S.T.A.L.K.E.R.: F.E.A.R. of approaching Nightcrawler (DAY)
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Prologue

 世界が紅く染まっていた。

 常ならば灰色の陰鬱な曇り空は、一面が紅に染められている。

 夕日のような温かみを感じさせるような色合いではなく、まるで鮮血のような鮮やかな紅。

 彼の目指す方角にはコンクリートで塗り固められた巨大な墓所のような発電所があったが、その上空にまるで神の槌の様な巨大な、そして空の色よりも尚紅い積乱雲が発生していた。

 

 つい先程までそんなものは無かったというのに。

 

 更には雷の如き激しい轟音と地震のような振動が大地を揺らし、獣の絶叫か或いは人の悲鳴とも取れる風切り音が響き渡り、聴覚を麻痺させる。

 ―――まるで聖書に描かれた終末のようだ。

 そんな事を思いながら彼は無意識の内に持っていた自動小銃を構えていた。

 

 このような超常的な現象に銃器で立ち向かう等、愚かの極みだ。さっさと放り捨てて、一刻も早くこの場を離れるべきだ。

 彼の本能的な部分はそう言っていたが、彼の鋭敏な感覚はこれを放すべきではない、何かが来ると言っていた。

 そしてそれは正しいと証明される。

 

 巨大な紅い積乱雲の真下、発電所のある方角から何かが来たのだ。

 それは獣の群れだった。奇怪に大型化した鼠がいた。乗用車程度なら叩き潰せそうな猪がいた。人間の顔を持った犬がいた。もはや手足の生えた巨大な肉塊としか言い様のない怪物がいた。人型だが明らかに人ではない生物がいた。

 それらは雪崩となってこちらに向かって迫ってくる。その群れに即座に手にした小銃を発砲しようとして彼は気付いた。

 

 彼らはこちらに敵意を持っているわけではない。

 彼らもまたこの現象から逃げようとしているのだと。

 彼の予想を裏付けるように獣の群れは、彼を無視して一目散と荒野の彼方へと消えて行く。

 そして再び獣の群れから巨大な積乱雲に意識を向けた時、それは起こった。

 

 今までとは比較にならない衝撃と轟音。そして閃光が目を焼き、轟音が鼓膜を貫き、流石に堪らず彼は頭を抱えて、蹲った。そして再び目を開けた後、景色は一変していた。

 まるで核弾頭でも炸裂させたかのように、発電所の上に巨大な紅い原子雲が築きあげられていた。

 否、まさしくそれは核爆発だった。嘗て一度だけ経験した核爆発。

 米国の地方都市、オーバーンを一撃で死の街に変えた、地下に建造された反応炉のメルトダウン。

 

 記憶の中にあるそれと寸分変わらぬ景色が再現されようとしていた。

 と、なれば次に来るのは―――。

 そこまで思い立った時、彼は銃を捨て身を翻す。自分も獣達と同じく本能に従い、銃を捨てさっさと逃げておくべきだったと後悔するが、もう遅かった。

 次の瞬間、爆発に伴って発生した衝撃波に打ち据えられ、彼は木の葉のように吹き飛び、そのまま意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆     ◆     ◆

 

 

 

 

 

 

「ナイトクローラー共の逃亡先が判明した」

 

 上官であるロウディ・ベターズの言葉で彼は夢から覚め、現実に意識を向けた。

 咄嗟に手に持っていたコーヒーの入った紙コップを握り潰しかけて、何とかこらえる。

 疲れのせいか一瞬眠りかけていたのかもしれない。だがそれにしては今の夢はリアルすぎた。

 あの作戦の最中にも似たような幻覚を幾つも見たが、悪意に満ちたあの幻覚とは根本に違うような気がした。

 

 だがいずれにしても、あの悪夢の一夜は終わり、ここは彼が所属するF.E.A.R.の本部の作戦室で目の前には自分の指揮官であるベターズが立っている。それだけは確かな現実だ。そう言い聞かせて自分を落ち着かせる。

 ベターズは目の前に座る軍曹の様子に一瞬怪訝そうな顔を見せたもの、直ぐに気を取り直した。

 

 あの作戦が終わって休む暇もなく呼び寄せたのだ、疲れが残るのは仕方がない。

 だが作戦は終了しても状況は終了したとはとてもではないが言えない。

 F.E.A.R.の数少ない実働部隊員となってしまった彼には現在の状況を把握してもらう必要があるのだ。

 

 先ほどまで彼が従事した任務―――米軍特殊部隊「First Encounter Assault Recon(超自然現象鎭圧部隊)」通称「F.E.A.R.」によるアーマカムテクノロジーコーポレーション、通称ATC社への強制調査は、最終的にはこの会社が極秘裏に研究していた超能力者のオリジナルDNAサンプルの強奪戦となった。

 

 調査の発端となったATC社が開発した人工超能力者のテレパシーで操られるクローンの軍隊、通称レプリカ兵の反乱。

 それに対処するべく米軍は特殊能力者が在籍するF.E.A.R.に反乱の鎮圧とATC社の調査を命じた。

 F.E.A.R.はレプリカ兵への対処チームとATC社の調査チーム、2つのチームを編成しそれぞれの対処の当たらせた。

 今この作戦室にいる軍曹は後者のチームに属していた。

 

 レプリカ兵の対処に比べれば、当初は問題なく行われると思われていたこの任務も思わぬ横槍が入った。

 ATC本社へ襲撃を行い、オリジナルの超能力者のDNAサンプルを奪うべく現れた、最新鋭の装備と高い練度を持つ正体不明の傭兵部隊『ナイトクローラー』の介入だ。

 

 更にその過程で起きたATC社が保有するヴォールトと呼ばれる地下施設内部の核反応炉の大爆発により事態は混乱を極め、状況の把握も出来ないままF.E.A.R.はATC本社と本社の存在する地方都市オーバーンで本格的な市街戦へと移行。最終的にDNAサンプルが保存されるATC社の研究施設にて、調査チームのF.E.A.R.隊員達は傭兵部隊、レプリカ部隊、それに加え正体不明の亡霊と4つ巴の混戦を生き残り、DNAサンプルを奪取して見事生還してきたのだ。

 

 いくら元の任務が調査のために少人数だったとはいえ、僅か三名のチームで2つの大隊規模の部隊を相手取り、一度は傭兵部隊にサンプルを奪われたもの、それの奪還に成功したのだ。作戦行動中に一名の殉職があったが、その程度で済んだのはむしろ僥倖といってもよい。

 

 だが結果としては作戦は成功したが全てが上手く言ったわけではない。2つのDNAサンプルの内、超能力者サンプルのオリジンであるアルマ・ウェイドのDNAサンプルこそ回収できたものの、もう一つのサンプル―――彼女の実の子供であり、反乱を起こしたレプリカ兵の指揮官でもあり、遺伝子提供者でもあるパクストン・フェッテルのDNAサンプルはナイトクローラーに奪われたまま行方が知れない状態になっている。

 

 だがF.E.A.R.の作戦コーディネーターであるロウディ・ベターズはこの件で彼らを責めるつもりはなかった。最重要であるアルマの遺伝子を確保出来たのは大きな功績だ。 

 彼はF.E.A.R.全体の作戦コーディネーターとしてレプリカ兵と戦いアルマ・ウェイドを追跡していた別のチームの状況も熟知している。

 アルマの前にはフェッテルですら赤子のようなものだ。その怪物の遺伝子データを守り切ったのは評価されるべきだろう。

 だが彼らを取り巻く状況はそれらの出来事すら些末事と断じれるほどに深刻に悪化していったのだ。

 

 当初は全くの不明だったこの一連の事件の原因と、その経過もある程度は判明した為、F.E.A.R.としての最低限の仕事は果たしたが事件の決着には程遠い状況だ。

 事の発端はレプリカ兵の指揮官、パクストン・フェッテルがATC社に超能力者のサンプルとして実験台にされて殺された自らの母親、アルマ・ウェイドの亡霊に操られATC社に襲撃をかけたという所から始まった。

 その事に慌てたATC社の理事会やそのスポンサーは、非人道的な人体実験を行っていた事実を隠蔽し、アルマに関する証拠を隠滅するために傭兵部隊ナイトクローラーを送り込みATC社の物理的、人材的な証拠を抹消しようとした。しかしその結果、調査に来たF.E.A.R.隊員とブッキングし、戦闘に至ったという現実離れした話だった。

 

 まともな人間なら一笑に付すであろうそんな話もレプリカ兵とナイトクローラーによるATC社の虐殺の跡と、F.E.A.R.隊員とアルマ・ウェイドの亡霊との戦闘の結果、核反応炉が大爆発を巻き起こして都市一つ壊滅させたとなってはジョークにもならない。

 そしてそれだけの惨事が起きて尚、アルマとの戦いには決着がついていないのだ。

 

 あの悪夢のような一夜が過ぎ去った後も米国内部は未だに混乱の最中にある。

 未だ状況は破滅的な方向へ向かっており、核反応炉の爆発で廃墟と化した地方都市オーバーンに至っては、未だに生存者の救出もまともに行われていない状況だ。

 

 この若き軍曹も作戦行動中にあの爆発に遭遇し、丸焼けになる所だった。しかもあの核爆発を起こしたのは他でもない彼と同じF.E.A.R.隊員であるという。

 レプリカ兵の対処チームであったその彼にその決断をさせたのは、作戦行動中に出会ったアルマの亡霊を滅ぼすためだと言うが、軍曹はそれを何を馬鹿げた事と笑う気にはなれなかった。

 

 何しろ彼のチームもまた今回の任務でアルマが生み出したと思わしき亡霊と遭遇し、それによって同じチームのスティーブ・チェン中尉が軍曹の目の前で無残に殺害されている。あの怪物達を消し去るためなら軍曹とて核のスイッチ程度なら喜んで押すだろう。

 その核反応炉を暴走させたF.E.A.R.隊員も一度はヘリで回収したものの、ヘリが墜落。その隊員は別の合流地点までレプリカ兵と交戦しながら移動するも、最終的には合流地点で待機していたヘリごと連絡が途絶えたのことだ。

 

 この一連の事件に対応するべく出動させたほかのF.E.A.R.隊員もほぼ行方不明か、死亡という有り様。

 実質上、現在生き残った隊員はベターズの前に座る若き軍曹とその上官であるディビッド・レインズ大尉だけだ。

 そしてレインズ大尉は軍上層部からの出頭命令が下された。作戦指揮官のベターズを飛び越えたその命令に逆らえるはずもなく、彼は現在軍上層部へと出向き、作戦の顛末の報告を行っている。

 

 指揮官でもあるベターズからではなく、現場の人間から直接報告をさせる所から上層部の焦りが伺える。

 これからF.E.A.R.が解体されるか再編成されるか、どちらにせよ暫く彼は現場には戻ってこれまい。

 ベターズを含め本部のオペレーターは何人か残っているが、実働隊員が一人では何もできない。しかしそれでもベターズは諦めずに事件の主犯格の一つである傭兵部隊ナイトクローラーを独自のコネで追い続けていた。

 そして今ようやくその努力が結実したというわけだ。

 だが―――。

 

「奴らはこの米国の混乱を利用してもう既にサンプルごと国外に脱出している。行き先はウクライナのチェルノブイリ。悪名高きZONEだ。」

 

 最後の単語を聞いて軍曹の眉が怪訝そうに上がる。

 ZONE。2006年、ウクライナの活動を停止したはずのチェルノブイリ原子力発電所にて発生した原因不明の爆発事故。

 

 それに伴い発電所を中心に半径数十キロに渡って放射能汚染と生物的汚染が広がったのだ。 そしてそれ以降、該当エリアでは放射能汚染によって発生した突然変異の攻撃性の高いミュータントと、現在の科学では解明も出来ないアノーマリーと呼称される異常現象が発生する様になり、軍隊ですら容易に近づけない有り様となっている。人はいつしかそこを恐れを込めて、ZONEと呼ぶようになっていた。

 

 ZONEの名前をF.E.A.R.内部で名前を知らない者はいない。

 なにしろF.E.A.R.とは米国内でZONEの様な超自然現象が発生した時に備えて、編成された部隊でもあるのだ。

 今回の事件もZONEとは些か方向性が違うとはいえ、一般の部隊では対処できない超自然的な事象が多発する異常な事件だったことには違いない。

 現在ZONEはウクライナの正規軍すらおいそれと手の出せない危険地帯と化している。

 しかしそれは人が全く居ないというわけではない。

 

 ZONEで発生する奇形の怪物。異常な現象。そしてアーティファクトと呼ばれるZONEでしか採取できない特殊な性質を有する鉱物。

 これらが持つ秘密と利益を世界中が求めており、各国の企業や科学者、富豪達の代行者として危険を生業とする様々な人種がZONEに入って来ているのだ。彼らは非公式に侵入した連中だがその中身は傭兵からお尋ね者、冒険者気取りの命知らずに野心溢れる科学者等、様々だ。

 一時はZONEを使って『観光ツアー』が組まれたことさえあったが、大抵が悲惨な結果に終わっている。

 

 そんな危険な地域のため大抵の連中はZONEから逃げ出してしまったが、一部の人間はそれでも尚ZONEに留まり、貴重なサンプルやデータを入手してくることから、ストーカーと呼ばれている。

 そしてZONEという地域の特性上、軍や政府はその内部にまともに干渉する術を持たず、そこには外界から隔離されたストーカー達による一つの小さな社会が出来上がっていると言われている。

 そういった場所ならば傭兵部隊であるナイトクローラーが身を隠すには持ってこいの場所であると言えよう。

 しかし軍曹は腑に落ちない表情で手を上げた。

 

「なぜ彼らはサンプルを持って米国から脱出を?彼らのスポンサーは米国の上院議員なのでは?」

 

 そう。

 この事件ではナイトクローラーの背後にいるのはATC社の計画とF.E.A.R.の内部事情にも通じた米国の上院議員の一人だと推測されていた。

 レプリカ兵によるATC社への反乱の報告を受け、自身の関与の証拠の抹消と今までの成果を回収するためにナイトクローラーを送り込んだのだろうと。

 

 ナイトクローラーは自分達の痕跡は僅かな証拠も残さず消し去っているため、状況からの推測も多分に含むが、それが事実なら上院議員という後ろ盾のある米国から急いで逃げ出す必要はないだろう。ましてや漸く確保したサンプルごと脱出と言った真似は、彼らのボスである上院議員自身が許さないはずだ。

 

「彼らのスポンサーと思わしき人物は米国上院議員の一人、ディビット・ホイルと思われる。逆に言えば思われるだけで証明はできないがな。

 だが奴はATC社の大株主で理事会の一人である。だからこそ自分の利益の確保とATC社の悪事を消すために、ナイトクローラーを使って証人の処分と研究成果を奪わせ、リスクカットを行ったとすれば辻褄があう。……証拠はないがな。だから今回の件の最中に我々は奴の通信網に網を張った。

 それに加えてお前が回収した通信機を解析した結果、僅かだが奴らの通信を傍受することに成功した。その通信で判明した事は奴らは事件後に雇い主に対して後ろ足で砂をかけたってことだ」

 

「ギャヴィン・モリソンを切り捨てた様に自分達のボスにも牙を向いたってことですか?とんだ狂犬だな」

 

「傍受できた内容ではどうも報酬額のことでお互いの意見が合わなかったようだな。ナイトクローラーにとってあの戦闘で受けた損害は予想以上のものだった。相手はATC社の社員で一方的な狩りのはずが、F.E.A.R.や正体不明の亡霊も交えての市街戦にまでになったんだからな。

 最終的には決裂して奴らは足りない報酬分として、一旦は依頼主に引き渡したパクストン・フェッテルの遺伝子データを強奪するような形で持ち去っていったようだ」

 

「その通信でディビット・ホイルを逮捕する事は出来ないんですか?」

 

「無理だな。音声自体は電子的に加工されていたし、証拠にはならん。奴さん大したタマだよ。言い争いになっても身元を示す様な単語は一切口にしない。そもそもこの通信傍受自体も違法な上に、場合によってはでっち上げとしてこちらの立場が危うくなる。

 おまけに現場に残されていた証拠は仕事熱心なナイトクローラー達が全て消し去ってしまった。折角決裂したのなら、嫌がらせにそれらの証拠の一つでもこっちに横流ししてくれればいいんだが、妙な所でプロ意識がある連中だ」

 

 そう言ってベターズは肩を竦めた。

 まるで諦めたかのようなその態度に軍曹は顔を険しくした。

 

「物的証拠はなくとも証言なら……」

 

「それも今の所見込みなしだ。直接奴と連絡を取っていたと思われるアーマカムテクノロジーコーポレーションの社長のジェネディーヴ・アリスティドだが、デルタフォースが奴の身柄を確保しに行った所、連絡がとれなくなっている。社長共々な。おまけに…」

 

 そこでベターズは喉を潤すために机の上に置いてあったコーヒーに手を伸ばし、口をつけた。

 冷め切っていたそれに顔をしかめてから続ける。

 

「お前はまだ知らんだろうが、アーマカムの私設部隊が本格的に動き始めた。あの本社にいた警備員のようなレベルの奴らじゃない。民間軍事会社としても登録されている、ナイトクローラー以上の規模の連中だ。

 あのオーバーンをふっ飛ばした爆発が起こった後、アーマカムの理事会は人命救助と治安維持のためにこいつらを無償で使って欲しいとヌケヌケと言ってきた。例の上院議員の推薦も添えてな」

 

「大した面の皮をしてますね」

 

「ああ、よほど厚いんだろう。あの爆発にも耐えれるぐらいに。ともあれ政府としては上院議員の事が無くともこの申し出を受けるしかなかった。あの大爆発からは放射性物質も検知されたし、そんな所に突っ込ませるには適した装備を持った部隊は余りにも少ない。

 その点奴らは最新の対化学用装備も持っていて、米軍を差し置いてオーバーンに一番乗りを果たした。そして奴らはまず自分の会社のスタッフの救助を名目にATC社の例のプロジェクト関連の施設に乗り込んだ。そしてその報告がまた笑える」

 

 そう言ってベターズはコーヒーを一息に飲み干し、空になった紙コップを握りつぶして床へと叩きつけた。

 

「あの爆発を受けスタッフはほぼ全て死亡! 施設も破壊されて瓦礫の山になっていたとの事だ! 馬鹿馬鹿しい! 奴らは証拠を消す為に救助に行ったのではなく息の根を止めに行ったのさ! ナイトクローラーと同じくな!」

 

 激高したベターズだったが、新しいコーヒーを淹れるまでには落ち着きを取り戻しようだった。

 だがその顔から険しさが消えることはない。

 

「そんな訳でアーマカムは現在進行形で今回の事件の証拠を抹消中だ。止めようにも我々で動ける人員はお前一人だけ。米軍も動いているが規模が規模だけに本格的に動き出すまでには時間が掛かり過ぎる。彼らがオーバーンに入る頃には奴らの掃除は完了しているだろうな。

 しかも元々米軍はレプリカ兵計画の最大のスポンサーでもあった訳だし、今回のオーバーン壊滅の原因となった核反応炉の暴走の原因は、アルマの亡霊を倒そうとしたF.E.A.R.隊員の行動が発端になっている。無論現場を知る私としてはその行為の正当性を理解できるが、もしアーマカムの理事会がその事実を掴んだ場合厄介なことになる」

 

「つまり、最悪の場合奴らはお咎め無しで逆に我々がオーバーンを破壊した犯人として裁かれると」

 

「そういう事になる。皮肉な事にあの爆発と奴らの見事な証拠抹消の手際によって、それらの証拠も纒めて消えてる可能性は高いが油断はできない。そして最大の問題であり、今回の事件の原因でもあるアルマとフェッテルの事も野放しだ。

 まさか核反応炉の爆発でも倒せないとは予想外だったな。と言うよりは奴らに関しては何一つ予想ができない。そもそも旧式の核反応炉が暴走した程度であれ程の爆発が起こる訳がないんだ。にも関わらず起きたということはアルマが何かの干渉をしたとしか思えない」

 

 そう言ってベターズは背後のメインモニターを視線を向けた。そこに映し出されるのはオーバーンの中心部に積乱雲の様に聳え立つ、爆発時に発生した巨大な原子雲だ。その色彩は血のように紅く、見る物に本能的な恐怖と畏怖を抱かせる。

 ……もうあの核反応炉の爆発が起こってから既に3日は経過している。

 

 にも関わらず消えてないのだ。あの禍々しいオブジェクトは。

 

 それどころか発生当初より規模を大きくしているような節すらある。

 それに伴い様々な怪奇現象も目撃されているという報告もある。

 国中の学者達もこの異常極まりない現象に今頃頭を抱えている頃だろう。

 その回答をF.E.A.R.は持っているが、学者達はそれを安易に受け入れはしまい。

 彼らとて今回の事件の経験が無ければそれを受け入れる事はなかっただろう。

 

 

 アレは亡霊の仕業だと。

 

 

 F.E.A.R.は超常現象に対する為に生み出された部隊である。部隊のメンバーにはそういった一種の超能力と言っても差し支えない能力を有する者も在籍している。

 ベターズの前にいる軍曹もまたその一人だ。

 しかし異能者であっても所詮は唯の人間であり、一個の生命体に過ぎない。

 そう思っていた。

 今回の事件が起きるまでは。

 

 少なくとも彼らが知る限り、小規模とは言え核にも匹敵する爆発を受けて死なないような能力者等は、居ない。

 核反応炉の暴走を選択した隊員もまた例のアルマの力を幾度も体験した人間だった。相手を決して侮っていたわけではない。

 それでも核反応炉による核爆発ならばアルマを葬れるという目算があったのだろう。

 だが彼はいや、F.E.A.Rはアルマの力をまだ見誤っていた。

 F.E.A.Rだけではない。ATC社も、例の上院議員も、そしてオリジン計画発案者たる彼女の父親も。

 全てがアルマを侮っていた。

 

 その結果が壊滅したオーバーンの惨状だ。

 本来ならばヴォールトが吹き飛ぶ程度の爆発はしかし、アルマにとって格好の餌でしかなかったのだ。彼女はあの破壊的なエネルギーを吸収、増幅することによって予想だにしなかった惨劇を生み出した。

 ATC社の私設部隊も証拠の抹消に忙しいようだが結局の処、根本的な解決、即ちアルマの抹殺という手立ては打てないでいる。だがそれもそうだろう。

 相手は既に死人。いや、この事件の最初から彼女は死んでいたのだから。

 

 

 

 

 この事件の発端は一人の少女から始まった。

 アーマカムテクノロジーコーポレーションによる一人の少女の異能を科学的に徹底的に解明、否、解剖し、量産化しようという狂気の計画、プロジェクトオリジン。

 

 科学者だった実の父親にその異能の力から実験材料と見なされ、成長を許されること無く、生きながらに地下深くの生命維持装置という名の墓穴(ヴォールト)に封じ込められ、更には二体の実験体の妊娠と出産を強制させられた少女、アルマ。

 

 意識もないまま孕んだ我が子は生まれて即座に実験用サンプルとして取り上げられ、我が子を思う思念すらをも恐れた父親に生命維持装置の電力供給を止められ、生きたまま溺れ死んだ少女。

 

 彼女の生の大半は地の奥底の闇と共に在り、その人生において彼女に許された自由は唯一つ、万物を呪う事でしかなかった。

 

 父を呪い、他人を呪い、神を呪い、空を、大地を、世界の全てを呪って尚足りぬ。

 

 地底に築かれた墓所にて、彼女の呪いは長い時間を掛けて練り上げられた。

 その呪いの前においては彼女自身の死すら障害に成り得ず、それどころかより禍々しい物へ昇華する手助けにしかならなかった。

 

 そして彼女はその異能の力で闇の底から引き離された実の息子―――ATC社によりレプリカ兵の指揮官として育て上げられたパクストン・フェッテルに語りかけ、彼にも憎悪の種を植え付け、レプリカ兵を率いての蜂起を促し、当時のATC社の関係者達を殺害させ、遂には悪霊と化した自身の開放を成し遂げたのだ。

 

 

 恐らくだが、アルマの力は当初は現在の様な強大な力ではなかったのだろう。

 もしそうであれば当時の科学者達による封じ込めは成功しなかった筈だ。

 だが、ヴォールトの中で積み重なり熟成されていったその憎悪と力は、彼女を最早一個人の領域を超えた現象と呼ぶべき存在へと押し上げた。 

 そのような神か、悪魔というべき存在を殺す方法など既知の科学にはない。

 そう言った意味ではATC社の実験は成果を出したと言える。

 彼らは長い時間を掛けて、自分達の手で神を造り出したのだ。

 

 人を呪い殺すだけの邪悪なる神を。

 

 

 

「いずれにせよ、アルマに関しては我々もまだ手が出せない。始末した筈のフェッテルも見事亡霊に生まれ変わって好き勝手やっているようだしな。そもそもあいつらにどんな手段が有効なのかもわからない。…あいつが生きていればまだどうにか出来たかもしれないが」

 

 軍曹の片眉が跳ねた。その表情に浮かぶのは怪訝さとある種の好奇心だ。

 

「例の新入りですか」

 

「お前だって入隊時期は大して変わらんだろう。あいつのことは知っているか?」

 

「いえ、チームも違いますし詳しくは。ですがほかの隊員から彼と似ているとは言われた事があります」

 

 それを聞いてベターズは笑った。

 

「確かに無愛想な所はそっくりだ。おまけに戦闘能力もとびっきりって所もな。実際お前の方が…」

 

 フェッテルよりよっぽど兄弟みたいだ。

 喉元まででかかったその言葉をベターズは何とか飲み込んだ。

 例の新人の正体―――ポイントマンがオリジン計画によって産み出された存在であり、フェッテルと同じくアルマの実子だと言う事はF.E.A.R.の中においても重要機密である。

 F.E.A.R.の作戦コーディネーターであるベターズは当然隊員の履歴も全て把握している。そんな彼も今回の作戦中に初めて知った―――恐らくは例の新人本人も―――その過去はベターズに一つの疑念を生じさせるに充分だった。

 

 即ち、F.E.A.R.もまたATC社とオリジン計画の関係者によって結成された一種の実験部隊なのではないかということだ。

 ポイントマンがこの部隊に入隊してきたのもまるでこの事件に合わせるかのようなタイミングだった。もしこの事件が彼ら、ポイントマンとフェッテルにとっての実戦テストだったとしたら辻褄が合う。

 もっともテストというには些か規模が大きくなりすぎているが。

 

 そして彼の目の前にいる軍曹もF.E.A.R.に入隊する以前に軍の命令を受けて、ATC社のある計画に一時的に参加していた過去があるという。

 その計画はある種の薬物とトレーニングによる兵士としての戦闘能力の向上を目的とするものとのことで、当の本人に聞いても奇妙な薬物の摂取と精神的な診断を受けただけで本人にも詳細は知らされていなかったという話だが、ポイントマンの前例を考えるとまさかという可能性もある。

 

 例のポイントマンの件から考える限りATC社の機密保持は徹底しており、被験者にすら情報を漏らすことはないという姿勢が伺えるから実際に知らないという事も充分に考えられる。

 あの戦いぶりを見る限り、この軍曹がATC社のスパイということはまずないだろうが、これから死地に向かう彼に確証もないままこれらの情報を与えて、精神的な動揺を与えるのも良くないだろう。

 もしそうならば然るべき時に伝えればいいだけだ。

 

「話が逸れたな…。とにかく今はアーマカムには手が出せん。ナイトクローラーの方を追う。上院議員と喧嘩別れしてから奴らの動きは予想以上にスムーズだ。もしかしたら別のスポンサーを既に見つけているのかもしれんな。いずれにしろ奴らを捕らえれば…」

 

「ディビット・ホイルを被告人の席に立たせる程度はできるかもしれないと」

 

「その通りだ。だがそれよりも重要なのがパクストン・フェッテルの遺伝子データだ。ナイトクローラーがまたそれなりのスポンサーを見つけていたと仮定した場合、放置すれば第二のアルマが生まれることになるかもしれん。それだけはなんとしても避けねばならない。そしてもう一つ」

 

「まだ何か?」

 

「いや…これは確信があって言うのではないが、軍曹、今のオーバーンの状況をどう思う?」

 

 彼は即座に返答した。

 

「地獄ですね」

 

「俺もそう思う。だがこの世界にはもう一つ似たような状況に置かれている場所がある」

 

 その言葉に軍曹はハッとしたような顔になった。

 

「…ZONE」

 

 ベターズは頷き、端末を操作した。モニターが切り替わりZONE発生当初のチェルノブイリ発電所が映し出される。

 発電所の背後に聳え立つ真っ赤な積乱雲はオーバーンの中心部にあるそれと酷似していた。

 

「その通りだ。ZONEが発生した当時もこの世の終わりだと地獄だと騒がれたもんだ。だが結局は沈静化こそしなかったものの、あのZONEも人間は受け入れて世界の一部と認識されるようになった。俺は今回もそうなる可能性があるかもしれんと思っている」

 

「オーバーンが第二のZONEになると?」

 

「或いはもっと破滅的な物になるかもしれない。そうなる可能性のほうが大きそうだ。だがそいつと戦う前に似たような物で予習をすることは無駄にはならないだろう」

 

 軍曹は苦笑いすると目の前の上官の言いたいことを要約した。

 

「つまりこういうことですか。ナイトクローラーを皆殺しにするついでにZONEで亡霊共に対する対抗策でも手に入れてこいと」

 

 ベターズもまた苦笑いでこれに答えた。

 

「お前は物事をシンプルに考えれるようだ」

 

「作戦はシンプルなのが一番ですから」

 

「我々はもう一度原点に帰る必要があるということさ。超自然現象鎭圧部隊という割には我々は超自然現象に対して余りにも無力だった。本格的に奴らと戦う術を学ぶ必要がある。我々自身の意志で、だ」

 

 そう言ってベターズは立ち上がり、周りのオペレーター達に指示を出し始めた。

 自分も準備をしなければならない。

 戦いの準備を。

 そしてふと思い出した事を口にした。

 

「ところでレインズ大尉が言っていた自分の昇進の件ですが…」

 

「残念だが、私は君の昇進をどうこうできる権限は持っては居ない。どうしてもというなら二階級特進しかないが、お奨めはしないな」

 

「…そうなると思っていましたよ」

 

 諦観の表情で答えると彼は思い出したように手に握っていた紙コップの中身を飲み干すと席を立ち、司令部から退出した。

 

 




S.T.A.L.K.E.R. もF.E.A.R.も大好きなんですがあんまりSSがないなあ……じゃあ自分で書くしかないじゃん! という感じで書きました。
どうせ書くなら2つとも書きたいためクロスさせました。贅沢!

 因みにこのSSの主人公はF.E.A.R.の拡張パック、『F.E.A.R. Perseus Mandate』のプレイヤーキャラであり、F.E.A.R.シリーズの主人公とも言うべきポイントマンではありません。

 Perseus Mandateは一作目のF.E.A.R.の裏でATC社に襲撃してきた謎の傭兵部隊ナイトクローラーと別のチームのF.E.A.R.隊員との戦いを書いたもので、本編の外伝的な位置づけの作品です。
 開発会社の違いによりF.E.A.R.2や3には設定的は続いていませんが、恐怖演出、アクション、共に単体の完成度でも本編に匹敵するいい作品です。(ステマ)

 そして物語の舞台になるのはS.T.A.L.K.E.R.シリーズの舞台ZONEです。
 ウクライナの原発事故を起こしたチェルノブイリ発電所が謎の大爆発を起こして、異常現象やミュータントが発生する危険地帯に変貌。
 謎や金や危険を求めて世界中から命知らずが集まる土地になってしまったというワクワクする設定の舞台です。(ダイマ)

追記
 そういえばこれ以降の本編の後書きでSTALKERのことを紹介していたのですが、もう一つのクロス作品のF.E.A.R.のことをロクに説明してなかったのでせっかくなのでここに追記しときます。

 F.E.A.R.第一作は2005年(古っ!)にアメリカが発売したホラーFPSで日本のホラーゲーム零などの影響を強く受けたと言われるゲームです。
 初代FEARは超能力少女アルマちゃんが軍事暗黒メガコーポ、アーマカムテクノロジーコーポレーション(ATC社)によりモルモットにされ死亡。ATC社はそのデータを使ってレプリカ兵などのSF兵器を作るも、彼女の実子でありレプリカ兵の指揮官であるパクストンフェッテルがアルマの怨念を受信して反乱を起こし、それを米軍特殊部隊FEARが鎮圧しにいくというお話です。

 レプリカ兵やパワードスーツのようなSF兵器がありながら、話の主軸は悪霊と化した少女というアンバランスさ。そして話の内容はひたすら暗いダンジョンみたいなエリアをレプリカ兵と悪霊を、銃とキックとスローモーと呼ばれる加速能力を使いながらぶっ殺して進むというなんとも怖いゲームです。
 しかし恐怖演出やレプリカ兵の頭のよさから高い評価を受けました。
 その後F.E.A.R.2、F.E.A.R.3、とつながっていくのですがよりSF度が増して恐怖演出もアメリカちっくな派手な物になっていきます。

 拡張パックであり外伝でもあるPerseus Mandateは本家とは直接のつながりはないですが、恐怖演出とゲームデザインはむしろこちらのほうが初代の系譜と言っても過言ではありません。
 STALKERと同じく古いゲームですが、ゲームの出来はしっかりしてるので今やっても古さは感じません。SteamなどでF.E.A.R.と拡張パックまとめて1000円ぐらいで購入できます。(ダイマ)
 上記にも書いてありますがPerseus Mandateは2、3、とは繋がってませんが、2以降のFEARも恐怖演出はともかくSFパートは作者は大好きなのでこれらのギミックを作中に出すことになるかもしれません。


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Interval 01 到着

「悪いがここまでだ。後は徒歩で行ってくれ」

 

 そう言って無愛想なタクシーの運転手は荒野の真ん中でタクシーを止めた。

 

「…まだチェルノブイリどころかZONEの端まで20キロはあると思うんだが」

 

 少なくともGPSを信じるならZONEを包囲する軍の検問所まで正確にはあと21キロはあるはずだ。

 タクシー代は前払いだったが、その程度の距離すら惜しむ程の金額を払った覚えはない。

 運転手はミラー越しに後部座席に座る軍曹に一瞥を向け、鼻を鳴らした。

 

「最近は軍の締め付けがきつくてな。もう少し先まで巡回が見回ってる時があるんだ。お前さんがZONEに入るパスポートを持っているかどうかは知らんし、それが本物かどうかにも興味はない。だがパスポートを持ってない場合や偽物だった場合、お前を運んできた俺も蜂の巣にされちまう。先払いしてもらった代金に生命保険を付けてくれるなら考えてやるがね」

 

「そんなに軍の検問所の連中は荒っぽいのか?」

 

「荒っぽいだと?面白い冗談だな。奴らは荒っぽいんじゃなくて、動くものを見るとそれが何なのか確認するより先にぶっ放してくるのさ。確認するのは相手を死体にしてからだ。…実際そのやり方は正しいと思うぜ、ZONEではな」

 

 その口調に何か感じるものがあったのか軍曹は目を細めた。

 

「あんたもZONEに居たことが?」

 

「元々俺はZONEだった地域の住人だったのさ。端っこだがな。あそこじゃ油断してるとネズミにすら喉笛を食い千切られるような所だ。お前さんその格好からすると傭兵かなにかか? アメリカから来たのか?」

 

「…まあ、そんな所だ」

 

 隠す必要もないので正直に答える。

 彼の現在の姿はヘルメットとマスクこそ装着していないが、都市迷彩の戦闘服とボディーアーマーを着こんだ重装備の兵士以外何者でもない。更に彼の隣には軍用のバックパック。

 流石に銃火器は身に着けてはいないが、見る者が見ればバックパックから突き出した棒状の包みの中身は小銃の銃身だとすぐに判る。

 運転手もそれは理解していたようでバックパックをトランクに入れるように言ってきたのだが、彼はそれを受け入れなかった。

 

 運転手としては武器を所持した乗客が無人の荒野で突然強盗に変わるのを警戒しているのであろうが、それは軍曹の方も同じだ。最悪、ZONEの入り口ではなく盗賊の拠点で強制的に降ろされる可能性もあるのだ。二人の話し合いは平行線となり、最終的に運賃を3割増しにすることで決着がなされた。

 

「ロシア語が中々上手いようだがアメリカ風の訛りがあるからな。それに雰囲気で分かる。お前みたいな奴は何人も乗せてるんだ。ここまであからさまな格好をした奴は初めて見たが。まさかその格好で空港のゲートを通ってきたわけじゃないだろうな?」

 

「実はそうなんだ」

 

 それは事実だった。但し彼が乗ってきたのは民間の旅客機ではなく軍用の輸送機だったのだが。

 最早組織として機能を失くしつつあるF.E.A.R.が、ウクライナ行きの軍用機をこんなにも早く調達できたのは彼自身も驚いていた。

 どうやらベターズのコネを侮っていたらしい。

 そんな訳で入国においてのあらゆる検問をフリーパスして、予めベターズが用意してくれたこの非合法のタクシーに乗ってきたわけだが、用意されたレールはどうやらここまでのようだ。

 

 「アメリカ人らしい言い方だ! だとしたら一体いくら空港の連中に払ったんだ? それと同じ金を俺に払ってくれれば軍の検問所を突破して、ZONEの中心部まで連れて行ってやるよ!」

 

 もっともこの運転手はそこまでは知らないらしい。或いは知らないフリをしているのか。

 まあ彼にはどちらでもいいことだ。

 

「残念だが空港で有り金を全て叩いて一文無しだ。……ここから先は歩きで行くよ」

 

 そう言って彼はまずバックパックを荒れ果てた道路の上に放り出し、そして自分も車から降りる。

 そして運転席の窓ガラスに近寄ると、最後の確認をする。

 

「この道路を進めばZONEなんだな?」

 

 運転手の口を滑らかにするために、その言葉と同時に差し出した紙幣はそれなりに効果があったらしい。口の端を吊り上げながら紙幣を受け取ると運転手は素直に答えた。

 

「そうだ。真っ直ぐ進むと検問所がある。あんたがZONE遊園地への入場券を持ってるなら、検問所の連中にまず無線か大声で呼びかけるようにしろ。いきなり近づくと問答無用で撃ってくるからな。無くてもまあ、それなりに金があるならそれが入場券の代わりにもなる。

 ……ここにいた連中が精鋭だったのは昔の話さ。今やここに居る軍人共はZONEの過酷な環境とそんな所に自分達がいる現実を呪ってばかりいる。本業よりもアルバイトに余念がないんだよ」

 

 同じ軍人としては嘆かわしい限りだが、大抵のトラブルが金で解決可能ならそれに越した事はない。だが逆に言えば用意した『パスポート』を見せても更に吹っかけられる恐れもある。

 彼らとしてはその場で撃ち殺して、異常無しと上に報告すればいいだけだ。

 客人が検問所にたどり着く前に不慮の事故に合う等、此処ではありふれた事だろう。死体はZONEの過酷な環境が片付けてくれる。

 

 ……まあそもそも『パスポート』自体偽造されたものだから、彼らが余りにも職務に忠実で優秀であってもそれはそれで不味い事になる。いくらベターズと言えどやれることには限度があったということだ。

 最悪の場合、強行突破も視野に入れなければなるまい。

 

「……検問所の人数はどれぐらいだ?」

 

 そう尋ねる軍曹の言葉に不穏な物を感じたのか運転手が咎める様に返す。

 

「多くて20人かそこらってとこだろうが…。変なことは考えるなよアメリカ人。機銃銃座に加えて装甲車までいる。ハリウッドみたいにはいかねえぞ。踏み倒す積もりなら夜に行け。どうしても無理だと思ったらこの道路を引き返してきな。俺は暇な時は大抵、この道の先の酒場で飲んでいる。結構な金額を貰ったからアフターサービスぐらいはしてやるぞ」

 

「ありがとう。だが無理はしないさ。それに……」

 

 その程度の人数ならばどうにでもなる。

 

 その言葉は流石に口には出さなかった。しかし、運転手は察したらしい。呆れた様に小さく笑ってハンドルを握ると車をUターンさせ、やってきた道へと車体を向ける。そしてアクセルを踏み込む際に最後の言葉を投げかけてきた。

 

「ま、無理をしない奴ならそもそもここには来ねえか。……Good Hunting Stalker!」

 

 米国人であるこちらに合わせてきたのか、最後の言葉は英語だった。

 即興で言ったには言い慣れている様にも思える。

 いや、実際彼は何度も言っているのだろう。そしてその言葉を聞いた者の大半はこの荒野に散った筈だ。

 

 砂煙と共にタクシーの姿が消える。彼は近くの窪地に一旦降りると、装備の確認を始めた。バックパックからホルスターに収まった愛用の自動拳銃を取り出し腰に付ける。

 H&K社のUSP自動拳銃。それをFEARでカスタマイズし、AT-14のコードネームを与えられたそれは、先日の戦いでも役に立った。

 あの戦いで持ちだした拳銃は40口径弾を使用するタイプで拳銃としては強力だったが、今回は弾薬の調達のしやすさを考え、9mm口径の物を用意した。

 多少威力は落ちるが、これならば弾薬の調達もしやすいだろう。落ちた威力は徹甲弾やホローポイント弾等で補えばいい。

 

 更にホルスターには、取り外し可能な消音機が取り付けてあるので隠密行動にも適している。

 次は小銃だ。小銃の梱包を解いて銃を組み立てると、実弾を装填済みのマガジンを取り出し小銃に装填する。更に5つ程取り出しタティクカルベストのポケットに押し込み、ウエストバッグにはメディカルキットといくつか手榴弾を押し込んだ。

 

 左の肩口にはサバイバルナイフを鞘ごと装着する。軍曹は徒手空拳でも容易く人を殺害できる戦闘技術と身体能力を持つが、ZONEに現れるミュータントにも通用するとは限らない。ナイフでの戦闘も視野に入れておくべきだろう。

 彼はオーバーンに於いては亡霊を素手で殴り殺していたのだが、ミュータントは実体を持つ分、亡霊より打たれ強い可能性も十分にある。 

 

 そしてガイガーカウンター。放射能汚染が酷いZONEでは必須の道具だ。出来ればアノーマリー探知機と呼ばれるZONE特有の空間異常を感知する機械も欲しかったのだが、生憎と入手は不可能だった。現地ではそれなりに出回っているようなので現地調達するしかあるまい。

 

 僅か数分で全ての準備を終え、広げた荷物を片付けると彼はバックパックを背負い直し、軽量化されたヘルメットと簡易ガスマスクとしての機能を持つフェイスガードを装着し、無線や装備した銃の弾数管理、自身の状態等をモニタリングする機能を有するサイバーシューテンググラスを装備する。

 シューティンググラスのHMDとしての機能が作動。システムチェック、オールグリーン。バッテリー残量も問題なし。予めセッティングしておいた自身のヘルスとアーマー、銃火器のモニタリングも問題ないことを確認すると、彼は銃を構えながら窪地から出てヒビ割れたアスファルトの先を見据えた。

 行き先はZONE。

 狩りの獲物は闇夜に蠢く芋虫共。

 

 あの運転手の言葉通り、この狩りが良き狩りにならんことを彼は祈った。

 その祈った相手がなんだったのかは彼自身にも分からなかったが。




 ようやくZONE入り。
 この作品はSTALKERのF.E.A.R.MODみたいな感覚で楽しんで頂ければ幸いです。


 ZONE観光案内。
 ZONE名物のアノーマリー。
 ZONEのみで発生する異常現象。
 踏み込んだら空気が圧縮されて押しつぶされたり、重力変動で引き寄せられて爆殺されたり、炎の柱が発生して燃やされたり、高圧電流が流れたり、毒の沼地になってたり、ワープゲートになって別の場所に飛ばされたり、すごい放射線を放ってたり、頭がおかしくなって死んだりする。

 危険だが内部でアーティファクトと呼ばれる特殊なアイテムを生成しているので、危険を承知でストーカー達はアノーマリーを探索する。


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Interval 02 侵入

 枯れた荒野を一人、黙々と歩く。兵隊の基本は荷物を背負って歩くことだ。苦にはならない。

 既に15キロは歩いてきた筈だが、確証は持てない。ZONEに近づくに連れてPDAに装備されているGPSの精度が時折妙にズレるからだ。 

 ZONEの上空は常にアノーマリーと呼ばれる異常現象と、それに伴う電磁場が発生して衛星からの監視を受け付けないということを聞いたことがある。

 

 となればこのGPSの異常はZONEに近づいているという証拠か。だがそうなると現地で行動する際は紙の地図を使って行動しなければならないかもしれない。

 一応チェルノブイリとその近辺の地図も持ってきているが、所詮ZONEが発生する前の地図だ。どこまで頼りになるかはわからない。現地でガイドを探す事も検討しなければならないが、現金とて無限にあるわけではないし、多少の金銭で余所者に情報を渡すお人好等そうはいるまい。

 自分もZONEではストーカーのように振る舞い、現地のトレーダー等からの信頼を得なければならないだろう。

 

 そんな事を考えながら歩いている内に、いつしか荒野に植生が生えてくるようになってきたようだ。

 といってもその大半が立ち枯れたような草木ばかりで陰気な曇り空と相まって、歩いているだけで憂鬱な気分になってくる。此処に来る際、装備を選ぶ余裕等なかったため、F.E.A.R.の装備で使えそうなものをそのまま持ってくることになった。

 その結果、灰色の都市迷彩の戦闘服になった訳だが、この陰鬱な空と大地には意外と合っているかもしれない。

 

 口の乾きを覚えた軍曹は腰のポーチからミネラルウォーターのボトルを取り出すとフェイスガードを外して、一口飲んでまたポーチに納めた。水はバックパックの中に更に4リットル程ある。水を浄化する錠剤もあるにはあるが、ZONEの水源の大半は放射性物質や化学性物質に汚染されていると聞くから、無くなったらZONEのトレーダー等で調達するしかないだろう。

 

 ふと、気配を感じて周りを見渡す。すると200メートル程先に3匹の野犬の姿が見えた。いつのまにか後を追跡していたらしい。

 軍曹は歩みを止めると肩にかけていた小銃を構え、装着されたスコープで更に相手を覗く。拡大された視野に写った野犬はどうということのない犬のように見える。だがよく見るとこの野犬には目が無いのが判明した。

 一匹だけなら単なる奇形かもしれないが、三匹が三匹とも目がないのだ。そしてそれでいて明らかに何らかの方法―――恐らくは嗅覚と聴覚だろうが―――でこちらを認識している。動作も普通の犬と大差ない。

 彼らも又ZONEで発生、適応した一つの種なのだろう。ZONEの境界に程近いとはいえ、こんな所にまでミュータントが顔を見せるとは。

 

 撒くか、ここで蹴散らすか。軍曹は判断を迫られた。体力には自信があるとはいえ、バックパックを含めて40キロ近い装備で犬の追跡を振り切るのは難しい。装備を捨てれば逃げるのなど容易いだろうが、それでは何も持たずにZONEに入ることになる。

 

 ここでケリをつけるか。

 

 そう判断すると彼は片膝をついて射撃体勢を取ると初弾を装填して安全装置を解除する。

 手にした小銃はF.E.A.R.でも採用されていたG2A2ライフル。H&K社のベストセラー自動小銃G36の民間仕様型のSL-8を更にATC社がカスタマイズした物で、作られた経緯を聞いた時はどうしてそんな回りくどい真似をと思ったものだが、性能自体に不満を持ったことはない。皮肉なことにあの事件に於いてはレプリカ兵も運用しており、良くも悪くも扱い慣れている。

 F.E.A.R.ではドラムマガジンを付けて運用する場合が多いが、ここでは取り回しを優先して通常の30連マガジンを取り付け、荒野で使うことも考えて3倍のスコープを取り付けてある。一応ドラムマガジンもバックパックの中にはあるので、必要とあれば軽機関銃としても運用できる。犬相手にそこまですることはないだろうが。

 

 スコープの中のレティクルを犬の胴に合わせる。そして引き金を絞る瞬間、僅かに銃口を下げた。

 放たれた弾丸は一瞬で300の距離を飛び、盲目の犬の足元に着弾する。

 外したのではない。相手の出方を伺うための威嚇射撃である。ここで襲ってくるようなら次弾で射殺すればいい。

 だが、以外にも狙われた盲目の犬は足元に弾丸が着弾すると一声、哀れっぽい鳴き声を上げ一目散に逃げていった。他の二匹もそれに続く。

 てっきり襲ってくると思っていた軍曹は些か拍子抜けした気持ちで逃げていく野犬達を眺めた。噂に聞くミュータントとは随分違うようだ。

 わざわざ追いかける必要も見出だせず、軍曹は肩に小銃を掛けると再び歩き出した。

 

 

 

 

 

 そして更に追跡を警戒しながら半時間程歩く。時折胸に取り付けたガイガーカウンターが不定期に嫌な音を鳴らすようになってきた頃、道路上に検問所と思わしきものが遠目に見えてきた。

 近くにあった茂みに身を隠しながら、双眼鏡でその施設を観察する。

 機銃を付けた見張り台、道路を封鎖するコンクリート製の車両止めと数人の兵士、安っぽい作りの兵舎に本部があると思われる2階建てのレンガ造りの建物。そして2台の旧式の装甲車。

 更に拡声器を通した警告が聞こえてきた。

 

『……警告する!お前達は生態系汚染地域から許可無く脱出しようとしている! 汚染の可能性のあるものの我が国への侵入を我々は許可しない! その行為に対して我々は無条件での発砲を許可している……』

 

 耳を澄まして聞いていると自分に対して向けられた警告ではなく、単に一定の警告文を自動で繰り返しているだけのようだ。内容としては外部からZONEの侵入に対する警告ではなく、ZONEから外に脱出しようとする者に対しての警告文。

 拡声器で常時これらの警告を垂れ流すことによって建前上はこちらは警告をした、よって発砲しても問題ないというスタンスを取るためだろう。

 よく観察すると銃座や装甲車の砲塔は外ではなく内部に向けられている。兵士達もこちら側を見ているものは少ない。

 

 それだけ内部からの何かを警戒しているということか。

 検問所からはZONEを取り囲むように有刺鉄線が貼られているが、あれがどれだけの効果を持つのかは正直疑問だ。もし入場を断られた場合、有刺鉄線を掻い潜ってZONEに入らなければならないが、それなりに見晴らしがいい場所に銃座をつけた見張り台があるので、大きく回りこまないと有刺鉄線でもたついている所を蜂の巣にされる恐れがある。

 取り敢えずは接触を試みるべきだ。

 彼は自身の小型無線機の周波数を、予め調べておいた軍の周波数に合わせる。

 

『検問所の指揮官、聞こえるか?ZONEへの入場の許可を願いたい。ウクライナ政府からの正式な許可は降りている』

 

 10秒程してから無線機から雑音混じりの返答が来た。

 

『……こちら検問所のクズネツォフ少佐だ。ZONEに入りたいだと?また馬鹿が来たようだな。取り敢えず姿を見せろ。言うまでもないようだが妙な真似をすれば即座に撃つ。お前が正式な許可証を持っていてもだ』

『了解した。姿を見せる。六時の方向だ。』

 

 そう返すと 身を潜めていた茂みから出て両手を上げながら見通しの良い道路を歩いて、検問所に近づいていく。

 すぐに見張り台の兵士が彼の姿に気づいたようで下に叫びながらこちらを指さす。続いて装甲車の砲塔がこちらを向き、最後に宿舎から兵士達が次々と出てきてこちらに向けて小銃を構えてきた。

 こんな見通しのいい場所で一斉に撃たれれば、如何に彼が常人離れした兵士だとしても一溜りもあるまい。

 だがそれでも万が一のことを考え、近くの銃撃を凌げそうな窪地に意識を向けながら彼は進んでいった。

 

 

 検問所に到着した後、クズネツォフ少佐は二階建ての建物から姿を現した。

 周りの兵士達がヘルメットか、バンダナを装着している中、一人だけミリタリーベレーを被った、如何にも神経質そうな顔をした中年の男だった。

 こんな規模の小さい検問所に佐官クラスの指揮官がいるとは驚きだったが、彼の振る舞いを見る限り左遷先としてここに飛ばされたか、或いは此処での長期任務を行うことに対する対価として佐官になったのではないかと軍曹は思った。

 何しろこちらの提出した通行許可証を一瞥しただけで、次に口に出した言葉が「いくら持っている?」だったからだ。そしてその後こう続けた。

 

「金額によってお前のケツを蹴っ飛ばしてここから追い出すかか、笑顔でここを通すか、護衛の兵士と車を付けて『ゴミ捨て場』辺りまで送っていくかが決まる」

 

 碌にパスポートを確認しようとすらしない。その態度にはむしろ清々しさすら感じる。

 軍曹は無言で懐から輪ゴムで束ねられてくしゃくしゃになったルーブル紙幣を彼に差し出した。概ね数万ルーブルはあるはずだ。

 これで駄目なら同じような札束をもう一つぐらいは出すつもりだった。

 あまり値切るつもりはない。自分が交渉が上手い方ではないという自覚はあったし、値切り過ぎて正規軍相手にしこりを残すような真似はしたくない。とはいえ身ぐるみ置いて行けと言われれば、この場で戦闘開始となる。

 

 先ほどとは違って彼は最早検問所の中にいる。装甲車や見張り台の銃座の死角にいるのだ。

 この状況なら軍曹の異能を持ってすれば乱戦に持ち込んで殲滅できる。 

 皮肉なことにそれを決めるのは軍曹自身ではなく、目を輝かせて渡された紙幣を数えているクズネツォフ少佐なのだが。

 だがその心配は不要のようだった。渡した紙幣は少佐を充分満足させたらしい。

 

「流石に外国人は金を持っているな! 通行証を確認したから通ってもOKだ。VIP待遇とはいかんがこの『非常線』で揉め事に巻き込まれたら俺の名前を出しても構わんぞ!」

 

 満足どころか対応がガラリと変わった。そう極端な大金を出した覚えはないのだが、余程の薄給だったのだろうか。

 だが折角饒舌になってくれたのだ。これを逃す手はないだろう。

 

「自分のケツは自分で持つさ。代わりにこの辺りのことを教えてもらえるとありがたい」

 

「いいだろう。この辺りは『Cordon』(非常線)と呼ばれているエリアだ。

昔ZONEが発生した時、この辺りを堺に封鎖したためそう呼ばれている。ミュータントもアノーマリーも殆どないZONEでは数少ない平和な所さ。まさに初心者用エリアってとこだな。

 そしてここを北上すれば『Garbage』(ゴミ捨て場)と呼ばれる所に着く。汚染された機械やらなんやらのゴミ捨て場でバンディット共の溜まり場にもなっている危険な場所だ。

 更に北上すると『BAR』と呼ばれるストーカー共の拠点になっている廃工場地帯がある。そこからしばらく北に行くと我々の基地だった廃墟があってそこから先が怪物とアノーマリーの森『Red forest』。其処を抜けてようやくチェルノブイリの発電所ってわけだ。

 基本は奥に進みたいなら北上していけば間違いないが、奥に行けば行くほどアノーマリーが不規則に発生していて道を塞いでる場合もある。そんな時は…まあ地道に道を探すしか無いな。無理に突っ切ろうとするのは地雷原に突っ込むのと変わらん。

アノーマリーにかかれば戦闘ヘリだろうが装甲車だろうが空き缶みたいにペシャンコにされちまうからな。俺たち軍隊がこんな外側でこうして指をくわえているのもそれが理由だ……そういえばお前はアノーマリー探知機は持っているか?」

 

 否定の意をこめて首を横に振ると、クズネツォフ少佐は呆れたように言った。

 

「お前は自殺しにきたのか?サービスでくれてやるからこれでも持っていけ」

 

 そういってポケットから小さなビニール袋を出すとそれをこちらに渡してきた。

 中身を調べると紐のついたナットやボルトが入っている。

 

「……なんだこれは?」

「ZONEで一番安い探知機さ。妙な気配を感じたらとりあえずそいつを放り込んでみろ。アノーマリーがあればボルトに反応するはずだ」

 

 紐が付いているのは投げた後、回収するためか。礼を言ってそれを腰のポケットに入れる。

 

「もう一つだけ聞きたいんだが、アンタZONEのトレーダーの居場所を知らないか?」

 

「ああ。ここを数キロ程北上した所にある村がストーカー共のキャンプになっていてな。そこに一人いる。シドロビッチという古狸だ。

 村を溜まり場にしているストーカー共をこき使って悪どく稼いでいるよ。あの村に居る奴はZONEの奥にも行けないルーキーばかり。引き返そうにも俺たちがいる。だから奴の言うなりになって日銭を稼ぐしか無いってわけだ。

 もっともそれでも奥に比べれば天国みたいな環境だろうがね…俺達もZONEの奥に配備されてた時は、毎日化け物の唸り声と日替わりで移動するアノーマリーに囲まれて生きた心地がしなかったぜ」

 

 その言葉を聞いてふと軍曹は盲目の野犬を思い出した。

 

「ミュータントか……。此処に来る途中で目のない犬を見かけたが」

 

「めくら犬ならビビることはないぜ。あんな奴はそこらの野犬と大差ない。だが同じ犬でも人間みたいな顔をした犬には気をつけろ。奴は顔だけじゃなくて頭の良さも人間並みだ。

 そのほかにも歩くハムみたいな豚やでかい猪がいるが所詮は獣だ。銃を持っていればどうにでもなる。問題は銃をぶっぱなしただけじゃどうにもならない相手だ」

 

「そんな奴がいるのか? 銃が効かないと?」

 

 そう聞くとクズネツォフ少佐は顔を顰めた。そこには僅かだが間違いなく恐怖の感情が見え隠れしている。

 

「効かない訳ではない……とは思う。殺すことはできるが弾丸を当てるのに苦労する化け物がいるのさ。例えばカメレオンみたいに姿を消す吸血鬼やよくわからん超能力を操るジェダイの騎士みたいな奴がな。

 内側に居た時は俺たちも時々そういう奴と出くわした。そんな時はそいつが居たと思わしき方向にとにかく全員で銃弾をぶち込む。そうすると奴らもバカじゃないからさっさと姿を消す。

 だがたまにそういうことのあった日の夜に兵士が消える事があるが、そんな時は奴らに生贄を捧げたと思ってそいつのことは諦める。……本当に危険な奴は自分の姿を晒すことはしないのさ。

 だからといってそこら辺のケダモノ共にも油断はするなよ。ZONE内部に行けば行くほど奴らの数は増えて、より凶暴になる」

 

「……化け物相手の戦闘は慣れている。最後の質問だ。ナイトクローラーという傭兵部隊を知っているか」

 

 そして最も重要な質問でもある。この質問に対して少佐は微かに眉を顰めて言った。

 

「…いや知らんな。傭兵共の大半は独自のルートを通ってZONEを出入りするんだ。大抵そういう奴らには政府にも口をきけるようなでかいスポンサーが付いているから我々も関与できないし、奴らも我々の前に姿を表わすことはない。そういった連中のことはシドロビッチ辺りに聞いてみな」

 

「成る程な。いろいろとありがとう。助かったよ」

 

「構わんよ。帰る時もこっちを使いな。通行料をまけてやるぞ」

 

 余程、金を持っていると思われたらしい。苦笑しながら手を振ってその場を離れようとしたが、その後飛んできた言葉にギクリとした。

 

「何しろ、あのアーマカムの傭兵だからしっかり稼いでいるんだろ?あの大企業はアーティファクトに対して大金を払うって言うし羨ましいぜ。俺も転職したいもんだ」

 

 そう。

 今回偽造通行証を作る際にベターズはATC社の名前を使ったのだ。元々ATC社はZONE内部に多数の傭兵達を送り込んで、アーティファクトを採取していた事がある。勿論ウクライナ政府の関係者には多額の献金をして黙認を取り付けた上でだ。

 その結果、多数の新型兵器の開発に成功し、ATC社は一躍業界のトップに踊りでた。

 F.E.A.R.はATC社の出資も受けており、内部関係にも詳しい。

 

 今回通行証を作る際に使用したATC社の人物は先日の事件により既に死亡している。だがATC社は、本社が壊滅状態になったことによる混乱からまだ完全には立ち直っておらず、今ならばごまかせるだろうという希望的観測に基いて作成されたのだ。

 それにしても少佐がまともに見てもいなかったと思っていた通行証に、しっかりと目を通していたとは。

 

 確かに彼の言うとおり企業付きの傭兵が独自のルートで移動するのならチームも組まず、碌に情報も持たず、たった一人で歩いてやってくるというのは不自然と思われても仕方があるまい。

 その不自然さに目を瞑ってもいいと思わせる金額を受け取ったことでクズネツォフ少佐はその辺りの追求は辞めたようだが、帰りはこの道は通らないほうがいいかもしれない。

 そんな事を思いながら彼は検問所を後にした。

 

 

 

 クズネツォフ少佐は小さくなっていく外国人の傭兵の姿を暫く見続けた後、兵士達に見回りに戻るように言って解散させた後、自分も検問所の建物に戻って無線機のスイッチを入れた。

 

「……あんたか。俺だ。クズネツォフだ。先ほど妙な奴がZONEに入ってきてな。多分米国から来た奴だと思うんだがナイトクローラーの事を尋ねてきた。……そうだ。格好は灰色の都市迷彩の最新型の戦闘服で、獲物はG36のカスタムライフル。偽名だとは思うが書類に記載されていた名前は…」

 

 無線機に向かって語りかけるその言葉は囁くように小さくなっていった。




 ボルトの仕様は路傍のピクニック仕様。

 この軍人はCordonの橋の下でZONEに来たばかりのプレイヤーから金を巻き上げる憎い奴ですが、賄賂をいっぱいもらったせいでとても親切に。
 それにしても命がけで任務こなしても良くて三千ルーブル(日本円に換算して約六千円)の報酬とかZONEブラック過ぎワロス。

 おまけのZONE観光案内
 Cordonの軍人基地
 作品やMODによっては機銃や装甲車が配備されて近づくだけで蜂の巣にされる危険な場所。
 S.T.A.L.K.E.R.一作目では基地から離れて巡回してる軍人を襲ってAKを入手できるが、高確率で基地の部隊がリベンジに来る。
 その際間違ってもルーキーキャンプに逃げ込むなよな!


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Interval 03 Sidorovich

 検問所を通過してから10分程歩いて軍曹はそれを意識した。

 微かな耳鳴り。大気の流れ。何がどうというわけでもない。意識しなければ見逃してもおかしくない些細な異変にしかし軍曹の五感は反応した。

 ポケットから紐の付いたボルトを取り出し目の前の道路の上に放り投げる。

 ボルトがアスファルトの上に落ちると思われたその瞬間、空気が破裂するような音と共にボルトが弾け飛ぶ。同時に衝撃波が発生して軍曹を襲った。

 予め踏ん張っていれば大したことのない衝撃だったが、もし衝撃波の発生源にいたら唯では済まなかっただろう。 

 

 ―――これがアノーマリーか。

 

 初めて見るその脅威に対して軍曹は観察を続ける。ボルトを回収して今度はアスファルトの欠片を複数回に渡って別々の角度から投げ込む。破片を放り込む度に衝撃が生まれ、やがてその全容が明らかになった。

 アノーマリーの直径はおおよそ5メートル。中心部ほど衝撃波は強くなるようで外側に落ちた破片は弾き飛ばされる程度ですんだが、中心に投げ込んだ破片は粉々になってしまった。

 改めてあるとわかった上で観察すれば、僅かな大気の揺らぎや耳鳴りで察知できるが、車か何かに乗って移動していれば察知することは不可能だろう。

 

 通常の乗用車なら間違いなく横転、大破する。装甲車でも唯ではすむまい。

 こんなものがゴロゴロしているのでは軍隊を突入させるのは確かに自殺行為だ。

 しかもあの検問所の軍人曰く、このエリアのアノーマリーは大したことのないほうらしい。

 ZONEの広さは発電所を中心に半径数十キロ。その程度の広さなら虱潰しに探索してナイトクローラーを追跡することもできるかもしれないと思っていたがどうやら甘かったようだ。 

 

 中心に行くに連れてこれらのアノーマリーの密度が狭まっていくことを考えるとZONEの中心部はアノーマリーに遮られた複雑な迷路のような有り様になっている可能性もある。

 そうなると情報もなしに一人で突き進むのは、危険すぎる。

 やはり腕の良いガイドが必要になるか。

 そんなことを考えながら再び歩みを進めようとして、気がつく。

 

 誰かに見られている。

 

 直感的に視線を感じ取った軍曹は小銃を構えながら背後を振り返った。

 誰もいない。いや、200メートルほど後方の茂みの近くに何かがいる。

 

 ―――あの犬どもか。

 

 そこにいたのは検問所に入る前に追い散らしたあの盲目の野犬達だった。出会った場所から数キロは歩いたはずだが、あの時からずっと追跡してきたのだろうか。

 だとすればこちらの想像以上に執念深いようだ。

 そこまで考えて軍曹は眉をひそめた。野犬の数が合わない。4匹いる。

 

 確か先ほど遭遇した時は3匹だけだったはずだ。

 訝しげに野犬達をライフルのスコープで観察し―――彼は久しぶりに怖気が立つ感覚を味わった。

 三匹目までは問題なかった。盲目の野犬が本当に問題ないかどうかは別として、先ほど見た通りの野犬だった。

 だが最後の一匹は違った。その犬はほかの野犬と違い、正常な目があった。口も耳も鼻もあった。問題があるとすればその顔の造形だ。

 

 その犬は人間そっくりな顔をしていたのだ。

 

 そしてそいつはスコープ越しのこちらの視線に気が付くと、ニヤリと嗤ってみせた。

 それに対する軍曹の行動は素早かった。即座にそいつの顔をスコープのクロスヘアに捉え、引き金を引く。躊躇はなかった。威嚇射撃でもない。完全に殺すつもりで発砲した。

 だが信じがたいことにそいつは発砲する直前、仲間のメクラ犬と共に身を翻して近くの茂みに隠れてしまった。

 まるでこちらが撃ってくるのを予期していたかのように。

 舌打ちを堪えながら、更に二発目、三発目の銃弾を茂みに送り込む。当たるとは思っていない。ただあの犬達が恐怖に怯えて、茂みから逃げ出さないかという希望に基づいての射撃だった。

 

 勿論、それほど容易い相手ではなかった。

 

 結局5分ほど茂みと睨み合いをした後、その場から離れることにした。あれ以来あの人面犬が率いる野犬達は姿を見せていないが、気配は時折感じる。間違いなくこちらを追跡しているのだろう。

 あれが検問所で聞いた少佐の言っていた、人間そっくりな顔の犬のことだろう。わざわざあんな挑発までしてくる辺り、頭の良さも人間並みというのは間違いない。

 こちらから出向いて野犬を狩ってもいいのだが、あの人面犬は銃火器の性能を理解している節がある。

 足には自信があるが流石にこんなアノーマリーがあるような土地でそんな犬と追いかけっこするのは気が進まなかったので、先に進むしかない。

 

 慣れない土地でアノーマリーを気配やボルトを使って回避するのは予想以上に骨が折れた。

 おまけにホットスポットもあるようで、ガイガーカウンターまで鳴り出す始末だ。

 これらを迂回しつつ、更に後方の人面犬の追跡も意識するというのはなかなかストレスが貯まるものだった。

 しかもどこからか、まるで環境音のように遠くから銃声が響いてくる。

 頻度としては大したことはないし、発射地点から数キロは離れているのは間違いないが、銃声が定期的に響いてくるということは、誰かが先程の自分のようにミュータントと出くわして発砲しているということだ。その事実がこのZONEという地域の危険性を示していた。

 だからこそ更に進み、小さな丘に登り、そこからストーカー達の溜まり場である廃村を見つけた時、軍曹は安堵のため息をついた。

 

 背後に気を配りながら、双眼鏡を取り出して村を観察する。

 村の家々は10軒ほどで、村の中心を走る大通り沿いにほぼ全ての家が建っていた。そしてその村全体を腐りかけた木造の塀が囲っている形だ。

 放棄されて十数年が経っていそうな荒廃ぶりだったが、中心にある広場からは焚き火の煙が立っており、廃屋に出入りする人間が見える。

 入り口には水平二連のショットガンで武装したストーカーが歩哨に立っていた。

 ただ塀はそこかしこが破れており、どこからでも村に入れそうだったが、わざわざそんな真似をするより正面から入っていったほうが無駄に警戒されずにすむだろう。

 あのルーキーキャンプに逃げ込めば、あの野犬たちも追撃を諦めるかもしれない。

 そう思い、背後を振り返るがいつの間にか野犬の気配はなくなっていた。

 

 

 

 

 「見ない顔だな」

 

 ショットガンにフード付きのジャンバーを着たストーカーの歩哨はこちらを見てそう言った。

 といってもさほど警戒しているようには見えない。むしろこちらに対する好奇心のほうが勝っているように見える。

 

 「今日ZONEに入ってきたばかりの新入りだ。よろしく頼む」

 

 「にしてはいい装備してるなあ。この辺じゃそんな装備の奴はめったに見ないぜ。ここじゃいいライフル、いいアーマーはアーティファクトより欲しがる奴がいる。身包み剥がされないように気をつけな」

 

 わざわざ警告してくれる辺り、この歩哨は意外とお人好しのようだ。よく見るとかなり若い。十代ではないだろうか。

 ついでだから尋ね人を聞いてみることにする。

 

 「ここのトレーダーはどこにいる? シドロビッチという名前らしいが」

 

 「あいつなら村の奥のほうの地下シェルターに篭ってるぜ。精々ぼったくられないようにな」

 

 おおよその場所を聞き、礼を言って村の奥に進む。

 中に入って分かったが予想以上に人が多い。軽く見た限りでも20人ほどはいるようで、屋根にや壁に穴の空いた廃屋の中や焚き火の周りでは、ストーカー達が屯していたり、思い思いに談笑していた。中にはウォッカの瓶を抱いて、いびきをかいている者もいる。

 一見リラックスしているように見えるが、その視線は見慣れない余所者の自分に向けられているのがわかる。

 

 だが、兵士としての質はあまりいいとは言えない。歩き方や振る舞いがまるで―――というよりはチンピラそのものな者もいるし、装備の質も悪い。まさしくルーキーキャンプである。

 戦闘服ですらないただの厚手のジャケットとジーパンぐらいならまだましで、何を勘違いしているのか重そうな黒皮のコートを着込んでいる者すらいる。アノーマリーやホットスポットがそこら中にあるZONEで、あの動きにくそうな格好は遠回りな自殺なのではないかとすら思ってしまう。

 

 武器のほうも酷いものだ。

 古びた二連装の散弾銃や旧式の猟銃を小脇に抱えている者、ボロボロの自動拳銃やソードオフショットガンを唯一の武器として、腰に下げている者もいる。

 極めつけには第二次世界大戦で使われていたような骨董品の銃を装備している者もおり(PPSh-41の実物を彼は初めて見た)、別の意味で軍曹は目を剥いた。

 

 とはいえ全員が全員、素人に毛が生えた様なものではないようだ。何人かに一人はまともな装備と立ち振舞をした者がいて、彼らはほかのルーキー達から一目置かれているように見える。

 彼らがこの村の顔役なのだろう。後で挨拶ぐらいはしておくべきだろうか。

 そんなことを思いながら、歩いて行くと目的のシェルターは見つかった。

 

 丘の下にぽっかりと開いた人が通れるほどの大穴。

 穴の入り口には銀行の金庫並の厚みを持つ、鋼鉄製のドアが取り付けられている。

 こんな辺鄙な村には不釣り合いなほどしっかりしたシェルターである。

 中は土壁が剥き出しで、鉱山の坑道を思わせる造りだった。一応電気は通っているようで白熱電球が内部を照らしている。

 入って直ぐに地下への階段になっており、更にその階段は数度にわたって曲がっている。

 最深部の位置が丘の真下になるように掘られているようで、この深さなら核攻撃にも十分耐えれそうだ。

 何十段目かの階段を降りたところでようやく最深部と思わしき小部屋に出た。その奥に入り口と同じかそれ以上の規模の耐爆扉。

 そのドアの隣に古びたドアホンが付いている。

 ドアホンに手を伸ばそうとすると、それより先にドアホンから声が発せられた。

 

『なにもんだ。見かけねえ顔だが』

 

 咄嗟に室内を見渡すが、監視カメラの類は見当たらない。その道のプロなら見つかるような設置の仕方などしないから当然だが。

 取り敢えず監視カメラを見つけるのは諦めて、素直に用件を伝えることにした。

 

「傭兵だ。この辺りのことについてはあんたが詳しいと聞いた。情報を買いたい」

 

『……まあ、いいだろ。だが念のためだ。持ってる武器をドアの隣にある鉄のスタッシュに入れてくれ。そうしたらドアを開けてやる』

 

「了解した」

 

 この程度は当然の要求だろう。肩にかけた小銃と、ハンドガン、そしてナイフを手早く外し、鋼鉄製の箱に放り込む。

 すると鋼鉄製のドアから鍵が解錠される機械音が響き、続いて圧縮空気の音がしてドアが自動的に開いていった。

 

 ドアの奥はちょっとした店になっていた。

 幅こそ3、4メートルほどだが奥行きは10メートル近くある部屋の真ん中を、防弾ガラスと組み合わせたカウンターで仕切っている。

 アメリカの警戒心が強い個人商店等は強盗対策にこうした作りの店があるが、ここはそれ以上だ。

 このZONEで商売をするということはそういうことなのだ。

 

 そしてその防弾ガラスの向こうに中年――いや壮年の男が座っていた。白髪交じりの禿げ上がった頭に大きく突き出た腹、脂ぎって狡猾そうな顔は如何にも海千山千の商人か、或いはハイエナを連想させた。

 その男はこちらを上から下まで値踏みするように見ると、鼻を鳴らした。

 

「随分大層な格好をしているが、このZONEに来たのは初めてのようだな。ルーキー」

 

「わかるのか?」

 

「こんな商売してるとな。ここで本当に必要なもんとそうでないもんがわかるもんさ。お前さんは大層な装備をつけているが、ZONE向きの装備じゃねえ。

 昔はお前みたいな腕に自信のある兵隊崩れがよく来たもんさ。無駄に高価な装備を背負ってな」

 

「ならあんたはここに最適な装備を見繕う事が出来るってことか? ルーキーキャンプの連中の装備を見る限りとてもそうは思えないが」

 

 このZONEではこの装備では足りないだろうというのは内心気づいていたのが、それでも正面から一張羅を馬鹿にされたこともあって挑発的に返す。

 もっともそんな心理は向こうはお見通しだったようだ。肩をすくめて鼻で笑われた。

 

「あそこにいる連中はその装備を買うために小銭を稼いでる連中さ。もっともそんな奴らでもお前よりはこのZONEに詳しいだろうがな。

 そして俺が最適な装備を見繕う事が出来るかってことに対しては―――舐めんじゃねえ。それが俺の仕事だ。金さえあれば最新鋭のアノーマリー探知機から強化外骨格だって用意してやるぜ」

 

 そう言って彼はカウンターの後ろの空間を親指で指し示した。白熱球で照らされているその空間には旋盤やスチールの作業机が置いてあり、その上には東側の狙撃銃が置かれていた。無論それだけではない。壁にはガンショップの如く東側西側問わず様々な銃火器が並べられているし、極めつけにインテリアのように全身甲冑の如き威容を誇る東側の強化外骨格が安置されていた。

 

 アーマカム製の強化外骨格に比べるといくらか型落ちだが、それでも歩兵戦闘においては歩く装甲車と呼ばれる代物だ。そうそう個人で手に入れられるものではない。

 これだけの装備を軍に閉鎖された空間で用意できるという事自体が彼のトレーダーとしての腕を物語っている。

 

「確かに大した品揃えだな。だが俺が本当に欲しいのは情報のほうだ。俺はある傭兵部隊を追ってやってきた。そしてあんたがここに出入りしている勢力のことについて詳しいと聞いた」

 

「なんだ、そっちの客か。確かにこんな商売やってる以上、その手の連中にはそれなりに詳しいし、ツテもある。だが無料とはいかんぜ。」

 

「わかっているさ。いくらで売る?」

 

 それを聞いてトレーダーは小さく笑った。

 

「ルーキー。このZONEで生きていくためにもっとも大事なものは金じゃない、信用だ。端金で知り合いの情報を売り飛ばしたとあっちゃ、俺はここで商売できなくなる。

 お前がどうしてもその情報が欲しいっていうなら、お前もまず自分が信用できる奴だという証明をしなくちゃならん」

 

「…具体的に言え」

 

「おお怖い、怒るなよ。別に俺の靴にキスしろなんて言うつもりはないさ。取引をする前にお前さんがどういった人間で、どんなことが出来るのかが知りたいってだけの話だ。

 もっと簡単に言うなら俺の依頼を幾つか引き受けてもらいたい。うまくその仕事を片付ける事ができたら報酬代わりに俺の知ってることは何でも教えてやる」

 

 詰まるところ、あるかないかもわからない情報を出汁にしてこちらをタダ働きさせようという魂胆なのだ。あの検問所の軍人の評価はまさに的を得ていたわけだ。

 こちらの無言を肯定と受け取ったのだろう。シドロビッチは依頼の内容を語り始めた。

 そもそもこちらの依頼の詳細すら語ってないのに話を進めるとは、余程自分の情報網に自信があるのか神経が図太いのか。恐らく両方なのだろうが。

 

「そう難しい話じゃない。俺のお抱えのストーカーの一人を情報収集に出した所、トラブルに巻き込まれたようで連絡が途絶えてる。そいつをどうにかして助けてやってくれ。

 最悪の場合そいつが持っているフラッシュメモリだけでも回収してくれればいい。位置のほうはGPSのお陰で大雑把だがわかってるんだ。どうだ? 簡単だろ?」

 

「…そのトラブルってのは具体的にはなんなんだ。アノーマリーか?それともミュータントか?」

 

「通信が途切れる際、罵声と銃声が聞こえた。大方ミュータントかバンディットだな」

 

「バンディット(野盗)?」

 

 このZONEにはどこか場違いな単語に彼は眉を潜めた。こんな環境で強盗稼業等、割にあわない気がしたのだ。だがシドロビッチはそれを笑う気はなかったらしい。

 

「食い詰めたストーカー共の成れの果てよ。悪さをしてストーカーのコミュニティから追い出された奴や、犯罪を犯して外からここに逃げこんできた奴。そういった連中がつるんで犯罪組織を造りあげちまったのさ。

 で、ついた名前がそのまんまバンディットってわけだ。このZONEで一番の嫌われ者だ。

 少し先のゴミ捨て場に拠点作って、ストーカー共から金を巻き上げてるんだが、時々この辺にも出稼ぎに来る。」

 

「ストーカー達はそいつらを始末しようとはしないのか?」

 

 尋ねるとシドロビッチは皮肉げに笑ってみせた。

 

「始末ならしてるさ。何度でもな。今まで何度か複数のストーカーや組織が共同で奴らの拠点を潰してるんだが…、まあ悪党ってのはゴキブリみたいなもんでな。

 この手の屑は外から幾らでも入ってくるせいで、潰しても潰しても暫く時間が経つといつの間にかまたそこそこの規模になってる。

 ま、ZONEも小さいとは言え一つの社会だ。人間が糞を出すように社会からこの手の連中を廃絶することはできないって訳だ」

 

「それでバンディットが相手だった時は、そいつが生きてる可能性は?」

 

「ミュータント相手よりは高い。金になるような情報を持ってるかもしれないからってことで、運がよけりゃ生け捕りになるかもしれん。そいつもその辺の立ち回りも出来る男だしな。

 だが殺されてた場合はバンディットを絞め上げて、フラッシュメモリを取り戻して欲しい。ミュータント相手だった場合は死体の懐を漁ればいい。

 メモリごと食われて糞になってない限りはなんとかなるだろ。本当に糞になってたらその時は頑張ってくれ」

 

「……そういえばこの辺のミュータントやアノーマリーはどんなものがあるんだ?ここに来る途中に人面犬が率いる野犬に追い回されたが」

 

 軍曹はシドロビッチが人面犬という単語に微かに反応したのを見逃さなかった。

 

「そりゃ珍しいな。その人面犬―――Pseudodog(スードドッグ)はZONEの奥でしか確認されてないミュータントだ。知能が高い上にいろんな亜種がいるみたいでな。ほかのメクラ犬を引き連れたり、中には幻覚を操って攻撃してくる奴もいるって話だ。

 まあそいつ以外のミュータントはそう大した奴はいない。奇形化した豚や変異して大型化した猪ぐらいなもんだ。あとはアノーマリーについては…これだ」

 

 そういってシドロビッチはどこからか取り出した小さな冊子をカウンターに置くと、得意気に笑ってみせた。

 

「昔政府の科学者をZONEに入れて研究させようって話があってな。その時、現地のトレーダーが下準備を任された。…まあ俺のことなんだが。で、そんときにZONEについて資料を纏めとけって言われて作ったのがこれよ。

 結構古いもんだがアノーマリーやミュータントについて当時わかってたことが書いてある。

 その科学者達は結局ZONEから逃げ出しちまったが、ZONEの資料としてはなかなか好評でな。お前みたいなルーキー用に増刷しておいたって訳よ。」

 

「ZONEのガイドブックというわけか」

 

 そう言ってその冊子に手を伸ばそうとするも、それより先に冊子が引っ込められる。

 その行為に眉をしかめると、それを見たシドロビッチは人を食ったような笑みを浮かべた。

 

「一冊5000ルーブルでどうだ?」

 

「…3000ルーブルにしろ」

 

「4000だ。これ以上はまからんぞ?」

 

「わかった。それでいい」

 

「OKだ、毎度あり」

 

 ドルにすれば高々数十ドルを惜しんで、この未知の環境の情報源を取り逃すのもバカバカしい。

 そう思って金を払ったものの、冊子を受け取った時、その冊子の予想以上の薄っぺらさに不安を感じなかったといえば嘘になる。

 なんとかその不安を飲み込み、ついでにここで取り扱っている品物を聞く。食料やバッテリーについてもそうだが、弾薬の規格も懸念材料の一つだった。5.56mmNATO弾がなければ、折角持ち込んだ最新型のアサルトライフルも棍棒にしかならない。

 

 シドロビッチの話によればこの辺りでは西側のアサルトライフルを使用する者の数は少なく、在庫はあるものの数はさほどでもないとの事だった。

 もっとも注文すれば取り寄せるし、ZONEの奥地では5.56mmNATO弾の需要は多いため大抵のトレーダーは扱ってるということだ。

 

「バッテリーや食料、飲料水についてはどこのトレーダーも取り扱ってるからそう気にすることはないぜ。

 念のため言っておくが、水だけはちゃんとしたペットボトルの水を飲めよ。ZONEの水は大概が放射能か化学物質に汚染されてる。浴びるだけでも死にかねねえぞ」

 

 そう言いながらシドロビッチはカウンターの下から手の平サイズの小さな機械を取り出した。

 ガイガーカウンターのようだが形状が違う。

 

「こいつは簡易アノーマリー探知機だ。ガイガーカウンターみたいにアノーマリーを音で知らせてくれる上に、アーティファクトも探知できる。ZONEを歩くなら必須の道具さ。……安くしとくぜ?」

 

「……いくらだ?」

 

「5000に負けといてやるよ」

 

「……お前の店で俺の全財産がなくなりそうだな」

 

「まあお前はいろいろ金を落としていってくれてるからな。バッテリーとアーティファクト用の容器をおまけで付けてといてやるよ。

 金を稼ぎたいならアーティファクトを見つけたら俺のところに持ってこい。高く買い取ってやるよ」

 

 受け取ったアノーマリー探知機を胸のポケットに装備し、アーティファクト用の容器を確認する。予想より少々重い。

 握りこぶし大の箱だが、どうも素材の内部に薄手の鉛を仕込んであるようだ。アーティファクトは放射能を出すものもあると聞くからその対策だろうか。取り敢えず後ろのウエストポーチに引っ掛けておくことにする。

 それにしても予想以上に金を使ってしまった。この調子だとあっという間に無一文になりそうだ。

 

「取り敢えず、そのストーカーとやらを探してくる。場所を教えてくれ。」

 

「おう。PDAを出しな。データを送る。…よしこれでいい。まだメモリのGPSが生きてる内に早いとこ回収してきてくれ」

 

「…この場所には何があるんだ?」

 

 シドロビッチから渡されたマップデータによるとGPSが示す場所はルーキーキャンプから北に数キロ進んだ所にある小高い丘だった。付近に建造物もないようでバンディットの拠点には見えない。

 

「この辺には小さいコンテナが放置されてストーカー共の野営用の場所として使われているんだ。追われているにしても、捕まっているにしても、いるとしたらそこだろう」

 

「了解した。」

 

 概ねここで聞くべきことは聞いた。後は行動あるのみだ。

 

「Good Hunting Stalker!」

 

 出口に向かった軍曹の背中にシドロビッチの声が投げかけられた。

 それはこのZONEに入る時聞いたあの運転手の言葉と同じものだった。

 




 ZONEに入ったルーキーがシドロビッチから仕事を貰うのはもはや様式美。

 ZONE観光案内
 ルーキーキャンプとシドロビッチの店。
 一作目で主人公の初めての拠点になる村。皆装備が貧弱でたまに敵が来たらいつも全滅の危機に晒される。
 因みにガイドブックとかアーティファクト容器なんて便利な物はMOD入れないと存在すらしません。

 シドロビッチはZONEでも珍しいシェルターみたいな店を持ち、ZONE随一のトレーダーらしいが、品揃えがくっそ貧弱。やる気あるのかおめえ。
 ただしアーティファクトはトレーダーの中でもかなり高額で買い取ってくれる。
 多分アーティファクトを外に高く売りつけたり、ルーキーストーカーをこき使うことでボロ儲けしてる。なんたる邪悪暗黒商人か!


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Interval 04 ストーカー

 狭いシェルターから外に出た時には既に午後3時を回っていた。

 さっさと仕事を済まさなければ、野営をすることになる。

 ミュータントやアノーマリーが蠢くZONEで、夜を過ごすのは危険極まりない。できれば避けたいところだ。

 村の入口で見張りを捕まえて、マップデータを見せて道を聞いた。

 村の前の道路をそのまま歩いて行けばこの地点にたどり着くとのことだ。

 ついでにこの辺りで人面犬を見なかったかと聞いてみる。

 

「メクラ犬がうろついているのはいつものことだが人面犬なんて見たことないな。そういやさっきまでメクラ犬がうろちょろしてたけど…」

 

「ありがとう。一応犬には気をつけておけよ」

 

 そういってその場を離れる。あの人面犬はこちらを諦めたのか、それともまだこちらを狙っているのか。

 村を離れた後、軽く気配を探ったが特にそれらしいものはない。

 正直自分より楽そうな獲物などここに大勢いるような気がするのだが、それでも尚狙ってくるとしたら自分がこのZONEの『新入り』だから目をつけれたということだろうか。

 そんな益体もない事を考えながらひび割れたアスファルトの道路を歩いて行く。

 あのトレーダーから手に入れたアノーマリー探知機はしっかり仕事を果たしてくれた。

 アノーマリーに近づくと探知音で知らせてくれるのだが、距離があれば小さな音、近づけば大きな音と言った感じに知らせてくれるので距離感がつかみやすい。

 おかげで一歩一歩歩く度に地雷原を歩いているように神経を使う必要がなくなった。これなら慣れれば夜の中でもZONEを行動できる。

 

 ただ仕方ないとはいえ派手に音を鳴らすため、隠密行動の際にはシステムを切っておくことを念頭に置くべきだろうが。

 現在の所、道行はアノーマリー探知機とガイガーカウンターが定期的に鳴る以外はのどかなものだ。道路は周りに比べると少し高めの土地に作られているため、景色を眺める余裕すらある。

 そしてZONEの灰色の景色を眺めていると所々に野営の後が残されていることに気がついた。通常その手のものは終えたら痕跡を消すものだが、この痕跡を見る限り複数の人数が何度も使っているようだ。

 

 焚き火の中の炭はそのままだし、焚き火で料理がしやすいように焚き火の周りにレンガが積まれていたままだったり、雨を凌ぐためのシートがそのままに放置されている。

 ああいった場所を覚えておけばいざという時休めるが、同時にバンディットとやらが徘徊しているならいい狩場にもなる。

 複数のチームなら早々手を出されることもないだろうが、どこの世界も単独行動するものが真っ先に狙われる。

 ましてや人工的な明かりが少ないZONEの夜の闇で火をつけようなら目立つことこの上ない。バンディットだけでなくミュータントも呼び寄せる可能性がある。

 自分が使うとしたら昼の休憩時ぐらいだなと軍曹は思った。

 

 そんな呑気な思考をしていた時だった。突然道路の脇の茂みが動くとそこから何かが飛び出し、こちらに向かって突進してくる。

 持ち前の反射神経で体当たりを躱すと飛び出してきたそれに小銃を向け、彼は絶句した。

 

 飛び出してきたのは四足歩行の肉塊だった。

 少なくともそう表現するしかない物体だった。

 全長1メートル強の巨大なハムを思わせる形状と色合いの胴体に、その胴体の大きさとは不釣り合いな枯れ枝のような細い四肢。子供が作った粘土細工のように歪んだ頭部には眼球が3つほどついており、顔の皮膚も一部が無く、鼻孔と歯茎が剥き出しになっている。全身が余りにも歪なひと目とわかる奇形。

 

 通常の環境下なら生存など望むこともできないはずのそれをどういった理屈を持ってか、ZONEという環境は一個の生物として成り立たせていた。

 

 最初の突撃を回避されたその怪生物は、数メートルほど勢い余って進んだ後、その見た目とは似つかぬ素早さで転回し、フゴッっとどこか気が抜ける鼻息と共にこちらに再度突撃を行ってきた。

 その速度は人間が走るよりは遅いと言った程度の速度だが、それの体重は軽く200キロ近くはあるはずだ。まともに食らえばひとたまりもあるまい。

 構えていた小銃を目標にポイントする。急所を狙おうとして―――この胴体に頭部が半分埋没している生物のどこが急所なのか一瞬迷うが、顔面に向けて銃弾を叩き込む。

 放たれたライフル弾はその生物の3つある眼球の一つを撃ちぬいた。通常なら致命傷だ。

 しかしそいつは甲高い悲鳴こそ上げたものの、倒れなかった。どうやら脳は外したようだ。

 ならば何発でもお見舞いしようと更にトリガーを引こうとした瞬間。

 そいつはあっさり後ろを向くと逃げていった。

 逃亡するなら茂みや障害物を使うなりしてもいいはずのに、それすらしない。その姿はただ怯えた小動物が考えなしに逃げるそれだった。

 

 人間が走れば追いつける程度の速度というのも相まって、どこか滑稽な姿にすら思える。

 後ろから狙い撃つのも容易いが、その必要性は感じられない。もしかしたら茂みの中で寝ていた所に人間が通ったから、反射的に襲いかかってきただけかもしれないのだ。

 逃げて行く怪生物の姿によって軍曹の胸中に飛来したのは、勝利の高揚感ではなく哀れみの感情だった。

 実のところ軍曹はあの怪物が元は何だったのかを理解している。

 シドロビッチから購入したガイドブックは地下から地上に上がるまでに読みきれるほどの薄さだったが、一通りのアノーマリーとミュータントの事は書かれており、あれの記述もそこにはあった。

 

 flesh―――肉と呼ばれるあのミュータントは元は唯の豚だ。

 

 それがZONEという環境において変異し、あの異形となった。

 外見に目を背けて声だけ聞けば、確かにあれの声は豚のそれだ。

 ZONEという環境があの怪物を作ったのか、それともZONEという環境があの怪物を生かしているのか。

 ミュータントの大半は放射能による変異との事だが、それだけでは説明の付かない事が多すぎる。

 あのミュータントの異形の姿にはZONEの悪意と言うべきものが見え隠れしている。

 ZONEの外周部でこれなら最深部にはどれほどの怪物達が潜んでいるのか。

 そこまで考えて軍曹は頭を振って考えを切り替えた。

 モタモタしていては日が暮れる。夜までには任務を終わらせて村に戻ろう。

 闇夜の中であのような異形と戦うのは、断固として避けるべきだと彼の本能がそう訴えていた。

 

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 

 それから20分程かけて到着した目標の丘の上には、予想外の代物があった。

 丘の上のコンテナの周りに3人のバンディットと思わしき連中の死体が無造作に散らばっていた。おまけにどこから死臭を嗅ぎつけてきたのか子猫ほどのサイズの無数のドブネズミが死体を啄んでいる。

  最悪ストーカーの死体を見ることになるとは思っていたが、バンディットの死体とは。

 軍曹は付近を偵察して何も居ないことを確認すると、死体のほうを調べることにした。

 人が近づけば死体を漁る鼠は逃げ出すだろうとタカをくくっていたがそんな様子はまったくない。

 

 やむを得ず死体の周りに2、3発程威嚇の銃弾を撃ちこむと一気に死体から離れ始めた。最も完全に逃げ出したわけではなく未だにおこぼれを狙っているようで、少し離れた場所からこちらのことを観察しているようだ。下手に隙を見せると襲ってくるかもしれない。あのサイズなら人間の頸動脈も食いちぎれる。鼠に対して意識を向けつつも死体の検分を始める。

 

 死体はまだ新しかった。恐らくまだ数時間と経ってはいまい。

 全身に鼠に食いちぎられた後があるが、それは死後付けられたものだろう。直接の死因は喉に空いた硬貨大の刺し傷だ。喉どころか背骨まで達している。

 こんな傷では運が悪ければ即死できない。どの死体も死への恐怖で形相を大きく歪めていた。

 死体にはもう一つ奇妙な点があった。死体から血が抜き取られているのだ。

 喉元に空いた傷と相まってこれではまるで…。

 

 そこまで考えた所で軍曹は落ちていたマカロフ自動拳銃に目を向けた。バンディットが使っていたと思わしきそれは、弾切れになってスライドが後ろに後退したままの状態だ。

 弾が無くなるまで撃って尚、仕留められずに殺されたということか。

 あの豚のミュータントが拳銃弾とはいえ何発も銃撃を食らいながら、敵に食らいつくガッツがあるとは思えない。

 それにこの死体の傷。恐らくこれをやったのはガイドブックにも載っていたあの―――。

 

 ガタンッ。

 

 突如として発生したその物音に対して軍曹は前方に身を投げだすと、そのまま小銃を抱えながら一転し、着地と同時に物音の発生したほうへ銃口を向ける。

 銃口の先にはコンテナがあった。

 

 ……そういえばまだコンテナを調べていなかった。

 こんな状況下で身を隠すに最適な場所のクリアリングを怠っていたとは。自分の間抜けっぷりに舌打ちしたくなる。

 ブラフということも考え、物音がした方とは逆の方向にも注意を払いつつ、銃を構えながらコンテナに近づく。

 死角になって見えなかったがコンテナの扉は閉まっていた。いや、閉まっているどころか取っ手を針金で何重にも巻かれている。

 まるで何かを閉じ込めているように。

 

 暫く考えた後、軍曹は無造作にコンテナの扉をノックした。

 ……反応はない。

 いや、微かにコンテナ内部から気配がした。まるで怯えているかのような微かな身動ぎの気配だ。

 ……そういうことか。

 大体の状況を理解した軍曹は、コンテナに向かって呼びかけた。

 

「シドロビッチの使いだ。助けに来たぞストーカー」 

 

 

 

 

 

 ◆   ◆

 

 

 

 

 

「ありがてえ。生きた心地がしなかったぜ」

 

 コンテナから開放された若きストーカーは開口一番そう言った。

 事情を聞くと概ね軍曹の予想した通りの状況だったようだ。

 即ちストーカーは金品目当てのバンディットに襲われ、拘束されてコンテナに放り込まれた。

 その後バンディットはコンテナを即席の牢屋にするべくコンテナの扉の取っ手に針金を巻きつけ、内部から開かないようにしたのだ。

 そしてそれから恐らくはシドロビッチ辺りに身代金の交渉でもしようとした矢先、ミュータントの襲撃を受け、バンディットは全滅。

 

 そしてコンテナの中で息を潜めていたストーカーだけが助かったということらしい。

 取っ手の周りには爪で引っ掻いた様な後があった。バンディットが取っ手を針金で封鎖していなければコンテナ内部のストーカーもミュータントの餌食になっていた可能性もある。

 皮肉な事に自分を襲ったバンディットに助けられたということになった訳だ。

 

 

 

 

「人生、何がどう転ぶかわからんもんだな。あいつらに捕まった時は全財産無くす覚悟だったんだがなあ」

 

「だったらこいつらの為に祈ってやったらどうだ?……それでこいつらが喜ぶかどうかは知らんがな」

 

「それもそうだ。祈るのはタダだしな。それにしても本当に助かったぜ。まさかシドロビッチが助けをよこしてくれるなんてそもそも念頭にすらなかったからな」

 

「奴が気にしていたのはお前の持ってるメモリだけさ。最悪ミュータントの糞になってるから糞を調べてでも拾って来いと言われたよ」

 

「ああ、そんなことだろうと思ってたよ。安心しろ、メモリはちゃんと持ってる。いざという時の為の切り札にもなるしな。……うん?妙だな死体はこいつら3人だけか?俺が襲われた時は4人いたんだが……」

 

「そいつだけ先に戦利品を持って拠点に帰ったのかもな。取り上げられた物があったらこいつらの懐を調べとけ、まだなにか残ってるかもしれん。鼠の餌になってなきゃな……」

 

 そこまで言って気がついた。先ほどまで死体の周りに群がっていた鼠がいない。

 先ほどまで間違いなく距離を置いてこちらを観察していたというのに。

 死体のおこぼれを狙っていたが、この人間達がここに長居しそうだから諦めたのか?

 ……いや、違う。あいつらが逃げたのはそんな消極的な理由ではなく――――ここに危険な代物がやって来たということを本能的に嗅ぎとったのだ。

 それはつまりこの惨状を引き起こした主が戻ってきたということを意味する。

 

「構えろストーカー。あんたをバンディットから救い出してくれた正義の味方が帰ってきた」

 

 その言葉で何が来たのか察したのだろう。彼は死体の懐を探るのをやめると死体からの戦利品と思わしき2連装ショットガンを構えて、軍曹の背後に周り彼の死角をカバーする。

 なるほど。取り乱すわけでもなく疑問を返すわけでもなく、あれだけの言葉でここまで動けるとはストーカーとしても優秀なのは間違いないようだ。

 取り敢えず見渡すかぎりの景色には違和感はない。後ろのストーカーも異常無しとのことだ。

後は―――そこまで考えた所でコンテナの上から何かが放り落とされた。

 それを見たストーカーが小さく呻く。

 

「四人目……!」

 

 そのバンディットの死体はほかの死体に比べて更に悲惨なものだった。

 全身の血どころか体液という体液を吸われ即席のミイラにされている。

 ストーカーが絶望的な声をあげた。

 

「嘘だろ……こんな外周部でブラットサッカーだと……!?」

 

 反射的にコンテナの上に目を向ける。

 だが何もいない。―――いや、いる。

 コンテナの上の景色が一部が人型に歪んでいる。 更によく見ると人型に歪んだ部分の頭部と思わしき部分には、一対の眼球らしき赤い光がある。

 この怪人はなんらかの方法で可視光を透過させて周りの景色に擬態しているのだ。

 

「コンテナの上だ! 撃ち殺せっ!」

 

 軍曹はストーカーに声をかけると同時に、自らも小銃をフルオートでコンテナの上部を薙ぎ払う。

 一拍遅れてストーカーも散弾を撃ちこむも、遅い。

 怪人はこちらから見てコンテナの反対側に飛び降りて銃撃を回避した。

 ストーカーが弾切れになった2連装ショットガンにリロードをしながら、引きつった笑いをあげた。

 

「折角助けてくれたお礼に鉛球をご馳走しようとしたのにな」

 

「シャイなんだろう。姿を隠しているような奴だからな。……お前はコンテナの右側を見張れ。俺は左側から回りこむ。」

 

 ストーカーは言われた通り銃口も視線もコンテナの右側に向けながら、疑問の声を上げた。

 

「逃げないのか?相手はブラットサッカーだぞ」

 

 ブラットサッカー。それはZONEでもっとも有名なミュータントだ。

 人間が変異したと思われる異形の怪人。

 原理は不明だが光学迷彩を使って忍び寄り、口腔にある軟体動物の歯舌を思われせる器官を使い獲物の体液を吸血する。

 この程度の情報ならあの薄っぺらいガイドブックにも記述されていた。そして本来彼らはZONEの最奥に潜み、滅多なことでは遭遇しない。それ故に危険だと。

 

「折角有名人に会えたんだ。サインの一つでも貰っておく。向こうもファンサービスしたがってるみたいだしな」

 

 本来光学迷彩を使ってまで自身の存在を隠すブラットサッカーがわざわざ自分の存在をアピールしてきたということは、それはもはや宣戦布告に他ならない。

 逃げても間違いなく追ってくる。姿を消せるミュータントとの追撃戦など考えたくもない。

 ここで叩くのがベストだろう。なにより―――

 

「光学迷彩をつけた連中とは何度かやりあったことがある。俺はコンテナの右側からは絶対に出ないから、そっちに異常があったら散弾をぶっぱなせ。」

 

 この程度の敵ならあの悪夢の一夜で何度も叩き潰してきた。

 HMDとして機能しているシューティンググラスで自動小銃の残弾を確認。まだ20発は残っている。問題無し。

 軍曹は躊躇なくコンテナの裏手へと飛び込んだ。




 チュートリアルだけどZONEのアイドルさっちゃんが登場。
 装備がいいと難易度が自動的に上がる模様。

 ZONE観光案内
 Cordon(非常線)。
 最初のマップであり、敵もアノーマリーも少なく、景色も良くてとてものんびりした所……なのだが最初のマップなので主人公の装備も貧弱で、うっかりアノーマリーに近寄ったら瀕死、放射能汚染地に近寄ったら放射能抑制剤が高くて買えなくて瀕死、犬に囲まれたら武器がヘボなので瀕死、バンディットに出くわしたら防具がヘボなのでラッキーヒットで瀕死、軍人に出くわしたら蜂の巣にされて瀕死になるという、相対的にはやっぱ危険な所。
 さっちゃんは基本いないので安心して下さい。

 


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Interval 05 ブロウアウト

 飛び込んだ先には何も居なかった。いや居ないのではなく、見えないと言うべきか。

 先ほどコンテナの上にいた時は透明化していても、僅かに動いていたから後ろの景色と微妙にズレが発生し、なんとか視認できたが完全に停止してしまえばそうもいくまい。

 死角から攻撃を防ぐため、コンテナの壁に背中をつけて、前方と横手に警戒する。

 彼の異常とも言える反射神経の鋭さなら、余程の至近距離で襲われても反応できる。

 

 小銃を構えて5秒が過ぎ、10秒が過ぎ、そこで彼はコンテナの背後に残してきたストーカーに意識が向いた。

 不味い。狙いはあちらか―――?

