念藤さんのヒーローアカデミア (芋一郎)
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入試、テスト、訓練

わたしの父親はヴィランである。

「念動力」という使い勝手の良い個性を悪用し、ありとあらゆる悪事に手を染めてきた悪人である。

 

長い間、この父親は我が人生においての大いなる汚点であった。しかしそれは、わたしが小学校四年のときに払拭されることとなる。

 

「私が来た!」

 

折しもそれは、たまたま母親と出かけていたデパートにて、愚かなる父が強盗立て篭もり事件を起こしていた最中であった。

実の父親に人質に取られるという稀有な体験をする中、デパートの天窓を突き破り、吹き抜けを自然落下してきたその男は、アメリカンカラーのスーツに身を包んだ大男、ヒーローオールマイトであったのだ。

 

オールマイトといえば世間では平和の象徴と持て囃される名実の伴ったナンバーワンヒーローである。

その名声に背くことなく、その日オールマイトは我が父親を捕縛するに至った。

 

「少女よ、もう大丈夫だ。ヴィランは私が成敗した!」

「ありがとうオールマイト! お父さんをやっつけてくれて!」

「!! 父だと? 君は…」

 

私の人生で最も恥ずべき恥部。それを難なく片付けて、明日からへの毎日に光を差し込んでくれたそのヒーローは、いつの間にか私にとってアイドル的存在となっていた。

 

私もヒーローになりたい。

そうしたらオールマイトにサインを貰えるだろうから。

 

そんなミーハーな理由で、わたしは雄英を志望したのだった。

 

それから五年後。

中学三年となったわたしは、無事雄英の入学試験に参加していた。

 

「スタート!」

 

試験を監督するヒーロー(プレゼントマイクではない)の掛け声に合わせて受験生たちが一斉に走り出す。

やはり増強系の個性の持ち主たちが抜きん出て先を行き、残りがその後方で固まっている。

 

私の個性といえば父の「念動力」である。

この個性は空も飛べれはバリアも張れる、まさにチート級の利便性を持ち、また私は母の「修復」さえ複合的に持ち合わせていることから、「念動力」で壊して「修復」で直すという真似が出来る。

 

つまりロボットを破壊して直す、破壊して直すを繰り返すことによって、労なくポイントを稼ぎ出すことが出来るのだ。

 

「!」

 

ちょうど良く、先行した増強系の受験生が破壊したであろうロボットの残骸を見つけた。プレゼントマイクより事前になされた説明によると、これは2ポイントに当たるロボットだと目される。

 

当然、受験生たちはこの残骸を無視して我先へと進んでいく。

その中でわたしは一人立ち止まり、ロボットの残骸へと手を触れさせた。

 

すると、ロボットはたちまちの内に修復され、その独眼に光を灯して重い装甲を持ちあげ始めた。

 

修復にかかった時間はおよそ三十秒であった。

これは先行した増強系の受験生がこのロボットを破壊してから三十秒が経っていた、という意味でもある。

 

ーー破壊されてからの時間=修復にかかる時間

 

当然、修復に時間がかかればその分消耗する。消耗すると堪え難い頭痛に襲われる。最悪気絶する。しかし壊れたての物体を直す分には、ほぼ際限なく行える。

これがわたしの「修復」の特性であった。

 

現在、2ポイントのロボットは完全にその図体を起こして、わたしへと向かって機械の腕を振り上げている。

 

わたしはその腕の最も細く、脆いであろう箇所を「念動力」で捻り切り、キャタピラを外し、首を引き抜いた。

 

しかし、ロボットは尚も動いている。

試しに胸部分の装甲を念動力にて剥がしてみると、複雑な機器や配線の中で、分かりやすくオレンジ色に着色の為された機械部分があった。

「私こそが弱点だ!」と全力で主張しているその部位を引きちぎってみると、ロボットは予想通り動作を止め、その機能を停止させた。

 

「よしよし」

 

そして直ぐさま修復。

数秒と経たずに復活したロボットの装甲部分を外して弱点を破壊。

 

わたしはこれを、試験終了時間まで一人黙々と続けた。

途中からは作業も効率化し、胸の装甲を外さなくても弱点を狙えるようになっていた。

 

結果、ロボットを破壊した回数が164回。

計328Pがわたしの得点となった。

 

「あー、ちょっと頭痛するわ」

 

そうやって、雄英の試験はつつがなく終了した。

 

 

 

一週間後。

 

「ナオー、雄英から試験結果届いたよー」

「うん、お母さん一緒に見よ」

 

『私が投影された!』

 

「あっ! オールマイト!」

「良かったわねぇ。あんた好きだもんね」

 

『筆記については少し不安が残るが……その圧倒的ヴィランポイントにてーー念藤ナオ! 合格! ようこそ雄英高校ヒーロー科へ!』

 

「わーい」

「良かったねぇ」

 

合格した。

 

そしてそれからというもの。

 

「えー、我が校から雄英高校ヒーロー科の生徒を輩出できたことは望外の喜びであります。皆さん、念藤さんへ惜しみない拍手を」

 

中学の全校集会で表彰を受けたり。

 

「念藤さん凄いねーwwヒーロー科ってww」

「パツパツのスーツ着たりすんでしょww」

「ええwwはっずww私は無理だわww」

 

やたら絡まれたり。

 

「念藤さんライン教えて!」

「あたしも!」

「俺も!」

 

他学年他クラスから人が押し寄せて来たり。

色々あったが、その他は特に何事もなく中学卒業の日を迎え、春休みには母と卒業旅行に行ったりして、わたしは順調に雄英高校入学の日を迎えるのであった。

 

朝。

自室にて姿見に写る自分を確認する。

 

髪はヘアアイロンで毛先を軽く巻いたライトブラウンのミディアムボブ。

母譲りの瞳の色はグレーがかったグリーン。

体格は少し小柄だが、姿勢は良い方だと自負している。

 

そして真新しい雄英の制服。

糸くず一つなく、ピシッと決まっている。

 

「よし!」

 

中学のときと比べて少し大人っぽくなった自分がそこにはいた。

 

「行って来まーす」

「いってらっしゃい、気をつけてね」

 

記念すべき日にも関わらずいつも通りの母の声に送り出されて、わたしは雄英への通学路を歩み出す。

 

幸い、自宅から雄英高校へは徒歩二十分という近距離。明日からは自転車で通うつもりだが、折角の入学初日。桜並木を眺めながらゆったり向かうのも、また風情があって良かった。

 

 

 

「個性把握テストォ!?」

 

わたしの所属することとなるクラスは1-Aであった。

驚くべきことに、担任の相澤消太はクラス全員に入学式をボイコットさせ、体操服に着替えさせてグラウンドに叩き出した。

何でも、これから個性把握テストなるものを行うらしい。雄英は自由な校風が売り文句であるから、教師もそれに準じて然るべきなのだとか。

入学早々、雄英らしい一幕を見た心地である。

 

とはいえ最下位は除籍処分と相成るらしい。

真剣に臨まねばならない。

 

因みに、テストの項目は以下の通りである。

 

ソフトボール投げ

立ち幅跳び

50m走

持久走

握力

反復横跳び

上体起こし

長座体前屈

 

サクサクいこう。

わたしの出した記録が以下の通りである。

 

ソフトボール投げ

770m(念動力にて)

 

立ち幅跳び

無限(飛べるため。実際は有限)

 

50m走

4.5秒(念動力にてアシスト。自身の体を念動力で急激に動かすのは危険なため)

 

持久走

三位(飛んだ)

 

握力

730キロ(念動力にて)

 

反復横跳び

67回(念動力にてアシスト)

 

上体起こし

36回(念動力にてアシスト)

 

長座体前屈

53センチ(平均よりやや上)

 

結果、特待生を抑えての総合一位獲得。

やっぱこの個性チートだわ。

 

「ちなみに除籍はウソな」

「「「はぁー!?」」」

「あんなのウソに決まってるじゃない。ちょっと考えればわかりますわ」

 

ウソなんかーい!

 

 

 

「あっ、君は…! 一位の…!」

 

下校の時刻である。

下駄箱で靴を履き替え、校門を出たわたしは、同じクラスの男子生徒とバッタリと出くわした。

 

「念藤です。えっと、緑谷くん…だったっけ?」

 

癖っ毛にソバカスの浮いた頬。

個性把握テストで相澤先生に絡まれていた生徒であった。

 

「あ、ああ…うん、な、名前覚えて…」

「ほら、今日目立ってたから」

「お、お恥ずかしい…」

 

モニョモニョと呟いてから顔を伏せる緑谷くん。

女子校生と話した経験が少ないらしく、その頬はほんのりと色付いていた。

 

「えっと、指折れてたよね? 大丈夫だった?」

「う、うん。保健室で…リカバリーガールに…」

「そうなんだ」

 

「「…………」」

 

沈黙。

そもそも、わたしも積極的にコミュニケーションを取るタイプではない。

かといって「じゃあまた明日」も何だか素っ気ない気がするし。わたしも雄英で友達作りたい訳だし。

 

「緑谷くん、しりとりでもする?」

「えっ!? う、うん。いいけど…」

「いいのか…」

「嫌なの!? 自分から言っといて!?」

 

しまった。つい思いついたことを言ってしまった。気を悪くさせてしまったかもしれない。

 

「えーと…」

 

緑谷くんも混乱している様子である。

誰か、第三者の助けが必要であった。

 

「指は治ったかい?」

「わっ! 飯田くん…! うんリカバリーガールのおかげで…」

「そうか! しかし相澤先生にはやられたよ。俺は「これが最高峰!」とか思ってしまった! 教師がウソで鼓舞するとはーーはっ! 君は一位女子!」

「おーい! そこの三人! 駅まで? まってー!」

「君は無限女子!」

 

ぞくぞくと来たー!

 

しかしこの後、この三人とは仲良くなることが出来た。明日四人で食堂行こうって約束したし。ええやん。

 

まとめ。

雄英高校一日目は、何だか意外と順調に終わった。

 

 

 

翌日。

午前。

 

「んじゃ次の英文のうち間違っているのは? おらエヴィバディヘンズアップ! 盛り上がれー!」

 

うるせー

 

昼。

食堂。

 

「白米に落ち着くよね、最終的に!」

 

おいしー

 

午後。

ヒーロー基礎学。

 

ようやく待ちに待った時間である。

教室にいるクラスメイトたちも、どこが期待に満ちた落ち着きのない様子。

「なぁ、オールマイト本当に来んのかな」「生で見れるとか!」「楽しみだよー!」などと盛り上がっている。

 

そして予鈴が鳴って、しばらく経った時だった。

 

「わーたーしーがー! 」

 

この声は!

 

「普通にドアから来た! HAHAHAHA!」

 

オールマイトだ! 本物だ! かっこいい!

 

「うわー! 本物ー!」

「オールマイトだ! すげぇや! 本当に先生やってるんだな…!」

「シルバーエイジのコスチュームだ…!」

 

オールマイトだ! すごーい!

 

「早速だが今日はコレ! 戦闘訓練! コスチュームに着替えたら、順次グラウンドBに集まるんだ!」

 

わーい! サインほしーい!

 

 

 

グラウンドB(元入試会場)

 

突然だが、わたしのコスチュームはごくシンプルなもので、耐熱耐刃耐性の特殊生地で出来た短パンオーバーホール(サロペット)である。ぱっと見は普通の女子が着ているような私服と変わりないが、これは普段と変わらぬ精神状態で戦いに臨みたいが為の措置であり、決して旧同級生から言われた「パツパツスーツとか着ちゃうんでしょww」を気にしているからではないので悪しからず。

 

「わぁ、ナオちゃんのコスチューム可愛いね! なんかこう…! 私服みたいで!」

「というかそれ、ヒーロースーツなのかしら?」

 

それぞれ麗日さんと蛙吹さんの言葉である。

 

「うん、このスーツは平常心を保つ為のーー!!」

「「?」」

 

頭にはてなマークを浮かべる麗日さんと蛙吹さん。

両名とも、ちゃんとパツパツスーツであった。

 

「なんかゴメン…」

「え!? ナオちゃんどうしたの?」

「わたしだけ逃げたみたいで…」

「んん???」

「念藤ちゃんは変な子ね」

 

何だこいつカエルのくせに。

 

「先生! ここは入試の演習場ですが、また市街地演習を行うのでしょうか!?」

 

最後に来た緑谷くんを含めた全員がコスチューム姿で並ぶ中、飯田くんが挙手してハキハキと質問をする。

 

「いいや! もう一歩先に踏み込む! 屋内での対人戦闘訓練さ! 君らにはこれから、ヴィラン組とヒーロー組に別れて、2対2の屋内戦を行ってもらう!」

 

オールマイトはそう宣言すると、取り出したカンペを見ながら状況説明を始めた。

普通カンペとは隠れてコソコソと見るものだが、ナンバーワンヒーローともなればその姿すら堂々としており、わたしは感動した。

 

今戦での状況設定は以下の通りである。

 

・ヴィランがアジトに核兵器を隠している。

・ヒーローはそれを処理する必要がある。

・ヒーローの勝利条件は制限時間内のヴィラン捕縛か核兵器の回収、ヴィラン側はその逆。

 

説明を終えると、オールマイトは続けてわたしたちにクジを引かせた。

これで組み分けと対戦相手を決定するのだ。

 

「クジ! 適当なのですか!?」

「プロは他事務所のヒーローと急増チームアップすることが多いし、そういうことじゃないかな…」

「そうか…! 先を見据えた計らい…失礼致しました!」

 

その際に交わされた飯田くんと緑谷くんの会話である。

なるほど、緑谷くんはあまり強そうに見えなかったけど、知将的な感じなんだな。

頭を使う場面では頼りにしよう。

 

ということで、コンビ分けと対戦相手決めは滞りなく成された。

 

くじの結果、わたしはBチーム。

このチームだけ人数の関係で三人で、さらにチームメイトは特待生の轟くんに接近戦の得意っぽい異形系の障子くんであった。

 

「えぇー! 相手は特待生の轟くんに個性テスト一位の念藤さんに見た目明らかに強そうな障子くん!? わーん! 不公平だー!」

 

服が宙に浮いて話している。

彼女は確か葉隠さんと言ったか。

姿が見えない故に存在感のある、何とも矛盾したクラスメイトであった。

 

「よーし! 尾白くん、私こうなったら本気でやるわ! 服も今のうちに脱いどくわ!」

「いや服はまだ着てなよ」

 

彼女にやれやれ系空手男子の尾白くんを加えたIチームが、わたしたちの対戦相手であった。

 

「あっ! 始まった!」

 

クラスメイトの一人の声にモニターへと目を向ける。

そこでは緑谷&麗日のA チームと、爆豪&飯田のDチームの戦闘訓練が今まさに始まっていた。

わたしたちが今いる場所は彼らが戦うこととなるビルの地下の一室である。その場所にてビル内部に複数設置された固定カメラを頼りに戦闘を観戦するのだ。

因みにマイクは付いてないので音声はナシ。

 

『そういうとこがムカツクなぁ!!』

『個性使って来いや! 俺の方が上だからよぉ!』

『当たんなきゃ死なねぇよ!』

ドカァァァァン!

