目の前に女がいる。細い体でただ両腕を広げ、憎悪の込もった顔でオレを睨みつけている。
見れば女の後ろには幼い子供が頭を抱え、震えながら泣いている。
女は何も言わない。命乞いも、逃亡も、何の意味も持たないのだと、周囲に築かれた死体の山から理解させられていた。
目の前に子供がいる。殺された母親だったモノにしがみつき、泣き叫んでいる。
見れば母親の胸に穿たれた穴を塞ごうと、小さな両手で抑えようとしている。当然塞がるわけもなく、その体は自分の母親の血に染まっていく。
その光景に頭がどうにかなりそうだった。このまま狂って、考えることを辞めてしまえば、どれだけ楽になれるのだろうと考えてーーー
ギッと唇を噛み、耐えた。
目を背けることなどあってはならない。そんなものは冒涜だ。もう、この身は止まることなど許されない。
だが
こんなものはオレが目指した理想ではない…
こんなものが正義であるはずがない…!
それでもオレはーーーー
ここは地獄
誰一人生きてはいない。いや、違う。誰一人残さず殺した。事前に村を調べ上げ、出入り口には罠も仕掛けた。
逃げるものには剣を飛ばし、串刺しにした。女も子供も関係ない、一方的な殺戮。
立ち向かう者も居たが、決して戦士ではなかった。
村を守るために、愛する者を守るために。細い体で、武器にもならぬ道具を持ち出し、挑んできた。
それも殺した。
知っていた。未知の感染病に侵されながら、懸命に生きようとしたこの村の人達を。
次々と仲間が、恋人が、家族が死んでいく中、決して絶望に飲まれず、歯を食いしばり支え合いながら生きていた。
だが手遅れだった。感染は村中に広がりきっており、山奥のこの小さな村に未知の病を治せる医者など居なかった。
だからオレにできることは一つだけ。
痛みなど知らず、娯楽にまみれた人の世にこの死の病を持ち込ませないために、絶望の中で懸命に生きる者達の決意を、願いを、希望を、 祈りを、この手で切り落とすのだ。
全てが終わって、自らが作り出した地獄の中で立ち尽くしていた。
何処からか火の手が上がったのだろう、村は炎に包まれていく。
山と積まれた死体
河のように流れる血潮
天を目指し立ち昇る血煙と炎
ふと見上げた闇に
黒い太陽が
見えた気がした
膝から崩れた。
吐き気がする。
何も考えられない。
頭痛が思考を埋め尽くす。
余りにも痛くて自分が血が出るほど頭を掻きむ
しっている事にも気がつかなかった。
あの日見た地獄を、他でも無いオレが作り出した。
誰もが死んで、誰も助けられなかった。人間なんてそんなものだと諦めないと、とても、生きてはいられなかった。
言われもなく無意味に消えていく人たちを見て、二度と、こんな事は繰り返させないとあの地獄で、あの教会の地下で誓ったはずだった。
壊れる、壊れる、コワれていくーーー
衛宮士郎を支えていたナニカ
衛宮士郎を突き動かしていたナニカ
衛宮士郎が衛宮士郎たるナニカが崩壊していく。
バラバラに砕けて、生きた抜け殻になりかけたその時
カラン
と物音がして我に返り、振り向いた。
少女が歩いている。
生きているのが不思議なくらいの満身創痍だ。
全身の切り傷が、火傷が鷹の目で見えてしまう。
あれでは肺も焼けている。生き絶えるのも時間の問題だろう。
少女は周りの死体に目も向けず、光のない目でフラフラと彷徨っている。
そして
いつかのダレカと同じようにパタリと倒れた。
ーーーー翔ける。
何かを考える前に体が動いていた。
倒れた少女の手を取り、魔力を巡らせ体の中を解析する。
出血も酷いが中身はそれ以上に手遅れだった。
何か手はないのか。
「ーーーーナーーーーーー」
アヴァロンはもう無い。あの戦いで彼女に返してしまった。
何か手はないのか。
「ーーーナーーーーーーデーーー」
殺す 道具/剣 は腐るほどある癖に助ける物はまるで出てこなかった。
何か、何か手はないのかーーーー!
