女子だけあべこべ幻想郷 ~UnderGround~ (アシスト)
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気づかぬ間に地底


地 底 編。



 

 

地底。

 

 

それは全てを受け入れる幻想郷において、嫌われ者が集う異例の土地。地上と不可侵の条例があるこの地に人間はほとんどおらず、腕に自信のある妖怪たちにあふれていた。

 

地底とはいえ、暮らしそのものは地上と何ら変わらない。春になれば桜は咲き、冬になれば雪も降る。唯一変わっているのは、昼夜関係なく酒盛りをする習慣があるぐらいである。

 

最低限の掟さえ守れば、地底での暮らしに不自由はない。今日も今日とて酒盛りの励むもの、命懸けの喧嘩に精を出すもの、のんびり釣りをするものなど、各々自由に暇をつぶしていた。

 

その日の彼女たちもそうであった。

 

 

「うーん……釣れないねぇ」

 

「………いと退屈」

 

「何でもいいから引っかかってくれると面白いんだけどねぇ」

 

 

 

病気を操る土蜘蛛『黒谷ヤマメ』。

 

内気な釣瓶落とし『キスメ』。

 

 

地底暮らしの長い彼女たちも例外ではない。暇を持て余した2人は、その辺に落ちていた木の棒と蜘蛛の糸を使い、まともな魚が泳いでいるのかもわからない河に向かって糸を垂らす。

 

淡い希望を胸に秘め、釣りを始めたのは、かれこれ2時間前の話。

 

 

「ふん、そんなに粘ったところで何も釣れやしないわよ」

 

「わからないよーパルスィ。もしかするとすっごい大物が釣れるかもしれないじゃん」

 

「なんでそんな無駄にポジティブなのよ……ねたましいわ……」

 

 

2時間もの間、横で2人の様子を見ていたのは『水橋パルスィ』。彼女も好きで2時間も眺めていたわけではない。

 

地上から地底へと続く大穴。その奥底には湧き水が池のようにたまっており、それを跨ぐように橋が架かっている。その橋こそ、橋姫と呼ばれるパルスィの特等席ならぬ特等橋。

 

何かするわけでもないが、時間があればパルスィはその橋に足を運ぶ。今日に限っては2人ほど先客がいただけの話であった。

 

 

「やっぱり餌なしじゃ釣れないなぁ。糸には自信があったんだけど」

 

「そんなのでよくもまぁ2時間も粘ったものね。妬ましさを通り越して呆れるわ」

 

「可能性は0じゃなもん。ねーキスメ」

 

「ねー」

 

「ああぁぁあああやっぱり妬ましいッ! アンタたちの仲の良さが妬ましいッ! 友達のいない私への当てつけってわけ妬ましいぃいいいいいいあああああああ!!!」

 

「今日もパルパルは絶好調だねー」

 

「ねー」

 

 

髪の毛が逆立つほど激昂しているパルスィを、横断歩道を手を上げて渡る小学生を見るような微笑ましい目で見るヤマメとキスメ。

 

それが彼女たちの日常。いつもと大して変わらない、くだらない会話であった。今日もこんなつまらなくも飽きることのない会話で一日が過ぎていく。少なくとも、今の彼女たちはそう思っていた。

 

 

 

 

しかし、そんな彼女たちに、神の行き過ぎた悪戯が襲う。

 

 

「………むむ? ヤマメちゃん、竿引いてる」

 

 

ヤマメの竿に本日初の当たりが来た。

 

河に向かって垂らしていた糸が強く引かれ、ピンと張る。力に多少の自信があるヤマメには気づかない程度の引きであったが、糸を見れば引かれているのは一目瞭然であった。

 

 

「え、嘘!ほんとだ!粘るもんだね!よっこいしょぉおおお!」

 

 

まさか本当にあたりが来るとは思わなかったヤマメは、勢いよく竿を引き上げる。

 

引っかかった得物は地底の空に舞い、ゴスッと鈍い音を立てて橋の上に落ちた。地底に打ち上げられたその獲物は、ピクリとも動かない。

 

 

「さぁさぁ何が釣れたかなー……ってなんだ、死体かい」

 

「しかも人間。おりんさん歓喜」

 

「妬ましいッ!妬ましい妬ましいッ !妬ましい妬ましい妬ましいッ!!妬ますぃいィィィ!!」カンカンカンカン!