『ああ〜! じゃあもう、殴り合いだ!』

『ホラ行くぞ! てめェの大好きな右の大振り!』

ドゴォン!

『てめェは俺より下だ!』

 

『君が凄い人だから勝ちたいんじゃないか! 勝って! 超えたいんじゃないかバカヤロー!!』

『その面やめろやクソナード!!』

 

ドゴォォォォォン!!

 

二人とも熱過ぎだろ。

オールマイトの付けている小型無線から漏れ聞こえてくる音声だけでも、この二人の間には浅からぬ因縁があるのだと推測できた。

 

というか緑谷くんの個性強過ぎない?

パンチ一発でビル全階吹き抜け状態とか。オールマイト級の増強系じゃん。誰だよ知将とか言ってたやつ。

 

『これしか…思いつかなかった…』

 

ひえぇ…左腕犠牲にして攻撃したのか。

右腕も強力な個性の反動でバキバキ。

そしてこれを躊躇わずにやるとか……クレイジー。このクラスで緑谷さんに勝てる人いんのかよ。

 

……緑谷さんだけは怒らせないようにしよう。

 

「ヒーローチーム…WIーーーN!!」

 

結果、Aチーム対Dチームの戦闘訓練は緑谷&麗日のAチームに軍配が上がった。

緑谷さんは保健室へ緊急搬送され、しばらくするとA・Bチームを迎えに行ったオールマイトと、飯田くん・麗日さんの両名、そして呆然自失とした爆豪くんが地下のモニタールームへと帰って来た。

 

それにしても爆豪くんはただ事ではない様子だ。

おそらく緑谷さんに目の前でビルをブチ抜かれたから怯えているのだろう。可哀想に。

 

「さぁ講評の時間だ! では…念藤少女! 今戦のベストは誰だったかな?」

「はい、緑谷さんです」

「ノゥ!!!」

 

オールマイトからジェスチャー付きの全力不正解を食らった。嬉しい。

 

「念藤ちゃん、なぜ喜んでいるのかしら?」

「えへへ…」

「ケロケロ。何だか私も嬉しいわ」

 

なんや梅雨ちゃんええ奴やん。

 

その後なされた特待生の八百万さんの解説によると、緑谷さんと爆豪くんは屋内戦での大規模破壊というタブーを犯した為、そして麗日さんは緊張感の欠如と攻め方が雑だった為にマイナス点が多いのだとか。その点、飯田くんは状況設定に順応出来ていたとか。

 

確かに、言われてみるとなるほどと思う。

露出狂の変態みたいな格好をしてるけど、やっぱり特待生は凄かった。

 

「二戦目! B・Iの両チーム5名は配置についてくれ!」

 

しかし今回はその特待生の一人である轟くんがわたしの味方なのだ。とても心強い。

 

『スタート!!』

 

第二戦は演習場となるビルを隣の棟に移し、速やかに行われた。

 

「まず、俺が耳を複製してIチームの探知をする」

「頼んだ」

「えーと、よろしく」

 

自ら情報収集役を買って出た障子くんが、その体から左右に三本づつ生えた複製腕に耳を作り出し、建物の中の音を余すことなく聞き取っている。

ただのパワー系かと思ったらこんなことも出来るなんて、やはり雄英の生徒って凄い。見た目グロいけど。

 

「四階北側の広間に一人。もう一人は同階のどこか…素足だな…透明のやつが伏兵として捉える係か」

「よし」

 

わたしも何かしたいが、とりあえずは頭の良さそうな轟くんの指示を待つつもりだ。

 

「外出てろ、危ねぇから」

 

えっ。

 

轟くんに言われるまま、わたしは障子くんと揃ってビルの外へと出た。そして次の瞬間だった。なんとビル全体が凍りついたのである。

轟焦凍。彼もまた、なかなかのチート個性の持ち主であった。

 

こうして、我々Bチームはあっさりと勝利を手にした。

 

「うーん、楽だったけど…これで良かったのかなぁ」

「プロは状況に合わせて、その都度己が行動起こすべきか否かを問う! その点、轟少年という、今戦の状況にピッタリとハマった個がチームにあった君は、何もしなくて正解だよ! 念藤少女!」

「オールマイトっ…!」

 

クラスメイトの待つモニタールームに帰って来たわたしの肩に、大きな手の平がポンと置かれる。

 

「しかし今回は何と言っても戦闘訓練! もう少し積極性を見せてみても良かったかもしれないな! 何にせよ、五人ともお疲れ!」

 

オールマイトに触られてるー! うれしー!

 

「ふむ。そうだな、今回日の目を見なかった念藤少女の為に、私から彼女の個性をみんなに解説させて貰おうか!」

「オールマイト、俺たち個性把握テストで見てたから念藤の個性は知ってるぜ。念動力だろ?」

 

確か鳴上といったか。金髪にイナズマ模様の黒メッシュを入れた少年が、ポケットに手を突っ込んだまま発言をする。

 

「その通りだ鳴上少年! しかし念動力は彼女の力のほんの半分でしかないのさ」

「ってことは…」

「轟と同じで…」

 

その場にいるクラスメイトがゴクリと息を飲み込む。

 

「そう、彼女もまた二つの個性を持っている! 念動力とは別に「修復」という個性をね! 轟少年風に言うなら「半念半繕」ってとこか……念藤少女はこの二つの個性を用い、入試実技で328Pを獲得した猛者だよ!」

 

「「「328!?」」」

 

えっ、何これ。

オールマイトがめっちゃわたしに詳しいんだけど。ほんと雄英入って良かった。

 

「……328…?」

 

わたしが束の間の感動を享受していると、後ろの壁際から小さく、掠れた声が聞こえて来た。

 

爆豪くんだ。

目を見開いてジッとわたしを見ている。

緑谷さんから受けたトラウマパンチをまだ引きずっているのだろうが、何処か虚ろなその眼差しは正直不気味であった。

しかし気味が悪いからといって、落ち込んでいるクラスメイトを無視するのも気がひける。

 

わたしは爆豪くんに向かって、元気付けるつもりで、グッと拳を握って笑いかけた。

 

 

 

その後、戦闘訓練は順調に消化されていった。

 

「お疲れさん! 緑谷少年以外は大きな怪我もなし! しかし真摯に取り組んだ! 初めての訓練にしちゃみんな上出来だったぜ! それじゃあ私は緑谷少年に講評を聞かせねば! 着替えて教室にお戻り!」

 

オールマイトはそう言い終わるやいなや、土煙を上げながら演習場を後にした。

やはりナンバーワンヒーロー。日常の一秒たりとも無駄にしたくないのだろう。立派だ。

 

私はその大きな背中を惜しみながら見送ると、他のクラスメイトと同様に校舎へと向かって歩き出すのだった。

 

 

 

着替えとホームルームを済ませ、わたしは帰宅の途にあった。

今日は母と一緒に入学祝いの寿司を食べに行く予定なのである。それも回ってない寿司だ。だからわたしは個性について質問してくる皆のことを振り切って、一人下校しているのだった。

 

「ふんふーん」

 

自然と鼻歌が出て来る。わくわくと胸が踊る。

何せ回ってない寿司は初めてなのである。今日は十分に堪能しなければならない。

 

そんな時だった。

まだ学校の敷地内の、生徒玄関を出てからすぐの所。オレンジ色の夕焼けの中、何やら大声で叫んでいる爆豪くんと、彼と向かい合う緑谷さんの後ろ姿があった。

あの人たち、ホントどこでも青春してるよね。

 

「氷の奴見てっ! 敵わねぇんじゃって思っちまった…! クソ! ポニーテールの奴の言うことに納得しちまった…クソが!」

 

爆豪くんは、轟くんと八百万さんの特待生組のことを話しているらしい。なるほど、彼らに鼻っ柱を折られたということか。

 

「それと328点の女ァ…! 俺を見て勝ち誇りやがったッ! くそがっ! ぶっ殺してやるあのクソ女!!」

 

!!?

 

誤解してるよ爆豪くん。

わたしそんなことしてないよ。元気付けようとしただけなのに。

 

「こっからだ! 俺は…! こっから…! いいか!?」

 

しかし時が悪い。

回らない寿司が待つ今のわたしに、この場で時間を浪費する余裕はないのだ。

 

「俺はここで、一番になってやる!!」

 

わたしは念動力で空に浮かび上がり、爆豪くんの視界に入らないようにして帰宅するのだった。

 

「ただいまー!」

「おかえり」

「お母さん、お寿司行こう!」

「はいはい」

 

回らないお寿司に行った。

 

サーモンが美味しかったです!(貧乏舌)

 

 

 

入学式前。

雄英入試実技試験後。

 

雄英高校のとある一室で、昨日行われた実技試験の総評が行われていた。

 

雄英にて教鞭を取るプロヒーローたちが長机にズラリと並ぶ中、教壇に文字通り立っているのは身長30センチほどのネズミであった。

 

何を隠そう、このネズミこそが雄英高校の最高責任者たる校長なのである。

 

「続いてーー今度は女の子だね」

 

校長が手元のタブレットを操作しながらそう切り出す。

 

「念藤ナオ、各部中学校出身。個性は映像で見る通り「念動力」と「修復」だ。ヴィランポイントは歴代最高の328P。レスキューポイントは0P。さぁ、みんなの意見を聞こうか」

 

正面のモニターには、念藤ナオが2ポイントのロボットを五〜十秒に一度のペースで破壊している映像が流れている。

アップで映されたまだあどけなさが残る横顔には何の感情も見て取れず、まるでベルトコンベアの前で己の仕事に没頭する作業員のようですらあった。

 

「…………」

 

やがて校長の言葉を受け、一人のヒーローが挙手をした。

ブラドキング。今期、1-Bの担任を受け持つこととなった巨漢のヒーローだった。

 

「念藤ナオが今回の試験で328ポイントという高得点を叩き出せたのは、ひとえに入試のルールに綻びがあったからに他ならん。無論、結果だけ見れば彼女の行動は全受験生の中で最も効率的だったと言える……しかし、プロヒーローを目指す為の雄英ヒーロー科入試試験で、このような粗探しのような真似をするのは……残念ながら、ヒーローとしての資質に著しく欠けていると言わざるを得ん」

「うん、一理あるね」

 

筋道の通ったブラドキングの意見に、校長が小さな頭を縦に振って肯定の意を表す。

 

「オールマイト、君はどう思う?」

 

続けて校長が水を向けたのは、今季から雄英に新任教師として電撃着任予定のナンバーワンヒーロー、オールマイトであった。

 

「……この少女は…まさか…」

 

そして件のオールマイトは、モニターの映像に釘付けになったかのように身動きをとらないでいる。

 

「オールマイト?」

「あ、ああ。校長、これは失礼」

 

ようやく我を取り戻したのか、オールマイトは仕切り直すように咳払いを一つする。

 

「なるほど、確かに映像で見る限り、念藤少女は少々情熱が欠けているように見える。雄英には珍しいタイプの「今時の子」だね!」

「今時の子か…」

 

他のプロヒーローたちが納得したように頷く中、校長が口を開く。

 

「ウチに来る子はみんな自分のやりたい事をハッキリさせているからね。そんな中で、事前に回収したアンケートによると、彼女の志望動機は「ヒーローになってオールマイトと会うため」だそうなんだ」

「……何だそれは。ではオールマイトは今期から雄英の教師となるのだから、入学と同時に念藤のヒーローになる動機は失われるわけか」

 

呆れ顔でため息を吐くブラドキングを、校長が諌める。

 

