ようこそ、喫茶『fairy tale』へ。 (れーるがん)
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こうして駒鳥小鞠は誘われる。

新シリーズです。オリキャラと八雪メインです。


青春とは嘘であり、悪である。

 

昨今の若者は青春の二文字を免罪符にして

あらゆる失敗を犯しては

それもまた良しと肯定する。

 

その失敗の本当の意味に気がつかぬまま

嘘と欺瞞に塗れた学生生活を謳歌するのだ。

 

彼らに取って友人とは

互いに理解しようともせず

自分と言う鉛筆で描いた青春を彩るための絵具に過ぎない。

 

だからこそ私は絵具を使わず

私の青春はモノクロで彩る。

 

結論を言おう

 

青春を楽しむ愚か者ども

 

砕け散れ

 

 

 

 

「駒鳥、このふざけた作文はなんだ?」

 

放課後の職員室で私の渾身の作文を読み上げた平塚先生は額に青筋を浮かべていた。

ふむ、どこか可笑しな表現でもあっただろうか。個人的には青春を一つのキャンバスに例えたのは上手かったと思うのだが。

 

「私が出した課題の内容を言ってみろ」

「高校生活を振り返って、ですね」

「これは高校生活を振り返っているのか?」

「振り返った結果がそれだったんですが」

 

はぁ、と一つ溜め息。

溜め息を吐くと幸せが逃げますよ。と言いたい所だったが私はまだ死にたくないので口にはしない。

 

「まだ死んだ魚のような目をしていないだけマシなのだろうな」

「そんな目してる人間いるんですか?DHA豊富で賢そうですね」

「その返しまで同じとは、恐れ入ったよ」

 

話の筋が見えないが、もしかして私このまま怒られずに帰れる?

待っててね愛しいオフトゥンちゃん!今すぐ会いに行くから!

と、最愛のオフトゥンに会いたくて会いたくて震えていると平塚先生は吸っていたタバコの火を消して立ち上がる。

 

「付いてきたまえ。君を今からある場所に案内しよう」

「今から部活なんですけど」

「その部活動の顧問が言うのだ。異論反論講義質問口答えは認めんぞ」

 

デスヨネー。小鞠知ってる。こう言う時の平塚先生に逆らった生徒の末路知ってるよ。

て言うかその部活動に入ってるもう一人のあの男には言わなくていいのかな?

なんて思っていると先生は白衣を翻して職員室を去って行った。

カバンを手にとって先生の後をついて行く。

途中で外履きに履き替えて校門で待っていろと言われたので、言われた通り校門で待機していると3分ほど遅れて平塚先生がやって来た。

どうやら私に案内すると言うのは校外にあるらしい。

 

「君はアルバイトはやっているかね?」

「やってないですけど」

「その経験は?」

「1年の頃に一度だけ。一週間で辞めましたけどね」

 

三日目以降、先輩方よりも仕事が出来るようになってしまい、五日目に新人いびりなるものの被害に被ったのでその先輩を論破してしまい居心地が悪くなったの速攻で辞めてやった。

 

「ふむ、そうか。経験があるのなら越したことは無いが、あそこはそんな物関係ないからな」

「いや、割とマジで話の筋が見えないんですけど」

「今はそれでいいよ」

 

そう言う先生の笑顔は、まるで少年のようだった。

アラフォーになってもその笑顔を浮かべられるのは同じ女性として尊敬していいのかどうか微妙な所である。

 

「おい、今何を考えた?」

「やだナー、先生はとても素敵だって考えてただけですヨー」

 

若干棒読みになってる気もしたが問題ないだろう。

 

「まぁ良い。今のところは不問に処すとしよう。それより、目的の場所に着いたぞ」

 

平塚先生の目線に合わせるように自分の目線もそちらにやる。

『喫茶 fairy tale』と可愛いシールがいっぱい貼ってある看板に書かれていた。

学校からの距離的には凡そ徒歩五分と言ったところか。大通りから脇道に逸れたあまり目立たない場所にその喫茶店はあった。

 

「邪魔するぞ」

 