 

「パルスィさんうるさい」

 

 

鬼の形相で藁人形へ五寸釘を打ち込むパルスィを余所に、2人は釣り上げたそれをジロジロ眺める。

 

釣れたのは、うつ伏せに倒れた男の遺体(・・)であった。

 

本来なら非常にショッキングな獲物だが、幻想郷の、ましてや魑魅魍魎の集う地底では、死体など大して珍しいものではない。ゆえに彼女たちが驚くことはなかった

 

 

「地上から落ちてきたのかな……まだ若そうなのに……なむなむ」

 

「男の需要の高い世の中だってのに、不運なやつだねぇ。どれ、ちょっとお顔を拝見」

 

 

死体と言えど、男。彼女のようなブサイク(・・・・)なら持ち合わせて当然の好奇心に駆り立てられ、ヤマメは男の顔を見るため、彼を仰向けの状態にしようとした。

 

 

 

 

それが、これから地底を襲うことになる『異変』の始まりであった。

 

 

 

 

ドサッ。

 

 

 

 

「……? どうしたのヤマメちゃん、いきなり顔面から倒れるなんて不吉。この男の人がどうかした」

 

 

 

 

ドサッ。

 

 

 

 

 

「妬ましい妬ましい妬ましい妬ま………ん? ちょっと何よアンタたち。こんなところで昼寝のつもり? 自由すぎでしょ妬ましい。そっちの死体は何? さっさと片付けなさ」

 

 

 

 

ドサッ。

 

 

 

 

 

 

「あ! みんなお昼寝してる! わたしもー!」

 

 

 

 

 

スヤァ。

 

 

 

 

 

 

橋の上に横たわる4人の妖怪と、ヤマメによって仰向けにされた男の遺体。

 

嫌われ者……何百何千年もの間ブサイクと罵られ続けられ、挙句の果てに地底に追いやられた彼女たちとって、彼は眩しすぎた。

 

 

 

横切れば、老若男女、国籍問わず、誰もが振り返るであろう。例えるなら、太陽のような顔立ち。

 

幻想郷のイケメンハードルをロケットで飛び越えるレベルの、(スーパー)イケメンだった。

 




モチベーション向上のため、別作品として書きました。

かなり後悔してます。




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彼の名は

 

 

 

 

*——————*

 

 

 

 

 

「開斗は良いよなぁ、運動も勉強もできて、何よりイケメン。人生イージーモードって最高じゃん」

 

 

 

高校生のころ、クラスメイトにそう言われたことがある。僕自身、その自覚は確かにあった。

 

並大抵のことは何でもこなせたし、真面目に授業を聞いていればテストも100点。努力してできなかったことなんて、今まで一度もない。バレンタインに下駄箱や机からあふれるほどのチョコを貰った経験上、世間一般的には顔も良い方なんだと思う。

 

 

大体ことは上手くいく、障害物のない下り坂を走るだけの人生。傍から見て羨ましく、そして妬ましく思う気持ちもわかる。

 

 

けど。

 

 

「イージーモードで楽しいのは最初だけだろ。人生でもゲームでも、何だかんだでルナティックなのが一番面白いと思うぜ」

 

 

高校生のころ、ゲームが狂うほど好きな親友に言われた言葉。

 

ゲームと人生を同じ目線で語るのはどうかと思うが、ボクも彼と同意見だ。

 

 

苦労とストレスのない人生ほどつまらないものはない。大事なのは起伏だ。何でもかんでも上手くいってしまう、頑張る必要のない人生になんて、ボクは価値を見出せない。

 

 

 

けれど、そんなボクにも一つだけ、ルナティックなことがあった。

 

 

 

『ずっと前から好きでした!ボクと付き合ってください!』

 

 

 

それは、初恋である。

 

 

大学一年の春、ボクは生まれて初めて告白をした。

 

 

告白されたことは数えきれないほどある。初めて告白されたときこそ緊張したが、回数が二桁になる頃には、心の中で”またかぁ…”とため息をつくこともあった。

 

しかし、初めて告白する側に立って、そんなことを思っていた自分を恥じることとなる。振られることへの不安感、逃げたくなるような緊張感、それら全てを抱えて告白へと乗り切ることを決めた人たちに、自分はなんて失礼なことを思いながら相対していたのかと。

 

 

声が震え、足も竦む。親友である彼に見守ってもらわなければ、ボクも逃げ出していたかもしれない。けどボクは逃げなかった。ちゃんと言い切った。自分の気持ちを素直に伝えたのだ。

 