「まぁまぁ。雄英にはオールマイトに憧れて入学してくる子なんて、それこそ山のようにいるんだからさ。彼女はそれを、ちょっと素直に出し過ぎてしまっただけだよ」

「……校長は念藤の合格に賛成なのですか」

 

ブラドキングが憮然とした面持ちで尋ねる。

 

「賛成も何も、彼女はルールを守った上で合格点を出した。そのルールに穴があったというなら、それは我々の落ち度であって彼女の責任ではない。当然、念藤ナオの本校への入学を心から歓迎するよ」

 

校長はそう結論付けると、評価の対象を次の受験生へと移すのだった。

 

 

 

一通り入学前評価も付け終わり、他のヒーローたちが部屋から退室したあと。そこには校長とオールマイトのみが残っていた。

 

「緑谷出久に念藤ナオ。全く、君も気が多いことだね」

「校長! 気付かれていましたか…」

「彼女と何があったのかは知らないけど、贔屓はほどほどにね。子供はそういうところに敏感なんだ」

「……心します」

 

ネズミサイズの小さな手が、励ますようにその広い肩を叩く。

かつての恩師の激励を前に、現ナンバーワンヒーローはただただ恐縮するだけであった。

 

 




かっちゃんが一番好きです


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USJ

それは週も半ばに差し掛かった、水曜日の早朝のことであった。

通学路を自転車でキコキコ走るわたしの耳に、建物を激しく損壊させたような破壊音が聞こえてきたのである。

 

「……うーん」

 

朝は余裕を持って出ていくタイプの為、始業のチャイムはまだ先である。この破壊音の正体を確かめる時間は十分にあった。

十中八九原因はヴィランだろうが、そうであればヒーローとして戦うオールマイトを生で見られるかもしれない。

 

わたしは浮き足立って、通学路から外れてペダルを漕ぎだした。

 

「ふんふーん」

 

音だけを頼りに見慣れない小道を通り抜けると、やがて拓けた大通りへとぶち当たった。

そして建物の間からひょいと顔を出してみると、期待通りと言うべきか、そこにいたのは大型のヴィランであったのだ。

 

「追ってきたらこの裕福な家族ブッ壊してやるからな! いいかぁ、俺を追うなよヒーロー共!」

 

身長は五メートルほどだろうか。

その太い腕にはひと組の家族をかき抱いている。

 

「連続強盗殺人犯『僧坊ヘッドギア』!」

「強い上に…姑息!」

 

相手をしている何とかカムイとマウントレディの両ヒーローも手こずっている様子。

しかしそれもそのはず。マウントレディは言うに及ばず、何とかカムイの個性にしても人質の救出に向いているとは言い難い。

 

「ヒーロー助けてぇえ! せめて娘だけでも!」

 

人質が叫ぶ。母親だろう。聞くものの胸を突く、悲痛な叫びであった。

 

「うーん」

 

これ、わたしの個性だったらどうにか出来るかもしれない。

 

わたしの「念動力」は力の作用する対象が離れるほどにパワーを落とすのだが、近くにあればコンクリート塊でさえ粉砕できるのだ。

 

そうであるから、例えばブレザーを脱いで雄英の生徒だと判別できなくした後「わーん、お母さーん」なんて人質の家族の一員を装いつつ接近して、高パワー念動力でヴィランの腕をひねり上げる、人質解放。なんてことが可能かもしれないのである。

わたしみたいな小娘なら、近寄って来ただけで人質を殺してしまうほどヴィランも気を立てないだろうし、なかなか良い手段なのではないだろうか。

 

「……うーん、でも」

 

成功する確証はないしな。

現場にはプロもいることだし……無断で個性使ったら怒られるし。そのうちオールマイトも来るだろうしなぁ。

 

やめとこ。

 

「もう大丈夫だファミリー!」

 

ほら来たオールマイト。

やっぱり余計なことしなくて正解だった。

 

「MISSOURIーーSMASH!!」

 

一陣の風となり、ヴィランを倒しがてら人質を助けるナンバーワンヒーロー。

 

カッコイイ!

 

「うん? これは念藤少女じゃないか。登校中の寄り道は関心しないが……念動力で人質を助けるつもりだったのかな?」

 

オールマイトの問いかけ。

学校外でもわたしに声をかけてくれた! やさしい!

 

「いえ! わたしの個性なら多分助け出せたでしょうが、出しゃばるべきではないと思ったのでやめときましたっ!」

「……出しゃばるべきではない、ね」

「はい! わたしはプロじゃないので、勝手なことはすべきではないと! ……だめでしたか?」

「……いや、正しい判断だよ念藤少女。蛮勇ってやつが一番危険なんだ。それにこの場には二人のプロがいた。当然、学生の君の出番はない。ないのだがーー」

 

「キャアア! ひき逃げー!」

 

どこからか聞こえて来る悲鳴。

 

「……全く、満足に生徒の指導もーー」

 

オールマイトが全身のバネを縮めるようにしゃがみ込みーー

 

「できやしないっ!」

 

そして大砲で放たれたかのような超ジャンプ。

 

「ありがとー! オールマイトー!」

 

助けた人質の感謝の言葉に見送られて、ナンバーワンヒーローの背中は青い空へと消えていった。

 

 

 

昼。

 

担任の相澤先生が教壇に立ち、午後の授業の始まりを告げる。

 

「さて、今日のヒーロー基礎学だが……俺とオールマイト、そしてもう一人の三人体制で見ることになった」

「ハーイ! 何するんですか!?」

 

黒髪の男子生徒が挙手して質問をする。

彼の名は瀬呂範太。セロテープ付きの肘を持つセロテープ人間である。

 

「災害水難なんでもござれ。レスキュー訓練だ」

 

ということで、それぞれコスチュームに着替えた1-A一同は、校外演習場への移動のためバスに乗り込むこととなった。

その際、飯田くんがやたらと張り切っていたが、見事に空ぶっていた。

 

そして車内。1-Aの生徒たちの楽しげな話し声で満ちている。

 

「派手で強えぇっつったら、やっぱ轟と爆豪だな」

「爆豪ちゃんはキレてばっかだから人気でなさそ」

「んだコラ! 出すわ!」

「ホラ」

 

あはははははっ

 

「…………」

 

みんな楽しそうだ。

ちなみに私の席はバス後方最前列の爆豪くん・耳朗さんの後部席、轟くんの隣りである。

正直、この空間からは全く会話が生まれないので、わたしも向こうに参加したい。

 

「派手な個性か…」

 

そしていよいよ、わたしが沈黙に耐えきれなくなろうとしていたその時であった。隣に座る轟くんがポツリとそう呟いたのである。

 

我聞せずみたいな顔してちゃんと聞いとったんかい。

 

「念藤、この前のオールマイトの話を聞く限りじゃ、お前の個性も随分派手みてぇじゃねぇか」

「え? まぁ、飛べたりバリア張れたりで便利ではあるけど……派手ではないかな」

「へぇ。じゃあ入試実技328Pは個性抜きにしたお前の純粋な実力って訳だ」

 

轟くんが鋭い目つきでわたしを見る。

 

なんだコイツ。わたしにライバル意識燃やしてんのかよ。もっとフレンドリーな感じで来いよ。

 

「いやいや、試験内容がたまたまね。わたしの個性と相性良かったというか…」

 

ギリギリギリギリ。

ギリギリギリギリ。

 

……それにしても何だこの音。

さっきから凄い聞こえてくるんだけど。

具体的に言えば328という数字が話に出た瞬間から…

 

「ねぇ爆豪、さっきから歯ぎしりうっさいんだけど」

「だったらその長ぇ耳たぶで耳栓してろやァ…」

 

ひえぇ…ここの男連中こえぇ…

 

 

 

目的地に到着したらしい。長かったバスでの時間がようやく終わった。帰りは絶対に違う席に座ろう。

 

わたしは気を取り直す為、生徒たちの後ろからノロノロと着いていく相澤先生の横に並び、本日のあれこれを質問した。

 

「相澤先生」

「何だ念藤」

「あのでっかいドームでレスキュー訓練するんですか? ってかここどこですか?」

「USJ」

 

えっ、USJ? ユニバ?

ってことはココ大阪? ユニバで訓練すんの?

もしかして後で遊べたりできるの!? それって最高じゃん!

 

わたしが驚いて見返すと、相澤先生は珍しくニコリと優しい笑みを浮かべてくれた。

 

やったー! ユニバだー!

 

 

 

ところがどっこい。

ドームの中に広がっていたのは水難、土砂、火災などの災害再現フィールドであった。

 

「……ナニコレ」

「ウソの災害や事故ルーム(USJ)」

 

ぶっ殺すぞ相澤。

 

「スペースヒーロー13号だ!」

「わー私好きなの13号!」

 

わたしが一人で落ち込む中、1-Aの前に現れたのは宇宙服コスチュームに身を包んだスペースヒーロー13号であった。

彼はまずオールマイトの不在を告げた後、挨拶代わりに個性に関する自身の見識を述べ始めた。

 

「超人社会は個性の使用を資格制にし、厳しく規制することで、一見成り立っているようには見えます。しかし一歩間違えれば容易に人を殺せる「いきすぎた個性」を個々が持っていることを忘れないで下さい」

 

そうやって結びの挨拶まで終えたあと、13号は紳士的な一礼をしてそのジェントルマンっぷりを見せつけるのだった。相澤とは大違いである。

 

そして件の相澤先生だが、何故だかつい先ほどから只事ではない剣幕をしている。

 

「ひとかたまりになって動くな!」

 

そして絶叫。いきなりテンション上がって怖い。

そんな相澤先生の視線を辿ると、入り口付近の噴水広場の辺りに謎の黒いモヤモヤを見つけることができた。そしてそこからゾロゾロと出てくる怪しげな集団。

 

「何だアリャ? また入試ん時みたいなもう始まってんぞパターン?」

 

硬化の個性を持つ切島くんの鋭い洞察眼。

なるほど、と納得したわたしは誰よりも先駆けて念動力を発動した。

 

「っ!!」

 

敵役の人たちの先頭に立つ、手のアクセサリーを至る所に付けたキモめの人を、念動力にて吹き飛ばす。

噴水広場までかなり距離があるので威力はお察しだが、奇襲に対しての迅速な行動として評価は高いのではないだろうか。

 

「やめろ念藤! あいつ等は本物のヴィランだ! 13号、生徒たちを守れ!」

 

えー! 本物ー!? ってか…

 

集団の中でも、ひときわ頭の禿げ上ったオッサンを見つける。

 

パパンがおるやんけ。

 

「おいネンドウ…このハゲ野郎……お前、娘にどういう教育してんだよ…」

「す、すいませんボス」

 

あのハゲいつの間に脱獄してたんだよ。

しかも手の人にめっちゃペコペコしてるし。

 

情けねー。

 

「念藤…? 娘…!?」

「確かにそう言ってたぞ!」

「う、うん…」

 

そして集まるクラスメイトの視線。

ホント、あの父親のDNAをこの体から抹消してやりたいわ。

また小・中学校の時みたいにヴィランである父親のこと説明しまくらなくちゃならないんだろうなぁ。

 

なんて考えていると…

 

「つまらねぇ詮索してんじゃねぇ」

 

わたしたちの間に流れた不穏な空気を察したのだろう。ゴーグルをかけて戦闘態勢となった相澤先生が、油断なく敵を見据えながらそう言った。

 

「念藤はあの男とは別の人間で、お前らはクラスメイトだろうが」

 

その言葉にハッとする1-Aの生徒たち。

 

「悪りぃ念藤、変なこと言った!」

「すまねぇ! クソッ、男らしくなかったぜ!」

「友達だよー!」

 

「……!」

 

えぇ…何これ。1-Aめっちゃええクラスやん。こんなもん泣いてまうわ。

 

そうやってわたしたちが青春する中、噴水広場の方ではわたしが吹き飛ばした手の人が起き上がり、首筋をポリポリと掻いていた。

 

「あー、くだらねー。安っぽい友情ゴッコに吐き気がするなぁ、ネンドウ」

「いやホントにっ。わが娘ながら典型的なバカ女に育っちまって……恥ずかしい限りでっ…」

「俺のこともぶっ飛ばしやがった。再教育が必要だ……お前、父親なんだから責任もって連れてこい」

「も、もちろん! 殴るなり犯すなり好きにして下さい…!」

 

うわぁ…相変わらずのゴミ人間…

 

「じ、自分の子供に対して何て言い草だっ…!」

「クラスメイトとしても、同じ女性としても許せませんわ…!」

 

飯田くんと八百万さんが我が事のように憤ってくれる。嬉しい。

 

「二人とも…! あの人一応、念藤さんのお父さんだからね…!」

「いや、大丈夫だよ麗日さん。ほんと、あのハゲに対しては一家の恥だとしか思ってないから…」

 

そんな風に麗日さんからの親切に心を温かくしていると、噴水広場では我らが相澤先生ことイレイザーヘッドがヴィラン集団相手に単騎で無双していた。

 

「肉弾戦も強く…その上ゴーグルで目線を隠されていては「誰を消しているのか」わからない」

「集団戦においてはそのせいで連携に遅れをとるな…なるほど」

「なるほどじゃねぇよ! どうすんだよっ!」

 

