出来損ないの最高傑作ーNT (楓@ハガル)
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過去:目覚め
第一話 始まりの記憶


以前挑戦して速攻で投げた、PSO2の原作再構成に再チャレンジしてみます。
初投稿なのでハーメルンの仕様が分からず、色々トンチンカンな所があるかも知れませんが、どうぞよろしくお願い致します。


 最初の記憶は、己に向けられた、幾つものレンズから始まった。すぐにそのレンズ群が何かに取り付けられた物であり、続いてカメラではなく照明の為の物ーーつまりは無影灯である事に気付いた。なぜ気付いたのかは、今考えると、とんと分からない。恐らくは記憶が始まる前に『教育』されたのだろうが、当時の己は、"知っている"事に何も疑問を抱かなかった。

 そのような物を知れる経歴など、なかったのに。

 

 何の疑念も持たぬまま、ただ眼前のレンズを数えた。記憶の始まり、つまりは産まれたばかりのはずなのに、己は数の概念を知り、理解していた。やはり、その事についても、当時の己は疑問を抱かなかった。

 

 数え終えたレンズの数を頭の中で反芻していると、ガチャン、と、視界の下方から硬質な音が鳴った。同時に、首から下に力が行き渡るような感覚を覚えた。

 

 ーーそうか、己は目覚めてすぐに暴れださぬよう、台の上で四肢を拘束され、その上で首より下の制御を奪われていたのかーー

 

 そんな荒唐無稽な事実を、己は理解していた。今考えれば、ふざけた真似をしてくれたものだ、と一頻り憤るというものだが、冷静に、理解している事実を認識出来たのも、先述の『教育』の賜物だろう。全くもって、ふざけた話である。

 

 台から降り、周囲を見回しながら、自由となった身体を動かしてみた。可もなく不可もなく、という感想を即座に持った。喜ばしい事がなければ、困る事もない。当たり前のように動き、この程度動くのが当たり前、と。何とも従順かつ素直なものだ。今すぐにその場へ向かい、ぶん殴ってやりたい程に。

 そうして身体を動かしていると、ふと、何かに気付いた。

 

  あるはずの物がない。

 

 その事に気付いた途端、不可が生まれた。やけに身体が重く、漠然と、"何か"が出来なくなったと知った。

 そして気付いた。己をこの台に拘束した何者かに、大事な物を奪われた、と。

 

 

 

 目の前の扉が、気の抜けるような音と共に開いた。そこに立っていたのは、丈が長く簡素な白服ーーこの服も、即座に白衣と認識出来たーーを羽織り、眼鏡をかけた男性だった。"何か"を奪われた事に気付き、その場で動かずに、ただ開かれた扉に反応しただけの己に、男性は心底安心したように顔を綻ばせ、こう宣った。

「良かった、目が覚めてくれて。このまま起動しないかも知れない、と不安に駆られていたところだったよ。……ん? どうしたんだい? 何か、身体に不都合があったかい?」

 

 こやつか? 己から大事な物を奪ったのは、この、能天気な笑顔の男なのか?

 

 そこで初めて、己は感情を得た。全身の熱量が跳ね上がり、特に頭部の上昇具合が著しかった。感覚は、いかに小さな動き、音であれ捉えられる程に研ぎ澄まされた。全身に力が漲り、身体の悲鳴を代弁するように、視界と耳を警告が蹂躙した。

 己が初めて得た感情は、己の身さえ壊しかねない『怒り』であった。

 

ーー貴様カ……?

 

「えっ?」

 まるで幽鬼のような声音で放たれた己の問に、男は呆けたような声を返した。問答は不成立、しかし当時の己には、それは肯定としか受け取れなかった。やはり、叶うなら、その場に行って頭を10発程ぶん殴りたい。増えている? まぁ、気にするでない。

 

 己は一歩、進み出た。男は一歩、後退った。

 一歩、進んだ。一歩、下がった。

 一歩。一歩。

 

 進めば、下がる。まるで仲睦まじい男女の舞踏のよう。しかして両名が抱くは、かたや怒り、かたや戸惑い。その戸惑いも、背が壁を叩き、それでもなお進み来る己に、恐れへと転じた。

 

 ぴたり。既視感を覚え、足を止めた。この距離を、己は知っている。ただ一度の跳躍で、敵を仕留められる距離ーー己の、間合いだ。

 

「お、落ち着くんだ。何か不都合があるなら、すぐに直そう。だから……」

 強張った笑顔で、なおも己を鎮めんと、男が語りかける。落ち着く、だと? 直そう、だと? 勝手に奪っておいて、抜かしおる。

 

ーーナラバ……返セ……!

 

「か、返せ……?」

 

ーー妾ノ大事ナ物ヲ……返セェェェェェェ!!

 

 己の喉から絞り出されたのは、怨嗟を込めた叫び。積み重なった怨みは呪いへと転じ、聞いた者の身体を、心を幾重にも縛り、蝕む。己の叫びに中てられた男は、目玉が溢れんばかりに瞼を開き、歯を食いしばった口から涎をだらしなく垂らし、全身を激しく痙攣させながらその場に崩折れ、股座からツンとした異臭を放つ、黄色い液体を垂れ流した。

 恐怖によって声さえ上げられず、男が晒した無様な姿には、いっそ哀れみすら覚える。しかし、その程度でこのまま捨て置いてやる程、己は慈悲深くはないようだ。

 感情の促すままに拳を握り締めた。相変わらず喧しく、目障りな警告がさらに増えたが、知った事ではない。

 

 報いを。簒奪者に報いを。

 

 その一念で両の足を曲げ、力を込めた。また警告が増えた。喧しい、そんな思いしかなかった。

 

 報いを。身の程知らずに報いを。

 

 ピクピクと痙攣する男をしかと視界に捉えた。さらに警告が増えた。「警告、オラクル職員を捕捉しています。ただちに戦闘態勢を解除して下さい」 オラクル? 解除しろ? 知るか、いい加減に黙れ。

 

 報いを。己を辱めた三下に報いを。

 

 

 足に込めた力を、解き放った。頑丈に見えた床は、反動で容易く砕け、部屋中に礫を撒き散らした。無影灯のレンズが、最初の記憶の感傷と共に、砕け散った。

 

 男は、動かない。否、動けない。都合がいい。弓のごとく引き絞った己の右腕、これを突き出してやれば、こやつは終わる。後に残るは、己の怒りと怨みをたんまりと和えた、狗も狸も鼻を曲げて逃げ出す肉塊のみだ。

 

 拳の届く距離。

 力を開放。

 人間程度、簡単に殺せるーー破壊出来る力を乗せ、拳が男へと放たれる。

 

 

 

 その瞬間、意識が消えた。後の事は、伝聞以上には知らない。

 それが、己の、最初の記憶だった。




主人公の名前等は、次回描写致します。

まだアークスにすらなってません。前日譚のようなものです。

2017/07/17 8:50
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序章:アークス訓練校修了任務
第二話 家族の為に


第一話終了から色々すっ飛ばして、原作突入直前です。
原作と設定が異なる点がございます、どうぞご了承下さい。


 ……ふむ、少々昔の事を思い出しておったが、良い暇潰しになったかのぅ。耳の辺りに埋め込まれた通信機から聞こえる話は、そろそろ終わりそうじゃ。

 

『ーーというワケだから、可能な範囲で調整してあるけど、絶対に無理をしては駄目だよ? ……ちゃんと聞いてるかい?』

 

「おぉ、聞いておるとも。土産は湧水が良いのだな。全く、欲のない男じゃ」

 

『聞いてなかったんだね、よく分かったよ……』

 

「かかか。支給品のパーツでは、手を加えてもたかが知れておる、じゃろ? お主も飽きんのぅ、もう何度目じゃ? 妾はそろそろ、耳にタコが出来そうじゃ」

 

そう言いつつ、扇子を開いて口を隠し、欠伸の真似事をした。この面妖な技術、『ふぇいすうぃんどぅ』と言ったか。通信機で会話している相手の顔が見える、と言う何とも摩訶不思議な代物じゃが、こうしてあやつをからかうのにも使えるので、気に入っておる。案の定、苦虫を噛み潰したような顔で黙りおった。

 と言うか、妾が過去に思いを巡らせていた事に、気付かずにおったのか、あやつは。顔が見えておるというのに、抜けておるのぅ。

 

『キミが冷静なうちは、全く問題ないように仕上げているさ。でも感情が昂ぶってタガが外れると、5分も持たない。くれぐれも落ち着いて、冷静にね?』

 

「あぁもう、分かった、分かった。興奮しそうになったら、お主のお漏らしを思い出して、笑い飛ばしてやるわい」

 

『なっ……!? そ、それは関係ないだろう!?』

 

「関係なくはあるまい? 妾が目を覚ましたあの日、あれほどに熱く、火照らせてくれたのは、どこの誰じゃったかのぅ……?」

 

扇子で口元を隠したまま、流し目を送ってやると、顔を真っ赤にしおった。実にからかい甲斐のある、愉快な男じゃて。

 

『言い方がおかしい! それにもう6年も前の話じゃないか、忘れてくれないか!』

 

「いんや、墓場まで忘れぬよ、かかか」

 

 この男、名を"アレン"と言う。妾が初めて会った人間でありーー殺しかけた人間だ。

 人伝の部分もあるが、それから今日に至るまでの経緯を語ろう。どうせあやつは、また毒にも薬にもならぬ話を続けるじゃろうし、その手の話は、妾もいい加減、聞き飽きたしの。

 

* * *

 

 事の発端は、アレンの所属するキャスト教育施設に、己が封印されたカプセルが届けられた事件だった。

 工場で製造されたキャストは、社会に馴染む為に教育施設へ運び込まれ、そこでオラクル船団での生活のイロハを学習する。当然、送られる際には製造元、製造年月日その他、必要事項は全て、書類に明記されている。

 しかし、己は事情が全く違った。予定にない搬送、製造元及び製造年月日不明、その他必要事項も不明。唯一分かったのは、カプセルに貼られた、今時珍しい紙に書かれた、己の名前だけだった。

 カプセルごとスキャンした結果、一部構造不明な箇所はあったものの、概ね通常のキャストとの差はなく、また危険物の反応もなかった為、暫定的な処置として、四肢拘束の上、首より下のエネルギー供給と伝達系をカットして安置、となった。

 

 そして起こったのが、己が怒った先述の事件である。……駄洒落ではないぞ。

 最初の記憶がぶつ切りになったのは、別室から監視していたスタッフが、遠隔操作で己の全機能を停止させたから、だそうだ。後少しでも遅れれば、己の拳は、当時の望み通り、アレンを物言わぬ肉塊に変えていただろう。

 当然の如く、施設では、己を破壊するべきだという意見が挙がった。対象である己からすれば迷惑極まりない話だが、客観的に見れば納得が行く。名前以外の何もかもが不明な上、起動したかと思ったら職員を殺しかけたのだ。同じ立場なら、己も破壊案に賛同しただろう。

 これに待ったをかけたのが、他ならぬ殺されかけたアレンだと言うのだから、世の中とは実に不思議なものだ。

 曰く、初回起動で混乱していたようだ。プリセットの記憶が噛み合わなかったんだろう。でなければ、あんな事を言うはずがない。

 あんな事、とは言わずもがな、大切な物を返せ、だろう。工場で出来立てホヤホヤのキャストに、大事な物など、ましてそれが奪われるなど、あるわけがない。

 アレンは根気強く説得して回り、あやつ自身が専属の教育担当者になる、という結果を得たらしい。何とも侠気に溢れた男だ。

 

 全機能停止後、己は再び拘束されていたそうだ。狙いが逸れて壁に突き刺さった右腕と、床を砕く程に踏み切った両足が、原型を留めぬ程に大破したままで。

 メディカルセンターからキャスト専門の医師を呼び、修理を依頼したが、簡易な診断の後、医師はこう言ったらしい。

「出力制限を自力で解除した形跡がある。修理はするが、またやらかすようなら、もっと頑丈なパーツを用意してやれ」

あり得ない話だ。自傷するほどの力を抑えるリミッターが、本人の意思で解除出来るわけがない。例えキャスト以外の種族ーーヒューマンやニューマンであったとしても。出来るのなら、このアークスシップは、いや、オラクル船団は、今頃死体で埋まっているだろう。

 

 目の前で修理される己を見ながら、アレンは、殺されかけた日の事を思い出した。己が目を開けた事。身体を動かし始めた事。喜びのあまり部屋へ向かったら殺されかけた事。

 あやつが気付いたのは、この時だった。モニター越しに見た己は、異常な動きを見せなかった。対面した己は、怒りに身を任せ、自身を省みない異常な動きを見せた。その豹変振りに思い至り、記憶を探った結果、アレンは、1つの結論に至った。

「感情の昂り……なのか?」

 そもそも、製造直後に、これ程感情の振れ幅が大きいキャストなど、見た事がなかった。どのキャストも、多少感情を表に出す事はあれど、普段はそう、『己が身体を動かし始めた時のように』無感動、無表情なのだ。

 故に、教育施設が存在する。産まれたての彼らに、感情を表す事の、感情を制御する事の大切さを。オラクル船団で生きる、他の種族と共存する為に。

 

 次のーー今に至る記憶の始まりは、アレンの顔だった。それはもう驚いた。この男は己が、狗も狸も裸足で逃げ出す肉塊に変えてやったはずだ。なのに、なぜそんな血色の良い面で、己の顔を覗き込んでいるのか……。

 目を見開く己の手を両手で包み、アレンは、こう言ってのけた。

「改めて、おはよう。僕に、キミが失くした物を探す、手伝いをさせてくれないかな?」

 

* * *

 

「……まぁ、色々勘違いしておったんじゃがのぉ……」

 

『ん? 何か言ったかい?』

 

「いんや、何でもない」

 

* * *

 

 感情の振れ幅が、限界を超えた力を生み出したのは間違いない。怒りが己を満たした途端に、力を込めただけで、あのけたたましい警告が始まったのだ。プリセットの記憶が誤作動を引き起こした、と言うのも、あながち間違いではないだろう。

 しかしあやつは、『己は知りもしない感情の制御法を、記憶の齟齬で失くしたと思い込んでいる』と、勘違いしている。

 

 己は、確かに『"何か"を奪われた』。大切な何かを。その証拠に、あの時に気付いた身体の重さ、漠然とした喪失感は、6年経った今も、まるで解消されていない。

 

 かと言ってアレンの、勘違いから来る努力は、全て徒労だったのかと問われれば、己は胸を張って、異を唱えられる。

 まず、あやつはパーツの取扱いを学んだ。根本的な強化までは出来ずとも、修理、整備、調整と、己の感情が昂ぶってパーツを壊してしまっても、対応出来るようになった。男に己の身体を任せる、というのは、何とも気恥ずかしいものがあるが、あやつは顔色一つ変えずに取り組む。女として少々の敗北感はあるが、だからこそ己も、安心してあやつに任せられる。

 続いてあやつは、常に己と共にあった。教育の時間はもちろん、三食全て己と一緒に摂り、休憩時間は時に並び、時に手を引いて、己を他のキャストと交流させ、就寝の際も己が床につくまで、話し相手になってくれた。さすがに風呂や同衾は、あやつから辞退しておったが。

 

 パーツを学びつつ、常に己と接する。この矛盾を、アレンは睡眠時間を犠牲にして解決した。殺しかけた相手が、身を削って尽くしてくれる。これには己も黙ってなぞおれなかった。

 2度目に目覚めてすぐ、己の境遇は知らされていた。故に勘違いで暴れた事を、アレンへ平に詫びた。そして、身体を壊すような真似は辞めてくれ、と頼み込んだ、聞き届けられぬようであれば、地に額を擦り付ける事さえ辞さぬつもりだった。

 案の定、アレンは能天気なーー最初の記憶と同じ笑顔で「気にしないでいい」などと嘯いた。目の下に大きな隈をこさえているのに。

 やはりか、と、その場で膝を突こうと屈んだ途端、あやつは己の身体を抱き留め、しかと目を見据えて、こう言った。

 

「謝ってくれて、心配してくれて、ありがとう。キミがこうして成長してくれるから、ボクは頑張れるんだ」

 

 まるで理屈が通らない。勘定が合わぬではないか。ならば己に何かを求めてくれ。感情の昂りを乗せ、吠えた。弱い警告が、これ以上興奮するな、と言わんばかりに自己主張している。知らぬ。己に言うな。このうつけに言ってやれ。

 それじゃあ、と、困ったような顔で頭を掻きながら、アレンはこう提案した。

 

「もっと皆と仲良くなって、仲間を……友達を増やせるよう、頑張ってみないかい?」

 

 さすがに呆れた。これだけ言ったのに、こやつが求めるのは己の将来、と申すか。こやつはこれ程に頑なであったか。

 ならば勝手にせい。己も好きにやらせてもらう。顔を背け、吐き捨てるように言ってやった。視界の隅には、あやつの顔が、相変わらず困ったような顔が映っていた。警告が、少し弱まった。なぜだ。己はこやつに怒っているのだぞ。

 顔を背けた先で、アレンと共にいた女性職員がニヤニヤといやらしい笑みを浮かべていた。その顔は何だ。己は怒っているのだぞ。

 

 ……結局、アレンは止められなかった。しかしその努力があったからこそ、己も安心して、今日まで過ごせたのだから、感謝する他ない。

 それにその時は、他に収穫もあった。件の女性職員ーー己を強制停止させた職員、名を"セレナ"と言うそうだが、そやつが場を上手い事茶化し、収めてくれたのだ。その過程で、アレンが失禁してしまった件が、彼公認の笑い話となった。今でも、あやつが口煩くなった時などに、使わせてもらっている。

 一歩遅れれば大惨事となっていたあの事件を、公認の笑い話へと仕立て上げるセレナの弁術は、見事、いや、美事の一言に尽きる。己も、かくありたいものだ。

 

 その後は宣言通り、己も好きにやらせてもらった。さすがにアレンを出し抜くような真似はしなかったが、今まで以上に、自由に振る舞った。おどけ、からかい、なだめ、すかし。幸いな事に、己のプリセットには、相手の様子を見極める術が記憶されていた。そのお陰で、相手の感情の振れ幅が、限界が分かる。

 故に、時に女王のように尊大になり、時に道化のように茶化し、時に母親のように大らかに見守り、時に父親のように厳しく叱る。

 いつしか己は、同輩たちを仲間……否。友達……これもしっくり来ぬ。……そう、家族。家族のように、愛おしく想っていた。皆もそう想ってくれているのなら、感謝の極みだ。幸か不幸か、心を見透かす術は持たぬ故、そう祈るのみではあるがの。己が輪の中心にある、などと自惚れるつもりはない。

 

 アレンや多くの同輩と語らい、共に過ごす事で、他の職員も安心したのだろう。遠巻きに見ているだけだった彼らも、己と接してくれるようになり、気付けば己は、施設の一員として、認めてもらえていた。

 それを感じた時に、己は理解した。ここに至り、人間として成長したのだと。アレンの努力は、求めは、成就したのだと。

 しかし、あやつの努力に、求めに比し、己の得た物は、あまりにも大きい。やはり、勘定が合わぬ。

 笑顔に満ちた施設……『家』を見るにつけ、思う。

 

 借りは、あまりにも大きい。そして、借りっぱなしは、己の流儀に反する。

 

* * *

 

 名前と、歪なプリセットだけを与えられ、そして恐らく、比較にならぬ何かを奪われた問題児。そんな妾が、家族の為に出来る事。あやつへの借りを返す為に出来る事。それを成す為に、妾は今、ここにいる。

 オラクル船団所属アークスシップ第9番艦『ハガル』。そのゲートエリア。アークス訓練校の制服を纏い、これより修了任務に臨む。

 

『考え事かい?』

 

「ん、まぁ、の。ようやく気付いたか、このうつけめ」

 

『はは、返す言葉もないよ……。皆の事かい?』

 

「詮索するでないわ。お主、『でりかしぃ』が足りぬ、と言われぬか?」

 

『言われるよ。……9割以上、キミからだけどね』「うむ、知っておるぞ」

 

 妙なところで、こやつは妾の考えを言い当てるのだから、油断ならん。扇子で口元を覆い、茶化し、誤魔化した。少しばかり、強引だったやも知れぬな。

 

『デリカシー不足ついでに、最後に1つだけ、良いかい?』

 

「ん、良いぞ。寛大な妾が聞いてやろう」

 

 冗談めかして促してやると、アレンは顔を引き締めた。

 

『その道を選んだキミを、ボクは尊敬している。もちろん、施設の皆もね。そして誰一人、キミが不合格になるなんて考えてない』

 

「そうじゃろう、そうじゃろう。何せ、妾じゃからな」

 

『ここまで6年間、施設でも訓練校でも、キミは一生懸命だった。アークスになる、って聞いた時は驚いたし、心配もしたけど、理由を聞いて、嬉しかったんだ。ボクが求めた以上に、キミは美しい心を持ってくれたんだ、ってね』

 

「……ふん、この美貌じゃぞ? 心だって……美しいに、決まっておろうが……」

 

 ……いかんな、皆の顔が浮かぶ。揃いも揃って、良い笑顔をしておるわ。そのようなきらきらした目で見るでない。心が昂り過ぎるではないか。

 皆の声が聞こえよる。頑張れ、だと? 怪我しないでね、だと? 妾を誰だと思っておる。お主らの家族じゃぞ? 頑張らぬ道理など、還らぬ道理など、あるわけがなかろう?

 

『……頑張って来なさい、"楓"』

 

 優しい声。そっと、しかし確かに、背中を押された気がした。

 

「……ありがとう。そろそろ時間じゃ、切るぞ」

 

 素っ気なく、時間がない風を装って、通信を切った。一拍遅れて、目から溢れた雫が、頬を伝い落ちる。このような姿、あやつには見られたくない。

 目を閉じれば、アレンの優しい笑顔が浮かぶ。その周りには、家の皆がいる。

 アレンの激励、皆の激励。妾に、しかと届いたぞ。

 

 

「行って来ます、皆。行って来ますーーお父さん」

 

 

 濡れた頬を袖で拭い、目を開き、顔を引き締める。感傷に浸るのは、ここまで。この日の為に、3年間、訓練に明け暮れたのだ。ここで躓いては、笑い話にもならぬ。

 視界の隅に表示されている時計を確認。午前9時44分。それが見ている間に、1分進んだ。そろそろか、と考えていると、

 

『これより、アークス訓練校の修了任務を開始します。訓練生及び担当官は、指定のキャンプシップに搭乗して下さい。繰り返します。これよりーー』

 

「ふむ、いよいよじゃな」

 

 人でごった返していたゲートエリアが、一層騒がしくなった。ヒューマンが、ニューマンが、キャストが、男が、女が、一斉に中央ゲートへ向かう。

 

「全く、喧しいのぅ……」

 

パチン、と、口元を隠す扇子を閉じーー

 

「……じゃが、この空気、嫌いではないぞ?」

 

不敵な笑みを浮かべながら、ゆっくりと、優雅に、ゲートをくぐった。

 

 

 

 新光暦238年2月20日。アークス訓練校修了任務、開始。

 なぁに、妾ならば、万事上手く進められる。大切な人たちを守る権利、義務を、この手に収められるさ。




本作でのキャストは、過去作のように工場で製造されます。原作の設定(自身のフォトンに耐えられない者が改造される)だと、色々頭が痛くなるので…
次回、原作開始です。

2017/07/01 9:49
  言い回し1ヶ所、誤変換1ヶ所 修正
2017/07/02 21:11
  記号を統一
2017/07/17 8:54
  三点リーダーを修正


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第三話 先輩と戦友

ここから原作開始です。色々と異なる部分がございます、ご了承下さい。


『ーー今から諸君は、広大な宇宙へと第一歩を踏み出す。我々は、諸君を歓迎する』

 

 白いキャストの長ったらしい訓示が、ようやく終わった。確か、破魔五ぼ……違うな。六紡……いや、六芒ナントカ、だとか言う、大層な名前の集団の、頭領だったか? まぁ、妾には関係なかろう。

 軽く背を伸ばし、続いて身体の動作チェック。……良し、アレンのやつ、実に良い仕事をしてくれた。今までの身体で、一番動きやすい。

 

 修了任務に際し、訓練生は装備を支給される。申請したクラスの基本武装、予備武装のガンスラッシュ一丁、各種携行品、そしてヒューマン、ニューマンは戦闘服、キャストは戦闘用パーツだ。

 慣らしておくように、と言われつつ受領したその日に、妾はあやつの所に持ち込み、調整を頼んだ。そして今日、調整後初めて換装したのだが…頼んで正解だった。調整前に試着し、不満だった部分が、見事に解消されておる。

 

 男女とはまた別に、キャストは二種類に分かれる。『常に戦闘用パーツで過ごす者』と『日常用と戦闘用のパーツを使い分ける者』。妾は、後者だ。

 キャンプシップには、共通の搭乗口と、キャスト専用の搭乗口がある。事前に申請しておけば、戦闘用パーツを搭載し、専用搭乗口で換装する事が出来る。分かりやすく言うなら、首の挿げ替えじゃな。

 今回、妾も利用させてもらった。故に、今の妾は、生体部品を多用した非戦闘用パーツではなく、ローズ・ボディ、ファーネン・アーム、ディール・レッグを組み合わせた、戦闘用の装備を纏っている。いずれのシリーズも、それぞれ打撃、法撃、射撃に向いた性能を有するが、どうせ今はクラスレベルにより、戦闘能力に大きな制限がかかっている。であるならば、クラスの向き不向きではなく、妾自身の動きやすさを優先した方が、戦いやすかろう。

 

 仕上がりの具合に一人頷いていると、担当官殿が口を開いた。

 

「はい、お前ら集まれー。つっても、俺含めて三人しかいねぇわけだが、まぁいい。とにかく、こっち来い」

 

妾と、同乗者の男ニューマンが、担当官殿の元に駆け寄る。顔に一条の傷が走る、赤髪のヒューマンか。ふむ、なかなかの色男ではないか。

 

「俺はゼノ。お前たち二人の担当官……まぁ、分かりやすく言えば、見届け人だ。よろしくな」

 

快活に名乗り上げ、男ニューマンに手を差し出す。握手、じゃろうな。「あっ、えーっと、アフィンです」と名乗りながら、おずおずと伸ばされた彼の手を、しっかり握ると、今度はこちらへ手を差し出された。別に物怖じする必要もない。堂々と握り返してやった。

 

「妾は楓。よろしくお頼み申す、担当官殿」

 

「おいおいアフィン、こっちの嬢ちゃんに負けてるぞ? シャンとしとけ、な?」

 

「う、うっす!」

 

笑いながら、アフィンの背中をバシバシ叩く担当官殿。何とも、豪快なお方だ。堅苦しいよりも数段やりやすい。この組は、『アタリ』と言えよう。

 

 交流する二人を尻目に、窓に目を向けた。ガラス越しに広がるは、無限にさえ思える星々。それらを背景に、数百は下らないだろう数のキャンプシップが、横列を組んで飛んでいた。奥から手前へ、目で追い、隣を飛ぶシップに目を留め、そのまま流れるように後ろ、反対側の窓に振り返った。やはり、キャンプシップがズラリ、だ。

 

「壮観じゃな……。これが全て……」

 

「そう、お前たちと同じ、訓練生が乗ってる。目的地も同じだ」

 

 妾の呟きに答えた声に振り返る。アフィンを組み伏せた担当官殿が、手をパンパンと払いながら、立ち上がるところであった。

 

「おや、担当官殿。アフィンとの睦事は終わったのかえ?」

 

「よせやい、男同士で気味わりぃ。それとその、担当官殿、ってのは止めてくれ。むず痒くって仕方ねぇ」

 

「承知した、ゼノ殿」

 

「ゼノ"殿"ぉ? 言われた事がねぇから、違和感しかねぇな……」

 

「かかか。ゼノ殿は、妾にとっての先輩じゃ、許されよ」

 

 余程違和感が残るのか、何度も首をひねるゼノ殿から、視線をアフィンへ移した。うつ伏せになって、息を荒げている。随分と派手にやられたようじゃな。

 

「ほれアフィン、いつまでへばっておる? 先が思いやられるぞ?」

 

「わ、わりぃ……。でも、火照った体に、床の冷たさが気持ち良くてさ……」

 

「ほぅ、ゼノ殿の次は、床と睦事かえ? 見届け人の前で、よくもまぁ節操なく、サカれるのぅ……。ゼノ殿、報告書に書く内容が増えましたな?」

 

「そだな、アフィンは絶り」「起きます! サカってないっす!」

 

ゼノ殿が端末を取り出したところで、飛び起きるアフィン。この程度なら大丈夫か。ふむ、なかなかに、面白いやつじゃのぅ……?

 

 

 

 船内中央に移動し、それじゃあ任務の概要を確認するぞ、とゼノ殿。あぁ、そこ踏むな、と注意された床中央の円を、少し離れて囲む。何やらゼノ殿が端末を操作すると、妾達の眼前に、透き通った玉が表れた。これはあれじゃな、『ほろぐらふ』とか言う技術じゃな? ……む? 『ほろぐらむ』じゃったか? どうにも、横文字は覚えにくくて敵わんわ。

 

「これが、今から任務に就く惑星ナベリウスだ。降下地点は森林エリアのここ、道順はこう、だ。覚えられなくても問題はねぇ、ナベリウスは地形が素直で、天然の道が出来上がってっからな。素直に進んでりゃ、オーケーだ」

 

ゼノ殿の説明に合わせて、仮想のナベリウスが拡大表示になり、光点が灯り、光る矢印が走る。ふむ、多少曲がりくねってはおるが、迷路のように複雑、と言うわけでもない。苦労する程ではなさそうじゃな。

 再びゼノ殿が端末を操作すると、仮想のナベリウスが消え、今度は二足歩行の獣や四足歩行の獣、それに黄色くて寸胴の鳥的な何かが表示された。

 

「任務内容は至って単純だ。ダーカーに侵食された原生種を討伐しつつ、指定地点まで移動する。要は、こいつらを叩きのめしながらゴールを目指せ、だな」

 

「先輩、学校で習ったフォトン散布ユニットは、機能してるんですよね?」

 

「あぁ、とっくに転送し終わってるし、起動済みだ。お前たちじゃ手に負えんような、強靭な個体は出ないし、侵食されてない原生種も、隔離して保護してある。何も心配はいらねぇよ」

 

 アークスの、否、全宇宙の生物の天敵とも言える、正体不明の敵性生命体、ダーカー。こやつらを滅ぼすのがアークスの使命なのじゃが、周囲の物を有機物、無機物問わず、汚染、侵食してしまうと言う、極めて厄介な性質を持っておる。生物が侵食されれば最後、治療の手段はなく、末期まで進めば、元の姿を維持出来ずに、ダーカーへと成り果ててしまう。

 

 アフィンの質問にあった、フォトン散布ユニット。これは所謂、撒き餌じゃ。

 この装置で、ダーカーを滅ぼす唯一の手段にして、彼奴らが最優先攻撃目標としておるフォトンをばら撒いて、ダーカーや侵食体と、侵食されていない生物を選り分ける、という寸法じゃな。

 侵食体は討伐ーー殺害するしかない、と言うのが通説であり、訓練校でも、そう教えられた。歯痒い。口惜しい。あやつらに妾が、してやれる事……。せめて事が終わってから、手を合わせてやる、くらいか……。

 

「元の姿のまま死なせてやれる、って考えな。本物のバケモノになっちまうより、ってな」

 

「ゼノ殿、乙女心を覗くのは、感心しかねますぞ?」

 

優美な動作、そこに僅かな焦りを秘めつつ、扇子を開き、口を隠した。ゼノ殿へ送る視線は、目尻を下げ、それでも批判の色を乗せる。

 

「ハッ。駄々漏れに、覗くもクソも、ねぇだろが。第一、そんなツラしてるヤツを、今までに何人見たと思う?」

 

「ふむ……、顔に出ておりましたか?」

 

「そりゃもう、ハッキリとな。心配事はココに置いて行け。任務が終わって、ここに帰って来て、また拾えば良い」

 

「あぁ、うむ、どうせ終われば、またこの船に乗る。道理ですな」

 

そう言うこった、と、にっかり笑顔で、妾の頭をくしゃくしゃと撫でるゼノ殿。えぇい、妾の、値千金の『ぽにぃてぇる』が乱れるではないか! ほんに、こやつは、乙女心が分かっとらん! 確かに妾はちっこいが、子供ではないのだぞ!

 

 原生種の表示が消える。代わりに表れたのは、『60:00』の数字。これが制限時間か。

 

「任務の制限時間は60分。順調に行けば、その半分もかからねえはずだ。時間内に指定地点のテレポーターを起動すれば、とりあえず任務完了だ」

 

「とりあえず、って事は、何か評点みたいなのがあるんですか?」

 

「良い所に目を付けたな、アフィン。基準を知っておれば、任務もやりやすくなるからのぅ」

 

「その通り。まず時間、これは今回は評点に入らねぇ。何だかんだで、お前たちは、今回が初の実戦だ。60分、目一杯使ってもいい。とにかくテレポーターを起動して帰って来い」

 

「家に帰るまでが遠足。昔の人はよく言ったものじゃな」「いや、遠足ってレベルじゃねぇだろ!?」

 

ほぅ、こう返すか。粗削りじゃが、間は良し。アフィン、磨けば光りそうじゃな。

 

「次は討伐率。道中に遭遇した侵食体を、どれだけ倒したか、だな。基準は50%だ。出会うヤツを、片っ端から叩きのめして行ければ、問題はないな」

 

「見敵必殺、うむ、実に分かりやすい」

 

「もし、最後までに一匹しか出なかったとしたら、どうなります?」

 

「あり得ねぇ心配はすんな、と言いたいとこだが、単純な話だ。倒せば100%、逃したら0%。分かりやすいだろ?」

 

「見つけ次第倒せば、問題にならないって事ですね、了解っす!」

 

降下して、何をすれば良いのかが、分かってきたのだろうな。アフィンの声が、挨拶の時よりも、活き活きとしておる。

 じゃが、次の言葉でーー

 

「最後の評点、この為に、俺たち担当官が同乗してんだ。訓練生は、ハンターとレンジャーか、ハンターとフォースのペアで組まれてる。要は、前衛と後衛だな。この二人が、上手く連携出来ているか。ここを見る」

 

ーーその表情は、凍り付いた。

 

「連携、って……。俺たち、今日が初対面ですよ?」

 

「お前はレンジャーだが、ハンターも、ちったぁ教わったろ? ハンターは何が出来て、何が出来ねぇかを考えな。そうすりゃ、テメェの仕事ってのが、分かるはずだ。楓、お前もだ。レンジャーに出来ねぇ事、そいつを探せ」

 

「お、お互い好きに戦うってのは…」

 

「それ、やらかした時点で評点ゼロだからな。味方との協調性なし、なんてヤツに、背中預けられるか?」

 

「即興でどこまで舞えるか、かえ。ちと不安になって来たのぅ」

 

ただ、降り掛かる火の粉を払うだけでは足りぬ、と申すか。アフィンの実力の程が分からぬ故、あるいは、妾が足を引っ張る可能性も考えられる。最低限、アフィンの射線は、常に意識して動く必要があるのぅ。

 

「あー……、ちょいと、脅し過ぎたか?」

 

「二人組であっても、個ではなく群での戦闘、というのを、失念しておった。教本がここにあるなら、読み返したいところですな」

 

アフィンも、先程までと打って変わって、沈んでしもうた。無理もない。この任務に於いて、レンジャーは、ハンターやフォースと違い、誤射の危険が付き纏うからのぅ。

 

 アークスの攻撃は、大雑把に言うならフォトンによる攻撃。打撃武器は、刃にフォトンを乗せて斬る。射撃武器は、弾丸にフォトンを纏わせて撃つ。そして法撃は、フォトンを六つの属性に変換して放つ。

 ここで重要なのは、アークスに、フォトンによる攻撃は無意味である、という点じゃ。アークスの守備に転用されたフォトンは、攻撃に転用されたフォトンを中和、相殺してくれるからの。属性に転じていようと、それは同じ。それ故に、テクニックは、例え仲間に直撃しようと、傷を負わせたり、殺害してしまう事はない。まぁ、危害を加える事はなくとも、味方に当たれば『消失』してしまうので、やはり誤射は避けた方が良いのじゃがな。

 

 しかし、打撃武器と射撃武器は、そうは行かぬ。打撃武器は確かな質量を持ち、射撃武器は実弾を撃つ。フォトンが消失しようと、物理的な威力は、一切衰えない。味方に当たれば、当然、負傷させてしまう。

 相手が何匹いようと、打撃武器を振り回すのは、妾のみ。ハンターの妾は、気にする必要はない。

 アフィンは、違う。一人でもない限り、常に誤射と隣合わせ。当たり所が悪ければ、たった一発でも致命傷になる。

 

 少々、発破をかけてやる必要があるか、と考えていると、ゼノ殿が進み出た。未だ悩むアフィンに歩み寄り、

 

「担当官は、自分が見届けるヤツの、データの閲覧権を与えられる。お前たちのデータも、キッチリ見せてもらった。その上で、言うぞ」

 

挨拶の時と違い、そっと、アフィンの肩に手を置いた。

 

「アフィン、お前ならやれる。俺が保証する」

 

ゆっくりと頭を上げるアフィン。

 

「今はハンターだが、元々、俺の適正はレンジャーでな。それなりに、実戦経験もある。その俺の保証じゃ、足りねぇか?」

 

小さく、首を横に振る。少しは気が紛れたようじゃの。どれ、妾も一枚、噛ませてもらおう。

 

「おや、では現ハンターのゼノ殿からは、妾はどう見えたのか、気になりますな」

 

「えげつない、以上」

 

「これは異な事を。妾程、華麗に舞うハンターはおらぬ、と自負しておりますが」

 

「苛烈、の間違いだろ。一撃でVRエネミーの急所ブチ抜いて回るアレの、どこが華麗だってんだ?」

 

「蝶のように舞い、蜂のように刺す、と、言って欲しいのぅ」

 

「ファングバンシーみてぇに飛び掛かって、ロックベアみてぇに殴り倒す、だったぞ、どう贔屓目に見ても」

 

特に荒々しく戦った仮想訓練の記録を、持ち出してくれたか。ありがたい、話を進めやすくなった。さすがは担当官を任される、現役アークス。こちらの意を、見事に汲んでくれたわ。

 

「アフィンや、心配するでないぞ。お主は、ゼノ殿からお墨付きを頂けたのだ。これ程、心強い事もなかろう?」

 

お前には色々呆れてんだけどな、などと聞こえた気がするが、空耳じゃろう、捨て置く。

 

「第一、妾はキャストじゃぞ? たかが豆鉄砲、たかがかんしゃく玉、そんな物、屁でもないわ。じゃから、そう思い悩むな。良いな?」

 

「で、でも、もし本当に、当てちまったら……」

 

「その時は祟る」「こえーよ!?」

 

おぉ、一足で、そこまで引き下がるか。なかなか、良い反応を見せよる。後少し、畳み掛けようか。

 

「妾の祟りは、怖いぞ? ただ歩くだけで、ひっきりなしに、足の小指をぶつけるようになるからのぅ?」

 

「止めてくれよ、聞いてるだけで痛えよ!?」

 

「かかか。元気になったようじゃな?」

 

「……えっ、あ、あぁ……」

 

「沈んだままでは、いかに能力が優れていようと、十全には出し切れんからの。今のお主なら、背中を預けても、大丈夫じゃな」

 

扇子を閉じ、その先端でアフィンの頬から首筋、胸元までをなぞりつつ、挑発するように、笑って見せた。

 

ーー期待……しても、良いな?

 

瞬間、アフィンの顔が、リンゴのように、真っ赤に染まった。そして、まるで壊れた鹿威しのように、風を切る音さえ伴って、幾度も頷いた。

 

 うむ、やはり、男子に発破をかけるには、この手に限る。お前こえーわ、などと聞こえた気がする。この船、どこぞに穴が空いておらぬか? 風の音が喧しくて仕方ないぞ?

 

 

 

 ため息を一つつき、到着まで打ち合わせしておけ、と言われた。ぶっつけ本番よりは、事前に作戦を立てた方が、遥かに動きやすい。ありがたく、その時間を頂戴した。

 

「今更だけど、改めて。俺はアフィン、よろしくな。クラスは、レンジャーだ」

 

「楓じゃ、見知りおくが良い。ハンターが性に合うゆえ、それで登録させてもらった」

 

 自己紹介もそこそこに、降下後の動きを話し合う。その結果、妾が先頭で、四時あるいは八時方向に、アフィンが付く、となった。この配置なら、アフィンも広く、射線を確保出来る。他の船の訓練生も、似たような配置になったのではないだろうか。

 

「ふむ、アフィンが、妾の尻を追い掛ける、という形じゃな。あまり、見るでないぞ?」

 

軽く"しな"を作ってやると、

 

「見ねーよ! そんな余裕もねーよ!」

 

思い切り、首を横に振られた。縦に横に、忙しいやつじゃ。そろそろ、痛めるのではないかの?

 

「ほほぅ、ならば、余裕があれば、見るのじゃな? ほれ、見るだけなら、タダじゃぞ?」

 

「は、はぁ!? よ、余裕あっても、み、見ねーし!」

 

おぉ、首まで真っ赤に染まっておる。……まだ、イけるな。

 

「アークスシップに戻れば、このような、からくり丸出しの身体ではなく、生体部品だらけのーーナマの、カラダじゃ」

 

「そ、それがどうしたってんだよ?」

 

ーーフフ……期待、しておくのじゃな

 

「〜〜〜ッ!?」

 

うむ、この辺が潮時かの。脳天に湯気が見えそうじゃ。いつものように、かかか、と笑い飛ばしたところで、アフィンも、自分がからかわれたのだ、と気付いたようじゃな。

 

「そういう、心臓に悪い冗談は止めてくれよ、相棒……」

 

「ん? 全部が全部、冗談ではないぞ?」

 

「は……?」

 

ーー見るだけならタダ……そう、言ったはずじゃが?

 

「んがっ……!?」

 

落ち着いたところを狙っての二段構え、見事にかかりおったわ。

 

「元気は、十分かの?」

 

「あぁもぅ、お陰様で元気百倍だよチクショー!」

 

「うむ、男子たるもの、それくらいの気合いがなくてはの!」

 

うがーっ、と、諸手を挙げて叫びおった。

 しかし、先のアフィンの物言い、何かが引っ掛かったな。こやつ、妾を、何と呼んだ?

 

「アフィンよ。聞き間違いでなければ、お主、妾を相棒、と呼ばなかったかえ?」

 

「ん? あ、あぁ。何て言うかさ、今まで学校で話した事もなかったのに、こうして修了任務で一緒になって、何だかんだで、上手くやれそうな雰囲気になったじゃん?」

 

「ふむ。確かに、お主とは仲良くやっていけそうじゃの」

 

「だろ? クラスも、前衛と後衛で、上手く噛み合ってるしさ。こう、ちゃんとは、説明出来ないんだ。俺も、どう言えばいいのかって、悩んでるくらいだし……。駄目、かな……?」

 

段々と、尻すぼみになるアフィン。終いには、上目遣いになってしもうた。

 相棒、か。なるほど。戦場において、互いに背を預け、互いに守り、敵を打ち倒す。戦友の間柄として、これ以上の物はあるまいて。

 であるならば。この認識が正しいのであれば。

 

「駄目、じゃな」

 

妾は、この提案には、乗ってやれぬ。

 

「……そっか、駄目かぁ……。悪い、変な事、言っちまった」

 

またも、気落ちしてしもうたか。しかしこやつ、根本的な誤解をしておるな。正してやらねば、ならぬか。

 

「アフィンや、何か、勘違いをしてはおらぬか? ゼノ殿より、正しく評価を頂けたのは、お主だけじゃろう?」

 

「いや、それなら、楓だって」「妾が頂いた評価は猪武者。獣も同然じゃよ」

 

アフィンの反論を、やや声を大きく上げて、封じた。悪いが、この話は、譲れぬぞ。

 

「ゼノ殿からの評価を受け、気力十分となったお主じゃからこそ、妾は、背中を預けようと決めた。じゃが、妾は未だ、お主の背中を預からせてもらえる程、実力を示せておらぬ。そうじゃろう?」

 

肯定も、否定もせずに、だんまりを決め込むか。良い、ならば結論まで、語らせてもらおう。

 

「この任務、妾は、己がお主の足を引っ張る可能性が高い、と認識しておる。実戦で、そのような醜態を晒すのは、相棒とは呼べぬ。ゆえに、こう提案させてもらう」

 

 

扇子ではなく、掌を、そっとアフィンの頬に添え、

 

「今回は、妾の尻ではなく、戦い振りを見てくれ。それでなお、気持ちが変わらぬのであれば、また相棒と呼んでおくれ」

 

遠回しに、喜びを伝えた。

 

 

 妾とて、相棒と呼ばれ、嬉しくはあったのだ。しかし、あまりにも時期尚早。何も示せておらぬのに、こやつの相棒を名乗るのは、気が咎めた。

 

「……分かった。この任務で、お前を見極める。それと、先輩の評価を台無しにしないように、俺も頑張る。この次からも、尻なんて見ねーけどな!」

 

「うむ、猪武者の戦い振りを、しかと見るが良い。余裕があるなら、ついでに、尻もな」

 

「見ねぇって、何度言えば分かってくれるんだよ!? それと、真面目な話に、尻を見る見ないなんて、混ぜんな!」

 

「妾はどうにも、『しりあす』が苦手でのぅ。おや、また『しり』と言うてしもうたわ、かかか」

 

「あぁ、調子が狂う……」

 

「妾が在る場の調子など、妾が作るに決まっておろうが。せいぜい、妾に合わせて、舞ってくれよ?」

 

良し良し、最早、心配はあるまい。人事は尽くした。後は、天命を待つのみ、じゃな。

 

 

 

 完全に調子を取り戻したアフィンをおちょくっていると、窓越しの閃光が、船内を白く染め、その直後、船が急減速をかけた。

 

「な、何じゃ、攻撃を受けたのか!? 相手は誰じゃ!?」

 

慌てて船内を見回すが、特に異常はない。一先ず、この船は無事らしい。では、他の船は…? 窓に駆け寄り、外の様子を窺った。……なんとも、呑気な様子で、編隊飛行を続けておる。

 

「……おろ?」

 

 そう言えば、攻撃を受けたにしては、船内は、異常なまでに静かだ。警報の一つや二つ、鳴ってもおかしくはなかろうに。

 

「……ブフッ」

 

何かを、噴き出すような音。そちらに、ゆっくりと首を向けてみると、

 

「ぶははははははははっ!!! か、楓、お前、慌て過ぎだ……!」

 

ゼノ殿が、腹を抱えて、笑っておられた。振り返ってみると、アフィンも、口と腹を押さえてぷるぷる震えておる。何じゃ、これは?

 

「はーっ、はーっ……。が、ガッコで、聞かなかったか? キャンプシップにゃあ、ワープ機能がある、って」

 

「い、一応、どんな感じなのかは、聞いてたからさ。俺は、『あ、これがワープか』って、感じだったけど……」

 

「『わぁぷ』、じゃと?」

 

 ようやく落ち着いたゼノ殿が、説明してくれた。オラクル船団内や、近場の惑星であれば通常航行だが、遠方への移動では、ワープ機能を使用する。窓からの閃光は、他の船の、ワープゲート展開時の光で、急減速は、ゲート突入の際の行程、だそうだ。

 ……つまり、妾は、アークスの一般知識を失念し、慌てふためいていた、という事になるな。

 

「いやー、しっかし……。こんなになったの、訓練生の中で、楓だけじゃねぇか……? あ、駄目だ、耐えらんねぇや、これ」

 

そう言って、またもゼノ殿は、笑い出した。今度はアフィンも、隠しもせずに笑っておる。顔に、熱が溜まる。

 

 こ、これは……恥ずかしい……!

 

「え、えぇい、笑うな、お主ら! 祟るぞ、それ以上笑うならば、祟ってやるぞ!?」

 

「いや、そんな、顔真っ赤にして脅されても、全然、これっぽちも、怖くねぇよ…ははははは!」

 

「ごめん楓、散々からかったお返しだと思って、笑われてくれよ…あははは!」

 

「むきーーっ! 笑うでないわぁぁぁ!!!」

 

……恐らく、今回の修了任務で、一番喧しかったじゃろうな、妾たちは。

 

 

 

 肩で息をしておるが、今度こそ、二人共収まったようじゃ。『食事の際、調味料の蓋が外れやすくなる祟り』を、かけておいたからな。ちゃんとかかったなら、食事どころではなくなるからの。覚えておれよ……。

 

「そろそろ、任務開始だ。最後に、幾つか注意しておく事がある。返事はしなくて良い、とにかく、頭に入れておけ」

 

真面目な話のようじゃな、妾も、アフィンも背筋を伸ばした。

 

「重症を負ったり、完全に道に迷ったりで、任務の続行が不可能と判断したら、迷わずに、携行品に入れてあるテレパイプを使って、帰還しろ。特に迷子だ。本来のコースを外れたら、お前たちじゃ手に負えんようなのが、ウロウロしてる。そいつらに出くわす前に、だ」

 

「不測の事態には、ナビゲーターから通信が入る。絶対に聞き逃さず、指示に従え。それだけでも、生き残る確率は、跳ね上がる。さっき話した迷子も、気を張り詰め過ぎて、通信を聴き逃したヤツが、そうなる」

 

「これから向かうのは、ナベリウス星立原生種動物園じゃねぇ。れっきとした、ダーカー汚染地帯だ。何が起きても不思議じゃねぇ。俺たちアークスが、どんな連中と戦ってるのか、ガッコでしっかり聞いてるだろ。それを念頭に、行動しろ」

 

「あ、あの、質問です」

 

アフィンが、控え目に挙手した。返事はいらない、つまりは、黙って聞いておけ、と言われた手前、派手に話の腰を折るのは、躊躇われたのだろうな。それでも、ゼノ殿は、小さく頷いて、続きを促した。

 

「それって、つまり、ダーカーが出現する、って事ですか……?」

 

「あくまでも、可能性の話だ。だが、『出ないだろう』よりは『出るかも知れない』って腹積もりでいた方が、いざって時に、対応しやすくなる。そして、あのクソッタレ共は、どこにでも湧いて出る。つまり、そう言う事だ。分かったか?」

 

「は、はい!」

 

やはり、可能性は否定出来ぬか。しかし、その可能性さえ示唆されず、茶を濁されるよりかは、遥かにマシというもの。少なくとも、今のうちに、腹は括れる。

 

「最後だ。このシップは、お前たちが降下した後、ナベリウスの衛星軌道で待機する。撮影用のマグを通して、だが、お前たちの頑張りを見れる、特等席だ。確かにアークスは、死と隣合わせの仕事で、いつ死ぬかも分からん。だが、お前たちは、まだ死ぬには早過ぎる。さっさと終わらせて、ここに帰って来て、3年間の努力を褒めさせてくれ。いいな?」

 

「はいっ!」「承知しましたぞ」

 

良い訓示だった。白いキャストの長話なぞより、ずっと、妾の心に響いた。

 

 

 

 ちらと目をやった窓に、青と緑に包まれた星が見えた。あれが、惑星ナベリウス。妾が、初めて降り立つ星。

 

『全キャンプシップ、降下可能距離へ到達しました。訓練生は、降下準備後、そのまま待機して下さい。担当官は、撮影用マグと端末の接続を確認し、所属アークスシップオペレーターへ、連絡を願います』

 

シップ内に、降下準備を促すアナウンスが響いた。いよいよ、任務が始まる。アークスの一員となる為に、戦場へ赴く。

 頭の中で、思い描く。妾が振るい、立ちはだかる敵を斬り伏せる武器を。その瞬間に、背中に確かな、頼れる重みがかかった。右手を伸ばし、柄を握り、くるくると回しつつ構えた。

 『パルチザン』。修了任務にあたり、支給された、長槍(パルチザン)系武器の最初期生産品。事実上の型落ち品だが、同時期生産の武器共通の特徴として、尖った部分がなく、故に、新米でも容易に扱える。並び立つアフィンも、その手に長銃(ライフル)系最初期品の『ライフル』を携えていた。

 

「さて、アフィンや。覚悟は良いかの?」

 

「とっくに覚悟は出来てたつもりだった、けど、楓と先輩のお陰で、改めて。ついでに、緊張も解れた!」

 

「そうかえ、それは重畳。妾も、お主にまた、相棒と呼んでもらえるよう、奮起して舞おうぞ」

 

「へへっ、期待してるぜ?」

 

「かかか。妾を誰と心得る?」

 

 そう、妾はーー

 

 

 

『準備完了。全訓練生、降下せよッ!』

 

「よっし、お前たち、行って来いッ!」

 

「行って来ます、先輩ッ!」

 

「吉報を期待せよ、ゼノ殿ッ!」

 

 

 

ーー妾は、ゼノ殿にさえ呆れられた、獣の女王ぞ?




だいぶ端折って書きましたが、フォトン散布ユニットなど、いくつかの設定は、ただいま絶賛更新停止中の拙作より引っ張って来ました。気が向いたら、そちらもハーメルンに持って来て、更新再開するかも知れません。

こんな調子ですが、楓は結構ウブなので、『しり』には気付いても、『あす』には気付いてません。

2017/07/04 8:36
  編隊飛行するキャンプシップの数を修正。
  さすがに、数十は、少な過ぎました。
2017/07/09 10:21
  カギ括弧内の誤変換を修正。
2017/07/17 9:02
  三点リーダーを修正


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幕間一 ゼノとアフィン

幕間。降下直後から、任務序盤まで。

ゼノとアフィンの心情を書いております。

そう言えば、規約は一通り読みましたが、SSって、挿絵として使って良いんですかね?


* * *

 

 行ったか。データを見て、実際に会って、話して、俺は確信していた。

 アイツらは、やれる。ここでごちゃごちゃとやってたが、それがなかったとしても、問題なく、減点なしで、笑って帰って来るだろう、ってな。

 

 アフィンは、少しばかり感情の浮き沈みが大きいが、実力は、申し分ない。射撃精度は、同年代の連中から頭一つ抜けてるし、訓練校内での社交性も高い。

 つまりは、周囲の状況に、常に気を払いつつ、正確に目標を狙い撃てるって事だ。下手に評点なんぞ教えて、動揺させてしまったが、敢えて教えなくても、すぐに役割に気付いて、上手く連携を取れていただろう。……まさか、あそこまで落ち込むとは、思わなかったが。

 自信が付けば、増長しない限りは、腕の立つアークスになれるだろう。

 

 そして、楓。場の空気から、特に暴れっぷりの酷い記録を引き合いに出し、それでアフィンも復調したが、それ以外の記録は、まるで逆の意味で、凄まじかった。

 一撃でVRエネミーの急所を突く技量はそのままに、本人の言の通り、本当に、踊るような、巧みな立ち回りだった。姿勢を崩さぬまま、紙一重で避けたと思ったら、次の瞬間には、スルリ、と懐に入り、そのまま急所に、刃を滑り込ませる。己の間合いなら、トン、と軽い足取りで踏み込み、やはり急所に一撃。

 俺にハンターの適正がないから、なんて幼稚な言い訳さえ、思い付く暇もなかった。たった一つの記録映像に、俺は呑まれた。嫉妬さえ湧かない。ただただ、美しい、と、思った。

 では、単なる武芸者かと思えば、そんな事はなかった。アフィン同様、社交性が、やたらと高い。頼まれれば断らず、かと言って甘やかさず、適度に距離を置いて、同期連中を助ける。

 こいつも、アフィンと同じだ。戦場で、自分のやるべき事を瞬時に把握し、仲間内の戦果を跳ね上げさせる。

 ロックベア? ファングバンシー? 猪武者? バカを言っちゃいけない。こいつはーー

 

『見ておったぞ、小僧』

 

 通信機に、年老いた、それでいて威厳に満ちた声が届いた。聞き慣れた声。むしろ、聞き飽きた声。考え事を邪魔され、小さく舌打ちした俺は、悪くない。はず。

 

「何だよ、じじい。ありがたいお話を垂れたとこで、仕事は終わったんだろ? だったら、とっとと自分ちに戻って、茶でも啜ってろって。ストーカーかよ」

 

『なに、お前が、担当官としての仕事を全う出来ておるか、気になってな』

 

「んなもん、気にしてる暇があるんなら、休んどけっつってんだよ、スタミナ不足の最強戦力め」

 

『ふん、小僧に心配される程、衰えてはおらぬわ』

 

「どうだか……。世果(ヨノハテ)を杖代わりに歩いてても、助けてやらねぇからな」

 

一瞬の間。そして、どちらからともなく、くつくつと、笑い出した。

 

『あの、聞かん坊の小僧が、成長したものだな。儂の、箸にも棒にもかからぬ訓示なぞより、余程訓練生たちの為になるではないか』

 

「へっ、俺だって、日々成長してるんだよ」

 

『ならば来年には、儂の代わりに訓示を述べられる程度には、成長しておるだろうな』

 

「わりぃ、たった今、成長期が終わっちまった。来年も頑張れよ、じじい」

 

『こやつ、抜かしおるわ』

 

 おっと、じじいと無駄話してる間に、あいつら、進み始めたか。さて、俺も、キッチリ仕事しないとな。

 

『小僧、随分とあの二人を、気に入ったようだな。訓練生には、過度に情報を与えてはならん、と言ったはずだぞ』

 

「ダーカーが出るかどうか、か? だったら、それこそアイツら訓練生には、必要最低限の情報だろが」

 

『違う、それはむしろ、進んで伝えるべき情報だ。儂が言っておるのはーー』

 

「お、アフィンのヤツ、上手い手を使ったな。牽制と警戒、シブい仕事しやがる」

 

『ーー聞いておらんな』

 

たりめーだろが。俺の仕事は、あの二人の担当官であって、じじいのお守りじゃねぇんだ。

 ……だが、この、説教臭いじじいの事だ。放置していたら、際限なく、小言を垂れ流すだろう。仕方ねぇ、餌やって黙らせるか。送られて来る、撮影用マグの映像から目を話さず、端末を操作。じじいの端末に、二人のデータを送った。これでしばらくは、黙ってくれるだろう。

 

 

 

『ーーふむ、この、アフィンと言うニューマン、なかなかやるようだな。座学優秀、素行良好、実技の成績も、学年上位ときた。何故、フォースを選ばなかったのか、と疑問に思ったが、この成績なら、それも霞む、というものだ』

 

「……アイツは第三世代だからな。じじいみてぇな、第一世代のロートルと違って、適正を自由に変えられるんだよ」

 

 ……失敗した。全ッ然、黙らねぇでやんの。しかもこのじじい、キャストの処理能力を最大稼働させたのか、あり得ねぇくらいの短時間で、アフィンのデータに、目を通しやがった。2分だぞ、2分。3年分を。アフィンのヤツに、申し訳ない、とか思わねぇのか。

 それにな、じじい。テメェの部下には、ヒューマンなのに、バケモノみてぇな強さのフォースがいるだろが。

 あぁ、次は、楓のデータだな。こっちも、2分で目を通すんだろう。ったく、短い平和だったぜ……。

 

 と、思っていたが。5分経っても、じじいは、黙ったままだ。静かにしててくれるなら、俺もありがたいので、突っつきはしないが。

 

『おい、小僧』

 

とか思ってたら、喋りやがった。おい、『口は災いの元』とはよく聞くが、考えまで含む、なんざ聞いた事がねぇぞ。

 

『これは本当に、訓練生のデータか?』

 

「あ? 日付も読めないくらいに、耄碌しちまったのか? 新光暦235年の4月から、238年、今年の1月まで。6年前に起動して、3年前に訓練校に入学した、6歳のキャスト。別に、珍しくもないだろ」

 

キャスト教育施設で、起動から3年過ごして、訓練校で、3年間訓練。特筆するような経歴じゃない。じじいだって、キャストなわけだから、そのくらい、分かっても良さそうなもんだが。

 

『そうではない! 何も気付かぬか、この動き!』

 

「あん……?」

 

動きっつったって、そりゃ、確かに目を奪われるくらい、凄ぇ動きだけどーー

 

 

ーーおぉ、ゼノ坊やは、スジがいいのぅ。末はハガルの実動部隊長か、六芒均衡かの?ーー

 

 

「……ッ!?」

 

な、何だ? 何で、今、"あの人"の記憶が……!?

 

 

ーー守るなら、まず、己を守る事じゃ。己の身体を。己の命を。己の志を。それさえ出来ぬなら、その背に負う全て諸共、崩折れるだけぞーー

 

 

"あの人"の教えが、アイツを思い浮かべるだけで……!

 

 

ーー強くあれ、ゼノ坊や。いつか、お主の隣に寄り添う者の為に。出来ぬ、とは言わせぬぞ? お主は、妾の一番弟子、じゃからなーー

 

 

「まさか……嘘、だろ?」

 

『小僧、この件は、後で話すぞ。それまで、この楓とやらには、先程までと同様に接しろ。よいな?』

 

後で、だと? いや、確かに、それが無難か。このキャンプシップだって、アークスシップ側にモニタリングされてるし、それに何より、今の俺は、アイツら二人の、担当官だ。アークスとして、一緒に戦うためにも、しっかり見ててやらねぇとな。

 

「あ、あぁ、分かった……」

 

 しかし、どこか"あの人"を思い出す口調だ、とは思っていたが、なぁ…。いずれにせよ、じじいと話し合うまでは、胸にしまっておくべきだな。仮に、考えた通りだったとしても、辻褄の合わねぇ事が、多過ぎる。

 

『ところで、小僧よ』

 

「……何だよ、"レギアス"」

 

妙な懐かしさを覚えたからか、名前で呼んだ。

 

『何故、こやつは大型と戦う時に、畳んだ扇子を、横咥えしておるのだろうな?』

 

「……トドメ刺してから、広げて、カメラ目線でカッコつける為だろ、どー見ても」

 

"あの人"も、色々変わってたからなぁ…。

 

* * *

 

 楓。

 名前を聞いて、心臓が跳ねた。まさか、彼女とペアになるなんて、夢にも思わなかったからだ。先輩に絡まれたお陰で、動揺を表に出さずに済んだのは、本当に、運が良かった。痛かったし、変な誤解を食らいかけたけどさ。

 

 確かに、初対面だった。訓練校では、一度も話した事がない。目が合った事くらいは、あったかも知れないけど。少なくとも俺は、覚えてない。

 だけど、彼女の噂は、いくつも、何度も耳にした。

 

 曰く、大抵の頼み事は、聞いてくれる。

 

 曰く、その際、好物をあげたら、より確実。

 

 曰く、見返りは、自己研鑽を求められる。

 

 曰く、いつも笑っている。

 

 曰く、でも怒らせると、教官より怖い。

 

などなど。学校の同輩を指す噂とは、到底思えない。第一、頼み事を聞く代わりに強くなれ、なんて、見返りとして成立していない。

 でも、今日、会って分かった。怒らせると云々はともかく、噂は、全て本当なのだ、と。きっと、見返りはそれで良いのか、と聞かれても、

 

『良い、良い。妾に万事任せて、お主はお主の、成すべきを成すが良い。かかか』

 

ーーなんて、扇子で口元を隠しながら、微笑んでいたんだろう。あぁ、目に浮かぶ。

 

 そして、これら一群の、『日常生活での噂』と同じくらい、有名な話がある。噂ではなく、話。つまりは、事実だ。

 強い。単純明快。これ程分かりやすい言葉を、俺は他に知らない。

 何せ、訓練校のVR訓練の、過去の最高記録を、全て塗り替えてしまったのだ。しかも、自分の記録を、また自分で更新する。胡座をかかず、日々、実力を伸ばしている。

 

 こんな具合なのに、嫌味な噂は、全く聞かなかった。妬みも、嫉みもなかった。これも、会えば分かった。本人に、まるで嫌味なところがないのだ。

 自分の方が、遥かに強いのに、沈んでいる俺を、元気付けてくれた。おどけながら。からかいながら。それでも真剣に。俺を心配してくれてた。痛い程に、伝わった。

 

 そんな楓に、俺は、相棒になってくれ、と頼んだ。いや、頼んでしまったんだ。『勢い』と『打算』、なんて最悪の理由で。そんな理由だから、上手い説明なんか、出来るわけがない。

 少し考えて、彼女は断った。当たり前だ、俺からは、その代償を提示出来ないんだから。だけど、その理由と、後に続いた言葉は、想像も付かないものだった。

 

 先輩に認められた俺と違って、自分は、何も示せてない。この任務で、自分を見てくれ。それで、合格と思ったなら、また相棒と呼んでくれ。

 

 頭を、ぶん殴られたようだった。楓は、俺を認めた上で、自分も認めてくれ、と語ったんだ。優しく微笑みながら。頬に添えられた、キャスト特有の金属の掌が、不思議と、暖かく感じられた。

 任務が終わったら、全て話そう。そして、断ろう。それで軽蔑されても、罵られても、構わない。それだけの理由を内包した、最低の提案だったんだから。

 

 これが彼女と並び戦う、最初で最後の任務だ。ならば、3年間培った、全てを出し切ろう。これ以上、心配をかけないように、精一杯。

 隣にいる、訓練校最強の実力と、懐の深さを併せ持った、小さな、可愛らしい女の子の為に。

 

 

 

 降下、成功。すぐにライフルを構え、周囲の地形確認、索敵を行う。

 小さな高台、と言うより、小さな池に浮かぶ島が、降下地点だったらしい。正面に、野道が続いている。なるほど、先輩の話の通り、これは、天然の道だ。

 

 息を殺して、草むら、崖上、木の陰、と、原生種が身を隠せそうな場所に、銃口と、視線を向ける。

 同時に、耳をすまし、音を探る。草を掻き分ける音、礫が転がる音、落ちた小枝を踏み折る音。

 ……今のところ、原生種の気配は、なさそうだ。何も見つからないし、聞こえもしない。

 

「おぉ、見よ、アフィン! これが、自然か!」

 

……パルチザンを背に納めた楓の、はしゃぐ姿と声なら、バッチリ見えるし、聞こえるけど。

 

「生い茂る緑と、澄み渡る青……。見事な調和じゃ、まことに、美しい!」

 

そんな楓に釣られて、木々を、空を見渡した。

 

「……うわ、すっげーな。生で見ると、こんなに綺麗だったのか……」

 

 スコープを通さずに見たナベリウスは、緑は深く、青は高く。どこまでも、どこまでも広がっていそうで。俺は、自分でも気付かないうちに、銃を下ろしていた。

 目を閉じて、深く、深呼吸。草木の匂いが、鼻を突き抜けた。シップでは味わえない、本物の、緑の香りだ。

 張り詰めた気が、まるで青空に吸い込まれるように、緩んでいった。

 そこで、楓が、ころころと、小さく笑っているのに気付いた。

 

「肩の力は、抜けたかえ?」

 

「あ、あぁ……。そんなに強張ってるように、見えたか?」

 

「うむ。着いた途端に、こわーい顔で、銃をあっち向け、こっち向け。警戒は、確かに大事じゃ。じゃがーー」

 

扇子を開いて、とん、と、軽く前へ跳び、その場で、くるりと一回転。何気ないその動き、靡く黄金色のポニーテールが、ひどく場違いにも、この景色の一部にも、見えた。

 

「ーーこうして、例え、観客がおらずとも、この美しき大舞台で、軽く舞う程度には、余裕を持たねば、の?」

 

「……そう、だな。ありがとう。気が楽になったよ」

 

「かかか。良い、良い。では、お主の準備が整ったところで……」

 

 パチン。手には、扇子の代わりに、パルチザンが握られていた。俺も、改めてライフルを構え直す。さっきよりも、この金属とプラスチックの塊が、軽く感じられた。

 

「妾の力、見てもらおうかの?」

 

「あぁ、よろしく頼むぜ!」

 

合図もなく、俺たちは、同時に駆け出した。

 

 

 

 両脇を小高い崖に挟まれ、そこから伸びた木が、覆うように空を隠す、やや広い野道。そこに差し掛かろうとした、その時。前方の木の太い枝が、不自然に、揺れた。直後、その枝を揺らした何者かが、俺たちの前に、躍り出た。

 相手を、楓を、自分を、状況を確認。

 

ーー原生種の"ウーダン"、素早い。楓、パルチザンを構え直した。俺、打ち合わせ通り楓から見て四時方向。周囲、隠れられる場所だらけーー

 

俺の仕事は……こうだ。

 

「突っ込め、楓ッ!」「応ッ!」

 

 照準を合わせながら、セレクターをマニュアルに切り替え、引き金を引いた。足元で、弾丸が土を跳ね飛ばし、ウーダンが怯む。続けて、狙いを変えて、一発。ウーダンの肩から、鮮血が迸った。

 セレクターをフルオートに合わせた、その視界の端で、楓が、ウーダンへ跳んだ。

 邪魔は、させない。見えた瞬間に撃てるよう、引き金に指をかけたまま、周囲を警戒する。前後、頭上。長く、この森林に住んでいるんだ。地形を熟知し、狩りにも慣れた原生種を相手に、油断など、出来ない。

 

 幸いな事に、緒戦は、ウーダン一匹で終わった。多分、群れからはぐれたんだろう。警戒を解き、ライフルを下ろしたところで、楓が、こちらに来た。

 

「やはり、良い腕をしておる。お主のお陰で、憂いなく、叩っ斬れたぞ」

 

「これが、飛び道具を使える、レンジャーの仕事だからさ」

 

「そして、網を抜けた輩を、妾が切り捨てる、じゃな?」

 

そう言う事、と答えながら、セレクターを、バーストに戻した。

 

「理に適った分担じゃ。実に、やりやすい。ところで、アフィンや」

 

「ん、どした?」

 

「警戒は、確かに助かるのじゃがな。お主、妾を、見ておったか?」

 

「……あっ」

 

しまった。踏み込んだところまでは、チラッと見てたけど、そこから先は、全く見てなかった。

 

「ご、ごめん! でも、飛び掛かったところまでは、ちゃんと見たぞ!」

 

「と、飛び掛かった、じゃと!? お主の目は、節穴か!? 華麗に、流麗に、懐に踏み入ったじゃろうが! し、しかも、その後に、優雅な舞の如く繰り出した、あの一閃を、お主、見ておらなんだか!?」

 

目を、カッと見開いて、詰め寄られた。こうなれば、俺にはもう、謝るしか出来ない。

 

「ホントにごめん! 次、次は、ちゃんと見とくから!」

 

「……本当じゃな? 約束じゃぞ?」

 

「する、約束するから!」

 

 ともあれ、任務は、まだ始まったばかり。あまり、悠長にもしていられない。どうにか、楓を宥め、俺たちは、先を急いだ。

 ……次こそ、ちゃんと見とかないと、マジで祟られそうだな……。




ゼノ、レギアス、何かに気付く。ナンダロウナー。
アフィン、楓を諦める為に奮起する。すれ違っちゃいましたねー。

プレイヤーが決める外見、性別、性格はともかくとして、腕前とお人好しっぷりについては、楓ではなく、"安藤 優"、PSO2プレイヤーキャラの『最大公約数』を書いているつもりです。
アークス就任二ヶ月足らずで、戦技大会で六芒のヒューイとクラリスクレイスを、二人または三人で倒し、ストーリー上は、NPCの頼みを何でも聞いていたわけですから、訓練校時代は、この程度はこなしていたんじゃないかな、と。

なお、ゲーム中の楓は、中の人のせいで、クッソ雑な立ち回りです。

今更ながら、ご意見、ご感想、お待ちしております。

2017/07/17 9:06
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第四話 認め、認められ

戦闘描写って、本当に難しい。

ゲーム中の雑魚エネミー戦は、事実上プレイヤー無双ですが、作者の趣味で、少々泥臭くしております。全員横並びで殴り倒すのも、ゲームならではの醍醐味、とも思っていますが。


 ゼノ殿の、見立て通りじゃな。アフィンは、やれる。ウーダンとの会敵からほんの一瞬で、あやつは、己の仕事を完璧に構築し、実行した。

 足元を撃って動きを止め、肩を撃って攻撃能力を奪い、トドメは妾に任せ、周囲に油断なく、目を光らせる。

 まるで教本に載っているような、模範的な行動。故に、咄嗟に実行するのは、難しい。

 ……まぁ、妾の、華麗な一撃を見過ごしたのは、些か不満ではあるが。うむ、些かな、些か。

 

 相棒の話は、やはり、断って正解であった。実力を示さぬまま、あの話に乗っては、アフィンが損をするやも知れんしの。

 

 

 

「そこの曲がり道、気を付けろ。この道は狭いから、岩から上に登って、そこで戦おう!」

 

「承知した、先に行くぞ!」

 

 岩の手前にいた"ガルフ"を切り捨て、己の背丈ほどもある岩を足場にし、高台に先行。その間、アフィンは、曲がり道の向こうから現れたガルフの群れに、三点射撃で銃弾を浴びせ、足止めをしてくれた。

 ならば、次は、妾の番だ。高台には、敵の姿はない。パルチザンを手放し、ハンターにも使える、射撃武器を思い浮かべる。瞬時に、右手に、ガンスラッシュが現れた。

 

「今じゃ、お主も上がれ! ーーえぇい、動くな、弾が当たらぬ!」

 

「ありがとな、よっ、ほっ、と!」

 

ガンモードに切り替えて、やたらめったらに撃つ。銃身が短い為、相変わらず、ガンスラッシュは集弾性が悪い。だが、それが功を奏したのか、出鱈目に地面を抉られ、ガルフ共は、その場から動けずにいた。

 高台の奥に走り、振り返ったところで、手負いのガルフ共が、一斉に駆け上がって来た。四足歩行の獣だけあって、その瞬発力は、例え手負いであっても侮れぬ。パルチザンに持ち換える暇は……今は、なさそうじゃな。

 

「左から攻めるぞ、援護は任せた!」「分かってる、存分に暴れてくれ!」

 

 暴れる? 失礼な。妾は、舞っておると言うに。だが、まぁ、良かろう。結果は変わらぬ。

 駆け寄りながら、セイバーモードに切り替え。この距離、ガンモードの集弾性では、恐らく抜かれる。低く唸り威嚇する、先頭のガルフ、その眉間に、切っ先を突き立てた。フォトンを纏った刃が、容易く、その脳髄まで貫き通す。骸から刃を引き抜きつつ、次の獲物を見定めた。

 今にも、妾に食らいついてやろうと、姿勢を低くするガルフ。こやつは、無視。その向こうの、アフィンの様子を伺い、距離を詰めようとしているガルフ。貴様じゃ。

 獣の如く、姿勢を低くして、跳んだ。こちらに気付いたようじゃが、遅い。横あいから、ガンスラッシュを、上へと切り上げた。一瞬の静寂、そして、ガルフの頭が、ドサリ、と、地に落ちた。妾を狙っていたやつも、アフィンに、腹を撃ち抜かれ、息絶えておった。やはり、妾の意を、汲んでくれたか。実に、戦いやすい。

 三匹、殺した。残りは、四匹か。群れの動きが、鈍くなったように見える。あの三匹の中に、頭がおったか。それとも、臆したか。いずれにせよ、好機。ガンスラッシュをしまい、パルチザンを握った。

 

「最早、烏合の衆じゃ。一気に畳み掛けるぞ!」「任せとけ!」

 

 ここまで来れば、特筆すべき事など、何もない。妾が、首を落とし、頭から尻まで両断し、アフィンが、腹を、頭を撃ち抜いた。

 

 殲滅、完了。ここまでの道程では、道も広く、敵も、二匹か三匹しか出なかった為、鎧袖一触で突き進んだ。それらに比べれば、少しばかり、厄介であった、と言えよう。

 

「……本当に、急所を一撃なんだな」

 

遺体の転送が済み、血痕だけが残る高台を眺めながら、アフィンが、ポツリ、と呟いた。

 

「手向けじゃよ。妾なりの、な」

 

 こやつらは、ダーカーに侵食されただけ。そこに罪はなく、受けるべき罰もない。であるならば、せめて苦しまぬよう、一撃で葬ってやりたい。そんな、在り来たりな理由じゃ。

 戦いに余計なものは、全て、船に置いて来た。手を合わせるのは、帰ってからでも出来る。今の妾が持っているのは、身体に染み付かせた技術だけ。後で出来る事をやる為に、今出来る事をやる。ただ、それだけじゃ。

 

「優しいんだな、やっぱり」

 

「おや、今頃、気付いたのかえ? ほれ、近う寄れ、甘えさせてやろうぞ」

 

「い、いらねーっての!」

 

「かかか。ほんに、初で、愛らしいのぅ、お主は」

 

しんみりは、いやじゃ。故に、茶化した。

 

「ほれ、先を急ぐぞ? このままでは、日が暮れてしまうわ」

 

「……あぁ、そうだな」

 

* * *

 

 じじいとの通信を切り、映像に集中していた俺は、二人の手際に、舌を巻いていた。

 曲がった挟路、奥にガルフが七匹。手慣れたヤツなら、そのまま突っ切るだろう。

 だが、コイツらは違った。まずアフィンが、戦いやすい場所を見付けて提案し、楓は、疑いもせずに同意。すぐに、意思疎通もしないまま、互いにカバーし合って、高台に登り切った。それからも、楓はアフィンを、アフィンは楓を守るように戦い、無傷で殲滅してのけた。

 前衛と後衛の、理想形とも言える信頼関係を、今日が初対面の、新人が体現している。任務が終わったら、前衛後衛でいがみ合ってるあの二人(オーザとマールー)に、記録を見せてやりたいくらいだーーまぁ、片一方()は、新人かどうか、怪しいもんだが。

 そう言えば、"あの人"と初めて会ったのも、ナベリウスだったな。そんで、じじいが"あの人"と会ったのも、ナベリウス。らしくもないが、運命のようなものを感じる。そこで、

 

「ハッ。マジで、らしくねぇな……」

 

自嘲し、頭を振った。そもそも、楓と"あの人"については、後でじじいと話を詰めるまで、忘れる事にしたはずだったんだがな。考えたって、今は、情報が少な過ぎる。

 

 余計な考えを振り払い、頭が多少、クリアになったから、だろうか。それとも、これも何かの運命なのだろうか。

 ぞくり、と、妙に嫌な予感が、頭を過った。何かが、起こる。しかも、訓練生だけでは対処が難しい、何かが。

 訓練生だけでは対処出来ない事態なぞ、考えるまでもなく、一つだけだ。かと言って、今は、動きようもない。俺の、『嫌な予感がしました! ナベリウスに降下させて下さい!』って上申なんざ、聞き届けられるわけがねぇ。

 

 だったら、今のうちに、打てる手を打っておこう。杞憂に終わるなら、それに越した事はない。緊急時に、合流するよう指示されていたのは、アイツの班だったな。慣れた操作で、通信を入れる。特に待つ事もなく、繋がった。

 

『どうしたのよ、ゼノ。お互い、担当官なんだから、通信してる暇がない事くらい、分かるでしょ?』

 

やけにトゲトゲしてやがる。さては、二人分の映像に、手を焼いてるな? まぁ、今はそんな事、どうでも良い。

 

「いつでも降下出来るように、準備しとけ、"エコー"。嫌な予感がする」

 

『はぁ? あたしたちが降下する必要なんて、それこそ……、うぅん、あり得なくは、ないわね』

 

「そーゆーこった。訓練生共は、VRでの経験しかねぇ。何か起きたら、一秒でも早く、助けに出るぞ」

 

『了解よ。でもゼノが、嫌な予感、なんて曖昧な理由で動くなんて、珍しいわね。何かあった?』

 

「いや、何もねぇよ。ただ、まぁ……」

 

どっかのお節介なカミサマとかの、オボシメシってヤツなのかもな。自分の目で確かめろ、っつって。そんな馬鹿げた考えが浮かぶ程度には、俺も、浮かれてるのかも知れねぇな。

 

* * *

 

 狭い野道を抜け、短い洞窟を進んだ、その先は、見晴らしの良い広場であった。中央辺りに、草生した高台があるが、ここからでは、足場にして登れそうな物は、見えない。そして最奥に、先へと続く道が見えた。

 

「不味いのぅ……。アフィン、失礼するぞ」「え、ちょ、おまっ!?」

 

返事を聞くより先に、そばの草むらにアフィンを押し倒し、二人して隠れた。

 多勢が、無勢を囲むに、適した地形。相手は、ここを根城とする、多勢。こちらは、無勢の闖入者。まともにぶつかるならば、これは、ちと、骨が折れそうじゃのぅ。

 

「アフィンや。ここに来るまでに、分かれ道は、なかったな?」

 

「いつつ……。あ、あぁ。ゴールに行くには、ここを通るしかない」

 

ここに来るまで、遭遇した原生種共は、一匹残らず仕留めた。評点にあった討伐率は、二人揃って見逃す、などと、間抜けな事をしていない限り、100%を保っている。しかし、もしここで、今までに仕留めた数以上の敵が、出たならば……。群れでの狩りに適した地形であるからして、可能性は、低くはなかろう。

 妾の記憶が、間違っていなければ、ここは降下地点から指定地点までの、およそ2/3の位置じゃ。まだまだ先が続く以上は、ここで討伐率を下げてしまうのは、得策とは言えぬ。

 かと言って、今までのように一匹ずつ、ちまちまと倒していては、余計な時間を食う。そろそろ、フォトンアーツ(バンダースナッチ)を使うべきか、とも考えたが、頭の隅に追いやった。これは、一対一の状況に於いて、真価を発揮する技だ。一対多で無策に繰り出しては、余計に己の身を、危うくする可能性すらある。大剣(ソード)も同様。それどころか、この武器種自体が、一対一の性質が強く、隙も、威力相応に大きい。であるならば…。

 自在槍(ワイヤードランス)を取り出し、アフィンを、見る。アフィンのクラスは、レンジャー。長銃と、もう一種、『この場に最適な武器種』を支給されている。

 

「よく聞け、アフィンよ。一先ずお主は、ここに伏せたまま、隠れておれ」

 

「俺は、って、じゃあ、お前はどうするんだ?」

 

「見ておれば、お主ならば分かる。妾が、何をするのか。お主が、何をすべきか」

 

詳しく説明する時間も、惜しい。しかし、アフィンならば、察してくれるであろう。簡潔に、最低限を伝えた。

 

「では、参る!」

 

「おい、楓、待て!」

 

アフィンの静止が聞こえた。だが、止まってはやれぬ。この役割は、ハンターにしか、出来ぬゆえな。

 

 とにかく、初手で背後を取られてはならぬ。高台を目指し、駆ける。その最中に、正面から、遠吠えが響いた。発生源は、まず間違いなく、正面の高台であろう。二つの進入口を、死角なく見張れるあそこに、番を置いたか。なるほど、小癪な真似をしおるわ。

 見張りが吠える間に、高台に到着。切り立った土壁を背にし、あらん限りの声を張り上げ、己の存在を誇示した。

 

「ほれ、獣共! 餌はここにおるぞ! さぁ、腹を満たしたいのならば、出て来い! この妾を、喰らい尽くして見せよ!」

 

気勢の良い獲物に惹かれたか、はたまた遠吠えに引き寄せられたか。広場を囲む崖から、ガルフが。そこかしこに生える木々から、ウーダンが。まるで競うように飛び出した。その数、十五匹。10時方向に、ウーダンが六匹。1時から3時に、ガルフが九匹。見張りがガルフである事、そしてガルフの数が多い事から見て、ウーダンは、おこぼれを狙っているのじゃろう。

 

「か弱き乙女一人に、数を頼むか。これはこれは、恐ろしいのぅ」

 

たん、と、静かな音。同時に、土壁を、礫が転がり落ちる音。ふむ。恐ろしい、などと言ってはみたがーー

 

「ーーまぁ、タダで喰われては、やらんがの?」

 

高台から飛び掛かった、見張りのガルフ。その、大きく開かれた、鋭い牙が並ぶ口へ、『ワイヤーが伸びない』ワイヤードランスを、振り向きざまに捩じ込んだ。

 

 ここまではパルチザンを使っていたが、本来、妾が最も得意とする武器種は、とある細工を施した自在槍。その細工とは、ワイヤー伸縮機能の『封印』。

 無論、立ち回りには、多大な制限がかかる。まず、単純に間合いが狭くなる。そして、一切のフォトンアーツが使用不可能になる。しかし、それを差し引いても、妾が受ける恩恵は、大きい。

 大剣よりも、長槍よりも、ましてや他クラスの武器種よりも、遥かに馴染む。ただでさえ短くなったリーチだが、本音を言うなら、もっと短くとも良い。

 そして、フォトンアーツが使えぬなら、より多くの攻撃を、急所へ打ち込めば良いだけの話。それを可能とする程に、己の身体も動いてくれる。

 ワイヤーを封印した自在槍の間合いは、素手のそれと、非常に近い。或いは、妾のプリセットは、素手で戦うよう、記録されているのやも知れぬな。何? ならば素手で戦え、とな? 嫌じゃ。妾のか細い手が、折れてしもうたら、どうしてくれる。

 

 ガルフ共が動くより先に、ウーダンの群れへ踏み込み、最も奥にいたやつの喉を、抉り潰す。鮮血が噴き出す前に、すれ違うように、群れの真後ろへ抜けた。頭ならば、良し。違ったとしても、手下を殺され、黙ってはおれぬだろう。

 ようやく、ガルフが動いた。ウーダン共の後ろで足を止めた妾へ、五匹が飛び掛かる。統率の取れた、一点目がけての攻撃。しかし、それ故に、回避は容易。

 

「がっつき過ぎは、みっともないぞ?」

 

爪が、牙がかかる寸前で、左手側に跳んだ。動きは、最小限。でなければ、『まとまらぬ』。五匹の後ろで控えていた四匹へ、回避の勢いを乗せて跳躍。打ち下ろすように放った攻撃が、たまたま目に付いたガルフの、首を切断した。

 ウーダン一匹、ガルフ二匹、討伐。どちらの群れも、仲間を殺された怒りからか、目がギラギラと、獰猛な輝きを湛えている。ここからが、正念場、じゃな。

 

 回避は、紙一重。移動は、極短距離。必要以上に、大きく動いては、いけない。大きく動けば、それだけ、時間が失われる。機が、逃げる。焦りは禁物。心を静かに保ち、いかな攻撃にも、冷静に対処する。

 苛烈になった攻め手。しかし、今の妾ならば、捌くのは容易い。迂闊に飛び込んだウーダンの鳩尾を、カウンター気味に貫く。これで、残るは十二匹。あと二匹も蹴散らせば、仕留めた数が1/3を超えるかと言う、その時。

 

「楓! 下がれぇぇぇぇぇッ!!」

 

アフィンの雄叫びと同時に、敵の後方で、爆発が起きた。敵への被害は……ない。まさか、外したか……?

 

 違う。アフィンが、このような初歩的なミスを、犯すはずがない。

 声と弾着は、同時。爆発は、小規模。敵の様子はーー突然の破裂音に、一斉に足を止め、その方角に首を向けた。

 つまりは、『本命』への布石。

 

「承知した! やってしまえッ!」

 

 敵の注意が逸れた今こそ、離脱の好機。交戦圏から跳び退き、一目散に高台の陰に隠れた、次の瞬間。

 

 凄まじい爆音が、大気を揺るがした。

 

「おぉ、激しいのぅ……。腹の奥に、ズン、と響いたわ……」

 

恐る恐る、身を乗り出して、『爆心地』の様子を伺った。着弾地点と思しき位置は大きく抉れ、そこを中心に、地面や草が焼け焦げている。ほんの先程まで、妾を襲っていた原生種の群れ(研究サンプル)は、今まさに、青い輪に幾重にも縦に囲まれ、転送されようとしているところじゃ。爆発から逃れられた敵は……いないようじゃの。

 

 大砲(ランチャー)のフォトンアーツ、『ディバインランチャー』。炸薬をギッシリ詰め込んだ砲弾を撃ち込む、大技じゃ。威力は、ご覧の通り、破格。しかして、その爆発範囲も、度を越しておる。故に、使いどころは、非常に限られる。下手にぶっ放せば、味方を吹き飛ばしてしまうからの。

 これを、まともに使うのであれば、手段は三つ。固まっている敵の群れに、出会い頭に撃つか、一人で出撃するか、今回のように、前衛を囮にし、退避させてから撃つか。

 いずれにせよ、使いどころを見極められれば、これほど頼りになるフォトンアーツも、あるまいて。

 

 ランチャーを背負い、こちらへ歩み寄るアフィンに、妾は、手を振った。目論見通りの、完璧な仕事。これはもう、妾の方から手を突いて、相棒にしてくれ、と頼まねばならぬのぅ。

 と、思っていたのじゃが。

 

「何やってるんだよ、ろくに相談もしないで!」「なぬ?」

 

怒鳴りつけられてしもうた。ど、どうしたのじゃ?

