堕天使少女と欲望の王 (ジャンボどら焼き)
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プロローグ

仮面ライダーオーズとハイスクールD×Dの小説。
独自設定や独自解釈が多数存在するので、どうか目を瞑っていただければなと思います。

それでは、プロローグをどうぞ!


 冥界。そこは悪魔や堕天使など、人ならざるもの達が住む異世界。太陽はなく、空は昼夜問わず紫色の何かが覆い尽くし、どんよりとした雰囲気を醸し出す。

 そんな冥界のとある森の中、二つの影が対峙していた。

 

 一つは異形。その姿を端的に言い表すのならば『二足歩行をする牛』と言えばいいだろうか。だがその体躯は3メートルを超える巨体で、頭部に生える二本の角は禍々しく捻れている。

 そして極め付けはその両腕。普通の牛ならば蹄になっているであろうその手は、まるで人の手のように五本の指があり、しかしながら人ではあり得ない鋭く尖った爪が生えている。

 

「AA級はぐれ悪魔のミラノス、やっと見つけた」

 

 そんな異形相手に淡々とした口調で言うのは、黒いローブに身を包んだ男。いや、身長が160そこそこしかないところを見るに、少年といったほうが正確かもしれない。

 

「依頼により、ここでお前を始末する」

 

 そう言い、彼がローブの内側から取り出したのは一振りの剣。刀身の中央に三つの円状の穴があることと、少しメカニカルな外観を除けばいたって普通の剣だ。

 ミラノスは相手が武器を取り出したことにさしたる興味も抱かず、むしろその発言に眉根を(ひそ)める

 

「俺がAA級だと知っていてその言葉を言っているのか?」

 

 返ってくる言葉はない。

 

「……まぁいい。知っていて尚且つ単身で挑むその愚かさに免じ、一思いに殺してやろう」

 

「無理。お前じゃ僕は殺せない」

 

「──ほざくな、ガキがッ!」

 

 咆哮の如き声で叫ぶミラノス。そして両者はそれを合図にほぼ同時に駆け出し、各々の獲物を振りかざす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《トリプル・スキャニングチャージ》

 

 戦闘が始まっておよそ数分、戦場に機械じみた音声が響き渡る。そしてズズン、と何か重いものが地面にぶつかる音が次いで響く。

 

「だから言った。お前じゃ僕、倒せないって」

 

 少年は手にした剣を地面に突き立て、眼前に倒れ伏す異形の肢体へ視線を落とす。その巨体のいたる所に斬撃の痕が残り、右手の肘から先にいたっては存在していない。自慢であろう禍々しい角も切り落とされ、根元数センチほどしか残されていなかった。

 しかしそれらはただの手傷だ。ならば彼の命を奪った最たる原因はと聞かれれば、それはその巨体が右肩から左腰にかけて斜め一文字に切り離されていることだろう。

 ミラノスの分厚い筋肉も物ともせず、まるで豆腐か何かを切ったかのような綺麗な斬痕。素人目でもこれが勝敗を決した一撃であると理解できるだろう。

 

 その存在が異形のものであるとしても、一つの命を奪ったという事実は変わらない。だが少年は大して気にした様子もなく、まるでそれが当然であるかのように、遺体から視線を外す。そして懐から携帯電話のような機械を取り出し、軽く操作し耳に当てる。

 

『おぅ俺だ』

 

「僕。依頼終わった」

 

『のようだな。了解だ、後で報酬は送っておく』

 

 短いやり取りが終わると、プツン、という音とともに通話が途切れる。

 少年は機械を懐に戻すと、剣を地面から抜きその場を後にした。

 

 

 

 

 

 ********

 

 

 

 

 

 場所は変わり、日本の駒王町。時間帯にして日付が変わって少し経った頃、人気のなくなった路地を一人の少女が歩いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーしんどいっす。ったく、だからグレモリー家の縄張りでやんちゃなんてしたくなかったんすよぉ……」

 

 なんでレイナーレ様達ってあそこまで自信ありげだったんすかねぇ。若手とはいえ上級悪魔の縄張りで問題起こしたらあーなるって、普通だったらわかるはずなんすけど……。

 

「結局、レイナーレ様もドーナシークもカラワーナも死んじゃったすねぇ……」

 

 にしても、リアス・グレモリー本人が出向いてくるのは意外だったっす。なんすかあの無茶苦茶な力、ドーナシークとカラワーナなんて瞬殺だったすよ?

 まぁ? 将来堕天使を統べる予定のこのミッテルト様は無事に逃げられたすけど。いやまぁ、無事ではないっすね……うん、命からがらの逃走だったす。おかげで身体中はキズだらけで服もボロボロ、飛ぶ力も残ってないって始末っす。

 

「にしても、これからどうするかって話っすよ」

 

 今回の一件はうちら、っていうかレイナーレ様の独断行動で行ったことだし、『神の子を見張るもの(グリゴリ)』に帰ったら何て言われるかわかったもんじゃないっす。

 でもそれ以外に行くあてなんてないし、もうじきリアス・グレモリーが逃げたうちを追ってくるだろからすぐにここを離れたいんすけど、今のボロボロの状態じゃ満足に歩けもしないっす。

 

 …………あれ、うちって結構詰んでね? このままじゃ間違いなくバッドエンドじゃね? マジヤバくね?

 

「ぬぁああああ! 頑張るっすうちの身体ぁ! 限界なんて越えてみせるっす!」

 

 痛む身体に鞭をビシバシと叩き込み、歩く速度を無理やりにでも上げる。だが身体は正直なもので、数メートルもしない内に足がもつれて倒れこむ。

 ……あー、なんかもうどうでもよくなってきたっす。この先どうせ碌なことしかないってわかってるんすから、いっそのこと潔く殺られる方が楽かもしれないっすねぇ。

 

 決して命を軽んじているわけではないが、一度諦めてしまうと立ち上がるのは難しい。うちは倒れこんだまま瞼を下ろし、いずれ来るであろうリアス・グレモリーの眷属を待った。

 そして時間にして約1分……やけに早い様に感じるが、遠くから誰かの近づいてくる足音が聞こえてきた。徐々に、だが確実に靴音は大きくなり、目の前ほどまで来たであろう時その音は止んだ。

 奇妙な静寂に包まれるが、うちは目を開けることなく倒れこんだままの状態をキープする。もしかしたらこのまま見逃してくれるかも、そんな淡い期待というか生への執着というか、醜い何かが無意識にそうさせた。

 

 そして死んだふり?を続けること約30秒。不意に背中と膝裏に何かが触れた感触がしたかと思うと、次の瞬間うちの身体を浮遊感が襲う。そして再び靴音が鳴り始め、それに合わせてうちの身体も上下に揺れる。

 あれ、これってあれっすか、運ばれてるってやつっすか? お姫様抱っことかされちゃってるやつっすか?

 

 わけが分からずうちが目を開くと、視界に映ったのはリアス・グレモリーでもその眷属でもなく、闇の様に黒いローブに身を包んだ一人の人物だった。するとローブはうちが目を開けたことに気づいたらしく、フードに隠れて見えない顔をこちらに向け

 

「気がついた……大丈夫?」

 

 男にしてはやや高いアルトボイス。その言葉を聞いて敵じゃないことがわかったうちは、疲労と安堵と緊張から解放されたからかそのまま意識を手放した。

 

 

 

 

 

 ********

 

 

 

 

 

「う……んん……ここは、どこっすか……?」

 

 目を覚ますと、そこには知らない天井が。

 あれ、うちって確かリアス・グレモリーに殺されかけて、それで逃げ出して、そしてその途中に道で倒れて……って!

 

「あのローブは──って痛っ!?」

 

 急に身体を起こしたせいで傷が疼き、痛みで思わずしかめっ面になってしまう。だがそのおかげで冷静になることができ、観察するように周囲を見渡し状況を把握する。

 知らない部屋、おそらくリビングであろうこの場所は机とタンスに冷蔵庫、そして現在自分が腰をかけているソファー以外何もないという殺風景な部屋だ。だというのに床にはゴミが散らばり、足場を見つけるのも一苦労なほど散らかっているのだから驚きである。

 そして現状を把握する上で一番大事なのがうち自身が生きているということ。やはりあのローブの人間はグレモリー家と何の関係も持っていなかったわけだ。

 

「あ、起きてる」

 

 すると部屋の奥の扉が開き、聞こえてきたのは昨夜聞いたローブと同じアルトボイス。次いで扉の影からその人物は姿を現し

 

「……は、子供?」

 

 その意外な容姿に、うちはたまらずそう呟いてしまった。だが仕方ないだろう、身長は大きく見積もっても160前半だし、無表情を貼り付けたようなその顔は童顔だ。

 え、子供ってことはあのローブとは別人? いやでも声は確かに同じだから。でもそしたらなんで子供があんな時間に外をほっつき歩いてたんすか? しかも黒いローブなんて怪しい格好をして。

 

「怪我してた。まだ痛む?」

 

「は? え、あ、まだちょっと痛むっすね」

 

「そう」

 

 気づけば少年は目の前まで近づいており、心配しているのかわからない淡々とした口調で尋ねてきた。

 ていうか聞いておいて『そう』って、ずいぶんと淡白な子供っすね。確かにうちも見た目は子供体型っすけど、こちとらあんたの何倍も生きてるんすよ。

 

 とはいえそういったことは口には出さない。もしもここで正体をバラそうものなら、即刻追い出されるに決まっている。それに頭のおかしいやつだとか、厨二病にかかってるとか嫌な誤解もされるだろう。ここはなるべく堕天使であることを隠して、傷が完治するまでの隠れ蓑にするのが得策だ。

 うちが考えをまとめていると、キュルルル〜、と室内に可愛らしい音が響き渡る。自然、うちはその音の発生源、つまりは腹部へ視線を落とす。

 そういや、昨日のあれから何も食べてなかったすねぇ。夜飯も儀式がどうだとかで出なかったし、お腹が鳴るのも無理はないか。

 

「……お腹空いてる?」

 

「まぁ、昨日から何も食べてないっすから」

 

 そう直接的に言わないで欲しかったっす。自分で考えるうちはまだしも、他人に指摘されると無性に恥ずかしくなるじゃないっすか!

 少し朱に染まっているであろう顔を背ける。すると子供は無言で部屋を去り、1分後再び部屋へ戻ってきたときには、何やら大きな風呂敷を抱えてきた。そして風呂敷の中身を見せるや否や、うちは絶句した。

 

「なにすか、これ……」

 

「? なにって、朝ごはん」

 

 さも当然のように返してくけど、一つだけ言わせて欲しいっす。

 

「栄養食は食事じゃないっす!!」

 

 なんすか、この風呂敷いっぱいに広がる黄色い箱の山は! メープルにチーズにチョコにプレーン……あ、ベジタブルやポテトもあるんすね、知らなかったっす──って違う!

 

「山のように積まれたカロリーフレンドなんて初めて見たっすよ!」

 

「今のおすすめ、メープル味」

 

「いや、どっちかっていえばうちはチョコレートって、そうじゃないっす! もしかして、あんたの食事って三食これっすか!?」

 

 小さく頷く子供。そしてがっくりと項垂れるうち。まさか今の子供がこんな食生活を送っているなんて思ってもみなかったっす。ったく、親はいったいなにをして──そういえば、この子供の親ってなにしてるんすかね。

 

「急な話っすけど、あんた親とかいないんすか?」

 

「……おや?」

 

「いや、首傾げられても困るんすけど。まぁ、だいたいはわかったっす」

 

 どうやらこの子供、今まで一人で暮らしてきたみたいっすね。だとすればこの部屋の散らかりようも、食事が三食栄養食なのも頷けるっす。

 

「ちょいと紙とペン持ってきてくれないっすか?」

 

「わかった」

 

 まともな料理が出てくるとは思っていなかったが、さすがに三食栄養食じゃ身がもたないっす。かったるいっすけど、うち自ら手料理を振舞うしかないっすね。

 子供から受け取った紙にペンで必要なものを書いていく。冷蔵庫の中身は……この様子だと確認するまでもないっすね。

 

「一応聞いとくっすけど、ジャガイモと玉ねぎとか、そこに書いてある物が何かわかるっすか?」

 

「うん」

 

「じゃあそれを今から買ってきて欲しいっす。本当はうちが行きたいんすけど、生憎と怪我がまだ治ってないっすから」

 

 よろしく頼むっすよ、部屋を出て行く少年の背に声をかける。そして子供がいなくなった後、部屋に一人残されたうちはソファーから立ち上がりゴミが散乱した部屋を見渡し

 

「さて、足場だけでもつくるっすかね」

 

 まだ疲労や痛みが残る体に鞭を打ち、部屋の片付けを開始した。

 

 

 

 

 

 





主人公のイメージは某探偵ラノベの凄腕スナイパーの容姿を黒髪黒目にした感じです。
見た目を寄せたらキャラも近くなったっていう……。

いろいろ突っ込みたい所があると思うので、感想等で指摘お願いします!




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名前と友達

第2話です!



 場所は駒王町にある驚愕の私立高校『駒王学園』から始まる。

 真新しい新設の校舎から離れた林の中、そこには木製の古びた建物──俗に言う『旧校舎』が鎮座していた。

 その旧校舎の中のある一室。壁やら床やらに見たことのない文字が書き込まれた、普通とは随分とかけ離れた内装をしている。その部屋──『オカルト研究部の部室』には現在、椅子に腰をかける紅髮の少女と、机を挟んで正面に立つ黒髪ポニテの少女が話をしていた。

 

「部長、話とはいったい?」

 

 黒髪ポニテの少女──姫島(ひめじま)朱乃(あけの)は対面の女性──リアス・グレモリーへ問いかける。彼女の問いかけに、リアスは組んだ足の上に手を置き答える。

 

「先の堕天使の一件で逃した『はぐれ祓魔師(エクソシスト)』フリード・セルゼン、そして堕天使ミッテルト。この両名の足取りは未だ掴めないまま。

 フリードはともかく、堕天使ミッテルトはそこそこの負傷をしていたはずよ。けれど、ここ数日捜索を強化しても行方を掴めないまま」

 

「冥界へ逃げ帰ったか、それともどこかで力尽きたのでは?」

 

 朱乃の言葉にリアスは「それはないわ」と、首を左右に振って否定の意を示す。

 

「あれが堕天使レイナーレの独断行動であった以上、それに従った彼女に帰る場所はないわ。仮にも悪魔の領地で問題を起こしたのだから、『神の子を見張るもの(グリゴリ)』が黙っているはずないもの」

 

 そして、と付け加え

 

「後者も、力尽きて倒れているのなら見つけること自体が容易なはず。だというのに、未だ姿すら見つけられていないということは」

 

「誰かが彼女を保護したと、そういうわけですね?」

 

「ええ、その可能性は十分にありえるわ。だから彼女の足取りが掴めるまで、悪いけど朱乃、貴女にはもう少し捜索を続けてもらうわ」

 

「うふふ、悪いだなんてのは言いっこなしですわ。私は貴女の王女(クイーン)、王の命令とあらば喜んで受けるものです」

 

 そう言い、朱乃は一礼するとオカルト研究部の部室を後にする。一人部室に残されたリアスは、小さく溜息を吐き

 

「……報復の可能性が残っている以上、まだまだ安心はできないわ。折角アーシアが幸せを手にしたんだもの、王である私がそれを守らなくちゃ」

 

 まだ見ぬ堕天使の協力者に警戒を抱きつつ、朱乃が用意した紅茶に口をつける。

 

 

 

 

 

 ********

 

 

 

 

 

 一方その頃、話題に上がっていたミッテルトとその協力者?はというと

 

 

 

 

 

 

 

「だーかーらー! ゴミはゴミ箱に入れろって、なんべん言ったらわかるんすか!? そんなんだからゴミ屋敷になるんすよ!」

 

「……むぅ。ミッテルト、うるさい」

 

 駒王町にある、見た目はごく平凡な民家に落雷が落ちた。まぁただ単にミッテルトの怒声な訳だが。

 

「うるさいってなんすか!? うちが折角綺麗にしてあげたっていうのに、その言い草はないでしょ!」

 

「別に頼んでない。ミッテルトが勝手にしただけ」

 

「キィーッ、このクソガキ!」

 

 室内に響き渡る喧騒……とはいうが、実際はミッテルトが一方的に叫んでいるだけである。対して少年はそんなミッテルトの大声に耳を塞ぎつつ、半眼で彼女をじっと見つめる。

 まぁことの原因は先のミッテルトのセリフから察しがつく通り、少年がミッテルトの綺麗に片付けた部屋を再びゴミ屋敷にしようとしたことから始まった。たかがゴミ箱に入れなかっただけ、そう思うかもしれないが、実はミッテルトはかなり几帳面な性格をしている。普段の軽い口調からそうは思われてこなかったが、レイナーレの元にいた時も廃協会の片付けなどは彼女が担当していた。出したものは元ある場所に、ゴミの分別はしっかりとなど、本当に堕天使かと疑うほどだ。

 

 叫び続きで疲れたミッテルト。ぜぇぜぇと肩で息をする彼女をよそに、少年はテーブルに並べられた料理に手をつける。

 

「でもミッテルトのご飯、美味しい」

 

「な、なんすか急に。そんなこと言って話を変えようとしても無駄っすよ」

 

「そういう訳じゃない。本当に美味しいからそう言っただけ」

 

 その品々は全てミッテルトが作ったものだ。掃除に洗濯に炊事と、ここ数日でこの家の家事担当が板についてしまった。もはや堕天使から家政婦へとジョブチェンジをしたほうが良いのではと、彼女を知るものがこの光景を見たらそう思うだろう。

 その味も上々らしく、わずかにだが少年は頬を緩ませる。そんな少年の反応に、ミッテルトは悪態を吐きながらそっぽを向く。だが言葉とは裏腹に、彼女の表情はどこか嬉しそうだった。

 

(……そういえば、こうやって手料理を褒められるのはいつぶりっすかねぇ)

 

 レイナーレの元でも料理を作ることはあったが、こんな風に感想を貰うことなどなかった。故にこうして他者から感想、しかもそれが褒め言葉ともなれば嬉しくない訳がないだろう。

 

「そういえば、あんたの名前を聞いてなかったっすね」

 

 嬉しくて気が緩んだのか、柄にもなくそんな質問をするミッテルト。傷が完治するまでの短い期間だが、まぁ助けてくれた人間だし名前くらいは聞いておこうと、ミッテルト少年の返答を待つが

 

「……みんなはゼロって、そう呼ぶ」

 

「そう呼ぶって、もしかして名前ないんすか?」

 

「一応0III(ゼロ・サード)って名前、ある」

 

「……たぶんそれ、名前じゃないっすよ」

 

 改めて、ミッテルトは目の前の少年の異様さについて考える。両親はおらず名前もない、しかし一人で住むには十分すぎる家を持ち、また生活できるだけの財も持っている。しかしぱっと見十代前半の少年がどうやってそんなお金を稼いでいるのか、謎は解明するどころかますます深まっていくばかりである。

 

「それにしてもゼロっすかー。ちょっと見た目とマッチしてないっすよねぇ」

 

 短い黒髪に黒い瞳。日本人の容姿をしている少年に『ゼロ』という名前は確かにマッチはしない。だが当の本人はミッテルトが何を言っているのか理解しておらず、こてん、と首を傾げる。

 ミッテルトはちらりと、少年の後ろに積まれたあの山のようなカロリーフレンドに目を向ける。そして顎に手を当てしばしの間考え事に更けこみ

 

「んー、『かりん』ってのはどうっすか?」

 

 そう言いながら近くにあった紙に『華霖』と、漢字で文字を書く。

 

「……かりん?」

 

「そっす。まぁ漢字は適当にあてただけなんで、別に好きなように変えてもいいっすよ。それに名前だって、いらないならいらないでいいっすし」

 

 こうして名前を考えたのだってただの気まぐれだ。今まで名前がなくともやってこれたのだから、別に今更名前を与えたところで変わるものなどありはしないだろう。

 ミッテルトは軽い気持ちで言うが、対照的に少年は手渡された紙をじっと眺める。それこそ穴が空くのではないかというほどに。

 

 1分ほどだろうか、ようやく紙から目を離した少年はミッテルトへと視線を移し

 

「これがいい」

 

 そう返答する少年に、ミッテルトは少しばかり意外そうな顔をする。目の前の少年は短すぎる付き合いだが、何事にも無関心・無頓着な人間だと思っていた。名前など、どうせ『いらない』と突き返されるとばかりかと思っていたので、この反応には少々驚かされた。

 

「自分から言っといてなんですけど、本当にいいんすか? もっとかっこいい名前なんていくらでも」

 

「これがいい。ミッテルトがくれた名前がいい」

 

 まさかまさかの高評価。そこまで嬉しそうにされたら無性に恥ずかしくなる。背中に少しばかりむず痒さを感じるミッテルト。そんな彼女に少年──華霖は

 

「名前、ありがとう。これから僕、大切にする」

 

「──っ!?」

 

 微笑んだ。満面の、とは言い難い笑顔だったが、それでも今まで見たどの表情よりも彼は笑顔だった。無表情がデフォルトだったからか、いきなりそんな笑顔を見せられたミッテルトはおもわず息を飲んでしまう。

 顔が赤い。耳まで赤い。これがギャップ萌えというやつか。

 

「ま、まぁ!? あんたがいいなら決定っすね! このミッテルト様が直々に付けてやったんすから、ありがたく思うんすよ!」

 

「うん。お礼にこれ、あげる」

 

「ん? お礼って何をって……なんすかこのメダル?」

 

 ミッテルトが手渡されたのは、銀色の小さなメダル。何やら鷹か何かの絵柄が掘ってあるそれを不思議そうに眺めるが、別段そこらにあるメダルと大した違いはない。

 

「それ、友達の印。大事にしてくれると嬉しい」

 

「んー、なんかよくわからないっすけど……まぁせっかく貰ったもんですし、大切にしてやるっす」

 

「大切にしてね。そうすれば、あの子も喜ぶから」

 

「りょーかいっす」

 

 華霖の言葉を聞き流しながら、ミッテルトは銀のメダルを服のポケットの中に仕舞う。それとほぼ同時に、食事を平らげた華霖は食器を洗い場まで持っていくと、壁にかけてある黒のローブへと手をかける。

 

「ん? こんな時間にどっか行くんすか?」

 

「ちょっと用事。ミッテルトは好きにしてて」

 

 その言葉を最後に華霖は部屋を出て行く。

 いったいどこへ向かったのかは気になるが、そこまで深く知る必要もないだろうと、ミッテルトはまだ残っている食事へと箸を伸ばす。

 

「しっかし、うちもらしくないことしたもんっすねぇ」

 

 人間よりも上位種族である堕天使の自分が、まさかのそ人間相手に名前を送るなど思いもしなかった。しかも友達という、同等のレベルで見られたのだ。もしもこれがレイナーレや他の堕天使達だったらどうだろうか。たぶん、いや絶対に激昂しているはずだ。

 

「友達、かぁ……」

 

 なぜ、という疑問が浮かび上がる。なぜ自分は、下等種族の人間に友達と言われて怒りを覚えなかったのか。いやそれ以前に、なぜ自分はこんなにも、この『友達』というたった二文字の言葉に──

 

「あーあ、どうしちまったんすかねー。うちってこんなキャラじゃなかったはずなんすけどー」

 

 たった一人の少年に、ほんのわずかな時間で変えられてしまった。堕天使とか人間とか、そんな種族の壁など関係なしに接しられているうちに、どうやら自分もそちらへと引っ張られたみたいだ。

 傷が完治するまでの関係だ。あと少しだけの関係だ。時が過ぎていくように、別れもまた近づいてくる。

 

 ──もし、自分がこのままここに残ったら。なんてことをついついと考えてしまう。

 

 だがそれは決して実現しない。ここがグレモリー家の領域である以上、長居するのは自分の命に関わる。傷が治り次第、すぐに出て行くのが最善の策だ。

 

 不意に、ミッテルトはポケットへと手を伸ばす。そして取り出したのは、先ほど華霖から貰った銀色のメダル。

 

『それ、友達の印。大事にしてくれると嬉しい』

 

 本当にそれが最善なのか、今となってはわからなくなってしまった。それに、出て行くにしてもなんといって出ていけばよいのか。自分が出て行ったあと、あの少年はまた栄養食生活に戻るのか。

 様々な思考が頭の中を駆け巡る。きっとどの選択をしても後悔は残るのだろう。

 

 だったら──

 

「あーあ、死にたくないっすねぇ」

 

 

 

 

 

 ********

 

 

 

 

 

 冥界。薄暗い森の中、黒いローブをまとった人間──華霖が大地を駆ける。そして空高く飛び上がり手に構えた剣、その刀身に何か機械のようなものを滑らせる。

 

 《トリプル・スキャニングチャージ》

 

 機械から発せられる音。するとその刀身が徐々に光を帯び始め、華霖は無言で剣を振り下ろす。

 

「お、ぁああ……この俺が、こんなガキに……」

 

 その一閃は目の前のはぐれ悪魔を空間ごと真っ二つにする。そしてはぐれ悪魔は弱々しく漏らすと、物言わぬ死体となり地面に倒れこむ。

 息の根が止まったことを確認すると、華霖は懐から何時ぞやの機械を取り出し連絡を取る。

 

『おう俺だ』

 

「依頼、終わった。報酬よろしく」

 

『了解した。にしても……お前なんかいいことあったか?』

 

 通話越しの男の声に、若干疑問の色が含まれる。

 

「あった。でも、どうしてわかった?」

 

『いやな、お前の声がいつもより若干生き生きしてるからよ』

 

 華霖の淡々とした声音の変化を見抜く男。いったいどれほど人を観察する目が養われているのだろうか。

 

『ま、いいことがあるってのは喜ばしいことだ! じゃあな、またなんかあったらよろしく頼むぜ、ゼロ』

 

 そう言うと男は通話を切る。

 静かになった森の中、華霖は相手のいない機械に耳を当て小さくつぶやく。

 

「僕、ゼロじゃない。僕の名前、華霖」

 

 誰にも届かぬその声は、いつもより少しばかり誇らしげだった。

 

 

 

 

 




はい、というわけです。
締めくくりが苦手なので、終わり方が雑なのは見逃してもらえるとありがたいです。

今回、ようやく主人公の名前が発覚、というかつけられました。
カロリーフレンド→『カ』ロ『リ』ーフレ『ン』ド→カリン
こんな単純な思いつきです。いい名前が思いつきませんでした申し訳ない。

では次回も気長に待っていただければ嬉しいです!



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嫌な再会

 ミッテルトが華霖に保護されて一週間が過ぎた。ミッテルトの怪我も順調に治っていき、今は飛ぶことすらもできるまで回復している。この調子ならあと二日三日あれば完全に傷が治るだろう。

 

 

 そう、あと数日()()()()()()()、の話だが……。

 

 

 

 

 

 

 

 時は夕刻。太陽が地平線の彼方へとその姿を隠した頃。空は鮮やかな茜色から黒へとその色を変化させ、人々を、街を、景色を闇へと誘う。

 場所は公園。つい数十分ほど前まで子供達が元気に遊ぶ姿があり、純人無垢な彼らの活気ある声に満ちていた。しかし今そこに子供達の姿はなく、代わりに数人の人影が対峙している。

 

「……」

 

 一つはリアス・グレモリー。夕焼けの茜色よりもさらに深い紅の長髪を風に揺らし、腕組みをしながら碧眼を鋭く細める。その威風堂々たる立ち姿は彼女の美貌と合わさり、常人にはない気品と威厳を漂わせる。

 

「……」

 

 対し、もう一つは華霖だ。彼はいつも通り黒いローブに身を包んだ彼は、愛用の剣を構えフード越しにリアスを見る。

 

 まさに一触即発。きっかけさえあればすぐにでも戦闘が始まりそうなその雰囲気の中、華霖の後ろ──スーパーのレジ袋を両手に持ったミッテルトは、目の前の光景に対して心の中で言葉を落とす。

 

 

 ──え、これってどんな状況……?

 

 

 

 

 

 ********

 

 

 

 

 

 ことの発端はつい数十分前に遡る。いつも通り、ミッテルトが夕食を作るために台所で調理をしていた時だ。

 

「あ……調味料がない」

 

 調味料の入った戸棚を開けたミッテルトは、その中に入っている醤油やら味醂(みりん)やらがなくなっていることに気づく。つい一週間ほど前に華霖が買い出しに行ったのだが、彼が買って帰ったものは全てミニサイズのものだった。

 一人暮らしならばそれでももうしばらくは持っていたはずだったが、二人となるとそれなりに消費の速度も速くなる。しかもミッテルトが朝昼晩と三食作るのも、調味料消費の一因とも言えよう。

 

 困ったと、ミッテルトは眉根を顰める。調味料程度ならば買い出しに行けばいいだけの話、と普通の人ならば考えるだろう。だが思い出して欲しい、現在ミッテルトは姿を隠している身だということを。

 あの作戦から一週間が経過したとはいえ、悠々と外を歩けるかと言われればそれは否だ。悪魔の領域に堕天使が無断で闊歩しているということ自体で問題だというのに、それが以前問題を起こした堕天使だと知られれば……その後に起こることは想像に難くないだろう。

 

「華霖はいないし……困ったっすねぇ」

 

 現在、華霖は家を離れており残されたのはミッテルトのみ。安全に買い出しをするのなら、華霖を待つのが得策だと言えるが……生憎と、当の本人が何時帰ってくるのかわからない。だが大概夜遅くに帰ってくるので、このまま待っていたら夕食自体が出来上がらない。それはそれで本末転倒だ。

 

「……しょうがない、行くか」

 

 変装していればバレないだろう、とミッテルトは引き出しを漁る。そこから適当な服を取り出し鏡の前で合わせる。灰色のパーカーにジーンズ、そして帽子……普段のゴスロリ姿からかけ離れた格好になれば、さすがに傍目から気づかれることはないだろう。

 ちゃんと華霖から貰ったメダルもポケットに入れる。

 

「頼むから、面倒ごとはなしっすよぉ」

 

 切実な願いを口にしながらミッテルトは外出をする。

 

 

 

 

 実際、行ってみると案外すんなり行くものだ。買い物袋を両手にぶら下げ、ミッテルトは自動ドアから街道へと足を踏み入れる。

 周りを警戒しながらできるだけ目立たないように移動したのが良かったのか、はたまたこの変装が効いているのかはわからないが、ここまでの道のりでグレモリー家の悪魔に出会うことなく来ることができた。

 

「んー、予想外の買い物をしちまったっす。特売ってのは恐ろしいっすねぇ」

 

 袋いっぱいに詰め込まれた特売品の数々に視線を落とし、ミッテルトは足早にその場を離れる。予想外の収穫があったからかその足取りは先程よりも軽い。

 

 

 

 夕暮れ時、沈んでく太陽を背にアスファルトを小走りで駆けるミッテルト。太陽はその姿をもうじき陽が完全に沈んでしまう。ミッテルトは走る速度をやや上げ、茜色に染まる公園へと足を踏み入れた。

 その直後──ミッテルトは酷い違和感を感じ足を止める。

 

「これは……人払いの結界……?」

 

 周囲を見渡すと、そこには公園を包むようにして展開されたドーム状の結界が。あっちゃー、とミッテルトは冷や汗を流す。

 

 

「──ようやく見つけたわ、堕天使ミッテルト」

 

 その声と共に現れたのは紅の髪が特徴の少女、リアス・グレモリー。その背後には彼女の王女(クイーン)である姫島朱乃、金髪の爽やかイケメン風男子の『騎士(ナイト)木場(きば)祐斗(ゆうと)、そして白髪の幼女体系の少女でありながら『戦車(ルーク)』の塔城(とうじょう)小猫(こねこ)がそれぞれ控えている。

 

 帰りたい、ものすごく帰りたい。とりあえず人違いってことでなんとか誤魔化そう。

 

「あ、あのー……どちら様でしょうか?」

 

「誤魔化そうとしても無駄よ。抵抗せずおとなしくしなさい」

 

 デスヨネー。

 わかっていたことだが、どうやらミッテルトの素性は完全に割れている。これ以上の誤魔化しは却って相手を苛立たせてしまうだろうと、ミッテルトは帽子を取りその素顔を晒す。

 

「……それで、うちに何の用っすか?」

 

「あら、言わないと理解できないかしら?」

 

 ズンッ、と周囲の空気が一段重くなる。リアスから放たれるその重圧(プレッシャー)に流れる冷や汗の量が増す。

 この危機的状況、なんとか会話で打開策を練る時間を稼ぎたいところだが、はたしてどこまで稼げるか。

 

「いやいや、そんな眷属を連れて行くほどの案件でもないっしょ? おたく一人でも十分じゃないんすか?」

 

「あなたは危機を察知する能力に富んでいそうだから、確実に捕まえるための保険よ」

 

 リアスの語気には油断も慢心もない。確かにこと戦闘という面におけば、リアスは己が目の前の堕天使に負けるなどとは毛頭思っていない。だが捕獲という点でいうと話は変わってくる。

 相手は非常に高い危機察知能力を有しており、自身の一撃を回避した上で朱乃の追撃からも命からがらとはいえ逃れることができた。相手に実力差が計られている以上、次もまた逃げられる可能性は高い。ゆえに今度は確実に捉えられるように、リアスはこのように眷属の大半を連れてやってきたのだ。

 

 そしてミッテルトはリアスが油断や慢心がたった一欠片すらないことを悟り、内心で小さく舌打ちをする。まさに付け入る隙を完全に潰されたわけだ。

 

「さぁおとなしく私たちに投降しなさい。そうすれば手荒な真似はしないわ」

 

 物腰穏やかにそう告げるリアス。確かに、このまま抵抗をすれば確実に負けるのは自分。なにも逆らわず捕まるのが最善だと、そう思うが

 

「はっ、冗談。うちは堕天使っすよ? 悪魔にへこへこして生き延びるつもりなんて毛頭ないっすよ!」

 

 言い終わると同時に翼を出現させ、ミッテルトはレジ袋を捨てて空へと羽ばたく。そのまま結界の外へと逃げ去るつもりだ。

 だが、そんなミッテルトの行動も予想していたリアスは、背後に立つ朱乃へ視線だけの合図を送る。

 

 彼女の指示を受けた朱乃は右手を天にかざす。すると目の前に魔法陣が出現し、そこから放たれた稲妻がミッテルトへと襲い掛かる。

 

「──ぐぅっ‼︎」

 

 バランスを崩しながらもなんとか回避をするミッテルト。だがその一瞬の停滞を突き、ミッテルトに祐斗が肉薄する。その手には一振りの西洋の剣が握られており、ミッテルトは咄嗟に光の槍を手元に作りその一撃を受け止める。

 ギチギチと、剣と槍が拮抗する音が響く中、ミッテルトの背後から小さな影が現れる。その影はフィンガーグローブを装着した小猫で、彼女はその小さな手で拳を握ると

 

「……ぶっ飛べ」

 

「あ゛う゛っ!?」

 

 小さな体からは及びもつかない力でミッテルトの背中を殴りつける。肺の中の空気が全て吐き出される感覚と痛みがミッテルトを襲い、なすすべなく地面へと叩き落とされる。

 衝撃で地面に(うずくま)るミッテルトに、リアスはゆっくりと歩み寄る。

 

「分かったでしょう、あなたは逃げられないって。だから抵抗なんてしないでおとなしく捕まりなさい」

 

 これが最後だと、暗にそう言っているように思える言葉。ふらふらとなりながらもミッテルトは立ち上がり、目の前の悪魔へと視線を向ける。

 実力差は歴然なうえ数もこちらが圧倒的に不利。さらにたった数手で詰みの状況まで持って行かれた。このままでは本当に殺されてしまうだろう。

 

 それをわかっていながら、ミッテルトは不敵な笑みを浮かべると

 

「──まっぴらごめんっす!」

 

 べーっ、と舌を出しながらあくまでも拒絶する。どうせあの時死んでいたかもしれない命だ、惜しむものは何もない。

 ただ一つ、惜しむものがあるとすれば……

 

(あぁ、飯作り損ねたっすねぇ)

 

 遠くに置き去りにしたレジ袋へ目がいく。できることなら最後に一食くらい作っておきたかったと、目を伏せるミッテルト。

 

「そう……なら仕方ないわね」

 

 リアスの体を膨大な魔力が覆う。どす黒いその魔力は、ミッテルトにあの日の記憶を蘇らせる。同胞二人を呆気なく消し去ったあの一撃、触れたもの全てを消し飛ばす『消滅』の魔力。

 リアスが右手を前にかざすと、魔力は塊となり右手の前に収束する。あの魔力の塊を食らえば、自分など一欠片の肉片も残さず消えてしまうのだろう。

 死ぬのはもちろん怖い。だがここまで死が目の前にくると、どうやら開き直ってしまうらしい。

 

「それじゃあ、消し飛びなさい!」

 

 冷徹な声とともに放たれる消滅の魔力。迫り来るそれが嫌にスローモーションに見える中、ミッテルトは悲痛の面持ちでポツリと呟く。

 

「せめて、さよならくらいは言いたかったすねぇ……」

 

 思い浮かべるは無感情無表情の少年。自分を保護し、自分が名を与えた人間。

 せめて自分がいなくなった後もちゃんとした生活が送れるようにと、そう願いながらミッテルトはいずれ来る死を受け入れようと瞳を閉じる。

 

 

 

 

 

 

 

 ──ったく、しょうがねぇな。

 

 

 

 

 

 

 

「──へ?」

 

 不意に聞こえてきた幻聴。おそらく女性のものであろうその声に、ミッテルトは思わず変な声を出してしまう。

 

「──っ、なに!?」

 

 次いで聞こえてきたのは驚愕を孕んだリアスの声。何事かと、ミッテルトが恐る恐る目を開けると──眼前には赤の幻影が立っており、消滅の魔力を右手で受け止めていた。

 

(え、なに? いったい今なにが起こってるんすか!?)