カランコロン、と音を立てて扉を開く。

平塚先生の後に続いて私も店内へと入り、ザッと見渡す。

なんてことは無い、良くあるこじんまりとした普通の喫茶店だ。

手前側にテーブル席が7つほど並べられており、奥にカウンター席、その奥に厨房が広がっている。

喫茶店に似つかわしく無いアルコール類の瓶と、少しばかり多いだろうと思われる本の量に目を瞑ればそこは普通の喫茶店。

だから、そこが異質な空間に思えたのは、二人の男女がいたからだろう。

女性は椅子に腰掛けて本を読んでいた。

男性は慣れた手つきでコーヒーを挽いていた。

その行為自体が何か特別なものと言うわけではない。

だと言うのに、まるで世界が終わった後でもこの二人はここでそうしているのかと錯覚する程に、それは絵画じみていた。

思わず精神と身体の時間が止まってしまったのでは無いのかと思うほどに、見惚れてしまっていた。

 

「いらっしゃいませ、って平塚先生ですか」

 

男性が顔を上げて平塚先生に声を掛ける。

それに釣られて女性も本に栞を挟んで立ち上がった。

て言うかこの人凄い美人だ。こんな美人さんのいる喫茶店を知らなかったとか、ぼっち故の情報収集力の無さをこれほど悔やんだことはない。

 

「比企谷、客に向かってその態度はどうかと思うぞ?」

「逆に先生は俺に他人行儀な敬語で話して欲しいんですかね」

「それはそれでむず痒くなるな」

 

ハハハ!と豪快に笑い飛ばす平塚先生。

相変わらず男らしい笑い方だ。女の人なのにね。

なんて思ってると、コホン、と横から咳払いする音が。

 

「取り敢えずこちらに掛けてください。御注文は何になさいますか?」

「うむ、紅茶を二つ貰おうか」

 

畏まりました、と言って美人さんがカウンターの向こう側へと移動する。

私も促された通り平塚先生の隣のカウンター席に腰掛ける。

 

「あの、そろそろここに連れて来た目的を教えて欲しいんですけど」

「ふむ、そうだな。君にはここでその腐った性根の更生を命じる」

「は?」

「おい比企谷。ここはアルバイトの募集はしていたか?」

 

比企谷、と呼ばれた男性はメンドくさそうな顔をしながら、自分で淹れたコーヒーを飲んでいた。そのコップを机の上に置いて答える。

 

「してませんよ。一回募集はしたんですけどね。殆どが雪乃目当ての野郎どもだったんで諦めました。え、なに?もしかしてその子を置いてくれとか?」

「その通りだ。勿論異議はないよな?」

「いや、店長に聞いてみないと......」

 

パキポキと拳を鳴らす平塚先生に、逃げ腰になりながらも、隣で紅茶を淹れている美人さんに顔を向ける比企谷さん。どうやら彼女が店長らしい。その店長さんがどうぞ、と言って紅茶を出してくれる。茶葉がどうとかはよく知らないが、とても良い香りだ。

 

「どう言った意図があるかは知りませんが、総武高校はアルバイト禁止なのでは?」

「アルバイトでは無いさ。部活動だよ」

 

え、総武ってバイト禁止だったの?なのにこの教師、さっきバイトの経験がどうとか聞いて来たの?それって教師としてどうなの?

 

「ある程度察しは付きますが、その部活動と言うのは?」

「それは本人から聞きたまえ。このプリントを見てもらえば私の意図もわかるだろう。では私は先に失礼するよ」

 

紅茶を一気に飲み干し、二杯分の代金を机の上に置いて平塚先生は立ち上がった。もう少し味わいながら飲めないのこの人。そこが結婚出来ない理由の一つでもあるんだろうなぁ。

 

「あぁそうだ駒鳥。二階堂の奴には私から言っておくから、明日からは二人でここに来たまえ」

「ええー、二人で来て周りに勘違いとかされたら嫌じゃないですかー」

「君もあいつもそのような知り合いはいないだろうが」

 

最後に結構酷い事を言い残して、平塚先生は本当に出て行ってしまった。

カウンターの向こうでは、はぁ、と呆れたように溜息を吐く店長さんが。一方で比企谷さんはククッと喉を鳴らして笑っている。

え、そんなにそのプリント面白いこと書いてあるの?私も見てみたい!

