俺のために鬼になってくれる女 (鈴鹿鈴香)
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プロローグ

 


 この顔、どこで見たのだったか。鏡の前で自問自答する。

 

 そりゃ鏡の前に立っているのは俺なんだから、それに映る顔が俺のものであるのは当然である。しかしこの顔、俺のものであって俺のものでない。俺にはいわゆる前世と呼ばれる記憶があった。前世の俺はある日眠りにつき、次に目覚めた時には小さな子どもになっていた。

 胡蝶の夢と言ってもいいが、そんな前世の記憶の中、今の俺の顔をどこかで見かけた覚えがある。

 幼いころはいまいちピンとこないままモヤモヤとした感情に悩まされていたが、15歳になった今、ようやく思い出した。

 

 黒の癖っ毛、日本人離れした碧眼、柔和な顔立ち。確かfateとか言うスマホゲーの主人公だ。どこかの広告で見た覚えがある。

 他人の空似か、はたまた生まれ変わったここがfateの世界なのか、自分には判断できない。だって俺はfateよくわからんもの。

 なんか神様とか英雄とか集めて戦うパズドラみたいなゲームだったと思う。友人たちは何人か遊んでいるやつがいたが、俺はついぞ手を出さなかった。

 

 ストーリーはなんか世界がやばくて色々やるみたいな感じだったか? 人理がどうたら特異点がなんたら言ってたような気がする。あときよひーとまっしゅが人気なんだって? 意味がわからん。マッシュってなんだよポテトか。料理ゲームだったのか。

 つーか主人公ということは、神様とか英雄とかに混じって俺も戦うことになるのだろうか。前世含めて戦いどころか喧嘩もしたことねえよ。ヤバイ、今から鍛えなきゃ死んじゃうかも。取り敢えず今日からランニングしよう。

 

 あ、そう言えばfateの主人公ってなんか特殊能力持ってたよな。なんだっけ、なんか白黒の剣をむっちゃ投げたりドリルみたいな矢を撃ったりしてた気がする。俺そんなこと出来ないぞ。どうしよう、あれかな、戦いの中で覚醒して強くなるパターンかな?

 うん、それだな。どうせそのうち覚醒して一足とびに強くなれるならトレーニングもいらないよな。つーか俺が主人公ってことは、俺が居ないと世界が終わるってことじゃん。そんな重要人物が死ぬわけないでしょ。成り行きに任せれば万事解決なんじゃないの?

 

 うーむ、なんだか色々考えて損した気分だ。そもそもfateのことなんて全然わかんないんだし、心配したって仕方ないよな。けどこう言う少年漫画みたいなバトル物って高校生が主人公だったりするし、これからあんまり気を抜かないでおこう。

 

 

 

 その後何もないまま17歳の春になった。俺今年で高校卒業しちゃうよ。全然不思議な事起こらないよ。

 バケモノは襲いかかってこないし、魅力的なヒロインは現れないし、何時までたってもあの白黒の剣は出せないし。なんて思っていた矢先、ハリー・茜沢・アンダーソンなる方が我が家を訪ねてきた。

 なんだか難しい話ばかりでよくわからなかったけど、人理なんたらのカルデアで働きませんかというお誘いだった。

 なにをするのかわからん機関の上に海外勤めになるため、あんまり乗り気ではなかったのだが、ハリー氏の熱心な勧誘と賃金の良さに惹かれて内定を受け取ることにした。

 親には大学に行くよう強く説得されたのだが、正直前世でも体験した受験勉強をもう一度する気にはなれなかった。日本から旅立ってグローバルな視点と技術を身に着けて帰って来るともっともらしく説明し、ここでもハリー氏の助けを受けながらなんとか両親を納得させ、晴れて来年度よりカルデアに勤めることに相成った。

 もしかしてここって世界を救うために戦う人たちの秘密基地みたいな感じなのかな? そう言えばfateもジンリがどうたら言ってたし、カルデアのことだったのかな。とりあえず英語の勉強から始めよう。

 

 

 

 それから一年。

 

『塩基配列 ヒトゲノムと確認』

『霊器属性 善性・中立と確認』

 

 眠い。

 カルデア来るのめっちゃ大変だった。飛行機乗って電車乗ってバス乗ってゴンドラ乗って雪山の中歩いて。通勤環境劣悪すぎだろ。お陰で時差ボケに加え移動による浅い眠りを繰り返したせいでフラフラするときた。何でこんな所に建てちゃったんだよカルデア。

 

『……申し訳ございません。入館手続き完了まであと180秒必要です。その間、模擬戦闘をお楽しみください』

 

 あん? なに? モギがなんだって? 眠すぎて全然聞いてなかったぞ。もぎもぎフルーツがどうしたって?

 さっきからアナウンスがどうにも耳障りである。グミなんていらないからさっさと中に入れてくれ。そしてベッドを貸してくれ。

 

「いらないです」

『畏まりました。それではしばらくその場でお待ち下さい』

 

 心なしか不服そうなアナウンスからおよそ3分後、ようやく中に入れた。外の雪景色と同じように、施設の中まで真っ白だ。ぼけぼけして眠くなるぜ。

 緩やかな弧を描く廊下を、あくびをしながら進む。まずは責任者の方に挨拶だけでもせねばなるまい。カルデアの職員には自室もくれるようだし、そこで少しばかり横になりたい。

 ところが行けども行けども、責任者はおろか人っ子一人すれ違わない。どうなってんだよこれ。このままだと廊下で寝ちまうぞ俺。

 

「まいったな」

 

 廊下が駄目ならそのへんの部屋に入ってみるか。食堂とかに当たれば誰か一人ぐらい見つかるだろ。

 手近な部屋に入る。廊下と同じくこれまた白いのっぺりとした部屋、色らしい色といえば観葉植物の緑程度。隅にはベッド、ガラス張りのシャワールームまである。

 どうやらここが職員にあてがわれる個室のようだ。鍵がかかってないあたり、この部屋は空き部屋なのだろう。

 真っ白なシーツの敷かれたベッドに寝転がりたい衝動にかられる。いや、イカンイカン。もしかしたらこれから誰か入居する部屋なのかもしれないし、汚してしまうわけには行かない。

 おそらくこの辺り一帯の部屋は全て職員ルームなのだろう。片っ端からまわれば誰かに会えるかもしれない。次に行こう。

 

 幾らか部屋を回ると、鍵の付いた部屋にも当たる。しかしどの部屋もノックをしたところで何の反応もない。みんな出払っているようだ。

 

「お」

 

 次の部屋、ここの扉には鍵がかかってない。ここも空き室か。そう思って部屋の中を覗いてみた。

 

「はーい、入ってまー───って、うぇええええええ!? 誰だ君は!?」

 

 しまった、どうやら誰かの部屋だったらしい。赤毛の髪をポニーテイルにした、白衣を纏った男性だ。高身長だしイケメンだしモテそうな人だ。

 

「あ、ごめんなさい。ちょっと道に迷ったものでして……」

「え、あ、そうなのかい? ……あれ、もしかして君、最後の子?」

「最後の? ええと、僕はハリーさんからのお誘いで日本からやってきたものでして」

「なるほどね。いやあ、初めまして藤丸立香君。予期せぬ出会いだったけど、改めて自己紹介しよう」

 

 赤毛の彼はロマニ・アーキマンと言うらしい。とても若そうに見えるがこう見えて医療部門のトップだとか。高身長だしイケメンだし高学歴エリートとか死角ないな。男として完全に敗北してるわ。性格も気さくで俺みたいな小僧にロマンと呼んでくれと来た。勝てない。

 

「なるほど、立香君はさっきここに来たばっかりなわけだね。所長は今……説明会の最中なんじゃないかなぁ」

「説明会ですか? もしかして、今はお忙しいとか?」

「んーまぁー……そうだね。本来なら君も参加していた筈のものなんだけれども……迷ってしまったなら仕方がないかなぁ」

 

 苦笑混じりに伝えるロマンさん。やべえ、勤務初日からやってしまったぞ俺。印象最悪じゃないか。

 

「いや、大丈夫大丈夫! 僕だって所長に怒られて今サボってる最中だから! ここ君の部屋だし!」

「はぁ……」

 

 ロマンさんはそう言って落ち込む俺を励ましてくれた。この人もこれで結構いい加減な所あるのかなぁ。完璧じゃない分嫌味もなくてホント全方位にスペック高いな。

 

「君も遅刻して説明会には行きにくいだろうし、僕も戻れない。所在ない同士、ここでのんびり世間話でもして交流を深めようじゃあないか!」

 

 屈託ない笑顔で語る彼を見ていると、なんだか割りとどうにかなるような気さえしてきた。海外勤務で外国人だらけの中、職場に馴染めないんじゃないかと心配していたが、地獄に仏とはこの事だ。彼にはこれからも仲良くしてもらおう。

 

 それからしばらく、ロマンさんからはカルデアには世界中のマスターが住んでるんだぜーという話を始め、ここの施設について色々教えてもらった。優しい。俺が女なら次の日から意味深な目つきで彼にアピールを考えるくらいいい人だ。

 

『ロマニ、あと少しでレイシフト開始だ。万が一に備えてこちらに来てくれないか?』

 

 突然響く通信音。知らない男性の声だ。どうやらロマンさんをお呼びらしい。

 

「お喋りに付き合ってくれてありがとう、立香君。落ち着いたら医務室を訪ねに来てくれ。今度は美味しいケーキぐらいはごちそうするよ」

 

 ぜひ行かせて頂きます。返事を告げると同時、部屋の照明が消えた。

 続けざまにけたたましく鳴るアラート音。

 

『緊急事態発生。緊急事態発生。中央発電所、及び中央管制室で火災が発生しました』

 

 あ、ヤバそう。もしかして本格的に世界がヤバイの始まってしまった感じでしょうか?

 

「一体何が起こっている……!? モニター、管制室を映してくれ!」

 

 一瞬で照明は復旧。

 ロマンさんの声とともに表示される映像、そこは端的に言って火の海だった。

 先程の停電はここの爆発で起こったのだろうか。砕けた瓦礫や倒れ伏した人などでとんでもないことになっている。

 もしかして、ここ説明会とやらが行われていた部屋か? あ、これあれじゃん。幸運にも遅刻によって助かる主人公のパターンじゃん。俺が眠かったのも、道に迷ったのも、全て世界の意思だったようだ。

 つまり言い換えるとこういう事だよな。俺の命は世界に守られている。爆発の被害にあった人には申し訳ないが、これは俺にとって僥倖だ。これから世界を救うための危険な旅に出たとしても、命の保証は常についているってことだからな。気楽に世界を救える。

 

「立香、すぐに避難してくれ。ボクは管制室に行く」

「そんなこと出来ませんよ、ロマンさん。緊急事態です、俺も力になります」

「いけない! すぐに隔壁が閉鎖される。そうなればもう逃げられないんだぞ!」

「ここまで来て逃げる気なんてありませんよ、俺にできるだけのことをしたいんです!」

 

 どうせ死なないと思えばどんなことだって言える。これから一緒に世界を救っていくであろうロマンさんにいいところ見せたいじゃないか。

 

「く、言い争っている時間も惜しい! いいかい、隔壁が閉鎖する前には逃げるんだ、いいね!」

 

 ロマンさんの後を追って駆け出す。

 たどり着いた爆心地はモニターで見たとおりの光景である。部屋の中央に位置する地球儀のようなものが炎に照らされて怪しく光っている。

 まるで巨人が部屋の中に手を突っ込んで掻き回したかのような惨状だ。これだけの爆発、仮に人が生きていたとしても……。

 

「ボクは地下の発電所に行く。カルデアの火を止める訳にはいかない」

 

 火ならそこらじゅうに燃え盛ってるんですけど、それじゃ駄目なんですかね。なんて聞くよりも早くロマンさんは走り去ってしまった。去り際には俺に逃げるように言ってくれたけれども、どうするべきだろう。

 ん~、主人公的にここで逃げるのはありえないよなぁ。あれかな、死ぬ寸前まで生存者を探して、その末に死の淵から這い上がって覚醒するやつかな。早くかっこいい白黒の剣ブンブン投げたいんだけど。

 

「しっかしあっち~な~」

 

 カルデアで支給された制服、暑いわ。雪山の中でもこれ一枚でよかったから大したものだと思っていたのだが、こうも周りで火が燃えてちゃぁ暑くてかなわん。冷えたソーダが飲みたい。

 それにしてものんきだな俺。こんだけファイアーしてんのに暑いとかソーダがどうとか。やっぱ心の余裕って大事だよね。死なないって分かってれば何も怖くないもん。

 

『システム レイシフト最終段階に移行します。座標 西暦2004年 1月 30日 日本 冬木』

『ラプラスによる転移保護 成立。特異点への因子追加枠 確保』

『アンサモンプログラム セット。マスターは最終調整に入ってください』

 

 あ、なんかヤバそうなアナウンス流れてる。2004年って言った? もしかしてタイムスリップするのこれから?

 この地球儀みたいなのデロリアンだったのかぁ。過去に戻ったら何するかな。あの頃のジャンプって何連載してたっけ。

 

『コフィン内のマスターバイタル 基準値に 達していません。レイシフト 定員に 達していません。該当マスターを検索中……発見しました』

『適応番号48 藤丸立香 を マスターとして 再設定 します』

『アンサモンプログラム スタート。霊子変換を開始 します』

 

 こういうアナウンスの演出ってよく見るけどさ、これいる? 緊急アラートが鳴るだけで十分じゃないの。そんで英数六桁くらいのエラーコードだけ知らされてさ、それで状況の把握すれば余計な人工音声なんて使わなくて良いんじゃないの?

 

 そんな野暮なことを考えていたら視界が閉ざされた。闇の中に蒼い波動が円を描く。

 あっ、これワープするやつや。こういう時は意識を無に委ねるに限る。どうせ気を失うんだろ。



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特異点F 01

 案の定というべきか。次に目覚めた時、俺は先程居た室内とは似ても似つかない場所に居た。

 灼熱地獄な事には変わりないが、こちらは屋外である。倒壊した燃え盛るビルから黒煙が立ち上り、空を濁らせている。

 

「いやーよく寝た」

 

 眠かったしちょうどよかった。できればベッドで寝たかったがな。お陰で肩とか腰とか首が痛いぜ。

 さて、ようやく俺の物語が幕を開けたようだ。さっきのワープで俺覚醒してないかな? 剣を投げたいんだが。

 手のひらを見つめながら念じてみたけど、剣が出てくる気配はない。まあこんな序盤から覚醒なんてしないだろうと薄々思ってたし、気長に待とう。

 

 さて、ではこれからどうしてくれようか。辺り一面瓦礫まみれだ。どっちに進むのが正解なのかすらもよくわからない。

 困ったときには高いところを目指すものである。何か見つかるかもしれないしね。ひとまず近場に見える小高い丘になっている所に向かうとしようか。

 

 

 

 意気揚々と歩き出してから幾ばくもせず、そいつはガシャガシャと楽しい音をたてながら現れた。

 骸骨が剣を持って歩み寄ってくる。もう見るからにザコ敵ですね。スマホゲーのチュートリアルに相応しいチープさだ。

 しかし、雑魚とは言えども武器を持っている。あまり気を抜かないほうが良いだろう。

 まずは小手調べだ。手頃な大きさの瓦礫を拾って投げつけてみる。投石ってのものは案外馬鹿にならない。人類原初の武器のひとつである。握って殴るのもよし、投げつけるのも良し、袋に詰めて振り回すのもよしである。ジョエルもレンガでゾンビ倒しまくってたしな。

 

 骸骨に命中した石がゴツンと鳴り響く。いい音でしょう、余裕の音だ。しかし効果は今ひとつのようだ。骸骨は鬱陶しげに石を払いのけると、緩慢な動作でこちらを見つめてきた。

 くそ、プランBだ。鉄パイプなんかがあれば最高だったのだが、贅沢は言ってられない。いい感じの大きさの瓦礫を握りしめる。ジョエル、俺に力を貸してくれ……!

 どうやら骸骨は片腕を欠損しているようで、左手一本に剣を携えたスタイルだ。しかし驚くほど足が速い。あっという間に彼我の距離が縮まる。

 

「ぐっ!」

 

 振り下ろされた剣をなんとか瓦礫で受け止める。凄まじい怪力だ。ひっくり返りそうになる体を、たたらを踏んで持ちこたえさせる。

 やるじゃねえか、今度はこっちの番だぜ!

 

「おら!」

 

 てめえみたいなチュートリアルの雑魚に俺が負けるわけ無いだろ! こちとら主人公だぞオイ!

 瓦礫を両手で握りしめて骸骨野郎の脳天に振り下ろす。ガッツーンと決まった。こりゃ筋骨マン程度一撃でノックダウンですわ。

 

 と思ってたけどそんなことなかったぜ。

 骸骨、普通に無傷だった。

 

 え? 強くね? チュートリアルじゃないのこれ?

 あ、これバイオ式か! チュートリアルでまず逃げることを覚えるって斬新なヤツだ! おいおいおい、スマホゲーのくせに生意気だなfate。すまん、ちょっと舐めてたわ。どうせガチャゲーだろってバカにしてた、ごめん。

 そうと決まれば後ろに向かって前進である。骸骨から背中を向けて駆け出す。

 

「づあぁっ!」

 

 果たせるかな、背中をバッサリ切られました。痛みに耐えてとにかく走る。

 痛いっていうか熱いねこれ。特に右肩。袈裟懸けに切られたようだ。左の脇腹まで凍えるようにジンジンとした痛みが走る。切り傷って独特な痛みがあるよなあ。

 自分でも驚いたことに、命の危機にありながら、心には十分な余裕があった。どんなに痛くても死なないってわかっているからだろうか。即死級の爆発事故をラッキーで回避したくらいだし、ちょっと切られた程度物の数にも入るまい。でも、死ななくても痛いものは痛いので、それを避けるために今は全力で走ってるって感じ。

 

 骸骨は瞬発力こそそこそこだったものの、当初見た緩慢な動きの通り、こちらを追う足はそこまで速くなかった。捕まらない内に一目散に丘へと駆ける。

 それにしても、まさかあんなチュートリアルの雑魚にすら勝てないのか俺。やっぱ覚醒が……いや、確かこのゲーム神様とか英雄とか集めるゲームだったよな。そっか、まず俺がすべきなのはガチャを引くことだったのか。やっぱその辺スマホゲーだよな。何につけてもガチャガチャガチャ。ガチャがないとゲームが出来ないってどうなのよそれ?

 

 

 

 丘を一気に駆け上る。そろそろ骸骨も撒いただろうか。荒い息を整えつつ、丘の上の様子を見てみる。

 散乱する人骨と、倒れ伏す二人の女性がそこにあった。なんだろう、間に合わなかった感がスゴい。

 

『なっ! そこにいるのは立香君かい!?』

 

 つい最近聞いたような声がどこからか響いてくる。これはロマンさんの声か。

 声のしたほうに目をやれば、ノイズ混じりの立体映像にロマンさんの顔が映っている。足元には十字型の盾のようなものが置かれてあり、その周囲だけ幾何学的な模様で埋め尽くされた空間が広がっていた。

 

『君もこっちに来ていたのか。慌ただしくてすまないが、まずはここでサーヴァントの召喚を行って欲しい。マシュが倒れている今、君たちを守る戦力を早急に手に入れる必要がある』

 

 矢継ぎ早に繰り出される彼の言葉には理解できない部分も多いが、とりあえずその召喚とやらをすればよいのだろうか。つまりガチャのことか? でも召喚ってどうやれば良いんだ。

 ひとまず知っている人と合流できてホッとしたのか、走り続けた体がだるく感じる。重い体を引きずって盾の前まで寄れば、周囲の空間が青白いを光を上げてうねり出す。あ、これが召喚というやつなのだろうか。オートで進むとは楽でいい。

 夥しい光が迸り、やがてそれは収束しだした。あまりの眩さに目を覆う。それから幾ばくか。

 

「こんにちは、愛らしい魔術師さん。サーヴァント、セイバー……あら? あれ? 私、セイバーではなくて……まあ。あの……源頼光と申します。大将として、いまだ至らない身ではありますが、どうかよろしくお願いしますね?」

 

 ずいぶんとよく喋るお姉さんだ。滴るような黒の長髪、全身タイツに……前掛けかこれ? ともかくユニークな服装だ。

 源と言ってたけど、源氏の人なのか? 頼朝と義経ぐらいしかわからんぞ。それにしてもでかいな、色々と。女性なのに俺よりも背が高いんじゃないだろうか。

 

『源頼光……! 平安時代最強の神秘殺しじゃないか! いや、しかし女性!?』

 

 ロマンさんが大層たまげているが、まあ歴史の偉人が女ってあんまりないよな。この人もfateで女体化被害にあった人なのかな。

 

「ええと、ライコーさん? でいいですかね。早速で申し訳ないんですけど、周囲の安全確保をお願いしてもらっていいですか? 骸骨がそこらじゅうに歩いてると思うんですけど」

「申し訳ないだなんて、とんでもありませんわ。私は貴方の刃ですもの」

 

 にっこりと微笑むライコーさん。次の瞬間にはシュバって霞のように消え去っていた。英雄ってすげーな。手品みたいだ。

 

『何はともあれ、あの源頼光を味方にできるなんて、すごいじゃないか立香君。これで百人力だ。彼女が周囲の安全確保をしている間、君には所長とマシュの治療をして貰いたい。状況についての説明はそれが一段落ついてから行おう』

 

 想像以上に色々と切羽詰った状況のようだな。召喚サークルとやらで転送された医療物資、それから魔術礼装とやらのサポートを受けながら応急処置を二人に施す。この服すごく丈夫だと思ってたらなんかスゴい装備だったんだね。こんな俺でも魔法が使えるなんて。

 普通の服を着てる白髪の女性が所長、イメクラみたいな服を来てる白髪がマシュというらしい。あ、マッシュってこの子のことか。ほーん、この子はヒロインなんけ? 死にかけだけど大丈夫なのかこれ。さらっとフェードアウトしないだろうな。

 取り敢えず彼女たちの消毒や止血、包帯なんかを巻いて、自分も一息ついた。なんだか眠いというか、体がだるい気がする。こっちにワープした時ぐっすり眠れたと思っていたのだが、睡眠が足りなかったのだろうか。

 うつらうつらしていると、ライコーさんが帰ってきた。シュタッって感じに現れるのかっこいいよね。俺も真似したい。

 

「周囲の掃除は終わりましたよ、マスター」

「ああ、どうも、ライコーさん。ええと、次はですね……」

 

 本格的に頭が回らないくなってきたような気がする。今は少しだけ休みたい。

 

「次は……ごめんなさい、少しだけ、休ませてもらっていいですか?」

 

 返事も待たずに近場の大きな瓦礫に体を引きずり、背中を預ける。それだけの動作に全体力を使った気分だ。

 

「お休みですか? でしたら私の膝をお貸し───!」

 

 膝枕、ああ、こんな美女からしてもらえたら最高だ。なんて思っていたら、体から力が抜け、背中を瓦礫に擦りつけながらグラリと横に倒れる。

 

『なっ! 立香君、その怪我は!』

 

 ロマンさんの声がどこか遠い。怪我? ああ、そう言えば骸骨に背中を切られたっけな。平気平気、俺主人公だし死なないし。

 地面に横たわった視界の端、先程まで背を預けていた瓦礫が見えた。

 うわ、引くほど血に濡れている。ペンキ缶をぶっかけたみたいだ。ホラーである。

 

「マスターっ!」

 

 ライコーさんの叫びを最後に、俺の意識は徐々に薄くなっていった。あ、もしかしてここ覚醒フラグ?