 そう思った瞬間、コンテナの向こうから悲鳴と銃声が響き渡った。

 やはりこちらは陽動だったか。そう思い、引き返そうとした瞬間。

 どこに潜んでいたものか。お互いの息が届く程の超至近距離で異形の怪人と鉢合わせになった。

 

 形状こそ人だが、体毛もなく硬質化している死人のような肌に感情を感じさせぬ赤い眼球。

 下顎が分裂したと思われる触手のような無数の歯舌。

 姿を消していないのはこの怪人が勝利を確信しているからだろう。姿を消すことに費やすエネルギーを眼前の人間を押さえつけ、喉に風穴を開けることに注ぎ込む事に回す。その判断は間違っていない。

 

 ここまで接近されるともはや小銃だと長い銃身が仇となって命中させるのが難しい。

 拳銃だと引き抜くのにタイムラグが発生する。

 ナイフにしても手が銃で塞がっている以上、ブラットサッカーが襲いかかるほうがナイフを抜くよりは早い。

 怪人は眼前の兵士を拘束すべく、両手を広げて飛びかかる。一度捕まえれば人間の力で外れるようなヤワな膂力ではない。後は喉に歯舌を撃ちこんで終わりだ。

 

 そのはずだった。

 相手がF.E.A.R.でなければ。

 

 軍曹が取った選択肢は退くのではなく、逆に前に出ることだった。同時に手にした自動小銃の固定式ストックをカウンター気味にブラットサッカーの顔面へと叩きつける。

 人間なら顔面の骨が陥没して下手すれば即死の威力だった。折りたたみ式のストックならストックが逆に壊れているほどの。

 

 ミュータントである彼は人間よりタフなようで、顔を抑えてのけぞる程度で済んだようだが結末は変わらない。

 仰け反り、後ろに下がった事により間合いが生まれ、今度は胸に向かって変則的な廻し蹴りが突き刺さる。

 人間が食らえば肺が潰れ、肋骨がへし折られる程の一撃を受けてブラットサッカーは人形のように数メートル転がった。

 

 そこにダメ押しとばかりに小銃弾がフルオートで降り注ぐ。

 頭部に執拗に銃弾を撃ち込まれたブラットサッカーが絶命した時、彼はそのブラットサッカーには見向きもせず、コンテナの反対側へと走っていった。

 

 

 コンテナの向こう側にあった景色はブラットサッカーにのし掛かられたストーカーの姿だった。

 ブラットサッカーは二体いたのだ。

 軍曹は小銃を構え、セミオートで発砲する。

 これがマガジン内の最後の一発だ。先ほど一体目のブラットサッカーを蜂の巣にするためにほどんど撃ち切ってしまった。

 銃弾はブラットサッカーの脇腹に命中する。人間ならそれだけで戦闘不能だがミュータントのタフさは通常の生物とは根本的に違う。

 

 銃撃され怒りの唸り声を上げるものの、追撃が来ないこととまだ距離が十分あることから、取り敢えず眼前の獲物に止めを刺してから、改めてこちらに向き合うことを選択したようだ。

 間に合わないと判断した軍曹は、この時ZONEに踏み込んで、初めて己の異能を使った。

 

 ――音が歪む。世界の色が変わり、全てが遅く感じる。まるで水中を泳いでいるような感覚が全身を襲う。だがそれは錯覚に過ぎないことを軍曹は知っていた。

 

 軍曹の感覚が加速しているのだ。

 

 『スローモー』と呼ばれるこの感覚が、軍曹をFEAR隊員たらしめた異能である。

 全身の反射神経を極限まで研ぎ澄ますことにより、体感速度を劇的に高める。

 それが彼の能力だ。

 今の軍曹なら飛来する銃弾すら『見て』躱せることすら出来るだろう。

 そして高まった反射神経に引きずられるように、身体能力もある程度向上するのがスローモーの特徴でもある。

 

 むしろ普段の異常な身体能力の高さから考えれば、スローモーを使うことによって初めて肉体のスペックをフルに引き出すことができるのかもしれない。

 もっとも軍曹の主観的に見れば鋭敏になった感覚に彼の肉体と言えど完全についていけず、水の中でもがくようなもどかしさがあるのだが。

 

 スローモーを使った軍曹は小銃を捨て、人間離れした速度で今まさにストーカーの喉笛を穿たんとしている吸血鬼の元へ接近し、そのまま全力で蹴り飛ばした。

 そして拳銃を引き抜きながら、地面に転がった吸血鬼の上に馬乗りになる。

 ミュータントの表情は見分けがつかないが、それでもそのブラットサッカーは圧倒的な優位から一瞬で逆転されたことに対する混乱が表情に現れていた。

 その顔に拳銃を押し付ける。

 

「お休み、ケダモノ」

 

 そう言って彼は拳銃の残弾全てを吸血鬼の頭部に撃ち込んだ。

 

 

 

 ◆  ◆

 

 

 

「あ、あんたすげえな…。ブラットサッカーをこうもあっさり仕留める奴なんて見たことねえぜ。ありゃベテランのストーカーでも手こずるような化け物なのに…痛てて」

 

「黙ってろ。……この脚の傷は結構深い。メディキットじゃ気休めだ」

 

「シドロビッチの所に戻れば回復用のアーティファクトがある。あれがあれば死体になってない限り、傷は治るさ。レンタル代は取られるがな。」

 

「そんなものまであるのか?」

 

「アーティファクトは大概なんでもできる。外の世界じゃ宗教家がそういうアーティファクトを使って神の奇蹟を再現してるんだ。それにここで使ってる包帯やメディキット、放射能治療剤もアーティファクトの成分を研究して作られた代物だ。ほら、もう血が止まってきただろ?」

 

 そう言って彼は包帯で処置された太ももの傷跡を見せた。ブラットサッカーから逃走しようとして鉤爪にえぐられたその傷は規模からして大きめの血管が切れているはずだが、もう血が止まっている。

 彼いわく包帯に練りこまれたアーティファクト由来の特殊な物質が止血効果を持っているらしい。

 勿論元になったアーティファクトも身に着けていれば同様かそれ以上の効果が出るということだ。

 

「大したもんだなアーティファクトってのは」

 

「そりゃ俺達の飯の種だからな。こんな地獄みたいな場所、お宝がなければ誰も来ねえさ。もうちょっといいメディキットだと回復用のアーティファクト由来の成分が含まれているから、ここでも治すことができたんだが……まあ命があっただけ良しとするさ」

 

 そう言って彼は立ち上がろうとするがやはり脚の傷は深いようで、フラつきは隠せない。

 舌打ちしながら水平2連散弾銃を杖にして歩き始める。

 

「ルーキーキャンプまで持ちそうか?」

 

「歩くだけならなんとかなる。しかし途中でまた何かに襲われたら今度こそお終いだ。悪いが付き合ってもらっていいか?」

 

「仕事の内だ。構わない」

 

「すまないな。この礼はいずれ必ずするぜ。ストーカーってやつは貸し借りに律儀なんだ。野暮ったい言い方だが、こんな場所じゃ助け合わないと生きていけないんでな。……ところであんた無線機持ってる?通信できるならPDAでもいい。シドロビッチに連絡取りたいんだが、俺のは壊されちまってな」

 

 軍曹は無言で小型のデジタル無線機を差し出した。

 

「へえ。初めて見るタイプだ。高級品だな。ええっと…ここをこうして…おっ繋がった。シドロビッチか?俺だ。アレクだ。……なんとか生きてるよ。あんたの送ってくれた援軍のお陰でな。

 物は用意してあるから、報酬とついでに回復用のアーティファクトを用意しといてくれ。…手傷を負っただけだ。ちゃんと払うよ…ああ…なんだったらストーンブラットでもいい…頼んだ」

 

 ストーカーは通信を終えると更に無線機をいじって何かを入力し始めた。

 

「ついでだからこの無線機にシドロビッチと俺の連絡先を入れとくぜ。なんかあった時連絡をくれ。出来る範囲で力になる。シドロビッチのほうも金払いがよければ、頼りになるんだあいつは。金を出し渋ると殺し屋を差し向けてくるけどな」

 

「だろうな」

 

 返してもらった無線機を懐に入れ、ストーカーの雑談に適当に頷きながら帰路に付く。

 哀れなバンディット達の死体は放置することにした。埋葬してる時間はないし、放っておけば鼠かミュータントが始末してくれるとの事だ。

 二人の歩みは遅い。ストーカーは足を引きずっているため、このペースだとギリギリ夜までに帰れるかどうかと言った所か。

 

 肩を貸してもいいのだが、それだと奇襲に脆くなる。申し訳ないがもう少し頑張ってもらうしか無い。

 アノーマリーを避け、単独で出現するミュータントを追い払い、道のりの半分近くまで来た所にそれが来た。

 

 

 ◆   ◆

 

 

 遠くから現れたそいつは最初は群れからはぐれたメクラ犬かと思った。

 威嚇射撃で悲鳴を上げて逃亡したそいつは、暫くすると2頭目の仲間を引き連れて戻ってきた。

 今度は躊躇なく1頭を撃ち殺すともう1頭は悲鳴を上げて逃亡し、次は2頭の仲間を引き連れて戻ってきた。

 そのため、3頭共逃げる間もなく纏めて撃ち殺した。

 

「お、おい…これ…」

 

 状況を把握し始めたストーカーが怯えた声を上げる。

 

「…わかってる。嵌められたな」

 

 それに対する軍曹の声も固いものだった。

 軍曹は自分たちが数十匹のメクラ犬の群れに遠巻きに包囲されていることに気がついた。

 自分たちの前にあからさまに姿を現した野犬達は、この包囲網の完成まで注意を背けさせるための囮に過ぎなかったのだ。

 ここに至り、軍曹はこの群れを率いる存在の正体を理解し始めてきた。

 

「…すまん。こいつは恐らく俺の客だ」

 

「なんだって?」

 

「人面犬――Pseudodog(スードドック)だ。ZONEに入った時から一目惚れされたようでな。振り切ったと思ったがまだ追っかけて来たらしい」

 

 Pseudodogの名前を聞いてストーカーの顔が引きつる。

 ZONEではブラットサッカーに次ぐ知名度を誇る犬型のミュータント。猪をも単独で狩り殺せる身体能力と人間の狡猾さを併せ持つ怪物だ。

 元来臆病なはずのメクラ犬を統率し、周到な罠を仕掛けてくるような存在はあの人面犬しかいないだろう。

 手負いのストーカーと行動を共にしているのを好機と捉えたか。

 

「肉の缶詰でも放り投げれば諦めてくれるかな?」

 

「あいつらが缶切りを持っていれば見逃してくれるかもな。……人面犬を探せ。この群れには怯えが見える。リーダーを撃ち殺せばそれで終わりだ」

 

 この犬の群れはあの人面犬が力で従えているのは間違いない。最初にこちらが撃ち殺した盲目犬達は明らかに怯えていた。

 最初はそれはこちらに対する怯えと思っていたが、実際には死への行進を強要する自分達のリーダーに対しての恐怖だったのだ。

 

 しかしここから見たところこの包囲網の中に、人面犬の姿は見当たらない。

 自分たちがいる道路はなだらかな丘の上に舗装されており、見通しはいい。

 この辺りは姿を隠す茂みや立木も疎らで、そうそう隠れる場所がないのだが。まさかあの吸血鬼のように姿を消せるというわけでもあるまい。

 或いはあの吸血鬼との戦闘を観察されていたかもしれない。その場合こちらの戦闘力を警戒して安易に姿を見せるような真似はしないだろう。

 

「この辺で隠れそうな場所は心当たりはあるか?」

 

 包囲網が縮まるまでまだ暫しの猶予がある。軍曹はバックパックを下ろして中から予備のマガジンを取り出した。だがまだ足りない。更にバックパックの底にあるはずの目当ての物を探す。

 

「……2、300mほど進むとこの道路の下に小さなトンネルがある。しかし流石にそこから指示を出すのはいくら人面犬でも無理だぜ。念力も使えるって話のチェルノブイリドックなら出来るかもしれねえが」

 

 ストーカーは野犬の群れを睨みながら答えた。

 

「いないほうが好都合だ。いざという時、籠城できる場所を知りたかっただけだ。」

 

 目当ての物が見つかった軍曹はそれを自動小銃に取り付けた。

 甲高い金属音が響き、何事かと彼の方を振り返ったストーカーが目を見開く。

 

「あんたそれ…すげえな。ZONEに戦争でもしにきたのか?」

 

「そんなところだ」

 

 彼の視線は軍曹の持つ自動小銃に注がれていた。正確に言えば自動小銃に装着された大型のドラムマガジンへと。

 最大100発もの小銃弾を装填可能なそれは、装備するだけで彼の持つG2A2自動小銃を軽機関銃へと変える。

 しかもそれと同じものがもう一つ軍曹の腰に取り付けられていた。

 更にアーマカム社製の球状型手榴弾を2つウエストポーチから取り出すと起爆スイッチを押した。

 

「ストーカー。お前はそのトンネルに向かえ。俺が突破口を開く」

 

「わ、わかった。頼んだぜ!」

 

 返答を聞くと軍曹は手榴弾の一つを、ストーカーの進路上に割り込もうとしていた数匹の犬の集団へと投げつけた。

 見事なコントロールで投擲されたそれは数十メートル先の目標の中心へと落下し、爆発。

 

 その威力に至近距離の盲目犬は血煙と化し、離れていて即死を免れた野犬達も悲鳴を上げて一目散に逃げていく。

 それをきっかけに野犬達が吠え立て、一斉に包囲網を縮めてきた。

 彼はもう一つの手榴弾を、丘の上にある道路目掛けて下から駆け上がってくる集団へと放り投げ、同時に感覚を鋭敏化させスローモーを発動させる。

 

 先ほど自分が投げた空中に弧を描く手榴弾の軌跡が、手に取るようにはっきり見える。

 時の流れが遅くなった世界で、彼は自ら投擲した手榴弾に狙いを定め、丁度それが野犬達の真上に来た瞬間に発砲。

 放たれた銃弾は寸分違わず空中の手榴弾に突き刺さり、着弾の衝撃で暴発。

 

 野犬達の真上から破片と衝撃波を撒き散らして、その集団を全滅させた。

 特殊な信管を使用する、アーマカム社製の手榴弾だからこそできる裏技だ。

 更に軍曹は片膝立ちになるとスローモーを駆使した正確無比な射撃で、道路の上から野犬達を薙ぎ払っていく。

 

 それは一見すると掃射に見えるものの、連射される一発一発が狙撃並の精度をもって盲目の野犬達を撃ち殺しているのだ。

 最初の攻撃から僅か10秒足らずで半数近い仲間達が殺された事に対して、この野犬達は明らかに恐怖していた。

 

 及び腰になって進軍速度が鈍り、包囲網の後方の犬になると逃げ出す機会を伺うかのような動きをとっている犬もいる。

 だが肝心のリーダーと思わしき人面犬は姿を見せていない。

 取り敢えず先行させたストーカーに追いつくべく、バックパックを背負い直して軍曹が走り出そうとしたその時だった。

 

 

 世界が揺れた。

 

 

 まるで地震のような揺れと遠方で爆撃でもあったかのような轟音、そしてどこからか甲高いサイレンが鳴り響いて、空の色が陰鬱な灰色から血の様な真紅へと塗り潰される。

 

 (……これは)

 

 軍曹はこの感覚を知っている。

 かつてオーバーンで体験した核反応炉の爆発であり、ZONEに来る前、ベターズとのミーティングの直前に夢で見たあの景色だ。

 今までは単なる夢として、或いは意味不明のノイズとして、記憶の奥底に押し込めていたあの光景が、急激に軍曹の脳裏に蘇ってきた。

 

 これが夢の通りの現象ならば、恐らくはこれからミュータント達も逃げ出すような出来事が起こるはずだ。 

 野犬達に目を向けるとその考えを裏付けるかのように、彼らはこちらの事など見向きもせずに一目散に逃げ出し始めている。

 

 こちらもこれ以上犬と遊んでいる時間は無い。

 彼はスローモーを発動。全力疾走を行いストーカーに追い付いた。

 ストーカーは怯えきっていた。

 

「も、もう駄目だブロウアウトだ……! もうすぐ放射線の嵐がやってくる……!」

 

「落ち着け。この辺りでそれをやり過ごせる場所はないのか?」

 

「この先の道路下のトンネルなら多分……! でもこの脚じゃ俺は間に合わない……! あんただけでも先に行ってくれ! 」

 

「いいから荷物を捨てろ。銃もだ。」

 

 そう言うと軍曹は自らバックパックと自動小銃を放り捨て身軽になると、強引に彼の肩を取り、引きずるようにして進み始める。

 ストーカーは悲鳴じみた声を上げた。

 

「無茶だ! あんたも死ぬぞ!?」

 

「完全に間に合わないと判断したらお前を放り出して一人で逃げる。気にするな」

 

 そう言うと彼もこれ以上の反論は無意味と悟ったのか、軍曹に倣い銃や小型の背嚢を捨て少しでも身軽になろうとし始めた。

 そのかいもあって移動速度は上がり、目指す道路下のトンネルまでの距離があと僅か10メートルとなったその時だった。

 

 背後から人面犬の強襲を受けたのは。

 

 咄嗟にストーカーを突き飛ばし、腰からナイフと拳銃を抜いて、それぞれ両手に構えると唸り声を上げる人面犬―――Pseudodogと向き直る。

 そのPseudodogの形相は憎悪と怒りで大きく歪み、その眼は殺意で真っ赤に染まっていた。

 実質上たった一人の人間に自分の群れを壊滅状態にされたことによって、この危機的状況を理解できない程に怒り狂っているのか―――或いは。

 

「成る程。お前もトンネルに入りたいのか?」

 

 軍曹はそう言って嗤った。

 その言葉に対して人面犬の表情がまるで人間の様に苦々しく歪む。

 ―――本当にこいつは人間並みの知能を持っているかもしれない―――そんな場違いな感動を覚えながら、軍曹は言葉を続けた。

 

「だが駄目だ。あそこはお前の犬小屋にするにはデカすぎる」

 

 その言葉を聞くと同時にPseudodogが襲い掛かって来た。

 銃撃を警戒してか、直線ではなくジクザクに走りこんでくる。

 スローモーが使えれば一瞬で決着がつくが、あれは神経に負担がかかるため、早々何度も使えるものではない。先程から何度も使用しているせいで、現状スローモーは使用不能だ。

 

 立て続けに拳銃を撃ちこむが、放たれた9mmパラベラム弾は目標に一発も当たること無く、地面へと食いこむ。 

 当たらないのは左右へのランダムな動きだけによるものではない。

 獣ならではの反射神経でこちらの銃口の向きと視線から火線を見切り、回避しているのだ。

 

 そして銃撃を掻い潜った人面犬がその牙でもってこちらの喉笛を食いちぎらんと、一気に跳躍し飛びかかってくる。

 その攻撃に対して軍曹は自動拳銃を持った方の腕を盾代わりに食いつかせ、ナイフを人面犬の肩口に突き刺した。正確には首に突き刺すつもりだったが予想以上の速度とパワーだった為、僅かに狙いを外したのだ。

 そのまま一人と一頭はもつれ合いながら転がり、地面を二転三転する。

 

「おい! もう限界だ! 早くトンネルに入れ!」

 

 その有り様を見て一足先にトンネルに駆け込んでいたストーカーが叫ぶ。

 その言葉通り先ほどから続いている、まるで火山が爆発する前兆を思わせる轟音と振動が一層激しくなってきていた。

 これが『爆発』するまであと僅かと言った所か。

 唐突に始まったこの現象が、どういった理屈で起こっているのかは軍曹には分からないが、夢の件を抜きにしても本能的にこのままでは不味いということだけは理解できる。

 

 故に、さっさとこの犬を始末してトンネル内部に逃げ込みたいのだが、相手もそれは同じのようだ。

 腕に食らいついた人面犬は死んでも離すまいと顎をがっちりと喰わえこんでいる。

 防弾防刃の頑丈なアームパッドのお陰で牙は骨にまで届いていないが、片腕は完全に使えない。

 

 もう片方の腕でナイフを引き抜いて、もう一度急所を刺せば終わりなのだが、人面犬は刺された部分の筋肉を締めてナイフを引き抜かれることを防いでいた。

 片手でなんとか絞め落とすか、それとも拳でこの人面犬の頭蓋を叩き割るか―――そう考えた時、彼は見た。

 

 遥か北。彼が目指すZONEの最深部。チェルノブイリ発電所がある方角から、原子雲を思わせる真っ赤な積乱雲が発生したのを。

 続いて今までとは比べ物にならない振動と轟音が撒き散らされる。

 

 『爆発』が来たのだ。

 

 もはや是非もない。

 彼は全身の筋肉から力を絞り出して立ち上がると、腕に食らいついたままの人面犬をそのままに一気にトンネル内部に駆け込んだ。

 次の瞬間、軍曹が今までいた場所を赤い衝撃波が蹂躙していった。

 

 

 ◆   ◆

 

 

「……久しぶりに死ぬかと思ったな」

 

「なんで生きてるんだろう俺。バンディットにブラットサッカーにスードドックにブロウアウト。災害のフルコースかよ。……助けてもらってこんなこと言うのはあれだが、あんたはもしかして死神の化身かなにかか?」

 

 トンネルに入ってようやく一息つけた軍曹は、トンネル内部の廃材に腰掛けて休んでいた。

 ストーカーも同じように手近な廃材に腰掛けている。

 トンネルの外では見る者に不安を与える赤い嵐が未だに荒れ狂っており、暫くここから出ることは出来なさそうだ。

 

 正直な所、あの嵐に本当に放射性物質が含まれているのなら、こんな密閉されてないトンネルでは無意味ではないのかと思うのだが、ストーカーによればあの赤い嵐は直接接触しなければ害はなく、最悪壁と屋根さえあれば廃屋でも避難場所になるとのことだった。

 

 晒されれば即死するほどの放射線ならその程度のことで防げるものではないはずなのだが、このZONEで発生する放射線は、通常のそれとはかなり性質が異なる物のようだ。

 この現象がどういったものなのか、ストーカーに説明されて今となっては軍曹も理解している。

 ガイドブックにも概略は記載されていたが、その規模が予想外過ぎて彼に説明されなければ理解できなかったのだ。

 

 ブロウアウト。

 

 科学者がエミッションとも呼ぶZONE特有の現象の一つ。

 このZONEでは不定期にチェルノブイリ発電所を中心にして、特殊な放射性物質と精神汚染波を含んだ大規模な衝撃波が発生する。

 この衝撃波は巻き込まれれば即死するほどの濃度の放射線と精神汚染波を含み、その規模はZONE全体に及ぶ上、いつ発生するかも不明な為ストーカー達の拠点はブロウアウトの嵐を防ぐためのシェルターとしての役割も持っているとのことだ。

 あのシドロビッチが大層な地下壕に篭っているのもそれが理由らしい。

 

「で……? どうするんだあれ?」

 

 説明を終え、ソーセージを頬張っていたストーカーが聞いてくる。

 刺激しないように視線こそ向けてないが、『あれ』が何を意味するのか明白だ。

 食らいつかれた腕の傷の処置をしていた軍曹も、それに対して視線を向けずに答えた。

 

「どうもしないさ。またやろうってんなら相手になるだけだ」

 

 その言葉に対してトンネルの奥から唸り声が応じる。

 ストーカーは唸り声を聞いて小さく身を縮こまらせた。

 唸り声の主は言うまでもなく人面犬――Pseudodogだ。

 あの時、トンネルに全力で駆け込んだ軍曹はその勢いを利用して、腕に食らいついた人面犬をトンネル奥に放り投げた。

 

 Pseudodogの方も安全地帯に入ったと理解したせいか、あっさり腕を開放して軍曹から離れると、そのまま再度襲ってくる訳でもなくトンネルの奥に陣取ってじっとこちらを見つめてきている。

 

「人間並に頭が良いようだから損得勘定も出来るんだろう。この状況でやりあってもよくて相打ち、下手したらトンネルの外に叩きだされるってのを奴が一番理解してるのさ」

 

「あんたがそう言うなら別にいいけどよ……。あいつレーション食うかな? ちょっと餌付けしてみる?」

 

「やめとけ。差し出した腕を食いちぎられるぞ」

 

 ストーカーにアームパッドの食いつかれた部分を見せてやる。

 拳銃弾すら受け止めれるはずのそれはスードドックの牙によって大穴が開いていた。分厚いアームパッドのお陰で傷の深さはさほどでもなかったのが幸いだった。

 それを見たストーカーは顔を引きつらせて浮かせた腰をまた下ろした。

 外ではまだ赤い衝撃波が荒れ狂っている。

 嵐が通り過ぎても放射線はすぐに消えるが、精神汚染波の影響が暫く残るため1時間はトンネルからは出ないほうがいいとの事だった。

 それまではこのストーカーと……人面犬と同居することになる。

 ルーキーキャンプに戻れるのは夜になりそうだと軍曹は思った。 




 さっちゃん「最初にスイッチで殴られていたら即死だった」
 (FEARのゲームではリモート爆弾用のリモコンスイッチ握って殴るとなぜか一番攻撃力が高い)

 いい装備でZONE入りすると開幕ブロウアウトで全部失うってスカーさん(STALKER二作目の主人公)が言ってた。

 ZONE観光案内。
 今回はさっちゃんことブラッドサッカーと人面犬ことPseudodogの紹介。
 さっちゃんは透明になって襲い掛かって血を吸ってくる人型ミュータント。ZONEでの一番人気ミュータントでもある。
 ZONEの奥地で村を作ってたり、地下でゴキブリみたいに集団生活をしてたりする。その姿は毒ガスを流し込みたくなるぐらいキモい。

 人面犬はZONEの中堅ミュータント。撃たれると逃げる臆病なメクラ犬と違って無茶苦茶攻撃的。
 それでも単独なら大したことないが、メクラ犬を引き連れて群れで襲われると、あっという間に噛み殺されて死ぬ。
 作中でペットにしているキャラがいるので躾ければ人に懐く模様。


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Interval 06 F.E.A.R.

「そろそろ収まったみたいだな」

 

 外の様子を見たストーカーはそう言った。

 空が赤い為、まだ夕方だと思っていたがそれはブロウアウトによって引き起こされた赤い空による錯覚だったようだ。

 ブロウアウトによる嵐が収まるにつれて、赤い空は暗くなり、数えきれないほどの星々が瞬く夜の空へと変わっている。都会の夜とは違い、人工的な明かりが全く無い為、普段なら肉眼では視認できない星まではっきり見える。

 陰鬱なZONEとは思えないほど美しい星空だ。

 

「いつもZONEは曇ってるんだけどブロウアウトの後は、雲も吹き飛ぶから空が綺麗になるんだ」

 

 ストーカーはそう言って無邪気に笑った。

 その後、彼はルーキーキャンプへの移動を提案してきた。

 軍曹からすれば夜の移動は危険な様に思えたが、ブロウアウトの後はミュータントも暫く鳴りを潜める為、むしろ安全ということでルーキーキャンプに移動することにする。

 Pseudodogはいつの間にか姿を消していた。ブロウアウトが収まった後、トンネルの反対側から出て行ったのだろう。

 

 あの犬が陣取っていた場所には犬の肩口に突き刺さっていた軍曹のナイフが置かれていた。

 この行為の意図する所は分からないが、ブロウアウトから逃れる為に武器と装備の大半を失ってしまった為、ナイフの一本でも今はありがたい。

 ナイフを回収すると血を拭って、鞘に納めて彼はトンネルの外に出た。

 

 

 

「……後で装備を回収しないといけないな」

 

 夜の闇を歩きながら軍曹は一人ごちた。武装と装備の大半をブロウアウトから逃れるために放り捨ててしまった。

 PDAや無線機、アノーマリー探知機等、必要最低限の物は身につけていたが、バッテリー、銃弾や医療品、食料等の消耗品は全てバックパックの中にあった。武器もナイフと自動拳銃のみだ。

 幸いフラッシュライトは手持ちとヘルメットに付いているのがあったが、それがなければ明かりもなくこの闇夜を彷徨うことになる所だった。

 軍曹の独り言が耳に入ったのか、隣を歩くストーカーが言葉を返してくる。

 

「……あんまり期待はしないほうがいいぜ。ブロウアウトに晒された装備は間違いなくボロボロになって使い物にならなくなってる。無い物と考えてシドロビッチの所で適当な装備を調達したほうがいい」

 

「憂鬱な話だ」

 

 あのトレーダーがどれだけふっかけてくるのかを考えると気が滅入ってくる。

 まさかZONEに入って初日で装備の大半を失う羽目になるとは。

 

「あんたの装備については俺のほうでもどうにかしてみるよ。俺の命と引き換えにしてくれたようなもんだからな。……でも、あんな高価なライフルとかそういうのは期待しないでくれ。ここじゃ最新式のライフルはそれだけで一財産なんだ」

 

「引き金を引いて弾が出れば文句は言わんよ。元々現地調達は得意でね。……だが水平二連は勘弁してくれ」

 

 あのオーバーンの戦闘でも自前で持ち込んだ武器はあっという間に弾が切れ、殺害した敵の武器を奪い取り、弾切れになってはまた別の敵の武器を奪い取るの繰り返しだった。

 そのためか自分の武器に対してさほど思い入れはない。

 勿論使うなら高性能な武器に越したことはないが、あのルーキーキャンプでのストーカー達の武装を見る限り、武器に性能を求めるのは諦めたほうが良さそうだ。

 だからといって水平二連の散弾銃を片手にZONEを彷徨うというのは、冗談を通り越して悪夢に思える。

 それを聞いたストーカーは小さく笑った。

 

「あれは本当に初心者用さ。銃に関しては俺のお古でよければ譲ってやるよ。拘らなければ使える物は結構あるんだぜ」

 

「そう願いたいね」

 

 夜の帰り道は行きと違って実にスムーズなものだった。

 ブロウアウトのせいかミュータントの気配は殆どなく、注意を払うべきはアノーマリーのみ。

 唯、来た時と位置が変わっているアノーマリーもあった。

 ストーカー曰く、ブロウアウトの後はアノーマリーの位置が変わるらしい。

 そのため、アノーマリーが多いZONEの最深部はブロウアウトの度に人が通れるルートを開拓し直さなければならないらしい。

 

 そうしてアノーマリーを避けつつ怪我をしたストーカーのペースに合わせた結果、ルーキーキャンプに着いたのは深夜になっていた。

 村の入り口で寝ずの番をしている見張りに挨拶をし、(見張りは新人の役目らしい)真っ先にシドロビッチの地下壕へと歩を進める。

 昼間と同じ手順で武装を解除し、ドアの中へと入る。

 地下壕の中ということもあるせいだろうか、シドロビッチの様子は昼間とほとんど変わらなかった。

 

「よう、ブルー。生きていたようでなりよりだ。せっかく生きてるって連絡が来たのに、その後すぐにブロウアウトが起きた時は正直諦めたぜ」

 

「へっ。あんな仕事で死ねるかよ。……と言いたいとこだが今回は本当にやばかった。あんたの寄越してくれたヒーローがいなかったら俺は今日だけで4回は死んでたよ」

 

 そう言いながら懐からストーカーは懐から取り出した小さなメモリーデバイスをカウンターに乗せた。

 シドロビッチはそれをノートPCに接続して中身を確認すると満足気に頷いた。

 

「間違いなく目的のブツだ。これで約束通りお前の借金は全部チャラ。ほれStone Bloodも用意しといたからこれで傷を治しときな」

 

 そう言ってシドロビッチは奇妙な石をストーカーに渡すと今度は軍曹の方に向き直った。あれが傷を癒やすというアーティファクトなのだろうか。

 

「あんたにも礼を言っとくぜ。色々大変だったようだがこのZONEに入りたての奴がブラットサッカーを始末して、ブロウアウトまで乗り越えて仕事をこなして見せた。間違いなくあんたは信頼できる戦士だ。で、情報が欲しいって言ってたな?」

 

「……ナイトクローラーという傭兵部隊だ。規模は恐らく中隊以上。装備はアーマカム社製の最新装備で固めてる」

 

「ふむ。実の所そいつらのことはまったく知らない訳じゃない。しかし付き合いがないから噂程度の事しか知らないってのも事実だ。えらく好戦的な連中らしいから付き合いたいとも思わないしな」

 

 シドロビッチはどう答えればいいか考えあぐねる様な表情をした。

 だがようやく掴んだ情報だ。どんな瑣末な事でも情報は欲しい。

 

「やはりそいつらはZONEで活動してるんだな?噂程度でもいい。何をやっているか、拠点はどこにあるかってことを知ることはできるか?」

 

「……何をやっているかについては、どこぞに頼まれてアーティファクトを探してるってのは間違いないだろう。だが拠点はZONEの奥にあるって事しかわからん。ナイトクローラーに限らず自前のルートを持つ傭兵部隊は拠点を絶対に第三者に明かさない。補給まで自前でやるから俺たちトレーダーが入り込む余地はない。しかし最近奴らの妙な噂を聞く」

 

「妙な噂?」

 

「奴ら装備と人員を強化してZONEの奥で大規模な活動を始めたって噂だ。その為、同じ様にZONEの奥で活動してるストーカー達やそれ以外の勢力……FreedomやDutyとトラブってるって話だ」

 

「なんだその……FreedomやDutyというのは?」

 

「Dutyは元はZONEを制圧するために送り込まれたウクライナの正規軍の生き残りだ。ZONEの拡大と脅威を抑えることを名目にして、日夜人類の為にミュータント共と戦っている自称正義の味方だ。Freedomは逆にZONEは人類にとって貴重な資源と言ってZONEの物を外に売り払ってる連中さ。

で、この2つの組織は考え方が正反対のせいで常に犬猿の仲だ。ZONEの奥はこの2つの組織が幅を効かせてたんだが、そこにナイトクローラーが割りこむようになってきたらしい。この2つの組織を相手に互角以上にやりあってるって話だ」

 

 そこに隣にいたストーカーが思い出したように話に口を挟んできた。

 

「そういえばストーカー仲間に聞いたことあるぜ。最近見たことのない傭兵部隊が勢力を広げて、FreedomやDutyの縄張りを乗っ取っちまったって。そいつらはストーカーに対しても敵対的なせいでZONEの奥地の治安が悪化してるってよ」

 

 その話を聞いて軍曹は考え込んだ。

 

「奴らの目的はZONEの制圧か?他の競争相手を排除してアーティファクトの採掘でも独占しようって腹積もりか」

 

 その言葉にシドロビッチが首を横に振った。

 

「いくら勢力がでかくてもたかが傭兵部隊がZONEを制圧するのは不可能だ。しかし競争相手の排除ってのは十分にあり得るな。そういえばお前さんなんで連中を追ってるんだ?」

 

「奴らは外の世界でも傭兵として活動している。俺は俺のスポンサーから奴らが奪ったあるものを奪還しにきた」

 

 目的を隠しても仕方ないので、大雑把にかいつまんで話すとシドロビッチは頷いた。

 

「つまりお前さんは奴らと敵対関係にあるってことか?」

 

「そういうことになるな。奴らとしても俺の顔を見たら是が非でも殺しにかかってくるだろう」

 

 何しろ前回の戦いでは軍曹は100名以上のナイトクローラー隊員を殺害し、彼らの指揮官の一人も葬った。彼らからすれば不倶戴天の敵と言っても過言ではない。

 その言葉にシドロビッチは暫く俯いて考えこんでいたが、やがて顔を上げた。

 

「いいだろう。お前さんのやることに対して協力してやる。俺としてもナイトクローラーの連中がこのままアーティファクトの鉱脈を独占したら商売上がったりだからな。とりあえずここじゃ情報が足りないから、お前さんはこのまま北にあるBARって呼ばれてる廃工場に行ってみな。そこはストーカー達の溜まり場になっていてここよりは情報が得られるはずだ。BARのトレーダーには俺から話を通しておく」

 

 現地のトレーダー達の協力が得られるのはありがたいので、軍曹はその申し出を受けることにした。

 

「助かる。それとついでに装備も整えたい。ミュータントとブロウアウトの歓迎会で装備を殆どなくしちまったんでな」

 

 それを聞いてシドロビッチは商売人らしい好色な笑みを浮かべた。

 

「ああ。勿論構わんぜ。それが俺の本業だからな。だが銃に関しては、間が悪かったな。今は仕入れてる最中でルーキー用のポンコツしか置いてねえんだ。取り寄せるのに数日ほど時間がかかる」

 

「あんたの後ろの棚に置いてあるVSSは飾りか?」

 

 カウンターの後ろの壁に飾られているVSS消音狙撃銃を見ながら、やや不満げに言うとシドロビッチは困ったように頭を掻いた。

 

「勘弁してくれ。あれは予約済みの銃だ。昔は手当たり次第に銃を仕入れてルーキーにもそれなりの銃を売ってたんだが、いい武器を持って自分が強くなったと勘違いしたルーキーがトラブルを起こす事が多くてな。武器の仕入れは絞る事にしたんだよ。俺が売った武器を持って軍の検問所の連中に喧嘩売られたら、俺まで攻撃ヘリで吹き飛ばされちまうからな」

 

 そう言われては仕方がないが、武器の仕入れを待っている時間もない。どうしたものかと考えていると、

 

「そうだシドロビッチ。俺の予備の銃をあんたに預けてたろ。あれをこの人に渡してやってくれねえか」

 

 思い出したようにストーカーが声を上げた。

 シドロビッチはなんとも言えない顔をすると、

 

「あの借金のカタに預かってたMP5か。まあ使えんこともないが、状態は良くないぞ」

 

「水平二連よりは頼りになるだろ。あんたもそれでいいか?」

 

 ストーカーの言葉に軍曹は頷いた。

 

「……ああ。構わない。それと9mm弾のサブマシンガンだけじゃいまいち頼りないんで、念のためソードオフショットガンも欲しい。後はクイックローダーとMP5の予備のマガジンを最低でも5つ、9mm弾を300発、散弾を30発、食料と水を3日分、医療品、ZONEで必要な日常品、バッテリーとバックパックだ。それとクレイモア地雷も欲しい。どれぐらいで用意できる?」

 

「それなら用意できるぜ。だが地雷は諦めろ。この手の武器は唯でさえ狭いZONEを更に狭くしちまうから、扱う奴はZONEから叩きだされる決まりになってる。それ以外のブツなら金額はそうだな……。仕事の件もあるし負けに負けて、15000ルーブルにしといてやるよ」

 

 その金額を聞いて隣のストーカーが顔を引きつらせていたが、軍曹は構わず頷いた。恐らくかなりふっかけられているのだろうが、この程度なら経費で落ちる。

 

「それで結構だ。その代わりまともな物を頼む」

 

「毎度あり!とりあえず今夜はルーキーキャンプで休んでいきな。明日までには物はこちらで用意しといてやるよ」

 

「頼んだ」

 

 流石に疲労も溜まっていたため、今日はここで休んだほうがいいだろう。

 そう考え軍曹は地下壕から出ようと出口に向かった。

 しかしその背中にシドロビッチからの声がかかる。

 

「ちょっと待った。そういえばお前さんの名前を聞いてなかったな。短い付き合いになると思って聞かなかったが、こうなると話は別だ。あんたのことはなんて呼べばいい?」

 

 その問いかけに軍曹は暫く考えこんだ。

 わざわざこのZONEで本名を名乗る事に意味はない。適当な偽名でも構わないはずだ。

 そこまで考えて軍曹の脳裏に一つの単語が浮かんだ。

 

 ―――どうせ偽名ならその名前自体がナイトクローラーへのメッセージとして使えるものがいい。 この名前が奴らの耳に入れば、自分がお前達を追跡しているという宣戦布告にもなる。

 

「フィアー(F.E.A.R.)だ」

 

「……フィアーね。恐怖とは随分ハッタリの効いた名前だな?」

 

「ナイトクローラー共がこの単語を聞けば眼の色を変える。これはそういう名前だ」

 

 目を丸くするトレーダーを背にして軍曹は……いや、フィアーは出口の耐爆扉をくぐった。

 すると慌てた調子でストーカーが追ってくる。

 

「おい、待ってくれよフィアー。上の村で寝床を探すのなら、皆に紹介するぜ。飯と酒ぐらいは奢らせてくれ」

 

「頼む。……そういえばあんたの名前も聞いてなかったな」

 

「ブルーだ。まあZONEじゃこの手の名前はよくあるのさ。ZONEに来てからは半年近くになる。この辺じゃそれなりに知れた顔さ」

 

 暗に偽名だと匂わせながら、自己紹介してくる。

 人懐っこい性格だがこの若さでZONEに来ているということは、偽名を名乗らざるを得ない過去の一つや二つあってもおかしくはない。

 フィアーはブルーの他愛ない世間話を聞き流しながら、これからの事を考えた。

 

 シドロビッチのあの様子なら、頼まなくても自分の事をトレーダーの情報網に流してくれるはずだ。

 後はF.E.A.R.の名前に釣られてやってくるであろう、ナイトクローラー達を捕らえて情報を聞き出せばいい。

 だがそれよりもまずは眠りたい。

 流石に初日でこれ程のイベントに遭遇するとは思わなかった。

 外周部でこれとは先が思いやられるが、まずは休息を取るべきだと体は言っている。

 見ず知らずの連中の拠点で熟睡するのは危険を伴うが、その辺りの安全は隣のストーカーが保証してくれるだろう。

 今夜は酒でも飲んで寝ようと決めて、フィアーはシェルターの外に出た。

 夜空を見上げると燦然と輝く無数の星々と欠けた月が輝いている。

 

 ―――この星空は酒のツマミには良さそうだ。

 

 それが初めてのZONEの夜に対するフィアーの感想だった。




 ようやく軍曹の名前が決まった。といっても偽名ですが。本名は多分原作でも永遠に明かされることはない。
 まあZONEはウルフとかフォックスとかブラックとかスカルとか、そんな厨二(むしろ小学生レベル)センスなネームの奴が溢れてるからそう目立たないと思います。

 あとシドロビッチが言ってた、いい武器持って調子にのって軍に喧嘩売った馬鹿は作者のことです。
 まさかリベンジに来た軍人達のせいでルーキーキャンプが滅びることになるとは思わなかった。
 MOD入れると本当に攻撃ヘリまで来ます。


 ZONE観光案内。
 ブロウアウト。二作目以降はエミッションとも。
 定期的に起きるチェルノブイリ発電所からの大爆発でZONEの風物詩。
 放射線とか精神波とかいろいろ含んでて浴びると死ぬ。もしくはゾンビになる。
 起きる寸前に一応警告のサイレンがなるが、どう頑張っても避難所に辿りつけない場合は諦めてゾンビになる準備をしよう。
 ボロボロの廃屋で防げたと思ったら、頑丈そうな小屋じゃ駄目とかイマイチ防げる基準がわからない。
 MODごとにいろんな表現があって面白い。


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Interval 07 武装

 穴の空いた屋根から直接太陽の光が差し込んできて、フィアーは目覚めた。

 眠気まなこを擦りながら、自分がどうしてこの廃屋で眠っていたのかを思い出す。

 昨夜は全く騒がしい夜だった。

 あの後ブルーに他のストーカー達に紹介されたフィアーは、ブルーの武勇伝を酒の肴にした宴会に巻き込まれた。

 その際、フィアーがブラットサッカーを倒した事や、人面犬が率いる群れを壊滅させた事が随分と脚色されて伝えられ、彼は宴会の主賓とされた。

 好奇心旺盛な他のストーカー達の質問を適当にあしらい、村の廃屋の古びたベットで眠りに付くことが出来た時は既に明け方。

 

 時計を確認すると時刻は既に正午を回っている。

 この分では今から出発しても、BARに着く前に夜になってしまいそうだ。

 ベットから身を起こし凝り固まった筋肉をほぐすと、フィアーはミネラルウォーターを一本開封し、半分ほど飲んで、昨日の宴会の残り物のダイエットソーセージをかじる。

 その後、共用の水場に行って顔を洗う。

 なんでもこの水場の井戸は奥底に価値の低い放射能除去と化学物質除去のアーティファクトが放り込んであるらしく、飲用はできないが生活用水程度には出来る程度には浄化されているらしい。

 こういった『井戸』はストーカー達の拠点ではよくあるようだ。

 顔を洗い目を覚ました彼は、その足をシドロビッチのシェルターに向ける。

 まずは装備を受け取らなければならない。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 シェルターの中のシドロビッチは昨夜と全く変わらぬ様子だった。安っぽい白熱球に照らされるくたびれた服も、無精髭のヒゲの伸び具合もそのままだ。

 いつ彼は寝ているのだろうと、どうでもいい疑問を抱きながら装備の事を聞く。

 

「よく来たなフィアー。装備は大体揃ってるぜ。確認してくれ」

 

 カウンターの上には登山用と思わしき空のバックパックが用意され、その隣には様々な物資が山積みになっている。

 

「……こちらの注文より少し品物が多いようだが?」

 

「あんたは金払いがいいからな。多少色をつけておいた。それとその腕を見込んで道中でちょっとした仕事を頼みたいんだ。その報酬の前払いだと思ってくれ」

 

「まだ受けるとも言ってないんだが」

 

「いや、あんたは受けるさ。これはそういう仕事だ。さて、まずは品物のほうを改めてくれ」

 

 そう促されて、取り敢えずフィアーは品物を確認しはじめた。

 まずは拳銃と短機関銃で共用する9mmパラベラム弾が箱入りで300発。同じ口径の9mmの徹甲弾が30発。それと拳銃弾用のクイックローダーとMP5用のクリーニングキット。

 次は散弾銃用のバックショットが20発。スラッグ弾が4発。そして見たことのないタイプのショットシェルが4発。その側面にはダイナマイトのマークがある。

 そのショットシェルを手に取り、しげしげと眺めているとシドロビッチが説明してきた。

 

「それはショットガン用の榴弾だ。それは正規品じゃなくてZONEの職人の手作りの物だから、信管にセイフティなんて上等なものはついてない。至近距離で撃っても炸裂するから撃つ時は気をつけろよ」

 

「……なんでそんなもの作ったんだ?」

 

「そいつは強化外骨格やミュータント用さ。RPG7でもあればどんな奴もイチコロなんだが、あれは重いしでかいから使い勝手が悪い。そこでZONEのメカニック達が苦心して作り上げたのがそれだ。口径が口径だから直撃させないと効果は落ちる。しっかり狙って当てろ」

 

「ソードオフショットガンでか? ……難しい注文だが、ないよりはマシか。お守り代わりにはなるかもしれんな。他の弾薬も手製か?」

 

「いいや、他のトレーダーならともかく俺の所で扱ってるのはリサイクルのリロード弾じゃねえ。ピカピカの新品だ。もし不発があったら文句はメーカーに言うんだな」

 

「安心したよ。だが他のトレーダーならともかくと言ったな? 他のトレーダーはリロード弾も使ってるのか?」

 

「物資の流通が難しいZONEの奥地じゃ当然リロード弾も使ってる。後はチンピラやバンディットみたいな連中が使ってる弾は大体がそうだ。奥に行けば行くほど物の値段は高くなっていく。その内お前さんはシドロビッチはなんて良心的なトレーダーだったんだ、と考えを改めることになるぜ」

 

「今世紀最高のジョークだ」

 

 言葉とは裏腹に全く楽しくなさそうな無感動な声で返す。

 その反応にシドロビッチは悲しげになったが、それを無視して次は医薬品の点検に移る。

 睡眠薬、頭痛薬、下痢止め、精神高揚剤と言った各種錠剤。どれも少量で嵩張らないが、薬屋でも開けそうな様々な種類の薬の錠剤があった。

 それらの大半は既存の製品でフィアーを安心させたが、問題はメディキットだった。

 用意されたメディキットはZONEで流通している物のようで、初めて見るタイプの物だった。

 モルヒネ等はともかく、パッケージに何も書かれていない怪しげな軟膏や包帯はむしろ不安を掻き立てる。

 

「……これもZONEの自家製か?」

 

「ああ、そりゃZONEに出入りしてる科学者や企業が特別にこちらに卸してくれる特製のメディキットで、軍の連中も使ってる。薬物としての正式な許可はまだ降りてないから、表の世界には流通してねえ。

 だが効果は抜群だぜ。これらは人体を再生させるアーティファクトを研究して作られた薬品だ。表で出回ってるブツとは桁が違う。これがなければZONEのストーカーの半分はもう死んでる」

 

「で、副作用は?」

 

「わからん。だが今の所こいつを使いすぎてミュータントになったって話は聞いたことがないな」

 

「頼もしい限りだ」

 

 そういえばブルーもZONEには、特製のメディキットが出回っていると言っていた。思ったよりZONEには様々な勢力が手を伸ばしているらしい。

 

「実際の所、連中が格安でこいつを卸してくれるのはストーカーを使った臨床試験って面も否定できんな。だがそもそも、これの原料になるアーティファクトもストーカーがいなければ入手する事はできない。まあWin-Winの関係って奴だな」

 

 そのシドロビッチの説明に彼はトリュフを探す豚とその飼い主を連想したが、あえてそれは言わないでおいた。

 代わりにメディキットの隣にある複数の小さなアンプルの内、一つを手に取る。

 そのアンプルのラベルには『Anti-radiation drugs』とだけ書いてある。

 

「……これは?」

 

「ラベルに書いてある通りさ。そいつは人体から放射能を一瞬で取り除く薬さ。そいつ無しでZONEを歩くのは自殺行為だ」

 

 勿論ラベルに書いてある言葉の意味は分かっていた。しかしそれでも尚、聞かずにはいられなかったのだ。

 人体を蝕む放射能を除去する。それも一瞬で。もしそんなものが実用化されているとしたらそれは、

 

「ノーベル賞ものの代物じゃないか……」

 

 半ば呆然として呟く。

 その言葉にシドロビッチは楽しげに笑う。それはどこか誇らしげでもあった。曲がりなりにもZONEの住民としてZONE産の品物に対して誇りを持っているのかもしれない。

 

「それもメディキットと同じくアーティファクト研究の副産物と言われている。だが表の世界はともかくこのZONEじゃその程度じゃノーベル賞は取れないぜ。元になったアーティファクトは身につけていれば、チェルノブイリの石棺の中を鼻歌歌いながら、スキップできるほどのもんだったらしいからな」

 

 入れば即死と言われている程の放射能で満たされているチェルノブイリ発電所の石棺の内部で自由に行動できるアーティファクト。

 それらを解析し、量産することが出来るようになれば確かにノーベル賞どころではない。

 うまく使えば処分する方法が無い、とまで言われている核廃棄物を無害化させることも出来るかもしれない。

 

 それらを考えると、アーティファクトの持つ科学と経済に及ぼす可能性は凄まじいものがある。

 一攫千金を狙うストーカーの気持ちもわかるというものだ。

 だが生憎と宝探しに興じる時間は彼にはなかった。

 ナイトクローラーが持ちだした代物も、ある意味アーティファクトに匹敵する厄介な物なのだから。

 

 一旦アーティファクトのことを頭から追い払うと、残った品物を検分する。

 次に並べているのは電子製品用のバッテリーや電池と言った小物類だ。

 その他にもポケットティッシュサイズの使い捨てレインコートや、パラコードの束、ビニールテープといった雑貨品もある。ステンレスのマグカップといった日用品や、気を利かせたのかトイレットペーパーまであった。

 

 様々な化学物質や放射性物質に汚染されたZONEの雨が体にいいとは思えない。確かにレインコートは必要だろう。

 パラコードはつなげてロープの代わりにできるし拘束具代わりにも出来る。

 ビニールテープは現場であらゆるものを作り出す魔法のアイテムだ。できればダクトテープが良かったのだがそれは仕方あるまい。

 トイレットペーパーに至ってはあるのとないのでは精神衛生的には大違いだ。

 

 電池は封が開けられてない新品であることを確認し、バッテリーは自前のPDAに繋いで残量を確認する。

 最先端の装備と訓練を受けたF.E.A.R.隊員である彼にとって電子兵装は必需品だ。

 無論無くても支障無く行動出来るように訓練は受けているが、利便さと効率という点では欠かせない。

 人間というものは一度良い環境や道具に慣れると、それのグレードを下げるのが難しくなるものなのだ。

 

「ストーカーはバッテリーの充電はどうやってやってる?」

 

「拠点のトレーダーが頼みだな。大概の拠点には発電機の一つは置いてあるから、頼めば充電ぐらいできる。金はかかるが、ZONEじゃPDA無しじゃやっていけねえからな」

 

 その言葉に満足した彼は、食料と水の確認に移る。その分量はおおよそ3日分程で、次の拠点に行くまでなら多過ぎると言ってもいいぐらいだ。

 水は500mlペットボトルが数本、食料は大半が昨日の騒ぎで食べた缶詰かソーセージだったが、その中に見慣れた物を見つけて彼はフェイスガードの下で顔を顰めた。

 

「米軍のレーションか……」

 

「嫌いなのか? なんならウクライナ軍のレーションと交換してやるが」

 

「そうしてくれ。これは正直食べ飽きた」

 

「わかったわかった。……後で後悔するなよ?」

 

 その言葉に何か不穏なものを感じ取ったが、もう既にレーションは交換された後だった。

 新しく出てきたロシア語が書かれたレーションは、米軍のレーションより更にくたびれており、この時点で彼は交換した事を後悔し始めていたがもう遅い。

 食料の事は頭の隅に追いやって最後に武器の事をシドロビッチに尋ねた。

 

「旧式だが一応整備しといたぜ。ソードオフのホルスターはサービスでつけてやる。試射したいならシェルターの裏でやれ。マンターゲットがある。」

 

 そう言ってトレーダーが出してきた銃は二丁。

 

 上下二連の銃身を限界まで切り詰めた黒塗りのソードオフショットガン。

 そして短機関銃のベストセラーとも言えるH&K社のH&K MP5。その初期型だ。

 ……初期型でまだ現役のものがあるとは恐れ入る。どちらの銃も年齢は間違いなくフィアーより上だ。

 

 MP5を手に取り、ボルトを動かして動作を確かめる。……手入れはされているが、あまり状態はいいとは言えない。過酷な環境でも動作するように設計されたAKシリーズやオープンボルトの短機関銃と違って、MP5は作りが精密なのだ。

 MP5はその精密さによって命中精度を上げており、短機関銃としては破格の命中精度を持っていたのだが、この状態ではそれも期待できそうにない。

 元々F.E.A.R.でも最新型のMP5のカスタムモデル、Sumak RPL短機関銃を採用していたため、MP5自体の扱いには慣れているのだが、最新型を知っているからこそ逆に落差を感じてしまう。

 

「マガジンは?」

 

「これだ。悪いが全部で4つしか用意できなかった。」

 

 その言葉とともに4つのMP5用のマガジンがカウンターの上に並ぶ。

 

「構わんよ。この状態じゃフルオートで撃つと調子が悪くなりそうだ。……騙し騙し使っていくさ」

 

 言葉の途中で、彼は顔を顰めた。銃にマガジンを嵌めこんだ所、微かにグラついたからだ。下手したら撃ってる最中にマガジンが脱落しかねない。もっともマガジン自体はさほど状態は悪くないのがせめてもの慰めだ。

 この分では、ハンドガンとソードオフショットガンに頼ることも多くなりそうだ。

 一旦MP5をカウンターの上に置くと、ソードオフショットガンを手に取る。

 こちらはMP5より更に古いようだが、皮肉なことにMP5とは対照的に状態は良かった。

 通常のソードオフショットガンよりも更に銃身が切り詰められているため、これなら片手でも扱える。サイドアームとしても文句のない出来だ。

 

「とりあえずはこんな所か……。それで俺に頼みたい仕事ってのはなんだ?」

 

「そんなに構えなくてもお互いにとって利益のある話だ。BARに行くにはここを北上して、『Garbage』(ゴミ捨て場)って放射能まみれの文字通りのゴミの山がある所を更に北に進まないと行けないんだが、その辺りにバンディットの集団が居着いて、通りがかるストーカー達から通行税を巻き上げている。俺の商売にも差し支えるようになってきたから、掃除してきてくれねえか?」

 

 まるでゴミでも片付けるような気楽さで殺人の依頼をしてくる。だがそれはともかく得心はいった。

 

「なるほどな。俺がGarbageを通るのなら、依頼を断ろうが引き受けようがそいつらをどうにかしないといけないってわけか」

 

「そういうことだ。得意なんだろそういうの?」

 

 そう言ってシドロビッチはウインクした。脂ぎった太い中年男性のウインクは控えめに言って気分が悪くなったが、同時に妙な愛嬌もあった。

 

「そいつらの装備は?」

 

 もしスナイパーライフルを持った相手がいたらこの装備では手も足も出ないが、シドロビッチは気にした様子もなく答えた。

 

「あんたと大して変わらんよ。もしかしたらAKぐらい持ってる奴がいるかもしれんが、あんたにとってはそっちのほうが都合がいいんじゃないか?」

 

 言外に殺して奪い取れと言っている訳だが、これがZONEの倫理観なのだろう。どの道言われずともそうするつもりだったので、フィアーはその依頼を引き受けることにした。

 となればここにもう用はない。

 さしたる時間を掛けずに彼は荷物を整理し、バックパックの中に詰め込むと彼は出口に向かった。

 

「Good Hunting Stalker!」

 

 シドロビッチの言葉を背に受けながら。




 ショットガン用の榴弾はMODから。
 リアルでもあるようだし気にしない気にしない。

 ZONEの日常生活はどうなってるのかとか、
 武器は高いのに(それでも外基準では安いが)、
 医薬品とかは安くて優れているのはなぜかなのかとか、
 そういうの想像するのは楽しいです。


 ZONE観光案内。今回は小物編。
 ソードオフショットガン。
 初めてZONEにやってきたルーキーが必ず持つことになるクソ銃その2。
 バンディット戦なら当たれば至近距離で当てれば一撃だが、その一撃当てるのが至難である。
 後半の頑丈な敵に対しては当てても倒せず、反撃で殺される素敵な銃。

 因みにその1はマカロフ拳銃。
 これとマカロフで同じ様な装備のバンディットとパンパン撃ちあいやってると子供の頃遊んだ銀玉鉄砲での撃ち合いを思い出します。


 MP5。
 マカロフとソードオフでうんざりしたプレイヤーが、これを持つと新しい世界が開ける銃。
 フルオート万歳。
 AKを取るまでの繋ぎでも、弾薬が手に入れやすく思う存分連射できる。
 最初からこれをフィアーにやったのは甘やかし過ぎたかもしれない。


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Interval 08 Cordon

 20メートル程離れたマンターゲットに向かって放たれたMP5の銃弾は、フィアーの狙っていた場所より右に6センチ程ズレた。

 その結果に舌打ちしながら、ズレを加味して次弾を放つ。

 次に放たれた弾丸は、狙い通りマンターゲットの額に当たる部分に突き刺さる。

 更に二度、三度と撃ち込み、銃の感覚を体に覚えさせ、更にシューティンググラスの照準補正システムにデータを入力していく。

 

 もっともあまりやり過ぎすぎると変な癖が出来てしまうのと、弾薬の無駄遣いは出来ないために、10発程撃ち込んだ所で調整を終了する。

 ソードオフショットガンの調整はやらなかった。あれは携行性を重視して銃身がほぼ全て切り落とされているので、照準など考えるだけ無駄だ。相手の体に押し付けるようにして撃つような使い道しか無い。

 

 MP5を片付けていると、その場にパチパチと気の抜けた拍手が響いた。

 拍手をしたのはいつのまにか近くの切り株に座っていたブルー。

 彼はシドロビッチに、フィアーが手に入れた銃器の試射を地下壕の裏手で行っている、と聞いてわざわざ来て見物していたらしい。

 

「すごいな。そのポンコツでこの距離からターゲットに当ててる奴初めて見た」

 

「お前そんなもの俺に渡したのか……」

 

 そんな代物を礼と称して渡してくる彼の図太さに、フィアーは感心した。

 

「いやー。ないよりはマシかなって思ってさ」

 

「下手にこれに頼ると肝心な時にジャムって死にそうだがな」

 

「まあそういうなよ。あんたが出発すると聞いてもう一つ礼の品物持ってきたんだからさ」

 

 ブルーは座っていた切り株から立ち上がると、こっちに向かって歩いてくる。

 まだ足を引きずっていたが、明らかに昨日よりは動きがいい。

 

「脚の具合は良さそうだな」

 

「うん?これか。シドに借りたアーティファクトの御蔭さ」

 

 そう言って彼はベルトに取り付けた小さな箱から握り拳大の鉱石を取り出した。

 いや、よく見るとそれは石ではない。植物、土、そして骨片。様々な破片が圧縮された物だったのだ。

 

「Stoneblood(ストーンブラッド)ってアーティファクトさ。これは持ち主の新陳代謝を活発化させて傷を治すんだ。後一日も付けてれば完治するよ。安物だから時間がかかるが、最上級の回復アーティファクトなら数分で完治できる。ま、そんなものお目にかかったこともないんだけどな」

 

「……大したもんだな。アーティファクトってのは」

 

 ブルーはこんなものは大したことはない、と言わんばかりに肩をすくめた。

 

「いい事ばっかりじゃないんだぜ?これをつけてるとなぜか怪我をしやすくなるんだ。普段なら軽傷で済む所なのに重傷になったりとかな。他にも回復させるけど放射能を帯びてる物もある。最近は同じ見た目でも効果が変わってるのもあるし、アーティファクト拾っても効果を調べないと危なくて使えやしない。で、そんなアーティファクト初心者のアンタにコイツをプレゼント」

 

 そう言って彼は別のポケットからの燃えるような真っ赤な球状の鉱石を取り出すと、こちらに向かって放り投げた。

 反射的にそれを受け取り、その感覚に驚きを覚える。

 熱いのだ。鉱石自体が熱を持っている。大きさは握り拳だが、まるで鉱石内部で炎が踊っているかのような色合いを鉱石だった。……いや、最初は乱雑なカットと光の加減による錯覚でそう見えていただけかと思ったが、そうではない。

 この輝きは外部からの光を通して出来たものではない。内部にあるなんらかの光源によるものだ。

 

「なんだこれは?気持ちが悪いな……」

 

「アーティファクトだよ。Fireball(ファイアーボール)ってんだ。熱いけどそれを身につけていると放射能が除去されるんだ。ZONEじゃ必需品だぜ。ただそれを使うとすごく疲れやすくなるけどな」

 

「……どうやって使うんだ? 持ってるだけじゃ駄目なのか?」

 

「シドから貰った鉛を仕込んだ容器を貰わなかったか?あれは側面も開くようになってるんだ。アーティファクトを箱に入れて体に付けるほうの側面を開いてベルトにでもつければいい。使わない時はベルトから外して箱の側面の蓋も閉めて完全に密封する。放射能を出す奴もあるからちゃんと蓋を閉じとけよ」

 

「そういえばガイドブックと一緒にシドロビッチから貰った覚えがあるな……」

 

 そう言って彼はウエストポーチに引っ掛けていたアーティファクト容器の事を思い出した。邪魔なので捨てようかとも思ったが、機会がなかったのでそのままにしておいたのだ。

 ちなみにガイドブックの方はブロウアウトでバックパックと運命を共にしている。

 内容は大体頭に入っているので問題ないが。

 

「まあくれるというならありがたくもらっておこう。これから行くゴミ捨て場は放射能まみれって話だしな」

 

「あそこに行くのならバンディット共には気をつけな。俺を襲った奴らもあそこから来たんだ」

 

「そいつらの掃除も頼まれてる。うまく行けばこの辺りは平和になる」

 

 それを聞くとブルーは残念そうに肩を落とした。

 

「俺も脚が治っていれば一緒に行ってバンディットにお礼したかったのになあ」

 

「やめとけ。もう一本の脚も使えなくなるのが落ちだ」

 

 その後ブルーに別れを告げて、フィアーはそのまま村に戻らず出発した。

 昨日の夜はブロウアウトによって雲が吹き飛ばされて快晴だったが、もういつもの陰鬱な灰色のの空に戻っている。

 時間的に考えると今日は野営か。

 そんな事を考えながら荒れた舗装の道路を早足で進む。

 道中で放射能のホットスポット―――これもアノーマリーの一種らしい―――を発見したため、Fireballのアーティファクトを試してみたが、確かに身につけただけでガイガーカウンターの反応が劇的に低下した。

 もっともこれを身につけた状態で全力疾走をすると、警告されていた通り疲労感が激しくなり、普段の半分の距離も走れなかった。

 スローモーの使用にも差し支える可能性があるので、本当に必要な時以外は使わないほうがいいだろう、と判断する。

 アノーマリーを避け、時折出くわす盲目犬を試し撃ちも兼ねてMP5で蹴散らしながら、出発から僅か1時間で先日ブラッドサッカーと交戦したコンテナ付近まで到着した。

 念の為、投棄したバックパックを探してまわる。

 

 程なくして発見されたそれはズタズタになっており、汚染されたのかガイガーカウンターを近づけると鳴り始める始末だ。一緒に投棄した自動小銃もスコープに亀裂が入り、銃身はガタガタ。とても使えるようなものではなくなっていた。

 どんな職人でもこれを直すのは不可能だろう。かつての荷物への未練を完全に断ち切ると彼は再び歩き出した。

 そしてコンテナがあった辺りから更に北に歩いた所でフィアーは足を止めた。

 

「検問か……」

 

 数百メートル先の道路の左右には崖に近い角度の7メートル程の高さの丘があり、その二つの丘を繋ぐような形で鉄橋が渡されていた。

 鉄橋の上には脱輪した車両が3台程放棄されている上、鉄橋自体も支える支柱が数本ねじ曲がっている上に鉄橋そのものも真ん中からへし折れており、最早鉄橋としての役割は期待できそうにない。

 

 更にその鉄橋の下はコンクリートの資材、擱座した車両など様々なガラクタとスクラップが山を成している。

 そのスクラップの山の影に複数の武装した人影が見え隠れしている。

 鉄橋の上にも狙撃手がいるようだ。

 あの鉄橋を検問所代わりにしているらしい。

 どうやら彼らは軍人のようだ。まだこちらには気づいていない。

 と、そこに無線機にシドロビッチからの連絡が入った。

 

『ようフィアー。鉄橋まで辿り着いたようだな。意外と早いじゃないか』

 

 こちらの動向を理解している言葉にフィアーは反応した。

 

「なぜそれをわかった?」

 

『実はバックパックの中に簡易発信機を仕込ませてもらった。……おいおい切るなよ。これは俺なりの思いやりだ。ZONEが初めてのお前に適切なアドバイスを与えてやろうと思ってな。安心しろ、金なら要らない。これは純然たる俺の親切心さ』

 

「お前の親切心ほど高いものはZONEにはなさそうだが」

 

『そう言うなよ。俺はお前に結構期待してるんだぜ?こんな所で躓いてたら最深部になんていけやしない。俺の忠告は大事だと思うがね』

 

 数秒間黙考した後、フィアーは答えた。

 

「わかった。よろしく頼む」

 

 確かに自分はこの土地の事を何も知らない。作戦行動中におけるオペレーター的な存在が居るなら確かにありがたいのだ。

 

『よし、いい子だ。とりあえずそこの鉄橋の下の軍人はやる気がない。袖の下の一つでも渡してやれば、大抵は通れる』

 

「わかった」

 

 取り敢えず彼の言葉を信じて鉄橋下の検問所に向かうことにする。

 最初ZONEに入った時の検問所と同じく無線で呼びかけた上で、両手を上げて向かっていく。

 鉄橋上の狙撃手がこちらに照準をつけているのを意識しながら、彼はゆっくりと歩いて行った。

 そんな彼を出迎えたのは、クズネツォフ少佐を更に神経質にしたような尉官だった。

 

「正規の許可は持っている。このパスポートで通れるか?」

 

 しかし彼はやはりというかクズネツォフ少佐と同じく許可証には見向きもしなかった。

 

「ここのパスポートはルーブルだ。クズネツォフから聞いたぞ?随分と金を持ってるんだってな? 二万ルーブルで通してやる」

 

 多少の金は払うつもりでいたが、流石にこれはぼり過ぎだ。元々散財気味だった所にこの金額を払うのは難しいので、フィアーは抗議した。

 

「……彼は自分の名前を出せばこの辺りはフリーパスだと言っていたんだが」

 

「ここに奴が居ればな。だが現実にここにいるのは俺だ。そしてここでは俺がルールだ」

 

「生憎と先日のブロウアウトで装備も金も全部吹き飛んだ。そんな金はない」

 

 それを聞くとその軍人は忌々しげに舌打ちした。

 

「なら消えろ。お前が蜂の巣にされる前にな」

 

 どうやら最初に軍の検問所で大盤振る舞いしたのが裏目に出たらしい。余程金を持っていると思われたようだ。

 自分もそのおこぼれに与ろうとするも、予想は外れ相手は無一文。よって八つ当たりも兼ねて叩きだすというわけか。

 フィアーは言い返そうとしたが、それより先に彼のヘルメットのインカムにシドロビッチからの無線が入ってきた。

 

『ここは引けフィアー。ちょいと危険だがいい抜け道を知っている。強行突破は後々面倒になる』

 

「……了解した」

 

 眼前の軍人とシドロビッチの両方に対して返答すると、軍人達の嘲笑を受けながら彼は来た道のりを引き返した。

 

 暫く道を歩き、彼らから見えなくなったと確信するほど距離を取った頃だろうか。

 再度シドロビッチからの連絡が入る。

 

『フィアー。その辺の周りを見渡してみろ。近くに廃工場がないか?』

 

 言われた通り見渡すと確かにそれらしき建物があった。

 レンガ造りの倉庫にコンクリートでできた工場だ。

 

『そこに行ってみろ。たまにミュータントが住み着いてるから気をつけろよ』

 

「了解」

 

 MP5の残弾を確認してセーフティーを解除し工場に向かう。まずは背の高い工場へと入りクリアリングを行う。内部は機械類が無造作に置かれ予想以上に狭まかった。異常はなし。

 こんなところでは大型のミュータントは住み着こうとは思うまい。

 そして次のレンガ造りの倉庫。こちらは先客がいた。

 2メートルはあろうかという大きな猪だ。

 それも1頭や2頭ではない。全部で4頭ほどの猪が、殺風景な倉庫の中で眠りについていた。

 確かこれはBoarと言われ、外見はただの大きめの猪に見えるが、これも立派なミュータントだ。

 

 寝ている隙に攻撃をするかどうかフィアーは迷った。一体や二体ならともかく、四体では彼らに反撃の余地を与えず殲滅するのは難しい。ましてやこちらの獲物は対人用の短機関銃だ。

 この図体を9ミリで仕留めるには、どれほど撃ち込まなければならないのか。

 この後バンディットの交戦を控えているというのに弾薬の無駄遣いはするべきではない。

 そう結論づけると彼は猪を起こさぬように、気配を殺して倉庫を立ち去った。

 シドロビッチに連絡を付ける。

 

「レンガの倉庫の中に猪が寝てた。4体ほどだ。とりあえず手持ちの武装じゃ殺しきれないので放置しておいたが…」

 

『寝てるならとりあえずそいつらのことは放置しておいていい。その工場の裏手の丘に回ってみろ。ちなみに丘の上には登るなよ?あの鉄橋から続く線路が引かれていて、鉄橋の上から見つかったら狙撃されるぞ』

 

 彼の言葉に従って工場の裏手に回ると先ほどの鉄橋へと続いているらしき丘、そしてその丘の中腹に小さなトンネルがあった。

 

『そこが抜け道だ。そこなら軍の連中の目を潜って通り抜けられる』

 

「で?」

 

『で?とはなんだ?』

 

「こんなわかりやすい抜け道、軍が放っておくわけ無いだろう。……なにがある?」

 

『そんな大したもんじゃねえよ。そのトンネルの中にボルトを投げ込んでみな』

 

 フィアーはポケットの中からボルトを一つ取り出すとそれを全力でトンネルの中に投げ込んだ。

 変化は劇的だった。

 ボルトがトンネルの地面にぶつかった瞬間、凄まじい雷光と轟音が響き渡り、暗いトンネルの中を稲光が照らしたのだ。

 

『と、まあトンネルの中は電気型アノーマリー、Electroの巣になってる。タイミングを図りボルトを使って確認すれば通れるはずだ。安心しろ、今まで何人ものストーカーがここを通ってる』

 

 シドロビッチは気楽に言ってくるがフィアーはトンネル内を雷光が照らした時、様々な死体―――ストーカー、バンディット、軍人、果てはミュータント―――があったのを見逃さなかった。

 何人ものストーカーが通ったかもしれないが、同時にそれ以上のストーカー達が通れずに感電死しているのだ。

 

「やはり鉄橋に引き返して強行突破するか」

 

 それに慌てたようでシドロビッチが待ったをかけてくる。

 

『待て待て待て!他の所ならともかく俺のシマで軍人を大量に殺すのは不味いんだ。俺のほうにも火の粉が飛んでくる』

 

「電撃で丸焼きよりはマシだ。……なんだ?」

 

 引き返そうとしたフィアーの感覚が何かを捉えた。

 咄嗟に廃倉庫を見やると、先ほどまで寝ていたはずの巨大な猪たちが倉庫から出てこちらに向かってくる。

 あの電撃の音で目が覚めたか。

 猪たちは時速数十キロというその外見に見合わぬ速度でこちらに迫ると、円陣を組んで包囲した。

 逃げ道は後ろの電流トンネルのみだ。

 観念して彼はシドロビッチに助言を求めた。

 

「トンネルを潜るコツは?!」

 

『その電気型アノーマリーは一旦放電すると、次の放電まで数秒のタイムラグがある。ありったけのボルトを放り込んで放電させた後、次の電気が貯まるまでにトンネルを一気に駆け抜けろ!』

 

「死の徒競走か」

 

 そう言って彼はポケットの中のボルトを纏めて握ると、それを複数に分けてトンネル内部に放り込んだ。

 再び放電現象が発生し、猪たちが怯む。

 彼らを尻目にフィアーは一気にトンネルに向かって走りだした。

 次々とボルトを放り投げながら全力疾走。

 目の前の地面にボルトを叩きつけ、それによって放電が巻き起こり、紫電が完全に消える寸前に飛び込んでいく。その繰り返しだ。何度も繰り返すと余波だけで全身が痺れてくるが構っていられない。

 

 その行為に猪達は獲物を逃すまいと反射的に追いかけてきたが、それは余りにも悪手だった。

 彼らはボルトを持ってないし、アノーマリーに対する正確な知識もない。

 次々と数十万ボルトの放電の中に突き進み、悲鳴を上げて丸焦げになっていく。

 唯一生き残ったのは最後尾の猪だ。彼は無策に突っ込み、丸焼けになった仲間達を見て突入を中止した。

 

 もっともそれに注目していられる程、フィアーの方にも余裕はない。全身に走る電流の痛みに耐え、スローモーまで駆使して一気にトンネルの外に出た時は、流石に疲労の余りその場に倒れこんだ。

 暫く大の字になって寝転び、呼吸を整える。ついで自前の電子機器のチェックに移る。

 幸い頑丈な軍用の装備はあの放電の中でも何とか耐え切ってくれた。

 そしてシドロビッチに連絡を繋いだ。

 

「次にここを通る事があった俺は鉄橋から行くぞ。例え軍人共が立ちふさがったとしてもだ」

 

 断固たる口調で宣言する。

 

『わかったわかった。次の時は俺のほうからも話は通しておくよ。しかし本当に初見であのトンネルを通り抜けるなんて思わなかったぞ』

 

「お前は実はナイトクローラーの手先じゃないだろうな?」

 

『心外だな。それだけお前さんを信頼していると言ってほしいね。後は道路沿いにまっすぐ行けばゴミ捨て場だ。また何かあったら連絡してくれ』

 

 彼はため息をついて無線を切ると再び北を目指して歩き始めた。

 

 トンネルを抜けた先はちょっとした雑木林になっていた。生き物の気配も先ほどまでより多く感じる。

 見晴らしのいい道路の方に戻ると、先の鉄橋の上の狙撃手に視認される可能性がある。

 暫くは道路に沿って道路際の林を歩いて行くしかない。

 林の中をしばらく歩くと道沿いに小さな廃農場があった。

 特に用があるわけでもなし、そのまま無視して行こうとすると―――。

 

 立て続けに農場から銃声が鳴り響いた。

 

 咄嗟に農場からの攻撃かと近くの木立に身を潜めるが、どうやら違うようだ。

 どうも農場内部で誰かが戦っているらしい。銃声からして獲物は散弾銃。一種類しか聞こえないから敵はミュータントだろう。

 

 ―――ストーカーだったら助けてやるか。

 

 そう思考しながら、気配を殺してゆっくりと農場に入っていく。銃声は元は家畜小屋と思わしき場所から響いていたが、今は止んでいる。

 息を殺し、小屋の内部を覗いてフィアーは止めた息を吐きそうになった。

 小屋の中で倒れていたのは一人のストーカーだった。

 間違いなく事切れている。

 なぜなら彼は。

 

 猫ほどの大きさの無数の怪物達に、全身を貪り喰われながらもぴくりとも身動きしないのだから。

 

 (あれは―――鼠のミュータントか?)

 

 驚愕を飲み込み、フィアーはその小さな怪物達を観察してそう結論づけた。

 一度ブラッドサッカーと戦った時、バンディットに群がる鼠を見たが、あれとは根本的に違う。

 全身の体毛が抜け落ち、たくましい筋肉が露わになっている他、足と爪が大きくなり、直立歩行が出来るようになっているようだ。

 自分より大きな獲物にもかぶりつけるように、顎も大型化している。

 

 だが何よりの違いは攻撃性だ。

 バンディットの死体を漁っていた鼠たちは、生きている人間には襲い掛からなかったが、こいつらは武装した人間でもお構いなしのようだ。

 ここから見えるだけでも20匹以上は居る。一斉にこの数に襲われれば単独行動のストーカー等はひとたまりもない。

 いずれにしても彼らは食事に夢中のようだし、ここはさっさと離れるべきか……。

 そう思い、一歩後ずさった時、木の枝でも踏んだのかバキリという小さな音がした。

 

 やばい。

 

 反射的に鼠達の方を見やると、死体に夢中になって食らいついていた鼠全てがこちらを向いていた。

 最早、一刻の躊躇もなかった。彼はポーチから手榴弾を一つ取り出すと、最速最短でセーフティーを解除してそれを小屋内部へと放り投げた。

 そして全力でその場を走って離れる。

 数秒後、背後から手榴弾の爆発音が鳴り響くが、それでも彼は止まらなかった。

 その後更に一分近く走りつづけて、ようやく止まる。

 乱れた息を整え、農場の方へ視線を向けるとフィアーは凍りついた。

 

 なぜなら農場の方から無数の小動物達が奇声をあげながら、こちらに向かって走ってきていたからだ。

 勿論、例の怪物鼠だ。

 恐らくは逃亡する彼を即座に追いかけて家畜小屋から離れたが為に、手榴弾の爆発から逃れたのだろう。

 だが全てというわけではない。その数は10匹にも満たなかったのが、不幸中の幸いだ。

 そして何よりも彼らにとって致命的なのは、彼らとフィアーの間には未だに数十メートル程の距離がある事だ。

 屋内で全方位から囲まれるならまだしも、これだけの距離があるなら余裕を持って対処ができる。

 フィアーは息を整えると片膝を着いて、短機関銃を構えた。

 

 セレクターをセミオートにして、シューテンググラスのHMDに表示される十字線の上に目標を重ねると先頭の鼠から狙い撃って行く。

 出発前に銃と照準の調整をしておいてよかった、と心の底から彼は思った。

 唯でさえ狙いにくい大きさなのだ。

 短機関銃の銃身の歪みを確認し、補正データをHMDの照準システムに登録しておかなければ、この距離ではまともに当たらなかっただろう。

 

 鼠たちは次々と撃たれ、倒れていく。目の前で次々と仲間が死んでいくのに、それでも彼らは行進をやめはしない。

 信じがたい事に鼠たちは銃弾一発では倒れず、二発、三発と撃ちこまないと倒れなかった。

 確かに短機関銃は拳銃弾を使用するため、自動小銃に比べれば威力は劣るが、それを差し引いても驚くべきタフさだ。

 その為、一匹一匹を始末するのに予想外に時間がかかった。

 

 結局最後の鼠を撃ち殺した時には、彼我の距離が5メートルになるまで距離を詰められていた。

 MP5のマガジン内の弾薬はほぼ全て使い切っていた。たかが、鼠の群れにだ。

 フィアーはため息をつくとMP5のマガジンを弾の詰まったマガジンへと交換した。

 その後バックパックからバラの9ミリ弾を取り出すと、歩きながら撃ち切って空になったマガジンにクイックローダーを使って9ミリ弾を詰め始める。

 

 正直小休憩をとって、この作業をしたかった。

 しかしあれだけ派手に暴れたからには、また別の者をおびき寄せる可能性があるので、最低でもここから数百メートルは離れなければならない。

 銃声を聞いて近寄ってくるのが友好的な存在とは限らないのだから。

 このZONEで遠方から銃声が断続的に聞こえてくる理由を、フィアーは改めて理解した。

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 北に行くに連れて木の間隔が狭まってきた。最早林というよりは森と言ってもいいぐらいだ。

 それに伴いアノーマリーの数も増えてきた。

 もう鉄橋も見えない距離になったので道路を歩いているが、アノーマリーに巻き込まれてスクラップになった廃車を見かけるようになる。

 一度興味本位で破壊された車の運転席を覗いてみたが、後悔することになった。

 

 フロントガラスは完全に破壊され、運転席のシートには乾燥し、どす黒く変色した血液がこびりついていたのだ。

 死体はなかったが、凡その想像はつく。あの鼠を始めとするミュータント達に『片付け』られたのだろう。

 おまけに近づくとガイガーカウンターまで鳴り始めたので、慌てて退避することになった。

 

 これでまだ外周部とは、一体ZONEの奥地はどんな魔境になっていることやら。

 

 そんな思考をしながら足を進めていると、いつしか地形が変わってくる。

 道路脇の森がいつのまにか山のように盛り上がってきて道路自体が山に挟まれるような形になっていた。

 そして道路の先にはコンクリートの壁で覆われた小さな検問所があった。

 左右が高い山に挟まれているため、北に行こうとするなら必ずあそこを通らなければならない。

 情報の通りならあそこにいるのはバンディットの可能性が高い。

 彼は道路脇に生えている木を使い、身を隠しながら検問所へと向かっていった。

 

 

 

 ◆   ◆

 

 

 

「それでよ……傑作なのがそのストーカーなんだよ。さっきまででかい面してたのに仲間が殺されて一人になった途端、態度がガラリと変わってよ。靴でもなんでも舐めますから命だけは助けてください! って泣きついてきたんだよ」

 

「そりゃいいな。それで?お前はその間抜けをどうしたんだ?殺ったのか?」

 

「あそこまでされたら笑いすぎて殺す気にもなんねーよ。取り敢えず身包み剥いで強制収容所に送っておいた。今頃ヒーヒー言いながらゴミとアノーマリーの中でアーティファクトを探してるだろうぜ」

 

「ひでえなそりゃ。殺しといたほうがそいつにとってよかったんじゃねーのか」

 

「違いない!」

 

 粗野な男達の笑い声が響く。

 結論から言って検問所にいたのはやはりバンディットの連中だった。

 別に彼らに貴方はバンディットですか?とインタビューしたわけではない。

 ただ検問所に気配を殺して近づき、そこの中庭で焚き火を囲んでいた彼らの雑談の内容を盗み聞きした結果、そう判断することにしただけだ。

 

 それにしてもバンディットの連中は予想以上に練度が低い。

 検問所の門の前には誰もおらず、小さな見張り台もあったのに、そこにも誰も立っていなかった時は無人を疑ったぐらいだ。

 だが相手が弱いに越したことはない。さっさと先制攻撃を仕掛けることに彼は決めた。

 手榴弾を使おうかとも思ったが、こんな連中には勿体無い。

 錆びついて動かなくなり、開きっぱなしになっている門から音もなく侵入。そのまま中庭に飛び込むと、焚き火の周りで輪になっている3人のバンディット達にフルオートで短機関銃を発砲した。

 

「なんだおまっ……」

 

 正面をこちらに向けていたバンディットだけが、殺される前にこちらを認識したようだが、何か行動を起こすことも出来ず、誰何の言葉を言い切ることも出来ずに、無数の9ミリ弾の嵐を食らってなぎ倒された。

 そしてまだ辛うじて息のあるバンディットに向かって、念の為に止めの銃弾を叩き込んでいく。

 

「どうした! 敵襲か!」

 

 その言葉と共に検問所の建物のドアが開き、水平二連散弾銃を持った黒コートのバンディットが飛び出してくる。

 無論建物内に居る可能性も考慮していたため、即座にそちらに銃口を向け、相手が銃を構えるより先に発砲する。

 だが誤算だったのは、そのバンディットがなんらかの防弾装備を身につけていたことだ。

 胴体に無数の拳銃弾を食らったそのバンディットはたたらを踏むも、倒れるのを堪えてこちらに銃を向けようとする。

 それを見たフィアーは、MP5を捨てて――どの道今ので弾切れだ――腰のホルスターから早撃ちのガンマン宛らにソードオフショットガンを引き抜き、散弾をそのバンディットの顔面へと叩き込んだ。

 

 顔面を粉々に吹き飛ばされて、今度こそバンディットが沈黙する。

 死体になったバンディットに近づき黒いコートを開けると、その男の胸には柄のないフライパンが括りつけられていた。そこには先ほど彼が撃ち込んだ銃弾の凹みがある。

 一見すると間抜けだが、これなら確かに拳銃弾ぐらいなら防げるだろう。

 だからといって普通はやろうとは思わないが、これもZONEを生きる知恵なのだろうか。

 

 ともあれフィアーもそれに習い、殺害したバンディット達の死体を漁ることにした。

 大したものは持っていなかったが、MP5にも使える9ミリパラベラム弾とショットガンの弾薬をいくらかと封の切られてないミネラルウォーター、そして肉の缶詰を発見した。そして肌を露出した女性のグラビアがページの半分近くを占めている男性向けの週刊誌。こんなところではやはり貯まってしまうものなのだろうか。

 暫く考えた後、週刊誌も持って行くことにする。

 

 ついでに丁度いいので、ここでそのまま小休止していくことにする。

 まず先ほど奪ったばかりの缶詰をナイフでこじ開けて、焚き火に放り込んで温める。

 くつろぎ過ぎてあのバンディット達の二の舞いにはなりたくなかったので、温めた缶詰は焚き火の側ではなく検問所の中で食べることにした。

 窓やドアから覗いても確認されない死角になる場所を探すとそこに腰を卸し、ナイフで缶詰の蓋をこじ開ける。

 蒸気とともに食欲をそそる匂いが立ち上った。

 濃厚なといえば聞こえはいいが、実際にはくどいと言ってもいいほどに味付けされたソースの中にいくつかの形成肉の塊が浮かんでいる。

 フィアーはナイフを使って肉の塊を突き刺し、口に運ぶ。正直、濃いソースのせいで味は肉ということしかわからない。

 お世辞にも美味しいと言えるものではないはずだが、野外での温かい食事は上手い不味いを超えた充足感を食べる者にもたらす。

 最後はソースまで全て飲み干すと、ミネラルウォーターを飲んで口の中を清める。

 

 殺した相手の食料を奪って一息付くとはこれではどっちがバンディットかわからんな。

 

 そう思ったが、それに対する嫌悪感や忌避感はない。

 自分もZONEに慣れてきたということなのだろうか。

 食事を済ますと空になった短機関銃のマガジンに銃弾を補充し、ついでに軽いクリーニングを行う。

 更にバックパックの中身をひっくり返して、シドロビッチの付けた発信機を探す。

 意外と簡単に見つかったそれは、バックパックの底の布地の裏に仕込まれていた。

 それを外すと壊さずに胸のポケットへと仕舞いこむ。

 あると知っているなら、こういった発信機も使い道があるものだ。

 むしろバックパックに付けたままだとまたバックパックを投棄するような状況になった時、発信機も一緒に投棄することになる。

 全ての準備を終えると彼は検問所を出発して、『ゴミ捨て場』に向かった。

 

 




 Cordon歩いてるとぶらりZONE1人旅な気分になれてのんびりできます。
 でもフィアーも通った電気ビリビリトンネルとか、どう見ても初心者を殺す為のトラップだと思う。

 アーティファクト容器はMODとかにもありますが、アーティファクトスロットを独自に解釈しました。
 まあ放射線出してるようなのむき出しにして持ち歩くわけにはいかないかなと。
 後エロ本は女のいないZONEではきっと高値で取引されてるはず。

 ZONEの観光案内。今回は敵の紹介。
 まずミュータントネズミことRodent。ハムスターとか呼ばれてたりする。
 まず見た目がキモい。皮膚病にかかったネズミみたいな上、ムッキムキ。
 単独では大したことないが、屋内で一斉に襲われると作中のストーカーみたいに、あっという間にアーマーをボロボロにされて死ぬ。
 尚、普通のネズミもいる。

 そしてバンディット。
 ストーカー達から金銭を奪って生計を立てている連中。
 元は外の世界の犯罪者だったり、ストーカーがルール違反を起こしてコミュニティから追い出されてバンディットになった場合が多い。
 ZONEの雑魚敵。しかし初期の装備が貧弱な時代だと強敵である。
 何しろ主人公の初期装備はただのジャケットなので、バンディットの貧相な拳銃でもソードオフでも気軽に死ねる。
 そしてこっちも貧相な拳銃とショットガンの場合が多いので、お互いしょぼい武器だけど命がけの撃ち合いになる。
 S.T.A.L.K.E.R.一作目の最初のバンディット退治が一番の難所だという意見も多い。
 後半になって装備が充実すると雑魚になるかと思いきや、奴らも武器をアップデートしてくるのでやっぱりうざい。

 あとついでにアーティファクト紹介。
 今回ブルーに貰ったのはfireballというアーティファクト。
 一作目仕様ではそこそこ放射能を低減させるが、代わりにスタミナがすぐに尽きるようになる。そこら辺に落ちており意外と簡単に手に入る。

 二作目以降の仕様では炎のダメージをほぼ無効化する代わりに高い放射線をまき散らす。こちらは炎のアノーマリーの中に突っ込んで見つけないといけないので希少なアーティファクト。

 フィアーが貰ったのは前者です。安物だからブルーも気軽に渡したんですね。


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Interval 09 Garbage

 『ゴミ捨て場』に足を踏み入れた時は既に午後4時を回っていた。

 あの検問所で一夜過ごす事も考えたが、『ゴミ捨て場』と『非常線』を行き来するにはあそこを通らなければならない。

 つまり夜にもゴミ捨て場からの訪問者が訪れる可能性が高いということだ。そしてその場合それはバンディットである可能性が高い。

 そんな所で熟睡出来るはずもなく、適当な場所を見つけて野営したほうが遥かに安全だ。

 そう思ってここまで来たのだが、予想以上に『ゴミ捨て場』は過酷な所だった。

 

 文字通りそこら中に高さ数メートルはあろうかと言う様々な廃棄物の山が積み上げられ、その廃棄物の山の隙間を通るような形で道ができている。

 廃棄物の内容物は様々だ。コンクリート片のような瓦礫が大半を占めていたが、その他にもオーブントースター、ブラウン管、冷蔵庫、ドア、乗用車、といった馴染みのあるものから、鉄パイプ、エンジン、コンピューターの基板、更には朽ち果て元は工場の機械であったであろう鉄錆の塊。

 これら廃棄物の共通点はそれも古い形式の機械ばかりということ。

 西暦にして1980年代の骨董品が大半で、真新しい廃棄物は一つとしてない。

 工場の機材を丸ごと廃棄してもこれ程の量にはならない。

 廃棄物の古さから考えて、チェルノブイリ発電所で事故が起きた際に発生した汚染されたと思わしき付近の街や工場の機材を、全てここに纏めて投棄したのだろうか。

 まさしく都市の墓場というべき場所だった。

 

 問題はこれらのゴミの山は例外なく高濃度の放射能に汚染されているということだ。

 無論、放射能だけではない。

 廃棄物の山の裾野にはこれら各種廃棄物から滲み出したであろう異常な色の廃液が水溜りとなって広がっており、それらの毒性は放射線以上だろうと想像が付く。

 その過酷な環境に比例するかのようにアノーマリーの数も急増しており、アノーマリー探知機は鳴りっぱなしだ。

 放射線を除去するアーティファクトが無ければこのゴミ捨て場を通過するだけで致死量の放射線を浴びることになっていたかもしれない。

 

 一部では重力変動を起こすアノーマリーでゴミの山が崩れて、スクラップが巻き込まれていた所もあった。

 上空に打ち上げられたそのスクラップは、アノーマリーの効果範囲外に出ると今度は地球の重力に捕まり落下、そしてまたアノーマリーに引っかかって再度空中に打ち上げられるという無限ループに陥っていた。

 よく観察するとその無限の打ち上げ花火に引っかかっている物の中には、鉄くずだけではなく筋肉と血管がへばり付いた骨らしきものもある。

 あれが人骨なのかそれともミュータントの骨なのかわからないが、その骨は生物がこのアノーマリーに巻き込まれたらどうなるのかを雄弁に語っていた。

 

 その時、彼の持つアノーマリー探知機が一際大きく鳴り始める。

 移動性のアノーマリーでも接近してきたのかと警戒したが、様子が違う。

 通常のアノーマリーの警報とはまた違う探知音を鳴らしていた。

 フィアーは胸のポケットから探知機を外すと、探知機に装着されているLEDランプを観察する。

 探知機を全方位に向けてみると、特定の方向にLEDランプが強く点滅した。明らかに何かに反応している。

 

 ―――そういえばシドロビッチはこれはアーティファクト探知機でもあると言っていたな。

 

 フィアーはボルトを幾つか手の中に握りこむと、探知機が反応する方角へ目掛けて放りなげ、安全を確認しつつ進む。

 探知音とは別に、アノーマリー警報音も同時に鳴っているため、一歩足を踏み間違えれば、自分も強制的にあの死のフリーフォールに乗せられる事になりかねない。

 

 それだけではない。

 今自分は片手にボルト、もう片手にアノーマリー探知機を持っている。更に周りはアノーマリーに囲まれている。

 この状態で襲撃を受けたら為す術もないのだ。

 

 彼にしては珍しく冷や汗を垂らしなら、牛歩の如くゆっくりと確実に、一歩又一歩と進んでいく。

 進む度に潜水艦のソナーの様に断続的に鳴る探知音の間隔が狭まっていき、遂にはほぼ連続した一つの音に聞こえるほど狭まった時だった。

 眼前の空間が揺らぎ、そこからこぼれ落ちるように奇妙な物体が現れたのだ。

 

 ……間違いない。アーティファクトだ。

 

 握り拳ほどのサイズのそれは、一言で言うならば生肉だった。

 手触り、形状は間違いなく、肉の塊なのに色は赤ではなく、色は黄金。

 ガイドブックには確かMeat Chunkという名前でこれと同じものの写真が載っていた。

 但し、アーティファクトは同じ外見、形状の物でも、効果が違うものがあるという話だ。

 確かMeat Chunkは持ち主の新陳代謝を活発化させる物と、化学物質の汚染を取り除くが、微量な放射線を帯びている二種類の物があった。

 

 確認の為ガイガーカウンターを近づけると、警告音が鳴り始めたことからこれは後者だろう。

 高濃度の有害化学物質に汚染されたこのゴミ捨て場ではありがたいアーティファクトだ。

 欠点の放射能も放射能除去効果のあるファイアーボ―ルを同時に付ければ、無効化できる。欠点は持久力が落ちることだが、その程度は許容範囲内だ。

 

 バックパックの中に、シドロビッチが気を利かせて入れてくれていた予備のアーティファクト容器があったので、それにMeat Chunkを入れると彼は容器をベルトに引っ掛けた。

 元々ウエストポーチやソードオフも腰に下げているため、これ以上はアーティファクトを装備するのは難しくなる。

 BARに行ったら装備のレイアウトを仕立て直す必要がありそうだ。

 それにしても、ストーカー達はいつもこの様な危険を犯して、アーティファクトを手に入れていたのか。

 今更ながらに彼らに対して畏敬の念すら湧いてくる。

 そう思った矢先、その畏敬の念を払った存在とは対局の輩が現れた。

 

 

 ◆   ◆ 

 

 

「よう兄ちゃん。アーティファクト採掘ご苦労さん! あんたの冒険は遠くから見物させてもらったぜ」

 

「いやーいいもん見せてもらったよ。そんな訳でここの通行税はさっきあんたが見つけた採れたてのアーティファクトで勘弁してやる。……嫌だとは言わねえよな?」

 

 そう言って、彼の前に現れたのは武装した5人組のバンディットだった。

 先の場所から200メートル程離れたゴミの山の麓の道である。

 その道沿いに投棄されていた2メートルほどの発電機の影から突然2人のバンディットが飛び出すと同時、更に3人のバンディットが30メートル後方のゴミの山の影から姿を現したのだ。

 正面の2人はただの脅し役だろうが、後方の3人はそれなりに考えているようで、スクラップの影に半身を隠しつつ、銃を構え半円状の包囲網を形成している。

 

 ……迂闊だったとしか言いようがない。アーティファクトの採掘で神経をすり減らし、彼らが隠れていることに気が付かなかったとは。

 しかも先ほどアノーマリーの中でアーティファクトを手に入れていた時も観察されていたのは致命的だ。

 もし彼らが高精度の狙撃銃でも持っていて、悪ふざけであの時の自分に撃ちこんできたら、どんな事になっていたか……。

 例え当たらなかったとしても碌な事にはなるまい。

 

 自分への怒りで口を閉じているフィアーを怯えていると判断したのか、バンディット達の態度と口調が尊大なものになっていく。

 それが自分の死を早めていることも知らず。

 

「おい、聞いてるのかお前?さっさと―――」

 

 正面に立っていたバンディットはその言葉を最後まで言い切ることはできなかった。

 抜き打ちで放たれた散弾が、語るべき言葉ごとその顔を砕いたからだ。

 彼らはその動きに反応することはできなかったが、それでも流石はZONEに生きる者というべきか。

 銃声に反応し、反射的に後方の3人が構えた銃の引き金を引く。

 

 だがそれよりも、スローモーを発動させたフィアーのほうが早い。

 ソードオフショットガンの残り一発の弾丸をもう一人のバンディットの顔面に同じように叩きつけると、弾切れになったそれを放り捨てながら、今しがた殺害した2人のバンディットが飛び出してきた大型発電機の影に飛び込んだ。

 凄まじい銃火が発電機を叩くが、彼らの獲物はポンプアクション式散弾銃と22口径のボルトアクションライフル、そして自分と同じ短機関銃。

 どれも鉄製の発電機を貫通するほどの威力はない。

 

 3人の位置は既に掴んでいる。発電機に当たる銃撃の激しさから考えると発砲後、位置を変えると言ったこともしていないはずだ。

 彼は手榴弾を一つ取り出すと、セイフティを解除して発電機越しに一番脅威度が高い短機関銃の射手の方角へ放り込む。

 投げ込んだ方角から悲鳴が聞こえ、一拍置いて爆発音が響く。投げ込む際に信管の起爆する時間を調節していたため、逃げようとする暇すら無かっただろう。

 その隙にスローモーを発動させて、目星をつけていた次のカバー先―――タイヤのない大型トラックだ―――に全力で飛び込む。

 銃撃はなかった。爆発に気を取られてこちらを視認できなかったのだろう。

 手持ちのハンドミラーを使い、物陰から22口径ライフルの持ち主がまだ先ほどの場所に居ることを確認すると、そのまま体勢を低くして後方へと回り込みMP5で射殺。

 

 最後の一人である散弾銃の持ち主は、勝ち目がないと見て逃走を始めたが、余程慌てていたのか小さな気流を発生させるアノーマリーへと自ら突っ込んでしまった。

 バンディットが踏み込んだ事で活性化したアノーマリーは大気の渦を発生させつつ、中心部に巻き込んだものを圧縮させ始める。

 

 その勢いは台風どころか竜巻と例えてもいい程で、バンディットは紙くずのように巻き込まれ、アノーマリーの中を円状に回転し、中心部へと向かっていく。その光景は不可視の洗濯機に放り込まれたかのようだ。

 辺り一面に暴風の音とバンディットの絶叫が響き渡る。

 そして数秒後に、その死のメリーゴーランドは唐突に終わりを告げた。

 巻き込まれたバンディットが中心部へと到達したその瞬間、なんの前触れもなく、バンディットが弾け飛んだ。

 

 正確に言うなら、渦の中心部に圧縮された空気が限界を超えて、炸裂したのだ。

 人体が破裂した風船のようにはじけ飛び、血が霧状になって四散する光景にフィアーは顔をしかめた。

 その非現実的なまでにグロテスクな光景が彼にオーバーンでの悪夢の一夜を思い起こさせたからだ。

 生贄を平らげた風のアノーマリーはその後すぐに不活性化し、微かな気流の流れを痕跡として残すのみとなった。

 

 四散したバンディットの姿はフィアーにとっても人事ではない。

 このZONEでは戦闘の興奮に流されて、後先考えずに動けば彼もあの哀れなバンディットの二の舞になることになる。その事を肝に命じなければならない。

 

 他にアノーマリーがないか調べた後、彼はバンディットの装備の回収を始めた。

 最初に殺害したバンディットの獲物の短機関銃は、彼と同じMP5だが状態は大差ない。これなら癖がわかっている分、現在使っている物のほうがマシだ。よって破棄する。

 次の22口径のライフルは少々食指を動かされたが、よく見るとブリキング用の玩具のような代物だ。スコープも無く、22口径という小口径故に射程も数十メートル、ミュータントにも効果は薄いだろう。よってこれも破棄。

 そして一番欲しかったポンプアクション式の散弾銃だが、これは持ち主と共にアノーマリーに引き裂かれて四散してしまった。

 例のアノーマリーから30メートル程先に持ち主の腕ごと落ちていたそれは、銃身が真っ二つに折れていて使えるような物ではなくなっていた。当然、破棄。

 結局使えるものは少々の弾薬のみで、これも先の戦闘の補充分程度しかない。

 フィアーはため息を付くと、最初に放り出したソードオフショットガンを回収してその場を後にした。

 

 バンディット達と戦った場所から歩いて二十分も経った頃だろうか。

 再び無線機が鳴り始めた。相手はシドロビッチだ。

 なんとも言えない嫌な予感を感じながら無線機をオンにする。

 

『ようフィアー。一日で結構な距離を稼いだみたいだな?実はその近くにある廃工場にバンディット共の拠点がある。そこをお前に掃除してもらいたいんだが』

 

「俺はそこまで暇ではない。……ここに来るまでに9人のバンディットを始末してきた。それだけ殺せば奴らも暫くは大人しくするだろうよ」

 

『てことは後一人殺せば一日で二桁の大台に乗るな。ここは一つ記録に挑戦してみないか?』

 

「俺の自己最高記録は一晩で100人以上だ。今更そんな記録には興味ない」

 

『こりゃいいや! お前もそんな冗談が言えるタマだったか!』

 

 無線機の向こうからシドロビッチの笑い声が響いた。

 100人以上というキルスコアはむしろかなり控えめな自己申告だったのだが、シドロビッチにしてみればとびっきりのジョークに聞こえたらしい。

 無言で通話を切ろうとするが、無線機越しにも関わらずトレーダーはこちらの不機嫌を察知して、慌てて声をかけてきた。

 

『まあ待て、これは正確には俺からの依頼じゃない。そこのゴミ捨て場に集まってるストーカー達の依頼と思ってくれ。

 その辺りのバンディット共はストーカーを襲って身包みを剥いだり、銃で脅してアーティファクトを採掘させたりとやりたい放題だ。それでとうとうストーカー達も切れた。

 本来大規模に徒党を組むような連中じゃないんだが、今回ばかりは数を集めてバンディット共の拠点に攻め込む話になってきてな。俺の方にも戦力になりそうな奴はいないかと聞いてきたもんでね。お前さんが良ければ奴らを助けてやってくれないか?』

 

「……見返りは?」

 

『俺からの感謝の気持ちだけじゃ不足か? ……不足だろうな。その辺はストーカーに直接交渉したほうが早い。奴らのリーダーはベテランでZONEの奥地にも詳しい。もしかしたらナイトクローラーの事を知ってるかもしれんぞ?』

 

「そしてお前は俺を派遣したことでストーカー達に貸しを作るというわけか」

 

『まあそうなるな。誰も損をしない実に理想的な取引だ』

 

 狸親父め。

 口に出さず胸の中でフィアーは毒づくと了解したとだけ答えた。

 それに対してシドロビッチは待ってましたとばかりに、PDAにストーカー達の拠点を送ってくる。

 まずは彼らと合流してそれから叩けということか。

 GPSは相変わらず不安定だが、凡その位置は推測できる。ここからさほど離れてはいない。

 完全に日が暮れる前には合流できそうだった。

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 ストーカー達の拠点は廃棄物の山の群れから少々離れた所にある、崩れかけた3階建てのビルだった。

 巨人が殴りつけたかのようにそのビルは正面と側面の一部の外壁が完全に崩落して、内部構造を外に晒している。

 よくぞまあ、この状態で崩れないものだといっそ感心すらする。

 

 こんな場所を拠点にしようとはまともな人間なら考えまい。バンディットの目を盗んで集結するには確かにいい拠点かも知れない。

 観察すると崩れたビルの瓦礫の影に複数の人影があった。見張りだろう。

 このまま近づくと問答無用で撃たれかれないので、フィアーは座標と一緒に送られてきた『依頼人』の無線機の周波数にチャンネルを合わせて呼びかける。

 

「聞こえるか? こちらはシドロビッチからの使いだ。ここに俺を必要とする連中がいると聞いてやってきた」

 

 暫しの沈黙の後、無線機から中年の男性の声が返ってくる。

 

『……随分と早い到着だな? 俺が奴に援軍の宛があるかと聞いてまだ半日も経っていないぞ?』

 

「偶然近くにいたから俺にお鉢が巡ったきただけだ。不要だとというならもう俺は行くぞ。そんなに暇な身分じゃないんでな」

 

『そんなに急ぐな。念の為に聞いておく。あんたの名前は?』

 

「フィアーだ」

 

『……本物のようだな。俺はウルフと名乗っている。見張りには引かせるからビルの中に来てくれないか?』

 

 瓦礫に潜んでいた見張りが姿を消すのを確認すると、フィアーも身を隠していた小さなポンプ小屋からビルに向かった。

 

 ビルの中は外見以上に酷いものだった。

 そこら中に瓦礫が散乱し、まさに足の踏み場もないとはこのことだ。本来の広さの半分もないビルのフロアは瓦礫によって更に狭くなっている。

 しかしこの瓦礫の山のお陰で、吹きさらしのビルにも関わらず内部の様子を確認させにくくもしている。

 もっとも自分がこのビルを攻めるなら、内部に侵入することなくビルの後ろに爆薬でも仕掛けてやるが。この崩落ぶりなら少量の爆薬でもさぞかし派手に倒壊するだろう。

 

 そしてこのビルの住民達も、ビルに負けず劣らずの酷い装備だった。

 ここにいるのは十数人程のストーカー達だったが、誰も彼もバンディットと大差ない劣悪な装備と貧相な銃で武装している。

 まともな装備をしているのは彼らを率いているウルフという中年のストーカーと、その仲間と思われる2人の連れだけだ。

 

 彼らはモズグリーンのストーカースーツ―――ケプラー繊維とゴムで作られ、要所要所を防弾プレートで補強されたそのスーツは、悪環境下でも行動できるように小型のボンベとガスマスクを備えた閉鎖型循環呼吸装置まで装備している―――を装備し、消音機を装備したAK74のカービンライフルを装備しており、立ち振舞も隙がなく、歳相応の貫禄を持っていた。

 このZONEで出会った初めての歴戦の戦士と言える。 

 彼は両手を上げてこちらを歓迎した。

 

「よく来てくれたなフィアー。俺がウルフだ。我々はご覧の通り戦力が余りにも不足している。お前の様な援軍はありがたい。聞いた話じゃブラッドサッカーを始末したこともあるんだってな?当てにしてるぞ」

 

「礼なら言葉ではなく情報で返してもらいたい。俺はナイトクローラーという傭兵部隊を追っている。こいつらの名前に聞き覚えがないか?」

 

「名前だけなら知ってるさ。ここ最近のZONEの人気者だからな。そして確かにもう少し詳しい話も知っている。あんたが助けてくれるならこの仕事が終わった後、喜んで喋ってやるよ」

 

「依頼料は後払いか? バンディットの戦いであんたが死んだら骨折り損になるわけだが」

 

 その言葉には流石にウルフも苦笑したが、後ろの仲間と思わしき2人に親指を向けた。

 

「悪いがここで話して、バンディットのドンパチの最中に逃げられても困る。俺がくたばっても俺の連れの2人も同じ情報を知ってるから聞くといい。3人纏めて死ぬ確率は……ないとは言えんが、もしそうなったら俺達はコテンパンにやられてるって事になるから、あんたも情報を気にしてる場合じゃなくなるだろうよ」

 

 つまり、バンディット達を皆殺しにするだけでなく、彼らへの被害を最小限に抑えなければならないという事か。

 フィアーは溜息をついてそれを了承した。

 

「分かった。しかし裏の取れてる情報なんだろうな? もしつまらんネタやガセネタだったら……」

 

「誓うとも。少なくとも俺の情報がお前の満足するものじゃなければ、BARの情報屋にお前を紹介する。あそこにはZONEの概ね全てが集まるからな。人も物資も情報も」

 

 その言葉に嘘はないように思えたのでフィアーはそれを信じることにした。

 少なくともボロボロのストーカー達を束ねてバンディットに立ち向かおうとする男だ。つまらない嘘はつかないだろう。

 

「わかった。あんたを信じるよ。……それで? いつ決行する?」

 

「明朝だ。明日の明け方に奴らがアジトにしてる車両基地に仕掛ける」

 

 その言葉にフィアーはマスクの下で眉を顰めた。

 

「随分と急だな?」

 

「そうでもない。前々から計画してた事だし、悪い事に奴らのアノーマリー採掘の為の人間狩りに仲間が何人か捕まってしまった。近いうちにこの計画はバレるだろう。それにあんたがここに来るまでに随分と数を減らしてくれたみたいだから、奴らは今浮き足立っている。今がチャンスなんだ」

 

「いいだろう。まずは現場の地形が知りたい」

 

 その言葉を聞いてウルフは瓦礫をテーブル代わりにして、紙の地図を広げた。

 そこには廃工場の詳細な地図が描かれており、廃工場の間取りや、内部の機材の位置まで描かれていた。

 それを見るにどうやら目標の廃工場は元は貨物列車の整備工場だったようだ。

 列車が通れるように東西に工場の広い出入口が作ってあり、内部に列車が放置されている。

 そしてそれらの列車も一つ一つがシェルターとしての役割を持っているらしい。

 工場の周りは背の高い塀で覆われているが、逆にそれが死角になっている。

 

「随分と詳しく書き込んであるな」

 

「元々あそこはストーカー達の拠点だったんだ。それを奴らが奪い取った。だから内部の構造は理解している。地形も把握してるからある程度は気付かれずに近づけるだろう。」

 

 地図の描き込みを見ながらフィアーは次に聞くべきことを尋ねた。

 

「奴らの装備と数は?」

 

「概ね30人近く。装備はこちらよりは少しはマシだ。AK持ちが最低でも6人。旧式だがボルトアクションライフルを持ってる奴が3人は居る。ライフル持ちは大抵工場の二階の窓で見張りについてる。後はMP5やイングラム、レミントンやソードオフのショットガンといった所か」

 

 ボルトアクション式ライフルはともかく、AKやショットガン、短機関銃は工場内部で戦うならかなりの脅威になる。

 それに対してこちらの人員の武装は大半が拳銃、水平二連、よくて短機関銃と言った所だ。

 これで倍の人数に挑もうというのはかなりの博打だ。

 それをウルフもわかっているのだろう。ニヤリと笑うと後ろにある木箱を指で指し示した。

 木箱の中身に視線をやると、フィアーは小さく息を飲んだ。

 

「これが俺たちの切り札さ。シドロビッチに頼み込んで取り寄せた。持ち込むのに結構な苦労をしたよ」

 

 ウルフが指し示した木箱の中には数十個程の旧式の手榴弾が詰まっていた。

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 そして深夜、軽い食事をして仮眠し休息を取るとフィアーは彼らと共に夜中に廃ビルを出た。

 奇襲するため、警報を鳴らすアノーマリー探知機の電源を切り、ストーカー達の誘導を信じて闇夜の廃棄物の山とアノーマリーの隙間を縫うように歩き、車両基地へとたどり着いた。

 

 既に空が白みはじめている。

 見張りが最も気を緩める時間帯―――奇襲には絶好の時間帯だ。

 ストーカー達は二つの出入口に同時に攻撃を仕掛けるためにグループを二つに分けた。

 彼は東側からウルフが率いる部隊とともに突入する手筈だ。

 ウルフの二人の仲間は西から突入する部隊を率いている。

 

 工場の二階を見ると割れた窓の後ろにライフルを持った黒コートを着た見張りが立っていた。

 眠たそうに欠伸を噛み殺す姿からは、さほど緊張感は感じ取れなかった。

 これから死ぬというのに呑気なものだとフィアーは思った。

 もっとも覚悟していても結末は変わりはしないだろう。彼は消音機を取り付けたハンドガンを構えると、遮蔽物代わりにしている壁の影から半身を出した。見張りはフィアーの事に気づく様子もない。

 

 目測でここから30メートルほどか。この距離でも静止目標ならハンドガンでも狙い撃てる。

 スローモーを瞬間的に使いながら連続して二回、発砲。消音器付きの銃独特の低音ともに弾丸が放たれた。

 自らの撃った拳銃弾の軌道を強化された動体視力で確認することで、次弾の狙いを修正する。

 初撃は胴体に突き刺さり、その弾道を元に修正されて放たれた次の弾丸は頭部へと直撃した。

 

 頭部にも撃ち込んだのは胴体に例のプライパンの様な防弾装備があることを警戒してである。

 どの道、拳銃弾では胴体に撃ちこんでも即死しない場合が多い。概ね死ぬが、数秒後に死ぬか、数分後に死ぬかでは随分と変わってくるのだ。

 瀕死の状態でも、最後の力で引き金を引き金を引く程度はできる。そうなれば折角の消音器での攻撃も無駄になる。

 

 だがその心配も杞憂に終わった。

 見張りはライフルの引き金を引く間もなく即死し、一階へ落下はせずそのままその場で倒れてくれた。

 これで異常がバンディット全体に伝わるまで、最低でも数分から数十秒の猶予は稼げた。

 

 それで十分だ。

 

 フィアーは工場に向かって走りながら、腰にぶら下げた6つの手榴弾の内2つを手に取ると、見張りが先ほどまで立っていた窓の内部に向かって放り込んだ。

 二つの手榴弾が窓の中に消えると当時に、開けっ放しになっている巨大な列車用の扉の外側に張り付いて、突入のタイミングを伺う。

 爆発音が二回、鳴り響く。

 

 内部で悲鳴と怒号の声が上がり、彼らが混乱していることを確認するとフィアーは更に手榴弾を手に取り、風のように工場内部へと突入する。背後の事は気にしない。ウルフ達がカバーしてくれるだろう。

 巨大な車両基地としての機能をも併せ持つその工場は端に小部屋が配置され、中央に整備途中で放棄された列車が鎮座していた。一見簡単そうな作りだが、身を隠す所は意外と多い。

 もっとも間取り自体は出発前に読んだ地図で頭に叩きこんであったので問題ない。

 休憩室や仮眠室として使えそうな部屋がどこにあるかも、昔にここを根城としていたストーカー達に直接聞いている。

 

 薄暗い工場内部は未だに混乱状態にあるバンディット達が走り回っていたが、フィアーは一先ずそれを無視して、人が利用しやすい場所にある部屋に手榴弾を片っ端から放り込んでいく。

 爆音が次々と響き、更に怒号の声が大きくなる。

 最初の攻撃から更に三つ程の手榴弾を放り込んだ所で、ようやくこちらの存在に気がついた者が出てきた。

 

 そういった者は消音器付きの自動拳銃で即座に撃ち殺すが、混乱しているとはいえ、3人も殺せばこちらの存在にも気づかれる。

 広大と言っても所詮は密閉された空間だ。消音器の効果などたかが知れてる。

 彼らは声を張り上げ、こちらの位置を大声で叫んで仲間に知らせながら次々と手持ちの銃で発砲してきた。

 

 貧相なマカロフ拳銃から短機関銃、散弾銃、果てはAK自動小銃。

 様々な雑多な銃火器が碌に狙いも定めず撃ちまくられ、逆にそれが強力な面制圧効果を発揮することになった。

 流石のフィアーもその弾幕に身動きが取れず、工場中央の列車の影に逃げる羽目になった。

 二階にいたボルトアクションライフルを持ったバンディットが、こちらを狙い撃とうと不用意に姿を晒した為にハンドガンで撃ち殺す。しかし焼け石に水だ。

 このままではここに釘付けにされて、蜂の巣だろう。

 このままではの話だが。

 

 勢いを取り戻したバンディット達が更に威勢よくこちらに向かって距離を詰めようとした時、それは起こった。

 フィアーから見てバンディット達の更に後方。フィアーが突入した東側の扉の反対の西側の扉から次々と手榴弾が放り込まれたのだ。

 その数は控えめに数えても10は下るまい。その衝撃で工場が揺るぎ、屋根の一部が崩れてくる。

 

 フィアーに対する包囲陣形を取っていたバンディット達は、フィアーが居る方向からの攻撃を警戒して遮蔽物に隠れていたが、自分達の背後から攻撃する存在に対しては埒外だったらしい。

 四散する破片と衝撃波に叩きのめされ、運良くそれを凌げた者も混乱の極みに叩きこまれた。

 勿論この攻撃はもう一つのストーカーチームによる攻撃である。

 

 こちらの攻撃で予想以上にバンディット達が浮足立ったので、ここが勝負所と踏んで手榴弾の大判振る舞いをしたのだろう。戦術としては単純な挟撃だが単純なものほど成功しやすい。

 そしてその混乱を黙って見ているほど、フィアーはお人好しではない。

 獲物をハンドガンからMP5に持ち替えると列車の影から飛び出し、別の車両の影を目指して走りつつ、混乱の余りに障害物から身を出しているバンディット達にフルオートで銃弾を叩きつけていく。

 一人、二人、三人撃ち倒した所で次のカバー先へ飛び込んだ。

 だがそのカバー先にはバンディットの先客がいた。

 

 余りの至近距離での突然の遭遇に、お互い一瞬無言になるが即座に互いに銃を構える。

 無論フィアーの方が一手早かった。しかしMP5から放たれたのは銃弾ではなく、ガチンという異音だった。

 銃を見ると、変形した薬莢が薬莢の排出口に噛んで張り付いている。

 

 ―――ジャムった。

 