 

「あれだけの数の原生種に囲まれてさ! そりゃ、お前が囮になってくれた、ってのは、すぐに分かったよ。だけど、そのまま、嬲り殺しにされたかも知れないし、俺の攻撃に巻き込まれてたかも知れない! なのに、どうして、あんな無茶したんだ!」

 

むぅ。こやつ、妾の心配を、しておったのか。妾は、何も心配など、しておらんかったと言うに。

 しかし、アフィンが、本気で心配してくれていたのは、この怒りぶりを見れば、明らか。そこは、素直に謝るしかない。

 

「相談せずに先行したのは、済まなんだ。この通り、許しておくれ」

 

深く、頭を下げた。じゃが、妾とて、確信もなしに飛び出したのではない、と言うのは、理解してもらわねば。

 

「なにゆえ、無茶をしたか、であったな。簡単な話じゃ。あれがハンター(前衛)の仕事だからじゃな」

 

 互いにカバーしつつの戦闘。これはあくまでも、クラスに関係ない、基本中の基本。そこに前衛の場合は、後衛の盾、囮が加わる。

 防御にフォトンを多く割く為、ハンターの打たれ強さは、後衛となる二つのクラスを上回る。それを活かし、時に敵と最前面でぶつかり、時に単独で敵の群れに躍り出る。後衛が、最小限の危険で、最大の火力を発揮する為に。

 

「妾は、お主に言うたよな。妾の戦い振りを、見ておくれ、と。お主の背中を守るに相応しいか否かを、見極めておくれ、と」

 

「……あぁ、確かに、聞いた」

 

「ゆえに、じゃよ。この際じゃ、言ってしまおう。相棒の提案、妾は、嬉しかったのだ。戦場で、安心して命を預ける仲間が、出来るかも知れぬと」

 

「そ、そうなのか。だけどーー」「まぁ、聞け」

 

何か、返そうとしていたようじゃが、遮り、

 

「だからこそ、妾は、示さねばならぬのじゃ。お主が背を、命を預けるに足る、アークスであると。ゆえに、お主の腕を信じ、身体を張り、前衛としての仕事を、全うした。お主には、不服かも知れぬ。じゃが、これは譲れぬぞ」

 

全て、伝え切った。思うままを、全て。これが受け入れられぬならば、それはもう、しようがないのぅ……。

 

「……合格」

 

 む? 聞き間違いでなければ、こやつ、今ーー

 

「あぁもう、合格だよ! 楓は、十分に見せてくれた! だから、合格!」

 

「ま、まことか? 妾は、そなたに認めてもらえたのか!?」

 

「あんな立ち回り見て、不合格なんて、言えるわけないだろ?」

 

「うむ、うむ! 妾も、あれは会心の舞であった、と思っておるぞっ!」

 

おぉ、なんと、心の軽い事か! ようやっと、認めてもらえた!

 

「ただし、条件がある」

 

「うむ、何でも申してみよ! 尻か? それならば、いくらでも見せてやるぞっ!」

 

「ちげーよ、そのネタ引っ張んな! ……次からは、どう動くのか、ちゃんと、説明してから動いてくれ。今回は、俺も、たまたま上手く行った、って思ってるからさ」

 

「何じゃ、そんな事かえ。あい分かった、微に入り細に入り、何でも説明してやるからのっ!」

 

つまらんのぅ。まぁ、それは船に戻ってからでも、良かろうて。ふふん、期待しておれよ?

 

「では、この機会にもう一度、名乗らせてもらおうか。そなたの相棒、楓。これより先、そなたの背中を守る者じゃ。末永く、よろしく頼む!」

 

「……アフィンだ。お前の背中は、俺が守ってみせる。よろしくな」

 

差し出した手を、やや遅れて握り返された。口調も、どことなく、歯切れが悪い。むぅ、緊張しておるのか? 相棒同士の間柄に、そのような遠慮など、無用だと言うに。

 

「良し、良し。それでは、先を急ぐとしようぞ。なに、心配するな。妾とそなたの前に、敵なぞおらぬっ!」

 

「……そう、だな。良し、行こう」

 

 決意を新たに、駆け出す。その一歩を踏もうとした、その時。アフィンが、「……ごめん」と、か細い声で呟いたのが、聞こえた。はて、こやつが、妾に謝るような事が、何かあったかの? 妾からならば、いくらでもあったはずじゃが。

 

 

 

 指定地点まで、あと僅か、と言ったところか。心強い相棒を得た妾たちに、障害などない。道を阻む敵なぞ、一蹴してやったわ、かかかっ!

 そして、妾たちは、崖が形作ったような十字路に着いた。

 

「ふむ。確か、ここを直進すれば、良いのだったかの」

 

「俺も覚えてるぜ。後は、脇道に逸れなきゃ、ゴールはすぐそこだ」

 

「良し、では、参るか!」

 

あと少しで、任務完了。そして、アフィンと共に正式に、アークスとして認可される。

 

 十字路を走り抜けようとした、その時。

 

 警報が、耳朶を叩いた。

 

 あまりに、唐突。足が、止まった。

 

「な、何じゃ!?」「警報!?」

 

 通信を聴き逃した者から、脱落する。ゼノ殿の言葉を思い出し、警報に続く、連絡を待った。

 

 オペレーターからの連絡に、妾は、己の耳を疑った。

 

『訓練生及び担当官へ、緊急連絡! ナベリウス各地にて、フォトン係数が、危険域に突入しました! 繰り返しますーー』

 

 フォトン係数……危険域……。これらの言葉が意味するもの。

 訓練校で、教わった。この言葉はーー

 

『ーーコードDを発令します!』

 

 ーー天敵が、現れる合図。




ワイヤードランスPAを全否定しちゃってますが、ゲーム本編とは、色々勝手が違う、と言う事で、ご容赦頂ければ幸いです。

文中に登場するクラスはハンター、レンジャー、フォースのみですが、ファイターなど、それ以外のクラスは、まだ存在していません。追加要素は可能な限り、ゲーム中での実装時期に合わせています。

修了任務編が終わったら、ここまでの登場人物を含めた、まとめを書いてみようかと思っております。

2017/07/09 10:23
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2017/07/13 9:29
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2017/07/17 9:13
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第五話 天敵の襲撃

黒人さんの事、時々でいいから、思い出してください。

シャープオーダーを着ているので、恐らくRaだとは思うのですが、あんな鉄火場で彼は、武器も持たずに何をしていたんでしょう……。
そんな、いつの間にやらムービーから消えていた彼ですが、本作では、一体どうなってしまうんでしょうね。



 事前に知らされていて、良かった。肝は冷えたが、覚悟は、出来ておる。妾は、ワイヤードランスを握り直し。アフィンは、ランチャーからライフルに持ち替え、弾倉を交換した。

 

『訓練生各位へ、通達。目標地点を、更新します。マップを確認し、至急、移動して下さい。なお、ダーカーの詳細な出現位置は、予測不可能です。全方位への警戒を、怠らないで下さい。繰り返しますーー』

 

繰り返される連絡を聞きながら、端末で地図を開き、新たな目的地を、確認した。今までに通った道と、妾たちの現在地を示す光点、そして、この十字路を直進し、少し進んだ辺りに、別の光点が表示されている。この光点が、目的地か。

 

『以降は、各担当官と、連絡を密に取りつつ、行動しーーッ!? 通達、空間許容限界を突破! ダーカー、出現します!』

 

「いよいよ、来よったか……。アフィン、準備は良いな?」

 

「聞くまでもない、だろ?」

 

「かかか。そなたも、言うようになったのぅ」

 

「っと、来るぞ!」

 

 眼前の空間が、小さく、赤黒く、滲んだ。一箇所だけではない。その横が、その後ろが、同じように、滲んだ。見回すと、目の前だけではなかった。右手側も。左手側も。後ろもーー

 

 ーー囲まれる。

 

「抜けるぞ、続けッ!」「分かったッ!」

 

徐々に広がる滲みの、群れ。その隙間を、駆ける。身を守るフォトンと、滲みーーダーカー因子の集合体が、互いに干渉し合い、小さく爆ぜた。身体に、その衝撃が伝わるが、傷は負っていない。ならば、意に介す必要もない。そのまま、抜けるのみよ。

 

 どうにか、完全に包囲される前に、抜け出せたようじゃな。今の妾たちの周囲に、滲みは、ない。振り返り、得物を構えた。

 

「実体化と同時に、仕掛けるぞ。初撃で、一匹ずつ仕留め、後は流れじゃ。出来るな?」

 

「……お前の相棒だぜ? やってやるさ」

 

「良い返事じゃーー行くぞッ!」

 

不定形の滲みが、急激に収束し、形を得た。現れたのは、虫のような、四本足の、黒い化物。交戦例が最も多く、尖兵とも、斥候とも言われるダーカー、"ダガン"。交戦例の数に比例するように、一度の出現数が非常に多く、対処に手間取れば、そのまま飲み込まれる。『数の暴力』を体現したようなダーカーじゃ。

 

 しかし、まぁ。それは、あくまでも、対処に手間取った場合の話でありーー

 

 ーーこちらに背を向けて出現したダガン共の、手近な二匹の頭上へ、跳躍。落下の勢いに任せて、それぞれの胴体に、左右のワイヤードランスを、同時に突き通す。その刃は外殻を貫き、胴体下部の、ダーカーコアに達した。これまでに確認されたダーカー全種が持つ、共通の急所。それを破壊され、ダガン二匹は、糸が切れた操り人形のように頓挫し、そのまま、霧散した。

 その隣では、別のダガンが、背後から胴体を、ライフルのフォトンアーツ、『ピアッシングシェル』で撃ち抜かれた。滲みの位置から、事前に射撃位置を決めていたのだろう。放たれた弾丸は、そのさらに向こう、別の個体の胴体も、正確に捉えていた。この二匹も、外殻ごとコアを砕かれ、沈黙。

 合計四匹のダガンが、出現から5秒と経たぬうちに、ダーカー因子へと還った。残るは、九匹ーー

 

ーー手早く処理出来るのなら、ものの数ではない。

 

『ダーカー出現を観測しました! 全訓練生及び担当官は、可及的速やかに、新規目標地点へ移動し、他班と合流して下さい!』

 

遅いのう。こちらは、もう四匹も、潰したぞ。まぁ、良い。ともかく、こやつらを片付けて、さっさと移動せねば。

 それにしても、担当官、つまりゼノ殿が、来てくれるのか。現役アークスの援軍とは、実に頼もしい。妾たちも、足を引っ張らぬよう、尽力せねばならんな。

 

「ところでアフィンや。一匹ずつ、と言う話じゃったろう? 一発で、二匹も始末するとは、この業突く張りめ」

 

 アフィンに最も近いダガンのコアを、一旦屈み込んでから突き上げつつ、問うた。これで、残りは八匹。するとアフィンは、妾の背後で前足を振り上げたダガンの、コアを狙撃しつつ、こう答えた。

 

「お前だって、器用に二匹、押し潰したじゃねーか。どっちが業突く張りだよ!」残りは、七匹。

 

「なっ!? お、押し潰したなど、乙女に向かって、言うものではないわっ!」顔面ごと、コアまで抉り抜いた。残り六匹。

 

「事実じゃねーか! 踏み潰された虫みてーに、べしゃっ、だったぞ!」両前足の付け根を撃ち、仰け反ったところでコア狙撃。残り五匹。

 

「言い方、というものがあろう! まるで妾が、重いようではないか!」飛び掛かって来た二匹のうち一匹の、無防備に晒されたコアをブチ抜いた。残り四匹。

 

「お前、キャストだろ! 俺たちに比べりゃ、十分重いっての!」そのもう一匹のコアに、三点射撃。残り三匹。

 

「むきーーっ! アークスシップに戻れば、そなたらと変わらぬわっ!」怒りに任せて、蹴りでひっくり返して、コアを貫いた。残り二匹。

 

「論点ズレてるぞ、今は重いって、認めたようなもんじゃねーか!」その場に伏せ、それでも狙いづらいはずのコアに命中。残り一匹。

 

「おのれぇ……、覚えておれよっ!」胴体正面から右手側の刃を突き刺し、上方から左手側の刃を振り下ろした。これで、しまい。

 

 言い合っている間に、殲滅してしもうた。充実した時間だった、と言えよう。小気味良い舌戦に合わせて、次から次に敵を蹴散らすなぞ、なかなか出来る経験ではないだろうしの。

 

「ふいーっ、何とかなったな」

 

「当然じゃ。妾たちにかかれば、この程度、造作もない事よ。後は、船に戻ってから、そなたを祟れば、万事解決じゃて」

 

「すんません、調子乗ってましたーっ!」

 

おぉ、腰を90°まで折った、見事な謝罪じゃ。ならば、それに応えてやらねばな。

 

「分かれば良いのじゃ。では、この件については、止めておこうかの」

 

「この件……? え、何かこえーんだけど」

 

『おい楓、まさかワープの件じゃねぇだろうな?』

 

 おっと、アフィンをからかっていたら、丁度良いところへ、ゼノ殿からの通信じゃ。端末を操作し、双方向の回線を繋いだ。『ふぇいすうぃんどぅ』が視界に浮かび、そこに、ゼノ殿の、精悍な顔が映った。表情と、流れて行く背景から察するに、妾たちと合流する為に移動中、と言ったところかの。

 

「こちら楓。オペレーターからの通達中に出現した、ダガン十三匹を殲滅。これより、新規目的地へ、移動しますぞ。それと、その件に関しましては、後で分かるかと」

 

『ありゃあ、お前の自業自得だっつうのに……。まぁ、いい。とにかく、状況を伝える。移動しながらでも構わんが、よく聞け』

 

「承知しました。アフィン、先を急ぐぞ」「分かった」

 

全ての死骸が霧散し、元の静寂を取り戻した十字路を尻目に、妾たちは、走った。

 

 

 

 ゼノ殿の話によると、ダーカーの出現は、やはり十分に想定されていたらしい。その際の備えも、テレパイプを始め、万全としてあったそうだ。

 しかし、規模が、想定外だった。あまりのダーカー因子の集中振りに、フォトン係数は、想定されていたレベルを超えて、危険域に突入。そのせいで、携行品のテレパイプも、使用不可能となった。オペレーターからの通達に、テレパイプ使用がなかったのは、そのような背景があった為、と。

 元の目標地点のテレポーターも、ダーカー因子の妨害作用によって、現在は機能停止中。故に、最後の対策が執行される運びとなった。

 事前に決められていた二班と、その担当官二名を合流させ、計六名で、テレポーターの再起動が可能となるまで、ダーカー因子を減少させる、である。

 ただ、ここで、最後の問題が発生。訓練生の周囲は、特にダーカー因子が集中しており、フォトン技術を使用したテレプール降下が、不可能な状況らしい。なので、各担当官は現在、訓練生の降下地点に降り、そこから合流地点に急行している、との事。

 

 なるほど、実に、分かりやすい。要は、とにかくダーカーを倒せ、じゃな。

 

『俺も急いではいるが、何分、それなりに距離があってな。合流予定の班の担当官も、多分、到着は俺と変わらんだろう。だから』

 

「四名で協力し、持ち堪えろ、ですな?」

 

『あぁ、話が早くて助かるぜ』

 

「承知しました。ですが、早う来て頂かないと、困りますぞ? 乙女の柔肌に、傷が付いてしまうやも知れませぬ」

 

『あ? キャストの装甲が何だって? わりぃ、全っ然聞こえなかったわ』

 

「かかか。戯言ゆえ、お気になさらず。……おっと、合流地点に、無事に到着しましたぞ。他班の訓練生は、まだ到着しておらぬようですな」

 

『了解、それじゃ切るぞ』

 

「お待ちしております」

 

そこで、通信が切れた。とりあえず、他班の訓練生二名か、ダーカー共が出現するまでは、小休止、じゃな。と言っても、いつ、どこに出て来るか分からぬ以上は、常に警戒しておかねば、ならぬがの。

 

 合流地点は、段差のある丁字路だった。直進すれば、本来の指定地点がある。ここを合流地点にした、と言う事は、この脇道が、他班の順路に通じているのだろう。

 妾も、アフィンも、余力は十分にある。迎えに行こうか、と、一瞬だけ考え、即座に否定した。あの脇道の先が、どうなっているのか分からぬ故、入れ違いになる可能性がある。それに、これからゼノ殿と、もう一人の担当官殿が来るまで、ここで耐えねばならぬし、合流後は、テレポーター再起動の為に、ダーカーを殲滅せねばならん。体力は、温存しておくべきだ。

 

 二人、背中合わせに立ち、周囲に目を光らせる。また滲みが出たならば、ダーカーが現れた瞬間に仕留められるよう、構えたまま。

 そうして、幾ばくかの時が経ったところで。

 

「楓、来たぞ、他の班のヤツらだ! 後ろに何かいるけど!」

 

「む? おぉ、無事であったか! ふむ、数は少ないのぅ」

 

脇道の奥、曲がり角から、こちらへ駆ける二人組を、アフィンが見付けた。その背を追う、ダガン三匹と共に。

 あの二人が、気付いておるのかは、分からぬ。しかし、下手に振り向かせるよりは、そのまま走らせた方が、安全じゃろう。

 

「アフィン、行くぞ。お主ら! そのまま走れぃ!」

 

「よっしゃ! 先頭のヤツは頼んだ、残りは、俺が片付ける!」

 

二人目掛けて、走る。アフィンは、妾の真後ろ、やや離れ気味に追従。

 互いに全力で走っている為、距離が、あっという間に詰まった。そこで前方の二人が、妾を避けるように、左右に分かれた。避けずとも良かったのだが、せっかくだ。そちらを通らせてもらおう。

 先頭のダガンを正面に捉え、二人の間を抜ける。そして、

 

「はッ!」

 

そいつの胴体へ、右のワイヤードランスを繰り出した。彼我の相対速度が上乗せされた刃が、ダガンを襲う。ダガンは、まるで車に轢かれたかのように、全身がひしゃげてしもうた。

 それと同時、タン、タン、と軽快な音が二度響き、妾の脇を抜けようとした残り二匹が、ひっくり返った。コアを破壊され、絶命したようじゃ。

 

「うっわ。今までで、一番エグい死に様じゃないか?」

 

伏せの姿勢から立ち上がりつつ、呆れたように呟くアフィン。その呟きに、妾は鼻を鳴らし、

 

「ふんっ。猪武者には、相応しかろう?」

 

と、答えてやった。

 

 

 

 合流した他班の二人じゃが、特に自己紹介は必要なかった。緑髪のニューマン、ユミナと、黒い肌のヒューマン、アーノルド。クラスは、ハンターとレンジャー。

 アーノルドは、アフィンとは見知った仲だそうな。アフィン曰く、長銃の腕も良いが、本領は大砲らしい。なるほど、物量で攻めて来るダーカーとの戦闘で、頼りになりそうじゃ。

 そして、ユミナ。こやつは、妾の友人じゃな。ニューマンの生まれでありながら、抜群の格闘センスを引っ提げて、前衛の道を選んだ少女。巧みな長槍捌きは、妾の目標でもある。

 

「ま、楓ちゃんのワイヤードランスは、誰も真似出来ないってか、したくないけどね。あんなの、ハンデ以外の何物でもないよ」

 

「むぅ。妾には、あれが一番馴染むのじゃがのぅ…。ともかく、級友と会えて、嬉しいぞ、ユミナよ」

 

「うん、私も楓ちゃんを見て、ホッとしたよぉ」

 

ちら、とアフィンたちを見ると、左の拳同士をこつん、と合わせ、静かに笑っていた。互いの、ここまでの健闘を称え、生き残った喜びを分かち合っているのだろうか。

 何じゃ、あれは。格好良いではないかっ。

 妾も真似しようと、手を伸ばそうとした。しかし、それより早く、ユミナに抱きすくめられた。……そう言えば、こやつはもう一つ、引っ提げている物があったな。それに、顔が埋まってしまう。むむむ。妾はちっこい故、同じように誰かを抱いたとしても、童くらいしか、顔を埋めさせてやれぬ。身長が、欲しいのぅ……。

 

 

 

「さて。ユミナに、アーノルド、じゃったか。そちらの担当官殿から、状況は聞いておるな?」

 

「あぁ。ここで君たちと合流して、エコー先輩と、そちらの担当官が来るまで待機。六人揃ってから、この先のテレポーターを奪還し、キャンプシップに帰還する、だな」

 

 ユミナの胸から脱出し、情報共有。……まぁ、するまでもなく、ほぼ同じ指示が、担当官殿から成されていたが。

 

「ふむ。なるほどのぅ。じゃがーー」

 

 ただ一点、違ったのは。

 

「ーー妾たちが受けた指示は、『待機』ではなく『持ち堪えろ』じゃったな。来るぞ、戦闘準備!」

 

 滲みーーダーカーは、待機など、させてはくれぬらしい。テレポーター方面と、脇道方面に、滲みが現れた。

 囲まれてはいないが、厄介な状況。二方面ならば、前衛と後衛の二人ずつで、それぞれ対処すれば良い。じゃが、これ見よがしにガラ空きの、十字路方面が、気になる。

 どちらの方面も、滲みが多い。ざっと十は下らない数が、それぞれの道に、犇めいておる。対峙した瞬間に、十字路方面に滲みが出れば、物量による挟み撃ちの完成じゃ。

 起きるとは、限らぬ。起きぬとも、限らぬ。確率は、都合良く見積もっても、五分と五分。賭け金は、妾たち四人の命。博打としては、割りに合わぬ。

 さて、どう割り振ったものか。ダーカー出現まで、猶予は、ない。手早く吟味しようとして、しかしその思考は、重い金属音二つに、遮られた。

 

「後ろが、不安なんだろ? アイツらは、俺たちで吹っ飛ばす。やるぜ、アーニー」

 

「ユミナと楓は、後方の警戒を頼む」

 

いつの間に持ち替えたのか、アフィンがテレポーター方面へ、アーノルドが脇道方面へ向けて、ランチャーを構えた。

 なるほど、そうじゃな。まさに、ブチ込む好機。

 

「餅は餅屋。うむ、こちらは任された!」

 

「アフィン君とアーニーは、私たちが守ってあげるよ!」

 

ダガン共が顔を出し、アフィンとアーノルドが、引き金を引いた。吐き出された砲弾が、噴煙を伴い、今まさに現れんとするダガンの群れに、直進する。実体化と、着弾は、同時。

 

 爆炎が、フォトンが、群れを飲み込んだ。

 

 それぞれの道への、ディバインランチャー。過剰とも思える爆炎は、地形を変えんばかりに猛り狂い、フォトンは、ダーカーの存在を許すまじと荒れ狂う。衝撃で千切れ、爆風で舞い上がったダガンの残骸が、ダーカー因子となって消え行くのが、見えた。

 

 この機に現れるようにしていたのか、それとも、仲間をやられたからか。十字路方面に、多数の滲みが出現した。あまり嬉しくもないが、予想が、当たった。

 

「来おったな。ユミナ、抜かるでないぞ!」

 

「大丈夫、一緒に頑張ろぉ!」

 

頃合いを見計らって、パルチザンを携えたユミナと共に、二人で突撃。数は多いが、この程度ならば、何とでもなる。と思ったが……

 

「楓! 援護ーー」「アフィンッ! まだ来るぞ、あちらは、あの二人に任せろッ!」

 

……背後から、アフィンとアーノルドの声が、聞こえた。どうやら、先程までとは違って、おかわりが出たらしい。

 あちらに増援がでたならば、こちらに出ても、不思議はない。いつ来るか、それが分からぬ、となると、悠長に片付けている余裕は、ない。

 全く、ド新人を相手に、呆れた念の入りようじゃな!

 

 再び轟いた爆音を聞きながら、前足を振り上げたダガンのコアを、破壊。骸を振り払いながら、さらに前へ踏み込み、後ろにいたやつの頭部から胴体までを、縦一文字に両断。そこで、にわかに背後に、禍々しい気配を感じた。反射的に、振り返りながら薙ぎ払うと、確かな手応え。前足を二本とも失い、胴体を深々と切り裂かれ、赤黒い霧へ還らんとするダガンが、そこにいた。

 ユミナも、奮戦している。竿状武器(ポールウェポン)の利点を最大限に活かし、己の領域を侵す事は許さない、と言わんばかりに、間合いに入った瞬間に、一刀のもとに切り捨てる。ユミナへ向かって行ったダガンは、攻撃の素振りを見せる事さえ出来ぬまま、骸を晒していた。

 やはり、巧い。他の追随を許さないユミナの長槍捌きは、実戦に於いても、些かも陰りを見せない。

 

 

 

 最後のダガンを貫いた時、三度目の爆発が起きた。これで一先ず、合流地点のダーカーの数は、ゼロになった。しかし、油断は出来ぬ。戦闘態勢を保ったまま、辺りを見回す。来るならば、来い。妾たちは、逃げも隠れもせぬぞ。一匹残らず、ブチ抜いてくれよう。

 

 ところが、しばし警戒してみたものの、ダーカー共は、姿を見せなかった。諦めたのか。それとも、戦力の逐次投入は下策、と悟ったのか。まさかとは思うが、出現と同時にバラバラにされて、恐怖を覚えたか。

 いずれにせよ、合流地点は、元の静けさを取り戻した。風に煽られ、穏やかに靡く木々の声に、度重なる襲撃でささくれ立った心が、ゆっくりと凪いでいくのが、分かった。

 

「どうにか、無事に終わった、かな?」

 

「さすがに、疲れた……。気力が、ごっそり持ってかれた感じがするぜ…」

 

「ディバインランチャーは、消耗も激しいからな……。済まんが、俺たちは少し、フォトンの回復に集中する」

 

「うむ。後は、妾とユミナに任せよ」

 

 フォトンアーツやテクニックは、体内のフォトンと引き換えに、行使される。そして、その威力や効果か高い程、負担も増える。ディバインランチャーは、その最たる物。この短時間で、あれだけ連射すれば、疲弊するのも、無理はない。

 アフィンとアーノルドを、丁字路中央の木陰に座らせ、ユミナと二人で、警戒に入る。

 

「ユミナよ。ガンスラッシュは、扱えるかえ?」

 

「んー。セイバーモードなら、それなりって程度かな。ガンモードは、練習したけどムリ。私、射撃は、からっきしみたい」

 

「妾と同じか。後衛なしじゃが、妾とお主ならば、凌げるじゃろうて」

 

寄らば切るユミナと、寄って切る妾。妾が前に出て、抜けたやつをユミナが仕留めれば、擬似的ではあるが、前衛と後衛として戦えよう。

 

 アフィンたちに敵を近付けぬよう、木から離れる。その時、妾たちは、確かに、気が抜けていた。敵の攻勢を跳ね除けた安堵で。その後の、打って変わった静寂で。故に、あの二人から、目を離してしまった。

 配置につき、周囲に目を配り、そこでようやく、気付いた。道が交差する位置の、その崖上。つまり、アフィンとアーノルドの、真上。葉陰に隠れたダガンに、ようやく、気付いた。

 彼奴らは、諦めてなど、いなかった。下策を悟ってなど、いなかった。ましてや、恐怖を感じても、いなかった。

 彼奴らは、狙っていたのだ。波状攻撃を囮として、妾たちがそれを退け、安堵し、油断する瞬間を、狙っていたのだ。

 無限とも言われる、ダーカーの軍勢。それに比べ、アークスは、あまりにも少ない。その圧倒的という言葉すら生温い物量差を武器に、彼奴らは、一人一人、確実に潰す作戦を、選んでいたのだ。

 理解した頃には、もう、遅い。ダガンの、無機質な目は、アーノルドを捉えていた。

 

「アーノルド! 逃げろぉッ!」

 

声の限りに、叫んだ。遅い。駆け出した。遅い。気付いてからの、妾の行動。その全てが、遅かった。既にダガンは、崖を飛び降りていた。前足の鋭利な爪が、戸惑いながら武器を構えようとするアーノルドに、迫る。そしてーー

 

 ーー黒色が、弾けた。




黒人改めアーノルド。彼の運命やいかに。

ゲームストーリーの改変は、基本的にありません。

今回、序盤に楓が地図を見ていますが、端末から見れる地図=ゲーム中に『Mキー』で確認出来る地図です。なので、自分が踏破した箇所しか表示されません。前回まで、楓もアフィンも、記憶を頼っていたのは、この為です。

2017/07/17 9:18
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第六話 帰還路の奪還

第五話が、丁度良いところで切れたので、大変申し訳ありませんが、週一のアニメのように、間を開けさせて頂きました。

登場人物が増えると、どうしても、会話が長くなってしまいます。プレビューで、逐次確認してはいますが、読みにくかったら、申し訳ありません。


 ダガンの爪が、アーノルドに迫る。その動きが、やけに緩慢に、ゆっくりと見えた。

 妾の位置は、遠い。いかな奇跡が起ころうと、この刃が届く事は、あり得ぬ。普段なら何と言う事もない、絶望的な距離。

 その時、だった。

 

「『グランツ』ッ!」

 

可憐な声と共に、幾本もの光の矢が、ダガンを襲った。頭部を抉られ、足を千切られ、コアを貫かれ、ダガンは中空で霧散した。

 

「光の、テクニック……? 一体、誰が……」「楓ちゃん、後ろッ!」

 

正面のユミナが、青褪めた顔で、妾の後ろを、指差している。振り返り、前足を掲げたダガンを見てーーその背後。こちらへ、凄まじい勢いで駆け寄る赤い影に、目を奪われた。

 

「うおおぉぉぉりゃあァァァァッッ!!!」

 

 雄叫びを上げながら跳躍し、空中で二回点。その勢いを乗せ、手にしたソードを、ダガンに叩き付けた。その一撃で両断されたダガンの骸が、弾けるように、左右へ飛ぶ。それでも残った勢いで、刀身が地面に、半ばまで埋まってしまったのだから、その威力は推して知るべし、であろう。

 

「……いや、恐ろしいくらいドンピシャ。お前ら、怪我はないな?」

 

地面からソードを引き抜きつつ、あっけらかんとした様子で、妾たちを気遣う、赤い影は、

 

「……危うく、妾の柔肌に、傷が付くところでしたぞ、ゼノ殿」

 

「だーから、柔肌なんざ、どこにあんだよ?」

 

妾とアフィンの担当官、ゼノ殿であった。

 

「ほれ、この太ももに……とまあ、戯言は、さて置き。ともかく、危ういところを、助けて頂きましたな。御礼申し上げます」

 

「気にすんなって。それも、俺たち担当官の仕事だ。おいエコー、そっちの訓練生は、大丈夫か?」

 

「えぇ、二人とも無事よ。奇襲を受けて、ちょっとショックを受けたみたいだけど」

 

ゼノ殿の視線を追ってみると、ユミナの頭を撫ぜている、ニューマンの女性が。背中には、長杖(ロッド)を負っている。と言う事は、先程、アーノルドに襲い掛かったダガンを倒したのはーー

 

「ーーそ、そうじゃ。アーノルド、済まぬ! 気が抜けておった、怪我はないか!?」

 

「あぁ、問題ない。こちらも、回復にかまけて、身の回りを気にしてさえいなかった。お互い様、と言うやつだ」

 

 アフィンと並び、こちらへ、確かな足取りで歩み寄るアーノルドに、頭を下げたが、あっさりとした様子で、返された。

 

「楓も、襲われかけただろう。だが、俺も、お前も、こうして生きている。怪我一つなく、な。それで、良いじゃないか」

 

「……分かった。お主が、そこまで言うてくれるのなら、この話は、しまいじゃ」

 

畳み掛けられるような、妾を気遣う言葉に、それ以上、何も言えなくなった。だが、借りっ放しは、妾の主義に反する。いずれ、何らかの形で、返させてもらうぞ。

 

 一悶着あったが、六人全員、無事に合流を果たした。後は、この先にあるテレポーターを奪い返して、船へ帰るだけ、じゃな。

 

「お前らの、対ダーカーの戦い振りは、移動中に見させてもらった。エコーの班の二人は、うちの二人のマグを通してだが。最後の最後は片手落ちだったが、他は問題なし。合格だ。エコー、後衛としての意見はあるか?」

 

「レンジャーもフォースも、実戦では、ハンターより前に立って、戦わなきゃいけない時もあるの。アーノルド君と、えーと……」「はいっ! アフィンです!」「う、うん、アフィン君ね。二人とも、よく気付いて、実践出来たね。あたしが修了任務を受けた時は、ずっとペアのハンターの後ろで、テクニックを撃つだけだったから、本当に、凄いと思う」

 

「はいっ! ありがとうございますっ!」「ありがとうございます、今後も精進します」

 

アフィンめ、妙に、舞い上がっておるな。妾の方が、恥ずかしいぞ。ほれ、見てみろ、あちらの担当官ーーエコー殿の顔を。頬が、引き攣っておられるではないか。少しは、冷静に謝辞を述べるアーノルドを、見習え、と言うものだ。

 

「ユミナちゃんと楓ちゃんも、二人の提案を、二つ返事で受け入れて、後ろの守りに入ってたね。これが、頭の堅い人だったら、なかなか譲らなくて、前衛後衛入り乱れての乱戦になってたよ」

 

「だって、アーニーにお願いされちゃいましたから!」「アフィンを信じ、任せるのもまた、相棒たる妾の務めですゆえ」

 

こくこく、と頷くユミナ。その隣で、妾も胸を張った。ふふん、当然じゃ。妾とアフィンは、相棒同士なのじゃからなっ。

 

「んじゃ、前衛の俺からも、前衛と後衛の総評ってやつを、述べるとすっか。つっても、俺の得物は大剣だから、武器の扱いに関しちゃ、深くは言えねぇけど」

 

ゴホン、と、それらしく咳払いをする、ゼノ殿。何と言うか、壊滅的に、似合っておらぬな……。

 

「まず、前衛組。ユミナの、間合いの取り方。楓の、暴れっ振り。今すぐ正式なアークスとして、前線に立って欲しいくらいだ。訓練校で、良く頑張ったみてぇだな」

 

「こ、光栄です、これからも頑張りますぅ!」「あ、暴れ……? だから、妾は、舞っておるのだと……」

 

「ダガンをぺしゃんこにしたアレは、断じて舞とは認めねぇぞ、誰が何と言おうと」

 

あ、あれは、行きがかり上、仕方なく……。

 

「次、アフィンとアーノルドの後衛組。自分から前に出た、あのガッツ。気に入った! 正式にアークスになったら、俺とクエストとか、任務とか行こうぜ!」

 

後ろから、アフィンとアーノルドの頭を両脇に抱え、ニコニコ笑顔で告げるゼノ殿。先輩の立場から任務に誘うとは、余程、あの二人が気に入ったらしい。ああ言う、男ならではの親愛の表現と言うのも、ちと、羨ましい。と言うか、先の拳こつんと言い、この頭抱えと言い、男同士のやり取りは、何とも、格好良い。憧れるのぅ。

 

「ちょ、ちょっとゼノ、あなたの後衛は、あたしでしょ!?」

 

「あん? 何を必死になってんだ、お前は」

 

そんなゼノ殿に、エコー殿が、慌てた様子で、噛み付いた。と思ったら、冷静に返されて、今度は、もじもじし始めた。ほぅ、これは……。

 

「だ、だって、前衛二人と後衛二人が、パーティの基本でしょ? アーノルド君とアフィン君を同行させたら、残ってるのは、前衛一人だから……」

 

「二人まとめて同行させる、なんて、誰が言ったよ? 俺のやり口を知ってるヤツがいないと、俺も戦いづれぇんだけど」

 

ほぅ、ほぅ。

 

「そ、そっか! そ、それに、ユミナちゃんと楓ちゃんから、パートナーを取っちゃったら、駄目だもんね!」

 

「そーゆーこった。どっちのペアも、上手く噛み合ってる。俺だって、お前を、頼りにしてんだぜ?」

 

「うん、うん!」

 

ほぅ、ほぅ、ほほぅ。

 なるほどのぅ。このお二方の関係が、少し見えた気がする。なかなかどうして、微笑ましい間柄のようじゃ。

 

 

 

 ゼノ殿たちからの総評が終わり、作戦会議。地べたに、ゼノ殿が端末を置き、それを六人で囲む。端末は、ナベリウスの『ほろぐらむ』だか『ほろぐらふ』だかを拡大し、この付近を映している。

 

「俺たちの現在地は、ここ。テレポーターは、ここだ。見ての通り、テレポーターが配置されてるのは、ちょっとした広場だ。アフィン、この場合の注意点を言ってみな」

 

「は、はいっ。広場と言っても、そんなに広くはないから、全員で突入すると、間違いなく乱戦になる事。それと、袋小路だから、入口が塞がれると、緊急時の撤退が、難しくなる事、ですか?」

 

「その通りだ。それじゃ、次、エコー。担当官が持ってる情報を、伝えてやってくれ」

 

「了解。コードD発令から、今までに確認されたのは、ダガン、"カルターゴ"、"エル・アーダ"の三種。カルターゴとエル・アーダは、テレポーター周辺でのみ、出現が報告されてるわ。各担当官との合流後だから、その二種との戦闘による戦死者は、幸いな事にゼロ。負傷者は、出てるみたいだけど……」

 

「えーっと、それってもしかして、もう帰れた班もある、って事ですかぁ?」

 

「そうよ。ほとんどの班が、テレポーターの奪還に成功して、もうキャンプシップに戻ってるわ」

 

「ほとんどが戻った、か……。エコー先輩、俺たち未帰還班と、それ以外の班に、何か、違いがあるのですか?」

 

「良い質問ね、アーノルド君。その未帰還の班って、全部、ハガル所属の班なの。ハガル所属班は、この近くを順路に指定されるんだけど、オペレーターの話だと、不思議な事に、この辺りだけ、ダーカーの数が特に多い、って」

 

「俺がここに来るまでにも、結構な数と出くわしたからなぁ。エコーも、そうだったろ?」

 

ゼノ殿に、こくり、と首肯するエコー殿。

 ふむ。アークス側が、多いと認識する程に、この近辺に集中していた、と。

 

「妾の舞を、一目見ようと、集まったのじゃろうな。ダーカー共め、なかなかどうして、目が肥えておるではないか。かかか」

 

「……危ねぇキャストを潰してやろう、って腹だったりしてな」

 

「聞こえておりますぞ、ゼノ殿」

 

しかし、茶化してはみたものの、理由はダーカーのみぞ知る、じゃな。何か、理由があったからこそ、なのじゃろうが、まるで見当が付かぬ。ここまでの、彼奴らの行動を鑑みて、予想を立てるのなら、アークスの数を削る為に、たまたま、ここら辺りに集中した、と言ったところか?

 判断材料が、まるで足らぬ。とりあえず、この問題は、捨て置いて良かろう。

 

「ともかく、ここまでの情報を総合すると、だ。テレポーター周辺には、ダガン以外にも、カルターゴ、エル・アーダが出現する可能性が高い。念の為、"ブリアーダ"が出る可能性も、頭に入れとけ。数は、間違いなく、他の班が相手した連中よりも多い。お前ら、VRでの戦闘経験は、あるな?」

 

妾を含めた四人が、しっかりと頷いた。

 格闘能力は皆無だが、ダーカー因子を収束させ、高威力のレーザーを放つ、カルターゴ。左右へ不規則に動き、隙あらば目にも留まらぬ速さで突進し、鋭利な爪を繰り出す、エル・アーダ。毒性を有するダーカー因子凝縮弾の他、ダガンよりも戦闘能力の高い"エル・ダガン"を産み出す、ブリアーダ。

 いずれも、ダガンを遥かに上回る、脅威じゃ。

 

「なら、それを思い出しながら、戦え。あのプログラムには、過去の戦闘記録が、全部反映されてる。あの訓練で、上手くやれたなら、実戦でも、問題ねぇはずだ」

 

「承知いたした」「了解っす!」「わっかりましたぁ!」「了解しました」

 

口々に、了解の意を伝えた。最早、それ以外を、口にする段ではない。やらねば、帰れぬのだ。

 

「広場への突入は、こっちの班の三人だけだ。エコーの班は、入口の確保を頼む。楓、ユミナ、どうして、この割り振りになったか、分かるか?」

 

「広場とは言え、狭い空間での戦闘ならば、前衛が多い方が、戦いやすい。加えてアフィンは、長銃での前衛の援護に長けている為、ですかな?」

 

「入口付近は狭い道だから、大砲の爆発を活かしやすいアーニー、射線を気にせずにテクニックを撃てる先輩、それと、自分の事で恐縮ですけど、一定の間合いを維持出来る私が、揃ってるからだと思いまーす」

 

「良し、完璧だ。それと、分かってるとは思うが、アーノルド」

 

「ディバインランチャーは、使うな、ですね?」

 

「ホント、優秀なヤツらが揃ったもんだわ。それじゃ、作戦会議は、以上だ。そろそろ帰ろうぜ、俺たちの船に」

 

「みんな、あんまり気負わずにね。無理したら駄目だよ?」

 

「む、しもうた。アレンへの土産の湧水が、用意出来ておらぬ……。この際だ、土でも良いか……?」

 

「土もらって喜ぶやつって、どんなんだよ……」

 

「でもでも、戦場の土を、生き残った記念に持ち帰るアークスもいるって、聞いた事があるよぉ?」

 

「修了任務のはずが、とんだ激戦になったからな。持ち帰るのも、悪くないかも知れん」

 

 全員が、程良い具合に、肩の力が抜けておる。では、参ろうか。おてて繋いで、野道を行けば、と言うやつじゃな。

 

 

 

 大した距離を移動せぬうちに、広場に差し掛かった。ここからは、妾たちの班と、エコー殿の班は、別行動じゃな。

 

「それじゃ、お前ら、覚悟は良いな? ……突入ッ!」

 

 ゼノ殿の合図で、三人で、広場ヘ突入。テレポーターは……見る限り、無傷のようじゃな。

 

「先輩、楓! ダーカーだ!」

 

周囲に、お馴染みの滲みが現れた。しかし、大きさの違うものが、いくらか混ざっている。見慣れた大きさの、特に数の多い物は、ダガンであろう。では、まるで大きさの違うーー二回り以上も大きい、あれらは。

 

「あのサイズ……、カルターゴが五、エル・アーダが三、だ! ダガンは、数えるのも面倒くせぇ!」

 

囲まれはしたが、ここに至っては、是非もない。どうせ、広場の周りは、高い崖だ。その崖に沿うように、滲みが現れたのだから、どう足掻いても、その外側へは、抜けようがない。

 

「エコー! そっちはどうなってる!?」

 

「こっちは、カルターゴが二匹、それとダガンがいっぱい!」

 

「こっちよりは、楽か。引き返すつもりはねぇが、一応、しっかり確保してくれよ!」

 

「分かってる、任せといて!」

 

ダガンが、一斉に、滲みから顔を覗かせた。カルターゴとエル・アーダも、徐々に、その輪郭を浮かび上がらせている。

 

「今のとこ、ブリアーダは、いねぇな。楓、お前は、カルターゴを始末しろ。エル・アーダは、俺が片付ける。アフィンは、俺と楓の援護だ。出来るな?」

 

「承知。アフィンや、互いに、尻を守り合おうぞ」「尻は、もう良いっての!」

 

「そんだけ元気がありゃ、安心だな。よし、行くぞッ!」

 

ダーカー共の出現と同時に、武器を構え、駆け出した。ゼノ殿は、エル・アーダへ。妾は、カルターゴへ。アフィンは、妾の後方を、守るように。

 

「彼奴の懐に入る!」

 

「よっしゃ! 邪魔なのは、俺が蹴散らす!」

 

 妾が仕掛けた、カルターゴ。こやつは、厄介な事に、可動式の盾を持っており、正面からの攻撃の一切を止め切る。攻撃の際は、まるで威嚇するかのように広げるが、それ以外は、貝のように閉ざされ、頭部を守っている。

 かと言って、他が脆弱かと言われれば、そのような事はない。盾ほどではないが、こやつは、全身が、異常に硬い。確かに『足を使っての移動』は不得手だが、その欠点を補うにしても、やり過ぎとさえ思える。

 さらに、強靭な個体に限定されるが、こやつ、『足以外を使っての移動』の術を心得ておる。一度、己の身体をダーカー因子に分解し、別の場所で、再構築するのだ。この移動法で、アークスを正確に捕捉し、ハンターの防御フォトンさえ貫く高威力のレーザーを、放つわけじゃ。

 攻守共に完璧な、移動砲台。妾も、初めて講義で学んだ時は、そのような感想を抱いた。しかし、こやつもダーカーである以上、共通の弱点ーーダーカーコアを持っている。その位置は、後頭部。しかも、ご丁寧に、こやつの胴体は、まるでコアを攻撃する際の足場として使ってくれ、とばかりに、後方へ伸びておる。

 要は、後背に回り込めれば、非常に与しやすい相手、じゃな。

 

 目標と定めた、右端の個体の、側面を目指して走る。この角度での接近は、背後を取る以外に、カルターゴからの攻撃を避けるにも、非常に有効じゃ。カルターゴのレーザーは、収束率が高過ぎる故か、照射面積が非常に狭く、また、真正面にしか照射出来ない。彼奴に向かって、斜め方向に近付けば、レーザーによる迎撃は、受けずに済み、安全に接近出来る。接近されれば、周囲360°にも照射出来るのだが、逆に言えば、懐に入るまでは、問題とはならぬ。

 道すがら、ダガンが邪魔をすべく、こちらへ向かって来る。しかし、無視。妾が目指すは、カルターゴ。任されたからには、しかと潰さねば。それに、彼奴らを後回しにしては、常にレーザーを警戒し、立ち回らねばならなくなる。優先順位は、ダガンなぞより、高い。

 それに、どうせダガン共は、妾には、近寄れぬ。ほれ、そう考えておる間に、また一匹、屍を晒しおった。妾の後を追うアフィンが、露払いを、してくれるからの。

 

「そのまま走れ、楓ッ!」

 

「心得た! その献身、彼奴らの屍で、応えようぞッ!」

 

 レーザーが、地を抉り、切り裂くように、迸った。しかし、当たらぬ。飛散したダーカー因子が、フォトンの守りを、叩く。こんな物、屁でもないわ。構わず、駆ける。

 間合いに、入った。全力で跳び、カルターゴの頭を越え、その胴体に着地。薄気味の悪い脈動が、硬い外殻から、足の裏を通じて、伝わった。VRにはなかった、感触。そうか、こやつらも、生きておるか。ならば、やはり、殺さねばな。

 カルターゴの頭頂部に、ダーカー因子が、集中する。身の危険を感じたか。それとも、単なる防衛本能か。構わぬ。それを撃つ前に、終わる。

 振り向きつつ、右のワイヤードランスを、突き出した。剥き出しのコアに、刃が、易々と滑り込んで行く。すぐに、少々硬い手応えを感じる。気にせず、そのまま、押し通す。そして、今度は、一切の抵抗がなくなった。

 ちら、と見て、理解した。カルターゴの頭部を、貫通していたのだ。なるほど。抵抗がなくなったのも、道理じゃな。

 霧と消える前に、得物を引き抜き、飛び降りる。そしてすぐさま、ゼノ殿の周囲のダガンへ牽制射撃を加えるアフィンの、背後に迫っていたダガンの胴体を貫いた。

 

「サンキュ、楓!」

 

「構わぬさ。それよりアフィン、ここまで寄れば、妾の心配は、いらぬ。ゼノ殿の背を、見てやっておくれ」

 

「……良いのか?」

 

「寄ってしまえば、あやつらは、木偶の坊よ。ほれ、行け!」

 

「分かった。でも、お前も、ちゃんと見とくからな」

 

 残る砲台は、四匹。同輩をやられたからか、妾を脅威と見なしたらしく、のろのろと、こちらへ向き直ろうとしている。遅い。まことに、遅い。まるで、アーノルドを助けようとしていた、先の妾のようじゃな。

 ギリ、と、己の怠慢の記憶を、奥歯で噛み殺す。思い出すべきではない。反省すべきではない。今は、この場のダーカーを殲滅し、帰還する事だけ、考えるべき場面じゃ。

 

 次の標的を決めた。妾から見て、一番手前の個体。貴様じゃ。

 カルターゴは、常に単独、あるいは横列を組み、出現する。互いに射線を確保し、初撃で、敵を仕留める為に。

 では、もし。初撃を外した上で、敵に懐に入られたなら。ド新人にすら、容易くコアを抉られる程度の個体。分解及び再構築による移動は、出来ぬと見て、良かろう。横並びの端に接近出来たなら、後は、固まって現れ、満足に動けぬ彼奴らの背後を狙い、飛び回るのみよ。

 

 横っ面目掛けて十分に接近し、跳躍。胴体には乗らずに、そのまま跳び越えつつ、コアを切り裂いた。頭部が大きく痙攣し、だらり、と垂れ下がる。これで、二匹仕留めた。残り三匹は、まだ、こちらを向き切れていない。ふん、ウスノロめ。

 二匹目に近付いた時より、正面寄りの角度で、三匹目に接近。しかしまだ、レーザーの加害範囲には、入っておらぬ。気にせず、駆ける。そして、胴体後方辺りで、振り向きつつ、急制動。ガラ空きのコアへ跳び、頭部ごと、貫き通した。残るは、二匹。

 ここでようやく、妾に、射線が通った。だが、やはり遅い。力を溜める間に、妾は、自由に動ける。……ほれ、もう、軸をズラしたぞ。出会い頭に、仕留められなんだのが、貴様らの運の尽きよ。寄って来たダガンを、一撃で黙らせ、また走る。四匹目と五匹目は、やけに距離が近い。旋回と移動の結果であろうが、妾には、好都合。手間が一つ、省けーー

 

 ーー背筋が、冷えた。

 

 踏ん張って止まり、後ろへ跳んだ、その瞬間。レーザーが、周囲の地面を、互いの胴体を、焼いた。あのまま走り、胴体に跳び乗っていたら、妾の身体は、あれに焼き切られていたじゃろう。

 こやつら、互いを犠牲にしてでも、妾を殺そうとした、と言うのか。妾を殺す為に、知恵を絞った、と言うのか。何ともーー

 

「ーー小賢しい真似を、しおるわッ!」

 

空中に漂うダーカー因子を物ともせず、再度、接近。彼奴らも再び、因子を溜めておるようだが、手の内は知れた。最早、通じぬぞ。

 四匹目に跳び乗ると同時に、コアを抉り抜き、仕留める。五匹目のレーザーが放たれたが、それが弧を描く前に、離脱。安全を確認してから飛び掛かり、五匹目のコアを、破壊した。

 

 カルターゴ五匹、討伐完了。ゼノ殿は、既にエル・アーダを倒したらしく、アフィンと共に、残敵(ダガン)の掃討に当たっている。エル・アーダは、カルターゴなぞよりも、余程強敵だと言うのに。さすがは、現役アークスじゃな。おっと、呆けてはおれぬ。

 

「遅れて申し訳ない、加勢しますぞ!」

 

「いーや、十分、早ぇよ! この虫野郎共を殲滅すりゃ、帰れるぞ。気合入れろ!」

 

「承知!」

 

手近なダガンを抉り、戦列に加わった。本日の締めの舞、鮮烈に、舞って見せようぞ。

 

 

 

 最後の一匹を、アフィンが撃ち抜いた、その時、

 

『オペレーターより、ゼノ班、エコー班へ。ダーカー因子の減少により、テレポーターが再起動しました。直ちに、帰還して下さい!』

 

ようやく、帰り道が、開かれたようじゃな。

 

「了解! 聞いたな、お前ら! また絡まれる前に、とっととオサラバするぞ!」

 

ゼノ殿の声で、エコー殿たち三人も、広場へ入って来た。欠員、なし。六人全員での、帰還じゃ。

 全員が、テレポーターの、青い輪の内側に入ったのを確認し、ゼノ殿が、端末を操作する。そして、

 

「よし。ゼノ班、目標を達成した。帰還する!」

 

「エコー班、同じく、目標達成しました。帰還します!」

 

ゼノ殿とエコー殿の宣言を聞きながら、浮遊感に身を委ね、目を閉じた。

 

 

 

 目を開けると、無機質な、見覚えのある風景じゃった。窓の外は、星々の瞬く、漆黒の宇宙。正面には、この部屋への出入口。そして背後には、微かに波打つ、テレプール。

 アイテムパックから、給水用の経口補水液を取り出し、一口。キンキンに冷えた、少し酸味のある液体が、喉を潤す。そこで、ようやく、実感した。

 

「終わったんじゃなぁ……、ようやっと……」

 

「ゆ、夢じゃないよね? 私たち、ちゃんと、生きて、帰れたんだよね?」

 

辺りを見回し、妾を見つけたユミナに、問われた。あの激戦の後じゃ。実感が湧かぬのも、無理はない。……ふむ。解してやるか。

 

「ほれ」「うひゃっ!?」

 

良く冷えた補水液のボトルを、頬に当ててやった。おぉ、随分と、可愛らしい悲鳴を上げよる。

 

「全員、無事に帰れたんじゃよ。お疲れ様じゃな、ユミナよ」

 

「無事に……。アーニーも、楓ちゃんも、アフィン君も、先輩たちも、みんな、生きてるんだよね?」

 

「全員、ちゃんと、足があるじゃろ?」

 

「う、うん……。うっ、うぅっ、ふえぇ……」

 

おどけた感じで、全員の足を指してやると、一つ頷いてから、座り込んで、泣き出してしもうた。緊張の糸が、切れたか。

 屈んで、そっと抱きしめ、頭をポンポン、と、撫でてやる。

 

「おぉ、よしよし。そなたは、良く頑張っておったぞ。頑張ったから、帰れたのじゃ」

 

「ご、ごわがっだよぉ……!」

 

「うむ、うむ。怖かったのぅ。じゃが、もう、安心じゃよ。気の済むまで、泣くが良い」

 

そんな風に、ユミナをあやしていると、そばに、アフィンとアーノルドも、尻餅でもつくように、座った。

 

「帰れたかぁ……。さっきまでのドンパチが、嘘みたいだぜ……」

 

「静か過ぎて、逆に落ち着かない……。良いのか悪いのか、あの空気に、慣れてしまったのかも知れん……」

 

みな、思う事は、同じか。しかし、正式なアークスとなれば、このような戦いは、日常茶飯事なのだろう。

 

「慣れねば、ならぬじゃろうなぁ」

 

「そう、だよな……」「合格していれば、だがな」

 

「うむ。まずは、任務の結果を聞く。話は、それからじゃな」

 

「あん? 全員、合格だぞ」

 

しみじみと語り合っているところに、ゼノ殿が、あっさりと言った。全員、合格、じゃと? 任務は、ほんの今、終わったところじゃぞ?

 

「じじい……おっと。六芒均衡の一、レギアスからの通達だ。あぁ、立たなくて良いぞ。そのまま座っとけ。今回の修了任務を受けた訓練生は、全員、正規のアークスに任命する、ってな」

 

「今入った連絡によると、他のハガル所属の訓練生も、全員無事に、キャンプシップに帰還出来たそうよ。みんな、おめでとう!」

 

「今のは、略式の辞令みてぇなもんだ。明日の午前10時に、正式な任命式が、執り行われる。実際には、それが終わってから、だな。遅刻すんなよ?」

 

「それと、これはオペレーターとして、じゃなくて、ブリギッタさんとしての、連絡ね。本当に、お疲れ様でした。明日からの業務が、とても楽しみです、だって。頑張らなきゃね!」

 

「ってわけだ。……ん? どうした、お前ら。アギニスがグレネードシェル食らったみてぇなツラして」

 

それはいわゆる、断末魔ではなかろうか。ま、まぁ、それは良いとして。

 

「い、いや、あまりにも急な話で、面食ろうておるところです……」

 

「急でもねぇよ。本来の流れでも、アークスシップに帰る頃には、結果が出てるんだからな。それが、ちょっとばかり、早まっただけだ」

 

「ユミナちゃん、良く頑張ったね。最後なんか、前衛一人だったのに、寄って来るダガンを、バッタバッタと。これで、不合格なんて結果が出てたら、管理官に怒鳴り込んでたよ。……ゼノと」「おいコラ、勝手に巻き込むんじゃねぇよ」

 

「うぅっ……、えごーぜんばぁい! ……やぁらかい」

 

「きゃっ!? ちょ、ちょっと、ユミナちゃん!? どこ触ってるの!?」

 

妾から離れ、エコー殿に抱き付いた、ユミナ。まぁ、今の妾は、金属の身体だから、確かに硬いが……。何じゃろうな、この敗北感は。

 

「アフィン、アーノルド、良かったな。だけど、覚悟しとけよ? 手が空いてるようなら、遠慮なく、連れて行くからな?」

 

「うっす、全力で頑張ります!」「期待以上の結果を出せるよう、尽力します」

 

「よーっし、上等だ、お前ら! ますます気に入った!」

 

男連中は、約束を確認してから、肩を組んで笑っていた。あぁ、妾も、あの中に入って、頭を空っぽにして、馬鹿笑いしたいのぅ……。

 

 兎にも角にも。新光暦238年2月20日。時計によれば、13時。妾は、掴んだ。アークスの資格を。権利を。義務を。

 まだ、ここは始点に過ぎぬ。進むも、退くも、妾次第。浮かれるには、早い。しかし、ここに立たねば、進む事さえ、許されぬ。

 少なくとも、迷う事は、ないであろう。大切な人たち(家族)を、守る。

 

 この道だけは、決して、違えぬ。




こうして書いてると、不思議と、本編と一切関係のないネタが、色々湧いて来ます。
関係あってたまるか、ってのばかりですが、その内、書けたらいいなぁ、とか思ってます。

2017/07/16 11:58
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2017/07/17 9:55
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第七話 相棒の告白

ニア 楓が泣くルート
    or
ニア アフィンが泣くルート


 キャンプシップを降り、アークスシップへの通路を、六人で歩いていると、整備員に、呼び止められた。なんでも、訓練生と担当官が全員戻るまで、ここで待っていてくれ、との事。

 

「ふむ。何か、あったのかの?」

 

「さーな。とりあえず、椅子か何かあったら、座りてーよ……」

 

「汗びっしょりだから、シャワー浴びたいよぉ……」

 

「武器の整備を、したいのだが……」

 

「一応、修了任務の報告とか、あるんだがなぁ」

 

「お腹空いたなぁ、甘い物、食べたい……」

 

皆が、口々に文句を言う。妾とて、口には出しておらぬが、茶の一杯も啜りたい、という我儘くらいは、持っておる。ようやっと、帰って来れたのだから、このくらいの我儘は、聞き届けてくれても良さそうなものじゃが、整備員は、済みません、の一点張り。これは、暖簾に腕押し、と言うやつじゃな。

 

 しばし待っていると、通路に、続々と人が集まり、場は当然の如く、喧々諤々となった。誰しもが、早く身体を休めたいだろうしのぅ。致し方あるまいて。

 そこでようやく、整備員が「お待たせ致しました。どうぞ、お進み下さい」と、道を開けてくれた。ふぅ。ようやく、アークスシップに帰れるか。

 

 

 

 ゲートエリアに踏み入った瞬間。万雷の拍手が、妾たちを迎えた。

 

「皆、お帰りなさい!」「おめでとう! 今日から、仲間だな!」「大変だったでしょう? 無事で良かったよ!」

 

「担当官の連中も、お疲れさん!」「お前らも、今日の主役だからな!」「何、固まってんだ? ほれ、新人の前だぞ、シャンとしろって!」

 

「ハンター訓練生の諸君! 常に最前線で戦っていたか!? 他のクラスの諸君は、今のクラスに、悩んでいないか!? ならば、迷ったら、ハンターだ! 覚えておくと良いぞ!」

 

「……フォースの皆、効率的に戦えた? 他のクラスの子たちは、火力で悩んでたりしない? ……効率良く戦いたいなら、フォースになると良いわ」

 

「レンジャーのみなさん、いっぱいいっぱい、敵を殺しましたかあ? 他のクラスの人たちは、今よりもっともっと、敵を苦しめたくありませんかあ? レンジャーなら、殺し放題、苦しめ放題ですよお。うふふ、うふふふ」

 

労いの声。歓迎の声。安堵の声。勧誘の声……は、とりあえず、置いておこう。約一名、えらく物騒な勧誘文句を宣っておったが、知らぬ。妾は、何も、聞かなかった。とりあえず、アフィン。そなたの先輩は、随分と癖者のようじゃな。強く、生きよ。

 拍手の主は、先輩方だった。戦闘要員、ナビゲーター、ショップ店員、メディカルスタッフ。多くの人々が、ゲートエリアに集い、妾たちの帰還を、出迎えてくれた。

 そんな先輩方の前に、ゼノ殿が立った。

 

「あー、ありがとな、皆。でもよ、コイツら、初任務が修羅場になって、ヘトヘトなんだわ。ま、俺もだけどな」

 

「お前は、慣れない仕事で、気疲れしただけだろう?」

 

「うっせーよ、最前線バカ。とにかく、まずはコイツらを、休ませてやらないか? どうせ、何か企んでるにしても、ちったぁ、時間はあんだろ?」

 

「ん、まぁ、ささやかながら、な。予定は、15時頃だ」

 

「なら、汗流して、身体休めるくらいなら、時間取れるな。よーし、訓練生共! 今から14時50分まで、自由時間だ! 時間になったら……どこだ?」「メインモニター前だな」「ショップエリアの、メインモニター前に集合!」

 

「あぁ、それと、訓練生諸君は、訓練校の制服で、来てくれ!」

 

緑髪の男性ヒューマンーー先程、ハンターの勧誘をしていた先輩と、軽口を交えつつ、ゼノ殿から、今後の予定が伝えられた。ふむ。自由時間(好きに過ごせ)。心地良い響きじゃ。せっかく頂いたのじゃから、集合時間まで、のんびり過ごすとするかのぅ。

 

 

 

 略式とは言え、アークスとなった妾たち訓練生には、早速、部屋が割り当てられた。しかも、個室。実に、太っ腹な話じゃ。新人は相部屋、と言うのが、相場と思っておったが、アークスという組織には、当て嵌まらぬようじゃな。

 ゼノ殿から、部屋への移動手順を教わり、実行。ゲートエリア端のテレポーターで、個人端末を操作し、自室への移動を選択すれば、次の瞬間には、自室の扉前に到着している、と言うのだから、何とも、便利なものじゃ。

 

 扉を潜ると、清潔感に溢れた部屋が、妾を迎えた。奥には、ほとんど部屋の左右まで広がる、大きな窓があり、その隣の扉は、ベランダに続いていた。

 調度品も、加不足なく、置かれている。寝台に、椅子二つと組の机、簡素な調理台、冷蔵庫。入口付近には、個人倉庫の端末、主にアークス同士での売買に使われる端末(ビジフォン)、部屋の模様替え用の端末が、設置されている。窓に向かって右側の壁の扉の先は、厠と、浴場があった。厠と浴場が、別になっている点、いわゆるシャワールームではなく、浴槽が設えてある点は、個人的に、評価が高い。

 総じて、新人に与えるには、勿体無いと思える部屋。しかし、あえて贅沢を言うとすれば、

 

「木の温もりが、欲しいのぅ……」

 

少々、無機質に感じられた。

 部屋は、任務及びクエストの出来高に応じて支払われる通貨(メセタ)や、その最中の行動によって得られるポイント(FUN)で、調度品を買い揃えたり、模様替えしたりと、自由にして良い、と聞いた。懐に余裕が出来たら、妾好みに、弄らせてもらおうかの。

 

 さて、と。調理台で、茶を入れながら、考える。キャストの体温調節は、体内を循環する、冷却水によって行われる。故に、汗をかく事がなく、風呂で、汗を流す必要もない。そもそも、今の妾は、日常用の身体に換装しているので、首から下は、戦場に出てすら、いないわけだが。

 まぁ、首から上は、戦場に出ていたので、土埃を落とす意味では、シャワーくらいは浴びた方が良かろう。この茶を飲んで、一息ついたら、浴室を使うとしようかの。いや、せっかくじゃ。湯浴みも、しておくか。シャワーで頭部だけ洗う、と言うのも、味気ない話じゃしな。

 では、一口啜る前に、湯を張っておくか、と、調理台を離れようとしたところで、

 

『なぁ、楓。今から、時間あるか……?』

 

アフィンから、通信が入った。

 

 『ふぇいすうぃんどぅ』に映る顔が、やけに切羽詰まって見えた。ただならぬ様子のアフィンに、部屋の住所(アドレス)を教え、待つ事しばし。呼び鈴に応じて扉を開け、招き入れると、俯いたまま、入室した。

 

「ともかく、ほれ、そこの椅子にでも座れ。茶を入れておったところじゃが、そなたも、飲むか?」

 

「……いや、いい」

 

「ふむ。では、腹は減っておらぬか? 何か、食べ物があれば良いが…」

 

「いらない。お前も、座ってくれ」

 

 明らかに、様子がおかしい。先程から、妾と、目を合わせようとしない。何か、思い詰めておるようにも、見える。ともかく、請われたなら、妾も、座らせてもらおう。入れたばかりの茶を片手に、アフィンの対面に、座った。

 

「何ぞ、話があるようじゃな。言うてみよ。妾とそなたは、相棒同士なのじゃ。遠慮は、不要ぞ?」

 

茶で口を湿らせ、問うた。この様子じゃ。部屋に害虫が出た、などと言った、つまらぬ事ではなかろう。となると、アフィンも、ユミナのように、緊張の糸が切れたか? となれば、今後に関わる問題じゃ。相棒として、しかと、聞いてやらねばなるまい。

 

 だから。

 

「……相棒の話、なしにしよう」

 

予想の遥か彼方の言葉ーー絶縁の言葉に、妾は、咄嗟に言葉を返せなかった。

 視界が、赤く染まる。警告が、視界を埋め、耳を蹂躙する。久方振りの、この感覚。

 

「……そなた、己が何を言うておるか、理解しているか? 戯言ならば、今謝れば、許してやろう。次の言葉には、気を付けよ」

 

「ごめん……。降下する前から、決めてたんだ。理由は、ちゃんと、話すよ。ただ、結論は、変わらない」

 

「……抜かしおる。では、聞かせてもらおうか。先に、言っておくぞ。つまらぬ理由であれば、この場で、貴様を、物言わぬ肉塊にしてやる」

 

「……分かった」

 

日常用の身体? 関係ない。こやつを肉塊にする程度ならば、十分に保つ。妾の信頼を、裏切ろうと言うのだ。この、身を割かんと荒れ狂う怒り、理由如何では、全て受け取ってもらおう。

 

「お前が、アークスになった理由を、聞かせてくれ」

 

「死にたいのか? 妾が問うておるのは、貴様が、妾を裏切らんとする理由だ。関係ない話で、煙に巻こうと言うならば、即刻、殺すぞ」

 

「関係ある。教えてくれ」

 

随分と、真摯な目をしおる。仕方ない、答えてやるか。

 

「……大切な人を、家族を、守る為だ。妾を家族と認めてくれた人たちを、ダーカー共から守る。その為に、アークスの道を選んだ。これで良いか?」

 

「あぁ、それではっきりした。お前は、俺の相棒なんかに、なっちゃ駄目だ」

 

「答えになっていない。いい加減にーー」

 

「ーー俺がアークスになったのは、ユク姉を探す為だ!」

 

苛立ちを隠さず、怒鳴り付けようとした妾を、アフィンは、さらに大きな声で、遮った。

 

「……続けろ」

 

 促してやると、アフィンは、ゆっくりと語った。10年前、ハガルは、大規模な襲撃を受けた。ダーカーによるものであるのは確かだが、詳細は、まだ幼かった事もあり、覚えていない。その最中に、ユクリータと言う名の姉が、黒い霧ーーダーカーに連れ去られたらしい。

 その後、いくら調べても、姉に関する情報は、見つからない。それどころか、襲撃事件に関しても、機密データだらけで、ほとんど情報が得られない。得られる情報は、ただ一つ。『"ダークファルス"による襲撃があった』と言う、古い記憶の裏付けのみ。

 アークスシップが襲撃される、と言う、大事件のはずなのに、ろくに記録がなく、誰も覚えてもいない。姉の存在さえ、そんな者は始めからいなかった、と扱われている。

 

「だから俺は、アークスになった。アークスなら、色んな星へ行ける。ダーカーと接触する機会も、多い。ユク姉の手掛かりだって、きっと、他の道を選ぶよりも、見付けやすいだろうって」

 

「ふむ。なるほどな。貴様の事情は、分かった。実に、感動的な理由だな。だが、それはただの、お涙頂戴の物語だ。妾を裏切る理由には、なっていない。分かるな?」

 

警告が、さらに、喧しくなった。落ち着け。こやつを縊り殺すのは、最後まで聞いてからでも、遅くはない。

 

「……分かってる。これは、前置き。前提だ。俺、お前の実力を、知ってたんだ。今日、会う前から。VR訓練の記録で」

 

「……そうか。まこと、滑稽な話じゃな。端から裏切るつもりだった貴様に、既知の実力を見せようと、はしゃいでいたとは…」

 

「そんなお前とペアになって、落ち込んでたとこを励ましてもらって、舞い上がって……。だから、お前に提案した理由の半分は、勢いだったんだ」

 

「勢い、か。単純な理由じゃの。ま、褒められてはおるようじゃし、悪い気は、せぬわ。今の貴様でなければ、な」

 

こんな話の流れでなければ、素直に、喜んでおったろう。しかし、今はもう、無理じゃ。全く、額面通りに、受け取れぬ。

 

「で? 後の半分は、何じゃ?」

 

「……打算だよ。お前が相棒になってくれるなら、きっと、すぐにユク姉を見付けられるって……」

 

吐き捨てるように、言った。……ん?

 

「お前の噂も、聞いてたんだよ。頼み事は断らない。代わりに要求されるのは、強くなる事だって。だから、考えちまったんだ。お前が相棒になってくれたら、俺の目的の近道になってくれるし、一緒に戦ってる内に、俺も強くなれるし、一石二鳥だって」

 

ちょっと、待て。

 

「だけど、それ全部、俺の都合だし、お前の事とか、何も考えてなかったから、言ってから後悔してさ。断られて、ホッとしてたよ。でも、実力を見てから、また誘ってくれ、って言われて、すっげー自分が情けなくなって……」

 

こやつ、また何か、勘違いをしておらぬか……?

 

「だから、任務終わったら、全部話して、断ろうと思ってたんだよ。どんな風に思われても仕方ないってくらい、最低の理由で誘ったんだから」

 

「もう良い、分かった」

 

聞き終える頃には、警告は、すっかり収まっていた。全く、怒って損したわ。なしにしよう、などと言われて、一息に感情が昂ってしまったが……理由を聞けば、怒るような事では、ないではないか。

 

「では、それらを踏まえた上で、いくつか聞こうか。正直に、答えよ」

 

「ここまで吐き出したんだ。今更、嘘なんてつかねーよ……」

 

「良い返事じゃ。まず、一つ目。貴様は、妾と共に戦うのが嫌で、断りを入れに来たのではない。そうじゃな?」

 

「自分が許せないから、断りに来たんだ。それは、絶対に違う」

 

「二つ目。……お主は、妾に、姉君を探させるだけのつもりじゃったのか?」

 

「違う。俺の目標に、縛り付けるつもりなんてない。それに、お前にも大事な目標がある、って分かったから、尚の事、俺の目標に付き合わせちゃ、駄目だと思った」

 

「……三つ目。そなたは、ここまで話してなお、妾が断ると、思っておったか?」

 

「お前が断るかどうか、なんて、考えもしなかった。むしろ、断って欲しいって思ってた。俺の目標は、俺が達成しないといけないから、お前を巻き込んじゃ、駄目だって」

 

「はぁ……、全く、そなたは」

 

こっちの方が、余計に傷付くわ…。まぁ、初日であるからして、無理もないか。

 席を離れ、アフィンの隣に立った。座ったままのアフィンは、拳を握り締め、目を固く閉じている。あれだけ怒っていた妾が、隣にいるのだから、仕方ないかも知れぬが、ちと、複雑な心境じゃな。

 

ーー最後の質問じゃ。……これでもまだ、妾が怒っておると、思うか?

 

そんな、アフィンの頭を抱き、そっと囁いた。

 

「えっ……」

 

「そなたは、ほんに、いじらしいのぅ……。打算と言うのはな、損得のみで物を考えて、初めて成立するのじゃぞ? だのに、そなたは、妾の事を、しっかりと考えてくれておる。嬉しいぞ、アフィン」

 

「だ、だけど俺、お前を利用しようとして…」

 

「利用? 馬鹿を言うでない。相棒とは、互いに助け合うもの。そなたが困っておるならば、助けるのが、相棒たる、妾の務めじゃ。逆も、また然り。利用ではなかろう?」

 

「それでも……、それでも、俺は!」

 

「そなたが、自分を許せぬと言うならば、妾が許してやろうと思ったが……。そなたは、姉君を助けたい一心で、妾に助けを求めた。はて、何を許せば、良いのかのぅ? おかしい所など、どこにもないぞ?」

 

おどけて言うと、とうとう、黙ってしまった。

 

「アフィンや。そなたは少々、考え過ぎるきらいがあるのぅ。そなたが、姉君の捜索で妾の手を欲するなら、妾も、家族を守る為にそなたの手を欲する。これで、良いのではないか?」

 

胸の辺りから、鼻を啜る音が、聞こえる。今日より戦士と認められた男子が、泣くものではない……と、言いたいところではあるが。

 

「良い、良い。姉君の件、良く頑張ったのぅ。ほんに、立派じゃよ、そなたは。お涙頂戴などと言って、済まなかった。疲れたろう、苦しかったろう。明日より、妾も、手を貸そうぞ。じゃから今日は、ゆっくりと、休むが良い」

 

アフィンの頭を抱いたまま、嗚咽に耳を傾け、ゆるりと、時を過ごした。

 

 

 

 どれだけの時間、そうしていただろうか。啜り泣く声も収まり、「か、楓、その……」などと聞こえて来たので、そっと、開放してやった。

 

「男前が、台無しになってしもうたのぅ。いや、そなたは中性的な顔立ちゆえ、泣き腫らした顔もまた、どこか……」

 

「う、うっせーよ! 少しは気にしてるんだよ、顔の事は!」

 

「かかか。済まぬな。ともかく、顔を洗って来い。その顔のまま、集合場所に行く気かえ?」

 

「あー……、そっか、ショップエリアに集まれ、って話だっけ。悪い、洗面所、借りていいか?」

 

「構わぬ。場所は、分かるか?」

 

一つ頷いて、洗面所へと向かうアフィン。それを見送りながら、自分の席に戻り、とうに温くなってしまった茶を、一口、啜った。

 詳しく聞く間もなく、感情を昂らせた己に、反省。あれ程盛大に、警告が出たのは、六年前以来じゃ。あの時も、一瞬で、怒りが限界を超えた。六年もの時間をかけ、妾は、成長していなかった、と言うのか。

 

「いや……、その考えは、アレンや、家族に失礼じゃな」

 

独りごちて、下らぬ妄言だった、と、頭を振った。まだまだ、精進が足らぬ。怒りは、隠せ。平常を、保て。己の身体は、その怒りに、耐えられぬのだから。周りの者は、その怒りに、怯えてしまうのだから。

 

 

 ひとりは いやじゃ

 

 

己に言い聞かせていると、そんな声が、心の奥底で、響いた。そんな、気がした。

 

 最後の一口を含んだ頃に、アフィンが、戻って来た。顔を洗う前よりかは、幾分、平常に戻ったようじゃな。

 

「先程は、済まなんだ」

 

「いや、元はと言えば、俺が悪いんだから、気にしないでくれよ。でも、噂は全部、本当だったんだなぁ……」

 

「待て。先も、ポロリと漏らしておっだが、その、噂とは何じゃ?」

 

「あぁ、訓練校で流れてたんだけど……」

 

噂の全容を知り、たまげた。何じゃ、それは!?

 

「好物をもらえば、ホイホイ言う事を聞いて、怒ると手が付けられず、いつもニヤニヤしておる不埒者ではないか、それでは!」

 

「捻くれ過ぎだろ、その捉え方は!?」

 

「……いや、確かに"アレ"の魅力には、抗えんしのぅ……。しかし、噂が立つ程、怒りを顕にした事が、あったか……? 無茶をする輩を、叱り付けた事はあったが……。妾は、教官殿よりも恐れられておったのか……?」

 

「おーい、楓ー。帰って来ーい」

 

いかん。これは、いかんぞ。

 

「それってさ、皆に好かれてる、って事じゃないか」

 

「……むぅ。そうかのぅ?」

 

「それ以外に、ないだろ? いつもニコニコ笑ってて、頼り甲斐があって、真剣に叱ってくれる。そんなヤツ、そうそういないって」

 

「……まぁ、確かに」

 

「だから、もっと自信持てよ。そんな楓だから、俺だって、頼ろうって思ったんだし」

 

それも、そうか。そもそも、そんな噂が立つような振る舞いをしていなければ、アフィンと出会う事も、なかったのじゃからな。その噂にも、胸を張らねば、ならぬか。

 

「ならば、もっと自信を持てるように、一つ、お願いをしても、良いか?」

 

アフィンの言うように、自信を持って、生きる為に。

 

「俺に出来る事なら、何でも言ってくれ」

 

今から、共に歩む為に。

 

「改めて、結ぼう。そなたと、妾の絆を」

 

「こんな俺で良いのなら、喜んで」

 

任務の時とは違い、はっきりと、受け入れてくれた。そして、軽く握った右手を、差し出してくれた。

 

「おぉ……、これは……っ!」

 

「アーニーとやった時に、めちゃくちゃ見られてたからさ、もしかして、って」

 

「妾の意を汲んでくれるとは…。さすがは、"妾の相棒"じゃっ!」

 

「当然だろ? "俺の相棒"なんだからな」

 

その右手に、意気揚々と、己の右拳を、こつん、と、ぶつけた。




※前書きの選択肢に、一部誤りがございました。謹んで、お詫び申し上げます。正しくは、

ニア 楓が発狂して、楓が泣くルート
    or
ニア 楓がブチ切れて、アフィンが泣くルート

でございます。まことに申し訳ありませんでした。

前者は、収集か付かなかったので、後者となりました。結果は同じ、正式に、相棒になるんですが。

マイルームに関して、ゲーム開始直後は各種端末以外、何も置かれていませんが、ここを生活の拠点とする以上、何もない、と言うのはおかしいので、各種家財道具を設置してある、としました。

楓の好物の"アレ"については、現段階では、伏せさせて頂きます。

後二話で、序章終了です。


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第八話 前夜祭

今回は、割りと会話メインです。

※この話を書いている最中に、三点リーダーの正しい使用法を知りました。これ以前についても、修正を加えます。正しい使用法を知らず、お見苦しい文を公開し、申し訳ありませんでした。


 一旦、アフィンと別れ、身を清めた。なかなかに、快適な風呂じゃったが、やはり、何か物足りぬ。風呂は命の洗濯、とも言う。まずは、風呂を弄るべきじゃな。

 再び、訓練校の制服に袖を通し、洗面所の鏡の前に立つ。後は、唇に薄紅を引き、髪を結えば、準備完了じゃ。作り物の顔故、ほとんど化粧をせずに済む、と言うのは、手間が掛からず良い、とも思うが、乙女としては反面、やや寂しくもある。まぁ、妾の美貌であれば、本来は口紅さえも、いらぬのじゃがな。家族の一人に「楓ねーちゃんが口紅塗ると、活き活きして、もっと美人になるよ!」と言われて、仕方なく、じゃ。仕方なく。

 長い髪を、赤いリボンで『ぽにぃてぇる』にまとめ、鏡に映った、己の姿を確認。うむ、完璧じゃ。時間を確認すると、14時40分。ふむ。そろそろ、出発の頃合いかの。洗面所から出て、部屋の玄関前にて、端末を操作。妾以外の者の入室を制限して、と。良し。鍵もしっかり、かけた。では、行くとしようか。

 

 

 

 玄関のテレポーターからの移動先は、ショップエリアに設定されていた。少し歩き、各店舗を見渡せる場所まで移動したが、どの店にも、店員の姿が見えない。中央の、青と緑に輝く、正方形を乱雑に積み上げたようなオブジェが、音もなく、回っているだけ。修了任務前に、軽く歩いた時とは違って、随分と、静かだった。

 

「お、楓か。どうだ、少しは、休めたか?」

 

背後から、声をかけられた。振り返ってみると、ゼノ殿とエコー殿が、妾に、手を振っている。

 

「おぉ、ゼノ殿に、エコー殿でしたか。お陰さまで、ゆっくり出来ましたぞ」

 

「そっか。そいつは良かった」

 

「エコー……"殿"? 何だろ、すっごく、変な感じ……」

 

「先輩なんだから許せ、とさ。俺は、もう慣れた」

 

「目上の方々や、先達の方々には、もう、癖になっておりましてな。慣れるまで、どうかご辛抱下され」

 

「うーん……。いつになるかは分かんないけど、頑張ってみるね」

 

手持ち無沙汰のようなので、どうしたのか、と聞いてみると、お二人は、背後を指し示した。あそこが、集合場所の、巨大モニターだったか。

 

「ちゃっちゃと報告済まして、アイツらを手伝ってやろうとしたんだがな」

 

「お前たちも主役なんだから、休んでろ、って、言われちゃってね。だからこうして、ボーッとしてるってわけ」

 

「ったく、暇で仕方ねぇ」

 

暇、か。ゼノ殿は、落ち着かない様子で、爪先で床を、トントンと叩いておる。対するエコー殿は、何だか、そわそわとしておられるご様子。……ん?

 

「……ほぅ。なるほど、なるほど」

 

ちら、と、エコー殿の顔を盗み見て、納得した。

 

「では、お二方。あちらに、長椅子が見えます。少々休んでは、いかがですかな?」

 

「ん? あぁ、それも良いな。ちょいと、腰を落ち着けるとするか」

 

「その前に、ゼノ殿。先の任務について、お話ししたい事が、ありまして。なに、お時間は取らせませぬ。よろしいですか?」

 

「分かった。エコー、先に座っててくれ」

 

「う、うん」

 

エコー殿の背を見送りながら、ゼノ殿に、屈むよう、お願いした。何せ、ゼノ殿は、背が高いからのぅ。とてもではないが、ちっこい妾では、届かぬ。

 

「んで、話ってのは、何なんだ?」

 

「いえ、任務の話、と言うのは、方便でしてな。ゼノ殿、エコー殿の隣に座ったら、お顔を、じっと見つめて下され」

 

耳打ちすると、ゼノ殿は、首を傾げた。

 

「顔をじっと見る……。それが、何になるんだ?」

 

なぬ? そう返すか!? 男が女の顔を見つめるなど、意味は多々あれど、行き着く所は同じだと言うに!

 

「むぅ……。予定変更じゃ。顔を見つめて、こう言いなされ。いつもと違うな、と」

 

「いつもと違う、だぁ? おいおい、エコーはエコーだろ、寝惚けてんのか?」

 

えぇい、寝惚けておるのは、お主じゃ! この、朴念仁め! 堪らず、心中で毒づいてしもうたわ!

 

「良いから、そのように! それと、妾の名は、決して、出してはなりませぬぞ。くれぐれも、絶対に!」

 

本当は、もう少し攻めた台詞を、伝えるつもりじゃったが、これは、無理じゃ。下手に直球を投げさせると、エコー殿が舞い上がって、お二人の間に、意識の差が生まれてしまう。……今の段階でも、大概かも知れんがの。

 

「ん……、分かった。顔を見て、いつもと違うな、だな。んで、楓の名前は出さない、と」

 

「そうです。それ以上は、無理じゃろうしの……」

 

「何か、引っ掛かるが……、ま、いっか。んじゃ、また後でな」

 

走り去るゼノ殿。……隣に立つ女性の、気合の入った化粧に気付かぬゼノ殿には、あれが限界じゃろうて……。

 

 

 

 ゼノ殿たちの座る長椅子に近付かぬよう、適当にぶらぶら歩いていたら、集合の時間になった。そろそろ、行こうかの。

 

 巨大モニター前の広場は、宴の会場に、様変わりしておった。長机には、色とりどりの料理が、所狭しと並び、円形の舞台には、スタンドマイクが一つ。椅子がないところを見ると、どうやら、立食形式らしい。なるほど。ゼノ殿が言っていた企みとは、そう言う事か。

 

「訓練生の諸君、適当に、テーブルに着いてくれ! 間もなく、始めるぞ! 配膳担当の者は、飲み物を配ってやってくれ!」

 

「楓ちゃん、こっちこっち!」

 

先輩ハンターの案内を聞きながら、テーブルに歩を進めると、ユミナが、妾を呼んだ。隣には、アーノルドもいる。せっかくじゃし、お邪魔するとしよう。

 

「楓ちゃん、どうしたの? 何か、すっごく疲れた顔だよぉ?」

 

「いや、なに。少しばかり、余計な世話を焼いただけじゃよ。色々と、空振った感は、否めんがのぅ。……あぁ、ありがとうございます」

 

先輩アークスから、飲み物のグラスを受け取り、溜め息をついた。グラスに反射した顔は、確かに、疲れ果てたように見えた。

 

「よく分からんが……。ともかく、本格的な業務は、明日からだ。今日のうちに、しっかり休むと良い」

 

「そうするわぃ……」

 

テーブルから漂う、芳しい香りが、余計に、疲労感を刺激する。腹を満たし、ぐっすり眠って、先の事は、忘れるとしよう……。

 

「お、相棒、もう来てたのか。ちょっと、遅れちまったか?」

 

 料理に気を取られていたところで、アフィンに、背後から声をかけられ、そこで、我に返った。

 

「いんや、大丈夫じゃろ。宴は、まだ始まっておらんからの」

 

「……? どうしたよ、何か、あったか?」

 

「後で、話してやろう。なに、喜劇じゃよ、喜劇」

 

「ふーん。よく分かんねーけど、分かった」

 

大体、察してくれたのじゃろう。それ以上は、特に聞かれなかった。ま、後に取っておく程、大した話では、ないんじゃがな。

 

 四人で、他愛もない話をしておると、舞台上のマイクに、先輩ハンターが立った。

 

「テステス……。さて、集まったようだな。この会の進行を務める、ハンターの、オーザだ。訓練生諸君、覚えておいてくれ」

 

ふむ。あの方は、オーザと言う名前だったか。今後、ハンターとしての実戦でのイロハを、教えて頂く機会が、あるやも知れぬ。しかと、覚えておこう。

 

「ここに集まってもらったのは、他でもない。任務を終え、正式に、俺たちの仲間となった訓練生諸君と、親睦を深める為だ。ささやかな会だが、どうか、楽しんで行ってくれ。……本当ならば、ここで諸君に、実戦におけるハンターの重要性を説きたいのだが、今日は、止めておこう。祝の席だからな」

 

そうでなければ、そのまま語り出したのか、この先輩は。

 

「では、会次第に則り、早速、乾杯の音頭を取ってもらおう。修了任務担当官にして、ハガルが誇る、ハンターのエース。ゼノ、上がって来い!」

 

「は、はぁ!? 聞いてねぇぞ!」

 

「言ってなかったからな。ほら、早く来い!」

 

当惑する、ゼノ殿。拒否しておるようだが、周囲の拍手が、それを許さない。妾も、ニッコリ笑って、拍手しておるがの。

 場を譲り、舞台から降りるオーザ殿に代わって、渋々、と言った顔で、ゼノ殿がマイクに立った。

 

「あー、えーっと……。ゼノだ、よろしく。……乾杯」

 

グラスを持った手を掲げる、ゼノ殿。沈黙。幾人かは、それに従い、控え目にグラスを挙げたが、大半は、呆れたような顔で、舞台を見ておる。妾も、その大半の内の、一人。あまりにも、味気なさ過ぎる。

 

「だぁっ、苦手なんだよ、こう言うのはっ!」

 

「だからと言って、あっさり過ぎるだろ!? せめて、気の利いた事を一言二言、頑張ってみろ!」

 

舞台袖のオーザ殿が、苦言を呈した。頭を抱える、ゼノ殿。そんな彼と、目が合った。否、合ってしもうた。

 

「……そうだな、主役は、担当官だけじゃねぇよな。よぉし、楓ぇ! お前が訓練生側の代表だ、こっち来いやぁ!」

 

「なぬ!?」

 

「訓練生代表は、一撃でダガンをぺしゃんこにした、ハンター期待のルーキー、楓だっ!」

 

その途端、一斉に、拍手と歓声が、沸き上がった。傍におるユミナなど、満面の笑みで手を叩きながら、こちらを見ておる。

 

「ま、待たれよ、ゼノ殿! 妾は、そんな話、一言も聞いておりませんぞ!?」

 

「俺も聞いてねぇんだよ! 良いから、さっさと来い!」

 

拍手が、歓声が、止まぬ。断れる雰囲気では、ない。ぐぬぬ、図ったな、ゼノ殿……!