 

 

 ■■■

 

 

『バカな……君はそんな怪我で二人の治療にあたっていたというのかい……!』

 

 もはやここに二本の足で立つ人間は居なかった。立香の前で呆然と膝をつく頼光、音声だけの存在であるロマニ。先程までかろうじて立っていた立香は今や血溜まりの上で横たわるばかりである。

 

『迂闊だった……マシュと所長のバイタルに気を張るあまり、彼の状態に気がつけなかったなんて……』

 

 医療に携わる人間としてあるまじきミスと自らを責めるロマニ。しかし、彼は医療部門のトップとして、カルデアでの爆発事故による大勢の怪我人の治療に加え、責任者不在ゆえにカルデアの機能維持にまで手を割いていたのだ。明らかなオーバーワーク、彼を責めるような恥知らずはここに居なかった。

 

「そこな貴方、声はすれども姿は見えませんが……どうか、どうか手を貸してください。彼の命を……このような重体にありながら、他人のために力を尽くしたこの子の命を救いたいのです」

 

 頼光の目はマスターの危篤にわななき、薄っすらと涙さえ浮かんでいた。しかし、それと同時に強い慈愛の光も灯っている。

 もとより愛に深い彼女である。人のために自分の命さえ投げ打つことができる立香という主人を、彼女は大層気に入った。彼女は愛のためなら自らを含め全てを灰燼に帰すことさえ躊躇わない女。

 そんな狂える愛を自分と同様に持つであろう彼に、彼女は期待していた。自分の愛に共感してくれる、自分の愛を理解してくれる。同じ価値観のもとで愛し愛される関係に到れる。それは大きすぎる愛を持て余していた彼女にとって、この上ない至福であった。

 故に、彼は必ず助ける。彼は彼の持つ愛を見せてくれた。なれば今度はこちらの抱える愛を彼に見せる番である。

 

 マシュとオルガマリーの治療のために転送された物資はまだ残っている。それを使って立香の治療をするように指示するロマニ。

 

『背中をばっさりか。特に肩口の切創が大きい。消毒、止血、それから縫合、あとは包帯……できそうかい?』

「ええ、化生の類と戦い続けた手前、この手の怪我の治療には馴れております。任せてください」

 

 その言葉に偽りは無いようで、慣れた手つきで治療を施す頼光。真剣な眼差しは、立香を死なせまいとする強い意志を感じさせる。

 程なくして包帯まで巻き終え、ひとまず治療は完了する。しかし、彼の容態はどうにも芳しくない。苦しげな表情すら見せないまま、顔色だけが死人のように蒼白である。

 

『そんな、バイタルの低下が止まらない……血を流しすぎたんだ……』

 

 手遅れ。そんな言葉が二人の頭をよぎる。

 

『輸血は……すまない、難しい。カルデアも怪我人だらけで、血が全く足りていないんだ……』

「いや、そんな、マスター……っ!」

 

 イヤイヤと首を振る頼光。こんなところで失うなんて、こんなにも愛せる人に出会えたというのに、自分を満足のいくぐらい愛してくれる人に出会えたというのに、もうお別れだなんて。

 虚ろに染まりかけその目が、ふと立香から離れる。

 

「血……血……」

 

 視線の先、言うまでもない。この場にある他の血、年若い少女たちの新鮮な血液。

 異常な様子を見せ始めた頼光の目的に思い至ったロマニが叫ぶ。

 

『なっ!? 何をする気なんだい君は!?』

「知れたことです……彼のためならばこの頼光、鬼になります」

『馬鹿な事を考えるのは止してくれ! 輸血用器具もないのに一体どうしようっていうんだ!』

 

 ロマニの言うことは尤もであり、いくら血があろうともそれを吸い上げる針と、血液を運ぶチューブがなければ輸血など出来ない。

 しかしそんな理さえすぐに飲み込めないほど、彼女の様子は尋常ではない。彼女は最初から狂っていた。

 愛ゆえに、愛のために、愛に従って、彼女が歩みを止めることはない。

 もとより血に濡れた我が人生、いまさら小娘の血が一人や二人。

 かつて無いほどの執着が、頼光の頭を茹だらせる。鬼子として産まれ、肉親の愛すら得られなかった魔性の女。かつて自らの死に涙を流して止めた男も居たが、彼も今や1000年前の存在、召喚により現界した2000年のこの世に存在するわけもなく。

 彼が、彼だけが自分の愛を受け止めてくれる。彼だけが自分を愛してくれる。本来なら理性と狂気の黄昏に佇む頼光の精神、それが今、闇へ振れようとしていた。

 

『ダメだ! 彼が、立香君が悲しむぞ!』

 

 だからこそ、その一言は思いの外大きく彼女の胸を穿った。

 ピタリと足が止まる。強く握り込まれた拳の震えは彼女の心情を映したものか。

 

「では……いったい、どうしろと言うのです……」

 

 絞り出された声に力はない。愛する者の一人も救えず、何が英雄、何が源氏の棟梁、何が牛頭天王の化身───。

 

「あ……」

 

 血。足りない血。それを補うためのモノは、自らの内にあった。

 その身を流れる魔性の血。それは劇毒にも、あるいは妙薬にもなりえる。伝承には流れた鬼の血が淵や川に転じたという物もあり、生命の渦巻く泉であると捉えることもできる。

 この血を摂取したならば、死に体の彼でも、たちどころに息を吹き返すかもしれない。

 しかしそれは彼の体に魔性の血を混ぜることを意味する。これがどれだけ罪深いことなのか、幼少より自らに流れるその血に苦しめられた彼女が誰よりも知っていること。

 

「それでも……」

 

 決してこの愛を、失いたくはない。

 頼光は立香へそっと口づけを交わした。炎の輝きに照らされて怪しく光る、魔性の血に濡れた唇で。



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特異点F 02

 気絶って結構レアな体験だよね。少なくとも俺は今日以外でそんな体験をしたことがない。一回だけキッツイ立ちくらみにあったことがあるくらいだ。

 背中や腰は相変わらず痛むのだが、頭だけはなんだか柔らかい。やけにもちもちとした、あたたかい枕のような感触。

 薄っすらと瞼を開けば、目の前に広がるデカ山ふたつ。全身タイツのお陰でその形がはっきりと分かる。視線を少し下にやれば、体に巻かれた包帯。彼女が治療してくれたのだろうか。

 あ、これ膝枕じゃない? おっぱいと膝でサンドとかラッキースケベって感じなんじゃない? やっぱ俺主人公だもんなー。これくらいの役得あってしかるべきじゃん。

 

 身を起こすふりをして、ぽよんとおっぱいに額をぶつける。最高の気分じゃ。

 

「あ、ごめんさい。俺、眠ってたみたいで……」

「あら、お目覚めになりましたか? 具合の悪いようでしたら、もう少し横になっていても結構ですよ」

 

 美人のねーちゃん、ライコーさんがこちらの顔を覗き込んでにっこりと微笑みかけてきた。

 最近のアニメとか漫画って歳上キャラ不人気だけど、俺は絶対人気投票この人に入れるよ。優しくて美人で巨乳ってだけでハットトリックだから。エースストライカーだから。

 いつまでも甘えていたいのが本音だが、ここは主人公らしく立ち上がる。周囲を見れば、気絶する前と状況は変わっていないらしい。散乱する人骨と倒れる所長、それからマッシュ。

 

「いえ、そうも言っていられませんよ、緊急事態です。ロマンさん、何が起こっているんです? 現状について教えてください」

 

 聞いてみると、彼は随分長々と説明してくれた。お陰で全部の理解が追いつかない。

 ざっくりと纏めてみると、俺がここ、2004年の冬木市に来てすぐ、骸骨マンとイチャイチャしている間に所長とマシュ達は合流、今俺達がいる地点でベースキャンプを作っていたらしい。ところがそこにサーヴァントが現れたという。どうにもソイツが敵対的で、所長とマシュを見るなり襲いかかったと。

 マシュはデミサーヴァントとかいうハンバーグにかけたら美味しそうな名前の英雄になったらしく、なんとか良いところまで戦えたらしいが敢え無く破れ、所長ともども重症を負い、次の瞬間には死んでもおかしくないくらいに追いつめられた。

 しかしそこで現れたのがフードを被ったキャスターのサーヴァント。ソイツが襲い掛かってきたサーヴァントに攻撃し、そのまま彼等は戦闘を続けながらここを去っていったという。

 で、寒空の下でにっちもさっちもいかなくなった所長たちのもとに俺参上。みんなのピンチを救ったヒーローというわけである。

 

 う~む、タイミング的に出来過ぎだよなぁ。これが世界の選択というやつか。どうやら俺はどれだけ適当に何も考えず行動したとしても、死なないし世界は助かるというチート存在らしい。うむ、これでもっと気楽になったな。その内登場するヒロインたちに胸を躍らせながら、ついでに世界も救うとしよう。

 

『おそらくこの特異点では聖杯戦争が行われているんだろう。所長もまだ意識を取り戻さないし、君たちは襲来するサーヴァントにだけ気をつけて待機していてくれないか。今はまだレイシフトの修理が終わっていないが、必ず助けに行く。それまでなんとか持ちこたえていてくれ』

 

 説明を終えたロマンさんは、慌ただしそうに通信を切った。

 そう言えば、カルデアの爆発で怪我人いっぱい出てるんだったよな。医療部門のトップらしいし、今一番忙しいんじゃないだろうかあの人。

 

 待機ね。つまり暇な時間ってわけだ。ここはヒロインのライコーさんと交流でもするか。マッシュも所長も寝たきりだし。

 

「どうにか一段落ですね、ライコーさん。怪我の治療、ありがとうございます」

「あなたは私のマスターなのですから、当然のことですよ……それよりも……」

 

 朗らかに笑う彼女を見ているだけで俺はテンション上がるのだが、突然その眉がしゅんと八の字になった。

 

「その……お体の調子に何かお障りはありませんか? 気分が優れない、とか」

 

 心配してくれるのだろうか。そんなに申し訳無さそうな顔しなくていいのに。

 それにしても、体の具合か……あ、そうだ。さっきの気絶が覚醒フラグかもしれないんだっけ。

 慌てて手のひらを見つめる。そして念じる。

 

 出ろ! ノワールソード! ホワイトエッジ!

 クソ! 出ないぞ!

 

「いえ、特に異常は……無いみたいですね」

 

 異常あってくれよ。何時になったら俺は覚醒するんだオイ。レンガじゃなくて剣で戦いたいんだよ。あの白黒の剣でズバズバ切ったりブンブン投げたりしたいんだよ。

 

「そう、ですか……」

 

 胸の前でギュッと手を握る仕草がセクシーだ。それにしても、何か困る、というよりは迷っているのだろうか、彼女は。初見の頃と比べてどうにも落ち着きが無いように見える。

 

「あの、どうかなさいましたかライコーさん」

「……マスター、私はあなたに謝らなければなりません」

 

 ライコーさんがその場で膝をついて頭を下げた。

 女の子に土下座をされるのは初めてなり。普通に困るわこれ。寝てる間に俺に性的なイタズラでもしましたか? むしろバッチコイなんでこれから毎晩よろしくお願いします。

 

 なんてアホな事を考える傍ら彼女は語りだす。どうやらさっきまで俺は血の流し過ぎで死にかけだったらしく、予断を許さない状態だったそうな。

 輸血のための血液もそれを行うための機材もなく、あわや俺の物語が終わってしまうと思われた矢先、ライコーさんが俺に血を分けたそうな。

 輸血の道具もないって言ってたのにどうやったんだよ、と思わないでもないが、どうやらこのライコーさん人間じゃないっぽく、魔性だか鬼だかわからないが、そんな血を持っているそうで。その血と俺の人間の血を混ぜて窮地を脱したっぽい。人間なら死ぬレベルの出血だったから、体を人間以上の強度にすることでなんとかしたってことかな。

 

 ふむふむ、つまりそれ……やっぱ覚醒フラグなんじゃね!?

 なるほどな! つまり本当の物語の始まりはここからなんだ! そうかそうか、なるほどな~。

 剣はまだ出せないが、どうやら俺はパワーアップしたらしい。

 それにしても鬼の血か……ぬ~べ~を思い出すな。あれは手だけど。俺も鬼の手欲しいなあ……デビルブリンガーと名付けて俺の必殺技にするわ。

 

「あなたに魔性の血を混ぜた罪、決して許されることとは思っておりません、ですが……」

「ああ、別に構いませんよライコーさん。これからあなたと一緒に戦っていくんですから、俺だって足手まといにはなりたくない。渡りに船というやつですよ」

「しかし、これは忌むべき力なのですよ! 本来ならば、決してあなたのような優しい男の子には───」

 

 闇に堕ちる俺……か、カッケーぇぇええ! 俺、デーモンになっちゃったよー! これからは俺の中の闇と戦わなきゃやばいやばい。

 何時現れるんだもう一人の僕。速くぶっ倒してパラディンになりてえな。

 俺的には最高に気分がいいんだが、ライコーさんはそうじゃないっぽい。なんだか謝らせてばかりでかわいそうである。ここはなんとかしてイケメンムーブかまして空気を変えよう。

 

「忌むべき力……ライコーさん、きっとあなたはこの力と生涯向き合い続けてきたのでしょう。その苦しみが理解されず、辛い思いをしたことも一度や二度じゃないはずだ。ですが、これからはそうじゃない。俺だけはあなたと同じ立場に立つことができる。あなたの隣に並ぶことができる」

 

 はっと、ライコーさんが地面に擦りつけていた顔を上げた。目も口も丸く開かれ、驚きとも喜びとも付かない、それでいて何かに期待をしているような、そんな表情を浮かべている。

 

「あなたが俺に血を混ぜた時、もしかして、あなたは俺に期待したのではないですか? 自分のことを、体に流れる血も含めて受け入れてくれる男だと。だったらこんなにうれしいことはありませんよ。あなたのいた時代ではどうかは知れませんが、現代ではライコーさんのような美人にそれだけ想われることは、男冥利に尽きると言うんですよ」

 

 俺はめっちゃ君のこと分かってるよ感をこれでもかと出す。ライコーさんが俺に期待してたかどうかは知らんけど、小指の先くらいはそういう気持ちあったんじゃないでしょうか。ていうかあってくれ。間違ってたらバツが悪い。産まれにコンプレックス持ってる系キャラは共感者に飢えてる印象あるし、良い線行ってると思うんだが。

 

「嬉しいですよ、あなたと分かり合えることが。あなたが俺に期待してくれたことが。だって、ひと目見たときから俺はあなたに惹かれていた」

 

 決まったぁぁぁああ! 伊達に漫画やアニメを見ていない。くっさい口説き文句なんて星の数ほど浮かんでくるわ。あなたに跪かせていただきたいにしようかと一瞬迷ったが、この告白文句は失敗に終わってるし縁起悪いから止めた。

 リアルならどうかは知らんが、俺ってば今主人公だから。恥ずかしさなんて微塵も感じない。

 どや、このイケメンムーブ、惚れたやろねーちゃん!? 仕上げとばかりに、膝をつく彼女に向かって手を差し出す。

 

「自己紹介、まだでしたね。俺は藤丸立香。俺と一緒に戦ってくれませんか?」

「藤丸……立香……よい、名前です」

 

 ほっそりとしていて、それでいながら力強い手で握り返される。表情もなんだか上気しているようでほのかに赤い。これはもう落としただろ。やったよばっちゃん。俺ってば女の人口説き落とすなんて初めての経験だぁ。やればできるもんだな。

 

「あなたの言葉は心に響きました。あなたと出会えて、私はとても幸福に思います」

 

 確かな手応え、ライコーさんも満更でもない感じじゃないか。いずれはもっとヒロインが増えてハーレムが完成するんだろうが、滑り出しは非常に好調じゃないか。いやぁ重畳重畳。

 

「ところでマスター。私、独占欲の強い女ですので……私以外にこのようなことを言ってしまっては……私、何をしてしまうか……分かりません」

 

 一瞬、彼女の目に光が見えなくなった様な気がした。

 ごめん、気のせいでもなければ一瞬でもなかったわ。目、やばいわ。なんか、そう、黄昏よりも暗きもの……。

 

 もしかしたらこれ、チキンレースだったんだろうか。ブレーキの踏みどころ間違えたかな。間違えたっていうかノンブレーキで海に突っ込んじゃったんじゃないかな。

 

 

 

 あかんわ。この女あかん。

 出会って一日経たないうちにこのベタつき加減、身体的接触。

 なんぼなんでも急すぎるだろこれ。チョロインとかそういうんじゃなくて怖いんだよなんか。確固たる信念というか、執念染みた感情が波濤のように襲い掛かってくるんだよ。逃がすまじという殺気にも似た、鬼気迫る生の情緒が見えない鎖と化して俺の体を締め付けてくるんだよ。

 腕を組む、太腿を擦る、腹をくすぐる、頬に触れる、頭を撫でる、後ろから抱きつく、前から抱きつく、膝枕、腕枕もう大別できん。この小一時間でコンプリートしたぞ。本番に入るのも時間の問題じゃないでしょうか。抜きゲー並みのペースだ。

 でも俺こんな燃え盛る街中での青姦が初めてとか絶対に嫌だぞ。前やったエロゲで主人公がC4で学校爆破して、その直後ヒロインと野外でおっぱじめたやつを見たことあるが、それとどっこいだぞ。あれにはさすがの俺もたまげたわ。

 

 もしかしてこの人、生前は喪女だったんかな。俺が初めて告白した人だったから舞い上がっちゃってんじゃないかな。他の女にちょっかいかけようものなら、エッチまでしたのにふざけんなよ! と俺はバラバラに解体されてしまうわけだ。

 

「マスター、私はこのような生まれですが、愛を知らないわけではありませんでした。四天王はひとりひとりが私にとって息子も同然。愛する者とそれに応えてくれる人は、私にだっていたのですよ。ですが、あなたに抱くこの愛は、少し勝手が違うような気がしています。あなたを想うと狂おしいほどに滾ってくるのですよ。身も心も炎に包まれているかのようです。隣に並ぶと、あなたは言いましたね。そんなことを言われたのは初めてで。隣に……ああ、それはつまり伴侶のことでしょうか。あら、嫌ですね私ったら、年甲斐もなく舞い上がってしまって。でもこんなに強く殿方から求められたのは私も初めてでして……あら、この話は先程もしていたでしょうか……?」

 

 もうなんか止まらないな、どうなってるんだこれ。

 ライコーさんの気持ちは高まるばかりのようで、彼女がいつ強引におっぱじめようとしてくるか気が気でない。知的な話にシフトすれば彼女の頭も冷えるだろうか。でも知的な話って何すれば良いんだよ、政治か。現在はともかく昔話の日本の政治体勢なんかわかるかよ。

 ていうかこの人いつの時代の人なんだろう。ああ、そうだ。このあたり聞いてみればいいじゃん。

 

「ところでライコーさんって日本人ですよね。いつ頃の時代の人なんですか? それと漢字でなんて書くんですか?」

 

 俺が質問するなり彼女はシュババババと反応して、どこからともなく紙と硯を取り出した。分身しているように見えたのは私の気のせいでしょうか。

 

「はい、この頼光、生まれは平安、名をこのように書きます」

 

 さらさらと紙に描かれる文字。ちょっと達筆すぎますね。この頼光という漢字はかろうじて判別できるのだが、おそらく横に書かれたふりがなと思われる文字が解読不能である。いや、多分らいこうと書いていると思うのだが、えげつねえ崩れ方だ。

 

「これ、よりみつって読むんじゃないんですね。俺も日本人ですけど、ちょっと不思議な感じがします」

「よりみつでも問題ありませんよ。むしろそちらが正しい読み方です。ですが、私のいた時代では本名は諱と呼ばれ、口にすることが憚られていたのです」

 

 マジかよ。恋姫の真名みたいなものですかね。本人の許可無く呼んだら殺されても文句言えないとか初見殺し過ぎんよ。その癖に人前でも構わず呼びまくるのはどうなのよと俺は言いたい。

 結局、彼女のことは今までどうりライコーさんと呼ぶことにした。伝説のポケモンみたいでカッコイイと思う。

 

「マスターのお名前はなんとお書きなるのですか?」

 

 筆を渡され、自分の名前も書く。改めて考えると、俺の名前も人のこと言えないくらい変だよな。立香て。スマホで一発変換できないから地味に不便だ。

 俺とライコーさんの会話はロマンさんの通信に遮られるまで続いた。彼女の病み病みっぽい雰囲気に一時はどうなることかと思ったが、美人にそれだけ想われてると考えればそう満更でもない。むしろ勝ち組なんじゃないかな俺。ちょっとバイブス上がってきた。



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特異点F 03

『二人の仲が深まったようで何よりだ。カルデアの召喚システムではサーヴァントの心までは従えられないからね』

 