 

「お前、中々良いこと書くな。こう言う考えは嫌いじゃないぜ」

「は、はぁ」

 

あー、そっかー、私の作文だったかー。

なんてもん置いて帰ってんだあの教師。

 

「取り敢えず、自己紹介して貰っても良いかしら?」

「えっと、二年J組駒鳥小鞠です」

「所属してる部活動は?」

「奉仕部、です」

 

普通の人なら「奉仕部?なにそれウケる」みたいな反応をするのだが、どうやらこの二人は違ったようで、比企谷さんは相変わらずニヤリと笑ってるし、店長さんは得心がいったとばかりに頷いている。

 

「なら私達の後輩と言うことね。私は元奉仕部部長の比企谷雪乃です。そこのは元奉仕部の備品の」

「ちょっと?俺ってまだ備品扱いなの?そろそろ平部員に昇進出来ないもんですかね」

「元備品の比企谷八幡よ」

「結局備品なのかよ......」

 

同じ比企谷の性という事は夫婦なのだろうか。そして今の会話でこのお二人のパワーバランスがはっきり理解出来てしまった。

 

「ようこそ『喫茶 fairy tale』へ。歓迎するわ。やる事は奉仕部と大して変わりないから安心してもらってもいいわよ」

「ま、奉仕部の喫茶店バージョンってとこだな。所で、平塚先生の言葉から察するにもう一人部員がいるのか?」

「ええまあ。女性に向かって情け容赦なく罵倒の限りを尽くすクソみたいな男子生徒が部長やってます」

 

いや本当、ちょっとテストの順位が私より上だっただけでめっちゃ勝ち誇ったかのような笑みを見せてくるし、私の他人よりも本当に少しだけ貧相な体を容赦なくネタにしてくるし、なんなんですかねあの部長は。

 

「奉仕部の部長には平部員に罵倒しなきゃならんルールでもあるのかよ」

「そんなルールは無いわよ。あれは罵倒して欲しそうにこちらを見るあなたが悪いの。決して私が悪いわけでは無いわ」

 

どうやら雪乃さんもかなりの毒舌家のようですね。そして比企谷さんは学生時代それにウンザリしながらも「まぁ、こんな青春も悪く無いな」みたいに思ってたんですかね。

うわぁそれはそれでリア充だなぁ。

 

「明日からはその子と一緒に来るのね?」

「平塚先生のご命令ですから、嫌々ながらも一緒に来ないとダメでしょうね」

「駒鳥も苦労してるんだな」

 

はぁ、と溜息が比企谷さんと被って出た。

お二人が何歳なのかは分からないが、比企谷さんが数年もの間雪乃さんの罵倒を受け続けてきた苦労を考えると、涙がちょちょぎれる。

 

「では今日のところは一先ず帰宅してもらって構わないわ。ご両親に説明しなければならないだろうし、こちらも明日までに制服を二つ用意しておくから」

「あ、分かりました。紅茶、ご馳走様でした。凄い美味しかったです」

「そう?ありがとう」

 

そう言って笑った雪乃さんの顔は控え目に言って女神だった。

 

「ま、精々明日からの雪乃のスパルタを楽しみにしとけ」

 

そう言ってククッと笑った比企谷さんの顔は控え目に言って悪魔だった。

ふえぇ......。早速明日が怖くなってきたよぉ。

 

「比企谷くん、後で少しお話があります」

「いや今はお前も比企谷」

「いいから」

「アッハイ」

 

こちらに飛び火して来る前に退散してしまおう。また明日、と聞こえてるかどうか分からないくらいの声量で挨拶を言い残して店を出る。

さて帰ろうかと踏み出した足を止めて、振り返ってこの喫茶店を見上げた。

なんの変哲も無い普通の喫茶店だ。

でも、きっと。このお店で私の求めてるものが見れるかもしれない。

『本物』なんて言う形にすらならない、お伽話(フェアリーテイル)が。



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しかし二階堂海斗は冷めている。

特別棟の四階。その一番奥。誰も近寄らないような閑散とした一画に、私の所属する奉仕部の部室がある。

春の暖かな日差しの中でもこの周囲が些か冷えてるように感じるのは、ここに人の通りが全くと言っていい程に無いからなのか、はたまた部室の主が持ち得る特有の雰囲気によるものなのか。

何にせよ、私は一年の冬からここに通うようになってからと言うものの、一度たりと部室に一番乗りだった事がない。

今日も今日とて例外ではないみたいで、扉に掛けた手は軽やかに動く。

 

部室の中では一人の少年が斜陽の中で本を読んでいた。

昨日会ったあのお二人と言い、どうして本を読むと言う行為だけでこうもサマになるのだろうか。

 

「こんにちは駒鳥。昨日は部活をサボって平塚先生と喫茶店に行ってたんだって?間食はあまりオススメ出来ないぜ。どれだけ食ったってお前のその貧相な体が豊かになることは無いんだからよ」