 勝利を確信したバンディットが笑みと共にAKをこちらに向け―――そして驚愕に目を見開いた。

 フィアーの姿が眼前から掻き消えたからだ。

 正確には消えたのではなく、バンディットの視野から消えるほどの超低空スライディングを叩き込んだのだが。

 

 特製のスパイクを仕込んだブーツと、人間離れした脚力によるスライディングに足首を粉砕されて、バンディットは悲鳴を上げて倒れこむ。

 その彼の喉笛に即座に体を起こしたフィアーが踵を叩き込んだことによって、彼は悲鳴を上げる事もできなくなった。

 ついでにジャムって役に立たなくなったMP5を放り捨て、彼が撃とうとしていたAK74自動小銃を貰い受ける。

 

 マガジンまで漁ってる暇はなかったが装填されているマガジン内の銃弾だけで十分だろう。

 何しろ大混乱に陥ったバンディットは怒り狂ったストーカー達に、一方的に叩きのめされるだけになっている。

 そして今、ウルフ達のチームがフィアーの開拓したルートを辿って突入し、別働隊からの攻撃を受けて混乱しているバンディット達に襲いかからんとしていた。

 二段どころか三段構えとなったこの波状攻撃に対して、バンディット達は為す術を持たなかった。

 

 ―――もはやこの戦いの結末は決まったのだ。

 

 

 




 Cordonはほんと気楽なマップだったのに対してGarbageはいきなり難易度高くなりすぎ問題。
 あとSTALKER二作目の強制イベントでこちらの物資と金全部奪うバンディットは憎き敵。
 バンディット殺すべし慈悲はない。

 ZONE観光案内。
 Garbage(ゴミ捨て場)。瓦礫と荒野の殺伐としたマップ。
 楽ちんなCordonから一転、これがZONEだと言わんばかりに理不尽なアノーマリーと放射能汚染地帯の嵐がプレイヤーを襲う。
 近道しようと道を外れるともれなく放射能汚染受けるか、アノーマリーに襲われて死ぬ。
 このマップはバンディットが無限湧きするので、どこかにバンディット畑でもあるのかも。

 作中でバンディットが巻き込まれたのはWhirligigと言われるアノーマリーで、プレイヤーの事故死の原因のトップに入る危険なアノーマリー。
 透明でわからずらいので走ってる時、うっかりこいつに引っかかるとフリーザに爆破されたクリリンみたいになります。

 ウルフ達が拠点にしていた半壊したビルはS.T.A.L.K.E.R.Clear Skyでストーカーが蚤の市に使っていた場所。
 あんな所でブロウアウトをよく凌げるな……。
 そして襲撃した車両基地は同じくS.T.A.L.K.E.R.Clear Skyでバンディットの固定拠点となっていた所。
 Clear Skyは好きな派閥に加入することが出来、バンディットに加入して下っ端達に話聞くと、なぜ彼らがバンディットに落ちぶれたのかという話が聞けたりして意外と面白い。

 ついでに今回手に入れたアーティファクト紹介。
 Meat chunk。動物の肉がアーティファクトになったもの。
 一作目仕様では再生力を高める代わりに出血しやすくなったりと怪我に弱くなる。普段は外してて怪我した時だけつけるような運用をする。
 二作目仕様では化学物質による汚染を防ぐが微妙に放射線を出す。毒の沼に踏み込んでいく時に有用。
 今回手に入れたものは後者のほうです。
 


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Interval 10 Agroprom Research Institute

 戦いが済んだ後の車両基地はまさしく死屍累々と言った有り様だった。

 そこら中に死体が転がっているが、その大半はバンディットのものだ。 

 こちらも死者や負傷者が出たが、全部で5人にも満たない。

 一方バンディットはほぼ全滅。完全な勝利と言ってもいい。

 バンディットの僅かな生き残りは捕虜になり、更に一部は工場内部の貨物コンテナの中に立て籠もっているが、時間の問題だろう。

 

「さっさと出てこいこの糞バンディットが! ミンチにしてやる!」

「生きたままアノーマリーに放り込んでやるぞ! 俺の友達にお前らがしたようにな!」

 

 ストーカー達がコンテナ列車を囲んで罵倒を叩きつけている。

 内部にいるのはバンディットのリーダーのようで、ストーカー達の憎悪もひとしお大きい。

 その罵声に答えるかのように微かにコンテナの扉が開くと、そこからAKの銃口が現れて威嚇射撃を行う。

 ストーカー達はそれを見て蜘蛛の子を散らすように一旦逃げたが、何人かが扉の死角から近づきその扉の隙間に手榴弾をねじ込んだ。

 

 コンテナから悲鳴が聞こえて、その後炸裂音が響く。

 続いてストーカー達がコンテナ内部に突入すると、数十秒には息も絶え絶えなバンディットのリーダーが引きずりだされてきた。

 内部に突入したストーカー達の罵声を聞く限り、一緒にいた部下を盾にして手榴弾の爆発から生き延びたようだ。屑揃いのバンディットのリーダーを務めるだけあって、なかなかいい根性をしている。

 もっとも遮蔽物があったため助かったといっても、密閉された空間で手榴弾が炸裂して無傷なはずもない。

 

 体格のいい体に黒のレザージャケット、長髪にサングラスという出で立ちの彼は普段はさぞ威圧感があるのだろうが、追い詰められて散々に打ちのめされた今となっては惨めな敗北者に過ぎない。

 そしてそんな彼を怒り狂ったストーカー達は文字通りの袋叩きにした。

 銃こそ使わないものの、競い合うようかのように殴り蹴り、今までの怒りと憎悪と鬱憤を叩きつけていく。

 そんな微笑ましい見世物も、ウルフが手を叩きながら止めに入ったことで終わりを告げた。

 

「よし、そこまでだ皆。こいつは最悪の糞野郎だが、まだ使い道がある。この後収容所を襲撃する時、こいつは使える。今はまだ殺すんじゃない」

 

 そう彼が言うとストーカーは渋々と言った様子で解散していく。残されたバンディットのリーダーはウルフの仲間が針金で拘束して、工場の隅に蹴り転がした。

 それを確認したウルフは、木箱に腰を下してチョコバーをかじりながら一連の出来事を見物していたフィアーに顔を向けた。

 

「本当に助かったよ。アンタ一人でカタを付けたようなもんだったな」

 

 その言葉には混じりけのない称賛の念が込められていた。

 フィアーはそれに対して素っ気無い言葉で返す。

 

「礼は言葉ではなく―――」

 

「―――情報で、だったな。流石はプロフェッショナルってわけだ」

 

 ウルフがどこか尊敬の眼差しを向けてくるが、これはただ単に愛想が無いだけである。

 そんな勘違いを一々訂正する気にはなれないので、彼は続きを促した。

 

「俺達が知っている情報は、例の傭兵部隊が次に狙っている獲物の事だ。興味ないか?」

 

 それが本当ならばその獲物とやらを先んじて確保しておけば、ナイトクローラーの方から接触してくることになるだろう。

 フィアーはその情報で手を打つことに決めた。

 それを確認したウルフは情報の詳細を話し始めた。

 

「正確に言うなら俺もその獲物そのものの詳細を知ってるわけじゃない。ただこのゴミ捨て場から西に行った所にAgroprom Research Institute(アグロプロム調査研究所)と呼ばれる地域がある。

 ここ程、ゴミと放射能汚染は酷くないが代わりにミュータントとアノーマリーが多い地域だ。」

 

 そういって彼は自身のPDAを取り出すと、それにそこまでの道のりと簡易な地図を表示させ、説明を始める。

 その土地にあるものは北に存在する大規模な廃工場群と、南にある研究所だった。その他には北西に小さな沼があるだけだが、土地全体に渡って何らかの地下通路が網目の様に広がっているらしい。

 

「ここには名前通り、そこに元々建っていた学校だかなんだかを利用したZONEの研究所があった。今は放棄されて無人だが、拠点には好都合ってことでいろんな勢力が根城にしてそこに出たり入ってたりしていたんだ。そして最近は軍の部隊がその辺りで何かを見つけたようで陣取っている。そこに何度かナイトクローラーの連中が襲撃を仕掛けたらしい」

 

「軍はナイトクローラーを退けたのか?」

 

「その時は、な。ドンパチを直接見たストーカーによればナイトクローラーは少数で少し仕掛けて、軍の戦力を引きずりだした後、あっさり退いたと言っていた。まあどう考えても威力偵察だな。次に仕掛ける時は陥落させるだろうよ」

 

「軍に公然と仕掛けるからにはナイトクローラーも結構な規模の部隊のはずだ。奴らがどれぐらいいるかわかるか?俺の知っている限りじゃ最低でも中隊以上の人員がいた」

 

 前回の戦闘で確認したナイトクローラーの実働部隊は、最低でも100人は超えていた。

 最もその大半を彼自身が皆殺しにしたので、そのままの規模ということはないだろうが。

 

「軍の戦力は精々二個小隊かそこらって所だな。後は装甲車を2台ほど持ち込んでいる。ナイトクローラーに関しては俺達もわからん。ここのところ奴らをZONEのいろんな所で見かけるが正確な人数を把握してる奴はいない。見つかったら問答無用で仕掛けてくるから、息を潜めてやり過ごすしかないんだ。だが……そうだな、確認された奴らだけでも100人以上はいるはずだ。30人もいればちょっとした集団を名乗れるこのZONEじゃ一大勢力と言ってもいい」

 

 フィアーは暫し考え込んだ。ナイトクローラーに100名以上の残存兵力が残っているなら、軍の二個小隊等、物の数ではあるまい。軍が装甲車を装備している事を差し引いてもだ。

 放置しておけば、その研究所は間違いなくナイトクローラーの手に落ちる。

 軍にもその獲物とやらにも興味は無いが、奴らが来るというのなら行く価値はある。

 

「奴らの獲物がなんなのかはわかるか?」

 

 そう聞くとウルフはそんなものは俺が知りたいと言わんばかりに首を横に振った。

 

「さあな、アーティファクトか、それとも研究資料か……。軍の連中がいなければ俺達がそれを頂きに行きたかったぐらいだ。ZONEじゃよくわからないが重要そうな獲物はそこら中に転がっている。うまく手に入れても大半は使い方がわからなかったり、二束三文でトレーダー達に買い叩かれるのがオチなんだけどな……こんなところでいいか?」

 

「ああ、十分だ」

 

 情報を聞き終え、次の目的地を定めたフィアーは座っていた木箱から腰を上げた。

 そして木箱の上に戦闘が終わった後、回収した銃器とその弾薬を広げ、残弾数の確認と銃の状態の確認と整備を始める。

 

 バンディットを殺して奪ったAKはAK-74アサルトライフルのカービンモデルであるAK-74Uだ。 AKライフルは頑丈さが取り柄の銃だが、こういった環境に置いてはその特性は特に頼りになるだろう。

 おまけに小口径高速弾を使用するため、威力だけなら元々持ってきたアサルトライフルと大差ないレベルだ。

 ただ、銃身が短いため遠距離での射撃精度には難が残るのが欠点だ。

 残弾はそこら中の死体とバンディットの備蓄庫―――結構な量の物資があったようだが、残念な事に手榴弾が飛び込んで大半が使い物にならなくなっていた―――に残っていた弾薬をかき集めて180発程のAK-74用の弾薬と、5つつばかりのAK用マガジンを確保できた。

 

 次に戦闘終了後に戦場を漁って手に入れたのは、MAC-10短機関銃だ。イングラムM10の名で知られる一昔前の短機関銃で、マシンピストルと呼ばれるほど小型で連射性能が高い。

 AKに負けず劣らずシンプルな作りで作動不良を起こしにくいが、同時に高い連射性能とそのサイズでこれもまたフルオートの制御が難しい。

 その特性によって至近距離ではちょっとしたショットガン代わりとしても使うことができる。

 但し、予備弾薬とマガジンが三つしか見つからなかったので、余りアテには出来ない。

 装備するのではなく、予備武器としてバックパックの中に入れておいた。

 

 第二次大戦以前に使用されていたボルトアクションライフル、モシンナガンも発見した。バンディットの見張りが使っていたものだ。

 自動小銃ではない文字通りの小銃で、一発撃つ度にボルトを引かねばならない旧式のライフルだが、大口径であるため威力は折り紙付きだ。

 しかし弾薬が20発弱しか見つからなかった。暫く考えた後、これはバックパックの外側に括り付ける。

 フィアーの戦闘スタイルとは合わない銃だが、遠距離への攻撃方法が現状殆ど無い状態では、このライフルの射程は魅力的である。重くなったら捨てればいいだけだ。

 

 どれも旧式の火器でナイトクローラーの連中を相手にするには少々心許ないが、武器は彼らを殺害して調達するという方法もあるので問題あるまい。

 黙々とAKを分解して、手入れをするフィアーにウルフが物欲しげに語りかける。

 

「俺達はこの後、南にあるもう一つのバンディットの拠点に攻撃を仕掛ける。そこはあの糞共に捕まって、鉱山奴隷みたいにアノーマリー探しにこき使われてるストーカー達がいるから彼らを助けるつもりだ。もしよかったら──」

 

「報酬を用意しておけば考えておこう」

 

 素っ気なく返すとウルフは肩を竦めた。

 

「やれやれ。情報屋に頼んで新しいネタでも仕入れておくか」

 

「そうしてくれ。できるだけ新鮮なやつをな」

 

「あんたみたいな殺し屋に追われるとは、ナイトクローラーの連中が初めて哀れに思えてきたよ。奴らは一体何をやらかしたんだ?」

 

「魔女の鍋の蓋を開けたのさ。挙句に鍋の蓋を持って逃げた。取り戻して蓋を閉めなければ、第二第三のZONEが生まれることになるかもしれん」

 

 淡々と言葉を返すフィアーに真実を感じ取ったのだろう。ウルフは小さく身震いすると十字を切った。

 

「あんたの狩りが成功することを祈っておくぜ。ZONEは確かに俺達の飯の種だが、二つも三つもあったんじゃ手に負えないからな」

 

「一つでも、だろ?」

 

 その返答に初めてフィアーのユーモアを感じ取ったのか、ウルフは笑った。

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 車両基地を出発して、1時間程が過ぎた頃、フィアーはAgroprom研究所に辿り着いた。

 着いたと言ってもその研究所そのものに到着したわけではなく、そう呼ばれる地域に足を踏み入れたというだけの話だ。ここから更に一時間か二時間ほど歩いて、ようやく目当ての研究所にたどり着く予定だ。

 ゴミ捨て場とは違う地域に入ったというのは、風景がゴミの山からハイキングにうってつけの自然豊かな大地へと変わり、ゴミと廃液の刺激臭が無くなった事で実感できる。

 車両基地からここまでの道中でミュータントは見なかったものの、車両基地から続く線路上にあったトンネルに、拠点を追い出されて途方に暮れているバンディットの1グループを発見した。

 丁度よかったので、彼らにボルトアクションライフルとAK74Uの試射のターゲットになってもらうことにする。

 

 そうやってシューテンググラスの射撃システムとの『調整』を済ませたモシンナガンライフルを再びバックパックに括り付け、AKカービンを携えたフィアーがAgroprom研究所地域に踏み込み、自身の位置をGPSで確認していた時、ある音がフィアーの聴覚に飛び込んできた。

 断続的に大気を叩きつけるかのような旋回音。ヘリのローターの音だった。

 

 それも戦闘ヘリの。

 

 反射的に近くの木立の影に身を潜める。

 突如現れ、フィアーの頭上を低空で飛び越えていったウクライナ軍の戦闘ヘリ、ハインドDは木の影で身を固くするフィアーの事には気付きもせず、ある方角に向かって一直線に飛び去っていく。

 その方角こそまさしくフィアーが目指していた『研究所』がある方角だった。

 ヘリが小粒ほどに小さく見える程に距離を開けた後、突然その軌道を変える。

 ここからではわかりにくいが、明らかに対地攻撃を目的とした戦闘機動へと移っていた。

 ハインドDは地面を舐めるような超低空飛行で、地上に向かって機首の重機関銃とロケット弾を撃ちこんでいたが、突如として上空へ上昇を始める。その動きは対空攻撃から退避しようとしているように見えた。

 いや、実際にそうだったのだろう。

 

 なぜなら次の瞬間、地上から凄まじい火線が上空へと向かって放たれ、ハインドDは回避行動も虚しくテイルローターを吹き飛ばされてしまったのだから。

 テイルローターを吹き飛ばされて、飛行出来るヘリは存在しない。

 メインローターの生み出す揚力を制御できなくなった戦闘ヘリは、ハエの様な蛇行した軌跡を描いた後、一直線に落下して地面に激突し爆発炎上した。

 一拍置いてヘリの墜落音がここまで響いてくる。

 フィアーは燃え上がるヘリの煙をしばらく見つめた後、手元のPDAに表示されている地図を見た。

 ヘリの墜落地点は彼の目指す研究所だった。

 

 

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 『研究所』は戦争でもあったかのような惨状となっていた。

 ちょっとした乗用車の突進なら防ぐ程度には頑丈だったはずのゲートは粉砕され、施設の一部は炎上し、至る所に軍の兵士達の屍が散らばっており、彼らの切り札だったはずの装甲車両も撃破されて未だに煙を吐いている。

 恐らくはあのハインドDもこの軍の兵士達の援軍として駆けつけたものの、力及ばず撃墜されたということなのだろう。

 それにしても装甲車や戦闘ヘリをこうも容易く破壊するとは、ナイトクローラーの連中は余程強力な火器を持ち込んだようだ。

 

 そしてそれは兵器だけでなく、兵士にも向けられたらしい。

 

 榴弾の直撃を受け四散した者。機銃弾の掃射を受け挽き肉にされたもの。高圧電流で丸焼きにされたもの。熱線で胴体を両断された者。

 徹底的な破壊を行われ、細切れになった兵士達の死体が、ナイトクローラーの火力を無言で物語っていた。

 

 細かく戦場を観察して気がついたのだが、ナイトクローラーの兵士の死体は一切無い。

 流石に戦闘ヘリの掃射を受けて被害無しとは考えにくい。

 それほどまでに圧倒出来るほどに戦力に差があったか、それとも戦闘終了後に彼らが自分たちの情報を残すまいと仲間の死体を処分したのか……。

 

 彼らを知るフィアーとしては後者の可能性が高いように思えた。ナイトクローラーは練度の高い戦闘部隊ではあるが、絶対無敵の存在ではないのだ。

 現場の検索を始めるとますますその可能性が強まった。

 この戦場跡にあるのは軍の兵士とその所持品のみ。

 微かな痕跡として軍が制式採用していたAK-74以外の弾薬の空薬莢が散らばっていたが、その程度だ。

 その弾薬にしても、アサルトライフルの弾薬としては少し珍しいがさほど特異性はない。

 強いて言うなら軍の兵士達の異常な殺され方が手がかりといえば手がかりだが、ZONEではそれほど特異な死に様でないというのが恐ろしい。

 戦闘の痕跡から探る事を諦めたフィアーは、ナイトクローラーの獲物の手掛りを求め建物へと足を向けた。

 

 『研究所』の中枢を担っていたと思わしきその研究棟は、まるで学校のような作りだった。

 大人数でも利用できる大きめの階段。教室を思わせるシンプルだが大きめの間取りの部屋。一直線の廊下。

 但し部屋の中には学生用の机ではなく、用途不明の作業機械、事務用の机やロッカー、研究用機材で溢れていた。

 そして外と同じくここもまた兵士達の死体が複数あった。

 流石に屋内戦でしかも奪取するべき目標があるためか、ナイトクローラーも重火器の使用は控えていたようで、彼らは外の兵士達の死体に比べると銃撃で撃ち殺されるという幾分常識的な死に方をしていた。

 もっともそんな事は死んだ兵士達にすれば何の慰めにもならないだろうが。

 

 3階建のその建物の部屋を一つ一つクリアリングしていくが、ナイトクローラー達も建物内部は徹底的に調べたようで、大半の部屋は荒らされていた。

 この調子では手掛りの一つも残ってはいないかもしれない。

 ネガティブな思考をしながら建物内を探索していくと屋上に出た。

 周りにこれ以上の高さの建築物が無いため、随分と視界が良好だ。敷地内どころか敷地の外まで見通せる。

 

 ゴミ捨て場のような汚物の山と腐臭がないこの地域は、見た目だけなら行楽に最適な自然豊かな土地に見える。だが実際にこんな所でピクニックをするような奴は唯の自殺志願者だ。

 屋上から何か発見出来ないかと敷地内を見下ろすと、フィアーはぎょっとした。

 いつの間にか血の匂いに引き寄せらたようで、無数のミュータント達がやって来て兵士の死体を貪っていたのだ。

 

 ミュータントの大半はあのメクラ犬と肉塊のような豚だったが、大型の猪もいた。

 種類が違うミュータントは互いに互いを警戒しているようだが、目の前に餌があるせいだろう。どれもそれなりに行儀よく餌を食べている。

 このまま降りて出て行けばミュータント達の総攻撃を受けることになるかもしれない。

 そう考えたフィアーはボルトアクションライフルで屋上からミュータントを狙撃することにした。

 ここならば進路も限られているので、ミュータントの反撃があった場合も階段や廊下をキルゾーンにして立て篭もることも可能だ。しかも屋上の端には地上へ降りるための小さな梯子もあった。非常用の出口まで確保されているというのは籠城戦にはもってこいの場所である。

 ライフルの調整は幸いな事にここに来る前に済ませておいた。このライフルにスコープは付いていないが、研究所の敷地内の距離なら裸眼でも問題ない。

 

 ボルトアクションライフルをバックパックから外すと、手際よくボルトを前後させ、薬室に弾薬を送り込み、目標を狙う。

 最初の獲物はゲート付近で死んだ兵士の胴体から四肢をなんとか食いちぎろうとしているメクラ犬だった。

 流石に大口径のライフル弾の威力は中々のもので、銃声と共にその野犬は一撃で即死した。

 

 突如攻撃をうけて、混乱した野犬達がその場から離れる。

 銃声を気にすること無く死体を喰らっているミュータントもいないでもなかったが、そういう図太い、或いは危機感のないミュータントはフィアーの狙撃を喰らって死んでいく。

 

 嬉しい事に豚のミュータントは知能が低いようで、銃撃を受けてパニックになると、何を勘違いしたのか興奮して野犬のミュータントへと襲いかかった。

 たちまち両者の中で乱戦が発生、その混乱を助長するかのようにフィアーが狙撃を続けたため、ライフルの弾が尽きる頃には大半のミュータントが倒れるか、この場から逃げ去った。

 

 これで状況は凌げたが、一つ気になることができた。

 屋上から敷地を見下ろしてわかったのだが、どうやらこの施設には下水道への入り口があるようだ。

 入り口と言っても開きっぱなしの大きめのマンホールに過ぎないのだが、そのマンホールの周りに妙に兵士の死体が多く散らばっていたのがフィアーの気を引いた。

 そう言えばこの土地の地下には通路が蜘蛛の巣のように張り巡らされている、とウルフが言っていた。

 どうせ次の情報のアテも無し、フィアーは地下道を探索することを決めると、弾切れになったボルトアクションライフルをその場に捨て置いて、屋上の出入口に向かっていった。

 

 

◆   ◆

 

 

 例のマンホールは近づいて見るとかなりの大きさがあることがわかった。

 唯の下水道の入り口にしては巨大な土管が、地面から50センチ程垂直に突き出している。

 丁度施設の倉庫と茂みに隠れる形になり、地上を探索しただけではわからなかったのだ。

 マンホールの付近には数人の兵士の死体と複数の空薬莢が散らばっており、かなりの激戦が繰り広げられた事が伺える。

 先の研究棟ならともかく、このような場所が激戦区になるとは考えにくい。

 軍の兵士達がここに逃げ込もうとして結果的にそうなったか、或いはナイトクローラーの目標が最初からここで軍がそれを阻止しようとしたのか。

 

 どちらにせよ、降りてみなければわかるまい。

 

 地下に降りる前にフィアーは武装を整える事にした。

 そこら中に散らばっている兵士の死体から、弾薬の詰まったAKマガジンを幾つか拝借し、その内の三つ程をベルトやポケットにねじ込む。

 フルサイズのAK-74もあったため現在持っているカービンモデルのAK-74と交換しようかと迷ったが、地下のような狭い空間ではカービンライフルのほうが扱いやすいだろう、と考えてやめておいた。

 地下で取り回しを良くするためにビニールテープを巻きつけて、小型のフラッシュライトをAKの銃身に装着する。

 ヘルメットにもフラッシュライトは装備されているが、敵が居るかもしれない状況で頭部から光を放つと言うのは狙撃してくれと言っているようなものだ。

 それならば両手で銃を構えることで、手が常にフラッシュライトのスイッチに届く事になるようにライフル自体に取り付けた方がいい。

 ついでにマガジンも二つほどビニールテープで連結し、弾倉交換を容易にできるようにした。

 

 更に腰に下げているソードオフショットガンにも一工夫をする。

 これにはシドから譲ってもらった特製の榴弾を装填し、敵に強化外骨格が居た時の切り札とする。

 予備弾薬としてスラッグ弾と榴弾を二発づつ、計4発をホルスターの外側にビニールテープを使って貼り付けた。

 テープの内側には布切れをつけて、ビニールテープがショットシェルにへばり付かない様になっているので咄嗟の時、素早くショットシェルを引き抜ける。長時間保持するには不安な仕掛けだが、地下を捜索する間だけなら十分だ。

 

 そして最後にバックパックから、ストーカー達を助けた時に譲ってもらった旧式の破片手榴弾を取り出し、これもビニールテープで胸とベルトに一つづつ貼り付ける。

 これで現状で出来る限りの武装は整った。

 随分と過剰に見えるがこの研究所に散らばる兵士達の末路を見れば、これでも足りない。

 これ以上の装備を望むなら、かつての戦いのように倒した敵から奪い取るしかないだろう。

 もしこの先にナイトクローラーが待ち受けているなら今までとは比べ物にならない激しい戦いが待っているはずだ。

 

 ―――大丈夫だ。俺なら出来る。オーバーンでの戦いを思い出せ。

 

 自身の裡から湧き出る恐怖(FEAR)を緊張感と警戒心として抑制し、フィアーは墓穴を思わせる地の底へと降りていった。

 

 




 武器は手に入れた先から使い捨てていくのがF.E.A.R.スタイル。 
 このSSのZONEはFEARMODも入れてるので、これから先いろんな武器が出てきます。
 相手を骨にする火星人の銃とか。
 今回フィアーが手に入れた銃も全て武器MODから。
 特にモシンナガンは大抵のMODに出てくる大人気の銃です。

 それにしてもこの主人公1人だとホント何も喋らないな……。
 FPSの主人公は皆そうなんですけどね。

 そしてZONE観光案内。
 Agroprom Research Institute(アグロプロム研究所)。自然豊かなマップ。
 自然が多いが、研究所と廃工場、地下道といった観光名所もたくさん。
 特産品はミュータント。たまに大物が湧く。
 色んな勢力が来るマップで軍人やバンディットがやって来て、ストーカー達とよくドンパチしていたりする。


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Interval 11 地下道

 地下に降りた先は広いコンクリートの通路になっていた。単なる下水道にしては広く、人が二、三人並んで歩けるほどだ。

 そしてなぜか、天井に備え付けられた白熱球が煌々と光を放っており、予想上に視界が良好だった。

 視界がクリアなのは助かると思う反面、誰がこんな所の設備の手入れをしているのかという疑問が沸き上がってくる。

 先客が探索を容易にするために発電機でも動かしたのだろうか。

 その場合、先客がまだここに残っていることになる。

 AKのボルトを前後させセイフティを解除、後は引き金を引くだけの状態にした上でAKを構えると、フィアーは探索を開始した。

 

 まず、自身の周囲の安全を確保するために、銃を構えたままぐるりとその場を一回転し、銃口の先をライトで照らす。次いで天井も確認し、異常がないことを確かめる。

 馬鹿げた動きに見えるが、こういった閉所でのクリアリングを怠ると死ぬことになる。

 まずはこの通路からだ。この通路は一直線になっており、北側は瓦礫で埋まり通行不能で南側もつきあたりになっているが、その手前に出入り口があり、横手の通路に抜けられるようになっている。

 白熱球による明かりは通路の全てを照らしているわけでない。

 崩落した北側の通路は細部は瓦礫のせいで光が届かないようだ。

 念のためAKに装着したフラッシュライトを使って瓦礫の影を調べると、瓦礫に埋もれる様に銃で撃ち殺されたと思わしき、兵士の死体がそこにあった。

 

 やはりナイトクローラーは地下まで降りてきているのだ。

 

 ふと、死んだ兵士の胸を見やると胸ポケットが妙な膨らみをしているのを見つけたため、彼の胸ポケットの中を改める。出てきたのはタバコが一箱。見たことのない銘柄だ。

 箱の中にはまだ数本残っているようだ。その内の一本を兵士の胸に置くと、残りは箱ごと頂いていく。

 

 フィアーは崩落していない南側の通路出口に向かって、銃を構えながらゆっくりと進んでいく。通路の出口の先にあったのは広大な部屋だった。

 その部屋の空間の大半を巨大な鉄のタンクが専有している。

 排水処理施設だろうか?タンクの後ろは死角になって確認しづらい。

 念のためライフルを構えクリアリングを行う。フラッシュライトがタンクの隙間を照らした時、タンクの下の僅かな隙間から小さな悲鳴が聞こえた。

 反射的に引き金を絞ろうとする指を抑えた。待ち伏せにしては反応がおかしい。

 フィアーは物陰に問いかける。

 

「だれかいるのか? 安心しろ。俺はナイトクローラーじゃない。この惨状を説明してほしいんだが」

 

 その言葉に答えが返ってくるまで数十秒はかかった。

 

「本当か? 本当に奴らじゃないんだな?」

 

 猜疑に満ちたその言葉を、

 

「俺が奴らなら問いかける前にお前を殺している」

 

 フィアーは一言で切り捨てた。

 

「……わかった出て行くよ。撃たないでくれ」

 

 そういってタンクの下から出てきたのはまだ若い軍人だった。一見するとタンクの下にはとても人が入れる余地は無いように見えたが、その下に更に小さな排水路が走っていた。それがこの軍人の命を救ったらしい。ナイトクローラーが来てからずっとその排水路に隠れていたようで、泥まみれの彼の顔からは疲労と恐怖が見える。

 

「お前は軍人か。一体ここでなにがあった?」

 

「数日前の話さ。おかしな傭兵団が攻めてきたと思ったらあっさり逃げていったんだ。俺達はそれを笑って見てたが今にして思えば、その時全力で逃げとけばよかったよ。

 次にやって来た奴らは前とは比べ物にならない重装備に身を固めてた。信じられるか? 強化外骨格まで持ちだしてバルカン砲や連射式ロケット弾、レーザー砲をしこたまに撃ちこんでくるんだ。

 装甲車どころか戦闘ヘリまで落とされて、あっという間に追い詰められた。敷地は連中に包囲されたから、俺はこの下水道に隠れてやり過ごそうとしていたんだ。

 ここにもミュータントが出るって話だが、あの傭兵部隊よりはマシだ」

 

 そういうと彼は再びタンクの下に戻ろうとする。本気でしばらくここで立て篭もるらしい。

 

「ナイトクローラーはこの前に進んでいるのか?人数はわかるか」

 

 タンクの下から声が響く。

 

「ああ、何人分かの足音は聞こえた! 奴らはミュータントも皆殺しにしながら進んでる! もういいだろ、俺のことはほっといてくれ!」

 

 この様子では道案内は頼めそうにない。

 フィアーは溜息をつくとタンクのある部屋から外にでた。

 その先にあったのは更に地下へ潜るための螺旋階段だった。

 上を見上げると、微かに陽の光が見える。恐らくあそこもマンホールになっているのだろう。

 ただし螺旋階段は上にも伸びているがマンホールに到着する前に崩れているので、ここから外に出るのは不可能だ。

 

 足音を立てないようにゆっくりと鉄製の螺旋階段を慎重に降りていく。

そして階段の半ばで、撃ち殺されたブラッドサッカーの死体を発見した。 

 ブラッドサッカーがいくら透明化しようと、ナイトクローラーは熱源探知もできるアサルトライフルを装備している。恐らく光学迷彩で隠れている所を赤外線探知で感知されて、蜂の巣にされたのが容易に想像できた。

 

 このZONEで恐れられているブラッドサッカーですら、ナイトクローラーの前ではこれだ。

 

 降りていく途中で階段脇にも小さな小部屋があるのでそこにも注意を払う。それで気がついたのだが、小部屋や階段の壁面にところどころペイントスプレーを使った×マークが書き込まれていた。

 ナイトクローラーの制圧済みを表すマークだろうか。

 

 階段を降りきった後はその先は曲がりくねった細い通路になっていた。曲がり角が多いため視線が通りにくく、白熱球も切れかけているのか光が弱々しい。

 奇襲とトラップを警戒して通路をゆっくりと進んでいく。二回ほど曲がった所で今度は通路の幅が一気に広くなった。天井も高くなり、照明も強い。 

 ただし見通しが良すぎるため、戦闘には逆に向いていない。しかもその通路の至る所には毒の沼とも言うべき化学反応を起こすアノーマリーが発生していた。

 

 戦闘中、迂闊にここに足を踏み込めばそれだけで足を無くす覚悟を決めなければならない。

 そして通路には横道がいくつかあり、そこにも例のスプレーで制圧済みのマークが書かれている。この通路はそれぞれが小部屋や別の通路に繋がっているのだろうか。こればかりは自分の目で確認しないとわからない。

 

 厄介なことに広い通路はゆったりとしたカーブを描いており、突き当りがどうなっているのかも不明だ。

 構造が単純なら推測することもできるが、どうもこの施設の間取りは判りづらい。

 フィアーはナイトクローラーの動向を探るために、広くなった通路に出る前に、一度狭い廊下に身を引くと銃を側に置き、跪いて耳を直接地面に当てた。

 地面の振動を通して、ナイトクローラーの足音を捉えようとしているのだ。

 

 いた。

 

 発達した彼の聴覚は、この施設内で動く者達の足跡を確かに感知した。

 地下ということもあり人数も何をしているかは不明だが、足音からしてまるで何かを探しているように思える。

 その動きから見るに今はさほど警戒はしていないようだ。

 当然だ。ここに来るまでの敵性勢力は彼らが全て殺し尽くしたのだから。あの軍人の様に生き残りがいたとしてもあの戦力差では追撃しようとすら思うまい。

 つまり今は、奇襲を仕掛けるには絶好の機会ということだ。

 銃のセイフティを外しておいて良かったとフィアーは思った。彼らならセイフティを解除する音にすら敏感に反応するだろうから。

 

 狭い通路から広い通路へ音もなく飛び出し、横道への出入り口に張り付き、曲がり角を確認するための小型のハンドミラーで内部を確認する。

 敵に気付かれないようハンドミラーで覗いたのも一瞬だったが、それで確認できた事はいくつかあった。

 

 横道の先は小さな小部屋になっていた事。

 そして小部屋の中には、紅い縁取りがされた漆黒の戦闘服で全身を包んだ兵士が二人。 その手にはG36をベースにし、様々なモジュールを取り付け、原型がわからなくなるほどのカスタマイズを施されたアサルトライフル。

 頭部はヘルメットと一体化したガスマスクと光学、暗視、赤外線の各種機能を持つ複合式ゴーグルで覆われており、前述の装備と相まって人間的な要素を全て排除したかのような外見。

 間違いなくナイトクローラーの兵士だった。

 

 ようやく追い付いた。

 

 フィアーは胸の中で呟く。

 一人でもいい。

 彼らを確保しなければならないが、それが難しい事も同時に理解している。

 ナイトクローラーが厄介なのはその戦闘力もそうだが、任務の為には仲間だろうと即座に切り捨てるその非情さと、例え切り捨てられても任務を果たそうとするその精神だ。

 捕虜を得ようと半端な攻撃を仕掛ければ、それが隙となって致命的な事になる。

 加減できるとすれば奇襲を仕掛けることの出来る最初の一人か、最後の一人。

 

 このナイトクローラーはツーマンセルで動いている。

 奇襲が上手くいって一人を戦闘不能にしても、もう一人から反撃を食らうか、確保した捕虜を殺害されることになる。

 ナイトクローラーは他にもいるのだ、初戦でもたつけば折角の奇襲効果も台無しだ。よってフィアーはこの二人は即刻で殺害することに決めた。

 ナイトクローラーの戦闘服は防弾繊維と防弾プロテクターの組み合わせで、確かに頑丈ではあるが、無敵ではない。

 彼らの戦闘服も小銃弾の連射には耐え切れないのをフィアーは経験から理解している。

 

 突入に先んじて彼らが何をやっているかを探るため、もう一度ミラーを使い内部を覗き見る。

 どうやら小部屋の先には更に出入り口があるようで、ナイトクローラーの兵士達はそちらを見ていた。

 だがこちらを振り向くのはタイミングの問題だろう。突入するなら今しかない。

 フィアーは即断すると、小部屋内部に突入した。

 突入と同時にスローモーを使い、知覚を拡大させる。

 文字通りスローモーションになった視界には、こちらに気づき向き直ろうとするナイトクローラー兵士。

 

 だが遅い。

 

 AK74Uをフルオートで掃射。放たれた銃弾は至近距離ということもあり、凄まじい集弾性で二人の兵士の頭部へ次々と突き刺さる。

 いくら頑丈といえどヘルメットでライフル弾は防げない。

 作戦行動中に情報を少しでも漏らさぬ様、彼らのマスクにはボイスチェンジャー機能が付いている。

 そのボイスチェンジャーを通して電子加工された悲鳴が彼らの口から一瞬漏れて、すぐに消えた。

 しかし悲鳴はすぐに消えても、AKの銃声はこの地下施設内に派手に鳴り響いた。

 フィアーの無線機は前回の作戦行動中で得られた情報を元に、彼らが戦闘時に使うであろう無線周波数を拾うように調整がしてあった。フィアーの上司にあたるベターズの考えだったが上手くいったようだ。

 無線機に他のナイトクローラーの無機質な声が幾つか飛び込んでくる。

 

『敵襲か?!』

『AKの銃声だ。総員戦闘態勢に移れ』

『ポーン3とポーン2のバイタルが消失している』

『銃声はAKだ。方角からして軍の追撃部隊か。返り討ちにするぞ』

 

 ナイトクローラーの反応は概ね冷静で隙がなく、可愛げの無いものだった。

 素直に慌てふためいてくれる分バンディットの方がマシだ。

 そんな事を思いながらフィアーはスローモーを解除し、AKのマガジンを交換すると、小部屋の先の出入口に向かい、その先をミラーで確認する。

 小部屋の先もまた広い通路になっていた。どうやら先ほどフィアーが侵入してきた方の通路と平行している作りになっている様だ。

 

 その通路には遮蔽物として木箱がバリケードのように無造作に置かれており、数人のナイトクローラーがそれらを盾に半身を隠しながらこの小部屋の出口に銃口を向けている。

 フィアーは旧式の手榴弾を胸から外して安全ピンを引き抜くと、通路に、正確には通路の壁に向かって角度を計算しつつ投擲する。

 壁で跳ね返った手榴弾は木箱を飛び越え、ナイトクローラー達の真後ろに着地した。

 電子的な罵声が爆発音にかき消される。

 ついでに侵入してきた方からの通路からの挟撃に備えて、そちらにも手榴弾を一つ投げておく。

 これで数秒から数十秒は、あの通路から突入することを躊躇うはずだ。

 間髪入れずにフィアーは最初に手榴弾を投擲した通路へと突入する。

 

 予想通り射撃はなかった。

 あの爆発で通路のナイトクローラー達は全滅か戦闘不能に陥ったらしい。

 フィアーの無線機に飛び込んでくるナイトクローラー達のやり取りに微かに動揺と罵声が混じってきた。

 木箱のバリケードとナイトクローラーの死体を乗り越え、ついでに息のあったナイトクローラー隊員に止めの銃撃を撃ち込んで更に進むと又、小部屋への入り口があった。

 丁度そこから銃を構えたナイトクローラー隊員が出てくる。

 相手よりも早く照準をつけて発砲。

 腹部、胸部、頭部を連続して撃たれたその隊員は手にした銃を乱射しつつ倒れこんだ。

 続いて手榴弾をその隊員が出てきた小部屋の入り口に放り投げる。

 

 『グレネード! 退避!』

 

 直後、手榴弾が炸裂するが、敵の避難は間に合った様で被害はないようだ。

 だが無駄ではない。これで数秒は稼げた。

 自ら炸裂させた手榴弾の爆煙の中を突っ切って小部屋に突入する。

 当然だが敵は居ない。このチャンスにAKのマガジンを交換しつつ室内を見回した。

 その小部屋も先の小部屋と同じく反対側―――先ほどフィアーが突入してきたほうの通路への出入り口があった。

 これがなければあの小部屋のナイトクローラー隊員は逃げ道を得られず全滅していただろう。

 

 ミラーで通路先を確認。小部屋から逃げ出し、態勢を立て直そうとしている3人のナイトクローラー隊員の存在を認めると、ミラーを仕舞う間も惜しんで放り捨て、スローモーを発動。

 フィアーは反対側通路へと飛び出すと同時に、ナイトクローラー達に向かってAKのマガジンの残弾全てを叩き込んだ。

 ここには先の通路と違ってバリケードになるようなものはない。よって撃ち合いは純粋に反射速度と精度を競う事になる。

 だが普通の人間では、スローモーを発動させたフィアーと真っ向から撃ちあって勝つのは不可能だ。

 2秒後には三人のナイトクローラー隊員は全員撃ち殺されて地に伏していた。最後の一人が倒れると同時にスローモーを解除。

 

 『ポーン6、7,8まで殺られた。敵は何人いる?』

 『ポーン11とポーン10は退路を確保。挟撃に備えろ』

 

 再び小部屋に戻りAKのマガジン交換をしながらナイトクローラーの無線を傍受する。

 ありがたい事にナイトクローラーはこちらを多人数だと誤解してくれているようだ。

 こちらが単独と気づかれると数で一気に押し潰される可能性があったが、挟撃を警戒している今ならない。

 

 再び通路に飛び出そうとして、フィアーは気づく。短期間で連射を繰り返したためAKの銃身が過熱し始めている。後一つか二つマガジンを撃ちきれば暴発しそうだ。

 フィアーはAKを諦める事にした。代わりの武器はこの先に転がっているからだ。

 先ほど放り出したミラーを拾い上げ、念入りに通路の先を確認する。

 この先の通路は終点になっており、左右の壁それぞれに一つづつ横穴のような出入り口がある。

 ナイトクローラー隊員の姿は通路には無いが、左右の出入り口には間違いなくナイトクローラー隊員が張りついているだろう。

 

 フィアーは通路に出ると、過熱したAKを左右の出入り口に向けてフルオートで斉射する。

 敵が出てくるのを思いとどまらさせるための威嚇射撃だ。

 弾が切れると同時に銃身から煙を吹き始めたAKを捨て、先ほどフィアーが射殺したナイトクローラー隊員の死体からアサルトライフルを拾い上げ、ついでに彼の胸に取り付けられていた手榴弾―――ATC社の最新のもの―――を頂く。

 

 この手の行為はオーバーンでもよくやっていた事なので手慣れたものだ。

 そして拾い上げた手榴弾を右の横穴に放り込み、その隙に左の横穴に突入しようとしたその時だった。

 突入しようとしていた左側の横穴からと獣のような雄叫びと変声機越しの罵声、そして銃声が連続して響き渡る。

 

『こちらポーン10! ブラッドサッカーだ!2体!』

『ポーン10とポーン11はそちらを始末しろ! 追撃部隊はこちらで足止めする!』

 

 どうやら激しい戦闘音がこの地下トンネルの先住民を呼び寄せてしまったようだ。

 続いて右の出入り口からこちらへの牽制か、この通路に向かって手榴弾が投げ込まれる。

 フィアーは常人離れした脚力で足元の死体を手榴弾に向かって蹴り上げ、素早く残った別の死体の影に滑りこむように隠れる。

 蹴り上げられた死体は手榴弾の上に落下。同時に手榴弾が起爆。

 破片効果よりも火力を重視したタイプのその手榴弾の爆発により、死体は一瞬で血煙になるも威力は大幅に減衰され、死体を盾にしたフィアーには対した影響を与えることは出来なかった。

 すぐさま立ち上がるとフィアーは爆炎を突っ切って右の横穴に突入する。

 まさか手榴弾の起爆直後に敵が突入してくるとは思わなかったのだろう。

 内部の小部屋で待ち構えていた2名のナイトクローラー隊員は、明らかに反応が遅れていた。

 

『軍じゃない!?』

『まさかこいつ……!』

 

 もっとも反応が遅れたのはこちらの外見に気を取られていたのもあったようだが。

 そしてフィアーの前で僅かでも隙を見せるのは死を意味する。

 突入と同時、横に薙ぎ払うように撃ち込まれた掃射に、ナイトクローラー隊員2名が纏めて撃ち倒される。

 同時にアサルトライフルの残弾が切れる。

 拳銃を引き抜き、倒れこんだナイトクローラー隊員の頭部に念の為、一発ずつ止めの銃撃を撃ちこむ。

 

『ポーン10だ。ブラッドサッカーを始末した。ポーン4、そちらの状況はどうなっている? ……糞!ポーン1へ! ポーン4と5のバイタルが消えている! この進撃速度は軍じゃないぞ!』

『……ポーン1から全隊員に告げる。本隊がいない今の戦力では太刀打ちできん。離脱するぞ』

 

 敵はとうとう撤退の決意をしたらしい。

 どうも敵の主力は既に居ないようで、ここに残っているのは調査目的の小規模なチームの様だ。

 だからこそここまでスムーズに攻撃が成功したのだろう。

 ここに軍を撃破した主力部隊がいればこんなものでは済まなかった筈だ。

 敵の戦力が不明だったため加減もせずに皆殺しにしてきたが、撤退させるほど敵の戦力をすり潰した今ならナイトクローラーの隊員を捕えるには絶好の機会でもある。

 

 フィアーは足元に転がるナイトクローラー隊員の装備からアサルトライフルの予備マガジンをいくつか拾い上げると、弾切れになったアサルトライフルに装填し、残りは必要なくなったAKのマガジンをポケットから捨て、代わりにアサルトライフルの予備マガジンを空いたポケットにねじ込む。

 そして小部屋から先ほどの通路に戻ると、ミュータントと思わしき咆哮が聞こえてきた左の横穴に突入した。

 

 突入した先は通路よりも更に広い空間だった。

 

 複数のポンプや地下下水道の排水用の大型機械が広大な空間に一列に並んで置かれており、その奥に別の部屋へと続く通路があるようだ。

 しかしそこにはナイトクローラーの隊員の姿はない。

 代わりに射殺されたブラッドサッカーの死体が二つ転がっていた。

 それに一瞥を向けるとフィアーは速度を緩めること無く奥の通路に入る。

 通路内部は人が二人並んで通れるかといった狭さで、先の通路と同じく至る所に猛毒のアノーマリーが湧いており、その奥に上へと登る螺旋階段があった。

 

 そこを登って撤退しようとしているナイトクローラー隊員の姿を確認したフィアーは、その脚に向かってアサルトライフルによる銃撃を叩き込む。

 今まさに階段を登り切ろうとしていたナイトクローラー隊員は、脚に銃撃を喰らって悲鳴を上げながら階段から転がり落ちた。

 彼にとって不運だったのは階段から落ちた先に猛毒のアノーマリーがあったことだ。

 

 緑色に発光する沼のような毒のアノーマリーに頭部から落下した彼は、電子加工された凄まじい絶叫を上げた。

 生半可な銃弾をも跳ね返す強度を持つ戦闘服も、猛毒のアノーマリーの前には無意味だった。

 瞬く間に戦闘服が中身諸共溶解し、黒い防弾繊維と血の色が交じり合ったピンク色の肉塊へと変わっていく。

 そしてその肉塊も数秒足らずで溶解し、緑色の沼へと溶けこんでいった。

 まるで底なし沼の様に。

 

 あくまで脚を撃って生け捕りにしようと考えていたフィアーは、予期せぬ惨事に一瞬だが呆然とする。

 しかし上から足音が聞こえると、頭を振ってすぐに追撃に向かう。

 足音から推測するに恐らく残りの隊員は一人と言った所か。

 相手が一人なら予期せぬ事故が起きぬ限りは、確実に無力化できる自信がある。

 トラップを仕掛けている暇はないだろうと判断し、一気に階段を登りきる。

 階段を登り切った先は一番奥に何らかの下水処理施設が鎮座しているほか、コンクリート製の柱が乱立し、木箱が部屋中に放置されている広めの部屋になっていた。

 その部屋の出入口は左右に二つ。

 どちらに逃げたのかと判断に迷ったその時、左の通路から手榴弾が投げ込まれる。

 

 それに対するフィアーの反応は迅速だった。

 手榴弾を視認した瞬間、反射的にスローモーを発動させ、手榴弾を狙い打つ。

 手榴弾は後方に―――即ち出入口の中に押し返されつつも、爆発。

 出入口の奥から爆音とくぐもった悲鳴が聞こえてくる。

 

 殺してしまったか。

 

 反射的に撃ち返したことを後悔しながら、フィアーは手榴弾を押し戻した出入口に向かう。

 出入口の先はまたしても通路になっており、その通路の終点は地上に続くマンホールの蓋へ登る為の梯子がかかっていた。

 その通路の半ばでナイトクローラー隊員は倒れていた。

 僅かに痙攣している所をまだ生きているようだ。どうやら辛うじて一命は取り留めたらしい。

 もしあの手榴弾をやり過ごされていたら、逆にマンホールから地上に逃げられていただろう。

 そうなると土地勘のないこちらは、ナイトクローラー隊員を取り逃がしていた可能性が大きい。

 

 フィアーは安堵の溜息をつくと、ナイトクローラー隊員に歩み寄っていった。

 

 その瞬間、異常なまでの鬼気がフィアーの全身を突き抜けた。

 反射的に歩みを止めるがそれは正しかったと言えよう。

 なぜなら地下道の突き当りの地上へのマンホールが僅かに開き、そこから複数の手榴弾が落下。それらはスーパーボールのように大きく跳ねながら、こちらに向かってきたからだ。

 フィアーは全速で身を翻すと、先の部屋へと弾丸のように飛び込んだ。

 続いて先の通路から立て続けに爆破音。この地下施設全体が揺れるほどの衝撃が数秒に亘って続いた。 

 

 ―――やられた。

 

 フィアーの内を満たすのは悔恨だった。

 ナイトクローラーは小規模のチームが全滅した時に備えてか、更に証拠隠滅の為の人材も用意していたらしい。あれだけの手榴弾が炸裂すれば、あのナイトクローラー隊員は即死だろう。

 しかも今の殺気には覚えがある。

 

 精鋭揃いのナイトクローラーの中でも更なる最精鋭。

 薬物と遺伝子強化によって、自分と同じスローモーを手に入れたナイトクローラーのエリート隊員だ。

 先日での戦いで随分と数を減らしたつもりだっただが、まだまだ残っていたらしい。

 

「こんな僻地へようこそF.E.A.R.。部下のバイタルが次々と消えていくから何事かと思えば……お前相手では荷が勝ちすぎていたか」

 

 未だ粉塵が収まらなぬ通路の奥から、ナイトクローラーエリートが無機質な変声機越しに語りかえてきた。

 滅多にない事だ。奴らから声をかけてくるとは。

 フィアーは情報収集の為に彼らのお喋りに付き合うことにした。

 

「恐怖はどこまでも追いかけていくものだ」

 

「本当に怯えているのは貴様らだろう。たかだが遺伝子データ一つにここまでやってくるとはな……。もっとも遺伝子一つでここまでの損害を受けた我々も笑えないな」

 

「大人しく返せば命だけは保証してやるが」

 

「それがF.E.A.R.流の冗談か?ここまでかけて手に入れた以上、投資に見合ったリターンを手に入れてみせるさ。既に次のスポンサーには目処がついてる」

 

 話しながらも声の出処か少しづつこちらに近づいて来ているのがわかる。

 奴が顔を出すであろう通路の出口まで……あと3メートル……2メートル……1メートル……。

 

「だが、まずスポンサーに話を付ける前にお前を始末しないとな」

 

 何の気負いもなく放たれた言葉と共に、見張っていた出入口から手榴弾がフィアーのいる部屋へと放りこまれる。

 既にスローモーを発動させていたフィアーは、その卓越した反射神経で手榴弾に銃の照準をあわせ、そして引き金を引こうとした瞬間ハメられた事に気がついた。

 手榴弾の安全装置は外されてはいなかった。ブラフだ。

 もっとも相手が投擲された手榴弾の表面に書いてある文字すら読めるフィアー相手だからこそ、成立したブラフなのだが。

 

 それで稼いだ時間は僅か1秒にも満たない。

 しかしナイトクローラーエリートはその時間で既に行動を開始していた。

 彼は手榴弾を地面に転がすように放りこみ、フィアーの視線を下に誘導すると本人は出入口の上部からまるで蜘蛛のように、壁を這うようにして部屋内部に侵入。

 そのまま出入口の上部の壁に登ると壁を蹴って、別のコンクリート製の柱に飛び移りその陰に身を隠した。

 この猿のような軽業も、スローモーが使えるナイトクローラーエリートだからこその動きだ。

 

 だがその程度の動きも同じくスローモーが使えるフィアーを欺くほどではない。

 逃げ込んだ柱の影に手榴弾を放り込み、即座に銃撃を撃ち込み暴発させる。

 爆炎が柱を飲み込む。

 

 「お返しだぜボーイ」

 

 その変声機越しの言葉は側面から聞こえた。

 

 そちらに視線を向けると、いつのまにか横手の壁に器用に脚と片手一本で取り付いて、自身を中空に貼り付けているナイトクローラーエリートがそこにいた。

 鎧のような漆黒のボディアーマーを着こみ、下半身はサーコートを思わせる分厚い防弾布で覆っている。

 頭部もゴーグルとガスマスクと一体化した黒いヘルメットで覆われ、その瞳も紅い光を放つ5つのカメラアイに隠されており、その表情を伺うことはできない。以前のナイトクローラーエリートはもっと軽装だったが、今回は随分な重装備だ。

 

 だが悠長に観察している暇など無かった。なぜなら彼の片方の手からは、今まさにその手に握られていた三つもの手榴弾がこちらに向かって投げつけられる所だったからだ。

 全力で地面を蹴って部屋の中央にある下水処理施設の影へと飛び込む。

 飛び込んだ瞬間、凄まじい爆音が立て続けに炸裂し、粉塵と噴煙が部屋を覆った。

 

 並みの人間ならこの轟音だけで暫く行動不能になるほどだろうが、フィアーにしろ相手にしろそんな隙を見せるほど甘くはない。

 耳鳴りが響く中、頭上に気配を感じたフィアーは咄嗟にライフルを上に向けて掃射した。

 舌打ちと共に黒い影が天井を飛び、ライフルの火線を回避してまた柱の影に消える。

 その動きを見て分かっていたことだが、ナイトクローラーエリートの身体能力は自分のそれをも上回るということを再認識する。

 流石のフィアーも重装備を身に纏いながら、あれほどまでにアクロバティックな動きをするのは難しい。

 こちらに有利な点があるとすればスローモーだろう。

 どういった理由かは不明だが彼らのスローモーの効果は自分のそれより劣るようだ。

 純粋な銃撃戦ならばこちらに分があるとわかっているから、相手も立体的な動きでこちらを翻弄して射撃戦を避けようとしているのだ。

 

 フィアーはライフルを片手で構えると、残った片手で腰のソードオフショットガンを引き抜いた。

 ソードオフに装弾されているのはショットガン用の榴弾だ。

 それをナイトクローラーエリートが隠れているコンクリート製の柱に、向け―――僅かに照準をずらして連射。

 二つの榴弾がコンクリートの柱の至近距離で弾けて、衝撃波と無数の破片をまき散らした。

 ショットガン用というだけあって威力は小さい。効果範囲も数メートルといったところか。

 もしコンクリートの柱に直接叩き込んでも頑丈な柱に対しては破壊も貫通もできなかっただろう。

 

 しかし。

 その付近に撃ち込み、破片をばら撒けば柱の影に潜むナイトクローラーエリートをあぶり出すには充分な威力があった。

 至近弾の余波を受け、粉塵に紛れて黒い影が柱から飛び出す。

 並みの人間ならそれも見逃していたであろうが、フィアーは完全にその動きを捉えていた。

 片手で構えた自動小銃から火線が放たれ、疾走するナイトクローラーエリートの胸へ数発が着弾する。

 胸を撃ち抜かれてバランスを崩したナイトクローラーエリートは転倒したかに見えたものの、前転してその勢いを利用し、もう一つの部屋の出入口へと飛び込んでいった。

 

 敵を仕留め切れなかった事に対して、フィアーは小さく舌を打った。

 どうやら彼らのボディアーマーの頑丈さを甘く見ていたらしい。ライフル弾の直撃にも耐えるとはちょっとした強化外骨格並みの強度だ。

 しかも彼が今飛び込んでいった出入口はフィアーがやって来た方でもなければ、地上へのマンホールがあるほうの出入口でもない。

 まだ彼が探索していない部分への出入口だ。

 既知の場所に逃げられるならまだしも、完全に未知の場所に逃げられるのはリスクが大きい。

 

 長期戦になることを覚悟したフィアーは一旦下水理設備の影に身を隠すと、スローモーを解除して息をついた。

 途端に頭痛と悪寒が襲ってくる。スローモーを使用しすぎた代償だ。

 フィアーは腰のウエストポーチから薬物のアンプルを取り出すとそれを静脈注射する。

 中身は一種の興奮剤だ。この手の薬物をフィアーが使うと、スローモーの使用効果時間が飛躍的に伸びる他、スローモーの反動を和らげることができる。

 

 余り使いたくはないのだが、自身と同じスローモー使いが相手ではそうも言ってられない。

 スローモーの副作用が消えたことを確認すると、手早くソードオフショットガンに再び榴弾を装填する。

 ライフル弾をも防ぐあのボディアーマーには最新鋭のアサルトライフルより、この骨董品のほうが頼りになるだろう。

 機械の影からナイトクローラーエリートが消えた出入口に一瞥を向ける。

 すると入り口の影からナイトクローラーエリートの手が現れると、ほんの一瞬だけ手招きして再び影に消える。

 

 上等だ。

 

 あからさまな挑発にフィアーの闘争心に火がつく。薬を使ったせいかもしれないが。

 自動小銃とソードオフをそれぞれの腕に構えて、彼は地獄への入り口に突撃した。

 

 




 作中のマップの作りとかは基本ゲームのマップに沿ってます。
 そしてようやくナイトクローラーの登場。
 エリートにはスローモーよりも異常なタフさに泣かされました。
 今回のナイトクローラーエリートの装備は初期のコンセプトアートの黒コートバージョンを採用。
 強そうだし格好いいのでZONE仕様の装備ということにしました。
 そのコンセプト絵は海外のFEARwikiとか漁ると見れます。
 FEARのコンセプトアートは敵役がどいつもこいつもかっこよくて素敵です。

 
 そしてZONE観光案内でも。
 この地下道はS.T.A.L.K.E.R.SOCで最初に潜る地下であり、初めてさっちゃんとGパンに遭遇する怖い場所。
 こいつらと戦った後、軍人と出くわすとホッとします。
 アノーマリーだらけで迷路みたいに複雑というか面倒くさい構造です。
 
 たまにバンディットがここを拠点にしてたりするが、こいつらよくこんな怖い所で寝泊まりできるな……。
 後、地下で途中で会った軍人はS.T.A.L.K.E.R.一作目のこのマップのサブクエストに出てくる脱走軍人のオマージュです。いや知るかそんなもんって感じですが、言わないと多分永遠に気付かれないと思って言いました。
 
 そして小物紹介。
 フィアーやナイトクローラーが使うアーマカム製手榴弾の紹介。こいつはF.E.A.R.のゲーム内で使用されてる手榴弾です。
 ゲームの設定だとフラググレネード。
 つまり破片手榴弾と明記されてるんですが、ゲームだと殺傷半径が狭く敵の至近距離で炸裂させると文字通り血煙になる派手な殺しっぷりなので、作中だと爆圧で殺傷するタイプだということに変更してます。
 実際敵をこいつで血煙にするとガッツポーズ取りたくなります。


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Interval 12 廃工場

 ナイトクローラーエリートを追い、出入口へと飛び込んだフィアーは目を見張った。

 出入口の先は長細い通路になっていた。それはいい。

 問題は追っていたはずのナイトクローラーエリートが通路の中心部で悠然と構えていたことだ。

 地下道は狭く、おまけに崩落が起きており、瓦礫が一部を塞いでいた。

 故に待ち受けるには絶好のポイントだ。にも関わらずわざわざ姿を晒す理由が分からない。

 その明らかに不審な態度にフィアーは、攻撃を躊躇せざるをえなかった。

 動きを止めたフィアーに対して、ナイトクローラーエリートはマスク越しに小さく笑った。

 

 「……良い判断だ。それ以上近づいていたら死んでいたところだ」

 

 その言葉でフィアーは気がつく。この地下通路全体が小さく帯電していることに。

 これは鉄橋の近くのトンネルでも見かけた電撃のアノーマリーだ。

 迂闊に動けば黒焦げということか。これでは戦闘どころではない。

 

 改めてナイトクローラーエリートを観察する。

 前作戦の時は黒い軽装のボディアーマーに頭部はゴーグルのみという機動力を重視した出で立ちだったが、今回は甲冑じみた装甲服に、前掛けのように腰から下をカバーする防弾布、頭部も装甲服と揃いの兜じみたフルフェイスマスクに覆われており、まるで漆黒の騎士か処刑人と言った趣だ。腰の後ろに引っ掛けてあるカービンライフルは宛ら処刑剣と言った所か。

 これがナイトクローラーエリートのZONE用の局地戦装備なのだろう。これほどの重装備ならアノーマリーに対しても高い耐性があるはずだ。

 

 全く装備が違うのにも関わらずナイトクローラーエリートと判断できたのは、彼らが共通して放つ、異常なまでのプレッシャーだ。

 前回の作戦に置いてもフィアーは複数のナイトクローラーエリートと交戦し、何人も仕留めている。だからこそ油断はしない。

 スローモーを用いて人間離れした身体能力で、空間を立体的に動く彼らの力を知っているが故に。

 

 こちらの機先を制するようにナイトクローラーエリートが電子的に変換された無機質な音声で問いを放った。

 

「一応聞いておくが、わざわざ所まで何のようだ? まさか本当にあの遺伝子データを追ってここまで来たのか?」

 

「そのまさかだ。殴られたらどこまでも追いかけて殴り返さなければ気が済まない質でな。俺からも聞くが、お前達は本当にアレを売り物にするつもりか? オーバーンが今どうなってるのか知らないわけじゃないだろう?」

 

 現在第二のZONEとなりつつあるオーバーンは米軍の手によって、物理的にも情報的にも封鎖されているが、完全ではない。

 それなりに伝手があるのなら、現状を把握するぐらいはさほど難しくはない。

 まともな人間ならあんな惨事を引き起こす危険物で商売するわけはないが、眼前の兵士と彼が所属する一団がまともではない事はフィアーは薄々感じていた。

 

「勿論知っているとも。素晴らしい……実に素晴らしい力だったな、あれは。」

 

 だがナイトクローラーエリートの返答は、更にその予想を超えていた。

 その言葉からは変声機越しにも理解できるほどの陶酔が含まれていた。

 

「俺は……自分自身を徹底的に鍛え上げ、時には薬物を使って肉体を強化し、人知を超えた力を手に入れたと思っていた。お前もわかるだろう? 俺達と同じ力を持っているお前なら」

 

 スローモーのことだろう。ナイトクローラーは組織レベルで兵士を強化し、スローモー能力を与える技術を有している。

 ……では自分は? 一体いつから、どこでこの能力を手に入れたのだ?

 小さな違和感と疑問が一瞬脳裏を掠めるが、すぐに消える。

 今はそんなことを考えている場合ではない。

 そんなフィアーの一瞬の逡巡にも気づかなかったように、ナイトクローラーエリートは言葉を続ける。

 ―――普段なら絶対にあり得ないことだ。あのナイトクローラーエリートが敵の僅かな隙を見逃すなど。

 

「ZONEでも俺達は無敵だったし、オーバーンでは亡霊だって蹴散らせた。どんな化け物が相手でも俺達は止められない。そう思っていた。―――あの力を見るまでな」

 

 そういって彼は自嘲気味に笑った。

 

「あのアルマの力を見た後じゃ、俺達の能力なんてものは安っぽいデリンジャーに過ぎないってことがよくわかったのさ。……俺はあの力が是が非でも欲しい。

 前のスポンサーは臆病者でな。俺達を切り捨てる気でいたんだ。だからデータを奪い取った。アノーマリー。ミュータント。このZONEのスポンサーは貪欲だ。実にいい。俺好みだ。」

 

 彼の語る言葉は狂気に満ちていた。

 信徒が神を語るかのようなその姿勢に、フィアーは薄気味悪さを感じた。

 兵士なら誰でも力を求めるものだが、アルマの力は力と言うには余りにも異質で禍々しい。

 他者を呪い、殺し、焼きつくす。

 奪うことすらしない、炎のように燃え上がり焼きつくすだけの憎悪の力。

 そんなものを人が制御できるとはとてもではないが思えなかった。

 だが、フィアーはアルマとは別のことを聞いた。

 

「……まるで、このZONEも人に作られたような言い方をするな?」

 

 その言葉に対してナイトクローラーエリートは、マスク越しにもわかるほど一瞬呆気に取られたような反応を示した。

 

「面白いことを言うじゃないか。こんな世界を人間以外の誰が作るっていうんだ? それよりも本題に入ろう」

 

「本題?」

 

 思わぬ言葉にフィアーは顔を顰めた。最早自分と彼らはどちらかが全滅するまで殺しあうしか無い。そういう関係だと思っていたのだが。

 

「こんな場所に逃げ込んだのもこうしてお前と話をするためだ。正直に認めなければならない。我々はお前に対して敬意と……恐怖すら抱いている。何しろお前達……いや実質お前一人に部隊は半壊させられ、ボスも殺された。これ以上の損害は御免だ。そこで提案だ。我々の仲間にならないか?」

 

「なに……?」

 

 余りの言葉に咄嗟に返すことも出来ずにいたが、ナイトクローラーエリートは気にせず続けてきた。

 

「スカウトさ、これは。お前は仲間を大勢殺しているし、それどころか前のボスまで殺っているが逆にそれがいい。ナイトクローラーは強さが全てだ。誰も文句は言えない」

 

 どうやら彼は本気のようだった。

 

「具体的な対価は?」

 

 とりあえずこう聞いてみた。それに対して返答はあっさりしたものだった。

 

「金。そして力だ。あの遺伝子データの研究によって得られる力を我々の肉体にフィードバックさせる予定だ」

 

「化物の仲間入りはお断りだ」

 

 それを聞いてナイトクローラーエリートは吹き出した。

 

「面白い冗談だ。俺から言わせればお前も立派な化物だよ。……さてそろそろお別れの時間のようだ」

 

 その言葉に不穏なものを感じ取ったフィアーは周囲の違和感に気がついた。

 彼の周りで無数の静電気が次々と弾けていくのだ。いやその現象は彼の周りだけでなく通路全体に起こっていた。

 

 ―――電撃のアノーマリー発動の前兆だ。

 

「……貴様、最初からこれが狙いか?」

 

「時間稼ぎのお喋りに付き合ってくれて感謝するよ。ZONEのアーティファクトには電撃を無効化するものもある。俺は装備しているが、お前はどうかな?」

 

 言っている間にも通路を走る紫電の輝きが強くなっていく。電撃が撒き散らされるまで後数秒か。

 その前にこの通路を出なければならない。

 一方ナイトクローラーエリートは帯電する雷撃など気にした様子もなく、悠然とした足取りで通路の奥へと向かっていく。しかしこちらは膨れ上がる雷に阻まれて、追撃は不可能だ。

 

 彼は首だけこちらを向けると最後にこう言い放った。

 

「仲間になるという事に付いてはいつでも受け付けているぞF.E.A.R.。俺はワーム。ナイトクローラーの今のボスだ」

 

 その言葉が終わると同時に、通路内を無数の雷が埋め尽くす。

 雷撃の奔流に巻き込まれるより先にフィアーは出口へと飛び込んだ。 

 

 

 

 

 

 ……その後実に5分近く雷撃をまき散らした後、通路内の電気のアノーマリーは沈静化した。

 当然、フィアーは沈静化と当時に通路内に再突入したものの、ナイトクローラーエリート……いやワームの姿はどこにもない。

 それどころか彼は自分だけでなく部下の始末まで行っていった。

 

 ここに来るまでに始末したナイトクローラー隊員の死体。それらがフィアーがアノーマリーの沈静化を待っている数分の間に全て焼却されていたのだ。

 ワームの痕跡を求めて地下施設を彷徨って判ったことだが、あの通路は最初にフィアーがナイトクローラー隊員と接敵した場所へと繋がっていたのだ。

 

 ワームはあの通路を使い、短時間でフィアーとナイトクローラー隊員との戦闘した場所へ向かい、焼夷手榴弾か何かで放置されたナイトクローラー隊員の死体を全て焼き払ったのだ。

 勿論骨まで全て焼きつくされたという訳ではないが、ナイトクローラー隊員の個人情報を示す痕跡―――所持品や隊員の身体的特徴等は全く判別出来ないほどには死体は損壊していた。 

 ご丁寧な事に、最初にワームの手榴弾の攻撃に巻き込まれて死亡したナイトクローラー隊員の死体も、徹底的に焼却されていた。

 

 あの時点で既に敵の始末よりも、部下の死体の始末を優先すること決めていなければ出来ない行為だ。

 その気になれば電撃のアノーマリーで離脱した後、回りこんでこちらが移動してきた経路を逆に辿って奇襲もできたはずだが、それをしなかったのが良い証拠だ。

 最初にわざわざ喋りかけてきたのは、マンホールに放り込んだ手榴弾で爆死した部下の死体に焼夷手榴弾を仕掛ける時間が欲しかったからに違いあるまい。

 

 戦闘の結果自体ではこちらの圧勝と言ってもいいかもしれないが、彼らから奪えた物はフィアーがナイトクローラー隊員から奪いとったアサルトライフルのみ。

 勝負に勝って試合に負けたようなものだ。

 そして彼らもF.E.A.R.が本格的に追撃していることを知った。

 次の戦闘はこう容易くは行かないだろう。

 だが、彼らの存在と目的に対して確証が持てたということは大きい。

 ZONEは広いようで狭い。このままZONEの奥地へと移動しつづければ、必ずまたナイトクローラーに出くわすことになるだろう。

 

 あのナイトクローラーエリートの戯言を信じるわけではないが、ナイトクローラーが核爆弾よりも危険な代物を持ち、それを使おうとしているのははっきり理解できた。

 最早フィアーにとっては、追跡している遺伝子データだけでなく、あのワームという男も抹消リストに入れるべき人物だ。

 暗い殺意を胸にフィアーは、最後にナイトクローラー隊員が逃げようとしていたマンホールから、地上に出た。

 

 ZONEの空は相変わらず陰鬱に曇っていた。

 

 

 

 

 

 

 マンホールから這い出た先は森の中だった。

 視界も悪く、頭上に張り出した枝が天然の天蓋になっているので唯でさえ、薄暗いZONEが更に薄暗くなっている。

 しかしそんな森の中からでも確認出来る大きめの建造物が東にあった。

 日は既に夕暮れに差し掛かっており、ひとまずそちらへと進むことにする。

 あれがどんな建物でも一夜を凌ぐことぐらいはできるだろうと期待して。

 この辺りはナイトクローラー達が立ち寄った土地だ。ZONEでは地雷の類は厳禁されているというが、彼らはそんな暗黙の了解など構うまい。念の為トラップを警戒しながら慎重に森の中を歩きはじめる。

 

 ―――あった。

 

 予想通りというかすぐにそれは見つかった。

 あの建物への道のりはマンホールを出れば、そこから走る森の外まで続く一直線の獣道を使うのが一番早い。

 故にその獣道に何か仕掛けているかもと警戒していたのだが、落葉した木の葉を被せて誤魔化している地雷らしき痕跡をフィアーは見つけた。

 慎重に葉っぱを散らし地面を掘り返すと、ナイトクローラーが採用しているアーマカム製の最新の円盤型地雷がそこにあった。

 

 この地雷はセンサー範囲内に入ると内蔵したスプリングで一気に頭上へと飛び上がり、起爆。爆風と破片を撒き散らすのだが、これも他のアーマカム製兵器の例に漏れず至近距離での破壊力を重視したもので、対人戦というよりは対機甲戦に使うような代物だ。

 この地雷の取り扱い方や無力化する訓練もF.E.A.R.で一通り習ったため、フィアーはこの地雷を無視するのではなく、無力化してそのまま頂くことにした。

 

 

 

 その後、念の為更に周りをクリアリングし、二つの地雷を発見したのでやはりそれも頂く。

 地雷を探していて気がついたが、どうも仕掛け方が大雑把だった。

 どれも罠としては二流以下で牽制か、これに気がついて敵の腰が引ければよし、といった程度の効果でしかない。

 ナイトクローラー自体、自分達存在そのものの痕跡を残さないような戦い方をするので、彼らの使うトラップもすぐに処分できる簡単な物か、雑な物になるのだろう。この地雷も本来なら回収していた所だが人手が足りず、止む無く放置したといった所だろう。

  それ自体はフィアーにとってはありがたいことではある。唯でさえアノーマリーには四苦八苦しているのに厄介な要素には増えてもらいたくはない。

 或いはワームというナイトクローラーエリートの、自分に対する嫌がらせという可能性もあるが。

 

 先ほど手に入れた地雷にしても、フィアーがこれを地雷として使うのはリスクが伴う。

 例えば他のストーカーと行動を共にしている時に、ストーカー達が毛嫌いする地雷を見られたら彼らのコミュニティから、爪弾きにされる恐れがあるからだ。

 そうなると、パワードアーマーや大型のミュータントが現れたら、そのまま投げつけて起爆させるという使い方がベターだろう。

 実際オーバーンの戦いではそういったやり方で、複数のパワードアーマーを撃破した経験がある。

 起爆ボタンを押して、その場に置くだけで使用可能という簡易な方法で運用できるため、パワードアーマーに追い掛け回された時にも随分と役に立ったものだ。

 

 そんな思考をしながら歩いていると森を抜けだし、目的の建築物の近くまで来ていた。

 森の内側からではよくわからなかったが、どうやらこの建築物は大規模な工場だったらしい。

 森から見えていたのはその工場を取り囲む塀と工場の一部の壁だったのだ。

 規模としては先の研究所に匹敵するだろう。

 ここまで大きければどこかの勢力が拠点して使っていてもおかしくはない。

 

 最初に考えられるのはナイトクローラーだが、彼らはもうこの辺りからは撤退しているだろう。

 次に厄介なのがバンディットか軍隊が屯していた場合だが、ナイトクローラーが脱出孔として使用しようとしていたマンホールの付近の施設にそんな連中がいたとして、ナイトクローラーが放置するはずがない。

 研究所を襲撃する下準備として、この工場の掃除も済ませているはずだ。

 となると無人の可能性が高いはずだ。

 ここに来るまでに日が完全に暮れて、辺りは闇に包まれている。

 にも関わらず、工場の窓からは灯りは見えず、人の気配もない。

 

 だが、どこに何がいるかわからないのがZONEでもある。ミュータントと鉢合わせる覚悟ぐらいはしておいたほうがいいだろう。

 そう思いながら入り口を探して、工場の塀を回りこんでいく。

 塀をよじ登ろうにも塀の高さが3メートル近くある上、上部には有刺鉄線が貼られているので大人しく入り口から入るべきだと判断したのだ。

 ―――と、数十メートルほど歩いたところで堀が一部崩れている部分を発見した。これなら中に入っていけそうだ。

 念の為、アサルトライフルを構えながら堀を乗り越えて辺りを伺う。段々夜の闇に慣れてきたため、ライトは付けない。

 星や月の光も届かぬ森の中だった場合、いくら夜目が効くフィアーでも明かりは必要だ。しかし上空には僅かだが月が出ており、その光は木々に遮られること無く廃工場を照らしている為、明かりがなくとも問題なく行動できた。

 

 廃工場は静かだった。

 一人、夜に火を落とした高炉を思わせる工場を彷徨っていると、悪夢に彷徨いこんだような非現実感に囚われそうになる。

 この敷地の中心には4メートルを超える巨大な大扉を備えた大きな工場があり、その東に三階建の建物が西には高めの2階建ての建物が建ってる。

 手始めに建物の形状と位置の把握のために、この工場の周りを一周することにした。

 西側の建物は入り口がなく、中央の工場から伸びる二階の通路からしか入れないようだ。籠城するには持ってこいの場所だ。

 

 中央の工場を見た所、正面の大扉は開けっ放しになっていて、もう二度と閉まることはなさそうだ。外側から内部を伺った所、放置された機械の影はあれど、生き物がいる気配はない。

 最後に東側の建物に近づいた所、アノーマリー探知機が小さく鳴り始めたため、近づくのをやめた。こんなに静かでもやはりここはZONEなのだ、とフィアーは少し安心した。

 

 工場の北側には線路があった。

 そこには放置された列車と、小さな駅がある。この列車の線路は、もしかすると『ゴミ捨て場』のバンディット達がいた車両基地に、繋がっているのかもしれない。

 線路がある部分には塀がないので侵入者を警戒するならここだろう。

 

 一通り見て回ってフィアーがこの建物に抱いた感想は、ZONEの不動産としては破格の物件ということだ。

 元工場ということもあって発電機等の設備もある。建物も内部が広い上にコンクリート製で頑丈だ。恐らくはブロウアウトにも耐えられる。

 施設を囲む塀も一部崩れている所があるが、この高さならZONEのミュータントと言えどおいそれと飛び越えて襲撃してくることは難しい。

 

 ナイトクローラーという厄介者がウロウロしていなければ、今頃ストーカー達の溜まり場として賑わっていたかもしれない。

 最もその内、彼らがここから去ったという情報も広まるだろうから、また誰かがやってくるかもしれないが……。

 しかし今はこの広い空間を一人で楽しむことにしよう。

 

 そう考えると、フィアーは工場内部の探索を開始した。

 外からは見た限りでは気配がないが、万が一ということもある。ここで一夜を過ごすなら、内部のクリアリングもしておくべきだ。

 ちなみにアノーマリーがあるらしき、東側の建物はクリアリングの対象外だ。

 アノーマリーがあるような所を巣にしているミュータントは居ないだろうし、西側の建物と違って工場から完全に独立しているため、もし『何か』が居てもあそこから工場内に侵入する場合一旦外に出てから、工場の大扉から入り直すという過程を踏まねばならない。

 工場の入り口にワイヤーを使った簡単な鳴子でも仕掛けておけば済むことだ。

 

 工場内部を調べた所、やはり取り立てて異常はなかった。

 強いて言うなら、そこら中に古い弾痕と血の跡があったのと、古い食料のカスがところどころに散らばっている事が、この廃工場が常に無人ではないということを物語っていた。

 

 

 続いて工場から西側の建物も探索するが、1階から2階まで空の木箱とロッカーと鉄パイプぐらいしか置いていなかった。

 こちらも誰かが生活した形跡があったため、ライトを使ってトラップがありそうな所も念入りに調べるが特に何もなかった。

 最後に2階の隅に屋上へと続く鉄ハシゴを見つけた為、フィアーは屋上へ登ることにした。

 

 いつの間にか頭上の雲は晴れ、月が大きくその身を輝かせていた。

 屋上にも例によって何もないが、この建物はこの辺り一帯では高さがある建物なので見通しがいい。

 フィアーが這い出たマンホールのあった森も上から見るとマンホールの位置すら丸見えだ。

 塀の向こう側も見ることが出来るため、見張りには絶好の場所だ。それでいて高さの関係で身を伏せれば下からは手出しが出来ない。

 

 外に入り口も無い為、ここに来るには工場に入って連結通路を通り、屋上へ続く梯子を登らなければならない。屋上側としては罠も待ちぶせもし放題だ。

 おまけに屋上に来てわかったことだが、屋上には二階の中ばで折れて用をなさない梯子が外壁に付けられていた。

 下からではこの梯子は意味をなさないが、屋上からなら脱出するのに役に立つ。フィアーの身体能力なら二階程度の高さから飛び降りる程度のことなら造作も無いからだ。

 

 幸いにも雨が降る気配はない。

 今日はここで月を見ながら寝よう。

 フィアーはそう決めた。

 

 その後、フィアーは来た道を戻り、工場に入り口、工場からこの西側の建物へ続く連結通路、最後に屋上へ続く梯子に、簡単な警報装置を付ける。

 ワイヤーと工場に落ちていたステンレスのガラクタを組み合わせたもので、これに引っかかると派手な音が鳴り響くようになっている。

 

 動物やミュータントが迷い込んだなら工場の入り口だけで、警報はそれ以上鳴らないはずだ。

 ただその後、この建物に続く通路や梯子に仕掛けた警報が鳴れば、それは人間が侵入してきたと考えるべきだろう。

 そうなったら荷物を纏めて、迎え撃つか外壁に取り付けられた梯子を使って逃げるか考えなければならない。

 

 だがこんなに静かな夜だ。そうそう不躾な来訪者は居ないだろう。

 根拠もなくそう思いながら、屋上に身を休め、荷物を枕に横になろうとした時だった。

 不躾な来訪者がやってきたのは。

 




 具体的なボスキャラが欲しいということで、ワームというオリキャラが登場。
 F.E.A.R. Perseus Mandateのラストでナイトクローラーの指揮官は倒してしまったのですが、Perseus MandateのEDの後に上院議員と黒幕っぽく話してる別の指揮官がいたので、そいつをワームと名づけて今の指揮官ということしました。

 そしてZONE観光案内。
 地上に出た後の廃工場はS.T.A.L.K.E.R.二作目のClear Skyでストーカー達の拠点になっていた廃工場。
 えらく広い上によくバンディットに襲われたり、ミュータントの襲撃を受けて近くを通っただけで救助要請が来たりします。
 一作目では軍がここに屯するストーカー達に、ヘリで強襲をかけてきたりして、実に賑やかな所でしたが今は無人の廃墟です。

 次回はワクワク動物園。
 批評感想、よろしければお待ちしております。



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Interval 13 夜襲

 夜の闇を鋭いフラッシュライトの光が切り裂いた。

 北側から来たその光は一瞬だけ廃工場を、そしてフィアーのいる建物を掠めるようにして消えた。

 掠めたのはほんの一瞬でも、フィアーの眠気を覚ますには充分だった。

 素早く飛び起き、横に置いていた自動小銃を手に取る。

 

 自動小銃の残弾は余り充分とは言えない。

 弾薬の入ったマガジンは今、小銃に装填してあるものと、戦闘の最中にナイトクローラー隊員の死体からくすねた3つのマガジンのみ。

 戦闘終了後に弾薬を補充しようにも、ナイトクローラー隊員の死体は全て装備ごと焼却されてしまった。

 だからと言って弾切れを理由に破棄するには、このナイトクローラーが採用している自動小銃は高性能過ぎた。

 

 VES Advanced Rifle(アドバンスドライフル)。

 

 この銃の側面にはその単語が刻印されていた。恐らくはATC社製。

 整備も極めて行き届いており、銃のシステムもフィアーのシューティンググラスに搭載された照準補正システムにも対応しているため、微調整無しでも高い精度を出せる。

 マガジンの装弾数は35発、射撃モードはフルオートとセミオート。

 G36をベースにカスタム化されたこの自動小銃は、余りにも手が入り過ぎて一見しただけでは原型がわからない。

 全体は硬質プラのフレームで補強されており、自動小銃としては大型な印象を受けるが、予想上に扱いやすく、軽い。

 銃身の上部には赤外線のスコープとダットサイトを、銃身の下部にはフラッシュライトとレーザーポインターを装備している。更には銃口にはナイフを着剣するための器具も付いている。

 レイルシステムを装備しているため、スコープやフラッシュライトは取り外して別のオプションを装備することも可能だ。

 

 FN社が作ったF2000というグレネードランチャーと、それを運用するための射撃管制システムを装備した特徴的な形状を持つブルパップ式のアサルトライフルがあったが、あれをブルパップ式ではなく通常の方式に置き換えたらこんな形状になるかもしれない。

 その射撃精度、射程、威力は、F.E.A.R.で採用していた自動小銃G2A2を全ての面に置いて上回っている。

 

 その理由はこの銃は西側のアサルトライフルの弾薬として一般的に出回っている5.56x45mm NATO弾ではなく、より強力な6.8×43mm SPC弾を使用しているからだ。

 狙撃銃や機関銃に使用される7.62x51mmNATO弾は、強力だが自動小銃に使うには反動が大きい。

その一方で、現在アサルトライフルの標準弾薬として採用されている5.56mm弾では威力不足との声を受け、両者の優れた点を取り入れて、作り上げられたのが6.8×43mm SPC弾という弾丸だ。

 一撃で歩兵を撃ち倒す威力を保持しながら、反動や重量は5.56mm弾並に抑えるという理想的なライフル弾だったはずだが、結局コストには勝てずに大規模な採用を受けることはなかった。

 しかしコストよりも性能を重視する部隊―――例えばナイトクローラーのような小規模な特殊部隊ならこの弾薬を採用するのも頷ける。

 おまけにこうやって敵に鹵獲されても、弾薬の問題で敵を悩ませる事も出来る。

 

 ―――そう、フィアーを悩ませているのはこの銃の弾薬の事だった。

 広く流通している5.56x45mm NATO弾ならトレーダーに行けば手に入る。

 AK用の5.45x39mm弾にしてもそうだ。

 しかし6.8×43mm SPC弾という特殊な口径の弾薬は、トレーダー達でも簡単に手に入るかどうかわからない。

 少なくとも戦場で手に入る事はないだろう。

 

 つまり戦場での現地調達を旨とするフィアーには取り扱い辛い銃なのだ。

 フィアーは武器に愛着を持たないタイプの人間だが、だからと言ってあっさり高性能な銃を捨てる程、物に頓着しない訳ではない。

 弾切れの銃を後生大事に抱えるのも馬鹿馬鹿しいが、いざとなればトレーダーに高く売りつけれると思えば、我慢もできる。

 

 こういった事情によりフィアーは弾薬が心許ない自動小銃とは別に、もう一つ予備の武器を用意していた。

 バンディットから奪い取ったのはいいが出番が無く、今までバックパックの中に仕舞い込まれてそのままになっていたMAC-10―――通称イングラムM10短機関銃だ。

 大口径の拳銃弾を高速で掃射できるこの銃は、室内戦に置いてはVES アドバンスドライフル以上の破壊力を持つはずだ。

 銃自体が小さく取り回しもしやすいので、フィアーは室内で戦うならこの銃を使い、屋上の上から狙撃をする場合は自動小銃を使うと決めて、胸の前面にこれを引っ掛けている。

 もっともMAC-10も弾薬が豊富にあるというわけではないが悩みの種だが、いざとなったらソードオフと自動拳銃で文字通りの格闘戦を行うしかないだろう。

 

 

 

 まずはVES アドバンスドライフルを構えて屋上からライトが来た方向を伺う。

 あちらは駅と放置された列車がある方角だ。

 そのせいか北側には工場を囲む塀がない。列車に物資を載せる際の利便性の関係だろう。

 ライトの持ち主がその事を知って北側から来ているのなら、この建物の作りも熟知していると見ていいだろう。

 まあこの建物はZONEでも知られていそうだから、それなりのZONEの経験者なら予め知っていてもおかしくはないのだが。

 

 いくら月明かりがあるとはいえ、夜の闇の中で明かりも持たない相手を探しだすのは至難の業だ。

 幸いにもライフルに装備された赤外線スコープのお陰で、例え相手がライトを消していても容易に発見できる。

 そう思ったが、フィアーは逆に拍子抜けする気分に陥った。

 相手はライトを消すどころか、そのまま無警戒に辺りを照らしながらこちらにやってくるのだ。

 いや無警戒ではない。ライトを振り回していることからむしろ警戒しているというべきだ。

 しかも一人ではない。多数の光源を確認できた。

 

 一人……二人……三人。

 揃いの緑の防弾スーツにガスマスク。装備からしてストーカーの一チームか。

 彼らは一直線にこちらを目指しながら、定期的に何かを警戒するように後ろを振り向いている。その行為をする度に彼らの行軍速度は、落ちているというのにだ。

 余程の何かに追われているのだろうか?

 だとしたら揉め事に巻き込まれないように、自分もここから離れるべきか……。

 

 そう考えながらライフルのスコープを覗いていると、こちらにやってくるストーカー達の置かれている状況がよく理解できるようになってきた。

 やはり彼らは『何か』から追われ、北の方からこちらに向かって逃げてきた。そしてこの建物を目指すことにしたといった所か。

 ここならばその『何か』をやり過ごす方法があると期待して。

 成る程、悪くない案だと思う。

 ここの屋上でフィアーが休息を取っていなければ。

 

 では、彼らを追っているのは誰だ?

 フィアーにとって重要なのはそこだ。

 追手がミュータントやバンディットならともかく、あのナイトクローラーに追われていたとしたら見過ごすことは出来ない。

 あの三人からも、それを追撃しているナイトクローラーからも有益な情報を得られるだろう。

 そう考えて、フィアーはライフルの赤外線スコープを使ってストーカー達の更に背後を確認する。

 

 赤外線スコープの紅い視界でZONEの大地を舐めるように確認していく。

 幸いにも工場の北側は森はなく、丘陵地帯となっていて障害物も少なく、屋上からは一望できた。

 三人組は既に丘を降りて、工場の北側の列車置き場まで後僅かといった距離に来ている。

 彼を追うものがいるとすれば、丘の上を見張っていれば追跡者は必ず通るはずだ。

 荷物を纏めてここから逃げるかどうかは、追跡者の正体を確認してからでも遅くはあるまい。

 そう思ったフィアーだが、丘を超えて現れた追跡者の正体を見た時、激しく後悔していた。

 確認なんて悠長なことはせず、トラブルの匂いを感じた時点でさっさと撤収するべきだったと。

 

 丘の上から現れたのは人ではなかった。

 かといって唯の獣でもなかった。少なくともフィアーの知識にある獣にあんなものはいない。

 それの形状で既知の獣に一番近いものは四足歩行の大型の肉食獣だが、彼の知るどの肉食獣よりもそいつの体格は大きかった。少なくともライオンよりは一回りか二回りは大きい。

 

 しかしライオンに顔は二つも付いているという話は、フィアーはついぞ聞いたことがない。

 ましてやその顔が猫科のそれではなく、明らかに人間の顔なのだ。

 もっとも人間というにはサイズが大きく歪んでいる。むしろ絵本に出てくる悪魔の顔と言った方がいいだろう。そしてその顔からは獣特有の獰猛さと人間の狡猾さがにじみ出ていた。

 更にそれの全身の皮は剥がされたように筋繊維が剥き出しになっており、筋肉が不気味に脈動するさまが、赤外線越しの紅い視界ですらはっきりとわかった。

 

 二つの人の顔を持った異形の肉食獣。

 こんなものはZONEのミュータント以外にあり得ない。

 危険度としては恐らくはあのブラッドサッカーに匹敵する怪物だ。

 

 それに付いている二つの顔が、自分達から必死になって逃げていく眼下のストーカー達を見て小さく嘲笑う。

 弱者を弄び、虐げ、思う存分食い散らす喜びに目が輝いていた。

 そして一度後ろを振り向くと、静寂に包まれていた夜の闇を切り裂くように、大きく獣の咆哮を上げ、一気に丘を駆け下りていく。

 例の三人に追いつくまで数分とかかるまい。

 

 だが本当の恐怖はここからだった。

 

 最初に丘を駆け下りていった怪物の後を追うように、同種の怪物が次から次へと丘の向こう側から現れて、先頭の怪物と共に丘を駆け下りてきたのだ。

 その数は3頭や4頭どころか、10頭は下らない。

 

 この時点で、フィアーは自分の逃げ道が更に狭くなったのを感じた。

 あの怪物の群れは数を頼みに、この廃工場を包囲するような動きを取り始めたからだ。

 今ここで即座に屋上から梯子を使って飛び降りて逃げても、あの包囲網の完成より先にここから逃げきれるかどうかは賭けになる。

 最悪出てきた森のマンホールの中まで逆戻りせばなるまい。

 そう思ったフィアーの紅い視界を光が焼いた。

 

 反射的にスコープから目を離し、裸眼で丘の上を見る。

 そこには王者が立っていた。

 形状としては先ほどの怪物達と大差ないが、大きさは更に二回りは大きい。

 全身の体表には青い血管が浮かび上がっており、肉体は氷河を思わせるひび割れた白い表皮に包まれていた。

 何よりも先の怪物達と決定的に違うのは、全身に纏う雷光だ。

 この怪物が一歩歩みを進める度に、雷撃が飛び散り、辺りを焼く。

 まさしく伝説か御伽話に出てくる魔獣が如き存在。

 間違いなくこの個体がこの群れを率いるリーダーだ。

 

 現実離れしたその威容に、思わずスコープ越しにほんの数秒ほど見とれてしまう。

 そう思ってあの怪物をより観察しようと、その二つある顔を見た瞬間、二つの顔の内、一つがこちらを視た。

 目が合った。少なとくともそう感じた。

 闇夜で数百メートルの距離があるにも関わらず、こちらを認識したその顔は、厭らしく嗤うともう一つの顔に囁きかける。

 囁きかけられた方の顔もこちらを一瞥を向けると、同じように嗤った。あの二つの顔は別々の脳を持っているのだろうか。

 そんな考えを断ち切るように、電撃と共に咆哮が、雷の怪物から放たれた。

 それを合図に10頭はいる怪物たちの動きが変わる。

 今まで大半の個体が例のストーカーを追撃してきたが、その内の半分近くがフィアーのいる屋上を目指しはじめたのだ。

 

 この状況下で梯子を使って地上に脱出しようにも、包囲をした怪物達と鉢合わせになる。

 かくなる上はあの三人組を此方側に引き込むことで火力を上げ、ついでに被攻撃目標を分散させるしかない。

 フィアーは屋上から声を張り上げ、放置された列車に身を潜めようとしているストーカー達に指示を出した。

 

「そこのストーカー3人組! 死にたくなければ工場の中に入って来い!」

 

 声だけではなく、フラッシュライトも付けて振り回す。これで完全に気がついたはずだが。

 数秒ほど経ってストーカー達から返事が来た。

 

「もう無理だ! ここから更に工場の中まで走るとキメラ共に追い付かちまう!」

 

 あの二つ頭の怪物はキメラというのか。確かにらしい名前だな。変に感心しながらフィアーは返事をした。

 

「上から俺が狙撃して支援する! 外でそのケダモノ共と撃ちあうのなんて自殺行為だ! 工場に逃げこんで機動力を落とせ!」

 

 そう叫ぶと、彼らも納得したようで閉じこもった車両から出ると、工場の敷地を走りはじめた。彼らの目的地は工場正面にある大扉だ。

 だがその時点で、怪物―――いやキメラの大半が廃工場に到着しつつあった。

 手始めに挨拶代わりと、旧型の破片式手榴弾をキメラの先頭集団の中心へと放り込む。

 獣達の中で爆発が起き、粉塵が一時的にキメラ達の姿を隠す。

 しかしすぐに爆煙を突っ切って、次々とキメラが飛び出してきた。

 多少出血している個体もあるが、その程度のダメージしか与えられなかったらしい。倒せた個体は一体もいないようだ。

 どうやら対人用の破片手榴弾では、あの神話の怪物達には力不足のようだ。

 

 止む無くフィアーはライフルを構えると、最後尾のストーカーにまさに背後から襲いかからんとしていたキメラに次々と銃弾を叩き込んでいく。

 急所と思わしき部分に6.8mmの大口径弾が突き刺さるが、一発や二発では焼け石に水だ。

 単一の個体に対して最低でも10発以上叩き込んで、ようやく一体仕留めることができる程なのだからこのミュータントの体力には恐れ入る。

 

 だが屋上からの射撃で仲間が瞬く間に1体仕留められた事は、キメラ達に対しても動揺を与えたらしい。3人組のストーカーへの追撃を躊躇し、結果として彼らを見逃す羽目になった。

 しかしあの盲目の野犬や肉塊じみた豚と違い、パニックになることなく、火線と銃声の発生源からこちらの位置を即座に特定し、憎悪の視線を送りつけてくる。

 

 元から何体かはフィアーのいる屋上のある建物を包囲するように動いていたが、今となっては大半のキメラがこちらを睨みつけながら、建物の周りをグルグル回っていた。

 だが所詮睨みつけるだけだ。如何にミュータントと言えど、彼らが屋上に来るには、工場からこの建物に伸びる連結通路を通り、梯子を登ってここまで来なければならない。

 そう思い更に屋上からの銃撃を続けるフィアーだったが、すぐにその考えが甘すぎることを思い知らされた。

 銃撃を躱した一部のキメラは助走をつけると跳躍し、工場とこの建物を繋ぐ連結通路に取り付いたのだ。そしてそのまま通路の上によじ登ると、再び助走から跳躍して一気に屋上に飛び上がり、こちらに向かって襲ってきた。

 

 かくして鴨撃ち用の安全地帯は人間と怪物と小さな闘技場と化す。

 

 ―――ここまで身体能力が高いとは。

 フィアーは舌打ちしながらも紙一重でキメラの突進を躱し、その背中にアサルトライフルの残弾全てを叩き込む。

 だがそれでもそのキメラは倒れない。動きを鈍らせながらも旋回し再び突進の構えを取る。

 その隙にライフルのマガジンを交換したが、残るマガジンは後二つ。

 下のキメラ達の始末までするとなると、どう考えても足りない計算だ。

 しかもこの間に他のキメラまで屋上に登りはじめてきた。その数はここから見ただけでも3頭はいる。

 

 ここで戦うのは潮時だな。

 

 フィアーはそう判断すると、こちらに向かって突進しようとしていたキメラにライフルの銃身下部に取り付けられていた、フラッシュライトを点灯させる。瞬間的に強力な光を浴びせられたキメラは一歩仰け反る。

 その一歩で充分だった。

 フィアーは瞬間的にスローモーを発動させ、身体能力と体感速度をブーストさせると、キメラが怯んだ隙に置きっぱなしのバックパックを引っ掴みながら、側にあった建物内部へと続く梯子用の出入口の蓋を蹴り上げ、その内部に飛び込んだ。

 ついでに置き土産として屋上に、ナイトクローラーから頂いた新型地雷を置いていく。

 

 キメラ達も直ぐにこちらを逃すまいとするが、この梯子用の入り口は人一人しか通れない狭さなので大型の肉食獣程のサイズのあるキメラでは当然無理な話だ。

 二つある顔の内、なんとか一つを出入口に突っ込み、戻ってこいと言わんばかりに吠え立てるが、その返答は二発の散弾だった。

 至近距離で離れた散弾はいくらキメラでも堪えたらしい。

 悲鳴を上げて転がり回り、そしてその行為が、先ほど置いていった新型地雷の動体センサーに引っかかる。

 キメラ達が犇めく屋上で、地雷が内蔵されたスプリングで中空へと弾け飛び―――爆発。キメラ達の悲鳴は即座に爆発音にかき消された。

 

 凄まじい轟音と衝撃が建物を揺らし、2階に逃げ込んだフィアーの肝を冷やす。

 あの地雷の爆発は下には来ないはずだが、もし来ていたら屋上が、フィアーにとっては天井が崩落していただろう。

 あの地雷は種別こそ対人地雷となっているが、その破壊力は対戦車地雷に匹敵する程で、複数を同時に起爆すれば装甲車だろうが撃破できる。

 これで屋上のキメラは全滅したはずだ。

 だがそれでもまだ半分近くは残っている。

 キメラもそれなりに知恵があるようだからもうこの手は使えない。

 

 その時金属と金属がぶつかり合う甲高い音と、ついでに罵声が工場の方から聞こえてきた。

 例の3人組のストーカーの到着か。警報装置に引っかかったらしい。

 こちらは結構な弾薬を消耗する羽目になった。余り気乗りしないが、彼らも戦力として当てにしないといけないかもしれない。

 

 そんなことを思いながら、フィアーはソードオフに散弾を詰め直し、アサルトライフルを背負い直したバックパックに引っ掛けると、胸の前に引っ掛けておいた短機関銃を構えて、初弾を薬室に装填した。

 これで室内戦の準備はできた。後はあの3人と合流し、そこから状況によって共に戦うか逃げるか、あの三人を見捨てるかを決めなければなるまい。

 

 工場側からは罵声に加えて更に銃声まで聞こえてきた。とうとうキメラに追いつかれたようだ。

 フィアーは急ぎ、工場へとつながる連結通路へ向かう。

 連結通路を走りその半ばまで来た時、彼の前方の窓ガラスが派手な音と共に四散し、巨大な影が飛び込んできた。

 

 キメラだ。

 下に待機していた個体が連結通路を走るフィアーを見て、飛び上がってきたらしい。

 しかし勢い余って飛び込んだ方向とは反対側の壁に激突して、態勢を崩している。

 やはりキメラの巨体では、室内だとその機動力が大きく削がれるようだ。

 フィアーは立ち上がろうとするキメラの巨体を障害物競争のハードルのように飛び越えると、ついでに置き土産に破片式手榴弾を放り投げて廊下から出て、角を曲がる。

 続いて爆発が起き、彼の後を追うように破片と粉塵が猛スピードで追いかけてきて、廊下の角を曲がりきれずぶつかって止まる。

 最後に怒り狂ったキメラの声が追いかけてきたが、フィアーは無視した。

 

 今はあの3人との合流が先だ。最早生死は問わない。死体でも武器弾薬を持っていてくれればそれでいい。

 この調子で圧力を掛けられ続けるとその内、弾が切れて押し潰されてしまう。

 そう思いながら、工場内部に飛び込むと派手な乱戦が繰り広げられていた。

 ストーカー達は工場の機材や柱をうまく盾にして、こちらの予想以上にキメラ達とうまく渡り合っている。

 小回りを活かして隠れ回り、隙を見つけてはキメラに銃撃を叩き込んでいた。

 フィアーは彼ら3人を持ってる銃器に因んで、ショットガン、AK、サブマシンガンと呼び名を決めた。 

 サブマシンガンが囮になって、横手からAKとショットガンを次々と撃ちこんでいくのは、熟練のストーカーならではのコンビネーションだ。

 もっとも火力が足りないようで工場内にいるキメラ3頭の内、1頭も仕留めきれてはいないようだが。

 まずはここの3頭をさっさと始末せねば。

 モタモタしている場合ではない。連結通路でやり過ごしたキメラが、背後からこちらを追撃してきているはずだ。

 

「Fire in the hole!」

 

 自分が今から何をするのか、ストーカー達にもわかるように大きく声を張り上げる。

 キメラに取っては意味不明の叫び声だが、兵士にとってはおなじみの言葉だ。

 一方意味を理解したストーカー達は、慌てて近くの柱の影や、地下の配管用通路等に飛び込んでいく。

 それを確認したフィアーは手榴弾を―――それも破片式の旧式ではなく、ATC社製の破壊力特化の手榴弾を工場中心部にいるキメラ2頭に向かって、投擲した。

 そして投擲された手榴弾の弾道が、丁度2頭の目の前に落下したその瞬間、スローモーを発動させて手榴弾を撃ちぬく。

 

 その瞬間、今までの破片式手榴弾とは比べ物にならない爆発が、キメラ2頭を飲み込み、吹き飛ばした。

 流石に人間のように血煙にはならなかったようだが、ダメージが蓄積していた一匹は吹き飛ばされてそのまま動かなくなり、もう1頭も立ち上がったものの、手酷いダメージを受けて動きが緩慢になっている。

 これなら彼らでもある程度対処できるだろうと、フィアーは先ほど自分が入ってきた連結通路の方に向き直る。

 

 そこには手榴弾の至近距離で破片と爆発を受け、傷まみれになって―――それでも尚、不屈の闘志と憎悪を燃え上がらせる一頭のキメラがいた。

 先ほど連結通路で袖にしてやった個体だ。

 求愛行動に対して、手榴弾を返されたことで随分お怒りに見える。

 そんな相手に対してフィアーはイングラム短機関銃を片手に持つと、もう片方の手で手招きした。

 

「今忙しいんだ。さっさと殺してやるからかかってこい」

 

 動物的ながら高い知性を持つキメラは、自分を侮辱したことを理解したのだろう。

 怒りの唸り声を上げながら姿勢を沈め、全身の筋肉に力を貯めると、一気にこちらに向かって跳躍する。

 

 そのまま質量差に物を言わせ、押し倒して食い殺す―――

 

 それがその怪物のプランだったのだろう。だがいくらミュータントのそれと言えど、わかりやすい予備動作からの突進を躱すのは、スローモーを使えばさほど難しいことではない。

 加えて言うなら、回避と同時にキメラが着地した時の僅かな硬直を狙って、一気にキメラの背に飛び乗り、その脊髄に片手でナイフを突き立て、更にその首周りに片手でイングラム短機関銃の銃口を押し付けて、マガジンの内部弾薬全てを撃ちこむ事も―――まあ難しいことではなかった。

 

 獲物が完全に死亡した事を確認すると、イングラム短機関銃のマガジンを交換しながら再びフィアーは工場内部に取って返す。

 先ほど半死半生になったキメラはもう仕留められたようで、工場の床に横たわっている。

 だがまた新しいキメラが侵入してきたようで、その数は2頭になっていた。

 

 三人組は戦い方を変えたのか、今は工場の隅にある半地下になっている配管設備の通路に隠れ、そこを塹壕代わりにして、AKとサブマシンガンでキメラに銃撃を繰り返している。

 銃撃に耐えれずキメラが苛立って、突進すると至近距離でショットガンが散弾を連射するという仕組みだ。

 そして今はキメラは2頭共こちらに意識を向けていない。

 チャンスと判断したフィアーはイングラム短機関銃を両手で抱え込むようにして、フルオートで発砲する。

 集弾精度が悪いと評判の銃だが、こうしてしっかり構えて撃てばそれなりにはあたる。

 拳銃用の45口径弾がどこまで通じるかは不明だが、キメラ達の注意をそらす役には立った。

 

「Fire in the hole!」

 

 次にこの言葉を叫んだのはフィアーではない。

 半地下の塹壕に篭っているストーカー達だ。言葉に反応して、素早く身を伏せたフィアーの視界の端を、今度は二つの破片式手榴弾がキメラ達の元へ飛んでいき、爆発。

 爆煙が晴れた後は、二体のキメラは最早立っているのが難しいほどのダメージを追っていた。

 最早敵対する意思すら挫けたのか、脚を引きずりながら工場の大扉へと向かう。

 

 それを逃がすまいと工場内の人間達は、各々の銃火器をキメラたちに向け銃弾を撃ち込んだ。

 ショットガン、サブマシンガン、AKライフルにフィアーのイングラム短機関銃が一斉に撃たれ、獣の全身を削り取っていく。

 一頭はそれで倒れたものの、更に残るもう一頭はそれでも尚、外を目指す。

 銃撃の雨に耐えぬき、工場の大扉を超えて外に出たその瞬間。

 

 そのキメラは上空から落下してきた巨体に叩き潰された。

 

 他のキメラより二回り大きなその体格、白い肌に走る静脈のように青い血管。

 何よりも動くだけで、周りに紫電を走らせるその異能。

 間違いなく先ほど目撃した群れのボスだ。

 それは自分が踏みつけたキメラにまだ息があることを知ると、弱者は不要と言わんばかりにその巨大な脚を振り下ろして同胞に止めを刺した。

 そして工場内の人間を1人ずつ品定めをするように見回していく。

 するとフィアーの所でその視線が止まる。2つの顔が同時にニヤリと嗤った。

 

 この夜はどうやらこれからが本番らしい。

 

 

 




 後書き
 今回のキメラ祭りは作者がMOD入れた原作ゲームで実際に体験したことを元にしてます。
 夜中の廃工場でストーカー達と焚き火を囲んでたら、銃声が聞こえる。
 おやと思ったら、いつの間にかキメラの群れに囲まれてて、見張りのストーカーが応戦してました。
 慌てて加勢するも、キメラ達の波状攻撃の前に櫛の歯が欠ける様に、ストーカー達が1人また1人と死んでいく。
 結局最後に朝日を浴びることができたのは自分だけでした。
 STALKERはMODを入れることにより、NPCもミュータントも自由に動き回るようになったりするため、こういうドラマチックな展開が意図せずに体験できるというのがこのゲームの魅力の一つです。
 自由度が高すぎて重要人物がいつの間にか焚き火の中に突っ込んで死んでいたりするというのは、ドラマチックと言えるのかちょっと考えものですが。


ZONE観光案内動物編

 キメラ。顔が2つある四足歩行のフレンズ。
 でかいライオンみたいなシルエットのフレンズで、すごくタフで早くて集団で襲われた日には逃げるしかない。大抵追いつかれて死ぬ。
 ジャンプ力が凄まじく、縦にジャンプすると2階ぐらいの高さでも軽々と登ってくる。
 その為、高所に陣取って余裕こいていても死ぬ。
 水平方向にジャンプすると20メートルぐらい一気に跳んできて、あっという間に間合いを詰められて死ぬ。
 
 白いボスキメラはMODで出てくるオリジナルミュータントで雷キメラと呼ばれる個体です。
 倒すと放電して周りを巻き添えにして死ぬという爆弾岩みたいな奴。
 すごーい! 君は雷を出せるフレンズなんだね! (感電して死亡)
 倒す際に距離を離せばいいんですが、キメラ並みの身体能力持ってる奴に距離とれとか無理です。死にます。


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Interval 14 合成獣

「クソッタレ! 雷キメラだ! まだコイツ追ってきてるのか!」

 

 雷撃を纏ったキメラを見て、工場奥に隠れているショットガンが毒づいた。

 知っているようなら少しでも情報を貰わねばならない。流石のフィアーも雷撃を撒き散らす相手との戦闘は始めてだ。

 

「このカミナリ野郎の特技はなんだ! どんな手を使う!」

 

 そのフィアーの答えに返答を返してきたのはサブマシンガンのほうだった。

 

「電撃を纏った突進と噛み付きで他のキメラとやることはかわらん! それよりもこいつは殺すと体内の電気が暴走して、辺り一帯を放電で巻き込むって話だ! これに巻き込まれたら即死だぞ!」

 

 予想以上の厄介にフィアーは顔を顰めた。殺害すれば雷撃を撒き散らすとは、生きた爆弾と大差ない。しかもこの爆弾は自前の牙と爪で襲い掛かってくる。

 そして。

 2種類の甲高い音が西側の建物に繋がる連結通路から聞こえてきた。ガラスが割れた音と鳴子の音である。

 連結通路から更にキメラの増援が来たようだ。

 フィアーは叫んでストーカー達に警告する。

 

