だ。実況もさすがにこれはまずいと思ったのか、俺に敗北を認めるよう視線で促してくる。

 

 だが、まだだ。まだシェルは倒れちゃいない。

 

 ――いけるか?

 

 視線で話す。

 

 ――このままじゃ納得いかない!

 

 返ってくる信頼。

 おーけー。なら、俺も踏ん張ろうじゃないか。散るならこいつをぶっ倒してからだ!

 

 最後の指示を視線に籠める。頼むぜ、シェル。その頷きに俺は賭けるぞ。

 

「これで、トドメだ!」

 

 カブトの爪が振り下ろされる。喰らえばシェルは負ける。逃げ場などない完全なマウントポジション。だが――

 

「負、けないもん――!」

 

 叫ぶと共に思いっきり身を後ろに倒すシェル。

 無駄だ。誰もがそう思ったであろう光景は、しかし次の瞬間に覆される。

 

「な――に」

 

 驚きに目を見開く剛司。

 そりゃそうだろう。シェルがカブトの攻撃をかわしたのだから。

 

 ま、カラクリを明かせば簡単だ。要は、凍ってしまってからも水を発射し続けただけのこと。カブトの冷凍ビームは無限の時間凍りつかせておけるものではない。ただその場にあったものを凍らせるという一時的な効果に過ぎない。後は子供でもわかる。氷の上から、より温度が高い水を流し続ければどうなるか。答えは簡単だ。つまり――

 

「溶けるってこった!」

 

 今度はこっちの番だぜ剛司。その最高の隙、俺が――俺たちが見逃すとでも思ったか!

 

「水、」

 

「鉄砲!」

 

 号令と共に吹き出される水流。凍ってからも尚堰き止められていた水はもはや濁流だ。一瞬にしてカブトを押し飛ばし、飲み込んでいく。

 

 だがシェルも同時に飲み込まれてしまう。その瞬間、シェルの体力を示すゲージは0へと。

 

「きゅ~」

 

 目を回したシェルに駆け寄って労いの言葉をかける。なんとか頷きを返してくれたのを確認してから、ボールの中へと戻す。

 

 遅れて、カブトの体力もまた0になる。シェルと同じように目を回している姿は、こんな戦いの最中だというのにお持ち帰りしたくなるレベルの可愛さだった。

 

「――二体目、撃破だ」

 

「おおっと、負けるかに思われた戦いでしたが、なんとファアル選手の奇跡の巻き返し。シェルダーとカブトは相打ちとなりました」

 

 そして、それぞれに表示されるボールの数は、俺がひとつに剛司

がふたつ。

 

「だが、萌えもんの数では以前剛司が有利。さて、次の勝負もまた見物だぞ!」

 

 実況の声を背景に、俺はリゥと真っ直ぐに目を向かい合わせる。

 緊張に揺れている瞳は、しかし自信に満ち溢れている。

 

 マサラで初めて出会った頃を思い出す。時間にしてみればほんの数日前だ。まだまだ絆も信頼も、充分とは言えない。

 だが、既に信じられるに足るものは俺の中に確かにあった。

 

「後は任せていいか?」

 

 少しの敗北すら信じずに、ただただ勝利を掴んでくれると信じて。

 りぅは少し躊躇うように一度俯いた後、自らを鼓舞するかのようにブルーから貰ったハチマキを力強く額に巻き直した。

 

「バッジ、いただこう」

 

 そして、右手を高らかに挙げる。

 

「――ああ、そうだな。やろうぜ!」

 

 高らかにハイタッチ。会場中に響きそうなくらい、良い音が鳴った。

 

 準備は整った。残り2体――決着をつけるぞ、剛司。

 

   ◆◆

 

 

「やるようだな……」

 

 改めればならないようだ、と内心で舌を巻いた。

 

 侮っていたわけではない。

 だが、相手の萌えもんを見て油断していたのは確かだ。ミニリュウと満足に育ってはいないであろうシェルダー。たった2匹で大見得を切ってみせたトレーナー。しかし何度も戦ってきたように、外面だけのトレーナーだと思っていた。だからこそ、イシツブテにカブトといったジムリーダーとしての最強の布陣で粉々に打ち砕くつもりだった。

 

 しかし、そのつもりで出したイシツブテとカブトはたった一体のシェルダーによって敗北した。しかも弱点をついたからではない。戦い方を見ればわかる。萌えもんとの信頼、そして状況に合わせた奇抜な戦術、豊富な知識。それらを駆使し、勝利を手繰り寄せるその力。間違いなく、ファアルは今日一番の強敵であった。

 

「ならばこちらも全力でいこうじゃないか」

 

 久しぶりだ。ああ、本当に久しぶりではないか。

 今まで何千とバトルを行ってきた。だが、真に燃えるバトルは数えるほどしか経験してこなかった。四天王とも、ジムリーダーとの戦いとも違う。ひとりの萌えもんトレーナーとして、勝負を挑みたかった。

 

 だからこそ、剛司は自然と笑っていた。久しぶりのバトルに滾る気持ちを抑えることなく。

 

「さぁ、行ってこい――」

 

 手に取ったのはこれまでほとんど使う場面など無かったボール。不意打ちにすらなり得る萌えもんだ。だからこそ、思う。

 打ち砕いてみせろ、と。

 

   ◆◆

 

 剛士が笑った。俺を見て、確かに笑っていた。

 なるほど……お前も燃えてきたってことか。気が合うな、俺も熱くてたまらねぇよ!

 

「さぁ、先が見えなくなってきました今回のバトル。続いて挑戦者ファアル選手が繰り出すのはミニリュウ。対する剛士は――えっ」

 

 そのモンスターを見た瞬間、実況だけでなく会場そのものが凍りついた。

 

 まるで産声のように咆哮を上げ、巨大な姿が露わになる。その姿は――まさしく翼竜が相応しい。プテラ。カブトと同じく遥か古代に生きた萌えもんのひとつだ。

 

「なんと――プテラです! 岩タイプを持ちながら飛行するという、まさに反則とも言える萌えもんをまさか剛司が使うとは!」

 

 岩でありながら飛行する。そのハチャメチャぶりもさることながら、重たい身体を飛ばす筋力も要注意だろう。イシツブテなどとは比べるべくもない。おそらく、一度でも被弾すればこちらは瀕死になる。

 

「いくぞ、ファアル!」

 

 剛司の言葉に答える。

 

「来な、岩使い!」

 

 互いの声がフィールドに響く、

 刹那の後に行動を起こしたのはプテラ。地上近くで羽ばたきを始め、脚で、翼で、そして風で。フィールドに落ちている岩を無数に飛ばしてくる。 

 

 ロックブラスト。

 

 イシツブテのそれが投擲ならば、プテラのは弾幕だった。

 かわすことはおそらく難しい。なんとかかわせたところで、プテラの懐まで潜り込まなければ勝ち目はない。

 

「――」

 

 そして、状況を打開するには、奴の裏をかく必要がある。

 

「よし。リゥ、頼むぜ!」

 

「任せて!」

 

 以心伝心。リゥに指示したのは竜巻。瞬時にして天井まで届くかと思えるほどの竜巻を4つ展開。まるでリゥを守るかのようにしてプテラの前に立ち塞がる。

 

 だが、プテラのロックブラストと比較すればその威力の弱さは歴然だ。こちらの竜巻はプテラほど巨大な岩を持ち上げられるほどの力が無い。

 

「リゥ、出来るか?」

 

「わからないけど……やってみる」

 

 リゥは念じるかのように目を閉じる。それが決定的な隙になるのはわかっていても、俺たちには縋るより他にない。

 

 しかし剛士がそれを逃すはずもない。ロックブラストに続く形でプテラが飛行する。

 おそらく、竜巻の威力を即座に計算したのだろう。確かに、竜巻でプテラを倒せない。よしんばダメージを与えられたとしても、微々たるものだろう。

 

 ひとつなら、だ。

 そう、届かないのなら足せばいいのだ。

 4つあった竜巻を3つに。3つあった竜巻を2つに。2つあった竜巻を1つに。

 

 それぞれの威力を上乗せし、ひとつの巨大な竜巻を作り出す。

 

「いや、だが!」

 

 既にロックブラストはリゥの眼前へと迫っている。

 リゥはゆっくりと目を開け、大きく横へと跳んだ。

 ギリギリで回避した岩はそのまま竜巻へと飲み込まれていく。果たしてどれだけの数を飛ばしてきたのか確認できないほど岩が竜巻へと吸い込まれていく。

 

 だが、それだけだ。急速に回避したことで無防備なリゥへとプテラが迫る。

 

「噛み砕け、プテラ!」

 

 喰らえばおそらくリゥに後はない。

 しかしこちらには即座に出せる切り札がある。

 

「リゥ、電磁波だ!」

 

 指示と同時、リゥが掌から電磁波を繰り出す。地面タイプのないプテラは抵抗なく喰らうも、一瞬だけ動きを止めただけで、口を開き急下降で迫り来る。

 

 以前としてリゥの敗北が揺るがない場面の中、俺はまた同じように左手の指を3本立て、告げる。

 

「3体目――」

 

 誰もが何を言っているのかと思った瞬間、それは起こった。

 リゥへと向かって飛行していたプテラを上空から岩が襲ったのだ。そしてそれは雪崩れとなって降り注いでいく。

 

「竜巻が囮かっ!」

 

 絶句する剛司。

 種を明かせば簡単だ。竜巻というのは回転しているためわかりにくいが、その実、上へ上へと物体を持ち上げていく。海で発生した竜巻が陸上で魚を降らせる原因でもある。言ってしまえば、その理屈を利用したわけである。

 

 つまり、ロックブラストによって飛ばされた岩は竜巻へと飲み込まれ、上空へと昇っただけなのである。やがては竜巻が消えた瞬間、重力に従って降り注いだ。

 

 岩雪崩れ。

 

 岩タイプの技にして非常に威力の高い技である。プテラは岩タイプであると同時に飛行タイプを持っている、即ち、

 

「――撃破」

 

 雪崩れに飲み込まれれば、待つのは敗北だけである。

 電磁波で一瞬だけでも動きが止まれば、それがこちらの勝ちと同義だったのだ。

 

 モニターに表示された剛司の手持ちがひとつ消えた。これで、残るは一体だけだ。

 

 歓声が一際大きくなった。こちらに戻ってくるリゥにウインクしてみせ、キモいと言われて超ヘコんだ。

 

「……見事だ」

 

 剛士はプテラをボールへと戻し、続いて取り出したボールに額を押し当てた。

 

 おまじないのようなものだろうか。俺もリゥとハイタッチをしたんだ。きっと、同じことなのだろう。

 

 やがて、剛司は顔を上げて俺へとボールを掲げた。それは、俺に勝つという意志の現われでもあり、また同時に全力で来いという言葉でもあった。

 

 だから俺も頷きを返す。やってみろ。無言の言葉は、しかし剛司には伝わった。

 

 剛士が投げたボール。そこから出てきたのは――

 

「イワーク、か」

 

 会場がざわつくのがわかる。

 ここに来てイワークだと……? とそこかしこから疑問の声が上がっているのが俺の方まで聞こえてくる。

 

 だが、剛司はそんな声など気にせず、腕を組んで俺を真っ直ぐに見据えている。

 何にひとつの理由すらなく、剛司はイワークこそが最強の萌えもんだと信じている。そして、イワークもまたそんな剛司に答えるべく、長い岩のポニーテールを地面へと打ち付けた。

 

 轟音が鳴り響き、実況が意識を取り戻したようだった。

 

「剛司のラストはイワーク……これまで歴戦を共にしてきた剛司の相棒です!」

 

 そして、これまで何度も萌えもんトレーナーに立ち塞がり、倒してきた歴戦の萌えもんである。自信に満ち溢れた表情が物語っている。

 

 間違いなく、強い。

 リゥも気迫を感じているのか、小さな手をぐっと握り締めていた。

 

「リゥ」

 

「……ん」

 

 言葉少なに、リゥは頷いた。

 小さな背中。今にも震えそうな気持ちを必死になって抑えこみ、立っている。

 

 リゥが抱えていた弱点のひとつだ。彼女はいつも"自分が本当は弱い事を知っている"事実を隠している。だからこそ、自分より強い相手と向かい合えば、押し隠していた感情が表に出てくるのだろう。

 

 傷だらけだったリゥは、強くなりたいと願っていた。そして、俺もまた強くなりたいと――憧れだった背中を追い越すために、強くならねばならないと今でも信じている。

 

 俺もリゥも、ひとりだけでは決して届かない夢なのだろうけど……でも、今はひとりじゃない。

 だから、

 

「勝つぞ」

 

 万感の想いを込めて、たった一言の言葉を送る。

 

「うん。勝つ!」

 

 まるで会場全体に響くかと思うほど、両手で強く自分の頬を叩いて、リゥはイワークへと向かい合う。

 

 身長も体重も、ましてや経験だって違う。差がありすぎる。

 だが、そのために俺たちがいる。その差を埋め、勝利を導くために俺たちトレーナーがいるのだ。

 

 ゴングが鳴らされる。ニビシティジムリーダー最後の戦いが、こうして始まった。

 

   ◆◆

 

 

「イワーク!」

 

 先手は岩石竜イワーク。長い岩状のポニーテールは重くないのかと思わず訊きたくなるほど重量感に溢れており、身体を覆う灰色の鎧は下手な物理攻撃など無効化するほどの強度を持っている。

 

 王者のように腕を組み、仁王立ちしていたイワークは剛司の指示を聞くや否や――

 

「体当たり、行け!」

 

 尻尾の如きポニーテールを伸縮させ、爆発的な威力を持って襲いかかってきた。

 

 イワークの特徴は、岩タイプとは思えないほどの素早さにもある。飛行しているプテラには劣るが、その素早さは決して侮っていいものではない。

 

 まして更に剛司のイワークは背後にロックブラストを射出することによって加速力を高めていた。

 その威力、もはや体当たりの範疇を越えている。

 

「ぐっ!」

 

 かわせないと判断した時には既に遅かった。リゥの小さい身体は跳ね飛ばされ、防御したのにも関わらずその体力は見る間に減っていく。

 残り、もっても1撃。

 

「リゥ、立て直せ!」

 

「わかって、る」

 

 余程効いたのか、答える声も弱々しい。しかし跳ね飛ばされなが

らなんとか空中で姿勢を立て直してくれた。

 

 ほっとしていたのもつかの間だった。そんな隙、剛司が逃すはずもないのだ。

 

「叩きつけろ、イワーク!」

 

 瞬時にして肉薄していたイワークが身を捩る。唸るポニーテール。岩で構成されたその一撃は、岩雪崩を直に食らうより尚強力だ。

 

 横薙ぎに繰り出された一撃を為す術なく食らうリゥ。

 グリーンのオニスズメや、先程のプテラの時と同じだ。今度はこちらが逆手を取られた。

 

「リゥ!」

 

 状況を打開するべく思考を回す。擦り切れるほどに練っても、勝機があるのはたったひとつの方法しかない。だが、そのためにはリゥが倒れては意味が無い。

 そして、相手の懐に潜り込まねばならない。

 

「まだだ、イワーク!」

 

 トドメを指すべく、イワークが空中で回転する。あの方向、地面へと叩きつけるつもりだ。

 

 ――くそっ、何か方法があるはずだ!

 

 諦めずに方法を探す。唯一の勝機は見つけた。だが、それに繋がるための布石がない。

 

「いや、あれは……」

 

 ふと、リゥの額に巻かれたハチマキが目に留まる。

 そうか、これなら……!

 

「かっ、はっ――」

 

 そして俺が答えに至った瞬間、イワークは無情にもリゥを地面へと叩きつけていた。

 

 地響きと共に沈む。あまりの威力に会場が地震でも起こったかのように揺れ、立ち上った砂塵でリゥの姿は完全に消えていた。

 モニターを見ると、見る間に減っていくリゥの体力があった。

 

「あ、ああ……」

 

 静まり返った観客席から漏れた声は、おそらくレッドだろう。

 俺はリゥが沈んだその場をじっと見つめ、

 

「……見えたぜ」

 

「? なんだ」

 

「ファアル選手のミニリュウ、体力が一気に減っていく! あの強烈な一撃はやはり華奢なミニリュウでは厳しかったかぁ!」

 

 会場の誰もがモニターへと釘付けとなっていた瞬間、剛司だけは俺を見ていた。

 

 敵はまだ諦めていない。

 剛司もわかっているのだ。俺が、勝利を手放していない事を。

 そして、指示を飛ばすべく、ゆっくりと右手をイワークへと突きつける。

 

「叩き、つけろぉ!」

 

 号令と共に右手を遥か上空へ。

 同時、砂塵を切り裂いて現れたのはリゥの姿。その後を、もはや原型を留めていないハチマキが後を引いて落ちていく。

 

「あ……まさかあれって」

 

 持ち主なだけあって、ブルーは得心がいったようだった。

 そう、ブルーが俺にくれたのはただのハチマキじゃない。

 

 気合の鉢巻。

 

 一度だけ――たった一度だけ萌えもんを瀕死から救ってくれる、萌えもん専用のアイテムだ。

 

 だが、これだけじゃ足りない。

 この程度では、剛司は出し抜けない。だから、俺はお前の更に上を行く!

 

「ナメるなぁぁぁ!」

 

 瀕死の身体で、リゥが懐に潜り込む。同時、その場で得た慣性を回転することで遠心力さえプラスし、一気にイワークを空へと叩きつける。

 

 いかなイワークとて、衝撃に耐えられず上空へと放り出されるのは必然。

 

「ならばもう一度叩き潰すだけだ!」

 

 そう、ここまでなら同じだ。

 弱点を補うのでは足りない。克服するのでは物足りない。弱点を活かすのが、俺の戦い方だ!

 

「電磁波!」

 

 宙に浮いたイワークへとリゥが電磁波を放つ。

 会場の誰もが、剛司でさえも絶句した。

 当たり前だ。イワークに電気は効かない。何故ならば、イワークは岩と地面タイプだからで、地面タイプは電気を受け付けないからだ。

 

 だが、地面タイプの本質はそうではない。彼らが電気に効果がないのは地面タイプだからではなく、地面と接しているためにアースの役割を果たしているからだ。地面タイプは電気を通さないのではない。電気を大地に含まれる水分へと逃がしているからこそ電気が通じないのだ。即ち、それが地面タイプの特性なのである。だからこそ、完全に飛んでいる飛行タイプと地面タイプ、両方を持つ萌えもんは現在まだ確認されていない。

 

 そして岩タイプに電気は効く。これは既にプテラで実証されている。

 

 つまり、だ。

 地面と接していない状態のイワークは電気を逃がす事が出来ず――

 

「なんだと――!?」

 

 帯電し、電磁波のダメージを喰らうというわけだ。

 効果が無いとは言わせない。効くだろう、イワーク。何しろ、お前がこれまでずっと素知らぬ顔をして受け流してた電流なんだ。刺激的だぜ、俺たちの電磁波はよ。

 

「う、動けない!? なんで!?」

 

 身体が麻痺して動けないイワークを踏み台にし、リゥが更に上空へ跳ぶ。

 

「リゥ」

 

 俺は右腕を一気に振り下ろす。

 

「叩きつけろ!」

 

「はあぁぁぁぁぁっ!」

 

 リゥが渾身の力でイワークを地面へと叩きつける。自らの体重で地面に激突したイワークの体力は見る間に減っていく。だがまだだ。トドメには至らない。

 

 図鑑を開く。先程のプテラのお陰で新しい技を既に覚えている。

 

「すぅ――」

 

 宙を舞う龍が息を吸い込む。小柄であろうと龍は龍。岩石"竜"如きに負ける道理は無しと、地に伏せた竜へと吐息を放つ。

 

「龍の息吹!」

 

 リゥの口からイワークの巨体をも呑み込む極彩の炎が吐き出される。瞬時にしてイワークを呑み込んだその吐息は、モニターに映ったイワークのた威力を0にした後、まるで何もなかったかのように消え去った。

 

 軽い音を立てて着地するリゥ。静寂に包まれる会場にその音だけが反響する。

 

 火をつける。その意味をこめて、

 

「四体目、撃破――俺たちの勝ちだ」

 俺は勝利を宣言した。

 

   ◆◆

 

「まったく、完全に俺の負けだ」

 

 言って剛司は手を差し出してきた。

 俺はその手を強く握り返す。

 

「さすがはジムリーダーだ。熱い戦いだったぜ」

 

 互いに笑い合う。全力を出してぶつかったんだ。勝っても負けてもお互いに後悔は微塵もない。

 

「受け取ってくれ。俺に勝った証だ」

 

 剛司が渡してくれたのは灰色のバッジ。萌えもんリーグ突入への切符のひとつ、グレーバッジだ。

 

「ああ、確かに受け取った」

 

 剛司から受け取ったバッジをリゥとシェルに見せてやる。今回の功労者は俺じゃない。最後まで踏ん張ってくれたこのふたりにこそ見せてやりたかった。

 

「おおー、きれーだ」

 

「……へぇ、確かに」

 

 覗き込むふたりに手渡してから、俺は改めて剛司と向かい合う。

 

「そのグレーバッジは持っている萌えもんの攻撃力を上げる効果がある。といっても微々たるものだがな。気に入ったのなら付けてみるといい」

 

「ああ、わかった」

 

 ま、これは肉弾戦の多いリゥでいいだろう。言うと怒られた上に俺で実験させられそうだから言わんが。

 俺と剛司が話していると、会場にいた観客たちがいつの間にか周りを囲んでいた。

 

「おめでとう!」

 

「すっげぇ面白いバトルだったぜ!」

 

「また見たい戦いだった!」

 

 そして送られる拍手。

 周囲の音すら消えるほどの盛大な拍手だった。

 

 ……はっ。

 

「我慢しなくてもいいと思うけど?」

 

 珍しく、悪戯っぽい顔をしてリゥが見上げてくる。

 

「言ってろ」

 

「ちょ、ちょっと!」

 

 その頭を乱雑に撫で、俺は手を挙げて答えた。

 更に大きくなる歓声の中、レッドたちも思い思いの表情でそこにいた。

 

 俺は幼馴染たちに笑みを返し、踵を返す。

 やってやったぜ、兄弟共。

 

「またいつか――」

 

 背中にかけられる剛司の声を耳にしながら。

 

「またいつか、戦おう。その時を楽しみにしている」

 

「ああ、俺も楽しみにしてる」

 

 そうして、俺たちはニビシティジムを後にした。

 いつものように俺の隣を歩くリゥの胸には、燦然と輝くグレーバッジがあった。

 

 

                       〈続く〉

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【第六話】オツキミ山――抱えるモノ

タイトルに関しては、無い知恵を絞って考えてます。近いうちに何か追加するかもしれません。
今回はちょっとやんちゃしてるかも…。どうぞよろしくお願い致します。



 ニビでの激戦も終わり、萌えもんセンターで体と休め気力を養った俺たちは、いよいよハナダシティへと向かう。

 

「と、その前に」

 

 どうしても行っておきたかった場所があった。

 世界中を探してもニビシティにしかない、萌えもん博物館である。ここに行けば、萌えもんのあられもない姿が合法的に見られる。とてもとても素晴らしい施設である!

 

「はぁ、まぁいいけど。寄り道してる暇なんてあるの?」

 

 呆れるリゥだったが、強引に引っ張って博物館へと向かう。

 ジムと同じほどの高さに、横に幅広い施設となっているのはさすが博物館といったところ。受付で料金を支払い、真っ直ぐに進むと、やがて吹き抜けのようなメインホールに出る。

 

「ひゅう、すげぇ」

 

 幼い頃の記憶と重ねても、リニューアルしたのか面影はほとんど残っていなかった。

 

 中心には巨大な化石、として左右の通路には展示物がずらりと並んでおり、その通路がやがては円になって奥の建物へと向かっている。そこでは遥か昔の萌えもんの生態を研究しているのだ。

 

 そしてメインホールの中央にどっしりと展示されているのは巨大な萌えもんの骨だ。今では姿を見ることのできない萌えもんらしい。

 

 リゥは少しだけ複雑そうにその化石を眺めているようだった。

 

「……帰るか?」

 

 だけどまぁわからなくもない。リゥにとっては同じ種族の化石を見せられているのだ。俺たちが人間の化石を見せられているのと変わらない状態なのだから、心境としては複雑だろう。

 

 だが、

 

「いい。さっさと見て回る方がいい」

 

 あくまでも強気に告げるリゥに俺は頷きを返し、足速に博物館を見て回った。

 

  ◆◆

 

  充実した博物館ライフが終われば、いよいよニビシティともおさらばだ。

 時刻は正午前。腹ごしらえをし終わったらすぐに出発したい。これから向かうハナダシティの前にはオツキミ山が聳えており、ハナダへ向かうには山越えをしなくてはならないためだ。

 

 もっとも、オツキミ山の麓には萌えもんセンターがあるので、夜はそこで過ごすのが無難であろうが。

 

「ま、そこは臨機応変に、だな」

 

 剛司から貰った賞金で準備を整え、いざ出発。

 オツキミ山へと向かう道には、やはり萌えもんトレーナーが何人もいる。そして俺の手の中にはまだ戦力がわからない萌えもん――コンがいる。

 

 初めての炎タイプだ。戦力としてどうなのか見ておきたいのが正直なところである。

 

「……そいつ、戦力になると思う?」

 

 リゥの問いに肩を竦めて答える。

 

「あ、そ」

 

 興味もないのか、それだけで終わる。リゥもリゥでやはり問題はあるが……今のところは考えても仕方が無い。

 

 図鑑を広げてコンの状態を見る。極めて良好。性格は弱気。覚えている技は、吼える、尻尾を振る、咬みつく、火炎放射。見事な偏り具合だ。リゥが攻撃的な技だらけだったのに対して、相手に対する有巧打を見つけるのは難しそうだ。

 

 しかし火炎放射を覚えてくれているのは心強い。強力な武器になるのは間違いないだろう。もちろん、それを活かせればの話になるが。

 

「お、兄ちゃんトレーナーだな? バトルだ!」

 

 と、歩いているといきなり麦わら被った短パン小僧に勝負を挑まれた。虫網を振り乱してトリップしている少年だったが、手加減はしない。これ大事。

 

「はっ、いいぜ!」

 

 俺はさっそくコンを出す。

 

「頼むぜ!」

 

「は、はいっ!?」

 

 いきなり外に出されて戸惑うコン。きょろきょろと周囲を見渡していると、どうやら自分の正面に萌えもんがいるのに気がついたようだった。

 

「はうっ」

 

 虫取り小僧が出したのはキャタピー。トキワの森を歩いていれば見かける、珍しくもない萌えもんである。しかしバタフリーに進化した際の強さは計り知れない。

 

「キャタピー、体当たりだ!」

 

 指示を受け、キャタピーがコンへと突進する。

 俺はさっそくそのキャタピーを丸焦げにするべく火炎放射の指示を出す。

 が、

 

「……や、こっちに来ないでぇ!」

 

 コンは吼えた。

 その声に竦んでキャタピーは虫取り小僧の下へと舞い戻ってしまう。

 

「お、おいコン……?」

 

「うぅ、やだよぉ」

 

 身を竦ませているのはコンも同じだった。涙目になって震えている。

 その姿に、捕まえたときのことを思い出す。そういえばあの時も、吼えようとしていた。

 

「あー」

 

 ……なるほど、そういう事か。

 

「くそ、じゃあこっちだ! いけ、ビードル!」

 

 キャタピーに変わって今度はビードルを。またまた虫萌えもんであるが、コンにとっては強敵に違いない。

 

「ひっ、まだやるんですか……」

 

 ずっと野生だったコンにはきっとわからないのだろう。

 萌えもんバトルは双方どちらかの手持ちが無くなるまで続く事を。

 

「ビードル、毒針!」

 

 そして勝負は非情だ。こちらの事情などお構いなしに進んでいく。

 横でバトルを見ていたリゥに目配せをすると、頷いてくれた。

 

「コン、交代だ! リゥ、頼むぜ!」

 

 コンを即座に交代させ、リゥを出す。

 

「りょう、かい!」

 

 毒針を浴びせるべく突進していたビードルを着地と同時に叩きつけてノックアウトすると、そのままバトルを支配した。

 

  ◆◆

 

「兄ちゃん、強ぇな!」

 

 負けても笑顔の虫取り小僧と別れ、更にオツキミ山を目指す。

 その後も何度かトレーナーと戦ったが、結局コンは同じような状態だった。というか最後にはリゥとシェルだけで勝ち進んでいく事になった。

 

 しかもどうやら昨日のジムリーダー戦を見に来ていたトレーナーも多かったようで、やたらと絡まれてバトルを申し込まれたものだから、麓へとたどり着く前に日が暮れてしまった。

 

「仕方ない、今日は野宿だな」

 

「歩いていったらいいじゃない」

 

「危ないさ」

 

 夜行性の萌えもんは危険なものも多い。加えて、昨日のバトルでの疲労も考えるとそれほど無理も出来ない。

 

 ごねるリゥを宥めて野宿の準備をする。

 といっても簡単なもので、燃えるような枝をいくつかと寝袋程度だ。テントでもあればいいんだけど、旅をするにはどう考えても不向きだからやめた。

 

 暖かい季節で本当良かった。

 

「さて、と」

 

 もう一度だけボールからコンを出す。

 

「え、え、またですか……?」

 

「違う違う」

 

 警戒して周囲を見渡すコンに苦笑してから、積み上げた枝を指差した。

 

「火をつけてもらってもいいか?」

 

 一応火を起こす道具は持っているのだが、コンに頼りたかった。

 

「わ、わかりました」

 

 小さく頷いてからコンは小さく火を吹いた。火炎放射――使おうと思えばこういう使い方も出来るらしい。

 こりゃ便利。

 

「ありがとうな」

 

「ひゃっ」

 

 コンの頭を撫でる。

 火が起こると、一気にあたりが明るくなった。

 同時に、これで料理も出来る。

 

 予め買っておいた旅用のレトルト食品を加熱していく。

 リゥも黙ってそれを見ていた。しかしその表情はむっつりとしている。

 

「あの……」

 

 しばらく沈黙が続いた後、コンが切り出した。

 

「今日は、ごめんなさい」

 

 バトルの事だろう。

 俺は笑いながら首を横に振った。

 

「いいさ、悪いのはこっちだ」

 

 そう、コンの性格を考えずにいきなりバトルへと放り込んだ俺が悪い。これでは萌えもんトレーナー失格だ。

 

 シェルはあれでも好戦的だった為に頭から完全に忘れ去っていた。萌えもんだって、性格もあるし相性も気質もあるのだって事を。

 

 だから、悪いのは俺だ。判断せずにいた俺の。

 断じてコンのせいではない。

 

「……でも、わたし」

 

「いいさ。代わりにこうして力になってくれてるじゃないか」

 

 でも、火は起こせた。俺ひとりだったら苦労して火を起こしていたのは想像するに容易い。それだけでも本当に助かった。

 

「じゃあ、あんた戦えるの?」

 

 しかしリゥは納得がいっていないようだった。

 当たり前といえば当たり前だ。リゥは――リゥと俺は強くなって倒したい奴を倒すために旅をしているのだから。

 

「それは……」

 

「正直に言うわ」

 

 リゥは真っ直ぐにコンを見据える。

 腕を組んで堂々と立って。

 コンにはおそらく、今日出会ったどんな萌えもんよりも怖いものとして。

 

「あんたはいらない。強くなるために旅をしてる私達に、あんたみ

たいなお荷物はいらないの」

 

「おい!」

 

「――っ、煩い!」

 

 俺の停止すら聞かず、リゥは続ける。

 

「シェルはまだ良かった。でも……あんたは駄目。認めるわけには

いかない。その弱さは――」

 

 コンの目に涙が溜まっていく。

 そしてリゥは最も告げてはいけない言葉を告げた。

 

「迷惑なのよ」

 

  ◆◆

 

 食事も終わって、なんともなしに俺は星を見上げていた。

 コンが起こしてくれた火は燻っているが、そろそろ消えそうだ。いらない新聞紙を丸めて投げ入れ、一緒に枝を数本ぶち込んでおく。

 

「……」

 

 あの後、コンは俯いたままボールへと戻った。

 俺が声をかける間もなく。

 そして、何度呼びかけても答えてくれることは無かった。

 

 リゥもリゥで、そっぽを向くとそのまま無言になってしまい、今は不貞寝しているのかこちらに背を向けて横になっている。

 

「――私は認めない」

 

 しかし独り言のように、小さく呟いた。

 焚き火が爆ぜる。

 

「あんな弱い姿、認めない」

 

 それはまるで自分に言い聞かせているかのようだった。

 

「何かの後ろに隠れていればそれで大丈夫だなんて、絶対に」

 

 認めないと。

 リゥはそれっきり黙ってしまった。

 やがて小さな寝息が聞こえてきたのを見計らって俺は呟いた。

 

「難しいもんさ。"強さ"ってのは」

 

 まるで答えるかのように、もう一度焚き火が小さく爆ぜた。

 

  ◆◆

 

「よし、出発だ!」

 

 後片付けをすませ、今日こそはオツキミ山を越えるべく出発する。

 程なくして萌えもんセンターに到着すると、昨日バトルで見た顔がいくつもあった。どうやらあの場所で野宿をしていたのは俺達くらいのようで、他のトレーナー達は無理をして麓の萌えもんセンターまで向かっていたらしい。

 

 そいつらと萌えもんセンターでオツキミ山の情報交換をしておく。山越えといっても洞窟の中を進むので、懐中電灯等の準備は欠かせない。

 

 入り組んだ洞窟は迷いやすく、ハナダまでの道は明記されているものの、薄暗い洞窟内では見落としやすいだろう。慎重に進んでいかねばなるまい。

 

 リゥは埃っぽくならないかと気にしていたが、仕方ないと諦めてもいるようだった。

 

「今日中に越えるの?」

 

「ま、大丈夫だろ」

 

 岩山トンネルのように大きな洞窟というわけでもない。気を抜いてはいけないが、それなりに肩の荷を降ろしておかないと後で潰れてしまう。

 

 オツキミ山の洞窟に差し掛かると、観光スポットにもなっているのか入り口は比較的綺麗だった。萌えもんセンターで出会ったトレーナー達もいるし、入り口付近はまだまだ賑やかになりそうだ。

 

 しかし一旦奥に入ると、明かり無しでは進みにくくなってくる。といっても地面は整備されており、時折人工の明かりが灯っている。その明かりを目印に進んでいけば、洞窟は抜けられそうだった。

 

 道中出くわした萌えもんは、イシツブテにズバット、パラスの面々。ピッピという満月の日にしかお目にかかれない萌えもんもいるようだが、生憎と日中なために出くわさなかった。残念だ。

 

 しかしうちの主力メンバーは加減を全くしてくれないため、出会う萌えもんを片っ端から倒してしまい、捕獲はついにゼロ。本当にトレーナーに優しくない萌えもん達だ。

 

 と、そんなこんなで進んでいると、ハナダへ近づくにつれていかにもな奴らが見かけるようになってくる。

 暗い洞窟内において、真っ黒な服を着ているという気合の入った迷彩に加え、何故だか赤いRのマーク。

 噂には聞いた事があった。確か――

 

「ロケット団、だったか」

 

 萌えもんを使い悪事を働く、所謂マフィアであるらしい。

 マサラでは何も話を聞かなかったが、まさかここに来て実物を見るとは思わなかった。

 

 オツキミ山は古い昔、隕石が落ちたことでも有名で、希少価値の高い石が出土したりするらしい。奴らの狙いはそれか――はたまた萌えもんか。

 

「……何よ」

 

 傍らを歩くリゥに視線をやる。

 リゥもまた、珍しい萌えもんに入る。必要とあればトレーナーの持っている萌えもんすら奪う奴らのことだ。危険なのは間違いない。

 

「気をつけていかないとな」

 

「は? 当たり前じゃない」

 

 意味のわかっていないリゥと一緒に洞窟内を進む。

 途中、岩に挟まっていた道具を見つけ、拾い上げる。どうやら忘れ物らしい。かなりの年月が経っているのか、錆ついているがまだ使えそうだった。

 

「技マシン、か」

 

 中身を調べてみると、メガトンパンチのようだった。これまた強力な技だ。本来ならばリゥに覚えさせたいところだが、既に同じくらい強力で使い勝手のいい技を覚えている。

 

「……そうか」

 

 しばし迷った後、コンに覚えさせることにした。

 ハナダについたら頼み込むとしよう。

 そう思い、俺が技マシンを仕舞った時だった。

 

「おい!」

 

 洞窟内に響くほどの声で、そいつは現れた。

 真っ黒い服に深紅のマーク。趣味の悪い帽子を被ったそいつは、噂をすればのロケット団だった。

 また面倒な奴に絡まれたもんだ。

 

「なんだよ」

 

 わざわざ親切に明かりの下まで出てきてくれたそいつは、いかにも悪党らしい笑みを浮かべて俺に向かって手を出した。

 

「その技マシンは俺が見つけたんだ。だから俺のだ。渡せ」

 

 言葉は無茶苦茶だが、言っている意味はわかる。

 つまり、さっさとこの技マシンを置いて去れって事だろう。

 だけど俺、そんなに素直じゃないから……。

 

「知るか。これは俺が見つけたんだから俺のだ。お前のだと? 落

ちてたもんを拾ったんだから、お前のじゃなくて俺のだろ」

 

「な――おい、ガキ。落し物は警察に届けるもんだって教えてもらわなかったのか?」

 

 ロケット団員は僅かに驚いた後、忌々しいとばかりに顔を歪めた。いかにもな悪党面だ。

 そんな顔をされたら俺も負けてはいられない。

 

「いいか、良く聞け趣味悪い服の真っ黒野郎。これは俺のだ。俺が見つけたら俺のだ。お前のだったとしても俺のだ。例えお前が本来の持ち主であったとしても俺のだ。何故なら――」

 

 口端を吊り上げて、笑ってやる。

 

「俺の物だと俺が決めたからだ」

 

「……どっちが悪党なんだかわからない」

 

 リゥが頭を抱えていたが気にしないことにした。俺は間違っていない。

 

「見上げた悪党だな、お前」

 

 悪党に褒められた。

 

「しかも珍しい萌えもん連れてやがるじゃねぇか」

 

 へへ、とリゥに気が付いたロケット団員は笑った。

 

「もしもし警察ですか。オツキミ山に幼女を見ていやらしく下品に笑っている変態がいます」

「おい!」

 

 通報しておいた。

 

「てめぇ、さっきからふざけてんじゃねぇぞ」

 

 青筋を立ててロケット団員は怒っていた。

 おかしい、あいつが怒っている理由が俺には検討がつかない。

 

「ぶっ殺してやるよ――ついでにその萌えもんもいただいていくぜクソガキが!」

 

 やれやれだ。

 頭を抱えて嘆息する。こんなのが世に悪名名高いロケット団だとは。

 

「はっ、来いよ。チンピラ」

 

 どうやらバトルは避けられそうにもない。

 全く同時に萌えもんを展開。

 こちらの一番手はシェル。洞窟の萌えもんには部類の強さを発揮する萌えもんだ。

 そして相手が繰り出したのは、

 

「行け、ラッタ!」

 

 コラッタの進化系であるラッタだ。なるほど、確かに強そうだ。

 ラッタよりも伸びた歯が特徴で、より愛らしさを増している。甘噛みされたい衝動をぐっと堪えて指示を出す。

 

 全体的な能力としてはラッタの方が上だ。その証拠か、ロケット団員は既に勝ち誇っている。

 

「必殺前歯、やっちまえ!」

 

 ラッタが飛び出してくる。

 喰らってしまえばこちらはひとたまりもないだろう。戦略を練り上げる。

 

「シェル、水鉄砲!」

 

「らじゃ」

 

 しかしただの水鉄砲じゃない。

 ここは洞窟だ。そこら中に落ちている岩を拾い上げ、水鉄砲に乗せて射出させる。

 

「な、なに!?」

 

 勝利を確信していたロケット団員が声を上げるのと同時に、岩はラッタへと激突。こちらに咬みつくべく大きく開けていた口に岩がちょうど収まった。

 

 しかしさすがラッタである。噛み砕こうと力を入れているのがわかる。俺はもう一度、シェルに指示を飛ばす。

 

「水鉄砲強化型!」

 

「おっけ!」

 

 両手を重ね合わせ、威力の上がった水鉄砲を発射する。その勢いに飲まれ、ラッタは倒れた。

 

「ちっ、じゃあこいつだ!」

 

 つづいてロケット団員が出したのはズバット。洞窟内で何度も見た萌えもんである。

 

「超音波だ、狂わせてやれ!」

 

 ズバットが超音波を放つ。

 萌えもんの平衡感覚を僅かの間奪い、混乱させてしまう技だが――

 

「シェル、篭れ!」

 

 殻に篭ったシェルにはほとんど効果が無い。

 

「ぐ、ぐぬぬぬ」

 

 こういったチンピラのような奴は決まって堪え性がない。無駄だとわかって続けていられるほど我慢強くないのがほとんどだ。

 

 案の定、すぐに超音波を止めさせ、今度は吸血へと戦法を変えてくる。

 しかし吸血をするためには当然、密着しなくてはいけないわけで。

 

 俺はさっそくシェルが新しく覚えた技を試すチャンスだと目を光らせる。

 

「オーロラビーム!」

 

 ズバットが回避不能な距離に入ると同時、シェルに指示を飛ばす。

 

 オーロラビーム。氷タイプの技で、周囲を染め上げながら敵を撃つ攻撃だ。

 

 ズバットは回避すらままならず、そのまま撃墜されて沈む。

 これで終わりだ。

 

「くそが……!」

 

 しかしロケット団員は俺へと向かって拳を振り上げてくる。

 本当に面倒くさい。

 今度は持ち主をやってしまおうという腹なのだろう。

 明らかに喧嘩なれしていない動きだ。あまりにも直線的すぎる。

 

 俺はロケット団員の拳を身をずらしてかわす。しかし男にとっては予想通りだったのだろう。踏み込んだ膝で更に追撃を迫る。

 が、

 

「甘ぇよ」

 

 俺は蹴り上げられようとしていた右足を踏み抜いた。

 

「ぐっ……」

 

 呻きを上げるロケット団員の鳩尾に右拳をぶち込む。急所を攻められて息を吐くが、それじゃ止まらない。

 くの字に折り曲げる身体を髪の毛を引っ張って起こす。

 

「おい、殴りかかってきたって事は喧嘩の覚悟があるって事だよな?」

 

「ち、く」

 

 何か言おうとしていたようなので殴って黙らせる。

 再び下を向いたロケット団員をもう一度持ち上げる。

 

「なぁ、どうなんだ?」

 

「くそがっ」

 

 せっかく優しく言ってやったのに酷い奴だ。

 

「酷いのはどっちよ!」

 

「ぶるぁ!」

 

 またしてもリゥに叩きつけられ、俺は洞窟の壁をキスをした。仄かに水分を含んでいたのがわかるくらい慣れてきているのが悔しい。

 

「まったく……」

 

 ロケット団員はもう戦う気も失せたのか、ぐったりとしている。

 リゥは一息ついてから、俺の元へとやってくる。

 

「……さっきの何?」

 

「いや、昔を思い出して」

 

 これでもやんちゃしてたんだい!

 黒歴史を思い出しそうになったのを頭を振って追い出した。

 

 そして念のために常備していたロープを取り出し、そそり立っていた岩にロケット団員を括り付けておいた。真っ黒な服だとわかりにくいから、少しでもわかりやすいように脱がしておいたら見つけやすくなった。黒い部分を除いたらパンツ一枚になってしまったが、これならすぐ見つけてもらえるだろう。警察には先に通報してあるし、ばっちりだ。俺って優しい。

 

「さ、行こうぜ」

 

「あんたの方がよっぽど悪党に見える」

 

 リゥの呟きは聞こえなかった事にした。

 

 その後、オツキミ山でパンツ一丁の男が縛り上げられて息を荒げていたのが新聞の一面を飾ったのはまた別の話。

 

  ◆◆

 

「よし、抜け出した!」

 

 おおよそ半日ぶりに外の空気を吸った気がする。

 大きく伸びをして目一杯吸い込んだ。空気が実に美味い。

 

「で、そのハナダシティってのはどこ?」

 

 洞窟内ではわからなかったが、リゥも煤けている。早く身を清めたいのだろう。ハナダシティに連れて行けとうずうずしているようだった。

 

 別にそのままそこらの水場で清めてくれてもいいんだぞ、と言ったらぶっ飛ばされた。世の中は非情である。

 

「あのね、馬鹿な事言ってないで――」

 

「あそこだ」

 

 オツキミ山から更に下った場所にハナダシティはある。山から流れる水の恩恵を受けた、水の町である。港町であるクチバシティとはまた違った趣のある町だ。

 

「さ、行こうぜ」

 

「うん」

 

 リゥとふたりで山を降りていく。

 ハナダシティまではもう少し。この町で俺は、"強さ"の意味をひとつ、知ることになる。

 

 

 

                  <続く>



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【第七話】ハナダ――向かい合う弱さ

みんな大好きゴールデンボールブリッジ! おじさんの以下略


「さて、と」

 

 ハナダシティに着いた俺たちは、まずは疲弊した体を休めに萌えもんセンターへと立ち寄った。

 リゥ、シェル、コン。実質コンは戦闘要員ではなかったから、事実上はリゥとシェルだけでオツキミ山を超えた事になる。疲労度を考えると、1日休んでおきたいところだった。

 

 という事で、現在リゥとシェルは萌えもんセンターで休んでいる。唯一戦っていなかったコンを連れて、俺はハナダの町を観光していた。

 

 ハナダシティはニビとクチバを繋ぐ中間地点になる場所だ。また、近くには岩山トンネルや、大きな発電所まで可動している。町の北には巨大な川が流れており、その流れを辿ると町外れに存在している不気味な洞窟が見えてくる。そして川には大きな橋がかかっており、これが通称『ゴールデンボールブリッジ』、名前が実に卑猥である。

 

「はわぁ、人がいっぱいです」

 

 ずっとボールの中ってのも辛いだろうとコンを外に出して一緒に歩いているのだが、コンは珍しいのか体を小さくしながらも興味深そうに町を眺めている。

 

 道行く人達も、そんなコンを目を細めて見守っているようだった。まるで、小さい子の初めてのお使いを見ているかのように。

 

「っと、ここか」

 

 そして一番大事な施設に到着する。

 ハナダシティジム。水タイプの萌えもんを操るカスミの本拠地だ。中を覗いてみれば、水泳のスタジアムのように巨大なプールを中心に観客席が広がっている。

 

「……戦うんですか?」

 

「ああ」

 

「そですか」

 

 俺の答えを聞いて俯いたコンの頭を撫でる。

 

「わふっ」

 

「気にすんな。なんとかするさ」

 

 戦力となるのはリゥとシェルだけ。足元が水である事を考えると、剛司以上の強敵になるのには間違いないだろう。

 水タイプに有利な草タイプか電気タイプがいてくれれば良かったのだが、生憎といない。

 さて、どうしたものか。

 

「――それにしても」

 

 プールを見れば、ジムに所属しているトレーナー達が萌えもんたちと一緒に訓練をしていた。

 トサキント、ヒトデマン、メノクラゲ――まだ出会った事の無い萌えもんばかりだ。

 

 心の底から羨ましい。俺だってプールに入って思う存分キャッキャウフフしたい。

 

「あの、ご主人様……?」

 

「――はっ、いや、なんでもない。行くか」

 

 いかん、このまま見ていたらただの変態として通報されかねない。

 俺はさっそくジムの扉を開けて中に入るとジム戦の手続きを終えた。

 だが、肝心のカスミはいなかったようで、

 

「おそらく帰ってくるのは明日になるでしょう。それでもよろしいでしょうか?」

 

「ああ、頼む」

 

 わかりました、と。

 受付の姉ちゃんに受理してもらい、これで正式にジムリーダー戦にエントリー終了となった。

 

「じゃ、そろそろリゥたちも戻ってるだろうし、帰るか」

 

 言って歩き出す。

 すると、

 

「あの!」

 

「……ん?」

 

 珍しくコンが大きな声で俺を呼び止めていた。

 振り返ってみると、コンは少しだけ悩んだのだろう、視線を左右に動かし、やがては大きく首を横に振った。

 

「な、何でもない、です」

 

 それっきり口を噤んでしまい、俺には結局何なのかわからず仕舞いだった。

 萌えもんセンターに戻るまで、コンはずっと俯いたままだった。

 

    ◆

 

「遅い」

 

「ひでぇ」

 

 萌えもんセンターに戻った俺に浴びせられた第一声がそれだった。本当に容赦がないミニリュウである。

 

「で、どうだったの?」

 

 どうだった、とはおそらくハナダジムの事だろう。

 強くなりたいという意思の強いリゥらしく、もうソワソワしているようだ。

 

「申し込んできた。今日はジムリーダーが出かけてるらしくてな。本番は明日だ」

 

「明日、か……」

 

 しかしリゥとしては勢いを削がれたと同じ事だろう。

 出来れば俺も腕を試すためにも近くでトレーナーと戦っておきたいが……と、

 

「あの、さっきの橋はどうでしょうか?」

 

 袖を引っ張ってそう言ったのは、さっきまで俯いていたコンだった。

 

 橋――ゴールデンボールブリッッジか。

 あそこは確かにトレーナーも沢山いるようだったし、ハナダからそう離れるわけでもない。腕試しにはもってこいの場所だ。

 

「よし、行くか」

 

 そうなると考えている時間も惜しい。俺はさっそく向かう事にした。

 

    ◆◆

 

 ハナダの北にあるゴールデンボールブリッジは、賑やかだった。

 橋を渡ってくるトレーナーを出迎える奴らもいるようで、バトルが盛んに行われているようだ。

 

 その橋の前で、おれはひとりのトレーナーに立ち塞がれた。

 そいつは太陽を背にズサっと両足を広げ、腕を組んでいる。逆立った髪の毛は性格を現しているかのようにツンツンしており、格好をつけているようだが身長と年齢が子供の遊びから抜け出ていなかった。

 

 自信満々に俺を真っ直ぐに見つめるトレーナー。

 もはや言うまでもなく

 

「よっ、ショタグリーン」

 

「違ぇよ!」

 

 グリーンだった。

 相変わらず律儀に突っ込んでくれる幼馴染である。

 

「で、どうしたんだよ?」

 

「どうしたもこうしたもあるかよ」

 

 グリーンは髪をかきあげ、ビシッと俺に向かって指を向け、宣言した。

 

「萌えもんトレーナーってのは、目が合ったらバトルだろうが!」

 

「はっ」

 

 ああ、確かにそうだ。

 

「断る理由なんぞ、あるわけねぇな!」

 

 そうして俺たちは戦闘を開始した。

 

「いけ、オニドリル!」

 

 グリーンの先鋒はオニドリル。トキワで対戦したオニスズメが成長したものだろう。猛禽類のように鋭くなった視線に睨みつけられただけで身が竦み上がってしまいそうだ。

 対する俺はリゥを。一度戦って勝っている相手だからこそ選んだ。

 

「ふんっ」

 

 案の定、リゥの中では勝率が跳ね上がっている事だろう。

 先程のグリーンのように腕を組み、堂々と立っている。

 だからこそ――

 それが弱点になり得る。

 

「飛べ!」

 

 オニドリルは飛行タイプだ。その真髄は空中にいる事で遺憾なく発揮される。

 問題にするべきはその敏捷性。オニスズメとは格段に違うスピードと攻撃力でもって、相手を一撃で仕留めるハンターなのだ。

 

 リゥの弱点に関して言えば、そろそろ向かい合いたい。だが、今やればカスミ戦に支障をきたし兼ねない。

 事の問題は非常に大きい。後回しすれば、リゥ自身が大きな壁にいずれはぶち当たってしまう。

 

「ドリル嘴!」

 

 上空を滑空していたオニドリルは、リゥ目がけて猛スピードで突っ込んでくる。しかもオニドリル自身も過去にリゥに負けた事は覚えているようで、角度が浅くなっている。おそらく、外してもそのまま離脱出来るようにだろう。

 

 軽く跳んだところで追尾の範囲内になってしまう。狙えば必殺とはこの事で、オニドリルは過去の経験を確実に活かしてきていた。

 

 対する俺は――

 

「リゥ、叩きつけろ!」

 

 もう一度、同じ戦法を。俺の指示そのままに大きく跳んだリゥはまさしく的だった。

 

「えっ、ちょっと」

 

 その頃になってようやくリゥも気付いたのだろう。オニスズメの頃と比べての成長を。

 オニドリルが迫る。もはや回避不能な距離へと入り込まれる。

 

「電磁波だ!」

 

「……くっ」

 

 恐ろしいだろうに、それでも逃げずに真正面から電磁波を放つリゥ。

 ここが長所。どれだけ恐ろしいと感じても、持ち前の強気さで常に相手から目を逸らさない覚悟がリゥにはある。

 だからこそ、使える手も存在する。

 

「前と同じ手は食うかっての! もう一度だオニドリル!」

 

 こちらも一撃貰っている。大きく後退した位置に着地したリゥは恨みがましい目で俺を睨んでいた。

 

 オニドリルが上空を旋回している。もう一度さっきのを放つつもりなんだろう。そうなれば、こちらに勝機はない。

 

 先ほどリゥがダメージを受けながら放った電磁波はオニドリルに命中している。その証拠に動きが少しだけぎこちない。しかし万全とは言わないまでも、上空から舞い降りるオニドリルの速さ、威力たるや想像するのは難しくない。

 

「いけぇ!」

 

 オニドリルがこちらへと"真っ直ぐに"向かってくる。

 

 そう、これこそが狙いだった。

 

 今のオニドリルは初手と違い、その動きは制限されてしまっている。電磁波によって筋肉や器官がダメージを受けたためだ。ただでさえ空を滑空し更に目標目がけて襲いかかるという行為は細やかな動きが必要とされる。狩りと同じで、例えば自身が怪我を負ってしまえば、それが小さくても大きくても影響は出てしまうものだ。

 

 だからこそ、オニドリルは真っ直ぐに標的へと向かうしか選択肢が無くなる。上手く飛べないのなら、最大効率で行動するのが当然。即ち、

 

「こっちにゃ的になるって事だ」

 

 俺は真っ直ぐオニドリルを指差し、告げる。

 

「龍の息吹!」

 

 即座に反応してくれたリゥの一撃は、オニドリルを容易く呑み込む。後に残るのは、力尽きて落下するオニドリルだけだ。

 

「……マジかよ」

 

 驚いていたグリーンだったが、すぐに気を取り直し次の萌えもん

を繰り出す。

 

「いけ、フシギソウ!」

 

「ふしっ! って言ってみたけど正直自分でも無いと思うんですよ」

 

 自分でボケて自分で突っ込みながら登場したフシギソウ。こいつやりやがる。

 こちらの手持ちはリゥとシェル。疲弊したリゥを下げても、残るのはシェルだけだ。

 

「……」

 

 逡巡することしばし。

 グリーンは当たり前のように質問を投げかけた。

 

「おい、そこのロコンは使わないのかよ」

 

「ひっ」

 

 身を竦ませたコンは俺の影に入ろうとし、何かに気がついたのか慌てて近くの草むらへ飛び込んでいった。

 

「……なんだあいつ」

 

「気にしないでやってくれ」

 

 

「あ、そ。ま、俺は別にどっちでもいいんだけどよ」

 

 結局、こちらはリゥのまま続投。

 グリーンは勝機と踏んだのか、フシギソウに指示を下す。

 

「葉っぱカッター、やれ!」

 

「了解です。ところで、葉っぱより花びらの方が綺麗だと思いませんか? 私って咲いたら凄いんですよ」

 

 フシギソウの頭に乗ったツボミの周囲から葉っぱが舞う。ひらひらと舞う中、唐突に生き物のように動きを見せ、

 

「じゃ、やっちゃいますね」

 

 一斉にリゥ目がけて殺到した。

 リゥも咄嗟に判断してか、回避行動に移る。

 だが、遅い。間に合わない。

 

「くっ、こんなの!」

 

 回避し損ねた数枚を浴びるが、何とか堪えてくれたようだ。

 

「あらら、まだ立ちますか」

 

 もう一度同じ技を繰り出すのだろう。フシギソウの周囲に葉っぱが舞い始めた。

 次の一撃を受ければ終わりだ。

 

 ――どうする?

 

 高速に回転する思考の中、ひとつの光景が思い浮かぶ。

 

 ――そうか。

 

 それは、上空から襲い来る鳥。重力を味方につけて敵を襲撃する狩人の姿だった。

 

「手はある、か」

 

 リゥならばおそらく後一撃は耐えられるはずだ。だが、そうなるとさっき閃いた奇策が通じるかどうか怪しい。

 迷っている時間は無い。

 

「フシギソウ!」

 

 グリーンがもう一度指示を飛ばす。

 仕掛けるなら、今しかない!

 

「リゥ、下がれ!」

 

「――っ、諒解!」

 

 しかし咄嗟に後ろに跳んでくれたのはありがたい。

 代わりにフィールドに出たのはシェル。草タイプの相手をするにはあまりにも心もとない。

 

「血迷ったかよ、ファアル! 葉っぱカッターだ!」

 

「シェル、水鉄砲!」

 

「らじゃ!」

 

 だが、シェルが狙うのはフシギソウではなく地面だ。噴射の勢いを使って空へと飛び上がる。

 

「ちょ、待て待て待て!」

 

 標的を見失ったフシギソウの葉っぱが効力を失ってひらひらと待っている。

 そして勢いの無くなったシェルはそのまま自由落下。だが、この時点で既にフシギソウへ狙いをつけていた。

 

「水鉄砲!」

 

「ほいさ」

 

 更に補助として逆噴射。空中で更に勢いを乗せ、一直線にフシギソウへと突撃する。

 

「まだまだ、殻に篭れ!」

 

 シェルの最大の長所、防御力さえ利用する。

 落下のスピードに加え、水鉄砲で更に勢いをつけたのだ。その威力、フシギソウを一撃で仕留めるに足るだろう。

 だが、グリーンはかかんにも迎撃を選ぶ。

 

「はっ、良い的じゃねぇか! もう一度葉っぱカッターだ!」

 

「あんまりお勧めはしませんが」

 

 どうやらフシギソウにはわかっているらしい。

 簡単な話だ。つまりは、葉っぱカッターの死角は上だったという事。

 

 いくら強力であろうとも、当たらなければ意味がない。例え地上では標的目がけて進むとしても、重力の不可が違う。水平にボールを投げるのと同じ力で上空に向かって投げてみれば――

 

「と、届かねぇ!?」

 

「だから言ったのに」

 

 そしてよしんば命中したとしても、殻に篭っているシェルへのダメージはほとんど無いと言ってもいい。つまり、

 

「あーれー」

 

「フシギソウ!」

 

 こっちの目論見通りってわけだ!

 それにしてもこのフシギソウ、なんて白々しい悲鳴なんだ。後ろに(棒)とか入りそうなレベルだったぞ、今のは。

 

「あーもー、畜生! まだ終わるかよ!」

 

 グリーンはフシギソウをボールに戻し、続けて萌えもんを繰り出した。

 

「いけ、ケーシィ!」

 

「ふぁーい」

 

 間延びした声で現れたのはケーシィ。エスパータイプの萌えもんで、成長すればこちらの思考すらも読み取れるらしい凶悪な萌えもんだ。特に紳士諸君にとっては天敵にすらなり得る萌えもんである。だが、熟練者は脳内で辱める事で相手に恥じらわせるという高度な行為も出来るらしいから侮れない。

 

「では、いきまーす」

 

 来るか。

 ケーシィは「むんっ」と可愛い声と共に力を入れ、

 

「テレポート!」

 

 何処かに消え去った。

 

「あ、あれ? ケーシィ?」

 

 俺はケーシィの飛び去ったであろう空を見上げながら呟いた。

 

「――勝った」

 

「えええええええっ!?」

 

 リゥが突っ込んでいたが気にしない。

 グリーンは涙ながらにボールにケーシィを戻した。どうやらかなり遠くまで行っていたようで、時間がかかっていたが。

 

 そして、徐に最後のボールを取り出すと、何かを思い出したか顔をしかめた。

 

「リゥ、いいか?」

 

「こうたーい!」

 

「まぁ、いいけど」

 

 グリーンと同じようにこちらもリゥと交代する。さて、何が出るか……。

 

「い、いけ!」

 

 満を持してボールから出てきたのは――

 

「よし、いくぞぉ!」

 

 元気良さだけはいっちょ前だが、その場で跳ねまくっているコイキングだった。

 

「う、うるさい、そんな目で見るな!」

 

「そうだそうだ、あたいは最強!」

 

 そして跳ねていた。

 なんだろう、この脱力感。

 だが俺は、例え相手が子供であろうと常に全力を出して勝つ大人。勝負の世界は厳しいのだ。

 

「リゥ、叩きつけろ!」

 

「はいはい」

 

 そしてコイキングは敗北した。

 

    ◆

 

「畜生、やっちまった!」

 

 勝負の後、グリーンは終始その調子だった。

 ぐったりと項垂れるその姿はどこか哀愁を漂わせていて、萌えもんセンターまで戻ってきたのはいいものの、あまり近付きたくはなかった。

 

「くそ、あいつめ……自分がいらないからってコイキングなんて押し付けやがって!」

 

「あん?」

 

 グリーンは事のいきさつを話し始めた。

 

    ◆

 

「ちょいとそこ行くグリーンさんや」

 

「ん? なんだお前かよブルー」

 

「ひっひっひっ」

 

「ババアみたいな話し方しやがって」

 

「ちょっと誰がババアよ!」

 

「……面倒臭ぇ」

 

「で、これいらない?」

 

「何が『で』なのかさっぱりわからねぇかど、何だそれ?」

 

「ふふふ、これぞ最強の萌えもん……に進化する予定の萌えもんよ!」

 

「何だと!?」

 

「……バカは最強って言葉に弱いってのは本当みたいね」

 

「ん? 何呟いてるんだ?」

 

「何でもない。どう、欲しい?」

 

「くれ!」

 

    ◆

 

 以上、回想終わり。

 

「って事があったんだ……最強だと信じていたのに、ただ跳ねるしか出来ないなんて!」

 

 落ち込むグリーンの肩に、俺はそっと手をかけた。

 

「まぁ待て。コイキングだろ? こいつ、育てたら強くなるのは本当だぜ?」

 

 グリーンが顔を上げる。

 

「ギャラドス――水タイプの萌えもんでも屈指の強さを誇る萌えもんだ。良かったじゃないか」

 

「ほ、本当なんだな!?」

 

 がばっと顔を上げて掴みかかってくるグリーン。顔が近いよお前。

 

 だが、涙で濡れた顔は輝いており、希望を見出した晴れ晴れとした顔だった。

 

 ブルー、お前の悪戯でまたひとり人間不信になりそうな奴がいたけど助けてやったぞ、と心の中で言っておく。

 

「そうと決まればさっそくクチバだ! 豪華客船にも乗ってやる!」

 

 さっきまでの様子が嘘のように、グリーンは颯爽とクチバシティへと向かっていった。

 

「何あれ」

 

「思春期だからな」

 

 適当にでっち上げておいた。

 

    ◆

 

 気を取り直した俺たちは、ゴールデンボールブリッジを破竹の勢いで突破した。

 橋の最後には何やら強引に

 

「入りなよ」

 

「やだ」

 

「入らないの?」

 

「お断りだ」

 

「入ってよ!」

 

「頭を下げろ」

 

「入れよ!」

 

「さっさと景品くれよ」

 

「……断るって顔してんな」

 

「あのナゾノクサ、可愛いな。スリスリしたい」

 

「それなら……! 無理矢理入れてやる!」

 

「うるせぇ!」

 

 何てやり取りの後、景品を毟りとったわけだが。

 

「しかし、こんな辺鄙な場所にマサキって奴がいるのか?」

 

 橋を抜けた先は、ハナダのトレーナーが訓練している場所だった。森が広がり、草むらには萌えもんが生息し、川では萌えもんとトレーナーが遊んでいる。そんなのどかな風景だ。

 

 そんな道をずっと進んでくと、やがてゴテゴテした家が見えてきた。

 

「何あれ」

 

「ゴテゴテしてるな」

 

「……うん」

 

 何というか、そうとしか表現出来ない家だった。玄関はメカニカルに装飾され、どこに触れても静電気が迸りそうなデザインだし、家の両端からは何故か金属の煙突が飛び出ており、その先っぽにはパラボラアンテナのようなものがくるくると回っている。更に屋根には何か部屋でも後付したのか、不自然な程に6帖ほどの小さな家が取り付けられていた。

 

 近くには橋もあり、川もあるのに何故か人だけがいなかった。当然である。こんな家がある場所の近くになんて誰も近付きたくない。

 

「ま、行くか」

 

「行くの?」

 

 リゥも不信感を顕にしていた。振り返ってみるととても嫌そうな顔だった。

 俺は女子供には優しいのだ。例えそれが萌えもんであろうとも。

 だから、

 

「ああ、楽しそうじゃないか」

 

「満面の笑顔で何言ってるのよ」

 

 はぁ、とため息をついたリゥだったが、結局はついて来る事にしたようだった。

 後ろから愚痴が頻繁に聞こえてくるが気にしない事にした。

 

「おーい」

 

 飛び鈴が見当たらなかったので、声と一緒にノックしてみた。

 変な音が鳴った。擬音すればたぶん、ヒュオイン!? ってのが一番近い。無性に帰りたくなった。

 帰るか。

 

「賛成」

 

 無言で踵を返した俺に、リゥも頷いた。

 

「ちょ、待ちーや!」

 

「おでぶっ!」

 

 勢い良く開いた扉によって背中を殴打した。痛ぇ。

 

「なんでドアの音聞いただけで帰るねん!」

 

 胡散臭いからに決まってるだろうが。

 痛む背中をさすりながら顔を上げると、そこにはピッピがいた。

 

「夢ちゃうで?」

 

 さぞかし俺は間抜けな顔をしていたに違いない。

 ピッピが特徴的なイントネーションの人語を喋っていたからだ。

 俺は無意識にケータイを取り出すと、

 

「もしもし警察ですか」

 

「ちょっと待てい!」

 

「何だよ、今いい所なんだよ」

 

「あんさん今通報しようとしたやろ!?」

 

「違う。警察に知り合いがいるんだ」

 

「ああ、何や、ならしゃあないな」

 

「だろ? もしもし警察ですか。少し頭のイカれたピッピがいるん

ですが、人的被害が予想されるため、速やかに軍隊の派遣を」

 

「大事やな!」

 

「だろ?」

 

「ってちゃうわ! ちょっと頼まれごとあんねん。中入ってーや」

 

 人語を話すピッピは扉を開けて俺を誘っていたが、俺にはその姿が獲物を待ち構えるウツボカズラにしか見えない。

 

「さぁ!」

 

 しかもこっちが入るものだと信じて疑っていない目をしていた。くそ、俺は見た目には……

 

「いいだろう、入る」

 

「さすがや!」

 

 そうして魔窟を想像していた家に入り込んだわけだが……

 

「どういう事だ……人が住む家じゃねーか」

 

「人やっちゅーねん!」

 

「えっ」

 

「えっ」

 

「ピッピだろ?」

 

「マサキやで?」

 

「すげぇな、新しい萌えもんかよ」

 

「マジか、どこや!」

 

「いや、ここに」

 

「わいか! ってだからわいはマサキやって言っとるやろが!」

 

「え、だからマサキっていう萌えもんなんだろ?」

 

「ちゃうわ! っていうか兄さん遊んどるやろ」

 

「まぁな」

 

 俺は肩を竦めてみせる。

 家は本当に一軒家といった様子だったが、その半分以上は何か良くわからない機械とケーブル類で埋め尽くされていた。

 そして、一際存在感を出しているのが奥にある人が入れそうな大きさのポッドが2つ。

 

「いやー、実験中に失敗してしもてな。どうしようか悩んでたんやわ」

 

「実験って一体何の実験なんだ?」

 

 戸棚から茶葉を取り出して湯を沸かす。

 

「ああ、それはな……ってちょっと待たんかい!」

 

「あん、何だよ?」

 

「自分何でそんな当たり前のように茶ぁ入れてんねん!」

 

「いや、だってお前そのままじゃ無理だろ?」

 

「あ、そやな。おおきに……ってそこやない!」

 

 ビシッ、と器用にマサキは指を振った。

 

「腕や!」

 

「どっちでもいいだろ。ほい」

 

「ん、ありがと」

 

「何ナチュラルにお茶ふたりで飲んでんねん!」

 

「だってお前そのままじゃ無理だろ?」

 

「あ、せやな。ってアホかぁ!」

 

 ピッピは肩を怒らせている。

 何がこいつをそんなに怒らせているのだろう。俺は首を傾げなが

ら茶を啜った。

 

「まぁえぇわ。元に戻るの手伝ってくれ」

 

「えぇー」

 

「何でそこで嫌な顔すんねん」

 

「だってなぁ」

 

「嫌そうに顔背けながら見えるように金の要求すんなや!」

 

「見間違えじゃねぇの? ほら、ピッピだし」

 

「元は夜行性やからな……ってもうえぇわ。わいがそこのポッドに入るし」

 

「ああ、ポットを破壊すればいいんだな」

 

「そうそう。それでわいは目出度く萌えもんに――」

 

「はは、そいつは面白そうだ!」

 

「何でテンション上がんねん!」

 

 マサキは疲れたようにポッドの扉を開け、

 

「ほら、そこのパソコン起動しとるやろ?」

 

「ああ」

 

 スクリーンセーバーが起動していたパソコンに触る。そこには既に起動しているソフトがひとつあった。

 

「わいがポッドに入ったら、起動しとるソフトをダブルクリックしといてくれ」

 

「わかった。しかしお前、随分と過激な画像持ってるんだな」

 

「いやああぁぁあ! 見るなボケェェェェェェ!」

 

 逃げるようにしてマサキはポッドへと入っていった。

 仕方ない。俺は一番過激なエロ画像を壁紙とスクリーンセーバーに設定してからソフトを実行させた。

 すると機械の両方のポッドが光り輝き、数分後には収まっていた。

 

「ふぅ、助かった」

 

 マサキが入ったのとは別のポッドから人が出てくる。

 そいつはやれやれと言ったように髪をかきあげ、

 

「すまんな、兄さん。助かったわ」

 

 そして俺が変更した壁紙を見て固まった。

 

    ◆

 

「で、や」

 

 落ち着いた後、マサキは俺と向かい合っていた。

 

「あんた何しに来たんや」

 

「お前を救うために」

 

「マジか!」

 

「きっとそういう運命に違いない」

 

「運命的やな……これがわいの転換期か」

 

「それはないな」

 

「ないんかい!」

 

「しかしお前、画像の趣味が酷いな」

 

「ここで言う事ちゃうやん!」

 

「良いサイト知ってるぜ?」

 

「親友よ!」

 

「その代わり、コレだ」

 

「露骨に金せびんなや!」

 

「不躾な奴だな……」

 

「あんたがな!」

 

 ぜぇぜぇ、とマサキは肩で息をしている。忙しい奴だ。

 

「まぁ、助かったのは事実やしな。ちょっと待っててや」

 

 言って、マサキは何やらガラクタを漁り始めた。ここでもないと一心不乱に探しているようだが、そんな中から掘り出したもの貰っても嬉しくないのが本音だ。

 

「お前、片付けたらどうだ?」

 

「んん? 何言ってんねん、片付いてるやんけ」

 

 どこがだよ。

 生活スペース以外は工具やらガラクタやらで溢れかえっている光景を目の当たりにしているととてもじゃないが思えない。

 

「ああ、あったあった。あ、ところでや」

 

 十分ほどしてようやく見つけたのか、何やら薄っぺらいものを持ってきた。へそくりだろうか?

 

「あんた誰や?」

 

「ぶち殺す」

 

「ちゃうちゃう! んな凄むなや……名前や名前」

 

「ああ……ピッピだったから忘れてた」

 

「ピッピ関係ないやん!?」

 

「ファアルだ」

 

「ふぅん……聞いた事ない名前やな」

 

「だろうな」

 

「ま、ええわ。助かったのはほんまやし。これ使ってーや」

 

 マサキがくれたのは封筒だった。中を開けてみれば、招待券が一枚。

 

「サントアンヌ号?」

 

「せや。今クチバシティに停泊してる豪華客船やわ。世界中を回ってるらしくて、今しか乗れへんし見学でもしてきーな」

 

「いいのか、これ」

 

 チケットには特別招待券と書かれている。どう考えてもVIP扱いなんだが、それをおいそれと見ず知らずの他人に渡していいものか。

 だがマサキは特に気にした様子もなく、手を振った。

 

「ええねん。どうせ行くつもりあらへんかったし。行かへんのやったら人にあげてもいっしょやろ?」

 

「まぁな」

 

 ま、本人がくれるってんなら貰うとするか。

 

「客船とか寄り道してていいの?」

 

「気晴らしにはなるだろ?」

 

「そのまま出発しちゃったとか嫌よ?」

 

「大丈夫だって」

 

 本当? と丸っ切り信じていない様子のリゥを宥めていると、マサキが急に笑い出した。

 機械が壊れてついにイカれたのかと思ったが、どうやらそうでもないらしい。

 

「いやー、すまんすまん。あんたら仲良ぇなって思ってな。その娘、ミニリュウやろ?」

 

「ああ。わかるのか?」

 

「当たり前やん。萌えもんの転送装置を作ったのもわいやで? それくらいわかるっちゅーねん」

 

「なるほど、天才だな」

 

「せやろ?」

 

「まぁ、どうでもいいんだが」

 

「ここ大事やからな!?」

 

 こほん、とマサキは一度咳払いを。

 

「で、あんたは何でうちに来たんや?」

 

 時計を見るとまだ夕方だった。どうせ明日までは暇なのだし、ゆっくりしていくか。

 そう思って、事の顛末を話したのだった。

 

「ははー、なるほど。ま、あの姉ちゃんはいつもそんな感じやしな」

 

「そうなのか?」

 

「ああ。おまけに五月蝿いねん」

 

 剛司とは正反対の性格っぽいな。

 しかし性格と実力はまた別の話。手強い相手なのには変わらない。

 

「何や途端に良い目しよるやんけ」

 

「トレーナーだからな」

 

 当然だろ? と苦笑を返す。

 マサキはしばらく顎に手を添えた後、

 

「決めた。明日見に行くわ。興味湧いたし」

 

「あん? 別に構わねぇがよ」

 

「あんたの試合が見たくなった。何や面白くなりそうな予感がすん

ねん」

 

「はっ、楽しませてやるよ」

 

「期待してるで。ところで秘蔵の画像やけどな……」

 

「コレだな」

 

「だから金取るなや!」

 

 いつの間にか日は落ち、夜が更けていく。

 明日も良い日になりそうだ。たまには同じ年代の男と話すのも悪くない。そう思った一日だった。

 

    ◆

 

 ファアルとマサキの笑い声が聞こえる中、コンはひとり屋根の上で膝を抱えていた。

 

 ――自分では何の役にも立てない。

 

 ニビでファアルと出会い、最初に戦った時からずっとコンは震えていた。

 ただただ、怖かった。元から人見知りの激しかったコンだった。群れでも馴染めず徐々に皆が離れていく中、コンはひとりきりになった。置いて行かれてしまったのだ。

 

 そして、自覚しながらも自分では無理だと、群れの仲間達の迷惑になるからと思って身を引いた。それ以来、ずっとひとりで過ごしてきた。

 

 寂しいと空を見上げて泣いた事もあった。いつか誰か迎えに来てくれると信じて涙を我慢した夜も多かった。萌えもんと一緒に戦っている人間達を見て、羨ましいと思った。共に喜び、楽しそうにしている彼らが羨ましかった。

 

 でも、自分には無理だから。臆病で怖がりで、人一倍人見知りな自分には彼らのようにはなれないからと諦めた。

 

「御主人様……」

 

 ファアルの姿を思い出す。自分を捕まえた人。コン、という渾名をくれた人。戦えない自分を認めてくれた人。

 その人が大事な戦いに挑むのだという。

 

 リゥとシェルの強さは知っている。目の当たりにしたからこそ、コンにはその強さがわかった。それでも相手はもっと強いらしい。

 

 昼間に出会った少年は言っていた。そのロコンは使わないのかよ、と。ファアルの影に隠れて怖がっていたコンを指さして呆れ顔で言っていた。

 

 どうしてだろう。

 

 それがたまらなく、嫌だった。思い返す度、ずきずきと胸が痛くなった。

 

「……わたしは」

 

 誰も、何も教えてはくれない。震える身体を押し込めるように、リゥは膝を強く抱えた。

 

「何してんのよ、あんた」

 

「ふえっ?」

 

 だから、リゥの存在にも気が付かなかった。

 出っ張った部分を伝って登ってきたのだろう。屋根に軽く着地すると、リゥはコンを見下ろした。

 

 また怒られる。コンは思わず身を竦ませたが、返ってきたのは嘆息だけだった。

 

「あいつら、五月蝿いわね」

 

「え? あ、はい。そうですね……」

 

 男ふたりが楽しそうに話している。

 ハナダから離れているためか、夜になると人はいなくなる。家と月明かりだけが頼りの中、ファアルとマサキの声が人の息遣いを感じさせている。

 

「でも、楽しそう」

 

 コンはふたりの様子を想像してはにかんだ。

 五月蝿いだけよ、とはリゥ。コンから少しだけ離れ、月を見上げた。

 

「私はね、強くなりたいの」

 

「……強く、ですか?」

 

「そう、強く」

 

 月へと向かって真っ直ぐに手を伸ばし、

 

「あの人に勝つために」

 

 ぐっと月を握るかのように拳を作る。図らずもそれはファアルのようでもあった。

 

「――リゥさんは凄いです。目標、あるんですから。戦う理由があ

るんですから」

 

 自嘲を込めて。

 自分には何も無いのだとコンは告げた。

 言ってしまってから思う。どうして自分はこんなにも後悔しているのだろうか、と。

 

「ふん、そんなの持ってるの私だけよ。あのシェルにそんなの無い

と思うけどね」

 

 コンの内心を知ってか知らずか、リゥは続ける。

 

「シェルは単純にあいつが好き。後、戦うのも好きみたいだから、あいつの夢に乗っかってる。ま、子供だから仕方ないんだろうけど」

 

 でも、と。

 

「あんたよりかは強い。そしてたぶん、"私よりも強い"」

 

 リゥが何を言いたいのかコンにはわからなかった。だが、リゥも同じように苦しみ悩んでいるのだという事だけはわかった。

 

 自分だけじゃない。きっと、ファアルだって同じなのだ。

 

 コンは自分の頭に触れる。

 

 戦わなくてもいい、と。ファアルはそう言って頭を撫でてくれた。ありがとうと。何の役にも立たない、ただ隠れていただけだった自分に言ってくれたのだ。

 

「わたしは……」

 

 怖い。ずっと逃げてきたコンにとって、それは何物にも代えがたい恐怖だった。

 

 でも――

 

 胸の内に小さく火が灯る。

 それはとてもとても小さな火だったが――コンにとってはとてつもなく大きな火だった。

 

「っていうかそろそろ帰らないとね。ほら、あんたもさっさと行くわよ」

 

「は、はい!」

 

 言うや否や颯爽と飛び降りたリゥは扉を蹴破ったようだった。

 家の中からマサキの嘆く声が聞こえる中、コンはもう一度月を見上げた。

 

 白く大きな月は、コンを優しく見下ろしているかのようだった。

 コンは一度目を瞑り、大きく息を吸い込んで月に向かって鳴いた。

 遠く、遠く。空の彼方まで響くかのように。

 

 

                      <続く>



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【第八話】ハナダ――水を制し、己に打ち勝つモノ

カスミ戦! 例によってカスミさんも漢字表記です。


 ――翌日。

 日が中天に差し掛かる頃、俺は外にもざわめきが聞こえてくるハナダジムを見上げていた。

 約束の時間まで幾ばくもない中、一度大きく深呼吸した後、頬を両手で叩いた。

 

「うわ、痛くないの?」

 

「大丈夫だ、リゥのより痛くない」

 

「――へぇ」

 

 さて気合も入った事だし、相棒にぶっ飛ばされる前に行くとするか。

 俺たちの戦いの場所へ――

 

   ■

 

「あのっ!」

 

 それは俺がジムに挑む数時間前だった。

 夜も明け、ようやく緊張してきた俺にコンが詰め寄ってきたのだ。

 

「あ、ああ。どうしたんだ?」

 

 たった数日の付き合いだが、見た事もない勢いに少し面食らいながら姿勢を正す。

 するとコンは何かを言おうと言葉につまり、やがて小さく俯いた後、勢いよく首を横に振った。

 まるで、自分の中に浮かんだ甘い誘いを打ち消すかのように。

 

「……技を教えて欲しいんです」

 

「技を?」

 

「はい」

 

 俺が思いついたのはひとつだけ。そう、オツキミ山で拾った古い技マシンだ。一度使えば完全に壊れてしまうほど、ボロいものだが……。

 

「お、お願いしますっ!」

 

 そうして、頼んできたコンは真っ直ぐに俺を見つめていた。

 決意を宿した瞳で。顔を紅潮させながら、でも一度足りとも目を逸らしはせずに。

 もちろん、俺としても拒む事はないのだが、

 

「それは別に構わねぇ。でもな、覚えるためには何か代わりに忘れないと無理だぞ?」

 

「えっ?」

 

 ジムリーダー戦、そして萌えもんリーグにおいて使用出来る技は4つまで。これはバトルを公平にするために定められてた制限でもある。

 萌えもんは様々な技を覚えるので、全部使えるようにすれば決着がつかず、またルールを細分化出来ないためだ。

 コンは既に登録してある。戦ってもらうかどうかはともかく、念のため登録しておいたのだ。棄権も認められている事だしな。

 登録の変更はまだ効くはず。今からならば間に合うだろう。

 

 今コンが使えるのは――

 

「火炎放射、吼える、噛み付く、尻尾を」

 

「吼えるでお願いします」

 

 きっぱりと。

 コンは迷う事無く使わない技を告げた。

 だがその技は、コンをずっと守ってきたもののはずだった。

 

 何がコンを変えたのかはわからない。

 だが、事ここに来てコンはもう戦っていた。何よりも強い敵と。

 自分も一歩進めるのかもしれないと。

 

 だから俺に出来る事はひとつだけだった。

 

「わかった」

 

 コンの背中を押す事。トレーナーである俺に出来るのはそれだけだから。

 

「よろしく、お願いしますっ!」

 

 技マシンをコンの頭にセットしながら思う。

 絶対に負けられない、と。

 

 

   ■

 

 

 受付で必要事項を確認した後、挑戦者は控え室へと通される。

 備え付けられたテレビからは昨日見たハナダジムの光景が映し出されている。

 恐ろしく簡単に言えば、ハナダジムはプールだった。ストレートにイメージを伝えようとするなら、競泳用のプール会場とでも言えばわかると思う。

 

 観客席から先はずっと水だ。水深がいくらあるのかはわからないが、立って足が着くような深さで無いのは間違いない。そして、会場から控え室へと繋がる扉から真っ直ぐにプールを縦に割るように人一人分の幅の通路がある。

 

 ジムリーダーである香澄の扱う水タイプにとっては、有利すぎるバトルフィールド。シェル以外は文字通り水上戦に持ち込まなければ勝ち目は低いだろう。

 

「……嫌な地形ね」

 

「同感だ」

 

「たのしそー!」

 

 両手を上げて楽しそうなのがひとりだけ。

 

「当てにしてるぜ」

 

 はしゃぐシェルの頭を撫でる。

 そして、

 

「……」

 

 コンは黙って、テレビを見ていた。

 もし戦えたとして、このフィールドで一番辛いのはコンだろう。炎タイプはただでさえ水タイプに弱い。それに加え、足場も少ないのだ。考え得る限り最悪の相性だ。

 

 だけど……コンの性格を考えると、やはり出せない。普通の戦闘でさえまともに戦えないのに、不利な条件ばかりの今回では分が悪い所じゃない。はっきり言ってしまえば、リゥとシェルだけで勝ち進むくらいで考えていかなければならないだろう。

 

 だが、それでもやらなければならない。

 負けるためではなく、勝つために。

 

「それではこれより、ハナダシティジム戦を開始します。挑戦者の方は、ご入場下さい」

 

 呼び出しと共に立ち上がる。

 

「――行くぜ」

 

 リゥ、シェル、そしてコン。

 頼もしい仲間たちに声をかけ、控え室の扉を開ける。

 さぁ、行こうか。二つ目のバッジを手に入れる戦いに――。

 

 

   ■

 

 

 扉を開くと、水の匂いが立ち込めていた。

 広いプールの上に申し訳程度につけられた足場。俺の場合は控え室から、そしてジムリーダーの場合は俺のちょうど向かい側となる扉の前にトレーナーの陣地が設置されていた。

 

 そして、その先は先ほどビデオで見たような作りだった。小柄な萌えもん2体が並んで通れるほどの通路だが、予想より不安定さは無いようだった。しっかりとプールの底まであるのか、プールに起こっている小さな波程度では微動だにしていない。

 

「さて、今回も始まったハナダジムリーダー戦! 今日の挑戦者はただひとり――」

 

 観客席近くに陣取った実況者が俺へと腕を向け、

 

「マサラタウン出身のファアルだ! 昨日からマサラタウン出身者が立て続けに戦いを挑

んできている。それぞれが面白い戦いをしていたが、果たして今回はどうなるか非常に楽しみだ!」

 

 どうやらグリーンだけじゃなく、レッドやブルーもここを勝ち抜けたらしい。ったく、俺も負けていられない。

 そして――

 

「迎え撃つは我らがハナダシティジムリーダー」

 

 颯爽とプールの中から跳び上がったのは、髪を頭の上で小さくまとめた少女だった。俺より若いが、レッド達よりかは歳を取っている。しかしまだ少女と呼んでも差し支えない年齢の女の子だった。

 ビキニ姿の少女は扉付近にかけてあったパーカーを羽織ると、マイクを持って俺へと真っ直ぐに指を指して宣言した。

 

「私はハナダシティジムリーダー、香澄! あのね、貴方!」

 

 真っ直ぐに俺の挑戦を受け止めて、堂々と胸を張っている。

 

「萌えもん育てるにも、ポリシーのある奴だけがプロになれるの! 貴方は萌えもん捕まえて育てる時、何を考えてる?」 

 

 バトルが始まる。

 香澄の言葉を聞きながら、一度目を閉じて大きく息をつく。

 

「私のポリシーはね……」

 

 ボールを手に取る。最初に繰り出すのは決まっている。

 

「水タイプの萌えもんで、攻めて攻めて――攻めまくる事よ!」

 

 行け――

 

「ハナダシティジムリーダー戦、」

 

「シェル!」

 

「アズマオウ!」

 

「開始!」

 

 俺と香澄、2体の萌えもんが開始の合図と同時に解き放たれる。

 香澄が繰り出したのはアズマオウ。トサキントの進化系で、水中での素早い動きと頭についた凶悪な角が特徴の萌えもんだ。水中に特化した萌えもんなため、陸上に打ち上げてしまえば無力になるが、そう簡単にはいくまい。

 

 そしてこういう場合、まずは先手として――

 

「ふふん――お手並み拝見と行こうじゃない」

 

 不敵に笑みを浮かべる香澄は予想通り、水中戦に持ち込む気のようだった。

 

「お、お? おおおお!」

 

 対するシェルはといえば、久しぶりの水に期待しているようだった。

 確かにここしばらくは水とは縁がない場所ばっかりだったからな……。

 

 しかし戦力として考えると、アズマオウの機動力にシェルが到底敵わないのは間違いない。いくら水タイプとはいえ、シェルは元々水中でも動きまわるタイプの萌えもんではない。アズマオウのような相手は同タイプといえど相性が悪いのだ。

 

「シェル、久しぶりの水だ! 楽しんで行こうぜ!」

 

「いいの、いいの?」

 

 期待に目を輝かせるシェルにGOサインを出す。

 すると、シェルは速攻で飛び込んだ。

 さぁ、本番はこれからだ。

 

 どうやらこのジムは水中戦も想定しているようで、きっちりとモニターには水中の様子が映し出されている。

 気泡を立たせながら潜るシェルと、自由自在に動きまわるアズマオウの姿が見える。

 これが今の戦力差だ。絶対的不利な状態で勝つには、いくつかパターンがあるが……。

 

「さ、こっちから行くわよ。アズマオウ!」

 

 どうやらどこかにスピーカーがつけられているのか、それとも俺たちの姿が見えるのか、アズマオウはカスミの指示に従ってそのスピードを上げていく。ともすれば、渦が起こってしまいそうな程に速い。

 しかし俺の声やらは届くのだろうか。

 と、

 

「大丈夫よ。マイクとかモニターとか付けてあるから。ここはジム以外に競技用としても使ったりするからね。万全よ」

 

「ありがとよ」

 

 ジムリーダーさんからお墨付きを貰った事だし、遠慮無く行くか。

 アズマオウは水中を縦横無尽に泳ぎ回っている。その速度は当然ながらシェルが捉えられる範疇を越えている。

 だが、水中だからこそその動きは限られてくる。

 地上では受ける事のない制限のために、自然とアズマオウの行動も予測しやすくなる。

 つまり――

 

「つつきなさい、アズマオウ!」

 

 角を使った愚直なまでの突進。相手より遥かに速さがあるアドバンテージを一番利用出来る攻撃方法といえば、それしか無い。

 

 だからこそ、付け入る隙はある。

 

 角でつつく。シンプルな攻撃だが、それに速さが加われば純粋な力として作用する。だが、逆にその攻撃は近付かなければ意味がなく、点の攻撃でしかない。

 例えどれだけ速く動いても、その一点だけは変わらない。

 

「シェル、殻に篭れ!」

 

 俺の指示は無事に届いてくれたようだ。シェルは殻に篭ると、流れに乗って水中を移動していく。

 

 シェルはまだ子供だ。いくら水の萌えもんといえど、元は海底で暮らす萌えもんだからこそ、水中での動きは緩慢になってしまう。だからこそ、アズマオウの起こした流れに乗る事が出来る。

 

 そうなると、アズマオウも好奇を逃す事になる。こうなれば持久戦だ。だが、それはこちらとて望む所じゃない。

 

 俺が待ち望むのは――

 

「シェル、下方向、水鉄砲!」

 

 俺の指示を聞き届けたシェルが画面に向かって僅かに殻を開く。

 シェルが頷いたように見えた後、動きがあった。

 

「はんっ、水中でそんな技使うなんて焦れすぎでしょ、貴方。この勝負、いただくわ!」

 

 突撃耐性に入るアズマオウ。向かう先は、シェルの僅かに開いた殻だ。

 

 ――かかった。

 

 それこそが狙いだ。堅い殻に身を守られている獲物を狩るなら方法はふたつしかない。殻ごと破壊するか、殻の開いた瞬間を狙うか。

 香澄は良く仕掛けてくれたものだ。こうして一点で狙ってくれれば、こちらも回避は出来る。

 

「い、たいけど、げっちゅー!」

 

 シェルは僅かに身を動かし、アズマオウの一撃をかろうじて交わす。が、それでもダメージは受けたようでモニターに表示されている体力が僅かに減った。

 

 だが、全く動じずにシェルはアズマオウの身体を掴むのと同時に、最大出力で水鉄砲を

発射した。元来からの水鉄砲の威力に加え、アズマオウのお陰で起こった水流も合わさり、シェルは一瞬にして水上へと踊り出る。だが、これで終わりじゃない。

 

 更に高く。前列の観客席が見上げるほどの高さまでアズマオウと共に上昇する。

 

「な、何よあれ……」

 

 香澄に告げるべく、更に指示を下す。

 

「シェル、アズマオウを放せ! 次いで水鉄砲、上方向!」

 

 上昇したシェルが飛び込んだのは通路のすぐ隣だった。僅かばかり流されはしたが、それでも通路の近くなのには変わりがない。

 つまり、ここからなら狙える手段がある。

 

 方法は一度試している。なら――

 

「更に、殻に篭れ!」

 

 水流を利用して勢いをつけ、更に殻に篭ることでダメージを上乗せする。

 

「ぴぎゃっ」

 

「アズマオウ!」

 

 アズマオウが悲鳴を上げるがもう遅い。スピードに乗ったシェルはアズマオウの上に乗り、そのまま通路へと真っ直ぐに落ちていく。

 

「――1体目」

 

 為す術なく叩き付けられるアズマオウ。水中戦に特化したが故に、何も出来ずに斃れ臥す。

 

「撃破――」

 

「げきはー」

 

 ぴょん、と小さくジャンプしてシェルが通路へと降り立つ。後には、ぐったりと倒れているアズマオウの姿のみ。モニターに映された体力も尽きてしまっている。

 俺はシェルにサムズアップ。シェルもまた、「ぐ~」と親指を立てて返してくれた。

 

「……嘘、何なのよ。あの戦い方――剛司の奴、とんでもないなんてレベルじゃないわよこれ」

 

 香澄はアズマオウをボールに戻すと、次の萌えもんを繰り出すべくボールに手をかけた。

 さぁ、次は何が来るか……。

 

 

    ■ 

 

 

「はは、面白い試合しよるやんけ」

 

 マサキは観客席から感嘆の声を漏らした。

 シェルダーとアズマオウ。戦力としての差もそうだが、不利な水中での戦いでこうも見事に勝ちを攫っていくとはさすがに予想していなかった。

 

「予習がてらニビジムのも見たけど……こりゃ面白いわ」

 

 自分の家にいきなりやってきた珍妙なトレーナー。見に行くと約束した手前こうしてやってきたわけだが、なかなかどうしてマサキの予想を期待以上に裏切ってくれた。

 

「ファアル、か。今年の萌えもんリーグは荒れそうやな」

 

 いち萌えもんファンとして。そして、萌えもん研究に携わる者としても、マサキは純粋に心が踊る。

 

「しっかし香澄、昨日負けまくったせいか、最初から容赦してないやんけ。あの布陣、四天王とかと戦う時のやん」

 

 香澄が次に出した萌えもんを見て、マサキはため息をついた。

 

 

    ■

 

 

「お願いね。行け、カメール!」

 

 次いで香澄が繰り出したのはカメール。ブルーでお馴染みゼニガメの進化系だ。

 丸みを帯びた顔が成長して凛々しくなっており、より攻撃性を増した印象を受ける萌えもんである。

 

 そしておそらくこのカメール、アズマオウとは違い陸上にも適応しているはずだ。一筋縄ではいかないだろう。

 シェルの水中戦は先ほどのように期待は出来ない。カメールも水タイプだ。おそらくシェルよりかは動きは良いと予想出来る。

 

 ここでリゥとバトンタッチするか否か。

 しばしの間思考し、

 

「一旦交代だ、シェル!」

 

「らじゃ!」

 

 シェルを交代。代わりにリゥを。

 

「ばっちり決めるわ」

 

「――リゥ、気をつけろ。あのカメール、嫌な予感がする」

 

「……諒解」

 

 俺の小声に頷いて、リゥは前に出た。

 

「ミニリュウ、か。貴方珍しい萌えもん持ってるじゃないの」

 

「はっ、自慢の相棒だ」

 

 しかし相手のカメールがどんな技を使うのかは未知数だ。水タイプの萌えもんは、総じて近いタイプの氷タイプの技を覚えられる。剛司のカブトのような技を出されれば、足場が少ないのを考えるとリゥにとっては致命打になりかねない。

 果たして。

 

「じゃ、今度はこっちが勝たせてもらうわ。カメール!」

 

 俺の予想は当たった。

 

「冷凍ビーム! やっちゃいなさい!」

 

 やはり覚えていたか。

 リゥは迎え撃つ気満々のようだが、はっきり言って相手が悪すぎる。

 弱点に加えてカメールというゼニガメの進化系だ。今の足場が悪い状態で相手をするには相性が悪すぎた。

 

「くらえーっ!」

 

 カメールから冷凍ビームが繰り出される。瞬時にして凍結させる技は、水面とて例外ではないようだ。瞬時にして氷が張られ、まるでスケートのリングのようになっていく。

 一直線に進む冷凍ビーム。回避出来る場所は……無い。

 抜け出せる可能性は――

 

「イチかバチか、だな。納得してくれるかだが、背に腹は変えられないか」

 

 俺はさっき前線してくれたもうひとりの相棒を手に取り、宣言する。

 

「リゥ、シェルと交代だ!」

 

「えっ?」

 

「頼む、シェル!」

 

 シェルはリゥの前へと踊り出ると、冷凍ビームをその身に受けた。

 だが、水と氷タイプを持つシェルにはそれほどダメージは無いようだった。

 

「ちょっとどういう事よ、私は!」

 

「――勝つためだ」

 

 詰め寄ってきたリゥにそれだけを告げる。

 

「……わかった」

 

 わかってるさ。甘かったのは俺だ。戦う気で満ちていたリゥを下げたのも俺の判断だ。

 

「もう少し、もう少しだけだ……挽回してみせるさ」

 

 拳から血が出そうなほど握りしめる。

 アズマオウにカメール。香澄の布陣を考えると、残り2体はより強力な萌えもんとなるだろう。この戦闘を無傷で切り抜けるくらいはしないと後に響く。

 しかしさっきから頭がフル回転しているが、打開策はほとんど見い出せない。どれも綱渡り状態だ。

 だが、やらなければならない。俺は、勝つためにここにいるのだから。

 

    ■

 

 そんなファアルの後ろ姿を眺め、コンは呟いた。

 

「……御主人様」

 

 後ろで見ていたからこそわかったから。

 彼の戦いを――。

 

    ■

 

 かメールは冷凍ビームの効果が薄いと判断するや、即座に肉弾戦に切り替えてきた。

 

「体当たりよ! 進化した強さってのを見せてやりなさい!」

 

 香澄の指示を受け、滑るように走るカメール。しかし亀は亀。その動きはやはり遅い。

 周囲には冷気が満ちており、シェルのいる地点まで水面は凍り付いている。

 

「シェル、氷に乗れ!」

 

「らじゃ!」

 

 通路から外れたシェルは氷の上へと。思った通り、シェルの体重では氷はビクともしな

い。

 うっすらと冷気が漂う中、更に指示を下す。

 

「水鉄砲!」

 

 立ち止まりこちらへと向きを変えたカメールに向かって水鉄砲を。当然、水タイプなのだから効果は薄い。

 

「はんっ、何よその苦し紛れ。カメール、冷凍ビーム!」

 

 だがカメールは動きが遅い。加えて、氷の上に乗ってしまえば重さで割れてしまうだろう。即ち、遠距離攻撃しか方法が無い。

 更に、冷凍ビームで水鉄砲を凍らせてしまえばシェルの動きを封じられると踏んだのだろう。もちろん、そんなのは剛士戦で学習済みだ。

 

「わわ、またー!」

 

 シェルにしては二度目だろうが、慣れるようなもんでもないだろう。慌てる前に引っ込める。

 

「戻れ、シェル! 更に交代、リゥを!」

 

 これで勝つ布陣は整った。ありがとうよ、香澄。狙い通りだ。

 

「その自慢の相棒、やっちゃうわよ!」

 

 香澄は再び冷凍ビーム。こちらへと向き直ったカメールはリゥへと向かって発射する。

 当たれば負けは必須。

 

 なら簡単だ。当たらなければいい。

 

 オニスズメと同じように上へと逃げれば第ニ射でやられる。かといって、動かなければやられる。なら、自分で道を作ればいい。

 予め来る攻撃がわかっているのなら、回避は容易い。

 

「リゥ!」

 

 俺は真横を指差し、

 

「叩きつけろ!」

 

 振り下ろした。

 リゥも意図を汲みとってくれたのか、通路から水へ――いや、氷となった水面へと跳び、氷を叩き割った。更に、

 

「まだまだ! 叩きつけろ!」

 

 今度はカメールへと。

 空中で体勢を立て直し、砕け散った氷をカメールへと向かって弾き飛ばす!

 さしものカメールもこれには対処出来なかったらしい。

 

「あーもー、カメール、殻に篭もりなさい!」

 

 殻にこもってやり過ごすカメールを他所に、リゥはさっき凍った水鉄砲の上に着地する。

 隙は出来た。一瞬だが、見逃すわけにはいかない。

 

「叩きつける!」

 

 今度はこっちの番だ。

 自慢の身軽さで跳んだリゥは一瞬にしてカメールとの距離をつめ、

 

「はあっ!」

 

 俺の指示通りに、真横へと叩きつけた。

 

「は?」

 

 これには香澄も目が点になった。

 何しろ、本来誰もが使う「叩きつける」という技は、そのまま地面に叩きつける使い方がほとんどだからだ。

 

 だが、カメールが殻に篭っている以上、一撃では沈まないのは予想出来た。加えて、相手はこちらを封じる術を持っている。

 

 なら、間髪入れずに追撃しなければこちらが負けてしまう。

 

「リゥ!」

 

「諒解!」

 

 更にリゥは跳ぶ。通常ならば追撃は不可能だった。何故ならば、通路以外は水面だからだ。だが、カメールの冷凍ビームの余波によって凍りついた水面は違う。一度だけなら――乗るのは無理でも追撃としてならば足場に出来る。

 リゥの脚力によって氷が割れる。

 

「2体目」

 

 手を真横に勢い良く振り切る。

 同時、カメールに肉薄したリゥはカメールと壁へと向かって叩きつけた。

 

「撃破」

 

 叩きつけると更にプラスのダメージ。これでカメールは、

 

「なんと……カメールの体力、ゼロになりました……」

 

 撃沈する。

 

 ばしゃん、と水しぶきを上げて着水するリゥ。しばらくしてから水面に上がったリゥは寒さで震えていた。

 だが、そんな事よりも――

 

「素晴らしい――濡れた服が素肌に張り付いて実に」

 

「そのまま逝けぇっ!」

 

「あらぬ!」

 

 俺は扉とキスをした。

 しかし、これで何とか半分だ。シェルの体力も少ないし、リゥも苦手な相手が多くなるだろう。

 後ひとり、コンがいるが……現時点では何とも言えない。そもそも、戦えるのかどうかすらわからない。

 状況はどう考えても、不利だった。

 

 

    ■

 

 

 倒れたカメールを戻して香澄は聞こえないように嘆息した。

 自分の萌えもんにぶっ飛ばされる姿を見ながら、思う。

 

「ほんっと、負けたくない!」

 

 次のボールを取り出し、香澄は心を踊らせながら投げる。

 さぁ、次はどんな戦いが出来るのだろうか。

 

 

    ■

 

 

 香澄は俺を見て楽しそうに笑っていた。

 

「くそ、笑うかよ、ここで」

 

 だが、面白いのは確かだ。

 これだけ不利な状況になってもまだ"諦める"なんてのを塵ひとつの可能性すら考えていない俺も大概なんだろう。

 

 いいぜ、やってやる。弱点だらけのこの状況、ひっくり返してやるさ。

 

「ふふん、次行くわよ!」

 

 言って、香澄が投げたボールから出てきたのは、

 

「行きなさい、ニョロボン!」

 

 ちょうどお腹の辺りに螺旋を描いたような服を纏い、手の先にはグローブのようなプロテクターをつけた萌えもん。水タイプでも屈指の格闘戦向きのニョロボンだった。

 

 ニョロボンは両手拳を正面で打ちつけて、強敵の到来を楽しみにしているようだ。既にやる気充分と言った所。

 相手が相手なだけにシェルでは分が悪すぎる。ここはこちらもインファイターを出すしか選択肢は無い。

 

「続投、いけるか?」

 

「当然、誰に言ってんのよ」

 

「だな。頼むぜ」

 

「任せない。負けるわけにはいかないんだから!」

 

 頼もしいもんだ。

 だが、ニョロボンはニョロモ、そしてニョロゾから更に進化した萌えもんだ。その強さ、技ともに全てこちらを上回っているだろう。

 

 そして恐れるべきはその格闘戦だ。おそらくこちらに対しての決定打となる技を持っているに違いない。まともに打ち合えばこちらの負けは必須だ。

 正面からは愚策。正攻法で勝てる相手でもない、か。

 

「全力でいくわよ、ニョロボン! 冷凍パンチ!」

 

 ニョロボンはその大柄な身体からは想像出来ない俊敏さでリゥとの距離を詰める。

 振りかぶった拳からは冷気が発せられており、的確にこちらの弱点をついてきている。

 

「リゥ、正面から当たるなよ! 回避、ついで電磁波!」

 

「わかってる!」

 

 ニョロボンの体躯は小柄なリゥから見れば威圧感と合わさって山のようになっているだろう。

 だが持ち前の負けん気の強さで捩じ伏せてくれているようだ。リゥは後ろへと跳び、電磁波を放つ。

 

 が、それだけだった。

 例え電磁波が効いていたとしても、相手はこちらより遥かに格上なのだ。格闘戦を得意とする萌えもんの本領発揮はここからだった。

 

「捩じ伏せなさい!」

 

 まさしく重戦車だった。電磁波によって麻痺寸前の身体を無理矢理動かし、リゥ目がけて渾身の力で拳を振り下ろしたのだ。

 これにはさしものリゥも驚いたようだった。

 

「くっ、この――!」

 

 だがこちらに打開策があるわけでもない。咄嗟にガードしたリゥだったが、勢いは殺せず後方へと吹っ飛んでいく。

 

「リゥ!」

 

 何とか体勢を立て直したリゥは俺の近くで着地したが、ガードした部分は冷気を発していた。後ろに跳んでいたのが幸いしてかクリーンヒットではないが、それでもきつい一発を貰ったのは間違いない。

 モニターに表示されるリゥの体力もかなり減っている。

 

「大丈夫、まだやれる!」

 

 リゥは真正面を向いて告げる。

 

「私は勝つって言った。勝ち続けて強くなるの。だから、相手がどんなのだろうと、負けない、負けてたまるもんか」

 

 それはまるで、自分に言い聞かせているようだった。

 ともすれば、震えだしそうな膝を鼓舞するかのように。

 

「――リゥさん」

 

 コンはそんなリゥの背中をじっと見つめている。

 

「……イチかバチか、乗るか?」

 

 未だに光明は見出せていない。だが、それでも勝たねばならない。

 万全を期して挑めないのならば、分の悪い賭けでも打つしか方法がない。当たれば逆転も可能だが――

 

「それやれば勝てるの?」

 

「勝てるかもしれない、だな。お前だってわかってるんだろ、相手の強さを」

 

「――まぁね」

 

 でも、と。

 

「あの手の相手ならまだ大丈夫よ。少しは慣れてるから」

 

 一瞬だけこちらを見たリゥは、覚悟を決めた瞳だった。

 それはあの時――マサラで出会った時に見た瞳と同じだった。

 強敵に打ち破れ、壁にぶち当たり――それでも尚負けたくないと。立ち上がりたいと思っている強い目だ。

 

 おーけー、上等だ。

 

「あいつに肉薄してくれ。一撃も貰わずに、だ。たぶん――」

 

「一発かわせば潜り込める、でしょ?」

 

「ああ」

 

「わかった。やってみる。……ううん、やってみせる」

 

 リゥが何のために強くなりたいと思っているのか。

 俺にはまだわからない。リゥの強くなりたいという願いの根源を俺はまだ知らない。

 

 だだ、そんな俺でもわかる。ニョロボンは、リゥが超えるべき壁のひとつなのだ。

 だからこそ、震えている身体を抑えつけて立つ。やがては自分が倒したい、乗り越えるべき存在へと追いつくために。

 

「作戦会議は終わった?」

 

 香澄は腕を組んで真っ直ぐに俺を見ていた。

 自信満々に。今度こそ撃ち砕く。そう意思を込めて。

 

「ああ、お陰様でな!」

 

 リゥはまだ動ける。勝つ意思がまだ灯っているのなら、どうにかするのが俺の戦いだ。

 ニョロボンの攻撃は単調だ。おそらく香澄もそれをわかっているだろう。

 

 だが、わかっていて押し通している。不利な足場を利用しての正面からの問答無用の一撃。回避する足場が限られている一本道の通路であるならば、これほどの驚異はなかなか無い。

 

 加えて、格闘戦に秀でたニョロボンの突進力もある。並大抵の萌えもんでは、ニョロボンが立ち塞がるだけで萎縮していまうだろう。それほどのプレッシャーを持っている。

 

 逃げたら勝てない。

 

 なら、こちらも向かうだけだ。後退出来ないなら、前に進むしかない。元より、後退する気も無い。

 

「リゥ、竜巻だ! 四方に分散! 集合!」

 

「諒解!」

 

 剛司戦のプテラと同じ要領で竜巻を生み出す。都合4本。小規模だが、萌えもんを持ち上げるだけの力は持っている。

 更に、

 

「前進! 突っ込め!」

 

 通路を挟む形で2本。更にニョロボンの後方へと大きく回る形で2本の竜巻が移動する。

 

 

    ■

 

 

「竜巻、か……当たれば厄介だけど」

 

 香澄は即座に頭の中で判断する。

 竜巻の威力。相手の作戦。そしてこちらの戦力。

 

「ま、結局はひとつしかないのよね」

 

 香澄は自嘲の笑みを浮かべ、ニョロボンにもう一度冷凍パンチを命じる。

 例え竜巻が来ようと地震が起ころうと雷が落ちようとも、香澄の戦略は変わらない。

 何故なら――

 

 

    ■

 

 

「私のポリシーは水タイプの萌えもんで攻めて攻めて……攻めまくる事なんだから!」

 

 香澄の指示を受け、ニョロボンは突進する。

 拳を振り上げ、向かい来るリゥを今度こそ仕留めんと裂帛の視線を眼前の敵へと注いでいる。

 

 だが、リゥも止まらない。

 竜巻を従えて、立ち塞がる壁へと真っ直ぐに立ち向かう。

 

「リゥ、竜巻を先行! 挟み込め!」

 

 リゥと並走していた竜巻をまずは当てる。

 だが、この程度ではニョロボンの移動をかろうじて抑えるだけだ。初めに当てた電磁波が効いているだろうが、それでも多少大きい岩にぶち当たった程度でしかないようだった。

 

「残り二、竜巻を合流!」

 

 そして背後へと回りこんだ竜巻をひとつにさせる。この時点で、リゥは体力をかなり消耗していまっている。これ以上の無茶は出来ない。

 

 だが、まだだ。こんなのはまだ準備段階だ。

 本領はただひとつ。イチかバチかの賭けは次の瞬間にこそかかっている。

 

「頼むぜ、リゥ」

 

 信頼する相棒の背に、俺は小さく呟く。

 果たして。俺の言葉は届いたのだろうか。

 

「ニョロボン、決めちゃいなさい!」

 

 竜巻で多少勢いが削がれたものの、それでも立ち止まらずニョロボンはリゥへと迫る。

 冷気を纏った拳が振り下ろされる。

 当たれば負け。小柄なリゥは弱点属性と相まって一撃で敗北となる。

 

 だが、俺の信じる相棒は――

 俺が信じたパートナーは――

 

「私は、負けない……!」

 

 リゥが身を捩る。あたかもそれは何度も何度も繰り返された動作のようだった。

 ずっとずっと――それこそ何千何万と繰り返された愚直なまでの練習のように。

 ニョロボンの拳は、リゥの身体を避けるかのように外れていった。

 

「っ、やった!」

 

 だけど、終わりじゃない。

 この瞬間を。

 ニョロボンの懐に潜り込める瞬間を待っていたのだから。

 

「リゥ!」

 

 電磁波もほとんど効果が見られない。竜巻も捩じ伏せるニョロボンに、物理攻撃が効くとはとてもじゃないが思えない。

 なら、物理じゃないダメージを与えればいい。

 即ち、

 

「龍の息吹!」

 

 こちらも、その無防備な土手っ腹に切り札を切らせてもらう!

 

「このタイミングで大技!?」

 

 一撃では仕留められない。肉薄していれば即ちニョロボンの独壇場を意味する。だからこそ放った大技に驚く香澄。だがまだだ。

 何のために竜巻を背後へ回したと思っている。

 

「リゥ、上だ!」

 

 龍の息吹によって浮いた上体のニョロボンを後ろから迫っていた竜巻が掻っ攫う。

 すぐに離脱していたリゥは後退し、俺の指示通りに上を向く。

 

 そして竜巻に飲み込まれたニョロボンは、竜巻の性質に従って上へ上へと上昇し、やがては解き放たれる。

 その瞬間こそ、

 

「格好の狙い目って事だ!」

 

 そう、ニョロボンは接近戦に重きを置いた萌えもんだ。それ故にウェイトもあり、だからこそ空中で咄嗟に動作が取れない。

 俺は真っ直ぐに腕を上へと掲げ、告げる。

 

「龍の息吹!」

 

 リゥによって更に追撃を食らったニョロボンは、空中で黒い花火を咲かせる。

 

「――3体目」

 

 ぽつりと。リゥが小さく、だがその場にいた誰もが聞き取れる声で告げる。

 

「撃破だ!」

 

 俺の宣言と共に、ニョロボンは倒れ伏した。

 イワークですら一撃で沈めた大技を二発。それがニョロボンに対して支払った代償だった。

 

 

    ■

 

 

 会場がどよめいた。

 その響動きの中心にいる男を見て、マサキは笑みを隠せなかった。

 たった2体。手持ちのロコンはおそらく香澄にとって敵にすらなるまい。

 

 だからこそ、会場内にいた誰もが驚いていた。

 ハナダシティジムリーダー。香澄が普段挑戦者を相手に使う萌えもんとは遥かに強さが違うアズマオウ、カメール、そしてニョロボンをただ一体の敗北すらなく退けてみせたのだから。

 しかし、

 

「さて、いよいよ最後の一体やけど……倒せるか、お前に」

 

 なぁ、ファアル。

 盛り上がりを見せる会場の中、マサキは過去に見た光景を思い出す。

 あの、まさしく切り札ともいえる萌えもんの存在を。

 

 

    ■

 

 

 香澄がニョロボンをボールに戻すのを見送ってから、リゥを下げさせた。

 ここまで何とか3体を撃破したが、こちらは満身創痍の状態だ。シェルもリゥも、後1発貰えば落ちる。

 それだけのダメージを受けてしまっている。

 

 最後の1体。おそらく香澄にとってジョーカーとなるべき萌えもんに違いない。

 ともすればコンに頼ってしまいそうな自分に慌てて首を降る。コンは戦えない。もし戦おうとしてくれても、極度の緊張が支配するこの場所ではコンの精神が焼き切れてしまう。

 

 リゥ、シェル。こちらが使える萌えもんは2体だけだと考える方がいい。

 弱音は吐かない。見せるわけにもいかない。

 

 俺はトレーナーだ。だから、最後まで勝利を信じて、どれだけ確率が低かろうと手繰り寄せなければいけない。

 

「……御主人様」

 

 コンに笑みを返し、頭を撫でる。

 

「勝つさ。見てろよ」

 

 拳を握りしめる。気がつけば、汗でべっとりしていた。やれやれだ。

 俺は気合を入れるために掌に拳を打ち付ける。

 

「よし、行くぜ」

 

 こくりと頷いてくれるリゥ。シェルもまた、ボールの中で頷いてくれたようだった。

 

「……正直、ここまでやるなんて思ってなかったわ」

 

 そんな中、香澄が告げる。

 最後のボールを持って。

 

「だけど」

 

 いよいよ、ハナダシティジム、最後の戦いが始まる。

 

「勝つのは私よ! 行きなさい、スターミー!」

 

 香澄の切り札を持って。

 ボールから出たスターミーはヒラヒラと服をはためかせ、音も無く着地した。

 その自信に満ち溢れた笑みに、敗北の二文字は無い。

 

「ここに来てスターミーか」

 

 スターミー。ヒトデマンから進化する萌えもんで、水とエスパータイプを持つ萌えもんだ。

 先程のニョロボンが格闘戦に秀でていたのならば、スターミーは逆に中・遠距離を得意としている。加えて、香澄の育てた相棒だ。一癖も二癖もあるに違いない。

 

 勝機があるとすれば、リゥの近接戦闘なわけだが……そう簡単に距離を詰めさせてくれるのかどうか。

 

「――頼むぜ、シェル!」

 

 時が待ってくれるわけでもない。

 俺はシェルを出して様子を見る事にした。

 

「まだまだいけるー」

 

 シェルも疲労が見え隠れしているが、それでも気力はばっちりあるようだった。

 まずは様子見といきたいところだが、はっきり言ってこちらにも余裕はない。

 

 ――速攻しかない。

 

 スターミーとの距離はかなり開いている。この距離を一気につめるのは不可能だ。だが、水に潜ってもスターミーの方が動きは速いはず。

 真正面から挑むのは愚策。ならば、

 

「シェル、水鉄砲! 飛べ!」

 

「りょーか――お、およよ?」

 

 だが、それも終わる。

 都合、おおよそ15メートル。その距離を、なんら詰める事無くスターミーは攻撃してみせた。

 

「うふふ、残念ねお嬢さん。サイコキネシスですわ」

 

 スターミーの両目が怪しく光る。

 

「貴方は確かに強い。正直、並大抵のトレーナーじゃない。でもね、何度だっていってあげる」

 

 香澄が真っ直ぐに、会場中に宣言するかのように右手を挙げる。

 

「わわ、うごけないー」

 

「シェル!」

 

 まさか、サイコキネシスで動きを封じられている?

 シェルはまるで十字架に貼り付けられたかのように上空へと浮遊する。水鉄砲を出して抵抗するも、同じ水タイプのスターミーにダメージはほとんど無い。

 

「私は香澄。ハナダシティジムリーダーの香澄よ! 貴方が全力で挑んでくるのなら」

 

 そして、香澄は指示と共に掲げた右手を振り下ろす。

 

「全力で撃ち砕く! それが私の戦い方よ!」

 

 同時、閃光が走る。

 

「み、みぎゃああああぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 そのあまりの光量に思わず腕で目を覆ってしまった。

 会場が地響きで揺れる。

 

「シェル! おい、大丈夫か!」

 

 閃光はすぐに納まったが、未だに定まらない視界で呼びかけると、まるで答えるかのようにしてゆっくりとシェルは降下してきた。

 

「じ、じびれだ~~~」

 

 ぷすぷすと煙を上げながら目を回している。

 

 シェル、撃破。

 

 激戦を戦い抜いてくれたシェルは、ここでリタイアとなった。

 ボールに戻し、改めてスターミーを見やる。

 立ち位置も何も変わっていない。シェルの水鉄砲で多少動いただけで、数センチ程度の変化しかない。

 

「おまけに雷、かよ」

 

 電気タイプの技でも最強クラスに属する技だ。それをいとも容易く使用してみせた。おまけに、サイコキネシスで動きを封じた上での攻撃なのだから、こちらも回避しようがない。

 

 まさしく最後を飾るに相応しい萌えもんだ。さっきのニョロボンが可愛く見えてくる強さではないか。

 

「勝機はある?」

 

「……」

 

「だと思った」

 

 はぁ、とリゥは嘆息し、前に出る。

 シェルの次は自分だと。

 

「あの――」

 

「私はね」

 

 さっきの光景を見たからであろう。コンがリゥを制止しようとしたのを遮り、リゥは告げた。

 

「強くなりたいの。だから立ち止まりたくない。例え相手がどれだけ強くて、高い壁だったとしても」

 

 果たしてそれは後悔だろうか。

 リゥと俺は違う。俺は挫折しかけ下を向いていたが、リゥはそれでも何度も這い上がった。どれだけ抑えつけられても上を向き続けた。

 

 だからこそ、本質的にリゥは強い。単純な強さではなく、戦う事においての強さを持っている。

 

「私は、立ち向かい続ける。そりゃ悔しいけど、負けるくらいはいい。でも、自分にだけは負けたくないから」

 

 そう言って、リゥは通路まで歩き、立ち止まった。

 今から倒す。

 無言で相手に告げながら。

 

「リゥさん……」

 

「あいつ、強いだろ?」

 

「……はい」

 

 でも、と。

 コンは自分に足りないと知っている。リゥの持っている強さこそ、自分が持っていない強さなのだとわかっている。

 

「いいんだ、コン」

 

「ふえっ?」

 

「"強さ"なんての人それぞれだ。何が一番強いかってのじゃないんだ。大切なのは、これだけは曲げられない。これだけは曲げちゃいけない。そう思えるものがあるって事だ」

 

 俺もそうだ。ずっとくすぶり続けていた想い。幼い頃に夢見ていた背中を目指す夢だけは捨てたくなかった。だから、後生大事にこんな歳まで抱え込んでしまっている。

 

 だが、それでいいと思う。

 それぞれに、それぞれの想いがあるように。

 俺たちに、俺たちの夢があるように。

 絶対に負けられない戦いがあるのだから。

 

「コンにもあると思うぜ? 見つけるのは、ちと難しいかもだけどな」

 

 はは、と笑い、前を向く。

 さぁ、行くぜ相棒。

 

「……しかし、どうしたもんか」

 

 厄介なのはやはりサイコキネシスだ。あの技でシェルのように動きを封じられてしまってはこちらはどうしようもない。

 

 しかも、まだ相手の手の内を完全に見れていない。サイコキネシスに雷。どちらも必殺の一撃なのには変わらないが、まだ奥の手は持っているはずだ。間違いなく水タイプの技はあるとして……残りひとつは何だ。

 

 もし。

 もしそれが氷タイプの技ならば――

 リゥは満身創痍だ。カメールにニョロボン、共に弱点をつかれる戦いを強いられている。

 

 相手の動きを封じた上で、必殺の一撃を見舞う。単純な戦法だが、破れなければ敗北する。

 だが、逆を言ってしまえば、相手にこちらの攻撃を封じる手段は無いという事でもある。サイコキネシスも万能ではあるまい。何かしらの穴はあるはずだが。

 

 見極められるか、俺に。

 

 スターミーの一挙手一投足を見落とさないようにしなければなるまい。同時に、リゥにどう立ちまわってもらうか。

 

「来ないならこっちから行くわよ、ファアル!」

 

 香澄が哮る。今の状況で先手を取られるのはまずい。 

 

「リゥ、下方向、叩きつけろ!」

 

 同時に、リゥは跳ぶ。跳躍による移動。

 サイコキネシスで見極めたいのはふたつ。

 

 ひとつは、効果がどこまでの範囲に及ぶのか。これがもし俺の予想通りなら、勝機はある。

 

 そしてもうひとつ。サイコキネシスが発動出来るタイミングだ。

 こじ開けるための穴はどこかに必ずあるはずだ……!

 

「スターミー!」

 

 一気に距離を詰めるリゥに向かって、

 

「冷凍ビーム!」

 

 やはりか!

 通路は真っ直ぐだ。カメールのような回避の方法も難しい。

 加えて、こちらが回避すればサイコキネシスの良い的になるだろう。

 

「――距離、か?」

 

 ただ単に香澄がこちらをサイコキネシス以外の技で迎え撃ったという可能性もある。

 だが、シェルより距離のあったリゥに対して弱点を攻めるのを優先したというのは何か理由があると思いたい。

 

 次にひとつ。

 

「リゥ、下方向、叩きつけろ! 次いで龍の息吹!」

 

「諒解!」

 

 冷凍ビームを回避し、上空からスターミーへと向かって必殺の息吹を吹き出すリゥ。

 咄嗟に判断したスターミーは、しかしタイミングが合わなかったのか身を動かして回避し、水中へと着水した。

 

 これでひとつ。

 

 おそらく、ふたつの技を同時には繰り出せない。距離が近付いたのにも関わらずサイコキネシスが放てなかったという事は、技の最中は無防備になるのだろう。

 加えて、

 

「リゥ、電磁波だ!」

 

 水中へと向かって電磁波を放つ。

 地上とは違い、水中は伝播する。スターミーも無事ではいるまい。

 

「スターミー、水の波動!」

 

 水中よりの奇襲。

 電磁波を浴びたスターミーはそれでも止まらない。

 突如として水面が泡だったかと思うと、小さな渦となって襲い来る。

 

「このっ!」

 

 水中に落ちればこちらに勝ち目はない。

 リゥは後ろへと跳んで何とか回避すると、水から出てきたスターミーと再び向かい合った。

 

「これで揃ったか」

 

 ひとつ。サイコキネシスは同時に発動出来ない。

 

 ふたつ。スターミーの覚えている技は、サイコキネシス、雷、冷凍ビーム、水の波動の4つ。

 

 そして不確定だが、サイコキネシスには距離がある。

 

 だが、リゥは近接戦闘型だ。さっきは接近しかけたが、今度も上手くは行くまい。

 スターミーも電磁波による痺れがあるのか、動きが多少ぎこちなく見えるが、それだけだ。

 未だに与えられたダメージはシェルの水鉄砲のみ。ダメージなどほとんど無いと言っていい。

 

「それで打開策、見つかったの?」

 

「――もう少しだ」

 

 リゥの息が上がりかけている。

 香澄にも見抜いたのだろう。指を立てて宣言した。

 

「後1分よ。それでそのミニリュウ、撃破してあげるわ!」

 

 得意気に告げる香澄に内心かき乱されるが、俺が慌てるわけにはいかない。

 むしろ、今にもスターミーに飛びかかりそうになっているリゥを制止しなくちゃいけない。

 

「落ち着けよ、相手の作戦だから」

 

「――そうしたいけど」

 

 リゥの体が震えている。

 怒りを堪えているんだろう。元々プライドが高いから仕方ないのかもしれないが……ここで誘いに乗れば敗北は必須だ。

 

 頼む、耐えてくれ。

 しかし俺の願いも虚しく、

 

「所詮どれだけ頑張ってもミニリュウはミニリュウなのよ! 私のスターミーの敵じゃないって事、教えてあげる!」

 

「この――!」

 

 キレた。

 リゥは香澄の挑発に見事に乗り、スターミーへと突進する。

 あの馬鹿が!

 

「リゥ、待て!」

 

「待たない!」

 

 そうして、リゥはまんまとスターミーの"距離"へと足を踏み入れてしまう。

 最も使われたくない技を香澄は告げる。

 

「サイコキネシス」

 

 スターミーの目が光る。

 やはり視線も重要だったか。

 だが、今わかったとてもう遅い。

 

「くっ、この!」

 

 リゥは藻掻くも、身体はぴくりとも動かない。

 そのまま上空へと持ち上げられていく。

 

「マズい……」

 

 これではシェルの二の舞だ。

 だが、それでも完全にこちらの動きを阻害するわけじゃない。まだ口は動く。

 なら!

 

「リゥ、龍の息吹!」

 

 こちらを視線で射抜いているのなら、相手だって動けないのと同じだ。

 

「い、けええええええ!」

 

 リゥの口から敵を倒さんを放射される。

 だが、それでもスターミーは動こうとしなかった。

 

「スターミー」

 

 例え直撃しようとも、リゥを空中に張り付けにしている。

 それはまるで罪を犯した者を裁く裁判官のように。

 香澄は冷酷に判決を下した。

 

「冷凍ビーム」

 

 サイコキネシスの効力が切れる。

 そして放たれた冷凍ビームは真っ直ぐにリゥを射抜き――

 

「あああぁぁぁぁ――っ!」

 

「リゥ!」

 

 こちらの闘争心を根こそぎ凍てつかせるかのように、無慈悲な現実を突きつけた。

 

「ミニリュウ、撃破よ」

 

 香澄の言葉と共にモニターに表示されるリゥの体力もゼロへと。

 慌てて駆け寄ると、リゥの意識はまだあった。

 いや、それ以上に、

 

「……まだ、まだやれる」

 

 立ち上がろうとしていた。

 冷え切った身体で。戦うだけの力ももう残っていないというのに。

 それでも、リゥはまだ立ち上がろうとしていた。

 目の前の壁を倒すために。

 

「リゥ、もういい」

 

 これ以上の無理はさせられない。

 残りは戦いを恐怖しているコンのみ。ジム戦に連れて行く事で少しでも慣れてもらおうかと思ったが、さすがに無理だ。

 

 シェルもリゥも戦闘不能。

 悲しいが、これが現実だ。

 

「嫌、よ……絶対に、負けないんだから……わたし、は」

 

 身体を抱えていた俺を押しのけようとしているが、普段の力なんてどこにもない。どこまでもか弱い力だった。

 

 ――棄権しかない。

 

 俯き、俺が視線を上げたその時だった。

 

「……」

 

 次は自分だと。

 俺に背中を向けて、コンが立っていた。

 

「コン、お前……」

 

 見れば、コンの身体は震えている。断じて、恐怖に打ち勝ったわけじゃない。

 だけど、

 

「は? 貴方それロコンじゃない。ほんと何で連れてきたのかわかんないけどさ、ひとつ簡単な事教えてあげようか?」

 

 呆れた香澄の声、そして会場から溢れ出す失笑。

 当然だ。香澄に言われなくても、誰にだってわかる自然の摂理だ。

 そんなのは誰にだってわかる。

 それでも、

 

「いい? 炎タイプの萌えもんは水タイプの萌えもんには勝てないの。だってそうでしょ? 火は水で消えるんだから」

 

 失望の眼差しと悪意がざわめき出した会場の中で。

 それら全てが自分へと向けられている中で。

 コンは震える身体で、しかし俯く事無く真っ直ぐに前を向いていた。

 いや、戦っていた。

 

「コン、あんた……」

 

 突き刺さる視線でも、目の前にいる強敵とでもなく。

 足が竦み、震えだし、逃げ出したいと思う自分自身と戦っていた。

 

 一歩も退かずに、逃げて隠れ続けていた臆病だった自分と。

 

 例え誰かに馬鹿にされようと。

 

 例え誰かに認められなくても。

 

 俺が――仲間でありトレーナーである俺が信じてやらないで、誰が信じるんだ。誰が、コンと一緒に歩もうと――戦おうというのだ。

 

「うるせぇ、黙ってろ!」

 

 俺の声が会場中に響く。

 ビクリと身を竦ませるコンの背中に、俺はたった一言告げる。

 

 コンが一番欲しい言葉を。

 

 コンの背中を押す言葉を。

 

「――勝つぞ」

 

「はいっ!」

 

 叩き折れるなら折ってみろ。

 

 叩き伏せられるなら叩き伏せてみろ。

 

 俺たちが教えてやるよ。

 

「少し休んでてくれ、リゥ」

 

「……わかった」

 

 俺と一緒に下がったリゥは、立ち止まりコンへと向かって、

 

「絶対に勝ちなさいよ、コン」

 

「勝ちます、必ず」

 

 リゥなりのエールを送った。

 コンの声に震えはない。

 これならいける。

 シェルとリゥが見出してくれたスターミーの弱点。

 そして何よりも――博打に等しいが勝てる策がひとつある。

 

「コン、火炎放射!」

 

「はい!」

 

 大きく息を吸込み、コンは最大出力で火を吹き出す。急激な温度差で火炎放射の周囲が陽炎の如く揺れ動く。

 だが、香澄は意に介したわけでもない。

 

「スターミー、水の波動!」

 

 即座に火を打ち消した。

 だが、シェルの使用する水鉄砲のように単純な威力はそれほど無いようだった。火炎放射を浴びて蒸発した水が、冷凍ビームの余波で冷え、湯気となって立ち込め始める。

 決着を付けるぞ、香澄。

 

「怯むなよ、コン! まだまだ火炎放射!」

 

 だが、火炎放射はこちらの決め手ではない。

 噛み付くとメガトンパンチ。勝負を決めるのはこれらふたつの技になるだろう。特に、"噛み付く"はエスパータイプに効果がある。が、狙うには距離をつめる必要がある。

 

「だから、無駄だって言ってるでしょ!」

 

 次々と消されていく火炎放射。

 だが、リゥの電磁波の影響か、何度か打ち消せずにスターミーは被弾していき、ジワジワと削られていく。

 立ち込める湯気。熱気を持った空気が俺の場所まで流れてくる。

 

「この、鬱陶しい! スターミー、サイコキネシス!」

 

 来たか。

 

「は、わわ! う、動けないです!」

 

 痺れを切らした香澄が虎の子を使用する。

 浮き上がっていくコン。

 視界が悪くなりつつある中で、未だサイコキネシスは健在だ。

 

 だが、

 

「……狙い通りだ」

 

 コンにもう一度指示を下す。

 

「コン! 火炎放射を最大出力!」

 

 身体の動きが封じられても、吐息のように噴射する技が出せるのはわかっている。

 スターミーの使用するサイコキネシスはあくまでも対象の身動きを封じるためのものだ。何故なら、ハナダシティジムのフィールドはプールで、サイコキネシスによって操るものなど何もないからだ。しかも唯一操れる固形物である氷は、コンの放った火炎放射の熱気によって既に溶けているし、よしんば残っていたとしてもコンに近付く前に溶かされてしまう。

 

 即ち、スターミーの――いや、香澄の選択肢などひとつしかない。

 

 サイコキネシスの後に、水の波動。

 

 火は水に勝てない。その一点こそ、香澄が勝利を確信している部分だ。

 加えて、コンが勝つにはスターミーに肉薄しなければならない。

 

 絶対に封じられた距離。

 その距離をこじ開けるには、無理矢理突き進むか、異表を突く他ない。

 香住は勝利を確信している。その証拠に、腕を真っ直ぐに掲げ、今度こそ勝利を決めるために必殺の指示を下す。

 

「スターミー、水の波動! 火が水に勝てないって事、思い知らせてやりなさい!」

 

 放たれる必殺の一撃。

 高熱の火と水とがぶつかりあり、猛烈な湯気を発生させながらせめぎ合う。

 だが、それでもスターミーの勢いが強い。

 

 そもそもコンの火炎放射は息だ。長時間放てる技ではない。

 狭まる距離。

 一瞬にして撃ち破れた均衡はコンを呑み込むべくひた走る。

 

「コン!」

 

 だから、俺は告げる。

 

「自分自身に負けるな!」

 

 しかし無情にも、スターミーの放った水は火炎放射もろともコンを呑み込んだ。

 熱せられ蒸発した水が瞬時にして冷やされ、湯気となって上空に立ち込める。

 即ちそれが、コンが撃ち負けた証でもあった。

 見る間に減っていくコンの体力を見、香澄は高らかに宣言する。

 

「これでわかったでしょ? タイプって重要なの。水タイプに勝ちたいなら炎タイプじゃなくて、電気とか草とかにするのね。ま、それでも私は勝つけどね!」

 

 事実上の勝利宣言だった。

 会場の誰もが香澄の勝利を疑わなかった。スターミーでさえ、警戒と解いている。

 

 だが。

 俺だけは違った。

 まさかこうまで作戦通りに展開してくれるとは思わなかった。

 

「ふっ……ははは! 確かにその通りだ。火は水で消える。ガキでもわかる当たり前の事だよなぁ!」

 

 だから俺は教えてやる。

 単純に。

 そんな道理を持って壁となって立ち塞がる奴に。

 

「――だがな、ひとつ教えてやるよ、水使い」

 

 思い描いた自分になるために。

 決意を持って自分と戦い続けるという意志を。

 自分の足で立ち、自分の意志で向かい合う勇気を。

 遥か遠い強さを追い続ける強さを。

 

「小学生でも学ぶお勉強だ。良く覚えておけ」

 

 真っ直ぐに。

 上を目指し続ける誇りを。

 どれだけくじけても、嘲笑われても――消えることのない本物の炎ってやつを!

 

 そいつは俺の十八番だ、香澄。

 頂点を指差し、告げてやる。

 

「"蒸発"――火が水を消すんだよ!」

 

「なっ――」

 

 上空から湯気を突き破る。

 スターミーが慌ててコンへと向く。

 

 だが――

 

「遅ぇ、噛み付けぇ!」

 

 会心の一撃。

 だが、まだ終わりじゃない。これではスターミーは沈まない。

 即座に気を取り直した香澄がいる。

 

「くっ、スターミー、水の波動!」

 

「コン!」

 

 コンがその場で身体を撚る。

 スターミーは動かない。いや、動けない。

 鉄壁だった戦略。

 絶対に負けないはずだった布陣。

 それらが崩れ去り、更にリゥの電磁波によって身体も麻痺状態に近い。

 更に、

 

「――まさか、怯んで!?」

 

 奇襲による一撃は怯ませるには充分だ。

 

「メガトン――」

 

 コンは更に一歩踏み出す。

 内なる自分を倒すために。

 恐怖に震える自分を目覚めさせるために。

 渾身の力で。

 

「パンチだぁぁぁっ!」

 

「アアァァァァァァ――――!」

 

 スターミーを殴り飛ばした。

 腰を捻り、踏み込んだ理想とも言える姿勢はまるでコンの決意をそのまま乗せたかのように、凄まじい威力だった。

 

「スターミー!」

 

 そしてスターミーはそのまま壁へと突き刺さり、

 

「――4体目」

 

「撃破、ですっ!」

 

 俺とコンの宣言が、バトルの終了を告げた。

 

 

   ■

 

 

 試合の後、俺と香澄は互いに向かい合っていた。

 静寂に包まれる会場の中、香澄は右手を差し出した。俺はその右手を握り返す。

 

「良いバトルだったわ」

 

「同感だ。さすがジムリーダー」

 

 そうして俺たちは笑い合い、あっさりと手を離した。

 

「じー」

 

 少しだけ名残り惜しかったが、どうにも背中の視線がムズムズしたので考えない事にする。 

 

「で、これが約束のバッジよ」

 

 手渡されたバッジは、水のように綺麗に澄んだ色をしていた。

 剛司のグレーバッジが岩を連想させるなら、まさしく水を連想させるバッジだ。

 

「バッジを集めてるって事は萌えもんリーグを目指すんでしょ?」

 

「まぁな」

 

 その頂に、乗り越えたい男がいるのだから。

 俺の夢は、その場所にこそあるのだから。

 

「期待してるわ。貴方がいれば今年の萌えもんリーグは面白くなりそうだから」

 

 任せとけ。

 そう言って俺はもう一度香澄と握手を交わし、背を向ける。

 

「さ、行こうぜ」

 

「はいっ」

 

 元気よく頷いたコンと、少し回復したのか自力で立ち上がったリゥ。

 リゥは俺の手元をじっと見ていたが、やがて手を差し出してきた。

 

「バッジ、貸して」

 

「ん? ああ」

 

 リゥにバッジを手渡す。

 またグレーバッジのように付けるのだろうか、と思っていたらコンへと向かってバッジを差し出した。

 

「えっと」

 

 戸惑うコンに恥ずかしいのかそっぽを向きながら、

 

「今回、勝てたのはあんたのお陰だしね。だから、あんたが付けなさい」

 

「は、はぁ……」

 

 コンは俺を一度見上げ、リゥの様子に苦笑しながら俺が頷きを返すと恐る恐るといった様子でバッジを受け取り、胸につけた。

 

 炎タイプの萌えもんに澄んだ色のブルーバッジ。

 

 アンバランスに見えるが、それはまるでコンが一歩進めたのを称えるかのようにも見えた。

 

「さ、行くか」

 

 まずは萌えもんセンターで傷ついた身体を癒して。そして、次のジムを目指す。

 だがそれよりも。まずは今の勝利に酔いしれよう。

 

 もっと強くなるために。

 いつか、自分自身にも誇れる強さを手に入れるために。

 そのために、俺たちは前に進む。

 

「あの、リゥさん!」

 

「何よ」

 

「ありがとうございます!」

 

「……ふんっ」

 

 仲間たちと主に。一歩ずつ。

 

 

 

                               <了>

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【第九話】クチバ――豪華客船と似非外人

船酔いするのに船長、というのはありなのかどうか眠れなくなるほど考えた結果、放置しました。


 激戦のハナダシティジムを後にし、萌えもんセンターで一日休息を取った俺たちは、一路クチバシティを目指す事にした。

 本来ならハナダとクチバの間に位置しているヤマブキシティに行っておきたかったのだが、

 

「ま、せっかくくれたんだしな」

 

 手にしたチケットの日にちがそろそろ切れそうだったから、先にクチバに決めたのだ。

 くしゃくしゃになったチケットには、【サントアンヌ号】と書かれている。何やら聞いた話によると、世界一周している豪華客船らしく、今はクチバの港に寄港しているらしいのだ。

 

 その間、こうしてチケットを持っている人間は自由に乗船が可能らしい。

 らしい――というのは他でもなく、俺自身もさっき貰ったものだから実は全く把握していない。

 

「ったく、渡すだけ渡してすぐに消えやがって」

 

 あのピッピ――間違えた、マサキは本当良くわからん。

 普通なら飛びつくようなイベントだというのに。

 

「行くの?」

 

「おう」

 

 こんな面白そうなイベント、逃すわけにはいかない。

 何しろ豪華客船なんてこれからの人生、乗れる機会なんて無いだろうからな!