告白のセリフと同時に頭を下げ、相手が握ってくれることを願い、右手を差し出す。

 

相手が答えるまでの、永遠ともとれる数秒間。受け入れられるか、振られるか、二つに一つ。胸のドキドキを必死で抑えながら、ボクはそう思っていた。

 

 

………そう思っていたのに、相手の口から出た答えは、全く別のものだった。

 

 

 

『つきあうってなあに?おにいちゃん』

 

 

その人は、ボクの告白にキョトンと首を傾げたのだ。

 

 

 

僕の初恋がルナティックな理由。

 

それはボクの初恋の相手は、恋のこの字もわからない、15歳も年の離れた実の妹だったからだ

 

 

 

 

――――話は変わるけど、ちっちゃい女の子って、なんであんなにも可愛いんだろうね。

 

 

 

 

 

*——————*

 

 

 

「………ここ、どこ?」

 

 

 

妙に重く感じる身体に違和感を感じながら、その青年は目を覚まし、身体を起こす。

 

彼の目に最初に移ったのは、薄暗い洞窟内を提灯の光が照らしている光景。少なくとも彼の住んでいた世界では簡単に観られないような光景が広がっていた。

 

 

「……ボク、なんで濡れて……この人たちは一体……?」

 

 

周囲を確認する彼の頭には大量のクエスチョンマークが浮かぶ。

 

 

気が付けば見知らぬ地で全身ずぶ濡れになっており、自分の周りには顔を真っ赤にしながら白目で気絶している3人の少女と、スヤスヤと寝息を立てて眠っている女の子がいる。

 

彼がいくら頭脳明晰であろうとも、理解できることは何一つなかった。

 

 

「おはよう! もうおきたの?」

 

「はぇ?」

 

 

右も左もわからない状態で突然声をかけられれば、変な声も出てしまう。彼に声をかけたのは、先程まで隣で眠っていた少女だった。

 

黄色と緑を基調とした服装に、薄緑色の髪と瞳。青色の奇妙な装飾品を身に着けた彼女は、先程まで枕代わりにしていた大きな帽子をかぶり直し、彼の近くにしゃがみ込んで目線を合わせる。

 

 

「……………」

 

「あれ、もしもーし。聞こえてる? わたし今、あなたの目の前にいるよー?」

 

 

ぶんぶんと、小さい身体を揺らしながら彼女は彼の目前で手を振る。

 

 

 

 

――――なんだ、この少女は。

 

 

 

 

「きーこーえーてーまーすーかー?」

 

 

 

 

――――なんだ、この幼女は。

 

 

 

 

「………やっぱり気づかれないかぁ。まぁいいや。またね」

 

 

 

 

 

――——なんだ、このSweet(スイート) Little(リトル) Angel(エンジェル)は。

 

 

 

 

彼が雷に打たれたような衝撃を感じる中、寂しさを隠すように微笑みながら、彼女――――古明地こいしは立ち上がり、彼の目の前から立ち去ろうとする。

 

 

 

「———————ま、待って!」

 

「………え」

 

 

 

しかし、それは彼によって阻まれた。

無意識のうちに、彼はこいしの服の袖を掴んでいたのだ。

 

 

彼女は驚いた。自分でも気づかないうちに、彼が自分に触れていたことに。

 

 

こいしは再び彼の傍にしゃがみ込み、彼と目線を合わせる。

 

 

「その……ごめん。すぐに返事できなくて。少しボーっとしちゃってたんだ」

 

「そうなの? なら許してあげる! 次からはすぐに気づいてくれなきゃ、めっ!だよ!」

 

「うん、約束するよ。ボクは開斗って言うんだ。君の名前を聞いていいかな?」

 

「わたしはこいしだよ。古明地こいし!」

 

「こいしちゃん………うん、すごく良い名前だ。こいしちゃん、君と出会ってまだ間もないことは自覚してる。でも、どうしても君に伝えたいことがあるんだ。聞いてくれるかな?」

 

「?? なになに?」

 

 

 

 

 

 

「今この瞬間、僕は貴女に一目惚れをしました。結婚を前提にボクとお付き合いしてください」

 

 

 

 

 

 

 

彼の名は、阪村開斗(さかむらかいと)

 

 

小学生になった実の妹に振られ、絶賛傷心中。

 

 

心の底から幼女が大好きな、ロリータ・コンプレックスを患うイケメンである。

 

 



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古明地さとりは頭痛が痛い

*——————*

 