「西側の廊下からキメラの残りが来るぞ! そっちの弾数は後何発残ってる!? こっちはそろそろ弾切れだ!」

 

 それに対してAKが叫び返してくる。

 

「こっちも後一匹も相手にしたら看板だ! 後は残ってる武器は拳銃ぐらいだ!」

 

 なかなか絶望的な答えが返ってくる。

 あの図体のキメラに対人用の自動拳銃は大して役に立たないだろう。

 そうしたやり取りをしている間にも、悠然とした足取りで雷を纏ったキメラが工場に入ってきた。

 余裕のつもりなのだろうか、だが少しでも時間があるのはありがたかった。

 フィアーはイングラム短機関銃を胸のベルトに引っ掛け、バックパックを床に下ろしてそこに引っ掛けられていたアサルトライフルを装備し、更にバックパックのサイドポケットに入れておいた新型地雷を取り出した。

 

「Fire in the hole!」

 

 そして安全装置を解除すると円盤型の地雷を雷キメラに向かって、フリスビーのように投擲する。この地雷は直接敵に敵に投げ込むような運用も可能だ。

 もはや出し惜しみなどしていられない。最大の火力を徹底的に叩きつけるべきだと判断したのだ。

 しかし投擲された地雷は有効射程内に入る寸前、雷キメラから放たれた小さな放電で迎撃される。

 放電が直撃した地雷は、誤動作を起こしてその場で起爆。

 工場内部を先の破片式手榴弾とは比べ物にならない爆風と轟音が襲った。

 

 爆発とともに咄嗟にフィアーは身を沈めていた。

 よもやあんな方法で、爆発物を迎撃してくるとは予想外だった。

 だがあんな真似で地雷を無力化出来るのは、あの雷キメラだけだろう。

 通常のキメラ相手なら通じるはずだから、まずは連結通路の方から来るであろうキメラに対して最後に残った地雷を……。

 

 ……考えられたのはそこまでだった。粉塵を突き破って雷光を纏った双頭の怪物がこちらに向かって突撃してきたからだ。

 先の爆発の影響を多少なりとも受けたのか、全身から少々血を流しているが致命傷には程遠い。

 咄嗟にその体当たりを回避するも雷キメラはその体格に見合わず、他のキメラより俊敏に身を返すと至近距離でこちらに向き直った。

 睨み合う一人と一頭。

 誤射を恐れてか、ストーカー達からの援護はない。

 

 そこに間が悪いことに連結通路からやって来たキメラが、その一人と一頭の上を飛び越えて、工場の隅に隠れるストーカー達の元に向かっていく。 

 配管の塹壕に篭ったストーカー達から銃撃が放たれるが、それに負けじとキメラの咆哮も続く。

 それ以降はどうなったかはフィアーからはわからない。

 下手に他所に意識を向ければ、眼前の双頭に食いつかれることが明らかだからだ。

 とりあえずは銃声が続いている限り、生きてるだろうと判断して、目の前の怪物に全ての意識を向ける。

 

 その瞬間、雷キメラの体から火花が散った。それによって視界が一瞬遮られ―――その隙を逃すこと無く、雷キメラが踏み込んでくる。

 頭突きを躱しそこねてフィアーは地面に転がった。

 すかさずキメラがのしかかって、その巨大な爪で引き裂こうとしてくる。

 アサルトライフルで反撃しようにも、こう密着されては振り回すことすらできない。

 故にフィアーはあっさりライフルを捨て、腰のソードオフを引き抜くと、銃口を雷キメラの腹部に押し付けて引き金を引いた。

 血飛沫と放電が同時に撒き散らされて、怪物の二つの顔が同時に血反吐を吐いた。

 更に左手でイングラム短機関銃も引き抜くと、雷キメラの左の肩口に向けてフルオートで撃ちこむ。

 肩の付け根への銃撃には、このバッファローをも超えるサイズの怪物と言えどバランスを崩すには充分な攻撃だったようだ。その瞬間にフィアーは転がるようにして、怪物の下から這い出ることに成功した。

 このまま畳み掛けて止めを刺すのは難しくないが、そうなった場合、後に続く放電を避ける手段がない。

 

 一旦距離を取るためにも、走って工場の入り口の大扉の方へ向かう。イングラム短機関銃を捨てて―――どの道今ので弾切れだ―――ソードオフに弾込めを行う。

 

 これが最後のリロードになる。 

 

 工場の外に出て10メートルほど走ると、目的のものを見つけてフィアーは入り口を振り返った。

 丁度、雷キメラが工場から出てきた所だった。

 満身創痍といった風体だが、2つの顔は報復の怒りに満ちており、まだまだ戦闘は可能なように思える。

 こちらの手持ちの武装はソードオフと自動拳銃。後はナイフのみ。

 手榴弾や地雷は手持ちのは底を尽き、残りは置き去りにしたバックパックの中。

 もっともそれでも充分だが。

 

 先に動いたのはフィアーだった。スローモーを発動させて、一気に走ると直ぐ側にあった廃棄された大型貨物自動車の運転席へと割れた窓ガラスから中に飛び込む。

 続いて雷キメラも一足で廃車へと跳躍してくる。

 その顔は獲物が、わざわざ逃亡不可能な鳥かごの中に逃げ込んだことに対する、嘲笑が浮かんでいる。 

 確かにそうだろう。このキメラの怪力を持ってすれば廃車のフレームを引きちぎることなど造作もない。料理の中身が皿に盛られにいったようなものだ。

 

 だがフィアーは怪物に対する避難目的で、この廃棄車両に潜り込んだわけではない。

 この雷光の魔獣を殺すこと、それによって起こる現象から逃れるためにここに逃げ込んだのだ。

 スローモーを発動した今のフィアーにとって一直線に飛びかかってくる雷キメラの動きを見切ることなど容易い。

 後は簡単だ。彼―――或いは彼らかもしれないが、怪物の二つの顔に向かってそれぞれ一発ずつ、ソードオフショットガンの銃弾を叩き込む。

 ただし装填されているのは散弾ではなく、小型の榴弾だ。

 

「……jackpot!」

 

 空中の双頭の魔獣、その2つの頭部がほぼ同時に榴弾を喰らって四散する。

 そして次の瞬間―――雷光の怪物は自分自身の体すら焼きながら、その全身に蓄えた電気エネルギーを無差別に辺り一面にまき散らした。

 

 

 

 「……なんとか生きているか」

 珍しく自嘲しながら、フィアーは廃車から降りた。

 落雷の際、車に搭乗していれば被害を受けないといううろ覚えの知識を元に廃車へ飛び込んだのだが、正解だったようだ。

 もっとも廃車の痛み具合は随分と年季が入っていた、そのため内装が腐り落ち、金属のフレームが剥き出しだったため、完全に防ぎきれず少々火傷を負った。

 だが直撃を受けるよりは遥かにマシだ。

 先ほどのしかかられた時に止めを刺していたら、間違いなく自分は死んでいただろう。

 

 死闘の末、倒した雷キメラのほうを見ると、それは自分自身が放射したエネルギーによって完全に丸焦げになっていた。

 いや。

 丸焦げになったキメラの腹部から小さな雷光が漏れているのをフィアーは見逃さなかった。

 それがなんなのか確認するかどうか一瞬迷うも、工場から聞こえてきた銃声がその迷いを塗りつぶした。

 キメラはまだ残っているのだ。

 フィアーは急ぎ工場の中へと走っていった。

 

 

 

 

 

 

 工場内部に着いた時、既に決着は付きかけていた。

 サブマシンガンは配管用の半地下の通路から引きずり出されて、配電盤に叩きつけられており、ショットガンはふらつきながらもなんとか立っていたが、獲物のショットガンは折れて、床に転がってる。

 そしてAKは―――工場の中央でキメラに組み伏せられて、今まさに頭部を食いちぎられそうになっていた。

 だがキメラの人面顔がAKにかぶりつくよりも先に、肉厚の銃身を持つ大口径拳銃がその口腔内部につきこまれる。

 発砲。銃声。キメラの口内でマグナム弾が炸裂する。

 銃撃は7回に渡って続き、スライドが下がりきった大口径拳銃がカチカチと虚しく弾切れの音を出し始めた頃にはキメラは既に死んでいた。

 

 その後、フィアーはショットガンと二人がかりでAKの上からキメラの巨体を押しのけた。

300キロはある巨体の下から、ようやく顔を出したAKは弾切れのマグナムを見せびらかすと開口一番、

 

「拳銃も中々役に立つもんだろ?」

 

 と、自慢気に笑った。

 フィアーはどう反応していいか困ったが、隣にいたショットガンが、疲れたように気にするなというジェスチャーをしたので、適当に頷いてやった。

 

 「おい……。俺のことも忘れないでくれよ……」

 

 弱々しい声に振り向くと配電盤に叩きつけられたサブマシンガンが、なんとか身を起こそうとしていた所だった。

 

「最悪だクソ……。逃げる時に狙撃銃は捨ててくる羽目になったし、武器も碌にねえ。今の俺達じゃバンディットにだって勝てねえぞ……ああ、クソッ右腕が動かねえ……こりゃ折れてる……」

 

 手酷く傷めつけられた割には、意外と元気に愚痴を垂れ流している。命は別状は無さそうだ。

 だがこの状態で再度襲撃でもかけられたら、危険なのは確かだ。

 フィアーは彼を助け起こすのは彼らの仲間に任せて、装備の回収と周囲の確認に向かうことにする。

 ショットガンにそれを伝えると、彼は助かると言って頷いた。

 

 まず工場内に放置されたバックパックと自動小銃を回収する。バックパックを背負い直し、自動小銃を構えてようやくフィアーは一息ついた。

 その後、工場の外に出て他に生き残りのキメラが居ないかどうか確かめに行く。

 外は先程の死闘が嘘のように静まり返っていた。

 戦闘前との違いは、そこらに散らばるキメラ達の死体だけだ。

 そう言えば、あの雷キメラの死体から見えた光はなんだったのかと思い出し、改めて雷キメラの死体を調べることにした。

 

 雷キメラの死体は無残なものだった。

 特徴的な二つの顔面は榴弾で砕かれており、挙句に自らを焼くほどの放電を放ったせいで全身がこんがり焼けている。

 とは言え、完全に丸焼けになったわけではなく、炭化した皮膚の下からいい具合に焼きあがった肉と内臓が覗いていた。

 肉の焼ける匂いが鼻孔と空腹を刺激するが、流石にこんな人頭の怪物を食べたいとは思わない。

 

 そもそもZONEの水や動植物は放射能に汚染されているため、摂取するのは自殺行為だ。

 だがそれはそれとして悪くない匂いではある。バックパックの食料の中に肉の缶詰があったかどうか考えながら、フィアーはライフルにナイフを装着し、銃剣にするとそれで雷キメラの死体を小突いた。……反応なし。

 安堵に小さく息を吐きながら、フィアーは雷キメラの腹部を観察すると、先程よりは光は小さくなっているが、仄かな光がそこにあるのを確認する。

 

 一瞬躊躇った後、腹部を銃剣で切り開く。

 次の瞬間、内臓と共に握り拳大の鉱石が零れ落ちた。時折放電するかのように光を放つその水晶のような鉱物。

 間違いない。アーティファクトだ。

 アノーマリーで形成されると聞いてはいたが、ミュータントの体内で形成されるものもあるらしい。

 というよりは全身に強力な電気を纏うミュータント自体、ある意味アノーマリーと大差ない存在かもしれないが。 

 確かこの形状のアーティファクトは電気を無効化するタイプのアーティファクトだったはずだ。

 後であのストーカー達に詳細を聞いてみることにしよう。

 

 その後フィアーは工場の敷地内を見回った後、屋上に登り、地雷に引っかかったキメラ達が全滅しているのを確認すると、最後に連結通路と工場入口の大扉に再びワイヤーの鳴子トラップを仕掛け―――キメラやストーカー達がひっかかったものをそのまま再利用した―――、工場内部のストーカー達の所に戻った。

 

 彼らは傷の治療の為、スーツやガスマスクを外しておりその素顔を晒していた。

 といっても、特筆するような顔ではない。東欧系のどこにでもいるような顔つきだ。

 精悍な、どこにでもいる戦士の顔つきだった。

 仕事上フィアーは、そういった人間と接することが多いので彼にとっては特別な人種ではない。

 フィアーは近づいてきた事にAKが気付き、手を上げて呼びかけてきた。

 

「よう、お疲れ。巻き込んで悪かったな」

 

「全くだ。礼儀のなってない連中はZONEに入って山ほど見てきたが、人の寝床に化け物の大群引き連れてやって来た奴らは初めてだ」

 

「そんなこと言いながら、律儀にその礼儀知らずを助けてくれるなんて痺れるねぇ。俺はユーリ。そっちの不機嫌そうなのが、ミハイル。寝てるのがセルゲイ。あんたの名前を聞いてもいいかい?」

 

 そう言ってAK、いやユーリはこちらの名前を聞いてきた。因みにショットガンがミハイルで、傷が痛むのか横になっているサブマシンガンがセルゲイのようだ。

 彼らもそれぞれ挨拶を返してきた。

 一応こちらも自己紹介しておく。

 

「フィアー。単独の傭兵だ」

 

 その後、彼らとこの状況に至るまでの経緯と情報をやり取りした。

 この北の地域にはYantar(ヤンター)という湖―――今は唯の沼地だ―――の近くにコンテナを複合させて作った科学者の研究所がある。

 彼らはそこからキメラの駆除の依頼を引き受けた。

 その辺りを説明する際、ユーリは罰の悪そうに、こう語った。

 

 「その時はキメラなんざ1頭か2頭、多くて3頭だと思ってたんだよ」

 

 そしてその程度なら自分達だけでも戦術を練れば、充分倒せるだろうとも思った。

 偵察の結果、3頭のキメラを確認して寝床に爆薬を仕掛けて吹き飛ばす作戦はしかし、ユーリがキメラに気が付かれた時点で破綻した。

 だが、それでも3頭のキメラぐらいなら正面からでも充分勝てる、と判断して戦術を練り直し待ち伏せポイントに篭もるストーカー達が見たのは、10頭を超えるキメラと彼らを率いる通常のキメラよりも更に巨大な雷キメラだった。

 当時の状況を思い出したのか、小さく身震いしながらミハイルが言った。

 

「あの放電する化け物を見た時、俺の寿命は数年は縮んだね。科学者やストーカーの間で通常のミュータントとは違う特殊なミュータントが居るとは聞いていたし、念の為に対処法も聞いていたのが役に立ったな。……雷キメラを倒すと放電するってホントだったか?」

 

「ああ、奴を中心半径10メートルは丸焼けだ。アンタの警告がなければ俺はキメラと一緒にあの世に行ってた。礼を言う」

 

 フィアーは、改めてその情報をもたらしてくれたミハイルに礼を述べた。

 すると今まで横になっていたセルゲイが口を開いた。

 

「礼をいうのはこちらのほうだ。アンタが居なかったら俺達は今頃キメラの糞だ。……アンタに大きな借りができてしまったな。本来なら囮役にはあの噂のナイトクローラーになってもらうつもりだったんだが」

 

 その言葉に対して当然だがフィアーは反応した。奴らの事を知っているのかと。

 

「いや、全く知らないし関わりたくもない」

 

 それに対して返されたセルゲイの言葉はシンプルだ。

 そしてその後、彼らの本来のプランを聞かされることになった。

 キメラと追いかけっこする時には科学者の基地は離れすぎてたし、依頼人である彼らの所に、キメラの群れをぞろぞろ引き連れていく訳にも行かない。あそこはシェルターになっているとはいえ、この状況では閉めだされて終わりだ。

 

 そこで思い出したのがこちらの地域ではナイトクローラーが活動しているということだ。

 ナイトクローラーが活動しているこの地域で、拠点に使える建物は限られている。

 だからもし、この廃工場をナイトクローラーが拠点としていれば、うまく奴らとキメラの群れをぶつけあって、自分達はその隙に廃工場の近くにあるマンホールから地下通路へと逃走するつもりだったと。

 確かにキメラといえども、あの体格でマンホールを潜って地下に降りるのは不可能だろう。

 

「しかし遠目に見た限りじゃ工場は無人。こりゃ工場の中でキメラと隠れんぼして、うまく巻くしか無いなって思ってた所にお前さんが助けてくれた。いやはや助かったぜ。キメラの半分に加えて雷キメラまで始末してくれるなんてな」

 

 雷キメラの話で、フィアーは先のキメラの死骸から出てきたアーティファクトのことを思い出すと、それを取り出してストーカー達に聞いてみる。

 

「あの雷野郎を仕留めた時、ヤツの体内からアーティファクトが出てきた。こういうことってあるのか」

 

 それに対してストーカー達は顔を見合わせたが、ミハイルが答えた。

 

「いや……。あんまり聞いたこと無いが変種のミュータントはたまに体内でアーティファクトを形成してるって話を聞いた事がある。……ちょっとそのアーティファクト見てもいいか」

 

 無言でアーティファクトを渡す。

 ミハイルは暫くそれを調べた後、興奮して叫んだ。

 

「こいつは極上のアーティファクトだぞ。電気を無効化するアーティファクト、Flashの変異型だ! こいつを付ければ電気のアノーマリーの中だって歩いて渡れる! なあ、フィアー! いくらでも払うからこれを譲ってくれはしねえか?」

 

 それに対して、フィアーは優しくこう答えた。

 

「100万ルーブルなら」

 

「やめとこう」

 

 あっさりミハイルはこちらにアーティファクトを差し出してきた。

 実際の所、自分にとってどうでもいいアーティファクトなら譲っても良かったが、あのFlashというアーティファクトはそうはいかない。

 

 電撃を無効化するアーティファクトと聞いて、フィアーが真っ先に思い出したのは先ほど地下通路で死闘を繰り広げたナイトクローラーとそのボス、ワームとの戦いだ。

 奴は雷撃を撒き散らす電気型アノーマリーの中にいても大したダメージはなく、逆にこちらが追撃を封じるための盾にした。

 だがこれがあればあの時の二の舞いは避けられるだろう。

 

 フィアーはミハイルから、アーティファクトを返してもらうとマスクの下で陰鬱に笑った。

 奴のトリックは一つ潰した。次は逃がさない。

 そんなフィアーに今度はユーリが声をかけてきた。

 

「確かにそのアーティファクトはあのクソッタレを始末にしたあんたに権利がある。ただ……代わりにその雷キメラや他のキメラ共の死体を俺達に譲っちゃくれないか?」

 

 思わぬ申出にフィアーは目を丸くした。

 

「あんなものどうするんだ? 食うのか? ……確かに焼けばいい匂いがするが」

 

 そう尋ねるとストーカー達は笑い出した。

 憮然としたフィアーを尻目に、暫く笑っていると代表してかユーリが説明を始めた。

 

「あれを食うやつなんて見たことねえよ。欲しいのは爪さ!キメラの爪ってやつはZONEで高値で売れるんだ。科学者もそうだが、いろんなトレーダーも扱ってる。何でも外の金持ちに高く売れるんだとよ……実の所今回の依頼引き受けたのはこれ目当てだったのさ。」

 

 セルゲイが思い出したように言った。

 

「そういえばFreedomのトレーダーも欲しかってたな。あっちの方にも売りに行ってみるか。これだけの爪を売れば、ボロボロになった俺達の装備も新調できるかもしれん」

 

 ユーリはこちらの行き先を尋ねてきた。

 

「あんたはどうするんだい?俺達は一旦『Yantar湖』の科学者のシェルターに戻る。依頼料ももらなわいといけないし、あそこの科学者連中は手先が器用な奴が多いから、装備を直してもらえるしな」

 

「俺はBARに行きたいんだが……」

 

 ユーリは暫く考えこむと、この辺りの地理を説明しはじめた。

 

「ここからなら『BAR』は『ゴミ捨て場』を通って行ったほうが早いな。俺達と来るなら『Yantar』に来た後、更に其処から『Wild Territory(ワイルドテリトリー)』っていう所を通らなきゃならない。ここがまた治安が悪くてな。規模のデカイ工場区域なんだが、バンディットやらタチの悪い傭兵が住み着いてる。ミュータントまで彷徨っているから一人で行くのはちと危険だ。……あんたは何しにBARに行くんだい?」

 

「ナイトクローラーの情報を集めている。BARにならZONEの情報が集まると聞いてな」

 

 それを聞いてストーカー三人組は互いに顔を見合わせた。

 そしてセルゲイがこう言ってきた。

 

「ナイトクローラーか。さっきは全く知らないと言ったが、実はほんの少し奴らの噂を小耳に挟んだ事がある。俺達の依頼人の科学者の研究所の連中があいつらに襲われたって話を聞いたんだ。なんでも高価なアーティファクトを奪われたらしい」

 

「その奪われたアーティファクトはどんなものかわかるか?」

 

「いや、話だけだからそこまではわからない。科学者連中に聞くしか無いな」

 

 フィアーは暫し考え込んだ。地下道で彼がワームに遅れを取ったのはアーティファクトの有無だ。

 敵が貴重なアーティファクトで武装しているのなら、どんなアーティファクトを所持しているかだけでも知っておく事は無駄にはならない。

 黙考するフィアーに対して今度はミハイルが声をかけてきた。

 

「なあフィアー。良かったら俺達と一緒に科学者の基地経由でBARに行かないか? 見ての通り俺達はボロボロだから護衛が欲しい。アンタが来てくれるなら百人力だ」

 

 続けてユーリが口を挟んでくる。

 

「そりゃいいな。ナイトクローラーの情報が欲しいんだろ? 俺は科学者達とは仲がいいからその辺の情報も聞き出せる。護衛代は奪われたアーティファクトの情報ってのはどうだ?」

 

 流石にフィアーはちゃっかりしてるなと苦笑したが、条件としては悪くない。

 ベテランストーカーのZONEの動き方というのも観察できる。

 

「いいだろう。BARまでアンタ達に着いていこう」

 

 フィアーはこの申し出を承諾することにした。

 するとユーリがバックパックの中からステンレスのスキットルを取り出した。

 

「よーし! それじゃあこの出会いと糞ったれキメラ共の命日を祝って乾杯だ!」

 

 ミハイルとセルゲイは呆れたようにユーリを見ているが、止める様子はない。

 仕方なくフィアーが言った。

 

「こんな状況で飲むのか?」

 

「化け物は皆殺しにして、俺達は全員生きている。ここで飲まなければいつ飲むっていうんだ?」

 

 すると、隣にいるミハイルとセルゲイがユーリを睨みつけ、

 

「偵察でヘマこいてキメラの群れを呼び寄せる馬鹿が死んだ時だな」

 

「その馬鹿のせいで折れた右腕の痛みを忘れる時だ」

 

 と、それぞれ続けた。ユーリは舌打ちすると、

 

「じゃあ今夜はお前は飲むなミハイル。セルゲイ、お前はさっさと酒飲んで寝ちまえ。アーティファクト付けてるから明日になれば動ける程度には治ってるだろ」

 

 ミハイルはうんざりしたように首を振った。

 

「アーティファクトじゃ怪我は治っても、スーツや武器は直らねえんだぞ。俺の相棒はあの二つ頭にへし折られてご臨終だ。スーツもズタズタにされて修理しないといけないし、出費を考えると頭が痛いぜ」

 

「へっ。ご自慢の特製プレート入りの防弾スーツもキメラの爪の前には型無しか」

 

「馬鹿言え。プレート入れてたから肋に罅が入る程度で済んだんだ。普通のスーツなら今頃ハラワタをぶち撒けてるぜ。命預ける物に金かけてるとこういう時に役に立つんだ」

 

 そうミハイルが返すと、ユーリはニヤリと笑って懐から、キメラを仕留めたイスラエル製の大口径の自動拳銃を取り出した。

 それを見たミハイルはしまったといった表情をし、セルゲイはミハイルにこの馬鹿、と言いたげな視線を送る。

 

「確かに命を預ける物はしっかりした物じゃないとな。その点このデザートイーグルときたら! まさにキメラに頭を食われかけて絶体絶命の時!こいつが火を拭いてあの二つ頭をあっという間に片付けちまった! あの瞬間は全く最高だったぜ! これでお前らにもコイツに文句は言わせないからな!」

 

 それからは彼が何を言ったが余り覚えてない。

 余りにもどうでもいいユーリの愛銃の自慢と、故郷にいるという妻子の自慢が交互にエンドレスで続いたせいだろう。

 最初はフィアーは真面目に答えていたが、ユーリに対する相槌はそうだな、まったくだ、という単語だけで事足りると分かってからは全て聞き流していた。

 

 話を聞かなかったのはユーリに酒のツマミをねだられて、ミハイルが作った料理が旨かったせいもあるかもしれない。

 彼は料理に一言あるようで、煮る事も炒める事もできる小さな鋳物製の鍋と携帯コンロを持っていた。

 フィアーはわざわざ鋳物製じゃなくて、もっと軽い素材の鍋でもいいんじゃないかと言ったら、彼は照れくさそうに、

 

「これじゃないと駄目なのさ。ユーリのマグナムみたいなもんだな」

 

 と答えて調理を始めた。

 

 乾燥野菜の入った温かいスープヌードルや、香ばしい匂いのする缶詰めの肉と豆の炒めもの、そして軽く炙ってバターを塗ったパン。材料はありきたりだったが、ミハイルは常に小分けした調味料を持ち歩いているようで随分と味に奥行きがあった。

 食事が出来た時だけは、傷の痛みで寝ていたセルゲイも起き上がったぐらいだ。

 こうして彼らの話を聞いている内になんとなく3人組の一人一人の性格もわかってきた。

 セルゲイが寡黙な皮肉屋でユーリはお調子者のムードメーカー、しっかりした性格のミハイルがリーダーを務めていると言った所か。

 そして小一時間もすると酒が回ったユーリは完全に寝てしまった。

 とはいえ、彼を習って全員熟睡するというわけにもいかない。

 ここは安全が確立されたキャンプではないのだから。

 その為フィアーとセルゲイとミハイルは3時間ごとに見張りを交代し、そのまま朝を迎えた。

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 

「おはよう! いい朝だな!」

 

 朝になって起きたユーリの第一声はそれだった。

 見張りの順番が一番最後になったため、夜が明ける前から起きていたミハイルが皮肉げに言った。

 

「そりゃあんだけぐっすり寝てればな。おいセルゲイ。お前の傷の具合は大丈夫か?」

 

「ああ。右手は動かんが俺の銃は片手でも扱える。動く分には問題ないさ」

 

 そう言ってセルゲイは包帯で釣った腕を触りながら答えた。キメラとの死闘で折られた腕は工場で拾ったアルミのパイプで添え木してある。

 質のいいメディカルキットと回復用アーティファクトで怪我の処置したためか、彼の顔色は悪くない。

 

「そりゃよかった。よし、飯を食ったら早速キメラ共の死体から爪を剥ぎ取りに行くとしよう。フィアー。悪いがお前も手伝ってくれ。モタモタしてたら血の匂いに引かれて他のミュータントがやってくる」

 

 昨晩の見張りの時間に各自が次の日の準備に加え、自分の装備の手入れや傷の処置を行っていたので、出発の準備は手間取らなかった。酒を飲んでいた一晩中寝ていたユーリですら、酒を飲みながらも銃の手入れだけはしていたようで、あっさり支度を整えていたことに対してフィアーは少し感心した。

 そして火にかけた缶詰そのまま食べるという簡単な朝食をした後、全員がキメラの爪を剥がす作業を行うことになった。

 ストーカー全員がこの手の解体作業の経験があるようで、作業自体は小一時間で済んだ。

 フィアーも狩りの経験はさほどではないが、サバイバル訓練で獲物の解体の経験をしたことはある。しかし防弾チョッキ並みに頑丈なキメラの表皮を、ナイフで捌くコツを掴むまでには少々手間取った。

 その上死んでも尚、凄まじい形相で虚空を睨みつけているキメラの顔を見ながらの解体作業はフィアーの気を更に滅入らせた。

 

 解体作業が済んだ後、キメラの死体は放置されることになった。

 ここが拠点として使用されているなら埋めるか、適当なアノーマリーに放り込んで処分しなければ、血の匂いに引かれて他のミュータントがやってくるとのことだが、10頭を超えるキメラの死体の処分をこの4人でやっていたら、それこそ日が暮れる。

 

「次に来る時はここはミュータントの拠点になってるかもな」

 

 廃工場から出る時、セルゲイは工場を見ながらそう言った。

 

 ここから科学者キャンプに行くには、西の方にある湿地帯から北へ回りこんでいったほうがいいということだ。

 彼らがキメラから逃げるために来たルートは途中で崖があり、こちらからは使えないらしい。

 フィアーはミハイルに聞いた。

 

「その科学者キャンプへはどれぐらいで着く?」

 

「そうだな……。何事も無ければ昼を過ぎたことには到着するだろう。何事もなければな。しかしこれから行く湿地帯はミュータントがよく居るんだ。悪いが頼りにさせてもらうぜ」

 

「了解した。そう言えばアンタ獲物は拳銃だけか?」

 

「そうなるな……。科学者の基地に行けば科学者達から武器を手に入れられるが、今襲われると厳しい所だ」

 

 ミハイルは自分のバックパックに括り付けた折れたレミントンのショットガンを見ながら、そう言った。

 彼のメインアームであるショットガンは先の戦いでキメラに叩き折られてしまった。お陰で彼の武器は9mm口径の自動拳銃だけだ。

 もっとも武器を失ったのはセルゲイも同じで彼はキメラから逃走する際、愛用の狙撃銃を投棄することになったらしい。

 今装備しているサブマシンガンのMP5K―――MP5の銃身とストックを切り詰めたコンパクトタイプだ―――は本来サイドアームだったとのことだ。しかも片腕が使えないのではリロード時間や射撃精度にも影響が出るだろう。

 そのため彼らは戦力とは期待されず、解体したキメラの爪の荷物持ちだ。

 しかしそうなると四人中まともに戦えるのはAKライフルを装備しているユーリと、アサルトライフルを装備している自分だけになる。

 これでミュータントが居るかもしれない湿地帯に乗り込むのは些か不安だ。

 

 暫く考えた後、フィアーは自分のソードオフショットガンをミハイルに貸す事にした。

 榴弾を撃てるそれはフィアーの切り札の一つだったが、榴弾の在庫が切れた今となっては然程重要な武器ではなくなった。例え無くしても惜しくはない。

 

「これを使え。古臭い代物だが無いよりはマシだろう」

 

「確かに俺達全員より歳を食ってそうな年季の入った銃だな。……だがしっかり手入れされて武器としては申し分ねえ。ありがたく借りておくぜ」

 

 このソードオフとミハイルが使っていたショットガンは共通の弾薬を使用している。ミハイルは銃こそ折れたものの、ショットガンの弾薬はまだ多少残っているためソードオフを有意義に使えるだろう。

 

 フィアーは空を見上げた。

 ZONEはいつも通りの曇り空だった。




 キメラのフレンズ達によるキメラパーク閉園の回。
 キメラの大群はZONEで一番の恐怖です。
 因みにMODだと襲ってくるキメラの群れが全て雷キメラだったりする場合も。
 死ねってかおい。

 今回からしばらくゲストのストーカー達と同行することになります。これもZONEの醍醐味。
 ZONEでもF.E.A.R.でも大体仲間は死ぬために居るようなもんですが大丈夫、なんとかなるさ。
 死んだら死んだで剥ぎ取ればいいしネ! (外道)

 それと感想,批評等は全部目を通させて頂いてます。
 ありがとうございます。すごい励みになります。


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Interval 15 Yantar

 例の湿地帯とやらは工場から出てマンホールのあった森を、更に西に抜けたところにあった。

 

「おお、やっぱり生ハム野郎がうようよ居るな」

 

 近くの丘の上から湿地帯を見下ろしていたユーリが気楽そうに言う。

 フィアーも見たがそこは湿地帯というよりは小さな沼と言うべきものだった。ただその沼には一面に人の背よりも高い葦が生えて、外から様子を伺うことが全く出来ない。何が潜んでいてもまったくわからないだろう。

 そして沼の岸で豚が変異した肉塊のミュータント―――fleshの群れが水浴びをしていた。あんな姿になっても豚が持っている清潔好きという習性は消せなかったようだ。

 フゴフゴと鳴きながら水際で仲間と戯れている姿は確かに豚を思わせる動きだ。あの造形でなければ、微笑ましいと言って良い光景かもしれないのだが。

 ミュータントの数はおよそ十数頭と言った所か。大したことのない数だが手持ちの弾薬が少ない今は戦いたくない相手だ。

 出来れば湿地帯自体迂回したいところだが、この辺りはアノーマリーの巣になっていて、あそこを通るのが安全らしい。

 

「多分湿地帯の中にも別のミュータントがいるな。だが岸側よりは少ないはずだ。気配を殺して湿地帯の中を歩いていけば戦闘を回避できるかもしれん」

 

 ミハイルが続ける。それに対してフィアーは疑問を唱えた。

 

「それでも湿地帯の中で敵と鉢合わせしたら?」

 

「その時は戦えばいいだけさ。湿地帯の中でドンパチやれば外からは見えん。岸にいる肉塊共は銃声に怯えてパニックて暴れるのが精々だ。気にしなくていい」

 

 セルゲイが続けた。

 

「この湿地帯にはたまにブラットサッカーやスノークが出る。不意打ちには気をつけろ」

 

 スノーク。

 確かシドロビッチのガイドブックでは、人間が変異した四足歩行のクリーチャーでZONEの危険地帯には大概これが居ると言われているらしい。

 ただ写真も無く、詳しくは書いてなかったのでそれ以上の事は分からないが。

 それをストーカー達に言うと彼らは笑ってこう答えた。

 

「流石は作者がシドロビッチなだけはある!随分と役に立たないガイドブックだな」

 

「全くだ。一番肝心要の外見が書いてねえ」

 

 そう言ってミハイルとユーリが笑いつづけていたが、肝心の情報については教えてもらえないようだ。

 仕方なくセルゲイに振ると彼も笑って、

 

「見れば分かるさ。ちょっと驚くかもしれんが、キメラからすれば雑魚みたいなもんだ。あんたなら問題ない」

 

 フィアーは溜息を着いて、この件の追求を諦めると湿地帯へ入る準備を始めた。

 

 

 

 

 

 

 この湿地帯は『ゴミ捨て場』ほどきつくはないが、毒を発生させるアノーマリーが湧いているようで毒を軽減させるアーティファクトも必要になってくる。

 フィアーは有害化学物質を分解するアーティファクトのMeat Chunkを装備していたし、他の三人組もそれなりのアーティファクトを有しているのと装備してるスーツの耐性でどうにでもなるとのことだ。

 湿地帯には入る際のフォーメーションはフィアーが先頭に立ち偵察し、続いて火力の無いミハイルと片手のセルゲイ、殿をAKを持ったユーリにして進むことにした。

 

 フィアーが最初に湿地帯の中に脚を踏み入れた時、なんとも言えない違和感と不快感が襲った。彼の脳裏によぎったのはヒルの存在だ。有害化学物質が発生している沼にそんな生き物が居るとは思えないが、ここから出たらブーツの中をチェックしようとフィアーは誓った。

 底なし沼ではないと聞いていたし、実際水深は脛ぐらいしかない。だがこの状況下ではスローモーを使った高速移動は難しい。しかも背の高い葦のせいで視界も最悪だ。

 ミュータントが現れたら、有無をいわさず一瞬で片を付けなければ、体当たりか牙で吹き飛ばされることになる。

 

 とりあえずライフルの銃口にナイフを着剣し、それで葦を薙ぎ払って一歩一歩進んでいく。

 この湿地帯の中では葦が生えている部分を道代わりにするのが一番いいそうだ。

 不自然に葦が生えていない場所は毒のアノーマリーが水の底に発生していたり水深が深かったりするらしい。

 確かに一部水面が緑色に発光し、泡立っている部分があった。地下施設で見た毒のアノーマリーと同じものだろう。

 凡そ20分ほど葦を切り分けて進んだ所、唐突に銃剣で切り裂いた草の中からガスマスクが現れた。

 

 最初はそれは投棄されたガスマスクか、或いはガスマスクを被った遺棄された死体と思った。それは余りにも泥と土にまみれて、目を覆うゴーグルはひび割れ、口のフィルターに至っては欠損している。

 だがそれは勘違いだった。それは投棄などされていない。ましてやその持ち主は、死んでなどいない。そのひび割れたゴーグルの下から血走った眼光がちらつき、マスクのフェルターがあったところからは長い舌と獣臭い息が吐出されたからだ。

 

 咆哮が上がる。

 かつて人間であり、ストーカーであった証である朽ちたガスマスクを被り、かつてはストーカースーツであったであろう襤褸を纏う怪人が、葦の中から飛び出した。

 眼前にいる人間を自分のいる死と狂気の世界へ誘うために。

 

 「スノークだ!包囲されてるぞ!」

 

 後ろからミハイルの声と銃声が聞こえてくる。

 これが件のスノークか。まさしく人間の成れの果てであり、見れば分かるとはよく言ったものだ。

 フィアーは飛びかかってきたスノークに、銃剣による刺突を送り込んだ。銃剣はスノークの左肩に突き刺さる。

 だがスノークは刺されたことなどお構いなしに突っ込んできて、フィアーを押し倒した。予想外のパワーだった。

 マウントポジションを取ったスノークは、獲物の肉の味を想像したのか、破損したマスクから長い舌を出して舌なめずりする。

 

 マウントポジションを取られたことでフィアーは初めて、スノークの全容を理解した。死んで尚、異形となって、ZONEを彷徨う哀れなストーカーの成れの果てを。

 元は服と思わしき襤褸切れの隙間からは皮膚ではなく、骨と筋肉と内臓がその顔を覗かせている。靴は奇形化して大型化し、獣のようになった足によって内側から破られている。

 手足の指は鉤爪へと変形しており、素手で人間程度なら解体できそうだ。

 この様になっても尚、このミュータントがガスマスクを外さないのは、怪物と化した彼の中に残っている一片の人としての心がそうさせているのかもしれない。

 

 もっともガスマスクの下にある牙の生えた口で、こちらの喉元に噛みつかんとするその姿からは凡そ人間らしさは見いだせなかったが。

 そしてフィアーもまた彼の食事になるつもりはさらさらなかった。

 自動拳銃を引き抜き、こちらを喰らわんと大口を空けたスノークの口腔内部に銃を突きこむと、鉛弾を数発ほどご馳走してやる。

 怪物化してもその肉体の構造は人間に準ずるようで、口腔内部から9mm弾で脊髄と脳髄を破壊されたスノークは大きく痙攣した後、力尽きた。

 

 こちらに飛びかかってきた時のパワーには驚かされたが、元が人間ということもあるせいか9mmの拳銃弾でも充分通用する相手のようだ。

 立ち上がって後ろを振り向くと、後ろのストーカー達もスノークを牽制しつつ、こちらに向かって走ってきていた。どうやらあちらが本命だったようで数も多い。

 スノーク達は四足歩行で這う様に移動しており、それが外見と相まって異様な雰囲気を醸し出している。しかも早い。

 彼らに追いつかれて殺されるぐらいならまだいい。最悪の場合は自分も理性を剥ぎ取られ、彼らと共に獣となってZONEを彷徨うことになるのではないかとすら思わせる悪夢のような光景だった。

 ミハイルが叫ぶ。

 

「もう十数メートルも走れば小さい島がある!そこで化け物共を仕留めるぞ!ユーリ!ちゃんと足止めしとけよ!」

 

「畜生!損な役回りだぜ!先頭になっとけばよかった!」

 

 AKを乱射しながらユーリが毒づいたが、その場合彼がスノークを熱烈なハグを受けることになっていただろう。

 ともあれ一行はユーリの奮戦のかいもあり、全員が小島に辿り着くことに成功した。

 20メートル程の南北に長い小さな小島だ。ストーカー達がキャンプに使うのか、キャンプ用の資材や焚き火の跡がいくつかある。

 小島の南から上陸した一行は、小島の北に布陣して各々の武器を構える。この長い小島を一種の通路に見立てて、上陸してきたスノークを迎撃しようという作戦だ。

 

 小島の南と北は、まるで入り口の様に葦が生えてない部分があるが、それ以外の場所は他と比べても背の高い葦に覆われているので、動きが制限される。

 スノーク達が小島の南に上陸したら、キルゾーンと化した小島を渡らなければ、こちらに着くことは無いというわけだ。

 彼らに人間並みの知能があれば回りこむと言った戦術もしてきてもおかしくないが、ストーカー達によればスノークにそんな知能は無いとのことだった。

 

「よーしよし、こい化け物。腹一杯ご馳走してやるぞ……」

 

 キャンプ用の資材をバリケード代わりにし、AKを構えたユーリが呟く。

 ミハイルとセルゲイは万が一のために側面や背面からの奇襲に備えている。

 フィアーもまたユーリに習って、近くにあった鉄のスタッシュの上に銃身を預け、依託射撃の姿勢を取っていた。

 弾数は少ない。一撃で撃ち殺さねば。

 10秒も待つと次々とスノーク達が上陸してくる。

 四つん這いで這いずるように移動するため人間よりは狙いにくいが、この状況なら問題ない。

 フィアーはスコープ越しにこちらに向かってくるスノーク達に次々とヘッドショットを決めていった。

 人間の頃の性質を色濃く残している彼らは、やはり脳を破壊されることには弱いようで、ヘッドショットなら一撃で死ぬ。

 隣のユーリもヘッドショットとは行かないがしっかりと胴体に当てて仕留めている。

 胴体に当てた場合は、やはり10発近く撃ち込まないと倒れないようだが。

 

 一旦コツを掴んでしまえば、スローモーの使い手であるフィアーにとってスノークは最早、射的の的と大差なかった。小島の南にはスノークの死体の山が積み上がり、ミュータントの処刑場と化した。

 十数体ほどいたスノークは半分程が殺されて、ようやく勝ち目がないことを理解したようで、呻き声のような鳴き声を上げて逃げていった。

 それを見たユーリが小さく溜息をついた。

 

「あぶねえ所だった。残った連中が逃げ出さなければ弾切れになってたかもな」

 

「こっちも残弾の数がやばい。この規模の襲撃があと1回あればもう弾切れだぞ」

 

「ここを抜ければどうにかなるさ。あのスノークの足は科学者達の間で高値で引き取られてるから解体して持って行きたい所だが……」 

 

「そんな余裕はないな。さっさと行こう」

 

 そうフィアーが言い切るとユーリは残念そうにスノークの死体の山を一瞥した。

 その後は特に襲撃もなく、湿地帯を抜け出ることができた。

 湿地帯を抜けた後に一行は小休止を取り、フィアーはそこでブーツを脱いで足を調べたが幸いな事にヒルの類はいなかった。

 ブーツがたっぷりと水を吸って不快なのはこの際、我慢するしかあるまい。

 

 次の難所はアノーマリーだらけの崖下の道だった。

 狭い道には、触れたものを引きずりこみ圧縮する風のアノーマリーが点在しており、一歩足を踏み間違えるとこれに巻き込まれる事になる。

 崖下にはそこら中に四散した装備や人の骨らしきものが転がっている。自分も一歩踏み間違えると彼らの仲間入りだ。

 ストーカー達は先ほどの湿地帯に生えていた背の高い葦を一束程、切り取って持ち込んでおり、その葦を前方へ突き出して、アノーマリーの有無を確認しながら慎重に進んでいった。

 彼ら曰く、ここまで道が狭いとアノーマリー探知機よりもこうした原始的な方法のほうが確実だということだ。

 

「ボルトやナットは使わないのか?」

 

 とフィアーが尋ねるとミハイルは、

 

「ボルトを投げ込むとアノーマリーが活性化することがあるからな。開けた場所ならともかくこんな狭いじゃそれだけで危険だ。おまけにアノーマリーの種類によっては投げたボルトが弾丸みたいな速度で跳ね返されてくる時がある」

 

 と答えた。

 確かに葦でアノーマリーに軽く触れる程度なら、アノーマリーは活性化はしない。しかしその分異常の予兆がはっきりとは分からないので、この方法でアノーマリーを見分けるには経験が必要だ。

 このストーカー達はこういった難所を何度も行き来し、その経験を持っているのだろう。

 ここではアノーマリーのせいかミュータントの気配はない。その為フィアーはガイドに案内される客人になったつもりで、彼らの行動を学ばさせて貰った。

 そして1時間程、焦れったくなるような速度でアノーマリーの巣窟を歩き続けた後、崖が途切れ、目の前が一気に開けた。

 

「ここがヤンターか……」

 

 開けた視界には先ほどの湿地帯を更に数倍大きくしたような沼地が広がっていた。どうやらこの辺りは盆地になっているようで、盆地の底に水が溜まって湖になり、更に湖の水位が下がって沼になっているようだ。

 そしてその沼地の東側に科学者の基地はあった。

 ちょっとした運動場程の広さの敷地は全高3メートル程のコンクリートの塀で覆われている。内部には様々な資材やコンテナが無造作に置かれていた。

 それらの中心部に一軒家程の大きさの移動式シェルターがあった。

 あそこが科学者達の本拠地か。

 

「ようやく文明ってやつに近づいてきたな。シャワーを借りたいぜ」

 

 気が抜けたようにユーリが呟くと、セルゲイがその態度を窘めた。

 

「まだ気を抜くんじゃない。この辺のミュータントは得体が知れん。シェルターの手前でくたばってたストーカーを忘れてたか」

 

 確かにここから科学者のキャンプ地まで徒歩ではまだ30分はかかるだろう。

 植物がほとんどないせいか、この一体の視界は開けており、ミュータントの奇襲は受けにくいだろうが、この沼地にはなんとも言えない嫌な気配が漂っていた。沼地の湿気のせいだろうか。

 心なしか空も普段のZONEよりも更に薄暗い色合いをしているような気がする。

 キャンプに向かって歩いてる途中、フィアーは遠くに人影を見つけた。だがどうにも動きがおかしい。まるで夢遊症者のようにフラフラとさまよっているように見える。

 一応他のストーカー達に警告しておく。するとミハイルが慣れた様子で答えた。

 

「あの動きはゾンビだな。距離も離れてるし近づかなければ大丈夫だ」

 

「ゾンビ?」

 

 余りといえば余りな言葉に思わず聞き返す。

 

「ブロウアウトやらなんやらで脳をやられたストーカーさ。頭がイカれちまって近づくものを無差別に攻撃してくる。……ああ、銃も一応使ってくるから気をつけろよ」

 

「そりゃ知的なゾンビだ。大学も出てるかもしれんな。……噛み付かれたらゾンビ病が伝染ったりはしないだろうな?」

 

「それは大丈夫だ。要はミュータントの一種みたいなもんだ。あのスノーク共と同じさ」

 

 そう言ってミハイルは遠くに見えるゾンビを気にすること無く、先に進み始める。

 その対応にフィアーは改めてこのZONEの異質さを感じ取っていた。

 過酷な環境だけではない。その環境に完全に対応しているストーカー達への違和感だ。

 戦場では人の命が軽く見られることはよくあることだし、その程度ならフィアーも理解できる。

 しかしそれと人間が怪物となって、同じ人間を襲い始めるということは全くの別物だ。

 

 あのゾンビも先ほど撃ち殺したスノークも、元は自分達と同じくZONEの探索者だったはずだ。

 その末路が怪物となることに対して、ストーカー達は何の感慨も抱いていないように見える。

 彼らは果たして自分がいつかこのZONEの地で倒れ、あのようなミュータントになる結末を受け入れているのだろうか?

 自分の友人や仲間があのような怪物になった時、躊躇なく銃の引き金を引けるのだろうか?

 

 ……恐らく引けるのだろう。

 それが出来るからこそ彼らはストーカーとしてここに居るのであり、出来ない者はZONEから逃げ去るか、ああして哀れな怪物として生きていくことになるのだ。

 

 フィアーは今まで仕事だから、敵対しているから、こちらに危害を加えてくるから、という極めて職業軍人的な理由で大勢の敵を殺してきた。

 それについて特に思うことはないし、これからも思い悩むことはないだろう。

 それでも戦場に立つものとして、死はあらゆるものに訪れる唯一の平等だとフィアーは思っていた。

 しかし死して尚、亡霊となりその力を振るい、生者を呪い殺すアルマ・ウェイドにパクストン・フェッテル。

 そして死ぬことも許されず怪物となって、この世を彷徨い続けることを強要されるZONE。

 どうやらフィアーが思っているよりも死というものは絶対的な物ではないのかもしれない。

 そしてその事実を受け入れて尚、ZONEに留まり生きていくストーカーという人種。

 彼らもまた間違いなくこの異常な世界の住民としての資質があるのだ。

 

 何事もなかったのように進んでいく三人組の背中をフィアーは暫く見つめていた。

 

 

 

◆   ◆

 

 

 

 科学者のシェルターは近くで見ると予想以上に堅固な作りになっているのが理解できた。

 複数のユニットを組み合わせて作られたそれの外殻は全てが頑丈な装甲板で覆われ、更に自前の発電機に大気が汚染された時に備えてか、空気清浄機まで備えている。

 屋根の上はヘリポートになっている上、いざという時はヘリで釣り上げて移動できるようになっているようだ。

 

 核爆発にも耐え切れるであろうこの堅固なシェルターはまさに人類の英知の結晶であり、同時に人類のZONEに対する恐れを体現しているようにも見えた。

 もっともそんな感想を抱いたのはフィアーだけで、ストーカー達は純粋に何の障害もなくこの場所に辿りつけたことを喜んでいた。

 ユーリが手慣れた様子で、シェルターのドアの脇に付けられたコンソールを叩いて、内部の科学者を呼び出した。

 

「ハロー、サハロフ博士。ハンターのお帰りだ。土産を持ってきたから入れてくれ」

 

 ユーリがコンソールについたモニターと一言二言交わすと、圧縮空気の音と共にシェルターのドアが解放される。

 ドアの内部はエアシャワールームとなっており、シェルターへ入るものは一旦ここで塵や埃を払い落とさなければならないようだ。その上で初めて、この部屋の奥にあるシェルターへと繋がる扉が開くようになっているのだ。

クリーンルーム並みの厳重さだが、着ているものを脱げと言われないだけマシかもしれない。

 

「ハローハローハロー、ようこそ我がエコロジストのラボへ」

 

 壁に埋め込まれたスピーカーからどこかのんびりした初老の男性の声が聞こえた。科学者達は自分達のことをエコロジストと自称している、とミハイル達から聞いたことを思い出した。

 

「皆元気なようで安心したよ。そっちの兵隊さんは初顔だね?」

 

 フィアーの事を言っているのだろう。

 ミハイルが答えた。

 

「彼は俺達の命の恩人だ。調査していたキメラの巣にいた個体数は2、3頭どころか、10頭を超えていた。おまけに群れのトップは雷キメラだったよ。偶然この彼が手助けしてくれなければ、俺達は全員キメラの餌になってた。そんなわけで彼にもラボの施設を使わせてあげて欲しいんだ」

 

「雷キメラ!実在したのか……。ふむ中々面白い話がきけそうだな。いいだろう。とりあえずそのエアシャワーで消毒してこちらに入って来なさい」

 

 その言葉とともに狭いエアシャワールームの側面に、複数空けられた直径十数センチの穴が

大気を吐き出し始めた。ユーリはこれを楽しんでるようで歓声を上げている。

 エアシャワーで全身が粉塵を落としたと確認されると入り口とは反対側にある、ドアのロックが解除された。

 ようやく中に入れるようだ。

 

 ラボの内部は予想以上に狭く、薄暗かった。床も壁も天井も全て金属板で覆われいる。

 まさに科学者の悪の秘密基地を連想させた。電球も今どき白熱球だ。

  三人組は勝手知ったるなんとやらで奥の方に進んでいく。追いかけて行くと奥にはいくつかの小部屋に分かれている。一番奥にあるのは例によって装甲板のカウンターと、防弾ガラス製の仕切りがあった。まるでシドロビッチのカウンターだ。

 非力な科学者だからこそ守りを徹底的に固めるということなのだろう。

 

 そしてカウンターの向こうにある研究機材の山の影から、白衣を来た背の低い白髪の初老の男がやってきた。

 年の頃は60歳は超えてそうだ。彼がここの主、サハロフ博士か。

 早速ユーリが言った。

 

「久しぶりだサハロフ博士。クルグロフはどこにいる?あいつの為にたっぷりキメラの爪持って帰ったのに。ほれ雷キメラの分まである」

 

「彼は今は外で調査中さ。それにしてもすごい量の爪だな。これが例の希少ミュータントの爪かね?うむむ実に興味深いものだ。ヘルマン教授辺りが喜びそうだが」

 

 そこにミハイルが割り込んだ。

 

「博士、見ての通り我々の装備はボロボロだ。あんたらがくれた巣のキメラが2,3頭という情報を元に攻め入ったら3倍のキメラと雷キメラと殺しあう羽目になった。報酬の増額を要求するよ。ただでとは言わない、代わりに雷キメラの爪や体組織はあんたらに優先的に売ろう」

 

「うーん。報酬自体はエコロジストの規格に従った分しか出せないな。しかし君達には随分と世話になったし、僕の裁量で出来るだけの支援はさせてもらうよ。そちらの要望があるなら言ってくれ。用意できるものならこちらで用意する」

 

「とりあえず必要なのは回復用のアーティファクトと最上級のメディキットだな。見ての通りセルゲイが腕を折られたし、俺も肋骨を折られた。後はスーツと銃もボロボロになっちまった。ここの設備でその辺りを直せるか?」

 

「ふむ。とりあえず回復用のアーティファクトなら今極上のを研究してた所だ。それを君たちに貸してあげよう。骨折程度なら一晩で治るはずだ。それとスーツに関しては素人修理でよければやってみよう。と言ってもスーツに開いた穴を塞ぐ程度しかできないが……」

 

「充分だよ博士。それと銃が欲しい。セルゲイの自慢のドラグノフは今もキメラの巣の中だ。俺もレミントンを真っ二つにされてしまった。ここには科学者の護身用として銃をいくつか置いてあるんだろ?それを譲って欲しいんだが」

 

「銃と言っても旧式のアサルトライフルとショットガンしかないがね。しかもこれらはこのラボの備品で勝手に部外者に渡すわけにはいかないんだ……。しかし君らの頼みだ。紛失したということにして一丁ばかりミハイル君に譲るとしよう。……たった一丁と責めないでくれよ? ここの管理は厳しいんだ。代わりと言っては何だが弾薬については備蓄がそれなりにある。そっちの方は必要なだけ持って行きなさい」

 

 その言葉を聞いて今度はフィアーが割り込んだ。

 

「サハロフ博士。このラボには6.8×43mm弾の在庫は置いてあるか?」

 

「6.8×43mm……? いや申し訳ないがその弾薬の規格は初耳だな。ここにおいてあるのは西側の5.56x45mm NATO弾と7.62x51mm NATO弾。それとAK用の5.45x39mmと7.62mm×54R。後はショットガン用の散弾に拳銃用の45口径弾や、9mmパラベラム弾、9x18mmのマカロフ弾ぐらいなものだ。我々はこんなに複数の武器を使わないんだが、ここに来てくれるストーカー達の為に弾薬は多めに置いてあるのさ」

 

 つまりはこれらのラインナップが、このZONEに置いてオートドックスな弾薬だということだろう。

 こうなるとますます背中の高性能アサルトライフルが、邪魔な存在になってきそうだ。

 すると二人の話を聞いていたユーリが割り込んできた。

 

「なんだフィアー。お前のライフルは6.8mm弾なんてもん使うのか。それならここじゃなくてBARのトレーダーに弾を注文したほうがいいぜ。あそこなら50口径の機関銃弾だってリボンを付けて届けてくれる。俺のマグナム弾もあそこのトレーダーに頼んで仕入れて貰ってるからな」

 

 どうやらBARのトレーダーはよほど優秀らしい。フィアーは一旦ここでVESアドバンスドライフルの弾薬調達を諦めると、代わりのものを要求した。

 

「なら45口径弾を150発程頼む。あと手榴弾を5つばかり」

 

「ああいいとも。45口径なら在庫は十分ある。だが手榴弾は2つで我慢してほしい。こっちは貴重なんだ」

 

 そう言ってサハロフ博士は箱に入った新品の45口径弾と、今まで何度も世話になった旧式のロシア製手榴弾を2つ、カウンターの隙間から差し出してくれた。礼を言ってそれを受け取りバックパックに入れる。

 45口径弾は廃工場の戦いでサブアームとして活躍した、イングラムM10短機関銃の弾薬だ。

 あの戦いで全ての弾薬を撃ち尽くしたとはいえ、戦闘後に戦場を点検した際、三つの予備マガジンは全て回収してる。

 

 あの戦いで接近戦なら対人だろうとミュータントであろうと充分に渡り合える性能だということは実証された。

 BARに着くまではこれをメインアームにして、背中のVESアドバンスドライフルは狙撃用の武器として使っていくしか無い。

 手榴弾が少ないのも残念だがゼロよりはマシだ。

 

 フィアーとサハロフ博士の話し合いが一段落したとすんで、再び話はミハイルの事に戻った。

 彼らは譲渡する武器やキメラの体組織の売値等、商売的な話になったためフィアーは、一足先に休むことにした。

 ユーリはこういった交渉はミハイルに任せているようで、彼もフィアーに付いてきた。

 隣に並ぶとシェルター内部をいろいろと案内をしてくれた。

 

「トイレはそっち。外に出る場合はサハロフに一言声をかけな。休むんだったらこっちの部屋だぜ。俺達のようなストーカー用に寝室代わりに部屋を一つ開けてくれてる。コンセント付きだから電子機器があるなら、そこで充電しときな。そしてそっちの部屋にはなんとシャワーが付いている! ここに来たら一度は使っておいた方がいい。ZONEで熱湯のシャワーが使える拠点なんてここぐらいしかないからな。じゃあ俺は先にひとっ風呂浴びてくるぜ」

 

 一人で騒々しく設備の紹介すると、ユーリはシャワールームへと入っていった。

 しばらくしてその部屋から水の音が聞こえてくる。本当にシャワーを浴びているらしい。

 彼の事は放っておいてフィアーは、寝室としてあてがわれた部屋に入った。ワンルームのアパート程の部屋には左右の端に二段ベッドが二つ据え付けられていて、しっかりとした毛布も用意されている。

 空調も完璧で間違いなくZONEに入ってからの一番上等な寝床だろう。

 

「なかなか悪くないところだろ?」

 

 その言葉に振り返るとセルゲイがいた。

 

「交渉はどうだ?」

 

「悪くはない。とりあえず回復用アーティファクトについては話が決まった。ようやくこの不自由な右手ともおさらばだ。腕が二本使えればMP5Kでも十分やれる。片腕だとリロードもままならないからな」

 

 腕が治る見込みが出たのか、セルゲイは珍しく饒舌だ。この際なのでフィアーはこの施設の科学者達の事も聞いてみることにした。

 

「エコロジストはウクライナ政府から派遣された科学者の集団だ。一応政府公認の組織だから正規軍に対して様々な支援を要求できる。……ただ、ここ数年で正規軍の士気はガタ落ちになったし、元々与えられた権限もそれほどのものじゃないからアテにはできない。だから彼らは俺達みたいな現地のストーカーや傭兵を使うのさ。彼らは世間知らずな所もあるが、地獄に行っても死人から金巻き上げてそうなトレーダー共に比べれば随分マシな人種だからな」

 

「確かにここのトレーダー達に比べたら財布の紐は緩そうだな」

 

 ZONEの奥地でこれほどのシェルターを持込、維持するとなるとかなりの金額になるだろう。

 そういう意味ではエコロジストの予算はかなり潤沢に思える。

 セルゲイは頷いた。

 

「金払いのいいクライアントはZONEじゃ貴重さ。ただし彼らも報酬に見合った仕事の成果を求めてくる。その中には危険度の高いものも多いが、それでも彼らの仕事を求めるものは多い。なぜかわかるか?」

 

「……シャワーが使えるからか?」

 

 その答えはセルゲイから笑みを引き出す事に成功した。

 

「そんな馬鹿はユーリぐらいだろうが……、確かにそうだな。彼らのバックアップを受けれるというのはなかなか心強いものがある。シャワーだけじゃなくて飯も美味いしな。

 だがストーカー達の目的は彼らに正式に雇われることにある。

 そうすれば政府からエコロジストのエージェントと認められて、ZONE滞在の公認許可書が貰えるのさ。そうなればもうストーカー共を目の敵にする軍にビクビクしながら、移動することもなくなる。誰に憚ることなくこのZONEを探索できるのさ」

 

「アンタ達はその許可書を貰えたのか?」

 

「いや、まだだが、この調子で任務をこなしていけばいずれそうなるだろう。今回の件はかなり肝を冷やしたが結構な成果を上げることができた」

 

 その時だった。シェルター内部に圧縮空気が抜ける音と入り口のドアの開閉音が響き渡ったのは。

 反射的に腰の拳銃に手をやるフィアーをセルゲイが制する。

 

「誰かが帰ってきたんだ。外に出ていたエコロジストだろう」

 

 その言葉を裏付けるように、エアシャワールームから二人の人間が姿を表わす。

 フィアーは一瞬そのエコロジスト達の姿に呆気に取られた。彼らのスーツが余りにも個性的な外見をしていたからだ。

 頭部は視界を広く取るために卵型のヘルメットを装着しているが、ヘルメットの前面は全てスモークガラスになっている。全身を覆うスーツは柔軟性を重視したようで、化学防護服のようなビニールを思わせる素材と形状になっていた。おまけに胸の部分にはコンソールらしきものが付いている。極めつけにスーツの色も一人一人分けられていて、一人は緑一色、もう一人が派手なオレンジ色だった。

 

 まさしくSF映画の中からやってきたような出で立ちだ。もっとも彼らがその手に携えていたのは光線銃ではなく、極普通の自動小銃だったが。

 まるで戦闘には向きそうにないスーツだが、ZONEという異常な環境に対してはこれはこれで適しているように見える。

 

 彼ら―――いや本当に男かどうかは外見からでは分からなかったが―――はこちらを見ると手を上げて挨拶してきた。

 

「やあセルゲイ。キメラ狩りはうまくいったのかい? そちらの人は初めて見る顔だ。新しいメンバーかい?」

 

「お帰りクルグロフ。お陰様で予定の三倍のキメラを相手にすることになったよ。彼はフィアー。俺達を助けてくれた腕利きの傭兵だ」

 

 するとクルグロフと呼ばれた緑色のスーツを着たエコロジストはこちらに向き直り、右手を差し出してきた。

 

「はじめましてフィアー。僕はクルグロフ。ここじゃ教授をやっている。後ろのオレンジの彼が助手のセミョーノフ。僕の友人達を助けてくれて感謝するよ。ゆっくりここで休んでいってくれ」

 

 こんな礼儀正しい対応をしてくる人間に出会ったのは久しぶりだったので、フィアーの思考は一瞬止まった。

 が、直ぐに再起動してぎこちなく差し出された手を握手する。

 

「よろしくクルグロフ教授。それとセミョーノフ」

 

 幸いというべきか、後ろの助手のセミョーノフはクルグロフ教授よりは人懐っこくはないようで、握手はせず、互いに一礼するだけで終わった。

 ZONEでは初めてタイプの人間にフィアーは少し戸惑っていた。このクルグロフ教授も先ほどのサハロフ教授にしてもそうだが、フィアーの想像よりかなりまともな人間だ。

 こんな所に来て科学の研究をするのだろうから、エコロジストと言う連中はマッドサイエンティストのような連中を想像していたのだが。

 

 そんな思考を断ち切るかのように背後からドアの開く音とともにユーリの声が響いてきた。

 

「おっ! 帰ってきたかクルグロフ! セミョーノフも生きてるな!」

 

 シャワーから出たばかりのようでユーリは下着姿だ。ボサボサの長髪と無精髭が水滴で濡れていた。

 

「そちらも無事だったみたいだねユーリ。セルゲイから三倍のキメラの相手をしたって聞いたが、話を聞いてもいいかい?」

 

「ああ、話してやるとも! 追いかけてくるキメラの群れ!そいつらを率いるのは伝説の雷キメラ! そいつらを俺のAKとマグナムでばったばったとなぎ倒し―――」

 

「雷キメラを始末したのも、キメラの大半をばったばったとなぎ倒したのもフィアーだろ」

 

 些か誇張された武勇伝を語りはじめたユーリの話に、セルゲイが笑いながら横槍を入れる。

 話の腰を折られたユーリは一瞬不満そうにしたが、構わず話すことに続けたらしい。

 そうなると暫くは止まらないのは、フィアーも廃工場の一夜の経験からわかっている。

 そのためセルゲイに先に休むと伝えると、一足先に寝室として宛てがわれた部屋に向かった。

 

 部屋のドアが閉まり、ユーリの声が小さくなる。

 天井を見ると白熱灯と小さな豆電球が付いていた。手探りで照明のスイッチを探り、白熱灯を付ける。

 フィアーは二段ベッドの下に腰掛けると、バックパックをベットの下に下ろして装備の点検を始めた。

 使用した銃火器を全て分解し、整備して、最後はマガジンに弾薬を入れる作業に移る。

 といってもアサルトライフルは予備の弾薬がないので、スノーク戦で使用した自動拳銃とつい先程譲ってもらった45口径弾をイングラムM10短機関銃のマガジンに詰める作業だ。

 クイックローダーを使って、手早く三つの予備マガジンに弾を装填していく。

 この作業が終わった後は彼は自らの電子機器のチェックに移った。

 シューティンググラス型のHMD。ヘッドライト。PDA。小型無線機。

 

 どれもバッテリーの残量は半分以下になっている。まだ予備のバッテリーはあるが、ここで充電させてもらうことにする。

 コンセントの規格を確かめた後、自前の電子機器にそれに対応した汎用コネクタを接続して充電する。

 問題なく充電が行われているのを確認すると、昼の小休止の際に口にしたビスケットの残りを口に入れる。

 最後にビタミンの錠剤と睡眠薬代わりの精神安定薬をミネラルウォーターで飲み込むと、フィアーは白熱灯を豆電球に切り替え、毛布を広げるとヘルメットとフェイスガードを外し、ブーツを脱ぎ捨ててベットの上に寝転がった。

 

 久しぶりの安全地帯での睡眠だ。眠りは上質な眠りの方がいい。

 精神安定薬のお陰か眠気は数分足らずでやってきた。

 完全に眠りに入る前に、シャワーを浴びとけば良かったなという考えが浮かんだが、それも直ぐに深い眠りと共に沈んでいった。

 

 

 




ZONE観光案内

 Agroprom Research Instituteの湿地帯。
 
 マップの北西にあり、盆地の中にある。
 背の高い草に覆われて湿地帯やその周りにはミュータントがよくウロウロしてる。
 沼の中には毒のアノーマリーが発生してるが、同時にアノーマリーから発生したアーティファクトが採取できる。軍人が脱走して逃げ込んだり、ストーカーに用心棒として雇われたりとイベントが多い場所。

 しかし作者が一番印象に残っているのはここの出口である。
 この出口は崖下に繋がりそのまま隣のマップのヤンター湖まで繋がっているのだが、S.T.A.L.K.E.R.二作目のClear Sky だとここに無数の人骨と装備が散らばっていたのだ。
 妙だなと思って暫く観察すると恐ろしい事が判明した。

 Clear Sky は派閥戦というのを採用しており、それぞれの派閥の拠点から自動的にその派閥の小隊がリスポンして誰もいない場所を制圧していくようになっている。
 前の話で作中でフィアー達が戦った廃工場はClear Sky に置いてはストーカー達の拠点になっており、そこからストーカーの小隊が次々とリスポンしていくのだが、大抵の場合彼らはヤンター湖を目指してこの出入口を通るのだ。
 そしてこの出入口付近にはアノーマリーが配置されており、彼らのAIはそれを避ける事も出来ずに自動的にアノーマリーに突っ込み全滅してしまう。
 これが死体ができた原因かと理解して、ああ~可哀想に、と思いながら死んだ彼らの死体を漁っていると更に恐ろしいことが起きた。

 派閥戦は小隊がアノーマリーで事故死しても、戦力が下がらない為、また新しい小隊をリスポンさせる。
 前の小隊が全滅したことで次の小隊がリスポンし、前の小隊と全く同じルートを通り全く同じように全滅する。
 おわかり頂けただろうか。

 つまりリスポン→行軍→アノーマリー死→リスポンのエンドレスワルツなのである。
 もはや作者は無限に生み出されてそして死んでいく彼らを見て、怯えながらも死体から装備を漁り、彼らを生み出したストーカー基地に持って行って、彼らの遺品を売りさばくことしかできなかった。
 お陰で稼がせてもらいました。濡れ手に粟やったで!(外道)



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Interval 16 Ecologists

 数日ぶりのベットでの睡眠は悪くないものだった。

 明け方に二段ベットの上で寝ているユーリのいびきで目が覚めたフィアーは、さっそくシャワーを浴びることにした。

 久方ぶりのシャワーはなかなか爽快で、ユーリがあれだけ拘っていた理由も分かるというものだ。

 

 更に広めの更衣室には洗濯機と乾燥機まで置いてあったので、それも使用させてもらうことにする。

 洗濯機で洗えるものは全て洗濯機に放り込み、洗えないものはシャワールームで洗って乾燥機に放り込む。湿地帯で泥まみれになったブーツを丸洗いできたのはありがたかった。

 その後フィアーは洗面台に向かい、剃刀で伸びてきた髪を刈り込み、無精髭を剃ると、地下道で拾った煙草を口に咥えて一服した。

 

 ……不味い。しかしシャワーと同じく久しぶりに文明に接触した気分は悪くはなかった。

 

 暫くそのまま更衣室で煙草を味わっていると、ミハイルがやってきた。

 

「おはようフィアー。随分と早いな」

 

「ユーリのいびきで目が覚めたのさ」

 

 そう返すとミハイルは笑った。

 

「気持ちはわかる。俺達もたまに寝ているアイツの口に布切れを詰め込みたくなるからな。ああ、エコロジスト達は朝飯も出してくれるそうだ。ここのトーストと目玉焼きは絶品だぞ」

 

「随分とサービスがいいな。ここはホテルか何かか?」

 

「元々ここに入れるのは彼らが認めた一握りのストーカー達だけだ。彼らは優秀なストーカーに対しては親切なのさ。後は単純に彼らの機嫌がいいというのもある。あの雷キメラの爪や体組織は貢物としては上物だったようだ」

 

 彼らに付いてきたことで伝手もコネも無しに、飛び入りでここに入れたことは結構な幸運だったのかもしれない。

 だがフィアーは文明的な生活を送るためにここに来たわけではなかった。

 

「機嫌がいいならついでにナイトクローラーの事についても聞きたいんだが、そちらのほうはどうなった?」

 

「それに関しては朝食の時に直接彼らに聞いてみるといい。ユーリが聞き出したところによるとクルグロフ博士が一度彼らに襲われたって話だ」

 

「……あいつらと接触してよく生きてたな」

 

「いや、助手や護衛が殺されたって話だ。あんたが奴らを痛めつけるつもりなら、クルグロフは喜んで喋るだろう。……その煙草一本貰えるか?」

 

「ああ、構わんよ。ただし不味いぞ」

 

 その後二人揃って煙草を一本ずつ吸った後、ミハイルもシャワールームへと入っていった。やはりミハイルも不味いという感想だったが悪くは無さそうだった。

 やがて洗濯と乾燥が終わったことを確認すると、フィアーは服やブーツを取り出して着込んだ。

 乾燥機の乾燥機能は強力で衣服はまだ熱を持っていたが、その清潔な熱はむしろ心地よい。

 朝食まではまだ小一時間はあるのでフィアーは、外部と通信できるかどうかを確認しにエコロジストの元へ行った。

 

 ZONEに入ってからは、ZONEの上空に存在しているアノーマリーのせいで外部との通信はさっぱりだったが、ここは科学者のラボだ。外部との通信が可能かもしれない。

 例の防弾カウンターの向こう側では、この早朝にも相変わらずサハロフ博士がなんらかの研究をしていたので声をかけて、この施設の通信システムのことを尋ねてみる。

 

「外との通信?それなら問題なく使えるよ。この施設には外部との通信用の強力なアンテナがついてるからね。PDAがあるなら施設の無線ネットワーク経由で、外とやりとりができるようになってるからやってみたまえ」

 

 そう言われてフィアーは自分のPDAのシステムを確かめた。PDAでこのラボの無線ネットワークを拾って接続。そして海外へのネットワークへと接続出来るということを確認する。

 しばしの沈黙の後、PDAがF.E.A.R.本部のネットワークに接続した時、フィアーは目を疑った。

 なぜならF.E.A.R.本部のネットワーク・システムが凍結されていたからだ。

 これはF.E.A.R.が実質的に活動停止状態になっていることを意味することに他ならない。

 暫く黙考した後、フィアーはベターズへの個人的な回線に繋げることにした。

 この回線を使うのは最後の手段だと念を押されていたのだが。

 この回線すら凍結されていたら最早お手上げだったが、暫くコール音がなった後、回線が繋がった。

 

「……やあ軍曹。どうやら無事ZONEに侵入できているようだな」

 

 久しぶりのベターズの声。しかしこの腕利きの作戦コーディネーターの声はいつもより精彩が欠いているように聞こえた。

 

「こちらの任務は一応順調です。ZONEにおいてナイトクローラーの存在を確認。接敵しました。逃げられはしたが、時間の問題です。……それよりそちらはどうなっているのです?なぜFEAR本部のネットワークが凍結されているんです?」

 

「うむ。そちらのほうは順調のようでなによりだ。だがこちらはとてもじゃないが順調とはいえない。

 ……順を追って説明していこう。オーバーンの混乱を納めるためにATC社が乗り込んだって話は覚えているだろう。奴らは俺達の予想以上に上手くやった。

 自分達にとって不利になる証拠を徹底的に排除して、逆にヴォールトのリアクターをふっ飛ばしたのが例のF.E.A.R.隊員だと突き止めた。

 しかも悪いことにその例のF.E.A.R隊員はヘリでの回収中でヘリが墜落して、行方不明になってたんだが、よりにもよってATC社の私設軍に捕らえられてしまった。

 お陰様でオーバーンの悲劇の原因は我々のせいにされつつあり、我々の活動は一時的に停止されることになった。ネットワークが凍結されたのもそれが原因だ。

 そして事故後の迅速な対応によってATC社は正義の味方扱いだ。米軍もオーバーンでの地獄のような環境下に自前の兵士を送りたくないものだから、ATC社が好き勝手しているのを黙認している」

 

 状況はここ数日で予想以上に悪化しているらしい。

 

「それで?ここから我々が逆転のカードを得るにはどうすれば?」

 

「我々のほうで例のF.E.A.R.隊員の奪還を計画中だ。上手く彼を使えばオーバーンのあの状況を解決することができるかもしれない。ただこれには暫く時間がかかるので、この事は今は気にしなくていい。お前はお前の任務を果たせ。

 それとATC社とZONEの繋がりを再度洗った所、気になる部分が出てきた。どうもATC社はZONEの集団となんらかの取引を行っていたらしい。レプリカ兵を運び込んだ記録もでている。どんな集団かは不明でモノリスという単語しかわからなかった。

 そしてもう一つ、ATC社の私設軍―――その中でも非正規戦闘を受け持つブラックオプスと呼ばれる中隊が、勝手にATC社から離脱したナイトクローラーに制裁を与えるために、ZONEに入ろうとしているという情報がある」

 

「随分とZONEが賑やかになりそうですね。ナイトクローラーだけでも持て余してるってのに」

 

「奴らの本当の狙いは制裁などではなくて、ナイトクローラーが持っているであろうフェッテルの遺伝子データだ。アルマの遺伝子データはこちらが完全に処分したから、奴らとしてはもうそれに縋るしかないのさ。

 結局の所どれだけATC社が好き勝手できていても、オーバーンの惨劇は収まるどころか拡大しつつある。米軍からフリーハンドを与えられているとはいえ、アレをどうにかしなければあの会社は破滅するのは間違いないからな」

 

「つまり自分の任務はナイトクローラーだけではなくて、ATC社の連中の手にも遺伝子データが渡らないようにしなければならないというわけですね」

 

「そういうことになるな。いくらお前でも奴ら二つを同時に相手にするのは自殺行為だ。うまく両者をぶつかり合わせて消耗させたほうがいいだろう。

 それとナイトクローラーについて調べた所、新たな事実が判明した。元々奴らはATC社によって作られた、F.E.A.R.のような特殊能力者による戦闘部隊の前身ともいうべき存在だった。

 それも唯の実験部隊ではなく、これらの特殊な能力のデータ取りも兼ねた非合法の戦闘部隊。ATC社の私兵部隊でも最古参の歴戦の部隊で、状況によってATC社との繋がりのある有力者に『貸し出されて』いたようだ。

 我々F.E.A.R.も、奴らのデータを参考に作られたと言っても過言ではない。我々の情報が筒抜けだったのはその辺りが理由だろう。

 奴らは訓練としてZONEで活動し、異常現象下に置ける対応を学び、奴らが纏めたノウハウを元に我々やATCの私設部隊は異常現象下での戦闘術を学んだことになる。

 元々ZONEで活動していたナイトクローラーに比べて、これからやってくるであろうブラックオプスは恐らくは戦力としては一段落ちるだろう。だが奴らは金にあかせて最新鋭の装備と兵器を持ち込んでくる可能性がある。十分注意しろ」

 

「最新鋭の武器を持ってきてくれるなら望むところですよ。こちらにはまともな武器が予想以上に少ないのでね。奴らがストーカー共に身包み剥がされるのが楽しみです」

 

 実際の所フィアーは、そのブラックオプスなる連中に対し大した危機感は抱いてはいなかった。

 最新鋭の兵器も大量の人員投入も、このZONEのアノーマリーの洗礼を受けて壊滅するのが落ちだと考えているのだ。そもそもそういった力技は、ZONEが発生した初期にウクライナ政府軍がやって壊滅的な打撃を受けている。

 しかしそんなフィアーを窘めるようにベターズは言った。

 

「連中を余り侮らないほうがいいかもしれん。奴らも悪霊と怪物が蠢くオーバーンで活動し、結構な死人を出しつつも、ATC社にとって不利な証拠を人員ごと消し去った実績があるからな。

 ところでこの通話は政府の科学者のラボを経由して、ネットワークに繋いでいるな?彼らはウクライナ政府筋の人間で、アメリカや外国の企業であるATC社とは繋がりは薄い……とはいえZONEで唯一の研究施設だ。もしかしたらそっちのほうとも繋がっている可能性はゼロではない」

 

「この通話の内容がATC社辺りに筒抜けになるかもしれないと?」

 

「そういうことだ。まあ聞かれても大したことは喋ってないから別に構わんがな。だがATC社が本格的にZONEに介入してきたら気をつけた方がいい。

 無法者のナイトクローラーと違って、奴らは正式な政府の許可証を持って乗り込んでくるだろうし、その場合協力を要請されたらそこの科学者達も無下にはできないだろう。F.E.A.R.隊員はATC社じゃお尋ね者だ」

 

「了解しました。それにしても悪いニュースばかりですね。この分だと再就職先も探す羽目になりそうだ」

 

「最悪の場合米国そのものが無くなるかもしれん。その場合ZONEで就職先を探したほうがいいかもな」

 

 軽い皮肉だったがベターズはそれすら笑い飛ばす気力がないらしい。これは本格的に不味いかもしれないな、とフィアーは思った。

 その後ベターズと作戦の方針を話し合った後、通信を切った。

 方針といってもナイトクローラーの持つ遺伝子データをATC社より先に確保する。そしてATC社の私兵部隊はこちらがF.E.A.R.隊員だと知れば間違いなく攻撃を仕掛けてくるから、最初から敵対しているつもりで接すること、と言った程度だが。

 しかしブラックオプスなる部隊がZONEに乗りこんで来ると言っても、大部隊故に準備に手間が掛かり、やってくるまでには最低一週間以上はかかるだろうというのがベターズの見解だった。

 

 そして、エコロジスト達にもブラックオプスに対する警告をしておくことも忘れてはならない。

 ATC社の兵士が、誰かに物を頼む時は相手に銃口を向けることから始まる。政府の許可証と銃を盾に、このラボを接収するぐらいやりかねない。

 そういうわけでこのラボに長時間滞在するのもよろしくないだろう。

 そんなことを考えているとパンの焼ける香ばしい匂いがどこからか漂ってきた。

 PDAの時計を見るともう朝食の時間だ。

 彼はパンの匂いに誘われるようにシェルターの中を歩いて行った。

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

「ようフィアー。朝飯はできてるぜ」

 

 シェルターの食堂に入るとユーリが声をかけてきた。

 食堂内部にはストーカー達全員と30代程の年齢の科学者がダイニングテーブルについて食事をとっている。

 彼が、昨日緑色のSFスーツの中身であるクルグロフ教授とのことだ。

 彼はこちらを見ると声をかけてきた。

「おはよう、フィアー君。ここのベーコンエッグは絶品だよ。トーストとスープははおかわり自由だ」

 

 と、開いた席を進めてきた。食事はダイニングテーブルの上にトーストの盛られた皿やオニオンスープの入った鍋等いくつかの料理があり、そこからほしい分だけ自分のプレートに載せるバイキング形式らしい。

 朝食なので種類は少ないが食欲をそそられるメニューだ。

 

「ベーコンエッグもいいが、サラダもオススメだ。ZONEじゃ生野菜はここでしか食えないからな」

 

 席に付くと早速ミハイルがプレートに山盛りのサラダを押し付けてきた。

 ミニトマトとレタスのサラダは確かに美味そうではあったが、流石にボウル一杯近くあるのは盛り過ぎではある。

 ふと周りを見渡すとやはりセルゲイも押し付けられたのか、山盛りのサラダを黙々と処理している。ユーリはそもそも野菜が嫌いなのか、プレートにサラダが乗っていない。

 

 仕方なく、フィアーは適当にドレッシングを振りかけてサラダを片付けはじめた。

 最早サラダを主食にほかの料理を片付けているような有り様だったが、久しぶりの生野菜は確かに美味かった。

 ベーコンエッグはトーストの上に乗せてそのままかじる。脂たっぷりのベーコンエッグは生野菜との相性もばっちりだ。

 更にここは食後のコーヒーまで用意されていた。単なるインスタントコーヒーだが悪くはない。

 

 タバコに続く久方ぶりの文明の味を味わうと、フィアーはクルグロフ教授に早速話を切り出した。

 

「教授。アンタはナイトクローラーって連中に会ったことがあるらしいな。悪いがその時のことを聞かせてくれないか?」

 

 不躾とも言えるフィアーの言い方にコーヒーを飲んでいたクルグロフ教授は、顔を顰めた。コーヒーの苦さでもフィアーの無礼さでもなく、当時の思い出に苦いものがあるのだろう。

 

「ああ、その辺のことはユーリから聞いている。あいつらを追っているんだってね。しかし……奴らは凶悪だぞ」

 

「だから俺に追いかけられる羽目になった」

 

「なぜ追うのか、と聞きかないよ。どうせそこら中で恨みを買っていそうな連中だしね。僕が彼らと出くわしてしまったのは半年程前だ。……とある研究データとアーティファクトを運搬している所に茂みから突然現れて、あっという間に護衛を皆殺しさ。彼らに囲まれて僕は両手を上げるしかなかった。

 その後は銃を突きつけられて持っているデータメモリとアーティファクトを全てよこせと言われて、僕は素直に差し出した。口答えしたら即座に殺されそうだったからね。

 彼らの口ぶりからすると最初から僕のデータ狙いのようだった。どこで情報を手に入れたかは知らないが。

 ともかく、奴らはデータが本物かどうか手持ちのPDAで確認すると改めてこちらに向き直った。ああ、この後僕を殺す気だな、これは不味いぞという時にZONEが珍しく奇蹟を起こしてくれた。

 その場に大量のネズミや豚のミュータントが駆け込んできたのさ。ブロウアウトの前兆だ。流石の彼らもこの事態は想定しなかったようで、混乱した。僕はその隙にミュータントやネズミ達と一緒に一目散に走りぬけ、近くにあった炎を発生させるアノーマリーの中に飛び込んでいった。

 僕らエコロジストのスーツはアノーマリーに対して強い耐性を持っている。炎の中を全力疾走して、アノーマリーを抜けた後、偶然見つけた古井戸の中に入って、その後発生したブロウアウトを凌いだ。そしてなんとかここまで逃げ帰ってきたというわけさ」

 

 彼の武勇談を聞いてフィアーは感心してため息をついた。

 

「……それは運がよかったな。奴らは関わった相手は大抵殺す。例え依頼人でも用済みになったら始末するような連中だ。ところでどんな研究データとアーティファクトを盗まれたんだ?」

 

「盗まれたアーティファクトは幾つかあるが、炎や電気に対する耐性を持たせるアーティファクト。後は高レベルの放射線を無効化するアーティファクトがいくつか。

 だが一番貴重なのはポータルというアーティファクトだ。滅多に発見されないアーティファクトでね。研究データもこれについての物だった。

 このアーティファクトは使えば空間を歪め、別の場所へとワープさせる能力を持っていた」

 

 ワープという突拍子もない単語にフィアーは、眉を顰めた。そういえばシドロビッチのガイドブックにも入ったものを別の場所に飛ばしてしまうアノーマリーが記載されていた。

 

「つまりそのアーティファクトを使えば自由に好きな所に行けれるということか?」

 

 そう問いかけたフィアーにクルグロフ教授は首を振った。

 

「いや、そんなに便利なものではない。このアーティファクトは対になっていて、それぞれが門の役割を果たしている。ある所に片方のポータルを設置して、別の所でもう片方のポータルを使うと一気に設置した場所まで戻れるという仕組みだ。

 つまり行ったことのある所にしかいけないんだ。しかもその移動範囲はZONEの中に限定されるときている。僕はそいつをどうにか量産できないだろうかという研究をしていた。まあ、その研究も現物を奴らに奪われて頓挫したがね」

 

「例えばそれを拠点に設置すれば、いざというときポータルを使って自由にそこに逃げ込めるということも出来るわけか?」

 

 クルグロフ教授は肩を竦めた。

 

「そういう使い方も確かにありだね。後は少数の偵察隊が敵の敷地にポータルを仕掛ければ一気に本隊を敵の敷地にワープさせて送り込むこともできるかもしれない」

 

 その言葉を聞いて、横で聞いていたミハイルが顎に手を当てながら呟いた。

 

「そう言えばナイトクローラーの連中は、神出鬼没な事で有名だったな。いきなり現れたり撤退する時もあっという間に消えるらしい」

 

 クルグロフ教授がその言葉に頷く。

 

「彼らがポータルを使ってZONEを移動している可能性は十分ある。一度使うとポータルは無くなってしまうが、僕の研究データを元に廉価版ポータルを作ることはできるかもしれない。もっともそれには僕達エコロジスト以上の技術力が必要になるけどね」

 

 それならATC社であれば可能だろう。

 

 フィアーは口の中で呟いた。だがATC社との繋がりまでは言わなくてもいいだろう。余り知りすぎると彼らも奴らに狙われるかもしれない。

 ついでにこの場でエコロジスト達とストーカー達に、ATC社の私設部隊が来るかもしれないことを伝えておく。

 しかし彼らはATC社の事は知ってはいたが、そのお抱えの私設部隊が来ることに対しては懐疑的だった。

 

「ATC社なら知り合いの傭兵がよく言ってたな。あそこはアーティファクトを高値で買ってくれるって話を聞いた覚えがあるが……」

 

 ユーリがそう言うとセルゲイが訂正した。

 

「いや、その情報は古いぞ。あいつらが気前よくアーティファクトに金を払ってたのはZONEが出来た初期の話だ。ここ最近は自前の傭兵部隊を使って、独自にアーティファクトを採掘してるからルートが潰れたってトレーダーが愚痴ってた」

 

「アーマカムは我々エコロジストから見ても商売敵のような奴らさ。ただ政府に多額の寄付金を出しているから大きな声で文句も言えない。彼らに我々の研究や情報が流出している節もある」

 

 クルグロフ教授が続ける。

 

「しかし私設部隊だって?そんなものまで繰り出してくるなんて聞いたことがない。どんな企業もお抱えの傭兵部隊の一つや二つ持ってるものだが、あくまで少数の部隊だ。ZONE全体を制圧しかねないレベルの軍なんて聞いたこともないよ。そんな大部隊、アノーマリーかブロウアウトで全滅するのがオチさ」

 

 フィアーはもその意見に対して同意だったが、先のベターズの意見もある。ATC社のテクノロジーならそれもクリアできるかもしれないと心の何処かで考えていた。

 

「彼らはZONEの初期に全滅したウクライナ軍とは違う。自分達が送り込んだ傭兵達を通じてアノーマリーの脅威を知り、アーティファクトを研究することで対抗策も手に入れているかもしれん」

 

「もしそうなら少し不味いな。大部隊がZONEの中心に入るとクリアースカイの悲劇がまた起きるかもしれない」

 

「クリアースカイの悲劇?」

 

「うん。もう一年近く前の話さ。クリアースカイという集団が遂にZONE中心部へと乗り込み、チェルノブイリ発電所へとたどり着いた。しかしその瞬間、過去においても類を見ない特大サイズのブロウアウトが発生して、彼らは全滅してしまったのさ。

 お陰で彼らは脳をやられ、永遠にその地を彷徨う羽目になったと聞いているよ。これ以前にも大規模な部隊がチェルノブイリ発電所に近づくと、それに呼応するようにブロウアウトが発生するのを確認している。

 だから僕らエコロジストはブロウアウトはZONEの一種の免疫反応だと考えている。何かZONEに致命的な事が起きそうになるとブロウアウトでリセットしにかかるんだ」

 

「それをアーマカムがどこまで知っているかだな。ここ数年のアーマカムの技術の伸びは異常だ。アーティファクトを研究したからそこの技術なんだろうが……あれほどの技術ならブロウアウトへの対抗手段も作っているかも知れん」

 

「彼らがブロウアウトを甘く見てなければいいけどね。クリアースカイの悲劇の時に発生したブロウアウトは、ZONE全域のアノーマリーを増加させ、アーティファクトの性質を変え、地形まで変えた。

 ZONEは意思を持っている。対抗手段を身につけても、それに対抗してより強力な攻撃を仕掛けてるんだ。彼らが無思慮にZONEの中に乗り込めば、僕達も巻き込んでの破滅が待っているかもしれない」

 

「それは多いにありうる。アメリカのオーバーンの事を知っているか?」

 

「ああ……、第二のZONEが生まれたっていうあれか。実に興味深いね。一度行ってみたいと思ってたところさ」

 

 フィアーは吐き捨てるように言った。

 

「やめておけ。あそこにはアーティファクトみたいなお宝は何もありはしない。あるのは底なしの人類への悪意だけだ。……そしてあれを作った原因はATC社だ。奴らの被害を無駄に拡大させる才覚は天才的だ。その才能がここでも発揮されないかどうか心配しているのさ」

 

 流石にその言葉に場が沈む。暫くしてミハイルが場の空気を変えるように言った。

 

「あんたの言いたいことはよくわかった。この話は他のストーカー仲間にも警告してアーマカムに注意するように伝えとくよ。でも実はアーマカムの連中が来るってのは少し期待してる部分もあるんだ。

 何とかして奴らの武器を手に入れることが出来ないかなってな。何しろSFに出てくるような武器を実現させているぐらいだからな」

 

 そのミハイルの言葉にユーリが反応した。

 

「ああ、あいつらの武器なら知ってるぜ。携行式のプラズマ砲とかドでかいパワードスーツとか!イカすよなあれ。ミリタリー雑誌で見てひと目ぼれしたんだけど、何処にも売ってねえでやんの。

 あのシドロビッチにも頭を下げて手に入れようとしたが、とんでもねえ値段を見せられて目をひん剥いたぜ。それだけの金があればとっとと引退して南の島で女の尻を追っかけてるってんだよ」

 

 忌々しげに悪態をつくユーリを見てミハイルが笑った。

 

「結局それで数千ルーブルも出してATC社の武器カタログを買って終わったって話だったか。そういえばFreedomの連中がアーマカム製の武器を持ってたな。

 あいつら色んな所にルート持ってるからATC社の連中と付き合いがあっても不思議じゃないが……」

 

「なんだ、そのFreedomってのは?」

 

 問い返すフィアーの言葉に鋭さを感じたのか、微かに怯みながらミハイルは答えた。

 

「一言で言えばZONEのアーティファクトを外に売り飛ばして、見返りに金や武器を手に入れてる連中さ」

 

「……そんな事はストーカーや傭兵でもやっているだろう」

 

「確かにそうだが、規模と考え方が違う。奴らは大々的に西側の企業と組んで、世界中にアーティファクトを売りさばいている。そして次にあいつらは筋金入りのアナキストだということだ。FreedomはZONEは人類の共有財産だと言ってZONEの物をどんどん外に持ち出すべきと考えている。人類とZONEは共生していくべきだとか」

 

 セルゲイがその言葉を聞いて皮肉げに口の端を釣り上げた。

 

「そんなもの組織を動かす為の建前に決まってる。奴らは結局の所、金の為に動いているだけさ。

奴らは節操がなさすぎる」

 

 それに対してクルグロフ教授も頷いた。

 

「ZONEを研究してる身としては彼らのように、そこら中にアーティファクトを売りさばくのは辞めてもらい所だね。気のいい連中だし、金さえ払えば動いてくれるから余り悪くは言えないけど」

 

「で、そのFreedomの取引先にATC社があるかもしれないと?」

 

 フィアーのその問にミハイルが頷く。

 

「アーマカム製の武器なんて高価すぎて、ZONEじゃ早々お目にかからん。持ってるとしたらトップクラスのストーカーか企業お抱えの傭兵部隊ぐらいなもんだ。だが直接取引してるなら手に入れる機会もあるだろう」

 

 その言葉にフィアーは考えた。確かにこれ以上は直接Freedomに聞いたほうがいいだろう。ZONEの二大勢力と言われるならこの先接触する機会はいくらでもあるはずだ……。

 だがそれとは別に、ATC社の私設部隊に関しては念入りに警告しておくことは忘れなかった。

 出来れば関わりあいにならないのがベストだということ。

 彼らの性質はあのナイトクローラーのそれに近いと言うと流石に、その場の全員が顔を引き攣らせた。最後に自分の事を口止めしてもらおうと思ったが、そこまで望むとこちらの素性も明かさないといけないなるのでそれはやめておいた。

 いずれにしてもATC社の私設部隊に自分の存在を知られようが、お互いやることは変わりがないからだ。

 

 「君の警告は覚えておこう。もしそいつらが我々のほうに来たら緊急用回線で情報を送るよ」

 

 「助かる」

 

 食事の後、クルグロフ教授がそう言ってこのラボの無線用周波数を書いたメモと小さなワッペンを渡してきた。ワッペンには赤と青の液体を入れた三角フラスコの刺繍がされていた。

 この周波数はシェルターのセンサーがブロウアウトを感知した際、ストーカー達に警告を促す非常用の回線でもあるという。

 正確に探知できるのはブロウアウト発生数分前ぐらいとのことだが、その数分が生死を分けるということをフィアーは身を持って理解していた。

 そしてワッペンはエコロジストに認められた証とのことだ。この赤と青のフラスコはエコロジストのマークなのだ。

 これがあれば他のエコロジストのラボへの出入り、ストーカーとしての仕事の請負や取引が可能らしい。

 

「何から何まですまないな」

 

「なあに。腕利きの傭兵とコネを作るのはこちらとしても大事なことだからね。そうだ。ZONEの深部へ行くならこのアーティファクトの一覧表を持って行くといい。その代わりアーティファクトを手に入れたら僕らに優先的に下ろしてくれないか?

 後、これもオススメだ。アノーマリーの位置をマップに投影できる新型の空間探知機。これは流石にタダでとは言わないが安くしておくよ、ついでにこれも最新のガイガーカウンターだ。

 性能は今までと同じだが警告音をHMDに繋げれられる。戦闘中余計な音を周りに撒き散らすことがなくなるわけだね。あとは……」

 

 どうやらクルグロフ教授は実に世話好きなようだ。このままではポケットに入れるハンカチまで用意しかねないので、適当な所で切り上げる。

 ただ新型の空間探知機だけは聞き流す訳には行かなかった。

 値段を聞くと一万ルーブル。性能を考えると恐らくは格安だろう。あのシドロビッチの値段設定に比べると大概のものは安く感じるが。

 

 現物を見せてもらうことにした。大きさは今まで使っていた空間探知機と大差ないが、小さな液晶モニターが付いておりそれ単体でも使用できるようだ。

 早速購入して、シューティンググラスのHMDと同期させる。

 視界の隅に自分を中心にしたミニマップが表示され、アノーマリーがあるならばそれを図形として表示させるという仕組みのようだ。

 あの音だけで警告する旧型の空間探知機に比べると随分とハイテクだ。

 やはり自前のHMDと同期させることができるというのは、利便性が高い。ついでもガイガーカウンターのほうも購入した。

 

「こいつは便利だ。これがあればあの旧型の空間探知機の嫌な音に悩まされずに済むってわけか」

 

「だがアーティファクトを手に入れるなら、結局アノーマリーに近づいて探知機で直接探知しないと行けないことには変わりはない。バッテリー切れには十分気をつけてくれよ」

 

 クルグロフ教授とのやり取りを終えると今度はミハイルが声をかけてきた。

 

「今日の予定だが、俺達は昼前にはここを出発してBARに向かう。あんたもBARに行くんなら出発の準備を整えといてくれ。途中で通る工場地帯wildterritoryはバンディットやミュータントがうろつく危険地帯だ。しっかり装備を確認したほうがいいぜ。」

 

「ここからBARまでは歩きでどれぐらいかかる?」

 

「順調に行けば夕方ぐらいには着く。順調じゃなければあのキメラみたいな連中に追い掛け回されて、数日間逃げまわることになるから水と食料の補充は忘れるな。カウンターで購入できる」

 

「了解した」

 

 その後フィアーは再びラボのカウンターへ向かうと、相変わらずカウンターの向こうで研究を続けているサハロフ博士に頼んで、いくつかの食料や水等の消耗品を補充した。値段はそれなりに高かったが、政府のバックアップを受けているだけあって品質がいいのが利点だ。

 ついでにアーティファクト用の容器もいくつか購入しておいた。この先はアーティファクトを採取してそれらを使いこなしていかなければ、進むこともできないだろう。

 

 その際、この辺りの地形の情報をサハロフ博士に聞いたが、ここはZONEでも特に危険な場所のようだ。

 取り分けこのシェルターの北にある廃工場には絶対に近づいてはいけない、と念入りに警告を受けた。

 その廃工場付近は常に精神汚染波が放出されており、近づいた人間を片っ端からゾンビに変えてしまうらしい。

 このシェルターの付近で見かけたゾンビも、その廃工場に挑んだストーカーの成れの果てということだ。

 

「ブロウアウトでもないのにあんな強力な精神汚染波が常時発生してるなんてすごく不自然なんだ。僕らがここにラボを構えているのもあの工場を調べるためでもある。もしあの工場に用事があるなら僕らに言ってくれ。僕達の試作品で何か手助けができるかもしれない」

 

 どうも彼らに手助けを求めると、その代償として彼らの発明品のモルモットにならればいけないようだ。そこまで追い詰められてはいないので丁重に礼を言って話を切り上げ、ラボのストーカー達の個室に戻ると、彼らも出発の準備を整えようとしていた。

 ミハイルはエコロジスト達から譲ってもらったポンプアクションのショットガン、モスバーグM500の整備をしている。

 

 セルゲイも折れた腕は完治したようで、添え木と包帯を外して右手の動きを確かめている。

 ユーリもAKの弾薬をここでたっぷりと調達したようで、スーツのベルトに複数のAK用のマガジンを引っ掛けていた。

 ミハイルは戻ってきたこちらに気がつくと、丁寧に整備された古びたソードオフショットガンを差し出してきた。

 

 「お守りにはなったか?」

 

 そう尋ねるとミハイルは笑った。

 

 「一度も引き金を引かずに済んだのはご利益かもしれんな」

 

 ソードオフを受け取るとフィアーも彼らに習い装備を纏めて、装具点検を行った。

 20分後には一行は全員支度を整え、科学者達に別れの挨拶をして、シェルターの外に出ていた。

 背後でシェルターの頑丈な扉が閉まる音がする。

 

 あの対爆仕様の気密扉が完全に閉まった時、自分達は再び文明から切り離されて、この異常な世界に投げ出されるのだ。

 もっともフィアーのそんな感傷的な考えはシェルターの扉がロックされた音が響いた時、すぐに消えてしまったが。

 人間としての感情を、この世界を生き抜くための兵士としての思考が塗りつぶしていくのを自覚しながらフィアーは、ZONEを歩き始めた。

 

 

 

 

 




 ZONE観光案内。

 最近はもう観光案内というかSTALKERの感想になって来た気がするので普通にします。
 というかゲームの感想書いてると、その内後書きが本編より長くなりかねない。

 ヤンター湖。
 ここはZONEでもとびっきり危険な場所。しかも常に曇り空で空気が澱んでる感がやばい。
 エコロジストの拠点がある沼地と謎の工場で構成されていますが、とにかくそこら中に強力なミュータントがいます。
 MODによってはキメラ以上の化け物がゴロゴロしてたりすることも。作者はこのマップに入ってエコロジストの拠点に行くだけで三回死にました。これは四回目で拠点に辿り着いたということではなく三回死んで拠点に行くのを諦めたということです。
 工場の方に近づくとブレインスコーチャーという装置によって、頭がパーンってなってゾンビにされます。

 エコロジストのシェルター。
 アーティファクトを一番の高値で買い取ってくれる科学者の拠点。
 外観は装甲コンテナそのもので、ヘリでぶら下げられて来たらしい。
 恐らくZONEで一番文明度が高い。
 トレーダーとしても機能しており元のゲームでは、貴重なポンプアクション式ショットガンなどを売ってくれる。
 ここに入ってサハロフ博士のハローハローハローという挨拶を聞くと心が安らぎます。
 博士たちの紹介はまた次回にでも。


 あとベターズが言ってたブラックオプスはFEAR2やFEAR3に出てきたアーマカムの私設部隊のことです。
 因みに作中の時系列はFEAR側が2が終わり3が始まる前ぐらい。STALKER側はClearSkyが終わりShadow of Chernobylが始まる前ぐらいになります。




 あとSTALKERをMOD前提の紹介をしときながら、MODの説明していなかったのでそちらの方も補足を。もしSTALKERに興味持ったけど、どんなMODを入れればいいのかわからないという場合、これから紹介するMODがオススメです。

 因みにMODはファンが自分たちでゲーム内容を弄って自分好みにカスタマイズする文化のことです。
 作っている人は外国人が主流なので日本訳までされてるようなMODは希少です。本格的にやるなら自分で翻訳するぐらいの覚悟が必要になってきます。

 初めてSTALKERをする場合、どの作品にも日本語化MODがあるのでそれを真っ先に入れておくべきでしょう。それらは大抵STALKERの日本語wikiを調べればでてきます。
 あとはそれぞれの作品ごとにあるSTALKERの日本語wikiで紹介されているMODが初心者の方にはオススメです。

 代表的なものとして、Shadow of Chernobylなら銃火器が大量に追加でき、銃火器の仕様がリアルになるSpecial Free Play Story MOD(SFPS)と、このSFPSをベースに更に追加要素を加え、よりゲームちっくに楽しめるインスタントちょんまげパック(ICP)。これらの作者は日本人なので日本語化が楽ちんというのが嬉しいポイントでもあります。
 そして基本はそのままにバランス調整をしたSTALKER Complete 2009。

 ClearSkyなら様々な小ネタとバランス調整や武器追加が施された総合MODのShoker MODやCSR MOD Ver1.02。

 Call of Pripyatなら全体のバランス調整や様々なシステムを追加する総合MODのSigerous MODや超難易度のマゾゲーにするMISERY。

 そしてゲームを購入しなくても単独で動く大型MODのLost Alphaなどがオススメです。(つまり実質フリーゲーム)

 この辺のMODは初期の古いものですが古いだけあって、ありがたいことに日本語化がされており、初心者でも簡単に導入できるのが特徴です。(古すぎてネットの海に消えているMODもあるかもしれませんが)
 これらでMODに慣れて、そこからは自分で新しいMODを見つけて、自分で入れていくのがMOD導入の基本になります。
 これらの有名なMODの導入方法とかはネットを探せば大抵やり方が見つかりますが、最新のMODや小規模のMODになると当然日本語化されておらず、環境によってうまく動いたり動かなかったりするのでもう手探り状態になります。

 それも含めてMODの醍醐味という感じになりますね。ヘタしたらゲーム起動してる時間よりも導入の為にPC弄ってる時間のほうが多くなるという。
 ゲームとしてもアマチュアが作ったものなので予測不明のバグやバランス調整が甘かったりといろいろありますが、何度もやってる内にスルメみたいな味わいならぬ楽しみが得られるようになります。 

 因みに作者は自分のPCの性能が最近のMODに追いつかないという悲しい事情によって、ここ数年MODに触っていません。悲しい。 
 そんな訳で作者自身もMODに対して詳しいとは言えないのですが、上記で紹介したMODは日本語訳してあり、導入も比較的簡単、ついでに完成度も高いということでMODをやるならオススメの作品です。逆に言えばこれらの導入にも躓くレベルだとMODは諦めたほうがいいかもしれませんね。

 結局後書きが長くなってしまいましたが、今回はこの辺で。


 


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Interval 17 mercenary

 エコロジスト達のシェルターからまっすぐ東に小一時間ほど歩くといつしか盆地を抜け、山道に差し掛かった。この小さな山の超えた先がこの辺り一番の危険地帯、Wildterritoryだ。

 そこまで何事もなく順調に、そして慎重に来た一行だが(道中はユーリですら周りを警戒して無駄口を叩かなかった)山道に入る前に初めてセルゲイが声を上げた。

 

 「悪いが、調べたい所がある。ここの近くのキメラの巣の跡だ。逃げた時に放り出した俺のドラグノフがそのままになってるかもしれない」

 

 どうやらこの近辺に例のキメラの群れの巣があったようだ。そういえばセルゲイはそこで狙撃銃を捨ててくる羽目になった、と言っていたのをフィアーは思い出した。

 ミハイルがこちらの様子を伺いながら、答える。

 

 「確かここから歩いて20分もかからん場所だったな……。すまん、フィアー付き合ってくれるか?」

 

 「構わん。だがきな臭い匂いを嗅ぎとったら俺は直ぐに逃げるぞ」

 

 そのフィアーの答えにセルゲイが頷いた。

 

 「勿論だ。俺もまたキメラの大軍に追い掛け回されるのは御免だからな」

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 山道から外れ、山の裾野を回りこむように十数分程歩く。

 土の質が悪いのかここも盆地と同じく植生はほぼ壊滅しており、地面からは赤茶けた粘土質の土が剥き出しになっている。見晴らしがいいため奇襲を受けにくいのはありがたいが。

 

「あった。あそこだ。」

 

 そういってセルゲイが示した先には山肌から転がり落ちてきたのか、巨大な岩が無数に転がっていた。岩の幾つかは割れて空洞を作っている。あれならキメラの寝床にもなりそうだ。

 しかし今は生き物の気配はしない。ミュータントとど言えど動物的な知能は持っている。あれほどの規模のキメラの群れとなれば、他のミュータントも近づこうとは思わないだろう。

 フィアーのシューティンググラスに投影されたミニマップには、更にその付近にアノーマリーの存在があることを示していた。いや……それ以外にも何かある。

 

「よし……ちょっと調べてくるからバックアップを頼む」

 

「ああ、任せておけ、AKの弾ならたっぷり調達してきたからな。敵がいたらたらふく食わせてやる」

 

「俺に当てるなよ……ん?どうしたフィアー」

 

 空間探知機と連動させたPDAを操作し始めたフィアーを見て、セルゲイが声をかけてきた。

 

「空間探知機が反応したんだが、アノーマリーと一緒にアーティファクトの反応もある。俺はそちらを確認してくる」

 

 するとミハイルがバックパックからロープを取り出して、こちらに投げてきた。

 

「あそこは重力場アノーマリーだ。あれを調べるならその命綱を付けておけ。引きずり込まれそうになったらこちらで引っ張ってやる」

 

「助かる」

 

「過信はするな。力場によってはロープも簡単に千切れちまうし、俺ごと引きずり込まれそうになったら躊躇なくロープは手放すぞ」

 

「そうなっても恨みはしないさ」

 

 手早くロープを自分のベルトに括りつけると、フィアーは改めてシューティンググラスに投影されるミニマップに注意を向けた。ミニマップには現在の自分の周囲の地形と何メートル先にアノーマリーがあるかを赤い光点で示している。赤い光点は複数あり、その間を緑色の光点が動き回っていた。この緑色の光点がアーティファクトのようだ。ここからでは視認はできない。

 アノーマリーに潜むアーティファクトは空間探知機を近づけて初めて実体化する。フィアーはそれをゴミ捨て場のアーティファクト採取で学んだ。

 

 まずはボルトをいくつか投げて、アノーマリーの規模を確認する。元々空間が陽炎のように歪んでおり、視認するのは容易だが揺らいでるせいか正確な大きさを把握するのは難しいのだ。

 ボルトを投げ込むと重力変動を起こすそのアノーマリーは、一気に炸裂音と共にボルトを内部へと引きずり込み、上空へと放りなげた。人間があの高さまで放り投げられたら、概ね死ぬか大怪我を負うだろう。

 

 アノーマリーの形状と性質を把握したフィアーは、匍匐前進でアノーマリーの巣へと向かっていく。重力変動を起こすアノーマリーなら、歩いて行くよりはこちらのほうがバランスを崩しにくいだろうと判断してだ。

 ついでにそこらで拾った細い枯れ枝で、前方に異常はないか確認しながらゆっくりと進んでいく。

 この方法はアノーマリーの巣を抜けた時のミハイル達のやり方を真似たものだ。ミニマップ越しだと大雑把な位置ならともかく、精密な距離はどうしても測りづらいのでこの方法は有効だ。

 アノーマリーの隙間と隙間を縫うようにして、アノーマリーの巣の中心部に来る。緑の光点は頭上にあるのだが何も見えない。

 

 フィアーはここで腰に付けた探知機を外して、探知機本体を頭上に向けた。すると頭上で光とともに握り拳程の大きさの金属の塊が、まるで別の空間から引っ張りだされた様に唐突に現れて落下してきた。

 咄嗟にそれを受け止めると、フィアーは奇妙な感覚を覚えた。

 金か、磨きぬかれた銅を思わせるその金属自体は、重い。恐らくは2キロはあるだろう。

 しかし同時に持っていると装備も含めた自分自身が軽く感じるのだ。これがアーティファクトの効果だろうか?