 

「……また寄り道?」

 

 呆れ顔のリゥを宥める。

 あれだけ戦っておいてこの娘っこ、もう次のジムに行きたいらしい。

 

「寄り道も大事だぜ? 英気を養うってな」

 

 それに、どこに戦うためのヒントが転がっているかもわからないしな。

 戦術のストックが豊富なのは強みになる。

 

「そのクチバシティって遠いの?」

 

「いや……」

 

 頭に地図を思い浮かべる。

 北から見れば、ハナダ、ヤマブキ、クチバという位置関係だが、確かハナダにはクチバと繋がっている地下通路があったはずだ。

 そこを利用するのも悪くないだろう。

 

「半日あれば着く距離だろうな。行こうぜ」

 

「……はぁ、わかった」

 

 不承不承といった様子のリゥ。俺が寄り道ばっかりで慣れてしまった部分もあるのだろう。

 だけどな、リゥ。人生、寄り道は大事なんだぜ?

 

 

   ■

 

 

 リゥを宥めてハナダシティからしばらく南へ進んでいると、ヤマブキシティへのゲート手前に、こじんまりとした建家が見えてくる。あまりにも貧相な作りに思わず山小屋を連想してしまうほどだが、これでもちゃんとした地下通路への入り口なのだから恐れ入る。

 

 かつては頻繁に使用されていたらしいが、ヤマブキシティが栄え始めた結果、使用される事が少なくなっているらしい。

 中に入ると、比較的掃除はされているのか綺麗だったが、人はいなかった。

 

「……こ、ここに入るの?」

 

「おう」

 

 地下へと続く階段を降りると、予想以上に舗装されている地下通路だった。

 等間隔に両端に灯りがあり、真っ直ぐに伸びている。

 だが、薄暗いのは間違いなく、深夜にひとりで通るのは勘弁したいところだが……。

 

「あのー、リゥさん?」

 

「な、なに?」

 

 俺は上を見上げて相棒に語りかける。

 

「降りてこないのか?」

 

「お、降りるわよ!」

 

 別に怒らんでも。

 そうして、リゥはゆっくりと階段を下りてくる。心なしか、動作がいつもよりぎこちないように見える。

 んー、ひょっとして。

 

「怖いの?」

 

「死ね!」

 

 罵倒された。

 やれやれと肩を竦め、俺は視線を再びクチバ方向へと戻した。

 クチバシティに行くならば、ジムにも寄っておきたい。クチバシティジムは確か電気タイプの萌えもんを扱った筈だ。ジムリーダーの名前はマチスだったか。

 

 リゥ、シェル、コン。

 欲を言えば、後ひとり戦力が欲しい。

 出来れば電気タイプに強い地面タイプが。

 

「どうしたもんか」

 

「何が?」

 

「いや、次のジム戦だよ」

 

「ふぅん」

 

 まぁ、クチバシティの近くにも野生の萌えもんはいる。戦力増強はその時に考えるとするか。

 ところで、だ。

 

「なぁ、妙に左腕が重たいんだけど」

 

「気のせいじゃない?」

 

 ふぅん。

 

 俺は視線を左隣にいるリゥに落とす。

 

「特に袖の辺りが重たい気がするんだけど」

 

「き、気のせいでしょ?」

 

 リゥはぷいっと顔を逸らす。心なしか頬が赤いようにも見えた。

 ったく。

 

「疲れてるのかもしれねぇな。ああ、もしかしたら何かに取り憑か」

 

「さ、ささささささっさと行く!」

 

 ずんずんと進んでいくリゥに引っ張られながら悪態をつく。

 ほんと、プライドの高い相棒だ。

 

 

  ■

 

 

 地下通路を抜けるとそこは――

 

「おお!」

 

 草むらだった。

 なんとびっくり。クチバシティからだいぶ離れた距離に出口は作られていた。

 

 ――いや、もうちょっと近くに作ろうぜ、ほんと。

 

 とは言っても、草むらがあるのはありがたい。見れば野生の萌えもんや、トレーナーもいる。クチバシティジムに挑む前哨戦にはちょうどいいだろう。

 

「やるか?」

 

「もちろんよ」

 

 地下通路までの殊勝な態度はどこへやら。いつもの調子を取り戻したリゥは右腕をぐるりと回した。

 ずんずんと進んでいくリゥの後を追って俺も歩き出す。

 

「さて、どうしたもんかな」

 

 やはり水と氷タイプのシェルでは相性が悪い。

 ハナダジムではなんとか巻き返せたが、それでも毎回お世話になっていたシェルを封じられたとなると大きい。

 その部分も含めて、考えていかないといけない。

 

 欲を言えば地面タイプの仲間が欲しいが……そう簡単にはいくまい。

 だがまぁとりあえずは、

 

「おいお前、俺と勝負だ!」

 

 虫取り少年に絡まれた相棒を助けに行きますかね。

 

 

  ■

 

 

 何度かのバトルを経てクチバシティに着くと、潮風が俺たちを迎えてくれた。

 海に面した港町であるクチバシティは、ここカントー地方において主要な交易の要でもある。そのため、人の出入りはカントー地方でも随一となっている。また、カントー以外の地方の住人も多い。様々な情報の交換場所としても有名なのである。

 

 そんな中、目指すべき場所サントアンヌ号へと足を向ける。

 地図を見ると、サントアンヌ号の停泊している港はジムの近くのようだった。チケットを持っていると言っても、そのまま世界一周旅行に洒落込む気なんてないわけだし、ジムへの登録もついでに済ましてしまおう。

 そうして俺が頭の中で行動計画を立てていると、

 

「兄貴!」

 

「ん?」

 

 ちゃりん、と自転車のベルと共に見知った顔が自転車に乗ってやってきた。

 

「よう、レッド」

 

 久しぶりに出会ったレッドは、ニビシティで会った時よりも一段階成長しているように見えた。

 男子三日合わずば刮目して見よ。

 なるほど、旅は男を成長させる。

 

「良い面構えじゃないか」

 

「ちょ、兄貴!」

 

 レッドの頭を帽子越しにグリグリと撫でる。

 

「で、お前もジム戦か?」

 

 まぁね、と言って、レッドは視線をジムへと向けた。

 クチバシティの港の外れにジムはある。ここからだと小さくて見えないが、確かにジムらしき建物はある。

 

「なるほどな。頑張れよ」

 

「うん」

 

 レッドに向かって拳を突き出すと、合わせたようにレッドも拳を突き出した。

 それで挨拶は終わり。

 男の挨拶なんてこんなもんだ。

 と、レッドは何かを思い出したのか急停止し、振り返った。

 

「あ、そうだ。兄貴、クチバには来たばかり?」

 

「ん、ああ。さっき着いたところだ」

 

「ふぅん。じゃあさ、あそこに行ってみるといいよ」

 

 言ってレッドが指さしたのは、ジムと同じくらい大きな建物だった。

 好事家というか、金持ちが住んでいそうな建物で、おおよそ港町には似つかわしくない瀟洒なデザインをしている。

 

「幽霊でも出るのか?」

 

「――!」

 

 びくっ、とリゥが僅かに身を竦ませるのがわかったが、言わないでおく。記憶ごと力でもみ消されるに違いない。

 

「ああ、違うよ違う」

 

 だが俺の予想は外れていたようで、レッドは苦笑しながら手を振る。

 

「何でも"萌えもん大好き倶楽部"って会らしいんだけど、兄貴と気が合いそうな会長さんだったから」

 

 萌えもん大好き倶楽部だと!?

 

「話しかけたらもう止まらない会長さんでさ、ずっと萌えもんについて語ってくれるんだ」

 

 ほほう。

 

「だから兄貴が行ったら楽しいんじゃないかなって」

 

「行こうじゃないか!」

 

 酒を持参で語り明かそうじゃないか、まだ見ぬ同士よ!

 と、そんな俺の心情を見越してか、

 

「ジム行くんでしょ?」

 

「もちろんだ」

 

 だが語り明かしたい。

 

 語り明かしたいんだ!

 

「行 く ん で し ょ う ? 」

 

「はい」

 

 おかしいな、未来のビジョンが海の藻屑と化している俺の姿しか思い浮かばない。

 

「はは。ま、面白い人だから兄貴もきっと気に入ると思うよ」

 

 またね、とレッドは自転車に乗ってジムへと向かっていった。

 頑張れよ、レッド。

 お前が負けるとは思っちゃいないけど、な。

 

「よし、豪華客船に乗り込むとするか」

 

「はいはい。寄り道はそれだけにしてよね」

 

 わかってるさ。

 萌えもんについて語り明かすのはいつだって出来る。

 でも、俺たちが目指すものの時間は限られてるんだから。

 

 

  ■

 

 

 港に着いてみれば、すぐにわかった。

 まさしく豪華客船の名に相応しい大きさと綺羅びやかさだった。

 積荷の搬入をしているのか、船乗りや搬入業者が引っ切り無しに出入りしている。こりゃ出発時刻も近いかもしれない。

 

「出航される前に見て回るか」

 

「うん」

 

 桟橋から船へと向かう。

 途中、チケットを見せてくれと言われたのでクシャクシャになったチケットを見せると、案外あっさりと通してくれた。

 

 いいのか、こんなボロボロでも。

 俺たちがいぶかしがっているのを見かねたのか、チケットを見てくれた兄ちゃんは、

 

「ははは、いいんだよ。見たらわかるんだから!」

 

 なんて説明になってるのかなってないのか良くわからん豪快な笑いで答えてくれた。

 いくらなんでもザルすぎるだろう……。

 まぁ、入船出来たのならそれでいいわけだが。

 

「「う、わぁ……」」

 

 そして、俺たちはふたり並んで呆然としていた。

 綺羅びやかな装飾。絨毯はまだ新しいのか毛が立っており、歩けば新雪のような弾力を返してくれる。

 その場にいた乗客もそのほとんどが貴族というか綺羅びやかで、正直、俺たち場違い。

 

「って、呆けてる場合でもないな」

 

「う、うん。そうよね」

 

 俺たちは気を取り直して、船内を見て回る事にした。何しろ世界一周の豪華客船だ。中に入れるなんて滅多に無いからな。

 俺たちが物見遊山な田舎者であるのはすぐにわかるらしく、乗客からは笑われたり話しかけられたりしたが、それ以外は特に何もなかった。

 

 豪華客船といっても、通常の船を長旅でもストレスの溜まりにくいように改良した船、と言い換える方がわかりやすく、綺羅びやかな装飾も豪華な食事も、プールなどの施設も遊技性に溢れていて刺激してくれる。

 

「何だ、見て回ると大した事ないのね」

 

「ははは何を言ってるんだ。はしゃいでたじゃないか」

 

「――っ!」

 

 次の瞬間、俺の意識は無くなった。

 目を覚ますと俺は倒れていて、リゥが不機嫌な顔で俺を見下ろしていたんだが、一体何があったんだかさっぱりわからない。

 

「で、これからどうするの?」

 

 そうだなぁ、と痛む身体を起こして考える。

 船内はおおよそ見て回った。

 プールで目の保養もしてきた。

 美味いご飯も食べた。タッパにも詰めた。

 うむ。

 

「する事が無いな。降りるか」

 

 出るに限る。

 

「でも、一度見ると面白くなくなるわね」

 

「まぁなぁ」

 

 こういうのは"真新しさ"が大事だからな。一度見てしまうと、後は面白くなくなってしまうのは仕方がない。

 ベールが剥がれると、後はただの船しか残らないのだから。

 

 まぁそれでも、一度くらいは旅行してみたいもんだとも思う。

 こうして徒歩で世界を旅するのも悪くないけれど、船旅もそれはそれで楽しそうだ。

 いつかゆっくり出来るようになったら、乗ってみるのもいいかもしれないな。

 

「……何?」

 

「いや――また乗れたらいいなってな」

 

「ふぅん」

 

 リゥと一緒にな、って言葉は言わないでおく。さすがに言えん。

 俺たちの旅がどこまで続くのかもわからないのだから。

 

「――先、か」

 

 目指すべき目標は確かにある。だが、達成した後は? 俺がチャンピオンとして君臨するのだろうか。

 考えられない。とてもじゃないが、俺はそんな器じゃない。

 がむしゃらに目指す事だけを考えてきたけど、いつかその答えも考えておかなければいけないのだろうな。俺自身のためにも。

 

「考え事? 置いてくわよ?」

 

「ああ、ちょっと待っ、とと」

 

 大きな振動が起こり、思わずつんのめる。

 リゥは咄嗟に手すりに捕まったようで、既に方向を見定めているようだった。

 

「今のは?」

 

「上みたい」

 

 ぱらぱらと天井の壁紙が落ちてくる。

 さっき探検したのだ。もちろん覚えている。

 

「甲板か」

 

 俺とリゥは頷き合って、甲板へと向かった。

 

 

  ■

 

 

 振動の正体はすぐにわかった。

 甲板に出た先、ツンツン頭の金髪が豪快に叫んでいたからだ。

 

「ヘイ、ピカチュウ! 電撃波!」

 

 迷彩服を来た奇妙な男だ。だが、その実力は相当なものだというのがわかる。

 何故なら――

 

「草タイプに電気タイプなんて効果があるわけないだろ! ナゾノクサ、葉っぱカッ

タ……えっ」

 

 次の瞬間、ナゾノクサは電撃波によってプールまで吹き飛ばされていた。

 だがもちろん、それで終わりではない。

 水こそが、電気タイプが最も得意とするフィールドでもある。

 迷彩服の男はもう一度指示を下す。

 

「ピカチュウ! 10万ボルトネ!」

 

 目を焼く閃光と共に、プールに強大な電気が走る。

 やがてそこには瀕死になったナゾノクサが浮かぶだけだった。

 

「ひゅ~。やるねぇ」

 

 迷彩服の男だけじゃない。あのピカチュウも相当な手練だ。激戦を戦い抜いたような貫禄がある。

 なるほど。

 あの迷彩服の男が、

 

「マチス、か」

 

 クチバシティジムのジムリーダー。電気タイプの萌えもんを主力に戦うトレーナーだ。

 船乗りにも負けないほどのガタイと、勉強法を間違えたかのような言葉遣いに迷彩服。俺なら間違いなく通報しているレベルで怪しいが、貫禄はある。

 と、俺の呟きを聞き届けたのか、マチスは振り向いた。

 

「ヘイ、ユー!」

 

 ニッカリと、焼けた肌に清々しい笑顔を浮かべているが、傷跡のついた顔で笑われるとむしろ怖い。

 だがマチスは気にした風もなく、俺を指差した。

 

 それだけで伝わる。

 かかってこい、と。

 そりゃそうだ。トレーナー同士、目が合えばバトルするのが暗黙のルールなのだから。

 

「はっ、いいぜ。やろうじゃねぇかジムリーダー!」

 

 と俺が乗り気でいれば、

 

「やっぱりナシネ」

 

 当の本人がいきなりやる気を無くしていた。

 

「おい!」

 

 ずっこけた俺にリゥはやれやれと肩を竦めている。このクールさんめ。

 マチスは顎て手をやって、さも面白い事を考えたというように俺を見ている。

 

「んーフフ、ユーの事は知ってるネ。マサラタウンのファアル。タケシやカスミから聞いてるヨ」

 

 あのジムリーダーどもめ。

 

「ユーが来るの楽しみにしてた。ジムで戦いたいサ」

 

「そうかよ。ま、こっちとしても賛成だけどな」

 

 どうせやるならジムでやりたいってのは俺だって同じだ。

 それに――

 

「そっちの方が戦い甲斐がありそうだ」

 

 ニヤリ、とマチスに向かって笑みを返す。

 

「HAHAHA! やっぱり聞いてた通りネ!」

 

 一頻り笑い、マチスは自分の胸を指差し、

 

「いつでも来る。いつでも受け付けるヨ。でも、勝つのはミー」

 

「はっ」

 

 言って、マチスはピカチュウをボールへと戻し、去って行った。

 

「変な奴」

 

「ま、ジムリーダーだからな」

 

 自分で言って何だか納得できた。むしろマチスだからマチスなんだと言われても納得出来るくらいだ。

 さて、特に何事もなかったわけだし、俺たちも出るか。

 マチス戦への準備もしなければいけないし。

 

「なぁ、あんた!」

 

 と、踵を返したところに今度は俺が声をかけられた。何なんだ、まったく。

 振り向くと、そいつはさっき戦っていた男だった。

 

「あんた、あのファアルだろ? 俺知ってるぜ。ジムリーダー戦の中継ずっと見てたんだ!」

 

「あ、ああ。そっか。ありがとよ」

 

 予想外の熱意に驚いてたじろいでいると、リゥが小突いてきた。

 

「良かったじゃない」

 

「いや、まぁ」

 

 嬉しいんだけど、予想外すぎて対処に困る。こう、むずがゆいというか……。

 だけど男にわかるはずもなく、

 

「明日マチスと戦うんだよな! 俺、見に行くよ!」

 

 いやいや。

 

「この船、今日出航だろ?」

 

 そう。サントアンヌ号は今日出航予定だったはずだ。だからこうして急いで見て回ったのだ。

 だが、予想外の場所から答えは来た。

 

「では延ばそう。明日にしよう」

 

「軽っ!」

 

 リゥのツッコミも尤もだ。

 甲板の奥から現れたのは、黒いスーツに身を包んだ老人だった。髭を蓄え、ネクタイをしっかり締めて。総じて言ってしまえば、紳士という言葉が一番しっくりくる出で立ちである。

 その老人は、二度言った。

 

「出航は明日だ! 船長決めた!」

 

「「えぇーっ!」」

 

 おかしくね?

 おかしいよね!?

 だが船長は優雅に杖を甲板に突き直し、

 

「というわけだ、ファアル君。明日はみんなで観戦に行こうじゃないか」

 

 楽しみにしておるよ。

 と意地の悪い顔で笑った。

 クソジジイめ。

 

「……わかったよ。ただ、来るからには覚悟しろよ」

 

「ほぉ?」

 

 びしっと船長を指さす。

 

「楽しませてやるよ。ずっと出航したくなくなるくらいにな」

 

 そう、俺は萌えもんトレーナーだ。

 もし観に来てくれる人がいるのなら、全力で楽しませるのもまたトレーナーの役割だ。

 それに、

 

「つまらねぇ戦いなんて出来るとは思えないしな」

 

 マチスは強敵だろう。だが、だからこそ戦い甲斐があるってもんだ。

 強くなる。

 強くなって、目指す相手を打倒する。

 

「だろ? リゥ」

 

「そうね」

 

 戦いの日は決まった。

 それまでに俺が成すべきことは決まっている。

 明日の勝負を勝利で飾るために。

 俺の戦いは既に始まっている。

 

 ――やってやろうじゃねぇか。 

 

 

                           <続く>

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【第十話】クチバ――痺れる程に凄い奴 前編

何に苦戦したってマチスの口調に一番苦戦した。
今回は前編です。長くなりそうだったので分割してみました。


「シェル、水鉄砲! 飛べ!」

 

「りょーか――お、およよ?」

 

 あれれっ?

 体がうごかない。マスターの通りにやろうとおもったのに、全然うごかない。

 うーん!

 うでとか足とか、がんばって力を入れてみても、ぜんぜんうごかない。

 

「ふふ、サイコキネシス」

 

 なんか、マスターのたたかってるひとがやってるみたい。

 だけど負けるもんか。

 

 じたばた、じたばた。

 うごけ、うごけー。

 

 でもうごかないや。

 下にいる、すたーみーとかいう人の目がひかってる。こわいー。でもきれいだなー。

 

「貴方は確かに強い。正直、並大抵のトレーナーじゃない。でもね、何度だって言ってあ

げる」

 

 でも、がんばる。

 こわいけど、がんばる。

 だって、マスターといっしょにいるって決めたから。

 

「わわ、うごけないー」

 

「シェル!」

 

 だから。

 だから。

 負けないもん!

 

「――やたっ!」

 

 あたった、あたった!

 でもでも、あれれ?

 

「私は香澄。ハナダシティジムリーダーの香澄よ! 貴方が全力で挑んでくるのなら」

 きかない。ちょっとうごいたからがんばってみたけど、やっぱりきいてない。

 

 マスター。

 マスター。

 ふぁある。

 

 わたし、こんどはがんばるから。

 こんどはぜったい、ぜーったいかつから。

 だから、

 

「全力で撃ち砕く! それが私の戦い方よ!」

 

「み、みぎゃああああぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 ――ごめんなさい。

 

 

 

  ■

 

 

 

 クチバジム内部、受付を無事終わらせた俺たちは、控え室へと向かう途中、ただならぬ空気に包まれていた。

 

「おい、どうすんだよこれ」

 

 ごくり、と唾を飲み込む。

 汗が一筋流れ落ち、床に雫となって跳ねた。

 

「失敗はもう許されないんだからね?」

 

 わかってるさ。

 後ろで固唾を飲んで見守っているリゥの視線を浴びながら、俺は一度目を閉じる。

 大きく息を吸い、吐く。

 何度となく繰り返した、おまじないだ。

 

 今度こそは大丈夫。

 そう信じ、俺はそっと手を伸ばし、成功してくれと祈りをこめる。

 万にも感じる時間。

 だが、実際は数秒。しかし確実に時間は経つ。

 俺の――いや、俺たちの祈りは天へと届いたのか、

 

 

 ブブーッ!

 

 

 無慈悲にも宣告された。

 

「……すまん」

 

「……ううん」

 

 力なく項垂れる俺を、珍しくリゥは責めなかった。

 呆然とした瞳で見上げる。

 上につけられたスピーカーからは機械的な女性の声で、

 

「プログラム解除コードは失効されました」

 

 何度目になるかわからない結果を報告してくれた。

 しかもだ。

 

「これで本日52回目の失敗となります。ざまぁ!」

 

 機械らしい平坦な声で言われると、普通に言われるより腹が立つ。

 俺はゆっくりと扉へと向かって指を向け、

 

「龍の息吹」

 

「諒解」

 

 ぶっ壊してやった。

 

 

 

  ■

 

 

 

 俺とリゥの頭脳的プレイで見事最初の関門を突破し、俺たちはようやく控え室へとたどり着いていた。

 実に長かった。余裕を持って行った方がいいとレッドに言われてなかったら、遅刻じゃ済まないくらいだ。

 だが、ここまでたどり着いた。

 

「ねぇ、このジムは何のタイプが相手なの?」

 

「ん? ああ」

 

 俺は戦略会議として出していたリゥ、シェル、コンの顔をそれぞれ見渡す。地面タイプ? 仲間に出来なかったよ!

 香澄戦以来、コンもやる気ばっちりのようだ。弱気だった瞳に以前は無かった少しだけの強さを感じる。

 

「クチバシティジムのジムリーダー、マチスが使うのは電気タイプだ」

 

 控え室に置かれているモニターを見ると、バトルフィールドが映っている。

 僅かに地面があるのは、おそらく地面タイプの萌えもんを考慮してだろう。むき出しの地面がまず挑戦者からジムリーダーへと――ちょうどハナダジムのように大きな道の如く敷かれてる。そして、地面の間に水たまりのようにコンクリートが存在し、面積として三分の一はコンクリートで固められているようだ。更に注意すべきは、いくつもの避雷針が建てられている点である。

 

 マチスが扱うのは電気タイプ。利用するなら一番使えそうであるが、さて……。

 画面を見ながら戦略を立てる。剛司や香澄と同じように、マチスも一筋縄ではいかないはずだ。

 

「電気、か」

 

 呟いたリゥが思い浮かべているのは、この間の香澄戦だろう。スターミーもまた、雷を使用していた。その威力たるや、得意な技ではないのにも関わらず、弱点を突いたシェルを一撃で仕留めるほど。加えて、今度はエキスパートとも言える存在だ。

 香澄がコンを封じていたのなら、マチスはシェルを封じたも同じだ。香澄と同じように今回も切り抜けられるとは限らない。

 それに――

 

「かみ、なり……?」

 

 シェルは震えている。

 どんな萌えもんにも物怖じしなかったシェルが、初めて震えている。

 それほど、スターミーとの一戦はダメージが大きい。

 

「シェル、大丈夫か?」

 

 放心しかけていたシェルだったが、俺の声が届いたのか、首を大きく横に振った。

 

「うん、だいじょーぶ」

 

 しかし、表面上はいつもと変わらないように見える。

 いや――変わらなさ過ぎた。

 

「なら、今回も頼むぜ」

 

「ばっち」

 

 極力、温存はするけれどな。

 シェルの頭を撫で、俺は再度告げる。

 

「相手は電気タイプだ。素早い動きに、身体まで痺れるおまけ付きだ」

 

 だが、

 

「それでも結果は変わらねぇ。

 ――絶対に勝つぞ!」

 

 相手の手の内がわからない以上、下手に考えを巡らせて先入観に囚われるのも良くない。マチスが取るであろう戦法を可能な範囲・視点で予想していき、対処するのが俺の戦いだ。

 そして、俺には俺の戦いがあるように、仲間たちを信じるだけだ。

 

「行きましょう」

 

「ああ」

 

 シェルとコンをボールに戻し、相棒と共に控え室の扉を開けた。

 

 

 

    ■

 

 

 

 

 控え室から続く扉を開けると、熱気が俺を迎えてくれた。

 バチバチと帯電している電気によって、室内温度は高い。そこには熱気だけではない熱さがあった。

 

 そんな中、腕を組んでいる迷彩服の男が、ニヤニヤと笑いながら俺を見下ろしていた。

 クチバシティジムリーダー、マチス。元軍人だと聞くが、実力は昨日見たものより遥かに高いだろう。

 

 モニターに俺とマチスの手持ちの数が表示される。俺が3、そしてマチスが5――数の上でも不利、か。

 だが、数で負けているのはいつもの事だ。

 

「あー、あー」

 

 マチスは備え付けてあるマイクをテストし、

 

「よく来たネ、マサラタウンのファアル!」

 

 その顔に浮かべる不敵な笑みは、戦場で培われたものか。

 

「ミーは戦争でエレクトリックポケモン使って、生き延びたネ!」

 

 だが、その笑みの根底には誰にも拭えない自信が伺える。

 戦場で仕込み、手に入れた萌えもんと己の自信。

 マチスを支えているモノは、少しくらいの衝撃では揺るがないだろう。

 

「みんなビリビリシビレて動けナーイ!」

 

 だから、俺が

 

「ユーも同じ道辿る違いナーイ!」

 

 

 その自信を丸ごとぶっ潰す!

 

 

 マチスがマイクを放り投げ、ボールを投げる。

 行け――

 

「リゥ!」

 

「GO! マルマイン!」

 

 先鋒はリゥ。頼れる相棒の相手は、出来れば当たりたくない相手でもあった。

 

 マチスが先鋒に選んだ萌えもんはマルマイン。電気タイプの萌えもんで、その素早さは

全ての萌えもんから見てもトップクラスだ。シェルと同じように身体を丸め、転がる事やその素早さを活かして相手の懐に潜り込む事も可能とする。

 

 だが、本当に恐ろしいのは他にある。大爆発、という自爆技を持っている事だ。使えば最後、自分は瀕死になるが相手を巻き込めば道連れにするかの如く大ダメージを与えるという大博打技だ。しかも持ち前の素早さもあり、相手の懐に飛び込んでという戦法が可能な実に厄介な相手だ。

 

 ここでいきなりリゥは失いたくない。だが、マチスは確実に大爆発を狙ってくるだろう。こちらの手持ちは3体、だがマチスの手持ちは5体だ。押し切られるのはマズい。

 打開策は……思いつく限りでひとつだけある。

 

「マルマイン、雷ネ!」

 

 マチスが素早く指示を下す。

 やはり予想通りと言うべきか、大爆発だけでは終わらない。こちらの意識が博打技に向かうのをわかっていて、敢えて使用しないでいるのだろう。

 

 なら、こちらは誘うだけだ。決め手の一発は俺たちの方にこそある。

 

「リゥ、接近しろ!」

 

「諒解!」

 

 走りだしたリゥの背後に雷は落ちた。

 やはりだ。スターミーが何故雷を使用する場合にサイコキネシスで動きを封じていたのか疑問だったのだが、今ので合点がいった。

 

 雷を発動する際は視線を使う。つまり、視線の先に落ちる。そして発動までには若干ながらラグが存在している。だからこそ、スターミーはサイコキネシスで相手の動きを封じ、雷を必中させる道を選んだ。

 

 つまり、こちらが自由に動き回れる状態にいるのであれば、そう簡単には当たらなくなる。

 

「戦術ミスじゃないかネ、ファアル! マルマイン――」

 

 マチスが更に指示を下す。

 大爆発か否か。いずれにせよ、次の行動は決まっている。

 

「リゥ、下方向、叩きつけろ!」

 

 リゥは地面を叩き付け、更に地面を蹴ってマルマインを飛び越えるような形で跳び込んでいく。

 大爆発があってもこれならばダメージは少ない。

 だが、それすらもマチスは読んでいた。

 

「ソニックブゥム!」

 

 どこぞのホウキ頭のような発音で下した指示は、大爆発ではなかった。

 空中かつ至近距離とあって、リゥは直撃を食らうも大したダメージは無い。おそらく、牽制用だ。

 そして、こちらに隙が出来た時こそがマチスの狙っていたタイミングでもあったのだ。

 

「マルマイン、大爆は――」

 

「更に竜巻!」

 

 そしてそのタイミングこそ、俺が狙っていた瞬間でもある。

 大爆発に見られる自爆系の技は、自分が持っているエネルギーを暴発させる技だ。即ち、どれだけ準備をしていたとしても数秒なりのタイムラグは出来てしまう。

 

 後は簡単だ。その間にこそこちらの攻める手段がある。

 リゥの起こした竜巻に飲み込まれ、マルマインは上空へと一瞬で上昇していく。

 

「……ノゥ」

 

 竜巻の中でマルマインが点滅していくのがわかる。

 俺は高く腕を掲げ、告げる。

 

「一体目――」

 

 さぁ、始めようかマチス。

 

「――撃破」

 

 最高に痺れる戦いってやつを。

 直後、マルマインが大爆発によって散り果てる。瀕死となって落下し、マチスによって回収された。

 

「ふぅ、余裕」

 

 戻ってきたリゥもまだまだ動けるようだ。

 さて、次は何を出してくるか。

 身構えた俺に向かって、マチスは軍人さながらの笑みを浮かべた。

 

「やはり、簡単な戦術じゃ倒せないネ」

 

 上等だ、来いよジムリーダー。

 

「GO! エレブー!」

 

 マチスの投げたボールから、黄色い縞々の模様がついた、雷を連想させる萌えもん、エレブーが現れる。電気タイプの萌えもんの中ではスピードは遅いが、その破壊力と触れたら強制的に相手を痺れさせるほど帯電している電気は驚異でもある。

 戦い方もおそらく、香澄のニョロボンと酷似しているだろう。ただし帯電している以上、こちらが麻痺する可能性は高い。格闘戦主体は不利だ。

 なら――

 

「リゥ、交代だ。頼むぜ、コン!」

 

 格闘戦が無理なら、遠距離から倒すまでだ。

 水タイプの技は覚えていないはずなので、コンの有効性は高い。

 

「はいっ!」

 

 ボールから飛び出したコンは、怖じける事なくエレブーと対峙している。スターミー戦を切っ掛けに何かが吹っ切れてくれたのだろう。クチバシティへ向かう道中にも、頼もしい姿を見せてくれた。

 もっとも、その信頼に答えるためにも俺がしっかりしなくちゃいけないわけだが。

 

「エレブー、雷!」

 

 さすがクチバジム。雷系大技の大盤振る舞いだ。

 

「コン、動き回れ!」

 

 即座に俺の指示に従ってコンは戦場を駆け回り始める。そうなると、自然雷はほぼ命中しなくなる。

 加えて、視線がこちらに釘付けになるため、

 

「更に火炎放射!」

 

 隙も生まれる。

 だが、

 

「甘いネ、ファアル! ビリビリ、電磁波ネ!」

 

「ひうっ――!」

 

 直撃。

 体外で帯電していた電気を四方に放出したエレブーによって、コンは一瞬ながら麻痺状態に陥ってしまう。

 致命的な隙だった。

 そしてその瞬間を逃す甘い相手ではない。

 

「GO、雷パンチ!」

 

 エレブーが地を蹴る。

 

 ――どうする?

 

 命中すればコンは敗北しかねない。

 かといって、回避出来るような生ぬるい一撃ではない。

 

 ――なら、

 

「コン、火炎放射!」

 

 賭けるしかない!

 接近するエレブーは瞬時にして炎の中に閉じ込められる。

 しかし、止まらない。

 圧倒的なまでの圧力がコンへとのし掛かってくる。

 

「甘いネ、ファアル!」

 

「お前がな!」

 

 炎を抜けてエレブーが現れる。

 全身を炎に焼かれながら、瞳は鋭くコンを睨み付けている。

 一瞬の交錯。

 

「コン、もう一度だ!」 

 

 カウンター気味に繰り出された火炎放射は、しかし届かないかに見えた。

 捨て身覚悟の一撃。

 おそらくマチスを含めて誰もがそう思ったことだろう。

 だが、

 

「What's!?」

 

 コンは耐えていた。

 拳ではなく纏っていた雷の方が痛手を負った程度で、真っ正面から受け止めていた。

 

「はっ、火傷ネ!」

 

 そう、火傷である。いくらエレブーが強靭な一発屋とて、限度はある。全身を襲う火傷を前に全力の一撃など放てるはずもない。

 マチスが気が付いたがもう遅い。

 既にコンは動いている。

 

「いっけェェェェェ――!」

 

 咆哮と共に吐き出された火炎放射は瞬時にしてエレブーを呑み込む。

 決着はついた。

 身を焦がすような空気がこちらまで漂ってくる中、

 

「二体目――」

 

 エレブーは仁王立ちのまま、気絶していた。

 

「――撃破、です!」

 

 追いついたぞ、マチス。

 さぁ、ここからが本番だ。

 

「やはり強い! 挑戦者ファアル、鮮やかにマチスの先鋒を二体撃破だぁっ!」

 

 観客の完成も一際大きくなる。

 俺は彼らに右手を挙げて答え、戻ってきたコンの頭を撫でた。

 

「わ、わふっ」

 

「ありがとな」

 

 くしゃくしゃと乱れない程度にすると、コンは小さく、

 

「い、いえ……」

 

 頷いていた。

 

「ハハハ、面白くなってきたネ! ここからが本番。マジでバトルだヨ!」

 

 マチスはホルスターからボールを抜き取り、軽く放り投げてからキャッチする。

 

「ここからがバトルの真髄! GO、ライチュウ!」

 

 ピカチュウが黄色だとすれば、それは橙だった。まるで夕日のように見えるも、先程のエレブーとは違い、帯電していない。だが、離れたこちらでもピリピリと肌を指すような静電気が起こっている。

 

 間違いなく、マチスの切り札だ。

 

「……さて」

 

 マルマイン、エレブー、そしてライチュウ。マチスの手持ち萌えもんはライチュウを入れて残り三体だ。雷タイプと限定すれば、重複していない限りそれほど多くはない。

 

 俺はしばし迷い、もう一度コンを出すことに決めた。

 幸いにしてドラゴンタイプであるリゥは電気には耐性があるし、コンも弱点というわけではない。方法はまだある。

 だが、そんな俺をマチスは封じ込めにかかる。

 

「ライチュウ、雨乞いネ!」

 

 マチスの指示の元、ライチュウが雨乞いをすると、ジムの内部に雲が発生し雨が降りだした。雷雲立ち込めているのか、生み出された雲が時々光っている。

 

 ……マズい。

 

 雨乞いという技は補助的な役割をもたらす技で、それ単体では何の攻撃力も無い。だが、雨乞いを行う事で一時的に気象を変更し、雷は発動までのタイムラグがほぼ無くなり、更に炎タイプの技も封じられる。当たり前だ。雨が降っていたら火は消える。

 

 唯一救いなのが、広範囲に自然を歪めるほどの技故に効果時間はそれほど長くないという点だが、それでも今は致命傷に等しい。

 

 どうするか……選択を迫られた俺に、マチスは更に追い打ちをかける。

 

「ライチュウからチェンジ! レアコイル、GO!」

 

 即座にライチュウを元に戻し、次に出してきたのはレアコイルだ。

 三人の小さいコイルが集まった萌えもんで、常に一緒に行動している。また、三体のコイルが行う攻撃ともなるので、電気の威力も単純に高い。

 

 更に厄介なのが、鋼タイプだという点だ。防御に優れた属性で、一部属性以外はその硬さでダメージをほとんど寄せ付けないと言っていい。

 

 ドラゴンタイプのリゥは鋼タイプに有利な技をひとつも持っていないし、効果を発揮する攻撃は皆無だ。唯一弱点である炎タイプのコンは、雨乞いによって封じられてしまっているようなものだ。水タイプのシェルは言わずもがな。

 

「さぁ、カモン! ユーの実力、ミーに見せてヨ!」

 

「くっ……!」

 

 シェルに続いて、炎タイプのコンまで封じられた。

 残る戦力は攻撃がほとんど無力化されてしまうリゥのみ。

 打開策を何一つとして見い出せないまま、俺は選択を迫られた。

 

 

                                                                                                          〈後編へ続く〉

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【第十一話】クチバ――痺れる程に凄い奴 後編

マチス戦の後編です。何が一番苦戦したってマチスの口調に以下略。
作中での描写は若干ながらご都合主義が含まれていますが、まぁそれもいつもの事かもしれません。

今まで生きてきて、地面タイプが欲しいと一番思ったのが書いている時でした。


 雲が覆い、雨が降り、雷鳴轟く中――俺は前方で腕を組んでいる男、マチスを真っ直ぐに見ながら思考を巡らせていた。

 こちらが出しているのはコン。炎タイプの萌えもんで、雨の降りしきる中では思うようにダメージを与えられない。

 

 対するマチスがくり出したのはレアコイル。電気と鋼タイプの萌えもんで、弱点は地面タイプと炎タイプのみ。

 だが、俺の仲間には地面タイプの技を覚えている萌えもんは無く、唯一の弱点タイプである炎タイプもこの雨乞いで事実上防がれてしまっている。

 何か打開策は無いかと、レアコイルの詳細なデータを思い浮かべる。

 

 

    磁石萌えもん。複数のコイルが連結して、強力な磁力線と高電圧を放射する。 

 

 

 素晴らしい。一度で3体お得。

 

 ――そうじゃなくてだ。

 

 レアコイルは磁場を操る。おそらく、コイル3体が集まっているがために単体では出来なかった出力面等をある程度自由に自分の意思で操作できるようになったのだろう。また、高電圧も磁力によるものが大きいはずだ。磁力の生じる場所に電気は生じる。つまり、レアコイルはああして僅かに浮遊しながら上下することでまさしく"コイル"と同じ働きを起こし、単体で電気を無尽蔵に生み出せるのだ。もちろん、限度はあるだろうが。

 

 また、避雷針も曲者だ。

 あの避雷針は確かにバトルフィールドに蓄積した電気を地面に逃す働きもあるだろうが、中にある銅線を利用してレアコイルが電気を生み出す手助けもしているはずだ。だが、銅線はアースとしての役割も持っているため、迂闊に破壊することはかなわない。また、銅の融解温度も高いため、コンの炎で焼き切る事も不可能に近い。

 

 更に――あくまでも可能性だが、レアコイルの特質上、もうひとつ見えないカラクリがあるはず。俺の予想通りならば、ではあるが。

 

 取れる手段はふたつ。

 リゥの竜巻で上空の雲を吹き飛ばすか、搦め手を使うか。

 

「……いや」

 

 だが、リゥをここで出すのはマチスの思う壺のはずだ。

 奴はおそらく、コンを封じる手段のひとつとして雨乞いを選択したはずだ。コンを引っ込めてしまうのは、相手の掌で踊る事を意味する。

 状況が不利な以上、イニシアチブを取られるのは拙い。

 なら――

 

「どうしたファアル! ミーはいつでも準備オッケーネ!」

 

 俺に残された道は搦め手のみ。

 視線をフィールドに移す。

 雨乞いによって地面はぬかるみ出し、等間隔に建設された避雷針が寂しく建っている。

 いや、待て。

 

「――そうか」

 

 まだ手はある。

 俺は確信を持って告げる。

 

「頼むぜ、コン!」

 

 コンはまさか続投だとは思っていなかったのだろう。驚いて俺を振り返ったが、俺が小さく笑い頷いてみせるとやがて決心したように頷きを返してくれた。

 炎タイプでは圧倒的に不利な状態だ。コンの火炎放射は、至近距離ならばレアコイルを一撃で追い込めるだけの実力を持っているはず。しかし近付かなければ炎は雨によって消火されてしまうだろう。

 

 故に、問題はただひとつ。レアコイルへと近付く手段だ。

 雨乞いのために雷は常時発生するものと考えた方がいいだろう。コンはエレブーによって一撃を貰っている。さすがに雷に耐えられはしない。

 となれば、いかに相手の隙をつくか。その一点にみ勝利がある。

 

「炎タイプ……ふっ、勝利はいただいたヨ、ファアル!」

 

 マチスが腕を組み、告げる。

 

「レイアコイル、雷ネ!」

 

 マチスの戦略は非常にわかりやすい。自分の有利なフィールドに相手を引き込み、圧倒的な火力で押し通す。

 単純だ。だが、それ故に強い。

 

「コン、右方向、飛び込め!」

 

 そして、だからこそ読める。この瞬間、マチスの取れる最も有効な手段はただひとつに絞られてしまうのだから。

 

「はわわ……」

 

 慌てて飛んだコンの背後に雷が落ちる。コンへと向かうかと思ったが、そうでもないらしい。

 側撃雷は発生せず。当然だ。そんなものが発生すれば、今頃ジムは死屍累々となっている。

 さすがだジムリーダー。だが、完璧な育成だからこそ――付け入る隙はある。

 

 まずはその1だ。

 

「コン、火炎放射!」

 

 まずは牽制用に火炎放射を放つ。

 雨によって到達寸前で消されてしまうが、それでもレアコイルにとっては弱点だ。揺さぶる程度の効果はあるはず。

 

「コン、避雷針に向かって走れ!」

 

「は、はい!」

 

 そしてその2に移行。

 俺の読みが当たっていれば、レアコイル攻略の鍵は避雷針にこそあるはずだ。

 どしゃ降りの中、コンが最も近い避雷針へと走る。だが、みすみす逃がすマチスではない。

 

「させないネ! 雷!」

 

 レアコイルがコンに視線を向ける。雷の合図だ。

 

「コン!」

 

「間に合ってぇぇぇっ!」

 

 雷の性質として、高いものに落ちるというモノがある。

 もちろん例外とていくつかあるのだが、今回に限っては例外にはならなかったらしい。

 

「シット!」

 

 悔しがるマチスはさておいて、俺はある動きを見極めるべくレアコイルに視線を集中させていた。

 すると、つつ、っとレアコイルがマチスの方向へと移動した。

 

 ――なるほど。

 

 すぐに止まったが、その動きはまるで俺から逃げているかのようにも見える。視姦されて逃げているように感じて少し傷ついた。だが、おかげで確証が持てた。

 レアコイルは僅かに浮遊している。それは先にも言ったように電気を生み出すためだ。

 反面、浮いているからこそ制限もある。

 

 例えば――ふんばりが効かないからこそ、受ける力の影響をすぐに相殺出来ない、とかな。

 

「コン、火炎放射!」

 

 こちらの手札は揃った。

 後は、確実に勝てるフィールドに引きずりこむだけだ。

 

「ハッ、レアコイル、影分身!」

 

 影分身。

 残像のように影を作り出し、あたかもそこに自分がいるかのように見せる技だ。

 増えたのは3体。本体を入れれば4体のレアコイルがフィールドに出現した事になる。

 だが、この影分身はあくまでもダミーだ。ダメージは食らわないし、攻撃も出来ない。良く似たカカシだと思えばいいだろう。

 

 コンは――

 

「ふ、増えたけど……だい、大丈夫!」

 

 まぁ、やってくれるだろう。

 方法としてはふたつ。影分身が攻撃を受けないのなら、本体は攻撃を受けるという事だ。

 突き詰めてしまえば、こんなに簡単な打ち破り方はない。

 

「コン!」

 

 そして、俺たちが当てにする技も、たったひとつだ。

 

「火炎放射! 左から右に薙ぎ払え!」

 

「What's!?」

 

 俺の指示にマチスが驚きの声を上げる。

 コンが火炎放射を文字通り薙ぎ払う。その威力は一点に浴びせるよりももちろん弱い。だが、今回に限っての狙いはダメージではない。

 レアコイルがブレる。炎の残滓を浴び、立ち上った水蒸気を浴び、火炎放射を浴び、影分身によって生み出された幻像は揺らめいてく。

 

 その中で、一点だけが微動だにしなかった。

 そしてこのタイミングこそが、

 

「コン!」

 

「雷!」

 

 俺の狙っていた時でもある。

 

「右斜め前方に跳べ!」

 

「はいっ!」

 

 コンが俺の指示を受けて飛ぶ。

 レアコイルによって生み出される雷も、雷本来にかかっていたラグがほぼ消失してしまっているだけで、必ず当たるというものではない。雷が視点を軸として攻撃する技である以上、今のように水蒸気によってぼやけている視界では動けば当たらない。

 

 更に、コンが跳びこんだ先には――

 

「血迷ったネ、どこに――ハッ、まさかファアル、ユーの狙いは――!」

 

 そういうこった!

 

「ゼロ距離火炎放射、ぶっ放せぇっ!」

 

 これこそが浮遊しているレアコイルの弱点だ。磁力は電気を発生させる。そしてそのために必要なパーツである銅線は避雷針の中にある。だからこそ、レアコイルは無限とも思える量の電気を生み出せる。

 

 ――電磁誘導という法則がある。詳しくは省くが、磁力の間に電流が流れる事によって生じる力の事である。

 

 先ほど、レアコイルは避雷針に雷が落ちた後、移動した。

 あれは俺から逃げたわけではなく、生じた力によって動いてしまったのだろうと予想を立てた。

 

 レアコイルは単体で磁力を持ち、生み出せる。だというのにレアコイルは力の影響を受けてしまった。そこから導き出せる結論はひとつだけ。

 

「捕まえました!」

 

 自分に向かって漂ってきたレアコイル本体を掴み、コンが至近距離で口を開く。

 

「けぇっ!」

 

 この距離ならば、例え雨が降っていても関係ない。

 瞬時にしてレアコイルを呑み込んだ炎は、一撃の元にその体力を奪っていった。

 俺はレアコイルが雨によって冷やされる音を聞きながら告げる。

 

「――三体目、撃破だ」

 

 コンの火炎放射を直に受け、沈む。

 これで半分以上。まだ気は抜けない。

 次に出てくる萌えもんは何かと予想を立てながら、俺は傍らに立つ相棒をしっかりと見据え、頷いた。

 

 

   ■

 

 

 斃れたレアコイルをボールへと戻し、マチスはモニターを見た。

 5体の内、今ので半分を超える3体が破れた。

 雨乞い、そして雷でのコンボはマチスにとって最高の戦場だ。なのに、相手を一体も斃せずにこちらがやられた。

 

「……やるネ、ファアル」

 

 レアコイルもさる事ながら、電気をある程度制御するためにジムのフィールドの端には磁場を発生させるための装置が組み込まれてある。

 それはマチスを有利にするためでは決してなく、見に来た観客や自分を含めた挑戦者を守るためでもあった。レアコイルはあくまでもその結果生まれた余剰効果にすぎない。

 

 だが、ファアルはそれすらも利用した。それも、一度だけ見たレアコイルの動きでだ。

 おそらく何度も繰り返せば自分の狙いがバレるだろうとの算段からなのだろうが、それでもたった一度だけ見、それを実行に移すだけの豪胆さと思い切りの良さには内心ながら舌を巻いていた。

 

 以前としてフィールドはマチスにとっての最高の環境だ。

 だが、油断は出来ない。

 相手はその油断すらも確実に勝機へと変えてくると実感できる。

 

 だからこそ――見事自分に打ち勝ってみせろと。

 心からそう思い始めた自分に内心苦笑を浮かべた。

 

 

   ■

 

 

 善戦してくれたコンを戻す。

 帰ってきたコンは疲れた様子だったが、それでも気力だけは充分に持ってくれていた。

 

「ありがとな」

 

「い、いえ!」

 

 いつものように謙遜していたコンの頭を撫で、リゥに告げる。

 

「頼むぜ」

 

「任せなさいって」

 

 リゥも戦意は充分だ。むしろ全く衰えないのがリゥの強みでもある。

 残る萌えもんはライチュウともう一体。マチスが電気タイプの萌えもんを使うのならば、おそらく――

 

「GO! サンダース!」

 

 サンダース。イーブイの進化系のひとつで、電気タイプの萌えもんだ。全身から針のような毛が逆立っており、一節には帯電しているために引き起こってしまう現象らしい。

 マチスの扱うサンダースも例に漏れず、青白い光を帯電している。

 

「ふん、今度は私の番よ」 

 

 考えられる戦法としては、やはり先ほどまでの雷主体の攻撃だろうが、

 

「そう簡単にはさせてくれそうにないな」

 

 リゥはドラゴンタイプだ。雷タイプの攻撃には耐性がある。だからこそ、可能な限り温存していたのだが……。

 マチスも当然、その程度の腹は読んでいるだろう。

 

 相手の狙いを看破すべく、サンダースを見る。

 すると、まるでクラウチングスタートのように身を屈めていた。

 

 イーブイから進化する萌えもんには特徴がある。それは進化の過程で受け継がれてしまう部分でもあるが、獣のように移動する事も可能だという事だ。

 つまり、純粋に2本の足で立っているリゥとサンダース、どちらが速いかなど比べるべくもない。

 

「サンダース、10万ボルトォ!」

 

 帯電していた身体から、幾筋もの電気が射出される。

 それぞれがまるで網のようになって絡まり合い、フィールドを飲み込みながらリゥを襲う。

 

 だが、それも耐えられるレベルだろうし、身体の小さなリゥならば間を回避する事も可能だ。

 相手の狙いがわからない以上、迂闊に動くべきではないが――

 

「サンダース!」

 

 相手は攻守のどちらかを選ぶのなら攻を選ぶマチスだ。その隙さえも攻撃の決め手へと変貌させる。

 マチスはリゥを真っ直ぐに指し、サンダースに告げる。

 

「突進! GO!」

 

 サンダースが帯電しながら走る。

 

 ――速い!

 

 コンやシェル、そしてリゥの誰よりも速い。

 サンダースはこのぬかるみの中、一気にリゥへと距離をつめる。

 眼の前には自身が放った電気が帯を引いているが、気にせずに、むしろリゥごと飲み込まんと突っ込んだ。

 

 こちらの逃げる範囲は狭まっている。今行動しなければ敗北は必須だ。 

 俺はリゥに――

 

「サンダース、電磁波! ビリビリネ!」

 

 なっ――!?

 

「う、くっ……!」

 

 いつも世話になっていた技を食らい、リゥが一瞬止まる。

 そしてその隙を逃す相手でも無かった。

 

「う、らぁっ!」

 

 掛け声一発。サンダースがリゥを捉え、勢いを全く殺さずにそのまま壁へとひた走る。

 そして、リゥは叩きつけられ衝撃時の振動がこちらまで伝わってくる。さながら、香澄戦でのカメールのように。

 

 だが、ここで終わりではなかった。

 動けないリゥに対し、

 

「10万ボルト!」

 

 接敵した状態で更に追撃を加えたのだ。

 

「う、ああああァァァァァ――ッ!」

 

「リゥ!」

 

 至近距離での放電となると、いくら耐性があるといっても切り捨てられはしない。

 突進、10万ボルトとコンボを食らい、モニターに表示されるリゥの体力は瞬く間に減っていく。

 

 どうする……。

 俺は状況を打開すべく、リゥを見る。

 

 

 ――まだやれる。

 

 

 電撃の中、苦しい中でリゥの動かした唇は確かにそう言っているように見えた。

 

 ――そうだよな。お前はそういう奴だよ、リゥ。

 

 剛司の時だって、香澄の時だって、いつだって真正面から挑んで勝ってきた。

 相手が強いのは当たり前だ。だからどうしたんだ。

 ああ、そうだとも。勝つのは俺たちだ!

 

「――リゥ!」

 

 壁とサンダースに挟まれているリゥに激を飛ばす。

 これだけ距離が近ければ、戦略も何もない。

 出せる力全てを持って退けるだけだ。

 

「龍の息吹! ゼロ距離放て!」

 

「っん、のおぉぉぉぉぉっ!」

 

 自分ですらもダメージを食らいかねない距離で発射された龍の息吹は、牽制するには充分だった。それどころか、咄嗟に後退したサンダース僅かながらのダメージを与えてくれた。

 だが、こちらの損耗も大きい。まさか一発であれだけ持って行かれるとは思わなかった。

 

「はあ、っく……まだ、まだぁっ!」

 

 未だ痺れが残るであろう身体を起き上がらせ、戦意を一欠片も失わずに目の前の敵へと視線を向けるリゥ。

 さっきのコンボを後一撃でも食わうらけにはいかない。しかし相手のサンダースもまた、こちらの攻撃でダメージはある。

 勝機が全くないわけじゃない。

 

「雨、か……」

 

 雨雲を見上げ、次いで地面を見る。

 なるほど、使えない手じゃない。

 問題はひとつ。マチスに見破られるかどうかだ。

 そのためには――

 

「リゥ、龍の息吹! さっきのコンみたいに出来るか!?」

 

「ちょっと痺れてるけど、問題ない!」

 

 言って、リゥは右足を軸にまるでバッターのように大きく振りかぶる動作の後、前方に向かって扇形に噴射した。

 

「ワオ……」

 

 これでサンダースの視界と行動を潰す事が出来る。

 取れる選択肢は更に狭まっていく。

 

「サンダース!」

 

 次の選択肢はふたつ。突っ込むか、跳び上がるか。

 マチスは

 

「ジャンプ! そして雷ネ!」

 

 跳び上がった。

 この瞬間、更に選択肢が狭まる。

 しかしリゥも動ける。痺れているからこその行動を取る。

 

「リゥ、前に跳べ!」

 

「っく、諒解!」

 

 がくん、と一瞬動きが鈍るが、それでもリゥはすぐに跳んでくれた。回避は成功。だが、この瞬間にリゥは無防備になる。

 

「サンダース!」

 

 そして、サンダースの背にはアースが設置されている。

 体力が減っているとはいえ、リゥに電気タイプの攻撃はダメージが小さい。さすがに雷はまだ耐えられる可能性がある。なら、マチスが選ぶ戦法は何か。

 答えはひとつしかない。

 

「突進!」

 

 雷撃をまとっての突進。アースを蹴り上げ、電撃作戦の名に相応しい、さながら流星のように一直線にリゥへと向かってくる。

 これで、倒すお膳立ては整った。

 

「リゥ、無理矢理でもいい、着地しろ! 出来ればこっちにパンツ見せて転べ!」

 

 欲望のままに戦略を口にする。

 が、当然のように

 

「――は? ちょっと何言っ――あ、きゃあっ!」

 

 俺に気を取られたリゥは、泥濘と水たまりに足を囚われて転んでしまう。

 そして、サンダースはリゥの目の前に着地する。雷を纏ったまま、本来ならリゥがいるべきはずの場所へと。

 

「狙い通りだ! リゥ、龍の息吹!」

 

「りょ、諒解!」

 

 しかしマチスとて黙ってはいない。

 

「サンダース、10万ボルト!」

 

 至近距離で放たれるふたつの大技。

 リゥは10万ボルトを。サンダースは龍の息吹を。

 それぞれ直撃を貰い、双方共に体力がなくなってしまう。

 即ち、

 

「引き分け、か」

 

 綺麗に四体目撃破、とまではいかなかったか。

 自分のだらしなさを悔やみながら、リゥをボールに戻す。

 と、すぐにボールが展開し、

 

「どう、なったの……?」

 

 リゥが出てきた。 

 よっぽどボールの中が嫌いなのか、それとも勝敗が気になるのか。

 俺はモニターを指出し告げた。

 

「引き分け、だ。相打ちだった」

 

「――そう」 

 

 がっくりと肩を落とす。

 香澄の時もそうだったが、また勝たせてやれなかった。

 強くなる。そう約束したのにこの体たらくだ。

 

「……すまん」

 

 小さく呟いた声に、しかし反応する声は無かった。パンツの事は忘れてくれたんだと思う。助かった。

 その代わり、

 

「これがラストバトルになりそうネ、ファアル」

 

 マチスがボールを真っ直ぐに俺に突きつけていた。

 

 ライチュウ。

 剛司のイワーク、そして香澄のスターミー。これまで戦ってきたジムリーダー達を象徴するかのような萌えもん達は、そのどれもが一筋縄で行くような相手では無かった。

 ライチュウとて、例外ではあるまい。

 

 こちらの戦力はコンとシェルのみ。

 シェルも新しい技を覚えはしたが、電気タイプが相手では最初から分が悪い。

 

 ――しかしもし、可能性があるとすれば。

 

 シェルの新技にこそ勝機がある。

 だが、弱点だからこそ出せない。一発逆転が出来るかもしれないが、それが可能なのはただ一度きりだ。やるならば、こちらが確実に勝てる状態を作り出さねばなるまい。

 

「シェル、もしかしたら」

 

「……あい」

 

 ずっと黙って戦闘を見ていたシェルは、いつもの元気も無く、ただそれだけ呟いた。

 本能から怯えているのか、もしくは香澄戦が原因か。

 いや、両方か。

 

「わふっ」

 

 俺はシェルの頭を優しく叩くように撫で、

 

「きついだろうけど頼む、コン」

 

「はいっ」

 

 コンにしても残り体力は僅かだ。未だ雨が降り続いている中、どうやって勝利を導いたものか。

 思考しながら、フィールドを見る。

 

 既にフィールドは豪雨によって大きな水溜りがいくつも出来ている。雨乞いの効果もそろそろ終わると思いたいが、いつ終わるかどうかわらかないものに期待はあまり持たない方がいい。

 

「GO! ライチュウ!」

 

 マチスが切り札をくり出す。ただそれだけで、フィールドの空気が変わった。

 先ほどまでレアコイルやサンダースの影響でぴりぴり感じていた空気が一瞬で消えた。代わりに静寂が周囲を包む。

 ただそれだけで相手の力量がわかった。

 

 コンが火炎放射以外に使えるのは、"噛み付く"と"メガトンパンチ"のふたつの近距離技のみ。しかしあのライチュウ、おそらくこちらが肉弾戦に持ち込めば、容赦なく溜め込んでいる電気を放つだろう。即ち、強制的に麻痺状態にさせられる恐れがある。

 

 となれば、事実上頼れるのは火炎放射のみとなる。それもレアコイルのように磁力の影響を受けたりもしない。雨によって火炎放射の距離が縮められている以上、距離をつめなければならない。

 

 ――どうするか。

 

 悩む俺に、コンは一歩前に出て振り返った。

 

「ご主人様」

 

「ん?」

 

「シェルさん」

 

「――ほえ?」

 

「リゥさん」

 

 その顔は、笑っていた。これから勝機の少ない戦いに挑むというのに笑っていた。

 

「勝ちましょうね!」

 

 心からそう信じていて。

 俺と――今は立てないシェルに向かって、勝とうと言ったのだ。

 自分も辛いのに。そしてきっと、俺にではなくコンが本当に伝えたかったのは、

 

「怖いです、私。今でも怖いです。でも――」

 

 コンはシェルとリゥと、そして俺を見て、

 

「みんななら勝てるって信じてます。私、リゥさんみたいな目標とか無いですけど、それでも勝ちたいって思います。だって――」

 

 一度目を瞑り、右手をそっと自分の胸に当てた。

 それは何かを思い出しているかのようでもある。

 

「逃げたいって思う自分にはもう負けたくないんです。切っ掛けをくれた人に申し訳ないですし、何より自分自身にだけは負けたくありませんから」

 

 きっと、コンが見つけた強さなのだろう。

 あのスターミーとの――いや、それ以前からずっとコンの中にあった強さなんだ。

 

 ――馬鹿だな、俺は。

 

 そんなコンの心情すら汲まず、まだ恐れていると決め付けていたのだから。

 何のことはない。恐れているのはコンが一番わかっている。その上で戦っていたのだ。

 コンはもう充分に、立ち上がれる頼もしい仲間となってくれていたのだから。

 

「強さ、か」

 

 リゥはコンの言葉に自嘲気味に呟き、下を向いた。誰よりも強さに拘っているリゥだからこそ、胸に響いた部分もあったのだろう。

 そしてシェルもまた、驚いたかのようにコンを見ていた。

 

「コン、つよい。つよくなった」

 

 そんな事ありませんよ、とコンは頭を振る。

 

「私よりシェルさんの方が強いですよ」

 

「ううん、わたしは」

 

 コンは穏やかに首を横に振る。

 

「だって、真っ直ぐにたったひとりの人を見てるじゃないですか」

 

「――っ!」

 

 はっとなるシェル。

 

「ご主人様、いきましょう」

 

「ああ」

 

 こちらに背を向け、ライチュウと対峙するコン。その背に向かって、俺は告げる。

 

「ありがとうな、コン」

 

 コンは何も答えなかったが、擽ったがっているような空気だけは伝わってきた。

 俺もこいつらの信頼を裏切るわけにはいかない。俺の期待以上に答えてくれるのなら、絶対に裏切ってはいけない。

 

 勝つ。

 その意味も込めて、両頬を勢い良く叩く。

 

「行くぜ、マチス!」

 

 一筋縄でいかないのはいつもの事だ。不利な状況を打開してこそ、萌えもんトレーナーの真価なのから。

 

「ライチュウ!」

 

 こちらの準備が整ったのを見て取ったのか、マチスが指示を下す。

 ライチュウが覚えている技で今のところ判明しているのは雨乞いのみ。だが、状況から言えば雷は確実に使えるだろう。

 ルール上では残り2つ。一体何の技を登録しているのか。

 

「驚いたヨ、ファアル。正直、ここまでファイトするとは思ってなかったネ。でも」

 

 マチスは勝ち誇る。

 そう、それはまるで香澄のような――

 

「勝つのはミーさ! 波乗り!」

 

 な、んだと……。

 電気タイプが水タイプの――それも大技を繰り出してきた。

 マチスの声と共に、雨乞いによって作り出された水溜りが一瞬にして集まりだす。いや、それどころか上空からも集い、巨大な水の壁を生み出し始める。

 その幅、フィールドを丸ごと飲み込む程だ。

 

「あ、あう……」

 

 その頂点、中央部分にはライチュウが居座っている。腕を組み、こちらを見下ろしてい

る。

 香澄戦でも見られなかった水の質量に、コンは身が引けてしまっている。

 

 当たり前だ。そもそもな時点で、逃げ場が存在していなのだから。

 リゥならまだ竜巻に乗るという荒業も可能だったが、そのリゥは既に戦線離脱。リゥほどに機動力がないコンにとっては事実上の詰みだ。

 

 ――だが。

 

 だがもし、あの水の壁を利用できるとするならば。

 そしてそのためには――

 

「ますたー」

 

 俺の袖を引く声に振り向けば、シェルが真っ直ぐに俺を見ていた。

 そして、頷いた。

 

「シェル、お前」

 

 シェルは水の壁を指差し、

 

「コン、まけるとおもう」

 

 あっさりとコンの敗北を告げた。

 しかしシェルは続けて、

 

「でも、わたしならかてる」

 

 だって――

 

「ますたーがいるから」

 

 俺はそのシェルの答えに、一瞬ぽかんとなってしまう。

 やがてすぐに笑いがこみ上げ、

 

「く、ははは! ああ、なるほど。ははっ、シェルらしいな!」

 

 そしてボールを取り出し、シェルを戻した。

 

 切り札は揃った。

 

 脳裏を巡るのは、ひとつの光景だ。剛司、香澄と使用され苦戦したあの技。

 今度はこちらが利用する番だ。

 以前として雨が降り続けている。止む気配のない雨は、雷の精度を上げ、水タイプを有利なものとし、炎タイプを封じてしまう。

 

「コン、シェルと交代だ。戻れ!」

 

 最初から決まっていたのだ。

 このフィールドに最も適していたのは――主役なのはひとりしかいないって。

 つまり、

 

「行け! 勝って来い、シェル!」

 

 雨が降り続き、水がとめどなく溢れる場所に相応しい水タイプだったって事だ。

 

「うっし! やるぞー!」

 

 気合充分。さっきまでのしなだれはどこ吹く風といった様子のシェルが、やる気まんまんで目の前に聳え立つ水の壁を相手に生き生きとはしゃぎだす。

 だが、これにはさすがに会場もざわつきだす。それもそうだろう、事この場面でマチスにとって最も相性の良いタイプの萌えもんを繰り出したのだから。

 

「水タイプ――確かに波乗りは防げるかもだけど、それだけネ。水は電気を通す。ユーの

判断は間違いヨ!」

 

 そう、水は電気を通す。

 

 火が水を消すのと同じように。

 電気が地面に逃げるのと同じように。

 水は電気を伝えてしまうのだ。

 だからこそ、水タイプは電気技に弱い。元々電気を通しやすい体質になっているからだ。

 だがな――

 

 

「――教えてやるよ、雷使い」

 

 

 これまでだって、いつだって。

 俺達はそういう状況を乗り越えてきた。

 

 

「俺の仲間はな――」

 

 

 トレーナーとして、一緒に旅をする仲間としてこれだけは言える。

 リゥもシェルもコンも、

 

「お前の雷より、よっぽど痺れる奴らなんだよ!」

 

 見せてやれ、シェル。

 

「ライチュウ、波乗りネ!」

 

 波が近づいてくる。

 そして同時に、

 

「更に電磁波!」

 

 マチスは戦場出身だ。だからこそ、確実にこちらを仕留める方法を取る。それは雨乞いの後に雷を連発したからこそわかる。

 故に、認めた相手には堅実なまでの戦法を取る。

 

 電磁波、そして波乗り。シェルにとって波乗りは怖くない。ライチュウの決め手は、波乗りに飲まれた直後に落とす雷のはずだ。そうすれば、電磁波で痺れて動けないシェルを確実に倒すことが可能だ。

 

「ますたー!」

 

「ああ!」

 

 勝機は一点しかない。

 電磁波を喰らいながら、シェルは波へと呑み込まれる。

 その寸前、

 

「シェル、冷凍ビーム!」

 

「ばっち!」

 

 まさかここで使うとは思ってもいなかった技を選択する。

 冷凍ビーム。剛司のカブトや香澄のカメールに苦戦させられた技だ。効果は簡単。その場にある水を一瞬で凍らせる事が出来る。

 だが、今この瞬間において効果はそれだけではない。

 

「ハハ、面白いネ!」

 

 しかしマチスもライチュウもそれだけで動じたりはしない。元よりそんな弱っちぃ精神なんて持っちゃいない。

 何しろ一撃で勝負を決める決め球を持っているのだから。

 

「ライチュウ、雷!」

 

 だから、俺は冷凍ビームを使用した。

 飲み込まれる波をシェルを中心にして、シェルを呑み込んで広大な範囲で凍らせたのだ。さしずめ、鎧のように。

 

 ライチュウの雷が炸裂する。

 通常ならば一撃で敗北するはずの雷はしかし、

 

「What's!?」

 

 シェルに届く前に氷の壁に阻まれて終わった。

 水は電気を通す。当たり前の理屈だ。水は純粋ならば電気は通さないが、普通は水に含まれるイオン等の"不純物"によって電気が伝わる。だが、氷は違う。水は氷になることで不純物を外に出す。純粋でない氷は多少の電気を通すが、水と違って半導体に近い性質となり、ほとんど伝わらない。つまり、

 

 

 氷に対して電気はほとんど意味を成さない。

 

 

「シェル!」

 

 そして、氷の中のシェルが動く。

 決め手を失ったライチュウへと向かい、

 

「水鉄砲、最大出力! ぶち抜けぇ―――!」

 

 氷は水で溶ける。剛司戦と同じだ。

 一部さえ解けてしまえばいい。そうすれば、こちらは盾ごとライチュウを吹き飛ばせる。

 

「ライチュウ!」

 

 シェルの水鉄砲によって雨雲を突き破り、氷に乗ったままライチュウが持ち上げられる。

 ライチュウの視線は定まらない。

 

 雨雲に覆われた場所から明るい場所に急に出たのだ。視界が定まるまで若干ながら時間がかかるのは俺達と同じだ。更に雨乞いによって発生している雷雲を突き抜ければ、シェルの姿は視認出来ない。

 その瞬間に、

 

「シェル! 下がれ!」

 

「らじゃ!」

 

 ライチュウを支えていた水鉄砲は消える。

 つまり、氷ごとライチュウは落下を始める。

 更に雨乞いの効果はまだ続いている。

 

 空いた空間に鬩ぎ寄る雨雲によって、ライチュウは未だ眼下の様子をつかめない。雷は――封印された。

 

 だが、まだだ。これだけで斃れるライチュウではない。

 

「シェル! 水鉄砲!」

 

 俺は真っ直ぐに、雨雲を指し示す。

 

「まだネ! 終わらない、ライチュウ! 雷!」

 

 雨雲から落下してきたライチュウは、水鉄砲によって生じた豪雨にも似た水しぶきの中、多少のズレはあったが体勢を立て直していた。自分が持ち上げられた方向とシェルが下がった場所を予想し、いつでも攻撃態勢に入れるように準備したのだろう。

 だが、それよりも――

 

 

 俺達の方が速い!

 

 

「ライチュウより上、冷凍ビーム!」

 

「ら、じゃー!」

 

 放たれた冷凍ビームは、周囲に降り注ぐ雨を凍らせながらライチュウの上空へと吸い込まれ――

 

「まさか……!」

 

 シェルによって一部だけ豪雨のようになっていた空間を丸ごと氷の礫へと変えた。

 何百何千の粒が氷となってライチュウを襲う。雨ならばまだ構わないが、固体となってはライチュウとて無視は出来ない。その証拠に、ライチュウが空中で身悶えている。

 

「シェル!」

 

「はいな!」

 

 俺は真っ直ぐに手を伸ばす。

 

「水鉄砲、最大出力!」

 

「ばっちお任せ!」

 

 シェルの最大出力の水鉄砲が落下してきたライチュウを呑み込み、そのままジムの壁へと突き刺さる。

 決めてやれ、シェル!

 

「冷凍ビーム!」

 

 ライチュウを飲み込んだ水鉄砲ごと凍らせる。

 急激な温度低下によって、ドライアイスのように氷の湯気が発生し出す中、現れたのは氷に呑み込まれたライチュウの姿だ。

 

「oh...」

 

 勝負は決した。

 愕然とするマチスに向かって告げる。

 

「――五体目、撃破だ」

 

「げきはー!」

 

 雨乞いによって生じていた雲が消え始める。雲間から差し込む光は、さながら祝福の光のようですらある。

 

「……ミーの負けね。ナイスファイト、ファアル」

 

 そして、マチスの敗北宣言によって、クチバシティジムの戦いは幕を下ろした。

 

 

    ■

 

 

 空が、青いな――。

 クチバシティジムから出てまず最初に思ったのが、それだった。

 途中からずっと雨雲の中にいたのもあって、余計に空気が美味く感じてしまう。

 

「やったな、シェル」

 

「うんっ」

 

 何かを乗り越えたのだろう。シェルは今までの元気を取り戻していた。

 そして、

 

「……はぁ」

 

 元気が無いのが我が相棒である。

 

「どうしたんだよ」

 

「――ちょっと、ね」

 

 俯いたリゥについているグレーバッジも心なしかくすんでいるように見える。

 確かに、今回負けたのはリゥだけだった。

 いつかかわした約束を全然守れていない。俺は――まだまだだ。

 

「リゥ、そのな」

 

「ファアル! 良いファイトだったヨ!」

 

 と、空気を読まずに迷彩服のごつい男が現れる。

 先ほどまで激戦を繰り広げていた男は、豪快に笑っている。まるで十年来の友のようなその様子に、話の腰を折られたというのに圧倒され、飲み込まれそうになる。陽気な奴ってのはこれだから困る。

 

「ああ、ナイスファイト、ジムリーダー」

 

 そして、握手を交わす。大柄な体格のマチスの手は、やはり大きかった。

 

「後、ミーに勝利した証ダヨ」

 

 差し出されたのはオレンジバッジ。クチバシティジムを勝ち抜いたトレーナーに与えられるバッジだ。

 これで通算3個目となる。

 俺はそのバッジをシェルに渡す。

 

「ほえ?」

 

「お前のだよ」

 

 いいの?

 首を傾げているシェルに頷いて返すと、ぱぁっとシェルが華やいだ。

 

「やたー!」

 

 バッジを持ってとび跳ねるシェルを見ていると、マチスがヤマブキ方面を指さした。

 

「今、ヤマブキで少しだけ事件が起こってるネ。出入口は封鎖されてるから、イワヤマトンネルを突っ切るのがベターだヨ」

 

 なるほど。

 イワヤマトンネルか……ヤマブキシティが出来る前に利用されていた天然の洞窟だったはずだ。

 

 こりゃまた、準備が必要そうだ。

 

「わかった。気を付けるよ」

 

 少しだけ遠回りになるが、仕方ない。

 

 俺はマチスに踵を返し、そして呼び止められる。

 

「ファアル。ユーなら気付いていると思うケド」

 その語尾は、言いにくそうに消えていった。

 何だ?

 俺が問いかける前に、

 

「――いや、気にしないでいいヨ。またバトル、OK?」

 

「ああ!」

 

 マチスの中で決着がついたらしい。

 釈然としないものを感じながら、マチスに背を向ける。

 コンにつけてもらったのか、シェルの胸にはオレンジバッジが輝いている。

 そして――

 

「……私は」

 

 そんなシェル達を見て立ちすくんでいる相棒がひとり。

 俺はリゥに歩み寄り、

 

「何?」

 

「いや」

 

 いつものように不機嫌な様子で振り向いたリゥに言葉を濁した。

 強く、か。

 残るバッジは5つ。

 

「強くなろうぜ」

 

「――うん」

 

 答えた声は、どこか遠く感じた。

 

 こうして、クチバシティジムの戦いは終わった。

 次の目的地はイワヤマトンネル。カントー地方でも屈指のトンネルに俺は挑む事になったのだった。

 

 

                             <続く>



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【第十二話】イワヤマ――中は真っ暗、お先も真っ暗

本格的に奴らが関わってきます。


 クチバシティでの戦いを終え、俺たちは再びハナダシティへと戻ってきてきた。理由は簡単、シオンタウンへと繋がる天然の洞窟である岩山トンネルへと向かうためだ。

 

 本来ならばヤマブキシティに行く予定だったのが、どうやらロケット団が何か騒ぎを起こす情報があったらしく、警備が厳重で入れなかった。念のためヤマブキとの連絡通路に入ってみたら本当に入れないどころか隣のリゥを見て怪訝な目をされた後に捕まりかけた。何故だ。

 

「ふーん、ちゃんと道はあるのね」

 

「ああ。一応今でもちゃんと使われてるしな」

 

 岩山トンネルの近くには発電所もあったはずだ。そういった施設のためにも道はきちんと舗装されている。

 地図を広げてみると岩山トンネルの前には萌えもんセンターもあるらしい。まずはそこを目指すとしよう。

 俺たちはさっそくハナダシティで洞窟を抜けるために必要な道具を買い揃え、岩山トンネルへと足を向けた。

 

「それにしても……」

 

「何かピリピリしてるわね」

 

「だな。何かあったのか?」

 

 途中出会ったトレーナー達と戦っていると、彼らがどうにも殺気立っているというか緊張している空気を感じ取れた。何がというわけじゃなく、例えるならジムリーダーと戦うかのような肌が焼け付くかのような緊張感だ。

 

 そして何度目かのバトルの後、岩山トンネルの入り口近くにある川沿いまで来た時だった。

 

「ちっ、どいつもこいつも雑魚ばかりか、クソが」

 

「あん?」

 

 舌打ちと共にガラの悪い言葉を吐き捨てていた男がいた。

 黒一色の服にセンスの悪いベレー帽のような帽子に、真ん中にでかでかと書かれた『R』の文字。俺以上に捕まりやすい格好は忘れるはずもない。言ってて泣けてきた。

 

「――何泣いてるのよ」

 

「いや、何でもないんだ……ほんと」

 

「あ、そ」

 

 そんな事を言っていたからだろうか、ガラの悪い男は俺たちに気付いたようだった。

 ポケットに手を突っ込み、猫背で足を引きずりながら歩いて来る。どこのチンピラだよ。

 

「おい、てめぇ」

 

「ぁあ?」

 

 メンチを切ってやる。

 

「あんたの方がよっぽどチンピラじゃない」

 

 片眉を吊り上げて、下方から睨みつけるようにして顔を上げる。

 

「んだコラ。センスの悪い服着やがって」

 

「そこは関係ねーだろ!」

 

「自分でもダセェって思わねぇのか?」

 

「……う、うるせぇ!」

 

 なんだ、図星だったのか。脱ぎ散らかせばいいのに。

 チンピラ(仮)は俺の隣にいるリゥを見て、

 

「おい、そいつ寄越せ」

 

「断る。幼女趣味の変態が」

 

「ちっ、テメェみたいなチンピラが持ってても使えねぇだろうが」

 

「知るか。幼女趣味の変態が」

 

 もう一度男は舌打ちする。

 ったく、これだから空気の読めない似非チンピラ風情は……。

 リゥをちらりと見やると、チンピラ(仮)と俺とを交互に視線を彷徨わせていた。

 

「やるとかやらないじゃねぇんだよ、チンピラ。いいか」

 

 バシッ、と効果音付きで指を向けて告げてやる。

 

「こいつは俺の相棒だ! これまでもこれからもお前のもんじゃ無ぇんだよ! 渡すとか渡さねぇとかじゃねぇ!」

 

「――ふぇ?」

 

 何か隣でリゥが素っ頓狂な声を上げていたけど、まぁいいか。

 

「はっ、くだらねぇ」

 

 チンピラ(仮)がベルトからボールを取り出す。

 

「萌えもんってのはモノだろうが! 人間様に良いように使われてりゃいいんだよ!」

 

 ボールが投げられる。

 チンピラ(仮)のボールから飛び出してきたのはニドラン♂だ。目を吊り上げて俺を睨みつけている。

 

「リゥ、いけるか?」

 

 ここまでされて黙ってるわけにはいかない。絶対にボコって身包み剥いで川にぶち込ん

でやる。

 

 が、いつもなら自信満々で返ってくるはずの言葉もなく、

 

「――リゥ?」

 

「相棒……相棒……あいぼー」

 

 両手を頬に当ててぶつぶつと呟いていた。

 たぶん、さっきの言葉が何かに触れてトリップしたらしい。珍しいもんだけど。

 

 ――仕方ない。

 

「シェル、頼む!」

 

「あいさー!」

 

 ニドランは雄と雌共に毒針がある。双方共に近接技が多いため、こちらも近付いて攻撃するのは毒を受ける事を意味する。

 対するシェルは水と氷、両方の遠距離攻撃を備えている。

 

「いけぇ、ニドラン♂! 毒針だ!」

 

 が、

 

「わかってんだって」

 

 狙いは最初から俺にしか無いのもわかってる。

 こっちへと真っ直ぐに走ってくるニドラン♂。その速度は俺が走って逃げるより余程早い。半分獣みたいなもんだしな。

 

「シェル、地面に水鉄砲!」

 

「あいさ!」

 

 すぐに理解してくれたシェルは、俺とニドラン♂との間に水鉄砲を放射してくれる。

 

「あん? バカにしてやがんのか?」

 

 いや――

 

「的にしてやるのさ」

 

 ニドラン♂が水に濡れた地面へと突入する。

 

「シェル、冷凍ビーム!」

 

 そして為す術なく足元を凍らされ、つんのめる。それどころか、水たまりに足を踏み入れていたせいか、がっちりと固定されてしまっている。

 だが所詮は即興で作ったトラップだ。もがけば時間はない。

 

「水鉄砲、最大出力!」

 

 シェルをニドラン♂と一直線に重なるような位置へと導き、氷もろともにニドラン♂を呑み込む。いや、それだけじゃなく、後ろにいたチンピラ(仮)も一緒に吹っ飛ばしてやった。

 

「ついでにもういっちょ冷凍ビーム!」

 

 そしてチンピラ達は仲良く凍りづけになった。実に寒そうだ。

 

「ありがとな、シェル」

 

「ういういー」

 

 ボールに戻し、改めて振り返る。

 冷たい風に当たったためかどうかわからないが、ようやくこっち側に戻ってきてくれたようだ。

 

「はっ、さっきの奴は!?」

 

 答える代わりに無言で指さす。

 両手両足を開き、驚愕の表情で氷漬けされている姿は実に無様だった。

 さすがにこれは可哀想だと主犯である俺でも思う。

 

「ふむ……」

 

 岩山トンネルに近いためか、川はすぐ側にある。

 リゥに目配せし、

 

「その氷を丸ごと川にぶち込めないか?」

 

「出来るけど……え、やるの?」

 

「このままだとこいつ風邪引くだろ? 水に浸かってたらならいつか溶けるし安心じゃないか」

 

 リゥはしばし半眼で俺を見つめ、

 

「あんたの方がよっぽど悪の組織みたい」

 

「とか言いながらやるんだからー」

 

「ふんっ」

 

 さっきのモノ発言でリゥも少しばかり苛々していたのは確かなんだろう。凍らされた氷を丸ごと、川へと向かってふっ飛ばしていた。

 出来の悪いオブジェのように凍った団員が浮かび上がる。

 

 良き旅を。

 

 俺はチンピラ(仮)の新たなる旅立ちに敬礼を捧げ、トンネル入口付近にある萌えもんセンターへと向かった。

 

 

    ■■

 

 

 その様子を物陰から見ている瞳があった。

 

「じーっ」

 

 わざわざ風下に陣取り、気配も出来る限りけしてその影はファアルの行動をずっと見、やがて岩山トンネルへと消えて行く姿を確認してから後に続くようにその影も後を消した。

 

「あいつ……怪しいな……」

 

 という呟きを残して。

 

 

    ■■

 

 

 萌えもんセンターのドアを潜ると警察がいっぱいいた。

 思わず回れ右しそうになったのを堪え、その場に踏みとどまると入ってきた俺に視線が一気に集中した。

 

 何だろう、このアウェイ感。

 

「な、何だ?」

 

 そして俺を見て仕事に戻ったのが全体の8割。訝しそうに目を潜めたのが2割。近付いてきたのがたった1人。

 何が面倒って、その近付いてきた割がどう見ても確信しているかのような視線だった事だ。

 

「よう、クソガキ。久しぶりじゃないか」

 

「んげっ、やっぱあんたか」

 

 出会えばギャラドスですら目を逸らしそうな程イカツイ顔をしたおっさんが人懐っこい笑み(自称)を浮かべて近付いてくる。この時点で既に逃げ出したいが、後ろを向くと何かしらの理由をつけて拘束してくるからたまったもんじゃない。

 

 一緒に入ってきたリゥは露骨に嫌そうな目で俺を見上げ、「知り合い?」と否定してくれと言わんばかりだったが、生憎と俺が答える前に両手がカシャリと冷たい輪っかに包まれた。

 

「……おい」

 

「幼女誘拐の現行犯で逮捕だな」

 

「ちげぇよ!」

 

「犯罪者はみんなそう言うんだ、ファアル」

 

「いかにも残念ぶった声音のくせに顔が満面の笑みじゃねーか!」

 

「まぁ、そう言うな。詳しくは奥で聞こう。な?」

 

 こっちの言う事になぞ耳を傾けずに強引に連れ去っていこうとする熊オヤジこと熊澤警

部。見た目通りの体格の良さからくる力が俺をつかんで離さないし離してくれないから実に困った。

 

「お嬢ちゃん、もう大丈夫からな」

 

「えっ、と……」

 

 リゥはしばらく俺と熊澤警部とを間に視線をうろつかせ、

 

「私は別に誘拐されたわけじゃ――」

 

「ファアル!」

 

「な、なんだよ」

 

 ようやく間違いに気付いたか。

 熊澤警部は俺に感心したような褒めるかのような視線を向け、

 

「どうやって調教したんだ! 俺にも教えてくれ!」

 

「――リゥ」

 

「うん」

 

 

 叩きつけろ

 

 

 熊澤警部が正気に戻ったのは、それからしばらくしての事だった。

 

 

    ■■

 

 

 しばらく時間が経過し、萌えもんセンターから徐々に警官がいなくなり、数人になった所で熊澤警部は目を覚ました。

 指揮系統はちゃんとなっているようで、このおっさんがいなくても何とかなるらしい。

 

 ……大丈夫なのか、この組織。

 

「いっつつ、あん? どこだここ」

 

 リゥによって傷めつけられた腰をさすりながら目を覚ました熊澤警部は、また取り乱すのかと思いきやすぐに仕事モードに入った。

 近くにいた部下の警官をひとり呼びつけ、肩を叩いてから何やら耳打ちしている。

 

 俺はといえば熊澤警部が倒れている間に準備を整えていたため後は出発するだけなのだが、ロケット団も気になる。ヤマブキシティの件と無関係とは思えないし、注意をしていきたい。

 

 すると話し終えた熊澤警部が俺の方へと改めて向き直り、

 

「ま、冗談はさておいてだ。ヤマブキが通行規制かかってるのは知ってるか?」

 

「ああ。マチスに聞いた。何かあったのか?」

 

「いや――」

 

 守秘義務というのもある。偶然熊澤警部と知り合いだから少し踏み入って聞けるだけで、俺だって本来はただの一般人だ。おいそれと話すわけにもいかないのくらいはわか

る。

 

「俺から振っておいてなんだが、まだ口止めされててな。詳しい事は言えん。ただ、ロケット団の活動が活発になってきているのは確かだ。特に――」

 

 熊澤警部は一度萌えもんセンターの外――岩山トンネルの方へと視線を向け、

 

「あそこは暗いからな。気をつけてくれ。うちも目を張ってはいるんだが、隠れる場所だけは多いからな」

 

 故郷であるマサラタウンに帰ってくるまでの短い間だが、熊澤警部には世話になった。今はもう成長して無茶をしなくなったとは言え、忠告はありがたく聞いておこう。

 

「ああ、わかった。ありがとな」

 

「やめろ、お前に感謝されると気持ちが悪いぞファアル」

 

「うるせぇ」

 

 これ以上はもう言い合いにしかならなさそうだ。俺もさっさと出発するとしよう。

 そう思って俺が背を向けた時だった。

 

「待って!」

 

 引き止めたのは誰でもない、リゥだった。

 珍しく大声を上げたもんだから珍しいなと思っていたら、リゥは真っ直ぐに熊澤警部を見つめていた。

 

「……前も戦ってたけど、ロケット団って何なの?」

 

「あー」

 

 熊澤警部は「自分でも気が付かなかった」とでも言うように禿げかけている頭をかきながら俺へと視線を向けてくる。どうする、と視線で訊いてきているのがわかったんで、頷いておいた。

 

 仕方ない、と呟き話を始める。

 

「ロケット団ってのはここ三年くらいで急に力をつけてきた組織だ。奴らは力こそ萌えもんの存在意義って思ってやがって、トレーナーから力づくで萌えもんを奪って自分たちの戦力にしたり、道具のように扱って使い潰したりしている。そこらのチンピラよりよっぽど悪い、犯罪者集団だ。しかも面倒なことに、誰がロケット団員かさっぱりわからないときてる。制服着てないとわからんとか、情けないもんだ……」

 

「……力が存在意義」

 

 それは儚くも、俺やリゥと似ている気がしていた。目的や手段そのものは違うが、求めているものはきっと同じなのだとわかる。

 

 だからこそ、俺はロケット団を認めるわけにはいかない。力を求めるからこそ、奴らのやり方を認めてはならない。それは決して王道ではないからだ。俺達が欲しい力は――そうやって手に入れるものでは決してないだろうから。

 

「あんたも気をつけろ。こう言っちゃなんだが、あんたは珍しい萌えもんだからな。狙わ

れないとも限らない」

 

 リゥは熊澤警部の忠告も聞こえていないようだった。

 

「……リゥ」

 

 強くなる。

 そのために戦い続けているリゥにとって、もしかしたら――

 

「いや、」

 

 湧き上がった憶測を否定する。そんな事は無いと思い込む。

 俯き、何か思考し始めているリゥの背を見るにはそうする他なかった――。

 

 

    ■■

 

 

 岩山トンネルはまさしく天然の洞窟、という印象だった。

 お月見山と比べると岩肌が顕になっている場所は多く、人の手が全く入っていない。そのため珍しい萌えもんも多く、イワークやゴローンといった岩や地面タイプが見られやすい。

 

 マチス戦は何とか勝利出来たが、やはり地面タイプは戦力として是非とも欲しい。リゥ、シェル、コン――みんな仲間として頼もしいが、それだけでは勝てない闘いはやはりあるし、これから先に挑むジムリーダー達もこれまでと同じように一筋縄ではいかないのは間違いない。

 

 戦力増強は必須なわけなのだが……

 

「暗っ! 先が見えねぇ!」

 

 真っ暗だった。一寸先も見えないくらい真っ暗だった。

 入り口付近はまだ日光が差し込むだけの余裕があったのだが、中は完全に洞窟と化してしまっているためか、どこをどう見ても暗い。暗いのしか見えない。

 

 だが待てよ。これだけ暗いと合法的にお触り出来るんじゃなかろうか? 

 考えれば考えるほど素晴らしいのだが、さすがにやるとお縄を頂戴する上に隣の方に何されるのかわらかないのは間違いない。血涙を流して断念する。

 

「コン、これに火をつけてくれるか?」

 

「はい? これですか?」

 

 コンの声がどこかから聞こえてくる。「それそれ」と俺が相槌を打つと、次の瞬間には俺が火だるまになっていた。明るいね。

 

「うわあっちゃちゃちゃっ!」

 

 地面を転がりまくって火を消した後にシェルを出せば良かったと後悔したがもう遅かった。

 とりあえず安全策のために入り口付近まで戻り、必死に謝ってくるコンにもう一度お願いしてランタンに火をつけてもらう。持ってきて良かった。

 

 火をつけて改めて中に入ると淡い光によって洞窟内が見える程度にはなった。

 天然の岩肌が露出し、人の手もほとんど入っていないのか歩きにくそうだ。ただ、その中でもトレーナーの影がチラチラ見えるのでバトルになるのは間違い無いだろう。

 

「――、ひっ!」

 

 ただ、明かりに照らされる影を見て毎回肩をびくつかせているリゥを見ていると、驚かしたくなってくる。

 

 やるかやらないか。

 その狭間で俺が悩んでいた時だった。

 

「そこのお前!」

 

「きゃあああぁぁぁぁ――っ!」

 

 洞窟内で反響する声に隣を歩いていたリゥが驚き、悲鳴を聞いたと思ったら何故だから俺は暗闇に放り出されていた。

 

 うむ、恐怖でぶっ飛ばされたらしい。

 あー、ランタンどうすっかなー。

 

 放物線を描いて――おそらく――宙を舞っている俺が最後に見たのは、腰に手を当てて俺へと向けて武器を向けている萌えもんの姿だった。

 

 

    ■■

 

 

 気が付けば真っ暗でした。

 案の定というか当たり前のようにランタンは壊れていたので、替えのランタンを取り出してもう一度コンに火をつけてもらう。

 

 すると、目の前に申し訳なさそうな顔のリゥが立っており、ちらちらと視線を彷徨わせながら俺を見ていた。

 

「俺なら大丈夫だって」

 

「……う、うん」

 

 頭に手を置くと振り払われなかった。やっぱり不安みたいだ。お化けが怖いんだろう、きっと。口にしないけど。

 

「で、さっきの奴は?」

 

 ランタンを掲げて周囲を照らしてみると、さっきと同じ場所で石化でもしたかのように律儀に同じ格好で萌えもんが立っていた。

 

 用はきっと……あるんだろうなぁ。だって俺をガン見してらっしゃるんだもの。

 

 元々が暗いためか判別はつきにくいが、手にした武器で予想はついた。

 カラカラ――地面タイプの萌えもんだ。骨のヘルメットをばっちり被っており、どこか過ぎ去った痛い時期を彷彿とさせてくれる。しかし愛らしい姿とは裏腹に、骨を使った個性的な技を主体に戦うファイターでもある。

 そのカラカラが俺へと向かって武器を向け、

 

「罪深き人間め、成敗してくれる!」

 

 何やら格好いいセリフを吐いていた。

 が、俺としては成敗される謂れなんて全くないほど清廉潔白で紳士的な生活を送ってい

るので

 

「人違いです」

 

 当然のようにきっぱりと答えるしかない。

 

「嘘つけ!」

 

 俺の心はたった一撃でズタボロにされたなう。

 

「間違ってないじゃない?」

 

「えっ」

 

 真顔で振り返ったら信じられないという顔をされた。世の中は理不尽だ。

 が、それが致命的な隙になったらしい。

 

「覚悟! ちょあぁぁぁぁっ!」

 

「ごぶるぁ!」

 

 骨を投擲され、当然のように気を取られていた俺は為す術もなく命中し、吹っ飛んだ。本日二度目、もう寝たい。

 暗い中で岩肌とキスをかまし、地面に崩れ落ちた俺へと勝ち誇った笑い声が響く。

 

「あははは! これに懲りたらお墓を荒らすのはもう止めるんだな!」

 

「あ、こらっ!」

 

 リゥの声も虚しく、どうやらカラカラはどこかに走り去っていったようだった。

 砂利の混ざった唾を吐き捨て俺が起き上がると、途中手放したランタンをキャッチしてくれたリゥが駆け寄ってきてくれた。

 

「大丈夫なの?」

 

「い、てて……何とかな」

 

 心配そうな表情に向かって強がりの笑みを浮かべ、立ち上がる。

 喧嘩に明け暮れた黒歴史に比べれば、この程度別にどうってことない。

 

「ったく、先に進もうぜ。そろそろ日光が浴びたくなってきた」

 

「うん、同感」

 

 さっきのカラカラも気になるが、今は洞窟を抜けなければ。

 

 ――それにしても、お墓、か。

 

 カラカラの言葉に引っかかりがないと言えば嘘になる。

 おそらく人違いだと思うが、萌えもんの墓を荒らした事など生まれて以来一度もない。あのカラカラは野生のようだったし、知らずに墓を踏みつけていた可能性もあるにはあるのだが……。

 

「どちらにせよ今は関係ない、か」

 

 ふと岩山トンネルの先にあるシオンタウンを思い出したが、頭を振って忘れる。聞いた話では萌えもんのお墓があったと思うのだが、用事がない俺には関係無いだろうしな。

 

「さっきのあいつ?」

 

「まぁな。一度狙われたわけだし、次が無いとも言えないだろ?」

 

「心当たりとかないの?」

 

「見ず知らずの萌えもんに成敗される覚えなんかないって」

 

「ふうん」

 

「何でリゥさんは半眼で俺を見ているんですかね?」

 

 なんて言い合いながらトレーナーを倒しつつ進んでいく。

 しかし奇妙なのが、道中に出くわした萌えもんがほとんどいなかった事だ。まるで隠れているかのように、息遣いのようなものは感じるのだが一向に出会えない。

 

 ――隠れなきゃいけない奴らでもいるのか?

 

 ふと思い浮かんだのが問いへの答えは、出口付近にまで踏破した時に訪れた。

 

「放せ、貴様ら!」

 

 洞窟内で反響して耳まで届いたのは、忘れるわけもない俺をぶっ飛ばしてくれたカラカラの声だ。

 明かりで照らしてみたが、視界に入る中にはいないようだ。

 

「こ、の! お前らなんか――!」

 

 足掻くような声と一緒に何か叩かれるような音も反響する。心なしかトンネル内がざわついた。

 

「リゥ」

 

「……わかってる」

 

 さすがに放ってもおけない。

 俺とリゥは頷き合って出口付近へと向かって走りだした。

 

 

    ■■

 

 

 出口付近まで行くと見覚えのあるシルエットがもみ合っていた。

 ひとりはカラカラ。自慢の骨で俺をぶっ飛ばしてくれた奴だ。忘れるわけがない。

 そしてもうふたり。カラカラを後ろと前から掴みかかっているのは黒くてダサい服を着ている噂の奴ら。

 

「誰がお前ら何かと一緒に行くか!」

 

 必死に抵抗しているのが見て取れるが、相手は大の大人がふたり。いくら萌えもんでもさすがに分が悪い。身体も小さいし、二人がかりで力づくになられると不利になるのは当たり前だ。自慢の骨をあっさりと奪いとられ、地面へと叩きつけられる。

 

「あ……!」

 

 その骨を見て呆然とするカラカラ。

 ロケット団はそれが大事な物だとわかったのだろう。嗜虐的な笑みを浮かべ、カラカラの前で大きく足を振り上げる。

 

「や、やめてっ!」

 

 後ろから掴んでいた男を振り払い、骨と足の間に身体を滑り込ませるとカラカラの背中

に容赦無く足が叩きこまれた。

 

「――ごほっ」

 

 むせるカラカラの様子から、それが手加減無しの一撃だったのは見て取れる。

 しかしカラカラは怯む事なく男へと視線を向ける。それがなお一層、男の嗜虐的な精神を刺激したようだ。

 

「はっ、いつまで耐えられるんだァ?」

 

「う、ぐっ……!」

 

 よっぽど大切な骨なのか。

 ただ一方的に攻撃されただけの俺にはさっぱりわからない。

 わからない。が――

 

「行くぞ」

 

「行くわよ」

 

 期せずとも、俺とリゥは同じ事を思っていた。

 手加減無しにぶっ飛ばす。

 俺とリゥは同時に止めていた足を動かし、飛び出した。

 

「リゥ!」

 

「任せて!」

 

 敵はふたり。俺とリゥは別々の相手を目指して距離を詰める。

 最初に気付いたのはカラカラの背を抑えていた男だ。嬲られているカラカラを見ていたようだったが、いち早くこちらへと気がついた。

 

 だが、遅い。

 その瞬間には既にリゥの距離だ。

 

「ちっ、何だお前ら!」

 

 ロケット団その2がボールへと手を回す。だがそれよりも早くリゥが捉え、叩きつける。手にしていたボールが男の手からこぼれ落ちる。為す術なくリゥに吹っ飛ばされた男は洞窟の壁面と激突し、うめき声を上げる。

 

「後よろしく!」

 

 洞窟に反響するように声を張り上げる。すると、心なしかざわつきが大きく一度波打っ

たように感じた。

 

 はっ、悪くない。

 

「あんだ?」

 

 カラカラを踏みつけていた男はまだ反応出来ていない。あれじゃダメだ、全然ダメだ。

 自分より弱い奴をいたぶりすぎて、何も反応できちゃいない。

 

「正義の紳士様だ、覚えとけ」

 

 近付いてくる足音に振り返ったその横っ面に、思いっきり拳を叩きこんでやった。

 

「があっ!」

 

 獣のような声と一緒に男の体が一瞬浮いた。その隙に――

 

「紳士協定そのいち! 幼女は虐めるもんじゃない、愛でるもんだ!」

 

 無防備な横腹を膝で蹴り上げる。更に勢いを利用して左拳を振り下ろす。今度は地面のオマケ付きだ。

 

「ご、ふっ」

 

 体重丸ごとかけて地面に叩きこんでやったおかげか、男は白目を向いて気絶した。

 なんだ、弱っちいなこいつ。

 

「うし、こんなもんか」

 

 バッグから念のためと準備しておいた縄を取り出し、亀甲縛りにして放置する。いつか使うかもしれないと思って練習していた縛り方がまさかこんな場所で使えるなんて、現実はつくづくわからない。

 

 更にリゥにぶっ飛ばされた後に野生の萌えもん達によって引っかき傷やら何やらつけられまくったロケット団員を向き合うように縛り上げ、仲良くさせてからボールを遠く離れた場所に置いておいた。警察が来るまで暗がりの中で仲良くしてもらっておこう。

 

 で、だ。

 

「あっ、お前……」

 

 まだ痛むのだろう。声も絶え絶えといった様子だった。

 

「よう、無事か?」

 

 そんなカラカラの前へにどかっと座ると、びくっと肩を震わせた。

 

「う、うん。大丈夫」

 

「そうか、そりゃ良かった」

 

 何があったのかはわからないが、通りすがりのトレーナーとしてはこれでいいだろう。

 大切に抱えている骨が守れて良かった。

 

 俺は一度だけカラカラの仮面を軽く叩いてから立ち上がる。

 出口はすぐそこだ。シオンタウンで連絡してロケット団を引きとってもらわないとな。

 

「あっ……」

 

 ここは洞窟だ。

 だからこそ、小さな呟きだって反響し反響する。

 カラカラの消え入りそうな声は俺の耳まで届き、足を止めて振り返るには充分な程、涙に包まれていた。

 

「す、すまない! さっき君に攻撃しておいて不躾なのはわかってるんだけど……頼みが

あるんだ!」

 

 カラカラはその仮面の下に決意を込めていた。

 いたぶられても決して折れない心を持っていた。

 そんなカラカラが四つん這いになり、額を地面にこするかの如く下げ――土下座で俺に向かって懇願したのだ。

 

 

 

「ボクの母様を――助けてくれ!」

 

 

 

 それはシオンタウンの風と共に、新たな波乱も運んでくる言葉だった。

 

 

 

 

                              <続く>

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【第十三話】シオン――迷う者と道を歩む者

ちまちまと進んでいきます。
初期のシオンタウンのBGMは深夜真っ暗にして聴くと今でも怖いです。


 岩山トンネルを無事に通り抜け、最後に何やら爆弾発言を受けたりはしたが無事にシオンタウンへと到着した。

 

 到着してすぐに警察へと連絡を入れたので、今頃はさっきのロケット団員達はお縄についている頃だろう。

 連絡の後、俺はその足で萌えもんセンターへと向かい、シェルやコン、そしてリゥの傷を癒してもらっている間、岩山トンネルから同行してくれているカラカラと受付で向かい合っていた。

 

 治療を頑なに拒んだカラカラは、無料だから受けておけという俺の言葉に耳も貸さず、さもロケット団員から受けた傷が勲章だと言わんばかりだった。

 俺はやれやれと諦めのため息をついて、

 

「な、何をする!」

 

 強引に腕を引っ張って受付の姉ちゃんに引き渡した。

 ったく、少しは体に気を使え。

 リゥ達を含めて治療には少し時間がかかるらしいので、その間に町で聞き込みでもしてみる。

 

 

    「ボクの母様を――助けてくれ!」

 

 

 母親を助けてくれと頭を下げられて、はいそうですかと無視出来るほど人でなしじゃない。それに、どうしてだか嫌な予感が拭えない。まるで何か自分にとっても大事な事であるかのように感じてしまうのだ。家族環境がどうとかではなく、純粋に勘のようなものが小さな骨として刺さっている程度の違和感ではあるのだが……。

 

 果たしてそれが何なのか今の俺にはさっぱりわからないが、それでも出来る事はしておきたい。

 

 シオンタウンから一番近いのはヤマブキシティ、次いでタマムシシティだが――ハナダとクチバの両方から通れなかったのを考えれば、シオンとタマムシからも通行規制がかかっていると考えていいだろう。

 

 すると、次の目的地は地下通路でヤマブキの下を抜けられるタマムシシティかシオンタウンより南にあるセキチクシティとなる。

 

 タマムシシティはカントー地方でも有数の大都会だ。巨大なショッピングセンターがあり、人の出入りも激しい。セキチクシティは逆に人里離れた海に面した田舎だが、サファリパークという野生の珍しい萌えもんが生息している大きな公園がある。どちらにもジムがあり、避けては通れない道ではあるが……。

 

「タマムシシティジムは草タイプ、セキチクシティジムは毒タイプがメインだしな。どうしたもんか」

 

 現在の戦力を考えると、草タイプに有利な炎タイプのコンと氷タイプの技を持つシェル、そして万能タイプなリゥがいるため自ずと目的地は決まってきてしまう。

 

 ――タマムシシティ。

 

 次なる目的地が決まったと同時に、俺は大きくため息をついてしまう。

 個人的な理由で出来れば後回しにしておきたかったのだが……仕方ないか。

 

 ふと巨大な影の中で立ち止まり空を見上げると、そこには巨大なタワーが建っていた。

 ここシオンタウンの名所でありカントー地方で一番悲しい場所でもある。

 萌えもんタワー。人と共に生きた萌えもんが死ぬと、ここに埋葬される事が多い。萌えもんの墓場とも揶揄されているが、長年共に生きた相棒が眠る場所とあってか人々の出入りは毎日あるようだ。

 

「――永遠じゃない、か。当たり前なんだけどな」

 

 独り言ち、背を向ける。

 そろそろ治療も終わった頃だろう。

 買い溜めた荷物を背負い直し、俺は萌えもんセンターへと足を向けた。

 

 

   ◆◆

 

 

「貴様、どういうつもりだ!」

 

 萌えもんセンターに戻った俺に突き付けられたのはそんな言葉だった。

 周囲の視線が集まる中、俺はきょろきょろと周囲を見渡し、

 

「誰もいないぞ?」

 

「お前だよ!」

 

「えっ」

 

「えっ? じゃない!」

 

 仮面を脱ぎ捨てた可愛い顔でカラカラは俺に骨先を向ける。変な言葉だ。何だ骨先って。

 

「ボクはここが大嫌いなんだ! 身体中を弄られるし、撫でられるし、変な機械の中に入れられるし!」

 

「なっ――!」 

 

 身体中を弄られる、だと……?

 

「お姉さん、ここに就職するにはどうしたら――」

 

「言うと思ったわ!」

 

 さすがと言うべきか。俺の言動を読んでいたリゥは一瞬で懐に詰め、俺の意識は刈り取られた。

 

 

    ◆◆

 

 

「さて、それでなんだが」

 

「何事も無かったように始めた……」

 

 リゥが何か言っているが気にしない事にする。

 治療したてのシェルとコンも交えてこれからを相談してみるか。

 

「シェル、コン。大体の経緯はわかってるか?」

 

「おっけー」

 

「はい。リゥさんから聞きました」

 

「ふむ……」

 

 となると話が早い。

 さっき買い物をしながら考えていたプランは俺たちとしてはアリなのだが、

 

「……やっぱり、無理なのか?」

 

 カラカラにとってはそうじゃない。

 目を伏せて、やっぱり駄目だった、と諦めの息をついた。

 俺にはそれが何度も何度も繰り返した自嘲に見えた。

 

「当たり前でしょ。あんたには悪いけど」

 

「いや」

 

「私たちにも大事な用事が――えっ?」

 

 リゥの言葉を遮り、俺は言葉を続ける。

 

「手伝わないなんて言ってない。何があったのか教えてくれ」

 

「お前……」

 

 そんなキラキラした目で見詰めないでくれ。困る。

 

「~~~~っ! そうやっていつもいつも……勝手にしてなさいよ!」

 

 しかしリゥは気に入らないのか、席を立つとそのまま背を向け歩いて行ってしまう。

 

「……リゥ」

 

「ちょっと出てくる!」

 

 そして外へと出ていってしまった。

 

「参ったな……」

 

 クチバシティジムから少しずつリゥの様子がおかしいのはわかっていたが、どうしたものかと頭をかきむしる。

 寝る間を惜しんで考えても、気持ちの問題だ。こればっかりは良い案が出てこない。

 

 強くなる、というリゥの願いを叶えるためにはまず俺が強くならなくてはいけないのだが――今の所、実践できているとはとてもじゃないが言えない。

 

「いいのか? 何ならボクは席を外すけど」

 

「……いや」

 

 逡巡した後、首を降る。リゥと少し距離を置きたかったのもあったのだ。

 頭を冷やすべきはきっと――俺だろうから。

 

 カラカラはそれ以上何も言わず、そっかとだけ呟いた。

 代わりにコンが当然のように立ち上がり、

 

「じゃあ私行ってきますね」

 

「――悪い、頼む」

 

 後を任せて、俺はカラカラと改めて向かい合う。

 

「それで、お前のお袋さんに何があったんだ?」

 

「実は――」

 

 そうしてカラカラは語り出した。

 

 

   ◆◆

 

 

「はぁ」

 

 勢い込んで飛び出したのはいいけど、冷静になってくると馬鹿みたいだった。

 これじゃ、私ひとりが我侭言ってるみたい。だって、寄り道ばかりしてるお人好しが悪いんだから。

 うん、そう。

 

「私は悪くなんか……」

 

 無いはずだ。

 あいつとの旅は確かに経験になるし、トレーナーの萌えもんと戦っていても自分が強くなっているのはわかる。

 

 だけど、ジムリーダー戦にはほとんど活躍できてない。自分の強さをまるで実感出来ない。

 

 私には――自分がどれだけ強くなれているのかはっきりとわからない。

 

 あの人に勝つにはどこまで強くなればいいのだろう。

 いつか見返してやると思ったあの姿にはいつになれば追いつくのだろう。

 

「はぁ」

 

 私はもう一度ため息をつく。

 そうすればこんな気持ちもどこか吹き飛んでしまうような気がして。

 例え気のせいだとしても、少しは気が紛れるんじゃないかと思って。

 

「くすっ、リゥさんでもため息なんてつくんですね」

 

 だけどお節介は放っておいてくれなかったみたい。

 いつか私がそうしたように。

 コンは私の隣に並ぶ。

 

「旅に出てから苦労ばっかりよ」

 

 このままじゃ駄目だ。

 そう思って里から逃げて。

 気がついたら知らない天井だった。

 側には知らない人間がいて、でもどうしてだか私には自分と同じに見えた。

 まるで私と同じように――ううん、それ以上に深い深い場所に沈み込んでいるように見えてしまった。

 

 何か切っ掛けになるかもしれない。

 

 今でもわからないけど、そう思ってしまったのだから仕方が無い。

 一緒に強くなろうって旅を始めて、随分と遠くまで来てしまった。

 

「どうしたんですか?」

 

「……何でもない」

 

 コンは、ハナダシティよりもずっと強くなっている。

 前を向いてしっかりと地に足をついて立っている。何かを乗り越えられたのだろう。

 

 以前、コンに私は言った。

 シェルは私よりも強い、と。今ではこうも思う。コンもまた、私より強いと。

 クチバシティで感じた。ふたりの、一途なまでに主人の役に立とうとする姿を見て。 

 

 そのどれもが――強さだった。

 シェルやコン達が強くなっている一方で、私の強さは――私の強さだけは――

 

「……私は」

 

「リゥさん」

 

 コンの視線を感じ、私は頭を振る。

 

「ちゃんと戻る。今はあいつの所に戻ってて」

 

「でも」

 

「大丈夫。ちゃんとひとりで……戻れるから」

 

 何が大丈夫なのか。

 何が戻れるのか。

 言ってから胸中で自嘲の笑みを浮かべる。

 

「……わかりました。待ってますからね。でも、あんまり遅いと――迎えに行きますから」

 

 言って、コンは自分の信じる主の元へと小走りに戻っていった。

 誰もいなくなって、空を見上げる。

 

「私の強さは……私だけの強さは」

 

 どこにあるのだろうか。

 答えを見つけられぬまま、私はただ空を見上げ続けた。

 遥か高みにいるあの人を重ねながら。

 

 

   ◆◆

 

 

 カラカラの話が終わり、周囲は無言の空間に包まれた。

 話を直に聞いていた俺達だけじゃなく、周囲にいたトレーナーや旅人達も一様に黙りこんでしまっていたためだ。

 

「……なるほど。またあいつらか」

 

 母様を助けて欲しい。

 カラカラにとって、ここは敵地にも等しい場所であるのにも関わらず、頭を下げた意味がようやくわかった。

 

「これは俺の予想なんだが、いいか?」

 

「うん。何かわかるのか!?」

 

 話によれば、カラカラが見た姿はひとつ。

 黒ずくめの帽子をかぶった奴ら。即ち、岩山トンネルで喧嘩を売っていた奴らに他ならない。

 

「ああ。ロケット団――言ってわかるかわからねぇけど、マフィアだよ」

 

「まふぃあ?」

 

「なんつーかな……力で悪い事をする奴ら、って事だな。弱いものいじめしたり、平気で暴力振るったりする奴らの事だ」

 

「む、それは悪だな」

 

「だろ?」

 

 しかし、やっているのは俺たちだって同じだ。

 ただ、そこに本人の意思があるかないか。

 

 ――いや、違う。何もかもが善人じゃない。人がそうであるように、萌えもんだって同じだ。

 

 他人を痛みつけ、屈服させる事に優越感を覚えるのは誰にだってある。

 だけどその強さは――間違っている。

 

「それで、お前の母ちゃんはどこにいるのかとかわかるか?」

 

 俺の問いに、カラカラは力なく首を横に振った。

 

「……わからない。ただ」

 

「ただ?」

 

「塔に連れて行かれた――助けてくれた奴にそう聞いたんだ。母様が庇ってくれたけど、

怪我のせいでその後すぐにボク気絶しちゃって」

 

「塔、か」

 

 聞けば、カラカラは萌えもんタワーに住んでいたらしい。そして襲われ、母親は連れ去られ、カラカラ自身は咄嗟に身を呈して庇ってくれた母親によって難を逃れたがその時に受けた傷で意識を失ってしまったようで、詳しい場所まではわからないようだった。

 

「うん。でもボクにはみんな塔に見えて……」

 

 だろうな。

 カラカラの身長はリゥと同じくらい――俺の腰あたりまでしかない。人間で言えば小学校に入るか入らないかくらいの大きさだ。その高さなら、二階建ての家だってまるで塔のように変貌する。

 

 だが、人間である俺の基準で考えてしまえば塔と言われて連想されるのは三箇所だ。カラカラが襲われたここ、シオンタウンの萌えもんタワー、タマムシシティに聳えるビル群のどれか、そしてヤマブキシティのシルフカンパニー本社。状況的に見れば萌えもんタワーから当たるのが一番なのだが……。

 

「詳しい場所まではわからない、か」

 

「……うん」

 

 肩を落とすカラカラを横目に、俺は思考の中へと入り込む。

 偶然という可能性ももちろんある。ロケット団というのはそういう組織だ。だから、今更萌えもんが誘拐されたところで怪しむ部分は何もない。

 

 ――だが。

 どうしてか、熊澤警部の言葉が引っかかっていた。それに、マチスの言っていたヤマブキシティへの犯行予告。どれも関係の無い事象だとはどうしても思えなかった。

 

 情報が必要だ。

 カラカラを救うにしても助けるにしても俺には圧倒的に情報が足りていない。

 

 しかしこれ以上寄り道もあまり出来ないのも事実だ。

 時間的に余裕はあっても、リゥには余裕がない。強くなる事に焦っている――俺にはそう感じられる。

 となれば……

 

「タマムシシティしかない、か」

 

 萌えもんタワーはきちんと管理人もいる、人の手で管理されている塔だ。ロケット団の

ような特徴的な人間がアジトにしたというのは正直考えにくい。

 

 また、消去法でヤマブキシティも選択肢としては考えにくい。厳重な警備の中、カラカラの母親と共に潜入するのは厳しいだろうからだ。もっとも、ボールに入れてしまえば問題はないのだろうが。

 

 そして現状最も可能性として高いのは残りタマムシシティとなる。あの街なら人も多いし、情報も手に入りやすいはずだ。シオンタウンは小さな町だから情報は即座に人の口から耳へと駆け巡る。情報があればすぐに噂好きによって広められ、住人のだれかが知っているはずなのだ。

 

 しかし買い物ついでにシオンタウンでおばちゃん達と話してみたものの有益な情報は何一つとしてなく、強いて言えば萌えもんタワー管理人の藤老人がここしばらく帰っていないというものだけだった。藤老人は時々萌えもんタワーに登っては数日間に渡るメンテナンスや供養を行い、帰ってくるそうだ。そのため、今回もそうした理由で家を空けているのだろう。

 

「――そうだな、タマムシに行くか」

 

 リゥのためにも。

 胸中で付け足して、俺は腰を上げる。

 ずっと座っていたためか、思い出したように骨が小気味良い音を立てた。

 

「たまむし……?」

 

「ああ」

 

 俺は頷いて告げる。

 

「ここから西に行ったら見えてくる大きな街だ。そこならきっとお袋さんの情報も見つかるはずだ」

 

「……でも」

 

 カラカラは迷っているようだった。

 無理もない。助けてくれと頼った相手が別の街に行こうと言い出しているのだから。

 

 

 こいつも同じなんじゃないか?

 

 

 そう思われてしまわないだけまだマシなのかもしれない。

 

「人が多い街だ。ここよりもずっと多い。……大丈夫か?」

 

 カラカラは人間不信になっている。

 もちろん野生の萌えもんは警戒心をむき出しにしているが、カラカラの場合は人為的に植えつけられた人に対する恐怖だ。

 だからこそ人の行動で容易く抉れる。もっと傷口を深めてしまう。

 

「例えついてこなくても、俺はタマムシでお前のお袋さんの情報を探してここに戻ってくる。無理はしなくていいんだぞ」

 

 俺の言葉を聞いて、カラカラは僅かに考えこみやがては首を横に振った。

 

「ごめん。やっぱりボクは」

 

 人を信じられない。

 人が怖い。

 自分の目の前でロケット団を倒してくれたからこそ俺とは話してくれているのだろうが、それでも辛いのだろう。

 

「わかった。じゃあ、頼みがある」

 

「えっ」

 

 もしカラカラがシオンタウンに残ってくれるのなら。

 ひとつだけ提案があった。

 

「ここシオンタウンで情報を集めてくれ。ほら、塔もちょうどあるんだしよ」

 

 今は見えないが、塔が見える方に向かって顔を向ける。

 

「二手に別れて調べよう。そうすりゃ手間は半分で効果は倍だ。だろ?」

 

 タマムシシティなら少しくらいはわかる。それに……ひょっとしたら協力してくれそうな人間にもひとり心当たりがあった。

 

 だからこその二手。

 萌えもんタワーももちろん気になるが、リゥの事も気がかりだった。

 どこかで自信――いや、強さに繋がる何かを見つけたい。旅立ちを決めたあの日からずっと俺を支えてきてくれたリゥを今度こそ俺が支えたい。シェルが加わり、コンも加わって賑やかになったが、今でも俺の隣を歩いているのはリゥだ。どんな絶望的な状況でも、跳ね返してくれたのはリゥなのだ。

 

「……報いなくちゃな」

 

 決意を新たに行動を起こす。

 カラカラも理解してくれたようで、シオンタウンは任せてくれと胸を叩いていた。

 道は決まった。

 しかしこうして歩みだした道は――やがて大きく俺へと襲いかかってくるのだった。

 

 

 

                          <続く>



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【第十四話】タマムシ――向かい合えない弱さ

あの人が登場するわけで。
少しだけオリジナル要素が強くなってきたかもしれません。



 カラカラと別れて、俺たちは一路タマムシシティへと向かっていた。

 シオンタウンから西へ続く八番道路を歩いていけばすぐに地下通路が見えてくる。地上を真っ直ぐ更に西へと行けばそのままヤマブキシティへと入れるが、現在は封鎖されていて入れない。なので、俺たちは迷う事なく地下通路を選んだ。

 知っている道なので迷わず進む俺に、隣を黙って歩いていたリゥは呟いた。

 

「何かいつもより迷わず進んでる」

 

「まぁな」

 

 俺とは目を合わせようとしていないが、俺が前を向くとチラチラと視線を向けられているのが何となくわかる。

 気まずい気持ちはわかるので、俺は努めて普通の声音と態度を保つ。

 

「昔……って言ってもほんの一年程前までだけどな。この辺りにいたんだ」

 

 若き日の青春ってやつだろうか。

 当時を思い出すと忘れたくなると同時に笑みが浮かぶ。今なら昔を懐かしむ老人の気持ちが少しはわかるかもしれない。

 

「岩山トンネルの前で会ったゴツいおっさんいただろ? あの人とも知り合ったのがタマ

ムシだ」

 

「ふうん」

 

 それっきりリゥは前を向いたようだった。

 しばらく無言の時間が過ぎ、言うか言うべきか迷っていた俺は、結局口に出す事にする。

 

「昔はさ、俺も荒れてたんだよ」

 

「は? 今もじゃないの?」

 

「昔は!」

 

 嘘つけと俺を半睨みしているリゥの視線が訴えてくる。

 おかしいなー、今は紳士なお兄さんなのにおかしーなー。

 

「あー、それでだ。何していいのか全然わかんなくてよ、でも何かしなくちゃって想いばっかりあってな」

 

 だけど。

 そんな俺をつなぎ止めていたのはたった一言だった。

 あの時、あの場所で――言われた言葉を俺は生涯忘れないだろう。

 

「お前にトレーナーは無理だ。向いてない」

 

 出来るだけ似せたと思った声音は、自分で聞いていて酷いものだった。レッド達と同い年くらいの時に面と向かって言われたのだ。これから夢を目指そうって思ってる子供にとってショックなはずが無かった。

 はっとして振り返ったリゥに苦笑を浮かべて告げる。

 

「そう言ったのは爺さんだ。お前も知ってるだろ? マサラタウンで助けてくれた、オオ

キドの爺さんだよ」

 

 思えば、夢ばかり見ていた俺が一番最初にぶち当たった壁だ。

 そして今でもまだその壁は乗り越えられていない。ずっと……ずっとしこりのように張り付いたまま錆びる事無く俺の胸を貫いている。

 

「うん、何となく覚えてる」

 

 何となくだってよ、爺さん。泣くな、涙拭けよ。

 

「でも俺は――諦められなかった。憧れていた人は俺にとって大切は人だったから」

 

 今でも目を潰れば鮮やかに思い出せる。

 沸き起こる歓声の中、大きく手を振る姿が。

 厳つい顔に人なつっこい笑みを浮かべてまだ小さかった俺を抱き上げ、誇らしく立っていた姿を。

 

「だから俺は諦めない。何度壁にぶつかろうとぶっ壊してやる。どれだけ長い間立ち止まっても、また進んでやる。馬鹿な事繰り返してその度に怒られて――で、ようやくわかった理由なんだ、これが」

 

 夢を見るのに若いなんて無い。

 夢を追いかけるのに遅いなんて無い。

 

 ただ――追いかけるのを諦める事はしたくない。

 

 俺の胸にあるのはそれだけだった。

 チャンピオンになりたいわけでも、萌えもんトレーナーのトップになりたいわけでもない。

 

 ただ、倒したい。

 

 胸にある想いを突きつけてしまえば、そんな単純な願いだった。

 俺はどうしようもなく馬鹿で――本当に全くどこまでも男だったのだ。

 

 親父を乗り越えたいと。

 あの日夢見た大きな背中に自分も追いつき、追い越したいと――そんな男なら誰もが一度は願う事を今でも願っているのだから、これが馬鹿と言わずして何と言うのだろう。

 

「……その願いに」

 

 リゥは再び前を向き、

 

「私達――ううん、私を利用してるの?」

 

「……ああ」

 

 そうだ。

 俺はリゥを利用している。

 シェルもコンも……出会った仲間たちは大切だけど、俺自身の夢のために利用しているのだ。

 俺にはリゥの言葉を否定は出来なかった。

 

「私は強くなりたい」

 

「ああ」

 

「強くなって勝たなくちゃいけない人がいる」

 

「……ああ」

 

「でも――」

 

 その後に続く言葉は無かった。

 ただ、リゥは一度大きく深呼吸し、胸からグレーバッジを取り外した。

 

 ――強くなれない。

 

 バッジを手に背を向けるリゥの姿からは、そんな言葉が聞こえた気がした。

 

「リゥ……」

 

「返す」

 

 リゥはその場所から動かない。

 俺より前で背中を向け、バッジを手にした左腕を真っ直ぐに横へと伸ばし、俺が受け取るのを待っている。

 ほんの数歩。俺が二・三歩進めば近付ける距離だ。

 

 だけど、その極僅かな距離が絶望的なまでに遠い気がした。感じてしまった。

 情けない事にリゥからバッジを受け取る事さえも出来なかったのだ。

 

「――俺には受け取れない」

 

 何故なら、そのバッジこそは絆だったから。

 俺達が初めて挑んだジム戦でもぎ取った勝利だから。

 まるで――受け取ってしまえば俺とリゥの繋がりが消えて無くなってしまいそうで。

 

「わかった」

 

 そうして、リゥは握っていた掌を広げる。

 

「あっ……」

 

 握られていたバッジは重力に従って落下し、乾いた音を立てて地下通路に転がった。

 通路内に反響する音から逃げるようにして、リゥは歩き出す。

 

「お、おい!」

 

「……先に言ってる」

 

 それだけ答えて進んでいくリゥの背中を前に、俺はただバッジを拾う。

 手に取れば、まだニビシティジムでの戦いが思い浮かぶ。立ち上る土煙も、イワークをド派手にやっつけたリゥの姿も。

 

「強く、か」

 

 バッジを握りしめ、歩き出す。

 俺はリゥの信頼に答えられなかったのだろうか。

 リゥが答えてくれた信頼を返せなかったのだろうか。

 いくら自問しても答えは出ない。

 そうして答えの出ないまま、俺たちは――

 

 

    ◆◆

 

 

 地下通路を抜けると、そこはもうタマムシシティの目の前だった。

 しばらく弱い光量が続いていたためか太陽の光を強く感じるが、それもしばらくすれば治まっていく。

 俺とリゥは互いに無言なままタマムシシティへと足を踏み入れる。

 

「……久しぶりだな」

 

 大きな門の後、見えたのは見上げるほど聳え立つビル群と人々の群れだった。

 忙しそうに行き交う人や、友達と一緒にあるく学生やら……萌えもんと遊んでいる子供たちの姿も見えた。

 

「凄い……これが街なの……?」

 

 圧倒されているリゥだったが、それも当然だろう。

 ここまでの人が集まるのはカントー地方でもタマムシシティだけだ。ゲームセンターやショッピングセンターなど、遊ぶための施設が多いのもその理由のひとつ。大きな娯楽施設がある街は人を引き付けやすいのだ。

 

「さて、まずはジム戦行くか?」

 

「――勝てるの?」

 

 リゥの問いに目を閉じてしばし思考し、

 

「わからん」

 

 はぁ、とため息をついたリゥはひとりで歩き出す。

 

「お、おい!」

 

「準備、するんでしょ?」

 

 言葉に覇気は感じられない。

 何かが致命的にずれているよな気がしたが、やっぱりその正体がわからない。

 わからないから、俺はただ頷くしかなかった。

 

「そうだな、がっちり準備しないとな」

 

 となると目指すは一箇所。カントーでも一番品揃えのあるショッピングセンターしかない。

 リゥに追いついて、先導する形で目的地へと向かう。

 

「昔、ここにいたのよね?」

 

「まぁな。いやー、あの頃はやんちゃしt」

 

「そんなのどうでもいい」

 

「……しくしく」

 

「何か良い店とかないの? 強くなる道具とか売ってる場所」

 

「あー」

 

 強くなる道具。確かにある。が、所詮はドーピングだ。一時的なものでしかなく、資本となるような強さではない。

 しかし言い淀んだ俺の態度が気になったのか、リゥはギロリと視線を向けてくる。

 

「あるっちゃある」

 

「じゃあ」

 

「だが、一時的なもんだ。効果があるのはせいぜい数分程度だったはずだしな。それに身体にかかる負担も大きいぞ? 連続して投与すりゃ――最後には廃人だ」

 

 お手上げだ、と両手を上げてアピールするとリゥも俺の言わんとする事がわかったのか、

 

「あ、そ」

 

 と肩を少し落としていた。

 

「……」

 

 レベルが上がっていきなり強くなって――そんなチートでも使わない限り一瞬で強くなるなんて不可能だ。俺たちはゲームの世界にいるわけではないのだから、地道に一歩ずつ強くなっていくしか方法が無い。

 

 もちろんリゥにだってわかっているのだろう。だからこそ、自分が強くなっているという自覚が得られなくて焦ってしまっている。

 

 俺には仲間がいる。リゥやシェル、コンという頼もしい仲間たちがいるからこそ、自分の強さを知る事が出来る。

 

 だけどリゥには――まだ"仲間"がいない。たったひとり、孤独に戦っている。おそらく俺ですら――リゥの近くにはいないのではないだろうか。

 

 目的の人に勝つために。自分が強くなるためだけに敢えて孤立の道を選んでいるのだとしたら、それはとても悲しくて――強い意志だ。他人を近寄せない程の苛烈な意志は往々にして自分を孤立させ、意固地にさせてしまう。

 

 まるで――昔の俺のようだった。

 

「はっ」

 

 今更だ。

 ふてくされ、勝手に腐ったのは俺自身の責任ではないか。

 熊澤のオッサン含めてお節介は沢山いた。構わず手を差し伸べ、近くにいてくれた人がいた。

 

「――何やってんだ俺は」

 

 だからこそ、ここにいるのではないか。

 あの時俺に差し伸べてくれた人がいるように。俺も手を差し伸べればいい。

 たったそれだけの事なのだ。

 

「リゥ、こっちだ」

 

 遠いなら近付けばいい。

 離れようとするなら自分がもっと近付けばいい。

 そうして、

 

「あっ、ちょっと……!」

 

 離されないように手を握ればいい。

 リゥの手は小さかった。

 俺の掌にすっぽりと収まってしまうほど小さく――儚かった。

 

 でも、ずっと頑張ってくれていた。

 綺麗な手にはマメの後が残っていて、握っていてもわかるくらいに訓練していたのがわかる。

 

 そうまでして駆り立てる相手に嫉妬すると共に――まだまだ敵わないと思い知る。

 俺はリゥの足元にも及ばない。目指して敵わないと知って尚、何度も挑み続ける強さを俺は知らない。

 だから――

 

「ひ、ひとりで歩けるってば!」

 

「……俺もいつか同じ場所に立てたらいいんだけどな」

 

「この、いいかげ――えっ?」

 

「いや、何でもない」

 

 吐露した言葉を頭を振って打ち消す。

 

「ただ、目標がふたつ出来ただけだ」

 

 そのために強くあろう。

 いつか壁にぶつかった時、迷わずにいられるように。

 

「何それ」

 

 だけどリゥが握り返してくれることは無く――ただ力なく引っ張られているだけだった。

 どうしてか俺にはとても悲しく思えたのだった。

 

 

    ◆◆

 

 ようやく見えてきた目的の巨大なショッピングセンター近くを通りかかった時だった。

 

「妙に警察が多いな」

 

 さながら警備員かの如く定位置に立って街を警備していた。

 おそらく私服警官も加えれば相当な数の人員が配備されているに違いない。

 

「ヤマブキの件、か?」

 

 隣接している街だし、当然といえば当然なのかもしれない。

 木を隠すなら森とも言うのだし、タマムシシティほど人が多ければその分隠れやすいと考えるのは当たり前だ。

 

「な、何よ」

 

 繋いだ手の先――リゥに視線を向ける。

 ぶっきらぼうに吐き捨てて不機嫌そうに顔を背けられたが、心なしかさっきより穏やかになっている気がする。

 

 ――注意しないとな。

 

 身近すぎて忘れてしまいそうになるが、リゥはミニリュウだ。萌えもんの中ではかなり

珍しい部類に入る。お月見山や岩山トンネルでは切り抜けられたが、ロケット団に目をつけられる可能性は充分にある。

 まぁ、これだけ大ぴろげに警戒されてるのだし、路地裏に入らない限りまず大丈夫――

 

「こっち来るな! へんたい!」

 

 思った矢先の事だった。

 すぐ近く――聳え立つマンションの裏手辺りから悲鳴が反響した。

 周囲を見てみるが、悲鳴を聞きつけて立ち止まった人は僅か。その僅かな中で騒然としている人ばかりですぐ近くに警官はいないようだった。

 

 くそっ! タイミングが悪いな畜生!