「ーーナーーーーーンー」
必死に思考を巡らせているうちに少女が何か灼けた声でボソボソと呟いている事に気がつき、
「ーーーーーーナンデ?」
それが最後だった。
救いを求める声でもなく、誰かを確かめる声でもなく
ただただ少女は最期までこの地獄を理解できずに喪われた。
「あ、ああああああああああああァァァ!」
少女の亡骸を抱え叫ぶ。炎がメラメラと嘲笑うように揺れる。
「あーーーああ、アーーーーーーー」
今度こそ衛宮士郎の大切なモノが狂気と絶望に塗り潰れ消えていく
衛宮士郎は救えなかった。
残ったモノは
衛宮士郎が殺した
という結果だけ。
少女の疑問に答えられるはずもない。
多くを救う為に。
世界を救う為に。
違う。誤魔化すな。
衛宮士郎は
・・・・・・
エミヤシロウは
理想の為に殺したのだ。
ーーーーーーーーそんなことを何度も続けた。
何度も何度も、命の選別を繰り返した。
理想は裏切られる為にあった。
誰も悲しませたくないと願いながら、選ぶ/殺す ことでしか救えない自分に反吐がでる
誰に言うべき事でもない。
その手で救えず、その手で殺めた物が多くなればなるほど、理想を口にすることは出来なくなる。
残された道はただ頑なに、最期まで守り通す事だけ。
歩けば地獄を作り出した。
だが
止まってしまえばさらなる悲劇が起きてしまう。
ならば
歩き続けるしか、なかった。
ーーーーー太陽の様な姉がいた。あの人の無垢な明るさに何度も救われた。
紅い宝石の様な戦友がいた。
可憐な花の様な後輩がいた。
白く雪の様な小さい姉がいた。
月下で出会った、蒼き王がいた。
その美しく強い在り方に惹かれた。
ついぞ彼女を救うことは出来なかったが、それでも確かに愛しあっていた。
あの黄金の別れは決して忘れぬと、ここからオレの正義は始まるのだと誓った。
どれもが大切で、かけがえのない思い出だ。
何もかも擦り切れ、喪ってしまったけれど、コレだけは失くしたくないと、心の奥底にしまい込んでいた。
ーーーー切り捨てた。
思い出が正義を躊躇(ためら)わせるのであれば喜んで切り捨てよう。
それだけが◾️◾️ ◾️◾️に許された道なのだから。
イラナイ/大切な モノを切り捨てるごとに、自分の心が鉄に成っていく様だった
そうして
終わることなどないのだと。これこそがオレが、切嗣が目指した理想の完成形なのだと気付いた頃には、剣の荒野に立っていた。
ここは終わらぬ地獄
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初めて世界を救った日
10/5追加文にてアーチャーの守護者編が終わりました
次回から別作品として新たに投稿します
「ここは…?」
気がつけば三百六十度無限に広がる荒野にいた。
天蓋には延々と廻り続ける歯車。生命など赦さぬ灰色の空と緋い大地。
見渡す限り墓標の様に突き刺さる剣を見て、自分が何者なのか、何故こんな錆びれた場所にいるのかを思い出した。
「…ついに至ったのか」
此処は霊長の抑止力、すなわち守護者と呼ばれる者達に与えられる”座”。
その座が私の場合死に際に見た幻、エミヤ◼️◼️◼️が唯一持ち得た心象風景だったのだろう。
そう、エミヤ◼️◼️◼️。正義の味方という理想を追い続けた愚者。
自身のことなど考えず、ただただ誰かの為に走り続けた。その中で何度も裏切られ、欺かれた。助けた人間に背中を撃ち抜かれさえした。それでも、苦痛だと思うことも破綻しているとも気づかないふりをし続けた。
そして最期には救ったはずの人々に裏切られ、民衆に罵倒を浴びせられながらその生涯を終えた。
当然だろう
人間性のない正義漢など大衆の目からすれば正体不明の脅威だ。
なんの見返りもなく悪を裁き人々を守る。
それはすなわち自分達が裁かれる側になればその男は容赦なく正義を執行するというすことに他ならないのだから。