 少しやつれた様子のロマンさんの通信に耳を傾ける。きっと向こうでは怪我人だらけで地獄のような様相を呈しているに違いない。彼もまた、俺達とはまた異なる戦場に立っているんだ。

 

「う……ん……」

 

 突然聞こえてきた、俺でもライコーさんでも、はたまたロマンさんのものでもない声。

 どうやら彼女が目を覚ましたようだ。

 

『所長! 無事ですか!』

「ええ……どうにか、と言ったところかしら」

 

 所長。オルガマリーさんだったかな。とにかくマッシュじゃない方の女性が顔をしかめながら身を起こした。その気持わかるよ。瓦礫で寝ると体の節々が痛いよな。

 

「サーヴァントが襲ってきて……ちょっとロマニ、あれからどうなったの……」

『ええ、その後に彼がやってきて助けてくれたんですよ。一般公募のマスター、藤丸立香です』

 

 所長が顔を巡らせてこちらを見た。頬のガーゼや頭に巻かれた包帯が痛々しい。

 

「藤丸立香……あなた、説明会に居たかしら? あなたの顔は記憶に無いわよ」

『ええと、彼はその……』

「……いえ、そんなことを追及している場合じゃないわね。サーヴァントも無事召喚できたようだし、これは重畳ね。今はそれよりも……」

 

 ごめん所長。俺説明会出てないわ。あとでいっぱい謝るので許してください。

 渋面の所長の目線は自身の隣へと映る。そこに横たわるのは未だに目覚めないマッシュ。

 

「ドクター、彼女の容態は」

『……非常に危険です。デミサーヴァント化したことでなんとか持ちこたえているものの、このままでは……』

「レイシフトの修復はまだなの?」

『残念ながら……人員が不足しています。現状ではカルデアの機能を維持するだけでも精一杯で……』

 

 なにやら不穏な雰囲気である。どうやらマッシュが死んでしまうかもしれないらしい。

 これはあれだな。主人公がナイスな機転を利かせてヒロインを助け、彼女は俺に惚れるという黄金パターンなんじゃないでしょうか。

 

「ロマンさん、なんとかして彼女を助けられないんですか? 応急処置とは言え治療は十分に行いました。彼女が目覚めないのは何故でしょう?」

『彼女は人間と英霊の融合体であるデミサーヴァント……サーヴァントに追随する力を有すると同時に、本来人間にはない枷がはめられている状態なんだ』

「枷ですか?」

『生存にはマスターの存在と魔力が不可欠なのさ。そして今、彼女にはマスターが居ない……。中央管制室での爆発の際、英霊との強引な融合でなんとかその場の命は繋いだようだが……マスター不在のままでは彼女の体を維持するための魔力的なパスが構築できないんだ。せめてカルデアの中なら処置を施すこともできるかもしれないが』

 

 ふーむ、よくわからん。でもマッシュが人間やめかけてるってことはわかった。俺も一緒だ一緒。

 

「何とかしてここからカルデアには帰られないんですか?」

『帰還のために必要なレイシフト機能は現在復旧中だ……。そうだね、あとはこの時代を特異点としている原因を排除すればあるいは……何かが起こるかもしれない』

 

 どうやら帰還は絶望的らしい。

 ならここでキャンプするか。レイシフトとやらが直れば万事解決みたいだし。マッシュの魔力? さえなんとかなれば良いんじゃないだろうか。

 

「そうですか。ではマシュに必要な魔力さえ現地でどうにかすれば、後は救援を待つだけで助かるんですね?」

『そうだね。現状で生き残ることを考えれば、それが妥当な選択だろう』

 

 ロマンさんのお墨付きも貰ったことだし、じゃあその魔力をなんとかするとしよう。

 でもそんなもんどうすりゃいいんだよ。魔力って何やねん。そんなもん舐めたことも齧ったこともないぞ。ここはプロに頼むしか無いな。

 

「所長、何かいい考えは無いでしょうか。申し訳ないですけど、俺は魔術に関しては素人で……」

「ちょっと、さっきからあなた、仕切らないでちょうだい。この場での最高責任者は私です。以降私の指示に従うこと。よくもまあ、魔術のまの字も知らないこんな素人がここまで生き残れたものね。運だけは一丁前なのかしら」

 

 おっしゃる通りでございます。運だけなら俺、世界に愛されてるレベルって胸を張って自慢できるよ。

 あと所長、俺は大丈夫だけど、俺の隣りにいる大きなお姉さんが殺気立つからあまり俺を貶さないでくれ。その言葉は彼女に効く。

 

「そうね、この付近にある霊地に向かいましょう。マナの豊富な環境なら、彼女も幾らか持ち直すはずよ。後はどこに霊地があるかだけれども……」

 

 マナくらいなら俺も知ってる。一応俺もプレインズウォーカーだった時期あるから、割りと馴染みあるわ。

 霊地って言うと、心霊スポットみたいなところか? じゃあ寺とか墓地じゃん。でもドヤ顔で言って間違ってたら嫌だな……ていうか所長も専門家ならバシッと霊地くらい特定してくれよ。もしかして日本出身じゃないから、そのへんのお約束わからないのかな。

 じゃあ日本出身の人に聞けばいいや。

 

「ライコーさん、良さそうな霊地って心当たりあります?」

「はい、勿論。寺社仏閣は古来より霊地の上に建てられ、その土地を鎮める役割を持ったものが多いです。ですので大きな寺院や神社を探してみるのがよろしいでしょう」

 

 話を振られたのが嬉しいのか、ライコーさん得意げである。かわいいぜ……。

 

「頼光? 源氏の? それって鬼退治の大英雄じゃない! どうしてこんな素人が……。いえ、今は置いておきましょう。ロマニ聞いてた!? 冬木市の地図データから付近の寺社仏閣を割り出してちょうだい!」

『了解! 神社、寺院……あった、ここから西、円蔵山中腹に建つ柳洞寺だ!』

 

 やっぱり寺だったのか。何の捻りもない。

 だが、どうやら当面の行動は決まったようだ。早速そこに向かうとしよう。

 

 

 

 所長は未だ意識を失ったままのマシュをおぶさり、俺は彼女の武器である盾を担ぎ、ライコーさんは周囲の警戒と骸骨共の掃除である。所長曰く、俺のような野郎に彼女は任せられないらしい。他の女にちょっかいかけて欲しくないのか、これにはライコーさんもにっこりの采配である。

 それにしてもクッソ重いぞこの盾。何を考えてこんなデカさにしたんだ。

 でも、息切れしたり腕がプルプル震えるような事はなかった。やっぱりこれ覚醒のおかげかな。

 ライコーさん曰く、まだ魔性の血は俺の体に馴染んでいないらしいが、それでも一般人を超越する程度のパワーなら今の俺でも振るえるらしい。馴染むって何、俺これ以上強くなるの? いやーまいっちゃうぜ~。よーしパパ人間止めちゃうぞー。

 

 道中は実に平和なものだった。遠くの骸骨はライコーさんがマシンガンみたいな弓でハリネズミにしてしまうし、近くの敵は言わずもがな鎧袖一触である。

 影に覆われた槍を携えるサーヴァントとも途中で接敵したが、ライコーさんにかかればこれこの通り。瞬く間に槍は折れ、四肢は吹き飛び、雷撃を纏った太刀筋によって灰燼に帰した。

 強い。圧倒的じゃないか俺のヒロインは。なんかかっこよく指示を飛ばそうと思ったけれども、そんなことするまでもなかった。

 

「なによ、比べ物にならないじゃない……これがマスターを伴ったサーヴァントの本当の力なのね……」

 

 所長も感心したように何度も頷く。俺も少しは強くなったなあと今しがた思っていたのだが、彼女の強さときたら段違いである。

 あ、これ嫁TUEEEEモノだったのか。嫁があんまりにも強すぎると相対的に主人公のお荷物感が強くなって今ひとつファンからの評価がバラけるんだよな。闘神都市で見たわ。ランスを見習え。

 

「この程度、手遊びのようなものですが……お役に立てましたか? うふふ、それは何よりです」

 

 何でもない風に装いながら実はちょっとだけドヤってる。君にそんな萌属性を垣間見たぞ俺は。俺でなきゃ見逃しちゃうね。

 そんなこんなで、やってきました柳洞寺。登る気の削がれる長い階段は様式美、左右に並び立つ木々が風流ですね。

 えっちらおっちら盾を担いで階段を踏みしめる。

 

「すごく濃いマナ……一等地ねここは。ここならきっと、マシュも回復するわ」

 

 すごく濃いってそこはかとなくエッチなワードだよね。所長もご満悦である。

 街中で起こっていた火災も、ここはその被害を免れたようだ。炎の明るさに目が慣れてしまったせいか、やけに暗く感じる。

 山門をくぐり境内にたどり着くも、不思議なことに人っ子一人居ない。こちらとしては都合がいいが、どことなく不気味だ。

 

 本堂にお邪魔して、ようやく腰を落ち着けられた。

 所長は額に汗をかきながらも、今はマシュのために魔法陣を書いているようだ。この人もついさっきまで意識を失っていたと言うのに、女の子を一人抱えてここまで来たんだ。大した根性である。

 

『お疲れ様、立香君。この寺院、強力な結界が張られているようだ。いかにサーヴァントと言えども山門以外からの侵入は不可能だ。警戒は頼光さんに任せて休んだ方がいい』

 

 そいつはありがたい。魔性の血が混じったとは言え、実は本調子じゃなかったのだ。ちょっと貧血っぽい。

 

『君も所長もバイタルは危険域だ。所長は怪我人だし、君も今まで使っていなかった魔術回路のフル稼働で脳に負担がかかっている。補給物資を転送するから、まずはここで一夜を明かすと良い』

 

 送られてきた増血剤を胃薬と一緒に流し込む。気休めらしいが、それでも気持ち分楽になった。

 満身創痍だな。主人公らしくボロボロのクタクタだ。肩口の包帯からは血が滲んできているし、こいつも交換する必要があるだろう。

 程なくしてマシュへの処置を終えた所長もこちらにやってきた。ロマンさんから送られた携帯コンロで沸かした温かいお茶を差し出す。

 

「頭の包帯、俺が交換しますよ。すこしここらで休みましょう」

「……ええ、お願いするわ」

 

 ライコーさんが本堂を出て警戒しているのをこれ幸いと、所長にコンタクトを取る。この人もヒロインなのかな。結構キャラ濃そうだし、所長なんて重大なポジションに居る彼女がモブな訳がない。優しくしてあげよう。

 お茶を啜る彼女の後ろに回って治療をする。慣れない作業である上、髪の毛の量も相まって非常にやりにくい。こういうのって普通は髪の毛ズバッと切っちゃうものじゃないんだろうか。

 

「……藤丸立香、ここまでの働き、及第点です。カルデア所長として、あなたの功績を認めるわ」

 

 なんぞこの人。急にデレだしたぞ。

 

「あなたが居なけれ、きっと私たちは全滅だったわ。それは事実だもの。素人だとしても、十分に一人前と言える働きよ。よくやったわ」

 

 女にこうも言われれば、当然満更でもない気分である。

 四苦八苦しながら彼女の包帯の交換を終え、今度は自分の分に取り掛かる。

 

「貸してちょうだい、私がやってあげるわ。服を脱いで」

 

 おいおいおい。美味しいシチュエーションだなあコレ。

 お言葉に甘えて上半身裸になり、彼女に背を向けた。

 包帯を手繰る彼女の手が時折体に触れ、火照った体にひんやりとした感触が気持ち良い。

 これだよこれこれ。なーんか甘酸っぱい感じのこの雰囲気。このまったり感が最高だ。ライコーさんはちょっと鮮烈すぎるわ。超ハードタイプだ。

 

「……ありがとう」

 

 静まり返った本堂に、か細く響く彼女の声。ああ、俺、最高に主人公してるわ。

 伝家の宝刀、え? 何か言った? をすかさず決めようと彼女の方を向くも、何かの袋を押し付け、俺より先に捲し立てた。

 

「包帯の交換はお終い! あとそれから、これ! たまたま持っていたから!」

 

 一方的に言い放って、所長はどすどすと足音も荒く俺を離れていった。

 そのままマシュの隣まで歩くと、衣服の上着を枕にして横になった。ロマンさんから救援物資の毛布は送られていたのだが、それはマシュの枕にしてあげているようだ。なんだかんだいって優しい人なんだろうな。

 

 所長から渡された包みを見る。中身はドライフルーツのようだ。ここに来て甘いものが貰えるのはありがたい。

 なんだ、素晴らしいヒロインだらけじゃないかfate。前世で遊ばなかったことを今更後悔してしまったぜ。

 

 さて、あと俺はどうするか、なんて決まっている。主人公がヒロインを放ったらかしにするなんてありえない所業だ。

 上着を羽織り直し、お茶と所長から貰ったドライフルーツを抱えて立ち上がる。今頃山門では彼女が一人で警戒にあたっているのだろう。労ってやらないとな。

 

 

 

「お疲れ様です、ライコーさん」

「あら、マスター。どうかなさいましたか?」

 

 山門の影に背中を預け、彼女は眼下に広がる冬木の街を眺めていた。月も黒煙に覆われたこの夜であるが、街から未だに立ち上る火の手が俺たちを照らしている。

 戦鬼。炎に照らされた彼女の姿は、凛々しくも恐ろしい。悪鬼も大蜘蛛も牛鬼も、平安時代の怪異を片っ端から討滅した稀代の武人。その血と栄華に彩られた生涯が、街を焼き尽くす炎によって彼女から炙り出されたかのように感じる。

 

「戦とは、やはり荒々しいものなのですね。人の営み、命の輝きが、道端に萌える草花のごとく踏みにじられる……」

 

 かつて修羅道を歩んだ彼女だからこそなのだろうか。その瞳に、平穏で愛に満ちた世の中への憧憬が見えた。

 湯気を上げるカップを彼女に渡し、その隣に腰掛ける。石畳の地面が尻に冷たい。

 

「悲しいですね」

「ええ」

 

 彼女も同じように、その場で腰を下ろす。

 この人、こんな顔をもできたんだな。いや、むしろこっちが本物の彼女なのかもしれない。恋愛に狂うばかりの人間が、英雄なんて呼ばれるはずもない。

 

「俺、あなたの隣に立ちたいです」

「え?」

「あなたのような英雄と肩を並べたい。もっと強く、もっとでかくなって、あなたと同じ目線で、あなたと一緒に同じものを守りたい」

 

 嘘から出た実とでも言うべきか。一度は彼女へ告げた口説き文句を、今一度本心から繰り返す。俺も男だ、英雄に憧れないわけがない。

 彼女は魅力的な女性であるが、それと同時に、全ての男子が一度は見る夢のカタチなのだ。

 強く、そして優しい正義の英雄(ヒーロー)。その理想が今、目の前にいる。お手本にしないのはあまりに勿体ないではないか。

 

「飾らない言葉も素敵ですよ、マスター……いいえ、立香。あなたが望むのなら、私が手解きいたしましょう。ふふ、金時に稽古をつけてあげた頃を思い出しますね」

 

 素敵、こちらの台詞だ。美しい微笑みである。もっと強くなってこの人に背中を預けさせてもらえたら、俺はどんなに───。

 

「っ! マスター!」

 

 ライコーさんが抜き放つ刀が、暗闇で火花を散らした。

 これは、いったい。

 

「お下がりくださいマスター。恐らく……アーチャーのサーヴァントです」

 

 つまり敵か。先程彼女と並び立ちたいなんて啖呵を切った手前情けない話であるが、今の俺は骸骨一匹ろくに相手取れ無いのだ。サーヴァントなんてなおさら無理である。

 素直に退き、ライコーさんのお尻に隠れる。

 

「ええ、今はそれで良いのですよ。良い子です、立香」

 

 ママー!

 アーチャーということは敵は弓を使って攻撃しているのだろう。目には目をということか、彼女もまた弓に矢をつがえる。

 先程までの慈愛に満ちた眼差しは影もない。針のように鋭い、戦人(いくさびと)の眼光だ。

 

「誅伐、執行。やりすぎないように注意しますね」



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特異点F 04

 ライコーさんとアーチャーとの戦いが始まった。

 とは言え相手の姿は見えない。こちらに降り注ぐ矢の嵐を、同じく矢の嵐をもって撃ち落とし、あるいはこちらからも仕掛ける。ガチンコだ。どうやらライコーさんには相手が見えているようだな。

 でも、相手は流石アーチャーのサーヴァントと言えようか。弓の腕に限って言えば、ライコーさんがジリジリと押されているように感じる。

 

「狭い山門では弓の良い的だ! ライコーさん! 一度境内まで引きましょう!」

 

 俺氏かっこよく戦術提案。こう言う横に狭い場所ってFPSでも銃撃戦が激しくなるところだしね。いわゆるメトロやロッカーというやつだ、アーチャー有利でしょ。

 ライコーさんとともに境内まで引っ込むも、アーチャーの攻撃は止まらない。この様子では、柳洞寺全域が相手のレンジと捉えて差し支えないだろう。

 

「っ!」

 

 一際険しい表情を浮かべたライコーさんが、先程にも増して素早く矢を放つ。するとどうだろう、柳洞寺の上空で謎の爆発が発生した。

 え、なに? これライコーさんやったの? いや、矢が爆発するわけ無いやん。きっと敵のアーチャーがミサイルとかマインスロワーとか撃ってきたんだろう。

 

 やばない? こんなん食らったら俺確実に死ぬわ。仮に本堂に隠れたとしても、強引に建物ごと爆破できるってことでしょ?

 あ、そうか。ライコーさんが防戦一方なのって、俺が居るからなのか。誰かがアーチャーの攻撃を防いでやらなければ、彼女はまともに攻勢に出ることすら出来ないのだ。

 

 おいおいおい、女の尻に隠れて、あまつさえ足まで引っ張るってこんなに格好悪い事があるかよ。いやない。

 主人公舐めてんじゃねえぞタコ。俺が口だけの男だと思ったら大間違いだ。

 

 そうと決まれば善はハリーアップ。境内から本堂の中へと走り抜ける。背後では矢を打ち払う剣戟の音。すまんライコーさん。やっぱり敵は俺を狙っているみたいだ。

 本堂に土足のまま駆け込むと、目当てのものはすぐに見つかった。同時に、騒ぎに目覚めたのであろう所長が叫ぶ。

 

「ちょっと! 何事なの!?」

「アーチャーのサーヴァントです! こちらを狙撃されています!」

 

 俺の言葉に慌てて身を起こす彼女を背中に、俺はコイツを構えて立ち塞がる。

 

「所長、マシュをお願いします。俺の後ろに隠れてください」

 

 俺がここまで背負ってきた盾だ。もとはマッシュのものらしいが、本人がこのざまでは仕方がない。俺が使わせてもらう。

 運ぶ最中は大きさと重さに辟易した盾であるが、いざ構えてみればそれがなんとも頼もしい。

 

「ライコーさん! ここは俺に任せてください! あなたはアーチャーを!」

 

 頼むライコーさん。どうか俺を信じてくれ。

 盾越しにライコーさんと視線が合う。アンタに並びたいなんて言った手前、自分を守ることぐらいしか出来ない自分が情けないところではあるが、どうか今の俺にできる精一杯を認めて欲しい。俺のいいところ、見てくれよ。アンタの足を引っ張るだけなんて、俺は堪らなくなるんだ。

 

「承知いたしました」

 

 微笑みは一瞬。稲光のような素早さで彼女は駆け出す。

 彼女は俺を信じた。ならば俺も彼女を信じて送り出そう。後は俺の仕事をきっちりこなすだけだ。

 

「あなたどうする気なの!? まさかそれで敵の攻撃を受け止める!? ただの人間がサーヴァントの攻撃に耐えられるわけがないわ!」

 

 俺の腰にすがる所長がヒスっぽく叫び出す。

 大丈夫だよ所長、俺ただの人間じゃないし。魔性の血とやらが混じってるし?

 それに何より俺ってさ、主人公だから。チャンスでコケてもピンチで倒れることって絶対ないから。そういう存在だから。

 

 所長へ返事を返す間もなく、盾から凄まじい衝撃が伝わってくる。やはり相手は本堂の中までも十分に狙うことができるようだ。ライコーさんが居なくなった今、この場で所長とマッシュをかばえるのは俺しか居ない。

 幾度も連続して衝撃に打ち据えられる。オートバイが激突してるんじゃないかと思うほどの威力だ。

 歯を食いしばり、盾を支える手を握りしめ、畳がえぐれるほど力強く踏ん張る。

 

 幸いなことに、先程見たミサイル攻撃は来ない。あの攻撃だけはライコーさんが撃ち落としてくれるのか、はたまた相手の弾切れか。何にせよ好都合だ。

 この調子なら行ける。堪え忍べる。後はライコーさんがなんとかしてくれる。

 

 少しばかり、ほんの少しだけ気の抜けた刹那のこと、今までの攻撃が比べ物にならないくらいの強い衝撃が俺を襲った。

 

「がああぁぁっ!」

 

 盾ごと体を吹き飛ばされ、本堂の中を転げ回った。

 天地が何度もさかしまに入れ替わり、その中で俺は盾を手放さないよう必死だった。

 壁に激突してようやく止まる。背中を思い切り打ってえげつない痛みが体を苛むが、今は四の五の言っていられない。

 

 何が起きた。慌てて顔を上げると、闇の中を貫く赤い光線、それが本堂の中を嵐のごとく暴れまわっていた。所長はマシュをかばって地面に伏せている。

 なんだこれ……もしかしてこれ、矢なのか?