 

 

 

「お願いですお姉さん。こいしちゃんを僕にください」

 

 

 

 

妹が変態を連れて帰ってきました。

私は一体どんな表情をすればいいのでしょうか。

 

 

 

 

こいしと違って私はインドア派。地霊殿から出ることは滅多になく、本を読んだり、お菓子を作ったり、ペットと戯れたりして日々を過ごしています。

 

決して引きこもりというわけではありません。用事があれば外には出ます。稀に鬼さんが『飲みに行こう!』と地霊殿を訪れるときは、みんなでお出掛けます。

 

しかし今日に限っては、大した用事もなく、鬼さんが訪れることもなく。私の膝の上で眠っている猫形態のお燐を起こさないようゆっくりと撫でながら、静かに読書に勤しんでいました。

 

 

 

なのに、なんですかこれは。

 

 

「おねーちゃん! 海斗おにいちゃんすごいんだよ! 私がどこに隠れてもすぐ見つけちゃうの! こんな人初めて!」

 

「ふふ、当然だよ。好きな人の居場所ぐらい気配でわかるよ」

 

 

何を言っているのですかこの人間は。

 

 

 

 

 

こいしがこの人間を連れて帰ってきたとき、あまりのイケメンに失神しそうになりました。

 

私も妖怪として永年生きてきましたが、これほどまでに整った、男性として美しい顔立ちを見たことがありません。そのオーラは神々しく、外見だけなら神に近いものを感じます。

 

…………それだけ(・・)なら、どれだけ良かったことか。

 

 

残念ながら、私には三つ目の瞳があります。私はこの瞳に絶対的な自信を持っていますが、私は今日生まれて初めて、”覚”としてこの力を持って生まれたことを後悔しました。

 

 

 

何故なら私の第三の目(サードアイ)は、彼の本性を見逃さなかったからです。

 

 

 

 

『こいしちゃんはぁはぁ。まずはデートだよね。こいしちゃんくんくん。お互いのことを一つ一つ知っていくんだ。はぁぁこいしちゃん良い香り。どんな趣味があっても僕はこいしちゃんを受け入れるよ。こいしちゃんふへへ。もちろん間違ってることはちゃんと注意してあげるんだ。こいしちゃんのおててはちっちゃくて可愛いなぁ。時には喧嘩をするかもしれないけど、衝突が起こった後にこそ、愛は育まれると思うんだ。こいしちゃんナデナデ。ゆくゆくは結婚して、子供は……2人ほしいなぁ。こいしちゃんああこいしちゃん。そこはこいしちゃんともしっかり話し合わないとね。あぁ、それにしてもこいしちゃんは可愛いなぁ。優しく抱きしめたらきっと薔薇の甘い香りとかするんだろうなぁ。お姉さんもちっちゃくて可愛い……いやいや何を考えてるんだボクは!ボクにはこいしちゃんという心に決めた人がいるだろう!お姉さんくんくん』

 

 

 

 

これが蕁麻疹と言うものなのでしょうか。

身体中が痒くなり、胸のゾワゾワも止まりません。

 

 

生まれて初めて可愛いと思われたのに、なぜこんなにも嬉しくないのでしょうか。あ、相手が変態だからですね。違いないです。

 

地底には変わり者が多いですが、こいしや私のことを可愛いと思う者など間違っても存在しません。いるとしたら精神異常者ですね。地上にある永遠亭にお世話になることをお勧めします。

 

 

「こいしちゃんは結婚したらどこで暮らしたい?」

 

「けっこんとかよくわかんないけど、お姉ちゃんたちとみんなでわいわい暮らしたい!」

 

「お姉さん。婿入り……いいですか?」

 

 

 

何を言っているのこの人間は。

 

 

 

 

*----------------*

 

 

 

 

 

阪村開斗は頭脳明晰、品行方正、容姿端麗と、三拍子そろったイケメンである。

 

その一つ一つが並みいる天才のそれを凌駕しており、特に頭脳は歴史に名を刻めるほどのものだった。彼が大学で研究している生物学のテーマは、それはもう、神の領域を侵すほどのものだったとか。

 

 

 

同時に、阪村開斗は友人から『やばい奴』と言われるほどロリコン疾患者である。

 

しかし、そんな自覚のない開斗には、彼の歳(はたち)になってまで小学生や幼稚園児、ましては実の妹を恋愛対象として見ることを何も可笑しいことと思わない。

 

 

