STREET FIGHTER Ⅱ MOVIE ーThe after storyー (俺より上手い奴に会いに行く)
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Round1
さて、前置きはこれくらいにして、本編をどうぞ!
ニューヨークに無限に聳え立つオフィスビルの中には今日も暑苦しいスーツを着て勤労している人々が大勢いる。ケン・マスターズもその一人で、今日もオフィスでパソコン相手ににらめっこをしていた。一心不乱にキーボードを鳴らし、頭を働かせて書類を片付けていく。
ケンは、実家の経営している企業の社長へと就任することが決まった。それまでは格闘王のタイトルを取ることに精力していたが、あの日を機にその道を捨てること決めたのだ。もちろん日々のトレーニングは欠かさないが、大会には参加はしなくなった。それに、会社で働くとなるとかなり忙しい。とても闘いなんてやってられない。
黙々と作業を続けていると、机に置いておいたアラームが鳴り響いた。ケンはそれを止めると、パソコンを閉じる。昼休憩の時間だからだ。これがケンにとって、仕事における唯一の楽しみである。なんせ、恋人のイライザと今のところちゃんと会える時間がこれくらいしかないのだから。
ケンは最上階から専用のエレベーターで降りていき、オフィスの自動ドアをくぐる。すると外には金髪の麗しい女性、イライザが手を振って待っていてくれた。ケンはにっと笑いかけ、挨拶として彼女の唇に自身のそれを当てる。
「ハイ、ケン」
「やあイライザ。遅れてごめん」
「平気よ。貴方が忙しいの知ってるから。それじゃあ行きましょう」
イライザとケンは傍に止めてある赤い車へと乗り込んだ。運転席に座ったケンはアクセルを勢いよく踏んで、行きつけの店へと走らせた。
小綺麗なハンバーガーショップについたケンはイライザの分も支払い、席に座る。ケンは仕事でたまった疲れを吐き出すように深く息を吐いた。
「ふぅ……」
「お疲れ様。本当に大変よね」
「ああ。正直大会で戦うよりも疲れそうだ」
「ふふ、あなたならそうかもね。私も力になれたらいいんだけど」
「もうすでに力になってるよ。君に会うだけで力が湧いて来る」
「ふふ、嬉しいこと言ってくれるわね。ありがとう」
ケンたちはハンバーガーをつまみながら談笑に更けていた。イライザと話すこの時間が一日の中でも何よりも大切だと本当に思う。
ケンとイライザはもうかなり長い仲だ。数えるのもおっくうなくらいだ。それに、ケンはすでにプロポーズ済みであり、近いうちに結婚する。日にちはまだ決めていないけれど。
「なあイライザ。結婚式いつにしようか」
「その質問貴方にそのまま返すわよケン。貴方が一番忙しいんじゃないの?」
「……確かにそうだな。えっと……」
ケンは胸ポケットにある手帳を取り出して空白の日を探す。すると、来月の24日が開いていた。今日が24日だからあと一か月後といったところだろうか。何かしらの取引や研修が入ってしまっており、なかなか厳しい日程だ。
イライザにこの件を伝えると彼女は文句ひとつも言わずに分かったわと頷いてメモをしてくれた。イライザの良いところは、こういった優しさと強さだ。ケンはありがとうといって、彼女の頭を撫でた。
「式場とかは俺が押さえとくよ。イライザは知人で呼びたい人呼んでくれ」
「そうね。じゃあユリア姉さんとガイルさん呼ぼうかしら」
イライザの姉ユリアは、アメリカ空軍少佐のガイルと結婚している。ガイルはマーシャルアーツの達人であり、下手に近づくと音速の刃と弧を描く強靭な足に襲われる。ケンも何度か手合わせで戦ったことがあるが、毎度毎度苦戦を強いられる。性格は基本的に温厚でクールだが戦うときは容赦はしない。
ガイルは親友を殺され、復讐の念に憑かれてしまい、家族を捨てた経緯がある。が、最近は縁りを取り戻したようで今は一人娘と共に平和に暮らしているようだ。
「ケンは誰か呼ぶの?」
イライザは頬杖を突きながらケンの瞳を覗き込む。ケンは顎に手を当てて思念する。
「そうだなぁ。まあ俺の社員や親父は来るだろうし……そうだ、あいつを呼ぼう」
「あいつって?」
イライザが首を傾げたのでケンは答える。
「リュウだ」
「……ああ、あの人ね。ケンと同じ道場にいたっていう」
「そうだ。まあ俺の唯一の友だしな」
ケンはにっと笑いながらハンバーガーを齧った。