 光線は勢いを衰えさせない、まるで意思を持って動いているかのように。そう、獲物を狩らんと野を駆け回る猟犬───。

 

「うぐうぅうう!」

 

 矢が再び俺を襲いかかる。盾で受け止められたのは当然だ。俺の全身をすっぽり覆えるほどの大きさなのだからな。背中には壁が聳え、一応全方位ガード体勢は整っている。

 しかし、勿論無傷というわけにも行かない。壁と盾にサンドイッチされた体は、どこにも衝撃を逃せないまま圧壊される。全身の骨が軋むし、内臓は押しつぶされ、肺から絞り出された呼気には血反吐が混じった。

 

 あかん。ピンチだ。このままでは死ぬ。

 

 と、普通のやつなら思うだろう。だけど残念だったな、俺はスペシャルだ。さっきも言ったが、ヒーローはチャンスでコケてもピンチで倒れるようなことには絶対にならないのだ。

 

「よう、色男。中々血化粧が似合うじゃねえか、気に入ったぜ」

 

 今までに聞いたことのない男の声だ。

 力を振り絞って盾から身を覗かせれば、そこにはボロボロのコートを羽織った青髪の男が立っていた。手にはホッケースティックのような杖。体からは血が滴っているし、どう見ても俺と変わらないくらい重症なんじゃないだろうかこの人。

 

「ansuz!」

 

 呪文だろうか。燃え盛る火球が虚空から姿を現し、未だ本堂を暴れまわる矢と激突する。

 火球で、あるいは手に持った杖で、青髪の男はしつこく追いすがる矢を撃墜する。どうやらここに来て助っ人登場らしい。やっぱ俺って世界に愛されてるわ。

 

「ぼちぼち、と言ったところか。アンタのところのデカイ姉ちゃん、あいつがやってくれたみたいだな」

 

 一発でライコーさんってわかるからすごいよね、デカイ姉ちゃん。

 気がつけば、先程まで俺を狙っていた矢も消えている。サーヴァントと一緒に消えたということか。

 

「あ、あなたは私達を助けてくれた……!」

 

 ここで所長登場。口ぶりから察するに、この青髪の男と面識があるようだ。

 ひとまず戦いは終わった。積もる話はアーチャーを討ったライコーさんが戻ってきてから行うべきだろう。

 

 

 

『大聖杯……資料によれば、錬金術の大家アインツベルンの制作した魔術炉心……それがこの時代における特異点の原因だと?』

「そういうことだ。アンタらの目的はこの異常の調査ないしはこの時代からの帰還らしいな。しかし色々とトラブっててにっちもさっちも行かないと来た。帰還の目処については俺の知るところじゃねえが、異常の調査をする気があるなら俺と利害は一致している。ここはお互い、陽気に手を組まないか?」 

 

 あれよあれよと言う間に進められる会話にちょっと理解が追いつかない。

 どうやらこの青髪のキャスターは、俺が所長たちと合流する前、彼女たちをサーヴァントの攻撃から救っていたらしい。一旦はサーヴァントと交戦しながらその場を離れ、その後に所長たちとコンタクト取ろうと試みるも、戻ってみればもぬけの殻。得意のる~んとかいう楽しそうな魔法で俺達の足取り追ってここまで来たらしい。体中の傷は所長を助ける時に負ったものだとか。

 

 こちら側の経緯もロマンさんからキャスターに告げられて情報交換が為され、今は今後の方針を考え中といったところ。

 この場の決定権は……まあ所長だろうね。彼女に視線を向ける。

 

「ロマニ、レイシフトは……」

『まだ少し時間はかかりますが、復旧の目処は立っています。夜が明ける前にはカルデアに帰還ができるかと』

「そう……この特異点の異常を調査したいのは山々ね……。カルデアであんな事故があった手前、何の成果もなしに帰ってはカルデアを取り上げられる可能性も十分考えられるわ……。でも、こちらも見ての通り満身創痍なの。マシュは目覚めない、私も立香もこの通りボロボロ。まともな戦力は彼のサーヴァントくらいよ」

 

 要は異常調査どころでは無いと言う話だ。

 ま、そりゃそうだよな。俺も所長もクタクタだ。怪我人おぶってこれ以上歩くなんて御免こうむる。それに帰る手立てがいずれ整うというのなら、ここで無理をする必要もない。命あっての物種である。

 

「命を救ってもらったと言うのに、あなたの助けになれないことは非常に申し訳なく思うわ」

 

 キャスターに頭を下げる所長。バツの悪そうな表情をしていることは、想像に難くない。

 

「ここに残って、帰還の準備が完了するのを待とうと思います」

「そうか……ま、それもいいだろう。だが一言言わせて貰うと、それは厳しいと思うぜ」

「え?」

 

 なにか不穏な空気。

 まあ、そうすんなり脅威から逃げられるわけもなし。そんな逃げ腰主人公のソシャゲはやりとうない。

 

「この街にはまだライダー、アサシン、そしてバーサーカーのサーヴァントが残っている。そして、ついさっき倒れたアーチャーのサーヴァント……奴は抜け目のない男だ。恐らく、死に際に何らかの手段で他のサーヴァントに連絡を取って、ここに俺達がいることを知らせただろう」

「そんな……」

「悪いが俺はこれ以上あんたらに手を貸す気はないぜ。俺の目的は聖杯戦争の終結。当初の予定通り、一人でセイバーとやらせてもらう」

 

 アーチャーとのワン・オン・ワンでもこのざまだったのに、三人に勝てるのだろうか。ライコーさん一人ならば全く問題はなかろうが、俺達が確実に足を引っ張る。

 

「セイバーを倒せばこの聖杯戦争は終わる。つまり、今いるサーヴァント全ての消滅と同義だ。ここで三人のサーヴァントを相手取るか、それとも俺と組んでセイバーひとりを打ち倒すか……早いところ決めたほうがいい」

 

 キャスターの声が薄暗い本堂に静かに響いた。

 

 

 

『灯台下暗しとはこの事だ。まさか異変の原因が柳洞寺の地下にあったなんて』

 

 ロマンさんの言ったとおり、俺達は今、柳洞寺の地下に位置する大聖杯のもとまでやってきた。

 結局所長はキャスターと組んでセイバーを打倒することを選択した。相変わらず目を覚まさないマシュは彼女が背負い、俺は盾を担ぐ。実質的な戦力はライコーさんとキャスターのみなのだが、もとより俺たちがサーヴァントに敵うはずもなし。コレはコレで正解だったと思う。

 

「───ほう、面白いサーヴァントが居るな。尤も、その本人は使い物にならぬようだが」

 

 大空洞によく響く声。プラチナのように輝く髪と、黄金の瞳、死人の如く白い肌、そして漆黒の騎士鎧。

 道中に聞いたキャスターの話によれば、奴はアーサー王らしい。彼女もまたソシャゲの女体化被害者のようだ。

 アーサー王くらいなら俺だって知ってる。エクスカリバーの人だろ。この人も前世に電車広告とかで見たことあるぞ。その時にはもっと青っぽい服だった気がするんだけど、ボスの雰囲気するし今は闇落ちしてるんだろう。倒したら仲間になってくれるかな。

 

「テメエ、喋れたのか? 今までだんまり決め込みやがって」

「ああ、何を語っても見られている。故にカカシに徹していた。だが、その小僧の持つ宝具……面白いぞ」

 

 小僧って俺だよな。つーか意味深な会話止めてくれよ。見られているって誰に。俺は存在すらあやふやな黒幕の存在というものが死ぬほど嫌いなんだよ。誰を倒せばハッピーエンドなのかわかりやすく教えてくれ。ストレス溜まるだろ。

 

「しかし宝具が健在でも、その真の担い手がこのザマでは興ざめだな。ああ、つまらんよ」

 

 会話できない系のボスきらい。

 アーサー王は漆黒の剣を下段に構える。剣は身に纏う鎧と同様に闇を孕んでいた。

 

「マスターっ! 来ます!」

 

 ライコーさんも刀を抜いた。キャスターはる~んを使うためむにゃむにゃと呪文を唱えている。

 

「疾く消えよ。卑王鉄槌、極光は反転する」

 

 対するアーサー王は不動のまま、ゆっくりと剣を上段に構えた。剣先に闇エネルギー的なものが集中する。

 ここで俺に電流走る。

 

 これビームじゃね?

 

 武器にエネルギーが集中したらそれはビーム技である。剣を振ればビームが出る。それは当然の理。

 魔法的なものが存在するバトル漫画で剣士が居たら、ソイツはもれなくビーム使いである。ビームの使えない剣士っていないから。いたら剣士失格だから。アバン先生もリンクも結構気軽に剣からビーム飛ばしてるじゃん。

 まずいな、これが仮に剣の形したビームがスパッと出るだけならライコーさんに任せればなんとでもなるだろう。しかしこのアーサー王のビームはどうよ? 明らかにチャージしてる感が強いよ。絶対戦艦クラスの極太ビームが来るに決まっている。

 これ、いくらライコーさんでも刀一本じゃ防御は無理でしょ。無理じゃないかもしれないけど、俺と所長とマシュ全員助けるって流石にきついでしょ。

 

 へっ、そういうことね。やっぱり俺が主人公ってことじゃないか。

 今俺が盾を持っているって状況。コレが偶然な訳がない。アーチャーとの戦いで使った時が、もうフラグだったんだよ。

 

「マスター? っ! だめです! お下がりください!」

 

 俺の前で刀を構えるライコーさんを押しのけ、背中にかばう。

 十字型の盾を地面に突き立て、所長とマシュも含めて全員をビームから救える立ち位置だ。キャスターさんは野郎なので自分でなんとかしてください。

 

「ライコーさん、こういう勇気、匹夫の勇って言うんでしたっけ?」

 

 身の程を知らない挑戦をすることは本当の勇気とは別のものだってローザリア王国の殿下も言ってた。

 

「でも、俺はこうも思うんです。そんなの賢い人間の言い訳だ。どんな無謀なことだって、どんな身の丈に合わないことだって、そんなもの、やってみなければ結果はわからない」

 

 やってみなければわからない。うーん、いい言葉だ。音速が本当に秒速340メートルなのかとか、物の重さで落下のスピードは変わらないだとか、実は俺たち、自分で見たこともないのにそう思い込んでる事柄っていっぱいある。だから大好き大科学実験。

 

「よしなさい立香! 相手はアーサー王なのよ! 星に鍛えられた神造兵器、エクスカリバーの一撃をただの人間に受け止められるはずがないわ!」

 

 所長、あなたもしつこいぜ。

 だから俺はさあ、普通の人間じゃないんだよね。わかる? 星に造られた兵器だかなんだか知らないけど、だったら俺は星に愛された人間だからね。どっちが強いかわかるでしょ?

 

「あんな熱量に晒されたらあなた……死んでしまうわ! 灰も残らない! そうしたらどうするのよ!」

 

 死ぬ、死ぬね。考えたこともないな。カルデアに来てからこっち、俺は自分が死なないのだと確信できる事柄が多すぎた。

 理性と感情が俺に囁いてるぜ。俺はこんなところでは死なないと。

 

「どうするかね……笑ってごまかすさあ!」

「光を呑め! 『約束された勝利の剣』!」

 

 ヒュー! 見ろよ俺の姿を……まるでコブラみてえだ!

 アーサー王が剣を振り下ろす間際、キャスターから放たれる炎が視界の端をよぎる。援護射撃っぽいけど、効果があるかどうかはわからない。盾で視界の八割以上が塞がれている。さあこいアーサー、俺の力を見せてやる、惚れるじゃねえぞ。

 

 極光の反転、なるほど納得の攻撃だ。

 闇の光という、たったの三文字で矛盾してしまう力の奔流が俺を襲いかかる。

 

「ぐおおおおおおおおおおお!」

 

 アーチャーの弓なんか比べ物にならない。あんなもん消しカスの投擲に等しかった。

 津波を一人で受け止めているかのようだ。盾によって直撃は免れているというのに、トラックの追突によってお手玉をされているかのような衝撃が体中を走る。

 でも、押し寄せる闇の中で瞳を開けば、傷一つ入ってない盾がしっかりと見えた。だったら行ける。

 

 アーサー王のビームと俺の根性、どっちが長く持つかの勝負。

 根比べなら負けるつもりなんてさらさら無いぜ。早漏は恥ずかしいからなあ!

 

「ぬううぅぅん!!」

 

 遮二無二盾を支える。体の端から燃えるような熱さが伝わってきた。指が焼けているのか。だったら手で抑える。それが燃えたら次は肘で支える。その次は肩だ。

 骨のひとかけらになるまで俺はここを退かない。

 そりゃ痛えよ。死なないと分かってても、こんな辛いこと止めたくなっちまうよ。でも止めない。

 

「カッコイイからなぁ!」

 

 自分で自分を奮起させる。そうさ、俺は無敵の主人公。世界中で誰よりもカッコイイし誰よりも女にもてる最高のタフガイ。

 

 それに、最高のヒロインも側に居る。

 

「マスター。あなたという殿方に、私は今一度惚れ直しました」

 

 背中から伝わる柔らかく、そして暖かな感触。ほっそりとした女の指が、そっと俺の手に重ねられた。

 

「匹夫の勇……とんでもありません。英雄も最初はただの人。彼等が困難に直面した時、そんなことは不可能であると誰しもに指をさされたのです。無理無茶無謀、大いに結構。それを乗り越える勇気と力があればこその英雄」

 

 襲いかかる衝撃がぐっと緩やかになる。俺の背に立つのは日本屈指の大英雄。さすがの力だ。

 

「ええ、当然あなたの力はまだまだ英雄の域に達しては居ないでしょう。ですがその魂、とても美しい。心のあり方について、私があなたに教えられることはないでしょう」

 

 暗黒の極光が徐々に勢いを衰えさせるのを感じた。どうやらこの我慢大会、助っ人が入ってしまったが俺の勝ちだぜアーサー王。

 卑怯とは言うなよ。俺の国ではツキっていうのも実力の範疇だって昔から言われてるんだ。

 

「源氏の棟梁として、太鼓判を押します。あなたの魂は四天王にも引けを取りません。英雄の器に足ります」

 

 いい女に認められるってのは最高の気分だな。心だけでもこの人の隣に立てた。まったく俺ってやつは大したもんだぜ。

 力が抜ける。盾ごと前のめりに倒れそうになるのを、ライコーさんが俺を抱きとめて防いでくれた。

 盾が倒れて開ける視界。アーサー王もこの結果には驚いたのか、目を丸くしている。

 

「まさか、サーヴァントでもない人間が本当にやってのけるとはな。だが、一撃防いだだけでその様。戦いは始まったばかりだぞ」

 

 いいや、アーサー王。この戦いはもうすぐ終わるぜ。

 俺の女はとんでもない強さだぞ。俺は見てえなライコーさん。アンタの強さ。アンタがガチで戦ってる姿って、俺まだ見てないんだよ。

 

「ライコーさん……良いですよ、本気で。まだ全力じゃないんでしょ? 俺、あなたの本当の力が見たい」

 

 もはや振り返る気力もないが。そんな俺をライコーさんはゆっくりと地面に横たえた。彼女の顔がよく見える。

 きれいな顔だ。優しげで、でも真剣な表情で、慈愛に満ちた笑みを浮かべて彼女は言った。

 

「あなたのご命令とあらば……この頼光、鬼になります」

 

 カッコイイなライコーさん。でも残念だ。アンタの戦いを見たいのに、俺、意識が落ちそうだ。

 立ち上がり、アーサー王へと歩み寄るライコーさん。ああ、ダメだ。目が霞む。

 

「天網恢恢(てんもうかいかい)、疏而不失(そにしてもらさず)。天罰必中です。私の愛しい人を傷つけた罪……あなたの命を持って贖わせて頂きます。───牛王招雷……」

 

 勝ってくれよライコーさん。悪いけど俺、先に寝る。

 常よりも凛々しい彼女の声色に耳を傾けながら、俺は本日三度目の気絶を果たした。



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エピローグ

 気絶はレアって言ったじゃないか。今日で三回だよ三回。

 次に目覚めた時場所は、燃え盛る街の中ではなかった。俺いっつも目覚めてばっかだな。

 

 真っ白い天井、清潔なシーツと枕、隣に眠るのはこの上ない美女。

 そう、ライコーさん添い寝キメてくれてたわ。最高の目覚めだぜ。

 カルデアに帰ってこられたのか。

 ベッドから身を起こせば、体中が痛んだ。周囲には様々な医療機材が犇めき、物々しい雰囲気に包まれている。

 もしかして集中治療室ってやつか? よくライコーさんこんなところで添い寝しようなんて思ったな。やっぱパないわこの人。

 

 さて、起きたらどうしたら良いんだろう。ナースコールとか枕元にあるよな。

 どうれいっちょう探してみるかと思い立つなり、パタパタと扉越しに駆け足の音が聞こえる。

 

「立香! 意識が戻ったのかい!」

 

 息を切らせて部屋に飛び込んできたのはロマンさんだった。最後に見たときよりも更にやつれて見える。クマもひどい。ロクに寝られていないのではないだろうか。

 彼の大声のせいか、ライコーさんも目を覚ます。

 

「まあ、マスター! お目覚めになったのですね!」

 

 感極まったように抱きつかれた。起き抜けにこいつは堪らんぜ。ははは、サイコー。

 

 その後治療室を出た俺たちは中央管制室へと向かった。瓦礫や怪我人は大方片付いたようで、今ではここも落ち着いた様子を見せている。

 

「おはよう、こんにちは、立香。意識ははっきりしているかい?」

「はぁ……おはようございます」

 

 俺が起きたのは3日ぶりだったらしい。離乳食みたいな飯を口に入れながら、彼女、あるいは彼も交えて話し出す。

 モナリザみたいな人が俺に自己紹介してくれた。この御方はレオナルド・ダ・ビンチらしい。びっくりしたわ。モナリザって本当は自画像だったんだ。斬新すぎる設定である。

 ロマンさんとダ・ヴィンチちゃん(ちゃん付けするよう言われた)とライコーさん。この三人で顔を突き合わせ、俺が眠っている間の話を聞かせてくれた。

 

 俺がアーサー王の攻撃を凌いで意識を失った後、ライコーさんは見事にアーサー王を討ったらしい。さすがとしか言えない。

 で、なんとか特異点の原因であった聖杯を回収することは出来たのだが、その後レフの裏切りで所長が死亡。

 

「えっ!?」

 

 今年で一番ビックリしたわ。所長死んだの? 嘘だろオイ。

 レフって誰だよとかいう疑問も全部放っておいて突っ込ませていただきたいのだが、え、マジで所長死んだの? ヒロインじゃなかったの?

 

「信じられないとは思うが、彼女の肉体は中央管制室が爆発した時点で失われていたんだ。君が接していた所長はトリスメギストスが転移させた彼女の残留思念だったのだよ」

 

 幽霊だったってこと? たまげたなあ。何よりも彼女ほどの濃いキャラがfateでは使い捨てのキャラでしか無かったことに驚いた。勿体無い。

 話は続き、レフの裏切りで所長が死んだ後、レイシフトでなんとか俺とライコーさん、それからマシュはカルデアまで帰ってこられたらしい。俺は意識を取り戻したものの、マシュは未だに目を覚まさないままとのこと。魔力についてはカルデアスを依代にすることでどうにか供給できているらしいが、そのへんの専門的なことは俺にはわからない。

 

 で、ここからが大事な話。今回俺達はひとつの特異点の原因を排除することが出来たが、どうやらこれがあと7つ待ち受けているらしい。

 7つか。ドラゴンボールでも集めるのかな。今回だけでも割りと死にかけたのに、そんなに何度も繰り返すなんて大変だぁ。

 

「この状況で君に話すのは強制に近いと理解している。それでもボクにはこう言うしかない。マスター適性者48番、藤丸立香。君が人類を救いたいのなら、2016年から先の未来を取り戻したいのなら。君はこれからたった一人で、この七つの人類史と戦わなくてはいけない。その覚悟は、人類の未来を背負う力はあるか?」

 

 真剣な表情でロマンさんが問い詰めた。

 ふっ、そんなこと。

 

「愚問ですね」

 

 彼がにわかに微笑む。

 

「それに、ロマンさんの言ってること、少し間違ってますよ」

 

 一転して困惑の表情を浮かべる彼を前に、俺は隣に立つライコーさんの腕をそっと掴んだ。

 

「俺一人じゃない。ロマンさんが言ったことですよ、彼女が居れば百人力だってね」

 

 相変わらずカッコイイな俺は。自分で自分に惚れそうだ。

 

「ライコーさん。俺の力なんて些細なものです。世界を救うための覚悟なんてとっくに出来ている。けれども、俺には力だけが足りていない」

 

 彼女の腕に触れていた手を、そっと右手にスライドさせ、強く握る。

 

「どうか、あなたの力、俺のために振るってくれませんか」

 

 返事、聞くまでもないかな。だってアンタはもう、俺の女だ。

 手が強く握り返される。そうだろう、アンタにとっても。俺はアンタの男だよ。

 

「勿論です、あなたの刃ですもの。ご命令とあらばこの頼光、鬼になります」

 

 物騒な言葉とは裏腹に、彼女は溢れんばかりの笑みを浮かべて頷いた。

 

 さあ、世界を救う旅は始まったばかりだ。

 グランドオーダー、実にカッコイイじゃないか。きっととんでもなく長く、大変な旅路になるだろう。

 でも上等だぜ。世界にも贔屓されているこの俺が、未来の1つや2つ、華麗に救ってみせよう。

 

 なによりも、俺はこんなにもいい女に愛されているんだ。俺のために鬼になってくれる女に。誰が相手でも負けるはずがない。



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【閑話】令呪

破廉恥なお話になります。


 特異点の調査、修正。そして聖杯の調査。

 以降、俺がグランドオーダーにおいて時代を跨いで行うべき仕事は大きくこの2つだ。大体特異点の原因になっているのは聖杯なため、要はそれを手に入れられることが出来たら万事解決である。

 まあなんて分かりやすいのかしら。やっぱりドラゴンボールじゃないか。

 問題と言えば、これらを一年以内に片付けなくてはならないところだろうか。タイムリミットは2016年中らしい。それよりも時間がかかると本格的にSEKAIはOWARUそうだ。

 

 じゃあ急がなきゃやべーじゃん早く次行こうよ、とは思うのだが、一応俺は3日も寝たきりだった重傷者である。傷が完治するまではカルデアで休むように、他でもないロマンさんからドクターストップがかかっている。

 ライコーさんが言ってた魔性の血うんぬんは一応ロマンさんも把握しているらしいが、何分過去に類を見ない事態であるらしく、彼の手を持ってしても持て余す力のようだ。

 俺としては確かにまだ傷は痛むものの、一晩休めばなんとかなるのではないかと考えているのだが、やはりここは専門家の意見に従うべきなのだろう。

 

 で、魔性がどうたらで思い出したのだが、これ、なんだ。この右手の甲の赤い入れ墨みたいなの。確かライコーさんと魔性の血について話している時ぐらいにはもうあったはず。見た当初は覚醒の証かとも思ったのだが、白黒の剣出せてないし、それとは関係のない物だと思って放置していた。

 こう……なんと表現すれば良いのだろう。盾? それとも兜? そんな感じの物々しい武具を想像させる複雑な形だ。何にせよかっこいい。3画で描けるし、刻まれた位置的にもトライフォースみたい。

 さっそくロマンさんに相談することにした。

 

「ロマンさん、この入れ墨ってなんですか? ライコーさんの魔性の血と何か関係あるんですか?」

「ん? ああ、それは令呪だよ。魔力リソースの塊さ。サーヴァントの力を一時的にブーストすることができる。後はそうだね、用途としては、言うことを聞いてくれないサーヴァントに呪いをかけるとか……君には必要のないものかもしれないけれどね」

 

 いつも忙しそうなロマンさんに時間を割いてもらうのは申し訳ないが、俺はカルデアに知り合いが少ないのだ。彼とライコーさんとダ・ヴィンチちゃんくらいしか話し相手居ないぜ。もしこの入れ墨が魔性の血による作用だったらライコーさんには聞きにくい……絶対気にするからな。ダ・ヴィンチちゃんはダ・ヴィンチちゃんで普段どこにいるのかさっぱりわからん。マシュもこちらが一方的に知っている存在ではあるが、彼女は未だに寝たきりだ。結局ロマンさんしか頼れないときた。うそ、俺の交友関係、狭すぎ?