「こんにちは二階堂君。サボりじゃなくて立派な部活動だと平塚先生から聞いてないのカナ?それと昨日は紅茶しか飲んでないから。別にケーキとかの類は食べてない」

 

売り言葉に買い言葉。いつも通りのやり取りをして自分の定位置、彼の対角上にある一番扉側の椅子に腰を下ろす。

 

二年F組 二階堂海斗。奉仕部の部長にして学年主席。運動も出来て更にイケメンと来た。もう非の打ち所がない、漫画から飛び出して来たかと思うほどの才能溢れる人物。ただし、その才能はコミュニケーション能力までカバー出来なかったようで、二言目にはもう罵倒が飛び出してくる『氷の王様』。

先程のやり取りなんて日常茶飯事。入部当初こそ心が折れそうになっていたが、今となっては慣れたもの。いや、慣れたらダメでしょ私。もしかして確実に二階堂君に調教されて来てる?

 

一方の私はこのクソ野郎のせいで学年次席に甘んじてしまっている、どこにでもいる地味な少女。しかも身長140センチ台のチンチクリン。コミュ障故に必然的にぼっちだし。

 

「平塚先生から伝言。今日は駒鳥と一緒にその喫茶店に行け、だそうだ」

「知ってる。昨日その喫茶店で言われたから」

「一応聞いておくが、なんで喫茶店?なんか特別な所でもあったか?」

「特別っちゃ特別なんじゃない?まぁ行ってみたら分かるよ」

 

私が知ってて二階堂君が知らないと言うのに軽く優越感。うっはー、人間ちっちゃいな私。

 

「駒鳥みたいな奴の相手をさせられる店員さんも可哀想だよな」

「その言葉、そっくりそのままお返ししてやるぞ二階堂海斗。あなたみたいな人格に難のある奴も中々いないよ」

「人格に難があるのはそっちだろ。何かにつけて二言目には働きたくない。挙句己の弱さを肯定して今の自分に満足し、変わろうともしない。お前のそれは変わらないと社会的にマズイレベルだって前に説明したよな?」

 

ハッ、とこちらを心底バカにしたかのような笑みを浮かべやがる。この男、本当に天罰とか下らないかな。女子に向かってここまで正々堂々と毒舌の限りを尽くせるのもある意味才能かもしれないけど。

 

「まあいい。さっさとその喫茶店とやらに行こうぜ。あんまり長居してて平塚先生に怒られるのも癪だし」

「御尤もだわ」

 

読んでいた文庫本を閉じてカバンに仕舞う二階堂君を扉の前で待つ。

そう言えば彼は今なんの本を読んでるのだろう。この前は人間失格とか読んでたけど。

私も読書は好きだ。ぼっち故に一人でも時間を潰せる趣味を探していたら自然と読書が趣味になってしまった。

二階堂君と互いに読んでいた本の感想を言い合うのは割りかし嫌いではない。自分の見聞を広めることも出来るし、誰かに感想を聞いてほしいと言う欲求も自分の中にあったりするから。

しかし、そこからラブコメ展開に発展するわけもなく、感想を言い合うと言ってもそこには罵倒が添えられるし、酷い時は互いに読んだ本の悪口を只管言い合うだけ、なんて時もある。

 

「何してんだチビ鳥。早くいくぞ」

「チビって言うな」

 

うん、やっぱりこいつ嫌いだわ。こいつとラブコメとか死んでもごめん。

 

 

 

 

 

 

昨日の放課後、平塚先生に案内された道をそのままなぞるようにして道を歩く。

学校の前の大通りを駅方面へ向かって歩き、二つ目の角を曲がって細道へと入る。そこを暫く真っ直ぐ歩くと、昨日も見たあのシールいっぱいの看板が見えてきた。

 

「何故にシール......?」

 

そこは私も疑問に思ったけど敢えて突っ込まなかった所だ。確実に店内の雰囲気とはマッチングしないやたらとデコデコしたシール達だが、不思議とそこに違和感は感じない。

首を傾げてシールの存在について何やら考えてる二階堂君に一瞥してから、喫茶店の入り口を開く。

 

「あら、こんにちは」

「こんにちは店長さん」

 

迎えてくれたのは雪乃さん。紅茶を飲みながら本を読んでいた。その顔は優しい微笑みを浮かべている。やっぱり凄い美人だ。

 

「ふふ、雪乃でいいわよ。その子が昨日言ってた部長かしら?」

「奉仕部部長の二階堂海斗です」

「......二階堂?」

 