 舌打ちをして棒立ちになってるサラリーマンの兄ちゃんに「さっさと警察読呼んでこい!」と喚いてから走り出す。

 

「仕方ねぇ! 行くぞ、リゥ!」

 

 繋いでいた手に力を篭める。

 

「……うん!」

 

 程無くして返された頷きと握り返される感触に喜びを感じながら、俺は声のした路地へと突入する。

 高層マンションに囲まれた路地裏を駆ける。狭い路地の中、捨てられてそのままになっているゴミ袋を蹴飛ばし、そこから勢い良く飛び出た空き缶をひとつ掴みとる。

 

「そんな物、何に使うのよ」

 

 いつの間にか並走していたリゥにニヤリと笑みを返し、

 

「ちょっとした喧嘩のやり方さ」

 

 路地はT字路になっており、俺達が突入した路地から左右に向かって枝分かれしていた。

 どっちだ? と思った矢先、また悲鳴が上がる。

 

「この娘は絶対にわたさないんだから!」

 

 言葉足らずな声が左側の路地から聞こえる。

 萌えもんかもしくは、まだ幼い少女か――何れにしてもこのまま回れ右は出来なくなったわけだが。

 

「さーて」

 

 T字路の手前で立ち止まり、缶を放り投げる。

 

「――あのなぁ、嬢ちゃん。その萌えもんは嬢ちゃんなんかが持ってていいもんじゃないんだ。な?」

 

 真っ直ぐ上に放り投げた缶は頂点へと達すると、重力に従って落下し始める。

 

「やだ! だってこの娘けがしてるもん!」

 

 立ち止まってくれたリゥに目配せする。

 

「だからおじちゃん達がちゃんと萌えもんセンターに連れて行くって言ってるじゃない

か」

 

「やめて! その娘にさわらないで! おじさんは怖いからいいもん!」

 

 右足を大きく振りかぶる。身体を僅かに逸らし、起動修正をかける。

 

「ちっ、鬱陶しいガキだな」

 

 そして、全力で蹴った。

 空き缶は真っ直ぐに跳び、壁へとぶつかった路地へと吸い込まれていく。

 

「あん?」

 

 派手な音を立てて来襲したであろう空き缶は必ず意識を逸らす。どれだけ神経が図太くても、自分の近くに空き缶が飛んでくれば誰でも気が逸れる。

 路地の状況はわからない。ここからだと視認出来ないのだから当たり前だ。

 

 だから、空き缶を僅かに上へと向かって蹴った。少女にしろ萌えもんにしろ、俺の身長くらいの高さには至らないだろう。

 

「頼むぜ、リゥ!」

 

「任せて!」

 

 声を後にしてリゥは路地裏へと飛び出す。

 俺もホルスターからボールを取り出して後に続く。

 

 路地に飛び込んだ俺が見た光景は、傷ついた萌えもんを必死でかばっている女の子と、無理矢理に攫おうとしている男ふたり――ロケット団の姿だった。

 

「んだてめぇ!」

 

 空き缶に反応したのは傍観していた方の男なのだろう。僅かに上へと向けられていた視線が俺を捉える。

 年齢的には俺と同じか少し上くらいか……チンピラのように眉を潜め威嚇してきている。

 

 だが飛び込んできたリゥに対処出来てない時点で駄目だ。

 それに――

 

「はっ、この街で俺を知らないってか!」

 

 準備していたボールをふたつ投げる。

 即座に展開し、シェルとコンが現れる。

 

「いいか、相手は誘拐に加えて幼女暴行の現行犯だ! 幼女を泣かす奴は人に非ず! 手加減せずにやっちまえ!」

 

「はい!」

 

「らじゃー!」

 

「身に覚えの無い罪状があるんですけど!?」

 

 抗議の声を上げるも遅い。

 距離を詰められた若いロケット団員はリゥの一撃によって気絶させられる。

 残ったもうひとりもコンとシェルによって女の子から距離を開けざるを得ない状況へとなっていた。

 

「――ちっ」

 

 男は分が悪いと悟ったのかすぐに背を向け逃げ出した。

 影が見えなくなってからようやく一息つき、女の子へと向き直る。

 

「良く頑張ったな」

 

「あ……えへへ」

 

 頭を撫でると、くすぐったそうに目を細める。

 そうしていると通報を聞いてかサイレンの音が表通りから聞こえてきた。

 とりあえずは安心して良さそうだ。

 

「この路地ですね!?」

 

「は、はい! さっき若い人が入って行きました!」

 

 ドタバタとし出した路地の中、嬉しがる女の子と彼女に抱かれて小さく敵意の瞳を向けている萌えもんが印象的だった。

 

 

   ■■

 

 

「で、またお前かファアル」

 

「そりゃこっちの台詞だっつーの」

 

 駆けつけてきた警官のひとりに気絶していた若いロケット団を任せ、女の子と一緒に路地を出た俺を待っていたのは熊澤警部だった。

 いつか見た表情と全く同じように、呆れ顔で熊澤警部は嘆息した。

 

「ま、今回もお手柄だったみたいだしな」

 

 連行されていくロケット団員に視線を送る。

 何やら喚きながらパトカーに押し込まれていく姿を見送ってから、熊澤警部は続けた。

 

「一応事情聴取ってのがあってな。そこの嬢ちゃんも含めて話を聞きたいんだが」

 

 言って、俺の後ろに隠れている女の子に視線を向ける警部。

 傷ついている萌えもんの治療もある。俺には頷く以外の選択肢など無かった。

 

「わかってるさ」

 

 熊澤警部に向かって頷いてから、屈み込んで女の子と視線を合わせる。

 

「ごめんな。あの怖い熊みたいなおじさんが君の話を聞きたいらしいんだ。いいかな?」

 

「おい、誰が熊だ!」

 

 女の子は俺と熊澤警部へと視線を何度か往復させ、最後にリゥを見てから頷いた。

 

「うん。あ、でもこの娘のけがを」

 

 しかし言葉が終わる前に女の子の軽い身体は宙へと投げ出されていた。

 悲鳴すら上げられずにいた女の子を咄嗟にキャッチしたのはリゥだった。

 

「――わぷっ! あ、ありがとう」

 

「別にいいけど」

 

 照れくさいのか、顔を逸らすリゥを横目に女の子を突き飛ばした萌えもんを追う。

 が、すぐに路地裏へと消えて姿が見えなくなってしまった。

 

「あー、くそ。見失った。

 ……大丈夫か?」

 

「あ、あい! お姉ちゃんのおかげでだいじょうぶです!」

 

 お姉ちゃん、ねぇ。

 

「……何よ」

 

「いんやー。悪いな。ジムには少し遅れそうだ」

 

「――別にいいわよ。〝仕方ない〟んだし」

 

 しかし気になったのは、どうして女の子が庇っていた萌えもんが攻撃をしてきたのか、だ。

 確か人からもらったりした萌えもんは言う事を聞かない場合が往々にしてあるあらしいが……。

 

「ううん、あの娘とはさっき初めて会ったんだよ。ふらふらしてたから、何だろうって思

って」

 

 女の子は何一つ気にした風もなく、首を振ってみせた。

 ロケット団のような怖い大人に囲まれても気丈に振舞っていた女の子は、やはり当たり前のように告げる。

 

「それでね、けがしてたから放っておけなかったの」

 

 突き飛ばされた箇所が痛むのだろう。それでも自分のした事は間違っていないと。

 胸を張って笑っていた。

 

「そっか、偉いんだな」

 

「そんなことないよ」

 

 しかしどこか嬉しそうに目を細めた少女の頭にもう一度だけ手を置いて、

 

「――おやっさん、この娘を頼むわ」

 

「あいよ」

 

 すぐに返ってくる頼もしい返事を背に、俺は立ち上がる。

 さて、行ってくるか。

 

「余計なお世話だと思うけどね。この娘も――感謝されたくてやったわけじゃないだろうし」

 

 そうだろうなと思う。

 屈託の無い笑みを見ればわかる。

 女の子は純粋に――ただの好意と優しさだけで間違っている大人に立ち向かったのだ。

 小さな身体で恐怖を飲み込んで、真っ直ぐに。

 

 俺にはどうしてもその姿がリゥと重なってしまった。ひとりで踏ん張ってひとりで立ち向かって――ただ自分を信じて戦っている姿が似すぎていたのだ。

 はいそうでうすかと納得など――放っておけるわけがなかった。

 

「お節介焼きだからな、俺は」

 

 路地は左右に別れていたが、右側の路地はまだ警察が詰めている。つまり逃げ道はひとつしかないはずだ。

 

「……わかった。さっさと行きましょう」

 

 渋々頷いたリゥに「悪いな」と頷きを返し、もう一度路地へと戻る。

 怪我をしていたのもあるし、遠くへは逃げていないはずだ。近くにいてくれるものだと信じたいが……。

 

「わかってるの? 手負いは人間でも私たちでも危険なのよ?」

 

「もちろんだ」

 

 警察の人に話を聞くと、やはり俺たちがいた路地とは反対の路地に入っていったようだった。

 路地はやはり薄暗く、高いビルに囲まれているため闇に紛れるにはもってこいだろう。事実、覗いているだけだとさっぱりわからない。

 

「おーい、いるかー?」

 

 反応は無いだろうと思って声をかけてみるが、案の定物音ひとつ返ってはこない。

 視線を上げてみれば、路地はどうやら折れ曲がっているようだった。

 

 俺とリゥは頷き合って歩を路地へと踏み入った。

 周囲――とりわけ影になっている部分に注意を払いながら進むも、何も出ず。もしかしたら走り去ってしまったのだろうかと思った矢先、それはいた。

 ちょうどL字で路地が形成されている先。視界には絶対に入ってこない場所に、目的の萌えもんは蹲っていた。

 

「何なんだお前ら!」

 

 ふーっ、とさながら猫のように威嚇してくるが、背も小さいので迫力はほとんどない。身長としてはリゥより少し小さいくらいだろう。

 

 元は綺麗な茶の毛色だったのだろうか。泥や埃で汚れた今となっては影に隠れるとわからなくなるくらいに判別がつきにくくなってしまっている。

 ピンと立った耳はボロボロで血が出ている箇所もあり、更に良く見ると体の至る所に傷があった。どう考えても見過ごせるような状態ではなかった。

 

 しかし怪我していてもこちらには警戒している辺り、女の子の言うように野生であるようだ。

 

「いや、ちょっと心配になってな」

 

 俺の言葉に萌えもんは鼻を鳴らして答え、

 

「別にいい。わっちは貴様らの手など絶対に借りん。あの小娘にもそう伝えろ」

 

 踵を返した。

 

「なぁ、さっきの娘を何で突き放したんだ?」

 

 そのまま去ろうとする背に問いを投げかけると、たった一言「知らん」とだけ返してくる。

 だが、思い出したように一度足を止め、

 

「……救おうとしてくれた気持ちには感謝している」

 

 と、ぶっきらぼうに言った。

 怪我で歩きにくいのか、バランスの悪い歩き方で路地の先へと消えて行く後ろ姿を俺はただ黙って見送る。

 

「いいの? 余計なお世話を焼くんじゃなかったの?」

 

「焼けそうだったと思うか?」

 

 リゥは遠ざかる萌えもんの後ろ姿をしばらく眺めた後、

 

「こっちが焼かれそうね」

 

「だろ?」

 

 諦めと共に肩を竦めた。

 去っていく萌えもんの姿は――そう、見てわかる程度には俺達を拒絶していたのだった。

 

 

   ■■

 

 

 表通りに戻った俺たちは熊澤警部に付き添われて萌えもんセンターへと向かっていた。

 どうやら岩山トンネルのみならず、ここタマムシシティでも萌えもんの被害が増えているようで、野生の萌えもんだけでなく人の萌えもんまで姿を消す事があるそうだ。

 

「誘拐なのか?」

 

「かもしれん。何れにせよ、街の様子がおかしいのは確かだ」

 

 それにな、と熊澤警部は薄くなった頭をガシガシとかきむしりながら、

 

「表立っては〝普通〟なんだ。だが何かが違う。水面下で何かが動いてやがる……つまって爆発しちまう水道管みたいに、その瞬間を待ってやがる気がしやがるんだ」

 

 思い当たるとすればロケット団しかいない。

 岩山トンネルからこっち、奴らの話や事件は耳にしてるし実際に戦闘もしている。

 

「長年の勘ってやつか?」

 

「ああ。だがどうも、な」

 

 熊澤警部自身も確かに何かを掴んでいるわけではないのだろう。魚の小骨が喉に引っかかったかのような気持ち悪さを持て余しているように見えた。

 

「それにその娘はミニリュウだろ? 危険なのはお前だって同じなんだからな?」

 

 視線をリゥへと向ける。

 相変わらず不敵に腕を組んでいる我が相棒は、それがどうしたと言わんばかりに顔を背けた。

 大丈夫だとは思いたいが、安心しきってもいられない。

 

「特に奴らはとりわけ〝強い萌えもんを奪う〟だからな。強さこそ全ての部分もあるようだから万一の無いようにな」

 

「ああ」

 

 強さこそ全て――しかしやってる事は悪事以外の何物でもない。

 誰かを傷つけるだけ強さは"強さ"じゃない。それはただの暴力だ。

 俺はそれを知るには時間がかかってしまったけど、だからこそ今は絶対に認められない。

 でも――

 

「強さこそ全て、か」

 

 ぽつりと呟いたリゥの呟きが頭の中で反響して、嫌な予感が拭えなかった。

 

 

    ■■

 

 

 熊澤警部を一度別れ、俺たちはいよいよタマムシシティジムへと向かう。

 ジムは街の橋にあり、女子しかいないために一部では有名な覗きスポットとなっているらしい。もっとも、ジムリーダーに心酔している自称親衛隊がその度に蹴散らしているらしいが。

 

「この街のジムってどんなタイプなの?」

 

 そして女の園とも言えるジムだからこそのタイプでもある。

 

「草タイプだ。だけど、たぶん毒タイプとか他のタイプも入ってくるだろうな」

 

 萌えもんで純粋に草だけのタイプはあまり見かけられないはずだ。グリーンのフシギダネのように毒タイプを合わせて持っていたりなど、状態異常攻撃が合わさってくる。今までのようにただ相手の攻撃を防ぎ、かわしていれば勝てるというわけでもないだろう。

 

「相性で有利なのは炎タイプのコンだな」

 

 草タイプに有利なのは炎と飛行、そして虫と毒タイプだ。しかし虫と毒タイプは相性が悪く、毒の効果も期待出来ないと考えていいだろう。フシギダネ以外にも、ナゾノクサやマダツボミなど毒タイプを持っている萌えもんは非常に多い。

 だとすれば消去法で炎タイプのみになる。いつものパターンだけど、飛行タイプなんて捕まえてないしな!

 

「だけど、間違いなく苦手なタイプの対策をしてくるはずだ。有利なタイプは無いと考えた方が良いだろうな」

 

 これまでの戦いがそうだったように、搦め手を使ってくるはずだ。正攻法だけでは絶対に勝てないのは予想出来る。

 

「――そうね」

 

 ともすれば見逃してしまいそうな程に小さく頷いたリゥ。

 俺とリゥの間はまだギクシャクしたままだ。個別のスタンドプレーは出来ても、お互いを信じた戦いが出来るかと問われれば即答出来ない。

 

 果たして勝てるのだろうか。

 

 漠然とした不安を抱えたまま、ジムへと向かう。

 その途中、

 

「ありがとうございましたー!」

 

 オープンカフェだろうか。1年前は無かった店から黒いスーツに身を包んだ男が出てきた。

 薄コケた年季の入った杖に黒のシルクハット。見るからに紳士然としたその男は俺の方へと視線を向け、身体を硬直させた。

 

「ん? おや、君は――ああ、そうか。ふふっ」

 

 そして徐ろに笑い出す。

 その声に、仕草に思い当たる。

 懐かしくも大きな姿。

 かつて何度も親父と共に酒を酌み交わした親友。俺にとっては二人目の親父のような存

在。

 

 間違いない、この人は――

 

「いや、失敬。久しぶりだね、ファアル君。随分と大きくなったものだ」

 

 その人はシルクハットを取り、不器用に笑みをこぼす。

 ああ、変わっていない。

 数年振りの再会を彩る言葉はひとつだけしか思い当たらなかった。

 

「はい。お久しぶりです――榊さん」

 

 

                               <続く>



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【第十五話】タマムシ――見えてこない強さ

ゆったりと。エリカさんの名前はちょっと考えた結果、こういうパターンに。普段見かけない漢字で、とかなるとどうしてもこういう形になっちゃうのが何とも。でも今だと珍しくない文字のような気もしますね。



「はい。お久しぶりです――榊さん」

 

 数年ぶりに会ったその人は、まるで歳を取るのをどこかに忘れてきたかのような出で立ちで、子供の頃の記憶と変わらないように見えた。

 黒いスーツを着こみながらも汗ひとつかかず、良く見ると僅かに湛えた皺が唯一年齢を感じさせてくれるが、それも親父と同い年だと考えれば納得出来る。

 榊さんは黒いシルクハットを取り、柔和に微笑みを浮かべると、

 

「君も元気そうで何よりだよ」

 

 小さな笑い声と共に、僅かに両肩を揺らした。

 と、袖を引かれたので視線を向けてみれば、怪訝そうな瞳でリゥが俺を見上げていた。

 

「知り合い?」

 

「ああ、榊さんだ。俺の親父の親友、かな?」

 

 ちらりと視線を向けると、榊さんは苦笑を浮かべた。

 

「ふむ……私としてはそう思っているのだが」

 

「だ、そうだ」

 

 リゥはしばらく俺と榊さんへ視線を行ったり来たりさせ、やがて小さく「そう」とだけ呟いた。

 ただ、小さく引っ張った俺の袖は掴んだままだった。

 

 ――まぁ、いいか。

 

 俺は気が付かないフリをして話を続ける。

 

「榊さんは旅行ですか?」

 

「……そうだね、似たようなものかな。気軽な身だからね」

 

 昔聞いた話だと、確かどこかの会社の社長だったと思う。

 まだ子供の頃だったから記憶も定かではないが、こうして昼間から優雅に過ごしている姿は記憶に焼き付いている。

 

「ファアル君こそどうしたんだい? 見るとその娘は――」

 

 と、榊さんは目を細めてリゥを見止め、

 

「――っ!?」

 

 何故か身を竦ませたリゥに向かって榊さんは安心させるように微笑みかける。

 

「ミニリュウだね。珍しい萌えもんだが……今もタマムシで暮らしているのかい?」

 

「いえ……その、一度家に帰ったんですけど、今は旅をしてます。今更ですけど、夢を追

ってみようかなって」

 

「……そうか。でも、あいつには簡単に追いつけはしないぞ? 

 っと、失礼。ここ最近はこの街も少し騒がしいようだ。君も気をつけるといい」

 

「はい。榊さんも」

 

 言って、榊さんは街へと消えて行く。

 が、途中でこちらへと振り返り

 

「また会おう」

 

 とだけ言い残し、雑踏へと消えて行った。

 俺はその背中を見送った後、

 

「待たせたな。行こうぜ」

 

 リゥを伴って歩き出した。さっきまで引っ張られていた袖が宙ぶらりんになって少し寂しく感じてしまうが、頭を振って打ち消した。

 榊さんを見送ったリゥの瞳に怯えがまだ混じっていたのにも気付かずに。

 

 

 

    ◆◆

 

 

 去っていく背中を見送る姿を見ていて、ふと自分が何を握っているのか気付いて慌てて指を離した。

 幸い、私の方を見ていなかったようでほっと胸をなで下ろす。

 同時に少しだけの虚しさもあって、相変わらずぐちゃぐちゃしたままだった。

 

「待たせたな。行こうぜ」

 

 行って、私に背を向けて歩き出す。

 そこには絶対の自信があった。

 私がついて来る。一緒に歩くっていう自信が。

 

 でも、私には一歩が踏み出せなかった。

 遠ざかっていく背中に向かって歩くための一歩がどうしても重かった。

 

 それが何なのか私にはわからない。掴みそうになるけど、まるで水のように、形になる前に溢れて消えていってしまう。

 

 ただ、全身を突き動かす程の衝動だけが私の背中を押してくる。そうして踏み出した一歩は大きいけど――その背中はどこまでも遠ざかっていくのだ。

 

 私の夢を叶えるのにはどうしたらいいのだろう。

 

 望みを遂げるためにはどうすればいいのだろう。

 

 ふと、頭に浮かぶ。

 それは――認めちゃいけないのだけれど。

 あの吸い込まれそうな程暗い瞳が思い出され、そうとは気付かずに私の中で大きく膨らんでいくのだった。

 

 

 

    ◆◆

 

 

 

 タマムシシティジムは街の南側――高層ビルが立ち並ぶ街中から少し外れた静かな場所に立地している。

 街の持つ都会的なイメージから離れた憩いの空間とも言える大きな公園があり、そこに――

 

「……何、あれ」

 

「言ってやるな」

 

 窓へまるで光に誘われる羽虫のように男どもが群がっていた。

 リゥがドン引きしているのも正直わかるんだが、同じ男としてその心理、わからなくはないから困ったものだ。

 

 今日挑むつもりのタマムシシティジムは別名『女の園』とも呼ばれ、ジムにいるトレーナーは全て若い女性で構成されている。

 

 ジムリーダーの愛梨花(えりか)も生花が趣味の清楚な乙女という事もあり、彼女に憧れる女性達が後を立たないのだそうだ。昔、誰が言っていたか《女子高にいるお姉さまみたいなもの》だそうな。さっぱりわからん。

 俺には少し抜けてる奴にしか見えなかったんだが。

 

「ぐへへ、今日もみんな可愛いなぁ」

 

 やおらジムに近付いてみると、そんな危険極まりない言葉を窓にへばりついている奴が言っていた。ヤモリかお前。

 

 しかし女性というのは一部の男を壊しやすいものである。街中で勤勉に勤しんでいる真面目な男性諸君はともかく、今俺の目の前で窓に張り付いて堂々と覗いているエロジジイや同年代の男共を見ていると虚しくなってくる。同じ男としては尊敬する部分も一部だけあるっちゃあるのだが。

 

「今日もハリのあるお尻じゃのう…」

 

 今にも成仏しそうなジジイまで釘付けである。

 女の園に加えて覗きとなれば男にとっちゃ張り切らずにはいられないってわけなのだろう。

 だが、このジムは確か――

 

「っ、しまった!」

 

 だらしなく鼻の下を伸ばしていた男のひとりがさながら肉食動物を察知した草食動物かのように敏感に反応する。

 

 と同時、警報が鳴り響いた。

 それはサイレンのようにけたたましい音を立て、あれよあれよと言う前にジジイ含めた男たちは四方に散っていった。

 

「何、今の?」

 

 訝しげな視線のリゥに答える。

 

「警報だよ。そこのジム、女しかいないから物騒らしいわ」

 

「ふうん。私も持とうかな」

 

「うん、その先は聞いちゃいけないんだろうな」

 

「わかってるじゃない」

 

 などと言っていたら、ジムのドアが開き、遠目でもわかるほど怒りのオーラを出した女達が周囲に視線を彷徨わせた挙句、俺へと焦点を合わせてきた。その視線、さながら修羅の如く。

 

 ……嫌な予感しかしない。

 

 と言っても何かやましい事をしたわけでもない。

 覗いてもいないし、更に言えばジムの挑戦者でもある。そんな無罪放免、清廉潔白な身にいきなり災難なんて――

 

「死ねぇえええええええっ!!」

 

 ふりかかってきた!

 

 問答無用で襲いかかってきた女たちはどれもが鬼の形相である。子供が見たら間違いなくトラウマになるレベルなのだが、おそらくあの覗きどもはとんでもないもんを見ていたんだろう。俺も見れば良かった。

 

 とまぁここまでが走馬灯なわけだ。

 つまるところ、俺は集団で襲いかかってきた女たちから逃げる隙もなくボコボコにされて意識を失ったわけだ。

 

 

 

    ◆◆

 

 

 

 いつだったのかはもう思い出せない。

 ただ、思い返す記憶の中のどれもが家を出てからなのは間違いない。

 博士に告げられた言葉にショックを受け、ひねくれていった俺は単身家を飛び出してタマムシシティに向かった。

 

 初めて見た都会は輝いていて、ひとり冒険しようなんて思う無鉄砲で捻くれていたガキだ。鬱憤を晴らすかのように暴れまわった。何をしていいのかわからず、かといって自分の中にある認めたくない現実ってやつに挟まれて動けなくなって――周囲に当たり散らす事でしか自分を満足させられなかった。

 

 ――いや、満足させている気分になっていた。

 

 

 お前には無理だ。

 

 

 その言葉を打ち消すために自分が強いのだと思い込ませ、その度に虚しくなっていった。

 

 仲間は出来た。友達もいた。俺みたいな奴ばっかりだったけど、それでもみんな真剣に悩んで楽しんで生きていた。

 良く言えば、青春ってやつなんだろう。今にして思えば苦々しく恥ずかしい思い出として語る事が出来る一ページだ。

 

 だけど周囲から見た俺たちは悪ガキで、熊澤警部は俺たちみたいなのを知っているから、ある程度のお目こぼしを貰っていたわけで、住人から不満が出るのは当たり前だった。

 

 そして、そうした厄介事を片付けるのはいつだって警察かジムに所属しているトレーナーか、もしくはジムリーダーなのだ。

 

 ――そう、あの日も。

 全身を包み込んでくれるような温かい日差しの中、意識を取り戻した俺は、柔らかい枕を背に目を開けて――

 

 

 

    ◆◆

 

 

 

「……あれっ?」

 

 目に写った光景は、いつか見たのと同じだった。

 木漏れ日を背に、柔和な笑みを浮かべている長い髪の――

 

「……何だ、髪、切ったのか?」

 

 記憶と違う部分を見止め、現実に意識が引き戻される。

 おおよそ一年ぶりになるか。

 故郷に戻って再び無気力になりかけていた俺が過ごした年月だ。

 その間に、記憶の中の少女は髪の毛を肩まで切っていたようだ。

 

「うん、ばっさり。似合うかな?」

 

 くすくすと口に手を当てて笑っている姿は上機嫌だ。

 タマムシシティジムリーダー、愛梨花(えりか)。和服の似合う穏やかな少女だ。

 俺は後ろ髪を引かれる思いで身を起こす。

 後頭部に柔らかい余韻が残ったけど、何とか振り切って頭を一回叩くと意識がクリアになった気がした。

 

「懐かしいな、ここも」

 

 屋内に作られた庭園。同時に温室でもあり、都会的な空気から癒しを求めてやってくる人は多いという。

 

 タマムシシティジムは珍しく開放的なジムであり、一部を一般開放して心穏やかに過ご

せるようになっている。

 もっとも、開放していない場所にまで覗きに来る奴らが多いのだから、如何に『覗き』という行為が男心をそそるのかが窺い知れる。

 

「一年ぶりだものね」

 

「ああ、そうだな」

 

 リゥの姿は――ない。

 俺が視線を彷徨わせているのに気がついたのだろう。

 

「小さい彼女なら座敷に。ファアルが起きるまでトレーナーの皆さんと一緒にお茶してる」

 

 悪いな、と小さく返して立ち上がる。

 ボコボコにされた記憶は多少あるが、どうやら大事無いみたいだ。さすがに骨とか折れてたら洒落にならんしな。

 

 もしかしたら鍛えられているのかもしれない、と考えた辺りでリゥにぶっ飛ばされてる記憶しか思い出せない自分に気が付き、無当たり前かと納得してしまった。

 

「お礼ならあの娘に言ってあげて。ちゃんと庇ってくれたんだから」

 

「そっか」

 

 あのリゥが、な。

 嬉しさで心臓が跳ねるのがわかり、隠すようにして咳払いをする。

 

「ああ、そうだ」

 

 そして自分の目的を思い出す。

 何も昔を振り返りたくて来たわけじゃない。

 いや、それもいいんだが、今はもっと大事な事がある。

 

「どうしたの?」

 

「あー、こほん」

 

 大事な用事だ。

 咳払いの元、意識を切り替え、

 

「タマムシシティジムリーダー、愛梨花。お前に萌えもんバトルを申し込む!」

 

 振り返り指を突き付け挑戦を申し込む。

 すると愛梨花はいつものように優しげに笑みを浮かべ、

 

「ごめん、無理」

 

 朗らかに言ったのだった。

 

 

 

    ◆◆

 

 

 

 愛梨花に連れられてジム内にある喫茶店に行くとリゥがトレーナー達に取り囲まれていた。

 といっても転校生よろしくきゃいきゃいされてるわけではなく、上品なお茶会の中、ひとりぽつんと緑茶を口にしているような感じだったが。

 

「――あっ」

 

 俺に気がついたリゥは困った顔を一瞬だけ向けた後、華やいたかと思ったら誤魔化すように顔を戻した。

 そして緑茶をすすっている。

 喜んだり困ったりと器用な奴だな。

 俺は苦笑を浮かべ、愛梨花に肩を竦めてみせる。

 

「ええ。事情はわたくしから。責任ですもの」

 

 ああ、と頷きを返してから、

 

「リゥ。その……ジム戦なんだが」

 

「いつやるの?」

 

「……あー」

 

 強くなりたいと願っていたリゥ。

 自分の能力が試されるジム戦に挑戦出来ないと知ったらどうなるだろうか。

 もう少しでも食い下がるべきだったろうか。

 悩んでいる間に愛梨花がリゥの前に出て告げた。

 

「改めてはじめまして。わたくし、愛梨花と申します」

 

 聞く者を安心させる声音でゆっくりと話し出す。

 

「ファアルからわたくしに挑戦する、という話は伺いました。

 ――ですが、今は出来ません」

 

 何か言葉を紡ごうとしたのか愛梨花は少し詰まった後、俺の時よりも強く否定して見せた。

 

「どういう事?」

 

 リゥの視線は俺へと向いている。

 本当だろうな? という確認だろう。

 俺は頷きを返し、愛梨花の後に続けた。

 

「ロケット団の関係でな。しばらくジムは閉鎖してるらしいんだ」

 

「……?」

 

「そういう規則なのです。わたくし達は挑戦者がいればもちろん受けて立ちますし、それが勤めでもあると思っています。ですが、例外もあります」

 

 ジムリーダーは何もトレーナーからの挑戦を受け付けて戦う事だけをしているわけではない。

 彼らには他にも地域に何かが起こった際には率先して力を貸すよう義務付けられている。それぞれが主要な都市や町にジムを構えているのにもちゃんと理由があるのだ。

 

 特に今回は――

 

「ロケット団のアジトがここタマムシシティにあるとも言われています。ヤマブキシティでの件もあり、わたくしも瞬時に行動出来るようにしておかねばならないのです。

 申し訳ありませんが――今は非常事態ですので」

 

 その言葉に込められた頑固な意志を感じ取ったのか、リゥは呆然とし、やがて力なく頭を垂れた。

 

「……そっか」

 

 リゥの様子を見て、愛梨花が心配そうな顔で俺へと振り返る。

 俺は小さく頷きを返すとリゥの傍に腰を下ろした。

 

「非常時だ、仕方ないさ。それにジムはここだけじゃないだろ?」

 

 そう。タマムシシティを除いても、まだジムはある。ヤマブキシティジムは現状無理だとしても、セキチクシティジムとグレンジム、そしてトキワジムだ。少し遠回りになるが、セキチクシティならそれほど距離があるわけでもない。

 そんな風に考えていた俺へ向けられたリゥの視線は沈んだままだった。

 

「――うん」

 

 やがてゆっくりと視線を元に戻し、小さく頷いた。

 傍目から見ても落ち込んでいるのがわかる。

 言いようのない空気に包まれるジムの中、リゥの姿が昔の俺に重なって見えた。

 

「ファアル、わたくしは」

 

「気にすんなって。お前はお前の役目を果たせよ。ジムリーダーなんだろ?」

 

 沈黙に耐えかねた愛梨花の言葉を遮る形で言葉を重ね、無理矢理にでも納得させる。そうでもしないとこの優しく自分に厳しいジムリーダーは誰かを傷つけてしまった自分を責め続けるだろうから。

 

「……ええ」

 

 愛梨花が頷いたのを見てから再びリゥに視線を戻す。

 

「行こう、リゥ。道はまだある」

 

 ただがむしゃらに直進するだけでなく――目的へと向かって進む道ならば、沢山ある。ただ、俺たちが気付くか気付かないかだ。だがひとつ言える事は、ひとりで悩むと袋小路になるという事だけ。

 

 かつての俺がそうだったように。

 

 いつか誰かがやってくれたように。

 

 俺はリゥへと手を差し伸ばした。

 

「強くなるんだろ? なら方法はひとつじゃない。行こうぜ」

 

 リゥは差し出した手をしばらく眺めた後、

 

「ふんっ」

 

 払いのけた。

 そしてひとりでジムの出口へと向かって歩いて行く。

 

「……やれやれだ」

 

 払いのけられた手をぷらぷらさせていると、愛梨花が口を挟んでくる。

 

「リゥさん、悩んでるのね」

 

「ああ」

 

 愛梨花の目にももしかしたらダブって見えているのかもしれない。

 リゥがこの街にいた頃の俺に似ているのが。

 迷い、悩み――自分の思い通りにならないもどかしさと悔しさが。

 

「んじゃ、行くわ」

 

 俺は一呼吸置いてリゥの後を追うべく歩き出す。

 と、

 

「気をつけてね、ファアル」

 

「あん?」

 

 肩越しに振り返ると、愛梨花は厳しい目で俺を見ていた。

 

「リゥさんは珍しい萌えもんだから。リーグ四天王のひとり、ワタルさんやチャンピオンである貴方のお父様のように――龍タイプを扱うトレーナーは強者の証でもあるし、強さだって並大抵のものじゃない。ロケット団に狙われやすいのは……」

 

「わかってる」

 

「いいえ、わかってない。じゃあどうしてリゥさんをボールから出したままにしている

の? 狙ってくれって言ってるようなものじゃない」

 

「それは……」

 

 リゥがボールに入りたがらないから。

 ではどうして俺はリゥをボールに入れないのだろうか。

 今の危機巻が高まっている状態でなお、出している理由は何なのだろうか。

 

「ファアル、貴方はまだ――」

 

 ――"自分が強いと思っている"の?

 

 冷水を浴びせられたかのようだった。

 

「……んな事ねぇよ。大体、そんなの1年前にこっぴどく言ってくれた本人が今更疑うのかよ」

 

「そうね――ううん、少し気になったものだから」

 

 大丈夫だ。

 そう言ってリゥの後を追う。

 なるべくひとりにしたくなかったからだ。

 

「悪い、少し時間食った」

 

「ん」

 

 ジムの出口付近で待っていてくれたリゥに声をかけると、僅かに頷きを返してリゥはさっさと出て行ってしまう。

 その姿を見ながら思う。

 こうして待っていてくれたって事は、まだ信じてくれているんだな、と。

 

 ――いや、根本的な部分での問題ではないのかもしれない。

 

 リゥの抱えるジレンマ。それは俺にも――きっと誰にでもあるものだと思うから。

 簡単に折り合いなんてつけられるもんじゃない。

 だから、そうした現実を見据えて折り合いに成功した人間は大人となるんだろう。

 

 そう思うと俺は成人してまでガキの頃の夢を追って、リゥもまた自分の目的のためにがむしゃらに進もうとしている――どうしようもない子供なのだ。

 

「リゥ」

 

「何?」

 

 だが子供って奴は、時に大人じゃ考えつかないような思考をし、諦めるような行動に平気で移る。

 

「さっき言った選択肢だがな、実はもうひとつだけある」

 

 それは時として大きな間違いを生み、失敗となるのだが――

 

「他に方法があるのなら教えて。私は立ち止まってなんかいられないから」

 

 この時の俺達は知る由も無かった。

 

 

「――潰すのさ。タマムシシティにあるロケット団のアジトをな」

 

 

                             <続く>

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【第十六話】タマムシ――迷いの中で見えぬモノ

秘密のアジトって何だかわくわくしますよね、大好きです。



 ロケット団。

 それは萌えもんを使い、悪事を働くマフィアの名前だ。全身を包む黒の作業着にベレー帽のような野暮ったい帽子をかぶり、『R』の文字が必ずどこかに入っている。

 

 そこまで珍妙かつ不審な格好の組織なのにも関わらず、未だにボスの名前はおろか姿すら掴まれていない。

 

 何故なら、彼らが珍妙な服装を身につけるのは犯罪行為をする時だけであり、普段は一般人として社会に入り込んでいるからだ。学校の隣に座っているクラスメイトが、会社の同僚が、世間話をしていた隣近所の住人がロケット団員かもしれないのだ。

 

 もし見つけようとするのなら、誰も彼もを疑ってかかる酷く歪な監視社会になってしまう。

 警察という組織が動けないのはそこだろう。一部の過激なロケット団員が起こす事件に対処するのが精一杯で、こちらから探りを入れるには難しい。常に後手に回らざるを得ない状況にあったからこそ、今回の大規模な犯罪予告はむしろ両手を上げて喜んでいる可能性だってある。

 

 

「アジトを――潰す?」

 

 

 聞き返してきたリゥに頷きを返す。

 問題があるのなら、その問題ごと片付けてしまえばいい。簡単な話だ。

 

「ああ。手っ取り早いだろ?」

 

「それはそうだけど……」

 

 元より以前から奴らとは因縁があったのだ。決着を着けるとまではいかないだろうが、カラカラとの約束もある。このまま座して経過を待っているなんぞ出来るわけがなかった。

 

「でも、さっき言ったようにセキチクシティジムに挑む方法もある。どっちがいい?」

 

 リゥは一度目を閉じた。

 そうしてしばらく経ち、小さく頷いた。

 

「――行く。まどろっこしい真似なんてしたくない」

 

 焦りにも似た炎を瞳に湛えながら、俺を真っ直ぐに見つめ返してくる。

 

 ……いつかの俺に似ている。

 

 だが、こうなってしまうと頑固になってしまうのは自分の経験からもわかっている。焦りが周囲を見えなくし、自分が一番自分を想っているのだと思い込んでしまう。周囲は自分をわかってくれない、何も考えてくれてない。そう見えてしまうのだ。

 

「時間が必要、か」

 

「?」

 

 小さく呟き、首を傾げたリゥに「なんでもない」と返し、空を見上げる。

 太陽はまだ中天を僅かに過ぎた辺り。となると、今はあそこにいるだろう。

 一年前と変わっていない事を願いながら、歩き出す。

 後をついてきたリゥは怪訝な表情だ。

 

「どこに行くの?」

 

「ああ」

 

 問われ、視線をタマムシシティ――大きく聳え立つデパートの屋上へと向ける。

 

「集会所さ」

 

 

   

 

    ◆◆

 

 

 

 訪れたのはタマムシデパートの屋上だった。

 タマムシシティの中でも一際大きい建物で、各階に専門の店が入ってる。萌えもん関係の店が多いのが特徴で、多種多様な萌えもんボールからパワーアップアイテム、技マシンや進化するための石など種類に富んでいる。

 

 そして目的の屋上は休憩所となっており、自動販売機やテーブル、ベンチが設置されていてタマムシシティを一望出来る。夜になると人気スポットで都会の夜景が美しい姿で目に飛び込んでくるのだが、残念ながら昼間では街の喧騒が広がっているだけだった。

 

「ねぇ、アジトを潰しに行くんじゃないの?」

 

 屋上へと登っていくエレベーターの中、リゥは疑問を口にした。

 俺はゆっくりと上昇していく数を眺めながら、

 

「ああ。だから情報を貰いに行くんだ」

 

「アジトの?」

 

 頷く。

 ロケット団のアジトがわかっていれば、今こうして警察やジムリーダーが手をこまねいているわけがない。そんな中で俺達が適当に街中を歩いて突き止めるなど、海に落ちた針を探しだす程度の確率だろう。無茶と言い換えてもいい。

 

 ならばどうするか、と考えれば簡単だ。

 俺達には全くと言っていいほど情報がない。だったら、持っている奴から手に入れればいいのだ。

 

「人口の多い街だからな。人が見ていて気が付かないわけがないだろ?」

 

「それはそうだけど、気付いてる人がいるならアジトを突き止めてるんじゃないの?」

 

「ま、そうなんだけどな。そこはそこ――蛇の道は蛇ってね」

 

 だが俺達にはその情報すらない。

 タマムシシティ――かつて逃げるように訪れ、住んでいた街。

 同じような境遇の奴らで集まって馬鹿をやった一年前まで、ここは俺の庭みたいなものだった。

 

「ん、着いたか」

 

 チンと音が鳴り、やがてエレベーターの扉が開いていく。

 

「行こうぜ」

 

 リゥの気配を後ろに感じながら一歩踏み出す。

 さて、お目当ての奴らがいてくれればいいのだが……。

 広い屋上の中、視線を巡らせていると遊具から少し外れた場所に目的の人物達がいた。

 

「――懐かしいな」

 

 独り言ちてから近付いていくと、

 

「あ? 何だあいつ」

 

 まだ幼さのある少年が俺に気付いたようで、舌っ足らずな声を上げていた。

 見た事のない奴だな……。

 

 俺がマサラタウンへと帰ってから一年。その間に新しいメンバーも入ったのだろう。

 少年の声につられて集まっていた面子が顔を上げ、俺へと視線を集まらせていく。

 どう反応しようか一瞬だけ迷い、左腕を僅かに挙げるだけにしておいた。

 

「よう」

 

 ひょっとしたら忘れられているんじゃないか。

 そうした不安も少しあったが、

 

「――驚いた。ファアルじゃないか」

 

「久しぶりだナァ!」

 

 口々に昔なじみの連中が喜んでくれるのを見て、安心した。

 あれから一年。たった一年だ。それしか経っていないはずなのに、まるで数年振りに会ったかのような感覚ですらある。

 どうしてか、こいつらが遠くに見えてしまった。

 

「久しぶりだな。まだここが集会場所で安心した」

 

「んな簡単に変わるかっての」

 

 言って握手を交わす。

 鼻をかいて笑っているこいつは洋介。身長180cmを超える体躯で、力仕事にも長けガッシリしている。握り返した手が頼もしく包まれているかのようだ。

 

「そっちのはツレか?」

 

 リゥはぷいっと顔を逸らす。

 

「旅してるんだよ。もう一度、夢を目指そうかと思ってな」

 

「……そうか」

 

 洋介は一度俺から距離を取り、

 

「で、どうしたんだ? 昔を懐かしんで挨拶してくれたってのか?」

 

 ニタニタ笑みを浮かべていた。

 変わらないな、と俺も昔のように肩をすくめる。

 

「んなわけあるかよ。ちょっと訊きたい事があるんだ」

 

 そうして、俺達が今置かれている状況について話した。

 ロケット団が邪魔でジムに挑めない事。そのためには俺達でアジトを潰すのが早い事。

 洋介は俺の話を黙って聞いた後、

 

「――駄目だ。知ってても教えられねぇ」

 

 ベンチに腰を下ろし、眼光鋭く俺を見据えていきた。

 

「あんたね――」

 

 咄嗟に飛びかかりそうになっているリゥを片手で制し、

 

「理由を訊いてもいいか?」

 

 俺の問いに、洋介は頷いた。

 そして周りにいる連中を見回す。

 

「ファアル。お前、何に焦ってる?」

 

 洋介の言葉を自問する。

 俺は焦っているのだろうか?

 いや、言いようのない焦りが生まれているのはリゥだけではなく俺自身にもあるのは自分でもわかっていたが――

 

「今のお前はまるで初めて会った頃みたいだ。何かに急かされてるように見える。

 ファアル――そうした馬鹿はいつかどうするか知ってるだろ?」

 

 誰でもわかる。

 焦りは隙を生じさせる。

 そうして出来た隙に足元を救われるのは、いつだって自分自身だ。

 俺だけじゃない。何人もの奴らがそうして失敗してきたのを見てきたじゃないか。

 

「自滅する。お前も俺もそうだったよな」

 

 欲しい答えだったのか、洋介は笑みを浮かべた。

 しかしすぐに表情を険しく戻し、

 

「ロケット団ってのはマフィアだ。そんな奴らに喧嘩を売る? 正気の沙汰じゃねぇ。い

いか、街中でチンピラに喧嘩ふっかけるのとは訳が違うんだぞ」

 

「……」

 

 その通りだ。

 都合三体。リゥとシェルとコン。俺の戦力はこれだけ。対するロケット団はメンバーの数以上は戦力があるのは間違いないだろう。

 

 ――戦力差がありすぎるのだ。

 

 しかし逆に言ってしまえば、大勢と立ち会った場合においてであり、個人個人に的を絞っていけば可能性としては少し上がるだろうが。

 

 リゥに視線をやる。

 戦力差についてはリゥだってわかっているのだろう。だが、食いつかずにはいられなかった。

 

 ただひたすらに貫きたい想いのためだけに。

 理想が遥かに遠く、高いからこそ実感がわかないのだ。

 

 それこそ、高い山の麓で見上げるかのような――そんな焦燥に駆られてしまっている。

 だから、

 

「行くだけだ、俺は。今までもこれからも――ずっとそうしてきた」

 

 愚かな選択をする。

 大人なら無駄だと割り切り、諦める方法を取る。

 俺には――俺達にはその方法しか残されていないから。

 

「――馬鹿野郎が」

 

 そうして洋介は吐き捨て、

 

「おい、サワ。お前が言ってたのってどこだった?」

 

 さっき俺を見て絡んできていた少年が慌て、俺と洋介を交互に見た後に、

 

「えっと、ゲーセンで見かけたっす。俺がスロ打ってる時だったスけど、店の奥に消えて

くの見かけたッス」

 

 ゲーセン、か。

 

「……だ、そうだ。これっきりだぞ。俺はもう知らねぇからな」

 

「わかった。ありがとよ」

 

 洋介とサワ少年に礼を言い、背を向ける。

 行くべき場所は決まった。後は可能性に賭けるだけだ。

 そうして屋上を後にする俺の背にはいつまでも視線が突き刺さっていたものの、最後まで声がかけられる事は無かった。

 

 

 

    ◆◆

 

 

 

 タマムシシティデパートは確かに高い。

 が、高層マンションには敵わないのもまた事実である。

 人気のない屋上から眺めていたその影は、ぽつりと呟いた。

 

「ゲーセン、か……」

 

 視線を巡らせる。

 人や建物でごった返した街の中、どれが"ゲーセン"なのかさっぱりわからない。

 と、急にひとりと一匹が背を向けて屋上を後にするのが見えた。

 

「――ふふん、わからないなら教えてもらえばいいだけじゃないか」

 

 そうして、影は消える。

 目的地へと向かう奴らの後を追うために。

 

 

 

    ◆◆

 

 

 タマムシシティ中心街の端にゲームセンターはあった。

 1階と2階を使用したフロアに、所狭しとゲームが立ち並び暇を持て余した大人達がスロット等を回して遊び呆けている。

 2階部分はどちからといえばゲームがメインで、こちらには子供が多く1階にスロット、2階はビデオゲーム、という作りになっている。

 

 防音設備をしっかりしているようで、こうして建物の前に立っていても中の喧騒はほとんど聞こえてこない。

 

「ここだ」

 

 サワ少年に教えてもらった場所はここで間違いない。

 タマムシシティでスロットが打てるのはここ以外なかったはずだから。

 

「準備はいいか? 中は相当煩いぞ」

 

 俺の言葉にリゥは頷いた。

 それを肯定と取り、ゲームセンターへと入る。

 と、途端に雑音に包まれる。周囲の喧騒なんて全く聞こえなくなるほどの音の本流があらゆる方向から襲いかかってくる。

 

「――っ」

 

 さすがのリゥも驚いたようで耳を両手で抑えながら、俺を睨みつけてきた。

 いや、注意したじゃねぇか。そんな目で見られても……。

 

「いくぞ」

 

 と言っても俺が何言ってるのかなんてさっぱりわからないのだろう。

 首を傾げてみせたリゥに向かって、店の奥を親指で指し示す。

 意志は伝わったのか、頷いてくれたのを確認して狭い通路をぬって店の奥へと進んでいく。

 

 1年前の記憶だが、大規模に変わったりはしていないはずだ。

 記憶を頼りにスロットのコーナーに向かうが、しかし見つかったのは従業員用の出入り口と換金コーナー、休憩スペースだけだった。

 

「確かこの辺りで見たらしいんだが……」

 

 周囲を見渡してみるも、それらしい黒い服は見えない。

 従業員用の出入り口付近も、店員が通るように狭い通路があるだけで扉から向こうは物置替わりに使われているのか、道具がいくつか置いてあるだけだった。

 

「死角っちゃ死角なんだよな」

 

 しかし、何かがあるわけでもない。

 忍者屋敷のように隠し扉が出てきたり、壁に貼ってあるポスターを剥がして出てくるスイッチを押したら階段が出てきたりは――

 

「さすがに無いだろ。ベタすぎる」

 

 首を横に振り、喧騒の只中を探す。

 徐々に耳が慣れてきて煩く感じなくなってきても、しかし何かが見つかったという感覚は無かった。

 

「……うーん」

 

 どこをどう見ても普通のゲームセンターなのだ。

 むしろ座ろうともせず店内をうろついている俺達の方が不審者のようだ。その内店員に声でもかけられそうだなと思っていると、ふと小さな影が横切った。

 

「あれは――」

 

 どうしたの?

 とリゥが顔を出してくるが、その時にはもう影は消えてしまっている。

 ただの見間違いだとは思えない。

 影が走っていったと思われる方向を見ると、従業員入り口へと続く細い通路があった。

 

「……行くか」

 

 考える事しばし。

 どうせ手がかりはほとんど無いのだ。間違えたら間違えたで大人しく退散すればいいだろう。

 俺はリゥに目的の場所を指し示し、頷いたのを確認してから入り口通路へと向かう。

 

「やっぱりあいつか」

 

 通路に顔を出してみれば、つい最近見たくすんだ茶色の毛並みがあった。

 小さな体に負けん気が漲っているその姿を見間違えるはずがない。

 

「イーブイ――って事は当たり?」

 

「さあな。でも、可能性は高いかもしれない」

 

 ロケット団に恨みを持っていた姿から見るに因縁があるのは間違いない。

 そのイーブイがアジトと思われし場所にいるのだ。関連性を疑わない方がおかしい。

 

「……行くぞ」

 

「うん」

 

 イーブイが体当たりで従業員室の扉を破壊した。

 が、店内の喧騒によってかき消されているようで、気付いた者は誰もいないようだった。

 

 それならそれで都合がいい。

 破壊された扉の向こうを覗いてみると、既に事後だった。

 

「……あーあ」

 

 おそらくたまたまはち合わせてしまったのだろう従業員が床に大の字になって倒れており、その足元に鼻息の洗いイーブイがいた。

 

 ――このまま放って置くと厄介か。

 

 あんまり騒がれたくないのも事実。俺はイーブイへと歩み寄ると、こちらを振り返るまえに首根っこをひっつかんだ。

 

「くっ、このっ!」

 

 腕を振り回してくるイーブイを遠ざけ、訊ねる。

 

「お前、いきなり何してんの?」

 

 顎で倒れている従業員を指し示す。

 

「いたからぶっ飛ばした」

 

 ひでぇな。

 

「ただの通り魔じゃねーか」

 

「いた奴が悪い」

 

 悪気は皆無のようだった。

 まぁ、当たり前か。

 

「お前、野生だもんなー」

 

「うぎぎ、ムカつく……! この、このっ!」

 

 予想以上に力が強いイーブイをからかっていると、従業員入り口から見て更に奥――ロッカーからそいつは出てきた。

 

「お」

 

「お」

 

「お?」

 

 三者三様の声が場を奏で、沈黙を持って先を続けた。

 ロッカーから出てきた黒尽くめの男は、恥ずかしげもなくダサい格好の中、一際目立つ赤色の「R」を胸に抱えていた。

 

 ああ、間違えるはずもない。

 こいつは――

 

「て、てめぇらここがぐぶっ!?」

 

 僅かな隙をついて俺の手から離れたイーブイによって沈黙させられていた。

 またしても体当たりでのしてしまったらしい。扉を破壊したのといい、破壊力だけは申し分がないな……。

 

「お前! いいか、邪魔だけはすんなよ!」

 

 そう言って、ロケット団員が現れた方へと走り去っていく。

 俺とリゥはしばし呆然を見合わせた後、

 

「邪魔するな、ねぇ」

 

「それはこっちの台詞よ」

 

 目指す目的の元、イーブイの後を追った。

 

 

 

    ◆◆

 

 

 

 従業員室の奥にはあからさまな階段があった。

 どうやら普段は隠されているようで、ロッカーがふたつ脇にどかされていた。

 

「……もしかしたら誰か隠す役がいるのかもしれないな」

 

 ゲームセンターの従業員にも協力者がいると考えて間違いないだろう。

 見つかるとマズいのはわかりきっているため、俺とリゥは躊躇わずに地下へと伸びる階段を下っていく。

 

 しばらく降りると、やがて広大な施設が目に飛び込んできた。地下なのだろうが、ざっと見回した程度でもゲームセンター以上の広さがありそうだ。

 だが、広さの割に人が見当たらない。目立つ黒服がほとんど見えず、がらんとした機械が並ぶ光景しか広がっていなかった。

 

「イーブイの姿も――無いか」

 

 あの小さな体を物陰の多い場所で探すのは難しいようだ。

 上を見上げると監視カメラは見当たらない。が、無いと考えない方が良いだろう。

 それに、もし可能ならアジトの存在を連絡もしておきたい。

 が、

 

「行くわよ」

 

「あ、おい!」

 

 リゥは気にせずさっさと歩き出す。

 考えてみれば当たり前の話で、リゥに監視カメラなんて知識、あるはずがない。

 どうせこのままわかりもしない監視カメラについて考えて尻込みしていても仕方がない。

 

 

   ――じゃあどうしてリゥさんをボールから出したままにしているの? 狙ってくれって言ってるようなものじゃない――

 

 

 愛梨花の言葉を思い出す。

 それを振り払うかのように、俺はリゥの後を追ったのだった。

 

 

 

    ◆◆

 

 

 さて、と『彼』は小さく口にした。

 何か考え事もでもしているのだろうか。『彼』は面白そうに監視カメラに写っている映像を見つめている。

 傍らに立つロケット団幹部の男が問う。

 

「どうされますか?」

 

 仮にもマフィアのアジトだ。迎撃態勢はすぐに取れる。

 質問した幹部の男は指示さえあれば殲滅の指示を即座に出す構えだった。

 が、

 

「構わんさ、放っておけ」

 

 面白そうに口の端を歪め、『彼』は答えた。

 その言葉が何を意味しているのかは、言葉を口にした『彼』以外わからないだろう。

 しかし『彼』の視線が向けられているのはひとりの青年と、引っ張るようにして先を歩いているミニリュウだった。

 

 さて、と。

 

 再度口にして、思考を巡らせていく。

 どうすればミニリュウを引き込めるだろうか、と。

 

 

 

    ◆◆

 

 

 

 施設内で何人か倒しながら進んでいると、その音は聞こえてきた。

 

「あん?」

 

 俺達がいる階段からかなり離れた位置かららしく、機械の駆動音にかき消されてここまでほとんど届いていなかったようだ。 

 片手で数える程度のロケット団と戦ったが、リゥはさして疲れた様子でもなさそうだ。

 シェルやコンにも頑張ってもらっているが、突出して迎え撃っているのはリゥだ。疲れてないような様子に見えるが、その実疲労は溜まっているはず。テンションが上がって疲労を感じなくなっている状態なのだろう。

 

「あそこみたいだけど」

 

 リゥが指を刺したのはちょうど死角になっている場所だった。今俺達がいる通路から奥に入り込んだ場所のようで、普通の施設ならトイレにでも使われていそうな場所である。

 ロケット団がいつ襲いかかってくるかもわからない。

 慎重に物音の現況を探ってみると、

 

「この……っ! くそっ……!」

 

 悔しさをにじませながら、どこかで見た茶色い毛並みがシャッターへと体当たりをし続けていた。

 良く見てみれば、体当たりしている箇所の一部が赤くなっている。

 

「あいつ――!」

 

 俺は慌てて駆け寄ると、今まさにもう一度体当たりしようとしていたイーブイの体を無理矢理引っ掴んで持ち上げた。

 その拍子に、額から流れでた血がぽたりぽたりと床に落ちていく。

 

「……やめとけよ」

 

「うるさい! はーなーせー!」

 

 忠告も無視。

 元から猪突猛進な萌えもんだったが、一度走りだしたら止まらないのが性格らしい。

 身を捩り手足を振り回して何とか逃れようとしていたようだったが、やがて

 

「お、おおお!?」

 

 素っ頓狂な声と共に頭を回し始めた。

 

 ――言わんこっちゃない。

 

「頭怪我してる状態で暴れたらどうなるかなんてわかるだろうが」

 

「……下ろせ」

 

「はいよ」

 

 こうなると体当たりなんて真似は出来ないだろう。

 イーブイを一度地面に降ろしてやる。

 俺にも体当たりを食らわせてくるかと思ったが、意外とそうでもなく大人しくなってくれた。

 もっとも、敵意自体は隠していないようだったが。

 

「ほら、使え」

 

 傷薬を取り出す。何かあった時のために買っておいたものだが、結局使わずにここまで

来てしまった。このまま肥やしになるくらいなら怪我してる萌えもんに使ってもらった方が有意義だ。

 が、

 

「お前らからの施しなんて受けるか!」

 

 ふっー! と耳を逆立てて拒否された。

 俺はその様子に、所在なく持っていた傷薬を床に置き、一歩離れた。

 あのまま血管がぶち切れて倒れられたりされたくはないし、後味も悪い。

 

「ま、そこに置いておくから。使うと楽だぞ。ばい菌入らないようにな」

 

「どっか行け!」

 

 ひらひらと手を振って背を向ける。

 俺達は俺達でやる事がある。

 イーブイを放って置くのも気がかりだったが、アジトだしきっと何か仕掛けがあるに違いない。むしろあって欲しいと思うのは悲しいかな男の浪漫なわけだが、今は気取られる前にボスを叩き潰さないといけないのだ。

 

「……何か楽しそうに見えるんだけど」

 

 リゥが訝しげな視線を向けてくるが、総じてそんな事はない。

 男子たるもの隠れアジトが好きなものだしワクワクするものだが、断じて違うのだ。

 

「そんな事ねぇって。他もまだ行けそうだ。慎重に進もうぜ」

 

 まだ探索していない場所がある。

 アジトのはずなのだがまだ何の手がかりすら得られていない。

 少しの焦りを感じながら、俺は意識を切り替えたのだった。

 

 で、だ。

 しばらく探索してから振り返ると、そいつはいた。

 

「な、なんだよ……」

 

 それはこっちの台詞だ。

 隠れようとしたのか、変な体勢で固まっているイーブイの姿は何というか――滑稽だった。

 

「どうするの?」

 

 リゥの問いに少し考え、

 

「連れてくのが無難だと思うぜ、こういう場合」

 

 下手に暴れられた方がよっぽど困る。まだ近くにいてくれる方が俺達も行動しやすいだろう。

 と思ったのだが、

 

「――別にそれでもいいけど」

 

 リゥにとっては不満だったらしい。

 納得はしてくれたものの、不承不承といった様子だった。

 現状を考えればベストな選択だとは思うのだけども……。

 

「おい、イーブイ。こっち来いよ」

 

「ぶっ、ぶっ飛ばすぞ!」

 

「だそうだ」

 

 イーブイから視線を外し、物陰から顔を出すとエレベーターらしき扉とその脇には階段

が設置されていた。

 エレベーターがあるという事は、少なくとも2階以上はあるだろう。

 

「その扉に何かあるの?」

 

「いや……」

 

 今いるフロアも結構な広さだった。

 何階まであるのかわからないが、危機感だけは警告を発してきている。

 

「押してみるしかないか」

 

 ここも周囲に誰もいない。

 ほとんどロケット団員と出会っていないのが気がかりだった。

 巨大なのにほとんど空っぽの地下施設。

 

 ――まるで誘われているみたいだ。

 

「これを押せばいいんでしょ?

 ……あれっ? ねぇ、何も起こらないんだけど」

 

「ん? 押したら動くはずだぞ」

 

 動かないんだけど、という声に従い俺もエレベーター脇のボタンを押してみるが、うんともすんとも言わない。

 

「電源が止まってる……?」

 

 いや、と一歩離れて周囲を見渡す。

 すると右脇に小さな金属のパネルが取り付けられてあったのがわかる。

 

 近付いて良く見ると、なるほどエレベーター関連のパネルだった。

 そのパネルの中央下辺りに鍵を差し込む場所があり、おそらくそこを開場しないと使えないのだろう。

 

 以前、マサラタウンで暇を潰していた時にテレビか何かだ見たような記憶がある。

 

「リゥ。ここに来るまでに鍵とか見かけなかったよな?」

 

「うん」

 

「んー、って事は他の階か?」

 

 エレベーターが使えないとなると階段に頼るしかない。

 地下へと伸びている階段は果たして何階まであるのだろうか。

 

「誘われているみたいだ、か」

 

 だとしても進むしか無い。

 焦燥感に背中を押されて階段へと歩いて行く。

 引き返すタイミングを失ってしまった事をどこかで感じながら。

 

 

 

    ◆◆

 

 

 

 階段はすぐに終わった。というよりも一階分しか無かったのだ。

 何だか拍子抜けしてしまったが、人がいないわけでもないらしい。物陰から様子を疑うとひとり、ロケット団員の姿が見えた。

 どうやら雑用を任せられているようで、荷物を運び出すのか台車へと積み上げられているのが見て取れる。

 

「――台車で階段は無理だよな」

 

「って事は……」

 

 リゥとふたり、視線が自然とエレベーターへと吸い寄せられる。

 選択肢はひとつしかない。

 耳を欹ててみると、

 

「ったく、何で俺が荷物運びなんだよ……。もっと別のやつにやらせろっつーの」

 

 若干の舌足らずを感じさせる声音だった。

 愚痴っていながらもやってるという事は、おそらく下っ端なのだろう。

 

「なぁ、あいつぶっ倒していいのか?」

 

「血気盛んですね!?」

 

 問いというよりもただ言葉にしたかっただけなのだろう。

 イーブイは即座に飛び出すと、

 

「死ねぇぇ――っ!」

 

 何やら物騒な叫びを上げて突進。

 

「あん?」

 

 気がついた時にはその言葉だけを残して下っ端団員は机やら何やら巻き込みド派手な音を立てて気を失ってしまっていた。

 

「どうだ!」

 

 誇らしげなイーブイの後ろから覗きみると、会議室であろう小さな部屋が嵐にでも遭ったかのように滅茶苦茶になっていた。

 吹っ飛んだ下っ端団員がいろいろと機材を巻き込んだのだろう。パソコンやらが机から落ち、配線もすっぽ抜けている。ホワイトボードもほぼ全壊状態だ。

 

 破壊力だけならリゥ以上かもしれない。

 しかし自分にもダメージが返ってくるらしい。

 

「ったく、ほらこっち向け」

 

「わわっ、何だ離せ!」

 

 また開いた傷口から血が流れている。ハンカチで拭き取り、傷薬を塗りたくってやる。

 その間にも視線を巡らせるが、散らかりすぎていてどこに何があるのかわからない状態となってしまっていた。

 

「……まいったな」

 

 これでは目的の鍵が見つからない。

 

「手分けして探しましょ。コンやシェルも手伝って」

 

 言うや否や、リゥは散らばった部屋をあさり始める。

 確かにそうか。

 コンとシェルをボールから出して頼み、イーブイの処置を終える。

 

「れ、礼なんて言わないからな!」

 

「あいよ」

 

 そっぽを向くイーブイを横目に部屋を見渡す。

 リゥ、コン、シェル。それぞれが探してくれている。

 ぽっかりと空いた空間。

 

 ――当然だよな。

 

「そんな趣味は無いんだけどなぁ」

 

 そうして。

 俺は倒れている下っ端団員をあさり始めた。

 

 

    ◆◆

 

 

 エレベーターの鍵はすぐに見つかった。

 最悪、服を引っぺがして変な場所までまさぐるようなハメになるんじゃないかと戦々恐々だったが、そうならなくて本当に良かった。

 

「ん? これは――」

 

 エレベーター以外の鍵も一緒についてあった。

 ふむ、とそれを見て思考する。

 

「どうしたんだ?」

 

 イーブイの声に鍵を見せる。

 が、

 

「何だそれ」

 

 わからなかったようだった。

 

「どこかの鍵だよ」

 

 言って仕舞う。今必要なのはエレベーターの鍵だ。

 台車に積んである荷物も気になるが、俺は警察じゃない。いちいち調べてもいられないので放っておこう。

 

「……それってさ、あのシャッターなんじゃないの?」

 

 リゥの言葉にはっと気付く。

 なるほど、言われてみれば確かにそうかもしれない。

 何か大事ば場所だとは考えられるが……。

 

「おい、イーブイ。お前、あのシャッターの先に何があるのか知ってるのか?」

 

 地下一階で額を割りながらもぶつかり続けていたシャッター。

 イーブイにとってあのシャッターの向こう側にこそ何か目的の物があるのではないだろうか。

 

「だったらどうするんだ?」

 

 挑むような視線を向けてくる。

 鍵を取り外せれば渡すのだが、どうやらさっきのイーブイによって衝撃が加えられ、曲がって変型してしまっていた。これではペンチでも持ってきて切らない限り分離させられないだろう。

 

「お前にとって大切な事なら行くさ。俺達も手がかりが手に入るかもしれないしな」

 

「……」

 

「――ちょっと待ってよ」

 

 もちろん反論はあると思っていた。

 迷っている素振りを見せるイーブイから距離をとり、リゥに耳打ちする。

 

「良く考えてみろ。俺たちはアジトを潰しに来たんだろ? だけど、ここを潰しても警戒

は緩まない。有益な情報を手に入れた方がロケット団を追い詰められるとは思わない

か?」

 

「まぁ、それは確かに」

 

 アジトはここだけではないはず。

 出来るだけ手つかずな状態でとも思うのだが、イーブイの様子を見るとそうもいかないようだ。

 

「お前の持ってるのがあれば、あの壁は無くなるのか?」

 

 シャッターの事だろう。

 イーブイの問いに俺は頷いた。

 

「――頼む。連れて行ってくれ」

 

 ポケットの中で鍵がこすれて音を立てた。

 

 

 

    ◆◆

 

 

 シャッターまで急いで戻る。

 血痕もそのまま、まるで放置されたかのようにただ機械の音だけが呻りを上げている。

 

 言い様のない違和感を覚えながら、シャッター脇の機械に鍵を通すと、あっさりと認証され開いた。

 静かにゆっくりと開いていくシャッター。念のため離れて様子を伺ってみたが、誰かが来る事も、中で待ち伏せされているような事もなかった。

 

「――やっぱりおかしい」

 

「何が?」

 

 スムーズに進みすぎている。

 誰も発見出来ていないアジトにあっさりと潜入でき、あまつさえロケット団員がほとんどいない。

 そんな事、いったいどれ程の確率ならば引き当てられるのだろうか。

 

 考えれば考える程、違和感は強くなっていく。

 だが、現実はそんな俺に構うわけもない。

 

「……っ!」

 

 イーブイはシャッターが全て開くのすらもどかしいのか、僅かな隙間から中へと入って

いく。

 

「あの馬鹿……」

 

 放っておくわけにもいかない。

 自動で開いていくシャッターがようやくかがんで通れるようになったくらいに身を滑り込ませる。

 

「これは――研究室、か?」

 

 今まで見てきたどの部屋とも違う。

 何台ものパソコンが並び、資料がまるでさっきまでここにいたかのような乱雑さで散らばっている。

 いち早く入っていったイーブイは部屋中を見渡している。

 

「気をつけろよー」

 

 聞こえているかどうかわからないが、それだけ声をかけて手近にあった資料を手に取る。

 

「――萌えもんの進化の可能性?」

 

 大きく書かれた資料目次を捲る。

 びっしりと書かれた文字から察するに、論文だろうか。

 後ろの署名を見るとオオキドとなっている。

 

「ジジイの論文か」

 

 そういえば博士だったな、とどうでもいい事を思い出す。

 手に取ってみると分厚く重たい。これ全部が同じ論文なのだとすれば、少しは博士を見直してもいいかもしれない。

 さすが権威。

 

「ふむ」

 

 ページを捲る。

 なにやら冒頭から難しい文章が踊っている。

 

「進化か……」

 

 今まで戦ってきたジムリーダーやトレーナー達もそれぞれ進化した萌えもんと共にあった。

 

 振り返ってみれば。

 

 リゥやシェル、コンは全く進化していない。

 

「……」

 

 ふと何かが胸中を横切った。

 しかし形としてとらえる前に霧散してしまい、自分でも何なのかわからないまま、更にページを捲っていく。

 すると、

 

「イーブイの進化について?」

 

 4種類以上の萌えもんに進化するイーブイ。特殊な石を使って進化する、日中や深夜に進化する――等、例はいくつもあるようだ。

 炎・雷・水とまだまだ可能性は秘めているらしい。一体の萌えもんでこんなに進化の多様性が見られるのは他に例を見ない。

 

「……まさか」

 

 論文から顔を上げ、視線を巡らせる。

 研究室のような部屋。散らばった資料に電源のついている機材。

 そして、奥へと続く扉の向こうにはガラス張りの小さな部屋。

 目的は違えど、同じような部屋を見た事がある。

 

「実験室って事かよ」

 

 辿り着いた答えを吐き捨てる。

 もし正解なのだとしたら――虫酸の走る実験だ。

 

「ねぇ、あいつ放っておいていいの?」

 

 リゥが指さした先には部屋を駆け回っているイーブイがいた。

 必死に何かを探しているようだ。

 

「……そうだな」

 

 持っていた資料を散らばっていた資料の上に置く。

 

「気の済むようにさせよう」

 

 そして、奥の部屋へと続く扉を開ける。こちらは鍵がかかっていなかったようで、ノブを回すとすんなり開いてくれた。

 

「誰もいない、か」

 

 確認してみたが、誰もいなかった。

 もぬけの空。

 研究室と違うのは、きちんと整理されていたという事だけ。まるで最初から使われていなかったような清潔さと、掃除した後の小綺麗さが合わさっている何とも気持ちの悪い光景だ。

 

「どけっ!」

 

 扉に体当たりし、実験室へと飛び込んだイーブイはしきりに駆け回る。

 必死に――奇跡を願うように手当たり次第に探っていく。

 その姿に拳を堅く握りしめる。

 博士の論文を上に置いて隠した資料には、

 

 

 ――実験の結果、3体いたイーブイは死亡。残り1体は逃亡したが追跡中。

 

 

 と書かれていた報告書があった。

 イーブイが何を探しているかなんて馬鹿でもわかる。

 こいつは……こいつはずっと……

 

「行こう、イーブイ」

 

 俺の声が聞こえていないのか、イーブイは止まらない。

 でも、続ける。

 

「ここにはもうお前の探してるもんは無いさ」

 

 探す。

 狭い部屋をただひたすらに駆けて。

 

「誰もいないんだ」

 

「うるさい!」

 

 すがる何かを探して、イーブイは部屋中を駆け回り続けた。

 何度も、何度も。

 

「……ねぇ、あいつ何してるの?」

 

 異常な空気はリゥにもわかったのだろう。

 静かな声の問いかけに、

 

「戦ってるんだよ、たぶん」

 

「戦う?」

 

 リゥの視線がイーブイへと向けられる。

 

 がむしゃらに走り続けている。

 

 机にぶち当たり、跳ね返りながら。

 

 椅子を巻き込み、怪我を負いながら。

 

 まるで何かから逃げるように。

 

「――ただ暴れてるようにしか見えないけど」

 

 俺にもわからない。

 言葉に出来ず、ただイーブイが立ち止まるのを待った。

 時間が無いのはわかっていたけれど。

 今の姿を見て置いていけはしなかった。

 

「……くそっ、くそっ!」

 

 やがてあまり経たない内に体力も底をついたのか、イーブイはその場で倒れた。

 吐き捨てる言葉は自分への責め苦なのだろう。

 

 ただ。

 名前も呼ばず、がむしゃらに走り回ったイーブイは絞り出すように後悔を吐露した。

 

「まだ……まだ名前だって呼んでないのにっ! 何て……何て呼んで探せばいいんだよっ! また遊ぼうって言ったじゃないかぁっ!」

 

 悔しさに泣いていた。

 

 ――ロケット団。

 カントー地方の巨大マフィア。萌えもんを悪事につかう一大組織。

 

「ちょっと、どうしたの? 怖い顔して」

 

「……イーブイ」

 

 リゥのために。進みたい道のためにアジトを潰すと言った。

 だけど。

 もうひとつ、理由が出来てしまった。

 

「潰すぞ、ロケット団」

 

「……」

 

 例え自分にとって間違った道だったとしても。

 

「お前には関係ないだろ……」

 

 後悔するくらいなら間違った方がマシだ。

 

「そうよ。私達には関係ないでしょ?」

 

「――悪い。でも俺は見捨てられない」

 

「……」

 

 リゥはそっぽを向く。

 当然だ。俺はリゥの夢へと真逆の道を行こうとしているのだから。

 だが――

 

「別に関係あるとか無いとかじゃないだろ? 気に入らない奴をぶっ飛ばす。それでいいじゃねぇか」

 

 イーブイは俺をしばらく見つめる。

 そして、

 

「馬鹿だろ、お前」

 

 小さく笑みをこぼす。

 全力で走り回ったばかりだというのに、その足取りは意外としっかりしていた。

 

「手を貸してやる。えーっと」

 

 苦笑をこぼし、答える。

 

「ファアルだ」

 

 そうか、と。

 イーブイは小さく口の中で俺の名前を転がした。

 そして、

 

「……行くぞ、ファアル」

 

 全身が傷だらけだった。

 だが、イーブイの足取りに迷いは無い。

 

「お人好し」

 

「耳が痛い」

 

「チンピラのくせに」

 

「ははは、泣いちゃうぞ」

 

「……そんなのだから私は」

 

 そしてリゥは俺に背を向け、イーブイを追っていく。

 俺には――その背中がとても遠くに見えた。

 

 

    ◆◆

 

 

 エレベーターの前で立ち止まる。

 確認のために一度、リゥとイーブイを交互に見る。

 ふたりの視線が俺へと向けられ、頷きを返した。

 

「――行くぞ」

 

 エレベーター横の端末に鍵を指し、解除する。

 表示されている数字から見るに地下3階まであるようだ。地下2階はさっき行った。ならば残す選択肢は地下3階のみとなる。

 中に入り、B3のボタンを押す。数秒で着くだろう。

 

 異様なまでに人が少ないアジト。地下に降りた所でもぬけの空に近い状態の可能性だってある。

 

「……ま、行けばわかるさ」

 

 所詮は推測だ。

 結論が出た瞬間、チンと音を立ててエレベーターが止まった。階の数字はB3を指している。

 

 いよいよか。

 

 扉が開く前に隅へと身を寄せる。こうすれば扉が開いた瞬間に何か攻撃されても致命傷を負わずにすむだろう。

 杞憂であればそれでいいが……。

 

 扉が開く。

 

「うん」

 

 地下三階に入るには、俺の知る限りではエレベーターしかない。もしロケット団が俺達の行動を把握しているとすれば、事この機会を置いて他にないはずだ。

 

 だが、何の動きもない。

 しばらく経ってから顔を出す。

 

 ――誰もいない。

 

 首を傾げながらエレベーターから外に出る。

 後ろで扉が閉まる。これですぐに逃げられはしなくなった。

 

「誰もいない……?」

 

 呟いた俺の声に、

 

「そうでもないよ」

 

 ハスキーボイスが答えた。

 目の前にある重厚な扉――その左右から人影は現れた。

 

「良くここまで来たもんだよ。ま、ほとんど人はいなかっただろうけどね」

 

 ひとりは女。俺よりも年上だろう。目深に被った帽子から垣間見える目はこちらを射貫くような程に鋭い。

 

「おびき寄せたんだから馬鹿野郎だけどな」

 

 もうひとりは男。こちらも俺よりは年上に見える。凶暴な笑みを浮かべた顔は人を心底馬鹿にしている印象を受ける。

 

 そうして、

 

「――アーボックにペルシアンか」

 

 俺たちを挟み込むように――エレベーターから見て死角の位置に配置されていたのだ。

 左よりアーボック。右よりペルシアン。それぞれが既に臨戦態勢となっている。

 

 リゥとイーブイが対峙する。

 出来るなら意識を向けたかったが、目の前のロケット団から視線を外すわけもいかなかった。

 

「ここにいるのはあんた達だけか?」

 

 俺の問いに女幹部は「はっ」と笑い、

 

「うちのボスがあんたに会いたいってんでね。残ってたのさ。どうせここはもう使えない事だしね」

 

「ボスがだと……?」

 

 言葉と共に扉が開く

 

 ――パチ、パチ、パチ。

 

 乾いた拍手が届く。

 同時、見えた姿に思考が硬直する。

 

「なっ――!?

 ……嘘、だろ」

 

 見間違えるはずもない。

 黒いスーツにシルクハット。小綺麗に着こなした姿に、浮かべられた温和な笑み。

 

 間違いない。

 間違えるはずもない。

 

「榊さん、なのか?」

 

 思わず漏れた言葉に彼は頷き、

 

「久しぶり、という程ではないね。君が来るとは驚いたよ」

 

 別段驚いた風でもなく。

 榊さんはいつものように言葉を紡いだ。

 

「さて、ファアル君。君とは知古であり、年の離れた友人とも思っている。偶然とはいえ、君とタマムシで再会出来た事は本当に嬉しかった。出来るならば昔のようにもっと語り合いたかったと心から思う」

 

 だが、

 

「アジトを廃棄する直前に発見されるとは思わなかった。君にとっては運が良いとしか言いようがないが」

 

 そうして、榊さんはボールを取り出す。

 

「同時に運が悪かったね」

 

 それが合図だった。

 投げられたボールから現れたのはサイドンとイワーク。どれも地面・岩タイプを持つ萌えもんだ。

 

 ならばこちらもとボールを投げる。コンでは相性が悪いし、選択肢はひとつしかなかった。

 

「シェル、頼む!」

 

「らじゃー!」

 

 そして、ロケット団員は笑みを深くする。

 

「はは、進化もしてねぇ萌えもんかよ!」

 

 ペルシアン、アーボック、サイドン――そのどれもが進化した萌えもんだった。イワークは単体で進化した萌えもんと同じ強さを発揮出来る。

 

 シェルもコンもリゥも――そしてイーブイもまた進化していない。相手の手がわからない以上、被弾はしたくないが……。

 

「やっちまえ、アーボック!」

 

 指示を受け、飛びかかってくる。トレーナーである男団員と同じように凶暴な笑みを貼り付けて、身を翻す。

 リゥに向かったアーボックだったが、リゥが身構えた瞬間、体の向きを切り替えて軸を

ずらす。

 

「サイドン、メガトンパンチ」

 

 榊さんが指示を飛ばす。

 

「むっ」

 

「シェル、殻にこもれ!」

 

 だが遅すぎた。

 シェルが行動を起こすより先に、アーボックが動いていたのだ。

 

「はっはぁ! 叩きつけろォ!」

 

 空中に回転。アーボックの長い尾が迫り、シェルの背で爆ぜた。

 

「ぴゃう!?」

 

 衝撃に悲鳴を上げるシェルの眼前には、さながら地震でも引き起こすかのような勢いで踏み込んだサイドンから撃ち出された拳が迫っていた。

 そして、

 

「君の噂を聞いたよ、ファアル君。さすがというべきか、サイガの息子だね。良い戦いをしている。

 ――しかし、第三者として私が持った感想はひとつだ」

 

「むぎゃ――!!」

 

 シェルはその一撃をもろに喰らい、エレベーターへと突き刺さる。衝撃でひしゃげた扉に貼り付けられたシェルは、やがてずるりと落下し意識を失った。

 

 一撃。

 

 これまで何度も救ってくれていた仲間があっさりと倒されてしまう。

 

「君は彼の血を受け継ぎすぎている。だが――」

 

 すっと指を持ち上げ、

 

「君には彼のような――サイガに勝る強さを手に入れる事は出来ない」

 

「俺が……親父に勝てないっていうのか」

 

「そうだとも」

 

 何故なら、と。

 榊さんは笑みを深くし、指を鳴らした。

 

「君は"信じすぎている"。だから、君は我々はおろか君自身にすら勝てない」

 

 どういう事だ?

 

 一瞬、思考が停止する。

 僅かな事にでも気を取られるべきでは無かった。榊さんの知り合いだという油断。親父に勝てないと告げられた衝撃。そして――

 

「がっ……!」

 

 眼前にまで迫っていたイワークの長い尾が鳩尾に入る。

 衝撃で自分の体が浮いているのがわかる。とんでもない威力だ。

 

 だが、それだけじゃなかった。

 イワークは更に俺を空中から叩き付けた。

 

「――ッ!」

 

 悲鳴すら出ないとはこの事か。

 肺から空気を絞り出され、身動きが取れなくなる。

 霞んでいく視界の中、顔を何とか上げる。

 

「さて、ミニリュウ。君は強くなりたいのだったね」

 

「……っ」

 

 突然の榊さんの声に、リゥは身を竦ませる。

 

「リゥ……ぐっ!」

 

 体に何かがのし掛かる。影が見える――おそらくあの長い尾からしてイワークだろう。

 言葉が発せられない。

 その間にも榊さんは続ける。

 

「彼は強くなれない。それは君自身がわかっているんじゃないのかね?」

 

「……それは」

 

「ひとつ、私から君に質問しよう」

 

 手を伸ばす。

 腰のホルスターにはまだコンが残っている。

 

「君はどうして進化していないのかね?」

 

「それ、は――」

 

 萌えもんの進化。

 強くなる。リゥの願いを叶えるためには必須であり、いずれ踏み込まなくてはならなかった領域。

 

 剛司、香澄、マチス――おそらくこの先に続くトレーナー達のほとんどが萌えもんを進化させている事だろう。

 

「私はね、ファアル君以外にも会ったよ。レッド、グリーン、ブルー。彼らも旅をしているようだ」

 

 その先は駄目だ。

 何かが警鐘を鳴らす。

 だが、

 

「はいはーい。悪あがきは駄目よ、坊や」

 

「……くそっ」

 

 間近に迫ったアーボックの毒牙と、目敏い女幹部によって封じられてしまう。

 イーブイもやられてしまったようだ。ペルシアンがイーブイを掴み、主の元へと悠然と歩いていた。

 

「彼らは皆、萌えもんを進化させていたよ。わかるかい? 彼らの萌えもんは皆、進化していたんだ」

 

「しん、か」

 

 そうだ、と榊さんは頷いた。

 

「進化とは強さだ。強い者こそ進化する。人であろうと萌えもんであろうと変わらない。だが、人はそう簡単に進化出来ない。故に思考する。君達のように強くなるために!」

 

 両腕を広げ、榊さんは宣言する。

 

「それこそが萌えもんの矜持! 強くなり、頂点を目指す生き方こそが萌えもん本来のあり方だ! そうだろう? でなければ萌えもんリーグなど出来るはずがない!」

 

 榊さんはリゥに向かって手を出す。

 

「君も! 強くなりたければ我々と来るのだ。我がロケット団こそが強さを求める萌えもんに相応しい場所であると――彼らを見て思わないかね?」

 

 ペルシアン、アーボック、サイドン。どれもが進化した萌えもんだ。

 ここに、進化していない萌えもんを持っているのは――俺だけだった。

 

「……強く」

 

 リゥ。

 絞り出そうとした声はしかし届かない。

 リゥがゆっくりと俺に向かって歩いてくる。

 

 強さへの渇望。

 目指す人に追いつけない焦燥。

 まるで実感出来ない自分心の強さ。

 

 手を伸ばす。

 リゥの手はやがて、今まで一度も触れていなかったボールへと触れる。

 

「……」

 

 何か小さく呟いたように見えたが、俺には何一つとして聞こえなかった。

 ただ、リゥはボールを榊さんに差し出した。

 

「私のボール。強くさせてくれるなら、ついていくわ」

 

 榊さんは愉快そうに笑う。

 

「そうか、ならば君は今日から同志だ」

 

 そして、榊さんが持つボールへとリゥは吸い込まれていく。

 光となって消える寸前、リゥは振り返り俺へと視線を向けた。

 

 その視線が何を物語っているのか。

 今の俺には――わからなかった。

 

「では、最後の仕事だ」

 

 榊さんはいつもと変わらない調子で少しずれた帽子を直し、

 

「イーブイを連れて行け」

 

 それと、

 

「彼を殺せ。生かすには多少知りすぎた」

 

 背を向け、榊さんは再び扉を開ける。おそらくあの奥にどこかに繋がる通路か何かがあるのだろう。

 榊さんの指示を受け、ふたりのロケット団が愉しそうに笑い声を上げる。

 

「はっは! 無様だなてめぇ!」

 

 そうして、命令を下す。

 消えていく意識。

 最後に思い浮かんだのは、

 

「――リゥ」

 

 はっきりと見えなかったはずの振り返ったリゥの顔だった。

 その顔はいつかどこかで見たような気がして。

 離してたまるものかと、アーボックから撃ち下ろされる尾を追いながら俺の意識は闇へと落ちていった。

 

 

 

                             <続く>



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【第十七話】タマムシ・シオン――向き合って見えた弱さと強さ 前編

今回はちょっとだけ長いです。というか長くなりすぎたので分割しました。


 ――俺に追いついてきてみろ。

 

 いつか父さんはそう言った。遠くない昔――けれど、俺にとっては遙かな昔。幼い心に憧れた背中はどこまで大きくて、まさしくヒーローのようだった。

 

 夢見た。同じ舞台に立つ事を。あの人のようになるのだと……夢想し続けた。

 飛び立とうとした翼はすぐに折れ、ぼろぼろのまま地に落ち、未練を持って空を見上げ続けた。

 

 もう一度。

 折れた翼に力をくれた存在がいた。ひとりでは駄目でも、ふたりなら何とか飛べた。すり切れそうだった想いがもう一度動き始めた。

 

 俺は。

 

 俺にはきっと――

 

 

 

    ◆◆

 

 

 目が覚めると見知らぬ天井だった。

 ぼやけた視界が痛い。

 

「うっ、……ぁ」

 

 首を動かそうとすると走った痛みに声を出すも、掠れてほとんど音になっていなかった。

 力を込めて上半身を起こす。

 すると、動いた事で少しは意識がはっきりしてくる。

 

「ここは……?」

 

 喉が痛い。

 額を抑えながら視線だけを巡らせると、花瓶や特殊な機械が目に入った。

 ああ、なるほど。

 

「病院、か」

 

 場所を確認すると同時に、記憶も蘇る。

 ロケット団アジトで受けた攻撃によって意識が途切れた辺りまでは覚えている。

 

「――リゥ」

 

 そして、去って行ったリゥの事も。

 その後アーボックが襲いかかってきたような――

 

「……駄目だ。思い出せない」

 

 気を保っていられたのはそこまでだったようだ。

 病院にいるという事は何とか逃げ出したのだろうけども。

 

「すや……」

 

 ふと重さを感じて視線を向けてみれば、橙色の毛並みを持った小さな萌えもんがベッドに突っ伏して寝息を立てていた。

 

「コン、シェル」

 

 隣にはシェルが。包帯を巻いているが、寝ている姿を見る限り酷くはなさそうだった。

 ふたりの姿に安堵する。

 が、喪失感も同時に味わう。

 後もうひとりいないという現実を嫌でも目にしてしまうから。

 

「……あ、目が覚めた?」

 

 少し期待していた自分がいた。

 だが、扉を開けて入ってきたのは期待していた通りではなく、

 

「なんだ、愛梨花か」

 

 俺の呟きにいつも大人しいジムリーダーは頬を膨らませた。

 

「わたくしじゃ不満だった?」

 

「とんでもないです」

 

 体を揺すると激痛が走った。

 大人しくしているしかなさそうだ。

 愛梨花は手に抱えた花を備え付けの台に置き、花瓶を手に取った。水を変えるつもりなんだろう。

 

「……俺はどうなったんだ?」

 

 俺の問いには答えず、愛梨花は黙って水を入れ替えていた。

 やがて、

 

「五日間」

 

「えっ?」

 

「ファアルが倒れてた時間。その娘達、ずっと離れなかったんだから」

 

 よっぽど想われてるのね。

 そう言って愛梨花は笑った。

 

「……そっか」

 

 俺達の話し声が聞こえたのか、もぞもぞと動き出すコンとシェル。

 

「ありがとな」

 

「ふぇ?」

 

 寝ぼけた瞳のまま、俺を見上げるコン。

 少し時間が止まり、口をぱくぱくし始めたと思うと今度は全身で震え始め、

 

「ごしゅじんさまぁ~!」

 

 飛びついてきた。

 

「あ、あだっ! 痛い痛い痛い痛い!」

 

 遠慮なしに飛びついてくるもんだから、あちこちが悲鳴を上げていて涙が出てきた。畜生。

 

「ご、ごめんなさい!」

 

 コンは慌てて距離を取り、ベッドから離れて壁まで後ずさった。いや、離れすぎだからそれ。

 そうしている内にシェルも目が覚めたようだ。

 

「おー、ますたー」

 

「おう」

 

 頭を撫で、

 

「……教えてくれるか。何があったのか」

 

 病み上がりでしょう? とは言われなかった。

 愛梨花は一度花瓶を置き、やがて厳しい表情で語り始めた。

 俺が倒れてから五日。今日から数えて五日前。

 ロケット団のアジトで何があったのかを。

 

 

 

    ◆◆

 

 

 それはファアルが意識を手放した瞬間だった。

 手加減など何一つなく、頭蓋を砕かんと振り下ろされたアーボックの尾を止めたのは、瓦礫に紛れて現れた一本の強靱なツルだった。

 

「へぇ」

 

 ロケット団幹部の男が面白そうな笑みを浮かべる。

 土埃が微かに舞う中、ツルを負えば一体のフシギバナがいた。傍らには白い和服を着込んだ少女が、普段からは考えられないほど怒りに表情を染めていた。

 

「ファアルから離れなさい、ロケット団」

 

 静かに。しかし有無を言わせず従わせるだけの強さを持った声音だった。

 だが、そこで引いていてはロケット団の幹部たり得ない。

 男は恍惚に顔を歪ませ、

 

「ぎゃははは! 面白いねぇ、おい! 清楚なお嬢様が怒るたぁ、滅多に見られるもんじ

ゃねぇぞ!」

 

 手駒はアーボックだけではない。すぐにでもボールを解き放つ体勢に移りながら、男は一層下卑た笑みを浮かべる。

 

「ははん、そこの男にヤられでもしたか? はは、だとすりゃ傑作だ! こんな雑魚に

よ!」

 

 少女――愛梨花の眉がぴくりと動く。

 抜け目の無い男はそれが好機と悟ったのか、更に言葉を続けようとした。

 が、傍らの相棒が表情を引き攣らせているのに気が付いてしまう。

 

「……うそ、なんであんたがこんな場所にいんのよ」

 

「は、は? おい、どうした?」

 

 笑い声を上げようとし、コンビを組んでいる女幹部の声に止まった。

 後ずさる音が聞こえる。 

 

 何だ?

 押しつぶされそうな圧迫感を抱きながら振り返ると、音すら無く倒れ伏したペルシアンがボールへと戻った瞬間だった。

 

 背丈は180を超えているだろうか。見上げるような体躯に、盛り上がった筋肉は一撃で岩を砕きそうだ。

 絶え間ない修練の果て、頂点にもっとも誓い場所まで駆け上がり、座を守り通してきた男。

 

 言葉を発さず、さながら岩のような重圧で語る男の名を、知っていた。

 

「カントーリーグ四天王――シバだと!?」

 

 男の声にシバは頷くこともなく、無言で肯定した。

 しかしそれで合点がいった。

 

 エレベーターが動いていないのにどうして愛梨花がこの場に乗り込んでこられたのか。

 他の誰でもない、シバがいたからこそ可能だったのだ。

 岩を彷彿とさせる巨大さながら、地面を掘り進んでも微細な揺れすら感じさせない繊細さを併せ持ったトレーナー。それが、四天王シバという男であった。

 

「……さすがに分が悪いよ、どうする?」

 

 ジムリーダーと四天王。どちらかだけならばともかく、ふたりに挟み撃ちされたとあっては勝機など生まれようはずもない。

 状況を判断すると、アーボックをボールに戻して拘束を解き、すぐさまイーブイを捕え牙を突き立てようとする。

 

「悪ぃな、逃げさせてもらうぜ」

 

 イーブイを見せつけながら後を引いていく。

 

「……卑怯な」

 

 弱った体で毒を浴びればひとたまりもないだろう。

 手を出せずにいる愛梨花を見て満足がいったのか、幹部の男は愉快そうに笑みを浮かべ、

 

「はっ、残念でした-! ぎゃははははは!」

 

 ピアスのついた舌を出し、吠えた。

 愛梨花は動かない。

 ただじっと相手をにらんでいるだけだ。

 

 女幹部にとってはそれが妙に気持ちが悪い。まるで能面とにらめっこをしているかのような気持ち悪さがあった。

 

「やれ、サワムラー」

 

 しかし、非常口に逃げようとした幹部に捕まれていたイーブイを一瞬のうちに取り戻したのはサワムラーだ。

 イーブイがいないのに気が付いてももう遅い。仕舞っていく扉を前に、男はいまいましく叫んだ。

 

「FUCK!! くそが! 覚えてやがれくそ共!」

 

 そうして、扉が閉まった頃には静けさだけが残っていた。

 いや、

 

「ファアル!」

 

 慌てた愛梨花の声だけが響いた。

 愛梨花を横目で見ながら、シバは小さく呻いた。

 

「……扉の奥には何も無かったはずだ」

 

 彼らが一悶着起こしている間に、一度確認はしたはず。

 なのに、今は扉の向こうに幹部達の姿は無い。まるで最初からいなかったかのように消えてしまっている。

 

 可能性としてはふたつ。

 萌えもんのテレポートか、見つけられないよう隠された巧妙な出入り口があったか。

 もっとも、追いかけられない理由はあったので詮無き事だが。

 

「ふむ……」

 

 倒れたファアルを見る。

 どことなく、サイガの面影を感じられた。

 ここは地下だ。アジトもろとも破壊されてしまえば、さしものエリカとて脱出は難しいだろう。まして意識を失った男がひとりいたとすればなおさらだ。

 ぐったりとしたイーブイを手に、シバはゆっくりと愛梨花に向かって歩き出す。

 

 何かが起こる。

 その予感を感じながら。

 

 

    ◆◆

 

 

「そして私達は貴方を病院に、シェルちゃんを萌えもんセンターに運んだの。幸い、シェルちゃんはすぐに回復して貴方のところにやって来た。そういう訳」

 

「……そっか」

 

 後一歩で俺は殺されるところだったってわけか。

 

「助けてくれてありがとうな」

 

 力無く視線を向けると、愛梨花は怒りに顔を染め上げた。

 いつもおっとりしていて優しく清楚な大和撫子。

 おおよそ皆が抱くであろうイメージからはかけ離れた姿。

 それ故に、本気なのだとわかった。

 

「ありがとう、じゃない! 何であんな無茶したのよ!」

 

 本気で俺に対して怒っているのだ。

 

 

 ――アジトを潰す。

 

 

 そう言ったのは誰だったか。

 

「……それは」

 

 洋介にも言われた。

 愛梨花にだってもちろん言われた。

 熊澤警部にだってそうだ。

 俺はみんなから言われていた事を守らなかった。

 

「自分を過信しすぎ! いい? 進化していない萌えもんが進化した萌えもんに正面から当たって勝てるわけがないじゃない。どれだけ強くても、そこには差があるのよ。埋めら

れないくらいの差が。わからないの?」

 

 過信していなかったと言えば嘘になる。

 これまでも進化後の萌えもんと戦い、勝ってきた。その結果が俺を慢心させていたのではないだろうか。

 

 ――否定は、出来なかった。

 

 でも、だったら、

 

「だったら、俺はどうすりゃ良かったんだよ!」

 

 絞り出すように声を出す。

 掠れた声が病室に響く。

 無理矢理声を出して、体のあちこちが痛んだ。

 

「俺は――!」

 

 マットを殴る。

 激痛が全身に走る。

 歯を食いしばって耐える。

 

「――俺は、あいつを……」

 

 先を失った言葉は辿り着く前に霧消し、意味にならない呻きだけが口をつく。

 

「ご主人様……!」

 

「いだ、痛い痛い痛い痛い――!」

 

 力の限り抱きついてきた。それがもう加減が無いものだから全身打撲中の俺は今にも昇天しそうなくらだ。

 

「はうあ!? ご、ごめんなさい!」

 

 慌てて離れるコンの目にはうっすらと涙が浮かんでいる。

 だけど、お陰で場の空気が壊れたのは確かだ。

 痛みに耐え、努めて普段通りに、

 

「――大丈夫だって。しばらく寝てりゃ治るよ」

 

 そうして、改めて愛梨花と向き直る。

 

「その、怒鳴って悪かった」

 

「ううん、私こそ無神経だった。ごめんなさい」

 

 俺と愛梨花の間に流れる空気を感じたのか、コンが視線を行き来させている。

 何でもないさ、と頭を撫で、

 

「俺の状態ってどうなんだ?」

 

 正直、コンの抱きつかれているだけで痛い。

 今まで経験した事のない痛みというわけではないが、下手をすれ一月単位とかになりそうな気がしたのだが、

 

「詳しい事はお医者様から聞いてね?」

 

 そう前置きして愛梨花は教えてくれた。

 

 ――全治二週間。

 

 担ぎ込まれた俺に処置を施した先生が言った治療期間だった。

 長いな。

 素直にそう思うのと同時、ほっとしている自分もいた。

 そうしてそんな自分に気付き、また苛立ちが募っていく。

 

「疲労も溜まってたみたいだし、今は体を休める時だと思う。それも大事な仕事よ」

 

「……ああ」

 

 いろんな事がありすぎた。

 急ぐ気持ちはあるけど、今はゆっくり休んで考えたかった。

 これからの事を。

 これまでの事を。

 

「じゃあ、私はジムに戻るから。コンちゃん、後はお願いね」

 

「はいっ」

 

 また、とは言わなかった。

 背を向け、退出しようとする愛梨花の背中に声をかける。

 

「愛梨花。その――ありがとよ」

 

「……うん」

 

 閉められた扉。

 俺以外にはコンとシェルしかいない個室の中、もう一度寝転んだ。

 体は言うことを効かない。

 

 ――リゥ。

 

 目を閉じればマサラからの旅が蘇る。

 手放したくない。

 いつしかそう思いながら、俺の意識は再び闇へと沈んでいった。

 

 

    ◆◆

 

 

「はっ、くそ……!」

 

 路地を普段よりも遅いペースで走りながら、イーブイは毒づいた。

 あんなにもあっさりと敗北するとは思っていなかった。

 

 ――手も足も出なかった。

 

 己の無力さに苛立った。

 点々と後を引いている血の跡にすら気が付かず、やがて息が切れて足下がふらつき路地裏のゴミへと突っ込んだ。

 

「――くそぅ、くそぅ」

 

 漂う臭いよりも、鈍く痛み続ける体よりも――何よりも自分の無力さが腹立たしかった。

 最後の一瞬、自分の目の前で倒されていった姿を思い出す。

 

「わっちは……」

 

 救えなかった仲間と再び同じ事を繰り返すのだろうか。

 意識は今にも消えてしまいそうなのに、アジトで見た光景がずっと思い浮かび続ける。

 鮮明に、何度も何度も。

 

「わっ、この子怪我してる!?」

 

 掠れた声で名前を呼ぶ。

 それが一体誰の名かわからぬ内に、イーブイは意識を手放した。

 ぱたぱたと駆け寄ってくる、小さな足音に気が付かずに。

 

 

    ◆◆

 

 

 

 二週間が経過した。

 体の怪我は万全とは言いがたいが、動けるようにはなった。

 俺の状態を見て、激しい動きだけはしちゃ駄目ですよと医者からは釘を刺されたけど、旅をしているから確約は出来そうにない気がする。

 

「よし、準備おっけーだな」

 

 コンとシェルはボールに。腰に下げたボールがひとつ分軽いのが寂しくもあるが、いつまでも退院する人間が病室にいても仕方が無いだろう。

 手荷物は背負えるバッグのみ。忘れ物がないか一応チェックしてから二週間と少しの間、世話になった病室を後にする。

 

 入院している間、テレビや新聞で情報を仕入れてみたが、ロケット団の目立った動きは無かった。

 それが何だか嵐の前の静けさのようでもあり、恐ろしくも感じられる。

 

「……変わらないもんだな」

 

 街は何も変わっていない。警備している警官も、街行く人々も――二週間前のままだ。

 変わったのは俺だけ。俺の右隣だけ、いたははずの存在がいない。

 

「でも、立ち止まってもいられないか」

 

 手持ちの萌えもんはコンとシェルのみ。ジムリーダーに挑むにはかなり心許ない。

 それに、

 

「進化、か」

 

 榊さんの言っていた言葉が引っかかっていた。

 コンもシェルもまだ進化の可能性を秘めているはず。だが、どうすれば進化するのかわからなかった。

 おそらくオオキドの爺さんなら知っているんだろうけど、マサラタウンまで戻ってはいられない。

 

 これからどうするか。

 考えていると、思い出す。

 手がかりなんか何も掴んでいないが、

 

「カラカラと一度話し合うか」

 

 約束があった。

 シオンタウンで出会った萌えもんの母親を救うという、大切な約束が。

 ロケット団のアジトではカラカラのお袋さんは見つけられなかった。

 資料ならあったかもしれないが、イーブイのこともあって探していなかったのが悔やまれた。

 

「ロケット団が絡んでるのだけは間違いないんだけどな」

 

 一路シオンタウンを目指す。

 体は十全じゃない。歩く程度なら問題ないが、溝をまたいだりすると少し痛む。無理矢理押し切る形で退院したから当たり前だ。

 

 だけど立ち止まっていたくなかった。

 病室で寝ていると嫌でも考えてしまうから。

 マサラタウンからの旅路と、自分の選択と――リゥの事を。

 こうして体を動かしている方がまだ良い。そうすれば、余計な事を考えなくてすむのだから。

 

 

    ◆◆

 

 

 シオンタウンに着いたのは昼頃だった。

 以前訪れた時は静かな町という印象だったのだが――

 

「何か妙に人が多いな」

 

 町の人を含めて、ちらほらと警察も見える。

 

 ――ロケット団。

 

 脳裏を掠めた予想をとりあえずは隅に追いやり、目的の萌えもんを探す。

 町を行く人々の断片的な会話から、どうやらこの町にとって大事な人がしばらく姿を見せていないらしい。

 

「藤老人、ね」

 

 町をぐるりと一周したが姿は見られない。町外れだろうか?

 シオンタウンの南には水路が広がっており、長い桟橋を渡っていくとクチバシティの外れ、そして更に南へ下るとセキチクシティへと通じている。

 

「カラカラ。俺だ」

 

 その町外れに、お目当ての萌えもんはいた。

 物陰に隠れて町の様子を見ていたようだ。

 俺を確認すると、物陰から出てきた。随分と久しぶりだが、変わりなさそうだ。

 

「ファアル、遅いじゃないか。どうだった?」

 

 よっぽど気になるのだろう。走って寄って来てくれる。

 だけど、俺にはその期待に答えられるだけの情報が無かった。

 

「……すまん。アジトに潜入してみたりもしたんだが、何も」

 

 報告を聞いて、カラカラはがっくりと肩を落とした。

 その様子を見るに、カラカラも似たような状態なのだろう。

 

「あいつはどうしたんだ? 一緒にいた……」

 

 リゥの事だとすぐにわかった。

 脳内に三週間程前の光景が思い浮かぶ。

 絞り出すようにして答えた。

 

「――いなくなった」

 

「そっか……ごめん。なんかボク、無神経だったみたいだ」

 

 気にするな、と薄く笑う。

 お互い情報が無いのは同じなのだから。

 そうして、ふと

 

「なぁ、何でこんなに人が多くなってるんだ?」

 

 カラカラなら何か知っているのではなかろうかと訊いてみた。

 すると、

 

「うーん。ボクも全部知ってるわけじゃないけど、あそこ」

 

 指をさしたのはシオンタウンにて一番存在感のある場所だった。

 

「萌えもんタワー?」

 

 うん、とカラカラは頷き、

 

「なんかおじいさんが、その萌えもんタワーとかいうのに入ったまま帰ってこないって言ってた。後、黒い服の――あいつらを見かけたっていうのも」

 

「ロケット団か。あいつら一体何を……」

 

「それと、夜になると町をこう、黒い霧が覆うんだ」

 

「黒い霧?」

 

「うん。最初の内はボクも気にしなかったんだけど、襲ってくるから今じゃ日が暮れたら

町の外まで逃げてるんだ」

 

 霧が襲う?

 どういう事だ?

 

「町の人間は霊の仕業なんじゃないかって言ってる。死んだ萌えもんの霊が彷徨って人を

襲ってるんだって」

 

「……なるほど」

 

 町全体から感じる慌ただしさと沈痛さはそれが原因だったのか。

 気になる点はみっつ。消えた藤老人とロケット団、そして黒い霧。

 

 藤老人とロケット団は何か関係性があると考えるのが今のところは妥当だろうが……あくまでも可能性ではあるだろう。

 黒い霧の方も襲ってくる、という点から何か生き物のようにも感じられるが、

 

「なぁ、その黒い霧って攻撃とか出来るか?」

 

 俺の問いにカラカラは首を横に振った。

 

「無理だった。でもそうだな……生き物みたいだったとはボクも思うよ。ボクを見つけたら真っ直ぐに向かってくるんだ」

 

 その動き方が獲物を狙う生き物のようだった、とカラカラは言った。

 萌えもん図鑑を開く。該当しそうな萌えもんは……

 

「駄目だ、わからん」

 

 そういえばこの図鑑、会った事のある萌えもんしか記録しないんだった。アナログにも程がある。

 俺は図鑑を閉じ、

 

「とにかく一度調べてみよう」

 

 人間の俺がいればもう少し何か掴めるはずだ。

 しかしカラカラは顔を伏せ、

 

「……でも」

 

 顔をしかめながら

 

「いいのかい? 君も急いでいるだろうに」

 

 申し訳がない、と沈痛な声色で言った。

 急いでいる、か。

 どうなんだろうと自問してみたが、わからなかった。ただ、

 

「約束しただろ? 時間くらい何とかなるし、大丈夫だって」

 

 ほら、と手を差し出す。

 

「一緒にお袋さん、探そうぜ」

 

「――うん。ありがとう。君は優しいな」

 

 おずおずと握り替えしてくれたカラカラの手は小さくて――いつかの光景を思い出させた。

 

 ……違う。

 

 否定し、カラカラと共に町中へと戻る。こういう場合の情報収集に一番適しているのは井戸端会議のおばちゃんだろう。警察が詳しく教えてくれるわけはなし。断片的な情報を拾い集めていく他あるまい。

 という事で町を歩いていた時だった。

 

「あれは……」

 

 萌えもんセンターの前で警察数人に囲まれているのは見知った白衣。

 

「よう、ジイさん。ついに捕まったのか」

 

「お主は何に期待しておるんじゃ……」

 

 もう長い間会っていなかった気がしてくる。白髪の頭を抱えているのはオオキド博士。俺に萌えもん図鑑をくれ、レッド・グリーン・ブルーを旅立たせた萌えもん学の権威だ。

 

「博士、こちらは……」

 

 周囲の警察が訝しげな目で俺を見ている。

 

「わしの知己で、サイガの息子じゃよ」

 

「サイガさんの……それは」

 

 若い警官が一歩引いた。

 それを合図としてオオキド博士は俺に改めて向かい合った。

 

「無事に――とは言い難いようじゃの。事の顛末は聞いておるよ」 

 

「ああ」

 

 頷いた。

 タマムシシティの件はそれなりに広まっているようだったが、やっぱり博士の耳にも届いていたか。

 

「この馬鹿が……と言いたいところじゃが、わしは追いつめるつもりはない。お主も立派な大人だしの。儂から言うまでもなかろう」

 

 ところで、と博士は俺の影に隠れていた萌えもんを見つめ、

 

「お巡りさん、この人の目が危ないです」

 

「違うわい! その娘――カラカラじゃろう? 可愛いではないか」

 

 最後の言葉さえ無かったら一発で萌えもんを見抜いた博士を評価したのに、台無しだった。

 

「ひっ、ファアル、これ誰……?」

 

 好奇心しか無い瞳で見つめられ、すっかり怯えてしまっている。あれだけ敵意むき出しだったカラカラをここまで萎縮させてしまう辺り、さすがの変態っぷり。

 

「俺の知り合いでオオキド博士っていう――そうだな、ロリコンだ」

 

「お巡りさんこっちです」

 

「さすがカラカラ」

 

 いえーい。

 ふたりで拳を付き合わせた。

 

「お主ら……」

 

 博士は諦めたように嘆息し、、

 

「それで、どうしたのじゃ? カラカラは珍しい萌えもんじゃ。ロケット団もシオンタウンにいるというし、危険じゃぞ」

 

「ああ。ちょっと聞きたい事があるんだ」

 

 目の前にいるのは萌えもん学の権威。カラカラを一瞬で見抜いたくらいだ、黒い霧の正体だってわかるんじゃないだろうか。

 先ほどカラカラから聞いていた情報を博士に伝え、

 

「俺は萌えもんの仕業だと思ってるんだけども」

 

 俺の言葉に博士はしばし唸り、

 

「わしの推測が正しければ、ゴースかもしくはゴーストじゃろな」

 

「ゴース?」

 

「うむ。ゴーストはその進化系じゃな。同じく珍しい萌えもんで、ゴーストタイプ。怨念

や負の感情が渦巻く場所を好み、萌えもんタワーは生息地のひとつじゃよ」

 

 ふうん、と萌えもんタワーを見上げる。

 

「四天王のあやつも使っておるが……まぁ、これはいらん情報じゃの」

 

 とにかく、と博士は続け、

 

「今話し合っていたのもその黒い霧についてじゃった。対策自体はあるんじゃが、そのためには萌えもんタワー最上部まで行かねばならん」

 

「タワー最上部に?」

 

「うむ。何故なら――」

 

「ジイさん!」

 

 と、途中で萌えもんセンターから見知った顔が現れた。

 ツンツンに逆立てた頭に生意気な顔。意志の強い瞳は俺を見て見開かれた。

 

「ファアル! あんた、寝てなくていいのかよ」

 

 グリーンも知っていたらしい。

 俺は両手を挙げて大丈夫だ、とアピールする。

 

「……まぁ、あんたがそう言うんなら大丈夫なんだろうけどよ。それで、こっちは準備できたぜ」

 

 孫の言葉に博士は頷き、望遠鏡のような道具を取り出した。

 

「何それ覗き?」

 

「違うわ!」

 

 博士は長さ30cm程の望遠鏡をグリーンに手渡した。

 

「シルフスコープという、シルフカンパニーが作った最新式の道具じゃ。これを使えばゴース等の正体不明の敵も見破れるじゃろう」

 

「さんきゅー」

 

 グリーンはリュックに仕舞うと、

 

「で、最上階まで行けばいいんだよな?」

 

「うむ」

 

「さっきも言ってたけどよ、ジイさん。最上階には何があるんだ?」

 

 まさか、

 

「藤老人って人が絡んでるのか?」

 

「さすが察しが良い。どうやらタワー最上階で藤老人がロケット団に拘束されておるらしい。目的は不明じゃが、おそらく――」

 

「ゴースかゴースト、だな?」

 

「であろうな。奴らにとって涎が出る程欲しい萌えもんであろうからの」

 

「……」

 

「藤氏は穏やかな方でな。毎日タワーに通っては萌えもんの魂を沈めておったんじゃよ」

 

 もう少しで一本の線に繋がろうとしているのがわかった。だが、何が足りないのかがわからない。

 俺が思考の縁に沈んでいると、

 

「なぁ、そこのツンツン頭」

 

「何だお前」

 

 カラカラが一歩前に出て、

 

「母様を探しているんだ。ボクの母様を見なかったか?」

 

「知るかよ……」

 

 むっ、と顔をしかめるカラカラだが、今までも言われていたのだろう。つかみかかる事はなく、視線を落としただけだった。

 

「グリーン、お前は最上階に行くのか?」

 

 俺の問いに頷いた。

 

「後でレッドとブルーも来るらしいけどな。被害も出てるし、さすがに放っておけないだ

ろ?」

 

 そうか、レッドやブルーも来るのか。久しぶりの幼なじみ勢ぞろいというわけだ。

 俺は……。

 

「グリーン、俺もついていっていいか?」

 

「あん? いや、そりゃいいけど」 

 

 そしてグリーンは俺の右隣に視線を向けた。

 たったそれだけの動作でも胸がざわめく。殊更に態度に出さないように努めながら、

 

「じゃ、頼むわ。万全じゃねぇけど、足は引っ張らないようにする。カラカラも行こう」

 

 見上げた視線を真っ直ぐに返し、

 

「ロケット団がいるんだ。直接締め上げてお袋さんの行方を聞こうぜ」

 

「……君が望んでくれるなら、助かる。ありがとう」

 

 決まりだ。

 そうして俺たちは萌えもんタワーへと突入することになった。

 ただじっと俺を見つめる博士には気が付かずに。

 

 

    ◆◆

 

 

 萌えもんタワーは静寂の世界だった。生を全うした萌えもんや途中で尽きた萌えもんの墓がただただ静かに並んでおり、外とは別の世界に迷い込んだかのようだった。

 塔の内部は、予め博士から聞いていたように、どこからか漂っている霧によって視界が悪い。

 そんな中、

 

「頼むぜ、ウインディ」

 

 グリーンの萌えもんによって視界を確保しながら進んでいく。

 一階、二階は何も無し。特に一階部分は萌えもんタワー入り口ともあって別段何かおかしな部分は見かけられなかった。

 

「そういやさ、ファアル」

 

「ん?」

 

 沈黙に耐えきれなくなったのか、グリーンが周囲を伺いながら言う。

 

「あんた……あのミニリュウどうしたんだよ。いつも隣にいたじゃねぇか。ジムリーダー戦も見てたけど、良いコンビだったし」

 

 グリーンの問いに胸の奥深い場所が痛んだ。

 どうやらリゥの事は全く公開されていないようだ。

 

「離れていったよ」

 

 離れた? 声を残して振り向いたグリーンだったが、俺の顔を見て

 

「いや、その……ごめん」

 

 よっぽど酷い顔だったんだろう。

 年長者なのに情けないもんだ……。

 

「お前が謝る事じゃねぇさ。知らなかったんだから、気にすんなよ」

 

 悪いのは俺なのだから。

 相棒だと信じて何もしなかった俺が一番悪いのだから。

 少し重くなった空気の中、更にタワーを上っていく。三階に入った頃から徐々に黒い霧が混じり始めてきた。

 

「そろそろだな……ん?」

 

 悪い視界の中、何やら人影のようなものが屹立している。

 目を凝らしてみるが、視界があまりにも悪くて判別し辛い。

 

「どうしたんだよ、急に立ち止まって」

 

 不信に思ったのかグリーンが歩みを止める。俺は気になる影に向かって指をさす。

 

「あれなんだが……どう思う?」

 

「んん?」

 

 元から生意気な面を更に生意気に見えるくらい目を細めて見ていたが、

 

「墓じゃねぇの?」

 

 確かに、ここには墓が乱立しているような状態なので一見すれば墓に見えなくもない。だが、

 

「ひとつ質問なんだけどよ」

 

「お、おう」

 

 影は徐々に大きくなってきている。いや、近付いてきているからこそ大きくなっている、というべきか。

 

「墓って動くか?」

 

「動くわけねぇだろ!」

 

 影はどんどん近付いてくる。やがて、判別出来る距離まで来ると、影の主は長い前髪を垂らして頭を下げていた。

 

「「「怖っ!」」」

 

 白装束に、髪の毛の隙間から大きな玉が連なった首輪が見える。幽鬼を連想させる動きでゆらゆらと不安定に揺れていた。

 

「人間、なのか……?」

 

 俺の言葉に反応は無い。

 カラカラは完全に固まり、グリーンは正気をぎりぎり保っている状態だ。ウインディは目の前の幽霊っぽいのが気になるのか少しずつ近付いている。

 すんすんと鼻を鳴らして好奇心旺盛な様子だった。いいな、俺の匂いも嗅ぎに来てくれないかな。

 と、ウインディの鼻が今にも触れそうになった瞬間、

 

「キエェェェェ――――ッ!!」

 

「うえおっ!」

 

 血走った目を見開き、黒い髪を振り乱して叫んだ。咄嗟に殴りそうになったのは仕方ないだろう。

 

「何だこいつ!」

 

 叫んだ口から唾が飛んでいる。この白装束の女性はまだ人間だ。

 あまりにも近くにいたくなかったのですぐに後ろへと飛んで距離を空けた。

 

「くそ、フシギソウ!」

 

 俺も出そうとしたが、

 

「ファアル、あんたはこれ使ってくれ!」

 

 投げられた道具を掴む。

 

「シルフスコープか。

 ……なるほど、そういうこったな」

 

 白装束の周囲には黒い霧が立ちこめている。

 博士はシルフスコープを覗くと正体がわかると言っていた。

 一応は最新式の道具だ。信じて覗いてみればそこには――

 

「見える――俺にも敵が見えるぞ!」

 

「馬鹿言ってねぇで早く場所教えろよ!」

 

 と、グリーンが突っ込んでいると黒い霧がひとつに固まっていく。

 

「おお、何だこの万能アイテム」

 

 覗いたら見える以外にも何か効果でもあるのだろうか。黒い霧は徐々に集まり、やがて一体の萌えもんへと変わった。

 

「――っ、これがゴース!?」

 

「みたいだな、可愛いじゃないか抱きしめたい」

 

「……君はとてつもなく変態だな」

 

 カラカラから呆れた声が出るが聞こえない。しかし俺とグリーンにとっても未知の萌えもんだ。ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながら浮遊している姿は得体の知れなさを引き立てている。

 

「フシギソウ、葉っぱカッター!」

 

 グリーンの指示によって繰り出された刃となった葉がゴースへと直進する。

 

「ケケケ」

 

 嘲笑だったのかもしれない。

 ゴースはその身にわざと食らったかのように避ける動作もせず、余裕を持って浮遊していた。

 

「ちっ、じゃあウインディ。火炎放射!」

 

 即座に萌えもんを変更したのを見て、舌を巻いた。グリーンも順調に成長している。可愛い子には旅をさせよと言うものだけど、実際その通りだった。

 

「むゅ!」

 

 さしものゴースも火炎放射には耐えられなかったのか、短い悲鳴を残して姿を消した。後にはぐったりと倒れた白装束の女性がひとり。

 

「さあグリーン。人助けだ」

 

「嫌だよ、何か動きそうじゃねぇか!」

 

 気持ちは同じようだった。近付きたくないのはお互い様。勢いでじゃんけんするとあっさり敗北してしまった俺は泣きそうになりながら近付き、

 

「おーい、生きてますかー?」

 

 つま先で蹴ってみた。

 

「……死んでます」

 

 生きてた。

 白装束の女性はむくりと起きあがると、ちゃんと生気の宿った瞳で俺を見つめ、

 

「どうやら霊に乗り移られていたようです。ありがとうございます」

 

 頭を下げた。

 事情を聞くと、どうやら彼女はイタコらしい。萌えもんタワーから溢れる霊を沈めるために訪れたところ、逆に取り付かれてしまったとか。

 

「私と同じような方がまだいると思います。気をつけてください」

 

 イタコの女性と別れをつげ、俺たちはタワーを更に上っていく。彼女の言っていた事は正しかったようで、道中何度も白装束と出会う。そろそろギャグなんじゃないかと思えてきた頃、それはあった。

 

「何だ、ここ」

 

 おそらく最上階へと続く階段だろう。今までとは違う様相の階段が見える。その手前付近が、まるで台風にでもあったかのように墓標が根こそぎ倒されており、中には途中で折れているものまであった。

 

 階下からではわからなかったが、地面が陥没しかかっている箇所まである。どう考えたところで、明らかな戦闘後だ。

 

「――カラカラ?」

 

 ふと隣を見ると、カラカラが身を震わせている。掠れた声を必死に絞り出し、

 

「ここなんだ……」

 

 目の前に広がる戦闘後を見て、言った。

 

「ファアル。ボクと母様はここで……人間に襲われたんだ」

 

 

                  

                         <後編に続く>

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【第十七話】タマムシ・シオン――向き合って見えた弱さと強さ 後編

後編部分です。


 

 振り返れば、自分は幸せだったのだと思う。

 いつも優しく、時に厳しく接してくれる母親の存在は、子供ながら愛されているのだとわかっていた。

 

 だからこそ、あの日、自分ひとりで逃げるなんて嫌だった。自分も一緒に戦いたかった。

 だけど、必死に食い止めるあの人の姿は自分を明確に拒絶していて。

 

「こっちに来ちゃ駄目!」

 

 初めての拒絶が怖かった。恐ろしかった。足が竦んで動けない情けない姿を見て、その人は怪我を負いながらもいつも見ていた自分の大好きな笑顔を浮かべて、

 

「貴方を愛しているわ」

 

 その言葉が切っ掛けだった。

 弾かれるようにして、背を向けて走り出した。墓標に蹴躓きながら、階段を転げ落ちながら必死に逃げた。

 

 ただ、あの人だけは絶対に死なないと信じて。死ぬわけがないと信じて。

 自分の大切な人と永遠に会えなくなるなんて……そんな悲しい未来だけは信じたくなくて。

 ボクは一番可能性の高い現実を否定し、がむしゃらに走って逃げ続けた。

 

 

 

    ◆◆

 

 

 

 呆然と呟いたカラカラの言葉に改めて崩れた墓標を見た。

 霧は依然として濃い。ともすれば視界がゼロになりそうな中、ウインディの炎によって照らされた戦闘跡と思われる場所の中に、一本だけ大きな骨が頑丈なはずのタワーの床に突き刺さっていた。

 

「カラカラと同じ骨、か?」

 

 図鑑を開く。カラカラのページには骨を武器として持っている姿が映像として出てきていた。

 

 しかしそれ以外にカラカラの母親を彷彿とさせる要素が何も無いのも事実だ。

 我が子を守るためにロケット団に立ちふさがったのだとすれば、連れ去られた可能性が一番高い。

 が、そんな思考も

 

「――サレ、ココカラサレ」

 

 という言葉によって打ち消される。

 

「おい、ファアル!」

 

「わかってる!」

 

 一段と黒い霧が四方から集い、カラカラへと引き寄せられていく。

 

 ――集まっているのか!

 

 言い様のない危機感に迫られ、呆然と立っているカラカラを力任せに引き寄せると、影は一度四散し、空中を漂い始めた。

 

「まさか、母様!?」

 

 カラカラが悲痛に叫ぶ。

 

「……お袋さんだと?」

 

 シルフスコープを覗き見る。すると、黒い影はひとつに集まり、徐々に姿を変えていく。これまでのゴースではなく、頭の骨を被り、生気の無い瞳に暗い表情をたたえた一体の萌えもんへと。

 

「ファアル、こいつガラガラだ!」

 

 グリーンが図鑑を開いて確認していた。記憶が確かなら、確かカラカラの進化系だったはず。

 

「母様、母様!」

 

 シルフスコープによって姿を現したガラガラはカラカラをただじっと見つめている。その手に骨は……無い。

 しかしカラカラにとっては肉親だと判断出来たのだろう。嫌な予感と共に抑えつけていた俺の手をふりほどいた。

 

「こいつ死んでるぞ! どうするんだよ!」

 

「行かせるわけにはいかないだろ!?」

 

 もう一度カラカラの肩を掴む。古今東西、霊の話なんて沢山あるが、一様について行ったらバッドエンドなのは変わらない。ゴースの力にせよ何にせよ、むざむざ死ぬかもしれない奴の元へと行かせるわけにはいかなかった。

 

「待てよカラカラ! 迂闊に近付くのは――」

 

 しかしそんな俺の考えがカラカラに伝わるはずもない。

 

「うるさい! 邪魔、するな!」

 

 再度、カラカラは激高しふりほどいた。

 

「……君なら違うかもって思ってたけど、やっぱり人間は信用出来ない。

 

 何で止めるんだ! ボクに協力してくれるって言ったじゃないか!」

 

「ああ、言った! だけどよく見ろ! お前の目の前にいるのは幽霊なんだよ! お袋さ

んじゃない!」

 

「母様だよ! ボクが見間違えるわけないじゃないか! 何も知らないくせに!」

 

「――っ!」

 

 カラカラは涙を浮かべ、怒っていた。

 振り払われた手をそのままに、俺は止まってしまう。

 

 自分の信じるものを頑なに信じている姿が。

 信じたいものがそこにあると信じて突き進んでいく姿が。

 そして、誰も理解してくれないと言い切って孤立しているその姿が。

 

 ――重なってしまった。

 

 かつての俺と。

 そして、タマムシシティで見たリゥの姿と。

 

「違う……違うんだよ、カラカラ」

 

 決して間違っているわけではない。そういう生き方だってあるのだと思う。

 だけどその生き方は、どこまでもひとりだ。孤立し、孤独と共に生きていく生き方だった。

 

 かつて経験した者として――そして見てきた人間として、とても悲しい事だと思うのだ。

 間違った生き方ではないと思う。でもそれは孤独に耐えられる者だけに許される生き方だ。

 そして、俺たちはそんなに強くないし、強くあり続けられるわけもない。

 

「何が――何が違うんだよ!」

 

 そうでければ、泣いたりなんかしないはずだ。涙なんて流さないはずだ。暴れたりなんかしないはずだ。

 

 自分でも理解しているから――否定したいからこそ、認めたくないんだ。他の誰よりも知っているから、自分だけは認めるわけにはいかないんだ。それは、敗北するのに他ならないのだから。

 

 だから――

 リウ、俺は……。

 

「……お前が追いかけているのは幻想だ」

 

 現実を認めろ。

 そうして、自分がなすべき事をやれ。

 

「お前のお袋さんは――」

 

 例え辛くても。

 

「死んだんだ」

 

 正面から向かい合い、言葉にしなくては進めないのだから。

 

「っ、あ……あああああああああぁぁぁぁ―――っ!」

 

 影を庇うように立ちふさがっていたカラカラは、現実を振り払うかのように叫びながら一直線へと俺へと跳んだ。

 その手に持っていた骨を大上段に振りかぶり、

 

「ぐっ――!」

 

 容赦なく、俺の頭へと振り下ろした。まるで蝶の鱗粉のように、カラカラの体から黒いモノが飛び散った。まさか、カラカラは――。

 そして、一瞬にして視界がブレる。たぶん、意識も飛んだ。

 

「おい、ファアル!」

 

 グリーンの言葉が意識を引き寄せる。倒れてたまるものかと崩れ落ちようとする膝に力を込めた。

 

「……はっ、もう一度だけ言うぞ、カラカラ」

 

 だけど踏ん張れない。

 力がまるで入らない膝はあっさりと崩れ、俺は懺悔をこうようにカラカラへと頭を差し出すような格好になる。

 

 視界が赤くなる。血だろうか。生温かい液体が顔を伝って落ちていく。

 額が割れたな……。

 どこか他人事のように傍観している俺に気付く。

 

「お前のお袋さんは死んだ」

 

「うるさいっ!」

 

 またもや頭に衝撃が走る。

 モザイクがかかったように視界が判然としなくなる。

 

 

 ――またお節介?

 

 

 ああ、そうだ。

 今はいない大切な相棒に胸中で笑みを浮かべる。

 

「……お前のお袋さんは死んだんだよ」

 

 言葉を続ける度に視界がブレる。

 

「……うるさいっ、うるさい……、うるさい!」

 

 母様はここにいるのに!

 カラカラの慟哭が耳朶を打つ。

 グリーンは止めようとしてくるのだろうか? だとしたら勘弁してもらいたいものだ。

 

 

 ――私を利用しているの?

 

 

 ああ、そうだ。

 そして思ったんだ。同じ場所で同じ夢を見られる。夢の先は違っても一緒に歩んでいける。その頼もしさを。

 

「うるさいっ! なんで……なんで、そんな事言うんだよ! 一緒に探してくれるって言ったじゃないか!」

 

 寄り道ばっかりしていた俺にさぞかしヤキモキしただろなと思う。

 一緒に歩けると思っていたはずが、いつしかひとりがふらふらと違う道を覗きこんでいたりすれば、そりゃ不安にもなる。

 

「ボクは、だから信じて――なのに、君は……ファアルはっ!」

 

 それでも、俺は切り離せなかった。

 自分を。自分の夢を。自分の相棒を。自分の仲間を。

 全てを選ぼうとして、失ってしまった。

 

「うっ、うあ、ち、ちが……、早く、たおれっ……!」

 

 あの時、俺がもっと強ければ救えたのだろうか。

 あの時、俺が迷わなければ今とは違う未来になったのだろうか。

 

「ボクは、君を……君だけは……っ!」

 

 違う、と。

 それだけは違うと言える。

 

 俺は――。

 俺という人間は――

 何度だろうと選ぶ。

 

 例え間違っていても。

 

 例えお節介だったとしても。

 

 例え届かなかったとしても。

 

 例え失ってしまうとわかっていても。

 

 それでも――

 

「カラカラ」

 

 もう姿も見えなくなっていく。

 今すぐにでも落ちようとしている意識を必死につなぎ止めている。カラカラが何を言っているのかもわからない。

 

「お袋さんは死んだんだ……約束したのに、力になれなくて――すまない」

 

 何度だろうと同じ道を選ぶ。

 

「、ボクはっ!」

 

 頭が強烈に揺れる。

 そして、何も来なくなった。

 目を開けてもわからない。というよりも、頭が正常に働いていない。

 

 冷たくなっていく体に、不思議と暖かい風が吹いた気がした。

 それはまるで――幼い頃に抱かれた母さんのような暖かさで。

 俺の意識は眠るように落ちた。

 

 

    ◆◆

 

 

 カラカラの持っていた骨が音を立てて折れ、飛んだ。

 目の前には膝をついてぐったりとしているファアル。散々殴られた果てに頭から流血し、倒れようとしていた。

 

「あの馬鹿っ!」

 

 慌てて駆け寄ったグリーンはファアルを抱き留めた。重たい。そして何より、今自分にも流れてくる血に戦慄した。

 原因を作ったカラカラは折れた骨を見つめて呆然としている。

 

「あっ、ボク……ボクは……」

 

「お前なぁ!」

 

 言葉を荒げ、止まる。

 傍観していたのは自分とて同じだ。

 

 どうしてか、飛び込んではいけないと思ってしまった。理屈では今すぐに止めさせるべきだとわかっていたのに、足が一歩も動かなかった。

 誰の意志かわからないが、このまま飛び込めば自分は大きな間違いをしてしまう――そう感じたのだ。

 

 だが、どうする?

 

 ファアルはどう見ても重傷だった。ロケット団のアジトでも重傷を負ったというし、無茶ばかりする幼なじみだと思う。これで年上なんだから、本当どうしようもない。

 

「くそっ!」

 

 毒づいたグリーンは周囲を見渡す。黒い影もまだ健在だ。

 ウインディに指示を飛ばそうとし、

 

「ボクは……」

 

 カラカラは自分の持っていた骨の折れなかった部分を見つめ、俯いた。

 

「ボクはただ、言いたかったんだ」

 

 そして涙を混ぜて。

 

「母様に――ありがとうって。ごめんなさい、って……ボクは……」

 

 本心からの言葉を言った。

 

 グリーンはこの世に奇跡なんてないと思っている。あるとすれば、それはみんなが頑張った結果、得られた結果だと考えている。我ながら寂しい考えだとは思うが、そうじゃなければこの幼なじみは報われなさすぎる。

 が、今回ばかりは否定してもいい。

 

「……言えるじゃねぇかよ」

 

 小さく呟いた声は耳元から届いた。

 ファアル? と目をのぞき込んでみるが、薄く笑みが浮かんでいる以外、起きた形跡は見られない。

 

 だが、グリーンにはそれがファアルが確かに言ったのだと。そう、思えた。

 カラカラの言葉に合わせるようにして黒い霧が四散していく。

 

「母様?」

 

 カラカラもまた、振り返った。

 影はまるで踊るように空中で漂うと、一度だけファアルを包み込み、霧のようにして消えていった。

 

「何だったんだ、あれ……」

 

 心なしかファアルの顔色が良くなったようにも見える。

 するとタイミングを見計らったかのようにして、

 

「兄貴! グリーン!」

 

 レッドとブルーが現れた。

 シオンタウンで祖父から事情を聞いて駆けつけてくれたのだろう。決して態度には出さず、心の内だけで安堵しておく。

 

「ちょ、ちょっとお兄ちゃんどうしたの!?」

 

 驚きのためか、昔の呼び方に戻ったのはブルーだ。

額が割れてしまっている。すぐに運んだ方がいいとグリーンはふたりに伝えると、

 

「ブルー頼む。お前なら手当も出来るだろ?」

 

「う、うん。少しだけど、ね。レッド」

 

「わかった。俺とグリーンで上に行こう」

 

 幼なじみならではの呼吸で即座に決めると、それぞれが行動を開始した。

 しかし、既にカラカラの姿は消えていた。

 墓標を包み込む霧が薄くなっていく中、小さな影がひとつ、乱立する墓の中へと消えていく姿だけを残しながら。

 

 

    ◆◆

 

 

「そこまでだ」

 

 静かな、しかし重たい言葉で私は救われた。

 今にも私を貫こうとしていた長い角は寸前で止まり、やがて翻された。

 

「……はぁ」

 

 息をついた。

 腕は持ち上がらないくらいに痛い。ろく治療も受けていないから当たり前なのだけれども。

 体を支えようと体重をかけると、悲鳴が出そうなほどの激痛が走った。

 

「ぐっ」

 

 それを飲み込み、健康な状態の何倍もの時間をかけて立ち上がった。

 制止した声の主はもういない。私に打ち勝った萌えもんももういない。

 いるのは私だけ。敗者となった、私だけだった。

 

「――戻ろう」

 

 一歩踏み出すと今にも崩れ落ちそうになった。旅をしていた時とは違って、ここでは誰も手を差し伸べてくれはしない。倒れないためには歯を食いしばって自分の力で立ち続けているしかない。

 

 自動で開く扉を潜ると、すぐにボールが見えてくる。

 敗者専用のホール。私は今日もそこにいた。

 

 自分でボールのスイッチを押し、中へと吸い込まれる。中は快適だ。何もないし、動かなくてすむのだから。

 

「私は、どうして勝てないんだろう」

 

 何度も自問した問いだった。

 そして、答えが出なかった問いでもあった。

 

 何度も勝利してきた。中には強い萌えもんもいた。勝てないと思った勝負にも勝ち、そして負けた。だけど、今より辛かったことは無かった。

 強くなったはずなのに、私は何も強くなってなどいなかったとでもいうのだろうか?

 

 ……そんなはずはない。

 

 だって私は確かに勝利していたのだから。

 格下の相手には勝利出来ても、自分と同じかそれ以上の相手には手も足も出ない。それが、今の私だった。

 

「勝てても……何も嬉しくない」

 

 私の体が壊れる前に、格下の弱い萌えもんと戦う場合がある。その場合は勝てるのに、気分が悪くなる。

 そしてボールの中に戻ってからいつも気がつく。これは私の目指していた強さなんかなじゃない、と。

 

 トドメをさせと言われ、躊躇っていると逆にやられた時もある。だけど、出来るわけがなかった。強さのために何もかもを捨てられなかった。

 そして、それこそが弱さだと言っていた。

 何かを求めるには何かを捨てなければならないと聞かされた。

 

「私は……」

 

 膝を抱えて、顔を埋める。

 今日も疲れた。早く寝て少しは体力を回復して、次に備えないといけない。

 

 なのに、思い出してしまう。こうして何もすることがないと、どれだけ私が拒否しても、壊れたビデオデッキのように再生されてしまう。

 止めたいけど、止められない。

 堰を切った水のように、一度あふれ出すと私の意思では止まらないのだ。

 

 

 ――これから一緒に強くなろうぜ。

 

 

 その言葉が離れない。真っ直ぐに見つめて力強く言ってくれた言葉で、もう一度立とうと思った。

 何度やっても勝てなくて、最後には失望されて、辛くて逃げ出してしまった。私なんか待っているわけがないし、追っても来ないとわかっていたのに、構って欲しくて逃げ出した。

 

 

 ――よろしくな、リゥ。

 

 

 初めて名前を貰った。不思議と心地よくて、ずっと心の中で呼び続けた。あの人は気がついていなかったようだけど――凄く嬉しかった。まるで自分が認められたようで、誇らしかった。

 

 だけど、一緒に旅をしている内に「何だこいつは」って思うようになった。いい加減だし、時々真面目になるかと思えばふざけてるし。でも戦っているといつも真剣だし……本当に戸惑った。いつか当たり前のように吹っ飛ばしていたけど、あれだってちゃんと手加減していた。

 

 初めてのジムリーダーは強かった。シェルが思っていた以上に強くて、それ以上に後ろから来る指示が次第に頼もしく感じるようになった。勝利をもぎ取った後に貰ったバッジは私の誇りだった。

 

 

 ――俺には受け取れない。

 

 

 弱い萌えもんとの出会い。戦う事が怖かったコンと月の下で話した。初めて、自分以外の強さと向き合え、知れた気がした。私には無い部分で戦っているんだってようやく認められた。

 

 ジムリーダーとの戦いは怖かった。弱点を攻められるという恐怖と、壁にも見える暴力的な力があった。だけど、逃げてたまるかと歯を食いしばった。ともすれば逃げてしまいそうな背中を押してくれたのは、いつも後ろから来る言葉だった。

 

 

 ――こいつは俺の相棒だ!