リュウ。フルネームはよくわからないが、日本人の男でケンの同門だった。ずば抜けた身体能力に研ぎ澄まされた技、そして強さに対する真摯な心を持っていて、ケンの知る限りトップクラスに位置する武道家だ。ケンとリュウは、修行していたころからずっと競い合っており、互いに高め合った仲である。
修行を終え、ケンとリュウは、再び会ったらどちらが強いか決めようと約束して別れた。ケンは格闘王を目指しつつも、イライザとの仲を深める一方、リュウは孤独に各地を回り、戦いを求めて旅に出た。何年かたった後に再会を果たすも、世界的犯罪組織シャドルーの総帥ベガに妨害されてしまいそれを果たすことはできなかった。
ベガをリュウと協力して打ち倒し、あの時の約束をもう一度交わして別れたけれど、それ以降会ってはいない。分かっているのは、リュウが今もまだ旅を続けている、ということくらいだろう。
「とはいっても、今あいつがどこにいるなんてわかりもしないし、呼べるはずもないんだけどな。行方が分かっているストリートファイター達でも呼ぶとするかな」
「なんだかおもしろくなりそうね。ケンの格闘家の知り合いって結構個性的な人が多いし」
「はは、否定できないな。おっと、そろそろ休憩が終わるな。そろそろ行かないと」
ケンとイライザははトレーを片付けて店を出る。そしてイライザがケンをオフィスまで車で送っていく。ケンは今日は帰れそうにないと告げるとイライザは大丈夫よと逞しい表情を見せてくれた。ケンは彼女にキスをし、車は静かに去っていった。
見えなくなると、ケンはふうと溜息を吐き、ふと空を見る。雲がちらほらとちりばめられてはいるが、天気はいい方だ。
「リュウ……お前は今、何をしているんだ?」
ケンはいつの間にかそう呟いていた。
ベガを倒し、別れる寸前に交わした言葉を思い出す。
『今度会うときは、俺とお前の決着をつける時だ』
『ああ』
「……さて、行くか」
ケンは気持ちを切り替えてビルの中へと入っていった。
***
アメリカの荒野で、にらみ合う二人の男。そして、赤い軍服の男が横たわっている。
一人は、やつれた白い道着に赤いハチマキを着け、闘志に燃えた瞳を相手に向けている。もう一人は、黒い道着にギラギラと黒く燃える瞳、そして赤いオーラを纏っている。
「……何者だ」
白い道着の男は声音を低くして問う。ピリピリと張り詰め、呼吸すら苦しい空気だというのに、互いに微動だにしていない。
「我の顔を覚えておらぬのか? 我が同門の者よ」
「我……? 同門……? まさかおまえは……豪鬼か!」
「そうだ。リュウよ。久々だな」
同門の者の再会。この言葉自体はとてつもなく平和そうだ。だが、彼らの間には、まるで憎み合っている者同士が放つ敵意のようなものがにじみ出ている。
「そうか……それで、豪鬼はなぜこんなところに?」
「知れたこと。我は戦いを求めているに過ぎぬ。心を満たすような、そんな戦いを」
そういって、豪鬼は静かに構える。リュウもぐっとこぶしを握り締めて構えた。
リュウは驚愕を隠すので精いっぱいだった。
目の前の男が放つ、オーラ。一瞬でも気を緩めればすぐにやられてしまいそうなほどの緊張感を与えてくる。いや、やられてしまうに違いない。奴の実力を、目の前にしているのだから。それは、豪鬼のそばで横たわっている、赤い軍服の男が示している。
(まさか、あのベガが一瞬で倒されるとは……)
リュウが、ベガとの決戦に勝利した後、ケンと別れを告げ再び放浪旅をしようとした矢先、倒したはずのベガが車に乗って現れて、リュウを轢こうとした。リュウはそれを迎え撃ち、再びベガと相まみえるがケンと二人係でようやく倒したのに、一人で勝てるはずもなかった。だが、そこにさっきの男が現れた。
『何者だ、貴様?』
『うぬに興味など、ない』
『ほう、このベガ様にそんな口が聞けるとはな。今に後悔させてやるぞ!! サイコ――』
『……瞬獄殺』
『…………!? ガハッ……』
一瞬のうちにベガを倒し、泡を拭かせた。そしてリュウの方へと向き直り、今の状況となっている。
豪鬼はリュウを見据えて姿勢をかがめる。わずかな動きにリュウが反応した、その時。
「……ゆくぞ」
蚊が羽根を震わせるような、とてつもなく小さなと息が吐かれた、と思ったとき。
豪鬼が、増えた。
いや、増えたというわけではない。豪鬼の影が、何重にも伸びたのだろうか。風のように、いや雷のようだろうか。あっという間にリュウとの間合いを詰めた。リュウが気付いたときにはもう、拳の間合いに存在していた。