その苗字を聞いた途端、雪乃さんが少し考える素ぶりを見せた。もしかして知り合いとかだろうか。

 

「僕の苗字がどうかしました?」

「いえ、ごめんなさい。昔、同じ名前の会社とうちの実家とで縁があったのよ。気にしないでいいわ。

私は比企谷雪乃。奉仕部の元部長で、今はここの店長、と言うことになってるわ」

 

雪乃さんの実家、と言うと比企谷家では無く、雪乃さんの旧姓の方の家となるわけだ。ちょっと気になったりもするけど、私が無遠慮に詮索するのも失礼だろう。

そう言えばと思い、たった今気がついた事を雪乃さんに聞いてみる。

 

「あの、比企谷さんは?」

「比企谷くんなら寝てるわ。このお店、不定期で夜にバーもしているから。今日が丁度その日なの」

「それでお酒の類が多いんですね」

 

それなら納得。

比企谷さんは今のうちに仮眠を取ってるってとこかな。

まさか高校生のうちからお酒の扱いとか学ばされるのかとも思ってたけど、逆に平塚先生がそんなところに私達を預けるとも思わない。

 

「それで、俺たちは何をすれば?」

 

二階堂君が早速本題に入ろうとする。

が、雪乃さんの反応は芳しく無く、どこか怪訝そうな目で彼を見ていた。

 

「なにか?」

「......いえ、何でもないわ。取り敢えずあなた達には店の制服に着替えてもらおうかしら。はいこれ。二階に上がってすぐの所に部屋が二つあるから、そこでそれぞれ別れて着替えて頂戴。奥の部屋で比企谷くんが寝てるから静かにね」

 

ビニールに入ったままの制服を受け取り、厨房の奥から階段を上がって言われた部屋で着替える。

制服は特にこれといった特徴のないウェイターの服だ。サイズもぴったり。何故ぴったりなのかは分からないけど。私、服のサイズとか教えてなかった筈なんだけどなぁ。

 

「着替えてきたみたいね。さて、では早速業務の説明からかしら」

 

下のキッチンに降りると、既に着替え終わって先に降りていたらしい二階堂君と本を読んでいた雪乃さんが。

それにしてもこのイケメン、ウェイター姿も似合うとかなんかムカつくな。

 

「二人とも、奉仕部の理念は言えるかしら?」

「理念?」

 

なにそれそんなのあったの?小鞠初耳。そもそも奉仕部としての活動って今まで部室で本読んでただけなんだけど。

 

「飢えたものに魚を与えるのではなく、魚の採り方を教える。依頼者の自助努力、成長を促すのであって直接的な干渉はしない」

「変な理念ね」

 

思ったことをそのまま口に出した。

 

「それを考えたのは私なのだけれど」

「ご、ごめんなさい......」

 

おぅふ......。まさか雪乃さんの考えた理念だったとは。と言うことはこの人が奉仕部の創設者?

 

「俺は変だと思わん。寧ろ完全に他人に任せようとしてくる輩の依頼なんぞ聞いてられるかってんだ。悩みは自分で解決するべきであり、それを他人に押し付けようとするなんて巫山戯るのも大概にしろって話だね」

「よくわかってるじゃない。とまぁ、奉仕部と言うのはそう言うものよ。もしかして駒鳥さんはまだ依頼に携わったことはないのかしら?」

「そいつは未だに部室で文字列しか読んでいないような奴ですよ」

「失礼な。私クラスの読書家ともなれば行間までしっかり読んでるわよ。て言うか今の私に対する質問だったのになんで二階堂君が答えるのカナ?」

 

そんな私たちのいつも通り過ぎるやり取りを見て、雪乃さんがふふ、と小さく笑った。

 

「なんだか懐かしいやり取りを見せられてる気分だわ」

「比企谷さんとのですか?」

「ええ。あの人はいつも私の皮肉に斜め下な返し方をして来たものよ」

 

そういって笑う雪乃さんの表情は穏やかだ。

この人の学生時代か......。なんか気になるな。今度平塚先生に聞いてみようかな。

 

「話を戻すわね。うちの喫茶店は基本的にその奉仕部とやる事は変わりないわ。お客様の悩みを聞いて、その解決方法を提示する。紅茶やお菓子はそのついでみたいなものよ」

 

おいそれでいいのか喫茶店経営者。

 

「つーか、そんな簡単に自分の悩みを話すような客っているんすか?」

「客ではなくお客様よ、二階堂くん。分かったわね?」

「......うっす」

 

やーい怒られてやんのー!ざまぁみろー!