 

「呪いですか? なんだか物騒ですね」

「うーん、まあ呪いというにはちょっと語弊があるんだけれども……命令権と言ったほうが正しいかな? サーヴァントの意思に反する、というか予期していない行動を取らせることができるんだよ」

「と、いうと?」

「例えば『こっちに来い!』と令呪を使って命じると、サーヴァントは歩いたり走ったりしてこっちに来るんじゃなくて、文字通り飛んで来るんだよ。ぴょーんとワープするみたいに」

 

 ふーん。つまり通常ではありえない動きや行動を、令呪を使えばできるってわけだ。自分の背中を舌で舐めろ! とか。不毛だな、やってみる価値もない。

 

「基本は魔力リソースだからね。魔力を使ってできることなら大概のことはできるよ。これは想定していない使い方だけれども、令呪の魔力を直接破壊力に変換して攻撃することも可能だ。でも、サーヴァントの為に使ったほうがよっぽど効率がいい。ストックできるのは3画まで。時間をかければカルデアスの魔力が充填されるから、ケチケチしないで使うと良い。もちろん、無計画に使って必要な時に足りないなんてことは無いようにね?」

 

 最後に念押しをされてから、彼のもとを去った。

 相変わらず真っ白いカルデアの廊下を歩く。手持ち無沙汰だ、部屋に戻って横にでもなるか。

 

 しっかし、令呪ね……俺の想定しているものとは違ったが、どうやら必殺技のポジションみたいだ。要は三発ポッキリの弾丸、どういう風に使うのがいいんだろう。ロマンさんはサーヴァントのために使うのが一番と言ったが。

 

「マスター。探していたのですよ」

 

 と、ここでライコーさんが廊下の向かいからこちらにずんずん歩んできた。すっげえ足速い。多分本気でカルデアの隅々まで俺を探していたに違いない。

 ロマンさんに令呪の話を聞くため、彼女を撒くのには大変な苦労をした。トイレや風呂のような女人禁制地帯でもお構いなしに侵入してくる彼女から隠れるのは至難の業だ。結局俺は行く人行く人に偽の行き先を告げてライコーさんに伝えてくれるよう説得し、彼女を誘導して何とか一人でロマンさんと話す時間を稼いだ。実際には違ったが、彼女には聞かせたくない類の話と思ってたしな。

 

「急に居なくなってしまっては困ります。私、あなたが隣に居ないと心配で心配でどうにかなってしまいそうなのです。本当でしたら、おそろいの首輪を互いに鎖で繋いで、朝から晩まで一緒にいたいくらいです。房で繋がったさくらんぼのようで素敵だと思いませんか?」

 

 斬新な口説き文句だな。チェーンデスマッチをさくらんぼみたいと言ってのけたヒロインはあなたで初めてではないでしょうか。ホントこの人から離れるのめちゃくちゃ苦労したわ。

 あなたの顔をもっとよく見たいのですが、見つめられたままだと恥ずかしくてできません、なので目を瞑っていてくださいませんか。と告げて、素直に従ってくれた彼女からすり足で遠ざかり、なんとか逃げ出すことが出来た。多分もう二度と使えないだろうな。もともとスキの多い人じゃないし。

 

 ん? あ、そうだ。令呪だ。その場で待機だとか後ろを向いて前進だとか、こいつがあれば何の苦労もなく一人になれる。コレで安心だな。

 

 いやいや待て待て。令呪があれば大体の言うことは聞いてくれるんだぞ。そんなしょぼいことに使ってらんないわ。おっぱい揉ませろとか、この場でストリップしろとか、俺の目の前で自慰しろとか……。

 

「どうかなさいましたかマスター? あ、もしかして先程の続きですか? どうぞ、好きなだけ私を見つめてください。恥ずかしがらなくても結構ですよ、あなたの女ですもの、うふふふ」

 

 どこからでもかかってこいと言わんばかりの雰囲気を放つ彼女は、目だけが爛々と光っていた。獲物を逃すまいとする鷹の目だ。

 いや、令呪なんて使わなくてもいいな。多分そういうエッチなお願いだったら何でも聞いてくれるわこの人。自分から俺の女宣言するくらいなんだから割りと簡単に超えちゃいけないライン飛び越すだろう。

 

 あ、そうだ。この際だし限界ギリギリまで攻めてみるか。抵抗したら最後のひと押しに令呪を使おう。呆れるほどに有効な戦術だな、うん。

 

「時にライコーさん、俺、犬好きなんですよね」

「まあ、犬ですか? 私のいた時代でも、犬は人気でしたよ。猟犬としてはもとより、貴族の間では愛玩動物としても飼われておりました。今で言うペットですね」

「そうですか。じゃあライコーさん、今日一日俺の犬になってよ」

「はい?」

 

 結構マジなトーンで聞き返された。先に超えちゃいけないラインを飛び越したのは俺の方であったようだ。エロ漫画の読み過ぎで、俺の倫理観は知らないうちに常人の理解の及ばぬ域にまで達していたようである。自分では割りとソフト目な要求だと思っていたのだが。だって全裸のまま四足で獣のように徘徊して電柱にションベンしろとか言ってるわけじゃないんだぜ?

 

 俺はライコーさんにちょっと恥ずかしい思いをしてもらいたいだけなのである。決して彼女に度し難い変態だと思われたいわけではない。

 すまし顔で冗談です、なんて言おうとした刹那のこと、ライコーさんが清々しいまでの笑みを浮かべてその場で四つん這いになった。

 

「忠犬頼光です。ご主人様、可愛がってくださいましね? わん♪」

 

 やったぜ。

 

 言ってみるもんである。

 おいおい、まじかよライコーさん、もといライ公。アンタが乗り気だってんなら俺も遠慮しないよ? 獣を愛でるようにアンタを可愛がるよ? 君は鬼退治が得意なフレンズなんだね? えろーい!

 

「よしよしライ公。今日はご主人様と一緒に遊ぼうか」

「わんわん♪」

 

 こんなん鼻の下伸びるわ。絶世の美女が地面に這いつくばって媚びた声でわんわん鳴いてるんだぞ。心臓が早鐘を打ってえらい状態だ。

 あああああああ! あの重力に従ってでろんと垂れ下がる大きな胸! 下からぼよぼよと手で支えながら彼女の背に跨りたい!

 ぷりぷりのケツを思う存分平手で叩きたい! アレがやりてえんだよアレ! AVでバックの最中に女優のケツをペチペチ叩くやつ! なんで女の尻ってやつはああも叩きたくなる形状をしてるんだろうな!?

 むちむちのふとももも思い切り手で鷲掴みにしたい! あるいはフライドチキンを貪るがごとく噛みつきたい! その脂肪と筋肉を余すことなく味わいたい!

 

 落ち着け、落ち着けよ俺。クールになれ。天下の往来だぞここは。カルデアの廊下だぞ。誰と鉢合わせになるかわかったものではない。

 つーか間違っても犬と遊ぶ時にする行動じゃないぞコレ。イーナムクローの業深い彼なら馬相手にしていたかもしれないが、俺はあそこまでの上級者じゃないぜ。そう、そうさ、彼女は犬。人間様のパートナー。互いに情愛を抱き合ったとしても、そこに肉欲が介在してはならないのだ。

 

 ふう、そうだ、落ち着いたな俺。うん、まずは部屋に戻ろう。ご主人様と一緒に、邪魔の入らない所に行こうねライ公……。

 

「俺達の部屋に戻ろうか、ライ公。おいでおいで」

「わんっ」

 

 手招きすると、四つん這いにも関わらず機敏な動きでライコーさんは駆け寄ってきた。ネコのように勢い良く飛びついてくる彼女を受け止める。

 重く……はない。俺も魔性の血のおかげか明らかに力は増している。女の一人や二人、軽く抱えてやることができる。

 だけどね彼女、デカイんだわ。何がって身長だよ。175センチって相当でかいぞ。抱きかかえようとしているのに、彼女の足が地面についてしまう。コレかっこ悪いなオイ。抱っこというよりも土俵際で争う関取みたいになってるんだけど。

 

「わふっ♥」

 

 あああああああああ! 彼女が突然、俺の背に足を回して体をガッチリと固定した。いわゆるだいしゅきホールド。死ぬ前に一度でいいから女にやってもらいたかった。彼女の全身が俺の体に密着している。大きな胸が遠慮なく押し付けられ、彼女の太腿が俺の脇腹にがっちりと噛みつき、お互いの腰が容赦なくぶつかり合う。

 そして彼女の格好ときたらいつもの全身タイツ。裸と何の違いがあろうか。すべすべとした薄い生地からは、容易に彼女の体温と女体特有のやわっこさが伝わる。

 

 いかん、おチンチンが破裂してしまう!! この密着状態では無理もない話であるが、いかんぞこれは。誤魔化す術がない。

 

「待てライ公! ステイ! ステイだ! 抱っこは止め! 俺から降りるんだ!」

「わんわんわん!!」

 

 ええい、なぜ反抗するライ公!? 俺の言うことが聞けないのか!

 

「ハウス! ハウスライ公! 部屋に戻れ!」

「わんわんわんわん!!」

 

 やめろォ! 何が気に食わんライ公!? 何がしたいんだライ公!?

 彼女のホールドは強さを増すばかり。なんて迫力だ……死んでも離さんとする執念のオーラが迸っているかのようだ。

 しかも更に悪いことに、俺とライコーさんのやり取りを聞きつけた人たちがこちらを見ているような気がする。そりゃ廊下でいきなり大声でワンワンやり始めたら気が付かないはずがない。どうしてヒソヒソ声ってこんなに響くんだろうな。俺をそんな目で見ないでくれ。噂話もしないでくれ。お願いだ。

 

「そうだ、部屋まで競争しよう! ほらヨーイドン! 優勝者には豪華景品!」

「わんわんわんわんわん!!」

 

 くそっ! 狂っているのかライ公!? こんなときだけバーサーカーっぽくならなくて良いんだよ!

 チョコだ! チョコあげるからライ公! 平安時代の人間なんて食べたことないだろチョコ! それも一個や二個ではない、三個だ! 三個あげるって言ってるんだぞこのいやしんぼめ!

 

 そんな、ここまでなのか。俺はこのままカルデア職員たちに、所構わず自分のサーヴァントと盛り合うようなHENTAIジャップとしての烙印を押されてしまうのか。

 日本はエロに偉大な国だ。OMORASHIもFUTANARIもAHEGAOも海外で通用する日本原産のエロワードだ。ライコーさん共々HENTAIの国からやってきたやらしいコンビだと思われては、いよいよカルデアに俺たちの居場所はない。唯一の知り合いであるロマンさんやダ・ヴィンチちゃんにもちょっと引いた目で見られてしまうだろう。

 

 俺はそんな針の筵で世界を救いとうない。なんとかならないのか、この状況を乗り切る神の一手───。

 

「……令呪を持って命ずる」

「わん!?」

 

 許せライ公。お前の狂おしいまでの愛、俺も満更じゃないぜ。だけどな、時間と場所をわきまえなって英国産まれの帰国子女も言ってるからさ。

 

「部屋に戻れ、頼光!」

「そんな、ご無体なマスター! 私はあなたとこの場でっ」

「重ねて命じる、部屋に戻れ頼光!!」

「マスター! 私は、私は諦めません! 必ずやあなたと───」

 

 ライコーさんは僅かな光を残してこの場から消えた。

 なるほど、すごいな令呪。あのライコーさんを一瞬で。圧倒的な効果だ。

 

 ところで使った後のアフターケアは保証外なんですかね? 部屋に戻ったら俺はいったいどうなるんでしょう。



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オルレアン 01

「十分な休息が取れたとは思えないけど、ボクたちに残された時間は少ない。これから君には特異点の調査に当たってもらう」

 

 冬木からカルデアに戻って数日、俺達はいよいよ次の特異点の調査に向かうことになった。

 ようやくって感じだな。少しばかり長いプロローグだったが、本当の冒険はここからだ。体調も悪くない。

 前回は事故みたいなレイシフトをしてしまったが、今回はコフィンという縦置きの酸素カプセルみたいな機械を使ってタイムスリップするみたいだ。しかも、カルデア戦闘服なるピチピチスーツまで着用しての出撃だ。戦術機のパイロットスーツみたいでエロイと思う。あれ全裸となんも変わらねえよなぁ。不意に勃起してしまった時はどうすれば良いんだろう。

 

「さて、もう一つ大事なことだ。立香君、これを持っていってくれ」

 

 台車に乗せられた例のアレが運ばれてくる。デカくて重い十字型の盾だ。俺がアーチャーの攻撃やアーサー王の攻撃を防ぐために使ったものだな。

 たしかこれはマシュのものだったと思うが、彼女は未だに目を覚ましていない。俺に貸してくれるということで良いのだろうか。

 

「カルデアの召喚システムは、この盾を触媒とすることで初めて十全に使えるようになるんだ。念話程度ならこれがなくても何とかなるが、補給物資の転送やサーヴァントの召喚には召喚サークルが必要になる。レイシフトして現地に着いたら、まずは霊脈を探してベースキャンプを構築してくれ」

 

 はえ~。そんなに多機能な盾だったのか。確かにそれは大事だな。

 さて、それじゃあぼちぼち始めようか。ライコーさんとともにコフィンに乗り込む。

 

 すみませんライコーさん、多分このコフィン定員一人だと思うんで別々に乗りませんか。いや、別に意地悪してるわけじゃないんで泣かないでくださいよ。可愛くわんわん言っても駄目なもんは駄目ですから。味を占めないでください。ただでさえ盾も一緒に入っててぎゅうぎゅう詰めなんですから。抱っこしても駄目ですって。少しの間離れるだけじゃないですか。

 

「で、では健闘を祈る、立香君……」

『アンサモンプログラム スタート。霊子変換を開始 します』

 

 明らかに引いてたロマンさんに見送られてようやく出発だ。さらっとわんわんプレイが白日の下に晒されてしまったよライコーさん。どうしてくれるんコレ。

 

 視界の中で蒼い波動が円を描く。よっしゃ、ミッション開始だ。将来俺の伝記を書いてくれる人のためにいっぱいカッコイイところ見せるとしよう。世界を救った英雄とか一生語り継がれるだろ。そしたら俺も英霊になれるんじゃないかな。頑張ろう。ビッグになろう。

 

 

 

 レイシフトのスパークが収まると、視界がはっきりとしてくる。

 なんかすっごい……ファンタジーな光景だぁ。どこまでも続くなだらかな丘と青々とした草。地平線が容易に見通せる平坦な大地だ。山だらけの上、四方を海に囲まれた日本じゃあそうおいそれと見られない風景だな。

 魔術礼装の機能を使って時間軸座標の特定を行う。こいつの使い方を覚えるのにどえらい苦労をした。お陰で俺もすっかりインテリの仲間入りだぜ。ふっ、俺の男にも更に磨きがかかっちまったな。

 現在の時代は1431年。転移先はフランスだとロマンさんから告げられているが……。

 

「1431年って何があった時代なんだろう。ライコーさんわかります?」

「そうですね……ここが本当にフランスなのだとしたら、百年戦争の最中なのではないでしょうか。更に詳しく言えば、今年はジャンヌ・ダルクがルーアンで処刑された年ですね」

 

 ダメ元で聞いてみたら思った以上に詳しい説明をしてくれた。平安時代の日本人に世界史の知識で負けてるってどうなのよ俺。ジャンヌ・ダルクくらいは俺だって知ってるが、百年戦争とか言われてもピンとこないくらいにはバカだったようだ。

 

「ライコーさん平安生まれでしたよね? 随分詳しいですけれども、どこで知ったんですか?」

「私のような英霊は死後に座と呼ばれる場所に招かれます。この時点で座にいる他の英雄たちについての知識が与えられのですよ。あとは、現代の一般的な知識なども召喚の際に知ることができます。道路を走る車を見て、いちいち鉄の馬が走っているなどと驚いていたらキリがないでしょう?」

 

 ごもっとも。他にもテレビを見て、人が箱に閉じ込められているぞ! とかやって欲しかったなぁ。少しだけ残念である。

 ていうか一般的な知識ってライコーさん言った? フランス百年戦争って一般知識? つまりそれって俺の知識がチンパンレベルってこと? うっそだぁ。1431年にフランスで何が起こりましたかって言って一発でわかるやつなんて普通は居ないだろ。世界史選択の高校生くらいのもんだ。

 

「なるほど。時代背景はわかりましたし、まずは拠点を構えましょうか。まずは霊脈を見つけなければいけませんね」

 

 ライコーさんを引き連れて歩き出す。

 いやあ、それにしても長閑なものだ。戦争中なんて言われても信じられない。100年も戦争してたらもっと悲惨なことになってそうな気もするけどなぁ。末期には味方の基地を強襲する不可解な作戦とか起こりそう。

 入道雲も綺麗なもんである。なんだか日本の夏を思いだす───。

 

「あれ?」

 

 なんだろう、あの空の……光の輪? とんでもない大きさだ。飛行機雲ともまた違う、ただ輪としか例えられない奇妙な代物。

 

「どうかなさいましたか、マスター?」

「あの輪っか、ライコーさんにはなにかわかる?」

 

 試しに聞いてみるも、今回はライコーさんにもわからないらしい。ロマンさんに通信して聞いてみるも、どうやら彼にもお手上げのようだ。わかっているのは衛星軌道上に展開している魔術式ということ、そして北米大陸と同サイズの大きさということ、1431年にこのような現象が起きた記録はないということ。

 そちらの方の調査についてはロマンさんが進めてくれるそうだ。ま、専門家でもなんでもない俺が考えたところでわかるはずもなし。どうせ脳筋なんだから当面は聖杯の探索にだけ集中しよう。

 

 

 

「マスター、人影が見えます。フランスの兵士でしょうか……武装しているようです」

 

 レイシフト地点のドンレミ村だかファソラシ村だかよくわからんが、とにかくそこから西へ……つまりパリの方に向けて進んでいる最中、ライコーさんがそう言って足を止めた。

 なんでパリかって? フランスと言えばパリでしょ! ていうかパリしか知らないし! 聖杯はなくても絶対なんか見つかるって! エッフェル塔は……まだ無いよな流石に。凱旋門……はナポレオンが作ったんだっけ。じゃあこれも無いか。あ、ヴェルサイユ宮殿はどうよ!? 何時できたかは知らないけど、たぶんそれぐらいならギリギリあるんじゃないかな!? 貴族とか住んでそうだし、権力者が聖杯を手にして色々悪事を働いてるんじゃないのこの時代?

 という、俺の冴え渡る推理を根拠に目指していたのだが……どうやら第一村人発見のようである。

 斥候隊……だろうか。比較的軽装で、幾人かの集団で歩いている。

 

「とりあえず接触してみますか。有益な話が聞けるかもしれません」

 

 やっほー、侍の国からやってきました。こんなナリの僕達ですが、片方は本物のYOUKAIバスターです。どうぞよろしこ。

 そんな具合に極めてフレンドリーな挨拶を決める。

 

「敵襲! 敵襲ー!」

 

 あっという間に周りを囲まれましたとさ。

 でも大丈夫。彼等も同じ人間さ。誠意を持って接すればきっと分かってくれるさ。

 

「私たちは見ての通り怪しいものではありません。武器を下ろしてくださいませんか」

「そんなに怪しい格好をしておいて何を言う! そちらこそ武器を収めて投降しろ!」

 

 そういえば俺たち、二人揃って全身ピチピチタイツの変態コンビでしたね。俺はカルデアの戦闘服だしライコーさんも紫タイツに前掛け装備。お笑い芸人かな? なんだろう、あまりの正論に一気に頭が冷えた。格好からして誠意が伝わる筈もなかったわ。

 

「ここは大人しく従いますか。現地人を傷つけるのは極力避けることにしましょう」

 

 既に刀を抜いて臨戦態勢に入っているライコーさんを止める。ロマンさん曰く、この世界は隔離された状態にあるため、何をしようともタイムパラドックスは発生しないらしいが……だからと言って好き放題ジェノサイドしていいかと言われたらそうじゃないでしょ。胸くそ悪いわ。

 それに、ライコーさんって妖怪退治はベテランだけれども、人殺しってあまり好きじゃないんじゃないかと思うんだよね。妖怪退治の話は俺によく語ってくれるのだが、蝦夷との戦いとかは話したがらないしね。なんか平安時代ってそういう攘夷活動みたいなことしてたらしいじゃん?