 

 この状況が理解できずミッテルトの頭が混乱する。目の前の幻影はなんなのかとか、どうして消滅の魔力を受け止められているのかとか、いろいろ疑問が浮かびすぎてうまくまとまらない。

 ショート寸前のミッテルトに幻影は顔だけ──とは言っても顔は分からないのだが──を向けると

 

『今回だけだぜ? 俺が王以外のために力を貸してやるのはよ』

 

 またしても聞こえてくる声。まるで脳内に直接流れてくるようなその声に、ミッテルトはなぜかわからないが安心感を覚えた。

 とうとう赤の幻影は消滅の魔力を全て受け止めきり、直後役目が終わったと言わんばかりにその姿を煙のように消す。そして幻影が消えた後、そこに残されたあるものにミッテルトはまたも目を丸くする。

 

「華霖がくれたメダル……?」

 

 ミッテルトの言う通り、彼女の目の前には華霖から貰ったメダルがひとりでに宙に浮いていた。信じられないことだが、このメダルが先ほどの一撃から自分を守ってくれていたらしい。

 ミッテルトは恐る恐るメダルに手を伸ばす。そしてメダルに指先が触れた瞬間、メダルはひび割れ砕け散るように消滅した。

 

 ミッテルトはおろか、この場にいるもの全てがその不可解な現象に硬直する中、いち早く我に返ったリアスが警戒心を露わにミッテルトへ告げる。

 

「まさか私の一撃を相殺するのは予想外だったわ。けど、それも二度目はないわ」

 

 再び魔力を収束させるリアス。今の現象がなんなのかさっぱりわからないが、確かに自分に次を防ぐ術はない。

 そしてリアスが二度目の魔力を放とうとしたその直前

 

「──部長! 何者かが結界へ近づいてきますわ!」

 

 朱乃の叫び声とともに、公園を覆っていた結界の一部が砕け散り穴が開く。そしてその穴からなにやら黒い塊が目にも止まらぬ速さで入り込んだかと思うと、そのままミッテルトとリアスの間へと割って入る。

 その侵入者にリアスは怪訝そうに眉を顰める一方で、ミッテルトは信じられないものを見るような目で驚愕を露わにする。

 

 これまで何度も目にしたその黒いローブに間違いはない。それにその背丈や体格も、自分の知っている人物と一致する。

 

「……お前たち、ミッテルトになにした」

 

 その人物──華霖は、右手に携えた剣の切っ先をリアスへと向け、今まで聞いたことのない低い声音で問う。

 

 

 

 

 





というわけで第3話でした。
次回はリアスたちとバトる予定です。

ちょっとグダグダ感がありますが目を瞑っていただければ幸いです。

では次話もゆるりとお待ちください。


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「──さよなら人間」






 

 

「華霖、なんでここに……」

 

 問いかける、にしては小さすぎる独り言のような呟き。ミッテルトの視線は今、目の前で自分を守るように立つ華霖の背中へ向けられている。

 風に靡く黒いローブは見慣れた姿だ。いつもどこかへ行くときはこの格好をして出て行っているから。しかし、靡くローブの隙間から覗く機械的な剣。あれは初めて見るものだ。

 そして武装を施しているということは、それはつまり戦闘になることを知りながら赴いたということ。

 

「お前たち、ミッテルトになにした」

 

 瞬間、ミッテルトは心臓を掴まれたような感覚に襲われた。いつもの平坦とした声音ではなく、低く唸るような声。顔はローブに覆われて隠れているので見ることはできないが、その纏う雰囲気から苛立っていることがありありとわかる。

 一瞬、ミッテルトは目の前の人物が別人なのではと疑ってしまう。一週間ほどの付き合いではあるが、華霖は感情の起伏に乏しいということは知っていた。何事に関しても無関心無感情で、滅多に表情を変えることはない。

 ゆえにここまで感情を表した華霖に驚き、またその纏う威圧感に気圧された。

 

 それはどうやらリアスやその眷属も同じらしい。彼らは王であるリアスを守るため、華霖の前に立ちはだかるように再度集結する。

 

「悪いけど部長には近づけさせないよ」

 

騎士(ナイト)』の祐斗が一番に口を開く。彼はその手に二振りの西洋剣を握りしめ、いつでも戦闘を行えるよう臨戦態勢を取っている。その隣にいる小猫と朱乃もまた、同じように戦闘態勢を取り目の前の人物を睨みつける。

 現状は四対一。ミッテルトを含めても数の差は相手が圧倒的に有利。しかもミッテルト自身は負傷しうまく戦うことすらできない。

 助けに来てくれたことは正直に言えば嬉しかったが、しかしこの数の差は不利すぎる。それにこのまま戦闘が始まってしまえば、おそらく自分が堕天使であるということが露見してしまう。

 

 ミッテルトが制止の声をかけようとするも遅く

 

「関係ない。この場の全員、蹴散らす」

 

 そんなものお構いなしとばかりに、華霖は切っ先を向けた剣を上段に構え大地を蹴り──瞬きの間に祐斗達との距離を詰める。

 

「──っ!?」

 

 そのまま何の躊躇いもなく振り下ろされる剣。一瞬で距離を詰められ驚愕に表情を染める祐斗だったが、ほぼ反射の域で防御の態勢をとる。

 ガキィン、と鉄同士がぶつかり合う音が辺りに響き渡り、その直後またも祐斗は驚愕することになる。

 

「……脆い」

 

 祐斗の剣をまるで紙切れも同然とばかりに打ち砕く華霖。宙に舞う獲物の残骸に目を奪われる祐斗へ、華霖は容赦なく蹴りを決め込む。

 しまった、と意識を戻すがすでに遅く、華霖の右足は祐斗の腹を蹴り上げる──その寸前、両者の間に割って入る小さな影が一つ。

 

「っ、小猫ちゃん!」

 

 華霖の足を掴む小猫。華霖の足を掴んだまま、小猫は体を捻り

 

「──せぁ!」

 

 気合の篭った声と共に背負い投げの要領で投げ飛ばす。為す術なく投げ飛ばされる華霖だが、空中でバランスを立て直すと何食わぬ顔で着地。

 

「ありがとう小猫ちゃん」

 

「まだです。気を抜かないでください」

 

 後輩の厳しい叱咤に気を引き締めつつ、祐斗はその手に新しい剣を二振り創り出す。そして朱乃と小猫とアイコンタクトを交わし、祐斗は小猫と同時に華霖へ駆け出す。

 その後ろでは朱乃が魔法陣を展開し

 

「雷よ!」

 

 華霖へ向けて雷で攻撃を仕掛ける。雷は先に駆け出した祐斗たちを追い抜き華霖へ着弾。爆音と共に華霖のいた場所が砂煙りで包まれるが、祐斗と小猫は足を止めることはなくそのまま煙の中へと飛び込む。

 直後、煙の中から剣戟の音が響き、中から一つの影が飛び出す。そこへ再び朱乃が雷を放ち、完全に虚をついた一撃が華霖へ襲いかかる。

 捉えた、そう確信する朱乃。現に雷はすでに距離を5メートルほどにまで詰めており、あと数秒も経たないうちに敵へと襲いかかるだろう。

 

 迫る雷を視界の端に捉えながら、華霖は一つ小さくため息を吐き

 

「めんどくさい、一気に蹴散らす──アンク」

 

 小さく言葉を漏らし右手を胸の前まで持ってくる。すると一瞬、掌が発光したかと思うと、何もなかったはずのそこに赤いメダルが一枚出現する。

 華霖はメダルを手に取り、剣の(つば)部分に備え付けられた投入口へ入れる。そしてその近くにあるレバーを引くと、ガシャン、という音と共にメダルが刀身の内部へと投入される。

 

 《タカ!》

 

 すると剣からそんな音声が流れ、華霖は横薙ぎに剣を一周させる。次いで、その軌跡を辿るようにして今度は赤い線が走り──辺り一面に業火が(ほとばし)る。

 紅蓮の炎は雷を掻き消し、なお威力を衰えさせず近くにいた祐斗と小猫を覆いつくさんと襲いかかる。

 

「小猫ちゃん!」

 

「はい!」

 

 祐斗は小猫の腕を掴み即座にその場から後退。一息の後、炎は祐斗達がいた場所へ降り注ぐ。だがそれだけでは止まらず、逃げる祐斗達を追いかけるように大地を駆ける。

 迫り来る炎に表情を険しくしつつ、祐斗は小猫を掴んでいる反対の手に新たな剣を創り地面に突き立てる。すると突き刺した先から氷が生まれ、炎に対して一直線に向かっていく。そして炎と氷は衝突、ジュワァ、という蒸発の音とともに水蒸気が立ち込めるがそれも一瞬。炎は氷を全て溶かすと再び祐斗たち目掛けて襲いかかる。

 

炎凍剣(フレイム・デリート)でも一瞬しか保たないか……」

 

 苦虫を噛み潰したように表情を曇らせる祐斗。すると右手から小猫の腕を掴む感覚がなくなり

 

「──祐斗、下がりなさい!」

 

 耳に届いた声は小猫のものではなく、彼の主人リアス・グレモリーのものだった。祐斗が背後に視線を向ければ、そこには紅の髪を風に靡かせるリアスの姿が。

『キャスリング』──王と戦車の場所を瞬間的に入れ替える技。それによりリアスは小猫と場所を交換したのだ。

 

 リアスは祐斗を後ろへ下げ右手を前に突き出す。そこから放たれるはドス黒い消滅の魔力。それは炎と正面から衝突し、押す押し返すの拮抗を繰り返す。そしてついには互いに相殺、よもや滅びの魔力ですら完全に押し切れなかったことにリアスは冷汗を流す。

 目の前の人物は、いったいどれほどまでの力を有しているのか。祐斗と小猫と朱乃の三人がかりの攻撃も物ともせず、自身の一撃と同等の炎を操る。底の見えない敵の実力にリアスは脳をフル回転させ作戦を立てるも、そのどれもが目の前の相手に通じるとは思えなかった。

 

「……あれが、華霖……?」

 

 戦闘の一部始終を見ていたミッテルトは、数の差すらも関係ない圧倒的な力に思わず口に出す。リアス・グレモリーもその眷属も決して弱くはないはず。だというのに、それらを一人で相手しても一周するほどの戦闘力。本当に人間か、とミッテルトは華霖への疑問を積もらせる。

 

「……一つ、聞かせてもらってもいいかしら」

 

 そのリアスはというと、絞り出すような声で華霖へ尋ねていた。そしてその碧眼が一瞬 己を捉えたのを見て、ミッテルトは、まさか、と最悪の事態を予測する。

 

「あなた、そこの堕天使とはいったいどんな関係なの?」

 

 嫌な予感とは大抵は当たるもの。ミッテルトもその例に漏れず、リアスの口にした言葉は自身が予想した最悪のものと同じだった。

 そんなリアスの問いかけに対し、華霖は何も答えず無言を貫く。それがミッテルトにとっては何よりも辛かった。今頃は自分に対して『なぜ黙っていたのか』とか『騙していたのか』とか、そう考えているに違いない。

 

 何も答えない華霖にリアスは眉を潜め

 

「まさか彼女が堕天使だって知らないわけじゃないでしょう? それに彼女たちが行った計画も」

 

 ミッテルトにとっては追い打ちに等しい一言を口にする。リアスが口にした計画とは、つい一週間ほど前に上司の堕天使の命で行った『一人の少女の命を犠牲にした』ものだ。乗り気ではなかったにせよ、ミッテルトがその計画に加担したことは紛れもない事実。

 もう、自分に逃げ場はない。やはり悪事を働いたものがそう簡単に逃げられるほど世の中は甘くはなかった、とミッテルトは開き直り自嘲する。

 

(どう転んでもうちはここで終わる。だったら最後の最後くらい……)

 

 何か覚悟を決めたらしく、ミッテルトはゆっくりと立ち上がる。話の中心核である彼女が動いたことに、この場にいる全員が視線をミッテルトへ集める。その中にはもちろん、華霖も。

 最後に一度、一瞬だけだがミッテルトは華霖へ視線を向け、すぐにリアスへと戻す。そしてゆっくりと、その小さな口を開いた。

 

「ったく、なに何でもかんでもバラしてくれてんすか。マジで余計なことしてくれたっすね」

 

「……それはどういう意味かしら?」

 

 ミッテルトの発言に双眸を鋭くさせるリアス。その反応にミッテルトは口元に笑みを浮かべ、さらに言葉を続ける。

 

「どうもこうも、意味なんて言葉の通りっすよ。せっかく堕天使であることを隠して傷が癒えるまでの隠れ蓑にしようとしてたのに、あんたのせいで全部台無しになったってことっす」

 

「それじゃあ、そこの彼は……」

 

「ええ、ええ、なにも知らないっすよ? ただただうちに利用されてた、哀れな人間っす」

 

 口にする言葉の一つ一つが刺さる。震えそうになる体を必死に押さえつけ、平然を装うミッテルト。

 

「最初から彼を騙すために近づいたってわけね?」

 

「いやいや、保護されたのは偶々っすよ。それに黙っていたのも何も聞かれなかったからっていうだけで、別にうちは悪くはないっすよ?」

 

 言葉をナイフのように尖らせる。切って切って、触れるものを皆、己でさえも切り裂くほどに鋭利に。

 

「まぁ身を隠していた一週間はそれなりに楽しかったっすねぇ。人間との友情ごっこ、てきな?

 そうそう、ちょうどオタクのあの『兵士(ポーン)』と聖女サマみたいな──」

 

 ミッテルトの言葉を掻き消すように、彼女の真横をドス黒い塊が通過する。

 

「それ以上の言葉を言うなら、相応の覚悟をしてもらうわよ」

 

 低い声音。リアスの体を魔力の波動が包み、それに呼応するかのように紅髪がゆらゆらと幽鬼のように揺れる。その表情はキレていると言うには冷淡で、だからこそ迫力がより一層増す。

 他の眷属もまた、リアス同様に表情を不快なものへと変化させる。

 

 そんな中 華霖はというと、未だ表情一つ変えることなく無言でミッテルトを見つめていた。

 そんな華霖の視線から逃れるように、ミッテルトはリアスとの会話へと集中する。

 

「堕天使ミッテルト。あなたはそこの彼の行為に何も恩を感じないていないの?」

 

「っははは! 恩、すか……冗談は程々にするっすよ。なんで堕天使であるうちが、人間ごときに恩を感じないといけないんすか? むしろ助けさせてあげたんすから、泣いて喜ぶくらいして欲しいもんっす」

 

 そこまで言い終えると、ミッテルトはリアスから華霖へと視線を変える。もうあちらには十分すぎるほど種は撒いた。最後の仕上げは……この少年に嫌われること。

 フードで隠れて見えないが、いつも見てきたその顔が、ミッテルトの目にははっきりと映る。

 

「──っ」

 

 無愛想な、無感情な、無関心な……憎たらしくもどこか愛嬌を感じさせる顔。

 思い浮かべてしまったが故に、ミッテルトは僅かに表情を曇らせてしまう。

 

「……ミッテルト」

 

「──人間風情が、気安く名前を呼ぶな!」

 

 初めて口を開いた華霖へミッテルトは光の槍を投げる。それは華霖の頬を掠め、小さな傷跡を作りそこから一筋の血が流れ出す。

 たったそれだけの行為だというのに、なぜだか息が苦しくなる。胸からこみ上げてきそうな何かを必死で堪え、肩で息をしながらミッテルトは言う。

 

「あんたとの一週間、まあまあ楽しかったっすよ。最初は(はらわた)が煮え繰り返りそうだったすけど、慣れればなかなかどうして、だったっす……」

 

 リアスに言う時とはまるで違う感覚。言葉を紡ぐたび、脳内にここ数日の記憶が走馬灯のようにフラッシュバックする。

 

「これまで隠れ蓑役ご苦労様。おかげで傷も無事完治できたっす」

 

 もうあと一言二言も保ちそうにない。

 だから……これで最後。

 

「──さよなら人間。お前との友達ごっこ、思った以上に楽しかったっすよ」

 

 新たに数本の光の槍を創り、華霖、そしてリアスとその眷属達へ投げつける。不意をついたその一撃だったが、リアス達は動じることなく各々が回避の行動をとる。だがその一瞬があればよかった。その一瞬があれば、この込み上げてくるものを少しでも吐き出せるから。

 頬を伝う数滴の雫。ミッテルトはそれを袖で拭うことなく、華霖から体を背けることで振り払う。そして漆黒の翼を広げ結界の外へ向かって一直線に飛行する。

 

「──逃がさないわよ!」

 

 背中に走る悪寒。ミッテルトが無理やり体を捻ると、直後真横をリアスの魔力が通過する。だが完全に躱しきれたわけではなく、ミッテルトの左の翼が根元の近くからごっそりと削り取られる。

 

「ぐぅっ!」

 

 翼を失いバランスと飛行能力を失ったミッテルトは、重力に従い真っ逆さまに地面へ落ちる。体を地面に打ち付け、衝撃で一瞬意識が飛ぶ。体も受け身を取ることができなかったせいで全身に激痛が走る。

 悶えることすらできず俯せに倒れこみ、痛みに表情を歪めるミッテルト。

 

(やっぱり逃げ切るのは無理だったすねぇ。まぁやることはやったし、もう思い残すことは何もないっす)

 

 後悔はない。ミッテルトは静かに瞼を下ろし、これから訪れるであろう死を待つ。そうして待つことおよそ数十秒後、ミッテルトは正面に誰かが立つ気配を感じ目を開ける。

 そこに映るのはリアスでもなく、ましてやその眷属でもない。

 

(ああ、あんたがやってくれるんすね)

 

 ミッテルトの視線の先、そこには右手に剣を持った華霖の姿が。フードの奥に覗く黒い双眸と視線が重なる。

 ああ、いつもと変わらない、憎たらしい無表情だ。

 

「あんたの手で楽にしてくれっす……華霖」

 

「……わかった」

 

 ミッテルトの頼みに一つ返事で了承する。

 そして華霖は剣を頭上高くまで振り上げ──躊躇いなど入る余地もなく振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 





はい、という感じです。
賛否……と言いますか、批評の方をお願いします。

オーズ本編を見た方はわかったとは思いますが、メダジャリバーにコアメダルを使用するというオリジナルの設定を設けさせていただきました。
こちらも賛否のほどご意見をお願いします。

それでは、また次回をごゆるりとお待ちを。



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幕引き

遅れて申し訳有りません!
第5話です!


それとお気に入り登録、並びに評価をしてくださった方々、ありがとうございます!
これを糧に、これからも無理ない程度に頑張ります!




 振り下ろされる剣。その切っ先は空を斬り裂きながら、俯せに倒れるミッテルトへ向かって一直線に進む。ミッテルトは瞳を閉じると、刃と死を受け入れる準備を整える。

 どうせあの時散っていたはずの命、それが一週間とはいえ生き伸びられたのだから、何も悔やむことなどない。ただ一つ、悔やむことがあるとすればそれは──

 

(嫌な役目を任せちまったっすね)

 

 それは、自分を友達と呼んだ少年に対してのもの。罵声を浴びせ、擦り傷とはいえ怪我も負わせた。見ず知らずの自分を助け保護してくれたというのに、恩を仇で返す行為を繰り返した。さらには友達と呼んだ自分を殺してくれと頼むなど、どこまで彼を傷つける行いをしただろうか。

 けれどこれで彼が自分に騙されていただけだと、リアス達にそう思わせることができる。だからきっと、自分の行動は間違いではない……そう信じたい。

 

 抉られた片翼から溢れ出る血はミッテルトを中心に小さな赤い池を作る。出血や傷口から走る痛みにより、もう意識を保っているのもやっとの状態だ。

 でも一度だけ、最後に一度だけ、この気持ちを吐露してもいいのなら──

 

 雀の涙ほどの力を振り絞り、小さく、小さく、ミッテルトは口を動かす。

 

 

「ごめんね、華霖」

 

 

 それは虫の羽音よりも小さく、そしてか細い。きっと、この場にいる誰にも聞こえてはいないのだろう。

 だが最後に己の気持ちを口に出すことができたミッテルトは、もう後悔はない、と口元に緩やかな笑みを浮かべ最後の瞬間(とき)を待つ。

 

 

 ──そして、背中から胸を貫く感覚がミッテルトを襲うと同時に、彼女は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 ********

 

 

 

 

 

 目の前の光景に、リアスはただただ口を真一文字に閉ざし傍観に徹した。いやこの場合は、もはや手を出す必要すら無くなった、とそう言い換えた方が良いか。

 

 堕天使の背中に深々と突き刺さる剣。しかも心臓付近を貫いているところを見るに、おそらく、いや確実に即死だろう。

 

「……どうやら、この件はこれで終わりのようね」

 

 先の計画の生き残り。この一週間の間探し回っていたその堕天使が死んだ以上、もはや自分たちにやるべきことはない。

 リアスは学園へ帰還しようと転移の魔法陣を展開した、まさにその時──ミッテルトを貫く剣が淡い光を放つ。橙色の光は徐々に広がっていき、瞬く間にミッテルトの体を包み込んだ。

 突然の出来事にリアスは学園へ帰還するのを中断、その橙色の輝きへ視線を向ける。祐斗他、眷属たちも同様だ。

 

 十数秒後、華霖は橙色の光の中へ手を突っ込むと、そこからミッテルトに突き刺した剣を取り出す。すると光は霧散するようにして消え去り、リアスたちの視界に再びミッテルトが姿を表した。

 その姿は先ほどと変わらず俯せに倒れたまま。だが一点だけ、光に包まれる前とは明らかに違う箇所にリアスは気づく。

 

「傷が、治ってる……?」

 

 捥がれた翼からの出血は収まり、身体中にあったはずの傷も完治している。光を帯びたものを癒す治癒の光──あの橙色の光の正体はそれで間違いがないだろう。

 奇しくも新しく眷属へ加わった『僧侶(ビショップ)』と同じ癒しの光。戦闘から回復といったサポートまでこなす、本当に底の見えない力だ。

 

 華霖は剣をローブの内側へと仕舞い、倒れるミッテルトを横抱き──所謂お姫様抱っこ──で抱える。そしてリアスたちへ一瞥もくれず結界の外へと向かって歩き出すが、リアスはそれを引き止める。

 

「……なに? まだやるなら、容赦しない」

 

「いえ、もう戦う気はないわ。それよりも一つだけ聞かせてもらえるかしら」

 

 

 一拍

 

 

「あなた、その堕天使をどうする気なの?」

 

「……別に、お前たちには関係ないこと」

 

 関係ない、そう言われてしまえば確かにそうだ。だがリアスは気になったのだ、目の前の人間が。

 

「その堕天使はあなたのことを騙していた。そのことに関して、あなたは何も思うことがないの?」

 

 騙されたと知りつつも、構わず助けるその行動の源泉に。

 

 リアスの問いに対して華霖は一度ミッテルトに視線を落とし、再度リアスへ向けると

 

「お前、一つ勘違いしてる。僕、別に騙されてない」

 

「……え? それってどういう……」

 

 二度目の問いには答えず、華霖は踵を返し公園を後にする。

 

 

 

 

 

 ********

 

 

 

 

 

 暖かい。まるで陽だまりにいるみたいな、全身を優しく包み込むような暖かさだ。

 瞼を上げると、そこは一面白の空間。汚れなどない、まさに純白が敷き詰められた場所に立っていた。

 

「あー……やっぱりうち、死んじゃったんすねぇ」

 

 どこまでも続く、地平線などない果てを眺めながら苦笑する。記憶は華霖が剣を振り上げるところまでしか覚えてはいない。だが華霖は自分の頼みに『わかった』と答えた。ということは、まぁ……そうなるっすよね。

 

「はぁ……結局、一週間しか生き延びられなかったすねぇ」

 

 自分でも思わず溜息をついてしまうほど短い逃走劇だ。一週間など、堕天使からしてみれば瞬きも同然に等しい。普通だったら『生き延びた』、などという感想すら湧かないほどの刹那の時間だ。

 でも、うちが生き延びられたと、そう思えたのは……きっとあいつの影響っすね。華霖と過ごした刹那の時間は、今までの中でも実に有意義なものだった。

 冥界では味わうことなどできなかった一時は、存外、心地よいものだったのかもしれない。

 

「……いや、かもしれないじゃないっすね」

 

 そう、自分は楽しんでいたのだ。何気ない、ただの人間との生活を。……いやまぁ、あれを見て『ただの』とはもう言えないっすけど。

 

「……あっちはどうなってるんすかねぇ。無事にことが運んでいたらいいんすけど」

 

 死ぬのも覚悟で打った策だ、きっと成功しているはず。これで華霖が堕天使と関わりを持っている、などとリアス・グレモリー達に疑われることもない。

 さて、やるべきこともやったことだし、さっさと閻魔様のところにでも向かうとしますか。

 歩き出そうと右足を一歩目に動かしたその瞬間、白一色だった世界に突如、黒い塊が出現する。それはうちの目の前まで降りてくると徐々に形を変え、ついには人の形へと変化する。

 

「……あー、地獄の使者ってやつっすか? なんともまぁ、タイミングがいいっすねぇ」

 

 うちの軽口に応えることなく、黒い人影は右手にあたる部分を差し出してくる。どうやら握れ、ということらしい。

 特に反対するようなこともないので、うちはその手を掴み──

 

 

『ミッテルト、起きて』

 

 

 突如聞こえてきた幻聴とともに、うちの意識はブラックアウトした。

 

 

 

 

 

 ********

 

 

 

 

 

 結論から言おう。うち、生きてました。

 

 あの白い空間で意識がブラックアウトし、次に目覚めるとそこには見慣れた天井が、というか華霖の家の天井が広がっていた。あれ、うちって確か華霖に剣で胸を貫かれたはずじゃ……。

 ゆっくりとベッドから体を起こし、見える範囲や手で確かめられる範囲で傷の具合を確かめる。すると剣で刺された傷やその他の小さな傷はおろか、抉り取られた片翼の傷まで塞がっているのが確認できた。まぁ傷が塞がったというだけで、翼自体は再生していないんすけどね。

 

 ふと、ベッドの近くに置かれた時計へと目を向ける。時刻は日付が変わって深夜一時、どうやらあれから時間はそう経ってはいないらしい。カレンダー機能を有しているものだったので、そのあたりの確認は容易だった。

 

「だいたい6時間ちょっと……それにしては傷の治りが早すぎるような」

 

 小さな傷はともかく、翼のような大きなものが塞がるには些か、というかあまりにも早すぎる。うち自身は傷の治りはまぁ早い方っすけど、さすがにここまでの回復力はない。

 ならば、答えはひとつ。いや、答えなど考えるまでもない。

 

 ガチャ──部屋の扉が開く。そこから覗く薄暗い廊下、そこには今まさに考えていた当人である華霖が立っていた。家の中ということもあってか公園での黒いローブは身に纏っておらず、Tシャツに短パンという非常にラフな格好をしている。

 部屋の入り口に立つ華霖の姿を確認する上で、ごく自然に視線が交差する。

 

「……っ」

 

 だがそれも一瞬、ほぼ反射で視線を逸らしてしまう。

 いや、だって仕方ないじゃないっすか……。あれだけのことを言ったんすよ? どのツラ下げて会えっていうんすか……。

 自然、拳を握り締める力が強くなる。黙って俯くうちの耳に、ギシギシ、と床が軋む音が届く。音は徐々に近づき、ついには視界の隅に華霖の片足が映り込むまで近づいた。

 

「俯いてどうしたの? 傷、痛む?」

 

 相も変わらない平坦なアルトボイス。そんな何気ない、気を使うような言葉が胸に刺さる。

 

「いや、傷は大丈夫っす」

 

 我ながら素っ気ない返事だと思う。助けてもらった恩人が掛けてくれた言葉に返すのがこれか、と笑ってやりたくなるほどだ。もっと他に言うべきことがあるはずなのに、返すべき言葉があるはずなのに、どうしてもそれらの言葉が紡がれることはない。

 ごめん、とそう始めれば良いのに、その三つの言葉がやけに重く感じる。喉の上の部分までは出かかっているのに、そこから先へ一歩たりとも動こうとしないみたいだ。

 

 外の風が窓を叩く音のみが控えめに鼓膜を揺らす。ただでさえ口を開きにくいというのに、これほど静かになってしまったらさらに言いづらくなってしまうではないか。

 そんな静寂を破ったのは、傍で黙って立っていた華霖だった。

 

「ミッテルト、ありがとう」

 

「──え?」

 

 予想外の一言に思わず顔を上げる。そして再び交差する視線。だが今度は目をそらすことはしない……いや、それ以上に頭の中を疑問が駆け巡りそらすことができなかった。

 ありがとう? いったいなんでそんな言葉が出てくるんすか? 助けられたのはうちの方だし、何よりうちは華霖を騙してて──

 

「あの時ミッテルト、僕を庇ってくれた。自分が死んじゃうかもしれないのに、庇ってくれた」

 

 でも、そうだとしても、あの時うちはたくさん傷つけるようなことを言って──

 

「初めて守ってもらって、僕、嬉しかった。だから、ありがとう」

 

 なのになんであんたは、そうやって笑ってくれるんすか。本当だったら怒ってもいいはずなのに、なんで……

 

「それに、ごめん。ミッテルトの翼、なくなちゃった」

 

 表情は一変、わずかにだが悲しそうな顔になる。そんな華霖を見て、また胸が痛む。

 普段は色んなことに無関心のくせして、なんでこんな時にだけそんな顔をするんすか!