”好きな人がたまたま幼稚園児の妹だっただけ”

 

 

ただそれだけのことである、と彼は思っている。

 

 

 

故に。

 

 

「安心してください。こいしちゃんは、ボクの命に懸けて幸せにしてみせます」

 

 

小学校低学年相当のルックスであるこいしに恋愛感情を持つことを、彼は微塵も不思議に思わないのだ。

 

 

「おねーちゃんだいじょうぶ? 顔色わるいよ?」

 

「……ええ、ちょっと頭痛がね。ふぅ………えっと、貴方、自分が何を言っているのかわかっていますか?」

 

「急な話なのはわかっています。無理も承知なのも………。けど! この気持ちを、ボクは止めることができません!」

 

「止めてください!」

 

 

普段大声を出すことなど滅多にないさとりの声が、数十年ぶりに地霊殿にこだました。

 

 

 



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序の口のヤバさ

 

 

*――――――*

 

 

 

 

「幻想郷……地底……妖怪……。なかなか信じ難い話ですね」

 

「『でも信じます』ですか……随分素直に受け入れるのですね。変態のくせに」

 

「ボクがここに至るまでを振りってみると、それぐらい非現実的な内容のほうが」

 

「『逆に納得しやすい』ですね」

 

「………心を読まれるって妙な感じだなぁ」

 

 

このままでは、何も話が進まない。そう直感した私は、とりあえずこの変態……開斗さんを客室に招き入れ、彼が知らないであろう幻想郷のことを話しました。

 

ここに案内するまでは、相も変わらずこいしのことしか頭になかった変態ですが、話はちゃんと聞いてくれました。話の通じる変態でよかったです。

 

 

開斗さん曰く、眠ろうとしてベッドに飛び込んだら、いつの間にか水中にいて、気がつけば地底にある橋に打ち上げられていたとか。まったく話が繋がっていないように聞こえますが、それはサードアイで見た彼の記憶と一致していた。つまり、嘘は付いていないと言うことです。

 

おそらく、いえ間違いなく。彼の幻想入りの原因は八雲紫のスキマでしょう。たまたま彼のベッドにスキマが生じ、たまたまそれが地底につながっていた。要は偶然です。

 

心を読まれたくないからか、八雲紫が私の目の前に現れることは滅多にありません。妖怪の賢者はいったい何を考えているのやら。

 

 

 

「……うん。とりあえず、自分が置かれている状況は把握しました。それで本題なのですが」

 

「『元の世界に帰る方法』ですね。それなら地上の」

 

「どうしたら、こいしちゃんとの婚約を許してもらえますか?」

 

「…………」

 

 

 

心底思う。

神は何故、こんな男の顔をイケメンにしたのでしょうか。

 

 

ええ、わかっていましたよ。この男、元の世界に戻る気なんて更々ない。と言うより、こいしのことしか頭にないのはサードアイから筒抜けでした。

 

でもお願いです。私は貴方に速やかに帰ってほしいんです。変態と言われて否定できないような男は、妹の視界にも入らないでもらいたいのです。

 

 

 

「…………一応、一応聞いておきます。開斗さん、何故貴方は元の世界に戻ろうとお考えにならないのですか?」

 

「愛する人がいない世界に戻る必要って、あります?」

 

「あります」

 

 

少なくとも、私は帰ってほしいです。

手を振ってお見送りしてあげますので。嬉しいでしょう?

 

 

「うーん……幻想郷とボクのいた世界を自由に行き来できるって言うのなら、一度ぐらい戻っても良いですが」

 

「二度と戻ってこなくて結構です」

 

「時間は有限、ボクは0.1秒でも長くこいしちゃんの傍にいたいんです。戻ることに時間を費やすぐらいなら、古明地家に婿入りする方が余程有意義だと思いませんか?」

 

「想像するだけで吐き気がしますね。うっ」

 

「安心してください。こう見えてボク、薬剤師の資格を持っているので。吐き気止めの調合ぐらいならパパっとできますよ」

 

「そういう問題じゃないですよ糞野郎」

 

 

はっ。私ったらなんて汚い言葉を。

頭に血が上りすぎました。反省します。

 

 

はぁ………この男と話をしていると頭と胃が痛いですね。なんだかもう、まともに相手をするのが疲れてきました。

 

 

少し冷静に考えましょう。顔の偏差値が90を超えていることを除けば、この男もただの人間。妖怪である私やこいし、ペットたちに何か仕出かそうとしても、抵抗は容易です。寧ろ正当防衛という大義名分も得られるので、その方が都合がいいのかもしれません。