だが
誰かが傷ついていることの方がよっぽど辛かった。
救っても掬っても手の隙間から零れ落ちた無数の澱。
無力だった自分が嫌いだった。全てを救えない自分が許せなかった。誰も悲しませない様にと口にしておきながら、多くの為にと少数を切り捨てた自分を殺したくなる程憎んだ。
だから、ある事件をきっかけに世界と契約した。
死後、奴隷として酷使されようが構わない。窮地にある誰かを救えるのならそれで本望だった。
それに、もう、誰の泣き顔も見たくはなかった。
そして守護者と至った今ならば、今度こそ苦しむ人々全てを助けることが出来るだろうーーーーー…
ーーーーーー夢を見ている。
ぼんやりとした意識のなかで体がひとりでに動き、その場にいる人々全てを殺す夢。逃げ惑う大人も、泣き叫ぶ子供も、なんの躊躇もなく自分が殺していく。
まさに悪夢だ
夢の中だというのに人体を断ち切る感触が、飛び散る血肉が、絶望に満ちた断末魔が妙に生々しい。こんなものは一秒だって耐えられない。
早く覚めてくれと願ったのは、最期に全てを諦め、涙を流し立ち尽くす少女の首を刎ねたのと同時だった
ーーーーー願いが叶ったのか体の感触が戻ってくる、目覚めが近いのだろう。酷い夢を見た。あの少女の絶望した目が脳裏に焼き付いている。あんな地獄を生み出さない為に抑止力の一端になったというのに。
でも、まぁ…
己の無力さによって救えなかった人達を忘れてしまうよりは余程いいかと思った。
目が覚めると地獄にいた。
見渡す限りの死体から零れ落ちる臓物と立ち込める悪臭。生きている者は無く、無惨に切り裂かれたナニカが転がっているばかり。
「…?」
守護者として召喚されたのは推測できた。だがこれでは一体誰を何から救えばいいのかと考えてーーー
何故、自分は剣を握りしめているのか
何故、自分は血に染まっているのか
何故、夢に出た少女の首が目の前に転がっているのか
「ぁ、ーーー」
ーーーーー全てを理解した
ーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーー
ーーーーーーーー
ーーーーーー
ーーーー
あれから何度も世界を救った
そして理解させられた。守護者は人など救わない。救うのは人類の存命という形の無いモノだけだとーーーーーー
無限に広がる剣の丘に一人の男がうずくまっている
「こんな…違う……オレは…ッ」
崩壊し、消えてしまいそうな自我を、頭を掻きむしり抉ぐる痛みで起こす
地獄を見た
地獄を見た
地獄を見た
体も心もその人生も
死後の安らぎすら投げ出して辿り着いた理想の果てで、地獄を見た
故郷を飛び出し大切な人達を置き去りにした
戦場で救われるべき人々を見殺しにした
理想の為にと屍の山を築き上げた
「その結果が、コレか…!」
誰かが泣いていることが我慢ならなかった
幸せな世界であってほしいと願った
そのために多くの想いを切り捨てた
「こんな…こんなモノの為に…!」
そうして生まれてしまったのは人々に絶望を与え地獄に突き落とす殺戮者
ならば、理想の為に消えていったあの人達は一体何の為にーーーーー
「エミヤ…シロウ……ッ!」
だから憎んだ
誰も救えず、誰かを犠牲にしてまで守護者と成り果てた己を、正義の味方という借り物の理想に憧れ、尊いと考えた嘗(かつ)ての自分を
「ーーーーーーーー」
何処までも聳え立つ
鋼の瞳に確かな殺意と憎悪が宿った
そこに、誰よりも不器用で優しかった少年の面影はない
この時間の概念の無い死の荒野で、錬鉄の英雄は自身への憎しみだけを糧に
終わらぬ地獄を歩み続ける
完結
次作セイバーさん登場
微弓剣ものへ
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