 

「なんで、なんであんたが謝るんすか!」

 

 怒鳴りつけるような言葉が飛び出す。そして華霖の右手を掴み思いっきり引っ張り、顔と顔の距離を近づける。

 あと少しでキスできるほどの距離だが、生憎と今はそんなことに気を取られている場合ではない。

 

「うちはあんたを騙してたんすよ!? 普通は罵声の一つや二つあってもいいのに、なんであんたは落ち着いていられるんすか!? なんでうちに気を使うんすか!?」

 

 うちがこうして声を荒げるなんて御門違いもいいところだ。そんなこと百も承知っすけど、それでも一度開いた口をなかなか閉じてはくれない。

 

「うちがあんたを守った? んなもん、何を根拠に言ってるんすか!? はっきり言って、あれはうちの紛れもない本心っす!」

 

 また、心にもない言葉が漏れ出す。でもそれは仕方がないと思った。

 だってこうでもしなかったら──あんたはうちを怒鳴ってくれないだろうから。

 

「うちはあんたが思ってるほど善人じゃないんすよ。我が身が一番可愛い、ただの自己中な堕天使っす」

 

 そこまで言って、華霖から手を離す。それに伴って体も離れ、先ほどまでとほぼ同じ距離まで離れる。

 それにしても、これまた後先考えずに色々と口走ったものだ。もしかするとうちって、自分が思っている以上に感情で先走るタイプだったんすかねぇ。

 

「ここまで聞いても、あんたはうちをいい奴だって思うんすか?」

 

 最後に一つ、質問をする。

 そして、この問いに対する華霖の答えは──

 

 

「うん、思う」

 

 即答だった。悩みなどまるで無く、真っ直ぐに答える。

 それはなんで、と聞き返すよりも早く、華霖は次の言葉を口にする。

 

「だってミッテルト、ごめんって言ったから」

 

 …………あー、確かに言ったっすねぇ。言ったっすけど

 

「あんなの、普通はノーカウントっすよ」

 

「……? でも、確かに言った」

 

 首を傾げられても困るんすけどねぇ。こうなったら何を言っても『言った』の一点張りになるし、これ以上は時間の無駄っすね。

 うちは床へ降り、華霖と視線を合わせる。

 

「あんたが言ったって言うならそれでいいっすよ。でも、もう一度だけ言わせて欲しいっす」

 

 腰を曲げ、深々と頭を下げる。

 

「色々とひどいこと言ってごめん!」

 

「うん、いいよ」

 

 返ってくるのはまるでお使いを了承するかのような一つ返事。

 うちの色々な葛藤に対してのそれは、なんとも拍子抜けしてしまうものだったが、何はともあれこうしてこの一件は幕を引いたわけっす。

 

 

 

 

 

 ********

 

 

 

 

 

 謝罪も終わり、ミッテルトが一息つこうとした時、きゅるる〜、と彼女のお腹から可愛らしい音が鳴る。

 

「ミッテルト、お腹空いた?」

 

「まぁ、夕方から何も食べてないっすからねぇ。結局、夕食も作れなかったし……あーどうしよ」

 

「だったら、いいものある」

 

 そう言うや否や部屋を出て行く華霖。彼の言う『いいもの』とは一体なんなのか。もしかしてまた栄養食の類か何かなのでは、と過去の出来事の再来を予想するミッテルト。

 すると、トテトテ、とどうやらその『いいもの』とやらを持ってきたらしい華霖の足音が聞こえてくる。

 

「お待たせ」

 

 そういい部屋の中へ入ってきた華霖の手には、何時ぞやの山のようなカロリーフレンド──ではなくお盆が一つ。

 予想外のものにミッテルトは目を丸くし、目の前に運ばれてきたそれへ視線をやる。

 

「これは……カレーっすか?」

 

 ミッテルトの言う通り、華霖が差し出したお盆の上にあったのは平たい皿に盛られたカレーライスだった。

 

「まさか、これ華霖が作ったんすか……?」

 

「うん。ミッテルトが初めて作ってくれたの、マネしてみた」

 

 そう、ミッテルトがこの家に来て初めて振る舞った料理はカレーライスだ。そして初めて食したまともな料理ということもあり、華霖はカレーを絶賛。

 ゆえに、ミッテルトが起きた時のための料理にカレーを選んだそうだ。

 

 手渡されたお盆を膝に乗せ、早速スプーンで一口分掬ってみる。野菜の形は不格好だが、初めてにしてはまぁよくできている方だろう。

 そしてスプーンに乗せたそれを、ミッテルトは口に入れ──これでもかと目を見開いた。

 

「どう? 美味しい?」

 

 ちょこんと首を傾げ、ミッテルトの反応を待つ華霖。そんな華霖に対し、ミッテルトの頭の中はというと

 

(普通。うん、普通のカレーっすね)

 

 良くも悪くもない、これといって普通のカレーだ。おそらく箱の裏の説明を読んで手順通りに作ったのだろう。だが素人に有り勝ちな下手なアレンジがない分、普通に食べられる。

 もう一度掬い口へ運ぶ。そしてもう一度、さらにもう一度……華霖の問いかけに答えず、ミッテルトは一心にカレーを口に運ぶ。

 

 そんなミッテルトの様子を不思議そうに眺める華霖は一言

 

「ミッテルト、泣いてる? なんで?」

 

「──ふぇ?」

 

 目の前でカレーを食べるミッテルトの瞳からは、涙が一筋の線を描く。指摘されてようやく気がついたらしく、ミッテルトは手で涙を拭う。

 

「カレー、美味しくなかった?」

 

「え? いやいや、別に不味くはないっすよ。ただ──」

 

 ただ、そこで言葉を止め、ミッテルトは再びカレーを食べ始める。彼女が何を言いかけたのか華霖にはわからなかったが、特に気にした様子もなくカレーを食べるミッテルトを眺める。

 すでにカレーは半分以上なくなっている。涙でぼやけそうになる視界の中、ミッテルトはスピードを落とすことなく残ったルーとライスを口に運ぶ。

 

(ただ、うちのために作ってくれたことが嬉しくて……なんて、口が裂けても言えないっすよ)

 

 自分のために作ってくれた。ただそれだけのことだが、ミッテルトにはそれが嬉しかった。

 でも素直に気持ちを口に出すのは恥ずかしいのか

 

「ただ、辛かったから……それだけっすよ」

 

 そう言って誤魔化す。本当に素直じゃない堕天使少女だ。

 

「わかった。今度は甘口にする」

 

 まぁ、それを間に受ける少年の純粋さもどうかとは思うが……これはこれで相性がいいのだろう。

 

 

 

 

 

 

 





という感じの第5話でした。
いつものごとく感想、並びに批評をいただければなと思っています。

では次の話もごゆるりとお待ちください!


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来訪と堕天使とコアメダル

第6話です!

今回オリキャラが出ますので、そういったものが苦手な方は申し訳ありません!



「そういえば、あんたの使ってたあのメダルってなんなんすか?」

 

 カレーを食べ終え一息ついた後のミッテルトの開口一番の言葉はそれだった。

 確かに、あの銀のメダルと赤いメダルの力はとても強力なものだ。リアス・グレモリーの『消滅』の魔力と相殺するなど、ただのメダルでは済まされない。

 ミッテルト自身としては『神器(セイクリッド・ギア)』が妥当だと考えている。ただメダルの神器というのは今まで聞いたことはない。果たして、彼の持つメダルの正体とはいったい。

 

 ミッテルトの質問に、華霖はゆっくりと口を開き

 

「あれ、コアメダル」

 

 一言。たった一言を口にし、それから黙り込む華霖にたまらずミッテルトは

 

「いやいや名称だけじゃなくて、もっとこう、詳細を詳しく教えて欲しいっす」

 

「詳細……」

 

 そのまま口を閉ざしてしまう華霖。そして顎に手を当てて考え込むこと約1分、彼が口にした言葉は

 

「僕にもよく、わからない」

 

「はぁ? わからないって、それあんたの力っすよね?」

 

「違う。あれ、僕の力じゃない」

 

 華霖の言葉にますます意味がわからなくなるミッテルト。あれが自身の力ではないなど、そんなことあの一連の戦闘を見ていた彼女からすれば信じられないものだった。

 あの赤いメダル──確か『タカ』と言っていただろうか? 恐らく、あの戦闘で見せた力もほんの一端にすぎないはず。であれば、あんな見た目普通なメダル一枚にいったいどれほどの力が秘められているのか。想像も及ばない。

 

 華霖は胸元に手を当て、また、視線を下へと落とす。

 

「みんなが力、貸してくれる。だから僕、戦える」

 

「みんな……貸して……?」

 

 いったい目の前の少年は何を言っているのか。その言葉の真意を問おうと口を開きかけたその時、視界の端に見知らぬ魔法陣が展開。リアス・グレモリーか、と咄嗟にミッテルトは身構える。そんな彼女とは対照的に、華霖は落ち着き払った様子で魔法陣を見つめる。

 そして魔法陣の輝きがより一層増し、一瞬、室内を光が満たしたかと思うと

 

「邪魔するぜ、ゼロ」

 

 そんな挨拶とともに現れたのは一人の男性。黒い短髪に整った顔立ち、そしてがっしりとした体格から精悍(せいかん)な印象を受ける。服装は青いツナギで、手には何やら大きめのバッグをぶら下げている。ぱっと見だと整備士のようだ。

 突然の来訪者にミッテルトは目をぱちくりとさせ、男もまた、ミッテルトの存在に気がつくと同じように目をパチパチさせ

 

「おいおい、こりゃどういうこった!? ゼロ、お前が女連れ込むたぁいったいどういう風の吹き回しだよ!」

 

 ミッテルトと華霖を交互に見ながら、心底驚いた顔で叫ぶ。

 

「ミッテルト。僕の、友達」

 

「友達、ねぇ……。くくっ、そうかそうか!」

 

 何やら嬉しそうに笑う男。すると華霖から視線をミッテルトへと移す。

 急に顔を向けられたミッテルトは、びくり、と肩を跳ねさせる。そんなミッテルトへ男は歩み寄りそのごつい右腕を前に出すと、ニカリ、と口元に大きな笑みを浮かべる。

 

「ミッテルトって言ったな? 俺はラザード、ラザード・フォルスタインだ、よろしくな!」

 

「え、あ、ああ……よろしくっす」

 

 男──ラザードの自己紹介にミッテルトはやや気後れしつつも彼の右腕を握り返す。そうとう鍛え上げられたとわかるごつごつとした右手だが、ミッテルトに痛みを与えないようその手を優しく包む。それだけで彼がいかに気を配れる人物であるかが図れる。

 そんなラザードはというと、ミッテルトの顔、体、足の順に全体をくまなく観察するように瞳を動かす。そして何を思ったのか、さらにその笑顔を深めると

 

「何がきっかけかは知らねぇが、とりあえずありがとな嬢ちゃん。こいつの友人になってくれてよ」

 

「はぁ……どういたしまして?」

 

「にしてもまぁ、()()()()()堕天使だったのか。こりゃとんだ偶然だな」

 

 その言葉にキョトンと顔を惚けさせるミッテルト。そして次の瞬間に、その表情は絶句し青ざめることとなる。

 なぜなら──

 

「アザゼルは元気にしてるか? 昔っからそうだが、あいつは研究所に引きこもってがちだからな」

 

 宙を舞う黒い羽。その一枚一枚は単純に黒というには澄んだ色をしており、どこか夜空を彷彿とさせる。そしてそんな羽が舞う元には四対にもなる翼があり、ミッテルトの視界を覆わんばかりに広がっていた。

 計8枚の翼。それらを視界に収めたミッテルトは目の前の人物が何者であるのかを悟り、わなわなと体を震わせる。

 

「だ、だだだだ、だだだてっ!?」

 

「おう、俺も堕天使だ。もっとも、ずいぶん前に『神の子を見張るもの(グリゴリ)』を離れたからな。嬢ちゃんみたいな新人が知らねぇのも無理はねぇよ」

 

 混乱と焦りがミッテルトの意識を支配する。だがそれも仕方のないことだろう。相手は自分と同じ堕天使で、尚且つ自身よりもはるか格上の力を有しているのだから。

 そんな呂律が回らないほど混乱するミッテルトに対し、ラザードはどこか面白いものを見たかのように笑う。

 

 しかしミッテルトからすれば気が気でない話だ。自身は上司の指示とはいえ、本部に無断で行動を起こした身。もしかしたら自分を裁きに来たのかと、そう動揺するのも当然といえば当然のことだろう。

 だがその心配はすぐに杞憂となる。

 

「んでゼロ、お前『メダジャリバー』でコアメダル使ったって?」

 

「……ん。でも仕方なかった」

 

「かぁ〜、お前なるだけコアメダルは使うなって言ったよな? それに別段、人間界で仕方ねぇことなんてそうそう起こらねぇだろ」

 

 どうやらラザードがここに訪れたのは華霖に用があってのことらしい。ほっと胸を撫で下ろすミッテルトは二人の会話に聞き耳をたてる。

 

「んで、メダル何枚使った?」

 

「タカを単独。コブラ・カメ・ワニを同時」

 

 淡々と使用状況を説明する華霖。するとラザードは再び、かぁ〜、と深い深いため息を吐きがっくしと肩を落とす。

 

「お前、三枚同時って……いやいい。とりあえず状態を見るから、今すぐメダジャリバーを持って来い」

 

「ん、わかった」

 

 ラザードの指示に従い、華霖は部屋を出て何処かへと向かう。華霖が出て行ったところで再び溜息を吐くライザーへ、ミッテルトはある質問を投げかける。

 

「あの、ラザード様。ちょっといいですか?」

 

「あん? ああ、俺のことはもっと気軽に呼んでくれていいぜ? もう『神の子を見張るもの』とは殆ど無関係だしな」

 

「じゃあラザード、さん。コアメダルって、いったい何なんすか?」

 

 ミッテルトの聞きたいこととは『コアメダル』の正体だ。先ほどの華霖の説明ではあまり、というか何一つ分からなかった。

 先ほどの会話を聞くに、ラザードは何かコアメダルについて知っていそうなので、たぶん華霖よりかはマシな答えが返ってくると思ったわけだ。

 

「華霖……あ、ゼロに聞いたんすけど、わからないって答えだけで。けど、あのメダルがただのメダルじゃないってのは、なんとなくだけどわかるっす。

 ラザードさん、あんたなら何か知ってるんじゃないんすか?」

 

 ミッテルトの質問にラザードは後頭部に手を当て、あー、と呟きながらしばしの間考え込むと

 

(わり)ぃな嬢ちゃん、俺もそれについては殆どお手上げ状態なんだ」

 

 苦笑と共に返される答え。

 

 だけどな、その言葉と共に表情は一変、真剣なものへと変化する。

 

「少しだけだったら、分かっていることがある」

 

 その言葉にミッテルトの肩が跳ねた。どうやらお手上げ状態ではあるようだが、それでもわかっていることがあるらしい。

 ようやく掴んだコアメダルの真相への道。ミッテルトは前に乗り出しそうな体を抑えラザードの言葉を待つ。

 そんなミッテルトに依然、ラザードは真剣な表情を崩さず話を進める。

 

「嬢ちゃんはコアメダルのことを知ってるみてぇだから教えるが……その前に一つ質問だ。嬢ちゃん、お前はコアメダルについてどう推測を立てた?」

 

「どうって……神器じゃないんすか?」

 

 ミッテルトの答えに、ちっちっ、と人差し指を左右に振るラザード。

 

「残念だがあれは神器じゃねぇ。じゃあ何かって言われたらそうだな……『無限の何か』を秘めたメダルってとこが妥当か」

 

「無限の……?」

 

 ああ、と頷くラザード。

 

「その『何か』まではわからねぇがな。だがその『何か』がコアメダルの力を生み出す鍵だと俺は睨んでいる。その力は並の神器はもちろん、下手したら『神滅具(ロンギヌス)』にも届くかもしれねぇ」

 

 予想以上の答えにポカンとするミッテルト。そんな彼女を現実へ引き戻すように、ラザードは彼女の顔前に人差し指と中指を立てた右手を近づける。

 

「そして二つ目だ。コアメダルは『生物』、しかも人間界のものをモチーフにしている」

 

 赤いメダルの『タカ』も然り、先ほど会話に出てきた三枚の名前も人間界での生物の名前だった。これはミッテルトもすぐに飲み込んだのか、コクリ、と首肯し次を促す。

 

「んで次だが、コアメダルは計54枚存在している。しかもそいつらは現在、全てゼロの体の中に同化している状態だ」

 

「なっ!? 体に同化!?」

 

 コアメダルの同化。その驚愕の事実に、ミッテルトは思わず叫ぶ。

 これが神器であるならばここまで驚きはしない。なぜなら神器とは宿主である人間の生命力や魂と密接に結びつくもの、謂わばその人間の半身とも呼べるものだからだ。

 だがコアメダルは神器ではない。そんなものが体と同化しているなど、どういった弊害が出るのか想像もつかない。

 

「今はまだ体に影響は出ていない……と言いてぇところなんだがな」

 

「何か、影響が出てるんすか?」

 

「影響っつうか、コアメダルが原因かはわからねぇんだけどよ……嬢ちゃん、あいつがいったい(いく)つに見える?」

 

 再び投げかけられる質問。その真意はわからないが、ミッテルトは華霖の容姿を思い返しつつ当たり障りのない答えを返す。

 

「人間基準で十代前半、くらいじゃないんすか?」

 

「ははっ、まぁあいつの見た目だとそう思うのも無理ねぇわな。けどまたまた残念、少なくともあいつの年齢は百を超えている」

 

 またも斜め上をいく答えに言葉をなくすミッテルト。まさかあの容姿で百を超えているなど思いもよらなかっただろう。

 堕天使や悪魔といった人外ならともかく華霖は人間の筈だ。だというのに百を超えても全くと言っていいほど衰えないあの容姿、確かに同化の弊害といえば納得がいく。

 

「言っとくが、これが同化の原因だと決まったわけじゃねぇ。ただの仮説だ。もっとも、殆ど確信に近いけどな」

 

 そこまで言ったところで、ガチャ、と部屋の扉が開き愛用の剣──メダジャリバーを手にした華霖が姿を表す。

 

「メダジャリバー、持ってきた」

 

「ん? おおサンキューな。んじゃ、ちょっくらこいつ借りてくぜ」

 

 華霖からメダジャリバーを受け取ったラザードは、パチン、と指を鳴らす。すると現れた時と同じ魔法陣が床に展開され、淡い輝きで室内を照らす。

 

「また調整が終わったら返しに来るぜ」

 

「ん、またね」

 

「ああ、またなゼロ。いや──カリン」

 

 そう言い、ラザードはミッテルトへと笑みを向ける。それを最後にラザードの姿は光に包まれ、それが晴れた頃にはその姿は部屋の中から消え去っていた。

 

 来訪者がいなくなり静まり返る室内。先ほどまでラザードが立っていた場所を眺める華霖。そんな彼を見つめるミッテルトの頭には、先ほどのラザードとの会話が流れていた。

 

『──「無限の何か」を秘めたメダルってのが妥当か』

 

『──しかもそいつらは現在、全てゼロの体の中に同化している状態だ』

 

 華霖の有する力『コアメダル』。その謎の解明に一つ近づこうとした筈が、むしろ逆に謎を増やす結果に陥ってしまった。

 神器とは違う力。しかし神器と同等、下手すれば『神滅具』にすらも届きうるかもしれない力。

 

 謎が新たな謎を呼ぶ。しかも新たに呼ばれた謎は、ミッテルトに不安を募らせるには十分なものだった。

 自然、険しい顔をしてしまうミッテルト。そんな彼女の表情の変化に気づいた華霖は、首を傾げ話しかける。

 

「ミッテルト、怖い顔してる。何かあった?」

 

「……いや、なんでもないっす」

 

 追及はない。ただただ無言でミッテルトに視線を向けるだけだ。

 

(ああ、うちって華霖について何も知らなかったっすねぇ)

 

 ラザードとの話で再確認させられた。自分が知っているのは『華霖』として共に過ごした少年のみ。今より百年以上先から生きてきた『ゼロ』としての少年のことを、自分は何一つとして知っていない。

 いったいなぜコアメダルという力を手にしたのか。百年もの間何をしてきたのか。聞きたいことは山ほどある、あるのだが……。

 

「さっ、もう用は終わったことだし、風呂にでも入るっすかねぇ」

 

「ん、僕もまだ、入ってない」

 

 ぐぐーっ、とその場で背伸びをし部屋を後にする。そんなミッテルトの後を、華霖はトコトコと付いて歩く。

 

 確かに聞きたいことは山ほどある。だが、そう急ぐほどのことではないだろう。時間が解決する、なんて楽観的なことは言わない。けれどまだ、もう少しだけはこの時間を楽しんでいたい。

 いつか知るであろう『ゼロ』としての華霖の一面。その時、この関係を続けていられるのかはわからない。だからこそその時が来るまでは、今の『華霖』との暮らしを大切にしよう。

 

 華霖の方へ振り返るミッテルト。そして顔に挑発的な笑みを浮かべ一言。

 

「だったら一緒に入るっすか?」

 

「うん、いいよ?」

 

 

 

 

 

 




はい、といった感じです。

今回出したオリジナルキャラ、ラザード・フォルスタイン。
覚えている方がいればわかると思いますが、1・2話での電話の相手です。

基本何でも屋として依頼を受けつつ、主人公へ依頼を回し報酬を与えるといった関係です。
本作品ではメダジャリバーは彼が作りました。会長ファンの皆様申し訳ありません!

そしてコアメダルについてさわり程度の説明でした。

さて序章はここまでです。次回からは本格的に本編に入ろうと思います。
では、次話もごゆるりとお待ちください!


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動き出す者達



どうもお久しぶりです。
かなり更新が遅れてしまいましたことお詫び申し上げます。
テストと帰省の連続で書く時間が無くて……という言い訳を一言だけ。

今は帰省も終わったので今後の更新は早めにできると思います。

では、第7話をどうぞ。




 とある林の中。日の光も射さず、薄暗い、怪しげな雰囲気を醸し出す木々の中──突如として光が爆ぜる。

 木々の間を縫うように、というよりもむしろ木々を塗りつぶしながら進むそれは、光というには荒々しく、獰猛なものに思える。いや現にその光は只の光ではない。その正体は内に全てを焼き尽くす高熱を秘めた熱線である。

 そんな灼熱の熱線は自らの進路を遮る木々をその熱で侵し、勢いのままにどんどんと進んで行く。

 

 そして光が収まり再び暗闇に包まれると、そこはすでに林ではなくなっていた。地面を埋め尽くさんばかりに立ち並んでいた木々は根元からその姿を消し、代わりに黒ずみ炭化した何かが散乱している。

 焦土──まさにそう呼ぶのにふさわしい変わり果てた大地。たった数秒の出来事、そんな短い時間で地獄絵図とも呼べる光景へと変貌した大地。そんな黒き大地の中央にて、二つの影が退治する。

 

「──ハ、ハハハハッ! いい、実にいいぞ! 昂らせてくれる!」

 

 一つは5対10枚の翼を背に、紫の空を浮遊する男の堕天使。装飾の施されたローブを身に纏い、狂気を孕んだ笑みを浮かべている。先ほどの熱線を受けてローブのところどころが焼け焦げ、体にも火傷のような傷を負う男。

 眼下の景色が焼け野原へと変貌したというのに、その笑みからは一切の恐怖や焦りが感じられない。むしろその表情は歓喜に満ち溢れており、狂ったように笑う様は一目で狂人だとわかる。

 

「……うるさい」

 

 そんな男の眼下に立つのは全身を黄色で包んだ異形。その腹部にはバックルのようなものが装着されており、斜めに傾けられたそれには輝きを帯びた三枚の黄色いのメダルが埋め込まれている。

 

 青い複眼で堕天使を見上げながら一言、独り言のように漏らす異形。そしてゆっくりと両拳を握り締め、グッ、と力を込める。直後、前腕部に折り畳まれていた得物が動き出す。

 現れたのは3本の鉤爪上の武器。わずかな光すらも反射し煌めく、ただそれだけでその切れ味の良さを物語る。

 両腕に計6本、自身の武器を展開した異形は静かにファイティングポーズを取り

 

「──お前もう、ついてこれない」

 

 一言、男へそう告げると────その姿を閃光へと変えた。

 

 

 

 

 

 ********

 

 

 

 

 

 

 場所は変わり駒王町、その町の中のとある一軒家。

 

「かーりーんー、夕食作ったんで皿持ってきてほしいっすー」

 

 フライパンを片手に料理を作るミッテルト。そんな彼女の後ろから、お盆に皿をのせた華霖がトコトコと近づいてくる。皿に料理を移し机に運び終えると、ミッテルトと華霖も席に着き食事を開始する。

 

「…………」

 

「……華霖? どうしたんすか、箸が進んでないっすけど」

 

 いつもなら無言で黙々と食事をするはずの華霖だったが、なぜか箸はいつもの勢いをなくし静止を決めていた。そんな華霖の様子にミッテルトもまた、食事をする手を止め不思議そうな視線を向ける。

 食卓を静寂が包み込む中、華霖は静かにその口を開いた。

 

「……ちょっと、嫌な夢見た」

 

「嫌な夢、すか?」

 

 華霖が夢というものを見ることにも驚いたが、何よりも意外だったのは華霖が『いやだ』と、そう発言をしたことだ。見ればいつもの無表情が崩れ、眉間には皺が寄り、どこか面倒臭そうな表情を浮かべている。ミッテルトが居候するようになってから一月以上の時間が経過したが、こんな華霖の顔を見るのは初めてだ。

 

「それで? その嫌な夢ってなんなんすか?」

 

「……むぅ」

 

「華霖……?」

 

 ミッテルトの質問に再び閉口する華霖。そこまで言いにくい夢とはいったいなんなのか、ますます気になってきた。何か何かと何度も聞き返してみるものの、結局、華霖の口からその答えが出ることはなかった。

 

 

 そして食事を終え、ミッテルトが食器を洗い始める中、一人自室へと戻る華霖。扉を開け中に入ると、広がるのは見慣れた殺風景な景色。そのままベッドの近くまで歩み寄り腰をかけ、華霖は無言で虚空を見つめる。

 

『なんであの嬢ちゃんに黙ってるんだよ?』

 

 すると華霖の耳、というよりも脳に直接響くように女性の声が木霊する。無論、室内には華霖以外の誰もいないし、家の中に誰かが侵入したというわけでもない。だというのに聞こえてくる謎の女性の声。しかしながら華霖はそんな謎の声に特に驚くこともなく、落ち着き払っていた。

 

「別に、言う必要がなかった。それだけ」

 

『逆に言えば、黙ってる必要もねぇってわけだろ? なに秘密にしてんだよ』

 

「別に、秘密にしてるわけじゃない」

 

 そのまま水掛け論のように互いの主張を繰り広げる華霖と謎の声。そんな際限なく続きそうな議論を収めたのは

 

『まぁまぁ、二人ともちょっと落ち着きなさいよって。これ以上続けても時間の無駄だと思うがねぇ』

 

 飄々とした男の声だった。男の言葉に華霖は一度口を閉ざすが、女性の方は落ち着かせることができなかったらしく、怒気の込もった言葉が返ってくる。

 

『んだよウヴァてめぇ、なに俺に命令してんだ、あ゛ぁ゛!?』

 

『だから落ち着きなさいなアンク。お前さんも王サマの頑固さは知ってるだろ? この先どこまでいっても無駄なやりとりの繰り返しさね、諦めましょうや』

 

 アンクと呼ばれた女性はもはや喧嘩の域にまで達しようかというテンションで食いかかる。そんな彼女を、どうどう、と物腰穏やかに宥めるウヴァと呼ばれた男性。そんな彼の対応にアンクはぐちぐちと言いつつも怒りを収め、ウヴァは彼女が落ち着いてくれたことに小さく安堵の息を漏らす。

 

『ったく、なにあんなにムキになっちゃってるのかねぇ』

 

「……ウヴァ」

 

『ま、王サマはやりたいようにすればいいさね。俺たちはアンタの味方だ、アンクもなんやかんや言って力になってくれるだろうよ』

 

 そう言い残し、ウヴァの声はそれ以降聞こえなくなる。話し相手が誰もいなくなった華霖はベッドから立ち上がると退室、リビングへと向かって歩く。そしてリビングの扉を開き中に入ると、エプロンを身につけたミッテルトがお盆を手にキッチンから出てくる。

 

「あ、華霖、ちょうどいいところに来たっすね。ほら、食後のデザートっすよ」

 

 そう言いながらミッテルトは、見せつけるようにお盆を華霖へと突き出す。そこには少し大きめな丸皿に盛られた色とりどりの果物が。

 

「いやー、青果店で買い物したらそこのおばさんからおまけでもらったんすよ!」

 

 とても晴れ晴れとした笑顔を浮かべ、ミッテルトは上機嫌に言う。そして机の上へお盆を運ぶ彼女の背中を見つめながら、華霖もその後へと続き机の下へ。

 丸皿、小皿、フォークとそれらを卓上に並べながら、ふと、ミッテルトは華霖へ質問を投げかける。

 

「そういえばさっきどっか行ってたっすけど、いったいなにしてたんすか?」

 

「別に、なんでもない」

 

「ふーん……ま、いっか。ささっ、早く食べるっすよ!」

 

 華霖の返答に首を傾げるも、すぐに切り替え椅子に座りフォークを手に取り

 

「うぉっ、このリンゴ甘っ! ほら、華霖も早く食べてみるっす! 美味しいっすよ!」

 

 リンゴやなんやを頬張りながら笑顔をこぼすミッテルト。そんな彼女の笑顔につられ、華霖もまたフォークを手にする。

 

 

 

 

 

 ********

 

 

 

 

 

「各教会から奪ったエクスカリバーが3本……ふむ、なかなかに上出来だ」

 

 とある廃墟。その一室では神父の格好をした初老の男性が一人、机の上に並べられた3本の剣を眺めながら満足そうに呟きを漏らす。

 初老の男、名を『バルパー・ガリレイ』。かつて教会にて行われた『聖剣計画』の実行者にして、その悪逆な行いから追放を受けた男である。

 

「うっひょぉ! エクスカリバーが3本も並ぶと壮観ですなァ、バルパーのじいさん!」

 

 そんなバルパーの背後からひょっこりと現れ、机に並べられたエクスカリバーを見てはしゃぎ声をあげる白髪の青年。名を『フリード・セルゼン』。神を信仰し、またその信仰によって世の人々のために戦う『祓魔師(エクソシスト)』でありながら、ただ己の快楽のためだけにその力を振るった異端児。

 3本の聖剣を舐め回すように見るフリードへ、バルパーは嫌悪そうな視線を向ける。

 

「ふん、貴様にエクスカリバーの何がわかる。上っ面しか知らぬ分際で語って欲しくはないな」

 

「へいへい、サーセンサーセン。どうせ俺は聖剣についてな〜んにも知らねぇトーシロちゃんっすよ」

 

 決して良いと言えない雰囲気が二人の間に流れる中、不意に部屋の扉が開きそこから大柄な人影が姿を表す。

 

「バルパー、準備は整ったか」

 

「ああ、いつでも計画を実行することは可能だ」

 

「へへっ! コカビエルの旦那、さっさとおっ始めましょうや! 俺っちもう、エクスカリバーちゃん達を振るいたくてウズウズしちゃってるんすよ!」

 

 長身の男、その正体はかつて悪魔・天使と三(すく)みの戦いを繰り広げた堕天使の一員にして、聖書にその名を刻んだほどの存在。名を『コカビエル』。背中に5対、計10枚の黒き翼を生やした堕天使屈指の実力を持った男だ。

 

「三本ものエクスカリバーを奪ったんだ、教会の奴らも祓魔師なりなんなり送り込んでくるだろう。それまで待っておけ」

 

「ケヒヒヒッ、旦那は焦らすのがお好きですなァ! オレちゃん我慢のしすぎでついつい摘まみ食いしたくなりそう!」

 

 ニタリ、と口元に狂気じみた笑みを浮かべるフリード。早く誰かを斬り伏せたいと、見開かれた双眸が物語る。そんなフリードから視線を外し、コカビエルは聖剣へと目を移す。

 

「ふん、かのエクスカリバーが惨めなものだな。7つに分かれたうえ、その力も7つに分散したとは……先の大戦の所有者が聞けばさぞ嘆くだろう」

 

「確かに真のエクスカリバーを知っているお前からすれば、7つに分かれた物などさしたる脅威ではなかろう。しかし私の前でのエクスカリバーに対する嘲罵(ちょうば)は止めてほしいものだな」

 

 エクスカリバーを侮辱されたかのようなコカビエルの発言に、バルパーは怒りを孕んだ視線と言葉を向ける。しかしたかだか人間の怒りなどコカビエルにとっては子犬が睨みつけているも同然。一切表情を崩さず踵を返すと、再び扉の方へ向かって歩き出す。

 

「計画実行の時は来た。行くぞバルパー、フリード──魔王の妹が治める土地、駒王町へ」

 

 その言葉にバルパー、フリードの両者は首肯し10枚もの黒翼の後を追う。その背中が纏う強者としての雰囲気、ああ、確かにかの大戦を生き延びただけのことはある。そんな覇気を纏うコカビエルだが、ある一部だけ、他者の目を引く箇所が。

 それは彼の左腕。空を切る右腕とは対照的に、左腕の袖は肘近くから先が靡くようにひらひらと揺れている。聖書には片腕を失ったとは記されていない、とすれば、いったいどうやって左腕を失ったのか。

 

 その真実は、彼ただ一人しか知らない。

 

 

 

 





はい、というわけです。

今回はグリードを登場させました(声のみ
色々とキャラが変わっているので、それが気に入らないという方々は申し訳ありません。

そしてついに動き出したコカビーさん。え? 原作2巻はどうしたかって?
ま、まぁ、主人公には関係のないことだから、飛ばしてもいいかなって……。

別にサボったとかそういうわけではないので悪しからず、ご理解のほどをお願いします。

次回は早めに更新できるように頑張りますので、気長にお待ち下さい。



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教会の派遣者


それでは、第8話をどうぞ!