 

この変態が地底で何をしようが知ったことではありませんし、最悪勇儀さん辺りが何とかしてくれるでしょう。

 

 

「(お燐。念のため、彼の見張りをお願いできますか? 変なことをしたら()ってしまっても構いません。死体も好きにしていいですよ)」

 

「(本当ですか!? さとりさま太っ腹!)」

 

 

 

私の膝の上で丸まっている猫形態のお燐に小声でお願いする。やけにお燐の気合が入っているのは『あの変態、死体なら死ぬほどイケメン』と思っているからでしょう。気持ちはすごくわかります。

 

さて。これ以上、開斗さんを地霊殿に縛る理由はなくなりましたね。最低限の知識は教えたので、あとはこの男の自由です。

 

 

「開斗さん。貴方の行動を制限する権限は私にはありません。幻想郷は全てを受け入れます。あとは貴方の自由にして構いません。……先に言っておきますが、再び婿入りとかほざく様なら命の保証はありませんよ」

 

「……いえ、ボクの方こそ少し焦っていたのかもしれません。思えば、ボクはまだこいしちゃんから返事すらもらってないですから。婿入りは、数年の交際を積んでから、ということで」

 

 

ふむ。いっそ今殺してしまった方がいいのでは?

 

 

 

「それでは、ボクはこいしちゃんを探してきます」

 

「探すって……手がかりもなしにですか?」

 

 

こいしは『覚の瞳』を閉じた代わりに『無意識を操る程度の能力』を手に入れました。

 

気が付けばそこにはおらず、気が付けばそこにいる。どこで何をやろうかなんて、こいし自身も考えて行動しているわけじゃない。現に、私が彼に幻想郷について説明している間に、こいしはフラフラっと消えてしまいました。

 

 

手がかりも碌にない状態から、こいしを見付け出すなんて不可能です。

 

 

 

「手がかりならありますよ。ココに」

 

「………?? 何もないように見えますが」

 

 

しかし、彼は手がかりはあると言い出した。

 

彼がここと指さすのは、特に何かあるわけでもない地霊殿の床。

 

 

 

「あるじゃないですか。微かですが、まだ新しい足跡が。この歩幅に足のサイズ、足跡の模様。間違いなくこいしちゃんのものです。それに、僅かにですが薔薇の香り……もとい、こいしちゃんの残り香も嗅ぎ取れます。こいしちゃんはこの館の外に向かってますね」

 

「待って待って待って待って待て」

 

 

 

何と言った。この男、今何と言った。

 

 

足のサイズ? 歩幅? 残り香? え、うそでしょ? 何で知っているの?しかも残り香って、もしかして嗅いだの? 記憶するまで嗅いだのこの男?

 

 

「……うん。感覚的(・・・)にもそう遠くには行ってないみたいですね。ではさとりさん、後程」

 

「え、ちょ、待ちなさい変態!」

 

 

彼は私の言葉も聞かず、走り去っていきました。

 

非常に由々しき事態です。妖怪に個人情報がないと思ったら大間違いです。妖怪にだってプライバシーの侵害ぐらい存在します。

 

 

「お燐!今すぐ彼を追いかけて!」

 

「にゃーん!」

 

 

 

 

 

 

*―――――*

 

 

 

 

 

 

阪村開斗が『天才』と呼ばれる所以は、彼の人並外れた感覚神経にあった。

 

視覚、聴覚、直覚、味覚、嗅覚。それら全てが並の人間の何十倍も優れており、それらの微弱な違いを把握できるほど、彼の脳も優れていた。

 

故に、彼は声だけで相手が誰なのかを判断できるのは当然のこと。顔が見えず声が聞こえなくとも、身長や体格、足跡や歩幅、香りでそれが誰かを見分けることができるのだ。

 

 

 

そして彼の脳には既に、古明地姉妹(・・)の香りがインプットされていた。

 

 

 

相手が幼女なら無意識の内に、それらを覚えてしまう。

 

それが、阪村開斗が『ヤバイやつ』と呼ばれる理由の一端でもあった。

 



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襲来



何故こっちの続きを書いたんでしょうね私は……。





 

*——————*

 

 

 

「で、あんたたち。なんであんな所で寝てたんだ?」

 

「いやぁ……何でだろ。釣りをしてたと思ったら、いつの間にか気を失ってたんだよ。ねっキスメ」

 