 

 トドメとばかりに、ユミナに背を押され、重い足取りで、舞台に上がった。各種照明に照らされた広場は明るく、お陰で、参加者の顔が、嫌でも見えてしまう。これでは、芋と認識しようにも、無理じゃな……。

 隣には、してやったり、と言う顔をしておる、ゼノ殿。覚えておれよ。ここは食事の場じゃ。あの祟りが成就すれば……!

 ……現実逃避も、程々にするかの。上がってしもうた以上は、ここは今、妾の舞台。であるならば、こなして見せよう。演じて、魅せようぞ。

 

「ご紹介に与りました、訓練生の、楓と申します。まずは、このような会を開いて下さった先輩方に、心よりの、感謝を。訓練生、気を付けっ!」

 

壇上で直立不動となった妾に倣い、訓練生一同が、同じ姿勢を取った。

 

「礼っ!」「ありがとうございます、先輩方!」

 

一糸乱れぬ、お辞儀。ショップエリア全体を揺らす程の、謝辞。これには、先輩方も、面食ろうたようじゃな。

 

「さて、こうして舞台に上がったわけじゃが、一つ、訂正せねばなるまい。妾が、ダガンを、ぺしゃんこにした? ゼノ殿、世迷い言にも、程がありますぞ?」

 

「いや、俺、見てたんだけど」

 

「かかか。このような、可憐で、華奢な女子に、そのような真似が出来ると、お思いで?」

 

「非戦闘用ボディを、引き合いに出すんじゃねぇよ……」

 

「ご来場の、女性の方々。貴女方は、いずれも美しく、瀟洒な淑女と、お見受け致します。皆様に、問いたい。かような戯言を申されるゼノ殿を、どう思われますかな?」

 

「なっ! ちょ、おい!?」

 

ゼノ殿の抗議をひたすら無視し、会場の女性方に問うてみれば、うむ、予想通り。見事、非難の嵐となった。

 

「ゼノってば、ひっどーい! 女の敵ー!」「……ゼノ、言葉は選ばないと、効率的じゃない」「おやおやあ? これは、ゼノさんを撃っちゃっても良い流れですかあ? ……でも残念、武器は、整備班に預けたままでした。ゼノさん、今度一緒に、クエストに行きましょうねえ」

 

最後のは、聞かなかった事にしよう。他の方々は、冗談半分なのが、表情や、声の調子で伝わるが、あの人は違う。怖い。

 

「おい、やべぇよ楓……。"リサ"に、目ぇ付けられちまったよ……」

 

ゼノ殿が、割りと本気で、怯えておられる。ちと、やり過ぎたか? 灸を据えてやるつもりじゃったが、えらい事になってしもうた……。

 

「あー……、皆様、どうかご静粛に。少しばかり、話が脱線しましたな。つまり、妾が言いたいのは、己も、訓練生の同輩と同じく、新参だと言う事でして。期待の『るぅきぃ』などと呼ばれ、ここに立ってはおりますが、まだまだ、若輩の身。どうか、共々に、ご指導ご鞭撻の程、よろしくお願い申し上げます」

 

深々と、一礼。会場が再び、拍手と歓声に、包まれた。とりあえず、まとまった……、かの?

 

「ここで、感謝の意を込め、一つ舞を披露……、と行きたいところじゃが、皆様、机に並ぶ料理を前に、うずうずしておられるご様子。かく言う妾も、そろそろ、腹の虫が暴れそうでしてな。ゼノ殿、乾杯と参りましょうぞ」

 

「コイツ、ぬけぬけと……」

 

「かかか。不用意に、妾を晒し者にしたバチが当たった、と言う事で、ひとつ」

 

「ったく……。もう、ヤケだ! 乾杯だ、テメーら!」「乾杯じゃ、皆の衆!」

 

「交代要員は、程々に飲み食いしろよ! 満腹で戦えません、では、話にならんからな!」

 

妾と、ゼノ殿のグラスが、ちん、と、軽やかな音を鳴らした。追うように、あちこちで、乾杯の合唱と、グラスの音が響く。宴の、始まりじゃ。

 

 

 

 舞台から駆け下り、料理にがっつき始めたゼノ殿。あれは、うむ、ヤケ食いじゃな。余程、リサ殿とやらに目を付けられたのが、恐ろしいらしい。ゼノ殿を、あれ程までに震え上がらせるとは……。

 

「楓、だったか。少し良いか?」

 

などと、話した事もない相手に思考を巡らせていると、舞台袖から、声を掛けられた。見れば、料理を取り分けた皿を持った、オーザ殿の姿が。

 

「おぉ、貴方は、オーザ殿か。妾に、何かご用ですかな?」

 

「いや、同じハンターのよしみで、少し、話をしようかと。ほら、まずは食え。ハンターは、体が資本だからな!」

 

「ありがたい、頂戴しますぞ」

 

皿を受け取り、カナッペを一つ、頬張った。ふむ。チーズとトマト、そしてクラッカーが、実に、良く合う。美味い。

 

「今日の任務は、どうだったかな?」

 

「後衛に就いてくれた相棒のお陰で、思う存分、戦えた、と言ったところですな。妾一人では、危うい場面も、ありましたゆえ」

 

「初任務で、早速、相棒と言える仲間と巡り会ったか。幸先が良いな」

 

「えぇ。あやつとは、互いに補い合える、良い間柄となれそうです」

 

「随分と、買っているんだな。それだけ腕が良い後衛なら、俺も一度、組んでみたいものだ」

 

「おっと、それは出来ぬ相談ですな。あいにく、あやつの予定は、妾との出撃で、埋まっておりまして」

 

断りを入れ、笑って見せると、オーザ殿は、愉快そうに笑った。

 

「はっはっは! 埋まっているのなら、仕方ないな! 安心しろ、冗談だ。何しろ俺は、パーティは全員ハンターでも良い、と思っているからな」

 

「全員、ですか」

 

それは何とも、極端な話じゃな。何か、理由でもあるのじゃろうか?

 

「あぁ。レンジャーやフォースは、戦闘中に、息切れしてしまうだろう? 特に、フォース。アイツらは、ダメだ。折角、囮になってチャンスを作っても、そんな時に限って、息切れを起こしている。そんなクラスは、言語道断だ。その点、己の肉体を武器とするハンターは、そんな心配とは、無縁だからな。背後の味方を、気にする必要もない」

 

「なる……ほど……」

 

歴戦の戦士ならではの、経験に則した戦法論かと思ったが、違った。これは……、あれじゃな、好みとか、反りが合わぬとか、そんな話じゃな……。

 

「おっと、あまり引き止めても、悪いな。これからも、ハンターとして、頑張ってくれよ!」

 

「は、はい、失礼しますぞ……」

 

何と言うか、濃い御仁であったな……。しかし、ハンターとしての経験は、本物であろう。いずれ、ご教授賜るのも、良いかも知れぬな。

 

 

 

 カナッペを齧りつつ、アフィンたちの元へ戻ろうとしていたら、

 

「やっほ、楓ちゃん!」

 

エコー殿に、呼び止められた。声は元気なようだが、眉が、八の字になっておる。何か困り事でも起きたか、と思ったが、原因は、彼女の背後にあった。ゼノ殿が、机に突っ伏しておられる。

 

「むぐむぐ、ごくん。ゼノ殿は一体、どうなされたので……?」

 

口中の咀嚼物を飲み込んで、問うてみると、エコー殿は、呆れたように答えた。

 

「それがね、料理に、塩味が足りなかったみたいで、備え付けのお塩を、かけようとしてたの。そしたら、蓋が外れて……」

 

「どばーっ、と行ったわけですな」

 

「正解。でもゼノったら、食べなきゃもったいねぇ! って言って、全部食べちゃったのよ。一応、同じのをたくさん取り分けて、薄めてたけど……」

 

「あの様子だと、効果は、今一つだったようで」

 

「お水は、いっぱい飲ませたんだけど、ね。ずーっと、かえでぇ……、って呻いてるんだけど、何か知ってる?」

 

「いえ、とんと、存じ上げませんな」

 

即座に、切って捨てた。エコー殿も、だよねぇ、と言いつつ、キッシュをつついておられる。まぁ、原因は、妾なんじゃがな。

 

「まぁ、フォトンの浄化作用があるゆえ、大事には至りますまい。すぐに、血中の塩分濃度も、正常になりましょう」

 

大事に至るようには、祟らぬ。少しだけ、痛い目に遭うよう、祟る。それが、妾の祟りじゃからの。ゼノ殿も、間もなく、快復するじゃろうて。

 

「だね。あ、そうそう。楓ちゃん、ゼノに、何か吹き込んだでしょ?」

 

「吹き込んだ? 何の事でしょう?」

 

ふむ。やはりエコー殿には、気付かれたか。

 

「惚けなくても、良いよ。ゼノが、あたしのお化粧に気付くなんて、絶対あり得ないもの」

 

「見透かされましたか。少々、強引かも知れぬ、とは思っておりましたが」

 

「これでも、ゼノとは、付き合いが長いから。……楓ちゃん、ありがとね」

 

「むぅ? 余計な世話ではあれど、礼を言われるような事は、しておりませんが……」

 

「うぅん、それでも、嬉しかったからさ。今度、何かお礼するよ」

 

「ふむ……。では、ゼノ殿との惚気話を、所望しましょうかの」

 

「……ちょっと、分かっちゃった。楓ちゃんって、結構、イジワルでしょ?」

 

「さぁて、どうでしょう? 少なくとも、馬に蹴られる程ではない、と、言っておきましょう」

 

顔を見合わせ、くすくすと、笑い合った。

 

 

 

 そろそろゼノ殿が起きそうだから、離れていた方が良い、と、エコー殿に逃がされ、再び、アフィンたちの元へ戻ろうとしていると、ぽんぽん、と、肩を叩かれた。ふむ。先程から、妙に呼び止められるな、と思いつつ、振り返り、

 

「あなたが、楓さんですねえ?」

 

血の気が、引いた。それはもう、さーっ、と。

 

「あ、あ……、わら……わたしが、かえで、です……」

 

白い肌、赤い目、そして弧を描く口。その全てが、眼前に迫り、圧倒された。口調が、定まらない。な、何故だ? 何故、リサ殿が、妾に話し掛ける? 共通項など、種族だけだぞ!?

 

「ふふふ、そんなに、怯えないで下さいよお。リサは、あなたと少し、お話がしたいだけなんですからあ」

 

「も、申し訳ない。あまりに近かったゆえ、少々、驚いてしまいました」

 

「あらあら、それはごめんなさいねえ。リサ、ちょっと失敗しちゃいました」

 

「お気になさらず……。それで、お話と言うのは……?」

 

「いえいえいえ、大したお話じゃあ、ないんですよお? でもでも、ちょーっと気になっちゃったんです。ダガンを、一撃でぺしゃんこにした、って、本当ですかあ?」

 

どうにか、調子を取り戻したが、よりにもよって、ゼノ殿の話か……。しかし、リサ殿相手では、誤魔化せそうに、ない。この、血を何度も塗り重ね、その上に鮮血をぶち撒けたような、深い、昏い、紅い瞳には、適当な嘘など、即座に見抜かれてしまうーーそんな気が、した。

 

「え、えぇ……。加速に任せて、潰しました……」

 

「なるほどなるほど。いけませんねえ、いけませんいけません」

 

ぺしゃんこなど、女子のする事ではない、と仰りたいのじゃろうか? しかし、

 

「いけませぬか……。やはり、女子らしくーー」

 

「ーーもっと苦しめてから殺さないと、いけませんねえ」

 

「そうそう、女子らしく、苦しめてから……、なぬ?」

 

実際は、遥か斜め上の理由じゃった。

 

「どうしてリサは、レンジャーになったんだと思います? 答えはですねえ、長銃で、敵さんをいっぱいいっぱい、苦しめて苦しめて、苦しめて殺したいから、なんですねえ」

 

「く、苦しめたい、ですか……」

 

「そうなんですよお。だからリサは、大砲なんて、使ってあげません。一発で、苦しむ暇もなく、ミンチにしてしまいますからねえ。長銃で、急所を外して、苦しむ姿を見ながら、風穴の数を増やす……ふふっ、考えただけで、ゾクゾクしますねえ」

 

「それは……、か、変わった趣味を、お持ちのようで……」

 

変わった趣味、などと言う範疇を、軽く超えておるがの……。

 

「変わってますか? 変わってますね、そうですね。ですけど、リサは思うのです。ダーカーには、苦しむ義務があると」

 

「苦しむ義務……ですか?」

 

む? 様子が、変わった?

 

「好き勝手に、色んな原生生物を、汚染したり、侵食したりしてるんですよお? 汚染されたり、侵食されたりするのは、きっと、とってもとっても苦しいと思うんですよお。だから、ダーカーも、苦しまなくちゃいけない。苦しめるだけ苦しめて、自分は楽に死ねる、なんて、虫が良すぎます。これって、おかしな事ですかあ?」

 

そんな考えは、持った事がなかった。因果応報、と言うやつか。しかし、その考え方は、危うい。そう、思えた。それでも、

 

「ま、リサは色々おかしいので、間違ってるのかも知れませんけどね。それにそれに、リサは、敵さんを苦しめて苦しめて苦しめて殺せれば、それで大満足ですから。楓さんも、敵さんを苦しめたくなったら、いつでも言って下さいねえ。どこを攻撃すれば、より苦しめられるか、お教えしますからねえ」

 

「……いえ、心に留めておきましょう。それと、苦しめられる部位は、いずれ、気が向いたらで……」

 

リサ殿の話は、忘れてはいけない。そんな気がした。

 

 

 

 ではではでは、と、底抜けに明るい声で別れを告げたリサ殿。そこへ、

 

「……あまり、リサの言う事は、気にし過ぎない方が良いわ。彼女のやり方を真似していたら、体がいくつあっても、足りないから」

 

入れ替わるように、薄紫色の髪の女性が、現れた。この声、確か、フォースの勧誘や、ゼノ殿へヤジを飛ばしておった方か。

 

「……フォースの、マールーよ。よろしく、楓。ゼノの言葉が本当なら、ハンターなのに、とても効率的な戦い方をしているようね。良い事だわ」

 

「お褒め頂き、恐縮です。これも、訓練校の教官殿の、ご指導の賜物です」

 

随分と、物静かな方じゃな。先程まで、リサ殿と話しておったから、余計に、そう感じるのかも知れぬが。

 

「……謙遜しなくても、良いわよ。ねぇ、貴女。一度、私と組んでくれないかしら? 貴女みたいな、効率を理解しているハンターとなら、上手く戦える気がするの」

 

「申し訳ありませんが、お気持ちだけ。妾には既に、共に駆ける相棒が、おりますゆえ……」

 

「……あら、もう、相棒を見つけたの? その子が、羨ましいわね。……あぁ、冗談よ。気にしなくても、良いわ。私は、パーティは全員フォースでも良い、と思っているから」

 

「全員、ですか。……ん?」

 

おろ? 何じゃろうな。この会話、ほんの今しがたに、別の誰かと、交わした覚えがあるぞ……?

 

「……前に出られると、射線と視界が、遮られるの。それに、うるさくて、考えなしに突っ走る人ばかり。理解出来ないわ。……その点、フォースは、静かに動いて、静かに溜めて、一撃で仕留める。これ以上ない程に、効率的よ」

 

「なる……ほど……」

 

これも、聞いたのぅ。クラスの違いはあれど、ほぼ、同じ内容じゃ。

 

「……楓は、ハンターとして戦う事に、違和感を覚えてないかしら? もしそうなら、選ぶなら、フォースよ。覚えておいて、損はないわ」

 

「は、はぁ、覚えておきましょう……」

 

うむ。オーザ殿と、同じじゃな。ハンターとフォースの相性は、ゼノ殿とエコー殿が、証明しておる。と言う事は、何じゃ。このお二方は、ご自分の感情で、いがみ合っておるのか? 大人しいのは確かなようじゃが、マールー殿も、十二分に、濃いようじゃな……。

 

 

 

 やけに、期待のこもった目で見送られつつ、今度こそアフィンたちと合流しよう、と歩いておったが、その最中に、誰かとぶつかった。

 

「あ、わりぃ……」

 

「いや、こちらこそ……、と、お主、レダではないか」

 

ぶつかった相手は、同じハンター科の同輩、レダじゃった。あの紫色の『りぃぜんと』は、なかなか、忘れられる物ではない。しかし、こやつ、妙に気落ちしておるな。普段ならば、もっと軽薄な雰囲気じゃが……。

 

「祝の席だと言うのに、どうしたのじゃ? 気分でも、悪いのかえ?」

 

「……いや、何でもねぇ。何でも、ねぇよ……」

 

「ふむ。そうは見えぬが……。妾で良ければ、話くらいは、聞いてやれるぞ?」

 

何でもねぇ、と嘯いてはおるが、その様子は、尋常ではない。

 

「……人影を、見た気がすんだ。いや、気がする、じゃない。確かに、見たんだ。修了任務中に……」

 

「修了任務中に、じゃと? つまり、ナベリウスでか?」

 

「あぁ。だけど、いくら言っても、ペアのヤツも、先輩も、こんな所に、誰かいるわけがないって。見間違いか、他のアークスだろう、って……」

 

「なるほどのぅ。ならば一応、先輩方に、話しておいた方が良かろう」

 

「だ、だけど、マジで、オレの見間違いかも知んねぇし……」

 

「たわけ。それならそれで良い、と言うだけの話じゃろうが。もし、本当に誰かおったのなら、それこそ、目も当てられぬ。お主は、ここで待っておれ。妾から、伝えて来る」

 

杞憂であれば、僥倖。しかし、不時着し、遭難したアークスであったり、『わぁぷ』の誤作動などで迷い込んだ一般人であったりしたら、大変な事になる。机上の飲み物を渡し、落ち着くよう言い聞かせ、オーザ殿の元へ走った。

 

 事と次第を伝えると、オーザ殿は、頷いた。

 

「分かった。そろそろ、交代要員がナベリウスへ出発する頃だ。彼らに連絡して、生存者がいないか、探してもらおう。しかし、時間が経っているからな……。もしかすると、手遅れかも知れん……」

 

「それでも、手をこまねいておるよりかは、建設的かと存じます。お手を煩わせて、申し訳ありません」

 

「なに、気にするな。これも、アークスの仕事だからな。報告してくれた訓練生にも、伝えておいてくれ」

 

「承知しました、ありがとうございます」

 

 オーザ殿の言を伝えると、レダは、幾分ではあるが、元気を取り戻した。しかし、ああして人命を気にするとは、あやつもやはり、アークスを志し、訓練を重ねただけはある、と言う事か。評価を、改めねばな。軽薄そう、などと評していた事を心中で詫びつつ、別れを告げた。

 

「先発の連中が、戻ったな。交代要員の皆は、こちらに集まってくれ! 急で済まないが、連絡事項があるんだ!」

 

早速、オーザ殿が、交代要員の先輩方に、招集をかけた。これで一安心、じゃな。その人影とやらが、無事であれば良いが……。

 オーザ殿から説明を受け、ゲートエリア直通のポータルへ向かう先輩方とすれ違いながら、先の話に出た、先発の先輩方が、ぞろぞろと、こちらへ歩いて来る。その中に。

 

「あ、あれは……!」

 

無骨で、黄色いパーツを纏った、女性キャスト。バイザーで目元が見え辛いが、しかし、あの人の顔を、妾が、見間違えるはずがない。矢も盾もたまらず、駆け出した。

 

「あ、あ、あねさまぁぁぁ!」

 

「えっ? わっ、楓ちゃん!?」

 

「お会いしとうございました、あねさま!」

 

驚く、あねさま。しかし、構うものか。ようやく、また会えたのだ。思い切り、抱き付いた。

 

「……あぁ、そっか。楓ちゃん、今日から、私たちの仲間なんですね」

 

「あねさまに、追い付きましたぞっ!」

 

「おめでとうございます、これから一緒に、頑張りましょうねっ!」

 

「はいっ!」

 

装甲板故に硬い胸部に、頬ずりする妾の頭を、あねさまはーーフーリエあねさまは、優しく撫でてくれた。

 

 

 

「じゃあ、フーリエさんは、相棒のお姉さんなんですか?」

 

「キャストですから、血の繋がりはありませんけど、施設にいた頃から、あねさま、って慕ってくれてたんですよ」

 

「なるほどぉ……。にしても、楓ちゃん、何と言うか……」

 

「ん、何じゃ? あねさまは、渡さぬぞ?」

 

「わ、私、そんな事、言ってないよぉ!?」

 

 あれから、あねさまの手を引いて、アフィンたちの元に戻った。そして、相棒と、共に戦った戦友だ、と、三人を紹介した。あねさまも、丁寧に名乗り、今に至る、というわけじゃ。

 

「あー、うん、とりあえず、相棒?」

 

「今度は、相棒かえ。だから、あねさまはーー」

 

「ーーそろそろ離れとけって。お前、とんでもねー勢いで、キャラ崩壊してっから」

 

「ふん、そんな、わけの分からん事を抜かして、あねさまを奪う気じゃろ? だーめーじゃ、あねさまの隣は、妾のものなのじゃー」

 

「ダメだ、処置なしだ、これ」

 

「さっきから、ずーっと、フーリエ先輩の腕にしがみついたまま、だもんねぇ……」

 

「あ、あはは……。久し振りに会えたわけですし……」

 

そう、久し振りに。

 妾が家に入った年に、あねさまは、訓練校の三年次で、次の年には、アークスとなった。それから五年間、通信での会話は出来ても、こうして、直接お会いするのは、五年振りとなる。

 

「そう言えば、教官から、聞いていたな。大砲や爆発物の事で、何かあった時には、フーリエと言うキャストを頼れ、と。これ程早くに、お会い出来るとは、頼もしい限りです」

 

「アーノルドさんも、大砲が得意なんですか? でしたら、色々と、教えられると思います」

 

「ふふん。あねさまは、教え方も、上手いんじゃぞ? アーノルドや、心して、習うが良いぞっ」

 

「ふっ、そうさせてもらおう。フーリエ先輩、どうか、よろしくお願いします」

 

「はい、いつでもどうぞ!」

 

うむ。良い具合に、打ち解けられた。まぁ、あねさまの雰囲気は、柔和で、癒されるからの。成るべくして成った、と言ったところじゃな!

 

 

 

 それから、少し時が経ち。あねさまと再会して、舞い上がっておった妾も、さすがに、頭が冷え、

 

「相棒や、済まなんだのぅ……」

 

「ん? 何がだ?」

 

ゆったりと飲み物を口にするアフィンに、謝った。

 

「そなたと姉君の話を聞いておきながら、あねさまに会って、浮かれてしもうた。無神経が過ぎたな……」

 

今、あねさまは、ユミナとアーノルドに任せて、食事を摂ってもらっておる。思えば、戻って早々に付き合わせたのじゃから、あねさまにも、悪い事をしてしもうた。

 

「何だ、そんな事か。ははっ、気にしてねーよっ」

 

そんな妾を、アフィンは、軽く笑って、許してくれた。

 

「ユク姉は、相棒も一緒に、探してくれるんだろ? だったら、今の俺は、それだけで十分嬉しいよ。それに、ユク姉が帰って来たら、今度は、俺の番だからな。俺とユク姉の仲の良さ、しっかり見せ付けてやるよ!」

 

「な、なぬ!? そなたと姉君よりも、妾とあねさまの方が、ずっと、ずーっと、仲が良いわっ!」

 

意地の悪い笑みで言うアフィンに、食って掛かる。そんな妾の眼前に、グラスが、掲げられた。

 

「だったら、俺は、お前の相棒として、お前のあねさま(フーリエさん)と、その家族愛を守る。約束だ」

 

……アフィン。そなたは、まこと、優しく、強い男じゃな。

 

「なれば妾は、お主の相棒として、誓おう。そなたの姉君(ユクリータ殿)を探し出し、そなたらの姉弟愛を守る、と」

 

妾も、グラスを掲げ、

 

「乾杯じゃ」「あぁ、乾杯」

 

小さな音を、響かせた。その時。

 

『アークスのみんなーっ! こんにちはーっ!』

 

 ショップエリア全体に、天真爛漫な声が、響いた。

 

「む? 何事じゃ?」

 

間を置かず、巨大モニターに、映像が映し出された。茶色い髪で、きらびやかな衣装を着た少女が、輝く舞台の上に、立っておる。

 

『訓練生のみんな、今日は本当に、お疲れ様ーっ! ダーカーがいっぱい出たって聞いて、心配してたけど、みんな無事で、ほんとーに、良かったっ! 修了任務合格、おめでとーっ!』

 

ふむ。あの少女は、家で見た覚えがあるな。確か、"クーナ"とか言う名前じゃったか。オラクル船団の『とっぷあいどる』なんだとか。

 

『みんなの無事と、合格をお祝いしよう、って、マネージャーにお願いして、ステージを借りちゃったんだっ!』

 

ほぅ。なかなかに、粋な計らいではないか。さして興味はなかったが、人気を博しておるのも、納得がいく。こう言った、奉仕精神がなければ、『とっぷあいどる』は務まらぬのだろうな。

 

『明るく、激しく、鮮烈にっ! みんなも、盛り上がってねーっ! 行っくよー、『Our Fighting』ッ!』

 

軽快な前奏に合わせ、モニターの中のクーナが、軽やかに舞い、踊る。見事なものだ。こうも堂々と、美しく舞えるのは、並大抵の事ではない。

 

「明るく、激しく、鮮烈に、か……」

 

「ん? 何か言ったか?」

 

「いんや。ただ、良い歌じゃ、とな」

 

 恐らくは、全てのアークスシップへ、この映像は、届けられておるのだろう。多数、と言う言葉さえ生温い程の視線を浴び、彼女は、何を思って舞うのか。モニターの中のとっぷあいどる(偶像)は、声援を受け、ただ、歌い、踊るのみであった。




公式設定では、フーリエは22歳ですが、都合上、本作中では11歳です。中身は原作と同じですけれど。

楓の祟りは、確率自体は低いですが、成就すれば、良くない事が起きます。軽く懲らしめる程度なので、病気を患ったり、怪我をするような事はありません。足の小指をぶつけやすくなるとか、ラッキースケベが増えるとか、そんな感じです。

終盤が、やや強引だったようにも思えますが、私の文章力では、これが精一杯です。

次回、序章終了です。

2017/08/08 20:08
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幕間二 思いは遠く

これまでに登場した人物のうち、三名の心情を書いております。




 宴が終わり、自室へと戻った。脱いだ制服を倉庫端末にしまって、簡素な部屋着に袖を通す。

 修了任務を受け、その最中にダーカーの大規模襲撃が発生し、戻ってアフィンと喧嘩し、最後に親睦会。何とも、忙しい一日じゃったなぁ……。訓練校時代も、訓練に明け暮れ、それなりに忙しかったが、今日は、それとはまた違う忙しさじゃった。

 

 枕元の端末を取る。時間は……ふむ。まだ、大丈夫じゃろう。ささっと操作し、呼び出し。数回の呼出音の後、回線が、繋がった。

 

『やぁ、楓。連絡を待ってたよ』

 

「11時間振り、かのぅ? ようやく、一日の予定が、終わっての」

 

通信相手は、アレン。やはり、伝えておかねばな。

 

『お疲れ様。大変だったんじゃないかい?』

 

「妾にとっては、造作もない事よ。お主の調整してくれた身体も、実に、良い具合であったしの」

 

『そうかい、それは良かった。ぶっつけ本番だから、心配してたんだ。それで、任務の結果は、どうだったんだい?』

 

「これこれ、そう急かすでない。全く、早い男は、嫌われると聞くぞ?」

 

扇子で口元を隠し、流し目。『ふぇいすうぃんどぅ』に映るアレンの顔が、赤く染まる。

 

『な、何の話をしているんだい!? ボクは、ただ、結果が知りたいだけだよ!?』

 

まだ半日と経っていないのに、このやり取りも、随分と久し振りに感じる。それだけ、今日と言う日が、濃密だったんじゃろうなぁ。しかし、この『早い男は嫌われる』と言う台詞、セレナの言の通り、本当に効果てきめんじゃな。何が早いんじゃろ。

 

「かかか。そう焦らんでも良い。その為に、連絡を寄越したんじゃからのぅ」

 

『うん。ボクも、施設の皆も、キミの、次の言葉を待ってるよ』

 

「む? みな、聞いておるのか?」

 

『全員の端末と、繋げてあるよ。マイクだけは、カットしてるけどね』

 

言伝を頼む必要は、なくなったか。じゃが、みなに聞かれているとなると、少々、気恥ずかしさはあるのぅ。

 

「では、みな、聞いてくれ。……妾は、合格した。みなの声援のお陰じゃ。ありがとう」

 

『そうか! 良かったよ、おめでとうぇあ!?』

 

合格と、感謝を伝えると、アレンが、奇声を上げた。何じゃ。何がどうして、そうなった?

 

『み、皆、落ち着いて! ……マイクをカットした、って説明したけど、正確には、ボクの端末で、堰き止めてるだけなんだ……』

 

「あぁ、なるほどのぅ。みなの歓喜が、お主に集中した、と。……祟るぞ、お主」

 

『えっ、何で!?』

 

「聞きたかったのじゃー! 妾も、みなの喜びの声を、聞きたかったのじゃー!」

 

分からんのか、このたわけが! その声は本来、妾に届くはずだったのじゃろう!? 祟るぞ、セレナに会うたび転んで、その拍子にスカートをずり下げてしまうよう、祟るぞ!?

 

『ご、ごめん! こうでもしないと、大混乱になっちゃいそうだったから! だから、祟るのはやめて!?』

 

「妾の歓喜を邪魔した、罰なのじゃ。セレナに怯えて、過ごすと良いのじゃ」

 

『い、今すぐ、回線を繋ぐから! だから、セレナ絡みは勘弁してくれ!』

 

「ふふん、分かれば良いのじゃ」

 

 回線を繋いでもらう運びとなったが、条件として、事前にくじ引きで決めた一人だけ、らしい。明日に響くといけないから、との事じゃが、妾は別に、気にせんのに。全く、けちなやつじゃ。

 

『楓姉様、聞こえますか?』

 

少し待つと、アレンの顔と入れ替わるように、少女の顔が映った。

 

「おぉ、"ヘンリエッタ"か!」

 

妾の一年遅れで、家に来た少女。家族の中でも、特に真面目で、みなの信頼も厚い。なのじゃが……。

 

『この度の、修了任務合格、おめでとうございます。こちらは、報せを聞いて、大騒ぎですよ』

 

「うむ、ありがとう。みなの声援、妾の胸に、しかと届いておったぞ」

 

『それは良かったです。皆で応援したかいがありました。それでは、そろそろ通信を切ります』

 

「なぬ!? へ、ヘンリエッタよ、早過ぎやせぬか!?」

 

『いえ、明日から正式なアークスになるのですから、夜更かしをさせてしまうのは、不味いですし』

 

真面目『過ぎる』のが、玉に瑕でのぅ……。

 

「いやいや、まだ、夜更かしなどと言う時間ではないぞ!?」

 

『どうかお元気で、楓姉様。おやすみなさい』

 

「嫌いか!? お主、妾が嫌いなのか!? ……って、切れてしもうとる……」

 

早い、早過ぎるぞ、ヘンリエッタ……。せっかく繋がったのに、30秒も、話しとらんぞ……。

 いや、分かっては、おるのじゃ。あれは、ヘンリエッタが、妾を気遣ってくれておる、と。それは、分かる。分かるのじゃが……。

 

『は、早かったね、ヘンリエッタ……』

 

「ちと、寂しいのぅ……。もう少し、妾は、話したかったぞ……」

 

力なく、呟いた。すると、アレンの『うぃんどぅ』の隣に、もう一つ、同じ物が表れた。映っているのは、ヘンリエッタ。

 

『一つ、お伝えするのを、忘れていました。楓姉様、その……、いつまでも、お慕い申し上げております。どうか、怪我などされませぬよう』

 

ほんのり紅潮した顔で、それだけ言うと、妾に何も言わせず、また、通信が切れた。

 

『照れてたのかも、ね』

 

「……アレン、やはりお主は、『でりかしぃ』が足らぬ。セレナ絡みで一発、祟っておくからの」

 

『うぇえ!?』

 

全く、ヘンリエッタのあの顔を見れば、ラッピーでも分かるわ。しかし、それは、言わぬが花。黙って受け取るのが、粋と言うものじゃ。それを、このアレンは……。人の心の機微を学ぶ学校があれば、有無を言わさず、ブチ込んでやりたいわ。

 

 それからは、アレンとの一対一に切り替え、取り留めのない話をした。修了任務の話は、アフィンやユミナ、アーノルドの件を中心に。ダーカーの大量発生については、伏せた。家族とは言え、アレンたちは、ダーカーと戦う術を持たぬ、一般人。無駄に不安を煽る必要は、ない。

 

『相棒、か。戦いの事は、僕には分からないけど、得難い人に、出会えたみたいで、良かったよ』

 

「うむ。腕が良くて、頼りになる。そして何より、優しいのじゃ」

 

『半日も経ってないのに、随分と気に入ってるね』

 

「色々とあって、な。まぁ、その色々のお陰で、アフィンの人となりが、知れたんじゃよ」

 

警告が出る程に、感情を昂らせたのは、黙っておこう。こやつの事じゃ、大騒ぎして、ここまで突撃するじゃろうて。

 

『おっと、もう、こんな時間か。疲れてるだろうし、そろそろ寝ないと』

 

「まだ、あまり眠くないのじゃが、従っておこうかの。任命式の後、すぐにクエストや任務に出撃、と言う事も、あるかも知れぬ」

 

『そうそう。ちゃんと、備えておかないとね。それじゃ、おやすみ、楓。あまり、無理をしないように、気を付けるんだよ』

 

「うむ。肝に銘じておこう。ではアレン、良い夢を」

 

通信を切ると、部屋は、静寂。余程、防音がしっかりしておるのか、隣室の音なども、全く聞こえない。そもそも、部屋同士が隣接しておるのかも、分からぬのだが。

 まだ、眠れそうにない。

 

 ベランダに出て、正座。両の掌を合わせ、目を閉じる。任務の後にも、出来る事。手にかけた原生種たちへの、手向け。殺した本人が手を合わせるなど、おこがましい。そんな事は、分かっておる。元の姿のまま、葬ってやるのが、一番の供養。それも、分かっておる。しかし、こうせずには、おれなかった。

 ただ、静かに。心の内で、祈る。理不尽に翻弄され、命を奪われた彼らの、冥福を祈る。

 

 

  滑稽な 何を今更

 

 

 その隙間を縫い、そんな言葉が、聞こえた。『己の声』で。

 

* * *

 

 端末に、メッセージが届いた。差出人は、不明。

 

『本日23時、"かの少女"について話す時間を用意する。10分の間、貴方たちを"あらゆる目"より守護する』

 

平時であれば、怪文書とも取れる、簡潔なメッセージ。しかし、今の儂には、信じるに値する。

 かの少女とは、楓。貴方たちとは、儂と小僧。あらゆる目とは、"やつ"。全て、符号する。

 そして、メッセージの最後に書かれた言葉が、心を、ざわつかせた。

 

『わたしは謝罪する。貴方たちを、私の運命に巻き込んでしまった事を』

 

 

 

 22時50分。ハガル内ショップエリア。小僧には、少し早めに来るよう、伝えておいた。通信も考えたが、公的に記録の残る手段の使用は、躊躇われる。故に、儂がハガルへ赴いた。マザーシップからアークスシップへの移動記録は残るが、この程度ならば、いくらでも、理由はでっち上げられる。

 ショップエリア最奥。その片隅にあるベンチに、小僧は座っていた。ボトルを呷っているが、隣のシートには、同じ物が、いくつも転がっている。あれは、水か?

 

「まるで、ヤケ酒を呷っておるように見えるぞ。親睦会で、飲み過ぎたか?」

 

「楓のイタズラだ。あー、喉が渇いて仕方ねぇ……」

 

「何をやっとるのだ、お主らは……」

 

「俺は被害者だっての。文句なら、アイツに言ってやってくれ」

 

仲良く、やっとるようだな。この様子なら、儂の言いつけ通り、素知らぬ振りを通せておるのだろう。

 

「んで? 色々調べたんだろ?」

 

「まぁ、少し待て。儂とて、もう年だ。休憩くらい、させんか」

 

「はいはい、わざわざご足労頂きまして、ありがとうございますー、ってか」

 

憎まれ口を、鼻で笑って返し、時計を確認。22時59分。間もなく、時間じゃな。

 

 時計が、23時を指した、その瞬間。小僧を残し、あらゆる気配が、消えた。小僧も、異常を感じ取ったのだろう。弾かれるように立ち上がり、注意深く、周囲を見渡している。

 端末が、メッセージの受信を、告げる。差出人は、やはり、不明。内容は、簡潔。

 

『これより、10分』

 

「おい、じじい。こりゃ一体、どうなってる?」

 

「分からぬ。しかし――」

 

鋭い目つきの小僧を座らせ、儂も、一つ席を空けて、座った。

 

「――これも運命とやら、らしいぞ、ゼノ」

 

何か、感じるところがあったのだろう。小僧が、息を呑むのが、聞こえた。

 

「10年前、儂らは、楓とよく似た動きをする、所属不明のアークスと、会った。ナベリウスでな」

 

「あぁ。俺の"師匠"だ。外見は、丸っきり違うけどな」

 

「キャストならば、珍しくもない。その上、今日のパーツは、訓練校で支給された物だ。気にするような事では、ないな」

 

 落ち着かない様子で水を飲む小僧に、データを送った。内容は、楓に関する個人データと、比較用の、儂の個人データ。

 

「えーっと、なになに……? 俺の持ってるデータと、同じだな。初回起動は、新光暦232年。ハガル一般区画のキャスト教育施設に入所し、235年、アークス訓練校に入学」

 

「儂のデータと、見比べてみろ」

 

「あん? じじいのデータねぇ……。新光暦165年、製造。同年、教育施設に入所。何が違うってんだ?」

 

「儂は、73年前に『製造された』。楓は、6年前に『起動した』。第一、あやつは、いつ、どこで製造されたのかすら、分からん」

 

そう。製造と、起動。似ておるようで、まるで意味が異なる。製造年月日、製造元が不明なキャストなど、前代未聞だ。

 

「……つまり、あれか? 楓は、6年前以前から、活動してた、って言いてぇのか?」

 

「その可能性もある、と言うだけだ。限りなく低い確率だがな」

 

「逆に、師匠については、まだ何も分かってねぇのか?」

 

「初対面の時点で、データベース該当なし。その後の消息も不明。まるで『突如現れ、突如消えた』かのようだ」

 

「消息不明のアークスと、出自不明の訓練生、か……。繋がりそうで、繋がらねぇなぁ……」

 

「順序が、あべこべだからな。同一人物ならば、楓は、お主を知っておるはず。それに、なぜ教育施設に入っていたのかも、説明が付かん」

 

 謎のメッセージに記された時間が、刻々と近付く。しかし、謎は解決するどころか、より深く、増える一方。

 

「何か、こう、一気にひっくり返る情報とか、ねぇのかね……。性格とか口調が同じなだけに、すっげぇモヤモヤする」

 

「これ以上は、手詰まりだな。そもそも、儂らが疑念を抱いたきっかけは、楓の動きだ。手掛かりとしては、薄いと言わざるを得ん」

 

「俺も、じじいに言われるまで、気付かなかったしなぁ」

 

「今ある情報で、無理やり推測するならば、10年前に、儂と小僧の前にふらりと現れた楓が、何らかの理由で記憶を失い、機能停止。その後、6年前に、何者かが施設に運んで、そこで起動した事で、あやつの公的な記録が、ようやく発生した、か。……穴だらけだな。これでは、推測ではなく、妄想だ」

 

「だな。ボケたのかと思ったぞ」

 

場当たり的な発想に過ぎた。思わず、二人して吹き出しそうになった。結局、10年前のアークスの正体も、楓の正体も、何もかもが、不明なままではないか。

 

 時間がない。これ以上の議論続行は、不可能だろう。しかしとにかく、情報が欲しい。

 

「小僧。可能な限り、楓の動向に注意を払え。そして、得た情報は全て、儂が連絡するまで、頭に叩き込んでおけ。決して、口外するな。端末にも残すな」

 

「そうだな、大っぴらに動けねぇじじいに代わって、動いてやるよ。俺だって、気になってるからな」

 

 二人して立ち上がる。そこで、小僧に、聞いてみた。

 

「小僧。お主はこの件で、どのような運命を感じた?」

 

「あん? あー、そうだな……。師匠と出会ったナベリウスで、師匠にそっくりな訓練生の担当官になった事、かねぇ。ガラじゃねぇけど」

 

けらけらと笑う小僧。しかしすぐに、その顔が、締まった。

 

「なぁ、じじいは、楓と師匠が同一人物であって欲しいのか? さっきの推測っつか、妄想でも、同一人物が前提だったしよ」

 

「……そう、だな。その方が、良い――」

 

 あのメッセージに、"やつ"を示唆する記述がなければ、これ程強くは、感じなかったろうに。

 儂が感じた運命――否、呪縛。40年前、ナベリウスの事件で、大切な人を"やつ"に奪われ。10年前、"やつ"の狗である事を痛感させられ。そして今、己は未だに、"やつ"の手駒でしかない。

 

 

――さすがは、六芒の一! 実に、重い一撃じゃ!――

 

 しかし

 

――しかし……、太刀筋に、迷いが見えますな。何を、思い悩んでおるのです?――

 

 あやつとの手合わせは

 

――ここは、妾と貴方の、二人の舞台。 無粋ではありませんかな?――

 

 そんなしがらみを、一切捨てられて 

 

――雑念など、この場には不要! 舞は、始まったばかりですぞ!――

 

 本当に、楽しかった

 

 

 楓が、あのアークスであるなら。己を叱咤し、奮い立たせて欲しいとさえ、思う。この、情けない、六芒均衡の一(お飾りの頭)を。

 

「――いや。そう、信じておる」

 

 

 この呪縛を断ち切る、その為に。

 

* * *

 

 修了任務にて、ダーカーが大量発生。その報せが届いたのは、訓練生全員が、各アークスシップに帰還した後だった。

 歓喜に、打ち震えた。"あたし"は、無事の帰還に。"私"は、ダーカーの大量発生に。自分でも、器用なものだと思う。二つの、相反する事象を、等しく、喜べるのだから。あるいは、それだけ、"あたし"と"私"が、確立しているのかも知れない。この身にある二人の自分の内、どちらが本当の自分なのか、分からない程に。

 

 "あたし"と"私"は、すぐに対立した。"あたし"は、訓練生の無事を祝い、行動すべきだ、と。"私"は、すぐにでもナベリウスに降下し、捜索を開始すべきだ、と。それぞれに与えられた役割を果たすには、どちらも、重要。しかし、"あたし"でも"私"でもない、この"身体"に与えられた役割は、"あたし"のそれに、近い。

 結局、"あたし"が"私"を、説き伏せた。ダーカー殲滅の為に降下する現役の戦闘員から、情報は得られる。それに、訓練生に良いイメージを持たせられれば、三つの役割全てに、繋げられる。"私"は、渋々と、了承した。

 

 もう、分からない。

 

 "あたし"は、誰だ?

 

 "私"は、誰だ?

 

 この"身体"は、誰の物だ?

 

 "あたし"と"私"の、境界は、どこだ?

 

 誰が、"あたし"を、"私"を、定義出来る?

 

 内にある、二人の自分。個として確立しているであろう、二人の自分。誰が、観測し、定義出来ると言うのか?

 答えは、見つかりそうに、ない。

 

 

 

 マネージャーに無理を言って、舞台に立つ。今、この"身体"は、"あたし"の物。きらびやかな衣装を着て、輝くステージに立ち、精一杯の笑顔を振りまきながら、歌い、踊る。

 滑稽で、醜悪な舞台。表の"あたし"が、笑っている。皆が無事で良かった、と。裏の"私"が、嗤っている。これで上手く行くなら、安いものですね、と。

 噛み合わない、喜び。噛み合わない、"あたし"と"私"。噛み合わない、"あたし"と観衆。

 己を騙し、皆を騙し、歌い上げる。白々しい歌を。

 

 本当の気持ちなんて、どこにあるか、己にも分からないと言うのに。そんな物に、どう嘘をつけ、と言うのだろう。




これにて、序章終了です。最後に、ここまでの登場人物と、設定の追加・変更点をまとめた物を、投稿しようと思っています。

ご意見、ご感想を、お待ちしております。

2017/07/23 9:55
  ???の一人称を修正

2017/08/31 11:02
  脱字を修正


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登場人物及び設定紹介

特に設定の項目に、作者の私感が多分に含まれております。気分を害する恐れがありますので、ご注意下さい。

楓の挿絵は、ゲームのSSを使用しています。著作権ロゴは入れていますが、もし問題があれば、即刻削除致します。
また、もしも挿絵が表示されず、それでも楓の外見に興味があると言う読者様がおられたら、マイページで閲覧出来ます。お手数ですが、そちらから、お願い致します。




―登場人物の紹介―

 

【オリジナルキャラクター】

 

・楓(主人公)

 年齢:6歳

 性別:女

 種族:キャスト

 クラス:ハンター

 服装:アークス研修生女制服

 パーツ構成:ローズ・ボディ

       ファーネン・アーム

       ディール・レッグ

 特記事項:製造年月日及び製造元不明

      条件付き自在槍が得意武器

      (通常の自在槍は、並以下)

      パーツカラー変更不可

      (装着時に、勝手に黒く染まる)

      感情の制御が利かない

      (特に怒り)

 

 本作の主人公、いわゆる"安藤 優"。性格は本編の通り。

 出生の一切が不明で、その際に何か『大切な物』を失った、と自覚しているが、現在は、それを気にする素振りは、特に見せない。

 得意武器は、ワイヤー伸縮機能を封印した自在槍。これをジャマダハルのように操る。ただし、これでもなお、リーチが長い、と感じている。逆に、封印していない自在槍だと、満足に扱えない。むしろ絡まる。次点で、長槍。

 パーツはキャストらしく、自由に交換出来るが、カラー変更だけは不可能。事前に、どれだけ鮮やかに塗っていようと、装着した途端に、勝手に真っ黒に染まる。こちらも、本人は気にする素振りなし。

 感情の昂り、特に怒りで、身体の出力制限が無効化される。その際の出力は、未調整のボディなら、自傷してしまう程。その為、初回起動時は、床を踏み切った両足と、壁を殴り付けた右腕が大破している。

 祟りと言う、謎のイタズラを使う。実害はあまりなく、確率も低いが、種も仕掛けも見当たらず、日常のちょっとした脅威と捉えられている。

 孤独を極端に恐れる傾向あり。

 

※限りなくどうでも良い情報ですが、ボイスは女性C追加ボイス72です。

 

【挿絵表示】

 

 

 

・アレン

 年齢:28歳

 性別:男

 種族:ヒューマン

 職業:キャスト教育施設職員

 特記事項:キャストパーツ取扱に長ける

 

 楓の専属教育担当者。優しく、包容力のある男性で、楓の父親的な存在。

 楓の初回起動時に、色々と勘違いで殺されそうになる。この一連の事件は、現在では、公認の笑い話になっている。

 楓の破壊案が挙がった際に、職員で唯一反対し、そのまま専属の教育担当者となった。この時に、キャストパーツの扱いを覚え、現在に至るまで、楓のパーツの修理、調整などを手掛けている。

 セレナが苦手。

 

※優しい父親をイメージして登場させたキャラです。外見は特に決めていませんが、書いている最中は、トライガンのエリクス(ヴァッシュに非ず)が、ずっと頭に浮かんでいました。

 

 

・セレナ

 年齢:27歳

 性別:女

 種族:ヒューマン

 職業:キャスト教育施設職員

 特記事項:特になし

 

 アレンの同僚。基本的には一歩下がって見守るスタンスだが、面白そうな事を見つけたら、真っ先に首を突っ込む。楓の母親的な存在。

 アレンが楓に襲われた事件で、楓を強制停止させた。謝罪に来た時には、仲を取り持つように茶化し、それが現在の楓を形作ったと言っても、過言ではない、かも知れない。

 地味に料理スキルが高く、アレンの弁当を作ったり、施設のキャストたちにおやつを作ったりしている。

 アレンの天敵。

 

※このキャラがいなければ、現在の楓はなかった、ってくらいの重要人物です。外見のイメージは、特にありません。読者様方のご想像に、お任せします。

 

 

・アーノルド

 年齢:16歳

 性別:男

 種族:ヒューマン

 クラス:レンジャー

 服装:シャープオーダー

 特記事項:大砲が得意武器

 

 アフィンの同輩。愛称は、アーニー。年齢不相応に落ち着いており、訓練校時代は、レンジャー科の訓練生に、頼られる事も多かった。

 修了任務ではユミナとペアで、距離を取って戦う彼女と、大砲の扱いに長ける彼の相性は非常に良く、担当官のエコーも、舌を巻いていた。

 任務中にダガンの奇襲を受けたが、間一髪、エコーのテクニックに助けられる。

 武器マニアの傾向あり。

 

※いわゆる黒人。原作再構成を思い立った時点から、彼の生存は確定していました。構想初期では、面白黒人キャラにしようと考えていましたが、作者の技量不足により、現在の、生真面目キャラに。結局、被害者です。

 

 

・ユミナ

 年齢:16歳

 性別:女

 種族:ニューマン

 クラス:ハンター

 服装:ネイバークォーツ

 特記事項:長槍が得意武器

 

 楓の同輩。のんびりとした性格で、マイペース。その性格を裏付けるかのように、自分の領域に、相手の侵入を許さない戦法を取る。長槍の技術は、ハンター科全員の目標とも言われる。

 初の実戦で奮戦するも、ダーカーの大量発生に気圧され、任務終了後に、緊張の糸が切れ、泣き出してしまう。

 技術は高いが、精神的には、やはりまだ未熟。

 

※アーノルドの肉付けや、原作再構成の過程で作られたキャラです。ある意味で薄く、またある意味で濃い、と言う、膨らませがいのあるキャラになりました。今後膨らませるかは、また別の話ですが。

 

 

 

【原作キャラクター】

 

・ゼノ

 恐ろしいくらいドンピシャ、と言う場面を、本当に、恐ろしいくらいドンピシャにしました。黒人生存同様、こちらも最初期からの確定事項です。

 基本的には、上方修正を掛けつつ、楓と絡む要素を増やしているつもりです。

 

 

・エコー

 遅刻グセと痴話喧嘩が、テンポを阻害しかねないレベルで酷く感じたので、メリハリを付けつつ、戦闘能力など、全体的に上方修正を掛けています。なるべく公私を混同せず、かと言ってゼロはアレなので、その時はゼノからも僅かながら歩み寄る、と言った具合です。

 

 

・アフィン

 原作では、相棒関係になるまでが、あまりにもあっさりし過ぎているように感じましたので、一悶着起こしました。また、最終的な目標が目標なので、主人公におんぶに抱っこにならないよう、戦闘能力も引き上げています。

 

 

・レギアス

 原作での、この時点での彼の出番は、出発前の訓示程度でしたが、軽くですが登場させました。キャラとしては、多少柔らかく書いてます。

 

 

・オーザ、マールー、リサ

 いがみ合うコンビと、マイペースな狙撃天使。

 この三人に限らず、原作序盤では、NPC同士での会話が少ないので、シップ内での立ち位置を想像しながら書いています。

 

 

・レダ

 極めて重要な情報をもたらす彼ですが、元々、本筋には深く関わらないので、こちらでも、要所でポロリと情報を出すキャラになります。

 

 

・フーリエ

 数少ない戦闘員キャストなので、後の展開がスムーズになるよう、楓の姉貴分としています。また本作の設定に合わせ、第八話あとがきに書いた通り、年齢を22歳から11歳まで引き下げました。それ以外は、特に変更点はありません。

 

 

・ヘンリエッタ

 EP3が、丁度安藤入隊の一年後に掛かるので、キャストと言う事もあり、今の内に登場させてます。文中では書いていませんが、彼女も、訓練校に通っています。

 

 

・クーナ

 最初に安藤と絡むイベントフィールドの、布石として登場させました。二つの顔を使い分ける、と言う部分を、少々大げさに書いてます。

 

 

・???

 メッセージだけの登場です。直接的な接触はリスクが高く、かと言って放っておくと、レギアスを介して、"やつ"に楓の存在がバレる為、彼らを保護しています。

 

 

・師匠

 正体はご存知でしょうけれど、ゼノの歴史に組み込まれているので、こちらに。楓との類似点は、動きと性格くらいしかありません。

 

 

 

―各種設定の紹介―

 

【キャストについて】

 原作では、自身のフォトンに、肉体的に耐えられない者を改造して生まれる、となっていますが、本作では、最初から工場で作り出される、と、過去作の設定を引用しています。サイボーグとアンドロイドの違いですね。

 また、生み出された時点で、プリセットとして、オラクル社会で生きる為の基本的な知識、道徳観念がインプットされています。

 工場の数は、各シップによって異なります。メタ的な事を言ってしまうと、フェオ鯖であるアークスシップ第1番艦が、最も多いです。

 

 

【キャスト教育施設について】

 プリセットを有するキャストですが、あくまでも実体験が伴わないものである為、それらを集団生活を通して、改めて理解させると同時に、各種職業への就職を支援する施設です。

 施設での3年間を通して、どのような職業に就くかを選択させ、楓やフーリエのように、アークスになる者もいれば、一般社会に出る者もいます。どの組織や企業でも、キャストの情報処理能力は高く評価されており、それらからの支援で運営されています。

 入所するキャストは、同シップの工場で生産される者に限ります。

 

 

【アークス訓練校について】

 読んで字のごとく、アークスを育成する学校です。原作との差異としては、恐らくですが、ダーカーに関する教育、VR訓練の徹底でしょうか。

 原作でのアフィンのセリフだと、訓練校ではダーカーについて、全く教えていないように取れます。ダーカーを不倶戴天の敵とするアークスとして、それはあまりにも不自然でしたので、このように設定を作り、改変しました。

 三つのクラスについて、基礎的な部分をVRも交えて訓練し、その後、専科へ移ります。この専科には、非戦闘のオペレーターや、整備班などもあります。

 

 

【ナベリウスについて】

 ナベリウスにダーカーはいない、と、原作では言及されていますが、それでは修了任務で倒すエネミーは、ダーカーによる侵食を受けていない、何の罪もない原生種、となってしまいます。これは、イベントフィールドでのリサのセリフとも矛盾します。中には侵食を受けていない個体もいる、どころの騒ぎではありません。ダーカー出現までに倒した原生種は、100%、侵食を受けていないのですから。

 ですので、過去に書いた作品からも設定を引っ張って来て、ダーカー汚染地帯を走破する、と言う任務内容で、ダーカーの出現も想定されている、としました。訓練校の設定も、この辺に合わせています。

 そもそも、原作自体、何も目的を知らされずに放り出されたようなものなので、細かく設定を入れています。

 

 

【担当官について】

 原作でのゼノの立ち位置を明確にし、またナベリウスの設定変更に合わせて、設定した役職です。

 訓練生の戦闘技術評価と、想定外の事態に備え、キャンプシップに同乗しています。

 なお、単なるダーカー発生程度であれば、担当官が降下する事はありません。訓練校で十分に訓練していますし、任務その物がおじゃんになってしまう為です。この辺は後述します。

 

 

【エネミーの死骸について】

 ナベリウスの件同様、過去の拙作から設定を引っ張って来てます。死骸は、即座にアークスシップ研究部に転送され、ダーカー侵食の影響を調査する為のサンプルとなります。その際に、無事な器官や、エネミーの強靭さなどによって、報酬が査定され、アイテムパックや個人口座に振り込まれます。第七話の文中に、出来高に応じてメセタが支払われる、と書きましたが、このような設定になっています。よって、ゲーム内のように、目の前でアイテムドロップする、と言う事はありません。

 

 

 

【オペレーターについて】

 原作では、まともに仕事をしてませんでしたね。あれではオペレーターではなく、実況者です。

 文中では書いていませんが、ダーカー出現までは、マザーシップ所属のオペレーター、それ以降は各アークスシップのオペレーターが、分担して指示を出しています。

 

 

【ダーカー出現量について】

 ダーカー発生自体は、原作でも理由付けがなされています。また、大量発生とも言及されています。ですので、担当官が降下する理由として、訓練生だけでは対処し切れない程の数が発生した、と、展開を補強する形にしました。

 ハガル所属訓練生の経路に、特に大量発生した理由は、原作設定に準じています。関わりの深い重要人物が、近くにいますからね。




一通りまとめましたが、矛盾点や不足があるかも知れません。自分で改めて読み返し、また追加するかもです。


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第一章 災厄の復活
第九話 邂逅と偶事


第一章開始です。相変わらず、なかなかゲーム本編には入りませんが。


 2月21日、午前11時、ハガルショップエリアの巨大モニター前。修了任務を乗り越えた新米アークスたちが、並んでおる。妾も、その中の一人。モニターには、昨日も船で見た、白いお偉いさんが映っており、長々と、何かを喋っておる。

 正直に、言おう。退屈じゃ。なにゆえ、お偉いさんと言うのは、こうも揃って話が長いのか。もうかれこれ、30分は話しておるぞ。

 あれか。妾以外の誰かが、長話しないと死ぬ祟りでも、掛けたのか。だとしたら、妾の所に来い。簡潔に話さないと自動扉が高確率で反応しなくなる祟りを、掛け直してやる。死ぬよりは、デコをぶつける方が、マシじゃろうて。

 

『――それでは諸君、アークスの使命を胸に刻み、日々、励みたまえ。以上』

 

む、ようやく、終わったか。モニターの映像が切り替わり、宇宙からのナベリウスの映像を、映し出した。

 

「以上で、任命式を終わります。それでは続いて、皆さんの、これからの予定を説明します」

 

とりあえず、軽く伸びをしようか、と思った矢先、妾たちの前に、六人の女性が立った。

 

「先に、自己紹介をさせて頂きます。アークス管理官の、コフィーです。よろしくお願いします」

 

ふむ。『くぅるびゅぅちぃ』を、絵に描いたようなお人のようじゃな。仕事の内容からして、それなりに関わる機会も、多かろう。……見極めるのも、楽しそうじゃの。

 

「オペレーターの、ヒルダだ。君たちが無事に帰れるよう、全力で仕事に当たるつもりだ。よろしく頼む」

 

「同じく、オペレーターの、ブリギッタです。今日と言う日を、心待ちにしていました。よろしくお願いします」

 

「め、メリッタです、わわ、私も、オペレーターですっ。至らないところもありますが、ど、どど、どうぞよろしくお願いしますぅ!」

 

仕事人と言った様相のヒルダ殿に、冷静沈着なブリギッタ殿、それに慌てん坊っぽいメリッタ殿、か。会う機会は少ないかも知れぬが、命を預ける方々じゃ。しっかりと、覚えておかねばな。

 

「クエスト及び任務のアサインを担当します、レベッカです。アサインカウンターで待ってます。よろしくね」

 

「同じく、アンネリーゼです。受注出来る内容は、レベッカのカウンターも、私のカウンターも、変わりません。お好きな方へ、お越し下さい」

 

ほんわかな雰囲気のレベッカ殿に、真面目そうなアンネリーゼ殿。縁起でもないが、場合によっては、このお二人のお顔が、生涯最期に見る、人の顔になるかも知れぬ。そうならぬよう、精進せねばな。

 

「クエストや任務に、直接的に関わるのが、我々六人です。訓練校で学習されたと思いますが、おさらいをしておきましょう」

 

 コフィー殿が、良く通る声で、説明を始めた。念の為、真面目に聞いておこう。

 

 まず、任務とクエストは、似ているようで、全くの別物。

 任務は、緊急性の高い内容になっている。重度の侵食を受け、暴走状態に陥った中型及び大型敵性体の討伐や、要救助者の救出などが、これに当たる。他の特徴としては、危険だ、と言う理由での、小型敵性体の討伐が含まれる。重度の侵食が起きていると言う事は、即ち、近辺はダーカー汚染の具合が酷く、他の生命体も、同様の状態にある可能性が高い。また、ダーカー出現の可能性も跳ね上がり、放置すれば、生態系に、重大な悪影響が出る。

 クエストは、名の通り、調査、探索的な意味合いが強い。最終目標は、やはり侵食された中型もしくは大型の敵性体だが、その侵食具合は、任務程酷くはない。しかし、行動範囲は任務の比ではなく、場合によっては、数日がかりにもなる。主な内容は、指定範囲の調査。土壌、植生、大気、微生物を含めた生命体など、各種サンプルの取得を行う。少々地味だが、ダーカー討伐だけでなく、生物種の保全も担うアークスとしては、これも、重要な仕事である。それらのサンプルを解析し、星の情報を得なければ、生態系の保護など、不可能だからだ。ベテランを集めたクエスト専門の部隊も、多数編成されている事から、アークスが、どれだけ重きを置いているか、窺い知れる。

 

 アークス管理官は、各アークスの実績から、受注可能な任務及びクエストを振り分けるのが、主な仕事となっている。実績とは、単に戦闘の上手さだけを指すのではない。他のアークスとの連携、洞察力の高さ、各種状況下での機転など、その内容は、多岐に渡り、それらを総合して審査し、クラスレベル上限や、任務などの受注制限を解除する権限を持っている。過ぎた力を持たせず、身に余る仕事を回さない為にも、管理官の仕事は、極めて重要である、と言えよう。

 

 アサインカウンターは、管理官から回されるデータを元に、受注可能な任務などを、提示する場だ。ここで、己の身の丈に合った仕事を受注し、キャンプシップに搭乗して出撃、と言う流れになる。アークスに、過度に危険な仕事を与えない為、と言う理由から、アサインカウンター職員も、大きな権限を持つ。敵性体討伐の報酬に目が眩み、分不相応な仕事に無理にでもアサインしようとする不届き者が、ごく稀に存在するから、だそうな。

 

 オペレーターは、担当アークスの周辺状況を分析し、適宜、指示を出す。基本的にアークスは、任務やクエスト内容の範囲内であれば、自由に行動出来る権限を持ち、戦闘やサンプル採取も、各自の判断によって行われる。しかし、異常事態が発生した場合は、即座にオペレーターから連絡が飛び、交戦あるいは撤退の指示が下される。明らかに仕事内容を逸脱した行為を働いたり、行動範囲外へ出ようとしている場合も同様だが、こちらは、より強制力が強く、従わなかったら、問答無用で査問会送りとなる。

 

「エネミーをどれだけ多く倒そうとも、それだけでは、アークスの責務を果たしている、とは言えません。この宇宙に住む、全ての命を守る為に、皆さんの全力を期待します」

 

要は、『オペレーターの言う事を聞いて、アサインカウンターで受けた仕事を一生懸命頑張れば、管理官に認めてもらえて、もっと強くなれる』と言う事じゃな。

 

「君たちにはまず、任務をいくつか、こなしてもらう。実戦である以上、当然、命の危険もあるが、油断さえしなければ、難しい任務ではない」

 

「修了任務時の二人か、四人での登録を、お勧めします。前衛と後衛で、バランスが良いですし、ある程度は、互いの勝手も分かっているでしょうから」

 

「そ、それと、皆さんに、修了任務達成の報酬とお祝いを兼ねて、基本的なユニット(防具)を一式、プレゼントです! しゅしゅ、出撃前に必ず、装備登録を、済ませておいて下さぁい!」

 

 ふむ。それは、ありがたい。防御フォトンを増幅し、身の守りをさらに強化してくれるユニットは、前衛後衛問わず、必需品じゃからな。

 任務への登録は、うむ。アフィン、ユミナ、アーノルドを誘ってみよう。あの激戦を、共に戦い抜いた戦友じゃ。命の危険がある、と言われようと、あの三人となら、心強い。三人ともが、妾と同じように考えてくれておるのなら、嬉しいのう。

 

「それでは一旦、解散とします」

 

コフィー殿の締めの言葉を合図に、訓練生全員が、ばらばらと動き出した。そこかしこで、互いを誘い合う声が上がる。とりあえず、アフィンを探そうかの。

 

 アフィンを探し当てる前に、ユミナに誘われた。クラスごとに整列しておったし、まぁ、それも道理か。

 

「楓ちゃん、私たちと行かない? ほら、昨日みたいに!」

 

「うむ。妾も、お主たちを誘おうか、と思っておったところじゃ」

 

そうしている間に、アフィンとアーノルドも、こちらへ来た。様子を見るに、この二人も、話を持ち掛け合ったようじゃな。

 

「そちらも、話は付いたようだな」

 

「相棒、一緒に行こうぜー!」

 

「思いは、同じか。よし、では、参るとしようかの!」

 

「おーっ! 楓ちゃんに、続けーっ!」

 

妾を先頭とし、ショップエリアを突き進む。ふふん。この四人であれば、負ける気がせぬわ!

 

 

 

 意味の分からん回転オブジェを横目に、ゲートエリア直通のポータルへ入ろうとした、その時。

 

「……む?」

 

視界全体に、軽い乱れが、走った。聴覚は、ざざ、と、小さくも不快な音を拾っている。

 

「あれ? 楓ちゃん、どうしたの?」

 

「……いや、何でも、ない……」

 

目を擦る。しかし、乱れは、消えない。

 

耳を覆う。しかし、雑音は、消えない。

 

センサー類の故障を疑いつつ、辺りを、見回した。どこを見ても、視界の乱れも、雑音も、消えてくれない――否。ある一点。そこに視線をやると、嘘のように、乱れも、雑音も、消えた。

 

  "誰か"が、いる。

 

オブジェの足元。誰もいないはずのそこに、確かに。妾の内の何かが、そう告げた。

 

「お、――、あ―――? ど――た?」

 

「具―――悪い――? ――――んで――――か?」

 

「かえ――ゃん? ――でちゃ―!?」

 

乱れも、雑音も、なくなった。しかし、誘われるように、そこへ進むうちに、他の全てが、遠くなった。そして、"誰か"の前に立ったと、直感で理解した途端、全てが、白に覆われた。

 

 

 

 全てが、色を取り戻した。広がるのは、ショップエリアの風景。だが、

 

「相棒? ユミナ? アーノルド?」

 

誰も、いなかった。後ろを歩いていたアフィンたちも、他の訓練生も、先輩方も、ショップ店員も。妾以外の、誰もが、いなくなった。

 

「……みな、どこに行ってしもうたのじゃ?」

 

不安に駆られ、きょろきょろと、あちこちに視線を移す。しかし、変わらず。ショップエリアには、妾一人しか、いない。

 

「じょ、冗談なら、止めよ! これから、任務じゃろう!? このような戯れに興じる暇は――」

 

にわかに襲い掛かって来た孤独感を、振り払うように声を荒らげると、

 

「――待っていた」

 

背後から、声がした。そんな、馬鹿な。十も数えぬ前に、背後は見たぞ? 誰も、いなかったぞ?

 

「……否。この表現は、認識の相違がある。待たせてしまった、だろうか」

 

妾の動揺など知らぬ、とばかりに、背後の誰かは、言葉を続ける。やはり、いる。先程感じた、"誰か"じゃろうか? ……いや、間違いない。この感じは、そうじゃ。

 振り返らねば、ならぬ。顔を見なければ、ならぬ。言葉を交わさねば、ならぬ。追い立てられるように、振り返った。

 

 そこにいたのは、黒髪の美女であった。青いふちの眼鏡を掛け、白衣を羽織り、一見すれば、研究員のよう。しかし、

 

「……お主、何者じゃ?」

 

その希薄さ――触れられそうで、触れられない。そこにいるように見えて、その実、そこにはいない。そんな、得体の知れなさが、妾の警戒心を、刺激した。

 

「わたしの名は……シオン」

 

「シオン、か。素直に名乗るとは、殊勝な心がけじゃな。覚えておいてやろう」

 

僅かに、評価を見直す。じゃが、警戒を解くには、至らぬ。このような、人の気配すら感じられぬ場に、連れ込まれたのじゃ。害意がない、などと、それだけで気楽に判断するわけには、行かぬ。

 

「それで、シオンとやら。認識の相違、と言うたな? 妾は、お主など知らぬ。よって、待たせてしまった、などと言われても、余計に食い違うのじゃがな」

 

「わたしの言葉が、貴女の信用を得る為に、幾許かの時間を要する事は理解している。それでもどうか、聞き届けて欲しい。無限にも等しい思考の末、わたしが見出した事象を」

 

「身勝手を抜かしよる……。つまりお主は、今は信じなくて良いから、己の考えを聞いてくれ、と言いたいのか」

 

そう問うと、シオンは、頷いた。実に、回りくどい喋り方をしよる。妾も、言葉遊びは嫌いではないが、これは、違う。人の喋り方では、ない。

 

「ふん。お主がその結論とやらを出すまで、待っておった覚えは、ないんじゃがな。まぁ、良い。話してみよ。どうせ、お主の話を聞くまで、離れられんのじゃろう?」

 

「……わたしは謝罪する。わたしは観測するだけの存在。貴女への干渉は行わない、行えない」

 

「……ほんに、喋り方を知らぬやつじゃな。謝りたければ、ごめんなさい、で良かろうに。つまり、あれか。こんな手段でも使わねば、妾と話せない、と?」

 

「わたしは肯定する。だが――動かなければ、道は潰える」

 

道が潰える、と来たか。どのような道かは知らぬが、こやつにとっては、余程の事らしい。こうして、幻術紛いの手段を弄してまで、妾の所へ来たのじゃからな。

 知らぬ、勝手にせよ、と、突っ撥ねてやろうか、とも考えた。まずもって、こやつが、妾を選んだ理由からして、分からぬからな。狸に化かされた、と言われたとて、納得が行く。もしそうなら、少々、痛い目を見せてやらねば、気が収まりそうにないが。

 

「なるほど、な。して、どのような結論を出した?」

 

 しかし。不思議な事に、こやつの言葉には、嘘が感じられぬ。どのような道かは知らぬが、それが潰えるのは事実であり、妾に助力を求めておる、と言うのは、やけに強く、感じられる。そして、その道が潰えるのは、妾にとっても、極めて不都合が生じる事態である、と、なぜか、確信した。

 

「あらゆる偶然を演算し、計算し、ここに残す」

 

そう言いながら、シオンの手が、妾に向けられた。その指先から、青く輝く何かが放たれ、ゆっくりと、妾に近付く。

 

「偶事を拾い集め、必然と為す。その物を、『マターボード』という。わたしは観測するだけの存在。貴女を導く役割を持たない。だが、マターボードは貴女を導くだろう」

 

そっと触れると、その輝く何かは、形を変えた。並んだ光点と、それらを結ぶ線が描かれた、透き通る、青い板。この世の物とは思えぬ、儚く、美しい輝きを湛える、青い板。

 

「……わたしの後悔が示した道が、指針なき時の、標となる事を願う」

 

一際強く光る点に触れると、情報が、頭に流れ込んで来た。なるほど、な。この光点が、こやつの言う『偶事』か。

 

「未だ信用も信頼も得られず、と推測する。貴女のその思考は、正しく正常である。わたしもそれを、妥当と判断する。しかし、わたしはそれでも、貴女を信じている」

 

「ふん。軽々しく言うてくれるものよ。……道が潰えては不味い、と言うのは、概ね理解した。お主にとっても、妾にとっても、な。良かろう、とりあえず、口車に、乗せられてやる。じゃが、もしも妾を謀っているのならば、その時は、覚悟しておけ」

 

恐らくは、従っても良かろう。先程見た『偶事』とやらも、一先ずは、害はなさそうじゃしな。しかし、真意が見えぬ以上は、用心に越した事はない。釘を刺すと、先と寸分違わぬ角度で、頷いた。

 

「わたしは、貴女の空虚なる友。どこにでもいるし、どこにもいない。質問は、いつでも受け入れよう」

 

「勝手に、友などと言うでないわ。それと、一つ、忠告しておこう。信用を、信頼を得たくば、喋り方を改めよ。お主とは、会話をしている気が、まるでせぬわ」

 

「……理解した。否。これも、人との会話で使う言葉ではないな」

 

えぇい、まどろっこしい! こんな玩具(板切れ)を作る前に、円滑に『こみゅにけぇしょん』を取る手段を学べ!

 

「そう言う時は、分かった、で良いのじゃ! 分かったか、この阿呆が!」

 

「……分かった」

 

「それで良い。で? お主の要件は、終わったのじゃろう? さっさと、帰してもらおうか」

 

「焦る事はない。ここは、貴女の在るべき場所。その場所に、わたしが干渉したに過ぎない。……楓。また、会おう」

 

別れの言葉を口にしたシオンから、白が、溢れた。その白が、シオンを、妾を、全てを塗り潰し――

 

 

 

「――えでちゃん!? 楓ちゃんってば!?」

 

「……む?」

 

 妾を呼ぶ声で、我に返った。目の前に立つのは、シオン……ではなく、妾の両肩を揺さぶる、ユミナ。周囲は、静寂から一転し、喧騒に包まれている。視界の乱れも、耳に入る雑音も、ない。

 

「ここは……?」

 

「良かったぁ……! 楓ちゃんったら、ふらふらここまて歩いたと思ったら、それきり、ボーっと立ったままだったんだよぉ!」

 

「そう、か……。妾は、どれくらい、そうしておった?」

 

「5分程度、と言ったところだな」

 

5分、か。体感でしかないが、シオンと話していた時間と、一致するな。

 

「相棒、今日は止めとくか? 体調が悪いってんなら、明日以降でも……」

 

「そうだよぉ。別に、今日中に済ませなさい、とか、言われてないから……」

 

みなの表情から、これでもかと言う程、伝わる。純粋に、妾の身体を心配してくれておる。負の思いなど、微塵も感じられない。

 だから、

 

「いや、問題ない。ちと、考え事を、しておってな」

 

自分でも呆れる程、雑な返事で、誤魔化した。

 

「それにしては、尋常な様子ではなかったが……。本当に、行けるか?」

 

「うむ。昨日のように、華麗に舞って見せようぞ」

 

「少しでもおかしいと思ったら、テレパイプ使うからね? それで、すぐに戻って、休むんだよ?」

 

「相棒として、ちゃんと見とくからな」

 

「そうなったら、素直に従うわぃ。相棒は、妾の尻に、夢中になるらしいからの。頼んだぞ、ユミナよ」

 

「えーっ、アフィン君、サイテー」「アフィン、お前と言う奴は……」

 

「ちっ、ちげーよ!? 見るのは、お前の動きとか、体調であってだな!?」

 

「かかか。良い良い、分かっておるよ。もしもの時は、頼むぞ?」

 

「やっぱり、調子狂わされる……。ったく、無理だけは、すんじゃねーぞ!」

 

その念押しへの返答は、右の拳を差し出し、代わりとした。アフィンも、頭を掻きながら、それに応じる。

 心配するでない、アフィン。本当に、何も、問題はないのじゃ。ただ、奇妙な自称友人が出来て、奇妙な頼み事をされた。今は、ただそれだけの事なのじゃ。

 

 

 

 整備班に、出撃時のユニット装着を申請し、アサインカウンターへ。

 

「ふむ。妾たちが登録可能なのは、この、『ザウーダン討伐』だけか」

 

「最初は、ね。この任務を達成したら、次の任務に登録出来るようになるよ。」

 

レベッカ殿の言葉を聞きながら、任務内容に、目を通す。ナベリウスで、ダーカーに侵食された"ザウーダン"が暴れており、他の原生種に危害を加える前に、討伐せよ、との事。

 ザウーダンとは、言わばウーダンの頭。ウーダンよりも身体能力、知能共に高く、厄介な相手と認識されておる。しかもこやつら、己の上半身程もある岩を持ち上げ、それを武器として使うのだから、始末に負えぬ。下手に食らえば、重傷を負う危険もある。ヒルダ殿の仰った通り、油断は、出来ぬな。

 しかし、ザウーダンの討伐……。ザウーダンは、ウーダン共の頭。ふむ。これも、あやつの言う、偶事なのかのぅ?

 

「パーティは、楓ちゃん、アフィン君、ユミナちゃん、アーノルド君の四人だね。良し、登録完了っと。それじゃ、よろしくね」

 

「はい。それでは、行って参ります!」

 

アフィンたちの心配を払拭するように、大きな声で、レベッカ殿へ挨拶した。これが、整式にアークスになってからの、最初の任務。気合いを入れて、臨まねばな。

 

 船に搭乗し、戦闘用ボディの調子と、ユニットの稼働状況を確認。……うむ。いずれも、問題ないようじゃな。

 帰還後、キャストのボディを含めた各種装備品は、全て、整備班に転送され、修理や整備が行われる。そして、特に申請がなければそのまま、変更登録と合わせて新しい装備品を送ればそちらが、次回出撃時、乗船の際に各自に転送される。今回は、贈られたユニットの装備登録をしておいたので、武器はそのまま、ユニットが追加されておる。

 

「みな、頼みがあるのじゃが、聞いてくれるかえ?」

 

各々、装備品の確認が終わった頃に、話を切り出した。

 

「ん? そんなに改まって、どうしたよ?」

 

「いや、大した事ではなくての。この任務で、最初に遭遇するウーダンは、妾に任せてもらえぬか?」

 

「何だ、そんな事か。俺は、別に構わんぞ。昨日の任務では、お前の動きを見る暇が、なかったからな。良い機会だ」

 

「私も大丈夫だよぉ。あ、もしかして楓ちゃん、さっきは一番槍を狙ってて、ウズウズしてたのかなっ?」

 

「む、バレてしもうたか。やはり初陣は、華々しく飾らねば、の」

 

丁度良い口実だ。そのまま、乗らせてもらおう。おどけた風を装うと、「そうなんだぁ! あー、ちょっと羨ましいかも!」と、盛り上がってくれた。少しばかり、心が痛む。しかし妾自身、どう説明したものか、考えあぐねておるしのぅ……。

 

 

 

 『わぁぷ』を終え、衛星軌道に入った船から、降下。昨日振りの、ナベリウス。その青と緑は、何一つ変わらず、雄大で、優しい。

 

「まぁ、昨日の今日じゃしな」

 

「ん? 何か言ったか?」「いんや、戯言じゃよ」

 

これが一日で様変わりするなど、そうなってもらっても、困るしの。では、行くか。

 

 パルチザンを背負った妾を先頭に据え、その少し後方に、同じくパルチザン装備のユミナ。左右に、ライフルを携えたアフィンとアーノルドが就く。この陣形で、崖に挟まれた道を走る事、しばし。縄張りへの侵入者を排除するべく、ウーダン共が、崖上から、樹上から降り立った。その数、五匹。

 

「先頭のやつを、先に潰すッ!」

 

「分かった、行って来いッ!」「私は、隣に就くよぉ!」「周りは気にするな、その為の後衛だ!」

 

弾丸が地面を叩き、取り巻き共が怯む。その隙に、パルチザンを構えつつ、群れを率いていると思われる先頭の一匹に、接近。その心臓を、貫いた。隣のユミナは、いつでも得物を振り抜けるよう、構えたまま群れを睨め付け、アフィンとアーノルドは、牽制射撃を加えつつ、さらに左右広く展開している。

 刃を引き抜くと同時、ウーダンの死骸が、青い輪に囲まれる。研究部への転送が、始まったか。しかし、今更、じっくりと見るような現象でもない。パルチザンを構え直し、戦列に加わろうとして――視界の端。二つのログに……普段なら見もしないログに、目を奪われた。

 

――ウーダン、転送完了。査定完了。報酬品『ガンスレイヤー』、転送完了。

 

――第一の偶事、『ウーダンの撃破によるガンスレイヤー入手』を達成。次の偶事を提示する。




ゲーム中でのクエストの括りを、変更しています。

『アークスクエスト』を、『任務』
『フリー探索』を、『クエスト』

としております。また、この変更に伴い、

『クエストカウンター』を、『アサインカウンター』

としております。ややこしいかと思いますが、ご了承下さい。惑星探索となると、やはり調査も必要だろう、という妄想が理由です。

シオンとの会話が、想像以上に難しいですね。

書き溜めが尽きつつありますので、投稿間隔を、少し空けます。


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第十話 マターボード

良さげな武器が手に入って、お得! などと、私は考えていましたけど、考えてみると、不思議ですよね、マターボードって。普段はドロップ運に任せるしかない物が、回数さえこなせば、確実に手に入るんですから。その回数が、曲者ではあるんですけどね。

ゲームは、とうとうEP5に突入しましたね。ちゃんとお礼を言ってくれるなんて、ハリエットちゃんは良い子だなぁ……。


 それからは、どのように戦ったのか、覚えていない。道を塞ぐ敵を蹴散らし、目標であるザウーダンを倒したのは、確かじゃ。でなければ、こうして、青い輪を浮かべるテレポーターの前に、立っておるわけがない。

 

「ふぅっ。思ってたより、楽勝だったな!」

 

「あぁ。四人の息が、合っていたからこその戦果だな」

 

「うんうん、すっごく、戦いやすかったよぉ! ね、楓ちゃん!」

 

「うむ。赤子の手を捻るよりも、容易い事よな」

 

言葉は返したが、ほとんど、上の空であった。原因は、ただ一つ。あの、偶事とやらじゃ。

 

 ウーダンを仕留めた突きは、意識してのものではない。無防備だった胸部目掛けて、得物を繰り出した。ただ、それだけ。査定の基準など、妾は、知らぬ。しかし、その結果は、玩具に書かれていた通りとなった。

 

「なぁ、みな。報酬で、何か変わった物は、出たかえ?」

 

敵討伐の報酬は、パーティ全員に支払われる。連携して倒したのだから、と言う理由じゃ。しかし、みな一様に、首を横に振った。

 

「……そうか。ならば、みな同じ、じゃな」

 

誰一人、何も得ていない。妾を除いて。

 普段ならば、偶然だと捉えられるじゃろう。たまたま、妾がウーダンを倒した。たまたま、査定の結果でガンスレイヤーを得た。たまたま、みなには同じものが支払われなかった。たまたま、そうなったのじゃ、と。

 

 じゃが今は、シオンの存在が、そんな安易な着地を邪魔する。あやつは、偶事を拾い集める、と言った。そして、その内の一つが今、現実となった。

 これは本当に、偶然なのか? あやつが演算し、作り上げた玩具と、寸分違わぬ結果となった以上、偶然で片付けられるのか?

 

 ――あやつは、何を演算した?

 

 ――あやつは、何者じゃ?

 

 考えが、まとまらない。たった一つの、不可解な現象に、混乱してしまっておる。今の妾では、解を導き出す事は、出来そうにない。

 ならば、聞くしか、あるまいて。あやつに与えられた権利を、行使させてもらおう。

 

 

 

 船に戻り、軽口を叩き合いながら、帰還。そろそろ昼時、と言う事もあり、三人と昼食後の合流を約束し、一旦、自室に戻った。

 端末で、入室者制限をかけた途端、だった。先の、視界の乱れと雑音に、襲われた。

 

「ぐっ……。もっと、マシな出方は、ないのか……!」

 

「……わたしは謝罪する。この手段でなければ、貴方の存在する空間に、干渉出来ない」

 

正面から、声。今回は、背後ではないらしい。

 

「……第一、何じゃ、その、わたしは謝罪する、とか言うのは。お主は、妾の友ではなかったのか? 友に、そのような謝り方をするやつなぞ、聞いた事もないぞ」

 

「わたしは――」「ごめんなさい、じゃ!」「――ごめんなさい。言語の習得には、まだ幾ばくかの時間を要する」

 

「全く、調子の狂うやつじゃな、お主は……」

 

妾が調子を狂わされるなぞ、そうないぞ。精々がセレナか、リサ殿くらいなものじゃ。しかしこやつ、今、言語の習得、と言ったな。外見は、成人したヒューマンのようじゃが、違うのか? あるいは、オラクル船団を構成する三種族とは、また別の種族か? まぁ、どちらにせよ、会話に難儀するのは、変わらぬか。

 

「先も、こうして現れよったから、最早驚きもせぬが……。とりあえず、こうして出て来たのなら、好都合じゃ」

 

「わたしは、貴女の近くにあり、同時に、遠くにある。故に、質問は、いつでも受け入れる」

 

「ふん。妾を見ていて、質問されそうだったから出て来た、とでも言うのか。つまらん話じゃ。妾とて、『ぷらいべぇと』は、あるのじゃぞ?」

 

「否。見ていた、と言う言葉は、認識の齟齬がある。マターボードに付随する演算の、経過に対応した」

 

「すると言うと、何か? お主は、妾が任務中に、あの玩具に疑問を持ち、任務後すぐに部屋に戻る、と言うのが、分かっておったのか?」

 

「わたしは、マターボード精製と並行し、貴女の行動を演算していた。故に、マターボードに疑問を抱くのは、分かっていた」

 

「……では、妾が、お主にぶつけようとしておる質問も、分かっておるのじゃな?」

 

「偶然の境界と、わたしの正体、と認識している」

 

言い当てられた、か。まぁ、良い。これで、遠慮する必要もなくなった。

 

「では、聞こうか。あのガンスレイヤーは、なぜ、妾の手元に来た?」

 

「偶然だ」

 

「そうか、偶然か。これは奇遇じゃな、妾も偶然と考えておった。じゃが、それで片が付くなら、ナベリウスが晴れておったのも、妾がパルチザン片手に降下したのも、全て、偶然となるぞ」

 

「正確に表現するならば、マターボードに引き寄せられた、確率」

 

 シオンは、淡々と語った。偶然とは、狙って引き起こせるものではない。起きる可能性が、極めて低いからこそ、後に偶然と言える。ではもし、その偶然を引き寄せる事が、出来たなら。

 マターボードには、偶然が記されている。些細な事で、無限に分かれる、未来への道。それらいくつもの分岐から、偶然を引き当てつつ、正しい道を選び、進む為の標。

 

「つまり、あれか。偶然頼みの綱渡りをせねば、道が潰える、と言いたいのか」

 

「本来であれば、その道は、可視化する事は出来ない。しかし通らねば、必然を為す事も、出来ない。故に、演算し、標を作り出した。偶事を重ね、必然へと繋ぐ標を」

 

「それは何とも、気の遠くなりそうな話じゃな。妾にとっても、じゃが。結局のところ、その偶然を引き当てるまで、次の偶然へは、進めぬのであろう?」

 

ウーダンを倒した時のログには、こうあった。次の偶事を提示する、と。これは逆に、ウーダンを何体殺そうと、ガンスレイヤーを報酬で得られなければ、次の偶事は提示されない、と言う意味であろう。

 

「提示された偶事は、マターボードの式の一部として組み込まれ、その確率は、絶対となる」

 

待て。こやつ、今さらりと、とんでもない事を言わなかったか?

 ウーダン討伐の報酬としてガンスレイヤーを得る。これはあくまで、偶然の出来事だが、その偶然自体は確実に起こる、と。あの玩具には、そんなふざけた力があると、言ったのか?

 そして、こんなふざけた代物を作ってのけた、このシオンと言う女は、一体何者じゃ? 偶然を確定させるなど――予言の成就など、人間のやれる事ではない。

 

「大方は、分かった。到底、納得など出来ぬがな。では、次の質問じゃ」

 

「その前に、一つ、言及する。わたしの正体は、語らない。語れない」

 

「何じゃと?」

 

 出鼻を挫かれた。これこそが、本命だと言うに。まぁ、半ば、聞けはすまい、とも思っておったが。

 恐らくは、ここで正体を聞かれるのも、明かさぬのも、こやつの演算の、一部なのであろう。答えれば、何某かの不都合が生じる。そして、その不都合は、やはり道が潰える程の致命的なもの。であるならば、食い下がるのは、迂闊に過ぎる、か。

 

「……良かろう。では、この質問は、飲み込もう」

 

「わたしは感謝する。貴女の思慮深さと――」

 

「代わりに、別の質問じゃ」

 

 しかし、完全に飲み込んでしまうのも、座りが悪い。

 

「――分かった。報いよう」

 

「うむ。覚えておったようじゃな。感心、感心」

 

何か、手掛かりになるような情報くらいは、得ておきたいものよ。

 

「なにゆえ、お主は、そのような喋り方なのじゃ?」

 

初対面からの、疑問。明らかに、人間離れした話し方。容姿との乖離具合が凄まじいこの口調は、一体、どこから来た?