 

 

 時刻は深夜、場所は駒王町の外れにある人通りの少ない路地裏にてその姿はあった。

 

「……またいる」

 

 月明かりに照らされたアスファルトの上。そこにはいつもの黒いローブで身を包んだ華霖が立っており、その視線を足元のあるものへと向けていた。

 そのあるものとは

 

祓魔師(エクソシスト)、これで10人目」

 

 そう呟く華霖の眼下には、物言わぬ体となった祓魔師が3名転がっていた。その死体周りには(おびただ)しい量の血が流れており、文字通り血の池を作っている。

 ここ十数日の間に10人、祓魔師の死体を発見した。しかもそれらを見つけたのは全て駒王町内。これほどの数の祓魔師が一つの町で死を遂げている、その事実に華霖は小さく目を細める。

 単なる偶然と呼ぶには些か収束しすぎている。華霖はその場にしゃがみこむと死体の内一人へと向けて手を伸ばす。そして返り血が付くのもお構いなしにその懐を(まさぐ)り始めた。

 聖水に十字架、聖書などと祓魔師として持ち歩いているものが次々と出てくる中、あるものが視界に映ると同時に華霖の腕は止まる。

 

「……あった」

 

 それは一つの白い封筒。血に濡れて所々が赤く染まったそれだが、しかし大事な所は幸いにも血で汚れてはおらず、華霖は封筒の差し出し主の場所へと視線を落とす。封を開け中身を取り出す華霖の手には一枚の紙が。封筒が血で汚れているというのにその紙には一切の血液が付着してはいなかった。

 華霖は紙に書かれた内容に目を通し、その内容にピクリと片眉を動かす。そこに書かれていた内容とは

 

『エクスカリバーを強奪した下記の者達の動向を探れ。「皆殺しの大司教」バルパー・ガリレイ、「はぐれ祓魔師」フリード・セルゼン、そして──』

 

 最後の1名の名前、その人物を目にした瞬間、華霖の瞳がわずかに見開かれる。

 

「『神の子を見張る者(グリゴリ)幹部』──堕天使 コカビエル」

 

 

 

 

 ********

 

 

 

 

 

『あぁ? コカビエルがエクスカリバーを奪っただぁ?』

 

 場所は変わり華霖の自宅。その一室にて、華霖はとある人物へと電話をかけていた。その人物とは華霖の商売仲間兼、整備士担当の堕天使 ラザード・フォルスタインである。

 ラザードは華霖から伝えられたコカビエルの聖剣強奪に対し、驚き半分呆れ半分といった声を上げる。

 

『あの野郎が聖剣を盗んだって……そりゃ本当の話か?』

 

「うん。証拠、ここにある」

 

 未だ半信半疑といった風のラザードへ、華霖は先ほどの紙の映像を送る。すると一変、ラザードは暫くの間黙り込み、送られた映像を穴があくほど凝視する。

 

『……確かに、こいつはプロテスタントの教会本部が出す指令書だ』

 

 はぁ、とラザードが通話越しに重い溜息を溢すのが聞こえてくる。それはつまりこの指令書が本物であるということ、延いてはその内容も事実であるということだ。

 

「コカビエルの目的、何かわかる?」

 

『そう言われてもなぁ、俺は『神の子を見張る者』を抜けて随分と経ってるからよ。あそこの内情なんざからっきしなんだわ』

 

 ただ、とラザードは一言付け加え

 

コカビエル(あいつ)の思考からすれば大方、ミカエルとの全面戦争を望んでるってとこだろうな』

 

 コカビエルは天界、冥界でも屈指の『戦争狂』だ。先の大戦が終結しかなりの時間が流れた今現在、戦争のない世の中はコカビエルにとって退屈の一言では到底言い表せないものだっただろう。ゆえにコカビエルは無理やり戦争を引き起こすため、エクスカリバーの強奪といった手段に出た。そうラザードは推測する。

 

「目的、だいたいわかった。でも、なんでこの町?」

 

『ああ、それはその町が魔王の妹が治めているからだろうな』

 

「魔王の妹……?」

 

『そうだ、リアス・グレモリーって言ってな……ていうか、それくらいは知ってるだろ普通は』

 

 ラザードの言葉に対し、ちょこんと首を傾ける華霖。つい一月ほど前に会ったばかりだというのにこれとは、興味のないものはどんどん切り捨てていくのは相変わらずである。

 付き合いの長いラザードからすればこの反応はもはや慣れたものである。だがしかし、少しは興味のないものも覚えておけと、言っても無駄なので心の中でぼやく。

 

『それで、ここまで聞いてお前はどうする?』

 

「別に、危害がないなら何もしない。ただ、仕掛けてくるなら、容赦しない」

 

『そうかい。ま、お前がそうしたいんならそれでいいさ。ただ一つだけ、俺の頼みを聞いてくれやしねぇか?』

 

 ラザードの口から出た『頼み』という言葉に、華霖は口を閉じ静かに耳を傾ける。

 

『教会本部は町にまた祓魔師なりを潜入させるだろう。できればでいい、そいつらの力になってやってくれ』

 

「なんで、そんなことを?」

 

『……あいつの後輩達だからな、ただただ無駄死にさせるわけにもいかねぇだろ。最悪、コカビエルとの戦闘を避けさせてくれるだけでもいい、頼めるか?』

 

 少しばかり声のトーンを落とし、真剣な声音で語るラザード。その声から彼が如何に切実にお願いしているかが聞いて取れる。

 だがしかし、そんなラザードの頼みを華霖は一つ返事で了承することはなく、一つの問いを投げかける。

 

「なんで自分でいかない?」

 

『今回の主犯が堕天使である以上、俺がいくら出張ったところで聞く耳持たねぇだろうよ。それに俺って教会側(あいつら)に嫌われてるからなぁ、止めに入ったのに襲われる可能性すらある』

 

 ははは、と乾いた笑い声を出すラザード。彼が教会側に嫌われているのはとある理由からだが、それは説明するには長いので省略させてもらおう。

 とりあえずラザードが動けない理由を聞いた華霖はしばしの間黙り込み、受けるか否かを考える。そして1分ほど時間が経過し、華霖が出した答えは

 

「……善所、してみる」

 

『ははっ、そうかありがとよ。んじゃ、よろしく頼むぜ』

 

 結局出たのは曖昧な返事。だがそれでも、断られなかっただけでも良し、としたラザードは機嫌よく笑い通話を終える。

 ツーツー、と耳元に流れる通話終了を知らせる音。その音を聞きながら華霖は一言、小さな声で呟く。

 

「だから僕、頼み聞くって言ってない」

 

 

 

 

 

 ********

 

 

 

 

 

 どもどもうちっす、ミッテルトっす。

 買い出し中のうちは現在、町のちょっとした商店街に来ているっす。いやいや、やっぱりこっちの方が何かとおまけしてもらえるから得するんすよね〜。現に今回も野菜やら肉やらおまけしてもらったし。

 それもこれも、うちのこの可愛らしい容姿あってこそっすね。うん、本当に……可愛らしい……。

 

「いやいやいや、うちは将来有望ですし!? これから、そうこれからっすよ!」

 

 ……あぁ、自分で言ってて情けなくなってきたっす。さっさと帰って夕飯作ろう、うんそうしよう。

 自業自得でマイナスへと下がったテンションのまま、家へと続く道をトボトボと歩く。すでに日はほとんど落ちかけており、世界が茜色一色に染まっていく。

 そんな町並みを眺めながら唯々無心で歩いていると、うちの歩いている道の正反対に奇妙な格好をした二人組の姿を捉える。その姿とは白いローブで身を包み、フードを深く被って顔を隠した二人組で。しかも片方は背中に布切れで包まれた馬鹿でかい何かを背負っている。

 

 ゲゲンチョ!? あれ絶対面倒臭いやつらっすよ、絶対教会の回しもんっすよ。普通あんな格好して堂々と歩ける奴らなんてあいつらしか知らないっすもん。

 うちは鳴り響く第六感の警鐘に従い、なるべく目を合わせないように、かつごく自然にその二人組とすれ違う。

 ……よしばれてない、セーフ

 

「そこの堕天使、止まれ」

 

 ──じゃなかったっす! もろにバレバレだったっす!

 背中越しに伝わってくるプレッシャーは相当なもの。それに馬鹿でかい布切れから感じるのは聖なるオーラ、しかもその密度は尋常ではない。

 

「貴様、この町でいったい何をしている?」

 

 てか敵対心もMAX状態じゃないっすか。今にも斬りかかってきそうな雰囲気っすよ…………いやマジでなんで?

 確かにうちって堕天使で神と敵対している側だけど、ことこの女に関しては何もしてないっすよ!?

 

「……だんまりか。仕方がない、少し手荒になるが……奴の居場所を吐いてもらうぞ」

 

「ちょっとゼノヴィア、真昼間の街中で何する気?」

 

 なーんて考えてる間になんかヤバイ状況になってる!? てか奴って誰っすか!? 

 恐る恐る振り返ると、ゼノヴィアと呼ばれた女は背中に担いだ布切れへと手を伸ばしているではないか。

 

 ちょちょちょっ、こんな場所で戦闘なんてマジごめんっす! こうなったら──

 

「三十六計逃げるに如かず、っす!」

 

「なっ──待て!」

 

「ちょっ──ゼノヴィア!?」

 

 180度体の向きを変えそのまま全力疾走。後ろからギャーギャーと騒ぐ声が聞こえてくるがそんなもの知ったことじゃないっす! とにかくひたすら逃げる、ただそれだけっすよ!

 

 

 

 

 

「はぁ、はあ…………つ、疲れたっす……」

 

 無事、二人組を撒き華霖の家へと帰宅することができた。しかし全力疾走したせいで息は上がり、汗はだくだく、マジで最悪っす。

 するとうちが帰宅したのに気付いたらしく、華霖が廊下の奥からひょっこりと顔を出す。そしてそのままトテトテと小走りで近づいてくる。

 

「……おかえり」

 

「ああ、ただいまっす」

 

「ミッテルト疲れてる。どうしたの?」

 

 心配そう、うん、たぶん心配そうに顔を覗き込んでくる華霖。

 

「ちょっと、変な二人組に追いかけられて」

 

「……その二人、白い服着てる? あと、大きな布、背負ってる?」

 

「え? あ、うん」

 

 よくわかったっすね。ドンピシャ、大当たりっすよ。

 その冴え渡る勘に感心していると、華霖はゆっくりと右手を上げ人差し指でうちを指差す。いきなりのことで何をしているのかわからないので、とりあえず華霖の言葉の続きを黙って待つ。

 そして、華霖の口から放たれた言葉は

 

 

 

「それ、もしかして後ろの二人?」

 

 

 

 ──戦慄した。

 まさかそんな筈はない。あの時うちは確かにあの二人を撒いた、それは確かな事実。故に華霖の口から出た一言を受け入れることができず、茫然自失と佇んでしまう。

 

「ようやく追い付いたぞ、堕天使」

 

 そしてそんなうちを我に返したのは、この場に響き渡るはずのない、うちの耳に届くはずのない女性の声。

 まさかそんなことが──そんな驚愕にも似た思いを抱きつつ、ゆっくりと、視線を背後へと向ける。

 

 そしてうちの視線の先、開ききった玄関の扉の向こう側に捉えたものは──白に身を包んだ二人。

 

「危うく取り逃がすところだった。まったく、逃げ足の速い奴だ」

 

「あ、あはは〜……お邪魔します?」

 

「で、ででで──でたぁぁぁあああああ!?」

 

 一人は腕組みをし面倒くさそうに吐き捨て、もう一人は若干申し訳なさそうに頭部に手を置く。

 どうして、や、なんで、といった疑問が浮上してくるが、それは意外にもあっさりと解決することとなる。

 

「お前が間抜けで助かった。でなければ、ここを突き止めるのももう少し時間がかかったはずだ」

 

「はいこれ、ぜーんぶ落としてたよ?」

 

 そう言いながら、布切れを背負っていない方の信徒が何やら袋を手渡してきた。なんすかこれ? それに落としたって……って、これ!

 袋の中身を確認すると、その中に入っていたのはうちが先ほど買出しした品々。慌てて持ち帰った袋へ目を向けると、袋の底には大きな穴が開いており、中身は全て何処かへ行ってしまっていた。

 どうりで走る時に袋が邪魔にならなかったはずっす。だって中身が全部なくなってるんすもん。

 

「あーその……ありがとっす」

 

「うんうんどういたしまして。でも──」

 

 そう言うと信徒はうちの手から袋を掻っ攫う。唐突の出来事になすすべなく袋を奪われ、その信徒へ視線を向けると

 

「ちょっとお話、聞かせて貰うわね?」

 

 わずかに覗く口元に笑みを浮かべ、嬉々とした声でそう言ってきた。

 

 ──あぁ……本当にもう面倒ごとはごめんっす。

 

 

 

 

 





というわけで、今回はゼノヴィア、イリナの教会コンビとの接触回でした。

そして皆様が薄々、というか声を大にして言いたいであろうことはわかっています。
変身、まだ一度もしてないんですよね。もう8話も引っ張って、いい加減読者の皆様に呆れられているのではと肝をヒヤヒヤさせております。

ちゃんと変身はします!けれど長くとももう2・3話お待ちください!
3巻内で必ず変身させますので、どうか変身するまでお付き合いください!

では、次話も気長にお待ちください。




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第9話


第9話です!

サブタイは思いつきませんでした。
ああ、文才、創作力が欲しい……。




「ちょっとお話、聞かせて貰うわね?」

 

 ニコリと、フードの陰から覗く口元が弧を描く。何か嫌な予感を感じ取ったミッテルトは無意識の内に後退り、一歩足を後ろへと引く。そんなミッテルトの動きを逃げ出すと捉えたのか、もう一人の女性が背中に背負った布切れへと手を回す。

 だが彼女の手は布切れを掴む前にピタリと止まる。

 

「……それ以上動くなら、斬る」

 

 ひどく冷えた声がこの場に響き渡る。女性が首元に目をやると、そこにはいつの間にか一振りの剣が突きつけられていた。

 女性はその剣の持ち主──華霖をフード越しに睨みつける。見た目良くて中学生の子供かと思っていたがこれは驚きだ。意識が堕天使へと向き油断していたとはいえ、まさか反応すらさせずに懐へ入り込まれるとは。

 

「ただの少年かと思っていたが……何者だ?」

 

「答える義理、ない。それに、その台詞はこっちも同じ」

 

 両者の間に流れる不穏な空気。今にも互いに斬りかかりそうなその状況に対し、真っ先に動いたのはもう一人の信徒の方だった。

 

「ちょ、ゼノヴィア! 何いきなり斬りかかろうとしてるの!?」

 

「止めるなイリナ。この堕天使が奴と繋がっているかもしれない。ならば、このままみすみすと逃すわけにはいかないだろう」

 

 布切れへと手を回す女性を叱咤するイリナと呼ばれた女性。そして今も尚首元に剣を突き付けられている女性──ゼノヴィアは、危険な状況にさらされているにもかかわらず、その声は落ち着きはらっていた。

 そしてミッテルトもまた、華霖を止めるべく動きを見せる。

 

「か、華霖も落ち着くっす! ここで暴れられたらたまったもんじゃないっすよ!」

 

「……こいつが先、仕掛けてきた」

 

「そうっすけど、でも止めるっす! あの布切れに包まれた奴、たぶんただの武器じゃないっす! 家が半壊してもいいんすか!?」

 

 ミッテルトの必死の叫びに華霖は渋々、と言った感じで剣を引く。首元の脅威が去ったことでゼノヴィアも手を元の位置まで戻し、イリナはほっと一つ息を吐く。

 ひとまず険悪な雰囲気が薄まったところでイリナは話を始めるために、コホン、と咳払いを一つ。

 

「一先ず名乗らせてもらうわ。私は紫藤(しどう)イリナ、そしてこっちがゼノヴィアよ。私たちはヴァチカンからの命を受けてこの町へ来たわ」

 

「はぁ、わざわざ魔王の妹が治める町にっすか? それはまたなんで?」

 

 わざわざ自己紹介から始めてくれたイリナへ対し『礼儀正しい子なんすかねぇ』と、どうでもいいことを考えるミッテルト。そんな彼女の反応を確かめるように、ゼノヴィアはフード越しにその様子を伺う。

 彼女たちが受けた命とは、先日華霖が発見した祓魔師(エクソシスト)が受けていたものと同じである。つまるところ、コカビエルの居場所を探りエクスカリバーを奪還だ。しかし未だコカビエルの動向は探れていない。

 そんな中で出会った堕天使の少女。ゼノヴィア達からしてみれば、まさにコカビエルへと近づく最大の手がかりに見えたことだろう。

 

 イリナは遠回りに己の目的を話しミッテルトの反応を探る。ここでもしコカビエルとなんらかの関係があれば、何かしらの反応をとると思ったからだ。

 しかし、ミッテルトは依然として平静を保ったままだ。まぁ、本人は今回の件とは全くの無関係なので、当たり前と言えば当たり前なのだが。

 

(ねぇゼノヴィア。やっぱりこの堕天使、今回の件とは関係ないんじゃない?)

 

(……いや、これが私達を欺く演技だという可能性も捨てきれない。こうなれば単刀直入に聞くしかないだろう)

 

 二人に聞こえないよう、耳打ちで話し合うイリナとゼノヴィア。話し合った結果、イリナはゼノヴィアの意見に賛同。

 バトンタッチし、今度はゼノヴィアがミッテルトへ問いかける。

 

「では単刀直入に聞こう。堕天使コカビエル、奴の居場所を教えてもらおう」

 

「コカビエルって……あのコカビエル様っすか? たぶん『神の子を見張る者(グリゴリ)』にいると思うんすけど」

 

 ゼノヴィアの質問に首を傾げながら答えるミッテルト。ここでも表情に焦りや緊張といったものは見て取れない。

 互いに目を合わせ、アイコンタクトを取るイリナとゼノヴィア。ミッテルトが今回の件に関わってはいないと判断したようだ。

 

「てかあんた達、なんでコカビエル様の場所なんか探ってるんすか?」

 

 一方的に質問を受けたミッテルトからしてみれば、二人がなぜそのような質問をしてきたのかが気になる。ミッテルトの質問を受け、またもアイコンタクトを取る二人。

 代表して口を開いたのはゼノヴィアだ。

 

「先日、我々教会側が保管していたエクスカリバーが三本盗まれた。犯人は堕天使コカビエル。奴はエクスカリバーを盗んだ後、この駒王町へと潜伏、姿をくらました」

 

「……は? コカビエル様がエクスカリバーを……?」

 

 口をあんぐりとさせ、我が耳を疑うような表情をするミッテルト。

 そんな彼女の無意識下で吐き出された言葉に頷き、次いでイリナが口を開く。

 

「私達は盗まれたエクスカリバーを奪還するためにこの町に来たの。あなたを見かけてゼノヴィアが襲いかかろうとしたのも、あなたがコカビエルと関係があるかもしれないって思ったからなの」

 

「しかしその様子だと、どうやら何も知らないようだな。……それならそれで、なぜここにいるのかは疑問に思うが」

 

 ゼノヴィアの言葉にミッテルトは内心冷や汗をダラダラと流す。『かつて聖女だった少女を騙し、殺す計画をした組織の一員です』なんて、そんなこと口が裂けても言えないだろう。というか言った瞬間この場で即殺されかねない。

 

「だが今回の我々の目的はコカビエルとエクスカリバーだ。今は関係ない堕天使に気を回している余裕はないのでね、これ以上は深くは聞かないさ」

 

「あ、あはは……そうなんすね」

 

 それ以上の追及はなく、ほっ、と胸を撫で下ろすミッテルト。

 するとここで華霖が口を開く。

 

「……お前達、二人でやるつもり?」

 

「無論だ」

 

 即答するゼノヴィア。隣のイリナへと視線を動かしてみれば、彼女もゼノヴィアの言う通りだと首肯する。どうやら彼女達は本気でコカビエルを二人で相手取る気らしい。

 しかし、ここで二人に異議を申し立てたのは、コカビエルの実力がいかほどのものなのかを知っているミッテルトだった。

 

「二人でなんて無理っすよ。歯牙にもかけられないまま殺されちまうっす。あんたら、そんなこともわからないんすか?」

 

「確かに、コカビエルにとって我々など虫けらのようなものだろうな。おそらく殺り合えば私達は殺されるだろう」

 

「そこまでわかっていて、なんで……」

 

「全ては主のためよ。そのためなら、私達は命を惜しまないわ」

 

 本当に馬鹿げている。己のためならばいざ知らず、主という曖昧なもののために命を賭けるなどとは。

 信徒も極まればこんなにも盲目的になってしまうのかと、ミッテルトは改めて感じた彼女たちの信仰心にゾッとするような感覚に襲われる。

 

 

「話は以上だ。邪魔をしたね」

 

「お邪魔しました〜!」

 

 扉の向こうへと移動する二人。バタン、という音と共に外の景色が閉ざされ、その姿は完全に二人の視界から消え去った。

 

 

 

 

 ゼノヴィアとイリナが去った後、ミッテルトはリビングへと移動し(くつろ)いでいた。しかしその雰囲気は寛ぐ、というにはあまりにも重苦しいもので。特にミッテルトに関しては口を真一文字に閉ざし、俯く顔は心なしか青ざめていた。

 

(コカビエル様がこの町に……)

 

 ミッテルトの脳内では先ほどの教会二人組との会話が繰り返されている。

 堕天使コカビエル。『戦争狂』と、敵味方問わず囁かれるその二つ名。争いを好み、戦いの中にこそ生の実感を得られる、まさに生粋の戦人(いくさびと)。そんな性格からか『神の子を見張る者』でもその存在感は一際大きく、また近寄り難い堕天使でもあった。

 しかしその実力は本物だ。先の大戦を戦い抜いた手腕は相当なものだろう。総督であるアザゼルよりかは力は劣るだろうが、その他幹部のバラキエル、シェムハザとはなんら遜色ない力を有している。そんなコカビエルにミッテルトは憧れた。性格や言動にこそ難がある堕天使だが、それでもミッテルトにとっては羨望を抱く一人であった。

 

 しかし彼女が憧れを抱く堕天使は現在、エクスカリバーを強奪してこの町に潜伏しているという。その事実にミッテルトはただならぬ恐怖を覚える。

 コカビエルが何をしようとしているかは知らないが、彼の性格から十中八九争いごとの類で間違いはない。そして先も言った通り、コカビエルは相当な実力者だ。彼がその気で力を振るえば、こんな町などすぐに瓦礫の山と化してしまうだろう。

 教会から派遣された二人に、この町を収めるリアス・グレモリーとその眷属たちもいるが…………はっきり言ってコカビエルを止めるには遠く及ばない。もはやこの町に残された選択肢は一つ、壊滅のみだ。

 

 無論、この町にいる自分もその余波で死ぬ危険性がある。できることなら一刻も早くこの場から逃げ出したい、そう心が訴えかけてくるのだが

 

「……華霖、どこいったんすかねぇ」

 

 リビングにない華霖の姿に、ミッテルトは不安気な声を漏らす。教会の二人が出て行った後、華霖もまた、家を後にした。

 あんな話をした後だからか、なにか、とてつもなく嫌な予感がする。その『なにか』が何なのかはわからないが、ミッテルトは己の胸のざわめきが気になってしょうがなかった。

 もしかして──ミッテルトの脳裏にある予測が浮かび上がる。それは彼女にとって最悪なもので、そしてかなりの現実味を帯びたものだった。

 

「いやいや、そんなわけないっすよ。きっとただ出かけてるだけっす、うんそうに決まってるっす」

 

 不安を拭い去るように大きな声を出し自分に言い聞かせる。だがそれだけで消えるものではなく、ミッテルトは椅子から腰を上げ台所へと向かう。

 

「もう夕食の時間だし、華霖がいつ帰ってきてもいいように作っておきますか!」

 

 イリナから受け取った袋から食材を取り出し調理を始めるミッテルト。鼻歌を歌いながら手を動かすその後ろ姿は、楽しそうというよりもむしろ……。

 

 

 大丈夫、きっと何事もなく帰ってくる。いつものように何も言わずに玄関の扉を開ける筈だ。そして『ちゃんとただいまを言え』と、そう叱る自分へ面倒臭そうにしながら『ただいま』と、可愛げなく言うだろう。

 そんないつものやりとりを想像しながら、ミッテルトは小さく笑みをこぼす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──結論から言うと華霖は帰ってきた。

 しかしそれは夜というには遅すぎる、日付が変わる時間帯で。そしてその手には一人の傷だらけの少女を抱えての帰宅だった。

 

 

 

 

 

 

 





という感じです。
次話では華霖が帰宅する前の話を書こうと思っています。

わかっている方は多いと思いますが、一応説明を。
第3巻内での時間軸でいうと、今回の話は一誠がリアスからケツ叩きを受けるちょっと前の時間帯です。
ということは次回は……。

さて、話は変わりますがついに始まりましたね『仮面ライダービルド』。
デザイン的には結構好みなので、かなり期待が持てます!
一週間の楽しみである仮面ライダー。その最新作。さてさてどうなるでしょう。

あ、ちなみに私は文系ですので、彼の『文系即死キック』には目を回しました(⌒-⌒; )


では、次話も気長にお待ちください!


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「そ、そうだよな。男の娘だよな」

第10話です!

サブタイの方はあまり気にしないでください。
思いつかなかったので適当につけたやつですので。




 時刻は夕方。黒いローブを身にまとった華霖は一人、人気のない路地裏を駆ける。

 彼がそんな行動を取る理由は一つ、コカビエルを見つけるためだ。

 

 先ほどの二人との話でコカビエルがこの町にいることが確定した。ならばこの町で争いごとが起きるのは確実だ。いや、もしかしたらすでにその戦いは起きているのかもしれない。

 ひたすらに路地裏をかける華霖。その距離に比例して日も沈み始め、気づけば茜色の空が徐々に黒ずんできている。後一時間もすれば完全に日は沈むだろう。

 

 

「……コカビエル、どこに隠れてる」

 

 また走り続けること20分弱。未だ何も手がかりが掴めずにいた華霖は足を止めしばしの休息を入れる。

 

「……アンク、まだ聞こえない?」

 

『ちらほらとは聞こえちゃいるが……ダメだ。どれも小さすぎてよくわからねぇ」

 

「そう……」

 

 アンクは他者の『欲望の声』を聞くことができる。

『欲望』とは、それ即ちその人物が心の奥底で願うもの。求め続ける、満たしたいと思う気持ち。あるいは『渇き』。

 大小様々ではあれど、それは誰しもの中に存在する。

 

 アンクにこの町に木霊する欲望の声を聞かせ、戦闘欲や殺戮欲といったものがあるのかを探していた。しかし結果は見ての通り。アンクの耳に届くのはごくごく小さすぎる欲望の声だけだ。

 アンクの返答に華霖はわずかに肩を落とす。こうもうまく隠れられるとなると、見つけ出すのにいったいどれほどの時間がかかるのか。

 

 早めに休息を切り上げ、アンクに引き続き声を聞くことを頼むと、華霖は再び捜索のため足を動かす。

 

『──待て!』

 

 その直前、アンクの怒声にも似た叫びによって急停止。何事かと尋ねると、アンクはボリュームを下げないまま荒げた声で言う。

 

『デケェ欲望だ! しかも殺戮が望みのいけすかねぇ欲だぜ』

 

「……たぶん、そこにコカビエルもいる。アンク、案内よろしく」

 

 アンクのナビゲートを受けながら、華霖はその欲望の声を発する存在の元へと向かって走りだす。

 

 

 

 

 

 ********

 

 

 

 

 

 キィン! ガキィン!

 

 人気のない路地裏に響き渡る鉄と鉄がぶつかり合う音。いや、その鋭さと甲高さは鉄と鉄というよりはむしろ『剣戟(けんげき)』と言ったほうがいいか。

 

「くそっ、相変わらずしぶとい奴め」

 

 その剣戟に鼓膜を揺らしつつ、苦々しい表情でそう漏らすのは駒王学園の制服に身を包んだ茶髪の少年。彼の名は兵藤(ひょうどう) 一誠(いっせい)。リアス・グレモリー眷属唯一の『兵士(ポーン)』にして、『赤龍帝』と呼ばれる伝説のドラゴンの力をその身に宿した転生悪魔だ。

 

 現在、一誠は仲間たちとともにコカビエルの居場所を捜索中、遭遇したはぐれ祓魔師(エクソシスト)フリード・セルゼンと交戦。今彼と刃を交えているのは同じくリアスの眷属で『騎士(ナイト)』の木場 祐斗だ。

 眼前で繰り広げられる高速の剣戟戦。一誠の目にはフリードへ襲いかかる木場の姿は映らず、何かを剣で弾きかえすフリードの姿のみしか見えていない。

 

「ケヒヒヒヒッ! オラオラどうしたよ、全然攻め切れちゃいませんぜぇ?」

 

 木場の猛攻を物ともせず、むしろ楽しそうに笑い声をあげながら剣を振るう。そんなフリードが持つ剣とは、今回の事件が起きるきっかけとなったエクスカリバー。奪われた三本のうちの一つ『天閃の聖剣(エクスカリバー・ラピッドリィ)』だ。

 使用者のスピードを底上げするその能力を使い、木場の攻撃を難なく受け流すフリード。対する木場は決定打と呼べる一撃を決めきれず、徐々に攻撃が単調にかつ、大振りになっていく。

 

「そんな攻撃じゃぁ、俺っちのハートは仕留められませんぜ!」

 

「ぐっ……!」

 

 振りかぶった隙をつき、フリードは高速の一振りをお見舞いする。すんでのところで防ぐことは出来たものの、体勢を大きく崩してしまう木場。

 それをフリードが見逃すはずもなく、第二刃を未だ体勢を崩した木場へと振り下ろす。

 

「させっかよぉ!」

 

「あぎゃぁ!?」

 

 木場へ迫るフリードの動きを崩したのは、同じく駒王学園の制服に身を包んだ少年。名を(さじ) 元士郎(げんしろう)。一誠とは主が違うが、彼も転生悪魔だ。

 彼の右腕にはデフォルメ化された黒いトカゲが乗っており、トカゲから伸びた舌はフリードの右足へ巻きついている。匙は右腕を思いっきり引っ張りフリードの攻撃を阻止。バランスを崩したフリードはその場に尻餅をつく。

 

「くっそが! メンドくさい神器(セイクリッド・ギア)ですなぁ!」

 

 苛つき悪態を吐くフリード。余裕が生まれたことで体勢を元に戻した木場は、その手に一振りの魔剣を創り構えを取る。

 

「キミは危険な男だ。今ここで始末させてもらうよ」

 

「始末? この俺ちゃんを? キャハハハッ無理無理! まったくも〜、木場キュンったら冗談がすぎますぜぇ?」

 

「……冗談かどうか、その身に分からせてあげるよ」

 

 下卑た笑みと言葉で木場を挑発するフリード。聖剣に、祓魔師に憎悪を抱く彼にとって、フリードのそれは効果覿面(てきめん)だった。

 剣を握る手には力がこもり、眉間にも皺がよる。そんな今にも切りかかりそうな木場を止めたのは一誠だった。

 

「落ち着け木場! そんな挑発になんか乗るな!」

 

「チッ、邪魔しないでくれよイッセーくぅん! 今は俺っちと木場キュンのあついあつーい真剣勝負中だぜ?」

 

「うるせぇ! 今ここでお前を倒せるなら、多対一だろうが関係ねぇ!」

 

 形振りは構っていられない。フリードは今この場で仕留める。彼らの意志にフリードは小さく舌打ち、忌々しい顔で木場を睨みつける。

 

「いいのかよぉ木場きゅぅん? エクスカリバーが憎いんだろ? 他人の手なんか借りちゃっていいのかなぁ〜?」

 

「あのやろっ……木場、耳を貸すな!」

 

 数の不利を理解してか、フリードは木場への挑発を再開。彼の復讐心を煽りに煽って強制的に一対一へと持ち込もうという作戦だ。

 一誠は必死に木場へ声をかけ続け、この場にいるもう一人の仲間である塔城 小猫の元へと走り寄る。

 

「小猫ちゃん、俺たちも加勢に行こう!」

 

「……わかりました」

 

 一誠の頼みに一つ返事で応じ、小猫は制服の胸元とベルトへ手を伸ばす。

 

「──まったく、何を手こずっている。フリード」

 

 その時、この場に新たな声が響く。

 一同の視線がその声の元へと集中。そして彼らの視線の先には、神父の格好をした初老の男性が立っていた。

 

 男を視界に収めた直後、木場の瞳が憎悪に揺れる。射殺すかのような視線で男を睨みつける木場は、怒りで震える口を動かし憎々しげな声で叫ぶ。

 

「バルパー・ガリレイッ!」

 

 初老の神父──バルパー・ガリレイは憎悪のこもった木場の言葉に関心を持たず、フリードに巻き付いた黒い舌へと視線を落とす。

 そして、はぁ、と一つ溜息を吐き一言。

 

「その程度の拘束など、聖剣の因子を使えば容易かろうに。まだ使い慣れていないというわけか……。ほれ、刀身へと聖なる因子を込めてみろ」

 