「うん。でも不思議と悪い気持ちはない……むしろ、愉悦?」

 

「なんだいそりゃ」

 

 

頬の火照りが未だに引かないヤマメとキスメは、首をかしげながらも質問に答えていた。

 

 

昼夜問わず客の入る静寂を知らない地底の居酒屋で、妖艶な着物を身にまとう鬼の四天王『星熊勇儀』は、片手に巨大な杯を持ちながら、彼女たちと酒盛りしていた。

 

ヤマメとキスメは、何故あそこで倒れていたのか思い出せずにいた。それもそのはず、男にすらあまり耐性のない彼女たちにとって、彼ほどのイケメンを間近で見ることは、太陽を望遠鏡で覗くことと同等の行為。ギリギリ失明は免れたが後遺症は強く、気絶する前の数分間の記憶が完全に吹き飛んでしまっていた。

 

 

「つまらないぇ。せっかく酒の肴になると思って介抱してやったのに」

 

「まぁ私たちはつまんないけど、パルパルはつまんなくなさそうだよ。ほら」

 

 

 

「ねったーましィ!!」カーン!

 

「いえー!」

 

「ねったーましィ!!」カーン!

 

「フゥー!」

 

 

 

「……なにやってんだいアイツらは」

 

店の柱に藁人形を括り付け、右手に持った小槌を力強く振るって五寸口を打ち込むパルスィと、合いの手をいれるこいし。打ち込むたびに柱からミシミシと軋む音が店内中に響き渡るほど、彼女は妬みに嫉んでた。その様子をカウンターに立つ大将が『止めたいけど命は欲しいからね……』と、半分諦めた様な悲しい目で眺めているのは、今日に始まったことではない。

 

そんな光景に勇儀は苦笑いしながら、ヤマメとキスメに質問する。

 

 

「『気を失っていたにも関わらず、謎の幸福感が胸に満ち溢れている! 何なのコレ!? 嫉妬姫の私にとってあるまじきことよこんなの!! 私は私が嫉ましぃいいいい!!』だって」

 

「……いわゆる自家発電」

 

「パルスィも随分レベルを上げたねぇ……古明地妹の方は?」

 

「ノリでしょ。きっと」

 

「うん! ノリだよ! あー楽しかった!」

 

「うおっ!? 何時の間に隣に! なんか飲む?」

 

「ビールのみたい!!」

 

 

いつの間にか隣にいたこいしに口では驚きつつも、冷静にあたりを見回し、近くにあった未使用のコップにビールを注いて渡してあげるヤマメ。こいしはコップを受け取ると、ジュースを飲む子供のようにクピクピと飲み始める。

 

こいしの神出鬼没っぷりは地底でも有名である。飲み屋でこいしが現れたらとりあえず飲み物を聞くことは、彼女たちの中での暗黙のルールとなっていた。

 

 

「おーいパルスィ、その辺にしときなよ。この店はお気に入りなんだ、物理的にでも潰れたら困る」

 

「ぷはぁ、パルスィさんは構ってほしいんだよ。友だちも彼氏さんもいない独り身だからさみしいんだよね。ブサイクってせつなーい」

 

「せつなーい」

 

「せつなーい」

 

「うっさい! 外野も! アンタらにブサイクとか言われたくないわよ!!」

 

 

五寸釘を打ち込む腕を休めることなく、パルスィはそう言ってヤマメたちを睨みつける。

 

 

言われれば腹こそ立つが、パルスィはブサイクであることを指摘されても否定はしない。何故なら、妖怪として生を受けた以上、それは言われるまでもない事実だからだ。

 

ツヤのあるサラサラの金髪に、シミ一つない澄み切った白い肌。着やせするタイプだが胸も相応にあり、くびれもある。加えて顔のパーツも整えられており、ダメ押しに透き通るような声も持ち合わせている。

 

それが、ブサイクと呼ばれたパルスィの外見であり、妖怪のお手本の呼べるような醜い外見でもあった。

 

 

 

そう、この幻想郷では貞操概念と『女性』への美醜概念が逆転している。

 

 

 

『美人薄命』。それが幻想郷においての美人の定義である。肌は荒れ、逆ボンキュッボン、福笑いで作ったような顔立ち。『女性は不健康な姿が美しい』というのが、この幻想郷の常識であった。

 

霊力、法力、妖力等。特別な力を身体に宿すものは、それが『生き残るための力』として身体に現れる。その力が強ければ強いほど、それは如実である。

 