 

「……この世に生じた時より、わたしは、『ひと』と会話をした事がない。否。与えるものは、あった。受け取るものも、あった。だが、心は、なかった。『ひと』と『ひと』の会話とは、心のやり取り、と学んでいた。わたしは、心のやり取りが、出来なかった。故に、会話は出来なかった」

 

「ふむ。随分と大げさなように聞こえるが、まぁ、良い」

 

服装や、演算と言う言葉から考えるならば、研究所辺りの人間であろうか。しかし、あの玩具……いや、最早、玩具とは言えんな。マターボードに関する演算や、神出鬼没振りを見ると、あるいは、研究される側、とも考えられる。研究の枠に収まるのか、と聞かれれば、妾なら、即座に否定するがな。これだけの能力を持つ存在を、解明出来る、とは、とても思えぬ。

 

「感謝の言葉、謝罪の言葉。心ある言葉を伝達したのは、貴女が初めてだ。会話を成立させたのは、貴女が初めてだ」

 

なるほど、な。会話らしい会話の経験がないから、下手くそな喋り方をしておる、と。

 

「分かった。では、今日のところは、これくらいにしておくかの」

 

「……ごめんなさい。貴女にとって、有益となる回答を、用意出来なかった」

 

「いんや。少なくとも、偶然の正体が知れたのは、妾にとっては収穫よ。あぁ、それと、最後に一つ」

 

会話に慣れていなくとも、教えねばならぬ事は、ある。

 

「謝罪の言葉は、教えたな。次は、感謝の言葉じゃ。友に感謝を伝えるなら、ありがとう、これで良い」

 

「……ありがとう。教えてくれた事に、感謝を」

 

「うむ。上出来じゃ」

 

「また会おう、わたしの友、楓よ」

 

別れの言葉と、例の現象を残し、シオンはまた、姿を消した。

 

「……全く、せっかちなやつじゃ。妾からの挨拶くらい、聞いても良かろうに」

 

 愚痴を零しながら、右手を開き、頭の中に描く。シオンから受け取った物。青い輝きを湛える、この世ならざる物。ほんの一瞬、視界がぶれ、次の瞬間には、まるで始めからそこにあったように、マターボードが、掌上に現れた。

 ウーダン討伐の偶事は、達成した。それを示しているのか、光点は、任務開始前よりも、更に強く光っておる。そして、そこから伸びる線。その先にある光点が、輝いておった。

 

「次は、これか。えーと、なになに……?」

 

光点に触れ、得た情報。その内容には、もう、驚くよりも、呆れるしかなかった。

 

「……人の行動すら、意のままか、あやつは」

 

 

 

 冷蔵庫で十分に冷やした、好物の煮付けを数枚平らげ、アフィンたち三人と合流した。うむ。煮汁の滴る"アレ"は、やはり最高じゃな。生でも、焼いても良いが、煮付けは格別じゃ。時間を見て、また作っておこう。

 

「んーと、次の任務は、『フォンガルフ討伐』か。ザウーダンとはまた、別の意味で危ねーヤツだな」

 

「群れの統率力は、ザウーダン以上だからな。気を抜いていると、仲間を呼ばれて、囲まれるぞ」

 

「囲まれないように動くのは当然、としてぇ……。やっぱり、フォンガルフから倒すのが、良いかなぁ」

 

「頭を潰せば、群れの動きは鈍くなるしの。侵食を受け、凶暴化しておっても、それは変わらぬ」

 

任務内容は、凶暴化したフォンガルフ率いる群れによる、アークス襲撃が急増している為、討伐して来い、との事。昨日の今日で、このような任務が出されるとは、昨日のダーカー襲撃は、余程原生種への影響が、大きかったらしい。想定外の汚染度だった事を考えれば、無理もないかの。

 

「フォーメーションは、先程と同じで大丈夫だろう。だが、互いの死角をカバーしなければ、後背を突かれるぞ。楓とユミナは前方、9時から3時方向の警戒を頼む。後方は、俺とアフィンだ。進行速度は、やや遅くなるが、こんな所で怪我をして、躓いてはいられないからな」

 

「こう言う時こそ、アーニーの大砲が活きるな。後ろに出たヤツらは、俺たちが引き受けたから、前は任せたぜ!」

 

「うむ。任されたぞ」「うん、お願いね!」

 

さすがは、視野の広さが重要とされるレンジャー。あっと言う間に、作戦が決まった。これがもし、妾とユミナだけならば、がむしゃらに突っ込むだけだったであろうな。獣程度に遅れを取る事はなかろうが、安全に越した事はない。妾個人としても、怪我なぞで足止めを食いたくは、ないからの。

 

「楓さんがリーダーで、パーティの任務登録を完了しました。よろしくお願いします」

 

「ありがとうございます、アンネローゼ殿。楓小隊、出陣じゃ!」

 

「いや、何だよ、楓小隊って……」

 

「なに、アーノルドとそなたの作戦立案に、興奮しての。許すが良い。かかか」

 

「お褒め頂き、光栄であります。と言っておくところかな?」

 

「よぉーし、皆! 楓隊長に負けるなーっ!」

 

「へへっ、相棒として、負けらんねーよ!」

 

気負い過ぎず、緩み過ぎず。そして士気も高い。ザウーダン討伐よりも厄介な任務じゃが、この四人ならば、何も心配する事はない。それでは、参ろうかの。

 

 

 

 土が剥き出しになった地面に着地し、一斉に駆け出した。手はず通り、妾とユミナが、並んで前を走り、アフィンがライフルを、アーノルドがランチャーを担いで、後ろに目をやりつつ、追従する。

 

 背後を気にしながらでは、アフィンもアーノルドも、全力では走れず、妾とユミナも、それに合わせ、速度を落としている。じゃが、引き換えに得た安全の恩恵は、それを補って余りある。

 二足歩行の人間と、四足歩行のガルフ種。足は、後者が圧倒的に速い。そんな連中が相手では、どれだけ全速力で走ろうとも、瞬く間に追い付かれるのが、目に見えておる。前だけを見て走らば、後方の物陰から現れた伏兵に、背中を抉られよう。

 その憂いを、後方を警戒する二人が、払ってくれる。姿を見せた瞬間に、ライフル弾が眉間を撃ち抜き、砲弾が群れをまとめて吹き飛ばす。お陰で妾とユミナは、安心して、前方に現れる敵を迎撃出来る。

 そして、妾たちの正面とは、即ち、アフィンたちの背後。二人が存分に火力を指向出来るよう、その背中を守る。立ちはだかる敵は、妾がブチ抜き、ユミナが薙ぐ。

 前衛が後衛を、後衛が前衛を守る。アークスの基本にして、最大効率の戦法。その前には、侵食を受けた原生種と言えど、物の数ではない。ゆっくりと、しかし確かに、妾たちは、先へと進んだ。

 

 

 

 中央に小高い岩山のある、広い十字路に差し掛かると、

 

「おぉ、お前たちか! どうだ、しっかりやれてるか?」

 

「皆、頑張ってるみたいね。あたしたちも、うかうかしてらんないかな?」

 

聞き慣れた声が、妾たちを呼び止めた。そちらを見ずとも、分かる。妾には、二つの理由で。

 

「ゼノ殿に、エコー殿。お二人も、任務ですかな?」

 

「まぁ、な。ナベリウスが随分と喧しくなったってんで、黙らせて来い、とさ」

 

「昨日から、交代で侵食生物の討伐に当たってるんだけど、範囲が広い上に、数も多くてね。でも、皆も手伝ってくれてるから、きっと、すぐに静かになるよ」

 

「うっす! 頑張ります!」「あ、う、うん、頑張ってね……」

 

また始まったか。アフィンよ、気付かぬか、エコー殿の表情に……。

 

「ゼノ先輩、エコー先輩、そちらは、どんな感じでしたかぁ? エネミーの数とか、強さとか」

 

「強さも数も、お前たちが相手してるのと、大して変わらねぇよ。この任務のターゲットは、個体としては、強くねぇからな。第一、強さが違うんなら、コースが重なるなんざ、絶対にねぇよ」

 

「もしかして、一連の任務は、俺たち新人の、クエスト許可に向けてのものですか?」

 

「察しが良いね、アーノルド君。通常通り、各自の実績の判定もあるけど、今の状況を放置すると、クエストが危険になるから、って連絡があったの」

 

ふむ。大規模なダーカー汚染直後では、長時間活動するクエストの危険性が高まる。故に、露払いを兼ねた任務で、実績を判定すると同時に、ダーカー汚染を軽減するわけか。

 クエスト登録許可までの労力を最小限にしつつ、こうして先輩方とコースを重ねる事で、緊急時の対応も容易とする。なるほど。上手い手じゃな。……まぁ、ここでゼノ殿たちと会ったのは、シオンの思惑も絡んでおるのじゃが、の。

 

「ま、昨日の戦い振りを見る限り、お前たちなら、その程度は軽くこなせそうだがな」

 

「こら、ゼノ。滅多な事を言わないの。もしも、を減らすのも、あたしたち先輩の仕事でしょ?」

 

「わーってるよ。お前は俺のお袋かっての」

 

「かかか。しっかりと、尻に敷いておられるようで」

 

そう、からかってみると、エコー殿は、顔を真っ赤にして「し、尻に敷くなんて、そんなつもりは……」と、ゴニョゴニョ呟き、ゼノ殿(朴念仁殿)は首を捻りながら、「何を赤くなってんだ、お前は」などと宣っておられた。こりゃ、やはり前途多難じゃな……。

 

 二人を眺めつつ、視界端に表れたログを確認。どうやら、偶事は達成されたらしい。

 

――第二の偶事、『ナベリウスにてゼノ、エコー両名と会話』を達成。次の偶事を提示する。

 

 何とも、恐ろしいものじゃ。ゼノ殿とエコー殿は、自分の意思で任務を受けたはずなのに、それもシオンの演算の内とはな……。

 

 

 

 ゼノ殿たちと別れ、任務を続行する。あちらは、あちら。こちらは、こちら。倒すべき目標は違う。ならば、ご同道願うのは、迷惑に過ぎる。

 

『オペレーターよりパーティリーダーへ。この先に、フォンガルフの反応があります。警戒して下さい』

 

「こちら楓、了解いたした」

 

 ブリギッタ殿の通信に応えつつ進み、行き着いたのは、崖に囲まれた、高台のある袋小路。木々が生い茂り、そのせいで、昼間だと言うのに薄暗い。

 

『オペレーターよりパーティリーダーへ。管理官より、エマージェンシートライアルの実施指令が下りました。内容は、任務の目標を含むエネミー殲滅。制限時間は、2分です』

 

「こちら楓、緊急試験、了解いたした。これより交戦に入る」

 

ちっ、面倒な場所で始まりおったな。恐らくは、視界不良な状況での、戦闘評価であろう。

 緊急試験とは、管理官の指示によって始まる、実戦内での試験じゃ。内容は、周囲の敵の殲滅、希少資源の採掘、墜落した攻撃機の防衛など、多岐に渡る。成功すれば実績として認められ、さらに報酬も得られるが、もし失敗すれば、何も得られぬ。実戦状況下で、しかも緊急のものである為か、評価が下がらぬ、と言うのは、せめてもの情けであろうか。

 

「この試験で、終いじゃ。さっさと終わらせて、帰るとしようぞ!」

 

「ちょっと狭いねぇ。楓ちゃん、手分けしよっか!」

 

「予定変更だ。俺もライフルで援護する!」

 

「後がまだ控えてんだ、バテんじゃねーぞ!」

 

各々が得物を構えたと同時に、ガルフ(手下)を伴ったフォンガルフ()が、飛び出した。ガルフが不規則に並び、その奥に、フォンガルフが司令塔のように控える。この薄暗い空間で、あやつらの薄灰色の体毛は、ちょっとした保護色になっており、呆けていると、距離感が掴めなくなりそうじゃ。やはり、ここいらを根城にしているだけあって、狩りの場所は、心得ておるか。

 

「私が行くよ。楓ちゃん、よろしくッ!」

 

「承知した、頭は任せたぞッ!」

 

 先手必勝。ユミナよりも先に駆け出し、先頭のガルフの顔面に、ワイヤードランスをねじ込んだ。頭部が原型を留めぬ程に破壊され、生命機能が停止する。左右に展開しているガルフは、アフィンとアーノルドの放つ弾丸に、ある個体は眉間を貫かれて絶命し、またある個体は足を撃ち抜かれて頓挫しておる。今が、好機か。

 

「ユミナ、翔べッ!」

 

軽く腰を落とし、その場で踏ん張る。その姿勢と言葉で、ユミナも、妾の思惑を察してくれた。

 

「ありがとっ、肩、借りるよッ!」

 

背後で、地を蹴る気配。間を置かず、右肩に、人一人分の重みが掛かった。しかし、この程度。少女一人の重量に負ける程、キャストの身体は、柔ではない。そして、一瞬だけ荷重が増し、ユミナが、矢のように跳んだ。

 ガルフ共の頭上を越え、突き出されたパルチザンが、フォンガルフの鼻先から尻までを、一息に貫き通した。

 

「……ごめんねっ!」

 

引き抜く瞬間、フォンガルフの身体が大きく跳ね、そのまま力なく崩折れた。まずは、頭一匹。じゃが、これだけとは、思えぬ。

 向かって来たガルフ一匹の首を切断し、そこで、頭上に薄っすらと、影が差した。

 

「上かッ!?」

 

見上げると、そこにあったのは、大きく開かれた口。崖の上に隠れ、機を伺っていた別の個体が、今だとばかりに、飛び込んで来た。咄嗟に、右のワイヤードランスを突き出そうとして、

 

「やらせねーってのッ!」

 

横っ腹を撃ち抜かれたフォンガルフが、真横へ、吹き飛んだ。

 

「らしくねーな、相棒!」

 

「う、うるさいっ! ここは薄暗くて、影が見えにくいのじゃっ!」

 

口答えしながらも、この群れの知能に、感心した。自らの体毛が保護色となり、さらに影を認識されづらい、薄暗さ。高所と隠れ場所が多く、俊敏さを活かしやすい、地形。狩場としては、昨日の広場と同等か、それ以上に、彼奴らに合っておる。侵食され、凶暴化しておる上に、これじゃ。全く。獣程度、などと抜かしたのは、誰じゃったかのぅ?

 

 ともかく、手の内は知れた。囲まれぬよう常に動き、互いの死角に気を配り、物陰や高所に注意を払い、そして、現れたフォンガルフは、最優先で仕留める。

 

「えぇいッ!」

 

飛び掛かるフォンガルフの腹を、ユミナが掻っ捌くと、群れの動きが、変わった。

 

「相棒! 今ので、何匹目だ!?」

 

「五匹目じゃ! 彼奴ら、動きが鈍りよったぞ!」

 

「今のが、最後らしいな! よし、あと少しだ!」

 

頭を、必勝を信じておったのじゃろう。ガルフ共は、それまでの積極性が、明らかに失われていた。中には、逃げ腰になっている個体もおる。ここが、ダーカー汚染地帯でなければ、そのまま、逃がしておったろう。しかし、ここはまさに、そのど真ん中。仕留めねば、ならぬ。逃がしては、やれぬ。

 死骸が消えた戦場。逃げられぬと悟ったか、最後の抵抗を試みるガルフ共。妾たちは、武器を構え直し、その全てを、叩き伏せた。

 

 任務『フォンガルフ討伐』、完了。




少々強引ですが、マターボードに関しては、文中の設定とさせて頂きました。旧マターボードの資料が欲しい……。今のマターボードは、当たり前のように、現段階で抜剣とか入ってるし……。

気付けばUA数が、500どころか600を超えていて、小躍りする程喜んでおります。これからも、読者様方に少しでも楽しんで頂けるよう、書き続けて行く所存です。拙い文章ではありますが、どうぞよろしくお願い致します。


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第十一話 修了任務の爪痕

本文よりもサブタイトルが難しい。何かコツとかないかな……。


 少々、危うい場面もあったが、アフィンのお陰で、どうにか免れた。緊急試験も、時間内の殲滅に成功した事で、無事に合格。コフィー殿が褒めていた、と、ブリギッタ殿から伝えられ、みな、安堵の吐息をもらした。

 

 船には、アサインカウンターとの通信端末があり、それを介しても、任務やクエストに登録出来る。次の任務もナベリウスならば、それを使おうか、と思っていたが、その次の任務には、特殊な装備が必要であり、受領の為に、一度アークスシップに帰還して欲しい、と連絡があった。

 

『お疲れ様でした。それでは、帰還して下さい』

 

「了解いたした。楓パーティ、これより帰還しますぞ」

 

起動したテレポーターに入り、船に戻る。後は、アークスシップに着くのを、待つのみ。

 

「ザウーダンは、とにかく力が強いと言う印象だが、フォンガルフは、頭の良さが、一番厄介だな」

 

「うむ。妾たちのような新人が単独で挑めば、抵抗する間もなく、彼奴らの胃の中じゃろうな」

 

「ガルフとウーダンの群れに、一人で突っ込んだのは、誰だっけなー」

 

「むぐ……。ほ、ほれ、あの時は、ザウーダンもフォンガルフも、おらんかったではないかっ」

 

「そう言う問題じゃないと思うなぁ……」

 

まぁ、無茶をしたのは認めるが、昨日の話じゃし、きちんと謝ったではないか。今になって、蒸し返さずとも、良かろうに……。

 

 

 

 帰還後、小休止を挟んでから、アサインカウンターで合流となった。昼のように、自室へ戻り、マターボードを確認。ログ通りに、新たな偶事が提示されていた。

 

「次も、やはりナベリウスかのぅ。敵討伐の報酬か、それともまた、誰かと会うのか……、お?」

 

目的は、ゼノ殿と会い、『クライアントオーダー』として『経験は力』を受諾し、達成する事。さらに、今までにない変化が見られた。その偶事を囲む、三つの偶事もまた、同時に提示されておる。ナベリウス原生種討伐の報酬として、武器を得よ、か。

 

「次の任務で、全て達成しろ、と言う事かの。まぁ、手間は省けるわぃ」

 

ともかく、まずはゼノ殿から、クライアントオーダーを受けねば。マターボードの情報によると、場所は……、ふむ。

 

 先輩方と新人が入り乱れ、賑やかなショップエリア。そこかしこから、互いの健闘を称え合う声や、良い報酬をもらえたと自慢する声が、聞こえてくる。情報通りならば、この中に、ゼノ殿がいらっしゃるはずじゃが……っと、見付けたぞ。

 

「ゼノ殿、先程はどうも」

 

「おぉ、楓か。さっきの任務も、無事に終えたみたいだな」

 

「みなの力があればこそ、でしたがの。妾一人ならば、喰われておったでしょう」

 

「……腹ん中で暴れそうだな、お前なら」

 

「何か、申されましたかな?」「空耳じゃねぇの?」

 

しっかり、聞こえておったがな。しかし、ゼノ殿との、この小気味良い言葉の応酬、実に、愉快じゃ。アフィンも、もう少し経てば、こうなってくれそうじゃの。

 そんなゼノ殿じゃが、こうして会えたのは良いものの、何故、こんな所で、暇そうにしておるのかのぅ。

 

「手持ち無沙汰に見えますが、どうされたのですかな?」

 

「あー……。情けねぇ話だが、エコーの奴に、追い出されちまってな」

 

「ほぅ、夫婦喧嘩」「誰が夫婦だ」

 

むぅ、否定が早い。脈があるならば、何かしらの変化が見て取れるのじゃが、ゼノ殿(朴念仁殿)は、妾の目を以てしても、何も変わっておらぬように見える。エコー殿……。心中、お察ししますぞ。

 

「冗談はさて置き。追い出された、とは、穏やかではありませんな。何かあったのですか?」

 

さては、着替えか入浴に出くわしたか? 妾の祟りなしで、そのような場面に遭遇するなど、余程の体質でない限り、不可能なはずじゃが。

 

「報告書が雑だ、って、怒られちまってな」

 

「報告書? もしや、任務の?」

 

「あー、心配すんな。お前たち新人は、まだ免除されてっから」

 

 本来であれば、任務やクエストから戻ったら、その経過をまとめて、提出せねばならんらしい。新人は、実戦を数多く経験させる為に、報告書の義務は免除されており、管理官の実績判定や、オペレーターのログを、代わりに充てるそうな。

 

「昔っから、書類仕事ってのは、どうにも苦手なんだが、今日のは、特に酷い出来でな。それがエコーに見付かって、大目玉食らって、代わりに書いてもらってる、ってわけだ。その間、邪魔だから外に出てろ、とさ」

 

「な、なるほど。それは災難でしたな……」

 

エコー殿も、一緒に書けば良いものを……。いや、逆に、私情を挟まずに仕事をやる模範的なアークス、と言えるじゃろう。

 それよりも気になったのは、今日は特に酷かった、と言う点か。

 

「特に酷かった、と言うと、エコー殿に追い出されたのは、今日が初めてで?」

 

「まぁな。普段なら、提出すんのに問題ない程度には、書けるんだよ。今日は、てんで駄目だった。内容が、全くまとまらねぇんだ」

 

「ふむ……」

 

これも、マターボードの影響か。クライアントオーダーを受けるに当たり、ゼノ殿がまともな報告書を書けない、と言う偶然を、マターボードが確定させたんじゃろうな。でなければ、この小休止の間に、会えなかったやも知れぬ。

 

「しかし、こうして待ってるだけってのも、暇で仕方ねぇ。何か、良い暇つぶしはねぇかな……。お、そうだ」

 

後頭部の辺りを、ぽりぽりと掻いていたゼノ殿が、妾の顔を見て、何か、思い付いたようじゃな。まぁ、マターボードに書かれていた、クライアントオーダーなんじゃろうけど、この流れだと、妾を暇つぶしに付き合わせようとしている、とも取れるな。

 

「せっかくだ、先輩らしい事でもしようかね。楓、端末出しな」

 

妾に促しつつ、ゼノ殿も端末を取り出し、何やら操作している。

 

「オーダー名は……そうだな、『経験は力』、ってしとくか。これでコフィー嬢ちゃんに申請して、と。……よし、通った。送信すんぞ」

 

手元の端末が、受信音を発した。画面には、『クライアントオーダー『経験は力』が届いています。詳細を確認しますか?』との表示。

 

『VRでどれだけ戦えても、実戦じゃあ、役に立たねぇ事も多い。モノを言うのは、経験、場数だ。プログラムとは違うナベリウスの本物を、二十匹仕留めて来い。数は少ないが、何事も一歩目が肝心だ』

 

「クライアントオーダーってヤツだな。管理官を通した個人的な依頼で、実績として、正式な評価の対象になる。今回の依頼は、敵の討伐だが、サンプル採取なんかを依頼される事も、ままあるな」

 

「なるほど。確かに、先輩らしい暇つぶしですな。クライアントオーダー、確かに受領しましたぞ」

 

「お前が戻って来るまでは、適当に理由付けて、ここにいるからな。報酬は、俺の『パートナーカード』だ。それと、安くて済まんが、100メセタ」

 

「ぱぁとなぁかぁど?」

 

「依頼とかクエスト専用の連絡先だ。いつでも、ってわけには行かねぇが、ソイツをアサインカウンターで見せれば、同行を依頼出来る」

 

おぉ、それは素晴らしい。修了任務の担当官、と言う縁はあったが、こちらから、何かの折にお誘いするのは、気が引けておったのだ。

 

「随分な貴重品ですな。期待しておきます。それでは、失礼しますぞ」

 

「おぅ、頑張って来いよ」

 

 これで、準備は整った。早速合流して、ナベリウスへ出発しよう。

 

 ポータルに入ろうとしたら、背中に、誰かがぶつかった。

 

「おっと……?」「……っとお! 危ない!」

 

誰かの進路を、邪魔してしもうたのかも知れん。謝ろうとすると、

 

「次は、キチンと避けてよね、そこのアナタ! さぁ、調査、探索、収集ーっと!」

 

その誰かは、一方的にまくし立てて、ポータルに入ってしもうた。

 

「何とも……、元気の塊のようじゃな……」

 

「不肖の姉が、すみません。お怪我は、ありませんか?」

 

呆けたように、そのポータルを見ておったが、背後からの声に振り向くと、そこには茶色の髪を二つに括った、ニューマンの少女がいた。見覚えがない、と言う事は、この少女も、先輩なのじゃろう。

 

「えっと、ごめんなさい。急いでいるので、これで」

 

「あぁ、いえ、お気を付けて……」

 

随分と急いておるようで、特に引き止める理由もない故、当たり障りのない言葉で、見送った。

 不肖の姉、と仰っていたが、あの二人は、姉妹なのじゃろうな。まるで性格は違うようじゃが、まぁ、妾とあねさまも、正反対と言えるからの。気にする事でもあるまい。ともかく、合流場所に、向かうとしよう。

 

 

 

 アサインカウンターで、アフィンたちと合流。次の任務を受けようとしたところ、レベッカ殿が、お話があると言う。

 

「パーティメンバーは、この四人で、間違いないね? それじゃ、ちょっと待ってて。次の任務、今までのと違って、捕獲任務なの」

 

捕獲任務、とな。確かに、任務名は『ナヴ・ラッピー捕獲任務』、となっておる。

 緑の星と砂漠の星、極寒の星と灼熱の星など、まるで違う環境であっても、全く姿を変えず、当たり前のように存在する、鳥のような外見の、可愛らしい生物、ラッピー。そのラッピーがナベリウスに定着し、独自に進化したのが、ナヴ・ラッピーと言われておる。諸説あるが、それはまぁ、今は重要ではないな。

 重要なのは、本来はダーカーによる侵食を受けないラッピーが、ナベリウスで進化した途端に、侵食されるようになった事。その調査の為に、ナヴ・ラッピーを捕獲して欲しい、と。

 

「よし、準備完了。皆の装備に、スタンロッドを登録したわ。捕獲専用の武器だよ」

 

 捕獲に際しては、そのスタンロッドとやらを使うらしい。

 

「先端を押し当てると、フォトンを変換した電流が流れて、相手を麻痺させるの。肉体的なダメージはないから、あくまでも、捕獲専用。間違っても、他のエネミーに使っちゃ駄目だからね。今回は、ナヴ・ラッピー用に調整してあるから、相手によっては、怒らせちゃうかも知れないよ」

 

ふむ。ナヴ・ラッピーを捕獲する為の装備か。確かに、小柄なあやつらに効く程度の電流なら、ガルフ種やウーダン種に使えば、逆上してしまうかも知れんのぅ。

 

「スタンロッドは、今日から、君たちの物。今後も、捕獲任務があれば使うから、大事にしてね。壊したり、分解したりしちゃ、駄目だよ?」

 

「承知しました。では、戦果を期待していて下され!」

 

「スタンロッドって事は、格闘戦かー。レンジャー科に入ってからは、ろくにやってねーんだよなぁ……」

 

「考え過ぎちゃ駄目だよぉ。ガバッと来たら、すぅっと避けて、グイッとやっちゃえば良いんだよぉ!」

 

「分からん、もっと具体的に頼む……」

 

分からんじゃろうなぁ。妾も、分からんわ……。

 

 

 

 任務は、どうにか終わった。と言うか、これまでで一番、苦労した。汚染地帯のナヴ・ラッピーは、他の原生種同様、侵食の影響で、好戦的になっておる。しかしあやつらは、どう言う理屈でかは分からぬが、妾たちの目的を悟っていたかのように、発見した瞬間に逃げ出しよった。

 ぐるぐる、ちょこまかと逃げるあやつらの捕獲は、想像以上に手こずった。あの小さな体で、無軌道に走り回るものだから、何度、アフィンたちとぶつかりそうになったか。

 場所も、段差や高台があり、蹴躓く、ぶつかる、落っこちる、と、一通りやらかした。戦闘では、ここまでどうにか無傷だったと言うのに、こんな事で痛い目に遭うとは、何とも、締まらない話じゃ。

 おまけに、そんなてんやわんやの状況に、あの憎きアギニス共が乱入したものだから、余計にややこしくなった。同じ鳥同士、守ってやろうとでもしたのか。アフィンとアーノルドが、即座にライフルで迎撃してくれたが、その間は、ただでさえ手を焼いていた捕獲作業を、二人で進めねばならなかった。

 しかし、いくらイライラしていたとは言え、

 

「えぇい、この鳥共め! 焼き鳥か唐揚げにして、食ろうてしまうぞ!?」

 

などと、つい声を荒げてしもうたのは、我ながら、華麗ではなかったな……。ちと、反省。

 

 ともかく、任務は完了した。ゼノ殿から受けたクライアントオーダーと、マターボードの偶事も、その過程で達成出来た。結果は上々。

 そして今度こそ、船の端末から、次の任務に登録しようとしたのじゃが、そこでまた、連絡が入った。次の任務は、少々大掛かりなものになる故、編成の為、一時帰還して欲しい、と。まぁ、そう言う事情なら、致し方あるまい。残念では、あるがの。

 

 新人二人と先輩二人のパーティで出撃する事になるらしく、その人員割りをする為、しばし待機となった。丁度良い、ゼノ殿に、クライアントオーダー達成の報告をしに行くとしよう。

 

 探すまでもなく、ゼノ殿は、先程の場所におられた。隣には、エコー殿もおられる。と言う事は、例の報告書代筆は、任務の間に終わったか。

 

「もう戻ったのか、早かったな。……随分と苦労したみてぇだが」

 

「……お分かりになりますか。当分は、鳥は遠慮したい気分です」

 

おや、見抜かれてしもうた。男女の機微には疎いと言うのに、妙なところで、目敏い御仁じゃな。

 

「あぁ、ナヴ・ラッピーの捕獲かな? 研究が全然進まないらしくて、定期的に出される依頼なのよ」

 

「あいつら、ケージの床をブチ抜いて逃げるんだとさ。見た目は丸っきり変わってんのに、そこは、ラッピーと変わらねぇらしい」

 

「つまり、今回の苦労は、研究部の怠慢が原因と……」

 

「やっちまえよ、塩ぶち撒けるアレ」「何のことやら」

 

「あれは、ゼノの不注意が原因でしょ? 楓ちゃんに擦り付けちゃ、駄目じゃない」

 

「かかか。ゼノ殿、お気持ちは察しますが、妾のせいにされても、困りますぞ?」

 

「こ、こんにゃろ、抜け抜けと……」

 

口元に、意地の悪い笑みが浮かびそうだったので、扇子で隠した。ふふん。真正面からぶつかっても、妾は、はぐらかすだけですぞ?

 

「……いつか、吠え面かかせてやるからな。それより、オーダー、終わったから来たんだろ?」

 

「えぇ、首尾良く済みました。これは、端末から報告申請をするので?」

 

「そうだな。……っと、来た来た。……問題は、なさそうだ。どうだった?」

 

クライアントオーダーの内容が、経験を積んで来い、じゃったしな。中身のない返答なぞ、期待されておらんじゃろう。

 

「捕獲任務に限らず、知能の高さに、肝を冷やすばかりでしたな。地形や、自身の特徴を活かした攻め方など、VRの敵は、仕掛けて来なかったゆえ」

 

「なるほど。それなりに危ねぇ目に遭いつつ、しっかりモノにしたみてぇだな」

 

うんうん、と頷きながら、ゼノ殿が、佇まいを正す。修了任務、降下直前を思い出し、妾も、背筋を伸ばした。

 

「過去の戦闘記録が全部反映されてる、っつっても、所詮は過去のデータだ。それに、ガッコのVR訓練じゃあ、地形や天候までは再現されねぇ。大事なのは、交戦して、テメェの中で更新し続ける事だ。本物を見て、戦って、頭に叩き込め。それが、一番の武器になる。そんで、とにかく、生き残れ。怪我しても、生きてさえいりゃ、次に活かせる。良いな?」

 

「心得ました。その教え、決して忘れませぬ」

 

「ん、いい返事だ。期待してるぜ?」

 

引き締まった顔から一転、にかっと笑ったゼノ殿が、また妾の頭を、くしゃくしゃと撫でた。だから、妾の髪は、気安く触って良い物ではない! 次に撫でたら、金を取ってやろうか!?

 

「うわぁ、ゼノが、先生っぽい事を……」

 

「茶化してんじゃねぇよ。……そうだな、ではエコー君。先輩から後輩へ、送る言葉はないかね?」

 

「それやめて、鳥肌がすんごいから」

 

「同感じゃな、似合っとらん」

 

「うるせぇよ! んで? 何かねぇか?」

 

促されたエコー殿は、人差し指を唇に当て、少しばかり唸り、「ゼノの言った事に便乗するけど」と前置きしてから、こう言った。

 

「勝てない、倒せないと思ったら、絶対に無理せずに、逃げる、かな? 相手の情報は得られないけど、自分を鍛え直す時間は得られるからね。逃げるのは、恥じゃない。ありきたりだけど、あたしから言えるのは、これくらいかな」

 

そして、無理をして帰って来なかった人を、何人も知ってるから、と、小さな声で添えた。

 

「その一人になるつもりなど、毛頭ありませぬよ。お言葉、胸に刻みました」

 

「そ、そう言われると、何だか、照れちゃうな……」

 

「間違った事は、言ってねぇんだ。照れてねぇで、胸張っとけ。ともかく、オーダー達成、お疲れさん。報酬の100メセタとパートナーカードは、もう送られてるはずだ。改めて、よろしくな」

 

「あ、パートナーカード渡したんだ。それなら、あたしのも渡してくおくわ。頼りないと思うけど、よろしくね」

 

端末を見てみると、パートナーカード受信のメッセージが、二件表示されている。これを、アサインカウンターに見せるのじゃったな。

 

「とんでもない。アーノルドを狙うダガンを、的確に貫いた、あの腕前。期待させて頂きますぞ」

 

「も、もぅっ、褒め過ぎだよ……!」

 

むぅ、顔を真っ赤にして、俯いてしもうた。実に、可愛らしい仕草じゃ。そんなエコー殿を見ても……、ゼノ殿は、呆れたような視線を向けるのみ。……ん?

 

「ゼノ殿は、もしや男しょ――」「張っ倒すぞ」

 

おぉ、おぉ、否定が早いのぅ。表情は……ふむ。図星を突かれた、と言う様子はないか。にっこり笑顔が、ちと怖いが。ならば、エコー殿にも、いずれは好機が訪れよう。……いつになるかは、分からぬがの。

 

「おぉ、怖い怖い。では、妾はこの辺で、退散するとしましょうかの。馬に蹴られては、敵いませんので」

 

「か、楓ちゃん!?」「何で馬に蹴られんだ?」

 

全く、最後まで、予想通りの言葉を吐きおって……。内心で溜息をつきながら、扇子をひらひらと振り、その場を離れた。

 

 

 

 一々、マターボードを確認する為だけに、自室へ戻るのも、些か面倒になって来たな。

 あのように、奇妙奇天烈な現れ方をするやつが作った物じゃから、恐らくは、他人からは見えないのではなかろうか、とも思う。しかし、仮にマターボードが見えないとしても、傍から見れば妾は、掌を凝視し、指で何かを突っつく、危ない薬か何かをやっている危険人物、と取られかねん。

 どうにかならんものか、シオンに聞いてみる必要があるか。じゃが、これもあやつの演算に含まれている、と考えると、何となく、癪じゃなぁ。

 

「そこの君。確か君は、楓君、だったか?」

 

「む? お呼びですか?」

 

 とりあえず、人目のない所を探し、そこで確認するか、とうろついていると、老練な雰囲気を感じる声に、呼び止められた。

 

「ああ、済まない。ちょっと困った事があってな。つい、呼び止めてしまった」

 

こちらへ近付いてきたのは、岩のような顔に口髭を蓄えた、中年の男性じゃった。背丈は、見上げる程に高い。

 

「いえ、構いませぬ」

 

「まずは、名乗らねばな。私は、ジャンと言う。長い事レンジャーをやっている、老いぼれだよ」

 

老いぼれ、と言う言葉は、恐らくは本気だろう。しかし、戦闘服の上からでも分かる。その鍛え抜かれた肉体は、今なお衰えていない、と。

 

「これは、ご丁寧に。妾も、名乗らせて頂きましょう。本日より、正式にアークス戦闘員に任命されました、ハンターの楓と申します。どうぞ、お見知りおき下され」

 

「ははは、昨日の振る舞いを見ては、そうそう忘れられないよ。堂々としたものだった」

 

「ありがとうございます。ところで、困った事、と言うのは?」

 

「あぁ、済まない。この年になると、どうにも話が長くなって、いかんな。昨日の、ナベリウスの事だよ」

 

「昨日の……? 修了任務の件ですかな?」

 

はて。修了任務の事で、今さら何か語る事など、あったかの?

 

「君は、昨日の修了任務で、アークスではない誰かを見たかね?」

 

アークスではない誰か。そこでようやく、ピンと来た。もしや、昨日の、レダの話か?

 

「いえ、妾は見ておりませんが、その話は、本人から――レダから聞いております。ダーカー発生後に、人影を見た、と」

 

「そうか。と言う事は、ある程度の事情は、知っているのだな」

 

「えぇ。本当に、ある程度ではありますが」

 

「昨日、オーザ君から指示を受け、ナベリウスに降下したのだが、それらしい人物は、発見出来なかった。今も、見付かったと言う話は、聞いていない。その事を、今しがた、レダ君に話したのだが……」

 

奥歯に物が挟まったように、言いにくそうなジャン殿。この様子だと、何かあったな?

 

「あやつも、普段の振る舞いが鳴りを潜めて、落ち込んでおりましたからな。取り乱しでもしましたか?」

 

「……いや。錯乱してしまったんだ。今は、鎮静剤を打って、メディカルセンターで安静にしている」

 

錯乱したじゃと? 昨日のあやつは、明らかに尋常ではない様子じゃったが、それ程までに、気にしておったのか?

 

「アークスであれば、人の生き死にとは、決して無縁ではいられない。私も、仲間や民間人の死を、多く見て来た。非情な話だが、慣れねばならんのだよ」

 

「いえ、理解はしておるつもりです。それを極力減らす為に、努力を重ねる腹積もりも、出来ております」

 

「いい心掛けだ。レダ君の気持ちも、無論、分かる。だが、割り切らねばならん。その事に、彼は、いつ気付いてくれるだろうな……」

 

確かに、これは困り事だ。どうにかしなければ、あやつは今後、もう二度と戦えぬであろう。関わった身として、あやつが落ち着いた頃に、一度、話を聞いてみる必要があろう。

 

「そうやって、人の死に心を痛める者も、戦場には必要です。後で、顔を出してみます」

 

「新人同士なら、彼も落ち着いて、話せるかも知れんな。済まないが、よろしく頼む」

 

こくりと頷き、そろそろマターボードを確認しに行かねば、などと考えていたところで、耳元で、通信の受信音が鳴った。

 

『アサインカウンターより連絡です。次の任務の編成が、完了しました。至急、アサインカウンターに集合して下さい。繰り返します。――』

 

むぅ。時間切れになってしもうたか。出撃前に、次の偶事を、確認しておきたかったが……。致し方あるまいて。お呼びが掛かったのなら、向かわねばな。

 

「申し訳ない、招集が掛けられました。レダの見舞いは、その後に」

 

「私も、連絡が届いたよ。では、一仕事、行くとしよう」

 

 ゲートエリアへ向かうジャン殿。付き従うように、妾も、その後ろを歩く。その背中を見ながら、しかし意識は、別の物に向けられていた。

 

――鍵となる偶事、『ショップエリアにて、ジャンと会話する』を達成。次の偶事を提示する。

 

 鍵とは、何であろうな? また一つ、シオンに聞く事が、増えたか。




ゼノのCOは、本作中におけるナベリウスの状況及びゼノの改変部分と噛み合わない為、名前を変更しています。原作では『暇つぶしにナベリウスへ』ですね。ここは初プレイ中も、そんな状況か、と疑問を抱いた箇所でした。

また、本作には、経験値の概念は存在しません。この辺は、後々描写致します。


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第十二話 双子の情報屋

ダガンを探して駆けずり回った思ひ出。


 修了任務の人影、錯乱したレダ、マターボード……。気になる事は、挙げれば切りがない。じゃが、今は全て、頭から追い出そう。悩みを抱えたままで戦場に出ては、命を落とすだけじゃ。

 

 アサインカウンター前は、人でごった返しておった。これだけの人数を捌く為か、アンネローゼ殿も、レベッカ殿と同じカウンターに来ておられる。そして、その二人の真ん中に立つのは、管理官、コフィー殿。なるほどのぅ。こりゃ確かに、大掛かりじゃな。

 

「集まったようですね。それでは、次の任務について、説明します」

 

 管理官御自らの説明とは、この任務、余程重要らしいな。

 今回の任務は、全アークスシップから、アークス戦闘員を一斉投入するらしい。目的は、ナベリウス沈静化の仕上げ。

 昨日からの任務で、侵食された原生種の討伐は、あらかた終了。その過程で、ダーカー因子も減少し、周辺のフォトン係数も、元の数値に戻りつつあるんだとか。このまま事が進めば、ナベリウスは、ダーカー不在とまでは行かずとも、修了任務開始時くらいの状態までは、回復するらしい。

 しかし、そうは問屋が卸さぬのが、ダーカーの厄介なところ。過去の記録を鑑みると、ダーカー因子が減少した場合、ダガンが大量に現れ、汚染地帯を拡大する。看過しては、これまでの苦労が、水の泡。ぱぁになってしまう。

 

「皆さんには、これからナベリウスに降下し、出現したダガンを一掃して頂きます。担当エリアを隅々まで踏破し、見付け次第、殲滅して下さい。また、今回のナベリウスと似たケースでは、ブリアーダの出現も報告されています。ダガンよりも強力な、ダガン・ネロのキャリアーですので、最優先での撃破をお願いします」

 

ダガン・ネロは、戦闘能力が高く、ダガンの親戚程度だろう、と高をくくっていると、瞬く間に、八つ裂きにされる。そんな厄介な輩を、ブリアーダは運んでいる。空中で産み出された卵――ダガン・エッグは、ゆっくりと降下し、周囲のダーカー因子を吸収。それを糧に、急速に成長し、孵化する。幸いな事に、卵の耐久性は極めて低い為、破壊は簡単じゃ。なのじゃが、ブリアーダの周囲は、他のダーカーが守りに入っており、産み出された卵全てを破壊するには、困難な状況が多い。

 よって、ブリアーダの最も確実な対処法は、産む前にやれ、じゃな。常に飛行してはおるが、高度は低く、移動速度も鈍い故、ハンターであっても、十分に狙える。

 

「なお、本任務は、実績評価の一環として、少々変則的なパーティで当たって頂きます。各自の端末に、パーティメンバーの内訳を送りますので、アサインカウンターで登録し、キャンプシップに搭乗して下さい。以上です、吉報を期待します」

 

話の締めに敬礼したコフィー殿に、みな一斉に、敬礼を返した。オラクル船団が一丸となる、この任務。ナベリウスの帰趨は、妾たちに掛かっておる。奮起せねばなるまい。

 

 さて、ともかく、身内を確認しなければ始まらぬ。端末を開き、届いていたメッセージに、目を通す。真っ先に目に入ったのは、アフィンの名前じゃった。

 

「うむ。相棒がおってくれるのは、嬉しいのぅ。やはり妾たちは、二人揃ってこそ、じゃからな。それで、同行して下さる先輩お二人は、と……」

 

妾とアフィン、その隣に書かれていたのは、"パティ"と"ティア"と言う名前。ふむ。名前の感じからすると、お二人とも女性のようだが――

 

「はいはいはーい! 楓ちゃんとアフィン君は、どこにいるのかなー!? 聞こえてたら、あたしの所に、おいでー!」

 

「ちょっ、パティちゃん、恥ずかしいから、大声出さないで!?」

 

――元気と陽気と能天気に塗り潰されたかのような声に、名を呼ばれた。これは……、うむ。負けておれぬな。

 

「パティ殿にティア殿ー! お探しの楓は、ここにおりますぞー! アフィンやー! そなたも、こっちゃ来ーい!」

 

「あ、相棒!? お前、そんなキャラだっけか!?」

 

はて。あのように呼ばれれば、元気良く返すのが礼儀じゃろう。違うかえ?

 すったもんだありつつも、集合。アフィンと、先輩二人の内一人が、顔を真っ赤にしておるが、はしゃぎ過ぎたかの?

 ところで。この二人、見覚えがあるな。

 

「あっ、さっきの! ほら、パティちゃん、早く謝って!」

 

「えっ、この子だったの? さっきは急いでて、顔とか見てなくて……」

 

「わたしが、代わりに謝ったんだから、間違いないよ。ほら、早く!」

 

「あー、その、えと……、ごめんなさい」

 

そうか、思い出した。ゼノ殿からオーダーを受けてすぐに、ポータルでぶつかったのが、パティ殿だったのか。そして、彼女を追って現れ、謝罪してくれたのが、ティア殿、と。

 

「いえいえ。こちらも、周りを見ておりませんで。申し訳ありませぬ。随分と急いでおったようですが、間に合いましたかな?」

 

「うん、大丈夫! あたしの足は、伊達ではないのだよっ!」

 

「気にしないで。そんなに重要な情報じゃなかったし」

 

「ひっどいなぁ。アークスいちの情報屋の前には、重要じゃない情報なんて、ないのさ!」

 

「勝手に妄想して、脳内補完してるだけでしょ……。ごめんね、二人とも。うるさいでしょ?」

 

「いや、むしろ混ざりたいですな」

 

「やめてくれ、ストッパーが足りねーから」

 

「むぅ。つれないやつじゃ」

 

止められてしもうた。けちんぼめ。

 しかし、見れば見る程、一部を除いて、外見は瓜二つじゃな。先に抱いた感想通り、性格は、真逆じゃが。双子、と言うやつかの。実際にお目にかかった事はないが、こうして目の当たりにすると、同じ顔で、違う表情をするのじゃから、実に不思議なものじゃな。

 

「それよりも、パティちゃん。早く、パーティ登録しようよ。ここで話し込んでても、何にもならないよ?」

 

「おーっとぉ、そうだね! ぱぱっと登録して、出発だーっ!」

 

ティア殿に窘められて、パティ殿は、一目散にカウンターへ走った。

 

「何ともまぁ、元気な方じゃな」

 

「頼むから、見習わないでくれよな」

 

「枯れたような事を、抜かすでないわ」

 

「いや、わたしも賛成するよ。あのバカ姉みたいには、ならないで欲しいな」

 

おや、随分と、辛辣な事を申される。じゃが、ほぅ、ふむ、なるほどのぅ。そうは言いつつも、満更ではなさそうですな、ティア殿。

 

「やはり、姉妹ですな」

 

「ん? 何の話?」

 

「いや、失礼。こちらの話です」

 

口に出すのは、無粋か。お二人の尊い姉妹愛は、胸にしまっておこう。他人が言葉で表せば、たちまちに陳腐なものになってしまうからの。

 ふと、カウンターを見てみると、パティ殿が手を振りながら、船への搭乗ゲートを指差している。どうやら、出発準備が、終わったらしい。

 この、アークス総出の大舞台。華麗に、舞い踊って見せようかの。

 

 

 

 そう言えば、先程偶事を達成した際に、新しい自在槍を入手し、装備登録しておったのだった。ナベリウスに到着する前に、ワイヤー伸縮機能を、封印しておかねば。

 新規装備、『ワイヤードゲイン』。ワイヤードランスよりも、攻撃用フォトンの許容量が高く、また形状が二又になっている為、特にダガンの爪なども、片手で受け止めやすくなっている。

 

「おっ、相棒、新しい武器か?」

 

「うむ。先程の捕獲任務の報酬じゃよ。これで、より一層、抉りやすくなったわ」

 

「うん、それは良い事だけど、言い方考えような」

 

「かかか。事実を述べたまでじゃ」

 

カバーを開き、ワイヤー機構を露出させ、ちょちょいと細工。アフィンを離れさせ、軽く振り回してみる。ワイヤーは、伸びぬな。これで、良し。

 

「ねぇねぇ、楓ちゃん。随分変わった事してるみたいだけど、どうしてっ?」

 

「見たところ、ワイヤーを伸びなくしたみたいだけど、何か理由があるなら、教えて欲しいな」

 

素振りを終えると、パティ殿とティア殿に、質問を投げ掛けられた。情報屋を自称するだけあり、変わった事には、敏感に反応するのじゃろうか?

 

「ワイヤーが伸びると、妾では、扱い切れぬのですよ。武器同士が絡まったり、自分を縛り上げてしもうたり、と」

 

「ふむふむ。でも、自在槍のフォトンアーツって、どれもワイヤー伸ばさないと、使えないよ?」

 

「然り、ですな。ですが、フォトンアーツがなくとも、急所を突けば、それは短所足りえませぬ。ま、これでも少々長過ぎますが、これが一番、しっくり来るのですよ」

 

「うーん。そんな風に自在槍を扱う人は、聞いた事がないなぁ。パティちゃんは、聞いた事ある?」

 

「んーん。初耳だから、あたしも聞いたんだよ」

 

でしょうなぁ。訓練校の古株の教官殿からも、妾のような扱い方をする者は、見た事がない、と苦言を呈されたからのぅ。曰く、どう教えたものか、まるで分からぬ、と。

 故に、今の妾の戦い方は、教本に載っておらぬ、我流じゃ。それでも、これまで十分に戦えているのだから、プリセットに感謝する他ない。……どうせなら、ワイヤー込みでも戦えるようなプリセットであって欲しかったがの。

 

「でもでも、ちょっと気持ちは分かるかも。あたしは長槍を使ってるけど、なーんか、しっくり来ないんだよねー。あたしも、楓ちゃんみたいに、改造しちゃおっかな? こう、長槍を二つくっつけたら、ズバーッ、バシーッ、って、上手く行きそうな気がする!」

 

「壊しちゃうだけだから、やめときなよ?」

 

「でも、意外っすね。先輩でも、武器がしっくり来ないとか、あるもんなんだなぁ」

 

「わたしたちは、第二世代のアークスだから、クラス傾向に従うしかないの。パティちゃんがハンターで、わたしはフォース。けれど、クラスに適正があっても、武器を扱えるかは、また別のお話だから、パティちゃんみたいに、慣れない武器で戦ってる人も、それなりにいるんだよ。……って言ってるわたしも、長杖(ロッド)は苦手なんだけどね」

 

舌をぺろりと出しながら、控え目に導具(タリス)を取り出したティア殿。低い背と、あどけなさの残るお顔が相まって、非常に可愛らしい。妾も、真似してみるか……?

 

「何考えてんのかは分かんねーけど、やめとけ。ろくな事にならねーのは、空気で分かる」

 

「……ほぅ。以心伝心じゃな。昨日の今日で、ここまでに達するとは、妾たちは存外、相性が良いらしいのぅ。……覚えておれよ」「すんませんっしたーっ!」

 

うむ。以心伝心。一言で察して、謝りよった。

 

「昨日のゼノ先輩、俺も見たんだよ、こえーよ! あんな風になりたくねーよ!」

 

「なに、心配するでない。躓いて、女子(おなご)の胸に顔を突っ込みやすくなるだけじゃて。嬉しかろ?」

 

「否定はしねーけど、後が怖過ぎんだろ!」

 

「かかか。そなたも、男子じゃのぅ。良い、良い。素直な子は、妾は好きじゃぞ――」

 

――何なら、妾の胸に、飛び込んでみるかえ?

 

唇をぺろりと舐め、しなを作りながら、閉じた扇子で、己の胸元――と言っても、戦闘用故に硬質じゃが――を、つつ、となぞる。その動きに、アフィンの目が釘付けになり――

 

「だめだめだめ! えっちなのはだめー!」

 

パティ殿が、妾とアフィンの間に、割って入った。顔が、火を噴かんばかりに、真っ赤に染まっておる。と言うか、当のアフィンよりも赤いぞ。

 

「むぅ。これからが面白いと言うに……」

 

「だ、だから言ったんだ! ろくな事にならねーって!」

 

目玉が飛び出しそうな程に凝視しておった、そなたが言うか。

 

「そ、そそ、そう言うのは、大人になってから! あたしたちには、まだ早いの!」

 

命懸けで戦場に出ておるアークスに、大人も子供も、ない気がするがのぅ……。

 

「楓ちゃんって、いくつなの? わたしたちよりも、年上っぽいんだけど……」

 

「ぴちぴちの6歳ですぞ!」

 

胸を張って答えると、溜息をつかれた。何故じゃ。

 

「パティちゃんがポンコツになるから、やめたげて……。ほらパティちゃん、どうどう」

 

「ふーっ……、ふーっ……」

 

色事に、耐性がないようじゃな。よく見れば、ティア殿のお顔も、ほんのり紅潮しておる。このお二人の前では、自重した方が、良さそうじゃな。ちと反省。

 

『全キャンプシップ、間もなく、降下可能距離へ到達します。各員は、降下準備に入って下さい。繰り返します。――』

 

 オペレーターからの連絡が、船内に響いた。一大作戦の開始まで、秒読みに入ったか。

 

「よ、よーし! 気を取り直して、ダガンをいっぱい倒すぞー!」

 

両手を挙げて、気合を入れるパティ殿。

 

「これは、負けておれませんな。妾の華麗な戦い振り、とくとご覧あれ!」

 

負けじと、妾も右手を突き上げた。

 

「アフィン君は、楓ちゃんをお願いね。パティちゃんは、わたしが何とかするから」

 

「何とか、って……。そんな、大げさじゃないですか?」

 

「すぐに分かるよ。大げさでも何でもない、って……」

 

「マジですか……。じゃ、じゃあ、相棒は俺に任せて、ティア先輩は、パティ先輩をお願いします……」

 

アフィンとティア殿も、段取りがついたようじゃな。準備は万端。後は、号令を待つのみ。

 

『降下可能距離に到達。これより、ダガン殲滅任務を開始します。総員、降下せよッ!』

 

「やっほーっ! いっちばん乗りーッ!!」

 

「出遅れたか! じゃが、降りてからが本番よッ!!」

 

「あぁ、もぅ、二人ともはしゃいで……。とにかく、降りよっか」

 

「そっすね……」

 

 号令と同時に飛び出したパティ殿を追い、テレプールに飛び込んだ。水面、と言って良いものか。触れた瞬間に、湛えられたフォトンが跳ね、この身を包む。そして――

 

 

 

 相も変わらず、快晴のナベリウス。その大地に、揃って着地。衝撃で、大気圏突入の摩擦から身を守ってくれていたフォトンが、弾け飛ぶ。

 いくら見渡しても、平和そのもの。しかし、薄れたとは言え、未だダーカー因子に満ちており、予断を許さぬ状況。アークスが足を踏み入れれば、そのフォトンを嗅ぎ付け、ダガン共が押し寄せて来るじゃろう。

 

「それじゃ、行こっか! あたしに付いて来ーい!」

 

「承知いたした、お供しますぞ!」

 

「さて、と。頑張ろうね、アフィン君。多分、今までで一番、大変になるだろうから」

 

「う、うっす、頑張ります!」

 

気合十分。首を洗って待っておれよ、ダガン共。一匹残らず、狩り尽くしてくれようぞ。

 

 

  食らえぬならば 価値なき命よ

 

 

また、『己の声』が聞こえた。残酷で、無情な言葉。しかし、何故か、否定は出来なかった。

 

 パティ殿の戦い振りは、例えるならば、弾丸であろうか。ひたすらに駆け、現れるダガンを、すれ違いざまに切り捨てる。足を止めず、自ら敵の懐に飛び込む戦法は、同じ長槍を扱いながらも、ユミナとは、全くの正反対じゃ。

 時折、彼女は、眉間にシワを寄せる。その表情から読み取れたのは、もどかしい、と言う思い。己の不甲斐なさへの、苛立ち。なるほど、な。先の話は、そう言う事か。長槍と身体が、上手く噛み合わない。故に、その一閃に、己自身が納得出来ない。

 パティ殿は、言っていた。長槍を二条、組み合わせたい、と。訓練校で習ったが、フォトンを利用した武器の開発が始まったのは、光暦700年以降、今から500年程前じゃったか。また、40年前のダークファルスとの大戦で、アークスが多大な損害を被った際に、習熟者や適性者が激減し、事実上の封印扱いとなったクラスもある、とも教わった。あるいは、それら500年の歴史で作られ、40年前にクラス諸共封印された武器が、パティ殿が本領を発揮出来る物なのかも知れぬな。

 

 一直線に走り、切るだけでは、やはり討ち漏らしも出る。では、それで致命的な事態に陥るか、と言うと、そのような事は、一切なかった。パティ殿が切り掛かる頃には、ティア殿がすでに、導具を投げている。そこから放たれるテクニックが、残敵だけではなく、パティ殿の長槍が届きそうにない、やや離れた位置の敵も、撃ち貫くのじゃ。

 時に討ち漏らしを叩き、時に露払いに回る。神出鬼没のダーカーを相手に、この判断力は、見事と言う他ない。やはり、双子なだけはあるのぅ。お互いの考えを深く理解せねば、このような息の合った連携は、まず不可能じゃろうて。

 

 かように見事な連携を見せ付けられては、血が滾るのも、宜なるかな。

 

「相棒よ、先輩方の前じゃ。妾たちの『こんびねぇしょん』も、しっかり見てもらおうではないかっ!」

 

「望むところだけど、コンビネーションくらい、もっとスラスラ言ってくれ! 気が抜けて仕方ねーっ!」

 

「横文字は苦手なのじゃーっ!」

 

ニューマンとは思えぬ程の、パティ殿の健脚。それなりに、足の速さには自信があったが、そんな妾でも、追い縋るのがやっと。じゃが、キャストにはキャストの、加速法がある。

 

「少々、派手に行くぞッ!」

 

「オッケー、好きにやれ! ケツはしっかり持ってやるッ!」

 

「また尻か、この好き者めッ!」

 

「ティア先輩に怒られたばっかだろうがぁッ!?」

 

前方、約20メートル。多数の赤黒い滲みが現れ、そこから、ダガン共が顔を出した。丁度良い。ここは妾とアフィンに、任せて頂こう。

 走る勢いのまま跳び上がり、滲みを俯瞰。最奥のダガンに、目を付けた。ふむ。あやつを起点に、背後を突こうかの。

 キャストのレッグパーツは、脹脛に、ホバー走行用のブースターが内蔵されている。ちっこい妾でも、戦闘用ボディであれは、200kgを超える。そんな重量を長時間浮遊させられるブースターを、最大出力で噴射すれば――

 ドン、と言う爆音と共に、景色が一瞬で、後方に流れた。走行とは比較にならぬ程の風圧と、Gに襲われる。しかし、キャストの頑強な身体ならば、そんなもの、屁とも思わぬ。

 

「潰れてしまえぃッ!」

 

突き出したワイヤードゲインの切っ先が、実体化したばかりのダガンの胴体ごと、コアを貫いた。致命的な一撃。しかし、それだけでは収まらぬ。高速で飛来する200kg超の質量が、直撃したのじゃ。最早、体当たりなどと言う生易しいものではなく、砲弾と言って差し支えなかろう。過剰に過ぎる衝撃を受け、ダガンの首が、足が、バラバラに吹き飛んだ。

 ろくに減速せず、そのまま地面に突き刺さった得物を引き抜きながら、立ち上がる。同時に、各部の損傷状態を確認……戦闘続行に支障なし。じゃが、右腕に僅かながら、過負荷が認められた。この手が使えるのは、あと一度。左腕で繰り出すのが、限界じゃろうな。

 妾が振り向くのと、ダガン共の実体化完了は、同時。次の瞬間には、一斉にダガン共がこちらを向き――妾は右へ跳び、アフィンはランチャーを構える。結果、ダガン共は、アフィンに無防備な背中を晒し、妾に横あいを突かれる形となった。

 常に群れで現れるが、指揮系統もなく、ただアークスを襲う習性のダガン。だからこそ、こんな簡単な陽動が通用する。これがガルフ共であったなら、頭が指示を出し、手分けして、外敵に対処しておったろう。まぁ、昨日は、こやつらの陽動に引っ掛かり、背筋が冷えたが、の。

 手近なダガンから、次々とコアをブチ抜き、赤黒い霧へと還して行く。その奥では、ランチャーの通常砲弾の爆風で、ダガンの死骸が飛び散っておる。この配置で戦えば、アフィンは妾への誤射を気にする必要がなく、妾もことさらに、射線を意識する必要がない。変則的な十字砲火、とでも言おうか。妾は、銃を撃っておらんがな。

 

 

 

 群れを殲滅したところで、パティ殿たちが追い付いた。

 

「いやー、凄かったよ! 流れ星みたいだったねっ!」

 

「アフィン君も、上手く合わせてたね。楓ちゃんが突っ込んだ時には、もうランチャーに持ち替えてたし」

 

「少しばかり無茶をしましたが、魅せるならば派手に、が信条ですゆえ」

 

「いや、まぁ、相棒が群れに突っ込むのは、初めてじゃないんで……」

 

水辺の丁字路。崖上の木が、良い具合に日の光を遮り、涼しく、然程薄暗くもない。ここで一旦、小休止と相成った。ダガンとは言え、相手はダーカー。昨日、煮え湯を飲まされたばかり故に、気は抜けんが。

 脇道の先は、高台のある行き止まり。直進方向は、まだまだ道が続いている。任務の目的は、隅々まで踏破し、ダガンを殲滅する事。であるならば、先に脇道に入るべきじゃな。

 

「楓ちゃん、楓ちゃん。ちょっと良いかな?」

 

経口補水液を飲み、一息ついたところで、パティ殿に肩を叩かれた。

 

「どうされました?」

 

「うん、さっきぶつかっちゃったお詫びに、取っておきの情報を教えようかなって」

 

情報屋の持つ、取っておきの情報、か。戦闘員としての腕前は拝見したが、情報屋としては、とんと分からぬ。しかし、名の通りであれば、売り物であるはずの情報を、タダでくれると仰るのだ。損をする事は、あるまい。

 

「情報屋の取っておきとは、興味をそそられますな。是非に」

 

「うんうん、それじゃー教えて進ぜよう! 楓ちゃんは、『もの探しダーカー』って噂、聞いた事ある?」

 

「もの探し……ですか? いや、初耳ですな」

 

あのダーカーが、もの探し? 何とも、奇妙な話じゃな。てっきり、あやつらはアークスを殺すしか能がない、と思っておったが、違うのか?

 

「そう答えるんじゃないかな、って思ってたよ。何せ、話に上がったのは、昨日だしね」

 

 パティ殿が語るには、昨日から、妙なダーカーの目撃例が、相次いでいるらしい。待ち伏せをするでも、隠れるでもなく、あっちへうろうろ、こっちへうろうろ。一所に留まらず、あちこちに動き回っているそうな。そんな様子から、付いたあだ名が、もの探しダーカー。

 ただ彷徨くだけならば、大きな問題とはならなかったろう。と言うのも、このもの探しダーカー、困った事に、強靭な個体である可能性が高いそうだ。ベテランの部隊が、油断していたとは言え、敗北を喫した、と。

 

「もの探しダーカーの事、話してたんだ。それなら、アフィン君も、聞いといた方が良いかも」

 

「何か、間の抜けた名前ですけど……。そんなに強いんですか?」

 

「やられたのは、ナベリウス探索経験の豊富なチーム。当然、この星の原生種や、主に出現するダーカーの対処法も、熟知してる。そんな彼らが負けたって事は……、どう言う事か、分かるよね?」

 

「知恵を絞り、周囲の環境を勘定に入れてなお、力負けする程に強い……ですかな」

 

「多分、それで正解だと思う。だから、不審な動きをしてるダーカーを見掛けたら、交戦せずに、逃げた方が良いよ」

 

さらに話を聞くと、今朝早くから、何度かナベリウスに降下したが、幸か不幸か、遭遇する事はなかったそうだ。そもそも、目撃証言が少なく、場所もバラバラな為、あえてアークスのいない場所を徘徊している可能性すらある、との事。

 

「ふむ……。聞けば聞く程、妙ちきりんな話ですなぁ……」

 

「不思議だよねー、不気味だよねー! あたしたちも、色々と調べてみるからさ、もし何か分かったら、また教えてあげるよっ! ほら、あたしってば、センパイだからっ!」

 

「新人ゆえ、情報は、何にも増して大切です。助かりますぞ」

 

「聞いてなかったら、俺も相棒も、見付けた途端に突っ込んでたかも知れねーしなー」

 

「全くもう、調子良いんだから。話を聞いてくれたのが嬉しくて、気に入っちゃったんでしょ?」

 

「えへへー、買ってくれる人がいてこその、情報屋だからねっ! これからも、アークスいちの情報屋、チーム『パティエンティア』を、よろしくね!」

 

ピースサインでウィンクするパティ殿に、少々、見惚れてしもうた。元気一杯なパティ殿にもまた、物静かなティア殿とはまた違った、趣がある。まこと、愛らしい双子じゃ。

 

 

 

 小休止を終え、脇道へ入る。ガルフ共の狩場を思い出させる、薄暗く、起伏の激しい、袋小路。しかし、原生種の気配は、感じぬ。奥まで進んでみたが、やはり、何かがいるようには――

 

 ――何かが、来る。

 

「ありゃ、ハズレかぁ。こんなとこだし、物陰からカサカサー、って出て来るかと思ったのに」

 

 ――パティ殿、何を言っておる?

 

「それじゃ、キッチンに出て来る害虫だよ……。でも、何もいないなら、引き返そっか」

 

 ――ティア殿も、気付かぬのか?

 

「すぐに行き止まりになってて、良かったっすよ。引き返すのも楽だし」

 

 ――引き返しては、ならぬ。

 

 

 

 ――殺されるぞ。

 

 

 

「……隠れるぞ。相棒、こっちじゃ」

 

パティ殿とティア殿の手を掴み、高台の陰へと引っ張り込んだ。妾の声色で、冗談ではない、と悟ったのじゃろう。アフィンも、小さく頷いて、従った。

 

「ちょっ、楓ちゃん、痛いよ……!」

 

「ど、どうしたの? 顔が怖いけど……」

 

「失礼。ですが、お二人とも、どうかお静かに」

 

全員が、陰に入ったのを確認し、そこで手を離した。そして、口には出さずに、高台の上を指し示した。

 物音を立てぬよう、慎重に登り、頂上に掛かる岩の上に、屈み込む。アフィンたちは、その一段下、三人がギリギリ立てる足場で待機。

 

「ティア殿。こちらへ」

 

「……何かあるの?」

 

「……何かが来る、と言うのが、正しいでしょうな……」

 

岩に上がったティア殿と共に、そっと、頭だけを出して、袋小路に繋がる道を伺う。

 

 気配、と言うて良いものか、妾にも分からぬ。しかし、確かに、感じた。ダガン……否、そこらのダーカーなど、比較にもならぬ程の何かが、こちらに近付いておるのを。戦えば、成す術もなく殺される程の化物が、すぐそこまで迫っておるのを。

 

 その何か――何者かが、丁字路に姿を見せた。姿を認めた瞬間、妾もティア殿も、弾かれたように、陰に隠れた。

 

「……見ましたか?」

 

「う、うん、見た……。何なの、アイツ……?」

 

見たのは、一瞬。じゃが、それだけで、やつの姿は、脳裏に焼き付いた。

 漆黒のコートに身を包み、仮面で顔を隠した、異様な出で立ち。素肌を一切晒さず、性別さえも分からぬ程、徹底的に特徴を潰した、いかなる場所にもそぐわぬ、異質な存在。

 

 "仮面被り"の気配が、こちらへ近付いている。唇の前で人差し指を立て、息を殺した。土を踏む足音だけが、響く。ゆっくりと、ゆっくりと。

 足音が、止まった。アフィンは、ライフルを握り直し。パティ殿は、パルチザンを構え。ティア殿は、両手で口を抑え。

 

「……何処にいる」

 

やつが、言葉を発した。外見通り、性別のはっきりしない、くぐもったような声で。

 何処にいる? と言う事は、やつは、誰かを探しておるのか? まさかとは思うが、妾たちか? じゃが、あんなやつとは、会った事なぞないぞ。あのような輩、忘れようはずもない。ちら、と、ティア殿に目を向けたが、涙目で、首を横にブンブンと振っている。こちらも、心当たりは、ないようじゃな。

 

 じゃり、と、土を踏みしめる音が聞こえ、続いて、足音がゆっくりと、離れて行く。……どうやら、別の場所に、その誰かを探しに行ったらしい。覗き込んでみると、仮面被りの背中が見えた。視界を拡大し、やつの正体に繋がりそうな手掛かりはないか、その後ろ姿を観察し――見付けた。うなじの辺りに、見た事のない紋章が、描かれていた。二匹の蛇が絡み合い、瞳を掲げているように見える、悪趣味な紋章が。

 

 仮面被りの姿が見えなくなったところで、大きく、息を吐いた。戦闘用ボディだと言うのに、全身に冷や汗をかいたような、不愉快な錯覚を覚える。それだけ、緊張していたと言う事か……。

 

「あ、相棒、どんなヤツだったんだ? 見てもねーのに、すげー威圧感を感じたんだけど……」

 

ライフルを腰に収めたアフィンに聞かれたが、どう答えたものか……。

 

「顔も、体格も、性別さえも、仮面と服で隠れて、何も分からぬ」

 

「……全シップの、アークス戦闘員リストに照会してみたけど、該当者なし。今のところ言えるのは、アークス戦闘員じゃない、って事だね……」

 

「あ、あんなやつ、いてもらっても困るよ! ハガルにいたら、あたし、他のシップに逃げちゃうからっ!」

 

「同感です。出来るならば、関わり合いになりたくは、ないものですな……」

 

念の為、先程見た紋章の画像データを、端末に移して、全員に見せた。アフィンは当然だが、パティ殿とティア殿も、見た事がない、と首を振った。この紋章も、後で照会してみた方が、良いかも知れぬな。

 

 仮面被りについては、今後発見しても、絶対に接触しない事。仮面被りの存在を情報部に報告し、全アークスに通達してもらう事。この場で決められるのは、このくらいか。忘れる事など、到底不可能だが、あやつに思考を引きずられ続けるのも、よろしくない。まだ、任務は終わっていないのじゃ。

 

 ……シオンよ。仮面被りの発見も、演算の一部と言うのか。あやつも、道を繋げる鍵だと言うのか。

 視界端のログには、こんな文言が残されていた。

 

――鍵となる偶事、『ナベリウスにて、ある者を発見する』を達成。次の偶事を提示する。




ただのダガン殲滅任務ですが、お話の都合上、ちょっとした緊急クエストっぽくなりました。あのクエ自体、アークスクエストで初のマルチエリア型のものなので、丁度良いかな、と。

パティの武器は、EP1外伝以降はダブセですが、それ以前はハンタークラスで、武器も不明な為、長物繋がりでパルチとしております。またアプデで追加されたFi、Gu、Teは、初期三クラスに統合された、ではなく、教えられる者も適性がある者も極端に減ったので、今は選択出来ない、と言う扱いにしています。ちょっと苦しいですけど。

そう言えば、キャンプシップは、どこまで各惑星に接近するんでしょうね。EP1のOPだと、アッシュ降下中に雲間を抜けるシーンがありましたが、VITA版やEP2だと、地表辺りまで近付いてます。本作では、衛星軌道まで接近する、としていますが、その辺が判明したら、色々と書き換えが必要かも知れません。


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第十三話 鍵が導く必然

ブリアーダ戦も書きたかったけど、冗長になったのでカット。いまさら過ぎる気もしますけどね。

『かの』を使うのに抵抗があるのは、私だけでしょうか……?


 あの仮面被りと、一方的ながら接触し、それで妙に肝が据わったのじゃろうか。ブリアーダとの会敵にも怯まず、指定された区画のダガンの殲滅は、あっけなく完了した。

 とは言っても、進行速度は、袋小路に入る前後で、大きく違ったがの。警戒もせず、闇雲に突き進んで、やつと出くわしてしまっては、笑い話にもならぬ。さすがのパティ殿も、周囲を見渡しながらゆっくりと進んでいた。そんな様子を見るティア殿のやけに安心したような表情が、妙に印象に残った。

 

 船を降り、ゲートエリアに入ると、コフィー殿に出迎えられ、労いの言葉と、ナベリウス探索クエストへの登録許可を頂いた。

 

「本来であれば、ナベリウス各地に散布した『観測素子』の回収が、クエスト登録の試験なのですが、昨日の修了任務と、本日の任務達成状況を鑑み、特例として、許可を出します。今後も、弛まぬ努力と、ますますの活躍を期待します」

 

敬礼をするコフィー殿に、四人揃って敬礼を返し、その場を離れる。後続の者たちも、同じように出迎えるのであれば、いつまでもここに突っ立っておったところで、邪魔になるだけじゃからの。

 

 一先ず、ショップエリアで一休みする運びとなり、その道すがらに、アフィンに尋ねた。

 

「かんそくそし、とは、何ぞや? 相棒や、分かるかえ?」

 

「いや、この流れで、俺が分かるわけねーだろ。俺もお前も、訓練校で習った内容は、同じだろが」

 

「ほら、ティア、可愛い後輩が困ってるよ! 情報屋として、教えてあげないと!」

 

「情報屋なのは、パティちゃんも同じでしょ……」

 

観測素子については、ティア殿が教えてくれた。

 

 例えば、多種多様な花が咲き乱れる花畑。そこに一人の人間が入り、花を一輪、調べたとする。それで分かるのは、どれだけ詳細に調べようとも、そこが花畑のどの辺りなのか、であったり、どのような花なのか、と言った、極めて限定的な情報ばかりになる。

 では、多数の人間が花畑に入り、その場の花を一輪、調べたとしたら、どうなるか。花畑に咲く花の種類や、おおよその分布が、分かるようになる。人の数が増えれば、それらの情報は、より精度が上がる。

 観測素子とは、この話で言う、人間じゃな。惑星に大量にばら撒き、それぞれが、座標を含めた詳細な情報を収集する。その後、素子を回収し、統合すれば、広範囲に渡る詳細な情報が得られる、と。

 

「収集に特化してるから、データの蓄積は出来るけど、シップへの送信は出来ないの。だから、アークス戦闘員が、直接回収するしかないってわけ。とても小さな機械だから、原生生物が飲み込んでる時もあるね」

 

「ちっちゃくたって、仕事人! すっごいよね、カッコいいよね、観測素子って!」

 

「縁の下の力持ちは、良いものですな! ご教授、感謝しますぞ、ティア殿!」

 

「あー、うん、どういたしまして……」

 

あれま。ティア殿が、頭を抱えてしもうた。むぅ。何か、誤った認識をしてしもうたか?

 

「……うるせーのが増えた、って顔に見えるぞ」

 

「何か、言うたかや?」「空耳だろ。風の音かもな?」

 

こやつ、ゼノ殿の返しを学びよったか。……まぁ、良い。その成長に免じて、深く追求はすまい。

 

 長椅子に並んで座り、補水液を飲みながら、天井を仰ぎ見た。とりあえず、シオンに聞かねばならん事は、多い。マターボードの扱い、鍵となる偶事、仮面被り。そして、ナベリウスの人影。

 ナベリウスの人影は、推測の域を出ぬ。じゃが、鍵となる偶事とやらに、そやつの話が出た。そして、同じく鍵である、仮面被り。やつが探しておった、誰か。無論、その誰かとは、ナベリウスに降下したアークスの可能性もあるし、やつ自身が、その人影である可能性もある。が、その人影を探しておった、とも考えられる。

 一連の偶事は、シオンの言によれば、繋がっている。状況だけを見れば、ナベリウスの人影こそが、シオンの目的やも知れん。

 えぇい。推測ばかりで、もやもやする。煮付けを食らわねば、収まりそうにないわ。

 

「なぁ、相棒。考え事か?」

 

「まぁ、な。動き過ぎて、煮付けが恋しくなっただけじゃよ」

 

嘘は、言うておらん。こればかりは、相談したところで、詮無き事じゃからな。

 とりあえず、シオンへの質問は、後回しにしよう。あやつの事じゃ。この考えも、お見通しじゃろうて。順序など、あやつには関係なかろう。否。この思考も、演算の結果なのじゃろうな。

 優先すべきは、レダ。まだ会えぬかも知れぬが、顔くらいは、出しておきたい。そうじゃな、アフィンも誘うか。

 

「のぅ、相棒や。この後に予定がなければ、ちと、妾に付き合わぬか?」

 

「お? お? デートのお誘い? 良いねぇ、青春してるねー!」

 

「そうですな。妾の部屋で、しっぽりと」

 

「楓ちゃんの部屋で……? しっぽり……? …………!?」

 

「あーあ、変に首突っ込むから……」

 

ぼふん、と、擬音が聞こえて来そうな勢いで、パティ殿が赤面してしもうた。

 

「かかか。からかうつもりだったのでしょうが、まだまだ甘いですぞ、パティ殿?」

 

「んで? 付き合うってのは、どこにだよ?」

 

「うむ。ハンター科の同輩の、レダの見舞いにな。少しばかり取り乱して、病院(メディカルセンター)の厄介になっておるのよ」

 

「あー……。初っ端から、訓練校時代がヌルく思えるくらい、激戦だったからなぁ。同級生としちゃ、ほっとけねーな」

 

同輩の言葉であれば、レダも、落ち着いて聞いてくれるかも知れぬしな。では、早速、行ってみるとするかの。

 

「それでは、この辺で失礼しますぞ。お二人の戦い振り、勉強させて頂きました。このような機会があれば、またいずれ」

 

「お疲れ様でした! 次に組むまでには、相棒に自重ってのを覚えさせときます!」「やかましいわ」

 

ぺちんと、扇子で、アフィンの頭を叩いておいた。

 

「あ、二人とも、ちょっと待って。ほら、パティちゃん、しっかりして!」

 

「あうあうあう……、はっ!」

 

「わたしたちのパートナーカード、渡しておくよ。難しそうな任務とか、クエストとかあったら、遠慮なく呼んでね」

 

「そ、そうそう! それに、キミたちと一緒にいると、色々と面白そうな情報に、出会えそうな気がするんだっ!」

 

おぉ、ゼノ殿とエコー殿に続いて、パティエンティア姉妹からも、頂けるとは。ほんに、ありがたい。

 

「ありがたく、頂戴します。アフィン、妾たちからも、お渡ししようぞ」

 

「うん。二人とも、新人さんとは思えないくらい、戦い方が上手かったからね。頼りにさせてもらうよ」

 

互いに、パートナーカードを交換し合い、握手を交わしてから、改めてお二人と別れた。

 シオン、そしてマターボードの存在を知った今、この出会いが、確定した偶然なのか、それとも本物の偶然なのか、それは、知る由もない。じゃが、任務を経て、築いた信頼は、本物じゃ。これは、はっきりと言わせてもらうぞ、シオンよ。

 

 

 

 ゲートエリア、病院のカウンター前。"フィリア"と名乗る看護師に、名前と、レダの見舞いに来た旨を伝えると、奥の病室に通された。今しがた、目を覚ましたらしい。

 

「一応、まだお薬が効いてるから、さっきみたいな事には、ならないと思うわ。だけど、あんまり刺激しないようにね?」

 

「心得ております。二、三、話をするだけですよ」

 

「さっきみたいな、って、おいおい、どうしたんだよ、そのレダってヤツは?」

 

「……話せば、分かるさ」

 

 やはり、病室と言うのは、どこに行っても同じらしい。飾り気がなく、滞在者が興味を示しそうな物、と言えば、窓の向こうの景色だけ。あるいはそれも、治療の一環やも知れんな。病は気から。窓の外――退院後の世界を見ておれば、早く体を治したい、外に出たい、と言う気持ちが、沸き起こるとか。妾は医者ではない故、その辺は分からぬが。

 そんな病室の寝台で、レダは横になっていた。生気の抜けた面構えで、天井を眺めておる。

 

「見舞いに来たぞ、レダや。気分は、どうじゃ?」

 

「おーっす。初めまして、になるかな?」

 

「……あぁ、楓か。アフィンも、名前は知ってるぜ」

 

「あれ? お前、ハンター科だよな? 何で、レンジャー科の、俺の名前を?」

 

「あんだけ、狭い場所なんだ。腕が立つ奴の名前は、自然と耳に入って来んだよ」

 

ふむ。そう言うものなのか。己の鍛錬に夢中で、その手の話は、とんと聞き覚えがない。

 

「……ジャンさんから、聞いたんだろ? オレが、みっともねぇ事になったって」

 

「いんや。ジャン殿は、心配しておったよ。お主がいつ、修了任務の出来事から、立ち直ってくれるか、とな」

 

「ハハハ……。ダッセぇなぁ、オレってば」

 

力なく、自身をあざ笑うレダ。そして、虚ろな目をして、言った。

 

「オレもよ、分かっちゃいるんだ。アークスになったからには、こう言う事も、普通に起きんだってよ。でもよ、さっきから、頭から離れてくれねぇんだ。あの子が……、あの女の子が、倒れてる姿が」

 

「女の子、じゃと? しかも、倒れておった? 待て、レダ。お主、昨日は、人影を見た、とだけ言うたな。その他には、何も言っておらんかったではないか」

 

「薬でぐっすり眠って、記憶の整理が付いたんだろうよ。お陰で、はっきり思い出せるようになっちまった。見間違いとか、勘違いじゃなくて、ホントに、女の子が倒れてたって……」

 

ふむ。女の子が倒れていた、か。新しい情報が、手に入ったな。修了任務から、まだ1日と少し。この情報を共有すれば、発見の確率は、上がるかも知れぬな。

 

「何事もなければ、まだ生きておる可能性もある。他に何か、思い出した事はないかえ?」

 

「話がよく見えねーけど、手掛かりが多ければ、皆も探しやすくなるだろうしさ」

 

「そう、だな……。銀髪、だった。それと、白い服を着てた」

 

銀髪に、白い服。なるほど。ナベリウスの環境では、目立つ色じゃな。それに、人影が仮面被りである可能性も、消えた。外見的な特徴が、まるで正反対じゃ。

 

「アフィン。済まぬがコフィー殿に、女の子の特徴を連絡してくれぬか。それと、仮面被りの件も、合わせて頼む」

 

「分かった。ちょっと席外すぜ」

 

 通信の為、アフィンが、病室の外に出た。それを見送り、視線を戻すと、レダは、上半身を起こしていた。

 

「その、仮面被りってのは何なんだ?」

 

ふむ。どうせ、コフィー殿から、連絡が行き渡るしの。伝えたところで、何も問題はなかろう。

 簡単に、ではあるが、仮面被りについて伝えた。見た目の特徴や、何かを探しているような様子だった事を。そして、接触すれば、成す術なく殺されるであろう程、危険な空気をまとっていた、とも。

 

「オレが寝こけてる間に、そんな事になってたのか……」

 

「レダよ、勘違いするでないぞ。女の子の件と、仮面被りの件は、全くの別事じゃ。お主が、殊更に気に病む事ではない」

 

「分かってる、そりゃ分かってるって……。だけどよぉ……」

 

俯いたレダ。その手は、震える程に、固く握り締められ、戦闘服の手袋が、ぎりぎりと鳴った。

 

「オレは……、あの子を、連れて帰れなかった……!」

 

深い後悔に彩られたその言葉に、妾は、何も言えなかった。たった、6年。その程度の人生では、今のレダに掛けられる言葉など、学べなかった。脳裏に浮かんだ言葉は、どれも、酷く薄っぺらだった

 

 どちらも口を噤んでから、どれほど経ったろうか。レダが、顔を上げた。

 

「……楓、まだ捜索は、続いてんのか?」

 

その目に、表情に、息を呑んだ。先程までの、生気の抜けたような顔が、すっかり、色を取り戻し、瞳は、活力に満ちておる。しかし――

 

「あの子を見たオレが、捜索に参加しねぇってのも、変な話だろ。ちょっと、ジャンさんのとこに行って来るわ。看護師さんには、適当に言っといてくれよ」

 

「ちょっと待て、レダ。お主、本気か? ヤケを起こしては、おらぬだろうな?」

 

――この、気持ちの変わり様は、危うい。急激に過ぎる。

 

「ヤケ? そんなわけ、ねぇっての。第一、オレってば、そんなガラじゃねぇだろ? それじゃ、行ってくるわ」

 

「ま、待て! 落ち着け、冷静にならぬか!」

 

引き留めようとした手をすり抜け、レダは、部屋を飛び出してしまった。すぐさま、その背を追おうとしたが、あちらは、アークス戦闘員として鍛え上げられた肉体。こちらは、非戦闘用の、非力な身体。追い付ける道理など、ない。遅れて部屋を出た頃には、レダの姿は、どこにも見えなかった。

 抜かった。これほど、あやつが追い詰められておったとは。薬で落ち着いたのが、仇となったか? それとも、仮面被りの事を話したのが、不味かったか?