 一旦それを考えるのは棚上げにして、戦利品をアーティファクト用の容器に入れると、フィアーは再び匍匐前進で命綱を目印に来た道を逆に辿って戻リ始めた。

 

 なんとかアノーマリー地帯を無傷で抜けて、ストーカー達の所に到着すると、セルゲイは既に戻っていた。その手にはロシア製のセミオート式の狙撃銃ドラグノフライフルを握っている。どうやら探しものは無事見つけたようだ。

 彼は戻ってきたこちらに対して珍しく上機嫌で語りかけてきた。

 

「そっちの収穫はどうだった?こっちはなんとか相棒は無事だったよ。スコープがイカれてたが、これぐらいならBARに行けば直すこともできる。ついてたぜ」

 

「こっちの収穫はこれだ。身に付けると身が軽くなった」

 

 そう言って拾ってきたアーティファクトを見せると全員がそれを覗きこんだ。ミハイルが口笛を吹く。

 

「これは装備した人間の重量を軽減させることができるアーティファクト、Graviだ。こいつを身につけると荷物の重さや手にした銃の重さが消えてなくなるっていう便利な奴だ。あのFlashといい、あんたはアーティファクト運に恵まれてるな!」

 

 ユーリが物欲しげに言った。

 

「俺も似たようなのは付けてるが、あんたのはこれより一回り高級品だ。羨ましいぜ」

 

 つまりこれがあれば本人の限界重量を大きく超えた荷物を運ぶ事ができるというわけだ。確かに探索を生業とするストーカーからすれば便利なアーティファクトだ。そして自分のような傭兵にとっても、これがあれば強力な銃火器や大量の弾薬を持ち歩けることができるようになる。

 もっとも微量な放射線を出しているので使用する場合、放射線除去のアーティファクトと同時に使用しないといけないようだが。

 フィアーは服を叩いて土を叩き落とすと、呟いた。

 

「せっかく洗った服を土まみれにしたかいはあったというわけだ」

 

 

 

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 その後一行は再び山道に戻ると、一時間ほどかけてその小さな山を乗り越えた。

 山の半ばで景色は一変し、今まで碌になかった植生が生えるようになり下り道の辺りではちょっとした林道のようになってしまった。

 あのヤンター湖は余程植物にとって環境が悪いのだろうか。

 そして下り道からはこれから通り抜けるというwildterritoryと呼ばれる区域がよく見えた。

 小さな町ほどもあるその区域には大小様々な工場が入り乱れて建っており、まさに工場区画といった所だ。

 かつて廃墟になる前は毎日のように機械音を鳴らしていたであろうその工場群も今はただ沈黙し、荒れた姿を晒している。

 

「バンディットが潜むにはうってつけの場所だな」

 

 そうフィアーが呟くとユーリが反応した。

 

「バンディットだけじゃねえ。傭兵にミュータント、訳のわからん怪奇現象も時々起きる。あそこで亡霊を見たって奴も一人や二人じゃねえんだ。さっさと抜けちまわないと厄介事に巻き込まれるぜ」

 

「とりあえず山を降りたら小休止だ。その後一気にあの区画を通り抜ける。」

 

 そうミハイルが続けた。

 確かにあの工場群はミュータントにしろ人間にしろ隠れる場所がいくらでもある。しかも上から見ても迷路のような作りになっているので、通り抜けるだけでも苦労しそうだ。

 そういった意味では、道を知っている彼らと行動を共にできたのは幸運だっただろう。

 山の麓へ降りるとそのまま山道は廃工場区画のへと続くアスファルトの道路となっていた。更に道路の先は地下トンネルへ続いており、そこを通って区画内に入れるようだ。

 

 一行は小休止をするにあたり、道の脇にあったキャンプの跡に残された焚き火の残りの炭を使うことにした。

 乾燥した枯れ木を適当に拾って薪とし、ライターのオイルをかけて着火する。薪の量は少ないので数十分で燃え尽きるだろうが休憩程度の時間ならば十分だ。

 各々が焚き火に昼食代わりの缶詰を放り込む。

 缶詰が温まるまで待っている間、ミハイルがwildterritoryで注意点を教えてくれた。

 

「あのwildterritoryで人影を見ても、決してノコノコと近づいていくな。あそこはバンディットだけじゃなくて傭兵が小遣い稼ぎにストーカーから金を巻き上げようと待ち構えてる時がある」

 

「それはもう唯のバンディットなんじゃないか?」

 

「やってることはそうだが、手強さは段違いだ。チンピラの寄せ集めと違って奴らはプロだ。仕掛ける時は音もなく近寄りこちらを殺しに来る。特に見通しのいいところは歩かないほうがいい。上から狙撃される」

 

 確かにあの工場群は煙突や建築途中で放棄されたビルなど、狙撃にはうってつけの場所がある。

 実はフィアーは山の上から時そういった場所を確認していたのだが、建築途中のビルの屋上に人影らしきものを何度か確認した。

 それを彼らに伝えるべきかどうか考えていると、腰の無線機が鳴り出した。

 ストーカー達に一言断り、嫌な予感を胸に無線機に出ると予感は的中していた。

 シドロビッチだ。

 

『ようフィアー。ちょっと目を離した隙に変なルートを辿ったみたいだな?なんだってwildterritoryなんかにいるんだ?』

 

「なぜだろうな。俺にもよくわからん」

 

 投げやりに答えると、シドロビッチもその辺りの事情には興味ないようで本題を切り出してきた。

 

『まあいいさ。なんでお前がそこにいるかよりも、いいタイミングでお前がそこにいるという事実が重要だ。早速仕事を一つ頼みたい。そこらを根城にしてる盗賊傭兵団共を始末して欲しいんだ。規模は十人程らしいがお前ならいけるだろ?』

 

「俺はお前の専属の殺し屋じゃないんだが」

 

『この依頼も俺の依頼じゃない。この先のBARのトレーダーの依頼さ。どうも奴の運び屋があいつらに襲われたらしい。奪われた物の中には高価なアーティファクトもあったようでな。それを取り戻せたら更に金を払うって話だ。……どうだい?この仕事を済ませておけばBARのトレーダーの心証をよくしていろいろ動きやすくなるとは思わんか?』

 

 アーティファクトという単語にフィアーはしばし考えた。あのワームとの戦闘で理解したが、この地で活動するには高レベルのアーティファクトは必要だ。それをその傭兵共が持っているというなら、始末した後に使えそうなアーティファクトを懐に入れてしまうというのもありだろう。依頼人には既に奴らの手の中にはなかったと言っておけばいい。

 

 我ながらこんな考えがすぐに出てくる辺り、自分もかなりZONEに染まってきたな、と思わないでもないが中々いいアイデアのように思える。

 その場合ミハイル達とは別行動を取らねばなるまい。流石に彼らを巻き込むわけにはいくまい。

 

「……いいだろう。ただし道中で出くわせばの話だ。それと物資も確実に取り戻せるとは限らんぞ」

 

『充分さ。じゃあ連中を叩き潰したらまた連絡をくれ。……ああ、それとゴミ捨て場のストーカー達だがな。あの後バンディット共のもう一つの基地を潰すのに成功したらしい。また機会があれば顔でも出してやれ』

 

「……機会があればな」

 

 然程興味のない事ではあったが、彼なりに気を使ったらしい。まあフィアーとしても短い時間だが共に肩を並べた相手が勝利したと聞くのは悪くない気分だった。

 フィアーは一旦シドロビッチとの無線を切ると、興味津々と言った様子でこちらを伺ってるストーカー達に事情を説明することにした。

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

「傭兵団を潰すってお前気楽に言うなぁ……」

 

 シドロビッチから請け負った仕事の内容を話すとユーリは唖然とした様子になった。

 ミハイルやセルゲイも厳しい表情をしている。連れが通行のついでに傭兵の集団を潰す等と言えば、そんな表情になるのも仕方あるまい。

 

「そうだ。悪いがあんた達とはwildterritoryで一旦別れようと思う。俺が連中とドンパチしていれば奴らも他のストーカーなんかに目を向ける暇がなくなるから安全に通り抜けれるはずだ」

 

「しかし……奴らの拠点に心当たりはあるのか?」

 

「ああ、山の上から工場地帯を見てたんだが、建築中の3階建てのビルがあっただろう。あの屋上で動く人影を見た。あそこなら工場地帯に対する狙撃場所としても拠点としても使えるはずだ」

 

 セルゲイの問いにフィアーはそう答えた。流石にアテもないのにこんな仕事を引き受ける気はない。このwildterritoryは工場が乱立して身を隠せる場所はいくらでもある。

 全くの手掛り無しの状態だった場合、この仕事を断っていただろう。

 

「……勝算はあるのか?」

 

「盗賊まがいの傭兵に負けるようなら俺はナイトクローラーを追ってはいない」

 

 ミハイルの問いにそう答えると彼は暫く悩んでいたようだが、セルゲイの方に話を振った。

 

「セルゲイ。お前のドラグノフはまだ使えるんだよな?」

 

「スコープはイカれたが、裸眼でも300メートル以内なら充分狙える。残弾もマガジン2つ分はある……まさかお前」

 

「あの建築途中のビルなら西側にある車両基地の屋上から狙えるだろう。あそこなら万が一フィアーがやられても地形が複雑だから逃げ切れる」

 

「正気か?見返りはあるのか?俺達が手を貸した所であのBARのトレーダーが気前よく追加報酬を出すとは限らんぞ」

 

「見返りは傭兵共の懐から頂くというのはどうだ。10人以上の傭兵の獲物はフィアー一人で担いでいくには重すぎる。荷物持ちが必要とは思わんか?どうだフィアー」

 

 こちらにそう言ってきたミハイルにフィアーは苦笑した。

 

「皮算用は構わんが、後で文句は言うなよ。……まあアーティファクト以外は好きにするといい」

 

 その言葉を聞いたユーリが小さく笑った。

 

「やっぱりお前さんも戦利品をそのまま差し出すつもりはないようだな。俺達としても足の付きやすいアーティファクトより傭兵の武器のほうが捌きやすくてやりやすい」

 

 最後にミハイルが頷いた。

 

「よし。セルゲイは車両基地の屋上から支援を頼む。俺達はフィアーと一緒に工場に突入する」

 

「俺がポイントマンになる。あんた達は俺が切り開いた場所をクリアリングしてくれ」

 

 突入に際して立てた作戦は、作戦というには余りにも稚拙なものだった。しかしフィアーは彼らとは長い付き合いというわけでもないし、綿密なコンビネーションが組める訳でもない。

 それならば先のキメラ戦と同じくフィアーが単騎で突入して、切り開いた場所を彼らがかき回すとやり方のほうがシンプルでお互いやりやすいだろうと言う事になった。

 おおよその目標地点の地形とはぐれた時の合流場所等、最低限の事だけを打ち合わせて、後は成り行き任せで突っ込むことにした。

 

 

 ◆  ◆

 

 

 30分後、フィアーと二人のストーカーはwildterritoryに侵入し、目的の建築途中の三階建てのビルの付近に来ていた。

 あの後食事を手早く済ませた一行は地下トンネルから工場区域に入り、道中で幾つかのアノーマリーをくぐり抜けた。

 道中で数体のゾンビに遭遇しそうになったが、彼らは知覚が人間のそれよりも鈍いのが救いだった。

うまい具合に入り組んだ地形や廃材の影に潜んで、なんとかやり過ごすことに成功する。とはいえ呻き声をあげながら、徘徊する彼らの死角を移動するのには大変な神経を使った。

 ゾンビは古びた拳銃や水平二連の散弾銃程度しか持っていなかったが、もしそれらを使われていたら付近一帯に銃声が鳴り響き、傭兵達に警戒されていただろう。

 そうしてネズミのように無人の工場地帯を這いまわり、目星をつけていた建築途中のビルに到着したというわけだ。

 複雑な工場地帯は上手く自分達の接近を隠してくれた。

 

 ビルに近づいて物陰からミラーを使って様子を伺うと、時折見張りなのか武装した人影がちらついた。ここが傭兵達の拠点なのは間違い無さそうだ。

 ミハイルは無線機で狙撃の為に、ここから200メートル程離れた車両基地の屋上に移動したセルゲイと声を潜めてやり取りをしている。その背後ではユーリがAKを構えて周りの警戒をしていた。

 暫くして無線を切るとミハイルはこちらに向き直った。

 

「いつでもいける。セルゲイが確認した限りでは屋上に四人、二階に三人程確認したそうだ。あいつはこちらが発砲したらそれを合図に狙撃を開始する」

 

 近距離の狙撃と言えど乱戦の最中に撃てば場所も探知されにくい。今回の狙撃地点はビルから近すぎる為、そのまま撃てば即座に位置を特定されて反撃される。その為狙撃手の位置が相手に悟られないように工夫が必要だった。

 

「後は一階と地上の見回りってところか。俺は突入次第、視界に入ったやつを撃ち倒して上に登っていく。あんた達は俺が突入した後、取りこぼしがいるかどうか確認して掃除していってくれ」

 

「了解した」

 

「あいよ」

 

 二人の答えを聞くとフィアーはゆっくりとイングラム短機関銃を構えた。近距離でこれをフルオートで撃ちこめばボディアーマーを装備した傭兵でも倒せるはずだ。更に腰の自動拳銃には徹甲弾を装填してある。

 それでも足りないのならば相手の武器を奪い取って使うまでだ。

 フィアーはミラーを使って、ビルの様子を伺った。一階も一部が壁がなく、吹き抜けになっているお陰で相手の数がよくわかる。

 

 一階に三人……いや四人。いずれも都市迷彩のボディアーマーを着込んでいる。頭部もアーマーと揃いのヘルメットとマスクとゴーグルで完全に顔を隠している。手にはM4カービンと呼ばれる米国で広く流通している自動小銃を構えていた。奥にいる兵士だけが一人だけM249軽機関銃を側に立てかけている。真っ先に潰すべき相手だ。

 上の階と合わせると11人。シドロビッチは十人ほどという曖昧な言い方をした。正確な情報が掴めなかったのだろう。

 一応これで計算はあうが、まだ後数人いるかもしれない。

 

 更に発見される危険を承知で、手持ちのミラーでビルの内部を観察する。

 ミラーに写った景色から判断すると、どうやら四人のうち二人が見張りで、残る二人は廃材の上に腰を下ろし休憩中らしい。しかも武器も手放しており、椅子代わりの廃材に立てかけてある。

 

 チャンスだ。

 

 フィアーは手信号で後ろの二人に突入すると合図を送る。二人のストーカーは背後や周りを警戒しながらも、こちらに不敵な顔で頷いた。全員バックパックは既に外して付近の工場内に隠してあるので今は身軽だ。

 腰から旧型の破片手榴弾を取ると、フィアーはまず小さな布切れで手榴弾を包んだ。更に金属音を極力響かせないように丁寧に安全ピンを外す。

 

 そしてレバーを外し、1秒、2秒と数えた後、一階の四人の内、見張りをしている傭兵達の足元に転がす。布で包んであったせいか転がった音は低く、見張り達の動きは一瞬迷った。

 これは手榴弾なのかそうでないのか、という迷いである。だがそれも一瞬。どのみち危険物には間違いあるまいと即座に結論づけて、「グレネード!」と奥の仲間に警告を出しつつ、手近な廃材の影に退避しようとした。

 だがその手榴弾は予めピンを抜いて、投げる際に爆発するまでの時間を短く調整されたものだ。

 彼らが物陰に隠れるより先に、手榴弾が起爆、二人の兵士をなぎ倒した。

 

 爆風が収まるよりも早くフィアーはビルに突入して、奥に突き進む。

 廃材の影でなんとか爆風を逃れた傭兵二人を見つけると、彼らが態勢を立て直す前に即座に撃ち殺す。

 そのままの勢いで奥にあった階段を登り電撃的にケリをつけようとした考えた時、階段の上から手榴弾が降ってきた。

 

 反射的に近くに積み上げられた廃材の影に身を隠す。手榴弾が爆発。

 流石に建築用の材料なだけあって頑丈で手榴弾の爆風を見事に防いでくれた。 

 それにしてもこの短期間で即座に反撃してくるとは中々良い反応だ。

 下で仲間が生きているかもしれないのに手榴弾を投げつけてくる辺り、思い切りがいいというよりは考えなしなのかもしれないが。

 

 ……或いは仲間のバイタルを常に確認することができるのか。

 後でそういうシステムがZONEにあるかどうかストーカー達に聞いてみようと思考しながら、フィアーはスローモーを発動させ、爆煙を突っ切り階段を一足飛びに駆け上がる。

 爆発物を使った後は敵側も僅かに隙が生まれる。それを狙ってのことだった。

 

 階段を登り切るとそこは一階と同じく、壁すら碌に無い吹き抜けの殺風景なフロアが広がっていた。引き伸ばされた体感速度の中で、柱の影から二人の兵士がこちらにライフルの銃口を向けているのを確認した。

 しかし手榴弾が爆発した直後のためか、微妙に相手の反応が遅い。二人の兵士が引き金を引き切る前に、フィアーは人間離れした速度でイングラム短機関銃を目標にポイントし、フルオートで薙ぎ払った。

 分速1000発を超える発射速度によって、瞬く間にイングラム短機関銃は残弾全てを吐き出した。

 もっとも弾切れになる頃には二人の兵士は撃ち倒されて地面に転がっていたので問題はない。

 

 二階にはもう一人居たはずだ。どこだ?

 

 そう思いマグチェンジをしようとしながら更にフロアを見渡そうとすると、背後から強い衝撃が走る。

 撃たれたか。

 しかし頑丈なFEARの制式ボディアーマーは5.56mmのライフル弾を完全に受け止めてくれた。無論衝撃までは相殺できないが、訓練された体は着弾と同時に前方に身を投げてビルの柱に身を隠すように動いていた。

 更に立て続けに銃声が走り、先程までフィアーが居た場所を火線が貫いていく。あのまま衝撃に対して踏みとどまろうとしていたら、あの追撃でやられていただろう。だがこれで敵の位置は把握した。階段から出てきた自分の真後ろに位置していたらしい。

 脳内で放出されているアドレナリンのお陰で痛みに関しては気にする必要はない。手も脚も動く。この戦闘が終わった後はどうなるかわからないが、少なくとも今はまだ大丈夫だ。

 

 フィアーは拳銃を引き抜きながら、柱の影からイングラム短機関銃を放り捨てる。そして間髪入れずに自身は短機関銃を投擲した逆の方向から拳銃を構えて、身を投げ出す。

 案の定敵は最初に放り投げた短機関銃に反応し、ほんの一瞬だがそちらに銃口を向けていた。スローモーを発動させたフィアー相手にその一瞬は致命的だ。

 床に倒れた状態からフィアーは拳銃を相手の頭部に向けて三連射。相手は頑丈な防弾ヘルメットを装備していたが、この距離での徹甲弾には耐えられなかった。

 三発の弾丸がマスク、ゴーグル、ヘルメットをそれぞれ貫通し、傭兵を永遠に沈黙させる。

 

 フィアーは立ち上がると最初に撃ち倒した二人の兵士に近寄ると―――彼らは致命傷ではなかったようで、なんとか小銃を構えようともがいていた―――それぞれの頭部に拳銃弾を撃ちこみ止めを刺し、そこでスローモーを解除した。柱の影に隠れると大きく息を吐き、クールダウンを行う。

 数秒ほどかけて呼吸を整えると、次の行動に移る。

 傭兵たちが装備していたM4カービンライフルを手に取り、動作確認を行い残弾を確認した。まだ充分あるようだ。少なくとも屋上の敵を相手にする分は問題ない。

 そこでビルの向かいの車両基地の屋上にいるセルゲイから通信が届く。

 

『瞬殺だな。こっちが援護する暇もない』

 

 どうやら彼は吹き抜けの部分からこちらの戦闘を目視していたらしい。

 

『あんたの仕事はこれからだ。流石にこれ以上の速攻は無理だ。そっちから屋上を狙えるか?あんたが仕掛けると同時に俺が屋上に飛び込む』

 

『了解した。カウント10で攻撃する』

 

 セルゲイとのやり取りを終えるとフィアーはM4ライフルを構えて、屋上へと上る階段へと近づいていった。また手榴弾を落とされても敵わないので、即座に階段の後ろに回り込めれるようにしておく。

 相手も流石に同じ手は通用しないとわかっているのか、徹底して待ちの構えのようだ。こちらにとってもそれは都合がいい。

 なぜならそれは背面の警戒を疎かにするということでもあるからだ。

 

 そこまで考えた所で銃声が響き渡る。小口径の小銃弾ではなく、大口径の狙撃銃の銃声。セルゲイの攻撃だ。同時にフィアーもスローモーを発動させていた。

 屋上の相手が混乱する気配をフィアーは肌で感じ取った。恐らく今ので一人倒れた。

 本来なら視認もできないのだが、なぜか直感的に理解できるのだ。元々勘は鋭いほうではあったが、ここまではなかった。

 

 このZONEに入ってから感覚が異常に研ぎ澄まされている感じがする。これ程感覚が高まったのはあのオーバーンの戦い以来だ。

 これもこのZONEの恩恵なのだろうか。

 そんなことを考えながらフィアーは、階段を駆け上がる。登っている途中に二度目の銃声が響き、傭兵たちの罵声が耳に入った。視界が開けていつのも灰色の空が見える。

 

 わざわざ叫んで場所を教えてくれるとは親切な奴らだ。

 

 階段を駆け上がる前に既にフィアーは、M4ライフルの銃口を罵声が聞こえた場所に向けていた。

 予測通りの場所に敵がいる。しかも上手いことに狙撃に気を取られ、こちらから目を逸らしていた。

 発砲。

 敵がボディアーマーを着ているのはわかっているので頭部を一撃で撃ちぬく。

 そこでようやく挟み撃ちだと気づいた時にはもう彼らにとって手遅れだった。

 階段を上がったフィアーが次々と銃撃の雨を降らして制圧していく。屋上は幾つかの間取りを区切るためかコンクリート製の壁が乱立していた―――或いはビルはまだ未完成でここから更に階数を増やしていく予定だったのかもしれない。

 いずれにしてもそれらの壁とは障害物としては傭兵達にとって頼りになる壁だった。

 

 しかし真後ろからの狙撃者からすれば丸見えだ。今もまた一人の兵士が不用意に動いて狙撃位置についていたセルゲイの視界に入った。彼は笑って引き金を引いた。

 命中。

 これで残るは後一人。フィアーならあっさり片付けるだろう。そうセルゲイは判断した。

 しかし10秒経ち、更に20秒経っても連絡が来ない。後続のミハイルとユーリに警戒を促しておくべきか…?そう思った所で、フィアーから連絡があった。全員に対しての通信である。

 

『こちらフィアー、敵の無力化に成功。一人だけ投降してきた奴がいる。どうする?』

 

『おいおい。早すぎね?俺らの出番無しかよ』

 

 喚くユーリをよそにフィアーの問いかけにミハイルが答えた。

 

『どうするっていわれてもな……身ぐるみ剥がしてDuty辺りに突き出せばいい。拘束だけは怠るな。俺達も今行く。後でこいつらの物資を纏めて頂くぞ』

 

『まるでバンディットだな』

 

『バンディットから物を奪うのはバンディットじゃないのさ。』

 

 小さな笑い声。ミハイルはそのままセルゲイに指示を出した。

 

『セルゲイ、お前はそこから周りを警戒してくれ。誰か近づいたら直ぐに知らせろよ』

 

『了解した。』

 

 更にユーリが余計な事を言ってきた。

 

『お前の分までお宝は漁っといてやるからな』

 

『背中に気をつけとけ、糞ったれ』

 

 セルゲイは通信を切るとドラグノフを抱えて周りを見渡した。

 派手に戦闘を行った為、バンディットかミュータントが近づいてきても不思議ではない。それこそユーリ辺りは、戦利品を漁ってる最中の隙だらけの背中を襲われてもおかしくない。

 自分も戦利品漁りに興味がないわけではなかったが、こればかりは自分がやらなければならないことだ。

 セルゲイはため息をつくと再び警戒態勢に入った。

 

 

 

 ◆    ◆    ◆

 

 

 

 捕らえた捕虜は最初は何も言わなかった。武装解除させた後、手足をパラコードで縛り付けて座らせる。引き剥がしたマスクの下から出てきた顔は西洋系の男の顔だった。年の頃は三十代の半ばと言ったところか。

 屈辱と怒りに歪んだ顔をしているが、それを差し引いてもあまり人相の良くない顔立ちだった。

 さっそくミハイルが尋問を始める。

 

「お前達がこの辺を荒らしまわってた傭兵崩れか。他に仲間はいるのか?ストーカー達から盗んだ物は何処にある?」

 

「ここにはない。別の隠し場所だ。仲間はここにいるので全部だ。……俺を解放してくれれば教えてやる。BARの狸親父にいくら掴まされた? 俺なら奴の倍の報酬を払うぞ」

 

「お前を痛めつけて隠し場所を吐き出させた後、BARのストーカー達かDUTYに突き出すのが一番儲かりそうだな。そういえば4日前にここを通ったストーカーのチームにライフルを撃ちこんできた奴らがいたな。知ってるか?」

 

「……いや知らない」

 

 ミハイルはそこで唐突に彼の腹に蹴りを入れた。うめき声を上げて捕虜の男が体をくの字に曲げる。

 ミハイルは顔色一つ変えずもう一度同じ質問をした。

 

「知ってるか?」

 

「……ああ、俺達だ。アジトに近づいて来たから追い払うつもりで……」

 

「そのストーカー達が俺達だ。その節は鉛弾のご馳走ありがとうよ」

 

 そのやり取りを横で聞いていたフィアーは、ミハイルがこの戦闘に参加しようとした理由をようやく理解した。

 要は彼らも以前ここを通る時、この傭兵達に襲われていたのだ。その恨みを晴らしたかったのだろう。

 彼らから離れて背中の撃たれた箇所の具合を確かめていたフィアーだったが、(幸い痣が出来ただけだった)フィアーもまた捕虜に聞きたい事があるので、彼に質問することにした。

 

「お前はBARのトレーダーの運び屋を襲ったそうだな。奪ったものは何処にある?そしてそいつがトレーダーの運び屋だと分かってて襲ったのか?」 

 

 捕虜は僅かな恐怖と逡巡を顔に貼り付けたまま、答えなかった。

 ZONEでトレーダーを敵に回すのは、彼らの取引相手たるZONE中のストーカー達をも敵に回すのと同義だ。慎重に答えねば命はないと理解しているのだろう。

 中々答える様子がない捕虜に対して、フィアーは口が滑りやすくなるように腰から拳銃を引き抜き、彼の額に押し付けた。ついでにカチリと銃のハンマーを下ろしてやると彼は恐怖に顔を歪めた。

 意地を張っても無意味だと理解したのだろう。彼はしばしの逡巡の後、口を開く。

 

「いや……、俺達はここらを拠点にしてここを通るストーカー共から通行料を頂いてただけだ。ストーカーがどこのどいつの手先かなんて一々確認していない」

 

 ユーリがそれを聞いて肩を竦めた。

 

「傭兵ってやつはこれだから困る。なまじ補給を自前で行ってるからトレーダーを敵に回すことの意味がわかってねえ。お前もうZONEで仕事は出来ねえぞ」

 

 捕虜はその言葉に対して虚勢混じりの引き攣った笑みを浮かべた。

 

「願ったり叶ったりだ。こんな迂闊にションベンしたらバラバラになるような所で小銭を稼ぐなら、外の世界で人間相手に殺し合ってたほうがマシだ」

 

 「だったらここで人間様に殺されても文句はないってことだな?……お前らの奪った獲物はどこだ?大人しく出せば命だけは助けてやる」

 

 毒づく捕虜の頭をフィアーは銃口で軽く小突いた。

 暫く捕虜は悔しげに顔を歪めていたが、やがて戦利品の隠し場所を吐いた。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 その隠し場所は戦場となったビルの真後ろにあった。ビルとビルの人が一人入れるかどうかという僅かな隙間。その隙間に建材を覆うための防水ビニールの山が無造作に置かれており、そのビニールを退けると複数のバックパックが姿を表した。バックパックには銃痕と思わしき穴が開いてるものもあり、殺した相手から奪ったそれをそのまま荷物入れとして使っていたらしい。

 

 当初は戦利品漁りに気分をよくしていたミハイルとユーリも、血がこびりついたバックパックを見て顔を顰め、更に中身を漁っていく度に不機嫌さが増していった。

 フィアーから見ても中身の大半がガラクタに思えたが、彼らが不機嫌なのは戦利品がガラクタしか無いからというわけではあるまい。

 

 旧式の散弾銃。年季の入ったAK小銃。錆びかけたライフル。ボロボロのマカロフ拳銃。シールが擦り切れて読めない何が入ってるのかすら不明な缶詰。アーティファクトだったものの破片。バックパック内にぶちまけられた医療キットの中身。ビニールがかかったままの電池。電源が切れたPDA。汚い文字が並ぶ手帳。色あせた家族の写真。何度も読み返された文庫本。薄汚れた変えの下着。

 

 これらの価値などBARのトレーダーの元に持ち込んだところで、まさしく一山いくらと言った程度の価値しかあるまい。傭兵達としても価値のあるものというよりは非常用の物資程度にしか思っていなかっただろう。

 だが薄汚れたそのバックパックとその中身を見たものは、その使い込まれた道具や武器からかつての持ち主を意識せずにはいられない。

 物資として価値がないからこそ、これはストーカーの遺品であり墓標になりうるものなのだ。

 ミハイル達が不機嫌になったのは顔も知らぬとはいえ、同じストーカーの墓標を小銭目当ての傭兵にいいように扱われているからだろう。

 

「駄目だなこれは。大概がガラクタだ。まだ傭兵共の装備を漁ってたほうがマシだ」

 

「貧乏人ばかり襲ってたんだな。胸糞悪いぜ」

 

 ミハイルとユーリがそう言いながら、バックパックの中身を漁るのを中止する。

 フィアーは一緒に連れてきた捕虜の頭を小突いた。

 

「奪われたものにはアーティファクトもあっただろ?それは何処にある?」

 

「わ……わからねえよ。そこになかったら多分ボスが持ってたとしか……」

 

「ボスってのは何処だ」

 

「一階でお前が真っ先に死体にしちまったよ」

 

 

 

 結局ストーカー達の遺品漁りは中止にして―――あれらは後でまたひと目の付かない所に纏めて埋めてやろうという話になった―――傭兵達の死体を漁ることになった。

 やはり哀れな同業者のそれを漁るよりは楽しいようでユーリなどは目を輝かせて、彼らの装備品を検分している。

 

「見ろよミハイル、このM4ライフルを! 光学スコープにレーザーサイト付きだぜ! こりゃ銃本体より高いんじゃねえかな?!」

 

「こいつだけじゃない、部隊の全員の小銃が高価なドットサイトやスコープ付きだ。おまけもPDAも最新型で高く売れそうだ。おっと、このナイフはドイツ製か」

 

「オイオイ、こいつスイス製の時計なんて付けてやがるぜ! ZONEをホワイトカラーの仕事場だと勘違いしてるんじゃねえのか?!」

 

「あんまり独り占めするんじゃないぞ。後でセルゲイの奴にも分前をやらないとな」

 

 フィアーはそんな彼らの様子を呆れて見ていた。

 嬉々として傭兵達の死体から高価な装備品を剥ぎ取る彼らは、何処にお出ししても恥ずかしくない立派なバンディットにしか見えない。

 ふと、そこでその光景を見ていた捕虜が口を噛み締めて、拳を握らせているのに気がついた。

 当然だ。仲間が殺されて、装備を剥ぎ取られる事に対して怒りを覚えない兵士などいない。

 だからといって同情する気にはならなかった。彼らもまた別のストーカー達に対して全く同じことをしてきたからだ。

 故にこれはその罪が巡り巡って回ってきただけにすぎない。

 

「因果応報か」

 

 フィアーはそう口の中で呟いた。その応報はZONEにいる限り、あのストーカー達にも形を変えて襲いかかるだろう。

 そして恐らくは自分にも。

 応報を受けて尚、生き延びる強さを持つものしかZONEでは生きていけないのだ。

 だがいつまでも感傷には浸ってられない。ストーカー達に一声かけてフィアーは捕虜を小突くとボスの所で案内させることにした。

 その際、他にも傭兵の仲間がいるかもしれないから気をつけろ、とセルゲイを含めて全員に警告していく。捕虜はいないと言っていたが信用できるものではないからだ。

 

「お前のボスはどこで寝てる?」

 

「……こっちだ」

 

 感情を抑えた声で一階へと捕虜が降りていく。因みにここは三階だ。外から狙撃銃でこの乱痴気騒ぎを観察しているセルゲイは、さぞウンザリしているだろう。

 二階を過ぎて一階に降りる。その『ボス』はビルの奥でフィアーは真っ先に撃ち殺した兵士の一人だった。

 うつ伏せに倒れている彼をよく観察してみると、他の隊員より一段上の戦闘服等を着込んでおり装備もいい。

 もっとも彼は頭部に銃撃を受けており、休憩中ということもあり間の悪いことにヘルメットは外していた。どんな装備も不意をつかれれば無意味ということか。

 とりあえず、装備を漁っている最中に不意をつかれてもつまらないので、捕虜の足首もパラコートで拘束して寝転ろがすと、改めてフィアーはボスとやらの装備を調べ始める。

 

 彼のバックパックは食料などのものは殆ど入っていなかった。

 代わりにあるのはストーカー達から奪ったと思わしきPDAやメモ帳、USBメモリの山だった。

 このボスはどうやら情報を集めるのが専門分野だったらしい。

 これならば嵩張らないし、BARのトレーダーにも高値で売れるかもしれない。

 そう思いながら彼の持ち物を調べていると死体の隣に奇妙なものを見つけた。

 蓋が開いた空のアーティファクト容器だ。

 

 それ自体は不思議ではないが、まるで慌てて開けて中身を取り出し容器を捨てたようになっているのがどこか不自然だった。

 

 フィアーは自分の他に誰かこいつの死体を漁ったのだろうかと思ったが、自分以外にここを通ったのはユーリとミハイルのみ。

 その二人にしてもさすがにこちらに合流する前に死体を漁るほどの余裕など無いはずだ。

 或いはどこかに隠れていた仲間でもいるのか。そう思って改めて傭兵の死体を見やる。その時―――。

 

 死体となっていたはずの傭兵が動いた。

 

 

 




 ZONE観光案内
 前回のEcologists(エコロジスト)シェルターの博士達の紹介。

 サハロフ博士。
 エコロジストのトレーダー的存在。ハローハローハローという挨拶が特徴の、のんびりしたお爺ちゃんでこのシェルターの癒やし。いろいろと面白い話も聞かせてくれる。
 科学者なせいかZONEで一番高くアーティファクトやミュータントのトロフィーを買い取ってくれる。仕事の報酬も気前が良くて高価なスーツとかを譲ってくれる。見習え他のトレーダー共。
しかし科学者なせいか品揃えや買い取りが偏ってるのが欠点。まあ科学者だしね。

 クルグロフ博士。
 エコロジストの博士でフィールドワークが主な仕事。Shadow of Chernobyl だと彼の持つ貴重なデータを狙った傭兵部隊に襲われて、主人公に助けられたりする。
 いい人なんだが実戦慣れはしてないようで、敵を見つけると拳銃一つでウラー!と叫んで特攻するので守るのが大変。
 因みに死んでしまってもストーリーに支障はない。というかこのゲームは出会ったやつ全員殺して回ってもストーリーに支障はないんですけどね。

 おまけ
 オレンジスーツの護衛の人。彼の他にも多数科学者の護衛が居るのだが、Shadow of Chernobyl でクルグロフ博士を守るために全員死にます。
 生かす余地はありません。イベントで強制的に死亡するという悲惨な人たちです。

 場所紹介。
 Wildterritory
 無人の工場地帯。バンディットから傭兵部隊、ついでにゾンビとかが常に徘徊して、時々レアなミュータントが発生する危険地帯。
 でもここに屯してる傭兵部隊は上等な装備持ってるので、小銭稼ぎにはうってつけの場所です。

 建築途中のビル。
 強盗傭兵団が拠点にしている未完成のビルで、壁と天井がなく吹きさらし。……なんでこの人達こんな見通しがよすぎる場所に陣取っているんだろう。常に風を感じたいのかもしれない。


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Interval 18 Wild Territory 

 それは死体だった。

 至近距離からのライフル弾は彼の右頬を穿ち、その後ろにある大脳の一部を吹き飛ばしていた。即死ではないかもしれないが概ね死に至る重症だ。

 少なくともフィアーはこんな状態から蘇生した人間等、お目にかかったことがないし、それ故相手に対する警戒を緩めていても仕方のない事だっただろう。

 

 もっともそんな言い訳など誰も聞かないのが戦場だ。その動き出した傭兵の死体がゾンビだったとしても。

 いずれにせよそのボスと呼ばれていた死体は、ゾンビとは思えないほどの機敏な動きで腰から拳銃を引き抜き、フィアーに向け立て続けに引き金を引いた。その顔は血まみれだったが傷はない。

 

 フィアーは殺したはずの相手が無傷という事に疑問を抱きつつも、同時にスローモーを発動させ銃撃を横っ飛びに回避。そこで彼もまた転がりながら同じく拳銃を引き抜く。

 

「死ねぇ!」

 

 その隙に憎悪の叫びとともにボスが、自分の目の前にあった軽機関銃に飛びつき、それを振り回してこちらに向けようとして―――そこで終わった。

 彼が軽機関銃の引き金を引くよりも早くフィアーの拳銃弾が今度こそボスの額に突き刺さったのだ。

 

「お…おのれ…」

 

 信じがたいことに彼はまだ息があった。手にした軽機関銃の狙いはぶれ、引き金を引く力もないようだがそれでも生きている。

 胴体の急所に被弾して息があるならまだしも、思考を司る部位である頭部を撃ちぬかれて尚、喋れることができるとは。

 半ば感心しながらもフィアーはショットガンを引き抜くと、散弾を連続でボスの顔へと撃ち込んだ。近距離での散弾の連撃にボスは顎から上を吹き飛ばされて今度こそ永遠に沈黙した。

 

「おい?! どうした! 敵襲か?」

 

 上の回からユーリたちが慌てて駆け下りてくるのがわかる。突然の銃声に驚いたのだろう。

 フィアーはこの状況をどうやって説明したものかと首を捻った。

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

「こりゃアーティファクトだな」

 

 死体を調べ終わったミハイルが開口一番そういった。

 それを聞いたフィアーは顔をしかめた

 

「アーティファクトには死人を生き返らせる効果もあるのか」

 

「いや、そんな大層なもんじゃない。コイツは最初から死んじゃいなかったんだ。見ろよこれを」

 

 そういってミハイルは頭部の無くなったボスの腰に取り付けてあったアーティファクト容器を開いてみせる。

 そこにあるのは蛍を思わせる光で構成された輪郭のないサイコロ状のアーティファクトだった。

 

「これはfireflyっていってな。回復型のアーティファクトとしては最上位のものだ。これの持ち主は殺される限り死ぬことは無いとまで言われてる。頭に穴が空いたぐらいじゃコイツは蘇生させちまうのさ。……流石に頭が無くなったら無理だろうがな」

 

「そのまま死んだふりしてりゃよかったのにな。それとも意識が戻った所にちょうどフィアーがやってきてパニックにでもなったのか?いずれにしても運の悪い奴だぜ。折角一度命を拾ったのにな」

 

 流石に気の毒そうにユーリがボスの死体を爪先で小突きながら言った。

 確かに後数分フィアーがやってくるのが遅ければ、あのボスはここからひっそりと逃げることも出来たかもしれない。

 脳を再生されて意識を取り戻した瞬間、フィアーを認識したのなら反射的に攻撃に移っても仕方がないだろう。フィアーとしては貴重な情報やアイテムを失わずに済んだので助かったが。

 

 とりあえずフィアーは先ほど拘束し転がしておいた捕虜に蹴りを入れた。くぐもった悲鳴。

 

「ボスがあのアーティファクトを持ってるってわかってたな? 俺をハメるつもりだったか?」

 

「知らなかったんだ! 信じてくれ! ボスは重要そうなアーティファクトや情報は全部独り占めしちまうんだ! あんなアーティファクト持ってるなんて俺達も知らなかった!」

 

 このままで殺されるという雰囲気になりつつあると察したのか、彼の懇願は必死なものに変わっていった。

 その哀れな姿にフィアーも怒りの感情が収まっていくのがわかった。

 

「いいだろう。だが次に似たようなことが起きたら殺す」

 

 釘だけ刺しておくと、フィアーは再びボスの死体から装備を剥ぎ取り、調べる作業に戻った。

 ここでいちいち情報を確かめる訳には行かないので、情報メモリとアーティファクトが詰まった袋は自分のバックパックの中に押し込んだ。ボスを蘇生させたアーティファクトについてはガイガーカウンターが凄まじい勢いで鳴り始めたため、アーティファクト容器に厳重に保管することになった。

 

 どうやら強力なアーティファクトになるほど高い放射線をまき散らすようだ。短時間での運用なら放射能中和剤で誤魔化すこともできるが、常時身に付けるのは危険過ぎた。

 そういった意味では、あのアーティファクトはまさしく非常用だったのだろう。

 頭を撃たれたが運良く即死でなかったボスは、朦朧としつつもアーティファクトの使用に成功した。が、傷と意識が完全に回復する前にフィアーに発見されて撃ち殺されたということだ。

 

 しかしもしZONEの奥地にもこういったアーティファクトが存在するというのなら、戦う相手をより念入りに殺さなければならなくなる。

 今回は間抜けな傭兵のボスが相手だったのでどうにでもなったが、ワーム相手にこのような失態を犯せば間違いなく死ぬ。

 

 そんなことを考えながら今度は彼が持っていた武器弾薬を検分する。

 彼の得物はドットサイトが搭載されたM249と呼ばれる軽機関銃だった。5.56mmのライフル弾を使用するこの軽機関銃はその大容量のボックスマガジンによって、長時間弾幕を貼ることが出来るというのが最大の強みだ。

 高速でライフル弾をばらまくこの武器は少々重いが対人戦にせよ、対ミュータント戦にしろ非常に使い勝手がいい。

 

 これらの貴重な装備を自分が一人で独占してもいいのかとミハイルに聞いてみたが、彼は笑ってお前が仕留めたんだから、お前のものだと答えた。

 ならばと遠慮無く頂くことにしたフィアーは、ボスの死体が持っていたM249の予備弾倉2つ、クリーニングキット、自動拳銃、サバイバルナイフ、医療用品に食料と弾倉を全て頂いていくことにした。

 常人ならこれ程の装備を追加すればまともに歩けなくなるが、先日wildterritoryに入る寸前で発見した重量を軽減させるアーティファクト、『Gravi』のお陰で体感的には殆ど重さを感じない。

 ただ質量自体はそのままなので身が軽くても機敏な動きはしづらくなってしまったが。

 

 そうして死体からの装備の回収を終えた頃には、上の二人も剥ぎ取りを終わらせていた。

 フィアーは降りてきた二人の姿を見て、思わず笑いをこらえるのに必死にならざるをえなかった。

 なぜなら彼は傭兵達が持っていたであろうバックパックを、更に二重三重に積み重ねて、無理やり背中に背負っていたのだ。

 その重なりあったバックパックの口からは、複数の小銃と思われる銃火器の銃口が飛び出ている。

 

 もはや兵士というよりは武器商人だ。

 確かにこのZONEでは新型の自動小銃は下手なアーティファクトより売れるとは聞いたが、ここまでして持って帰ろうとするものだろうか。

 そんなフィアーの呆れた目線に気がついたのか、ミハイルが笑いながら弁解するように言ってきた。

 

「安心しろ。本当に高そうで小さな物は適当な隠し場所にデポしておいた。俺達も重量軽減のアーティファクトを持ってるからお前さんの足手まといにはならんさ。後でセルゲイにも持たせるしな」

 

「そんなに気を使わなくてもいいさ。悪党共がもし襲ってくるとしたら真っ先に狙うのは鴨がネギをしょってるような格好をしてるお前さん達だろうからな」

 

「その時は捕虜に囮にしてトンズラするさ」

 

「というか捕虜にも持たせたらどうだ?」

 

「いや、流石に捕虜に武器を持たせるなんて危険な真似はできねえよ」

 

 その辺りの安全管理は流石にストーカーといったところか。

 彼らが重い荷物を付ける分には、フィアーも何も言うことはないので文句は付けないでおいた。

 もっともすぐに後でそれを後悔することになるのだが。

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

「走れ! 走れ! 荷物は捨てろ!」

 

「ユーリ! お前この期に及んでなんでまだ荷物持ってるんだ! いくら欲張りにも限度があるぞ!」

 

「ちげーんだよ! バックパック括りつける時、紐を締めすぎたんだ! いつの間にか締まって外れねえ!」

 

 まさか歩き始めて一キロも経たない内から手に入れたばかりの荷物を捨てる羽目になるとは。

 フィアーは胸中でため息を付いた。

 廃墟となった工場群を尻目に、大通りを歩き続けるフィアーとストーカー達が異変を感じたのはつい数分前。

 最初は区域のどこからから聞こえた犬の遠吠えに過ぎなかったそれは、時間が経つにつれて増えていき、わずか数分で何十匹という犬の集団の大合唱になりつつあった。

 それを聞いてフィアーの隣を歩いていた捕虜が顔を真っ青にし始めたのだ。

 

「やばい。スタンピートだ……」

 

「スタンピート? 何が暴走するってんだ」

 

「ミュータントに決まってるだろ! たまにブロウアウトでもないのにZONEの奥からすごい数のミュータントが湧いて、ここの大通りを突っ切って行くんだ!」

 

「そんな時お前らはどうしていた」

 

「ビルの上とか犬が簡単に登れないような所で息を潜めてやり過ごしていた……。不味いぞこの位置は。さっさと逃げないともうすぐ俺達は化け物の餌だ!」

 

 最後の言葉は悲鳴に近い。それを聞いた後フィアーはストーカー達の方を向いた。

 全員が話を聞いていたようで無言で荷物を外すと、後で回収するつもりなのか近くの路地に放り投げる。

 ただ一人だけユーリのバックパックだけがなかなか外れないようで、外すのに悪戦苦闘している時、それはきた。

 まるで狂犬病にかかった犬の犬小屋の中に放り込まれたのではないかと錯覚させる、けたたましい咆哮と共に、大通りに砂塵をまき散らしながら無数の犬が姿を表したのだ。

 

「オイオイオイ」

 

 それを見たフィアーは流石に呻いた。

 なぜなら文字通り大通りを埋め尽くすほどの数のその犬は、全てあの人面犬――pseudodog――だったのだ。その数は間違いなく100頭を超える。フィアーの手には軽機関銃があるがそれを持ってしても押し切られるだろう。

 加えてその人面犬の群れはあの最初に出くわした人面犬やめくら犬と違い、完全に狂気に飲まれ暴走していた。あの調子では群れの先頭を血祭りに上げたところで怯みもしまい。

 如何なフィアーと言えどあの群れに飲み込まれれば、食い散らかされて終わりだ。

 たまらずフィアーは叫んだ。

 

「ユーリ! バックバックの紐を切れ!」

「……今やった!」

 

 その言葉と共にユーリが武器を満載したバックバックを、手近な工場と工場の間の空間に放り込んだ。この期に及んでもまだ後で回収することを考えているとは恐れ入る。

 そしてその後は全員が全力疾走で走り抜けた。とはいえそれでも追いつかれるのは時間の問題だった。

 ミハイルが捕虜に叫んだ。

 

「この辺で奴らをやり過ごせる場所はないのか! さもないとお前を餌にして時間を稼ぐしかなくなるぞ!」

 

「クソ野郎! もう少し行くと駅に出る! そこの見張り台ならよじ登れれば犬どもは追ってこれない!」

 

「あったぞ! あそこだ!」

 

 セルゲイが前方を指さして叫ぶ。

 確かにそこには7メートルほどの高さの見張り台があった。

 登る方法は梯子しかないため、人面犬は登ってはこれまい。

 フィアーは最後尾につくと反転し、軽機関銃を構えながら叫んだ。

 

「さっさと登れ! 俺が足止めをする!」

 

 叫びながらスローモーを発動し、銃弾をフルオートで迫り来る獣の津波に叩きこむ。

 遅滞する時間の流れの中で高速で吐き出される大量の弾丸が、人面犬の顔面に食らいついていく様をフィアーは確かに見た。銃とHMDとの調整も済んでおり、正確な射撃だった。

 しかし胸中で舌打ちする。

 

 (こいつら頭蓋骨でライフル弾を弾けるのか)

 

 必殺を期して、人面犬の頭部に向かって撃ち込んだのが逆に仇となった。どうやら頭蓋骨はこの人面犬の中でもっとも強度のある部位のようだ。大半が一瞬怯むだけで足止めにもならない。倒れた人面犬もいないわけではないが、偶然銃弾が眼球や鼻に飛び込んだだけにすぎない。

 猪や熊は頭蓋骨の厚みと丸みで猟銃の銃弾をも弾くと聞くが、まさか犬のサイズでそれを行うとは。以前蹴散らしたメクラ犬とは生物として比べ物にならないレベルだ。

 

 即座に照準を変更し、頭部ではなく人面犬の足元へ銃撃を集中させる。流石に脚まではそれほどの頑丈さはないようで、次々と人面犬が転倒していく。

 だがこの獣の津波は一波ではすまない。前面の人面犬が倒れても、次から次へと後方の人面犬が倒れた人面犬を飛び越え、踏み潰して飛びかかってくる。

 フィアーがそれをナイフを引き抜き、迎え撃とうとしたその時だった。上空から銃弾の雨が降り注ぎ、迫り来る人面犬を地面へと縫い付ける。

 

「全員登ったからお前もさっさと登ってこい! お前が餌になっちゃ意味がねえぞ!」

 

 先に見張り台に登ったミハイル達の援護射撃だった。

 フィアーは全力で見張り台の梯子に飛びつくと一気に頂上まで駆け上る。

 見張り台につくと梯子から伸ばした手をユーリが引っ張りあげてくれた。

 狭い見張り台の上で息を整えながらフィアーは一息ついた。全力疾走に加えてスローモーまで使ったため、流石に息切れしたのだ。

 

「とりあえずこれでなんとかなったか?」

 

「とりあえず、な。後はクソ犬共が飽きてどっか行ってくれればいいんだが、あれだけの数が見張り台の真下に屯されちゃ上から撃ち殺そうにも弾が足りねえぞ」

 

 銃弾不足を嘆くユーリに対してセルゲイが皮肉をとばす。

 

「お前がもう少し根性入れてあのバックパックをここまで引きずってくれば、あの犬ころ共を皆殺しにしても釣りがくるぐらいの武器と弾薬があったんだがな」

 

「言ってろ馬鹿。お前こそ真っ先に身軽になって逃げやがって覚えてろよ」

 

「覚えておいてやるさ、忘れない内はな」

 

 そんな二人を尻目に下の様子を見ていたミハイルが叫んだ。

 

「おい! 犬がふた手に別れてくぞ! 結構な数が俺たちを無視してBARの方に向かっていく!」

 

「残念だが手持ちの弾薬じゃこれでも多いぐらいだ。ライフル弾でも一発でも仕留められないとなると後は捕虜を放り投げて餌にするぐらいしか……なんだ? BARのほうに誰かいるぞ?」

 

 そのフィアーの言葉に全員がBARの方向を見た。

 現在見張り台の下の犬は、まるで川の流れのようにも見える。その一部は見張り台の下でグルグルと水洗トイレの水流の様に吠えながら周り続け、残りの大半はBARへと続く道を激流のように走って行く。

 そのBARへと続く道にまるで道を塞ぐような形で長細いバラック状の建物が建っていた。

 他の建物と同じく荒廃し壁は穴だらけドアは無くなっているという有り様で、人面犬にとっては大した障害物にもならないであろう建物。その建物の穴やドアの影から無数の黒ずくめの兵士達が姿を現した。黒のガスマスクで顔を隠し、漆黒のボディーアーマーを身につけたその姿にフィアーは反射的にある存在を脳裏に描いた。

 

 ナイトクローラーか。

 

 そう思い反射的に銃口を向けたフィアーをミハイルが慌てて制する。

 

「待て待て! あいつらはDUTYだ! ……ああ、今PDAのIFFでも確認した。あの建物の中にDUTYの一個小隊がいる!」

 

 そう言われて改めてよく見ると、あの黒ずくめの兵士達の装備はナイトクローラーの装備とは全く違うものだった。武装も西側の銃ではなくAKを始めとした東側製の銃だ。

 その事をフィアーが認識した次の瞬間、DUTYの兵士達が建物内部から迫り来る獣の津波に向けて一斉射撃を開始した。

 

 彼らが装備しているのは自動小銃だけではない。機関銃や連射型擲弾銃、セミオート散弾銃等、軍隊顔負けの重装備だ。それらを装備した十数人の兵士達が同時に発砲したのだ。

 ライフル弾や機銃弾に加えて榴弾や散弾が横殴りの雨となって、人面犬達に叩き込まれる。凄まじい銃声と爆発音が連続して響き、狂犬の咆哮を悲鳴へと上書きしていく。

 

 流れ弾や榴弾の破片が200メートル近く離れているフィアー達のいる見張り台まで掠めていき、見張り台の上にいる全員が慌てて伏せることになった。

 先ほどまで蹂躙されるばかりと思われていた大通りを塞ぐ貧相な建物は、今や即席のトーチカと化して人面犬の群れを薙ぎ払っている。

 

 200匹はいたと思われる人面犬の群れは、DUTYの一斉射撃から僅か十数秒でその数を半分近くに減らしていた。

 とはいえ完全にその侵攻を防ぎきれるものではない。あの人面犬達はまさしく狂犬病でも患ったかのように、仲間達が目の前で挽き肉にされても怯むこと無く突撃していくのだ。

 

 そのうち1匹が弾幕の雨を掻い潜り、建物内部へと侵入することに成功する。しかし数瞬後罵声と共に建物内部でマズルフラッシュの閃光が走り、その人面犬は死体となって外に蹴りだされた。

 うまい具合に迎撃に成功したらしい。

 

 フィアーがDUTYの練度に感心していると腰に付けている無線機が鳴り始める。いや、フィアーだけではない。見張り台にいる他のストーカー達の無線機も鳴っていた。

 全員が顔を見合わせ、ミハイルが通信を受信すると無線機からがなり立てるような声が飛んできた。

 

『見張り台の上のストーカー共!いつまでぼーっと見物してるんだ!お前らも撃て!ここは観光地じゃねえんだぞ!ぼさっとしてるとお前らも犬ごとふっ飛ばすぞ!』

 

 無線の相手は今まさに人面犬に銃撃を叩き込んでいるDUTYの隊員からだった。ヒステリックな罵声だけでなく、無線相手が乱射している銃声も一緒に無線機から流れてくる。トーチカの方から響く銃声と相まって奇妙なサラウンドを形成していた。

 

 どうやら向こうも余裕が無いらしい。見ると更に人面犬がもう1匹火線を掻い潜り、トーチカの中に飛び込んでいった。同時に無線機から叫び声が上がった。

 その後すぐに一人の隊員が建物の穴から姿を現した。彼の持つ自動小銃には侵入した人面犬が食らいついており、彼はその犬を小銃ごとトーチカの外へと放りなげる。

 

 素早くその犬は小銃を離して空中で態勢を整えて着地したが、即座にトーチカからの火線が集中し射殺される。

 たいした芸当だがこんな真似は早々続かないだろう。このまま放置しておくと不味いことになりそうだ。

 ミハイルがため息をついて立ち上がる。

 

「とりあえず俺たちも加勢するぞ。あいつら血の気が多いからこのままのんびりしてると本気でこっちに撃ってきかねない」

 

 セルゲイとユーリも腰を浮かす。

 

「まああいつらのお陰で犬の数はかなり減ったからさっきよりは楽なもんではあるな。おいユーリ、傭兵から奪った手榴弾があるだろ。あれを放り込んでやれ」

 

「虎の子なんだけどねえ。まあ弾薬代は後でDUTYに請求するとしようか」

 

「あいつらがそんな気前よく払うとは思えんがな」

 

 いずれにしてもここで彼らが敗北すると自分達もこの見張り台の上に取り残される羽目になる。

 フィアーもM249軽機関銃を片手に立ち上がり、銃口を人面犬の群れ―――その先頭へと向ける。

 発砲。指切りをして発射速度を調整しながら銃撃を行う。

 スローモーは使わない射撃だったが、安全が確保されているため充分に射撃に集中することができた。

 

 銃弾は次々と人面犬達に突き刺さり、彼らを撃ち倒していく。無論即死ではないが下半身に当たれば如何に頑丈な人面犬でも動きが鈍る。

 それで充分だ。リロードの隙さえ稼いでやれば、後はDUTYが止めを刺すからだ。

 

 隣ではユーリが犬の群れの中央に手榴弾を放り投げ、セルゲイはドラグノフでDUTYの弾幕をくぐり抜け、トーチカに近づこうとした個体を狙撃している。人面犬達の中心で炸裂した手榴弾が人面犬を見張り台と同じ高さまで跳ね飛ばしてユーリが歓声をあげた。

 ミハイルは捕虜を見張りつつも、モスバーグM500ショットガンで見張り台の下に屯している人面犬達に散弾を撃ちこんでいた。

 

 上と前方から間断なく撃ち込まれる銃弾と榴弾の嵐にはミュータントと言えど早々耐えられるものではない。これが平野なら散開し数にものを言わせて押し切ることもできただろうが、DUTY達が立て篭もるバラックの建物へ繋がる道は大通りだけである。

 

 

 

 限定された侵入路に高い火力を持つ銃座とバリケード。そういった陣地に後先考えず突入することは死を意味する。

 次々と肉片になる同族達を見て熱狂的な突撃を繰り返していた人面犬達も、遅まきながら恐怖を取り戻してきたようで怪我を負い、逃げ出す個体も出始めてきた。

 そうなると崩壊は早かった。

 そこから人面犬が全滅するまで5分とかからなかった。

 

 

 ◆    ◆    ◆

 

 

「それで何の用だ役立たず共。ピクニックでもしに来たか?」

 

 犬の群れを掃除した後、フィアー達は見張り台から降りて、DUTYの篭もるトーチカに挨拶に行った。

 その時のDUTYの隊員の開口一番がこれだった。

 まあ不機嫌なのは仕方あるまい。

 

 フィアー達にとっては安全地帯からの一方的な攻撃だったのに対して、彼らは文字通り命懸けの防衛戦だったのだ。

 例え数匹でもあの火線を突破されて建物内部に侵入されていたら、それだけでこの陣地は大混乱に陥っていた可能性が高い。どれだけ強力な銃火器で武装していても、至近距離でのミュータントとの交戦は極めて危険なのだ。それをフィアーはこれまでの経験から身に沁みてわかっていた。

 ましては狭い建物の中で取り回しの悪い大型の機関銃やら擲弾銃で、あの身軽な人面犬とやりあうなどフィアーですら遠慮したい。

 

 更に言うなら彼以外のDUTY隊員は、人面犬の死体の山を不機嫌そうに黙々と片付けている。

 200匹はいるであろう人面犬の死体をこの陣地から、100メートルほど離れた駐車場へと運んでいるのだ。

 そしてそこでは別のDUTY隊員が、ガソリンらしきものを集めた犬の死体にかけて焼いている。

 この人面犬の焼ける不快な匂いは当然こちらにも届いてきており、ガスマスク越しにもその臭気を感じるため意識せずとも顔を顰めてしまう。

 全ての死体を処理するには後半日はかかるだろう。不機嫌にもなろうというものだ。

 

 それはそれとして、あの人面犬の群れがこのトーチカ内に侵入できなかったのはフィアー達の援護射撃のお陰でもある。

 特にフィアーに至っては軽機関銃の予備の弾薬箱を全て使い切るほど銃弾を消費した。盛大に乱射したため、今でも軽機関銃の銃身は熱を持っているぐらいだ。

 礼など期待はしてなかったがこうまで不躾にあしらわれようとは思わなかった。

 どう返事したものかとフィアーが黙考していると、ユーリが笑いながらそのDUTY隊員に話しかけた。

 

「おいおいそりゃねーだろDUTYさんよ。折角貴重な弾薬をありったけばら撒いて支援してやったってのによ」

 

 DUTY隊員は鼻を鳴らして応じた。

 

「俺達がいなかったらお前らはあの見張り台の上で餓死してただろうが」

 

「まあそりゃそうかもな」

 

「だったら恩に着せられる覚えはないな。……おい後ろの奴はなんだ?」

 

「こいつはここに住み着いて悪さしてた傭兵だよ。俺たちで奴らを壊滅させて捕虜にしたんだ」

 

「ああ、あの犬の糞共か。よくやったストーカー。仕事が一つ減った。そいつはBARで本部にでも引き渡しといてくれ。アリーナのコロシアムでバンディットの相手でもさせてやる」

 

 コロシアムというZONEには不釣り合いな単語を聞いてフィアーは首を傾げた。捕虜のほうを見ると顔を蒼白にしている。その疑問に対してセルゲイが答えた。

 

「コロシアム?」

 

「BARの目玉の一つさ。ルールを破ったゴロツキ同士を殺し合わせて金を賭けるんだ。腕に自信があるやつは自分で参加したりもする。あんたは腕がいいから自分で参加してもいいかもな。もし出るんなら言ってくれ。俺はあんたに有り金全部賭けるからな」

 

「よしてくれ。そこまで金には困っていない」

 

「そう言うと思ったよ。だがあんたほどの腕なら稼げるのは確かだ。金に困ったときは考えてみな」

 

 そう言ってセルゲイは笑ったが、ZONEの予想以上の無法地帯ぶりにフィアーは内心呆れていた。

 ZONEには警察はいない。となると住人が自治するしかないわけだが、ZONEの住人には控えめに言っても、法に詳しく尚且つ法を重んじるようなタイプの人間はアーティファクトよりも少ないように思える。

 となると捕まった犯罪者―――ストーカー達にとっての―――がこういった結末になるのはある意味仕方のないことなのかもしれない。

 セルゲイの答えにそんな感想を抱いていると、DUTY隊員が面倒くさそうに指でトーチカを指した。

 

「こんな所でくっちゃべってないでさっさと通れ。俺達は忙しいんだ」

 

 一応は通してくれるらしい。

 もしかしたらこのDUTY隊員は不機嫌などではなく、単に常に口が悪いだけかもしれない。

 そんな彼に対してミハイルがいつの間にかバックパックから取り出した小さなウオッカの瓶を渡した。

 

「あの犬どもに追われて荷物を放り捨てて来ちまったんだ。一度荷物を取りに戻るが後で通らせてもらう。その時はよろしくな」

 

「……ああ。こちらも手助けしてもらったからな。俺たちは暫くこの検問所を守る。ここはいつでも通っていいぞ」

 

 酒は彼の態度を僅かだが軟化させる程度の効果はあったようだ。

 通行の許可を取り付けた一行は、放り捨てた荷物を取りに行くために大通りを引き返していった。

 

 

 

 ◆    ◆    ◆

 

 

 

 それから放棄した荷物を改めて回収し、DUTYの検問所に戻る頃には既に日は暮れ始めていた。

 馬鹿げた量の銃火器を担いで、再び姿を表したストーカー達を見て未だに犬の死体を処理していたDUTY隊員達は、馬鹿でも見るかのような視線をこちらに向けてきたが(そこにフィアーは入っていないはずだ。多分)何も言わずに通してくれた。

 

 そして検問所を出て30分ほど歩いて太陽が工場の谷間に消えようとしている時、ようやくBARにたどり着いた。

 と言っても別段風景が変わったわけではない。光景としては廃工場の続く殺風景な光景には違いはない。

 違うのは音だ。

 今まで時折遠くからの銃声が響くだけで、死を思わせる静寂が支配していたZONEとは違う、人間の生活音とも言うべきものがフィアーの聴覚に届いてきた。

 

 下手なギターの音。

 喧嘩の罵声。それをはやし立てる歓声。

 DUTYへの入隊を促す広告スピーカーの音。

 ガリソン式発動機の稼働音。

 

 それらの音には今までZONEにはなかった活気があった。

 

 道路で区切られたその区画は建築物とコンクリートの壁で丸ごと外部から仕切られており、出入口と見られる自動車用の通行門は投光機と土嚢と有刺鉄線で陣地化されていて、先のバラック状の建物と同じく一個分隊ほどのDUTY隊員が守っていた。

 

「着いたぜフィアー。この大通りの向こう側が丸ごとBARだ。入るときは正門から入れ。面倒だからって下手に壁を乗り越えたりして入るとDUTYに追い掛け回されることになる」

 

「BARには何人ぐらいの人間がいるんだ?」

 

「大体いつも100人はいるな。DUTYとかも含めるともう少し増えるかもしれん。ZONEでは最大の人口密集地さ。ここで手に入れられないブツはない……ってわけでもないな。科学者やFreedomしかツテがない物もあるしな。だが大概の物はここで揃うぞ。情報もな」

 

 ミハイルの説明を聞いたフィアーは、ふむと呟いた。

 

「そうだな。まずBARのトレーダーに会いたいんだが」

 

「ならついでだ。俺達が連れて行ってやる。この荷物を売らないといけないし、捕虜もトレーダーに引き渡す。……おい」

 

 最後にミハイルは捕虜のほうに声をかけた。

 真っ青な様子で俯いていた彼は怯えた様子で顔を上げた。

 

「お前も隠し持ってる情報があったら全部トレーダーに吐いちまうことだな。もし奴の機嫌を取ることに成功したら命だけは助かるかもしれんぞ。ここじゃ犯罪者を入れておく檻はないってことを念頭にいれておけ。弁護士が出張してくるにはZONEは遠すぎる」

 

「……そうするよ」

 

 絞首台へ向かう囚人のような悲痛な顔で捕虜が頷いた。

 まあコロシアムで殺し合いの見世物も絞首台と大差ないので当然であるのだが。

 哀れには思うが、それを承知でバンディットの真似事をしていたのだから仕方あるまい。

 そんなことを思いながら歩を進めると、通行門のDUTY達もこちらに気づいたようで意識を向けてくるのが肌で感じ取れた。

 

 彼らの視線はガスマスクで隠れているが、フィアーにはそういったものが感覚でわかるのだ。……ここまで鋭敏になったのはZONEに入ってからだが。

 通行門への距離が縮まっていくに連れて、BARへの入り口を守るDUTY達の装備等もはっきりわかるようになってくる。

 

 彼らの装備は先ほどのバラック小屋のDUTY隊員達以上だった。

 隊員の内数名は旧式ではあるが東側製の強化外骨格まで装備していた。

 これは全身を対弾、対爆のボディーアーマーで身を包み、その上から肩から腕、腰から足にかけて油圧式フレームを取り付けて、着装者の動作を補助するという代物だ。

 パワーアシストのためのフレームが外にむき出しの上、油圧システムのせいで着装者は機敏な動作が難しくなるという設計上の不備があったため、この国では正式採用には至らなかったものの、その構造的に生産や修理がしやすいことに加え、高い運搬能力を持つためブラックマーケットで生産されて流通している。

 

 レプリカ兵やナイトクローラーが使っていた最新鋭の強化外骨格に比べると、少々型落ちだがこういった拠点防御に置いては無類の強さを発揮するするはずだ。

 これに加えて強化外骨格を装備したDUTY隊員はほぼ全員が、大型の機関銃を装備している。

 これらの火力と陣地化された通行門の防御力が合わされば、あのナイトクローラーと言えども突破することは容易くはないだろう。

 

 例え自分であっても正面から殴りこむのは手こずるな。

 そんなことを考えながらフィアー達が通行門まで後10メートルと言った距離まで近づくと、彼らの内一人がこちらに歩いてきた。

 

「ようこそBARへ。……ミハイルか。なんだその荷物。トレーダーにでも鞍替えしたか?」

 

 どうやらミハイルと顔馴染みだったようで気軽に話しかけてくる。

 

「ようダニーロ。友人と一緒にwildterritoryを荒らしてた傭兵共を潰してやったのさ。奴らピカピカの最新鋭のアサルトライフルを持っててな。今からトレーダーに売りに行く所だ」

 

「おいおい、折角奴らを掃討するためにDUTYの精鋭部隊が出撃していったってのに無駄足だったか」

 

「ああ、そいつらには道中で出会ったよ。傭兵の代わりにPseudodogの群れをぶっ飛ばしてたから無駄足じゃないな」

 

「へえ。その辺の話は後で聞かせてもらうか。暫くは酒場で飲んでるんだろ?」

 

「早めに来るんだな。大儲けしたから奢ってやるぞ」

 

 そんなやり取りを尻目にフィアーは他のDUTY隊員達の様子を観察した。

 ミハイルとの顔馴染みの隊員はともかくそれ以外の隊員は一切の油断なく、こちらに注意を払っているのが見て取れた。

 銃こそこちらに向けてないが、もしこちらが妙な動きをすれば即座に発砲してくるだろう。

 

 DUTYが元は軍隊だったというのも頷ける。恐らく外周部で会ったウクライナ正規軍よりも練度は上だ。装備もウクライナ正規軍よりいい。

 ガスマスクと一体化したフルフェイスのヘルメットに、全身をくまなく覆う防弾スーツ。先のDUTY隊員達もそうだったのでこれがDUTYの基本装備のようだ。

 スーツやヘルメットの色は黒一色だが、胸が一部アクセントのように赤く塗られている。これは強化外骨格も同じだ。このカラーリングでは予備知識がなければフィアーがナイトクローラーの仲間と思ってしまうのも仕方がない。

 

 彼らの獲物は基本ロシアの装備を使っているようでAK74M自動小銃が一番多い。それ以外にもAK74Mの後継モデルに当たる新型の自動小銃AN-94アバカン、接近戦を想定してかセミオートショットガンのSPAS-12。更にAK74を軽機関銃として発展させて、ドラムマガジンを装備したRPK-74軽機関銃を装備しているものもいる。

 強化外骨格に至っては全員がPKM機関銃か六連装擲弾発射機TsKIB RG-6を装備していた。AKを始めとして東側の武装が大半だがZONEのような環境では、東側の武装の頑丈さはZONEでは頼りになるのだろう。

 

 更にフィアーはBAR内部の建物を見た。

 建物自体はここに来るまでに見てきた廃工場と大差ないが、その屋上に黒い人影がいるのを見逃さなかった。

 スナイパーだろう。ドラグノフ狙撃銃を装備していた。ここが彼らの陣地と考えるなら恐らくは狙撃銃だけでなく、より強力な武器―――例えばRPG―――等も用意していてもおかしくない。

 

 先に出会ったDUTYも強化外骨格は装備していなかったものの、これに近い武装をしていた。

 なるほど。DUTYがこのZONEで一大勢力を築いているというのは確かなようだ。

 フィアーが彼らの装備に感心していると、DUTY隊員と会話を終えたミハイルが戻ってきた。

 

「待たせたな。話は済んだ。さあ、トレーダーにこの背中の荷物を引き取って貰いに行こう!」

 

 そう言うとこちらの返事も待たずに、張り切った様子でBARの通行門の奥へと進んでいく。

 フィアーが夕日を見ると、もはや太陽はその身の大半を建物の影に隠そうとしていた。

 今夜は久しぶりに酒が飲めそうだ。

 

 

 

 




ZONE観光案内 派閥紹介

 ZONEの自治厨であるDuty初登場。
 彼らはZONE発生当初、軍の命令でZONEに突っ込む事になって壊滅的な被害を出した元ウクライナ軍人の生き残りです。
 その後自分達を捨て駒にした軍に見切りをつけ、現地のストーカー達を勧誘しながらZONEの治安維持とZONEの破壊を目的にしています。
 STALKER一作目だと彼らに近寄るといきなりミュータント撃退に手を貸せと言ってきて、慌てて助けにいくと自分たちで敵をあっという間に皆殺しにして「おせーんだよ。役立たずのカスが。消えろ(意訳)」的なことを言われたのを未だに覚えてます。
 まあ単独のストーカーたちからすると、バンディットやミュータント駆除してくれるので意外と頼りになる人たちなんですけどね。

 今回の人面犬のスタンピートも作者の実体験です
 某MODを入れた状態でwildterritoryの大通りを歩いてたら、いきなり数十匹のワンちゃんが大進行してきて慌てて荷物を捨てながら全力疾走。
 wildterritoryの出口にいたDutyの皆さんに全て押し付けて逃げました。
 尚Dutyの皆さんは全滅した模様。
 仕方がないね。悪いのはワンちゃんだからね。(死んだDutyの装備を漁りながら)


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Interval 19 酒場 

 フィアーがBARに踏み込んだ時は闇が頭上を支配しつつあった。

 BARの中に踏み込んでも、その在り方は外と大して変わらない。

 工場が密集して建てられて、その隙間を縫うように道が走っている。

 むしろ建物の密度はwildterritoryよりも高いぐらいだ。その為、常に周囲を似たような作りの工場に囲まれおり、道はまるで迷路のようだ。

 日が暮れているのもあって慣れないと迷ってもおかしくはない。

 

 今までフィアーが見た人工の灯りは精々が焚き火か個人携行用のライトぐらいなものだったが、ここでは工場の壁にいくつか白熱球が取り付けられて、道を照らしている。

 更に工場の窓も、時折内部からの灯りで照らされている所がある。興味本位でその窓を覗くと割れた窓ガラスの向こう側に焚き火の明かりと、それを囲む数人の影を見つけた。

 

 音程の外れたギターの音色に笑い声。

 ストーカーの1グループのようだ。

 

 よく見ると焚き火の明かりは一つだけではなく、更に奥にも同じような明かりとそれを囲む人影があった。焚き火の周りには彼らの荷物と思わしきバックパックが投げ出されて、毛布も敷いてある。

 

 この辺りの廃工場はストーカー達のホテル代わりに使われているのか。

 

 室内で焚き火とは少々呆れたが、天井を見やるとこの廃工場は屋根が抜けていた。これなら換気は万全だろう。

 

「何やってんだフィアー?ここは初めての奴は一度は迷うからちゃんとついてきな」

 

 工場の中を覗いて足を止めていたフィアーに、ユーリが気がついて声をかけてきた。残りの二人は捕虜と共に一足先に行ってしまったようだ。

 

「すまない、物珍しくてな。この建物はストーカー達の寝床か?」

 

「別にそう決まってるわけじゃねえよ。BARの中は基本安全だから空いてる所で皆好き勝手に寝たり焚き火をしたりするだけさ。酒場でトレーダーに金を払えば上等な客室だって借りれるぜ」

 

「BARの中には何があるんだ」

 

「大体3つだな。ひとつは今から行くBARのトレーダーが経営している酒場。ひとつは賭け事をするアリーナ。で最後の一つが我らがDUTYの基地だ。ここには迂闊に近寄るなよ? 蜂の巣にされる」

 

「BARのトレーダーってのは飯と酒も売ってるのか」

 

「まあな。あいつがここの生命線と言っても過言じゃない。武器弾薬に加えてライフラインも握ってる上にストーカー達の仕事の斡旋までしてる。おまけにがめつい。シドロビッチと並んでZONEで一番儲けてる奴さ。そんなわけであいつを敵に回すのはオススメしないね」

 

「そんなやつだから、当然ZONE中の情報も持っていると」

 

「そうなるな。ナイトクローラーがこのままZONE中で暴れまわると、あいつらにとっちゃ死活問題になる。あんたが奴らを始末するって言うなら嬉々として情報を差し出すだろうぜ。だがそれとは別にケツの毛までむしろうとしてくるだろうから気をつけな」

 

 話しながらユーリと共に歩いて行くと、いつの間にか工場内に入り込んでいた。

 ここが目的地かと思ったがそうではなかった。ユーリは工場の床でだらしなく雑魚寝しているストーカー達をひょいと跨いで、入った所とはまた別の出入口に向かう。

 このBARでは工場内部も道として使われているようだ。

 彼の後を追いフィアーもまた寝ているストーカーを跨ぎ、焚き火を囲んで酒を飲んでいるストーカー達を横目に工場を出た。

 

 工場を出ると今度はまた路地裏のような道に出た。

 そこから階段を上り、更に別の工場を通り抜ける。今度は人が一人しか通れないような工場と工場の隙間をくぐり抜ける。道ですらない。フィアーは今が夜なこともあって、まるで迷宮でも歩いている気分になった。

 もっともそれは錯覚に過ぎず、実際にはそう対して複雑な道のりではなかっただろう。

 頭の中で歩いてきた道のりを反復すると、あの通行門から300メートルも離れていないはずだ。

 

 と、ユーリがライトで照らされた工場の前で脚を止めた。

 

「着いたぜ。ここが我らストーカーの第二の故郷の100Rads Barよ」

 

 そう言って工場の上にある看板を指さす。

 そこには確かに大きく100Rads Barと書かれていた。

 ユーリに促されてフィアーは工場の中に入って行くと、すぐに地下へと続く階段が彼を出迎えた。

 それは数メートル下がると直角に曲がっており、BARが地下深くにあることを伺わせる作りになっている。

 この作りはシドロビッチの地下シェルターをフィアーに連想させた。

 ブロウアウトが起きるこのZONEでは、重要拠点は地下に作るものなのだろう。

 

 ユーリと共に階段を下がっていくと、階段沿いの壁に小さな防弾カウンターが目に入った。カウンターの奥には強化外骨格で身を固め、PKM機関銃を持ったDUTY隊員が待機している。

 BARの用心棒だろう。

 もし無礼な客が来たら、防弾カウンター越しに機関銃弾を相手にご馳走するのが彼の役目か。

 ユーリは慣れたもので声をかけてそのまま彼の前を通り過ぎる。

 フィアーもそれに習って通りすぎようとしたが、DUTY隊員が声をかけてきた。

 

「お前は何処の所属だ」

 

「フィアー。フリーの傭兵だ」

 

「……バンディットと間違えられたくなければ、IFFで自分の所属を示す信号を発信しておけ。自分の所属を示さない奴は、バンディットか殺し屋とみなされて撃ち殺されても文句は言えんぞ」

 

 そういえばミハイル達もこちらが目視で確認するよりも先に、IFFでDUTY隊員かどうかを確認していた。

 このZONEは疚しい奴でもないかぎりIFFを発信し、自分が何処の所属かを伝えるルールがあるということか。

 

「そのIFFの信号を発信したり受信したりは何処でできる?」

 

「トレーダーに言え。PDAにアプリを入れてくれる」

 

「わかった。ありがとう」

 

 礼を言って先に行ったユーリの後を追う。

 IFFで彼らが敵や味方かを確認していたのは見ていたのだが、大抵騒動の最中だったので聞き忘れていたのだ。

 丁度いい機会なので改めてそのことを調べるのも悪くない。

 

 そんなことを考えながら階段を降り切るとその先はまさしくBAR(酒場)だった。

 元は地下倉庫と思わしきその空間は十数人が屯してもまだ余裕がある程の広さだった。そこに木製のテーブルがいくつも無造作に置かれており、ストーカーやDUTY隊員が立ったまま思い思いに会話にふけったり、食事や酒を楽しんでいる。

 コンクリートで固められた天井には、ZONEに入ってからよく目にする白熱球がいくつも吊り下げられて、酒場内を味気ない白い光で照らしている。レンガの壁には古い銃火器のマニュアルや色褪せた雑誌の女性グラビアが貼り付けられており、卑猥な落書きをされていた。

 

 酒場の奥には鋼鉄製の雨戸がついた銃撃にも耐えられそうなカウンターがあり、その内部では一人の中年男性が調理でもしているようで忙しげに動いている。

 最も忙しげにしていてもこちらに油断の無い視線を一瞬だけ飛ばしてきたが。そしてそれはその中年男性だけでなく、この地下酒場にいるほぼ全てのストーカー達にも言える事だ。

 リラックスし酔っ払っているように見えても、見慣れない新人に対して警戒を抱いているのだ。

 その視線を跳ね除けるべく、脚を踏みだそうとしたその時だった。

 

「おう、来たかフィアー」

 

 その言葉に振り返るとミハイル達がテーブルを囲んでこちらに手を振ってきた。テーブルの上には簡単な料理と酒瓶が並んでいる。

 早速酒盛りを始めていたようだ。

 とりあえずフィアーは気になったことをミハイルに尋ねてみた。

 

「あの大荷物と捕虜はどうした?」

 

「もう引き渡したさ。あそこだ」

 

 そう言って酒場の隅を見やると数人のDUTY隊員―――恐らく彼らもここの警備員だろう―――がここまで連れてきた捕虜の身体検査を行っていた。そしてその隣では別の隊員とユーリが、ミハイル達が持ち込んできた銃火器が詰まったバックパックを酒場の更に奥の部屋へと運び込んでいる。

 

「今鑑定してもらってるが……、とりあえず持ち込んできた武器はどんなに少なく見積もっても10万ルーブルは固いって話だ。そんなわけで早速ここの一番いい酒を頼んだんだ。ま、それでもこんな所じゃたかがしれてるがな」

 

 荷物と同じく、家畜めいて酒場の奥へ連れて行かれる捕虜を見ながらミハイルは手にした酒瓶をラッパ飲みした。

 彼が飲んでいるのはZONEでお馴染みのウォッカではなくワインのようだ。ワインならば腎臓に自信があるなら確かに一気に飲んでも、問題ないだろうがそれにしても……。

 

「そんな飲み方じゃどんないい酒でも味が分からないんじゃないか?」

 

「いいんだよ。こういうのは景気よく飲むのが大事なんだ。俺たちにワイングラスが似合うと思うか?」

 

 古びた酒場でストーカースーツに身を固めた男達が、缶詰の晩餐を前にワイングラスで乾杯する……。

 その光景を想像してフィアーは小さく吹き出した。

 

「笑えるな。それは」

 

「だろ?どうせこれがシャトーオーブリオンだろうと俺には分からねえんだ。景気良くいくのが大事なのさ。さあ、お前も飲めよ」

 

 そう言って封の切られていない酒瓶をこちらに渡そうとしてくるが、隣にいたセルゲイがそれを取り上げた。

 

「まあ待てよ。フィアー、あんたのことは話しといたから先にトレーダーのとこ行って用事を済ませちまいな。酔っ払った状態であいつと取引すると次の朝、裸でここを出るはめになる」

 

 確かにそうだ。ここのトレーダーもあのシドロビッチと同じく海千山千の商人なのだろう。そんな相手にアルコールの回った頭で交渉するというのは鴨がネギを背負って行くようなものだ。

 

「そうしよう。あのバーテンダーがここのトレーダーか?」

 

「そうだ。ここじゃBarkeep(バーキープ)って呼び名で通ってる。本名は誰も知らない。せいぜいボラれないように気をつけな」

 

 フィアーは彼らのテーブルから離れてカウンターに向かっていった。

 カウンターの内部ではBarkeepが料理を用意していたが、近づいてきたフィアーに目をやると手を止めてフィアーに向き直った。ベーコンを焼く香ばしい匂いが、フェイスガード越しにフィアーの鼻に届く。

 近づきながら観察すると、このトレーダーの年齢は恐らく50代と言ったところだろうか。禿げ上がった熊のような外見だが、その目の奇妙な愛嬌がある。外見は余り似てはいないのだが歴戦の商人は皆そういうものなのか、どこかシドロビッチと通じる空気を感じた。

 

「あんたがここのトレーダーか。俺はフィアーだ。シドロビッチから話は来ているはずだ」

 

 カウンターに持たれかけながらフィアーがそういうと、Barkeepは無遠慮にこちらを眺めて鼻を鳴らし、できた料理をカウンターに並べた。それを別のストーカーが横から取っていく。その姿を尻目にトレーダーはフィアーに答えた。

 

「ああ、来ているとも。お前があのフィアーか。……ずいぶんと若いようだな。噂を聞く限り、もっととんでもない化け物が来るんじゃないかと思っていたが」

 

「噂?」

 

「ああ、ZONEに入ってきて早々ブラッドサッカーを始末して、ゴミ捨て場のバンディット共を叩きのめしたと聞く。ナイトクローラーもビビる凄腕だとな」

 

「……随分と耳が早いな」

 

 フィアーは顔をしかめた。まだこのZONEに来て数日も経っていないというのに、初対面の相手に自分の事が知られているというのは不気味に感じる。大方シドロビッチ辺りから聞いたのだろうが。

 

「そんな顔をするってことは俺がこのZONEの情報に目ざといってことを信じてくれたようだな。ああ、wildterritoryの傭兵共も蹴散らしてくれたんだって?助かったぜ。あいつらのお陰でルートが一つ潰れるところだった。まずはその話からしようか」

 

 そう言って彼はカウンター内部のレジから古びたルーブル紙幣を取り出してカウンターの上に置いた。

 

「奴らを始末した報酬としてまず一万ルーブルだ。受け取ってくれ」

 

「……安い命だったな」

 

 フィアーが蹴散らした傭兵達の命は、このZONEに置いてはドルにすればしめて200ドル程度。

 外ではまともな銃も満足に買えない程度の金額だ。

 もし返り討ちにあっていたら、フィアーがこの端金目当てに野垂れ死にした間抜けとなっていただろう。

 ルーブル紙幣を懐に入れると、Barkeepは人の悪そうな笑みを浮かべた。

 

「まあ待て。とりあえず、一万ってだけだ。DUTYにも前払いで討伐を頼んだから予算が足りなくなっちまってな。それとこれとは別の話になるが傭兵達は何か持ってなかったか?」

 

「あの三人組が全部剥いでここに持ってきたと思うが」

 

「そうじゃない。武器なんかよりももっと貴重なものさ。実の所、傭兵共の排除よりも俺にとってはそっちのほうが大事なんだよ」

 

 そう言ってBarkeepはこちらを伺うように目を細めた。

 その様子を見てフィアーは彼の言いたいことを察した。

 

 ―――あのアーティファクトか。

 

 半死半生の状態の傭兵の隊長を死の淵から蘇生させた、一級品のアーティファクト。

 うまく外の世界に持ち出せば、遊んで暮らせる程の大金が入ってくるのは間違いない。

 だんまりを決め込んでもここに預けた傭兵の捕虜から、その内バレるだろう。

 ならば交渉材料にしてしまうというのも一つの手だろう。確かにあの回復力はこれからの戦いには是非とも欲しいものだが、あれ単体では放射能汚染が酷すぎてうまく使うことは難しいのだ。

 

「……貴重品と思わしきものも確かに回収したな。その中にあんたが望むものが入っているかどうかはあんたの心がけ次第だが」

 

 言外にあるにはあるが、安く売りさばく気はないと警告する。

 

「金だったら即金でも大金を用意できるがね」

 

 そう言ってカウンターの下から薄汚れた札束を取り出して、こちらに振って見せた。

 予算がないのではなかったのかと思ったが、それでもアーティファクトの価値からすれば、その程度の金額など余りにも安すぎるとしか思えない。

 

「端金などいらん。外に持っていけば捨て値で捌いても、お前の提示する金額の10倍……いや100倍は高く売れるだろうよ」

 

 そう言い放つとBarkeepは鼻白んだ。

 金で全く動きそうもない人間は、このZONEではそうはいなかったに違いあるまい。

 

「……では何がほしい?」

 

「俺にできうる限りの便宜を計ってもらおう。さしあたっては品物と情報。まずはこのメモに書いてあるものを用意しろ」

 

 そう言ってフィアーは小さなメモをカウンターの上に滑らせた。

 Barkeepはそのメモを手に取るとそこに書かれているものに目を走らせる。

 ここに来るまでに書いておいた必要になりそうな物品を書きとどめたメモだ。

 ZONEで最も人が集まると言われるこのBARならば、それほど調達するのに苦労はないだろう。

 

「……ふむ。2日か3日ほどかかるが、これぐらいならなんとかなるな。しかし6.8×43mm弾と専用のマガジン?珍しい弾を使ってるんだな、これは少し時間がかかるかもしれん」

 

「その中ですぐに用意できるものはあるか?」

 

「食糧と医薬品と手榴弾。ショットガンと弾薬。あとは5.56mmなら在庫が1000発はある」

 

「ショットガン用の榴弾はあるか」

 

「あるとも。20は用意できる」

 

「では先に水を4日分にショットガンと各種弾薬。それと5.56mm弾をM249のボックスマガジン3つ分で用意しておいてくれ。余裕があるから食糧や医薬品は後でいい。それと情報だ。ナイトクローラーの事は知っているな?」

 

 ナイトクローラーという単語を聞いた時、Barkeepの表情が変わった。

 

「……勿論だ。奴らには俺も手を焼いている」

 

「では奴らの情報を渡して貰おう。出し惜しみはしないことだ。俺は奴らよりは礼儀正しいつもりだが、舐められた場合はその限りじゃない」

 

 釘を刺すつもりで言った言葉だが、Barkeepからすれば粋がった若造のセリフでしかなかったのだろう。

 苦笑を浮かべながら、返答してきた。

 

「安心しろよ。マークス(傭兵)、俺もプロだ。くだらんガセを売るつもりはない」

 

「そう願いたいね。で、実際に奴らの情報はあるのか」

 

 本題を切り出すとBarkeepは周囲を見回した。周りのストーカー達は大半が目の前の酒か友人との会話に夢中だったが、それでも何人かこちらを伺っている者もいる。

 それらの視線から逃れるようにBarkeepはカウンターの隅に移動して、声を潜めて情報を話し始めた。

 

「奴らはZONEの奥深く、Limansk(リマンスク)と呼ばれる都市に拠点を築いているようだ。ここはチェルノブイリ発電所の近くにある小さな都市なんだが、アノーマリーが異常発生している上にブロウアウトの度にアノーマリーの位置が変わるから誰も辿りつけない都市と言われている」

 

「そんな都市に奴らはどうやって出入りしている」

 

「それがわかれば苦労はしない。……多分奴らしか知らないルートを持っているか。或いはアーティファクトかアノーマリーを使ってそこに出入りしているかだな」

 

 その言葉でフィアーが思い出したのはエコロジスト達から奪われたというワープ用のアーティファクト、ポータルのことだった。

 ZONEの中に限定されるという代物だったが、逆に言えばZONEの中でなら最深部から外周部にでも自由に出入りできるということだ。

 もし何人も立ち入ることができない都市があるとするならば、ポータルを持つ彼らならば逆に拠点として理想的な場所になるだろう。

 

「それで?誰にも入れないその都市にあんたは入る方法を知っているのか?」

 

「いや、知らんな」

 

「おい」

 

 真顔で否定されて、フィアーは呆れと怒りを混じった視線を向けるとBarkeepは照れたように笑った。

 

「だがそれを知ってそうな腕利きのストーカーなら一人知っている。言うなればZONEのガイドだ。俺の知っているそいつはZONEの最深部に何度も出入りしている。奴ならばLimanskへの道のりを知っているかもしれん。紹介してやりたい所だが、そいつは今darkvalley(ダークバレー)って地域の施設の探索に出ているから帰ってくるまで待つしかないな」

 

「そいつが無事に帰ってくる保証はあるのか?」

 

「五分五分だな。どうもその施設にはアノーマリーとミュータントの情報があるらしくてな。俺たちトレーダーだけじゃなく、軍やナイトクローラーも狙ってるって話だからストーカーとして腕の良いそいつに頼んだんだが……予想より戻ってくるのが遅れている」

 

「それを先に言え!」

 

 フィアーは反射的に出口に向かいかけたが、情報も無しに飛び出ても仕方がない。

 大きく息を付いて頭を冷やすと、頭の中でこれからの予定をたてた。

 

「とりあえずさっき言った武器と弾薬と物資を朝までに用意しろ。フラッシュライトも追加だ。それとバッテリーの充電を頼みたい。それから他の勢力やストーカーに自分のIFFを発信するアプリはあるか?」

 

「いいだろう。そっちは用意しておく。バッテリーは酒場の隅にコンセントがあるからそれで充電しろ。IFFならまっさらのPDAがあるからこれを使え。……ほれ」

 

 Barkeepはカウンターの下から小さなPDAを取り出してこちらに手渡してきた。

 まっさらという割にはそのPDAは薄汚れ、液晶画面には罅が入っていた。死んだストーカーの持ち物だったのかもしれない。

 電源を入れると確かにPDAは初期化されていてアプリケーションが数個あるのみだった。

 

「その一番右上にあるアプリを起動しろ。そうすればそれのバッテリーが続く限り、お前は中立のストーカーとしてのIFFを発信し続けることになる。付近のIFFを調べたい時は隣のアプリだ。ミニマップに付近数十メートルのIFFを受信して表示できる。隠密に動きたければ電源そのものを切れ」

 

 Barkeepの言う通り、IFF用のアプリケーションを起動させて更にマップを呼び出して付近のIFFをチェックする。

 するとPDAの画面に30を越える信号が映りこんだ。この酒場にいる客達のものだろう。全てが中立を意味する黄色である。

 更に一つ一つの信号を調べると、ストーカーなのかDUTYなのかまで表示された。個人名すら表示されるものもあった。

 

「PDAに自分の名前を登録しておけばIFFにも表示される。撃たれた時便利だぞ。つまり間違いなくお前を狙ってきたってことだからな」

 

「それは便利と言っていいのか?」

 

 半眼で呻いたが、確かにそれは分かりやすいかもしれない。どの道ナイトクローラーを釣り出す為に、わざわざフィアーという名前を使っているのだ。

 信号を発するならこの名前も一緒に発したほうがいいかもしれないと思い、PDAにフィアーという名前を登録し、ついでにミニマップをシューテンググラスの視界へと同期させた。

 

「では今日は一旦休んでまた明日朝一番に来る。ついでに酒も欲しいな。ビールはあるか?」

 

「あるとも。冷え冷えのがな。だがその前にあれだ、例の物を受け取っておきたいんだが」

 

 フィアーはバックパックの中から傭兵のボスから奪い取った戦利品の入った小さな袋を取り出してそれをカウンターに投げ出した。

 Barkeepはそれを取ると中身を確認して―――ニヤリと笑みを浮かべ、よく冷えたビール瓶とボイルされたソーセージとチーズが乗った皿をカウンターに載せた。

 

「確かに受け取った。あんたはシドロビッチの言う通り、取引するに値する腕利きの戦士だ。これからもこの100Rads Barをよろしくな」

 

 持ち上げかたまでシドロビッチにそっくりだと思いながら、フィアーはビール瓶と皿を持ちミハイル達の待つテーブルに向かった。

 明日の朝も早い。

 ウォッカも一度飲んでみたかったが、朝を考えると度の強い酒はやめておいたほうが賢明だろう。

 今夜はビールとツマミで我慢するしかなさそうだった。 

 

 

 




後書き

 ZONE観光案内

 BAR
 廃工場地帯にあるZONE一番の人口密集地。
かなりの広さがある上、塀や建物に囲まれているのと、Dutyの警備のお陰でZONEで一番の安全地帯と言ってもいい。

 ZONEの人口密集地は他にもあり、S.T.A.L.K.E.R. Call of Pripyat でも廃棄された船やFreedomとDutyが共同で経営する廃駅の拠点があるが、前者は規模の点で、後者は安全面でBARに劣る。
 特に後者は駅の外部と内部を隔てるのがドア一枚の為、ミュータントがうろついている時に誰かがドアを開けると、駅の中にミュータントが乱入してきてえらいことになる。

 その点、BARは塀に守られて数少ない出入口をDutyの屈強な男達ががっしりガードしてるので安心だね!皆、Dutyに入ろう!
 ……と言った宣伝文句が流れるぐらいDutyの影響力が強い(Dutyの本部もある)拠点の為、FreedomやDutyに敵対的な人間は近づけないという欠点も。

 しかしBARのトレーダー自体は中立の為、別にDutyにケツの穴を差し出さないと入れないというわけではない。人口の大半も中立のストーカー達である。
 BARにある主な施設はDutyの本部、BARのトレーダーが経営する酒場『100Rads Bar』、アリーナと呼ばれる闘技場の3つ。
 Dutyと仲良くなればDutyの本部のトレーダーとも取引できるようになる。
 100Rads Barは様々なストーカーが集まっており、トレーダー以外にもストーカー達から個人的な仕事や情報収集ができるようになっている。
 アリーナは腕自慢や捕まった犯罪者を使って、殺し合いをさせる場所で勝敗を賭けたり、自分が出場して金を稼ぐ事もできる。

 Shadow of Chernobylにしか登場しない拠点だが、人気は高く大型MODだと大抵ここに寄れるようになってたりする。Shadow of Chernobylをプレイした人にとっては、初心者村から長い冒険の末にようやくたどり着く拠点になるため、愛着もひとしおな場所になるだろう。
 


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Interval 20 100Rads Bar

 フィアーは次の朝、朝日が登り1時間ほど経ってからBARに隅の廃工場で目を覚ました。

 あの後ミハイル達と飲んだわけだが、彼らと違ってフィアーは前後不覚になるまで飲むわけにはいかなかったが、それでも多少酒を飲まされた。

 特にウォッカの味は酷かった。あんなものはただ前後不覚になるための酒としか思えない。

 

 ミハイル達は今回予想以上に儲けを出したので、フィアー以上に派手に酒を飲んでいた。その為いつの間にか彼らと知己にあるストーカー達も集まり、ちょっとした宴会のようになってしまった。

 さすがに最後まで付き合ってはいられないので、適当な所で席を立ち、BARから近い廃工場の一つに入って眠りに付いたのだ。

 

 周りにも同じように雑魚寝しているストーカー達が寝息をたてている。

 ストーカー達は盗難等を警戒してか、同じグループのストーカー同士で固まって寝ていたが、この廃工場のストーカー達は単独のストーカーが多いようで、一人で寝ている場合が多い。

 そのせいかストーカー達は例外なく、自らの愛銃を抱えるようにして寝ている。フィアーもそれに習い、新たな愛銃となったM249軽機関銃を抱えて眠りについたのだ。

 軽機関銃の重みでぐっすりとは眠れなかったが、ある程度眠りが浅いほうが何かあった時すぐに起きれると思えばいい。

 住民達のこういった警戒心が逆にこのBARの治安を守っているのかもしれない。

 

 フィアーは起き上がり、コンクリートの上で一夜を過ごして凝り固まった体をほぐして身支度を整えた。

 昨夜は抑えたとは言え酒も飲んだ為、喉が乾いている。

 バックパックの中から残ったミネラルウォーターを飲み干して立ち上がる。

 顔も洗いたい所だが、BARの洗面所でも借りればいいだろう。

 周りのストーカーもチラホラと起き始めていたが、泥のように眠りについている者も多い。

 深夜まで酒でも飲んでいたのか、夜間での仕事をこなしてきたのか。

 まあどちらでもフィアーにとっては関係ないことだ。

 彼らを尻目にフィアーは廃工場を後にした。

 

 

 昨夜は夜だったこともあって迷路のように感じたBARだが、こうして陽の光の元で見ると意外と広く感じることにフィアーは気がついた。

 BARの区画の真ん中には見張り塔の付いた大型の倉庫のような施設がある。あそこが犯罪者や腕自慢が実銃を使って殺しあうアリーナだという話だ。

 そしてその見張り塔にはスピーカーが取り付けられて、DUTYの勧誘スピーチがエンドレスでリピートされている。

 

『ストーカー達よ!寝床、食事、飲酒、雑談や仕事を見つける場所を探しているのなら100Rads Barはうってつけな場所だ。我々は新しい客に対して寛容である。ストーカー達よ聞け!我々は危険だが金になる任務を遂行するボランティアを募集している。興味のあるやつはBARへ来い!』

 

『ストーカーよ!ZONEから世界を守るのだ!DUTYに入隊せよ!』

 

 スピーカーの声を聞いていると、かつてZONEを来る際に通った軍の検問所を思い出す。

 しかし周りのストーカー達は、聞いた様子もなく歩いて行く。

 少なくともこの宣伝で心を動かされそうな者はいそうにない。

 そんな殊勝な心掛けが人間がストーカーになるはずもない。

 

 更にスピーカーのある建物の向こう側には、数人のDUTY隊員が小さな工場の入り口を守っていた。

 流石に彼らの装備はBARの検問所ほどの重装備ではないが、どこか緩い空気のBARにおいても張り詰めた空気を醸し出している。彼らの後ろの工場がDUTY本部なのだろう。

 いずれにせよ今のところ彼らに用はない。フィアーは酒のせいで朧気な記憶を頼りにBARへの道のりを思い出しながら歩いて行った。

 

 

 

 ◆    ◆    ◆

 

 

 

「こいつら朝まで飲んでたのか……」

 

 フィアーは迷うこともなくBARへ辿り着き、入り口手前にあったトイレの中の洗面所で顔を洗い、髭を剃り、用を足した。

 そうして身支度を整えて酒場に入った彼を出迎えたのは、椅子を抱きしめながら床でひっくり返っているユーリと酔いつぶれたミハイルの姿だった。

 テーブルの上では大量の酒の空き瓶が転がっており、酒瓶に占領されたテーブルの隅ではセルゲイがちびりちびりと酒を飲んでいる。

 フィアーが呆れて呻くと、セルゲイが気がついたようで手を振ってきた。

 

「あんたは正気を保ってるようだな」

 

 近づいたフィアーがセルゲイに言うと彼はため息をついた。

 

「周りが馬鹿ばかりだと酔うこともできない。いくら治安がいいとはいってもここはZONEだ。三人まとめて酔いつぶれて、朝になったら全員身ぐるみ剥がされたって訳にもいかんのでな」

 

 予想以上の苦労人ぶりにフィアーは彼に哀れみを感じたが、まあ言っても詮無きことだ。

 本当に嫌だったら彼の性格からして、パーティーを抜けるだろう。

 これぐらいの世話を焼くことは苦にならない程度には、彼らには信頼関係があるのだ。

 

「で、フィアーお前はどうする。これから尋ね人を探してすぐ出発だったか」

 

「ああ、darkvalleyという地域にいるらしい」

 

「そこは俺達も知らない場所じゃないから案内してやってもいいんだが、こいつらがこのザマじゃな……」

 

 そう言って酔いつぶれた同僚を指で示す。

 

「気にするな。元々単独で動くのが得意でね」

 

「そうか……。darkvalleyはアノーマリーとミュータントが多くてな。人の出入りの激しい土地でもある。ちょっと前まではfreedomの連中がいて治安も良かったが、得体の知れないバンディットや傭兵がうろついてる土地だ。充分に気をつけろ。武器と弾薬は持てるだけ持っていけ」

 

「そうしよう。じゃあミハイルとユーリにもよろしくな」

 

 そう言って彼らのテーブルから離れると、フィアーはカウンターでストーカー達に朝食を出していたBarkeepの元に向かった。

 

「おはようさん。いい朝だなフィアー。頼まれた物は用意できるものは全部揃えておいたぜ」

 

 やはり昨日と全く同じ様子のBarkeepを見て、思わずフィアーは尋ねた。

 

「トレーダーって奴は一体いつ寝てるんだ?」

 

「なんだそんなことか。ここは俺の店だから従業員ぐらいいる。休む時はそいつらに任せてるだけの話だ」

 

 意外と真っ当な答えが返ってきた。しかしそうなると明らかに一人で店を切り盛りしていたシドロビッチはいったい……と思ったが、頭を振って脇に逸れそうな思考を元に戻す。

 

「頼んでおいたものを見せてくれ」

 

「そら、確認しろ」

 

 そう言ってテーブルの上に置かれたのはM249軽機関銃の弾薬箱だった。

 200発ものライフル弾を弾帯用リンクで繋ぎ、大型箱型マガジンに収めたそれが3つ。加えてM249の予備の銃身まで用意されていた。

 現在、M249軽機関銃に取り付けられている大型箱型マガジンも、昨夜フィアーが使った分を補充をしたため、200発装填されている。

 つまり合計800発のも弾薬を持ち歩くことになる。これに加えて傭兵達から奪った5.56mm用のSTANAGマガジンが幾つかある。このマガジンは5.56mm弾を使用する自動小銃の汎用マガジンでM249軽機関銃にも装着できるため、箱型マガジン内の弾薬をを使い果たしてもある程度戦闘は可能だ。

 

 ZONEに入る前のフィアーなら過剰火力だと思っていたかもしれないが、今は違う。

 このZONEでは予測というものは常に裏切られる。万全の装備で挑めばブロウアウトで装備を失い、バンディットを返り討ちにしても、彼らから得られる武器は余りにも貧弱。挙句に大量のミュータントまでもが襲ってくる。

 それらを相手に貧相な火器で凌いでいくのは、オーバーンの戦いとは別の意味で命懸けだった。

 

 正直な話、ナイトクローラーと戦っていた時がある意味一番気が楽だと思ったほどだ。

 少なくとも彼らを倒せば上質の武器が間違いなく手に入るのだから。

 

「弾薬のほうはこれでいい。次はショットガンだ」

 

 弾薬と予備銃身を検分するとフィアーは次の商品を急かした。

 

「ショットガンについてだが、急な話だったもんでこれしか用意できなかった」

 

 そういってカウンターの上に乗ったのはオールステンレス製のウィンチェスターM1912ショットガンだった。

 携帯性を重視してか、ストックは外され、ピストルグリップに変更されており、銃身も短くなっている。

 鈍く輝く銃身は随分と使い込まれているようで、フィアーの上下二連のソードオフショットガンにも勝るとも劣らない風格が滲み出ている。

 

「……年季が入った代物だな。ちゃんと動くのか?」

 

「安心しろ。それは他のストーカーから借金のカタに取り上げたもので、手入れはしっかりとされて状態もいい。確か家に先祖代々伝わる由緒正しき銃だとか言ってたな」

 

「どこかの誰かの先祖代々に伝わる由緒ある銃だろうが暴発でもしたら、俺はお前に礼をしに来るってことを忘れるなよ」

 

 Barkeepに釘を刺しながら、フィアーはウィンチェスターを取り上げると流れるような手つきで分解し、部品を検見し、そして組み立てて動作確認を始めた。……確かに悪くない。全体的に古いのは間違いないが、錆一つない上、消耗しやすい部品は新しい物に置換えられている。

 

「装弾数は?」

 

「5発。それは初期のものだからスラムファイアだってできる」

 

「……悪くないな。試射はできるか?」

 

「BARの中じゃ無理だ。BARのゴミ捨て場方面への入り口にならマンターゲットがいくらでも転がってるからそこでやれ」

 

 初期のウィンチェスターM1912はトリガーを引いたままコッキングすることで、スラムファイアと呼ばれる連続射撃を行うことができた。

 暴発を意図的に起こしているようなものなので、新しいモデルでは安全面からその機能は省かれたが、連続で散弾を撃ちこむことができるというのはミュータント相手なら心強い機能だ。

 

「弾薬のほうは?」

 

「ああ、散弾銃用の榴弾だったな。これだ。言うまでもないが至近距離で使うんじゃないぞ」

 

 そういってBarkeepがカウンターの上に載せたのは榴弾のショットシェルの詰まった箱だ。

 フィアーが箱からショットシェルを取り出してそれを観察すると、ショットシェルの側面に擬人化された笑う爆弾の絵がプリントされていた。職人の遊び心だろうが、前の榴弾とマークが違うのは作った職人が違うのだろうか?