 

「基本的には比企谷くんがお店に出てる日に来てもらえればいいわ。奉仕部の部室を訪ねる人もいるだろうし」

「いやいや、あんな辺鄙な場所まで来る人中々いないですって。雪乃さんの時はどうだったかは知りませんけど、私、12月に入ってからあの辺り通る人一人も見かけてませんよ?」

 

もしかしたら見かけてるかもしれないけど興味なさすぎて忘れてるだけ。部室に依頼者が来た事ないのは事実だし。そもそも、高校生と言う思春期真っ只中で色々と複雑な時期のリア充共が赤の他人に悩みを告白する、なんてそうありえる事じゃない。

それはつまり己のコンプレックスを晒すと言う事であり、そんなことをするのならウェイウェイソイヤソイヤとパーリーピーポーしてるんじゃなかろうか。

 

「まぁ、うちに来ていたら嫌でも依頼に携わる事になるわ。結構相談して来る人、いるのよ?」

 

少し自慢げに胸を張る雪乃さんが可愛い。張る胸がないなんて事は言わない。だって私も大して変わらないし。

いや、私の場合はまだまだこれからだから!雪乃さんと違って身体的成長には期待が持てるから!だから悲しくなんかないもん!

 

「駒鳥さん?何か不愉快な視線を感じるのだけれど、気のせいかしら?」

「き、気のせいじゃないですカナハハハー」

 

怖い!怖いよ!顔自体は凄い優しい笑みなのに冷気を纏わせた声を出すのは凄い怖い。て言うか器用ですね雪乃さん。私のお隣に立ってる『氷の王様』も同じこと出来そうだなー。

 

「おい駒鳥、年上に対する礼儀ぐらい弁えとけよ。そんなんじゃ社会に出て働くようになってから後悔するぜ?あの時俺に礼儀と言うものを教えてもらうように泣いて乞えば良かったってな」

「私は社会に出て働く気なんて無いからその心配は杞憂に終わるわよ。て言うか何良い子ちゃんぶってるの?年上に対する礼義の以前に二階堂君は女性の扱い方を学ぶべきだよ」

「おいおい、僕くらい紳士な男はこの世に存在しないぞ?」

「おう私の顔を見て言えや」

「何故俺がお前なんかを女性扱いしないかんのだよ。もっと女性的な魅力を醸し出してから言いやがれ」

「はい、喧嘩はそこまで」

 

パンパンと雪乃さんの手を叩く音で互いに引き下がる。まぁあのまま続けていてもいつも通り不毛な言い争いと言う結果に終わるのは目に見えているし。

 

「一応今も業務時間内なのだから、そこを忘れないように。では早速だけれど、二人にはホールをメインにしてもらうわね。私と比企谷くんでキッチンを回すから」

「そう言えば雪乃さん」

「なにかしら?」

「なんで比企谷さんの事名前で呼ばないんですか?」

 

今日来てからずっと気になってたのだが、雪乃さんは比企谷さんの事を苗字で呼ぶ。

自分も比企谷だし結婚しているのだから普通は名前で呼ぶものじゃなかろうか。

 

「あぁ、それなら簡単よ。彼が言ってくれたの。私から『比企谷くん』と呼ばれるのが好きなんだって」

「へ、へぇ......」

 

そう語る雪乃さんがあまりに幸せそうな顔をするので思わず頬が引きつった。となりの二階堂君も似たような表情だ。

 

「ほら、私たちの話はもう良いでしょう。そろそろお客様が来る頃だわ。ホールに出てなさい」

 

キッチンから追い出されるようにして二人でホールに出る。注文の取り方とかレジの打ち方とかまだ聞いてないんですけど。でもキッチンも広いわけではないのでホールの方から中にいる雪乃さんがしっかり見えるし、なにかあれば直ぐに呼べば良いだろう。

 

「て言うか、こんな辺鄙な場所にある喫茶店とか中々お客さんも来ないんじゃない?」

「おい駒鳥、お前結構失礼な事言ってんの気づいてるか?」

「だって働きたくないし」

 

小鞠は専業主婦希望だから社会勉強なんて必要ないの!一学期にあるって言う職場見学も自宅希望するもんね!

なんて心の中で将来の夢を声高に叫んでいたわけだが、現実はそんなに甘くないようで。

カランコロンと、扉の開く音がした。

 




二階堂くんの一人称がバラバラなのは仕様ですよ。


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