 

「お、おい相棒! アイツ、どうしたんだ!?」

 

「……下手を打った。追うぞ」

 

最早、追い付けるとは思えぬ。かと言って、放っては置けぬ。ジャン殿と会ったのは、ショップエリアの奥じゃったな。急がねば。

 

 

 

 何度も転びそうになりながら、ようやっと、ショップエリア奥に着いた。アフィンが気遣ってくれておるが、今は、そんな場合ではない。膝に手を突き、肩で息をしながら、周囲を見渡し――共用端末の前に立つ、ジャン殿とレダを、見付けた。

 

「れ、レダ! やっと追い付いたぞ……!」

 

よろめきながらも、二人に近付き、そこで、へたり込んでしもうた。さすがに、非戦闘用の身体では、全力疾走は厳しいか……。

 

「おぉ、楓君か。……大丈夫かね?」

 

「ったく、無茶すんなよな。ほら、肩、貸してやるから」

 

「む、済まぬな……」

 

アフィンの肩を支えに、ようやく立ち上がる。膝は、ぷるぷると笑っておるが、とりあえず、話すのに支障はない。

 

「レダ君が、自分も捜索に参加させてくれ、と言っていてね。私としては、その気持ちを尊重したいのだが、どうにもな……」

 

「なぁ、聞いてくれよ楓! オレはこんなに、やる気になってんだぜ? なのにジャンさん、聞いてくれねぇんだよ!」

 

「とにかく、落ち着け。お主、ナベリウスでのクエスト登録許可は、受けておるのか?」

 

本命ではないが、これも、捜索に出るのならば、無視は出来ぬ。理屈を突き付けてやると、レダは、押し黙った。

 

「それにじゃな。今のお主は、急き過ぎておる。件の女の子が、心配なのは理解出来る。じゃが、妾から言わせてもらえば、今のお主も心配じゃよ」

 

「うむ。レダ君、君の目は、やる気に満ちている。だが、そんな目をした者は、皆、若くして死んだ。分かるかね?」

 

「お、オレは、そんなつもりはねぇよ!」

 

「皆、そうだったよ。自分は冷静だ、落ち着いてる、戦える。そう言って戦場に出て、それきりだ」

 

遠い目をして言う、ジャン殿。その表情から窺えるのは、無念。無茶をしようとする人たちを、止められなかった事に、起因するものであろうか。

 

「だけどさ、レダの気持ち、俺は分かる。手掛かりがなくても、探し当てて、助けたい。……俺も、そうだからさ」

 

アフィンが、小さな声で、己の心情を吐露した。そうか。アフィンは、姉を探す為に、アークスを志した。故に、今のレダの心が、痛い程に伝わっておるのだろう。

 どうにかしてやりたいが、妾やアフィンでは、今のレダは御し切れぬじゃろう。かと言って、こやつ一人を暴走させれば、結果は、火を見るより明らか。どうしたものか……。

 

「……レダ君。私が出す条件を呑むならば、捜索への参加を、許可しよう。呑めないなら、きっと、ここでただ一人、悶々とするだけだろう。どうするね?」

 

ジャン殿が、動いた。ジャン殿に従うか、ここで女の子の無事を伏して待つか。究極の二択と言えよう。

 

「その条件ってのは、何なんだよ?」

 

「君が、条件を飲むと約束しない限り、教えない。後で反故にされては、この提案の意味がなくなる」

 

レダは、ジャン殿を睨め付け、ジャン殿は、その視線を静かに受け流す。一瞬の静寂。そして、

 

「……分かった、呑むよ。そんで、絶対破らねぇって、約束する」

 

レダが受け入れ、ジャン殿はゆっくりと頷いた。

 

「では、教えようか。なに、簡単だよ。君が出撃する時には、必ず、私を同行させる事。これだけだ」

 

「それは、つまりジャン殿が……」

 

「おっと、楓君。勘違いしていないか? 私には長い事、相棒と呼べる者がいなくてね。レダ君さえ良ければ、共に戦場を駆けたいと、そう思っただけだよ」

 

恥ずかしげに、鼻の頭を掻きながら、ジャン殿が『言い訳』を口にした。しかし、その真意は、ジャン殿がレダを守る、無茶は決してさせない、に他ならない。

 

「嘘が下手っすね、ジャンさん。でも、カッコいいっすよ」

 

「うむ。ジャン殿がもう少し若ければ、惚れておったわ」

 

「これ、老人をからかうものではないよ。それで、レダ君。君は、条件を呑むと言った。今更やめるのは、なしだ。良いな?」

 

「分かってるよ。約束した手前、これ以上、ダッセぇ真似はしたくねぇしな。……その、ありがとよ、ジャンさん……」

 

「おや、変な条件を出したつもりだが、礼を言われるとは。だが、ここは、どういたしまして、と答えておくよ」

 

全く。二人揃って、不器用者と見える。しかし、先程と打って変わって、晴れやかな顔をしたレダと、頼り甲斐のある穏やかな顔のジャン殿が、がっしりと手を握っているのを見ると、そんな野暮な考えは、吹き飛んでしまう。レダの件は、ジャン殿にお任せするのが、最良であろうな。

 

「それでは、妾たちはここで。レダよ、ジャン殿から、多くを学べると良いな」

 

「応援してるぜ、レダ。お前も、頑張れよ!」

 

「二人とも、ありがとな。ちゃんと、あの子を連れ帰ってやるぜ!」

 

「意気込んでいるところ済まないが、その前に、クエスト登録許可をもらわねばな。コフィー君の所に行こうか」

 

軽く手を振り、ポータルへ向かう二人。その後ろ姿は、先生と生徒にも、父親と息子にも見えた。

 

「色々慌ただしかったけど、一段落だな。それで、この後はどうすんだ?」

 

「ふむ。ちと、小腹が空いたな。部屋に戻って、煮付けを食うとするかの。アフィンや、お主も、どうかえ?」

 

 シオンのやつも、アフィンが食い終えるまで、出て来たりはせぬじゃろう。確信はないが、きっとそうじゃ。そんな軽い気持ちで誘ってみたが、アフィンは、首を横に振った。

 

「いや、俺も腹減ったけど、噂で聞いた、"フランカ"さんのとこに行ってみるわ」

 

「フランカさん……、あぁ、妾も聞いたな。料理人志望の女性だったか」

 

「そうそう。それが美味いらしくてさ、気になってたんだよ。せっかく誘ってくれたのに、ごめんな」

 

フランカ殿は、このハガルで、軽食の立ち売りをしておる女性じゃ。ショップエリアの片隅で、『さんどいっち』や『はんばぁがぁ』などを、格安で提供しておるそうな。素材は一般市街区画で仕入れた、新鮮な物を使用し、味も格別じゃと聞く。……中には、各惑星の原生生物を使用した物もあるらしいのじゃが……、まさか、のぅ?

 

「良い良い、気にするでない。煮付けは、冷蔵庫に備蓄しておるゆえ、気が向いたら、いつでも来るが良いぞ」

 

「備蓄って、どんだけ貯め込んでだよ……」

 

「妾の生命線じゃからの、暇さえあれば、作っておるのよ。かかか」

 

笑い飛ばし、歩み去るアフィンを見送る。備蓄している、と言ったが、そうでもせんと、間に合わぬのじゃよ。煮付けがなくなるなど、考えただけで、身体がガタガタと震えるわい……。

 

 

 

 煮付けを食いながら、マターボードを眺めておると、背後に、気配。ふむ。今回は、不快な視界の乱れも、雑音も、ない。あのような現れ方しか出来ぬ、と言っておったが、やれば出来るではないか。

 

「静かに出て来てくれたのぅ、花丸じゃ。褒美に、煮付けを食わせてやるぞ?」

 

「……ごめんなさい。わたしは、食事を必要としない」

 

「なぬ? 物を食わずに、生きられるとな? 損をしておるのぅ……」

 

試しに、容器をシオンの鼻先まで近付けてみたが、眉一つ動かぬ。むぅ。

 

 閑話休題。

 

「こうして現れた、と言う事は、妾の質問に、答えてくれるのじゃろ?」

 

小さく頷く、シオン。しかし、恐らくはまた、答えられぬ事も、あるのじゃろうが、まぁ、構わぬ。それならそれで、別の情報を、引き出すまでよ。

 

「一つ目は、質問と言うより、要望なのじゃがな……」

 

掌に、マターボードを広げ、シオンに見せた。

 

「こいつを、もう少し使いやすくは、出来ぬか? こいつが、周囲の人間に見えていようと、見えていまいと、迂闊に人前で操作すれば、危険人物と取られかねんのじゃがな」

 

「……ごめんなさい。周囲の人間、と言う要素を、失念していた。――構造変更を完了した。今後は、視界に展開される。操作も、貴女の視線をトレースするように改変した」

 

試しに思い描くと、目の前に、マターボードが広がった。各偶事に注目してみれば、その詳細が、頭に流れ込んで来る。なるほど。これならば、他人の目を気にする必要は、なくなったな。

 

「助かるぞ、シオンよ。それで、二つ目じゃ。鍵となる偶事とは、何ぞや? わざわざ、鍵としておる以上は、単なる偶事では、ないのであろう?」

 

妾も、シオンに毒されておるな。単なる偶事、などと宣ってしもうた。そう易々とは起こらぬからこそ、偶然、偶事と呼ぶはずじゃがのぅ。

 

「偶事とは、鍵へと至る道程。鍵とは、因果を収束させる要素。そしてマターボードとは、鍵となる偶事を集め、必然と成す標」

 

「つまりは、単なる偶事を辿って、鍵となる偶事を起こす事で、何かが変化する、と言う事か」

 

「その通りだ。貴女は、全ての鍵を、その手に収めた。因果は、収束する」

 

「その因果の収束に、ナベリウスの人影が、関わっておるのじゃろう? 三つ目の質問じゃ。その女の子と、あの仮面被り。お主は、正体を知っておるのか?」

 

妾の見立てでは、シオンは、この二人を知っている。じゃが、教えてはくれぬじゃろう。案の定、シオンは、知っていると言い、即座に、話せないと拒否した。

 

「今知れば、因果が崩壊し、終焉へ進む事となる。案ずる事はない。時が来た時に、貴女は、全てを知るだろう」

 

「知らずにおれば、易となる、か。では、詮索はやめておこうかの」

 

それに、情報も得られた。あの二人は、間違いなく、演算の中心にある。たかだか二人。その素性を知るだけで、全てが終わるのならば、極めて重要な項になっておるはず。

 知れば、不易となる、か。まるで、疫病神じゃな。まぁ、仮面被りに関しては、そう言ってしまっても、差支えなさそうじゃがの。

 

「では、最後の質問……、いや、確認じゃな。鍵は、集まった。因果は集束し、必然が生じる。それは、いつじゃ?」

 

偶然を寄せ集め、その全てを絶対のものとする。そんな大掛かりな事を、しておるのじゃ。その必然とやらは、小事ではなかろう。ならば、こちらとしても、対策は打っておきたい。

 

「貴女たちの暦で、2月27日。その日に、因果は集束を見せる。その時に、わたしはまた現れよう。貴女は、力を蓄えて欲しい」

 

「6日後か。何とも中途半端じゃが、それまでは、己を鍛えよ、と。分かった、従おう。偶事に含まれておったなら、仮面被りと相対したとて、不思議ではないからのぅ」

 

手元にある情報では、それを否定出来ぬ、と言うのが、実に恐ろしい話よな。しかし、たった6日鍛えたところで、やつと一合でも打ち合えるとは、到底思えぬが。逃走さえも怪しい。背中を見せれば、一歩踏み出す前に、ばっさりじゃろうな。

 

「また会おう、楓。ありがとう、鍵を集めてくれた事に、感謝を」

 

「うむ。また、6日後にの」

 

 物音一つ立てず、シオンは消え失せた。さて、これから、忙しくなるな。煮付けを作る時間も、なくなりそうじゃ。床につく前に、作り置いた方が、良かろうて。

 

「アークス専用区画で、売っておるかのぅ……。ま、なければ、市街区画まで行けば良いか」

 

そうと決まれば、善は急げ。端末をアイテムパックに放り込み、足早に、自室を出た。

 

 

 

 翌日から、妾はアフィンを伴い、何度もナベリウスへ降下した。目的は、鍛錬と、女の子の捜索。時に、ゼノ殿たち先輩方と。時に、ユミナたち同輩と。

 レダとジャン殿の二人組とも、幾度か一緒になった。時折、レダが突出し過ぎる事もあったが、ジャン殿は、冷静に対応し、的確な援護を見せていた。さすが、歴戦の兵と言うべきか。

 しかし、どれだけ探しても、例の女の子は、発見出来なかった。その痕跡さえも。シオンの話を聞いていなければ、妾も、存在自体を疑っておったろう。

 仮面被りと遭遇する事もまた、なかった。恐らくは、未だにナベリウスに潜伏しておるのじゃろうが、目撃情報すらもないのは、却って不気味と思える。

 

 妾とアフィンは、コフィー殿から実績を認められ、『クラスリミット』の緩和と、『クラススキル』の習得が許可された。

 リミット緩和は、攻撃や防御に回すフォトンや、身体能力の向上。戦い方を知らぬまま、力に振り回されてしまわぬよう、戦闘技術の練度に合わせて、制限を緩和するらしい。

 スキルは、リミットとはまた別に、戦闘を補助する為の技能じゃ。各種フォトンや身体能力を、恒常的に強化するものもあれば、短時間だけ爆発的に強化するものもある。こちらもリミット同様、段階的に許可が下りるようになっておる。

 それと、ついでと言うには、おかしな話ではあるが、マターボードには、ここまでに達成して来たもの以外にも、いくつかの偶事が記されている。それらを達成する事で、有用な武器や防具が入手出来た。シオンからの贈り物、と解釈して、良いのだろうか。

 

 

 

 新光暦238年、2月27日、14時。

 出来得る限りの事は、した。アフィンも、よく付き合ってくれた。今日、何かが起きる。そして妾は、その中に、飛び込む。

 

「因果が、集束を見せている。一つの事象を、産み出しつつある。この手で掴める程に」

 

「……来たか」

 

午前の内に雑務を済ませ、自室で心を落ち着けていたところに、シオンが現れた。

 

「それは恐らく、運命という概念への冒涜だ。しかしそれこそが、わたしとわたしたちが渇望し、切望した事である」

 

「わたしたち、と来たか。何じゃ、お主には、仲間がおったのか?」

 

運命への冒涜、と言う言葉も、引っ掛かるがの。確かに、偶然を引き起こすなど、道理を蹴飛ばすも同然。しかし、気にするのも今更か。すでに妾も、片棒を担いでおるのじゃからな。

 妾の質問に、シオンは一瞬だけ、沈黙した。そして、

 

「……ごめんなさい。曖昧な言葉では、貴女たちに伝わり難い事を理解せず、失念していた。思考を修正し、伝える」

 

素直に、謝った。ふむ。少しずつ、ではあるが、こやつも、会話に(こな)れて来たか?

 

「あぁ、気にするでない。妾も、少し気になっただけじゃからな」

 

「これは、わたしから貴女への依頼である。……惑星ナベリウスに向かって欲しい」

 

「ナベリウス、じゃと? 理由は――その様子では、聞いても、答えてくれそうにないな」

 

依頼、などと言うから身構えたが、ナベリウスに向かえ? それこそ、今更ではないか?

 

「答えは、貴女の未来にのみ存在する。わたしは、観測するのみ。観測しか、出来ない」

 

「口出しはせず、見ているのみ、か。ちと癪じゃが、良かろう」

 

ここで問答しても、仕方ないしの。こやつが、ナベリウスで何かが起きる、と言うのなら、確実に起こるじゃろうからな。大人しく行って、その答えとやらを、拝ませてもらおうではないか。

 

「それと、シオン。依頼などと、堅苦しい事を言うでない。こう言う時は、お願いするもんじゃよ」

 

「……分かった、修正する。わたしから貴女へ――」「今度で良いのじゃ!」「――分かった。次の機会に、活用する」

 

妙なところで、融通が利かんな……。まぁ、子に言葉を教えておるようで、少しばかり、楽しくもあるが、の。

 

 アフィンに連絡し、共に行こうと誘おうとしたが、随分と慌てたような声で、否を返された。

 

『リサ先輩に、捕まっちまった! あっ、ちょっ、先輩、危ねーですってば!?』

 

『うふ、うふふ。こうやって、足元を撃ってあげるとですねえ、敵さんは、踊ってくれるんですよお。怯えた様子が伝わって来て、とってもとっても、気持ちが良いですねえ!』

 

リサ殿の声に、銃声が重なっておる。VR訓練でも、やっておるのか? 実に、教育熱心な方じゃな。……しかし、巻き込まれたくは――

 

『おやおやおや? もしかして、楓さんと話してるんですかあ? 丁度良いですねえ。楓さんにも、ぜひぜひリサの授業を――』

 

「これから立て込む予定じゃ、切るぞ!」

 

――危ないところじゃった。済まんな、アフィン。後で、骨は拾ってやるぞ……。

 ともかく。これも、シオンの差し金じゃろうな。一人で行け、と言う事らしい。

 

 妾一人(ソロ)での登録となったが、レベッカ殿からは、特に何も言われなかった。クエストの性質上、何かしら聞かれるかと思っておったが、拍子抜けじゃな。まぁ、聞かれたところで、返事に窮しておったろうから、助かったがの。

 一人で乗り込んだ船は、想像以上に、広い。いつもならば、必ず、アフィンがいて、先輩や同輩がいて、それなりに騒がしい。じゃが、今は。誰も、いない。誰も、喋らない。誰も、笑っていない。

 

 

  さみしいのは いやじゃ

 

 

 己の奥底の声を、両頬をぱちんと叩いて、掻き消した。今は、感傷に浸っておる場合ではない。これより先、何が起こるのか、想像も付かぬ。だと言うのに、この体たらくで、どうする。気を、しっかりと持たねば。

 

『間もなく、降下可能距離へ到達します。降下準備に入って下さい』

 

通達に従い、テレプールの前に立つ。目を閉じ、深呼吸を一つ。……良し。腹は、括った。

 

『降下可能距離に到達』

 

縁を蹴り、テレプールに飛び込んだ。そして、水面へ足が触れる、その瞬間。

 

 全てが、歪んだ。




番外編含め、煮付けを食べてばっかりな気がしますね。それだけ、楓はある物が大好きなんです。オラクルで作られているかは不明ですが、和風な物も、少し名前を変えて原作中にありますので(オキク・ドールとか)、楓の好物も存在する、と言う事で。

クラスリミット緩和は、レベルアップです。原作中のレダのイベントで言及されていますが、少し言い回しを変えています。


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第十四話 再び、あの場所へ

オムニバスクエストが実装されましたが、色々と改変されていますね。でも、長い……。


  運命は、変化する

 

 聞き覚えのある声が、妾の意識を、引きずり上げた。何が起こった? テレプールに飛び込んだところまでは、はっきりと覚えておる。しかし、その次の瞬間、目に見える全てが、耳に入る全てが、肌で感じる全てが、歪んだ。歪んだ、と言う表現が正しいかは、分からぬ。じゃが、そうとしか表現が出来ぬ。

 

「おい、楓? どうした?」

 

「しばし、待ってくれ」

 

 とにかく、状況を把握せねば。辺りを見回すと、草生す大地、生い茂る木々、そして突き抜ける青空。うむ。ここは、ナベリウスで、間違いないようじゃ。しかし、現在地は、降下地点にしては、随分と広い。道が四方向――東西南北に伸びる、崖で形作られたような、十字路。……むぅ?

 

「待ってる暇なんて、ねーんだけどなぁ……」

 

「仕方なかろう。妾も、ちと混乱しておるのじゃ」

 

 ここは、見覚えがあるな。クエストで来たか? いや、それよりも、もっと前じゃな。何か、強烈に記憶に残るような事が、ここで起きたはず。少し、記憶を探るか。

 

「おい、楓! ここでボーッとしてたって、どうにもならねーだろ!?」

 

「えぇい、やかましい! 少しは時間を寄越さぬか、相棒!」

 

 全く。横で声を張り上げられては、考えがまとまらぬではないか。アフィンは、ここまで気が利かぬ男じゃったか? ……む?

 

「……相棒? なぜ、そなたが、ここにおるのじゃ?」

 

アフィンは、リサ殿と訓練をしておるはずじゃ。VRではなく、ナベリウスに来ておったのか? いや、それにしては、リサ殿の姿が見えぬ。まさか、こやつ、逃げ出したか?

 

「はぁ? おいおい、寝ぼけてんのか? それとも、初めてダーカーと戦って、頭ん中が真っ白になったのか?」

 

「初めてダーカーと、じゃと? 相棒よ、そなたこそ、寝ぼけるでないわ。今日まで、何度も戦って来たじゃろう? リサ殿との訓練で、呆けてしもうたのか?」

 

「……リサって、誰だよ? それに、俺たち、今日が初陣だぜ? ダーカーと戦うっつっても、VRくらいなもんだろ?」

 

「……は? 初陣?」

 

……待て。初陣、ダーカーとの初戦闘、そして、この場所。この符号が、意味するものは? 本当は、考えるまでもない。しかし、理性が否定する。そんな事が、あるわけがない、と。

 

「……なぁ、相棒。今日は、何の日じゃったかのぅ?」

 

本当に、呆けてしもうたかのような質問をした。逆に問われたとしても、そう思うじゃろう――

 

「……ゼノ先輩に、連絡した方が良いかも知れねーな……。今日は、2月の20日。俺たち訓練生の、修了任務の日だろーが」

 

――そして、答えは、妾の理性を否定した。

 

 どうにか誤魔化しつつ、状況を、改めて確認する。現在地は、ナベリウス。じゃが、時間は、一週間前。そして、修了任務の真っ最中で、ダーカー出現の直後。

 一体何が、どうなっておる? シオンの言に従い、ナベリウスに降りてみたら、時間が一週間分、巻き戻った? そんな馬鹿な話が、あるものか。妾は、夢でも見ておるのか? それとも、これが、偶事を集めた結果生じた、必然だと?

 

「なぁ、楓。大丈夫か? 何なら、ここで少し休んでから、合流地点に行くか?」

 

「……いや、問題ない。それより、船に戻ったら、覚えておれよ?」

 

「すんません、調子乗ってましたーっ!」

 

一週間前の記憶と、ほぼ同じやり取り。あの時は、心の底から楽しんでおったが、やけに、寒々しく感じられた。それに、相棒ではなく、楓と呼ばれるのが、ひどく、寂しい。事情は知れておるが、それでも、どうしようもなく。

 そんな、我儘に似た思いを反芻していると、

 

 ……助けて。

 

 声が、聞こえた。聞いた事のない、可愛らしい声。

 

「……聞こえたか?」

 

「ん? 何がだ?」

 

アフィンには、聞こえなかったらしい。しかし、妾には、聞こえた。女の子の声が。……ナベリウスで、女の子?

 

「……まさか」

 

耳を澄ますと、また、聞こえた。か細い声で、助けを求めている。方角は、東。

 

「あいぼ……アフィン、合流は、後回しじゃ。東の方角、この道の先に、要救助者がいる」

 

「要救助者!? おいおい、マジかよ! それなら、急がねーと!」

 

「うむ。ともかく、オペレーターに連絡を――」

 

 ……どこにいる。

 

「――ッ!?」

 

端末を取り出そうとして、息が、止まった。この声は……、近くに、やつがいるのか……!?

 

 ……どこだ。

 

二度目の仮面被りの声は、背後から聞こえた。この十字路の、西の方角。

 東には、レダが見たと思しき女の子。西には、仮面被り。これが、シオンの言っていた、答えか? あの時の妾は、女の子と仮面被りを、見過ごしておった、と言う事か?

 

『おい、お前ら、いつまでそこにいる!? 早く、合流地点に向かえ!』

 

耳元で、ゼノ殿の怒号が響いた。取り出し損ねた端末を引っ張り出し、双方向回線を開く。

 

「お叱りは、後でいくらでも。ここから東方面に、要救助者がおるようです」

 

『要救助者だぁ? 今のナベリウスで、そんなバカな話が……、いや、分かった。先行して、ソイツの無事を確保してくれ。遅れるかも知れんが、俺もそこに向かう』

 

「分かりました、お待ちしておりますぞ」

 

通信を切り、武器を確認。背に納めたワイヤードランスに、ワイヤードゲイン、パルチザン。ふむ。装備は、今日(2月27日)のままか。しかし、今は一週間前(2月20日)の修了任務。支給品以外の武器を携えるのは、不自然じゃな。ワイヤードゲインは、使わずにおこう。

 さて。ともかく、急いで東へ向かおう。悠長にしておっては、例の女の子が、ダーカーに襲われる可能性がある。そして、仮面被りと遭遇する可能性も、また。

 

「アフィンよ、急ごうぞ。手遅れになっては、ことじゃ」

 

「ダーカー出現に、要救助者って、大変な事になったな……。よし、行くとするか」

 

背中に、ピリピリとした気配を受けつつ、妾たちは、東へ向かった。仮面被りが、こちらに気付かぬよう、祈りつつ。

 

 

 

 道中のダガン共を蹴散らしつつ、先へと進む。木々が、道を覆うように生い茂っており、行く先は、徐々に薄暗さを増している。この環境下で、ろくに警戒もせず走るのは、少々、危険に思えるが、そんな場合ではない。前方では、女の子が助けを求めており、後方では、危険人物が徘徊している。急ぐな、と言う方が、無茶と言うものじゃ。

 

「楓、あそこだ! 誰かが倒れてる!」

 

「でかしたぞ、アフィン! 待っておれよ、すぐに助けてやるからの!」

 

 道の先、行き止まりに、その女の子は、倒れていた。レダの証言通りの、銀髪に、真っ白な装束。その装いは、触れれば壊れそうな程に儚げで、後から嵌め合わせたかのように、この場にそぐわない。そんな印象を受けた。

 首筋に指をあてがい、脈を調べた。確かに、鼓動を感じる。外傷も、見受けられない。命に、別状はなさそうじゃな。一先ず、安心して良かろう。

 

「この子、何で、こんな所に……。えーっと……、アークスじゃ、ないみたいだな。照会してみたけど、該当なし」

 

「じゃろうな。この娘の醸し出す雰囲気は、アークスのそれとは、違う」

 

それに、この女の子がアークスならば、この先(2月21日以降)で、騒ぎになっておったろうよ。ナベリウスで、行方不明になったアークスがおる、と。

 

「ゼノ先輩も、ここに来るんだろ?」

 

「うむ。妾たちの場所は、把握しておられるはずじゃ。それに、先の十字路から、東へ向かう、とも伝えてある。間もなく、合流出来るじゃろう」

 

ゼノ殿ならば、きっと、仮面被りと伍する程の実力を、持っておるじゃろう。この女の子の安全も、今以上のものとなる。

 

 しかし。禍福は糾える縄の如し。女の子の無事、と言う幸福の隣には、確かな不幸が、待っていた――

 

 ――やつの気配が、近い。

 

「……アフィン、その娘を担いで、そこの物陰に隠れろ。今すぐじゃ」

 

「隠れろ? この子と一緒に? いきなり、何を……!?」

 

訝しげな顔をしていたアフィンだが、その表情が、固まった。そなたも、感じ取ったか。

 

「な、何だよ、これ……。ヤバいのが、こっちに、来てる……?」

 

青ざめたアフィンに、一つ頷き、女の子を、次いで物陰を指差した。

 

「わ、分かった。だけど楓、お前は、どうすんだよ?」

 

「ゼノ殿が来るまで、囮になる。そなたは、その娘を守っておくれ」

 

「は、はぁ!? お前一人で、どうにか出来る相手かよ!? 姿は見えねーのに、ここまで、ヤバい気配が届いてんだぞ!?」

 

「二人揃って隠れて、見付かったらどうする? 二人揃ってやつの前に立って、その間、その娘はどうする? ここは、ダーカーの勢力圏ぞ。どこにでも現れる彼奴らから守るには、傍にいてやるのが、最善じゃ」

 

「そ、そうかも知れねーけど……!」

 

ほれ、早う行け、と促すと、アフィンは、渋々ながら、女の子を担いだ。得物を握り直し、深呼吸を一つ。良し。腹は、決まった。

 

 薄暗い通路の奥に、仮面被りの姿が、見えた。その途端、肌にピリピリと感じていた威圧感が、何倍にも、否、何十倍にも強くなった。目に見えぬ重圧に、押し込まれそうになる。もう一つ、深呼吸。腹に――丹田に力を込め、その場に踏みとどまった。相対してさえおらぬのに、負けてどうする。心を、強く持て。気概を持て。腕前でまけていようと、心までは、へし折られてなるものか。

 

 歩む速度を崩さぬまま、仮面被りはこちらへ進み、そしてついに、妾の前に、立ち止まった。

 仮面被りは、自然体で佇むのみ。しかし、何じゃ、この殺気は。まるで、抜き身の刃のよう。下手に触れれば、切り刻まれる。背に負った武器に、手を掛けてもおらんのに、これじゃ。こやつが得物を構えたら……、どれ程になると言うのか。

 

 

  食らえば さぞや美味かろうて

 

 

己の内で、妾の声がこだました。ふざけるな。屍を晒し、狗裡に食われるだけぞ。そも、人を食らうなぞ、阿呆を抜かすでないわ。

 

「救援、ですかな? 助かりました。所属艦と、お名前を伺っても?」

 

平静を装い、時間稼ぎにもならぬ問いを、投げ掛けた。口調は、友好的に。しかし、身体は、いつでも動けるよう、臨戦態勢を維持したまま。

 

「貴様は……」

 

仮面の下から、不気味な声が響いた。その身と同じく、自らの全てを隠さんとするような声。

 じゃが――殺気だけは、隠す気がないと見える。今も、こやつの殺気は、妾に叩きつけられておる。それに打ちのめされるわけには、いかん。

 

「貴様、とは、随分な物言いですな。ダーカー共に追われ、疲労困憊の後輩へ、労りの言葉くらいは――」

 

 ――死ね。

 

軽口を叩いた、その一瞬。仮面被りは、得物を握った右腕を引き絞り、妾の眼前――やつの間合いまで、肉薄していた。こやつ、速――

 

「ぐぅ……ッ!?」

 

残像さえ残す速度で、刃が突き出された。咄嗟に交差させたワイヤードランスに、その切っ先が触れ――呆気なく、砕かれる。そして、やつの一撃に込められた力は、武器を砕く程度では、収まらず。キャストの、200kgを優に超える戦闘用ボディを、後方の岩場まで、吹き飛ばした。両腕を、間を置かずに背中を、衝撃と激痛が襲った。

 

「かは……ッ!」

 

堪らず、人工肺の中の空気を、残らず吐き出す。背中がズキズキと痛み、熱を帯びている。場所は……、丁度、生体部品の辺りか。腕の感覚は、やけに、遠い。

 視界を埋める警告に急かされ、損傷状態を簡易走査。……背中の生体部品に、切創。脊椎その他胴体内部骨格も、多数の損傷。まるで痛みの引かぬ腕部は、外装や内部骨格が、歪んでしもうたか。ついでに、駆動系もやられておる。道理で、感覚が遠いわけじゃ。

 完全に、仮面被りの実力を、読み違えておった。一合打ち合う? 逃走する? そんな次元では、なかった。防御してなお、たったの一撃で、この有様。踏み込みさえも、目で追えず。もし、防御が間に合っていなければ、この身は、やつの凶刃に、刺し貫かれておったろう。

 どうにか、倒れる事なく、着地。両手は、柄だけになったワイヤードランスを、未だに握り締めたまま。ろくに動かない指を、やっとこさ動かして柄を捨て、パルチザンを取り出した。が、どうにか動いた程度の手では、新たに武器を持ち直すなど、できるはずもなく。現れたパルチザンは、手元を離れ、足元に転がった。

 すっからかんになった肺が、酸素を求めておる。その欲求に喘ぎ、痛みに顔を歪ませながら、ようやく、言葉を絞り出した。

 

「はぁっ、はぁっ……、全く、とんだご挨拶じゃな……。これが、貴様のやり口、と言うわけか……」

 

仮面被りが、無言のまま、構えた。無駄話は、お気に召さぬらしいが、その動きは、どこまでも雄弁。

 対するこちらは、丸腰よりも酷い。両腕が使えぬ以上は、蹴るか、身体ごとぶつかるか、くらいしか、打つ手がない。そも、打つ程、満足に腕を動かせぬのじゃがな、かかか。……などと、内心で笑ってはみたが、状況は、絶望的。本当に、狗裡の餌へと、成り下がるしかないか……。

 

 ……否。座して死を待つなど、妾の流儀に反する。せめて、一太刀。やつに食らわせてやらねば、死んでも死に切れぬ。

 食らわせる――食らう。そう、じゃな。冥土の土産に、やつの肉を一欠片、頂くとしようかの。腹を貫かれようと、首を切られようと、やつの首筋に、齧り付いてやろう。

 済まぬ、アレン、家のみなよ。一度はアークスとなり、みなを守れるようになったが、今回は、ここでしまいのようじゃ。一度得たものを帳消しにされるとは、まこと、理不尽な話よな。

 

「守りたかったなぁ……」

 

知らず、もう叶う事のない願望が、口をついて出た。

 

「……殺す」

 

仮面被りの殺気が、その一言と共に、膨れ上がった。

 

「死ねだの、殺すだの……。貴様は――」

 

脚部のブースターに、燃焼材を急速投入。同時に、噴射限界を解除。どうせ、助からんのだ。ブースターが吹き飛ぼうが、レッグパーツが吹き飛ぼうが、何するものぞ。

 

「――それしか言えんのかぁッ!」

 

全力で地を蹴り、仮面被り目掛けて、突進。短い生涯で、最高のものと自負出来るような、最速の踏み込み。しかし、それでもやつは、焦るような素振り一つ見せず、右腕がぶれ――

 

「がふっ……!」

 

――気付くと、妾のがら空きの胸に、得物が突き立てられていた。毒々しい紫色の刃が、軟質素材の外装を貫き、内蔵機関を抉り、背中から突き出ている。喀血した、と言う事は、人工肺をやられたか。遅れて出た警告には、やはり、人工肺及び人工心臓に、重大な損傷が出た、とある。

 異物感と、耐え難い痛み。しかしそれが、致命の一撃を受け、死にゆく妾の意識を、覚醒させる。視線は、ただ一点を、やつの首筋を、凝視する。

 

 ――あまり、嘗めてくれるなよ……!?

 

ブースターに、火を入れた。そこでようやく、仮面被りが狼狽えた。ようやっと、驚いてくれたかえ。じゃが、もう遅い。

 やつの腕が、妾の胸に、深々と突き入れられる。刃は、既に背中から抜けた。痛みが増し、視界が乱れる。それがどうした。まだ、死んでいない。ならば、問題などない。

 仮面被りの肩口辺りまでが、妾の胸に入った。内部機構が爆ぜ、そのたびに、身体がびくん、びくんと跳ねる。警告が何重にも表示され、視界を埋め尽くす。痛みは、もう感じない。あまりの苦痛に、痛覚が遮断されたか。

 代わりに妾を満たしたのは、官能的な愉悦。警告の隙間から見える、やつの首筋が迫るにつれ、顔が、身体が、火照る。

 

 

 そして 仮面被りの首筋に 噛み付いた

 

 

 これじゃ これこそ 極上の甘露よ

 

 

「ぐ……ッ!?」

 

 死に瀕した妾の力は、普段のそれを、遥かに上回っていたらしい。歯が、深々と、やつの肉に食い込んだ。人肉と、血の味が、口の中に広がる。

 

「貴様ぁ……!」

 

仮面被りが、右腕を振り払った。やつの右腕一本に支えられ、宙ぶらりんだった妾の身体は、容易く吹き飛ばされる。じゃが、食いしばった歯は、決して開かれず。やつは首筋の肉を、食い千切られる形となった。

 

「もぐ……、むぐ……。何じゃ、これは。こんな不味い物、とても、食えたものではないわ……」

 

地面に叩き付けられ、それでも吐き出さなかった肉片を咀嚼したが、人の食う物ではない。全く、何が、極上の甘露じゃ。こんな物、ぺっ、じゃ。

 左手で傷口を押さえた仮面被りが、仰向けに倒れた妾に寄って来た。とどめを刺すつもりか。ふん。好きにせよ。一矢は、報いた。

 

 

 しぬのは いやじゃ

 

 

 済まぬな。もう、終わりじゃ。ほれ、もう、目はほとんど見えぬが、得物を構える仮面被りは、薄ぼんやりと見えるではないか。

 

 しかし。あぁ、しかし。

 

 先だつとは、おや不孝のきわみじゃな。

 

 かんじょうのあわぬ じんせいじゃった

 

「……ごめんなさい、おとうさん……」

 

 もう なにも みえない

 

 もう なにも きこえない




 オムニバスクエストで、この辺りが補足されましたね。元々は、一度目の時間遡行ではマトイを助けるだけ、二度目では【仮面】たちと会うだけでしたが、【仮面】撤退後に、マトイを助ける、と改変されていました。本作では、アフィンと別行動をとる予定でしたが、オムニバスクエストに合わせつつ、少し手を加えました。
 また、【仮面】の殺意を上方修正しました。


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第十五話 孤独

色々と立て込んで、投稿が遅れました。申し訳ありません。

今更ですけど、マターボードと時系列に合わせた結果、第九話から第十三話後半辺りまでが、2月21日なんですよね。書いてる本人がびっくりしております。


 ゆっくりと、目を開き、上体を起こした。しかし、何も見えぬ。一面の暗闇。そして、寂寞。

 妾は、仮面被りと戦っていた。……否。あれは、とてもではないが、戦いとは言えぬ。ただ一方的に、嬲り殺されただけ。

 そう、覚えている。痛みを。屈辱を。絶望を。

 ……倒れた己に刃を向ける、仮面被りの姿を。

 

「ここが……、涅槃、か?」

 

一人呟き、鼻で笑って、頭を振った。涅槃へ逝ける程、悟りを開いたつもりは、ない。さりとて、奈落へ逝く程、腐り切った6年を過ごしたつもりも、ない。となると、仮面被りに殺された妾は、どこへ達したのか?

 

 暗闇に目が慣れ、ようやく、周囲の様子が窺えた。ここ数日で見慣れた、調度品。窓の外には、艦の機能として設定されておる、夜の風景。そして、寝間着をまとった、非戦闘用ボディ。

 彼岸にしては、随分と、俗な場所じゃな。と言うか、ここは、妾の自室ではないか。せっかくならば、家に帰りたかったぞ。

 ……まさかとは思うが、末期(まつご)の夢か? 試しに、己の頬を、抓ってみる。

 

「……痛い」

 

論理的な証拠とは言えぬが、一先ず、夢ではない、と考えよう。では、あの仮面被りとの戦闘が、夢だった?

 

 ……それだけは、絶対に、あり得ぬ。あの絶望、諦観、屈辱、激痛は、夢などではない。

 一体全体、どうなっておる? シオンに従い、ナベリウスへ向かい、一週間前に時間が巻き戻り、仮面被りに殺され、自室で横になっていた。物事の前後が、まるで繋がらぬ。

 

 待て。

 

 仮面被りとの実力差への、"絶望"。

 

 己の生存への、"諦観"。

 

 容易く嬲られた、"屈辱"。

 

 我が身を蹂躙した、"激痛"。

 

 では、死への"恐怖"は、どこにあった?

 

 たったの、6年。それしか、己は生きていないのだぞ。アークスになってからは、夢の足掛かりを得てからは、一週間しか経っておらぬ。だのに、妾は、死を恐れていなかった。生を、諦めていた。

 

 ……そして、あの快楽。

 

 やつの首筋に近付くにつれ、湧き起こり、荒れ狂った、官能の渦。やつの首筋に噛み付き、歯が肉に食い込み、人肉と血の味を感じた瞬間に訪れた、気を遣ってしまいそうな程の、快感。

 確かに、食えたものではなかった。しかし、あの時の妾は、やつの――人の肉を食らう行為に、悦んでいた。

 

「妾は、何なのじゃ……?」

 

 気付いた。気付いてしまった。今際の際にあって、死を欠片も恐れず、受け入れようとしていた己に。禁忌たる人肉食いに、快楽を見出していた己に。

 

 身体が、がたがたと震える。足を縮こまらせ、両肩を掻き抱いたが、震えは、まるで治まってくれぬ。

 

 死を恐れぬ己が、怖い。人の肉を食い千切り、絶頂に至らんとした己が、怖い。己の知らぬ己が、怖い。

 

 

  受け入れよ それも己じゃ

 

 

……黙れ、戯言を抜かすな。そんな己など、認めてたまるか。無茶はすれど、死に怯えぬわけが、あるものか。人の肉を食らうなど、許されるわけが、あるものか。

 

 

  染まったものよのぅ 人の理に

 

 

……黙れ、祟り殺すぞ。妾は、人ぞ。人が、人の理の中で生きるなど、当然であろうが。

 

 

  人とな? 妾は まことに人かや?

 

 

「黙れ、黙れ、黙れぇぇッ!!」

 

芝居がかった声が、酷く、うるさい。耳を塞ぎ、腹の底から叫んだ。しかし、いくら喚こうと、

 

 

  耳を塞ぎ 声を張り上げ

 

  己の声は 消えたかえ?

 

 

「うるさい、うるさい、うるさいッ!」

 

内の声は、妾を苛む。頼む、やめてくれ。妾は、人じゃ。人なのじゃ。

 

 

  良い 良い いずれ 理解出来ようぞ

 

 

「やめてくれ……! やめてくれぇ……っ!」

 

膝に顔を埋め、目をぎゅっと瞑り、ただただ、やめてくれ、やめてくれ、と呻く。己の異常性に気付いてしまった今、妾には、そうする事しか、出来なかった。

 

 

 

 いつしか、声は、消えていた。それでもなお、妾は、真っ暗な部屋の中、寝台の片隅に蹲り、震えていた。

 己が、分からない。現実が、分からない。頭の中がぐちゃぐちゃで、何も、考えられない。

 

「……そ、そうじゃ。シオン、シオンや。出て来ておくれ」

 

藁にも縋る思いで、シオンを呼んだ。あやつなら、きっと、教えてくれる。妾の身に起きた、非現実を。しかし、

 

「……シオン? ど、どうしたのじゃ? なにゆえ、出て来てくれぬ?」

 

待てど暮らせど、シオンは、来ない。

 

「い、今なら、前のような現れ方をしても、怒らぬぞ? じゃから、早う、出て来ておくれ……」

 

震える声で、虚空に向かって呼び掛けるが、返事は、ない。ただ、妾の声が、闇に吸い込まれるのみ。

 

 誰も、いない。この部屋の、この暗闇の中、己は、一人きり。そう自覚した瞬間、涙が、どっと溢れた。

 

 一人が、怖い。

 

 暗闇が、怖い。

 

 己が、怖い。

 

「あ、あぁ……。誰ぞ、誰ぞおらぬのか……?」

 

しゃくり上げながら、夢遊病患者のように、部屋の中を彷徨ったが、このような夜更けに、しかも妾の個室に、人がいるわけがない。しかし、頭では分かっていても、求めた。孤独を紛らわせてくれる、誰かを。妾を癒やしてくれる、誰かを。

 

 

  ひとりぼっちは いやじゃ

 

 

 幼い声が、心の中で、訴える。

 

 

  さむいのは いやじゃ

 

  ぬくもりが ほしいのじゃ

 

 

「温もり……。人の温かさ……」

 

人肉を食んでおきながら、人の温もりを求める。どうしようもない、矛盾。じゃが、今の己が欲するものは、幼い声が欲するものと、悲しい程に、一致していた。

 覚束ない手で端末を取り出し、連絡先一覧を表示。このような時間に連絡を入れるなど、本来ならば、迷惑甚だしい。しかし、それを考えられるような余裕は、今の妾には、なかった。

 

* * *

 

 遅番から自室に戻り、時計を確認すると、すっかり日付が変わっていた。夕方に、フランカさんの所で買ったサンドイッチを食べたきりで、お腹も空いている。夜中だけど、何か軽く食べてから、お風呂で埃を落として、寝るとしよう。

 重い装甲を外し、カバーパーツを取り付けていると、端末に、通信が入った。こんな時間だ。何か、緊急の招集だろうか。ともかく、出ないと。

 

「はい、フーリエです」

 

相手も確認せずに双方向回線を繋ぎ、ウィンドゥに映った相手に、驚いた。

 

「えっ、楓ちゃん……?」

 

俯き気味で、顔はよく見えない。けれど、あのさらさらで、艶のある金髪は、見間違えようもない。名前を呼ぶと、楓ちゃんは、無言のままで、小さく頷いた。

 

「何だか、元気がないみたいですけど、どうしたんですか?」

 

 様子が、おかしい。まず、楓ちゃんは、こんな時間に通信したりしない。ちゃんと、相手の迷惑を考えて、動ける子だ。そして、通信が繋がったら繋がったで、昨日の親睦会のように、天真爛漫に、話し掛けてくれるはず。

 なのに、今の楓ちゃんは、黙りこくったまま。とてもじゃないけど、普通じゃない。

 夜更けだろうと、明け方だろうと、関係ない。何かあったのは、確かだ。気を引き締め、楓ちゃんの言葉を、待った。

 

『……あねさま……』

 

ゆっくりと顔を上げ、たどたどしい声で、あねさまと言う楓ちゃん。その目は、虚ろで、真っ赤に充血し、頬には、涙の跡。なのに、浮かべているのは、酷く、ぎこちない笑顔。その笑顔は、今にも崩れそうで。必死に取り繕っているのが、容易に、見て取れた。

 あまりにも、痛々しい。普段の、気丈な姿からは想像出来ない程、弱り切っていた。

 

「楓ちゃん、私の部屋は、分かりますか?」

 

『知らないのじゃ……。お会いしたいのに、あねさまのお部屋が、分からないのじゃ……』

 

迂闊だった。せっかく、五年振りに会えたんだから、部屋のアドレスくらい、教えておくべきだった。触れれば壊れそうな笑顔のまま、首を横に振る楓ちゃんを見ながら、自分の要領の悪さを、呪う。とにかく、直接、会わないと。楓ちゃんの端末に、この部屋のアドレスを送り、さらに部屋の入室許可者に、楓ちゃんを登録した。

 

「今送ったアドレスを、玄関先のテレポーターに入力すれば、私の部屋までひとっ飛びです!」

 

『……ほんと? ほんとに、あねさまのお部屋に、行けるの?』

 

殊更に大きな声で、はい! と答え、力強く、頷いた。すると、僅かに、楓ちゃんの笑顔に、安心の色が浮かんだ。

 

「あ、そうだ! 楓ちゃんの煮付け、久し振りに食べたいなぁ。ごめんなさい、持って来てもらえませんか? それで、一緒に食べましょう!」

 

『……うん、持って行くのじゃ』

 

「はい、楽しみにしてますよ!」

 

通信が、切れた。あの様子だと、多分、すぐにでも来るだろう。それまでに、カバーパーツの取り付けを、済ませておかないと。部屋は……、少しだけ、少しだけ散らかってるけど、大丈夫! 取り外した装甲が、ちょっとばら撒かれてるけど!

 

 ヘルメットパーツを外し、髪を軽く梳いているところで、すっと、玄関が開いた。あれ、思ったより、時間掛かったな、などと考えながら、一旦手を止め、そちらに目を向けて、ぎょっとした。

 ポニーテールを解いた髪は乱れに乱れ、目はウィンドゥで見たままに泣き腫らし、寝間着の浴衣は(はだ)けて、胸元が見えてしまっている。

 そして、小脇に抱えた包み。気晴らしになれば、と思い、一緒に食べようと持ちかけた、煮付けだろう。彼女自身の装いとは裏腹に、とても丁寧に包まれた、それ。そのちぐはぐ振りが、私の認識の甘さを、これでもかと言う程に、責め立てた。

 

「……あねさま、あねさま。楓特性の煮付けを、お持ちしましたぞ。一緒に、食べましょう……」

 

そんな楓ちゃんが、涙を零しながら、それでも精一杯笑顔を作って、包みを掲げて見せた。

 

「楓ちゃん……っ!」

 

彼女に、一体何が起きたのか。私には、知る由もない。だけど、こうしないと、本当に、笑顔だけでなく、楓ちゃん自身も壊れてしまいそうで。私は、楓ちゃんを、抱き締めた。かたん、と、包みが手を離れ、床に落ちる。

 

「……あったかい……。あねさまの、温もりじゃ……」

 

おずおずと、楓ちゃんの手が、私の背に回され、

 

「……うっ、うぅっ……。うあぁ……」

 

そして、私の胸に顔を埋め、泣いた。

 

「……よしよし、もう、大丈夫ですよ。あねさまは、ここにいますよ」

 

泣きじゃくる楓ちゃんの髪を、そっと梳きながら、背中をぽん、ぽん、と、一定のリズムで、優しく叩く。これは、ただ事ではない。ちゃんと、話を聞いてあげないと。

 

 

 

 しばらく経ち、楓ちゃんも、泣き止んでくれた。深夜の来訪をひたすら謝る彼女の唇に、人差し指を当てて微笑み、浴衣の乱れを直してから、椅子に座らせた。

 

「わぁ、美味しそう! ちょっと待ってて下さいね、すぐに盛り付けますから!」

 

包みの中の密閉容器は、幸いな事に、落ちた衝撃で壊れたりは、していなかった。蓋を開けると、煮汁に浸った煮付けが、てらてらと光っている。こんな状況で不謹慎だけど、お腹が、ぐぅ、と鳴ってしまった。

 大皿に煮付けを移し、小皿とフォーク二セットと一緒に、テーブルに運んだ。当時の楓ちゃんは、『オハシ』って言う、二本の細い棒で、器用に摘んで食べてたっけ。私も試したけど、不器用だからか、全然上手くならなかったなぁ。ふふ、何だか、懐かしいや。

 

「それじゃあ、いただきます!」

 

「……いただきます」

 

この、両掌を合わせ、お辞儀をしながらの、食前の挨拶。これは、楓ちゃんから始まった、食材になった動植物への、感謝の気持ちを表す言葉。楓ちゃん自身は、プリセットに入っていたから、と言っていたけど、施設の先生たちも、とても良い言葉だって言って、それから、食事の時の、慣習になったんだったなぁ。訓練校でも、アークスになってからも、誰も言ってなかったから、驚いたのを、今でも覚えている。

 

「……ごめんなさい、あねさま。お邪魔だったでしょう?」

 

一口だけ食べ、フォークを置いた楓ちゃんは、もう何度目かも覚えていない、謝罪の言葉を口にした。

 

「そんな、まさか。私だって、さっき戻ったところですよ。それに、私は、楓ちゃんのあねさまですからね。妹が頼ってくれるのは、あねさま冥利に尽きるってものですよ!」

 

胸を、どん、と叩いて、出来るあねさまアピール。と思ったが、

 

「けふっ、けほっ……」

 

力加減を間違えて、むせてしまった。ちょっと、恥ずかしい。すると、くすくすと、小さいながらも、笑ってくれた。

 

「やっと、笑ってくれましたね。落ち着きましたか?」

 

「……あっ、はい。どうにか……」

 

自分が笑った事に、言われてから、気付いたんだろう。慌てて、顔を伏せてしまった。とりあえず、一安心……かな?

 

 以前に増して美味しくなった煮付けを、口に運びながら、考える。楓ちゃんの様子は、尋常ではなかった。

 確かにこの子は、施設にいた頃、ずっと、誰かと一緒にいた。目覚めてすぐは、アレン先生と。それから、私がアークスになるまでは、私を含む、キャストの子たちと。つまり、一人になる時間が、なかった。昨日……日付が変わったから、一昨日か。一昨日は、修了任務で慌ただしくて、今になって、ある程度落ち着いたところで、ホームシックになったのかな。

 ……いや、違う。そんな、単純な話じゃあ、ない。ホームシック程度で、あんな、ヒビだらけのガラス細工みたいになるとは、到底思えない。

 彼女が部屋に来た時は、浴衣の乱れから、心ない誰かに、乱暴をされたのか、とも考えた。が、同種族として、それはあり得ない、と、すぐに否定出来た。キャストには、男女問わず、生殖器官は存在しない。故に、性的暴行を働く意味がない。それに、浴衣を直す際に、それとなく体を検めてみたが、それらしい痕跡は、一切見付からなかった。

 ホームシックでは、ない。乱暴されたわけでも、ない。じゃあ、原因は、何だ? 何が楓ちゃんを、ここまで痛め付けた?

 

「……ねぇ、楓ちゃん。一体、どうしたんですか? 話したくないのなら、何も聞きませんけど……」

 

意を決して尋ねると、肩をびくり、と震わせた。まるで、イタズラを見咎められた子供のよう。やっぱり、触れられたくないのだろうか。

 

 だけど。楓ちゃんは、小皿に残った煮付けを一口で平らげ、大きく深呼吸し、端末を操作し始めた。そして、次々と表れる画面を見ては、溜息をついて、「なるほど……」とか、「これは、助かるな……」とか呟いている。

 

「あねさま」「は、はいっ!?」

 

不意に呼ばれて、上ずった返事になってしまった。うぅ、何だかさっきから、格好がつかない……。

 

「……今日は、2月の22日。間違いありませぬよな?」

 

自分に言い聞かせるような質問だった。私は、頷く。

 

「……まずは、こちらをご覧下さい」

 

手渡された端末に映っていたのは、楓ちゃんの、クラスリミットと、クラススキル。いずれも、昨日、正式にアークスに任命されたとは思えない程のものだった。それこそ、『一週間』は実績を重ねないと、到達出来ないだろう。

 自分の端末を取り出して、楓ちゃんの任務、クエストへの登録履歴を参照した。並んでいたのは、修了任務と、昨日発令された、四つの任務だけ。計算が、合わない。そして――

 

「妾は、一週間後より、参りました」

 

――続く言葉が、私の頭を、真っ白にした。

 

 

 

 信じてはもらえないでしょうが、と、前置きしてから、楓ちゃんは、ぽつり、ぽつり、と語った。

 始まりは、昨日。任命式直後に、謎の女性と接触し、偶然を辿れ、と言う依頼を受けた。なんでも、その時にもらった物に従うと、必ず、書かれている通りの事が、起きるんだとか。その偶然と言うのは、エネミーを討伐した報酬品であったり、特定の場所での誰かとの会話であったり。そして楓ちゃんは、昨日一日で、特に重要な偶然を、全て起こした。

 恐ろしい話、だと思う。私なら、きっと、そのもらった物を、捨てていただろう。人の動きさえもコントロールしているみたいで、何だか、気味が悪いから。

 

「……あやつと話していなければ、妾も、捨てていたでしょうな。捨てられるかは、ともかくとして」

 

「じゃあ、何で……?」

 

「あやつを信じても良い。そう、感じたから。……口車に乗せられた、とも言いますが」

 

茶化して、苦笑する楓ちゃん。そっか。この子は昔から、人の見極めが、誰よりも上手いんだった。そして、困っている人は、絶対に見捨てない。だから、その女性の依頼を、引き受けたんだろう。

 

「特に重要な偶事――あやつは、鍵と言っていましたな。それらを集め終えたら、2月27日まで、己を鍛えてくれ、と」

 

 たった一日とは思えないくらいに、クラスリミットの緩和と、スキルの習得が成されていたのは、そんな理由があったのか。合点が行った。

 それから、時間が経ち、2月27日。女性に頼まれ、ナベリウスへと降下すると、修了任務、ダーカー大量発生まで、時間が巻き戻った。そこで、助けを求める声と、何かを探す声を聞いた、と。

 

「それって、もしかして、オーザさんが言ってた子ですか?」

 

「えぇ。間違いありませぬ。修了任務時に発見した者の証言とも、特徴が一致しましたゆえ」

 

「と言う事は、保護出来たんですね! 良かったぁ……」

 

朗報を聞き、思わず、背もたれに寄り掛かった。背もたれが、めきり、と、嫌な音を立てた。おっと、危ない、危ない。

 

「あ、あの、あねさま。お喜びのところ、申し訳ないのですが……」

 

「おぉっと、はいはい、何でしょう?」

 

何だか、ばつの悪そうな顔をした楓ちゃん。言葉も、何だか、歯切れが悪い。

 

「つかぬ事を伺いますが、もしや、妾の話を、全て信じておられるのですか?」

 

「へ?」

 

「いえ、信じて頂けるのは、妾も嬉しいのですが、その……」

 

「じゃあ、逆に聞きますよ? ここまでのお話は、全部、嘘だったんですか?」

 

「断じて違います! 妾が、あねさまに嘘をつくなど……!」

 

「ほら、やっぱり」

 

声を荒げた楓ちゃんに、笑って見せた。私が、楓ちゃんのお話を、疑うわけがないじゃないですか。

 

「だって、楓ちゃんは、私に嘘をついた事なんて、ありませんからね。まぁ、冗談は、何度かありましたけど」

 

それに、楓ちゃんなら、そんな顔をした人の話を、疑ったりしない。だから、私も、最初から真面目に聞いていた。

 

「あ、ありがとうございます……」

 

「どういたしまして。それで、その女の子は、どうなったんですか? 何で、ナベリウスにいたんでしょうね?」

 

 頬を赤らめて礼を言う楓ちゃんに、続きをせがんだ。民間人にせよ、アークスにせよ、修了任務の只中で倒れているなんて、前代未聞だろう。

 

「あの娘がどうなったか……、それは、分かりませぬ。保護した後、妾は、殺されましたゆえ……」

 

「え……?」

 

「コフィー殿から、仮面被りの話は、聞いておりませぬか?」

 

 仮面被り。夕方過ぎに、要救助者に関する追加情報と共に通達された、警戒情報。遭遇した場合には、即時の撤退が推奨されていたが、まさか、交戦したのだろうか?

 

「女の子の発見地点が、袋小路でしたので、已む無く。これは、信じられないでしょう? 死んだはずの人間が、あねさまと煮付けをつつく、など」

 

青褪めた顔で、自嘲するように笑う楓ちゃん。

 

「……妾も信じられませぬ。妾は確かに致命傷を負った。倒れた妾の傍らにやつが立った。だのに目が覚めると自室の寝台に寝ておった……」

 

ぶつぶつと、早口で捲し立てる。

 

「……一週間前に戻りそこで死んだと思ったら今度は二日後。時間の勘定も合わぬではないか。そも今はどの修了任務の二日後なのじゃ? ここはどこなのじゃ……?」

 

瞳が、流れる涙に光を奪われたように、輝きを失い――

 

「……なにゆえ妾は死を受け入れた。なにゆえ妾は死を恐れなかった。なにゆえ妾は生を諦めた……」

 

何かに怯えるように、耳を塞ぎ――

 

「……妾は人の肉など食らいとうない。悦んでなどおらぬ。妾は人間じゃ。人間なのじゃ……」

 

椅子の上で体を縮こまらせて、がたがたと震え――

 

「……やめてくれ。やめてくれ。妾は、妾は――」

 

不意に、楓ちゃんが、動きを止めた。あまりにも、唐突に。あまりにも、不自然に。一切の動きを、止めた。

 

「――あねさま」

 

私を呼ぶ声は、あどけない。しかし、私に向けられた顔は、無表情。まるで、仮面を被っているかのようで。気圧された私は、言葉を、返せなかった。

 

「わらわは、なんなのじゃ……?」

 

悲しげな問いを投げ掛け、ぐりん、と白目を剥き、楓ちゃんは、椅子から床に崩折れた。

 

「楓ちゃんっ!?」

 

駆け寄って上半身を抱き起こしたが、ただ、

 

 ――さみしい……、一人は、嫌じゃ……

 

と、うわ言を繰り返すだけだった。




フーリエは銀髪のイメージです。何故か分からないけど、緑の瞳には、銀髪が似合う気がしましたので。また、装甲を外したランクス一式は、レオタードを着たメカ娘って感じです。キャストベースやキャストインナーとは、また別ですね。


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幕間三 内なる誰か

伏せ字が多数ありますが、現時点では出せない内容です。また、あまりPSO2らしい内容ではありません。併せて、ご了承下さい。


* * *

 

 静かな、草原。太陽は姿を隠し、辺りを支配するのは、満月の光。虫の声さえ、聞こえない。

 

 人が、倒れている。若い男性。精悍な顔付きと、常人離れした、逞しい体。

 

 人が、立っている。若い女性。妖艶な顔付きと、人間離れした、艶かしい体。

 

 ――……おれを、**か?

 

男性に問われ、女性は静かに、首を横に振った。

 

 ――……そなたに**れるなら、本望だ。一思いに、**てくれ。

 

男性の胸には、刃物で貫かれたような傷があった。とめどなく噴き出す鮮血が、彼の命が、もう長くはない事を、物語る。

 

 ――……しかし、叶うならば、そなたの舞を、もう一度、見たかった。

 

男性は、そう言って、微笑んだ。

 

 風景が、乱れた。その乱れが収まると、女性の目の前には、青く揺れる、炎。

 

 ――共に、舞うか?

 

女性が問うと、風もないのに、炎が、一際大きく揺れた。

 

 ――ふふ、助平め。(たこ)うつくぞ?

 

潤んだ赤い瞳が、月明かりを受け、妖しく輝く。蠱惑的な笑みを浮かべ、女性は衣服を全て脱ぎ捨て、産まれたままの姿を晒した。広げられた扇子は、染み一つない、純白。

 

 くるり、くるり。女性は、舞う。静寂と、夜の帳の中で。真紅と黄金が、息を呑む程に、この世の物と思えぬ程に、美しく、尾を引く。

 

 くるり、くるり。青い炎も、舞う。女性の、白磁を思わせる肌を、青く照らしながら。戯れるように、愛撫するように。

 

 青い炎は、時が経つにつれ、薄く、小さくなる。ちら、と見やり、女性は、瞳を閉じた。それでも、舞は続く。所作は、翳る事なく。むしろ、より激しさを増して。青い炎も、それに付き従う。例え、薄く、小さくなろうとも。

 

 舞は、いよいよ佳境を迎えた。女性の顔は上気し、悩ましい吐息が、幾度も口から漏れ出る。朱色に染まった肌を伝う汗が、ぽたり、ぽたりと、足元を濡らす。金色が、鋭い弧を描く。

 共にある青い炎は、目に見えて、動きが鈍くなった。それでも、懸命に追い縋る。時に、女性の、振り抜かれた指先に灯り。時に、女性の肌を、滑るように這い。

 

 ぱちん。小気味良い音と共に、舞が、終わる。天上へ向けられた、閉じた扇子の先に、炎は、あった。その姿は、霞と見紛う程に、希薄。小指の爪程に、矮小。しかし、確かに、そこにあった。

 小さな炎が、小さく、小さく揺れた。それを見届けた女性は、刹那、悲しげな顔をして、

 

 ――……名前など、ない。有象無象は、**だの、**だのと、呼んでおったがの。

 

と、つまらなそうに答えた。

 

 ――……そのうつくしき****と、もえるようなひとみ……。

 

炎が、大きく燃え上がり、人の形をとった。その姿は、先程倒れていた屈強な男性と、瓜二つ。男性を象った炎は、はにかんだように笑い、

 

 ――……そなたのなは、***。おれからの、おくりものだ。

 

と言い遺して、満天の星空へと、吸い込まれた。

 

 さぁ、と風が吹き、草花を揺らした。そのざわめきの中、残された女性の目尻には、一粒の涙が、頭上の星々のごとく、輝く。

 

 ――逢瀬の代価が、名前、か。全く。勘定が、合わぬではないか。

 

いつの間にやら、女性は、衣をまとっていた。そっと、扇子を広げると、純白の扇面は、すっかり様変わりし、秋の彩――色鮮やかな紅葉になっていた。女性は、嬉しそうに一つ笑い、ぱちん、と閉じる。

 

 ――染められてしもうたのぅ。であるならば、この名と、扇子。最期の時まで、大切にしようぞ。それが対価で、構わぬか?

 

 一夜限りの舞台に背を向け、歩く。二人きりの宴は、これにてしまい。後に残るは、藍色の静寂(しじま)のみ。それで、良い。ここを知るは、己一人。それで、良いのだ。

 しかし。ふと、足を止め、振り返る。おもむろに正座し、地に三つ指をついて、一礼。そして、今度こそ、立ち止まる事なく、去った。

 

 不自然な程に静まり返っていた草原(舞台)は、にわかに、虫たちの合唱(次の演目)に包まれた。果たして、この舞台の主演は、誰だったのだろう。幻想的な舞を披露した、あの男女なのか。求愛の声を届けんとする、虫たちなのか。

 ただ一つ、確かなのは。この舞台に立った者は、いずれも、己の命を燃やしていた、と言う事だ。

 

* * *

 

 木々の間を、女性が、駆ける。結われた金色が、軌跡を描くように、靡く。夜の闇を裂く黄金の軌跡は、土埃にまみれ、くすんでもなお、言葉に出来ぬ程に美しく。だからこそ、

 

 ――いたぞ、矢を放て!

 

 ――回り込め! あの**め、思うた以上に、足が速い!

 

彼女を追う者たちの、格好の目印となっていた。

 

 女性の衣服は、襤褸と変わりない程に、傷つき、汚れていた。切り裂かれ、穴が空き、泥まみれ血まみれ。履物は、とうに鼻緒が切れ、用を成さなくなった。それでも、意に介さず、ただ、走る。否。意に介する余裕など、あるはずもない。

 

 女性の行く先は、暗い。新月の晩、深い森の中。先はおろか、足元さえも、ろくに見えない。

 だと言うのに、背後は、昼かと思う程に、明るい。追手の男たちが掲げる松明が、煌々と、周囲を照らしているのだ。振り向けば、多少離れていようと、彼らの表情が、はっきりと分かる。

 憤怒。恐怖。不安。彼らは、それらを綯い混ぜにした、さながら鬼のごとく、悍けの走る表情を、顔に貼り付けている。例え、己の肉親を殺した仇敵を前にしたとて、ああはならぬだろう。

 

 射掛けられた矢が、女性の頬を、掠めた。浅く裂けた頬から、つつ、と、血が流れる。それでも女性は、舌でもって血を一舐めし、袖で乱暴に傷を拭って、足を緩めずに、走り続ける。追手に捕まった先を思えば、頬の傷を意に介す必要など、あろうはずもない。

 

 獣道を、明かりもなく走った故の、必然か。女性は、窪みに足を取られ、転んだ。好機とばかりに、追手の一人が松明を捨て、腰の刀を抜き、飛び掛かった。大上段に振り上げられた刀身が、打ち捨てられた松明の炎を受け、妖しく輝く。

 

 ――**、討ち取ったりぃぃ!

 

勇ましい怒鳴り声が、耳朶を震わせる。狂気と狂喜を孕んだ視線が、女性の、紅玉を想起させる瞳と合わさり――

 

 ――警告は、したはずぞッ!

 

転んだはずの女性が、閃光もかくやという速さで、男の懐に入り、その胸目掛け、右腕を突き出していた。

 

 ――ごぼ……っ!?

 

胴鎧ごと、体を易々と貫かれた男は、盛大に吐血した。その背中から姿を見せたのは、血と臓器片にまみれた、****。腕を引き抜くと、男は、膝から崩れ落ち、ぴくぴくと痙攣して、息絶えた。

 *に付いた血と臓器片を振り払う間に、女性は、他の追手たちに、取り囲まれていた。いずれも、刀を片手で持ち、もう一方の手には、松明が握られている。

 

 ――……言うたはずよな。貴様らは、**に値せぬ。無益な殺生は好まぬゆえ、疾く失せよ、と。

 

目を細め、男たちを睨め付ける。女性と目が合うと、男たちは、一歩下がった。

 

 ――ふん。ここまで追っていながら、女子に睨まれて、引き下がるか、腰抜け共め。ほれ、疾く往ね。

 

揺れる松明の炎が、男たちの顔に、複雑な影を映す。その影の下で、彼らは、憎々しげな顔を見せ――そして、にやり、と笑った。

 

 女性の体が、大きく、びくん、と跳ねた。目を見開き、己の体を見ると、左の脇腹に、矢が突き刺さっている。

 

 ――ぐ……っ。ど、どこから……?

 

疑問が、口を衝いて出た。だが、この刺さり方なら、考えるまでもない。正面だ。

 刀を抜いておきながら、男たちは、松明を捨てなかった。その目的は、照明の確保に他ならない。ただし、自分たちではなく、後方の弓兵の為に。弓兵が、目標を狙撃出来るよう。女性の目を、明るさに慣れさせ、暗闇に潜む弓兵を、見付けられないよう。そして、一歩下がったのは、囲みを緩めて、射線を通す為に。

 追手たちの意図に気付き、女性は、一際大きな犬歯を剥き、歯軋りした。

 

 ――小賢しい真似を……ぐぅっ!?

 

悪態をつこうとしたが、その声は、呻きに変わった。二本目の矢が、左の太ももを貫いたのだ。その痛みに、女性は堪らず、膝を突いた。

 

 ――今じゃ、殺してしまえ!

 

 ――この**め、首を刎ねてくれようぞ!

 

 ――平穏を乱す**め、死ね! 死ねぇい!

 

松明を投げ捨て、刀を両手で握り、男たちが、女性へ殺到した。涎を撒き散らし、女性を罵る言葉は、憎悪にまみれ、表情は、溢れんばかりの殺意に、歪んでいる。

 

 そして、幾本もの刃が、女性に突き立てられた。

 

呆然とした様子で、刃を受けた女性。男たちの顔は、歓喜に染まり――すぐに、首を傾げた。

 

 ――何じゃ? 手応えが、ないぞ?

 

 ――お、おい! 見よ、**が!

 

一人の男が、異変に気付いた。全身を貫かれたと言うのに、今なお、女性は、顔色一つ変えず。血の一滴も、流れず。そして、男たちの目の前で、女性は、闇に溶け込むように、消え失せた。

 

 ――幻術か、いつの間に!?

 

 ――えぇい、面妖な! 各々方、灯りを持たれよ!

 

 ――血が、あちらへ伸びておるな。今度こそ、仕留めましょうぞ!

 

 刀を納めた男たちを先頭に、追手の一団が、点々と続く血痕を、追う。手負いの獲物に、舌なめずりしながら。首を持ち帰り、屋敷で飲む勝利の美酒に、想いを馳せながら。

 

 最後尾の者の背後で、血痕が、忽然と消えて行く事に、気付かぬまま。

 

 

 

 女性は、男たちに、二つの幻を見せていた。一つは、凶刃に晒される、己の姿。もう一つは、逃げ道を示す、血痕。彼らは、一つ目の幻で、女性の姿を見失い、二つ目の幻で、あらぬ方向へと進んだ。お陰で、追跡から開放され、女性の心には、いくらかの余裕が生まれていた。

 とは言え。脇腹と太ももに矢を受けたのは、事実であり。女性は、左足を引き摺り、木々に手を掛けながら、暗闇の中を歩いていた。下手に抜けば、鏃の返しで、余計に傷を負う。今は衣に滲む程度に収まっている出血も、酷くなる。故に、刺さった矢は、そのまま。

 疲労と、痛み。二つの苦痛が、彼女の呼吸を、荒くしていた。身体を支える右足は、ぶるぶると震え、今にも崩れ落ちそうで。木に掛けられる細腕も、やはり頼りなく。それでも、歩く。歯を食いしばり、片一方の手で、懐にある物を、握り締めながら。

 

 喉の乾きを、覚えたのだろう。女性は、その場に屈み込んだ。そこにあったのは、人の頭程の大きさの、水溜り。陽の光も差さぬ、鬱蒼とした森の中。小動物さえも、この辺りには、足を運ばないのだろうか。その水溜りは、それなりに長く、踏み付けられて濁る事もなく、ここにあったらしい。水溜りとは思えないくらいに、澄んでいた。

 顔を近付けようとして、女性は、躊躇いを見せた。追われる境遇にあっても、水溜りを舐めるなど、屈辱と感じたのだろうか。しかし、それも一瞬。髪を掻き上げ、舌を伸ばす。水面に映る、恥辱にまみれた姿を見たくない故か、その目は、固く閉ざされていた。

 五感の内、いずれか一つが失われると、それを補う為に、残った感覚が鋭くなる、と聞く。自ら視覚を閉じた彼女の耳が、ぴくり、と動いた。今まさに、水面に届こうとしていた舌が、止まる。

 

 ――この音は……。

 

瞼に込めた力を緩め、しかし視界を得ぬまま、顔を上げた。衣擦れの音さえも立てぬよう、ゆっくり、静かに、首を巡らせる。

 ある程度の方角が定まったのか、女性は、耳に手を当てた。そして、

 

 ――……やはり、水の音。ちと遠いが、川が流れておる……。

 

その音の源を、突き止めた。

 川ならば、綺麗な水が、いくらでも飲める。身体に付いた泥や血も、存分に洗い流せる。かような水溜りを前に、苦悩する必要など、屈辱に耐える必要など、ない。

 痛む脇腹と太ももに鞭を打ち、立ち上がる。もう一度、耳を澄ませて、方角を確認。一つ頷いて、また、歩き始めた。先程までよりも、心持ち、足取りが軽く見えた。

 

 少し歩いては、耳を(そばだ)てて、見当違いの方向に進んでいないか、確かめつつ。女性は、逸る気持ちを抑えながら、歩いた。時折、傷口の痛みに、顔を顰めながら。

 やがて、水の音は、耳を澄まさずとも、聞こえるようになった。相変わらず、その音は遠いが、それでも確実に、近付いている。

 

 ――水辺に着いたら、まずは、水をたらふく、飲みたいのぅ。そして、この忌々しい矢を、引っこ抜いて、水浴びと洒落込むか。傷は、衣を裂いて縛り上げれば、問題なかろうて。

 

楽しげに、女性が呟く。無理もない。ここまで、その身に矢を受けながらも、命懸けで逃げ延びたのだ。追手も、彼方へと行ってしまった。心に、希望が芽生えるのも、当然と言えよう。

 

 しかし。それでも彼女は、気を抜くべきではなかった。新月の下、星明かりさえ届かぬ、森の奥深く。警戒すべきは、追手だけではないのだ。

 踏み出した足は、地に着かなかった。先のような、窪みではない。地面その物が、そこになかった。

 

 ――しまっ……。

 

己の迂闊を呪う声が、女性の口から漏れた。だが、もう、遅い。

 単純明快。一寸先も見えぬ、暗闇の中。彼女は、川の音だけを頼りに、進んでいた。そして、追手からの開放で、彼女の心は、浮足立っていた。故に、注意を怠ってしまったのだ。

 

 女性は、崖面を、転がり落ちる。剥き出しの岩にぶつかり、擦りながら。何かに掴まる事も、出来ぬまま。そして、一際大きな岩にぶつかり、盛大に跳ねた。女性は、成す術もなく、宙に投げ出される。落ちた先は、彼女が求めた、川であった。否。川と言うには、語弊がある。

 それは、荒れ狂う急流だった。その勢いは相当なもので、女性の身体は、あっという間に、飲み込まれ、押し流されて行く。

 川岸に辿り着こうと、女性は、必死に藻掻いた。だが、自然とは、慈悲の心など、持ち合わせぬもの。押し寄せる大量の水に、女性は、体力を奪われ、そう長く時を経ぬ内に、意識を手放した。

 

 風景が、また、乱れた。

 

 

 

 こつん。頭頂部への軽い痛みで、女性は、意識を取り戻した。薄っすらと目を開けると、そこに広がっていたのは、満天の星空。(夜空の花形)が、姿を隠しているからだろう。星々は、存分に、その輝きを誇示していた。

 身を起こそうとして、女性は、思い切り、顔を歪めた。崖から転げ落ち、急流に放り出され、その中で、流れにもみくちゃにされたのだ。全身の痛みは、それ以前の比ではないだろう。

 それでも、どうにか上体を起こし、辺りを見渡す。流される間に、あの暗い森を抜けたらしい。川は、女性の膝程の深さで、穏やかに流れている。その流れに漂っていたところで、川底から突き出していた岩に、頭をぶつけたようだ。

 川岸の一方は、相変わらずの崖面。だが、横穴がある。自然に出来た物なのか、それとも、誰かが掘った物なのか。いずれにせよ、雨風を凌ぎ、身を隠すには、丁度良い。もう一方は、やや隙間の目立つ、木立。雑然と並ぶ木々は、身を隠しつつ歩くには、不向きに思える。

 

 一通り、身の周りを確認し終えると、次に女性は、己の身体に、目を落とした。痛むのは確かだが、骨折や、重傷は、負っていない。恐らく、崖を転がり落ちる際、上手く衝撃が、分散してくれたのだろう。不幸中の幸い、と言える。細かな傷は増えたが、さしたる問題ではない。

 刺さったままだった矢は、転落の最中にか、それとも流されている最中にか、鏃の辺りが、折れてしまっている。抜くには、都合が良い。手間が一つ、減ってくれた。

 そして、左手に持つ、細長い革袋。意識を失ってなお、女性は、ここまで手放さなかった。きつく縛った紐を解き、中身を取り出す。広げると、季節外れの紅葉が顔を見せ、彼女は、安堵の吐息を漏らした。

 

 苦痛に耐えながら矢を抜き、ぼろぼろの衣を手に、川辺に屈んだ。水を掬い、身体の泥や血を、洗い落とす。冷たい水が、傷口に容赦なく沁みたが、それが、目覚めたばかりの彼女の意識を、よりはっきりとさせた。

 よく洗った衣の裾を裂き、脇腹と太ももの矢傷を縛って、簡単な止血とした。『出血はほとんどない』が、用心に越した事は、ない。それに、血の匂いを嗅ぎ付けた獣に来られるのも、面倒な話だ。

 

 どうせ見る者もおらぬ、とばかりに、乳房も局部も隠さず、女性は、扇子を片手に、横穴に踏み入る。それ程深くない穴は、星明かりでも、おぼろげではあるが、中の様子が窺えた。割れた桶の中に積み重なった、欠けた茶碗と、不揃いの箸。その傍にある手桶は、底が抜けてしまっている。いずれも、すっかり朽ちていたが、微かながら、生活の匂いがした。

 そして、奥。敷かれた茣蓙(ござ)で、ここの主が、眠っていた。襤褸をまとった、骸骨。骨の風化具合からして、恐らく、相当な時間が、経っているだろう。

 

 ――済まぬが、間借りさせてもらうぞ。

 

これと言って、死者への敬意を感じない言葉。しかし、どこか、気が咎めたのか。女性は、茣蓙から離れた壁に、寄り掛かるように座った。

 所在なげに、骸を見やる。すると、不思議な事に、疑問が、次々と湧いた。この骸は、世捨て人なのだろうか。なぜ、ここに住んでいたのか。ここに来るまでに、どんな経緯があったのか。ここの暮らしで、何を考えたのか。親や伴侶は、どうしたのか。

 

 一人で、寂しくなかったのだろうか。

 

 最期の時も、孤独だったのだろうか。

 

 かちかち、かちかち。横穴に、歯の打ち合う音が、響いた。鳴らしているのは、無論、横たわる骸骨ではない。膝を抱えて座る、女性だ。まるで、冬場の寒空の下にいるように、肩を、口を震わせている。

 覚束ない手付きで、扇子を開いた。扇面を、愛おしそうに、穴が空くほど見つめる女性。

 

 ――……妾には、そなたからもらった、名前がある。そなたに染められた、これがある。妾には、そなたがおる。そなたは、妾と共にある。妾は、一人ではない。孤独では、ない……。

 

己に言い聞かせるように、呟く。繰り返し、繰り返し。そうしている内に、少しずつ、震えが、治まっていく。

 

 やがて、女性は、平静を取り戻した。扇子を閉じ、豊かな双丘の谷間へ、押し込むように抱いて、その場に横になる。金糸が、ばらりと、色気のない土の上に広がり、間を置かず、静かな寝息だけが、横穴の音となった。

 

 

 

 翌日。女性は、横穴の中で、割れた桶を前に、立っていた。その中に収まっているのは、茣蓙で眠っていた、横穴の主。風化が著しく、ほとんど原型を留めていない。

 

 ――妾には、ここまでしてやる義理はない。せいぜい、間借りした恩があるくらいじゃ。じゃが、そなたなら、きっと、こうしたであろうな……。

 

片手には、手頃な大きさの石。もう一方の手には、扇子。その扇子に、いかにも不満げな顔を作り、語り掛けた。

 

 ――……妾とて、寝床がないのは、我慢出来ぬゆえな。仕方なくじゃぞ、仕方なく。

 

口を尖らせながら、女性は、石でもって、土を掘る。ざくざく、ざくざく。どういうわけか、痛む素振りも見せず。時折、減らず口を叩きながら。

 汗の一つもかかず、息も上がらぬうちに、十分な大きさの穴が開いた。ふぅ、と一息つき、石を投げ捨てる。

 

 ――狭苦しいじゃろうが、構わぬな?

 

誰にともなく、女性は言い、桶を抱えた。これ以上、骸骨が崩れぬよう、ゆっくりと運び、穴の底に静置。仕上げに、掘り出した土を戻し、骸骨を、埋めた。

 こんもりと盛られた土を、片手で二度、軽く叩き、立ち上がる。一宿の恩は、返した、とでも言うのか。彼女の顔は、埋めた骸骨への興味を、失っていた。

 

 

 

 その晩。欠けた茶碗で水を啜りながら、女性は、月を眺めていた。ほんの僅か、輪郭が見える程度。それでも、彼女は満足げだった。

 

 ――……ふん。まだ、彷徨っておったのか。

 

女性の声に応えるように、青い炎が、隣に現れた。音もなく、ゆらゆらと揺れる炎に、しかし女性は、まるで動じず、茶碗で、川の水を掬った。

 

 ――自縛、か。そうさな、一人で、こんな僻地に暮らしておっては、気付かぬのも、道理かも知れぬな。

 

一口飲んでから、お主もどうだ、と、茶碗を置いた。炎は揺らめき、女性は、目を閉じる。

 

 ――妻を亡くし、放浪の果て、ここへ流れ着いた。なるほど、妾と、同じよの。かかか。

 

けらけらと笑う、女性。

 

 ――……妾は、愛する者を、**た。そして、色々とあって、都を追われたのよ。……ん? この扇子か? 妾の、自前じゃよ。染め上げたのは、あやつじゃがな。

 

この女性は、これ程、饒舌だったであろうか。炎への同情や憐憫か、似た境遇に親近感を覚えたか、はたまた、単なる気まぐれか。いずれにせよ、今宵の女性は、舌が、よく回った。

 

 時が過ぎ、炎は、徐々に小さく、薄くなっていった。それは、女性と炎の、語らいの時間が、終わりを迎える合図。

 

 ――……そうか、そろそろ、逝くか。まぁ、良い。これでこの横穴は、正真正銘、妾とあやつの、愛の巣になるでな。

 

茶碗の水を飲み干してから、女性は、意地の悪そうに笑った。

 

 ――おぉ、そうじゃ。お主、妾の裸体を、見たな? これは、彼岸へ逝く前に、見物料をもらわねば、のぅ?

 

女性自ら、肌を晒しておいて、謝礼も何も、あったものではない。実に、自分勝手で、無茶な話である。

 しかし。薄明かりの下故の、錯覚か。嫌らしげな顔に、一抹の寂寥が見えるのは、気のせいだろうか。

 炎は、静かに燃える。不思議な事に、その様子に、何かを考え込む人の姿が、重なって見えた。これこそ、錯覚であろう。だが、なぜだか妙に、そうと割り切れなかった。

 

 ――……壁の瓢箪、じゃと? ほぅ、それをくれる、とな。

 

しばし堪えよ、出来るな? と、これまた勝手を言い、足早に横穴へと入る、女性。茣蓙の辺りの壁を検めると、なるほど、ほんの少し突き出た岩に、紐を括り付けた瓢箪が、掛けられていた。栓の封は、成されたままだが、ぼろぼろになっていて、今にも千切れそうだ。

 川辺に戻り、炎に向けて、掲げて見せた。すると、炎は、人の顔程の大きさに燃え上がり、その中に、好々爺然とした翁の顔が、浮かんだ。

 

 ――おきにめされると、よいのですが。

 

優しい笑みの翁に、女性は、

 

 ――ふん。開けてみるまで、分からぬさ。

 

と、斜に構えたような笑いを返した。随分な態度だが、それでも、翁は、満ち足りたような笑顔のまま。そして、

 

 ――とむらってくれて、ありがとうございます。さみしがりやの、****さま。

 

そう言い遺し、すう、と、夜空に溶けた。

 

 一人、川辺に残された女性。

 

 ――……ふん。**じゃと? 妾は、***ぞ。見縊りおって。

 

瓢箪の封を、指の腹で雑に取り払い、栓を抜く。茶碗に傾けると、琥珀色の液体が、とぷとぷと注がれた。

 

 ――……じゃが、あの翁にだけは、**でいてやろうかの。

 

茶碗を掲げ、

 

 ――寂しがり屋の翁へ。……献杯。

 

しばしの、沈黙。

 微かな月明かりが、川面を照らす晩。短い誄歌(るいか)が、小さく響いた。

 

 

 

 それから、数日。女性は、川辺を発った。『綻び一つない衣と、光沢が眩しい履物』で、『無疵の身体』を包み。肩には、翁の瓢箪を掛け。

 横穴は、無人。女性を見送る者は、誰一人、いない。

 

 否。盛られた土に立つ、僅かに琥珀色に染まった、不格好で、真新しい卒塔婆だけが、彼女の旅立ちを、見送っていた。

 

 日差しが、強い。その眩さに、全てが、塗り潰される。白く、白く、白く――




※お読みになった文章は、出来損ないの最高傑作ーNTの幕間で、間違いございません。


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第十六話 牢獄の中の決意

戦闘描写と同じくらい、心理描写も難しい。作者は脳筋なのに、どうしてこうなった。


 懐かしい。そんな印象を受けた、夢。じゃが、あんな風景は、見た事がない。あんな目に遭うた覚えも、ない。記憶と感覚が、噛み合わない。何とも、不可思議な夢じゃった。

 

「夢、か。ふむ。そう考えるのも、良かろうて」

 

見渡す限り、真っ白な空間。そこに、女性が立っている。紅葉柄の扇子で、口元を隠して。

 

「ここは、どこじゃ?」

 

間の抜けた質問を投げ掛けると、女性は、

 

「そなたが妾を見たのは、夢の中であろう? ならば、ここもまた、夢の中。違うかえ?」

 

と、尤もな答えを返した。

 

「なるほど、道理じゃな。かかか」

 

「うむ、道理じゃよ。かかか」

 

妙に納得が行き、それがおかしくて、笑ってしまう。女性も、釣られたように、笑い出した。

 

「……苦労を、かけるな」

 

 ひとしきり笑った女性が、ぽつり、と言った。

 

「苦労、とは?」

 

「内なる衝動。そして、そなたを苦しめる、声」

 

扇子で隠されているが、苦々しい顔をしているのが、容易に想像出来る、声色。

 

「あれは、妾の一部。そなたに取り憑いた、許されざる*の業」

 

また、雑音。夢の中でも、何かを隠すように、幾度となく鳴った、雑音。

 しかし、業、とな。これはまた、大きく出たものじゃ。夢で見た限りでは、この女性は、追手の男を一人、殺めておった。じゃが、あの状況では、致し方ないとも思える。なにせ、相手は殺意を込めて刀を振り回し、続いた者どもも、躊躇いもせずに、女性を刺し貫いた。経緯は分からぬが、あの場面のみを切り取れば、正当防衛と言えるのではなかろうか?