さすが相澤先生。ヴィランの人たちもビビり気味だ。

因みに最後のセリフはウチの父親である。

相変わらずの小物っぷりに逆に安心感を覚えるほどである。

 

「すごい…! 多対一こそ先生の得意分野だったんだ!」

「分析してる場合じゃない! 早く避難を!」

 

二人の戦いを観察する緑谷さんと、それを咎める飯田くん。そして13号を先頭に1-A全員が避難を開始した…その時だった。

 

「させませんよ」

 

謎の黒いモヤが、わたしたちの行く手を阻む。

 

「はじめまして、我々はヴィラン連合。僭越ながら…この度ヒーローの巣窟、雄英高校に入らせて頂いたのはーー平和の象徴オールマイトに生き絶えて頂きたいと思ってのことでして」

 

黒いモヤが言い終わったのと同時であった。

固まる生徒たちの中から爆豪くんと切島くんが飛び出し、それぞれの個性で攻撃を仕掛けたのである。

 

「ダメだ! どきなさい二人とも!」

 

しかしその行動は13号の個性、ブラックホールの射線を防ぐのみに終わった。

 

「危ない危ない…」

 

無傷で二人の攻撃を凌いだ黒いモヤは、その体を大きく広げることで、13号を含めた1-A全員を己の中に包み込んだ。なんか汚そうなので、わたしは息を止めた。

 

「みんnーー」

 

緑谷さんの声が尻切れになって聞こえてきた。「みんな」と言いたかったのだろうが、途中で周囲の音が一変してしまったのだ。それまでは断続的に聞こえていた相澤先生の戦闘音もピタリとしなくなった。

まるで別の空間にテレポートでもしたかのように。

 

しばらくして、わたしは反射的に閉じていた目を開けた。

すると、目の前には固く握られた拳が迫っていたのである。

 

「うわっ!」

 

咄嗟に念動力のバリアを張る。

わたしを囲むようにして球体に展開されたそれは、念動力で空気を超圧縮して作り出した特製の空気板である。

・複数方向からの攻撃を受けるとき

・状況がわからず混乱しているとき

・念動力で敵を補足できないとき

などが使いどきで、とりあえず張っとけばアンパイの便利技である。

因みに空気の圧縮には高パワーの念動力が必要な為、近距離でしか必要な硬度を出せないという弱点を持つ。あとバリア張りながら攻撃出来ないです!

 

「チッ! ガード系の個性か!」

 

そういう彼は異形系だった。

頭からは鬼のような二本角が生え、体は縦にも横にも大きい。

 

「ぶっ壊してやる! もう一発〜!」

 

今度は全力でパンチを放つつもりなのだろう。鬼っぽい彼が右手を大きく振りかぶったーーと同時に、わたしはバリアを解除した。

 

圧縮されていた空気が解放され、周囲に風圧が生じる。

 

「!」

 

風のおかげで、わたしがガードを下げたことを鬼の彼も何となく悟ったのだろう。急いで振りかぶった右拳を放ってくるが……遅い。

 

今度はちゃんと彼の体に狙いを付け、念動力でその巨躯を持ち上げる。

 

「……! このっ…!」

 

そして手近なコンクリートの建物に何度も叩きつける。

 

一度止めてみるとまだ意識があったので、再び叩きつける作業に戻る。

 

しばらくすると、彼は全身から血を流しながらウンともスンとも言わなくなった。

 

「ふぅ…怖かった…」

「いや、お前の方が怖ぇよ」

「あっ、切島くん! 良かった、一人じゃなかったんだ…」

「血まみれのヴィランをバックにそう言われてもな…」

 

……確かに。

わたしは鬼の人を宙から降ろすと、切島くんの元へと歩み寄った。

 

「どうやら、俺たちは倒壊ゾーンに飛ばされちまったみたいだな」

「そうみたいだね」

 

周囲を見渡してみると、この辺り一帯が崩れかけのビル群で構成されているのが分かる。やはりあの黒いモヤはテレポート系の個性を持っていたようだった。

みんなも同じように、別々の場所に飛ばされたのだろうか。

 

「おっ、爆豪だ! こっちだこっち!」

 

続けざまに、わたしたちと一緒に飛ばされたであろう爆豪くんとも合流を果たすことができた。

不幸中の幸いと言うべきか。二人とも戦闘特化系で戦力が潤沢だ。

 

「ッチ、てめぇも居やがんのかよ」

「え? わたし?」

「寄るなクソ女!」

 

酷い言われようである。

そういえば、対人戦闘訓練のときの誤解をまだ解いていなかった。通りで彼が険悪な態度を取るはずである。

 

「いや爆豪くん。訓練の時のアレ、誤解なんだって。わたしは元気付けようと…」

「うるせぇ! 今更んなことはどうだっていいんだよッ! 384点…! テメェが入試で取ったこのポイントが、既に俺に喧嘩売ってんだよォ!!」

 

何だコイツ…

 

「落ち着け爆豪…! 囲まれてるぜ!」

 

切島くんの注意に耳を貸してみると、ビルの陰からゾロゾロと出てくるヴィラン連合の皆さん。どうやら待ち伏せしていたらしいが……見えているだけでも十人以上はいる。

 

えぇ…こんなの絶対死ぬやつやん…

 

「チッ、全員ぶっ殺してやるッ!」

「早く倒して他助けにいくぜ!」

「バリア張って大人しくしとこ…」

 

わたしたち三人の戦いが、今始まる…!

 

 

 

「勝ったわ」

 

余裕だった。

初めて戦闘ってものを経験したけど、ヴィランとか大したことないやん。

 

「これで全部か。弱ぇな」

 

ほら、爆豪くんもこう言ってる。

 

初めこそ多勢に無勢で後手に回っていたが、一度屋内に入ってしまえばヴィラン側の数の利はほぼ失われたも同然だった。

あとは三人で死角を補い合いながら、目に入った奴からサーチアンドデストロイ。特に連携らしい連携を取ることもなかったが、わたしたちは多数を相手に完封勝利を得ることが出来た。

 

スコア的は爆豪くんが八人、切島くんが三人、わたしが四人を仕留める結果となった。

ヴィランが全員こんな感じなら、ヒーローって案外チョロいかもしれない。

 

「っし! 早くみんなを助けに行こうぜ! 攻撃手段少ねぇ奴らが心配だ!」

 

そして切島くんがめっちゃ良い人。戦闘中もなにかと庇おうとしてくれたし。バリアあるから意味なかったけど。

 

「俺らが先走った所為で13号先生が後手に回った。先生があのモヤ吸っちまえばこんなことになっていなかったんだ。男として責任とらなきゃ…」

 

どうやら責任を感じているらしい。

 

「行きてぇなら一人で行け。俺はあのワープゲートぶっ殺す!」

 

ワープゲート。

あの黒いモヤのことだろう。

それにしても爆豪くんのこの気性の激しさよ。

 

「はぁ!? この期に及んでそんなガキみてぇな…それにアイツに攻撃は…」

 

切島くんの言う通りだ。

あの黒いモヤに攻撃が効かないことは爆豪くんも身をもって確認済みのはず。おそらく物理攻撃の一切が通用しないのだろう。

 

「うっせ! 敵の出入り口だぞ。いざって時逃げ出せねぇよう元を締めとくんだよ! モヤの対策もねぇわけじゃねぇ…! つーかーー」

 

ドカァン、と爆発音。

発生源は言うまでもなく爆豪くん。

いつの間に起き上がっていたのだろうか。倒したと思っていたヴィランが爆豪くんに襲いかかって、そして瞬殺されていた。

 

「生徒に充てられたのがこんな三下なら、大概大丈夫だろ」

 

人間辞めてるレベルの反応速度である。

もしわたしが爆豪くんと戦ったら、戦闘中バリアが解かれることはないだろう。

 

「ダチを信じる…! 男らしいぜ爆豪! ノったよおめェに!」

 

切島くんも急に漢気スイッチが入ったようで、やる気になった。

 

ということで、わたしたちは黒モヤことワープゲートを倒す旅に出ることになったんだけどーーあのモヤ物理攻撃無効でしょ?

爆豪くんの爆発は効かないと思うんだけどなぁ…

 

 

 

と思ってたら、そんなことないんだね。

 

「このウッカリヤローめ! 思った通りだ! モヤ状のワープゲートになれる箇所は限られてる! そのモヤゲートで実体部分を覆ってたんだろ!? そうだろ!? 全身モヤの物理攻撃無効人生なら「危ない」っつー発想は出ねぇもんな!」

 

ははぁ、なるほど。

いま、ワープゲートをとっ捕まえた爆豪くんが一から十まで説明してくれたお陰で、ようやくわたしにも理解出来た。

 

緑谷さんでなく、爆豪くんこそが知将だったんだ!

 

「っと動くな! 「怪しい動きをした」と俺が判断したらすぐ爆破する!」

「ヒーローらしからぬ言動…」

 

ワープゲートを張り倒して脅しかける爆豪くんと、それに的確なツッコミを入れる切島くん。

現在、わたしたち倒壊ゾーンチーム三人は入り口前の噴水広場にいた。

そこには特待生の轟くんに、クレイジーパンチャーの緑谷さん、さらには一人いるだけで地球の安心感マックスのオールマイトまで揃い踏み。相澤先生は既にリタイアしたらしいが、最後まで生徒を守る為に戦ったのだという。かっこいい。

 

対してヴィラン連合側はというと、まずリーダーの手の人は健在。ワープゲートは爆豪くんに取り押さえられ、脳みそ剥き出しヴィランに至っては体の半分が氷漬けにされている。

 

そして、何故かこのメンツの中に平然といる我が父親。正直、場違い感がハンパなかった。

 

「ナオっ…!」

「話しかけてくんなハゲ」

「てめぇ親に向かって…! ……っち、まぁ良い。オイ、お前俺たちの味方しろ! ほら、二人でワープゲートさん押さえてるガキをやるぞ!」

 

このハゲ、本当に昔から何一つとして変わってないよなぁ…

 

「やるぞって言ってんだよ! オイ! やれやぁッ! ぶっ殺すぞテメェ! 俺があのバカ女とヤって出来たのがテメェだろうがァ! すましてんなよ餓鬼が! テメーにも俺と同じ悪党の血が流れてんだよ! ……オーイッ! 雄英のみなさーん! ここにいる念藤ナオは犯罪者の娘でーす! ほっといていいんですかー!」

 

「ひ、酷い…」

「クソ、聞いてらんねぇぜ!」

「幼稚だな…気にする必要ねぇぞ、念藤」

 

その場にいる緑谷さん、切島くん、轟くんが気遣って声をかけてきてくれる。嬉しい。

爆豪くんもこいつら見習えや。

 

「使えねぇなネンドウ。雄英で娘がスパイしてるって言うから幹部にしてやったのに……騙しやがって。後でぶっ殺す。脳無、爆発小僧をやっつけろ。出入り口の奪還だ」

「そんなぁ……ボスぅ…」

 

パパンに死刑宣告をした手の人が、続けて脳みそ剥き出しヴィランにそう命じる。

 

でも彼、轟くんに氷漬けにされて動けませんやん…と思っていると、剥き出しヴィランは主人の命令を忠実に守り、氷結状態のまま、体を崩壊させつつ無理やり立ち上がったのであった。

 

「体が割れてるのに…動いてる…!?」

「みんな下がれ! なんだ!? ショック吸収の個性じゃないのか!?」

 

緑谷さんとオールマイトが驚愕に眼を見張る前で、剥き出しヴィランの欠損部分の肉がボコボコと盛り上がり、腕や脚といった本来そこにあったパーツを形成していった。

 

「ショック吸収だけとは言ってないだろう。これは超再生だな……脳無はおまえの100%にも耐えられるよう改造された高性能サンドバッグ人間さ」

 

手の人がそう言い終わるのと同時に、全身の再生を完了させた剥き出しヴィランが爆発的なスピードで飛び出してくる。

 

狙いは命令通り爆豪くん。

 

「させるか!」

 

しかし爆豪ミンチが出来るのを黙って見ているほど、わたしも薄情な人間ではなかった。

 

「!! ナイスだ、念藤少女!」

 

爆豪くんを念動力で捕まえて思いっきり引っ張る。結果、剥き出しヴィランの拳は宙を切ることとなった。

 

「てめぇ328女ァ! 俺を助けてんじゃねぇよ!」

 

328女って…

 

助けてやったのにすごい顔で睨みつけてくる恩知らずをすぐ側に着地させると、彼はヴィラン連合側に向かってすぐさま戦闘態勢をとった。

 

「4対6だ」

 

轟くんが冷気を立ちのぼらせながら言う。

 

「モヤの弱点はかっちゃんが暴いた…!」

 

緑谷さんが拳を握る。

 

「俺らでオールマイトのサポートすりゃ…撃退できる!」

 

切島くんが腕を硬化させる。

 

そうやって戦意を高める生徒組だったが、オールマイトはそれに待ったをかけた。

 

「ダメだ! 逃げなさいーーと、教師なら言うべきなんだろうが……念藤少女!」

「オールマイト…?」

 

剥き出しヴィランを鋭く見据えたまま、オールマイトがわたしの名を呼ぶ。

 

「ヒーローには、因縁の相手っていうのが常に付き物さ。でも君のお父さんは、君の人生にとっての因縁に値しない」

「……!」

「頼りになるクラスメイトの助けを借りて、ここで決着をつけてみるのも…いいんじゃないか?」

 