 

 

 生まれて初めて船に乗った。海の上にいるっていうのが信じられなかったけど、甲板から見た光景はまた見てみたいと思った。

 そして、シェルの強さを改めて知った。強い、と心から感じた。戦いの強さではなく、心の強さが。

 

 シオンタウンで救いを求める萌えもんと出会った。見捨てたりしないんだろうなと思ったら案の定だった。私の想いもお構いなしに面倒事に首を突っ込んでいく。勝手にしてくれと思っていたら、コンに怒られた。あの弱かった娘が、今じゃ私を迎えに行くと言っていた。それをわかった時、愕然とした。

 

 私がコンやシェルよりも――遙かに弱くなっていた事に。

 

 これじゃ駄目だと思った。だから、バッジを返した。誇りだったバッジを無くせば、もう一度頑張れると思ったから。

 だけど、受け取ってはくれなかった。私につけていろと背中から声が聞こえた気がした。だけど私は隣を歩くのが辛くなっていた。何よりも、弱い自分が大嫌いだった。

 

「ううん、違う……」

 

 本当はわかっていた。

 焦っていた中で、ずっと私の事を考えて行動してくれていたのがわかっていて、気がつかないフリをしていた。私が一番私を考えているんだって信じたかった。何とかしようと必死に考えてくれていたのも……イーブイを見捨てられなかったのも、わかっていた。だって、そういう人だから。変でおかしくて、ロケット団相手には容赦しないけど、でも、助けを求めた声を聞き逃したりしない人だから。

 

 無理をさせたのは誰でもない、私だ。

 

「私は……」

 

 痛い。

 怪我よりもずっと痛い。

 耐えきれず、膝を抱える力を強め、顔を埋める。

 

 ひとりになってみてやっとわかった。

 私がこんなに想われていた事に。

 大切にされていた事に。

 

 "強くなる"ではなく、"強くなろう"と。

 

 その言葉に救われた。折れそうだった心を支えてくれた。俯いていた顔を上へと向けてくれた。

 

 ずっとひとりだった。ひとりで戦って、強くなろうと考えていた。だから、アジトで選んだ選択も間違っていないと思っていた。

 

「――寂しい」

 

 離れてから気付いた。

 

 背中を預けるという事を。

 

 一緒に強くなるという事を。

 

 強さが実感出来なかった。

 ひとりでは強くなれなかった。

 そんな私は――

 

 

 いつの間にかひとりで歩き続けるのが怖くなっていた。

 

 

 ――リゥ

 

 

 一緒に戦いたかった。

 

 一緒に強くなりたかった。

 

 一緒に歩いていきたかった。

 

 その願いを全部壊したのは私だ。

 

「……っく」

 

 ひとりでいると悲しくなる。

 ひとりでいると考えなくてもいい事まで考えてしまう。

 だけど、ひとりでいると何も隠さなくていい。

 

「ふっ、あ、……うぅ」

 

 涙が溢れてくる。

 私はどうしようもなく弱くなった。強くなんてなかった。

 焦って選んだ道は私にとって間違っていたんだ。

 

 もう私の言葉は届かない。自分で離れたのに、それでも望むなんて、私はどこまで傲慢なのか。

 

 ――だけど。

 

 ボールの中はひとりだ。誰に聞かれる事もない。

 きっと今の私の顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになって、みっともないだろう。

 自分の我が儘で辛い目に合っている奴なんて誰が救うのか。願いなんて誰が聞き届けるのか。

 

 だから、嗚咽で掠れた声で――願った。

 届くはずのない想いを。

 差し伸べられるはずのない手を。

 

「ごめん、なさい……。助けて……ファアル」

 

 初めて合ってから一度しか呼んだ事のない名前を。

 私にとって一番大切な人の名前を。

 何度も何度も呼んだ。

 

 

    ◆◆

 

 

 風が吹いていた。

 地上十数メートルともなるとさすがに強い。

 こんな場所に来るとすれば風変わりな人間かビルの管理人くらいだろう。

 落下防止用のフェンスを通して広大な街並を見る。

 

「……小さいな」

 

 強風に流されて言葉は消えていく。

 誰に聞き取られるわけでもない。この屋上には最初から彼女――イーブイしかいないのだから。

 

 薄汚れていた毛並みは本来の色を取り戻し、心なしか輝いているようにも見える。白い毛並みを両断するかのように額に走る傷だけが唯一、イーブイが本来持っている荒々しさを醸し出していた。

 

「あ、ここにいたんだ」

 

 重たい屋上の扉がゆっくりと開き、少女が姿を現した。

 好奇心旺盛な瞳をイーブイに合わせ、小さな歩幅でフェンスへと立ち寄る。

 

「うわあ、たかーい!」

 

 はしゃぐ少女を見て、落ちてしまうのではないかと内心ひやひやしてしまう。

 

「フェンスに手をつけなかったらだいじょうぶってママが言ってた!」

 

「あ、そ」

 

 どうやら親にもう躾けられているらしい。

 当然といえば当然か。路地裏で倒れていたイーブイを救い、そのまま家で保護してくれたのは今目の前にいる少女だった。

 親に反対されながらも一途に自分の想いを精一杯貫き通していた。

 

「――わっちは何がしたいんだろうな」

 

 今の自分には何もする事がない。

 一緒に育った仲間達は消え、ひとりになった。

 歩む先を無くしてしまった。

 道しるべの無い道中をどう歩いて行けばいいのか。

 イーブイには何一つわからなかった。

 

「んー、イーちゃんのしたいことをすればいいと思うな」

 

 少女は言う。

 

「わたし、やりたいことをやったよ? だからイーちゃんがここにいるんだもん」

 

 表情に何一つの曇りも無く。親を圧倒する程の剣幕で押し切ったあの強さも感じられなかった。

 

「わっちのしたい事、か」

 

 呟き、目を閉じる。

 脳裏に浮かんだのは、あのふたりだった。

 そして、離れていく姿だった。

 

 ――そうだな、あいつには借りがある。

 

 自らの呟きに笑みを返し、目を開ける。

 

「見えた気がする」

 

「そっかぁ」

 

 踵を返し、屋上を後にする。

 その背に声がかかる。

 

「行くの?」

 

「ああ。その――世話になった」

 

 ごにょごにょと消えるような声はしかししっかり少女に届いていたらしい。

 花の咲くような笑みを浮かべて、

 

「いってらっしゃい!」

 

 手を振った。

 振り返りもせず、屋上を後にする。

 自分の道を見定めたのなら、後はひたすらに真っ直ぐ歩くだけなのだから。

 

 

 

    ◆◆

 

 

 

 目を覚ますと、いつか見た光景と同じだった。

 どうやら俺はまた倒れたらしい。

 

「いっ、つつ……」

 

 起きると無茶をするなと言われたばかりの体が悲鳴を上げた。

 

「どうなったんだ?」

 

 額に手をやると、慣れない感触があった。ベッド横に設置されていた鏡でようやく、自分の頭に包帯が巻かれているのだとわかった。

 

「……まぁ、あんだけ殴られりゃな」

 

 仕方ないか、と思う。

 窓の外を見ると、太陽が低い位置に見えた。橙に染まってないことから、まだ朝なのだろう。

 

「腹減ったな……」

 

 現金なもので、意識がはっきりすると急に空腹が襲ってきた。

 呼び出しボタンでも使うか。

 そう思い、手を伸ばした時だった。

 

「あ、目が覚めたんだ?」

 

 閉められていたカーテンから顔を覗かせたのはブルーだった。

 ブルーは持っていた紙袋をテレビの下にある棚へと突っ込むと、

 

「これ、着替え。洗っておいたよ」

 

 えへへ、と笑った。

 言われて自分を改めて見ると、当たり前だけど寝間着に着替えさせられていた。

 

「そっか、ありがとな。ところでブルー」

 

「何?」

 

「萌えもんタワーはどうなったんだ?」

 

 俺はカラカラに殴られ続けた事で意識を失った。そこまでは覚えてる。だけど、その先がわからない。

 行方不明になった藤老人やロケット団も気がかりだった。

 ブルーは呆れたように「起きたと思ったらそれ?」と言い、

 

「俺たちが倒した。藤老人も無事だったぜ」

 

 後に続いたグリーンが言葉を継いだ。

 

「やっぱりロケット団が絡んでやがったらしい。目的はわからず仕舞いだったけどよ」

 

 ああそうだ、とグリーンは手を叩き、

 

「藤老人があんたに感謝してたぜ。礼を言って欲しいってさ」

 

「俺が?」

 

 俺は何もしてないと思うんだが……。

 しかしグリーンもそれ以上は何も聞いていないようで、首を横に振っただけだった。

 

「そういや、カラカラは?」

 

「わかんねぇ。俺らもそれ所じゃなかったし……気が付いたらいなかった」

 

「……そうか」

 

 無事だといい。

 望まない現実を突きつけた俺には、祈る事しか出来ないけれど。

 

「そうだ、兄貴。テレビは見た?」

 

 幼なじみは三人揃っていたらしい。最後に現れたレッドがそう言い、俺は否定した。

 

「さっき起きたばっかりでまだ。どうしたんだ?」

 

 俺の問いにレッドはテレビカードを挿入してテレビをつける事で答えてくれた。

 

「――現在、シルフカンパニー本社は立ち入り禁止となっており、警察による厳重な封鎖がされています。あ、今ジムリーダーの棗(なつめ)氏が到着しました!」

 

 と、テレビでは女性リポーターが報道をしていた。

 

「シルフカンパニーで何かあったのか?」

 

「うん。ロケット団がテロを起こしたらしいよ。シルフカンパニーは占拠。ロケット団は

社長以下従業員を人質にとって立てこもってる」

 

 俺はもう一度テレビを見る。

 ヤマブキシティジムリーダーの他に、オオキド博士や熊沢警部の姿も伺える。

 

「要求は何かあったのか?」

 

「わからない。何も聞いてないんだ」

 

「……そうか」

 

 あの榊さんが何も考えなしにこんな行動を起こしたとは思えない。

 シルフカンパニーといえば萌えもん関係の道具を作っている一大企業だ。萌えもんボールもシルフカンパニーが制作しているし、傷薬などの治療薬もそうだ。

 このまま占拠され続けるだけで、その影響は計り知れない。

 

「だからさ、俺たち行くよ、兄貴」

 

「あん?」

 

 レッドの言葉にテレビから目を離す。

 幼なじみ三人はそれぞれ幼い顔に決意の表情を浮かべていた。

 

「まさかお前ら……わかってるのか?」

 

 一歩間違えれば死ぬかもしれない。

 それにいくら旅をしているとはいっても、レッドたちはまだ子供だ。こんな事件に首を突っ込ませていいわけがない。

 だが、三人は一様に否定した。

 

「もちろん、わかってる。わかってるから、行くんだ」

 

 レッドはグリーン、ブルーの顔をそれぞれ見た後、

 

「俺たちが選んだ道だから。動けない兄貴に変わって、俺たちが戦いたいんだ」

 

「ファアル、お前ぼろぼろじゃねぇか。ちゃんと知ってるんだぜ、俺もレッドも、ブルーも」

 

「リゥちゃん、離れちゃったんだよね。だからって無理しちゃ駄目だよ。後は私たちに任せてくれれば、ばっちりおっけーなんだから」

 

 三人の言葉が身に染みた。

 そしてそれ以上に、責め苦となって俺に襲いかかってきた。

 

 戦力外を通告されたという事実と、リゥのいないという現実に。

 コンやシェルがいてくれても……俺の強さは、向かいたい強さには届かないと気付いてしまっていたから。

 

「――わかった。そこまで言われて俺が口出すのも野暮だな。気をつけろよ」

 

 俺の言葉に三人は頷いて、病室を出ていった。

 一息つく。

 テレビからはシルフカンパニー関連の報道が延々と流れ続けている。試しにチャンネルを変更してみるも、どこも同じような内容だった。

 

 窓の外を見る。

 事件など何も起こっていないように、街を人が歩いている。

 

 その中を、俺たちは歩いていた。

 隣に感じていた存在がいないだけで、俺は自分に迷いを見いだしてしまっている。

 それが酷く惨めだった。

 

「これじゃ、愛想つかされるのも当たり前だよな」

 

 はは、と乾いた笑いを漏らす。

 今の俺に出来る事といえば、病室で事件解決を祈るくらいだ。

 

 諦めると体が軽くなった気がした。

 それが気のせいなんだと理解しながら、身を任せる。

 逃げだと知っていながら、受け入れる。

 

 いつかも感じた虚脱感。

 しかしいつも、それを打ち破ってくれるのは、

 

「ほう、起きていたようじゃの」

 

 オオキド博士だった。

 さっきテレビで見た姿と寸分変わらない様子で、若干の披露を滲ませながら博士はベッドのすぐ横で立ち止まった。

 

「映ってたぜ?」

 

「目を覚ましたと聞いて、慌てて駆けつけてやったんじゃ、感謝せい」

 

 忙しいくせに、という言葉は途中で切られる。

 

「――潜入した部隊の報告をお主に伝えようと思っての」

 

「病院のベッドで寝てる俺にどんな情報を伝えるってんだよ」

 

 動けない俺には必要のない情報のはずだった。

 

「リゥらしき萌えもんを見つけたとの報告があった」

 

「――なんだと?」

 

 リゥが?

 

「報告によると、かなり衰弱していたらしい。じゃが、命令のまま、潜入した部隊を蹴散らしたそうじゃが……手負いの獣のようでもあったらしい」

 

 博士は眼孔を鋭く、俺を射抜いた。

 

「お主は何をしておる?」

 

「……」

 

 その言葉に返す言葉は……持っていなかった。

 目を合わすのも辛くて、俯く。

 

 俺は――、

 

 そうしてしばらく経過した後、

 

「……現在、ジムリーダーも動けん状態じゃ。各地でロケット団の一斉蜂起によってヤマブキシティに集えん。現状動けるのは、近くにおるトレーナーとヤマブキシティジムリーダー、そして……ここタマムシシティだけじゃ。その点は助かったぞ、ファアル」

 

 ではな、と博士は背を向け、出て行った。

 俺のした行動は完全に無駄ではなかった。

 そう思う反面、認めたくない俺もいた。あのアジトにさえ乗り込まなければ、リゥを失う事もなかったのではないか、と。博士の報告にあったような目に合わさないで済んだのではないだろうか、と。

 

 今考えても仕方のない事だ。

 いずれにせよ、

 

「寝てるしかねぇさ……」

 

 ベッドに身を預ける。

 思い出したように頭が一瞬だけ痛んだ。

 

 イワークに殴られ、カラカラにも殴られた。体はどう考えても万全じゃない。今更俺が行ったところで戦力になるはずがない。

 

 得も言われぬ嫌悪感から逃げるようにして視線を逸らすと、ボールの入ったホルスターが見えた。

 

 そういえば、コンやシェルはどうしているんだろう。

 気になってボールへと手を伸ばすと、あっさりと展開された。

 

「あれれ、出番ですか?」

 

「ふあー」

 

 きょろきょろと見渡すコンに欠伸をしているシェル。俺はふたりに違うと答え、

 

「入院してても暇でさ」

 

「あ、なるほど」

 

 そうして、つけっ放しになっていたテレビからは延々とロケット団のニュースが流れている。

 煩わしくなってリモコンへと手を伸ばしたその時だった。

 

「これ――リゥさんもいるんでしょうか?」

 

 コンの言葉に止まった。

 

「……ああ、博士によるとそうらしい」

 

 今も戦っているのだろうか?

 俺が答えられなかった強さを求めて。たったひとりで。

 

「ご主人様……」

 

 コンがはっとしたように俺を見て表情を変えた。しかしそれも一瞬で、やがてシェルに視線を向けた。

 

 情けない顔をしてしまった。

 こんなトレーナーじゃ不安になってしまう。

 リゥがいなくなってからというもの、情けない事だらけだ、本当に。

 

「あ、あの、ご主人様!」

 

「まーすたー!」

 

 さっきまで小声で話していたシェルとコンが一緒に詰め寄ってくる。

 

「お、おう。どうしたんだ?」

 

 それはいつもと違う様相で、気圧されながら答えると、

 

「今って出かけても大丈夫ですよね?」

 

「あ、ああ。まぁ、少しくらいなら」

 

 これだけピリピリしている空気の中、出歩けるような猛者はいないと思いたい。

 そんな俺の願いに便乗するかのようにコンは更に身を乗り出し、

 

「あの……お小遣い、ください!」

 

 突拍子もないお願いに、俺はしばらく面食らったのだった。

 

 

    ◆◆

 

 

 二日が経過した。

 

 流血の割には早いもので、すぐに退院となった。先生によれば、カラカラの手元が狂っていた上に、持っていた骨も損傷が激しかったために助かったという事だった。何度も頭を殴られたが、それぞれの傷はバラバラで深い傷がほとんど無かったらしい。

 

 そうして追い出されるようにして再び病院を後にした俺は、入り口前で視線をさまよわせていた。

 

 コンとシェルはあれから見ていない。浚われたんじゃないかと不安で仕方ないが、どうやら一度戻ってきたらしく、病院の入り口で案内した後に萌えもんセンターまで連れて行ってくれたらしい。感謝だ。

 

「さて、まずは迎えに行かないとな」

 

 出る時に見たニュースでは、依然として膠着状態のようだった。早く解決しなければと騒いでいたが、投入されたロケット団員の数も今までの比ではないらしく、なかなか進めないようだった。念のためヤマブキシティに通じる道は完全封鎖されているらしく、猫の子一匹すら通れないらしい。

 

 正直な話、何の動きすら見せない榊さんの目的がいったい何なのか気になるが、今の俺には立ち向かうだけの強さも無かった。

 

「進化、か。何なんだろうな」

 

 レッドやグリーン、ブルー。そして道中戦ったトレーナーやジムリーダー達。みんな進化している萌えもんだった。

 

 憧れがないわけじゃない。ただ、それが必要になるとは思わなかった。勝つために戦っていた。そのために必死で、進化を考えている暇も無かった。

 

 そもそも、戦っていればその内進化する。

 そう考えてもいた。

 

 ――もどかしい。

 

 酷く、もどかしかった。

 

「情けねぇもんだな、俺」

 

 泥沼へとハマっていく思考を打ち切るように毒づき、萌えもんセンターへと入るとシェルとコンがすぐに飛びついてきた。

 

「おっと、元気だったか?」

 

「はいっ」

 

「ばっちりー」

 

 シェルはブイサインを出し、コンは尻尾をパタパタと振っている。

 

「気分転換になったか?」

 

 俺の問いにコンは視線を外し、しばらく迷っていたようだったが、やがてシェルへと視線を向けるとふたり同時に頷いた。

 

「そっか。そいつは良かった」

 

 いつまでもいても仕方ない。

 一緒に歩きたいという要望に答えて、右隣にシェル、そして後ろにコンが立った。

 

「隣はいいのか?」

 

 俺の問いに、コンはゆっくりと首を横に振った。

 

「……そこは、立つべき人がいますから」

 

 誰を指しているのかはわかった。

 

「私、約束したんです」

 

「約束?」

 

「はい。大事な約束です」

 

 コンの瞳はどこまでも真っ直ぐに前を向いていた。

 かつてニビシティで出会ったような臆病は無く、ハナダシティで見せた怯えた様子も無く。

 

「今度は私がリゥさんを迎えに行くって。私に立ち向かう勇気をくれたのはリゥさんだから。戦う強さをくれたのがご主人様だから」

 

 だから、と。

 

「約束、守らないといけません。例え――」

 

 

 ――誰が相手でも。立ち向かう事が強さだから。 

 

 

 当たり前のように言った。

 そして、

 

「わたしも! リゥは強いけど弱いから。がんばって強くなろうってしてるから。いっしょに戦ってきたからわかるもん!」

 

 シェルもまた、幼い瞳に闘志を燃やして。

 誰よりも負けず嫌いな娘は、

 

「わたし、ますたーが好き。ますたーといると楽しいし、ずっと一緒にいたい。でも、今のますたー苦しそう。リゥがいなくなってからずっと。だからね――」

 

 

 ――こんどはわたしがますたーを助ける。

 

 

 すとん、と。

 ふたりの言葉が心の底に落ちた。

 

「あ、……」

 

 そうか、こんな簡単な事だったのだ。

 

「は、はは……そうか、ははは」

 

 空を見る。

 そうしなければ我慢出来そうになかったから。

 今にも堰を切って溢れそうな涙を止められそうになかったから。

 

「――俺の気持ちなんて最初からひとつなんじゃないか」

 

 自分で限界を見つけて自分で駄目だと諦めて――何のことはない、昔と同じだった。俺は何一つ変わっていなかった。

 俺が本当に欲しいもの。俺が今一番願っている事なんてたったひとつしかなかったのだ。

 そのために、

 

「シェル、コン」

 

 俺は戦わなければいけない。

 今度こそは背を向けず、真っ正面に挑んで。

 絶対に、勝たなければいけない。

 

「力を貸してくれるか?」

 

 答えてくれた声は言葉にするまでも無かった。

 

 

    ◆◆

 

 

 シルフカンパニー前は騒然としていた。周囲の建物と地上周辺には機動隊が配備され、常に厳戒態勢を取っている。報道関係も立ち入りが禁止されているが、範囲ぎりぎりまで押し寄せてきているので対応が難航しているようだった。

 

「ふぅ、彼らにも困ったものですね」

 

 そんな様子を見て、愛梨花はひとりため息をついた。

 

「そう言うな。仕事の内だ。我々と同じようにな」

 

 答えたのは腰まである長い黒髪のまだ少女と呼べる年齢の女だった。

 

「……せめて自分の身は守って欲しいものですね、棗(なつめ)さん」

 

 少女――棗は小さく頷いた。

 

 ヤマブキシティジムリーダー。その肩書きを持つエスパー少女はシルフカンパニー本社を見上げた。下から見上げると首が痛くなる程高いビルは、今はロケット団に占領されてしまっている。

 

 二日かけて解放出来たのは三分の一程度。高い構造と迷路のような社内、そして想像以上に強い萌えもんによって攻略は遅々として進んでいない。

 

 情けない、と己の無力さを歯噛みする。こうして手をこまねいている内に、カントー中

の市街地がロケット団によって荒らされているというのに。

 

「――集まったトレーナーは彼らだけか?」

 

「ええ」

 

 棗が視線を向けたのはまだ十代も前半の少年少女たち。名をレッド、グリーン、ブルーと言った。彼ら以外のトレーナーは逃げたか、各地で戦っているかのどちらか。

 いや、ロケット団に賛同しているトレーナーもいるらしい。

 未だ要求のひとつも向けてこないロケット団の狙いが掴めぬまま、萌えもんの回復が終わろうとしていた。

 

「愛梨花、何日までもつ?」

 

 このまま連戦ではその内、萌えもんが疲弊してしまう。籠城戦は圧倒的に攻める側が不利なのは既に自明の理であろう。

 

「それほどは……。もしかしたら、狙いはそこなのかもしれませんね」

 

 かもしれない、と棗も感じてはいた。

 だとすれば、早急に決着をつけなければいけないだろう。

 そういえば、と思い出す。

 

「奴はいないのか? 何でも破竹の勢いでジムリーダーを倒している面白いトレーナーがいるらしいじゃないか」

 

 誰の事を言っているのかすぐにわかった。

 しかし、愛梨花は言葉を濁す。彼の状態を知っているだけに答えるのに迷ってしまった。

 

 二度、病室に行った。

 一度目はアジトで倒れた後。もう一度は、シオンタウンで倒れた後。

 

 彼は――ファアルはボロボロだった。肉体的にも精神的にも。

 その原因の一端は、間違いなく自分にあるのだともわかっていた。

 

「いいえ、彼は入院中ですので」

 

 弱く首を横に振る。

 それだけでわかったのだろう。棗は「そうか」とだけ言ってタワーを見上げた。

 時間を確認すれば、そろそろ戦闘開始の合図が鳴る頃合いだ。

 

 今日で決着をつけなければいけない。

 物言わぬタワーを見上げ、ひとり決意していた。

 

 

    ◆◆

 

 

 タマムシシティ郊外には小高い丘がある。

 休日には家族連れでそこそこ賑わうここも、平日の今となっては誰もいなかった。

 丘の縁に立って、ヤマブキシティに視線を送ると一際大きいビルが見える。

 

 シルフカンパニー本社。

 萌えもん関連の道具を一手に担い、今はロケット団に占拠されてしまった企業。

 

「ここに何かあるんですか?」

 

「ん? ああ。実はな、ちょっと抜け道があるんだよ」

 

 ヤマブキシティに入ろうと思うと、東西南北それぞれにゲートがある。普段は別段問題なく通してもらえるのだが、今は完全封鎖されてしまっているため通行は不可能だろう。

 

 だが、この丘からは裏道があった。昔遊んでいた時に偶然見つけたもので、開発時期に作られた古いものですっかり忘れ去れて草木が生い茂っていたが、まだ使えるはずだ。

 

「……よし、行こうぜ」

 

 これは俺の我が儘だ。何としても取り戻したいっていう、ダサい男の未練だ。

 何の特にもならない想いに命を懸けようとしている。万全じゃない体で、戦おうとしている。

 そんな愚かな俺に、しかし当たり前のように力を貸してくれる存在がある。

 そして、

 

「――ちょっと待ってよ」

 

 丘の茂みから影が飛び出してきた。

 

 

    ◆◆

 

 

「ファアルの弱点ですか?」

 

 着々と準備が進められている中、熊澤は急に出た話に頭をひねらせた。

 話題を出した本人はうむ、と頷いただけだ。

 熊澤は今まで見たファアルの戦いを思い起こす。いずれも中継を通して見ただけだったが、

 

「……これといっては特に思い当たりませんな。素人の私が言うのも何ですが、ありゃ面

白いですよ。こう、火をつけられますな」

 

 ジムリーダーとの勝負は手に汗握るものだった。

 

 素人目に見ても爽快だった。レッドやグリーン達のようなトレーナーには無い絡め手が見ていて予想が出来ず、ひとりの観客として楽しめているのは確かだ。タイプも変えず、弱点であったとしても勝ちの一手をたぐり寄せる――その戦い方に、惹かれてしまうのも仕方のない事なのかもしれない。ジムリーダーを相手に強いタイプを揃える戦法とは全く違うのだから。

 

 事実、熊澤の周辺にもまた見たいという人間は多い。

 しかし、話題を出した張本人であるオオキドは、

 

「それじゃよ、熊澤警部」

 

 我が意を射たりという様子で指を立てた。

 

「はあ」

 

 それが何の関係があるのだろうか。

 ただの世間話としてならば確かに面白そうではあるが、あいにく今はそんな時期ではない。

 

「――進化とは強くなる事じゃ」

 

 しかしオオキドは構うことなく話す。

 

「我々が苦戦しているのはそのためでもあろう?」

 

 事実だった。

 ロケット団の大半が進化した萌えもんを所持、またその強さは同じ種類であっても特化しすぎていた。勝ち抜いた末に選び抜かれた戦士――対峙したトレーナーは皆、口を揃えて相手をそう評価していた。

 

「一般的に言えば、萌えもんは進化し生存競争の中で生き残ってきた。自然という過酷な環境にあっては当たり前じゃ。儂らのような人間も例外なくの」

 

 だからこそ、

 

「進化前の萌えもんは進化した萌えもんには勝てない。それはな、大人と子供と同じ違いじゃ。腕力、瞬発力――どれを取っても敵わん」

 

「でしょうな」

 

 当たり前の話だ。だからこそ、トレーナーたちはこぞって萌えもんを進化させようとする。それこそが、強くなるための最短距離だからだ。

 

「しかし、ファアルは勝ってしまった」

 

 言われ、気付く。

 

「剛司、香澄、マチス――そのどれにも勝ったんじゃよ。秘策、奇策と儂らの予想だにしない戦闘方法で」

 

 誰が地面タイプを麻痺させようなどと考えるか。

 

 誰が水タイプに炎タイプで打ち勝つか。

 

 誰が雷タイプに水タイプで勝利するのか。

 

 しかも、進化をしていない、本来ならば絶対に勝てないであろう弱点のタイプを持つ萌えもんで、だ。

 

「博士、それは――」

 

 熊澤の言葉にもう一度、オオキドは顎に生えた髭を撫でながら、

 

「それこそがファアルの弱点じゃよ。ジャイアント・キリング――打てる手を全て使い、弱い者が強い者を倒す。故に進化の必要が無かった。元より、する必要が無かったのじゃ」

 

 何故ならば、

 

「本来ならば覆せないはずのハンデを覆し、勝利していたのだからの」

 

 榊は何を言おうとしていたのか。

 おそらくファアルがこの場にいれば思い至ったのかもしれない。

 しかし、ファアルはいず、事情の知らぬふたりの男がいるだけだった。

 

「あやつの弱点はあやつひとりでは解決出来ん。どう足掻いても、あやつのスタイルを今更変更は不可能じゃ。積み重ねた年月が、それを阻みよる」

 

 歳を取るというのはそういう事じゃ、とオオキドは笑った。

 

「じゃあ、あいつは――」

 

 熊澤の言葉に、

 

「――自然界はともかく、人と萌えもんの関係においての進化は、儂は信頼だと思っておる」

 

 オオキドはレッド、グリーン、ブルーへと視線を順番に向け、

 

「この人のために力になりたい。強くなりたい。一緒にいたい――理由は何でもいい。ただ、トレーナーとの信頼こそが進化に繋がる。それは例え相手がロケット団員でも変わらんだ。萌えもんから見れば、トレーナーなのじゃから。」

 

 たったひとつのシンプルな答え。それこそが、長い年月をかけてオオキドがたどり着いた結論でもあった。

 

「それは――まるで人ですな」

 

 意思のある生き物。人でも動物でもない生物、萌えもん。

 トレーナーと萌えもん。それぞれがお互いを労り、信頼し、助け合う。

 その結果が進化なのだとしたら――。

 

「そうじゃよ。萌えもんだけではあるまい。心があれば繋がれる。誰かを愛し、愛される事が出来る。その絆こそが――強さとなるんじゃないかの」

 

 オオキドの言葉を最後に周囲の動きが変わってくる。ちょうど時間のようだ。

 熊澤は興味深い話を後に、仕事へと戻る。

 願わくば、今日が最後の一日になる事を願って。

 

 

    ◆◆

 

 

「――ちょっと待ってよ」

 

 言葉と共に茂みから姿を見せたのは、

 

「カラカラ、か?」

 

「うん。久しぶりだね」

 

 萌えもんタワーで涙を流していたカラカラだった。グリーンからは姿を見えなくなったと聞いていたが、無事だったらしい。

 

「そうか。姿が見えないって聞いてたし、どうしたのかと思った」

 

 俺の言葉にカラカラは照れたように笑みを浮かべ、そして頭の包帯を見て、

 

「あれからずっとひとりで考えてたんだ。ボクと母様の事。そして、ファアルの事も。

 ……ごめん。謝って済む問題じゃないと思うけど、取り憑かれていたとはいえ、ボクは

君に酷い事をした」

 

 被っている骨が落ちるんじゃないかってくらい深く頭を下げた。

 

「いいって。顔を上げてくれよ。俺は何もしてねぇって」

 

 しかしカラカラは再び頭を上げ、俺の言葉を否定した。

 

「違う。君の言葉は確かに辛かったし、痛かった。許せなかったよ」

 

 でも、

 

「君の言葉がボクを救ってくれたんだ」

 

 真っ直ぐにカラカラの瞳は俺を見ていた。

 そして、背中に背負っていた自分の身長ほどもある骨を掲げ、

 

「これ、母様の骨。あそこで見つけたんだ」

 

 言われ、思い出す。

 そういえば戦闘後の辺りに骨が刺さっていたな、と。

 

「ファアル。戦いに行くんだろう?」

 

「ああ」

 

 カラカラは一度目を閉じる。

 そして、

 

「ボクも連れて行ってくれ。今度は君を助けたい。君を助ける力になりたい。そして出来るなら――」

 

 君と一緒に旅をさせて欲しい。

 そう言った。

 

「いいのか? 敵の本拠地に乗り込むし、危険だ。何より、お前の人生を俺のために使う事にもなるんだぞ」

 

「構わない。胸を張ってくれ、ファアル。君はボクにそれだけの事をしてくれたんだ。ここで君の力になれなかったら、ボクは母様に合わせる顔がないし、何よりも自分が許せなくなる」

 

 当たり前のように、カラカラは言ってくれた。

 正直に言って戦力が欲しかった。

 

 俺は何もしちゃいないし、寄り道ばっかりしてリゥには呆れられた。

 シルフカンパニーに挑むのもシェルとコンだけのつもりだった。

 だけど、

 

「――ありがとう。カラカラ」

 

 ホルスターにはいつも空のボールがある。

 俺はそれをカラカラに向かって投げる。

 

「構わないよ、ああそれと」

 

 一端ボールに入り、すぐに姿を現すと、

 

「ボクの事はカラって呼んで。そっちの方が仲間な気がするからね」

 

 言って、柔らかな笑みを浮かべた。

 

「ああ。よろしくな、カラ」

 

「うん。こちらこそ」

 

 カラカラ改めカラにシェルとコンも

 

「あの、コンって言います。改めてよろしくお願いしますっ」

 

「シェルっていうー。よろよろー」

 

「うん、こちらこそ」

 

 死を乗り越えたからだろうか。大人びたカラと挨拶を交わしたシェルとコンはお互いに目を合わせ、

 

「あの、ご主人様!」

 

「ますたー!」

 

 そうして、服のポケットからそれぞれ取り出した物を俺へと突き出した。

 

「これ、使ってください!」

 

「使ってー」

 

 受け取って、気付く。

 これは……

 

「コン、シェル……いいのか?」

 

 それぞれの顔を見る。

 後悔など全くない。そんな表情だった。

 

「ごめんなさい、ご主人様のお金、使っちゃいました」

 

「ごめんー」

 

 一昨日に病室でお小遣いを欲しがった理由がやっとわかった。

 このふたりはそのために……。

 

「――ありがとう」

 

 本当に俺は助けられたばかりだ。

 自分ひとりじゃ夢を見るだけしか出来ないのに。

 リゥと一緒に歩き始めて、いつの間にかみんなに支えてもらっていた。

 俺の我が儘のために力を貸してくれる頼もしい仲間がいてくれる。

 

「そいつらだけじゃないぞ」

 

 更に、

 

「わっちもいるぜ」

 

 ヤマブキシティ側から見知った顔が姿を現した。

 額の傷と凶暴そうな相貌を泥だらけにして、アジトで姿を見せなくなった萌えもんは言う。

 

「お前……しぶといな」

 

「お互い様だろ」

 

 愛梨花から姿を見なくなったと聞いていたけど、こいつも無事だったらしい。

 というか、

 

「なんか甘い匂いしてるぞ?」

 

「う、うるさい! あいつが無理矢理風呂に入れやがったんだ!」

 

 離れている間に何かあったようで、顔を真っ赤にして怒鳴っている姿はギャップがあって可笑しかった。

 

「……何笑ってんだよ」

 

「はは、いや、別に何でもねぇさ。で、どうしたんだよ?」

 

 決まりきった事を聞くな、とイーブイは甘い匂いを払拭するばかりの凶暴な笑みを浮かべ、

 

「ロケット団を潰すんだろ? 力を貸してやるよ」

 

 そうして、小さな欠片を俺へと投げつけた。

 手のひらで受け止める。

 

「わっちも連れて行け。お前には……借りがあるしな」

 

 それに、と。

 

「まだ諦めたわけじゃない。旅をしていれば、いつか出会うかもしれないし」

 

 紙の情報なんてクソくらえだ。まだ、確かめたわけじゃない。

 イーブイはそう言っていた。

 

「そうか……わかった。止めても無理そうだしな。

 ――よろしく、イーブイ」

 

 俺の言葉にイーブイは鼻を鳴らしただけだった。つくづく野生だよ、お前は。

 

 シェル、コン、カラ、イーブイ。

 

 こんな俺のために戦ってくれる仲間達。

 

 そして、リゥ。

 これは俺の我が儘だ。

 俺の身勝手な望みだ。

 

 だけど、捨てられなかった。身を切るよりも辛くて、手放したくなかった。

 何よりも、一緒に夢を見ていたかった。どこまでも追いかけていきたかった。

 夢を続きを叶えるために。再び歩き出すために。

 そして大切な相棒を救い出すために。

 

「行くぞ、みんな」

 

 俺は人生で最大の敵に喧嘩を売りに行く。

 最高に愚かな自分勝手を押し通す。

 

「リゥを取り戻す! そして――」

 

 

 

 この日、後にカントーでも歴史に残る大事件となったマフィア、ロケット団によるシルフカンパニーは、事件四日目にして大きく動く。

 警察とジムリーダー、そして各地のトレーナーが結集した一大事件は、たったひとりの青年によって集結へと向かい始める事となる。

 

 

「――ロケット団をぶっ潰す!!」

 

 そのための反撃の狼煙は、静かに上がった――。

 

 

                          <続く>



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【第十八話】ヤマブキ――弱さを認める強さ 前編

今回も長くなっちゃったので、前後編仕様です。


 ヤマブキシティでも一番高いビル――シルフカンパニー本社の正面扉が自動で開く。電源は生きているため、中の照明も明るいままだ。

 

 一階部分は先日の戦闘によって既にロケット団から取り戻している。愛梨花達は常駐している警察と特殊部隊の双方と視線を交わし、頷いた後に更に上を目指す。エレベーターは使えない。そのため階段を使用しているが、途中――4階より先は階段が破壊されいていて通れなくなっていた。破壊された瓦礫以外にも上階からかき集められたゴミや機材が積まれており、取り除くにはあまりにも手間がかかる状態だった。

 

 階段は使えない。となると残りはエレベーターしかないが、こちらも襲撃された際に機能が壊されており、手段としては――

 

「やはりこの扉の先しかないようだな」

 

 棗が鋭い視線を向けているのは一見して頑丈としか思えない扉だ。防火扉のようでもあるが、その実、並大抵の攻撃では破壊出来ないほどの頑丈さを持っていると突入の際に救出したシルフカンパニー社員が言っていた。

 

「ええ。階段は扉の向こう側みたいです」

 

 警備に当たっていた若い警備隊のひとりが答えた。

 

 本社内の図面は手に入れている。それによると、階段は二ヶ所あるようで破壊されている階段の他にもうひとつある。社員も多い事から、双方ともに使えるようにという意味合いで設置されたのだろう。ちょうどビルの両端にある形だった。

 

 広々としたフロアにはミーティング用のデスクと椅子。そして警備の人間が何人か。昨日までの時点でここ四階までは解放している。といってもロケット団は何ヶ所かに設置された扉から出てくるので断続的に戦闘が続いている状態だ。

 

「調査したところ、どうやらこの扉を開けるには"カードキー"が必要なようです」

 

 そう言って指し示されたのは、カードを読み取る小さな機械だった。

 棗は頷き、

 

「カードキーの場所は?」

 

「――わかりません。昨日拘束したロケット団員は誰一人として所持していませんでした

ので、おそらく――」

 

 視線は扉へと。

 つまり、カードキー所持者は扉の向こう側にいる、という事だ。

 

 手に入れるためには二通り。

 扉が開いた瞬間を狙うか、このフロアにいる敵を倒して持っている人間を探すか。

 どちらも確定ではないが取れる手段として思いつくのはそれくらいだった。

 さて――

 

「三手に別れよう」

 

 棗は即座に決定を下す。

 

「私、愛梨花、そしてお前達」

 

「ええ、私はそれで構いませんが……」

 

 愛梨花の視線はレッド達へと向けられる。

 そこにはむくれている様子のグリーンがいたが、

 

「俺達も大丈夫です。さ、行こう」

 

 レッドに押し切られる形で別行動を開始した。

 その背を見送りながら、

 

「……いくら志願してくれたからと言って、子供に無茶はさせられない。だろう?」

 

「ええ。彼の大切な弟妹ですもの」

 

 その"彼"はどうしているのか――

 フロアからでは知る術が無かった。

 

 

    ◆◆

 

 

 人の気配が無いマンションは気持ちが悪いもんだな、とつくづく思う。

 避難したばかりなのだろう。生活感が漂う中、人の気配だけがない空間というのはある種の異空間のようですらある。

 

 しかしながら持ち主が姿を消したマンションは火事場泥棒にとっても理想の空間となるようで、警備のためか各階で逐一エレベーターが止まり、その度に警備に当たっている複数人の警察から不審な視線を向けられた後、一緒に乗り込まれるのはどうにも勘弁して欲しかった。個室が凄く男臭いです。

 

 野郎だらけのむさ苦しいエレベーターの中、独特の緊張感が解放されたのは最上階に到着した瞬間だった。音を立てて扉が開くと、「早く出ろよ」の視線に押し出される形で俺は一歩踏み出した。

 

 屋上へ向かうには突き当たりにある階段を上がらなければならないようだ。元は封鎖されていたのだろう。見えてきた階段の手前には柵のような格子があった。

 すぐ隣にはシルフカンパニー本社のビルがあるが、窓は閉じられている上に内側から何かで塞がれているようで中の様子は全く見えない状態だ。

 

「この上、か」

 

 さほど長くもない階段を上りきると、広い屋上に背よりも高い鉄柵が設置されているだけの寂しい空間が目に飛び込んできた。

 

「……誰だ?」

 

 声を上げたのは防具に身を包んだ一際屈強な男だった。予想より少なく、今は両手の数より少し多い程度配備されているようだった。

 

 集中する視線を無視し、シルフカンパニー本社を見上げる。

 

 ――高い。

 

 このビルを占拠したというのだから、ロケット団の強かさと榊さんの手腕が伺い知れる。

 そうしてひとり立っていると、不審に思ったひとりの男が声をかけてきた。

 

「ここは危険だ。遊びで入ってきたのだろうが、今すぐ退去するんだ」

 

 有無を言わせぬ迫力を秘めた言葉と視線だった。

 

「断る」

 

 俺はそれに真っ直ぐ睨み返し、告げた。

 

「やる事があるからここに来た。あんたの言葉で止まれるなら、最初から来ちゃいねぇよ」

 

「――拘束も止む無しと判断するが……」

 

 男が動こうとした瞬間だった。

 

「あ、あんた、ファアルだよな!? あのトレーナーの!」

 

 声が上がったのは男の後ろからだった。

 ひとり視線を外していた若い男がゴーグルを外し、俺をまじまじと見ていた。

 大声だったせいか、周囲の視線が咎めるように若い男へと集中し、身を小さくしていた。

 

「……変に有名になったもんだな」

 

 頭をかいて、先ほど立ちふさがった男に向かって告げる。

 

「俺はファアル。そこの兄ちゃんが言ったようにトレーナーだ」

 

 視線を巡らせる。

 シルフカンパニー突入班。後は突入の指示を待っている男達に向かって、

 

「まぁ聞けよ。あんた達に手を貸しに来た」

 

 

 

    ◆◆

 

 

 愛梨花と棗、二人と別れたレッド達はフロア内を探索していた。

 三人でそれぞれの死角を補いながら進んでいく。さすがは幼馴染みとでもいうべきか、お互いをきっちりフォローし合っていた。

 

 何度かロケット団と鉢合わせるも、子供と侮っているのが大半で呆気なく倒されていく。

 時間が経過するにつれて遅れて突入してきた警察や突入班の人員も多くなってきているが、それでも扉を開く手はずはまだ整っていないようだった。

 そうして、約束の時間が近付いた頃だろうか。

 

「……何か怪しいね」

 

 呟いたブルーの向けた視線の先には閉めきられた扉がひとつ。見る者が見ればそこが会議室だとわかっただろうが、レッド達には開放的なフロアに忽然と存在している怪しい部屋にしか見えなかった。

 

「どうしようか?」

 

 声を潜めてレッドが訊ねると、グリーンは無言で扉に耳を押し当てた。

 そしてしばらくして耳を離し、頷いた。

 

「誰かいるみたいだ。しかも何人も」

 

「ロケット団かな?」

 

「そこまでわかるかよ」

 

 そっか、とブルーはしばし思考し、思いついた作戦をレッドとグリーンに伝える。

 

「――はっ、さすが悪戯好きは考える事が違ういでででで!」

 

「うーるーさーいー! いいからあんたは黙ってやってくれればいいの!」

 

 グリーンの耳を引っ張っているブルーは不機嫌ながらも、小悪魔的な笑みを浮かべていた。

 

 あれは絶対に何か悪戯を考えてる時の顔だ……。

 

 幾度となくやられた身としてレッドは確信する。今のやり取りもブルーの作戦の内なのだと。

 

「……まぁ、やる事やってからだね」

 

 視線を戻し、会議室と相対する形で向き合うと、ボールから萌えもんを出す。

 

「頼むよ、リザ―ドン」

 

 頼もしく揺れる炎を前に、レッドはブルーに親指を立てて合図を送る。準備完了。

 合図を確認したブルーはわざとらしく声を荒げ、

 

「あれー? このドア、開かないのかー。中に何かあるのか気になるし、ちょっと壊しち

ゃおっかなー?」

 

 

 1...2...

 

 

 きっかり三秒。それだけの間を置いて、

 

「リザ―ドン、切り裂け!」

 

 レッドの指示通りに行動したリザ―ドンによって会議室の扉は呆気なく破壊された。

 倒れていく扉の向こうには整頓された長机とパイプ椅子。そして四人の白衣を着た研究者らしき男達がいた。

 それぞれいつでも萌えもんを出せるように構えていたが、ロケット団は……、

 

「いない、かな?」

 

「隠れてなけりゃな」

 

 それもそうだ、と呟く。

 物陰に隠れれば、いくらでも隠れられそうな部屋だったのだから。

 しかし、そんなレッド達の疑問を払拭するようにして、眼鏡をかけたまだ若い研究員が慌てた様子で会議室から飛び出してきた。

 

「良かった……助けが来た!」

 

 喜んでいるのは見ていて達成感にも似た気持ちを起こしてくれたのだが、如何せん、情けないのも事実である。自分より半分以上は下の少年少女に泣きついている大人は見ていてこう――

 

「殴りたいなー」

 

「何故だい!?」

 

 レッド達が子供というのもあって、彼らは早々に警戒を解いたようだった。リザ―ドンを出していたのも効果があったらしく、それなりに腕が立つと判断されたらしい。これもまた、ブルーの考えた通りだった。ロケット団が出てきても、捕まった人間が出てきても、双方共に対処することが出来る。

 

「――ところで、今はどうなってるんだい? ずっと閉じ込められていたからどうなってるのかさっぱりわからないんだ」

 

 落ち着いた所で、研究員達に事情を伝える。

 説明が終わると話しかけてきた若い研究員は、

 

「なるほど。カードキーは本来、職員の中でもそれなりの地位――管理職以上じゃないと配布されていないんだ。常時閉めてるわけでもないしね。持っていた職員がどうなっているかは僕も詳しくわからないけど、君達が持っていないのなら僕達のように捕まっている可能性が高いだろうね」

 

 それに、

 

「君達の予想通り、カードキーはロケット団に奪われ、そのまま使用されているんだろ

う。認証も書き換えられない状態なんだ。力になれなくて申し訳ないけど、僕のも奪われてしまってね。彼らから直接奪い返すしか方法は無いと思う」

 

「そうですか……」

 

 やはり現実は甘くないようだ。

 程なくして追いついてきた警察に研究員の身柄を渡すと、

 

「ああ、そうだ。赤い少年」

 

「俺、ですか?」

 

 ああ、と研究員は頷いて自身の鞄から萌えもんボールをひとつ取り出した。

 そしてレッドに向かって差し出した。

 

「あの……?」

 

 戸惑うレッドの手を強引に取り、ボールを掴ませ、その上から自身の手を重ねた。

 

「このボールには珍しい萌えもん――ラプラスが入っている。まだこの娘が小さい頃に保護したんだ。でも、悔しいけど僕にはこの娘を守るのが精一杯だった。この先どうなるかわからないし、君に預けたいと思う。頼めるかな? 君ならきっと良いトレーナーになってくれそうだしね」

 

 せめてものお礼だよ、と若い研究員は笑った。

 握ったボールが熱かった。

 それは彼の想いがそのままボールに宿っているかのようですらあった。

 

「……わかりました」

 

 ありがとうございます、とは言わなかった。

 彼にとって大切な萌えもんなのだ。それを礼を言って受け取るのは何かが違う気がした。

 代わりに、

 

「いつかテレビで見ていて下さい。この娘の姿を」

 

 レッドの声にしばらく唖然とした後、

 

「ははっ、わかった。楽しみにしているよ。小さなトレーナー君」

 

 そうして去って行った。

 渡されたボールをしばらく見つめ、

 

「よろしく、ラプラス」

 

 ホルスターに閉まった。

 その様子を見守っていたグリーンとブルーは、

 

「そろそろ戻ろ。時間だし」

 

「だな。とりあえず情報は手に入れたんだしよ」

 

 頷いて、レッド達は集合場所に戻る。

 そして――フロア全体を揺るがす程の衝撃が襲ったのだった。

 

 

    ◆◆

 

 

「彼も外れ、か」

 

 ロケット団のひとりを倒し、愛梨花は一息ついた。

 

 草タイプの萌えもんは毒や麻痺などの状態異常に優れているため、相手を傷つける事なく無効化する技が豊富だ。相手が人間であろうと萌えもんであろうと関係なく効果を発揮するその力は遺憾なく発揮され、地面に転がっているロケット団員も眠り粉によって気持ちよさそうにいびきをかいて熟睡している。本当は麻痺させたかったのだが、分量を間違うと殺しかねないため、諦めたのだ。

 

 これまで遭遇したのは五人。そのどれもがカードキーを所持していなかった。

 

「扉の向こうから開けて、その度に閉めてるんだろうなぁ」

 

 自分は安全な場所から指令する。

 それは確かに有効な戦術ではあるが――酷く気に入らなかった。

 

 おそらくレッド達や棗にしても似たような結果になっているだろう。職員がカードキーを持っていたとしても奪われている可能性が非常に高い。でなければ、こんな"ただ時間を稼ぐだけ"の戦法を取るはずがない。

 

「やってみようかな?」

 

 周囲に視線を巡らせると、閉められた窓があった。幸いにも通りに面しているようで、隙間から光が差し込んでいる。

 

「……うん、やってみないとわからないし。そう、これは実験なのよ。もしかしたら道が開けるかもしれないし」

 

 小声で言い訳をしながら、フシギバナを出すと、

 

「葉っぱカッター!」

 

 窓を塞いでいた防壁ごと切り裂いた。

 さっと降り注ぐ陽光を浴びて、心なしかフシギバナの機嫌が良くなる。

 そこに更に指示を下した。

 

「フシギバナ、あちらにソーラービームを」

 

 愛梨花が指さしたのは頑丈そうな扉。頷いたフシギバナは頭上にある大きな花から光を迸らせ、壁へと向かって放った。

 

 ――轟音。

 

 建物を揺らすかのような音の後、道を塞いでいた扉は呆気なく破壊されていた。

 

「あ、あれっ?」

 

 てっきり「やっぱり壊れなかったか……あはははー」みたいな展開を予想していただけに戸惑っている愛梨花の元に駆けつけた棗は開口一番、こう言った。

 

「お前……見た目と違って大胆だな」

 

 

    ◆◆

 

 

 棗は視線を巡らせた。

 念のため出しておいた萌えもん、フーディンも同じように周囲を警戒している。こと警戒において、エスパータイプの萌えもんは非常に優秀だった。物理的な気配を感じ取れるのだから、潜入する際には重宝するのだ。おまけに言葉が必要なわけでもない。念じれば答えてくれる。自らも超能力を扱える棗にとって、言葉よりも深い場所で繋がっていると感じられる。

 

 それはともかく、棗は先ほど自分が導き出した結論に対してつい今し方確信を更に深めていた。

 出会ったロケット団はそれほど多くはないものの、彼らの何れもが心の内で同じ言葉を漏らしていた。

 

 曰く――カードキーはありません、残念でしたぁっと!

 

 という意味合いの言葉だらけだった。

 

「正しかったわけだが……ふむ」

 

 壁の向こう側を"視て"みる。

 ロケット団員は見えるものの、さすがに物体までは透過出来ないし、出来たとしても果たしてその物体がカードキーであるかどうかはわからない。それはフーディンにしても同様だった。

 

「カードキーとはまた厄介な物だな」

 

 誰にでも扱える反面、その構造はシンプルだ。カードという有り触れている物体だからこそ、直面してしまった問題でもある。即ち、"有り触れているからわからない"という状態なのだ。

 

 だが、これ以上フロアを探索しても仕方が無いのはわかった。

 やはり扉を打破しない事には先に進まないらしい。

 遅れてやってきた突入部隊の人間に引き継ぎを済ませ、足早に合流場所へと戻る。

 

「……何か情報を掴んでくれているといいが」

 

 最悪、扉を破壊しなければならないだろう。

 そう考えた矢先に、建物全体が揺れる程の衝撃が走った。

 

「――何だ?」

 

 余程大きな衝撃だったのだろう。同じフロアから轟いた轟音の元に向かうと、そこには

「あ、あれっ?」と信じられないという顔をして驚いている愛梨花がフシギバナを連れて固まっていた。

 衝撃で目を覚ましてしまったロケット団員を再び眠らせ、声をかける。

 

「お前……見た目と違って大胆だな」

 

 その声にばっと振り向いた愛梨花は、

 

「ち、違うんです! これはちょっと試してみようかなーって思っただけでそれ以外の理由なんか全くないんです!」

 

 両手を振って否定しているが、正解のようだった。

 ふむ、と棗は頷き、

 

「安心しろ。ファアルとかいう男には言わん」

 

「――えーっと、棗さん? そこでどうしてファアルが出てくるんですか?」

 

 愛梨花の視線が僅かに剣呑になった瞬間、騒がしい足音と声が近付いてきた。

 

「なになに、何かあったの?」

 

 無邪気な声で現場を見たブルーは、口を手で抑え、

 

「……うわー」

 

 見事に破壊された扉を見て絶句していた。

 グリーンは呆れ顔、レッドだけ平然としてた。

 

「ほう。レッド、君は驚いていないんだな」

 

 懐かしそうに目を細めていたレッドは、

 

「たぶん、兄貴も同じ事しただろうなって」

 

 兄貴。

 おそらく、それがこのメンバーに影響を与えている男の名前なのだろう。

 チャンピオン、サイガの息子で期待のトレーナー。愛梨花とも知り合いのようだった。

 おかしな経歴だが……なるほど、確かに面白そうだと棗も思う。

 

「全ては終わってからだな」

 

 まずはシルフカンパニーを解放してから。何かを始めるにしてもそれからだ。

 気持ちを切り替え、それぞれ持ち寄った情報を交換し始めたのだった。

 

 

 

    ◆◆

 

 

「聞けよ。あんた達に手を貸しに来た」

 

 俺の言葉に、お前は何を言っているんだという反応を返される。

 まぁ、当たり前か。

 予想出来ていただけに苦笑を浮かべる他ない。

 

「つまり、我々の解釈で――」

 

「違う」

 

 俺はロケット団を鎮圧したいのではない。

 もちろん、最終的にはするつもりだが、まず一番に叶えなければならない望みがある。

 

「俺の目的はただひとつ、大切な相棒を助けに行く事だ」

 

 きっと、

 

「リゥは――相棒は俺を待っているだろうから。ロケット団は――そのついでだ」

 

 根拠の無い、自分自身で思い描いただけの妄想だ。

 

 だけど、と思う。

 それでもきっと待ってくれていると。

 リゥは強さを求めていた。ただひたすらに強くなりたいと願っていた。

 

 でも――違う。

 それはロケット団の目指す強さではない。

 マサラタウンからタマムシシティまで――辿った旅路で見てきたものは本物だ。

 

 結局、最終的に決めるのはリゥでしかないのだけれど。

 だからこそ、俺は行かなければならない。

 行って、真剣に向き合わなければならない。

 それが俺の戦いなのだ。

 

「……我々としては、君が協力していくれるのならば心強い。今はトレーナーがひとりでもいてくれる方が助かるからな。だが、どうするつもりだ? ここからでは――」

 

 そう、ここは屋上だ。

 隣接しているシルフカンパニーはほとんどの窓をバリケードで塞がれ、中途半端に開いた細い路地ひとつ分の空間が大きな溝なって侵入を阻んでいる。

 そのため、正面玄関より突入する他手段が無かった。

 だが――

 

「高いな……このビルは」

 

 そんな事は知った事じゃなかった。

 見上げ、そして戻す。

 

 壁があったら壊せばいい。

 道が無いのなら作ればいい。

 いつだって――そうして勝ってきた。

 

「あんたらも何となく予想はしてたんだろ? 簡単な話だ。ぶち抜けばいいだけだろ」

 

 それこそが、ファアルという萌えもんトレーナーのやり方なのだから。

 

 

 

    ◆◆

 

 

 それぞれの情報を交換し合い、改めて破壊した扉に全員の視線が集中した。

 ロケット団が押し寄せてくるかと思ったが、扉を破壊した事に驚いたのか警戒したのか、姿はまだ一度も見ていない。

 

 扉を破壊した本人は極力扉を見ないようにしているが、全員の印象が変わっているのでもう今更だった。

 

「カードキーは向こう側、か。おそらくその情報は正しいだろう。私も倒したロケット団全てが同じ事を考えていたのでな」

 

「考えて?」

 

 首を傾げたレッドに、愛梨花が言う。

 

「ああ、棗さんはエスパー少女さんですから」

 

「少……女?」

 

「どうやらまずひとり脱落する者がいるようだ」

 

「うぉぉい! そんなゴミを見るような目で俺を宙に浮かすんじゃねぇよ!」

 

 ふん、と鼻を鳴らして棗はグリーンを解放した。

 そして大きく嘆息し、

 

「――今は攻略が先だ。カードキーを持っている人間がこの先にいるのは間違いない。複数枚、相手に渡っていると考えていいだろう。が、我々の目的は」

 

「まず一枚を奪取、ですね」

 

 頷く。

 

「ああ。そうすれば行動も取りやすいし、それ以上欲しいのなら奪えばいいだけだろう」

 

「……どっちが悪者かわかったもんじゃねぇな」

 

「だいじょーぶだって。こっちは正式に許可もらってるんだし、ね?」

 

 同意を求めたブルーの声に、良く出来ましたと言わんばかりに棗は頷いてみせた。

 

「――壁のおかげで我々も助かっていた部分がある。周囲に気を配って行くぞ」

 

 全員が頷いたのを確認して、棗は先頭をきって扉の向こう側へと足を踏み入れた。

 そうしてしばらく気配を探ってみたが、数人だけ残っているだけでそれ以外はいないようだった。

 階段は破壊した扉から離れているため、いずれにせよ時間かかりそうだ。

 

 最上階に行くまでに力押しも考えておかねばな……。

 

 胸中で呟いた後、棗は先へと進んでく。

 後に続くレッド達や愛梨花も後に続きながら周囲を見渡しながら部屋を確認しているものの、目立った物は発見出来なかった。

 

「……待て」

 

 小さな声で告げ、棗が制止した。

 突然の事で思わず出そうになった声を慌てて飲み込み、棗の指し示した方に視線を向ける。

 すると、

 

「ったく、もうちょっと後だと思ったのによォ。力尽くでぶっ壊すとかよっぽど短気な野郎だな」

 

「まったくだぜ。どうせ脳みそ筋肉なカイリキーみてぇな奴がやったんだろうよ」

 

「かはは、違いねぇ」

 

 

「ふ、ふふふ……そう、私がカイリキー……」

 

 

 一緒にいる人の方が充分に怖かった。

 おい、静かにしろと後ろを振り向いた時だった。

 

「あっ」

 

 ブルーの後ろにロケット団の男がいたのは。

 男はスピアーの針をブルーの喉元へと突きつけ、言った。

 

「侵入者、はっけ~ん」

 

 

 

    ◆◆

 

 

 俺の言葉に、屋上に集っていた人間全てが絶句していた。

 そんな彼らに被せるようにして言葉を続ける。

 

「すぐ横がシルフカンパニーだろ? 何も正直に正面から挑む必要もないと思うんだが……」

 

 視線を戻すと正気になった彼らが一様に納得出来ないという意味合いの視線を送っていた。

 やがて、ひとりの隊員が、

 

「――許可は出来ない」

 

 もちろん、彼らだって一番楽かつ効果的な方法だとわかっているのだろう。

 わかっているが故に――出来ない。

 何故ならばそれはシルフカンパニーに捉えられている社長や人員を傷つける行為になるのだから。

 

「その方法が一番効果があるのは我々もわかっている。だが――出来ない。わかるだろう?」

 

「ああ。でも暢気に構えてもいられない……だろ?」

 

 少なくとも、

 

「ジムリーダーやトレーナーだからと言って、女子供に先陣切らせて専門家である自分達は待機だとか――そんな情けない真似は出来ねぇ。ってなところだろ?」

 

「……」

 

 この場にいた全員は同じ気持ちだった。

 だからこそ、悔しい。口惜しい。

 第一陣として突入出来ない。切り込み役としても、強襲としても何も出来ない。

 彼らの持っている矜持を突き動かすだけの事象が無い。それ故に――甘んじている他、術がないのだ。

 

「俺ならやる。今やらなきゃ後悔するってわかっているから」

 

 そうでなければ。

 俺はまた失ってしまうだろう。

 失いたくないから。手放したくないから――必死に足掻いていくしかない。

 

「悪いけどよ、あんたらが止めるってんなら全員ぶちのめしてでも行くぜ?」

 

 自分の中で絶対に手放したくない気持ちだと気が付いたのなら、意地でもしがみついて、離さないようにするだけだ。

 どれだけみっともなくても、虚しくても、無駄だとしても――自分に嘘をつき続けるよりよほど良い。

 

「……ならば君を」

 

 俺の言葉によって屋上にいた全員が構えを取る。

 

 ――俺が萌えもんを出すのが早いか、それとも彼らが早いか。

 

 どう考えても後者が有利だが、さてどうするか。

 そんな俺を押してくれるように、背中から声が響いた。

 

「お前ら、構えを解け!」

 

 かつて慣れ親しんだ声だった。

 いつも世話になっていた声だった。

 くだらない事で突き出された時も、俺を殴ってくれた声だった。

 俺を――唯一認めてくれていた声だった。

 その声が――熊沢警部が階段を数人の部下を連れてゆっくりと上ってきていた。

 

「なぁ、ファアル。お前はもうちっと大人にならなきゃならん。お尋ね者にでもなる気か?」

 

「……うるせぇよ」

 

 言葉とは裏腹に、熊沢警部は笑っていた。

 そう、決定的な言葉と共に。

 

「ちっとばかり連絡が錯綜してるんでな……作戦本部より通達だ! これよりシルフカンパニー突入部隊を更に導入との事。突入ポイントはふたつ。上空とここだ」

 

 今俺達がいる場所を指で示し、

 

「上空は飛行タイプの萌えもんが制空権を握っているため迂闊には近付けん。そこで、現在最下部から突入しているトレーナー達に向かって集中しているロケット団の横っ面に一発かまし、その後、我々は独自に屋上へと向かい制空権を取り戻す」

 

 説明の間にも突入の準備はちゃくちゃくと進んでいる。

 残るは――

 

「頼めるか、ファアル」

 

「――ああ、ありがとよ。後は任せとけ」

 

 突入に必要な一撃のみ。

 壁を丸ごと破壊出来る威力は大きな器具無しでは萌えもんにしか生み出せない。

 頷き、ボールを出して言う。

 

「頼むぜ、シェル!」

 

 そして、行動を開始した。

 

 

 

    ◆◆

 

 

「侵入者、はっけ~ん」

 

 声に振り返ると、体を強張らせたブルーが両手を挙げていた。

 針を突きつけているのはスピアー。そしてそのスピアーを指示しているのはひとりのロケット団だった。

 

「ちっ」

 

 油断した。

 棗は胸中で吐き捨て、自分達が覗いていた方向から来る気配もまた感じていた。

 

「おい、どうしたんだ?」

 

 さっき離していた二人組だろう。

 近付いてきた男達は棗達の姿を見止めると、やがて下卑た笑みを浮かべた。

 

「へへっ、こいつらどうしたんだよ?」

 

「侵入者じゃねーの? サツもまだいないって事はトレーナーだろうけど」

 

 まぁ、と針をブルーに更に押しつけ、

 

「抵抗とか無理だけど、ねー?」

 

 ニヤリと笑った。

 

「……何が目的です?」

 

 棗は何かを考えているのか、視線を逸らさずに無言を貫いている。

 代わりに愛梨花が問うと、男は当然とばかりに、

 

「そんなの――悪戯するに決まってね?」

 

 棗と愛梨花をなめ回すように見た。

 絡みつくような視線に身を震わせたくなるが、ブルーの事もあって不用意に動けなかった。

 

「……その娘を離しなさい」

 

「やーだねー!」

 

 ブルーの顔が引き攣る。

 恐怖からか今にも泣きそうだが、何とか耐えているようだ。

 グリーンは言葉を発さず険しい表情でスピアーを睨み付けているものの、レッドに至ってはただ一点――見上げるように、小さな隙間から窓の外を見ている。

 

 ――窓の外?

 

 彼らが見ているのはブルーでは無かった。

 そして、

 

「ブルー! 口を閉じて!」

 

「――!?」

 

「あぁ?」

 

 レッドの声に従ったブルーが口を閉じた直後、

 

「どぅわ!」

 

「きゅあ!」

 

 建物が揺れた。

 それは先ほど愛梨花が放ったソーラービームを上回る程の揺れだった。

 まるで――

 そう、まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そんな衝撃だった。

 

「やれ、ゲンガー!」

 

 即座に棗が指示を下す。

 

「あ?」

 

 ゲンガーは天井より現れると、スピアーを操っていた男を昏倒させ、

 

「ビジョット! ブルーを助けて!」

 

 レッドの繰り出したピジョットによって吹き飛ばされたスピアーに、グリーンが、

 

「ぶっつぶせ、ウインディ!」

 

 追撃を決めていた。

 そして愛梨花もまた、

 

「ラフレシア……!」

 

 背後にいたロケット団を即座に眠らせていた。

 僅か一瞬で勝負がついた後、

 

「……は、はあぁぁぁ~~」

 

 緊張の糸が切れたブルーがしゃくり上げ始める。

 

「もう大丈夫ですよ」

 

 出来るだけ安心させるようにブルーを抱き留める愛梨花は、安心させるように背中を一定のリズムで叩いていく。

 こんな小さな娘が良く我慢したものだ。

 

 それにしても、と思う。

 一体何があったのだろうか。

 何となく、レッド達が窓の外を見上げていたのと関係がありそうな気がするが。

 いや、それよりも――

 

「棗さん、さっきのゲンガーですが……」

 

 ボールから出たわけではなかった。

 それはつまり、

 

「ああ。先に侵入させてフロアの様子を探らせていた。呼んでいたんだが……少し時間がかかりすぎてしまった。すまない」

 

 謝罪した棗にブルーは涙を拭いて首を横に振った。

 

「だ、大丈夫です! あの、ありがとうございました」

 

 後はレッド達に任せるとしよう。

 愛梨花は判断し、彼らに向かって片眼を瞑ってから棗に意見を投げた。

 

「上の階はどうなんです?」

 

「同じだ。警備が強化されている上に、やはりカードキーは必要になるようだ」

 

 ただ、と続け、

 

「……カードキーはここにある」

 

 ゲンガーによって倒されたロケット団員が持っていたようだった。

 カードキーを指先で回し、棗は頷いた。

 

「突入班も攻略を開始したらしい。更に上部でだ。おそらく――」

 

「ヘリポートを抑える、ですか」

 

 なるほど。だとすれば、先ほどレッド達が見上げていたのは突入部隊なのだろう。

 だが――僅かな引っかかりを感じた愛梨花は棗の言葉で現実に引き戻された。

 

「ああ。我々とで挟み撃ちにする。ここでロケット団を壊滅させるんだ」

 

「……そうですね」

 

 そうすれば、きっと各地のジムリーダーも平時に戻る。

 ファアルも旅を再開出来るだろう。

 

 ――ファアル。

 

 アジトで襲われ入院し、退院した後も今度はシオンタウンで無茶をしてまた入院していた。

 本当に馬鹿だ。

 

 だけど――それがファアルという男でもあった。

 知っていたはずだ。素行が悪かった――いや、それは今でも悪いか――ともかく、自分が酷い状態であったとしても、誰かを考えられる男だった。

 本人は否定するだろうけれど。それが愛梨花がファアルに持っている印象だった。

 

 だからこそ、タマムシティにいる間も放っておけなかったのだし、今でもそうだった。

 大切な仲間を思って――その仲間のために悩んでいる。例え自分の元を去ったとしても、悩み続けるのだろう。

 

「ボスは強いと思うか?」

 

 階段を上る中、棗の問いかけに答えたのはレッドだった。

 

「強いと思います」

 

「根拠は?」

 

 この中の誰もがロケット団のボスと相対した事がない。

 それなのに、レッドという少年は――いや、少年達は強いと言った。

 何故ならば、

 

「兄貴が負けたから」

 

 至極簡単な、たったそれだけの理由だった。

 

「……アテにならんな」

 

 一蹴した棗の背にレッドが誇りを持って告げる。

 

「兄貴は強いんです。誰よりも」

 

 その言葉よりも――込められた力強さに棗は踏み出した足を止めた。

 

「だから……だから、俺達に勝てるかなんてわからないし、ボスはきっと強いです、凄く」

 

 そう、それは単純な理論だった。

 

「つまり、我々が弱いと? そういう事か?」

 

「い、いえ!」

 

 しまった、と慌てて首を横に振るレッド。

 自身のプライドを傷つけられたためか、険しくなっている棗の視線からレッドを守るように愛梨花は一歩踏み出し、

 

「違う。きっとね、レッド君たちにとってファアルは目標なんですよ」

 

「目標?」

 

「はい」

 

 それはファアルにとって父親であるサイガであるように。

 自分がどれだけ頑張っても届かない――遙か高みにいる理想なのだ。

 いつか到達するために足掻き、がむしゃらになって目指すべき到達点なのだ。

 だから、

 

「ファアルが負けたって信じられなかった。そうでしょう?」

 

「……はい」

 

 そしてレッドは顔を伏せた。

 しかし、彼は続いて、

 

「だって、兄貴を倒すのは俺だから!」

 

 いつか追いつき、追い越すために。

 

 同じ場所で同じ物を見るために。

 

 完全だと。

 

 最強だと。

 

 そう思っていた幻想が崩れてもなお、目指してしまう。

 

 何故ならば、

 

「俺達の夢だから。兄貴の夢を少しでも背負えるのは、俺達だけだから」

 

 レッドの言葉に幼馴染みふたりもまた頷いていた。

 それが三人の出した結論なのだ。

 夢を諦めたファアルに――兄弟のような存在だった幼馴染みの夢を少しでも背負うために、幼い彼らが旅に出た。

 

 かつて大好きだった兄に、再び強さを取り戻してもらうために。

 

「……そうか」

 

 棗はそれだけ言って、再び歩みを始めた。

 納得――はしていないだろうが、理解はしたようだった。

 それでいい、と思う。おそらく、その強さを知るのはジム戦になるであろうから。

 

「……夢、か」

 

 あの日――ファアルがマサラタウンを旅立つ日、愛梨花へと送られてきたメールが一通あった。

 件名もなく、ただ簡素な文面で、たった一言、

 

   もう一度、夢を目指してみる

 

 とだけ書かれてあった。

 それを見て、我が事のように嬉しかった。

 ニビシティやハナダシティ、クチバシティでの戦いを見て、わくわくした。

 いつか躱した約束を果たされるものだと楽しみになった。

 

 再会し、戦えなかった事に納得していないのは愛梨花も同じだった。

 リゥと呼ばれていたかつてのパートナーは最上階にいるはず。ミニリュウは珍しい萌えもんだ。ましてや一度会っているのだ。見たらすぐにわかる自信がある。これまで発見されていないのを考えれば、ボスに近い位置にいると考えるのが妥当だった。

 

「ファアル――」

 

 誰ともなしに呟く。

 

「貴方のパートナーは助けてみせるから」

 

 それが大きなお世話だったとしても。

 愛梨花はそうせずにはいられなかった。

 そして酷く利己的な考えだという事も――理解しながら。

 

 

 

 

                           <後編に続く>



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【第十八話】ヤマブキ――弱さを認める強さ 後編

後編です。


 俺ならばどうするだろう?

 考えてみると、結局取れる方法なんてそんなにありはしなかった。

 

 窓からの侵入を防ぎ、外からも様子を窺えないようにする。

 その上で玄関から突入させ、上階に陣取る事で疲弊させる。

 屋上にはヘリポートがあるため、萌えもんを使って空からの突入を阻止する。

 

 そして――もうひとつ。

 

 隣接するビルがある場合。

 万が一、玄関以外の場所から力業で乗り込んできた場合はどうするか?

 

 取れる方法はひとつ。

 待ち構える、だ。

 

 シェルによってシルフカンパニー本社の横っ腹に穴が開く。

 大人ひとりが通れるくらいの大きさだ。

 粉塵の向こう側には何も見えないが、非常ベルが鳴っているのがこちらまで響いてくるのを考えると、向こう側にロケット団がいたとしても無事ではないだろう。

 視界が悪いのはこちらも同じ。熊沢警部によって準備された道具を使ってすぐに俺を先頭にしてビルへと踏み込む。

 

「オニドリル、吹っ飛ばせ!」

 

 粉塵の向こう側から声が響く。

 風が起こり、視界が晴れる。

 

「あ――?」

 

 一瞬俺と視界が交錯し、次の瞬間ロケット団員は倒れていた。

 どうやら時間差で今更倒れてきた資料棚に押しつぶされたらしい。間抜けすぎだろう。

 おろおろしているオニドリルに、

 

「冷凍ビーム」

 

 凍えてもらう事にしておいた。

 

「……今ので気付かれてるだろうしな」

 

 最上階にはまだまだ遠い。

 資料室のある階に何があるからはわからないが、狭い入り口から出た瞬間、廊下で挟み撃ちにされるのが席の山だ。

 

 なら、作るしかない。

 ちょうど棚が倒れてくれたお陰で壁が丸見えだ。

 

「頼むぜ」

 

 新たにボールを展開する。

 俺は遠慮も容赦もなく――壁を破壊した。

 

 

   -----

 

 

 資料室の壁を挟んだ向こう側は会議室のようだった。

 U字型の机と、均等に並べられていたのであろう椅子は今は数脚を除いて端へとどけられている。

 机の上座――ちょうど丸くなっている部分に見知った男が座って笑い声を上げていた。

 

「ぎゃははは! 馬鹿が来やがったみたいだぜぇ?」

 

 舌を伸ばし、だらしなく着こんだ黒いロケット団の正装にピアス。

 間違いない。アジトでやってくれた男だ。

 すぐ近くにはもうひとり、女のロケット団もいる。

 

 何だ、ちょうどいいじゃないか。

 

「……今度も負けに来たってわけじゃなさそうだけど」

 

 目つきは鋭く、俺を油断無く見ている。

 少なくとも、あの時よりも警戒はしているようだ。

 

 廊下からは声が聞こえ、萌えもん達が技を放つ音が響いている。後に続いていた部隊がいよいよ行動を開始したのだろう。

 戦力がどこまであるのかはわからないが、俺も早めに合流した方が良さそうだ。

 

 しかしその前に――

 

「一応訊いておく」

 

 知っておかねばならない事がある。

 

「リゥはどこだ?」

 

 俺の言葉に男は再び笑い、

 

「はっ、知るかバーッカ! 逃げられた奴の尻追いかけてるとかギャグだろ、おい!」

 

 そうか、こいつらは知らないか。

 ひょっとしたら女の方は何か知っていたかもしれないが……訊くだけ無駄そうだった。

 となると、まだ上か――。

 

「っつーわけで、さようなら~」

 

 男の声に合わせて、左右から萌えもんが飛びかかってくる。既に展開していたようだ。

 

 左からはラッタ。凶器のような前歯を向け、鼠さながらの速さで距離をつめる。 

 右からはペルシアン。鋭い爪をバネのように伸縮させ、全身を撓らせ俊敏に跳んだ。

 どちらも向かう先は俺。挟撃で倒すつもりは明白。

 

 だけど――そんなものは予想済みだ!

 

「行け――」

 

 腰のホルスターからふたつのボールを抜き、投げる。

 頼れる仲間を。

 俺のために信じて力を貸してくれる戦友を。

 

 

 ――シェル、コン、

 

 

「ぶっ倒せッ!!」

 

 寸分違わず放たれたのは――ハイドロポンプに火炎放射。

 

 一撃。

 

 ペルシアン――撃沈。

 ラッタ――撃沈。

 二体――撃破。

 

「……は?」

 

 男の間抜けな声が上がる。

 合わせるようにして、熱波によって紫色のドレスが踊り、水流の余波を受け金色の尾が舞った。

 

「パルシェンに……キュウコン、だと……クソがっ!」

 

 男は即座に立て直すべく、ボールを宙へと放る。

 現れたのはアーボック。あの日、敗北を喫した相手だ。

 

「はっ、今度は俺がいただいてやるよ! くたばれや!」

 

 ――そうか。

 

 ホルスターからボールを抜き放ち、叫ぶ。

 

「カラ! 骨ブーメランッ!」

 

 対するは新たに力を貸してくれる仲間。

 母の形見を武器に、被った骨から敵を視界に捕らえ、投げた。

 

「コン! カラにメガトンパンチ!」

 

「はいっ!」

 

 コンが放ったメガトンパンチはカラへと向かい、カラは拳を蹴って、更に跳躍する。

 

「――跳べっ!」

 

 格闘戦。

 骨を武器として戦うカラが得意とする戦術はその一点につきる。

 長い尾を持ち、こちらよりも距離のあるアーボック相手では分が悪い。

 

 ならば――近付けば良い。

 

 中距離が得意ならば近距離に。近距離が得意ならば零距離に。

 相手の動きより速く、懐に踏み込めばいいだけの事だ。

 コンのメガトンパンチの威力を利用し、瞬きの間に距離は縮まる。

 

「頭突き!」

 

「任せて!」

 

 それはさながら石礫のようですらあっただろう。

 ()()によってダメージが蓄積された頭突きはアーボックが一撃を繰り出す前に通り、

 

「叩き付けろ!」

 

 投げた骨が後を追うように手に収まる。

 空中で体を捻ったカラは、そのままの勢いでアーボックを骨で叩き付けた。

 

 これで――三体目、撃破。

 

「何こいつ、全然違うじゃない!? あたしがやる!」

 

 女が繰り出したのはゴルダック。水とエスパータイプを持つ強力な萌えもんだ。

 

「水タイプでごめんなさいねぇ!」

 

 炎、水・氷、地面――俺のパーティーを見て勝利を確信したのだろう。

 

「ゴルダック、ハイドロ――」

 

「……サンダース」

 

 俺の声に合わせ、ぶち壊された壁の向こう側から紫電が放たれる。

 帯電では生ぬるい程の放電が空間を走り、軋みを上げる。

 

「ちょ、ちょっと……」

 

 初めて怯えを見せる女に告げる。

 

「悪いな、()()()()()()()

 

「ひっ……!」

 

 ――マチス、技を借りるぜ。

 

「十万ボルトォッ!!」

 

 刹那、閃光となって雷撃を纏った弾丸が走った。

 ゴルダックに炸裂した一撃はそれだけでは飽き足らず、更に蛍光灯を全てたたき割り、窓も残さず割る程だった。

 

 まるで爆発したかのような閃光の後、立っているのは俺とシェル達、そして手持ちの萌えもんを失ったふたりのロケット団だけだった。

 

 ――四体目、撃破。殲滅。

 

 迸った電撃で壁や天井、床があちこち煤けてしまっている。

 サンダースも容赦しなかったようで、衝撃をもろに受けたであろう男の方は気絶していた。女の方は直撃は避けたようだが、戦意を完全に消失してしまったようだった。

 

「あ、あ……」

 

 歩み寄り、見下ろしてもう一度だけ、訊いた。

 

「リゥはどこにいるか知ってるか?」

 

 後ろから警備隊がこの部屋に突入してきたのがわかる。

 女もそれを見たのだろう。

 観念したように、

 

「……上。ボスと一緒にいるはずよ」

 

 力無く項垂れた。

 そして警備隊によって連行されていく姿を見送りながら、呟く。

 

「上、か」

 

 正攻法で行っても仕方が無い。

 そっちは――レッドや愛梨花のメンバーが引き受けてくれている。

 なら、俺は

 

「ショートカットだな」

 

 そうして、真上までぶち抜く水流が放たれた。

 

 

   ◆◆

 

 

 階段を上りきった先に、その部屋はあった。

 ひとつのフロアをほとんど丸ごと使用した社長室は、なるほど確かに名だたるシルフカンパニー本社だと素直に感じられる作りをしていた。

 ここまでほとんど休憩無しで突き進んできたせいか、一様に疲労が見えている。

 

 が、立ち止まって息を整えている場合でも無かった。

 倒したロケット団は数知れず。ろくに休憩も取れずに戦い続けた結果、社長室にまで辿り着いたものの、コンディションとしては最悪だった。

 だが、

 

「これで最後だ……準備はいいか?」

 

 真っ先に息を整え終えた棗が、全員が息を取り戻すのを見計らい、告げた。

 社長室とは別のフロアから行ける屋上でも既に戦闘は始まっているようで、振動があちこちから伝わってきている。

 

 切っ掛けはふたつ。

 ひとつは、愛梨花のもたらした壁の破壊行為によって押し止めるものが無くなった事。

 もうひとつは、強襲部隊が突入した事。

 

 これらによってそれまで余裕を見せていたロケット団は烏合の衆と化した。強力なカリスマ性を持つボスの元、集っていたのだが、これまで何のアクションも起こさない上に不安を感じていた時に思わぬ反撃を食らい、慌てふためいたためだ。

 僅かに崩れた穴を一気に拡げ、ここまで押し切ったのだ。

 

「――負けるわけにはいきません」

 

「うん」

 

「おう」

 

「はい」

 

 それぞれが頷く。

 瞳にも生気が溢れている。

 これならばきっと――勝てる。

 

 確信を持って扉を開く。

 果たして、そこにあったのは――

 

「……ようやく来たか」

 

 全身黒いスーツにシルクハットを被り、杖を持った男と――初老の男のふたりだった。

 その内、初老の男には見覚えがあった。

 棗は視線を向け、

 

「社長を離してもらおうか」

 

 衰弱している様子は無し。数日が経過しているというのに、怪我はおろかこの部屋ですら荒された形跡はほとんど見られないような状態だった。唯一見られるとすれば、外との連絡手段だけが破壊されていた。

 

 そんな棗の思考にも気が付いているのだろう。

 ロケット団のボス――榊は言った。

 

「人を待っていてね。生憎だけど、それは出来ないのだよ」

 

 五対一。それだけの戦力差があるのにも関わらず、余裕の態度を隠していない。

 それは榊という男が積み上げてきた年数によるものか、果てはロケット団のボスという立場がそうさえているのか。

 

 ――両方だな。

 

 棗は断言する。

 榊には隙がまるで無い、と。

 どれだけ思考を読もうとしても、読めない。

 何かでブロックされているわけではない。ただ単に、読めない。

 強力な自制で持って表面からは何一つとしてうかがい知れないのだ。

 

 しかし戦力差は大きい。

 押し切れる――はずだが、たった一つの要因が邪魔をしていた。

 即ち、

 

「さて、私としては少し見てみたい事がある。協力してもらうよ」

 

「何……?」

 

 問いかけには答えず、榊は杖の先を社長へと突きつける。仕込み杖だったようで、切っ先からは刃物が見えている。

 僅か数ミリ。少しでも腕を動かせば突きつけられた首元を刃物が食い破るだろう。

 

「卑怯な……!」

 

「君が気にせずともいい」

 

 そうして、榊は左手で指を鳴らす。

 すると、どこに隠れていたのかロケット団員が姿を現した。

 

「戦え、というのか?」

 

 意図が読めない。

 

「違う。彼らはあくまでも立会人だ。君達と同じくね」

 

 立会人。

 その言葉に違和感を覚える。

 この男は何を狙っている?

 胸中の問いに答えはなく、榊は更に言葉を重ねていく。

 

「君達の相手は――彼女だ」

 

 ボールを投げると、光を纏って一体の萌えもんが現れる。

 

「――君は!?」

 

 レッドが驚きの声を上げる。

 同時に、グリーンは舌打ちを。ブルーは言葉を失っていた。

 

 ――ミニリュウ。

 

 忘れるはずもない。

 それは彼らにとって尊敬すべき兄の相棒であり、兄を打ちのめした萌えもんでもあったからだ。

 

「君達には彼女と戦ってもらう。戦えるな、ミニリュウ?」

 

「……ええ」

 

 頷いた言葉は苦しげでもあった。

 全身に傷を負いながら、それでも立っている。

 戦いの末に負った傷だった。生々しく刻まれた傷は治癒すれば跡形もなく治るであろうに、瞳に宿った闘志がそれを許してはいなかった。

 

 ――手負いの獣。

 

 その姿を見て愛梨花の胸に去来したのは、その一言だった。

 ジムを訪れた時とはまるで違う。

 そして、愛梨花にはその姿が――

 

「さあ、ひとりずつ戦ってくれ。ただし、全力で殺し合え。お互いどちらかが手を抜けば――」

 

 わかるだろう? と無言で視線を社長へと向けた。

 押し黙る中、愛梨花が一歩前に出た。

 

「待て、愛梨花」

 

「いいえ、待ちません」

 

 引き留めた棗の声を、愛梨花ははっきりと拒絶した。

 対峙するべきなのは自分だとわかっていた。

 

 レッド達では無理だ。

 棗では不可能だ。

 愛梨花でなければ出来ない。

 

 何故ならば、道を過たせた原因を作ったのは自分であり、

 

「リゥさん、ですよね」

 

「……」

 

 手を差し伸ばせたのにも関わらず、差し伸べなかったのも自分であり、

 

「――あの時の望みを叶えましょう」

 

「そんなの、どうでもいい」

 

 ジムリーダーを選んだのもまた、自分であったから。

 

「彼の――いいえ、私達自身のために」

 

 ミニリュウ――リゥが地を蹴った。命令など受けるまでもない。既に眼前に敵はいる。

 愛梨花もまた、袖口からボールを投げ、命じる。

 

「行きなさい、ナッシー!」

 

 ボールから飛び出たナッシーを上空より叩き付ける。

 リゥの取った攻撃はしかし、壁のような分厚さに阻まれ、距離を置いて着地する。

 

 ナッシー。タマタマから進化した、草タイプでも重量級になるであろう萌えもんだ。

 弱点の炎タイプならともかく、リゥのような小柄な相手にはまるで巨大な岩石のように立ち塞がる。事実、リゥの一撃は大したダメージにもなっていなかった。

 

「踏みつけて」

 

 加え、その攻撃は強大だった。

 フロアが振動する。地震もかくやという一撃の中、リゥは空中に跳ぶ事で免れる。

 しかし、

 

「――二度は使わない方がいいぞ、愛梨花」

 

「ええ」

 

 おそらく、もう一度やればフロアそのものも危険だろう。

 ナッシーのいる場所そのものが危険たり得る。底抜けで落下など間抜けにも程がある。

 

 ――戦闘で建物そのものが限界、か。

 

 内心呟き、

 

「ナッシー、卵爆弾!」

 

 爆発物をリゥに向かって投げる。

 都合三発。拳ほどの大きさだが、当たった場合のダメージは大きい。

 

「くっ、この……!」

 

 元が爆発物なだけに迂闊に攻撃して逸らすことも敵わない。

 即座に判断したリゥは空中で立て直そうとして、自らの背後に視線をやろうとしている事に気が付いた。

 

「――違う」

 

 そこに求める姿は無い。

 どう逃げるのかを考えろ。

 彼ならばどうしていたかを想像しろ。

 

 自分の求めている光景にすら気が付かずに、リゥは迫る爆弾を見据えた。

 爆弾が投じられたのはいずれもリゥの進路を防ぎ、または誘い出すためのものだ。

 故に、無理な動きをすれば当たる。今の自分ならば一撃で倒れるだろうという自信がある。客観的にも主観的にも、今の自分など壊れかけのガラクタ同然なのだから。

 

 だから、壊れない範囲で無茶をする。でなければ――また敗北してしまう。

 

「ふっ……!」

 

 龍の息吹。

 推進力を利用し、一瞬だけ体を持ち上げる。

 直撃はない。

 しかし、愛梨花はそれを許さない。

 

「サイコキネシス!」

 

 ナッシーが操ったのはリゥではなく投擲した卵爆弾。

 強力な念力によって躱したはずの爆弾は空中で停止し、やがて意思を持ったかのように動いたと思うとあっさりとリゥへと追いすがり、

 

「くっ、ああぁっ!」

 

 爆発した。

 

 ――直撃。

 

 閉じかけていた傷口が開き、血が飛び散る。

 それでも――戦意だけは捨てなかった。

 

「あ――」

 

 リゥの脳裏を過ぎったのは一瞬の光景。

 もう捨てたはずの思い出。

 取り戻せない――宝物だった。

 

「違う」

 

 振り絞り、地に降り立つと同時に駆ける。

 

「違うっ!」

 

 知っている。

 自分が否定したものを知っている。

 

 

 だからこそ、こんなにも求めてしまっている。

 ああ、そうだ。

 そうなのだ。

 心のどこかが軋みを上げる。

 

 レッド、グリーン、ブルー……みんな勝利していきた相手だ。

 彼らの姿を見る度に思い出す。

 欲しかった強さは何だったのか。

 ただ想っていれば、勝ちたいと願った相手に届くと思っているのか。

 

 叶う。

 願う。

 想いを前にして崩れ落ちそうな膝を必死になって上げる。

 

 もう――何と戦っているのかすらわからなかっている。

 ナッシーか? 愛梨花か? 榊か? レッド? グリーン? ブルー? 棗?

 

 ――どれも違うと心の何かが叫んだ。

 ただ、背中を押してくれているのはたったひとつ。

 今にも壊れてしまいそうな自分を支えてくれていたのは――当たり前の言葉だけだった。

 

「私は……」

 

 距離が近付く。

 後五歩――。

 

 

      ――リゥ。

 

 

「私は――っ!」

 

 

 後三歩。

 ナッシーは壁のように立ち塞がっている。

 傷ひとつ負わず、小さな敵を迎え撃つ。

 

 

      ――強くなろうぜ、一緒に。

 

 

「ナッシー、」

 

 後一歩。

 振りかぶる。

 手を。腕を。必死に伸ばして。

 がむしゃらに、自分の信じた――

 

 

「サイコキネシス」

 

 

 強さを眼前で打ち砕かれた。

 

「あ――」

 

 動かせない。

 四肢に至るまで全ての動作が命令を拒否し、微動だにしない。

 

 知っている。

 これは――香澄と同じだ。

 一瞬でも速ければナッシーに届いていた。

 しかし叶わず、リゥは完膚無きまでに動きを封じられてしまう。

 

「……リゥさん。貴方の負けです」

 

 今度もまた、勝てなかった。

 

「――わ、たしは」

 

 何一つとして掴めなかった。

 ぼろぼろになるまで頑張っても、立ち上がれなくなるまで足掻いても、奮い立たせて前に進んでも――届かなかった。

 目指したものに届かなかった。

 

「あ、は、はは……」

 

 笑うしかなかった。

 

 結局。

 大切なものを何もかも捨てて目指したものは――手に入らなかったのだから。

 それどころか全部失ってしまった。

 もし――もし、あの時一緒にいる選択肢を選べば……また立ち上がれたのだろうか。

 

 そうだ、と確信する。

 ひとりではなくふたり。たったそれだけの事が、どれ程心強かった事か。

 夢を馬鹿にせず、傍で応援してくれる。そんな簡単な事で何度だって立ち上がれただろう。

 気が付かなかったリゥはどうしようもなく弱かった。ただ、それだけ。

 

「はっ……う、うぅ……」

 

 悔しかった。

 間違った選択をした自分が許せなかった。

 惨めな自分が滑稽で、お似合いだと思った。

 こうして涙を流す価値なんてないと思った。

 

 だが、幾度も幾度も流れ落ちる。

 何が悲しいのだろう。何を想って泣いているのだろう?

 

 

 ――ファアル。

 

   

 叶わないと知った現実よりも。

 

 

 ――ファアル。

 

 

 届かないと理解した夢よりも。

 

 

 ――ファアル!

 

 

 一緒に目指そうと言ってくれた人を裏切ったのが一番辛かった。

 そうだ。

 叶うならば――共に夢を叶えたかった。

 相棒として。彼が夢を叶える瞬間に自分が、そして自分が夢を叶えた隣には彼がいて欲しかった。

 

 それが一緒に目指すという事。ひとりでは歩けないリゥがいつの間にか抱いていた――もうひとつの夢だった。

 

「リゥさん」

 

 俯いたリゥに愛梨花が静かに訊ねる。

 

「もう一度、彼と――ファアルと会いたいですか?」

 

「……っ、そんなの!」

 

 決まっている。

 だけど、

 

「私にその資格なんて無い……私は裏切ったんだから。見捨てたんだから――私が振り払ったんだから」

 

 ロケット団アジトで最後、振り返った時に見たファアルの顔を忘れてはならない。リゥはそう誓っていた。

 信じてくれていた者が離れていった――あの瞬間だけは忘れてはならない。

 

 どの面を下げて会えというのか。

 そんな厚顔無恥な事――出来るわけがなかった。

 

 言えば、きっと許してくれるだろう。何も変わらず、今までのように旅を続けられるだろう。ファアルという男は、そういう男なのだと旅を重ねてわかっている。

 

 ある日、ファアルはリゥに向かってはっきりと「利用している」と言った。

 あの言葉こそが――本心だった。いつもそう思っている。だからこそ、強くなろうとしている。自分が利用している仲間が少しでも傷を負わないように。楽しくあれるように。

 

「……貴方は、」

 

 愛梨花が大きく息をついた。

 喉まで出かかった声を飲み込む。

 そんな言葉は裏切った自分が出していい言葉じゃないから。

 

「自分の気持ちに目を背けてばかりですね」

 

「――っ!」

 

 愛梨花は断言し、

 

「ずっとそうやって閉じこもっているつもりですか? 彼にいつまでも甘えて、自分ひとりで立ち上がれますよって示して、そのくせに見ていて欲しいんでしょう?」

 

 言葉が突き刺さっていく。

 

「そうやって自分ばかり見ていれば楽でしょうね。いつまでも立ち止まって、少しは進んだって自分で自分を褒めて慰めて――足掻いているなんて妄想して満足している」

 

「ちが……」

 

「はっきり言います。貴方とこれまで戦っていた皆さんも断言するでしょう。リゥさん、今の貴方は――」

 

 

 ――弱い。

 

 

「貴方は何もしていない。自分しか見てなくて、傍にいる人すら考えていない。自分が苦しんでるのが当たり前で、誰が悩み苦しんでいるのもわかっていないし見てもいない。そんな貴方が強くなれるはずがないっ!」

 

「――、う」

 

 何かが――飲み込んだはずの何かが鎌首をもたげた。

 

「そうしてまた、自分の間違いを言い逃れにして目を背けている! そんな貴方のどこが強いんです! 本当の強さは」

 

「そんなのわかってる!」

 

 自分の間違いなんて、とっくの昔にわかっている。

 ファアルが何故強いのかなんて知っている。

 

「でも、私にそんな勇気なんて無い! みんながみんな出来るわけじゃない! 偉そうに語らないでよ!」

 

 簡単だ。

 簡単な話だ。

 ただ、

 

「自分の〝弱さ〟を認めるなんてそんな簡単に出来るわけない! 私は弱い……だから、強くならなくちゃいけないの! 強くなって、それで――」

 

 何なのだろう。

 勝ちたい相手が確かにいて。

 いつか認めてもらいたい相手で。

 

「言えないんでしょう? だってこの場所には――貴方の仲間は誰もいないんですから。貴方が本当に望んでいる人は――いないのですから」

 

 誰も。

 誰一人として自分を見ていない。

 

 強くすると言った榊が見ていたのはリゥではなくミニリュウ。

 レッドやグリーン、ブルーが見ているのはファアル。

 そして愛梨花と棗が見ているのはロケット団と榊。

 

 今この場に、自分を見ている人間など誰一人としていない事に気が付く。

 たったひとり、いてくれたかもしれない男を除いては。

 縋りそうになる自分を唇を噛んで押し止めた。

 

 叶わない願いだ。

 ここにいないを見ればわかっていた事だ。

 何を期待していたのだろう。

 

 リゥと。

 たった一言呼んでくれるその声が無い事など、既にわかっていたではないか。

 

「……けて」

 

 だとしても。

 例え叶わないとしても。

 分不相応な願いだとしても。

 願わずにはいられなかった。

 

「たすけて……」

 

 誰一人として自分に耳を貸していない。

 ただの萌えもんでしかない自分の言葉など聞き入れないとしても。

 それでも――飲み込んだはずの言葉が抑えきれなかった。

 

「誰か……」

 

 違う。

 誰かではない。

 

 例えどれだけ身勝手で、自分本位だったとしても。

 

 例えどれだけ夢物語で、恥ずかしい願いだったとしても。

 

 例え、この場にいる誰に嘲笑を浮かべられようとも。

 

 もし、届くのなら――たったひとりしかいないと思ってしまったから。

 

「助けて、ファアル……!」

 

 瞬間。

 社長室の扉がはじけ飛んだ。

 破片をまき散らしながら広い社長室を転がっていく扉だった残骸を砕き、踏み越えて、

 

「……来たか」

 

 榊の言葉についで、ひとりの男が現れた。

 

 届かないはずの言葉を。

 

 叶わないはずの願いを。

 

 折れたはずの心を。

 

 たったひとつの言葉で、掴んだ。

 

「――わかった」

 

「あ……」

 

 いつもの表情で、不敵に笑って言ったのだ。

 

「リゥ――」

 

 

 当たり前のように。

 

 

「――助けに来たぜ」

 

 

 

    ◆◆

 

 

 

 階段を上るなんてまどろっこしい真似は止めた。

 天井までを一気にぶち抜いて、仲間の助けを借りて駆け上がった。

 

 俺の望みだったとしても。

 リゥが望んでいなかったとしても。

 その選択だけは間違いだと――そう思ったから。

 

 扉の向こうから声が聞こえた。

 愛梨花とリゥの声だ。

 

 たったひとつ。

 その中ではっきりと響いた言葉があった。

 

 

 ――助けて。

 

 

 その叫びを聞いた瞬間、扉をぶち破っていた。

 そして、その先――振り向いてくれたリゥの顔を見た瞬間に、俺の中で何かがキレた。

 

「榊さん」

 

 歩く。

 愛梨花や棗が驚いた視線を向けているのがわかる。

 

 やがて、対峙していたナッシーを愛梨花は下げてくれた。

 顔を伏せているのは俺に罪悪感があるからだろう。きっと、リゥを何とかしようとしてくれたんだろう。

 

「ファアル、どうして……」

 

「いいさ、わかってる。ありがとな」

 

 大丈夫だ。笑みを向ける。

 それでも、足だけは止めない。

 

「……あ、……なん、で?」

 

 支えを失って力無くへたりこむリゥの全身は傷だらけだ。

 きっと愛梨花と――それよりも前から傷を負っていたんだろう。

 

「――ごめんな、リゥ」

 

 流れる涙を親指でぬぐった。

 それでも、後から後から流れている。

 

「……ち、ちがう、私が」

 

 何か言おうとするリゥの頭に手を置いた。

 

「俺も同じだ」

 

「…………」

 

 たった一言で伝わってくれた。

 そして、

 

「――ごめん、なさい」

 

「いいさ。方法はひとつだけじゃないんだから」

 

「――うん、でも」

 

 ごめんなさい、と。

 何度も何度もリゥは謝った。

 泣きながら。流れる血に構わずに。

 

 誤解していたのは俺もだった。

 強いと信じていた。だけど、本当は――弱かった。弱い自分を隠して強くなろうとしていた。

 

 そんなのは俺だって同じじゃないか。

 だというのに、気が付かなかった。

 だから、俺も悪い。

 リゥの弱さを信じていなかった俺も、また悪いのだ。

 

「さて、ファアル君」

 

 榊さんが――杖を下ろした。

 初老のおっさんが腰を抜かしたようだった。

 だが、構わない。

 最初から榊さんは俺しか見ていない。

 

「君のミニリュウは弱かったよ」

 

 そうなのだろう。

 厳しい訓練があったのだと思う。

 でもリゥの事だからくじけずにひとりで頑張ったんだろう。

 傷付いて自分を責めて、立ち上がれなくなる程に。

 

「――強くなるって言ったよな、榊さん」

 

「そうだ。ロケット団はただそれだけを目指す組織。悪事も強くなくては実行できない。故に、強さを求める。我々にこそ、強さを最短距離で得られる道理がある」 

 

 だろうな、とは思う。

 ロケット団の萌えもんは一様に強い。

 それはまるで手負いの獣のようですらあり、非道非情を尽くす悪でもあった。

 

「力と誇示しなくては意味が無い。ジムリーダーがそうであるように。萌えもんリーグがそうであるように。そして――君の父親がそうであるように」

 

 だと思う。

 

「だったら――」

 

 強さを求めた先は――榊さんが言った道になるのだろう。

 毎年何百人もの夢を持ったトレーナーが目指し、頂点を極める。その行為こそが、言葉の真理を証明している。

 

 強くなりたいと言ったリゥの願いは叶うはずだった。

 真っ直ぐに目指していればきっと、届いたはずなんだ。

 

「……ファアル、私は」

 

 立ち上がる。

 リゥの視線は俺を追うように。

 まるで、子犬が母犬の後をついていくかのように。

 見捨てられるのを恐れて、必死に目を離すまいとしている。

 

 奥歯を噛みしめる。

 握りしめた拳はもう限界だ。

 もう我慢する必要は無いぞ、ファアル。やっちまえ――

 

「だったら――何でリゥは泣いてるんだよ! あんたの言ったように強くなるってんなら……泣くわけがねぇだろうがッ!」

 

「ふっ……いけ、イワーク、ニドクイーン」

 

 同時に出されたのは二体の萌えもん。

 間髪入れず、ボールを抜き放つ。

 

「受け止めろ、コン! シェル!」

 

 振り回されたイワークの一撃をコンが片手で受け止める。足下には冷気。本来は溶かすはずの冷気を持って足下を固定したコンは、優雅に笑みを浮かべ、言った。

 

「……お久しぶりです、リゥさん。迎えに行くって約束、果たしに来ちゃいました」

 

「コン……あんた」

 

 隙をつき、ニドクイーンが迫る。

 角はないが生粋のパワーファイターだ。まともに打ち合えばゴーリキーとも並び立つだろう。

 しかし、

 

「効かぬ存ぜぬ-!」

 

 シェルがあっさりと止めていた。

 水と冷気。

 ふたつの属性を扱えるシェルにとってみれば、放った水と固めてしまえばただの巨体に成り果てる。

 

「シェルも……」

 

「迎えに来た。リゥがいないとマスター、寂しそうなんだもん」

 

 にへへー、と笑った。

 進化した二体の萌えもん。

 榊さんは更にボールを投げると当時、

 

「役者は揃った――殲滅させろ!」

 

 指示を受け、ロケット団全員も萌えもんを繰り出す。

 しかし、こっちもひとりじゃない!

 

「ファアル、任せて!」

 

「任せた!」

 

 迷うことなく、背中を預ける。

 

「素晴らしいチームワークだ……だが!」

 

 空中で飛び出したのはサイホーン。

 

「この重さだ――床が抜けるかもしないが、どうする?」

 

 はっ、そんなの――

 

「カラ!」

 

 ボールから飛び出たのは更なる仲間。

 瞬時にして戦略を組み立てる。

 

「コン、イワークにメガトンパンチ! シェル、上に向かって水鉄砲!」

 

「了解ですわ」

 

「お任せ!」

 

 イワークがはね飛ばされ、ニドクインは固定されたまま放置される。

 パワーファイターとあってか力業で氷が砕かれようとしている。

 だが、そこに更に一撃を加える。

 

「床が抜けるとかな――俺の知った事じゃねぇんだよ!」

 

 カラがサイホンーに肉薄する。

 

「サイホーン!」

 

「カラ!」

 

 体のサイズは倍ほど違いがある。

 まともに打ち合えば敗北は必須。

 サイホーンは圧倒的なまでに、鈍重だった。

 

「回れ!」

 

 サイホーンは体を空中で捻る。

 縦では無く横に。鈍重な体という事は、即ち鎧が全身を覆っているという事に他ならない。

 カラのような小柄な萌えもんでは逆にはね飛ばされてしまうのが関の山だろう。

 

「跳び蹴り!」

 

 しかし、止まらない。

 相手はロケット団だった。

 カラにとって、その程度で止まる理由など――あるはずが無かった。

 

「ちぇすとおぉぉぉ――っ!」

 

 骨を寸分違わず相手に命中させるその動体視力を持ってすれば――相手の回転を利用するように蹴るなど、造作も無かった。

 

「ちっ、やる……!」

 

 サイホーンがカラの一撃を貰い、床へと激突する。 

 しかしこちらも無事ではない。はね飛ばされたカラをボールに戻し、更にコンとシェルも戻す。

 

「むっ!」

 

 これから起こる事に気が付いたのだろう。榊さんが壁に手をついた。

 その瞬間、床が崩れた。

 

「ぬ、おおぉっ」

 

 俺が散々破壊してきた事と、さっき大きく揺れたのもあったのだろう。

 もはやサイホーンの重量を受け止められる状態で無くなっていた床は簡単に抜けた。

 配管をも巻き込んで、重量級の萌えもんは支える術を無くして宙を落下する。

 

 ――狙い通りだ。

 

「サンダース!」

 

 ボールを投げる。

 敵タイプに共通するは地面タイプ。

 しかし、それらは一度既に剛司において攻略している。

 全身を水で濡らした三体の萌えもんは電気を逃がす場所もなく、水という導体によって抗う術は無い。

 即ち、

 

「全方位十万ボルトォッ!」

 

「くたばれえぇぇっ!」

 

 痛みにも似た閃光が瞬いた。

 次の瞬間、三体の萌えもんは床に叩き付けられていた。

 床は社長室の半分以上を飲み込んでいた。ごっそりと削られた社長室の中、戦っていたはずのトレーナー達が一様に動いていなかった。

 

「すっげぇ……」

 

 果たしてそれは誰の声だったか。

 サンダースをボールへと戻し、

 

「リゥのボールは返してもらうぜ」

 

 偶然にも転がってきたボールを手に取る。

 傷が入ったボールだ。入りたがらない偏屈な萌えもんのために証明としてつけておいた、傷。

 

 床が抜けた傷で手放してしまったんだろう。

 無事に取り戻せて良かった。

 

「――取り返したぞ、ちゃんとな」

 

 どうよ、と笑ってみせると、

 

「……うん」

 

 と言われた。

 まぁ、リゥが笑っていたからそれでいい。

 視線を再び榊さんへと戻す。

 

「やはり君は強いな。まるでサイガを見ているかのようだよ」

 

 余裕の姿勢を崩さず、榊さんは崩落した床の向こうで言った。

 

「……俺は、殴りたい」

 

「誰をだね?」

 

 問われ、

 

「俺を」

 

 次に、

 

「榊さん、貴方を」

 

 そして、

 

「リゥを」

 

 全員が悪かった。

 みんながみんなして間違っていた。

 だから、殴る。

 過ちを犯した自分と、リゥを傷つけてくれた榊さんと――

 

「――うん、ありがと」

 

 間違っていると。そう言ったリゥを。

 

「じゃあ、私も殴る」

 

「ああ。これで"おあいこ"だ」

 

 間違ったのなら、怒ればいい。

 違うと思ったのなら叱ればいい。

 同じだったとしたら一緒に歩けばいい。

 

「なぁ、リゥ」

 

 一度道を外れたのなら。

 お互いが間違ったとわかったのなら。

 

「うん、ファアル」

 

 そしてまた一度、一緒に夢を目指したいと願ったのなら。

 謝って、認めて。

 

「「一緒に」」

 

 また、同じ道を歩いて行けばいいんだ。

 

 

   ――強くなろう。

 

 

 俺達に必要だったのは、その言葉だった。

 ひとりでは目指せないと知っているからこそ、届く言葉。

 どんな言葉よりも、千を重ねたとしても――心に響いた。

 

「あっ……」

 

 リゥの体が光に包まれていく。

 見上げるリゥに頷く。

 

「俺は、ここにいるから」

 

 そして――リゥもまた頷き返し、全身を光に飲み込まれ、まるで天から龍が現れるかのような神々しさを経て、

 

 

 ――ハクリュウへと進化を果たした。

 

 

 さあ、

 

「行くぜ、()()!」

 

「うん!」

 

 光すらも飲み込んで、純白が現れた。小さかった体は成長し、俺の首あたりまでに伸びている。蒼穹を思わせる髪はそのままに、龍の証として身につけていた宝玉はより輝きを増し、額の角も僅かに成長している。

 

「進化した、か……行け、ガルーラ!」

 

 崩れそうな床にこれ以上の萌えもん戦は厳しいだろう。既にロケット団もレッド達によってほとんどが敗北を喫している。

 しかし、榊さんは退かない。

 

 いや――

 

「ロケット団は今日までのようだ……残念だよ」

 

 その表情に残念そうな意思はまるで感じられなかった。

 

「時間を稼げ、ガルーラ」

 

 既に屋上も抑えられているはずだ。

 逃げ場はどこにも無いはずなのに自信が崩れない。

 何がある……?

 

「ファアル!」

 

「――ああ!」

 

 気にしている場合でもない。

 ガルーラに接近するには床を跳び越えるか回り道しかない。

 

「龍の息吹!」

 

「諒解!」

 

 ぴったりと。

 狙った通りに放ってくれる。

 リゥの持つたったひとつの遠距離攻撃だ。

 

 この距離ならば、届く。

 しかしガルーラは、拳撃を持って防いで見せた。

 

「流石インファイターなだけはある」

 

 あれでノーマルタイプなんだから恐れ入る。

 

「リゥ、跳べるか!?」

 

「今ならたぶん何でも出来る!」

 

 脱いでくれるかな?

 

「今なんか余計な言葉が聞こえたんだけど」

 

「……何でも無いです。跳べ!」

 

「うん!」

 

 それは、飛翔だった。

 図鑑を広げ、技を見る。

 

「特訓の成果、ちゃんとあるじゃねぇか」

 

 決めるならそれしかない。

 迎え撃つべく拳を引き締めるガルーラ。

 真っ直ぐにリゥから視線を逸らさず、迫る敵を見据えている。

 空中で体を捻る。

 

 リゥ――

 

「ドラゴンクロウ!」

 

 右手に烈火の如き深紅が生まれる。

 

「はあぁぁ―――っ!」

 

 お互いに届く距離へと入る。

 撃ち出される拳はカウンター。

 放たれる爪は一撃必殺。

 そして――重なった。

 

「くっ」

 

 振り抜かれた拳圧がこちらまで届く。

 しかしリゥに当たるには至らず。

 振り抜いた爪はガルーラへと届くも、致命傷にはなっていない。

 

 掠めた拳がリゥの放った爪から威力を奪っていた。

 何という膂力。拳で岩石すら打ち砕きそうだ。

 

「もう一発……!」

 

 しかしリゥも進化したといっても傷そのものが完治したわけではない。

 失った体力は戻らない。

 それを証明するかのように疲労の痕跡があちこちに見え、開いた傷口から血が流れている。

 

 どうする?

 

 自問し、立ち向かおうとするリゥに指示を下そうとした瞬間だった。

 

「なっ――!」

 

「きゃっ!」

 

 ガルーラの背後――壁があり得ない程の威力で破壊されたのは。

 粉塵が舞い上がる。

 瓦礫ではなく、粉々に砕いた上でまき散らしている。

 

 さながら煙幕だ。あっという間に社長室を覆い隠そうとする煙幕をレッドとグリーンが止めるべくピジョンとオニドリルで迎え撃つ。

 しかし、

 

「ちっ、無理か」

 

 最上階まで駆け上ってきたせいか起こせた風は微々たるものだった。

 高いという事もあり、吹き込む風の方が遙かに強い。飲み込まれた粉塵の中、

 

「少しは強くなったみたいだが……まだまだ弱いな、お前は」

 

「えっ」

 

 リゥの方から声がした。

 女だろうか。

 熟練した兵士を思わせるような重みを含んだ声だった。

 

 その声にはじき出されるようにしてリゥが吹っ飛ばされて現れる。

 咄嗟に受け止め、

 

「大丈夫か?」

 

「う、うん。ありがと」

 

 そして、視線を煙へと向けた。

 視界は開けない。

 そんな中、榊さんの声だけが俺へと届き、

 

「また会おう、ファアル君。今度は本気で戦えるのを楽しみにしているよ」

 

 言葉を残し、消えた。

 あの確かな存在感がふっと消えてしまったのだ。

 まるで、空を飛んだかのように。

 

「……まさか」

 

「リゥ?」

 

 抱き留められたままのリゥは俯いて何かを考えていたようだった。

 しかし、俺の声に気が付くとやがて自分の体勢に気が付いたのか、

 

「ひゃっ」

 

 と短い悲鳴を上げた後、

 

「………………ま、いっか」

 

 全身から力を抜き、脱力したかと思うと寝息を立て始めた。剛胆な事で。

 それは危機が去ったのを知らせる合図のようもであり、

 

「お疲れさん」

 

 俺を信頼していると。

 伝えてくれるようでもあった。

 

 

    ----

 

 

 そうして――ロケット団によるシルフカンパニー占拠は幕を下ろした。

 甚大な被害と共に、ボスの居場所だけは以前として不明なまま。

 一先ずは解決を迎えた。

 

 

 

    ◆◆

 

 

「これで良かったのか?」

 

 問いを投げかけた人物は肯定し、笑みを浮かべた。

 

「相変わらずな奴だ……」

 

 呆れた声を上げるが、その表情は長年連れ添っている友人を見るそれだった。

 やがて上空に差し掛かると、男は指示を下し、滞空状態へと入った。

 

「さて、随分と大きな事件を起こしてくれたようだが……正気か?」

 

「もちろんだとも、友よ」

 

 そう答え、榊は嬉しそうに一度帽子を取った。

 

「君の息子はとても強くなっている――組織ひとつを犠牲にしてまで育てた甲斐はあるぞ?」

 

「部下全員を捨てたのか?」

 

 榊の言葉に、やれやれと首を振る。

 くつくつと榊は笑い、

 

「夢は共に見てこそ強く輝く。次に相まみえる時は彼の前にジムリーダーとして立ち塞がり、更なる試練にならなくてはならない。そうだろう? なに、強さを求める――その理念に何も背いてはいない。部下は弱かった。弱者は必要ないのでね」

 

 サイガは否定せず、静かに榊に背を向けた。

 そして、

 

「送ろう。どこがいい?」

 

 その無骨な態度に別段腹を立てるわけでもなく、榊は先ほど壊滅したロケット団を思考から追いやり、思考を巡らせた。

 やがて、

 

「そうだな――」

 

 行き先が告げられた。

 互いの胸中にひとりの青年の姿を描きながら。

 

 

 

    ◆◆

 

 

 

 シルフカンパニーの事件から一週間が過ぎた。

 あれから、崩壊しかけていたビルは現在急ピッチで立て直しが始まり、社長も無事だった事もあって一部では平常運業しているようだ。逞しいったらない。

 

 事件を解決に導いたジムリーダー及びレッド、グリーン、ブルーには表彰がされた。もちろん、破壊しまくった俺には表だっては一切無し。報奨金が少し貰えた程度で、むしろお咎めが無かったのに安堵したくらいだ。

 

 怪我が完治していない状態で無茶をしたせいか、結局再び入院するハメになり、今度は医者がいいと言うまで出して貰えなかった。

 

 また、リゥも怪我が酷く、萌えもんセンターで看てもらっていた。無茶をしたのはお互

い様だったらしい。似た者同士ですね、と受付の姉ちゃんに言われた時は何だか釈然としなかった。

 

 結局、榊さんの居場所はわからず仕舞い。

 俺とリゥもそれぞれ傷を癒やしていたため、結局会うのは今が久しぶりだったりする。

 

「……何つーか」

 

「うん、わかる」

 

 実に気まずかった。

 仲直りはしたはずなのに、な。

 こう、会話が続かなかった。

 そうしてお互い探るように相手を盗み見、結局は、

 

「何か馬鹿らしいな」

 

「ふふっ、うん」

 

 謝ってもいたし、仲直り――もしたわけで。

 元のように戻っただけで何も変わらず。

 

 ――ああ、いや。

 

「ねぇ、ファアル」

 

 俺を名前で呼ぶようになったのは確かに変わった。

 今まで呼んでくれなかったもんなぁ。

 はにかみながら繰り返し呼んでくる姿はこう――いろいろと来る。

 

「どうしたよ」

 

 内心の動揺を出さないように隠すのが毎回必死なわけだが、今回は別の意味で動揺してしまった。

 リゥは言葉を一度切り、自分の中で整理をしたのだろうか――幾分か経過してから言った。

 

「私の倒したい相手を言っておこうと思って」

 

 今更だ。

 非常に今更だ。

 だけど、俺達には必要で――まだ通過してない儀礼だった。

 

「わかった。場所を変えるか?」

 

「うん。静かな場所がいい」

 

「となると――」

 

 あそこしかないな。

 俺はリゥを連れてある場所へと向かった。

 

 

    -----

 

 

 タマムシシティ郊外の丘――そこに俺達は来ていた。

 ちょうどあの日。ロケット団に喧嘩を売ると言った場所だった。

 ここなら――街の雑踏からも離れているしうってつけだろう。

 

「わぁ……」

 

 視界の先に広がるのはヤマブキシティ。建設途中のような骨組みで覆われているシルフカンパニーが無残だが、それ以外は何も変わらない、かつて見た事のあるいつもの風景に戻っていた。

 

「ここ、夜に来ると綺麗なんだ」

 

 人口の灯りで彩られる景色も、それはそれで綺麗だと思う。空に瞬く星にはない魅力がある。

 俺の言葉に目を閉じたリゥは、

 

「いつか、また夜に、その……」

 

 ちらちらと視線を向けながら、不安に揺れる瞳で言った。

 

「おう。また一緒にな」

 

「うんっ」

 

 そして、大切なものを抱えるように胸に手を当て、語り出した。

 

「――私の倒したい相手っていうのはね、お姉ちゃんなの」

 

 リゥの言葉が耳に届く。

 

「お姉ちゃんは凄く強いの。私はもちろんそうだけど……里のみんなが誰も勝てないくらい、すっごく強い」

 

 里――いつかオオキドのじいさんから聞いた事があった。

 稀にコミュニティを作って暮らしている萌えもんも存在していると。

 

「私、そんなお姉ちゃんに憧れて強くなろうって思った。

 ――大きな手で頭を撫でてくれるのが大好きだった。良くやったなって褒めてくれるのが嬉しかった。大好きだぞって抱きしめてくれるのが気持ちよかった」

 

「リゥ」

 

 そして気付いてしまう。

 全てが過去のように語られていることに。

 

「でもきっと、私は重荷だったんだと思う。子供だったから――馬鹿をやって無茶をして、お姉ちゃんを傷つけた」

 

 自分のせいで大好きな人に怪我を負わせてしまう。

 果たしてそれは――どれだけの痛みを子供心に背負わせてしまうものなのだろうか。

 

「だから、強くなりたい。大丈夫って言って笑ってたお姉ちゃんが安心出来るくらい、強く。

 里で何度も戦ってもらったけど、勝てなかった。何一つ届かなかった。私はずっとお姉ちゃんのお荷物なんだって気付いて――逃げた。でも荷物でもいいよって追ってきてくれるかなとも思ってたの。結局、追ってきてはくれなかったけど……」

 

 そして、マサラタウンで俺と出会った。

 

「私は――お姉ちゃんにもっと自由に生きて欲しい。妹に構ってばっかりじゃなくて――自分の信じる人と歩いて欲しい」

 

 だから、

 

「私は強くなってお姉ちゃんを倒したい! 私はもう手のかかる妹じゃないよって伝えたいの! そうやって、今度こそ――ちゃんと向き合いたいの」

 

 それがリゥの想い。

 がむしゃらに強くなることを望んだ少女の――夢だった。

 

「……こんな夢じゃ、駄目なのかな?」

 

「そんなわけねぇよ。誰が駄目だって言おうと、俺は絶対に認めるからな」

 

 きっと、想いは届く。

 そのために強くなるっていうのなら――なればいいだけだ。

 リゥひとりだけじゃなくて、俺や仲間達もいるんだから。

 一緒に歩ける奴はもう充分揃っているのだから。

 

「……うん」

 

 リゥは控えめな、でも強い笑みを浮かべた。

 

「っとそうだ。なぁ、お姉さんの特徴とか訊いていいか? ほら、参考になるし」

 

「あ、うん。それもそうね」

 

 旅をしていればいつか出会うかもしれない。

 それに戦う時を想定して戦術を汲み上げられる。

 事前に情報を知っておいて損は無い。

 本当、今までどうして忘れていたんだろう。

 俺のの間抜け具合は相当だ。

 

「えっと、種族は――そっちの言葉だとカイリュウ」

 

「ふむ」

 

 となると、ハクリュウとなったリゥの更に先――現在確認されている最終進化だ。ミニリュウであったリゥが敗北するのもわかる。大人と子供が喧嘩をしているようなものなのだから。

 

 にしても――カイリュウとは。

 

 親父の相棒もそうだったよな、と何とはなしに思い出した。

 そう、あのカイリュウは確か――

 

「それで、翼が体くらいあるの。里の中で一番大きいの」

 

「ふむ」

 

 ああ、そうだ。翼が大きかったのを覚えている。

 

「で、――私を庇った時の傷があるの。勲章だって誇ってたけど」

 

 傷。

 言葉に喚起され幼少を思い出す。

 親父に抱えられて見た親父自慢の相棒の姿。

 彼女の額には――

 

「傷の場所は、額。こう、額からぴっと斜めに」

 

「――、!」

 

 傷が、あった。

 斜めに走った傷が。

 

「は、はは……はははっ!」

 

 

 ――ああ、そうか。そうだったのか。

 

 

「えっと、ファアル……?」

 

「なぁ、リゥ」

 

 

 俺達の道は最初から――

 

 

「そいつは――親父のカイリュウだ」

 

 

 繋がっていたのだ。

 

 

 

 

<続く>



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【第十九話】タマムシ――再びの挑戦

バトルの前の静けさって感じで。今回は短いです。しばらく長かったですからねー。


 いつだったかは思い出せないけど、あの人はこう言った。

 

「そうだな……。俺にも夢が出来た」

 

 夢?

 

 子供ながらに疑問に思った"夢"は、豪快な笑いにかき消されたように思う。

 誤魔化すように――事実そうだったのだろう――見上げた俺から顔を逸らして大きな手で俺の頭を力強く撫でながら、

 

「そう、夢だ。俺にとって何よりも大きな夢だ。もういいかとも思ってたんだが……お前のおかげでまだまだ頑張れそうだ」

 

 その視線は俺を見ていたけど、同時に遙か遠くを見ていたようにも思う。

 いつもは歓声に埋め尽くされて煩いくらいだけど、今はふたりしかいない静かな場所だった。

 

 真っ直ぐに一点だけを見つめ、覇気の宿った瞳で笑っていた。

 あの人――親父はチャンピオンの席へと歩き出す。

 

「俺も夢を叶えるためにもう少し頑張ってみる。だから――」

 

 そうして俺に向けられた言葉は何だっただろうか。

 記憶の底へと埋もれた言葉。

 昔すぎて、思い出そうとしても霞がかって消えてしまうような――でも、とても大切な言葉だったように思う。

 何だったか。

 

 ああ、そうだ。確か――

 

 

    ◆◆

 

 

 俺の言葉にリゥはしばし唖然とした後、

 

「え、じゃあ……」

 

 ゆっくりと顔をほころばせ始めた。

 

「一緒、なんだ」

 

「ああ。そう同じカイリュウなんていないだろうしな」

 

 そういえば、と試しに写真を出して見せてみると、リゥは驚いた後、頷いていた。

 親父のカイリュウは今思い出しても雄大で津から強く、気高かった記憶がある。

 

 圧倒的なまでの力で相手を圧倒していく――同じドラゴンタイプを使う四天王よりももっと苛烈な、逃れられない災害のような、そんな強さだった。

 真っ当に戦うなど馬鹿らしくなるような――。

 

 リゥの勝とうとしている相手とは、そういう強さを持ったカイリュウだ。

 

「お互い、道は険しそうだな」

 

 そして、親父はそれだけじゃない。カイリュウ以外にも注意すべき萌えもんはまだいる。それらを全て倒し、チャンピオンの頂に到達しなけらばならないのだ。

 十年以上連続でチャンピオンの座を守り続けている、歴代最強の男。俺の倒す相手は――サイガという男は、まさしく化け物じみている。

 でも、

 

「……うん、大丈夫」

 

 リゥは全く問題ないとばかりに頷いた。

 その顔は今までとはまた違ったもので――自信だけではない何かが感じ取れた。

 果たしてそれが何かまではわからなかったが、

 

「行こう? きっと勝てるよ」

 

 リゥは断言した。

 何一つの迷いもなく。

 望んだ未来を掴めると、一切の不安も抱かずに。

 

「私たちなら」

 

 そして、自分の左胸を手で押さえ、俺の左胸にも手を添えた。

 

「勝てる。夢を叶えられるよ」

 

 儚く、だけど強い笑みを浮かべた。

 

「リゥ……」

 

 ヤマブキシティで何かが変わった。

 きっと、リゥにとって良い変化だんだろうと思う。

 だから俺は、

 

「ああ、そうだな。勝てる」

 

 迷わないでいられそうだった。

 頷きを返し、同じようにリゥの胸に手を

 

「――で、何セクハラしようとしてんのよっ!」

 

「ありがとうございます!」

 

 吹っ飛ばされた。

 

 

    ◆◆

 

 

 街中へと戻った俺たちは、果たせなかった戦いに挑むべく、ジムへと足を向けていた。

 どうやら一昨日から平常運転に戻ったらしく、今でもジムリーダー戦をしているようだ。観戦がてら申し込みに行こうという腹積もりだったのだけど、

 

「よう、ファアル」

 

「熊澤警部……どうしたんだ?」

 

 まさかまたロケット団だろうか?

 俺の胸中を察したのか、警部は首を横に振り、

 

「そっちは俺たちに任せておけ。それよりも、お前に用事だ。藤老人、知ってるか?」

 

 確か、シオンタウンの萌えもんタワーで管理と供養をしている管理人さんだったか。

 直接会ったことはないが、名前は知っていたので頷くと、

 

「タワーの件でお前に話したいことがあるらしい。途中でいい、シオンタウンまで行ってくれるか?」

 

「ああ、別にいいけど」

 

 横目でリゥを見る。

 

「いいよ。今から行く?」

 

 俺はよっぽど変な顔をしたのだろう。リゥが不満そうに頬を膨らませた。

 

「何よ、変?」

 

「いや……」

 

 これも変化なのだろうか。

 俺は頭を振って、

 

「わかった。今から行ってみる」

 

「おう、頼むわ」

 

 そうして警部は手を振り去っていった。

 

「じゃあ、行くか」

 

「うん」

 

 俺たちは寄り道へ。

 焦らなくてもいい。

 ゆっくりっと俺たちのペースで強くなっていけばいい。

 まだ、夢を叶えられるのだから。

 

 

    ◆◆

 

 

 本当、何度目になるだろうか。

 歩き慣れた道を通ってシオンタウンに着いたのは午後になってからだった。

 ここしばらくですっかり見慣れた町並みの中、小さな家を目指す。

 

 藤老人はシオンタウンでも有名な老人で、家を訊けばすぐにわかった。

 一人暮らしには少しだけ大きなサイズの民家。素朴で築何十年と経過しているのが見て取れるが、手入れが行き届いているのが見てわかる。豪華さは何ひとつなく、おおよそ萌えもんタワーの管理人という肩書きを感じさせない家だった。

 

 敷地内の庭には萌えもんが遊び回っており、トレーナーらしき子供たちも一緒に飛び跳ねている。

 

「幼稚園みたいだ」

 

「あの年頃って、人も萌えもんも意識しないのかもね」

 

「かもな」

 

「……ちょっと羨ましいな」

 

「? 何か言ったか?」

 

「な、何でもない!」

 

「そうか? ならいいんだけど」

 

 本人がそういうなら別にいいか。

 インターホンを押してしばらく待っていると、やがて扉を開けて優しい相貌の老人が顔を出した。

 

「あの、熊澤警部から聞いて来ました、ファアルなんですけど」

 

「おお、君がか――どうぞ、入ってくだされ」

 

「はい。お邪魔します」

 

 藤老人に導かれるようにして家の中に入ると、そこもやっぱり賑やかだった。

 イメージとして一番近いのは公民館だろうか。談話スペースとして、もしくは憩いの場所として藤老人の家はシオンタウンの特別な場所でもあるようだった。

 

「妻に先立たれてからは寂しくてね。なんだか気を使ってもらって悪いけれど、賑やかで嬉しいよ」

 

「……少し、わかる気がします」

 

 うちも親父が年単位で帰って来ないから、ほんの少しだけ寂しい気持ちはわかった。

 藤老人は目を細め、奥へと案内してくれた。

 そこは応接室のようで、向かい合ったブラウンのソファに綺麗に掃除されたテーブルがひとつ設置されていた。

 促されるままに腰を下ろすと、藤老人はお茶を手に持って再び現れ、

 

「あんまり美味しいものではないと思いますが――」

 

「とんでもない。いただきます」

 

「い、いただきます」

 

 リゥは少し緊張気味。

 

「熱いぞ?」

 

「うん……あつっ」

 

 言わんこっちゃない。

 そんな俺たちの様子を眺めていた藤老人は、

 

「グリーン君から聞きました。ファアル君、君がガラガラを救ってくれたんだってね」

 

「俺じゃないです。救ったのは――」

 

 そうして、ボールから展開する。

 

「カラです。俺は何もしてないですから」

 

「おや?」

 

 急に外に出たカラは戸惑っているようだった。

 視線を俺とリゥ、そして藤老人へとさまよわせ、

 

「えっと、ファアル。これはいったい」

 

「ああ、こちら藤老人。萌えもんタワーの管理人さんだ。お前のお袋さんのことで、な」

 

「……母様の!?」

 

 驚いたカラはしばらく藤老人を見つめ、やがて場の空気を読んだのか一息ついてから俺の右隣に座った。

 

「あなたがガラガラの娘さんですね。面影がある」

 

 藤老人は懐かしそうに目を細めた。

 

「母様を知っているんですか……?」

 

 カラの言葉に、頷きを返し、

 

「ええ。彼女には何度も助けていただきました。何しろ老体なもので。お恥ずかしい限りですが」

 

 毎日、萌えもんタワーの最上階まで上っているという藤老人。果たしてそれがどれだけ体に無茶を強いているのか。当人ではない俺には想像しかできないが、相当な労力だろう。

 

「心優しい女性でした。あなたのことを自慢気に話すのを聞いたのも一度や二度ではありませんよ?」

 

「うっ」

 

 藤老人の言葉にカラは真っ赤になって俯いた。

 

「ですから――今回の件であなたに謝っておきたかったのです。いえ、謝って済む問題だとは思っていませんが、それでも――私はあなたにとって大切なお母様を亡くさせてしま

ったのですから」

 

 直接的な関係ではないにせよ、藤老人は自らを攻めていた。

 ロケット団のせいにすればそれで済むものを、管理人でありかつてガラガラの友であったひとりの人間として、藤老人はカラに謝罪をしていた。

 カラはそんな藤老人をしばらく見つめ、やがて

 

「……大丈夫です。母様は死んで戻ってこないんですから。それは、ボクが一番わかって

います」

 

 カラはお袋さんと決別した。幽霊でありながらも娘を守り抜こうとした母親に別れを告げた。

 途中で気を失ってしまった俺にはわからないけど、カラはそのことを悔いている様子は感じられなかった。

 

「ボクはもう大丈夫です。一緒に歩く人がいるから」

 

 そうして俺を見上げ、再び藤老人へと視線を戻した。

 

「だから――もし出来るなら、母様のお墓を作ってあげてください。ボクは、時々しか来られないだろうから」

 

 カラの言葉に、

 

「そうですか……あなたは良い仲間に出会えたようですね」

 

 藤老人は嬉しそうに笑った。

 

「彼女のお墓は私が責任を持って供養いたしましょう。安心してください」

 

「……はい」

 

 カラもまた、人間に対して疑いを持っていた。たぶんそれは今でも変わっていないのだろうけど、藤老人を信じてくれたようだった。

 

「母様をよろしくお願いします」

 

「ええ、お任せください」

 

 そうしてふたりの言葉を最後に俺たちは藤老人の家を後にした。

 去り際、

 

「ファアル君」

 

「はい?」

 

 振り返った俺に藤老人は言った。

 

「壊滅したとはいえ、ロケット団にはくれぐれも注意してください。まだボスは捕まっていないのですから」

 

 榊さん……。

 

 まだボスは見つかっていないという。

 シルフカンパニーで誰かが榊さんの逃走を手助けしたらしい。犯人の検討もつかず、今は隠れていたロケット団員の仕業だろうと言われているようだが……。

 いや、それはもう俺の考える事じゃない、か。

 

「はい。ありがとうございます」

 

 そうして、俺たちは再びタマムシシティへと戻ったのだった。

 

 

 

    ◆◆

 

 

「疲れた」

 

「……うわー」

 

 タマムシシティまで戻った俺の第一声にリゥは呆れた声を上げた。

 

「だってよー、ずっと入院してんだから仕方ないだろ?」

 

「情けないと思う」

 

「ぐっ」

 

 一蹴。

 やれやれ、相変わらずこの娘さんは真っ直ぐである。

 だけど、そのやりとりが懐かしくて、楽しんでいる俺もいた。

 

「はぁ……よし、じゃ、行くか」

 

「うん」

 

 お陰で立ち止まらずに済むのはありがたい。

 寄り道もしたけど、本来目指すつもりだったジムへとたどり着くと、歓声が鳴った。

 

「誰か戦ってるみたいだな」

 

 午後の戦いだろうか。

 俺とリゥは受付をすませ、観客席へと向かう。

 まだ平日とあってか満員ではないが、それでも歓声は凄まじかった。

 

 出来れば前の方で観戦したい。

 席の間を縫いながら前方を目指していると、都合良く二人分、空いていた。

 俺とリゥはすばやく滑りこみ、試合を望んだ。

 果たして目の前には――

 

「ドードリオ、つついて!」

 

 高速で駆け回る俊足の鳥萌えもんと、

 

「クサイハナ、痺れ粉!」

 

 地に根を張り迎え撃つ植物萌えもんがいた。

 

「あれってブルー?」

 

「みたいだ。面白そうじゃねぇか」

 

 スコアボードを見る。

 一進一退の攻防のようで、ふたりともこれが最後の手持ちのようだ。

 

「また状態異常!? ああん、草タイプの萌えもんってこれが面倒臭いんだからっ」

 

「ふふふ、それも戦いですわ」

 

 痺れ粉によって動きが鈍るドードリオだが、依然として有利なのは変わらない。草タイプは飛行タイプに弱い。

 これはいくら状態異常にさせようとも覆しのない相性だ。

 

「クサイハナ、怪力!」

 

 しかし一転、動きさえ鈍らせてしまえば草タイプとて戦える。用は草以外の属性で攻めればいいのだ。

 エリカとてそれを承知しているはず。現に、今のはタイプに影響されない純粋な力業だ。

 が、ブルーとて負けていない。即座に判断し、

 

「なんの! ドードリオ、トライアタック!」

 

 トライアタック。炎、雷、氷の属性を一度に繰り出す大技だ。それぞれの威力は低いものの、様々な萌えもんに対処出来るという利点がある。加えて、中には草タイプが弱点とする属性も入っている。

 

 なるほど、考えたものだ。

 いくら速さが潰されたといっても距離と技の性質を考えれば、それでもドードリオの方が速かった。

 クサイハナよりも僅かな差でトライアタックは放たれ、

 

「……勝負あり、ですね。おめでとうございます」

 

「はうぅ~。勝ったぁ」

 

 決着は着いた。

 

 そうして、実況者によって高らかにブルーの勝利が宣言される。

 

 溢れる歓声。その中、珍しく観客へとマイクが向けられる。タマムシシティジムではこうして戦闘後にそれぞれを称えてより萌えもんバトルを競技として普及させようとしているらしい。確かにその場で戦った者に生の声援が送られるってのはモチベーション維持にも繋がるし、トレーナーと観客共に感情の高ぶりを共有出来る良い方法だと思う。

 

 接戦だったためか、マイクを渡された皆が熱い思いを語っていく。それはブルーを応援する声がほとんどで、照れながらも誇らしそうな様子は幼なじみとしても誇らしかった。

 そうして、マイクは何の因果か俺へと回ってきた。

 

「どうぞ、次はあなたです」

 

「――わかった」

 

 何を言おうか。

 静かになった会場で俺は息を吸ってから立ち上がる。

 

「おめでとう、ブルー。思わず見入っちまった。

 ――良い試合だったぜ。強くなってるじゃねぇか」

 

 誇らしく。

 妹分の頑張りを認めずして何が兄貴か。

 ブルーは気がついていなかったらしく、目を丸くして驚いている。

 そして、俺はもう一人へと視線を向ける。

 

「愛梨花!」

 

 果たせなかった約束を。

 叶わなかった戦いを。

 再び、この場所で挑むために。

 

「マサラタウンのファアルだ」

 

 その言葉に会場がざわめいた。

 エリカと視線が交差する。

 互いに不適な笑みを浮かべ、告げる。

 

 

「もう一度お前に――萌えもんバトルを申し込む!」

 

 

 静まりかえった会場に返ってきた言葉一つだけ。

 

 

「ええ、望むところよ、ファアル」

 

 

 そうして。

 大きな回り道をして、タマムシシティジムリーダー戦は受理された。

 

 

 

                             <続く>



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【第二十話】タマムシ――約束を果たすモノ

タマムシジム戦です。ゲーム的な部分以外を入れたらこんなんなっちゃいました。


 翌日。

 準備を整えた俺達は、タマムシシティジムの控え室で呼ばれるのを待っていた。

 

 以前入ったことのある庭園のような場所は一般開放している場所で、今いる場所はジムのバトル会場へと通じている楽屋裏のような場所だった。

 小さな子供部屋程度の広さの部屋には薄型のモニターがひとつあり、アナウンサーが実況のため解説を始めていた。

 

 入場を開始したようで、人がぞろぞろと入り始めている。

 

 そろそろか……。

 

 それほど大きくない控え室には俺、リゥ、シェル、コン、カラ、サンダースがいる。正直言って、元々広くないのもあってか、めちゃくちゃ狭い。

 

「いよいよ-、ですわね」

 

 以前よりも大人びた声音で言ったのはシェルだ。お嬢様然とした格好に見合うように語尾につけたようだが、部品を間違えたプラモデルように違和感がある。普通にすりゃいいのに。

 コンもまた、戦闘を前に落ち着かないのか、扇子を開いたり閉じたりしている。

 

「――愛梨花は草タイプの萌えもんを使う。シェルとカラには相性が悪いと思うが、頼むぜ」

 

 更に、おそらく状態異常攻撃もあるはずだ。

 むしろ草タイプが最も有利としているのは状態異常のはず。毒、麻痺、眠り――さすがに凍らせるのは無理だが、その三種類だけで充分に強力だ。常に万全の状態でいられると思わない方が良さそうだ。攻防に加え、状態異常まで加わってくると苦戦は必須と見て間違いない。

 

「ファアル。あの人の戦い方は知ってるの?」

 

「ああ」

 

 リゥの言葉に頷く。

 

「知り合いだからな。ジムリーダーとしての腕前ももちろん知ってる」

 

 それはかつて、何度も見た光景だった。

 ジムリーダーとして戦う愛梨花の姿が眩しくて――夢を叶えた彼女はどこまでも煌びやかで。

 そんな彼女だかたこそ、俺は背を向け、マサラタウンへと逃げたのだから。

 

 たったひとつ――約束だけをして。

 

「勝てるの?」

 

 リゥの問いは、その場にいた全員の心の声だったに違いない。

 五人の仲間達がみんな、俺を見ている。

 

 愛梨花の実力は誰よりも知っているつもりだ。そしてタマムシシティから離れておおよそ二年近くになる。更に強くなっているはず。

 だからこそ、俺は言い放つ。

 

「当たり前だ。勝つぞ!」

 

 絶対に負けない。その意志を込めて。

 俺が持っていないものを全て持っていた相手に。

 今度は勝つために。

 

 

「すみません。そろそろ時間ですので、よろしくお願いします」

 

 

 ドアのノックと共に係員の声がする。

 俺は頷き、リゥ以外の全員をボールに戻し、立ち上がる。

 さぁ、行こうか。

 四つ目のバッジを奪いに――。

 

 

 

    ◆◆

 

 

 

 帰るの? と。

 タマムシシティのゲートの前でかけられた声は、心なしか寂しそうにも聞こえた。

 

「いても仕方ないしな」

 

 振り向くと、そこにはいつの間にか見慣れるようになっていた白に臙脂(えんじ)色の花が刺繍された和服を着た少女がいた。

 

 タマムシジムリーダー、愛梨花。

 

 若くして就任した清楚な美少女――とマスコミは言っていたが、本来はお節介で一度決めたらテコでも動かない頑固者だってことを知っている。

 

 自分の居場所を無くして、訳がわからない情熱をただただ持てあまし、暴れ回っていた俺たちにお節介を焼いて変えてくれたのは他の誰でもない、愛梨花だった。

 

 彼女の持つ情熱に惹かれて、何度かジム戦を手伝ったりもした。

 だけどその度に――焦燥感に襲われていった。

 

 俺は何をしているんだろう?

 

 そういう気持ちだけが塵のように積もっていったのだ。

 

「もう俺がいなくてもいいだろ?」

 

 後は洋介や友人たちに任せてきた。くすんでいたモノを自覚してしまった俺に、あいつらの傍にいる資格が無い。そう思ったからだ。

 

「でも、これからどうするの? 夢、あるんだよね? ずっと……」

 

「……ああ」

 

 夢はあった。

 憧れと一緒に。大切な場所にずっと仕舞い込んで封をしていた夢にもう一度、気が付いてしまった。小さく燻っている炎に気が付いてしまったから。

 だから、

 

「戻るよ。俺の――始まりの場所に」

 

 最初から、見直したい。

 自分自身と向き直りたいんだ。

 挫けた夢を。

 

 たぶん――まだ信じて待ってくれているあの人に、今度こそ向かい合うために。

 

「寂しくなるね」

 

 そうして。

 笑みを浮かべた愛梨花は儚く見えた。

 

「――さて、どうかな。これから忙しくなるんだろ? 若きジムリーダーさんは」

 

「その分、責任も増えるだろうしね。わたくしに務まればいいんだけど」

 

 だけど、それは、

 

「お前がちゃんとなれたから、だろ? 望むところじゃねぇか」

 

「うん」

 

 愛梨花という少女が負うべきもので。

 近い場所にいると感じていた少女が、いつの間にか遠くにいるように感じてしまった、俺自身への負い目でもあった。

 

 

 ――また逃げるのか?