「アドバイスどぉも!」

 

 バルパーのアドバイスを受け、エクスカリバーの刀身へと聖なる力を込めるフリード。すると青白く輝き出したそれを振るい、巻きつく舌を斬り離す。

 自由の身となったフリードは聖剣を肩に担ぐように構え、木場、延いては一誠含めたこの場の悪魔全員へと告げる。

 

「ちょいと分が悪くなってきたでございますので、俺っちたちはここでバイちゃさせてもらうぜ!」

 

「っ! 待て!」

 

 捨て台詞を残し踵を返すフリード。去り際に牽制で木場へ何かを投げつける。迫るそれを木場は難なく剣で斬り裂くが、二つに割れた瞬間、それらは中で爆発。小規模の煙幕を張り木場の視界を覆い尽くす。

 突然の罠に木場が身構えた隙をつき、フリードとバルパーはこの場を後にしようと踵を返し──しかし立ち止まることとなる。

 

「……話は聞いた。お前達がフリードにバルパー。ようやく見つけた」

 

 駆け出そうとした彼らの前には、立ちふさがるように黒いローブに身を包んだ少年が佇んでいた。

 

「あん? あんた誰よ? もしかして俺の追っかけ?」

 

 軽い口ぶりとは裏腹に、フリードの表情は険しい。逃亡の邪魔をされたのだから当然の反応だろう。

 

「なんだあいつ? 子供……?」

 

「……っ! あれは」

 

 突如現れた黒ローブの少年に一誠は首を傾げながら呟く。だがその隣に立つ小猫はその黒いローブ姿に見覚えがあった。

 それは一ヶ月と少し前、公園で交戦したあのローブの少年。自分達グレモリー眷属を相手に難なく立ち回ったあの少年だ。一誠はあの時場にいなかったのでわからなくてもしょうがないが、彼を知っている小猫は『なぜここに』と疑問を浮かべる。

 

 ようやく見つけた、とあの少年は言った。つまり彼はバルパーとフリードを探していたということだ。しかしそれはなぜか。

 様々な考えを巡らせる小猫だが、次の少年の一言でそれらの疑問が解決することとなる。

 

「コカビエルの居場所、吐いてもらう」

 

「あぁ? 旦那の居場所だと?」

 

 どうやら彼もコカビエルを探しているらしい。ならばフリードとバルパーを探していたのにも納得がいく。

 

「祓魔師でもない子供が……いったいどこで我々のことを聞いた」

 

「お前達に言う義理、ない」

 

 バルパーの問いかけにそう返し、ローブの内側から大剣を取り出す。

 そのメカニカルな剣を見て小猫は確信した。やはりあの時のローブの少年なのだと。

 

「知られたからにはしょうがねぇ! ガキは黙って永遠にオネンエしてなぁ!」

 

 エクスカリバーの能力を使いスピードを底上げしたフリード。その速さを持って少年との距離を詰めると、高速の一振りを首へとお見舞いする。

 

「っ! 危ない!」

 

 斬りかかる瞬間が見えた一誠は思わず叫ぶもすでに手遅れ。その刀身は少年の首元へ吸い込まれるように振るわれ

 

「はいおしm──ゲボァ!?」

 

「「…………は?」」

 

 突如、フリードの体が宙を舞う。そのまま何度かバウンドしバルパーの足元へ。

 いったい何が起きたのか。全く理解できていない一誠と匙は呆気にとられた表情をし、ほぼ同時に間抜けな声を出す。

 

「ゲホッ、ガホッ……クソガキが、何しやがった!」

 

「別に、ただ蹴った。それだけ」

 

「あ゛あ゛!? ただ蹴っただけだぁ! 冗談にしても笑えませんぜぇ!?」

 

 そう言い、もう一度斬りかかるフリードだったが結果は同じ。蹴り飛ばされ元の位置まで戻される。

 地面を転がるフリードを見て、バルパーは信じられないような表情で言葉を漏らす。

 

「ありえん! たかだか人間、しかも子供ごときがエクスカリバーを上回るなど!」

 

「使い手が三流。伝説の剣の無駄遣い」

 

 確かにフリードは聖剣の因子を埋め込んで日が短い。だがそれでもかつて教会で天才謳われたほどの実力者だ。それをエクスカリバーの力で底上げしたというのに、目の前の少年はまるで歯牙にもかけていない。

 

 ──この少年は危険だ。

 想定外の強敵の登場にバルパーは、ギリリ、と歯軋りをする。このままでは確実に捕まってしまう、それだけは何としても避けなければならない。

 

「フリード、撤退だ! この状況はかなりまずい!」

 

「ちっくしょうがァ! クソガキ、次会った時はぶち殺してやんよ!」

 

 忌々しそうに吐き捨て、フリードは懐から取り出した何かを下へ投げる。直後、目も開けられないほどの光が弾け、一誠たちの視界を奪う。

 光が収まり視力が戻った頃にはフリード達の姿はなく、少年──華霖は足元に剣を突き立てる。

 

「……逃げられた」

 

『だがあいつの「声」は覚えた。追うか?』

 

「うん、行く」

 

 再びアンクのナビを頼りにフリード達の後を追おうと剣を抜く。撤退したということはコカビエルの元へ逃げ帰ったということ。これはまたとないチャンスだ。

 

「ちょっと待ってくれないかい?」

 

 フリードを追おうと動き出す華霖を止めたのは木場だった。その視線はフリード達に向けられたものほどではないが鋭いもので。

 気づけば木場の後ろには一誠に小猫、匙が立っており、仕方なく華霖はもう一度地面に剣を刺す。

 すると5人の元に新たな人影が近づいてきた。

 

「どうやら出遅れてしまったようだ」

 

「ヤッホー、イッセー君!」

 

 その人影はつい先ほど話しをしていたゼノヴィアとイリナの二人。彼女達は一誠達の元へ近づき、そこで華霖の存在に気づく。

 現在華霖はフードを深く被っており、ゼノヴィア達から顔が見えていない。なのでイリナは目の前の少年があの時の子供だとは気づかず、とりあえず一誠に聞いてみることに。

 

「あれイッセー君、この子誰?」

 

「いや、俺に聞かれても。俺もこの子が誰だかさっぱりなんだ」

 

「へぇー。ねぇ君、名前なんていうのかな?」

 

 視線を合わせるように腰を下げ、優しい声で名前を尋ねるイリナ。このまま無視しても良いが、そうしたら面倒臭いことになると予想し、仕方なくイリナの問いに答える。

 

「名前、華霖」

 

「カリンっていうの、いい名前ね。……ん? カリンって、確かどこかで……」

 

 その名前にどこか引っかかるものがあるらしく、イリナは首を捻って考え込む。そんなイリナに助け船を出したのはゼノヴィアだ。

 

「その声。もしかすると先ほどの少年か?」

 

「え、本当!? ちょちょ、キミ、ちょっと顔見せて!」

 

 イリナに捲し立てられるようにフードを取り払う華霖。彼の晒した素顔にあるものは驚き目を丸くし、あるものは、やっぱり、と納得の表情を浮かべる。

 特に顕著に反応したのは一誠だ。

 

「えええ!? お、女の子!?」

 

「いやいや、声からして男だろ。確かに中性的だけど間違えんなよ」

 

「そ、そうだよな。男の娘だよな」

 

 何かが違う気がするが、一誠も華霖が男だと理解することができた。

 

「今は時間ない。早くあいつら、追う」

 

 こうしている間にもフリード達はどんどんと遠くへ行っている。別に居場所は分かってはいるが、それでも色々と迎撃の準備をされたら面倒だ。

 華霖の言葉にイリナとゼノヴィアは顔を見合わせ頷きあう。

 

「奴らの居場所は?」

 

「ここをずっと先に行った所。たぶん廃墟」

 

「感謝する。行くぞ、イリナ!」

 

「あ、待ってよ! じゃあまたね、イッセー君!」

 

 華霖の言った場所を目指し走り出すイリナとゼノヴィア。彼女達の後に続き、木場もまた一人仲間達から分かれて走り出す。

 

「おいっ、木場!……ったく、あいつ一人で」

 

 一誠が制止の声を掛けるも遅く、木場の姿は先にこの場を離れた二人同様見えなくなる。

 この場にいる必要性もなくなり、華霖もまた、三人の目指す場所へ向かおうと踵を返す。そして走り出そうとしたその時、何者かにローブを引っ張られる。

 振り返ると、そこには自分よりも十数㎝低い白髪の少女が。

 

「……なに」

 

「あ、いえ……なんでもありません」

 

 華霖が問いかけるが、結局小猫はなにも言わずにローブから手を離す。俯きながらも華霖を見るその瞳は何か言いたげで。

 はぁ、と小さく息を吐く華霖。フードを被りなおした彼は振り返ることなく

 

「……気が向いたら、助ける」

 

 一言、小さな声でそう言い残しこの場を後にする。

 

 

 

 

 

 

『ずいぶん優しいじゃねぇか。どういう風の吹き回しだ?』

 

「……あれはアンクのせい」

 

『別に俺はあの白髪の声を聞いただけだぜ? 最終的に決めたのはお前だ、俺のせいにすんな』

 

 走りながらアンクと言い合いをする華霖。

 

『にしても久しぶりに聞いたぜ。あんなに純粋に他人を思う声なんてよ。それにあの茶髪もな。お、ぉっぱぃとか、そんな煩悩も多かったけどよ』

 

「アンク、初心(うぶ)

 

『う、うるせぇ! んなこと言ってる暇があったらキリキリ走れ!』

 

 そんな二人の会話は、今から死地に赴くというにはあまりにも和やかな、日常的な会話だった。

 

 

 

 

 

 




はい、というわけでフリードとの戦闘(笑)でした。
コカビエルとの前哨戦なのでサクッと終わらせたかったのですが、一話まるまるかかるという。

さて、次回こそコカビエルとの戦闘!……に入れたらいいな。

それでは、次話も気長にお待ちください!



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Regret nothing~Tighten UP~


第11話です!

サブタイは……規約違反じゃない、よね?




 一誠達と別れ、暗い街道をひた走る華霖。先にフリード達を追ったイリナ達はおそらく、すでに彼らと交戦している頃であろう。

 

「アンク、『声』はどう?」

 

『聞こえてるぜ。しかも奴さん、数もぞろぞろいやがる』

 

「決まり。そこ、拠点」

 

 戦力が集約しているということは、すなわちそこが敵の本陣ということ。さらに言えば、そこにコカビエルがいるということだ。

 一段階、走る速度を上げる。一刻でも早く、奴らの拠点へ。

 

 

 

 

 

 ********

 

 

 

 

 

 駒王町の外れにある、もう誰も住んでいない廃れた廃屋。外観は珍しい洋館めいた建物で、その外壁にはいたるところに植物の(つる)がまとわりついている。

 ある種、ホラー映画に出てきそうなそんな洋館には現在、剣戟が鳴り響いていた。

 

「はあぁっ!」

 

 気合のこもった一声とともに、木場は己の神器(セイクリッド・ギア)である『魔剣創造(ソード・バース)』で創った魔剣『光喰剣(ホーリー・イレイザー)』を振るう。その光を喰らう特性を持つ剣は、目の前のはぐれ祓魔師(エクソシスト)の光の剣を無力化し、確実にその一撃を決める。

 

「邪魔だ、どけ!」

 

 叫びながら身の丈ほどある大剣を振るうのはゼノヴィア。今はフードを取り払い、その青髪を靡かせながら次々と敵を斬り伏せる。

 彼女の振るう大剣は7つに分かれたエクスカリバーの一つ『破壊の聖剣(エクスカリバー・デストラクション)』。威力だけで言うのならばエクスカリバーの中で一番のそれは、地面に巨大なクレーターを作り、その余波は人間など軽々しく吹き飛ばす一撃となる。

 

「それっ!」

 

 そして最後はイリナ。彼女もまたフードを脱ぎ、栗色のツインテールが宙に舞う。その手にある剣はゼノヴィアとは対極の細身の刀身、形だけで言うのならば刀に酷使したそれを振るい、一人、また一人と敵を沈めていく。

 彼女が振るう剣もまたエクスカリバーの一つ。その名も『擬態の聖剣(エクスカリバー・ミミック)』。形を所有者の思うままに変形させることができるそれは、ある時は枝のように分裂し、ある時は剣では届き得るはずもない敵すらも刀身を伸ばし捉える。まさに変幻自在、擬態の名に相応しい戦い振りだ。

 

 木場たちがこの廃屋にやってきてすでに10分ほどの時間が経過した。その間、三人はそれなりの数のはぐれ祓魔師を倒したのだが、それでも数は一向に減る気配すら感じない。

 

「くそ! いったいどれだけいるんだ、こいつらは!」

 

『戦争狂』と謳われたコカビエル。かつて起きた大戦で猛威を振るったその指揮能力、そしてある種のカリスマと呼べる呼べるものは相当なものだっただろう。

 次々と湧いて出てくるはぐれ祓魔師達も、コカビエルのカリスマによってその傘下に収まった者達だと考えれば、そのカリスマ性の高さも伺える。

 

 まるで底が見えない敵の戦力。対してこちら側の体力は時間が経過するとともに徐々に削られていく。一人一人は大した戦闘力はないにせよ、それでも数の暴力というものは凄まじいものがある。

 まだ余裕があるとはいえ、コカビエルと戦う前にこれ以上体力を消耗するのはまずい。

 

「さすがに多すぎ……っ!」

 

「──っ! イリナ、後ろだ!」

 

「え──」

 

 まるで減る気を見せない敵の戦力。10分そこそことはいえ、それほどの時間殺気に当てられ続け、また集中し続けたイリナ。

 そんな彼女はほんの一瞬、時間にすれば瞬きほどの間だが、集中力を途切らせてしまう。だがそれは多対一、ましてや囲まれての集団戦においては致命的なまでの油断で。

 

 ゼノヴィアの一言で我に帰り、即座に視線を背後へ移すイリナ。そこには光の剣を振り上げ、今にもそれを振り下ろしてきそうな敵の姿が。

 まずい──頭で理解していても、体はその攻撃に対処できない。

 

 そしてはぐれ祓魔師がイリナへ向けて剣を振り下ろす──

 

 

 《チーター!》

 

 

 室内に響く、場に不似合いな異質な機械音。それとほぼ同時、イリナの目の前の、いや彼女の眼前に移るはぐれ祓魔師が全て地面に倒れこむ。

 その奇怪な光景にイリナ、そしてゼノヴィアや木場までもがその目を丸くする。

 

「なんだこのガk──」

 

 次に背後から、敵の驚愕した声が聞こえてくる。その声に引っ張られるようにイリナが視線を動かすと、そこには大剣を握りしめる黒ローブの少年──華霖の姿があった。

 

 まさか今のはこの少年がやったことなのか。信じられないことだが、事実、彼以外に当てはまる人物はいない。

 

「キ、キミ──」

 

「まとめて片付ける。うまくかわして」

 

 そう言いながら、華霖は右手に一枚の青いメダルを握りしめ、大剣の投入口へとそれを入れる。そしてレバーを一押し。

 

 《ウナギ!》

 

「へ? ウ、ウナギ……?」

 

 大剣から鳴るのは新たな音声。しかしなぜ『ウナギ』なのか。イリナが首を傾げていると、少年の持つ剣に青光りする稲妻が迸る。

 それを見た三人は、先ほど華霖が言った言葉を頭の中で繰り返す。そしてそれぞれ、次に来る何かを予想し大慌てでことに備え始めた。

 

「くそ、正気か!?」

 

「ちょちょちょ、盾! たて、タテ、盾ぇぇええ!」

 

「サ、雷吸剣(サンダー・アブソーブ)!」

 

 ゼノヴィアは剣を地面に突き立て壁へ。イリナはその形状を身の丈ほどの盾へと変形。そして木場は新たに、黄色の塗装をされた剣を創り出す。全員が全員、必死の形相だ。

 彼彼女らが準備を整えたのとほぼ同時、華霖は大剣を横薙ぎへと振るう。

 

「全員、散れ」

 

 バチッ! バリバリバリ──ッ!

 

 まるで空気が裂けたのかと思うほどの放電の音が室内を揺らす。そして数秒、青白い色が全てを染め上げ、イリナ達の耳にはぐれ祓魔師の絶叫が響き渡る。

 断末魔のような彼らの叫びが止む頃、放電もその勢いをなくし室内に暗闇が戻る。シン、と先ほどまでの騒音が嘘のように静まり返り、三人がそれぞれ視線を部屋のあちこちに移すと──そこには身体中から煙を上げ地面に倒れ伏す大量のはぐれ祓魔師の姿が。

 

「うひゃー……」

 

「これはなんとも……凄まじいな」

 

「ははは、間に合ってよかったよ」

 

 三者三様、目の前の光景に反応を示す。あれほどの数のはぐれ祓魔師が一瞬で戦闘不能になったのだ。驚くのも無理はないだろう。

 

「前座はいらない。コカビエル、出てこい」

 

 倒れこむ敵に目もくれず、華霖は部屋の奥へと足を進める。次いで木場達もその小さな背中を追い、次の部屋へと続く扉を通り抜けた。

 

「──ほぅ、よもやこれほど早く辿り着くとはな」

 

 部屋の奥。反対側から聞こえてきた男の声。わずかに関心したような一言、そう、ただの何気ない一言のはずだ。

 

「──っ!!!」

 

「あれが、コカビエルか……」

 

 重くのしかかるプレッシャーに息を飲むイリナ。そしてゼノヴィアは奥に潜む人物を視界に捉え呟く。木場も冷や汗を流しつつ、その手に魔剣を創り臨戦態勢をとる。唯一、華霖のみが表情を変えず部屋の向こうへと視線を向けている。

 彼らの視線の先には大きな肘掛椅子があり、そこには一人の男が座っていた。黒いローブに装飾を施したその人物こそ、今回の事件の原因を作った男。聖書に記された堕天使コカビエルである。

 

 コカビエルは椅子の肘掛部分を使い頬杖をついており、四人の侵入者へとその力強い眼光を向ける。

 

「下級悪魔に人間か……。珍しい組み合わせもあるものだ」

 

 その視線は木場、ゼノヴィア、イリナと順に向けられ、最後の一人──華霖に向けられた瞬間、その瞳はわずかに見開かれる。そして口元は大きく弧を描き、嬉々とした表情を浮かべ。

 

「かはっ──はははははっ! いい、実にいい! これは予想外の珍客が現れたものだ!」

 

 立ち上がり四人を、いや華霖を見ながら嗤うコカビエル。なぜ彼が急に笑い出したのか、イリナ含め他二人はその表情に疑問を貼り付ける。

 

 なぜ彼が喜び嗤うのか。それを知るのはこの場においてただ二人のみ。

 一人はもちろん、今もなお狂ったように嗤うコカビエル。そしてもう一人は

 

「あの日の決着、付けに来た」

 

 静かに、だが確かに気合のこもった一言をぶつける華霖だ。大剣──メダジャリバーを構え直し、華霖は臨戦態勢を整える。

 そんな華霖に気を引き締め直した三人もまた、各々の武器を構えコカビエルを睨む。

 

 しかしそんな三人の威嚇など歯牙にもかけず、コカビエルの瞳はただ一人、華霖にのみに注がれていた。

 

「決着か。ああ、そうだな。あの時、うやむやに終わった一戦。俺の中で燻っていたあの続き。時が流れ、もう二度と相対することがないと思っていたが」

 

 懐かしむような表情で、静かに、そしてゆっくりと言葉を並べるコカビエル。

 

「よもやまた、貴様とこうして巡り会うとは。幾つか疑問があるが、今この場においては些細な問題だ」

 

「世間話、しに来たつもりない。構えろ」

 

「……ああそうだな。言葉など、幾つ並べようが意味は持たん」

 

 右手を水平に上げ、コカビエルは手の先に光の槍を作る。一段階重くなるプレッシャーに、華霖以外の三人はわずかに体を震わせる。それは武者震いか、それともあるいは──。

 

「では、始めるぞ」

 

「……こい」

 

 死合い、開始──。

 

 

 

 

 

 ********

 

 

 

 

 

 ──なんて戦いだ。

 

 目に映る戦いを見て、木場はただただそう感じた。

 コカビエルはさすがは堕天使の幹部といったところか。四対一であるというのにまるで数の差を感じさせない。いやむしろ、こちら側に防戦一方の展開を強いている。

 振るわれる『隻腕』から放たれる光の槍は並の悪魔なら一瞬で塵に、人間ならば跡形もなく粉々にされるであろう威力を秘めている。しかもそれらはコカビエルにとってはなんら特別でないただの一撃だ。雨霰(あめあられ)と言わんばかりに降ってくるのでたまったものではない。

 

 しかし防御に回る中で唯一、コカビエルへ肉薄する影が一つ。それはこの場において見た目は一番幼い少年、華霖だ。一撃一撃が死につながるものだとわかっているはずだが、単身斬り込んでいく姿に恐怖心は一切ない。

 縦横無尽なフットワーク、そして人間離れした身体能力。それらを駆使し、コカビエルの一撃を躱しながら懐へと潜り込み、または死角へと入り込み武器である大剣を振るう。しかしそれらも悉く防がれ、一撃と言える傷は与えられていない。

 だがこうして木場達が防戦を行えているのも、ああして華霖がコカビエルの気を引いているおかげだろう。

 

「はははははっ! この高揚、久しぶりだ!」

 

 吠えるコカビエル。華霖と一撃を交える度その攻撃の鋭さ、そして威力はどんどんと上がっていく。

 

「あちらにばかり気を回していいのか!?」

 

 攻撃が止む隙をつきゼノヴィアが突撃。そして跳躍し宙に舞う堕天使目掛け、破壊に特化した一撃をお見舞いする。

 

「破壊に特化した聖剣か! だが、所詮は壊れ物!」

 

 コカビエルは光の剣を作り対抗。ぶつかり合った両名の武器は拮抗し、ヂリヂリと火花を散らせる。だがそれもわずかな時間の出来事だ。人間であるゼノヴィアと堕天使の幹部、どちらに軍配があがるかと言われれば当然後者だろう。

 力任せに振るわれる光の剣。それだけでゼノヴィアの体は地面へ押し返され、勢い良く叩きつけられる。

 そして追撃。光の槍がまだ立ち上る砂煙りへ向けて降り注ぐ。

 

「ゼノヴィア!」

 

「──安心しろ、無事だ!」

 

 辛うじて回避に成功したゼノヴィアが煙の中から姿を表す。ほっ、と安堵の息を吐くイリナ。

 しかしこのままではまずい。確かにあの少年のおかげで辛うじて防戦できているものの、このままではジリ貧だ。いずれこのままでは押し切られてしまう。

 

 次々と嫌なイメージが湧き上がってくるイリナの耳に、凄まじい衝撃音が聞こえてくる。慌てて視線をそちらに向けると、そこには片膝を地面につき、口元から一筋の血を流す華霖の姿があった。

 

「どうした、貴様の力はそんなものではないだろう! 本気を出せ!」

 

 そんな華霖へ向け、コカビエルは怒声にも似た言葉を浴びせる。

 地面に剣を突き立て、それを杖代わりにして立ち上がる華霖。袖で口元の血を拭い、フードを取り払うと黒い双眸でコカビエルを見上げる。

 

「だったら、少し本気、出す」

 

 そう言い、懐へ手を伸ばす。そして取り出したのは三つの装填口が設けられた見慣れぬ何か。

 華霖が取り出したその何かにイリナたちの視線が集まる。いったいあんな小さなものでどうやってコカビエルと渡り合うのか。

 

『……やるんだな』

 

「うん。アンクたちも、よろしく」

 

 真剣な声音で問うアンク。一言、彼女にそう返し、華霖は取り出したそれ──『オーカテドラル』を腹部へ当てる。するとどうだろう。オーカテドラルの側部からベルトが伸び、腰に装着されたではないか。

 

「アンク、カザリ、ウヴァ……よろしく」

 

『ま、王サマの頼みだ、仕方ないさねぇ』

 

『無茶だけはしないでねー』

 

 聞こえるのはウヴァと若い青年──カザリの声。すると華霖の右手に赤、黄、緑の計3枚のメダルが現れ、それらを握りしめる。

 そして掴んだそれらを右から赤、黄、緑の順でオーカテドラルの装填口へと装填、さらに斜めに傾ける。

 

「いったい、何をするつもりなの……?」

 

 その一連の行動を端から見守るイリナはゴクリと息を飲む。

 

 そして最後に華霖は腰側部に付属した丸い物体を手に取る。するとその物体──『オースキャナー』から待機音のような音声が流れ、華霖は装填したメダルの上からスキャナーを滑らせる。

 

 

 ──キン! キィン!! キィィイン!!!

 

 

 メダルを一枚読み込むごとに甲高い音が鳴り響く。そして最後の一枚を通過したその後、華霖は一言、呟くように漏らす。

 

「……変身」

 

 

 《タカ! トラ! バッタ!》

 

 

「は、タカにトラ? それにバッタって……」

 

 タカとトラはわかる。だがバッタとは、どうイメージをしても強い印象が湧いてこない。

 なんてことを考えている間にも、華霖の『変身』は続く。

 

 室内に木霊するは3種の生物の名。それぞれの名前が呼ばれるごとに華霖の頭、胴、足を中心に無数のメダルが回る。

 

 《タ・ト・バ! タトバ ! タ・ト・バ!》

 

 次いで、華霖の頭に流れてくる軽快なメロディー。すると回転するメダルの中から3枚、装填したメダルと同じものが眼前に現れ合体。一つのメダルと化したそれは華霖の胸に吸い込まれるように引き込まれ──全身が金色に発光する。

 

 一瞬のことだが、唐突の発光に思わず目を閉じるイリナ。そしてすぐに目を開けると、そこには華霖ではなく一体の異形が立っていた。

 

「なに、あれ……?」

 

「姿が変わった、だと……?」

 

「これは……」

 

 姿の変わった、いや『変身』した華霖の姿を目にし、イリナたちは今日何度目かの驚愕の表情をする。対しコカビエルはその笑みを深め、その10枚の翼を大きく羽ばたかせた。

 

「待っていたぞ、その姿を! さぁ、第二ラウンドといこうじゃないか!」

 

 窓から漏れる月明かりの下、歓喜の声が鳴り響く。

 

 

 

 

 

 

 





というわけで、ようやくの変身。
長かった……11話も使うとは思っていなかったです。
皆さんに後2、3話といった手前、間に合うように調整しました!
いや〜間に合ってよかったです!


では、次話も気長にお待ちください!




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「──行ってきます」


第12話です!
少し遅めの更新で申し訳有りません!



 コアメダルによって変身した華霖。その姿は人というにはあまりにも異質で、しかし異形と呼ぶにはその纏う雰囲気は雄々しさを感じさせる。

 この力はかつて、悪魔となった錬金術士が作り出した『無限の欲望の結晶』。

 その名は『オーズ』。

 

 全身は黒を基調とし、頭部、胴体、足部がそれぞれ赤、黄、緑で彩られた姿。その中でも特に目を引くのは胸の中央、全周が金縁となっているサークル。上から読み込んだメダルと同じ色で3分割され、それぞれにモチーフとなる動物の柄が描かれている。

 

「ふぅぅぅ……」

 

 数度、深呼吸をする華霖いや……オーズ。そして手のひらをグーパーグーパーと握っては開きを繰り返す様は、まるで感触を確かめているように見える。

 

『いけるな?』

 

「うん、大丈夫」

 

 メダジャリバーの柄を握り、勢い良く地面から抜き取る。そして赤い頭部に爛々と輝く緑の複眼でコカビエルを捉え、足に力を集約させるように膝を曲げる。

 瞬間、オーズの体に変化が。

 初めの変化は胸元のプレート──『オーラングサークル』から伸びる線。『ラインドライブ』と呼ばれるその線は頭部と四肢へ向かって伸びており、その内脚部へ伸びた線が発光。するとオーズの両足も緑色の光をまとい、その形状はまるでバッタのような脚へと変化する。

 

 そして跳躍──オーズは一気にコカビエルの正面までその距離を詰める。

 

「なっ……」

 

 それは誰が漏らした声か。無意識に口に出したであろうそれは驚きに包まれていた。

 

 常人離れした跳躍で距離を詰めたオーズ。勢いのままメダジャリバーを振り下ろし、コカビエルは光の剣でその一撃を受け止める。

 だがその一撃は予想を超える重さで、ズン、とまるで巨岩のような衝撃が隻腕にのしかかる。それは人が、しかも子供が出すには到底考えられない一撃で。

 コカビエルは顔をわずかに(しか)め、だが一方で口元を大きく歪ませる。それは長い時の間待ち侘びた瞬間がようやく訪れた、そんな表情にも見え。

 

「はぁぁあっ!」

 

 気合一声。さらにメダジャリバーへ力を込める。それに呼応するように、コカビエルの隻腕にかかる重圧も増す。

 そしてついに破れる拮抗。その一撃に耐えきれず、コカビエルは石造りの床へとその身をぶつける。

 

 衝撃で砂煙が舞い上がりコカビエルの姿を隠す、がそれも一瞬のこと。10枚もの翼が起こす風圧で煙は霧散。視界をクリアにしたコカビエルは光の槍を生成、未だ地面に着地し終えていないオーズへ向け投げつける。

 オーズは迫り来る槍をメダジャリバーを振り上げることで弾きあげ直撃を阻止。槍は屋根へと激突し、崩壊音とともに巨大な穴を開ける。

 

「イリナ!」

 

「ええ!」

 

 攻撃後の隙をつき、イリナとゼノヴィアが背後から襲い掛かる。

 

「ふん……鼠が煩わしい」

 

 背後の二人へ向けられるコカビエルの眼光。その瞳が発する殺気に一瞬、イリナとゼノヴィアの動きが固まる。

 だがその瞬きの間の硬直は、コカビエル相手にとっては大きな隙で。

 

「面倒だ、まとめて散れ」

 

 大きく広がる両翼。するとそこに生える無数の羽がまるで刃物のように鋭く研ぎ澄まされ、羽ばたきとともにイリナとゼノヴィアへ放たれる。

 まるで黒い暴風雨のように降り注ぐそれらは、二人の視界からコカビエルの姿を消すほどの物量を持って襲い掛かる。

 

「っ、これは……!」

 

 ゼノヴィアは咄嗟にエクスカリバーを盾にして直撃を免れる。しかしそれほど巨大な獲物を持っていないイリナは別だった。

 盾へと変化させようとするも間に合わず、刃の雨が彼女の体を切り刻む。

 

「ぁあああぁああ!」

 

 襲い来る激痛。体の至る所に羽が刺さり、また傷口からは鮮血が噴き出す。一瞬で血塗れ状態へと化したイリナはその場に膝をつき、前のめりに倒れこむ。

 血を流し倒れこむ相棒にゼノヴィアは目を奪われる。

 

「どうした、動きが止まっているぞ?」

 

「ぐぅ……っ!?」

 

 動きが止まったゼノヴィアをエクスカリバーごと蹴り飛ばす。油断をつかれた一撃で地面を数度バウンドし、反対側の壁へと激突。ぶつかった衝撃で肺の空気が押し出され、苦悶の表情で倒れこむ。

 

「はぁ!」

 

 死角から現れた木場がコカビエルの頭部めがけて魔剣を振り下ろす。だがその剣は光の剣の前に粉々に砕かれ、お返しとばかりに腹部に強烈な蹴りをもらう。

 ギリギリで後方へ退いたことで威力を軽減するもののその衝撃は重く、木場は距離をとり片膝を地面に着く。

 

「……貴様ら程度では遊び相手も務まらん。やはり楽しませてくれるのはお前だけのようだな」

 

 まるで相手にならない三人に嘆息しつつ、オーズへと双眸を向けるコカビエル。ある種期待を込められたといってもいいその言葉に、オーズは剣を構えなおし沈黙をもって答える。

 

 ──構えろ。

 

 緑の双眸が語る。そして纏う気迫もまた一段と凄みを増し、たまらずコカビエルは笑みをこぼす。

 

「まったく──貴様は本当に楽しませてくれる!」

 

 

 そこから先の戦闘は苛烈を極めた。剣を交え、時には拳を交え、その衝突の余波は地面を砕き、幾つものクレーターを生んだ。まさに力と力のぶつかり合い。

 痛みから回復したゼノヴィアと木場は、目の前で繰り広げられる戦いをただ黙って見ることしかできなかった。

 

「はははっ、いい! 実にいいぞ!」

 

 鍔迫り合いをしながらコカビエルは嗤う。その目に映る三色の異形は己となんら遜色ない力で剣を押し付けてくる。そんな何気ないやり取りでさえ、コカビエルにとっては歓喜するに値するものだった。

 しかしまだ、まだ足りない。コカビエルは剣を弾きあげ、がら空きとなった胴体へ蹴りをめり込ませる。そのまま後方へと大きく吹き飛ばされたオーズは、しかし空中で体勢を立て直し

 

「カザリ」

 

 新たに現れたメダルを左のメダルと入れ替え、再びオースキャナーでスキャン。

 

 《タカ!トラ!チーター!》

 

 現れるのはタカとトラ、そしてチーターを模したメダル。そしてそれらは一枚のメダルとなり、オーズの胸へと収まる。

 直後、オーズの姿は赤、黄、黄の『タカトラーター』へと変化。オーズはトラアームの武器『トラクロー』を展開。そのままコカビエルへと肉薄、両手の鉤爪で襲いかかる。

 コカビエルも光の剣で応戦。激しい火花を散らしながら、両者の武器はぶつかり合う。

 

「ギア、一つ上げる」

 