そう言うと、オールマイトはわたしの肩をポンと叩いてから、剥き出しヴィランに突進していった。

そして次の瞬間、拳が出す音とは思えない連続した轟音が、広場に響き渡り始める。

 

「……因縁」

 

オールマイトに言われた言葉を、わたしはポツリと呟いた。

 

眼を向けると、そこには父がいる。

この十五年間の人生において、ありとあらゆる困難をわたしにもたらしてくれた存在だ。

 

この男のせいで友人を失ったことがある。

見ず知らずの他人に頭を下げたことも、殴られたこともある。

こんなクズでも父親だから……その一心で「仕方ない」と考えて我慢してきた。それもわたしの人生の内なのだからと。

 

しかし、オールマイトはそれは違うのだと言う。この男に、わたしの人生を縛る価値は無いのだと。因縁足り得ないのだと。

 

「…………」

 

ではこのハゲは何だろうと自問してみると、答えは驚くほどアッサリと出た。

 

「乗り越えていく存在」

 

わたしにとって父とは、仕方ないと諦めるのではなく、自らの手で引導を渡すべき悪だったのだ。

 

あースッキリした。

 

わたしは何だか清々しい気持ちで、父に対して念動破を放った。

 

「うお、てめぇナオ! 父親に何しやがる!」

 

突然の攻撃を念動力場で防いだ父は、慌てふためいてこちらを見やり……硬直した。

自身の娘の隣に、緑谷、爆豪、切島、轟の雄英ヒーローズがズラリと並んで、ファイティングポーズをとっていたからである。

 

「オールマイトは念藤さんを助けろって言ったんだ…!」

「328女は関係ねェ! オールマイトがあの脳みそと戦ってる内に敵の戦力を削ぐッ!」

「1対5は男らしくねぇが、俺らじゃあの戦いに割って入れそうにねぇしな!」

「気にいらねぇ父親をぶっ飛ばす…力貸してやるよ、念藤…!」

 

うわぁ…これはオーバーキルですわ…

 

さよなら…パパン…

 

「ボ、ボス!」

「黙ってろネンドウ。こっちは脳無とオールマイトの戦い見るのに忙しいんだよ」

「そ、そんな…これじゃあ俺、また務所に逆戻りですよ…!」

「だったらその餓鬼どもを殺せよ。そしたらお前の処遇も考えてやる」

「……! くそっ、くそっ! 殺してやる! ナオも、餓鬼どもも…!」

 

ようやく腹を決めたらしい父が、私たちへと向き直る。

つーか娘を殺す判断が早すぎませんかねぇ…

 

「みんな、ウチのハゲは確かに小物だけど、実力……というより個性の力は確かだよ。怪我するかもしれないけど…」

 

この問いかけを、四人は無言の内に返す。

わたしは彼らに小さく礼を言うと、同じように戦闘態勢をとるのだったーー

 

とまぁこんな感じで、なんと入学から数日目にして、わたしの因縁に決着をつける父との戦いが始まるのであった。

 

最後に余談ではあるが、わたしの長年の悩みを便秘に例えると、さしずめ雄英は即効性の便秘薬といえる。

ってことはハゲはウンコってことだね。

下ネタでごめんね!





念藤リキ(40)


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USJ、体育祭

USJ(断じてユニバではない)でのヴィラン連合との戦いも佳境に入っていた。

 

噴水広場でド派手に繰り広げられているのはオールマイトVS脳みそ剥き出しヴィランによる怪獣大戦争。

そしてその脇で、わたしたち雄英生徒チーム五人と我が愚かなる父親ことハゲが、十メートルほどの距離で睨み合っていた。

 

「……オラッ!」

 

そして戦いの火蓋は、父が広範囲の念動破を放ったことによって切って落とされた。

 

広場の床コンクリートを盛大に破壊しながら向かってくる念動破は、わたしのバリアと同じく空気を押し出すことで破壊エネルギーを得ている衝撃波だ。

これにより念動力の弱点である「遠距離ほどパワーが落ちる」をカバーしているのだが、しかしこの技にも真っ直ぐにしか飛ばないという弱点があった。

 

「みんな、わたしの後ろに!」

 

わたしの呼びかけに反応し、緑谷さん、切島くん、轟くんが即座に動く。

しかし爆豪くんだけは、自身の爆発をブースターとすることで空中に飛び上がり、念動破の攻撃範囲から抜け出していた。

 

「くっ、何て威力だ…!」

 

迫り来る念動破を見てそう呟いたのは緑谷さんだった。

いや、どう見ても貴方のパンチの方が強いんですが…

 

何てことを考えながら、三人のクラスメイトを背中に背負ったわたしはバリアを展開。

父の念動破を防ぎ切る。

 

「倒壊ゾーンでも見たけど、やっぱそのバリア便利だな…! 女に庇われるのは男らしくねーけどしょうがねぇ!」

「……そういやバスで言ってたな。バリア張れるって」

「うん。結構強度あるし、大抵の攻撃は防げると思う。危なくなったらわたしの後ろ来てね」

 

わたしがそう言うと、三人は次の攻撃を警戒しながら頷いた。

 

「……でも念藤さんがバリア張れるってことは、同じ個性のお父さんも使えるってことだよね?」

「そうなんですよねー」

 

緑谷さんが指摘した通りであった。

現に、一人空中から父に接近した爆豪くんの爆破攻撃が、ハゲ製のバリアによって防がれている。

 

「チィ! こんなモンぶっ壊す!」

 

バリアの真上に張り付き、手榴弾ガントレットを振りかぶる爆豪くん。

しかし父はそのガントレットが振り下ろされる直前にバリアを解除。その際に生じた風圧(圧縮されていた空気が解放される為)を利用して爆豪くんを押し退けた。

 

「ぐっ…!」

 

バリアという足場を失っていた為、踏ん張りが利かず、爆豪くんの態勢が大きく崩れる。

 

「死ね餓鬼が!」

 

そして父はこの隙を突いた。

念動力で爆豪くんを捕まえると、そのまま圧死させようと力を込めていく。

 

「ク、ソがッ…!」

 

爆豪くんが苦しげな呻き声をあげる。

宙へと持ち上げられ、その全身には強い圧力がかかっているようだった。

 

「させるかよっ!」

 

それを止めたのは轟くんだった。

地面沿いに氷結を伝せていき、父の眼前に五本からなる鋭い氷の槍を突きつける。

 

「こ、氷の個性か!」

 

父は若干ビビりながらも、広範囲の念動力によって氷槍を叩き折ってみせたーーが、一本だけは突破を許し、自身の頬に浅い傷を受ける。さらには自衛の為に多くのリソース割いたことから、爆豪くんへの拘束は解かれることとなった。

 

「ーーオラァ!」

 

つい先ほど殺されかけたというのに、一切の躊躇なく攻撃を再開させる爆豪くん。

父は再び念動力で爆豪くんを補足しようとする素振りを見せたが、その背後には体を硬化させた切島くんが迫っていた。

 

更にわたしも、念動力を行使して遠距離から拳大の瓦礫を放つ。

 

「が、餓鬼どもが!」

 

父は止む無く全方向性のバリアを張り、わたしたちの攻撃を受け止めた。

 

「バリアが厄介過ぎる! どうする爆豪!」

「うるせぇ! 叩き割んだよォ!」

「!? お、おまえ…」

 

轟音が響く。

爆豪くんによる今日一番の大爆発である。

 

辺りに爆煙が立ち込め、わたしたちから視界を奪った。

 

「くそ、爆豪の奴…俺まで殺す気かよ…」

「クソ髪……チッ、硬ぇな」

「敵のバリアに対して言ってんだよなァ!?」

 

爆煙に乗じて爆豪くん、切島くんの両名がわたしたちの位置まで後退してくる。一度距離を取った方が良いと判断したらしい。

 

「…………」

 

しばらくして周囲を覆っていた爆煙が晴れると、バリアを張ったままの、無傷のハゲが姿を現した。状況は再び雄英チームとハゲ父が距離を開けて睨み合う図となる。

 

勝負は振り出しに戻った。

 

「……クソッ、クソッ! ナオ…! 頼むよ、コッチに着くか、大人しく死ぬかしてくれ! このままじゃ俺が死んじまうんだよ…!」

 

バリアを解いた父が何やら情けない顔で喚いている。

この後に及んで……とわたしがウンザリしていると、横に並んだ雄英チームの中で、一人ブツブツと呟き続ける緑谷さんと目が合った。

 

「……念藤さん、ちょっと聞きたいんだけどいいかな」

「? はい、もちろん」

「あのバリアは空気を固めたもので、バリアを張ってる間は他の念動力は使えない。合ってるかな」

「合ってますね」

「そして…これについては自信ないんだけどーーさっき轟くんが複数の氷の槍で攻撃したとき、念藤さんのお父さんは広範囲防御のバリアを使わずに、防御面積の小さい念動力でガードしてたよね。それまでは攻撃のチャンスを潰してまで徹底的に保身に走っていたのにも関わらず……その結果、軽傷とはいえダメージを受けてしまった。もしかして、空気バリアって一度解いたらしばらくインターバルが必要になるんじゃないかな?」

「そ、そですね」

 

洞察の鬼かな?

 

緑谷さんは「なるほど…」と一人納得したあと、またブツブツと呟き始めた。

 

因みに父はこの間もわたしの説得を試みていたのだが、彼は譲歩という言葉を知らないので「寝返るか死ぬかしろ」を別の言い方で何度も言っているだけだった。ホラーかよ。

 

「念藤さん」

 

緑谷さんが再びわたしに声をかけてくる。

しかし今度は、その瞳に強い知性の光が宿っていた。

 

「作戦があるんだ」

 

知将っぽい。

あれ? やっぱり緑谷さんが知将だったの?

 

 

 

しばらくの後、緑谷さんの作戦は雄英チーム全員の知るところとなった。

 

「調子乗ってんじゃねぇぞ…! デクの作戦になんざ誰が乗るか!」

「か、かっちゃん!」

「うるせぇ!」

 

爆豪くんは己に割り振られた役割を速攻で放棄すると、爆発ブースターでハゲの元へとすっ飛んでいった。

ほんとこの二人仲悪いよね。

 

「しょ、しょうがない。みんな、かっちゃんは抜きでやろう」

「しかし緑谷、爆豪の穴は誰が埋めるよ?」

「僕がやるよ、切島くん。たぶん大丈夫だと思うけど…念動さん、サポートよろしく」

「はい。元はといえばわたしがお願いしてる立場ですし」

「……何で緑谷にだけ敬語?」

 

この人の個性オールマイトレベルやん。お前らも敬えや。

 

「それじゃ…切島くん、轟くん、よろしく!」

 

緑谷さんの呼びかけに合わせて、二人が同時にハゲへと向かっていく。緑谷さんの作戦はこの二人が前衛、わたしと緑谷さんが後衛のポジションにて成される。

 

「うらぁ!」

「く、くそ。ボンボンと好き勝手に…!」

 

見ると、爆豪くんの連続爆撃を念動力場で防ぐ父の姿がある。

念動力場は一方向にのみ展開される指向性の念力で、正面からの攻撃に対して反発する作用を持つ。

父はこれを半分の力で展開し、もう一方で爆豪くんを捉えようと念動力を働かせていた。

 

しかし爆豪くんは爆発ブースターで縦横無尽に動き回ることにより、捕捉されることを回避し続ける。

 

「ハッ! その捕まえる方の念力は素早く動く相手には難しいみてぇだな! そんでぇーー」

 

一際大きい爆発。

再び爆炎が舞い、父の視界が暗黒に覆われる。

 

「……!」

 

父が咄嗟に全方向性バリアを張る。

 

次の瞬間、背後から爆豪くんが黒煙を突き破って現れ……奇襲を失敗させた。

 

「あ、危ねぇ!」

「チッ…!」

 

わたしたち念動力の個性を持つ者にとって、あのバリアは危機に対する条件反射のようなものなのである。

爆豪くんは虚を突いたつもりだったのだろうが、虚を虚として思わせた時点で奇襲は意味を成さなくなるのだ。

 

「クソッ…!」

 

爆豪くんはブースターでバリアから離れ、父から7〜6メートルほどの位置に着地した。

そう、あの距離なら父の念動力に捕捉されても、爆豪くんの個性ならば振り払えるだろう。

 

「おっさん、俺たちも忘れてもらっちゃ困るぜ!」

「……!」

 

そこに、爆煙をさらに突っ切って現れたのは切島くんと轟くんだった。

切島くんが硬化パンチを放ち、轟くんが氷槍を作り出す。

 

「うっとおしい!」

 

父はそれを再びバリアで防いだ。

 

「……やっぱりな」

 

轟くんが口を開く。

 

「あんたは敵が二人以上近くにいるとき、防御を最優先させて必ずバリアを張る……その空気バリアを」

「だから何だ…!」

「あんたのバリアは地中にまで及んでねぇ……地面に空気はねぇからな」

 

轟くんがそう断言した瞬間、父の足元……バリアの内側から、地中を掘り進んできた氷槍が出現する。

 

「……!」

 

恐れていたバリア内からの攻撃。

父はバリアを解いて氷槍を迎撃する必要があった。しかしそうすると未だ背後にいる切島くんからの攻撃を許してしまう。

 

だが、解かなければ目の前の氷槍に貫かれることは自明の理。

 

「くそっ」

 

当然の帰結として、父はバリアを解除した。

そして半分の力の念動力場で氷槍を防ぎーー

 

「おらぁ!」

 

殴りかかってきた切島くんを念動力にて吹き飛ばした。

 

「くっ…!」

 

そしてその瞬間、よろめきながら切島くんが叫ぶ。

 

「今だ! 緑谷、念藤!!」

「「……!」」

 

合図であった。

 

「いくよ…! 念藤さん!」

 

緑谷さんがクラウチングスタートの態勢をとり、わたしがその背中に両手をかざす。

 

緑谷さんの両脚が、超パワーを充填するが如く光を帯びる。

 

「くらえ必殺! 人間大砲!」

 

わたしの発声と共に人間弾頭こと緑谷さんが射出され、目にも止まらぬ速さで父の元へと飛翔した。

超スピードの正体は「緑谷さんの超脚力」+「わたしの念動力」

この二つの推進力を得て、緑谷さんは後方という父の意識外から、一気にその眼前へと身を迫らせたのである。

 

虚を突くのが駄目なら、超スピードで殴ればいいじゃない。これが緑谷さんの作戦であった。

一件脳筋に見えるが、あらかじめバリアを解かせ、そのインターバルをピンポイントに狙った用意周到な奇襲である。

 

「SMASH!」

 

緑谷さんが叫ぶ。

バリアを封じられた上での超高速不意打ち攻撃。

 

父に緑谷さんの拳を避ける術はーー

勿論あるはずがなかった。

 

「ぐぁあ!!」

 

父がぶっ飛び、地面を何度もバウンドしてからようやく壁に叩きつけられて止まる。

 

死んだか? と思いながら近づいてみると、白目を剥いて完全にグロッキー状態であった。やったね。

 

さよならパパン! もう脱獄すんなよな!