 

「経緯を知れば、そうとは言えぬよ。あの男どもが、妾を討ち取らんと躍起になっていた理由も、の」

 

むぅ? こやつ、妾の考えを、読んだか? 随分と的確に、返事をくれよった。

 

「かかか。そのような面を、するでない。ここは、夢の中ぞ? 何が起ころうと、不思議ではなかろ?」

 

「まぁ、な。あまり、良い気はせぬが」

 

「性分ゆえ、許しておくれ。詫び、と言うてはなんじゃが、いくつか、そなたに助言しよう。それで、手打ちにしてくれぬか?」

 

不満を隠さずに返すと、女性は、愉快そうに笑った。何とも、難儀な性分じゃな。

 

「その助言とやらを聞いてから、決めよう。利がなければ、損じゃからな」

 

「ほんに、抜け目ないのぅ。まぁ、それくらいの方が、良かろうて」

 

 ぱちん。扇子を閉じた女性が、妾を見る。夢の中だから、などと抜かしておったが、この瞳に見つめられると、心の底まで見透かされておるような、心の防備が自然と解かれるような、そんな感覚を覚える。ちと、居心地が悪い。

 

「あの声に、そなたは人間か、と聞かれたな? 安心せよ。そなたは、人間じゃ」

 

「ほぅ、それは安心じゃな。妾を人間と定義する証があれば、じゃがの」

 

保証もなしに信じる程、妾も、莫迦ではない。あれだけ心を乱されたならば、なおさらな。しかし、女性も、当然の反駁だ、とばかりに、頷いた。

 

「妾の保証……、と言いたいが、納得はせぬじゃろうな。では、こう問おうか。人肉は、美味かったか?」

 

「聞くまでもなかろう。あんな物、二度と味わいたくないわ。だのに、あやつは、極上の甘露、などと言いおった。気でも違うたか?」

 

あの味は、二度と思い出したくない。否。味だけではない。ぬるりとした血の舌触りも、得も言われぬ歯触りも。だと言うのに、頭から、離れてくれぬ。記憶にこびり付いて、じわじわと、己が蝕まれる錯覚すら覚える。

 

「……人は、人を食うようには、出来ておらぬ。同族を食うてはならぬ、とも学ぶ。ゆえに、そなたは人間じゃ。この答えでは、不服かや?」

 

不服は、ない。しかし、新たな疑問は、湧く。この論に従うならば、あの声の主、ひいては、眼前の女性は、もしや……

 

「……察したか。そなたの、考えの通りじゃよ。疑問などと、茶を濁すまでもなく、の」

 

寂しげな顔で、女性が言う。しかし、それも一瞬。先程までの、食えない笑みを、また浮かべた。

 

「そなたが気にする事ではないさ。では、二つ目の助言……いや、これは、助言と言うよりは、お願いじゃな。……あの声を、あまり、嫌わんでやっておくれ」

 

「無理、じゃな」

 

「即答かえ。まぁ、そう来ると思っておったがの」

 

嫌わないでくれ? 土台、無理な話よ。確かに、共感出来る部分も、否定出来ぬ部分も、あった。しかし、先のあれは、拒絶に値する。

 

「そなたの考えも、尤もじゃ。そなたはあの声に、大きく影響されておる。ゆえに、嫌うのも、当然と言えよう」

 

「影響、じゃと? そんなふざけた話が――」

 

「――死への恐怖の欠如。人肉食いの快感。これらは、あの声の主によって、もたらされたもの」

 

「……ッ! それこそ、ふざけておる! そんなものを与えられて、嫌いになるな!? 冗談も、休み休み言えっ!」

 

堪らず、激昂した。夢の中でなければ、警告が、視界を埋め尽くしていたろう。否。あるいは、現実の肉体は、警告を発しておるかも知れぬ。

 

「……あれも、悪意から、そなたに語り掛けておるのではない。そなたを、己と近しい者にする為。己と同じ力を持って欲しいが為に、ああしておるのじゃよ」

 

「そんな物、いらぬ! 真っ平ごめんじゃ! 妾は、人間ぞ! 人外の力なぞ、欲しがるものか!」

 

怒りに任せて、吐き出した。人である事を捨ててまで、欲しい力なぞ――

 

「――仮面被りは、強いぞ」

 

ため息をつき、女性が言った。やつの名前を出され、たじろいでしまう。あの戦闘の――蹂躙の記憶が、頭を過る。

 

「あやつは、人外に、片足を突っ込んでおる。今のそなたでは、勝てぬ。ゆえに、あれは、そなたを唆したのよ」

 

飄々とした様子は、鳴りを潜めた。今の女性は、冷徹な目で、妾を見据えている。その様が、妾の怒りを、一層掻き立てた。

 

「では、お主も言うのか!? 妾に、人の肉を食え、と! 他ならぬ、妾を人間と言うてくれた、お主が!」

 

「それで、仮面被りを打ち倒せるのならば、やむなし。あの女――シオンが言うには、あの娘を助けねば、全てが終わるのであろう?」

 

眉唾と言ってしまえば、それまで。じゃが、妾は、シオンは信ずるに値する、と見た。この世ならざる体験をした。事ここに至り、全ての終わり、などと言う曖昧な結末は、妾の中で、動かねば起こり得る事象となっていた。動かねば、終わる。

 だが、人外の力を以て挑まねば、仮面被りを打倒する事能わず。女性も、言っていた。今の妾では、あやつには、決して勝てぬ、と。現に、一週間程度の鍛練では、まるで足りなかった。仮面被りが、どれ程の修羅場を潜って来たのかは、知らぬ。しかし、確かなのは、付け焼刃では、あやつに到底届かぬ、と言う事。

 

「……最後の助言じゃ。人外の力が欲しいならば、あの声を受け入れ、委ねよ。さすれば、仮面被りを倒し、娘を救えよう。代償は、そなたの、人としての生。人間である事を、捨てよ」

 

 人間である事を、捨てる。全てを存続させる為に、人の世の、人柱となる。

 世界は、続く。人の世は、続く。妾も、その中にある。しかし、境界は、生まれる。人と、人外の境界。妾一人が、境界の外に立つ。

 それは即ち、孤独。人の中にあろうとも、明確な線引きが、妾を孤独にする。それは、決して、消える事はない。

 

「随分と、悩んでおるな。先にも言うた通り、手に取るように分かるぞ。じゃが、ここで結論を出す必要はない。後二、三回死ねば、腹も決まるじゃろうて」

 

女性が、背を見せ、歩き始める。伝える事は、全て伝えた。背中が、そう語っていた。

 

「二、三回死ねば、じゃと? 待て、どう言う事じゃ?」

 

その背中に問うと、女性は足を止め、視線だけを、こちらに寄越した。

 

「何じゃ、気付いておらんのか? 五日後、シオンは再び、そなたの前に現れる。因果が収束している、ナベリウスへ向かってくれ、とな」

 

五日後、2月27日。

欠片が一つ、落ちて来た。

 

「ナベリウスへ行けば、そなたは再び、修了試験の場へと(いざな)われ、そこで娘を発見する。そして、仮面被りに殺され、自室で目を覚ます」

 

あねさまが、言っていた。あの娘は、保護されていない。

また、欠片が一つ、落ちて来た。

 

「そなたは、囚われたのよ。この五日間(牢獄)に。ナベリウスへ行けば、殺される。行かねば、全てが終わる。随分と、素晴らしい選択肢ではないか」

 

では、今は、いつだ。考えるまでもない。今は、最初の修了任務の、二日後。鍵となる偶事を全て拾い終えてから、最初の晩。

次々と落ちる欠片は、組み合わさる。

 

「第三の選択肢。仮面被りを打倒し、娘を助ける。その道を辿るのに、そなたは何度、死ぬのかのぅ?」

 

五日後に、ナベリウスへ行き、2月20日に戻る。そこで死ねば、2月22日まで時間が進む……、いや、鍵を集め終えた日まで、戻る――

欠片は、もう、落ちて来ない――

 

「そなたの心次第、かの? あれは、早うこっちゃ来い、と、思うておるじゃろうが、まぁ、時間は、たっぷりあるでな」

 

――力を、技を、心を。その五日で得た物を、全て引っ提げて。

――欠片は、一つの絵を描いた。

 

 時間など、いらぬ。分かったのならば、選ぼう。他に、道はない。

 

「決めたぞ。進む道も、腹も」

 

女性が、視線だけでなく、体ごと向き直って、妾を見た。

 

「ほぅ……?」

 

「妾は、人間のまま、あの娘を救う。人外の力など、不要じゃ」

 

その女性の瞳を睨み付け、はっきりと、言ってやった。赤い瞳が、すっと細まり、妾を見る。その眼光から、仮面被りのそれに匹敵する程の圧力を感じたが、怯まぬ。ここで怯むのなら、仮面被りに立ち向かうなど、夢のまた夢。

 

「……夢の中だからと言って、寝惚ける必要は、ないのじゃぞ? 言うたよな? 今のそなたでは、あやつには勝てぬ、と」

 

「あぁ、確かに、言うたな。"今の妾"では勝てぬ、と。では、"五日後の妾"なら、どうじゃろうな?」

 

「五日後のそなた、じゃと? ま、待て。そなた、まさか……」

 

「それでは足りぬか? では、十日後なら? 半年後なら? 一年後なら、どうじゃ?」

 

待ったが掛けられた。しかし、待たぬ。構わず、捲し立てる。お主の望んだ、妾からの答えじゃぞ。耳の穴をかっぽじって、よく聞くが良い。

 

「望み通り、死んでやろう。何度でも、何度でも、死んでやろう。己を鍛え、仮面被りと戦い、死んでやろう――」

 

 女性の言葉の中に、答えは、あった。妾は、囚われている。仮面被りを倒さぬ限り、抜け出す事は出来ない。死ねば、2月22日まで、戻される。五日間の鍛練の時間を、与えられる。

 そして、戻されても、得た物はなくならぬ。これは、あねさまのお部屋で、確認した。2月27日までに得た実績、緩和されたクラスリミット、習得したクラススキルは、全てそのまま。言うに及ばず、記憶までも。

 無論、限界はあろう。クラスリミットも、クラススキルも、ナベリウスだけで鍛練するならば、先輩方には、遠く及ばぬ。

 じゃが、経験は、積める。ゼノ殿も、言っていた。戦って、生き残って、更新し続けろ、と。生憎、死を挟む事になるが、仮面被りとの戦闘は、幾度も経験出来る。幾度も更新出来る。

 何と言う、僥倖。何と、恵まれた環境か。過日は、たった六日だと思っておった鍛練の期限が、実際には、無期限だったのだ。

 

「――あやつに、勝てるまで」

 

女性は、黙したまま目を閉じ、扇子で、口元を隠した。そして、静かな口調で、語り掛ける。

 

「一度死んだからと、ヤケになってはおらぬか? 確かに、そなたは、死への恐怖を感じぬ。じゃが、死に至る痛みは、刻まれるのじゃぞ?」

 

「腹は決まった、と言うたろう。それに、痛みの伴わぬ鍛練など、鍛練とは言わぬ」

 

「うつけが……。そも、鍛練で命を落とすものか」

 

「言い方の問題であろう? 自宅に帰るだけじゃよ」

 

あの声の影響が、まさか吉に転ずるとは、思わんかったがな。図らずも、この女性の願いを、聞き入れる事になりそうじゃ。

 

「……何が、吉なものか。あの声を受け入れれば、労せず、仮面被りを倒せる力が、その手に入るのじゃぞ?」

 

先程まで、受け入れろと言っていた女性の声は、弱々しくなっていた。最早、妾を誘い込むのは無理と、悟ったか?

 

「労せず得た力に、何の価値があろうか。そんなものに縋って得た勝利に、何の意味があろうか」

 

「……では、人のまま得る力の価値と、その力で得た勝利の意味は、何ぞや?」

 

ふん。妾の心を、見透かしておるのではなかったのか? そんな事も分からんのか。これでは、どちらがうつけか、分からんのぅ。

 

「人の身で、家族を守る。それが、妾の力の価値であり、勝利の意味じゃよ。人外となっては、全ての終わりを食い止め、家族を守り切っても、共に笑い、共に過ごす事は叶わぬ。それ以外に、何があろうか」

 

「家族、か……」

 

そう呟き、女性はしばし、沈黙した。呆れたのか、怒ったのか、それともまた、別の想いか。目を閉じ、口元を隠した顔からは、感情が読み取れない。

 

「……最後に、問おう。その道は、勘定が合うのか?」

 

「愚問じゃな。合うかどうか、ではないよ」

 

そう。今のままでは、勘定は合わぬ。

 

「本来ならば、妾は、解体されても、何らおかしくなかった。何も知らぬまま、生涯を終えていたかも知れぬ」

 

始まりの記憶の罪は、余りにも大きく。

 

「アレンの……、お父さんのお陰で、妾は、生き永らえた。家族のお陰で、妾は、人として成長出来た」

 

得たものも、余りにも大きく。

 

「だから、その恩に報いる。家族の為ならば、いかな道であろうとも、突き進む」

 

故に、合わせる。身命を賭して。

 

「それには、人の身でなければな。例え守れても、人外の力で成しては、それこそ、勘定が合わぬじゃろう?」

 

瞼の裏に隠された真紅へと、視線を合わせて、啖呵を切った。

 

「……ふん。先程まで、ぴーぴー泣いておったのに、抜かすではないか。力を得るか否か、悩んでいたとは思えぬわ」

 

「6歳児に、何を期待しておるのやら。妾が悩んでおったのは、己が人外の孤独に耐えられるか、それだけじゃ。根底にあるものは、変わらぬよ」

 

「こやつめ、言いよる」

 

 扇子を閉じた女性と、視線を交わす。あの圧力は、もう感じない。

 

「良かろう、好きにせよ。そなたの選んだ道じゃ。妾からは、もう口を出さぬ」

 

「ついでに、あれも黙ってくれると、ありがたいんじゃがな。羽虫が耳元を飛ぶのは、お主も、好ましくなかろう?」

 

「あれは、あれの好きに囁くのみよ。妾からは、干渉出来ぬのだ」

 

何とも、はた迷惑な事じゃな。まぁ、種は割れた。妾の心も、決まった。ならば、囀らせておくのも、また一興か。

 じゃが、あれにも、一言二言、言っておきたい。散々、妾を惑わせてくれたのだ。ここらで、意趣返しと洒落込むかの。

 

「ならば、あれに言伝を頼もうか。直接言うのも、ちと癪に障るでな」

 

「ふむ。まぁ、分からんでもないわ。良かろう、申してみよ」

 

「何じゃ、その上から目線は……。一つ。死への恐怖を奪ってくれた件。……不本意ながら、感謝しておく。お陰で、家族を守る目処が立った」

 

何故、このような事になったのかは、まるで分からぬ。何故、奪えたのか。何故、死への恐怖のみなのか。

 しかし、考えたところで、詮無き事ではある。事実として、妾からは、死への恐怖が、すっぽりと抜け落ちた。であるならば、有効に活用させてもらおう。

 

「二つ。貴様のもたらす快楽には、決して屈さぬ。今後、妾が人を食む事は、二度とない。心しておけ、妾はもう、惑わされぬぞ」

 

快楽を餌に、人肉を食わせたいのだろうが、思い通りになど、なってやるものか。妾は、人として、家族を守る。人外の力なぞ、いらぬ。

 

「分かった、伝えておこう。……さて、そろそろ、夜が開けるな」

 

 ふむ。こうも白一色、しかも夢の中では、夜明けの兆しなど、知るべくもない。しかし、女性が言うならば、そうなのじゃろう。

 

「そなたの選んだ道が、どのような結末を迎えるのか。妾は、ここで見物させてもらおう。見事、人の身で仮面被りを打ち倒すも良し。刀折れ矢尽き、人外の力に手を伸ばすも良し。いずれにせよ、この牢獄からは、抜け出せよう」

 

「ふん。言っておれ」

 

女性の挑発を、鼻で笑い飛ばした。そして、こちらも仕返しに、一言返そうとして、はたと気付く。扇子が、ない。夢の中には、持ち込めなんだか。

 

「扇子なら、ここにあるさ」

 

「何? お主が、持っておるのか?」

 

「いんや、ここじゃよ」

 

女性は、辺りを見渡しながら、ここじゃ、ここじゃ、と言うておるが、要領を得ぬ。第一、ここは、白一色で、他には何も、ないではないか。

 

「かかか。こちらも、楽しみにしておこうかの。ではな、楓」

 

笑いながら、女性が、別れを告げる。その姿が、霞掛かるように、白の中に溶けて行き――

 

 

 

 陽光が瞼を射し、それが、目覚ましとなった。目を擦りながら、むくりと上体を起こす。

 夢から覚めた、と思ったら、また夢の中。何とも、不思議な夢であった。あのような夢だったからか、あまり、眠った気がしない。

 じゃが、収穫は、あった。たった一晩の睡眠欲を犠牲に、価値あるものを、得られた。ならば、この眠気も、何と言う事もない。

 

 夢の中には持ち込めなかった扇子は、アイテムパックの中にあった。安堵の吐息を漏らしながら取り出し、開いてみる。そこにあるのは、やはり、染み一つない、見慣れた、白。

 

「おはようございます。懐かしいですね、それ」

 

 耳元で、あねさまの声。

 

「おはよ……っ!? あ、あねさま!?」

 

驚きのあまり、飛び退いた。そう言えば、ここは、どこじゃ? 確か、あねさまの部屋にお邪魔し、シオンとの経緯を話し、それから……。……それから、どうした?

 見下ろしてみると、寝台の上。そして、隣には、あねさまが横になっている。

 

「アレン先生から聞きましたけど、その扇子、楓ちゃんのカプセルに、一緒に入ってたそうですね。ふふっ、いつも、持ち歩いてましたっけ」

 

「え、えぇ。プリセットに、どう扱うのかが、記録されておりましたゆえ……」

 

妾の混乱をよそに、あねさまは、昔を思い出して、穏やかな笑みを浮かべている。

 寝台の上で、妾は、起きた。その隣で、あねさまが、横になっておられる。これは、つまり?

 

「楓ちゃん、こっちにおいで?」

 

状況を、脳内で整理していると、あねさまに手招きされた。言われるがまま、おずおずと寄ると、肩を掴まれ、がばっ、と引き倒された。

 

「な、なにを!?」

 

戸惑う妾を、あねさまは、抱き寄せた。顔が、丁度、あねさまの胸に収まってしまった。

 

「……ほら、あったかい」

 

しみじみと、あねさまが呟く。柔らかな言葉に、妾は、返す言葉を失った。

 

「楓ちゃんは、人間ですよ。こんなにあったかいのに、人間じゃないなんて、そんなの、嘘です」

 

その言葉で、思い出した。話が進むうちに、また聞こえて来たのだ。妾を、人外の眷属へ加え入れんとする、あの声が。

 夢の中で、話はつけた。己自身も、頭の中では、納得した。しかし、こうしてあねさまの腕に抱かれ、認めて頂けると、心の底から、実感が湧く。妾は、あの家で、家族に囲まれて育った、一人の人間である、と。あのような声は、些事に過ぎぬ、と。

 

「……ありがとうございます、あねさま。そのお言葉で、また、立ち上がれます」

 

あねさまの胸から抜け出し、翡翠色の瞳を見つめながら、己の決意を、口にした。

 もう、大丈夫。妾は、戦える。仮面被りと、何度でも。何度、命を落とそうとも。

 

「何だか、昨夜と違って、良い顔をしてますね」

 

「……? そう、でしょうか?」

 

「えぇ、とっても」

 

己の顔を、ぺたぺたと触ってみるが、よく分からぬ。そんな妾を見て、あねさまは、くすくすと笑った。

 

「きっと、良い夢を見れたんでしょうね。どんな夢だったのかなぁ」

 

「どんな夢か、ですか。ふむ……」

 

聞かれても、説明のしようがない。しかし、これだけは、言える。

 

「色々と、折り合いを付けられる夢だった……。と言ったところでしょうか」

 

きょとん、としたあねさまの頭上に、疑問符が見えた気がする。

 

 夢かどうかさえも、あやふや。女性が見せた幻覚、とも思える。じゃが、いずれにせよ、道は定まった。

 待っておれよ、仮面被り。貴様を叩き伏せ、あの娘を、助けてくれようぞ。

 

* * *

 

 一面の白。その中で、少女が眠っている。長い金髪を、結紐で一つに括り、安らかな寝顔で。

 少女が枕にしているのは、女性の膝。女性は、紅葉柄の扇子で、少女にそよ風を送っている。少女を見る顔は、慈母のように穏やかで、温かさに満ちていた。

 

 ――余計な事を、喋ってくれたのぅ。

 

 女性の傍らに、また別の女性が、音もなく現れた。見れば見る程、座する女性と瓜二つ。しかし、その顔に浮かぶのは、見る者を芯まで凍てつかせんとする、氷の微笑。

 

「はて、何の事やら。それより、もそっと静かにせよ。この子が、起きてしまう」

 

 ――とぼけるでないわ。妾に、時の繰り返しを教えおって。お陰で、妾を**に戻す算段が、全てぱぁ、じゃ。

 

「戻す、じゃと? かかか。たった六年の眠りで、耄碌したか? 楓は、人間として産まれたのじゃぞ? 戻すも何も、あるものか」

 

傍らの女性が、苛立ちを隠そうともせずに、座する女性を睨み付ける。しかし、座する女性は、どこ吹く風、と言った様子で、続ける。

 

「それに、妾が口出しせずとも、楓は、気付いたろうよ」

 

 ――貴様が、夢枕に立たなければ、あのまま取り込めたものを……。口惜しい……。

 

「おぉ、そうじゃ。楓から、言伝を預かっておるぞ」

 

 ――ふん、聞いておったわ。当てこすりのように、礼なぞ言いおって。実に、忌々しい話じゃ。

 

傍らの女性は、激しく舌打ちした。それを、座する女性は、愉快そうに見やる。

 

 一時の沈黙。やがて、傍らの女性は、視線を、眠る少女へと移す。

 

 ――そいつもそいつで、弛んだ寝顔を晒しおって。**としての誇りは、ないのか?

 

「誇りでは、心は満たされぬよ。この子は、楓が一人ではないと知れて、安心したのさ」

 

 ――呑気なものじゃな。妾は、これ程に憔悴しておると言うに……。

 

「などと言う割に、顔が緩んでおるぞ。全く、素直じゃないのぅ……」

 

指摘を受け、傍らの女性は、そっぽを向いた。そのさまが妙におかしくて、女性は、くつくつと笑った。




食人に関しては、諸説ありますね。食べると、致死性の高い病気に罹る、あるいは、特に病気にはならない。味の観点では、美味しい、であったり、不味い、であったり。試そうとも思いませんが。

展開が少々早いですが、あまりぐだぐだ進めるのもあれなので、ご容赦下さい。


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第十七話 希薄な少女

少々、猟奇的な表現が含まれております。ご注意下さい。


 クエストは、任務とは異なる。それを実感したのは、探索範囲を通達された時だった。

 広い。その一言に尽きる。もちろん、ナベリウス全域と比較すれば、米粒程度でしかない。しかし、人間にとっては、踏破するのに数日を要する程、広大。故に、少々嵩張るが、野営道具一式と、予想される期間分の食料を、持ち込まねばならない。アイテムパックに放り込めるので、移動や戦闘に支障はないのが、救いか。

 

 ちなみに、ナベリウスにも海洋があり、クエストの範囲となっている。そちらはそちらで、海洋専門の部隊が、四人パーティ三組、計十二人の編成で充てがわれるが、陸地のクエストと違うのは、各パーティから一人が、探索用の巨大ロボットに搭乗する点。なので正確には、アークス戦闘員九人、探索用ロボット三機の編成だ。

 この探索用ロボットは、フォトンに守られたアークス戦闘員でも活動不可能な地域での、各種サンプル収集を目的に開発された物で、戦闘行為は一切考慮されていない。武装も、連射の利かない自衛用フォトンハンドガンのみ。当たりさえすれば、並のダーカーや侵食体ならば、一発で事足りるが、数で押された場合には、どうしようもない。

 しかし、その耐久性は、折り紙付き。アークス戦闘員が赴けない場所、例えばナベリウス海洋であれば、視界の確保が出来ず、水圧の凄まじい深海や海溝。他の星であれば、恒星の表面や高重力環境下。そのような場所であっても、差し障りなく活動が可能な程に、頑丈に設計されている。また、防御用フォトンも展開されているので、ダーカーや侵食体の攻撃にも、高い耐性を有する。さらに、緊急時の脱出機能には、テレプールの技術が応用されており、搭乗者を高濃度のフォトンが包む事で、安全も確保されている。

 加えて、先述の劣悪な環境下でも、搭載した採集装備で、多種のサンプルを大量に収集可能と、惑星探索に特化したロボットである。

 この機体を運用する場合、随伴するアークス戦闘員は、護衛が主な仕事になる。クエストなのに護衛が仕事なのか、と言う疑問も、もちろんあろう。しかし、これにも理由がある。

 探索用ロボット三機によるサンプル収集効率は、アークス戦闘員十二人のそれを、軽く上回る。だが、建造費も運用費も、同じく上回るのだ。さらに、ダーカー汚染地帯にあって、戦闘能力は、アークス一人を下回る。そんな物を単独で放り込めば、サンプル収集どころではない。故に、生身のアークス戦闘員も随伴し、ロボットを護衛する、というわけだ。

 

 閑話休題。降下地点に面した海洋を見ながら、海洋探索についての基礎知識を、諳んじてみた。何が変わる、と言うわけでもないが。

 

「おーい、相棒! そろそろ行こうぜ!」

 

「ぼやぼやしてると、置いてっちゃうよぉ!」

 

「今回の探索で、例の少女が、見つかると良いんだがな……」

 

それぞれの武器を持った戦友たちが、妾を急かしている。まぁ、考え事をしている余裕は、お互いにない、か。

 

「済まぬ。それでは、参ろうか!」

 

腰に提げたワイヤードランスを握り、彼らに追い付く。呆けている暇はない。僅かでも良い。今この瞬間の己よりも、さらに上を目指さねば。

 

 

 

 あれから――あの夢を見てから、幾度目のナベリウスだろうか。少なくとも、死んだ回数は、五十を超えたか。正確には、覚えていない。そも、数える気がないのだから、十辺りで、すでに曖昧にはなっていた。そして、そのたびに2月22日に戻り、こうしてナベリウスへと降下しているので、その二、三倍と言ったところか。

 殺された回数、ではなく、死んだ回数と表現したのには、理由がある。ここ最近、と言う表現が正しいのかは分からぬが、ある時を境に、仮面被りは、妾を殺さなくなったのだ。

 

「……貴様、何度目だ?」

 

初めてそう聞かれた時は、背筋が冷えた。何者か、ではなく、何度目か。やつは、妾が、この五日間を繰り返しているのを、見破ったのだ。

 やつも、妾と同じく、同じ時を繰り返しているのか、とも考えたが、それはないはず。その回までは、やつは、妾を容赦なく、殺してくれていたのだ。であるならば、十も重ねぬ内に、気付いていたろう。

 理由は、妾の動き、であろうか。鍛練を積み、観察し続け、どうにか、やつの攻撃に対し、反応出来るようになった。とは言え、馬鹿正直に防御すれば、武器が破壊されるのは変わらず。故に回避せねばならんが、その動作は、無様の一言。それでも、初遭遇に比べれば、まだましではあるが。

 それに付随して、疑問も湧く。なぜやつは、妾が新人である、と気付いたのだろうか。あの言葉は、決して、ベテランを評する言葉ではない。妾が新人である事を知った上での発言としか、思えぬ。内通者がいるのか? それとも、巧妙に正体を隠したアークス戦闘員か?

 一時は、内通者あるいは裏切者の線で、コフィー殿に提言しようとした。が、すぐに思い止まった。この件を話せば、妾が、同じ時間を繰り返している事を、芋づる式に話さねばならなくなるかも知れぬ。そんな事になれば、精神異常者として、フィリア殿の世話にならねばならなくなる。

 また、別の懸念として、妾のクラスリミットや、クラススキルが持ち上がった。元より他者の実績に関する情報の閲覧権を持たない戦闘員はともかく、上層部や、管理官であるコフィー殿からも、何一つ言及されない。こうなると、逆に不安を覚えてしまう。今の妾は、明らかに、新人の範疇を、逸脱しているのだから。

 シオンについても、触れておこう。夢の中の女性が言っていた通り、2月27日、シオンは現れた。ナベリウスへ向かって欲しい、と。過日の件を話そうとしたが、あやつは、取り合わなかった。ただ一方的に、要件だけを述べ、消えてしまったのだ。あやつは言っていた。口出しせず、見ているだけ、と。その言に照らし合わせるなら、今の態度も、理解は出来る。だが、納得は出来ない。

 

 不安の種は、尽きない。しかし、そのいずれもが、考えたところで、詮無き事。であるならば、捨て置く。気に病む暇があるなら、少しでも長く、戦場に立つべきだ。

 

 

 

 群れの、最後の一匹を仕留め、一息ついた。今更、新人が割り当てられる区域の侵食体なぞ、物の数ではないが、気は抜けぬ。全ての会敵が、己の糧になるのだから。

 踏み込む動き。得物を振るう動き。攻撃を避ける動き。それらを、己の身体に染み込ませる。鍛練とは、そう言うものだ。いい加減な気持ちでやれば、それが染み込んでしまう。

 仮面被りの動きも、そうやって、身体に叩き込んだ。同じ攻撃は、二度と受けない。そんな気概でもって、死を重ねた。その努力が実ったのか、やつと対峙し、生きていられる時間は、少しずつだが、確かに伸びている。やつが妾を殺さなくなってからは、自害している故、正確には、やつの攻撃を凌げる時間、か。

 そう、自害。繰り返しに気付いた仮面被りは、妾を、殺さない程度にいたぶるようになった。全武装の破壊程度ならば、まだ生温い。時には、四肢を切断される事さえあった。武器を壊されては、腕を切り落とされては、自刃する事も叶わぬ。故に妾は、キャストらしい自害手段を執る。動力炉の、強制停止だ。まかり間違って、うっかり停止させてしまわぬよう、何重もの安全装置が掛けられているが、その全てが、己の意思で解除出来る。少々手間なので、ここ数回は、最終安全装置まで解除してから、戦闘に臨んでいる。気分としては、背水の陣か。

 しかし、親よりも先に、しかも自害しているのだから、妾も、実に罪深い女よな。親を残して逝った子は、賽の河原に送られるのであったか。ふん。その暁には、石塔を崩しに来る鬼なぞ、捻り潰してくれよう。まぁ、いつ死ぬのかは、分からぬがな。

 

「ん、分かれ道か。相棒、任せたぜ」

 

「ふむ。探索範囲と照らし合わすと、西側の道は、行き止まりになっていそうじゃな」

 

「行き止まりなら、今日のキャンプ地の候補になるかなぁ?」

 

「見通しが良ければ、な。水場があるなら、なお良いんだが」

 

「その辺りは、行ってみてから、考えようではないか。ついでに、最初のサンプル採取は、そこで行うとしようぞ」

 

妾の提案に、全員が頷いた。

 

 死ぬのは、怖くない。内なる声は、死の間際になると、死ぬのは嫌じゃ、とすすり泣くが、それを宥めながら、次の2月22日を迎える。

 怖気付いたわけではないが、策を弄した事もあった。あの十字路から少し後退し、ゼノ殿の到着を待つ。ゼノ殿と一緒なら、妾一人よりも、勝算はあると踏んでの、いわゆる戦略的撤退。しかし、それも、徒労に終わった。仮面被りが、以降もナベリウスを彷徨いていた事実で、気付くべきではあったが。

 娘は、あの場にいなかった。痕跡一つ、残さずに。ダーカーにやられたのか、目を覚まして、その場を離れたのか。その後も、娘の行方は(よう)として知れず、結局、妾は、自刃を選んだ。

 

 何度も死に、殺されて、神経が磨り減るのも、覚悟していた。己が言うのもなんだが、正気の沙汰ではない。それに、修了任務で、相棒ではなく楓と、アフィンに他人行儀に呼ばれるのも、正直、堪える。

 それでもなお、幾度も死を重ね、こうして正気を保っていられるのは。

 

 

『楓、こう見えて、俺はお前を買ってんだ。期待してるぜ?』

『楓ちゃん、頼りない先輩だけど、困った事があったら、いつでも相談に乗るからね?』

 

 先輩方が、応援してくれている。

 

『楓、お疲れ様だね。今日は、どんな事があったんだい?』

『楓姉様、お怪我はしていませんか? 病気になったりは、していませんか?』

 

 家族が、元気でいてくれている。

 

『私は、楓ちゃんを信じてますよ。だって私は、楓ちゃんの、あねさまですから!』

 

 あねさまが、信じてくれている。

 

「よーっし! 行こうぜ、相棒!」

「楓ちゃん、行き止まりまで、誰が一番速く着くか、競争しよっか!」

「遠足では、ないんだがな……。まぁ、今更か」

 

 戦友たちが、共に戦ってくれる。

 

 

 妾は、孤独ではない。だから、戦える。何度死のうと、人として戦える。

 

 

 

 行く手を阻む侵食体どもを薙ぎ倒しつつ、互いに競うように走った先は、果たして、行き止まりであった。

 全くの余談だが、これまで、探索範囲が同一だった事は、一度もない。クエスト登録の時間なのか、同行者の顔ぶれなのか、原因は分からぬが。しかし、こうして、ナベリウスの各所を巡っていると、惑星全体を踏破するのが先か、仮面被りを倒すのが先かが、密かな楽しみになって来る。出来るならば、踏破前に倒したいが。

 そんなわけで、到着した行き止まりは、木立がまばらで、水場もある、野営に適した場所じゃった。今日は、ここを拠点として、サンプル採集を進めるとしようかの。

 

「現在地を、マップに登録しておいた。各自、端末で確認してくれ」

 

「ん、助かるぞ、アーノルド。夜間の活動は、些か危険じゃからな。あまり、ここから離れ過ぎぬ範囲で、動こうぞ」

 

「りょーかいだよっ! みんなで動く? それとも、手分けする?」

 

「効率を考えるなら、分かれた方が良いなー。それで良いか?」

 

パーティ分割に、否の声は出なかった。こうなると、自然と、妾とアフィン、ユミナとアーノルドに分かれる。これは、どれだけ回を重ねようと、変わらぬ。集合時間を決め、妾たちは、先の分かれ道へ引き返した。

 

 

 

 サンプル採集は、頭を下げて、アフィンに頼んだ。己が護衛するから、そちらに専念して欲しい、と。そこまで手分けするのか、と、アフィンも難色を示すが、訓練校では採集道具を壊してばかりだった、と、それらしい嘘で誤魔化した。渋々と了承してくれるアフィンには、感謝するしかない。とにかく、妾には、経験が必要なのだ。

 援護する後衛も、並んで戦う前衛もいない戦闘は、訓練校以来となる。加えて、アフィンと言う護衛対象を背にした、実戦。得られる物は、多い。擬似的ではあるが、仮面被りとの戦闘の再現にもなっている。この状況で、アフィンに危害が及ぶのであれば、お話にならぬ。

 鍛練初期は、侵食されてなお健在な、原生種どもの狡猾さに、肝を冷やす事が多かった。アフィンも、背筋を冷たい物が流れたろう。しかし今は、惑わされぬ。守るに当たり、己は、どう動くべきか。優先すべきは、何か。それが、少しずつではあるが、分かって来た。最近では、アフィンに、逆に謝られるようにもなった。自分ばかり楽をして、済まない、と。そのたびに、笑い飛ばす。これは、己の為なのだから。

 

 今回も、サンプル採集は、順調に進んでいる。妾は、敵を討ち倒し、アフィンは、次々にサンプルを集める。いつも通りならば、このまま、日が暮れるまで、この近辺を駆けずり回る。だが、今回は、違った。

 

「……む? 相棒よ、待て」

 

足を止め、後に続くアフィンを、手で制した。

 

「どうした? 何か、気になる物でも、あったか?」

 

急に止められて、当然の疑問を口にしたアフィン。そんな彼を、人差し指を唇に当てて静め、目を凝らした。

 何かが、いる。眼前に広がるのは、見慣れて久しく、もう何の感慨も抱かない、ナベリウスの自然。しかし、言葉で言い表せない、違和感がある。無理に、何かが溶け込もうとしている、とでも言おうか。一点が、妙に濁っているような、そんな感覚。息を潜め、その濁りの様子を、伺う。背後に控えるアフィンの喉が、ごくり、と鳴った。

 時を置かず、変化があった。濁りが、きらきらと光る粒子となり、人の形をとったのだ。その形――輪郭の内側が、速やかに色付く。同時に、確かな質量を感じさせる凹凸が、形作られていく。

 現れたのは、青髪の少女。そして恐らくは、ヒューマン。ニューマンの特徴である長い耳もなければ、このダーカー汚染地帯にあって、戦闘用キャストパーツを装着してもいない。腕や足に装甲をあしらい、腰の辺りに機械的な尻尾の付いた、いっそ扇情的にさえ見える黄色いボディスーツに、身を包んでいる。こちらに背を向けている為、顔までは、見えない。

 そして何より目を引いたのは、両前腕に提げている、一対の刃。青いフォトン光を湛える、柊の葉にも似たそれは、こうして目を向け続けねば、見失ってしまいそうな程に、希薄な印象を受ける。

 

「……ここにも、いない」

 

少女が、口を開いた。やや低めの、声楽家のように透き通った声。仮面被りに、もの探しダーカーに、この少女。探しものをしている連中が、多いのぅ。まさか、あの娘か、あるいは仮面被りを、探しておるのか?

 

「"ハドレッド"……、どこに……!」

 

静かな口調ながら、焦りを感じる。顔は見えぬが、声の様子から察するに、苦虫を噛み潰したような顔をしておるのだろう。

 

「……もし、そこの方。何か、お探しですかな?」

 

突如現れた少女。しかし、こちらが物怖じする必要などない。それに、もしかすると、そのハドレッドとやらを、妾たちは見ているやも知れぬ。

 少女は、妾の声を受け、肩越しに、こちらに視線をくれた。昏く、黄色い瞳は、感情を宿していないようにも見え、底冷えするような印象を受けた。そして、目を細めながら、右腕を一つ振ると、面妖にも、その姿が、景色に溶け込むように、掻き消えてしまった。

 

「消えた……? 相棒、今のは、アークスか?」

 

後ろで、端末を握っているアフィンに、尋ねた。じゃが、しきりに首をひねるばかり。

 

「なぁ、今の子、どんな奴だったか、覚えてるか?」

 

「むぅ? 相棒よ、何を言うておる?」

 

「いや、それがな、女の子だったってのは、辛うじて覚えてるんだよ。だけど、その他が、全然思い出せねぇんだ……」

 

「確かに、あの去り方は、妾も面食ろうたが、忘れるわけがなかろう? あのような――」

 

――あのような? あの少女は、どんな声をしていた? どんな服を着ていた? どんな目をしていた?

 おかしい。アフィンの言うたように、あの少女の事が、全く思い出せぬ。記憶領域から、直近のものを引っ張り出したが、映像も音声も、酷く乱れていて、何の手掛かりにもならぬ。

 

「済まぬ。妾も、思い出せぬ……」

 

それきり、二人して、押し黙る。少女が、虚空から現れ、虚空へ消えた。記憶に残ったのは、たったそれだけ。

 

「……サンプル集め、続けようぜ。ここで考え込んでも、何も始まらねーし」

 

「……そう、じゃな」

 

気を取り直し、駆け出す。あまりにも、奇妙な邂逅。しかし、立ち止まっている暇は、ない。しかし、

 

「ハドレッド、か……」

 

少女が探している何かの名前は、妙に、記憶に残った。

 

 

 

 十分な量のサンプルを得た頃には、すっかり西日になっていた。全てを橙色に染め上げる夕日にも、今では、心を揺さぶられない。そろそろ戻ろう、と、アフィンを促し、野営地へと引き返す。初めて見た時は、少なからず、感動を覚えたのじゃがな。

 野営地には、アーノルドとユミナの姿があった。アーノルドは焚き火の用意をしており、ユミナは、自身の天幕を広げるのに、四苦八苦している。少し離れた所には、すでに天幕が一つ、張られていた。

 さっさと己の分を張って、薪集めでもしよう。アイテムパックから、野営道具を取り出し、天幕の組み立てを始める。もう、慣れたものだ。

 

「か、楓ちゃん、終わったら、こっちも手伝ってぇ!」

 

「分かった、少し待っておれ」

 

こうして、ユミナに助力を求められるのは、いつも通り。

 

「すげーな、相棒。随分、手慣れてるじゃんか」

 

「昔取った杵柄、ってやつじゃよ」

 

アフィンに褒められるのも、いつも通り。

 

「楓、済まないが、ユミナの手伝いが終わったら、薪を集めてくれ。俺が集めただけでは、心許ないんだ」

 

「うむ。夜通し燃やすには、確かに、ちと足りそうにないな」

 

アーノルドから薪集めを頼まれるのも、いつも通り。

 場所は違えど、やる事も、交わす会話も、いつも通り。違うのは、己が蓄えている力と、過去(今日)の感傷。

 だから、だろうか。先の、謎の少女との邂逅。それが、引っ掛かる。明確な違いが表れ、それが、胸をざわつかせた。

 

 

 

 携帯糧食での簡素な夕食を終え、明日の計画を詰めてから、就寝。当然、全員が朝までぐっすり、とは行かぬ。交代で、火の番と、見張りに立つ。今回の順番は、アフィン、アーノルド、ユミナ、そして妾。瞼を擦りながら、「楓ちゃん、交代だよぉ……」と、天幕に入って来たユミナと入れ替わり、焚き火の前に座った。ちなみにユミナは、妾の天幕で、そのまま寝てしもうた。

 補水液で口中を湿らせつつ、薪をくべる。原始的だが、この焚き火が、ナベリウスでは、存外役に立っている。原生種は、炎への耐性が低く、本能も相まって、火に近寄らないのだ。故に、こうして焚き火で、原生種の接近を防いでいる。

 ダーカーの対処は、薪を集めるついでに、ダーカー因子の感知器を設置してある。幸いな事に、今回は、一度も警報が鳴っていない。酷い時には、一晩の間に何度もダーカーが現れ、そのたびに、総出で対応せねばならなかった。

 

 ぱちぱち、と、薪の爆ぜる音だけが響き、炎が揺らぐたびに、火の粉が舞う。当たり前だが、焚き火は、何も語らない。夢で見た炎は、揺らめくたびに、あの女性に、何かを語り掛けていたのに。仮に、この炎が、何かを訴えようとしているなら。熱い、とでも言うだろうか。もっと薪を寄越せ、と欲張るだろうか。あるいは、もう消してくれ、と弱音を吐くだろうか。

 苦笑し、思考を止める。まだ眠気が取れていないのか、随分と、益体もない事を考えておった。ふと空を見上げると、東の空が、やや白んでいる。そろそろ、夜明けか。処理を考えれば、焚き火は、これ以上薪をくべぬ方が、良かろう。眠気覚ましも兼ねて、残り火で湯を沸かし、三人分の即席珈琲を入れてやろう。アーノルドはブラック、アフィンは角砂糖一個、ユミナは三個じゃったな。

 やかんと珈琲茶碗、即席珈琲を取り出そうとした、その時。

 

「質問があります。答えてもらえますね?」

 

背後から、『聞き覚えのない声』がした。同時に、言うことを聞かなければ、攻撃も辞さない、と言う、威圧感をぶつけられる。

 

「……不躾なやつよの。貴様、何者じゃ?」

 

「質問をしているのは、私です。貴女は、私の聞く事に、答えれば良い」

 

「答える義理がないのぅ。妾と同じ立場にあったとして、貴様は、従うかや?」

 

威圧感を跳ね除けて立ち上がり、振り向く。こんなもの、仮面被りに比べれば、屁でもないわ。第一、やつのそれとは、質が違う。やつならば、問答無用で、殺しに掛かるからの。

 立っていたのは、『見覚えのない少女』じゃった。扇情的にも見えるボディスーツをまとった、青髪のヒューマン。両腕には、やけに希薄な印象を受ける、柊の葉を模したような、歪な刃。

 

「まぁ、立ち話もなんじゃ。座れ」

 

「……は? 何を言って……」

 

「座れ、と言うた。貴様は、まだ会話が成立しそうじゃからな。珈琲を入れてやる」

 

焚き火の傍を指差しながら、必要な物を引っ張り出す。少女は困惑しておるようじゃが、無視。礼を知らぬ相手に、礼を尽くす程、妾は出来た人間ではない。

 

 へそを曲げて立ち去るかと思ったが、少女は意外にも、焚き火の傍に、腰を下ろした。驚いたが、言うた手前、顔には出さず、珈琲を準備する。適当に素を入れた茶碗に湯を注ぐと、独特の香ばしい香りが、鼻腔を刺激した。ふむ。やはり妾は、珈琲が苦手だ。一服するならば、煮付けを傍らに添えた、茶に限る。

 

「ほれ、熱いうちに、飲め。朝方は、やはり冷えるでな」

 

「……ありがとう、ございます」

 

「ほぅ、礼は言えるのか。感心じゃ。砂糖は、いるかえ?」

 

半目で睨まれたが、小さな声で、二つ下さい、と返された。なかなかどうして、面白いやつではないか。笑いを堪えつつ、ご希望通りに渡してやると、今度は匙を要求された。

 

「おっと、これはうっかり。匙で掻き回してやらねば、甘くならぬからのぅ」

 

「……ふん」

 

少女は、受け取った匙を茶碗に突っ込み、苛立ちを紛らわすように、乱暴に掻き回す。むぅ。見ておれぬ。

 

「余計な世話かも知れぬが、な」

 

「今度は何ですか!?」

 

声を荒げた少女を、静かに諭す。

 

「砂糖を溶かす時はな、ゆっくりと、優しく、前後に動かせば良いのじゃよ。力任せでは、駄目じゃ」

 

「ぐっ……。本当に、余計なお世話です……」

 

ちと、遠回しじゃったか。何を焦っておるのかは知らぬが、先のように、唐突に現れて、脅しを掛けるような真似は、悪手じゃ。そんなやり方では、得る物はない。あるいは、どうでも良い物を掴み、本当に大事な物を、得られぬ。珈琲にしても、そうじゃ。あんな掻き混ぜ方では、砂糖は、きちんと溶けてくれぬからな。

 

 珈琲は、音を立てずに飲む物、と聞く。この少女も、その作法を知っておるのか、はたまた育ちが良いのか、啜る音一つ立てず、静かに飲んでいる。

 

「さて。聞きたい事とは、何じゃ?」

 

 空になり、差し出された茶碗を受け取りながら、尋ねる。

 

「私が言うのもおかしいですが、答えるのですか?」

 

「内容によるな。貴様は一応、談話の席に着いた。そこは評価するが、第一印象が最悪じゃ。ゆえに、答えぬ事もある。そこは、理解して頂こう。無論、また脅しを掛けるようなら、こちらも、相応に対処するがな」

 

と、大きく出てはみたが、正直なところ、まともに抵抗出来るとは、思えぬ。この少女、妾の見立てでは、かなり強い。気を張っていたつもりだったが、声を掛けられるまで、こやつの気配に、全く気付かなかった。妾では、手も足も出ぬだろう。じゃが、大見得を切った手前、ここで引くのも、つまらん。

 

「……無礼は、詫びます。ですが、こちらにも、都合があるのです」

 

「都合、か。まぁ、聞かせてはくれんのじゃろう?」

 

少女は、こくりと頷いた。予想通りじゃな。これだけの手練が、新人が派遣されるような区域に、大した事のない理由で来るとは、考えにくい。何かしらの、事情があるのじゃろう。

 

「良い、良い。詫びてくれた以上は、妾も、相応に接しよう。では改めて、聞こうか」

 

「は、はい」

 

返事をして、少女は、居ずまいを正した。

 

「貴女は、頻発している暴走龍の乱入の件、ご存知ですよね?」




ちょっと素直にし過ぎた気がしないでもないですね。

※2017/10/11 12:17
  用語を誤っていたので修正しました。
  フォトンプール→テレプール


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第十八話 牢獄に差した光明

一話当たりの文字数が、たまに減る事はあっても全体的には増加傾向。もうちょい区切りを考えるべきかな……。


 暴走龍、とな。ふむ。何度も時を繰り返す内に、パティエンティア先輩方と行動する事も、幾度かあった。しかし、そのような噂は、聞いた覚えがない。

 

「いや、知らぬな。新人には、縁のない話ではないかな?」

 

こう答えると、少女のまとう空気が、一瞬にして、剣呑なものとなった。ふむ。よく分からんが、拙い回答じゃったか?

 

「嘘は、やめて下さい。貴女の身のこなし、ずっと見ていましたが、新人の動きとは、到底思えませんでしたよ」

 

「見ていた? 何じゃ、急いどるように見えて、暇なのか?」

 

「質問をしているのは、こちらです。答えて下さい」

 

むぅ。早速、水掛け論の様相を呈しつつあるな。この少女、妾なんぞを見張る割には、随分と、急いておるらしい。ちと、落ち着かせる必要があるか。

 

「まぁ、待て。まずは、誤解を解こう。妾は、間違いなく新人じゃよ。照会すれば、確認出来るぞ?」

 

「……本当でしょうね?」

 

「嘘を言うたところで、妾には、利がない。ほれ、急いどるのじゃろう?」

 

疑わしげな目のまま、少女は端末を取り出し、操作し始めた。ふむ。アークスの端末を持っておると言う事は、こやつも、アークスか。

 

「新光暦238年2月21日、正式就任……。馬鹿な、では何故、あんな動きが……」

 

「色々あって、な」

 

「聞かせては、もらえないのでしょうね」

 

「お互い様じゃろ? まぁ、誤解が解けたようなら、何よりじゃ」

 

少女の雰囲気が、柔らかくなるのを感じた。しかし、表情から察するに、敵意はないものの、警戒はしているらしい。全く。同じアークスだと言うのに、物騒なやつじゃ。殺伐とし過ぎじゃろう。尤も、妾も、人の事は言えんが。

 ともかく、話を戻そう。

 

「改めて、言おうか。妾は、暴走龍なぞ知らぬ。初耳じゃよ。で、それがどうかしたか?」

 

「故あって、私は、暴走龍……、その中でも、特に強い個体を追っています。その最中に、あなたに会ったのです」

 

少女が言うには、妾と出会い、一時は身を隠したが、どうにも、頭に引っ掛かっていたらしい。腕利きの雰囲気を漂わせていた、と。それで、こっそり後をつけてみたら、サンプル回収に集中するアフィンを、見事な手並みで守り切る妾を見たそうな。

 と言う事は、こやつは、昼間にアフィンと共に見た、あの記憶に残らぬ少女か。こうして相対しても、初対面としか感じぬ。シオンのような幻術を使えるのか?

 

「これだけ腕の立つ方ならば、もしかすると、暴走龍と遭遇しているかも知れない、と思ったのです」

 

「なるほどのぅ。そりゃ、買い被り過ぎじゃな」

 

そも、妾は、ここだからこそ、十分以上に戦えているに過ぎぬ。言わば、井の中の蛙のようなもの。それが証拠に、先輩方の、経験に裏打ちされた技術には、いつも舌を巻いている。件の暴走龍なぞ、出くわした日には、五体満足で帰れるかも、怪しかろう。眼前の、底知れぬ手練が追っている程の、敵性体じゃからな。

 

「そう、ですか……。気分を害されたなら、済みません」

 

「かかか。事実を言ったまでじゃよ。むしろ、励みになったわぃ」

 

やつとの戦闘は、先が見えぬ。こうして、手練から評価されるのは、嬉しいものよ。

 

「で、じゃ。その暴走龍とやら、妾は、どんなものなのか、全く知らぬ。これでは、遭遇したとしても、分からぬよ」

 

「確かに、そうですね。"クローム・ドラゴン"。データベースに、載っています」

 

「ふむ。後で、確認しておこう。お主は、その暴走龍の中でも、特に強い個体を探しておるわけか。まるで、お伽噺のようじゃな。強い龍を探し出し、討ち滅ぼす。子らに聞かせたら、目を輝かせようて」

 

悪い龍を退治する。まさに、王道ではないか。これに勝る英雄譚など、そうはお目に掛かれぬ。だと言うのに――

 

「……そんな、格好良いものでは、ありません」

 

――この少女は、何故こんなにも、悲しげな顔をしているのだろうか。

 

「それも、先に言うておった、都合か。まぁ、良い」

 

唐突な出会いに、一杯の珈琲。その程度の間柄なのだ。妾も、少女も、事情がある。隠したいのなら、探る必要もない。それで、良い。

 

「コーヒー、ごちそうさまでした」

 

「ん、構わぬよ。妾が、勝手にもてなしたのじゃからな」

 

 少女が、腰を上げた。両腕の刃が、一層、希薄さを増す。何なのじゃろうな、これは。大剣や長槍には見えぬし、かと言って、自在槍にしては、小さ過ぎる。レンジャーやフォースの武器とも思えぬ。

 

「縁があれば、また、聞きに来るかも知れません。ですが、今日のところは、気にせずに探索を続けて下さい」

 

「……お主が、覚えておればな」

 

「……? それは、どう言う?」

 

「なぁに、新人の戯言じゃよ。ろくな実績も積んでおらぬ妾を、お主程の手練が、果たして覚えておれるか、とな」

 

思わず口を衝いて出た言葉を、意地の悪い文句を言って茶を濁したが、実際には、覚えていられたとしても、27日の昼頃までじゃろう。妾がナベリウスへ行けば、時間が巻き戻ってしまうのだから、この出会いもまた、なかった事になるであろうな。

 

「忘れませんよ」

 

しかし、少女は、言った。

 

「貴女のコーヒー、美味しかったですから」

 

その一瞬、少女の瞳には、人間らしい光が宿り。整った顔に浮かんだ、歳相応の小さな、可愛らしい笑みに、妾は、目を奪われた。

 

「……そう、か。気まぐれで、入れてやったかいがあったわ」

 

我に返り、苦し紛れの憎まれ口を叩いてみたが、語気は、自覚出来る程に、弱々しかった。

 

「私も、気まぐれで座ったかいがありました。では」

 

少女が、背を見せる。その瞬間、脳裏に、妙な光景が浮かんだ。少女が腕を振ると、その姿が、周囲に溶け込み、見えなくなってしまう、と言う、荒唐無稽な光景が。

 

「待て!」

 

自分でも驚く程、大きな声が出た。右腕を掲げようとした少女の動きが、止まる。

 

「あー、いや……。ついでじゃ、これを持って行け」

 

そっぽを向いたまま、アイテムパックから密閉容器を取り出し、差し出した。中身は、クエストの合間に摘もうと思っていた、煮付け。

 

「……朝食、まだなのじゃろう? 妾の手作りじゃ。腹が減っては戦は出来ぬ、と言うしの」

 

「腹が……? 戦……?」

 

「良いから、持って行って食え! ちゃんと、食うのだぞ。空腹で倒れても、知らんぞ!」

 

「は、はぁ……、分かりました……」

 

おずおずと容器を受け取り、失礼します、と言い残して、少女は、消え失せた。その消え失せ方は、脳裏に浮かんだ光景と、寸分違わぬものだった。

 

 ちろちろと、小さく燃える焚き火を見つめ、大きく、ため息をついた。

 

「帰還まで、煮付けはお預けか……」

 

愚痴を零しながら、少女の外見を思い出そうとしたが、やはり、何も思い出せない。目を奪われたはずの、あの笑顔も。記憶領域の記録も、乱れ放題。

 

「まぁ、良いか」

 

 全てが、なかった事になっても。あの、感情を感じさせぬ少女が笑った事実は、妾の記憶に、残るのだ。一方的ではあるが、妾にとっては、珈琲一杯の関係ではなくなったな。

 

妾は、思ったのだ。あの少女に、笑って欲しい、と。あの少女には、笑顔こそ相応しい、と。例え、見る事が叶わずとも。妾の記憶に残らずとも。

 ……それで渡したのが煮付けなのは、己らしいと笑うべきか、他になかったのかと呆れるべきか。

 

 

 

 つつがなく、三日に渡るクエストを終え、帰還。早く煮付けを食べたい、とテレポーターへ駆け出したところで、端末が鳴った。

 

「えぇい、邪魔するでない!」

 

などと悪態をつきつつ、しかし緊急連絡の可能性もあるので、足を止めて、端末を引っ張り出す。画面には、コフィー殿からのメッセージを示す印が、表示されていた。

 内容は、クラスリミットが一段階緩和された、と言うものだった。それに伴い、クラススキルの新規習得、もしくは習得済みスキルの強化が、許可された、との事。

 ふむ。久々に、許可が下りたな。何か、新しいスキルを習得しようか。それとも、すでに習得したスキルを、強化しようか。

 

 これまでは、仮面被りとの戦闘において必要と考えたスキルを習得していた。故に、今の妾は、自在槍の扱いも、スキルも、我流と言えよう。少なくとも、それで侵食体やダーカー相手に、不利を感じた事はない。

 しかし。結局のところ、現在のスキル習得状況は、全て後手と言って良い。仮面被りと戦い、その過程に合わせてスキルを習得し、確かに生存時間は延びた。だが、それだけなのだ。最後には、殺されるか、自害。何の解決にもなっていない。

 我流ばかりでは、手の内は限られる。ならば、現状を打破するには、どうすれば良いか。

 

「助言を頼むが、吉かのぅ」

 

独りごちて、では、誰に頼むかを考える。まず第一に浮かんだのは、ゼノ殿。妾に、実戦経験の尊さを教えてくれた、頼れる先輩。あの方ならば、的確な助言を下さるじゃろう。早速、端末を操作して、通信を入れようとした。が、

 

「クエスト出撃中……。出撃は、本日午前10時……、帰還予定は、明後日の、午後か……」

 

とても、呑気に聞ける状況ではなかった。現在は、2月24日の夕方。明後日は、2月26日。これでは、間に合わぬ。ゼノ殿から助言を受け、スキルを習得しても、そのスキルをものにする時間がない。翌日には、巻き戻るのだから。

 ゼノ殿が駄目となると、思い浮かぶのは、あの方しかおらぬ。ハンターをこよなく愛し、普及活動にも余念のない、熱血漢。彼をよく見掛けるのは、ゲートエリアじゃったな。早速、訪ねてみよう。

 

 やはり、いてくれた。深緑の戦闘服を着込み、明緑色の髪を後ろで括った、屈強な大男。

 

「オーザ殿、お久し振りです」

 

「ん? おぉ、楓か。今日は、一人なのか?」

 

ショップエリア三階に繋がる、中央ポータルの、その裏手。声を掛けると、オーザ殿は、気さくに片手を上げて、歓迎してくれた。

 

「えぇ、まぁ。しかし、その言い草。妾が一人なのは、それ程珍しいでしょうか?」

 

「お前の金髪は、一際目立つからな。そして隣には、いつも、件の相棒がいる」

 

「ふむ。そう聞くと、確かに珍しいですな」

 

「納得するのか……。いや、良いんだ。それで、今日はどうしたんだ?」

 

納得しては、いかんかったのじゃろうか。それはともかく。オーザ殿に声を掛けたのは、四方山話をするためではない。要件を伝え、教えを請わねばな。

 

「……ふむ。強敵と戦うに当たり、重要なクラススキル、か」

 

「えぇ。ハンターとして、どのスキルを取るのが良いか、教えていただければ、と」

 

 ハンターを生業とする者は、二種類に分かれる。攻撃面を優先する者と、防御面を優先する者。クラススキル習得には順序があり、前提となるスキルを習得、もしくは一定の段階まで強化せねばならない。例えば、肉体強度の向上(HPアップ)。このスキルを習得し、強化せねば、次のスキルは習得出来ない。と言うのも、肉体強度を上げなければ、次のスキルによって得られる恩恵に、自身が耐えられぬのだ。呼吸法の最適化(JAボーナス)も、防御強化の型(ガードスタンス)も、肉体が伴わなければ、諸刃の剣どころか、己を痛めつけるのみとなる。

 

「教えるのは構わんが、その前に、聞かなければならんな。楓、お前は、その強敵とどう戦いたい?」

 

「どう、と言いますと?」

 

「お前には、頼れる相棒がいるだろう。俺も、普段はハンターこそ至上であると言っているが、後衛の火力は、認めている。その上で、お前は、どのような役割を担うんだ?」

 

役割、か。仮面被りとの戦いには、役割など、存在しない。妾一人で、やつに相対せねばならぬのだから。あえて言うならば、守護であろうか。アフィンと娘は、いつも物陰に避難させている。二人を守っておるのじゃから、そうなるかのぅ。

 

「……あら、楓の選ぶ道なんて、決まっているわ」

 

「うおっ!? お前は、フォース女!」

 

「おや、マールー殿ではありませんか」

 

 横から、小さい声。物静かながらも、オーザ殿同様、胸に熱い物(フォースこそ至上)を持つ先輩アークス、マールー殿が、そこにおった。

 

「……悪の秘密結社の怪人みたいな呼び方は、やめてちょうだい。それより、楓のスキルよ」

 

ずいっ、と前に立ったマールー殿は、妾の目を、じっと見据えた。

 

「……あなたは数少ない、効率を理解しているハンター。だったら、答えは一つ」

 

「お、おい、何を吹き込む気だ?」

 

「……静かにしてくれないかしら。私は、この子と話してるの。……ねぇ、楓。分かるわよね?」

 

語気を強めながら、また一歩、寄られた。近い、とにかく近い。人と人の会話に適した距離を、完全に割っておる。

 マールー殿の求める回答。先日、妾にとっては遠い昔に、マールー殿は、何と言うた?

 

「効率を求めるならば、火力、でしたか。……であるならば、攻撃強化の型(フューリースタンス)ですかな?」

 

ハンターにとって、最も攻撃的なスキル。防御フォトンの出力を抑え、その分を攻撃に回す。マールー殿の言う効率を重んじるならば、これ以上の回答はあるまい。しかし、マールー殿は、肩を竦めてため息をついた。間違っておったか? 妾の知らぬ攻撃的なスキルが、他にもあるのか?

 

「……考え方は合ってるわ。でも、それだけでは20点。強敵と戦うなら、フォースに転向するのよ。圧倒的な火力で、有無を言わさずに叩き潰す。……これ以上に効率的なやり方は、ないわ」

 

ないようじゃ。それに、やたらと採点基準が厳しい。

 

「おい、フォース女! 楓は、ハンターとして強敵と戦う、と言っているんだ! それを、フォースになれだと!?」

 

「……私の考える最善を述べたまでよ。楓は第三世代のアークス。私たちのように適性に縛られない。なら、フォースへの転向も、選択肢に入るのではなくて?」

 

「そう言う割りに、選ぶ道は一つ、などと言っていたろうが!」

 

「……言葉の綾よ」

 

オーザ殿の追求に対し、しれっと言ってのけた。思っておった以上に、マールー殿は強かなようじゃな。

 しかし、フォースは、やつに対して有効ではなかろう。ただでさえ、こちらの攻撃の機会がないのだ。火力を発揮する為のフォトン充填など、許されまい。

 

「マールー殿。オーザ殿の仰る通り、妾は、ハンターとして戦いたいのです。せっかくの助言ですが、お気持ちだけ頂戴します」

 

口論を続ける二人に割り込み、頭を下げた。妾の背後で、オーザ殿がしきりに頷く気配を感じる。

 

「……そう。なら、私から言う事はないわ」

 

元々、マールー殿は表情の変化に乏しい。それでも、落胆の色は見えた。

 

「……だけど、私は諦めないわよ。貴女は、フォースでこそ輝く。……選ぶのなら、フォース。忘れないで」

 

じゃが、次の瞬間には、決意に満ちた表情を見せる。根の部分はやはり、オーザ殿に似たものを感じるのぅ。

 踵を返して立ち去るマールー殿の背に、オーザ殿が、苦言を呈する。

 

「全く。何を考えているのか分からんな」

 

そうでもないが、の。まぁ、プリセットに頼る妾が言えた事ではないが。

 

 さて、話を戻そう。己は盾に徹する、と伝えると、オーザ殿は、ならばうってつけのスキルがある、と笑顔を見せた。

 

「前提となるスキルが必要だが、その効果は折り紙付きだ。少しばかり、扱いが難しいがな」

 

「ならば、ものに出来るまで、鍛練を繰り返すのみです。して、それはいかなスキルなので?」

 

「うむ。それはな――」

 

オーザ殿から、スキルの名と、その効果を伝えられた。ほぅ。これは、打てる手が増えるな。否。これまでに捨てていた手が、使えるようになった、と言うべきか。

 

 

 

 オーザ殿と別れ、クラスカウンターで、件のスキルを習得。幸いな事に、前提となるスキルはすでに習得し、十分に強化してあった。焼け石に水で、まるで役に立たなかったが、まさかこんなところで、日の目を見るとはな。

 続いて向かったのは、ショップエリアのアイテムラボ。何でも、このスキルに合わせた武器改造をしてくれるんだとか。事前に話を通しておく、とオーザ殿が言っておったが……

 

「君が、楓君かね?」

 

店の前に差し掛かると、口ひげを蓄えた黒髪の壮年男性に、呼び止められた。

 

「フッフッフ、アイテムラボへようこそ」

 

不敵に笑いながら、店員の男性は、手招きして見せた。

 

 ドゥドゥと名乗る店員に、己の登録番号(ID)と改造して欲しい武器を伝えると、彼は早速、端末に何やら入力を始めた。すると、間を置かず、店の奥の作業台に、見慣れたワイヤードランスが現れた。今のは、整備班への転送申請か何かだろうか?

 

「整備班の仕事は、装備を長持ちさせる事。我々の仕事は、装備をより良くする事。同じ物を取り扱っていても、仕事は違う。だから、こう言う形で、連携をとっているのだよ」

 

む? 妾は今、口に出しておったか?

 

「ここに来る新人諸君は、みな、同じような疑問を持つようでね。君も、そんな顔をしていたよ」

 

なるほど。読心ではなく、経験か。

 

「さて、では早速、見てみようか。……ふむ、なるほど」

 

カウンター越しに、改めて、己の得物を眺めてみる。細かい傷は付いているが、新品同様に見えるのぅ。仮面被りも娘も見なかった、最初の修了試験の後に戻るからじゃろうか?

 

「ワイヤーの封印とは、面白い細工をしているね。自在槍を使う者は多いが、こんな事をしているのは、君くらいじゃないかな?」

 

「よく言われますよ。ですが、こうでもしなければ、まともに扱えぬもので。……もしや、これから行う改造は」

 

「あぁ、いや、心配はいらんよ。これから組み込む物は、ワイヤーに干渉しないからね。安心したまえ」

 

そう言いながら、ドゥドゥ殿は引き出しから小さな機械を二つ取り出し、ワイヤードランスの外装の一部を外した。そして、慣れた手付きで、その機械を中に取り付ける。

 

「良し、作業完了だ」

 

 がちん。外装が閉じられる音に、思わず肩が跳ねた。目の前で繰り広げられる、淀みない熟練の妙技に、つい見入っていたらしい。

 

「部品を追加しているから、もしかすると、使い心地が変わっているかも知れん。どうしても違和感が拭えないなら、言ってくれたまえ」

 

「承知いたしました。しかし、見事なお手並みでしたな」

 

素直に賞賛の言葉を述べると、ドゥドゥ殿は、豪快に笑い飛ばした。

 

「私も、ここに勤めて長いからね。もう20年になるか。それだけ経てば、染み付くと言うものさ」

 

20年、か。妾も、それだけ繰り返せば、仮面被りの動きに、完璧に対応出来るようになるじゃろうか。

 いや、その前に終わらせる。例えドゥドゥ殿と違って、同じ時間を繰り返していようと。

 

「亀の甲より、と言うやつですな。ところで、お代はいかほどで?」

 

「お代は結構だよ。スキルに対応する装備改造は、無料サービスだからね」

 

ふむ、無料とな。多少は蓄えがあるが、無料ならば、それに越した事はない。ありがたく受け取ろう。

 

「それ以外の改造は、お代を頂く事になるがね。なぁに、それに見合う仕事は、させてもらうよ」

 

「その折には、頼りにさせて頂きますぞ。では、妾はこれにて。感謝致します」

 

「構わんさ。また来たまえ」

 

ぺこりと一礼して、店を後にした。これにて、準備は完了。後は、このスキルを己の身体に染み込ませる。習得しただけでは、意味がないのだ。

 

 翌日から、妾の鍛練内容は変わった。習得したスキルを主軸にした戦法は、これまでのそれとは真逆と言って良い。無論、不安もあった。

 しかし、上手くスキルが発動するたびに、不安は薄れて行った。今までとは違う、確かな手応えを感じる。これならば、きっと、やつに追い縋れる。

 隙を晒したガルフの頭を砕きつつ、無個性な仮面と、倒れ伏した娘を思い浮かべる。今度こそ、やつを退け、助けてやるぞ。

 

 

 

 いつものように、2月27日を迎え、一方的なシオンの言を聞き流し、ナベリウスへ向かう。テレプールに飛び込めば、そこは、2月20日の修了試験。この一連の流れも、もう何度目であろうな。

 他人行儀のアフィンを伴って十字路を東へ進み、娘を発見。そこで、仮面被りの、身を刺すような殺気を感じ取る。同じく殺気を感じたアフィンを促し、気を失ったままの娘と共に、物陰に隠れさせた。

 

 いつも通り、舞台は整った。動力炉の最終安全装置を解除し、深呼吸を一つして、心を鎮める。

 

 

  そら やつを食らうのじゃ

 

  あの甘露を 舌に刻み込め

 

 

「黙っておれ。貴様には屈さぬと、言うたはずぞ」

 

妾を誘惑せんと語り掛ける内なる声へ、小声で、ぴしゃりと言い放つ。全く。懲りんやつじゃ。

 

 

  また しぬのかや?

 

  さむいのじゃ いやなのじゃ

 

 

「ふん。毎度、死なぬように気張っておるつもりじゃ」

 

今にも泣き出しそうな幼い声へは、気休めの声を掛けておく。

 

 仮面被りが、姿を見せた。ゆったりとした足取りで、じわじわと近付いて来る。仮面越しでも、やつの視線を感じる。妾を殺気の篭った目で睨め付けているのが、分かる。吹き出す圧力が、容赦なく妾を打ち据える。

 じゃが、負けぬ。貴様は知らぬだろうがな、この殺気も、視線も、何度受けたと思うておる?

 

「そこの黒いの。お主、アークスか? アークスならば、所属艦と名を述べよ」

 

 どうせ、会話など成立せん。しかし、すぐそこにはアフィンがおる。問答無用で攻撃を加えるのは、後の事を考えると、ちと不味い。故に、毎度こうして、無意味と理解した上で声を掛けておるが、

 

「貴様は……」

 

こう返される。そして、

 

「貴様とは、不躾な。新人に掛ける言葉とは――」

 

 ――死ね。

 

 心を研ぎ澄ます。目を見開く。

 

   やつの体が、揺れる。右腕が、ぶれる。

 

 見える。やつの動きが、見える。

 

   己を目掛けて、黒い軌跡が奔る。

 

 ワイヤードランスを、眼前で交差させる。

 

   禍々しい紫色の刃が迫る。

 

 想像を練り上げる。強く、強く。

 

「――思えんなッ!」

 

 想像を、開放。瞬間、空気が爆ぜた。

 

 

「……貴様、何度目だ?」

 

「さぁて、な。貴様のお陰で、数えるのが億劫でのぅ。……忘れてしもうたわッ!」

 

 湧き上がる興奮に任せ、『無傷の』ワイヤードランスを振り払い、仮面被りを弾き飛ばした。

 視界を埋め尽くすはずの警告は、その全てが脇へと追いやられ、少しばかり、風景を赤く染めるのみ。

 五体に満ちる力は、今か今かと、開放される時を待ちわびている。アレンよ、本当に、良い仕事をしてくれたな。

 

 

  良いぞ 良いぞ 昂りを感じるぞ

 

  そのまま一息に 食らい尽くせ

 

 

  しにたくない ひとりはいやじゃ

 

  だから がんばれ がんばれ

 

 

妾の感情に呼応するかのごとく、内なる声どもも、騒ぎ立てておるわ。

 

 腰を落とし、得物を構える。仮面被りも、こちらを敵と見定めたようで、武器を構え直した。

 

 さぁ、来い。勝とうと負けようと、貴様を、妾の糧としてくれようぞ!




今でこそ初期習得済みですが、スキルツリーに手が加えられる前は、このスキルはポイントを消費して覚えないと使えなかったようですね。不便だなぁ……。


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第十九話 乱入者たち

前回ラストで使ったスキルは、作者の趣味で、原作の物を多分にオーバーに描写しております。どのスキルかは想像が付いているかと思いますが、ご了承下さい。


 炸裂防御(ジャストガード)。オーザ殿の勧めを受け、新たに習得したスキル。前提として打撃耐性向上(打撃防御アップ)を第三段階まで強化する必要があるが、その効果は満足の上を行く。

 通常の防御姿勢をとる場合は、体内フォトン(PP)を武器表面に展開し、外装とフォトンの二段構えで敵の攻撃を防ぐ。体内フォトンはフォトンアーツを行使する際にも用いられる為、多用すれば反撃に支障が出る。また、武器や自身への衝撃、損傷までは、完全には殺す事が出来ない。仮面被りとの初戦闘が、良い例だろう。あの時は、武器を破壊され、腕がひしゃげた上に、派手に吹き飛ばされたからな。よって、急場において致命傷を避ける程度の意味合いが強い。

 対して、炸裂防御は、体内フォトンではなく、身にまとう防御フォトンを利用するスキルだ。直撃の瞬間、一点に集中させたフォトンを破裂させる事で、敵の攻撃を相殺し、こちらの被害を無にする。一時的に防御フォトンが枯渇する、と言う欠点はあるが、ユニットと武器の仕込みが、新たに発生するそれを増幅する事で、ある程度補ってくれる。まぁ、今はユニットを外している為、欠点が顕になっているが。

 そして、こちらの被害が無になる事で、今しがたのように、即座の反撃が可能になる。熟練のハンターともなると、意識せずとも発動させ、返す刀で攻勢に転じて、その欠点さえ克服すると聞く。

 

 怒り以外の感情で、警告が出たのは初めてか。今の妾を満たすのは、歓喜。仮面被りの一撃を完璧に防ぎ切り、あまつさえ弾き飛ばしてやったのじゃ。首筋の肉を食い千切るなど、獣の所業。ようやっと、人間として一矢を報いられた。喜ばぬ道理など、あろうはずもない。

 アレンの談によれば、この身体はタガが外れてしまえば、5分も持たぬ、じゃったか。であるならば、それまでにやつとの戦闘を終わらせなければならぬ、か。

 

「……殺すのは、やめだ」

 

 言葉とは裏腹に、殺気が膨れ上がった。思考を中断。再び踏み込んだ仮面被りの狙いは、妾の武器。これも、見えた。準備が整っておったなら、炸裂防御にて止められる。しかし、まだ防御フォトンの展開には至っていない。突き出された切っ先を、半身を大きく引いて回避。反撃に移れる体勢ではない。やつの出方を伺う。

 繰り出した勢いを殺さず、やつはくるりと回転。上段に振りかぶり、残像を残す程の速度で以て振り下ろすが、これを、とん、と跳び退って逃れる。本来であれば自傷する程の力が漲っている故か、己の思った以上に、やつとの距離が開いた。やつにしてみれば、必中を期した一撃だったのか。振り抜いた姿は、次の攻撃動作に移るには、いささか無理があるように見える。これは、好機か。

 

「いつまでも、貴様の手番と思うなッ!」

 

地面を蹴り、跳び込んだ。生涯最高と自負したあの踏み込みさえも超える速度で、彼我の距離が縮まる。やつが、姿勢を整えんと動いたが、構わぬ。そのまま切り付ける!

 

「せいッ!」

 

右手に握った緑色のフォトン刃が、紫色の刃と接触し――するりと、表面を滑った。突進の勢いが、いなされたと理解した妾の姿勢を崩す。その刹那に、ぞくり、と冷たい物が背中を走る。たたらを踏んだ左足に力を込め、無理矢理に跳び退くと同時、風切り音が耳朶を打った。

 風切り音。文字通りに風を切り裂き、風圧を感じさせぬ一閃。ごろんと地べたを転がりながら何でもない風を装い、しかし内心では慌てて、自身の状態を簡易確認。異常なし。武器も無事。

 

「勘……、いや、経験か」

 

どこか得心が行ったように、仮面被りが呟いた。そうとも、経験じゃよ。それを何度受けたか。何度四肢を落とされたか。

 

「ふん。ご納得頂けたようじゃな」

 

軽口を叩きながら、防御フォトンの具合を調べると、未だに展開され切っておらぬ。修了任務故、ユニット装備は不自然と思い外したのが、仇になったか。ユニットさえあれば、とっくに再展開されている頃合いだと言うに。やはり武器の仕込みだけでは、間に合わぬか。じゃが、悟られてはならぬ。手の内を読まれれば、付け入る隙を与えるのみ。

 不意に、仮面被りが接近。下段に構えた得物が、ぎらりと光った。切り上げるか、ならば、と刃が描くであろう弧よりも外へと跳ぶと、切っ先は、妾から随分と離れた空間を裂いた。小ぶりの攻撃、その意図に気付いたのは、やつが妾に肉薄した時だった。これは、不味い。左手側から、横薙ぎが来る。下がって避けると、間髪入れずにまた踏み入られ、今度は右手側から。咄嗟に屈めば、そこへ狙いすましたように、右足が迫る。転がるしか、避けようがない。乾いた土を装甲の角で荒らしながら転がり、立ち上がって振り返ると、すぐそこにやつがいた。こちらが体勢を整える間もなく、凶刃が振るわれる。すんでのところでしゃがみ込み、やり過ごした。

 素早く小さな振りで、矢継ぎ早に繰り出される攻撃。当然のごとく、牽制となる始めの一手は、毎度違う。しかし、一度始まってしまえば、打つ手はなくなる。初めてこの連続攻撃を披露された戦闘では、二撃目にさえ対応出来ず、あっという間にバラバラにされてしまった。そして、これまでの戦闘で、これを凌ぎ切れた事はない。やつの息が切れる前に、こちらの武器か四肢が切られてしまうのだから。

 屈んだ姿勢から後ろへ跳んだ直後、そこを紫の軌跡が走った。過去を振り返る余裕はない。集中せねば、持って行かれる。

 そこから四度の攻撃を避けた時、視界の端に、防御フォトン再展開完了の報せが出た。やつの攻撃に対し、炸裂防御を行使すれば、強引に中断させられる。右腕を引き絞った仮面被りに対し、両のワイヤードランスを掲げ、防御フォトンを収束させる。今の妾では意識せねば使えぬが、やつの動きを止められるならば、それで良い。

 刃先が、外装に触れる。収束したフォトンを開放。破裂したフォトンが、周囲の空気を震わせる。得物を突き出した姿勢で、仮面被りは静止。こちらの得物は、無事。やつの連続攻撃を、止めてやった!

 

「ふんッ!」

 

先のように、ワイヤードランスを振るって弾き飛ばした。後方へ押し退けられた仮面被りに対し、ただ見送るは下策。これは、追撃の好機。一息にやつの懐に入り、姿勢を整え切れぬ内に仕掛ける!

 踵で地を削り、ようやく止まったやつに、渾身の一撃を放つ。狙うは、心臓。分厚い外套に阻まれ、届かぬかも知れぬが、それも収穫。次に狙う位置を変えるのみよ。切っ先が、がら空きの胸に吸い込まれるように突き進み――やつの得物が、割って入り、

 

 何かが、破裂した。

 

身体を悍ましさに満ちた圧力が襲い、視界が波紋のように歪む。突き出した右腕は、何かに阻まれているのか、それ以上先へ動かない。

 眼前には、得物を胸の辺りに掲げた仮面被り。その外装に触れているワイヤードランスは、どれだけ力を込めようと、微動だにしない。

 防御姿勢の仮面被り。破裂した何か。ぴたりと止まった得物。これは――

 

「……ふん」

 

「ぐッ!?」

 

無造作に跳ね除けられ、ワイヤードランスが砕け散った。妾の身体も飛ばされたが、咄嗟に脚部ブースターを噴射し、勢いを殺す。着地し、やつの仮面を睨み付けると、その下で嘲り笑っているような、そんな錯覚を覚えた。

 間違いない。今のは、炸裂防御。何故、アークスではない仮面被りが、ハンターのスキルを使える? やつも、フォトンを操れるのか? いや、それにしてはあの感覚は、異常に過ぎる。そう、まるでダーカーに遭遇した時のような……。

 

「まさか、貴様……!」

 

仮面被りが、攻撃の姿勢に入った。膝を曲げ、今にも飛び掛からんと、両の足に力を込めているのが分かる。対するこちらは、防御フォトンはすっからかんで、得物も一方を喪失している。

 仮面被りがぐっと腰を落とした、その時。

 

 上空に、爆炎の華が開いた。

 

 辺り一帯が赤々と照らされて紅葉を想起させ、暴力的なまでの爆風が木々を大きく揺らし、轟音は聴覚器官を強かに打ち据える。突然の大爆発に、仮面被りさえも動揺している。これは、もしや……!

 

「今だ、"相棒"!」

 

やつが背にしている物陰から、聞き慣れた言葉がこだました。

 

「……ようやくかえ。遅いぞ、"相棒"ッ!」

 

その呼び名に、心が奮い立った。端に追いやられていた警告が、とうとう視界の真ん中に入りおった。知った事ではない。妾は、喜んでおるのじゃぞ。そんな無粋なもの、妾を止めるには足らぬわ!

 

「うおぉぉぉぁぁぁぁッ!」

 

地を全力で蹴り抜き、同時に脚部ブースター最大出力。一瞬で仮面被りの懐に踏み込み、無手の右手で殴り付けた。容易く止められる。右手を引っ込め、左手のワイヤードランスで突く。これも止められる。

 だからどうした。武器は止められても、妾の闘志は止まらぬ。際限なく湧き上がる力に任せ、ひたすらに殴り、突き、切る。

 身体の帯びる熱が、加速度的に上昇する。動力炉の悲鳴が、駆動系の絶叫が、警告として視界を埋め尽くす。

 それがどうした。現に、妾の身体は動いておるのじゃぞ。邪魔じゃ、疾く失せよ、やつの姿が見えぬではないか。

 時間が迫っている。恐らく今の力は、アレンでも想定していなかった程のもの。限界は5分どころではなかろう。じゃが、一撃でも多く、速く、やつに叩き付ける。

 

「貴様ぁ……!」

 

得物同士がぶつかり合う鋭い音の向こうで、仮面被りが恨めしげに唸る。

 

「妾の名は……ッ!」

 

殴り付けた反動で、左腕を大きく引き、

 

「楓じゃぁぁぁぁッ!」

 

全力の刺突を見舞うと、一際大きな金属音に混じり、ぴしり、とヒビ割れの音が微かに聞こえた。真っ赤に染まった視界の先で、ワイヤードランスを突き立てた外装に、小さな亀裂が入っている。

 良し、と喜んだが、それも束の間。びしり、と嫌な音が左のワイヤードランスから聞こえ、瞬く間に、柄を残して砕けてしまった。各パーツの装甲が開き、蒸気が勢い良く噴き出す。さらに、全身から一気に力が抜け、その場に膝を突いてしまう。

 時間切れ、か。あれだけ五体に活力が満ちたと言うのに、やつの武器に亀裂を入れただけ。対する妾は、ワイヤードランスを双方失い、最早身体が満足に動かぬ。

 仮面被りを退けるには、まだ足りぬか。まだまだ鍛練を重ねなければならぬか。まだまだ死を重ねなければならぬか。

 上等じゃ。ならば、次へ繋ぐ為にも、最期まで足掻いてやろうではないか。手足を断つその太刀筋も、しかと見てやろうではないか。

 

 パルチザンを取り出し、それを支えとして立ち上がった。柄を握る手も、身体を支える膝も、ぶるぶると震えている。未だに蒸気は漏れ出ており、あちこちから、ぎぎぎ、と耳障りな音が響く。その音は、もう立ち上がるな、休ませてくれ、と訴えているかのよう。

 じゃが、立たねばならぬ。立たねば、やつの一挙手一投足が見えぬ。やつの呼吸が聞こえぬ。やつの剣気が感じられぬ。

 さぁ、貴様の技を披露せよ。貴様の敵は、眼前にて死に体を晒しておるぞ。

 仮面被りが、亀裂の入った得物を振り上げた。良かろう。屈辱を受けた刃で、妾を切って捨てるが良い。

 陽光に照らされ、怪しく輝く紫の刃。今まさに、それが振り下ろされ――

 

 ――ぱん、ぱん、ぱん、と、場違いな拍手の音が、刃を止めた。

 

「くふッ、くははははッ! フォトンが派手に爆発してると思って来てみりゃ……。こんなクソつまらねェ星にも、たまには来てみるモンだなァ……!」

 

いつの間に近付いていたのか。濃紺の刺々しい外套を着た男が、妾たちを睥睨しながら、手を叩いていた。空色の髪を乱暴に後ろに流し、顔の左半分には入墨。一目見ただけで、粗野な印象を受ける。

 

「暇潰しにもならねェと思ってたが、こいつは面白ェ。こんなにうまそうな獲物が二匹もよォ……」

 

言うやいなや、男は瞬時に武器を掴み、仮面被りに殴り掛かった。その踏み込みたるや、仮面被りに引けを取らぬ程。

 

「オラァッ!」

 

振り抜かれた男の拳には、見た事のない武器が握られていた。拳全体をすっぽりと覆い隠す、金属の塊。それで殴り付けているのだから、鋼の拳、とでも言おうか。それを両手に握り、さながら嵐のような連撃を繰り出している。その速度は先の妾の比ではなく、また互いの得物がぶつかり合う音も、遥かに激しいものだった。さしもの仮面被りも、突然の乱入に心を乱されたか、あるいは純粋に男の技量が高いのか、徐々に圧されている。

 発言は物騒じゃが、こうして仮面被りと相対しているのならば、とりあえずは味方と見て良いのだろうか。ともかく、ここに突っ立っておっても、巻き込まれるだけじゃろう。パルチザンを杖にして、足を引きずりながら、その場を離れる。

 

「大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」

 

すると、そんなほうほうの体の妾に、か細い声が掛けられた。目をやると、恐らくは男の仲間であろう少女が、こちらを眺めている。いや、青緑色の長い前髪ですっかり目が隠れている為、本当に妾を見ているのかは分からぬが。扁平な丸い帽子を被り、紺色の可愛らしい戦闘服を着た少女は、やはり見たことのない武器を握っている。長杖にしては、やけに短い。さしずめ、短杖とでも言えば良いか?

 

「おい、"シーナ"ァ! グダグダやってねェで、さっさとこいつらが誰か調べろ!」

 

「……っ! はい、"ゲッテムハルト"様」

 

ゲッテムハルトと呼ばれた男に怒鳴られ、シーナと言う名の少女は、武器をしまい、端末を操作する。その間にもゲッテムハルトは、仮面被りとの激しい応酬を繰り広げている。ちらと見えた顔には、狂気じみた笑顔が張り付いていた。

 

「こちらの金髪の方は、楓様。今回の修了任務を受けている訓練生です。それと、そちらの黒い方は……、該当なし。アークスではありません」

 

「該当なしだァ? だったら、なおさらここでブチのめさねェとなァ!」

 

シーナの回答を聞いたゲッテムハルトが嬉々として吠え、防戦一方の仮面被りへと拳打を放った。目に見えて大振りの一撃は、必殺の威力を秘めているが、それ故に回避される可能性もある。じゃが、仮面被りは避けなかった。真正面から受けた得物は、亀裂に拳が直撃した為に砕け散る。

 

「……チッ!」

 

ゲッテムハルトが、眉を顰めて舌打ちした。やつの武器を砕いておきながら何を、と思ったが、その理由はすぐに知れた。仮面被りは慌てる様子もなく大きく後退し、そのまま木々の間を縫うように跳んで、姿を消してしまったのだ。

 

「わざと壊させて、衝撃を殺しやがったか……。クソが、これからだってのによォ……」

 

恐らく仮面被りは、この二人の乱入を受け、状況が己にとって不利と悟り、逃走の機会を窺っていたのだろう。でなければ、あれ程思い切り良く、武器を犠牲にするとは思えぬ。

 打ち捨てられたやつの得物の破片と、やにわに訪れた静寂が語る。戦いは終わった、勝つ事は叶わなかったが、仮面被りをようやく退けられた、と。

 

 散らばったやつの得物の破片を忌々しげに踏み付けるゲッテムハルトを尻目に、パルチザンにしがみついたまま、空を見上げ、大きく息をついた。後は、あの娘を救助するのみ。

 

「おい、オマエ」

 

物陰に向けて呼び掛けようとしたら、ゲッテムハルトに肩を掴まれた。

 

「何かご用ですかな? 要救助者がおりますゆえ、手短にお願いしたいのですが」

 

事務的に返事をすると、乱暴に振り向かされた。足がもつれて転びそうになるが、なけなしの力を総動員して、どうにか踏みとどまる。やはり、見立て通りの粗野な男じゃったか。このような、力に任せたようなやり口は、好かぬ。

 

「つれねェ事言うなよ。なぁおい、今のヤツ、オマエを狙ってたよなァ? アイツはナニモンだ?」

 

ぎらぎらとした目が、妾を射抜く。しかし、

 

「さぁ、とんと存じ上げませぬ」

 

こう答える他に、ない。何せ、本当に知らぬのだ。幾度も戦ったが、やつについての情報なぞ、何一つ得られていない。せいぜいが、新人に毛が生えた程度の妾では、逆立ちしても敵わぬと言う事実くらいなもの。

 しばしの沈黙。互いの目を睨み、一触即発の空気が漂う。その中へ、影が一つ、飛び込んだ。

 

「待って下さい、先輩!」

 

「あァ? 何だテメエは。お呼びじゃねェんだよ、黙って隅っこで震えてろ!」

 

飛び込んだ影――アフィンは、妾とゲッテムハルトの間に強引に割って入った。

 

「さっきまでは、そこの陰で震えてましたよ……。だけどそのせいで、楓は、相棒は疲れ切ってるんです、休ませてやって下さい!」

 

「知らねェな、俺が欲しいのは、アイツの情報だ。休みてェなら、とっとと教えろ! しらばっくれても、いいコトはねェぞ!」

 

「だから、相棒は知らないって言ってるでしょう!?」

 

威圧感を隠そうともせずに凄むゲッテムハルトに対し、アフィンは膝を震えさせながらも、声を張り上げた。妾の窮地を救ってくれただけでなく、こうして庇ってくれるとは……。つくづく、思う。まこと、そなたは男前じゃな。

 

「任務中に要救助者を発見したところで、襲われたのですよ。それに反撃しただけの事。妾が持つ情報なぞ、そちらと大差ありませぬ」

 

改めて、己の持つ情報の大半を話した。残りは、後に起きるであろう事実。話す必要はない。

 

「……ふん、本当に知らねェみてェだな」

 

ようやく納得したか。全く、疑り深い輩じゃ。アフィンが、ほっと息をついたのが、こちらにも聞こえた。じゃが次の瞬間、ゲッテムハルトは、アフィンを撥ね退けた。

 

「うわっ!?」「な、何をする!」

 

地に転がるアフィンを一瞥もせず、ゲッテムハルトは、抗議の声を上げた妾を、頭のてっぺんから爪先まで、じっくりと睨め付けた。まるで品定めをするかのような視線が、酷く嫌悪感を掻き立てる。

 

「雰囲気は良い感じだが……、弱い。オマエとヤるのは、まだ早いな」

 

「……訓練生に、何を期待しておられるのやら。女を口説きたいのであれば、言葉を選ぶがよろしいかと」

 

「くははッ、抜かしやがる。……おい、帰るぞシーナ。ここにはもう用はねェ」

 

愉快そうに笑ったゲッテムハルトは、シーナを伴い、この場を去ろうとする。その背中に、待ったを掛けた。

 

「お待ちを、ゲッテムハルト殿。あの場を収めて頂いた件、感謝します。ですが、アフィンへの……相棒への仕打ちは、容認致しかねる。相棒へ、謝罪の一言を頂きたいのですが、いかに」

 

大した理由もなく、ただ妾を挑発せんが為にアフィンを蔑ろにした件は、例えどれ程の実力差があろうとも、捨て置けぬ。怒りを込めて問うと、ゲッテムハルトは視線だけをこちらに寄越し、

 

「俺に謝って欲しけりゃ、実力で、殴り倒してでも跪かせな。力がねェヤツの言葉なんざ……、クソ程度の価値しかねェんだよ!」

 

手近にあった木の幹を、素手で殴り付け、へし折った。あの鋼の拳を用いずに、この拳打。思わず、息を呑む。

 

「それとな、感謝の言葉なんてクソみてェなモンは、ダーカーにでも食わせちまえ。とことんめでてェ頭してんな、テメエは。あれか、頭ン中お花畑か?」

 

「……糞も肥料とすれば、花々の恵みとなりますな。ゆえに、感謝の言葉を伝えんとし、実力もない妾の頭に花が咲き誇るのも、当然と言えましょう。となると、血の気の多い貴方の頭には、さぞ美しい曼珠沙華が咲いておるのでしょうな」

 

「まんじゅ……? チッ、よく分からねェ事を。……楓、だったな。テメエの名前、覚えたぞ」

 

売り言葉に買い言葉。軽く皮肉を交えて挑発してみたが、あまり伝わっていないようで、ゲッテムハルトは舌打ちをして、さっさと行ってしまった。

 

「……それでは楓様、アフィン様、失礼いたします」

 

残されたシーナは、アフィンに手を貸して立ち上がらせ、深々とお辞儀した。ふむ。あやつと行動を共にしておる割りに、シーナは随分と礼儀正しいな。

 

「シーナァ! とろとろしてんじゃねェ!」

 

などと考えていると、怒声が飛んで来た。その声にびくりと肩を震わせ、シーナはそそくさと駆け出した。凸凹などと言う生易しい度合いではない。あれは、主人と奴隷にさえ見える。一体全体、どう言う関係じゃ?