 ともあれこのショットガン用の榴弾には何度も助けられた。このZONEでは頼りになる弾薬だ。

 

「普通の散弾やスラッグ弾はいらないのか?」

 

「ああ、それならバンディット共を返り討ちにした時、多めに手に入れられたんでな」

 

 フィアーのバックパックにはそれらの弾薬も数十発は残っている。

 しかしフィアーの所持する散弾銃が上下二連のソードオフショットガンしかなかったせいで、弾薬はあっても使う機会がなかったのだ。

 あれは非常時の切り札として役に立ったが、メインアームとして使うような銃ではない。

 だがこれなら充分にメインアームとしても運用できるだろう。

 ウィンチェスターをバックパックの側面に左側面にパラコードで括り付けて、いつでも引き抜けるように取り付ける。重さが偏らないように、バックパック内部の重量バランスをしなければならない。

 そうしている内にもBarkeepは次々と品物をカウンターの上に並べていく。

 

「後は小型のフラッシュライト2つ、コンバットナイフ、バッテリー、焼夷手榴弾、スタングレネード、スモークグレネード、M10用のサプレッサーと20連マガジン2つ、45口径のAP(アーマーピアシング)弾を90発、9mmのAP弾30発、、ミネラルウォーター、トイレットペーパー、チョコバー……」

 

 次々と積まれていく品物をフィアーは整理しながら、バックパックの中へと入れていく。

 品物を確認しながらフィアーは呟いた。

 

「……やはり6.8mm弾はないんだな」

 

「ああ、流石によそから取り寄せになるからな。一緒に頼まれてたグレネードランチャーと、暗視装置もだ。お前さんが帰ってくる頃には到着してると思うが」

 

「俺のHMD(ヘッドマウントディスプレイ)に対応したガスマスクと閉鎖型循環呼吸装置は?」

 

「ないこともないがもっと時間がかかるぜ。お前さんのそのHMDはアーマカム社の最新式だろ?それに合うやつとなるとZONEの外しか取り寄せるしかない。

 ……このBARじゃあんまり大きな声じゃ言えないが、Freedomのトレーダーに頼んでみな。あいつらは西側のスポンサーがいるから、もしかしたらあんたの最新式の電子システムに対応した装備を持ってるかもしれん」

 

「そのFreedomの拠点はどこにあるんだ」

 

「Army warehouse(アーミーウェアハウス)って呼ばれている地域がある。まあ軍隊の駐屯地だったからそう呼ばれてた訳だが……。軍が撤退して空き屋になったから今はFreedomの連中が拠点にしている。

 Limanskに行くにはこのArmy warehouseを通って、更にredforest(レッドフォレスト)と呼ばれる森の中を進まないと行けないから、どちらにせよお前さんはそこに行くことになるだろう」

 

「俺が探しに行くそのストーカーがくたばってなかったらな……。こんなものか」

 

 バックパックに荷物を詰め込み終えたフィアーは、腰のソードオフショットガンとバックパックにくくり付けてあったVESアドバンスドライフル、そして余った9mmパラベラム弾をカウンターの上に置いた。

 

「悪いが預かっておいてくれ。弾切れの銃や使わない弾薬を持って行っても仕方がないのでな」

 

 9mmパラベラム弾もMP5を使用するために多めに仕入れたのだが、今となっては拳銃しかこの弾薬を使わないので余りつつあったのだ。

 空になったソードオフショットガンのホルスターの位置を、腰の後ろから左腰になるように調整しながら、フィアーはBarkeepに言った。

 

「それぐらいは構わんが……いつまでも預かればいいんだ?」

 

 M10短機関銃のマガジンを30連マガジンから20連マガジンに取り替える。

 30連マガジンの装弾数は魅力だが、身につけているとマガジンが長すぎて邪魔になるからだ。 続けて消音器を銃口に装着する。非正規品なのか本来のM10の消音器よりもこの消音器は小さく思える。もっとも余り大きすぎても邪魔になるのでちょうどいいが。

 ソードオフショットガンのホルスターに、消音器をつけたM10短機関銃をねじ込みながらフィアーは答えた。いまいちしっくり来ない。消音器が長すぎて入らないのだ。

 

「長くても一週間以内には戻ってくる。戻ってこなかったら売り飛ばして構わん」

 

 ナイフでホルスターの先端を切り裂いて、消音器ごと本体がしっかり収まるように穴を開ける。……悪くない。

 ホルスターの工作の出来栄えに満足したフィアーは、更にベルトの位置を調整して散弾銃の予備弾薬や手榴弾が素早く取り出せるように手を加えた。

 そして最後は自分の動きに支障が出ないか軽く手足を振り、その場で軽く飛んで体のバランスを崩していないかどうかを確認する。

 支障なし。

 バックパックは中の荷物で膨れており本来ならかなりの重量のはずだが、重量軽減の効果があるアーティファクト、『Gravi』を身につけているせいか、重さの割には機敏な動きもこなせそうだ。

 これなら戦闘に支障はないだろう。

 

「随分とめかしこんだみたいだが、パーティーの準備は終わったか?」

 

 フィアーが自らのコーディネートに満足してると、Barkeepが楽しげに皮肉を飛ばしてきた。

 確かにZONEにおいてもこれほどの重武装は類を見ないだろう。

 メインアームにはM249軽機関銃にウィンチェスターM1912。サイドアームにはM10短機関銃に自動拳銃AT-14。

 これだけの火力があれば、今まで出会った怪物達程度なら問題なく屠れるだろう。

 例えそれがナイトクローラーであっても。

 

「そうだな。今ならどんな相手ともダンスが踊れそうだ。それでパーティー会場はどこにあるんだ?」

 

「よし、PDAを出せ。俺がストーカーに行くように頼んだパーティー会場はdarkvalleyと呼ばれる地域の廃工場の中にある」

 

 言われた通りPDAを出して地図を展開すると、Barkeepが自分のPDAと同期させてdarkvalleyの地図を送ってきた。darkvalleyはBARの南にあるGarbage(ゴミ捨て場)の、更に東にある地域だった。その地域には大規模な工場が北と東に一つづつ建っている。

 

「ここの北側にある工場は以前はfreedomの拠点になってたが、今はもぬけの殻だ。今はバンディットの拠点になってるか、或いはミュータントの巣窟か……。いずれにせよ用事がないなら近づかないほうが身のためだ。あんたに探索してもらいたい施設はもう一つの東側にある廃工場だ」

 

「こんな廃工場になんの用事があるっていうんだ?」

 

「正確にはわからんな。俺が掴んだ情報は上の廃工場は、ダミーでこの地下にはX-18と呼ばれる何かとてつもない施設が隠されてるって話だ。そこに何があるのかを確かめるために俺はあいつ―――シェパードに調査を頼んだんだ」

 

 シェパード。それがZONEの深奥だろうと案内できるストーカーの名前か。

 

「そのシェパードってやつはどんな外見だ?人違いで殺したくはない」

 

「年の頃は30代の半ば、東欧系の顔立ちで髪の色はくすんだ金髪。体格はあんたぐらい。格好は……砂塵よけの黄色いボロボロのフードとマントをいつもつけていたな。あと右目は眼帯を付けている。獲物に関しては使い潰すタイプだから今は何持ってるかはわからん。シェパードって名前の通り、狩猟犬みたいな雰囲気の男だが……まあ話すと意外と人懐っこくて世話好きなやつさ」

 

「……随分と特徴的な人物なようだ」

 

「性格も特徴的さ。一度ブロウアウトに巻き込まれて、死にかけた状態でここに担ぎ込まれたことがあったんだ。右目はその時に潰れちまった。しかし奴は驚異的な回復力で死の淵から戻ってきた。それ以来、俺はZONEに祝福されてるとか寝言を言うようになっちまった」

 

「そんな奴に案内が務まるのか?」

 

 流石に不安になってフィアーが疑問を投げかけると、Barkeepは気にしてた様子もなく笑った。

 

「安心しろ。それ以来奴が仕事をしくじったことはない。本当にZONEから祝福を受けてるんじゃないかと思う時もあるぐらいだ。……だが今回は少々遅すぎる。だからお前さんに様子を見てもらいたいのさ」

 

「とりあえずこの地域での情報は他にないか?」

 

「そうだな……、この辺は毒沼やら溶岩みたいなアノーマリーがそこらに湧いてるから気をつけろ。間違っても池や川の水の中に脚を踏み入れるな。それと随分昔のことになるがナイトクローラーがそこで確認されたことがある」

 

「奴らが?何を探していたというんだ」

 

「半年以上前の話だ。そこまではわからない。そいつらもそのまま姿を消しちまったらしいからな。だがこれであんたがdarkvalleyに行く理由が1つできただろ?」

 

「そういうことは一番最初に言っておいて貰いたかったがな。だが大体状況は掴めた。今から出発するとしよう」

 

 そう言うとフィアーは、シューティンググラスのHMDにdarkvalleyまでの地図を表示させた。

 このBARからでは少々遠い。往復だけでも最低1日はかかりそうだ。更に探索も加わるとなると更に2日は見ておいた方がいい。食糧や水はギリギリだが、これ以上持つなら武器と弾薬を捨てないと行けなくなる。

 そして食糧と武器をどちらを取るかと言われたら、今のフィアーは後者を取る。

 空腹はある程度耐えられる訓練はしているが、素手であのミュータント共と戦う訓練は受けていないからだ。

 

 自分の装備が万全だと確認するとフィアーはカウンターを離れ、未だに酔いつぶれているミハイル達に一言別れの挨拶をすると、そのまま酒場の出口へと向かった。

 その彼の背中にお馴染みのトレーダーの言葉が投げかけられた。

 

「Good Hunting Stalker!」

 

 

 

 ◆    ◆    ◆

 

 

 

「Get out of here Stalker !」

 

 Barkeepに教えてもらったゴミ捨て場へ続くBARの検問所を目指して、道代わりの工場内を歩いていたら、突然その罵声が上から降ってきた。

 

 フィアーが目線を上げると工場内部にはキャットワークが張り巡らされており、そこには一人のDUTY隊員がいる。

 彼はガスマスク越しにもわかる侮蔑の眼差しをこちらに向けていた。

 

「貴様ら無頼のストーカーときたら、一言目には金、金、金……ふん!我々DUTYはお前達の力など借りずとも、このZONEをいつか必ず消滅させてやる」

 

 彼はこちらに向かって愚痴にも思える言葉を吐き捨ててきた。

 突然の事にフィアーは目を丸くしつつも言葉を返す。

 

「だがお外のスピーカーはそのストーカーの力を借りたがっているようだぜ?」

 

「あんな連中いてもいなくても大して変わらん。……とにかくここはDUTYの基地だ。ストーカーはさっさと立ち去ることだな!」

 

 そう言ってそのDUTY隊員は、再びキャットウォークを歩いて闇の中へと消えていった。

 一体何だったのか。

 

「言われなくてもすぐに消えるとも」

 

 DUTYの中にもあんな奴がいるのかと、逆に感心しながらフィアーは外壁をくぐり抜けた。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 気難しいDUTY隊員がいた工場を出た先に、ゴミ捨て場方面の検問所があった。

 そこはwildterritory側の検問所よりも更に強固に陣地化されている。

 放置された貨物コンテナを使った防壁に土嚢、更に文字通りのコンクリート製のトーチカすらあるのだ。

 人数は先の検問所よりは少なめだが、トーチカの防御力を考えると先の検問所と大差ない戦力になるだろう。

 

 彼らはBARの方面には目をくれず、ただひたすらゴミ捨て場方面の道を睨みつけている。

 その理由はフィアーにもすぐに分かった。

 彼らの視線の先にある道はまるで爆撃でも受けたかのように掘り返され、無数のクレーターが大地に穿たれていたからだ。

 

 しかもそのクレーターの付近にはミュータントや人間の破片と思わしき肉片が転がっている。

 過去何度もミュータントやバンディットの襲撃を返り討ちにしてきたことを、この景色が示していた。

 DUTY隊員達を見ていると、一人だけマスクを外している軽装の壮年の隊員を見つけた。

 周りの隊員達に対して指示を出している所を見ると彼がこの部隊の隊長だろう。

 

「よう。随分と殺気立ってるな。襲撃でもあったのか」

 

 フィアーがその検問所のリーダーと思わしき男に話かけると、タバコを吸っていたその男は顔を顰めながらこちらに応じてみせた。

 

「あったのかだと?寝ぼけたことを抜かすな。襲撃などいつでもある。これは俺たちと奴らの戦争だからだ」

 

「奴ら?」

 

「ゾンビ。バンディット。Freedom。そしてミュータントの群れ。もしくはその全てだ」

 

 その目が血走っているのは疲れや寝不足だけというわけでもあるまい。彼はこのZONEという環境そのものに対して敵意を見出しているようにも見える。

 フィアーはこれ以上彼の事情に突っ込むのはやめにした。代わりに別のことを聞く。

 

「Barkeepからの依頼でdarkvalleyに向かうことになってな。ゴミ捨て場へ行くにはこの道を通ればいいのか?」

 

「……ああ、そうだ。ゴミ捨て場に入った後、東に進めばdarkvalleyだ。この先にはすごい数のアノーマリーの巣があるから気をつけろ。そしてバンディットにもな。今ゴミ捨て場は勇気あるストーカー達がバンディット共を追放したから治安はいい。

 もっともそれでゴミ捨て場から叩き出された連中がこっちに来て俺達に蜂の巣にされたり、darkvalleyへ逃げ込んでるらしいから充分気をつけることだ」

 

「ありがとう。最後にもう一つ。Barkeepに試射用のマンターゲットがこっちにあると聞いたんだが」

 

 DUTY隊員は無言でタバコを持った手である方向を指し示した。

 つられてフィアーが視線をその方向へ向けると、道から少し外れた所に高さ数メートルの木の天辺から、吊り下げられた首吊り死体がそこにあった。

 首吊り死体は一つだけではない。真新しいものもあれば、風化してミイラのようになっているものもあった。

 

「ここに襲撃を仕掛けてきたバンディット共だ。後はまあ、あれだ。BARの治安を乱した罪人とかも混じってる。好きに撃って構わんぞ」

 

「……なるほど。あんた達は仕事熱心なようだ」

 

 流石にあんなもの相手に試射する気にはなれず、フィアーは先に進むことにした。

 そんなフィアーの背中にDUTY隊員の声がかけられた。

 

「この先には野犬共の巣がある! お前の前にも一人ストーカーがゴミ捨て場へ向かったが音沙汰なしだ! やばくなったらここまで逃げてこい!」

 

 彼の警告に対してフィアーは手を振って答えると、フィアーは手にした軽機関銃のボルトを動かして初弾を薬室に送り込むと脚を進めた。

 

 

 

  ◆    ◆    ◆ 

 

 

 

 その犬の唸り声が聞こえたのは検問所から歩き始めて30分程経っただろうか。いつしか榴弾によって掘り返された地面も後ろに置き去りになり、むき出しだった大地を背丈の高い草が覆い尽くすようになっていた頃だ。

 最初はこの草むらの中から自分に対して向けられた声かと思ったが、違う。

 どうやらこれは別の先客に向けられたもののようだ。

 

 茂みからの奇襲も警戒しながら歩みを早める。

 すると道から外れて擱坐した大型トラックの残骸と、そのトラックの周りを唸り声を上げてうろついている十匹程の盲目犬の群れ、そしてトラックの運転席の上で頭を抱えて座り込んでいるストーカーを発見した。

 

 どういう状況になったのか概ね予想はつく。

 あの野犬の群れに襲われて、犬達が簡単に登ってこれないトラックの上に登ったのはいいが、やり過ごすことも退治することもできずに途方に暮れていた、といったところだろう。

 もっと正確に言えば、トラックの上から犬達を撃ち殺そうとしたようだが、途中で弾が尽きたようだ。

 それを物語るかのように、トラックの周りには盲目犬の射殺体が数体転がっている。

 間抜けといえば間抜けだが、彼が先行してこの辺りの盲目犬共を引き付けてくれたお陰でこうして後続の自分が楽をできると思えば笑う気にはなれない。

 

 この辺りは草に覆われている上に、道も地形も高低差が激しく見通しが悪いため、草むらの中から野犬の集団に襲われたら自分でも対処が難しいからだ。

 あのストーカーが自分の身を囮にして、身を潜めていた野犬達を誘き出してくれたことに対して、感謝の気持ちを形で示すことにしよう。

 

 そう思考すると彼は、M249軽機関銃の銃口をトラックの周りで吠えたてる盲目犬の群れに向けるとトリガーを引いた。

 連続する銃声が野犬達の唸り声をかき消して、続く銃弾が野犬を薙ぎ払う。

 スローモーも駆使した軽機関銃の斉射の前に、野犬の群れは逃げることも反撃することもできず、10秒と持たずに全滅した。

 唖然としているトラックの上のストーカーに、フィアーは手を振って敵意はないことを示すと近づいていった。

 

 

 

 

 

「マジで助かったよ!ってあんたフィアーじゃないか!二度も助けられたな!」

 

 トラックから飛び降りてこちらに駆け寄ってきたストーカーは、こちらを見るなり開口一番そういった。

 声からすると若いようだが、フィアーには彼の顔にも声にも心当たりはない。

 

「……誰だ?お前」

 

 正直にそう言うと彼は少し肩を落としたが、すぐに気を取り直して自己紹介してきた。

 

「ああ……。そういえばあんたとは前に会った時は喋らなかったな。ええっと、俺はゴミ捨て場であんたがバンディットを叩きのめした時に一緒に攻め入ったストーカーさ。アンドリーってんだ」

 

「ああ、ウルフが率いていた連中か。随分まともな格好になったじゃないか」

 

 あの時はウルフ以外には碌に喋らなかった上に、ストーカー一人一人の顔など覚えていなかったので忘れていたのは当然だった。

 しかもその時の彼らはボロボロのジャケットにジーンズという乞食よりマシ、といった身なりだったが、今現在はガスマスクのついてない緑のストーカースーツを着込んでいる。そのため彼の事を覚えていたとしても気づけたかどうかは怪しいものだ。

 

「へへへ。あいつらから分捕った戦利品をBARで売って、装備も充実させたのさ。まあ装備のほうで金が尽きて銃弾があまり買えなかったせいで、あの犬っころ相手に弾切れになっちまったんだけど」

 

「……そうか」

 

 彼の無邪気な間抜けぶりに突っ込む事もできず、フィアーはとりあえず相槌をうつ。

 

 彼の手には5.56mm弾を使用する民間向け自動小銃mini14が握られていた。

 木製の猟銃のような外見のこの銃は精度こそ低いが、安価で構造も単純で手入れもしやすく、5.56mm弾を使用するため威力もそこそこある。

 ZONEの深奥で運用するには少々性能不足だろうが、ルーキーに毛が生えたようなストーカーが外周部辺りのミュータントを相手する分には充分な性能を持っている。……まあそれも弾があればの話だが。

 

 フィアーは自分のバックパックを漁ると、そこから5.56mm弾がつまったSTANAGマガジンを2つ取り出して彼に手渡した。

 

「これでも持っておけ。折角助けたのにまた目の前で死なれても困る」

 

「ああ、何から何まですまねえな! 折角買った新品の銃を棍棒代わりする所だったから助かったよ!」

 

「代金は後で請求する」

 

「勿論だ! 一旦俺達のアジトに来ないか? あんたが叩き潰したバンディットの基地だ。あそこは今俺達のアジトになってる」

 

「いや、急ぎの用でdarkvalleyに向かわないと行けないんでな。ウルフがまだいるならよろしく伝えといてくれ」

 

 そう断るとアンドリーは悲しげな表情になったが、すぐに表情を変えるとdarkvalleyまでの道案内を申し出てきた。

 

「俺はゴミ捨て場の中には詳しいんだ。あそこからdarkvalleyへの道には結構アノーマリーが多くて危険だぜ。darkvalleyの中までは無理だが手前までならお礼として案内するよ」

 

 その申し出にフィアーは暫し考え込んだ。アンドリーは戦力としてはむしろ足手まといだが、未知の土地を歩くにはガイドはいたほうがいい。

 となると彼に道案内を頼んだほうがいいか。

 

「わかった。よろしく頼む」

 

「ああ。任せとけ!」

 

 しかしここの所、歩いているだけで道連れができることが多い気がする。

 陰鬱なZONEを一人で探索するよりはマシかと思い、フィアーは騒がしい同行者と共にゴミ捨て場へと向かっていった。




 ZONE観光案内人物紹介

 BARの入り口にいてGet out of here , Stalker !(出て行けストーカー!)って言ってくるDuty隊員。BARの名物。
 初めてBARに入ってドキドキワクワクしてると、いきなり出て行けと怒鳴りつけられるのでびっくりします。でも怒鳴るだけで特に何もしません。
 入ったら怒られるのかな?と思って思わず引き返した人も居るはず。
 そして入っても怒られないじゃんと思って、そのノリでBARのDuty本部に無断で入って蜂の巣にされた作者のような人も居るはず(願望)



 Barkeep
 BARのトレーダー。彼の酒場100Rads BarはZONEで一番繁盛してそうな店である。
 Dutyとも手を組んでいるようで彼の酒場には、屈強なDuty隊員が警備員として常に詰めているため治安もよく、酔っぱらい同士の喧嘩もなさそう。
 仕事も取り扱う商品も豊富で、活気のある所だが一作目にしか登場しないのが残念。
 人気のある場所なので大型のMODとかだとよくこの店がマップごと追加されてる。


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Interval 21 The Dark Valley

 ゴミ捨て場へ続く道のりにはアノーマリーの巣がある。

 そう聞いてはいたものの、その規模はフィアーの予想を遥かに上回るものだった。

 アノーマリー探知機が警告音を鳴らし、シューテンググラスに投影されたミニマップにはアノーマリーが存在することを示す赤いマークが、マップを埋め尽くすかのような勢いで表示されている。

 

「通れるんだろうな、ここは……」

 

 思わずそう呟くと、アンドリーが大丈夫、大丈夫と気楽に答えてきた。

 

「この辺のアノーマリーは固定されてて動かない。ちゃんとボルトとアノーマリー探知機で確認しながら一歩一歩歩けば大丈夫さ」

 

 そう言ってボルトを片手にゆっくりと近づいていく。

 フィアーも近くの枯れ草を引き抜くと、それを前方に差し出しながら後に続いた。

 これほどのアノーマリーの密集地はAgroprom研究所からヤンター湖へ行く際の道のり以来だが、密度は高くても今回はそれほど長い道のりではなかった。

 大凡10分……距離にして200メートルから300メートルほどの距離をじりじりと進んでいくと、すぐにアノーマリーは途切れる事になった。

 

 フィアーとしてはむしろアノーマリーよりも、ここを進んでいる間に狙撃でも受けないかと言うことに気を回すことになった。ゴミ捨て場でアーティファクト探しの際に、バンディットに監視されていた苦い思い出は忘れることはできない。

 そのことをアンドリーに告げると、彼は笑ってそんな心配をする必要はないと言った。

 

「このすぐ先にはDUTYの検問所があるんだ。バンディット対策も兼ねて常に20人はいる。こんな所でドンパチやる奴なんてそうはいないさ」

 

「……DUTYの検問所ってのはそこら中にあるんだな」

 

「BARの近くだけさ。あそこはZONEで一番の街だからな。もう少し奥に行けばFreedomが幅を利かすようになるらしいぜ」

 

 そんな話をしている内にアンドリーが言っていた検問所が見えてきた。

 今回の検問所は車両用の大型のゲートと鉄のフェンスでゴミ捨て場との境界線を作っていた。

 そしてゲートの此方側には二人の兵士が見張りに立っている。残りは全員ゲートの向こう側にいるのだろうか。

 見張りは既にこちらに気づいているようで油断のない視線を向けていた。

 アンドリーは彼らに近づいていくと声をかける。

 しかし彼らはアンドリーを無視するとフィアーの方へ向き直った。

 

「見ない顔だが何者だ?どこに行く」

 

「フィアー。フリーの傭兵だ。Barkeepから頼まれてdarkvalleyへピクニックに行く」

 

「またBarkeepか……」

 

 見張りは一つため息をつくと、無線機に向かって一言告げた。すると閉ざされていたゲートが開いていく。

 門の向こう側は相変わらずの灰色の景色が広がっていたが、その更に奥にはかつて見た瓦礫の山と、廃棄物のすえた刺激臭が漂ってきた。

 

「darkvalleyは現在無法地域だ。精々気をつけるんだな」

 

「ZONEはどこでも無法地域だろう?」

 

 そう返すと彼は不機嫌に言い返してきた。

 

「少なくとも今ここは違う。我々がいる限り、秩序はある」

 

「失礼。あんた達の職務を否定する気はなかった」

 

 そう謝罪してゲートをくぐり抜けていく。

 ゲートを超えた先には大勢のDUTY隊員が屯していた。IFFに次々とDUTYの反応が表示されていく。その総数はアンドリーの言った通り20人はいた。

 隊員の半分ほどは焚き火を囲んで談笑しているが、残りの半分は銃を手にゴミ捨て場を監視している。

 ゲートのすぐ側には小さなコンテナハウスが置かれている。隊員達の詰め所兼寝床といったところか。

 

「darkvalleyに行くならこっちだぜ。今回あのゴミの山は通らない」

 

 そう言ってアンドリーが指さしたのはゴミ捨て場の中心ではなく、そこから外れた丘のほうだった。

 

「あの丘を超えればdarkvalleyへの入り口だ。まああの辺ならバンディットもいないし気楽なもんさ」

 

「だと、いいがな」

 

 

 

 

 ◆    ◆    ◆

 

 

 

 

「……いるな、バンディット」

 

「あれ?おかしいなぁ?」

 

 二人がそのバンディット達を発見したのは丘を越えて20分程経ってからだった。

 廃棄物の影響か草が殆ど生えていない荒野の小さな傾斜。その窪みにある小さな水溜りのようなサイズの池の側に彼らは腰を下ろして屯していた。

 数は3人。そして彼らの側には撃ち殺されたと思わしきストーカーの死体がある。

 ここから彼らとの距離は200メートルはある。IFFの探知範囲は数十メートルなので、IFFから此方に感づかれるということはないだろう。

 

 フィアーとアンドリーは近くにあった木の影に隠れて、バンディットの動向を伺った。

 どうやら雑談しているようだが、流石にこうも距離があると何も聞こえない。距離を詰めようにもこの辺りは見晴らしのいい荒野で植生も全滅しており、自分たちが隠れているような背の高い木が所々で立ち枯れているだけだ。

 

「これ以上距離は詰めようにないな。奴ら話はしててもしっかり周囲に視線を向けている」

 

「じゃあここから撃つしかないってことだな。よし、ここは俺の買ったばかりのコイツに任せてくれ!」

 

 何を勘違いしたのかそうアンドリーが叫ぶと、止める間もなく手にした自動小銃mini14を構え、バンディット達に向けて発砲した。

 銃声が響き渡り、腰を下ろしていたバンディットのすぐ側にあった池に小さな水柱が立つ。

 

 大外れだ。

 

「……下手くそ」

 

 流石に呆れて呟く。ちなみにバンディット達は銃撃を受けたことは理解したようで、慌てて立ち上がり、近くにある立ち枯れた森の中へ走って身を隠そうとしている。

 

「あれ?いや今のはなしだ!もう一度!」

 

 そう叫んで更に二度三度、引き金を引くが、走るバンディット達の周りの地面を掘り返すだけだ。

 

「おかしいな。不良品掴まされたかな?」

 

「貸せ」

 

 真顔で呟くアンドリーの手からフィアーはmini14をもぎ取ると、構えた。

 素早く照星の中に走るバンディット達の姿を捉える。

 発砲。

 放たれたライフル弾は見事バンディットの脚に着弾し、そのバンディットを転倒させた。正確にはフィアーは腰を狙ったのだが、下に僅かにずれて脚に当たったのだ。……まあ元が民間向けのブリキング用ライフルならこの程度のズレは許容範囲内だ。

 

 更にもう一人のバンディットに銃口を向けて引き金を引く。先ほどの射撃でこの銃の癖は掴んだ。今度は狙い通り、バンディットの背中に着弾させて撃ち倒した。

 そして3人目を狙うが、彼は既に立ち枯れの森の中に既に姿を隠していた。

 

 一旦そのバンディットの事は諦めて、先に撃ち倒し地面に倒れこんだバンディット達の頭部に、それぞれ一発ずつ止めの一撃を撃ちこむ。

 

「銃のほうは特に問題はないぞ。問題があるとすればお前の腕だ」

 

「……あれぇ?」

 

 ため息と共にmini14を彼に返す。

 

 ……こいつはこんな性格と腕でよく今まで生き残れてきたもんだ。

 

 フィアーはそう胸中で呟いた。

 

「とりあえず今度稼げたら、ありったけの銃弾を買って射撃訓練でもすることだな……。ところでdarkvalleyへの道は、あのバンディットが逃げこんでいった森の先にあるんだったな?」

 

「ああ、あの森を抜けたら小さな谷に出る。そこを抜けたらdarkvalleyだ。そうか!奴らdarkvalleyからわざわざ遠征に来やがったのか!」

 

「では俺はこのまま奴を追ってdarkvalleyへと進む。お前とはここでお別れだ。あのバンディットの持ち物はお前の好きにしていいぞ」

 

「わかったよフィアー。いつでもゴミ捨て場の車両基地に来てくれ!あんたなら大歓迎だ」

 

「ああ、覚えていたらな」

 

 そう言ってフィアーはアンドリーをその場に残して、駆け足でバンディットの最後の一人を追って走り始めた。

 フィアーからすればどうということもない小物だが、行く予定のdarkvalleyで待ち伏せされると厄介だからだ。

 それとこれ以上アンドリーに付き合っていると、色んな意味で面倒な事に巻き込まれる気がしたからというのが一番の理由かもしれない。

 

 

 

 

 ◆    ◆

 

 

 

 

 フィアーの追跡は上手くいっているとは言えなかった。

 何しろ森の中にまでアノーマリーがあった為、走ることもままならない。

 おまけに立ち枯れた木々は放射能性物質で汚染されているのか、ガイガーカウンターが鳴りっぱなしだ。アーティファクトである程度中和しているとは言え、検出される放射能の量は中和出来る量を僅かだが上回っている。

 この森を出たら、一度放射能中和剤のアンプルを摂取しなけらばならないだろう。

 そんな思考をしていると森の中に銃声が響き渡った。

 反射的に近くの木の影に隠れる。

 

 ……続く銃撃がない。いや自分に向けて撃ったものではないのか?

 

 そう判断して木の影から出て、辺りを見回すと更に銃声が響く。今度は銃声だけではなく、絶望的な悲鳴をも伴っていた。

 

 ……間違いない。これは自分に向けられたものではない。あのバンディットはいったい何と戦っているんだ?

 

 フィアーは森中に響き渡る銃声の元へと走りだした。

 木々とアノーマリーをすり抜け、落葉の下に隠れていた毒性のアノーマリーを飛び越える。

 そしてそれらをくぐり抜けた先―――森の中のちょっとした空き地にバンディットは立っていた。

 

 

 

 

 

 

 そのバンディットは銃を手放し、血泡を吹き白目を剥いて明らかに意識がない状態だった。いや意識どころか、命があるかどうかすら怪しい。

 何しろそのバンディットの喉元にはコイン大の大穴が穿たれていたからだ。出血は殆ど無いようだがあの傷は、唯それだけで致命傷だ。

 にも関わらず、なぜバンディットは立っていることができるのか。

 

 その答えもすぐに分かった。彼は立っているのではない。抱き支えられているのだ。彼の背後にいる透明な何者かに。

 そしてフィアーはそいつの名前を知っていた。バンディットの喉に空いた大穴。透明化できる能力。それらの状況証拠がそいつの正体を告げていた。

 

 ブラッドサッカー。ZONEで最も恐れられる透明な吸血鬼だ。

 

 その正体に思い当たるのと同時に、フィアーは手にしたM249軽機関銃をブラッドサッカーに向けて構え、フルオートで発砲した。

 当然銃弾はブラッドサッカーが抱えるバンディットにも直撃するが、バンディットの命など知ったことでない。元よりブラッドサッカーが横槍を入れねばフィアーが殺していた相手だ。

 

 だがブラッドサッカーはバンディットを抱えて盾にしつつ、姿を隠したまま人間離れした跳躍力で一気に数メートル飛び上がると、そのまま森の中へと跳躍して飛び込んでいく。

 ブラッドサッカーに捕まっていたバンディットが意識を取り戻したのか、泣きながら悲鳴を上げた。

 喉に穴が空き、不明瞭な発音だが、まるで子供のようにたすけてくれ、と繰り返す。その助けを求める相手は、つい先程自分諸共ブラッドサッカーに銃弾を撃ち込んだフィアーなのだが、それすらも分からない程錯乱しているようだ。

 無理もない。あの吸血鬼の巣に連れこまれたらどんな目に合うか、フィアーとて想像したくもない。

 

 彼の頼みを聞くというわけではないが、フィアーも『弁当』を捕まえたまま逃亡を試みるブラッドサッカーに向け、人質諸共撃ち殺すつもりで更に銃撃を加えた。

 少なくとも奴の餌場に連れ込まれて、ゆっくり血を吸われて殺されるよりは、今ここで撃ち殺されたほうが幸せだろう。

 

 だがブラッドサッカーは人一人抱えているにも関わらず、まるで猿のように木々の上を走り渡って銃撃を回避しながら、更に森の奥深くへと走っていった。

 ブラッドサッカーの蛸のような口から、異様な重低音の声が放たれて、そしてその姿と共に小さくなっていく。

 もしかしたらあれはブラッドサッカーの笑い声だったのかもしれない。

 同時にバンディットの哀れな悲鳴も小さくなっていき……消えた。

 

「ちっ」

 

 舌打ちと共にフィアーは一旦銃口を下ろした。

 もう追いかけるのは無理だと判断したためだ。

 あのブラッドサッカーは、ZONEの外周部で初めてフィアーが出会ったブラッドサッカーより明らかに身体能力が高い。

 人を抱えた状態にも関わらずあの身軽さ、軽機関銃の銃弾が間違いなく数発は直撃しているというのに、気にせず動き回るあのタフさといいまるで別物だ。

 

 そういえばシドロビッチから貰ったZONEのガイドブックには、ミュータントは個体差がある以外にも歳を取ったミュータントはより強靭になり、知能も高くなる場合があると書かれていた。

 もしそれが奴だとしたら、差し詰めエルダーブラッドサッカーとでも言うべき存在か。

 

 フィアーはコンパスを片手にブラッドサッカーの逃げていった方向を確認した。

 コンパスの針が示す方向は東―――即ちこの先にdarkvalleyがある。

 奴もまた餌を求めてあそこから遠征しにきたとしたら、darkvalleyは予想以上の魔境になっているようだ。

 M249軽機関銃の残りの残弾を確認する。それほど撃ってないため、まだ100発以上は残っている。この森を抜けるには充分だろう。

 ふと気が付くとガイガーカウンターの音量も増えてきていた。

 

 念のためここで一度放射能中和剤を使っておくか。

 

 そう考えたフィアーは放射能中和剤の入ったアンプルを左腕に打ち込むと、一刻も早くこの森を抜けるべく歩を進めた。

 

 

 

 

 

 ◆    ◆    ◆

 

 

 

 

 

 その後は障害もなく森を抜けると、高い岩肌が行く手を遮った。

 道を間違えたかと思ったが、よく見るとその崖のような岩肌に沿っての道がある。

 その地形はまるで上から見ると漏斗の口のような形で、奥に行くほど狭まっておりその一番奥は左右を岩肌に挟まれた細い切れ目の山道となってた。

 GPSと地図を照らしあわせると、この先がdarkvalleyだ。

 

 奇襲を警戒しながら道を抜けると、岩肌に遮られていた視界が急に開けた。

 しかし爽快感や解放感などは一切感じない。

 開けた視界に映ったのはゴミ捨て場より更に陰鬱なZONEの景色だったからだ。

 ゴミ捨て場よりも更に暗い鉛色の分厚い雲に覆われた空は太陽の光を一切通さず、大地はくすんだ緑と赤茶けた草に覆われて、先ほどの森のように立ち枯れた木々が侘びしげにポツポツと立っている。

 この山道から見下ろす限り、数キロ先に池が見えたがその池の色はここからでも確認できるほど毒性を思わせる緑色に染まっている他、炎のアノーマリーが点在しているのか火柱が時折立っている場所もあった。

 

 なるほど。darkvalleyとは言ったものだ。とフィアーは感心した。

 ZONEに入ってから陰鬱な景色等見慣れたものだと思ったが、ここは今まで見た場所で一番陰鬱な場所かもしれない。

 この山道を出たすぐ手前にはキャンプの跡と思わしき野営地があったが、焚き火の周りには無数の銃弾の空薬莢が飛び散り、付近の岩には血と思わしきドス黒い血痕があったのも、より一層フィアーの気を滅入らせてくれた。死体がなかったのが唯一の救いだが。

 

 フィアーは地図とGPSで現在地を確認した。GPSも時々妙に精度がブレるがまだまだ使えはするようだ。

 darkvalleyは概ね4つの区域に分けられる。

 北の区画の大半を占める巨大廃工場。東の区画を占める北のそれよりはやや小さい廃工場。南の区画は小さな牧場跡と牧草地だったであろう荒野があり、西側は荒野とゴミ捨て場を区切る山がある。

 目的の廃工場はこのdarkvalleyの一番東側にある。

 対してフィアーはこのdarkvalleyの一番西側にいる。

 つまりこのdarkvalleyを横断しなければならないわけだ。

 ここから見た限りでは敵になりそうなものは見えないが、darkvalleyの住民達がこの陰鬱な景色のどこかで息を潜めて、獲物を待ち構えているのは間違いない。

 

 彼はため息をつくと、まず休憩を取るべく目の前にあるキャンプ跡へと向かった。

 そろそろ昼時だ。食事も兼ねて休むのもいいだろう。

 朝食はここに来る途中、Barkeepから貰った荷物の中にあったパンを歩きながら齧って済ませたが、昼は温かい物が食べたい。

 そう思ってバックパックの中を漁ると、奥からウクライナ軍の緑色のビニールに包まれたレーションが出てきた。

 

 ……一体これはいつ手に入れたものだったか?

 そういえばシドロビッチの所で装備を整える際、確か米軍のレーションとどっちがいいと聞いてきて、アメリカ軍のレーションにうんざりしつつあったフィアーは反射的に、ウクライナのレーションと答えた記憶がある。

 差し出されたそれがくたびれていたのもあり、なんとなく嫌で食わずに後回しにしていたのだが……。嫌いな物を残す子供でもあるまいし、ここらで片付けてしまおう。

 

 そう決めたフィアーはまず周囲の安全を確保するために、先ほどくぐり抜けた山道にワイヤーと樹の枝による鳴子による警告音を鳴らすトラップを、更にキャンプ場の付近にはワイヤーを使った手榴弾によるブービートラップを仕掛ける。

 山道の方を鳴子だけにしたのは、単にただのストーカーが通ってくるかもしれないからだ。

 しかしこの使用中であるキャンプにわざわざ死角から密かに近づこうとするものは、バンディットかミュータント以外ありえないので、手榴弾を使った過激なブービートラップにしたのだ。

 

 周囲の安全を確保したフィアーは焚き火跡の炭を集め、近くの枯れ草や枯れ枝を集めてライダーで火をつける。

 然程苦労することもなく燃え上がった火を見つめ、いよいよレーションに取り掛かる。だがレーションを取り上げた際、嫌な文字を見てしまった。

 

「賞味期限が1年も前に切れてる……」

 

 この手の非常食は1年や2年程度なら、味はともかく問題なく食べれる場合が多い。フィアーも訓練中や基地に居るときは、賞味期限切れの米軍のレーションMRE等を在庫処理としてよく食べたものだ。それでますます嫌いになったわけだが。

 ますます期待値を落としながら包装を破る。このレーションは3つのパックに別れておりそれぞれが朝昼晩分ということらしい。

 もう朝食は食べたが、朝食分から頂く。

 包装を破ると中から出てきたのはクラッカーが2パック。大きい缶詰と小さな缶詰が2つ。インスタントコーヒーと砂糖とウエットティッシュだ。

 ただしウエットティッシュは完全に乾燥しておりただのティッシュペーパーと化していた。

 

 続いてフィアーはサバイバルナイフで、2つの缶詰の蓋をあけた。中を見たところどちらも似たように見えるが、ラベルを読むと大きいほうが肉と米と雑穀の粥らしい。もう一つはレバーパテだ。

 恐らくそのまま食うと不味いだろうが、火は偉大である。大抵の肉は温めれば旨くなるものだ。

 2つの缶詰を焚き火の中に追いやると、フィアはステンレスのマグカップ(これもシドロビッチが入れていたものだ)にミネラルウォーターを注いだ。

 幸いな事にこの焚火は、以前使ってた者が作ったのか、焚き火跡を囲むように石を使った簡易かまどがあったのでかまどの上でマグカップを置いて、熱湯になるのを待つ。

 缶詰と水に熱が通る間、クラッカーを一枚試しに噛じる。

 

 ……硬い。しかも湿気っている。まあ1年も賞味期限を切れていれば致し方無いか。

 これは単体で食うべきものではない。缶詰の中身を乗せて食うものだ、とフィアーは理解した。

 そうこうしている内に火の中に放り込んだ缶詰がボコボコと泡立ち、充分熱が通ったと知らせてくれた。

 ナイフを使って器用に焚き火の中から2つの缶詰を回収したフィアーは、予想以上に食欲をそそる肉の香りを堪能した。

 フェイスガードを外してバックパックに入れると、早速ナイフを使ってまず肉の粥のほうを掬いあげてクラッカーに乗せて食す。

 

 ―――旨い。

 

 肉の旨味と雑穀の味に加えて、たっぷり入れられた脂が肉粥としての旨さを主張してくる。

 正直な所2口3口と続けると油っこくなってくるが、クラッカーと一緒に食べることでその問題は完全ではないが解決する。

 これはなかなかの当たりだとフィアーは思った。おそらく米軍のレーションよりは旨い。フィアーの好みの味付けだった。

 肉と雑穀の粥などまずく作りようないのだが、世の中それを裏切るような味のレーションも多々あるので、フィアーとしては食べてみるまで博打だったのだ。

 

 次はレバーのパテだ。これもそうそうおかしな味になるような料理ではないだろう、と安心してクラッカーの上に乗せて食べる。

 悪くない。

 微かにレバー特有の血の味がするが、パテになっていることにより随分薄められている。フィアーとしてはレバーのこの風味が苦手ということもないので、そのまま缶詰の中身をぺろりと平らげてしまった。 

 続いて肉粥の缶詰も平らげ、一息つくと簡易かまどの上にかけっぱなしだったステンレスマグカップを、一旦かまどの上から下ろす。

 中身は沸騰寸前だっが、気にせずインスタントコーヒーの素を入れてシュガースティックの中身を全部入れた。

 

 本来フィアーは無糖を好むが、これから体を動かすことになるのだ。カロリーは多い方がいい。

 ある程度コーヒーを飲める温度まで冷ました後、フィアーはキャンプ地からdarkvalleyを見下ろしながらコーヒーを飲んだ。

 あまり旨くはないがコーヒーのカフェインと大量の砂糖が、自分の脳を活発化させていくのが分かる。

 それを自覚しながら改めてマグカップ片手にdarkvalleyの土地のことを観察する。

 

 先ほどと同じ、空は灰色に大地は茶色にくすんだ大地。

 更に双眼鏡を使って、東の方角を見ると、目的地である廃工場がうっすらと見えた。更にその隣には高熱のアノーマリーが発生してるのか。地盤が割れてそこから炎が間欠泉のように飛び出している。

 続いて北。此方は巨大な廃工場が北の区画を全て埋め尽くしている。高い外壁のため中の事まではよくわからかったが、僅かだが工場内の人影をフィアーの目は逃さなかった。バンディットだろうか。

 南。此方は大半が荒野で、更にその奥に放棄された牧場がある。北の工場がバンディットに制圧されていたら、それ以外のストーカーはあそこを拠点とするかもしれない。

 

 もし東の廃工場を探してシェパードと呼ばれるZONEのガイドが見つからなかったら、これらの施設も虱潰しにしなければならないのだ。

 その場合どの順番で調べていくべきか……そんな考えを突如として山道に仕掛けた鳴り子の警告音が吹き飛ばした。咄嗟にPDAのIFFを確認するが、反応なし。この距離ならIFFに登録している奴は間違いなく反応するというのに。

 マグカップを放り捨て、傍らに立てかけてあったM249軽機関銃を手に取り、構える。

 

 あのブラッドサッカーのことも念頭に置きつつ、すかさず山道に向き直り、そこに人影を認めると誰何の声を上げた。

 

「誰だ!? 所属と氏名を名乗れ!」

 

 つい反射的にFEARに在籍していた時の軍人のような対応をしてしまった。

 

「ショ…ゾク…シ…メイ…」

 

 だがもっと驚くべきことに返事はあった。それは返事というよりは単にオウム返しのようだったが。

 その反応にフィアーは戸惑った。この人影は左右の高い岩肌の影になり正確な顔が見えない。

 だがそのシルエットに妙なものを感じる。人間としてのシルエットのバランスが奇妙なのだ。

 まるで右腕だけが、異常に肥大化しているかのような……

 

「……ヴァぁああぁ…アヴァああああAAああああAああaあ!」

 

 観察できたのはそこまでだった。彼は悲鳴とも嘆きとも言える遠吠えを放つと、一気に此方に向かって走り始めてきたのだ。

 暗い崖の下から飛び出し、その素顔が露わになる。

 それは確かに人間だった。元は市民だったと思わせる襤褸切れのような服、薄汚れて彫刻のように強張ってはいるが、人間としての顔がある。

 しかしその瞳には餓鬼を思わせる禍々しい光が宿っており、口からは牙が生えてりる。何よりも右腕が人間離れして巨大だった。通常の人間の二倍どころか三倍はある。更に指先は鉤爪と化しており、人間ぐらい容易くバラバラにできるのが予想できた。

 

 ―――これは、ゾンビか?

 

 まずその姿を最初に思い浮かんだのが、wildterritoryでも見かけたゾンビの存在だ。

 だが彼らは形状こそ人を保っていたが、脳を破壊されて意思疎通は全く出来そうになかった。

 だかこのゾンビは最初此方の問いかけに間違いなく、答えた。

 答えたのだ。それが単なるオウム返しとしても。

 完全に脳を破壊されたタイプならともかく、この人間としての何かが残っているこの新しいタイプのゾンビなら、もしかしたら治療法もあるかもしれない。

 

 が、それを探すのは学者であって自分ではない。手心を加えるにはあのゾンビの目は余りにも危険すぎた。あの目は知性が破壊された他のゾンビと違って、敵を殺す獣の目をしている。

 即座に軽機関銃を胴体にセミオートで叩きこむ。1発、2発、3発。止まる気配なし。彼我との距離が更に詰められる。後、3メートル。

 敵の耐久性を試そうとしたのが仇になったか。ここまで接近されてフルオートに切り替えるには、時間がない。

 そんなフィアーに対して、間合いを詰めた手長ゾンビが呻き声を上げつつ、その長い右手を振りかざして襲いかかってきた。

 長い右手の下を掻い潜るように前転して回避。そして起き上がったフィアーの手には軽機関銃ではなく、ウィンチェスターショットガンが握られていた。

 

「くたばれ」

 

 フィアーは手長ゾンビは再度此方に襲いかかるよりも早く、引き金を引いていた。

 そして引き金を引いたまま、ショットガンのポンプを前後させてスラムファイアを引き起こす。これをすることで銃弾の高速発射が可能になるのだ。

 暴発ともいうべき勢いで残弾を全て眼前の手長ゾンビへと叩きこむ。

 5発分の散弾の雨を至近距離で叩きこまれ、ようやくこの手長ゾンビは倒れこんだ。

 

「……オーバーキルだったか?」

 

 ミンチになったその手長ゾンビを見ながらフィアーは一人ごこちた。

 初見の相手ということもあり全弾撃ちこんでしまったが、これから先ミュータントの一体にここまで撃ちこんでは弾薬が足りなくなる。

 人型をしている以上頭部への射撃が効果的だろう。

 弾切れになったショットガンに散弾を込めながらフィアーは周りを見回した。

 

 ―――それにしてもこいつは一体どこから来たんだ?

 

 この手長ゾンビがやってきた山道は一本道だった。隠れるような場所はない。

 それは通ってきたフィアーが確認している。

 ゴミ捨て場側の森にいたこのミュータントが、山道を通ってここまでやってきたというのだろうか。

 それにしてもたった一体で?そもそもこいつは単独で行動するミュータントなのか?それとも群れから―――こんな奴らの群れがいるなどとは考えたくもないが―――はぐれたのか?

 

 いずれにしても派手に銃声を鳴らしすぎた。早い所この場所から撤収したほうが良さそうだ。

 そう思い焚き火に向かい、落としたマグカップを拾い上げようとしたその時だった。

 

 山道の更の上の山肌から何かが次々と落下してきた。

 

 最初は落石かと思ったが違う。転がりながら地面に激突したそいつらは、呻き声を上げながらゆっくりと立ち上がっていく。

 

「……マジか」

 

 落下してきたそれは先ほど撃ち殺したのと同じ手長ゾンビだった。たまらずフィアーは呻いた。

 そうしている内にも更に無数の手長ゾンビが山肌から転がり落ちてくる。その総数はもう既に10体を超えていた。

 

 あの手長ゾンビが山道に現れた理由が今更わかった。恐らく最初の一体も山肌からこうして山道に転がり落ちて来たのだろう。

 そしてそいつをフィアーが派手に銃弾をばら撒いてミンチにしたせいで、彼の仲間達を引き寄せてしまったということだ。

 もっともこの状況で謎が解けた所で特に意味はない。精々次からは頭上にも注意を払うべきという経験が得られただけだ。

 そしてその経験もここで死んでは無意味となる。

 

 フィアーはマグカップを拾い上げて、地面に置きっぱなしにしていたバックパックに押し込むと、素早くそれを背負ってキャンプ地を脱出。一気にdarkvalleyへと降りる道を駆け下り始めた。

 走りだしたフィアーに反応したのか、手長ゾンビ達も忌々しい呻き声を上げながら前傾姿勢でフィアーの後を追い始める。

 こうしてみると右手と左手の長さが違うせいか、バランスが悪く走り方が危なかっかしく見える。

 ……見えるだけで実際にはかなりの速度だが。少なくともフル装備のフィアーでは全力で走っても引き離せないだろうと思うほどの速度があった。

 

 だが。

 

「やはり人間並みの知能はないようだな」

 

 後ろを振り返りながらフィアーは呟いた。

 まっしぐらにフィアーを追いかけてきた手長ゾンビ達は―――当然のようにキャンプ地の出口に仕掛けてあったブービートラップに引っかかり、手榴弾の爆発に巻き込まれた。

 無論フィアーはキャンプ地を出るに当たって、ブービートラップのワイヤーは跳んで避けている。

 手長ゾンビ達がそれなりに知性があるなら、このフィアーの動きから罠の存在に気がついて回避してもおかしくなかったが、それもなかった。

 彼らはただひたすら動く者に襲いかかり、喰らいつくことしか考えていないのだ。そういう意味ではまだ銃火器が使えるゾンビ化したストーカーのほうが厄介と言える。

 

「しかしこの速度と頑丈さはな……!」

 

 爆発の煙の中から次々に現れる手長ゾンビ達を見て、フィアーは呻いた。

 手榴弾の爆発はそれなり堪えたようで手長ゾンビも無事というわけではなく、全身血まみれだ。

 しかしそれでも時速30km近い疾走速度を一切落とすことなく、こちらに向かって突き進んでくる。数も殆ど減っていない。

 恐るべきタフさだ。

 100メートル程走った後、このまま競争を続けていればこちらの体力が先に尽きると踏んだフィアーは、道の近くに人の腰程の高さの岩を見つけると素早くその岩の裏に周り込み、軽機関銃の二脚を岩の上に載せて銃架代わりとする。

 

 この時点でフィアーと先頭の手長ゾンビとの距離は既に10メートルを切っていた。

 だが充分だ。

 軽機関銃の引き金を引くと同時にフィアーはスローモーを発動させた。

 時間が引き伸ばされ、高速で迫り来る手長ゾンビ達の動きがスローになる。

 セミオートで狙っている暇はないため、フルオートで掃射を行い暴れまわる銃を腕力で抑えこみつつ、狙いを微調整する形で銃撃を行う。

 放たれた銃弾の雨は手長ゾンビ達の顔面に食らいつかんと飛び込んでいく。

 しかしその命中率は予想外に低くかった。その理由は3つ程ある。

 

 一つはフィアーが全力疾走していた為、息が上がっていたこと。

 一つは軽機関銃とはいえフルオートの反動は予想以上に大きかったこと。

 そして最後の一つは手長ゾンビは両手のバランスが違うことから、走る姿勢も極めて不安定で頭を左右上下に振り回すようにして走るため、狙いが付けにくいという理由だった。

 

 頭部狙いは難しいと悟ったフィアーは、即座に狙いを命中させやすい胴体に定めて銃弾を撃ちこみ続ける。

 頑丈な手長ゾンビと言えど10発も撃ちこめば問題なく射殺できた。

 問題があるとすれば、軽機関銃の残弾が10体ばかり仕留めた所で弾切れになってしまったことだ。ブラッドサッカーとの戦闘の後、弾倉を新しい物に交換していれば防げた事態だったが、後の祭りだ。

 残りは後、6体。

 

 フィアーは軽機関銃をその場に置くと背中からショットガンを引き抜いて、もはや目前にまで迫った手長ゾンビの顔面に散弾を叩き込んだ。

 銃声が顔面に叩きこまれて、手長ゾンビの顔面が砕け散る。

 頭部を無くしてもそのまま慣性で走りこんできた手長ゾンビの体を避けると、フィアーはショットガンのポンプをスライドさせた。

 残りは後、5体。

 因みにショットガンのチューブマガジンに残った弾は4発だ。

 最後の一体は手間が掛かりそうだとフィアーは思った。

 

 

 

 

 ◆   ◆

 

 

 

「……ヴぁああぁあぁぁぁぁぁ!」

 

 最後の手長ゾンビが呻き声なのか悲鳴なのか区別がつかない声を上げる。

 いや、恐らくは悲鳴だろう。

 例えミュータントだろうと背後から頚部を圧迫されれば、悲鳴の一つぐらいは上げたくなって当然だ。

 もっともこのミュータントの相手は悲鳴を聞いた所で手心を加えるような相手ではなかった。

 

 ボキン。

 

 ミュータントの頚椎が折れる鈍い音と共に、手長ゾンビの悲鳴が唐突に途切れた。

 手長ゾンビの全身から力が抜けていくのを感じて、ようやくフィアーは手長ゾンビの首を締める腕の力を緩め、手長ゾンビを解放した。ようやく開放された彼はしかし力なく地面に横たわる。

 そしてフィアーは周りを見渡した。

 

 まさしく死屍累々と言った有り様だった。この場に立っているのはフィアーのみ。それ以外はすべて死体となって大地に沈んでいる。

 異形とはいえ無数の人型の死体が散らばっている光景は、誰が見ても顔を顰めるであろう。

 取り分けフィアーの付近の手長ゾンビの死体は、全て頭部がないという凄惨なものだった。

 

 

 

 ……あの後、ショットガンの残弾を手長ゾンビの顔面に1発ずつ撃ち込み、4体の手長ゾンビを殺害したフィアーは、最後の1体と格闘戦へと移行。

 手長ゾンビの腕の長さを逆手にとって懐に潜り込んだ後、更に背後に回りこみスリーパーホールドを仕掛けた。

 そしてそのままありったけの力を込めて手長ゾンビの頚動脈を圧迫させるどころか、そのまま首の骨をへし折って今に至るというわけだ。

 

 フィアーは腰から拳銃を引き抜き、首の骨を折られてもまだ微かに息のある手長ゾンビの頭部に止めの銃弾を撃ちこんで射殺した。

 そして他に起き上がりそうな個体はいないと判断すると、乱戦になって放り捨てたウィンチェスターショットガンを拾い上げてリロードをした後、岩の上に置き去りにしたM249軽機関銃を回収。弾切れになった大型箱型マガジンを外して、バックパックから新しい箱型マガジンを出して軽機関銃に装填する。

 まさかdarkvalleyに入って早々、200発入りの軽機関銃用大型箱型マガジンを一つ使い切る羽目になるとは思わなかった。

 この調子で弾薬を消費すれば、目標の廃工場に辿り着く前に弾薬が空になるかもしれない。

 

 せめてこの過熱したM249軽機関銃の銃身が冷えるまでは、次のミュータントのおかわりは待っていて貰いたいものだ。

 

 そんなことを考えながら、フィアーは廃工場に向かって歩きはじめて、あることに気がつき毒づく。

 

「クソっ。レーションの残りを持ってくるの忘れた……!」

 

 キャンプ地に昼食用と晩食用の分のレーションを置き去りにしてしまったことを思い出したのだ。

 仕方のない状況だったとはいえ、あのウクライナ軍のレーションは中々に美味かったのだが。

 次のBARに戻ったらbarkeepにウクライナ軍のレーションの在庫があるか確認しよう、とフィアーは決意して廃工場へと進んでいった。

 




ZONE観光案内

Darkvalley

谷というよりは何もない荒野と工場が大半を占める殺風景なマップ。
ミュータントがそこら中に生息していて危険。
工場は一作目だとバンディットの拠点にもなっていて長居したい場所ではありません。


因みに今回出てきた手長ゾンビは公式だと没になりMODでよく入れられてたミュータントです。
そのため作者は出会うまでその存在を知らず、夜中に探索していた所いきなり草むらで鉢合わせて殴り殺され、PCの前で悲鳴を上げました。


次回からX-18編


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Interval 22 X-18 廃工場

 フィアーがdarkvalleyを歩いて2時間程が経った。

 厄介な所とはわかっていたが、ここは予想以上に面倒な場所だとフィアーは内心で毒づいた。

 点在する異常重力のアノーマリーや毒の沼のアノーマリー。それらに加えてミュータントの存在である。

 遠めに見た時は平野に見えたが、そこら中に窪みなどがありそれが死角を作っている。

 そして窪み等には大抵ミュータントが眠っており、気が付かずにそれに近づいてしまうと彼らは即座に起き上がり、こちらに向かって襲い掛かってくるのだ。

 

 お陰でこの2時間で既に5回もの戦闘を行っている。大半は単独のミュータントだったため、苦もなく撃ち殺せたが、こうもそこら中にミュータントが潜んでいるとなると神経に堪える。

 警戒の為に歩みも遅くなってしまう。アノーマリーもミュータントもいなければ既に廃工場へ着いていてもおかしくはないのだが。

 あのゴミ捨て場―――garbageのように放射線や化学物質がそこら中に充満していないのが唯一の救いだ。

 

 それでも休みなしで歩き続けた為、目的地はあと少しの所まで来ている。

 今は丁度darkvalleyの中心にある池に辿り着いた所だ。

 darkvalleyの貴重な水源であろうその池は、緑色に染まっている。

 その毒々しい緑色が苔やヘドロではなく毒のアノーマリー由来なのは明らかだった。

 人間ならばその毒々しい水を飲もうとは思わないが、ここに生息するミュータント達にとっては大事な水飲み場らしく、池の端で2体の巨大な猪のミュータント―――bearが水を舐めていた。

 

 この大猪はフィアーの存在にも気がついていたようだが、水源地で戦う気はないようで、興味なさげにこちらを一瞥した後、フィアーを無視してひたすら水を飲み続けている。

 例えミュータントと言えど水源地では争わないという性質を持っていることにフィアーは感心した。

 ……もしかしたらミュータントではなく本当にただの猪なのかもしれないが。

 

 池の中央には自動車も通れるようなコンクリートの橋がかかっており、フィアーはその下で小休憩することにした。

 キャンプ地と同じように橋の下への出入口にワイヤーを使った簡単な鳴子を設置、橋桁の出っ張りが丁度いい大きさだったのでそこに腰掛ける。

 バックパック内の食糧袋を漁るとスナックバーとビスケット状の栄養補助食品が出てきた。これは数種類あったが、好物のフルーツ味を選ぶ。

 

 あくまで小休止の為なので火を起こすつもりはない。その為こういったもので充分なのだ。

 ここは水源地ということもあり、ミュータントもそれなりにやってくるだろう。

 そんな所で長居しては、またあの手の長いゾンビのような連中に襲われるかもしれない。

 先ほどのこともあり周りを警戒しながら、水を求めてバックパックを漁るとゲーターレードが入っていた。

 

 スナックバーにビスケットにゲーターレード。

 まるでピクニックのような取り合わせだ。

 これで周りが自然豊かな森ならば本当にピクニックになるのだが、現実に周りにあるものは毒々しい緑色に輝き泡立つ池。そして彼が腰掛けているのは切り株ではなく湿気って罅の入ったコンクリート製の橋桁であり、目につく動物は可愛らしい小動物ではなく、銃弾すら跳ね返しそうな毛皮を持つ大型の猪と、緑色の排水じみた色の池で水浴びをする肉塊のごとき奇形の豚である。(フィアーがバックパックの中を漁っている間に新たに現れたのだ)

 

 とはいえこうして暴れていなければ、ミュータントというのも存外普通の動物に見えなくもない。

 猪のミュータントであるbearは喉の乾きを潤した後はパートナーとお互いの毛皮を舐め合っているし、水遊びしているfreshもその外見に目をつむれば可愛らしいと言えなくもないかもしれない。

 ミュータントを観察しながらフィアーはスナックバーにかじりついた。チョコとキャラメルの暴力的な甘さが口の中に一気に広がる。

 

 平時ならともかく、数時間に渡る行軍の後の甘いものは格別だ。脳に活力が行き渡っていく感触は悪くない。

 甘ったるくなった口の中をゲーターレードを流し込んで清めるが、そもそもゲーターレード自体も甘い為にあまり意味はない。

 次は紅茶かコーヒーでも入れてもらうようにbarkeepに頼むかなと思いながら、ビスケット状の栄養補助食品を口に放り込む。

 いくつかのブロックに形成されたそれはフィアーの好物ではあったが、こんな所で味を楽しんでいるわけにはいかないため、味わうこともせず口の中に咀嚼して飲み込んでいく。

 

 ふとフィアーは視線を感じて振り返った。

 視線の先には先ほどまで水浴びしていたfleshがいた。いつの間にか水浴びをやめてこちらの様子を伺っている。

 正確にはフィアーが食べているビスケットに興味があるようだ。

 フィアーは暫く考え込んだ後、手にした残りのビスケットを手首のスナップを効かせて、そのfreshの方へと投擲した。

 ビスケットは弧をかきながらfreshの頭上を飛び越して、地面に落ちる。

 するとfreshは一目散に投げられたビスケットに飛びついて一心不乱にそれを食べ始めた。

 

 ……このまま懐かれて菓子をねだられるようになっても困る。今のうちにさっさとこの場から離れるか。

 

 そう考えてフィアーはゴミを纏めて片付け、ワイヤートラップを回収するとバックパックを背負ってその場を離れ始めた。

 そしてフィアーが橋の下から出た時、背後からfreshの甲高い悲鳴が聞こえた。

 反射的に振り向くと、池にいたbearがfreshのビスケットを横取りしようとしている所だった。

 豚のミュータントと猪のミュータントではその体格差は歴然で、あっさりとfreshは追い払われて悲しげな悲鳴を上げている。

 まるでごく普通の野生動物のようなやり取りに、フィアーは苦笑しながらその場を立ち去った。

 

 

 

 ◆     ◆     ◆

 

 

 

 池を出発して、小一時間程が過ぎてようやくフィアーは目標の廃工場へとたどり着いた。

 darkvalleyの入り口から目視できた為、然程時間はかからないだろうと思ったが、アノーマリーとミュータントのせいで歩みが遅くなり予想以上に時間がかかった。

 とはいえエコロジストで手に入れた新型の空間探知機やガイガーカウンターがなければ、もっと遅くなっていただろう。それこそ丸一日かかってもおかしくないはずだ。

 そういった意味では寄り道したかいはあったというものだ。

 

 フィアーは近くにあった廃車の影に隠れながら、廃工場を改めて観察する。

 サッカーコートが収まるほどの敷地を持つその工場は、敷地を高さ4メートル近くある外壁で囲んでおり、正門からしか侵入路がない。

 この正門自体は自動車や大型トラックも通れる程広いのだが、正門の付近にバスやトラックの残骸が放置されており、バリケードのような状態になっている。

 しかも廃工場の前には3メートルほどの深さと幅を持つ枯れた川の跡があり、これが堀のような役割を果たしているようだ。

 

 工場自体の配置は敷地の南には車庫、北に背の高い工場、そして中心部に大型クレーンと北の工場と繋がった3階建てのビルが建っており、正門付近はこのクレーンとこのビルの三階から丸見えだ。

 下手に多勢で突入すれば、バリケードと堀で足止めを喰らい、中央のビルからの攻撃で手痛い目に合うことだろう。

 

 なぜフィアーがそんなことを考えたかというと、この中央のビルの3階の窓からバンディットと思わしき人影を見つけたからだ。

 目的のストーカーが潜った地下施設の上の建物に、バンディットらしき連中が屯しているということは最悪の事態も考えられる。厄介なことになったとフィアーは内心ため息をついた。

 念のためPDAのIFFシステムを受信モードにして使って彼らのIFFを確認するがその結果、反応はあったがやはりバンディットと思わしき赤信号が帰ってきた。

 このZONEで広く使われているPDAを使ったIFFは定期的に信号を発信する仕組みになっており、同じシステムを搭載したPDAを持つ者なら陣営を問わず受信できるようになっている。

 そしてIFFの信号はいくつかあるがZONEではストーカー、Duty、Freedomは全て協定によって定められたIFFの周波数を使っている。

 つまりそれ以外の周波数はバンディットか独立した傭兵部隊ぐらいしか使用しておらず、システムは潜在的な敵、即ち赤信号で表示するのだ。

 

 もっともこのIFFの仕組みも知れ渡っており、バンディットが獲物を騙し撃ちにするためにストーカーのIFFを偽造する場合もあるし、IFFを使わずとも互いの位置確認が可能な高い練度を誇る傭兵部隊はそもそもIFFを使用せずに行動する場合も多いので、あまり頼りになるものではない。あくまで補助的なものに過ぎないのだ。

 

 とは言え便利なものには違いない。特にこのZONEのPDAのIFFシステムは持ち主のバイタルサインとしても機能しているため、チンピラと大差ないレベルの練度のバンディット達は自分達の構成員の動きや生存を把握するためにも、IFFシステムを使っている場合が多い。

 敵に襲撃を仕掛ける場合ならともかく、拠点に篭っている時は友軍のIFFを機能させておいたほうが状況の把握にも役立つのだ。

 仲間のIFFが途切れれば、それは即ち攻撃を受けたということなのだから。

 

 フィアーは気配を殺して廃工場に近づきつつ、更にIFFを使って敵の数を把握する。幸いなことに工場を囲む塀が高く工場からの視線を遮っていることもあって、近づくだけなら然程難しいこともなかった。

 偵察の結果全部で11人がこの廃工場の中にいることがわかった。

 だが赤信号なのは10人だけで、内一人は中立を意味する黄色の信号を発している。

 

 疑問に思いその黄色信号を調べると『中立、ストーカー、マール』という表示が出た。

 これがシェパードというフィアーの目的のストーカーだったら、楽だったのだがそうもいかないようだ。

 果たしてバンディットの捕虜になったのか、それともバンディットと繋がりがあるストーカーなのか。

 後者とだとしたらバンディットと取引する際に、わざわざ自分の名前入りのIFFを発信したままというのも妙だ。

 とりあえずバンディットを殲滅するにあたって彼の存在を意識しておくべきだろう。

 

 そしてバイタルサインと兼用のIFFを使用しているからには一人づつ殺害して行くことが不可能であるということでもある。

 最初の一人を殺した時点で異常がバンディット全体に伝わることになるからだ。つまり取りうるべき戦術は……いつも通りの奇襲と速攻というわけだ。

 

 方針を決めると、フィアーは手にした軽機関銃の残弾を確認した。

 ボックスマガジンはここに来る前に新しいものに交換したため、200発装填されている。更に同じものが後一つ。100発ほど残ったボックスマガジンがあと一つ。

 バンディット相手に全部使い切ることはないだろうが、弾切れになったら新しい武器をバンディットから徴収するしかない。

 

 フィアーはハンドミラーを使って正門の影から内部を確認する。

 地上には誰もいなかったが、予想通り正面のビルの三階の窓には見張りと思わしきバンディットがいた。

 正面ビルに入り口はない。代わりに北側の工場は大扉が解放されており、そこを経由しなければ正面のビルには入れない作りになっているようだ。

 こういった作りはAgropromでキメラの群れと戦ったあの廃工場を思い出す。

 ともかく工場に突入するにせよ、まずは正面のビルの見張りを排除するべきだろう。

 破片式の手榴弾のピンを抜き、全力で投擲する。

 弧を描いたそれは30メートル程の距離を飛び、目標のビルの窓へと飛び込んだ。

 

 悲鳴。そして数秒後、爆発。

 ビルの窓から粉塵が撒き散らされる。

 

「……ナイスピッチング」

 

 その結果に満足して、フィアーは思わず一人ごちた。

 これで上からの攻撃を気にする必要はなくなったので、軽機関銃を構えて一気に工場の大扉に向かって走り抜ける。

 同時にHMDに表示されていたバンディットの信号が次々と消えていく。

 襲撃を受けたため、自分の位置を悟られないようにバンディット達が自らIFFの信号を切ったのだろう。

 まあ人数は覚えたので問題ない。

 大扉から内部へ侵入した途端、内部から外に出ようとしたバンディットと鉢合わせになった。

 相手が銃を構えるより早く、踏み込み距離を詰め、銃床で顔面を殴りつける。

 フィアーの渾身の力で殴りつけられたそのバンディットは、悲鳴すらあげず吹っ飛んだ。

 

「ケイン!?」

「もう入ってきてるぞ!」

 

 吹き飛ばされたバンディットの後ろにいた仲間達が彼の代わりに悲鳴じみた声をあげる。

 フィアーは即座に軽機関銃を構え、フルオートで彼らを薙ぎ払う。

 横殴りの銃撃の雨が一瞬にして奥にいた3人のバンディットを打ち倒す。ついでに殴り飛ばしたバンディットにも止めとして3発程撃ちこんでおく。

 これで先ほど手榴弾で吹き飛ばした相手も含め、5人倒した。

 奇襲で敵の半数を潰せたのは幸先がいい。

 

 一旦視界に入った全てのバンディットを始末したフィアーは、近くにあったコンテナの影に身を隠し、工場内部を観察する。

 この工場は外から見ると背が高かったが、天井まで吹き抜けになっており、1階と大型の機械が設置された半地下しか存在しないようだ。

 その半地下も単に1階より一段下がっているだけで、フィアーが今いる1階から見下ろすことが可能だ。その為見晴らしが非常にいい。

 もし工場内部に二階があったりキャットワークがあったりすると、立体的な戦闘をする羽目になっていたのでこのシンプルな間取りはフィアーとしてはありがたい。 

 更に工場の奥には隣のビルへと繋がる広い廊下がある。残ったバンディットは恐らくそこで待ち構えているだろう。

 と、フィアーは半地下にある機械の物陰から気配を感じ取った。

 

「な、なんだぁ?敵襲かぁ?」

 

 間の抜けた声で機械の影から身を出したのは、眠たそうな顔をしたバンディットだった。

 彼の足元に毛布が落ちている所を見ると、どうやら昼寝をしていたようだ。

 フィアーは無言で破片式手榴弾を一つ取り出すとピンを抜き、彼の足元へ放り込んだ。

 

「……えっ?えっ?」

 

 まだ寝ぼけていたのか、そのバンディットは足元に転がった手榴弾も見ても、今ひとつ現実感が掴めなかったようだ。

 彼の意識が完全に覚醒するより早く手榴弾が起爆、彼を永遠の眠りへと誘った。

 これでもう彼は昼寝を妨げられることは無いだろう。

 これで6人。

 

 改めて工場の奥の廊下へと意識を向ける。ここからでは角度の問題で廊下の奥は見えないが、これだけ暴れたのだから、残りのバンディットはあそこでバリケードでも築いて待ち構えているはずだ。

 フィアーが見る限り、他に中央のビルに突入できそうなルートはなかった。フィアーは敷地内に侵入した時、中央のビルには非常階段も付いていたのを見たが、生憎と途中でその非常階段はへし折れていたのだ。

 

 ……何とかの一つ覚えになるが、また手榴弾でも放り込むか。

 

 フィアーがそう思案した時だった。

 廊下の奥から工場内に向けて、3つの手榴弾が投げ込まれてきたのだ。

 どうやら焦れていたのは向こうも同じだったらしい。

 だが距離を置いた状況でフィアーに手榴弾を投げるのは悪手中の悪手だ。

 

 フィアーは即座にスローモーを発動させ、こちらに向かって投げ込まれてきた手榴弾を次々と狙撃。

 掠めるようにして撃ち込んだ銃弾は絶妙な角度で手榴弾を弾き飛ばし、投擲した本人の元へと送り返した。

 3つの手榴弾が連続的に炸裂し、工場を揺るがした。

 屋内での爆音は外に逃げることもできず、反響を繰り返してフィアーの鼓膜を揺さぶる。

 流石に手榴弾3つ分の炸裂音は、フィアーのヘルメットに装備されているイヤーパッドの遮音機能の限界を超えたようで、さしもののフィアーも一瞬平衡感覚がおかしくなった程だ。

 

 だがすぐに感覚を取り戻すと立ち上がり、身を潜めていたコンテナの影から飛び出して工場内部を突っ切り、奥の廊下から隣のビル内部へと突入する。

 そして突入したフィアーが見たものは、複数のバンディット達の死体の山だった。

 投げ込まれた手榴弾は破片式ではなく爆圧で敵を殺傷する強力なタイプだったようで、3発分の爆発を近距離で受けたバンディット達は、文字通り五体を四散させるという悲惨な最後を遂げていた。

 一応ソファやスチール製の作業机で簡易なバリケードは築かれていたが、爆圧でなぎ払うタイプのこの手榴弾の前には余り意味がなかったようだ。

 胴体も手足もバラバラで死体の確認が難しいため、フィアーはとりあえず頭部の数だけを数えてみると3人分あった。

 これで9人。後は2人。

 

 そこでフィアーは廊下から続く部屋にIFFの信号があることに気がついた。

 例のストーカーの信号だ。進入する前の位置から全く動いていない。

 廊下の奥―――恐らくは二階へと続く階段があるのだろう―――を警戒しながら、その部屋をハンドミラーで確認する。

 部屋の中には地下へと続く階段があり、その手前で目隠しをされ、両手両足を縛り付けられたストーカーが転がっていた。

 やはりあの信号の持ち主は捕虜として囚われていたようだ。

 先に助けるべきか。それとも後で助けるべきか。

 

 一瞬迷ったその時、フィアーの感覚は二階で誰かが動く気配を感じ取った。

 バンディット最後の一人か。

 時間を与えると逃げられるか、トラップでも仕掛けられるかもしれない。そう判断するとフィアーはストーカーのことを頭から追い出して廊下の奥へと進んでいった。

 廊下はコの字型に曲がっており、その最奥に二階への階段があった。

 いつでもスローモーを発動できるように集中しながら、階段を駆け上る。

 迎撃はない。

 

 二階は人が隠れることができる程の大型の機械が等間隔で配置された広いフロアだった。

  埃が積もった床の上には足跡が残っており、更にはバンディットの食糧と思わしき缶詰が散乱していた。

 機械の影を警戒しながら、進んでいくが敵影はない。

 ここにいないなら更に上の階だろうか……?

 そう思いながら窓に近づいた時、フィアーは気がついた。工場の敷地内で車庫のあった方向からバンディットが姿を現して、一目散に正門に向かって走って行くのが見えた。

 反射的に壁際を見ると開け放たれた非常口があったことに、今更ながらフィアーは気がついた。

 

 恐らくは非常口から外に出て、非常階段から飛び降りたのだろう。この建物に用がなければ逃してやってもよかったが、これから更にフィアーはこの建物の地下へ降りなければならない。

 地下へ降りている間に、万が一にでも仲間と共に戻って来られたら脱出が面倒になる。フィアーは軽機関銃を構えると、ドットサイトのレティクルにバンディットの頭を捉えて引き金を引いた。

 結局正門まであと3歩の所まで来たものの、バンディットは工場から脱出することは叶わず、頭部へのヘッドショットを受けてこの世から去った。

 もしかしたら彼は脱出できたと錯覚しながら死んでいったかもしれない。

 

 

 

 その後、生き残りがいないかどうか、念入りに工場の敷地内をクリアリングした後、ようやくフィアーは例のストーカーの捕虜の所へ戻ってきた。

 手足の拘束はそのままにまず猿轡を外してやると、彼は咳き込みながら新鮮な空気を大きく吸い込んだ。

 そして恐れを含んだ目でこちらを見る。

 

「た、助かったよ。しかしあんたは一体どこの誰だ?」

 

「こっちの質問が先だ。お前はなんでここで芋虫みたいに転がっている?」

 

「俺……俺達は別のストーカーに雇われてここの施設の見張りをしてたんだ。そいつがこの工場の地下にあるX-18に潜るから、何かあった時の為にこの工場を確保しておけって。でもあのバンディット共が夜襲をかけてきてこのザマさ」

 

「その工場に潜ったストーカーの名前は?」

 

「シェパードっていう奴だ。この辺じゃ名のしれたストーカーだが、潜ってからもう随分連絡が来ない。本当なら助けに行くべきだったんだが俺は見ての通り捕まっちまったんでな」

 

 シェパード。まさしくそれはフィアーが探していたストーカーの名前に他ならない。

 ようやく手がかりを掴んだフィアーはこのストーカーに自分の目的を明かすことにした。

 

「ちょうどいい。俺もシェパードに用があってBARくんだりからわざわざここまで来た。これから俺も地下に潜るからお前にも付き合ってもらうぞ。……ところでお前はさっき俺達と言ったな?まだ仲間がいるのか?」

 

「ああ、バンディットが襲撃してきた時、そのことをシェパードに伝えに俺の相棒が地下に入った。ただそいつもそれ以来音沙汰なしだ。俺も相棒を探しに行かないと行けないから一緒に潜ってくれるなら助かるよ」

 

「念のため聞いておくが、その地下施設は抜け穴があったりするのか?未だに音沙汰なしって事はシェパードもお前の相棒もそこから逃げ出したんじゃないのか?」

 

 その問に対してストーカーはかぶりを振った。

 

「シェパードは俺達にはX-18の構造は一切伝えなかった。もしかしたらあるかもしれないし、ないかもしれない」

 

「潜ってみなければわからないということか」

 

 結局面倒なことになりそうだ。どうしてこう何かするたびにいちいち寄り道をしなければならないのか。

 

 

 ◆    ◆

 

 

 その後フィアーはこの捕らえられていたストーカーを解放し、互いに自己紹介をした。

 このストーカーの名前はマールといい、シェパードとは顔見知り程度の仲で、彼がこの地下施設に潜った後の工場を確保しておくことを金で頼まれただけらしい。

 悪人という訳ではなさそうだが、どうにも不器用な印象をフィアーは抱いた。

 襲撃があった際、相棒のストーカーを地下に伝令として走らせるのはいいが、自分がバンディットに捕まっていては世話がない。

 バンディットに太刀打ちできないなら、一旦どこかに身を潜めてもよかっただろうに。

 

 立ち振舞を見る限り、ストーカーとしての力量はミハイル達にも劣るだろう。恐らくシェパードとやらが彼らを連れて行かずに見張りとして残したのも、それが理由かもしれない。

 そうなると自分も無理にマールを連れて行く必要はないかもしれないが、人探しなら人手は多い方がいいし、マールも相棒のことを心配しているようなので止めても無駄のようだ。

 

 そんなことを考えているとバンディットの死体を漁って装備を整えたマールが戻ってきた。

 彼はバンディットの死体から手に入れたAK-74自動小銃を持ち、腰のベルトにはトカレフ自動拳銃を挿している。

 ボディアーマーはおなじみの緑のストーカースーツだが、ミハイル達のそれが随分手を加えられていたのに対してマールのストーカースーツは無改造のようでどこか貧弱に見える。

 

「待たせたな。準備完了だ。……しかしあんた本当に一人で10人のバンディット達を皆殺しにしちまったんだな」

 

「最初について来いと言っておいてなんだが、無理についてくる必要はないんだぞ。相棒のほうもついでに俺が探しておいてもいい」

 

「わかってるさ。X-18は今まで大勢のベテランストーカーが入って帰ってこなかった危険な場所だ。でも相棒を見捨てるわけにもいかないんだ。あいつとはZONEに入る前からの付き合いだからな」

 

「……そうか」

 

 彼の決意に対してフィアーは何も言えなかった。

 仲間の為に命を賭けるのは新兵だろうがベテランだろうが同じことだ。諌めることなどできるはずもない。

 ふとフィアーの脳裏にあのオーバーンでの記憶が蘇った。

 

『俺とやろうっていうのか?かかってこいよ、くそったれ!』

『くそ……足が何かに掴まれて……軍曹!助けてくれ!』

 

 あの悪夢の一夜ではフィアーはチームメイトであるスティーブ・チェン中尉を目の前で失った。

 それも目の前で怪物に食い殺されるという考えうる限り最悪の方法で。

 その代替行為という訳ではないが、マールの相棒が生きているのなら助けるのに手を貸してもいいだろう。

 フィアーは自分が珍しく感傷的になりつつあることを自覚しながら、X-18へと繋がる地下への階段を降りていった。

 




 X-18編と言ったが…すまねえ、入る前の話だけで終わった。
 次回から今度こそX-18です多分。

 ZONE観光案内

 謎の地下研究所X-18の上にある廃工場。
 多分X-18のカムフラージュとして建てられたと思われる。
 結構な大きさがあり、ブロウアウトも凌げる建物なので、大抵はバンディットの巣窟になっている。
 この建物に秘密があるのは広く知れ渡っているようで、傭兵が根城にしたり、軍がヘリまでつかって襲撃をかけてきたりと面白イベントがよく発生する。
 裏にはZONEの外へと続く地下通路があり、そこから外部の傭兵が出入りしていたが、現在は崩落している。もしかしたらX-18に資材や物資を運び入れる為のルートだったのかもしれない。


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Interval 23 X-18 地下1階~地下2階

 地下に降りた先にX-18への入り口はあった。

 煉瓦造りの地下通路の奥にある、キーロック付きの巨大な遮蔽扉。

 銀行の金庫の扉にも匹敵する規模のそれは、見る者にX-18という施設の重要性を伝えていた。

 その異様な圧迫感に押されてか、隣ではマールがごくりと生唾を飲んでいる。

 

 フィアーは彼を笑う気にはなれなかった。フィアーもまたこの巨大な金属の扉から何か異常な威圧感を感じたからだ。

 そしてフィアーはこの感覚に覚えがあった。

 あのオーバーンでの戦いにおいて、フィアーが相手をしたのはレプリカ兵やナイトクローラーだけではない。

 それらとは別のまさしく亡霊としか例えようのない怪物達とも戦ってきた。

 そして彼らと出くわす時は、心臓を直接わし掴みにされるような、異様な空気が辺りを支配したものだった。

 

 今フィアーがこの扉から感じているものはまさにそれだ。

 改めて自身の装備に意識を向ける。

 手にしたM249軽機関銃には200発の大型弾倉が取り付けてある。あの亡霊にもライフル弾の掃射は有効なのはオーバーンの経験からわかっている。

 予備の大型弾倉がまだあるが、軽機関銃は戦闘中のリロードが難しいため、小銃用のSTANAGマガジンを使ってリロードすることになるかもしれない。

 或いはあの手長ゾンビの群れにしたように、サブアームのウィンチェスターショットガンかイングラム短機関銃を使用するかだ。

 隣のマールがフォローしてくれれば一番いいのだが、彼の緊張ぶりを見るとむしろこちらがフォローしなければならないだろう。

 

「よし、行くぞ」

 

 フィアーはそうマールに声をかけて遮蔽扉に近づいた。扉の隣にはキーカードの入力装置が埋め込まれていたが、先に入ったシェパードがロックを解除していたようで扉のハンドルを回して押せば開くようだ。

 そしてフィアーが遮蔽扉に触れようとしたその瞬間。

 

 ギィィィィィィィィィ。

 

 遮蔽扉が開いた。

 反射的に軽機関銃を構えるフィアーだが、開いた扉の先には何もない。

 ただ、闇が広がるだけだ。

 いや、フィアーの感覚はその闇の中に何かを感じ取った。

 こちらに対する好奇心。嘲笑。……そして悪意。

 なぜかフィアーの無線機がノイズを拾って雑音をだした。

 

 それはフィアーが闇の中に銃口を向けると四散していった。だが消えてはいない。絶対に。

 彼らはただ様子を見ているだけなのだ。……今のところは。

 フィアーは闇に沈んでいった何かから、一旦意識を遮蔽扉の方へと向けた。

 軽く押してみるが、予想以上に重い。

 少なくとも立て付けが悪いからといった程度の理由で、勝手に開くような代物では断じてなかった。

 

「な、なあ……今の……」

 

 ようやく我を取り戻したのかマールが震えながら声を上げる。彼も闇の中から向けられた悪意に感づいたのだろう。

 

「とんでもない化け物がいるのは間違いないようだ。これはお前の相棒も俺の探し人も生きてないかもしれんな」

 

 そう返したフィアーにマールは手にしたAKを握りしめた。

 

「だったら尚更逃げるわけにはいかないさ」

 

「そうか。だがやばいと思ったらさっさと逃げろ。恐らく中にはあのバンディット共が可愛く思える奴が居るはずだ」

 

 そう言うとフィアーは軽機関銃に括りつけたフラッシュライトを点灯させる。指向性のLEDの光が闇を切り裂き、コンクリート製の通路を照らすが見えるところには何も異常はない。

 ……今のところは。

 いつでもスローモーを発動できるように呼吸を整えながらフィアーはX-18へと踏み込んだ。

 

 

 

 ―――地下1階

 

 

 通路を抜けた先にあった所はちょっとしたホールと詰め所になっていた。

 通路の内部は照明は全て死んでいたにも関わらず、この区画だけは全ての照明が生きており煌々と辺りを照らしている。

 放棄されて明らかに数年以上経過しているであろう地下施設の照明が生きていることは異常だが、とりあえず明るくて困ることはない。

 それとも本当は放棄などされていないのだろか。

 

 そう思い床を調べてみるが埃が堆積しており、人が出入りした形跡はない。

 いや、更に調べると真新しい足跡が2つ残っている。恐らくシェパードというストーカーとマールの相棒だろう。

 足跡の1つは迷いなくホールの奥にある出入口に、もう1つの足跡は迷いながらもやはりホールの奥の出入口に進んでいる。前者がシェパードで後者が後から来たストーカーか。

 

「うわっ」

 

 詰め所の方を調べていたマールが小さな悲鳴をあげた。

 反射的に銃を構えながら、詰め所の奥を覗きこむと白骨化した死体がある。彼はこれに驚いたのか。

 フィアーに気がついたのかマールはバツの悪そうな顔をした。

 

「すまない。ちょっとびっくりして……」

 

「本当にやばいと思ったのなら」

 

 マールの言い訳を遮って、フィアーは言った。

 

「悲鳴よりも先に銃弾を叩きこめ。それは唯の死体だが、唯の死体じゃないものもある。本当に危険な奴らは死体になっても襲ってくる」

 

「……なんだいそりゃ?」

 

「亡霊だ」

 

「まさか、そんなの―――」

 

 引きつった顔で否定しようとするマールを無視してフィアーは続けた。

 

「ZONEが出来る前、お前はミュータントやアノーマリーの存在を信じたか?奴らもそれと同じだ。容易く姿を見せないが間違いなく存在する。……安心しろ。例え亡霊だろうと撃てば死ぬ。大抵はな」

 

「……死なない奴が出てきたら?」

 

「さっさと逃げろ。もしくは殴り飛ばせ。大事なのは恐怖を抑えこむ強い意思だ」

 

 そう言うとフィアーは再びホールの探索を始めた。マールは何か言いたそうだったが諦めて再び詰め所の中を調べ始めた。

ホールの中央には小型のエレベーターがあったが、これは動力が落ちていて使えそうにない。

 フィアーが電気配線のパネルでもないかとエレベーターの影をのぞき込むと、そこにストーカーと思わしき死体があった。

 

「マール。この死体はお前の相棒か?」

 

 念の為、そう尋ねるとマールは慌てた様子でこちらに駆けつけてきた。

 

「……いや、こいつは違う」

 

「だろうな。見たところ随分と時間が経っている」

 

 その死体には埃が積り、肌は乾燥して、ミイラの半歩手前といった有り様だ。念の為懐を探ってみたが、武器やおろかPDAのような小物すら持っていなかった。

 

「手がかりなしか。……エレベーターも完全に死んでるようだし、後はあそこしかないな」

 

 そういってフィアーはホールの隅にある出入口に目を向ける。

 その先は電灯が切れて闇に覆われていたが、そこから空気が流れてきているのをフィアーは感じ取っていた。ライトを付けてその闇を照らすと、予想通り地下へと続く階段があった。

 狭い。人一人しか通れないほどの幅だ。

 

「俺が先に降りるぞ。マールは後方を警戒してくれ」

 

「ああ……しかしホールはクリアリングしたのに、後ろから来る奴なんているのか?」

 

「常識に縛られるな。この空気はやばい。ここは既に異界と思え」

 

 そう言うとマールは納得したのかわからないが、無言で後方に向けて銃を構えた。

 それでいいとフィアーは思った。ある種の亡霊は壁抜けや瞬間移動のような移動を当然のようにこなす。

 奴らが相手ではクリアリングした場所ですら安心はできない。マールが異常を知らせてくれるなら、それに越したことはないのだ。

 

 階段は一切の明かりがなかった。おまけに階段も壁もコンクリート製で牢獄に閉じ込められたような重圧感を感じる。

 フラッシュライトを照らして階段の底を調べるが、意外と底は浅いようだ。精々5mから6mほどの高さだろう。

 ここまで暗いとフラッシュライトだけでなくナイトビジョンの類も欲しい所だが、無い物ねだりだ。ZONEに持ち込んだ荷物の中には入っていたのだが、それもブロウアウトで吹き飛んだ。

 

 フィアーはフラッシュライトを装着した軽機関銃を構えながら、油断せずに一歩一歩ゆっくりと階段を降りていき、その後をおっかなびっくりとマールが続く。そして階段の半ばまで差し掛かった所で、

 

 ……ガッシャアァァァァァン!

 

 どこからか鉄骨を鉄板の上にでも落としたような音が響いてきた。

 フィアーとマールは反射的に動きを止めた。フィアーは静止したまま数秒程辺りの気配を探って、

 

「……音の出処は遠いようだ。気配もない。問題ない、進むぞ」

 

「……そういう問題か?」

 

 流石に驚いたのか、マールが引きつった声で呻く。

 

「音の大きさの割には振動が一切なかった。こういう空気の場所だと時々ある。ラップ音ってやつだ。或いはシェパードかお前の相棒が物でも落としたのかもな」

 

「後者であってほしいぜ……」

 

 それ以降は何事もなく、2人は階段を降りきった。階段の底には開きかけたドアがあり、そこから微かに光が漏れている。

 この先はまた照明が生きている場所があるようだ。

 フィアーはハンドミラーでドアの影からドアの中を覗き、そこに動くものがないのを確かめると中に入った。

 

 

 

 ―――地下2階

 

 

 

 ドアの向こうは地下一階と同じく小さなホールだった。生きている照明は地下一階の半分以下で影の面積のほうが多い。中央にはエレベーターがあるところを見ると上のホールの真下に当たる位置なのだろう。

そしてこのホールを中心に蜘蛛の巣のように幾つもの通路が伸びている。

 だがそれよりもフィアーの目を引いたものがあった。

 

「なんだこれ……死体の山じゃないか……」

 

 マールの言う通り、ホールには無数の死体が散乱していた。その数は十数人分はある。

 ここ数日前に死んだと思わしき比較的真新しい死体もあれば、上のストーカーの死体のように数ヶ月は経っているであろう死体もある。

 そしてその全ての死体が例外なく武装していた。

 

 ここ数日よく見たお馴染みのストーカースーツを着た死体もある。DUTYの黒いスーツを着込んだ死体もある。傭兵だろうか。見慣れない迷彩の戦闘服を着込んだ死体もある。そして―――

 

「……ナイトクローラー」

 

 紅い縁取りがされた漆黒の戦闘服。フィアーがよく知るナイトクローラーの死体もそこにあった。

 これらの死体は死後かなりの時間が経過しているようだが、この地下の環境のせいか腐敗は進んでおらず乾燥している。

 マールにこの死体の山にシェパードと彼の相棒の死体が混じってないかどうか確認させて、目的の相手はいないと判断すると、フィアーはマールに付近の警戒を命じた。そしてフィアーはまずナイトクローラーの死体の検分を始めた。この死体は他の死体と違って真新しい。つい最近死んだばかりのようだ。

 

 

 手始めにナイトクローラーの死体のフルフェイスマスクを剥がすと、マスクの下からはまるで悪夢でも見たかのように目を見開き、恐怖に引きつらせた顔が出てきた。

 一見表情がわかりにくいが、間違いなくその顔は絶望に歪んでいた。

 彼の手に強く握られている自動拳銃は弾切れの証としてスライドが下がっており、持ち主の無念を表しているかのようだ。

 

 改めて見ると死体の周りには無数の空薬莢が散乱していた。壁にも無数の銃痕がついている。

 おまけに死体が抱えている銃は大半が破損したり、全弾を撃ち尽くしている。

 ここにいる死体はなんらかの敵と戦って死んだのは間違いない。そしてその死体の死因は様々だった。

 首をへし折られて死んだ者。銃で射殺された者。喉笛を食いちぎられて失血死した者もいれば、杭のようなもので頭部や撃ちぬかれて壁に磔にされた者もいる。

 フィアーは壁に磔にされた兵士―――恐らくはDUTYの隊員だ―――に目を向けた。

 この死因は見覚えがある。銃火器で殺された者は人間同士で殺しあったのだろうか。

 

 だがナイトクローラーの死体を調べていてフィアーは妙な違和感を感じた。彼だけは傷がないのだ。床や壁には大量の血痕も付いているのだが、この死体のボディアーマーはそれほど傷んでいない。

 ナイトクローラーのボディアーマーを脱がせて見ると、死体の胴体に切り傷や打撲の跡があった。まるでボディアーマーを透過して胴体を直接攻撃したかのような傷だ。

 こんな傷を負わせる相手にフィアーは一つだけ心当たりがあった。

 あのオーバーンの地下で出会った人型のカゲロウのような亡霊。

 奴らの鉤爪による攻撃には、ライフル弾をも弾き返すボディアーマーも何の役にも立たなかった。

 

 まさか、奴らもここにいるというのだろうか。

 嫌な汗が流れるのを感じながら、フィアーはナイトクローラーの死体を更に調べる。

 彼の懐からは救急キット、正体不明のアーティファクトが入った容器がいくつかと、少々の食糧とPDAが見つかった。アーティファクト容器はそのまま頂く。救急キットと食糧もいつのものかわからないので手は出さない。

 

 続いてナイトクローラーのPDAを起動させてみるが、反応はない。バッテリー切れを疑い予備のバッテリーと繋げてみると起動できたが、内部のデータは全て消去されていた。

 どうやら持ち主が死亡すると自動的にPDAのデータをデリートする仕組みになっているようだ。

 念の為にPDAを回収する。barkeepの所ならデータの復元ができるかもしれない。そして別の死体を検めようとしたその時だった。

 

 ガタン。

 

 ホールの隅に放置されていた一抱えほどの大きさの木箱が音を立てた。

 その音を聞くとフィアーは即座に立ち上がり、軽機関銃を木箱に向ける。

 一拍遅れてマールも手にしたAKを木箱に向けた。

 マールがおずおずとフィアーに判断を求めてきた。

 

「フィアー……。あの木箱、中身を調べた方がいいんじゃないか?」

 

「……そうだな。だが近づく必要はない」

 

 そう返すとフィアーは木箱に向けた軽機関銃の引き金を引いた。

 大部分を闇に覆われたホールにマズルフラッシュの光が連続し、木箱に銃弾が突き刺さる。

 数発のライフル弾の直撃を受けて、古い木箱は甲高い鳴き声と共に粉々に砕け散った。

 

 そう、鳴き声と共にだ。

 

 弾け飛んだ木箱の中からでっぷりと太った無数の鼠が鳴き声を上げながら飛び出してきたのだ。

 余りの展開にさしもののフィアーも声を喉に押しこむのが精一杯だったが、マールはそうはいかなかった。

 マールが悲鳴を上げながらAKを乱射する。しかし相手は猫程のサイズがあるとはいえ、すばしっこい鼠だ。

 運の悪い数匹が小銃弾の直撃を受けて血煙と化すが、大半は銃弾をすり抜けてホール中に拡散していく。

 

「やめろ!単なるドブネズミだ!」

 

 フィアーは咄嗟にマールのAKを掴んで銃撃を止めさせた。そう。箱から出てきたのはサイズこと大きいが唯の鼠だった。

 何時ぞやのストーカーを襲っていた奇形鼠ならフィアーも攻撃していただろうが、この鼠が相手なら攻撃しても銃弾の無駄遣いだ。

 

 マールは最初大きく息を吐いていたが、次第に落ち着いたようで小さく謝ると震える手でAKのマガジンを交換した。

 箱の中から飛び出した鼠達は今やそこら中に散らばり、ホールに散乱している死体を噛じり始めていた。薄暗いホールの中に鼠が肉を齧る音が響き始める。

 どれぐらいの間、あの木箱に閉じ込められていたかは知らないが、さぞや腹が減っていることだろう。

 

 いや、そもそもあれだけの鼠を木箱に閉じ込めたのは誰だ?

 

 先に潜ったシェパードやマールの相棒の仕業とは思えない。余りにも無意味で悪趣味だからだ。

 そもそもこれだけの武装した人間が全滅している時点でやはり、ここには異様な『何か』がいるのは間違いないようだ。 それが本当に亡霊なのは或いは銃を使う何者なのかはわからないが。

 鼠と一緒に死体を漁る気にはとてもなれないが、それでも調べるしかない。ある意味自分が招いた事態だ。仕方あるまい。

 次からは奇妙な木箱を見つけても触れないようにしようと思いながら、フィアーは別の死体の懐を探し始めた。

 

 

 

 

 しかし結局のところ大した収穫はなかった。どうもこれらの死体は時間が経っているだけあって既に他の誰かに漁られていたようだ。唯一わかったことはこれらの死体の死亡時期も比較的新しいものから数ヶ月前のものまで、全てバラバラだったということだけだ。

 結局彼らの懐に残っていたのは、僅かな予備弾薬や朽ちた食糧といったものしかなかった。

 それ以外にもメモ帳や日記もあったが、この施設とは関係のないことが書かれていたり、汚れて読めなかったりと資料としての価値もない。

 腰を据えて全て読めば何かわかるかもしれないが、こんな所で本格的な調べ物をする気にはなれなかった。

 

 死体の探索を諦めたフィアーは、ホールから繋がる複数の通路に目を向けた。

 なかでもとりわけ目立つのは、ホールの奥に設置された巨大な遮蔽扉だ。

 X-18の入り口にあったそれと同じ規模の金属製の扉は、如何にも目を引く存在だ。

 この扉の奥にこそ、この施設の重要な設備があることは想像に難くない。

 

 近寄って調べてみるとX-18の入り口とは違い、扉は完全に閉まりロックが掛かっていた。

 扉の隣の壁に埋め込まれたパネルを見ると、パスコードがあれば解除できるようだが当然そんなものはない。

 フィアーはマールにこれからの方針を伝えた。

 

「とりあえず他の部屋を当たってパスコードを探すしかないな」

 

「フムン、それでもなかったら?」

 

「あると信じるしかないさ。最悪の時はどこかから爆薬でも仕入れてドアを吹き飛ばすしかない」

 

 最もこの遮蔽扉を吹き飛ばす程の爆薬を使えば、地下施設そのものが崩落してしまいそうだが。

 この地下で分散するのはフィアーはともかくマールには危険な為、ツーマンセルで手近な通路から調べていくことにした。先ほど同じくフィアーが前衛、マールが後衛だ。

 通路は階段と同じく照明が完全に落ちており、ヘルメットと軽機関銃に装着したフラッシュライトに頼るしかない。もっとも通路沿いにあるいくつかの部屋は、照明が生きており、そこから光が漏れていたので完全な闇というわけではなかったが。

 

 探索は特に障害もなく進んだ。

 もっともそれは逆に有用な物が見つからないということでもあった。

 この施設はホールを中心に放射状に無数の通路が広がり、その通路沿いに無数の部屋があるというまるで蟻の巣のような構造をしているようだ。

 

 部屋の様子はどの部屋も殆ど同じだ。壁や床はひび割れたコンクリートやタイルに覆われており、どこもそれなりの広さがあった。これらの部屋は元は研究室として使われていたようだが、機材や設備の大半は撤去されているようで殆ど何も残っていない。その為この施設が何の研究をしてるのかもわからなかった。

 これらの部屋にはホールにあれだけあった死体すらない。時折木箱等が放置されていたが、先のこともあって近づこうとは思わなかった。

 

 特に手がかりもなく、3つの目の部屋に差し掛かる。

 そこは職員用のロッカールームのようで無数のロッカーが整然と並べられていた。マールに部屋の出入口の見張りを任せ、ロッカーを1つづつ開けて回る。このロッカールームは残念ながら照明が非常灯以外死んでおり、ロッカーを開けるたびにフラッシュライトで中を照らさねばならなかった。

 

 ロッカーの中はホコリまみれの白衣、作業着、包帯、用途不明の錠剤、菓子。そしてなぜか大量のコーラがあった。好きな職員でもいたのだろうか?

 どれも職員の私物のようで放置されて随分と時間が経過いるようだ。

 ここも外れかと思いながら更にロッカーを開けて調べていくと、鍵が掛かっているロッカーを見つけた。明らかにそのロッカーだけ、ほかのロッカーより大型で頑丈な作りになってる。

 

 ライトでそのロッカーの扉を照らすと、ロッカーのネームプレートの部分に『鎮圧用機材』と書かれていた。更にその下には小さなメモ書きが貼り付けられており、そこにはこう書かれている。

 

『実験体脱走時はこれを使って鎮圧すること。レンタル品なので扱いは丁寧に!ロッカーの鍵は主任が持ってます』

 

 ……実験体とは何のことだろうか。あくまでフィアーの目的はここに居るであろうストーカーであって、この施設には大して興味を抱いてはいなかった。しかしこの施設に漂う異様な空気、放置された無数の死体、そして明らかに危険な実験を行っていたらしきその痕跡は、規模こそ違えどATC社がアルマやレプリカ兵の実験をしていたあの実験施設をフィアーに思い起こさせた。

 

 フィアーは改めてそのロッカーを見た。確かに大型で頑丈なロッカーだが鍵は唯の南京錠だ。

 これならショットガンで破壊できる。

先の轍を踏まないようにロッカーに耳を近づけて中に生物がいないことを確認する。先はドブ鼠で済んだがこのロッカーの大きさなら、ミュータントでも詰め込もうと思えばやれないことはない。

 内部から何の物音もしないことを確認してから、フィアーはマールに声をかけた。

 

「マール。妙なロッカーを見つけた。これから鍵を破壊する」

 

「了解」

 

 フィアーはショットガンにスラッグ弾を装填すると、跳弾に気をつけながらロッカーの南京錠に向かって発砲した。頑丈な南京錠は1発では破壊できず2発目でようやく弾け飛んだ。

 鍵の無くなったロッカーを開いてフィアーは愕然とした。そこに見覚えのあるものがあったからだ。

 

 ロッカーの中はちょっとした武器庫となっていた。その事自体は鎮圧用と書かれていた時点で予想していた。

 問題はその武器の種類だ。スコープやグレネードランチャーの付いたフルカスタマイズされたAKが一丁。これはいい。ガスマスク付きの茶色のボディアーマー。これもわかる。

 だが問題はその隣にある2つの銃器だった。その内の1つは形状としては通常の銃に近い。異様なのはその銃のマガジンだった。

 

 そのマガジンの大きさは通常のマガジンより一回りどころか二回りか三回りは大きい。50口径の対物ライフルのマガジンより更に巨大だった。

 そしてその巨大なマガジンから発射される弾薬の反動に耐える為か、銃の後方には狙撃銃のような大型の固定式ストックが取り付けられており、銃身にはフォアグリップが装着されている。

 そして漆黒の銃身の側面には、白い菱型を3つ三角形に繋げたエンブレム。

 この銃身も長さこそカービンライフル程度の長さだが銃身が大口径の為、それを覆うバレルも大型化しており、総じて短銃身化したセミオート式の対物ライフルといった印象を見る者に与えるだろう。

 

 だがフィアーは知っている。この銃から放たれる弾丸は大口径のライフル弾などではないことを。

 この巨大な弾倉に収まっているのは人差し指程の太さを持つ、小型の杭だ。

 火薬によって高速で撃ちだされるそれは、近距離ならセラミックの防弾プレートすら撃ちぬき、例え強化外骨格であっても容易く串刺しにしてしまう。

 

 10mm HV Penetrator(ペネトレーター)。

 

 それがこの銃の名前だった。通称、杭打ち機。

 その威力はフィアーもよく知っている。あの悪夢の一夜では現地で調達したこれを手に、強化外骨格を着込んだ無数のレプリカ兵を撃破したからだ。

 弾薬である杭が重い為、精度と射程では通常の自動小銃には劣るが、その分室内戦では無類の強さを誇る銃器だった。

 

 そしてその隣にあるペネトレーターを更に上回る大型の異形の火器。

 そもそも正体を知らなければ、銃と認識するかも怪しいそれにもフィアーは見覚えがあった。

 曲線で構成された筒のような形状を持つその銃には、弾倉が存在しない。

 そもそもこれは従来の銃火器のように火薬を爆発させて金属の弾薬を撃ちだす銃ではない。

 これが放つのは高出力のエネルギーボルト。恐らくは世界で初めて実用化された個人携行用の粒子兵器。

 

 Type-7 Particle Weapon。

 

 それがこのSFに出てきてもおかしくはない超兵器の名前だった。

 そしてその丸みを帯びた銃身―――いや砲身の側面にはペネトレーターと同じく白い菱型を3つ三角形に繋げたエンブレムが刻まれていた。

 これはATC社のエンブレムだ。この2つの銃器はATC社製の最新の武器なのだ。

 

 しかしペネトレーターはともかく、Type-7はまだATC社でも開発されたばかりの新型兵器だ。市場には殆ど出回っていない。

 これを入手するには余程の大金を積むか、ATC社と何らかの繋がりを持つしかないのだ。

 もし仮に後者だとしたらシェパードとやらの事抜きで、この施設を探索する必要が出てきたかもしれない。

 

 更にロッカーの奥を漁るとAK用の予備弾倉とペネトレーター用の予備弾倉があった。

 しかし肝心のType-7用のバッテリーはない。

 手にとって調べてみると随分放置されているようで、気軽に撃ったら暴発することもあり得る。何しろこれは精密機器の塊だからだ。 

 Type-7の接続端子に自前のPDAに繋ぎ、オートチェックプログラムを走らせる。システムイエロー。いくつかのシステムの調子が悪い。しかもバッテリー残量はレッドゾーンだ。

 恐らくは1発撃てばエネルギー切れになる。

 だがそれでもこれは切り札になりえる武器だ。

 

 フィアーは暫く考えた後、ペネトレーターもType-7も両方とも頂いていくことにした。

 通常の銃器より大型に見えるがその点は流石はATC社製。そのサイズと高い耐久性に見合わぬ軽さを誇っている。あの会社は武器に限っては確かに良い仕事をするのだ。

 

 とは言え如何なフィアーと言えどM249軽機関銃とペネトレーター、Type-7に加えてサイドアームであるウィンチェスターショットガンとイングラム短機関銃まで装備するのは流石に限界を少々超えている。動けはできるが、スローモーを使った格闘戦をすればあっという間に息切れだ。

 重量軽減のアーティファクト、Graviを装備しているとはいえ何か装備を諦めなければならないだろう。

 

 暫く考えた後、フィアーはマールにM249軽機関銃を持たせることにした。

 彼の装備の中ではこれが一番重量がある武器だからだ。軽機関銃ならではの重量に加え、予備弾倉も含めて400発近くもある銃弾の重さも馬鹿にはできない。

 かといって破棄するには惜しい火力。ならば後衛を務めるマールに渡したほうが有意義だろう。

 

「ワオ、軽機関銃なんて初めてだぜ、これならどんな奴が来てもぶっ殺せるな……」

 

「過信はするなよ。こいつはリロードの隙がでかいんだ。戦闘中に弾切れになったら一緒に渡したSTANAGマガジンを使え。それと言うまでもないが俺に当てるなよ」

 

 武器の譲渡にあたってフィアーはマールに対して、M249軽機関銃の使い方を簡単にレクチャーした。ストーカーなだけあって彼はすぐに扱い方を飲み込んだ。後は戦闘中にジャムりでもしない限り大丈夫だろう。

 

 そして軽機関銃をマールに渡したフィアーは、ロッカーの中からまずType-7を取り出し、バックパックの上に括りつけると次にペネトレーターを手にした。

 ペネトレーターのボルトを前後させて動作を確認するが問題なく動く。状態は良好だ。弾薬も専用のフレシェット弾―――実際には杭に近い形状だが―――を装填した35連マガジンが4つ、ロッカーの棚に置いてあった。弾数にすると140発。ライフル弾だと少々心もとない弾数だが、このフレシェット弾は1発1発がライフル弾とは比べ物にならない威力を持つ。

 例えボディアーマーを装備した兵士でも、頑丈なミュータントでも容易く串刺し刑にできる。

 スローモーによる精密射撃ができるフィアーにとっては、残弾数がそのままフィアーが殺せる数であると言ってもいい。

 メインアームにするには申し分のない兵器だった。

 

 またbarkeepに頼む品物が増えたな……。とフィアーは思った。あの店でペネトレーター用のフレシェット弾を取り寄せれることができればいいのだが。

 

 そんなことを考えながら、ビニールテープで予備のフラッシュライトをペネトレーターの銃身へと巻き付けていく。そしてマガジンをペネトレーターに装填し、セーフティを解除した。

 残ったペネトレーター用の大型マガシンは戦闘服のベストには入らなかったので、ウエストポーチに詰め込み、入りきらない分はベルトにビニールテープで巻きつけた。これもあとでbarkeepから大型のポケットかポーチを購入せねばなるまい。

 そうして武装を整え、もう一度ロッカールームの探索をしようとした矢先だった。

 ロッカールームの外から物音がしたのは。

 

 今度のそれは今までのそれとは違い、距離が近い。ロッカールームのすぐ外で瓦礫を蹴り飛ばしたかのような音だ。

 僅かだが衝撃すらあった。

 つまりこれは今までの虚仮威しのそれではない。実体を持った何者かが側にいるということだ。

 マールもそれを理解したようで顔を青ざめながら、手にした軽機関銃をロッカールームの入り口に向けている。

 

 だがフィアーは彼ほど恐れてはいなかった。例え実体があるのなら―――亡霊であろうと殺せる。

 それがあの夜で学んだことの1つだ。

 杭打ち機を構えてフィアーはロッカールームの出口に向かって歩いて行った。

 

 

 

 

 





ZONE観光案内

X-18
STALKERで一番怖い場所と言われたら真っ先にまずここが上がるぐらい怖い場所。
コンクリート製の老朽化した地下シェルターみたいな地下研究所。
ライトの大半は死んでおり、ポルターガイストがうろうろして、歩いてるだけで物が飛んできて悲鳴を上げることになる。
他にも環境音で謎のラップ音やら地響きやらが常時響いてくる素敵な場所。
下手にドアに近づくと向こう側からおもいっきり叩かれたりもする。
まあドア開けてもドアの向こうには誰もいないんですがね。

ついでの小物紹介編


 Type-7 Particle Weapon
 FEARの名物。当てた敵を一瞬でまるこげの骨にするイカしたSF武器。
 続編でも後継銃がでてるが、弾速が遅すぎてむしろ退化してる。
 生身相手には強力だが装甲板纏った相手にはあんまりきかない。

 10mm HV Penetrator
 FEAR名物銃その2。通称ゴッスン釘。
 でっかい杭を撃ちだして(明らかに10mmなんて太さじゃない)撃った相手をそのままふっ飛ばして磔にする素敵な銃。
 出てきた敵を全員壁に縫い付けて前衛芸術みたいにするの楽しいです。


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Interval 24 X-18 地下2階~地下4階

 ロッカールームの出口の側の壁に背を付けたフィアーは、まずハンドミラーで通路の様子を探った。

 見える限りでは動く者はいない。しかし通路の大半は闇に覆われているため、隠形に徹した存在が身を潜めていたらフィアーと言えどその存在を見抜くのは難しい。

 フラッシュライトで闇を切り裂いて、通路を照らしだしクリアリングを行う。

 この通路は他の通路より崩落が酷く、壁に亀裂や穴が開いていた。穴の中は近づかなければ暗すぎて見えない。

 更にはホールのものと同じ木箱が幾つか放置されている。

 

 嫌な予感がする、と思いながらまだ探索していない通路の奥へと踏み込んでいくと、アノーマリー探知機が早速反応した。

 前方の進路上にアノーマリーを示す複数の赤いマークが検出される。

 嫌な予感はこれだったのだろうか、そう思いながら前進し、生臭い空気の流れを感じて振り返った。

 視線の先には通路の壁に空いた穴がある。一抱えほどの大きさの穴が。

 その奥の闇で何かが動いたような気がして、フィアーはフラッシュライトの光を穴に当てた。

 

 瞬間、穴の中に潜むそれと目があった。

 

 突如光を当てられたそいつは目を細めながらも、呻き声を上げて穴の中から歪んだ手を伸ばしてきた。それはフィアーがペネトレーターの引き金を引くよりも早く銃身を掴み、上へと跳ね上げる。

 杭打ち機が暴発し、天井に向かって杭を撃ち込む。コンクリートが破砕されて小さな破片となって落下した。

 そいつはそのまま穴の奥から飛び出して、一気にフィアーを押し倒さんとのしかかってくる。

 

 だがこの程度でやられるほどフィアーの反応速度は甘くはない。フィアーは後ろに倒れ込みながらも、相手の勢いを利用して巴投げでそいつを後方へと投げ飛ばした。

 それもただ投げ飛ばしただけではない。アノーマリーを示すマークがある場所へと放り投げたのだ。

 そいつが地面に激突すると、コンクリートの床から唐突に天井まで届くほどの火柱が巻き起こり、薄暗い通路を炎で照らしだす。

 炎のアノーマリー、Burnerだ。全身を炎に焼かれてようやくそいつの全身像がはっきり見えた。

 後ろにいたマールが呻いた。

 

「フィアー!こいつは……!」

 

「スノークだ!背後の警戒を怠るな!」

 

 その怪物の正体はAgropromの沼地でも交戦した人型ミュータント、スノークだった。

 全身に火を纏いながらも、ボロボロのストーカースーツとガスマスクを付けた四足歩行の怪人が、怒りの声を上げてこちらに向かって前進してくる。

 この怪物には痛覚というものがないのだろうか。

 改めてペネトレーターを構え、引き金を引こうとした瞬間、今度は後方で何かの落下音とマールの悲鳴、そして軽機関銃の銃声が連続的に続いた。

 

 「うぉっ!こいつ通風口から―――!」

 

 どうやら背後からもスノークが奇襲してきたようだ。

 一瞬だけフィアーが後方に意識を向けたのを好機と見たのか、火達磨になったスノークが雄叫びを上げると、天井付近まで跳躍して飛びかかってきた。

 だが、遅い。

 ペネトレーターの照準は飛び上がったスノークを追尾している。引き金を三度引く。

 3連射されたフレシェット弾は、スノークの胸、喉、そして頭部を撃ち抜き、そのままスノークを天井に磔にする。

 

 既にBurnerの火柱は鎮火していたが、火達磨になった上に天井に標本のように縫い止められたスノークが悪趣味な松明となって通路を照らした。

 フィアーがマールの方を振り向くと彼は、スノークに蹴り倒されて顔面にその爪を突き立てられる寸前だった。

 素早くスノークの頭部をポイントし、発砲。

 放たれた高速の杭はスノークが爪を振り下ろすよりも早く、大気を貫き側面から顔面へと突き刺さる。

 重量のある鉄杭の着弾の勢いでスノークは吹き飛ばされ、頭部を壁面に縫い付けられる。

 そこに上半身を起こしたマールが止めとばかりに軽機関銃を連射して止めを刺した。

 

「……まだ来るぞ!」

 

 フィアーは前方の通路の奥を見据えながら叫んだ。

 どこに潜んでいたものか、更に6体のスノークが四つん這いになって、こちらに向かってきていた。

 だがその進路には炎のアノーマリー、Burnerがある。怪物達は知ってか知らずかアノーマリーを避ける動きもせずに、まっすぐこちらに突っ込んできて―――そして当然のように発動したBurnerに火達磨にされながら、それでも速度を落とすことなくこちらに向かって来た。

 

 如何にミュータント化して知能が低下していると言えど、己の生存すら度外視して獲物に襲いかかるその狂気。

 

 それに微かに気圧されながらもフィアーは正確にフレシェット弾をスノーク達に撃ちこみ、床面へと縫いつけていく。

 そこにマールの軽機関銃の支援射撃も加わり、スノークの全滅は時間の問題になるかと思われた。

 だがこの地下の悪意はこんなものではなかったらしい。軽機関銃の流れ弾が通路に放置されていた木箱に当たった瞬間、更に事態は悪化した。

 再び甲高い鳴き声と共に、破砕した木箱の中から20体ほどの鼠が飛び出してきたのだ。

 しかも今度の鼠はただの鼠ではなかった。その鼠には全身を覆う毛皮はなく、歪に発達した筋肉に覆われ、顎は巨大化し、閉じきれない口の間からは禍々しい牙が並んでいる。

 

 Cordonの廃農場でストーカーを食い殺したあの奇形鼠だ。

 木箱は火柱を上げるアノーマリーのすぐ近くにあったので、奇形鼠の大半は木箱から飛び出すと同時にスノークと同じく火達磨と化す。

 しかし火達磨になりながらも彼らはスノークと同じく、自己保存を一切考えずにこちらに向かって来るのだ。

 

 この場合ミュータント達がアノーマリーに引っかかったのは果たしてこちらにとって幸運だったのか。少なくとも生ける小型の松明となった奇形鼠達に襲われるぐらいなら、まだ普通に襲われたほうがマシだろう。

 マールは燃え上がりながらもこちらに向かってくる鼠にパニックを起こしたのか、軽機関銃を乱射している。だがこの調子ではすぐに弾切れになるだろう。

 

 フィアーが軽機関銃を持っていればスローモーによる高速精密射撃によってこの鼠達を全滅させることもできたが、後の祭りだ。

 かといって手にしたペネトレーターの残弾数では鼠を皆殺しにするには少々弾数が足りない。

 フィアーは一旦ペネトレーターを背中に回すと、ショットガンを引き抜き、火鼠達の先頭をできうる限り引きつけた後、スラムファイアにて散弾を斉射、火鼠の半数を挽き肉に変えた。

 

「あっあれ?クソっ、弾切れ……」

 

 そして隣で弾切れを起こしたM249軽機関銃のリロードをしようとしているマールの襟を引っ掴むと、叫んだ。

 

「ロッカールームまで一旦戻るぞ!」

 

 そのままマールを引きずりながら来た道を駆け戻る。そしてロッカールームに飛び込む前に破片手榴弾を火鼠の群れの中へに放り込むのも忘れない。

 数秒後、爆音が地下を揺らし、振動で天井から埃と塵が落ちてきた。

 フィアーはロッカールームの中で、弾切れになったショットガンを捨て、代わりに腰からM10イングラム短機関銃を引き抜いてロッカールームの出入口に銃口を向けた。

 隣ではマールが軽機関銃のリロードを諦めて、背中に背負っていたAKを構えて同じように出入口に銃口を向けている。

 

 10秒ほどの痛いほどの沈黙の後、やがて火傷と手榴弾の破片で死にかけた奇形鼠が一匹だけロッカールームの出入口によろよろと姿を現した。

 即座にフィアーは短機関銃でそいつを射殺する。ボロボロになった鼠は哀れな悲鳴を上げて息絶えた。

 更に20秒程待機して、もうおかわりはこなさそうだと判断したフィアーはショットガンを拾い上げて散弾を装填し、マールに軽機関銃のリロードを済ませておくように言って通路に出た。

 

 先程まで鎮まりかえり、闇の回廊のような通路は先ほどとは一変していた。あちらこちらに未だ松明となって燃え続けているスノークの磔死体や奇形鼠の死体が散らばって、通路と死体を照らしだしており、悪趣味な前衛芸術が如き有り様と化している。

 

「大したキャンドルパーティだな……」

 

 全身を炎に焼かれても尚、敵を殺すことを止めない地下のミュータント達。彼らのような存在がよくこんなアノーマリーだらけの地下に長期間生存し続けられたものだ。平時は冬眠でもしているのだろうか?