 だから、彼女のためだなんて恩着せがましいことは言わないけど、ライコーさんには出来る限り気持ちのよい戦いをしてもらたい。ここで無理に暴れることもないだろう。

 

「ええ……そうですね。無駄に血を見る必要はありません」

 

 素直に刀を収めてくれたライコーさんとともに、フランス兵の指示に従い歩き出す。ううむ、今回の旅路もすんなりとは進みそうにない。早くパリ観光に行きてえなあ。

 

 

 

 兵士に連れられ、西へとひた歩く。やがて見えてきたのは、ボロボロの砦だった。外壁までは何とか修復の手が回っているようだが、内側は悲惨なものだ。兵士たちの様子も覇気がなく、疲れ切っている。

 

「そっか……そりゃあ百年も戦争続ければこんなにもなるのかな……」

『いや、立香君。それはないはずだ。1431年にはシャルル七世がイギリスと休戦条約を結んでいる。今は小康状態にあるはずなんだ。だというのに砦の被害が大きすぎる。まるで火砲でも持ち出したかのようだ。……特異点の原因と関係がありそうだね』

 

 そうなんだ。なるほどね。ロマンさんの手にかかれば砦の状況ひとつでこれだけの事がわかるのか。

 と、なれば聖杯を持っているのは、もしかして、フランスと戦争しているイギリスなのか……? 技術レベルを無視した兵器の開発を、聖杯の力で無理やり実現させているのだろうか。パンジャンドラムとかこの時代にあったら完全にモンスター扱いされるんじゃないかな。

 

「なんだ? その声はどこから聞こえてくる? 本当に妙な連中だな。それに、今のフランスがどんな状態にあるのかもわかっていないと来た。いったいどこから来たんだお前たちは」

 

 砦の中を歩きながらも、フランス兵の人が呆れたようにこちらに話しかけてきた。なにやらこの人は色々事情を知っているみたいである。

 

「ええ、仰る通り、俺たちはずっと東の国からこちらまで来たもので」

「東? 神聖ローマ? それともハンガリー? ポーランドか? まあ何にせよ、あんたらは来る時期が悪かったな。今は竜の魔女が国中で暴れまわっている。この砦だっていつまで持つのか……」

「竜の魔女?」

「ジャンヌ・ダルクだよ。処刑から蘇った彼女が、魔女の炎でシャルル王を焼いたんだ。今では彼女がフランス中を襲っている。イングランドですらも、とうにここから去ったさ。しかし俺達はどこに逃げればいい? 俺達の故郷はここだ、どうすることも出来ないんだよ……」

 

 はあ? ジャンヌ・ダルク? 何でジャンヌ・ダルクが竜の魔女なんだよ。

 魔女の炎云々はなんとなくわかるよ? 火刑で苦しんだ彼女が人々を呪って復讐の炎の力を手に入れたとかそういうやつでしょ? ドリフターズで見たわそんなもん。でもなんでそこで竜? ジャンヌとドラゴン関係ある?

 これあれだわ。ジャンヌがボスだと見せかけるフェイクやろ。絶対黒幕居るわ。ドラゴンテイマーの英雄が聖杯の力で全てを操っているに違いない。

 

「さあ、牢に入れ。武器は預からせてもらう」

 

 兵士に連れられた先で、俺とライコーさんは同じ牢に入れられた。他の牢屋はほとんど空いている。きっとジャンヌ・ダルクと戦うために、使える戦力は全て出しきっている状態なのだろう。捕虜や罪人の一人に至るまで駆り出さなければならないほど余裕が無いのだろうか。

 兵士は俺の持つ盾と、ライコーさんから刀や弓を受け取ると、牢のすぐ傍らに立てかけた。こんなもの、少し手を伸ばせばすぐに回収できちまうぞ俺たち。

 

「まるで罪人の扱いですね。有無を言わせずに牢に入れるなど」 

「捕虜として丁重にもてなされたいか? そうなれば、身分も出自も知れんお前たちには兵舎で労働……竜どもと戦ってもらうことになるかもしれんな」

 

 ライコーさんのやや不満げな言葉に、兵士は困り顔で応えた。

 まるでと言うか、全身タイツの二人組を見かけたら俺でも犯罪者扱いすると思うぞ。どこからどう見ても変質者でんがな俺たち。

 

「……この砦ももう持たないと思ったら逃げろ。ここは地下にあるし、外の騒ぎは聞こえないとは思うが……仮に聞こえるようなら、危機は目の前に迫っていると思っていい。こんなところに長居せず、自分の国に帰るんだな」

 

 兵士はそう告げて、牢にカギをかけることもなくこの場を後にした。

 

 なんやこの人……めっちゃカッコイイやん……。牢に入れたのも俺たちを竜と戦わせないためっていうツンデレ系イケメンムーブでしょ?

 俺たちが何かを言う暇もない。去り際までクールだなオイ……こいつは一本取られたぜ。俺の負けだ……。今度真似させてもらおう。

 

『竜の魔女……ジャンヌ・ダルク……この時代では何が起こっているんだ? あの兵士の言葉が正しければ、彼女が特異点の原因に多少なりとも関わっているのは確かなようだが……』

 

 首をひねるロマンさんに、俺は先程の推理を話してみせた。ジャンヌ・ダルクには黒幕がついているのではないかということ。そしてそいつは竜を従える力を持った英雄で、それが聖杯のサポートを受け、ジャンヌと手を組みながらフランスを襲っているのだということ。

 

『なるほど……フランスでドラゴンというと、メリュジーヌか? 伝承が残された時期も大体今くらいの時代と重なる。それにメリュジーヌは多くの息子を残し、そのいずれもが人ならざる力を宿していたという……その逸話が変化し、竜を産むという力を持っていたとしてもおかしな話ではない。何故ジャンヌ・ダルクと組んでフランスと敵対しているのかは定かでないが、十分にありえる可能性だと思う。あるいは怪物タラスクを手懐けた聖女マルタか……?』

 

 どうやら俺の推理もそう的外れなものではなかったようだ。

 と、なれば相手はドラゴン軍団+ジャンヌ・ダルクということになる。どうせ言って退くような連中ではあるまい。ジャンヌ・ダルクとか自分を裏切ったフランスに激おこに決まってる。奴らから聖杯を奪い返すには、力に訴える必要があるだろう。

 

「多分ドラゴンと戦うことになると思うんですけど、ライコーさん竜退治ってしたことあります?」

「そうですね……鬼退治はお手の物ですが、直接竜を相手取ったことは……」

 

 申し訳なさそうに大きな体を縮こめるライコーさん。でっかいお姉さんがこういうことするとめちゃんこ可愛いよな。二の腕とか脇下をツンツンしたくなる。そんでもってめっ、てされたい。

 ま、鬼も妖怪も、それに加えて竜すらも屠れと言うのは贅沢が過ぎよう。それに、竜退治の専門家が居ないならば、こちらで都合を付けてしまえばいい。そのために必要な手段を、既にカルデアは備えている。

 

「と、なれば竜殺しの英雄が欲しくなりますね。早いところ拠点を設けて召喚をしましょう」

『うん、それに異議なしだ。戦力は多いほど良い。……とは言え、竜種は幻想種の頂点とも称されるほど強大な存在だ。それを打ち破った英雄は、歴史を辿ってもそう多くはいない。カルデア式の英霊召喚で期待通りのサーヴァントを引き当てるのは難しいかもしれないね……』

 

 ほーん。ドラゴンってファンタジーだと定番な存在だけど、そんなに強いのか。転生主人公の俺TUEEEEの為にサクッと殺される踏み台役なイメージしか無いわ。それとドラゴンは幼女に変身するのもお約束だな! そんで主人公をあるじ~♪ とか舌っ足らずな調子で呼んでくるぅゎょぅじょっょぃ系ヒロインとして俺のハーレムに加わってくれ。

 

 んん!? そう言えばロマンさんさっき、メリュなんたらが竜を産むとかどうとか言ってたよな。もしかしてメリュなんとかさんって女の英雄なんじゃない?

 つまりこれってこいうことじゃない!? 今回の特異点で倒したラスボスがなんだかんだあって俺に絆されてハーレムに加わるアレなパターンの展開なんじゃないコレ!?

 

 うおおおお!! 待っていろフランスよ! 今こそ救いのヒーロー藤丸立香が参上した! ジャンヌ・ダルクも、その裏で糸を引くメリュさんも、俺がまとめて粉砕して見せよう! この国の未来は明るいぞ!! 俺はやるぞおおおお!!



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オルレアン 02

 この特異点を救うため、決意を新たにした俺。少々ライコーさんがふくれっ面で拗ねてるようなところが見られるが、英霊の召喚は戦力の増強に不可欠となれば是非もなし。別にライコーさんの強さを疑っているわけではない。

 それにどうせドラゴンスレイヤーなんてガッツみたいなキン肉マンばっかりでしょ。俺が甘えたいのは野郎じゃなくて綺麗でおっぱいの大きいお姉さんなんで。サーヴァントが一人増えたところで俺の一番はライコーさんに変わりないんで。

 

『さて、これからの行動方針についてだが……まずはベースキャンプの構築だね。そこで新たに英霊召喚を行うこと。これが最優先だ。それが終わり次第、この特異点の原因であると予想されるメリュジーヌと接触しなければならない。メリュジーヌと縁の深い土地といえば、彼女が居城を構えていたリュジニャンだが……手がかりのない今、まずはそこを目指して進むしか無い。現在地点からだと……ひたすら西へ、フランスを東から西へ横断することになる。道中、竜からの襲撃もあることだろう。くれぐれも気をつけて進んでくれ』

 

 よし、やることが決まったのなら行動あるのみ。こんなところからはさっさとおさらばしてメリュニャンに会いに行こう。

 

「そう言えばライコーさん。日本に竜退治の英雄って誰が居るんですか?」

 

 牢を出て武装を装備し直しているライコーさんを眺めながら、なんとなく聞いてみる。どうせ仲間になるんなら日本人のほうが親近感わくし、仲良くやっていけそうじゃん。誰が召喚されるかなんてわからんが、ここで少し勉強してみるのも悪いことではなかろう。

 

「そうですね……日本の代表的な竜殺しと言えば、八岐大蛇を討った須佐之男が挙げられるでしょうか。しかしこちらは英霊ではなく神霊……人間が使役できる存在ではありません。また、竜が水神の象徴として蛇と並べて語られたことから、大蛇退治の英雄を竜殺しと捉えることも出来ますが……直接竜と戦った英雄の逸話は、日本ではあまり多くないでしょう」

 

 ふーむなるほどなー。東洋の龍ってベースがトカゲじゃなくて蛇だもんなあ。八岐大蛇だって思いっきり蛇って言ってるし。

 それにしても、ドラゴンってそんなに強いのか。もしかして、結構やばいヤマなんじゃないか今回の特異点。神様と戦うレベルの存在なんだろドラゴン。これ大丈夫なん? 勝てるんコレ?

 

「あとは……龍神と縁の深い英雄ならば幾らか心当たりがあります。藤原秀郷───俵藤太と言ったほうが通りが良いかもしれませんね。龍神一族の娘からの依頼により三上山の大百足を退治することで、彼女たちから甚く気に入られ、その力を借りて平将門を討ち取るに至ったとか」

 

 おいおいおい、龍神一族の娘て。流石は日本人、平安時代から既にロリドラゴン伝説があったとかやばない。やはり日本人ははるか昔の時代から未来に生きていたようだ。よくよくかんがえれば皇祖神が女神様だったりと、現代の感覚からしても結構ツボに来る伝承多いよね。平安時代最強の妖怪バスターは眼の前に居るボインボインの姉ちゃんだし、ファンタジーは日本にあったんや。

 

『まあ心配せずとも、ここにいる頼光さんは牛頭天王の化身、そして牛頭天王はさっきも話しに出てきた須佐之男と習合された存在だ。並のサーヴァントよりもよほど竜とは相性が良いはず。立香くんは気を楽にして召喚にあたってくれ』

 

 まじで弱点ないのかライコーさんアンタ。ちょっと誇らしげなドヤ顔も可愛いじゃないか。歴史の偉人を召喚できるってやっぱチートだわ。

 

 

 

 装備を整え、外へと出ようとしたところ、なにやら砦が騒がしいことに気付く。

 

「これは……もしや戦いが?」

『たった今捉えた! 大型の生体反応だ! 恐らくこの騒ぎはドラゴンとフランス兵が交戦していることによるものだ!』

 

 今まで地下に居たためか、どうやら開戦に一足遅れてしまったらしい。まだドラゴンの強さを肌で感じたわけではないが、普通の人間が立ち向かえるような存在とは到底思えない。このままでは蹂躙は必至。この砦もそう時間を待たずに落ちよう。

 

 ならば、この戦場には英雄が必要だ。ここに居る未来の英雄と古の英雄が世界を救ってくれようぞ。

 

「ライコーさん!」

「はい、心得ました!」

 

 俺は盾を構え、ライコーさんは刀を抜いて駆け出す。

 空を翔ける竜に石造りの壁などまるで意味をなさない。ドラゴンは砦の内部にまで侵入を始めていた。

 

『ワイバーンだ! 奴らはまだ竜として成長し切る前の幼生のようなもの、サーヴァントなら十分相手取れる!』

 

 ロマンさんの心強い言葉に背中を押され、ひた駆ける。砦の中に居たフランス兵たちは、既に武器を取り応戦しているようだ。彼等の中には俺たちを牢まで連れていった男も居る。俺たちに気がついた彼が叫んだ。

 

「お前たちはさっきの変な格好のヤツら!」

「助太刀します!」

 

 貧相な槍や剣で武装したフランス兵の傍に駆け寄って盾を構える。さあ、どこからでもかかってこい! 驕るなよワイバーン共、貴様らの体はライコーさんがなます切りにしてくれるわ!

 

 ロケットのように勢い良く飛び出したライコーさんが、暴れん坊将軍もかくやと言うほどに大立ち回りを繰り広げる。竜退治したことないとかウッソだろ。刀を一振りする度にワイバーン共の肉が裂け、翼が折れ、頭と胴が泣き別れる。まるで無双ゲーみたいだぁ。

 圧倒的な強さのライコーさんであるが、いかんせん竜の数も多い。撃ち漏らした連中がフランス兵へと襲いかかった。

 

「おい待てよ、ちゃんと俺を狙ってくれないと困るぜ!」

 

 だが俺が行かせないぜ! フランス兵の前で仁王立ちを決め、ワイバーンの突進を受け止めんと立ち塞がる。大丈夫大丈夫、俺なら行けるってマジで。魔性の血も結構馴染んできた感じするし? まだ手品師みたいに白黒の剣ポンポン出せるわけじゃないけど、俺ってばビームを受け止めた実績あるし? タンクとしてはそこそこ実力あるんじゃないみたいな?

 ワイバーンがこちらに迫りくる。あれ、ちょっと思ってたより速いなワイバーン。ていうかデカイなワイバーン。本当に大丈夫かコレ。速い上に重いって相当な破壊力なんじゃないか。

 

「ぐあああああああ!!」

 

 立香君ふっとばされたー! 後ろでかばっていたフランス兵もろともワイバーンの巨体に吹き飛ばされる。

 いや、まあ、そりゃそうだうん。人間がトラックと相撲を取るようなものだ。ライコーさんですら真正面からワイバーンの攻撃を受け止めるような真似はしていなかった気がする。華麗に回避して返す刀で連中をバラバラにしてた気がするな、うん。そりゃそうだよ、だってウエイトが違う。踏ん張って耐えるんならともかく、こちらから攻めようものなら弾き飛ばされるのは必至。

 

 あれ~おかしいなこれ。俺の想定ではこう、ガツーンとワイバーンを受け止めて、うぐぐぐぐって感じに奴を押さえつけ、そのスキにフランス兵たちでタコ殴りにしてもらうつもりだったんだが。なんてことを地面に這いつくばりながら考える。

 その間、俺を弾き飛ばしたワイバーンは悠々と空中で旋回し、次なるフランス兵へと飛びかかった。

 

「そう何度も抜かれてたまるかー!」

 

 カッコ悪いけど、もうなりふり構ってられん。遮二無二ワイバーンに飛びかかる。うおおおお! 突進(チャージ)の神よ! 今こそ俺に力を! チャージグGOOOOOO!! 体のどこかに当たってくれー!

 

「ふんぬぅ!!」

 

 ワイバーンの横っ腹、翼の下側から盾で突き上げる。重量差は膂力でカバーだ。揺るぎない大地を力の限り踏みつけ、腕をクロスに盾を支え、渾身の力でえぐり込む。

 

 横っ面からの衝撃には、さしもの竜もまいったようだ。ぐらりと体を傾かせ、俺の体もろとも地面へ勢い良く倒れ込む。

 

「うおおおおおお!!」

 

 暴れ狂うワイバーンを地面へと縫いとめる。鋭利な鱗や爪が容赦なく振り回されるも、どうにか盾越しにヤツを押さえ込むことで防いだ。

 いや、ちょ、強い、強くないかこいつ? 少しでも力を抜いたらあっという間に俺なんて弾き飛ばされるだろう。こうやってマウント取っている間にぶっ倒さないと俺が殺されるぞ。

 

「今だぁぁぁぁやれええええ!!」

 

 周囲のフランス兵に呼びかけ、俺も必死に近場に転がっていた石を握り込んでワイバーンを殴打する。この期に及んでレンガが武器ってどうなんだよ。原始人か俺は。

 

 ワイバーンの巨体に、フランス兵から繰り出された剣と槍が突き刺さる。その多くは硬い鱗に遮られているようだが、肉質の柔らかい腹や内もも部分には有効な攻撃が通っているように感じる。俺もワイバーンの首元へと身を捩り、顔面にレンガパンチを何度も食らわせた。

 

「死ね! 死ね! うおおおおお!」

 

 多分効いてる。ワイバーンの体が一層強く暴れだし、口からは咆哮とともに激しい炎が吹き上がる。うおおおお! あっちいいいいい! こいつ火まで吐くのかよ! こんなもんまともに食らったらアフロヘアーじゃすまないぞ。ホラーマンみたいな顔になっちゃうわ。頼む、お願いだから早く死んでくれ。

 

 祈りを込めながらワイバーンを押さえつけて顔面パンチを繰り返していると、徐々にヤツの動きも弱々しくなってきた。どうやらフランス兵たちもだいぶ頑張ってくれていたようだ。ふと首を巡らせれば、血にまみれたワイバーンの胴体が見える。失血死か?

 

 しっかし、ドラゴン一体にこれだけ苦戦するとは……ちょっとフランスって今かなりやばい状態なんじゃない? サーヴァントでも無いとまともに相手できないような存在が各地で暴れまわってんだろ?

 

「ご無事ですかマスター!」

 

 ライコーさんの方もあらかた片付いたようだ。とうとう動かなくなったワイバーンから離れて息を整えていると、駆け寄ってきた彼女からハグを食らう。頭を胸元でぎゅっと抱え込まれ、手でホールドされた。ちなみにボクがはあはあしてるのは激しい運動によって失われた酸素を取り入れるためなのであって、他意はない。

 

「ええ、ライコーさんこそ怪我はありませんか?」

「この通り、傷一つありません。ですがマスター、まさかあなたがワイバーンに正面から立ち向かうとは……」

 

 私怒ってます! と言わんばかりに、ライコーさんがむっつりとした表情を取る。あ、俺ってばこれからめってされちゃう感じ? ツンっておでこを人差し指で弾きながら怒ってくださいお願いします。

 

「妖魔を相手に自らが盾となる……大変立派で勇敢です。勇者たるものそうでなくてはなりません。無理無茶無謀、大いに結構。私はあなたにそう言いました。しかし、それと同時にこうも言ったはずです。英雄たるには無茶も道理も跳ね除ける力が必要であると。人には長い歴史の中で磨かれた、怪異と戦う術があるのです。それを身に着けた英雄の戦いは、雄々しく、逞しく、そして自然と美しくなるもの……」

 

 つまり……つまりどういうことだってばよ?