 

 

 そう、自問した。

 お前には無理だと切って捨てられ、手放した。

 叶わぬ夢だと自分が諦め、捨てきれないくせに持て余して――暴れ回った。

 

 もう一度、切っ掛けになるかもしれない。

 俺にまた前を向かせてくれた少女は、先に自分の夢を叶えた。

 俺は――

 

「約束しよう、愛梨花」

 

「約束?」

 

「ああ」

 

 これ以上、逃げたくなかった。

 立ち止まっても、後悔しても。

 一歩たりとも進めなかったとしても。

 それでも――もう夢を見失いたくなかった。

 

 だから、そのための、約束。

 俺を救ってくれた少女と交わす、最後の約束だ。

 

「今度会う時は――俺がお前に挑戦する。トレーナーとして。だから、その時は」

 

 愛梨花はすっと、右手を挙げ、小指を立てた。

 

「全力で戦う。ファアルの夢ために」

 

 それは小さな約束。

 子供がするような、口だけの言葉だけの約束だった。

 

「ああ、必ず。でも勝つのは俺だけどな」

 

「くすっ、どうかな?」

 

 だけど、そうして絡めた小指はきっと今でも繋がっていて。

 二年。

 それだけの月日をかけて。

 俺は――あの約束を――。

 

 

 

    ◆◆

 

 

 タマムシシティジムは、緑で溢れている。

 公開されている敷地内だけではなく、控え室の廊下に至るまで、花壇だったり並木道だったりで、何かしらの自然があった。

 

 控え室から会場へと続く並木道を歩く。

 

「約束、か」

 

 胸中を過ぎるのは二年前に交わした約束だった。

 いつか必ず叶えようと。指切りした約束は、今日果たされる。

 

「さぁ、挑戦者の入場です!」

 

 他のジムとは違い、歓声はない。

 静かに、しかし確かに観客はそこにいた。

 花を愛で、自然と共にあるジムリーダー、愛梨花。

 彼女が扱う草タイプそのもののように、それでいて力強く、ずっと待っていてくれた。

 

「昨日ここで挑戦状を叩き付けた――マサラタウンのファアルだァ!」

 

 会場に足を踏み入れる。

 そこは緑溢れる場所だった。

 

 地には土や砂が敷き詰められ、渓流のような小さな川が幾筋も流れ、木々が立っている。

 中央は開けており、自然公園のようだ。所々に咲いている花は、今ここが戦闘の場所だということを忘れさせてくれる。更に小さな林まで設けられている。

 

 そんな光景を挟んで、白と臙脂色の花が入った和服を着て、愛梨花は静かに佇んでいた。

 あの日と同じ姿で。

 

 変わったのは――、いや、

 

「……何も変わってないか」

 

 俺も、愛梨花も。

 トレーナーとして再び夢を目指すと誓った俺と、ジムリーダーとして戦うと言った愛梨花は。

 本来あるべき立場になっただけ。

 だから、

 

「愛梨花」

 

 マイクを取って、声をかける。

 俺達に相応しい言葉は何だろう?

 

 ずっと、考えてきた。

 ロケット団と決着をつけてからずっと。

 だけど結局、相応しい言葉なんてのはひとつしかなかったわけで。

 

「約束、果たしに来たぜ――勝つためにな」

 

 答えは、

 

「えぇ。ずっと待ってた」

 

 笑みを浮かべ、頷いた愛梨花。

 だから俺は、二年越しの言葉を告げる。

 

「――お前のジムバッジ、いただいていく!」

 

「やれるものならっ!」

 

 そして、そのために。

 

「頼むぜ――」

 

「任せますよ――」

 

 互いに呼吸は同じ。

 ボールに手をかけ、

 

「それでは、タマムシシティジム戦、開始!」

 

 同時に、戦いの火ぶたを切って落とした。

 最初に出すのは決めている。

 愛梨花が草タイプを扱うというのなら、

 

「コン!」

 

 まずは弱点でその牙城を突き崩す!

 

「フシギバナ!」

 

 そして愛梨花が選択したのは、以前グリーンと戦った際にも相対したフシギソウの最終進化形、フシギバナだ。頭の上に大きな花を咲かせた萌えもんで、大柄な体つきをしている。

 

 どっしりと腰を下ろした可憐な花――見た印象を言葉にするなら、まさにそれだろう。

 しかしフシギバナは自信に満ちあふれた表情で、弱点であるコンと対峙している。

 

「コン、先手必勝!」

 

「はいっ!」

 

 進化し、大人びた調子にはなったが、言葉の節々からはかつての面影が垣間見える。白と金をあしらった着物に、九本の尻尾がなびいている。

 コンは手にした扇子の先端を右頬に当て、火炎放射を――

 

「やっぱり最初は手堅く来るのね……」

 

 対する愛梨花はタイプの相性など異に介していない。

 むしろ望むところだと言わんばかりに、命じた。

 

「フシギバナ、日本晴れ!」

 

 その号令でバトルフィールドの様子は様変わりする。

 

 日本晴れ。

 

 マチスも使っていた〝雨乞い〟と同じく、フィールドの天候を一時的に変更するものだ。その効果は、炎タイプを強くする、という愛梨花にとっては本来不利になるはずの技だ。

 しかし、逆に強くなった日差しは草タイプの強力な技でもあるソーラービームの溜め時間をゼロにし、更に――

 

「では、ここで後退。お願いします、モンジャラ!」

 

 フシギバナをボールに戻し、更にモンジャラを出した愛梨花。

 だが、こちらの火炎放射は既に放たれている。

 威力の強化された火炎放射は、さならが熱波だ。

 それを、

 

「モンジャラ、蔓の鞭!」

 

 近くの木に蔦を伸ばし、己の体を引き寄せることで無理矢理回避を決める。

 

 更に、

 

「痺れ粉!」

 

 その体躯から目に見えるほど濃い痺れ粉がまき散らされる。

 

 ――マズい!

 

 しかし先ほどの熱波によって粉はあっという間にフィールドを飲み込んでいく。

 こちらが火炎放射を放つと読んでの即座の入れ替えと戦術。

 フィールドに出た瞬間、迷う事なく愛梨花の指示に従うモンジャラといい――練度は流石ジムリーダーと言ったところか。

 

「コン、動けるか!?」

 

「な……んとか……!」

 

 これだけの規模だ。吸いこまない方がおかしい。コンは早くも痺れが回っているようで、動きがほとんど止まっている。

 予想よりも格段に速い。

 

 いや、そうか――

 

「そのための日本晴れか」

 

 愛梨花が狙ったのは、ソーラービームの強化だけではなかった。あえて自分にとって不利な状況になってでもフィールドを変えるだけの戦略があったのだ。

 

 草タイプにおける最大の強さ――毒・麻痺・眠り、それぞれの状態異常を引き起こせる技の豊富さだ。

 日本晴れによって常時日を浴びているため、体温が上昇し、血管は広がっていく。血行が通常よりも良くなった状態で毒や麻痺を吸い込めばどうなるか――通常よりも効果が強くなるのは当たり前だ。血液が体を駆け巡る速さも違うのだから、即効性まで期待出来る。

 

 弱点だけが全てではない。

 

 愛梨花は――タマムシシティジムリーダーは、とんでもない戦法をしてくれたものである。

 それこそ食虫植物のように、罠を張り巡らせ、強かに獲物を倒す。

 毒・麻痺・眠り。

 戦闘においてこれほど恐ろしい状態異常もあるまい。こと麻痺に至っては、俺もお世話になっているからこそわかる。

 

「まだまだ……です」

 

 しかしコンとて戦う意志を微塵も衰えらさせていない。

 ならば、俺は活路を見出すだけだ。

 今回、コンが登録した技から状況を打破する戦法を導き出していく。

 

 フィールドは自然――これまでのジムリーダーと違い、使いようによってはこちらの有利に働く部分が多そうにも感じられる。

 日本晴れによって炎タイプの技が普段より上がっているのなら、辺り一面を焼き払うという方法も可能だ。

 だが――

 

「あの水がくせ者、か」

 

 忘れてはならないのが、マチスのライチュウだ。電気タイプなのにも関わらず波乗りを使用した例がある。水タイプの萌えもんがいないといって、思考を固定するわけにはいかない。

 

「そろそろ考えは終わった?」

 

 愛梨花は泰然としている。

 設けられた林からモンジャラの瞳が一対、コンへと注がれている。

 

「――もうちょっとくれたりしない?」

 

「だーめ」

 

 そして、モンジャラは身を揺する。

 繰り出される技は何か。

 

 木々に身を隠しているということは、ソーラービームではない。日本晴れの日照りからも隠れている木々の間からでは、ノータイムで発射は出来まい。

 とするならば、他の草タイプの技のはず。蔓の鞭は移動用と考えるべきだろう。

 ならば――

 

「届かなくてもいい! コン、火炎放射!」

 

 俺が指示を飛ばすのと同時だった。

 

「モンジャラ、宿り木の種!」

 

 種がいくつも飛ばされてくる。

 かつてグリーンも使用した技だ。相手の萌えもんに寄生する宿り木の種を飛ばし、体力を徐々に奪っていく厄介な技だ。

 

 しかし、それらの種はコンの火炎放射によって消えていった。

 

 助かった。

 

 そう思う間もなく、

 

「まだまだ! どくどく!」

 

「な――!」

 

 どくどく――毒の粉とは違い、対象を一瞬にして猛毒状態に陥らせる危険な技だ。通常よりも強力な毒液は、浴びたら最後、倒れるまで継続し続ける。

 

「くっ……!」

 

 火炎放射後の隙と、更に麻痺による動きの緩慢も合わさり、コンは為す術もなく毒を浴びる。

 

 毒と麻痺。

 このままでは放っていてもこちらの敗北は必須だ。

 再び木々の中へと身を滑り込ませたモンジャラを見ながら、思考をフル回転させる。

 

「ふふ、さあファアル、どうするの?」

 

 勝つための課題はふたつ。

 ひとつ、どうやってモンジャラを木々の間からおびき出すか。

 ふたつ、行動の制限された状態でどうやって勝つか。

 致命的なのが、こちらが浴びた猛毒だ。言ってしまえば、愛梨花はこのまま身を隠させているだけでコンに勝利出来る。逆に、おびき出さなければこちらの敗北は必至なわけだ。

 

 更に、麻痺と毒――愛梨花としてはこれ以上重ねても仕方の無い状態異常であるため、積極的に行動するとは考えにくい。

 

 ――このままじゃジリ貧だ。

 

 胸中で呟き、歯がみする。

 初手で一杯食わされている。

 なるほど、確かに草タイプというのは一筋縄ではいかないようだ。

 

 身を隠している林も厄介だ。乾燥している地域ならともかく、水気を帯びた木に対して火が効果的とはとてもじゃないが言えない。また、距離も大きく空いている。コンが移動する前にモンジャラは最後の一手を指してくるだろう。

 

 攻めても受けても敗北は必須。

 

「……いや、待てよ」

 

 モンジャラの使用した技を思い浮かべる。

 蔓の鞭、痺れ粉、どくどく、宿り木の種。

 唯一の攻撃手段は〝蔓の鞭〟だが、コン相手に効果は薄い。先ほどから見るように、痺れさせ、毒にし、宿り木の種で体力を奪っていくのが基本的な戦術だからだろう。

 

 そしてその〝蔓の鞭〟も、炎タイプのコンが出ているこの瞬間で言えば、移動手段としてしか効果は望めないはずだ。

 

 つまり、コンを出している以上、相手は閉じこもるより他に手段がない。

 

 こちらは既に麻痺状態。猛毒の相手にどくどくを重ねても意味がない。そして、宿り木の種は炎で封殺される可能性が高い。

 なら――

 

「攻め手はまだ俺達にある……!」

 

 作戦は決まった。

 

「コン!」

 

「は……い……」

 

 振り向いたコンに視線で告げる。

 

 

 ――引き出すぞ。

 

 

 果たして。

 その意味は伝わってくれたようで、コンは頷いた。

 悪いな。少し無理をさせる。

 

「コン、電光石火!」

 

 指示を受け、コンがモンジャラに向かって動いた。

 目指すは一点。モンジャラの潜む林だ。

 

「動いた……!?」

 

 愛梨花が驚くのが見て取れる。

 だけど、そんなのはまやかしだ。

 実際はいつもの速さよりも格段に遅い。麻痺している体を無理矢理動かしているだけだ。

 そして、近付けば近付く程、こちらには火炎放射という圧倒的なアドバンテージがある。

 

 だが、愛梨花には対抗手段として取れる方法は少ない。

 蔓の鞭を使って逃げるか、萌えもんを変更するか。もしくは――

 

「モンジャラ、もう一度痺れ粉です!」

 

 そう、同じ技を使い、完全に動きを止めるか、だ。

 宿り木の種を使っても火炎放射で焼かれる。だが、懸念すべきはもうひとつ。モンジャラがコンの射程に入ってしまうということだ。

 

 即ち、宿り木の種を焼き払われれば、自らをも犠牲にしかねない。だからこそ、愛梨花はもう一度痺れさせるしか堅実な手法が取れなくなる。そこで動きを鈍らせ、逃げの一手に転じれば確実に勝利を掴めるからだ。

 

「コン!」

 

 モンジャラから放たれた痺れ粉が濃霧のようにあふれ出る。

 

 この時を――待っていた!

 

「火炎放射!」

 

「了解ですわ!」

 

 渾身の火炎放射が放たれる。

 我慢の限界が来たのかコンはすぐに前のめりに倒れてしまう。

 が、狙いはここからだった。

 

 ――粉塵爆発という現象がある。

 空気中に可燃性の粉塵が存在していると起こる発火現象である。

 痺れ粉は相手に向かって放つ技ではなく、広域的に散布し、吸い込むことによって麻痺状態にさせる技だ。相手を狙う技ではないからこそ、効果があり、逆に言えば電磁波のように狙い撃つことが出来ないのが欠点でもある。

 

 つまり、可燃するのに充分な量が散布された瞬間ならば、タイミングさえ合えば――

 

「モンジャラ!」

 

 轟音と共に爆発した熱波は、林を丸ごと火の海に変えてしまう。猛烈な勢いで発火したソレは、悲鳴さえも飲み込み、やがて瀕死となったモンジャラを残して収まっていく。

 

「一体目――」

 

「――撃破、です」

 

 しかし、そこでコンの体力も無くなってしまう。

 すぐに下げ、毒消しを使って治療する。

 

「……すみません、ご主人様」

 

「いいさ。ありがとうな」

 

 項垂れるコンの頭を撫で、バトルフィールドへと顔を上げる。

 残るは五体。こちらは四体。勝負はまだ始まったばかりだ。

 今のところ判明している愛梨花の手持ちはフシギバナとモンジャラ。たったそれだけでここまで苦戦させられたのだ。次も一筋縄ではいくまい。

 さて、何が出てくるか。

 

「頼むぜ」

 

 そして弱点である炎タイプを潰された以上、出せる手札の分はこちらが悪い。

 

 ――分が悪いなら巻き返すしかない、か。

 

「サンダース!」

 

 紫電を放ちながら、サンダースがボールから解き放たれる。

 

「ふん、やっとわっちの出番か」

 

 その言葉尻、視線からは戦闘意欲がびりびりと伝わってくる。リゥと並んで、こと戦いにおいては頼もしい仲間だ。

 愛梨花もまた、モンジャラが潰れたことにより、手持ちから一体選び出し、会場へと展開する。

 

「お願い、ウツボット!」

 

 繰り出すと同時、ウツボットは周囲に草を舞わせた。脳裏に蘇るのは、ハナダで戦ったグリーンのフシギソウだ。

 葉っぱカッターはほぼ間違いなく覚えているだろう。草タイプの攻撃技として、登録していないはずはない。

 となれば――

 

「先手必勝を狙うしかないか」

 

 相手が状態異常攻撃を持っていることも考えると、迂闊に攻めるのは危険だが、慎重になりすぎても危険なのには変わらない。結局、どちらも変わらないのならば、まずはこちらが一発入れる方がずっといい。

 

 今回登録した技は、四つ。

 10万ボルト、かみ砕く、突進、ミサイル針。

 

 その内、虫タイプのミサイル針は使うタイミングによっては有利に働くはず。

 逆にあまり効果が期待出来ない10万ボルト以外はほぼ全て近~中距離仕様となる。

 勝利出来るとすれば――

 

「10万ボルト、だな」

 

 確信を持って告げる。

 と同時、愛梨花が動く。

 

「ウツボット、剣の舞!」

 

 自身の攻撃力を一時的に上げる技だ。効果が高い反面、しばらく動きが封じられるリスクがある。

 

「ファアル!」

 

「わかってる!」

 

 早くしろ、と急かしてくるサンダースに指示を下す。

 隙だらけのウツボット。その舞に向かって、

 

「ミサイル針!」

 

「任せろ!」

 

 サンダースを覆う針のようは毛先から大量の針がさながら〝ミサイルのように〟ウツボ

ットへと向かっていく。

 しかし、技の持つ属性は虫タイプだ。草タイプの他に毒タイプを持つウツボットには通常程度の効果しかない。

 

「いで、いででっ」

 

 舞の最中に針を浴びたウツボットは痛みに耐えるような挙動を見せる。

 が、〝抱えたもの〟は未だに出さずにいる。

 

「ファアル、攻撃してこないの?」

 

 愛梨花が問う。

 

「はっ、あからさまに誘っておいて良く言うぜ!」

 

 俺の言葉に、愛梨花は薄く笑みを浮かべた。

 モンジャラがそうであったように、迂闊に懐に飛び込むのはずっと警戒していた。相手の一撃が上がるのも厄介だが、それよりもこちらが誘われるままに状態異常を受ける方がもっと厄介だからだ。

 

 剣の舞を踊りながら、まさしく〝食虫植物〟のようにこちらの接近戦を待っていたに違いない。愛梨花としては、俺が警戒して手を出さないならば良し。手を出したとしても迎え撃てば勝利の一手が打てる。どちらに転ぼうとも有利に運べるわけだ。

 

 さて――

 

「とんだくせ者だよ、まったく」

 

 あのウツボット、サンダースでは相性が悪い。だが、手持ちを入れ替えてもその瞬間を狙われれば意味がない。良くも悪くも覆せるだけの相性があるのは氷タイプも持つシェルだが、草タイプが相手では迂闊に交代できない。

 

 つまり、今の状態ではこちらが狙いたい一手にはまだ手が遠い。

 おそらく愛梨花もそれは可能性の内に入っているはず。

 結論として、まず真っ先に狙うとすれば――

 

「ウツボット、近くの小川にヘドロ爆弾!」

 

 やはりな。

 脳裏を過ぎるのは、サントアンヌ号でのマチスだ。あいつはナゾノクサを水中へと放り込み、電気を浴びせていた。

 愛梨花が小川にヘドロ爆弾を指示したのも、電気を通しにくくするためだ。より盤石な方へと導くためだろう。

 

 だがそれは――

 

「読んでたぜ、愛梨花! サンダース、10万ボルト!」

 

 しかしウツボットは耐える。抵抗があるのだから当たり前だ。

 問題は違う場所。

 拡散していった10万ボルトは小川に落ちる前にヘドロ爆弾を迎撃し、その中身を空中でぶちまけさせた。

 

 周囲に漂い始める異臭は強烈で、涙が出そうだ。

 もちろんそれは、サンダースにとってはもっと強烈だろう。

 

「うがああああ、鼻が曲がるぅぅ―――!」

 

 ごろごろと転がっているが、これで手はずは整った。

 

「サンダース」

 

 ここから先は予想の範囲。言ってみれば賭けに等しい。

 だが、絶対の自信を持って、俺はサンダースに告げる。

 

「突進、噛み砕け!」

 

 登録した近距離攻撃を惜しみなく使う。

 

「くっそぉぉぉぉ――!」

 

 臭いにヤケっぱちになりながらサンダースは駆ける。

 瞬時にして距離を詰めるサンダースに、愛梨花はしかし、

 

「……くっ」

 

 迷っていた。

 

「使っていいんだぜ、愛梨花。眠り粉を」

 

「――意地が悪いのね」

 

 ウツボットの動きから考えられたのはふたつ。

 

 まずひとつ。状態異常技は登録していたとしてもひとつだけ。剣の舞を使用したことで、ひとつは攻撃に付随する技だとわかる。そして、ヘドロ爆弾が相手を毒状態にさせられる技もあり、ここでも選択肢がひとつ潰れる。即ち、持っている技から考えられるなら、ひとつは攻撃、そして残るひとつは状態異常といういことになるわけだ。もっとも、ヘドロ爆弾を主な攻撃技として愛梨花が考えていれば、という前提がつくわけだが、これもサンダースによって迎撃可能だった面も含めれば、盤石な耐性で望む愛梨花の性格から考えると、他に攻撃技をひとつ入れておくと予想した。

 

 そしてもうひとつ。

 

 遠距離に至っては、こちらがウツボットに対する決定打を持っていないと判断していたため。

 開幕から剣の舞を使用したのは、こちらの行動を誘うと同時、技を見抜くのもあったのだろう。そう、弱点になり得る技を持っているのなら、その場で放てば決着が着いていた。だが、俺がその手段を取らなかったのを見て、愛梨花はサンダースの登録技には遠距離で決定打が無いと判断した。果たしてそれは正しかったわけで、それ故にまずは感電させられる可能性のある水を封殺しようとした。当たり前だ。近付けばこちらを容赦無く倒せるのだし、遠距離に至っては怖い攻撃がないのだから。

 

 それ故に、ヘドロ爆弾を迎撃した。

 ぶちまけられたヘドロはサンダースの嗅覚が麻痺するくらいに凶悪だ。そんな劣悪な環境で、眠り粉を放ったところで、襲い来る睡魔に負けるには時間がかかる。

 内側からかけられる睡魔より、外部からの刺激が強い内は、こちらにまだ分がある。

 

 つまり、

 

「オラァッ!」

 

 勝機はここにある、ということだ。

 サンダースの突進によってウツボットの体が宙に浮く。ぱらぱらと体から粉が舞うが、それよりも速くサンダースは大口を開け、

 

「ウツボット、葉っぱカッター!」

 

「臭いんじゃちくしょ-!」

 

 涙を浮かべて噛み砕いた。

 同時、数枚の葉っぱがサンダースの体を掠めていく。

 致命傷にはほど遠い。

 おかげで――

 

「二体目――」

 

「――撃破だ!」

 

 すぐさま距離を取ったサンダースは小川に飛び込んでいた。

 微量ながら吸い込んでしまった眠気を取っているのだろう。

 これが戦況に影響しなければいいのだが……。

 

「流石ね……期待通り」

 

 静かに闘志を燃やし、愛梨花は次のボールを手に取り、展開する。

 

「お願い、パラセクト!」

 

 そうして現れたのは、大きなキノコを背負った萌えもんだった。

 

 パラセクト。

 草タイプと虫タイプを持つ珍しい萌えもんだ。サンダースにおいて、またしても不利な状況が続いていく。

 交代するなら今だが――

 

「無理、か」

 

 先ほど吸い込んだ眠り粉がある。このままボールに戻してしまうと、眠ってしまいそうだ。最悪、その状態で戦場に出して一方的に敗北するという可能性が高い。

 となれば続投しかないが。

 

 もし――もし愛梨花が伏兵としてここまで手を打っていたのだとすれば、厄介だった。

 

「う、……くそ、眠い」

 

 水を浴びたくらいでは睡魔が取れないか。何より、日本晴れによって水の温度も上がっている。冷水ならばともかく、暖まった水はほとんど意味がなかったか……。

 

 果たして。

 微笑をたたえた愛梨花の様子では判断出来なかったが、

 

「パラセクト――」

 

 指示で全てがわかった。

 

「キノコの胞子!」

 

 何のことは無い。ウツボットが倒れた場合まで読んでいた。次の次の手まで予測し、実行に移したまでのことなのだ。

 

「うげっ、なんだ……これぇ……」

 

 瞬時にしてばらまかれた胞子を吸い込んだサンダースは一瞬にして眠りへと陥ってしまう。

 逃げられる場所はボールの中以外――存在していない。つまり、

 

「パラセクト、切り裂く」

 

 愛梨花の指示でパラセクトの一撃が無防備なサンダースに直撃する。元々、素早さの代わりに打たれ弱いことも相まって、追い詰められてしまうサンダース。

 更に、

 

「ギガドレイン!」

 

「ふぉ――ぎゃぴっ」

 

 トドメの一撃。眠りから覚めたばかりでは対応のしようもなかった。

 これで、残る手持ちは三体。内、弱点は二体。

 

「……どうするの?」

 

 見上げてきたリゥに視線を落とす。

 

「難しいな……」

 

 間違いなく、切り札となるのはリゥだ。進化したこともあり、状況を打破してくれるだけの実力は発揮してくれるはず。

 

 だが、愛梨花の手持ちが気がかりだった。

 脳裏を掠めるのは、シルフカンパニーでの一件。あの時、愛梨花はリゥ相手にナッシーを繰り出していた。草タイプの中でもリゥと真っ正面から勝負が出来るのはナッシー、次点でフシギバナくらいだろう。愛梨花が対リゥとして準備していないわけがない。

 

 しかし、シェルやカラでは不安が残る。シェルではあのナッシーの巨体を仕留められはしないし、カラに至っては力負けしてしまう。勝つには、何か裏をかかなければ勝ち目はない。そのためにはリゥを温存しておかなければならないわけだ。

 

 愛梨花としても、俺の今までの試合を見てきているのなら、メンバーは自ずと予想が出来ているはず。となれば、こちらの主軸がリゥであることも理解しているはずだ。リゥさえ倒せば、更に勝負は自分に傾くと考えているだろう。

 となれば、どうやっても引きずり出す必要が出てくる。

 

 ――だからこそのギガドレインか。

 

 水と地面に効果のある草タイプの技を見せることで、こちらの選択肢を狭めてきたわけだ。

 萌えもんを失いたくないのなら、まず間違いなく草タイプを弱点としない萌えもんを選ぶ。

 そう、普通ならば、だ。

 

「リゥ、ジョーカーであってくれ」

 

「――信じるから。任せて」

 

「ああ」

 

 そして、選び出したのは、

 

「頼むぜ、シェル!」

 

「お任せあれー」

 

 舌っ足らずな口調が懐かしいが、シェルは楽しそうに外で出てくる。

 

「ここで水タイプ、か」

 

 愛梨花の呟きがここまで漏れる。

 そう、リゥはこちらにとっても相手を牽制出来るだけの手札となり得る。

 

 何もフィールドに出すだけが戦い方ではない。あえて見せることで、相手の選択肢を狭めることも可能だ。

 愛梨花、お前に流れは渡さない。

 絶対にだ。

 

「でも――草タイプに水タイプを出すのは少し侮りすぎだと思うけど?」

 

 知っている。

 いかにシェルに氷タイプが混じっていようとも、それで完全に相殺出来るわけではない。ましてや相手もこちらと同じ状態だ。虫タイプによってこちらも切れる手札が少ない。

 

 だからこそ、このタイミングで手持ちを見せたのだ。

 登録した技は、水鉄砲、ハイドロポンプ、殻に籠もる、冷凍ビーム。

 なら、取れる方法は――

 

「では、パラセクト。毒の」

 

「シェル、交代!」

 

「およ?」

 

 こくん、と傾げた姿でシェルの姿が消える。そして即座に選び出したのは、

 

「頼むぜ、カラ!」

 

「任せてくれ!」

 

 愛梨花が選択したのは〝毒の粉〟だ。これで、パラセクトの技が全て判明した。

 

 ――いくぞ。

 

「カラ、穴を掘る! 掘りまくれ!」

 

 指示を受けるや否や、カラの姿は地面の中へと消えていく。

 地中を掘り進む音と震動が断続的にバトルフィールドを揺らす。

 

 そんな中、パラセクトの〝毒の粉〟がゆっくりと宙を舞い、地面へと降り立っていく。

 未だ地を掘り進める音が響く中、愛梨花は、

 

「パラセクト、穴に向かって毒の粉を」

 

 カラは地面を掘り進んでいる――即ち出口がない。

 穴に向かって〝毒の粉〟を放てば、カラはやがて穴の中で吸い込んでしまうだろう。よしんば地上に逃げたとして、そこにはパラセクトがいる。弱点の草タイプで攻めれば陥落するのは素人目に見えても明らかだ。

 

「カラ! 地面の柔らかい場所に出ろ!」

 

 だからこそ、次の手を打つ。

 カラは俺の指示通りに、地面の柔らかい場所に出てくる。即ち、

 

「ぷはっ!」

 

 被った骨から水滴が飛び散る。と同時、カラの掘った穴へと向かって小川の水が流れ込んでいく。

 これで〝毒の粉〟はカラには届かない。

 更に、

 

「カラ、交代だ!」

 

「わかった!」

 

 追い打ちをかける!

 カラを引き戻し、ボールから繰り出すのは、

 

「もう一回、頑張ってくれシェル!」

 

 草タイプが弱点であるはずのシェル。

 俺の選択に、愛梨花だけでなく会場までどよめき始める。

 

 弱点ばかりの選択。

 そして意味のない行動。

 傍目に見れば、間違いなく勝負を捨てているように見えるだろう。

 

「愛梨花、お前の弱点を攻めさせて貰うぜ」

 

「……水タイプで?」

 

 答える代わりに獰猛な笑みを返す。

 結果など、見せてやればいい。

 

「シェル、カラの掘った穴に向かってハイドロポンプ! ぶっ放せ!」

 

 指示を受け、シェルは最大級の威力で穴へと向かってハイドロポンプを放つ。

 元々カラは小柄だ。そんな彼女が掘った穴など、即座に水流によって広がり、やがて至るところから水が吹き上がり始める。

 

「なっ――これは!」

 

 驚く愛梨花を横目に、

 

「あの短時間で良くここまで掘れたもんだ」

 

「夢中だったからね」

 

 照れた様子のカラは、それでも誇らし気だった。

 

「……さて、そろそろか」

 

 既にバトルフィールドでは至るところから水しぶきが上がり、雨のように降り注いでいる。

 それを全身に浴びているのはパラセクトも同じだ。

 

「水……まさか、状態異常を!?」

 

 さて、

 

「シェル、決めてやれ! 冷凍ビーム!」

 

 水に濡れてしまえば、〝毒の粉〟も〝きのこの胞子〟も使えない。水を吸った粉は重さを増し、表面に水が纏わり付くことで簡単に飛び散らせなくなっているはずだ。

 なら、先手必勝。遠距離を持つこちらが有利!

 

「くっ、ギガドレイン!」

 

 愛梨花が選べる技はふたつしかなくなるわけだ。

 しかしその指示も無力に終わる。

 周囲の水飛沫を凍らせながら直進する冷凍ビームに押し切られる形でギガドレインは消滅し、

 

「――三体目」

 

「げきはー、ですわ」

 

 表面もろとも氷付けにされたパラセクトが瀕死になった合図を受けていた。

 これで半分。

 姿を確認していて倒していないのはフシギバナだけだ。となると、残る草タイプの萌えもんとして浮かび上がるのは、ナッシーと、

 

「では、お次は彼女に。ラフレシア!」

 

 巨大な花を冠した、萌えもんだった。

 

 残りを弱点だらけのメンバーでどう倒していく?

 そうして俺が思案していた時だった。

 明瞭な声で、愛梨花は言った。

 

「ファアル、私ね、正直驚いた」

 

「うん?」

 

 愛梨花はそっと左手を自分の胸に当て、静かに語る。

 

「そして、貴方との約束を守れたのが素直に嬉しい」

 

「――俺もだよ」

 

 だから、と。

 

「どうやってこの状況をひっくり返してくれるのか――ううん、そうじゃなくて」

 

 ひっくり返してみろ。

 

 愛梨花は言外にそう言っていた。

 

「はっ――もう一度言うぜ、愛梨花」

 

 堂々と胸を張って。

 俺を信じ、戦ってくれている仲間達に恥じないように。

 

「勝つのは俺達だ」

 

 そっか、と愛梨花の呟きがここまで聞こえた。その声音は、楽しそうでもあった。

 

「――ラフレシア」

 

 その指示に身構える。

 日本晴れの強烈な日光を浴びて溶け始めている氷の礫がキラキラと輝き始める中、

 

「シェル」

 

 勝つための布石を打つために、

 

「花片の舞!」

 

 草タイプでも屈指の威力を誇る技を使用した。

 

 それは、まさしく舞だった。

 花片がシェルの視界を奪い、その中をラフレシアが舞いながら進んでいく。

 まるで、完成されたひとつの舞台を観ているかのような光景。

 しかし、見とれていれば負けるのは俺達だ。

 

「地面に向かって水鉄砲! 最大出力だ!」

 

「ばっちですわ!」

 

 シェルダーだった頃より成長したとはいえ、水鉄砲そのものの威力も上がっている。

 宙に浮いたシェルは、地面で待っているラフレシアを眼下に捉えている。

 

「――花片が邪魔ー」

 

「だろうな。――いけるか?」

 

 アイコンタクト。

 

「ばっちおっけー、ですわ」

 

 即座に頷き、

 

「冷凍ビーム!」

 

 眼下に向かって放った。

 が、その行動を読んでいたのは愛梨花とて同じだった。

 俺達より更に速く、

 

「ラフレシア、上空にヘドロ爆弾!」

 

 毒タイプの強力な技を花火のように発射しまくっていた。

 

「――何も見えっ」

 

 ヘドロ爆弾とヘドロ爆弾がぶつかり合って、弾ける。

 やはり読んでいた。

 その上で、まき散らされたヘドロでシェルの視界まで塞いできたのだ。

 

「わ、わわっ」

 

 そのひとつを食らい、シェルの体勢が崩れてしまう。

 しかしそれでも何とか放った冷凍ビームは、ラフレシアから大きく外れ――あふれ出した水を凍らせるに終わった。

 

「その隙、頂くわ! ギガドレイン!」

 

 花弁と共にラフレシアのギガドレインが炸裂する。

 瞬時にして体力を吸い取られたシェルは、ヘドロ爆弾でのダメージも合わさって倒れてしまう。

 これで、残る手持ちはリゥとカラだけになった。

 

「――何とか仕込めたが……まだ早い、か」

 

 バトルフィールドを見やる。望む変化を期待するにはまだ早い。

 なら、

 

「頼む、リゥ」

 

「任せて」

 

 頼もしい相棒は、一歩前に進み出て、腕を組んで胸を張っていた。

 

「方針は?」

 

 今まではそんな事も訊かなかっただろうに。

 

 言葉と共に、リゥは絶対の信頼を込めて俺に背中を預けてくれている。

 ならば、俺も裏切るわけにはいかない。

 

「ラフレシアを倒す。それで、ナッシーを引きずり出してぶっ倒す!」

 

「――諒解。借りを返してやるわ」

 

 白銀の髪を撓らせ、リゥはバトルフィールドへと躍り出る。

 それだけで、愛梨花が身構えたのがわかった。

 以前とは別人のようになっているのを肌で感じたためだろう。

 

 静かに。

 リゥは自身の敵を見据えている。

 

「愛梨花」

 

 そして、言った。

 

「本気、見せてあげる」

 

 好戦的な笑みを浮かべ、言い切った。

 

「……ええ、楽しみにしています。リゥさん」

 

 答えた愛梨花は、ラフレシアへと指示を飛ばす。

 

「ラフレシア! 花片の舞!」

 

 花片が舞う。

 状態異常技もあるだろうに、ここに来て愛梨花が選んだのは攻撃技だった。

 おそらく――試しているのだろう。

 リゥがどこまで〝強く〟なったのか。本当に乗り越えられたのかを。

 

「――」

 

 対するリゥは微動だにしない。花片を前にしても、身一つ動かさないで、ただじっと――待っていた。

 

 俺の指示を。

 

「――リゥ」

 

 見せてやろうぜ。

 俺達の力ってやつを!

 

「龍の息吹。なぎ払えっ!」

 

「諒解!」

 

 視界を塞ごうとしていた花片が軒並み消えていく。塵となり消えていく花片は、灰が舞っているようでもあった。

 それを委細気にせず、リゥは一歩を踏み出す。

 

「高速移動――」

 

 瞬時にして距離をつめたリゥの動きを、ラフレシアは辛うじて視線で追っていたようだったが、

 

「ドラゴンクロウ!」

 

 勢いを乗せて叩き込まれたドラゴンクロウまで反応は出来ていなかった。

 

「ラフレシア、眠り――」

 

 黒炎の如き巨大な爪がラフレシアの体躯を宙に浮かす。

 だが、まだだ。それでは倒せない。

 

「追撃――叩き付けろ!」

 

「ふっ」

 

 一呼吸だった。

 宙に浮いたラフレシアは上空から叩き付けられ、地へと倒れ伏した。

 これで、

 

「――四体目」

 

「撃破よ――!」

 

 残るは二体。

 フシギバナと――ナッシーで来るはずだ。

 

 

    ◆◆

 

 

 鮮やか。

 まさにその言葉通り、ラフレシアを瞬時にして倒してみせたリゥは、シルフカンパニーで戦った時とはまるで違った。別人とも呼べるその変化に、愛梨花は内心で理解していた。

 

 あの時に聞いた言葉は、リゥにとって間違いなく真実であったのだと。

 今、敵として見ていて思う。

 リゥという萌えもんがどれだけ背中を預けているのか。

 ファアルというトレーナーがどれだけ背中を支えているのか。

 

 モンジャラも、ウツボットも、パラセクトも、ラフレシアも――相対したからこそわかった。

 奇抜な発想とそれを即座に実行する決断力。そして、何を置いても仲間を信頼しているからこそ来る、冷静な判断力。

 

 相手のタイプに合わせて弱点を揃えるのではない。相手の弱点を見出し、或いは作り出すことで勝利する。

 そこには共に旅をする仲間への信頼があった。そして、これまで何度も挑んできた挑戦者達のほとんどが持っていないものだった。

 

 即ち――トレーナーであるということ。

 

「……なるほど、確かにそうかもしれない」

 

 漏らした言葉に笑みを乗せる。

 かつて出会った同い年の少年は、やはり強かった。

 どこまでも真っ直ぐに、ただひたすらに夢を追いかけていた。

 

 抱いたものへの道に自分が立ち塞がっているのなら。

 彼の夢を知る者として、全力で立ち塞がろう。

 それこそが――

 

「ジムリーダーである、私の戦いなのだから」

 

 そして、愛梨花はボールを投げた。

 残る手持ちはナッシーとフシギバナ。

 決着はそう遠くない。

 

 

    ◆◆

 

 

 

「行って――ナッシー!」

 

 愛梨花が繰り出したのは、リゥにとっては仇敵ともなる相手だった。

 

 

 ――やはり、フシギバナは温存か。

 

 

 こちらの手持ちが残るはカラしかいないのも読んでのことだろう。日本晴れを使用できるということは、即ちソーラービームも視野に入れてほぼ間違いないはず。

 となれば、カラにとっては圧倒的に不利になる。

 

 だからこそのナッシー。なるほど、やはり愛梨花はどこまでも堅実な相手だ。

 しかし相手はシルフカンパニーでリゥを完膚無きまでに倒した相手だ。

 気圧されてはいないだろうか?

 そう思い、かけた声は、

 

「リゥ――」

 

「大丈夫」

 

 穏やかな声音で返された。

 

「今は負ける気がしない。

 ……だって、」

 

 リゥはそこで一言つき、

 

「ファアルも戦ってくれているって、わかったから」

 

 その言葉に、戦闘の最中だというのに泣きそうになった。

 

 感激で体が震え出す。

 歓喜で叫び出したくなる。

 その全てを抑え込み、たった一言で返す。

 

「行くぜ、相棒!」

 

「うん!」

 

 リゥが身構える。

 ナッシーの戦法は控え室で聞いている。

 

 草タイプでも強靱な体躯を持つナッシーは、物理攻撃と防御、更にサイコキネシスといった特殊な攻撃まで扱える、規格外の萌えもんだ。進化したからといって、真っ正面から戦えばこちらの被害は計り知れないものになる。

 

 出来れば万全の状態で勝つ。

 それこそが勝つための布石であり――リゥの背中を押すための俺の務めでもある。

 

「リゥ」

 

「ナッシー」

 

 疑問に感じていたのはひとつだけ。

 ナッシーが状態異常を登録しているかどうか。その一点だけだった。

 これまで相手をしてきた愛梨花のパーティーは全て状態異常を登録させていた。ナッシーに覚えさせていないはずはない。

 

 ――だからこそ、

 

「高速移動!」

 

「たまご爆弾!」

 

 こちらの裏をかくために、あえて使わない――もしくは登録させていないはず。

 そのためのナッシーなのではないかと予想を踏んだ。馬力のあるナッシーならば状態異常攻撃にさせることでより有利に進めることが可能だ。さながら城の如く。籠城戦のようになってしまえば、それこそ弱点である炎タイプでしか正面から落とせない。

 

 そして必要以上に警戒し、二の足を踏む。

 状態異常を警戒している間に、サイコキネシスで動きを封じ、攻め落とす。

 そう予想した。

 なら、俺が取る手段はひとつだけ。

 

「翻弄してぶっ倒す!」

 

 リゥの動きは速い。瞬時にして距離を詰めるが、それもナッシーがばらまいたたまご爆弾によって阻まれていく。

 

 いくつにも放り出された爆弾は、地面に触れて爆発し、礫をリゥへと見舞っていく。

 微々たるダメージ。だが、楽観視もしていられない。恐ろしいのはサイコキネシスだ。視線に捉えられれば、なす術はない。

 次いで、愛梨花は告げる。

 

「更に踏み付け!」

 

 ぐらりと。

 地面が陥没するかの如き力でナッシーが地を踏み付ける。

 衝撃で盛り上がった地面に振れ、たまご爆弾が不規則に破裂していく。

 だが、まだ破裂していないものも多い。ばらまいたいくつかのたまご爆弾は、空中に健在だ。

 

「狙いは……龍の息吹か」

 

 強力な技だが、発動するためにはリゥの動きがどうしても止まってしまう。

 愛梨花が狙っているのはその隙だろう。リゥが放った瞬間、サイコキネシスでたまご爆弾を誘導し、リゥを倒すつもりでいる。

 今は何とか回避しているが、少しずつナッシーへと距離をつめている。しかし、確実に仕留めるにはまだ早い。

 

 どうする――?

 

 その思考を打ち切ったのは愛梨花だった。

 

「ナッシー、突進!」

 

「ちっ」

 

 ここに来て更に技を指示。

 突進を食らえば体重の軽いリゥは飛ばされるだろう。そこにたまご爆弾で終わり。更に回避したとしてもばら巻かれたたまご爆弾で追撃が出来る。上に跳んで回避も同様だ。空中で身動きが取れないのは俺自身が戦法で利用した方法だ。

 

「リゥ――」

 

 戦場を見渡す。

 取れる戦法はひとつ。

 

「跳べっ!」

 

「諒解!」

 

「……ファアル、それは」

 

「反転、龍の息吹!」

 

「えっ――?」

 

 驚きの声を上げたのは愛梨花だ。

 敵から背を向け、龍の息吹を吐いたリゥの行動は、まさに奇怪に映るだろう。

 しかし、さすがと言うべきか、愛梨花は即座に俺の狙いを読んだようだった。

 

「選べよ、愛梨花!」

 

「――くっ」

 

 龍の息吹を放っているリゥは無防備だ。しかし、息吹によって推進効果を得られ、空中をナッシーへと向かって〝跳んで〟いる。

 

 その状態をサイコキネシスで止めれば、リゥは無防備だ。抵抗することなく次の一撃を食らうだろう。

 

 突進にしても同じだ。ナッシーほどの力を持つ萌えもんならば、リゥを瀕死に追いやる

ことは充分に可能となる。

 

 同時に、ナッシーにはもうひとつ選択肢が出来た。空中にいるリゥにたまご爆弾をサイコキネシスで操り、浴びせかけるというものだ。こちらの方が、確実に倒せる。だが、その反面、間に合わなければ自らにダメージが返ってくる。

 

 

 即ち、どれを選んでも愛梨花にとっては好手であり、俺達にとっては不都合極まりない選択なのだ。

 

 

 どれを取っても、愛梨花は間違いなく勝てる。

 ()()()()()()()

 自分に都合の良い選択肢だけを出された場合、迷うことなく選べる人間なんぞ、そうそういやしない。

 

「ナッシー、!」

 

 悪いな愛梨花。

 

「タイムアップだ。ドラゴンクロウ!」

 

「――ふっ!」

 

 愛梨花の声を聞くよりも速く、リゥとナッシーとの距離は致命的なまでにつめられていた。

 空中で反転したリゥは勢いそのままに、黒い炎を纏った右腕を振り下ろす。

 

「――、まだっ!」

 

 しかしナッシーはまだ倒れない。

 追撃。

 

「叩き上げろ!」

 

「諒解!」

 

 空中で回転したリゥによってナッシーの体が空中へと持ち上がる。

 

「ナッシー!」

 

「零距離――龍の息吹!」

 

 そして、身動きの取れまいまま、ナッシーはリゥの吐き出した龍の息吹に飲み込まれ、

 

「――五体目」

 

「撃破よ――!」

 

 俺達の勝利が決まった。

 ひっくり返したぞ、愛梨花。

 見据えながら告げる。

 

「来いよ、フシギバナ」

 

 俺の元へと戻ってきたリゥと共に、最後の敵を待ち構えた。

 

「――貴方に全てを任せます」

 

 未だ日本晴れによって日は強い。これまで愛梨花が使ってきた萌えもんで、草タイプの強力な技――ソーラービームを使用した萌えもんはいない。

 消去法でいけばおそらくフシギバナこそ、使ってくるはずだ。

 

「フシギバナ!」

 

 そうして。

 本日二度目の登場となる、フシギバナがバトルフィールドに繰り出された。

 愛梨花の主力のひとりであり――いつかはグリーンも共に戦うであろう萌えもん。

 

「リゥ、ダメージはどんなもんだ?」

 

 先ほどの戦いで全くダメージが無かったわけではない。

 爆風によって小さく体力は削られていた。

 だが、

 

「ん、問題無い。ばっちりよ」

 

 強がりでもなく、見栄でもなく。

 リゥは自然に言った。

 

「わかった。んじゃ、行くとするか」

 

 敵を見据え、告げる。

 

「高速移動!」

 

 リゥの本懐は接近戦にある。龍の息吹以外は全て近距離戦の技だ。

 こちらが〝龍の息吹〟を放つ際の隙を狙われるわけにはいかない。いくらドラゴンタイプが草タイプに強いといっても、撃ち続けられるソーラービームを食らい続ければ敗北は確実だ。

 

「フシギバナ、地震です!」

 

「なっ――!」

 

 地面タイプの技だと――!?

 そして愛梨花はリゥの動きを防ぐ道を選んだ。

 

「わ、っと……」

 

 揺れの強さにリゥが思わず踏鞴(たたら)を踏んで立ち止まってしまう。

 同時、震動でシェルの放った水が地下からあふれ出てくる。

 

 ――これが吉と出るか。

 

 吐き捨て、戦略を練り直す。

 事実上、高速移動も防がれた形だ。

 

「リゥ、あの揺れで走れるか!?」

 

「無理!」

 

 だよな。

 揺れのタイミングに跳ぶ――いや、それだと狙い撃ちされるのがオチだ。だが、地上を走ればそのまま地震のダメージをも食らってしまう。更に動きの止まっている最中は無防備だ。

 

 どう打開する……?

 

 方法は――

 

「……リゥ」

 

「何?」

 

「龍の息吹、いけるか?」

 

 くい、と下を指す。

 そして意味することは、ひとつだけ。

 

「――」

 

「私、ナッシーに勝てたよ」

 

「?」

 

「ひとりじゃ勝てなかった相手に、ちゃんと勝てた。でしょ?」

 

 だから――

 

「私は大丈夫。まだまだ強くなってる。これからも――強くなれる。だから、ファアルは自分の戦いをして。貴方が私を利用しているように、私も貴方を利用しているんだから。そうでしょ、――」

 

 笑みを浮かべ、リゥは言った。

 

「相棒」

 

「……リゥ」

 

 目を瞑る。

 その信頼に応えるためのものを、俺は持っている。

 必ず手に入れる。

 

「ああ、当たり前だ!」

 

 リゥ――

 

「龍の息吹!」

 

「諒解!」

 

 放ったのは地面に向かって。

 ただひとつ――仕込んでいたもののために。

 黒の炎が地を焼き、穴に張った氷の表面を舐め回す。

 

「――また空を跳ぶのですか? でも、無駄です。ソーラービーム!」

 

 何度も使った戦法で覆い隠しながら――リゥを犠牲に引き寄せる。

 

「あ、くっ……!」

 

 ソーラービームの直撃を食らい、リゥは力尽きる。

 体力が無くなったリゥを傍まで戻し、

 

「――ありがとう」

 

「うん。でも、これで勝てるの? あいつ、かなり強いけど」

 

 ああ、

 

「大丈夫だ。決め手は――カラがやってくれる」

 

 そうして、俺は最後のボールを手にし、

 

「待たせたな、カラ!」

 

 地面タイプ――草タイプにとっては標的である萌えもんを繰り出した。

 その選択はまさしく愚行。

 事この場に置いて、足掻きにもならないであろう選択だった。 

 

 神妙な愛梨花の表情も、会場から聞こえるどよめきも。

 それらを全て気にせず、誇りを持ってカラは立っていた。

 傷だらけの頭骨を被り、母から譲り受けた骨を持って。

 

 ――倒してみせろ。

 

 そう、フシギバナへと言外に語っていた。

 

「ファアル。貴方の試合を全部見ました。剛司さん、香澄さん、マチスさん――あの方々

を倒したのは確かに凄いと、同じトレーナーであるわたくしも思います」

 

 でも、と。

 

「そんな偶然は何度も続かない。貴方の戦い方は確かに奇抜だけど――それでもひっくり返せはしないものがあります。わたくしが――」

 

 愛梨花の右腕が振り上げられる。

 

 そして、ジムリーダーらしく凛然として、勝負を付けるための言葉を放つ。

 

「貴方に刻みつける!

 ソーラービーム!」

 

 草タイプ最強の技を食らえばカラは一撃で倒れ伏すだろう。

 しかし、弱点の技を前にしてカラはぴくりとも動かない。

 絶対の信頼を持って、俺の指示を待っている。

 

 ――はっ、そうだよ。

 

 進化ってのは大切だ。強くなる――その最短距離なのだから。

 相性ってのは大切だ。火を水で消すように――当たり前の現象なのだから。

 ロケット団が望んだように、そうあったように――力の強い方が勝つのは、常識なのだから。

 

 だけど、

 

 

 だからどうした?

 

 

 進化した方が強いなら、進化しない奴は絶対に勝てないのか?

 相性が悪ければ、相性の悪い奴は絶対に勝てないのか?

 

 

 違う。

 

  

 ああ、違うんだ。

 何故なら――

 

「――はっ、知ったことじゃねぇよ!」

 

 そんなのは、野生での話だ。

 

 ガキ共が遊びで戦わせた場合の話だ。

 

 何も知らない奴が戦った場合の話だ。

 

 忘れてんじゃねぇぞ、愛梨花。

 

 これは相性だとか進化だとかで勝負が決まるゲームじゃねぇんだ。

 

 〝相性〟――〝進化〟――〝強さ〟――

 

 その道理をひっくり返すために――

 

 

「刻みつけてやるよ、草使い(ジムリーダー)!」

 

 俺達(トレーナー)がいるんだろうが!

 

「カラ、地震だ!」

 

「了解だよ!」

 

 フシギバナが放つ寸前、カラの地震が炸裂する。

 揺れる地面。しかし、フシギバナの体躯は眼前の敵をしっかりと見据えたまま動かない。

 

「それだけでフシギバナが負けると――、っ!?」

 

 異変が起こったのはその時だ。

 

 地面が、割れた。

 

 あちこちから空いた穴から表面を抑えつけていた氷が溶け、地中深く溜まっていた水が間欠泉の如く吹き上がる。それはフシギバナの視界を塞ぎ、空洞となった地面は容易く崩壊していく。

 

 その予想通りの光景に、笑みを浮かべる。

 本来ならばもう一手必要だった。だが、それも愛梨花がフシギバナの地震という手で補ってくれた。

 後はリゥでほんの少し後押しをしただけ。

 残るは仕込んだ一手を発動させるだけだった。

 

「――ファアル、まさか初めから!?」

 

 愛梨花の言葉と共に、フシギバナの放ったソーラービームは明後日の方向へと飛んでく。フシギバナの立っていた地点が崩落したからだ。

 戸惑うフシギバナは、しかし流石というべきかすぐに光を溜め込んでいる。

 

 だが、遅い。

 その前に身軽なカラが距離を詰めている。

 

「カラ、頭突き!」

 

 振りかぶった頭突きがフシギバナにぶち当たる。骨も合わせてのクリーンヒットだ。しかも踏みしめようとした大地が崩落しているのだから、たまらずフシギバナはよろけ、倒れていく。

 

 そこに――

 

「ぶっ飛ばせ、メガトンキック!」

 

「っらあ!」

 

 そのままの勢いで回転し、メガトンキックというよりもかかと落としが炸裂する。

 直撃したフシギバナは、そのまま地面と体を埋め、地面の崩落と共に埋まっていく。

 

「もう一発――地震!」

 

 地震によって瓦礫が砕かれていく。威力は通常時の半分といっていないだろう。

 しかし、追撃には充分な威力だった。

 フシギバナは地の中で気絶し、崩落した地面に着地したカラは一息をついた。

 そして、

 

「――六体目」

 

「撃破だっ!」

 

 俺達の勝利を告げる言葉が会場に木霊した。

 

 

 

    ◆◆

 

 

 

 決着の後、俺とリゥはジム内にあるベンチに座っていた。

 あの日――久しぶりにタマムシシティに返ってきた俺が、ぼこぼこにされて倒れた挙げ句、目が覚めた場所だ。もちろん今でも納得してない、あれ。

 

「勝てたな」

 

「うん。これでまた一歩」

 

 焦って強くなるのは難しいんだと思う。

 そうやって強くなって――成長していけるのは限られた者だけなんだろう。

 俺達みたいな凡人は、一歩一歩進んでいくしかないんだ、きっと。

 

 昨日よりも一歩進んでいるために。

 まだ見ぬ明日に向かって一歩踏み出すために。

 明日のその先にある目標に向かって、進んでいくために。

 

 だからこその、一歩。小さいけど、それでも大きな一歩だ。

 

「やったな」

 

「うん」

 

 お互い笑い合う。

 目指す目標はただひとつ。そのために戦い続けるために。

 

「――ごめん、遅くなっちゃった」

 

 そう言って現れたのは愛梨花だ。

 ジムリーダー戦後、会場を後にした俺達は、そのまま愛梨花に呼び出される形で今こうしてベンチに座っていた。

 

「いんや、気にすんなよ」

 

 言って、俺も立ち上がる。

 挑戦者として。

 

「ありがとう。

 それと――おめでとう。わたくしに勝利した証、レインボーバッジです」

 

 掌に乗せて差し出された虹色に輝くバッジを受け取る。

 

「ああ、確かに」

 

 そのバッジを握りしめ、また一歩踏み出したことを改めて感じる。

 レインボーバッジは――カラだな。

 リゥにはもう、その胸元にグレーのバッジが輝いているから。

 

「それと、リゥさん」

 

 愛梨花はそう言い、俺から視線を外してリゥと向かい合った。

 リゥも自然と姿勢を正しくする。

 そして幾ばくかの時間が過ぎた後、

 

「貴方の強さ、見せていただきました。今の貴方ならきっと、大丈夫ですよ」

 

 春の日差しのような柔らかい笑みを浮かべた愛梨花に、

 

「当たり前よ。私はもう――迷ったりなんかしないから」

 

 挑発的な笑みを浮かべる我が相棒であった。

 どちらともなくリゥと愛梨花は握手を交わす。

 そして、

 

「ファアル。これから先はもう決まってるの?」

 

「そうだな……」

 

 タマムシシティから近いのはヤマブキシティ、そして少し離れてセキチクシティとなっている。どちらにもジムはあるが……。

 そんな俺の考えを先んじて、

 

「ヤマブキシティはまだ少しごたついているみたいだから、先にセキチクシティに行ったらどう? 私の使った状態異常――そしておそらく棗さんのエスパータイプに通じる何かを見いだせると思うから」

 

「――いいのかよ、ジムリーダーがそんな事言って」

 

 半眼で言った俺に対し、

 

「ふふ、今のは幼馴染みとしてのアドバイス」

 

 小首を傾げた愛梨花は、なるほど確かに可愛かった。

 やれやれと頭をかき、

 

「わかった。ま、忙しいところに押し込むのも何だしな。サファリゾーンも見に行きたい

し、いっちょ行ってみるわ。ありがとよ」

 

「どういたしまして」

 

 じゃあな、と手を振ってリゥと共に歩き出す。

 左隣を歩いてくれている、その感覚を感じながら。

 

「ファアル!」

 

「あん?」

 

 振り返る。

 するとそこには、毅然とした様子の愛梨花が立っていて、

 

「夢、絶対叶えてね! 応援してるから!」

 

 その言葉に、

 

「……ああ! 任せろ!」

 

 それだけを返し、再び歩き出す。

 頼もしい相棒を隣に感じながら。

 目指すはセキチクシティ。

 さぁ、行こうぜ。5つ目のバッジを手に入れるために――。

 

 

                         《続く》



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【第二十一話】セキチク――面倒事は二度起こる

セキチクシティ到着回です。入れ歯のスペアを持ってる人っているのかしら。


 レインボーバッジを無事に手に入れ、愛梨花から聞いたように、俺達は一路セキチクシティを目指す事にした。

 

「さて……」

 

 ジム戦の直後もあり、リゥ達を休憩させるために立ち寄ったタマムシシティの萌えもんセンターで、ひとりタウンマップを広げる。

 

 セキチクシティで一番近い街はここ、タマムシシティ。遠回りになるが、シオンタウンからも行ける。こちらは大きな川の桟橋を歩いて行くようで、旅を楽しみたいのなら間違いなくこっちのルートだろう。反対にタマムシシティからだとサイクリングロードという道を通る事になる。こちらは、自転車かバイクじゃないと通してもらえない。俺の記憶が確かなら、レンタルはしていたはずだが……。

 

「今の時期――大丈夫かねぇ」

 

 セキチクシティのサファリゾーンに向かう人も増えているだろう。レンタルの数が不足している可能性が高い。今日みたいに天気の良い日は利用者が多いからな……。

 そうなると、二度手間でまたシオンタウンを経由して向かうハメになる。

 

「ま、どっちでもいいか」

 

 余裕を持って旅をしても問題は無いが……。

 後は旅の道連れに訊いてみますかね。

 ちょうどそう考えていた時だった。

 

「ただいま」

 

「ああ、おかえり」

 

 振り向くと、リゥのみならずシェルやコン、カラにサンダースと勢揃いだった。

 手にしていたタウンマップを指で示し、

 

「ちょっとルートを考えてたんだ。意見貰ってもいいか?」

 

「……? いいけど」

 

「なになにー?」

 

「地図、ですか?」

 

「へぇ、面白そうだね」

 

「けっ」

 

 そうして、空いたテーブルを全員で占領して顔を付き合わせる。中央のテーブルには地図を広げ、覗き込むような形だ。

 

「ここが今いるタマムシシティ」

 

 さっきまで考えていたルートを説明していく。

 どちらのルートを通るにせよ、トレーナーとの戦いは回避出来ない。今の内に意見を聞いておきたかったのだ。

 

「うーん」

 

 俺の説明が終わると、リゥは少し唸り、

 

「個人的にはシオンタウンがいいかな」

 

 ほう、珍しい事もあるもんだ。

 そう思っていたのだが、表情が顔に出てしまっていたらしい。

 不満そうに顔をしかめられた。

 

「――別にいいでしょ」

 

 ぷい、と顔を逸らす。

 心なしか、その表情は赤い。

 ……ああ、

 

「リゥ、自転車に乗れないもんな。そっかそっか」

 

 考えてみれば、いつも一緒に歩いているから忘れがちだがリゥは萌えもんだ。人間社会の乗り物に乗れるとは思えなかった。

 が、何やら重たいため息がいくつも聞こえた。何故?

 

「――それでいいわ、もう。で、シオンタウンを経由した場合、どれくらいかかるの?」

 

「そうだな……」

 

 シオンタウンまでは半日もかからない。だが、セキチクシティまでが遠い。途中でクチバシティの外れを通ることを考えれば、二日は確実にかかるだろう。

 逆に、サイクリングロードなら数時間で行ける。ずっと坂道なため、かかる時間が全く違うのだ。

 

「トレーナーと出会う事も考えると――二日くらいはかかるな」

 

 余裕を持つにこした事はない。万全な状態で旅に。これ、冒険の鉄則な。

 

「諒解。それじゃ、さっそく出発しましょ」

 

「やたー! 水の近く-、ですわ!」

 

 ひとりご機嫌なのはシェルだ。ま、シェルにとっては本来の住み処だしなぁ。

 リゥにしても、早くも乗り気のようだ。

 シオンタウンに到着してからバタバタしっ放しだった。

 それを考えると、気分転換も兼ねて確かに悪くないルートだと思う。

 

「そうだな、出発するか」

 

 全員が同意したのを確認してから、リゥ以外をボールに戻して席を立つ。

 まずはシオンタウン――そういえば、水が近い場所を歩くのって久しぶりかもな。

 そんな事を考えながら、俺は旅立つ準備を始めた。

 

 

 

    ◆◆

 

 

 シオンタウンに到着すると、太陽も真上から僅かに傾き始めていた。これなら、桟橋の上で寝泊まり――は回避出来そうだ。ずっと陸で暮らしてきた人間にとって、桟橋の上で寝るってのはちょっと辛い部分がある。

 念のため、桟橋の前でもう一度タウンマップを広げて確認する。

 

「ここを渡っていくの?」

 

「ああ」

 

 覗き込んできたリゥに頷きを返す。

 イワヤマトンネルやハナダシティから流れてきた河川が、合流しながらセキチクシティへと流れ、海へと合流している。その途中にある桟橋は、観光名所と共にカップルのデートスポット、果ては釣り人の聖地とかいろいろ言われている。

 

「ルートは……こうだな」

 

 タウンマップに赤ペンでルートを書き足していく。こうしておけば、道から逸れた場合も戻れる確率は高くなる。

 ま、最悪その辺りを泳いでいる海パン野郎か釣りしてるおっさんを捕まえて道を訊けばいいだけなんだけどな。

 

「ふぅん、地図だと結構かかるのね」

 

「まぁな。どうする? サイクリングロードから行くか? 戻ってもそっちの方が早い

ぜ?」

 

 念のため最終確認。

 しかしリゥはやんわりと首を横に振り、

 

「こっちでいいよ。川の近くって気持ちよさそうだし」

 

 そう言って、ふわりと笑みを浮かべた。

 

「了解。んじゃ、行くか」

 

「うん」

 

 タウンマップをズボンのポケットに突っ込み、桟橋へと踏み出した。

 

 

 

 桟橋は当たり前のように板張りで、歩いていると隙間から水面が見られるようになっていた。やはりというべきか、腐りかけている場所もあるようで、注意して進まねばならないが、そこかしこに水タイプの萌えもんを使う釣り親父や海パン野郎、ビキニなお姉さん――眺めてたらリゥに殴られた――やらがいるので、例え足を踏み外して川に落ちたとしても大事には至らなさそうだった。

 

 そうしてしばらく歩いていると、

 

「――何だ、この音」

 

 遠くから聞こえてくる、地の底から響く轟音に眉をひそめていると、

 

「あれじゃない?」

 

 リゥが指し示した方向には、大きな萌えもんが寝そべっていた。

 それが調度、桟橋を塞いでいる。

 

 巨大な体躯で寝相をうったためか、萌えもんの周囲の桟橋は崩れ落ちている。元から腐っていたのが体重で駄目押しされた結果だろう。

 西にはクチバシティへの道が広がっており、ちょうど合流地点となっているようだった。

 

「ふむ……」

 

 萌えもん図鑑を開く。

 

「カビゴン、か」

 

 居眠り萌えもんの名前の如く、気持ちよさそうに寝ている。ついでにいびきも物凄い。

 道理で周囲に誰も見かけないわけである。ゲーセン程じゃないが、ずっと近くにいると耳が潰れてしまいそうだ。

 

「どうすっかな」

 

 跳び超える時に蹴り飛ばしてしまったら何だし、どうしたものか。

 無理矢理たたき起こすという手段もあるのだが……起きて襲いかかってきたら面倒なんだよな。手持ちに加えたい、という気持ちは今のところ無いし……。

 そうして俺達が悩んでいた時だった。

 

「――笛?」

 

 微かに聞き届けたリゥがシオンタウンの方に視線を向けた。

 やがて、日なたにいるかのような音色と共に、その正体である笛を吹きながらレッドが現れた。

 

 武者修行でもしてるみたいだな……。

 そんな俺の胸中を訂正するかのように、カビゴンのいびきが止まり、

 

「ふぁあ~~」

 

 大きな欠伸と共に起き上がった。

 むくり、と上半身を起こすと、起き抜けの眠たげな瞳で俺とリゥを見つめ、

 

「……すぴ~」

 

 寝た。

 また寝た。

 

「二度寝は気持ちいいからなぁ」

 

「え、そこなの!?」

 

 冬と春先の二度寝は仕方ないと思うんだよ、俺。

 ぽかぽかと日差しの当たる桟橋では、きっと昼寝をしたら気持ちいいに違いない。

 俺もしてみようかな……なんて思っていると、どこかの若武者よろしく笛を吹きながら歩いていたレッドは「あれー?」という顔でカビゴンを見ていた。

 

「おっかしいな、寝ている萌えもんを起こす笛だって聞いてたんだけど」

 

 どこか壊れてるのかな? と言いながら笛の底を見たり穴を覗いたりしている。たぶんそれじゃ絶対にわからないと思うぞ。

 

「もう一度吹いてみたらどうだ?」

 

「……うーん」

 

 俺の言葉に、レッドはもう一度笛から音色を響かせる。

 すると、爆睡していたカビゴンがやはり目を覚まし、

 

「……すぴ~」

 

 また寝た。

 こいつ、良い根性をしている。

 

「何で寝るんだろう」

 

「そういう萌えもんだからじゃね?」

 

 笛の効果そのものはあったと思う。現に、すぐに起きたのだから。

 恐るべきは、目の前のカビゴンが持っている眠りへの執念なだけ。

 寝てるために生きているような奴だ。その生き様、素敵だぜ。

 

「つーかレッド、カビゴンを起こしてどうするんだ?」

 

「んー、捕まえようかなって」

 

「ふぅん」

 

 カビゴンはノーマルタイプでも強力な個体だ。戦力に組み込めば、頼りになるパートナーになってくれるだろう。

 

 ふむ、

 

「別に寝てる状態で捕まえればいいじゃないか」

 

「えっ?」

 

 どういう事? とレッドが視線を向けてくる。

 

「いや、だってこいつ起きてもすぐ寝るだろ? だったら寝てる状態で弱らせてからボールなげて掴まえたらいいじゃないか。別に起きてる間だけ戦うなんてルールは無いわけだし」

 

 野生の萌えもんだって、睡眠状態にして掴まえるトレーナーだっているんだ。先に寝て

いるか後で眠らせるかの違いに過ぎない。

 俺の提案に、レッドは微妙に納得がいっていないようだったが、

 

「そうだね、やってみるよ」

 

 言って、手持ちの萌えもんを繰り出した。

 

「頼むよ、リザ―ドン」

 

 リザードの最終進化形――リザ―ドン。体躯も大きくなり、リゥよりもぐっと身長が高くなっている。まともにやり合えば苦戦は必須であろう萌えもんは、初めて出会った頃よりも逞しく育っていた。

 

「火炎放射!」

 

 放たれた火炎はカビゴンの巨体を丸ごと飲み込み、桟橋を焼き切った。お前、どうしてくれんだこれ。

 

 しかしレッドは燃える桟橋に気付かず、ボールを投げてカビゴンを捕獲にかかる。

 

 結論から言えば、全く問題なくレッドはカビゴンを捕獲したわけなのだが、桟橋は完全に通行不可能な状態となってしまっていた。

 桟橋、水面、桟橋と続いている状態である。ジャンプしても渡れる気がしない。おい、どうすんだこれ。

 

 レッドもそこで気が付いたらしい。カビゴンを掴まえたボールを持って固まっている。

 

 どうしようなぁ。

 またタマムシシティに戻るしか無いんだろうか。

 良い方法が浮かばなかった俺は、とりあえず、

 

「釣りでもするか」

 

 道中見つけた釣り親父の家に向かった。

 

 

    ◆◆

 

 

 さて、どうしたものか。

 釣り親父から借りたボロボロの釣り竿を水面に垂らしながら考える。

 

 カビゴンのいた場所からじゃないとセキチクシティには辿り着けない。桟橋のルートはあそこしか開拓されていないため、行くとするなら水を泳ぐしか方法がない。もしくは水タイプの萌えもんに頼むかだが……、

 

「それも情けないしなぁ」

 

 シェルなら問題無く乗せてくれそうだが、構図としていかがなものか。

 という部分でさっきからずっと悩んでいる。

 

「ファアル、糸、引いてるけど」

 

「あ、ほんとだ」

 

 釣り上げる。コイキングだった。リリース。

 さて、

 

「何か考えつきそう?」

 

 リゥといえば、俺の隣に座って水面を眺めたり、飽きたら近くを歩き回ったり、水を覗き込んだりしている。段々とアクティブになってきていらっしゃる。

 

「いや、何も。誰か乗り物とか持ってたら楽なんだろうけどな」

 

「私、一応考えたんだけど」

 

「マジで?」

 

「うん」

 

 リゥはとっておきを思いついたとばかりに、右手の人差し指を一本立てた。

 

「まず、桟橋ぎりぎりにファアルが立つでしょ?」

 

「ああ――あん? 立つ?」

 

「で、それを私が思いっきり向こう岸まで吹っ飛ばす」

 

「おーい」

 

「最後に私をボールで回収すれば――ほら、行ける」

 

「俺だけが明らかに損してるから駄目だ」

 

 ほら行ける、じぇねーよ。

 しかし、どうしたものか。サイクリングロードから行くしか方法がないかなぁ。

 そうして考えていると、

 

「Hey!!」

 

 どこかで聞いた男の声が聞こえてきた。

 その声は遙か遠く――といっても既に大きく見えているが――から爆音と共にやってきた。どんだけ肺活量あるんだ。

 

 遅れて波を引きずりながら、その男――クチバシティジムリーダー、マチスは釣り竿の前で水上ボートを停車させ、サングラスを日光に反射させていた。釣りの邪魔だし水がかかったぞ、どうしてくれる。

 

「久しぶりネ、ファアル!」

 

 暑苦しさ全開でハンドシェイク。汗でべたべたしてる。

 釣り竿を回収しながら水に手を突っ込んで洗う。

 

「で、ジムリーダーがこんな場所で何やってるんだ? 仕事しろよ仕事」

 

 俺の突っ込みにもマチスは「HAHAHA!」と何故か爆笑し、

 

「仕事中だヨ! 桟橋がレッドボーイにデストロイされたらしくてネ。ジムリーダーも出張なのサ」

 

「あ、そう」

 

 その割にアロハシャツ着てサングラスって完全にオフスタイルじゃねーか。

 

 ――って待てよ。

 

 俺の目の前に止まってるの、使えるんじゃね?

 

「マチス、頼みがあるんだが」

 

「What's?」

 

「それ、乗せて行ってくれね?」

 

 事情を説明すると、マチスは快く承諾してくれた。

 どうやら乗っていたのは、そうやって困っている人のためでもあったらしい。

 風を切りながら水上ボートは進み、あっという間にカビゴンのいた場所を越えて向こう岸に到着した。

 

「よっと」

 

 先に下り、リゥの手を引く。

 

「……ありがと」

 

 小さく言ったリゥから視線を上げ、

 

「さんきゅー、助かったぜ」

 

「困った時はお互い様ネ!」

 

 ビシッとサムズアップ。アメリカンな男は器が大きいな。

 

「今度バトルしてくれたらそれでいいヨ」

 

「ったく、ちゃっかりしてやがる。わかったよ、今度な今度」

 

 苦笑を浮かべた俺に、マチスは人懐っこい笑みを浮かべると、そのまま去って行った。作業現場に戻っていくようだ。

 

「さて、遅れた分を取り返そうぜ」

 

「うん」

 

 しばらく手をにぎにぎしていたリゥを伴って、俺達は再び桟橋を歩き始めたのだった。

 

 

 

    ◆◆

 

 

 桟橋を抜けると、やがて海が近くなってきたのか潮の香りが混じるようになってくる。

 慣れ親しんだ香りだ。マサラタウンも海に面しているため、少し懐かしさを感じてしまう。

 

 そういえば、セキチクシティとマサラタウンって海からでも行き来は可能なんだったか。

 

 ただ、その間に天然の洞窟――ふたご島とグレン島があるのだが――どちらにせよ、グレン島にはジムもある。遠からず行く事になる。

 

 俺達は桟橋を抜けた付近で一泊し、朝になってから二日目の行軍へと移った。

 といっても、桟橋を抜ければセキチクシティは目と鼻の先だ。何度も往復したシオン・タマムシの間くらいだ。

 

 朝から道中のトレーナーと戦いながら歩いて行くと、昼頃にはセキチクシティへと到着

を果たした。

 セキチクシティも珍しく街の入り口にゲートが設けられており、外から見れば発展しているように見える。

 が、

 

「うわ……しょぼ」

 

「言うなよ……」

 

 ゲートがあったため、大きい街を予想していたのだろうリゥが、開口一番に告げたのは残念な吐息だった。

 

 まぁ、気持ちはわかる。

 有り体に言ってしまえば、セキチクシティは田舎だ。

 ジムと海水浴場以外は目立った施設もない、そんな場所だったのだが、数年前に出来たサファリゾーンによってがらりと変わってしまった。もっとも、それは一部だけではあるのだが。

 

「――何あれ」

 

 不機嫌な声は久しぶりだな……。

 

 リゥの視線を辿ると、そこには檻の中に入っている萌えもんの姿があった。檻の前には

「珍しい萌えもん――ラッキー」と書かれてある。

 確かに、萌えもん達にしてみればたまったものではないだろう。見世物と同じなのだから。

 

 まさかサファリゾーンがこんな営業をしているとは思ってもいなかったため、リゥには申し訳ない事をした気持ちになってくる。

 

「いや、何つーか、悪い……」

 

「……別に、ファアルが謝る事じゃないけど」

 

 でも、とリゥは続け、

 

「早くバッジを奪って出よう?」

 

「だな」

 

 それには全面的に賛成だ。

 俺だって見ていてあまり気持ちの良い光景じゃなかったから。

 足早に地図を見ながらジムの場所を調べていると、いつの間にやら砂浜に出ていた。あれー。

 

「まさかとは思うけど――迷ったの?」

 

「い、いやぁ、そんなわけないだろう?」

 

 周囲を見渡していると、

 

「ふぉーい!」

 

 何やら太陽の光を眩しく反射させる禿げ散らかしたおっさんが見えた。あまりにも光加

減が素晴らしいので、てっきり珍しい萌えもんかと思った。スルー。

 

「お、あれがジムみたいだ」

 

「変な場所にあるのね」

 

 ジムは砂浜に面した山の中腹にあった。自然の中にぽっかりと空いた空間に作りました、といった様相で、難攻不落の城を思い起こさせてくれた。

 

「萌えもんセンターもあの辺りにあるみたいだ。行ってみようぜ」

 

「うん」

 

「ふぉ~い!」

 

 面倒臭い。

 

「何でついてきてるの、あんた」

 

 さすがに無視出来なくなるほど鬱陶しくなったので、視線を向けると、何だか頭よりも幸の薄そうな中年のおっさんが元気よく両手を挙げていた。

 

「ふぁふけて」

 

「日本語でおk」

 

 おっさんは良くわからない言葉を放っている。異国の人なんだろうか。マチスを連れてくれば良かった。

 生ぬるい視線を向けていると、おっさんも自分の行っている事が俺達に伝わっていないのがわかったようで、自分の口を指さし、大きく口を開けた。

 

「砂を食べたいのか? いいぜ、何を食べるかは自由だからな」

 

「ふぃふぁう!」

 

 あー、と再び開けてくる。

 

「綺麗に歯がないな。砂とか歯に悪そうなのばっかり食べてないで、ちゃんと歯を磨かないと駄目だぞ、おっさん」

 

 ちゃんと食後には歯磨き、これ基本だぜ?

 おっさんは満足したのか何度も頷いている。

 変な人だが、これ以上は無視して行けそうだ。良かった。

 

「じゃ、俺達急いでるんで」

 

「ふぁってー!」

 

 待って?

 おっさんは涙目で俺の方をグワシ、と掴むと、

 

「ふぁがして」

 

 剥がして?

 

「少しだけ残っている髪の毛を剥がせばいいのか? おっさん、かっこいいな……」

 

「ふぃふぁう!」

 

「そんな泣きながら喜ばなくてもいいじゃないか」

 

 おっさんは俺から距離を取ると、何やらジェスチャーを始めた。

 どこからかティッシュを取り出し、こよりを作って鼻の中に入れて動かしている。

 そして、馬鹿でかいくしゃみを一発。

 

「ふむ、くしゃみ」

 

 指で歯のような形を作り、

 

「すっぽ抜けた――ああ、入れ歯か」

 

 うんうんとおっさんは頷いている。

 それで喋れなかったわけね。

 

「で、まさかとは言わないけど、それを探してくれとか言わないよな?」

 

 きょとん、という顔をしている。

 断られるはずがないと言わんばかりだ。俺は今、このおっさんを髪の毛を絶つと決めた。

 

「何か面倒臭いのに捕まったなぁ。どうするよ……」

 

 鞄の中からガムテープを探しつつ、リゥに視線を向ける。

 

「放っておいてもついてきそうなんだけど」

 

「だよなぁ」

 

 スペアとか持ってないのだろうか、とも思ったが、眼鏡ならともかく入れ歯のスペアなんて聞いた事がない。案外、持たない人の方が多いのかもしれない。

 更におっさんは身振り手振りで伝えようとしている。

 その姿を見ていると、何だかこのまま放っておくのも申し訳なく思えて――

 

「で、入れ歯ってこの辺の落としたの?」

 

「ぷいぷい(首を横に振って)ふぃふひのへーひゃんひへは」

 

 今のはわかった。水着のねーちゃん見てた、だ。

 視線が完全にエロ親父だった。

 何こいつ、埋めたい。

 

「えーっと」

 

 リゥが助けて―、と視線を向けてくる。

 

「――ったく、わかった。探すよ、おっさん。このまま放置も面倒だし。んで、入れ歯ってどんなの何だ?」

 

「ふぃんいほ」

 

 お前は何を言っているんだ。

 おっさんは伝わらなかったのがわかったようで、少ない髪の毛をかきむしって悶えた後、

 

「――ふぉれ!」

 

 と腕時計を指で示した。

 

「ん?」

 

 そこに見えたのは、いかにも高級な金色の腕時計だった。目と精神に優しくないカラーである。成金趣味もここまで行くと感嘆すべき部分はあるが……

 よし、

 

「埋めよう。カラ、穴を掘る」

 

「任せてくれ。深さは?」

 

「水が湧き出すくらいで」

 

「おやすいご用だ」

 

「ちょっとちょっとちょっと」

 

 もう視界に入れたくないのか、リゥは露骨に視線を下に向けているが、俺とカラの勇気ある行動を止めてくれた。

 

「とりあえず、早く探してこの鬱陶しいのから逃げようよ」

 

 本心だだ漏れてますよ、リゥさん。

 

「だな。ボール戻るか?」

 

「うっ……頑張る」

 

 袖をちょこんと捕まれる。

 

「おっさん、その入れ歯、どこで無くしたんだ?」

 

 しばらくポーズを取ったままだったが、やがておっさんはセキチクシティの奥を指さし

た。

 あそこは……、

 

「サファリゾーン?」

 

 俺の問いに、おっさんは満足そうに頷いた。

 なら水着の姉ちゃん見てないでさっさと探せよハゲ。

 

 

    ◆◆

 

 

 ひとまず、入れ歯を回収したとしても合流場所を決めておかなければ話にならない。

 おっさんは自分の家まで来てくれという事なのか、案内してくれた。

 

 ――のだが、何とそこには豪邸が建っていた。

 てっきり身につけてる物だけで見栄を張ってるのかとばかり思っていただけに、驚いた。

 

「おっさん、金持ちだったんだな」

 

 えっへん、と胸を張っている。腹の方が出てるぞ。

 

「ま、わかった。見つけたらここまで届けるよ」

 

「ふぁのむふぉ」

 

 おっさんはそのまま家の中へと姿を消していった。

 とりあえずあれだ。入れ歯を持ち帰るためのビニール袋を買おう。素手で持ったり鞄に入れたくないんだ。

 

 フレンドリィショップで買い物を済ませる。途中、セキチクシティジムにも寄り、ジム戦の申し込みも済ませておいた。日時は明後日。今日このままサファリゾーンで捜し物をして、疲れたままで挑みたくはなかったからだ。

 

 そして、ジムでの受付を追え、再び外に出た時だった。

 眼下に広がっている森の木々が不意に騒ぎ出したかと思うと、

 

「とうあっ!」

 

 何かが飛び出し、俺達の前に着地を決めた。

 ぶぅん――と、羽ばたかせていた羽の音が静かに収まっていく。

 やがて、風が収まった中、顔を上げたのは一体の萌えもんだった。

 

「あれは……」

 

 萌えもん図鑑を開くと、現れたデータには〝ストライク〟の文字が。

 虫タイプの萌えもんで、両手が鎌のようになっているのが特徴のようだ。

 その萌えもん――ストライクはニヤリと笑みを浮かべると、

 

「そこの御仁、強者とお見受けする――いざ!」

 

 問答無用で襲いかかってきた。

 

「え、えっ?」

 

 標的はリゥらしい。

 辻斬りか通り魔か?

 おっさん並に面倒な奴にまた絡まれた。

 とりあえず、だ。

 

「リゥ、叩き付けて」

 

「あ、うん」

 

 びたーん。

 

「ちょろぷっ!」

 

 ストライクには悪いが、敵じゃなかった。

 馬鹿正直に向かってくる相手の軌道なんて、ふたつの動作も必要ない。

 カウンターで決まった〝叩き付ける〟は、そのまま一撃でストライクの意識を刈り取ったようで、

 

「む、無念……!」

 

 と言って伸びていた。

 

「さ、行くか」

 

「いいのかなぁ」

 

 放置だ放置。おっさんだけでも面倒なのに、これ以上面倒なのに関わっていられるか。

 しかしその思惑は、即座に壊される事となった。

 面倒臭い奴は、どこまで言っても面倒臭いのだ。

 つまり何が言いたいかといえば、

 

「お願い申し上げる!」

 

 サファリゾーンの前――入園ゲートに先回りしていたストライクは、ぼろぼろの体で、

 

「あちしを弟子にして下さい!」

 

 そう、リゥに土下座したのだった。

 

 

 

 

                            <続き>



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【第二十三話】セキチク――納得出来ないのんびり時間

お久しぶりです&お待たせしました。
セキチクシティ回もまだまだ続きます。でもでものんびりタイム。




 サファリゾーンは野生の萌えもんを集めた飼育施設だ。中には珍しい萌えもんもいて、人が通るためのゲート以外は柵も高くはないため、身体能力の高い野生の萌えもんが出入りしやすい造りになっている。そのため、居心地が良くて住み着く萌えもんも多いらしい。

 

 休日ともなれば、子供連れで賑わう施設だが、今は平日のためか人の姿がまったく見られなかった。

 いや、

 

「閉鎖しているのか……?」

 

 あのおっさんならやりかねない。入れ歯を落としたのに気が付いて、急遽閉園したってことろか。入り口近くの案内板に貼り付けてある貼り紙には、休業のお知らせが書いてあった。

 

「ふむ……」

 

 ゲートは閉じているが、その近くにある事務室には人がいるようだ。事務仕事などは通常営業らしい。

 来客用に通用口の近くにインターホンもある。事情を説明して通してもらうしかないか。

 

「……で、だ」

 

 状況観察終了。俺は後ろを振り返り、

 

「どうするんだ?」

 

 明らかに困ったを通り越して面倒臭そうな顔をしていたリゥに声をかけた。

 対するストライクは、見事な土下座を構えている。「何卒ぉ……」と懇願している姿を見ていると、断る方が悪人のように思えてくるから不思議だ。

 

「あのさ、私達、急いでるんだけど……」

 

 リゥの言葉にストライクはキッと顔を上げ、俺を視界に収める。

 その視線に射すくめられそうになる。

 

 ――敵意、か?

 

 妙な違和感を覚えるが、別に危害を加えようとしている風でもないので、今は気にしない事にする。ストライクにはストライクの事情があるだろうし。

 

「弟子入りを認めて下さるまで動きませぬ!」

 

 まさに頑固。

 だが、

 

「あ、そ。じゃ」

 

「はえ……?」

 

 リゥはあっさりとストライクに背を向け、すたすたと通用口に歩いて行ってしまう。

 呆然としているストライク。うちの相棒は容赦ねぇな。

 

「――まぁ、お前も嫌がってる相手に無理強いするもんじゃねーぞ?」

 

 聞いているのかいないのか、ストライクはじっとリゥの後ろ姿を眺めていた。

 俺は、通用口付近で立ち止まってどうしていいかわからずに悩んでいるリゥに苦笑を浮かべ、

 

「誰かいると思うぜ?」

 

 インターホンを押すと、さほど時間が経たない内に若い男の職員が現れた。

 

「はいはい、今日はお休みですが」

 

 休業しているためか、良くインターホンを押されるのだろう。僅かながらに疲れた声音だった。

 

「ああ、そうじゃないんだ。そっちの園長に頼まれて、落とし物を捜しに来たんだけども」

 

「園長に、ですか……? 少々お待ち下さい」

 

 彼は驚いた後、中に引っ込んでいった。

 

「入れてくれないのかな?」

 

「んー、確認してるんだと思うぞ。自称だしな。そうやって勝手に入られたら責任問題だろうし」

 

「ふうん。手間がかかるのね」

 

「そういうもんさ」

 

 しばらく待っていると、通用口が再び開く。先ほどの職員が顔を出し、

 

「お待たせしました。園長――の奥さんに確認が取れましたので、どうぞ」

 

 ああ、今話せないもんなあのおっさん。

 そう言って、通用口の中へと案内された。

 あのおっさん、結婚してたのかよ。そのくせに水着の姉ちゃんを見てたのか。チクろう。

 

「わかりました」

 

 職員の兄ちゃんの後に付いていき、事務所を通って施設内へと案内される。

 

「営業はしておりませんので、ボールの支給はありません。また、園長からは捜し物が見つかるまでは閉園状態にする、と通達されています」

 

 だけど、と職員は続け、

 

「それだと仕事がずっと無いままになります。なので……申し訳ないのですが、早めに見つけていただけると……」

 

 申し訳なさそうな顔をしている若い職員に、苦笑を浮かべながら、

 

「了解。出来るだけ早く見つけるよ」

 

 閉園していれば、その分、やるべき仕事も減っていく。稼ぎのその間は無くなるし、サファリゾーンで働いている職員としては、一刻も早く通常営業に戻りたいというのが本音なのだろう。

 

 俺は頷いてから、リゥを伴ってサファリゾーンの中へと足を踏み入れた。

 すぐ後ろでゲートが閉まっていく。

 さて、

 

「何でお前、ここにいんの?」

 

 目の前にはさっきまでゲート前で土下座していたストライクがいた。

 

「また来た……」

 

 げんなりとした表情のリゥ。弟子入りがよっぽど嫌なようである。

 

「私、絶対に嫌だからね」

 

 ストライクを真っ直ぐに見据えて告げるリゥだが、ストライクもわかったのか、即座に頷いた。

 

「わかっております。なのでここで一緒に探して恩を――いえ、あちしも手伝いたいなと」

 

 明らかに、恩を売ってって言おうとしたよな、こいつ。

 どうするよ、と視線をリゥに向ける。

 すると、リゥも俺に視線を向けていた。

 

 曰く、

 ――助ケテ。

 

 駄目だこりゃ。

 

「……ったく、いいんじゃねぇの? 人数が大いに超したことはないしな」

 

 何しろ、この広大なサファリゾーンの中から入れ歯ひとつを集めるわけだから、俺とリゥ――それにシェル達を総動員しても少ないと言える。今はひとりでも数が欲しかった。

 

「――ファアルがそう言うなら」

 

 不承不承と言った様子で頷くリゥ。

 ストライクもそれを見て、顔を輝かせた。

 

「では!」

 

「ああ、一緒に探そうぜ」

 

 しかしストライクは俺の言葉に応えることはなく、

 

「よろしくお願い致しまする!」

 

 リゥへと頭を下げていた。

 

 

    ◆◆

 

 

 サファリゾーンは自然公園のようで、視線を巡らせればあちこちに萌えもん達が見て取れる。

 

 自然の姿をそのまま再現しているが、しかしその中でも人が通れるような道などはきっちり整備されているため、歴史的な建造物を見ているかのような印象すらも受ける。

 

「で、ここのどこにあると思う?」

 

 そうだな……。

 

「わかんね」

 

 あのおっさん、自分で落とした場所を知らないらしい。何考えて歩いてんだ。

 

「とりあえず、どう手分けするかだが……」

 

 今は俺達以外の客が誰も入っていない。

 つまり、手持ちの萌えもんを出していても間違われる必要はないはず。

 

「じゃあ、私とファア――」

 

「あちしとリゥ殿ですな!」

 

「……」

 

 リゥが言葉を途中で切られて、鬱陶しいと言わんばかりの視線をストライクに向けているが、ストライク自身は全く気が付いていない。

 いいなー、こういう性格。

 しかし、リゥ以外のメンバーを考えてみる。

 

 

 シェル→不安。すぐに目移りしそう。

 コン→真面目すぎて効率が……。

 カラ→一番アテに出来る。

 サンダース→野生に戻りそうだ。

 

 

 ああ、

 

「リゥ、すまんけどそいつ頼むわ」

 

「(゜゜;)!?」

 

 珍しいものを見られた。

 

「うちのメンバーを考えると、リゥに頼るしかないんだよ……頼む」

 

 パン、と両手を合わせて、頭を下げる。

 

「う、う~ん……」

 

 リゥはしばらく唸った後、

 

「早めに集合でいい?」

 

 と言った。

 

「もちろんだ。そうだな……」

 

 サファリゾーンは、入場時間が決められている。その間、自由に動けるようになってはいるが、要所要所にガイドがいて、確認を取らなければならないシステムとなっている。当然、中に入って迷う者、またガイドを避けて行動する者も出てくるわけで、そうした人々が利用もしくはおびき出すために小屋が設置されているらしい。

 

「あの時計で、二時になったら一度集合しよう。場所はそうだな……」

 

 ぐるりと視線を回す。

 

「ああ、あそこの高台にしよう」

 

 階段も設置されており、上れるようになっている。おそらく、そこから野生の萌えもんを見るようになっているんだろう。

 集合場所としてはちょうど良かった。

 

「うん、諒解」

 

「時計の見方はわかるか?」

 

「……大丈夫」

 

 何でしょうね、今の間は。

 

「じゃ、行くわよ」

 

「承知!」

 

 さっさと背を向けて歩いて行くリゥに付き従うようにして、ストライクも飛んで行く。

 それをしばらく見送った後、

 

「さて、と」

 

 ボールからシェル達を展開し、

 

「どうしましたの、ますたー?」

 

「わぁ、広い場所です!」

 

「ふむ……」

 

「走りたいぞ!」

 

 統率とかあったもんじゃない。

 ま、いいんだけども。

 

「ちょっとしたお仕事だ。厄介なおっさんに捕まっちまってな。協力してくれ」

 四者四様とでも言おうか。

 

 それぞれが頷くのを見てから、俺は事情を説明したのだった。

 

 

    ◆◆

 

 

 ファアルと別れ、私は気に入らない萌えもん――ストライクと一緒にサファリゾーンを歩いていた。

 金色の入れ歯らしいけど、どこを見渡してもそれらしき物は見かけられない。

 

 というか、ファアルも内心悩んでたみたいだけど、どう考えても探すのって難しい気がする。

 

「さて、と。どこに行こうかな……」

 

 入り口からさほど遠い場所で別行動になったわけじゃない。

 ファアルは東側を担当。私達は西側を担当だ。

 

 どうも気にくわない町だけど、サファリゾーンも気にくわない。

 といっても、住んでいる萌えもん達にとっては住めば都なのかもしれないけれど。

 

「リゥ殿」

 

 後ろを飛んでいたストライクが真剣な声音で呼んでくる。

 いきなり勝負を挑んできたかと思えば、弟子入りとか、もうちょっと私の事も考えて欲しい。今は弟子なんて取っている余裕なんてないし、私自身、まだ弟子を取るまで自立しているわけでもない。目指すべき目標がある以上、私にその資格はないからだ。

 

 それに――もっと旅をしていたいし。

 

「弟子入りの件は置いといて」

 

 置かなくていいから。置くような場所もないから。

 

「貴方はあの人間を――信頼しているのですか?」

 

 一方的に投げかけられた問いは、私の足を止めるには充分だった。

 

「そんなくだらない事を訊くために、わざわざ分断したの?」

 

 不機嫌さを隠す必要もない。

 この身勝手なストライクは、自分の価値観を揺るぎない物として見ているような印象を受ける。

 

「人間を信頼する意味がわかりませぬ。貴方は強い。その強さはもっと別の――」

 

「ストライク」

 

「あ、はい……?」

 

 だから、こいつは何も理解していない。

 理解しようともしていない。

 何があったのかは知らないし、欠片ほども興味はないけど、自分が見て決めた絶対的な〝正義〟とやらを信じている。

 私にはそう思えた。

 

「あんまり巫山戯るんじゃないわよ。あんたの価値観で決めないで」

 

「――ですが」

 

 と、ストライクは私の前に降り立ち、周囲を見渡せと言わんばかりに手を広げ、

 

「人間はこんな事までしているのですよ!」

 

 何となくだけれど。

 今のストライクを見ていると、どうも――

 

「怒り、なの?」

 

 私の言葉は的を射ていたようだ。

 沈黙しているが、私を真っ直ぐに見つめる視線が肯定を語っていた。

 

「あ、そ」

 

 はっきり言ってしまえば、その気持ち――怒りはわからなくもない。

 

 ロケット団。彼らがそうだったから。

 あの組織は人にとっても、そして私達にとっても害悪だった。まさしく、悪だった。

 望んでロケット団に入った萌えもんがいたとしても、認められる組織ではなかった。

 そして、ファアルとのすれ違いがあったとはいえ、私もロケット団に身を置いた。

 

 だからこそ――ストライクの怒りはわからないわけではなかった。

 許せないという怒りも。

 

「ストライク。あんたの目指す強さって何?」

 

 私の問いに、ストライクは、もちろん、と自信を漲らせて告げる。

 

「人をはねのけられる強さです! つまりは無敵、最強――その果てこそが、」

 

 つまり、

 

「我々は道具ではありません! 必要だから手に入れ、不要ならば捨てる――そんな蛮行は許せませぬ! この施設とてそうでしょう!?」

 

 このストライクは――

 

「あちしは強くならねばならぬのです。そのために、あちしより強い貴方に弟子入りするのは当然の事。そして、貴方を解放するのも強くなったあちしの勤めです」

 

 どこまでも、愚直なのだった。

 目をそらしたくなるほどに、真っ直ぐで。

 自分の定めた道を進んでいた。

 

「そ、じゃあ頑張って」

 

 でも、私には関係がない。

 大切な相棒のいる私には――ストライクの言葉を理解出来るものの、賛同は出来なかった。

 

 少し、怖くないわけではないけれど。

 夢の先――私達が夢を叶えた先はどうなるのだろう、と。

 私は、それだけを――。

 

「リゥ殿!」

 

 悲痛な声で呼び止めてくるストライク。

 その痛みは、わからなくもない。

 でも、ごめん――胸中で謝罪する。

 

「さっさと金の入れ歯を見つけましょ」

 

 私はもう二度と、大切な人を裏切らないって決めたんだ。

 

 

    ◆◆

 

 

「無理じゃね?」

 

 別行動をしてすぐに根を上げるなんて情けないことこの上ないが、とにかく聞いてくれ。

 

 サファリゾーンは人が歩ける部分がちゃんと設置されている反面、逆に言えばそうじゃない部分が多いということでもある。

 足首あたりまでしかない草原があったと思えば、木々が鬱蒼と茂る森があり、沼があり、岩場がある。

 平坦な地面は基本的に人が歩く場所以外はほとんど無い状態だ。

 

 俺、シェル、コン、カラ、サンダース。

 この人数ではぶっちゃけ、何もかもが足りない。

 

「おーい、あったか-?」

 

 可能性としては、もっと奥で落としたのかもしれない。

 しかしあのおっさん、自分の入れ歯を落とした事にも気が付かないとか何考えてるんだ。普通は違和感がありそうなもんだけど……。

 

「――あ、そうか」

 

 手が足りないなら、もっと増やせばいい話じゃないか。

 何でこんな簡単な事を一度も考えつかなかったのか。

 思いついたと同時、周囲を見渡してみる。

 すると、近くでもちらほらと草の影からこちらを伺っている奴らが見えた。

 

「おーい、そこらで見てる奴らやーい」

 

 ぎょっとしたような動きがそこかしこから。

 ここに住んでいる萌えもん達はほとんどが野生だ。表のように見世物になっているわけじゃない。

 つまり、俺達に対して警戒心を抱いているはず。

 

 もっとも、通常はある程度人が入っている施設なのだから、完全な野生よりかは人に対して免疫があるだろう。

 

 ――出て来てくれそうなのは二割くらいか?

 

 岩や草むらから顔を出してくれたのは、三体ほど。ニドリーナ、タマタマ、サイホーンか。

 

「ちょっと助けてくれー」

 

 そう言うと、三体はお互いの顔を見てから頷き、とことこと俺へと向かってきてくれた。

 へっへっへつ、優しい娘さん達だ。

 

「……何かあったの?」

 

 その中の一体――ニドリーナが問いかけてくる。

 まだ警戒しているのか、大人の男が大の字に寝転んだくらいの距離は空いている。

 俺は、「ああ」と頷いてから、

 

「ちょっと捜し物をしてるんだ。こう、光ってる歯なんだけども」

 

「?」

 

 自分でも何を言っているのかわからなくなってきた。

 

「んー、入れ歯って言って、歯の抜けた人がつけるものなんだ。ご飯とか食べやすいように」

 

 かち、と歯をかみ合わせて見せる。

 それを見て、なるほどと得心がいったようだ。

 

「人数が足りてなくてな。ちょっと手伝ってくれねぇか?」

 

 ニドリーナ達は、同じような仕草で首を傾げ、そして俺を見上げた。

 

「困る?」

 

 と、タマタマが言った。

 

「まぁ、広いからな、ここ」

 

 リゥ達と離れてから、あまり進んでいない。

 太陽が出ているため、入れ歯があればまず間違いなく光っているとは思うのだが、例えばな話、それを見つけた萌えもんが地面に埋めてしまっていたり、岩の間に入り込んでいたり、水に沈んでいたりしたら、見つける事すら難しいだろう。

 

 そうなったら諦めるだけなんだけども。

 

「――わかった。暇だし、手伝う」

 

 ニドリーナとタマタマは参加してくれるようだ。

 サイホーンは、

 

「じゃあ、声をかけてくる。みんなで探すと、楽」

 

 言って、土煙を上げてサファリゾーンの奥へと走っていった。

 ありがてぇ。

 

「何を目印にすればいい?」

 

「光ってたら、とりあえず拾ってくれ。それと、今日だけでいいからな? 日が落

ちたらそれで解散。もしギリギリで見つけたりしたら、あそこの岩場に置いといてくれ」

 

 頭数が増えると、把握しきれない。

 時間を区切って今日だけにし、もし何か見つけたとしても一箇所に集めれば、こちらとしても把握がしやすい。

 

 問題は俺達が見つけてしまった場合だが、その時はこの場所まで戻ってくるか、タイムリミットに期待するしかないだろう。

 こればかりは仕方が無い。

 

「うん、探してくる」

 

 そして、ニドリーナとタマタマも去って行った。

 

「よし」

 

 これで一気に人手が増えた。

 後は――

 

「探すだけだな……」

 

 テンションを上げる方法を知りたい。

 

 

    ◆◆

 

 

 無い。

 どこにも無い。

 しばらく探してみたけど、光る物は見つからない。

 

 正確には、「あれかな?」と思うものはある。でも、大体が石ころだったり、何かに使う小さな機械だった。

 

「金の入れ歯ってどれよ……」

 

 私の感性だけど、正直、趣味が悪いと思う。

 歳を盗れば歯が抜けていくものらしい。そうなると食べられなくなるし、入れ歯をつけるのは仕方が無いと思う。

 

 だけど――さすがに金色は無い。

 何なのだろうか。アクセサリ? 食べるのにアクセサリ?

 意味わかんない。

 

「ふぅ、そっちはあった?」

 

 ストライクの方に向けて声をかける。

 草むらの中に――とも考えて眼をこらしながら歩いてみたけど、疲れただけだった。適当に蹴りながら歩いたら、その内蹴飛ばすかもしれないし、そっちの方が良いんじゃないかなって思う。

 

「いえ、それらしいものは……」

 

「ふうん」

 

 あんまり真剣に探している風には見えないけどね。

 ただ、空から探してくれているのはありがたかった。

 

 はっきり言って、私には興味もないし気にくわないけど、あのストライク、嘘はつかないと思う。

 

 しばらく歩いていると、やがて大きな川が目の前に現れた。

 ジャンプで跳び超えられないくらい広い。向こう岸まで渡るには泳いでいくか、回り道が必要になるんじゃなかろうか。

 泳いでいってもいいんだけど、それだと集合時間に間に合わないだろうし……。

 というか――、

 

「水の中に落ちてたらどうするんだろ?」

 

 流されたりしたらどうするのかな?

 そもそも水の中に入ったらもう無理か。

 何て考えていたら、

 

「おーい、そこの」

 

「私?」

 

 唐突に声をかけられた。

 サファリゾーンの萌えもんだろうか。短い角を持っているそいつは、手を振りながら近付いてくると、

 

「あんたは見なかったのだ? えーと、入れ歯とかいうやつ」

 

 実に自信が無さそうな声だった。

 聞いているこっちが不安になりそう。

 ストライクが気になったのか、上空から降りてくる。

 

「それ、私も探してるのよ。まだ見つかってないけどね」

 

「なんだ、そうか……!」

 

 心なしかニドリーナは楽しそうだった。

 

「貴殿はどこから入れ歯と聞いたのだ?」

 

 降り立ったストライクが訊ねると、

 

「ん? 向こうの方で人間の男に聞いたのだ。手伝ってくれ、と言われたから、暇潰すために手伝ってるのだ」

 

 ああ、だから見つかってなくて嬉しかったと。暇つぶしが終わるからなのね……。

 

「あの男か……」

 

 ストライクは、思うことがあるのかファアルのいる方角に向かって鋭い視線を向けている。

 

 ――襲ったりしないように注意しなくちゃ。

 

 私のたい、たい、た――ってそれはいいから!

 

「リゥ殿、どうされました?」

 

「何でも無いっ」

 

 私は一度大きく息を吐いて、

 

「時間もそろそろだし、一回戻りましょ。来た道を戻ってる内に見つけるかもしれないし」

 

 見落とし、という可能性もある。

 もちろん、付近の萌えもん達が探していればその可能性も減るだろうけど。

 

「ってちょっと待って」

 

 ふと、視界の端にちらつくものが入ってきた。

 

「ん~」

 

 目をこらしてみる。

 地面辺りから、ちらちらと何かが光っているようにも見える。

 まさか――

 

「ねぇ、ストライク。あれって見える?」

 

「……何か光っているようですな」

 

 金の入れ歯かな?

 

「私、空を飛べるって便利だと思うんだけど」

 

「そうですな、便利です」

 

「うん、そうよね」

 

 私とストライクはしばらく見つめ合い、

 

「あはははは、――行ってくれるわよね?」

「ははははは、――ごめん被ります」

 

 やっぱり駄目か。

 何となくそういう気はしてた。

 

「はいはい、わかってた。じゃあ、戻りましょ」

 

 このストライクが直接的に手伝うわけはないのだ。

 彼女は人間を嫌っているし、その人間であるファアルの手助けになるような事には極力手を貸したくないのは、何となくわかっていた。

 そしてもうひとつ、

 

「部外者であるあちしが、邪魔をするわけにはいきませぬ」

 

 どうしようもなく、頭が固いのだ。

 私はため息をつきつつ、心なしか足早に合流地点へと向かったのだった。

 

 

     ◆◆

 

 

 そろそろか。

 時計を見てみると集合時間が近かった。

 萌えもん達に協力してもらって探していたが、未だに入れ歯は発見できず。

 

「……ほんと、どこにあるんだよ」

 

 サファリゾーンとだけあって、無駄に広いのも原因だった。

 とにかくどこを探しても見つからないのだ。

 あのおっさん、もう放っておいてもいいんじゃないかな……。

 

「さて……」

 

 リゥはまだ来ていないようだ。

 萌えもん達に頼んだのが吉と出てくれればいいのだが。

 集合場所にした高台はサファリゾーンを見渡せるようになっていた。こうして高い場所から見ていると、萌えもん達の姿がちらほらと見かけられる。

 

「あ、ご主人様。リゥさんです」

 

 言ってコンが指さした方に目を向けると、確かにリゥがいた。隣で飛んでいるのはストライクだ。

 

「見つけられたんでしょうか?」

 

「どうだろう。見つかってるのを祈るしかないさ」

 

 果たして。

 合流したリゥの表情を見た瞬間にわかった。

 

「そっちも駄目だったみたいだな……」

 

「うん。という事はそっちも?」

 

 ふたり同時にため息をついた。

 そんな俺達を見て、コンは笑っていた。

 

「ふふ、でもゆっくり出来るのも久しぶりじゃないですか」

 

 確かに。

 ただ、

 

「そのゆっくり出来る理由が他人の入れ歯ってのがな……」

 

「あ、あはは……」

 

 コンもそれについては同意見なのか、笑いが引きつっていた。

 しかし、人員を導入しても見つからないとなると、もっと奥ということなのだろう。

 とすれば、今日中に終わらない可能性も高い。

 そもそも、

 

「何で入れ歯を落とした場所がわからないんだ……?」

 

 気が付いていたけど置いてきた。

 そう考えた方が理解はしやすいが、だとすれば何故置いておく必要があったのか……。

 

 ――まぁ、引き受けたからにはもうちょっと探さないとな。

 

 疑問はあるが、途中放棄は後味が悪い。

 丸一日時間を潰せるようにはしておいたのだし、後で問い詰めるとしよう。

 

「悪かったな、ふたりだけで行かせて」

 

 俺の言葉にリゥは首を横に振った。

 

「大丈夫。それに、たぶんだけど手がかりもあったしね」

 

 どうだ、と少し嬉しそうだった。

 そしてこちらから少し離れた場所に着地したストライクは高台から周囲を見渡している。

 

「……何かあったか?」

 

 俺の視線がストライクを見ていたのに気が付いたのか、

 

「ちょっとね。戦ったりしたわけじゃないから安心して」

 

「リゥがそう言うならいいけど……何かあったら言ってくれよ?」

 

「わかってるって。

 あ、それよりも――」

 

 そうしてリゥが言ってくれた場所は、まだ探してない場所であり、俺があるかもしれないと予想を立てた、サファリゾーンの奥地だった。

 

 

    ◆◆

 

 

 向かう目的地は決まった。

 集まってくれていた萌えもん達に礼を言って解散し、サファリゾーンの奥へと歩いて行く。

 

 途中、大きな川があり、水タイプの萌えもんが暮らせるようにかかなり深くなっているようだった。迂回するような形で東の方に橋が設置されており、徒歩だと橋まで歩いていかなければならない。

 

 制限時間をいっぱい使えるのなら、何度も訪れてサファリゾーンを全て見て回る、という観点から言えば橋の位置は良いと思うのだが、捜し物をしている今となっては非常にもどかしい。

 

 道中、出会う萌えもん達に探索の打ち切りを伝えながら橋まで来ると、遠目で見たよりも対岸までの距離があった。川というより〝河〟である。

 水中にも萌えもん達の姿が見え、アズマオウやらコイキングやらが見える。

 

「お、ミニリュウもいるな」

 

 珍しい萌えもんを集めた、とは本当の事らしい。カントー地方の珍しい萌えもんを集めたというのは嘘ではないらしい。

 ほとんど見られない萌えもんも多く住んでいるのだろう。

 

 が、俺の隣にいる相棒はそうは思わなかったようだ。

 

「……ふうん」

 

「えーと、リゥさん?」

 

 声が氷点下ですよ?

 と思ったけど、口に出したら俺たぶん向こう岸に飛んでる気がする。

 

「別に……さっさと行くわよ」

 

 すたこらと歩いて行くリゥ。

 長い髪が不機嫌に揺れている。

 ありゃ、怒ってるな……。

 

「おーい、リゥってば」

 

「ふんっ」

 

 反応してくれてる分、まだマシかもなぁなんて思ってるあたり、慣れてきたかもしれない。

 助けを求めるようにして他の面子に視線を向けてみれば、全員にそっぽを向かれた。

 自分でどうにかしろって事らしい。

 

「リゥの知り合いかなーとか思っただけだって」

 

「……(ぷいっ)」

 

 顔をそむけられる。

 でも耳がぴくぴくと動いている。

 

「いやほんと。大体、俺にはリゥがいるんだから、別にこれ以上ミニリュウを捕まえようとか思ってないっての」

 

「……私が?」

 

 どこか期待するかのような声音でリゥが言った。

 

「? 当たり前じゃないか。相棒でパートナーなんだから」

 

 それを実感したのはタマムシシティでの一件だったけども。

 シェル達もそうだけど、誰一人として欠けて欲しくない。

 もちろんリゥにも。隣を歩いてくれる、大切な存在としてもだ。

 

「――うん、そっかそっか」

 

 俯いていたが、リゥは小さく頷いてくれた。

 

「ストライク、目的地ってもっとあっちよね?」

 

 そして、俺達より上空を飛んでいたストライクに訊ねると、返ってきたのは神妙

な沈黙だった。

 顔に気むずかしい表情が刻まれている。

 

 最初に会った頃の覇気が全く見られない。

 何と言うか、抜き身の刃のようですらある。その表情は真っ直ぐに俺へと向けられていて。

 

「ますたー、気持ち良い!」

 

「まべらっ!」

 

 橋の下から浴びせかけられた水によって思考は中断された。

 見ると、外に出していたシェルが河の中に飛び込んでいた。流石は水タイプ。我慢できなかったか。

 楽しそうに笑っているその姿を見ていると、怒る気にもなれない。

 

 俺は仕方ないと嘆息し、

 

「濡れちまったし、リゥ、ちょっと休憩しようぜ」

 

「ん、諒解」

 

 橋を渡り終わった場所で休憩を始めた。

 

 河ではシェルがはしゃぎまくり、それを見てコンが河から距離を取っている。水が苦手なのは相変わらずだ。

 

 カラは愛用の仮面を脱いで骨と一緒に洗っている。汚れたままが嫌というよりも、綺麗好きのようだ。

 

 そしてサンダースは水を飲んでいる。一心不乱に水を飲んでいるが、嬉しさのあまり帯電している。感電するぞ、おい。

 

「なーんか、久しぶりかもね。こういうの」

 

「だな」

 

 隣に座ったリゥの声からは、穏やかさが感じられた。どうやら機嫌は直ってくれたらしい。

 

 近すぎず遠すぎず。

 俺とリゥの距離は、人ひとり分空いてはいないが、ぴったりとくっついてもいない。そんな距離だった。

 

「何してるの?」

 

「ん?」

 

 その距離がゼロになる。

 俺が視線を落としていた地図にリゥが横から覗き込んできたからだ。

 

 ――近いって。

 

 ハクリュウとはまさに名前の通りで、白磁を思わせる白さに冗談どころじゃない美少女なもんだから、ぶっちゃけ困る。

 そんな俺の視線に気付いたのか、

 

「――っ、ご、ごめん!」

 

 リゥは慌てて距離を取った。

 

「いや……」

 

 真っ赤になって縮こまっているリゥに何かフォローでもしようと思ったが、良い言葉が思いつかず、

 

「ごほん。サファリゾーンのな、マッピングをしてたんだよ」

 

 右手で持っていたペンを指で弾いて一回転させる。

 

「マッピング?」

 

 ああ、と頷く。

 

「サファリゾーンの南部分はほとんど捜索し尽くした。だけど、入れ歯らしき物体は無かった」

 

 大ざっぱでは、あるが地図に印をつけている。無かった場所、未開拓な場所を別けるためだ。

 

「で、西と東はリゥとここの萌えもん達に協力してもらったわけが、無かった」

 

 そう仮定する。

 

「見落としがあるかもしれないわよ?」

 

 ごもっともだ。

 だが、

 

「それも覚悟の上だ。これだけ広いんだ。見落としてる可能性の方が遙かに高い。だけどな、はっきり言って、可能性の高い選択肢を選んでいても見つからないだろうさ」

 

 何しろ、俺達には制限時間がある。

 職員でもない以上、長時間居座るわけにもいかないためだ。

 

「だから、リゥや萌えもん達を信じた。信じた奴らが見つからないって言ったんなら、信じるだけだ」

 

「ファアル……」

 

 それにな、と付け加え、

 

「その信じてる奴が、見つけたかもしれないなんて言うなら、確認しに行くのが当たり前だろ?」

 

 少なくとも、俺はそう考えている。

 

「……うん」

 

 リゥは微笑んでいた。

 何でだろうか?

 ま、納得してくれているのならそれでいいわけだけども。

 

「さて……」

 

 マッピングも終わる。しかし服は乾いていない。コンに頼めば良かったか。

 奥にはひとつ、山小屋があるらしい。職員が寝泊まりする場所で、最悪、今日は連絡を入れて休ませてもらおう。

 

「よーい、みんな行くぞー」

 

 俺の声に合わせて返答と空に向かって水が打ち上げられた。

 祝砲かよ。

 

 

     ◆◆

 

 

 橋から二時間ほど歩くと、目的の場所に着いた。

 森林やら岩場やらが広がっていて、足場が悪く、迂回したりしていたら時間がかかってしまった。

 

 ようやくの思いで森林を抜けると、大きな河が視界に入り、抜け出たんだと実感する。河の向こう岸にはサファリゾーンの入り口が見え、少し安心する事が出来た。

 

「お、あれが山小屋だな」

 

 広がっていたのは草原だった。人が歩けるスペースも整えられており、人工芝のような短い草が茂っていた。

 

「どの辺りだった?」

 

 リゥはちょっと待って、と河まで走っていき、回れ右をして河を背中に背負う形で周囲を見渡し始めた。

 やがて、

 

「あ、あそこ!」

 

 一方向を指さした。

 そちらに視線を向けると、

 

「……何か光ってるな」

 

 ピカピカと何かが陽光を反射していた。

 めちゃくちゃ怪しい。

 自然界であんなに光るものなんて無いだろうし、もしゴミだったりしても危ない。

 

 出来れば入れ歯であってくれと願いつつ、何で入れ歯であることをこんなに願っているんだろうと途中で気が付いて気を落としながらも近付いてみると、

 

「……ああ、見つけた」

 

 あっさりと目的の入れ歯は見つかった。

 しかし発見した喜びなんてあるわけもなく、ただただ虚しいだけの――そう、例えるなら、

 

「福引きで3等を当てた瞬間みたいだ」

 

 

 一等:旅行

 二等:テレビ

 三等:トイレットペーパーのセットが2個

 

 

 みたいな感じ。

 

 俺はバックパックからビニール福を取り出し、大きく口を開けて入れ歯の向こう側に設置する。

 足で蹴ってビニールの中に砂子と入れると、袋の入り口を厳重に縛って封印。ミッションコンプリート。

 

 どうしよう、これ。スイカみたいに水の中に入れて冷やしてみようかな。

 

「ファアル。これからどうする?」

 

 少し離れた場所からリゥが訊ねてきた。その視線は、俺が持ってるビニール袋IN金の入れ歯に注がれている。

 

「うわ……悪趣味」

 

 苦虫を十匹くらい一気に噛み潰したような顔でいらっしゃる。

 気持ちはわかるけど、その顔はいくらなんでも女の子として酷い。

 

「今日は山小屋で休もう。無駄に疲れた」

 

 休憩所を利用する場合、備蓄されているものは好きに使ってくれて構わないと許可は貰っている。

 それくらいは……との好意からだったのだが、お言葉に甘えさせてもらうとしよう。

 

「へぇ、結構綺麗なんだな」

 

 山小屋、というよりもログハウスのようだった。

 これなら一泊しても快適に過ごせそうだ。

 

「案外、萌えもんセンターで寝泊まりするより旅行気分が味わえるかもな」

 

「――かもね」

 

 苦笑をかわし、俺とリゥは山小屋改めログハウスへと足を踏み入れたのだった。

 

 

     ◆◆

 

 

 ログハウスは一階建てで、調理場と食事スペースが玄関から入ってすぐの場所にあり、扉を挟んで二段ベッドが壁際に3つ設置されていた。

 玄関に入ってすぐの靴箱の上には利用者記録が置いてあったので、名前を書いておく。

 そしてそのすぐ上に事務室へと直通の内線があり、電話で詳細を伝えた。

 

「――って事なんですが」

 

 受話器の向こう側の若い男の職員さんは、

 

「わかりました。入れ歯の方は、園長に伝えておきますのでご安心を。お疲れでしょうし、今日はゆっくり休んでください」

 

「ありがとうございます」

 

 あっさりと了承してくれた。

 休園しているため、誰も利用者がいないからだろう。おそらく、園長側からも働きかけがあったんじゃないかと思う。

 

「おーい、リゥ。大丈夫みたいだぞ」

 

 俺が電話をしている間に、調理場で食べ物を調べてくれていたリゥに声をかける。

 

 わかったー、とくぐもった声が聞こえてくる。

 受話器を置いて調理場に行くと、リゥは流し場の下にある棚を覗き込んでいた。調理器具を調べているようだ。

 

「食べ物はありそうか?」

 

「んー、見てみて」

 

 冷蔵庫を開けてみると、水以外は何も入っていなかった。

 食器棚に目を移してみれば、少しだけの保存食があるにはあったが、

 

「いつも食べてるもんと代わり映えはしなさそうだな」

 

 旅の途中、野宿する時とあまり変わらないものが出来そうだ。

 

「期待するだけ無駄かな?」

 

 バタン、と流し台下の扉を閉めたリゥは、手に片手鍋を持っていた。

 

「……ま、多少は良いものが作れそうだけどな。これだけ設備があれば」

 

 たき火で温めるだけ、と比べたら雲泥の差だ。

 ただ、問題は食料だ。あまり買い足していないため、持っている量は少ない。

 

「7人分か」

 

 俺、リゥ、シェル、コン、カラ、サンダース、そしてストライク。ぎりぎりの範囲、というレベルか。

 ザックから保存食を取り出していく。

 と、

 

「ますたー、ベッドがふたつ並んでますわ!」

 

 真っ先に寝室へと突入していたシェルが、表情を輝かせながら飛び出してきた。

 そういえば、萌えもんセンターにいる間は基本的に別々に寝ているし、旅に出たら出たで野宿なもんだからシェルにとっては初めて見る光景のはずだ。

 

 なるほど、嬉しくなるのもわかる。

 

「……もう、そんなにはしゃがないでくださいよ」

 

 次いで出てきたのはコンだ。嘆息していかにも疲れていますな空気を出しているが、服と尻尾の毛並みが若干乱れている。遊んでいたの、バレてるからな?

 

 サンダースは外を駆け回っているからしばらく放置でいいだろうが、カラは逆に寝室から出てこない。

 

 壊したりしてないだろうな、と寝室を覗いてみると、二段ベッドの下で丸まっていた。

 

「いやぁ、ここは落ち着くね。狭い場所がボクには合ってるみたいだ」

 

 さいですか。

 

 俺の視線に気が付いたカラは恥ずかしそうに俯いていた。食事になったら呼ぶからと伝えて顔を引っ込める。

 それぞれが楽しんでいるようで何よりだ。骨休めの意味でも、良かったのかもしれない。入れ歯を除けば。

 

 残るは――

 

「ストライク、お前も混ざるか?」

 

 俺の言葉にストライクは無言で見返して来たかと思うと、

 

「……お言葉に甘えさせていただく」

 

 小さくそれだけを言って、部屋の隅に陣取った。

 あそこだけ空気が違う。

 シェルとコンも敏感に感じ取ったようだったが、顔を見合わせた後、ログハウスを出て行った。

 

 逃げたな、おい。

 

「ま、いいじゃない。晩ご飯、作りましょ」

 

 いつの間にか片手に一本ずつ包丁を持ってリゥが言う。

 怖いから。

 

「――はぁ」

 

 きょとんとなっているリゥの手から包丁を取り上げる。

 

「あ、」

 

 と寂しそうな声を上げたリゥに、

 

「――まずは持ち方からだな」

 

 たまには手伝ってもらうのも悪くない。

 明るくなったリゥの顔を見ながら、そんな事を思った。

 

 

     ◆◆

 

 

 夜。リゥ達にベッドを譲ってリビングでひとり寝ていると、ふと目が覚めた。

 喉が渇いたわけでもトイレに行きたくなったわけでもない。

 ただ、ふと目が覚めたのだ。

 

 晩ご飯を食べてから騒いで、すぐに寝てから数時間しか経過していない。体は疲れているはずなのに、妙に意識がはっきりしてしまってもう一度眠れそうには無かった。

 

「……ちょっと風に当たってくるか」

 

 雨は降っていないようだ。窓から見える外の風景は、月明かりだけで結構な距離まで見えた。

 リゥ達を起こさないように静かに外に出る。

 

 サファリゾーン、そしてセキチクシティの周囲が自然で溢れているのもあるため、静かだった。

 じっとしていると、河の流れる音と虫の鳴く声が聞こえてくる。

 誘われるように河のすぐ近くで腰を下ろす。

 

 悪くない、と。

 素直に思った。

 

 ここ最近はずっとタマムシやヤマブキにいたせいか、都会の雑踏ばかり耳にしていた気がする。マサラタウンにいた頃はこんな風景が当たり前だったというのに、あの頃はそんな事、感じもしなかった。

 

 夜空を見上げると、まさしく満天の星空が広がっていた。

 このまま寝転がって眺めていたいな――いつの間にか眠りこけていそうだが。

 そんな事を思いながら寝転がり、

 

「お前も眠れないのか?」

 

 傍らに降り立ったストライクに問いかけた。

 返答は無い。

 ただ、ストライクはじっと俺を見下ろしている。

 見つめ合うことしばし、

 

「――貴殿は何も恐れていないのか?」

 

 その瞳が、訝しげに潜められた。

 

 失望を抱いたかのように。

 望まぬ答えを突きつけられたかのように。

 親がどこかに行って迷子になってしまった子供のように。

 

 ストライクは、

 

「だとすれば、やはり――」

 

 言葉にならぬ言葉を口にした。

 

「別にそうでもないさ」

 

 あっけらかんと俺は否定する。

 振り下ろされれば致命傷を負うであろう、鎌を持った相手を隣に寝転がりながら。

 

「思い至らなかったわけじゃない。まさか、とは思ったけどな」

 

 確信があったわけじゃない。

 調理をしている間にリゥから少しだけ聞いただけだ。

 その途中、「お人好しが移ったかも」と嘆いたようだったけど、確かにリゥは俺に伝えてくれた。

 

 だから、至れた。

 だから、否定した。

 

「別にうぬぼれてるわけじゃないけどな――今、お前が何もしない事くらいならわかる」

 

 何故、と。

 ストライクは沈黙を持って問いかけてきた。

 

「お前、人間が嫌いだろ?」

 

 無言で頷いたストライク。

 肯定を見て、俺は先を続ける。

 

「だけど、萌えもんは仲間だと思ってる。だからだ」

 

 そう、だから。

 

「あいつらが悲しむような事をするはずがない、って思っただけだ」

 

 皮肉な笑みを浮かべて見せると、ストライクは鼻で笑い、

 

「はっ、それこそ自惚れでありましょう」

 

 だろうな、とは思う。

 

「だけど、たぶんそうなる。長い間一緒にいたわけじゃない。だけど、一緒に旅をして、一緒に戦って――過ごした時間は裏切らない。俺は、リゥ達を信じてるからな」

 

 ストライクは答えず、ただ無言で鎌を俺に向かって突きつけた。

 

「――戦いや時間など、何の意味も……っ」

 

 それだけだった。

 暗い炎が宿っている瞳は真っ直ぐに俺を捉え、しかし鎌は震えていた。

 

 ストライクの中で何の葛藤があるのか。

 ほとんど話してもいない俺にはわかる由も無い。

 しかし、ストライクは哭いていた。

 必至に何かに向かい合おうとして、背を向けようとしているように見えた。

 だから、

 

「ストライク。これはな、二十年ほど生きた人間の戯れ言だと思ってくれて構わな

い」

 

 そう前置きし、

 

「迷うくらいならやるな。それでもやり遂げようと思ったのなら、後悔してもいいからやり遂げるだけの覚悟を決めろ。

 一歩すら踏み出せない中途半端な覚悟なら、口に出すんじゃねぇ」

 

 ただ、無言だった。

 静かな風が吹いた。

 いつの間にか止まっていた鎌の震え。

 一度目を瞑ったストライクは、鎌を引き、

 

 

 ――そのまま踵を返して小屋へと戻って行った。

 

 

 俺以外、誰もいなくなった河辺で呟く。

 

「人間を信用できない萌えもんか」

 

 点と点を結んでいく。

 そうして出た答えは、ひとつだけ。

 つまり、

 

「人に捨てられたって事かよ……」

 

 だとすれば、ストライクの強くなるとリゥに告げた想いの果てには――。

 

「ったく、面倒な事になりそうだ」

 

 だというのに。

 それが面倒所じゃなくなってきているのが、一番の問題か。

 うん、金の入れ歯とかどうでもいいレベルだわな。

 

 

    ◆◆

 

 

 眠い。

 ため息と一緒に吐き出したその呟きを聞いたリゥは、

 

「ばっかじゃない?」

 

 と罵倒してくれた。

 洗面台の鏡を見てみると、クマが出来ている。

 おかしいな、夜は確かに目が覚めていたのに……。

 

「萌えもんセンターでゆっくりするか」

 

 昼寝でもすれば多少はマシになってくれるんじゃないかと期待しつつ、ログハウスを後にする。

 事前に連絡を入れていたのだが、どうやら迎えに来てくれたようで河辺にボートが止まっていた。職員さんもこっちに向かって手を振ってくれている。

 

「ボート、使いたかったなぁ」

 

 ゆっくりと川下りとか一度やってみたい。

 が、立ち止まっているとリゥに脇腹を小突かれた。

 

「目が半分寝てる」

 

「……マジで?」

 

 いかんな。

 手荷物を確認。

 忘れ物は無し。バッグに入れたくなかった金の入れ歯はビニール袋で手に持っている。

 

「で、お前はどうするんだ、ストライク」

 

 振り返ると、ルグハウスの屋根の上にストライクが立っていた。

 彼女は無言で飛び立つと、俺の前に降り立った。

 

 身構えるリゥ。

 力無く下げた両腕は敵意を持っていない事の現れだろうか。

 俯き気味な顔は、苦悶に満ちている。

 

「――頼みがある」

 

 吐き出された声は震えていた。

 途中途中で詰まりながら、それでもストライクは言った。

 

「あちしに、――見せてくれ」

 

 何を、は無かった。

 

 ただ。

 ただもし、俺の予想が正しいのだとしたら――ストライクが望んでいるものは、彼女の心を深く抉るのではないか。

 

 逡巡する俺に、リゥの視線が向けられる。

 言葉も無く、リゥは頷いた。

 それで、充分だった。

 

「……期待に応えられるかわらかねぇけど、それでもいいならついてこい。覚悟が出来たんなら、な」

 

 ストライク自身が、自分の中と決着をつけて覚悟を決めたのだとしたら、俺に出来るのは背中を押してやる事くらいだ。

 俺の言葉を聞いて、ストライクは、

 

「かたじけない」

 

 そう言って、飛び立っていった。

 方角からするにサファリゾーンを空から抜け出ようというのだろう。

 見送る俺にリゥが問いかける。

 

「理由はわかってるの?」

 

 しばし悩み、俺は首を横に振った。

 

「いんや」

 

「そ」

 

 とだけ簡潔に言って、リゥはボートへと歩き出した。

 ありゃバレてるな。

 

「別にいいわよ。何かあったらちゃんと相談してくれるでしょ?」

 

 振り返ったリゥに陰りは無かった。

 信頼していると。

 言外に言っていた。

 

「ああ、いつもアテにしてるさ」

 

「うん」

 

 そうして、俺達はボートへと向かって歩き出した。

 ストライクの抱える問題を背負う事になってしまったわけだけど。

 

 セキチクシティジムの戦いもあるわけで。

 次から次へと出てくる問題に頭を抱えそうになりながらも。

 まずは金の入れ歯を返すために、サファリゾーンの事務室へと向かったのだった。

 

 

 

 

                           <入れ歯END 続く>

 




前書きに書くのも何なので、こちらで少しだけスペースをお借りして宣伝させていただきます。

4/14に堺市産業振興センター イベントホールで開催されます、第十六回文学フリマin大阪に参加する予定です。サークルスペースは「C-46 お座敷空間」です。
学園モノを頒布予定ですが、一次創作作品なので、もし気が向いたり当日行かれるつもりな方がいらっしゃいましたら、どうぞよろしくお願い致します。
ではでは。

次回更新は4月中を目指してます。いやほんとに。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【第二十三話】セキチク――入れ歯の後ろにあった影

ラストののんびり編。次はジムになります。


 職員さんに連れられて事務室まで戻ると、温かいココアを出して貰えた。凄くありがたい。しかし肝心の園長はおらず、どうやら急に予定が入ったと連絡があったそうで、事務室まで来られなくなったらしい。

 

 園長の事は気にせず家まで来て下さい、と園長の奥さんからの言葉を伝えてくれた職員さんに礼を言ってから、事務室を後にする。

 

 しかし客――になるのだろうか――がこんな朝早くになぁ。

 

 事務室で見た時計の針は、まだ午前九時前を指していた。朝会うにしては少々早いと思うんだが……、

 

「それも園長の仕事なのかね」

 

 だとしたら意外と忙しいのかもな、と。

 朝早くから会う予定のあった俺が言えた事ではないだろうけども。

 

「で、その金の入れ歯、結局洗ってないのね」

 

 その矢先に入れ歯を思い出して、評価は元に戻った。やっぱ人間、装飾品に気をつけた方がいいと思うわ。

 

「まーな。でも砂は落としたんだよ」

 

 ほら、とビニール袋を掲げてみる。

 昨日、コテージで休憩中に台所で洗っておいたのだ。ビニール袋の中に水を入れてシェイク。そして窓から水だけを捨てる。お手軽だった。

 

 仕事や学校が始まる時間帯とあってか、セキチクシティは賑やかだった。といっても、タマムシシティのような煩いと感じるほどの賑やかさではなく、人と人が過ごして、友達や知り合いと話して笑い合っているような、そんな小さな賑やかさだ。

 

「……どうしたの?」

 

 その光景に見取れていたのがバレていたようだ。

 振り向いて訊ねてくるリゥに、

 

「少し懐かしいなって思ったんだよ。マサラタウンじゃ、こんな感じだったしな」

 

 ただ、人が少ない分、もっと靜かではあったけども。

 

「そっか。帰りたい?」

 

 そうだな……。

 

「少しは、な。離れてた時期と過ごした時間は同じくらいだし、良くわからねぇな」

 

 ただ、

 

「お袋に顔を見せたい。どうせ、親父は帰ってないだろうし」

 

 家を出る時に、大丈夫だなんて言っていたけど、本当は寂しがり屋なのは知っている。そのくせに強がって周囲には見せようとしないから、鈍感な親父はお袋の言葉をいつも額面通りに受け取って喧嘩になっていた。

 

 ロケット団の事件が終わってから一度だけ連絡したが、博士から俺の様子を聞いていたようで、あまり心配はしていないような口ぶりだったのは覚えている。それも多少の強がりがあってだろう。

 

 昔は特に構いもしなかったけど、さすがにこの歳にもなると両親を無視する事も出来ない。

 

「ま、親だしな。心配もたぶんしてるだろ。あの人はそういう人だ」

 

「……ファアルがそう言うなら、そうなんだろうね」

 

 リゥも初めて会った時はやたら可愛がられてたな……。俺、通報されそうになったし。

 

「家はまたでいいさ。どうせグレン島に行くには、セキチクシティかマサラタウンからじゃないと行けないしな」

 

「そうなの?」

 

「ああ」

 

 頷いて、見えていた水平線を指さした。

 

「あそこに小さく島が見えるだろ?」

 

「うん」

 

 今いる場所からは南西方向あたりに小さく、ふたつ島が見えた。

 

「あれがふたご島。氷の島で有名なんだよ。何でも、伝説の萌えもんがいて、氷を絶えず生み出してるとか冷やしてるとか」

 

 誰も見た事がないらしいし、噂の域は出ていないけども。

 

「ふうん」

 

「んで、そこから更に西に向かって進んだところにあるのがグレン島。火山島なん

だ」

 

 マサラタウンからグレン島まで行くとちょうどカントー地方を一周した事になる。

 思えば遠くへ来たもんだ。

 

「――もしかして、噴火とかするんじゃないの?」

 

 リゥは身を引いている。

 まぁ、休火山だとは聞いているけども……。

 

「噴火の兆候は無いって話らしいし、大丈夫じゃないか?」

 

「ほんとに? 噴火してからじゃ遅いのよ?」

 

「ごもっとも」

 

 で、と。

 リゥは急に小声になると、俺の脇を小突いてくる。

 顔を寄せて、

 

「アテはあるの? 見せてくれって言ってたけど、見せられるものあるの?」

 

 後ろを飛んでいるストライクにちらちらと視線を投げかけながら言った。

 駄目だぞー。そういうの、やられてる方からすると気分が悪いぞー。

 

「無いな。ただ、」

 

 一度言葉を切って、振り返る。

 

「ストライク。見せてくれ、と言ったな? 俺はお前が何を望んでいるのかはわか

らなし、無理に聞き出すつもりもない」

 

 だから、

 

「何を見て判断するかは、お前が決めてくれ」

 

 真っ直ぐにストライクの目を見て、言った。

 そしてストライクもまた、同じ考えだったのだろう。

 

「――承知」

 

 とだけ言い、一歩分、後ろに下がった。

 それがストライクの距離なのだろう。

 俺とリゥが隣り合って歩いているように。

 ストライクにとって、それだけの距離があるのだ。

 

「行こう、もう少しだ」

 

 だから、待つつもりはなかった。

 その距離は、ストライクにとって必要なものだろうから。

 

 

 

     ◆◆

 

 

 前に来た時も同じだったが、無駄な豪邸に圧倒されつつ、インターホンを押した。

 程なくして奥さんが応対してくれ、すぐに中へと通してくれる。

 

「重ね重ね、ありがとうございます」

 

「いえ。何かの縁でしょうし、気にしないでください」

 

 ぺこぺこと頭を下げられると、こっちが申し訳なく思ってしまう。

 確かに面倒だったが、何かの縁なのも確かだ。サファリゾーンも無料で一日滞在できたと考えれば、報酬は既に貰っているようなもんだし。何も捕まえてはいないけども!

 

 ただ、疑問があるとするならば、どうして入れ歯を俺に頼んだのかって事だった。

 

「そういえば、誰かと会う用事があるって聞いたんですけど」

 

「ええ。朝早くから――」

 

 そうして奥さんから名前を聞いた時、昨日からずっと感じていた疑問がようやく晴れたような気がした。可能性としては……ありえるかもしれないなと考えてたレベルではあったけども。。

 

 果たして。

 案内された場所は、家の裏手に広がっている大きな庭だった。泳げるんじゃないかと思えるほど広い池と庭がある。羨ましい。豪邸の定義から全く外れていない、お手本のような家である。

 

 その庭の中、目的の頭が禿げたおっさんはいた。

 しかし、誰かと会っていると聞いていたが――ひとりだった。

 

「後で飲み物を持ってきますね」

 

「あ、お構いなく」

 

 微笑を称えて家の中へと戻っていった奥さんを見送って、おっさんと改めて向き合う。

 

「ほいよ」

 

 俺達にはもう気が付いていたに違いない。

 おっさんは俺から入れ歯を受け取ると、

 

「おお! これやこれ! ありがとうな、青年!」

 

 金の入れ歯を無邪気に受け取っている。

 ちなみに、スペアの歯は全部銀色だった。アルミホイルみたいで、見てるだけで歯が痛くなりそうだ。

 

「地面に落ちてたからな。水でゆすいだだけだし、ちゃんと洗っておいた方がいいぞ。言うまでもないとは思うけど」

 

「おう」

 

 と言って園長は近くにあったガーデンテーブルに入れ歯の入ったビニール服を置

いた。

 視線を向けると、カップがふたつ。

 さっきまで人がいたように、湯気が立っている。

 

「……で」

 

「うん?」

 

「何で俺を試したんだ?」

 

 まどろっこしい真似をしたくはない。

 単刀直入に訊くと、園長はしばらく押し黙り、

 

「……いつからわかっとった?」

 

「確証を得たのはついさっきだな。疑問は昨日からあった。大体」

 

 俺はそこでおっさんを指さし、

 

「あんな場所に入れ歯を落として気が付かずに外にいるってのがおかしいんだよ」

 

 そう、例えばそれが、

 

「自分でわざと置いたか、誰かに頼みでもしない限り、な。本格的にボケてるのかとも思ったけど、そんな風でも無かったしな」

 

 意図的でないと不自然すぎるのだ。

 加えて今朝早くから人と急に会うことになったという事。

 まるで俺が来る前に用事を済ませておきたかったかのように感じられた。

 

「俺の考えすぎかもしれないけどな。ただ、あんたの奥さんから聞いてピンと来た」

 

 つまり、

 

「お待たせしました」

 

 良いタイミングで奥さん来た!