つまり、強い力を持つ彼女たちのような妖怪は、どう頑張っても不健康な身体になれないのだ。

 

 

しかし、妖怪でありブサイクと言えど、彼女たちも『女』である。妖怪の三大欲求は人間のそれと比べても強いため、当然、いろいろな意味で男は欲しい。

 

少しでも男に良く見られるために自分磨き(暴飲暴食)やお化粧(特殊メイク)を何十年と繰り返してきたが、結果は未だ未卒業(しょじょ)。地底はそんな純潔女妖怪で9割を占めている。

 

どうあがいてもモテない上に、境遇はみんな同じ。地上のような住み心地の悪さもないため、次第に自分磨きをする者も減っていき、彼女たちはすっぴんのまま出歩くことが多くなった。そんな妖怪たちが(ひし)めく光景は、旧が付いても”地獄”である。

 

 

 

そんな中でも、未だに男を諦められない者もいる。

 

 

「ブサイクがなんぼのもんよ! こっちは恐怖の土蜘蛛様なんだから怖くて当然だっての! それでも男は欲しいけどね! キスメも同じ気持ちでしょ!」

 

「……私は大器晩成型。これからの成長に期待。成熟しきってるヤマメちゃんとは違う」

 

「なにおぅ!?」

 

「まー確かに、キスメはまだ小っちゃいからねぇ。男ができるかはともかく、歳の割には妖怪としての力も申し分ないし、将来有望なのは間違いない。鬼の私にも勝るような大妖怪に成長したりしてな!」

 

「勇儀さんみたいにはならない。そのおっぱいは論外」

 

「あ゛ぁん!?」

 

 

ギャアギャアわあわあと騒ぎ始める純潔妖怪たち。今にも喧嘩が勃発しそうな雰囲気だが、ここは居酒屋。アルコールの力を持ってすれば、数分後には笑い話に変化していく。

 

これが彼女たちを含め、地底に住む全ての純潔妖怪の日常風景である。その時までは(・・・・・・)、つまらなくも平和なこの日常が変わることはないと、誰もが心のどこかで思っていた。

 

 

「……ん? 何だか外が騒がしいね」

 

「ケンカ?」

 

「にしては妙だ。なんの力も感じない」

 

 

勇儀が杯に入った12杯目の冷酒を飲み切ったタイミングで、店内にいた客は外の”騒ぎ”に気づいた。

 

悲鳴も聞こえなくもないが、その声色には恐怖も興奮も感じられない。妖力同士の衝突も感じられないため、少なくとも、拳を交え、血が飛び交うような騒ぎでないことは彼女たちにも予想できた。

 

その”騒ぎ”は徐々に勇儀たちのいる居酒屋に近づいてきたが、居酒屋の入り口まで着た途端、その”騒ぎ”はピタリと止まった。

 

一人を除き、店内の誰もが不思議に思った。賑わっていた店内も静まり返り、店内にはパルスィの小槌の音と柱の軋む音だけが立ち込める。

 

 

 

全員が注目する中、入り口の引き戸をガラリと開く。

 

暖簾を潜って入ってくるのは、間違いなく”騒ぎ”の元凶。刺激に飢えている彼女たちは、一体どんな妖怪が入ってくるのかそれぞれ予想しながら、元凶の姿を確認する。

 

 

 

当然、その予想が当たったものなど一人もいなかった。

 

 

 

「御免ください。ここに、ボクのこいしちゃんはいませんか?」

 

 

 

彼の低音ボイスは、彼女たちの耳から入り、脳に未知なる快楽物質を分泌させるほど甘美なものだった。

 

 

彼の顔は、彼女たちが無意識のうちに、自分がこの時代に生まれたことを神に感謝し涙を流すほどのイケてるんメンズだった。

 

 

彼の脳内は、『ここからこいしちゃんの濃厚な香りが漂ってくるなぁ。……むっ、他にもちっちゃい女の子の気配を肌で感じる。あの桶からかな?』と、平常運転だった。

 

 

 

 

瞬間、店内にいたすべての女性客が黄色い悲鳴を上げたのだった。

 

 

 

 

 

 




 
 超久しぶりに書くついでに、一話目から改めて推敲し直しました。セリフやキャラ付け(特にキスメ)が大きく変わっている部分もあるので、もしよければ読んでいただけると嬉しいです。


 でもきっと続かなーい。


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