 

「つまり私が言いたいのはこういうことです! 敵に挑むのならば、しゃんと英雄らしく格好良く戦いなさい! 格好良い戦士は当然強いのですから!」

 

 な……! なにぃ! 俺の脳内で稲妻が走った。

 

 カッコよく戦う……。そうだ、そりゃそうだ。英雄になって隣に並び立ちたいだなんてライコーさんに啖呵切っといて、さっきの俺の無様な戦いはどうよ。

 な、なんてカッコ悪いヤローだ俺は。勇み足で化物に飛びかかってはギリギリの戦いをして、それが終わって女に心配されるなんざ……俺がもっと強く、危なげなくワイバーンを退治していたら、ライコーさんもここまで心配しなかっただろうに。そう、ライコーさんは俺に戦うことを禁じてなんかいない。ただ、それと同時にワイバーンなんぞという雑兵ごときに手こずることを許しても居ないのだ。

 

 源氏の大将は伊達ではない。彼女は数々の英雄をまとめ上げて鬼を切ってきた、まさに英雄の中の英雄。そんな彼女の側に立つ……そりゃあ生半可じゃあダメだ。目標は高い。英雄という山の天辺まで上り詰めなければならない。

 でも、彼女が俺に発破をかけたのは、俺への期待の裏返しなんじゃないのか? つまり見込みがあると言外に言われているようなもの。

 

「ですが、圧倒的な格上を前にして戦意を衰えさせることなく立ち向かう姿はまさしく英雄のもの。格好良かったですよ。私も惚れ直してしまいます」

 

 その証拠に、ライコーさんからぎゅってされた。アメとムチぃ……素晴らしい。彼女はこうやって四天王たちを育てたのでしょうか。だったらライコーさんは天才だと思うよ。俺めちゃくちゃやる気に溢れてるからね、今。

 

 盾を担いで白刃に身を晒すばかりが戦いではない。俺ってば賢い人間様だ。もっとクレバーに振る舞う方法もあるはずだろう。

 

 

 

 ライコーさんにぎゅってされることしばし、砦の外でワイバーンと戦っていたであろうフランス兵たちが戻ってきた。皆満身創痍の出で立ちで、無事なものなど一人も居ない。

 

「あんたらのお陰で助かったよ。しっかし、そっちの大きな姉さんはとてつもなく強いな。まさか竜共をあんなにもたやすく切り伏せるとは。彼女が居なければ、俺も砦の外で戦っていた仲間たちと同じくらい大きな怪我を負っていただろう」

 

 俺たちを牢に連れて行ったイケてるフランス兵の兄ちゃんが声をかけてきた。彼は先程一緒にワイバーンをタコ殴りにした戦友でもある。

 

「ええ、本当に彼女のおかげです。それにしても、毎度こんなにも激しい戦いが繰り返されているのですか? こんな戦いが続いては、この砦を維持することも難しいのでは?」

「実際のところ、既にヤツらに滅ぼされた街はいくつか出ている……今日は竜共の量も多かった。先程外で戦った連中から聞こえてきた話だが、何でも今回は魔女が出てきたらしい」

 

 ああ、やっぱりいつもよりでかい規模の戦いだったのか。多分ライコーさん居なかったらこの砦も落ちてたんじゃないかな。ところで魔女とな。

 

「ジャンヌ・ダルクが?」

「ああ、竜を率いて直接ここを討ちに来たのか……詳しいことは俺にもわからないが、竜との戦いが終わると、南に向かって逃げていったらしい」

 

 ふむう……大将自ら砦を落としに来たけれども、尻尾を巻いて逃げていった……? ジャンヌ・ダルクって魔女とかどうとか言われてるけど、出自は農家の一般人なんだっけ? ライコーさんというガチ武将の力を前にして恐れをなしたか……。

 

「ロマンさん、どう思います?」

『実はさっきの戦闘中、立香くんは通信している暇がなかったから言えなかったが、砦の外で弱いサーヴァント反応があったんだ。もしかしたらそれがジャンヌ・ダルクのものだったのかもしれない』

「ジャンヌ・ダルクがサーヴァント……やはりここでは聖杯戦争が?」

『恐らくそれで間違いないだろう。と、なると更に何体かのサーヴァントも召喚された可能性がある。彼等が敵か味方かは定かでないが……できることなら味方に引き入れたいところだね』

 

 なるほど、サーヴァントを味方にする。そういうのもあるのか。戦力はどれだけだって欲しい。霊脈を探す道すがら、サーヴァントを探すのもありか。

 さて、じゃあ行動開始といこう。

 

「なるほど、わかりました。では俺達も行きます」

「そうだな。魔女は街や砦を中心に攻めてきている。ここに居るよりも外のほうが安全だろう。気をつけろよ」

 

 そういう考えもあるのね。外のほうが安全、か。

 最後までこちらを気にかけてくれるいい人だったな。彼のためにも、俺達がこの戦いを終わらせよう。

 

 

 

 砦を出て、フランス西部リュジニャンまで最短距離で直進……と言いたいところであるが、どうにもコレがうまくいかない様相を呈してきた。

 

「マスター、フランス中央部は盆地……つまりここから山を越えれば平野が広がっています。空を翔ぶ敵を相手に遮蔽物のない平地を行進するのは危険です。ましてや召喚のための拠点を構築することは困難を極めるでしょう」

 

 流石はライコーさんだ。頼りになるぜ。

 と、言うことで、俺達は盆地を囲む山に沿ってぐるりとフランス南部を通過してリュジニャンへ向かうこととした。奇しくも南に逃げたジャンヌ・ダルクの後を追う形となる。

 

『立香君、ひとまずは山岳沿いに進んでラ・シャリテを目指してくれ。霊脈はこちらで探知してみるから、見つけ次第そっちに知らせる』

 

 ワイバーンは西からやってくる。ならば山岳を盾に進めばあちらからも見つかりにくいだろう。数では確実にこちらの劣る戦いだ。無駄な消耗は極力避けるべきなのは明らかである。サーヴァントを追加で召喚できればもっと楽ができるのだろうが……とにかく現状はスピード命だ。とっとと行こう。

 

 と、歩き出す前は元気にそう思っていたものの……。

 そう、俺達ってば歩いて移動してるんだよ。パリに向かおうってなんとなく思ってた時は浮かれててあまり気にしなかったけど、ここからリュジニャンまで何キロあると思ってんだ。直線で進んだってほとんどフランスの国土全体を横断するようなもんなんだぞ。アホ程遠いわ。

 今は迅速な移動のため、ライコーさんに抱えてもらって猛スピードでフランスの大地を駆けている。ライコーさん満更でも無さそうですね。でも女に赤子のように抱っこされる男の気持ちを考えたことがありますかあなた。おっぱいがぷるんぷるんボクの体をビンタしてきて辛抱たまらないといいますかなんといいますか私の息子が申してましてね。

 

「ロマンさん……その、次から移動手段について考慮していただけると……」

『……すまない、用意が足りていなかった。でも、頼光さんは高ランクの騎乗スキルを有していた筈だろう? なにも立香君を抱えて走らなくても、その辺で馬を失敬すればいいんじゃ……』

「いいえ、いいえ! とんでもないことです! 馬はあらゆる場面で役に立つ動物です。ワイバーンに襲われるフランス兵達は、私達よりもよっぽど馬を必要としているはず。そんな彼等から、たとえ1頭であろうとも馬を拐うなどということはできません! ですのでマスターは私に抱かれるべきなのです!」 

 

 うん、だったら仕方ないよな。いやー、この歳で抱っこされて運ばれるなんて恥ずかしいけど、事情が事情だもんなあぁ。仕方がないなあ。なのでライコーさんはもっとガッツリ俺を抱えてもらって結構ですよ。ギュウギュウに体を密着させるくらい。さあ、さあ。



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オルレアン 03

 ライコーさんに抱かれながら進むこと数刻。なんとも代わり映えのしない景色にいい加減飽き飽きしてきた頃、突然ロマンさんが叫んだ。

 

『ちょっと待った! ラ・シャリテの方角……サーヴァント反応だ。多分砦から逃げたというジャンヌ・ダルクだろう。……砦から撤退したにも関わらず、続けて新たな街を襲おうとしているとは考えにくい。ラ・シャリテは既にジャンヌ・ダルクに落とされていると見ていいだろう』

 

 おいおい、一休みすらできそうにないな。ラ・シャリテが既に滅ぼされただけなのならばともかく、前線基地として竜の巣窟となっていたら目も当てられない。少なくともこの付近では呑気に一泊なんてことは出来まい。ここは迂回か? 俺は何時までライコーさんの腕に抱かれ続ければいい?

 

『けど、悪いことばかりでもない。ここから南東、ジュラの森に霊脈の反応を確認した。そこで召喚サークルを確立してくれ』

 

 ああ、それは本当によかった。よもやこのまま地中海まで抱っこされるかと戦々恐々としていたよ。いやあまったくおっぱい怖い。くわばわくわばら。

 

 

 

 ジュラとかいう恐竜が放し飼いにされてそうな森に向かって幾ばくか。霊脈地も近づいてようやくライコーさんから下ろしてもらえ、どうにか一息つけた。

 このあたり、自然豊かな割には背の高い藪が生い茂っていないのは幸いだ。歩きやすくて何よりである。日本の森とは植生が違うのだろうか。

 

 それにしても、スゴい大自然だなここは。まさに森って感じ。緑マナが豊富に取れそうな土地だ。エルフとか極楽鳥とか出てこねーかな。

 程なくしてロマンさんから指定されたポイントに到着。召喚サークルの設置を手早く済ませ、少しばかり地面に腰を下ろして休憩をする。

 

「ふう、お疲れ様ですライコーさん。走りっぱなしで疲れたでしょうし、召喚はもう少しゆっくりしてからやりませんか?」

「そうですね、マスターもお疲れでしょう。ではお言葉に甘えさせていただいて、補給物資を先にいただきましょうか」

 

 ロマンさんからは、以前冬木市でも使ったキャンプ用の携帯コンロとお茶、甘味なんかが送られてくる。ここに居るのが両者とも日本人であるために気を利かせたのか、おやつはゴマ饅頭だった。甘いものは好きだ。ライコーさんもあらあらまあまあと嬉しそうな様子で饅頭を口に運んでいる。

 

「饅頭がお好きなんですか?」

「ええ、そうですね。やはりこのあんこの甘さが素晴らしいです。私の生きていた時代にはまだ砂糖が伝来していなかったので、甘味と言えば果物と、それからアマズラと米粉の生地を練って揚げた唐菓子くらいのものでしたから」

 

 あー、やっぱり砂糖の甘さって別格だよなぁ。何ていうか、頭をガツーンと強烈に刺激する甘さは砂糖にしか出せない味だよな。抗いがたい魅力がある。

 現代となっては身近な分、正直麻薬なんぞより危険な白い粉だと思うんですけど。そう遠くない内にアメリカあたりでアンチ砂糖ブームが起こりそう。もう起こってたか?

 

 なんてくだらない事を考えてると、回線越しにロマンさんの叫びが響く。

 

『立香君! 大型の生体反応、ワイバーンがかなりの速度でこちらに向かってきている! しかもこれは……サーヴァント反応! それも2体!』

 

 おいでなすったな。ライコーさんと無言のまま視線を交わし、彼女は弓を、俺は盾を構えた。

 目を凝らせば、西の空から一直線に突っ込んでる2体のワイバーン。ロマンさんの言葉から察するに、連中はワイバーンをタクシー代わりに使ってきているようだ。

 

 しかし妙だ。奴さん方、最初から俺たちがここに居ることを知っているかのような、迷いのない突っ込み方だ。もしや先に逃げたジャンヌ・ダルクが俺たちを補足し、刺客を差し向けたのか? それか気配遮断に長けたアサシンが付近にいる? ドラゴンには視力の良いアーチャーが乗っている? なんにせよ、敵はこちらのいる場所を知る術を持っているようだ。

 弓に矢をつがえるライコーさんに背中を預け、彼女の背後を守るように盾を構える。仮にアサシンが森に潜んでいても、コレならなんとかなるんじゃなかろうか。俺の後ろはライコーさんが守ってくれるだろうし、これだけ大きな盾ならば、仮にアサシンが攻撃をしてきても、防御だけなら間に合うはずだ。

 

「ロマンさん! この森にはアサシンが潜んでいるかもしれません! 索敵をお願いします!」

 

 アーチャーと化したライコーさんがマシンガンアローをワイバーンに向けて放つ傍ら、ロマンさんにそう叫ぶ。攻撃、防御、索敵の三拍子そろったナイスな態勢だ。

 よし、なんか今回の俺めっちゃ冴えてないか? 戦場に潜む危険をいち早く察知して周囲に指揮をとばすとか歴戦の武将っぽくないか? ふっ、参ったなまったく、俺の頭の良さったら。今度から孔明と呼んでもらってもいいけど? 英雄は脳筋じゃ駄目だよね~。やっぱさ、オツムの方も出来が良くなくっちゃね。

 

 図体のでかいワイバーン共は、五月雨のごとく飛来するライコーさんの矢を避けきれないようで、あっという間にハリネズミだ。それを乗り捨ててこちらに跳躍する敵サーヴァントの姿は、ヨッシーを谷底へ蹴り落とす髭の配管工のごとく。

 空中で身動きの取れないサーヴァント相手にも容赦なく射撃をぶち込むライコーさん。しかしあちらさんもそう安々とはやらせてくれないようで、一人は棒状の武器……槍か? もう一人は杖で迫りくる矢を防いでいる。

 

「悪くない挨拶だ。中々の生きの良さと見た」

 

 地面へと降り立つ男女。目の前に立たれることで、彼等の全貌が明らかになる。

 死人のような白い肌、金の髪、そして……その手に握られるのは漆黒の槍。見るからにランサーのサーヴァントだろう。

 女の方の肌もこれまた白い。血の通わぬ魔性の如き不気味な肌色と、灰のように白い髪。顔面を覆うコウモリを模したマスクからは橙色に輝く蛇のような瞳が見える。こいつもわかりやすく杖を携えているところから、キャスターのサーヴァントと見て間違いないだろう。

 

 男の方はなんかロックバンドのギターボーカルでもやってそうなおっさんなんだが……女の方は何ていうんだろう。あれ、サキュバスとかそれっぽいよね。服がボンテージみたいでえっちだ。

 つーかこの人……なんとなく吸血鬼っぽくない? これ見よがしにコウモリのマスク付けてるし、ドレスは真っ赤だし。でもなー、俺的に吸血鬼って金髪ロリ、つまり闇の福音エヴァンジェリンAK47マクダウェル先輩なわけよ? そういうスケベ丸出しな格好は俺の中の吸血鬼イメージに悪影響だから止めてくれない? 早くロリになって。吸血鬼ならできるでしょ。出来なきゃ失格だから。

 

 これはアレだね。槍のおっさんは吸血鬼のねーちゃんの従者なわけだ。茶々丸とエヴァの関係なわけだ。おっさんが格闘タイプでねーちゃんが後ろで魔法打つタイプ。これしかないわ。

 

「何者だ」

 

 刀を抜き放ったライコーさんの影からおっさんに問いかける。

 

「我が名は……ここではこう名乗ろう、バーサク・ランサーと。ここには貴様らの血を戴きに来た」

「バーサク・アサシン……そうね、私はあなたのサーヴァントの血と肉、それからハラワタを戴こうかしら」

「強欲だな。では魂はどちらが戴く?」

 

 はい両者とも吸血鬼確定。

 こいつら魂が美容にどうとか血を啜る悪魔とか言い出しましたよネギ先生。ていうか女の方はアサシンだったんかい。もっと忍べよ。ドレス着て暗殺者はないだろ。俺ドヤ顔でこの森にアサシンが居るかもしれないとか言っちゃたよ。恥ずかしいんだけどどうしてくれるの?

 しかしこいつは俺にとって追い風。なにせ既にアサシンが目の前に居たんだから。これで背後の見えない敵に怯える必要はなくなった。

 

 それに、此度の戦い、他でもない吸血鬼との戦いだ……つまり。

 

「今回の敵はドラゴンだらけかと思いきや、そうではないみたいですね。ツキが回ってきましたよ、ライコーさん」

「ええ、そのようですねマスター」

「鬼退治……ですね。人の血を啜り、臓腑を貪る悪鬼羅刹……そんな魔性を、あなたは幾多も葬ってきたはずだ」

 

 ライコーさんの大大大得意な相手である。ピンポイント過ぎて笑っちまうぜ。数的不利な状況を鬼退治チートであっさり終わらせる……これは俺の女TUEEEEですわ。やってしまいなさいライコーさん。

 

「行くぞ吸血鬼共!!」

 

 俺の言葉の何が癇に障ったのか、ランサーが俺を睨みつけた。

 へっ、全然怖かなねえよそんなもん。次の瞬間にはテメーらまとめて細切れチャーシューにしてくれるわ! ライコーさんがな!

 

 突然だが、ここでひとつ話題を変えてカードゲームの話をしよう。よくその手の漫画の主人公って、ピンチになってから切り札を切って逆転勝利するよな。そんで自信満々に言うわけだ。切り札は最後までとっておくべきだぜ! とか。

 でもコレって結構呑気な話だ。実際にカードゲームをやっていると、そういう場面は中々現れない。一度窮地に立たされると、そのまま相手に押しつぶされて負けるというのが常である。相手が何も出来ない内にアドバンテージを稼ぎ、強引に押し切る戦法がカードゲームでは有効な戦術のひとつというわけだな。

 

 これって何もカードゲームに限った話じゃないと思う。爆発的なアドバンテージを得るための手段、すなわち切り札は最初に使うべきであると。

 それを昔の人達は戦いの中でこう表現しましたとさ。先手必勝と。

 

 つまりこういうことである。

 

「令呪を持って命ずる。宝具を開帳せよ、頼光!」

 

 切り札はいの一番に使う。そして自分のやりたい事を相手に押し付ける。うーん、なんて頭のいい戦法だ。

 

 俺の隣から凄まじい魔力の高まりを感じる。これに血相を変えたのはランサーとアサシン。おせえよ、てめえらには俺達のやりたい事を押し付けさせてもらう。

 

 俺の戦いの必勝法その2。切り札を使う時はケチケチしない。

 

「ガンド!」

 

 魔術礼装と言うものがある。今まさに俺が来ているピチピチスーツだ。コイツに予め刻まれた魔術理論を魔力によって起動させ、定められた神秘を実行させるものである。

 まあロマンさんの受け売りなんですが。そう、俺は勉強して新たな力を手に入れていたのだ!

 

 何時までたっても白黒の剣が出せない……プロローグは既に終わったはずなのに。なんてカルデアでぼんやり考えていた俺であるが、何時手に入るかもわからない力を待ち続けることには飽きた。

 とにかくなんでも良いから必殺技みたいなのがほしい! 恥も外聞をかき捨てロマンさんのもとへ向かった俺は、冬木の特異点でも治療のために使っていた魔術礼装の使い方を叩き込まれたのだ。お陰で特異点の時代特定だとか難しい技も覚えなくてはならなかったが、この闇属性の霊丸みたいなのをロマンさんのガイド無しでぶっ放せた時にはその疲れも吹っ飛ぶくらい嬉しかった。

 

 人差し指から迸る赤黒の弾丸。それは寸分の狙いも違わず今まさに杖を掲げたアサシンを襲う。

 

「ぐぅっ!」

 

 ロマンさん曰く、カルデアスの莫大の魔力をリソースに打ち出されるこのガンド、連射は効かないものの魔術に対する抵抗を持たないサーヴァントが相手ならば確実に行動不能にさせるほどの威力を秘めているのだとか。凄すぎワロタ。まあもともとカルデアスの魔力って俺含む48人分のマスター全員が使うことを想定してたっぽいし、それを一人でじゃぶじゃぶ使えるってんだからコレくらいの威力も当然なのだろうか。

 

 むつかしいことはわからん! とにかくこれでアサシンは行動不能。あとはライコーさんの宝具の発動を止めようと飛びかかるランサーを足止めする!

 

 続けて魔術礼装を起動。次に使うのは全体強化。自分のサーヴァント複数に対して一時的に魔力でブーストを掛ける魔術なのだが……ここはライコーさんに加えて俺にも使うぜ!

 

「うおおおおおお!」

 

 ぬわぁぁぁぁ! 体に力がみなぎるううううう!

 肉体を魔術で強化し、盾を担いで突撃! これぞ俺の生み出した最高に頭のいい戦法だ!

 

「ランサーぁぁぁ! 覚悟ぉぉぉぉ!!」

 

 俺は最強だ! ランサーてめーの棒きれみたいな槍なんざ強化された俺様の肉体でバラバラに引き裂いてくれるわァァァ!

 そして最強の男は頭も最高にキレてなきゃいけねえ! 俺は戦いの中で進化する男……ワイバーン、貴様との死闘は経験値となって我が内で生きているぞ。

 上から被さるように飛びかかってはウエイトで負ける。だから下方向から盾を相手にえぐり入れるように突くのだ。自分の体を地球と敵のつっかえ棒にして、無駄に溢れるパワーで相手をぶっ飛ばす。

 

「ゆんふぁああああああ!」

「ぐっ……邪魔だ!」

「ぐあああああああ!!」

 

 拮抗はほんの一瞬。ランサーは俺が叩きつけた盾の淵に肘を滑り込ませると、強引に横方向へ腕を振り払った。正面からの激突による衝撃しか頭になかった俺は、横っ面から襲いかかる力に対応できず、まんまとふっとばされた形である。

 なんと他愛のない……鎧袖一触とはこのことか……。体の使い方がまるで違う。英雄が生涯をかけて磨いてきた戦いの技術、そのほんの一角。この一撃だけで英雄という座の高さをまざまざと見せつけられた気分だ。

 

 あれ~おかしいね。ここはランサーと俺ががっぷり四つで組み合って「ライコーさん、今です!」って俺が言ってヤツらを宝具で一網打尽にするつもりだったんだけども。

 その結果がコレ。精々一瞬しか足止めできなかったわ。またライコーさんに説教される……めってされた後に頑張ったねってぎゅってしてもらえる……。もう一回される……。

 

 ライコーさんに襲いかかるランサー。だが、一歩届かなかったようだ。ライコーさんのほうが速い。俺が稼いだ時間は一瞬だったが、それでもライコーさんにとっては十分な時間だったわけだ。はっはっは、見たかランサー、俺達の友情コンボを。

 

「牛王招雷・天網恢々……」

 

 そう言えば俺、ライコーさんの宝具見たことねーな。冬木では気を失ってたし。やっぱビームかな? 刀持ってるし、あれでビーム撃てなかったら嘘だもんな。

 

 地面に寝そべりながらライコーさんを眺めていたら、晴天にも関わらず空からは雷が降り注ぎ、一瞬の内に彼女が5人になった。

 

 す、すげえ。ライコーさん分身しよった。うわ、ちょ、これってスゴいことだよ。5人もいたら俺含めて6Pできるやん! 東西南北からおっぱいでサンドしてもらっても尚ひとり余るやん! これはスゴいプレイができるぞ! なんて贅沢な宝具なんだ!

 

 分身したライコーさんは、そのひとりひとりが異なった武器を持っているようだ。ライコーさんがいつも持ってる刀、それとはまた別の種類の刀、それから弓、槍、斧だ。彼女たちが一斉にランサーに襲いかかり、数の利を持って蹂躙する。

 

「ライコーさん! ランサーに攻撃を集中してください! ここで確実に仕留めましょう!」

 

 ここで欲張ることはしない。時間経過でどれも再使用が可能になるとは言え、令呪一画と魔術礼装に登録された魔術を2つも使ってしまった。これだけのコストを払って色気を出したあまりにどちらもとれないなんて状況だけはなんとしても避けたいところである。

 しかもランサーさえ倒せたならば、残るはアサシンのみ。アサシンごときにライコーさんが遅れを取るわけがない。ましてやライコーさんにとって相性のいい吸血鬼だ。もはや脅威足り得ない。

 

 俺の叫びにライコーさん達が小さく頷く。5人のライコーさんの猛攻に、ランサーもあっという間に血まみれである。

 しかし、敵もさるもの。吸血鬼の名は伊達ではない。5人にフクロにされているにも関わらず、致命傷は避けているようだし、体に受けた傷も浅いものは瞬く間に癒え始める。吸血鬼ってコレがあるから強いんだよなあ。フィジカルの強いやつってシンプルに強キャラだし、何よりそういうやつってタフネスもたっぷりだから僅かな勝利フラグでもガッツリ掴んでモノにしちゃうし。ベイ中尉とかまんまそんな感じだよな。横槍入りまくってあんまり勝利してないような気もするけど。

 

「ぐおおおお! 舐めるな、余は不死身の吸血鬼! 夜を統べ血を啜る悪魔(ドラクル)!」

 

 吼えるランサー。けどさあ。今回ばっかりは吸血鬼も形無しだぜ。あんたちょっと出てくるタイミング悪かったよ、うん。俺、すごく言いたい。なんで君たち吸血鬼のくせに日中からこんな所に来てんの?