 

 木の葉のざわめきの中で、アフィンがぼやきながら、衣服に付いた土汚れを払っている。妾も手伝ってやりたいが、満足に動けぬ故、こうして得物に身体を預けるしかないのが、何とも歯痒い。

 

「相棒よ、そなたには、二度も助けられたのぅ。ありがとう、心より感謝するぞ」

 

「ん? あぁ、気にすんなよ。隠れてばっかりって、ホント嫌だからさ……」

 

アフィンの顔に浮かんだのは、後悔。視線は妾から逸らされ、遠くを見ている。こんな表情をする時、アフィンは決まって、姉君の事を考えている。妾の知らぬ、姉君との古い思い出があるのじゃろう。

 

『……えで、おい、聞こえるか、楓! 聞こえてるなら応答しろ!』

 

 そうして、アフィンの憂いを帯びた顔を眺めていると、通信機にゼノ殿の声が届いた。

 

「はい、こちら楓です」

 

『やっと繋がりやがった! 通信妨害が酷くて、マグからの映像も届きゃしねぇんだ、無事か!?』

 

「えぇ、どうにか……。妾の方は、しばらく動けそうにありませぬ。しかし――」

 

アフィンに視線を向け、次いで物陰を見やると、アフィンは大きく頷き、物陰に戻った。

 

「アフィンは任務続行に支障なし。要救助者も、無事です」

 

『動けそうにねぇって、一体何があったんだよ……。とにかく、俺は他の班の連中と合流して、移動中だ。もうすぐ着くから、そこで待っとけ!』

 

「承知しました。では、一旦通信を切ります」

 

 ゼノ殿からの通信内容を、娘を抱えて戻ったアフィンに伝えつつ、考える。通信妨害が起きていた、とな? 言われてみれば、数えるのも億劫な回数を重ねる内、ゼノ殿から通信が届いた事は、一度もなかった。例え届いていたとしても、繋ぐ余裕があるかは、また別の話じゃが。

 そして迎えた今回、仮面被りを初めて撃退した。繰り返しが始まって初めての状況で、通信妨害が起きていたと知った。となると、その原因は、仮面被りと言う事か?

 炸裂防御で感じた感覚。やつが撤退するまで発生していた通信妨害。しかも、ナベリウスからアークスシップまで繋がっていた通信が、同じ惑星内でさえ使い物にならなくなる程の強度。戦闘中の疑惑は、確信に変わった。

 全く。まさか新人しかおらぬナベリウスに、『ダーカー因子を操る人間』が現れるとはな。おまけに、並のダーカーなんぞ比ではない、すこぶる付きの化物。何が、人外に片足を突っ込んでおる、だか。片足で済んでおるとは、到底思えぬぞ。

 

「おーい! お前たち、大丈夫かー!?」

 

 小道の向こうに、ゼノ殿にエコー殿、そしてユミナとアーノルドの姿が見えた。ゼノ殿の声で、改めて、終わったのだと実感が湧き、同時に、頼もしい先輩や仲間が来てくれた事に安心し――パルチザンを取り落とし、崩折れた。

 

 

 

 ……その後は、特筆すべき事はない。エコー殿のテクニック、『レスタ』で身体を回復して頂き、娘を含めた七人でテレポーターへと向かった。幸い、ダーカー因子は空間許容限界内まで低下し、ダーカーどもは霧散。近辺のフォトン係数も正常値まで落ち着いており、侵食体がまばらに現れはしたものの、概ね安全な道中であった。

 シップに搭乗し、エコー殿が娘の容態を見ている中、ゼノ殿に事の顛末を語った。マグの映像を見たゼノ殿は、仮面被りの危険性を察し、コフィー殿へ、全アークスへの通達を上申する、と真剣な顔で言っていた。以前よりも早期の通達となり、かつダーカー因子を操ると言う新たな情報も共有出来るので、状況は好転した、と言えよう。

 アークスシップ帰還後は、意識の戻らぬ娘を病院のフィリア殿に託し、一時解散。親睦会までの待機時間には、部屋にアフィンがやって来た。事情は把握しておるので、今回は激昂する事もなく、穏やかに、正式な相棒となった。むしろ、先の窮地を助けてもらった件もあり、一層強い絆を結べたのではなかろうか。

 親睦会もつつがなく終わり、翌日からは任命式を経て、正規の任務が始まった。娘を救出した事で何が変わったかと言えば、最も顕著なのは、この辺りであろう。当然ながら、レダは娘を見捨ててしまった件を悔やむ事なく、訓練校時代のような調子で任務に臨んでいた。それをダガン殲滅任務でジャン殿に咎められ、紆余曲折あり、二人で行動するようになったそうな。むしろ、例の件で焦って先行する事がなくなり、銃剣で遠近に対応出来るレダと、長年の経験から来るいぶし銀の仕事で彼を助けるジャン殿は、傍から見ても上手く噛み合っており、戦果も上々らしい。

 そう言えば、仮面被りとの初遭遇を果たした妾は、パティエンティア姉妹の好奇心を大いに刺激したようで、ダガン殲滅任務を機に、以前以上に懇意な間柄となった。その任務中に仮面被りを発見した事も、情報屋を名乗る彼女たちとしては、妾にピンと来るものがあったのかも知れぬ。

 あねさまには、全てを伏せてある。あの時には多大な心配を掛けてしまったが、それらがなかった事となり、決着が付いた今、再び超常の話をして、またぞろ心配を掛ける必要はない。それに、あねさまは言ってくれた。妾はあったかい、故に人間だ、と。それだけで十分だ。妾は、人として戦える。

 無論だが、ユミナとアーノルド、相棒となったアフィンとも、戦友として共に戦場へ赴いている。アークスシップでの忌憚のない語らいは、クエストでの焚き火を囲んでの憩いは、心が安らぐ。彼らの笑顔を見るにつけ、思う。諦めずに、あの牢獄から抜け出そうと足掻いて、本当に良かった、と。

 そして、ゲッテムハルトとシーナ。後で照会した結果、シーナの本名は"メルフォンシーナ"と言うそうだ。あの二人とは、同じハガル所属であるにも関わらず、あれから一度もシップ内で会っていない。ゼノ殿に尋ねてみると、任務やクエストなどそっちのけであらゆる惑星へ赴き、そこで侵食体やダーカーを思うさま虐殺しているのだとか。どうやら、単に粗暴なだけではなく、戦闘狂のきらいもあるらしい。話の終わりがけにゼノ殿が放った「アイツには関わるな」と言う簡潔な一言と、その時の怒りや悲しみがない混ぜになった顔が、やけに頭から離れない。

 

 全ての物事は、あの娘と仮面被りを中心として、変容した。良き方向へ進みはしたが、その裏で、なかった事となり、あるいは上書きされた物事も多い。新たな絆は、古い絆と必ずしも対等ではない。それが、少なからず物悲しい。せめて妾に出来るのは、記憶し続ける事。上書きされた過去を、消えた過去を忘れぬ事。それらも、己の糧なのだから。

 

 

 

 しかし。その中にあって、変わらぬものもあった。

 

 2月25日、惑星ナベリウスの夜明け前。アフィン、ユミナ、アーノルドは、自身の天幕で眠っている。今日の火の番は、妾が最後。どれ、目覚めの珈琲でも入れてやるか、とアイテムパックに手を伸ばし、

 

「質問があります。答えてもらえますね?」

 

『聞き覚えのない声』で、『聞き覚えのある台詞』が、背後から突き付けられた。

 そうか。この少女は、変わらなんだか。思い返せば、この少女と出会ったのは、巻き戻るたびに消えた、あの鍛練の日々であったな。

 

「ふむ。答えるのは構わんよ。じゃが――」

 

今度は、覚えておいてもらいたいものよな。

 

「――まずは、腹ごしらえと行こうではないか」

 

そして願わくば、また笑って欲しいものよ。例え妾が見惚れた笑顔が記憶に残らずとも、笑ってくれた事実を、この胸に刻ませておくれ。




攻撃、防御フォトンとPPについて、こちらにて原作用語を交えつつ少し補足します。
 何もユニットを装備しない場合、PPはゲーム内通りに100が上限となります。そこから余ったフォトンが、攻撃、防御フォトンとして出力されます。レベルが上がっても攻撃、防御の出力が上がるだけで、PPには影響しません。
 ユニットを装備していると、防御フォトンが増幅され、各種耐性が向上します。また、ジャスガで枯渇した防御フォトンも素早く再展開されます。極端な数字を出すと、アークスからユニットへ、1の防御フォトンが入力されると、ユニットが2に増幅して出力してくれます。それでも短時間ながら、極端に耐性が低下するのは避けられませんが。

ゲッテムさんにクソクソ言わせ過ぎましたね。でも、何となく作者のイメージでは、妙に合ってる気がしてます。それと、頭に曼珠沙華、ってノリで書きましたけど、花言葉がゲッテムさんにピッタリなのがビックリ。

※2017/10/25 8:08
  フィリアさんの名前を間違えていたので修正。


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第二十話 一夜明けて

誤投稿した上に話数まで間違えてました。やはり推敲は大事ですね。

自分でも妙だとは思ってますが、シオンとの会話は、まず否定的な感情で一度書いてから、肯定的な感情で書き直してます。その方が上手く書ける……気がする。


 新光暦238年、2月28日。ようやっと、この日を迎えられた。前日で足踏みどころか、一週間前に巻き戻されていた故、その感動も一入(ひとしお)、と言ったところか。そう言えば、人の世と化天を比した詞をどこかで聞いたような気がするのぅ。……むぅ? 数えるのも億劫な日々を鍛練に費やしても、他の者たちにとっては一週間足らずでしかない。すなわち、妾は人の世に生きている、と言えるのではなかろうか?

 ……などとつまらぬ事を考えるよりも、急がねばな。さっさと着替えて、病院へ行こう。

 

 この日、妾を起こしたのは、端末の目覚ましではなく、通信の受信音であった。発信元は、先日に例の娘を預けた、フィリア殿。

 

「おはようございます、フィリア殿」

 

『おはようございます。……あの、ですね、貴女が保護した女の子が、先程目を覚ましたんですが……』

 

「おぉ、それは良かった! ざっと一週間は眠ったままでしたからな。して、容態は?」

 

起き抜けの朗報に、眠気など吹っ飛んでしもうた。早速様子を尋ねてみたが、どうにも、歯切れが悪い。これは、何かあったか?

 

『えーっと、どう説明すれば良いのか……。とにかく、メディカルセンターまで来て頂けますか?』

 

「むぅ? そちらへ行けば良いのですね、承知しました」

 

通信では言いにくいのじゃろうか。大衆向けの映像作品だと、不治の病であったり、もう命は長くなかったり、と言うのがお決まりじゃが、フィリア殿の口ぶりから察するに、そんな悪い事態ではないらしい。と言うか、フィリア殿自身が混乱しておるようにも聞こえた。あの娘、外見からは、面倒を起こすような人間には見えなかったが……。ともかく、行ってみなければ始まるまいて。

 

 自室前のテレポーターを抜け、病院前に来てみると、そこにはアフィンがいた。妾を見付けると、よぅ、と言いながら手を振ってくれたので、こちらもおはよう、と手を振り返す。

 

「もしかして、相棒もフィリアさんから呼ばれたのか?」

 

「ん? 何じゃ、そなたもかえ」

 

「あぁ。何か、とにかく来てくれ、って。まぁ、大事(おおごと)じゃないってのは、声の調子で何となく分かったけど」

 

ふむ。あの娘を保護したからこそ呼ばれたのじゃろう。ただ、フィリア殿でさえ持て余すようならば、妾たちに出来る事など、たかが知れておるが……。

 

「お二人とも、朝早くに済みません、お待ちしてました! ……さ、こっちよ。おいで?」

 

 そこに、フィリア殿がやって来た。後ろには、俯いたままとぼとぼと歩く娘。確かに儚げな印象を受けはしたが、目が覚めてもこの調子とは。となると、フィリア殿が妾たちを呼んだ意図は、

 

「この通り、目が覚めてから、一言も喋ってくれなくて……。この子を保護したお二人となら、もしかして、と……」

 

やはりな。あのような鉄火場で倒れていたのじゃからして、色々と聞く事もある。だのに、何も話してくれぬのならば、猫の手も借りたくなろう。気持ちは分かる。

 

「だけど、フィリアさんでも困ってるのに、俺たちに出来る事ってあるかなぁ」

 

「うむ。しかし助けた手前、やるだけはやってみるがの。フィリア殿、この娘の身元などは、分かっておりますか?」

 

「それが、一応所持品を検めてみたんですけど、何も持ってなくて……。照会しても、アークスどころか、オラクルの住民とも一致しないんです」

 

ふむ。アークスではないとは、現地でアフィンが照会した故に分かっておったが、そもそもオラクルに住んでさえおらぬとは。この娘は、一体どこから来た?

 

「のぅ、お主、名は何と言うのじゃ?」

 

ほんの少し屈んで、娘の顔を覗き込みながら問うてみた。一流の職人が作った人形の如く美しく整った顔に、緋色に輝く透き通った瞳。総じて、万人をして美少女と言わしめる程。惜しむらくは、その表情が暗雲立ち込める空にも似て翳っている。

 

「……普通は逆だよな、身長的にさ」

 

「あ、あはは……」

 

「やかましいわっ!」

 

茶々を入れるアフィンの頭に、扇子でぱしんと一発。全く。確かに妾はちっこいが、今は関係なかろう!

 

「お嬢さん、名を教えてくれんかのぅ?」

 

頭をさするアフィンを尻目に、もう一度優しく聞いてみる。地に向けられた瞳が妾の目と合い、僅かに見開かれた。そして、ゆっくりと顔を上げ、

 

「……楓」

 

妾の名を、呼んだ。

 

「んむ? おぉ、そうじゃ、妾は楓ぞ? 今度は、お主の番じゃな?」

 

まさか第一声が妾の名とは思わなかったが、一先ず、この娘が失語症などを患っていない事は知れた。しかし、鈴を転がすような、可愛らしい声じゃのぅ。聞いているだけで、心が洗われそうじゃ。……おろ?

 

「……あれっ? フィリアさん、この子に相棒の名前、教えてたんですか?」

 

横からのアフィンの疑問に、フィリア殿は、首を傾げた。

 

「いえ、私からは何も……。楓さんから教えたりとかは、してないですよね?」

 

「教えるも何も、妾たちが発見してからこちらに連れて来るまで、この娘は気を失ったままでしたゆえ……」

 

ついでに言うと、フィリア殿がこの娘とともに出て来て以降、妾の名前は、会話に一度も出ていない。だと言うのに、なぜこの娘は、妾の名を知っておる?

 

「……頭の中に、聞こえて来た。楓、って」

 

頭の中に声、か。まさか、妾の同類ではなかろうな。いや、妾の中の声に比べれば、随分と有益な気もするが。

 

 

  妾に従えば これ以上の益はないぞ?

 

 

黙っとれ。

 

「……わたしは、"マトイ"」

 

「マトイちゃんって言うのか。じゃあさ、俺の名前、分かる?」

 

にこにこ顔で己を指差しながらアフィンが聞いたが、マトイは少しばかり怯えたような表情をして、とてとてと妾の背に隠れてしもうた。

 

「えっ、何で!?」

 

「かかか。下心を見抜かれたのではないか? 良し良し、マトイよ、この助平男はアフィンと言うてな。妾の相棒よ」

 

「……アフィン?」

 

「助平は余計だっての。……んじゃ改めて、よろしくな、マトイちゃん」

 

頬を引き攣らせながら差し出されたアフィンの手を、マトイはおずおずと握り返した。まぁ、助平などと茶化してみたが、アフィンが良い男子(おのこ)なのは、少し接すれば誰でも分かるからのぅ。こうして丸く収まるのも必然か。

 とりあえず、名前は分かった。新たな疑問も出て来たがの。その疑問は後回しにするとして、ちと考察せねばならぬか。

 

「オラクルの人間ではない、となると、マトイはどこから来たのじゃろうな」

 

「少なくとも、フォトンは扱えるみてーだしな。でないと、あそこで倒れてて無事なわけがねーし」

 

「検査の結果では、種族はヒューマンですね。だからこそ、オラクルの住民でさえないと言うのが不思議でして……」

 

ダーカー汚染地帯にあって侵食を受けぬ程度にはフォトンに守られるヒューマン。それでいて、オラクル住民にあらず。どうにも噛み合わぬ。前後いずれかが逆転しておれば納得出来るだけに、もやもやする。

 駄目じゃな。考えようにも、材料が少な過ぎる。この謎多き娘から話を聞き出さねば、憶測ばかりを並べ立てる事になってしまう。

 

「……なぁ、相棒、フィリアさん。マトイちゃんの着てる服、何かスゴくないか?」

 

ぽつり、とアフィンが疑問を口にした。服がスゴい、とな。フィリア殿と二人して、まじまじと眺めてみる。マトイは二組四つの視線に晒され、居心地悪そうに身をよじっておるが、しばし堪えておくれ。

 

「うーん、言われてみれば、確かに……」

 

「うむ。確かにスゴいのぅ……」

 

襟元や袖の形は浴衣に似ており、妾の好みじゃ。しかし胸の谷間辺りは素肌が露出し、股座の部分に至っては裾が短過ぎて下着が丸見えになってしもうとる。

 

「……助平のアフィンが好みそうな、スゴい服じゃな」

 

「あう……」

 

「アフィンよ……。もそっと状況を考えてサカらぬか。マトイが怯えてしもうたではないか」

 

「だーっ! 違う、そうじゃねーよ!」

 

竦み上がったマトイの頭を撫でつつ睨むと、アフィンは己の頭をがしがしと掻いて喚いた。

 

「マトイちゃんの服、仕立てが俺たちの戦闘服に似てないか、って言いてーんだよ!」

 

「む、仕立てじゃと?」

 

言われてみれば、そう見えん事もない。肩や背中の装飾は機械的で、腰布には、何かの機能を持つのか、それとも単なる飾りなのか、硬質な板状の部品が備えてある。生地も、アークス戦闘服のそれに準じておるような、見慣れた光沢を放っており、戦闘服だと説明されて売り出されたなら、少なくない人数が買い求めそうじゃな。

 

「なるほど、これは手掛かりになるかも知れませんね。服飾関係のメーカーに問い合わせてみます」

 

ぽん、と手を打つと、フィリア殿は端末をマトイに向け、撮影を始めた。理由が理由なだけに、今度はマトイも直立し、大人しくしている。これで、戦闘服の製造元から有効な回答が届けば良いのじゃが。

 しかし、さすがは観察力が物を言うレンジャー。衣服から手掛かりを得ようなど、妾は考えもせんかったわ。ほんに頼もしい。

 

「ま、一番はマトイちゃんに聞く事なんだけど、目を覚ましたばっかりだし、無理はさせられねーよな」

 

「ダーカー汚染地帯で倒れていたなど、尋常ではないからの。休ませるが良かろうて」

 

これがフォトンを操れぬ一般人であれば、時間による程度の差こそあれど、間違いなく侵食されていたろう。妾たちアークスは頻繁に赴いておるが、そうでない者たちにとってナベリウスとは、ただ立っているだけでも危険な地なのだ。

 

「ところで相棒、この子と面識はねーの? 名前知ってるって事は、シップの中ですれ違ったって程度じゃねーだろうし」

 

当然の疑問じゃが、それには首を横に振って答えた。名前を呼ばれて記憶領域を探ったが、マトイに会った記録は、一秒たりとてない。そも、こんな美少女、忘れようと思っても忘れられるものか。同性の妾でさえ、目を奪われたのじゃぞ。

 

「だよな、キャストの記憶力なら忘れるわけねーし。……にしても、見事に懐かれたな」

 

「滲み出る人柄のおかげじゃろう。かかか」

 

撮影を終えると、マトイはまたてててと妾に走り寄って来た。ふむ。懐かれるのは構わんし、むしろ嬉しいのじゃが、妾をアフィンへの盾にしとらんか。ま、お決まりのように扇子で口元を隠し、笑ってやったがの。アフィンとの触れ合いを重ねれば、こう言う事もなくなるじゃろうしな。

 

 その後、フィリア殿の提案で、マトイは病院に頼む事となった。妾たちはアークス戦闘員故、常にマトイに付き添ってやれるわけではない。また根本的な問題として、ショップエリアなら一般人の立ち入りも認められておるが、アークス居住区画は許可されていない。それに境遇が境遇なので、病院で面倒を見てもらった方が、もしもの時にすぐに対応出来る。

 

「先程の衣服の件も含めて、何かあったら、すぐにお二人にお知らせしますよ」

 

「承知しました。マトイをお頼み申しますぞ」

 

「ちょっとした事でも大丈夫なんで、よろしくお願いします!」

 

頼もしげに頷くフィリア殿に一礼し、その場を離れようとした。しかし、

 

「あ、あのっ……。楓、それにえっと、あ、アフィン……」

 

背を向けたところで、マトイに呼び止められた。

 

「その、上手く言えないんだけど……。何だか、怖い感じがするの……。二人とも、気を付けてね……」

 

やけに躊躇いがちに、怯えた様子でマトイが言う。怖い感じがする、か。先の頭に聞こえて来た声とやらと、何か関係があるのじゃろうか。

 自分とて混乱の最中にあるだろうに、まるで己の事のように妾たちを心配してくれるとは。マトイは外見に相応しい、美しく優しい心を持っているようじゃな。であるならば。アフィンと顔を見合わせ、

 

「心配すんなよ、マトイちゃん! 俺と相棒なら、どんなヤツでもチョチョイのチョイだ!」

 

「然り。相棒とともにあれば、妾に怖いものなど何もないわぃ!」

 

殊更に豪快に笑い飛ばした。マトイよ、お主の懸念は、妾とアフィンで全て杞憂に終わらせてやる。だから、安心して休むが良い。

 

 幾分安心したような顔でフィリア殿に手を引かれて病院へ戻るマトイを見送り、受付前に立つのは妾とアフィンだけになった。時間が時間だからであろうか。ゲートエリアはまばらに人が歩いているのみで、昼間程の活気はない。朝の風景は、一般市街区画もアークス専用区画も、さして変わらぬようじゃ。

 

「そう言や、こんな早くに相棒と会うのも初めてだな。一緒に朝飯でも食わねーか?」

 

普段は、各自で朝食をとってから合流しておるしな。丁度良い機会じゃろう。

 

「そう言うからには、美味い物を食わせてくれるのじゃろうな? 期待しておるぞ?」

 

「大丈夫、フランカさんのメシは、そこらのレストランよりずっと美味いからさ!」

 

ふむ。美味いと評判の、フランカ殿の店。ついぞ訪ねた事がなかったが、噂で聞く限りは、他のシップの者たちが羨む程であったか。よし、たまには煮付け以外の朝食に舌鼓を打たせてもらおうかの。

 

 

 

 明朗快活なフランカ殿から『さんどいっち』を買い求め、長椅子にアフィンと並んで座って食したが、なるほど、噂になるのも頷ける。大衆向けの外食店にありがちな濃い目の味付けではなく、どこか懐かしい素朴な味。おふくろの味、とでも表現しようか。妾たちが着いた頃には行列が出来上がっておったが、そこに並んで待ったかいは、十分過ぎる程にあった。

 そして、これだけの腕前を持っているのなら、俄然興味が湧く。彼女が作る煮付けは、どんな味なのか。煮付けを持ち込んで頼んだら、どんな料理が出来上がるのか。いずれ、依頼してみようかのぅ。受けてくれるかは、また別の話じゃが。

 

「ご馳走様でした。うむ、妾は満足じゃ!」

 

 包み紙を畳んでから手を合わせ、隣で

 

「ごちそーさまでした、美味かったー!」

 

とご満悦なアフィンの、くしゃくしゃに丸められた包み紙も受け取った。全く。こうして折り畳まねば、捨てる時に嵩張るじゃろうが。

 

「あぁ、悪い。にしても、几帳面なんだな」

 

「たわけ。そなたがずぼらなだけじゃよ。普段は過ぎる程に気が利くと言うに、なぜこう、身の回りに関しては物臭なのじゃろうな、そなたは……」

 

「男ってのは、そのくらいで丁度良いんだよ。じゃないと、肩が凝っちまう」

 

「ふん。口達者になりおって」

 

 くしゃくしゃの包み紙を広げて畳み直し、アップルジュースで口を湿らせながら、予定に思案を巡らせる。この一週間、ナベリウスのクエストに精を出していた故、四人とも今日は休もうと言う話になっている。つまり予定は白紙も同然。思案を巡らせるも何もあったものではない……っと、休みを謳歌する前に、あの三人に渡す物があるんじゃった。

 少し用事があるのでいつもの時間に合流しよう、と約束を取り付け、その場はアフィンと別れた。渡すにしても、整備班に手続きが必要じゃし、ユミナとアーノルドにも伝えんといかんからの。

 

 それに、恐らくはそろそろ、あちらから声掛けがあるはず。

 

 

 

 自室にて準備をしていると、背後に気配。こやつは人と思えぬ程に気配が希薄じゃが、何度もこうして来られると、何となく察知出来るようになる。まぁ、正面に現れてくれるのならば、その必要もないんじゃがな。

 

「楓。まずは、貴女に感謝を。ありがとう」

 

「礼を言われるような事はしておらぬ。妾の目的の過程に、お主の願いがあったに過ぎぬのじゃからな」

 

言いたい事はある。じゃがまずは、シオンの話を聞いてやろう。それからでも、遅くはない。

 

「偶事の優位改変を確認した。状況は、新たな場へと進行している」

 

「その偶事とは、マトイの事か? それとも、仮面被りの事か?」

 

「双方である。貴女は、未来の偶事を拾い集め、過去の偶事へと至った。仮面の者を撃退し、少女を救出した。それこそ即ち、わたしが望んだ運命」

 

「撃退、か。あの粗暴者が撃退したようなものじゃったがな……」

 

最低でもゼノ殿が到着するまでの時間稼ぎのつもりじゃったが、来たのはゲッテムハルト。あやつの言では、炸裂防御とディバインランチャーを嗅ぎ付けたらしいが、あれがなければ、また少しは変わっていたのじゃろうか。考えたところで、こうして未来へと時が進んでいる以上は詮無き事ではあるが。

 ともかく、シオンがこうして現れ、感謝を述べたと言う事は、あの牢獄からの脱出は叶ったらしい。ならば今度はこちらの番か、と口を開こうとし、

 

「……わたしは、貴女に謝罪する。ごめんなさい」

 

シオンの謝罪に、噤んだ。

 

「わたしには観測しか出来ない。貴女の呼び掛けに、応えられなかった」

 

やはり、か。あの最中にシオンが口出しすれば、全てが台無しになる可能性もあったわけか。少し、溜飲が下がったのを感じる。しかし、言わねばなるまい。

 

「妾も、頭では理解しておったよ。しかしシオン。心とは、時に論理的思考で抑えられぬ事もある」

 

頭で分かっていても、どうしようもない事もままある。これまでの会話で分かったのは、シオンは論理的な思考が極めて強い。シオンが妾を慮って謝ってくれた事は嬉しいが、であるならば改めて、心とはそれだけでは片付かない事を、教えてやらねば。

 

「その為に、言葉がある。お主の言う、心のやり取りがある。分かるな? 妾はあの時、お主の言葉が欲しかった。お主との心のやり取りが欲しかった。過ぎた事ゆえ、これ以上の説教は避けるが、どうか分かって欲しい」

 

「……ごめんなさい。貴女の思考は、演算に組み込まれていた。しかし、わたしには貴女を語る資格がなかった。故に、例え事象の崩壊が起こらずとも、あなたへの干渉は出来なかった」

 

妾の思考が演算の内。それはもう、今更語る事ではあるまい。それよりも引っ掛かったのは、資格。

 

「これは驚いた。妾を語るには、資格が必要じゃったとは」

 

「……違う、正しい言葉ではなかった。それは約定。わたしは約定を結んだ。貴女も知る、かの女性と」

 

「何じゃと? お主、あの女と面識があるのか?」

 

こくり、と頷くシオン。あの女性はシオンを知らぬ風じゃったが。いや、あれだけとらえどころがなく、飄々とした輩じゃしな。どちらかと言えば、シオンの言葉の方が、信用に値する。

 

「答えは未来にのみ存在する、か。その答えと言うのは、マトイや仮面被りだけではなく、妾自身も含まれる、との認識で正しいか?」

 

「ここで正しい認識を論ずるよりも、わたしの曖昧な言語で語るよりも、貴女は確かな解答を得た。そして、貴女は今後、より多くのものを救う機会を持つ」

 

あの夜、己に潜む何かを認識し、対話を経て、少ないながらも己を理解した。牢獄で足掻き、仮面被りを相手に時間稼ぎ程度なら可能なだけの鍛練を積み、マトイを救出した。

 そして、これで終わりではない。マターボードに記される偶事を起こし、時間を遡って何かを助ける必要があるらしい。その最中に、またあの女性と言葉を交わし、内の声を振り払わねばならぬわけか。

 

「妾の目的は、詰まるところ家族を守る事。それを果たせるのならば、口を挟むつもりはないさ。まぁ、過日のような事にはならんで欲しいがの」

 

「……ごめんなさい。今の私は、貴女を納得させるだけの言葉を知らない。貴女の信用を得られない。それでも、貴女に頼る他ない」

 

「こうして物事が好転しておるのじゃから、多少は信用しとるがな。それに、お主に協力しようと決めたのは、他ならぬ妾じゃ。まぁ何にせよ、これからなんじゃろ?」

 

「間もなく、新たなマターボードの演算が完了し、新たな偶事介入が可能となる」

 

ふむ。こうしてこれからも偶事を起こし、家族を守る傍ら、助けられるものを助けるわけじゃな。あの龍を追う少女ではないが、まるで物語の主人公のようではないか。己がその立ち位置に相応しいかは、また別の話じゃが。こんな捻くれた性格の英雄など、そうそうおるまいて。

 

「わたしの後悔は、未だ続く。貴女がそれを振り払う剣としてあってくれる事を、切に祈る。……また会おう」

 

別れの言葉を残し、シオンの姿が薄れ、消え去った。

 間もなく、か。人の成せる業ではない、人の身で偶然を引き起こす日々が、再び始まるか。

 

 

  また しぬのか? ひとりになるのか?

 

 

ならぬよ。だから、安心せよ。そうなる前に、打ち破ってみせるとも。死なぬ、とは確約出来んがの。

 

 

  がんばれ かえで

 

 

言われずとも、頑張るさ。あの奇妙な自称友人に託された以上は、な。

 

* * *

 

「今回も、10分だ。まずは目を通せ、話はそれからだ」

 

「あん? 今時、紙かよ……。って、何だこれ、キャンプキットのライター?」

 

「読み終わったら、この場で燃やせ。なに、紙一枚燃やす程度ならセンサーも反応せん。実証済みだ」

 

「へいへい、面倒くせぇ……。……おい、ホントに耄碌したか? アイツのデータを見せるっつってたろ」

 

「間違いなく、あれのデータだ。骨が折れたぞ、この一週間、秘密裏に集めるのは」

 

「いや、過程は聞いてねぇよ。んな事より、このデータ通りだと……」

 

「戦闘部に登録されておるデータでは、何の変哲もない新人。だが、実戦データを漁って調べた結果は――」

 

「――クラスリミットの緩和具合が尋常じゃねぇぞ……。あの修了任務から、一週間しか経ってねぇのに……?」

 

「映像からの推測故、誤差は当然あろう。だがいずれにせよ、あやつは新人の範疇を遥かに超えておる」

 

「戦闘部のデータが改竄されてるってのか? 一体誰が……、っつか出来るのか?」

 

「心当たりはあるが、確証はない。いずれにせよ、人の成せる業ではないな」

 

「ホント、ナニモンなんだよアイツは……」

 

「ともかく、お前はあやつを探れ。恐らくは巻き込まれておるだけとは思うが……」

 

「言われなくてもそのつもりだっての。アイツの人となりは、それなりに分かってるつもりだ。少なくとも、他人を騙して喜ぶようなヤツじゃねぇから、安心して待っとけ」

 

「頼んだぞ、小僧」

 

「頼まれてやるよ、じじい」

 

「……ところで、今日は水を飲んでおらんのだな」

 

「……思い出させんじゃねぇよ。じじいもやってもらったらどうだ? 長話したら自動ドアが高確率で反応しなくなる祟り、とかな」




過去にはアンリがいて、現在でもエメライン、クレシダ、ジラードがショップエリアにいます。その全員が一般市民の衣服であるスライトスーツ、スライトクロスを着ているので、一般市民の立ち入り可能エリアはとりあえずショップエリアのみとしました。

なぜ原作では、フィリアさんは安藤だけ呼んだんでしょうね? マトイを保護した際はアフィンも一緒でしたし。安藤がメディカルセンターに来るまでは、マトイは一言も喋っていませんから、指名されたって線もありませんし。思えば、原作はここからアフィンの名ばかりの相棒化が始まっていたのかも知れません。


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第二十一話 厳寒の地へ

マターボードに関しては第一章開始からマトイ救出までに書きましたので、以降は詳細な描写は省きます。


 翌日。枕元の端末がけたたましい音を鳴らした。支給当初は跳ねるように起きておったが、三桁近くも聞けばもう慣れたもの。布団の中に引きずり込んで画面も見ず音を止め、そこからたっぷりと5分、睡眠の余韻を楽しむのが、朝の日課になっている。布団の柔らかさと温もりに包まれる、まさに至福の一時。許されるのならば、ずっとこうしていたいものよ。

 まぁ、許されるわけがないがな。きっかり5分が経ち、むくりと起床。ベランダに面した窓からは人工の光が差し、室内と寝台脇のシオンを朝色に染め上げている。今日のハガルは晴れ。家族たちも気持ちの良い朝を迎えている事じゃろう。うむ、そう考えると気分が良い。さて、まずは眠気覚ましに顔を洗って……、ん?

 

「この時間の挨拶は『おはよう』で相違ないだろうか」

 

「……合っとるよ。おはよう、シオン」

 

「そうか、記憶しておこう。おはよう、楓」

 

ちと驚いた。まさか妾が寝ておる最中に、部屋に現れようとは。やや着崩れしている寝間着を整えながら、尋ねる。

 

「……よもや、妾が床に就いてから今まで、ずっと見ていたなどと言う事はなかろうな?」

 

「わたしがこの空間に干渉したのは、5分26秒前だ」

 

およそ5分半前となると、目覚ましを止めた辺りか。では、それから今の今まで、黙ってそこに立っておったのか?

 

「こうして現れたと言う事は、マターボードの準備が出来たんじゃろ? ならば起こせば良かったものを」

 

「貴女には無理をさせてしまっている。故に、休息の妨害はすべきではないと、わたしは判断した」

 

「大げさじゃなぁ……。しかし、妾を気遣ってくれたのじゃろう? ありがとうな」

 

相変わらず、プリセットを以てしても感情が読めぬ程の、完璧な無表情。じゃが、こうして妾を思い遣ってくれているのは十分に伝わるし、素直に嬉しい。昨日の説教紛いのあれで、人の心の有り様を考えてくれたのじゃろう。

 

「よし、お主のお陰でしっかり目が覚めたわ。早速、マターボードを渡してもらおうかの!」

 

 朝から実に気分が良い。漲る活力に任せてマターボードを求めると、シオンの指先に青い光が灯った。光は中空をふわふわと進むと、妾の差し出した指先に移り、やがて消えた。試しにマターボードを開いてみると、以前より少し大きくなっている。起点となる偶事は、"マルモス"の討伐か。

 

「事象とは、さながら蝶の羽ばたきの如し。捉え難く、捕らえ難い。時としてその行為は過誤に終わる。だが決して不為ではない。貴女は、どうか迷わないで欲しい。その為に、わたしはいる。貴女の標となる為に、わたしは在る」

 

「失敗は無駄ではない、か。嫌と言う程理解しておるよ。だからこそ、妾もここに在るのじゃからな」

 

「そう、貴女は迷わなかった。惑わなかった。故に、今だ遠かれど、道はあるべき所へ伸びんとしている」

 

妾の行動に未来が委ねられている、と言いたいのか。戦闘経験はそれなりに積んでおるが、まだ就任から一週間程度の新人には、ちと重いのぅ。まぁ、妾の目的は変わらぬし、張り合いがある、と考えよう。何故己がこんな事をせねばならぬのか、などと後ろ向きにつまらん事を考えるよりも、余程建設的じゃ。

 

「わたしは願う。貴女が掴む未来が、わたしの願う未来と等しい事を」

 

「お主が何を目的としておるのか話してくれねば、何とも言えんがの。詮索するつもりもないが」

 

「貴女の理解に、感謝を。ありがとう」

 

 すぅ、と消えるシオンを見送り、もう一度マターボードを開いた。マルモスを討伐し、『アルバスレイヤー』を入手せよ、とある。

 マルモスと言えば確か、ナベリウスの凍土エリアに生息する原生種じゃったか。凍土エリアは起伏に富み、気温は氷点を上回る事がなく、常に雪が降り積もる豪雪地帯と聞く。

 

「ともかく、まずは凍土エリアへの降下許可が出ねば始まらんのぅ」

 

 マターボードを閉じ、寝台から降りて洗面所へと向かう。朝食後に合流したら、アフィンたちに話を持ち掛けてみるか。

 

 

 

 起床時間は、身支度を済ませてなお合流時間に余裕が出来るようにしている。その時間を利用して、ショップエリアで雑多な買い物を済ませる為じゃ。特に携帯糧食は、クエストに出るたびに買い求めねばならんしな。今日もいつも通り、人影の少ない店先を歩いていたが、

 

「あっ、そこのあなた! あなた、楓さんだよね、合ってるかな?」

 

巨大モニター方面から駆けて来る少女に、呼び止められた。

 

「ん? いかにも妾は楓じゃが、どこぞで会った事があるかえ?」

 

「うぅん、初対面。わたし、"ウルク"って言うの、よろしくね!」

 

元気に満ち満ちた声で自己紹介すると、ウルクと名乗るニューマンの少女は妾の手を取り、ぶんぶんと上下に激しく振った。元気なのは大変結構じゃが、こちらは非力な非戦闘用ボディ故、少し手加減して欲しいものじゃが……。

 衣服から察するに、ウルクはアークスではなく一般市民か。ショップエリアでは特に珍しくはないが、何故妾の名を知っておるのじゃろう。

 

「ふ、ふむ。この一週間で、妾はハガルの民にまで名が轟くようになったか。あれか、『さいん』とやらが欲しいのか? 良いぞ、喜んで書いてやろうぞ、色紙はどこじゃ?」

 

やっと手を放してもらえたが、ちと右肩が痛い。これでは人生初の『さいん』が、みみずののたくったような字になってしまう。それでも、この娘は満足してくれるかのぅ。

 

「うにゃ? 違うよ、わたしは友達から、あなたの事を聞いてきたの!」

 

「……そうか」

 

……別に有名でも何でもなく、目的も『さいん』ではなかったらしい。朝方の活力に引きずられて、空回りしてしもうたか。それにしても、友達から聞いた、とな。妾を知っておると言う事は、アークス所属か?

 

「あなたの同期の、"テオドール"。知らないかな?」

 

「テオドール……。ハンター科では聞いた覚えがないな。となると、レンジャー科かフォース科か」

 

「うん、フォースやってる子だよ。フォトンの扱い方を聞いてみたら、新人のエースに聞いた方が良いよ、ってさ」

 

猪武者、期待のルーキーと来て、今度は新人のエースか。異名だか通り名だかが独り歩きしておるようで、少し面映い。実際の妾は、少しばかりナベリウスの侵食体と戦うのが得意なだけなのにな。

 

 ウルクが妾を探していた目的は、先の彼女の言の通り、フォトンの扱い方を学ぶ事だった。パン生地を捏ねるように、流水をせき止めるように、と、彼女の思い描くフォトンの扱い方を聞きつつ、己も改めて考えてみたが、この話題は不味い。

 己自身、特に意識をする事なく扱えているからだ。炸裂防御は未だ未熟であるが故、明確に想像せねば使えないが、それ以外の攻防となると、『何となく』使えると言う他ない。武器に流し込み、身の回りに張るなど、考えるまでもなくこなせてしまう。訓練校の一年次は、基礎学習としてテクニックの行使も学んだが、こちらも同様に、出来てしまった。尤も、訓練校の入学条件は、最低でも提示された程度にはフォトンを扱える事である故、当然と言えば当然ではある。

 これを言語として伝えようとすると、己までフォトンを扱えなくなりそうじゃ。教える側には教わる側の三倍の労力が要求される、とはよく聞くが、フォトンに関しては例外としか思えぬ。『何となく』使えるなど、どう教えれば良いのか。下手に理屈を付けようとすると、その『何となく』を失いそうな気さえする。

 

「そっかぁ、何となくかぁ……」

 

「こればかりは、そうとしか言いようがなくてな……。済まなんだのぅ、がっかりさせて」

 

「うぅん、気にしないで。少しでも感覚的に分かれば、って思ってたけど、その『何となく』が分からないってのが、わたしには才能がないって事なんだろうね」

 

気丈に振る舞っておるが、ウルクの表情には、落胆の色が見て取れた。そのテオドールと肩を並べて戦いたいのやも知れぬな。

 

「アークスが色んな星やわたしたちを守る為に戦って、わたしたち一般人はアークスの帰る場所を守る。そう言う風になってるもんね。……わたしは、何をしようかなぁ」

 

唇に指をやって、ああでもない、こうでもないと悩むウルク。ふむ。

 

「ウルクや、一つ話をしようか。妾の家族の話じゃ。あぁ、それとさん付けは勘弁してくれぬか? 妾の同輩と同じ年齢ならば、そうして畏まる必要もなかろう?」

 

「あっ、それもそうだね、えへへ。じゃあ、楓!」

 

「それで構わぬよ、かかか。では、話すとするかの」

 

 ウルクに話したのは、妾のあにさまについて。真面目で、人に厳しく、自分にはもっと厳しい方。あにさまは、いつもこう言っておった。

 

――人と言うのは、何かしらの長所を必ず持っている。どれだけ未熟であっても、怠惰であってもだ。楓、自分を決め付けず、あらゆる道を試せ。そこに無駄などない。

 

笑った事など片手で数えてなお余る、昔気質(むかしかたぎ)の頑固者。あねさまと同時にアークスに就任した為、家で一緒に暮らした時間は一年しかなかったが、その毅然とした振る舞いは今も目に、心に焼き付いている。

 去年の四月頃に、マザーシップに出向するとの連絡があったが、元気にしているじゃろうか。いや、心配する必要などあるまい。あにさまなら、どんな所でも持ち前の忍耐力で最良の結果を出すからの。

 

「色んな道を試せ、かぁ……。そう、だよね。フォトンが扱えないからって、諦めたら駄目だよね」

 

残酷ではあるが、フォトンを扱えぬのならば、アークスになる事は叶わぬ。しかし、今ここでそれを言うのは、この上なき野暮。眼前の多感な少女は、己の道を選ばんとしておるのじゃ。口を閉じ、見守ろう。

 

「未練がましいかもしれないけどさ、わたし、もう少し考えてみるよ。フォトンが使えなくたって、アークスの皆の役に立つ仕事があるかも知れないし!」

 

「その意気じゃ、ウルク。何事も、やってみなければ分からぬ。ひょんな事から、己に合う何かが見つかるものじゃよ」

 

そう励ましながら、妾は訓練校に入学して間もない頃を思い出していた。

 実のところ、当時は自在槍を振るうのを諦めておった。どれだけ訓練を重ねてもワイヤーが絡まり、己に巻き付き、戦線に立つ事さえままならなかった。故に長槍を使い、それなりに結果を残していたが、ある時ふと考えた。ワイヤーがなければどうなるのか、と。試しにちょん切ってみると、これが当たりであった。僅かな違和感はあったが、長槍よりも遥かに使いやすく、己の身体に馴染み、訓練結果として明確に表れたのだ。

 教官殿も、ドゥドゥ殿も、こんな事をする者は見た事がない、と言っておった。じゃが、これこそが妾にとっての正道。ウルクにも、がむしゃらに走るその先に、彼女にとっての正道が見つかるであろう。

 

「ありがとう、楓! わたし、絶対に見つけてみせるから!」

 

「うむ。応援しておるぞ、ウルク!」

 

走り出したウルクを見送りながら、思う。自分に合う事とは、決して大衆にとって正しいとは限らぬ。時にそれは、邪道ともなる。じゃが、あの子ならば心配あるまい。その胸に宿る決意の炎が、正道を照らし、示してくれるじゃろうからな。

 

 

 

 ウルクとの話で、少しばかり集合に遅れてしもうた。必要な物を急いで買い揃え、小走りでいつもの場所へ来てみると、やはり妾以外の三人はすでに来ておった。

 

「済まぬ、遅くなった!」

 

「気にすんなよ、5分も待っちゃいねーからさ」

 

「それより楓、少し相談があるんだが、良いか?」

 

 集合場所に一番に着いたアーノルドに、コフィー殿がこう言うたらしい。妾たち四人の戦闘実績を鑑み、凍土エリアへの降下許可を出す。それにあたり、まずは基礎となる任務を受けてくれ、と。もちろん強制ではないが、凍土エリアに行きたいのならば、その任務は避けては通れんらしい。

 

「私たち三人で少し話したんだけど、決めるのはリーダーの楓ちゃんかな、って」

 

「誰がリーダーじゃ。そんなのになった覚えはないぞ」

 

「深く考えるこっちゃねーって。んで、どーするよ、リーダー」

 

苦笑し、考える。渡りに船、とは違うか。これもマターボードの影響なのじゃろうな。でなければ、こうも都合良く物事が進むとは思えぬ。妾としては、その任務に向かいたいのじゃが、アフィンたちはどうなのじゃろう。

 

「ちなみにだが。俺たちは、行きたいと思っている」

 

「まだ何も言うとらんぞ?」

 

「私たちの意見を聞いてから、って顔してたよぉ?」

 

む、顔に出ておったのか。これはいかんな。ウルクの件で凝りたつもりが、まだ切り替えられておらんかったらしい。しかし、遠慮する必要はなくなった。

 

「満場一致だな。よし、レベッカさんのとこに行こうぜ!」

 

そうと決まれば、善は急げ。アサインカウンターにて手続きを済ませ、キャンプシップに乗り込むとするかの。

 

 レベッカ殿からの説明によると、今回の任務『凍土地域状況調査』は、侵食を受けた原生種の討伐が目的との事。とは言っても、任務としては珍しく、緊急性は皆無に等しい。危険だから、ではなく、危険を減らす為の任務だそうな。ちとややこしい。

 と言うのも、凍土エリアの原生種は、森林エリアの個体以上に手強いからじゃな。外見は共通する点も多いが、その戦法はまるで違う。初めてVRで戦った時などは、辛酸を舐めさせられたわ。まぁ、その後は華麗にブチのめしてやったが。

 そんな連中が地の利を得て襲い来る、戦場に慣れたと勘違いしたアークス戦闘員が毎年数人は帰らぬ人となる、過酷な地。森林では上手く戦えた、VRで戦い慣れている、などと自惚れ、軽い気持ちで挑めば、手痛いしっぺ返しを食うじゃろう。故に、まずは比較的簡単な内容で、凍土エリアに慣れさせようと言うのが、この任務の目的らしい。

 

「今回の任務は、全員にテレパイプが支給されるからね。危なくなったら、すぐに帰って来るんだよ?」

 

 森林エリアでの任務では、このような支給品は成されなかった。スタンロッドは受け取ったが、あれは捕獲任務遂行の為の必需品であり、生還を目的とした物ではない。比較的簡単な任務でありながらそれをわざわざ与えられると言う事は、組織として、これより赴く地の危険性を認識している証左。他人に漏らせぬ目的があるとは言え、軽い気持ちで受諾した己の気を引き締めるには、この支給品の存在はあまりにも十分過ぎた。

 

「ご忠言、痛み入ります。必ずや、全員何事もなく帰還いたしましょう。みなの者、抜かるなよ?」

 

妾の言葉に、全員が無言のまま頷いた。このような時、言葉で表すは軽薄。吐いた言葉と共に、意思が漏れ出てしまう。アフィンたち三人の目は、閉ざされた口の代わりとなって、己が決意を雄弁に物語っていた。

 

「では、行って参ります!」

 

「気を付けてね、行ってらっしゃい!」

 

 

 

 降下した妾たちを待っていたのは、一面の銀世界じゃった。本当にここはナベリウスなのか、と疑いたくなる程に、森林エリアとは様子が違う。大地も、枯れた木々も、何もかもが雪化粧をしておる。

 見ているだけでも体の芯から凍てつきそうな、寒風吹きすさぶ風景とは裏腹に、寒さは一切感じない。防御フォトンはダーカーや侵食体の攻撃だけでなく、周囲の環境からも身を守ってくれるからじゃ。このような極寒の地だけではなく、極暑の地でも同様。あまり度が過ぎると、さすがに守り切れんがの。

 

「足元に気を付けよ。『かんじき』は持って来ておるな?」

 

「かんじき……って、何?」

 

「なぬ?」

 

雪上戦の備えは万全か、と問うと、ユミナから予想外の返事が飛んだ。そんな馬鹿な。訓練校で習ったじゃろう。まさか、忘れてしもうたのか?

 

「ほれ、靴に取り付ける、雪上歩行用の……」

 

「楓。かんじきは知らんが、それはスパイクではないか?」

 

「雪上で靴に付けるっつったら、スパイクだよな」

 

「だよね。それならほら、もうみんな付けてるよぉ」

 

……『すぱいく』? ユミナが足裏を見せ、それにアフィンとアーノルドも続いたが、確かにかんじきがくっついておる。……むぅ?

 

「相棒、お前まさか、横文字だからって別の名前で覚えたんじゃねーだろな?」

 

「だとしても、どこからかんじきと言う名前が出たんだ……」

 

アフィンに言われ、そこで思い出した。確かに習ったが、横文字は苦手故、別の覚え方をしておったのじゃった。形状はまるで違うが、用途は同じなので、かんじきと。

 

「い、いやぁ済まぬ。ちと呆けておったわ、かかかっ!」

 

「笑って誤魔化しやがった……」

 

「一番抜かってたのは楓ちゃん、ってオチかな?」

 

「このくらいなら可愛いものだ。それに、お陰で良い具合に解れた」

 

「そうじゃ、アーノルドの言う通りじゃ! 変に緊張するよりも、適度に気が抜けておった方が良かろう!」

 

……などと言い訳したところで、恥をかいた事実は変わらんが。苦し紛れに口元を隠して笑ったが、アフィンの視線が痛い。ぐぬぬ。今回は、甘んじて受け入れるしかないか……。

 

「良し、行くぞ!」

 

 アーノルドの掛け声で、一斉に駆け出した。やはり妾は、リーダーの器ではないな。アーノルドの方が、余程リーダーらしいわぃ。

 余談ではあるが、キャストはかんじき、もとい『すぱいく』は必要ない。レッグパーツに収納式の物が標準搭載されておるし、ホバー機能もあるでな。ハンターは前者を、レンジャーとフォースは後者を使う傾向かのぅ。ファーネン・レッグ? あれは『突き刺さる』故、収納式の『すぱいく』は外されておるよ。

 

 生きる事さえ困難なこの地で確実に餌にありつく為か、凍土エリアの原生種は縄張り意識が強く、また多数で群れを成している。そして狩りは、森林エリアの原生種以上に効率的かつ狡猾。

 例えば、先程始末した"ガルフル"と"ファンガルフル"。骨格や外見からガルフ及びフォンガルフの近親種とされておるが、狩りの際には群れが三つの役割を分担する。獲物を追い立てる役、首筋などの急所を狙う役、そしてガルフ共にはなかった、足を狙う役。こやつらは、理解しているのだ。急所への攻撃を避けられても、最低でも足をズタズタにして動けなくしてやれば、後はこの劣悪な環境がとどめを刺してくれる、無駄な体力を使わずに餌を得られる、と。現に、命からがら帰還したアークスや、天候などの問題で救助が遅れ死体となって戻ったアークスは、例外なく足を執拗に切り裂かれていた。

 手段は違うが、ウーダンの近親種と目されている"イエーデ"とその親玉の"キングイエーデ"も同様。こちらの場合は、確かな威力を持ちながらも砕けやすい氷塊を、雪を握り固めて作って投擲する。砕けた氷塊は獲物に付着して体温を奪うだけでなく、氷点下の気温によって凍り付き、動きを阻害する為、その場で力尽きて食われる事が多いらしい。

 さらに厄介なのが、こやつらの体表を覆う毛皮。この白銀の世界にあって保護色となる白色で、寒さから身を守る為に非常に分厚い。そのせいで視認しづらく、また外敵からの攻撃への耐性が高い。

 加えて、ダーカー因子による汚染。ここまでに述べた特徴に、侵食由来の凶暴性が上乗せされるのだから、テレパイプを支給されたのも頷ける。ここの原生種は、凍土エリア全域が狩場と言っても過言ではないのだ。有事の際に悠長に降下地点まで戻る余裕など、ありそうもない。

 

 そんな危険地帯に飛び込んだ妾たちじゃが、彼奴らからの洗礼に対し、どうにか危なげなく任務を進められておる。幾度も任務やクエストを共にした事で互いが互いの勝手を分かっておるし、かてて加えて妾は、桁違いの日数をアフィンたちと過ごしておる。そんな妾たち四人の連携は、強固な上下関係で繋がった原生種共に引けを取らぬ程であるらしい。

 また、昨日のうちに渡しておいた贈り物も、功を奏した。マターボードによって手元に転がって来た各種武装が、原生種共の分厚い毛皮を貫くのに十分な威力を示してくれたのじゃ。アフィンには長銃『アルバライフル』、ユミナには長槍『グレイヴ』、そしてアーノルドに大砲『タグバルブ』。いずれも、修了任務で支給された物よりも高い火力を有しておる。みなも、新しい武器に満足げな様子じゃな。

 

 

 

『オペレーターよりパーティリーダーへ。管理官からエマージェンシートライアルの実行指示が出た。制限時間は2分、内容はこの先に出ている反応……マルモスの殲滅だ』

 

 今回のオペレートを担当しているヒルダ殿からの通信。回線を繋げて了承の意を伝えると、『ふぇいすうぃんどぅ』の向こうのヒルダ殿は、僅かに口角を吊り上げた。

 

『ここまでの手並み、見事だったぞ。なお、対象の殲滅を以て任務完了とする。トライアルの成否は問わんが、やれるな?』

 

「むしろ、やれぬとお思いですかな? 完膚なきまでに叩きのめして、凱旋して見せましょうぞ」

 

『ふっ。吐いた唾は飲まんように気を付けておけよ』

 

「承知しておりますよ。では、一旦通信を切ります。……聞こえたな?」

 

ここに来てようやく、マルモスが現れるか。こやつらを倒し、アルバスレイヤーを入手すれば、本当の意味でマターボードを辿る日々が再開する。自然と、ワイヤードゲインを握る手に、力が篭もる。

 眼前の雪原を割り、地中から白い巨体が姿を現した。長い鼻に、ギョロリとした大きな目、延髄辺りから突き出した瘤。こやつがマルモスじゃ。見間違えようもない。その数、五匹。

 

「弱点は分かっておるな、一気に片付けるぞ!」

 

「了解、俺とアーニーは上から狙う!」

 

「エマージェンシートライアルなんだ、五匹で終わるわけがない。油断するなよ!」

 

「はぁいっ。楓ちゃん、肩借りるよっ!」

 

妾の肩を即席の足場として、ユミナが跳んだ。目的は、最も手前に出たマルモスの背中。そして、危なげなく着地し、逆手に握ったグレイヴを瘤に突き立てる。瘤とまとめて延髄を貫かれたマルモスは、断末魔の雄叫びを上げながら背を反らして痙攣し、やがて崩れ落ちた。

 

 凍土エリアでも有数の巨体の持ち主、マルモス。本来は大人しい草食種だが、ダーカー因子に侵食され、他の肉食種同様に脅威となってしまっている。やつ自身にしてみれば、少しばかり興奮してじゃれついているだけなのかも知れんが、こちらにとっては、そんな軽い話ではない。キングイエーデ程ではないにせよ、人間にとっては十分な巨躯。体当たりなど食らおうものなら重傷は避けられず、また鼻の吸引力で雪を圧搾した強固な氷塊も、当たればただでは済まぬ。

 そんなマルモスにも、弱点は存在する。ユミナが刺し貫いた、延髄上の瘤だ。この部位は柔らかい脂肪を溜め込んでおり、それ故に寒さから守る必要がないからか、多少の甲殻が張り付いているのみ。銃剣でも容易に延髄に達する為、ここを狙うのが定石となっている。

 

 背から背へ飛び移って瘤を破壊する妾とユミナ。崖沿いの足場に上がったアフィンとアーノルドは、高所から長銃で撃ち下ろす。後からわらわらと出て来るマルモスも成す術なく討伐されて行き、やがて緊急試験の場に響く音は、妾たちの息遣いと、崖の間を吹き抜ける風だけとなった。

 ひとまず、周囲に敵影はない。しかしマルモスが雪原から現れたように、他の原生種も、物陰だけではなく雪の中に隠れている場合がある。辺りへ目を光らせながら、ヒルダ殿へ通信を入れた。

 

「パーティリーダーよりオペレーターへ。敵性体を殲滅いたした。他に反応はありますかな?」

 

『こちらオペレーター、敵性反応の消滅を確認した。上首尾だな』

 

ヒルダ殿からお墨付きを頂けたか。ならば後は、テレポーターでキャンプシップに戻るだけじゃな。

 

『管理官からも合格が出たぞ。戻っ……いや、少し待て』

 

帰還を指示されるかと思うたが、ヒルダ殿はやや慌てた様子で待ったを掛けた。緊急試験は、周囲の状況次第では稀に続行あるいは内容が上書きされるらしいが……。

 

「どうしたんだよ、帰還指示が出たんじゃねーのか?」

 

「いや、指示待ちじゃ。追加の緊急試験かも知れんのぅ」

 

それから間を置かず、ヒルダ殿から指示が来た。しかしその内容は――

 

『緊急の任務だ。一度キャンプシップに戻り、端末から該当の任務に登録しろ。内容は――』

 

――妾の予想を、上回っておった。

 

『――救出任務だ』




名前だけですが、あにさま初登場。

今更ですが本作では、雑魚エネミーでも多少それらしく脚色して強敵っぽくしております。原作では苦もなく倒せる動く的状態ですが、そう書いても私自身がつまらないので、このようにしています。ご了承下さい。

イエーデって肉食なのかな。ガルフルはそれっぽいけど。マルモスは、象と言うかマンモスっぽいので草食にしました。


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第二十二話 救出任務

新人にこんなクエストを出すアークスも、割りとブラックだなぁとか思う今日この頃。と言うか誰もテレパイプ常備してないのか。


 救出任務と来たか。しかも、新人ばかり四人のパーティに。じゃが、指示が下った以上は従わねばなるまい。それに、質問は再降下後の道中でも出来る。

 キャンプシップに戻り、端末から任務内容を確認。救出対象はアークス戦闘員。武器が破損したと言う連絡を最後に、通信が途絶えたらしい。なるほどな、ヒルダ殿の声色が緊迫しておったのも頷ける。これは、一刻を争う事態じゃ。このような地で、命を預ける武器が壊れるなど、考えたくもない。

 そのまま内容を読み進めると、末尾に要救助者の名前が書かれている。それによると、対象は二名。

 

「ニューマンの"カトリ"、それにキャストの"サガ"……、サガじゃと!?」

 

思わず声を張り上げた。目をこすりもう一度、今度は黙読してみたが、やはり見間違いではない。救出対象は、カトリとサガ。これはいかん。悠長に内容を確認している場合ではない。早く行かねば!

 

「わっ、びっくりしたぁ!」

 

「あ、あぁ、済まぬ。妾もちと驚いてな……」

 

「何だ、そのサガって人、知ってるのか?」

 

アフィンの質問に、登録操作を行いつつ、こくりと頷いた。……ちっ、操作を誤った。焦るな、慌てるな、何度もやった操作ではないか。

 

「知っているどころではない。……妾の、あにさまじゃよ」

 

「楓の身内だったか。しかし、アークスシップでは、それらしい人とは会っていないが……」

 

「去年からマザーシップに出向しておるのよ。新しいクラスの設立に協力せよ、との命でな」

 

くそっ、またしくじった。指が思う通りに動いてくれぬ。端末を殴り付けたい衝動に駆られたが、そんな事をしたところで何の解決にもならんのは明白。焦れた己でも、その程度の分別は付く。心中で悪態をつき、再度操作。

 じゃがそこで、横あいから逞しい手が伸びた。

 

「ともかく、楓の身内が救助を待っているなら、急いだ方が良いな。俺がやろう」

 

続いて、両肩にそっと手が乗せられ、後ろに引っ張られる。

 

「まずは深呼吸しよっか。怖ーい顔してたよぉ?」

 

そしてとどめとばかりに、目線の高さを合わせて、頭のてっぺんに、ぽふ、と手が置かれた。

 

「俺も気持ちは分かるよ。だから落ち着け。凍土が危ないってのは、サガさんたちも俺たちも一緒なんだからさ」

 

手袋越しでも分かるゴツゴツとした男らしい硬さを持ちながらも、ゼノ殿のような荒っぽさのない、気持ちの良い感触。先程までの焦りや苛立ちが、嘘のように消えて行く。腰を屈めて頭を撫でるなど、まるで子供をあやすかのよう。じゃが不快感などなく、むしろ心地良い。

 

「……そう、じゃな。頭に血が上ってしもうたわ」

 

 アフィンに頭を撫でられつつ、ユミナの言う通りに深呼吸し、手際良く登録を進めるアーノルドを見守る。……良し。だいぶ落ち着いたぞ。両手でアフィンの手を掴み、そっと下ろして、その表面を指でなぞった。

 

「戦う男と言うに相応しい掌じゃな」

 

「ん? あー、長銃とか大砲って、反動があるからな。訓練してる内にこうなっちまってたんだ。悪い、痛くなかったか?」

 

気遣いの言葉には、頭を振って応じた。これも、姉君との日々で培ったものなのじゃろう。ゴツゴツとした掌と繊細な手つきが不思議な調和を成し、えも言われぬ安らぎの一時であった。姉君を探し当てた暁には、是が非でも頭を撫でてやるべきじゃな。

 

「それじゃ、私もやっちゃおーっと!」

 

「む? むぐっ!?」

 

 アフィンに撫でられて呆けておったのか、はたまた持ち前の足捌きによるものか。いつの間にやら前に立っていたユミナに、抱きすくめられた。左手は背に回され、右手で頭を撫でられる。そして妾の顔は、豊満な双丘に埋もれた。

 

「ねっねっ、落ち着くでしょぉ?」

 

「……落ち着いてるか?」

 

「もがっ、もががーっ!」

 

こ、これが落ち着けるものかっ。柔らかくも弾性に富んだ二つの果実が、まるで不定形生物のごとく形を変えて、妾の口と鼻を塞いでしもうとる。息が出来んわ! 

 

「きゃっ、楓ちゃん、くすぐったいよぉ!」

 

「いや、ユミナ? そろそろ放してやった方が……」

 

あ、アフィンよ、頼む、助けてくれ……! 意識が……もたぬ……!

 

「もが……むぐ……」

 

「あっ、良い感じに力が抜けて来たっ」

 

手足に力が入らぬ。

 

「ちょっ、それ違う、しっかりしろ相棒!」

 

視界が暗く染まる。

 

「登録は済ん……おい、どうした、お前たち!?」

 

思考が 途切れ……

 

 もう なにも みえない

 

 もう なにも きこえない

 

 

 

「全く。何をやっているんだ、ユミナ……」

 

「ご、ごめんなさいぃ……」

 

 危ういところじゃった……。アフィンとアーノルドが慌てて止めてくれなければ、今頃死んでおったろう。下手人のユミナは、しゅんとした様子でアーノルドから説教を受けている。悪意は一切なかったのは分かるが、仮面被りがにじり寄ってくる姿を幻視してしもうたわ。ところで、もし今死んだら、どこまで時間が巻き戻るんじゃろうな。それとも、本当の意味での死を迎えるのか。まぁ、シオンに聞くような事ではないし、試すつもりもないが。

 

「さすがに、お前の手がブラーンとなったのは焦ったぜ……」

 

「うむ……。じゃが、あの抱擁も妾を心配してくれたからこそ、じゃからな。おぉい、アーニーや。そろそろ勘弁してやってくれぬか? 妾はこの通り、ピンピンしとるでな」

 

悪意がないからこそ、ああやって萎んでおるのは可哀想に思える。ユミナの後ろから声を掛けると、アーノルドはため息をつき、

 

「楓がそう言うのならば……。だがユミナ、最後に言っておくが、気を付けろよ?」

 

と、釘を刺した。

 

「反省してますぅ……。楓ちゃん、ごめんなさい……」

 

改めてこちらに向き直り、頭を下げるユミナ。むぅ。のんびり屋で、いつも笑顔を絶やさぬユミナには、ハの字の眉は似合わぬな。ここは一つ、道化を演じるとしよう。

 

「良い、良い。そなたの胸に包まれて、さながら桃源郷におるようじゃった。今度はそなたの部屋で、じっくりと堪能したいのぅ」

 

「うぇっ!? わわ、私の部屋で堪能って……!?」

 

「みなまで言わすな。存外、意地が悪いのぅ……」

 

――……その瑞々しい二つの桃を、味わわせておくれ。

 

唇をぺろりと舐めながら、つつ、と、扇子でたわわに実った桃をなぞると、ユミナの顔は真っ赤に染まった。おぉ、熟れた林檎が二つ生ったぞ。

 

「あわ、あわわ……」

 

「お前もスケベじゃねーか」「あだっ!」

 

ぐりぐりと忙しなく動くユミナの瞳を、演技半分、興味半分で見つめる妾の頭を、アフィンがぺしっと叩いた。良いぞ、良い反応じゃ。さすがは妾の相棒、機と言うものを分かっておる。

 

「ったく……。ごめんな、ユミナ。相棒がこんなんで」「こんなんとは何じゃ!?」

 

「……ふへ? い、良いの良いの! 任務から帰ったら、部屋はちゃんと片付けるからぁ!」

 

「歓迎する気なのか……。ともかく、任務登録は済んだ。急ぐぞ」

 

「済まぬな、よろしく頼むぞ!」「相棒の家族を助けるんだ、腕が鳴るぜ!」「は、はぁい、頑張るよぉ!」

 

 アーノルドの号令に、めいめい応えてテレプールへと歩み寄る。その最中に、アーノルドが妾の右隣に並んだ。

 

「今度こそ落ち着いたようだな。……俺はどうにも不器用でな、あんな叱り方しか出来ん。フォローしてくれて、感謝する」

 

何じゃ、アーノルドも気付いておったのか。タグバルブを右肩に担ぎ、前を向いたまま謝礼を述べる姿が妙に様になっていて、思わず吹き出しそうになる。ほんに、不器用者らしいな。じゃが、それもこやつの魅力か。

 

「かかか、気にするでないわ。それに元はと言えば、妾が急いておったのが原因じゃからな」

 

「無理もない。俺も、家族が戦野にいるなどと聞けば、ああなるだろう」

 

「その時は、妾がそなたを押し退けて任務登録するとしようかの」

 

そこで堪え切れずに吹き出し、釣られてアーノルドも笑った。ユミナよ、まこと、良い相棒を引いたな。これ程に良い男子は、そうおらんぞ? まぁ、一番はアフィンじゃがな!

 

「……ところで楓。お前、さっき俺をあだ名で呼ばなかったか?」

 

ん? あぁ、そう言えば呼んだのぅ。じゃが、当然の事ではないかな?

 

「むしろ遅過ぎた気もするがの。そなたには、いつも助けてもらっておる。それに、あにさまを心配し動いてくれたのは、ほんに嬉しかった」

 

「……そう、か」

 

素直に信頼を伝えると、アーノルドは一言だけ返し、そっぽを向いてしもうた。

 

「頼りにしておるよ、アーニー」

 

「……ならば、その信頼に応えなければな」

 

簡潔な返事に合わせて、ガチャリ、と肩に担いだ得物が鳴った。

 

 

 

 雪原に着地し、駆け出す。同時にヒルダ殿との通信回線を繋ぎ、事の次第を尋ねた。

 あにさまたちは、新クラスと新型主武装の実戦試験の為に凍土エリアに来ていたらしい。試験は順調に進んでいたが、道中において異常が発生し、その武器が使い物にならなくなったそうな。最後の通信では、現場判断でテクニック行使試験に移行するとの事だったが、その5分後、通信が途絶えた、と。

 観測の結果、現在あにさまがいる区域を含む一帯は、ダーカー因子反応が急激に上昇している事が判明。先日の大規模発生程ではないが、ナベリウスとしては異常な状況であり、その影響で頼みの綱であるテレパイプも使用不可。敵中を突破し自力で帰還しようにも、テレポーター付近のダーカーを一掃して周囲の汚染を軽減し、再起動させねばならない。実戦投入前のクラスで、しかも銃剣とテクニックのみ。実行には多大な危険が付きまとう。

 さらに、悪い事とはやはり重なるものらしい。担当オペレーターの報告によると、通信が途絶えた原因は妨害によるものらしく、そのパターンが、過去のとある事件で発生したものと一致したらしい。

 

「よもや、その事件と言うのは……」

 

『察しの通りだ。お前が遭遇した仮面被り――アークス内でのコードネーム、"仮面"。ヤツの付近に発生したものと一致した』

 

 凍土エリアの探索を得意とする部隊は全て出払っており、練度の高い部隊への帰還及び任務通達が検討されていたが、丁度妾たちが任務を終えた事で、白羽の矢が立ったそうだ。仮面被りとの戦闘経験があるのは、全アークスで妾一人だけ。新人ではあるが、やつとの戦闘に関しては一日の長がある。故に、有事に備えて妾たちを派遣する事となったそうな。

 己の感情で受けておいて言う事でもないが、新人が就く任務とは思えんな。

 

『仮面と交戦の必要はないが、危険である事は変わらん。……済まない。頼んだ私たちが言えた事ではないが、最大限の注意を払って臨んでくれ』

 

苦々しい顔のヒルダ殿に、しかし妾は不敵に笑って見せた。

 

「承知いたした。今回は頼れる相棒も一緒です。例えやつと戦う事になろうとも、必ずや全員無事に戻って見せましょう」

 

新人の言葉なぞ、多くのアークスを見て来たヒルダ殿からすれば、吹けば飛ぶように軽かろう。じゃが、視界に浮かぶヒルダ殿の顔は、幾分か晴れていた。

 

『目は口程に、とは良く言ったものだな。新人とは思えん、良い目だ』

 

「詐欺師の目かも知れませんぞ?」

 

『ふっ、抜かせ。……頼んだぞ!』

 

「心得ました!」

 

 通信を切り、前方を見据える。雪塊から、物陰から、高台から、ファンガルフルとガルフルの群れが飛び出し、立ちはだかった。えぇい、邪魔をするでないわ!

 

「一気に突破するぞ、続けッ!」

 

「援護は任せとけ、行って来いッ!」「ユミナ、楓に付け、近寄らせるなッ!」「りょーかいっ、私の本気を見せたげるよッ!」

 

 あにさま、もう少しだけお待ち下され。必ずや参ります故!

 

* * *

 

 何度目になるだろうか。アークスシップとの通信を確立しようとするが、返って来るのは不快なノイズのみ。この場を切り抜けるまでは、諦めた方が良いのかも知れん。

 

「あの、サガさん、通信は……」

 

「繋がらん。テレパイプはどうだ?」

 

「相変わらず、投げても転がるだけですわ……。大変でしたのよ、クレバスに落っこちる前に拾うのは……」

 

疲れ果てた、と全身で語るカトリ。クレバスとは逆の方向に投げれば、そんな無駄な苦労をする必要もないのだがな。しかし、こんな状況だ。カトリも混乱しているのだと解釈しておこう。

 

 試作品のテストのはずが、まさかサバイバル訓練の様相を呈するとは思わなかった。降下後しばらくは私の魔装脚(ジェットブーツ)もカトリの飛翔剣(デュアルブレード)も、良好な結果を出していた。だが規定コースを進み、侵食体の討伐数が増えるに連れ、可動部が異音を発するようになり、終いにはバラバラに分解してしまった。飛翔剣など、振り抜いた拍子にフォトンブレードよろしく刃が外れて飛んで行ってしまった。これはしっかりと報告し、改善を要求せねばなるまい。でなければ、来年に控える正式採用審査に間に合わん。

 だが、それでやれる事がなくなったか、と問われれば、そのような事はない。我々が実用化に向けてテストしている新クラス『バウンサー』は、武器による近接戦闘だけでなく、テクニックを絡めた戦闘も可能。故に、テクニックによる戦闘も実戦データとして十分な意味を持つ。魔装脚はテクニックを併用する事で本領を発揮する武器なのだが、壊れてしまったものは仕方がない。

 それからしばらく、銃剣で危なっかしい立ち回りを見せるカトリの援護に徹していたが、経過を報告しようとしたところで、通信が繋がらなくなっている事に気付いた。また試しに投げたテレパイプは起動せず、侵食体よりもダーカーの姿が目立つようになった。この状況を、私は知っている。いや、体験した事はないが、管理官からの通達にあった。一週間前の訓練生修了任務で起きた、ダーカーの大量発生と、仮面と名付けられた敵性人物の乱入。前者は訓練生と担当官の奮戦によって解決し、後者は訓練生一名とたまたま居合わせた正規アークスの手で撃退されたとあったが、環境は違えどここもナベリウス。撃退された仮面が、こちらに来ている可能性も考えられる。

 仮面との遭遇と言う最悪の状況を考慮しつつ、用心を重ねてテストを続行。しかしある時、カトリの足がピタリと止まった。曰く、この先に何かがいる。私が霞む程の恐ろしい誰かがいる。休憩の為の新しい言い訳か、と鼻で笑おうとして、彼女の尋常ではない怯え振りに気付いた。一先ずカトリをその場に残し、単独で先行。高台に上がって、行く先を覗き込み――呼吸が止まった。銀世界の中にあって一際目立つ、漆黒のコートを着込んだ人物。通達にあった仮面が、そこに立っていたのだ。カトリの様子に気付かずにのこのこ歩いていたら、鉢合わせしていたろう。

 幸い気付かれずに済んだが、最悪の状況の一歩手前でしかない。テストを続行し戦闘などしようものなら、仮面に気付かれる。我々との接触を避けるかも知れんが、その可能性は低いだろう。新人の証言によれば、問答無用で襲われたらしく、今回は逃げてくれるとは考えにくい。

 

 そして現在。我々は身を隠し、立ち往生を余儀なくされている。ほどなくして仮面は立ち去ったが、未だに通信もテレパイプも使えんのだから、油断は出来ない。下手をすると、通常妨害が起きている全域が、やつの索敵範囲と言う可能性もある。いや、あるいは我々に気付いていながら、見逃しているのかも知れん。

 用心し過ぎだ、と言う者もいよう。しかし仮面に関する情報は、せいぜいがでたらめな実力を持ち、ダーカー因子を操れると言う程度。過小評価は、己の身を滅ぼす。

 

「寒い……。フォトンのありがたみが身に沁みますわぁ……」

 

「鍛練が足りん、と言いたいが、この気候は人間には堪えるな」

 

 幸い、近くに横穴があったので、そこで風雪を凌いでいる。併せて、悪あがきとして防御フォトンの出力を可能な限り抑えた。仮面に対してどれ程の効果があるかは分からんが、近辺のダーカーや侵食体には有効らしい。有事に備えて、新人が割り当てられる地域をコースとして設定されたのが、良い方向に働いた。我々のフォトンを感知できないのか、一匹たりとも横穴には顔を見せない。代わりに、凍土エリアの環境を敵に回す事になったがな。

 

「……雪、止みませんわね。風もびゅーびゅー吹き続けてますし」

 

「なに、これだけの吹雪ならば視界はないも同然。悪い事ばかりではない」

 

「でも、ですよ? もし誰かが(わたくし)たちを探しに来ても、これでは見付けられないのでは……」

 

「……腹が減っているから、そんなネガティブになっているんだろう。これでも食べて、落ち着け」

 

不安を吐露するカトリに、携帯糧食と補水液のボトルを投げて寄越した。「わっ、とっと……」とあたふたしながらキャッチしたカトリを尻目に、外を眺める。一寸先も見えない雪嵐。救援部隊が編成されたとして、彼らが頼りにするのは、視覚ももちろんだが、それ以上に熱源走査だろう。この寒さにやられて死にでもしない限り、見付けてくれるはずだ。随分前に発した救難信号は、妨害されて届いていない可能性がある。こちらはあてにならんな。

 

 だろう、かも知れない、はず、可能性がある。……全く。自分の思考ながら、嫌になる。さっきから何一つ断定出来ていない。つまりは、不安なのだ。カトリに食料を渡して黙らせたのも、その裏返し。この悪天候の中、いつ仮面に見付かるか。いつ原生種やダーカーに見付かるか。そして、マザーシップに帰れるのか。救援は来るのか。

 だが、表には出さない。不安とは伝染するもの。私が弱気を見せれば、ただでさえ弱気になっている彼女が、余計に参ってしまう。

 

「もぐもぐ……。あっ、そうですわ。こう言う時の過ごし方を、以前に聞いた事があります」

 

背後でカトリが手を打った。

 

「お互いの体温を維持する為に、衣服を脱いで抱き合う、だったかしら」

 

ほぅ、衣服を脱いで、な。それはキャストである私への挑戦状と見て良いのだろうか。名案ですわ! とでも言いそうなカトリの頬に、己の手の甲を一瞬だけ当てた。

 

「冷たっ!?」

 

「……私の身体は金属製だ。こんな寒空に晒された金属に触れたらどうなるかなど、火を見るより明らかだろうが。第一、ここで裸になれば、あっと言う間に凍死する」

 

それもそうですわね、と呟き、カトリは肩を落とした。少し考えれば分かるだろうに。だがこの突拍子もない迷案のお陰で、多少は気が紛れた。この怠惰で自堕落なパートナーに、また救われたな。

 彼女の、危険に対する嗅覚は侮れない。正攻法では、訓練に連れ出そうとしても逃げられる。それが今回、仮面の存在を知るきっかけになったのだ。素直に感謝するべきだろう。この気の抜ける提案も含め、カトリがいなければどうなっていたか……、考えたくもない。

 

 その時。吹き荒れる風の中に、何かの音が混じった。規則正しい音。新雪を踏み荒らしながら、何かが移動しているのか。それも複数。

 カトリに手で合図を送り、横穴の壁に背中を張り付け、息を殺す。カトリは何が何だか分からない、ときょろきょろしているが、それでも私の真似をして口を噤んだ。徐々に大きくなる足音に、獣の息遣いが重なる。これは、ガルフルか。目的が我々ではない事を祈りつつ、横穴の入り口をじっと見つめる。

 やがて、雪白の野獣共が入り口前を駆け抜けた。こちらには目もくれず、ただひたすらに。どうやらやつらの獲物は、我々ではなかったらしい。走り去ったのを見届け、待つ事しばし。後続はいないようだ。ふぅ、と私が息をつくと同時に、カトリは「ぷはっ!」と吹き出し、それからぜぇぜぇと肩で息を始めた。まさか、呼吸を止めていたのか? 音を立てんようにしておけば良かったものを……。

 

「こ、怖かったです……」

 

「私も肝を冷やした。だが、収穫がなかったわけではないぞ」

 

「収穫、ですの? ただガルフルを見送っただけでしたが……」

 

「あくまでも可能性だがな」

 

脇目も振らずに走っていたガルフル。あれは単に群れで移動していたのではなく、獲物を探し当てたのだろう。問題は、その獲物。不用意に縄張りに入った他の原生種か、あるいは侵食体共通の敵(アークス)か。どちらにせよ、少なくとも防御フォトンの出力を落とした意味はあった。ここまで横穴に接近されても勘付かれないと知れたのだから。そして、やつらが見付けた獲物がアークスならば、これ以上の朗報はない。

 私の推論を、ふんふん、なるほど、と相槌を打ちながら聞くカトリ。心なしか、先程までより瞳に力が宿っているように感じる。

 

 それから間を置かず。銃声と派手な爆音が横穴に届いた。

 

 

 

 戦闘音が止み、風の音だけが再び横穴を支配した。だが、確かに聞こえる。微かに、ガルフル共のものとは違う足音が。どうやらあの獣共は、返り討ちに遭ったようだ。確かな戦闘経験を持つ部隊が送られたと見える。

 

「こ、これ、人の足音ですよね? 私たち、助かるのですよね!?」

 

「あぁ、そうだ。よく頑張ったな、カトリ」

 

「まさかサガさんから優しい言葉を頂けるとは……! 我慢したかいがありましたわ!」

 

「その我慢を、普段から見せてくれれば良いのだがな……」

 

不安がたちまちに消え去り、互いにいつもの調子に戻った。軽口も、今回は大目に見よう。私とて不安だったのだ。安心して口から漏れた言葉をつつく資格などない。

 ともかく、救援が来てくれたのなら、やる事は一つ。銃剣を握り、カトリを促して、我々は久々に穴蔵の外へ出た。

 

 いつ止むとも知れぬ大雪。その向こうに、四つの人影が見える。その先頭を走る者が我々に気付いたらしく、声を張り上げた。

 

「あにさまぁぁ!」

 

……何? あにさま、だと? そんな馬鹿な。あいつはつい先日任命されたばかりの新人。ここにいるわけがない。だが、この声と呼び方、心当たりはあいつしかいない。

 

「……まさか、楓か!?」

 

 私の声を聞き届けたのだろうか。先頭の影がさらに加速し、薄っすら見えていた姿がはっきりとした。目を引いたのは、雪を被ってなお翳らない金色の髪と、その金糸を結い上げる赤いリボン。間違いない。あれは、私の妹の楓だ。

 後続の三人を引き離した楓は、私の前に着くなり背筋を伸ばした。

 

「あにさま、カトリ殿、ご無事ですか!?」

 

「あ、あぁ。私もカトリも大丈夫だ。……だが、何故お前が来た?」

 

「詳しい話は後程。とにかく今は、ここより撤退する事を最優先と致しましょう」

 

言いながら、腰の武器を引き抜く楓。そこへ後続の三名が到着し、その内の一人、黒い肌の男性ヒューマンが端末を操作しながら口を開いた。

 

「ここからなら、引き返すよりもテレポーターの方が近い。どうする?」

 

「進むぞ。引き返したとて、ダーカーとの戦闘は避けられぬじゃろう。ならば近い方が良い」

 

「そう言うと思ったよ。楓ちゃんのお兄さんに、カトリさんだっけ。行けそうですかぁ?」

 

楓の決定に笑った少女が、背負った長槍を握りながら我々に尋ねた。戦闘行動そのものは問題はない。だが、気掛かりは仮面の存在。今の私とカトリは、あくまでも『戦いようはある』程度。クラスそのものの完成度が低く、専用武装も失っている現状、やつに対する戦力としては新人未満と言って良いだろう。

 

「付近に仮面がいる。下手にフォトンを行使すれば、我々の存在が気取られるかも知れんぞ」

 

楓たちも知っているだろうが、念の為に忠告した。すると楓は、表情を一段と引き締め、

 

「……あにさまも、見ましたか」

 

こう言った。

 

「も、だと? 楓、お前――」

 

「相棒、ダーカーのお出ましだ!」

 

私の追求は楓を相棒と呼んだ少年の声に遮られ、それを皮切りに四人は一斉に戦闘態勢をとった。見れば、我々の周囲に多数の滲みが現れている。何とも間の悪い。詳細は後にするとしても、触りの部分さえ許されんか。だが、仕方あるまい。我々も、我々に出来る事をしよう。

 

「私は戦闘補助に回る。カトリは遊撃だ、新人の前で無様を晒すなよ」

 

「わ、分かってますわ!」

 

へっぴり腰で銃剣を構えるカトリに不安を覚えつつ、右手に炎属性に変換したフォトンを収束させる。意識を集中してさらにフォトンを送り込み、練り上げ、そして開放。

 

「発動する!」

 

解き放たれたフォトンが円形に広がり、味方の攻撃フォトンに同調する。一時的に攻撃フォトンを増幅、強化する効果を持つ戦闘補助テクニック、『シフタ』だ。感謝を述べる者、己の手を握っては開いてを繰り返す者、突然の事に慌てる者と三者三様だが、構わずに氷属性のフォトンを収束。そして十分に収束したフォトンを開放するのと同時に、滲みが肉体を得た。現れたのは、小型原生種(ナベルタートル)に似た体構造を持つダーカー、"ミクダ"。

 

「ありがとうございます、あにさま! ……行くぞッ!」

 

楓の掛け声で、戦端が開かれた。




この時点でのカトリとサガの衣装及びパーツは、それぞれエクエスティオーとロニアシリーズです。オウカテンコウとサイハジンシリーズは、まだ存在しません。衣装類の実装時期も可能な限りストーリー進行に合わせたいと言う私の無駄なこだわりのせいです、ご了承下さい。

フォトンも万能じゃありません、きっと。多分。恐らく。宇宙空間は行けても、物理的に塞がれたらアウトなんじゃないかなぁ、とか。


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第二十三話 雪中の潜行

そう言えば原作の没案だと、カトリはジャンの娘って設定があったそうですね。
そして地味に筆が進まない……。


 ミクダの背後に回り、剥き出しのコアへ攻撃を加えようとして、手が止まりました。だけど、VR訓練で何度も味わったこいつの体当たりは、この躊躇を後悔する程痛いのです。それを思い出し、身震いを押し殺して気合を込め、銃剣を突き出しました。

 

「えいやっ!」

 

フォトンをまとった刃が過たずコアを貫き、ミクダは黒い霧へと還りました。やりましたわ、一匹撃破です!

 ダーカーのコアは、通常兵器では傷一つ付けられない程に硬いのですが、私たちアークスにとっては優先して狙うべき弱点。ダーカー因子の結晶なので、フォトンが特に有効なのです。その優先して狙うべき弱点を前にして、なぜ私が躊躇ったか、ですか?