 

 

 

その後、飯田くんが援軍のプロヒーローたちを連れて来てくれた為、事態は意外とあっけなく終息した。

 

脳みそ剥き出しヴィランはオールマイトによって大気圏へぶっ飛ばされ、ヴィラン連合は主犯格を除いてほぼ捉えられた。その中にはあの父も含まれている。

意識のない父の全身に拘束具が付けられ、そして連行されるとき。わたしは特に何も考えずにボーッとそれを見ていたのだが、1-Aのクラスメイトたちは気の毒そうな顔で揃って同情してくれた。

 

麗日さんは力強く両手を握ってくれて、ピンク肌の芦戸さんはおどける様に振舞って気持ちを和ませてくれる。

その中でも葉隠さんは特に親身になってくれて、何も言わずにそっと抱き締めてくれた。

もちろん、その時の彼女はヴィラン連合の恐るべき魔の手を掻い潜った直後であり、その個性を十全に生かす為に必要なスタイルをしていた。

率直に言えば全裸であった。

全身が透明であるとはいえ、その生々しい肉体の感触や漂ってくる汗っぽい匂いを直に感じることは、彼女が衆人環視のもと一糸纏わぬ姿でいるという事実を強調させるようで、正直同性といえども興奮するものがあった。

その日わたしは、18禁ヒーローミッドナイトに比肩し得る才能を発見したのだった。

 

さて、今回の事件で重傷者が三人出てしまった。

一人は緑谷さん。これはリカバリーガールの治癒で問題なく回復が成された。

もう一人は13号。これも命に別状はないらしい。

 

問題は相澤先生であった。

両腕粉砕骨折に顔面骨折という重体。目に何かしらの障害が残る可能性すらあるという。

我々1-Aクラス一同としては、一日でも早く先生が復職してくれるのを願うばかりであった。

 

そして臨時休講が明けた翌日。

 

1-Aの教壇には、雄英体育祭の開催を報せる相澤先生の姿があった。

 

流石にもうちょっと入院してろや。

 

「クソ学校っぽいの来たぁぁ!!」

「待って待って! ヴィランに侵入されたばっかなのに大丈夫なんですか!?」

 

体育祭の敢行を疑問とする意見があがる。

 

「逆に開催することで雄英の危機管理体制が盤石だと示す…って考えらしい。警備は例年の5倍に強化するそうだーー何よりウチの体育祭は最大のチャンス。ヴィランごときで中止していい催しじゃねぇ」

 

相澤先生が熱弁を振るう。

重傷負っても休まないし、この人ホントに雄英大好きだよね。

 

しかしかく言うわたしも、体育祭は雄英に入学するに当たって楽しみにしていたイベント事の一つであった。何しろ、ここで活躍すると一気に有名人の仲間入りを果たせるのだ。

そしたらニュースやバラエティ番組に出ちゃったりして、一気に知名度を得て、ヒーロー事務所の資金は今風にクラウドファインディングなんかで募っちゃったりして、大した苦労もなくプロとして独立して、老後は現役時代の貯金と自叙伝の印税で悠々自適の隠居生活を送るとーー理想の未来やん。

 

よっしゃ頑張るぞ! せいぜい獄中で見てろやハゲ!

 

 

 

昼休み。

わたしは何故か轟くんに呼び出されていた。

 

場所は屋上。春風そよぐ青空の下という絶好のロケーション。

もしかして告白かな? とニヤニヤしていると、そんな甘酸っぱい学園青春物語など知らんとばかりに、轟くんはシリアスな感じで切り出した。

 

「USJでのお前の親父の件なんだが…」

「あ、迷惑かけてごめんね」

「ああ。それはいいんだが……念藤は、俺がエンデヴァーの息子だって知ってたか?」

「え! あのナンバーツーヒーローの!?」

 

ホンマもんのサラブレッドやんけ! わたしのクソハゲ親父引き合いに出しやがって自慢かよ!

なんて荒んだことを考えていると、轟くんが更に沈痛な面持ちを浮かべて続ける。

 

「……USJで父親からあれだけ口汚く罵られ、命まで狙われたお前からしてみれば、俺が父に抱く感情なんて反抗期くらいにしか映らないかもしれねぇが…」

 

反抗期? 何言ってんだコイツ?

わたしが混乱する中、彼はつらつらと語り出した。

 

個性婚により生まれた轟焦凍という存在。

歪んだ父の教育。母の苦しみ。自身の火傷の理由。

そしてそれらが「父の個性を使わずにオールマイトを超えることで父を否定する」という今の彼の目標に繋がっていること。

 

「なるほど。だからUSJでも氷しか使わなかったんだ」

「ああ…」

 

轟くんがすまなそうに頷く。

 

普段は他人の家庭事情にクソほどの興味も抱かないわたしだが、今回ばかりはさすがに彼に同情の念を覚えた。

 

「でも、それをわたしに話して轟くんはどうしたいの?」

「聞きたいことがある」

 

轟くんが俯きながら口を開く。

 

「……これは別にお前を責めている訳じゃねぇんだが……念藤は、父親の個性を使うことに抵抗は感じないのか?」

「あ〜、なるほど。そういうことね」

 

つまり彼は、自身とわたしの境遇を重ねているのだろう。

憎むべき父親の個性。それを好き勝手に使っているクラスメイトがいる。対して己は使わないことを決めた。果たして正しいのはどちらか……こういうことだ。

 

「だって念動力はわたしの個性だし」

 

シンプルに答えた。

 

「父親の個性であることもまた事実だろ」

 

納得出来ないと轟くん。

 

「うーん、轟くんはさ、個性使うたびに「炎はセーブしよう」って常に心掛けてるんでしょ? その度にお父さんのこと思い出してさ。それって逆に縛られてるよね」

「わたしは違うよ。この前オールマイトに言われて、変わった。父はわたしの人生を左右するような存在じゃなかった。今じゃわたしは念動力を使ってる間、父の事なんてこれっぽっちも考えてない」

「轟くんもそうすりゃいいじゃん!」

 

お前の事情なんて知らねぇ! とばかりにまくし立てるわたしに対し、轟くんがどこか呆気に取られたような、毒気を抜かれたような表情を浮かべる。

 

「お前…もっと影のあるキャラかと思ってたが…」

「うん」

「結構、バカっぽいんだな」

 

イラっとした。

 

「轟くんは根暗っぽいよねww彼女とかいたことあんのwwないかwwまず友達がいなさそうだもんww」

「…………」

 

轟くんは無言で去って行った。

そんな怒ることかよ。

 

 

 

その日の放課後。

 

ザワザワと騒がしい喧騒が、1-Aの教室前廊下から聞こえてくる。

 

「ん?」

 

見ると、そこには押し合いへし合いをして集まった他クラスの雄英一年生たちが、大挙として押し寄せてきていた。

 

「なにあれ…」

「念藤ちゃん、今更気が付いたのかしら?」

「うわ、蛙吹さん! びっくりした…」

 

気がつくと、わたしの目の前には胃袋洗える系女子の蛙吹さんが立っていた。

 

「梅雨ちゃんと呼んで」

「わかったよ梅雨ちゃん。それで、どうしたのあれ? 今から1-Aの教室使って学年集会でもするのかな?」

「それはないと思うわ。普通に講堂を利用すればいいだけだし」

「そりゃそうだよね」

 

「敵情視察だろザコ」

 

わたしたちの疑問に対する回答のように聞こえてきたのは爆豪くんの声だった。

教卓側の扉を見ると、他クラスの生徒たちと何やら揉めている彼の後ろ姿が見て取れる。

 

そんな中、他クラスの生徒たちからなる人垣を掻き分けて、一人の紫髪の生徒が歩み出て来た。何処かで見た顔である。

 

「敵情視察? 少なくとも俺は、調子乗ってっと足元ゴッソリ掬っちゃうぞっつー宣戦布告しに来たつもり」

 

彼に続き、今度は人垣の後ろから怒鳴り声が聞こえてくる。

 

「隣のB組のモンだけどよぅ!! ヴィランと戦ったっつうから話聞こうと思ってたんだがよぅ! エラく調子づいちゃってんなオイ! 本番で恥ずかしい事んなっぞ!!」

 

そんなアンチA組の雰囲気が漂う中、その軋轢を生み出した元凶ともいえる爆豪くんは、我聞せずといった様子で一人教室から出ていった。

 

後に残ったのは、1-A対その他とでも言うべき対立的な空気のみであった。

 

「爆豪ちゃん、散々煽った挙句にあっさり帰っちゃったわね」

「そだね」

「念藤ちゃん、放課後暇なら何か甘いものを食べて帰らない?」

「いきましょう」

 

梅雨ちゃんとクレープを食べた。

わたしはノータイムでブルーベリークリームチーズをオーダーしたが、梅雨ちゃんは黒蜜きな粉あずきであった。渋いねと言ったら一口勧められた。

 

和もイケるやん!

 

 

 

それから体育祭までの二週間は瞬く間に過ぎ去った。

わたしはその期間、部屋の掃除をしたり、中学の友人と遊んだり、母の誕生日にサプライズパーティーをしたりと大忙しであった。

 

「ナオさぁ…」

 

カラオケで熱唱し終えたわたしに向かって、中学の友達が言う。

 

「もうすぐ雄英体育祭でしょ…遊んでていいの? 全国中継だよ?」

「いーのいーの。わたしの便利個性ならどーせ良いとこまでいくんだからさ」

「昔から天才肌だもんねーあんた」

 

女三人でたっぷり三時間歌ってからカラオケを出る。

今日は学校終わりに急遽集まろうという話しになったので、時刻は既に午後8時近く。外はもう暗かった。

 

「念藤…か?」

 

店の前で少し話して、さて解散しようかとしたところ。わたしに掛かる声があった。

 

「……久しぶりだな」

 

雄英の男子生徒である。

紫の髪、目の下の隈。先日、A組の教室に来て宣戦布告をしていった普通科の生徒だった。

 

「ナオ…ほら、心操くんじゃん。ナオと一緒にヒーロー科受けた…」

「ああ!」

 

思い出した。

クラスこそ違ったが、彼は同じ各部中の同級生で、確か洗脳の個性の持ち主だった。

その個性ゆえ実技試験での成績は芳しくなかったと噂で聞いたのを覚えている。普通科に入学していたのか。

 

「また今度、連絡してもいいか?」

「えっ、うん。まぁ」

 

心操くんはわたしにそう言い残して去って行った。

 

「連絡していいか、だって!」

「心操くん、ナオを追って雄英受けた説あるからね」

「えっ! そうなの!?」

 

わたしが驚いて友人たちの顔を見ると、二人はニヤニヤと楽しげな笑みを浮かべている。

 

「間違いないって!」

「モテるねーナオ!」

 

「いやぁ〜、参ったな〜」

 

心操くんに対して別に特別な感情はないが、好意を抱かれるのは相手が誰であろうと嬉しいことである。

 

「もしかして心操くん、体育祭でナオに告るつもりなんじゃ…!」

「あるよ! 全国中継で愛の告白あるよ!」

 

「二人ともやめてよ〜」

 

告られちゃうかー、そっかー。

客観的に見て可愛いからね、わたし。

まぁ、体育祭で告白されたら、その勇気に免じて一考くらいはしてあげるか!