 

「ありがとうございます」

 

 出されたお茶はふたつ。俺とリゥの分のようだ。

 

「……ごほん」

 

 咳払いして気分を変える。

 

「で、どこに隠れてるんだ?」

 

 一度だけ風が吹いた。

 その風に乗って現れたかのように、

 

「ファファファファ」

 

 と笑い声と共に、黒ずくめの男が現れた。

 一瞬の竜巻の後、音を立てずに地面へと降り立った男は、まくれた赤いスカーフを後ろへと流し、

 

「拙者が――」

 

「誰このコスプレした奴」

 

 リゥの一言で、時間が止まった。

 

 

    ◆◆

 

 

 セキチクシティジムリーダー、(きょう)。忍者の末裔と言われており、自称

「現代に生きる忍者」と名乗っている、かなりの変わり者だ。何しろ自称で忍者とかまともな神経で言えるとは思えない。

 

 リゥがコスプレと思わず口にしてしまう気持ちもわからないではないが、それは口にしてはいけない言葉であるのは間違いがなく、セキチクシティジムではタブーとされているらしい。

 

 また、そんな格好をしながらも「強さだけではない萌えもんの奥深さ」を求めているトレーナーでもあり、変幻自在な戦い方をするのでも有名だ。愛梨花のような状態異常を扱いながら、更に搦め手をも使ってくる強敵である。

 

 そんな男が、今目の前で最大のタブーに触れられて動きを止めていた。純粋な質問って怖い。

 

「……あー、で、何であんたが?」

 

 ただ、このままでは進まないため無かった事にして先を促した。

 すると享は待っていたとばかりに、大きく咳払いをし、

 

「フッ。ロケット団壊滅の立役者――それを見たくてな」

 

 シニカルな笑みを浮かべた享は、どこか満足気な様子で言った。

 風が吹いて赤いスカーフが舞った。

 おお、ちょっと格好いい。

 

「で、ご期待には添えられたってことか?」

 

 俺の問いに、まさしく煙に巻くようにして享は答えず、

 

「明日の戦いが楽しみになった」

 

 と言って園長に向き直り、

 

「馳走になった。奥さんによろしく伝えておいてくれ。サラバ!」

 

「うわっ!」

 

 突風と共に大量の煙が発生し、視界が晴れた頃にはその姿は消え去っていた。

 自称忍者――しかし、格好いい!

 くっ、あの技を習いたい……!

 

「何悔しがってるのよ」

 

「いやぁ、つい」

 

 忍者は浪漫だからなぁ。

 冷静なリゥの突っ込みに頭をかいていると、

 

「あいつも変わらんなぁ」

 

 園長の声は、見ず知らずの他人に向けるものではなく、十年以上付き合いのある友人に向けるそれだったように感じられた。

 やがて気を取り直すようにカップに一口つけると、

 

「試すみたいなな真似をして、すまんかった」

 

 いいさ、と肩を竦めて答える。

 良い息抜きになったのには違いないのだ。

 

「ああ、ひとつ気になってた事があるんだ」

 

 セキチクシティに入ってすぐ――嫌でも目に入った光景があった。

 萌えもん達を見世物のように扱っていたのは、やっぱり一言くらいは言っておきたかった。

 

「何で見世物みたいに檻に入れてるんだ? あれじゃ、子供の教育にだって悪いぞ」

 

 俺の言葉に園長はしばらく黙ると、

 

「……参考にさせてもらいます。実は、抗議がないってわけやないんやわ」

 

 経営者らしい答えだな、とは思ったが、しかめられた顔はどうやら本心から苦心しているようだった。

 

「恥ずかしい話やけど、子供達のタメになると思ったもんが、今じゃ子供達には見せられへんようになってますし。萌えもんを見世物って――冷静になってみると何を考えてたんかって。商売ばっかりに目が行ってしもてたんかなぁ」

 

 子供達にパートナーとして萌えもんを。

 もしくは、成長した子供達がパート―ナーとして萌えもんを捕まえたり。

 俺が子供の頃では考えられなかった事が、今では当たり前になろうとしている。

 人としての絆や強さ、優しさを学べ、成長出来るからだ。

 その中でトレーナーとして成長出来る子供は、やがて萌えもんリーグを目指すようになっていく。育んだ絆と一緒に。

 

「ま、園長さんがわかってるなら、俺達が首を突っ込むような問題じゃないし、な」

 

 見世物にするってのは、道具として扱うってのと同じだ。

 それを子供に悪影響が出る、と考えるのは当然の流れだろうし、そうしてはいけないと思う。

 いらないと言って捨てたり、道具のように扱ったりするのは、間違っている。そう考える人が多くいるのは、人と萌えもん、双方にとって良い事なんだろうと思う。

 ロケット団のような組織はまだあるだろうし、そうなると彼らを抑えるような役割が自然と出来上がるような気がしていた。

 

「……やりきれないな」

 

 小さく呟いた俺の言葉を聞いていたのはリゥだけだった。

 袖を小さく引っ張ってくれたのは、励ましてくれているのだろうか。

 

「じゃ、俺達は行くよ。明日に備えないといけないしな」

 

 カップの中身を飲み干して背を向ける。

 朝早くからお邪魔し続けるわけにもいかないし、何より用事はもう済んでいる。

 それに、明日に向けての準備を念入りにしておきたい。

 

「明日、応援しに行かせてもらうわ」

 

 背中にかかった声がお世辞かどうかはわからないけど、俺は手を挙げ、

 

「声援、期待してるよ」

 

 そう言って、リゥと共に豪邸を後にしたのだった。

 

 

 

    ◆◆◆◆

 

 

 明日に備えて萌えもんセンターに戻ってきたのはいいものの――

 

「眠い」

 

 入れ歯を届けて気が抜けたのもあって、急激な眠気に襲われていた。

 肝心な時に眠くなっては意味がない。

 

 これまでのジムリーダーと同じように、享も一筋縄ではいかないだろう。

 更に草タイプの愛梨花とはまた違う――もっと変幻自在な戦いをしてくるはずだ。状況を打破できるだけの活路を見出せるかどうかが最大の敵となるだろう。

 つまり、

 

「おやすみなさい」

 

 寝るに限るのだ。意識を万全に整えたいからであって、決して昼寝したいからとかそういう理由ではないのだ。

 リゥ達はいつも通り萌えもんセンターの姉ちゃん達に任せてるし、俺は俺で戦いに備えるだけだ。

 というわけで、昨日よりもまともな寝床で俺は就寝についたのだった。

 

 ベッドっていいなぁ……。

 

 

    ◆◆◆◆

 

 

 時間はまだ昼を少し過ぎた頃だけど、ファアルはもう寝てしまったようだった。

 明日がジムリーダー戦だし、朝も眠いって言ってたし、仕方ない。

 私達もボールに入ったり雑談したりと時間を潰しているのは様々だった。

 

「……よし」

 

 体を心地よい緊張感が支配している。高揚しすぎるわけでもなく、さりとて何も感じていないわけでもなく。適度な緊張感は絶対に必要だ。

 あくまでも自分でコントロールを。

 そうすれば、戦いにおいて己に負ける事は無い。

 

 後は――自分のパートナーと積み上げてきた経験を信じれば、勝てる。

 小さな気合いと一緒に拳を握った。

 

「リゥ殿、一つお訊きしたく……」

 

 そう言って近付いてきたのはストライクだった。

 

 萌えもんセンターは基本的に野生の萌えもんも受け入れてはいるが、飼い慣らすと言えば聞こえは悪いけど、野生として生きられないようにしないよう注意を払ってはいるらしく、私達のような人と一緒に生きている萌えもんとは原則的に会わないように、隔離された場所でしか受け入れてはいない。

 

 まぁ、私が萌えもんセンターのベランダにいたのが原因なんだろうけれど。飛べる萌えもんからすれば、あまり関係の無い話ではあるしね。

 

 ストライクの表情は硬い。

 朝のファアルの言葉は聞いていたし、考えている事も何となくはわかる。そして、お人好しが故に突っぱねられなかった事も。

 

「明日は戦われるのですか?」

 

 ジムリーダー戦の事だろう。

 

「うん、そう」

 

 私は頷いた。

 それこそが私自身の叶えたい願いへと届く道だったから。

 しかし、ストライクにしてみればそうではない。

 

「見世物なのでしょう? 外からですが、あちしも何度も見た事があります。戦った事も……しかし、あんなものは――」

 

「程度が悪いわよね。私だってそれは同感」

 

 どんなにルールや形を設けた所で、人間達のやっている事は見世物だ。

 萌えもんを戦わせて、優劣を競い合い、それを娯楽とする。

 私達からすればたまったものじゃないし、実際そう思っている萌えもんだって多いだろう。

 人と一緒に生きたいと思って寄り添っている萌えもん達だって、心ないトレーナーだったりすれば不可避だ。否応為しに巻き込まれていく。

 

「でも、目的があるから。目指さなくちゃいけない場所があるから」

 

 しかし、私はその道を選んだのだ。

 目的があって、飛び込んだのだ。

 そのためには覚悟の無い仲間なんて必要ないと思っていたし、実際、誰もいらないとも考えていた。

 シェルやコンという仲間が増える度に、邪魔をされたような感覚さえ抱いた。

 

 だけど、と。

 今になって思う。

 

 彼女達はきっと、私に必要だったんだと。ファアルにとってもそうだろうけど、私にとっても。

 少しずつ見えてきたモノ――もし、私が確かに形として信じられたのだとすれば、初めてお姉ちゃんと並び立つ資格を得られるように思うのだ。

 

「だから、私は戦う。見世物になっていても、別に構わない」

 

 それに、

 

「私達を利用している、と。そう言い切ってくれる主人がいる限り、私――ううん、私だけじゃない。シェルやコン、カラとたぶんサンダースも構わずに戦う」

 

 何故、と。

 ストライクは狼狽した様子で訊ねてきた。

 

「私達もファアルを利用しているから。みんな目的があって、それぞれに想いや考えがあって一緒にいるから。そういうのを全部飲み込んだ上で、仲間として信頼してくれているのなら、私達が信じないわけがない」

 

 自信を持って言い切れる。

 

 ファアルの力になりたいと頑張ったシェルも。

 自分自身の弱さと向き合う力を得たコンも。

 激情を受け入れて貰えたカラも。

 手を差し伸べてくれた恩のあるサンダースも。

 そして、一緒に強くなろうと言ってくれた、リゥ()も。

 

 信には信を持って答えたいから。

 相手によって萌えもんを変えるのではなく、私達を信じて戦ってくれているから。

 

「――ファアルは絶対に私達を捨てたりしない。それが、私の答え」

 

「ですが……」

 

 ストライクは俯くと、

 

「彼は強くなろうと――そうしているのはあちしにもわかります。あちしを捨てたマスターがそうでした。だから、強さを求めている彼も同じように――」

 

「違う」

 

 その言葉を私は真っ向から否定した。

 

「貴方の言っているマスターはただ、自分が弱いと思いたいだけに聞こえる……言い訳が欲しいだけ。勝てないのは自分が弱いからだって。言い訳ばかり探して、本当の自分はこんなんじゃないって、もっと強いはずなんだって思いたがってる。でもね――」

 

 私は自分の胸に一度手を添える。

 とくん、と心臓が鳴っている。

 

「自分の弱さを知っている人は違う。そういう人は、自分と向き合って強くなろうとする。自分にある知識や力を使ってただひたすらに。だから、言い訳なんてしないし、例え後悔したとしても前に進めるんじゃないかなって私は思う」

 

 私は、私達のためにずっと悩んでくれていたファアルを知っている。

 何とかして勝とうとしている姿をずっと見てきている。

 それはきっと幸せな事で。

 

 心から。

 自分の願いと同じように、彼の夢を叶えたいと思う。

 

「…………しかし、それでも、あの方はっ」

 

 ストライクは吐き出すように言葉を発し、飛び去っていく。

 その後ろ姿を眺めながら、

 

「正解かなんてわからないけど――ひとつの答えになるといいんだけどね」

 

 私は呟いたのだった。

 

 

    ◆◆◆◆

 

 

 翌日。

 意識もばっちり。今日は良い戦いが出来そうだ。

 指定された時間にセキチクシティジムに行き、手続きと確認をすませて待合室へと通される。

 

 ただ一点。ストライクの同伴を願ったのだが、それに関しては享に伝えてから一度――という事だった。

 なので、何かあればそのまま観客席へ、という形でストライクも待合室に一緒にいた。

 

「で、享ってどんな相手なの?」

 

 待合室にいるのはいつものメンバーだ。

 リゥ、シェル、コン、カラ、サンダース。

 頼れる仲間達のためにも享の戦闘方法を伝える。

 

「享は毒攻撃を主にした状態異常と、擬態や影分身の搦め手を使ってくるジムリーダーだ。愛梨花の時とはまた違う戦いになるだろうとは思う」

 

 ただ、

 

「相手は愛梨花より専門家だ。忍者ってのは伊達じゃないらしい。注意していかないとな」

 

 ジムリーダー戦で道具は使えない。

 一度毒などの状態異常になってしまえば、回復する手段は無いものと考えた方が良いだろう。

 スペシャリスト相手にどう戦っていくか――課題はその一点だった、

 そんな俺達を一歩離れた場所からストライクは見ている。

 

「許可さえ下りれば、ストライクもアドバイザーって形でいてもらおうとは思う。ただ見てるだけだし、形式みたいなもんだけどな」

 

 見極めると言ったストライクに見せるには、充分な場所だと思う。

 

「……許可さえ下りれば、ですが」

 

 それについては享の判断に任せるしかないが。

 おそらく――

 

「失礼します」

 

 その時、ノックと共に受付の人が現れた。

 彼は俺達を見回すと、

 

「享の方から許可が下りました。同伴を許す、との事です」

 

 だとは思った。

 そして、

 

「また、そろそろお時間です。準備も整いましたので、どうぞバトルフィールドまで」

 

 言って、退室していった。

 

 ――さて。

 

 俺は全員の顔を見渡し、一度大きく頷いてから、言った。

 

「勝つぞ!」

 

 たった一言。

 その言葉に全員が頷くのを確認して、控え室の扉を開けた。

 変幻自在のジムリーダー、享に勝ち、6つ目のバッジを手に入れるために。

 俺は、戦場へと向かって一歩を踏み出した。

 

 

                             

                         《続く》




私生活でバタバタし始めちゃいまして、次回は少しだけ遅れるかもしれません。
申し訳ないですが、ご了承いただけるとありがたいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【第二十四話】セキチク――毒を征し、勝利を掴むモノ

原作だとエスパータイプ1体いれば勝負がつくようなジムリーダーですが、いやはや、強いですな……、と書いてて思った回。
毒タイプ、舐めてました。




 会場へと続く、長い廊下をリゥとストライクを伴って歩く。

 頭の中にあるのは、勝つためへの戦術。

 戦いが始まれば、おそらくストライクに構っている余裕はないだろう。

 意識を切り替えるように、一歩また一歩と足を踏み出していく。

 

「行くぞ」

 

「うん」

 

 間髪いれず返ってきた頷きと共に、光の中へと飛び込んだ。

 途端、会場が沸いた。

 そして、バトルフィールドの向こう側には、腕を組んで赤いスカーフを巻いた忍び装束の男がいた。

 

 セキチクシティジムリーダー、享。自称、現代に生きる忍。

 彼は不敵な笑みを浮かべ、俺を出迎えてくれた。

 

「……また厄介な戦場(バトルフィールド)だな」

 

 戦場を見やり、独りごちる。

 

 小さな建物――人がひとり入れる大きさの廃屋や、竹藪、池にススキの草原と、時代劇で見るような光景が広がっていた。

 なるほど、こうして見ると、実に忍らしいバトルフィールドだ。

 

 享は、俺が戦場を確認するのを待っていたようで、しばらくしてから言った。

 

「来たか、小童」

 

 享はおそらく、俺が今まで出会ったジムリーダーの中でも最年長だ。

 経験も積んでいる。その裏打ちされた確かな実力にどこまで食らいつけるかが勝負の分かれ目だろう。

 

「お主の戦い、見せてもらった。実に見事」

 

 だが、と享は続ける。

 

「――甘い」

 

 まるで、先人から知恵を授けられるかのように。

 俺は黙って、享の言葉を聞く。

 

「毒を喰えば自滅。眠ってしまえば無抵抗」

 

 それは、彼の経験から来る確かな言葉だったから。

 ボールに触ることなく、享を見据える。

 

「忍びの技の極意――毒タイプの技の恐ろしさ」

 

 いつか見た背中に追いつくために。

 俺に足りない物を、手に入れ、超えるために。

 

「その身で受けるがよい!」

 

「はっ、行くぜ、ジムリーダー!」

 

 ボールを手に取ったのは同時だった。

 始めに出すのは決めている。

 頼むぜ、

 

「シェル!」

 

「征け、ゲンガー!」

 

 それぞれの萌えもんを繰り出すと同時、戦闘の開始を告げる音が高らかに響いた。

 

 

 

     ◆◆

 

 

 

 享が繰り出したのはゲンガー。

 ゴーストの進化形で、常に浮遊している萌えもんだ。幽霊のように障害物をすり抜けられ、浮遊しているため地面タイプの技は状況次第によって効果がない。また、サイコキネシスような強力なエスパー技も使える――初手からいきなりの強敵だった。

 

 対するシェルが登録した技は、ハイドロポンプ、冷凍ビーム、殻に籠もる、超音波だ。

 相手は実態が無いといってもいい萌えもんだ。物理技を登録していなかったのは救いだが……。

 

「シェル、ハイドロポンプ!」

 

 先手を取られれば勝ち目は薄い。

 こちらが先手を打ち、流れを引き寄せる。

 

「りょーかいですわ!」

 

 凄まじい水流となって放たれたハイドロポンプはしかし、即座に地中へと身を隠したゲンガーに容易く躱されてしまう。

 

 ――地面にも潜れるのか。

 

 フィールドに設置されている家屋や森といった障害物も、ゲンガーにとってはあ

ってないようなものと考えていいだろう。

 隠れる場所を与えないために破壊するという選択もあるが、そうすればゲンガー以外の相手と戦い辛くなる。

 

 享は状態異常に関してもエキスパートだ。特に毒のような強力な状態異常を防ぐためには、物理的な障害物はあってくれた方がありがたい。

 

 となれば、破壊するのは愚策。

 当然ながら、享はそれを読んでいるだろう。

 予想した上で、ゲンガーを地面へと潜らせたのだ。家屋に隠れさせるよりも、地面へと隠れさせることで俺の選べる選択肢を限定させているわけだ。

 

 これでは先手を取れない。

 カラと交換する手段もあるが、浮遊しているゲンガーにはあまりにも分が悪く、何より毒タイプに対して効果のある技を持っているカラを潰すわけにはいかない。

 地面に潜られた以上、こちらの後手は確実。

 

 ――なら、

 

「シェル、殻に籠もれ!」

 

 防御として身を守る。

 持久戦と見せて、引きずり出す。

 享の口の端が僅かに上がる。

 

「ゲンガー、サイコキネシス!」

 

 言うや否や、シェルの体が浮き上がっていく。

 

「お、よよ。これはこれはー」

 

 ――あの戦法、香澄と同じ、か。

 

「ゲンガー!」

 

 享が動く……!

 予感と共に、俺もまた号令を飛ばす。

 

「シェル! ハイドロポンプ!」

 

 サイコキネシスの欠点は知っている。

 その一瞬をつけば――、

 

「10万ボルト!」

 

 放たれた電撃は、拡散しながらシェルへと向かって空を駆ける。

 しかし、

 

「速効だ、冷凍ビーム!」

 

 ハイドロポンプによって生み出された水が行き場を失って広がっていく中、冷凍ビームによって大きく丸い――傘のような盾となってシェルの前に完成される。

 刹那、殺到した10万ボルトによって即席の盾は破壊されるも、シェルには届かずにすんだ。

 

「……ほう」

 

 これでゲンガーの技の一端は捕まえられた。

 サイコキネシスに10万ボルト。

 

 残りふたつ。

 俺の予想なら、催眠術は確実に登録しているはずだ。

 残りひとつは、おそらく――。

 

「ゲンガー」

 

 こちらが持久戦に持ち込む覚悟があるのは、先ほど見せている。

 ゲンガーが物体を通り抜けて翻弄してくるのならば、攻撃の瞬間を見極めれば勝機はある。

 そして、ハイドロポンプによってフィールド上に水をぶちまけている。

 

「シェル、冷凍ビーム! 地表に向かって放て!」

 

 ゲンガーでは問題ないだろう。何しろ浮遊している。

 しかし、それ以外の萌えもんは――例えばだが、ベトベトンのような地面に常に接している萌えもんからすれば、たまったものではないだろう。

 事実、享も同じ考えに至っている。

 

「ならば凍らせる前に仕留めるだけよ……10万ボルト!」

 

 既に放たれた冷凍ビームを止める術をゲンガーは持っていない。

 ということは、相手の行動を素早く止めるかが問題になってくる。

 

 10万ボルトは体外へと向かって電気を発射する技だ。サンダースのように本職の電気タイプが使えば使用法に幅を持たせられるが、本職で無いタイプが仕様すると、威力も落ちるし命中精度も悪くなる。

 それに、

 

「放てないだろ、享」

 

 目論見通りに事が運んだ結果でもあった。

 

 見るものが見れば、ゲンガーの体が光っていた事に気がついただろう。

 先ほど空中でハイドロポンプを放ったのにはもうひとつ理由があった。

 冷凍ビームによってゲンガーが浴びた水分を凍らせるためだ。

 

 いくら物体を通り抜けられるといっても、ゲンガーは実体を持って生きている。そうでなければ、萌えもんボールで捕獲できはしない。

 つまり、今のゲンガーは体の表面が凍っているような状態なのだ。

 だからこそ、威力の落ちる10万ボルトは放ちにくいはずだ、と踏んだ。

 

 果たして。

 そこまで予想通りに運んでくれたのかどうか。

 

「ふぁ、……あれれ、ねーむーいー、で」

 

 シェルは空中で眠りへと入ろうとしていく。

 

「シェル! 殻に籠もって超音波!」

 

「う、うい……」

 

 ぶるり、とシェルの体が一度震えた。

 同時、

 

「目が、醒めたっ!」

 

「……むっ」

 

 何とかなってくれたようだ。

 催眠術は、相手に暗示をかけて深い眠りへと誘う技だ。抵抗のある萌えもんはともかく、ほとんどの萌えもんは抗えない。つまり、防ぐ術は存在しないといっていい。

 だが、抗う方法ならばある。

 例えば、

 

「殻に籠もった上で、自分自身に超音波を放ったか……」

 

 享の呟きに、含みんだ笑みで返す。

 ズバットという萌えもんがいる。彼女たちは、超音波を飛ばし、跳ね返ってくる時間で距離や障害物を知り、暗い洞窟内でも飛んでいる。

 シェルに殻に籠もらせることで、擬似的に洞窟のような空間を生み出させ、超音波を反響させて無理矢理覚醒させたのだ。

 

「……ふっ、面白い!」

 

 享は、懐からボールを取り出した。

 対する俺もまた、ボールを取り出す。シェルは未だ上空だ。落下させないためには交換するしか方法はなかった。

 

 二番手――

 

「頼むぜ、カラ!」

 

「征けぃ、モルフォン!」

 

 俺と享はまたしても同時に互いの萌えもんをフィールドへと繰り出した。

 

「――さて、ボクの出番みたいだね」

 

 カラはやる気満々といった様子だ。

 相手はモルフォン。飛行タイプのように自在に滑空するタイプではないが、一対の大きな羽根で宙を飛んでいる。

 地面タイプのカラには些か相性の悪い相手だが……。

 

 ――勝つには地形を利用するしかない、か。

 

 廃屋と、小さな竹林。飛行タイプに抗うのなら、その二箇所しかない。

 思い出したかのように、シェルの凍らせた氷の盾が上空から落下し、地面におちて砕け散る。

 それを合図にするかのように、

 

「カラ――骨ブーメラン!」

 

「了解だよ!」

 

 投擲。

 牽制用として登録しておいた技だ。近距離に特化しているカラが持っている、相手の出方をうかがうには最適な技だが、

 

「モルフォン、影分身」

 

 享の指示を受け、モルフォンがふたつにぶれ始める。瞬きをした一瞬の間に、モルフォンの数は二体に増えていた。

 

 ――いや。

 

 否定する。

 ただの幻惑だ。偽物は行動が出来ない。どれだけ寸分違わない分身だったとしても、本物では無いのだ。二分の一ならば、出し抜ける可能性は高い。

 

 だが。

 

 もちろんそんな事は享だって知っている。

 

「モルフォン、どくどく――撒き散らせ!」

 

 享の指示によって、モルフォンの羽根が大きく動く。

 猛毒の鱗粉が、花吹雪のように舞う。密度の濃い鱗粉はやがてモルフォンの姿を隠していく。

 

「あれじゃ近付くのは無理か……カラ、離れろ!」

 

「了解!」

 

 カラが一歩飛び退く。

 放たれた骨は、風を浴び、途中で地面に転がったが取りに行けるような状態ではなかった。

 例えるなら、毒の竜巻だった。飛び込めば最後、こちらの命を奪うような。

 その最中、享は更に指示を飛ばす。

 

「モルフォン、影分身!」

 

 そう、姿を消した上での影分身。

 つまり――

 

「……けほっ」

 

 飛び退いたカラが、小さく咳をした。

 

「大丈夫か?」

 

「もちろん。でも、少し吸ってしまったみたいだ」

 

 モニターを見る。そこにはカラが毒状態であることを表す表示が出ていた。

 

 ――マズイな……。

 

 毒になれば、治療方法はない。

 道具の持ち込みは禁止だ。毒消しのような道具は使えないし、自然治癒系の技も覚えてはいない。

 時間が経てば経つほど、不利になる。

 

「どうする……?」

 

 打開策が見出せない。

 猛毒の中に突っ込ませるか? 冗談じゃない。死ねと言っているようなものだ。

 穴を掘るを登録していたなら変わっただろうが、毒を流し込まれたら終わりだと思って登録しなかったのが裏目に出たか。

 

 いや、それすらも享は予想し、封殺してきただろうと予想出来る。

 じりじりと時間が経過する中、享の準備だけが整えられていく。

 

「ふっ、動けんか……ならばこちらか征くまで」

 

 風は以前、強いままだ。

 

「モルフォン、吹き飛ばせ!」

 

 その風が、モルフォンの起こした強力な後押しによって、毒を纏いながらカラへと突き進んでいく。

 

 ――躱せない!

 

 しかし、カラは歯がみする俺に向かって、絶対の信頼を持って、言った。

 

「信じてるよ、ファアル」

 

 そして、カラの小さな体は猛毒の風の中へと飲み込まれていった。

 

「――何と……」

 

 傍らのストライクが呆然と上空を見上げている。

 

 カラ……。

 飲み込まれたカラよりも、俺はモルフォンへと視線を向ける。

 猛毒の風に呑まれているカラを案じるよりも先に、なすべき事がある。

 

「あなたは……カラ殿が心配ではないのですか」

 

 ストライクの厳しい視線や言葉に構わず、ただ一点だけを見つめる。

 

 ――同じか。

 

 羽ばたきから何まで、全て同じだった。

 大きく風を起こしたその瞬間まで、モルフォンの動作は同じだった。

 鏡に写っているかのようだ。

 

 また、風が大きすぎて、どの方向から追い風を起こしたのかすらも掴みづらい。風の作用によっては、如何様にも操れるからだ。

 

 ――出し抜くには、まだ足りないか。

 

 あとひとつ、必要だ。

 そのために、俺はカラに向かって声をかける。

 

「取り戻せたか、カラ!」

 

 ほどなくして、風の中から返ってきた言葉は一つ。

 

「けほっ……もちろんっ!」

 

 風が収まっていく。

 毒を一身に浴び、それでもカラは倒れてはいなかった。

 その右手に愛用の骨を持ち、身構えていた。

 顔は青ざめていても、闘志は全く衰えてはいなかった。

 なら、俺が取る行動はひとつだけだ。

 

「水平方向、骨ブーメラン!」

 

「了解!」

 

 即座に理解してくれたカラは、落下しながらもう一度骨を投擲する。

 ほとんど水平に。分身したモルフォンを全て撫でていくような軌跡だった。

 

「甘いっ、サイコキネシス!」

 

 その瞬間、骨ブーメランは地面で滞空し、地面へと落下する。

 そして、カラも地面に着地しようとする。

 

 一瞬の静止。

 それを逃す享ではなかった。

 

「モルフォン、ヘドロ爆弾!」

 

 そして、本物のモルフォンからカラを倒すべく放たれる。 

 

「カラ、メガトンキック!」

 

 迎え撃つわけでもない。

 ただ、狙ったいたように、"偶然"近くにあった氷の塊に弱ったカラの蹴りをぶち込ませた。

 カラが毒でなければ、氷は粉々に砕け散っていたはずだ。

 

 だが、毒を浴びた状態では全力を出し切れない。

 結果、氷はほとんど割れず、飛んで行く。

 

 

 落下していく骨へと真っ直ぐに。

 

 

「ぐぬ、まさか……!」

 

 享が瞠目する。

 そのまさかだ。

 カラが蹴り飛ばした氷は、寸分違わず落下してきた骨にぶち当たる。

 そして、その勢いを借りた骨は飛んで行く。

 

 ヘドロ爆弾を放った、本物のモルフォンへと向かって。

 

「くっ、モルフォン、躱せ!」

 

 こちらの一撃さえ食らわなければ、モルフォンは勝てる。

 こちらはヘドロ爆弾一発で沈むだけの体力しか残っていない。

 享の指示を受け、慌ててモルフォンは回避する。

 が、高速で飛来した骨を完全に躱せるはずもなく、腹部に直撃したモルフォンはそのまま力無く地へと落下していく。

 

 クリティカルヒット。

 だが、こちらもヘドロ爆弾が迫っている。

 躱す方法はなし。

 元より、カラに回避するつもりは更々無いようだった。

 

「カラ――地震だ!」

 

「これ、でぇぇぇ――!」

 

 カラの地震が放たれた、刹那、ヘドロ爆弾が直撃する。

 しかし、放たれた地震は、落下したモルフォンを巻き添えにする。

 毒タイプは地面タイプの攻撃に弱い。

 骨ブーメランで直撃を貰っていたモルフォンは、地震で追い打ちを喰らう形になり、

 

「一体目――」

 

「――撃破だよ……けほっ」

 

 カラもまた、倒れ伏した。

 即座に戻し、ボールを再び展開する。

 

「リゥ、頼む」

 

「任せて」

 

 道具を渡すと、リゥは頷いてくれた。

 渡したのは毒消しと傷薬。すぐに処置を施してくれるが、程なくして萌えもんセンターのお姉さんが来てくれた。

 

 流石、準備がいい。

 しかし、これで俺の手持ちは四体――享は五体だ。

 愛梨花の時もそうだったが、不利な状況は全く変わっていない。

 どう挽回するか……。

 

「フッ、見事。では次だ。征け、ドククラゲ!」

 

「……考える時間もくれねぇか。頼む、シェル!」

 

「おまかせ、ですわ!」

 

 本日二度目だが、まだまだやってくれそうだ。

 ドククラゲ――メノクラゲの進化形で、通常は川や海に住んでいる水生の萌えもんだ。トサキントやコイキングのように、陸で活動はほぼ不可能とも言える。

 享のボールから展開されたドククラゲは、近くにあった小さな池に降り立つと、顔だけを出して首から下は水の中だ。

 

 しかし、シェルは同じ水タイプのドククラゲに対して決定打を持ってはいない。こちらのメンバーで有利に戦えるのはサンダースだけだが、入れ替えるのは享にとって絶好のタイミングだ。流れを相手に与えることになる。

 

「童」

 

「何だよ?」

 

「状況というものは常に動いているものだぞ?」

 

「あん?」

 

 知っている、と言おうとして気がつく。

 ドククラゲの浸かってい池がこぽこぽと泡立ち、色が紫色に染まっていることに。

 

「ちっ、そういうことかよ……! シェル、冷凍ビーム!」

 

「遅いなっ! ドククラゲ、波乗り!」

 

 享の指示を受けて瞬時にあふれ出した池の水は、毒の波となってシェルを襲う。

 しかし、こちらの放った冷凍ビームによって凍り付き、勢いは途絶えていく。

 だが、これで終わるとは思えない。

 

「シェル、殻に籠もれ!」

 

 そして、状況がこちらに傾き駆けているように見えるからこそ、守るしかなかった。

 何故ならば、

 

「ドククラゲ、毒針!」

 

 俺の指示と重なる形で放たれた指示によって、ドククラゲの毒針がシェルへと殺到したからだ。

 

「はわーっ!」

 

 シェルが思わず悲鳴を上げる。

 まさしくそれは弾幕だった。

 動けない。動けば最後、毒針によって蜂の巣にされる。

 しかし、それを待つような享ではなかった。

 

「ドククラゲ、どくどくを放て!」

 

 凍り付いた水の上に立ち、ドククラゲが猛毒の液体をシェルへと向かって放つ。

 

「シェル、躱せ!」

 

 毒針を浴びながらも、シェルは何とか体勢を立て直すべく、動き出す。凍らせ切れなかった水が、シェルの足を濡らした。

 

 ――水?

 

 拙い!

 

「くっ、シェル――」

 

「理解したところで遅いわ、童! 冷凍ビーム!」

 

 ドククラゲの冷凍ビームはシェルの足元へと突き刺さる。

 瞬時に凍っていく中、シェルは足を完全に凍らせられる形になってしまう。

 更に、

 

「ひゃ、ぶっ――」

 

 猛毒を全身で浴びてしまう。

 身動きが封じられている今、こちらの攻め手はハイドロポンプか冷凍ビームしかない。

 

 だが、冷凍ビームは駄目だ。

 凍ってしまう。

 全身に浴びた猛毒が、凍ってしまうのだけは避けなければいけない。

 

 ――いや、

 

「すまんシェル、無理をさせる!」

 

「がってんしょうち!」

 

 間髪入れず返ってくる信頼。

 それに答えるように、

 

「足元に冷凍ビーム、放て!」

 

 急速に冷えた温度によって、シェルの全身が氷に覆われていく。

 毒の色が混じった氷を纏いながら、シェルは緩慢な動作で動く。

 

「ふ、うっ……」

 

 毒が回っている。

 数分――数秒も保たないかもしれない。

 だが、

 

「これで毒針は通じないぜ、享」

 

 纏った防具によって毒針は封じた。

 どくどくは決定打に欠ける。

 波乗りは、凍り付いているために事実上、不可能。

 となると、残る選択肢は限られてくる。

 

 待つか、攻めるかだ。

 だが、俺たちの戦いに――待つという選択肢は存在しない。

 何故なら、

 

「ドククラゲ、どくどく、冷凍ビーム!」

 

 相手に時間を与えれば与えるほど、熟考されるということなのだから。

 

「――はっ、シェル、ハイドロポンプ!」

 

 悪いな、ドククラゲ。

 強力な水の扱いにかけちゃ、こっちが一枚上手だ。

 シェルが放ったハイドロポンプは、氷の防具を内側からあっさりと打ち砕き、ドククラゲの上へと真っ直ぐに向かっていく。

 

「何を……」

 

 瞠目する享に向かって告げるように、

 

「シェル、冷凍ビーム!」

 

 放ったハイドロポンプを丸ごと凍らせた。

 重力に従って落下していく、一瞬前まで水だったモノ。

 それは巨大な一本の棒となって、ドククラゲへと叩き付けられる。

 

 耳が破壊されるかと思うような爆発音が戦場を支配し、地震に匹敵するかのような衝撃が襲いかかる。

 しかし、それだけだ。

 大技な分、隙も大きい。

 躱すには充分だったが……

 

「こっちはそれで充分だ」

 

 毒を受けて倒れたシェルの代わりに、戦場に立っていたのは紫電を撒き散らす野獣。

 

「サンダース、10万ボルト!」

 

 粉塵立ちこめる中、ドククラゲは弱点である電撃を浴び、倒れ伏す。

 これで、

 

「二体目――」

 

「――撃破だな!」

 

 高らかに宣言する。

 これで、残り四体だ。

 そんな俺を、アドバイザーのストライクは深く息をついて、断崖する。

 

「これが、貴方の見せたかったものですか……。あちしに見せてくれると、そういったものですか!」

 

 その怒りを浴びながら、断言する。

 

「そうだ」

 

「――っ!」

 

 かつてリゥにも言った言葉だった。

 俺は、仲間達を自分の夢のために、利用し、使っている。

 だから、

 だからこそ――

 

「俺はあいつらの〝信〟に〝信〟で答えなくちゃいけないんだよ、何があろうとな」

 

 俺を勝たせてくれようと。

 そのために全力で戦ってくれるというのなら、全力で利用し勝たなければいけない。

 それが、俺の果たすべき務めだ。

 

「サンダース、行けそうか?」

 

「誰に向かって言ってる!」

 

 間髪入れずに返ってきたのは、頼もしい言葉。

 その言葉に笑みを浮かべつつ、享の手持ちを予想する。

 

 純粋な毒タイプはそれほど多くない。

 ベトベター。その進化形のベトベトン。

 ドガース。その進化形のマタドガス。

 これだけだ。

 

 モルフォンやゲンガー、ドククラゲといった萌えもんは、虫やゴースト、水タイプにプラスして毒タイプを持っている萌えもんだ。

 

 享は毒タイプを使用する。それは、(ジムリーダー)に課せられたルールのようなものだ。

 

 となれば、ベトベトン、マタドガスは確実に組み込んでいるだろう。

 そしてゲンガーは既に戦っている。

 となると、残るは――

 

「草タイプだったら厄介だが……」

 

 愛梨花との戦いが蘇る。

 しかし、次いで享が出したのは、

 

「征け、ゲンガー!」

 

 初手でぶつかった相手だった。

 手持ちを明かすつもりはないってことか。

 

「頼むぜ、コン!」

 

「はいっ!」

 

 金毛九尾を揺らしながら、コンがフィールドへと躍り出る。

 

「……何か、あんまり歩ける場所がなさそうです」

 

「悪い。派手にやりすぎた」

 

「い、いえいえ、そういうわけでは決して!」

 

 慌ててパタパタと手を振っているコンに苦笑を返し、

 

「ははっ。

 ……あいつを倒して残りを引っ張り出す。やるぜ」

 

「ええ、わかりました」

 

 フィールドは既に毒と氷と雷によって荒れている。特に毒を撒き散らした場所が劣悪で、踏み込みたくない場所になっている。飛行タイプならまだしも、地上で行動するタイプでは、実質動ける場所を制限されているのが現状だ。

 

 ――たぶん、それも折り込み済みだろうな。

 

 こちらの不利な状況を確実に増やしている。じわじわと――まるで毒のように。

 

「コン――火炎放射!」

 

 指示と同時に、火炎放射がゲンガーへと向かって放たれる。

 そして、熱波によってまだ氷だったものが氷解し、ただの水に戻り、地面へと溶けていった。

 

「水を恐れたか」

 

 肯定。

 サイコキネシスがどこまで万能なのかはわからないが、水を操られてコンにかけられたら厄介だった。加えて、10万ボルトの余波を受ける可能性も高かった。

 更に、氷そのものを礫のように利用する可能性すらもあった。

 あまりにも不利な状況だ。

 

 しかし、ここまで。

 ゲンガーに対して確実な決まり手は無い。

 コンが登録した技は、火炎放射、噛み付く、鬼火、炎の渦だ。毒タイプに近接ばかりはまずいと排除したが、ゲンガー相手ならば悪くない手ではあったか。

 

 ――鍵は鬼火か。

 

 二度目はない。一度目でケリをつけなければ、次はあるまい。

 

「ゲンガー、催眠術!」

 

「コン、炎の渦!」

 

 初手で催眠術をかけられるのは厄介だ。最悪、何も出来ないまま敗北しかねない。

 ならば――逃げ回るだけだ。

 コンが生み出した炎の渦は、コンの周囲を取り囲むようにして発生し始める。

 これでは、

 

「ぐ、届かぬか」

 

 催眠術は、あくまでも相手に暗示をかけて眠らせる技だ。鍵となるのは、おそらく視線と音波のようなもの。

 渦のような障害物で自らを囲ってしまえば、対処は可能はなずだった。

 

「コン、竹藪に逃げ込め!」

 

 炎に紛れる形で、コンは近くにあった竹藪へと身を滑りこませる。 

 これで、第一段階は完了。

 炎の渦とてそれほど長続きするわけではない。徐々に晴れていく中、ゲンガーの姿は地面へと潜っていった。

 

 頼むぜ、コン……。

 熱波に煽られ、燻っている竹の葉を確認し、確信する。

 

「昔より、竹藪は我らが領土よ。変幻自在に現れ襲われ、知らぬ間に命運が尽きる――その恐怖、味わうが良い!」

 

 そう、ゲンガーならば、どこにいようと相手のすぐ近くに現れる事が出来る。

 相手が警戒しているからこそ、ゲンガーはより強力になるわけだ。

 一説では、影からも現れるというゲンガー。竹藪の中は――なるほど、確かに現れては消えるゲンガーに、コンが火炎放射で応戦している所だった。

 

 だが、享とゲンガーは待っている。

 俺が指示を飛ばすその瞬間を、じっと。

 コンが受けた僅かな瞬間(すき)を逃さないように。

 

 だから、俺は待つ。

 ただ一点、生じる変化を手に入れるために。

 

「む」

 

 ぽん、と何かが弾ける音が生じた。

 それはたちどころに連続して起こり始め、煙が火に変わるのに時間は必要なかった。

 

「引火したか……!」

 

 竹藪から煙が立ちこめ始める。閉じ込めていた空気が外に向かって弾け、火の粉がそこかしこに待っている。

 そんな中、出ればこちらもダメージを負う中、ゲンガーは舞っている。

 退くか否か、その瞬間を待ちながら。

 

「……無駄に消費するか。ゲンガー、退け!」

 

 他の萌えもんのように、燃えさかる中を逃げる術も必要がない。

 ゲンガーは逃げようとするも、既に竹藪は業火に包まれており、逃げ延びる手段は地面しかない。

 

 そう、地面に下りるしかない。

 ゲンガーもそれを理解しているのだろう。素早く火の粉の中を地面へと向かって移動し、地面へと逃れた。

 炎によって竹藪が爆ぜる中、

 

「コン、見つけたか!?」

 

「ばっちりです!」

 

 竹藪から疾走するコンが間髪入れずに答えてくれる。

 第二段階は完了。

 後は、決めるだけだ。

 

「OK、炎の渦!」

 

「これで――!」

 

 何もないはずの空間にコンが炎の渦を放つ。

 燃え上がる炎は、その空間を支配するかのように、渦を巻き、龍が天に昇るかのように、燃え盛る。

 

「ぎゃああああ――――!」

 

 炎タイプの萌えもん以外ならばひとたまりもないであろう中なから、ゲンガーの声が轟く。

 作戦完了。

 熱波を浴びながら、告げる。

 

「三体目――」

 

「――撃破です!」

 

 渦が消える中、ゲンガーが倒れ伏し、享の手持ちが一体、消えた。

 これで半分。

 追いついたぜ、享。

 しかしそれも、

 

「……クク、カカッ、ファファファ!」

 

 享の嬌笑によってかき消されてしまう。

 楽しそうに――まるで子供のように笑いながら、言った。

 

「そうか、そうかそうか! ゲンガーの居場所を鬼火で突き止めるとは、面白い。面白いぞ童!」

 

 狂ったように。

 しかし何よりも楽しんで。

 

「――はっ」

 

 俺もまた、笑いを返す。

 

「勝つのは、俺達だ」

 

「ほざけ、勝つのは我らよ! 征け――ベトベトン!」

 

 繰り出したのは、毒タイプの筆頭とも言える萌えもんだった。

 

 ベトベトン。

 ヘドロを全身に纏っていて、歩くだけで草が枯れ、地面が死とも言われている。とんでもない悪臭を放っていて、正直、離れているこっちまで鼻が曲がりそうだ。あまりにも強烈すぎて脳が感覚を止めたのか、すぐに臭いは気にならなくなってしまったわけだが。

 

 また、纏っているへどろのおかげで、触れれば猛毒に侵されるらしい。となると、こちらは近接攻撃が全くできない。

 

「コン、火炎放射!」

 

 近付けないなら遠距離しかない。

 即座に放った火炎放射は、無防備なベトベトンを飲み込むも、ほとんど効果は無いようだった。

 

「……あれ、あれあれ?」

 

 コンが口を袖で押さえながら、不思議そうにしている。

 

「ヘドロが炎を防いだのか……」

 

 何重にも纏ったへどろが防具のような役割を果たしたのだろう。不純物がこげた悪臭が漂い始めていて、無性に鼻の穴にティッシュを詰め込みたくなった。

 

「なら、もう一発だ!」

 

 ベトベトン相手に接近戦主体のリゥでは不利だ。

 そして、サンダースでも厳しい。蘇るのは愛梨花との戦闘。ヘドロ爆弾の悪臭で悶えたサンダースに、ベトベトンの相手は厳しすぎる。

 

「ベトベトン、ヘドロ爆弾!」

 

 しかし、ヘドロ爆弾は空中で炎を受け止め、蒸発しながら地面へと降り注ぐ。

 熱と毒が地面を焼く、嫌な音が響く。

 

 ――待て。

 

「毒が地面に……そうか!」

 

 享の狙いを悟る。

 この男は――フィールドを完全に己のものに塗り替えようとしている。

 

 香澄が戦場を水上にしたように。

 マチスが雨乞いで天候を変えたように。

 愛梨花が日本晴れで自らを強化したように。

 享は毒を撒き散らすことで、自分にとって万全のフィールドに変えようとしていた。

 

 初めはどちらにとっても戦えるフィールドだが、戦っている内にいつの間にか少しずつ相手へ陣地を指しだしているようなものだ。

 

「コン、炎の渦! ベトベトンを動かせるな!」

 

「は、はいっ!」

 

 炎の渦に呑み込まれるベトベトン。

 歩いた場所の草が死に、撒き散らされた毒液は地面にゆっくりと染みこんでいるものの、まだ多くの毒が水溜まりのように地表に残っている。

 熱波によって毒が焼かれていく中、享が告げる。

 

「ベトベトン、小さくなる」

 

 音は聞こえなかった。

 ただ、次いで確認したのは、空中に突如として現れた巨大なへどろの塊だった。

 いや、

 

「ベトベトン――!」

 

 事ここに至って享の狙いを悟る。

 

 ヘドロを撒き散らせば、こちらがベトベトンの動きを封じるために炎の渦を放つはず。

 そう読んだ上で、小さくさせ、炎に煽られながらその小さくなった体で上昇する気流に乗り、空を飛んだのだ。

 

 だが、それは小さい体で炎に呑まれるわけで、相手の体力もほとんど底をつきかけている。 

 

 たった一度。

 この一度を成功させるために、享は賭けたのだ。

 

「ベトベトン――」

 

「コン――」

 

 指示を飛ばしたのは同時。

 

「瓦割り!」

 

「火炎放射!」

 

 交叉は一瞬だった。

 ただその刹那。

 コンの上にのしかかったベトベトンが、勝利を得ただけの事で。

 勝敗は決まった。

 

「……コン、ありがとな」

 

「きゅう」

 

 目を回していたが、頷くような仕草をしてくれた。

 至近距離で放たれた火炎放射だったが、ベトベトンが触れたことによって毒を貰い、同時に体重を乗せた瓦割りで体力を持って行かれてしまった。

 

 だが、相手のベトベトンも瀕死の状態だ。後一撃、こちらの攻撃が当たれば倒れるだろう。

 享の手持ちはベトベトンを合わせて三体。その内、二体は未だ不明。

 

「――リゥ、頼む」

 

「任せなさいって」

 

 リゥがバトルフィールドへと躍り出る。

 毒で半分――いや、三分の二は埋め尽くされているフィールドの中、腕を組んで仁王立ちしている。

 

「くさっ!」

 

「気持ちはわかるけど我慢してくれ」

 

 リゥが漏らした素直な呟きを苦笑で返す。

 こればかりはベトベトンを相手にする以上、仕方が無い。むしろこれも享の攻め手のひとつだろうから。

 

「切り札を出してきたか」

 

 満足気な享に、

 

「はっ」

 

 俺の言葉に満足がいったのか、

 

「――征くぞ!」

 

 一瞬の内でベトベトンを手の内へと戻し、

 

「征け、マタドガス!」

 

 新たな萌えもんを繰り出した。

 

 マタドガス――双子のドガースで、体内でガスを循環させて強力な毒ガスを生成しているとも言われている。

 戦場に出ているうだけで厄介だが、更に危険なのは大爆発だ。

 

 マチス戦では辛うじて回避できたが、あの威力を喰らえばこちらは一撃で沈むだろう。

 近距離に持ち込むのは危険だ。

 

「……どう対処するか」

 

 登録した技は、龍の息吹、ドラゴンクロー、電磁波、高速移動。その内、高速移動は事実上、封印されたに等しい。ここまでリゥを温存していたのが裏目に出た結果だ。

 

 だが、勝機ならばいくらでもある。

 リゥは近距離に特化しているが、龍の息吹と電磁波のおかげで遠距離もあまり心配はいらないと見ていいだろう。

 

 なら――、

 

「リゥ」

 

「マタドガス」

 

 指示は同時。

 

「龍の息吹!」

 

「ヘドロ爆弾!」

 

 龍の息吹とヘドロ爆弾。

 それぞれが空中で交叉し、衝撃でヘドロが撒き散らされる。

 

 まるで、領地がじわりじわりと減らされていくようだ。

 徐々にこみ上げてくる焦りを封じながら、更に指示を飛ばす。

 

「電磁波!」

 

 これで少しでも……。

 

「影分身!」

 

 放たれた電磁波は、加減分身のために動こうとしていたマタドガスを襲う。

 一瞬、痺れたようにマタドガスは震え上がる。

 同時、マタドガスが展開していた影分身は消えていった。

 

 影分身は、素早い動きを利用して敵にあたかも自分が何体もいるかのように見せる技だ。

 つまり、電磁波で体を麻痺させてしまえば、本来の動きは行えず、無効化に近い効果を発揮させられるはず。

 

 享がマタドガスに影分身を覚えさせ、登録しているかは賭けになったが、仕掛けるには開幕直後付近だと踏んだ。

 足場のおかげでリゥは近付くのに時間がかかり、なおかつ遠距離攻撃よりも早く影分身が発動できるからだ。

 

 ヘドロ爆弾は牽制だろう。フィールドに落ちれば、そこは毒によって地面が死

ぬ。更に不純物の多いヘドロ爆弾は、即座に地面に吸収はされないので、リゥの足止めにも利用できる。

 

 パチリと、燃え尽きた竹林が音を立てて地面へと落ちた。

 それを合図にするかのように、

 

「マタドガス、ヘドロ爆弾!」

 

 放たれる個数はふたつ。双子のドガースがそれぞれヘドロ爆弾を投擲する。

 

「……くっ」

 

 リゥが跳び、何とか躱すも、立っていた場所はもう立てないだろう。

 あまり時間をかければ、リゥだけでなくサンダースも動けなくなる。

 

「リゥ、動けるか?」

 

「問題無い」

 

 だけど、と。

 続いた言葉はリゥには珍しく、唸るような声だった。

 

「どこに動けると思う?」

 

「……」

 

 周囲は既に毒によって死んでいる地面ばかりだった。

 更に、マタドガスの生み出した毒ガスが体内から放出され始めており、フィールド内を薄く包み込もうとしている。

 

 龍の息吹を使うためには、大きく息を吸う必要がある。だが、毒が充満すればするほど、放つ際に必然的に毒ガスを吸い込む事になる。

 となると、近付いて攻撃しかないが……。

 

 ――だとすると大爆発、か。

 

 これだけ誘っておいて、まさか登録していないとは言うまい。

 しかし、逆に登録していないという可能性もある。

 

「いや、俺がハマってどうする」

 

 頭を振って否定する。

 あるかもしれないifを恐怖し、動けなくなるのが一番やってはいけない選択肢だ。

 信じると決めたのだ。

 自分を信じてくれている仲間達を、俺もまた、信じるのだと。

 

「リゥ」

 

 だからこそ、無茶な頼みも間髪入れず、

 

「諒解」

 

 応えてくれるから、俺も無茶を言えるのだ。

 

「廃屋の屋根に跳べ!」

 

 指し示した場所は、唯一無事な安定した足場だった。

 廃屋の屋根だけは立てるようになっている。

 おそらく――享が用意した罠であるだろうが。

 敢えて飛び込む愚を犯す。

 

「マタドガス――」

 

 享の指示が飛び、

 

「シャドーボール!」

 

 生み出されたのは黒い塊だった。

 ボールを投げるかのように、マタドガスは家屋に向かって投げつける。

 更に、

 

「ヘドロ爆弾!」

 

 追従させる形で一撃を上空に。

 シャドーボールは物理的な技ではなかったはずだ。

 即ち、こちらの物理的な障害は効果が無い。それは廃屋に関しても同じだった。

 

 ならば、俺が廃屋の中にリゥを逃さないと考える可能性だってある。

 よしんばリゥが廃屋の中に逃げ込んだとして、もたらされる攻撃は、壁を異に介さずやってくるシャドーボールと、頭上から現れるまさしく爆弾のようなヘドロ――狭い室内に追い詰める算段だろうか……。

 

 そしてもうひとつ。

 俺がリゥを廃屋の中に逃がさない選択をしたとする。

 だとすれば、シャドーボールとヘドロ爆弾をかいくぐった先に享の狙いはあるはずだ。

 そしてそれは、ジワジワと気にならない程度の速度で浮遊しながら近付いてくるマタドガスにこそあった。

 

 ――大爆発。

 

 狙っているのはその一撃か。

 廃屋の中に逃げ込んだとしても、近付いて放てばひとたまりもない。

 また、躱したとしても、近距離では範囲から逃げられるわけではない。

 更に厄介なのは、警戒する余り後手に回ってしまっているという事実だった。

 

「ちっ……どうする」

 

 イーブンに持ち込むにはサンダースが最適だ。

 あいつなら、遠距離攻撃が出来る。

 

 ――いや。

 

 否定する。

 享は、さきほどリゥを切り札だと言った。いくつもの戦いを乗り越える力をくれたのは、確かにリゥだった。この頼もしい相棒がいなければ、活路は見出せなかった場面も多い。

 

 だからこそか。享はリゥを警戒しているようにも感じられた。

 遠距離、近距離――どちらにも対応しているリゥを享は警戒した。

 

 ――賭けるなら、その一点か。

 

 おそらく。

 享がまだ温存している萌えもんこそが――。

 

「リゥ、後ろに跳んで龍の息吹! 一撃は貰ってもいい!」

 

「諒解!」

 

 屋根に着地したリゥは、屋根を蹴り砕くほどの力で今跳んできた順路をバックステップで戻る。

 

 追いすがるシャドーボールは真っ直ぐに飛んでいる。リゥはそれを身を捻って回避し、追従していたヘドロ爆弾を撃墜し、廃屋へヘドロを撒き散らさせた。

 物理的な作用を受けないため、逆に言えば引力などの法則も受けない。投げればひたすら真っ直ぐに進む弾道は、順路さえ予想できれば躱すのは容易いようだった。

 

 そして、リゥが着した瞬間を狙って、

 

「悪い、戻ってくれ! 頼む、サンダース!」

 

「え?」

 

「おっしゃあ、任せろオラァ!」

 

 驚いた声と気合い充分、殺る気満々といった怒声が会場に響いた。

 ボールからすぐに出てきたリゥに説明する。

 

「ちょっと厳しかった」

 

「ん」

 

 納得してくれた。

 さて、

 

「おいファアル! 臭いぞ、何だこの悪臭は!」

 

「ヘドロだ」

 

「うんこみたいだぞ!」

 

「せめて文字を伏せろ!」

 

 ふん、とサンダースは鼻を鳴らす。

 

「……で、あれをぶっ倒せばいいんだな?」

 

「おう」

 

 にやり、とサンダースは笑みを浮かべた。

 

「作戦は?」

 

「ぶっ飛ばすで」

 

「おーけい」

 

 サンダースの持ち味は素早さと遠距離攻撃の豊富さだ。

 10万ボルト、ミサイル針、にどげり、そして雷。

 

「サンダース、10万ボルト!」

 

 放たれた電気がフールドを舐め回す。

 まだ距離のあるドガースだったが、麻痺を恐れてか少し後退し始めている。

 

「焦げ臭くなったな!」

 

「我慢してくれよ?」

 

 10万ボルトによって、未だ燻っていた毒液やヘドロを一気に高熱に引き上げ、蒸発させた形に近い。

 未だ土壌は汚染されているが、それでもさっきよりかはマシだ。

 

 更に、こちらの手の内を見せたことで、享は影分身を使いづらくなったはずだ。

 本職である電気タイプのサンダースが放つ10万ボルトは拡散も可能。影分身でマタドガスが増えたのなら、リセット状態まで持ち込む事は充分に可能になった。

 

「ならば潰すまでよ……! ヘドロ爆弾!」

 

 この状態で享が取れる作戦はふたつ。

 マタドガスで押し切るか、もう一体の手持ちを繰り出すか。

 享は前者を選んだようだった。

 

 つまり、まだ明かしていない手持ちは隠し玉である可能性は高い。

 

 ――毒タイプの予想は立てにくい。草タイプでも毒タイプを同時に持っている萌えもんは多い……。くそっ。

 

「サンダース、ミサイル針で撃ち落とせ!」

 

「任せろ!」

 

 ヘドロの表面をはぎ取るようにして放たれるミサイル針によって、効果を無くして地面へと落ちていくヘドロ爆弾。

 

 繰り返し繰り返し。

 何度も何度も――享はヘドロ爆弾を投げつけてくる。

 まるで、それそのものが狙いでもあるかのように。

 

 撃墜したヘドロが地面へと降り注ぎ、悪臭を放ち始める。

 ふと、鼻腔を強烈な臭いが刺激した。

 見れば、サンダースも悪臭に我慢しているようだった、

 ヘドロに含まれていた成分のひとつがガスとして発生しているのだろう。

 

 そこまで考え、ひとつの結論に思い至る。

 

「――メタンガスか」

 

 可燃性のある無臭のガスで、空気濃度が一定の息を超えた時に発火する危険性がある。炭鉱での爆発事故は、このガスが原因である事は多い。

 バトルフィールドは炭鉱と違って広々としているが、それでも限度はある。立ちこめたメタンが一定量を超えた場合、マタドガスが大爆発をせずともガス爆発は起こる。

 

 問題はひとつ――サンダースから生じている静電気だった。

 とはいっても、あれは放電しているためだし、自然現象を止めるのは難しい。

 

 ならばどうする……?

 だが……いや、そうか。

 これなら――!

 

「サンダース、廃屋に向かって走れ!」

 

「あいよ!」

 

 ヘドロを避け、水溜まりを避けるようにして走っていくサンダース。

 そのサンダースに向かって、固定砲台と化しているマタドガスが動いた。

 

「シャドーボール!」

 

 物体をすり抜ける技も、障害物に隠れるという選択肢を削るためだ。

 廃屋という絶好の隠れ場所は、ある意味で一番狙いやすい場所でもある。

 狭い箱に飛び込んだ人を外から剣で刺し殺していくかのように攻め立てられる。

 だが、サンダースはお構いなく廃屋に向かって駆けていく。

 

「10万ボルトォ!」

 

「オ、ラァ!」

 

 ぶっ飛ばす。

 そう言った俺の指示を解釈して、サンダースは壁を電撃で破壊し、突き進んでいく。

 廃屋が崩れ落ちていく。

 

 そんな中、標的を見失ったシャドーボールが虚しく貫通し、虚空へと消えた。

 飛び出してくるのはサンダース。紫電を纏って突進する。

 

「さぁて、どっちを選ぶんだ……?」

 

 享の選択を待つ。

 

 このまま10万ボルトを放っても問題は無い。

 発火する可能性もあるが、静電気や10万ボルトでも発火していない所を見るに、まだガスは充満していないはず。

 

 マタドガスが迎え撃つには、シャドーボールでは不利だ。接近戦で使うような技では無い。影分身は言わずもがな。

 

 ヘドロ爆弾か大爆発の二択だが、この場で大爆発を使うのはリスキーだ。距離がまだ少しある上に、こちらが気がついてしまえば自分が倒れるだけで終わる。ギリギリまで引きつけなければ自爆までして相手を倒す意味は無い。

 

 となれば、残る手段はヘドロ爆弾か、残る一体と交代。体力的に、ベトベトンと交代は考えにくい。

 

 これだけ地面を汚したってことは、可能性として一番高い萌えもんは間違いなく飛行タイプと考えるのが妥当だろう。相手の動ける場所を封じ込めた上で、自分を有利にするのならば、一番的確のはそれだ。

 

 しかし、フィールドに出ているのはサンダース――つまり電気タイプだ。

 もし残る一体が飛行か水タイプなら、享は圧倒的に不利になる。

 

 また、自爆技を最後に使用して相手を倒した場合、使った方が負けとなる。

 このルールを享が知らないはずはなく、即ち、技を封じられた上で相手と戦うハメになるわけだ。

 

 その不利を呑み込んだ上で交代するか否か。

 即座に享は判断を下した。

 

「マタドガス、足元にヘドロ爆弾!」

 

 ぶちまけられたヘドロ爆弾は、煙幕のようにヘドロの壁となってサンダースの前に立ち塞がった。

 

「うえ、汚ぇ!」

 

 急制動をかけたサンダースは前足をヘドロに突っ込んだ状態で立ち止まる。

 

「……もうやだ」

 

 自分で自分の前足の臭いを嗅いで、絶望的な表情をするサンダース。

 しかし、そんなサンダースの意識を向けさせたのは、享だった。

 

「征け、ゴルバット!」

 

 やっぱりか。

 享が繰り出したのは、ズバットの進化形であるゴルバットだった。

 飛行と毒タイプを持つ、洞窟に好んで住む、生息域の広い萌えもんだ。

 こちらにとってみれば有利な相性。

 なら、

 

「サンダース、10万ボルト!」

 

 放たれる電気は指向性を持って、ゴルバットへと向かう。

 

「影分身!」

 

 それをゴルバットは素早く動くことで、すんでの所で回避して見せ、更に、

 

「魅せよゴルバット! 怪しい光!」

 

 浴びせかけられた光によって、サンダースは頭を左右に振り始める。

 

「クククッ、混乱してしまえばこちらのものよ」

 

「サンダース! おい、意識は大丈夫か!?」

 

「ぐぬぬ、当たり前だ。まだまだやれる!」

 

「それヘドロだから、俺こっちな!」

 

 この娘、駄目だ。確実に混乱している。

 混乱していてヘドロと俺を間違えたとか、深く考えると傷付きそうだ。

 

「更に影分身!」

 

 そして、ゴルバットは、こちらが混乱している間に更に技を繋げていく。

 数が増えた――そう思えるほどの精度だった。

 持ち前の素早さを生かした技は、更にサンダースを惑わせていく。

 

「くっ、消えたぞファアル! あいつどこに行ったんだ!?」

 

「……拙いな」

 

 サンダースは空を見上げている。

 だというのにゴルバットの姿が見えないという事は、混乱した頭ではその速さについていけていない――処理しきれないが故にそこにいるのが見えない状態にいる。

 

 雷という決め手は持っている。だが、今の状態でそれをどう放つかが問題だった。

 

「ゴルバット――」

 

 享が次の指示を飛ばすその時だった。

 

「ファアル、どう動けばいいんだ!?」

 

 サンダースの言葉に、俺は頷きと共に答えた。

 あいつは信じてくれている。

 

 ――そう、だったら。俺がサンダースの目になればいいだけだ!

 

「鋼の翼!」

 

 大きく翼を広げ、ゴルバットはサンダースへと向かって飛びかかっていく。

 

「サンダース、真後ろに跳べ!」

 

「あいよ!」

 

 混乱する頭で、俺の指示だけを頼りにサンダースは真後ろへと跳んだ。

 そのサンダースを追撃するように迫ったゴルバットはサンダースに一撃を当てる。上空から落ちるようにして放った技の威力は大きいが、こちらが後ろに跳んで勢いをつけていたのもあって一撃とはいかない。ゴルバットはサンダースの纏う静電気によって麻痺状態になるという負債を追って、再び空へと戻っていく。

 

 一方のサンダースは、衝撃も利用して再び廃屋へと跳んでいく。

 立ちこめる粉塵の中、どさりと落ちたような音と共に着地したようだった。

 

「大丈夫か-?」

 

 答える声は無かった。

 しかし、モニターにある体力はまだ減っていない。

 気絶、したのか……?

 こちらからでは様子がわからない。

 

「ゴルバット」

 

 追撃は止まず。

 更に享は指示を下す。

 

「どくどく!」

 

 牙先から放たれた毒液は廃屋へと水鉄砲のように降り注いでいく。

 サンダースが毒を表す状態異常にモニターは表示されたが、以前として答える声はなかった。

 

 猛毒を浴びた以上、ゴルバットは空中に制止しているだけで勝利することができる。

 一歩も動かすに、影分身も消えた中、ゴルバットは空中から廃屋を見守るように飛んでいた。

 

「サンダース」

 

 何の動きもない廃屋に向かって、俺は指示を下す。

 どう動けばいい?

 サンダースは俺に向かって、そう言った。

 だから、俺は信じて指示を下す。

 

「拡散10万ボルト!}

 

 刹那、廃屋を破壊するほどの電撃があふれ出し、無防備だったゴルバットを舐めるようにして奔った。

 麻痺していたのもあって動きが鈍っていたゴルバットだったが、直撃には至らない。

 

 まだ戦える。

 

 だが、ゴルバットが直接攻撃が出来るのは、鋼の翼のみ。状態異常や補助技がメインである以上、ゴルバットは動けないようなものだ。

 

 10万ボルトの威力で爆裂四散した木材が宙を舞う。

 その最中、黄色い影が飛び出した。

 

「サンダース、跳べ!」

 

 落ちてくる木材を蹴って、更に跳ぶサンダース。その瞳はしっかりと敵を捕えている。

 

「くっ、混乱が解けたか……! ならば」

 

「させるかよ……! サンダース、破片を蹴り飛ばせ!」

 

 近くにあった破片をゴルバットに向かって蹴り飛ばすサンダース。

 それをギリギリで回避したゴルバットは、炭のようになっている竹林の手前で再び浮遊し始める。

 

 ――ハッ。

 

 狙い通りだ。

 

「サンダース――」

 

「竹林……いかん!」

 

 享が気がつくが襲い。

 

「雷!」

 

 落とす場所はどちらでも良かった。

 ゴルバットに直撃すれば良し。

 竹林に落ちたとしても、ゴルバットの動きが多少止まれば、その隙に10万ボルトを放てば勝利を得られた。

 結果的に直撃してくれたわけで、

 

「――四体目」

 

「撃破だ――!」

 

 残るはマタドガスと瀕死に近いベトベトンのみ。

 だが、こちらも万全とは言い難い。

 サンダースはまだ倒れていない。

 なら――

 

「リゥ、頼む」

 

「諒解っと」

 

 リゥが頷くのを確認してから、サンダースを一度手持ちに戻す。

 

「もう終わりなのか?」

 

「だといいけどな……もしかしたらアテにさせてもらうかもしれない」

 

「ハッ、任せろ」

 

 ばりばりー、と小さく放電している。

 もう一戦くらいは軽くやってくれそうだが、瀕死に近いのは変わりない。

 出来ればリゥで決めたいが……。

 

「征け、マタドガス!」

 

 対する享は、何度目になるかわからないマタドガス。

 廃屋は既にボロボロで、身を隠す場所はほとんどない。

 控えは瀕死の萌えもんがそれぞれ一体ずつ。

 余計な小細工は必要なさそうだった。

 

「リゥ」

 

「マタドガス」

 

 指示は同時。

 

「龍の息吹!」

 

「ヘドロ爆弾!」

 

 双方共に撃ち出した技はしかし、ヘドロ爆弾が押し巻ける結果となる。

 空中で爆散したヘドロは地面へと落ちていく。

 その中を、

 

「高速移動!」

 

「影分身!」

 

 リゥは駆け、マタドガスは迎撃準備を整え始める。

 増えていく幻影。

 しかし、立ち止まって技を放つような余裕は――

 

「ない、か」 

 

 呟き、思考する。

 立ち止まって幻影をかき消せるか?

 

 肯定。

 しかし、それは相手に隙を与える事にもなる。

 恐れるはシャドーボール。物理的な作用を受けないあの技は、リゥの技で撃ち落とす事は叶わない。

 

 となれば、取れる方法はひとつだけ。

 

「龍の息吹!」

 

 接敵するまで可能な限り、幻影の数を減らしていくだけ。

 正面に向けて〝ブレス〟を吹き付ける。

 幻影は消え、誰もいない空間が生まれていく。

 

「――右か!」

 

 影分身は素早く動く事で生まれる幻影を利用した技だ。

 つまり、間に障害物があれば幻影は生まれない。

 正面を防いでしまえば、少なくともマタドガスが左右どちらかで移動を制限される。

 が、それはこちらの無防備を晒す結果でもある。

 

「ヘドロ爆弾!」

 

「なぎ払え、リゥ!」

 

「諒、解!」

 

 足でブレーキをかけたリゥは、迫り来るヘドロ爆弾を巻き込んで、息吹を放つ。

 足元でヘドロが跳ね、リゥの身体を毒が冒し始める。

 が、

 

 ――ここで流れを渡すわけにはいかねぇ!

 

 更に、追い詰める。

 

「むっ」

 

 享が唸る。

 幻影が全て消え、ダメージを受けた本体だけが残っている。

 

 しかし、リゥの顔も青ざめてきている。

 マタドガスによって生成され撒き散らされた毒ガスと、ヘドロから生まれたガスを吸い込んだためだ。

 

 長くは動けない。

 そして、ブレスをこれ以上使うのは難しい。

 選択肢は――ひとつしかなかった。

 

「リゥ」

 

 たった一体になったマタドガスに向かって、

 

「ドラゴンクロウ!」

 

 黒炎を纏った爪が下から突き上げるようにして繰り出される。

 同時、享もまた指示を飛ばす。

 

「大爆発!」

 

 マタドガスが光り始める。

 大爆発までのタイムラグにしか勝機は無い。

 

 届け――。

 

 その願いを込めて見守った俺の前で、リゥの技は命中し、マタドガスを頭上へとはね飛ばす。

 

 が、一瞬、遅かった。

 

 後ろに跳ぼうとしたリゥだったが、大爆発の余波の方が僅かに速かった。

 爆風が全身を叩く。

 閃光の中、吹っ飛ぶ影を見つけ、叫ぶ。

 

「リゥ!」

 

 木の葉のように待ったリゥは、俺の近くまで吹っ飛ばされてくると、そのまま地面に叩き付けられた。

 モニターには、双方共に戦闘不能の文字。

 

 ――余波でこれか。

 

 マチスのマルマインとは威力が違いすぎる。

 空気中の可燃性ガスも大爆発を後押ししたのだろう。

 悲痛にくれる中、リゥは、

 

「だい、じょーぶ、だから……」

 

 と言って、力無く起き上がった。

 

「無茶ばっかりする奴の言葉は信用できねぇって」

 

「お互い、様でしょ……」

 

「まぁな」

 

 力無く笑ったリゥに微笑み返し、前を向いて告げる。

 

「行くぜ、サンダース」

 

「当たり前だ!」

 

 放電しながらバトルフィールドに躍り出る。

 その体力は瀕死状態。後一撃でも食らえば倒れるだろう。

 だが、それでもサンダースは立っていた。

 闘志を体中から迸らせて。

 

「征け、ベトベトン!」

 

 享の手持ちもまた瀕死。

 双方共に弱っている状態で、俺たちはにらみ合った。

 その中、ぽつりと声が聞こえた。

 それは自問だったのかもしれない。

 

 どうして、と。

 呆然とその背中を見送りながら、彼女は言ったのだ。

 

「んなの、決まってる」

 

 答えたのは、サンダースだった。

 誇らしく、胸を張って。

 

「これが、わっちたちだからだ!」

 

 大きな声で。

 

「リゥもシェルもコンもカラも――ファアルも、〝信じて〟戦ってる! 恩があるから手伝ってるわっちにだって、それくらいわかるっ!」

 

 それに、と。

 どこまでも挑戦的な口調でサンダースは断言した。

 

「ここで勝たなきゃ、女がすたるってもんだっ!」

 

「お前、女だったのか……」

 

 性別とか全く気にしてなかったから、驚いたじゃないか。

 

「え、そこなの!?」

 

 リゥが思わず突っ込んでくる。

 

「……何か文句でもあるのか?」

 

「いや、あるわけねぇな」

 

 そんな俺達を見て、享は赤いスカーフを翻らせ、言った。

 

「面白い奴らよの……が」

 

 瀕死のベトベトンだけになった上で、しかし自分が必ず勝つと自信を持って、言い放った。

 

「切り札は倒した。持ち前の速さも発揮できぬサンダースだけでどうするのだ?」

 

「ハッ」

 

 もっともだった。

 フィールドは既に毒だらけ。サンダースの利点(素早さ)を活かせる場所なんてないに等しい。

 だがな――

 

 

「間違ってんじゃなぇぞ、毒使い(ジムリーダー)

 

 

 リゥが切り札なんて誰が言った?

 タイプの相性も関係無く、敵を倒し続け、状況を挽回してきたからか?

 

 もし。

 もしそれが、様々な場面の果てにあるのなら。

 

 ああ、そうだ。

 教えてやる。

 

 今、この場所で。

 この戦いで。

 

 

「切り札ってのはなぁ――」

 

 

 リゥも。

 シェルも。

 コンも。

 カラも。

 そして、サンダースも。

 みんなが、

 

 

「俺についてきてくれる奴ら、全員なんだよっ!」

 

 

 怒号と共に、サンダースは駆けた。

 10万ボルトがベトベトンへと殺到する。

 

 

「ならば叩きつぶすまでよ! やれぃ、ベトベトン。ヘドロ爆弾!」

 

 

 電撃に真っ向からぶち当ててくる。

 不思議なもので。

 あれだけ策略を巡らせ、戦っていた俺達が最後に選んだのは、

 

「んなろぉぉぉぉぉ!」

 

 力と力の衝突だった。

 大爆発によって吹き飛ばされた破片が落下してくる。

 廃屋の破片もまた、同じように落下してくる。

 そのどれかに当たれば、負ける。

 

「サンダース」

 

「ベトベトン」

 

 降り注ぐ中、俺たちは同時に最後の技を――

 

「雷!」

 

「小さくなる!」

 

 果たして。

 落下物を回避するべく受け身に奔った享のベトベトンを、雷が直撃したのは同時だった。

 

 閃光が視界を染め、轟音が耳朶を打つ。

 轟音鳴り響く中、最後に立っていた存在はひとりだけ。

 

 即ち――

 

「六体目――」

 

「――撃破だ!」

 

 この瞬間、俺達の勝利は確定した。

 

 

 

     ◆◆◆◆

 

 

 

 戦いが終わり、萌えもんセンターで治療を終えた後、改めて享と向かい合った。

 半日が過ぎ、もうそろそろ夕方になろうかという頃合いだった。

 そんな中、享は誇らしく言った。

 

「これが拙者に勝利した証、ピンクバッジだ」

 

 そういって貰ったバッジは、なるほど、セキチクシティをそのまま表している色だった。

 

「……つけるか、サンダース」

 

「ふん、邪魔になるだけだ」

 

「欲しいわけだな、任せろ」

 

「おい!」

 

 口調とは裏腹に、サンダースは拒もうとはしなかった。

 かがんでピンクバッジをつけるべく手を伸ばし――

 

「あばばばばばばばば!」

 

 感電した。

 

「……馬鹿なんだから」

 

 とはリゥ言。

 

「ファファファ!」

 

 大爆笑したのは享で。

 

「……何とも、変な人間だ」

 

 呆れたのはストライクだった。

 とりあえず、

 

「カラ、頼むわ。俺じゃ無理だ」

 

「くっ、任されたよ」

 

 優しく笑い、俺の真似をしてサンダースにバッジをつけてくれる。

 日差しを浴びて光り輝くバッジをつけて、どこか誇らしげなサンダースを横目に、

 

「すっげぇ、強かった。頭が熱暴走でも起こしそうだったぜ」

 

 手を差し出した。

 その手を握り替えしてくる感触と共に、

 

「良い戦いだった。またいつか、手合わせをしたいものだ。出来れば、将棋なども」

 

「ま、そん時は教えてくれよ。あんたとは面白い勝負が出来そうだ」

 

 そうしてお互いにぐっと力をこめて、離す。

 さて、次はどうするか。 

 そう考えていた俺に向かって、

 

「ヤマブキシティの閉鎖が終わったようだが――向かうか?」

 

 ロケット団での一件以来、久しぶりに行ける、か。

 あそこにもジムはある。

 グレン島に向かうとまた戻るハメになるし、タイミングとしては調度良かった。

 

「ああ、そうするよ」

 

 頷いた俺に、享は神妙な面持ちで言う。

 

「――棗殿は強敵たりえる。特に我らのようなトレーナーにはな」

 

 それが何の助言だったのかわかるのはもう少し後の事で。

 とにもかくにも、俺達は、もう一度ヤマブキシティに戻る事になった。

 ロケット団にではなく、ジムリーダーに喧嘩を売りに。

 

 圧倒的とも言える力を前に敗北する事も知らず――。

 

 

 

                                                                          <続く> 




遅くなりまして、申し訳ないです。
毒タイプ、ということでこういう戦いになりました。楽しんでいただけたのでしたら幸いです。

どくどく――というか技マシンで覚える技についてですが、萌えもんの種族によって技は同じでも繰り出し方は違うよねー、って感じでこうなりました。モルフォンやゴルバットで違うのはそのためです。ご了承いただけましたら。


また、活動報告でも書きましたが、出来るだけ隔週更新になるよう努めてまいりますので、よろしくお願い致します。ただ、日々の忙しさによっては無理な場合も出てくるかとは思いますので、その際は一週間くらい延びるものだと思っておいてください。
ではでは。


……ストライク、完全に空気だったなぁ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【第二十五話】ヤマブキ――汗臭い奴らで直球勝負(修)

お久しぶりでございます。
今回は中休みの回です。




 セキチクシティから二日――タマムシシティへと戻ってきた俺達は、その足で隣町のヤマブキシティに向かった。

 

 以前は公園からの獣道から侵入したが、今回はちゃんとゲートを通ってだ。真面目そうな警備員のおっちゃんの前を通り過ぎてヤマブキシティに入ると、賑やかなタマムシシティとは違って、閑静な住宅街が姿を現した。

 

 ここヤマブキシティは、商業的な色合いの強いタマムシティのベッドタウンの役割を果たしていて、マンションや一軒家などが多い街だった。

 ジムは町の北東――俺達が入ってきたゲートは西にあるから、結構距離はある。萌えもんセンターは確か町の南側だったから、ジムに登録してから萌えもんセンターで休もうと思うと、ほとんど町を一周する形になってしまう。

 

「どうするの?」

 

 そんな俺の胸中を察してか、リゥは決断するように問いかけてきた。

 

「そうだな……」

 

 効率を求めるなら、真っ直ぐにジムへと向かうのがいいだろう。時刻はまだ昼過ぎ。時間は充分にある。

 

「ちょっと歩いてから向かうか」

 

 結果、取った行動は中途半端な回り道。

 個人的に一度どうしても見ておきたい場所があったのだ。

 

「わかった」

 

 リゥもそれに思い至ったのだろう。

 痛いような悲しいような――そんな複雑な表情を浮かべていた。

 そんなリゥの頭を二度、ぽんぽんと手を乗せて、

 

「悪いな」

 

 どけられた俺の手を名残惜しそうに眺めてから、リゥは言った。

 

「いいよ」

 

 その答えにどこか安心しながら、

 

「行こうぜ、ストライク。お前にも見せたいものがあるんだ」

 

 俺はストライクを伴って目的の場所へと歩き出した。

 

 

 

     ◆◆◆◆

 

 

 かつては町の外からでもはっきりと見てわかる高さだったビルは、工事のための足場やシートに覆われていて、かつての面影はほとんど見られなかった。

 何でも、ロケット団殲滅の大規模な戦闘によって、床のいくつかは底が抜け、壁は崩壊し、遠慮無くぶっ放された萌えもんの技によって倒壊寸前だったという。

 

 まったく、誰のせいなんだ。

 だけど、ちゃんと修復が進んでいるようで安心した。

 社長は豪快に笑っていたけど、実際、気になってはいたのだ。

 

「……これは、建設途中なのですか?」

 

 ストライクがビルを見上げ、呟いた。

 

「いや、壊れてるのを直してるんだ。倒れたら、近くに住んでる人達が危ないだ

ろ?」

 

 ビルの周りには、今でも人が住み、日々の生活を送っている。

 彼らの安全を守るためにも、ビルを直す作業は必須だった。

 

「……ふむ、確かにそうですな」

 

 そして、ここで頷けるストライクは、やっぱり善人なのだなと思うのだ。

 

「しかし、何があったのでしょう? 風雨や自重で壊れたような跡には到底見えま

せぬが……」

 

 そう疑問に感じるのも尤もだった。

 壊れているのを直している。

 これだけ高いビルを丸ごと修復する理由としてすぐに思いつくのは、ストライクが上げた理由くらいだろう。

 俺は努めて冷静に、

 

「ロケット団っていうマフィア――まぁ、悪の組織だな。萌えもんを使って悪いこ

とをしてた組織なんだが、このビルで馬鹿でかい騒動を起こしてな。その結果だよ」

 

 俺もリゥも当事者のひとりだったわけだけど。

 事件の後、訪れる事がなかっただけに、まだ傷跡が残っているのは当たり前だがちくりとどこかが痛みを上げたような気がした。

 

「我々を悪事に――それは、萌えもん達があまりにも哀れではないですか」

 

 確かにそうだ。

 人に捕まえられ、自分の意思とは関係なしに悪事に利用される。

 それは萌えもんの持っている良心を踏みにじる、最低の行為だ。

 

 ――だが、それは正しくもあり、正しくもなかった。

 

 ストライクが真っ直ぐであるからこそ、彼女は目を背けて見ないようにしているように、俺には見えた。

 

「……だけど、自分から戦っている萌えもんもいた。自分から他の萌えもんを傷つ

けるのを悦んでいる萌えもんもいたさ」

 

「そんな事は――!」

 

「事実だよ。実際に見て来たからな」

 

 その言葉の意味を察したのか、ストライクは押し黙った。

 

「……ま、それだけだ。悪い奴がいて、良い奴がいる。人間だって萌えもんだって一緒だと思うがね。俺はそう思うぜ」

 

 だからといって、ストライクを捨てた人間が完全に悪いとは――断定出来なかった。

 

 もしかしたら。

 何かの理由があったのかもしれないから。

 その可能性をまだ否定したくはなかったから。

 答えを見つけたいと言ったストライクの考えを固定し、背中を押すかのような言葉は、言えなかった。

 

「……行こう。悪いな、寄り道しちまって」

 

 先を行くように歩き出した俺に従う形で、リゥが続き、しばらくしてストライクもついてきた。

 その視線は一度、シルフカンパニーを見上げ、前へと戻されてからはもう向けられることはなかった。

 

 

 

     ◆◆◆◆

 

 

 ヤマブキシティジムは、タマムシ・セキチクとどれも〝自然〟を基調としていたジムから比べると、近代的とも言える外観だった。岩・水・電気・草・毒とこれまで〝自然〟に即したタイプが多かっただけに、ジムを見て感じたのは〝人工的〟だな、という印象だった。

 

 その左隣にはもうひとつジムに似た大きな建物がひとつあり、中からは何かを叩き付けるような音と、野太い男達の声がひっきり無しに聞こえてきている。おそらく道場ではないだろうか。建物の上の方を見ていると、何か看板のようなものが外れたような跡があった。

 

「ここもエスパータイプ?」

 

 違うよね? と言いたげなリゥに同意する。

 

「まさか。エスパータイプの萌えもんが物理で殴ってきたら怖すぎるだろ」

 

 それこそ、エスパーを鍛えて物理で殴ればいい状態だ。

 

「だよね……」

 

 とリゥはもう一度、その建物を見上げ、

 

「むさ苦しそうだし」

 

 まるで近くを蠅が飛んだかのような表情で、呟くように言った時だった。

 

「誰がむさ苦しいだコ#%$&ッ!」

 

 後半部分は聞き取れなかったが、突如としてジムの扉―引き戸だった―をスパーンっ! と開いた黄ばんだ道場着に身を包んだ男は、鍛え上げられた巨躯で一歩を踏み出し、

 

「ふんぬぁ!」

 

 開ききり、反動で返ってきた扉をまるで蠅でも振り払うかのように払いのけた。

 がしゃん、と虚しい音を立てて扉がひしゃげた。哀れ。

 

「ふしゅるるる……」

 

 口から煙でも吐いてそうな面構えで、一歩一歩踏み出してくる。道場破りをしていそうな雰囲気を持っている男が、道場から出てくるというのは冗談にも思える。

 が、事実として男はジムの前で呆然となっている俺達に向かって歩いてきているのであり、

 

「――どうしよう、あいつ気持ち悪い」

 

 我が相棒は言葉に対する遠慮というものをしないためか、男の触れてはいけない部分を抉ってくれたようだった。

 ぴたり、と止まった男の足。萌えもんといえ、女の子に「気持ち悪い」と言われて傷付かない男はいない。無情かな。

 心なしか、先ほどとは違って、急速にしぼんだようにも見えた。

 

「あ、えーと」

 

 こういう場合は穏便にすましてさっさと逃げるに限る。幸いにして目の前にあるのはジムだ。中に入れば追ってこないだろう。たぶん。

 立ち止まって何も口を開かない男を放って置いて行こうとも思ったが、さっきの言葉はまさしく俺――というかリゥに向かって放たれた言葉だろう。

 曖昧に誤魔化して逃げる。

 

「あー、じゃあ俺達、ジムに用事があるから」

 

 ほら、とリゥとストライクを連れ立たとうとしたら、何故か肩を万力のような力でいきなり掴まれた。

 いつの間に。

 

「汗臭いんだが」

 

「ジムに用事と言ったな!」

 

「汗臭いんだが」

 

「そうかそうか。ジムに用事か」

 

「汗 臭 い ん だ が」

 

「ならばすぐに言わないか。ほら、案内しよう」

 

 どうしよう、こいつ話を聞いてくれない上にむさ苦しい。そのまま消沈しておいて欲しかった。

 

「……タスケテ」

 

 鍛えられている肉体から発揮される力は、振り払えるレベルを超えている。ゴーリキーともタメをはれるんじゃなかろうか。

 片言の俺をリゥはしばらく見て、

 

「私、ちゃんと登録してくるから」

 

「おい!」

 

 満面の笑みを浮かべたリゥが、道場の中にポーイと放り込まれた俺が見た最後の光景だった。

 

 

 

     ◆◆◆◆

 

 

 首根っこを捕まれて連行された建物の窓はしっかりと開いていた。確かにそうだ。そうでなければ外まで大きな声や音が漏れるはずがないだろう。むしろ、窓が開いてないのに外まで大声が漏れていたら、怖い。

 

 畳敷きの室内は、外観から感じた印象の〝ジム〟というより道場といった様子だった。その広さは人が戦うのではなく萌えもん同士が戦うような広さだ。その中で六人の男達が組み手をしていた。全員が黒帯なのが特徴的だった。その誰もが真剣に格闘技に向き合っている、というのは道場の中に漂っている空気から何とはなしに感じられる。が、やはり格闘技を囓っていない俺から見ると、暑苦しいというイメージは払拭どころか強まっただけだった。

 

 俺を掴んでいた男――どうやら道場主のようだ――は、ぱっと手を離すと、

 

「皆、挑戦者もといサンドバックもといトレーナーが来たぞ!」

 

「「おお!」」

 

 と叫んだ。

 男達は組み手を止めて、野次馬のように集まってくる。心なしか体から湯気が立ち上っているように見える。きっと汗が気化しているのだろう。ヤメテ。

 

 良く見れば、その奥には萌えもん達もいるようだった。

 ワンリキー、ゴーリキー、マンキー、オコリザル、ニョロボン、サワムラーにエビワラーまで。格闘タイプの萌えもんは一通り揃っているようだった。

 

「ほんとに道場って感じなんだな」

 

 ぽつりと漏らした言葉に、道場主は過剰なまでの反応を示した。

 

「道場などではぬぁいっ!」

 

 たぶん、無いって言いたかったんだろうなって思う。

 

「我々こそが――ヤマブキシティジムなのだ! 隣のエスパータイプなどという良くわからんなよなよしたタイプではなく、押して駄目なら押してみろ! 体力が無くても気力があるわ! 負けません、だって勝つんだから! の精神がモットーの由緒正しきジムなのだ!」

 

 汗を振り乱しながら叫んだ。

 顔にかかったじゃねぇか、勘弁してくれ。

 

 道場主は更にこの道場――ジムらしいが――の歴史を語り始めているが、脳筋を極めようとしている過程を聞かされているような気しかしてこない。

 

 ……とりあえず、だ。

 

「シェル。冷やしてやってくれ」

 

「はーい」

 

 冷凍ビームをぶちかましておいた。

 

 

 

     ◆◆◆◆

 

 

 つまり、だ。

 

「ヤマブキシティには元々、この道場――ジムがあって、それが乗り込んできた棗によってこてんぱんにされた上にジムの看板を奪われた、と。そういうわけだな?」

 

「うむ」

 

 確認を込めて漏らした俺の言葉に、道場主は大きく頷いた。

 言われてみれば、確かにだだっ広い道場は大きな体育館ほどはあり、観客席と思わしき席までちゃんとある。もっとも、その二階部分は今は物置として使われているようで、雑多な荷物や着替えが無造作に放り出されていた。

 

 道場には、入り口の方に俺と合流したリゥ、ストライク。そして元々いた道場主と門下生達、そして彼らの萌えもん達が揃っていた。

 

「あんたら、見事に格闘タイプだもんなぁ。エスパータイプじゃ些か分が悪いのは確かだよな」

 

 一般的に、格闘タイプはエスパータイプには弱いとされている。肉体を主に戦う格闘タイプでは、中・遠距離から不可思議な力を持って戦うエスパータイプに対しての相性はどうしても悪くなる。一方的に嬲られる場合がほとんどだ。

 

 今回、ジムに挑むにあたって、懸念していた部分はそこだった。

 接近戦が取り辛い場面が多くなるのは簡単に予想ができるものの、対処の方法がほとんど思い浮かんではいなかったのだ。

 

 香澄・享でサイコキネシスの恐ろしさは身にしみている。そして、今回はエキスパート達だ。どんな手を使ってくるのか、予想が立てにくい。

 更に、噂によれば棗は相手の心を読むともいう。だとすれば、俺にとっては最悪の相手になる。

 

 切れるカードは出来るだけ多い方がいい。

 そう思うものの、切れるカードを減らしておくという戦法を取るかどうか――悩み所だ。

 

「……棗について少し確認したいんだが、いいか?」

 

 が、相手を知っておきたいのは確かだった。

 そうでなければ、具体的な戦法を練られない。

 また、これまで見てきたサイコキネシスは直接こちらに作用するものだったが、果たしてどこまで効果が及ぶのかも気になった。物理的な部分にしか作用しないのか、はたまた火炎放射などにまで作用するのか――それによって戦い方は変わってくる。特に後者だった場合、真っ正面から戦うのは愚策中の愚策となる。

 

 何しろ、正攻法での戦いが全く通用しなくなるという事なのだから。

 俺の胸中を知ってか知らずか、道場主はまたもや腕を組んで大きく頷いた。

 

「観戦していて、火炎放射やハイドロポンプをねじ曲げたのは見た事がある。電気はそうでもないようだが」

 

「……なるほど」

 

 という事は、

 

「サイコキネシスの力の及ぶ範囲は限定されていて、電気はそれに当てはまらないって事……か?」

 

 自分でも実際に見た事がない以上、断定はできない。

 が、視線で作用するという前提から離れないのなら、電気のように目で追いかけられないような速さを持っているものには作用しない、またはしにくいのだろうか?

 

 もしそうだとすれば、サイコキネシスの持っている技の特性とも矛盾はしない。

 問題はどこまで切り崩せるか。どこまでこちらの有利な状況を引き出せるかだが。

 心を読める相手にどこまで通じるのか、が最大の壁になる。

 

「うむ、考えている所、実に悪いが」

 

「……あん?」

 

 思考を一時中断し、道場主に答える。

 

「我々とも戦ってくれんだろうか?」

 

「……ひとつ、訊いていいか?」

 

 ずっと、疑問に思っていた事があった。

 それは面子なのかもしれないし、拘りなのかもしれないが。

 

「看板を取り返したいなら、それこそ虫タイプとかゴーストタイプとか有利なタイ

プはいくつかあるのに、何でそれを使わないんだ?」

 

 純粋な疑問だった。

 汗水垂らして訓練している姿は、ジムの姿を失って久しく、逆に言えば道場としてこの場所が染みついているという証明でもあった。

 

 今更……と思う人が多いだろうし、彼らだってもしかしたらそう思っているのかもしれない。

 だが、道場主は何ら恥じる事なく、

 

「我々が格闘タイプのジムだからであり、格闘家だからだ! 壁に当たって逃げてどうする!? 目の前の敵が強大だかと言って目を背けてどうする!? 壁があるのなら、ぶち破るまでよ! 強大ならば、強くなって倒すまでよ!」

 

 ぐわーはははは!

 と道場が痺れるような大音量で豪快に笑った。

 

「はっ」

 

 その呆れる程の誇りに煽られるように、

 

「んじゃ、付き合う代わりにちょっと相談に乗ってくれや。棗をぶっ倒すよ」

 

 俺の言葉に、

 

「計算通りだ問題無ぬぁい!」

 

 道場主だけでなく、その場にいた門下生が声を揃えて「応!」と答えた。

 

 

 

     ◆◆◆◆

 

 

 あーでもないこーでもないと顔を付き合わせて意見を出し合っている男達を遠目に、リゥは畳の上に座って手にした受付証を団扇のようにひらひらと振って風を起こしていた。しかし一向に涼しくはならない。

 

「壁を壊して換気したい……」

 

 心の底から漏れた言葉だった。

 男共の汗やら何やらが混じり合って、空気が悪い。

 リゥは立って、近くにあった閉められていた窓を開けた。時刻は午後2時頃。風も吹いていないため、何も変わらなかった。

 

 ストライクは道場の奥で休憩しいてる萌えもん達に話しかけに行ったようだった。

 どうしようか、と少しだけ迷い、リゥもその後に続いた。ファアルはああなったらしばらく放っておいた方がいいのは経験からわかっていた。今はじっくりと考えてもらうとしよう。

 

 インタビューアーのように、ストライクは小柄な萌えもんに話しかけているようだった。

 

「失礼。マンキー殿、怒りを覚えなかったのですか? 彼らの目的に使われいる、と。強敵と戦って敗北して、そう、思わなかったのですか?」

 

 遠くから聞いて、酷く残酷なことを訊くものだな、とリゥは思った。

 まして彼女達は、道場で鍛えている格闘家達だ。そんなの、答えは決まっている。

 

「悔しいってしか思ってないってばよ、こんちくしょう!」

 

 当然だな、と思った。

 

「負けて悔しいって当たり前じゃないか! だから戦うんだ。一回負けたからって諦めてたら格闘タイプが廃るってもんだ!」

 

「む、むむ……?」

 

 ストライクもどこかで納得してしまったのか、呻いただけだった。

 相手が怒った事で、自分が矛盾した内容を発した事に気がついたような表情で、首を傾げていた。

 そんな彼女に疑問を持ったのか、手の先に赤いグローブをつけた萌えもん――エビワラーが近付いてきた。

 

「逆に訊きたい。お前は何に必死になっている?」

 

 数々の実戦から裏打ちされた実力の元、エビワラーは言っているように思えた。

 ファアルを拉致った道場主がまとめ役なら、彼女は萌えもん達にとってまとめ役なのかもしれない。

 

「差し出がましいかもしれないが、お前は無理に答えを見つけたがっているように見えるんでな」

 

「……そんなことは」

 

 エビワラーはストライクの前で拳を突き出す。それはリゥの目でぎりぎり追えるか追えないかの速さで、何の予備動作もなく放たれた拳は、何千何万と繰り返したが故のひとつの動きだった。

 

「――っ、何を」

 

 エビワラーはゆっくりと拳を引き、

 

「これが我々だ。格闘タイプである我々が、格闘家であるトレーナーと体を鍛えていく。何の問題がある?」

 

 そして、

 

「勝利の過程に敗北があるのは必須。挫折を知らずして強さはなく、挫折を知らぬ強さはない。敗北してもなお、闘志を絶やすことなく向かっていってくれるのなら、我々はついていくだけだ。同じ志を持つ仲間として」

 

 それが、エビワラーの、そしてこの道場にいる萌えもん達の答えでもあるようだった。

 リゥは足を止め、ストライクに近付くのも止めてじっとその様子を見ていた。

 

「挫折を知らない強さはない、か……」

 

 何度も何度も。

 叩き伏せられ、諦めたとして。

 

 何度も何度も。

 夢想し、憧れ、その度に自ら諦めたとして。

 

 果たしてそれは、挫折というのだろうか。

 手の届かない場所を目指す自分に、酔っているだけではないのだろうか。

 

 真っ正面に。

 ぶち当たって敗北して、それでもなお戦い目指しているエビワラー達は、リゥにとっても眩しかった。

 しかしストライクにとって、その姿は――

 

「だから――だから何だと言うのですか……! あちし、あちしは……、そんな事

っ!」

 

 そう言って、踵を返し、道場から飛び出して行った。

 

「……う、ううむやってしまったか」

 

 ぽつりと漏らした言葉はエビワラーのものだった。困った、と呟いている様子は道場主とそっくりだった。

 彼女は、気まずそうな様子で、

 

「どうも人の感情には疎くて――自分が思っている事を言ってしまうのは悪い癖だ

とは思うんだけど、はぁ」

 

 今回もやってしまった、と再度口にして、エビワラーはため息をついた。

 

「別に、いいんじゃない?」

 

 そんな彼女に向かって、リゥは口を出した。

 

「言われなくちゃわからないことって多いでしょ? 自分でわかっていても、誰からか言われて初めて理解できる事もあるわけだし」

 

 脳裏に浮かんだのは、シルフカンパニーの社長室だった。

 あの時、愛梨花に糾弾されたからこそ、今の自分がある。

 突きつけられる現実は、例え自分で理解していたとしても、意味は確かにある。

 だから、

 

「必要だったんじゃないかな、って私は思う。気にしないでいいって。フォローくらい、こっちでしておくわ」

 

「う、うむ。そう言って貰えると気が楽になる。しかるに――」

 

 エビワラーは雰囲気をがらりと変え、

 

「お前はなかなか強そうだ。どうだ、一戦」

 

 右拳を突き出してきた。

 ファアルはまだしばらく時間がかかりそうだ。

 リゥは横目で様子をちらりと伺い、

 

「当然」

 

 自身の拳をエビワラーの拳に付き合わせた。

 

 

 

     ◆◆◆◆

 

 

 夜になって涼しくなると道場というのは外気なみに冷えてくるようで、俺達は話し合い、リゥを含めた萌えもん達はトレーニングと各々の課題をこなした後にお開きとなった。トレーニングをしていたリゥに言われ、コンやシェル、サンダース、カラと全員で稽古をつけてもらえたようだ。道場主のエビワラーは道場の萌えもんに稽古をつけてもいるようで、教え方は熟達したものがあったらしい。

 

 疲れた様子のリゥと一緒に歩きながら、萌えもんセンターへと向かう。ヤマブキシティジムでの受付はもう完了しているし、後は明日、遅刻しないようにするだけだ。

 

「お疲れさん。みっちりやってもらったみたいだな」

 

「まぁね。流石にちょっと疲れたかも」

 

「ちょっと、ねぇ……?」

 

 その割にはぐったりしているように見える。結構どころじゃなくないか?

 

「……何よ」

 

「いんやー」

 

「むー」

 

 悔しそうに見上げてくる視線から逃れるようにして目をそらす。

 もう夜なためか、空には星空が広がっている。が、タマムシシティが近く、またベッドタウンでもあるので見える星の数は少なく感じられた。

 

「ストライク、どこか行っちゃったみたいだけど」

 

「――そうだなぁ」

 

 リゥから顛末は聞いていた。

 

「言わないとわからない事は、誰かが言わないとわからないものだし。頑固な奴ほど、特にね」

 

 少し言い訳するようにも聞こえたその言葉は、どこか自嘲を含んでいるようにも思えた。

 俺は無言でその頭に手を置いた。

 

「ん。まぁ、答えを見つけるのはあいつだしな。良い答えになるといいんだけど」

 

 人が良いものか悪いものか。

 ストライクが信じたいものは、それではないと思う。

 ただ、トレーナーに捨てられたことで人=悪という対峙を求めているように、俺には思えた。

 

 本当に決着を着けるべきなのは、おそらく自分自身。それは、助言は出来ても答えにはならない。答えを見つけられるのは、ストライクだけだからだ。

 

 セキチクシティにいれば、死ぬまで辿り着けないかもしれない。答えを見つけたいと思っているストライクに対して、あまりにも過酷だと思って旅に同伴させてみたが、果たしてそれが良かったのか悪かったのか……。

 

「間違ったことはしてないと思うよ、私は」

 

「だといいけどな」

 

 嘆息し、続ける。

 

「考えなくちゃいけない事が多いもんだ」

 

「お人好しなくせに」

 

「うっせ」

 

 リゥの頭から手を離し、少し足早に萌えもんセンターへと向かう。

 あいつが答えを出すのを待つくらいしか、出来そうにはないから。

 

 

 

     ◆◆◆◆

 

 

 翌日。

 ヤマブキシティジムの前でストライクは待っていた。

 

「今から戦われるのですね?」

 

「ああ。来るか?」

 

「もちろんです。貴方の答えをまだ見せてもらってはいませんから」

 

「あいよ。んじゃ、行こうぜ」

 

 今回も隣に立つのを許可してもらっている。もちろん、リゥと違って戦闘に参加は禁止されているが。

 先導するようにジムの扉に手をかけた俺に、ストライクは問いかけてきた。

 

「昨日、どこに行っていたとか訊かないのですね」

 

 それは、どこか諦めに煮た呟きにも聞こえた。

 

「訊いて欲しかったのか?」

 

「それは……」

 

 ストライクにしてみれば、不意に口から出た言葉だったのかもしれない。

 答える言葉もなく、黙っている彼女に、

 

「〝見せてやる〟って言っただろ? 手詰まりになったなら、言えばいいさ」

 

 それがお前のためになるのなら。

 とは言わなかった。

 そこまで言える関係ではないから。

 

「……承知」

 

 吐き出したようにも聞こえた言葉を背に受けながら、俺はジムの扉を開けた。

 ゴールドバッジを手に入れるために。

 

 

 

   ******

 

 

 

 何だよ、これは……。

 目の前で広がる光景に、俺は絶句した。

 シェル、コン、カラが倒れ、残るはカラとリゥのみ。

 

 立ち塞がるのは、たった一体のエスパータイプ。

 たった一体に、為す術もなく三体が敗北した。

 

「……どうしろってんだ」

 

 向かいのトレーナー席には長い黒髪の少女が不敵な様子で立っている。

 

 彼女には――勝てない。

 

 組み立てた戦術も。

 伏せている作戦も。

 切るべき切り札も。

 全て、見透かされ、無傷で打ち破られてしまう。

 エスパー少女、棗。

 ヤマブキシティジムリーダーの前に選択肢を無くした俺は、項垂れるように、告げた――。

 

 

 

 

                                 <続く>

 




ジムリーダー戦はいつも萌えもんをプレイしてリサーチしながら書いているんですが、どうもセーブデータが破損しちゃいまして復旧に時間がかかりそうなのに加え、法事関係で休日も執筆に割り当てられる時間が作れそうにないので、今回は少しお時間をいただきたく思います。

また、前回ご指摘いただいた箇所に関してましても、近い内に修正を終える予定です。こちらはひっそりと修正する予定です。後ろに(修)とかついてたら、終わってるんだなと思って下されば。ただ、大きな変更点はありません。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【第二十六話】ヤマブキ――勝利の未来を掴むモノ 前編

遅くなりましたぁっ!

長くなっちゃったので分割します。前編です。


 ヤマブキシティジムリーダー、(なつめ)

 子供の頃から開花した超能力を類い稀なる才能で磨き上げた。その課程でエスパー少女と呼ばれる彼女が萌えもんトレーナーとなり、やがてその強さからジムリーダーになったのは自然な流れだったのかもしれない。

 

 

 ――人の心が読めるに違いない。

 

 

 そう言ったのは、誰だったのか。

 こちらの手を悉く潰し、鮮やかに勝利していく彼女の強さは化け物じみていたという。

 

 が、いつしか棗の強さは潜めるようになっていった。

 下世話な噂話では、萌えもんリーグから警告を受けたとか年齢を重ねて超能力が弱まったからだ、とも言われているが……。

 

「さて……」

 

 戦場(バトルフィールド)に向かう中、ひとりごちた。

 

 可能性の問題だ。

 もし、

 もし、棗が自身に対する戒めとして超能力を封印しているのだとしたら。

 もし、棗が彼女に敗北し、涙する幾多のトレーナー達をその目で見てきたのだとすれば。

 

 棗という少女は意図して超能力を使っていない、と。その仮定は成立してしまう。

 

「うわ、凄い人……」

 

 隣を歩いているリゥが観客席を見て声を上げる。

 開け放たれた扉を潜った先で俺たちを迎えてくれたのは、大きな歓声だった。

 

 これまでのジムとは違い、都会の中に作られているためか、ヤマブキシティジムは若干大きい。つまり、観客の収容人数も多いわけだ。

 それを証明するかのように、観客席は大きなコンサートホールのように三段となっていて、見上げると圧倒されてしまうほどだ。

 

「遅いぞぉ、挑戦者!」

「今日も面白い戦い、見せてくれよ、ファアル!」

「リゥちゃーん、サインくれー!」

 

 思い思いの言葉を向けられる中、片手を挙げて答え、所定の位置へとつく。

 

「……寂しいものですね」

 

 そう言ったのは、ストライクだった。

 

「そうだな」

 

 同感の意を示し、今回の戦場を見やる。

 

 ヤマブキシティジム――エスパータイプをメインに使うジムの戦場は、これまでなかった。何もない、人工的な床と壁――SFに出てくるかのようなヴァーチャルさを持っている空間だった。

 見慣れた地面や木や草や川や――自然的なものは一切なかった。

 

 ――難しい場所だ。

 

 唇を舌で湿らせ、思考する。

 どうすれば勝てるか。

 ただそれだけを。

 

「準備は出来たようだな?」

 

 そう言ったのは、戦場を挟んで反対側に立っていたひとりの少女だった。

 長い黒髪に、赤い軍服のようなボディースーツに身を包み、黒いタイツを穿いた脚の曲線は実に魅力的だ。

 つまるところ、棗の戦闘準備はとうの昔に終わっていた。

 

「ああ、問題ねぇ。勝つために来た」

 

 俺の言葉に、棗は満足言ったようだった。

 それを合図にしたかのように、会場が静まっていく。

 徐々に沈黙へと移っていく中、

 

「ファアル――お前の話は、レッドたちから聞いていた」

 

 マイクを通さず、話し始める。

 

「シルフカンパニーの時に彼らの抱いていた信頼に触れ、実際に目の当たりしたお前は――面白そうだった」

 

 だから、と。

 一拍置いて、ヤマブキシティジムリーダーは宣言する。

 

「お前の父親に挑む時と同じく――本気で行く。私を――楽しませてみせてくれ!」

 

 ――ハッ。

 

 同時にボールを展開し、告げる。

 

「そいつはこっちの台詞だ!」

 

 初手は決めている。

 頼むぜ――

 

「シェル!」

 

「いけ、ナッシー!」

 

 無機質なバトルフィールドに現れたのは、シェルとナッシー。

 タイプの相性ではこちらが不利。だが、氷タイプの技を持ってすれば勝てない相手ではない。 

 

 今回、シェルの技として登録したのは、水鉄砲、ハイドロポンプ、冷凍ビーム、オーロラビームの四つ。水鉄砲に関しては予備動作が似ているためハイドロポンプと勘違いさせられたら、程度の望みでしかない。そのため、主要な攻撃方法はそれ以外の3つになる。

 

 ナッシーに関して言えば、これまで同様、冷凍ビームかオーロラビームが決め手になるだろう。

 相手が何を登録しているのかにもよるが、ナッシーはエスパータイプを持っている。ならば、おそらく愛梨花とか違う戦い方をすると見ていい。彼女は草タイプ、棗はエスパータイプと別けて考えるのが理想だろう。

 

 が、それで弱点が消えるわけでもない。こちらも相手も不利なタイプを持っている以上、先手は取った方がいい。

 加えて、サイコキネシスは自然なものに対しての効力は薄い。

 

 なら、こちらが出す技はふたつしかない。

 即ち――

 

「シェル、冷凍――」

 

「日本晴れ」

 

 即座に放たれた技は、こちらの技を挫くものだった。

 無機質な戦場が強烈な熱波に襲われる。しかし、こちらには弱点という利点がある。多少なりともダメージを与えるために、中断は選べない。

 

「ビーム!」

 

「ほいきた!」

 

 進化前と同じ口調でシェルが放った冷凍ビームは、威力を弱めながらもナッシーへと向かう。

 が、それを塞ぐように、ナッシーがやにわに体勢を変え、

 

「ソーラービーム」

 

 日光を糧に冷凍ビームへと一切の誤差なくソーラービームを直撃させた。

 熱を帯びたソーラービームによって冷凍ビームはあっさりと瓦解する。

 だが、それだけ。こちらに届くにはいたらなかったようだ。

 

「なら、オーロラビーム!」

 

 もう一度使われたら不利になる。

 即座に決めるべく、今度は熱の影響を受けないオーロラビームを選択。

 

 

 ――だが。

 

 

「リフレクター」

 

 指示の通り、何枚もの光の壁が生み出されていく。

 ナッシーに出された指示は、リフレクター。光の壁を生みだし、壁として物理的な攻撃から身を守る技だった。近接戦闘には弱いエスパータイプが扱う技であり、戦況に対して有利に働く技ではあるが……このタイミングで使用する意味がわからなかった。

 

 オーロラビームはおそらくリフレクターでは防げないだろう。虹色のビームは、物理的作用を防ぐだけの壁はたやすく貫通する。

 が、棗の狙いはそれではなかった。

 

「わ、まぶしい……!」

 

 閃光にも似た輝きがシェルを遅う。

 オーロラビームと日本晴れによる光が、リフレクターという光の壁に作用し、光を反射したためだ。

 

 そして、それこそが棗の目的だったに違いない。

 俺が状況を悟った時は既に遅かった。

 

「くっ、シェル――」

 

「ソーラービーム」

 

 無慈悲に告げられた攻撃の指示。

 草タイプ最強の技は、目くらましによって動けずにいるシェルへと直撃し、

 

「ふわああああ――――!」

 

 一方的な勝利を告げた。

 

 

 シェル、ダウン。

 

 

「お前の言葉で言うのならば……一体目、撃破だ」

 

「――っ!」

 

 対する棗は余裕の表情を崩さない。

 不敵に。

 己の勝利を疑わないで、立っていた。

 そして、無傷で勝利したナッシーは続投のようだった。

 

「……なら」

 

 判明した技は、日本晴れ、ソーラービーム、リフレクター。残るひとつは、サイコキネシスの可能性は高い。

 そして、そのどれもに打ち勝てるのはひとりしかいなかった。

 即ち、

 

「頼む、コン!」

 

 炎タイプなら、ナッシーに対して完封できる。

 だが、それも一時的なもの。棗が交換を選べばこちらの有利はあっさりと崩れ去る。

 狙うべきはそこでなく、もうひとつ。

 

 棗が交換するかどうか、その一点につきる。

 このままナッシーで続投すれば、棗の隙は必ず存在する。逆にここで変更させられれば、隙は更に無くなる。

 そして――、

 

「……来るか?」

 

 俺の視線を受け、棗は小さく笑ったようだった。

 

「行くぞ、ナッシー」

 

 棗が選んだのは、続投。

 だが、その勝利を信じている表情に曇りはなかった。

 敗北を何一つとして信じることなく。

 棗は、告げる。

 

「サイコキネシス」

 

 登録していた最後の技を使い、棗が行ったのは――

 

「……何だ? リフレクターを?」

 

 先ほど展開したリフレクターを移動させることだった。

 サイコキネシスを使い、空中へと展開させていく。

 炎タイプという天敵を前にして無防備としか言えない戦法に面食らってしまう。

 

 ――攻撃チャンス。だが……。

 

 その行動には必ず意味がある。

 先制して打ち砕くべきだと理性は判断しているが、心のどこかが警鐘を鳴らしていた。

 

「コン……」

 

 登録した技は、火炎放射、かみつく、炎の渦、怪しい光。

 エスパータイプには物理攻撃が有利だが、こちらもそれだけ危険になるため、サイコキネシスで操れない技を中心に登録した。

 

 ――警戒が裏目に出たか。

 

 歯がみするも、状況が変わるわけではない。

 上空に展開されていくリフレクター。

 後幾ばくも時間はあるまい。

 

 有利な点は日本晴れであること。火炎放射や大文字の威力は確実に上がる。

 相手の視界を防げて、大ダメージを期待できる技は、

 

「コン……炎の渦!」

 

「はいっ!」

 

 コンが放った炎は蜷局(とぐろ)を巻いて地面を焼きながらナッシーへと殺到する。

 当たればこちらの勝利は確実なものになる。

 

 ――が、

 

「躊躇いがあったのは、恐れているからか?」

 

 棗の声がこちらまで届く。

 その小さな声が届くのはあり得ないのに。

 はっきりと、聞こえたのだ。

 同時、

 

「ソーラービーム」 

 

 放たれたソーラービームは、巨大だった。大きさにしてコンの身長よりもある。

 

「……っ、コン、かわせ!」

 

 先に展開していたリフレクターが日本晴れによって生じた陽光を反射させ、ソーラービームのエネルギーへと変換させたためだ。これでは炎の渦も効果を持たず、膨大なエネルギーによって吹き飛ばされていく。

 更に、

 

「は、わっ!」

 

「……くっ」

 

 近くの床がえぐり取られた。

 震動と共にジムの床は破壊され、まるで怪獣が通った後のように、コンのいた場所から観客席間近まで削り取っていた。

 

 ――これがソーラービームの威力かよ。

 

 リフレクターを自在に操れるが故の特性であり、ナッシーの決め球だろう。

 

「コン、無事か!?」

 

 声に反応は――

 

「な、なんとか」

 

 あった。

 

「……そっか。戦えるか?」

 

「はい、ばっち」

 

 コンが言い終わるより早く、

 

「二体目、撃破だ」

 

 棗が宣言し、

 

「え、えっ……?」

 

 コンの上に――リフレクターが殺到し、押しつぶした。

 

「コン――!」

 

 ソーラービームを完全に躱したわけではなかったコンの体力は、リフレクターによって完全に削り取られ、ノックアウト。

 

 またしても。

 無傷で棗は勝利した。

 光の壁が残骸となって宙を舞い、効力を失って消えていく。

 呆然とする中、棗は言った。

 

「次は……カラカラか?」

 

「――っ」

 

 読まれている。

 こちらが次に何を出そうかと考えた瞬間、棗は言い当ててきた。

 

 

 ――棗は心を読んでいるみたいだった。

 

 

 幼い頃から超能力者だったと言われる棗。

 それが本当なら、そういった力もあるのかもしれない。

 

 だが、翻弄されては相手の思う壺だ。

 相手はナッシーだ。地面タイプのカラを出すのは分が悪い。あのソーラービームはかすっただけでカラを倒すだろう。

 サンダースももちろん相性として選択できない。となると、消去法でリゥとなるが……。

 

「私はルージュラを登録している」

 

 その言葉に、発しかけた指示を飲み込んだ。

 言外に言っている。

 お前がリゥを出したその瞬間、打ち倒すと。

 ルージュラは氷とエスパータイプの萌えもんだ。リゥがまともにやって勝てる見込みは少ない。

 なら――、

 

「……ああ、サンダースなら無難な選択肢ではあるが……残念だが地震を覚えさせ

ていてな」

 

「くっ……」

 

 これも封殺。

 

 ――こちらの考えが漏れている?

 

 いや、まだ決めつけるのは早計だ。俺の手持ちを予想しているだけかもしれない。今まで手持ちを変えてこなかったのだ、それくらいは誰にだって至れる。

 確定的な証拠は何一つとしてない。

 信じるにはまだ……足りない。

 ホルダーからボールを抜き放ち、

 

「頼む――カラ!」

 

 ぶつけたのはカラだった。

 

 棗への恐れのためか。

 それとも不安故か。

 自信もなく。

 迷いの果てに選択したのはカラだった。

 というよりもカラしか――選べなかった。

 

「任せなよ! って今回はまた随分と厄介な場面だね」

 

 相手を見て、カラは苦笑したようだった。

 愛梨花線で辛くも勝利を収めたとはいえ、弱点なのには変わらない。

 

「……いつも悪いな」

 

「いいさ」

 

 だけど、カラは何ら気負うことなく、言ってみせた。

 

「力になるって言っただろ? ファアルが望むなら、ボクは相手が誰だろうと戦うよ。だって……」

 

 カラはそこで一度言葉を切ると、手にした骨を肩にかつぎ、

 

「ファアルはどんな相手でも、ずっとボクたちを選んでくれているんだから」

 

 あの時――萌えもんタワーで涙した少女はいなかった。

 悲しみを乗り越えたひとりの戦士がそこにはいてくれた。

 

「……ありがとな」

 

「うん」

 

 言葉はひとつ。

 勝てる算段は――まだ見つからない。

 

「ファアル」

 

 と。

 棗が口を開いた。

 

「お前の弱点――ひとつだけ教えてやろう」

 

 きっと、それは誰もが思っていたに違いない。

 

「誰もが旅をし仲間と出会い、増やすことで成長していく。相手に有効なタイプを選ぶこともまた重要な戦略のひとつだ」

 

 だが、

 

「お前はそれをしていない。皆がやっている当たり前のことをやっていない。だから、手を見透かされ、対策を取られてしまう」

 

 俺の仲間は、誰一人として変わっちゃいない。

 リゥ、シェル、コン、カラ、サンダース。

 彼女たちと出会い、ずっと一緒に旅をして戦ってきた。

 

「――はっ」

 

 だから、だからこそ。

 棗の言葉は、

 

「だったら光栄じゃねぇか。ジムリーダーが対策を講じなくちゃいけないくらいにゃなってるってこったろ?」

 

 そういう意味だろうから。

 

「――かもしれんな」

 

 頷き、棗は動いた。

 

「リフレクター」

 

 やはり物理を防ぐように仕向けるか。

 先ほどのような使い方もある。

 距離を取ればソーラービームの餌食になりかねない。

 一気に近付いて一撃を浴びせるしかなさそうだ。

 

「カラ、ホネこんぼう!」

 

 ナッシーは大型の萌えもんだ。その巨体から、壁のようにも感じられる。

 そのため、動きは鈍重なのだが、リフレクターといった防御技とは相性がいい。動き回らず――防御を展開し、相手の攻撃を防ぎながら攻撃をする。また、愛梨花がかつて使ったように、サイコキネシスを用いてトリッキーな技をも使用できる。

 

 城攻めをしているかのような気分だ。

 一撃を加え、反撃への機転としたい。

 そのもくろみは、

 

「……なっ!?」

 

 巨体から迸った巨大なソーラービームによって打ち砕かれた。

 

「――っ!」

 

 カラが慌てて回避するも、斜線上からは逃げられない。

 弱点ということもあり、カラは一撃で倒れ伏した。

 

「三体目――撃破だ」

 

 ぎり、と奥歯を噛みしめる。

 どういう事だ?

 棗は確かに光の壁と言った。指示を受けたナッシーはその技を放つものだとばかり思っていた。

 

 が、結果としてナッシーはソーラービームを放ってきた。

 言うことを聞かなかった? 

 

 いや、そういう萌えもんもいるらしいが、棗においてそれはあり得ないだろう。そんな萌えもんをジムリーダーが使うとは思えない。

 

 なら、さっきの指示がフェイクだった?

 となると、一体いつナッシーは棗の本当の指示を受け取ったんだ?

 

「……まさか」

 

 ふと、頭にひとつの可能性がよぎる。

 

 ――テレキネシス。

 

 もし、棗の今までも指示がただの印象づけだったとしたら。

 もし、指示を口にしなくても相手に伝わる方法があるのだとしたら。

 萌えもんからの一方的なアクセスではなく、棗もまた萌えもんにアクセスできるのだとすれば。

 

 エスパー少女、棗。

 彼女が、指示を口にせず萌えもんを戦わせる少女だとすれば。

 いくつもの可能性が濁流のように押し寄せる。

 

 もし、心を読めるなら。

 もし、未来を予想できるなら。

 もし、その力で萌えもんを援護できるなら。

 

「は、はは……」

 

 シェル、コン、カラが倒れ、残るはサンダースとリゥのみ。

 立ち塞がるのは、たった一体のエスパータイプ――ナッシー。

 たった一体に、為す術もなく三体が敗北した。

 

「……どうしろってんだ」

 

 向かいのトレーナー席には長い黒髪の少女が不敵な様子で立っている。

 

 彼女には勝てない。

 

 組み立てた戦術も。

 伏せている作戦も。

 切るべき切り札も。

 

 全て、見透かされ、無傷で打ち破られてしまう。

 彼女前では、こちらの手札を全て見せ、思考を吐露した上で行うゲームようなものだ。

 

 戦っている側でも無く、観客側でもない――更なる第三者の視点を持つ、エスパー少女、棗。

 神にも似た立場の彼女から行われる、一方的なワンサイドゲーム。

 

 勝てないと。

 心の底から思わせる戦法だった。

 

 何だよ、

 何だよそれは――。

 

「ははは……」

 

 笑いと共に、浮かび上がったのは、

 

 

 ――面白ぇじゃねぇか!

 

 

 喜びだった。

 そう、それだけ。

 相手がこちらの思考を読み、未来を予測し、指示が必要ないのだとすれば。

 

 勝つ方法なんてのは――勝てない算段よりもあるもんだ。

 たった二体。

 リゥとサンダースで、棗を倒す!

 

「頼むぜ、リゥ」

 

「諒解」

 

 何も言わず、リゥは前へと出た。

 対峙するのはナッシー。

 棗は余裕ではあるが、僅かに姿勢を変えていた。

 こちらを圧倒するような姿勢から、対峙するような姿勢へと。

 

 ――いや。

 

 否定する。

 もしかすると、俺の過剰なまでの警戒心がそう見せていただけなのかもしれない。

 

「先ほども言ったと思うが、選択を誤った――」

 

「棗」

 

「……何だ?」

 

 棗が心を読むというのなら。

 俺が何を登録したのか伝わるはずだ。

 だが、敢えて口に出す。

 

「俺は火炎放射を登録したぞ」

 

 通常ならばリゥが覚えない技だが、ロケット団騒動の後、その功績ということでいくつか技マシンを貰っていた。そのひとつが、火炎放射だった。何でも、ゲームコーナーの景品らしいがこんな場所で使えるとは。

 

「それで私が戦法を変えるとでも?」

 

「はっ、どうだかな」

 

 ただ、それはナッシーにも当てはまる。タイプ面で相性は良いが、技の威力ではこちらが負けている。あのソーラービームをもってすれば、リゥの放つ火炎放射はチョロ火くらいしにしかならないだろう。

 

 ドラゴンタイプと草タイプではドラゴンタイプの方が有利だ。だが、それはあくまでも相性での上。今回に限ってはそうでもなく、こちらが一撃で沈まないにしてもこちらもまた、相手を一撃で葬れない。加え、棗はまだナッシーしか出しておらず、残りは五体。対するこちらはリゥとサンダースの二体のみ。

 

 圧倒的に不利なのはこちらだ。

 

「いいだろう……乗ってやる」

 

 棗がナッシーに指示を下すタイミングはもう掴めない。

 彼女の言葉が信じられない以上、こちらで見極めるしかない。

 萌えもんだけではなく、生物には次の行動をするための予備動作が必ず現れる。ジャンプをする際に膝を折り沈み込ませるように――例えどんな指示を受け取っていたとしても、どこかに必ず現れる。

 

「リゥ、高速移動!」

 

 ナッシーの技に近距離は無い。

 先ほどと同じように、こちらも攻める。

 俺の手が読めているのだとすれば――

 

「ナッシー!」

 

 指示を受けたナッシーの肢体が光を帯びる。選択されたのはソーラービームだった。

 そう、サイコキネシスで火炎放射は防げない。同様にリフレクターでも同じだ。

 となれば、棗の選択はひとつしかなく――

 

 こちらに致命傷を与えられるソーラービーム。

 それを防ぐための方法は、もうひとつ。

 

「――叩きつける!」

 

「諒解!」 

 

 阿吽の呼吸でこちらの指示をくみ取ってくれたリゥは、地面を叩きつけ、その勢いで空を舞う。

 ナッシーの視線が上空へと上がる。

 上空には――ナッシーの日本晴れで輝きが生まれており、

 

「……見えない」

 

 ナッシーが呟く。

 棗はそれで悟ったようだった。

 だが、遅い。

 ナッシーは既にソーラービームをチャージしており、キャンセルできる段階では無い。

 かといって、上空は直視できないほどの明るさを持っている。

 この場で棗が可能な選択肢は――

 

「戻――いや」

 

 できなかったのだろう。

 こちらはまだ選択肢を残している。

 萌えもんを変更すれば、若干のタイムラグができる。インファイターであるリゥにとって、その隙は大きい。

 それでも、棗は自分にとって最良の選択を選ぶ。

 

「ナッシー、交代だ。ヤド――」

 

 ヤドランが出てくれば、至近距離で電磁波を放てる。そうなれば、こちらが主動で持って行ける。勝ち目は――高い。

 ルージュラも然り。この天候で火炎放射を放てば、ルージュラとて無事ではすまないだろう。

 

 ――なあ、棗。聞こえてるんだろう? 

 

 俺の視線を受け、棗は苦しげに顔を歪めた。

 そして、

 

「スリーパー!」

 

 純粋なエスパータイプを繰り出した。

 繰り出されたのはスリーパー。スリープの進化形で、催眠術に長けた萌えもんだ。振り子のような道具を常に持ち歩いているのがアクセント。

 

 一方のリゥは叩きつけるの効果で跳んでいる。眼下にスリーパーを見据え、いつでも攻撃に移れる体勢に入っている。

 

 この時点で棗が取れる選択肢は三つ。

 迎撃か、回避か、防御か。

 

 その内、防御はほぼ無いと判断。

 万が一ということもあるが、ナッシーが砦なのだとすれば覚えていない確率の方が高い。

 

 変更させたのはこちらに対しての波になるか否か。それは間違いなくスリーパーで決まる。

 

 となれば、回避は選び辛くなる。察するに、棗は精神的な攻撃も得意としている。こちらの気をそぐ以上、交代してすぐに回避は相手を勢いづかせる要因になりかねない。回避してすぐに攻撃もあるが、リゥに対して近距離戦を挑めるだけのものがあるかといえば不安だ。

 

 徹底して不安を排除するならば、迎撃を選ぶ。

 まして相手は飛行タイプでもないただのドラゴンタイプ。倒せる確率が一番高い方法を選ぶのは道理。

 

「…………」

 

 棗は何も言わない。

 だが、既にスリーパーに指示を出しいてるはず。

 

 考えろ。

 俺ならばどうする?

 サイコキネシス?

 無理だ。使えない。リゥは逆光を背負っている。対象を捉えるという制限がかかっている以上、仇となる。

 

 必要なのは効果的に迎撃する手法。可能ならば無傷が望ましい。

 日本晴れによって今のリゥは逆光の状態だ。そんな状態に繰り出せる技は――

 

「リゥ、目を閉じろ!」

 

 放たれたのはフラッシュ。目映い光が一瞬、戦場を支配する。

 ちかちかと視界が揺れる。

 リゥがどうなったのか、スリーパーがどうしているのか。

 見えない視線で捉えるよりも、選んだ。

 

「――叩きつけろぉ!」

 

「諒解!」

 

 間髪入れず返ってきた言葉と同時、岩を砕くかのような轟音が響いた。

 打ち付せられたのはスリーパーだった。

 

 リゥは――無傷。

 体勢を立て直した相棒を確認し、告げる。

 これで、

 

「一体目――」

 

「――撃破よ!」

 

 流れをこちらに寄せる。

 リゥが俺の近くへと戻ってくる。

 

「視界は?」

 

「問題なし」

 

 おーけー。

 対する棗はスリーパーを戻し、

 

「まずは一体目だな」

 

 そうして、次の一手を指した。

 

「行け、ルージュラ!」

 

 続いて出したのはルージュラだった。

 大人の女性、といった雰囲気を持つ萌えもんで、その色香に誘われる男も多いと聞く。変態ばっかりだ。でも綺麗だな。

 

「氷とエスパー、か」

 

 相性は不利の一言。

 だが、これに勝てばリゥの弱点は消えるだろう。

 そのために――

 

「あいつをぶっ倒す」

 

「諒解」

 

 敢えて、リゥを選ぶ。

 その選択肢を棗はどう捉えたのか。

 こちらの胸中を読んでいる以上、考えも何もかもが筒抜けだと思った方がいい。

 防ぐ手立ては無し。

 だからこそ、俺が出来る行動などひとつしかない。

 

「リゥ、冷凍ビームが来るぞ」

 

「うん」

 

 ルージュラの指先に小さな光がともり始める。生みだれた氷が日本晴れの光を反射しているためだろう。

 一見して勝ち目のなさそうな勝負にも感じるが、そうでもない。

 

 棗もまた、大きなハンデを負っている。

 技は4つまでしか登録できない。

 つまり、それを前提に考えれば棗が取れる行動は一気に狭くなるのだ。

 ありとあらゆる可能性を思考し、その都度選び、捨てていけば――残る選択肢はたったひとつのみ。

 

 例え未来予知を持っていようとも、覆らない道理はある。

 予備動作、次へ至る僅かな動き、棗の視線――今まで培った全てを動員して棗を打ち破る。

 

 そして、それが出来るのはリゥしかいない。何物をも恐れず、戦い、間髪入れずに指示を実行してくれるだけの剛胆さは、リゥしか持ち得ない。

 サンダースではまだ無理だ。爆発力はあるが、今回に限っては勢いだけでは棗に利用される。

 

 文字通りの切り札。

 リゥを失えば、俺の敗北は確定的な未来となる。

 

「……それも、お前の作戦か?」

 

「はっ、ただの事実だ」

 

 今この場において、リゥこそが切り札であり弱点。

 そのリゥを出し続ける限り、棗は常に俺の弱点を狙い続けることになる。

 相手の弱点を知り、さらけ出されるのを狙い続ける。

 すぐ目の前に勝利を掴める一手が転がっていて。

 

 たったそれだけ。

 ただそれだけで、取れる手段は減っていく。

 

「なめられたものだな。私がお前の作戦通りに行くとでも思うか?」

 

 心を読んでいることを隠していない棗は、そう告げた。

 だが、

 

「じゃあ何で、ルージュラに変えた? ちらつかせておくべきだったんだよ。ジョーカーってのは、使うより持っていた方が相手に与えるプレッシャーは大きいんだからな」

 

「……」

 

 棗がルージュラを出した時点で、俺に流れを与えまいとするのは見て取れた。

 相性の良いタイプをぶつける。

 それは萌えもん勝負に関して言えばセオリーだ。

 むしろ、俺のようにタイプも変えずずっと同じ萌えもんたちで戦っている方が稀だろう。

 

 相性の悪い萌えもんと戦うことが多いジムリーダー達は自然と様々なタイプを持つ――例えばエスパータイプならもうひとつ草や水、氷を持つような萌えもん――を手持ちに加えるようになった。

 その故に、戦闘に広がりを持たせたのだ。

 

 だが、それでもひとつのタイプで固定されているのは変わらない。挑戦者が常に有利な状態が続いていくのだ。

 だからこそ、今のような絶対敵有利な状況はまず生まれない。

 相手が切り札を出し、その切り札に対して絶対的な有利タイプを持つ萌えもんでジムリーダーが戦うなどまずないだろう。

 

「そろそろ……日本晴れの効果が切れる頃だ」

 

 強い日差しは消え、炎タイプの技への後押しが無くなる。同時に、氷タイプは日差しがなくなった分、威力・効果ともに上昇する。

 

 棗は動かない。

 冷凍ビームを発射できる態勢で、リゥを迎撃するかのようにルージュラを待たせている。

 

「日本晴れが切れる。その場で冷凍ビームを放つ?」

 

 考えられないことはないが、腑に落ちない。

 それよりも、

 

「吹雪か」

 

 そう考えた方がしっくりくる。

 

 吹雪――氷タイプの大技で、文字通り吹雪を降らせる。

 オーロラビームや冷凍ビームとは違い、面で攻撃するため相手の回避は難しい。

 その反面、扱いが難しく発動には高度な練度が必要となる。

 食らえば、リゥは敗北する。

 

 日本晴れの効力が徐々に弱くなっていく。

 もうあまり時間がない。

 

「リゥ」

 

 ルージュラの一挙手一投足を観察()る。

 保証はどこにもない。棗と違い、俺の行動の底にあるのは完全な予想だ。

 

「――接近戦を仕掛けるぞ」

 

 言うや否や、迷い無くリゥは飛び出した。

 座して待つ選択肢は俺に残されていない。

 攻めるしか手法がないのだから、攻めるより他に選択肢などあるわけがなかった。

 問題はその次。

 

「やれ」

 

 ルージュラの目が光る。

 

 ――サイコキネシス。

 

 こちらが氷タイプの技を警戒することを見込んでの伏兵。

 日本晴れの効果が切れるまで時間を持たせるだけならば、その場に縫い付けるだけでもいい。

 

 結果、棗が選択したのは拘束だった。

 更に、リゥの体が浮遊する。

 

 サイコキネシスの使い方には様々な効果がある。これもエスパータイプの技の特徴だ。

 

 今まで俺が出会ってきたのは相手の動きを縫い止めるというもの。オーソドックスながら相手を回避不能に追い込める分、戦略の幅も決定力も強い。

 

 もうひとつ、物理的な作用を無効化ないしそらせることが可能な手段。岩雪崩などの攻撃を防げるわけだ。

 

 そして、もうひとつ。対象を操作できる力。これは拘束させる状態から、何かにぶつけたり叩きつけたりといった作用をさせる。ただし、相手の動きを拘束した上で操作するのだから、おいそれと出来るものではない。また、対象が生物である場合、操作できる範囲も狭くなってしまう。

 

 だが、サイコキネシスには弱点も存在する。

 

 ひとつ、相手を視線で捉えないといけないこと。これは、念力を発動させる対象を使用者が意識しないと焦点が合わない――ということらしい。

 

 そしてもうひとつ、相手を完全に封殺はできないこと。以前、俺が香澄相手に実行してみせた。

 

 今の場合――

 

「火炎放射!」

 

 縫い止められたリゥから炎が迸る。

 

「ちっ……」

 

 ルージュラがサイコキネシスを解く。

 万能にも見える技だが、発動している間は無防備だ。攻撃を放たれれば、受ける他に術がない。

 

 サイコキネシスはあくまでも物理的な作用にしか影響を与えられない。炎や雷、水といった要素にはあまり抗力を発揮しないのだ。

 即ち、火炎放射はカウンターとしては申し分ない。

 

「――ふっ!」

 

 サイコキネシスから逃れたリゥは、更に走った。身を縮め、真っ直ぐに。

 愚直なまでに、俺の指示を信頼してくれている。

 そんな中、ルージュラの指先が光る。

 

 冷凍ビーム。

 今のリゥはだたの動く的だ。いくら身を屈めていても、遮蔽物も何もない戦場ではほとんど意味をなしていないだろう。

 

「――っ」

 

 放たれた冷凍ビームを回避するべく動きを一瞬だけ遅らせるリゥ。

 だが、棗の狙いはそこではなかった。

 

「サイコキネシス」

 

 途中で、冷凍ビームが折れ曲がった。

 周囲を凍らせ、すぐに蒸発させながら氷の鏃となって進んでいく。

 固体にすりゃ融通が利くってか……。

 

 回避は不可能に近い。

 上空には無理だ。狙い撃ちさせられる。横も同様。最悪の場合、吹雪に襲われる。

 倒すならばこの瞬間、今しかない。

 

「リゥ、叩きつける――加速!」

 

「諒――解っ!」

 

 取った行動はひとつ。

 リゥが床を抉った。

 同時、刹那の加速。運動エネルギーを利用した一撃は、戦場の床を破壊し、粉塵を残して冷凍ビームを受け止める結果となった。

 

 水蒸気が煙る中、その一瞬が勝負を分けた。

 息が届く場所にまで距離を詰めたリゥ。

 

「叩きつける!」

 

「これでぇっ!」

 

 クリーンヒット。

 ルージュラはリゥの一撃を受け、その体を浮かび上がらせ、

 更に、

 

「二体目――」

 

「――撃破よ!」

 

 体を回転させ、追撃で放たれた〝叩きつける〟を受け、沈んだ。

 残るは四体。

 

「お前の倍はいるぞ?」

 

「はっ、勝つだけだ」

 

 そうか、と棗は言い、ボールを展開した。

 

「行け、ヤドラン」

 

 繰り出されたのはヤドラン。

 とぼけた顔の萌えもんだが、防御面に特化しており、並大抵の攻撃では倒せないという一面を持つ。また、面倒くさがりな性格も相まってか、特殊技を主に扱い、水や炎、エスパータイプの技を覚えたはず。

 タイプは水とエスパー。残っているメンバーだとサンダースが一番相性が良い。

 だが、

 

「ヤドランは地震を登録している、ファアル」

 

「ご丁寧にどうも」

 

 どちらにとっても相手に有利。変更するタイミングを考えれば、サンダースの方

が若干不利、か。

 変更すれば地震を放つ可能性は高い。が、リゥでは致命打を与えにくいのも確かだ。

 迷いは一瞬だった。

 

「リゥ、一度下がってくれ! サンダース、頼む!」

 

「諒解」

 

「任せろよ!」

 

 このままリゥでぶっ通しで戦うことも考えたが、それだとリゥの体力も保たないだろう。

 今回に限っていえば、棗に対しての切り札は間違いなくリゥだ。

 サンダースでは厳しい。ナッシーという強敵が立ちふさがっている以上、相性の面でも性格の面でも悪すぎる。

 

「……ふぅ」

 

「お疲れさん」

 

「ん」

 

 こくりと頷いたリゥは、視線を戦場へと向けた。

 

「サンダース、注意しろよ!」

 

「する前にぶっ飛ばせばいいだけだろ!」

 

 バチ、と。

 抑えきれなくなった紫電を体外へ放出させながら、サンダースはヤドランを睨み付けていた。

 いつでも動き出せる体勢。

 それ故に、

 

 ――カウンターで地震を放つ危険性がある。

 

 なら、

 

「サンダース、」

 

「ヤドラン」

 

 指示は同時。

 棗は己の指示を声に乗せ、

 

「10万ボルト!」

 

「火炎放射」

 

 カーテンのように広がり、ヤドランが一瞬だけ火の中に消える。

 だが、火では電気を防げない。

 サンダースの放った10万ボルトはそのままヤドランへと炸裂し、

 

「ヤドランの防御、甘く見てはいないか?」

 

 棗の声と共に、地の底から響くような音がせり上がってきた。

 この音は――

 

「波乗り、だと……」

 

「ふっ」

 

 ヤドランが放った波乗りは、巨大な壁となってサンダースへと迫る。

 回避は不可能。

 切り替えられるのはリゥのみ。

 

 そして、火炎放射・波乗り。

 地震を覚えているとするなら、残るひとつは――

 

「ヤドラン、押さえつけろ」

 

 サイコキネシス。

 強力な念によってサンダースが抑えこまれる。

 

「ぐ、ぎぎ、動けないぞ……」

 

 それでも、技は出せる。

 ヤドランも後一撃さえ決まれば倒せるはずだ。

 賭けるか。

 

「サンダース、雷!」

 

 決め手はただひとつ。

 膨大な熱量と共に、ヤドランを先に倒す。

 

「悪いが、読んでいた」

 

 棗は静かに、

 

「ヤドラン、地震だ」

 

 放ったのは地震。

 だが、戦場に放ったのではなく、波乗りとして利用していた大量の水にだ。

 水が砕け散る。

 その中から姿を現し、ヤドランはもう一歩踏み込むべく動く。

 あの踏み込みこそが地震。もう一発放てば、サンダースは敗北する。

 それよりも速くこちらが放てば――、

 

「警戒しすぎだ……サイコキネシス!」

 

「う、わ……!」

 

 サンダースを念力だけで吹っ飛ばすと、そのまま床へと叩きつける。

 

 更に追撃。

 追撃。

 追撃。

 追撃――。

 

 雷など当然放てるはずもなく、

 

「四体目、撃破だ」

 

 残る手持ちは、リゥだけとなった。

 

「……ちゃんと見てるの?」

 

「……」

 

 リゥの言葉に沈黙で返し、サンダースを戻す。

 再び展開して出してみると、想像以上に酷い状態だった。失神して意識はなく、全身を滅多打ちにされていた。

 

 これがサイコキネシス。

 ただ単純に相手を縫い付けるだけでなく、強力な念力で操作し、ダメージを与える技。

 

 わかってはいたが……油断もしていた。

 どこかで使用されないだろうと踏んでいた。

 完全に、俺の失態だった。

 

「ごめんな、サンダース」

 

 頭を撫で、再びボールに戻す。

 意識を切り替えなければいけない。

 なす術もなく敗北した仲間達。

 残るはたったひとり、リゥだけだ。

 

「ちゃんと見てるの? か」

 

 リゥの言葉を口に出し、目を瞑る。

 見なければいけないのは何か? 