「――ッ!!」
リュウは全身を震わせ、豪鬼の右腕に視線を向ける。空気のうねりが肌をびりびりと泡立たせる。喰らった危険だと、強く感じさせる。リュウは必死に右足に力を込めて、体を後ろへと傾かせる。浅黒い拳が鼻をかすめ、纏う気流が肌を乱暴に撫でる。
「ほう……」
豪鬼が小さくつぶやくと、再び間合いを一瞬に詰める。正直まだ体勢は十分ではない。何とか小さく飛んだ体を左足で着地させると、リュウは左腕をまっすぐ突き出した。間合いには、まだ届いていない。攻撃を、し損ねている。
だが豪鬼は、思わず身を庇うように右腕を構えてしまった。そして、意図に気づいた。リュウには、間がほしかった。一秒にも満たないけれど、とにかく小休止がほしかった。豪鬼の常軌を逸脱したスピードに対して、余裕を持てなかったリュウが放ったこの空撃は、豪鬼のリズムを乱し、リュウのリズムを取り戻すに十分すぎる時間だった。
豪鬼はリュウの左腕を振り払うと、左腕でボディを狙う。だが、リズムを取り戻したリュウにはその動きはしかと見えていた。右腕で豪鬼の腕を外側に払い、隙ができる。
「はぁっ!!」
すかさず左腕を腰まで引いて、力をためて足を踏み込んで正拳突きを放った。豪鬼の腹にリュウの拳がめり込み、豪鬼の体は大きく吹っ飛んだ。が、グルンと宙を回り、難なく両の足で着地する。
「我の攻撃を見切るとは……」
「……もっと、本気できたらどうだ」
「ほう、我の力がこんなものではないというのか?」
「ああ、お前はまだ、こんなものではないと思う」
根拠はない。きっと、この格闘家には、リュウが今まで見たことのないような、何かを感じる。ただそれだけだ。
「そうか……では続きをしよう」
豪鬼は両足を前後に開き、腕を逆さにして力を籠める。すると、彼の体を赤い気の流が駆け巡る。まるで、ゆらりと揺れる陽炎のようだ。リュウは一層気を引き締め、備える。
豪鬼は手をクイクイと動かして挑発する。かかって来い、ということだろう。リュウはすり足で奴に近づいてフックを仕掛けた。
「ハァッ!!」
豪鬼のいかつい顔面を捉え、クリーンヒット間違いなしの軌道。リュウはそのまま力を込めて振り切る。
が、拳は宙を殴っただけだった。
「なっ……?」
フックが当たる一秒前ほどは、確かに豪鬼の姿はあった。しかし、拳が当たるその直前、豪鬼は消えていた。だが、いったいどこに?
と思った、矢先だった。
リュウの額に、重い衝撃が走り、いつの間にか地面に倒されていた。
「ガッ……!?」
リュウはかろうじて瞳を開けると、そこには、宙で右足を突き出している豪鬼の姿があった。まさか豪鬼は、リュウのフックを躱して瞬時に飛び上がったというのか。一秒もない、あの間で。
リュウは驚愕の念を振り払いながら足を振り上げて反動で立つ。そしてすかさずストレートを繰り出す。が、難なく豪鬼に防がれてしまった。
「くっ……」
「今度はこちらからだ。竜巻斬空脚!!」
豪鬼はそういうとリュウを振り払い、足を駒のごとく水平に振り回した。まるで扇風機の羽根の様にリュウの体を打ち付けて、そのたびに息が肺から吐き出されていく。リュウも似たような技を使えるが、威力は段違いだ。
リュウの体は空高く打ちあがる。どうにか体勢を整えようと体に力を籠める。が――
「豪昇竜拳!!」
打ちあがったリュウへと追撃の翔撃をあげる。背中に鈍い衝撃が走り、唾がぱっと霧散する。そのままリュウの体は力なく地面へと落ちていく。
「ぐぅ……!」
リュウは余りの痛みに立ち上がれずにいた。昇竜拳に竜巻旋風権を喰らっただけだというのに、ここまでのダメージを喰らうとは思わなかった。ケンのそれとははっきり言って格が違いすぎる。
「これで終わりか……?」
「ぐ……おお……」
リュウは必死に両腕に力を籠める。が、ぷつんと糸が切れた様に脱力し、勢いよく落ちる。その姿を見て、豪鬼は落胆した様に鼻息を吐くと、両腕を腰に引く。
「今楽にしてやるぞ」
バチバチとスパークを立てながら、豪鬼の両手の間にできた空間にエネルギーが生まれ始める。リュウの得意としている技、波動拳を打つ準備だろう。避けなければ、死に至る恐れもある。リュウは必死に立ち上がろうとする。今死ぬわけにはいかない。究極の戦いを、試合を求めるまでは、死ぬわけにはいかない。
立て、立つんだ……!!