 そりゃ森も深いから日光は結構遮られるよ? でもさ、今思いっきり昼なんだよ。もしかしてジャンヌ・ダルクに言われて来たの? だとしたらちょっとジャンヌさん、まずはブラム・ストーカーを読むところから始めてみたらいかがでしょうか。古典が嫌いならヘルシングでも彼岸島でもなんでもいいからさ、一辺吸血鬼について勉強してこいよ。俺もそろそろ日本史の勉強してライコーさんのこと学ぼうかなって思ってたところだからさ。

 

「矮小十把、塵芥に成るがいい!」

 

 ライコーさんの攻撃の手がより激しくなる。ランサーも雄叫びを上げて抵抗するも、もはや勝負は見えた。

 彼女の刀から雷が迸る。ああ、やっぱり最後はビームなのね。

 天下五剣の一口。童子切安綱はかつて鬼の首を跳ねた一振りだ。血を吸う羅刹……名も知らぬ吸血鬼のランサーも、これを前にしてはひとたまりもあるまい。

 

「思い上がりましたね? それが鬼であるならば、私が負けようはずもありません。……あなたが武人としての誇りを、君主としての護国の精神を持った人間として戦ったのなら、勝負は見えなかったでしょうに」

「……それでも……余にはこれしか、残されておらぬのだ……例えそれが、虚構であろうとも……」

 

 今、首が絶たれる。彼女たちの会話の意味は、俺にはわからない。ただ、死に際のランサーの顔はどこか悟ったような、薄く笑んだような、名状しがたくも喜色を孕んだものだった。少なくとも恨み節ではないだろう。

 ならば、彼を哀れと思うなかれ、鬼の末路はいつもひとつである。彼の不幸は源頼光という、並ぶもの無き鬼退治の英雄に出会ってしまったことに他ならない。



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オルレアン 04

 ランサーが倒れてすぐ、すかさずアサシンもここで討ち取ろうとした俺達であったが、思いの外にタフだったランサーに手を焼いている内に彼女はこの場から逃げおおせていた。腐ってもアサシン、気配遮断スキルを使われてはロマンさんでもお手上げのようである。

 

「申し訳ありません、マスター。鬼退治の英雄を謳いながらこの体たらく……みすみす敵を取り逃がすなど……」

「いえライコーさん。ここはこれで良いんですよ。ランサーに集中するよう指示したのは俺ですしね」

 

 払ったコストに見合った成果は十分上げられたと思う。戦いが終わってしまえば、俺もライコーさんもほぼ無傷なまま、令呪ひとつで敵のサーヴァント一体を討った形になる。上等だろう。だからしゅんっとならないでライコーさん。さっきの戦いの反省会しましょうよ。俺また無謀な突撃しちゃいましたよ? 怒らないと駄目でしょ? めっておでこをつついてくれないといけないと思いませんか?

 

「それにしてもロマンさん、敵はツーマンセルで行動していました。これはこの特異点に召喚されたサーヴァントが結託しているということなんでしょうか?」

『それについては確かなことは言えないが……ジャンヌ・ダルクは旗持ちの英雄。メリュジーヌが竜を従え、ジャンヌがサーヴァントを統率することでフランスを滅ぼそうとしているのかもしれない。最悪の場合、召喚された残りのサーヴァントも彼女の支配下にあると想定した方がいいだろう……どのみちこれはまともな聖杯戦争じゃない。常に最悪を想定して行動したほうがいい』

 

 まあそうなるだろうなぁ。と、なれば現状、ようやく1人ボスを倒しただけにすぎないというわけだ。先は長い……これが少年誌だったら絶対途中でグダグダ展開になるくらいの長さだよ。だってまだ特異点ってここ以外にも6つあるんだぜ? ひとつにつき7人倒し続けるとか気が遠くなるわ。バーン様だってそんなにたくさん部下いなかったろ。

 

 考えてても仕方がない。とにかく時間が経つと苦しくなるのは戦力の少ないこちらの方だろう。敵がこちらの位置を特定しているかもしれないという懸念もある今、とっとと新しいサーヴァント召喚して先を急ぐべきだ。

 ロマンさんもライコーさんもそれには概ね同意なようで、休憩もそこそこに召喚に移る。

 

 さーて、新たな仲間の登場だ。もうライコーさんという巨乳お姉さん属性ヒロインはいるんで、今度はプリティーキュート可愛い系ロリっ子とか王道を征くツンデレ系お嬢様とかその辺が来てくれると美味しいですね。

 

 

 

「やっほー! ボクの名前はアストルフォ! クラスはライダー! それからそれから……ええと、よろしく!」

 

 ボクっ娘はいいぞ。

 なんとストレートな可愛らしさ。元気もりもりアホガールって感じ。こんな、こんなコッテコテのあざとい女の子に萌えるなんて……悔しい、でも可愛い!

 

 ふーむ、なんて見事なピンクヘアー。この娘は確実にエロい。あらやだもう奥さん、彼女ってばミニスカに黒ガーターですよ。こんなもん履いてる女の子がエッチじゃないわけないんだよなあ。

 

「俺は藤丸立香。こっちはライコーさん。これからよろしく頼むよ」

「うんっ! 二人共よろしく!」

 

 ぎゅっと手を握られ、勢い良く振られる。あー、これこれ。この気安くて無自覚にスケベを撒き散らすこの感じ。実にいい。遥かにイイです……。オハギのような中毒性だ。

 

『アストルフォか。シャルルマーニュの騎士の一人だったね。たしかイングランド王の息子、歴とした王子様で……あれ、王子───』

「うわーすごい! 何この声? どこから聞こえてくるの?」

 

 ロマンさんの解説の途中だったが、ハイテンションなアストルフォによって遮られた。うーむ、正直なところアストルフォなんて英雄聞いたことないんだが俺。何やった人なん? さっきロマンさんが騎士とか言ってた気がするけど、姫騎士ってやつなのか? こんな可愛い子にくっ殺されたら俺辛抱堪らんよ。あの小さなおっぱいを執拗に攻めて泣きべそかかせたい。

 そう言えば、意外に物知りなライコーさんならアストルフォのことも知っているだろうか。少し期待しながら彼女を見やる。

 

「あらあらまあまあ。子供は風の子、元気なのは良いことです。それに、あの瞳……邪念の影すら見えません。あれは一部の疑いもなく善なる英雄。マスターのサーヴァントとして相応しい」

 

 こちらもこちらでアストルフォのことは気に入ったようだ。我が子を見やるが如き慈しみに満ちた眼差しを向けている。

 結局アストルフォってどんなやつなんよ。もういいや、回りくどいことせず本人に直接聞こう。ライコーさんみたいに歳上って雰囲気もないし、友達感覚で気安く話しかけよ。アホっぽいし細かいこと気にしないでしょ多分。馴れ馴れしくしてればあっちも気安くボディタッチとかしてきてうはうはなんじゃない?

 

「なあアストルフォ。よかったら君が生前繰り広げてきた冒険について聞いてみたいんだけど、よかったら聞かせてくれない?」

「おっ! もしかしてボクに興味ある感じ? いいよいいよ! ん~、じゃあ何の話からしよっかな~……そうだ、これはボクがエデンの園に招待された時の話なんだけどね!」

 

 その後に続く話を聞くと、多分かなり頭のやばい部類のサーヴァントだということがわかりましたとさ。

 エデンとかいうどう見ても一般人じゃ行けないような所に招かれてリンゴを食べたと話したと思ったら、今度は女に振られて頭がおかしくなった友人の話になり、最終的に戦車に乗って月まで行ってきたとか。もうわかんねえなこれ。ライダーじゃなくてバーサーカーだろこいつ。

 

 結論。この子は度し難いアホの子だ。かわいそうだから出来る限り優しくしてあげることにしよう。

 結局どんなサーヴァントなんだかわからずじまいだったが……まああとでロマンさん辺りに聞きに行けばいいだろう。

 

「でねでね、これはボクが樹になったときの話なんだけど───」

「よしわかった! すごいなアストルフォは! 超すごい! じゃあこれからフランスを危機から救うために俺と戦ってくれるかな!?」

「フランスの危機!? それは見過ごせないね。よし、じゃあ早速行こうマスター! 来い! ヒポグリフ!」

 

 言うやいなや、虚空からは上半身は鷲、下半身は馬のけったいな生き物が飛び出してきた。お前さっき戦車に乗って月まで行ったって話してたやろ。戦車に乗るからライダーなんじゃないんかい。ガールズアンドパンツァーじゃないんかい。俺は聞いてないぞそんなキメラの話は。

 

「まあ、これはまた奇天烈な生き物ですね。でも、雄々しくも愛嬌のある素敵な顔つきをしています」

「でしょでしょ可愛いでしょ? さあ出発だマスター、乗って乗って!」

 

 颯爽とヒポグリフに飛び乗ったアストルフォが、馬上から手を差し伸べてくる。まあそれに乗るのには異論は無いんだが、これ3人も乗れるのか?

 されるがままに手を引かれ、彼女の真後ろに腰を下ろす。続いてライコーさんも馬上に乗り込んだ。

 

「おっと、少し狭いかな? ほらマスター、もっとこっちに寄って! ライコーも前に詰めて詰めて!」

「あらあら。この様子では密着もやむを得ませんね。本当に仕方がないことですよこれは。失礼しますねマスター♪」

 

 おほ~。ぎゅうぎゅうなんだよぎゅうぎゅう。前からも後ろからも女の子にサンドされて最高の気分じゃ。これだからアホの子は可愛いんだよなあ。

 背中にライコーさんのご立派を感じながら、前はアストルフォの腰をホールドする。いやコレはアレよ。振り落とされたら大変だから。しっかりしがみつくのも当然のことだからさ。万一俺が落馬したら後ろライコーさんまで危ないからリスク管理のコレは必要なアレだから。

 

 それにしてもアストルフォさん、さすがは女騎士というべきか。結構逞しい体つきですね。これは相当鍛えていらっしゃる。いやぁ天真爛漫なボクっ子が体つきだけは一人前なんて、このギャップが堪らないわけよ。ツボってモンを心得てる。10点満点中200点です。十倍だぞ十倍!

 

「行くよヒポグリフ!」

 

 凛々しい掛け声とともに駆け出すヒポグリフ。あっという間にその足は地面を離れ、翼の羽ばたきとともに俺たちは空へと駆け上った。

 実際これはめちゃくちゃ便利だなぁ。これからフランスを東西に徒歩で横断するってうんざりしてたから、渡りに船とはこのことである。

 それにしてもすごい迫力だ。既に地上は遥か下。右を見ても左を見ても青い空、前と後ろは美少女。楽園はここにあったのだ。しっかし今回えらい快適な旅路だな。冬木の時は基本的にボロボロだったし何時死ぬかもわからんような状態だったのに。所長も生きてさえいればなぁ……。

 

「ねえマスター。そう言えばちょっと聞きたいことがあるんだけど」

 

 柄にもなくしんみりしかけていると、不意にアストルフォがこちらを振り向く。さり気なく脇腹の辺りをふにふに揉んでいたのがバレたのかチクショウ。

 

「ボク達ってどこに行けばいいの? あと誰が悪いやつなの?」

 

 オイオイオイ。アホだわコイツ。

 

 

 

「んー、とりあえず西ね。それじゃ行っくよー!」

 

 カルデアについて、特異点について、目下のところの敵について一通り話したのだが、返ってきたのはわかったんだかわからなかったんだか不明な返事であった。

 さしものライコーさんもニコニコ顔ながら頭に疑問符が浮かんでいる様子である。この場で一番理解の難しいアストルフォの脳内を推し量るのに今頑張っているのだろう。

 

『アストルフォは理性を蒸発させている英雄……すなわち、ええと……とてもユーモアのある人物なんだよ』

「いや~、そんなに褒められるとボクもちょっと照れちゃうな~」

 

 ニッコニコである。まあ君が幸せなら僕は一向に構わないので。そのままの君で居てください。

 びゅーんって感じにかなりの速度で飛行するヒポグリフの背に揺られながら進む。乗り心地も悪くないし前後は天国だしスピードも速いしで文句の付け所は無いのだが、これ本当に西に向かって飛んでるのか? ヒポグリフを操っている人間がコレなので些か不安である。まあロマンさんが何も言わないならこっちで合ってるんだろう。

 

 それからしばらく空の旅を続けていると、ライコーさんが俺の肩を叩いた。

 

「どうしましたライコーさん?」

「マスター、右手前方の城、なにやらおかしな雰囲気です」

 

 言われるがままにライコーさんの指し示す先を見る。目を凝らさないと見えないが……うん、たしかに城だ。しかもその周囲が広範囲に渡って焼け焦げたように黒い。そしてチラチラと動く小さな黒い影……。それから更に大きな黒い影が城の前を陣取っている。前者はワイバーンだろうが、後者は何だ?

 

『あそこは……オルレアン! まさか、ジャンヌ・ダルクはここに居を構えているのか!? よりにもよって、こんな……』

「ロマンさん?」

『オルレアンの乙女……ジャンヌ・ダルクのまたの名だ。ここはかつてジャンヌがイングランドとの戦いから救った土地なんだよ』

 

 自分が救った街なら自分が滅ぼしてもいいってロジック? うーむ、俺にはよくわからんが……よし、スケールを落として考えよう。俺が今にも死にそうな子犬を拾ってその生命を救ってやったとしよう。後日元気になった犬が野生を取り戻して俺を噛み殺す。ぶっ生き返した俺は犬に復讐をする、と……。

 

 なんかギャグ漫画の導入みたいになっちゃったな。考えても詮無いことだ。とにかく特異点の解決にはジャンヌ・ダルクとの接触は不可欠になりそうだ。

 

「あそこにジャンヌ・ダルクが居るの? ようし、それじゃあ突撃だ!」

「え?」

 

 さて、どうするか。なんて考える暇もなく、アストルフォは先程にも増してヒポグリフを速く駆けさせた。

 いや、おいちょっと待って。この特異点におけるボスでしょジャンヌって? 準備もなしにそんなこれ、はがねのつるぎを入手した時点で魔王の城に行くよなもんじゃないの現状。早くないかい展開が。

 

『少し落ち着こうアストルフォ、落ち着こう。いきなり敵の本丸を叩くのちょっと早急だと思わないかい君は?』

「でも、ジャンヌ・ダルクはフランス各地を竜で襲ってるんだろう? 苦しんでいる人がいる、誰が悪いのかも分かっている。だったらやることはひとつのはずさ。僕はシャルルマーニュ十二勇士アストルフォ! 人々の危機とあらば颯爽と現れて舞って散る! それが英雄さ! あ、散ったら駄目か」

 

 そうか、それが英雄か。それはなんというか、めちゃくちゃ分かりやすいじゃないか。 

 世界の危機に颯爽と現れてすべてを救う正義のヒーロー、それこそが英雄であると……百理ある。それに他ならぬ歴史上の英雄がこう言ってるんだから、それが真理に一番近いのでは?

 

 ちょっと俺、この特異点に来てからどうかしてたかもしれない。なんで俺こんな遠回りしようとしてたの? やれ霊脈を見つけないとダメだの、道中で味方になりそうなサーヴァントを見つけようだのと。

 俺ってば主人公よ? 主人公ってもっとこう、ないない尽くしの圧倒的劣勢の環境で、根性とか勇気とか幸運とかを無限のリソースにしてシャカリキ頑張るものなんじゃないっけ? 実際この間の冬木の特異点での俺はどうだったよ。基本的に終始死にかけだったし、サーヴァントはライコーさんしか居なかったし、戦えないヒロイン二人をかばいながら戦ってたし。

 

 なんか今回の特異点での戦いってさ……余裕ありすぎじゃない? 絶望が足らないわ。

 おいおいおい、ちょっとちょっと。こんなぬるい戦いを繰り返しているようじゃあ覚醒なんて遠い未来の話になってしまうわ。主人公ならもっとアサルトしなきゃ駄目だ。英雄になるならもっと前のめりに走らなきゃ駄目だ。

 

「やろう、アストルフォ。一発デカイのをぶちかまそう。任せられるか?」

『立香君!?』

 

 改めて考えればここで敵の本丸に突っ込むのもそれほど悪い手じゃないんじゃないか? 敵の数が未知数な今、電撃戦をかまして大将首を取るという手段は、冬木の特異点でアーサー王相手に仕掛けたものと大した変わりがない。

 

「大量のワイバーンに加えてサーヴァントまで居る、ただでさえ数で不利な戦いなんです。敵が戦力を一点に集中させ始めたらこちらに勝ち目はありません。ここは一息に攻め立てます」

『……そうか、考えがあっての事ならば、僕は君を信じよう。でもね、立香君。君は些か前に出すぎだ。君の肩には人類の未来が乗っていることを、重々承知した上で立ち回ってくれ』

 

 ロマンさんはかなりしぶりながらも納得してくれたようだ。まあ気を楽にして俺に任せてくれよ。

 

「頼むぜ、アストルフォ」

「うん! まっかせて!」

 

 アストルフォがグリフォンを操り、俺達はオルレアンへ向かって突き進む。

 ゴマ粒ほどだったワイバーンの姿がはっきりしだすのと同じく、城の前を陣取る、他とはレベルの違う大きさの竜の姿まで明らかになり始めた。

 周囲を飛ぶワイバーンなどとは比べ物にならない大きさの漆黒のドラゴン。バハムートだこれ。絶対バハムートだろこれ。

 

『あれは……! 竜種だ! そうか、あの大量のワイバーンはここから生じていたのか……! いくらサーヴァントでも相手にするのは分が悪い! 立香君、やはりここは引き返そう!』

 

 ワイバーンの親ってこと? ふーん。でもロリ化も出来ないドラゴンなんて噛ませ以上の強さじゃ無いでしょ? 主人公の箔付けだけのための存在だからドラゴンなんて。俺は詳しいんだ。

 

「アストルフォ、行けそうか?」

「もちろん。さあ、魔力を回してくれマスター!」

 

 望みのままに与えよう。本日の二発目、切り札を切っていこう。

 

「令呪をもって命ずる。宝具を開帳せよ、アストルフォ!」

 

 ヒポグリフが更なる加速をする。ほうほう、このキメラ自体がアストルフォの宝具なのか。なんだろ、もしかしてこのまま突進するのかな?

 え、突進するだけ? たかだか突進のためだけに令呪ひとつ使うの? 燃費悪すぎだろコレ環境問題に喧嘩売ってるよ。

 

「君の真の力を見せてみろ! ヒポグリフ!」

 

 ヒッポちゃんが嘶き、全身が光りに包まれた。

 オルレアンの城はぐんぐん近くなり、こちらに気がついたワイバーンやバハムートが殺到し始める。俺の背後ではヒポグリフの上に立ち上がったライコーさんが矢を放って応戦している。

 ライコーさんの撃ち漏らしたワイバーンを物の数ともせず跳ね飛ばし、ひたすら真っ直ぐに進むヒポグリフ。コレはマジで突撃コースありかな。バハムートの土手っ腹に風穴開ける感じでしょうか。

 

 いよいよ目の前に巨大な黒龍が迫る。間近で見るとスケールの違いが尚の事よくわかった。これ……ぶつかって大丈夫? 弾き飛ばされない?

 

「さあ、跳ぶよマスター!」

 

 もう既に飛んどるがな。と思ったのも束の間、ほんの一瞬音が消えたような気がした。

 

「あれ?」

 

 次の瞬間には、目の前にいた巨龍は消え去っていた。代わりに見えたのは、オルレアンの城。慌ててぐるりと首を巡らせれば、不思議な事に巨龍は俺達の後ろに居た。

 

「……すり抜けた……?」

『そうか! ヒポグリフは本来はあり得ない存在! その真価は次元の跳躍、あらゆる攻撃を無効化する宝具なのか!』

 

 なんかロマンが合点がいったとばかりに頷いているが、ぼくにはなんだかわからない。取り敢えず一瞬だけアストロンが使える宝具ってことでよろしいか。

 首をひねる俺を他所に、先程の突撃の勢いをそのままに、ヒポグリフが城に突っ込む。石の壁も何のその、障子紙が如く進行方向にある全てをなぎ払い、ひたすらに突き進む。

 

『この先にサーヴァント反応! 先手を取った今がチャンスだ!』

「ようし! 行けヒポグリフ! このまま突撃だ!!」

 

 いつの間にやらロマンさんもノリノリである。つまり圧倒的有利ってことだな?

 

「やれ! 元気いっぱいに挨拶をぶちかましてやれアストルフォ!」

 

 ならばイケイケドンドンである。何枚目とも分からぬ壁をぶち抜くと、一瞬広い部屋に出た様子が伺えた。いかんせんスピードが速すぎて、現状どうなっているのかわけがわからないのだ。ちらりと、視界に黒い人影が映る。着ているのはローブか? どことなく魔術師っぽいが……多分お前がジャンヌ・ダルクだな! くたばれジャンヌ死ね!

 

「こんにちはーっ!!」

「アーッ!!」

 

 黒い影を跳ね飛ばした。凄まじい勢いで吹っ飛んだそれは、壁に叩きつけられ、轢かれたカエルみたいになってしまった。

 

「どーうどーう」

 

 アストルフォの声でヒポグリフが停止する。静寂に包まれた城内、倒れ伏したサーヴァントはピクリとも動く様子を見せない。

 なんか思ってたよりもでかいジャンヌ・ダルクだな。男みたいにガタイがいい。あと首元の赤黒のマフラーは何なのよそれは。そういうおしゃれがフランスで流行ってんの? パリコレなの?

 

 まあいいや。勝ったッ! フランス編完!




と、言うことでオルレアン編前半終了です。
予定の投稿日よりも大幅に遅れた上、このように中途半端なところで区切って投稿してしまい、申し訳ありません。

次の一括投稿でオルレアン編は完結させるつもりですが、またしばらく時間が空いてしまいそうです。重ね重ねすみません。


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