 直後、オーズの動きが変化。先ほどまでよりも一段階、動きが速くなる。

 コカビエルの繰り出す槍の雨を意にも介さず避け続け、閃光を思わせる速度で懐へと入りこむ。そしてトラクローでの連撃、その鋭い刃はコカビエルを切り裂く。

 舞い散る鮮血。痛みでわずかだが顔を歪めるコカビエルは、翼を広げ羽のナイフを放つ。オーズはそれを高速のバックステップで回避、両者は数メートルの距離を取る。

 

「コカビエルを押してる……」

 

「これなら、いけるか?」

 

 二人の戦闘を見ていた木場とゼノヴィアはコカビエルと遜色ない、いやわずかに上回っているオーズに期待を抱く。対しコカビエルは、胸元から腹部にかけて走る斬撃の痕を見て、不快そうに顔を歪める。

 だがそれは傷つけられたことに対する怒りではなく、目の前で対峙する男へのある種の不満のようなものだった。

 

「どうした、貴様はこの程度ではないだろう!」

 

 不満を前面に押し出した表情で、コカビエルはオーズへと怒声をぶつける。

 

「何を温存する必要がある! 俺の左腕を切り落とした力、もう一度見せてみろ!」

 

 隻腕で失った左腕を掴みながら叫ぶ。そんなコカビエルの叫びに木場は目を見開いた。

 コカビエルと拮抗するほどの力を有しているだけでも凄まじいとわかるのに、あの姿にはまだ上があるのかと、驚愕を隠せない。

 しかもコカビエルの左腕を斬り落としたとなれば、それは相当な力だろう。

 

「……だったら、みせてやる」

 

「──コカビエル、何をしている!」

 

 不意に室内に響く男の声。その声にコカビエル、次いでオーズと木場たちが目を向ける。そこにはバルパーが立っており、忌々しげに顔を歪めていた。

 

「何をこんな所で油を売っている! 目的を忘れたか!?」

 

「……ふん、うるさい奴だ」

 

 舌打ちを一つ、コカビエルは視線をオーズへ戻すと低い声音で告げる。

 

「興が冷めた。戦いの続きはまたにしよう」

 

「……逃すと思う?」

 

「まぁ落ち着け。ただ戦いの場を変えるだけだ」

 

 そう言い、コカビエルはオーズへ背を向けるとバルパーの元へと歩みを進める。そして扉の前まで歩いた所で、園黒い両翼10枚を広げる。

 

「場所は駒王学園。今宵日が変わる頃にそこへ来い。決着をつけるぞ」

 

 そう言い、翼で突風を起こし砂煙を巻き上げるコカビエル。煙が晴れた先にはすでにコカビエルとバルパーの姿はなく、オーズはメダジャリバーを地面に突き刺すとオーカテドラルを水平に戻す。するとまたもオーズの姿は光に包まれ変身が解除、華霖の姿へと戻る。

 コカビエルが去ったことで木場はその場にへたり込むように座り、ゼノヴィアは倒れこむイリナへ駆け寄ると怪我の状態を確認。やはりその傷は深く、血が今もなお流れ続けている。

 ゼノヴィアは自身のローブを破り、それ以上の出血を防ぐため手足の根元をきつく縛りあげる。だがそれでも流れる血は止まらない。

 

「くそ、傷が深すぎる!」

 

 焦燥に駆られるゼノヴィア。その間にもイリナはどんどんと衰弱していく。傷薬は持ち合わせてはいるものの、この傷ではそう効果は期待できないだろう。

 険しい表情のゼノヴィアに近づく華霖。その手にはメダジャリバーと、そして三枚の橙色をしたメダル。

 

「……ラザード、また怒られる」

 

 《コブラ!カメ!ワニ!》

 

 それらのメダルを装填し、華霖はメダジャリバーの切っ先を倒れこむ少女へ向ける。

 

「なにをするつもりだ!?」

 

「安心して。殺す気はない」

 

「なっ、おい!」

 

 ゼノヴィアの静止の声を華麗にスルーし、華霖はイリナの体へメダジャリバーを突き立てる。当然、ゼノヴィアは剣を抜こうと華霖へ詰め寄るが、突如橙色に発光したそれに思わず動きを止める。

 そして光はイリナの体を徐々に包み込んでいき、そして完全に覆いつくす。だがそれも一瞬で、すぐに光は霧散。その光景に華霖は眉を顰める。

 

「……やっぱり、直ってない」

 

 本来ならばミッテルトの時同様に傷が完全に塞がるはずだった。しかしどうにもこの間のメダル三枚の使用後から調子が良くなく、イリナの傷も完治までは至っていない。

 だがそれでも流血は止まり、深かった傷もちょっとした切り傷程度までに治癒されている。その一連の出来事ゼノヴィアは驚き、華霖と彼の持つ剣へと目を向ける。

 

「今できるの、ここまで。あとは、自力で頑張って」

 

 そう言い華霖は気絶したままのイリナを横抱きで持ち上げる。

 

「おい、イリナをどうする気だ」

 

「別に、このままだと邪魔。だから僕の家、置いてくる」

 

 イリナを抱いたまま歩き出す。このままコカビエルを追うにしても、おそらく追いつけはしないだろう。何より、奴自身から招待を受けた。

 今夜0時、駒王学園にコカビエルは現れる。時間はそうないとはいえ、一度この気絶した少女を家に置いて来ても間に合うだろう。

 

「ここで解散。あとは、お前たちの好きにすればいい」

 

 そう言い残し、華霖は廃屋をあとにする。残された木場とゼノヴィアは、遠ざかる小さな背中をただ黙って見続けていた。

 

 

 

 ──そして時は現在、華霖の自宅へと戻る。

 

 自宅へと戻った華霖はイリナを部屋のベッドへと寝かせ、リビングにてここまでの出来事を説明する。

 

「そうっすか、コカビエル様と戦って……」

 

 華霖から話を聞いたミッテルト。しかしその内容に不思議と驚きはなかった。たぶんミッテルト自身、薄々と感づいていたのだろう。

 イリナとゼノヴィアの話を聞いた直後に消えた華霖。それがコカビエルを追ってのものだと理解するにはそう苦労しない。

 

「でもその様子だと、まだ決着はついてないんすよね?」

 

「うん。このあと、決着(それ)をつけに行く」

 

 これもまた、予想通りだった。コカビエルがそう簡単に討ち取られるわけないし、そして華霖も逃した相手をそのままにしておくようなタマじゃない。

 はぁ、と溜息を吐くミッテルト。

 

「そーっすか。んじゃ、気をつけて行ってくるっす」

 

「……止めないの?」

 

 意外にもあっさりと言い放つミッテルトへ、小首を傾げて問いかける。

 そんな華霖へミッテルトは頭に手を当てつつ、どこか呆れたような顔で答える。

 

「どーせ止めたって、あんたは行くってわかってるっすから」

 

 でも──そう言葉は続き

 

「無事に戻ってくること……いいっすね?」

 

 それ以上、ミッテルトからの言葉はなかった。彼女にとって華霖が無事に帰ってくること、それが一番の望みだから。

 ミッテルトの言葉に小さく頷き、華霖はリビングから出て行く。そして、玄関の扉に手をかけたその時

 

「こら、いつも言ってるっすよね? こういう時はなんて言うんすか?」

 

 やれやれ、そう言いたげな表情のミッテルト。彼女の意図することを察知し、華霖は一言小さな声で、けれど確かに彼女に届くように告げる。

 

「──行ってきます」

 

「うん、行ってらっしゃい」

 

 言葉とともに扉の向こうへ消える背中。華霖がいなくなり静かになった玄関、ミッテルトは唇を噛み締め絞り出すような声で漏らす。

 

「どうか、無事に……」

 

 自分は弱いから、華霖の力になることはできない。行ったとしても、ただの足手まといになるだけ。

 非力な自分が、守られるだけの自分が憎い。もっと力が、せめて彼の隣で戦えるくらいの力が欲しい。

 でも今はそれ以上に、華霖が無事に帰ってきて欲しい。

 

 握りしめた拳から流れる血。手を伝い地面へ滴り落ちるそれは、まるで少女の涙を表すように、玄関マットを静かに濡らし続けた。

 

 

 

 

 

 

 





はい、というわけです。
今回は何も書くことが見つからないので、この辺で失礼させてもらいます!

では、次話も気長にお待ちください!


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月光校庭の死闘


遅い更新で申し訳有りません。

今回は中盤から一誠視点でお送りします。




 夜。皆が寝静まった街道を走るのは、黒いローブに身を包み闇と同化した華霖。街灯の無機質な明かりに照らされた道をひた走る彼が向かう場所はただ一つ。コカビエルの待つ決着の地、駒王学園。

 

『野郎、もう着いてやがるぜ』

 

「分かってる」

 

『声』を聞いたらしいアンクの言葉に一言、短く返答する。素っ気ない返事だがもはや慣れたやり取りなのか、アンクは特に気にした様子もなく語りかける。

 

『どうやらあのグレモリーって悪魔たちもいるみてぇだぜ』

 

「……あいつらじゃ、コカビエルの相手は無理」

 

『んなこと十二分に理解してるでしょうよ。それでも行くのはプライドか、はたまた別の何かか。いやぁ〜、若さってのはいいねぇ』

 

 そんなジジ臭いことを言いながら会話に入ってくるのは、相変わらず飄々とした口ぶりのウヴァだ。

 

『アホか。そういうのを身の程知らずって言うんだよ』

 

『身の程ばかりを気にしてちゃあ世界は狭くなる一方ですぜ? 井の中の蛙はなんとやら、たまには冒険するのも必要ってことさね』

 

『その冒険をした結果 死んだんじゃ世話ねぇけどな』

 

『本当に、あんたは王サマ以外には辛辣なことで』

 

 以上の頭の中で交わされる会話を半ば無理やり聞かされる華霖。とはいえすでに聞きなれた会話なので、特に気にした様子もなく無言で足を動かす。

 そしていよいよ駒王学園が近づいてきたその時、不意に華霖は足を止める。

 

『気づいたか』

 

「……うん。力の流れが変わった」

 

 感じ取ったのは力の奔流。突如として、なんの前触れもなく現れたそれは禍々しく、だが同時に清らかさを持った異質なもの。

 しかし華霖は特に動じた様子もなく、その力の荒潮を感じる方向へと視線を向ける。

 

「……禁手(バランス・ブレイカー)

 

『だろうな。コカビエルとの一戦で吹っ切れた奴がいたか』

 

『禁手』──神器(セイクリッド・ギア)が所有者の強き想いに応え、劇的な変化を起こした姿。読んで字のごとく、世界の均衡を壊すほどの力を有した進化の形。

 

 凄まじい力を内包する禁手は通常の神器をはるかに凌駕する。もはや別格と、そう捉えても過言ではないだろう。

 だがそんな禁手の波動を感じながらも、華霖は変わらず一切の感情を消した顔で呟く。

 

「でも、まだ足りない」

 

 何者が至ったのか分からないが、先も言った通り禁手は劇的に変化した姿だ。いくら内包した力が強力であれ、至ってすぐに使いこなせるような軽い力ではない。

 振るえる力はよくて全力の6割そこら。そしてそんな状態で相手どれる程コカビエルは優しい相手ではない。

 顔を正面へ向け直し、再び足を動かす。

 

 

 刻一刻と、決戦へのカウントダウンが刻まれる。

 

 

 

 

 

 

 ──バギィィィン!

 

 儚い音を響かせながら砕け散る剣──エクスカリバー。

 伝説の聖剣と謳われるそれを打ち破ったのは、俺たちリアス部長の眷属悪魔である木場 祐斗。その手に携えたのは禍々しさと神々しさを併せ持った異質の剣。

 ドライグが教えてくれた。あれは禁手だと。所有者の想いが、願いが神器に劇的な変化をもたらしたものであると。

 

 ああ、なんとなくだけど、わかる気がするよ。今のあいつ、なんていうか……綺麗な顔してるからさ。

 恨みだとか復讐だとか、そんな憑き物が取っ払われたみたいな、そんな顔してるんだ。

 

「──見ていてくれたかい? 僕らの力は、エクスカリバーを超えたよ」

 

 半ば放心状態だった俺の耳に木場の声が届く。そこではっ、と我に返り、それとほぼ同時に感情が込み上げてくる。

 凄ぇ、やっぱり凄ぇよ木場、お前って奴は……っ! 伝説の聖剣を砕き散るなんて、そんなのただの悪魔ができることじゃねぇ!

 

 エクスカリバーを砕かれた担い手、フリード・セルゼンは木場の一撃を受けその身を地面に沈める。

 これで残すはバルパーとコカビエルだけだ!

 

「バカな、ありえん……ありえん……」

 

 と思ったらバルパーはなにやら一人でぶつぶつと呟いている。なにを言っているのかわからねーけど、たぶんあれはもう数に数えなくてもいいだろう。

 となると残すはあと一人、コカビエルだけだ!

 

「ほぅ禁手か。なるほど、これはなかなか、前戯にはもってこいの力だな」

 

 当のコカビエルはというと、楽しそうに笑みを浮かべながら地面に降り立つ。エクスカリバーを失ったというのに余裕を失わないその在り方は、まさに歴戦の猛者というだけのことはある。

 それに禁手に至った木場を見ても『前戯』程度にしか思われていないって、堕天使の幹部クラスはめちゃくちゃだな。

 

「ほら、早くかかってこい。今の俺は機嫌が良くてな、特別に怪我程度で済ませてやるぞ?」

 

「──舐めないで!」

 

 挑発とも取れるコカビエルの物言いに部長が激昂する。そしてその勢いのまま両手からどす黒い滅びの魔力を放ちコカビエルを狙い撃つ。

 だがそれも隻腕で彼方へと弾き飛ばされ、傷一つ付けることなく無力化される。

 

 だが今の部長の一撃を合図に、他の眷属たちも行動を開始していた。

 

「雷よ!」

 

 まずは朱乃さん。目の前に魔法陣を展開し、得意の雷を持ってコカビエルへ一撃を放つ。

 その規模は今までで見た中でも特に凄まじいもので、コカビエルの視界を塗りつぶさんばかりの勢いで進んでいく。

 

「行きます」

 

「リアス・グレモリーの騎士、あわせろ!」

 

「ああ!」

 

 その間に小猫ちゃん、ゼノヴィア、木場の三人が背後、そして左右と逃げ場を塞ぐように襲いかかる。

 全方位からの四点同時攻撃! これならいくらコカビエルでも防ぎきれないはず!

 

「なるほど、いい考えだ……だが!」

 

 十ある黒翼を広げたコカビエルは、それらを大地へ向けて振り下ろす。瞬間、凄まじい突風が生み出され、グラウンドの砂が巻き上げられる。さながら砂嵐のように。

 吹き荒れる砂の暴風はコカビエルを中心に広がり、木場、小猫ちゃん、ゼノヴィアをも包み込んだ。そして砂が皆の姿を覆った直後、朱乃さんの放った雷が砂嵐と激突する。

 雷はわずかな拮抗すら許さず砂嵐を吹き飛ばし、中にいるコカビエルを飲み込む……そう思った矢先。

 

「やはり圧倒的に足りぬのは『力』と『経験』か」

 

 砂煙の中から姿を現したコカビエルは、右手に極太の光の槍を出現させ雷を消し去る。涼しい顔一つで攻撃を無力化された朱乃さんは、苦虫を噛み潰したように表情を歪める。

 悠然と、余裕の笑みを浮かべ佇むコカビエル。その真下には、地面へ倒れ伏す三人の姿が。

 

「木場、小猫ちゃん、ゼノヴィア!」

 

 時間にして数秒、朱乃さんの放った雷が届くまでのごくわずかな時間。たったそれだけの時間で三人を行動不能にしたってのか⁉︎

 

「イ、イッセーさん……」

 

 震える声で俺の名前を呼ぶのは、俺と同じ新人悪魔のアーシア。碧眼に涙を溜め制服の裾を握りしめるその体は、声と同様小さく震えている。

 現状、この場にコカビエルを相手に立ち回れる者はいない。部長も朱乃さんも疲弊しきっているし、今までのように超火力は出せないはず。

 

(こうなったら、俺が体と引き換えにするしか……)

 

 部長を救うために使った『体を対価にした一時的な禁手』。今俺がコカビエルと戦うためにはそれしか方法がない。そのためにどれほど体を持っていかれるかわからねぇ……。もしかしたらほとんど全部を対価にしないとけないかもしれない。

 冷や汗が頬を伝う。心臓の音が今までにないほど聞こえてくる。

 

 そっと、震えるアーシアの手を握り返す。顔だけ振り返せば、今にも泣きそうな彼女の顔が視界に映る。そんなアーシアに励ますように笑いかけると、彼女はキョトンとした表情を浮かべ

 

「イッセーさん……?」

 

「アーシア、俺、行ってくる」

 

 そんな彼女の手を優しく解き、俺はコカビエルへと対峙する。

 

「ほぅ、次は貴様が相手か赤龍帝」

 

「イッセー⁉︎ 何してるの、さがりなさい!」

 

 すいません部長。でもバルパーの仕掛けた術式、この街を崩壊させるそれを解除するにはコカビエルを倒すしかないんです。

 そして今、それができる可能性があるのは俺だけ。だから、ここは引けません!

 

『覚悟はできたか、相棒』

 

 語りかけてくるのは、左腕の籠手、その中に封印された伝説の龍ドライグ。俺の頼れる相棒だ。

 

『言っておくが、対価を払ったからといって倒せるとは限らん。それでもやるのか?』

 

 最後の忠告をするドライグ。

 確かに一か八かの賭けになる、けど……皆んなを守るためだったら、体の一つや二つ大したことねぇ!

 

『本当に、お前は歴代稀に見る後先を考えない馬鹿だ』

 

 確かに俺は馬鹿な男だ。でもな、悪魔としても赤龍帝としても最弱。そんな俺がまともにやって勝てるはずもねぇだろ。

 

『ああ、確かにお前は歴代でも最弱の赤龍帝だ。だが、諦めず最後まで足掻く……そういう男は嫌いじゃない』

 

 ははっ、そう言われるとなんだか照れるな。

 

『行くぞ、相棒。相対するは堕天使コカビエル、相手にとって不足はない』

 

「ああ! 全力全開、文字通りこの身全てを賭けるぜ!」

 

 見てろ堕天使コカビエル! 下級悪魔の底力、その身にたっぷりと味あわせてやる!

 

 左腕の籠手が徐々に赤い光を放ち始める。そしてそれは左腕から体全体へと移り変わり。

 

「──っ! イッセー、あなたもしかして!」

 

 どうやら、部長は俺が何をしようとしているのか気付いたようだ。必死に止めるように叫び続けている。

 

 ……ごめんなさい、部長。そして、見ていてください。俺が、あなたの兵士(ポーン)の兵藤一誠がコカビエルに一矢報いる姿を!

 

「いくぞドライグ! 禁手化(バランス・ブレイク)ゥゥゥゥウウ‼︎」

 

 覚悟とともに宣言する。そして赤い光が俺の体を完全に包みこむ──その直前。

 

 

 ──パキィィィイイン!

 

 

 突如、学園を包み込んでいた結界の一部が破れ、黒い影が俺とコカビエルの間に着地する。

 

「な、なんだ……?」

 

 突然のことに禁手化を中断、割り込んできたその影に目を向けると。

 

「はははははっ! ようやく来たか!」

 

 嬉々とした笑みを浮かべるコカビエル。その視線の先、黒いローブを靡かせ佇む一人の乱入者は、徐に顔を包んだフードを取り払う。

 

「コカビエル。決着、付けに来た」

 

 抑揚のない平坦な声。少女にも少年にも見える中性的な幼い顔立ち。それは紛れもなく、フリードとの一戦時に現れた少年と同一人物だった。

 そんな少年の言葉に、コカビエルはより一層笑みを深める。まるでこの時を待ち侘びていたかのように。

 

「ああ、ああ……始めよう。百年越しの決戦を、俺とお前、二人だけの戦争を!」

 

「アンク、カザリ、ウヴァ。いくよ」

 

 少年は何かを取り出し腹部へと当てる。そして掌に現れた赤、黄、緑のメダルを掴み順に腹部のそれへと装填する。

 そして円状の機械を手に取り右から左へ動かすと、キィン、という甲高い音が三度、鼓膜を震わせる。

 

「……変身」

 

 《タカ! トラ! バッタ!》

 

 鷹、虎、飛蝗。三種の動物、昆虫の名前が機械音で響き渡る。直後、無数のメダルのような何かが少年の周りを取り囲み、黄金の光を放つ。

 そして光が収まり現れたのは、先ほど少年ではなく未知の異形。

 

「なんだ、あれ……」

 

 突然の出来事の連続に理解が追いつかず、口からは無意識に言葉が漏れ出る。

 黒を基準に、頭部が赤、腕が黄色、足が緑と信号機のような配色が施された異形。成人男性ほどにまで伸びた様は、まさに変貌を遂げたという言葉を体現するに相応しい。

 

 部長や朱乃さんに目を向ければ、二人とも視線を鋭くさせやや警戒心をあらわにしている。どうやら二人も目の前の存在がなんであるのかは知らないようだ。

 

「ドライグ、お前は何か知ってるか?」

 

『……いや、あれについては俺も初めて見る』

 

 ドライグも知らないか。ってことは、新種の神器かなんかか?

 

『それは違う。あれは聖書の神が創った神器とは全く別の存在』

 

 神器じゃない? じゃあ一体なんだって言うんだ?

 

『さてな……ただ、一つだけ言えるのは』

 

 淡々と告げるドライグ。その声は今まで聞いたことのないほど低く

 

『人が扱うには過ぎた代物だってことだけだ』

 

 底冷えするほどに冷めたものだった。

 

 

 

 

 

 






次回はコカビエルとの決着の予定です。
早めの投稿を心がけますので、気長にお待ちください。



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Ride on Right time

遅れて申し訳有りませんでした!
これからも遅くなるかもしれませんが、気長にお待ちいただければ幸いです。

では14話をどうぞ。




 駒王学園へ乗り込み、再びコカビエルと対峙する華霖。オーズ 『タトバコンボ』へと変身し、眼前で笑みを浮かべるコカビエルへ一歩、また一歩と歩み寄る。

 

「戦う前にひとつ、貴様に伝えておこう。今ここにはある術式が仕組まれていてな、あと15分もしないうちにこの街は崩壊する」

 

「……それで?」

 

「なに、そうなれば貴様の下にいる下級がどうなるか、疑問に思ってな」

 

 直後、コカビエルの目の前に拳が出現。そのまま真っ直ぐに顔を捉え、その巨体をまるでボールのごとく吹き飛ばす。

 コカビエルはそのまま校舎の壁に激突、激しい音とともに瓦礫へと埋もれてしまう。

 

「コカビエルを、殴り飛ばした……?」

 

「あら、あら……」

 

 その一瞬の光景に、リアスと朱乃は目を丸くさせる。一誠とアーシアも同様、いや驚きで声すらも出せていない。

 自分たちの精一杯の攻撃を歯牙にもかけなかったコカビエルが、まさか拳ひとつに吹き飛ばされるなど。しかもそれを成したのは奇妙な鎧を身にまとったとはいえ、いまだ幼い子供がだ。

 

 当のオーズはというと、立ち上る砂煙りへと無言で双眸を向ける。その姿はまるで睨みつけているかのようで。

 

「痛ぅ……いやはや、やはり君はとてつもないな」

 

 地面に倒れ込んでいたゼノヴィアが、痛みに表情を歪めながら立ち上がる。続いて木場、そして小猫と順に立ち上がり、コカビエルが埋もれた瓦礫へと目を向ける。

 

「でてこい。さっさと決着、つける」

 

「──くくっ、ははははははっ!」

 

 歓喜の笑いと共に瓦礫が吹き飛ぶ。コカビエルは大したダメージは負っていなかったものの、口の端からは一筋の血が流れていた。

 それを手で拭い、付着した血で傷を負ったことを視認すると、コカビエルはより一層笑みを深める。

 

「いい一撃だ。戦いとはこうでなくてはな──お?」

 

 再びコカビエルとの距離をゼロにする。今度はトラクローで切り掛かるが、光の槍で受け止められる。そして腹部を蹴り上げられ、頭上高く打ち上げられるオーズ。

 空中にて身動きが取れないであろう彼に、コカビエルは周囲に幾つもの槍を出現させ一斉射出する。

 

「……ガラ」

 

 迫り来る槍の雨を見ながらも冷静に、現れた橙色のメダルを二枚掴むとベルトへと装填。

 

 《タカ! カメ! ワニ!》

 

 その音声とともに再びオーズの姿が変化する。頭部はそのままに、橙色の体と脚部を持った形態『タカカワニ』。

 変化と同時に両腕『カメアーム』に付いた『ゴウラガードナー』を合わせ、カメの甲羅を模した橙色のシールド『ゴウラシールドゥオ』を出現させる。シールドは光の槍を弾き、傷の一つすらも許さない。

 

 そのまま着地の勢いを利用し拳を振り下ろす。そして蹴り。足を振るうたびに現れるワニのエネルギーがコカビエルへ噛みつき、ダメージを与えていく。

 

「うぉ⁉︎」

 

「ウヴァ、メズール」

 

 コカビエルが怯んだ一瞬、緑のメダル二枚と青いメダルを一枚装填する。

 

 《クワガタ! ウナギ! バッタ!》

 

 頭部と脚部が緑、胴体が青の形態『ガタウバ』へと変化。両腕の『ウナギウィップ』を引き抜き、後退したコカビエルへと巻きつける。

 そのまま電流を流す『ボルタームウィップ』で追撃をかけ、コカビエルは体から火花を散らす。

 

「ぐぉ……ははっ、いい! いいぞ!」

 

 電撃を浴びながらもコカビエルは笑みを絶やさず、そのままウナギウィップを握り締めると力の限り引き寄せる。

 そして目の前まで近づいたオーズへもう再度、腹部への強烈な蹴りを食らわせた。

 

「カッ……!」

 

 肺の空気が全て抜ける。後方へと大きく蹴飛ばされたオーズは地面を数度バウンド、ゼノヴィア達がいた場所まで飛ばされた。

 腹部を抑え咳き込むもわずか、すぐに立ち上がると拳を構える。

 

 そんな瞬きのような攻防戦に、傍観に徹するしかできない一誠を含む他の面々は息を飲んだ。

 ゼノヴィアと木場以外は特に驚いたことだろう。あのコカビエルへダメージを与えるどころか、渡り合ってすらいるのだから。

 

「……私、あれを相手に挑んだのね」

 

「うふふ、無事帰れたのは私たちの方でしたわね」

 

 あの日、ミッテルトを追って戦ったリアス達。よく無事に帰れたものだと、リアスは今の戦いを見て心からそう思った。

 

 

 《タカ! カマキリ! チーター!》

 

 リアス達が過去を振り返り安堵している間にも戦況は変化していく。『タカキリーター』へチェンジしたオーズはチーターの脚力を用い高速で移動、カマキリソードで連撃を加える。

 火花を散らしながらぶつかり合う槍と双剣。気を緩めれば一瞬で首が飛ぶであろう斬撃の嵐の中、互いに一歩も引くことなく獲物を振るい続ける。

 

「どうした! その程度の力で倒せると思っているのか!」

 

「うるさい」

 

 槍を弾き上げ、腹部を蹴る反動で後ろへと跳躍。スキャナーを取り再度メダルを読み込む。

 

 《スキャニングチャージ》

 

 新たな音声とともに、オーズとコカビエルとの間に赤、緑、黄のリングが出現。三つの輪を潜り抜けると同時、オーズの姿は閃光へと変化。一瞬でコカビエルの眼前へと移動すると、飛び上がり回転切りで襲う。

 咄嗟に反応し槍を盾にするコカビエルだが、緑のオーラをまとったカマキリソードは一撃目で槍を粉砕。続く二撃目でコカビエルの体を斜めに斬りつける。

 

 鮮血が舞い、コカビエルはその場に片膝を着く。傷口からはかなりの量の血が流れ、校庭へと流れ落ちていく。

 

「あぁ……これだ、これだ! 俺が求めていたのはこういう戦いだ!」

 

 傷は決して浅いものではない。にもかかわらずコカビエルは笑い、狂喜する。

 久しく味わうことのなかった痛み、流れ出る血、熱を帯びる切り傷。戦いというものに飢えていたコカビエル、そんな彼の心が今、少しづつ満たされていく。

 

「だがまだ足りないな。この程度では俺は満たされん」

 

 あと少し、あと一押しで満たされるであろう乾き。コカビエルはオーズへ視線を向け、十の翼をこれでもかと広げる。

 

「……出し惜しみはもうなしだ。ここからは俺も加減抜きで行かせてもらおう」

 

 右手に作り出すのは光の剣。見た目は槍よりも細く脆そうだが、そこに秘められた光力はこれまでの比ではない。

 

「貴様も、本気を出してくれると嬉しいのだがな!」

 

 オーズとの戦いで初めて、コカビエルが攻めの姿勢を見せる。翼を打ち鳴らし低空を駆け、オーズめがけてその剣を振り下ろす。

 

「う……っ!」

 

 今までとは一段階違う。カマキリソードで受け止めるも、その重みに耐えられず地面に膝をつく。その衝撃を表すかのように、オーズを中心に校庭へ巨大な亀裂が走る。

 

 そこからコカビエルの攻勢が始まる。その身に似つかわしい剣捌きでオーズを攻め、しかもその一撃一撃は先ほどと同じ重さを秘めていた。

 カマキリソードで受け流しなんとか攻撃へ移ろうとするも、翼から放たれる羽の刃がそれを許さない。

 

『何してやがる! いったん距離取れ、距離!』

 

「……わかってる」

 

 一瞬の隙をつき、チーターの脚力で後方へと退避。そんなオーズへコカビエルは追撃を仕掛けることなく、その場に佇み静かに口を開く。

 

「……そろそろ、本気を出したらどうだ?」

 

「なに?」

 

「あと七分といったところか。その時間で俺を倒せるとしたら……貴様もわかっているだろう?」

 

 七分。それはこの町が崩壊するまでのタイムリミット。

 確かに、今のままでは時間内にコカビエルを倒すのは不可能。だがコカビエルの言う通り、一つだけ倒す手段はある。

 

「……アンク、『コンボ』」

 

『あぁ……と言いてぇところだが、お前わかってんのか?』

 

「時間がない。今のままじゃ最低でも十分かかる」

 

 相手は堕天使幹部コカビエル。倒せないわけではないが、時間がそれには相応の時間が必要となる。それは今の状況においては致命的であり、オーズはアンクへの語気を強める。

 アンクもオーズの言葉に数秒葛藤し、そして出した答えを荒々しい口調で告げた。

 

『わーったよ! けど三分だ、それ以上の使用は認めねぇぞ』

 

「ありがとう──カザリ!」

 

『はいはーい。ていうか、僕を省いて話進めないでよ。力を貸すのはこっちなんだからさぁ』

 

「ごめん。力、貸してくれる?」

 

 しょうがないなぁ、と口ではそう言いつつも、その言葉は上機嫌そのもの。するとオーズの胸から二枚、黄色のメダルが飛び出しその手に収まる。

 オーズはその二枚を赤と緑と交換、黄色のメダルが一列に並ぶ。

 

 そしてスキャナーを手に、ゆっくりと、一枚一枚を噛みしめるように、三枚のメダルを読み込む。

 

 《ライオン! トラ! チーター!》

 

 三枚の黄色いメダルのエネルギーが出現する。獅子、虎、猟豹──三種の猛獣が描かれたそれは、眩い輝きを放ち闇夜に包まれた校庭を照らす。

 

 端から傍観していたゼノヴィアは、今までとは一線を画すその雰囲気に息を飲んだ。

 そして気づく、これまでの戦闘を思い返し、何が違うのかを。

 

「色が、揃った……?」

 

 それは無意識に口から出た言葉。

 今までは色が揃ったのは二色まで。だが現在、オーズの目の前にあるのは統一された三枚のメダル。これが何を意味するのか、朧げながらに理解する。

 そう、コアメダルは、オーズは、三枚揃ってその真価を発揮する。

 

 《ラタラター! ラトラーター!》

 

 オーズの脳内に流れる新たな歌。それを合図にメダルは一枚へ合体、オーズの胸へと吸い込まれ、その体を光が包む。

 瞬きの間の発光の後、その姿を現したオーズ。それを目にしたコカビエルは待ちわびたと、そう言わんばかりの笑みを浮かべ

 

「ようやく、ようやく本気を出したな!」

 

 威風堂々と佇む宿敵へと告げる。

 コカビエルの、そしてこの場の面々の視界に映ったーズの姿は、一言で表すならば『黄色』。

 それは食物連鎖の頂点に立つ存在。獅子の(たてがみ)に虎の鉤爪、そして猟豹の脚。この地上で何よりも孤高で気高い、獣の王の力を宿した姿。

 

 

 その名を『ラトラーターコンボ』。

 

 

「ガァアアアアアアアアア‼︎‼︎」

 

 咆哮。それは大地を駆け、空気を震わせ、聞いたものを威圧する。

 

「ぅ──ぁ……」

 

 無意識に、一誠は一歩後ろへ退く。足が、体が、心が震える。それはアーシアも同様で、彼女場合は腰が抜けたのかその場にへたり込み、さらには涙まで浮かべている。

 リアスたちも一誠たちほどではないが、オーズから発せられる威圧感に圧され、顔を青ざめさせていた。

 

 圧倒的存在感を放つオーズ。それを前に平常を保っていられるのはこの場にたった一人、コカビエルのみ。

 口元に裂けんばかりの笑みを浮かべたコカビエルは、青い双眸を向けるオーズへ嬉々とした言葉をかける。

 

「さぁ、これからが本番だ! かかってk──」

 

 閃光。これまでの比ではない速度で走る一筋の線は、コカビエルの横を通過するとその翼を三枚吹き飛ばす。

 遅れて血飛沫が噴水のように宙を舞い、次いでコカビエルが苦痛に表情を歪める。

 

「か──ははっ、ははははっ! やはり凄まじいな、その力は!」

 

 脂汗を流しながらも笑みを浮かべるのは、自身を凌駕する存在に対する嬉しさからか。

 

 対するオーズはトラクローを横薙ぎに振るい、刃についた血を払い落とす。そして複眼をコカビエルへ向け、再び構えを取り

 

「三分……」

 

 小さく漏らした。

 

 

 

 

 

 

 




はい、サブタイから察された方もいます通り、『ラトラーターコンボ』の登場回です。
コンボ初出場、とは言っても回想で一度出てきましたけど笑
コンボは出てくる回数は少なめですが、全部登場させられればなと思っています。

あとオリジナルの亜種コンボも登場させますので、ネーミングに提案がありましたらアドバイスお願いします!