 自問し、目を開ける。

 俺が見るべきなのはたったひとつ。

 心を読み、未来を予見しする超能力者、棗に勝つ未来。

 

 ただ、それだけだ。

 

「後一体だな」

 

 棗はそれだけ言うと、

 

「交代だ。パリヤード、来い」

 

 四体目の萌えもんを繰り出した。

 バリヤード。ものまねやパントマイムが上手い萌えもんで、エスパータイプの中でも曲者の萌えもんだ。

 この場面でわざわざ交代してきたということは、リゥを警戒してだろう。

 

「……思い出せ」

 

 頭に叩き込んできたことを。

 昨日、空手道場で教えられた棗の情報を元に記憶したものを。

 今までと同様に戦って勝てる相手じゃない。

 

 ――バリヤード。 

 

 覚えた記憶から掘り起こす。

 

 エスパータイプの萌えもん。

 

 覚える技――バリアー・念力・身代わり・ヨガのポーズ・往復ビンタ・光の壁・リフレクター・マジカルリーフ・アンコール・サイケ光線・リサイクル・トリック・なりきり・サイコキネシス・バトンタッチ・神秘の護り。

 

 この内、外れるのは数個――登録している可能性が高い技は10個。

 

「まだだ……」

 

 更に候補で上がるのは技マシン。これらで覚えられる技は32種類――内、2種類は被っているので省くとして、残るは30種類。

 

 合計すれば40種類。これらから使用する技として登録できるのは僅か4種類。

 棗が背負うハンデ――いくら心が読めようと、4つの技しか選べない。

 

「リゥ」

 

 思考しろ。

 思考を止めるな。

 僅かな動きでも観察し、予測し、判断しろ。

 

「……」

 

 バリヤードが僅かに動く。

 

 ――考えろ。

 

 俺なら何をするかではなく。

 何をなせば俺を倒せるかを考えろ。

 そうすれば――、

 

「火炎放射、バリヤードに放て!」

 

 バリヤードの右腕が動く。

 同時、放たれた火炎放射はバリヤードへと殺到するものの、圧縮された光の壁で届かずに終わる。

 

 まずは、ひとつ。

 残るは3つ。

 

 光の壁で火炎放射を防いだ。ならば次は何の手を打つ?

 攻撃か防御か?

 

「リゥ、距離をつめろ」

 

「諒解」

 

 答えた時にはもう走っていた。

 対するバリヤードは、その姿をいくつにも分身させていた。

 

 影分身。

 光の壁を利用し、屈折させることで更に分身している数を増やしている。リゥ1体に対し、バリヤードは8体。随分な歓迎だ。

 

 だが、この中から攻撃できるのはたったひとり。

 見分ける術は――無い。

 

 なら、おびき出すまでだ。

 

「火炎放射、なぎ払え!」

 

 前方の数体が火炎放射の熱波を浴び、霞む。

 全て幻。

 

「続いて後ろ」

 

「そうはいかんさ! サイコキネシス!」

 

 繰り出されたサイコキネシスは、しかしリゥに効果を及ぼすものではなかった。

 火炎放射が見えない壁に押し込まれるようにして、消えていく。

 迫る壁。

 

 リゥはしかし動かない。

 光の壁は物理的攻撃力を持たない、見えない壁だ。リゥに当たったところで、リフレクターのようなダメージはない。

 

 壁が防ぐのはあくまでも火炎放射や雷といった攻撃のみ。

 そしてそれは――同じくサイコキネシスにも当てはまる。

 光の壁を移動させたということは、つまりバレれば困る――バリヤードがいたという証に他ならない。

 

「リゥ、直進!」

 

 サイコキネシスは使い勝手の良い技だが難点がある。

 複数を攻撃対象として見られない点だ。

 とんでもない力だが、その分集中力も必要なため、かけられる作用はひとつの対象のみ。

 この一点――勝機は存在している。

 

「甘い! 一点からやってくる対象は良い的――」

 

「電磁波!」

 

 こちらの思考を読んだ棗が言葉を失うのと指示を飛ばしたのは同時だった。

 光の壁をくぐり抜けたリゥが放った電磁波は、バリヤードの本体へと直撃する。 

 びくん、と体をのけぞらせ、バリヤードが一瞬の隙を生じさせる。

 それが致命的だった。

 

「叩きつける!」

 

「三体目ぇ――!」

 

 リゥの叫びと共に、バリヤードの体へと技が突き刺さる。

 一撃で仕留めた相手を確認し、告げる。

 

「――撃破だ!」

 

 残るは三体。

 次の対戦相手をシミュレートしながらリゥの体力回復を待つ。

 棗が気絶したバリヤードを戻す間に近くの定位置に戻ってきていたリゥは、流石に疲れが出ていた。

 

「……ふぅ」

 

 だが、その吐き出した息にはどこか充足感が含まれていて。

 

「ファアル」

 

「ん?」

 

 僅かに見える横顔は――笑っていた。楽しそうに。

 負けられない。その意志の中にあってなお、鼓動する気持ちが溢れ出しているように。

 

「私ね、今すっごく充実してる」

 

 リゥの姿を見て確信する。

 まだまだ戦える。

 そして、リゥの充実している時間を握っているのは俺であり――、

 

「奇遇だな、俺もだ。さっきので目が覚めたからかもしれないけどな」

 

「うん、だと思ってた」

 

 同様に、俺たちの気持ちもまた同じだった。

 心を読み、未来を見る超能力者相手に勝つ。

 それが、こうも楽しい。

 だから、

 

「リゥ、俺の指示が遅かったら、好きなように動いてくれ」

 

「諒解。でもいいの?」

 

「はっ」

 

 今更だ。

 そんなもの、

 

「俺たちなら、何をしたくて何をするか、わかるだろ?」

 

「……確かに」

 

 微笑みの交差は一瞬。

 すぐに意識を切り替える。

 といっても、リゥが好きに動くのはあくまでも切り札――それも一度しか切れないジョーカーに等しい。それも、決定的な場所では使えない。

 

 ジョーカーでは勝てない。

 それは例えジョーカーを許された場所であっても、同じことだ。

 

 ――切れるか、俺に?

 

 自問し、息を吐く。

 それが、俺の戦いだ。

 




後編に続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【第二十六話】ヤマブキ――勝利の未来を掴むモノ 後編

遅くなりましたぁっ!

VSヤバブキジム、後編です。何よりもこのフーディンに一番手こずりました。


「来い、ナッシー!」

 

 再び登場したナッシー。

 棗が残すのは、ヤドラン。そしておそらく――フーディン。

 

 これまで徹底して出していないフーディンこそが、棗にとっての最後の砦に違いない。

 

 ナッシーの技は既に明らかになっている。

 日本晴れの効果もなくなっている今、ナッシーはリゥに対して常に後手に回らねばならない。

 つまり、

 

「リゥ、火炎放射!」

 

 セオリー道理、弱点で攻める。

 

「ふむ……手助けしてやろう。ナッシー、日本晴れだ」

 

「……何?」

 

 棗の指示に違和感を覚える。

 ナッシーにとって使用目的はソーラービームの補助であろうが、だとしても炎タイプの技が強化される技を出す意味がどこにある?

 何か奥にある。

 が、それが掴めないまま、リゥの強化された火炎放射はナッシーを包み、

 

「どうした? 撃破だろう?」

 

「……」

 

 その自信満々な様子に、宣言もせずにリゥを下がらせる。

 二度目の日差しは再び戦場を照らし、ヤドランが放った波乗りによって陽炎が生まれている。

 

 蒸し暑い。

 額に汗がにじむのを手の甲ではじき飛ばす。

 

「ラスト二体――来い、ヤドラン」

 

 弱点であるサンダースをあっさりと倒してくれたヤドラン。

 サイコキネシスもそうだが、火炎放射や地震などタイプに縛られない技に加え、防御面が恐ろしい。

 

 10万ボルトを食らっても耐えていることから、リゥなら後2撃は必要になるのではなかろうか。

 リゥが攻められるとすれば、火炎放射以外になる。日本晴れで強化されているとはいえ、水タイプのヤドランに効果は薄い。

 

「ヤドラン」

 

 そんな中、棗は勝利を確信した様子で、動く。

 

「火炎放射!」

 

 宣言し、放つ。

 

「リゥ、近付けるか!?」

 

「やってみる!」 

 

 火炎放射を左に跳んで回避し、地を蹴ってリゥがヤドランへと向かう。

 

「もう一発だ」

 

 ヤドランは再びリゥに向かって火炎放射を放つ。

 

「回避、次いで電磁波!」

 

「はぁっ……、諒解!」

 

 一瞬、リゥのレスポンスが遅れたものの、電磁波はヤドランへと炸裂し、一瞬その動きを止めた。

 今の内に近付けば――。

 

 だが、

 

「あ、あれ……?」

 

 リゥはふらりと足を止め、地に膝をついた。

 

「た、立てない……」

 

 がくがくと膝が笑っているようだった。

 火炎放射によって熱せられた空気がこちらまで漂ってくる。

 肌が高温の空気で焼かれる感触を経て、思い至る。

 

「……強い日差し、高温――まさか熱中症、か?」

 

 俺の言葉に、棗は応えた。

 

「本職の炎タイプには使えないがな。いくら炎に耐性があるとはいえ、身体機能を衰えさせる方法くらいならばいくらでもある」

 

「ぐっ……」

 

 呻いたのは俺とリゥ、どちらもだった。

 棗とヤドラン――双方の敵を見据え、

 

「それでは躱せまい。地震だ」

 

 ヤドランが一歩を踏み出した。

 あの足が地に着けばリゥは倒れる。よしんば倒れなかったとしても、ヤドランの次の一撃が待っている。詰みだ。

 

 思考を巡らせる。

 僅か一瞬の間にいくつもの選択肢が出ては、全てがノーだと結論づけられる。

 その悉くを、棗が打ち砕いていく様しか思い浮かばなかった。

 

 真っ暗だ。

 棗の視ている未来を覆せない。

 俺はこのまま負けるのか……?

 仲間を散らし、奮闘しながらもここで負ける……?

 

「ファアル!」

 

「――!」

 

 その中、リゥが叫んだ。

 ありったけの声で。

 俺に背を預け、真っ直ぐに前だけを見て。

 

「私を見ていて!」

 

 棗の予見する未来でもなく。

 掴むための勝利でもなく。

 共に戦っている自分を見てくれと。

 リゥは、叫んだ。

 

「あ、あ、ああああぁぁぁぁぁぁ――ー!」

 

 地に四肢をつき、ヤドランの足が踏み下ろされる寸前、持てる力を使って、跳んだ。

 会場を遅う地震。

 二度目の強大な一撃によって、戦場の床に亀裂が走り、いくつかが力の行く先を求めてせり上がった。

 

「リゥ――」

 

 まだ、諦めていない。

 頼もしい相棒は、微塵も勝利を諦めてはいない。

 俺は。

 俺は――!

 

「ヤドラン……」

 

 波乗りは使用しない。使えばリゥにとってプラスに働く危険性がある。死に体とはいえ、棗は最後まで油断しない。何より、波乗りと使われた場合の戦術はいくつもある。

 

 地震はほぼないと断定。これ以上戦場を破壊はできない。最強クラスの技が相手だと、ジムとて強度にも限界がある。

 

 火炎放射、候補にあり。追撃としては可能性中。

 サイコキネシス。候補にあり。追撃としては――可能性大。

 

「リゥ!」

 

「させん!」

 

 リゥが動いた。

 何もせずとも、瓦礫へと身を隠そうと体を翻る。

 火炎放射を防ぐために瓦礫を利用する。

 至った結論は同じ。

 

 だが、俺の心を読んだ棗はヤドランへと指示を飛ばす。

 サイコキネシス。

 リゥとヤドランの視線が交差する。

 それを阻めるのはただひとつ。

 

「なっ……!」

 

 突如として、リゥとヤドランの間に瓦礫がふさがる。

 リゥの体よりも少し小さな程度の瓦礫。

 ヤドランのサイコキネシスの一瞬前にリゥが蹴り上げていたものだった。

 サイコキネシスの弱点。

 対象を捉えていなければ効果は現れない。

 つまり、

 

「跳べ、リゥ!」

 

 瓦礫の後ろに隠れ、リゥは距離を詰める。

 この瞬間、棗の選択肢は狭まる。

 サイコキネシスで瓦礫をどかす。リゥをそのまま押し戻す。

 

 火炎放射は不可能。瓦礫に遮られて効果は無し。

 波乗りで耐性を立て直すのはありだが、リゥに回復をさせるようなもの。

 地震は不可。そもそも今のリゥに対して何のカウンターにもならない。

 

 まだ選べる選択肢は多い。

 だから、告げる。

 

「リゥ、叩きつけろ!」

 

「諒、解」

 

 答える。

 これならば、瓦礫で押し戻されようと、破壊して強行できる。僅かなタイムラグを利用し、ヤドランに肉薄すれば、こちらの勝ち。

 つまり、ひとつしかなかった。

 

「ヤドラン、波乗りだ……!」

 

 水を放出し、ヤドランが波乗りの準備に入る。

 だが、

 

「リゥ、瓦礫をヤドランに蹴り飛ばせ!」

 

「はあっ!」

 

 空中で体勢を変えたリゥが飛ばした瓦礫は、ヤドランへと直撃。蹌踉き、技の発動が一瞬遅れる。

 その中、既に準備していた技と共にリゥが己の距離へと入り、

 

 

「五体目――!」

 

 ヤドランを、

 

「撃破だあああぁぁぁぁ――――――!」

 

 沈めた。

 ぐらりと傾き、ヤドランが倒れると同時、放出された水が戦場を冷やしていく。

 

「ふぅ……」

 

 リゥは一息ついて水をすくい、体に浴びていた。

 

 ――救われた。リゥの真っ直ぐな言葉と姿勢に、また助けられた。

 

 僅かではありながらも体力を取り戻そうとするリゥは、顔を振って水滴を振り払い、

 

「さ、次でラストでしょ?」

 

 勝ち気ないつもの様子で、棗に言った。

 会場に設置されたモニターを見ると、リゥの体力はもうあまり残っていない。

 もって後一撃か二撃……対する棗は、

 

「お前の予想通りだよ、ファアル」

 

 戦闘が始まってから一度も展開させなかったボールを手に取り、

 

「最後の一体こそが私の切り札――フーディンだ!」

 

 断言し、展開させた。

 

 ――やっぱりフーディンだったか。

 

 エスパータイプを扱うなら、まず念頭に入れるべき萌えもん。力業を好まず、超能力を自在に操って相手を倒すのを主な戦法としている。加え、知能指数も高く一説には5000とも言われている。

 反面、非常に撃たれ弱く、如何に相手を近付けさせずに斃すかに専念しなければいけなくなる。

 が、

 

「それがどういうことを意味するのか、わかっているんだろう?」

 

「……ちっ」

 

 あらゆる超能力を使いこなすフーディン。そして、同じく超能力少女である棗。

 このふたりが能力を発揮出来る状況でコンビを組めば――事実上、最強にも等しい。

 

 守れば間違いなく負ける。

 かといって、近付けるだけの算段はあるのかといえば、

 

「何とかするしかねぇか」

 

 リゥの気力は衰えていない。

 なら、勝てる。

 警戒するべき技もこれまと変わらない。

 サイコキネシスは特に必須。

 だがそれよりも厄介なのは……、

 

「火炎放射!」

 

「諒解!」

 

 まずは小手調べ。

 フーディンが何を登録しているのか、現段階ではわからない。

 ここでフーディンが取れる行動は四つ。

 

 迎撃。

 防御。

 回避。

 そして、

 

「リゥ、前に飛び込め。後ろに火炎放射!」

 

「くっ……!」

 

 攻撃。

 恐れていた技はひとつ。

 急に背後に現れたフーディンが技を使う前に、リゥの火炎放射が発動する。コンマ数秒の差でフーディンは諦め、その姿を会場から消す。

 

「がっ……!?」

 

 リゥの側面から強烈な一撃が叩き込まれた。

 訳もわからず吹っ飛んだリゥだったが、辛うじて受け身を取った。

 フーディンは余裕を持って着地し、再びリゥと対峙する。

 

「っつぅ……さっきのは何?」

 

 リゥの問いに答える。

 

「テレポートだ」

 

「てれ、ぽーと?」

 

「ああ。瞬間的に転移する技だ。力の弱いエスパータイプの萌えもんが逃げたりする場合に良く使うんだが……」

 

 そして、先ほどリゥに一撃をもたらしたのはサイコキネシスだった。地震で砕けた床の破片をぶつけたわけだ。

 

「ふっ、まだまだ行くぞ」

 

 フーディンのサイコキネシスによって周囲の瓦礫が一斉に浮遊を始める。

 

「嘘、でしょ……」

 

「冗談きついぜ、くそっ!」

 

 瓦礫の数は十を超えた辺りで数えるのを止めた。

 不安定な足場の中で、フーディンは器用に瓦礫を操っている。

 

 ――いや、そうじゃない。

 

 器用にではなく、あれがフーディンにとっての当たり前なのだ。

 

『――然り』

 

 脳内に声が響く。

 同時、

 

「発射」

 

 棗の指示と同時にサイコキネシスが発動した。

 散弾の如く飛来する瓦礫。

 

「くっ……!」

 

 それを回避し、迎撃しながらリゥは何とか裁いていく。

 幸いにして瓦礫の面制圧は弱い。あくまでも前面にしか放てないようだ。

 となると、右か左かどちらかに逃げられれば……。

 

「リゥ、脱出頼む」

 

「わかってる!」

 

 リゥは右足を踏み込み、体を沈めた。

 そして仰け反るようにして飛来した瓦礫を交わし、刹那の接触を利用して反動をつけ、左側へと跳んだ。

 

『貴公の心、読んでいるのである』

 

 が、フーディンは告げ、瓦礫の向きを空中で変更させた。

 慣性を持った飛来物を急停止させ、再び射出させるとは――恐ろしいまでの能力だった。

 

「ん、のぉ!」

 

 身をよじり、リゥが飛来する瓦礫を砕く。

 叩きつける――更に砕き、フーディンへと肉薄するべく瓦礫を伝って跳躍する。

 俺の言葉を信じ、リゥは自分の判断で切り開こうとしている。

 

「無駄だ。無駄だよファアル。次にお前がする行動も、リゥと同じ結論に至っている未来も――全て、私たちには視えているのだからな」

 

 棗が告げ、

 

「テレポート」

 

「あ、」

 

 力を失った瓦礫が空中で停止する。

 前方、後方、上方、下方――周囲を瓦礫に包まれた状態でリゥはフーディンの消えた先を見て、悟る。

 

 罠。

 

 そう、俺が指示し、リゥが理解し実行した行動を、始めら棗とフーディンは知っていた。

 

 ただ、それだけだった。

 テレポートによってフーディンが現れたのはリゥより遙かに高い頭上。

 全てを捉えられる場所において、告げる。

 

「サイコキネシス」

 

 瓦礫が一斉に動き、リゥへと殺到する。

 全方位から迫る瓦礫で回避する術はない。

 

「リゥ、フーディンにはね飛ばせ!」

 

 回避する方法はひとつ。

 少しでも回避するべき場所を作る他なかった。

 

 フーディンの超能力は強力すぎる。視線が及ばない場所にさえ、ある程度の効力

を発揮する。

 おそらく、萌えもんを対象とした生物のような動的な存在よりも物体を対象とする静的な部分には影響力を及ぼしやすいのだろう。

 

 となれば、地震そのものも布石だっただと思い知る。

 辛くも掴んだ勝利は、棗にとってみれば自分にとって盤石の場所を作り出すための布石にしか過ぎなかったわけだ。

 

「ちっ、面倒なことをする」

 

 飛来した瓦礫を身をよじってかわすフーディンだったが、かすかに食らったようだった。

 一度にあれだけの物体を動かしているため、自分に向かってくる対象に関しては無力なようだ。つけいる隙があるとすればそこだが……。

 

「押し潰せ、フーディン!」

 

 瓦礫がリゥへと殺到する。

 が、リゥの先ほど生じた一瞬の隙を利用して何とか逃げ出し地面へと着地した。

 

「……はぁ」

 

 その体は全身傷だらけだ。

 逃げ出した、とはまさに表現そのままで、リゥの体は満身創痍の状態だった。

 飛来した瓦礫が空中で粉々に砕け散る中、フーディンはテレポートで戦場に舞い戻る。

 リゥによってつけられた傷は確かにある。

 僅かではあるが、勝てる見込みが増えた。

 

「フーディン、自己再生」

 

『うむ』

 

 その言葉と共に、フーディンは負った怪我を目の前で回復してみせた。

 光の粒子が現れて包まれたフーディンは、すぐに万全の状態で立っていたのだ。

 

 ――自己再生。

 

 己の傷を技で、瀕死レベルの状態は治せないものの、ある程度ならばほぼ完治に近い状態まで回復ができる。

 結局、先ほどの攻防を経た結果は、リゥを更に追い込むだけだった。

 

「さあ、第二ラウンドだ」

 

 フーディンの眼前に、黒い球体が形成されていく。

 シャドーボール。

 亨との戦闘で苦しめられた技だ。

 

「射出」

 

 シャドーボールがリゥへと放たれる。

 その数――ひとつ。

 ゴーストタイプの技であるため、サイコキネシスのような大技にはならない、か……?

 

 サイコキネシス、テレポート、自己再生、シャドーボール。

 棗の登録した技を知ることができたのはいいものの、出し抜ける隙が見出せなかった

 

 特に曲者はテレポートだ。

 あの技がある以上、常に周囲を警戒し続けなければいけない。技を出している最中以外を動き回られればこちらに打つ手は無いに等しい。

 

「くっ……」

 

 リゥは辛うじて回避するも、先ほどのダメージは抜けていない。当たり前だ、瀕死寸前なのだから。

 棄権しても誰も文句を言わないような状態で――リゥは立っている。

 

「棄権しても構わんぞ?」

 

 と棗。

 確かにそうだ。

 今のリゥの姿を見て、万全の状態であるフーディンに勝てるなんて誰も思わない。

 

 ――だけど、

 

「断る」

 

 俺と――そして立っているリゥだけは、思っていない。

 誰ひとりとして思っていなくても、戦っている俺たちだけは勝つと信じているのだから。

 故に、告げる。

 

「勝のは俺たちだ」

 

 勝てる見込みの無い戦いを勝たせずして何がトレーナーか。

 相棒の意志を支えてやらずに何がトレーナーか。

 最後まで勝機を諦めない姿こそがトレーナーであり、リゥが望む俺の姿だろうから。

 

『――然り。が、未来を変えるだけの力、』

 

 フーディンの姿が消える。

 

『あらず』

 

 リゥの背後に突如として現れたフーディンは、手に持ったスプーンの切っ先をリゥの背中へと押し当てる。

 

「倒れ込め!」

 

『読み通りである』

 

 リゥの体が見えない力で叩き伏せられる。

 

「こ、の……!」

 

 力をこめるも、その戒めからは逃げ出せない。

 フーディンはリゥをサイコキネシスで持ち上げ、

 

『力無きものに未来は変えられぬ。変えるとは笑止』

 

 そして、瓦礫に向かってリゥを〝射出〟した。

 

「リゥ!」

 

 敗北がすぐ側に迫る中、

 

『必要なのは未来をねじ伏せるだけの力。それを持たぬものに――不可である』

 

 知ったこっちゃねぇ!

 

「火炎放射!」

 

「くっ!」

 

 リゥが火炎放射を放つ。熱波に襲われ、フーディンの拘束力が解けたのを逃さずリゥは着地し、息を整え始める

 

『むっ』

 

 やはり、か。

 サイコキネシスにやられた際、気になっていた点だった。

 遠くに行けばいくほど、そして動体であればあるほどこちらが少しは動けるような気がしたのだ。壁に打ち付けられる際、僅かだが動いているのが見て取れた。

 

 サイコキネシスには効果範囲がある。おそらくこの戦場もフーディンの効果が及ぶ範囲で作られているのだろうが、端から端まで最大の力が及ぶわけではないようだ。

 最大の力が及ぶのは、おそらく数メートル以内。その効果を補うための手法がおそらく――テレポート。

 

 あれを防ぐ手段はほとんどない。テレポートの弱点は距離だが、戦場程度の広さなら問題なく発動できる。

 何かを盾にすればテレポートは防げる。背中に壁があれば、少なくとも背後にテレポートはできない。が、そうすれば物体を通り抜けられるシャドーボールやサイコキネシスの餌食になるだけだ。

 

 だが、自由にテレポートができる場所に出れば――。

 

「はぁっ……ん、く」

 

 瓦礫の中心地に放り出されたリゥは、やはり限界が近いのかその場で倒れかけたのを何とか耐えた。

 だが、

 

「限界だ……」

 

 その状態はほとんど倒れているのも同じ。

 両膝と両手を地面へとつけ、再起不能にも思えた。

 たけど、モニターの判定にはまだ続投可能となっている。まだ、戦える。

 静まりかえる会場の中、棗が言う。

 

「棄権という選択肢もある。考えろ」

 

「断る」

 

「このままでは……死ぬぞ?」

 

 棗の言葉にリゥをもう一度見る。

 荒い息をつきながら、それでも立とうとしているその姿を。

 

 愚かだと思う人がいるだろう。

 情けないと感じる人だっているだろう。

 それでも、まだ諦めてはいない。

 傷ついても、倒れそうになっても――まだ、必死に突っ張って戦っている。

 愚直な選択であろうとも、誰かから恨まれることになろうとも。

 

 なら、俺が選ぶ選択肢なんて決まっていた。

 

「リゥ――高速移動!」

 

「愚かな」

 

 目の前にいるフーディンが消える。

 リゥが答えるようにして瓦礫に着いた四肢に力をこめるのが見て取れた。

 フーディンが放つのは、おそらくサイコキネシス。

 遠距離からシャドーボールを放つよりも確実に倒せるし、何より手加減ができる。

 この状態でフーディンがテレポートの先に選ぶ場所といえば――、

 

「真上に跳べぇ!」

 

「諒……解ッ!!」

 

 覇気と共にリゥの姿が消える。

 バキ、と。

 何かが折れる音と共に四肢にこめた力を使って、上空へと高速で昇っていく。

 

「馬鹿な――お前はそれを選ばないはずだ!」

 

 何より、

 

「高速移動で跳躍だと――馬鹿げている! 一体どれだけの負担を体に強いると思

っているんだ!」

 

 リゥの体のどこかは、さっきの跳躍で骨が折れている。

 無茶苦茶な戦法。

 無理な動き。

 だが、そうしなければ勝てない。

 

 実力も経験も――何もかもが下である俺たちが棗とフーディンに勝つには、これしか方法がない。

 俺の無茶に答えてくれるからこそ。

 無茶を信頼を持って言えるからこそ。

 自分が弱いということを知っているからこそ。

 自分が強いわけがないと理解しているからこそ。

 

「――教えてやるよ、エスパー使い(ジムリーダー)

 

 テレポートで現れたフーディンはすぐ近くだった。

 フーディンの顔が驚愕に歪む。

 

 真上――リゥを如何様にも倒せる格好の場所。そしてこの場所以外で、リゥを無事に倒せる場所は存在しない。

 

『だが』

 

「な、めんなあ!」

 

 リゥが電磁波を放つ。

 電流によって、びくん、とフーディンの体が硬直する。

 

 テレポートもできない至近距離。

 リゥは目標めがけて体を回転させ、自由に動く右手を振りかぶり、

 

「無茶だろうが何だろうがなあ――負けたくねぇんだよ、俺たちは!」

 

 ――叩きつける。

 

 回避不能の一撃がフーディンへと叩き込まれる。

 なす術なく落下するフーディンは轟音と共に瓦礫へと激突した。

 

「――フーディン!」

 

「リゥ――」

 

 それを追って自身もまた落下していたリゥが、落下地点へと向かって落ちていく。

 身構えるリゥ、モニターはまだフーディンの戦闘不能を示していない。

 トドメの一撃を繰り出そうとしたリゥに、

 

「リゥ!

 ……そこまでだ」

 

 そう言って、やめさせる。

 フーディンは立っていた。

 だが、

 

『感謝。これ以上は致命傷故、我が負けである』

 

 そう、言った。

 

『その強さ、見事。負けを認める他ないのである』

 

 念を通じて告げられた言葉に、リゥは目をぱちくりとさせていた。

 この瞬間、勝負は決まった。

 

「――六体目、撃破、だな」

 

 苦笑を共に放った言葉と共に、ヤマブキジムでの戦いは終わりを向かえた。

 

 

 

     ◆◆◆◆

 

 

 

 ジムリーダー戦を終え、表彰を後にして治療に向かったリゥ達だったが、幸い無事だったようだ。

 ただひとつ気になることといえば、

 

「……大丈夫なのか?」

 

「ん。さすがに折れた骨まですぐくっつかないしね」

 

 苦笑と共に、リゥは左腕をハンギングキャスト法で固定していた。

 

「全治1週間だろ? 別にしばらく入院でもいいんだぜ?」

 

「駄目」

 

 俺の時はそうでもなかったくせに、自分の時は意固地になって否定していた。

 何でも、

 

「バッジはちゃんと受け取らなきゃ。あれを受け取ってからなら別にもう一回入院でもいいし」

 

「さよで」

 

 棗からバッジはまだ貰っていなかった。

 治療を優先し、棗の好意もあって俺も一緒に萌えもんセンターへと向かったからなのだが。

 

「それに、人よりも治りは早いからね」

 

 だいじょーぶよ、とリゥは言った。

 まぁ、本人が言うのなら少しくらいは大丈夫なのだろう。

 転んだりしないよう、歩く速度を落としながらジムへと向かうと、入り口で、

 

「時間ぴったりだな」

 

 と、棗が立っていた。

 どうやらまた未来とやらを視たようだ。

 

「便利なもんだなぁ」

 

「――そうでもないさ」

 

 棗は少し表情を暗くしたが、すぐに元に戻すと、

 

「さ、お待ちかねのバッジだ。私に勝利した証――受け取るといい」

 

 金に輝くバッジを差し出してくれた。

 

 ――ゴールドバッジ。

 

 通算6個目のバッジだ。

 

「ああ。確かに受け取った」

 

 それを握りしめ、

 

「んじゃ、これをつけるのはリゥだな」

 

「うん。

 ――ってどこ触ろうとしてんのよ!」

 

「あぶるぁち!?」

 

 片腕じゃつけられないだろうから服につけてやろうとしたら問答無用で殴られた。理不尽を感じずにはいられない。

 

「まったく……自分でつけるから貸して」

 

「へいへい」

 

 素直に差し出すと、リゥは自分でつけようとするもすぐに固まった。

 

 やっぱり無理なんじゃねーか。

 

「う、うるさいわね!」

 

「まだ何も言ってねーよ!」

 

 ぎゃあぎゃあと騒ぎ始めた俺たちだったが、

 

「く、くく……」

 

 棗の笑い声を耳にしてお互い、一端距離を置いた。

 

「いや、すまない。面白いものを見せて貰った。ファアル」

 

「ああ」

 

「お前の父――サイガは強い。今回の戦いで少しでも学んでくれたのなら、次に生かすといい。彼はどんな相手でも――ねじ伏せてくるぞ」

 

 それが親父の戦い方。

 強力な力で相手をねじ伏せ斃す。あまりにも原始的で、それ故の突き抜けた強さ。

 

「――わかってる。今回は勉強になったよ」

 

「私もだ。機会があればまた」

 

 戦おう、という言葉はなかった。

 差し出された手を握り替えし、頷き合ってから俺たちは別れた。

 もう俺には、次の目的地があるのだから。

 棗と再び向かい合う時はきっと――また戦う時だろうから。

 

 

 

     ◆◆◆◆

 

 

 

 

 その帰り道、俺たちの前に降り立った萌えもんがいた。

 

「ストライク」

 

 彼女の名を呼んで立ち止まる。

 相対する中、ストライクはリゥの姿を一瞥し、俺を正面に捉えた。

 

「――確信しました」

 

 暗い声だった。

 だが、それ以上にこちらの耳に届いた。

 明確な意志を持ったその声にはきっと、ストライクの想いがこめられていただろうから。

 

 すっ、と。

 ストライクは自身の腕――鋭い鎌を後ろに引いて、言った。

 

「今までの戦い、そして今回の戦いを経て――決心しました。

 あちしは貴方を――認められません」

 

 仮面のような表情と共に、ストライクは俺に向かって地を蹴った。

 隠しきれない殺意と共に――。

 

 

 

                               <続く>




ということで、ヤマブキジム――ナツメ戦です。

前回の投稿から半年も空いてしまいました。活動報告にちょろちょろといろんなことを書いていましたが、こんなに遅れてしまう形になってしまって申し訳ありませんでした。


次回からはもう少し投稿ペースを上げられたらな、と思いますので2ヶ月に1話くらいで投稿していく予定です。念に6話ですね。たぶん、そのペースだと来年では完結しなさそうです。

あまり長々と書いても仕方ないので、この辺で。次は2月を目標に頑張りたいと思いますので、引き続きお付き合いいただけましたら幸いです。
ではでは、年末でもありますので、良いお年を。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【第二十七話】セキチク――目指す場所、行き先の不安

今回から新章ってことで。


 あなたを許せない――と。

 ストライクは確かにそう言った。

 

 棗との戦いは熾烈で、それ故に仲間たちに無茶をさせ、結果、軽いではすまない怪我をさせてしまった。隣にいる険しい表情をしているリゥもまた、同じだ。そうでなければ、骨折なんてしたりしない。

 

「あなたが見せてくれると言った現実が、今の状況なら、わちしは……」

 

 同時にストライクの失望はもっともだし、俺に反論するだけの弁解はなかった。

 何しろ、誰よりも後悔していたのは俺だったし、自らの不甲斐なさに失望していたのも事実だったからだ。

 自分に対する失望と後悔を真っ正面から叩きつけられ、僅かの逡巡があった。

 

 だから、だろうか。

 ストライクが足を滑らせるように移動したのに咄嗟に反応できなかったのは。

 

 殺す気だ、と。

 直感で確信する。

 

 が、間に合わない。

 反応が遅れた体と、思っていたよりも素早いストライクの速さに思考がついていかなかった。

 

「ファアル――!」

 

 どこか遠くでリゥの声が聞こえる。

 しかしそれで眼前の鎌が止まるわけもなく、リゥが体を滑り込ませるより速く俺へと迫り、

 

「――、くっ!」

 

 突如として現れたナニかにはね飛ばされ、ストライクは吹っ飛んだ。

 

「あ……」

 

 時間にして数秒。その間にどこからか現れストライクをはね飛ばした奴は、紫電を放ちながらこう言った。

 

「何ぼーっとしてるんだ、ファアル」

 

 サンダースだった。

 呆れるようなからかっているような軽い口調ながらも、その視線はストライクに向けられていた。

 サンダースの体には包帯が巻いてあったはずだが、自然放電の影響か既に炭になって切れ端だけがついていた。

 

「悪い、助かった。お前……怪我は大丈夫なのか?」

 

「ん。走ったら治った」

 

「嘘つけ治るかよ」

 

「なぜ……」

 

 むくり、とストライクが立ち上がった。

 

「なぜ、あなたが彼に味方をするのです? あんな酷い扱いを受けていて……!」

 

「……酷い?」

 

 何が?

 と純粋にサンダースは疑問に感じたようだった。

 

 その様子に、ストライクはしばし言葉を失ってしまう。当たり前だ、俺だって詰め寄った相手がそんな反応をしたら言葉を失う自信がある。

 サンダースに理解させるにはしっかりと伝えなければならない――ストライクはそう判断したらしく、

 

「だってあなたは、ジムリーダー相手に」

 

「負けた。ぼこぼこにされた。悔しいけど、仕方ない」

 

「――は?」

 

「うん、わっちは負けた。悔しい。悔しくなってきた。なぁ、ファアル。もう一回

走ってくるぞ、いいよな?」

 

 ばち、と放電した。その状態で街中を走り回るのは危険すぎる。

 

「お前、ちょっと落ち着こうな?」

 

 ストライクは絶句していた。

 

「つかサンダース、お前、どうして悔しいだけなんだ? あの場面じゃ、どう考え

ても俺が悪いだろ?」

 

 ストライクの言葉を代弁するかのように問いかける。

 

 事実、不安だった。

 なす術もなく敗れ去ったサンダース。捨て石であるかのように見えたのは当然だし、そんなのは実際に戦っている萌えもんたちに対する冒涜だ。彼女たちは道具じゃない。

 

 だからこそ、俺は自分自身が許せなかったし、あの一手だけは必要不必要に関わらず、今後は使用するべきじゃないのも理解していた。

 

 そしてそれ故に、サンダースに対する負い目があった。

 かつてはなくて、今ではあるもの。サンダースを道具として使ってしまった自分自身への後悔が確かにある。

 

「あ、確かにあれはお前が悪いな、ファアル」

 

「ん、だな……あの時は、」

 

「でも、わっちも悪くないわけじゃない。うん、悪いな、きっと」

 

 悪かった、と。

 言おうとした俺に先んじて、サンダースは言った。

 

「わっちが弱かったから負けたんだ。あいつより強かったら勝てた、うん。だから悔しいんだ、納得した。わっち、賢いかもしれない」

 

「……」

 

 その飛躍しすぎてズレた理論に絶句する。

 そして、自身満々な顔を見て確信する。サンダースにとって、それが真実であるのだと。

 

「意味が、わかりません……」

 

 その言葉に衝撃を受けたのはストライクも同じようだった。

 

「……そうか? わっちには完璧理論なんだが?」

 

「当たり前です! 傷ついて負けて……それが自分とトレーナーの責任だなんて。それなら、それなら……」

 

 その先の言葉は、ストライク自身にも止められなかったに違いない。

 

「どうしてあちしは捨てられたんですか!」

 

 叫び、ストライクは踵を返し、飛んだ。

 俺を殺すことよりも、サンダースから逃げるように。

 ストライクの背に向かって、サンダースはぽつりと言った。

 

「お前が弱いからだろ?」

 

「……サンダース」

 

「な、何だよ?」

 

 サンダースを慌てて押さえるも、遅かった。

 ストライクはこちらを一度も見ずに飛び立っていく。

 

「許さない、か」

 

 飛び去る前にストライクが言った言葉。

 

 ――あなたたちを許さない。

 

 果たして。

 ストライクが飛んで行った方向はセキチクシティであり、俺たちがこれから向かう場所でもあった。

 

 

  □□□□

 

 

 サンダースと町中で合流した俺たちは、その足で萌えもんセンターでシェルたちと合流してからセキチクシティへと再び向かうことにした。

 

「この間から行ったり来たりな気がする」

 

「だな」

 

 ジム戦で移動を重ね、何度も通った見知った道になってしまった。

 とはいっても、そうやって行ったり来たりするのもまた旅の醍醐味だろう。

 戦いを挑んでくるトレーナーも、そういった日常のひとつ。

 彼らと戦った後、ストライクのことを訊ねながらセキチクシティへと南下していく。

 

 ……まぁ、ストライクに関する情報は得られなかったわけだけども。

 

「で、私たちの次の目的地はどこなの?」

 

 そんな中、リゥが訊ねてきた。

 そう、寄り道をしてリーグに間に合わないとなっては意味がない。気にかけつつも俺たちは本来の目的地である萌えもんリーグ会場を目指さなければならない。

 リゥが懸念しているのもそこだろう。

 俺は眼前に広がる大海原を指さし、

 

「あそこに、小さく島が見えるだろ?」

 

「……んんー」

 

 水平線の彼方に、本当に小さいサイズで島影が見える。

 今いる場所が高いからいいものの、もう少し下ればもう見えなくなるであろう小ささだった。それは即ち、遠さをも意味するわけだが……。

 

「あのふたつ並んでる?」

 

「ああ。双子島って言うんだ」

 

「ふうん。あれが目的地?」

 

「いや、中継地点だな」

 

 言って、俺は地図を広げた。

 地図の南の方にはセキチクシティ。そして大きく離れてふたご島とグレン島が描かれている。

 俺はその中でグレン島を指し、

 

「このグレン島が次の目的地だ。ただ、一番近い場所がマサラタウン――まぁ、俺たちが出会った町だから、今から引き返すのは流石に遠いだろ?」

 

「……そうね」

 

 それで、とルートを指でなぞる。

 

「セキチクシティから双子島を通って、グレン島に向かう。ちょうどカントー地方を一周するルートだな」

 

「確かに。でも、この海って大丈夫なの? 荒れてたりとか危険なのがいたりとか」

 

「まぁ、万事ってわけじゃないが、大丈夫だと思うぞ。この近辺の海は海水浴客も多いし、沖に出ても泳いでる姿を良く見かける」

 

「なら、いいけど」

 

 リゥは片腕を骨折している。今の状態では泳ぐのは難しいだろう。いざとなればリゥを担いで俺が泳ぐくらいは覚悟しているが、それは最悪の場合。何より、ふたご島までは遠い。泳げば半日以上はかかるだろう。

 

「ちゃんと骨折のことは考えてるから安心しろって」

 

「……別に、そうじゃないけど」

 

 小さく言った言葉を俺が深く考えるより先に、

 

「手があるなら任せるわ。もうちょっとで着くわけだし」

 

「おう、その辺りは任せておいてくれ」

 

 どん、と胸を叩く。

 こんなこともあろうかと、ジムリーダー戦の後に密かに手を打っていたのだ。

 俺はどうか来てくれてますように、と心の中で願いながら、一路セキチクシティの萌えもんセンターへと向かった。

 

 

     □□□□

 

 

 数日ぶりに訪れた萌えもんセンターには、なぜか人が多かった。

 それも賑わっているというより、混雑していると言った方がいいような状態だったのだ。

 

「……何だ?」

 

 慌てた様子で受付に駆け込んでいる女性もいれば、心配そうに萌えもんの名前を呼んでいる男の子まで様々だ。

 

「ファアル」

 

「ああ、わかってる」

 

 何かあった、か。

 表情を険しくしているリゥを伴って萌えもんセンターの中を歩く。

 

 待合室にいる人たちの話が耳に入ってくる。どうやら、海で海水浴客の萌えもんが襲われたようだった。

 一瞬、ストライクかとも思うが、いくらなんでも無差別にやるとは……思いたくなかった。

 

「あなたも気をつけた方がいいわよ? その萌えもんちゃん、怪我してるんだし」

 

 と、待合室にいたおばちゃんに言われた。頭を下げ、待合室から一歩遠ざかる。

 

「酷いね」

 

「……そうだな。何がなんだか」

 

 そう言いながら、脳裏をよぎったのは、ついこの間起こった事件だった。

 

 ――ロケット団。

 

 だが、あの組織は壊滅したと発表されている。首領である榊さんは捕まっていないものの、あれだけ大規模な事件を起こしておいて、こんなすぐに次の事件を起こすとは考えにくい。

 

 しかし、これだけの騒ぎだ。よっぽどの実力がない限り、たったひとりでこの騒ぎを引き起こすのは不可能に近いはず。

 

「うーん」

 

 なんて頭を悩ませていると、リゥが嘆息し、

 

「ストライクのことはいいの?」

 

「いや、もちろん大事なんだけど、こっちも気になるじゃないか」

 

「……まったく」

 

 それは呆れているようでもあり、どこか安心しているかのようでもあった。

 

「――ま、だから選んだんだしね」

 

「ん?」

 

「別に。もう少しここにいるの?」

 

「待ち合わせもしてるから、そいつ次第だな」

 

 言って、萌えもんセンター内に視線を巡らせる。少し時間は潰れたものの、目的の相手は見当たらない。

 

 遅刻か?

 時計を見ても約束の時間を過ぎている。

 外で待つか、と一度萌えもんセンターの外に出る。

 その時にもまたひとり、萌えもんを抱えて子供が飛び込んできた。その顔はくしゃくしゃに歪んで――泣いていた。

 

「……」

 

 何とも言えない憤りを感じてしまう。

 しかし、萌えもんセンターにしても素人の俺ができることなんて何もない。

 行く先のない怒りをただただ持て余すしかなく――ままならないものだ。

 

「ふむ。やはり貴殿も知らないか」

 

「わいも聞かされてはいたんですけど……実際見てみてこりゃえらいこっちゃな、と。ただ、断定するのは難しいですわ。こんな真似、できる奴なんてそうおらんの

ですけど」

 

「サファリゾーンから逃げ出した可能性は低いようだ。園長にも調べさせたが、現在逃げた萌えもんの中にあの傷を広範囲かつ複数の対象に負わせることができるのはいないと」

 

「嘘の可能性もありません?」

 

「それについては、信用できる。変態だが、経営に関しては真摯だ」

 

「紳士なだけに、ですね。ぶぁはっはっ!」

 

「寒いわバカたれ」

 

「あいたぁ!」

 

 萌えもんセンター近くで話していたふたりに近づき、ひとりの頭をはたいた。

 もうひとり――亨は俺に気がついていたらしく、視線で挨拶を交わす。

 

「で、だ。マサキ。お前中に入ってこいよ。ずっと探してたんだぞ?」

 

「実は中に入っていくの見ててん。でも楽しそうやったから放置してた。しばらく待たせといてもいいやろ思て」

 

 うぜぇ。

 

「……さっきの話、萌えもん関係か? 何かあったみたいだが」

 

「うむ。辻斬り事件が今朝から急にな。我々も調査を始めたのだが」

 

「ふうん……」

 

「気になるんやろ?」

 

「まあな」

 

 萌えもんセンターでの光景を見れば、誰だって気になるし、理不尽な行為に怒りを覚えるだろう。

 

「よう、リゥちゃん久しぶりやな! 相変わらずファアルに振り回されてるみたいやなぁ」

 

「別に。もう慣れたわ」

 

「へぇ……何や嬉しそうやん。嫌よ嫌よも好きの内ってか? きゃは♪ みたい

な」

 

「……殺す」

 

 俺は亨へと視線を向け、

 

「どこで起こったんだ?」

 

「朝はそこの海岸近くから――その後は海へと向かっている」

 

 すっと目を海へと向ける。

 となれば、

 

「双子島か?」

 

「わからぬ。が、被害者は確実に沖へ沖へと移動しているのは事実だ」

 

 となると、双子島に向かいながら邪魔な萌えもんを襲っているということか? そんな手間をかけてまで襲う理由はなんだ? それとも双子島に向かっているのは結果で、目的は萌えもんを襲うことなのか? 

 可能性はいくつもあるが、そのどれもがしっくりこなかった。

 

 何故? と。

 当たり前だが、犯行の理由が全く浮かばないのだ。それこそ、快楽的な犯行以外では。

 

「犯人を見た奴はいないのか?」

 

「――いる。ストライクだそうだ」

 

「……そうか」

 

 思いたくはなかったが。

 あのストライクなのだろうか?

 元々珍しい萌えもんでもあるし、そう何体も生息してはいまい。

 それに一瞬とはいえ俺に向けられた殺気は――彼女であると確証たらせるには充分すぎた。

 

「何か心当たりがあるのか? 以前ストライクをつれていたようだが」

 

「心当たりが外れるのを祈ってるだけだよ」

 

 言って、肩を竦める。

 

「あんたは、これから原因を究明するのか?」

 

「それも仕事であるからな」

 

 亨は頷き、言外に双子島へと向かう意志を示した。

 

「マサキ! 準備って大丈夫なのか……って、何だよその顔」

 

「……やめて、これ以上わいを傷物にせんといて……」

 

 ボコボコにされていた。

 まぁ、マサキだしいいか。

 

「船、出してれるんだよな?」

 

「ねぇ、心配してくれへんの?」 

 

「お前なら大丈夫だよ。何しろ天才だからな」

 

「せやな、わい、天才やもんな!」

 

 ちょろいぞこいつ。

 

「船は停泊所に停めといた。行くんやろ?」

 

 何が、とは行ってこなかった。

 

「もちろん、頼むぜ。

 ……ぷっ、いやそれより先に、こっち見ないでくれ。頼む」

 

 ボコボコにされた顔で決めポーズされてもギャグにしかなりえない。

 吹き出した俺にマサキは、

 

「いろいろ台無しやんけ!」

 

 大声で喚いた。

 

 

 ――こうして。

 萌えもん襲撃事件とストライクを追って、俺たちは双子島へと向かうのだった。

 無事にグレン島に着ければいいのだが……そうもいかないようだ。

 

 

                               <続く>




何とか間に合いました。
前書きにも書きましたが、今回から双子島をメインに進めて行きます。今のところ3話か4話構成を予定していますが、どうなることやら。




ではでは、また次の話で。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【第二十八話】ふたご島――凍える島の中で

遅くなりましたぁ!

ふたご島編の真ん中というか、そんな感じです。


 セキチクシティの南部――砂浜が広がる海岸線を少し歩くと、船の停留所があった。

 豪華客船が停泊もするクチバシティと比べれば小さいものだったが、海に面しているとだけあって船は多く、観光にも使うとあってしっかりとした作りになっていた。

 

 その中の一台がマサキの持つクルーザーのようだった。外泊のできない外洋に出るためだけの小型の船だが、それでもやはり――羨ましい。男の浪漫のひとつである。

 

「これがわいの船や! べっぴんやろ?」

 

 何故だろう。そう言われると傷をつけたくなるんだよな。

 

「どこから盗んできたんだ?」

 

「買ったの! まぁ、金は多少あるしな。調査目的も兼ねて――設備投資の一環や」

 

「前にも双子島まで行ったことあるんだろ?」

 

「せや。ただなぁ……一回一回萌えもんに頼んで送ってもろたり、知り合いに毎日毎日連れてってもらう訳にもいかんやろ? 自分で萌えもん捕まえてってのも考えたんやけど、荷物も考えるとこっちの方が効率的やし」

 

「まぁ、そりゃな」

 

 研究や調査なんて数日で結果の出るもんじゃない。数ヶ月や数年かけてようやく実るものがほとんどだろう。

 

「それにわい、天才やし! お金なんていくらでも稼げ」

 

「誰か-、破壊光線使える人いませんかー?」

 

「待って! 冗談やから待って!」

 

 そんなこんなで準備を終えて海へと繰り出せば、穏やかな海が俺たちを迎えてくれた。

 晴天で波も高くない――クルージング日和としては最適かもしれない。

 

 マサキは運転中で亨は船の先端部分に忍者よろしく立ちながら周囲を警戒している。風にたなびくマフラーと合わせて格好いいのだが、如何せんふと現実に戻ると少し悲しい光景にも思えた。

 

「ファアル」

 

 運転しているとは言っても暇なのか、マサキが話し掛けてくる。

 

「マサラタウンって海に面しとるやろ? 船持ってる人もいるんちゃうんか?」

 

「そりゃあな。それで生活してる人もいるし……つっても小さいところだからな。お前の船みたいな高級品、見た事ねーよ。漁船くらいだな」

 

 もっとも、博士なら持ってそうではあるが。

 

「どうする? わいも調査があるけど、何やったらマサラタウンまで送ったろか?」

 

「それはありがたいけど、お前遠回りだろ?」

 

「ちと好奇心でな。博士の研究所に寄ってみたいねん」

 

 なるほど、そういう訳か。

 本人が行きたいのなら断る理由も特にない。

 

「わかった。じゃあ奴隷のようによろしく」

 

「くそ、言うんやなかった!」

 

 あまり運転の邪魔をするのも良くないだろう。

 船の後ろではリゥたちがのびのびとしていたが、

 

「う、ぷぇええ……」

 

「……あー、大丈夫か?」

 

 若干一名――カラがぶっ倒れていた。

 正確には船酔いで口を抑えながら船の外に顔を出していた。

 

「わは、またゲロゲロですわ!」

 

 それを見て何が楽しいのか喜んでいるのは、海を泳いでいるシェルである。クチバシティ以来久しぶりの海とあって、はしゃいでいる。一体ゲロの何がシェルの感性に火をつけたのだろうか?

 

「大丈夫ですか?」

 

「う、うん……」

 

 カラの背中をコンがさすっているものの、カラの方は芳しくないようだった。

 心なしかコンも顔が青い。世の中には貰いゲロという実に嬉しくない減少があるのを思い出す。

 

「やっぱりボールの中に入っておく方がいいんじゃないか? サンダースもそうしたんだし」

 

「……そう、しようかな。はは」

 

 と力無く笑った顔は青ざめていた。

 双子島に到着したら消化の良いものと水分補給だな……。

 

「コン、ありがとう。ボク、休むよ」

 

「ご無理をなさらずに」

 

 コンは小さく手を振った。

 そして俺がカラをボールに戻すと、

 

「ご主人様。ストライクさんのこと、どうされるつもりなんですか?」

 

「そうだなぁ」

 

 彼女をこのまま見捨てておいたりは出来ない、と思う。

 巻き込み、悩ませ、思い詰めさせてしまった原因は間違いなく俺だからだ。

 ただ、捨てられた――そう言ったストライクに向けられるだけの言葉を俺は持っていなかった。

 一度持ち主から捨てられたストライクの心に届くような何かを――。

 

「わかんねぇ」

 

「――何となくですけど、そんな気はしてました」

 

 はぁ、とコンはため息をついた。

 その隣でリゥも同じようにため息をついていた。

 

「わかる?」

 

「……はい」

 

 そうしてふたりだけでアイコンタクト。苦笑し合っていた。

 何なんだ一体。

 

「ファアル」

 

「ん?」

 

「私も見た感じだけど――たぶん、あいつは袋小路に入ってるんだと思う」

 

 沈黙でリゥの続きを促した。

 

「あいつ、捨てられたって言ってた。それに今でも拘ってるってことは、つまり」

「自分の主が大好きだったってことか」

 

 そう、とリゥは頷いた。

 

「だから、迷ってるんだろうし、振り切れないんじゃないかな?

 だってそうでしょ? どうでもいいやつだったら、捨てられてもずるずるとなんて引き摺らない」

 

 なるほど。

 確かにそうかもしれない。

 

「それだけストライクさんとその主には絆があったんだと思います。だから、もしストライクさんが捨てられた、あるいはその主が捨てたのだとすれば、何か理由があったのではないかなと」

 

 そう言って、コンは俺の手を取って両手で包み込んだ。

 炎のように、少しだけ温かい掌から伝わる熱で、身体に当たる風の冷たさが少しだけ和らいだ気もする。

 

「わたしたちには心があります。そして、信頼というのはどちから一方からでは築けません。主と萌えもん、その両方がお互いを信じて初めて信頼になるとわたしは思います」

 

 そう言って、コンはふわりと笑った。

 ああ、確かにそうだ。

 

「わたしが……いいえ、リゥさんやシェルさん、カラさんやサンダースさんがご主人様を信頼しているのは、ご主人様がわたしたちを信じてくれたからですし、今でも信じてくれているからです」

 

 だから、とコンは言った。

 

「ストライクさんを追い詰めるのも、救えるのも、そこなのかもしれません」

 

「……」

 

 大好きな主に捨てられたのだとすれば――ストライクの人間不信も理解できる。

 そして同時に、リゥに対して抱いていた偶像のような想いは――もしかしたら、その部分に繋がる要因のひとつなのかもしれない。

 

 弟子にしてくれという言葉。

 仲間を傷つけながら行われる萌えもんバトル。

 ストライクがその中のどこかでもがいているのだとすれば――。

 まだ、手は差し伸べられるかもしれない。

 

「わかった。ありがとうな」

 

「いえ」

 

 コンは笑顔を浮かべた。

 思えばニビシティで出会ってからずっと世話になり通している。

 いつか――いつか夢が叶えられたその時は、コンにも何か恩返しをしたいと思う。

 

 いいや、コンだけじゃない。リゥやシェル、カラにサンダースだって。

 だからそれまではずっと旅をしていきたいし、それ以降だって――。

 

「――そう、か」

 

 ストライクには、その道がなくなってしまったのだ。

 他でも無い、信じていた人間によって破壊されてしまったのだ。

 自らの思い描いていた幸せな未来が、永久に消えてしまったのだ。

 

 ――あなたを許せません、と。

 

 その時の言葉はきっと、俺に対して向けられたものでもあり、かつての主向けられていたものでもあり、

 

 自分自身にも向けられていた。

 

 もしあの場所で俺を殺していたら。

 ストライクはかつての己の主と同じになってしまっていた。

 踏みとどまったのは、それに気がついたからかもしれない。

 

 だとすれば。

 そして萌えもん襲撃の犯人がストライクでないのならば。

 まだ、手は伸ばせる。

 

「決まりって顔してるわよ?」

 

「へへ、まぁな」

 

 頷き合った俺たちの先にある双子島は、もうかなりの大きさになっていた。

 

 

 

 

     ◆◆◆◆

 

 

 双子島に設置されている小さな――それこそ一隻しか停泊できないような船着き場に船を停めた時だった。

 

「ファアル、いいか?」

 

「亨。どうしたんだ?」

 

「ああ」

 

 頷いたキョウは視線で俺を誘った。

 

「悪い、先に降りててくれ」

 

「ん」

 

 リゥたちに先を任せ、キョウに誘われて船の後部へと行く。

 

「お主には伝えておこうかと思ってな」

 

 そう前置きし、

 

「ヤマブキでの一件以来、ロケット団を見たという話は、今でも何件か報告されている。全国各地で、だ」

 

「だけどシルフカンパニーで一網打尽に出来たんじゃないのか? そりゃあ、下っ端とかで参加できなかった奴らはいるだろうけど」

 

 俺の言葉に、キョウは首を横に振った。

 

「その逆かもしれん、というのが我々の見解だ」

 

「逆?」

 

 それは、つまり――

 

「ロケット団は地下組織だ。それ故に今までボスを含めて大規模な逮捕者は少なかった。奴らは一般人に紛れ込み、タマムシシティの地下に巨大な施設を作り上げ、人知れず運営し続けていたほど狡猾だ」

 

「――だからこそ、解せない、か」

 

 うむ、とキョウは頷いた。

 

「シルフカンパニーの件はあまりにも大きかった。これまで地下組織だったのにも関わらず、組織の根幹を揺るがすほどの大事件を起こしたのは何故か。明確な犯行声明もないまま、立てこもり続けたのは何故か」

 

「……シルフカンパニーの技術が欲しかったから?」

 

 口にし、否定する。

 

「いや、それなら職員からデータを横流しさせればそれで済む。シルフカンパニーという一大企業を占拠する必要なんてどこにもない」

 

「そうだ。そして今回捕まった連中を見ていると、ひとつの共通点が浮かんでくる」

 

「と、いうと?」

 

「全員が何かしらの問題を起こしている、という点だ」

 

「……? それの何が――いや、まさかあんた」

 

 思い至る。

 もしかすれば、だが。

 ロケット団が地下組織である以上、最も問題とすべきものがあるとすれば、

 

「見せしめとしてやったってのか? 自分の犯した事件を世間にバラしているような雑魚共を一斉処分するために?」

 

 キョウは頷いた。

 

 ……確かに、そう考えれば不自然な点は無くなる。

 

 部下を置いて逃げるのは悪の組織ならば当たり前だというくらいにしか考えていなかったが――そもそも捨てるつもりしかなかった下っ端しかいないと考えれば。

 いや、むしろそう考える方が自然だ。

 

「シルフカンパニーの抱えるデータと金銭、商品を手に入れ、不要な部下を消す。結果的にこれだけの成果を上げられてしまったと考えられないか?」

 

「じゃあ、もしかして今回の事件にも奴らが絡んでいるってか?」

 

「可能性の問題ではあるがな。お主の追っているストライクが怪しいことに変わりはないが……たったひとりで事を成せるとは考えにくい。それに……いや、何でもない」

 

「ふむ」

 

 去り際のストライクの態度からして、ロケット団に協力しているとは考えられなかった。

 捕まえられた可能性ももちろんある。萌えもんの強さを見るために腕試しをしている可能性は――存在する。

 

「拙者は複数の犯行だと考えているが、皆がストライクと口を揃えているのも妙だ。少し注意しておいた方がいいだろう」

 

「……そうだな」

 

 事件被害者はいきなり切りつけられたとしか証言していないらしい。そして、ストライクか? と訊ねると頷く。襲撃者の姿を捉えられなかったか、偽っているかどちらかになる。

 

 留意すべき点はふたつ。

 襲われた萌えもんの傷が切り傷だったこと。

 人間は全く襲われていないこと。

 

 このふたつを念頭に置いて考えなければいけない。

 そうでなければ、ストライクがとこまでも疑わしくなってしまう。

 個人的に――ストライクを信じたい。

 

「特にこの島には、マサキ殿曰く伝説の萌えもんがいるらしいからな。ロケット団が入り込んでいたとしても不思議はない」

 

「だな」

 

 双子島に降り立ち、荷物を確認しているマサキを見る。その姿は研究員そのものだ。

 

「ふたりでフォローしつつ、だな」

 

「うむ。我らならば大丈夫だろう」

 

 だといいけどな。

 その言葉を飲み込んで肩を竦めるだけに止める。

 何故か、嫌な予感が胸中を過ぎったからだった。

 予感の正体もわからないまま、マサキ達を追って俺とキョウは船を下りた。

 

「しっかし、想像してたより小さいんだな……」

 

 少しのがっかりも込めて。

 俺がそう呟くと、マサキはからからと笑った。

 

「せやろ? つっても双子島の魅力は外からじゃわからんけどな」

 

「というと?」

 

 マサキはくい、と親指でぽっかりと空いた洞窟を指し、

 

「双子島の魅力は島の内部や」

 

 言われ、入り口に視線を向ける。

 

「複雑な洞窟になっとってな」

 

 と言ってマサキは手書きの地図を広げた。

 

「これは中を調査した人からもろたんやけど……」

 

 書き込まれた地図はまだ調査している段階のようで、あちこちに殴り書きされた箇所が見られた。

 ここは危険、だとかシンプルなものから難しいものまで――。

 

「……これ、未完成じゃないか?」

 

 だが、双子島の地図は途中で途切れていた。

 探索途中で諦めたかのように、ぴったりと真っ白になっていたのだ。

 

「この先に行けんかったらしい。聞いたこともない鳴き声と一緒に吹雪が襲ってきたらしくてな。ほうほうの体で逃げ出したんやと。んで、わいに相談しに来てくれたんやわ」

 

 萌えもんのことは萌えもんの専門家に、か。

 

「ほんまはオオキド博士に相談しよ思てたらしいんやけど、博士も歳やし、無理は

させられんやろっちゅーことでな」

 

「なるほど、同感だ」

 

「それで、おそらくフリーザーちゃうかなて思てん」

 

 言って、ちなみにとマサキは双子島で上陸していない方を指し、

 

「あそこにも入り口があんねん。内部で繋がっとるとは思うんやけど。今回はその調査も混みで、やな」

 

 マサキは荷物をいくつも持っていた。本格的に調査をする、というのは本当なのだろう。

 普段はふざけていても、やはり真面目だ。

 俺も見習わなければならない。しっかり気を引き締めていかないと……。

 

「マサキ」

 

「ん?」

 

「荷物持つの面倒くさいから俺のも持ってくれね?」

 

「自分で持てや!」

 

 

 

     ◆◆◆◆

 

 

 びゅおおおお……、と洞窟から聞こえてくる音は、まるで島が泣いているようだった。

 洞窟内部から外へと吹き付けてくる吹雪は、島の外が快晴なのを感じさせないほど強く、凄まじい。洞窟付近には雪が積もっており、日差しによって溶けているのとせめぎ合っているような状態だ。

 

「……寒い」

 

「当たり前やん」

 

 マサキはがっつりと防寒具を着込んでいた。悔しい。

 

「お前、これだけ寒いなら準備するものくらい教えてくれよ……」

 

「てへぺろ☆」

 

 うぜぇ。

 

「防寒具を着てるの、お前だけじゃねーか。亨も何か――」

 

「うむ?」

 

「平然としてやがる……」

 

「忍者だからな」

 

「マジかよ……忍者すげぇ」

 

 スカーフは心なしか色合いを失っているように見えるが、亨は平然としたものだった。やはり心身ともに鍛えた忍者は――そうでもないわ、足が微妙に震えてるわ。やせ我慢してらっしゃる。

 

「ボロ布同然のコートだもんなぁ」

 

 旅に出る時に持ち出したコートも、冒険している間にすり切れてボロボロになってしまっている。新品ならそうでもなかったのだろうけど、今じゃあまり役に立っていなかった。野宿の場合、コートにくるまって寝る時もあるから当然だろうけど。

 

 更に、カントー地方は基本的に暖かい場所のため、雪への対策事態、全くしていなかったのもある。

 隣を見ると、リゥも寒いようだった。

 ドラゴンタイプの弱点は氷だ。吹雪いている中はやっぱり苦手らしい。

 ボールに入るか? とも思ったが、たぶん入らないだろうなと予想する。

 

「リゥ」

 

「ん、ん?」

 

 僅かに反応が遅れたのは寒さ故。

 縮こまっている姿は放置しておくには少し後味が悪い。

 

「ほれ、多少は暖かいから」

 

 だから、よれよれのコートを脱いで渡した。

 多少程度の効果しかないけど、無いよりマシなのは身を持って体験している。

 

「えっ、でも」

 

「気にすんなって」

 

 受け取らないような気もしたから、有無を言わさず後ろに回り込んでコートを羽織らせる。

 男物だから大きいのもあって、リゥの身体はすっぽりと包まれるように覆われる。

 これなら大丈夫だろ、たぶん。

 

「……あ、ありがと」

 

「おー」

 

 よっぽど寒かったのか、リゥはコートの前を自由な方の手で閉じ、くるまるようにして顔を俯かせてほっとしたような顔をしていた。

 役に立ったのらこの寒さにも頑張れるというものだ。

 自分はまぁ、カラ元気で何とかなる。

 

 ただこの寒さ、萌えもんが生きていく環境としては少し厳しいだろう。寒い中過ごしているような萌えもんならともかく、急にこんな環境に放り込まれた萌えもんに成す術はない。

 

 寒さは体力と気力を奪う。そうした果てに待ち受けるのは――緩やかな死だ。

 マサキはこの島を調査すると言っていたが、その実、一番恐れているのは生態系が壊れることなのかもしれない。

 

 フリーザーを見つけ、叶うならば捕獲ないし双子島からどこかに行ってもらう――狙いはその辺りだろう。

 

「マサキ、どうするんだ? ルートの見当くらいはつけてあるんだろ?」

 

「んー、それが」

 

 と前置きしてマサキは続けた。

 

「吹雪の影響で雪が積もっとるんやわ。双子島は独特の地形をしとってな、長い年月の浸食であちこちに穴があったりするんやけど……」

 

 視線を向けた先には一面の雪と氷。

 

「その穴が雪で塞がってしもとる。大体はこの地図通りで間違いないと思うんやけど」

 

「落ちたら危険だな」

 

「せや。おまけに島の地下には水脈もあるみたいで、雪の影響で水量が増してる可能性もある。人が氷点下の水に落ちたらどうなるか、わかるやろ?」

 

「あんまり考えたくない結果になりそうだな」

 

「できるだけ安全なルートで行かあかん。慎重に進まなあかんけど、お前がその軽装やし」

 

「……ふむ、なら、わたしの余りを貸して差し上げましょう」

 

「悪い、助かる」

 

 って、

 

「誰だあんた」

 

 いつの間にやら。会話に自然と割り込んできたのは、毛皮の防寒具に大きなリュックを背負った、少しやせ形で切れ長の瞳を持つ男だった。まだ若い――俺より少し年上な程度だろう。

 吹雪の音が酷くて聞こえなかったようだ。実際、俺とマサキも顔を突き合わせて話していたようなものだったし。

 

「失礼。わたしは、前日からこの島を調査しておりました――パオロと申します。探索の中、あなた方を偶然見かけまして」

 

 なるほど。

 亨は気がついていたようだったが、どうやらもうひとりパオロと共に行動していた人間がいたようで、そちらに話し掛けられていた。

 

 怪しい――とは思うが、双子島が異常なのも事実であり、調査のために人が派遣されるのもおかしくないだろう。

 

「っと、一応身分証明でも。これを」

 

 さして気にした風でもなく、パオロは防寒具の中からカードを取り出して俺たちに見せてくれた。

 萌えもん研究所所属――となっている。

 

 研究所があるのはグレン島だ。なるほど、あそこなら研究員を派遣してきそうだ。地理的に見ても近い。

 

「そうですか。あ、名乗るが遅れてすんません。わいはマサキです。ちょっと気になることがありまして、調査に来たんですわ」

 

「おお、あなたがあの有名な」

 

「ほら、有名やって」

 

「はいはい」

 

 ニコニコ顔のマサキは放っておいて、とりあえず名乗る。

 

「俺は――」

 

「存じ上げております。ファアルさん、ですよね? ジムを連戦で駆け上がり、あ

のシルフカンパニー事件を解決に導いた影の立役者であり――現チャンピオンの息子。ええ、もちろん知っておりますとも」

 

 パオロはそう言って顔を綻ばせ、俺の手を握ってきた。

 

「いや、ファンでしてね。ずっと会いたいと思っていたのです」

 

「……そりゃ、どうも」

 

 何故だろうか。

 どうにも拭えない、気持ち悪さにも似た違和感がパオロという男から感じられた。

 そんな俺を困惑していると判断したのだろう。

 パオロはさっと手を離すと、連れのひとりを呼んだ。

 

「ごめんなさい。亨さんにお話をうかがっていたの」

 

 そう言ってこちらに来たのは、パオロと同年代ほどの見える女だった。フードの中から見える暗めの赤い髪が銀世界の中で一際目立っていた。

 

「わたくしはアタネ――彼と行動を共にしているわ」

 

「彼女はわたしの後輩でして。何かと手伝ってもらっては、迷惑ばかりかけて

いるんですよ」

 

 和やかに話すパオロとアタネ。

 求められた握手に応じ、

 

「ああ、それと先ほどの……どうぞ。ひとり欠員が出たので、余っていましてね」

 

 リュックから出されたコートを受け取った。がっしりとした作りで、防寒に重きを置いたものだとすぐにわかる。

 

「ありがとう。これはいつ返せばいい?」

 

「いつでも。わたしの私物ではなく研究所からの配給なので、グレン島に立ち寄った時でも構いませんよ。ジムに挑まれれるのでしょう?」

 

「わかった」

 

 防寒具には確かに研究所の印が書かれてあった。

 ストライク、伝説の萌えもんフリーザー、犯人不明の傷害事件――そして、目撃されたロケット団。

 

 意識が過敏になっているのは否定できない。

 大人しく防寒具を着ると、別世界が広がっていた。温かい――温かいぞ!

 そんな俺を見て、パオロは「ご満足いただけてようで」と笑みを浮かべていた。

 

「パオロさん。調査の際に使った地図みたいなのあります?」

 

「ええ」

 

 マサキの言葉に、パオロは防水対策の地図を取り出した。

 

「探索の方はあまり進んでおりませんが、グレン島から入れる場所の上層部は大方。と言いましても、雪の影響であまり進んではおりませんが」

 

「それは仕方ないでしょう。わいの地図とちょっと合わせてみましょ」

 

「はい」

 

 ふたりの研究者はこれからに向けて意見を交換し始めた。

 手持ちぶさたになった俺は、近くにいたアタネに話し掛ける。

 

「なぁ、ちょっと訊きたいんだけど、いいか?」

 

「構わないけど」

 

「野生のストライクを見かけなかったか?」

 

「またどうして?」

 

「……知り合いなんだ」

 

 そう、とアタネは言い、考え込むように顎に手を当てた。

 やがて、

 

「見た、かもしれない。ただ、それが本当にストライクがどうだったかは確証がないわ」

 

「それでもいい。教えてくれ」

 

 アタネは島の奥へと向かって指を向けると、

 

「ここよりもっと奥――2層に降りられる場所で見かけたわ。ストライクかどうかはわからないけど、尖った腕は、たぶんストライクなんじゃないかと思うわ。島の奥に向かっているようだった」

 

 ただ、とアタネは続けた。

 

「そのストライクが通った後に、赤い染みがいくつも落ちていたのよね。自分の血か、誰かの血かはわからないけど」

 

 そう言って、ちらりと俺に視線を向けた。

 

「……わかった、ありがとう」

 

 血を落としていたということはつまり、ストライクが犯人の可能性が高まったということだ。

 相手の返り血を浴びたか、相手を負傷させる際に怪我をしたのか。

 

 もうひとつのパターンも考えられる。

 襲われている萌えもんを助けようとして自分が怪我をしたか。

 もしくは――全く関係のない場所で怪我をしたか。

 

 理由はともあれ、向かう先は決まった。地下だ。

 そしておそらく、フリーザーがいるのも、地下だ。

 嫌な予感が鎌首をもたげる。

 

「おーい、みんなちょっと来てーなー」

 

 その予感を消し去るような元気な声でマサキが俺たちを呼んだ。

 これで話は終わりだと言うようにアタネに肩をすくめ、亨・リゥを含めた人数がマサキの元へと集まった。

 

「ええか、ルートの説明するで?」

 

 そうしてルートを開拓していく。目指す場所は双子島の地下だ。

 だが、一日ごとの戻っていては調査は進まない。そこで、野宿ができそうな場所を探しつつ奥へと向かうことになった。

 

「双子島はそんなに広くあらへん。縦に階層があるっていっても、数週間かかるようなものやない。今回は吹雪の元凶を知る必要もあるし、とりあえず一旦は吹雪の先を目指す」

 

 マサキは地図の上を指でなぞっていく。

 

「まず間違いなく、この吹雪は誰かによって引き越されてるもんや。島の内部から吹雪が発生するやなんて普通やとありえへん。調査するにしても、まず元凶を取り除かんと何もでけへんしな」

 

 それに、命にだって関わる。

 それはここにいる全員が理解している現実でもあった。

 

「行動は原則的に全員でひとかたまりになって行動する。個別行動は禁止や。はぐれでもしたら厄介やしな」

 

「おう」

 

 全員が頷いた。

 そうしてお互いを確認し、俺たちは出発した。

 

 洞窟の内部は入り組んでいるわけではないようだった。しかし本来ならば通れるような場所も雪や氷によって塞がれており、かつ足場の悪い場所もあるので確認しつつ進んでいると思っていたよりも時間がかかり、体力も奪われていった。

 

 その中でひとり元気そうに声を上げていたのが、パオロだった。

 ほとんど途切れることなく喋り続けているので体力が心配になるが、同時に誰も喋らないより気が紛れ、結果的にみんな彼の言葉に耳を傾け時折相づちを返しているような状況だった。

 

「マサキさん、伝説の萌えもんについてどう思われます?」

 

「……難しい質問やな」

 

 立ち止まりながら、マサキは地図と周囲を照らし合わせている。

 

「伝説って言われてる萌えもんは全国各地におる。カントー地方やとフリーザー、ファイヤー、サンダー。ジョウト地方ならホウオウにルギア、スイクンやライコウ、エンテイもおったな」

 

「そんなに伝説がいるのか?」

 

 驚いた。

 

「ん。言い伝えられてる萌えもんやったり、実際に目撃例があるだけのやつやったりといろいろあるからな。伝説ちゅーても結構いろんなパターンがあるんやわ」

 

 ただ、とマサキは続け、

 

「それを考えると、極端に個体数の少ない萌えもんかて伝説になり得る。伝説って名称は畏怖や尊敬以外でもわいらを遠ざけるわけや」

 

「ええ。ですから、わたしたちの手で〝保護〟し調査しなければいけません」

 

 パオロの言葉に、マサキは首を横に振った。

 

「わいはそうは思わん。萌えもんは自然の中で生きるのが一番えぇ。わいらが原因で数を減らしたのならともかく、自然の中で数が少のうなったりしてるなら、それに手を加えるのは人の傲りっちゅーもんや」

 

「しかしその代わり、人に捕獲され使役されている弱者に近い萌えもんは、数が増えます。そうしてバランスを崩しているとも考えられませんか? 捨てた萌えもんが環境を破壊するなど、近年では良く見られるではないですか」

 

「……せやな」

 

 マサキは頷き、

 

「性善説を唱えるつもりはないけどな。それでも、そんなことする人間は極一部やと思うで。萌えもん達にかて、意思はある。ちゃんと考えて生きとる。わいはそこまで割り切って考えられへん」

 

 そうですか、とパオロは言った。

 残念そうでもなく、違う意見を聞いた感想でもなく。

 酷く、興味がなさそうな声で――嗤うように言ったのだ。

 

「残念です」

 

 そして、すぐ近くで立ち止まっていた俺を当たり前のように押した。

 

「……えっ?」

 

 その動作が当たり前すぎて、全く反応できなかった。

 いつもより重たい荷物に引っ張られるようにしてよろよろと後ずさった先は雪が積もっていた。

 

 氷じゃなくて助かった。

 安堵した瞬間、それがあっけなく崩れ落ちる。

 

 ――穴だ。

 

 頭のどこかでそう理解した瞬間、足場が崩れ落ちた。それまで辛うじて保っていた重さのバランスが崩れたのだ。

 

「ファアル!」

 

 リゥが飛びだそうとする。が、その先をアタネが立ちふさがるようにして防いだ。

 

「どけ!」

 

 そう叫んだリゥの言葉が耳に届く。

 

「行け! こちらには我らがいる!」

 

 その声で、リゥが飛び込んでくる。

 落下する氷を蹴って勢いをつけて――必死になって追いすがってきたリゥは俺に抱きついた。

 

「馬鹿。何で来たんだよ」

 

「放っておけるわけないでしょ」

 

 一瞬にして景色が遠ざかる。だが、意識だけは伸びていく。一瞬が一秒に。一秒が一分に。

 

 落下していく。

 落ちて落ちて落ちて――幸か不幸か穴は何層にも渡って続いていた。崩落か何かが原因だろうか。

 

 どうすれば助かるのか。

 仲間たちを出してもすぐにはぐれるだけだ。

 こうなれば運に祈りつつ、何とか着地するしかない。

 少しでも雪の積もっている場所を――。

 

 濃くなっていく吹雪の中、ようやく見えてきた地面。

 真っ直ぐに落ちていく俺が見たのは、ストライクと全く見たことがない白銀の萌えもん。

 そして、地面から垂直にそそり立つ氷柱と。

 

「ぐっ……!」

 

 リゥを押し出す。リゥの身体能力なら何とかなるはずだ。

 

「ファアル!」

 

 押し出されたリゥは、その先に何があったのか見えたのだろう。

 泣きそうな顔で俺を呼ぶ。

 その表情を見た瞬間、リュックが何か異物にぶつかって中身がはじけ飛んだ。

 同時、何か鋭いものが身体に突き刺さる感触と共に、視界を真っ赤に染め上げるほどの痛みと熱さが俺を襲った。

 

 

    ◆◆◆◆

 

 

「……何のつもりや」

 

 マサキの声が震えている。

 怒りによるものか、恐れによるものか。

 パオロは言う。

 

「何、我々としてもこのまま黙っているわけにいかないのですよ。体面、というのがございまして」

 

 慇懃無礼に。

 それまでと全く変わらない様子で語り始める。

 

「少なくとも。あの事件は、粛正でなければならないのです。結果的ではいけないのです。我々が我々の手で、クズを始末した。そうせねば、お遊びで暴れ回っている全国の地下組織が笑いを上げるでしょう」

 

「貴様は、やはり――」

 

 亨の視線が強くなる。

 それを受け、パオロは一層、笑みを深く刻む。

 

「不滅なのですよ。人が人である限り――悪は必ず存在し続ける! 人の社会に紛れ込み、悪を働く我々の面子が、クズとたかが数名のトレーナーによって汚されたなどあってはならないのですよ」

 

 叫び、パオロはモンスターボールを取り出し、言った。

 

「さて……前口上はさておき、始めましょうか!」

 

 同時、いくつもの白い服を着た人間達が物陰や雪の中から現われる。

 いつもの黒い服を脱ぎ捨て、カムフラージュのために着たのだろうか。しかしながらしっかりとトレードマークの〝R〟が刻まれていた。

 

「内部の粛正は終了しました。次は、貴方たちです。ジムリーダー、亨。そして――マサキさん」

 

「……何が目的や」

 

 マサキの問いに、

 

「むろん――」

 

 パオロは答える。

 

「あなたの頭脳と――フリーザーを」

 

 そうして。

 極寒の地で、戦いの火ぶたが切って落とされた。

 

 

    ◆◆◆◆

 

 

「うっ……ぁ……」

 

「ファアル!」

 

 しばらく意識を失っていたようだ。

 急速に冷えていく身体。何かがこぼれ落ちていくのがわかる。

 ぽたぽたと温かな滴が顔に当たっている。

 

「――ファアル殿」

 

 それほど経っていないのに、何だか久しぶりに聞いた気がする。

 ぼやけていく視界の中、ストライクが俺をのぞき込んでる。

 今、どんな顔をしているのだろうか?

 

 わからない。

 わからないが――。

 

「……はは、追いついた」

 

「――っ」

 

 その言葉と共に、俺の身体から力が失われた。

 近くから聞こえる高い――辛うじて聞こえる声を耳にしながら。

 

 

 

    ◆◆◆◆

 

 

 久しく感じていなかった潮の香りに、男は目を細めた。

 四十後半だろうか――衰えを感じさせない体躯は生気に満ちあふれ、実年齢よりも些か若く男を見せていた。

 

「主よ、どうする?」

 

「……ん、この辺りでいいだろう」

 

 そんな彼がいる場所は空だった。

 相棒である萌えもんの問いかけで眼下を見下ろし、人影を見つけて降りていく。

 ぐん――、と落下に近い速度で落ちるも、男に動揺はなく、そこには信頼だけがあった。

 

「う、うわぁ!」

 

 驚いたのは、眼下の海岸で話していた青年たちだった。急に振ってきた――事実そういう風に現われた――男に対して腰を抜かしかけていた。

 

「な、何だよあんた!」

 

 腰を抜かしながら、自分のボールを必死に抱えている姿は些か滑稽ではあったが……。

 

「はっはっはっ、いやぁ、すまんすまん。うちのは少し荒々しくてな」

 

「煩いぞ、主」

 

 豪快に笑い飛ばした男を、青年はぽかんと眺めていたが、

 

「ほら、起き上がれるか?」

 

「あ、ああ」

 

 差しのばされた手に捕まって起き上がった。

 男は周囲を見渡しながら、

 

「随分と騒がしいみたいだが、何かったのか?」

 

「……萌えもん相手の通り魔だと」

 

「ほう」

 

「今朝くらいから連続で起こって、犯人は双子島に逃げたんじゃないかって噂だ。島は今様子がおかしいし、研究者とうちんとこのジムリーダーと……最近良く見るようになったファアルとかいうトレーナーと一緒に向かったらしい」

 

「――そうか」

 

 男は、ひとり頷いた。

 そして、

 

「そっちの仏さんは?」

 

「ああ……」

 

 青年は目を伏せ、

 

「ついさっき海岸に、な。警察に連絡したんだけど、それまで俺たちが見張ってるんだ」

 

 死体を見るのは辛いのだろう。青年の声は幾分か沈んでいた。

 もはや誰かもわからぬほどの状態から、結構な時間が経過しているのは見て取れた。もはや生前が誰だったのか、わからないかもしれない。

 

「この仏さんも、あんたらみたいな良い奴に護ってもらえて喜んでるさ。なぁに、きっと帰れる。少しでも軽くしてやんな」

 

 ぽん、と青年の肩を叩いて男は笑った。

 少しは気が楽になったのか、青年たちもまた小さくだが笑みを返してきた。

 

「さて……お迎えも来たみてぇだ」

 

 男は相棒に向かって頷き、

 

「カイリュー」

 

 その背に捕まった。

 

「俺もそろそろ行く。元気でな」

 

 羽ばたきひとつで持ち上がっていく。

 上空まで来れば、双子島はすぐに見えた。さして時間はかかるまい。

 

「――いいのか、主?」

 

「お前こそ、いいのか? 妹をぶん殴っただろう?」

 

「必要なことだ」

 

「じゃ、俺も必要なことだ。なぁに、親が息子に会うのに理由なんぞいらんだろ」

 

「……ふっ」

 

「おい、何笑ってんだ」

 

「似たもの同士だな、と思った」

 

「むっ」

 

 それきり押し黙る。

 だが、その通りなのかもしれない。

 懸念材料はあるが……。

 

「榊よぉ、この借りは高くつくぜ」

 

 獣のような笑みを浮かべ、男――サイガとその相棒カイリューは、双子島へと向かった。

 

 

                                                                  <続く>

 




出したくなったので出してみました。いやー、金銀は面白いですね。
関西弁って普段自分が使っている分、すらすらと出てくるんですけど、それを文字として現すと難しくなるっていうのに気がつきました。会話での発音や流れで意味を通じ合わせるのが関西弁なので、文字媒体にすると全く違って見えるんですよね。びっくりです。


前回の更新予定から日が空いちゃって申し訳ないです。今度こそ早く――まぁ、私が早く続き書きたいってのもあるんですが――投稿しようかなと思ってます。何事もなければ。予定は8月末かなー。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【第二十九話】ふたご島――凍える洞窟の中で

ちょっと早めに書けたんで投稿しちゃいます。



 最悪と言って間違いないだろう――マサキは胸中で状況を分析し、呟いた。

 戦闘に長けているのはジムリーダーである亨たったひとり。自分は戦力になるようなものではあるまい。反対に、ロケット団は二十人は軽くいるだろう。

 

 それぞれが防寒着を着込み、いつもの黒から白に変わっているのは――これまでのロケット団とは違う薄気味悪さをも感じさせてくれた。

 

 ――ファアル。

 

 胸中で呟き、ファアルとリゥが落ちていった穴に視線を一瞬だけ向けた。

 

 ――あそこには確かに穴があった。近づきすぎたわいの不注意や。せやけど、

 

 目の前で薄い笑みを浮かべているパオロ。

 研究者と言われても違和感のない立ち居振る舞いだが――、

 

「さて、始めましょうか」

 

 その態度は、研究者からは遠いもののように感じられた。

 

「あんたは……」

 

 マサキは唯一持ってきていたボールを握りしめ、言った。

 

「魂を売ったんか?」

 

 その問いに、パオロは僅かに時間を要した。

 時間にすれば短いものであっただろう。

 ふむ、と小さく呟き、

 

「魂――などという観念的なものが実在するかどうかはさておき、マサキさん。貴方はおかしなことを言うのですね」

 

 心底不思議だとでも言うように、さも当たり前の口調で、

 

「我々は〝研究者〟なのでしょう?」

 

「………………そうかい」

 

 決定的だった。

 この男は――大切に持っておかなければならないものまで売っている。

 

 敵だ。

 研究者などと名乗られるのも――なおかつパオロと自分が同じ土俵で萌えもんを研究しているというのが我慢ならなかった。

 

「私としては、貴方の知識をこのまま亡くすのは惜しい。どうです? ご一緒され

ますか?」

 

「はっ」

 

 心底呆れたら笑いがこみ上げるらしい。

 マサキは吐き捨てるように、言った。

 

「死んでもお断りや」

 

「結構」

 

 予想していたのだろう。パオロは間髪入れず言い、

 

「やれ」

 

 部下に号令を飛ばした。

 無言で即座に展開されるボール――現われる萌えもんたち。

 

 ドガース、アーボ、ニャース、ベトベトン、ペルシアン、ガーディ、アーボック、マタドガス――ルールなどありはしない。全ての手持ちを展開すれば、人の数よりも多いのは至極単純な帰結だ。単純計算で10体1よりなお酷い物量差だった。

 

 勝機など考えるよりもまずは逃げるべきだ。

 同時に、ファアルが気がかりだった。

 

 ――あいつを見捨てるわけにはいかん。

 

 果たして。

 迷いは時間を奪う。

 この瞬間、マサキの見せた隙は僅かではあったが決定的なものでもあった。

 応戦する亨だが、流石に手持ちすべてに気を配りマサキにまで注意を向けるには、あまりにも乱戦に過ぎた。

 

「くっ……イシツブテ!」

 

 慌ててマサキは、たった一体、持ってきていたボールから萌えもん――イシツブテを出す。

 邪魔な岩を砕いたりするために連れてきてた探索のお供だった。

 

 が、当然ながら戦闘には慣れていない。かつ、育ててもいない。いつもなら手持ちにもう少し加えているが、今回は亨やファアルがいたことに安心し油断していた。

 

 戦闘用に育てていないイシツブテは当然のように、ロケット団の萌えもん――アーボックによって雪上に抑えつけられる。

 

 一瞬だった。

 

 展開して僅か数秒。外に出る瞬間を狙っての行動だった。

 

「卑怯、とは言いませんよね?」

 

「…………」

 

 ルールも何もない戦闘で、相手の出鼻を挫くのは当然の行為だ。

 そこに規則はないし、反則にもならない。

 例えば――、そう例えばだが、今の亨のようにトレーナー本体を狙う戦法も合法なのだ。

 

「さて、ゴーリキー」

 

 パオロの指示に従って現われたのは、ゴーリキーだった。ショートカットの勝ち気な表情は、今は嗜虐的な笑みによって醜く歪んでいる。

 

「何を」

 

 マサキの声を受け、パオロが笑みを濃くした。

 アーボックを払いのけ、ゴーリキーがイシツブテの頭を片手で掴み上げた。

 進化していないとはいえ、岩タイプの萌えもんを軽く持ち上げる腕力もそうだが、

 

「……あ、く……ぁ……」

 

 みしみし、と。

 本来軋むような音が鳴ってはいけない場所が、悲鳴を上げ始めた。

 

「お、おいお前何しとんねん!」

 

 声を荒げたマサキをアーボックが雪上に叩き伏せる。

 

「や、あぁ……!」

 

 痛みが涙がこみ上げる。

 きっとパオロを睨み付けながら、必死にもがくがビクともしなかった。

 

「何、ですか」

 

 そんなマサキの問いにパオロは答える。

 

「実験をしようかと」

 

「実験、やとぉ……?」

 

「えぇ」

 

 パオロは頷く。

 

「ゴーリキーの握力は数字としては知っていますが、その実、どこまでの力を持っているのか試したことがないのです。ありふれた素材では誰もが試したでしょう。それでは何も変わりません。研究とは、新しく試しながら前に向かって歩むことなのですから」

 

「わいの質問に――」

 

「ええ。ですので、そろそろ生きた素材を使ってみようかと思いまして」

 

「――――――――――――――は?」

 

 絶句したマサキに、ですから……とパオロは続け、

 

「イシツブテとはまたちょうどいい。実験を始めるにはまずまずの堅さです。ゴーリキーの力が萌えもんに対してどこまで及ぶのか――具体的には死を与えられる限界値はどこにあるのか。ええ、実に楽しみだ」

 

「お前ぇ!」

 

 激高する。

 おかしい。

 この男は――完璧におかしい。

 頭がイカれている。

 

「やめんかクソッタレ!」

 

「お断りします」

 

 常人ならば誰もが考えもしないであろう蛮行を、さも当然のように実行する。

 嗜虐的とさえ見える笑みを貼り付けながら。

 

「想像してみてください。子供の頃、分別がつかない頃に誰もが生命を道具のように扱い、残虐な手法で弄び、殺すでしょう? あれと同じことです。ただ、違うのは我々はしっかりとした意思と目的を持ち、研究しているのです。未来のために。人類のために」

 

「ほざけ、同じなわけあるか! いいからイシツブテを放さんかい!」

 

「……ご、ごしゅじ」

 

 ミシ、と音が鳴り、イシツブテの頭が割れ始める。ゴーリキーは満足げな表情を浮かべている。

 

 外道が……!

 

 声を張り上げることしか出来ない己の無力さに感情が渦を巻く。

 

「イシツブテ!」

 

 それでも。

 自分を懇願してくれているイシツブテを見捨てることなどできない。

 抗うために四肢に力を入れる。

 が、それも雪の中に沈んでいくだけだった。

 

「ふむ……やはりイシツブテでは大した結果は求められませんね」

 

 淡々と告げるパオロが憎かった。

 

「おどれぇ……!」

 

 マサキの声など気にせず、パオロは言った。

 

「では、ゴーリキー。潰せ」

 

 

 ――その時だった。

 双子島の天井が、崩れたのは。

 

 島全体を揺るがすほどの揺れが島を揺らす。

 天井からの粉塵があっという間に戦場を支配する。瓦礫から逃げ惑うロケット団とその萌えもんたち。

 その隙をついて亨がアーボックをはね飛ばし、マサキを救う。

 

「イシツブテを!」

 

 亨の言葉に頷いたマサキ。

 が、その前にふたつの影が降り立った。

 

「はっ、随分とつまんねぇ見世物だなぁ」

 

「うむ」

 

 ゴーリキーがイシツブテと同じように持ち上げられ、

 

「雑魚が」

 

 その巨体が、一撃で沈んだ。

 何が起こったのか。

 全員が唖然とする中、意識を失っているイシツブテを抱え上げた男は言った。

 

「さて……俺の息子はどこだ?」

 

 身の丈二メートルはある偉丈夫を前に、パオロは驚きに目を見開いて、言葉を漏らした。

 

「――チャンピオン」

 

 最強の男(サイガ)はカイリュウを従え、悠然と戦場に立った。

 

 

     ◆◆◆◆

 

 

「っ、つぅ……」

 

 痛みに引っ張り上げられるように意識を取り戻す。

 何かがこぼれ落ちていくような感覚は無いものの、その代わりに全身が鉛のように重くなっていた。

 ぼんやりとしている視界の中には、

 

「……みんな」

 

 仲間達が不安そうに覗き込んでいた。

 かすれるような声しか出なかったが、それでも俺がちゃんと自分達を認識しているのがわかったのだろう。リゥが言葉を発することもできずに抱きついてきた。

 それを合図にして、シェルやコンまで抱きついてきて、サンダースやカラは一歩引いて安堵しているようだった。

 

「いてぇ」

 

「わ、ごめん!」

「はわわ、マスター平気?」

「も、申し訳ありません……」

 

 実感したら、急に痛みまで酷くなった。

 慌てて離れた三人に苦笑を返しながら、無事をアピールする。

 痛みはまるで――かさぶたになりかけた傷口を無理矢理はがそうとしたかのような、引きつったような痛みだった。

 

「俺は、いったい」

 

 落下していく中、氷柱が見えて咄嗟にリゥを突き飛ばしたのまでは覚えている。その際、身体を捻って、それから――、

 

「どうやら無事なようですね」

 

 思考に割り込んできた主は、そう言った。

 

「……フリーザー?」

 

 伝説の萌えもん――フリーサーは頷くこともなく、淡々と事実だけを告げる。

 

「応急措置は彼女達が。幸い、怪我はそれほど深くないようです」

 

 右の脇腹が熱い――包帯が巻かれており、その包帯も血でにじんでいた。

 

「咄嗟に氷柱を破壊したのが幸いでした。もし気がつくのが遅れていれば――といっても、即死を免れた程度ですが」

 

 死んでいた、か。

 この寒さだ。深手を負えばいくらリゥ達が手を尽くしてくれたところで、死は免れなかっただろう。

 

「ありがとう。助かったよ」

 

 礼の言葉に、フリーザーは首を横に振った。

 そして表情を変えずに、言った。

 

「礼ならば貴方の仲間たちに」

 

 どこか暖かみのある言葉に、気が緩む。

 

「……そうだな。みんな、ありがとな」

 

 見渡して言うと、

 

「ん」

「あたりきしゃりき」

「はい」

「ま、当然だね」

「早く飯くれ」

 

 各々、返してくれた。

 

「そこの川に魚でも泳いでるんじゃないか?」

 

「マジで!? ひゃっほー!」

 

「待て待て。ちゃんと準備してからだっつーの。死ぬぞ」

 

「む、むぅ……?」

 

「ははっ」

 

 少し、気も紛れた気がする。

 ゆっくりとサンダースの頭を二度、ぽんぽんと叩き、

 

「これが終わったら病院に行くのは確実として」

 

 仲間達を見渡す。

 

「リゥ、見たか?」

 

「うん。

 ――ロケット団、よね」

 

「ああ」

 

 頷く。

 落ちながら聞こえた僅かな喧騒で何となく予想はついていた。

 

 だとすれば、マサキと亨が危険だ。

 あのふたりだけなら問題ないだろうが、隠れる場所が多すぎる。雪によって隠れていた穴に俺を突き落とした男だ。視界も決して良い状態じゃない。伏兵を仕込んでおくくらい、訳もなくやってのけるだろう。

 

「お待ちください」

 

 そこに声をかけてきたのはストライクだった。

 

「……あ、あの、ロケット団というのは?」

 

「ああ……、仲間が襲われててな。俺は見事に分断――つーか、殺されそうになっ

たところだ」

 

 ほれ、と上を指さす。落ちてきた穴が小さく見える。一体どれだけの距離を落ちてきたのやら。

 と、タイミングを見計らったかのように大きな衝撃に襲われる。

 

「おおおおお……」

 

 力むと怪我をした箇所が痛んだが、生きている証と思えば我慢はできる。

 

「っ、殺され――!? 何故、そのような」

 

「……そんなの、俺が訊きたいくらいだ」

 

「……」

 

 黙したストライクから視線を外す。

 今しなければいけないのは、どうやって戻るかだ。

 万全とは言えない状態で歩いて、など自殺行為に等しい上に間に合うかも難しい。

 ようやく戻ったと思ったら、みんな死んでいた――なんてご免だ。

 

「――ここに」

 

「ん?」

 

 そう考えていると、ストライクがぽつりぽつりと話し始めた。

 

「この島に来る途中――襲われている萌えもんを何度も見かけ、助けようと思い、交戦しました」

 

 ストライクの鎌には血のような後がついている。

 彼女が戦ったというのは――間違いないのだろう。

 

「彼ら――いえ、奴らは喜悦に浸りながら、通りすがりのトレーナーやその相棒、そして野生の萌えもんを……」

 

 ぎり、とストライクの歯ぎしりが聞こえたような気がした。

 

「あまつさえ……自ら襲い、死にそうなほどに弱った萌えもんを捕まえ、喜んでいました。何と、醜悪なことか。あんな状態になっては抵抗どころか……!」

 

 萌えもんを捕まえていた……?

 しかし、センターに運んできていたのは全てトレーナーたちに抱えられた萌えもんたちだ。

 

 

 ――ロケット団はどこにでもいる。

 

 

 まさか。

 

「まさかあいつら……演技してやがったのか?」

 

 萌えもんセンターに泣きながら飛び込んできたトレーナーが何人もいた。

 セキチクシティは元々観光客が多い。そうして全国各地から訪れたトレーナーの中にロケット団がいたところで不思議はない。

 

 例えば、何人ものロケット団がいて、彼らが一斉に同じ演技をすれば、それは架空の犯人を生み出す事件に発展し得るのではいか?

 

 ロケット団を現す印は、「R」の文字しかない。逆に言えば、明確な証拠さえ出てこなければ誰一人としてロケット団員を捕らえられない。

 

 萌えもんを襲い、瀕死にさせた状態で捕まえ、あたかも何かに襲われたように見せかけ、手に入れる。捕らえられた萌えもんには恐怖心が生まれ、主の命令に背けばどうなるか――そうやって行動を縛り、人形のようにしていく。

 

 だが、何故だ? 傀儡のような萌えもんを手に入れたいというのなら、今ので理屈はわかる。しかし根本的な部分がわからない。

 ジムリーダーのいるセキチクシティでそんな計画的な行動を起こした理由は? リスクが大きすぎる。あるとすれば――リスクを払ってでも手に入れるべき何かが?

 

「――だから、フリーザーか」

 

 亨が言っていたではないか。

 シルフカンパニーは蜥蜴の尻尾切りではないかと。

 ならば、人員を使い捨てるくらい平然とやってのける組織ではないか?

 

 多大な犠牲を払ってでも手に入れたいもの――即ち、島全体をたった一体で凍り漬けしてしまうほどの力を持った伝説の萌えもんとか。

 

「私が何か絡んでいるようですね」

 

「いや、別にあんたのせいじゃないさ」

 

 嘆息する。

 俺たちはまんまとその作戦に乗せられたわけだ。

 

「今も上で誰かが戦っているのですか?」

 

 ストライクの言葉に頷く。

 

「――あちしは、貴方を殺そうとしました」

 

「ああ」

 

「ですが――止められました」

 

 その声は、どこかほっとするようで。

 

「あの時、確かに思ったのです。助かった、と。許せないはずの貴方を傷つけなくて良かった――と」

 

 ストライクは視線を仲間たちに注ぎ、やがて俺にもう一度戻した。

 

「止められなかったら、きっと――あちしは自分と同じ思いをする人を生み出していたんだ、と気がつきました。そして、そんな自分を知り、ひとりになって改めて、激情に身を任せて刃を振う――己の未熟さを痛感しました。したのです」

 

 ですが、と。

 

「誰も、助けられなかった。目の前で傷ついていく者たちをただ一歩も二歩も届かない場所で戦っている己の無力さが――悔しい」

 

「……ストライク」

 

「我が主は――言っていました。刃に映る自分を見ろ、と」

 

 捨てられたと言っていたストライクから、その主の話を聞いたのは初めてだった。

 血がこびり付いた鎌に自身の顔を映し、言う。

 

「何も――何も見えません。あちしの顔は、何も……何も、映らないのです」

 

 かける言葉が、見つからなかった。

 主に捨てられたと言っていたストライク。彼女は――本当に主が好きで、尊敬していたのだろう。その言葉を胸に抱き、辛い時の支えにするほどに。

 

 しかし、彼女が頼るべき主には捨てられ、その言葉もストライクに何も教えてはくれなかった。

 ストライクは、自分の立つ場所も向かう方向もわからないまま、同じ場所に立ち途方に暮れている。

 

 母親から手を放された幼子のように。捨てられた場所で、ずっと。

 

 しかし、彼女は自分の持つ強さ故に泣かない。涙を流さない。

 だから、立ち止まる。

 何が正しいのかもわからないから、足踏みすることすら出来ない。

 

 確固たる自分を持っているから、自分を見失えもしない。

 本当の本当に――心の奥底にある自分を識っているから、俯くしかない。

 だって――その中で感じられるのは、自分だけだから。

 

 正しいと。

 そう、認められる自分だけしか信じられないのだから。

 もしストライクに届けられる言葉があるのだとすれば。

 届けられる存在がいるのだとすれば――。

 それは、ストライクを捨てた主だけだ。

 

「ストライク」

 

「……」

 

「ごめんな。結局、俺はお前に答えを見せてられなかった」

 

 それは、いつかした約束。

 しかし決して叶わない約束だったのだ。

 

「俺には、今のお前にかけてやれる言葉なんてない。そんないい加減な真似は、できない」

 

「……ファアル殿」

 

「生きるってのは難しいしな」

 

 苦笑し、

 

「だけど、信じるだけなら難しくない。俺さ、良かったと思ったよ。お前を信じて」

 

「……えっ?」

 

「連続通り魔事件の犯人。やっぱりストライクじゃなかった」

 

「……?」

 

 ストライクにはきっと、意味がわからなかったに違いない。

 小首を傾げていたが、構わず続けた。

 

「そんなことするやつじゃない――ジム戦で失望されたり怒ってきたお前を見て、俺はそう信じた」

 

 そして、ストライクの鎌に触れる。

 

「血くらいは取れよ? 余計に見えなくなるぜ?」

 

 そうして笑い、一歩離れた。

 

「フリーザー、悪いんだけど」

 

「いいでしょう」

 

「早いな!? いいのかよ、あんたも危険だぜ?」

 

「力を持った者には、それ相応の責任があります。それに」

 

 と一度言葉を切って、

 

「貴方が守ってくれれば済む話でしょう?」

 

 氷のような無表情が僅かに溶けたような気がした。

 もっとも、それも気のせいであったのだろうけど。

 

「――おーけー。全力で守らせてもらうよ。じゃあ、頼む」

 

「背中に。おかしな場所に触れないように。氷漬けにして落下して壊します」

 

「大丈夫。そんなことしたら私が先に摂関するから」

 

「では、その後にでも」

 

「追い打ちですよね!?」

 

 シェルたちをボールに戻す。この先は決戦だ。気は抜けない。

 

「行きます」

 

 飛び立つフリーザー。猛烈な風が身体を襲う。めちゃくちゃ寒い。鼻水が凍りそうだ。

 少し前に落下してきた道のりを今度は飛んでいくっていうのも不思議な気分だ。

 

「……」

 

 眼下を見る。そこには、こちらを見上げるストライクが、ただひとり佇んでいる。

 やがて、

 

「着きます。準備を」

 

 フリーザーの言葉が目の前の現実を突きつける。

 轟く戦闘の音。

 意識を切り替えるように、俺は腰のボールに手をやった。

 

 

 

                                                                                                       <続く>

 




双子島は3話にしようと思っていたら4話になりました。あら不思議。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【第三十話】ふたご島――溶け始めた心の中で

双子島編、最終話です。結構引っ張っちゃう結果になっちゃいましたね。


 たったひとり。

 どう見ても不利な状況にあるのにも関わらず、その男――サイガは圧倒的な存在感を持ってそこにいた。

 

 偶然にも気圧されなかったのは、戦いの場に身をおいていたからだろう。

 更に吹雪の舞う中で、カイリュウは顔色ひとつ変えず不敵な笑みを浮かべている。

 

「くっ、何を惚けているのです!」

 

 その中、いち早く自分を取り戻したポアロは、部下に発破をかけた。

 が、その頃には亨によって一部の手持ちは倒されている。

 

 しかし、それだけ。

 三十体以上いたとして――その中のニ体ほどを倒したところで、何の問題があろうか。

 劣勢を悟っていた亨は逃げるべくマサキに向かう。

 

「マサキ殿! 早くイシツブテを」

 

 その声でマサキは凍える手でボールへとイシツブテを戻す。

 

「助かります!」

 

「なあに、気にするな」

 

 重く。

 そう、重かった。

 サイガの一言が、場を支配するかの如く、告げられる。

 

「どうせこいつらを倒すつもりだった」

 

 その言葉に。

 僅かも油断はなかったが、果たしてロケット団員にとっては侮辱に等しかった。

 言外にサイガはこう言っていたのだ。

 

 ――まとめてかかってこい。

 

 と。

 その言葉を受け取った何人かがサイガ、そしてカイリュウへと手持ちをけしかける。

 ペルシアンにマタドガス、アーボック――油断していたけではないだろう。どれもが進化しており場慣れしている萌えもんたちだった。

 それを、

 

「なぎ払え、カイリュウ」

 

「承知」

 

 尻尾のたった一振りで、すべて静まらせたのは、出来の悪い冗談のようにすら見えた。

 従来のカイリュウよりも遙かに大柄な巨体が、にわかには信じられない素早さで動いたのだ。

 

 上体を沈め、尻尾によって数体の萌えもんをまとめて弾き飛ばし、被弾しなかった萌えもんを翼ではらいのけ、更にくぐり抜けてきたものは両腕を使ってたたき伏せる。

 そのどれもが一撃。尋常ならざる膂力だった。

 そしてその間、サイガは全く動かない。

 

 自分の萌えもんを信じているが故に。その強さは確信しいてるが故に。

 サイガは、動かずカイリュウに任せていた。

 

「おい、亨。ちょっと危ないぞ」

 

「は?」

 

 サイガの一言に、亨はどうするべきか迷う。

 だがこの男、それで止まるはずもない。

 その強さ故に、周囲を省みない。

 

 ――ついてこい、と。

 

 全てのトレーナーにそう告げるだけの強さが、サイガを立たせているからだ。

 

「破壊光線」

 

 サイガの指示でカイリュウが目映い光線を放つ。

 島全体が揺れるような振動が襲う。射線上で僅かにかすっただけなのに萌えもんたちが倒れていく。

 

 だが。

 逆に言えば好機ですらあった。

 破壊光線はその莫大な威力に引き替えて、発射後は萌えもんの動きが反動で止まってしまう。

 

 その一瞬こそが、好機である。つまり、自らの隙をさらす技でもあるのだ。

 この複数相手では悪手以外の何物でもない。

 ロケット団員、そしてポアロやアテナも同様に判断し、殺到させる。

 

 とにもかくにも、このカイリュウだけは倒す。

 都合にして十五体。それだけの萌えもんがたった一体に対して集中攻撃を放つ。

 

 ――が。

 

「カイリュウ、ねじ伏せろ」

 

「諒解」

 

 カイリュウは、動いた。

 破壊光線の反動などないと言わんばかりに、即座に対応したのだ。

 自らに向かい来る萌えもんを一撃で地に沈めていく。

 

「バカな――動けないはず」

 

「馬鹿はてめぇだ」

 

 静かにサイガは言い放つ。

 

「お前は誰に向かって言ってんだ? この俺の――最強の男の相棒だぞ?」

 

 獣のような笑みを浮かべ、

 

「たかが破壊光線の反動なんぞ、ないに決まってんだろうが」

 

「……!」

 

 こと、ここに至ってポアロは悟った。

 目の前にいるサイガを完全に見誤っていたことに。

 

 尋常じゃない。

 萌えもんが自らの弱点を克服するのに、一体どれだけの訓練を積んだというのか。

 たった一体でこれだけの数を相手にして被弾もなく一歩的に蹂躙できる強さをどうやって身につけたのか。

 

 ――最強。

 

 まさしく。

 サイガという男は、最強だった。

 最強たる資格を持っていた。

 

 適わない、と。

 本能の部分で理解する。

 

 常に最強たろうとしている男に対して、最強を目指していない己に勝てる道理はないのだ、と。

 

「くっ、全員でかかれ!」

 

 こうなれば計画のひとつだけでも遂行せねば損害だけだ。

 フリーザーを捕獲する。

 伝説の萌えもんを手に入れれば、今回の計画は最低限クリアしたも同然だ。

 ファアルは死に、フリーザーも手に入れる。これでまだまだロケット団は保つ。

 

 逃げる場所は既にあった。

 先ほどファアルを落とした穴だ。

 部下を犠牲にして穴に向かって飛び込もうとするポアロに向かって、『下』から声がかかる。

 

「どこに逃げるってんだ?」

 

 氷の鱗粉をまとって現れたのは、荘厳で美しい探し求めている伝説の萌えもんだった。

 

 フリーザー。

 伝説を前にしてポアロは歓喜に震える。

 そして、震えるポアロに向かって、その背に乗った男――ファアルは言った。

 

「さっきの礼はまだしてねぇぜ?」

 

 

 

   □□□□

 

 

 

 俺を突き落とした張本人であるポアロはフリーザーを見て、一瞬ひるんだようだったが、すぐに気を取り戻したようだった。

 しかも、急いできたものの、ロケット団は全滅に近い状態だった。ほとんどが倒れ伏し、無事な者はキョウとマサキ、そして――

 

「親父……」

 

 最強のチャンピオンであり最強のトレーナーでもある親父だけだった。

 王者であることはどこに行っても揺るがない。

 そう示すかのようにカイリュウと共に戦場に佇んでいる親父は、数年ぶりに再会したというのに全く変わっておらず、あの日俺が目指した姿そのままだった。

 

「よう」

 

「おう」

 

 挨拶はたった一言。

 倒すべき敵はまだ目の前にいる。フリーザーと共にいる以上、油断はできない。

 油断なくフリーザーに隠れる形でボールに手を伸ばす。

 と、

 

「ファアルさん、ストライクには出会えましたか?」

 

 ポアロは落ち着いた様子で言った。

 それがやけに余裕に満ちあふれていて面食らうも、表に出さずに踏みとどまる。

 

「お前に関係あるのかよ?」

 

 答える義理も義務もなかった。

 突き放し、

 

「ありますよ。旧知の仲ですからね」

 

「……何だと?」

 

 その発言に、一瞬でも動きを止めてしまう。

 致命的な隙。

 しかし亨たちには関係がない。彼らが動き出そうとした瞬間、

 

「大爆発!」

 

「っ、!?」

 

 フリーザーの足下が爆発を起こす。

 崩壊にすら近い形で地面が割れ、破片と雪が飛び散り、さながら竜巻の中に飛び込んだかのような衝撃が至近距離でが襲いかかってくる。

 

「ぐっ」

 

 フリーザーが身をよじってかばってくれたものの、怪我をしていた箇所に響く。

 苦痛で視界がぶれる。

 

「ファアル!」

 

 咄嗟に飛び出したリゥが雪の中に潜んでいたコンパンを打ち倒すが、

 

「……、このっ」

 

 まき散らされた毒の粉を浴び、体の動きが弱くなる。

 まずい……。

 

「哀れな萌えもんですよ、彼女は!」

 

 同時、ポアロは手持ちを展開。

 ウインディが猛り、フリーザーへと向かってくる。

 おそらく、対フリーザーを考えての萌えもんだ。炎タイプで押し切り、捕まえるつもりのはず。

 

「シェル!」

 

 何とかボールを展開させる。

 

「噛みつくのです!」

 

 ポアロの判断は早かった。

 シェルに噛みつくと、

 

「火炎放射!」

 

 ゼロ距離で火炎放射を放つ。

 

「あ、づいぃぃぃぃい……!」

 

 氷タイプを持っているシェルはまともに食らってしまう。

 

「けほっ……でもまだまだ!」

 

 しかしまだ戦える。

 

「強さでいえば貴方の父親の手持ちと同じくらいの強さを持っているのに――戦え

ない!」

 

 ポアロが続ける。

 その間に、ウインディはシェルを踏みつけ、更にフリーザーへと肉薄する。

 

「コン!」

 

 ならばとコンを展開。

 

「ゴルダック!」

 

 ニ体目を展開。

 サイコキネシス。

 コンの動きを止める。

 正確な技と意志疎通。

 ロケット団ではあるが、間違いなくトレーナーとしても一級だった。

 

「実戦が怖い。恐ろしい――なのに、言葉だけは一丁前に正義を振りかざす。ああ、そうですとも!」

 

 ハイドロポンプ。

 コンが倒れる。

 

「サンダース!」

 

 放たれるのはハイドロポンプ。サンダースは回避。が、後ろにいたのはフリーザーだ。何とか回避するも、動揺したサンダースにウインディが襲いかかる。

 

 神速。

 サンダースをはね飛ばし、加速する。

 

「あれの主と同じですよ。我々に賛同していればいいものの、つまらない矜持や情など抱くから死ぬことになるのです。所詮は個人。組織に勝てるはずがないのです。何しろここはアニメでもゲームでも小説でもない、現実なのですから!」

 

「カラ!」

 

 最後の砦であるカラを放つ。

 が、ゴルダックがいる時点でこちらの敗北は濃厚だった。

 

「ファアルさん。貴方もいい加減に学びなさい。貴方の強さはルールあってのもの。ルールを守る人間が、我々に勝てるわけがないでしょう!」

 

 カラも倒れる。

 残るはフリーザーと俺だけ。

 

「フリーザー、逃げろ!」

 

「お断りします」

 

 断固として拒否される。

 が、迫る敵からどうやって防ぐ?

 俺がもう一度落ちれば――いや、そうなれば俺の命はない。

 

 逡巡する。

 実際に何かを救うために命を投げ出すなんてのは、即座に判断できるものじゃない。仲間たちがいる。その仲間たちを放っておいて先に逝くなどできるはずがない。

 

「この場所で――我々が彼女を使ってあげますよ! 主の死んだこの場所だからこそ、相応しいでしょう!」

 

 ポアロが懐からボールを取り出した。

 紫色の見たこともないボールだ。

 試作品だろうか?

 ロケット団が独自に作成したか、シルフカンパニー襲撃の際に盗み出したか。

 どちらにせよ、この場面で使用するということは絶対の自信があるに違いない。

 

「くっ、フリーザー、悪い!」

 

「何を……!」

 

 背中から蹴り飛ばす。

 運が良ければかわせるはずだ。

 それから先は――親父たちと信じるとしよう。

 

「我々の勝ちです!」

 

 その言葉と同時、放たれたボールが破壊された。

 それは――

 

「貴様等が……!」

 

 憎悪に顔を歪めたストライクによってだった。

 飛翔しながら展開されるより速くボールを両断したストライクは、更に迫っていたウインディに対して鎌を振るう。

 

 ウインディ、回避。

 が、それも予想していたのか、空中で反転し蹴り落とす。

 穴に向かって落下していくウインディ。苦し紛れに上方へと炎を放つも、それを身を捩って回避した後、更にポアロに向かう。

 

「ゴルダック!」

 

 ポアロの判断は早かった。

 ゴルダックのサイコキネシスで自分を止まらせるかのように硬直させると、

 

「残念です……今回はここまでのようですね」

 

 崩落が始まった。

 大爆発によってゆがんでいた地盤が限界だったのだろう。

 敗北を悟っていたのはいつからだったのか。

 ポアロは愛しい女性を見るかのような視線をフリーザーに向け、

 

「ではまた、再会できる日を楽しみにしております」

 

「私は嫌です」

 

「はは、それこそ一興」

 

「させん……!」

 

 亨が迫る。

 が、ゴルダックのサイコキネシスが唐突に切れたかと思うと、崩落のただ中でポアロの姿は遙か下へと消えていった。

 

「むぅ……鮮やかな」

 

 亨が唸る。

 追いかけたいが、親父以外ほとんど全員が満身創痍だ。現状では無理だろう。

 しかし――

 

「あいつ……!」

 

 ストライクだけは違っていた。

 反転し、追いかけようとするストライクの前に飛び出る。何とかフリーザーによって助けられた俺は、

 

「危険だ。今から行ってどうする」

 

「しかし奴が……!」

 

「ストライク」

 

 真っ直ぐに見据え、

 

「行って止めをさすのか? そうやって、自分の刃をまた見えなくするのか?」

「止めないでください。あちしは――」

 

 こちらが譲るつもりがないのを見て取るや、ストライクは、

 

「邪魔をするのなら……!」

 

 鎌を振り上げ、俺に向かって振り下ろした。

 が、

 

「……それでいいと思うぞ、お前は」

 

 俺に触れる寸前で止まっていた。

 斬れない。

 ポアロの言った通りだ。

 ストライクは、肝心な場所で振り下ろせない。

 

「……ファアル殿。あちしは、また」

 

 鎌に、触れる。

 震えていた。

 誰かを傷つける恐怖と、己の矜持を破る痛みに、震えていた。

 

「それでいいんだ。お前の主を裏切っちゃ駄目だ」

 

 ポアロの言葉が本当なのだとすれば、きっとストライクの主は守ろうとしたに違いなかった。

 その結果命を落としたとしても、絶対に守りたかったに違いない。

 

 剣士として力があっても、優しさで震えない臆病な自分の相棒のことを。

 だから、その死んだ主のためにもここでストライクを行かせるわけにはいかなかった。

 

「……はい。あちしはまだまだ未熟なようです」

 

 ストライクの体から力が抜けていく。

 安堵し、

 

「悪いな、フリーザー。助かったよ」

 

「いえ。流石に二度目は死んでいたでしょうから」

 

 淡泊に答えた後、俺を降ろしてくれた。

 

「私は行きます。騒がしくなりましたし、またどこかで暮らしましょう」

 

 それと、と続け、

 

「ありがとう。助けようとしてくれたこと、忘れませんよ」

 

 無表情な顔が僅かに綻んだように見えた。

 

「あ、あの!」

 

 そこに突撃してきたのはマサキ。

 興奮気味にフリーザーに詰め寄り、

 

「わい、マサキって言います! 貴方の全身ありとあらゆるところを研究させてく

ださぶるちょば!」

 

 変態が吹っ飛ばされていた。

 そりゃまあ、あんなこと言えばなぁ。

 自業自得である。

 

「では」

 

 何事もなかったようにしてフリーザーは去っていく。これで双子島も静かになるだろうか。

 

「何か、嵐みたいな萌えもんだったな……」

 

「あれが伝説だ。だからこそってのもあるかもしれないがな」

 

 呟きに親父が繋げた。

 

「かもな」

 

 頷き、俺はリゥたちの治療にかかった。

 

 

 

 

 

 ファアルから視線を外し、サイガはふと洞窟の奥へと視線を向け、呟いた。

 

「結局、出張ってきたのかよ、お前も」

 

 呟きに答える声はなく、その言葉は消えていった。 

 

 

   □□□□

 

 

 

 洞窟から出た俺たちは、船へと戻っていた。幸い、船は無事なようで、マサキと亨はセキチクシティに戻ると話していた。

 

「ほんまにいいんですか?」

 

 マサキが確認したのは親父にだ。

 親父は頷き、

 

「ああ。息子のことだ。俺が引き受ける。君こそ悪いな、付き合わせて。これに懲りず、これからも息子と友達でいてやってくれ」

 

「もちろんです」

 

 照れも混じった様子でマサキは答えていた。

 俺も正直、恥ずかしい。

 いくつになっても親は親。お袋も言っていたが、何歳になっても子供を心配してしまうそうだ。

 

「亨、悪いが調査は任せたぞ」

 

「承知。既にこちらに来るよう手配している」

 

 そう行って誇らしげに亨はさっきから上げている狼煙に視線を向けた。今までで一番忍者っぽかった。

 

「マサキ、亨、今回はあんまり力になれなくて悪かった」

 

「気にするな。そちらにも理由があったとはいえ、誘った我々にも非がある」

 

「せやせや。気にすんなって。ファアルこそ、さっさと病院行けや」

 

「ああ、そうする」

 

 ふたりは何一つ気にする様子もなく、微笑んだ。

 

「ファアル殿」

 

「お前はどうするんだ?」

 

 ストライクは少し躊躇った後、

 

「セキチクという場所に戻ります。少し、ひとりになりたいので……」

 

 そして、

 

「すみませんでした」

 

 頭を下げた。

 

「そしてリゥ殿。貴方に弟子入りしたいと思ったのも本心からです。貴方の強さは――あちしにはないものでした。今でも心から、尊敬しております」

 

「そんな……私も大したことしなかったし」

 

 気まずさから、リゥは視線を泳がせている。

 

「ま、旅が終わったらまた会いに行くよ」

 

「ええ。楽しみにしています。それまでにあちしも、もう少し沸騰しないように努力してみます」

 

 まだ何もかもが片づいたわけじゃないけど、ストライクは笑った。

 空元気でも、笑えるだけいい。

 きっとこれから必要なのは、ストライクが自分の心を向き合って整理できるだけの時間だろうから。

 何も片付いたわけではないけど、それでも少しくらいは片付く手助けになったと思うから。

 

「よし、そろそろ行くぞ、怪我人」

 

 親父の言葉でカイリュウが翼をはためかせた。

 

「ああ」

 

 頷き、ふたりでカイリュウに捕まる。

 

「じゃあな」

 

「ああ」

 

「ほなな」

 

「……また」

 

 三人に別れを告げ、カイリュウは力強く羽ばたいていく。

 

「グレン島で看てもらえ」

 

「ん、そうする」

 

 打ち身だったらいいけど、と内心で呟く。

 島があっという間に小さくなっていく。

 相変わらず、速い。

 

 十数年ぶりに乗ったカイリュウの背中は、あの頃と少しも変わっていなかった。

 大きいと、素直に感じる。

 目の前にいる親父の背中もまた同様に。

 

「久しぶりだ、ぼん。楽しみにしていたぞ」

 

「そう呼ぶのはもう止めてくれ……」

 

「ははは」

 

 カイリュウは笑う。

 ぼん、と親父になついていた俺をカイリュウは良く呼んでいた。

 懐かしい――懐かしい思い出だ。

 

 そんな俺が、今は親父とカイリュウを倒すために旅をしている。

 

「お前も――――――リゥも、久しぶりだな。元気だったか?」

 

「ん」

 

 姉妹の間に会話はほとんどなかった。

 カイリュウもそれ以上何も喋らない。俺が踏み込むのは――野暮にも感じられて、それ以上口を挟むのは躊躇われる。

 

「なぁ、ファアル」

 

「あん?」

 

「俺は強いぞ? 何ていっても最強だからな」

 

「ああ、知ってる」

 

「頂点で待っている。追いついてこい」

 

「……ああ、約束だからな」

 

「がはは、それでいい!」

 

 まるで小さな子供にそうするように、親父は豪快に笑ってその大きな手のひらで俺の頭をわしわしと撫でた。

 昔に戻ったようで懐かしく、そしてこれがいつか越えるべき男の姿なのだと改めて思い知る。

 

 大きい。

 親父はどこまでも大きくて――俺に憧れへと挑む強さをくれた。

 萌えもんリーグまでそれほどありはしない。

 

 勝てるだろうか?

 

 愚問だ。

 勝つために旅をしてきたのだから。

 親父の背中を見て、俺は改めて決意を固めた。

 

 ――親父に勝つ。

 

 その重みを。

 

 

 

    □□□□

 

 

 

 全身に披露を感じながら、セキチクシティへと戻ってきたマサキたちは、海岸で奇妙な人だかりを発見した。

 封鎖しているのは警察だった。

 

 ロケット団が暗躍していたのもあり、マサキと亨は人だかりへと向かう。どちらにせよ警察には今回の事件を報告する必要もあった。

 

「何かあったのか?」

 

「あ、亨さん」

 

 道を開けてもらい、警察に話を伺う。

 

「ええ、どうやら土左衛門が流れ着いたようで。損傷も激しく誰か判別もできないのですが」

 

 見ない方がいい、と言っていた。

 海岸ということもあって、海難事故も頻繁にではないが起こっている。遭難し、遺体で発見されるという事件も珍しいとはいえ、無いことはない。

 

「事件ですか?」

 

 ストライクも気になったらしい。

 空から降り立った。

 

「水難事故だ。悲しいが、そういうことも起こる。遺族に連絡をせねばな」

 

 その時、何かの悪戯か風が吹いた。

 同時、りん、と鈴の音が響く。

 

「今の音は……?」

 

「ああ」

 

 と警察のひとりは答える。

 

「鈴を握りしめていたんです。死んでも放そうとしなかったみたいです。よっぽど大切だったんでしょうね」

 

 もう一度、りん、と鳴る。

 

「――まさか」

 

 ストライクは、隠されている仏に振り向いた。

 一歩、近づく。

 

「ちょっと、これ以上近付かないで」

 

 制止の声。

 止められたストライク。

 

「いえ、あの」

 

 その声に答えるかのように、ちらりとストライクの視界に仏が入った。

 ぼろぼろの衣服。

 水で膨らみ、判別さえ難しくなった遺体。

 

 そして――錆びていて鳴るはずのない鈴。

 それがもう一度、鳴った。

 りん、と。

 

「あ、ああ……」

 

 膝から崩れ落ちる。

 がらがらと何かが崩れ落ちていく。

 それでも、口に出さずにはいれなかった。

 

「主様……!」

 

 予想もしていなかった物言わぬ再会は、ストライクの両目から、涙が流れ落とすには充分だった。

 

 

 

 

                                 <続く>




ってわけで未消化のまま双子島編は終了となります。別にハリウッド的な終わりにしたかったわけではなく、後は金銀へと続くって感じです。彼らが本当に絡んでくるのはこの後ですので。

ああ、金銀まで書かないのであしからず。


今回は初期の頃のように私にしてはハイペース(1週間)で投稿となりましたが、次は11月頃になると思います。少し専念したいことがあるのに加え、リアルですり減った心身を少し休めたいのでお時間を頂戴します。今の年齢で不眠症は洒落にならないです……。歳を取ったと感じさせてくれますね。

ただ、今年で出来ればジムを全て終わらせようとも考えているので、11月以降はペースを上げる予定です。
ではでは、また次回お会いできれば幸いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【第三十一話】グレン島――廃屋に全速前進

お久です。
今回からグレン島。金銀で跡形も無く消えてたのを見て、当時驚いた記憶があります。


 どこにあろうとも、病院というのはさほど変わらないな、というのがここ最近、実感し続けていることだ。

 

 ただ、窓から見える風景だけは違う。タマムシシティのようにコンクリートジャングルではなく、窓から外に青空と海が広がっているのは見ているだけで気持ちがいい。精神的に癒やされる。

 

 が、それも数日間も見続けていれば、飽きる。

 今じゃテレビを見ている方が長いくらいだ。病院は病院という事実を思い知った。

 

「ひまー」

 

 うなだれて言ったのはシェルだ。豪華な衣装に身を包んでいるものの、中身はあんまり変わっていない。ぐでー、と体をベッドに預けて〝暇〟を連呼している。

 

「もうちょっと落ち着きなさいよ」

 

 呆れた顔でたしなめているのは、リゥだ。同室のばあちゃんに教えてもらった編み物に最近ハマっているようで、棒針でちくちくと何かを縫っている。始めたのは最近のようだが、こういう作業が好きなようで熱中していた。

 

 耳を傾ければ潮騒の音が聞こえてくる、ゆっくりとした時間は貴重でもある。身を委ねているとそのまま眠ってしまいそうだ。

 

 病院といっても小さなもので、収容できる人数もさほど多くはない。その中で滑り込めたのは行幸だったが、若者の数は少ないらしく年配の人も多い。あまり長居すると申し訳なく思えてくる。

 

 結果、出来ることと言えばテレビでジム戦を見るか対策を練るか、リゥたちの相手をするかだけだった。

 

 とはいえ、ジム戦は見ていて面白く、特に戦う予定である桂は目に焼き付けるように見られたのは大きい。ノートを広げてあーだこーだ考えていると、呆れられたりする場合も多く最後には苦笑されて「応援するからね」と言われるのは何だか恥ずかしかった。

 

 ともあれ、入院生活もそれほど長くは続かない。過ぎていく日々に少しの焦燥を感じながらもおそらく最後であろうゆっくりとした時間を過ごした。

 そして、無事に退院許可が下りたのは、それから一週間後だった。

 

 ゆっくりと旅をしているのもあるが、行く先々で事件に首を突っ込んだり巻き込まれたりしていたものだから、リーグ開催まであまり時間が残っていない。

 が、ジムに挑むには登録して次の日まで待たなければならない。

 駆け込み需要が多いのはどこも同じらしく、今日はもう満員だそうで次の日になってしまったのだ。

 

 つまり、すっぱりと一日空いたわけだ。

 さてどうしようか。考え始めた矢先にコンの言った一言が見事に決めてくれた。曰く、

 

「探検しましょう♪」

 

 今まで閉じこもっていたのもあって、コンは体を動かしたいようだった。確かにずっと病院にいたから息もつまっていたし、久しぶりの外で体が若干驚いてもいた。つまるところ、俺自身も思考を偏(かたよ)らせたくないので、気分転換に付き合うことにしたわけだ。

 

 桂が炎タイプを使うというのは周知の事実だ。戦略も入院している間に練ってはいる。テレビで放送していたジム戦は参考になった。ビバ、文明の利器。

 

「探検つっても、どこを?」

 

 周囲を見渡しても、小さな島だけあって探検できる場所などほとんどない。火山島という部分を除けば、研究所かジムくらいしか目立った施設もないはず。

 そんな俺の言葉を受けて、コンは自信満々に先導をきって歩いていく。

 

「この間、偶然見つけたんです」

 

 時々いなくなることがあったけど、どうやら島を歩いていたらしい。初めて会った頃と比べて随分とアクティブになったもんだ。

 

「……なによ」

 

 リゥといえば、入院している間、俺の側でずっと編み物をしていたのだから、変な気分だ。黙って黙々と熱中していたが、知り合いがずっとついていてくれるという有り難みは実感できた。病気もそうだが、動けない時に傍にいてもらえるってのはありがたいもんだ。

 

「編み物、できそうか?」

 

「ちまちましてて難しいけど、絶対完成させるわ」

 

 珍しく、ふんすと鼻息荒く宣言した。やる気に満ちているあたり、まだブームの真っ最中のようだ。

 俺とリゥがそんな調子で話していると、やがてコンは島の外れ近くにある古ぼけた屋敷の前で立ち止まった。

 

「ここです!」

 

 手入れが全くされていない屋敷は、かつてはお金持ちが住んでいたのだろうと思えるくらいの大きさだった。が、それも時間には勝てないようで、今では草が伸び放題。門扉は錆びているし、窓ガラスも割れている。風雨によって浸食された木製のバルコニーが、今にも崩れそうなほど腐っている。

 

「幽霊屋敷みたいだな」

 

 ぽつりと呟いた言葉で隣にいたリゥがぴくりと体を震わせた。そういえば、苦手なん

だっけ。

 

「コン。念のために訊くけど、ここ探検するの?」

 

「はいっ」

 

 強ばった様子のリゥと、ノリノリのコンが対照的だった。

 

「だめよ、絶対にだめ。だって危険そうだもの。いえ、そうに違いないわ。怪我したら大変だし、やめましょう、それがいいわ」

 

 ね? と視線で訴えてくる。そんなに嫌なのか。

 

「えー、大丈夫ですよ? 入っていく人、時々いますし」

 

「そうなのか?」

 

「はい。大きい荷物を抱えて、こそこそしながら」

 

 それ、火事場泥棒とかそういう類の方々じゃないか?

 

「と、とにかくだめ。これ以上ファアルに怪我をさせたくないでしょ?」

 

「――それは、そうですけど」

 

「でしょ? じゃあまわれ右して今すぐ戻るべきよ」

 

 必死だった。

 たぶん、今までここまで必死なリゥは見てないんじゃないかと思うくらい、必死だった。

 

「でも、これから先、ゴーストタイプとかと戦う場合を考えると慣れも必要だと思うんですよ」

 

「……む」

 

「ちょっと何考えようとしてるのよ」

 

 万力のような力で腕が捕まれる。言葉よりも雄弁に語ってるな、めちゃくちゃ痛い。

 

「つ、つっても、危険だろ流石に。ぼろぼろだぞ」

 

 廃墟ってのには確かに浪漫がある。崩れていく姿もそうだが、かつて人の営みがあった空間が自然に飲み込まれ、やがて一体化していく中で生じる空虚さとか魅力に満ちあふれているのは間違いない。

 

 が、それも危険という部分があってこそだ。かつて人が住んでいたからといって今も大丈夫だという保証はない。崩れる危険性もさることながら、浮浪者や犯罪者が不法滞在していることだってもちろんある。かくいう俺も、昔仲間たちと一緒に廃墟にたむろしていたわけだし。

 

「むー」

 

 しかし、コンは納得がいかないようだった。

 まぁ、確かにここのところずっと引きこもっていたのは事実。こうして我が儘を言ってくれ留のは反面、信頼してくれているわけでもある。できれば叶えてやりたいが……。

 

「……じーっ」

 

 若干ひとり、それだけで人が殺せるんじゃないだろうかというほどの眼光を向けてくるのがいるわけで……。

 どうしたものか、と悩んでいると屋敷のさび付いた門扉近くにひとりの少年が自転車を止めて、さも当たり前であるかのように中へと入っていった。

 

「あれ、グリーン……だよな?」

 

 ツンツンヘアーと小生意気な面構え、間違えるはずもない。

 ジム巡りは俺がダントツで遅いため、もうそれぞれの街で出会う場面もほとんどないし、実際に顔を見たのはヤマブキシティ以来か。

 それにしても、何であんな廃墟に……?