 

そんな感じで雄英体育祭当日を迎える。

 

わたしたちは朝のうちに体育祭の会場となるスタジアムへ直接集合し、メディアを避ける為に早々に控え室へと入っていた。

 

何処か落ち着きのない雰囲気の中、そうやって全員で待機していると、飯田くんが入場の時刻を報せに来る。

 

こうして、わたしたちの体育祭が始まったのである。

 

第一種目は障害物競争であった。

 

ヒーロー科2クラスを含めた計11クラスで行われるこのレースは、スタジアムの外周4キロをコースとして行われる。

 

当然わたしは念動力でひとっ飛び…と行きたかったが、飛行中は他の念動力が使えないため、速攻で撃墜されることとなった。

出る杭は打たれるというやつだろう。飛行中の選手は目立つため、集団の中においては集中攻撃を受けやすいのだ。

幸いにも、わたしは咄嗟に飛行をバリアに切り替えることで事なきを得たが、他の飛行可能な個性を持つ選手たちは早々に脱落となっていった。

 

その後わたしは基本走り、しかし要所要所では飛行を使って、常に上位グループの一員としてゴールを目指した。

 

第一関門のロボ地獄では壊されたロボを「修復」して後続を妨害……なんてこともした。

しかしその後の第二、第三関門は綱渡りに地雷原と、飛行能力を持つ者にとっては無いも同然の障害で、更にどちらも選手の注目が自身の足元に向かうことから、飛行中の妨害も気にする必要がなかった。そのため、ゴールまでは比較的楽にたどり着くことが出来た。

 

最終的に、わたしの順位は7位。

 

そうだね、調子に乗ってロボット直しまくってたからね。あそこで時間かけなきゃ多分1位だったのにね。

とはいえ、まぁ順当である。

 

そして第二種目。騎馬戦。

 

一般的には4人で騎馬を作り、その内の騎手がするハチマキを奪い合う、というルールが良く知られているが、ここ雄英体育祭ではそこに特殊ルールが加わる。

 

まず騎馬のメンバー編成が交渉制。

選手には15分のチーム決めタイムが設けられ、そこで2〜4人からなる騎馬のメンバーを作る。

 

次にハチマキのポイント制。

選手にはそれぞれ、前競技である障害物競争の順位に則したポイントが割り振られており、騎馬の総合計が騎手ハチマキのポイントとなる。

チームは奪ったハチマキの本数ではなく、その合計ポイントにて優劣を付けられるーーという訳だ。

 

そして今はチーム決めタイム。

一位には1000万Pという基地外じみた配点がなされている為、緑谷さんと組む可能性は真っ先に消えたが……さて誰にしようか…

 

そう考えていた時だった。

 

「念藤」

 

聞き覚えのある声がかかった。

声のした方へと目をやると、そこには紫髪の心操くんが立っていた。例のわたしのことが大好きな彼である。

 

カラオケの前で心操くんに会った日から、彼は毎日欠かさずわたしにラインをしてきていた。

主に体育祭の話題が多かったが、ときには明らかな好意を匂わせてきたりして、既に彼の気持ちは明らかだった。

 

「念藤…どうだ? チームは決まったか?」

 

そう言って近づいてくる心操くん。

大好きなわたしと組みたいのだろうが、今は真剣勝負の真っ最中。彼の洗脳のような、戦闘向きじゃない個性の選手と組むつもりはさらさらない。

 

わたしはそのことをオブラートに包んで伝えようとしてーー

 

「心操くん、わたしは…」

 

ーースイッチが切り替わったかのように、頭にモヤがかかった。

 

「……!」

 

洗脳だ。

わたしは咄嗟に理解した。

 

あれ? ということは、今までの彼の好意ってわたしに警戒心を無くさせる為のーー体育祭で洗脳にかけやすくする為のフェイクだったってこと?

 

意識が急速に遠退いていく。

そしてその中で、心操くんの「してやったり」というニヤついた笑顔が見えた。

 

こ、こいつ雑魚の分際でわたしをコケにしやがった…!

 

そしてそれからの記憶は無い。

ただ一つ言えることがあるとするなら……このクソ野郎はあとで絶対にぶっ殺すッ! それだけだった!!

 



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体育祭

 

いま、スタジアムには地鳴りのような歓声が響いていた。

 

雄英高校体育祭。

十数万人の観客が見上げる巨大スクリーンに映し出されているのは、雄英一年の騎馬戦の模様である。競技はまだ始まったばかり。それにも関わらず、観客は今日一番の盛り上がりを見せていた。

その原因は、開始早々に実に五組ものチームのハチマキが、一斉に奪われたことにあった。

 

『おーっと! 心操チーム! 1-A念藤ナオの念動力でスタート直後にハチマキを大量確保!! バリアも張れれば空も飛べる! ちょっと便利過ぎだろその個性!』

『緑谷チームに意識が集中していたところを上手く狙ったな。ハチマキを奪われた五組共、緑谷に向かって動き出していたチーム。それを背後から掠め取った形だ』

 

プレゼントマイク&相澤の解説と、ひとりでに宙へと浮かび上がった五本のハチマキの行く末を見て、ようやく何が起こったか理解する選手たち。

 

『心操チーム! 爆豪、拳藤、鱗、小大、角取の計1250pを獲得! 合計1720p! 3位の轟チームを大きく引き離して2位におどり出たァ!!』

 

巨大スクリーンが五分割され、ハチマキを奪われて呆然とする5チームがそれぞれアップで映し出される。

そしてその中には、歯噛みして悔しがる爆豪の姿もあった。

 

「あ、あの328女ァ…!」

「落ち着け爆豪! まだスタートからすぐだ! 挽回できるぜ!」

「ったりめーだ! まず328女のハチマキ全部掻っ攫う!」

「お、おい!」

 

こう着する場の中で、まず動いたのは爆豪だった。

瀬呂の呼びかけを無視して爆発ブースターで空へと飛び上がると、そのまま心操チームへと向かって爆進を始める。

 

「念藤! バリア!」

「……(洗脳中)」

 

虚ろな瞳の念藤が、心操の指示に従って騎馬全体を覆うようなバリアを展開する。

 

心操チームの騎馬は、まず中央にフィジカルの強い尾白(洗脳中)、左翼にB組の庄田(洗脳中)、右翼に念藤(洗脳中)、そして騎手に心操という布陣で構成されている。

これにはチームの核となる念藤を、正面から来る敵の反利き手側に隠すといった意図の下で為されているのだが、優れたバトルセンスを持つ爆豪には意味を成さなかった。

 

「し、ねぇぇぇぇえ!!」

 

右手だろうと左手だろうと関係なし。爆豪は心操チームの左側へと小刻みな爆発で器用に回り込むと、念藤へと向かって爆発する左拳を振り下ろした。

 

大爆音。そして爆煙。

攻撃を終えた爆豪は瀬呂のテープによって速やかに騎馬へと回収される。

 

「爆豪! 思いっきり念藤狙ってたろ! あんなん直撃したら死ぬぞ!」

「そうだよ! ハチマキ狙いなよ!」

「っるせぇっ! 黙れ!」

 

瀬呂と芦戸が抗議する中、爆豪と切島は爆煙へと目を凝らし続ける。その他にも、念藤によってハチマキを奪われたその他四チームが爆煙を遠巻きにしている。

爆豪と切島はある種の確信を抱いて。その他の選手や観客は爆発をモロに受けた念藤の安否を気にして。

 

「…………」

 

やがて煙が晴れる。

そこには周囲の心配を他所に…また爆豪と切島の予想通り、完全に無傷の心操チームの姿があった。

その足元には、ちょうど円形状に煤に汚れていない綺麗な地面が残っている。

 

『心操チーム健在! 爆豪の爆発を無効化したァ!』

 

「マジかよ…」

「う、うそ〜」

 

USJで念藤と共闘しなかった瀬呂・芦戸の驚愕の声。

それもそのはず。念力に飛行にバリア。その全てを高い水準で熟せる個性など、コミックどころか質の悪いファンノベルである。更に付け加えれば、彼女はそこに「修復」の個性さえ加わるのだ。

 

「こりゃ…無理だな…」

 

爆豪ほどの攻撃力を持ってしても破れなかったバリア。

それを目の当たりにした、拳藤、鱗、小大、角取の四チームが念藤攻略を諦めて別チームへと向かっていく。

 

『さぁ〜! スタートから二分! まさに混戦状態! 各所でハチマキの奪い合いが勃発するー!』

『……2位の心操チームだが…時間いっぱいバリアに閉じこもる気だな。爆豪以外の四チームは既にそれを察してバラけているが…』

 

「爆豪! ハチマキ、奪い返すのか!」

「ったりめぇだ!」

 

相澤の解説を他所に、切島の問いかけに対し大絶叫で答える爆豪。

 

「よっしゃ! それでこそ男だぜ!」

 

切島がニヤリと笑む。

 

「いや、でもよ切島。実際それが出来るのかって話だぜ」

「うーん、あのバリアって私の酸でも溶けるのかなー?」

 

瀬呂と芦戸が口々にそう言うと、切島は少し得意そうな顔で答えた。

 

「いや、あるんだよ弱点が。これはUSJで緑谷が見抜いたんだが…」

 

「ーー!! (デク…!)」

 

緑谷の名が出てきたその瞬間であった。

 

それまで念藤へと真っ直ぐ向けられていた爆豪の目が、何かを思い出したかのようにカッと見開かれた。

 

『あのバリアは空気を固めたもので、バリアを張ってる間は他の念動力は使えない。合ってるかな?』

『空気バリアって一度解いたらしばらくインターバルが必要になるんじゃないかな?』

『轟くん、あのバリアはきっと地中までは及んでない…! そこを狙って欲しいんだ…!』

 

爆豪の顔が俯きがちになり、その目元が陰ってくる。

 

そして、ポツリと呟いた。

 

「デクが見抜いた…弱点…」

 

さらにギリギリと歯ぎしりの音。

 

「あっ」

「あちゃー」

 

瀬呂と芦戸がやっちまったと頭を抱える。

騎馬役の二人からは上方にある爆豪の面持ちを伺う知ることは出来なかったが、それでも自分たちの騎手の表情がとんでもないことになっているであろうことは、容易に想像することができた。

 

しばらくして、爆豪が重々しく口を開いた。

 

「……他、当たるぞ」

 

それは騎馬戦における、念藤への実質上の敗北宣言であった。

 

念藤にかかされた恥<<<<<緑谷との確執

 

つまるところ、これが爆豪にとっての譲れない優先順位だったということである。

 

「爆豪! 確かに弱点突くのは男らしくねーが、これも戦略だぜ!」

「うるせぇ! デクの真似するくらいなら死んだ方がマシなんだよ! 行け!」

 

爆豪は切島の頭を馬車馬の尻の如く叩きながら指示を出すと、他チームへと向かわせた。

そして途中、振り返って心操チームをーーいや、念藤を一目する。

 

「……チッ」

 

爆豪が抱く念藤の印象とはこうだ。

一般入試で328pという歴代最高得点を取り、入学時個性テストでは総合成績一位を獲得し、さらには対人戦闘訓練では力さえ振るわずに爆豪を嘲笑った抹殺すべきクソ女。

 

そこに今回のーー騎馬戦での屈辱を付け加えると、爆豪のヘイト感情はもはや爆発寸前であった。

 

「(これで終わると思うなよクソ女ァ…!!)」

 

最後に鬼のような形相で念藤を睨み付けると、爆豪は目の前の敵チームにへと意識を切り替えていった。

 

 

 

わたしが自己を取り戻したとき、既に騎馬戦は終了していた。

結果はご覧の通りである。

 

1位 轟チーム

2位 心操チーム

3位 爆豪チーム

4位 緑谷チーム

 

以上の4チームが騎馬戦を勝ち抜き、最終種目への出場権を獲得した。もちろん、わたしにその経緯についての記憶はない。

 

『一時間ほど昼休憩を挟んでから午後の部だぜ! じゃあな!』

 

プレゼントマイクのアナウンス。それと同時に、周囲の雰囲気が目に見えて弛緩したのが分かった。

そしてそれが結実となったのか、わたしの腹わたがふつふつと沸騰を始めた。煮えくり返る直前ということである。

 

「心操……ただじゃおかない…」

「誰がただじゃおかねぇだ?」

 

心操か!

タイミング的にそういう確信を持って振り返ると……そこにいたのは爆豪くんであった。

 

「え? どうしたの?」

 

よく見てみると、彼もわたしに負けず劣らず血走った眼をしている。いや、むしろ彼の方が数段怖い。

 

爆豪くんはそのまましばらくわたしを睨み見ていたが、やがてプツリと視線を切ると、踵を返して歩き始めた。

みんなが向かう食堂ではなく、人目に付かないような暗がりに向かって。

 

「面かせや…382女…」

 

えぇ…行きたくねぇ…

 

わたしの腹わたは、もはや冷や汗を浴びせられた様に静まっていた。

 

「…………」

 

爆豪くんに連れてこられた場所は、ドーム内の生徒控え室に繋がる昇降口であった。その通路の角を一つ曲がったところで、爆豪くんはギュルリとわたしへと振り向いて、思いっきりその凶相を近づけてきた。

 

「!」

 

驚いて後退すると、すぐにその分の距離を詰められる。

最終的に、わたしは通路の側壁に背中を預けた、追い詰められたような形で爆豪くんと相対することとなった。

 

「世話になったな…騎馬戦じゃあよォ…」

「……っ」

 

そして静かな怒りをぶつけられる。

しかし、どうやら暴力に走るつもりはないようだ。わたしはバリアの為に身構えていた四肢を楽にさせると、改めて彼と目を合わせた。

もちろん、ここで余計な嘘を吐いて爆豪くんの神経を逆撫でするのは賢くない。素直に答えるのがベストである。

 

「わたし、騎馬戦のこと覚えてないんだよね」

 

というのも、心操によって洗脳を受けてーー

 

そう続けようとして、ふと彼の顔を確認した瞬間だった。

 

ボガァン!