ドンッ……。
「ッ――」
何かが、鳴った。心の中で、風船が弾けるようなそんな感覚。
体が熱い。
気分が高まってくる。
疲れが飛んでいく。
体の重みが取れていく。
『ハカイシロ』
「――ッ!」
なんだこの声は。
ハカイ……破壊?
『ヤツヲ、メッセヨ』
何者だ、お前は?
リュウは必死に問いかける。だが――答えは強い熱となって現れた。
悲鳴を上げるリュウ。まるで全身を火だるまにされたかのような苦しみを覚える。リュウはなおももがく。が、未知の感覚になすすべもない。リュウは、全てを解放した。
「む……?」
波動拳を放とうとするその刹那、豪鬼はリュウを見る。
うつぶせになっているリュウに、赤いオーラがまとわりつき始めている。それはだんだんと濃くなっていき、全身を包み込んでいく。
「ククク……」
豪鬼は、にたりと笑った。
狙いは間違っていなかった。この男は、豪鬼を満たすに足りる人物だ。あの波動を、奴が使いこなせれば――。
豪気は震えた。ただでさえ強いこの男が、さらに強く成ったらどうなるのだろうと。
さぁ、リュウ……解放しろ。
「ガアアアアアアッッ!!!!」
豪気の言葉に呼応するように、リュウは立ち上がり、吠えた。リュウの体を纏う炎は一層大きくなり、唸り始める。
リュウの肌は薄黒くなり、白い道着もいつの間にか黒く焦げている。目には溢れんばかりの憎しみが籠っており、顔つきもかなり厳つくなっている。
獣のような唸り声をあげながらリュウも両手を腰に引いて気を集中させる。電流を走らせながら黒い塊が丸みを帯びて現れる。ブラックホールのように黒く、虚無で、そして力強い。豪鬼は畏怖を感じた。ここまでの力を引き出せるのか。
「クラエ……滅・波動拳!!!!」
両手を思い切り突き出し、黒い塊をまっすぐ豪鬼に放つ。軌道上の地面は裂け始め、土煙をあげていく。
「豪波動拳!!」
豪気も迎え撃つべくそれまで溜めていた力を放つ。紫色の光と黒い光が、ぶつかり合ったその瞬間、世界が揺れた。
轟音と衝撃、爆風とスパークが二人を襲い、視界はカオスに染まった。吹き荒れる乱気流のなか、豪鬼は微動だにしなかった。
土煙が晴れた後。豪鬼はすっと足を擦って普段通りに構える。だが、リュウは構えもせず項垂れていた。そして、赤いオーラは消え去っていた。
「……一体、なんだったんだ」
リュウは独り言のようにぼやく。道着も白い道着に戻っており、理性もある。
豪気は構えを解いて、リュウへと歩み寄り、口を開いた。
「それは、殺意の波動だ」
「殺意の、波動……?」
「そうだ。より強い者を欲する気持ちと、相手を破壊したいという衝動に駆られる波動だ。強大な力を手に入れる代わりに、理性を失い、破壊衝動が起こる」
相手を殺したい、滅ぼしたいという気持ちが突然湧き上がってきたのは覚えている。普段の自分ならばそんな風に思わないはずなのに。リュウは、先ほど沸き上がった自分の感情が、信じられなかった。
「この力を制御さえすればうぬはより強くなれる。我と素晴らしい"死合い"ができるやもしれぬ。我も、殺意の波動を制御し、己の物とした」
「……」
「うぬがその波動を制御し、さらに高め合った時、また会おう」
そういうと、豪鬼は背を向けて歩み始めた。その後ろ姿をじっと見つめて、リュウはただそこに立ち尽くしていた。
豪鬼は映画ではちょこっとしか出ませんが、今回は豪鬼が割りとメインになるかもしれません。
ではまたー。
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