 

「うーん」

 

 妙なもので、他人がいくら危険に飛び込もうがどうでもいいが、知り合いだと妙に気になってくる。さっきも危険だって話をしていたところだ。

 

「よし、入るか」

 

「やった!」

 

「ちょっと」

 

 コンは喜び、リゥは非難の視線。対極だった。

 

「グリーンってあの緑の子でしょ? ほっとけばいいじゃない」 

 

「いや、そういうわけにもいかないだろ」

 

 何言ってるんだ、と反論する。

 するとリゥは、「あー」だの「うー」だの散々呻いた後、

 

「……じゃあ、拾ったらさっさと出るから」

 

 渋々といった様子で言った。

 

「ありがとな」

 

「別に」

 

 ぷい、と顔をそらしたリゥだったが、しっかりと指は俺の袖口を掴んでいた。

 まぁ、早めに出てやるとするか。

 危険なのには違いないし。

 誰も見ていないか、改めて周囲を確認してから、俺たちはこっそりと崩れかけている屋敷に脚を踏み入れた。

 

 よくよく考えてみれば――不審者丸出しだった。

 

    *****

 

 屋敷の中は、昼だというのに薄暗かった。

 放置されて久しいのだろう。ボロボロのカーテンや窓、破損した天井の一部から差し込む陽光が、舞い上がる埃を照らし出していた。昼だからまだいいものの、夜になると本当に何か出てきそうな雰囲気だ。

 

 玄関から真正面には大きな階段があり、二階へと続いているようだ。階段の右手にも同じく通路があり、おそらくリビングや来客用の部屋があると思われた。

 

「わぁ、良い雰囲気です♪」

 

 コンはひとりはしゃいでいる。

 

「……」

 

 リゥは無言。おそるおそるといった様子で屋敷の中を見回している。

 

「グリーンは……」

 

 目当ての人物を捜すべく視線を巡らせるも、見つからない。二階に上がったのか、それとも奥に進んだのか。

 床に目を凝らすと、うっすらとだが積もった埃の上に足跡が刻まれている。

 が、それも複数。どう見てもレッドのものとは思えない大人のサイズがほとんどだ。

 

「――泥棒か浮浪者か」

 

 泥棒だとすれば、こんな空き屋敷に用事なんて無いと思うが……。どちらかと言えば浮浪者の方が可能性は高そうだ。それに、ポアロが所属していると言っていたのもグレン島の研究所だった。何がいるのかわらかないし、警戒はするべきだろう。

 

「うそ、うそよ……こんな場所に人なんているはずない……絶対おばけよおばけ。

 ――おばけ、やだ」

 

 何か可愛そうなくらい袋小路に入ってるな。

 

「リゥ。ボールに入っておくか? そうすりゃ怖くないだろ」

 

 我ながら良いアイデアだと思う。

 が、恐怖というのはそんな理屈で片づく代物ではないのだ。

 間髪入れずにリゥは、

 

「嫌よ! ボールの中に入ってこられたら何もできないじゃない!」

 

 想像力逞しいな……。

 

「いやま、確かにそうかもしれんけど」

 

「あいつら、絶対殴っても意味ないのよそうに違いないわ。追い払えないなら逃げるしかないのに逃げ場のない場所に入ってろって言うの?」

 

「わかった。わかったから……俺が悪かった」

 

「ほんとに納得してるわけ?」

 

「お、おう」

 

 リゥにその話題を振るのを今後一切やめようと思うほどには。

 

「ふと思ったんですけど」

 

 と、そこでそれまで目を輝かせていたコンが、ニヤァと底意地の悪い笑みを浮かべ、

 

「リゥさんって……脳筋ですよね」

 

 と言った。

 

「――何ですって?」

 

 んん?

 

「だって、物理的に追い払おうとしてる考えがもう」

 

「嫌なものとかあったっらまず手で払ったりするでしょ? 普通よ普通」

 

 まぁ、確かに虫が嫌いな女子とかまず逃げるもんな。潰したりするのは主婦みたいな心の強い女性の方々に多い印象はある。

 

「え、でもまず最初は逃げません? そっちの方が女子力高いみたいな」

 

 ――さて。

 改めて屋敷を観察しておこう。ボロボロなんだ。耳を澄ませば誰かが歩く音だって聞こえるに違いない。

 

「ねぇ、ご主人様もそう思いませんか?」

 

「俺に振るなっての」

 

「……どうなの?」

 

 そんな射殺すような目で見ないで。

 

「――ったく。まぁ、人によるんじゃねぇの? 苦手なもんなんて誰にでもあるんだし、遠慮なく頼ってくれりゃいいって。俺はトレーナーだぜ? 何かあっても守るさ」

 

「う、うん。ありがと」

 

「……迂闊、これが女子力!」

 

 と、騒いでいると、聞こえていたのだろう。奥の部屋から知った顔が現れ、お互い気がつくのより僅かに早く、リゥの肩に下からにゅっと伸びてきた手が置かれ、

 

「何よ、コン」

 

 振り向いたリゥの真正面で、

 

「ばぁ」

 

「――、ほわぁ」

 

 怖い顔を晒したアーボックが飛び出してきて、リゥは無言のまま、卒倒した。

 

「わーい、成功成功」

 

「なんだ、あんたかよ。って何やってんだ?」

 

 受け止めたリゥに視線を向け、次いで苦笑するコンがリゥの手を握ったあたりまで見た後、俺は嘆息してから答えた。

 

「ここで出会えて良かったよ」

 

 本当に、そう思った。

 

 

    ****

 

 

「ほんと何なのあんた何なのあんたぶっ殺すわよ本気でねぇちょっと聞いてるの? その耳もっと広げなさいよいいえ今から私が直接かっぽじってあげるからじっとしてなさい」

 

「ひ、ひえぇぇ~~」

 

 卒倒し、しばらくして目が覚めたリゥは、自分を驚かせた張本人であるアーボックにつかみかかったかと思うとスプラッタ間際の責め立てを繰り返しており、流石に見て見ぬ振りができない状況になり果てていた。かなりのご立腹らしい。

 

「ご主人様、私、今度からリゥさんにホラーを見せるのやめておきます」

 

「ああ。もし見せるなら是非俺のいない場所で頼む」

 

 頷き、のっぴきならない状況にならない内にリゥをひっぺがす。

 

「待って今いいところなのに」

 

「そこまでにいしとけって。相手びびってんじゃねーか」

 

「あうぅ……ごめんなさいごめんなさいほんのちょっと出来心でざまぁみろって思った

だけなんですぅ」

 

「ぶち殺すわ」

 

「こらこらこらこら」

 

 肩の下から腕を回してホールド。

 

「ちょ、どこ触ってるのよこのバカ!」

 

「まそっぷ!」

 

 するりと抜け出したリゥによって空中に放り出され俺は、久しぶりに無機物をキスをした。埃みたいな味がした。

 

「相変わらずだな、バカファアル」

 

「ああ。お前はちょっと逞しくなったな」

 

「えっ、そうか? へへへ」

 

「今の一瞬で復帰してます!」

 

「タフになってきたみたいね」

 

 胸元を両手で覆っているリゥは、そう言ってそっぽを向いた。別に胸は触ってねーんだけど。

 

「で、何しにこんなボロ屋敷に? はっきり言うけど、危ないぞここ」

 

「うん……ってオレより、あんたはどうして?」

 

「あん? んなの、お前が入っていったからに決まってんじゃねーか。危ない場所にい

る幼なじみを放っておけるかよ」

 

「……けっ、そうかよ」

 

 グリーンは少しの安堵と、視線をさまよわせるかのように顔を小さく横に振った。

 

「萌えもん研究所って知ってるか?」

 

「ああ。確かお前のじいさんも協力してる研究所だろ? 化石とかも調べてるそうじゃないか。この島にもあるよな」

 

「知ってたか。じいさんから連絡があって、手を貸してやって欲しいって言われて手伝

ってるんだよ」

 

 確かにあの博士なら、研究所とパイプがあってもおかしくない。忙しい人でもあるし、お使い程度を孫に任せるのもたまにあるのだろう。隣町のトキワシティまでグリーンがお使いに出かける姿を時々見かけていたし。

 

「で、その手伝いってのがこのボロ屋敷と関係あんのか?」

 

 グリーンは頷いて、

 

「地下室に研究所の資料置き場があるらしい。と言ってももうかなり古いものらしくて、破棄前提でこの地下に眠らせてるらしいんだけど、必要になったらしくて、頼まれた」

 

「ふむ。過去の不要な資料素材をまとめて地下室に永眠させていたら、偶然それが必要になったもんだから回収するハメになったわけか。でも何でこの屋敷にそんなのあるんだ?」

 

 俺の問いに、グリーンは天井を見上げ、答えた。

 

「研究所に在籍した職員の元屋敷なんだと。その研究員は謎の事件で死んだらしいんだけど、昔はその人が広い屋敷だからってんで不要な資料を引き受けて独自に何かの研究もしていたらしい。ただ、必要な時はいつでも言ってくれってことで鍵も……ほら」

 

 ちゃりん、とグリーンがポケットから出したのは装飾もないもない鍵だった。

 

「経緯はわかった。で、何でお前は上から降りてきたんだよ。地下だろ?」

 

「うっ」

 

 俺の指摘にグリーンは固まると、

 

「ははーん。さては探検したくなったんだな? わかる、わかるぞ。男の浪漫だもんな。隠すことないぞ、俺にはわかる」

 

「ち、違げーよ!」

 

 バンバンと肩を叩く。

 ムキになって反論しているが、顔は真っ赤だ。大人ぶろうとしているが、まだまだ子ども。こういう部分は恥ずかしいのだろう。

 

 気にするな、グリーン。大人になれば誰にはばかることなく言うようになる。男ってのはみんな、そうやって大人になるもんだからな。みんなわかってるのさ……。

 

「じゃ、てっとり早く行こうぜ」

 

「は?」

 

「は?」

 

 と言ったのはグリーンとリゥ。

 

「いや、だから手伝うって。危険な場所だし、ふたりいた方がいいだろ?」

 

「……まぁ、そうだけど。いいのか? あんたのハクリュウ、顔真っ青だぞ?」

 

「リゥ、何事も試練だ」

 

「まじめなこと言ってるつもりなんだろうけど、目が輝き始めてるのくらいわかるのよ!」

 

「そんな!?」

 

 涙目になって抗議してくるリゥ。

 そのリゥにコンが何やら耳打ち。

 

「……」

 

 何を吹き込まれたのか、こっちをチラっと見たリゥは頷いた。

 

「い、いいわ。行きましょう。さっさと終わって外に出るのよ、いい?」

 

「はーい」

 

「楽しそうに返事しないで!」

 

「グリーン。間取りとかあるのか?」

 

「ない。でも場所は聞いた。後は……こいつに手伝ってもらう」

 

 言って、グリーンはボールを展開した。

 出てきたのは、ブラウンと白の毛並みを持つ、どこか犬を連想させる萌えもん。

 

「え……」

 

 その姿を見て絶句したのは、俺と――そしておそらく、リゥとコン。

 

「な、何です……か?」

 

 道ばたで急に不審者に出会ったかのような目を向けられる。非常に遺憾である。

 

「ぐ、グリーン。その娘とはどこで出会ったんだ?」

 

「んだよ? 別にどこだっていいじゃねーか」

 

「もしかして、タマムシシティの近くだったりしねぇか?」

 

「ん? ん、まぁサイクリングロードだったし、そうだな」

 

 サイクリングロード……つまり、タマムシシティの近く。

 

「ちょっと待ってろ」

 

 腰のホルスターから慌ててボールを取り出し、展開する。

 

「む、むむ。わちし解放されたのか!」

 

「俺が無理矢理拘束しているような言い方やめろ」

 

「おお、ここはどこだ。わくわくするな!」

 

 サンダースは浪漫がわかる良い娘だ。

 

「じゃなくてだ。サンダース、あいつ見覚えあるか?」

 

「んん?」

 

 鼻をひくひくさせつつグリーンのイーブイへと近づいていくサンダース。

 やがて至近距離になると、お互いの手のひらを会わせ指を絡ませて握り合うと、額をくっつけた。

 

「この感じ――知ってるぞ!」

 そして、叫ぶと同時に手を離し、そのままガバっと抱きついた。

 

「久しぶりだー! 元気だったみたいでわちし嬉しいぞ!」

 

「アババババババババババ」

 

「サンダースちょっと待てぇぇ!」

 

 放電で痺れているイーブイから引き離す。俺も痺れた。

 

「すまん。感動のあまり抱きついた!」

 

「うぅ……」

 

 ここまで謝る気のない謝り方って聞いたことがない。

 

「……酷い目にあった。でも、」

 

 イーブイは俺にちらりと目を向け、

 

「良いマスターに出会えたみたいだね」

 

「そうでもない!」

 

「地味にショックなんだが」

 

 まぁでも、良かった。

 もっと時間がかかるか、もしかしたら――とも思っていたから、見つかって本当に安堵した。

 

「なぁ、あいつらって知り合いなのか?」

 

「ああ。うちのサンダースがずっと探してたんだよ。タマムシシティの地下施設で一緒

に育ったらしい」

 

「……あそこか」

 

 ロケット団のアジトで研究されていた萌えもん、イーブイ。進化の可能性を探るために研究され、死んでいたかもしれない兄弟姉妹たちが出会えたのだ。祝福されて然るべきである。

 

「しばらくは一緒にさせておいてやろうぜ」

 

「だな。協力して探してもらうとするか」

 

 グリーン曰く、地下に降りる階段があるそうなのだが、住民だった研究者によって隠されていてどこにあるのかわからないらしい。かつて在籍していた職員たちに大まかな場所を訊きはしたものの、後は実際に調べるしかないだろうとのこと。

 そこでイーブイに協力してもらうことで、地下室の微かな臭いを辿ろうと考えたそうだ。

 

「了解。じゃあ、何かあったら連絡な」

 

 そうして、俺とグリーンは二手に分かれて屋敷の一階を捜索し始めた。

 

 

    ****

 

 二手に分かれて、屋敷の中の捜索を始めた。萌えもんたちを合わせるとかなりの人数で、ひとりでやるより効率は段違いだった。

 

「なぁ、サンダース」

 

「ん、なんだ?」

 

 振り返ってくる。

 探検したい衝動が全身から漂っているが、走り回って最後には生き埋めとか洒落にならないから絶対に止めないといけない。

 

「良かったな」

 

「おう!」

 

 心底嬉しそうに、サンダースは笑った。

 仲間を捜し出す。

 期せずしてサンダースの目的は達成させられたわけだが、これからどうするのだろうか。

 

 施設で苦しい生活を送っていたのだ。このまま家族と一緒に暮らしたいといっても――俺は止めるべきなのだろうか。旅をしたいのは俺の理屈であり、希望だ。だけど、心の底から求めている願いを前に、俺の求めは……。

 

「――アル。おい、ファアル!」

 

「あ、ああ。悪い。考え事してた」

 

「むぅ、すぐに気を逸らす奴だ」

 

「悪かったって」

 

 お前に言われたくねーよ、と思ったが、素直に謝っておく。

 

「ここ。ここが怪しいぞ」

 

「お、そうか?」

 

 前足でテシテシと床を叩いてアピール。

 

「風が下から来るんだ。それと、雑巾みたいな臭いがする」

 

 顔をしかめたサンダース。

 

「なるほど。となると、階段……ではなさそうだな」

 

 周囲を見渡すと、階段を設置するようなスペースではないように思えた。部屋の端、それも窓際だ。こんな場所に階段は何というか――センスが悪い。大体は机などで隠してもわからないような部屋の中央や、本棚などを置ける壁際に設計する。窓際という話は、聞いたこともなかった。

 

「一番怪しいのはどの辺りだ?」

 

「ここ」

 

 気を回しすぎていたのかもしれない。結果、不注意になっていたようだ。

 窓際で風雨にさらされて腐食しているという点。日光によって乾燥していたかもしれないという点。おまけに風が吹き上げてくるというおかしい点。

 

 それら全てを思考の彼方に吹っ飛ばした結果、

 

 ――ミシ。

 

 という音と共に。

 

「あれぇ?」

 

 腐った床がずぼっと抜けた。

 

「ファアル!」

 

 血相を変えてリゥが飛び出し、間一髪俺の手を掴んでくれたが、

 

「……ですよねー」

 

 周囲の床板も巻き込んで盛大に崩れ落ちた。

 少し前にも似たような経験をしたな、と朧気に思ったりもしたが、高さはほとんどなく、運良く何かのマットの上に落ちたというのもあって怪我は全くなかった。

 

「ご主人様ー!」

 

「おーい、大丈夫か?」

 

 上から聞こえてくる声に、

 

「大丈夫だー」

 

 と答え、周囲を見渡した。

 暗闇でほとんど見えないが、目的の場所であるのは間違いなさそうだった。

 

「……臭い」

 

 俺たちを助けてくれたのは、不要になった布団たちのようだ。幾重にも積み重ねられた布団は、何かに使用していたものか、はたまた単に片づけるのが面倒だったのか。今でとなっては定かではないが、助かったのは事実だ。布団からどいて、服を叩くと埃が舞った。

 

「げほっ、ごほっ」

 

「ダンジョンだな!」

 

 今にも駆け出しそうなサンダース。

 

「ぶつかるからじっとしてろよ?」

 

「えー」

 

 不満そうに見上げてくるサンダースを余所に、コンを一度ボールに戻して再び展開する。

 

「グリーン。そっちは階段見つかったか?」

 

「今のところは……」

 

「そうか」

 

 ポケットからZIPPOを取り出し、火を付ける。

 ぼうっと、暗闇が火によって照らし出される。

 

「火なら私がつけますのに」

 

 口を尖らせるコンに苦笑を返す。

 

「コンの火は威力が高いからな。火事になったりしたら厄介だし、今回は勘弁してくれ」

 

「はぁーい」

 

 見ると、すぐ近くに階段があった。

 それと同時にさっきまでいた部屋の間取りを思い浮かべる。

 

「グリーン。階段を見つけた。部屋の本棚――そうだな、入り口の方から数えて二つ目か三つ目あたりの下が怪しそうだ。探れるか?」

 

「わ、わかった」

 

 ばたばたと階上で音が聞こえ始める。

 

「さて、灯り灯り、と」

 

 研究所の資料があるのなら、ここの電源はまだ生きている可能性が高い。破棄場所として選ぶなら、即ち人の手が届く場所なければいけないからだ。

 

「そう簡単に辿ってきたものを捨てられるほど人間厳しくねぇからな」

 

 独りごち、壁にそうように移動していくと階段から少し離れた場所に証明のスイッチがあった。電源を入れると、ブゥンという音と共に蛍光灯が地下室を照らし始める。

 

「さて」

 

 ポケットにしまいつつ、地下室を見渡す。

 木製の壁に囲まれた地下室は、無機質な印象は受けない。が、屋敷同様に広く設計されており、全体に視線が届かないほどだ。

 

 不自然な位置にあったスイッチだったが、こうして明るくなると理由がわかる。階段部分の天井には単独で証明が設置されていて、正しく機能していれば明かりの届く範囲だったのだろう。

 

 と、どうやら上でも見つけたようで、グリーンが降りてくる。

 

「よう、お疲れ」

 

「苦労したぜ……って、臭! 近寄んじゃねーよ!」

 

「そんな水くさいこと言うなよ、兄弟」

 

「ぎゃあやめろ臭くなる!」

 

「へっへっへ」

 

 肩を組むとグリーンは意地でも離れようともがくが、所詮は子どもの力。ムキになった大人に力で勝てるわけがないのだ。

 

「大人げないんだから」

 

 蛍光灯がついたのもあって、リゥは少し気を取り戻していた。現金である。

 

「目的地はどこだ?」

 

「……この奥だな」

 

「ふぅん」

 

 グリーンが死んだような目で指し示してくれる。

 地下室は見たところ、研究施設であり同時に娯楽施設でもあった。

 広い場所にはビリヤード台が置かれ、道具そのものも当時のままで放置されているようだった。

 

 地下室のあちこちに萌えもんの像が設置されていて、正直暗がりで見たくないが、こうして明るい場所で見ると研究者らしい変わったセンスをしていた。

 

「これ、どうやって遊ぶの?」

 

「ああ、九個のボールを棒でついて、順番に穴に入れていくんだ」

 

「何それ。そんなのが面白いの?」

 

「紳士の嗜みみたいなもんだ。かっこいいじゃないか」

 

「訳わかんない」

 

 などとやり取り。

 すると、

 

「……何か今、像の目が光ったような」

 

「そんな訳ないじゃない!」

 

「否定してる割に俺の後ろに隠れてるじゃねーか」

 

 動きが見えなかったぞ。

 

「え、だってほら」

 

「ひぃぃっ!」

 

 ぴか、と一瞬だけ目が光る。

 何だこの学校の七不思議みたいな陳腐なの。

 

「い、いいわ……そっちがその気ならぶっ壊して中身を引きずり出してやる……」

 

「ひぃっ」

 

 うちの相棒の方が怖い。どんどん瞳の輝きが消えてやがるじゃねぇか。

 

「ってコン。それスイッチ……」

 

「はい♪」

 

 銅像の台座部分にあるスイッチをコンが押すと、目が光った。それだけだった。

 

「……(こわ)す」

 

 今何かがおかしかった気がする。

 

「ファアル。わっち、ちょっと探検してくる」

 

「お、おお。変なもの触るなよ」

 

「任せろ!」

 

 サンダースは駆け出し、イーブイと一言二言話してから、ふたりで地下室の探検にあちこちを回り始めた。

 その姿は、とても嬉しそうで……。

 

「こっちに資料室あったから探してくるわ」

 

「あいよ。人手はいるか?」

 

「狭いしいらねー」

 

 ばさばさという音が聞こえ始める。たぶん、散らかりすぎているんだろう。

 手持ちぶさたになった俺は、リゥとコンと共に地下室を一回りしてみる。カラもボールから出すと、どうやらさっきの銅像が琴線に触れたようで、目を光らせたりして遊んでいる。どうもああいうギミックが好きみたいだ。

 

 それにしても、探索してみるとここの持ち主は変な趣味というか銅像に何か仕込むのが好きだったようで、目が光ったりどこかが動いたりと変な仕掛けばかりだった。

 しかしそれ以外は至って普通。地下室も自身の研究に没頭するために作り上げた空間なのだろうというのは、地下室の構造を見ていると察せられた。

 

「――ん?」

 

 ふと。

 何となく触っていた銅像についているギミックに違和感を覚えた。

 今までと挙動のおかしいその銅像を暇つぶしがてらいじっていると、体の一部がパージし、空洞となった中から一冊の紙切れが出てきた。

 

 書き殴られた文字は、よっぽど急いでいたのか読めない部分も多い。その中ではっきりと読めた文字はほとんど残っていなかった。

 

「――遺伝子操作。ミュウ……ツー?」

 

 萌えもんの研究。

 遺伝子もそのひとつなのだとすれば――人工的に萌えもんを生み出すことも可能? 流石に飛躍しすぎか。

 

 しかも論理的にはそうかもしれないが、それは倫理にもとる。絶対にやってはいけない行為だ。科学者とて守らねばならぬ倫理はある、とオオキドのじいさんも言っていたのを良く覚えている。

 

 だが、手にしたノートの切れ端からは嫌な予感が伝わってくる。

 

 ――私はミュウツーに殺される。

 

 そう締めくくられたノートの切れ端。

 元に戻そうかどうか迷い、ギミックを元通りに直して切れ端だけは持って行くことにする。こういうのは博士に渡すのが一番だろう。

 

「よっし、見つけた。ファアル、帰ろうぜ」

 

「お、おお。了解。みんな行くぞー」

 

 仲間たちを呼び集め、ついでに重そうなグリーンの荷物を少しだけ持ち、屋敷の外に出る。

 何かに閉め出されるかのようにして、屋敷の門を閉めると、ほっと吐息が出た。どうやら緊張していたらしい。

 

「もう夕方だな……」

 

「後はオレが持って行く。その……ありがとう、助かった」

 

 照れくさいのか、グリーンは俺の手から荷物をひったくるようにして回収し、研究所へと駆けていく。

 そしてその背を追ってイーブイも去っていく。

 

「サンダース」

 

「まーたーなー!」

 

 ぶんぶんと手を振るサンダースに、イーブイは振り返って小さく手を振り返した。

 

「いいのか? イーブイは――」

 

「わっちはお前と一緒に行くぞ」

 

 俺の言葉を断ち切って、サンダースは言った。

 

「ファアルと旅をする。わっちもお前が好きだからな!」

 

「……サンダース」

 

 むん、と胸を張ったサンダースに、鼻の奥がつん、となる。

 出会った当時はあんなにつっけんどんだったのに、こんな嬉しいことを言ってくれるなんて……。

 

「――ありがとな」

 

「むひひ。それに、家族はまだまだいるからな!」

 

「……は?」

 

「いや、だからまだまだいっぱいいるんだ。だからわっちの旅は続くんだ」

 

 一体だけじゃなかったのか。

 それは――、

 

「まだまだ一緒に旅ができるんだな」

 

「うむ!」

 

 言って、サンダースは笑った。

 

「さ、じゃあそろそろ戻るか」

 

 明日はジム戦。久しぶりの強敵との戦いに胸が踊っている。

 夕焼け空はどこまでも赤く、海も橙に染まっていて心奪われるようだった。

 俺たちは屋敷から海岸へと出て、夕焼けを眺めながら少しだけ遠回りとして萌えもんセンターへとたどり着く。

 

「よう、遅かったやないか」

 

「……マサキ?」

 

 そこにいたのは、双子島で分かれたはずのマサキと、

 

「お、おい!」

 

 顔を埋めるようにして、俺の胸に飛び込んできたストライクだった。

 

 

    *****

 

 

 唐突な再会に目を白黒させていたが、とりあえず日も暮れてきたということでみんなで萌えもんセンターの中で話をすることになった。

 マサキも宿を考えていなかったらしく、便乗する形で萌えもんセンターに。

 

「誰か知り合い作らんとあかんなぁ。そうすりゃ宿なんて簡単に取れるっちゅーのに」

 

「お前いつか刺されるぞ」

 

「マサラタウンの宿は確保しとるさかい、全国行脚も可能になりつつあるで」

 

「……ちなみにそのマサラタウンの宿ってのは?」

 

「お前ん家に決まっとるやん」

 

「オラァ」

 

「やめて海に蹴り落とそうとせんといて!」

 

 こうしている間にもストライクは離れようとしなかった。

 こちらが何か言っても反応はほとんど無し。

 その様子から何か大きなことがあったくらいはわかる。迂闊にどう言葉をかけていいものか迷い、結局無言の時間が続いている状態だ。

 こういう場合に限って嫌な予感と予想は当たる。

 

 果たして。

 萌えもんセンターに到着した俺が、マサキから聞いたのは予想よりも少し酷い状況だった。

 

「セキチクシティにな、水死体が流れついててん。わいらが帰った頃合いにちょうど浜辺にな」

 

「そりゃまた……タイミングが悪かったな」

 

「ストライクにとっては最悪やろうな。わいも詳しいところまでは聞いてへんのやけ

ど、見た感じ、腐食しててここ数日で死んだもんやあらへんって話やった。あちこちつつかれてボロボロでな。せやけど、妙なもんで自分の主かどうかは一片でわかったんやろなぁ」

 

 それが、

 

「ストライクの主、か」

 

「せや。自分を見つめ直したいって言った矢先にこれやで。そりゃ……きついわ。大人でも堪える」

 

「……そうだな」

 

 信頼している人の死というのは、想像以上にダメージが大きい。特に萌えもんにとってみれば、トレーナーというのは家族にも等しい相手だ。大切に想えば想うほど、別離というのは双方に癒せぬ傷を負わせる。

 特にストライクの場合は、傷を癒そうと前を向いた瞬間に傷口に塩を塗りたくられたような状態だ。心が死ぬことだって充分にあり得る。

 

「――正直な、わいには手が負えんと思た。せやから、お前を頼ることにした。ストラ

イクを正面から受け止めたのは、ファアル。お前だけや。ストライクは何も言わんかった……。ここに来たのはわいの判断や」

 

 そうして、マサキは悔しそうに顔を歪め、

 

「研究者いうても肝心な時には何もできん。こうして、誰かに頼むことしかできんのや」

 

 腰のホルスターからボールをひとつ取り出した。そのボールは傷だらけで、何年も何年も使い込まれた跡が刻まれていた。

 

「やっこさんが大切に護り通したボールや。これをお前に託す」

 

 そして俺の手を握り、手のひらの上にボールを置いた。

 本来なら軽いはずのボールは――故人の想いが乗っているかのように、重たく感じられた。

 

「会うことはできるのか?」

 

「いや……無理やろな。何の繋がりもない一般人では無理や。同じく、萌えもんであろうともな。死んだら、それで繋がりは終いや。そういうことになっとる」

 

「……ままならねぇな」

 

 マサキは、苦笑した。

 そうするしか選択がなかったのだろう。俺だって同じ気持ちだった。

 

「任せてもえぇか?」

 

 しばらくボールを眺める。

 やがて、ぽつりと、

 

「何で、俺なんだ?」

 

 その問いに、マサキは驚いたと思えばすぐに笑い出した。

 

「おい」

 

「いや、すまんすまん。んなの決まっとるやんけ。ファアル、お前がわいの友達の中で一番のトレーナーやと思ってるからやわ」

 

 好意を不意打ちで真っ正面から受け止めざるを得なくなり、咄嗟に顔を逸らしてしまう。

 

「……約束はしねぇぞ」

 

「それでえぇ。誰も救いなんか求めてへん。ただ、切っ掛けなら与えてやれる。頼むで」

 

 言って、マサキは離れていった。何か用事があるのか、受付で何か訊いているようだった。

 

「救い、か」

 

 呟く。

 求めていない、とマサキは言った。

 渡されたボールが、重たい。持ち主だった人間の想いも籠もっているようで。

 

 捨てられたと言っていたストライクが知った真実は、どれほどの衝撃だったのだろうか。主を信じていたいと願ったストライクが、最後に理解した主の想いは真実で、だからこそ残酷だったに違いない。

 

「……やれやれ」

 

 これじゃ明日のジム戦に集中なんて出来やしない。

 どうやって炎タイプの牙城を突き崩すか。思考しようとしても纏まっていかない。

 意識して切り替えられればいいのだが、そうもいかない。我ながら、難儀な性格だと思う。

 そんな俺を見越していたのだろうか。

 

「ファアル、いい?」

 

 そう言って、リゥが隣に並んだ。

 二階は海風が強く、少し肌寒い。上着を脱いでリゥにかけると、

 

「ありがと」

 

 と言って受け取った。

 

「ストライクのこと、聞いたの?」 

 

「ああ」

 

「そ」

 

 簡潔に。

 リゥは頷いた。

 

「仲間にするの?」

 

「……」

 

 答えられなかった。

 旅に出た当初は、ジムごとに対策を整え、有効なタイプの萌えもんを捕まえて戦闘を有利に――と考えていたが、すぐに止めた。旅をしている間に、どうしても共に夢を叶えたい仲間たちと出会ってしまったから。

 

 今は――五体。バトルに出せる手持ちは六体。残るバッジは二枚だけ。リーグも近い以上、どうしても考えなければならない。

 その意味では、ストライクは戦力としてもってこいだった。ただ、そうすれば――

 

「あいつを巻き込むことはできる。だけど、それはストライク自身を傷つけることになる。それじゃあ、ダメだ。きっと――」

 

 救えない、とマサキは言った。

 俺にできることはせいぜいが手を差し伸べる程度だ。例えストライクに握る手が無かったとしても、振り払われたとしても、傷つけられたとしても、差し伸べ続けなければいけない。

 それが、故人の遺したボールを受け取った俺に責任なのではないかと思うのだ。

 

「……はぁ、まーた考えこんじゃって」

 

 呆れた様子で、リゥはため息をついた。

 

「性分なんだよ」

 

 でしょうね、と言って苦笑するリゥ。

 そして俺と真正面から向き合うと、

 

「ファアル」

 

 と呼んだ。

 

「あん?」

 

 その雰囲気に、眉をひそめていると、おもむろにリゥの右手が挙がり、俺の頬に向かってピシャリと振り抜かれた。

 ぶたれた、と思った時には両頬から――リゥの両手に顔を挟まれたのだと理解するのに少しかかった。

 

「自惚れないで」

 

 決して自分から目を逸らさせないように、リゥは俺をまっすぐに見据えている。

 

「いつか言ったと思うけど……」

 

 そう前置きし、

 

「今は自分のことだけを考えて。明日の戦いを――貴方の仲間のことを考えて。どうやって勝てるのかを考えて。進み続けることだけを考えて」

 

 沢山の言葉。だけど、それが意味するのはたったひとつ。

 己の夢を第一に考えろ。

 リゥは、そう言っていた。

 

「ストライクのことを気にかけるのは、仕方ないと思う。ファアルはそういう人だから。私たちはみんな知ってる。だけど、だけど――」

 

 息を吸い込んだ。

 

「自分を貫けない人は、誰かを救えたりしない」

 

 リゥは自嘲気味に、

 

「私がそうだったように、ね。来てくれて、嬉しかったから――この人なら信じられるって心から思えたから。だから、私はひとりじゃもう進まないって思えた。代わりに進めなくなっちゃったけどね」

 

 だから、と。

 

「ファアルが重たいって思うのなら、私が――ううん、私たちが支えるから。だから今は、ちゃんと持てる自分になって。みんなで考えればきっと大丈夫。だって」

 

 そうして。

 リゥは一度言葉を聞って、何度か口を開けたり閉じたりしてから、

 

「仲間、なんだから」

 

 真っ赤になりながら、言った。

 

「――そうだな」

 

 頬に当てられたままの手に自分の手を重ねた。

 

「なっ、ちょ」

 

「ありがとう、リゥ」

 

「……べ、別に」

 

 ぷい、とリゥは顔を背け、俺の手を振り払った。

 まだ暖かさの残る手が少し名残惜しかったが、その手に上着を押しつけられる。

 

「寒いから入る」

 

「ああ」

 

 こちらに顔を向けず、リゥは仲間たちのいる場所に戻っていく。

 その背に向かって、

 

「リゥ。明日、勝つぞ」

 

「とーぜん」

 

 手を挙げてそう言ったリゥは、やっぱり頼もしい相棒だった。

 

 

    ****

 

 

 久しぶりに一服したような気がする。

 紫煙を吐きながら、リゥの言葉を反芻しながら託されたボールを見る。

 

「――預かったよ、お前のボール」

 

「はい」

 

 羽音と共にストライクが舞い降りてくる。

 

「事情はマサキから聞いた。何つーか、……災難だったな」

 

「いえ。あちしも――迷惑をかけっ放しで」

 

 そう言って、俺の隣にストライクは並んだ。

 

「変わり果てた主を見て、頭がぐちゃぐちゃになってしまい――咄嗟に浮かんだのがファアル殿でした。それで、気が付けばその」

 

「そっか」

 

 萌えもんは主を選べない。

 それ故に、親しくなればなるほどトレーナーは家族と同じような存在になる。俺にとってリゥたちがそうであるように。ストライクにとって、主こそが家族だったのだ。

 

 だからこそ、捨てられた事実を否定したくて主を求め、主の死と出会ってしまった。

 孤独に迫られ否定しようと足掻こうとした少女は、最後に孤独に飲み込まれかけたのだ。

 俺やリゥとの出会いは、少しでもストライクの助けになったのだろうか?

 

「……まぁ、一緒に旅したもんな」

 

 ストライクはただ押し黙っていた。

 

「あちしはどうすれば……」

 

 その声音に、縋るような響きがあった。

 

 

 ――なぁ、一緒に来るか?

 

 

 その言葉を呑み込む。

 リゥの言葉が、俺を踏みとどまらせた。

 

「ゆっくり考えればいいさ」

 

 代わりに軽い調子でそう言った。

 

「……はい。そう、ですね」

 

 俺に向けられたストライクの目は、突き放され揺れていた。

 一度振り払わなければならない罪悪感が胸を突き刺してくる。

 目を逸らしかけ、しかしそれじゃダメだとストライクの揺れる瞳と相対する。

 

「明日はジム戦がある」

 

 ストライクに理解の色が広がりかける。同時に悔しさも。

 それらが同居する前に、言う。

 

「リゥに叱られたよ」

 

 苦笑しながら、

 

「自分のことをちゃんとできない奴に、誰かが救えるかってさ。ほんと、何度あいつに叱られりゃ気が済むんだって話だが……確かにそうだって思った。俺は凡人だから、両方一辺になんて無理だ。どちらかにしか全力を傾けられない」

 

 ストライクは黙って聞いていた。

 近しい人間の死を受け入れるために何よりも必要なのは時間だ。

 そしてストライクに対して最も必要なのもまた、時間だ。

 

 だから、例え卑怯だとヘタレだと言われようとも先送りにする。

 誰に謗られようと、俺が一度負うと決めた責任なのだから。

 

「……悪い。だから、今はこうして傍にいて、聞いてやることしかできない」

 

 ストライクは俯いていた。

 愛想をつかされたかな?

 そう思った矢先、肩がふるえているのに気が付いた。

 今日二度目だな、と再び上着を脱いで、ストライクにかける。羽が折り畳まれていて良かった。

 

「……すみ、ません……っ、あち、しは……」

 

「いいさ」

 

 誰かが言っていた。

 涙は悲しみを洗い流す、と。

 泣けないより余程いい。今なら、それを知っているのは俺と星空だけだ。

 

「今更言うまでもないだろうけどな」

 

 ぽん、とストライクの頭に手を乗せ、

 

「俺は――お前の味方だから」

 

 こくり、と頷くとやがてストライクの嗚咽が聞こえてきた。

 短くなってきた煙草。

 全て吸いきるまでにはまだまだ備蓄が山ほどある。

 

 ――風邪を引かないようにしないとな。

 

 短くなった煙草をもみ消し、新しい煙草に火をつけながら、そう思った。

 

 

     ****

 

 

 

 夜が明け、朝になってみればこれまた快晴。基本的にジム戦は室内で行われるので天気は関係ないというものの、やはり気分は高揚する。

 仲間たちもやる気充分。良い戦いができそうだ。

 

「わいも応援に行くわ」

 

「おう」

 

 マサキと別れ、リゥを伴ってジムへと向かう。

 

「ねぇ、今回のジムってどんなのが相手なの?」

 

「ん? 炎タイプが相手だ。ジムリーダーも無茶苦茶熱いジイさんらしい」

 

「……へぇ、面白そうじゃない」

 

 早くも好戦的な笑みを浮かべるリゥ。うちの相棒はアマゾネス。

 コンの言っていた脳筋っての、あながち間違ってないんじゃなかろうか。

 

「で、あんは本当についてくる気なの?」

 

 振り返ったリゥは、ストライクにそう言った。

 

「はい。これまでもそうでしたし」

 

「……ま、そうだけど」

 

 ちらり、と俺に視線を投げてくる。

 

「許可されたらだけどな。ジムリーダーの裁量次第だから、わからん。ひょっとしたら客席になるかもしれないからな?」

 

「はい」

 

 少し吹っ切れたかのように、ストライクはやんわりと笑った。

 それでいい。

 今の俺が向けるべき意識は、たったひとつ。

 

 グレン島ジムのジムリーダー、燃える男、桂。

 炎タイプを扱う、炎よりも熱い男。

 

 ――楽しみだ。

 

 これからどんな勝負が待っているのか。

 心を躍らせながら、俺はジムの受付へと向かった。

 

 

 

                                 <了>




ちゅーこって、グレン島の前半終了です。何だかんだでまた長くなっちゃいました。
次回はジム戦。時間取れそうなで、6月末までには何とかうpしたいところ。まぁ、予定なんですが。

個人的に、ジムに挑む前にまず街中を探索するプレイスタイル。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【第三十二話】グレン島――燃える男より熱きモノ

お 待 た せ




 決戦場は、熱かった。

 熱くもあり、暑くもあった。

 

 常にサウナにいるかのような熱せられたフィールドの中、左右には溶岩を模した火の海があり、真ん中には広い荒野に岩が足場として設置され、熱風が吹き付けられている。

 当然ながら水の部分は存在しておらず、挑戦者が水タイプを扱う場合、どう工面するかが問われるだろう。

 

「暑いな……」

 

 脱水症状対策としてスポーツドリンクや塩も準備されていて、ジム上部からは冷風が吹き込んでいる。しかし、密閉された空間ではないために、風は外に駄々漏れかつ、常に熱が生まれているので、ほとんど意味をなしていない。

 リゥたちも同様で、炎タイプのコン以外はみんな辛そうだった。

 愛梨花には熱中症を狙われたが、今回もまた注意していかねばなるまい。加えて、これだけ高温だと岩場も相当熱せられていると予想できる。火傷にも注意しないと。

 

 となれば、やはり重要な要素となるのはシェルだ。足場を作れるし、火の威力を弱めることもできる。

 同時に、熱せられた地面は、地面タイプにとっても熱湯に入るのと同じように厳しい環境のはずだ。それこそ、火山に住んでいる萌えもんでもない限り、辛い環境となるだろう。

 

「今までで一番厳しい戦場だな」

 

 それが、第一印象だった。

 実際に戦場に立ってみると、肌で理解できる。この状況を打開できる方法は、そう多くない。

 どんな戦略で戦うか――それも含めて相手をこちらの術中にハメるのが、何よりも重要になるだろう。

 それにしても、

 

「流石だな。汗一つかいてない」

 

 キラリと光る頭に視線が吸い寄せられる。

 いや、むしろあの頭は汗をかいているのかもしれない。それ故に、より光を反射しているのかも。

 何れにせよ、酷く目立つ。さながら太陽かの如く、余計なものを隠さず曝け出している姿は実に男らしい。

 

「かーっはっはっ!」

 

 桂から、大きな笑い声が発せられる。

 戦場と言わず、会場全てに響き渡るほどの大きな声だ。

 その言葉は、まさに炎。それを体言するかの如く、桂は腕を組み、仁王立ちしている。

 

「良く来たな、小僧! わしは燃える男、桂!」

 

 暑苦しいという言葉がぴったりな爺さんだ。

 あの年齢であんなテンションでは、血管がぷっつり切れてそのまま逝ってしまうんじゃないかと心配にすらなってくる。

 

「わしが扱うは炎! その名の通り、立ちふさがるもの全てを燃やす!」

 

 その言葉を真正面から受け止める。

 グレンタウンジムリーダー、桂。俺が戦った中で、もっとも長い間トレーナーをやっている男だ。ジムリーダーとしてもかなりの年月だろう。

 彼の胸を借りるつもりで――しかし必ず勝つ意志をこめて、俺は人生の先輩が放つ言葉を受け止めなければならない。

 

「小僧! お前に受け止められるか!」

 

 俺はマイクを手に取り、宣言する。

 

「冗談言えよ。あんたの炎より燃えてやるよ――!」

 

 モニターに互いの手持ちが表示される。

 桂は6体。俺は6体――うち1体は、戦えるかもわからない状態。戦力として数えたら負けだ。

 不利な状況は承知している。それでも、勝つ。

 

「ならば示してみるんだな!」

 

 桂が言葉を放った直後、俺たちは同時にボールを抜き放ち、

 

「行け――」

 

「頼むぜ――」

 

 灼熱の大地に2体の萌えもんが降り立つ。

 

「キュウコン!」

 

「コン!」

 

 ――ここに、グレンジムの火蓋が切って落とされた。

 

 

   ■■■■

 

 

 俺と桂。互いに先陣として選んだ萌えもんは、奇しくも同じだった。

 キュウコン。

 もはや語るべくもない頼もしいさを持った萌えもんだが、相手にすればこれほど恐ろしいものはない。

 

「――さて」

 

 桂は炎タイプを扱うプロフェッショナルだ。俺の人生よりも長い期間ジムリーダーをやっているのは、伊達ではないだろう。

 若輩の俺が真正面からぶち当たって、力技で勝てるとは考えられない。

 

「同じ萌えもんとはわかっておるな、小童」

 

「いや、全くの偶然なんだが」

 

 桂の手持ちは予想していた。その中には当然キュウコンはあったし、どのタイミングで出してくるのかは賭けだった。

 グレンジムは炎タイプの萌えもんを使うジムだ。ならば、自然、桂が相手をするのは水タイプか地面タイプ、もしくは岩タイプくらいだろう。弱点を的確に攻めるのまた戦略。そういった方法が常道だと理解している。

 だけど生憎、俺はそんなに器用な質じゃない。

 だから――あらゆる手を使って勝つしかない。

 

「キュウコン――」

 

「コン――」

 

 俺と桂は同時に指示を飛ばす。

 

「まずは手始めだ。日本晴れ!」

 

 桂のキュウコンが、フィールドを明るく照らす。炎タイプにとっては格好の戦場と化す。

 

 ――やっぱりそう来たか。

 

 当然、織り込み済みだ。自分のフィールドを更に強化し有利に立つのは当然。それを打ち破ってこその、挑戦者なのだから。

 

「コン、どくどく!」

 

「はいっ!」

 

 コンがはきかけたのはコールタールのような液体だった。亨から譲り受けた技マシンで覚えた、相手を苦しめるための技だ。

 

「跳べ、キュウコン!」

 

 桂の指示に従い、キュウコンは即座に跳躍。逆光を背に、コンを頭上から見下ろしている。

 

「キュウコン、妖しい光!」

 

 選択されたのは、混乱を引き起こす技だった。コンは目を閉じるのが間に合わず、まともに食らってしまう。

 

「は、はわわ。ご主人様がいっぱい見えるです。幸せなのですー」

 

「おいコン」

 

 ふらふらとおぼつかない足下のコンの眼前に、キュウコンが降り立つ。

 

「サイコキネシス!」

 

 ぐん――とコンが一瞬揺らいだ。かと思えば、近くの岩山へと叩きつけられていた。

 

「か、はっ……!」

 

「コン!」

 

 桂は更に追撃を仕掛けてくる。

 

「侵掠すること火の如しよ! キュウコン、火炎放射!」

 

 選択されたのは、炎タイプの技だった。同タイプであるコンに相性は良くないが、桂にとってみれば関係ないようだ。

 押して押して押しまくる。

 そらくそれが、桂の戦闘スタイル。勝つためには、どんな些細なダメージとて積み重ねていくのが、グレンタウンジムリーダー桂の真髄だ。

 

「ん、むっ……あ、当たりませんから!」

 

 ダメージを負いながらも意識を取り戻したコンは、岩に手をかけてバク宙。逆に岩を利用して火炎放射から身を隠した。

 次に桂が取り得る作戦は何だ?

 

 俺は思考を巡らせる。

 キュウコンが登録している技は、日本晴れと火炎放射、怪しい光にサイコキネシスだ。 逆にコンは、メガトンパンチに火炎放射、どくどくに電光石火。

 それらの中から、最適解を導かねばならない。

 となれば――

 

「コン、どくどくだ!」

 

 岩陰に隠れたコンが身を出したとして、キュウコンが取れる手段はそう多くない。火炎放射かサイコキネシス、そして怪しい光で同じように攻めるかだ。だが火炎放射の可能性は低い。こちらがもう一度身を隠せば回避できてしまうからだ。

 となれば、選択肢として大きくなるのは怪しい光かサイコキネシス。どちらも視線を用いる以上、こちらが取れる手段はどくどくしかなかった。

 

「火炎放射! 焼き尽くせぃ!」

 

 だが、桂は物理的に消去する方法を選んだ。キュウコンの火炎放射によってどくどくが熱せられ、気体となって霧消する。

 

 ――まだだ。

 

「どくどく!」

 

 もう一度放つ。

 

「小癪な手を使うか! 何度やろうと同じことよ!」

 

 知ってるよ。

 俺は小さく呟き、コンに指示を飛ばす。

 

「コン、」

 効果の無い技を二度、遣った。いい加減、鬱陶しくなってくる頃だろう?

 放たれる技はおそらく――

 

「サイコキネシス、今度こそ討てぃ!」

 

「電光石火!」

 

 そこにこそ最も大きな隙ができる。そのための時間稼ぎさえできれば、それで良かった。

 キュウコンが選択したのは、()()()()のサイコキネシス。小癪な手を連発していた以上、桂が熱くなるのは予想していた。それ故、この勝負を早々に終わらせて、自分には効かないことを見せつけてくるはずだ。

 

 小手先など不要と桂は言ってくる。

 ならばこそ、俺は存分に小手先を使わせてもらうまで!

 

 サイコキネシス発動までは、時間が僅かながらかかる。集中力が必要だからだ。余程の熟練者でもない限り――それこそ棗のフーディンあたりか――タイムラグ無しで発動するのは無理と考えていい。

 なら、こちらの電光石火で先制が取れる。

 

「足を引っかけろ!」

 

「……っ!」

 

 俺の指示に呼吸で答えたコンは、キュウコンの足を引っかけた。キュウコンの体が傾ぐ。だがそれでも、忠実にコンへと視線を向けているのは流石だ。

 

「どくどく!」

 

 その視界を防ぐには、この方法しかなかった。

 コンが吐き出したどくどくは、キュウコンへと降り注ぎ、コンもまた自爆する。

 だが、これで勝つための布石は揃った。

 

「マウントだコン! メガトンパンチ!」

 

「はいっ!」

 

 キュウコンの視界には、どくどくを纏わり付かせて襲いかかるコンの拳が見えたことだろう。

 

 一発、二発、三発――!

 

「むぅ!」

 

 桂の呻きが発せられるまで、コンは三発撃ち込んでいた。

 キュウコンの動きが止まる。

 

 ――ノックアウト。

 

 これで、

 

「一体目――」

 

「撃破、です――!」

 

 桂の牙城のひとつを崩した。

 残る萌えもんは五体。これでようやく俺の手持ちとイーブンになるが、コンはダメージが蓄積されている上に猛毒状態だ。不利なのは相変わらず。

 

 さて、これからどうするか。

 思案しながら、俺は桂の手番を待った。

 すると、

 

「戻れ、キュウコン」

 

 桂は俺をしばし見た後、口角をつり上げた。

 

「その戦い方――あの小童に似ておるな。さては、何か学んだか?」

 

「さてな。俺にゃ、あんたを含めてみんなから勉強させてもらってるから、わかんねぇな」

 

 俺の問いに、桂は哄笑し、

 

「よかろう。ならばこの桂の真髄、盗んでみせよ! 征け、ブースター!」

 

 次に萌えもんを展開させた。

 ブースター。

 イーブイの進化形のひとつで、炎タイプの萌えもんだ。サンダースがスマートな体格なのに対し、ブースターはずっしりと構えた、所謂パワータイプ。俊敏に動くのではなく、砲台と化して周囲を焼き払う、そんな萌えもんである。

 

「さて……」

 

 コンには少々辛い相手だが、〝仕込む〟にはもってこいの相手だ。

 

「コン、いけるか?」

 

 俺の問いに、コンはすぐさま答えてくれる。「もちろんです」

 

「なら、やるぞ」

 

 即座にコンへと指示を下す。

 狙うはただひとつ。

 

「どくどく!」

 

 コンが放ったどくどくをブースターが躱す。

 

「如何に足が遅いといえど、イーブイ種族をなめたか、小僧!」

 

「どうかな!」

 

 桂に不敵な笑みを返し、俺は更にコンへどくどくを命じ続ける。だが、そのどれもが命中しない。

 やがて、

 

「ご主人様、どくどくはもう……!」

 

「あいよ!」

 

 その悉くを外し、コンは俺へどうするのか指示を仰いでくる。

 好機と見たのは桂だ。

 

「ブースター、大文字!」

 

 日本晴れの影響下で放たれる大文字は、凶悪の一言につきる。同じタイプといえど、無事ではすむまい。

 

 ――マズいな。

 

「コン、火炎放射!」

 

「はいっ」

 

 迎え撃つのはコンの火炎放射。だが、大文字の方が威力が勝る。徐々に押されていくコンの表情は苦痛に満ちていた。

 大文字が着弾する寸前に電光石火で回避するか? 無理だ。よしんばできたとしても距離がありすぎる。こちらの攻撃が届く前に、桂からカウンターを食らう。

 メガトンパンチは論外。接近できる可能性がそもそも低すぎる。

 

 ――打つ手無し、か。

 内心歯がみしていると、桂が宣告する。

 

「ブースター、シャドーボール!」

 

 突然消えた炎の残滓。その中からひとつの黒い球体が猛スピードでコンへと迫り、着弾した。

 

「ぴきゃっ!」

 

「コン!」

 

 コン、撃破。

 

「……ありがとうな、コン。助かった」

 

 これで手持ちは残り四体。

 さて、どう出るか。

 

 ブースターの技は、大文字とシャドーボールは明かされた。残る技は何か……可能性としては日本晴れは覚えていそうだが。

 桂が出すと予想できる萌えもんは、ウィンディ、ギャロップ、ブーバー、リザードンあたりか。警戒すべきはリザードンだ。飛行タイプも持っているため、早々と出されてはこちらが不利になる。勝つには地上に縛り付ける他ない。

 だがそれは桂とて読んでいるはず。あえてリザードンを出さないのは余裕のためか、あるいは……。

 こちらが策を打ってくるのなら、正面から叩き潰すつもりなのだろう。俺のように策で相手を翻弄するタイプがもっとも苦手なのは、正面から力押ししてくるタイプだからだ。

 

 ――なら、保険か?

 

 地上戦を仕掛ける以上、桂が警戒しているのはおそらく地面タイプ。これほど熱せられていては、水タイプの攻撃が果たしてどれだけ通じるかもわからない。香澄戦のように、最悪蒸発しかねない。

 

「さぁ、次は何を出す!」

 

 桂が催促する。

 前面に出ているのはブースター。イーブイ族の炎タイプ。

 桂が後に控えているであろう萌えもんは、ほとんどが素早い。早急に機動力を奪う方法が必要となる。

 出すならカラしかいない。愛梨花戦のように地面を壊せば、天秤はこちらに傾く。だが同時に、サンダースの持つ愛大の武器をも奪うことになる。

 決断は一瞬だった。

 

「頼むぜ、カラ!」

 

「任せて!」

 

 素早さが活かせないのなら、活かす場面に持っていくのがトレーナーの仕事だ。

 

「そう来たか……ブースター、火炎放射!」

 

「カラ、穴を掘って動き回れ!」

 

 火炎放射を躱したカラは、そのまま地面を掘り進んでいく。

 とはいえ、深くは掘り進められない。幾分かマシとはいえ、炎の影響を受けている地中の温度も高いだろう。

 

「やはりな。ブースター、シャドーボール!」

 

 地面に向かって放たれたシャドーボールが地中へと吸い込まれていく。だが、当たらない。

 カラは縦横無尽に地中を堀りまわっている。その意味はふたつあった。

 

 ひとつは、警戒させること。

 愛梨花戦で見せた地面割りを思い描かせたかった。よしんば桂がチェックしていなかったとしても、予測させることは可能だ。もちろん、今回は地震を登録しちゃいない。

 カラが登録したのは、穴を掘る、骨ブーメラン、骨棍棒、影分身の四つ。接近戦主体の構成となっている。

 

 だからこそ、ふたつ目の意味が強くなる。

 それは、散々っぱら撒き散らしたどくどくを地中へとため込むことにあった。

 地面は熱せられていく。そこに毒液をため込むことで、一種の貯蔵タンクにしたかったのだ。だがこれも時間が経たねば効果を発揮しない。また、早々と発覚させても意味が無い。効果的に使える場面で発揮させねばらない。

 

 それ故の、穴を掘る。

 広大なフィールドの中、地中を掘り進む相手にシャドーボールは分が悪い。桂とてそう思っている上で撃っているはずだ。

 地中がカラのフィールドであるなら、地上はブースターのフィールドといったところか。

 

「シャドーボール!」

 

「……自分の周囲に、か」

 

 ブースターが放つのは、自らの周囲のみ。

 穴を掘るは本来、地中からの奇襲として用いられる技だ。そのため飛行している萌えもんには効果がないし、攻撃するためには相手の至近距離に飛び込まねばならない。

 桂はその特性を踏まえた上で、ブースターに至近距離において地中に向かって牽制を仕掛けさせたのだ。

 カラはあちこちを掘り進んでいる。そのため、ブースターの牽制がもし眼前に出現したりすれば……?

 

「ぷはっ!」

 

 地中から顔を出す、というわけだ。

 

「あ」

 

 カラは慌てて顔を地中へと引っ込める。

 だがそれを見逃す桂ではなかった。

 

「ブースター、シャドーボールを撃ち込め!」

 

 カラが逃げ込んだ場所へと向かって放たれるが、幸いにして手応えはなかった。やがて桂は、

 

「ならば火炎放射よ!」

 

 と穴へ向かって火炎放射を放たせた。カラをあぶり出すつもりだろう。

 それを見て、俺は内心で喝采を告げる。

 こちらが想定するより早く動いてくれた。

 なら、後は――

 

「カラ!」

 

 俺は指示を飛ばす。

 

「骨ブーメラン、やっちまえ!」

 

「わかったよ!」

 

 ブースターより距離を取った場所からカラが飛び出し、手にしていた骨を投擲する。

 同時に、

 

「影分身! 距離を詰めろ!」

 

 影分身で別れたのはふたつ。そのどちらもが……。

 

「む、骨を投擲させたのはそれか。ならば大文字だ、ブースター!」

 

 カラの放った骨を事も無げに回避したブースターは、口元から火炎を迸らせんとする。

 だが悪いな、ブースター。

 そいつはブーメランだ。

 中空で機動を変えた骨は、カラの手元――その途中にいるブースターへと飛来する。

 

「はっ、距離を詰めたのはそのためか、小童!」

 

「さてな!」

 

 これまで戦ったジムリーダーなら、選択の逡巡が生まれるだろう。

 だが、桂は違う。燃える男はいつだろうと攻めを選ぶ。自分が被弾するより早く、敵を削りにかかる。

 果たしてそれは予想通りだった。

 桂の命令が変更されることはなく、火炎放射が放たれる。

 

「カラ、穴に潜れ!」

 

「了解!」

 

 カラが穴を即座に掘って逃れる。いや、それは先ほど掘り進んだ穴のひとつだ。

 

 これが、布石その二。

 火炎放射をやり過ごしたカラは、即座に地中から飛び出し、ブースターの懐へと入り込まんとする。そこに飛来するのは骨だ。

 ブースターは骨を受け、よろめいている。

 カラが骨を受け止め、振りかぶる。

 

「くっ」

 

 桂が一瞬、呻いた。

 布石その二が効いたようだ。

 

 こちらが敷いたのはふたつ。

 まず最初に戦闘フィールド内に穴を掘らせたことで、地盤を弱くしたこと。

 そしてもうひとつが、先ほどの一瞬の回避。すぐに地中へと潜って外に飛び出したことで、実は自分が思っている以上にフィールドの状態が良くないのではないかと思わせること。

 

 つまり、無事なのはブースターのいる場所だけではないのかと思わせることにあった。

 そうなれば、自然、ブースターの取れる方法は限られてくる。

 

 桂が取る方法は、ふたつ。

 ひとつ、迎え撃つ。

 ふたつ、退避する。

 

 だが、退避は選べない。カラが振りかぶっている骨は、投擲して攻撃手段になり得ると先ほど見せたからだ。

 同時にまだこちらが選択した技のひとつを見せていない。

 

 ――骨棍棒。

 

 手にした骨で殴る、単なる物理技だ。桂が警戒する理由はほとんどない。

 だが、地震となれば話は別だ。

 地面タイプ最強の技にして、炎タイプにとってみれば水タイプと同じく警戒するべき筆頭の技である。

 

 特に、穴を掘るでフィールドの基礎を破壊しているからこそ、地震で崩壊する恐れがある。すると、素早さが売りのギャロップやウィンディを事実上、無効化できる。

 それは桂にとって一番回避したい流れだろう。

 故に、多少ブースターが不利になろうとも、確実に殺せる手を打ってくる。

 即ち――

 

「アイアンテール!」

 

 牽制の近接技。

 大文字では当たらない。

 シャドーボールでは態勢を立て直している時間がない。

 日本晴れはそもそも意味がない。

 となれば、残る技を選択せざるを得ないわけで。

 

「当た、るかぁ!」

 

 カラが吠える。

 蹌踉めきながら繰り出されたブースターのアイアンテールは、空を切る。

 同時、懐へと飛び込んだカラは、渾身の力を持って、手にした棍棒をブースターへと振り下ろした。

 

「っせいやー!」

 

 脳天に直撃し、ブースターはそのままフィールドへと崩れ落ちる。

 これで、

 

「二体目――」

 

「――撃破だよ!」

 

 追いついたぞ、桂!

 不敵な笑みを浮かべる俺達に、桂はブースターを戻しながら神妙な顔で言った。

 

「スタートラインには立てたか」

 

「あんだと?」

 

「かかっ! 征け、ギャロップ!」

 

 こちらの言葉には応えず、桂が繰り出したのはギャロップだった。

 炎タイプの萌えもんポニータの進化形で、高い素早さが特徴だ。あの速さに追いつけるのは、手持ちでは現状一体しかいない。

 

 ――カラでは不利、か。

 

 判断は迅速に。

 

「カラ、戻ってくれ」

 

 そして、

 

「頼むぜ、サンダース!」

 

 確実に勝てる戦法で挑む。

 仕込みが活きるには、まだ早い。

 カラならばギャロップを封じることも可能ではあるが、そうすればこちらの利点も失われてしまう。サンダースの持ち味であるスピードを殺す真似はできればしたくない。

 

 目には目を。

 奇策よりも実を取るしか、今は術が無い。

 サンダースを犠牲にして――という方法が頭をかすめるが、無理だ。

 限られた人数でやりくりしなければいけないのに、自分から選択肢を狭めるのは悪手以外の何物でもない。

 

 自棄になってもいけない。

 針の穴を通すように。

 熟練のジムリーダーを妥当する一手を、打ち続けなくては。

 

「サンダース」

 

 じっと見ていると、俺の言葉で桂の眉がぴくりと動く。あそこだけ毛があるから、見てわかりやすいのが何よりの救いだった。

 

「電撃波!」

 

 こちらの一手はすでに決まっている。

 知りたかったのは、ただひとつ。

 

「ギャロップ、突進せよ!」

 

 桂の指示は、電撃波と同時。

 即座に動いたギャロップは、電撃波が命中するも臆することなくサンダースへと距離を積める。

 電磁波ならば筋繊維が麻痺して少しは行動を阻めただろうが、電撃波ではこれが精一杯か。

 

 とはいえ、電磁波はできるだけ使いたくはない。

 炎タイプの技は、中遠距離の技が多い。対してこちらはほとんどがインファイター。固定砲台になられちゃたまらない。相手を逆に優位に立たせる選択肢は、排除しておきたかった。

 

 ――もう一度。

 

 確信を得るために、サンダースへと指示をとばす。

 

「砂かけだ!」

 

 サンダースが足に砂をひっかけ、宙返りとともに砂を巻き上げる。

 ギャロップは臆さない。

 砂が舞う中、迷うことなく渦中に飛び込み、正面にいるサンダースへと一気に距離を詰める。

 

 かわすか、一撃をもらうこと覚悟でカウンターを狙うか。

 刹那、頭を過ぎったのは、一撃をもらった場合の未来。空中でギャロップの突進を受けてはね飛ばされるサンダース。衝撃はほとんどないとほくそ笑む俺の前で、ギャロップが追撃の火炎放射を放つ場面だった。

 

 ――駄目だ。

 

 頭を降る。

 ならばどうする?

 ギャロップは目の前だ。その表情は――勝利を確信しているのか、はたまた戦うことそのものが好きなのかはわからないが、ひどく楽しそうだった。

 このまま突進を受けるのは愚作。

 

 ならばと手法を変える。

 突進は確かに強力だ。

 しかし、あくまでも攻撃手段のひとつ。

 

「サンダース!」

 

 電撃波。

 砂かけ。

 こちらが見せた手札は、まだふたつ。

 なら――!

 

「10万ボルト!」

 

「まっかせろー!」

 

 逆立つサンダースの毛針が、紫電を纏う。

 瞬時にして発生した荒れ狂う電気は、こちらに接触せんとする敵へと殺到する。

 

 これなら止まるはずだ。

 賭けにも似た思いで願う俺へ、しかし桂は余裕の表情。

 その構えたるや、まさしく山の如し。

 ただ己の結果を確信している者だからこそできる、泰然自若とした姿だった。

 

 ――なんだ?

 

 10万ボルトは既に放たれている。やり直しは利かない。

 だからこそ、背筋に走った悪寒を拭い去ることができない。

 何か自分は大きな間違いを起こしたかのような……。

 

 その違和が何なのかわからないまま、10万ボルトはギャロップへと突き刺さる。

 閃光が視界を焼く。

 サンダースにいつでも指示が出せるよう、目を凝らす。

 

 その先には――ギャロップ。

 足を止めた彼女は、大きく息を吐く。

 そして、こう言った。

 

「少し痺れたぞ、じぃ」

 

 その動作を見て確信する。

 電磁波を登録しなかったのは正解だった、と。

 あれは――桂の萌えもんは、その程度で止まるような者たちではないと、肌で確信した。

 

「かっ、ならば良し! では」

 

 桂が獰猛な笑みを浮かべる。

 その笑みが意味するところは、ただひとつ。

 

「大文字! 燃やし尽くせぃ!」

 

 放たれるのは、炎タイプの大業。

 それもこの日照りだ。従来の威力よりも遙かに高いのは、容易に予想がつく。

 加え、

 

「ファアル! 逃げ場が無いぞ!」

 

 サンダースの悲鳴が耳に届く。

 桂は初めから被弾覚悟だった。

 自らが被弾することを覚悟した上で、こちらの距離を詰めることだけを狙った。

 

 相手はサンダース。

 桂にとってみれば、不利な水や地面タイプではない。彼に――いや、彼らにとってみれば、覚悟など無いに等しい選択だったろう。

 何しろ、彼らはずっと自らが不利な相手と戦っているのだから。

 だからこその、選択。

 

 まさしく、肉を斬らせて骨を断つ。

 会場の熱気。

 得意なフィールド。

 己にとって不利ではないタイプの相手。

 

 桂にとってみれば、これほど好条件な敵はいまい。

 多少無茶な戦術を取ったところで、己の有利は覆らないのだから。

 有利なフィールドで、有利な戦いをする。

 それは――

 

「……あんたが普段陥っている状況そのものだな」

 

 呟く。

 だが……!

 

「気にするな、サンダース」

 

 慢心は隙を生む。

 桂の持つ自信は、こちらがつけ込む隙となり得る。

 

「……はれ? 外れたぞ、あいつバカか?」

 

 違う、そうじゃない。

 俺は口角を上げ、仕込んでいたものがようやくひとつ発動したのを知る。

 それは――

 

「お、おい、ファアル。わっちもなんかしんどいぞ! なんじゃこりゃあ!?」

 

 立ちこめるのは、色の付いたガス――毒ガスだ。

 

「知ってる。俺が仕込んだ」

 

「さらっと言うな! わっち、しんどいぞ!」

 

 ……悪い。

 

 胸中で呟き、前方を見る。

 顔を真っ青にしたギャロップは、自分の見に何が起こったのか、理解していないようだ。

 

「……小僧、何をした?」

 

 桂が問う。

 

「へっ」

 

 桂に種明かしをするつもりはなかった。

 どくどく。

 猛毒の毒を相手にぶつけて苦しめる技だ。

 となれば、その中の成分のひとつに、気化するものがあってもおかしくないのではないか、と考えた。

 どくどくよりはだいぶ薄くなる。

 

 だが、毒を受けて平素の顔をできるのは毒タイプくらいだ。

 何かしらの隙を作れば、こちらがつけいる隙ができる。

 

 ――キョウ、あんたのお陰だ。

 

 心の中でこっそりとかつて戦ったジムリーダーに礼を言いつつ、戦況を見やる。

 まずは一手。

 だが、これで倒せるほど桂は甘くない。

 むしろこっちも毒を食らったのだから、イーブンだ。

 だから、さらに一手を打つ。

 

「地面の中に仕込んでおいたのが、やっと発動してくれたわけだけどな」

 

「むっ!?」

 

 地中の穴を掘り進めたのは、あくまでもこのため。そしてその上さらに次の利用も考えている。

 桂の眉がぴくりと動いたあたり、またぞろ何かしら仕掛けてくるのでは? と訝しがっているはず。

 だが種明かしをするならば……ぶっちゃけブラフだ。何の仕込みもしちゃいない。

 桂にしてみれば、今まで俺がとってきた行動に何かあるのではと探りたいはず。

 

 本来ならば、そんなことはするまい。

 だが、毒ガスを発生させたことで、桂の内に躊躇いが生まれるのは間違いない。

 一見無意味に見える行動も、その実何かしら意味があるのでは?

 それこそ、先ほどの砂かけひとつにとっても、何故あの場面で起こったのか?

 

 考え始めればキリが無い。

 そして一度考え始めると、戦闘パターンは確実に崩れる。

 俺が棗の時にそうだったように。

 

 その思考の迷いこそ、狙い。

 桂という熟練トレーナー相手に隙を生み出すための、俺が打てる一手。

 だが、桂とて甘くは無い。

 一瞬の判断で、彼は、

 

「戻れ、ギャロップ」

 

 このままやれば勝てるであろうギャロップを戻した。

 

「――いいのか、変えて」

 

 危なかった。

 あのまま続投されていれば、押し負ける可能性もあったからだ。

 とはいえ、今後桂が出してくるであろう萌えもんは、何れも強敵ばかりと予測できる。

 

 彼女らを打ち砕く要因は間違いなく、シェルだ。

 俺にとっての切り札は、しかし弱点でもある。シェルを倒されれば、桂へのアドバンテージが一気に無くなってしまうからだ。

 

 選ぶのなら慎重に。

 桂が何を出してくるのか。

 キュウコン、ブースター、ギャロップ。残り三体は何になる?

 

 ――確か桂が使っていたのは、ウインディ、ブーバー。そして、リザードン。

 この中で出すなら、リザードンの可能性は低い。飛行タイプを持つリザードンではサンダースが有利だからだ。如何様にも対処可能な場合で、わざわざ不利なタイプを選択するとはとてもじゃないが考えられない。

 となると、ブーバーか、ウインディ。

 桂が選ぶのは――

 

「サンダース、こっちも交代だ」

 

 素早くこちらも変更する。

 ウインディが選択される可能性は低い。強力な萌えもんだが、毒を受けて運動能力が鈍る可能性もある。

 それに、こちらにはシェルがまだいる。彼女がいる以上、選択肢として選びにくい。

 となれば、消去法で選ばれるのは、

 

「ゆけぃ、ブーバー!」

 

 ある程度のタイプをカバーできる、ブーバーしかいない。

 ならばこちらは……、

 

「頼むぜ、シェル!」

 

「むっ――」

 

 切り札をここで出す。

 毒が充満し自身も毒を受ける中、必殺の火力を持ちうる存在を、惜しみなく投入する。

 

「ファアル、これは何ですの?」

 

 シェルが落ち着いた様子で、毒を吸い込んだ。

 

「くらくらするー」

 

「だろうなぁ」

 

 果たしてそれは相手も同じようでブーバーも顔をしかめつつ、毒ガスの中、立っている。

 

「……もう少しで毒ガスは消えるだろうに、何故切り札を投入した?」

 

「もっと強いのが来るかと思ってたんだよ」

 

 もちろん、ブラフ。

 だが、今ので桂がシェルをもっとも警戒していたのがわかった。

 

 切り札。

 自分が言うならばまだしも、他者が口にすればそれは、他者もそう認識していたということ。

 しかし逆に言えば、今ここでシェルを投入すべきでもあった。

 

 もうひとつの仕込み。

 それを成就させるためには、今このタイミングがベストだった。

 その相手がリザードンであり、ウインディであったとしても、確信は変わらなかっただろう。

 

「かっ、己の策を潰すことになろうともか?」

 

「あんたに勝つのに必要ならな」

 

 作戦に拘る必要なんてない。

 こっちが想定した通りに運ぶ戦いなんて、ありはしない。本気で戦っている以上、全て臨機応変。機を見て対応していくしか手はない。

 

「その思い切りや良し!」

 

 とはいえ、シェルの持っているタイプは水と氷タイプ。ブーバーのダメージは届く。

 だからこそ、こちらが倒れる前にやり遂げなければならない。

 

「シェル、ハイドロポンプ!」

 

 強い日差しの中、巨大な水柱が放たれる。

 

「ほう、雨乞いを使わぬか! だがこの気候では、不利になるぞ」

 

 知っている。

 だからこそ、だ。

 この場所この瞬間に、シェルは水タイプの技を使う必要がある。

 

「かわせぃ、ブーバー!」

 

 ブーバーが動く。ハイドロポンプは空を斬り、膨大な水がぶちまけられる。強い日差しの中、熱せられた岩に当たった水が、見る間に蒸発していく。

 

「シェル、波乗り!」

 

 間髪入れず、次の技の指示を出す。

 シェルは周囲に水を放ち、生み出した巨大な水たまりから、大波を発生させた。

 

 点が駄目なら面へ。

 これらなば外すまい。

 その自信と共に放った一撃は、過たずブーバーを打ち抜く。

 

 だが、倒すには至らず。

 立っているブーバーを一撃で仕留めるには至らなかった。

 

「下がれ、ブーバー」

 

 桂は警戒してか、すぐにブーバーを引っ込めた。

 何のつもりだ?

 こちらへ対抗するための一手が思い浮かばなかったのか、それとも――。

 次に出すのは何だ? 桂はどの萌えもんを選ぶ?

 このままシェルで行くかどうか逡巡する。ちらりと見たフィールドは、もう乾いている。

 

「シェル、戻ってくれ」

 

 もし桂がリザードンを選ぶのなら、分が悪い。だが、それ以外なら……。

 

「頼むぞ、」

「いけぃ、」

 

 俺と桂。

 同時に萌えもんをフィールドへと送り出す。

 

「カラ!」

「ギャロップ!」

 

 桂がフィールドに出してきたのは、ギャロップ。毒が残る体で、こちらに対峙している。

 時間が経過すればするほど、こちらが有利になる。

 ならば、

 

「カラ、穴を掘れ!」

 

 こちらは時間を稼ぐ。

 振り返ったカラに頷くと、意を汲んでくれたのか、カラもまた頷き返してくれた後に地面へ潜った。

 火力と機動力、どちらもこちらを上回っている敵に律儀に付き合う必要はない。

 

「小僧、この期に及んで姑息な手を取るか!」

 

「へっ、当たり前だろ」

 

 あくまでも余裕は崩さず。実際は、どうやって出し抜くかが綱渡り状態だが。

 ありもしない裏を読ませ続ける。

 その上で、出し抜く。

 そのために、

 

「ばぁ!」

 

「――!?」

 

 敢えて外す!

 カラが顔を出したのは、ギャロップの至近距離。

 突進をするには助走距離が足りず、火炎放射を放つには近すぎる、絶妙な位置取り。

 

「骨ブーメラン!」

 

 どんな者にも、間合いというものが存在する。それは何も体と体の距離だけでなく、心の距離でも同じだ。平素ではそれはパーソナルスペースと呼ばれているが、戦いにおいては相手の虚を突く大事な要因となる。

 そのために、戦いはまず自分が得意とする間合いを維持し、相手の間合いを外すことから始まる。

 今回、カラが地中から飛び出したのは、ギャロップの間合いを外す位置。

 

 カラには何も指示をしていなかったが、こちらの意を汲んでくれたと共に、カラ自身が戦いの中で成長してくれたということだろう。

 何れにせよ、カラが上手く行動してくれたのは事実。

 彼女が放った骨ブーメランは、ギャロップへ向かって中空を突き進んでいく。

 

「ギャロップ、離れ――いや、近付けぃ!」

 

 一旦はギャロップへ離れろと指示を出した桂だったが、即座にそれを取り消した。

 その理由は、眉を寄せて歯がみする表情が、全てを物語っている。

 

 ――気付いたか。

 

 骨ブーメラン。もはや説明するまでもなく、手にした骨をブーメランのように投げる投擲武器である。また、投げた骨はブーメランと同じく楕円を描いて手元に戻っても来る。

 そう。

 種を明かせば、カラとて自分にとって最適な間合にいたわけではない。

 彼女が顔を出したのは、近距離にしては遠く、遠距離にしては近すぎる位置。絶妙なまでに、隙だらけの位置だったのだ。

 

 だからこそ、先手を取ればこちらに選択肢があった。

 遠く離れれば骨ブーメラン。近距離ならばボーンラッシュ。

 

 慌てて後退を指示した桂は、見たことだろう。

 ギャロップの背後を通過するであろう骨ブーメランの軌跡を。

 

 だからこそ、前進させるより他に術が無かった。

 そして、ギャロップが前進すると、誰よりも読んでいたのはカラ自身。

 地中を進んでいた彼女が、何の策も無く敵を引き寄せるのかと言えば、

 

「――穴だとっ!?」

 

 そんなはずがないのだ。

 さながら湖の上に張った薄氷の如く。

 足を取られたギャロップは、持ち前の素早さを活かせるはずもない。

 上半身だけ出た姿は、しかしこちらを真っ直ぐに捕えている。

 桂が悩んだのは一瞬だった。

 

「ギャロップ、火炎放射!」

 

 果たしてそれはプライド故か。

 ボールに戻せば窮地を脱せられたろうに、桂はそれを選択しなかった。

 ……いや。

 

「はっ、そうされちゃあな!」

 

 そんな桂を前にして、俺が逃げる選択肢を選ぶはずがない、と。

 誘導しようとしたのかもしれない。

 だが、近接戦闘を得意とするカラが、この状況でギャロップから距離を明けるということは、例え勝利を掴めるとはいえ、決定的なものに敗北したことを意味しないか。

 そう少しでも考えてしまったのならば、その時点で桂の術中だ。

 

 俺は挑戦者(チャレンジャー)として、桂の術中へと飛び込む他なかった。

 しかしギャロップの火炎放射は地面をなめ回すように広がり始めている。

 だが二の足を踏めば、ギャロップを再び自由にしてしまう。

 落とし穴など、所詮は奇襲。効果のある内にこちらが動かなければ意味などなく。

 相手に攻め手を与えていては、奇襲の意味すらない。

 

 ――どうする?

 

 こちらが喉から手が出るほど欲しい〝隙〟は、ギャロップの後方より迫っている。

 しかしそれは、当たらない。

 地面に体が半分めり込んでいるギャロップの頭上を通り抜けるであろう。

 その時間、数秒もあるまい。

 

 だが逆に言えば、その時間はギャロップは動けない。

 桂とギャロップにとって、今は待つしか戦法が取れないはず。だからこそ、ああして火炎放射を固定砲台と化して放っている。

 カラに二の足を踏ませることによって、骨ブーメランを通過させ、その後に万全の状態で再び戦いに望む。

 そのためには、こちらが骨を手に取るその前に、穴から這い出さなければならない。

 

 ――果たしてそうだろうか?

 

 桂は何故、ギャロップを落とし穴に入らせたままにしている?

 

「そういうことか!」

 

 その可能性に思い至る。

 こちらの手の内は明かしていない。

 つまり、桂はカラに俺がどんな技を登録させたのか、まだ全て知っているわけじゃない。

 

 地震を使うか否か。

 使われれば一溜まりもない中で、桂はこちらに揺さぶりをかけてきている。

 桂に対して取れる方法は、ひとつしかない。

 

 突撃。

 地上から行くか地中から行くかは、その次だ。

 とはいえ、現状は地中からしか方法が無い。

 

「――嫌なジジイだ」

 

 手の平で躍らされている印象が拭えない。

 だが、その次に桂が打つ一手は何だ?

 こちらが地中に潜った先に何がある?

 

「ファアル、行くよ!」

 

 迷う俺を、カラが導く。

 

「ああ、頼む! 地面だ!」

 

「任せて!」

 

 選んだのは、地中。

 火の海に飛び込む愚行は犯せない。

 桂は当然、

 

「跳べぃ、ギャロップ!」

 

 こちらの先を行く――!

 

「はっ、やっぱり誘ってやがったか!」

 

 持ち前の脚力を利用して即座に抜け出し、空高く跳んだギャロップは、空中で反転。自らが埋まっていた場所を睨み付けている。

 地上、地中がだめなら、空中へ。

 なるほど、確かにそうだ。

 その手こそ、最善手。

 桂にとって、勝利をもぎ取るための一手である。

 

「カラ!」

 

 ぼこり、と地がうねる。

 

「ギャロップ、火炎放射!」

 

 吐き出された炎が殺到し、灼熱が地面をなめ回す。その範囲たるや、フィールドの三分の一を埋め尽くすほど。

 これならば、顔を出した瞬間にダメージを負うのは必須。

 まして熱せられた地中にいては、カラも限界が訪れる。

 

 だがそれは、こちらとて同じ。

 ギャロップが必ず隙を作る瞬間がある。

 飛行タイプでもないギャロップは、必ず着地時にワンテンポ必要になる。

 加えて、カラがあちこち掘り進んでいるわけで、またぞろ落とし穴にハマる可能性だってある。

 骨ブーメランはこちらに戻る軌道を描いている。

 

 こちらに到達するのが先か。

 カラが顔を出すのが先か。

 ギャロップが着地するのが先か。

 

「どうくる……!?」

 

 狙うはただ一点。

 俺は視線をギャロップへと集中させる。

 彼女が選んだ着地点は――。

 

「げほ、もう、無理……」

 

 だがそれより早く、カラが顔を出した。火炎放射はしのぎきったものの、限界にきていたようだ。

 むせながら現れたカラに、ギャロップが視線を鋭くさせる。

 そして――、ギャロップは岩の足場に着地を決めると同時、

 

「突進せよ!」

 

 その自慢の脚力を用いて、カラへ向かって真っ直ぐに跳んだ。

 それはさながら弾丸の如く。

 カラに向かって回避不能な速度で接近する。

 だが――!

 

「カラ、影分身!」

 

「わかった!」

 

 穴からすぐに抜け出したカラが動く。

 

 影分身。

〝高速で動くこと〟で分身を発生させる補助技だ。

 本来ならば、カラの動きはギャロップに到底敵わない。

 

 だが、この瞬間――ギャロップがこちらに向かって一直線に向かっている状態ならば。

〝影分身を発生させるためにカラが高速で動く〟という条件が重なれば――!

 

「カラ!」

 

「ぬるいわ、小僧!!」

 

 一括したのは桂。

 彼が指し示したのは、ギャロップ。

 否――その軌道だった。

 

「……!? 拙い、カラ!」

 

 ギャロップが目指していたのは、カラではなかった。

 その手前。

 空中で宙返りしたギャロップは、地面に着地したと同時、カラへと向かって砂埃を大量に舞い上がらせた。

 

「え、えっ!?」

 

 対するカラは、まだ影分身から動けない。

 

「突進!」

 

 ギャロップが急速に方向を変える。

 

 ――読まれた!?

 

 影分身は高速で動くことで発動する技だ。

 その動きは広範囲になればなるほど、相手を撹乱させることができる。そうしていくつもの影分身を生み出すことで、相手の目をくらませこちらを有利にさせる。

 

 だが、今回はそんな余裕がなかった。

 そのため、カラとその影分身はすぐ近く。直線距離にしかない。

 加えて、骨ブーメラン。それがないとカラはギャロップに大きく引けを取る。こちらとしては一刻も早く手中に収めたい代物。

 

 だからこそ、カラは無意識にも骨ブーメランがやってくるであろう軌道上にその体を投げ出していた。

 桂は、ここまで読んでいた。

 ギャロップは高速でカラに近付くと、両腕でカラの両腕を磔刑(たっけい)の如く持ち上げ、

 

「撃滅せよ……大文字!」

 

「にぎゃあああああ!!」

 

「カラ!」

 

 至近距離で、カラへと見舞った。

 命中も何もあったもんじゃない。

 カラの体力が一瞬で尽きる。

 

「ふっ、これで終わりじゃ」

 

 誇らしげに告げる桂の前で、

 

 ――ゴチン!

 

 と戻ってきた骨ブーメランがギャロップに命中する。

 

『カラ、ギャロップ、共に体力ゼロ!』

 

 審判が無情に告げる。

 俺達はしばらく無言で見つめ合った後、

 

「さ、仕切り直しだ」

 

「うむ、そうじゃな」

 

 カラとギャロップを互いのボールに戻した。

 とはいえ、残る戦力は少ない。

 シェルかサンダースかリゥか。

 

 桂の残る手持ちを考えると、この判断ミスが命取りになりかねない。

 だが逆に言ってしまえば――今この瞬間を乗り切れば、勝機は見える!

 

「征けぃ、ブーバー!」

 

 そして桂が選ぶのはブーバー。

 桂にとってみれば有利に立てる萌えもんなどいくらでもいるだろうに、敢えてブーバーをこの瞬間に出した。

 

「頼むぜ、シェル!」

 

「了解、ですわ!」

 

 即座に帰ってくるのは頼もしい言葉。

 だが、

 

「……まだ早いか」

 

 こちらが待ち望むタイミングには、まだ足りない。

 同時にその障壁は、今目の前にいる。

 

 ブーバー。

 こいつを倒すことで初めて、桂の切り札を引きずり出せる。

 だがその肉体は、万全であるかのように一切揺るがない。

 

「今度は先ほどのようにはいかんぞ、小僧!」

 

 ブーバーの周囲の地面が揺れ始める。

 

 ――いや、揺れているのは地面じゃない、岩だ。

 灼熱の岩が、ブーバーを取り巻くように浮遊し始めた。

 サイコキネシス……いや、その数はせいぜい一個くらいだが、

 

「厄介だなこりゃ」

 

 岩一個が大きい。おそらくグレン島の火成岩だろうが、攻めるのにも守るにも使える道具だ。

 思わず口から漏れた呟き。

 耳ざとく聞きつけた桂は、呵々大笑に頷く。

 

「然り! 小僧、仕掛けるのは何も、貴様や享の専売特許ではないわ」

 

 にたり、と笑う。

 

「はっ、良く言うぜ」

 

 あれだけの岩、直撃ならばシェルの敗北は必至。何よりも逃げ場が無い。

 よしんばシェルの防御なら耐えられるかもしれないが、桂のことだ。一発で終わりな訳がない。

 

 ――どうする?

 

 ちらりと後ろに顔を向ければ、頼もしそうな顔で頷くリゥ。

 リゥの技なら乗り切れる。

 エスパータイプのエキスパートでもある棗でも、操れる数はそう多くなかった。

 岩がこちらに向かって来ようと、一度経験しているリゥならある程度は捌けるだろう。

 

 だが……こちらの入れ替えの隙を待ってくれるほどお人好しでもあるまい。

 変えたが最後、致命的な一打を貰いかねない。

 

 警戒すべきは、二体。

 ウインディ。そして――リザードン。

 リゥを出し惜しみしなければ、奴らには勝てない。

 控えといえばもうひとりいるが、それは――

 

「ファアル殿、大丈夫ですか?」

 

 成り行きでメンバー登録したストライクのみ。虫タイプである彼女では、このバトルに勝ち目は初めから薄い。

 しかし、弱点である虫タイプであることを鑑みても、飛翔できるというのは、圧倒的なアドバンテージを持つ。

 だけど――

 

「大丈夫だ」

 

「しかし」

 

「何とかするさ。勝つためにここにいるんだからな」

 

 ストライクはあくまでも、人数合わせ。

 酷なようだが、彼女は俺の仲間じゃない。

 ストライクには主がいて、主を慕っている。

 だからこそ、俺が好意に甘えるわけにはいかなかった。

 それに――

 

「勝算ならある」

 

「まことですか!?」

 

 桂のサイコキネシスに打ち勝つには、こちらも点では無く面で制圧しなければいけない。

 シェルの持ち技でそれができるのは、ただひとつ。

 即ち――

 

「シェル、波乗り!」

 

「水などありはせんぞ、小僧!」

 

 目に見える範囲ではな……!

 

「は、どうかな?」

 

 指示を受けたシェルの周囲に水が集まっていく。

 その範囲たるや、会場を飲み込まんとする程になる。

 

「それほどの水がどこに――いや、そうか! 先ほどの!」

 

「だけじゃねぇさ! シェル、波乗り!」

 

「くっ、ブーバー! サイコキネシスを解けぃ! 火炎放射!」

 

 シェルの波乗りとブーバーの火炎放射が激突する。

 水と炎、相性で言えば打ち負けるはずの無い戦いだが、

 

「ファアル、水が蒸発してますの!」

 

 うちのコンでもできたんだ。

 桂の萌えもんにできないはずがない!

 だが、あの時と違うのは、こっちが氷タイプもあるってことだ!

 

「慌てるな! 冷凍ビームでなぎ払え!」

 

「りょ、りょうかいですわ!」

 

 波乗りから吹雪へ。

 ブーバーに今にも迫ろうとしていた大量の水は、瞬時にして個体へと変わる。

 加え、火炎放射によって蒸発した水蒸気は一気に冷却され水滴へと転じていく。

 

「まだだ、吹雪!」

 

 シェルの周囲に猛烈な吹雪が吹き荒れる。

 しかしブーバーは炎タイプ。効果などほとんどありはしない。

 

「遊んでいるのか、小僧! 構わんブーバー、その氷を溶かし尽くせ!」

 

 ブーバーの火炎放射が、凍った()()()を溶かしていく。

「わ、わわわ! ファアル、何だか良くありませんことよ!?」

 

 いや、これでいい。

「な、なんだあれ。雲なのか……?」

 

 会場の誰かが声を上げる。

 それに反応したのは、他の誰でも無い、桂だった。

 

「雲……? っ、そうか小僧!」

 

 シェルとブーバーの戦いによって、大気の状態は不安定な状態となっていた。 

 急速に冷やされた空気は、ブーバーと会場の設備によって暖められ、上昇気流を作る。

 上昇した水蒸気を含む空気――空気塊は、上空へ行くにつれて気体が凝結し、水滴となる。

 

 このジムは元々、空調設備が整っていた。それは上から冷気を吹き付けて、観客を守るために作用している。つまり、上空に行けば行くほど空調は冷えた空気を吐き出している。

 これだけの暑さだ。空調はさぞかし設定温度を下げていることだろう。

 

「だから吹雪を放ったのか。ふ、ふ、はははははははは!」

 

 冷やされた空気は、暖気によって上へ上へと押し上げられる。

 上空へ滞留した空気塊は、冷やされたことでその姿を変える。

 即ち――

 

「雨乞い! 貴様、技と登録せず、事象を起こしたか!」

 

「はっ、借り物だがな」

 

 毒をまけば接触したものは毒になり、ヘドロをまけば足場がなくなり動きが悪くなる。

 全て享から学んだことだ。

 

「戯け、借り物とて使いこなせば己の物になろうよ!」

 

 会場が暗がりへ包まれ始める。

 

「だが、炎を防いだところでな! ブーバー、サイコキネシス!」

 

「シェル、吹雪!」

 

 サイコキネシスの弱点は知っている。

 それは、見える範囲の物にしか効果が及ばないということ。

 そして、吹雪は視界を――塞ぐ!

 

「くっ、視界が!」

 

 ブーバーが悲鳴を上げる。

 だがまだシェルの姿はある。見えているはずだ。

 

「構わん、ぶつけるのだ!」

 

 ブーバーが操れたのは、一個の火成岩のみ。

 その大きさたるや、シェルよりもなお大きい。

 

「そいつを――待ってたぜ! シェル! ハイドロポンプを岩に当てろ!」

 

「承知ですわ!」

 

 劣悪な視界の中での攻撃は一辺倒になりやすい。

 ましてやブーバーは炎タイプ。エキスパートじゃない。

 必然、真っ正面から火成岩が向かってくる。

 その火成岩へ、シェルのハイドロポンプが炸裂する。

 

「押し勝ちますのおおおおお!」

 

 シェルの叫びと同時、関を切ったように雨が生じる。

 

「小癪な……! ブーバー、サイコキネシスを切るのだ!」

 

 ブーバーとて、不利な状況で押し合いをする理由も無い。

 桂がサイコキネシスを捨て、別の行動に出るのは当然の選択だ。

 

「しかし、何も見えません!」

 

 そう、ブーバーは動けない。

 視界不良に加え、足下が不安定なのだから当然だ。

 シェルが凍らせた波乗りは、ブーバーの火炎放射によって徐々に溶かされている。

 

 だが、吹雪によって急激に冷やされたことで、液体は再び固体へと変わる。

 そして、シェルは常にブーバーの視線を上へと向けていた。

 つまり――

 

「足下がお留守だってこった! シェル!」

 

「はいですの!」

 

「波乗り!」

 

 天からの雨に加え、膨大な量の水がブーバーへと押し寄せる。

 その波は溶けきれずに残っていた氷すらも飲み込み、ブーバーへと殺到した。

 

「四体目――」

 

「――撃破ですわ!」

 

 これで、残り二体。

 こちらは三体。

 有利なのは間違いないが、ただそれだけだ。油断すれば、あっという間にひっくり返される。

 しとしとと雨が降る中、桂はブーバーをボールへ戻す。

 

 ――何を出す?

 

 雨が降っていて、フィールドには氷・水タイプのシェル。

 こっちにはサンダースにリゥもいる。

 おまけにフィールドはガタガタだ。

 リザードンにしろウインディにしろ、どちらも出すにはデメリットが存在する状況。

 さあ、どう出る、桂。

 

「……ふむ」

 

 桂はちらりとこちらを――いや、シェルを見た。

 次いで視線を俺へと。

 思考は一瞬だった。

 

「行くのだ、ウインディ!」

 

 出てきたのはウインディ。

 神速で動いて相手を翻弄する炎タイプの萌えもんだった。

 やはり出したのはウインディだったか。

 だがそれならシェルの波乗りで封じられる。

 

「シェル、波乗り!」

 

「了解ですわ!」

 

 再び、シェルが波を起こす。

 しかし、

 

「遅いわ! ウインディ、吠えろ!」

 

 フィールドをウインディの咆哮が支配した。

 

「う、うるさいですわぁぁ!」

 

 たまらず耳を塞ぐシェル。

 

 ――吠える。

 

 萌えもんを強制的に怯えさせて戦意を消失させる技。

 コンが野性時代に頼っていた技はしかし、

 

「なっ……!」

 

 ウインディの神速を持ってすれば、強力な武器になりえた。

 耳を押さえていたシェルへ、ウインディは一瞬で距離を詰めるや否や、

 

「火炎放射!」

 

 シェルへ向かってゼロ距離で放った。

 

「あ、びゃああああああ!」

 

「シェル!」

 

 至近距離で火炎放射を浴びたシェルは、そのままノックダウン。

 これで、ストライクを除けば残り二体。リゥとサンダースだけだ。

 ウインディに素早さで勝負ができるのはサンダースのみ。しかしサンダースは既に一戦交えていて、ウインディの一撃を耐えられるほどじゃない。

 かといって、リゥではあの素早さに追いつけない。

 迷いは一瞬だった。

 

「頼む、リゥ!」

 

「諒解」

 

 リゥがフィールドに躍り出るや否や、桂は感心した様子で声を上げた。

 

「ほう、てっきりサンダースかと思ったが」

 

「サンダースを倒したいのが見え見えだからな」

 

 桂は否定しなかった。

 現状、桂が警戒しているのはサンダースだろう。

 ウインディと同じかそれ以上の素早さを持ち、飛行タイプを持つリザードンにも有効打があるとなれば、早々に落としておきたいはず。

 手持ちが二体となった今、その誘いに乗ってやるわけにはいかなかった。

 

 何としてでも流れをこちらへたぐり寄せる。

 そのために取れる選択肢は、リゥより他になかった。

 だがそれも――桂の戦略のひとつなのだろう。

 どちらにせよ、シェルを倒した時点で流れは桂へ変わっている。

 

「リゥ、竜巻を!」

 

「任せて!」

 

 ならこちらは、少しでもウインディの行動を阻害し、もう一度こちらへ勝利をたぐり寄せるだけだ!

 

「ふむ、ふむ。そうなるだろうなぁ!」

 

 リゥが生み出した竜巻は、都合4つ。

 これ以上の数は、リゥも厳しいようで、険しい表情を浮かべている。

 竜巻は散開し、ウインディへと迫る。

 

「お得意の手段では、わしらは止められんぞ! ウインディ!」

 

「火炎放射っだぁぁぁぁ!」

 

 中距離で止まったウインディから、火炎放射が放たれる。

 それを――

 

「リゥ!」

 

 身をよじって回避したリゥは、

 

「電磁波!」

 

「諒解!」

 

 待ってましたとばかりにウインディへ向けて電磁波を放つ。

 いくらウインディが素早くとも、電気が進む速度には敵わない。

 

「むっ」

 

 ――これで、楔をひとつ打てた。

 

 素早さが武器のウインディも、電磁波を食らえば元のようには動けまい。

 加えて……、

 

「リゥ、竜巻を!」

 

「ええ、わかってる!」

 

 ウインディへと竜巻が集合する。

 竜巻へと閉じ込めてしまえば、こっちのもんだ。

 桂の判断は一瞬だった。

 

「ウインディ、後退だ! 征けぃ、リザードン!」

 

 ウインディを手持ちへ戻すと、リザードンを繰り出す。

 飛行タイプをも持つリザードンは、その翼を優雅に羽ばたかせながらフィールドに降り立つや否や、

 

「地震じゃ、リザードン!」

 

「――っ、リゥ、跳べ!」

 

 リザードンが地震を繰り出すより一瞬前にリゥは飛び上がったものの、

 

「……ゲームオーバーよ、ハクリュウ!」

 

 リザードンが開いた口には、赤く燃えさかる炎が既に吹き出されるのを待っていた。

 

「くっ!」

 

 負けじと息を吸い込んだリゥだったが、その鼻筋に大きな水滴が落ちた。

 

「水……?」

 

 リザードンも感じたのか、動きを止めて上空を見上げる。

 そこには、先ほどと違い黒ずんだ大気の層が存在していた。

 

 ――ここしかない!

 

 桂とリザードンが動き出すより先に動く!

 

「リゥ、竜巻を!」

 

「っ、諒解!」

 

「むっ」

 

 リザードンが動き出すより僅かに早く、リゥの竜巻がリザードンを飲み込む。

 

「ぬあははは、こんなもんで私はどうにもならんぞ!」

 

 余裕をぶちかますリザードンをよそに、桂は俺をじっと見つめ、

 

「……小僧、キサマずっとこれを狙っておったか」

 

 俺の返事を待たず、フィールドに大粒の水滴がいくつも降り注ぎ、本格的な豪雨となるのに時間はかからなかった。

 

 ――雨乞い。

 

 炎タイプの攻撃を弱らせ、水タイプを活性化させるフィールド技。

 だが、シェルは覚えていなかった。

 だから、作らせてもらった。

 

 仲間たちが戦う中、一瞬でも雨雲ができる瞬間を。

 持てる戦力でリザードンを圧倒できるこの瞬間を。

 俺たちが唯一、炎タイプのエキスパートである桂に勝てる瞬間を!

 

「リゥ、下がれ!」

 

 そして、このタイミングで出せるやつはお前しかいない!

 

「サンダァァァァス!」

 

 展開したボールから飛び出した黄色い暴れん坊は、

 

「雷ぃっ!」

 

「おおっ!!」

 

「あんぎゃああああああああっ!」

 

 過たず、リザードンを飲み込む竜巻に雷を打ち付けた。

 逃げ場を失った電気はあちこちに飛び、フィールドを真っ白な空間へと染め上げる。

 轟音と共にリザードンの悲鳴が聞こえ、やがてフィールドに静寂が戻る。

 

「――五体目」

 

「撃破だああああ!」

 

 雨が降り注ぐ中、俺たちの言葉が轟く。

 満身創痍だが、まだ勝てる。

 勝ち目はある。

 

 そう思った瞬間だった。

 

「なっ――!?」

 

 リザードンを中心に爆発が起こった。

 

「な、何の光……!?」

 

 爆発の余波で発生した炎がサンダースを一瞬にして飲み込み、一瞬にしてフィールドを灼熱の地獄へと変えた。

 

「良うやった、小僧」

 

 果たして桂のその言葉は、心からの賞賛だったのか。

 

「ブラストバーン。炎タイプの大技よ」

 

 おそらく、雷と発動が同時だった。

 

「乗せられたのは俺か」

 

 桂にしてみれば、サンダースはウインディにとって唯一先手を取られかねない相手。電磁波を食らっていたならなおさらだ。

 そのために、リザードンというサンダースにとって相性の良い相手を出し、その上で倒す。リザードンが勝てば良し、相殺なら行幸。敗北したとしてもサンダースをウインディで仕留められる状態に持って行ける。

 どう転んでも、自分が有利になれる戦法。

 

「さてな。わしは驚いておるのだぞ、これでもな」

 

 桂はフィールドへ最後の萌えもん――ウインディを展開し、告げる。

 

「小僧、儂らが何故、ジムリーダーと呼ばれるか知っておるか?」

 

 気のせいだろうか。

 ウインディの周囲が陽炎のように揺れ始めている。

 

「ジムリーダーとは、己の"道"を極めたもとに与えられる称号」

 

 その気迫に、俺の後ろにいたストライクが項垂れる。

 

「それでは……あまりにも……」

 

 その声はか細く、俺とリゥの耳にしか届かなかっただろう。

 

「ジムリーダーとは、トレーナーの見本であり、常に背中を見せる者」

 

 桂が、真っ直ぐに俺を見る。

 

「そのジムリーダーが! この程度の雨で! 力を出し切れぬと思ったかぁ!」

 

 ウインディの周囲で水蒸気が発生していく。

 おいおい、マジかよ。

 

「はは、めちゃくちゃじゃねぇか」

 

 呆れて何も言えない。

 どこの世界に、気合いで自分の周囲の水を蒸発させる萌えもんがいるんだ。

 とんでもねぇ化け物だ。

 

 これが、桂。

 これが、グレンタウンジムリーダー。

 これが、炎タイプのトレーナーが憧れる、頂点にいる男の姿。

 

 ――ったく、

 

「勝てる気がしねぇな」

 

「ふぁ、ファアル殿……?」

 

 だけど、

 

「面白ぇじゃねぇか!」

 

 そんなあんたに勝ってこそ、意味があるってもんだ。

 

「頼むぜ、リゥ!」

 

「あんたはいつだってギリギリすぎるのよ!」

 

 文句を言いつつ、リゥが前線へと躍り出る。

 後はもう……リゥしかいない。

 

「……ファアル殿、あちしは」

 

 ストライクへ視線を向けるが、虫タイプで炎タイプは相性が悪すぎる。

 これまで何度も相性が悪い戦いを制してきたが、今度ばかりは別だ。

 何一つとして勝つための布石を敷いていない。

 

 というよりも、桂のウインディが規格外すぎる。

 他の萌えもんなら何とかなったかもしれないが、ウインディは違う。

 

「万が一お前を出すようなことになったら、大人しく負けを認めるさ」

 

 ストライクはただの旅の道連れだ。俺のわがままに付き合わせるわけにはいかない。

 それに――

 

「まだ負けたわけじゃねぇ。勝てる勝ち筋が一本でもありゃ、十分だ。無かったとしても、作りゃいい」

 

「――っ」

 

 ストライクは何やら驚いたように目を見張っていた。

 

「で、どうすんの?」

 

 眼前のウインディから視線を外さずにリゥが言う。

 リゥが登録している技で、現在頼れるのは、龍の息吹と叩きつけるのみ。竜巻はウインディの動きを阻害できるが、発動に難がある。あの神速を超えられるかと考えると、まず無理だ。

 

「ウインディ!」

 

 桂が指示を飛ばす。

 火炎放射、神速――桂が見せた手札はこれだけ。

 しかし、ウインディは陸上の萌えもんだ。リザードンみたいに空を飛ばないのなら、付け入る隙はある。

 

「神速じゃあ!」

 

「あいよ!」

 

 ウインディの姿が消える。

 先ほど食らったであろう電磁波の影響を受けてなお、その素早さは健在だ。

 

「リゥ、龍の息吹! なぎ払え!」

 

「諒解っ!」

 

 リゥが大きく息を吸い込み、黒炎で前方をなぎ払う。

 ウインディに直撃するとは思っていない。だが、これで奴の選択肢を少しでも狭められる。

 

 問題は次の手。

 龍の息吹は一瞬だ。

 神速で直進していたのなら直撃を回避するために回り込んでいるだろうし、お構いなしならそのまま向かってくる。

 

 どっちだ?

 黒炎が消える中、その瞬間を見極めようとする俺の視界に飛び込んできたのは――

 

「五体、だと……?」

 

 正面一体。

 左右四体。

 都合五体のウインディがそこにいた。

 これは――

 

「影分身か!」

 

 素早い動きで分身を作り、相手を欺く技、影分身。

 ウインディの素早さも相まって、同時に動くそれらは見分けがつかない。

 だが、五体に増えたわけじゃない。

 四体は分身に過ぎない。

 

 電磁波を使うか? いや、偽物ならすり抜けるだろうが、次の瞬間には本物になっているかもしれない。

 大人しくこちらの手に引っかかってくれるわけもない。

 逆に相打ちさえ狙えれば、ストライクがいるこちらの勝利だ。

 

 だがそれでは、勝ちにはならない。結果だけ勝っただけだ。そんなのは認められない。

 なら、竜巻でリゥの前に壁を作れば……!

 

「リゥ、竜巻を正面に!」

 

「諒解!」

 

 まだ正気が見える!

 

「甘いと言ったぞ! 日本晴れ!」

 

 刹那、ウインディの背後で雨雲が晴れ、強い日差しが照りつける。

 リゥにとっては完全に逆光だ。

 

 ――まずい!

 

 あれじゃリゥは目潰しされたも同然だ。

 

「捕まえたぞ、小僧! ウインディ!」

 

「くっ」

 

 リゥが条件反射で身構えるも、ウインディの方が速い。

 

「火炎放射ァっ!」

 

「あああぁぁぁぁっ!」

 

「リゥ!」

 

 ウインディの火炎放射を至近距離で浴びたリゥは、悲鳴と共にフィールドへと倒れる。

 リゥが敗北した。

 俺は動かないリゥをボールへ戻す。

 残るは――

 

「いや」

 

 終わった。

 桂との戦いは、もう勝てる道筋が見えない。

 何より戦える仲間がもういない。

 

「どうした、小僧。まだいるだろう?」

 

 わかってる。

 わかってるが……それは。

 

 

『主様……』

 

 

 主を想い、涙を流すストライクの姿が思い浮かぶ。

 そんなストライクを戦わせるのか……?

 俺は――

 

「もう、大丈夫です。あちしは――ファアル殿の味方ですから」

 

 一陣の風が吹いた。

 言葉と共に、さっきまで後ろにいたはずの萌えもんが、フィールドに立っていた。

 

「ストライク、だけど」

 

「――ハヤテ」

 

 ストライクは淡い笑みを浮かべ振り返り、

 

「ハヤテ、と読んでください。それが、主様があちしにくれた名前なので」

 

 ストライク――いや、ハヤテは眼前へ視線を向けると、

 

「ファアル殿。あちしは技を4つしか覚えておりません」

 

 言われ、登録時に言われた技名を思い出す。

 居合い斬り、燕返し、連続斬り、劔の舞。

 何とも攻撃的な技だと思ったが、そういうことだったのか。

 

「ですので」

 

「話している暇があるか! 火炎放射!」

 

 ウインディの火炎放射へ向かって、ハヤテは右腕を静かに逆袈裟に斬り上げた。

 

「なっ――!?」

 

 その声は、果たして誰のものだったか。

 

「あちしには、これくらいしか出来ません。主様と研鑽しか行っていなかったので、この程度なのです」

 

 火炎放射を容易く斬り割いておいて、そんなことを平然と言ってのけていた。

 

「はは……いや、十分だ!」

 

 ハヤテの主は相当な変わり者だったらしい。

 いや、武芸者だったそうだから、技を極める道を選んだのか。

 俺たち萌えもんトレーナーなら、満遍なく技を覚えさせてあらゆる状況に対応するが、その逆を行っている。

 ハヤテのトレーナーは、あらゆる状況をたった4つの技で対応してみせようとしたのだ。

 

「ハヤテ、ウインディの動きについていけるか!?」

 

「問題ありません!」

 

 言うや否や、ハヤテがウインディへと一瞬で距離を詰めた。

 なんつー速さだ。

 

「ウインディ、神速!」

 

 しかし桂とウインディは歴戦の猛者だ。当然のようにその動きへ対応してみせる。

 神速を使って後ろへ跳んだウインディは、お返しとばかりに火炎放射を放つ。

 が、

 

「無駄です」

 

 ストライクへ直撃する前に切り伏せられる。

 

「小僧、何という隠し球を持っておる!」

 

 俺だって今知ったんだよ!

 そう言いたいのをぐっとこらえる。

 ストライクの身体能力がずば抜けているのはわかったが、このままじゃお互い決め手に欠ける。

 

 後一手――それさえあれば勝てる。ハヤテにはそれだけの強さがある。

 ウインディの神速を超えて、ハヤテがしとめられる何かさえあれば……!

 

「なぜ、何故当たらん!」

 

 ハヤテは、ウインディが繰り出す神速を、紙一重で避けている。

 まるで踊るように――舞うように。

 

 ――剣の舞。

 

 それは、戦いの踊りを踊って、気合いを高めて一撃の威力を高めるという技。

 近距離しか攻撃手段を持たないハヤテにはこれ以上無いほどマッチした技だ。

 

「火炎放射!」

 

「無駄と言いました」

 

 ハヤテは難なく火炎放射を斬り割くも、その顔には僅かながら疲労が見える。そうそう何度もできる芸当じゃないんだろう。途方も無い集中力でできる曲芸みたいなものだ。

 ウインディとて体力が無限にあるわけでもあるまい。

 だがウインディは蒸しタイプのハヤテにとって特攻――座して待てばじり貧だ……しかし、

 

「――見えた」

 

 思いついたのは、極めてシンプルな方法だ。

 ウインディの姿を何度も観察して確定に至った、たった一本の線。

 だが、ハヤテなら――その速さなら、先手を取れる。

 

「ハヤテ!」

 

 一瞬こちらへ視線を向けたハヤテへ、わかるようにジェスチャーを示す。

 得心がいったハヤテは小さく頷くと同時、

 

「ウインディ、最大火力で燃やしつくせ! 火炎放射!」

 

 桂の指示が下ると同時、チロリとウインディの口に炎の花が咲く。

 どれだけ神速で移動し続けていたとしても。

 どれだけ日本晴れで炎タイプの技の威力が上がっていたとしても。

 

 ――見えていれば、

 

「止まっているのと同じです!」

 

 叫びと共に、ストライクが右足を踏み込む。

 狙うは眼前。

 どんな高威力な技であろうと、必ず隙は存在する。

 ウインディの動きを何度も見ていてわかった。

 

 ウインディは、火炎放射を放つ瞬間、必ず動きを止める。

 なら、その刹那こそ。

 

 決定的な隙となる!

 

「燕」

 

 瞬時にして距離を詰めたハヤテの左の鎌が逆袈裟に振り上げられ、

 

「返し――!」

 

 のけぞったウインディめがけて更に踏み込まれた左足。振り抜いたはずの左腕は刹那の内に向きを変え、今度は振り下ろされた。

 

「ま、だぁっ!」

 

 だがまだウインディは倒れない。

 せめて道連れと言わんばかりに火炎放射を吐き出そうとしたウインディに告げられたのは、

 

「遅すぎます」

 

 大上段で振り下ろされたハヤテの右腕だった。

 

「――居合い切り」

 

 静寂がフィールドを包み込む。

 程なくして、ドサリと倒れたのは――ウインディ。

 ハヤテは――立っていた。

 

 俺たちの勝利だ。

 

「六体目――」

 

「――撃破です」

 

 俺とハヤテの声が、フィールドに木霊した。

 

 

   ■■■■

 

 

「まさか、ストライクがあれほど強いとわなぁ。儂もまだ見る目がたらん」

 

 ジム線が終わり、桂はどこから晴れやかな表情で、口ひげを撫でた。

 

「いや、俺も正直ビックリしてる」

 

「なんじゃ、小僧。お前の萌えもんだろうに」

 

「いや……」

 

 居心地悪そうな様子でリゥたちに囲まれているハヤテを見る。

 

「大切な預かりもんでな。きっと今頃、遠くで見て喜んでるんじゃねぇかな」

 

「ふむ」

 

 きっとハヤテの中でも何かが変わったのだろう。

 ハヤテが主と呼んでいたトレーナー。

 不器用で、技を研鑽することしか頭になかったであろう武芸者。

 

 たぶん、そいつも――ハヤテには笑って生きていて欲しかっただろうから。

 チャンピオンを目指す俺みたいな奴に自慢の相棒が拾われたことを、せいぜい恨んでおいてくれ。

 

「受け取れ、小僧。儂に勝った証、クリムゾンバッジじゃ」

 

 桂からバッジを受け取る。

 燃えさかる炎を模した、まさしく桂に相応しいバッジだ。

 

「それを持っておれば、萌えもんの特殊能力が上がる。まぁ、あのストライクには不要じゃろうがの」

 

「確かに」

 

 うちなら誰に身につけさせようか。

 そんなことを考えていると、

 

「トキワジムのジムリーダーが帰ってきたと聞いた」

 

「……ああ」

 

 トキワジム。

 一年を通して閉鎖されているジムだが、唯一、萌えもんリーグが近付いた時だけ開くジムだ。

 

 そのジムを治めるリーダーは――榊さん。

 ロケット団の長で、リゥを攫い、シルフカンパニーを占領した男。

 そして、親父の親友であり、俺にとってはもうひとりの親父のような人。

 

「お主なら勝てるじゃろ。リーグ戦を楽しみにしておるぞ」

 

 ニカっ、と桂が豪快に笑った。

 ったく、この爺さんは……。

 

「任せろ。期待しくれていいぜ」

 

「かかっ、言いよるわ!」

 

 桂に背を向け、リゥたちの元へ向かいながら、思う。

 トキワシティジムリーダーの榊。

 地面タイプを使う、カントー地方でも最強クラスのトレーナー。

 

 そして、親父と共に研鑽を積んだ男。

 俺は榊さんを――超えられるのだろうかと。

 

「ファアル、ねぇちょっと私より強いのに弟子入りされたんだけど!?」

 

「あ、あああああ。それはですねリゥ殿ぉ」

 

 こいつらとなら何とかなるかもしれない。

 ふくれっ面の相棒を宥めながら、俺は一路、マサラタウンを目指すのだった。

 




ストライクは、登場させた時から「クッソピーキーなキャラにする」と決めていたので、こんな感じで落ち着きました。

6年越しの更新、楽しんでいただけたのなら、これに勝る喜びはありません。


ではまた次回、お会いできることを願って。

おそらく9月末~10月頭には投稿できると思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【第三十三話】マサラ――束の間の休息

 グレンジムで桂と激戦を繰り広げた後、俺たちは一度萌えもんセンターで休息を取った。

 

「何ですぐ出発しないの?」

 

「あんまり便が無いんだよ」

 

 リゥの言葉に肩を竦める。

 グレンタウンからは、俺の故郷であるマサラタウンまで定期便が出ている。

 しかしそれも一日に数本。

 それを逃せば、萌えもんたちと一緒に泳いで行くしかなくなる。

 マサラタウンとグレンタウンの間は波も比較的穏やかで泳いでいる人も多いが、できればゆっくり帰りたかった。もう体力が有り余っていた子供じゃないのだ。

 

「次の便は……って明日じゃない!」

 

 萌えもんセンターに掲示されている定期便の時刻表を見て、リゥが嘆く。

 

「そうだぞー」

 

 そして残念ながら、今日はグレンタウンで一泊することが決まっている。

 今は夕刻を少し過ぎた頃。

 のんびりと過ごすにはちょうど良い時間帯だった。

 

「つっても、行くところなんてほとんど無いんだよなぁ」

 

 グレンタウンには萌えもん研究所があり、そこでは萌えもんの化石を研究しているらしい。

 何でも化石から萌えもんを復元するんだとか。

 ニビジムの剛司が使っていたカブトも、復元された萌えもんのようだったし、少しずつ技術が浸透してきているんだろう。

 

「ねぇ、あのさ」

 

 行くところもなく、リゥと何となく歩いて辿り着いた場所は、海岸だった。

 見渡す限りの水平線に、双子島が小さく顔を出している。

 そんな海を、沈みゆく太陽が真っ赤に染め上げていた。

 リゥは、砂浜を歩いていたかと思えば、急に立ち止まり、

 

「……私、強くなったのかな?」

 

 と、海を眺めながら言った。

 少し離れて歩いていた俺がリゥに合わせて立ち止まり、「わからん」と答えると、

 

「ちょっと、そこは強くなってるくらい言うところじゃないの?」

 

 怒った様子でリゥが振り向いた。

 腰に手を当ててこちらに抗議してきている。

 が、

 

「わからねぇよ。俺も自分が強くなってるのかなんてわかんねぇ。ただ……」

 

「ただ……?」

 

「ずっとお前が頼りになる相棒なのには変わらない。アテにしてるんだぜ?」

 

「なっ……」

 

「だからま、何とかなるんじゃねぇかな」

 

 リゥはしばらくパクパクと口を開けていたが、

 

「……はぁ、そうね。そうかも」

 

 そう言って、どこか恥ずかしそうに小さく笑った。

 

「それにほら、ハヤテの師匠だろ?」

 

 リゥは露骨に顔をしかめると、

 

「ほんとそれ嫌。だってあいつ、私より強いのよ? 何を教えろって言うんだか」

 

 ぶつくさ文句を言い始めた。

 どうもハヤテが強いことをお気に召さないらしい。

 

 ……というより、自分より強いハヤテが、自分の弟子になりたいと言ったことが気にくわないのか。

 

 何にせよ、リゥの納得がいっていないのは確実だった。

 

「たぶんなんだけどな」

 

 シェル、コン、カラ、サンダース、ハヤテ――リゥ以外の仲間たちの姿を思い浮かべる。

 彼女たちも旅を通じて強くなっている。

 それは進化のように目に見えるものだけじゃなくて――。

 

「リゥは、ハヤテに無いものを持っているからじゃないか?」

 

「私が、ハヤテの……?」

 

「ああ。んで、それはリゥだけじゃなくて、シェルやコンにだってある。みんな同じなんじゃねぇかな」

 

 誰もが完璧じゃない。

 誰だって、何かが欠けている。

 だからこそ、誰かと共に生きて、誰かを尊敬して、誰かを好きになって、誰かと友達になるんだろう。

 

「――ま、それはあるかもね」

 

 リゥは何か得心がいったように、ひとり頷いている。

 俺はそんなリゥから視線を外し、水平線へと視線を向ける。

 

 双子島で親父に会った。

 待っているぞ、と。

 その言葉の重みを感じながら、ふと思う。

 俺は、親父に勝てるのだろうか……と。

 

 

 ■■■■

 

 

「海ですわぁぁぁぁああああ!」

 

 翌日。

 朝イチでグレンタウンから出発する便に乗った俺たちは、マサラタウンへ向かっていた。

 空は快晴。波は穏やか。絶好の船旅日和だ。

 おおよそ2時間程度の船旅になる。

 ちょうどいい機会だと思ってボールから全員を出したのだが、シェルのテンションの上がりようったらない。

 

「いつにもなくハイテンションね……」

 

 呆れた目でその姿を見るリゥに、

 

「シェルにとってみればここら一体は故郷みたいなもんだろうしな」

 

 初めて出会った頃が、もうだいぶ前のように感じる。

 それくらい、濃い旅をしてきたということだが。

 

「マスターもこっちに来るですのおおお!」

 

 ハイテンションのシェルは、周囲の目なんかおかまいなしだ。

 

「……行ってあげなさいよ。他人の振りしておくから」

 

「もう無理だからな?」

 

 俺はそう言って、シェルの元へと向かった。

 終わりに近付く旅に、少しの寂しさを感じながら。

 

 

 ■■■■

 

 

 船に揺られること2時間近く。

 荷物を纏めて降り立った俺を出迎えてくれたのは、懐かしい光景だった。

 

「……なんか、変な感じだ」

 

 懐かしいような、そうでもないような。

 旅の途中に立ち寄っただけなのに、胸の内には郷愁のような暖かさがある。

 

「家に寄るんでしょ?」

 

 そんな俺の胸中を見透かしてか、リゥは薄く微笑んでいる。

 

「まぁな」

 

 どうにも気恥ずかしくて、顔を背けて足を踏み出す。

 博士には何度か会っていたけど、母さんとは旅に出てから一度も会っていない。

 親父も帰っていないだろうし、今は家に母さんがひとりで住んでいる。

 元気にしてるといいんだが……。

 

「博士のところにも後で寄るか?」

 

「話すことなんて何も無いわ」

 

 人気ねぇな、ジイさん。

 港から少し歩けば、のどかな田舎の風景が広がっている。

 懐かしさを胸に歩いていると、

 

「お、ファアル。帰ってきたのか」

「試合見たぜ。さっすが、サイガの息子だなぁ!」

「連れてる娘、可愛いじゃねぇか!」

 

 見知った連中がそこかしこから声をかけてくる。

 適当にいなしながら実家へと向かう。

 

「……なんか落ち着かない」

 

 リゥと言えば、居辛そうな様子で、俺の隣を歩いている。

 

「有名税みたいなもんだ、諦めてくれ」

 

「静かに暮らしたい……」

 

 しかし頑なにボールに入ろうとはしないのだから、もう自業自得と諦めてもらうしかない。

 そうして針のむしろ状態をしばらく続けた後、

 

「着いたぞ。ただいまー」

 

 玄関のドアを開けると、そこには2人分のスリッパが並べられていた。

 奥からは美味しそうな匂いが漂ってきていて、「おかえりー。リゥちゃんと一緒に入ってきてー」と母さんが声だけで答えてくれていた。

 

「あんたのお母さんって、エスパーなの?」

 

 そんなわけ無い。

 

「ただの田舎ネットワークだ」

 

 田舎のネットワークが、光より速いだけだ。

 リゥとふたりしてスリッパを突っかけて我が家のリビングへ行くと、

 

「……いや、これ作りすぎだろ」

 

 大量の料理が並べてあった。

 和食に洋食に中華にイタリアン――いったいどれだけ作ったんだと。

 母さんに視線を向けると、

 

「昨日、レッドくんたちに今日あんたが帰ってくるって聞いたのよ」

 

「ああ……あいつら昨日の便で帰ってたのか」

 

「ええ。今は家でゆっくりしてるみたいよ。後で会いに行ったら?」

 

 レッドたちも順調に勝ち進んでいる。

 このまま行けば、おそらく萌えもんリーグで戦うのは間違いない。

 

 ……負けていられないな。

 

 幼馴染みたちの成長の早さが、少し怖くなる。

 

「つーか、こんなに食べられないんだけど」

 

「なら、その腰に下げてるボールの娘たちにも食べさせてあげなさいよ。全員分、あるんだから」

 

 ……敵わないな、まったく。

 

「あんたのお母さんらしいわね」

 

 そんな俺を見て、リゥは失笑していた。

 

「あらー、リゥちゃん。綺麗になったわね。どう、うちの息子、迷惑かけてない?」

 

 お玉を持ったまま振り返る母さん。

 いや、鍋見てろ鍋。

 

「は、はい。むしろお世話になっているっていうか」

 

「へー、そうなの? 気にくわないところがあったらいつでもぶっ飛ばしてやってね」

 

「はい、それはもちろん!」

 

「おい」

 

 最近ぶっ飛ばされることが減って嬉しかったのに、止めろよそうやってまた絶望させるのを。俺はもう無機質とキスしたくないんだ。

 

 

 ■■■■

 

 

 そうしてみんなで賑やかに食卓を囲った後、

 

「じゃ、博士んとこ行ってくるわ」

 

「あら、ゆっくりすればいいのに」

 

 洗い物をしながら、母さんが言う。

 

「レッドたちにも顔を出したいしな。早めに行こうと思って」

 

「ふぅん。リゥちゃんたちはどうするの?」

 

 言われてリビングに視線を向ければ、みんな思い思いにくつろいでいる。遠慮らしい遠慮をしているのはハヤテだけだった。

 

 ふむ……。

 

 俺はしばし考えた後、

 

「リゥ、頼む」

 

 信頼できる相棒に後を託した。

 

「そうなると思ったわよ。任されましたー」

 

 ふてくされるリゥに後を任せ、「じゃ、行ってくる」と家を出る。

 数分も歩けばすぐ、大木戸研究所が見えてきた。

 

「……懐かしいな」

 

 ここにリゥを運び込んだんだっけか。

 あの頃を思い出しながら、研究所のドアを開ける。

 

「邪魔するぞー」

 

 研究所の中は、誰もいなかった。

 珍しいな……いつもは誰かいるのに。

 勝手知ったるもので、研究員たちが休憩を取るカフェスペースへと足を踏み入れてみれば――

 

「お」

 

「「「あ」」」

 

 そこにいたのは、丸テーブルに思い思いの飲み物を持って集まっている幼馴染み3人の姿だった。

 レッド、グリーン、ブルー。

 それぞれ、旅の途中で何度か会ってはいたけど、こうして見ると旅に出る前より遙かに成長しているように見えた。

 

「久しぶりだな。昨日帰ってきたそうじゃないか」

 

 そう言いながら、フロア内の自販機でブラックコーヒーを買って近くの椅子に腰を下ろす。

 

「兄貴こそ、昨日帰ってなかったの?」

 

「疲れて船に乗り損ねたんだよ」

 

 コーヒーを一口。うん、美味い。

 

「確かに、接戦だったもんねー。わたし、負けると思ってたよー」

 

 と、ブルー。けらけらと笑っている彼女は、少し大人の女性に近付いた印象を受ける。小麦色に焼けた肌は、まだまだ子供っぽさもあるけども。

 

「見てたのか」

 

「もっち。萌えもんリーグで戦うわけだし?」

 

「勝つのは俺だけどな」

 

「いいや、俺だね!」

 

 大声で宣言したのはグリーンだ。一昨日会ったばっかりだから全く久しぶりな感じがしない。

 

「い、いや、僕が勝つ!」

 

「お前には無理だってのレッド」

 

「ぶぶー、わたしに蹂躙されるから無理なのでしたー」

 

 三者三様に言い合っているが、どことなく楽しそうな様子でもある。

 

 ――そりゃそうか。まだ年端もいかないのにカントー地方を旅したんだ。孤独だって感じただろう。そんな旅が続いたからこそ、この時間が楽しくて仕方がないんだ。

 

「お前ら、明日トキワジムに行くのか?」

 

 3人は顔を見合わせた後、

 

「「「もちろん!」」」

 

 声を揃えて宣言する。

 となると、明日のトキワジムはマサラタウンのトレーナーが4人挑戦するわけか。

 随分と賑やかになりそうだ。

 

「兄貴はまた最後の方のつもりなの?」

 

「……どうかな」

 

 言葉を濁したが、一番最後の挑戦にしようと決めてもいた。

 

 ――榊さん。

 

 あの人と決着を着けるなら、最後の方がお互い全力を出せそうな気がするのだ。

 

「あんたまた難しいこと考えてんのかよ」

 

 黙りこくった俺に、グリーンが悪態をつく。

 

「別に難しいことじゃねぇけどな」

 

「どうだか。あ、そうそう。俺ら、あんたの戦い見るからな」

 

「あん?」

 

 それが今更どういうことだ? 今までずっと見ていただろうに。

 俺が疑問の声を上げると、グリーンを始め、レッドとブルーは真剣な眼差しで言った。

 

「ライバルだから」

 

 その答えに、俺は思わず目を瞬く。

 

 ――ああ、そうか。

 

 こいつらも、俺のことをライバルだと思ってくれていたのだ。

 俺がこいつらをライバルだと思っているように。 

 お互いが、認め合っていたのだ。

 なら……

 

「思う存分見とけ。お前らに俺の戦いを見せてやる」

 

 負けられない。

 榊さんに勝つ。

 勝たなければ、親父のいる頂にはたどり着けない。

 榊さんがその壁なら――ヤマブキシティのことも何もかも忘れて、戦って勝つだけだ。

 

 そうだ。

 それで良いんだ。

 だって俺たちは――萌えもんトレーナーなのだから。

 そうすることでしか自分の道を歩めない人間なのだから。

 

「次に会うときは萌えもんリーグだね、兄貴!」

 

「そうそう、4人のマサラタウントレーナーで戦うってめっちゃ良いよね!」

 

「俺たちが時代を作るんだな!」

 

 3人は喜んでいるが、後もう1人忘れちゃいないか……?

 

「俺の親父がいるから、5人だな」

 

 

 ――ピシッと。

 

 

 空気が固まった。

 

「20年以上無敗の男だぞ。勝つつもりか?」

 

 ニヤリ、と笑う。

 まさか逃げるつもりじゃないだろうな、と。

 レッドたちにもその意志は伝わったらしい。

 3人は声を揃えて言った。

 

「当たり前だろ!」

 

 こうして俺たちは――萌えもんリーグでの再会を約束したのだった。

 

 

 ■■■■

 

 

 博士は結局研究所に帰ってこなかった。

 カフェに休憩に来た研究員の人に聞くと、どうやら萌えもんリーグにいるようで、おそらくこれから行われる年に一度のイベントの打ち合わせをしているのだろう。忙しいもんだ。

 外が苦楽なり始めた頃にレッドたちと別れて家に帰ってみれば、外まで漏れそうな程大きな声で盛り上がっていた。

 

「あら、ファアル。おかえりなさーい」

 

「ただいま」

 

 楽しそうな母さんの顔を見たのは久しぶりだ。

 それだけでも、帰ってきた甲斐があるってもんだ。

 

 宴もたけなわ。

 俺が食べるものは全く残っていなかったから、仕方なく荷物に入っていたレトルトを食べ終わると、もう外は完全に日が落ちていた。

 

「ねぇ、ファアル。リゥちゃんはボールに戻さないの?」

 

 シェルたちにはもうボールの中に戻ってもらっている。

 が、リゥだけはいつもの通りに外に出していた。

 

「え? まぁ」

 

「うん、そうね?」

 

 お互いそれが普通だったから、リゥとふたりで顔を見合わせる。

 そういえば最後にリゥがボールに入ったのっていつだったっけ……?

 それくらい記憶が無い。

 

「あらあらまぁまぁ。ふたりはいつも一緒なのね」

 

「なっ……」

 

 母さんが口元を押さえて笑みを浮かべると、とリゥが慌てた様子で椅子から立ち上がる。

 

「ち、違います。違いますからね!」

 

 何やらわたわたと両手を広げている。

 隣に座っている俺のことも考えてくんねぇかな。手が当たって痛いんだが。

 俺が嫌そうな顔をしているのがわかったのか、母さんは、

 

「ファアル、何だか嫌そうな顔ね」

 

「えっ?」

 

 リゥがこっちを見る。遅れて、力なく振り下ろされた手が俺の頭にクリーンヒットした。

 

「……そりゃ、絶賛はたかれまくってるからな」

 

 ただまぁそれも、

 

「いつものことだし、別に気にしてねぇよ。どれだけぶっ飛ばされたと思ってんだ」

 

 そう、数え切れないほどリゥにはぶっ飛ばされた。

 海、地面、木、草、岩――ほとんどの無機物とキスをしまくったおかげで、もう何も感じなくなっている。

 

「つーか、母さんこそ……」

 

「うん?」

 

 小首を傾げる母さん。

 

 ――いや。

 

 俺は首を横に振る。

 

「親父、帰ってきてないのかよ」

 

 沈黙は少しだけ長かった。

 

「ええ、帰ってきてないわ。あの人らしいけど」

 

 そうして母さんが浮かべた笑みは、どう見ても強がりだった。

 

「でも――」

 

 母さんはそこで俺をじっと見つめ、

 

「ファアルが勝ったら帰ってくると思うわよ」

 

「俺が?」

 

「そう。だから期待してるのよ。早くあの人とイチャイチャさせてね。お邪魔虫は帰ってこなくていいから」

 

「おい」

 

「じょーだんよ、じょーだん」

 

 母さんはケラケラと笑った。

 

 ……まったく。

 

 俺は嘆息し、胸中で反芻する。

 俺が勝ったら、か。

 

「……そうだな、勝たないとな」

 

 迷惑ばかりかけたろくでもない息子かもしれないけど。

 こんな形で親孝行できるなら、それも悪くない。

 

 

 ■■■■

 

 

 夜。

 久しぶりに寝転んだ自分のベッドは、お日様の香りがした。

 母さんが定期的に掃除してくれているのかもしれない。

 部屋には埃ひとつなく、なんだかむず痒かった。

 窓から見える月をぼーっと見ていると、コンコンとノックの音。

 

「起きてるぞ」

 

「う、うん」

 

 ドアを開けて入ってきたのは、リゥだった。

 母さんに散々からかわれた挙げ句、客間で寝ることになったはずだったんだが、どうしたんだろうか。

 リゥはどうも居心地わるそうな様子だった。

 

「あの――ありがと」

 

「うん?」

 

 身を起こし、座れよ? と何年も使っていない勉強机の椅子を指し示す。

 リゥがその椅子に座ったのを見計らって、

 

「んで、何で今更礼なんか」

 

「何となく。旅に出る前のこと、思い出しちゃって」

 

「ああ……」

 

 傷だらけで倒れていたリゥを研究所に運び込んで、その後一緒に旅に出ようと言って――この家に連れてきたんだった。

 

「懐かしいな」

 

「でしょ? ここまで来たんだなぁって思って」

 

 いろんな壁にぶつかって、ここまで来られた。

 それもこれも、リゥを初めとした仲間たちがいてくれたからだ。

 俺のわがままに付き合ってくれたからだ。

 感謝なんて、むしろ俺の方が言いたいくらいだった。

 

「いい気分転換になったわ。明日からまた戦える。シェルたちも同じだと思うけどね」

 

 旅をしていると戦いばかりの日々になる。

 やれ目が合ったら戦うだの、やれ小銭出せだの、理由もなくバトルを申し込まれるのだから困ったものだ。

 

「ねぇ、ファアル」

 

 リゥが俺へ視線を向ける。

 

「……その」

 

 そして何度かまごついた後、

 

「この旅が終わったら、どうするの?」

 

 不安な声音で訊いてきた。

 

「そうだな……」

 

 いつか旅は終わる。

 俺の目的は親父を倒すことで、リゥの目的は親父のカイリュウである姉を倒すこと。

 つまり、お互い目標を達成すれば旅は終わる。

 目指す目標が無くなってしまう。

 

 とはいえ、元の生活に戻るのか? と問われたら、まず無理だと確信を持って言える。

 俺はもう、旅をする楽しさを知ってしまった。

 あちこちを旅していろんな人と会って、いろんな刺激を受けたい。

 それは――家にいるだけじゃ絶対にわからなかった、魅力的な刺激だ。

 

「正直、わからん」

 

 でも、と続ける。

 

「この家には帰れないだろうな。帰ってくんなって言われたし」

 

「それ、本心だと思ってる?」

 

「半分くらいは本心だと思うぜ。俺も良い大人だし、それくらいわかる」

 

 俺は、父さんと母さんが本来過ごす時間を奪ってしまったのかもしれない。

 そんな想いは、ずっとあった。

 今日母さんの話を聞いて、それが確信に変わった。

 

 最初は親父に勝つことだけが目標だったけど。

 今は、リゥのために――そして母さんのためにも勝ちたいと思っている。

 

 勝ちたい理由が増えた。

 負けたくない意地が増えた。

 それはきっと――俺自身の成長なのだろう。

 だから、

 

「少しだけ時間もらっていいか? ちゃんと決めたいんだ」

 

 俺の中の気持ちを俺自身が飲み込むまで。

 それはまではせめて――

 

「夢に向かって歩ませて欲しい。一度にふたつもみっつも考えられるほど器用な人間じゃないからな」

 

「どの口が言ってんだか」

 

 リゥは肩をすくめた。

 

「……ごめん、変なこと聞いたわ」

 

「いいって。不安なのは俺も一緒だ」

 

「ファアルも?」

 

「ああ。明日だって不安しかないんだぜ?」

 

 リゥは目をぱちくりさせた後、

 

「見えない」

 

「マジだよ。それにお前こそ覚悟決めろよ」

 

「覚悟?」

 

 ああ、と頷く。

 

「次のジム――トキワジムのジムリーダーは、榊さんだ」

 

「――っ!?」

 

 リゥの顔が驚愕に見開かれる。

 

「だから」

 

「ふ、ふふふ……」

 

 ん、んん?

 リゥが何やら急に笑い始めた。

 

「そう、次があいつ……あいつなのね……そう」

 

 くくく、と悪の幹部が浮かべそうな笑いが実に怖い。

 

「覚悟決まったわ。あいつをぶん殴るためのね。ボコボコにしてやる!」

 

 覚悟どころか、逆に燃えていた。

 

 ――忘れてた。リゥはこういうタイプだった。やられたら倍返しが基本スタイルだった。

 

 リゥは急に立ち上がると、

 

「じゃ、寝るわ。あいつをボコボコにするために寝る」

 

 理由は不純極まりないが、反対する理由が全く見つからない。困った。

 

「おやすみ。ありがと」

 

「おう」

 

 リゥが退室する。

 少し寂しくなった部屋の中、俺はもう一度窓の外の月を見上げた。

 

「俺も、負けてらんねぇな」

 

 負けられない理由ばかりが増えた。

 だけどそれは決して重たいものではなくて――。

 俺は眠りに落ちるまで、明日のジム戦のことを考え続けるのだった。

 

 

 ■■■■

 

 

 翌日。

 朝早くに出発した俺とリゥは、「見に行くからねー」と言う母さんを置いて、トキワジムで受付を済ませた。

 予定通り、俺の戦いは本日最後の枠に。

 

 これで準備は整った。

 後は戦うだけだ。

 

 ジムの外に出た俺とリゥが、何して時間を潰そうか相談しようと思ったところに、彼は現れた。

 

「久しぶりだ、ファアル君。元気にしていたかね?」

 

 ロケット団団長。

 トキワジムリーダー。

 そして、親父の親友である――榊さんが。

 




参考にしていた萌えもんのゲームデータが吹っ飛んでリカバリ不可能な状態になったんで、榊の構成をしっかり考えたいので次回更新は少し時間がかかるかと思います。

さすがに6年はかからないのでご安心を。

おそらく10月末~11月初旬の投稿になると思うので、また気軽にお付き合いいただけたら幸い。


2022年4月追記。
すまない、もっとかかる。榊への勝ち筋が全く見えない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。