 そしてこれだけの死体の山を築いて、まだ何の手がかりも入手できてないというのがまた腹ただしい。

 ミュータントの生き残りがいないことを確認するとフィアーは一旦ロッカールームへと引き返した。

 

「軽機関銃の残弾は後いくら残ってる?」

 

「あと大型弾倉が1つ。小銃用のマガジン3つだ」

 

「大事に使えよ。ここで弾が尽きた時が俺達の命が尽きる時だ。軽機だからって軽々しく乱射するんじゃない。お前は自分の身を守ることを優先しろ。俺が取りこぼしたヤツを仕留めるんだ」

 

「すまない……。なんだか足を引っ張ってばかりだな俺は……」

 

 落ち込んだマールの肩をフィアーは軽く叩いた。

 

「気にするな。こんな所で生きているだけで大したものさ」

 

 心からの言葉だった。

 

 

 

 

 

 その後、態勢を立て直してフィアー達は再びロッカールームを後にした。

 次の目的地はスノーク達がやってきた通路の奥だ。

 勿論さらなる怪物達がいる可能性もあるが、あれだけのミュータントが出てきたからにはあの通路の奥には何かがあるかもしれない。

 ミュータント達と同じ轍を踏まぬようにアノーマリー探知機を使い、burnerを丁寧に避けて行く。

 

 後ろのマールもフィアーが歩いた後を通ってアノーマリーを回避しながらついてくる。

 そしてたどり着いた通路の突き当りは更なるburnerの巣となっていた。

 

 元は大人数用のシャワールームだったそこはシャワーの蒸気ではなく、非活性状態にあって尚、猛烈な熱と光を放つ強力なburnerアノーマリーで空気が揺らいで見えていた。この部屋のburnerアノーマリーに比べれば、通路のburnerアノーマリーなど子供騙しに過ぎない。

 HMDに投影されたミニマップはアノーマリーを示す赤いマークで真っ赤に染まっている。ついでに微弱ながらガイガーカウンターすら反応していた。

 もはやこれではシャワールームではなくサウナルームだ。

 

 この危険地帯では活動時間も限られる。フィアーはマールを一旦通路に戻して見張りを命じると、ボルトを手にシャワールーム内部の探索を始めた。

 もはやHMDのミニマップはアノーマリーマークでぎっしり埋め尽くされている為、マップすら当てにはならない。

 床の破片やボルトを放り投げて意図的に火柱のアノーマリーを活性化させ、その隙間を掻い潜るようにして奥に進む。

 火柱と熱波の照り返しで、もはやフィアーは汗まみれだ。エコロジスト達の施設にあったシャワールームが猛烈に恋しくなってきた。ここも一応シャワールームではあるのだが。

 

 壁で仕切られた個室を一つ一つ覗いていくが、特に目立ったものは見当たらない。干からびたスノークの死体があっただけだ。

 ここも外れだろうか。そんなネガティブな考えと共に最後の個室を覗き、フィアーはマスクの下で目を見開いた。

 

 その個室の中には見たことのある格好をした死体があった。

 全身を覆うオレンジ色のビニールスーツ、胸にはボタンの付いたパネルが取り付けられており、顔は卵型のスモークグラスのヘルメットで隠されている。

 エコロジストのスーツだった。

 死体の回りには空になったペットボトルや缶詰の缶が転がっている。よく見るとスーツもボロボロだった。

 ここに閉じ込められて餓死したのか。或いは高熱による脱水症で死亡したのか。

 どちらにしても羨ましいと思える最後ではない。

 

 だがこのオレンジスーツが他の死体とは毛色の違う死体なのは確かだ。

 フィアーは身を屈めて彼の懐を探った。

 出てきたのは弾切れの拳銃とPDA。PDAは特別仕様なのかこの悪環境下においても目立った破損は見られなかった。

 早速バッテリーを繋ぎ、起動を試みる。幸いなことに起動にパスワードの認証は不要だった。

 随分と無警戒だが楽に越したことはない。セキュリティ管理の甘いオレンジスーツの中身に感謝しながらPDAを起動させた。

 履歴を調べると、最後に使われていたアプリはメモ帳だった。早速中を覗き見る。

 

『親愛なる同僚へ。明日から始まる事について知らせたいのだが君たちには中央研究室のコンテナに気を配ってもらいたい。必ず2時間おきにコンテナを検査してくれ。連絡は全て直接、私にするように。中央研究室のコードは、9524だ。 X-18 研究所 責任者 Piotr Llyitch Kalugin』

 

 当たりだ。フィアーはマスクの下で笑みを浮かべた。この死体はこの施設の研究員だったらしい。

 これであの扉へのアクセスコードが手に入った。

 フィアーはPDAのデータを自分のPDAに移して遺体にPDAを返すと、逸る気持ちを抑え慎重にシャワールームの出口へと向かっていった。

 

「パスコードを手に入れた。ホールまで……いや、ロッカールームまで一旦戻るぞ」

 

 そうマールに告げるとフィアーは、再びアノーマリーだけの通路を通り抜けて、ロッカールームまで引き返し、一息付くことにした。

 そして出入口にワイヤートラップを張ると、小休憩をするとマールに伝えた。

 ロッカールームにあったベンチに二人は腰を下ろした。勿論銃はすぐ側に立て掛ける。

 

 フィアーは早速フェイスガードを外すと、パックパックの中にあったミネラルウォーターの封をきって一気に飲み干した。

 更にもう一本ミネラルウォーターの封を切ると、半分ほど飲み、ヘルメットも脱いで汗まみれになった自分の頭にミネラルウォーターの残りを振りかけて、熱を冷ます。そこでフィアーはようやく人心地がついた。

 フル装備でサウナのような場所にいたせいか、頭部に血と熱が溜まっていた。もう少しあそこに留まっていたら、熱中症になっていたかもしれない。

 

 マールも似たようなもので同じようにミネラルウォーターを一気飲みして、汗まみれになった顔をタオルで拭っている。

 その後は2人してカロリー補給の為に持参した栄養補助食品であるブロック状のビスケットバーを数本貪るようにして食べた。ついでに水分が足りなかったのでロッカーにあったコーラなども頂いた。

 水分を補給し、カロリーを補給し、コーラによるカフェインもあってか、体の調子が戻ってきたフィアーはマールに出発すると伝えた。

 

 コンバットハイの反動が今ごろになって襲ってきたのだろうか。マールは少々気怠げだったが、それを押し殺して立ち上がると軽機関銃を手に取り、フィアーの後をついてきた。

 そして特に障害もなく2人はホールへと戻ってきた。

 未だにホールには死体と、死体を齧る鼠の咀嚼音に溢れていた。ロッカールームで小休憩して正解だったとフィアーは思った。

 こんなところで休憩などできるわけもないからだ。

 

 ホールの遮蔽扉のパネルを調べる。電源は生きているようなので、システムを起動すればパスコードを受け付けるようになるだろう。パネルをいじるフィアーに、マールが声をかけてきた。

 

「なあ、フィアー……。俺の相棒やシェパードがまだ生きていると思うか?」

 

 その声は不安と恐怖に満ちていた。無理もない。X-18がこれほどの魔境とはフィアーも想像していなかった。

 その問に対してフィアーはパネルをいじりながら振り返らずに答えた。

 

「正直怪しいな。だが似たような状況下で俺も2人の仲間とはぐれたことがあるが、その時はなんとか合流できた。仲間の死体を見つけるまでは諦めるべきじゃない」

 

「……そうか。そうだな」

 

 そのフィアーの答えに安心したのか、マールの声には力が戻ってきていた。

 もっともその2人の仲間の内1人は目の前で死んでしまったのだが、流石にそれを言う気にはならなかった。

そうしている間にパネルが起動した。手早くパネルに手に入れたコードを入力しようして―――

 

 鉄の塊がぶつかり合うような凄まじい轟音が、目の前の遮蔽扉から響き渡った。

 

 同時に2メートルを越える高さの巨大な遮蔽扉が、反対側から巨大な何かを叩きつけられたかのように軋み、揺れる。余りの衝撃に扉ではなく扉が埋め込まれた壁が悲鳴を上げ、小さな亀裂ができた。

 フィアーは反射的に扉の前から飛び退き、ペネトレーターを構えた。マールの方に視線を向けると、彼は余りの出来事に腰を抜かしてひっくり返っている。

 素早く彼の襟首を掴んで引きずって、遮蔽扉の前からどかせる。

 

 異変はそれっきりだった。

 襟首を掴まれたまま、唖然とした表情のマールがぽつりと呻く。

 

「……なあフィアー。音の出処は目の前みたいだが、問題あるか?」

 

「おおありだな。だが開けないわけにもいくまい」

 

 問題はこの扉に激突した物がなんなのかということだ。

 この規模の遮蔽扉の重量は恐らく最低でも5t、下手すれば10tにもなる。

 例え自動車が突っ込んできても揺らぐことはない。

 つまりこの向こうには自動車にも匹敵する何かがいるということになる。

 

 マールを一旦ホールの出口まで退避させ、自身はメインアームをType-7へと持ち替える。

 Type-7は強力な粒子砲だが、どちらかと言えば対人用の兵器だ。

 人体なら一瞬で蒸発させる熱量も、装甲に覆われた大型兵器相手では真価を発揮できない場合も多い。だがそれでもパワードスーツ程度の兵器なら有効なのは、レプリカ兵が操るパワードスーツ相手に実証済みだ。 

 弾数が1発限りというのが心許ないが。

 ついでに最後に残った対物地雷も遮蔽扉の前に仕掛けておき、手榴弾の準備もする。

 

 扉の向こうにいるであろう何者かへの迎撃の手はずを終えたフィアーは、遮蔽扉を開ける為、パネルに取り付いた。

 これから開けるとことをマールに手で合図すると、慎重にパネルにアクセスコードを入力していく。

 

 9、5、2、4。 数字を全て入力していき、最後にエンターキーを押すと圧縮空気の漏れる音と、金属が擦れる音が響いてゆっくりと遮蔽扉が開いていく。

 フィアーは扉の死角に待機しているため、扉の中を伺うことはできない。

 完全に扉が開ききった後も何も起こることもなく、時間だけが刺すような沈黙と共に過ぎていった。

 

 5秒、10秒、20秒、と経ってフィアーは気配を殺しながら解放された遮蔽扉に近づき、ハンドミラーを使って中の様子を覗き見た。そして呻く。

 

「クソっ……!」

 

 扉の中は地下へと続く階段だった。その規模は地下1階から地下2階への階段と同じサイズで人一人か二人が通れるかと言ったものだ。とてもではないが、あの遮蔽扉を揺るがすような代物が通れるような広さではない。

 あの轟音と振動は単なるフェイクだったのだろうか?

 いや、フェイクだろうと10t近くある遮蔽扉を揺るがす何かが居るのは間違いない。警戒を緩めるべきではない。

 フィアーは設置した地雷を回収し、Type-7にセーフティをかけるとメインアームを再びペネトレーターに持ち替えて、待機させていたマールを呼び寄せた。

 

「フィアー、結局あれは何だったんだ?」

 

「どうもこの地下には人前に出るのが苦手な奴が居るようだ。奴はなんとかして俺達を追い出したいらしい。……お前はもう無理についてくる必要はないぞ。ここは予想以上にやばい」

 

「いや、大丈夫だ。いくらあんたが強いと言っても後ろに目はないだろ?見張りぐらいの役には立つさ」

 

「……そうか。なら頼む」

 

 結局フィアーは彼の意思を尊重することにした。

 確かに彼は戦闘面では頼りにならないかもしれないが、完全に1人でこの地下を探索するとなると流石のフィアーも精神的にきついものがある。

 例えフィアー程の戦士でも、背後に誰かが居るというのは意外と安心できるものなのだ。

 マールの意思を確認したフィアーは、先ほどと同じく彼とツーマンセルを組んで扉の中へと入っていく。

 フィアーに続いて、後衛のマールが扉をくぐったその瞬間。

 

 まるで蹴り飛ばされたかのような勢いで遮蔽扉が閉じた。

 

 金属音が狭い階段に響き渡り、続いて扉のロックのかかった証の電子音が階段側にあった操作パネルから響いた。

 

「オイ、マジかよ!」

 

 流石にパニックになったのか、慌ててマールが遮蔽扉にしがみつくが当然びくともしない。

 フィアーは階段側の操作パネルを起動させてアクセスコードを入力するも、予想通り受付はしなかった。

 

「どうやらこの地下に居る恥ずかしがり屋を始末しないと出れない仕組みになっているようだな。恐らくシェパードやお前の相棒もこんな風に閉じ込められたんだろう」

 

「……先に進むしかないってことか」

 

「そういうことだ。行くぞ。ここからは密に警戒しろ。奇妙な物音や妙なものを見たらすぐに俺に知らせろ」

 

 そう告げるとフィアーはペネトレーターを構えて、階段を降りていく。マールはその姿を暫し呆然と見ていたが、慌てて後を追った。

 この階段は地下1階から地下2階の階段よりも更に長かった。最初の階段と違い、照明が生きていたのが救いだったが。

 体感的には10m近く降りた所でようやく、扉を見つけた。ここが地下3階になる。

 だが地下への階段はまだまだ続いている。

 

 地下3階を探索するか、それとも階段を更に降りるか、判断に迷いフィアーは地下3階へと続く扉に耳を当てて、内部の様子を探った。

 内部からは何かがコンクリートにぶつかる音、ガラスが割れる音、そして巨大な重量のある物がズシンズシンと歩きまわる音が聞こえてきた。どれも人の気配とは程遠いものばかりだ。

 

 特に気になったのは重量物が歩きまわる音。フィアーの聞いた音の中で一番これに近い音は、先日ATC本社に査察に乗り込んだ際、壁をぶちぬいて現れた大型パワードアーマーの足音だった。

 結局そのパワードアーマーには手持ちの火器が一切通用せず、ATC本社内部で命がけの追いかけっこした結果、最終的にはATC社の武器開発室で手に入れた試作型のロケットランチャーと対物地雷を山ほど叩き込んでようやく撃破に成功したのだ。

 

 この足音の持ち主があのパワードアーマーに準する相手だとしたら、手持ちの火器だけで殺しきることは難しい。また都合よくロケットランチャーが転がっているとは限らないのだ。

 暫く考えた後、フィアーは結論を出した。

 

「この階は後回しだ。下に降りるぞ」

 

 マールはフィアーの判断を信用しているようで、何も言わずに頷いた。

 

 

 

 

 

 

 ―――地下4階

 

 

 2人はあれから更に階段を降りていった。より下へ降りる度に生きていた照明も段々と消えるか弱々しくなり、まるで冥府の奥へと進んでいるかのような錯覚に陥る。

 正体不明の騒音で騒がしかった地下3階とは違い、地下4階へと降りるにつれて一切に雑音がなくなり、痛いほどの静寂が辺りを包む。自分の足音、後ろのいるマールの足音に集中することが正気を保つ唯一の術だった。

 階段の段数を数えているため、実際には十数メートルほどしか降っていないはずだが、その数字すら本当に正しいのか自信が持てない。

 そして20メートルほど降りた所でようやく底に到着した。

 

 階段の底には扉が1つ。フィアーは先ほどと同じように扉に耳を当てて気配を探る。

 特に物音は聞こえない……いや、微かな笑い声が聞こえたような気がする。

 だが笑い声程度ならどうということはない。

 扉に手をかけて鍵がかかってないことを確認すると、マールにハンドサインで合図をして突入すると伝える。彼は無言で頷いた。

 フィアーはゆっくりと金属製の扉を開けた。長い間油を差してなかったその扉は予想以上に大きな軋み、音を響かせながら開いていった。

 

「……ここは随分と様子が違うな」

 

「ああ、上と違って随分と綺麗に見えるぜ。それに明るいのも助かる」

 

 扉を開いた先は上と同じちょっとしたホールになっていた。

 このホールの間取りは中心部にエレベーターがないのと、天井が少々高い以外は上のそれと大差ないが、地下1階や地下2階は作られてから何十年と経過したコンクリートの地下シェルターの様な雰囲気だったのに対して、この地下4階は壁は少々薄汚れているが真っ白な壁材を使用しており、床材も自然石調のタイルと随分と現代的だ。

 

 照明も白熱球や非常灯ではなく、蛍光灯やLEDを使用しており、薄暗かった上の階と違って全ての照明が生きている。その為白い清潔な光が煌々とホールを照らしており、上の階のような重苦しい空気はない。

 そして明かりに照らされるホールの中で目を引いたのは、ホールの天井にある白い菱形を3つ、三角形に配置したマーク。

 それと同じものがフィアーが手にするペネトレーターの銃身にも刻まれている。

 ATC社のマークだ。

 

「ここはアーマカム社の施設なのか…」

 

 思いも寄らず、ATC社の痕跡に出くわしたことでフィアーは呆然と呟く。

 確かにこのホールの構造は、フィアーが何度か探索したATC社の施設と通じるものがある。

 しかしこんなZONEの奥底で、ATC社がこのような施設を作っているとは思いもよらなかった。

 

 ATC社が関わっているのなら尚更この階は徹底的に探索しなければならない。

 上の死体の山にナイトクローラーの死体が混じっていたのもこの施設が原因だろう。

 この階はホールの奥に扉があり、その左右の突き当りには廊下が伸びている。

 そしてそのホールの奥の扉は地下2階のそれと同じく大型の遮蔽扉だ。

 とりあえずそこから調べてみるべきだろう。

 だがその前に隣のマールに警告をしておくことは忘れない。彼は探索の場が陰鬱な古い地下施設から、突如清潔な研究所になったことに対して安心し、緊張感が削がれてるようにみえる。

 

「マール、随分と雰囲気が変わったがここはアーマカム社の施設だ。今までとは別のベクトルで気をつけろ」

 

「別のベクトルってどういう意味だ?」

 

「そうだな。天井に不自然な出っ張りがあったら、警戒しろ。無人機銃が出てきて蜂の巣にされる。後は昆虫の羽音みたいな音が聞こえたら戦闘態勢を取れ。それはレーザー機銃を装備した対人UAVのエンジン音だ」

 

 それを聞いてマールは頭を抱えた。

 

「さっきまではわけのわからん幽霊や怪物に悩まされてたのに、今度はSFみたいな兵器に悩まされることになるのか……」

 

「そう言うな。無人兵器は確かに手強いが、亡霊を相手にするよりは精神的には随分楽だぞ。奴らは合理的に動いてくれるし、心理的なプレッシャーもかけてこない」

 

 そう言いながら2人がホールの中心まで歩いた時だった。

 ブレーカーが落ちるような音と共にホールの照明がダウンした。

 

 

 

 




 ZONE観光案内

 X-18地下2階
 そこら中に炎のアノーマリーがあったり、へんな火の玉が飛んでいたりとかなりのホラーアトラクションちっくな場所。
 ミュータントも多数存在して気が休まらない場所です。
 MODによって敵の種類がいろいろ違うため行くたびに新しい恐怖を味わえます。




 そして地下三階はまさかのスルー。
 このSSのZONEの時系列はS.T.A.L.K.E.R.: Clear SkyとS.T.A.L.K.E.R. SHADOW OF CHERNOBYLの間なので、SHADOW OF CHERNOBYLでマー君が探索する地下三階をフィアーが先に荒らすわけにはいかなかったからです。

 代わりにオリジナルの地下4階をぶち込みました。こっからはFEARパート。
 因みに原作だとX-18は地下三階までです。が、地下三階へ続く階段に更に続きがあったようにも見えたのですが、崩落していたので実はまだこの下に何かあったんじゃないのかと思い、オリジナルの地下4階を作ろうという発想になった次第。


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Interval 25 X-18 地下4階

 清潔さと文明の輝きである白い光に満たされたホールは、突如一寸先も見えぬ闇へと落とされた。

 間の悪いことにこのホールではフラッシュライトは必要ないと判断して、2人ともフラッシュライトの電源を切っていたのも災いした。

 

「うおっ?!なんだ!」

 

 突然の出来事にマールが驚愕し、銃を構えようとするのが気配でわかる。

 

「やめろ!マール!撃つな!」

 

 咄嗟にフィアーが気配だけで隣にいるマールの位置を割り出し、彼が構えたM249軽機関銃の銃身を掴む。

 

「この暗闇で銃を乱射したら俺達は全滅だ!一旦フラッシュライトをつけろ!」

 

 その言葉で彼は自分がどれだけ危険な事をしようとしていたのか気がついたようだ。

 慌ててマールは銃身に取り付けたフラッシュライトをオンにして前方を照らす。

 そして2人して固まった。

 

 フラッシュライトの光によって球状に切り取られた闇の中、そこに先ほどまでは間違いなく存在していなかった人影が立っていた。

 それは人の形状をしていたが人ではなかった。

 それの体は藁のようなもので構成されており、手足は異常に細い。頭部に至っては藁を束ねて頭の天辺で紐で括ったような形状をしていた。文字通り人間サイズの藁人形、或いは衣服を来ていない案山子という表現がそれを言い表すなら一番近い。

 当然それに顔はない。だがそれでも間違いなく。彼はこちらを見ていた。

 

 マーレが悲鳴を上げて軽機関銃の引き金を引いた。今度はフィアーも止めなかった。

 というかフィアーもその『藁人形』に向けてペネトレーターを撃ち込んだからだ。

 銃弾は当たったのか、すり抜けたのか不明だが、弾の大半は『藁人形』の背後の壁へと着弾し、甲高い音とともに火花を散らす。

 

 その火花が合図だったように、ダウンしていたブレーカーが復帰し、再び照明が復活した。 赤く輝く非常灯だけが。

 真っ赤な明かりに照らされたホールの中は、先ほどまでの景色と一変していた。

 そこには文明らしさと清潔感は欠片も無い。上の階と同じく、そこは異形の棲家と化していた。

 

 

 

 

 紅いホール中に影を伸ばす無数の人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人。

 

 

 

 

 通路の前、遮蔽扉の前、階段への扉の前、天井に何の前触れもなく浮かんでいるものもいる。その全てが先の『藁人形』だ。

 彼らは一様に顔のない顔をこちらに向け、2人の侵入者を観察していた。

 マールはその異様な光景に最早絶句を通り越し、唖然としている。フィアーは素早く彼が発狂して軽機関銃を乱射しないように銃身を抑えた。『今』のこいつらには銃弾は効きはしないとわかったからだ。

 

 そして5秒か、10秒か、藁人形達はこちらを見つめ続け―――再びブレーカーが落ちる音と共に、非常灯まで消えて辺りが完全なる闇に包まれる。

 今度の復旧は早かった。僅か数秒足らずで非常灯のみならず、ホールを照らす全ての照明が復旧する。

 白い光に照らしだされたホールには、先程の藁人形は一体たりとて残ってはいなかった。

 まるでそんなものなど居なかったと言わんばかりに、施設はその清潔さを保っていた。

 

「なんだったんだ……今のは……」

 

 マールが呟いた。彼の声は恐怖と混乱で震えていた。

 

「……あれが亡霊だ。記念写真を撮っておくべきだったかな」

 

 フィアーはあの藁人形に見覚えがあった。

 彼らを最後に見たのは、ナイトクローラーとアルマの遺伝子を争奪戦を繰り広げた、ATC社の地下研究所。

 そこで彼らはまるで好奇心旺盛な子供のように、時折姿を現してこちらの様子を伺っていた。

 少なくともその時、銃弾では彼らを殺すことは出来なかった。代わりに彼らもこちらに危害を加えることはなかったが。

 

 しかし安心できるというものではない。危害を加えなかったのはできないというわけではなく、ただやらなかっただけかもしれないのだから。

 

「……他にも居るのか?」

 

「ブラッドサッカーみたいに姿を消して襲いかかってくる奴、闇に潜んで引きずりこもうとしてくる奴、特攻してくるガスの塊みたいなやつ。いろいろだ。だがこちらに攻撃的な奴は実体化してるせいか、こちらの攻撃も効く。奴らの殺気に呑まれず意思を保てば充分戦える」

 

「無茶言うなよ! あんな化け物相手に恐れずにいろって!?」

 

「ミュータントと同じだ。奴らも亡霊共も知らなければ確かに恐怖の対象だ。だが知ってしまえば屠殺作業のように殺せるようになる」

 

 その言葉にマールは暫く俯き考え込んでいたが、やがて顔を上げた。

 

「正直よくわからんが、1つだけわかったよ。あんたはミュータントも幽霊も恐れちゃいないってことがな」

 

「買いかぶり過ぎだ」

 

「とにかくあんたの指示に従うよ。なんとなくわかってきたが……あんたはああいう奴ら相手のプロなんだろ?」

 

「理解してもらえて何よりだ。では行くぞ、あの亡霊共だけではなく、アーマカムの自動防衛システムにも気をつけろよ」

 

「敵が増えてばっかりだな……」

 

 うんざりしたようにマールが呻く。だが軽口を叩ける分、精神状態は先よりはマシになって来ているようだ。だからフィアーも冗談めかして答えてやった。

 

「そうでもない。亡霊共の合間に防衛システムや人間の兵士を相手にすると、これがいい気晴らしになるんだ」

 

「どんな性癖だ」

 

 そんな会話をしながら、ホールの一番奥にある遮蔽扉にたどり着く。

 遮蔽扉が埋め込まれている壁面にやはり操作パネルが取り付けられている。それを弄ってフィアーは結論を出した。

 

「やはりアクセスコードが必要だ。この施設内部を探索するぞ」

 

 しかもこの扉を開くにはアクセスコードが2ついるらしい。

 扉の左右には2つの通路がある、左側の通路から探索することにした。

 ホールの中は煌々とした灯りに照らされていたが、通路の中は照明が落ちて赤い非常灯のみが生きている。

 だが通路の突き当たりには別の部屋の明かりが見える為、それほど圧迫感は感じない。

 もっともそれで油断して亡霊に襲われる訳にもいかない。

 油断せずにフィアーが前衛となって罠も警戒しながら先に進み、突き当たりの部屋に侵入する。

 

 2人が入った部屋は研究室のようだった。部屋の手前は会社のオフィスのように整然とワークデスクが並び、その上にはデスクトップパソコンが鎮座している。そして部屋の中央から奥はガラスで仕切られており、その向こう側は作業机と研究用と思わしき機材が置いてあった。

 

 だがその研究室は嵐にでも遭遇したかのように悲惨なことになっている。壁と言わず天井と言わず人型の血の染みがそこら中にこびり付いており、ワークデスクのパソコンは銃撃を受けて破損している。

 照明は半数が破壊され、部屋を仕切るガラス戸は木っ端微塵に割れており、機材の大半は破損している。

 床には空薬莢が無数に散らばっており、銃撃戦があったことを示しているが、これだけ派手な痕跡があるのに人間の死体は何一つとして無いのが不気味だ。

 

 フィアーはマールに見張りを命じてPCを一台ずつ検めるが、大半は破損していて使えそうにない。ここも外れかと思った時、最後の一台が起動した。

 とは言え、それも筐体に銃弾を受けているため、動作が極めて不安定だ。

 だがなんとか職員用のメールを幾つかサルベージすることに成功した。

 

『5/27  スミスへ。

カールのチームがFlashアーティファクトの欠片をバッテリーに加工することに成功した。これをType-7 Particle Weaponに使用することは可能だろうか? 

アダム・ミラー』

 

『5/29 ATC本社、兵器開発研究主任 アーロン・ジョーンズへ。

 スミスのチームがバッテリー化したアーティファクトをType-7 Particle Weaponへ組み込む事に成功した。出力は当初の予定の200%増しという嬉しい誤算だ。戦闘実験区画でレプリカ兵に持たせて、スノークに向かって試した所、五体が弾け飛んだ。火星人もびっくりな威力だ。是非映像も見て欲しい。

 アダム・ミラー』

 

『5/30 X-18βラボ 兵器開発主任、アダムミラーへ。

 Type-7 Particle Weaponのデータを見ました。素晴らしい威力でしたが、アーティファクトをバッテリーにするのはコストが高いです。

 ATC本社、兵器開発研究主任 アーロン・ジョーンズ』

 

『6/1 X-18βラボ全員へ。

 今日は中央実験室のアクセスコード変更の日だ。今回は1002とする。私の誕生日だ。……いや、別に他意はない。今年の誕生日プレゼントとかなんて期待してはいないとも。

 アダム・ミラー』

 

『6/10 X-18ラボ、Kalugin主任へ。 

 新型兵器実験の為のサンドバッグが少々足りなくなった。そちらで培養しているミュータントを少し貸してくれないか?代わりに私の秘蔵の一本と引き換えで。

 アダム・ミラー』

 

『6/21 ATC本社、私設警備部 アディソン・セドリックへ。

 近頃ストーカーが偽装した廃工場付近をうろついている。現在の警備では不安が残るので、レプリカ兵の補充と装備の申請をしたいのだが、君の方からもお願いできないか?今度アーティファクトをお土産に持って行くよ。指輪に加工して奥さんにプレゼントするといい。

 アダム・ミラー』

 

『6/25 X-18βラボ 兵器開発主任 アダムミラーへ。

 そちらの例の検体が発する精神波がうちのラボの職員や実験体にも影響を与えているのでなんとかしてくれ。こちらは米国資本の君たちと違って少ない予算でやりくりしているから、ちょっとした影響が命取りになるんだ。お陰で今日のデータが台無しになったよ。これが続くなら君達の本社のほうにも抗議せざるを得なくなる。

 X-18ラボ、Kalugin主任』

 

『6/25 X-18ラボ、Kalugin主任へ。

 すまない。シールドを3重にしてみるよ。それでも影響があるならまた連絡をくれ。追伸、後でおごるから本社への報告は勘弁してくれ。

 アダム・ミラー』

 

 

 

 閲覧可能なメールを全てチェックし、データをPDAで取得したフィアーは笑みを浮かべた。早速アクセスコードの1つを手に入れられるとは幸先がいい。

 どうやらこの施設は間違いなくアーマカム―――ATC社の武器開発施設のようだ。だがメールの文面を見ると上の施設―――X-18とはまた別の系統の研究施設にも思える。

 この地下4階はX-18βと呼ばれ上のX-18とは何らかの情報共有をしているが、スポンサーも研究目的も別物らしい。

 

 そうなると上の施設はアーマカムとはまた別口で、ZONEのことを研究していた組織が運営していたものということになるが、それがなんなのかはフィアーには皆目検討も付かなかった。

 現時点でわかるのはアーマカムほど豊富な資金はないことと、X-18の職員名からしてロシア系の組織かもしれないということだけだ。

 

 更にパソコンから情報を収集しようとしたが、操作途中でとうとう限界を迎えたようで、煙を吹いて沈黙してしまった。

  フィアーは完全に沈黙したパソコンから視線を部屋の中へと移した。よく見ると壁面に入って来たそれとは別に更に出入口があったので、そちらの方も調べることにした。

 

 マールを促してそちらへと進む。

 非常灯で照らされた一本道の通路には3つの扉があったので、一つづつ調べていく。

 1つ目のドアの中は職員用のシャワールームだった。ただしここも荒らされていて、鏡という鏡が割られている。コインランドリーも設置されていたので何気なく中を除いた所、洗濯槽は乾いた血で茶色く染まっていた。

 

 2つ目のドアは開閉機能が壊れているようなので、無理やりこじ開ける。中は職員用の寝室だった。大きめの部屋に10台ほどの二段ベッドが置かれており、部屋の端にはミニキッチンがある。ここは照明が非常灯のみで薄暗かった。

 フラッシュライトを付けて探索するが特に得られるものはなかった。時折、視界の端で何かが動いたが、襲ってくる気配はない。いちいち気にしても仕方がないので無視する。

 

 そして最後のドアは厳重にロックが掛かっていた。ドアが壊れているのではなく、明らかに内部からロックされている。

 フィアーはナイフをドアの隙間に差し込み、ロックを破壊してこじ開けようとした。だがロックを破壊したにも関わらず完全に開かない。僅かに開いた隙間から見るとモップが支え棒となって扉が開くのを拒んでいた。

 

 ……これはバリケードだ。そしてそんなものを亡霊が作るとは思えない。

 

「おい!誰かいるのか!?」

 

 フィアーはドアの隙間に向かってそう叫んだ。返事はなかったが、フィアーの敏感な聴覚は僅かな衣擦れの音を聞いた。

 誰がが居ると判断したフィアーは渾身の蹴りを扉に向かって叩き込む。モップはあっさりとへし折れて、扉は蝶番ごと内部へと吹き飛んだ。

 こちらが止める間もなく、中に誰かが居ることを察したマールが先に中に入って叫ぶ。

 

「エフゲニー!それともシェパードか?マールだ!助けに来たぞ!」

 

 扉の中は通路と同じく暗かったが、職員用トイレだった。支え棒になっていたモップは清掃道具入れから調達したのだろう。

 トイレの洗面台の上には弾切れになって放置されたと思わしき、MP5短機関銃が置いてある。

 個室のトイレは大半がドアが開けっ放しになっていたが、一番奥のドアだけが閉まっている。

 物音はそこからしたのだ。

 

「マール、一番奥の個室だ。誰か入っている。」

 

「わかってる。クソっ鍵がかかって……、ええい!」

 

個室に鍵が掛かっていることを知るとマールは、軽機関銃のストックを個室のドアに叩きつけた。所詮は内部が中空のベニヤのドア。3度も叩きつけると大穴が開いて、鍵は破壊されてドアが開いた。

 

「エフゲニー!生きてたか!」

 

 ドアの中をフラッシュライトで照らしたマールが歓声を上げる。

 個室の中には1人のストーカーが拳銃を手に、便器にもたれ掛かるように座っていた。彼がマールの相棒のストーカーか。

 だがとてもではないが彼の状態は無事とは言えなかった。

 全身のスーツはボロボロで彼の顔は血に汚れている。だが何よりも助けが来たというのにも関わらず、彼は虚ろな目で虚空を見上げていた。

 

 しかしマールの声を聞いたせいか、それともフラッシュライトで照らされたせいか、彼の目に微かに生気が戻り始める。だが彼に戻った感情は、救助が来たという開放感から来る安堵のそれではなく、絶望から来る怯えだった。

 彼は恐怖に濡れた目でマールに懇願するように言った。

 

「駄目だ……マール来るな……俺はもう『捕まった』……逃げろ、ここから…」

 

「……何言ってんだ?お前を置いてここから出られるかよ、さあ一緒に行くぞ……安心しろ、頼りになる用心棒がいるんだ。化け物なんて目じゃないさ……」

 

 その時フィアーは気がついた。エフゲニーと呼ばれるストーカーが座っている便器の背後の壁。

 そこは今フラッシュライトで照らされているというのに、そこだけコールタールを思わせる漆黒に広がっていく事に。同時にアノーマリー探知機が警告音を鳴らし、HMDにアノーマリーマークが表示される。

 その瞬間フィアーの脳裏に閃いたのは、同じ様な闇に引きずりこまれて目の前で惨死したかつての上司、スティーブ・チェン中尉の死に様だ。

 

「ヤバい、マール!そいつから離れろ……!」

 

 危険を感じたフィアーがそう言うよりも早くマールは、エフゲニーを立ち上がらせようと彼の腕を掴んでいた。

 

 それが致命的だった。

 

 次の瞬間、個室の壁に広がる漆黒の闇から奇声と共に枯れ木のような2本の『腕』が飛び出した。

 明らかに人間の腕より長いそれは、まずエフゲニーに掴みかかり、彼を問答無用で背後の闇へと引きずり込む。

 そして必然的にエフゲニーの腕を掴んでいたマールもまた、闇の中へと引き込まれた。

 反射的にフィアーがマールの脚を掴んだ時には、彼はもう上半身が闇の中へと埋まっていた。

 

 マールを引きこもうとする凄まじい力に抗い、必死で彼を引き戻そうとフィアーは腕の力を振り絞る。マールの脚の骨が嫌な音を立てつつあるが、命には変えられまい。それにしても凄まじい力だ。一歩間違えればフィアーもまた闇の中へと放り込まれる勢いだ。

 

「マール!相棒の腕を離せ!お前も死ぬぞ!」

 

 果たしてその言葉は彼に届いたのだろうか。

 いずれにせよそれを確かめる機会は訪れなかった。

 掴んでいた脚の抵抗が突如として消えた。突然の事にフィアーは後ろに転倒しながらも、頭の冷めた部分でこの結末を理解していた。

 フィアーは起き上がり、自分が握っていたものを見る。

 

 それは太ももの部分でちぎれ、鮮血をまき散らしているマールの脚だった。

 フィアーは暫くそれを見た後、マールの脚を後ろへと放り投げた。

 そしてマールが闇に引き込まれる際に、便器の前に落としたM249軽機関銃を拾い上げて、大きく深呼吸する。

 

 その程度では怒りは収まりそうになかった。

 

「いちいち人をムカつかせるのが上手い奴らだ……」

 

 殺気を込めて、未だに個室の壁に張り付く闇に吐き捨てる。闇からは微かに嘲笑うような声が聞こえた。

 フィアーはM249軽機関銃を右手一本で構えると便器の前へと進み、左手を闇の前へと差し出した。

 一瞬、躊躇する気配があったものの、闇の中の住民は好機とみたのか、再び枯れ木のような『腕』がフィアーの差し出した手を掴まんと飛び出してくる。

 

 だがスローモーを発動させたフィアーからすればその動きは余りにも遅い。『腕』がフィアーの手を掴むより早く引っ込め、逆に『腕』を掴み返す。

 この事態は想定外だったのか、掴んだ感触から『腕』の持ち主の動揺が伝わってきた。

 

「死ね」

 

 そのまま『腕』を掴んで固定するとフィアーはM249軽機関銃の銃口を壁に広がる闇の中へと突っ込み、引き金を引いた。

 フルオートで放たれるライフル弾の嵐が次々と水中へと撃ちこむように、闇の中へ撃ち込まれる。銃弾が注ぎ込まれる度に闇の中から絶叫が響き渡った。

 『腕』の持ち主は銃撃から逃れようと、狂ったようにフィアーの手を振りほどこうとしているが、常人離れしたフィアーの握力はそれを許さない。

 常識で考えればライフル弾は個室の壁を破壊するはずなのだが、この闇は一種のワープゲートのような役割を持っていて外には影響を与えないようだ。

 

 ―――ならばこれぐらいやっても問題あるまい。

 

 数十発の銃弾を闇へと叩きこむと、フィアーは『腕』を手放し、手榴弾を取り出すと安全ピンを抜いて闇の中へと放り込んだ。

 手榴弾はあっさり闇の中へと沈み込み……そして炸裂した。

 底なし沼の奥深くで爆発が起きたかのように闇の表面が大きく揺らぎ、黒い飛沫が飛散する。

 同時に凄まじい断末魔の絶叫が響き渡り―――壁に広がった闇は灰のように散っていった。

 

 だがこれで終わりではない。フィアーの敏感な感覚は廊下で、隣の寝室で何かが動き出す気配を感じ取っている。

 同類が倒された事によって、様子見していた奴らが動き始めたのだろう。

 いつの間にか無線機からはノイズが響き始めていた。奴らが動き出す前兆だ。

 

 上等だ。

 行きがかり上とは言え、ここまで面倒を見てきた奴を殺されたのだ。

 こちらも雑魚を一匹縊り殺した程度では収まりがつきそうにない。

 

 フィアーはフェイスガードの下で獣じみた笑みを浮かべると、トイレの個室のドアを蹴りとばして完全に破壊すると、軽機関銃を構えて廊下へと飛び出した。

 亡霊共に本当の恐怖を教えるために。

 










 ホラーパートの仲間は死ぬためにいるのがFEAR

 マールを殺したのはPerseus Mandateのみに出てくるスケアクロウという敵です。
 コイツは道に黒い闇として広がってて、気づかずに通ると引きずりこまれるという落とし穴みたいな奴ですが、予め気づいてしまえばフィアーがやったように遠くから手榴弾放り込んで爆死させられる可愛いやつです。
 あとメールはFEAR一作目でもあった電話の録音再生的な感じです。イアン☆ハイブスは癒やし。


 ついでにX-18β観光案内

 オリジナルダンジョン。コンクリート製の核シェルターじみて陰鬱なX-18と違い、こちらはアーマカムの出資した研究所で清潔で広い。照明が常に通路を明るく照らしていて、一見恐怖とは無縁にみえる。使っている機材や設備も金がかかっており、3階までの研究所の差はマネーパワーのお陰。
 X-18とは研究してる物が似ている為か、互いにデータをやり取りするほと両者の関係は良好だったようだ。これはアーマカムとX-18のスポンサーの仲がそれだけ良好だったのだろう。
 アーマカムはここで回収したアーティファクトの研究等を行っていた


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Interval 26 X-18 地下4階 X-18β

 フィアーはM249軽機関銃を構えつつ、廊下へと飛び出した。

 次の瞬間、寝室に通じるドアが音を立てて開き、不可視の『何か』が次々と飛び出てくる。

 フィアーはその『何か』に覚えがあった。

 それの背の高さは160cm程。猫背のせいか低く見える。

 その姿は透明で、目に当たる部分が紅く発光していることを除けば、僅かに人型の輪郭が見えるのみ。まるでブラッドサッカーを思わせるが、こいつらの正体はミュータントではない。

 その性質からshade(シェード)とフィアーが名づけたこいつらも、オーバーンの地下やATC社のクローン生産施設で何度もフィアーが交戦した亡霊だ。

 

 シェードは一見小柄に見えるが、人体をも素手で容易く引き裂く膂力を有している。

 だが近づかなければどうということはない。

 フルオートで放たれる銃撃の嵐が次々と襲い掛かってくるシェード達をなぎ払う。銃弾を撃ち込まれた彼らは死体も残さず、小さな閃光を放って消滅していった。

 狭い一本道ということもあり一方的に屠られるシェード達だが、彼らは数で押すことにしたらしい。

 寝室から次々と飛び出してくるシェード達の前には装弾数が売りの軽機関銃も弾薬切れになった。

 

 フィアーは弾切れになった軽機関銃を振り回し、ストックで飛び掛ってくるシェードを殴り倒して、銃身で彼らの頭を叩き割った。

 最後に軽機関銃を投げつけて彼らの動きを封じた後、フィアーはショットガンを引き抜いた。

 軽機関銃を叩きつけられて、一塊になった彼らに散弾を連続して見舞う。

 それによってシェードの一団を消滅させると、寝室のドアの前に向かい、手榴弾を3つほど寝室内部へと放り込み、ドアの影へと隠れた。

 

 爆音と人外の甲高い悲鳴が地下施設を揺るがした。

 フィアーが煙を掻き分けて寝室を覗くと、ベットが全て倒れ寝室はズタズタになっていた。

 シェードの気配はない。あれで全滅したらしい。

 ついでに投げつけたM249軽機関銃を見やるが、ボロボロになったので回収を諦めた。

 フィアーは散弾をショットガンに装填しながら、通路の奥にある研究室へと戻っていこうとした。

 

 その刹那。

 

 通路が伸びた。

 それと同時にまるで水平式エスカレーターに乗っているかのように、フィアーは自分が遥か後方へと引き戻されたのを感じた。

 僅か20メートルにも見たなかった通路は今や100メートル近い長さとなっている。

 同時に廊下の奥から凄まじいプレッシャーが襲い掛かってきた。

 異様な現象に目を細めつつも、フィアーは一歩一歩前に前に進んでいった。

 体が重い。まるでスローモーでも使っている時の感覚に似ている。

 

 そして数分近くかけてようやく通路の出口へとたどり着いたその時、出口の前に何かが現れた。

 輪郭が明確ではなく、古ぼけたテレビジョンの映像のように不鮮明な姿だったが、それはまるで少年の姿に見えた。

 彼は無言でこちらに視線を向けている。

 フィアーも無言でショットガンを彼に向けて、引き金を引いた。

 銃声が響き渡り、こちらを見つめる少年の姿が掻き消える。

 気が付くと廊下の長さは普通のそれに戻り、フィアーは通路の出口の前に立っていた。

 

 今の現象は覚えがある。オーバーンでアルマが引き起こした幻覚がそっくりだった。

 ならばアルマに近い存在なのかもしれないが、同時にアルマを目撃したフィアーは、だがあの『少年』はアルマではないということは断言できる。

 この施設がなぜこんな壊滅的な有り様になっているのかは不明だが、もしかしたら彼の仕業なのかもしれない。

 どうやらまた調べることが増えたようだ。

 

 そのままフィアーは通路を出て研究室を横切り、再びホールへと戻る。

 遮蔽扉のコントロールパネルにPCから回収したアクセスコードを打ち込もうとするがやめた。完全に解除するにはもう一つのコードがいるようだ。しかも2つ同時に撃ち込まなれば対人迎撃システムが起動するらしい。

 あと探索していない場所はホールの右の通路。

 

 こちらは先の通路と違い、照明も生きており、亡霊たちが徘徊している時の異常なプレッシャーは感じない。

 先よりは幾分か気楽な気分で進んでいく。すると壁の隙間から突如赤い探査光が走り、フィアーを走査したかと思うと警報音が鳴り響いた。

 

『ID未確認。3秒以内にIDカードをセンサーにかざしてください』

 

 ……3秒じゃ無理だろう。

 

 そう胸中で呟きながら、IDカードの代わりに10mmペネトレーターを構える。3秒後、天井の一部が開き自動機銃が顔を出した。

 しかし自動機銃がターレットをフィアーに向けるよりも先に、フィアーが撃ち込んだ直径10mmの鉄杭が次々と自動機銃のカメラと銃身、そして弾倉へと突き刺さる。

 結局自動機銃は1発も撃つこともできず、弾薬を暴発させて機能を停止した。

 元々天井の開口部には注目していたので、フィアーには自動機銃が何処から現れるのかおおよその目安が付いていたのだ。ATC社でも似たようなトラップに悩まされた経験が役に立った。

 

 続いて重低音が通路の奥から聞こえてくる。この音は対人迎撃用の小型UAVのエンジン音だ。

 こちらは自動機銃よりも厄介な代物だ。この一本道では射的の的にされてしまう。

咄嗟に逃げ場を求め、通路に幾つか開きっぱなしの自動ドアがあるのを発見し、素早くそこへ飛び込む。

 

 飛び込んだ先の部屋は左の通路の研究室よりも更に大掛かりな研究室だった。

 先の研究室はデスクワークと、小規模な実験機材による机の上で済ませるような作業がメインだったようだがここは違う。

 人が入れるような巨大なカプセルが壁の端に並び、病院で見かけるような人体を検査するための大型の機材が部屋中にある。

 だが、遮蔽物だらけのため、UAVとの戦闘には持ってこいな場所だ。

 

 フィアーは手近な機材の影へ隠れてペネトレーターを背中に回し、ショットガンを引き抜くと、装填した散弾を全て引き抜き、代わりに榴弾を装填する。

 機械相手には散弾よりも榴弾が効果的だ。

 ショットガンへの装填が終わると同時に、開いた自動ドアの向こうにUAVが姿を表す。

 

 UAVの全長は1メートル半。アーマカム本社でも採用しているタイプだった。

 赤いカメラを収めた長方形の胴体の下部に1つ、上部にVの字に2つ、青い光を放つ棒状の推進ユニットが取り付けられており、全体としてYの文字のようなシルエットをしている。

 武装は胴体の下部に取り付けられたレーザーユニット。

 対人用で低出力だが、生身の人間に穴を空ける程度の火力はある。

 流石のフィアーも光速で撃ち込まれるレーザーを回避するのは至難の業だ。

 撃たれるよりも先に倒すしか無い。

 

 UAVは躊躇することもなく機械的に部屋に侵入。既にこちらの位置を何らかの方法で掴んでいるのか、真っ直ぐにフィアーの隠れる機材の方へと向かってくる。

 ハンドミラーでその様子を確認していたフィアーは、スローモーを発動させて電光石火の速度で、半身を機材から出してUAVをショットガンで狙い撃つ。

 

 小爆発がUAVの中心で起き、機能不全に陥ったUAVは火を吹きながらあっさり床に墜落。火花を散らした後、爆発して四散した。

 あっけないものだ。一体だけならば。

 だがフィアーの聴覚は更にこちらに向かってやってくるUAVのエンジン音を捕らえていた。

 この無人機は一対一ならともかく、複数を相手にすると途端に被弾の危険性が増す。

 人間と違って仲間が倒れようと怯むこともなく、敵をロックすると正確な射撃をしてくるためだ。

 

 再び機材の影に隠れてミラーで様子を伺う。フィアーの額に汗がにじむ。

 3秒後、更に2体のUAVが姿を現した。

 先ほどと同じく、真っ直ぐにこちらに向かってくる。フィアーは先ほどと同じ要領で素早く2体のUAVを撃ちぬいた。

 だがそこで誤算が生じる。撃墜した2体の影に隠れて更にもう一体居たのだ。

 フィアーが二度目の榴弾を撃つより早く、UAVは機体に取り付けられたレーザーを発射する。

 瞬間的に放たれたレーザーは、間違いなくフィアーの胴体に直撃した。

 が、その直後UAVはフィアーの放った榴弾の直撃を喰らって沈黙した。

 

「今のは危ない所だったな……」

 

 フィアーは胴体の被弾した場所を撫でながら呻いた。

 戦闘服のレーザーが直撃した部分は防弾繊維が焼き焦げ、人差し指程の穴が開いている。

 だが、その下に仕込まれたセラミック製の防弾プレートはレーザーの出力に、何とか持ちこたえてくれたのだ。

 とは言えこれはただの幸運に過ぎない。もし頭部に喰らっていたら頭蓋骨に穴が開いていただろうし、マガジンの入った戦闘服のポケットに当っていたら銃弾が過熱し、暴発が起きていたのかもしれないのだ。

 

 フィアーはショットガンに榴弾を装填すると、UAVの増援がないか、耳を澄ませた。

 エンジン音はない。

 念の為部屋を見回すと、部屋の角に監視カメラが取り付けられている。

 UAVにこちらの動きがバレていたのはこれのせいか。フィアーは拳銃を引き抜いて監視カメラを全て撃ちぬいた。

 他にもあるかもしれないが、そこまで調べてはきりがない。

 

 そしてようやく改めて飛び込んだ部屋を観察する。この研究室に置いてあるものは人体の検査をするための機材ばかりだ。

 ここは人間を研究していたのだろうか?

 そう思い、壁に並んだカプセルを見て、フィアーは凍りついた。

 先程は気付かなかったが、このカプセルに見覚えがあったからだ。

 

 最後にこれと同じものを見たのは先日の任務のATC社のクローン工場。

 このカプセルはレプリカ兵の保管用カプセルだ。

 警戒しながら近づいて、覗き窓からカプセル内部を確認するが、無人だ。

 そのことにホッとしつつも先ほど手に入れたここの職員のメールの内容を思い出す。

 あのメールの中では、本社へのレプリカ兵の増員を要求する文面があった。

 あのレプリカ兵がここの警備兵として使われている可能性は高いということだ。

 最もその割にはここに来るまで死体すら見かけなかったが……。

 

 首をかしげながらもフィアーは部屋の中に何か資料でもないかと家探しを始める。

 しかし幾つかあった紙の資料はフィアーには意味不明なデータの羅列であり、唯一あった端末は機材のコントロール用で有用な情報は入っていなかった。

 部屋を出て廊下に戻る。

 

 廊下には手前と突き当たりに更に2つの自動ドアがあった。 

 まずは手前の自動ドアの方から入ってみる。そして後悔した。

 入ったその瞬間、凄まじい腐敗臭がフィアーの嗅覚を刺激したからだ。その部屋は手術室だった。3台ほどの手術台が並び、細やかな器具が散乱している。

 部屋の奥には壁一面を隠す大掛かりなカーテンが張られており、そのカーテンには血飛沫が張り付いて汚れている。

 ついでに壁には血糊が飛び散り、全ての手術台の上にはズタズタに切り刻まれた死体が載せてある。これが臭気の源だろう。

 

 手術台に近づいて死体を調べてみる。この死んでから随分と経っているようで腐敗を通り越して乾燥しつつある。こんな状態になっても空調だけは生きているようだからその御蔭だろう。

 死体は全員白衣―――今は乾燥した血で赤茶色になっているが―――を来ていた。首にはIDカードも下げている。

 間違いなくここの職員だろう。

 

 フィアーはその内の1人のIDカードを頂くことにした。血で汚れていたが、IDカードは防水コーティングされているので使用は可能だろう。ネームプレートを読むと『アダム・ミラー』と書いてあった。

 少なくともこれでドローンに襲われることはなくなるはずだ。では彼らは何に殺されたという話になるが。 

 ふと、フィアーは部屋の奥に張られたカーテンが気になって、それを開いた。

 

 カーテンの奥から現れた物を見て、反射に銃を構え、飛び退く。

 カーテンの奥はガラス張りの小規模な手術室になっていた。恐らくはここよりも更に重要度の高い手術を行う為の部屋なのだろう。

 なぜ恐らくという言い方をしたかと言うと、本当にそこが手術室なのかどうか確証が持てなかったからだ。

 

 10平方メートル程のその小さな部屋は、手術台に載せられているのと同じ格好をした職員の死体がぎっしりと詰め込まれていた。

 彼らは生きたまま詰め込まれ、脱出を試みようとしたのか、頑丈なガラスに一様に手や顔を押し付けて死んでいた。

 その形相はどれもが歪んでいる。絶望や恐怖にという意味ではない。まるで物理的に拗じられたかのように顔が歪んでいるのだ。

 

 この常軌を逸した殺戮の跡は、フィアーにATC社のクローン工場のそれを否応無く思い起こさせた。

 あの施設も、F.E.A.R.が突入した時には全ての職員はアルマによって虐殺されており、亡霊が徘徊する魔境と化していた。

 もっともそんな状況下にあっても、先行していたナイトクローラーは被害を出しながらも気にした様子もなく活動していたが……。

 彼らの怪異への異常な適応力の高さは、元々ZONEで活動していたからか。

 いずれにせよ、最早肉塊と化したこの職員達から手に入れられる情報はなさそうだ。

 ふと、手術台の付近に目をやると、一つだけ端末が生きている。

 

 端末は研究員以外は使用できないようにロックが掛かっていたが、先ほど手に入れたIDカードのお陰でロックを解除することができた。

 手術のレポートの一部が残っていたので、それを表示させる。

 

『人体へのアーティファクトの埋め込み手術。

 サンプル23。

 レプリカ兵に最上位の回復型アーティファクト『Firefly』 。

 

 150時間経過後、新陳代謝に異常発生。再生した組織の1割が癌細胞化するようになってきた。更に経過を見る。

 メモ、この回復系アーティファクトは強い放射線を放つ。それの影響だろうか?

 400時間経過後、ほぼ全身が癌細胞化した。それでも新陳代謝は更に活発化している。両腕が異常に肥大化しつつある。麻酔が効かなくなってきた為、一時的にコールドスリープ処置を施す。

 我々はこれを『PseudGuiant』と名づけた。メモ、X-18の職員と雑談した所、あちらでも回復系アーティファクトによる人体実験で同じ様な奇形ミュータントができたらしい。そちらも偶然にも『PseudGuiant』と呼称しているそうだ。人体にアーティファクトを埋め込むことで人工的にミュータントを量産することができるのか?

 

 

 人体へのアーティファクトの埋め込み手術。

 サンプル35。

 X-18に侵入を試みて捕獲されたストーカーの脳に電気型アーティファクト『Flash』を埋め込む。

 

 120時間経過。特に変化なし。メモ、失敗か?

 240時間経過、対象の肉体が発光をしはじめた。

 360時間経過、対象の肉体が消失し、発光する力場になった。同時に周囲に異常が発生。実験を中断して対象の殺害を試みる。ゲージ内部に高圧電流を放った。サンプル35の肉体は死亡と同時に実体を取り戻した。

 メモ、素晴らしいデータがとれた。この能力をレプリカ兵や強化人間に応用できないだろうか?

 

 

 人体へのアーティファクトの埋め込み手術。

 サンプル40。

 パクストンフェッテルのクローン体の脳に精神干渉を防ぐアーティファクト『Moonlight』を埋め込む。メモ、テレパシー能力者のクローンに精神干渉アーティファクトの組み合わせはどんな結果をもたらすだろうか?興味が尽きない。

 

 60時間後、 サンプル40が頭痛を訴え始める。MRIを撮ったところ脳が肥大化しつつあることが判明。

 120時間後、脳の肥大化が止まらない。対象を麻酔で眠らせた後、頭蓋骨を切断して脳が圧力で潰れるのを防ぐ。メモ、X-18からブレインスコチャー用の機材と培養管を借りてこなければ。

 240時間後、サンプル40をブレインスコチャー用の培養管に移すことに成功。メモ、処置の為のスタッフまで貸してくれたKalugin主任に感謝。さてさて後で何を請求されるやら。

 270時間後、サンプル40の容態が安定したが、やはり肥大化は止まらない。直径1メートルを超えそうだ。

 300時間後、サンプル40の付近のスタッフが頭痛を訴え始める。サンプル40が精神汚染波を出しているようだ。精神シールドを設置する。

 330時間後、肥大化が一旦止まる。容態は安定。メモ、収容している別のサンプル達の様子がおかしい。異常に攻撃的になってきた。まさかサンプル40の影響だろうか?精神シールドの強化をしなければ。

 

 

 人体へのアーティファクトの埋め込み手術。

 サンプル51。

 レプリカコマンダーのクローン体の脳に耐熱アーティファクト『Fireball』及び重力制御アーティファクト『Goldfish』を埋め込む。メモ、高価なアーティファクトだ。成果に期待したい。

 

 350時間経過、対象の付近で発火現象が起きる。

 400時間経過、発火現象が強くなる。ゲージを新しいものに取り替える必要がある。それに伴い対象の肉体が―――』

 

 端末内部のレポートはここで途切れていた。

 とりあえずわかったことは、ここで気分が悪くなるような人体実験をしていたこと。そしてここで死体になっている連中は報いを受けたということだ。

 端末からこれ以上の情報を引き出せないとわかると、フィアーはこの部屋の探索を諦め最後の部屋へと向かっていった。

 

 

 

 

 最後の部屋はレプリカ兵の保管施設だった。

 小規模な倉庫程の広さのそこにはレプリカ兵の保管カプセルが所狭しと並び、奥にはレプリカ兵の武器庫がある。もっとも武器庫は解放されており、武器は殆ど残っていなかったが。

 それ以外にも廃棄されたレプリカ兵の一時保管をするためか、壁面には遺体安置所のロッカーのようなものも取り付けてある。

 

 レプリカ兵用のカプセルは大半が開け放たれて無人だったが、中身が搭載されたままのカプセルもゼロではない。

 慎重に部屋の中を調べはじめ、手近なレプリカ兵用の保管カプセルを覗いてみる。―――すると、覗き窓からカプセルの中身と目があった。

 いや、目があったというのは錯覚だ。そのカプセルの中にいる人物は眠っていたのだから。

 問題があるとすれば―――

 

「……誰だ。こいつは」

 

 カプセルの中で眠りについている人物を見てフィアーは呟いた。レプリカ兵ではない。

 いちいちレプリカ兵の顔等知ってるわけではないが、それでもこいつは違うと断言できる。

 レプリカ兵は元々パクストン・フェッテルの遺伝子を元に作られたからだ。目の前のこの男はフェッテルとは似ても似つかない。

 東欧系の顔立ちだし、フェッテルの髪の色は黒だったのに対して、こいつはくすんだ金髪。なによりもレプリカ兵が右目に眼帯などしているはずもない―――待て。眼帯?

 

 フィアーの脳裏にBarkeepが伝えたシェパードの情報が浮かぶ。

 

((年の頃は30代の半ば、東欧系の顔立ちで髪の色はくすんだ金髪。体格はあんたぐらい。格好は……砂塵よけの黄色いボロボロのフードとマントをいつもつけていたな。あと右目は眼帯を付けている))

 

 ということはこいつがシェパードか。なぜレプリカ兵用の保管カプセルに入っているかは知らないが、ようやくフィアーは探し人を見つけることができたわけだ。

 カプセルのバイタルモニターを確認すると、間違いなく彼は生きている。

 心電図の状態を見る限り、冬眠のような状態になっているらしい。

 これはカプセル自体の機能であり、レプリカ兵は戦闘時以外はこうして冬眠状態で保管されているのだ。

 

 暫く躊躇った後、フィアーはカプセルのパネルを触り、対象のコールドスリープ状態を解除した。次いで何が起きてもいいように、ペネトレーター銃をカプセルに向かって構える。

 妙な動きをしたらその場でフレシェット弾を撃ちこみ、カプセル内に叩き返す寸法だ。

 そしてカプセル内部から蒸気が漏れるような音と、金属が軋む音がしてゆっくりとカプセルの扉が開き、内部から外に向かって冷気が漏れでていった。冷気が引いた後は中のストーカーが呻き声を上げ、ふらつきながら外に出ようとして、そのままカプセルの外側へ顔面から倒れこんだ。

 受け止めるのは危険なので、一歩横に引いて倒れこんでくるストーカーを避ける。

 彼はそのまま派手に顔面から地面に激突して、悲鳴を上げた。

 

「……いってぇぇぇぇええ!? な、なんだこりゃ?」

 

 痛みで意識が覚醒したのか、床にキスしたせいで鼻血を出しながら、ゆっくりとストーカーは倒れこんだ状態から上体を上げた。

 金髪、右目の眼帯、そして砂色のマントとフードを羽織りその下には同じ色のストーカースーツ。首からはスリングでAK47自動小銃を下げている。間違いなくこいつがシェパードだろう。

 だがそれでも確認の為に、フィアーはまだ状況を把握できていない彼のこめかみにペネトレーターの銃口を突きつけた。

 

「おはよう。よく眠れたか?」

 

 こめかみに押し当てられた銃口の冷たさに彼は暫く固まっていたが、やがて口を開いた。

 

「研究所の人間か?まだ生き残りがいたとは驚きだ」

 

「俺はX-18の人間ではない。それよりもお前がシェパードだな?ストーカーの」

 

「ああ、そうだ。あんたこそ自己紹介ぐらいしてくれよ」

 

 それを聞いてフィアーは銃口を降ろした。こうも素直に話を聞くとは思わなかったのだろう。シェパードは怪訝そうな顔でこちらをみやる。

 

「俺の名はフィアー。傭兵(マークス)だ。お前に頼みたいことがあるんだが、Barkeepに聞いたらここに居ると言われたんでな。わざわざこの地獄の底まで探しに来た」

 

「そりゃまた……。随分と仕事熱心だな? お陰で俺は助かったが。あのままカプセルの中で放置されてたら、どうなってたかわからんかったからな」

 

 その返答を聞いてフィアーは率直な疑問を彼にぶつけることにした。

 

「なんだってお前は、レプリカ兵用のカプセルの中に入っていたんだ?」

 

「大したことじゃない。このエリアに入った途端、ドローンと強化外骨格装備のレプリカ兵に追いかけまわされてな。この部屋に逃げ込んで、隠れる場所があのカプセルしかなかったから、試しに入ってみたんだが、入ると同時にコールドスリープの自動シークエンスが作動するようになってたようであっという間に意識を失ってあのざまさ。

 お前が解除してくれなかったら、俺はあそこで一生寝てるか、研究所の奴らに回収されてモルモットになってた。礼を言うぜ」

 

 そういってシェパードは右の眼帯を撫でながら笑った。癖なのだろう。

 

「ところでお前さんここに来るまでに俺のツレを見なかったか? 上の廃工場で待機させてたんだが、バンディットが襲ってきたからこっちに1人逃げこんできた奴がいるんだ。この階で別れてそれ以来見てないんだが」

 

「奴は死んだ。上の廃工場に残ってた奴の相棒もな」

 

「……そうか」

 

 微かにシェパードは肩を落とした。フィアーも彼らの死に思う所が無いわけではないが、一旦棚上げして、かねてからの疑問を彼にぶつけた。

 

「この研究所は一体何なんだ? お前は何のためにここを調べている?」

 

 彼は目を細めた。まるで何処まで答えるべきか吟味しているように。

 

「……まあ金になるから一番の理由だな。このX-18はZONEの中の謎の大きな謎の一つで、誰もがその正体を知りたがってる。お前も見ただろうがここは頑丈な扉に守られてるから誰も入ることができなかった。偶然入ることが出来た奴も誰も帰ってこなかった。 

 俺は運良くここの職員が持っていたカードキーをある伝手で手に入れる事が出来てな。そのことをBarkeepに話したら、もしここのデータを入手できれば大金を払うと言われてついつい冒険しちまったのさ」

 

 無難と言えば無難な答えが帰ってきた。

 代わりにフィアーは別なことを尋ねた。

 

「なぜこの区画にいたんだ? 地下三階は調べなかったのか?」

 

「おいおい。あんた地下三階の化け物どもを見なかったのか? あの階はポルターガイスト現象が起こる。そこら中の物が浮かんでこっちに向かって襲い掛かってくるんだ。おまけに象でも暴れてるような足音も聞こえる。とてもじゃないが探索なんて出来ないから、先にこっちから調べることにしたんだよ。

 こっちはこっちで得体のしれない化け物に追われるわ、レプリカ兵や無人兵器に襲われるわと危険性は大差なかったがな。あんたも出会わなかったか?」

 

「亡霊や無人兵器の類なら何度か。しかしあんたレプリカ兵のことをよく知っていたな? あれはアーマカム社の最新の兵器でまだ試験運用中の代物なんだが」

 

 レプリカ兵にも襲われたという話だが、彼らのことはそうと知らなければただの人間の兵士と思っても不思議ではない。彼らは自我を失っているが、兵士としての必要最低限の思考能力は持っている。

 

「うん? まあ、商売柄、噂ぐらいはな……。実際に奴らがそうだと知ったのはここに逃げ込んでレプリカ兵のデータを見たからだが」

 

「そうか……。ところで俺はここに来るまでの間に無人兵器には出くわしたが、レプリカ兵は見かけなかった。まだどこかで待ち構えてるかもしれん。アンタが遭遇したレプリカ兵の数とタイプを知りたい」

 

「俺が見たのは、SWATみたいな軽装の戦闘服を着て、短機関銃で武装した奴が5体ばかり。こいつらはなんとか倒せたが、その後強化外骨格を付けた奴が2人出てきてな。手も足も出ずに逃げまわってここに隠れる羽目になったわけだ。何しろ銃弾が全く効かねえ。大砲でもないと無理だぜありゃ」

 

 そのタイプのレプリカ兵はフィアーもよく知っていた。対処法もだ。

 

「それはヘビーアーマーだな。アンタが思うほどあいつも無敵じゃない。小銃弾でも100発ばかり撃ちこんでやれば倒せる敵だ」

 

「その時点で無茶苦茶ハードルが高いんだが……」

 

 呆れたように言うシェパードに向けてフィアーは手にした10mm HV Penetratorを掲げて見せた。

 

「安心しろ。こいつは対強化外骨格用に作られた杭打ち機だ。これがあれば例えヘビーアーマーでも……」

 

 イチコロだ。

 

 そう続けようとした時、彼らの隣にあるレプリカ兵用のカプセルが何の前触れもなく開いた。

 開いた蓋からまず冷気による靄が出て、続いてまるで巨大なブリキ人形めいた灰色の人影が現れる。

 当然それがブリキ人形なわけがない。それは通常の装甲服の3倍はある厚みを持った規格外のサイズの装甲服を着込んだ兵士だった。ヘビーアーマーだ。

 大型の鎧はまるで亀のようで鈍重そうな外見だが、パワーアシスト機能があるせいか、見た目よりも滑らかな動きでそれは辺りを見回す。そのマスクと一体化した4つの青いカメラアイがこちらを捕らえた。

 それと同時にヘビーアーマーは手にしたペネトレーターをこちらに向け―――

 

 銃声が鳴り響き、ヘビーアーマーの顔面に無数の鉄杭が突き刺さった。

 その鉄杭はフィアーが撃ち込んだペネトレーターの専用フレシェット弾だ。

 電子的な加工が施された凄まじい断末魔の叫びが室内に響き渡り、ヘビーアーマーは仰向けに倒れこんだ。

 フィアーは倒れこんだヘビーアーマーに近づき、それが持っていた銃を遠くへ蹴り飛ばすと更に頭部にダメ押しの1発を撃ちこむ。

 反応はなかったがこれで確実に死んだだろう。

 フィアーはシェパードに振り返って言った。

 

「イチコロだ」

 

「……そのようだな」

 

 突然のことで唖然としたままシェパードが答える。もっとも彼もまた、首からぶら下げていたAK47自動小銃をヘビーアーマーに向けてはいた。

 単にフィアーが彼よりも引き金を引くのが早かっただけだ。

 

「そこに転がってるペネトレーターを回収しろ。まだいるんだろ? あれがないと手こずるぞ」

 

「了解した。弾薬は?」

 

「武器庫は空だ。こいつは予備のマガジンも持っていない。装填された弾薬だけでなんとかしてくれ。残り一体ならなんとかなるだろう」

 

 ヘビーアーマーの死体を漁りながらフィアーは答えた。

 死体が大したものを持ってないことに舌打ちし、そして嫌な予感を感じて顔を上げると目の前で別のカプセルが更に4つ、音を立てて開き始めた。その中から次々と人影が現れる。

 

「おかわりが来るぞ! もう一度眠らせてやれ!」

 

 シェパードに向かって呼びかけながら、10mmの鉄杭を一番近い相手に叩き込んでカプセル内に叩き返す。しかし残りの3人のレプリカ兵は攻撃を受けたことを理解したのか、素早くカプセルから飛び出して部屋の中央にあったコンテナの影に隠れる。

 レプリカ兵だがヘビーアーマーではない。シェパードが言っていた軽装型だ。

 彼らはコンテナの影から半身を乗り出し、片手でMP5短機関銃をこちらに向けて発砲してきた。

 素早くフィアーも踵を返して手近なカプセルの影に隠れる。短機関銃特有の軽快な発砲音と銃弾が金属を叩く音が室内に響いた。

 

「Fire in the hole!」

 

 シェパードの声と共に彼が隠れていたカプセルの影からコンテナに向かって、手榴弾が放り込まれる。

 反射的にフィアーもカプセルの影に隠れるが、自分たちの遮蔽物の内側に手榴弾を放り込まれたレプリカ兵は、慌ててコンテナの影から飛び出した。

 彼らを出迎えたのはシェパードのAK47自動小銃による掃射だ。軽装型のレプリカ兵のボディアーマーではAK47の7.62mm弾を防ぎきるのは不可能だった。

 シェパードがAKのマガジン内部の弾薬を撃ち尽くした時には、レプリカ兵は全員死体になって転がっていた。

 

「……グレネードはブラフか」

 

 フィアーは感心して呟いた。最初に放り込んだ手榴弾はピンを抜いていない囮に過ぎず、本命は相手をコンテナから追い出した所に掃射を仕掛けることだったらしい。

 シェパードはカプセルの影からこちらに向けて顔を出すと、得意気に笑って親指を立ててみせた。

 ここまで辿り着いたことといい、レプリカ兵3人を容易く始末した手際といい、ベテランストーカーというのは伊達ではないようだ。

 

 その後フィアーとシェパードは手分けして、部屋の中の開いてないカプセルを確認して回った。

 そしてレプリカ兵がまだ眠っているカプセルがあったらカプセル越しに銃弾を叩き込んで永遠に眠らせる。

 そうして部屋のクリアリングを済ませた後、2人はこの後のことを話し合った。残る未探索領域はホールにあるロックされた扉の向こうのみ。まだアクセスコードが一つ足りないのだが、それはシェパードが既に手に入れていたとのこと。

 となれば後はあの遮蔽扉の向こうを調べるだけだ。

 

 本来ならシェパードを連れてさっさと脱出するべきなのだろうが、このX-18にATC社も絡んでいるとなると無視はできない。

 2人は僅かに残った武器庫の中身や撃ち倒したレプリカ兵から武器弾薬を調達すると、ホールへと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




後書き
いつまで地下に潜ってるんでしょうね。
X-18やFEARの地下施設のあの雰囲気を出そうとするとどうにも長くなってしまう。
多分次でX-18編は終わりです。

ZONE観光案内敵編
 shade(シェード)。FEARの敵。
 ブラッドサッカーを思わせる透明な幽霊。ブラッドサッカーとの違いはずっと透明化したままで正体が不明な所。
 手刀による斬撃は刃物並の切れ味でライフル弾数発程度なら耐えられるほどタフ。
 が、撃ちこみ続ければ消滅するので倒せない敵ではない。
 しかし大勢で襲われるとあっという間にリンチされる。


 レプリカ兵 FEARのメイン敵。
 アーマカムが創りだしたクローン人間の兵隊。培養槽の中で急速に成長し、それと並行して培養槽の中で戦闘のための睡眠学習を受けている。
 これらの処置に加えて自我や感情が抑制されており、指示さえあれば培養槽から出ると同時に即時戦闘が可能。

 彼らを完璧にコントロールするにはテレパシー能力が必要だが、レプリカ兵は戦闘に必要な必要最低限の自我と判断力は持っている為、普通に指示を出せば自前で判断してうごくことができる。

 ただし完全にテレパシー能力に支配された個体はその限りではなく、指揮官であるテレパシー能力者が倒れたらその場で機能停止してしまう。
 その他にも正規の指揮官以外にもテレパシー能力者がいたら、テレパシーを通じてレプリカ兵の支配権を奪われることがあるなど、一見便利だが問題も多い兵器である。

 武装も装備も多種多様で軽装に短機関銃を装備したものもいれば、装甲服を着込んで重火器を装備している者もいる。果ては強化外骨格であるヘビーアーマーや一人乗り歩行戦車でもあるパワーアーマーに搭乗しているものもいる。
 


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Interval 27 X-18 X-18β最深部

 フィアーとシェパードは地下4階のホールの奥にある遮蔽扉の前に立っていた。

 扉の側にある操作パネルを開くと、まずフィアーがアクセスコードを入力する。

 すると電子音声によるアナウンスがパネルから発せられた。

 

『1002、第一のアクセスコード確認。30秒以内に第二のアクセスコードを入力してください。コードが間違っていた場合は不法侵入者として処置を行います』

 

 その言葉と共に天井の一部が開き始める。恐らくは無人機銃か対人UAVがあそこから出てくるのだろう。

 フィアーは無言でシェパードに一瞥を向ける。シェパードは頷くとフィアーと位置を交代してパネルの前に立ち、アクセスコードを入力した。

 

『3450、第二のアクセスコード確認。ロックを解除します』

 

 アナウンスと共に圧縮空気の音がして自動で遮蔽扉が開いていった。

 2人は顔を見合わせると、それぞれの獲物を構えゆっくりと中へと侵入した。

 踏み込んだその先にあったのはホールよりも更に広い部屋だった。

 床はなく、むき出しの土になっており、遮蔽物のように装甲板や、屋根のない枠組みだけのバラックが建っている。

 その奥行は縦横共に30mはあるだろう。

 

「なんだこりゃ。戦闘訓練施設か?」

 

 シェパードが部屋を見渡しながら呟く。フィアーも彼の意見と同じだった。

 

「恐らくはレプリカ兵やミュータントを使った戦闘訓練室兼、実験室ってところだろうな」

 

 天井を見ると観測のためか無数のカメラが取り付けられている。

 

「まだ奥に研究室か何かがあるはずだ。そこに探す―――」

 

 言葉を言い終わるよりも早く、フィアーはシェパードの襟首を掴んで手近な装甲板の影に飛び込んだ。

 突然首根っこを抑えられたシェパードが文句を言おうとするが、それより先に凄まじい銃火が装甲板を叩く。

 

「ヘビーアーマーだ!」

 

 飛び込むまでの一瞬で相手の正体を見切っていたフィアーが叫んだ。

 

「残ったもう一体のお出ましか……!」

 

 シェパードはAK47を背中に回し、代わりに先のヘビーアーマーから奪ったペネトレーターを構えた。現状あの歩く装甲車に通用する武器はこれしかない。

 ハンドミラーで物陰から敵の詳細な正体を探ったフィアーは舌打ちした。

 

「厄介だな。よりにもよってヘビーライオットアーマーか……!」

 

 戦闘訓練室の奥、研究所へと繋がる扉と思われるその前に、それは立っていた。

 全身を包む強化外骨格は先ほどレプリカ兵の保管施設で倒したヘビーアーマーとは明らかに形状が違う。

 ブリキ人形のように着膨れしていたあのヘビーアーマーと違って、それが纏う強化外骨格は体にフィットしており、随分スマートに見える。

 その分防御力は落ちているのだろうが、それを補うようにそれは片手で1.5m程の大型の防弾盾を持っていた。警官隊が持っているようなポリカーボネート製の物とは訳が違う。

 装甲板に取っ手を付けたような無骨な代物で、大口径の銃弾すら防ぎきるものだった。

 

 常人なら持ち上げることも困難な重量だろうが、強化外骨格のパワーアシスト機能の恩恵を受けているそのレプリカ兵は、ダンボールの盾でも持つかのように片手一本で支えている。

 そしてその逆にはより危険な物が握られていた。

 束ねられた4つの短銃身を持つそれは、一抱え程の大きさがある駆動部と、それと一体化した大型のマガジンを備えている。

 

 TG-2A Minigun。

 アーマカム社が開発した歩兵用の携行式ガトリング砲だ。

 強化外骨格を装着した上での使用を念頭に置かれているが、徹底した軽量化により生身の歩兵でも運用可能な優秀な兵器である。

 口径5.56mm。装弾数400発。反動を抑えつつ、装弾数を増やすためには5.56mmはベストな選択と言えるだろう。

 連射速度は調整可能で、最大速度で撃ちこめば人間など、文字通りの血煙と化す。

 これがヘビーライオットアーマーの標準装備であり、この個体の戦闘力を飛躍的に高めていた。

 まさしく矛と盾を併せ持った最強の歩兵だった。

 

 ヘビーライオットアーマーの頭部に三角形状に配置された3つの赤いカメラアイは、2人が隠れている装甲板をビタリと見据えている。

 もしプレッシャーに耐えかねて少しでも身を晒せば一瞬にして蜂の巣だ。

 

「シェパード。俺の合図で上からグレネードを投げろ。それで奴の視界を崩す。その間に俺は回りこんで奴の後ろから仕掛ける」

 

「……グレネードだけじゃ勝てないのか?あのバルカン砲に狙われるのは気が重いんだが」

 

「あの盾がある限り無理だ。あいつは正面からならロケット弾だって跳ね返す。俺が以前の戦闘で実証済みだ」

 

「やれやれ。ミュータントのほうがマシだったかなこりゃ。……行くぞ!」

 

 その言葉と共にシェパードは上へと放り投げるように手榴弾を投擲した。装甲板を飛び越えたそれは、弧を描いてヘビーライオットアーマーの前にボトリと落ちるが、彼は慌てることなく、膝を付いて盾を前面に押し出す。

 

 爆発。

 

 至近距離での手榴弾の炸裂にも関わらずヘビーライオットアーマーはびくともしなかった。

 盾で爆発の衝撃と破片を全て受け流したのだ。

 そして隠れたままの相手を引きずり出すべく、前進を開始する。

 

 その隙にフィアーは装甲板や模擬戦用のバラックを使って敵の死角をつきながら、ヘビーライオットアーマーの後ろを取るべく移動を開始していた。

 正面から撃ちこんでは例えペネトレーターでも効果は薄い。あの盾で全て受け止められることになるだろう。

 フィアーはある程度近づいた所で地面に突き刺さった装甲板を蹴って跳躍、ヘビーライオットアーマーの死角である上空から飛びかかった。

 このままヘビーライオットアーマーに向かって落下して体重をかけて押し倒し、至近距離でのペネトレーターの連射を見舞うつもりだった。

 

 だが、敵の反応速度はフィアーの予想を上回った。

 飛びかかったフィアーに対して強化外骨格とは思えぬ機敏さで振り向き、その盾でフィアーを殴り飛ばしたのだ。

 20kgはある金属の塊に殴打されて、フィアーは呻き声も上げられずに吹っ飛んだ。

 そのまま数メートル吹き飛び、装甲板に当って止まる。

 押しつぶされた肺から空気が吐き出される。

 呻き声を上げたい所だが、そんなことをしている場合ではないのはフィアーが一番よく理解していた。この後追撃が来るのはわかりきっているからだ。

 痛む体に鞭打ち、スローモーを使って全力で跳ね起きると、即座に地面を蹴ってその場を飛び退く。

 

 次の瞬間、ガトリング砲が唸りを上げて、先ほどまでフィアーが居たところを蹂躙する。

 あんなものを喰らえばどんなに高性能なボディアーマーを着ていても一溜まりもない。

 そのまま敵はフィアーに向けて更なる掃射を試みたようだが、側面からの銃撃を受けて中断する。

 シェパードの援護射撃だ。

 ペネトレーターによる射撃である。その為、数本の鉄杭がヘビーライオットアーマーの体に突き刺さったが、内部のレプリカ兵は痛覚がないのか、気にした様子もなく向きを変えるとシェパードが隠れている装甲板に向かって銃撃を放った。

 

 シェパードは慌てて射撃を中止し、突き立った装甲板の影に隠れる。そしてそれはフィアーが動くには充分な隙だった。

 ATC社製の新型手榴弾を2つ、器用に片手で持つとそれをベビーライオットアーマーへと投擲。同時にスローモーを発動させて手榴弾を狙い撃つ。

 シェパードに気を取られたヘビーライオットアーマーは、手榴弾に対する反応が遅れた。

 盾をそちらに向けるよりも早く手榴弾が起爆する。その凄まじい爆圧でヘビーライオットアーマーの周囲の空間そのものが歪んで見えた。

 

 ATC社製の手榴弾は爆圧で敵を殺傷するタイプであり、その効果範囲は数メートルと極端に狭いが、その分破壊力は高く人体を粉微塵にする威力だ。

 だが、流石はATC社製の強化外骨格というべきか。ヘビーライオットアーマーの装甲は自社の手榴弾の爆発に対しても遺憾なくその性能を発揮して、装着者の命を守り切っていた。

 しかし無傷というわけには行かない。さしもののヘビーライオットアーマーも膝をつき、盾を支えに何とか持ちこたえてるほどのダメージを受けていた。

 

 そこに更に装甲板の影に隠れたシェパードが、追撃の破片式手榴弾をヘビーライオットアーマーの足元に転がす。

 今度は破片混じりの爆発が起きて、更にヘビーライオットアーマーを打ちのめした。

 ヘルメットの発声用モジュールから無機質な絶叫が響き渡る。

 だが、まだ生きている。

 彼はふらつきながらも立ち上がり、手にしたガトリング砲を無差別に乱射して最後の抵抗を図る。

 

 シェパードとフィアーは、その掃射を装甲板の影に隠れてやり過ごしつつ、未だに粉塵に包まれる強化外骨格に二人がかりでペネトレーターを徹底的に撃ち込んだ。

 ワンマガジン分の鉄杭を叩き込み、それでも倒れぬため弾倉を交換し、再びフルオートで連射。

 シェパードのほうのペネトレータは途中で弾切れになったため、彼は獲物をAK47に持ち替えてやはりフルオートで粉塵の中で仁王立ちするヘビーライオットアーマーに銃弾を浴びせ続ける。

 

 2人の銃の2つ目のマガジンが空になった時、ようやくヘビーライオットアーマーは仰向けに倒れこんだ。

 フィアーとシェパードはそれぞれの獲物の弾倉を交換し、銃を構えながら警戒しつつ動かなくなったレプリカ兵へと近づいていく。

 まずフィアーが倒れたヘビーライオットアーマーの顔面へと鉄杭を1発撃ちこむ。反応なし。

 その後、シェパードが胴体に蹴りを入れるも、やはり反応はない。

 完全に仕留めたとわかると2人は大きくため息を付いた。

 

「とんでもねえバケモノだったな。アーマカムはこんなもん作ってるのか」

 

「パワードアーマーじゃないだけマシだ。あれが出てきたら流石にロケット砲をしこたま撃ち込まないとどうしようもなかった」

 

 口々に感想を言い合うと、シェパードがヘビーライオットアーマーが持っていたTG-2A Minigunを拾い上げる。

 

「……見た目のゴツさの割には意外と軽いなこれ。」

 

「弾はまだあるか?機関部の上部に残弾数が表示されてるはずだ」

 

「ああ、これか。確認した。……まだ200発は残ってる」

 

「じゃあ持っていけ。また似たようなのが出てきたらそいつを使え」

 

「気楽に言ってくれるぜ。軽いと言っても機関銃ぐらいの重さはあるんだがな……。まあトレーダー辺りに売れば大金になりそうだし、ペネトレーターは弾切れで捨ててくしかねえ。いっちょ持ってくか」

 

 そう言って彼は弾薬が切れて唯のプラスチックと鋼鉄の塊になったペネトレーターガンを置いて、代わりにミニガンを構える。

 この期に及んで金の勘定をするその商魂逞しさに、フィアーは感心して思わず小さく笑った。

 

「とりあえず、奥に行くぞ。あの強化外骨格が守ってた扉の奥が恐らくゴールだ」

 

「あいよ。ここまで来たら何があるか確認しないと気がすまないからな」

 

 そう言ってシェパードはガトリング砲を構えながら、フィアーの後に続いた。

 ヘビーライオットアーマーが守っていた扉はホールの扉と同じ規模の遮蔽扉だった。

 調べた所、ロックはかかってはいない。単に操作パネルのON-OFFスイッチのみで開閉出来る仕組みだ。

 早速扉を開けようとスイッチに手をかけようとした瞬間、

 

 ガォォォォオオオン!

 

 凄まじい轟音が遮蔽扉から発せられた。同時に扉が大きく軋み悲鳴を上げる。

 轟音と衝撃は一度では収まらず、何度も何度も扉の向こうから何かが叩きつけられて、その度に数トンはある遮蔽扉が大きく歪む。

 

 反射的に扉から飛び退き、顔を見合わせる2人。これは地下2階の遮蔽扉に起きた現象と全く同じものだ。

 シェパードもこの現象に遭遇したことがあるのか、さほど驚かずにただ厳しい表情を扉に向けていた。

 しかし、地下2階でこの現象が起きた時は、轟音は一回限りで虚仮威しだと思ったのだが、今回は違う。

 まるで癇癪を起こした子供が暴れているように何度も何度も扉が揺れ、放置すれば勝手に扉のほうが壊れるのではないかという勢いだ。ただしこれが本当に子供の仕業なら、その子供は巨人か何かの子供だろう。

 フィアーは一応シェパードに訪ねてみた。

 

「まだ何があるか確認したいか?」

 

「いや、急に帰りたくなってきた」

 

「では1人で帰ってくれ」

 

「人でなし!」

 

 そう喚くと彼も覚悟を決めたのか、遮蔽扉の死角に周り、何が出てきてもいいようにガトリング砲を構える。

 フィアーも切り札であるType-7 Particle Weaponのシステムを起動させていつでも撃てるように備えつつ、操作パネルのスイッチを押した。

 圧縮空気の音と共に扉がゆっくりと開き始める。あれだけ扉を揺さぶっていた振動は扉が開き始めると同時にピタリと収まった。

 

 また虚仮威しか―――とは思わない。

 

 亡霊、ミュータント、そしてレプリカ兵。これだけの出迎えをしてきた相手が、今更つまらない脅しなどをするはずもない。

 フィアーは例によって扉の内部をハンドミラーで確認し、敵が居ないと判断するとType-7を一旦スリングで背中に回し、ペネトレーターを構えながら室内にゆっくりと入っていった。

 そして彼の背後を警戒しながらシェパードが続く。

 

 扉をくぐった先は先の戦闘訓練室より一回りほど小さい研究施設だった。

 壁際にはところ狭しと用途不明の研究機材が並んでいるが、それよりも目につくのは部屋の奥に並んだ3つの透明な直径3m、高さ5m程の巨大な培養管だった。

 研究室は白い壁と蛍光灯の光が部屋に清潔的な印象を与えていたが、この培養管の中身がそれらを帳消しにしていた。

 2人は警戒しながら部屋を横断し、その培養管へと近づいていく。

 

「おいおい、こりゃあ……」

 

 シェパードが恐れのこもった表情で培養管の中身を見た。

 3つ並んだ培養管の内、右端の培養管内部には巨大な肉塊としか言えないミュータントが眠っていた。大きさとしては小型自動車並みのサイズだ。

 形状としては人型、いや元人型というべきか。下半身は全体的に退化しており、小さく退化して縮んだ2本の脚が、まるで尻尾のように腰からぶら下がっている。

 そして脚の代わりに両腕が異常に発達したようで、文字通り丸太のように太くなっている。

 恐らくこの腕が脚として機能するのだろう。

 脚と化した腕を補うためか、肩口からは更に副腕と思わしき小さな腕が生えていた。

 だが何よりも特徴的なのは、その頭部だ。

 

 肥大化した頭部が胴体と一体化し、巨大な顔面がそのまま胴体になったかのような形状をしていた。

 そしてその体表は皮膚がなく筋肉が剥き出しな上に、全身を腫瘍と思われる肉腫が蝕んでいる。

 その巨大な顔に張り付いた眼球には瞼がなく、眠っていても尚醜く歪んで見える。見る者に生理的な嫌悪感を抱かせずにはいられないものだ。

 中世の絵画には、頭部に手足が直接ついた頭足人(グロリス)という架空の生き物が存在するが、これはその頭足人を悪意を持って人工的に再現したかのような存在だった。

 

「……Pseudogiant(スードジャイアント)。ZONEでも奥の奥でしか見られねえレアなミュータントだぞ。こんなもん作ってやがったのか……」

 

 このミュータントに心あたりがあるのか、シェパードが唖然としたように呟く。彼にスードジャイアントと呼ばれるこのミュータントはフィアーにとっても初耳だった。

 少なくともシドロビッチのガイドブックには記載されていない。それだけ珍しいミュータントなのだろう。

 だが如何に希少だからと言っても、こんな禍々しい肉の塊に出会った所で喜びを覚えるストーカーは居なさそうだ。

 

 そして左端の培養管。こちらの中は一見何も入っていなかった。

 だがそれは一見しただけでは見えないだけでよく観察すれば、培養管内部に奇妙な光の球があることに気がつくだろう。

 直径1.5m程のそのオレンジ色の光球はまるで水槽の中を漂う海月のように、ゆっくりと培養管内を小さな火花を散らしながら漂っている。

 

「こっちはPoltergeist(ポルターガイスト)か……。色がオレンジってのは見たことがないが……」

 

「こいつもミュータントなのか?」

 

「ああ、ZONEの奥地の洞窟とかでたまに見る。念力で物を動かしたりできる。扉をドッカンドッカン叩いてたのはこいつだったのかもな。……だが」

 

 フィアーの問いかけにそう答えると、彼は3つ目の―――真ん中の培養管に向き直った。

 

「こんなミュータントは見たことがない」

 

 真ん中の培養管の中を見ながら彼はそう言った。

 その培養管の中には巨大な脳髄が浮かんでいた。

 全高1.5m程の巨大な脳髄は何をするでもなく、培養管を満たす培養液の中で静かに浮かんでいる。

 

 一体こいつはなんなのだ?

 

 フィアーはこの研究所で手に入れたあの報告書の中身から、この脳髄の正体を推察しつつあったが、それでも腑に落ちない。

 この研究所の惨事はこの培養管の中身が発端になったと推測できるが、この脳髄はどんな能力を持っているのか、そして何を目的にしているのかがわからない。

 いずれにしてもこんな怪物達の思考など読みきれるものではない。

 とりあえず身動き出来ない内に破壊しておくか―――そう思いペネトレーターを脳髄が浮かぶ培養管に向けたその時だった。

 

 視界が一瞬にして広がり、フィアーとシェパードはいつの間にか培養管の前から研究室の入り口まで引き戻されていた。

 

「―――なんだ!?何がおこった!?」

 

 シェパードが慌てて周りを見渡す。

 一方フィアーはこの現象には覚えがあった。

 これは地下4階の寝室前の通路でもあったのと同じ、一種の心霊現象だ。

 

 そしてあの時と同じくフィアーの前に1人の少年の幻影が現れる。

 あの時は不鮮明な姿だったが、今度は彼の顔の造作まではっきりと見えた。その顔に悲しみと絶望がくっきりと刻まれていることもフィアーには確認できた。

 こうもはっきりと姿が見えるのは、恐らく―――本体との距離が近いからだろう。

 

「……そうか。君があの脳なんだな」

 

 フィアーは哀れみと共に少年に問いかけた。

 手術室で見つけた資料に記載されていた『人体へのアーティファクトの埋め込み手術。サンプル40』

 確かあれの被験体はレプリカ兵のオリジナルである、パクストン・フェッテルのクローンと記載されていた。

 年齢は書かれていなかったが、実験用クローンなら子供であってもおかしくはない。

 よく見ると少年の顔には確かにパクストン・フェッテルの面影があった。

 

 フィアーの問いかけに少年の幻影は何も答えなかった。

 代わりに彼は片手を上げた。

 それを合図にしたかのように、部屋の奥に並ぶ3つの培養管の内。左右のそれがはじけ飛ぶ。

 培養液が流れだし、まずスードジャイアントが轟音と共に砕けたガラスを踏み潰しながら、雄叫びを上げて飛び出すと、凄まじい地響きを立てながら猛然とこちらに突っ込んできた。

 

 続いて球状の光体―――ポルターガイストが狭い水槽からより広い水槽に移った熱帯魚のように、培養管内部から空中に飛び出して、天井付近を不規則に浮遊し始めた。

 そしてこちらを逃さない為か、戦闘訓練室と研究室を隔てる遮蔽扉が炎に包まれる。

 これで相手を殲滅しない限り脱出することも不可能になったわけだ。

 

「来るぞ!構えろ!」

 

「畜生!やっぱ帰っとけばよかった!」

 

 フィアーの警告に愚痴を言いながらもシェパードがガトリング砲を構える。

 

「まずはてめえからだ!」

 

 シェパードのガトリング砲が最初に狙ったのは、こちらに突撃してくる巨大な肉塊―――スードジャイアントだ。

 4つの銃身が高速で回転し、秒間80発を越える速度で5.56mmの嵐を吐き出す。

 しかし、人間なら挽き肉にして釣りが来るその銃弾の嵐は、突撃してくる肉の塊には余りにも無力だった。

 無数の銃弾が体表に突き刺さり、血飛沫をまき散らすもののそれでも巨人の突進は止まらない。

 相手が余りにも巨大すぎて5.56mm弾では、いくら撃っても表皮で止められてしまうのだ。

 

 ガトリング砲では仕留め切れないと見たフィアーはType-7を構える。

 高出力の粒子砲であるこの兵器は、恐らくこの肉塊と相性がいいはずだ。

 だが残弾は1発のみ。外せば終わりだ。

 故に慎重に目標をレティクルに捉え、引き金を引こうとしたその瞬間。

 視界の端で炎が踊った。

 

 射撃を中断し反射的にその場を飛び退く。

 次の瞬間、先ほどまで居た所を巨大な炎の渦が突き抜けていった。

 シェパードの方にも炎がかすめて、彼は悲鳴を上げて逃げまわっている。

 

「……あいつの仕業か!」

 

 天井を睨みつけて呻く。フィアーの視線の先には、相変わらず海月のように不規則に漂うオレンジ色の光球の姿があった。

 今の発火現象は奴が起こしたのだとフィアーは本能的に悟った。

 腰から片手で拳銃を引き抜き銃撃を叩き込むが、相手が実体を持たないエネルギー体のため、当たったのか、当たったとしてもダメージがあるのかどうかすら判断しずらい。

 

「やばい!逃げろ!」

 

 シェパードからの警告。

 いつの間にか肉塊の巨人がフィアーとの間合いを僅か数メートルのところまで詰めていた。

 そして巨人は、まるで相撲の力士が四股を踏むかのように大きく脚を振り上げて、床へと叩きつけた。

 

 瞬間、轟音とともにフィアーは床から跳ね飛ばされた。

 

 スードジャイアントはその凄まじい膂力によって、局地的な地震じみた振動を起こしてこちらを攻撃してきたのだ。

 数メートル近く吹き飛ばされ、その拍子にフィアーの手からType-7が転がり落ちる。

 

 不味い。

 

 奴に対する唯一の武器が弾き飛ばされた。

 そのことを悔やむ間もなく続いて巨人の追撃が来る。フィアーは素早く身を起こし、巨人の側面に回り込みながら、ショットガンを引き抜いた。

 スラムファイア。全弾発射。

 しかし、ガトリング砲の斉射にも耐え切ったこの肉塊は散弾の連射等、小雨に等しい。

 鬱陶しげな唸り声を上げつつ予想以上の速度で旋回してこちらを追尾してくる。

 速度はこちらが上だが、四方八方から襲いかかる炎の渦がそれを邪魔をして逃げ切れない。

 シェパードがガトリング砲をポルターガイストに向けて乱射するが、不規則に漂う光球に中々命中させれずにいる。

 それを尻目にフィアーは走りながら、ショットガンに榴弾を装填する。

 だが標的はスードジャイアントではない。この巨体に散弾銃用の小型榴弾を撃ちこんでもたたが知れてる。故に彼が狙うべきなのは―――。

 

「シェパード!このデカブツの脚を止めろ!」

 

「持ちこたえられるのは一分かそこらだぞ!」

 

 シェパードの返事とともに再び銃弾の嵐がスードジャイアントに襲いかかる。が、すぐに止んだ。

 ガトリング砲が弾切れになったのだろう。

 シェパードは弾切れになったTG-2A Minigunを放り出すと、手近な機材の影に半身を潜め、背中からAK47を引き抜いて気勢を上げた。

 

「かかってこいグロ肉野郎! ハンバーグにしてやるぜ!」

 

 叫びながらAKを乱射し、ついでに手榴弾まで放り込む。銃声と爆音とそして巨人の雄叫びが交じり合った。

 それを尻目にフィアーはショットガンへの榴弾のリロードを終えていた。

 同時にスローモーを発動させて、銃口を天井付近を漂うポルターガイストへと向ける。

 見るものを惑わす不規則な三次元機動も、スローモーを発動させたフィアーの前ではただの的だ。

 

 発砲。

 

 1発目の榴弾が光球の中心に突き刺さり炸裂した。銃弾は間違いなく奴に届くのが、これで実証された。

 

 発砲。

 

 2発目の榴弾が更に光球へ直撃し、炸裂する。身の危険を感じたのか、光球の移動速度が上がる。

 

 発砲。

 

 3発目の榴弾は発射寸前にこちらに向かって放たれた炎の渦を避けるため、態勢を崩したため、外れた。天井を抉るに留まる。前転して炎を回避すると再び光球へ照準をつける。

 

 発砲。

 

 4発目の榴弾が再びポルターガイストの真芯に突き刺さり、光球を木っ端微塵に爆裂させた。甲高い断末魔が部屋中に響き渡り、炸裂地点を中心に水風船を破裂させたかのように血液が派手にまき散らされる。

 

 これで邪魔者は仕留めた。

 シェパードの方を見ると、スードジャイアントにバリケード代わりにしていた研究機材ごと蹴り飛ばされて、這々の体で逃げ出していた。

 フィアーは全力で走ると先ほど取り落としたType-7の元へ辿り着き、それを拾い上げる。

 そして素早く機器をチェックし問題が無いことを確認すると、スコープのレティクルに今まさにシェパードを踏みつぶさんとしているスードジャイアントを捉えた。

 

「くたばれ」

 

 トリガーを引く。

 Type-7の銃口から飛び出した粒子弾は、青い軌跡を虚空へと刻みつけながら亜光速でスードジャイアントへと食らいついた。

 次の瞬間、スードジャイアントが『爆発』した。

 高熱の粒子によってこの巨人の肉という肉、血という血が急速に沸騰し、その圧力に耐え切れず、電子レンジで過熱された生卵の様に弾け飛んだのだ。

 部屋中を紅く染める巨大な血の花が咲いた後、後に残るは焼き焦げて、申し訳程度に残ったスードジャイアントの骨格のみ。

 

 これがType-7 Particle Weapon。

 最強の対人兵器の威力である。

 

「なんとか無事だったようだな」

 

 フィアーはType-7を背中に回すと、シェパードに近づいて彼を助け起こした。

 

「……化け物の血まみれになったことを除けばな」

 

 至近距離で炸裂した巨人の血と肉片を頭から被ったことに対して恨みがましく愚痴を言いながらも、それでも彼はフィアーの手を掴んで身を起こした。

 気持ちはわかるが、命と引き換えなのだからその程度は我慢してもらうしか無い。

 立ち上がったシェパードは、丸焦げの骨格標本と化したスードジャイアントに近づくとその骨をコツコツと叩いた。

 

「しかしふざけた武器だなそりゃ……。似たようなのをガキの頃にクソ映画で見たぞ」

 

「アーマカム社の武器開発スタッフに火星人でもいたんだろ」

 

 適当に返しながらフィアーは改めて最後に残った培養管―――脳髄の入った培養管に向き直った。

 少年の幻影は依然として培養管の前に立っている。

 しかしその顔には何処か諦観の念が滲み出ていた。

 

「ゲームセットだ小僧。……悪夢はここで終わりだ」

 

 フィアーはそう言ってショットガンを構えた。ショットガンの中にはまだ1発だけ榴弾が残っている。

 小口径とはいえ、この培養管のガラスを粉砕することは可能だろう。

 少年は何も言わなかった。ただ目を閉じて項垂れた。

 

「……おやすみ。今度はいい夢を見ろよ」

 

 そう呟いてフィアーはショットガンの引き金を引いた。

 放たれた榴弾を少年の幻影を貫き、その背後にある脳髄の収まった培養管に直撃した。

 小爆発と共に培養管の強化ガラスがはじけ飛び、培養液がこぼれ出る。

 培養液無しでは組織を維持できないのか、脳髄は瞬く間に変色し、腐敗して溶けていった。

 同時に少年の姿も消える。

 

「……終わったな」

 

 しんみりとシェパードが言った。仲間の仇とは言え、彼なりにあの少年の人生に同情しているのだろう。

 そんな彼を尻目にフィアーは溶解した脳組織の中に輝く物を見つけていた。

 少々躊躇ったが、泥と化した脳髄の中に脚を踏み入れ、目当ての物を拾い出す。

 

 それは水晶球のようなアーティファクトだった。静電気を帯びているようにも見えるが、最大の特徴は内部から発光していることだった。一瞬ごとに水晶内部で煌めきが移り変わり、美しい。

 この少年の改造手術に使われていたアーティファクトだろう。

 確か……Moonlightと言った名前だったか。

 アーティファクトの汚れを拭きとって、アーティファクト容器に仕舞うと、フィアーはこれからの方針をシェパードに伝えた。

 

「とりあえず、これから資料漁りだ。生き残った端末を調べてその後は……」

 

 データを根こそぎ持っていく。

 

 そう続けようとした矢先、甲高い警告音が部屋中に鳴り響き、真っ赤な非常灯が部屋を赤く染めた。

 

『レベル5のバイオハザードの発生を確認。繰り返す。レベル5のバイオハザードの発生を確認。非常用のマニュアルに従い、当該施設の破棄と証拠隠滅を行います。X-18βの職員は直ちに避難してください。繰り返す。レベル5のバイオハザードの―――』

 

 なぜ今になってこんなシステムが発動するのか不明だが、もしかしたらあの脳髄―――いや、少年がその超常的な能力で抑えていたのかもしれない。それを倒したことによって再びシステムが作動し始めたのか。

 ともあれフィアーとシェパードは顔を見合わせた。

 

「おいフィアー、これって……」

 

「映画でよく聞く逃げなきゃやばいタイプの警告だな」

 

「やっぱりアーマカムの連中はクソ映画フリークばっかじゃねえか!」

 

 そう叫ぶと彼らは一目散にその場を逃げ出した。

 

 

 

 

 ◆     ◆

 

 

 

 

 ―――地下3階

 

 狭い地下空間の中に施設が崩落する轟音が響き渡り、そして収まった。

 

「間一髪でセーフだったな……」

 

 そう言ってシェパードは先ほどまで地下4階、すなわちあATC社の研究区画X-18βへと続く階段を見た。正確には階段があった所というべきか。

 今ではそこは完全に崩れ落ち、瓦礫の山だ。

 崩落はあくまでATC社の研究区画である地下4階のみに留まり、地下3階には影響を及ぼしてはいなかった。

 もしこのX-18全てが崩壊していた場合、2人は脱出できずにお陀仏だっただろう。

 

「そのガトリング砲をさっさと捨ててれば間一髪じゃなかったんだがな」

 

 揶揄するようにフィアーは、シェパードが背中に背負うTG-2A Minigunを見ながら皮肉を飛ばす。

 此後に及んで彼は脱出の際、この大砲を担いで逃げ出したのだ。

 同じストーカーのユーリも中々欲の皮が貼っていたが、それ以上のシェパードの浅ましさに流石のフィアーも呆れを通り越して感心すらしていた。

 最もフィアーもまたType-7を抱えて来たので彼も人のことは言えないのだが、フィアーはシェパードと違って体力に余裕があるので涼し気な顔である。

 

「まあ、そういうなよ。アーマカム社の武器はこのZONEじゃマジで貴重品だからな。とりあえず上に戻ろうぜ。まだ地下3階が手付かずだが、もう充分だ。これ以上欲をかくと死ぬ」

 

 シェパードのその意見にはフィアーも同感だったが、地下2階への扉は立ち入った際にロックされてしまっている。

 ロックが外れていなければ、今度はロックを外す手段を求めて地下3階を探索することになるだろう。

 

 

 

 

 

 ―――地下2階

 

 最悪の自体も想定していたのだが、地下2階までたどり着くと遮蔽扉のロックは外れていた。あの少年が死亡したことによりロックが外れたのか、それとも彼が死の間際に解除してくれたのか……。

 今となっては答えを知る術は無い。

 そのまま2人は遮蔽扉を潜り抜けて、ホールへと向かい、そこで凍りついた。

 

 地下2階のホールの床には本来なら無数の死体がひしめいていたはずだ。

 だがホールに死体はただの一つもなかった。

 代わりに―――無数の黒い人影が立っていた。

 実体のある存在ではない。影がそのまま人型になったようなそれは間違いなく亡霊だった。

 反射的に2人は銃を構えるがすぐに違和感に気づく。彼らには殺気がないのだ。

 

 彼らは何をするでもなく、ただ無言でそこに立ってこちらを見つめている。

 暫くすると、黒い人影達は1人ずつ地下1階へと階段へ続くホールへの出口へと歩いて行く。

 やがて彼らの大半が出口へ消え、黒い人影も残り最後の1人になった時にフィアーは気がついた。

 黒い人影の大半は成人男性と思われる体格だったが、最後の1人だけは少年の体格をもった人影がいることに。

 その小さな影はこちらに向かって軽く手を振った後、走ってホールの出口に消えていった。

 

「……なんだったんだありゃ?」

 

 全ての人影が居なくなってからシェパードが唖然としたように声を上げた。

 

「俺に聞かれてもわかるか。だがありきたりな言い方をすれば、X-18βに囚われてた魂が地上に解放されたんじゃないかと思う」

 

  2人はホールの出口をくぐり抜け、その先にある階段を登る。相変わらずの不気味さだがほんの少しだけマシになった気がしないでもない。

 

「……マールとエフゲニーも自由になれたかね?」

 

 階段を登りきり、地下1階のホールに辿り着いた時、シェパードがふとそんな事を言った。

 フィアーは暫く黙っていたが、やがてポツリと答えた。

 

「……多分な」

 

 その答えを聞いたのか、或いは最初からこちらの答えに期待していなかったのか、シェパードは地下1階のホールのクリアリングを始めた。異常はない。

 

「とりあえずBarに戻ろうぜヒーロー。無性に酒が飲みたい気分だ。俺がおごるから付き合え。マールとエフゲニーの分まで飲んでやらないとな」

 

 敵が居ないことを確認するとそう言ってシェパードもまた、ホールの出口へと向かい階段を登り始める。

 それに習ってフィアーも後に続いた。

 

「飲むのはいいが、ウォッカはいらんぞ。俺はビールかワインがいい」

 

「あんなもん犬の小便とジュースじゃねーか! 酒とは言えないぜ! これだから外国の人間は……」

 

「ウォッカ飲んで放射能が消えるお前らと一緒にするな」

 

 2人の戦士は軽口を叩きながら、地上へ続く階段を登っていった。

 もはや妨害は無く、2人の足取りは軽かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




後書き
 ようやくX-18編が終わった……。
 畜生、欲張ってSTALKERパートとFEARパート両方やろうなんて無謀なこと考えるんじゃなかった。
 とりあえず初めてのFEARパートだったわけですが、FEARらしさは出ていたでしょうか?