ではまた次話でお会いしましょう!



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そして1日は終わりを告げる


お久しぶりです。
別作品を更新したので、こちらも更新しました。

思う存分、罵声を浴びせてください。




 リアス・グレモリーは戸惑っていた。今自分の目の前で起きている現実に。

 これは夢か、などとそんな馬鹿げたことは言わないし思わない。ただ、現実とわかっていながらも、それを信じきれずにいる自分がいた。

 

「ぁあああああ!」

「ぐぬぅう!」

 

 雄叫びを上げ、駒王学園の校庭を疾走する黄色い閃光。姿すら捉えきれないそれはコカビエルを翻弄し、一方的にダメージを与えていく。

 対するコカビエルはもはや防戦一方。先ほどまでの攻防戦などまるで嘘だったかのように、閃光がすれ違うと同時に深い切り傷を負わされる。

 変化はたった一つ、今までバラバラだった色が統一されただけ。たったそれだけの違いなのに、その戦闘力は何倍にも膨れ上がっている。

 あのコカビエルですら受けきるのが、いや辛うじて傷を軽減するだけで精一杯なのだ。もはや次元が違う、そう言っても過言ではない。

 

 急激な力の上昇に驚くのと同時に、リアスの内に一つの疑問が浮上した。それはなぜ初めからこの力を使わなかったのか、だ。

 考えうる答えとしては単純に、使うまでにある程度の時間がかかるか、それとも使うためのエネルギーが莫大か、の二つ。

 前者は恐らくは違う。これまで何度も姿を変えれていたということは、使用に関する時間的制限はないのだろうと考えたからだ。

 であるなら残すは後者、恐らくこれが最も可能性が高い。あれだけ強力な力だ、相応のエネルギーを消費するとみて間違いはない。

 

(あの力、いったいなんなのかしら……)

 

 メダルを変えるごとに姿を変え、能力も変化する力。神器(セイクリッド・ギア)の書物にもそれらしきものが載っていた記憶はない。

 まだ発見されていない類の神器かと疑うが、あれほどの力ならば知られていない方がおかしい。考えれば考えるほど疑問が浮かんでくる。

 

(謎のメダルに鎧……ダメね、謎は深まるばかりだわ)

 

 これ以上深く考え込んでも無駄だと、そう言い聞かせ戦場へと意識を切り替える。それと同時にまた一つ、轟音とともに砂煙が爆ぜる。

 その中心には満身創痍のコカビエルと、獣のごとく叫ぶ異形の姿があった。

 

 

 

 

 **********

 

 

 

 

 ──体が熱い。胸の奥底から、際限なく湧いてくる。血管を駆け巡るように、身体中を壊すかのように、侵食するかのように。

 

「ガァアアアアアッ!」

 

 そんな膨大な力を吐き出すために、また吠える。咆哮は空振を起こし、周囲の地面を削り取る。

 

「おぁああ!」

 

 声とともに目の前から光の槍が迫る。それもたくさん。

 

「でも、遅い」

 

 オーズはトラクローを展開。迫り来る槍を弾き、はじき、ハジク。黄色の鉤爪とぶつかり合いガラスのように、儚く、粉々に砕け散る光の槍。

 そしてチーターレッグを解放。一秒にも満たない、刹那の時間。コカビエルとの距離を埋める。

 

「アァァアアアアアッ!」

 

 体を駆け巡る力を体外へ。それは『熱』という形へと姿を変え、コカビエルへと襲い掛かる。

 黒を塗りつぶす光。やがてその光はコカビエルを飲み込み

 

「うぉおおおッ⁉︎ あっちぃ!」

「これは⁉︎」

「熱の光……?」

 

 ついでに一誠たちも巻き込み、全てを焼き犯していく。

 そして光が収まる。世界が夜を取り戻したその中で、コカビエルは体から煙を上げ佇んでいた。もはや満身創痍。ボロボロになった体は立っているのがやっとなのか、小刻みに震えている。

 ただそれでも、その顔には一切の翳りがなく、その口元は大きく弧を描いていた。

 

「は、ははは……っ! やはり、貴様は格別だ! 戦いとは、こうでなくてはな!」

 

 傷つき、ボロボロになろうとも笑みは決して絶やさないコカビエル。なぜそこまで、戦うことに固執するのか。執着するのか。

 そんなコカビエルのあり方に、一誠は背筋がゾッとする感覚に襲われる。他のものたちもまた、コカビエルの戦いへ対する執念に顔を青ざめさせる。

 

「生死の狭間での戦い、それこそ俺が求めていたもの! 血沸き肉踊る最高の舞台!」

 

 今のコカビエルの頭からは、この街の破壊など疾うに消え去っていた。あるのはただ、目の前の異形との、命を賭した戦いのことだけ。

 傷ついた隻腕を振り上げ、コカビエルは一振りの光の槍を形成する。それは体育館を破壊した時のものに比べれば段違いに小さいが、その分内包された光力はその比ではない。

 

「さぁ決着をつけるぞ。貴様も全力でかかってこい!」

 

 これがコカビエルの最後の一撃。時間的にオーズも短期に決着をつけたい。首肯し、腰部のスキャナーへと手を伸ばす。

 そしてゆっくりとベルトの上を滑らせるように、再度三枚のメダルを読み込む。

 

 《スキャニングチャージ》

 

 オーズの前に現れる三つの黄色のリング。トラクローを展開し構えを取ると、コカビエルと視線を合わせタイミングを窺う。

 

 そしてちょうど三つ、呼吸を置き

 

「はぁあああああっ!」

「ガァアアアアアッ!」

 

 ほぼ同時に両者は大地を駆ける。片方は空を飛ぶかの如く、もう片方は閃光を作るほどの速さで。

 

 

 ──ガキィイイイイン!

 

 

 ぶつかり合う鉤爪と槍。瞬間、暗闇を照らすほどの光が炸裂し、あまりの(まばゆ)さに一誠たちは目を閉じる。

 そして次に瞳を開ける時、その先に映っていたものは背中を向けあったオーズとコカビエルの姿。

 

「……そういえば、貴様の名を聞いていなかったな」

 

 小さく、名を尋ねる。

 

「……華霖」

「……かりん、か……冥土の土産に持って行こう」

 

 そう言葉を吐くコカビエルの口元からは、一筋の赤い線が伝う。見ればコカビエルの胸元には大きく『X』の傷跡が刻まれており、それはリアスはもちろん、ついこの間まで戦いとは無縁だった一誠やアーシアですら致命傷だとわかるほどに深刻なものだった。

 

「ごほっ……貴様らに、一つだけ真実を教えてやろう……」

 

 血の塊を吐き出し、それでも変わらぬ口調で話を続けるコカビエル。

 

「先の大戦、死んだのは魔王だけではない──神もまた、死んだのだ」

 

 彼の言い放った一言に、この場にいる者の時間が凍りつく。『神の死』という驚愕の事実が語られたのだ、それも仕方のないことだろう。

 そんな彼らの中でも特に信仰心の強いアーシアとゼノヴィアにとって、神がこの世に存在しないという事実は驚愕という言葉では到底言い表せるものではない。

 ゼノヴィアは力なくその場に膝をつき、アーシアは茫然自失といった風にその場に崩れ落ち、その瞳は受け入れ難い真実によって酷く揺れている。

 

「アーシア……しっかりしろ、アーシア!」

「──コカビエルッ!」

 

 崩れ落ちるアーシアの姿を目にしたリアスが顔を怒りに染め、怒声とともにコカビエルを睨みつける。だがそんなリアスなど眼中にないかのように、コカビエルは視線をオーズへと向ける。

 その先に映るオーズの姿は動揺も驚愕もなく、変わらずその場に佇んでいた。

 

「……神の不在、それでも貴様の心は揺れ動かぬか……」

 

 心底残念そうに息を吐くコカビエル。彼がこの衝撃の事実を口にしたのは単にオーズの動揺する姿を見たいがため。それだけのために、天界が必死に隠してきた真実を口にしたのだ。

 その事実を知り、心の均衡を保てなくなるものがいるとわかっていても……。

 

「最後に貴様に一泡吹かせたかったが……どうやら完膚なきまでに俺の負けのようだ」

 

 だが、そう言葉を続け

 

「ああ……悪くない、さいご、だっ……た……──」

 

 そう静かに語り終えると、膝をつき前のめりに倒れるコカビエル。

 それはこの激闘の終焉を告げ、しかしながらあまりにも騒然とした終わりに一誠たちはしばらくの間 呆然と立ち尽くすことしかできなかった。

 

「──ウゥッ!」

 

 すると突如、苦しそうに胸を押さえるオーズ。直後、ベルトからひとりでにメダルが抜け出すとオーズの胸へと消えていく。

 変身が解除され異形の姿から人の姿へと戻った華霖の顔は苦しげに歪み、その額からは汗が伝っている。

 

『3分……ギリギリだな。時間かけすぎだバカ』

「久しぶりだから、加減がわからなかった」

『まぁいい……用事も済んだしとっとと帰るぞ』

『うーん、もうちょっと暴れたかったなぁ……』

 

 厳しい口調のアンクと物足りなさそうなカザリの声を聞きながら華霖はゆっくりと立ち上がる。そして振り返り、静かに倒れ伏すコカビエルの体を抱きかかえると、出口へと向かって歩き出した。

 壮絶な戦いと驚愕の真実にリアスと眷属一同は口を開くこともできず、ただ去っていく背中を見つめることしかできずにいた。

 今の彼女たちには、その小さな背中を引き止めるほどの余裕がなかったから。

 

 

 

 

 **********

 

 

 

 

 場所は駒王学園の近くの電柱。その一番上には、魔導師のような黒いローブをまとった一人の男の姿が。男は手に持った杖、そこにはめられた透明な水晶玉へ視線を向けていた。

 その水晶玉に映るのは息絶えたコカビエルを抱え、駒王学園を去る華霖の姿が映しだされていた。

 

「ふむ、コカビエル相手にならここまで戦えるか。なかなか、いい具合に仕上がってきたな」

 

 笑みを浮かべ、水晶に映るオーズへと視線を向ける男。

 

「だが全力を出すには遠いか。やはりたかだかメダルに意思を持たせたのが間違いだったな」

 

 打って変わり表情が何も感じさせない無へと変化する。口にする言葉も淡々としたもので、そこからは一切の感情が読みることができない。

 

「まぁいい、どのみち計画へ支障はない。それに、そろそろ第二段階へと移る頃合いだ」

 

 そう言い懐から取り出したのは一枚の黒いメダル。華霖の持つオーメダルと酷使したそれは、しかし対照的に禍々しい、漆黒のオーラを漂わせている。

 男はそんなメダルを楽しげな、愛おしそうな瞳で見つめただただ嗤う。

 

「そのまま踊り続けるといい。自身が何なのかも知らずに、嘘にまみれたこの世界で」

 

 

「なぁ……可愛い可愛い、私の完成品()

 

 その瞳に、暗い狂気を孕ませて……。

 

 

 

 

 *********

 

 

 

 

 駒王町の外れ。闇夜に包まれ前も後ろも把握できないほどの闇が支配し、人はおろか獣の鳴き声すら聞こえない森の中。迷うことなく足を進める小さな子供の姿があった。

 ある程度進んだところで子供が足を止めると、彼の前に一つの魔法陣が浮かび上がる。

 

「……悪かったな、面倒ごと押し付けちまってよ」

 

 魔法陣から現れた堕天使の男は申し訳なさそうな声音で子供へ謝辞を述べると、彼が抱えていたものを受け取る。

 ズシリと、腕にのしかかる重み。しかし男は一切ぶれることなくそれを抱えその視線を落とす。

 

「それじゃ、僕は帰る」

「ああ……ありがとよ、こいつがバカする前に止めてくれて」

「別に、僕にも火の粉が飛ぶから止めただけ」

「ははっ、そうかよ」

 

 子供はこの場を去り、一人残された男は再び視線を下へと向け

 

「ったく、色々やらかしたっていうのに……なに満足そうな顔して逝ってんだよ」

 

 笑みを浮かべたまま眠るかつての仲間の顔を見つめながら。

 呟くように吐き出された、面倒臭そうなその言葉は、吹き抜けた風に運ばれ闇の中へと消えていった。

 

 

 

 

 ********

 

 

 

 

 ガチャリ──玄関の扉を開き、静かに中へ入る。

 暗く、静寂のみが支配した屋内には、ギシギシと軋む床の音だけが木霊する。

 

 次にリビングへ続く扉を開け、月明かりだけが頼りの室内へ入ると。

 

「…………すぅすぅ」

 

 帰りをずっと待っていたのであろう、ソファに横になり、小さな寝息を立てる少女が。

 

 近くに置いてあるタオルケットを手にし、その小さく華奢な体を優しく包み込む。

 

「か、りん……」

 

 すると少女が小さく、名前を呼ぶ。

 そんな少女に、僅かだが口元を綻ばせ

 

「ただいま、ミッテルト」

 

 金色が映える綺麗な髪を撫で、少年もまた小さく、その少女の名前を呼んだ。

 

 

 

 ──激動で激闘の1日は、そうして終わりを告げたのだった。

 

 

 




バルパー「あれ、生きてる」
ヴァーリ「あれ、出番は……?」




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Dの来訪/新たな厄介ごと


あけましておめでとうございます。
ゆっくり更新ですが、今年もよろしくお願いします。



 人知れず行われた、駒王町の命運をかけた死闘からはや数日の時が経過した。

 町にはいつもの平穏な時間が流れているが、彼らは自分の町が崩壊寸前だったということなど露とも思っていないだろう。

 

(あー、平和っていいっすねぇ……)

 

 夕刻。茜色に染まる街道を歩きながら、ミッテルトは一人空を見上げる。

 いつもの黒いゴスロリ衣装ではなく白いパーカーにジーンズを身に纏い、買い物袋を両手に提げる彼女はもはや人間の生活に溶け込んでいた。今の彼女を見た誰もが、彼女が堕天使であるなどと思いもしないことだろう。

 

 そして何時ぞやの時のように買い物帰りに襲われる、というハプニングなどなく家に帰り着くミッテルト。

 鍵を開け、家の中に入る彼女を待っていたのは

 

「あ、おかえりなさーい! 買い出しご苦労様!」

 

 栗色のツインテールが似合う教会少女、紫藤イリナだった。

 イリナは帰宅したミッテルトを笑顔で出迎え片方の袋を預かる。今の彼女の服は教会のぴったりとした黒の戦闘服ではなく、年相応のフリルな格好をしている。

 

 コカビエルとの一戦が終わったというのに、なぜ彼女が華霖の家に滞在しているのかというと話は長くなるのだが。簡潔にまとめると『コカビエルとの戦闘中に姿を眩ませたバルパー・ガリレイの捕縛』が主な理由と言える。

 コカビエルを倒し聖剣も回収した。だが主犯格の一人であるバルパーが今も逃げているとなると、いつまた今回のような事件が起こるかわかったものではない。

 おそらくバルパーはまだこの町のどこかに潜んでいると睨んだイリナは、任務を終えるまでこうして華霖の家を拠点にさせてもらっているという訳だ。

 

「ごめんね〜、お邪魔させてもらってる上にご飯までご馳走になっちゃって」

「礼なら華霖に言うべきっすよ。うちもあんたと同じ居候の身分なんで」

 

 居候二人、話をしながらリビングへと向かう。そこにはソファーに寝転がり、静かに寝息を立てている華霖(家主)の姿が。

 あどけなさの残る顔立ちをした華霖の寝顔を見たミッテルトは微笑みを浮かべ、どこから取り出したのかカメラで一枚撮る。

 

 子供らしさの残る彼の寝顔は可愛いの一言に尽きるのだが、いくらなんでもそれはやりすぎだと感じてしまう。現にイリナは微妙そうな表情でミッテルトを見下ろしている。

 

「でもこの子が本当にコカビエルを倒したなんて、ちょっと信じられないわよね」

 

 確かにこの少年には不思議な力があるが、それでも歴戦の堕天使を倒してしまうなど。負傷し最終決戦を見ていないイリナは俄には信じられなかった。

 相方のゼノヴィアからその話を聞いたときの驚きと言ったら思い出すのも恥ずかしい。

 いや、相方ではなく『元』相方だったか……。

 

「はぁ……」

「……? どうしたんすか、急に落ち込んで」

「ううん、なんでもない……」

 

 元相方のゼノヴィア。彼女はコカビエルとの一戦後、なぜかリアス・グレモリーの悪魔になると言い出したのだ。その理由は『神の死』という事実を受けたため、破れかぶれになったのだとか。

 しかし戦線離脱していたイリナはその事実を知らず、またゼノヴィアもとびきり信仰心の深い彼女に対して真相を打ち明けることができなかった。

 ゆえに別れは辛いものとなり、カッとなってゼノヴィアへ色々と酷いことを言ってしまったことに対する後悔がイリナの胸を締め付けていた。

 

「……とりあえず、夕食作るっすか?」

「うん、そうだね。あ、私も手伝うよ!」

 

 少し重くなった空気を変えるべく、ミッテルトとイリナはキッチンへと向かうのだった。

 

 

 

 

 ********

 

 

 

 

 うすうす、お久しぶりっす。ミッテルトっす。

 コカビエル様との一戦を終え、平和な時間というものを再認識することができたんですが……

 

「…………」

「…………」

 

 キッチンから来客用のお茶をお盆に乗せ、リビングへと向かうとそこには。机を挟んで来客を睨みつける華霖そして、正面には紅の長髪を靡かせる制服姿の女……うちのトラウマの元であるリアス・グレモリーが。その後ろにはあの日公園であった眷属の姿もあり、広いこの部屋が初めて手狭だなと感じた。

 というか、なんでリアス・グレモリーが華霖の家に来るんすか⁉︎ もしかしてあれっすか、やっぱりうちを始末しに来たんすか⁉︎

 

 緊張で早鐘を打つ心臓の鼓動を聞きながら、震える手でリアス・グレモリーにお茶を差し出す。

 

「ど、どうぞっす」

「あら、ありがとう」

 

 お茶を出し、即座に華霖の隣へと移動しソファーへ腰をかける。

 

「……お前たち、何しに来た」

 

 語気に警戒心をこれぽっちも隠すことなく、睨みつけたまま問いかける華霖。

 ちょ、あからさますぎるっすよ、もうちょっと隠して隠して!

 

「急に訪ねてきて申し訳ないわね。ただコカビエルの一件について、あなたにお礼を言いたくて」

「お礼……? 別に、僕お前たちになにもしてない」

「あなたはそうは思っても、こちらからすればどれだけ礼を尽くしても足りないの」

 

 そう言い、リアス・グレモリーは姿勢を正すと

 

「あのとき、あなたが来なければコカビエルを止めることができなかった。でなければ確実に街に被害が出ていたし、私の大切な『兵士(ポーン)』が取り返しのつかない無茶をしていたわ」

 

 ゆっくりと、長髪を揺らしながら頭を下げる。

 

「この地を治める者としてお礼を言わせてちょうだい。コカビエルを止めてくれて本当にありがとう」

「……どういたしまし、て?」

 

 お礼を言われることが本当に不思議でならないらしく、華霖は首を傾げつつお礼の言葉を受け取る。

 

「何か形でお礼をしたいのだけれど、あなたに望むものはあるかしら? なんでも可能な限り叶えてあげるわ」

 

 リアス・グレモリーの言葉に華霖はうちの方へ視線を……っていやいや、あんたの望みなんすからうちに聞かないでくれないっすか。

 とはいえ華霖に何か望みがあるかと言われれば、はっきり言って想像できない。だってこいつ、物欲とかいうのからっきしなんすもん。

 そんな華霖が望みを言うなんて……うんだめだ、まったくイメージできないっす。

 

「……なんでもいいの?」

「えぇ、私にできることだったらなんでもいいわ」

「だったら、ミッテルトのこと許して」

 

 …………ん? 今なんていったっすか? うちを許す?

 

「……それが願いとして、あなたはそれでいいの?」

「うん。別に僕、何もいらない。それで、できる?」

 

 確かにリアス・グレモリーの統治下でやらかしたこと、公園での一件は華霖が来たことでうやむやになった。今はリアス・グレモリーが手を出さないだけで、あの問題が完全に解決したわけではない。

 華霖はそれをこのお礼を使って消そうとしている。なんでも叶えると言った手前、リアス・グレモリーも断ることはできないだろう。

 

 でも……

 

「華霖、そのお願いはダメっす」

 

 それはうちの問題で、うち自身が解決しなければならないことっす。こんな形で解決していいものじゃないんすよ。

 

「それはうちが解決しなきゃならない問題っす。これだけはあんたの手を借りちゃいけないんすよ」

「……でも、ミッテルト」

「うちはその気持ちだけで嬉しいっすから。だからこれは自分のために使うべきっすよ」

 

 すると、そんなうちらの会話を聞いていたリアス・グレモリーが小さく笑みを浮かべる。

 

「いいわ。堕天使ミッテルト、あなたがこの地で行ったことに対して私からはもう何も口を出さないわ」

「はぁ? だから今の話聞いてたんすか? うちは自分で」

「あなたがあのことについて彼女に謝りたい、というのならいつでもいらっしゃい。場を用意するくらいのことはしてあげるわ」

 

 意外だった。まさか堕天使であるうちに、リアス・グレモリーがそこまでしてくれるなんて。

 ……はっ、もしかして罠⁉︎ おびき寄せてこっそり始末しようっていうわけっすね⁉︎

 

 あまりにも不信だったので顔に出ていたのか、リアス・グレモリーは苦笑すると

 

「別に何も裏はないわ。とは言っても、警戒するのも無理はないでしょうけど」

「……うちら敵っすよ。ついこの間まで争ってたのに、なんでそこまでするんすか?」

「あなたがあの堕天使達とは違うとわかったからよ。それに敵というなら私の元には元聖女や聖剣使いもいるし、なにより日本では『昨日の敵は今日の友』って言うらしいわ」

 

 ……まぁそっちがいいっていうなら構わないんすけど。本当に大丈夫なんすよね?

 

「とまぁ、これは私とあなたの話。そちらの彼については、また何かあったときに言ってくれればいいわ」

「うん。貸し一つ」

 

 どうやらこっちは華霖のこととは別の話だったようで。”貸しを作る”という形で終着した。

 ふぅ、最初はどうなるかと思ったっすけど、無事に終わってよかったっす。

 

「さて、私からの話はここまでよ。次は……小猫」

「……はい」

 

 リアス・グレモリーの言葉で前に出たのは、白髪のちびっこ。公園で盛大に殴り飛ばしてくれたフィンガーグローブ娘だった。

 

「この子も、あなたにお礼が言いたいらしくてね。受け取ってもらえないかしら?」

 

 どうやら華霖はこの子にも何かしていたらしい。しかし当人は首をかしげ、不思議そうな表情を浮かべている。

 そんな華霖の前に立った少女は小さく頭をさげると

 

「あの時はありがとうございました」

「あの時……ああ」

 

 どうやら思い出したらしく、華霖はそう漏らすと

 

「どういたしまして」

 

 少女の頭に手を置き、なでなでと優しく手を動かし出した。

 おぉっと、この男なんて自然に頭を撫でてやがるんでしょう。うちだって撫でられたこと少ない──おっほん。

 

「あの、何を……」

「別に、なんとなく。嫌だった?」

「嫌というわけではないんですが……なんか恥ずかしいです」

「……ん」

 

 華霖は少女の頭から手を離し、抑えるものがなくなった彼女もまた頭を上げる。心なしか若干赤くなってるように見えるが、まぁ男に頭を撫でられたのだから仕方ないだろう。

 まぁ見た目は少女にも見えるんすけどね。

 

「それじゃ、私たちはこれで失礼するわ。急に尋ねてごめんなさい」

「……ん。ばいばい」

 

 そしてリアス・グレモリーたちは転移魔法陣を用い家を去る。

 来客がいなくなり、急に広くなった部屋に若干の物悲しさを感じていると

 

「……また、誰か来た」

「へ?」

 

 再び、突如として部屋に魔法陣が現れ、そこから出てきたのは紅髮の男とその傍らに侍る銀髪のメイドだった。

 なんなんすかこいつら、いきなり現れて……。もしかして華霖の知り合いかなにかっすか?

 

 ちらり、隣に座る華霖へ目を向けるが、当の本人は”誰こいつ?”みたいな顔をしていた。

 

「突然の来訪申し訳ない。私はサーゼクス・ルシファー、そしてこちらの女性は私の侍女のグレイフィアだ」

 

 ぺこりと頭をさげる銀髪メイド。

 というか今この男ルシファーって言いませんでした? あれ、それってもしかして、あの”ルシファー”?

 

「も、ももも、もしかして……魔王⁉︎」

「ん? ああそうだよ、可愛らしい堕天使さん」

 

 その一言でうちの脳は考えることを放棄した。

 

「それで、魔王が何の用?」

「ああそうだった……今日ここに来たのは他でもない、君に一つ頼みがあってね」

「頼み……?」

 

 はたして魔王直々のお願い事とは。話の邪魔にならないよう、口を閉ざし聞くことに神経を集中させる。

 そして魔王はゆっくりと口を開き

 

「数日後に行われる”三すくみの会談”、君も出てくれないかな」

 

 ああ……どうやらまた、新たな厄介ごとの種が運ばれてきたようっす。

 

 

 

 

 





というわけで、原作と違いイリナは駒王町に残って華霖の家に居候することになりました。
やったね、美少女二人と同棲だ!



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混沌への序曲


だいぶお久しぶりです。
とりあえず、1話更新します。

遅い更新で申し訳ありません。




 

 

 

「……断る」

 

 唐突に来訪してきた、冥界を治める四大魔王のうち一人サーゼクス・ルシファー。彼の口にした『三すくみの会談』への誘いへの答えは、華霖の言葉により一蹴される。

 なぜ天使でも堕天使でも、ましてや悪魔でもない自分が参加する必要があるのか。そう思えば、華霖がこの答えを下すのも当然と言えば当然だろう。

 

 しかし隣に座るミッテルトからしてみれば、魔王の誘いを一蹴するなど気が気ではない。現にその顔は若干青ざめており、華霖を見る瞳はこれでもかと見開かれている。

 しかしサーゼクスも断られることをわかっていたのか、特に落胆することなく、温和な雰囲気を崩さぬまま言葉を続ける。

 

「私が君を誘った理由は二つあってね。一つはコカビエルの計画を阻止した件。君の助力をなくしては、妹もこの街もただでは済まなかった。それに天使側も堕天使側も、それぞれが礼がしたいらしくてね。ぜひこの会談の場に参加して欲しいそうだ」

 

 堕天使からしてみれば、身内が戦争の引き金になりうる事件を引き起こし。天使側は貴重な聖剣をいくつも奪われ、同胞にもそれなりの被害を受けた。

 それらを未然に防ぎ、あるいは取り返すことができたのは、華霖の力があったのは言うまでもない。

 故に謝辞を伝えたいので、会談に参加して欲しいというのは、確かに誘う理由としては十分なものがある。

 

 三大勢力のトップから謝罪など、過去にも例を見ない大事件だ。いや、事件ではないが、それでも堕天使であるミッテルトからしてみれば、たとえどれだけ生まれ変わっても経験できないであろうほどの出来事だ。

 そんな希少な場に誘われているというのに、華霖本人はというと

 

「別に、お前たちのためにやったんじゃない。ただ、コカビエルとは因縁があっただけ。それ以外は、全部ついで」

 

 そう告げ、サーゼクスの誘いを再び断る。

 

「はははっ、そうかついでか。そう言われたら、これ以上は何も言えないな」

 

 三大勢力へ大きな恩を作りながら、それをついでの一言ですます華霖に、サーゼクスはたまらず笑みをこぼす。

 しかしすぐに真剣なものへと変えると

 

「それならもう一つの理由だが……」

 

 そう言い、右手に小さな魔法陣を展開。そこから一つの小さなガラス状の筒を取り出し

 

「このメダルについて、君は何か知ってはいるかな?」

 

 その筒の中に収められたものを見て、華霖の表情が初めて変化する。それもミッテルトも見たことのない、驚き、という表情へ。

 華霖の反応に、サーゼクスは欲しい答えをもらった、そんな表情を浮かべ

 

「……どうやら、知っているようだね。このメダルについて」

 

 サーゼクスが筒に入れているのは、一枚のメダル。それもただのメダルではなく『コアメダル』だ。

 華霖はサーゼクスの手にしたメダルを見ながら、小さく口を開く。

 

「……知っている。けど、知らない」

 

 矛盾をはらんだ答えを口にする華霖。

 だが彼からしてみれば、サーゼクスの持つメダルはそんな矛盾を生むには十分な代物だった。

 

 なぜなら、ガラスの壁の向こうに浮かぶメダルは、そのコアメダルは

 

「……そんな『黒いコアメダル』、僕は知らない」

 

 まるで闇を取り込んだかのように、深い黒色に染まっていたのだから──

 

 

 

 

 

 

 

 ──このメダルについて、何か聞きたいことがあるのなら、参加をして欲しい。こちらとしても、色々と情報を共有したいからね。返事はまた、こちらから使いを送らせてもらうよ

 

 

 そう言い残し、サーゼクスは従者とともに家を去った。

 残された華霖とミッテルトは、言葉を交わすことなく、無言のままじっと座っていた。

 

 普段なら、ミッテルトが何かしら話題を振るのだが、今の華霖は話すことすら躊躇うほどの雰囲気を纏っており、こうして黙っていることしかできないからだ。

 

(にしても、あの華霖があそこまで感情を出すなんて。一体何だったんすかね、あの黒いメダル……)

 

 少し前にラザードが、華霖の中にはコアメダルが同化していると言っていた。彼の言葉が真実なら、あのメダルは華霖のものとは違う、新たな一枚ということになる。

 しかし同化している当の本人の表情は険しく、あのメダルの存在は本来ならばあり得ないものだということが見て取れる。

 

(でももしかしたら、華霖の知らないメダルがあったって可能性も無きにしも非ずなわけで……)

 

 だめだ。コアメダルについて無知な自分がいくら考えたところで、答えなど出るはずもない。

 こうなれば華霖に聞くしかない。そう決め、ミッテルトは意を決し口を開く。

 

「華霖、あのメダルって本当にコアメダルだったんすか?」

「……たぶん、そう。弱々しいけど、感じた力はコアだった」

 

 でも──

 

「あり得ない。みんな以外に、コアが存在するのは……」

 

 やはり、華霖でもお手上げの事態らしい。

 存在するはずのない新しいコアメダルに、華霖は険しい表情のまま思考を続ける。

 

(アンク……あのコアメダル、どう思う?)