耳元で爆発音。

左耳がキーンとする。

 

「……覚えてねぇだと? クソが…俺は眼中にねぇってことか?」

 

わたしの顔の左側に、壁に突きつけられた爆豪くんの右腕がある。

壁ドンならぬ壁ボン状態。

問題は、全くときめかないどころか精神的に追い詰められることか。

 

とにかく彼の誤解を早急に解かねばならなかった。

 

「いや爆豪くん。そんなことーー」

「じゃあなんで今バリア張らなかった。危なくなったら取り敢えずバリア。それがお前なんだろ。俺じゃ危機にすらならねぇってか」

「えぇ…」

 

もはや言い掛かりの域である。爆豪くんの超スピード爆破パンチなんて、至近距離で反応出来るはずがない。コイツわたしのこと過剰評価しすぎである。

しかし怒りでドス黒く変色したその顔色から、彼がそれを本心で言っていることは伝わってきた。

 

しばしの間、一方的に爆豪くんに睨まれ続ける。

しかしその視線を切ったのもまた彼だった。

 

「最終種目……リレー、玉入れ、何になろうが関係ねぇ…てめぇは必ず俺がぶっ殺す…! 覚えとけクソが!」

 

爆豪くんはつり上がった目尻を更に急勾配にしてそう吐き捨てると、ポケットに両手を突っ込んでこの場を後にした。

 

「……ふぅ」

 

どうやら、ガッツリ誤解されてしまったようだった。

 

「…………」

 

爆豪くんの背中が、通路の角を曲がって消えていく。

 

「……?」

 

そしてすぐに戻ってきた。

 

何故かこちらに背中を向けたまま、角に身を隠して出入り口の方を伺っている。

 

何かあるのだろうか?

 

わたしは不審な動きを見せる爆豪くんに近づき、声をかけた。

 

「ばく…」

「黙ってろ」

 

わたしの顔へと手を伸ばしてくる爆豪くん。口を押さえようというのだろう。

 

しかし今度こそ、わたしはその手を念動力でガードした。

 

「てめぇっ…!」

 

さらにそのまま爆豪くんの全身を拘束しながら、彼に習って出入り口の方を隠れ見る。

 

「……ん?」

 

そこにいたのは緑谷さんと轟くんであった。

 

「あの…話って…何? 早くしないと食堂、すごい混みそうだし…」

「……気圧された。自分の誓約を破っちまう程にーー」

 

……何だか面白そうな話をしている。

 

「てめっーー」

「はいはい静かにしてねー」

 

爆豪くんに騒がれては覗きがバレてしまう。

わたしは念動力で彼のお口のチャックを閉めた。

 

「むぐっ!」

「……これで鼻つまんだら面白いことになるな」

 

念藤式窒息術とでも名付けようか。

思わぬ必殺技の誕生の瞬間であった。

 

それはさておき、その後、轟くんはわたしたちに聞き耳を立てられていることを知らないまま、己の過去を語り始めた。

 

 

 

USJの後、わたしも大まかにではあるが轟くんの過去については聞いていた。しかし、まさかあの火傷の原因が母親にあっただなんて思いもしなかった。

自身の生まれ、母のこと、父のこと。

最後まで話し終え、立ち去った轟くんの背中は、まるで緑谷さんに勝負に対する覚悟の有無を問うているかのようだった。

 

そして緑谷さんもそれに応えた。

 

「僕も君に勝つ!」

 

二人は互いに己の勝利を誓い合って別れたのであった。

 

「むぐーむぐぐっ!」

「いやー、爆豪くん。良い話だったねー」

「むぐー!」

「ああ、ごめん。口のチャックは外すね」

 

仮想のチャックを摘むようにして、彼の口の前で指を横に振る。

 

「ーーぶはっ! 全身の拘束も解けやコラァ!!」

「そしたら怒るじゃん」

「ったりめぇだ! 次の競技の前にボコボコにしてやらァ!」

「ほらね。だから解かないんだよ」

「△@◽︎&×◯¥◇!!」

 

ひえぇ…怒り狂ってる…

 

ビビったわたしは、爆豪くんを宙に浮かしたままの状態で通路を歩き始めた。

 

「降ろせやァ!」

「もうちょっと待ってね」

 

そうやって二人でスタジアムから出る。

そしてそのまま十分ほど、スタジアムの外周に沿って歩き続けると……そこに広がっていたのは、競技場の景観の為に植えられたであろう、人口の森林だった。

 

「爆豪くんって50m走、4秒ちょっとだったよね。まぁ500mはいくとして…木が障害物になるから3、4分ってとこかな?」

「うるせぇ! いい加減降ろせクソ女!」

 

なおも元気な爆豪くん。

そんな彼を、わたしを中心にして円を描くように、念動力でぐるぐると回し始める。

 

「な、に、し、や、が、る」

 

途切れ途切れに聞こえる爆豪くんの声。

 

「いや、このまま放しても殴られそうだし」

「あ、た、り、ま、え、だ」

「だったら時間稼いで逃げようと思って」

 

爆豪くんを回すスピードを早める。

これにより勢いをつけ、発射時に彼にかかることとなるGを緩和させるのだ。

 

「急発進させたら危ないからね」

「!!」

 

タイミングを見計らってーー念動力で爆豪くんを思いっきりぶん投げる!

 

「テメェぜってぇぶっーー」

 

言葉尻と共に小さくなっていく爆豪くん。

先ほど言った通り500mはぶっ飛んだだろう。

彼はやがて空中で失速すると、爆発ブースターで落下速度を緩めながら、生い茂る緑の中へと姿を消していった。

 

「……よし!」

 

これでとりあえずの身の安全は確保できた。

 

後が怖いけど…まっ、大丈夫でしょ。

 

わたしは昼食のため、学食ーーは爆豪くんが来る可能性が高いので、近場のコンビニへと向けて飛び立つのであった。

 

 

 

午後の部。

最終種目はトーナメント制のガチバトルとのことだった。仮にも体育祭でガチバトルってどうなの?

 

途中、わたしたちA組女子がチアになったり、尾白くんが辞退表明したりと様々あったが、進行自体はスムーズになされた。

そして今、二種目目の騎馬戦を突破した四チーム総勢16名からなるトーナメント表が、巨大スクリーンに張り出されていたのであった。

 

わたしは心操と当たりたかった。

公共の電波の元で奴を全裸に剥いて念動力でダンスさせ、乙女心を弄んだ報いとして大恥をかかせてやりたかったのだ。

 

しかしその願いは叶わなかった。

 

第1戦目 緑谷VS心操

第2戦目 轟VS瀬呂

第3戦目 塩崎VS上鳴

第4戦目 飯田VS発目

第5戦目 八百万VS念藤

第6戦目 常闇VS芦戸

第7戦目 鉄哲VS切島

第8戦目 麗日VS爆豪

 

トーナメント表によると、わたしは4回戦で特待生の八百万さんとバトルすることになるらしい。

 

周囲の選手の中から八百万さんを見つけると、向こうも丁度わたしに視線を向けたところだった。

 

「…………」

「…………」

 

わたしたちの間で火花が散る。

 

八百万さんには父の件で随分と良くしてもらった。しっかりと断ったが、母子家庭で経済的に困っているようなら援助しても良いとまで言ってくれた。本当に良い人である。

それからはすっかり仲良しになった。お互い特訓で忙しかったこともあり、USJが終わってから体育祭までの二週間は時間が合わなかったが、そのうちご飯でも一緒に食べにいきたいね、などと話をするようにもなった。

 

そんな八百万さんの後ろに。

悪魔のような形相でこちらを睨む爆豪くんの姿がある。

 

「……コロスコロスコロスコロスコロスコロス」

 

ひえぇ…今にも呪殺されそう…

 

今の今まで気が付かなかったが、この様子では午後の部が始まってからずっとわたしに怨念を送っていたのだろう。

 

これではわたしも、より一層八百万さんから目を放せないというものである。

爆豪くんを視界の外へ出すのは怖い。さりとて彼を直接見るのもまた怖い……という複雑な心理的メカニズムが働いているのだ。

 

故にわたしは八百万さんと視線を合わせ続ける。彼女を緩衝材とすることで、爆豪くんの凶眼による被害を最小限に抑えようと試みる。

彼がこちらに対して僅かでもアクションを起こそうものなら、直ぐにバリアを張って身を守る心積もりである。

 

「…………」

「…………」

 

八百万さんがちょっと気まずくなってきても見続ける。

そろそろいいでしょ、みたいな素振りをしても見続ける。

 

「…………」

「……(疲れた…)」

 

結局レクリエーションが始まるまで、わたしたちはずっと視線を合わせ続けていた。

 

なんだかんだで最後まで付き合ってくれた八百万さんほんと優しい。

 

 

 

大玉ころがし、借り物競走、応援合戦。

 

全クラス参加のレクリエーションはつつがなく終了した。最終種目への進出者は自由参加だったが、わたしはその全てに参加した。

 

大玉ころがしでは念動力で浮かした大玉の上に乗って移動し、借り物競走では牛乳瓶という有りそうでない運営側のチョイスに翻弄され、応援合戦では1-A女子全員で適当にボンボンを振った。

 

そこそこ楽しかったです!

 

『ヘイガイズ! アーユーレディ!? 色々やってきましたが! 結局これだぜガチンコ勝負!』

 

そして、いよいよ本番である。

 

「あ、始まるみたいだよ」

 

わたしの左隣の席に座る麗日さんがそう言った。

この生徒用観客席ではクラス単位で固まってトーナメントを観戦することになる。

故に1-Aの生徒は全員がここにいるのだが……意外と爆豪くんが突っかかってこない。

相変わらず殺気立った視線は送ってくるのだが、やはり彼も人の子というわけか。衆目の前ではその凶暴性も半減なのだろう。カメラもあるしね。

何だか嫌な予感はするけど、とりあえずは一安心である。

 

そうやってわたしが心の余裕を取り戻す中、最終種目であるトーナメントは始まった。

 

一回戦は緑谷さんVS心操。

 

「緑谷さーん! やれー! 心操のクズを泣かせー!」

「な、何てことを言うんだ念藤くん! メディアも来ているんだ! 雄英の生徒として節度ある応援をしないか!」

 

右隣の席に座る飯田くんから身振り手振りで咎められる。

しかしこの件については、わたしにも大義があるのだ。

 

「緑谷さーん! ボコボコ! ボコボコにして!」

「あ、あははは……念藤さん、騎馬戦のとき心操くんに洗脳されてたもんね」

「え! そうだったのか!?」

 

麗日さんがわたしの気持ちを汲んでフォローしてくれる。

 

「それだけじゃない。心操のやつ、少し前から散々わたしに好き好きアピールしてた癖に、それ全部今日の為の策略だったんだよ!」

「ええ!? ひどい!」

「た、確かにそれは酷いな…」

「でしょ!? 飯田くんもそう思うでしょ!」

「あっ! 私わかった…! 好きって言われてる内に念藤さんの方も心操くんに惹かれちゃって……それでそんなに怒ってるんだね!?」

「それはないわ」

「即答…!? しかしだからといって仮にもヒーロー志望の我々雄英生がクズだの泣かせだのとーー」

 

そうやって三人でわいわい話しながら観戦している内に、一回戦は緑谷さんの勝利であっさりと終わった。

 

ざまぁ見ろ心操。

 

「…………」

 

ラインで煽っとこ。

スマホをポチポチと。

 

《見てたよwwちょっと弱すぎないww》

 

送信と。

あ、速攻で返ってきた。

 

《しね》

 

うへへwwめっちゃ効いてるww

楽ちいwwww

 

あれ、また来てる。

 

《悪かったな》

 

「…………」

 

謝んなや。

なんか申し訳ない気分になってくるやん。

 

 

 

二回戦は轟くんVS瀬呂くんであった。

開始早々に奇襲を成功させた瀬呂くんだったが、轟くんの広範囲氷結攻撃によって奮戦虚しく沈む。

 

勝者、轟くん。

 

次の三回戦は塩崎さんVS上鳴くん。

今度は広範囲電撃攻撃をした方が負ける。

上鳴くんがウェーイってやってるの好き。

 

勝者、塩崎さん。

 

四回戦は飯田くんVS発目さん。

飯田くんは終始良いようにあしらわれていたが、最終的に彼の勝利となった。

発目さんの個性って結局なんだったんだろう。

 

勝者、飯田くん。

 

そして五回戦。

ついにわたしの番が回ってきた。

 

『万物を創造する才女! 八百万百!! バーサスッ! 変幻自在のエスパー! 念藤ナオ!!』

 

歓声が沸き上がる中、スタジアム中央のバトルステージで向かい合うわたしと八百万さん。

 

『便利な万能個性同士の一戦! 第五回戦! スタート!!』

 

プレゼントマイクの合図と共に、わたしたちは同時に動き出すのだった。

 

 



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