 あとどうでもいい上に今更ですが、作品固有の単語を原作通り英語のままにするか、よみやすさ優先して片仮名にするか迷います。
 読みやすい単語は英語のままにしますが、なんか読みづらい奴(作者基準)は片仮名にしますのでよろしくお願い致します。
 あとはその場のノリで両方が入り交じるかもしれません。
 まあ日本語訳しても作者の英語力があれなので微妙に発音が違ってたりする場合もありますがご容赦を。



 ついでにZONE観光案内FEAR編でも。
 
 X-18β。ATC社製のオリジナルダンジョン。完全に倒壊してもはや踏み入ることは不可能。
 実はここをしっかり探せばアーマカムのSF兵器とかいっぱい拾えたんですが、作中でそんなことしてる暇はなく、ぺしゃんこに。残念。
 後、アーマカムのスタッフはクソ映画フリークではなくオタクが多いみたいです。
 因みに施設の構造としては

               サンプル40がいた
                 大型研究室
                     |
            ヘビーライオットアーマーがいた
                  戦闘訓練室
                     |
 研究員宿舎―PC室―多目的ホール―廊下―――レプリカ兵保管庫
                    │    │   │
                   階段 機材室 手術室

 こんな感じです。

敵の紹介編

 サンプル40。オリジナルミュータント。

 X-18βがパクストンフェッテルのクローンの幼体の脳を使って作り上げた、ATC社版ブレインスコチャーとも言うべき存在。
 オリジナルのブレインスコチャーは強力な精神波を出して近づく人間を片っ端からゾンビに変える代物だが、彼にはそういった能力が無い代わりに様々な事象を引き起こせる。
 元々高いテレパシー能力がこの手術で更に強化され、レプリカ兵だけでなくミュータントまで遠隔操作可能。他にも心霊現象を起こしたり、殺した相手を使って亡霊を生み出す、など小規模なアルマみたいな存在と化した。
 X-18βにおける怪奇現象は大体こいつのせい。

 脳みそだけにされても自我を保ち、改造された恨みからX-18β研究所を壊滅させて、自分の身を守るために訪れる者を殺害していた。
 しかし改造手術を受けてから日も浅く、アルマ程の怨念をまだ持っていなかった為、フィアーに殺されてあっさり成仏した。

 FEARパートにあたって当初はアルマそのものを出そうとも思いましたが、無関係すぎるしこんなとこ来ないだろってのと、ここはZONEなのだから幽霊だろうと女の子を出すわけには行かないという無駄な決意の元、代役のオリキャラのショタフェッテルにしました。
 あと作者はホモじゃないです。(重要)


 Pseudogiant(スードジャイアント) 通称グロ肉様
 でかいきもい固いの三拍子揃った嫌なやつ。
 ミュータントのボス枠。とにかく顔が怖い過ぎる。
 作中では素通りした地下3階にも居ます。
 X-18編はこいつにType-7撃ちこんだらスカっとするだろうなという理由だけで始まりました。
 実際スカッとしました。


 Poltergeist ポルターガイスト
 プラズマ型ミュータント。
 ご覧のとおり全ての怪奇現象はこのプラズマで説明が出来ます。高名な教授も言ってるので間違いない。いいね?

 実は二種類いて、普通のポルターガイストは文字通りなんかそこら辺のものを浮かせて投げつけてくる怖がらせることに特化したミュータントです。
 こいつのせいで初めてX-18に入ったプレイヤーはビクビクしながら探索してると、物がとんできて無茶苦茶ビビることになります。
 殺すと人型の死体が残るため、これも元は人間かと思われます。

 作中に出てきたタイプは念動力の代わりに炎をボーボー燃やして攻撃してくるタイプ。原作のX-18でもボス的存在ですんげえ悲鳴をあげながらボーボー燃やしてくる。怖い。
 死ぬと血飛沫だけ残して死体は残らない。サツバツ。


 ヘビーライオットアーマー
 Perseus Mandateに登場したレプリカ兵新型ヘビーアーマー。
 盾で大半の攻撃を防ぎつつ、ガトリング砲で蜂の巣にしてくる大変な強敵。
 ありったけの爆発物で飽和攻撃するしか対処法がない。
 あと一番大事なことだが外見がMSぽくて超かっちょいい。
 Perseus Mandateで混戦になって、こいつがナイトクローラーとかをガトリング砲でミンチにしているのを見るとヤッターカッコイイー!ってなります。
 

 対人UAV(ドローン)
 ATC社の対人用無人攻撃機。1メートルちょいのY字型の飛行物体でレーザーを装備してこちらを見つけ次第バンバン撃ってくる。
 空を飛んでいるため、すばしっこく倒しにくいというなかなかのSFメカ。
 機械なせいで防御力も高くぶっちゃけレプリカ兵よりも遥かに強力。


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Interval 28 Emission

 ようやくX-18から出て、廃工場へと出た時既に時間帯は明け方近かった。

 夕方近くにX-18に入ったので、一晩中あの中を探索していた計算になる。

 フィアー本人としてはそこまで長い時間居たとは思っていなかったのだが、あの手の施設を探索していると時間の感覚がおかしくなるのはよくあることだ。

 

「こりゃ酷えな。ようやく血なまぐさい所から出てきたのにまたミンチかよ」

 

 シェパードが廃工場内のそこら中に散らばるバンディットの死体を見て、鼻を押さえる仕草をした。

 

「こいつらが手榴弾を使って自滅したんだ。文句があるならX-18に戻ってみろ。もしかしたら死んだ連中が『まだ』いるかもしれんぞ?」

 

 そう返すとシェパードは思いっきり顔をしかめた。

 

「勘弁しろよ。もうあの手の連中はこりごりだ。とにかく一旦ここから離れたい。近くに廃棄された農場があったからそこで一休みと行こうぜ」

 

 彼は自分のPDAを出して、この付近のマップを写しだした。

 確かにここから南西に言った所に大きめの農場がある。

 

「結構大きめな所だな。これだけ大きいと先客がいるんじゃないのか?」

 

「かもな。だがこのdarkvalleyで安心して休めそうな所はここぐらいしかないんだ。北にも大きめの工場があるが、大抵バンディットが住み着いてる。でかすぎてクリアリングするのも一苦労だから、休憩所代わりには使いにくい。

 まあここは開放的すぎて拠点として重要性は低いから、誰かが居たとしてもそんな大した奴らはいないだろ」

 

「まあ、ZONEじゃアンタのほうがベテランだ。任せるよ」

 

 フィアーはそう言って彼と共に白み始めたdarkvalleyの荒野を歩き始めた。

 

 

 

 ◆      ◆

 

 

 

 2人は荒野を全力で疾走していた。

 その理由は真っ赤に染まった空とZONE全域に鳴り響くサイレンの音。

 ブロウアウトが来たのだ。

 

「お前をベテランだと信じた俺が馬鹿だった!」

 

「馬鹿言うな! エミッション(ブロウアウトの別名)がいつ発生するかなんて早々分かるかよ! それに今のペースならなんとか間に合うはずだ!」

 

 ブロウアウトのサイレンが鳴った後のシェパードの行動は確かに迅速だった。マップも見ずにブロウアウトを凌げる建築物である農場に向かって全力で走り始めたのだ。

 

「これで駄目だったらゾンビになった後、お前を真っ先に食ってやる! ……見えたぞあそこだな!?」

 

 2人の行く先には崩壊した石壁に囲まれた牧場と家畜小屋が見える。

 家畜小屋と言っても石造りのしっかりした作りで、あれならブロウアウトも防げそうだ。

 ブロウアウトまで後数分の猶予はある。全力で走れば間に合う距離だ。

 この調子ならまた荷物を捨てるような羽目にはなるまい。

 

 そういう意味ではサイレンが鳴り響くと同時に、即座にブロウアウトの避難所に向かって移動を開始した辺り、流石はベテランストーカーだ。

 この辺りの地図が頭に叩きこまれているのだろう。

 

「危ねえ! アノーマリーだ! 引っかかるなよ!」

 

 警告と共に前を走っていたシェパードが急激に進路を変える。

 そこには見辛いが確かにアノーマリーと思わしき、揺らぎが見える。

 アノーマリー探知機の範囲は意外と狭い。

 全力で走っていたら突っ込むとまでは行かなくとも、直前で気がつく羽目になり方向転換に手間取ったかもしれない。

 そして万が一、この状況下でアノーマリーに引っかかったら間違いなく助からない。

 

 シェパードの目の良さに感心しながらも、フィアーもアノーマリーを回避し、彼の後に続く。

 壊れて倒れた門を飛び越えて、農場の枯れ草を踏み越え、ようやく家畜小屋の入り口へと飛び込んだ。

 内部に入り込むと同時に外から燃料気化爆弾でも炸裂させたような重低音が響き渡り、続いて紅い嵐が外部で吹き荒れ始める。

 間一髪間に合った。

 そう安心したのもつかの間だった。

 

「おい、誰か入ってきてるぞ!」

 

 家畜小屋の奥から濁声が響き、続いて複数の足音が迫ってくる。

 

 先客か。

 

 反射的に銃を構えそうになったフィアーをシェパードが制する。

 怪訝そうに彼を見やったフィアーに対してシェパードは、

 

「この声には覚えがある。一応知ってる連中だ」

 

 と、面倒くさそうに答えた。

 そうこうしている内に、家畜小屋の奥から4人のストーカーが姿を現した。

 MP5や水平二連のショットガンで武装し、あまり質が良いとはいえそうにない、汚れたストーカースーツを着込んでいる。

 振る舞いもどこか粗野で、どちらかと言えばバンディットに近い物をフィアーは感じた。

 彼らは一旦こちらに銃を向けたが、バンディットやミュータントではないとわかって銃を下ろした。

 だがその後出てきた言葉は友好的とはいいがたいものだった。

 

「どこの間抜けかと思いきや、これはこれは……シェパードさんじゃねえか。ようこそ俺達の拠点へ」

 

 彼らの中のリーダー格と思わしきストーカーが嘲るような言葉をかけてくる。

 それに対して舌打ちを堪えるような表情でシェパードは答えた。

 

「よう、ヴァンパイア。見ての通り外はエミッションだ。悪いが軒下を貸してもらうぜ」

 

 ヴァンパイアと呼ばれたリーダー格のストーカーは、その言葉に対してにやにやとしながらその言葉に応じる。

 

「ああ、いいとも友人よ。ストーカー同士助け合わなければな。ところでマールとエフゲニーはどうした?見当たらないんだが」

 

 その質問に対して暫くシェパードは黙っていたが、やがて絞りだすようにして答えた。

 

「……あの2人は、X-18で死んだよ」

 

 この答えに彼らは爆笑した。

 

「おいおいおい、聞いたかよお前ら!こいつと来たら俺達が折角可愛がってやってた新人を死なせやがった!俺達の下じゃ鉄砲玉か肉盾にされるのがオチだと言って、勝手に連れだして行ったってのに、実際は自分がX-18で盾にする為だったとはな!こいつはいい笑い話だぜ!」

 

 その嘲りの声に対してシェパードは厳しい顔をしたまま、特に何も言わなかった。

 だがその言葉で凡その事情がフィアーにも掴めてきた。

 どうにもあの2人はシェパードとチームを組めるレベルのストーカーとは思えなかったが、その答えがわかった。

 恐らく彼らはこの粗野なストーカーチームにこき使われていた所を、シェパードが連れだしたのだろう。

 こんな連中に使われていては、確かにその内使い潰されるのがオチだ。最も皮肉なことによかれと思って連れだした先で、彼らは非業の死を遂げてしまった訳だが。

 

 確かに彼らの死の責任に対してはシェパードにもその一旦があるだろう。

 直接X-18に連れ込まなかったと行っても、思わぬトラブルで結局彼らはX-18に入る羽目になって死んだ。

 だからと言って彼らの下で、小間使いのように使われていたほうがよかったのかと言われてもやはり答えは出ないだろう。

 シェパードの性格からして強引にあの2人を連れだしたとは思えない。

 となれば彼らは彼らの意思でシェパードに着いて行った筈だし、そのことでシェパードが非難される謂れもない。

 

 ZONEに来て日の浅いフィアーにもわかる。この世界ではあらゆる事柄が自由な代わりに己の全てに責任を持たねばならない。

 このZONEで望まぬ最後を遂げたとしても、それは全て自分の責任なのだ。

 あの2人はここで彼らとチーム組んでいくよりもシェパードと共に行くことを選んだ。

 そして運悪く志半ばで倒れた。それだけの話だとフィアーは思った。

 

 そんなフィアーを尻目にストーカーたちはひとしきりシェパードを笑った後、値踏みするような目でこちらを見てきた。

 

「まあ、あれだ。別にここでブロウアウトが過ぎるのを待つのは構わねえよ。だがよ、折角面倒見てたルーキー共を見殺しにされたとあっちゃ、こっちとしても収まりが付かねえ。ここは一つ何らかの誠意を見せて欲しいところだなあ」

 

 そう言って彼は手にした消音器付のMP5をチラつかせてきた。

 そのMP5はかなり手を加えられているのが一目でも分かる。

 彼のヴァンパイアという名前の由来はこの消音銃から来たのか、或いはそのバンディット染みた性格から来たのだろうか。

 笑いながらシェパードを見ていたヴァンパイアだが、やがてその視線が彼の背中のTG-2A Minigunに向いた。

 その目が驚きと欲に見開かれる。

 続いて彼の視線はこちらにも向けられる。正確にはフィアーが背負っている巨大な粒子砲、Type-7 Particle Weaponに。

 

「なんだお前ら。面白い武器持ってるじゃねえか。よし、今回はそいつでここの宿賃にしてや―――」

 

 ヴァンパイアがその言葉を言い切るより先にフィアーがシェパードを押しのけて、ヴァンパイアの前に立っていた。

 

「おい、フィアー―――」

 

「お前がこいつらにどんな負い目を持ってるか知らんが、俺には関係のないことだ」

 

 何か言いかけたシェパードの言葉をフィアーはピシャリと遮った。

 そして眼前のストーカーに向き直る。

 

「ヴァンパイアとか言ったか。マールとエフゲニーの事は俺にも責任がある。奴らは俺が助けられなかったせいで死んだ」

 

「……ああ、そうかい。だったら尚更お前からも慰謝料を払ってもらわねえとな」

 

「だが残念だが、お前に払えるものはこれぐらいだな」

 

 そう言ってフィアーは拳をヴァンパイアの顔面に撃ち込んだ。

 声も出さずにヴァンパイアは吹っ飛び、家畜小屋の奥へ叩きこまれた。起き上がらない所を見ると完全に気絶したようだ。

 

「てめえ!?」

 

 残る3人が反射的に銃を構えようとしてくるが、それをするには両者の間は余りにも近すぎた。

 スローモーを発動させ、一瞬で間合いを詰めると水平二連散弾銃を構えようとした一人目の腹にボディブローを撃ちこみ悶絶させ、胸ぐらを掴むと二人目へとぶつけて纏めてなぎ倒す。そして最後の三人目に殴りかかろうとした時点でフィアーは行動を止めた。

 最後の1人は銃を捨ててホールドアップしたのだ。

 フィアーは舌打ちした。

 

「情けない野郎だ。喧嘩を売るなら最後までやれよ」

 

 最後のストーカーは卑屈な笑みを浮かべた。

 

「無茶言うなよ。そんな度胸もねえから俺達はバンディットにもなれねえのさ。今回は俺達の負けだ。好きなだけここにいるといいさ」

 

 そう言うと彼は気絶したままのヴァンパイアを引きずって、家畜小屋の奥へと消えていく。

 なぎ倒した彼らの2人の仲間も同意見のようで、彼らもなんとか身を起こすと、こちらへの呪詛を吐く余裕もないのか、ふらつきながら仲間の後を追っていった。

 彼らはこちらの側を通り過ぎる時、フィアーに向けて怯えるような視線を向けていた。

 

 あれだけの戦力差を見せつけられれば、馬鹿な真似は起こすまい。

 それにあの程度の連中なら、例え不意を付かれても対処できるので問題ない。

 これが逆にフィアーをして脅威と思えるレベルの敵なら、フィアーは降参など認めず、全員をブロウアウトの吹き荒れる外へと叩き出していただろう。

 

「無茶やりやがるな」

 

 シェパードが呆れたように声をかけてきた。

 

「俺もお前もそしてこのZONEもそんなお上品な柄じゃあるまい。負い目を感じるのはわかるが、あんな連中に感じても仕方ないぞ」

 

「まあ、そうだな。あいつらはこの辺で詐欺まがいな事してる、悪名高いグループでな。マールとエフゲニーはあいつらに騙されていいように使われてたんだ。それで思わず俺と来るかと言っちまったんだ。

 筋はいいからBARにでも辿りつけば、後はあいつらの才覚でやっていけるだろうと思ったんだ。それがまさかこうも早く死なせちまうとはな……」

 

「このZONEじゃ自分の行動は自分で責任を取るしか無い。野垂れ死にしたとしてもそれは彼らが選択した事だ。そうだろ?」

 

「それもそうだな……。やれやれ、どうにも柄にもないことはするもんじゃねえな。俺達も一旦腰を休めようぜ。そういえばお前さん、なんで俺を探してたんだ?そこんところの事情をまだ聞いてなかったな」

 

「ああ、それはだな―――」

 

 外ではブロウアウトの赤い嵐が未だに荒れ狂っている。

 入り口から見えるその紅い光景を見ながら、フィアーはシェパードに改めて自分の目的の説明を始めた。

 

 

 

 ◆     ◆     ◆

 

 

 

「ナイトクローラーを追ってるのか……。確かに奴らはここの所ZONE一番の厄介者になりつつある。奴らを潰せるなら俺も協力することはやぶさかじゃねえが……」

 

 Darkvalleyの荒野を歩きながらシェパードは言った。

 あの後ブロウアウトが終わった後、2人はすぐに農場を出発した。あんな連中といつまでも一緒の空気を吸うのは御免だからだ。

 そしてその間にフィアーはシェパードに対して凡その説明を終わらせていた。

 自分の所属こそ明かさなかったが、その目的。そして彼が追う傭兵部隊ナイトクローラーの詳細とその目的。

 

 ナイトクローラーの正体に対して、シェパードは然程驚くこともなく受け入れた。

 傭兵部隊としては余りにも大規模かつ異質すぎる為、ZONEのストーカー達も彼らに大きなバックがいることは薄々感じていたらしい。

 だが、その後に話したATC社の私設部隊が来るかもしれないという説明に対しては、彼は大きな反応を示した。

 

「ナイトクローラーも厄介だが、そいつらも厄介だな。このZONEで余所者がでかい面しようってのが気に入らない」

 

「まともな方法だと軍隊を送り込んでも全滅するって話だが、あんたからすれば実際の所はどうだと思う?」

 

「そうだな……。何らかの方法でアノーマリーの位置を掴めれば軍隊を送るのも不可能じゃ無いとは思う。昔ならともかく今なら高性能なアノーマリー探知機もあるから出来ないこともないだろう。それでも送れるのは少数だろうが……」

 

「ナイトクローラーの拠点については?Barkeepはあんたなら心当たりがあるかもしれんと言ってたが」

 

 その質問に対してシェパードは迷うような素振りを見せたが、やがて諦めたように答えた。

 

「あるといえばある。奴らの拠点Limanskの街はまともな方法じゃ入れないが、あるアーティファクトがあれば入れるようになる。……そしてそのアーティファクトは俺の隠れ家に保管してある。そいつをアンタに貸してやるよ。あんたは命の恩人だからな。ただ一つ問題がある」

 

「なんだそれは?」

 

「その俺の隠れ家はRedforest(レッドフォレスト)っていうZONEの一番の危険地帯にあるってことだ。正直出入りするだけでも命がけだ……、だがアンタなら大丈夫だろう。因みにLimanskはそのRedforestのすぐ近くにある。隠れ家に行って目的の物を手に入れたらすぐにLimanskに入ることができるぜ」

 

「では一旦BARに寄って装備を整えた後、お前の隠れ家に直行だ。いいな?」

 

「ああ構わんよ。それから途中のArmy warehouses(アーミーウェアハウス)にはfreedomの拠点があるからそこにも寄って行きたい。あそこは外との繋がりが太いからいい装備が揃ってるはずだ」

 

 freedomと聞いてフィアーはBarkeepからの情報を思い出した。

 彼らはATC社との繋がりもあったと聞いている。現在のATC社の情報もつかめるかもしれないし、ついでにあの会社の製品の取り扱いがあるなら、弾切れになったType-7の補給も頼めるかもしれない。

 フィアーはPDAを見てそれぞれの地点を確認した。

 

「了解した。ではBarを出た後は北に進み、Army warehousesのfreedomの拠点に行く。そしてその後は西に進み、Redforestに入り、お前の隠れ家で目的の物を手に入れてそこから北西に進んでナイトクローラーがいると思わしきLimanskに入る。これでいいな?」

 

「ああ、トラブルがなきゃそんな感じだな。とにかくArmy warehousesぐらいからはミュータントもアノーマリーも凶悪になってくる。弾薬と食料、そして医薬品はしっかり補充しておけよ」

 

「……ところでお前、そのミニガンはいつまで持ち歩くんだ?」

 

「ああ、流石に隠れ家までは持ってかねえから安心しろよ。遠征の荷物にしてはでかすぎるから、DutyかBarkeep辺りに高値で売りつける。アーマカム製の武器だし高く売れるだろうよ」

 

「ストーカーって奴はどいつもこいつもピカピカの銃見ると目を輝かせやがるな」

 

「当たり前だ。ZONEで武器に興味がないストーカーなんて居ねえ。後、牧場じゃロクに荷物整理もできなかった。BARに戻ったら遠征で手に入れた物の整理もしなくちゃな」

 

 ……その言葉を聞いてフィアーも自分の荷物に放り込んでそのままのアーティファクト容器を思い出した。X-18で倒れていたナイトクローラーの死体から手に入れた物なのでそう安っぽい物が入ってるとは思えないが。

 

 激戦に次ぐ激戦でアーマーも随分と傷んできた。修理も頼んだほうがいいだろう。

 修理と言えばType-7 Particle Weaponにしてもそうだ。システムのコンディションがイエローな上、残弾数がゼロだがもし弾薬を補充できるならこれはミュータントに対しては切り札になる。

 そのことをシェパードに聞いたら、

 

「アーマカムの武器を直せるとしたらFreedomの連中だな。奴らなら部品を外から手に入れられるかもしれん」

 

 と言葉が返ってくる。

 

「まあ、何にせよ一度BARに戻ってからだな。そこからの事はそこで考えようぜ。相棒」

 

「お前の相棒になった覚えはないんだが……」

 

 そんなことを言い合いながら2人はdarkvalleyの荒野を歩いて行った。

 

 

 

 ◆     ◆     ◆

 

 

 

 来た時と違い殆どミュータントに出会うことなく、フィアーはシェパードの先導の元、darkvalleyを抜け出す事に成功した。

 シェパードに言わせるとミュータントがいそうな所を避けて歩いたかららしい。

 ZONEは広いようで狭い。腕のいいストーカーなら何処にどんなミュータントが巣を作っているのかある程度予想がつくとのことだ。

 

 そんな訳で現在はDarkvalleyへの出入口である狭い谷底を抜けて、『ゴミ捨て場』の森の中を2人は歩いている。

 丁度ここはブラッドサッカーがバンディットを襲って攫っていった位置だ。

 その為フィアーは殊更警戒しながら進んでいたのだが、シェパードの方は気にした様子もなく進んでいく。

 そのことについて警告すると彼は、

 

「この辺りにはミュータントの気配がない。暫くは大丈夫だ」

 

 という答えが帰ってきた。

 単に付近の気配を探る程度ならフィアーにもできるが、彼のそれはフィアーのそれとは根本的に違うような感じがする。

 ただ楽観的に物を言っているのか、それとも先のdarkvalleyを歩いていた時と同じくミュータントが居るかどうかを見分けるコツでも知っているのか。

 首をかしげながらも警戒レベルを下げ―――それでも必要最低限の警戒はしつつ、彼の後を付いていった。

 

 そして森を抜け出ると森の入口に複数の死体があった。

 先日フィアーが撃ち殺したバンディットの死体だ。ミュータントに食われたのか、腐乱死体のような悲惨な有り様になっていた。しかも装備品は殆ど無くなっている。

 恐らくアンドリーが剥ぎとって行ったのだろうが、容赦の無い剥ぎ取りぶりだ。

 

 ただ、彼らから離れた所に小さな木製の十字架による簡易式の墓があるのを、フィアーは見逃さなかった。

 あそこに埋まっているのは、殺したバンディットの近くに転がっていたストーカーの死体だろう。

 見ず知らずのストーカーを埋葬して墓まで建てるとは、『ゴミ捨て場』のストーカー達は仲間意識が高いようだ。その分バンディットには手厳しいが。

 

「? どうした、フィアー。BARはすぐそこだぜ?」

 

「ああ、なんでもない」

 

 死体と墓に気を取られていたフィアーにシェパードが声をかけてきた。

 フィアーは返事をすると彼に追いつくべく歩く速度を上げた。

 

 

 

 ◆     ◆      ◆

 

 

 

 1時間後、2人はようやくBarへとたどり着いた。

 歩けば数時間でトラブルと出くわしていた行きの道中と違い、帰りは見事なまでに何もなかった。確かにシェパードはZONEのガイド役として一級だ。

 

 僅か一日程度しか離れていなかったBARだが、あのお化け屋敷のようなX-18から、この人の営みの地であるBARに戻ってくるとやはり安堵感がこみ上げてくるものだ。

 BARの入り口を守っているのは出て行った時と同じDutyの部隊だ。

 この部隊の隊長は、相変わらず不機嫌そうだったが、こちらを―――というかシェパードを見て僅かに頬を緩めた。

 

「無事だったかシェパード。一時はお前がくたばったなんて噂が出回ったから心配したぜ」

 

「なあに。ちょいと地下に潜って宝探ししてたのさ。また酒場であったら冒険談を聞かせてやるよ」

 

 彼はこのBARでも随分と顔がきくようだ。

 あの神経質なDuty隊長と笑って言葉を交わすと、2人はBARへの入場を許可された。

 100Rads Barへの道の途中、古びた廃工場の中を歩いている2人の上に鋭い声が浴びせられた。

 

「Get out of here , Stalker!……んん? なんだシェパードか。生きてたのかお前」

 

「よう、アントン。お前のその挨拶聞いてようやくBARに帰ってきた気がするぜ」

 

 その声を出したのはフィアーがこのBARを出て行った途中にいきなり罵声を浴びせてきた例のDuty隊員のものだった。かなり偏屈な人間だと思っていたが、シェパードは彼のような人間とも顔見知りらしい。

 

「随分と顔が広いな」

 

「まあな。俺はこれでもストーカーとしてはかなりの古参だし、古くから居る奴とは大体顔馴染みさ。ZONEは狭いしな」

 

 そう言いながら彼はBARの奥へと進んでいく。フィアーは彼を追いかけながら疑問を尋ねた。

 

「では聞きたいんだが……ナイトクローラーはいつ頃からZONEで活動していた?」

 

「そうだな……あれも結構昔からいたと思うぜ。ただし規模としては今みたいな大規模なものじゃない。精々が一個小隊程度の規模だった。こんな風に大規模に活動をし始めたのはここ2週間前からの話だ」

 

 2週間前というと丁度アメリカでATC社絡みの事件が起きたすぐ直後ということになる。ATC社から手を切った、或いは切られた彼らが即座にZONE入りしたのはATC社から身を隠す意味合いもあったのかもしれない。

 恐らくは今まで使っていた外の拠点が使えなくなったので目立っても已む無しと考え、部隊全ての人員をZONEに移動させたのだ。

 

 ここまで派手に動くとなると、物資の消費も激しい。どんな目的があるかは分からないが、ナイトクローラーも早めに事を済ませたいはずだ。

 

「俺の予想だとナイトクローラーはMonolith(モノリス)を狙ってるんじゃないと思う」

 

「Monolith?」

 

 シェパードが言ったその単語に聞き覚えがなく、フィアーは聞き返した。

 

「そう、Monolith。俺達ストーカーの中の伝説の一つさ。チェルノブイリ発電所、その奥になんでも願いを叶えてくれる物があるって話がある。アーティファクトの一種だと思うが、誰も確認したこともないし、チェルノブイリ発電所に入ることの出来た奴は皆生きては帰ってこなかった。発電所付近は高レベルの放射能で汚染されてるし、無数のアノーマリー、そしてMonolith(モノリス)兵がいるからな」

 

「放射能やアノーマリーはわかるが、Monolith兵ってなんなんだ」

 

「発電所の中心部―――Chernobyl NPPにあると言われるMonolithと呼ばれる願望機に魅入られちまった連中のことさ。まるで洗脳でも受けたかのようにMonolithを崇め、発電所に近づくものを全て排除する。発電所を探索して発狂したストーカー達の末路とも言われている。

 そしてこれがまた馬鹿に出来ない戦闘力なんだ。狂信者特有の死をも恐れない戦いぶりに加えて、どっから調達したのか最新の武器と防具で固めてる。如何にナイトクローラーでもこいつらを突破するのは骨が折れるだろうな」

 

「逆に言えば骨が折れる程度で突破することはできるかもしれんということか。奴らの一部の兵士は俺に匹敵する戦闘力を持っているぞ」

 

「……冗談だろ?」

 

「だとよかったが。あいつらは自分達の肉体を強化していて、人間離れした反射神経を有している。拳銃弾ぐらいなら正面から避けられるぞ」

 

 そのことを聞いたシェパードは顎に指を当てて考え始めた。

 

「そりゃ確かに不味いな。発電所の守りは確かに硬いが、過去に何度か侵入を許している。そのナイトクローラーの連中がお前ぐらいの強さなら確かに突破できるかもしれん。更にアーマカムの部隊も来るかもしれないんだろ?俺やお前1人で手が足りるのか?」

 

「ナイトクローラーとアーマカムの私設部隊は反目しあっている。そこが狙い目だ。上手くぶつけあえばどうにかなると踏んでいる。それでも駄目なら目についた片端から撃ち殺していくだけさ」

 

「そりゃお前ならそんな戦いができるかもしれんが、俺は間違いなく死ぬな……。ふむん、俺達以外の戦力が必要になってくるかもしれん」

 

「当てはあるのか?」

 

「おお、このシェパードさんを舐めてもらっては困る。俺に借りのねえやつなんてこのZONEじゃ滅多にいない。コネを使ってどうにかしてみるさ」

 

 そうこうしている間に100Rads Barの前に着いた。早速入ろうとするフィアーだがシェパードは酒場の近くにある、塀に囲まれた小さな空き地へと彼を引っ張り込む。

 

「まあ待てよ。まずは戦利品の確認だ。お宝の確認なんてひと目の多い酒場でできるわけないだろう?高額なもの持ってると知られたら、こそ泥に付け狙われちまう」

 

 なるほど。一理ある。確かにここは廃工場と廃工場の隙間で人の気配はない。誰か来たとしてもすぐに分かる。

 人が来たら空き地の出入口に気を配れるような位置に陣取りながら、2人はバックパックの中身を広げていった。

 

 と言ってもフィアーのほうはそう多くはない。

 戦闘続きでロクに探索の時間も持てなかった為、あのX-18で手に入れられた物と言えば、ナイトクローラーの死体の所持品と、アーマカムの施設のPCから吸いだしたデータ。後はロッカールームに入っていたペネトレーターガンとType-7 Particle Weaponぐらいだ。

 しかしType-7はバッテリー切れ、ペネトレーターは弾薬の調達の当てがない。

 Freedom基地で弾を調達出来なければ、処分することになるだろう。

 

 次にナイトクローラーの死体から回収した二つのアーティファクト容器の中身を検める。

 一つは空だったが、もう一つの容器の中から出てきたのは緑色の泡を固形化したような形状のアーティファクトだった。

 これの名前と効果はシドロビッチのガイドブックに記載されていた。確か『bubble』と言って最上級の放射能除去用のアーティファクトだったはずだ。ちなみにそのガイドブックにはもし見つけたら、高値で買い取るから最優先で持ってくること! と赤字で書かれてあったが当然そんなものに従う義理はない。

 これから放射能が強くなるエリアに行くのだから、手放すことはないだろう。

 念の為、本物かどうかシェパードのほうにも尋ねてみたが、間違いなく本物だと太鼓判を押された。同時にかなりの貴重なアーティファクトなので安易に他人には見せるなとも。

 

 更にナイトクローラーの初期化されたPDAの復元を試みた所、断片的だがいくつかの地図データが見つかった。それはLimanskと呼ばれるナイトクローラーの拠点のデータだった。

 地図は途切れ途切れで、現地に着いて地図と現場を重ねあわせないと、いささか理解出来ないが充分な収穫と言えよう。

 

 次にナイトクローラーの所持品から出てきたのはアーマカム製の爆圧式手榴弾が3つとやはりアーマカム製の投擲式の円盤型無人機銃が1つ。自動拳銃もあったが、これは取り立てて価値がないものなので後で売り飛ばすことにする。

 この無人機銃はフリスビー程の大きさで壁面や床に向けて投げつけると、その部分に張り付き、円盤の中央に取り付けられた小型機銃が起動、円盤の側面に取り付けられたモーションセンサーと連動し、動くものに対して搭載弾薬が尽きるまで銃撃を行うという過激な武器だ。

 軽量化と携行性を重視したため、本体の小型機銃自体はマシンピストル並みのサイズで精度も然程ではない。使用弾薬も威力よりも装弾数を重視し、9mmパラベラム弾を使用。ヘリカルマカジンを採用して100発程の装弾数を確保しているが、十数秒も連射をすれば弾切れだ。

 

 しかしトラップとしては優秀で、これを複数使えば1人で小隊規模の弾幕を張ることもできる。

 もっともこの無人機銃は前の持ち主が一度使ったようで、バッテリーも弾薬も切れており、電力と弾薬を補充しなければ動きそうにないが、このBARなら補充は容易い。これで一つ戦闘の幅が増えたことになる。

 

 そして続いて吸いだしたPCデータの調査を行う。データは全て吸い出せたわけではない上に、所々破損していたがあの施設の役割は凡そ理解できた。

 あの地下施設―――X-18βは、やはりX-18本来の所有者とアーマカムが『業務提携』を行い、両者の研究を共同で進めるために作られたものらしい。

 

 アーマカム側の目的はアーティファクトやミュータントを研究し、そのデータを元に強力な兵器や強化された兵士を造ること。軍事企業であるアーマカムらしい目的だ。ただし上のX-18の目的は似ているようでまた違うものらしく、彼らは人造ミュータントやアーティファクトを使った脳に対する研究をしていたようだが、その辺りの詳細は不明だ。

 アーマカムの施設をX-18の真下に作ったのは、機密保持の為と、お互いの研究をフィードバックしあい、より円滑に研究をするためということだ。

 

 そして共同研究者の名称は―――C-Consciousness。

 

 全く聞き覚えのないその名称にフィアーは首を傾げた。

 所々にウクライナの軍人の名前や東欧の企業名と思わしき名称が出ているため、米国資本の組織ではなさそうだが、件のMonolith兵辺りと関係あるのだろうか?

 とりあえず1人で悩むより、隣に自分よりZONEに詳しい男がいるのでそちらに聞くことにする。

 

「シェパード。お前、C-Consciousnessって名前に聞き覚えがないか?」

 

 反応は劇的だった。

 シェパードは手にしていた戦利品と思わしきノートPCを落とすと、掴みかかる勢いでこちらに問いただしてきた。

 

「お前、それを何処で知った!?」

 

 その剣幕に眉を潜めながら、フィアーは答えた。

 

「あのX-18βのPCからだ。あの施設の出資者らしい」

 

「……なるほど。あそこなら確かにデータが残ってても不思議じゃないな。ったく民間の企業はその辺の詰めが甘い」

 

 その態度に疑問を抱いたフィアーは、逆にこちらがシェパードを掴みかかる勢いで彼を問い詰めた。

 

「シェパード。お前はこのC-Consciousnessって組織を知っているんだな?」

 

 その様子にシェパードも幾分頭が冷えたようで冷静に答えてきた。

 

「ああ、知っているとも。噂だけだがな。曰くZONEのフリーメイソン、或いは三百人委員会。実在も怪しい組織さ」

 

「お前のさっきの態度を見る限り、とてもそうは思えないんだが?」

 

「まあ聞けよ。これは発電所の奥にあるという願望機―――Monolith以上の与太話だ。そもそもMonolithと違って知ってる奴も少ない。だが、Monolith以上に現実感がある組織だ。

 考えてみろよ?このZONEには各地にX-18みたいな正体不明の施設がいくつもある。Monolithを守護するMonolith兵も、ZONEの奥地とは思えない潤沢な装備に身を固めている。

 俺みたいなZONEに詳しいストーカーや、情報通のトレーダーは正体不明の組織がZONEに干渉しているってのをなんとなく感じ取っているのさ」

 

「それがアーマカムと提携していたということか。確かにここ最近のアーマカムの技術の伸びは異常だ。クローン兵士の部隊に、SF映画にも出てきそうな武器の数々。奴らの技術の出処はZONEでもあったわけか」

 

「他に何かそのC-Consciousnessについてわかったことはあったか?」

 

「いや、データが歯抜けな上に吸いだした端末には大した情報が入ってなかった。武器開発のデータばかりで、ZONEや奴らの正体に繋がるようなものはないな」

 

「そうか……、まあそれだけでも価値はある。どうだ? そのデータは俺に譲ってくれないか? Barkeep辺りに素直にさし出したら買い叩かれるのが落ちだ。俺ならうまくそいつを高値でさばいてやるぜ。報酬は山分けだ」

 

「……コピーでよければな」

 

「いいとも。その代わりその情報は誰にも言わない方がいい。厄介なものを呼び寄せることになる」

 

 それでデータの件の話は終わり、シェパードは再び無言で自分の戦利品の確認に戻った。

 だが先ほどまでとは違い、どこかその沈黙には何か含むところがあるようにフィアーは思ったがあえて何も言わなかった。

 

 

 

 





 
 ZONE観光案内
 
 Emission(エミッション)
 ブロウアウトの別名。
 S.T.A.L.K.E.R.ではなぜか二作目以降はブロウアウトという単語はエミッションに置き換えられている。
 こっちは科学者が付けた名前っぽい。
 個人的にはブロウアウトという単語のほうが好きです。



 Darkvalleyの農場
 Emissionも防げるそれなりに頑丈な農場(元は家畜小屋だろうか)だが
 大抵悪党の巣になってる。
 今回出てきたヴァンパイアというストーカーはうまい儲け話を持ちかけて、ストーカーから小銭を盗む詐欺師。
 プレイした人は一度は騙された人が多いはず。
 その後大抵怒り狂ったプレイヤーにミンチにされる。
 されなくてもBarkeep辺りからこいつの仲間の暗殺ミッションを頼まれるあたりかなり嫌われているようだ。

 ZONEに入ってきたばかりのマールとエフゲニーは、このグループに捕まり、ルーキーとして彼らからこき使われており、一発逆転を夢見てシェパードの仕事についていった。
 しかしその結果は……。



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Interval 29 Shepherd

 戦利品を確認し終えた2人は早速、100Rads Barの中へと入っていった。

 シェパードはC-Consciousnessの単語を聞いた時は、何かを考え込んでいたようだが、戦利品の確認が終わるにつれて、段々と上機嫌になっていった。

 どうやらこの遠征は彼にとってかなりの収穫があったらしい。

 

 ホクホク顔のシェパードと共にフィアーは100Rads Barへと続く地下階段を降りて行き、その途中の防弾カウンターにいる警備のDuty隊員に一言挨拶する。マスクで顔が隠れているので同一人物かどうかはわからなかったが、以前の隊員と中身は一緒だったようだ。

 

「お前か。Barkeepから聞いてたが、本当にDarkvalleyからシェパードを連れて帰るとは大したもんだ。もしよければDutyに入らないか? お前のような戦士なら大歓迎だ」

 

 それに対してシェパードが笑いながら会話に割って入る。

 

「残念だったな。こいつは俺にお熱なんだ。勧誘はまた今度にしてくれ」

 

「面白いジョークだ。せっかく拾った命をまた捨てたいと見える」

 

 ふざけた冗談を抜かすシェパードに、フィアーは素早く釘を刺す。言葉の中に秘められた怒気に気がついたのか、シェパードはおお怖い、と言いながら先に地下に降りていった。

 それを見たDuty隊員が肩をすくめる。

 

「あまり気にせんことだ。あいつはいつもあんな感じだ。もっともあんな性格だからか、顔も広いし、友人も多い。あんたにとっても良い友人になるだろう」

 

「……そりゃどうも」

 

 意外と親切なDuty隊員にそう答えるとフィアーはシェパードの後を追って酒場へ潜った。

 

 

◆   ◆

 

 

 酒場の様子は相変わらずだった。一人で飲んでいる者。仲間と湯煎した缶詰を酒のツマミに談笑している者。飲み過ぎたのかテーブルに突っ伏した者。隅で怪しげな商談を行っている者。

 そんなわけはないのだが初めてここを訪れた時と顔ぶれが一切変わっていないような気がする。ちなみにミハイル達三人組の姿はなかった。既に出発したのだろう。

 シェパードは酒場の中を進むと、知己と思わしきストーカー達に挨拶しながらBarkeepの元に行った。

 シェパードを認めたBarkeepがグラスを拭きながら、楽しげに憎まれ口を叩いた。

 

「よう、死にぞこない。帰ってきたか」

 

「当たり前だろ。このZONEで俺が死ぬわけがねえ。俺はZONEの加護を受けてるんだからな」

 

「ところがどっこい、今回お前の幸運の女神はMonolithでもZONEでもねえ。この俺だ。俺がお前の後ろのターミネーターを派遣しなければ、お前は確実にあの世行きだったな」

 

「だったら恩義を感じるべきなのはフィアーにであって、お前への感謝はついででいい、ってことだな」

 

 テンポのいい軽口の応酬。この二人はそれだけ付き合いが長いのだろう。

 だが楽しげにしてたBarkeepは突然声を潜めると、小さな声で話しかけてきた。

 

「とりあえず商売の話をしたいが……。ここじゃ不味い。客室を用意しといたからそこで寛いでくれ。手が空いたらすぐに行く」

 

「ああそうだな。これは気軽に話せる情報じゃない。……ちゃんと冷えたビールでも用意してあるんだろうな?」

 

「ちゃっかりしたやつめ。冷蔵庫の中のものでも適当に飲んでいろ」

 

 そこで会話を終わらせるとシェパードはフィアーを酒場の奥へと誘った。奥への入り口には強化外骨格を着込んだDuty隊員が守っていたが、話は通っているようで、一歩下がって道を開ける。

 

「やれやれ。今日は久しぶりにベットで眠れそうだな。……ああ、フィアー。Barkeepへの交渉は俺がやる。お前はX-18の事は喋らないようにしといてくれ。あそこの情報が下手に出回るとあの地下施設に食い殺される犠牲者が増えるだけだ」

 

「わかった。その辺の交渉は任せよう。こっちとしては武器と装備の話ができればそれでいい」

 

 BARの奥にあった客室は高級ホテル並―――には程遠いが、モーテル程度には広く、整えられていた。つまりはZONEに置いては高級ホテル並に貴重な場所だ。

 二人は荷物を下ろすと、Barkeepの言葉に甘えて部屋の隅にあった小型冷蔵庫から勝手に酒やコーラと言った飲料を取り出してテーブルに並べた。ついでにチーズやサラミといった酒の肴もあったのでそれも頂く。

 そして二人で勝手にそれらを飲み食いして、小一時間ほど経った頃だろうか。ようやくBarkeepが姿を見せた。

 部屋に入った彼はテーブルの上にある大量に食い散らかされた酒と食料を見て、顔をしかめた。

 

「お前らなあ、確かに適当に飲んでろとは言ったが、遠慮ってものは知らんのか」

 

「遠慮? なんだそりゃ? ZONEじゃ聞いたことのない言葉だな」

 

 ハムの固まりを噛じりながらシェパードが笑う。

 ちなみにフィアーは兵士の健康管理の一環として暴飲暴食は控えているので、シェパードに比べると常識的な量にしか手を付けてなかった。

 シェパードのこの態度にはBarkeepも慣れているのか、溜息一つで流すと彼も空いている椅子に座り商売人の顔になる。

 

「それじゃビジネスの話をしようか。シェパード。X-18の中には何があった?」

 

「ミュータントとアーティファクトと得体の知れない実験施設さ。俺はその辺の知識がないから具体的に何をやってたかまでは流石にわからん。いくつか資料を持ってきたからそれを見たほうが早いな」

 

 そう言って彼はテーブルの上に散らばる食料をどけると自分の荷物から、幾つか紙の資料を取り出してテーブルの上に乗せた。

 Barkeepは早速それを手に取ると食い入るように読み始めるが、しばらくしてお手上げと言わんばかりにそれをまたテーブルの上に投げ出した。

 

「全くわからんな。実験のデータの数字と専門的な言葉の羅列……。アーティファクトとミュータントを研究してたってのはなんとなくわかるが……。こりゃエコロジストの学者達に売りつけたほうがいいかもしれん。

 シェパードよ、他にもっとわかりやすい資料はなかったのか? 具体的にはこの施設の奴らがどんな組織なのかとか、何をどんな目的で何を研究してたとか、研究員の住所と氏名と電話番号と家族構成が載ってるような資料とか」

 

 Barkeepの余りにも無茶な要求にワインをラッパ飲みしていたシェパードが、思わず口のワインを吹き出す。隣にいたフィアーは咄嗟にその反射神経を駆使してそれを避けた。

 

「あるわけねえだろ。そんなもんが欲しければ探偵にでも頼んでこい」

 

「シャーロックホームズだって、X-18に入って生きて帰ってこれるかよ。しかしこうしてみると手間の割には意外と収穫が少なかったな。何かZONEの謎が解明出来ると思ったんだが」

 

「仕方ねえさ。どうもX-18は俺達の前にも先客が来てた感じだった。おまけに実験設備や端末PCの大半は壊れるか、持ち去られてたみたいだし証拠になるような資料が殆どなかったんだ。

 もっとも幾つかミュータントが巣食っていて入ることもできない場所があったから、もしかしたらそこに何かあるかもしれないが、流石に単独じゃ無理だ。あそこは危険すぎる。腕のいいストーカーをチームで派遣するとかしないとあっという間に全滅だ」

 

「お前程の男がそう言うならそうなんだろうな。また腕のいい奴らを探してみるとしよう。それじゃあX-18のカードキーを返してくれ」

 

「ああ、しかしあのX-18のセキュリティは予想以上に頑丈だ。もしかしたらこのカードキーは使えなくなっているかもしれんぞ」

 

「踏んだり蹴ったりだな、全く。流石はZONEの箱入り娘。安々とドレスの中を覗かせてはくれねえか……」

 

 そう言ってBarkeepはシェパードの差し出したカードキーを受け取った。

 そのやりとりを隣でビールを飲みながら聞いていたフィアーは、その不自然さに微かに目を細めていた。

 シェパードはX-18βを始めとするX-18の情報をBarkeepに一切渡していない。

 少なくともあの施設に大企業アーマカムコーポレーション出資しているという話や、謎の組織C-Consciousnessが関わっているという情報を伝えれば、間違いなくBarkeepは高額の値段で買い取ってくれるはずだ。

 

 だが彼はそれを伝えるどころか、それらの情報を完全にシャットアウトしている。確かに下手な情報をばらまく訳にはいかないだろうが、むしろ徹底的に情報を握りつぶしているようにすら見える。

 

 そんな疑問を抱くフィアーをよそにシェパードとBarkeepの商談は続いていった。

 いつの間にかX-18の内部情報より、彼がそこで手に入れたアーティファクトを初めとする戦利品の話になってる。

 数々のアーティファクトや、X-18で屍となっていた連中の貴重な情報の詰まったPDAやノートPCは、X-18の正体がわからずともそれを充分に穴埋めできる成果だったようで、Barkeepは興奮しながらそれらを検分している。

 

「その程度で驚いてもらっては困るぜ、Barkeep。今回一番の掘り出し物はこいつだ」

 

 そう言ってシェパードは机の上に乗せたのはアーマカム製の携行式ガトリング砲、TG-2A Minigunだった。

 ZONEではまずお目にかかれない最新武器にBarkeepは目を丸くした。

 

「これは……アーマカム製のミニガンか?こんなもんよく手に入れられたな!」

 

「ああ……、あのX-18の最深部で手に入れた。実際に俺も使って動作確認もしたし、威力は折り紙つき。ミュータントどころかストーカーの小隊だって一瞬で木っ端微塵さ。どうだ?いくらで買う?」

 

「……10万ルーブルでどうだ?」

 

「安すぎる! これはアーマカムの最新兵器だぜ!? 外でこいつを手に入れようとしたら100万ルーブルあっても足りるかどうかって話だ! こいつを欲しがるのはあんただけじゃない、DutyやFreedomの連中だって喉から手が出るほどこいつを欲しがるはずだ」

 

「やれやれ……。わかったよ。20万ルーブル。これ以上は出せん。あとはお前にだけは常に銃弾や食料品、医薬品を二割引で売ってやる。欲しいものがあるなら優先的に仕入れてやるし取り置きもしてやる。これでどうだ」

 

 苦渋の顔でBarkeepが提案する。それに対してシェパードはしたたかな笑みを浮かべた。

 

「商談成立だ。毎度あり! さてここからは俺達の買い物タイムだ。いろいろと武器や道具を消耗しちまったんでな。悪いが早い所用意してもらうぜ。俺達は明日にはまたここを出ないといけないんでな」

 

「もう行くのか? お前の武勇伝を聞きたがってるやつもいるだろうに……。まあ稼いでくるってなら止めはしないがな。……フィアー、お前もよくこの馬鹿をつれて帰ってきてくれた。礼を言うぞ」

 

 話を振られたフィアーは口の中のチーズを飲み込むと、肩をすくめて答えた。

 

「気にするな。仕事だ。それよりも俺の頼んだ品物は用意できているか?」

 

「ああ、大体の物は揃ったとも。待ってろ、今持ってくる」

 

 そう言ってBarkeepは客室から出て行った。

 彼が居なくなったことでフィアーはシェパードに疑問の視線をぶつける。

 

「……なんか言いたそうだな?わかってるさ。なんでX-18の情報を渡さなかったのかってことだろ?ま、これには色々あって、理由や過程はあえて省くが―――あの施設の事が公になるとZONE全体が面倒なことになる。それを嫌う奴がいてそれは俺の依頼人の一人なのさ。

 そしてもう一つは俺自身の判断だ。あそこは悪魔の巣だ。中途半端に情報をばら撒いて大勢のストーカーが押し寄せるようになれば、大量の犠牲者がでる。それはお前もわかるだろ? 俺はな、ストーカーは……いや人間はあそこに近づくべきじゃない。封印するべき場所だと思ってる」

 

 シェパードの言い分に完全に納得できた訳ではなかったが、元よりフィアー自身もZONEの人間ではないし、彼自身隠し事の2つや3つある。

 それに彼自身はX-18βの情報が手元にあるのでそれで充分だ。

 

「お前がそう言うなら、別にそれで構わん。俺はZONEの謎を解き明かしたいわけじゃないからな」

 

「そう言ってくれると助かるぜ」

 

 そのやりとりが終わると、ちょうどBarkeepが再び客室に戻ってきた。今度は両手に抱えるほどの荷物を持って。

 早速彼はその荷物をテーブルの上に広げる。フィアーはそれを見て目を見はった。

 

「ご注文通り、例の一件の報酬としてあんたのVES アドバンスドライフルを徹底的にカスタマイズしといたぜ。弾薬もたっぷり仕入れてきた。間違いなくこいつはZONEでもトップクラスの自動小銃だ」

 

 BARを出発する際に、もはや弾切れということでフィアーはナイトクローラーから奪った最新の自動小銃、VES アドバンスドライフルをBarkeepに預け、ついでにカスタマイズするように頼んでおいたのだ。

 

 あれから僅か一日程度しか経ってなかったが、Barkeepのお抱えのガンスミスは余程優秀らしく、見事に生まれ変わっていた。

 赤外線にも対応している3倍可変光学スコープの上には小型薄型のダットサイトが取り付けられて、遠距離戦にも近距離戦にも対応できるようになっている。

 更に銃身の下部にあった大型のフラッシュライトは取り外されて、アドオン式のグレネードランチャー、H&K AG36が取り付けられている。元々この銃はH&K G36のカスタム銃だ。元々のメーカーが一緒の為、取り付けることが出来たのだろう。

 そして取り外した大型フラッシュライトの代わりに、より小型のフラッシュライトとレーザーポインターの複合モジュールが銃身の左側面に取り付けられている。

 

 対ミュータント戦では強力なフラッシュライトは獣である彼らの目潰しとしても使えるため、極めて有用だ。

 そして銃身の右側面には40mmグレネード弾の予備弾薬を最大3つまで取り付けるための弾薬入れが装着されていた。

 おまけに銃剣を取り付ける為のアタッチメントや6.8×43mm口径用のサプレッサーまで取り付けられている。

 

「随分とゴテゴテとしているな」

 

 生まれ変わったライフルを見てフィアーは見た感想がそれだった。Barkeepは苦笑いして、

 

「初めて見る銃ってことでうちのガンスミスが張り切っちまってな。まあ結構儲けさせてもらったから、金に糸目を付け無くていいって言ったらこうなっちまった」

 

 フィアーはその銃を手に取ると具合を確かめた。部品のつけすぎで通常のライフルより確かに重いが、元々の銃が軽量化されていたのと、重量軽減のアーティファクトを装備しているせいか、さほど負担は全く感じない。邪魔になるようなカスタムパーツは後で必要に応じて取り外したり、つけたりすればいいだけだ。

 

「弾薬は?」

 

「800発は用意できた。全弾徹甲弾だ。マガジンも10は用意した。それとグレネード弾は多目的榴弾が10発。対人にも対装甲用にも使える」

 

「充分だ。ありがとう。で、もう一つ頼みたいことがあるんだが……こいつらの弾薬はあるか?」

 

 次にフィアーがBarkeepに見せたのは、X-18で手に入れた10mm HV PenetratorとType-7 Particle Weaponだった。これを見たBarkeepはここに来て一番驚いた顔をしてせた。

 

「お前これは……」

 

「出処はシェパードと同じさ。最深部で手に入れた」

 

「お前さんはこいつを売ってくれる……ってわけじゃなさそうだな」

 

 フィアーは肩をすくめた。

 

「悪いが予約がもう入ってる。ナイトクローラーの連中だ。奴らにこいつの弾薬を腹いっぱい食わせる予定なんでね」

 

「そりゃ残念。だがその粒子砲はうちじゃ無理だぜ。こいつのバッテリーは特殊なんだ。だが杭打ち機のほうはなんとかなる。以前偶然ナイトクローラーの死体を見つけた奴が、全く同じ武器をうちに持ち込んできたことがあってね。銃と弾薬を幾つか買い取ったんだ。銃は物好きが買っていったが、弾薬はまだ結構残ってる」

 

「ではそれを譲ってくれ。あと一緒に注文した暗視装置は?」

 

「暗視装置ならそこの包みの中だ。ZONEの職人が手を加えたからどんなヘルメットにも装着できるようにアタッチメントがついてる。ただし杭打ち機の弾薬の方は貴重品だから値が張るぜ?」

 

 それに対してシェパードがBarkeepに言った。

 

「杭打ち機の弾薬代は俺の報酬から差っ引いてくれ。その代わり在庫を全て持ってきてくれ。ついでにボディーアーマーの方も傷んできたんでな。修理の方も頼みたい。フィアー、お前の装備も結構ダメージ受けてるだろ。ここの職人は腕がいい。俺がおごってやるからついでに直してもらえ」

 

「ではお言葉に甘えるとしようか」

 

 それを聞いてBarkeepは楽しげに肩を広げた。

 

「オーケーオーケー。いやはや今日は商売繁盛だな。腕のいいストーカー達との付き合いはこれだからやめられん」

 

「褒め言葉と受け取っておくよ」

 

「勿論褒めてるんだよ。これからも100Rads Barをよろしく頼むぜストーカー。後でアーマーの職人を向かわせるからアーマーを外して入り口に置いておいてくれ。何、一日あれば新品に逆戻りだ。今日はこの客室を使っていいからゆっくりしていくんだな」

 

 そう言い残すとBarkeepは客室を出て再び仕事場へと戻っていった。

 

 

 ◆    ◆    ◆

 

 

 その後、シェパードは顔馴染み達に挨拶してくると言って客室を出て、酒場に向かった。

 フィアーはここの知り合いなどミハイル達ぐらいしかいないし、別段交友関係を広げるつもりもないので、この客室で体を休めることにした。

 先ほどまで酒の肴のようなものばかり食べていたので、Barkeepに頼んで用意してもらった乾燥野菜とキノコがたっぷり入った胃に優しいリゾットを食べ、ついでにビタミン剤やミネラルの錠剤を口に放り込む。

 そして客室のキャビネットにあった、高そうなワインを勝手に飲みながら、改めて手に入れた情報を整理していた。

 

 ATC社はこのZONEでなんらかの研究をしていたのは間違いない。とは言え、米国の企業であるATC社がこの東欧の地で活動するには何らかの後ろ盾が必要だ。ATC社はウクライナの政府に多額の献金をしていたが、このZONEで活動するにはまた別の後ろ盾がいる。

 それがあのX-18の本来の持ち主であるC-Consciousnessだろう。

 しかしそうなるとナイトクローラーの立場はどうなるのだろうか。彼らは元々はATC社の子飼い。それが離反したとなると、C-Consciousnessとの仲はどうなったのかわからない。ナイトクローラーの死体がX-18にあったのは、ATC社の施設であるX-18βを襲うつもりだったのだろうか。

 

 いずれにせよ、現在ナイトクローラーはこのZONEで最大の戦力の持ち主でありながら、完全に孤立しているということだ。今はまだその圧倒的な戦力で他の勢力に対して大きな顔をしているが、補給の当てがなければその内瓦解する。

 攻撃的な彼らが逃げる為だけにZONEに来たとは考えにくい。何か目的があるはずだ。

 C-Consciousnessという新たなZONEの組織を知ったことで、ある程度予測することはできるが、こればかりはあのワームに直接聞いてみなければわからないだろう。

 

 そんなことを考えていると眠気が回ってきた。アルコールが効いてきたか。

 彼は荷物を抱えて寝室に向かうと、並んだ汚れたベット―――これでもZONEでは最高級のベットだ―――の一つに身を預けた。

 ベットの側にはコンセントがあった。その配線が生きていることを確認すると、各種電子機器のバッテリーに繋ぐ。後は寝ている間に充電されるだろう。

 そしてベットの隣に手に入れたばかりのアドバンスドライフルを立てかけ、自動拳銃を枕の下に隠して彼は眠りについた。

 

 

 

 

 




 


ZONE観光案内人物編
シェパード
ZONEの古参のSTALKER。腕がいいだけでなく、色んな所に伝手がある。
何でも屋でアーティファクトの探索から案内人、果ては顔の広さを利用した複数の勢力の仲裁までなんでもやる。
いろいろとZONEの秘密にも精通しているようだ。
オリキャラ。

因みにBarの客室はMOD導入しないと入れません
 


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Interval 30 ARENA

 フィアーが目を覚ましたのは定期的に鳴り響く重低音のせいだった。

 ゆっくりと目を開けると酒瓶を抱えたシェパードが隣のベットから転げ落ちて、喧しいいびきを立てている。これが騒音の元凶だろう。

 どいつもこいつもストーカーという奴は、でかいいびきを立てずにはいられないのだろうか。

 腕時計を見やると朝の8時だ。

 だが、隣のこの男はしばらく起きそうにない。

 数秒ほど考えるとフィアーはベットから起き上がり、拳銃やナイフと言った必要最低限の装備を身に着ける。

 

 そして試しに部屋に備え付けの洗面台の蛇口をひねると、驚くことにちゃんと清潔な水がでた。

 顔を洗い、小型のポケットナイフで無精髭を剃り、伸びた前髪を適当に切る。

 冷蔵庫の中にあったミネラルウォーターを開けると一気に飲み干して、一息つくとフィアーは朝の散歩に出かけることにした。

 間抜けな相棒が目を覚ますまでの間、少しぐらい観光してもバチは当たるまい。

 念の為、ショットガンだけスリングで腰にぶら下げると彼は部屋を出て、朝食を食べに行った。

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 朝の酒場は予想以上に人が少なかった。正確にはいないわけでもないが、酔いつぶれてる奴ぐらいしかいない。

 ストーカーというのは夜型が多いらしい。こんなところに居る連中に規則正しい生活など望むべくもないが。

 だが、そんな中でもBarkeepは相変わらずだった。数少ないストーカー達に簡単な食事を振舞っている。

 カウンターに近づくと、彼は手を上げておはようと言ってきた。

 

「よう、フィアー、シェパードはどうした?」

 

「酒瓶抱えて寝てる」

 

 それを聞いたBarkeepは笑った。

 

「だと思ったぜ。そうなると昼すぎまでは起き出さない」

 

「俺としてはさっさと出発したいんだがな……昼から出てArmy warehousesのFreedom基地まで夜には着くか?」

 

「ああ、シェパードは腕利きのガイドでもある。夕方までには充分着くだろ。それより朝飯でもどうだ? 大したもんは出せんがおごってやるぞ」

 

「……頼む」

 

 そしてカウンターに出てきたのは一杯の水と棍棒のように硬いパン、ローストしたダイエットソーセージと目玉焼き、そして豆のスープだった。

 特にパンは食いちぎれないほどの硬さを誇り、水かスープに浸さなければ食えない代物だった。

 その為フィアーはパンを二つにちぎり片方を水に、もう片方を豆のスープに突っ込み、柔らかくなるまで待つことにする。

 その間の時間つぶしというわけではないが、フィアーは味のないダイエットソーセージを齧りながら、Barkeepに以前から気になることを聞いてみることにした。

 

「なあ、Barkeep。あんたC-Consciousnessって組織に聞き覚えはあるか?」

 

 核心をついた言葉のつもりだったが、Barkeepはその言葉に特に反応せず、眉をひそめただけだった。

 

「いや、知らんな。ZONEに出入りしてる外国の組織かそりゃ?」

 

「……知らないならいいんだ。悪かったな」

 

 Barkeepの反応から本当に知らないと見たフィアーは、柔らかくなってきたパンを片付け始める。はっきり言ってうまくもなんともない大雑把な味だが、スープに漬けたほうはなんとか食べれないこともない。

 水につけた方のパンは目玉焼きと一緒に食べる。目玉焼きは焼きすぎていて黄身が完全に固まっていたが、このZONEで半熟の目玉焼きなんて洒落たものは期待するだけ無駄だろう。もとより無料なので質に文句を言うつもりはない。

 家畜が餌を喰らうように、短時間で朝食をかきこむと、フィアーはBarkeepからペットボトルのコーラを一本購入して、酒場の外へと出て行った。

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 朝のBARは相変わらず煩かった。その原因は至る所に取り付けられたスピーカーからのDutyの勧誘放送だ。

 せめて朝ぐらいは停止させてもいいだろうに。

 そう思ったのはフィアーだけではなかったようで、徹夜明けと思わしきストーカーが恨めしげにスピーカーを睨みつけながら、道を歩いて行く。

 やはりストーカーは朝に弱い者が多いようで、いつもより人通りが少ない。

 たまにホームレスのように道で寝転んでいるものもいる。

 その反面、軍隊上がりのDutyは朝にも強いようで、見回りのDuty隊員がBARの内部を巡回していた。

 それ以外にも遠征に出るのか、武装したDutyの一分隊が検問所の方へと向かっていく。

 

 フィアーはなんとなしにそれを遠目で見送ってから、適当な工場の影に入った。

 懐から拾い物のタバコを取り出して火を付けて一服する。

 そして声を上げた。

 

「もうこの辺でいいだろ。俺に何か用か?」

 

 そのフィアーの言葉に微かに狼狽えるような気配がした。

 が、その気配の持ち主はすぐに気をとり直したのか、路地裏から姿を表した。

 黒いコートに黒いフードをかぶり、極めつけにバクラバ帽で顔を隠した、全身黒ずくめの怪しい男だった。

 正直BARの外で出会ったのなら、出会い頭に射殺していた所だ。

 というかBARの中でもそうしていてもよかったのだが、それをしなかったのはフィアーは彼に見覚えがあったからだ。

 

「さすがは噂のルーキーだな、こう見えても気配を隠したつもりだったんだが……」

 

「気配を隠す前に、まずその愉快な格好をやめにしたらどうだ?」

 

「へへっ、そうはいかねえ。これは俺のトレードマークみたいなもんでな。このBARじゃこの格好で顔を売ってるんだ」

 

「……それで俺に何の用だ。お前酒場のカウンターの隅にいた奴だろう? 俺のことをずっと見ていたな?」

 

 フィアーはこの男に確かに見覚えがあった。最初に100Rads Barに入った時も、その次に入った時も、昨日帰ってきた時も、そしてさきほど酒場で朝食を食べた時も、この男は100Rads Barのカウンターの隅で酒を飲んでいた。

 正確に言えば酒を飲みながら、周りの話に聞き耳を立てていた。

 

「気づいてたか、悪かったな。知らねえ奴が来ると思わず探りを入れるのが俺の癖なんだ。なにしろ俺はこのBAR一番の情報屋なんでな」

 

 情報屋。それでわざわざこんな怪しげな格好をしているのか。もっともこんな格好をしている相手から買った情報をあまり信じる気にはならないような気がするが。

 

「俺に売りたい情報でもあるのか?」

 

「そういうことだ。今お前の相棒はどうしてる?」

 

「ベットで爆睡中だ。……あいつに聞かれると不味い話だというのか?」

 

「ま、そんなとこだな。どうする……この情報買うか?」

 

「中身も言わずに売りつけるのか?」

 

 呆れてフィアーがそう言うと、情報屋は覆面越しにもわかる笑みを浮かべるとこちらに近づいて小声で呟いた。

 

「C-Consciousnessの話さ。朝、お前がBarkeepに尋ねているのを聞いた」

 

「……!?」

 

 思いも寄らない単語を出されてフィアーは珍しく動揺した、このZONEの情報の大半を牛耳っているBarkeepすら知らない謎の組織を、こんな男が知っているというのか。それとも盗み聞きした話を元にハッタリをかけているのか。

 フィアーは一瞬迷ったが、彼の話に乗ることにした。ハッタリだったらそれ相応の報いを受けさせてやればいいだけだ。

 

「……いいだろう。話を聞こう」

 

「まずは前払いで一万ルーブルだ」

 

「つまらん話だったら、叩きのめして奪い返すぞ」

 

 そう脅したが彼は笑いながら、フィアーの差し出した一万ルーブルを受け取った。

 

「そうはならねえよ。……ちょっと場所を変えよう。ここじゃ何処に耳があるかわからねえ」

 

 そう言って情報屋は、表通りに向かっていった。

 フィアーはどうにも騙されてるような気がしながらも、彼の後をついていった。

 

 

 ◆     ◆     ◆

 

 

 情報屋に連れられていった先は、BARの中心部にある巨大な倉庫だった。

 正確に言えば倉庫を改造した闘技場―――ARENAだった。

 この倉庫の内部は二つに仕切られている。一つは元荷物置き場と思わしき、1階の闘技場と、その1階を上から見下ろす事のできる2階の客席だ。

 1階の闘技場はテニスコートほどの広さがあるが、ところどころにコンテナや木箱が置かれて闘技者の視界を悪くしている。客席である2階からは、闘技場全てを見下ろすことができるようになっていた。

 

 朝のBARは人が少ないと思っていたが、ここだけは別だった。ざっと見るだけでも20人近いストーカー達が2階の客席に集まって賭博場特有の熱気をまき散らしている。

 フィアーと情報屋がいるのもこの2階の客席だった。ちなみに入場料はフィアーが情報屋の分まで払った。

 

「なんでこんな所で話すんだ?」

 

 うんざりしたようにフィアーが情報屋に尋ねると、彼は1階を見下ろしたまま、こちらを振り向きもせずに答えた。

 

「ここなら賭けに夢中で誰も俺達の話なんて聞かないからな。後は、俺がこの勝負を見たかったってこともある」

 

「お前な……」

 

 流石にフィアーが抗議しようとした所、情報屋はこちらの機先を制するように振り返ってニヤリと笑った。

 

「それにこの戦いにはあんたも興味が出るかと思ってな」

 

「賭け事に興味はない」

 

「今から戦う奴の1人があんたが捕まえてきた捕虜だとしてもか?」

 

「なに?」

 

 反射的に声を上げて――フィアーは舌打ちした。目の前の情報屋はしてやったりと言わんばかりに、ニヤついた笑みをこちらに向けている。

 

「あんたにとっ捕まった傭兵の捕虜1人と、ここらで悪さをしてたバンディット2人の殺し合い。それが今日の注目のカードさ。ま、そんなわけでやつを捕まえたあんたにちょっと聞きたいんだが……あの傭兵の腕前はどんなもんだ? 手強かったか?」

 

「……一般的な水準はあるかもな。だが実際には知らん」

 

「おいおい、なんだそりゃ?」

 

「奴は仲間が皆殺しにされた後、投降した。戦ったわけではない」

 

「……ってことはチキン野郎か。オーケー、参考になった」

 

 そう言って情報屋は席を立つと客席にいる賭けの胴元へと走って行く。

 どちらに賭けるか決めたのだろう。

 フィアーとしては賭け自体には興味はないが、どういった形式で戦うのかには興味があった。

 情報屋が戻ってきて数分後、スピーカーで大げさな司会のアナウンスが倉庫の中に響き渡った。

 

『レディース・アンド・ジェントルメン! ……おっとここにはレディも紳士もいなかったな! なにはともあれ待たせたなケダモノ共! 今日のショーの始まりだ!』

 

 その言葉と共に一斉に客席が沸く。

 

『今日のカードは、Wildterritoryで強盗をしてやがったクソ傭兵団の生き残りと、Garbageでストーカーを締めあげていたクソバンディットの生き残りだ! どっちがくたばっても世の中が綺麗になる素敵な対戦だ! さあ、みんなどっちに賭ける!?』

 

 俺は傭兵だ! いやここはバンディットだ! 大穴狙いで双方相打ちだ!

 

 司会の言葉に釣られて、ストーカー達が次々と声を張り上げる。そこには今から殺し合いをさせられる哀れな選手達への慈悲はない。

 まあ当然だ。ここにいるのはストーカー達が殆どであり、彼らは自分達を食い物にする連中を親の仇よりも憎んでいる。

 この賭け事は、処刑としての見世物も兼ねているのだろう。

 

『公平な戦いになるように、お互いの武器はソードオフショットガンと拳銃のみ! 技量差も考慮して、バンディットは2人に対して傭兵は1人だけだ! 俺としてはやはりチンピラのようなバンディットよりも、兵士としての技量を持つ傭兵のほうが有利だと予想する! さあ張った張った! あと開始まで1分! 賭け券はそれまでに買っておけよ!』

 

 その司会の言葉に釣られたのか、更に数人の客席のストーカーが席を立ち、胴元の方へと向かっていく。フィアーの隣に座る情報屋は気にした様子もなく、腕を組んでいた。

 なんとなしにフィアーは情報屋に聞いてみた。

 

「あんたはどっちに賭けた?」

 

「それは勝負が終わってからのお楽しみだな」

 

 そんなやり取りをしている間にとうとう時間が来た。

 闘技場の北と南の出入口が開き、北からは汚い身なりをしたバンディットが2人、そして南からは傭兵の捕虜が現れる。どちらも公平な条件にするためか、防弾衣の類は身につけていない。バンディットは片方がマカロフ拳銃。もう片方はソードオフショットガンを持っており、傭兵は二対一ということもあってか、マカロフ拳銃とソードオフショットガンの二つをそれぞれ片手に構えている。

 

 確かにあの傭兵はフィアーがWildterritoryで捕虜として捕まえた相手だ。

 あの時と同じく、顔は真っ青。銃を握る手が震えているのがフィアーからも確認できた。

 対してバンディットの方は人数が2人居るということもあるせいか、さほど怯えは見えない。むしろ士気が高いようにもみえる。まあそれも虚勢なのだろうが。

 

 闘技場の中に入っても、中央には遮蔽物として大型のコンテナが無数に放置されており、すぐにお互いの位置は確認出来ないようになっている。

 その為闘技者は、コンテナの影から影へ移動し、自分の存在を相手に気取られないように、クリアリングをしながら先に進まないといけないのだ。

 だが、それが有効なのはまともな戦闘である時だけだ。

 この2階の客席からは彼らをが丸見えなのだ。

 そして彼らに金を賭けたストーカー達が大人しく、彼らの戦いを見守っているわけがない。

 

 

 なにやってんだ回り込め! バンディットの1人は右のコンテナの影に隠れてるぞ! おい傭兵野郎、お前に大金を払ったんだ! 負けやがったらもう一度殺してやるからな! 後ろのほうにいるぞ馬鹿! 嘘いってるんじゃねー! 騙されるな傭兵! 左だ、お前の左のコンテナに隠れてるぞ!

 

 

 野次だか、罵声だか、或いは競技者に対する欺瞞情報だかが、無責任にアリーナに響き渡る。

 傭兵を応援する声が多いことを考えると、傭兵のほうに賭けている者が多いようだ。

 だが。

 

 ――これは傭兵の負けだな。

 

 Barkeepの所で買ったペットボトルのコーラを飲みながら、フィアーは冷静に判断した。

 あの傭兵は完全に腰が引けている。

 どうもここのストーカー達は高級な装備と高い技量を持つ傭兵部隊に、一種の恐れに近い感情を抱いているようだ。だからこそ傭兵人気なのだろう。

 だが当然だが傭兵にもピンからキリまである。あそこにいたのがナイトクローラーの兵士だったら、フィアーは迷わず全財産を賭けていただろうが、あの傭兵の捕虜は食い詰めてストーカーを襲っていた装備のいいだけのバンディットのような輩である。

 おまけに彼個人の資質も臆病で戦いにあまり向いていないようだった。すぐに投降してきたのがその証だ。

 

 一方バンディットはもはや開き直っているのか、殺る気満々だ。数的優位もそれに関係しているのだろう。

 彼らは闘技場の右と左に別れてそれぞれ南下していく。最終的に挟み撃ちにするつもりだろう。

 それに対して傭兵は最初、近くのコンテナの影に隠れてひたすら籠城の構えを取ったが、その消極的な戦い方が、ストーカー達の気に触ったようで、ブーイングとバンディットに対する情報提供を引き起こす羽目になり、今は中央のコンテナの影に移動している。

 

 そしていよいよ双方の距離が縮まり、接敵の時間がやってきた。

 最初に発砲したのはソードオフショットガンを持ったバンディットだった。

 しかし彼の行動は悪手だった。

 なにを勘違いしたのか、彼は雄叫びを上げながらコンテナの影からとびだしたのだ。

 当然気を張っていた傭兵は即座にそれに気が付き―――反射的に声がするほうに手にした連装式のソードオフショットガンの引き金を立て続けに引く。

 それと同時にバンディットもソードオフショットガンの引き金を引いたが、傭兵の方が一足早く発砲したため、彼は散弾を肩に喰らい仰け反って、銃口の向きが上空へズレた状態で発砲した。 

 

 その結果、散弾が客席に飛び込み、最前列で窓ガラス代わりの金網に張り付いて罵声を飛ばしていたストーカーに直撃した。

 そのストーカーは悲鳴を上げて倒れこむも、周りの客は助けようともせずゲラゲラと笑うばかりだ。

 代わりに動いたのは客席にいた賭けの胴元―――の護衛と思わしきDuty隊員だ。

 彼は1階を見下ろす窓に近寄ると、眼下の闘技場に手にしたAK自動小銃を向けた。

 その狙いは当然―――客席に散弾を撃ち込んだバンディットだ。

 自分のやってしまったことに気がついたそのバンディットは慌てて、

 

「違う! 俺のせいじゃない! これは事故だ!」

 

 と弁明を始めたが、当然Duty隊員がその命乞いを聞くわけがなかった。

 反射的に彼は仲間に助けを求めるべく周りを見渡すも、仲間もそして敵である傭兵も、とばっちりを食らわないようにコンテナの影に身を潜めてしまっていた。

 もはや助けがないとわかったバンディットは、ソードオフショットガンを捨て、自分が来た出入口に向かって走ろうとするが、それより先にDutyのAKが火を吹いた。

 ワンマガジンをフルオートで叩きこまれたそのバンディットは、無数の銃弾を浴びて奇妙な踊りを踊ってそのまま倒れこむ。

 その見世物に、観客のストーカー達が歓声を上げた。

 

『おおーっと、予想外のトラブルで、バンディットが1人脱落! これは傭兵有利になったか!?』

 

 どうやら戦いはまだ続くらしい。1人倒したことで気が大きくなったのか、傭兵の動きがよくなる。

 彼は走るように残ったバンディットが潜むコンテナに近づいていった。

 だが彼からは死角になって見えないのだろうが、残る1人のバンディットも行動を開始していた。彼の目的は先ほどDutyに撃ち殺されたバンディットが放り捨てたソードオフショットガンのようだ。

 彼は隠密など考えずに、走って闘技場の真ん中を突切り、死んだ相棒の死体を飛び越え、彼が落としたソードオフショットガンを拾い上げた。

 当然そんな派手な動きをすれば、傭兵のほうも気がつく。彼は慌ててコンテナの影から飛び出すと、バンディットにソードオフショットガンを向け引き金を引いた。

 

 だが、その銃口から飛び出したのは、散弾ではなく、カチカチという撃鉄が落ちる音のみ。

 少し考えればわかることなのだが、傭兵は先ほどバンディットを攻撃する時、左右の銃身に装弾されていた散弾2発全てを撃ってしまったのだ。

 一流の傭兵ならまずすることのないミスだが、彼は傭兵ではあるが一流ではなかったということだろう。

 慌ててマカロフ拳銃の方を向けるが、もう遅い。

 それよりも先に今度はバンディットがソードオフショットガンに残った最後の1発を、傭兵に叩き込んだ。

 無数の散弾を喰らって悲鳴を上げて倒れこむ傭兵。

 バンディットは今度こそ弾切れになったソードオフショットガンを捨て、マカロフ拳銃を構えるとゆっくりと近づき、倒れこんだ傭兵に向かって全弾を叩き込んだ。

 

 そこで終了を知らせるブザーが鳴り響き、例の司会の声がスピーカーから放たれる。

 

『死合終了! ちょっとしたハプニングもあったが、今回はバンディットチームの勝利だ! いやはや傭兵と言ってもたいしたことなかったね!』

 

 その言葉に納得できないのは死んだ傭兵に賭けていた客席のストーカー達だ。

 流石に胴元に食って掛かるような者はいないが、死んで屍となった傭兵の捕虜に容赦のない罵声を浴びせる。

 

「この腰抜けが! 弱いもの虐めも出来ねえのかてめえは!」

「生き返りやがれクソ野郎! もう一度ぶっ殺してやる!」

 

 そんな罵詈雑言を飛び交う客席でフィアーは、隣の情報屋に尋ねてみた。

 

「……勝ったか?」

 

 彼は覆面越しにも分かる満面の笑みで答えた。

 

「ああ、大勝されてもらったぜ。お前さんの情報のお陰だ」

 

「だったらいい加減お前の情報を教えてもらいたいな」

 

 そこで情報屋は周りを見渡した。少なくともここの客席の人間は賭けの結末に熱が入っていて、客席の隅に座っているフィアー達のことには一切注意を向けていない。

 

「そうだな……C-Consciousnessって組織に関してだが、俺も正確には分からん。……だが奴らの手先になって動くエージェントの話を聞いたことがある」

 

「エージェント?」

 

 その言葉にフィアーの脳裏に真っ先に浮かんだのが酒瓶を抱えて眠りこけていたシェパードの顔だ。

 

「ああ、奴らはZONE深くに到達したストーカーを洗脳して、自分のエージェントに仕立て上げるって噂がある。Monolith兵を作ってるのも奴らなんじゃないかと俺は思ってる。

 前に一度発電所に入っていった腕利きの奴が帰ってきた時、別人みたいになってたって話もあるんだ。その後、そいつは全く関わりあいのないベテランストーカーを射殺して自殺したよ。そういう話がここじゃたまに起こる」

 

「シェパードもそうだと言いたいのか?」

 

「さあな、あいつは確かに一度ZONEの奥で死にかけてるが、別段言動は変わっちゃいねえ。たまにZONEの祝福を受けたとか寝言抜かすことはあるがそれだけだ。俺個人としては可能性が低いと思うね」

 

「だったら何故言う」

 

「知らないよりは知ってたほうがいいだろう? 何しろお前はこれからZONEの奥に行くらしいじゃないか。もしかしたらこの先そういう奴と出会う可能性もあるわけだ。ちなみに――奴らのエージェントの見分け方も一応ある。聞きたいか?お前には賭けで儲けさせてもらったから、特別に一万ルーブルでいいぞ」

 

 そういうと情報屋は手のひらをこちらに向けた。

 フィアーは無言で1万ルーブル紙幣をその手に置いた。

 

「毎度あり。なに、見分け方は簡単さ。洗脳されて殺人をした後に自殺したその件のストーカーの腕には、『STALKER』って刺青が掘られてあった。これから先もしその刺青を付けた奴がいたら気を付けな」

 

 そこまで聞けば充分だった。フィアーは無言で席を立つと未だに賭けの熱狂に溢れるARENAの客席から降りて外へ出た。

 

 

 

 ◆     ◆     ◆

 

 

 

 ARENAを出た時には既に日は中天に差し掛かっていた。

 フィアーは真っ先に酒場に戻ると、Barkeep達への挨拶もそこそこに、客室へ向かった。

 予想通り未だにシェパードは酒瓶を抱えて眠りこけている。

 フィアーは無言で寝ているシェパードの右袖をまくった。……『STALKER』という刺青はない。続いて左袖。やはりない。

 だが、念の為ということもある。面倒なので全身を脱がすことにした。

 幸いにもボディアーマーのような厄介なものは寝るに当たって外されており、シャツしか身につけていないので寝てることを幸いに問答無用でシャツをまくり上げる。……前も後ろも特に何もなし。

 ズボンも脱がす。しかし確認できたのは脛毛だけだった。

 

 あとは股間ぐらいしかないが、そんなところにそんな刺青を仕込む馬鹿がいたら、逆に尊敬してやってもいいぐらいだ。

 とにかく少々怪しい所もあったが、どうやらこのシェパードという男はシロのようだ。

 ホッとしたのもつかの間、半裸にされても尚、酒瓶を手放さなかったシェパードがようやく起きた。

 

「……あれ? 俺なんで服脱いでるんだ?」

 

 自分の格好に呆然として、呻くシェパード。

 それに対してフィアーはこう答えてやった。

 

「お前寝てる時に酒瓶相手に発情してたぞ」

 

 

 

 




今回はほのぼの日常回

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アリーナ
犯罪者や腕自慢を戦わせる賭博場
ゲームだと賭ける方ではなく出場者として戦うことになる。
相手は様々で捕まえたバンディットもいれば、小金稼ぎの傭兵の場合もあるし
軍隊の精鋭部隊(軍の将校が遊びに来てる)場合もある
アリーナで客席に銃弾やら手榴弾を投げ込んだのは作者だけではないはず
 


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Interval 31 Army warehouses

 未だに寝ぼけたシェパードを適当に誤魔化してフィアーは出発の準備を整えた。

 あれから二人の間の火力を均等にする為にフィアーはシェパードと話し合い、10mm HV Penetratorはシェパードのメインアームにすることにした。

 此処から先に現れるであろう強力な装備の兵士やミュータント相手ではとてもではないが、彼の無改造のAK47(本命の武器は戦闘で破損して、これはバンディットから強奪したものらしい)だけでは心許ないだろう。

 もっとも彼から言わせれば、隠れ家に行けばより強力な武器があるということだが。

 

 ペネトレーターの強化外骨格すら撃ち抜ける火力は確かに魅力的だが、今回BarkeepにカスタムしてもらったVES アドバンスドライフルでも充分に代替が効くので、シェパードに渡しても問題はない。特にこのライフルの弾薬は徹甲弾ということもあり威力も申し分ない。

 むしろ狙撃から、室内戦闘までこなせる汎用性という点ではこちらのほうが勝るだろう。

 銃身下部にグレネードランチャーが装備されているので、大型のミュータントや強化外骨格にも対応できる。

 

 強いて欠点を上げるならアタッチメントをつけすぎてやや重たいのが難点だが、それは重力軽減のアーティファクトのお陰でさほど苦にならない。ようやくZONEでまともな武器を手に入れた気分である。スコープと銃身の調整もされており、かつて拾って使っていた時よりも精度が良くなっていた。

 

 試射の為に、BARのGarbage方面の検問所に行き、首吊り死体と適当にそこらをうろついていたメクラ犬をターゲットにして数発撃った時は、予想以上の命中精度にZONEに入ってから初めて武器の性能に感動したものだ。

 帰る際、通りすがりのストーカー達などはこの銃に熱い視線を向けていた。

 このZONEでは高性能なライフルは高価なアーティファクトよりも貴重と聞く。

 注目を引かない為に適当な布切れで包むべきだろうかと思いながら、酒場の客室に戻るとBarkeepに修理に出していたアーマーが戻ってきていた。

 

 まず自分のアーマーは被弾して、防御力が心許なくなった部分のセラミックプレートを新品に交換してある。そして別に注文した通り、ホルスターやポケットの位置もアーティファクトスロットに干渉にないように位置を調整されていた。

 ついでにアーマーにレーザーが被弾して焼き焦げた場所はケプラー繊維のパッチが当てられており、意外と細かい職人芸も小さく感心した。

 それに気を良くしたのかBarkeepが笑いかけてきた。

 

「どうだうちの職人の腕は大したもんだろう?」

 

「ああ。見えない所にひよこのアップリケでも縫いつけてないだろうな?」

 

「それについては保証できねえ。もしかしたら襟首にブラッドサッカーの刺繍がしてあるかもな」

 

「そこは否定しろよ……。シェパード、そっちはどうだ?」

 

 ついでに相方にも話を振る。

 彼も戻ってきた髪の色と同じくすんだ砂色のアーマーを検分していたが、不満はないようだった。

 彼のアーマーは色合いのせいでボロボロのアーマーに見えるが、実際はケプラー製のアンダーシャツとセラミックプレートの鎧を組み合わせ、更に毒ガス地帯でも行動できるように独立式循環装置を装備した特注品らしい。

 本来はこれに加えてタンクキャップを思わせる特注のヘルメットが付くとのことだが、ヘルメットはX-18での死闘で落としてしまったため、隠れ家まで戻らないとないということだ。

 

「悪くないな。被弾した場所は全て修復されている。酸素循環装置も問題ない。ガスマスクとゴーグルは用意してあるか?」

 

「おう、これよ。規格が合うのは確認済みだ。それと頼まれてた武器の弾薬も持ってきた。杭打ち機の弾の在庫はこれで終わりだ。大事に使えよ」

 

 そういってBarkeepが客室のテーブルの上に乗せたのは銃弾や飲料水、缶詰の食料品だ。中には先日食べそこねたウクライナ軍のレーションもあってフィアーは目ざとくそれを自分のバックパックに放り込んだ。

 他にも日本のインスタントラーメンやアメリカのTVディナーのレトルトパックもある。

 どれも安いジャンクフードだが、意外とバリエーションも多くしばらくは食事に飽きることはないだろう。

 不足する栄養を補うためかサプリメントの瓶もあった。これなら少なくともビタミン不足になることもない。

 

 整理も兼ねて一度荷物を取り出して再びバックパックの中に詰め込んでいく。

 フィアーの武装のメインアームはVES アドバンスドライフルだ。サブアームのウィンチェスターショットガンは、スリングとここで材料を貰って自作したホルスターを使って、左腰に固定する。そして右の太もものホルスターには自動拳銃AT-14と予備弾倉を装備。

 流石にこれ以上ごちゃごちゃつけると動きに支障が出るので、M10イングラム短機関銃は予備の武器として再びバックパックの中に押し込む。

 大型の銃器であるType-7は布切れに包んだ上でバックパックの上部に括りつけた。

 どのみち弾がないので、Freedomの基地に行っても弾薬の都合が突かなければ、そのまま売り払うことになるだろう。

 

 アーティファクトも改めて付け直した。まず基本装備として先日X-18でナイトクローラーの死体から手に入れた放射能除去アーティファクト『bubble』を装備する。

 ZONEは奥に行けば行くほどホットスポットの密度が高くなっているため、耐放射能装備は必需品だ。その点このbubbleは数ある放射能除去アーティファクトでも最上級のもので、専用のスーツがなくともホットスポットの中でも長時間行動できる。

 奥地に潜るストーカーの大半は耐放射能スーツを装備しているが、それは高価かつ希少で今回はBarkeepの店にも在庫がなく、この放射能除去アーティファクトをスーツの代替品とする。

 これともう一つの放射能除去アーティファクトであるFireballを併用すれば、石棺の奥にも入れるだろう。

 

 更にこれに加えて重量軽減アーティファクトGraviもつける。

 ある意味もっとも恩恵を実感し易いのがこの重量軽減のアーティファクトだ。

 兵隊は常に敵以上に自分の荷物の重さに苦しめられているわけだが、このアーティファクトはその重さを消し去ってくれる画期的なアイテムだった。

 これがなければX-18の探索で、軽機関銃やショットガンにペネトレーター、果ては粒子砲を抱えて大暴れするなどという真似はできなかっただろう。Gravi無しでは精々武器は三つ持つのが限界だったはずだ。

 

 そして状況に応じて化学的な汚染を無毒化するmeetchunkや、雷撃を無効化するFlash、X-18βであの巨大な脳みその内部から手に入れたMoonlightを付け替える。

 Moonlightと呼ばれるアーティファクトは二種類あり、一つはいくら走っても体力が尽きない効果があるものと、精神汚染波を無効化するものの二つがあるとのことだ。

 今回フィアーが手に入れたのは後者のほうだった。

 ZONEの奥地は放射能汚染に加えて、ブレインスコーチャーと呼ばれる正体不明のシステムが絶えず精神汚染波をまき散らしているので、これから探索する場所にはぴったりなアーティファクトだった。

 

 ちなみに全部つければいいのではないかとも思ったが、これらのアーティファクトの大半はそれぞれが放射線を出しているので、まとめてつけるとbubbleの放射能除去能力の限界を超えてしまうらしい。

 故に必要に応じて、それぞれのアーティファクトを付け替えなければならないという助言をシェパードから貰った。

 

 その為、基本はbubbleとGravityのみ。後は状況によって右の腰に取り付けた大型ウエストバック(これもBarkeepの店で新調した)に入れているアーティファクトを取り出して装備することにした。このウエストバックは弾薬入れにもなっており、予備のマガジンやグレネード弾、手榴弾などを迅速に取り出すことができる。

 なぜこれを購入したかというと、単純に胸や腰のベルトはアーティファクトスロットに占拠されて、予備のマガジンを入れる場所がなくなってきたからだ。

 少々重いが、前述のGravityの効果と左腰にショットガンを下げているのもあって重量バランス自体は取れている。激しい動きができるのも確認済みだ。

 

 予備のアーティファクトスロットも幾つか購入したため、いざとなったら汚染覚悟で、全てのアーティファクトを装備するという方法もあるが、放射能除去剤の量は限られている。

 これは本当に最後の手段になるだろう。

 

 因みにシェパードも古参なだけあって似たようなアーティファクトは既に持っているらしい。それどころか貴重な回復型アーティファクトも有しているとのことだ。

 これがなければX-18でも3回は死んでいたと笑っていた。

 それ以外にも彼はGravi以上に高性能な重力軽減アーティファクトを所持しているようで、かなり大型のバックパックを苦もなく背負っている。

 彼はペネトレーターをメインアームに据えて、AK47は売り払うことにしたらしい。

 もともとバンディットから奪い取った品物の為、状態がかなり悪くBarkeepに格安で買い叩かれていた。

 

 それ以外の武器はあるのかと聞くと、シェパードは武器屋に得意気に特注で作らせたという奇妙なソードオフショットガンを取り出してきた。

 それはかつてフィアーが使っていたのと同じ上下二連のソードオフショットガンだったが、銃身が二つではなく計四つあった。

 早い話が二つの上下二連ショットガンをそのまま並べてくっつけてグリップを一つだけにした、いわば四連装ソードオフショットガンともいうべき代物だった。

 

「そんな四つも銃身抱えた重たそうな銃に何か利点があるのか?」

 

 思わずそうフィアーが尋ねると彼は得意気に鼻を鳴らすと、

 

「ああ、弾薬の装填や切り替えがあっという間にできる。何よりも全弾発射すれば大型のミュータントもイチコロさ」

 

 と答えた。

 確かにチューブマガジンのポンプアクション式のショットガンは弾薬を切り替える時、一度チューブマガジンの中の残弾を出さなければいけないので手間がかかる。

 アサルトライフルのようなマガジン式のショットガンなら弾倉ごと交換すればいいのだが、それだと荷物が増える。

 最新のショットガンは複数のチューブマガジンを有し、状況に応じてそれぞれのマガジンの弾薬を打ち分けられるモデルもあるが、そんな最新の武器はZONEにはなかなか入荷しないので自作することにしたということだ。

 

 もともと彼は戦闘に特化したストーカーではないようだし、火力よりもこういった汎用性を重視したということなのだろう。

 更にこれは同時に、それぞれの銃身に装弾された四発全て発射することも可能で、瞬間火力だけならちょっとした大砲並の威力になるらしい。

 ネックとなる重量もアーティファクトで軽減できる。

 

 そして護身用拳銃はフルオートでの発射可能な自動拳銃、APS―――スチェッキン・マシンピストル。

 使用する銃弾はZONEに腐るほどある9x18mmマカロフ弾。その為、弾の調達が容易だということだ。

 単発の威力はやや心許ないが、それは徹甲弾とホローポイント弾を交互に装填することでカバー。加えてマシンピストルというだけあって使うときは、近距離で全弾撃ち尽くすような使い方をするので問題ないらしい。

 これも改造されており、消音器が付けられるようになっているので、隠密行動にも役に立つ。

 

 そして彼の最後の武器は小ぶりのシャベルだ。これも特注品らしくこのシャベルの刃は通常のそれのよりも肉厚で、しかも縁を研いである。ちょっとした斧のようなものだ。

 シェパード曰く、こいつがあればクソの処理もできるし、塹壕を掘ることもできる。ついでにゾンビの頭を叩き割ることもできるとのことだ。実際武器として使えば、下手な刃物より強力だろう。

 

 こうして彼の装備や立ち回りを改めて見るとシェパードという男は、戦闘者というよりは探索者よりのストーカーらしい。

 武装は取り回しやすく、あくまで身を守るためのもので利便性を犠牲にしてまで火力を求めたりはしない。それでもいざという時の為に瞬間的に火力を出せる武装はしているが。

 そして目立たないように立ち回り、重量軽減のアーティファクトで人並み以上の獲物を抱えて帰還する。そんなスタイルのようだ。

 

 下手に血気盛んな人間だと無駄に死地に飛び込んでいくことになるため、フィアーとしては好ましいタイプの案内人だった。

 

 更に食料や各種消耗品などを確認した二人は早速、BARを出発することにした。

 もう昼すぎだが、夕方までにはFreedomの基地であるArmy warehousesに到達することができるとのことだ。

 シェパードはDuty本部に用があると言って一足先に出て行ったので、フィアーは出発前に酒場によって簡単な昼食を取る。

 例によって酒場で出たのは調理が簡単なインスタント食品。―――今回は日本のインスタントヌードルにたっぷりの乾燥野菜と干し肉を入れたものだったが、ここではかなりの人気メニューらしい。

 ヌードルの類はアメリカでフィアーもよく食べたが、日本のこれは味に深みがあり、食べている内に飽きてくるアメリカのヌードルよりもフィアーの好みで、あっという間に平らげて、彼にしては珍しくおかわりもした。

 

「Good Hunting Stalker!」

 

 食事を取り、酒場を立ち去ろうとしたフィアーにBarkeepがおなじみの言葉を投げてくる。果たしてこの言葉をこのZONEに来て何度聞いただろうか。

 そんなことを考えながら酒場を出て、Duty本部の前に来るとシェパードの用事は既に終わっていたのか彼はそこでフィアーを待っていた。

 

「用事ってのはすんだのか?」

 

「ああ、Dutyの大将に例のアーマカムの私設部隊やナイトクローラーの情報を流してきた。そうすればいざという時はあいつらも動かざるを得なくなる。ま、ちょっとした保険さ。それじゃ行くとするか」

 

 そう言うとシェパードはゴミ捨て場―――Garbage方面ではなく、Wildterritoryの方への検問所に向かう。

 Army warehouses方面はこちらから進むらしい。

 Dutyが守る検問所は相変わらず、蟻の子一匹通さぬと言わんばかりの物々しい警戒体制だったが、シェパードが一言リーダー格のDuty隊員に挨拶するとあっさりと通してくれた。

 道すがらシェパードはArmy warehousesがどういった所か簡単に説明してくれた。

 

「まあ、一言で言えば最前線ってところかな」

 

「何に対する前線なんだ?」

 

「そりゃミュータントとMonolith兵さ。Army warehousesはこのZONEで最も危険な場所と言われているRedforest(レッドフォレスト)に隣接してる。

 ここはアーティファクトの鉱脈だが、同時にアノーマリーとミュータントの巣になってる。おまけにここを乗り越えるとチェルノブイリ発電所に続く街、Pripyat(プリシャチ)やそこに続くLimansk(リマンスク)へと繋がってる。

 そこから時々Monolith兵が遠征に来るんだよ」

 

「そいつらの遠征は何が目的なんだ?」

 

「さあな。支配領域を増やして偉大なるMonolith様が鎮座しましてる発電所へのルートを封鎖したいのか……。或いはMonolith兵の補充に来てるって話もある」

 

「補充?」

 

「奴ら大抵は敵は皆殺しにしちまうんだが、たまに捕虜をとる時もある。奴らに連れて行かれて帰ってきた奴はいねえ。Monolithへの生贄にされたとか、洗脳されてMonolith兵にされちまうとかそんな噂があるのさ。

 それでFreedomの連中はMonolith兵やRedforestからあぶれてきたミュータント達が南下しないようにArmy warehousesで防衛線を張ってるんだ」

 

「俺の聞いた限りじゃ、Freedomって連中はそんなこと気にせずに金儲けに執着してるようなイメージだったんだがな」

 

「確かにそういう一面もある。が、だからといって本当に好き勝手に生きれる程、このZONEは甘くはない。あいつらもZONEの住民として必要最低限の治安を維持するという責任感は持っている。

 そうやってZONEの安全を確保した上で、そこら中にアーティファクトを売りさばいて金を稼いでいるんだ。ストイックすぎるDutyからすれば、その辺が気に入らないんだろう。

 おまけにFreedomは外国の資本がバックについてるから、この国の軍隊がベースのDutyからすれば余計に癇に障るはずだ。

 なによりDutyの最終目標はZONEの殲滅だが、FreedomはZONEを生かさず殺さずアーティファクトの鉱脈として利用するのが目的だからな」

 

「狭い土地だってのにいろいろとあるんだな」

 

「まあな、狭いからこそ一度いがみ合うと大変だ。どちらの言い分もわからんでもないから譲歩もできない」

 

 そんなことを言いながら歩いているといつしかWildterritoryの工場地帯を抜けて、再び自然豊かな土地へと景色が変わっていた。もうここがArmy warehousesと呼ばれる地域のようだ。

 高低差の多い土地で道路を挟むように丘が続いている。丘の上には思い出したように廃屋がポツポツと建っていた。

 二人はその丘の隙間を縫うような道をゆっくりと歩いて行った。

 ふと、思い出したようにシェパードが言った。

 

「この辺から気をつけろよ。ここもRedforestほどじゃないが、強力なミュータントが時々うろついてる。ブラッドサッカーも時々でてくるんだ」

 

「それを先に言え」

 

 フィアーは肩に回していたVESアドバンスドライフルを構えた。

 今日のZONEは珍しく晴天だが、ブラッドサッカーは吸血鬼ではない。

 太陽が出ていても襲ってくるときは襲ってくるだろう。

 

「まあ、そう神経質になる必要はないさ。この辺りじゃFreedomの縄張りだから、強力なミュータントが出ても奴らが始末しているはずだ。今ん所ミュータントの気配は俺の勘にも引っかからねえ」

 

 彼がそう言ったその瞬間だった。

 道路を挟む丘の左側から銃声が鳴り響いたのは。

 更にその後、二人の無線機がオープンチャンネルのSOSを拾う。

 

『こちらFreedomのケイン! Army warehousesのポイントF-10の廃屋でブラッドサッカーの群れに襲われている! 俺達の分隊は全滅寸前だ! 誰かこの無線を聞いた奴は救助にきてくれ! 頼む、一刻の猶予もないんだ、奴ら扉とバリケードを力ずくで破ろうと……』

 

 そこまで言った辺りで唐突に無線が途切れる。

 相手の無線機が壊れたのか或いは、持ち主が死亡したのか。

 フィアーは暫し無線機を見つめた後、ゆっくりとシェパードを見た。

 彼はバツが悪そうに右目の眼帯を撫でながら、

 

「……うん。まあこの周囲にはいないだろってだけで、そりゃ全くミュータントが居ないってわけじゃないんだ。Freedomの戦力も限界はあるだろうしな」

 

 そう言い訳をした。

 フィアーは何も言わず、ライフルを構えてみせた。そして訊ねる。

 

「で、どうする?」

 

「……とりあえず、様子だけ見に行くか。Freedomの連中とは付き合いがあるしな。あんたも最前線に行くなら奴らに恩を売っといて損はないぜ」

 

「まあいいさ。ライフルの試し撃ちにはちょうどいい」

 

 フィアーはそう答えると二人して銃声が聞こえてきた方角にある丘を登っていった。

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 丘の向こう側には廃村が広がっていた。

 無線で聞いたポイントと地図を照らし合わせるとFreedomの分隊が篭っている廃屋はすぐに特定できた。

 それは村の端に位置する廃屋だったが、マップと照らし合わせるまでもなく、その廃屋の窓からマズルフラッシュの光と銃声が時折吐出されるので一目瞭然だった。

 どうやらまだ立て籠もったFreedomの連中は生きているようだ。

 

「うーん、ブラッドサッカーの群れってのは本当のようだな。だが消えたり現れたりしてるから正確な数が把握できねえ。10匹以上いるようにも見えるし、5匹にも満たないようにも見える」

 

 丘の上から双眼鏡でその廃屋付近を観察していたシェパードが呟く。

 彼の言うとおり、廃屋を取り囲んだブラッドサッカー達は光学迷彩を使い不定期で姿を消したり現れたりしているため、正確な数がわからない。これもブラッドサッカーなりの撹乱戦法なのだろう。

 そして姿を表した個体が廃屋の中の敵の注意をひきつけ、その隙に姿を消した個体が封鎖された扉や窓に打撃を与えてぶち破って突入口を作ろうとしているようだ。

 なんとかブラッドサッカーの数を数えようと苦戦しているシェパードに、フィアーは答えを教えてやった。

 

「6匹だ」

 

「あん?」

 

「ブラッドサッカーの総数だ。奴らは全部で6匹いる。5匹が地上で走り回ってる。こいつらは全部囮だな。最後の1匹は屋根の上にいる。煙突から内部に侵入するつもりのようだ」

 

「お前なんで……ああ、そのライフルのスコープか」

 

「そういうことだ」

 

 VES アドバンスドライフルのスコープで廃屋を観察していたフィアーは頷いた。

 このライフルのスコープは赤外線探知機能も付いている。

 その為、ブラッドサッカーが姿を消していても熱源でその存在を感知できるのだ。

 そしてこのスコープ越しに見たところ、地上で走り回るブラッドサッカー達以外に更に一匹のブラッドサッカーが、今まさに廃屋の煙突に入ろうとしているのが見えたのだ。

 唯でさえ小さな廃屋である。おまけに内部のFreedom隊員達は全員が外のブラッドサッカーに気を向けている。あのブラッドサッカーが侵入に成功すれば彼らは奇襲をうけて全滅するだろう。

 この丘の上から廃屋まで約300メートルと言った所か。充分ライフルの射程距離内だ。

 

「撃つぞ」

 

 そう言うと、フィアーは煙突に登ろうとしているブラッドサッカーの頭部をレティクルに捉えて発砲した。サプレッサーが付いているため、銃声は意外と小さかったがそれでも結構な音がした。サプレッサー用の亜音速弾ではないため仕方あるまい。

 フィアーの狙いは正確だった。ライフル弾がブラッドサッカーのこめかみに突き刺さる。

 しかし流石はミュータントというべきか。ブラッドサッカーは殴られたように態勢を乱したものの、倒れはしなかった。

 だが無意味だった。続く二発目三発目が態勢を崩したブラッドサッカーの頭部に連続して命中する。

 四発目を撃ち込んだ時、ブラッドサッカーの頭部そのものが着弾の衝撃に耐え切れず、トマトのようにはじけ飛んだ。

 

 頭部を失ったブラッドサッカーの体が屋根の上から転がり落ちる。

 狙撃を受けたことに気がついたのか、姿を明滅させていたブラッドサッカー達が完全に姿を消す。

 だが赤外線スコープの前では無意味だった。

 フィアーは姿を消したつもりのブラッドサッカー達に次々と遠距離からライフル弾を撃ちこんでいく。

 ブラッドサッカーは簡易な作戦をする知性はあっても、銃撃から逃れるため障害物に隠れるという思考はできないらしい。姿を消しているにも関わらず、正確に着弾させてくる狙撃に完全に混乱をきたしていた。

 流石は6.8×43mmの大口径と言うべきか。頑丈な体を持つブラッドサッカーと言えど急所に着弾させれば僅か数発で倒す事ができた。

 

 しかしミュータントの嗅覚も侮れない。2体目を倒した辺りでブラッドサッカー達もこちらが丘の上から狙撃していることに気がついたようだ。

 彼らは雄叫びを上げると一丸となってまっしぐらにこちらに走ってくる。

 ミュータントの脚力を持ってすれば30秒もあればこの丘の上に到着するだろう。

 

「おいおい。バレちまったみたいだぞ。まずくねえかこれ?」

 

 見えなくても、ブラッドサッカーがこちらに向かっていることに感づいたシェパードは顔を引きつらせながらペネトレーターを構えた。

 それを横目に見ながらフィアーは、ライフルの下部に装着されたグレネードランチャーに榴弾を装填しながら答えた。

 

「問題ない。むしろ廃屋から離れてくれた分、好都合だ」

 

 そう言って彼はグレネードランチャーの引き金を引いた。

 爆音が次々と廃村に鳴り響き、ブラッドサッカー達の悲鳴をかき消した。

 

 

 

 

 




 ZONE観光案内

 Army warehousesの廃村
 通称さっちゃん村
 特産物 ブラッドサッカー
 村の中を歩いてるだけでそこらじゅうからさっちゃんが飛び出してくる素敵な村です。


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