『どうっつっても、俺にもさっぱりだ。けど確かなのは、この世に存在するのは俺たちのコアだけ。あんな黒いのがあるなんて、聞いたこともないぜ』

 

 アンクに聞いてみるが、彼女もやはり華霖と同じく、黒のコアについては何も知らないようだ。

 

『私たちが生まれた時になかったのなら、その後にできたものじゃないかしら?』

 

 するとここで、柔和な女性の声が割って入る。

 

『んだよメズール。まさかあれが新しくつくられたコアメダルって、そう言いてぇのか?』

『まさかも何も、残された可能性はそれしかないじゃない? まぁ、私たちに隠れて作られたものっていう線もあるけれど……それはほとんどないわね』

 

 柔和な声の女性──メズール。

 彼女の言う通り、自分たちが知らないということは、後に作られたものだと考えるのが妥当だろう。

 

 しかしそこで待ったをかけたのは、カザリだった。

 

『けど作るって言ったって、僕たちを作った人間みーんな寿命で死んじゃったんだよ? 新しく作るのってほとんど不可能だと思うけどなー』

 

 コアメダルを作ったのは、はるか昔の錬金術師と呼ばれた人間たちだ。彼らは人を超越した力と知識を用い、コアメダルをこの世に生み出した。

 だが錬金術師である彼らも人である以上、必ず寿命が訪れる。たとえどれだけの力を有していようと、死なないわけではない。命の終わりは等しくやってくる。

 

『僕たちが目覚めるまでざっと800年。それで目覚めてから200年くらい? これだけの時間、たぶんあの人間たちでも生きるのは無理だと思うけど』

『そうねぇ、あの錬金術師たちでも不老不死に届くとは思えないし。けれど彼ら以外に、一からメダルを作る知識を持っている人間がいないのも、また確かなのよねぇ……』

 

 振り出しに戻り、ため息を吐くメズール。

 考えれば考えるほど、謎が深まる黒いコアメダル。

 

『あーめんどくせぇ! なんだってこんな考えなきゃならねぇんだよ!』

『アンクうるさーい。けど、情報があのメダル一枚じゃ、推測もできないよねー』

『あの魔王にはしてやられたわね。情報を得るには、その会談とやらに行くしかないものねぇ』

 

 メズールの言う通り、これ以上の情報を望むのなら、三すくみの会談に参加する必要がある。

 サーゼクスがこれを狙っていたのだとしたら、なかなかに強かな悪魔だと認めざるを得ない。

 

(けど、いい機会。アンクたちを、僕を作った人の情報を手にいれる)

 

 どうやら、華霖は会談に参加をすることに決めたらしい。

 

『えらくやる気じゃねぇか。どうしたんだ?』

(……その人と、会って話したい。僕を作った理由を、なんで僕が『オーズ』なのかを)

 

 華霖が生まれた時には、周りにはアンクたちしかいなかった。故に華霖は自身がなぜ生み出されたのか、その理由も知らずに今まで生きてきた。

 もしかしたらこの会談で生みの親の情報を得られるかもしれない。そうすれば、生みの親に会える可能性がわずかにだがでてくる。

 

 別に会えなくて寂しいとか、そんな感情からでは断じてない。だが、華霖は知りたいのだ。

 どうして自分が『オーズ』として、アンクたちの王として、この世界に生み出されたのかを。

 

「……ミッテルト」

「ん? なんすか?」

 

 

「……決めた。会談、行く」

 

 

 

 

 ********

 

 

 

 

 同時刻。この世界ではないどこか。

 

「ぅ、ぁ……せい、けん……エクス、かり、バー……」

 

 ふらふらと、まるで幽鬼のように覚束ない足取りで歩き、蚊の鳴くような声でボソボソと呟く一人の男の姿が。

 男は何かを求めるように両手を前に伸ばし、空を掻きながらふらつく足で進む。

 

「……ふむ、一応だが意識はあるか。試作品にしては落第点もいいところだが、まぁいいだろう」

 

 死人のような男を見つめ、つまらなそうに呟くのは、コカビエルとオーズの戦いを覗いていた黒いローブの男だった。

 彼の目的とする水準に達していない、目の前の実験体を冷ややかな目で眺めていると、隣に魔法陣が展開され中から一人の女性が姿を表す。

 

「相変わらず、趣味の悪いことをやっていますね。あれが今回の犠牲ですか?」

「犠牲とは聞こえが悪いな。奴の欲望を開放してやるんだ──救い、そういってほしいな」

「人間として終わったあれを見て、よく救いと言えるものですね。私よりもずっと悪魔らしいですよ、あなたは」

 

 とはいえ、人間が一人どうなったところで、彼女からしてみれば道端の石ころが砕けたようなもの。

 何の感情も抱かないし、あるとすればせいぜい一瞥するくらいだ。

 

「まぁあれがどうなったところで、私たちの計画に支障はありません。好きにしてください」

「ああ、好きにするとも。ふふっ、数日後が楽しみだ」

 

 転移し姿を消す女性。

 男は彼女に一度も視線を向けることはなく、未だこの場を徘徊する生きた亡者へと注がれていた。

 

「失敗作には贅沢な舞台を用意してやる。せいぜい溜め込んだその欲望、負の感情を開放するといい」

 

 悪魔、天使、堕天使、赤龍帝、聖剣……そして『オーズ』。

 この失敗作にとって、これ以上ないほどの舞台が出来上がった。あとはその胸に溜め込んだものを、余すことなく開放するだけ。

 たったそれだけを、男はそれに望んでいる。

 

 

 ──あぁ、本当に楽しみだ

 

 これから起こる混沌を想像し、男は口元に狂気の笑みを浮かべ、声を漏らし笑うのだった。

 

 

 

 






先に進めようとした結果です。

グリードからはメズールが初登場。
次回は会談から戦闘まで持っていけたらいいなと思っています。

次の更新も気長にお待ちください。



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会談開始

お久しぶりです。
かなり久しぶりの投稿になりますが、よろしければどうぞ。




 悪魔・天使・堕天使のトップが集まる『三すくみの会談』当日。

 

『なに? 三大勢力のトップの会談? てことはあれか、堕天使からアザゼル、悪魔からサーゼクス、んで天界からはミカエルが集まるってか?』

 

 通信機越しに聞こえるラザードの声は、驚きつつも面白いものを聞いたような喜色を帯びている。

 かの大戦で火花を散らし、その後も冷戦状態をとっていた彼らがまさか同じ舞台に立とうとは。『神の子を見張るもの(グリゴリ)』を抜け出していた彼にとっては、予想もつかない面白──もとい奇妙な話を聞き、ゲラゲラと腹を抱えたような笑い声をあげる。

 

 

 耳元に通信機を当てていた華霖は、ラザードの声の大きさに顔を顰め右手を耳から離す。

 

 

『だはははっ! はー、腹いてぇ……ったくあいつら、俺がいないところでなに楽しそうなことしてんだよ』

「ラザード、うるさい……」

『おぉわりーわりー。でもよ、そのメンツが顔合わせるなんて、想像したら笑いが止まらねぇよ! しかもあのミカエルだぜ? あの「The・信者」がそんな場所に顔出すってんだから、こりゃ最高の笑い話じゃねぇか!』

 

 

 笑い声は小さくなったが、その代わりにバンバンと激しく机を叩く音が聞こえてくる。どうやらこの会談は、ラザードのツボにドはまりしてしまったらしい。

 三大勢力の関係をそこまで知らない華霖は、なぜラザードがここまで笑うのか理解することができなかった。

 

 

 一頻り楽しんだラザードは、いまだ余韻を残しつつも話を先へと進める。

 

『んで、お前もその会談に出席すると。おいゼ……華霖よ。そりゃどういう風の吹き回しだ?』

 

 先ほどまでと一転、訝しむように尋ねてくるラザード。

 彼が知る華霖という少年は、こういった場に出ることに後ろ向きだし、何より興味を一切持たないはずだ。だが現実、華霖は会談に出ると言った。

 

 ラザードにとって、そこが何よりも不思議でならなかったのだ。

 

 

「……冥界で、僕の知らないコアメダル、見つかった」

『コアメダルが? お前以外に、そいつを持ってるやつがいたってか?』

 

 

 コアメダルは華霖が有しているものしか存在ない。それは華霖本人が言っていたことだ。

 ラザードの問いに、華霖はサーゼクスが見せたあの黒いコアメダルを思い返し

 

 

「わからない。だから、それを知るために参加する」

 

 

 小さく首を振る。

 謎のコアメダル擬き。それがいったい、どのようにしてこの世に現れたのか。それを解決するためには会談に参加し、サーゼクスから情報を得なければならない。

 

 

『なるほどな、そういうことか』

 

 

 ようやく、華霖が会談に出席をする理由を知ったラザードは、うんうんと通信機越し頷く。

 ここ百年と少しの付き合いだが、彼と彼の内に眠るコアメダルの出生について、ラザードもその詳細を把握しきれていない。してると言えば、彼が人でも人ならざる者でもない『何か』だと言うことと、彼をそうたらしめているのが『コアメダル』だと言うことだけ。

 

 

 だが今回の会談で、もしかすれば彼らも知らないその出生を知ることができるかもしれない。

 

 

『だったら見つかるといいな。お前の探しもんが』

「……うん」

 

 

 どこか柔らかくなったラザードの声に、華霖は短く返す。

 全ては明後日に──。

 

 

『ちなみにだが、会談ってのはどこですんだ?』

「……場所は駒王学園」

『ふーん、なるほどなー』

 

 

 

 

 

 ********

 

 

 

 

 

 時は過ぎ、会談当日。

 いつものローブを身に纏った華霖は自宅のソファーに腰をかけたまま、ただ静かに迎えが来るのを待っていた。

 そんな彼の前では

 

 

「……」

 

 うろうろ、うろうろ……。

 右へ左へ部屋の中を忙しなく歩き回り

 

 

「…………」

 

 

 そわそわ、そわそわ……。

 椅子に座ったかと思えば体を揺らしたり、両手の指を頻りに動かしたり

 

 

「………………」

 

 

 かちゃかちゃ、かちゃかちゃ……。

 再び立ち上がってはもう何度目か、食器棚の中を掃除しだす。

 

 

 まるで落ち着きがない同居人──ミッテルトの様子を一通り眺めていた華霖は、ようやくその重い口を開いた。

 

 

「……ミッテルト、何してるの?」

「うぇっ!? いやっ、そのっ……ちょっと落ち着かなくって……」

 

 ビクリッ、不意に声を掛けられ変な声を上げたミッテルトは、言葉を詰まらせながら視線をあちこちに向ける。

 明らかに挙動不審な彼女に、華霖は小さく首を傾げ

 

 

「落ち着かないって、なんで?」

「だって三大勢力のトップが集うんすよ!? むしろ華琳がそんなに平気そうなのかこっちが聞きたいくらいっす!」

 

 普通の感性をしていればミッテルの行動が当たり前なのだろうが、生憎と相手をしているのはあの華霖だ。

 何事にも無関心を貫いている彼の心臓は、一切の乱れなくゆっくりと心音を刻んでいる。

 

 

「うちは心配なんすよ。あんたが何かやらかさないかが……」

 

 

 華琳のことだ。自分が興味のない話の場合、我関せずの精神で無言を貫くだろう。いや、下手をすれば眠るまである。

 これまで敵対関係であった三勢力が揃うのだ。どんな些細なことが切っ掛けで争うが起こってしまうのか……ミッテルトには想像はできないが、もしかしたら華霖の態度が火種になってしまうかもしれない。

 そうなってしまえばこの世はどうなってしまうか、結果は火を見るよりも明らかだろう。

 

 故に、ミッテルトは華霖の隣へ腰を下ろすと、ずいっ、と顔を寄せる。

 

 

「いいっすか? 興味がないからって寝たりしたら駄目っすよ。参加するからにはしっかり話を聞くこと」

「……別に、関係ない話は、聞く必要がない」

「い・い・か・ら! うちとの約束っす!」

 

 

 有無を言わさぬミッテルトに、華霖は少し不満そうに視線を下に向ける。

 すると横から小指を立てた右手が映り込む。

 

 

「ほら、指切りげんまん」

「…………わかった」

 

 

 数秒間を置くも、華霖は小さく頷き右手の小指を彼女の指に絡める。

 

 

「ゆーびきーりげーんまーん」

 

 

 ミッテルトの声だけが室内に響き、そして二人の指が静かに離れる。

 それと時を同じくして、部屋の隅に魔法陣が浮かび上がり、中から銀髪のメイド服の女性──グレイフィアが姿を現した。

 

 

「お久しぶりでございます。会談の時間が近づいてまいりましたので、お迎えに上がりました」

 

 

 礼儀作法に特に詳しいわけでもないミッテルトが見ても『完璧だ』と、そうわかる一礼をするグレイフィア。

 流石は魔王の侍女。動作一つとっても無駄なく洗練されている。

 

 

 ミッテルトが無駄な関心をしている傍らで静かに腰を上げた華霖は、未だ浮かび上がる魔法陣へ向けて足を進める。

 離れていく小さな背中を、ミッテルトが心配そうに見つめていると。

 

 

 不意に、顔だけをこちらに向けた華霖は

 

 

「……ミッテルト」

 

 

 小さく、不安気な彼女へ声をかけ

 

 

「……行ってきます」

 

 

 あの時のように、けれども今度は自分からその言葉を口にする。

 不安が重なっていたミッテルトは、華霖が自分から言ってきたことに驚き目をぱちくりとさせるが

 

 

「行ってらっしゃい。約束、ちゃんと守るんすよ?」

 

 

 いつものように笑顔で彼を見送ると

 

 

「……わかってる」

「それでは参ります」

 

 

 グレイフィアの言葉を合図に、二人の姿が光に包まれていく。

 光が霧散した後、そこにはもう華霖の姿はなく、今ではもう見慣れた部屋の壁がシンと広がっていた。 

 

 

 

 

 

 

 ************

 

 

 

 

 

 

 視界が光に包まれたかと思うと次の瞬間、眼前には見知らぬ部屋が広がり、顔も名も知らぬ人物たちの視線が華霖を捉える。

 

 

「やぁ、よく来てくれたね。ありがとう」

 

 柔和な笑みを浮かべそう声をかけるのは、数日前に華霖の家を訪れたサーゼクス。

 

 

「あはっ、君がサーゼクスちゃんが言ってた子だね☆ 話に聞いてたけど、本当に子供なんだ☆」

 

 

 その隣では黒髪ツインテールの少女が快活な笑みを向ける。

 彼女はセラフォルー・レヴィアタン。サーゼクス同様、冥界を治める魔王の一人である。

 

 

「彼がコカビエルを止めた人間ですか……なるほど、確かにただの少年ではなさそうですね」

 

 さらにその隣。頭に光る輪を浮かべた端正な顔立ちの青年──天使の長であるミカエルは、華霖を見て何か納得したような表情を浮かべている。

 そんな超大物たちから注目を浴びている華霖の元へ、一人の人物が近づいてくる。

 

 

「よぉ、お前かコカビエルをやったのは。迷惑かけちまってすまねぇな」

 

 そう謝罪の言葉をかけるのは、堕天使の総督アザゼル。

 彼は華霖の目の前まで来ると、品定めをするかのように体のあちこちへ視線を向ける。

 

 

 急にじろじろと見られたことに、華琳はやや不快そうに視線を鋭くさせ

 

「……なに?」

「いやな、コカビエルがガキにやられたって聞いたからよ。どんな奴かって気になってたんだが……なるほどな」

 

 

 アザゼルは一人納得したように頷くと顔を離す。

 いきなり全身を舐めるように見られた華霖は、不満げにアザゼルを睨みつける。

 だが、そんな視線を気にも留めず、アザゼルはおもちゃを見つけた子供のような笑みを浮かべ

 

 

「お前が体の中に何か飼ってる何か、それがコカビエルを倒した力の正体か」

「……っ」

 

 この場に来て、初めて華霖の表情が崩れる。

 自身の体の中に眠るコアメダルたち。それを見ただけで感じ取ったアザゼルに、驚愕を隠せなかった。

 

 

「まぁ、それが何なのかはさっぱりだが……だからこそ、面白ぇな!」

 

 

 直後、少年のように瞳を輝かせ、アザゼルは華霖の両肩を力強く掴む。

 研究者としての血が騒ぐからか、興奮が抑えられていないアザゼルの手は、かなりの力が込められ

 

 

「……痛い、離せ」

「おっと悪ぃ悪ぃ、つい興奮しちまってよ!」

 

 肩から伝わる痛みに、華琳はアザゼルを睨みつける。

 力をこめすぎていたことにようやく気付いたアザゼルは、すぐに両手を離し、今度はバシバシと肩を叩く。

 またも力を込められ、華琳はより一層鋭い視線を向け

 

「コカビエルを倒す力。確かに興味深いな」

 

 不意に割り込んできた声に、華霖の意識はそちらへと向けられる。

 そこには、銀髪の青年が壁に背を預ける格好で立っていた。

 

 纏う雰囲気、内に秘めた力。そのどれもが、この場にいる者たちにも匹敵するもので

 

「本来なら、俺がコカビエルと戦うはずだったが……なるほど、キミと戦った方が面白そうだ」

 

 

 こちらを見つめる透き通った青い瞳には、抑えきれていない闘争心がこれでもかと漏れ出ている。

 青年から向けられる圧に、華琳はそっと、ローブの中にしまっているメダジャリバーへと手を伸ばす。

 相手が敵意を見せてくるのならばやり返すだけ。そう言わんばかりの華霖に、青年は口角を上げ

 

「殺意を軽くぶつけてみたが、全く動じないか……うん、これは楽しめそうだ」

「やるなら、受けて立つ」

 

 メダジャリバーへ手をかけた華霖も、青年へ殺意を返す。

 一触即発、今にも始まりそうな雰囲気の中

 

 

 ──パンッ! 

 

 

 短く乾いた音が響き渡る。

 音が聞こえてきた方へ、全員の視線が向けられ

 

「君たち、ここは会談の場だ。間違っても争いの場ではないよ」

 

 

 小さな笑みを浮かべたサーゼクスが、両掌を合わせた状態で座っていた。

 相変わらず穏やかな口調のサーゼクスに、毒気を抜かれた二人はぶつけあっていた殺意を抑える。

 

「ったく、ヴァーリ……強いやつ見かけたら殺意ぶつける癖をやめろよな」

「ははっ、すまないアザゼル。どうにも気持ちが抑えきれなくてつい、ね」

「ついって、お前……悪いなボウズ。あいつ、かなり戦闘狂でよ」

 

 アザゼルは困ったように溜息を吐き、華霖へ詫びる。

 華霖も特に気にしていないらしく、すでにメダジャリバーから手を離し、部屋の入口へと視線を向けていた。

 すると

 

 

 ──コンコン

 

 二度、ドアをノックする音が響き

 

 

「失礼します」

 

 

 扉越しに、少女の凛とした声が聞こえてくる。

 

「さて、残りの主役も到着したことだし、みんな席についてくれ」

 

 

 次いで扉が開き、紅の髪を靡かせた少女

 

「私の妹と、その眷属だ」

 

 ──リアス・グレモリーとその眷属たちが入室する。

 

 

 

 



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未知とのENCOUNT


今回は早めに投稿できました。
暇つぶしにでもどうぞ。


 

 

 

 駒王町を治める悪魔の令嬢、リアス・グレモリーとその眷属たちが揃い、冥界代表であるサーゼクスの後ろへ控えるように並ぶ。

 華霖はちらりと、一瞬だけリアスたちへ視線を向ける。以前あった時の顔ぶれが並ぶ中、そこには聖剣使いの少女ゼノヴィアの姿があった。

 イリナが偶にこぼしていた話を聞いてはいたが、本当に悪魔へ転生していたらしい。

 

 とはいえ、特に交流があるわけでもないので、華琳はすぐに興味を失い視線を前へと戻す。

 その先には、リアスとその眷属たちへ興味深そうな視線を向ける、サーゼクス以外の三大勢力のトップの姿が。

 

 魔王サーゼクスである(キング)、堕天使幹部である女王(クイーン)、『禁手(バランス・ブレイカー)』へと至った騎士(ナイト)と聖剣使いの騎士(ナイト)、さらには全てを癒す僧侶(ビショップ)

 ──そして極めつけは、神滅具(ロンギヌス)赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』を宿した兵士(ポーン)

 

 先のコカビエルとの戦いで、実力では劣るものの、誰一人欠けることなく生還した、王とその眷属たち。

 トップたちからの注目が集まるのは無理もないことだろう。

 

 彼らの視線を一身に浴びるリアスたち、その中でも悪魔になりたての一誠とアーシアは緊張で固まってしまう。

 同じ新米悪魔であるゼノヴィアは、特に緊張した様子もなく平然としていた。幼い頃から協会で働いていたから当然とはいえ、肝はかなり据わっているようだ。

 

 会談の参加者が集ったところで、進行役であるサーゼクスが口を開く。

 

「それでは、全員が揃ったところで会談を始めたいが、その前に前提条件の一つ。ここにいる者たちは、最重要禁則事項である『神の不在』を認知している」

 

『神の不在』──コカビエルが死の間際に語った、聖書に記されたかの存在が死んでいるという事実。

 サーゼクスの言葉に、部屋の中にいる者たちの表情に動揺はない。

 

 それを確認し、サーゼクスは会談を進めていく。

 

 

 

 ********

 

 

 

 三大勢力による会談が淡々と、しかし確かな緊張感をもって進む中

 

(……アンク、ひま)

 

 各勢力のトップが顔を合わせる円卓。その一角に用意された椅子に座る華霖は、会談の内容に欠片の興味も抱かず、アンクたちと会話を行っていた。

 

『まったくだ。三大勢力の滅びがどうだとか、和平がどうだとか、俺たちには関係ない話だからな。シカトしとけ』

『アンクの言い方は汚いけれど、それは同意ね。私たちがここに来た目的とは違う話だもの』

 

 アンクの言葉に同意するメズール。

 確かに彼らがこの場に来たのは、サーゼクスの持っていた『黒いコアメダル』の詳細を聞き出すため。

 三大勢力の事情など、華霖にとっては道端の石ころ程度の興味しかわかないだろう。

 

『ったく、おたくらはそろいもそろって……。ちったあ興味を抱く努力をしましょうや』

『でも、あいつらが滅びるとか、僕たちにとってはどうでもいいからねー』

 

 ウヴァの説得も、カザリの一言で一蹴されてしまう。

 どうしてここの連中は、主人も含めて周りに興味がないのか。無い体で頭を抱えたくなるウヴァだったが、悲しきかな、彼に同意してくれる者はいない。

 

 既に一時間ほど経過しているが、おそらく主人含め、話の内容を聞いている者は皆無だろう。

 

「さて、そろそろ俺たち以外に、世界に影響を及ぼしそうな奴らに話を聞いておくか。世界をどうしたいか、無敵のドラゴン様はどう思う?」

 

 アザゼルの言葉に、まずはヴァーリは微笑みながら短く返す。

 

「俺は強いやつと戦えればそれでいいさ」

 

 言葉とともに、一誠、そして華霖へと視線を流す。

 一誠は背筋を伸ばし警戒をするが、対照的に華琳は一瞥しただけで特に反応を示さない。

 

『あの野郎、さっきから喧嘩売ってくれるじゃねぇか。おい、一度あいつしめたほうがいんじゃねぇか?』

『バカだなぁアンク。意味ない喧嘩を買って何になるの? その気の短さ直したらって今まで何回……ああごめん、そういえば鳥頭だったね! あっははは!』

『あ゛ん!? 誰が鳥頭だ! いいぜ、まずはお前からしばいてやるよ、表出ろ!』

『は? 出るわけないじゃん。面倒くさいことになるのわからないの? バカなの?』

 

 頭の中で始まるアンクとカザリの喧嘩。

 もはや慣れたもので、ぎゃーぎゃー言い合う二人をスルーし、アザゼルへと意識を向ける。

 

「そうだな、お前はそういう奴だよ。今も昔も……じゃあ赤龍帝、お前はどうだ?」

 

 ヴァーリの答えに、アザゼルは笑みを浮かべ、一誠へと視線を移す。

 当の一誠本人は、難しそうな表情を浮かべ、頬を掻きながら

 

「正直、スケールが大きすぎて、わからないです。俺には後輩の面倒を見ることでいっぱいいっぱいで、世界をどうこうとか言われても、想像ができないです」

 

 当たり前の話だ。ついこの間まで一般人だった一誠に、世界などというスケールの大きなもの、想像することも難しいだろう。

 世界を動かすほどの力を秘めたとは言われるが、現状一誠は悪魔になりたての新米だ。

 世界をどうする以前に、やらなければならないことはあるし、何よりゼノヴィアやアーシアといった、後輩の眷属たちのお世話をするので手一杯なのだ。

 

「まぁそりゃそうか。いきなり世界をとか、お前にはまだ難しい話だ。なら、恐ろしいほどに嚙み砕いて説明してやろう」

 

 一誠の返答に、後頭部を掻き納得するアザゼル。

 そして、至極真面目な顔で一誠を指さし

 

「俺らが戦争をしたら、必然、お前は表舞台に立つことになる。その場合どうなると思う?」

「どうなるって……戦うん、じゃないのか?」

「ああそうだな、そうなるだろう。それでいざ戦いが始まれば、お前と眷属たちもばらばらになるだろう。つまり兵藤一誠──お前がリアス・グレモリーを抱けなくなるってことだ」

 

 静寂。

 

 真剣に言葉を並べるアザゼルだったが、最後の一言に周囲から冷たい視線が雨霰と降り注ぐ。

 ただその中でただ一人、衝撃を受けている者が一人。

 当然ながら赤龍帝の兵藤一誠である。

 

「和平を結べば戦争をする必要もなくなる。なら、あとに大事なのは種の存続と繁栄だけ──つまり、毎晩リアス・グレモリーと子作りに励むことができるってわけだ」

 

 戦争なら子作り、つまりはそういうことができなくなる。ただし和平を結べば、それができまくる。

 アザゼルの言葉に、一誠は全てを理解したのか、拳を力強く握りしめ

 

「和平で一つお願いします! ええ! 平和、平和が一番ですよ! 部長とエッチがしたいです!」

 

 欲望に忠実とはこのことだろう。

 純度100%、欠片の曇りも見せない瞳で、あらん限りの力で叫ぶ。

 その隣では、リアスが顔を真っ赤にし俯いている。心なしか、湯気が出ている気がしなくもない。

 

『あ、あいつ、また変態発言を……!』

『あらあら、可愛いじゃない。何かに夢中な子って、私は好きよ?』

 

 この手の話に耐性がないアンクは言葉を詰まらせ、逆にメズールは柔らかな口調で一誠の発言を肯定する。

 無論、華琳は一誠の発言を右から左へ聞き流し、用意された紅茶へ口をつける。

 

「でも、俺の力が強力なら、俺はそれを仲間を守るために使います。まだまだ弱いですけど、それでも、体張って守ってみせます!」

「……そうか。その様子なら大丈夫そうだな」

 

 先ほどと違い、小さく笑みを浮かべるアザゼルは、最後に華霖へと視線を移し

 

「それじゃ、最後にこの会談のVIPに話を聞こうか」

 

 アザゼルにつられるように、他の面々の視線も華霖へ集中する。

 だが当の華琳本人は、煩わしそうに半目で睨みつけ

 

「……別に、話すことはない」

「んなこと言わずによ、聞かせてくれや。お前は平和を望むか? それとも戦争を望むのか?」

 

 アザゼルの言葉に、華琳は手にしたティーカップへ視線を落とし、静かに口を開く。

 

「興味ない。平和も、戦争も。お前たちの好きにすればいい」

 

 ただ、そう続け

 

「手を出してくるなら、その時は容赦しない……それだけ」

 

 和平だとか、戦争だとか、そんなもの自分には関係のないこと。争うのなら、好きに争えばいい。

 ただし、こちらに火の粉が飛ぶなら、その時は容赦なく始末をする。

 

 各勢力のトップが揃う中での発言。

 リアスたちは目を見開かせ驚愕するが、トップたちは対照的に笑みを浮かべている。

 

「そうか、なら心配はないな。俺たちは別に、お前に手を出すとかは考えてないからよ。なぁ?」

「そうですね。あなたには恩こそあれど、敵対する理由はありませんから」

「私も! キミみたいに可愛い子に手は出さないよ☆」

 

 アザゼル、ミカエル、セラフォルーの言葉だ。サーゼクスも、言葉こそ発しなかったが、小さく首肯している。

 ヴァーリも満足そうに笑みを浮かべ、華霖から視線を逸らす。

 

「……質問には答えた。次は、僕の番」

 

 華霖がこの場へ来た目的。

『黒いコアメダル』について、サーゼクスへ視線を向けた、その時、

 

『——っ! おい、何か来るぞ!』

 

 

 ──世界が、静止する。

 

 

 

 *******

 

 

 

 

「……今の、なに」

 

 体に感じた違和感に、華霖が周囲へ視線を向けると、アザゼルと視線が重なる。

 

「おっ、やっぱりお前は無事だったか」

「……何が起きてる?」

「簡単に言えば時間が止まってんのさ。ほら、周りを見てみな」

 

 アザゼルに促されるように視線を動かすと、そこには固まったままの朱乃・小猫・アーシアの姿が。

 瞬きの一つもなく、呼吸もしていない。

 まさに、時間が停止しているという言葉がふさわしいだろう。

 

「どうやら赤龍帝も目を覚ましたようだな」

「ちょっ、これってどうなってるんすか?」

 

 停止している仲間の姿に、一誠はきょとんと呆け

 

「なにって、んなもん決まってるだろ──テロだよ」

 

 アザゼルの言葉とほぼ同時、ガラス窓から強烈な光が差し込む。

 唐突な出来事に、一誠は体を震わせ、窓ガラスの向こうへと目を向ける。

 華霖も横目で確認すると、ガラスの向こう側には、地上から上空を埋め尽くす程の影が。黒いローブに身を包み、手から光の球体を放つが、それは校舎に当たる前に魔法陣によりかき消される。

 

「どうやら、俺たちが和平を結ぼうとするのを阻止したい連中らしい。ったく、いつの時代もいるもんだな」

「外にいる者たちは、中級悪魔程度の実力があると推測される。結界で守ってはいるが、これでは外に出ることもできないな」

 

 呆れたように溜息を吐くアザゼルと、襲撃者の実力を分析するサーゼクス。

 校舎を包囲するその全てが、中級悪魔レベルの実力を有しているという事実に、一誠は苦虫を嚙み潰したように表情をゆがめる。

 

 状況が一変する中、サーゼクスの裾を引っ張る小さな手が。

 視線を落とすと、そこには相も変わらず無表情を浮かべた華霖が、サーゼクスを見上げ

 

「……教えて。あの『黒いコアメダル』、なに?」

「……すまないが、この状況では話も満足できそうにない。もう暫く待っててくれないかい?」

 

 確かに、襲撃されている状況で話などできるはずもない。

 現に、打ち込まれる攻撃で校舎が揺れ、さらには大きな爆破音のおまけつきだ。

 

 華霖は煩わしそうにガラス窓へ視線を向け

 

「……だったら、さっさとあいつら、片付ける」

「おい、迂闊に動くと……行ってしまったか」

 

 サーゼクスの制止も振り切り、華琳は単身、校舎の外へと飛び出す。

 あれほどの数の敵へと突撃していったのだ、簡単にやられはしないとわかっているとはいえ、心配はしてしまう。

 彼と同じ程の年齢の子を持つものとして。

 

「あいつらをかく乱してくれるなら好都合だ。ヴァーリ、お前も行って揺さぶりかけてやれ」

「……了解」

 

 アザゼルの指示により、ヴァーリもまた、校舎の外へと飛び出す。

 二人が敵の作戦を乱している間に、こちらはこちらで動くつもりらしい。

 

「さて、白龍皇にコカビエルを倒したガキ。この二人が出れば、あいつらも多少は混乱するだろうぜ」

 

 そう言い、口元に笑みを浮かべたアザゼルは

 

「こっちも反撃といくか!」

 

 二人が飛び出した窓を見つめる一誠へ視線を移し、そう叫んだ。

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 場所は校庭へと移る。

 会談が行われていた校舎を囲んでいた襲撃者たちは、現在二つの影に翻弄されていた。

 

「白龍皇だ! ひるまず一斉に攻撃を仕掛けろ!」

 

 一人の男の声を合図に、数十人が上空へと向けて光の弾を放つ。

 その先には、純白の鎧を身に纏い、機械質な翼を広げた男──ヴァーリが男たちを見ろしていた。

 

 ヴァーリは迫る光弾を全て拳で打ち砕き、今度は自身の手から生み出した巨大な魔力弾を、周囲を囲む男たちへとお見舞いする。

 男たちは為す術なく光に飲み込まれ、その殆どが戦闘不能へと追いやられる。

 

《タカ》

 

 そんな機械質な音声が響くのは地上。

 メダジャリバーへタカメダルを挿入した華琳は、円状に業火を放ち敵を一掃する。リアスの滅びの魔力をも相殺する炎に、男たちは抵抗すら許されず飲み込まれる。

 

 中級悪魔程度の実力を有する集団が、まるで相手になっていない。

 倒された分だけ、上空に展開された魔法陣から戦闘員が送られてくるが、それも二人の手によって葬り去られる。

 

「白龍皇はともかく、なんなんだあのガキは!?」

 

 未知の少年に驚愕する男たち。

 単身相手にまったく歯が立たず、逆にこちらの戦力が次々と減らされていく。

 対する華霖は、機械のように目の前に相手を切り伏せていく。

 まさに一騎当千と呼ぶに相応しい戦闘を繰り広げる華霖とヴァーリ。

 

「……どいつもこいつも、雑魚ばかり」

『そのくせ、数だけはいっちょ前にいやがるな! 面倒ったらありゃしねぇ!』

 

 アンクの言う通り、数だけは多い。各勢力のトップを襲撃するのだから、当然といえば当然だろうが。

 ひとりひとり切り倒していくときりがないので、華霖が『ウナギ』のコアメダルを握りしめた直後、眼前の男たちの体が突如三分割され、鮮血が校庭を濡らす。

 

「な、なんだこいつ!?」

「しるか、とにかくやっちまえ!」

 

 敵の何人かが後方に攻撃を仕掛けだすが、次の瞬間には先の物たち同様、胴体を切り刻まれる。

 

『おい、気をつけろ。やべぇのがいるぞ』

「……わかってる」

 

 鮮血に彩られる地面。

 華霖はメダジャリバーを構え、暗闇の向こうへ視線を向ける。

 砂を踏み抜く音は次第に近づき、月光に照らされ、徐々にその姿があらわとなっていく。

 盾にするが

 

「ォオ、オォぉオ……」

 

 華霖の目の前に姿を見せたのは、神父服をまとった老人のような男。

 ローブの男たちの返り血を浴び、白だったはずのそれは真紅に染まっており、両袖から覗く手には、およそ人とは思えない巨大で鋭利な鉤爪が。

 

「ぇく、す……かり、ば……わたし、の……」

 

 ぶつぶつと、蚊の鳴くような声でつぶやく男は、華霖へ──正確には、彼の持つメダジャリバーへ緯線を向け

 

「かえ、セ。わたし、ノ……エくスかリバー!」

『──っ! くるぞ!』

 

 咆哮のような荒げた声を上げ、常人をはるかに凌ぐ速度で華霖に迫り、その鉤爪を振り下ろす。

 

「……っ!」

 

 とっさに華霖はメダジャリバーを盾にするが、予想以上の力によって後方へと弾き飛ばされる。

 空中で体勢を立て直し着地した華霖は、眼前の敵を睨みつける。

 

 なぜなら、この男は

 

「……その力、どこから手に入れた」

 

 体の内に、自身と同じ力を秘めていたのだから──。

 

 

 

 



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