 だって気持ち悪いじゃないですか、ミクダの甲羅って! 大口を開けた人間のおっかない顔が彫り込まれてるんですよ!? それに、あの吊り上がった真っ赤な目! 口の部分に埋め込まれているコアと合わせて、まるでこの世ならざる化け物のよう。見ただけで鳥肌が立ってしまいますわ……。

 そんなこんなで一匹目を仕留めたのですが、サガさんの妹様と、そのお仲間三名様は、もう何匹も討ち倒しています。私たちを発見した後の段取りと言い、戦い振りと言い、新人さんとは思えませんわ。

 

 特に、サガさんの妹様。お名前は楓さんだったかしら。他のお三方も素晴らしい動きですが、彼女は頭一つ抜けているように見えます。落ち着き払っていると言いますか、腹が据わっていると言いますか。ミクダのあの甲羅に怯む素振りも見せず、的確にコアを破壊しています。かと言って、機械的に処理しているわけではありません。何と言えば良いのでしょう。自分の語彙の少なさが恨めしく思えますわ。

 陳腐な言葉で表現してしまえば、美しい。この一言です。自在槍を振るう動作、身を躱す所作、そして余裕を感じさせる表情。全てが、さながら舞い踊っているかのよう。こんなに美しく戦う人を、私は知りません。そして知りました。戦いとは、こうも美しく、可憐に繰り広げられるのだ、と。

 あぁ、叶うのならば、もっと見ていたい。楓さん……、いえ、楓様の戦振りを。流麗な舞を。

 

「何をしている」「いだっ!?」

 

 い、痛い! 頭のてっぺんが痛い! 目の前に星が飛びましたわ! 何事かと振り返ると、拳をこれ見よがしに掲げたサガさん。げんこつしたんですの!?

 

「戦闘終了だ。カトリ、お前は何匹撃破した?」

 

わ、私の撃破数ですか? えーっと……、思い出すまでもなく、必死の思いでコアを貫いた一匹、ですわね。でもでも、私だって頑張ったんですのよ? あの気持ち悪い顔に一度は怯みましたが、嫌悪感を押し殺してグサッと!

 

「……援護に徹した私でさえ、二匹倒した。楓たちは全員、三匹倒している。だと言うのに何だ、お前のその体たらくは……」

 

「し、仕方ないじゃありませんの! 寒くて手がかじかんで、上手く動けなかったんですー!」

 

苦し紛れに嘘をつきました。でも全部が全部、嘘じゃありませんよ? 手の感覚が遠いのは事実ですし、今でも身体が震えてます。戦闘の為に防御フォトンの出力を上げましたが、芯まで冷えているのでまだ寒いですし――。

 

「嘘だな」「即断っ!?」

 

一秒と経たずに嘘と見抜いたサガさん。それは良しとしましょう。別に珍しくはありませんし。でも、楓様を筆頭に新人さん方も一様に頷いているのはどうしてですの? それに、何だか楓様、頬が紅くなってませんこと?

 

「見取り稽古は結構だが、戦場でやるものではない」

 

あ、あら? 私が楓様を見つめていたの、バレてました? それで楓様ったら、頬を染めてるんですの? まぁ可愛らしい。……でも変ですわね。楓様がこちらの視線に気付いた様子はなかったはずですが。

 

「それともう一つ。見取り稽古は静かに行うものだ。べらべらと喋っていては、集中出来んぞ」

 

「……へ? べらべらと……、喋っていた……?」

 

「その、言いにくいのですが、カトリ殿……。全て聞こえておりました……」

 

俯き加減で言う楓様。見ればお仲間さんたちも、うんうんと頷いていらっしゃる。全て聞こえていた、ですって……?

 

「ミクダが気持ち悪いと叫ばれてから、あにさまのげんこつが落ちるまで、全て口に出しておられました。ま、まぁ、妾は華麗に戦うのが信条ゆえ、そのように感じて頂いて光栄でしたぞ。か、かかっ!」

 

「相棒、笑えてねーよ」「やかましいわ」

 

ほとんど全部じゃありませんの! 心の中で想いのたけをぶち撒けていたはずだったのに、それを言葉にしていただなんて。私まで顔から火が出そうですわ。

 

「さ、サガさん、聞こえていたなら言って下さいまし!」

 

「落ち度のあったお前が言うか」

 

「私たちも必死だったし、教える暇なんてなかったんですよぉ……」

 

「あ、いえ、みなさんは悪くありませんのよ?」

 

悪いのはこの、サガさんなんですから。乙女の心を守ろうと言う心意気を見せて欲しいものですわ、ぷんぷん。

 

 その後、マザーシップへ戻ったら訓練メニューを追加する、と言う言葉にげんなりしていたところで、通信が入りました。現在地が妨害範囲から外れ、そのおかげで通信が回復したそうです。楓様たちも含めてみんな喜びましたが、それも束の間。続く言葉が、不穏な空気を漂わせていました。妨害範囲は未だ消えておらず、脱出地点方面に移動している、との事。

 通信が使えるようになっても、まるで安心出来ません。だって、このまま進めば私たちから仮面へ接近するわけです。それに仮面に近付けば、また通信が途絶えてしまいます。一縷の望みを賭けて雪原にテレパイプを投げてみましたが、ぽすっと沈んでしまいました。やはり帰還するには、テレポーターを再起動するしかないようです。

 みなさん不安の表情を浮かべておられます。サガさんも平静を装っていますが、不安を隠し切れていません。それなりに長い付き合いですので、何となく分かるんです。ここまでも私を気遣って、あからさまに表に出さないようにしていたって。

 ……ですが、ただ一人。楓様は違いました。とても難しい顔をしておいでです。不安ではなく、鬼気迫ると言う様子。そんな、話し掛けづらい雰囲気を醸し出す楓様に、大砲を背負った方が堂々と尋ねました。

 

「楓、改めて聞くぞ。行くか、戻るか」

 

「どちらにせよ、ダーカー汚染地帯を進むのは変わらぬ。進むぞ」

 

「仮面がいたらどうすんだ? 様子見か?」

 

「隠れてやつの動向を窺う。ちと気になる事があってな」

 

楓様の決定に、正直私は、気が気ではありませんでした。どうして自ら仮面のいる方に進もうとするのか。引き返してはいけないのでしょうか。気になる事と言うのは、危険を冒してでも確かめなければならない事なのでしょうか。ですが、サガさんは肯定も否定もせず、ただ黙って楓様の案を聞くのみ。堪らず、私は聞こうとして――サガさんに制されました。

 

「仮面の一件、恐らく楓にしか分からん事がある。この任務にあいつがアサインされたのも、それが理由だろう」

 

その言葉には身内贔屓な様子など、微塵も感じられませんでした。

 

 

 

 軽い自己紹介を挟んだ後、楓様とユミナさんを先頭に進み始めました。最後尾にはアフィンさんとアーノルドさんのレンジャーコンビ。物陰に隠れて先を窺いながら、少しずつではありますが、脱出地点へ近付いています。

 

「あの、楓様。つかぬ事をお聞きしますが、確認したい事と言うのはなんですの?」

 

手で次に身を潜める場所を示した楓様に、思い切って聞いてみると、首を傾げながらもこう仰いました。

 

「やつの目的が変わった……、いや、元から等しかったのか? ……ともかく、仮面被りの情報が欲しいのですよ」

 

どうにも、要領を得ません。楓様は新人だと言うのに、全アークスに通達される程の危険人物である仮面の事を、何か知っているのでしょうか?

 

「カトリ、移動するぞ」

 

腕を引かれ、次の場所へ移動しましたが、その間も疑問は頭から離れてくれません。頭の中でぐるぐるしてて、周囲警戒が疎かになってしまいそう。

 

「今は集中しろ。私の予想でしかないが、全て後で話す」

 

そんな私の様子を見かねたのか、サガさんが囁きました。あら、サガさんは何か気付きましたの? 兄妹だからこそ、なのかしら。……私が鈍い、とは思いたくありませんわね。だって、サガさんよりも先に仮面に気付いたのですから。サガさんより! 先に!

 

 やがて分かれ道に差し掛かりました。脇道を行けばテレポーターまで一直線です。なのですが、楓様は止まりました。直進する道と脇道に向けて、交互に耳を峙てています。未だ吹雪の止まない今、その行為に意味はあるのでしょうか――

 

「……やつは直進したようじゃな。このままテレポーターまで走り抜きましょう」

 

一つ頷き、楓様は自信たっぷりに言いました。えっ、それで分かるんですの?

 

「相棒が言うなら間違いねーな。サガさん、カトリさん、今がチャンスですよ!」

 

そしてアフィンさんのこの信頼は、一体どこから?

 

「場合によっては付近で戦闘になるかも知れん。カトリ、今度こそ活躍して見せろ」

 

サガさんまで!? 妹だからって信頼寄せ過ぎじゃありませんこと!? あぁ、もう、分かりましたわ。私も信じます。と言うか、信じたいですわ! 本当ならすぐにでも帰れますし、私の見込んだお方ですもの!

 

「では、行きましょうぞ!」

 

駆け出した楓様とユミナさんを追うように、私とサガさんも走りました。信じているはずなのに、銃剣を握る手はかたかたと震えています。ですが、これ以上無様を晒すわけには行きません。私だって一応は先輩なんですから、良いところを見せておかないと!

 

 走った先は行き止まりでした。ですがただの行き止まりではありません。少しばかり雪に埋もれていますが、あの黄色い人工物は、紛れもなくテレポーター。これを再起動させれば、キャンプシップへ帰れます。ですが、その為には……。

 背後から、耳鳴りにも似た不快な音が聞こえました。この音の正体、考えるまでもありません。フォトンを嗅ぎ付けたダーカーが、大気中に満ちている因子を己が肉体に変えて現れる合図。

 

「来やがった、コイツはデカいぞ!」

 

後方警戒していたアフィンさんの声よりも早く振り返ると、ダーカー因子が見上げんばかりの大きさに、いくつも収束しています。凍土で発見報告のあるダーカーで、このサイズとなると、答えは一つ。

 

「"ガウォンダ"ですわ、お尻にコアがありましてよ!」

 

「カトリの言う通りだ、知っているとは思うがな!」

 

「いえ、良い復習になりました!」

 

実体化したのはやはり、身の丈程もある巨大な盾を右手に持つダーカー、ガウォンダ。本体も人間とは比較にならない巨体で、双方合わせての威圧感はかなりのもの。そしてこの盾、厄介な事に飾りではなく、フォトンさえも通用しない強度を誇るのです。さらに見た目通りの重量から鈍器としても使える、まさに攻防一体の装備。先の発言の通り、お尻のコアが剥き出しなのが救いでしょうか。外見に反して小回りも利くので、後ろをとるのに苦労するケースもありますが……。

 

「ガウォンダだけじゃないみたい、何か来てるよっ!」

 

緊迫した声を上げながらユミナさんが指し示したのは、ガウォンダの後ろ、つまり私たちが通った道。そちらから別のダーカーが現れました。後方斜め上に突き出た大きな腹、低空を悠々と飛ぶ姿、あれはブリアーダですね。ですが何か違和感が……、などと考えている間に、ブリアーダは高度を取り、大きく仰け反りました。あれは、ダガン・エッグを産み出す前兆ですわ!

 

「ちぃっ。相棒、アーニー、頼んだぞッ!」

 

楓様がレンジャーのお二人に指示を飛ばしました。私も銃剣をガンモードに切り替え、吐き出されるであろうエッグに備えて銃口を空に向け――影が差しました。

 

「……へ? わぁっ!?」

 

慌てて後ろへ跳んだ私の目の前に、轟音と共に盾が突き立てられました。

 

「こ、このっ!」

 

仕返しに頭部へ狙いを定め、三度引き金を引きましたが、ちょっと盾を動かしただけで防がれてしまいました。やはり、硬いですわね。

 

「クソッ、構える暇がねーな、これ!」「こいつら、VR以上にしつこいぞ!」「ちっ、厄介な……!」

 

アフィンさんとアーノルドさん、サガさんもガウォンダに追い立てられています。さらにブリアーダの正面には二体のガウォンダが彫像のように立ちはだかっており、楓様とユミナさんは攻めあぐねている様子。ダーカーのくせに、何と言う連携でしょう。

 そうして攻め手を阻まれている内に、ブリアーダはエッグを産み出しました。四本の細い触手を揺らし、不気味に点滅、脈動しながらゆっくりと下降しています。今の内に破壊してしまわなければ、この場に四匹のエル・ダガンが追加され、状況は悪化してしまいますわ。だけど、このガウォンダ共の鉄壁とも思える守りは、いかんともし難いですわね……。

 だと言うのに。あちらにとっては有利な状況なのに。エッグを産み出したブリアーダは、高度を維持したまま逃げてしまいました。

 

「な、何じゃあいつは。逃げてしもうた」

 

「それどころじゃねーぞ、相棒! エッグが孵化する!」

 

ブリアーダが逃げても、残して行った物は消えるはずもなく。下降中、降着後とガウォンダに守られつつダーカー因子を吸い上げていたエッグは、産み出された直後よりも激しく点滅しています。そしてとうとう、表面に亀裂が走り、エル・ダガンが孵化してしまいました。ダガンよりも一回り大きく、赤黒い体色。ただそれだけだと舐めて掛かったアークスを幾人も葬り去った、確かな脅威。

 

「ブリアーダは今は捨て置く。こいつらを片付けるぞ。……発動するッ!」

 

サガさんがシフタと、氷の戦闘補助テクニック『デバンド』を行使しました。デバンドはシフタと同様の仕組みで防御フォトンを増幅、強化してくれるテクニックでして、凄く痛いミクダの体当たりが、結構痛い、くらいまで緩和されます。痛いのは変わらないし嫌なので、頑張って避けますけど!

 

 相対しているのはガウォンダが六体、エル・ダガンが四匹。さほど広くない行き止まりですから、視覚的な威圧感は数以上にすら感じます。まさに壁、ですわね。ですがいずれのダーカーにも、明確な弱点は存在します。そこを突ければ……!

 

「ユミナ、カトリ殿、背後に回るぞ。相棒たちは援護を頼む!」

 

武器を構えた楓様とユミナさんが、同時にガウォンダへ走り出しました。私も一拍遅れて追従。後ろでは長銃や大砲の発砲音、テクニックの行使音が聞こえます。

 真正面から向かって行った楓様たちがどうするのか、と見ておりましたが、ユミナさんは攻撃を誘って回避しつつその隙に、楓様は小柄な体格を活かして股下を潜り抜け、拍子抜けする程簡単に背後を取ってしまいました。ど、度胸が据わってますわね……。私も真似しようとしましたが、ヘッドスライディングみたいになって、顔を雪に擦り付けてしまう結果に。格好は付きませんが、回り込めたので良し、ですわ!

 

「ふんッ!」

 

気合の入った声と共に、楓様がコアを貫きました。あの刃の入り方は、コアだけでなく内側も抉ったようですね。ガウォンダは頭のてっぺんから爪先までピンと張り詰め、その姿勢のまま霧散。たったの一撃。そこにどれ程の力が込められていたのかは、あの姿が如実に物語っていました。

 

「そぉれッ!」

 

ユミナさんは流れるような動きでコアを切り付け、下がりつつの締めの一閃で完全に破壊せしめました。あれは確か、フォトンアーツのバンダースナッチだったかしら。砕け散ったコアの破片が、ガウォンダの身体がダーカー因子に還り、長槍をくるくると回すユミナさんだけが残りました。

 私も負けていられません。セイバーモードに切り替えコアを一突き。ですが、一度身体が大きく跳ね、それから震えるのみ。浅かったようです、ならば追撃を加えますわ! 再びガンモードに戻して、連射。この距離なら、私の腕前の悪さも銃剣の集弾性の悪さも関係ありません。引き金を引けば弾が当たる。至ってシンプルな話ですわ。

 

「このこのこのっ!」

 

弾がコアに当たるたびに、ガウォンダの身体がびくんびくんと痙攣します。そして弾倉に残っていた三発を撃ち尽くしたところで、ガウォンダは脱力し、うつ伏せに倒れました。やりましたわ、一体撃破です!

 と、喜んでばかりもいられません。まだまだガウォンダはいますし、増える可能性だってあるんですから。スピードローダーで弾を装填し、次の目標へ走り寄ります。帰還まであとわずか、ですわ!

 

 

 

 ……つ、疲れましたわ……。あれから何匹のガウォンダを倒したのか、覚えてもいません。最初に現れた六体を倒したところまでは記憶にありますが、すぐにまた六体現れてからは、半ばやけっぱちになって……、うん、覚えてませんね。

 ですが、頑張ったかいはありました。目の前には、青いリングを幾重にも浮かび上がらせるテレポーター。この中に入ってちょちょいと端末を操作すれば、あら不思議! 気付けばキャンプシップの中ですわ! あの極寒の中、ずーっと耐え忍んでおりましたが、ようやく帰れるのです!

 危惧していた仮面も、結局は現れませんでしたわね。……あの悍ましい気配。出て来なくて、本当に良かったですわ。身体があれ以上進むのを拒否するなんて、初めての経験でしたもの。と言うか、これだけ派手に戦っても来なかったのなら、フォトンの出力を抑える必要はなかったのでは……。結果論なので、今だからこそ言える事ではありますけどね。

 

「救援、心から感謝する。新人とは思えない見事な戦い振りだった。私たちはマザーシップに戻るが、ハガルを……、いや、故郷をよろしく頼む」

 

先にテレポーターに入ったサガさんが敬礼し、私もそれに倣いました。そんな私たちへ、楓様は柔和な笑みを浮かべつつ、

 

「言われずとも、そのつもりですぞ、あにさま」

 

と敬礼を返してくれました。お三方もにっこり笑顔で敬礼してくれています。

 

「楓」

 

「はっ。何でしょうか、あにさま」

 

 敬礼を解き、端末を操作し始めたサガさんですが、ふと思い立ったように手を止め、楓様の名前を呼びました。そして、

 

「喜ぶべきか悲しむべきか、それは私が断ずる事ではない。だが、お前が選んだ道は、お前に相応しいものだったようだな。……あまりフーリエに心配を掛けるなよ。少しばかり、お前は頑張り過ぎている節がある」

 

私が聞いた事のないような、優しい口調で語り掛けました。

 

「……さぁ、どうでしょうな。ですが、妾に向かってあねさまに心配を掛けるななど、釈迦に説法と言うものですぞ?」

 

「お前は時々よく分からん事を言うが、あいつを大事にすると言う意志は伝わった。……身体を労れよ」

 

「アークス戦闘員に何を仰るやら。……ご忠言、痛み入ります」

 

労いの言葉を口にして端末操作へ戻ったサガさんに、楓様は深々とお辞儀をし、それを見届けたところで、私の視界は白に染め上げられました。

 

 

 

 目を開くと、そこは見慣れたキャンプシップの内部。ようやく本当の意味で一息つけましたが、お別れが駆け足だったのが少し心残りですわね……。

 

「あの、サガさん。楓様たちが来た理由、聞かなくて良かったんですの?」

 

楓様は、詳細は後で、と仰っていましたが、結局聞けず終いでした。仮面が彷徨いているあそこで悠長に話を聞くのは怖いですが、気になるのも確かです。

 

「ある程度は察しが付いた。それをあの場で長々と聞くのは得策ではない」

 

そう前置きして、サガさんは語りました。

 

 以前に仮面と交戦した訓練生は、ほぼ間違いなく楓様。「あにさまも見ましたか」、この一言で気付いたそうです。あら、そんな事を仰っていたかしら? 救援が来てくれて舞い上がっていたので、聞き逃したのかも……。

 それを踏まえると、新人の楓様たちがアサインされた理由も何となく分かりました。と言うよりは、楓様の存在が決定打になった、でしょうか。目撃例はあれど、交戦例は楓様と正規アークスの誰かなのですから。その正規アークスの件も含め、様々な事情が重なった結果、楓様たちの派遣に繋がったのでしょう。その様々な事情は、私たちの知るところではありませんが。

 

 そんな事より。楓様の、美しく華麗に戦う御姿。わざわざ記憶を探らずとも、容易に思い出せます。訓練校でどれ程の鍛練をなされたのでしょう。きっと、人一倍と言う言葉も生温いに違いありません。他のお三方よりも明らかに動きが洗練されておりましたもの。

 それに引き換え、私の戦い振りと来たら……。ミクダ一匹に個人の感情を引きずって手こずった挙句、最後には記憶が飛ぶ程まで憔悴してしまう有様。これではとても、先輩を名乗る資格などありません。

 

 ……恥ずかしい。私の心は、その感情一色に染まりました。バウンサーの試験運用役に立候補しておきながら、サガさんの訓練から逃げ、怠惰な日々を送り、その結果がこれ。私が見惚れた楓様は、訓練生の身で窮地を脱し、先の大立ち回りを演じたと言うのに。

 私は、なぜアークス戦闘員になりましたの? フォトンを扱えるから? いえ、それはただの前提条件。私だって、確固たる目的がなければ、進んで戦地に飛び込むような人間ではないと自覚しております。

 試験運用役になったのも同様。目的があればこそ。あの時より少しでも目的に近づく為に。

 

 ですが――

 

「……サガさん」

 

「どうした。珍しくしおらしい顔をしているな」

 

「担当武器の交換って、可能でしょうか?」

 

――今の私では、辿り着けない。

 

* * *

 

 あにさまたちを見送り、妾たちもテレポーターへ入って、キャンプシップへ帰還。見飽きてしまった内装を意識した瞬間、足腰から力が抜けて尻餅をついてしもうた。

 

「お、おい相棒、大丈夫か!?」

 

「……あにさまを前にして緊張してのぅ。糸が切れよったわ」

 

起こそうとしてくれたのじゃろう、アフィンが手を差し伸べてくれたが、すまぬ。ちと立てそうにない。と言うか、キャスト相手では一緒に倒れ込むのがオチではなかろうか。

 

 あにさまの前で緊張した。これはまことじゃ。己の成長振りを見て頂く。そしてあにさまたちをお助けする。表に出すまいと平静を装っていたが、内心はがっちがち。そこは否定せぬ。

 じゃが、もっと大きな問題が妾の心を苛んでいた。仮面被りに近付くにつれ、より大きく、はっきりと聞こえて来た声。

 

 ……どこにある。

 

 ……どこだ。

 

やつは何かを探していた。どこにある、と言っていたのだから、マトイではなく何らかの物品を探していたのじゃろう。それが何なのかまでは分からんが、まともな物ではなかろうな。

 そも、やつは元からその物品を探していたのか? 探していたのならさして不自然ではない。今はマトイ探しを中断したか、あるいは妾たちに保護されたのをいずこかから見て断念したか、で片が付く。じゃが、違うのならば厄介な事になりかねん。やつの背後に、物品探しを命じた何者かがいる可能性さえ生じる。やつに命令出来るような輩がおるなど、考えたくもないがの。

 やつが何を探しているのか。妾たちにどんな害を及ぼすのか。マトイ探しを中断してでも探さねばならんのか。そしていつ、やつの言葉が変わる(やつに見付かる)か。考え、探り、危惧するうちに、己が思っている以上に消耗してしまったようじゃ。

 

 しかしまぁともかく、また偶事を拾えた。であるならば、今回のマターボードは、やつの探し物が鍵となるのであろう。それに、やつの情報が欠片程ではあるが入手出来た。それだけでも良しとしよう。焦ったところで、事態が進展するわけでもなし。それよりも今は、

 

『こちらヒルダ。楓、アフィン、アーノルド、ユミナ、聞こえるか?』

 

「聞こえておりますよ、どうぞ」

 

『良くやってくれた。あちらのオペレーターからも感謝のメッセージが届いたぞ。疲れたろう、こちらに戻ったらゆっくり休んでくれ』

 

ヒルダ殿の心なしか弾んだ声に、耳を傾けたい。

 

 

 

 翌日。身支度を整え、後は紅を引くのみと言うところで部屋の呼び鈴が鳴った。こんな時間に来客とは珍しい。端末越しに応対すると、宅配業者と名乗られた。はて、通販や懸賞を利用した覚えはないがのぅ。あるいはアレン辺りからの届け物か? 疑問を覚えながらも送り主の名を尋ねると、意外な人物の名前が出た。

 

『ヒルダ様からのお届け物です』

 

なぬ? ヒルダとは、オペレーターのヒルダ殿か? ともかく、時間も押しておるし受け取ってしまおう。着衣に乱れがないか再度確認し、玄関口で対応。渡された荷物は、やけに凝った包装を施されていた。

 業者を見送ってから部屋に戻り、開封。中身は小奇麗な箱と、今時珍しい手紙だった。先に手紙を開き、読んでみる。

 

「……なるほど。お堅い方かと思いきや、味な事をなさる」

 

続いて、箱を開けてみた。箱に書かれていた文字……、と言うか銘柄は見なかった事にしたい。確か、無茶苦茶に高級じゃなかったろうか?

 入っていたのは、薄紅色の口紅。化粧をする前で良かった。試しに筆で塗ってみると、自前の物より瑞々しく仕上がった。発色もまるで違う。

 

「……大事に使わせて頂きます、ヒルダ殿」

 

丁寧に紅を引き直して箱に戻し、手紙を添えた。戦場に引いて行くには、いささかもったいない。

 

「それでは、今日も行くとするかのぅ!」

 

鏡に映り込んだ己に檄を飛ばし、出発。あにさま、妾は今日も頑張りますぞ!

 

『昨日はありがとう。お前に似合いそうな色を選んだつもりだ。良かったら使ってくれ。ヒルダより』




初期ガンスラ、いわゆるガンスラッシュって画像見る限りだとリボルバー式っぽかったので、文中のように六発装填のリボルバーっぽく描写しました。ライフルも含め、射撃武器類の設定はそれほど重要ではないので書いてませんが、いずれ設定編に載せるかも知れません。
 カトリ強化フラグが立ちました。安藤と会うにしても、原作通りかそれ以前かでカトリの反応や考え方も変わるのではないかな、と。


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第二十四話 氷原の暴君

書き直すに当たり、序盤を大幅に変えました。それ以前はヒルダからのプレゼントについて書いてありましたが、カット。一応全員もらっています。

投稿が遅れてしまい、誠に申し訳ありませんでした。


「あれっ。相棒、口紅変えたのか?」

 

 いつものように集合し、開口一番、驚かされた。同性のユミナなら分かるが、まさか異性のアフィンに気付かれるとは。

 

「ん? おぉ、その通りじゃよ。しかし、よく分かったのぅ」

 

「やっぱりか。いや、何か普段より唇がツヤツヤしてるように見えたからさ」

 

そう言いながら、アフィンは小さく拳を握った。自分の見立てが正しかった事が嬉しいらしい。うむ、可愛らしい。

 じゃが、少々迂闊じゃったな?

 

「おやおや、アフィン君は楓ちゃんの唇が気になるのかなぁ?」

 

「この助平め、尻の次は唇かや? ほんに、そなたは節操がないのぅ……」

 

ユミナが意地の悪そうな笑みを浮かべて問い、妾が口元を扇子で隠して流し目を送ってやると、案の定、アフィンは顔を真っ赤に染め、手をばたばたと振った。アフィンや、唇は女の『ちゃぁむぽいんと』の一つぞ。下手に突けばこのような返しが来ると、そろそろ覚えねばのぅ。

 

「ちっ、ちげーよ! 俺はだな、レンジャーの洞察力ってヤツを見せてやろうと思ってだな……! アーニー、お前も分かったろ? な?」

 

「アフィン、少しばかり見せ所を間違えたな。俺でもその程度の分別は付くぞ」

 

ほぅ、アーノルドは上手く躱したな。口紅に気付いたとも気付かなかったとも言っておらぬ。これではからかってやれんわ。全く、不甲斐ない。どのアークスよりも妾と長く過ごしていると言うのに、こんな事になると気付かぬとは。まぁしかし、口にしてくれたのは素直に嬉しい。肩を落としてしょげる姿を見るのも忍びんし、そろそろ勘弁してやるか。

 

「これに懲りたら、そなたも『でりかしぃ』を持つよう心掛けよ。うちのアレンと変わらぬぞ?」

 

「アレンって、相棒の父親みたいな人で、土集めが趣味なんだっけ? てか、デリカシーってスラスラ言えない相棒に言われると、すんげー悔しいんだけど……」

 

「かかか。本質を知っておれば良いのよ」

 

 さておき。気を取り直して、今日の予定を吟味せねばな。ユミナからは凍土エリアの任務があるならそちらへ行きたい、アーノルドからは森林エリアで実力を高めたい、と言う意見が出た。ふむ。どちらも大事じゃな。

 凍土の任務を遂行すれば、自由探索許可、すなわちクエストへの参加許可が下りる。妾としても、仮面被りの情報が欲しい故、早いところ許可が欲しい。

 しかし森林で実績を積むのも捨てがたい。全員の練度が上がれば、任務やクエストでの生存率は大きく上がる。妾たちが今手掛けているのは、環境も原生生物も森林とは比べ物にならぬ程の危険な地。アーノルドの提案も尤もと言えよう。

 さて、どうしたものか。などと考えていると、

 

『か、楓さん、聞こえますかぁ!?』

 

オペレーターのメリッタ殿の金切り声が、その思考を中断させた。思わず耳を覆いたくなったが、顔を顰める程度に抑える。通信故、意味がないからの。ともかく、随分と慌てておられるようじゃし、回線を繋がねばな。……割りといつも慌てておられるような気もするが。

 

「こちら楓、いかがされましたか?」

 

端末を操作して呼び掛けると、『よ、良かった、繋がったぁ!』とこれまた大きな声。アークスシップ内で通信が繋がらぬ事などあるとは思えんが、逆に考えると、それだけ重要な伝達事項なのかも知れぬ。

 

『あ、あのですね、楓さんたちの昨日の記録を鑑みて、コフィーさんから任務が下りました!』

 

「コフィー殿から、ですか? それはまた大層な……」

 

となると、それなりに危険な任務なのであろう。自然と、顔が引き締まる。続きをお願いすると、他の人員はカウンターに集まっており、詳細はそこで伝えられるので妾たちもすぐに向かって欲しい、との事。なるほど。状況は切羽詰まっているらしい。急いだ方が良かろう。

 

 

 

 アフィンたちを引き連れてアンネリーゼ殿のカウンターへ向かうと、そこにはすでに十二名が集っていた。ゼノ殿にエコー殿、それにあねさまもいる。いずれもハガルで名うてのアークス戦闘員。これだけの顔ぶれなら、認識を改めねばならぬな。それなりどころではない、危険な任務が待っておるようじゃ。

 

「おっ、来たなルーキー共。それじゃアンネリーゼ、説明頼むぜ」

 

挨拶もそこそこに、ゼノ殿に促されたアンネリーゼ殿から早速任務内容が伝えられた。これより展開される任務は二つ。一つは大型原生種"デ・マルモス"の討伐。もう一つは小型原生種の討伐。昨日の急激なダーカー汚染により、その只中を縄張りとしているデ・マルモス一頭と周辺の小型原生種が、重度の侵食を受けたらしい。これを放置すれば、汚染状況がより深刻なものになる。そこでコフィー殿は早期解決の為、緊急任務として手練を招集したそうな。

 事情は触り程度に聞いていたが、この顔ぶれに混ざるとなると、気後れしてしまう。普段ならば特に何とも思わぬが、任務となれば話は別。アフィンたちも同じ心境なのか、緊張の色が窺えた。

 

「ゼノさん、エコーさん、楓さんにアフィンさん。この四名には、デ・マルモスの討伐をお願いします。アーノルドさんとユミナさんは、"ラヴェール"さんとフーリエさんと組んで、小型原生種の討伐に回って下さい」

 

ふむ。今回も先のダガン殲滅任務同様、ちと変則的なパーティとなったか。大型原生種に立ち向かうに当たり、先輩たるゼノ殿とエコー殿に同伴頂けるのは頼もしい。

 じゃが、一抹の無念を覚えるのもまた事実。かような相手だからこそ、アーノルドとユミナ、そしてアフィンと共に挑み、打ち勝ちたかった。上が決めた以上は従うが、叶わぬからこそか、その願いは一層強くなる。いずれは妾たち四人で、強敵と戦いたいものよな。

 

「いい面構えしてるじゃねぇか、楓」

 

 少しばかり思考が行き過ぎたのだろうか。ゼノ殿の嬉しそうな声で、彼が妾の正面で腰を屈め、瞳を覗き込んでいる事に気付いた。

 

「これでも10年はアークスやってるからな。今のお前みてぇなツラをしてるヤツは何人も見て来た。テメェの分を弁えて、それでもやってやりたいって顔だ」

 

目を閉じて、しみじみとした口調で語るゼノ殿。瞳を閉じているのは、その人々――きっと同輩であったり、後輩であったり――との記憶を一つ一つ思い出し、噛み締めておるのじゃろう。

 

「今は我慢しとけ。お前の事だ、もう分かってるとは思うけどな」

 

「……えぇ。重々、承知しておりますよ」

 

にかっと笑うゼノ殿に、妾も深く頷き答えた。ほんに、この先輩は察しが良い。妾の心情をぴたりと言い当てよった。じゃが、それを別の方向にも発揮すべきと思うがの。見てみぃ、エコー殿の顔を。自分の気持ちも察して欲しそうに……、おろ? この表情は……。

 

「なるほど、のぅ」

 

今日もまた、良いものを見させて頂いたわ。エコー殿もまた、の。

 

 

 

 キャンプシップから凍土へ降り立ち、駆ける。詳細な任務内容は、降下地点からの道中に現れる侵食体の殲滅と、本丸の討伐。任務そのものの難易度はともかくとして、やる事自体は単純明快。

 討伐対象となったデ・マルモスの特徴は、何と言ってもその巨体。彼奴の幼体とされるマルモスはもとより、昨日の任務で遭遇したガウォンダよりも大きい。自重を支える四本の足は、妾の背丈と変わらぬ長さと、妾の胴回りを遥かに超える太さを併せ持つ。こんなでかぶつに踏まれようものならば、五体四散は免れまい。

 元来は幼体同様に温厚な気性なのだが、ダーカー因子に侵食されると一変し、極めて攻撃的となる。その差は巣を見れば歴然。侵食を受けていない個体の巣と違い、至る所に原生種の凍てついた死体が転がっている。と言うのも、先に触れた凶暴化により、ダーカーであろうと原生種であろうと、目に付いた動体は全て排除するようになるのだ。

 例外はマルモスだが、どちらかと言えば家来や手下のように扱われる。つまり侵食されたデ・マルモスとの戦闘では、マルモスの群れも障害となる。いずれも動きは鈍いが、集団戦法をとられれば苦戦は必至。こちらも上手く連携をとらねば、翻弄されてしまうだろう。

 

 道中は苦戦する事もなく、順調に進めた。妾とアフィンがそれなりに実戦慣れした事もあるが、それよりも練達したアークスであるお二人の活躍が大きい。長大な大剣を手足のごとく操り敵性体を薙ぎ倒すゼノ殿と、多様なテクニックで攻撃と戦闘補助をこなすエコー殿。その様はまさに阿吽の呼吸。互いの長所、短所を把握しているだけでは、ここまで達する事は出来まい。

 しかもこのお二人、未だ成長段階にあるように見受けられる。森林エリアでの繰り返しの日々で何度もご一緒したが、その時は当然ながら変化は見られなかった。じゃが今日。幾ばくかの日を置いたお二人は、さらに動きが洗練されている。素人目に見ても明らかな程に。この人柄で、日に日に実力を伸ばしておるのなら、なるほど、みなに慕われるのも理解出来るわ。

 

「楓、お前のその武器……」

 

 地図で言うなら、そろそろデ・マルモスの縄張りに入ろうかと言う辺り。息を整えようと立ち止まったところで、ゼノ殿が妾の自在槍を指差した。ふむ。やはりゼノ殿も不思議に思うか。しからば説明しよう、と口を開きかけ、

 

「戦いにくそうだな。その細工があっても、まだリーチが長いのか?」

 

核心を突いた言葉に黙らされた。

 

「ゼノ先輩、相棒の武器の事、知ってたんすか?」

 

「え、細工? ワイヤーが全然伸びてないなぁ、とは思ってたけど、そんな細工してたの!?」

 

今までにこの細工を知った人々は、どちらかと言えばエコー殿のような反応を示しておった。だのにゼノ殿は、前々から知っておった上に、妾の悩みを見抜いたとな?

 ある意味で両極端な様子のアフィンとエコー殿へ、ゼノ殿は手をひらひらさせつつ笑った。

 

「エコー。担当官は、自分が担当する訓練生の情報を事前に見れたろ?」

 

「あ、そっか。アーノルド君もユミナちゃんも、得意武器とか色々書いてあったっけ」

 

「んで、楓の成長っぷりを横目で見ながら、あぁ、もうヒヨッコじゃねぇなぁ、とか思ってたんだが……」

 

「な、何かジジ臭いっすね……」「うっせ、後輩の成長に感動すんのは先輩の特権だ」

 

無粋なツッコミを入れたアフィンの頭を小突くゼノ殿。大変微笑ましい光景じゃが、言い当てられた本人としては、その根拠を早う伺いたい。ちょいと視線を向けると、ゼノ殿は咳払いを一つして、こう語った。

 仕掛けるにしても迎え撃つにしても、妾は思い切り踏み込まずに、半歩程引いている。身体はもっと近寄りたいのに、武器に無理やり合わせているように見えたそうな。

 

 先に諳んじた通り、ワイヤーを封印してもなお、妾にとって自在槍の間合いは長い。ついでに、刃の配置は、妾のプリセットとは異なる。違和感を覚えつつも訓練校で矯正したが、今までにそうと指摘されなかった為、完全にものにしたつもりじゃった。まさか勘付く者が現れるとは思わなんだ。朝から今に至るまで、今日は驚かされ通しじゃのぅ。

 

「そんな細工しても使いにくいってんなら、いっそおやっさんに改造してもらったらどうだ? 良い仕事してくれるぜ」

 

武器の改造でおやっさん、となると、思い当たるのはドゥドゥ殿。名を出して問うと、ゼノ殿は頷いた。

 

「武器に関しちゃ、ハガルであの人に並ぶ職人はいねぇからな。お前も上手い事戦っちゃいるが、もし少しでも不満があるんなら、おやっさんに相談した方が良い」

 

ふむ。新人と言う身の上で個人用の改造武器なぞ、少しばかり気が引けるが、今後を考えれば良いかも知れぬ。生き残る為に己に合う武器を誂えて頂く。そこに熟練者と新人の垣根などないはずじゃしな。任務から戻ったら、早速訪ねてみるとしよう。

 

 話はそこからデ・マルモスへの作戦会議に移った。戦闘経験を聞かれたが、妾もアフィンも、当然ながら実際に相見えるのは今回が初めて。VR訓練で幾度か戦った程度でしかない。

 

「そりゃそうだよな。どこが弱点かは知ってるか?」

 

「それは知ってます。瘤の内側にある延髄ですよね」

 

「しっかり頭に入ってるじゃねぇか、アフィン。だがそう簡単に行かねぇのも分かるよな?」

 

「一番の問題は、背に乗った際の彼奴の抵抗ですな」

 

それこそが、悩みの種。延髄の破壊だけならば乗っかってしまえば容易い事。しかしちんたらやっていては、まず間違いなく振り落とされる。羽虫が寄って来た時に振り払うのと同じじゃ。彼奴とて生物である以上、目障りな何かが身体にまとわり付いて来たのならば、そりゃ抵抗するわな。

 よって、彼奴を仕留めるには一撃必殺が基本。VR訓練では一度、仕留め切れずに振り回された挙句、床に叩き付けられたからのぅ。あの時は外装に罅が入る程の痛手を負ってしまった故、その重要性は文字通り骨身に沁みておる。

 

「それだけ分かってりゃ十分だ。そんで今回の戦闘だが、アフィン、『ウィークバレット』は使えるか?」

 

 ゼノ殿が発した問い掛けに、アフィンは一発だけなら、と頷いて返した。ウィークバレットはレンジャー専用の特殊弾じゃが、その性質上、ハンターとフォースも訓練校で教わっている。

 

 不思議な事に、ダーカー因子はフォトンと似た挙動を示す。すなわち、攻撃と防御に転化されるのだ。それ故、ダーカーや侵食体は見た目以上の身体能力を発揮し、同じウーダンであっても、打撃の重さや肉体の頑丈さは、侵食の有無で大きく差が出る。

 ウィークバレットは、込められたフォトンで防御に転化されたダーカー因子を中和し、命中箇所付近の守りを崩す特殊弾。その効果は絶大で、例えば十発は殴らなければ砕けぬ甲殻があったとすると、それが四発目の打撃で砕け散る程。戦闘が長引いては不利になるような敵性体を相手とする場面において、非常に重宝する。

 無論制約も多々あるが、それはここで語るべき事ではない。記憶しておくべき事柄は、それを補って余りある程の恩恵を味方にもたらす特殊弾である事。

 

 アフィンがウィークバレットを装填したのを見てから、ゼノ殿は続けた。

 

「接敵したら、ソイツを左後足にブチ込んでやれ。その後はチビ共の相手だ。エコーは――」

 

「接敵前と、必要ならトドメを刺す前にシフタとデバンドでしょ? マルモスはあたしとアフィン君に任せて」

 

「――さすがは俺の相棒だ。楓は左後足を潰せ。俺は左前足をやる」

 

「承知いたした!」「了解っす!」

 

一撃で仕留めるに当たり、必要なのは彼奴を行動不能に追い込む事。丸太のごとく太い足は、三本残っていれば十分に自重を支えられるが、左右いずれかの足二本へ徹底的に攻撃を加えれば、さすがに姿勢を崩す。その隙に瘤を攻撃する、と言う算段じゃな。

 

 作戦は決まった。いざデ・マルモスの巣へ参らん、と走り出したが、その時。

 

「楓ちゃん、上!」「ぬぉっ!?」

 

頭上の影に気付くのとエコー殿の声は、同時じゃった。弾かれたように飛び退くと、そこへ白い何かがとんでもない速度で落下し、水音を含む鈍い音と共に肉片と鮮血で、白い大地を赤く染めた。まじまじと検分するまでもない。落ちてきたのは、ファンガルフル。

 

「……ふむ。余程飢えとったんじゃのぅ」「いや、どー見ても違うだろ」

 

少々の驚きを冗談めかして隠し、行く先を見やる。この哀れな犠牲者の様子からして、恐らく巣は大騒ぎとなっておろう。

 

「ん、メリッタからか。こちらゼノ、どうした? ……あぁ、そんなこったろうと思った。死体が飛んできたからなぁ。……分かった、連絡を待つ」

 

メリッタ殿へのゼノ殿の返答が、半ば裏付けとなった。やはり、ちと厄介な事になっとるらしい。

 

「小型共に叩き起こされて、相当ご立腹みてぇだ。騒ぎが収まるのを待ってから突入してくれ、だとよ」

 

「怒ってる、かぁ。巣の状況は聞いた?」

 

「子分を片っ端から食い散らかされて、怒り狂った親分が大暴れ。その結果がアレだな。今の内に作戦を変えるぞ」

 

 腹を満たして逃げた個体もいるらしく、あまり時間はなさそうじゃ。取り急ぎ、作戦を立て直さねばならん。とは言え、基本的な部分は変わりない。左前足にエコー殿、後足にアフィンが加わるのみ。とにかく優先すべきは、彼奴の動きを止める、この一点。

 

 やがて、僅かに感じていた地響きが収まり、代わりに一発、低い咆哮が届いた。デ・マルモスの勝鬨じゃろうな。

 

「こちらゼノ、トライアルを受諾した。行くぞお前ら、腹ぁ括れよ! 突入ッ!」

 

「了解ッ!」

 

ゼノ殿の檄に三人揃って気勢を上げ、巣へ侵入した。

 

 

 

 三方を断崖に囲まれた広大な巣は、酸鼻を極めていた。食い荒らされたマルモスの死骸が、原型を留めていないガルフル共の死骸が、あちこちで血の臭いを撒き散らしている。アークスが討伐した死体は即座に転送される為、このような凄惨な光景は見た事がない。あまりにも現実離れしておる故、己は夢現の境を彷徨っているのか、と錯覚した程じゃった。

 しかしすぐに、ここが現世(うつしよ)であると思い知る。巣の中央にはここの主が屹立しており、鼻息も荒々しくこちらへ殺意の篭った視線を送っておる。妾たちが縄張りを荒らす闖入者である事ももちろんじゃが、侵食体としての、フォトンへの敵愾心も大いに内包されておろう。

 

「戦闘補助は任せてッ!」

 

掲げられたエコー殿の長杖から炎のフォトンが放出され、妾たちにさらなる力を与えてくれる。これならば、彼奴の分厚い毛皮にも貫けよう。続いて氷のフォトンが長杖に収束し――

 

「ちっ、散開しろッ!」

 

デ・マルモスの長い鼻が雪原に突き入れられた。そして間を置かず引き抜くと、鼻先には巨大な雪塊。イエーデ共が作り出す物と同様の性質を持つが、ファンガルフルを遠投するだけの力で投げ付けられるそれは、段違いの威力を誇る。どうやらシフタで高まったフォトンを感知し、妾たちを完全に敵と見定めたらしいな。

 ゼノ殿の声で四方へ散り、それぞれに目標目掛けて走り出す中、ゼノ殿がハンターのスキル、『ウォークライ』を発動させているのが見えた。大気中のフォトンを大量に吸収し、自身を中心として発散させるこのスキルは、周囲のダーカーや侵食体の注意を一身に引き付ける、ハンターならではのスキル。その目論見が当たったのだろう。彼奴の目は、明らかにゼノ殿を追っていた。今の内に懐へ入らせてもらおう!

 

「相棒、撃てッ!」

 

「あいよ、思いっ切りブン殴れッ!」

 

着弾音と同時に、彼奴の左足から黒い靄が滲み出た。この靄こそ、構造を破壊され、鎧として留まれなくなった残留ダーカー因子。ウィークバレットが効果を発揮している証拠。

 

「はぁッ!」

 

疾走の速度を乗せ、全力で右のワイヤードゲインを突き出した。守りは大幅に脆くなったはずじゃが、生来の毛皮の分厚さは相当なもので、手応えはあまり感じられぬ。しかし一人で挑むVRに比べれば、まだまし。今回は頼れる相棒がいる。先輩がいる。さっさと叩き潰してくれようぞ。

 なお完全な余談だが、初のVR訓練では減点を食らってしもうた。ブースター最大出力で背に乗ったら「他種族には不可能な事をするな」じゃと。まぁ、訓練じゃし致し方なかろう。

 

「相棒、離れろ!」

 

 不意に、やや遠方から後足を狙っているアフィンが叫んだ。言われるがままに跳び退り、デ・マルモスとの距離を取った直後、彼奴の身体が宙に浮き、そして着地と同時に、凄まじい揺れが妾たちを襲った。

 戦闘において、体重は武器となる。実に単純な話じゃな。彼奴もそれを心得ており、こうして踏み潰しに掛かったと言う事じゃ。

 何よりも驚くべきは、その膂力。これだけの揺れを起こす程の体重を支えるだけでなく、跳び上がらせるとは。やはり、正面からぶつかり合うには、生物としての格が違い過ぎる。

 であるならば。

 

「危ないところじゃったのぅ……、仕返しじゃッ!」

 

小者は小者らしく、小細工を弄して小賢しく立ち向かわねばな!

 再び接近し、ひたすらに後足を切り、突く。こちらに当たらぬ角度から、アフィンも射撃を加える。白い毛が、血飛沫が飛び散った頃に、デ・マルモスの姿勢が僅かに崩れた。

 

「後はそっちだ、そのままやっちまえ!」

 

頭部のある方向から、ゼノ殿の声がした。何と。ウィークバレットがあってもなお、攻撃の激しい前足側を攻めているゼノ殿とエコー殿に及ばんとな。妾たちとゼノ殿たちの間には、例え小細工を弄しても埋められん程の隔たりがあるとな。

 

 ……何とも、やる気の出る話ではないか!

 

「相棒、何かやらかす気なんだろ? こっちは準備出来てるぜ!」

 

アフィンも、妾のやる気を察してくれたようじゃ。掛けられた言葉に歓喜を覚えながら後方へ大きく跳び、左腕を引き絞る。両足のブースターに燃焼材を叩き込み、出力制限を解除。

 彼奴の足がどれだけ持つかなど、妾には分からん。もしかすると、まだまだ毛皮の下の薄皮に、ようやく刃が通っただけかも知れぬ。

 

 

 じゃが、例えそうだったとしても。

 

 この一撃を以て、そろそろ驚かす側に回りたいでな。

 

 

 地を蹴ると同時にブースターを噴射し、風景を置き去りにしながら急速接近。やや赤く染まった膝へ、限界まで引いた左の得物を突き出した。肉諸共に硬い何かを砕いた感触が、柄を通して伝わる。苦痛を訴えるがごとき大咆哮と共に、膝が内側へと、ごきりと音を立てながら折れ曲がった。

 

「追撃を仕掛けるッ!」

 

支えとなる足二本を手酷く傷付けられ、デ・マルモスが倒れ込んだ。それよりも先に後退し、右腕を限界まで引いて再度燃焼材を投入。地響きを起こしながら横たわったデ・マルモスの瘤は、好きに殴れと言わんばかりにこちらを向いておる。

 

「あたしからもお手伝いだよ、それっ!」

 

 シフタによる攻撃フォトンの高まりを感じる中、発砲音が鳴り渡り、瘤が黒い靄を帯びた。視界の端でエコー殿とアフィンが頷く。お膳立ては十全。後は、とどめを刺すのみ!

 

「これにて、幕じゃッ!」

 

左のワイヤードゲインを腰に収め、代わりに扇子を取り出して横咥え。目標を見据え、ブースター再点火。派手な噴射音が、彼奴の今際の際の呻きさえ塗り潰して轟く。みるみる間に、と言うのも生温い程の速度で巨体が、瘤が迫り、それ目掛けて溜めに溜めた力を全て開放した。元がぶよぶよの脂肪故に、瘤そのものを貫くのは容易い。加速も相まって、刃と腕は何の抵抗もなく瘤を貫き通す。そのまま延髄へと達し、すぐさま鈍い音と共に、致命傷を与えた手応えを感じた。ずるり、と得物ごと腕を引き抜くと、デ・マルモスの身体は大きく痙攣し、やがて動かなくなった。

 

 

 

 死骸を青い輪が囲む。戦闘員にとってそれは、討伐目標の生命活動停止を意味する。あの一撃で、勝負は決したらしい。

 右腕を大きく振るい、腕と得物にまとわり付く肉片や血糊を落としてから、咥えていた扇子を手に取る。そしてこの銀世界にあってなお白い扇面で口元を隠し、決めの姿勢。うむ。大型の侵食体を倒した後は、こうしなければ気が収まらぬわぃ。

 

「凄いよ、楓ちゃん! 一発で決めちゃうとは思わなかった!」

 

そんな妾を、駆け寄って来たエコー殿が長杖を放り投げて抱き締めた。おぉ、これはユミナの言う通り、実に柔らかいのぅ……。

 

「ったく、おいしいトコ持って行きやがって……。良くやったな、楓!」

 

「エコー殿の戦闘補助と、相棒のウィークバレットがあればこそです。妾はただ、それに応えようとしたまでの事」

 

憎まれ口を叩きつつも満面の笑顔を見せるゼノ殿には、こちらもにっかり笑って親指を大空へと向け、

 

「相棒よ、良くぞ妾の意図に気付いてくれたのぅ。お陰で仕留められたわ!」

 

「お前の顔見りゃ、何企んでるか大体分かるようになったしな。だったら俺がやる事は一つ、だろ?」

 

「ほぅ、いっちょ前に抜かしおるわ。かかかっ!」

 

得意顔のアフィンと拳をこつんとぶつけ合って、

 

「よし、それじゃ帰るとすっか! こちらゼノ、これより帰還する!」

 

デ・マルモス討伐任務は、満足の行く結果を残して完了した。




3倍→2.55倍→1.2倍。どうしてこうなった。

ゲーム内のデ・マルモスも足へのダメージ蓄積で倒れるとかやってほしかった。

決めの姿勢(決めポーズ)は、一部緊急が終わった後の勝利ポーズです。楓にはそんな変な癖があります。

それでは皆様、良いお年をお迎え下さい。


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第二十五話 ドゥドゥと刀匠

新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。


「なるほどのぅ、そちらも大変だったようじゃな」

 

「まぁな。だが、得るものも多かった」

 

「うんうん。ラヴェールさん、凄かったんだよぉ! 付いて行くのもやっとって感じだった!」

 

「ハンターだっけ? パティ先輩と言いユミナちゃんと言い、ニューマンなのにすげーなぁ……」

 

 割り当てられた範囲内の小型侵食体全てを討伐する、と言う任務の性質からか、アーノルドたちは妾たちよりも帰還が遅れた。話を聞く限りでは、こちらに負けず劣らずの過酷な任務だったらしい。侵食体だけでなくダーカーも出現し、その上どちらも凶暴性を増していたそうな。全く。仮面被りめ、ほんに疫病神ではないか。やつが現れると、ろくな事が起こらん。

 そんな状況下で、アーノルドたちと組んだラヴェール殿とやらは、八面六臂の大活躍だったそうじゃな。自在槍を巧みに操り、一欠片の慈悲も見せぬ苛烈な攻めでダーカー共を蹴散らした、と。

 その話でちと引っ掛かったのは、ダーカーにのみ過剰なまでの殺意を見せていた、と言う点。侵食体相手にはむしろ憐憫の表情さえ浮かべていたとか。事情は分からぬが、よほどダーカーが憎いと見える。まぁ、不躾に聞くつもりもないが、ワイヤーを封印していない自在槍の扱いには興味が湧く。いずれ任務あるいはクエストにご一緒させて頂きたいものじゃのぅ。

 それよりも妾にとって重要なのは、あねさまの活躍じゃな! アーノルドの談によれば、砲弾の加害範囲を完璧に把握し、誰一人巻き込む事なく大砲で援護して見せたらしい。大砲にかけては新人随一の腕前を誇るアーノルドでも、乱戦下では長銃に持ち替えると言うのに、さすがは教官殿から名指しで頼れと言われるだけはある。あねさまが大いに評価されておるようで、妾は嬉しいぞっ!

 

 こんな色気も何もない会話が繰り広げられておるここは、妾の自室。持ち寄った昼食を互いにつつき合いながら、方針会議……とは名ばかりの雑談を交わしておる。

 任務から帰還した妾たち四人には、コフィー殿直々に凍土エリアの探索許可が与えられた。しかしながら今朝のアーノルドの提案もやはり惜しい。故にちょうど昼時だからと言う事で、今日の予定を詰めようかと集まったわけじゃな。まぁ、今のところはただの昼食会になっておるが。

 

「さて、探索許可は下りたが、午後はどうする?」

 

 いつものように、アーノルドが舵を取った。が、実際には森林の探索か凍土の探索か、この二択じゃろう。確かに先の任務は激務と言っても差し支えないが、だからと言って今日は休もうなどという選択肢はない。整備班の方々からも、戦闘用ボディの整備は午後一で終わると聞いておるしな。

 

「済まぬ、行き先は三人で決めてもらって構わぬか?」

 

 しかし。午後の出撃前に行っておきたい所がある。

 

「いや、お前が構わんのなら良いが、何かの準備が必要ならば待つぞ?」

 

「あー、ドゥドゥさんのとこか?」

 

アフィンの問いに頷いて返した。ゼノ殿の指摘はすなわち、妾の戦闘時の姿勢が歪んでいると言う事に他ならぬ。それを矯正するあてがあるのならば、今の内にどうにかしておきたい。

 

「なるほどね、武器の改造かぁ。でもね、楓ちゃん。あんまり無理を言って、ドゥドゥさんを困らせちゃダメだよ?」

 

「分かっておるよ、恩を仇で返すような真似はせんさ」

 

ドゥドゥ殿には繰り返しの日々も含め、二度世話になっておるからの。この上無理な願いを言ってしまっては、勘定が合わぬ。では午後の予定の件はよろしく頼む、と伝えて席を離れると、どういうわけかアフィンも立ち上がった。

 

「ウィークバレットの件でお礼言いたいし、俺も行くよ」

 

「何じゃ、そなたも世話になっておったのか」

 

そう言えば、クラススキル関連の改造もやっている、と仰っていたな。炸裂防御習得時に世話になったように、アフィンもいつの間にやらドゥドゥ殿を頼っていたらしい。しかし、行き先はアーノルドたち任せになるが良いのか?

 

「何言ってんだよ。戦友の決定に文句なんか言わねーっての」

 

「……ふっ、そうか。ならばご満足頂ける旅行プランを練っておこう」

 

「三食昼寝付きの豪華な旅にしようねっ、アーニー!」

 

懸念の必要などなかったな。我ながら無粋な問い掛けじゃったわ。ならば午後の予定はアーノルドたちに任せ、妾たちはドゥドゥ殿と会って来るとしようかの。

 

 

 

 ドゥドゥ殿の勤めるアイテムラボには、先客がおった。小柄な体付きに、ぴこぴこと動く大きな耳の二人組。

 

「おや、パティ殿にティア殿ではありませぬか」

 

「おっ? やぁやぁ楓ちゃん! こんな所で会うなんて奇遇だねっ!」

 

「ちょっ、パティちゃん! こんな所なんて、ドゥドゥさんに失礼でしょ!?」

 

パティ殿のあんまりな物言いに、慌ててティア殿が窘めたものの、当のドゥドゥ殿は穏やかな笑顔を浮かべて、

 

「はっはっは、構わんよ。女の子からしてみれば、無理もないだろうからね」

 

と言ってのけた。表情を見る限りでは、本当に気にしていないようじゃ。何じゃろう、お祖父さんと孫娘、と言う言葉が頭をよぎったわ。

 パティエンティア姉妹も武器の相談に来たのだろうか。尋ねてみると、二人揃って首を横に振った。何でも、ドゥドゥ殿はさる高名な職人の元で修行をしていたらしく、その師匠について聞きに来たそうな。ハガルの戦闘員から全幅の信頼を寄せられているドゥドゥ殿の師匠となると、さぞや素晴らしい職人なのじゃろうな。

 

「素晴らしい、なんて言葉じゃ足りないよ。楓ちゃんとアフィン君は、『創世器』って知ってる?」

 

「六芒均衡のお歴々が扱う、我々の物とは桁違いの性能を持つ武器、でしたかな?」

 

「訓練校の座学で軽く触れた程度だったような? 俺もそれくらいしか知らないっす」

 

「あたしもよく知らなーい!」

 

元気一杯に答えたパティ殿を見て、ティア殿は「何で知らないの……」と頭を抱えたが、しかしすぐに気を取り直して、話を続けた。

 創世器とは、凄まじい破壊力を秘めた世に二つとない武器の総称。それ故に扱いが非常に難しく、ずば抜けた戦闘能力を持つ六芒均衡だけが所持を許されるらしい。それだけならば妾たちには特に関係のない話なのだが、実際にはそうでもないようじゃ。と言うのも、アークス戦闘員が使用している武器は、大元を辿ると創世器に行き着くとの事。扱える者が限られるが故に、誰でも使えるようにと性能を落としに落とした物こそ、修了任務で支給された武器であり、後発の武器も全てその初期生産品を基に開発されておる、と。

 

「へー、創世器ってそんなに凄いんだぁ! あたしも使ってみたいなー!」

 

「何で知らないかなぁ、パティちゃん……。一緒に調べたでしょ……」

 

「あんまり興味ないから、頭からすっぽ抜けちゃったんじゃないかなっ?」

 

 説明を聞いてまるで子供のようにはしゃぐパティ殿とは対照的に、ティア殿は肩を落としていた。先日のもの探しダーカーの件と合わせて考えると、パティ殿は興味の向く事柄に関しては高い情報収集能力を発揮するが、それ以外には疎いらしい。対してティア殿は幅広く情報を集めておるようで、バランスが取れている、と言えなくもない……か? 情報屋としてどうなのだろう、とも思うが。

 

「大まかには理解しましたが、創世器とドゥドゥ殿の師匠とは、どのような関係があるのですか?」

 

「えっとね、直接関係があるってわけじゃないんだけど、お師匠さん――刀匠"ジグ"は、創世器に一番近い職人って言われてるの」

 

「一番近いってのは、つまりとんでもない武器を作れるって事っすか?」

 

アフィンの質問に、そうだよ、と可愛らしい声で答えたティア殿は、さらに続ける。噂程度でしかないが、創世器は破損する事もままあるそうな。規格外の武器であっても年代物だからなのか、それとも元々そのように設計されているのかは分からないが、その修理を出来るのも、件のジグ氏しかいないらしい。聞けば聞く程、天上人のように思えるわぃ。

 

「それ程の御仁ならば、お二人の興味を引くには十分ですな。ゆえに、弟子であるドゥドゥ殿にお話を伺いに来た、と」

 

「とは言うものの、私も語れる程師の事を知っているわけではないのだよ。とにかく寡黙で、背中で語るような方だったからね」

 

職人気質を体現したような方らしい。頑固一徹、そのような人物の方が、職人としては信頼が置ける。

 

「さて、済まないがパティ君にティア君、仕事の時間のようだ。見るだけならタダだが、どうするね?」

 

 ぱん、と手を打ってこちらに向き直るドゥドゥ殿。パティエンティア姉妹はすっと左右に分かれてカウンターを譲ってくれたが、ここを離れる様子はない。妾たちの用事が終わった後に、また話を聞くつもりなのだろう。

 

「仕事をお願いするのは俺じゃなくて相棒なんですけどね。あ、この前は武器の改造、ありがとうございました!」

 

「その顔だと、どうやらお互いに良い仕事が出来たみたいだね。私の方こそ、わざわざ礼を言いに来てくれて嬉しいよ。職人冥利に尽きると言うものだ」

 

傍から見ていてもアフィンの射撃精度に翳りはなく、ウィークバレットも問題なく作用していた。炸裂防御の時もそうじゃったが、やはりドゥドゥ殿は頼りになる。使い心地が変わっているかも知れない、と仰っていたが、とんでもない。部品を追加しているのに、何も違和感を覚えんかったわ。

 

「では楓君、要件を聞こうか」

 

 そう切り出したドゥドゥ殿の背後、作業台の上には、すでに妾のワイヤードゲインが乗っていた。しかし、どう説明したものか。とにかく、まずは可能かどうかを聞くべきか。

 

「自在槍の間合いを、さらに狭く出来ますか?」

 

「リーチをさらに短く、と言う事かね? 今のままでも、現行の主武装では一番短いが……」

 

「それでも長いのです。姿勢が歪んでいる、との指摘を受けましてな」

 

ゼノ殿からの言葉をそのまま伝えると、ドゥドゥ殿は困ったような表情で顎に手をやった。目を瞑り口を閉ざす事しばし。

 

「出来るかどうかなら、出来る、と答えよう――」

 

再度開かれた口からは、妾の望む回答が出され。

 

「そ、それはまことで――」「――ただし」

 

しかし歓喜の言葉は、即座に遮られた。

 

「使い捨てになる。改造自体は簡単だよ。より刃に近い部分にグリップを増設すれば事足りる。だが壊れるのも簡単だ。それでも構わないのならば、やってみよう」

 

 ドゥドゥ殿曰く、創世器とそれを基とした各武器は、構造がすで完成されている。それは先述の通り、日々開発されている新型武器が全て初期生産品の構造を踏襲している事からも明らかであり、後からそこに手を加えれば強度が著しく低下するらしい。故に、使い捨て。数匹切っては壊れた武器を捨て、新たな武器をまた振るう。そんな戦法は現実的ではない。

 なまじ可能と言われただけに、落胆も大きい。やはり僅かな違和感を押し殺したまま、自在槍を使い続けるしかないのじゃろうか。

 

「ねね、楓ちゃん。面白い情報があるんだけど、聞きたい?」

 

 その様を見かねたのじゃろうか。パティ殿の柔らかい手が、妾の肩を叩いた。面白い情報、ですと?

 

「さっき仕入れたばっかりの、もしかしたら楓ちゃんの役に立つかも知れない新鮮な情報だよっ! お代は、そうだなぁ。昨日の任務のお話を、ちょこっと聞かせてくれれば良いからさ!」

 

昨日の任務と言うと、小型原生種討伐かあにさまの救出任務か。前者の話など今さら聞いたところで面白くもなかろうし、となれば後者であろう。箝口令が敷かれているわけでもなし、別に話すのは構わんが、しかしどこから救出任務の事を聞いたのじゃろうか?

 

「ふっふっふー。楓ちゃんたちはパティエンティアのターゲットなのさっ!」

 

「種明かししちゃうと、偶然なの。昨日のヒルダさん、いつもより声が明るくて、気になって聞いてみたら……」

 

「あーっ、言っちゃダメ! せっかくカッコ良く決めようと思ってたのに!」

 

「言う程カッコ良くないよ、パティちゃん……」

 

なるほど、ヒルダ殿のお墨付きじゃったか。ならば名実共に話しても何の問題もなかろう。偶然、と言うのはちと疑わしいが。妾の手元には、その偶然を自在に手繰り寄せる超常の代物がある故な。先の内容は確認しておらんが、これもマターボードの巡り合わせなのかも知れぬ。

 

「その情報、買わせて頂きましょう。報酬は前払いですかな?」

 

「毎度ありぃ! 見返りは後で良いよ、楓ちゃんも気になってるだろうからねっ! あっ、アフィン君は耳塞いでてね、これはあたしと楓ちゃんの取引だから!」

 

「いや、俺も一応当事者なんすけど……、ま、いっか」

 

反論をぐっと飲み込んだアフィンが耳に手をやったのを確認してから、パティ殿は「ここだけの話なんだけどね」と妾の耳に口を寄せた。しかしパティ殿の表情、本気でアフィンに聞かれたくないとは思っとらんな。先の創世器の件と言い、情報屋としてどうなのだろう、と言う疑問がまた浮かぶが、それもパティ殿の良さ、じゃろう。かように可愛らしく可憐な少女には、このくらいの緩さが似合っておる。

 

「何と、ジグ氏が来られるとな!」

 

「大声で言っちゃダメっ、アフィン君に聞こえちゃうでしょお!?」

 

「別に隠すような事でもなし、アフィン君に聞かせても良いと思うんだがね」

 

両手をばたばたと振るパティ殿を、苦笑混じりに揶揄するドゥドゥ殿。妾よりも彼女との付き合いが長く、また多くの人々と触れ合う仕事柄か、彼もまた本音を見抜いていたのじゃろうな。何とも温かい目をしておられる。

 

「あー、申し訳ありません……。ですがジグ氏はオラクルきっての刀匠なのでしょう? 己の産まれた地を蔑む気はありませんが、なぜハガルへ?」

 

「それはねー……」「私から話そうか」「……んなっ!?」

 

内容から察するに、仕入先はドゥドゥ殿だったのだろう。他ならぬ張本人からのカウンター越しの横槍に、パティ殿は奇声を上げた。少女としてその声は……、いや、妾も人の事は言えんな。

 

「師は、お前の腕がどれだけ上がったか見物しに行く、と仰っていたよ。緊張はするが、なに、私としてはいつも通りに仕事をこなすだけさ」

 

師の目が気になってしくじった、とならんように腕を磨いたつもりだがね、とドゥドゥ殿は笑ったが、瞳はそうではなかった。下される評価などどうでも良い、ただ己の全力を見て欲しいと言う、パティ殿に向けていたものとは打って変わって、うねりを上げる炎にも似た強い意志が宿っている。これ程の逸材を世に送り出すとは、ジグ氏もさぞ鼻が高かろうて。

 

「と、とにかく! 改造は無理でも、気に入ってもらえたら武器を作ってくれるかも知れないよ! あたしも突撃取材の時に、お願いしてみるつもりだし!」

 

ドゥドゥ殿を遮るように立ち、パティ殿が早口でまくし立てた。ふむ。改造が無理なら一から己に合う武器を作ってもらえばいい。なるほど、道理じゃ。気に入られる為にはどうすれば良いのか、と言う難問が立ち塞がるがの。

 じゃが、

 

「あ、それ無理だよ、うん」

 

その目論見は、呆気なく崩された。希望に満ちた顔でご自分が作ってもらう武器を夢想していたであろうパティ殿が、ぴたりと動きを止めてしもうた。

 

「一流のアークスにしか作ってくれない、とかっすか? あーでも、そんだけ凄い職人さんなら納得かなー」

 

「そんなレベルじゃないみたい」

 

アフィンの疑問に対し、ティア殿は端末を叩いて画像のような物を見せた。妾も首を伸ばして見せて頂いたが、隅に黒色の男性キャストの顔写真が載せられており、後は文書がずらり。画像ではなく経歴一覧のようじゃな。しかしアークスいちの刀匠が、まさかキャストとはのぅ。アレンに連絡を入れて、武器製造方面に力を入れてもらっても良いかも知れぬな。

 

「んー、40年前に頭角を現して、10年前にも製造に修復に大活躍、か。すげーな、一人でやれるとは思えねーぞ、これ」

 

「一人でやってしもうたからこそ、刀匠として知れ渡ったのじゃろうな。その間の30年も、意欲的に武器製造を手掛けていたらしいのぅ」

 

「私が師事したのは、その頃からだったか。まさに、見て盗め、だったね。よほど拙い事をしない限りは、食事の時間も寝る時間も惜しんで工房に篭っていたよ」

 

ドゥドゥ殿の補足に思わずため息が漏れた。まさしく絵に描いたような職人。才能だけでも努力だけでも達せず、まして好きでなければ至れない境地にあるわけか。道は違えど、その生き様は見習うべきじゃな。

 だが、経歴は10年前を境に、明らかに密度が異なっておる。特に直近5年は、何も書かれていない。これは一体、どうした事じゃろうか。

 

「最近は武器作りをやめちゃってるの」

 

「やめちゃった、って事は引退したとか?」

 

「うぅん、作る意欲はあるみたいなの。だけど、本人は情熱が湧かないって」

 

「スランプってやつか? そんなすげー人でもスランプになる事あるんだなー……」

 

なるほどのぅ。生半可な姿勢で武器と向き合いたくない、と言う事か。

 

「ちょ、ちょっとティア、あたし聞いてないんだけど……」

 

「パティちゃんが聞き流したか忘れたかしたんでしょ? わたしだけが聞いたなんて事はないよ」

 

油の切れた機械のようにぎこちなくティア殿を見やったパティ殿だが、当のティア殿は呆れ顔で返した。なぜじゃろうな、聞き込んだ情報を真面目に端末に入力するティア殿の隣で、他の事に気を取られてふらふらするパティ殿が容易に想像出来たわ。ちと失礼じゃが、思い描いただけ故許して欲しい。

 

 手札は変わらず、か。じゃが、まぁ仕方あるまい。常に最高の役で勝負に出られるわけもなし。手元の札をやりくりするしかなかろうて。

 

「妙な話を持ち掛けてしまって申し訳ありませんでした」

 

「いや、私こそ力になれずに済まない。お詫びと言ってはなんだが、明日、師に相談してみよう。あまり期待は出来ないがね……」

 

「いえ、お気遣い感謝致します。それでは失礼しますぞ」

 

「新しい武器が手に入ったら、また来ますよ!」

 

アフィンと共に深く一礼し、アイテムラボを離れようとしたが、はたと思い出してパティ殿に、先程の情報の見返りは日を改めて支払う、と伝えた。

 

「そんな、今回はいらないよ! 作ってもらえそうにないし……」

 

パティ殿は千切れんばかりに首を横に振ったが、情報を買ったのは事実。それに、パティ殿から聞かなければティア殿の情報も聞けなかった。故に報酬を支払うに値する取引だったと認識しておる。その旨を述べると、パティ殿は渋々ながらも了承してくれた。

 

「次はちゃんとした情報を買ってもらうからね! 絶対だよっ!」

 

「だったらちゃんと話を聞こうね、パティちゃん。あっちにふらふらこっちにふらふらじゃ、楓ちゃんの満足する情報は仕入れられないよ?」

 

「あ、あたしのアンテナは全方位からの特ダネを受信してるんだよ!」

 

あれま。妾の想像通りだったとは。別段許しを乞う必要などなかったかのぅ?

 

 

 

 アイテムラボを辞して、アフィンとの雑談に興じつついつもの集合場所へ。結構な時間が経過しておる故、もう行き先も決まっておるじゃろう。

 残念だったな、まぁ仕方ないわぃ、と言葉を交わしながら、マターボードを展開。どうやら先程の会話も偶事であったらしく、次の目標へと光が伸びていた。その行き先は……。

 

「……ほんに、偶然とは凄まじいものよな、相棒や」

 

「ん、ジグさんの事か? 確かに、今日名前を知って明日来るってのは、偶然にしちゃ出来過ぎだよなー」

 

「うむ。……まこと、そら恐ろしいものじゃ」

 

今回のマターボード、どうやら仮面被りとジグ氏が鍵になっておるようじゃな。光が伸びた先には、ジグ氏との会話が記されていた。よそのシップからの来訪者でさえ、意のままとはのぅ……。今さら、と言う気もするがな。

 

 

 

「……確かに任せると言ったな、うむ」

 

「……あぁ、俺も言った。だからアーニーにもユミナちゃんにも文句言うつもりなんてねーよ」

 

 信頼しているからこそ任務内容を確認もせずにキャンプシップに乗り込み、道を阻む侵食体共を蹴散らし、最奥まで辿り着いた。そこに至ってようやくやるべき事を知ったが、必需品はアイテムパックに入れたままにしていたので、任務達成に支障はない。

 

「しかしじゃな……」「だけどよぉ……」

 

この辺は明確にしておかねばなるまい。アーノルドとユミナには何の落ち度もない。アーノルドに連絡を寄越したブリギッタ殿も、任務にアサインしたレベッカ殿も同様。早い話が、ハガルには恨むべき相手などおらぬ。

 恨むべきは、

 

「ちゃんと檻に閉じ込めとかんかぁぁぁぁ!」「またコイツらかよぉぉぉぉ!」

 

またもこやつら(ナヴ・ラッピー共)にまんまと逃げられた、研究部のぼんくら共じゃ!

 要は先日と同じく、逃げられたから代わりの個体を捕まえて来い、と。気軽に言うてくれるが、どんな任務やクエストよりも面倒――あぁ、もう、またアギニスが寄って来よった!

 

「す、済まん……」

 

「あ、あはは、日帰りプランになっちゃった……」

 

合流の際や道程で何度も謝られ、今また謝罪されたが、重ねて言う。この二人は何も悪くない。悪いのは何度脱走されても満足な対策を講じられず、そのたびに無責任に任務を発注する研究部の連中じゃ。あのゼノ殿でさえ、祟ってしまえと言う程じゃぞ。床を掘って逃げられる? 知らんわ、だったら掘られんようにせんか!

 

「研究部のうつけ共め、祟ってくれようぞ!」

 

「俺の分も頼むぜ、キッツいの行ってやれ!」

 

「言われずとも、そのつもりじゃ!」

 

追い詰めたナヴ・ラッピーにスタンロッドの先端を押し当てつつ考える。どう祟ってやろうか。ぬるい祟りなど妾たちの気が収まらん。……そうじゃな、食べた物が必ず歯の間に詰まる祟りか、食事中に必ず一度は咽る祟りか。どちらにしようかのぅ。今回は四人分の恨み辛みが篭っておるからな。楽しみにしておれよ、ぼんくら共!

 

 とまぁ、恨み節を吐いてはみたものの、クエストではなく任務になったのは助かる。ジグ氏に関しての情報は、明日来訪すると言う一点のみで、滞在期間までは知らぬ。日帰りかも知れぬし、一週間かも知れぬが、ナベリウスで寝泊まりしている間に帰った、となっては目も当てられん。そう言った意味では、都合が良かったと言えよう。

 なお、シオンにこの任務の件を尋ねてみたら、「ごめんなさい」と謝罪された事を付記しておこう。やはり演算の結果かえ……。




自分で書いといてあれですけど、「ドゥドゥさんを困らせちゃダメ」って最大の原作改変じゃなかろうか。

そしてジグはゲーム中では自分で75歳と言っていますが、公式資料では61歳となっているようです。どっちなんでしょうね?

※2018/01/09 17:25
  話数を書いてなかったので書き足し。


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第二十六話 鋼鉄の非戦闘員

本筋には全く関係ありませんが、『We're ARKS!』を歌った光吉猛修氏が、以前にバーチャロンの大会にて即興で『鋼鉄の戦士』という歌を歌いましたね。ミュージックディスクで実装されておりますが、カッコいい曲なのでぜひ聞いてみて下さい。


 肉体的にはそれ程でもないが、精神的には異常な疲労感をもたらしてくれる任務を終え、本日は解散と相成った。帰還する頃には任務に行くにせよクエストに行くにせよ、ちと中途半端な時間じゃったしな。ともかく気分を入れ替える為にも、ゆっくりと風呂に入って煮付けを食らうとしよう。湯船に煮付けと茶を乗せた盆を浮かべるのも良いかも知れんのぅ。

 研究部の連中はもう祟った。早ければ今日の夕飯辺りに成就するじゃろうて。それで懲りてくれれば万々歳じゃが、いかんせん因果関係がさっぱりじゃろうしなぁ。まだまだ繰り返されるような気がせんでもないわ。

 

「随分と楽しそうな顔をしてるねぇ、君」

 

「む、顔に出ておりましたか?」

 

 歯に食べ物が詰まって四苦八苦する姿を想像しておったからじゃろうか。傍から見て妾は随分と上機嫌に映ったらしい。そう声掛けして来たのは、臙脂一色の男性じゃった。他に表現のしようがない。帽子、戦闘服、色眼鏡、襟足から覗く編み込まれた髪、その全てが臙脂色なのじゃから。臙脂色に並々ならぬこだわりがあると見た。誰が見てもそう感じるじゃろうがな。

 この男性の名は"クロト"。今朝の任務にも招集の掛かった、ハガルでも指折りのアークス戦闘員。その実力は新人の耳にも届く程じゃが、この方に関してはまた別の話も伝え聞く。噂の域を出ぬが、上層部、その中でも取り分け上にいる方々と密接な繋がりを持っており、管理官とはまた別の道筋で戦闘員を育成しているとか何とか。

 いかにも若者が好みそうな、眉唾で胡散臭い噂話じゃが、火のない所に煙は立たず。根拠となり得る話も同時に耳に入って来る。

 妾たち新人には未だ縁のない話じゃが、走破演習と言うものがある。仮想の敵性体を出現させられるよう惑星の極狭い領域を改装した隔離空間が作られており、開始地点から終点までの所要時間を計測する演習じゃ。無論道中の敵性体を討伐する必要があり、相手も小型から大形まで多岐に渡る。要は、地形を活かした擬似的なVR訓練施設じゃな。

 クロト殿はその演習に関するクライアントオーダーを出しているが、その報酬内容は破格の一言に尽きる。一度や二度のクエスト出撃ではとても稼げない程の、文字通り桁違いのメセタが支払われるそうじゃ。走破演習の受注許可を受けている者ならば誰でも挑戦可能。当然、個人で支払えるような額ではない。となれば、クロト殿の背後に潤沢な資金を備えている誰かがいる、と言う噂が立つのも宜なるかな。

 して、そんな噂の絶えぬクロト殿が、妾のような新人に何の御用じゃろうか。

 

「うん、ちょっと聞きたい事があってね。君、凍土で――いや、凍土に限る必要もないか。妙なダーカーを見なかったかい?」

 

「妙なダーカー、ですか?」

 

未だダーカーの生態には謎が多い為、何を以て妙と言えるのかはとんと分からぬ。じゃが続くクロト殿の話を聞き、なるほどと納得した。

 今朝の任務中、クロト殿一行はエル・アーダと遭遇。すわ討伐しようと身構えたが、そやつは踵を返してどこかへ飛び去ってしもうたそうな。追い掛けようとしたが、そこへ狙いすましたかのように他のダーカーが現れ、結局取り逃した、と。

 

「妙だと思わないかな? あいつは私たちを視認していたのに、興味なさげに飛んで行ってしまった。それに、始めから実体化していたんだ」

 

言われてみればおかしい。通常のダーカーならば、フォトンを嗅ぎ付けてから実体化する。それに、天敵たるアークスを目の前にしながら逃げ出すとは。訓練校での講義やこれまでの実戦とは、どうにも行動が噛み合わぬ。

 それで思い出した。昨日の救出任務中にふらりと現れたブリアーダじゃ。エル・ダガンを産み出して、自分はさっさとその場から逃げ出しおった。周囲に現れたダーカーに守られつつ。同じ、じゃな。

 

「私もそれなりに長くアークスをやってるけど、あんなダーカーを見たのは初めてだったよ。分からないってのは、こんなに不安を掻き立てられるんだねぇ」

 

確かに、ダーカーは生態こそ先述の通りじゃが、行動そのものはこれ以上ない程に分かりやすい。アークスを見付けたら殺意を剥き出しにして襲い掛かる。実に単純明快。妾たちのような新人よりも多くの戦場に立って来たからこそ、今までにない行動への不安が募るのじゃろうな。

 

「まぁ、やつらが妙で不気味で不可解なのは、今に始まった事じゃないけどね。それにもしかすると、あれが噂のもの探しダーカーだったのかも知れないなぁ」

 

「もの探し……。あぁ、噂には聞いておりますよ」

 

強靭な個体の可能性がある、あちこちを彷徨くダーカーじゃったか。

 

「エル・アーダは足が速いから広範囲の探索に向いてそうだし、ブリアーダはエル・ダガンを囮にして探し物に回った、とも考えられる。妄想の域を出ないけどね」

 

ふむ。そう考えれば、彼奴らの妙な行動も辻褄が合っておるように思える。昨日取り逃したのも、あるいは正解だったやも知れぬな。下手にちょっかいを掛けていたら全滅していた可能性すらある。

 しかし凍土での探し物、のぅ。仮面被りのやつも探し物をしておったな。ダーカーと、ダーカー因子を操る人物が、同じ地域で探し物。偶然とは思えん。

 

 それじゃあお互い気を付けよう、と言い残して立ち去るクロト殿を見送り、コフィー殿へ報告しようかと思ったが、はたと思い留まった。

 そもそも、もの探しダーカー自体が噂の域を出ていない。人に当てはめれば捜し物をしているように見える、ただそれだけ。それに、噂が出てからもう一週間は経っておる。だのに何一つ通達が来ないと言う事は、報告が上がっていないか、下らない妄言だと棄却されたかのいずれかじゃろう。少なくとも、もの探しダーカー単独に関しての報告は必要なかろう。

 ならば仮面被りの件も合わせて報告すればどうなるか。この場合は妾個人にとって極めて都合が悪くなる。昨日の救出任務には、妾の他に五名いたが、その全員が、仮面被りの声なんぞ聴いていないかのように振る舞っていた。そんな中で、唯一やつとの交戦経験のある妾だけがやつの行動理由を知っているとなれば、面倒な事になるのは明白。かてて加えて、妾にはクラスリミットの件もある。いかなる処理が成されているかは分からんが、問題視されてはおらんらしい。しかし、余計に目立つような真似は避けた方が良かろう。

 改めてマターボードを開き、今後やるべき事を確認してみたが、コフィー殿やお偉方への報告は書かれていない。であるならば、報告しようがすまいが大局には何の影響もないのじゃろう。己の不安を押し殺してまで動く価値は、見出せんな。この件は妾の胸に仕舞っておくとしよう。現状、やつからの被害は妾しか被っておらんし、それも全て届け出のしようがない上に妾の糧にしかなっておらんしの。

 

 

 

 自室にてシオンと心温まるやり取り(・・・・・・・・)を交わし、次の日の早朝。まぁ、無表情のシオンに愚痴を零しただけじゃが。話によると今日、ドゥドゥ殿の師、ジグ氏が来られる。時間までは聞いておらんかったが、いつ頃いらっしゃるのじゃろうな、などと考えても仕方のない事を考えつつ、いつものようにショップエリアへと買い出しに来ると、アイテムラボのカウンター奥に、見慣れはせんが見覚えのあるキャストの姿があった。ちと変な言い回しになったが仕方ない。そうとしか言いようがないのじゃからして。

 

「おはようございます、ドゥドゥ殿」

 

「む? おぉ、楓君か。おはよう、昨日振りだね」

 

朗らかに挨拶を返してくれたが、ドゥドゥ殿の佇まいは、普段とは明らかに違う。まるでこれから戦地へと向かう(つわもの)のよう。昨日の話の通り、師を前にして気合が満ち満ちておるようじゃな。

 

「して、ドゥドゥ殿。そちらの方が……」

 

「うむ。私の師にしてオラクル随一の腕を持つ刀匠だよ」

 

赤の他人が過剰に飾り立てた言葉よりも、弟子による遥かに重みを持った簡潔な紹介。しかし当のジグ氏は、随分と気怠そうに見える。

 

「やめてくれ、そんな肩書で呼ぶのは……。わしにはもう、刀匠としての情熱など欠片も残っておらん」

 

控え目な身振りと共に発せられた声からは、覇気が感じられない。情熱を失った、と言うティア殿の情報はまことだったらしい。

 

「……と、朝からこの調子でね。君の事も話してみたが、他の者に頼め、わしはもう枯れ果てた、の一点張りなのだよ」

 

枯れ果てた、か。随分とお年を召しておられるようじゃし、寄る年波には勝てん、と言うやつじゃろうか。しかしティア殿の情報によると、作る意欲はあるらしい。故に、工房に立つのは職人としての己が許せない。妾は職人ではないが、その考えは分かる。それに、尊重すべきじゃ。

 じゃが、引き下がるわけにはいかん。手元のマターボードには、ジグ殿が鍵と書かれておる。となれば、どうにかして氏の情熱を再燃させねばならんのじゃろう。まずは話を聞いてみるべきじゃな。

 

「お目に掛かれて光栄です、ジグ殿。お噂はかねがね」

 

「何じゃ、わしを笑いにでも来たのか? 過去の栄光に縋る老いぼれと」

 

「そのようなつもりは、決して」

 

ちと荒れておるな。ままならぬ自分の心に苛立っておるのじゃろう。

 

「師よ、楓君はそのような人間ではありません。落ち着いて下さい」

 

「ふん……。お主が、こやつの言っていた楓か」

 

鼻を鳴らして、妾の目を見据えるジグ殿。切れ長の赤い視覚器官(カメラアイ)から送られる視線は名刀を思わせる程に鋭く、自然と背筋が伸びた。一流の職人ともなると、その五感は機械をも上回ると聞く。そんなものを向けられれば、こうもなるわな。

 

「……なるほど、な。若いのに、悪くない目をしておるわ」

 

「キャストゆえ、作り物の目ですがね」

 

「物質的な話ではない。工場で生産されようとも、人として生きるキャストには魂がある。わしはそう信じておる」

 

眼球の品質ではなく妾自身を評したか。いや、分かってはおったが、オラクルにその名も轟く御方にこうも面と向かって褒められると、つい茶化したくなる。そう言えばつい一昨日も、詐欺師の目かも知れぬと茶化したのぅ。

 それにしても、魂か。長く大切に扱われた物には魂が宿り、人々はそれを付喪神と呼んだ。ならば一つの種族として生産されるキャストには、九十九年どころか生まれたばかりのキャストには、どのような魂が宿るのじゃろうな。妾のこの思考は、感情は、いかな魂がもたらすのじゃろうな。

 まぁ、ひねくれた魂が宿った事には違いなかろう。かかか。

 

「おやおや、普段は寡黙な師がこんなに喋るとは。老いらくの恋、とやらかな?」

 

「馬鹿者、わしをからかうなぞ10年早いわ」

 

降って湧いた疑問を内心で笑い飛ばしていると、何とドゥドゥ殿がおどけていらっしゃった。普段は仕事に熱心に取り組む姿と、子や孫を見守る年長者のような姿しか見られぬ故、これは貴重な一幕じゃのぅ。しかしこれでよく喋っているとは、普段はどれだけ無口なんじゃ、この御仁は。妾ならば耐えきれずに発狂するわ。

 

「不思議と、この嬢ちゃんとは話しやすくてのぅ」

 

「これでも、家や仲間内では話上手に聞き上手で通っておりますでな。あまり油断が過ぎると、何でもぺらぺらと喋ってしまいますぞ?」

 

「ふん、わしが語れるのは武器の何たるかのみよ。嬢ちゃんが望むのなら、いくらでも話してやるぞ?」

 

「かかかっ、アークス戦闘員としては願ったり叶ったりですな! いずれ一献傾けながら伺いたいものです」

 

「……楓君、君はまだ6歳だろう。酒を飲むのは感心しないね」

 

……む、一献傾ける? なぜそんな言い回しが出て来たのじゃろう。酒なぞ飲んだ事はないと言うに。しかし、不思議としっくり来たのぅ。酒への願望でもあるんじゃろうか。

 

「言葉の綾ですよ。飲もうと思った事すらありませぬ」

 

「どうだろうね、君はやけに大人びているからなぁ」

 

「まま、それは置いておきましょう。しかし、ジグ殿程の御方が情熱を失ってしまうとは、一体どうしたのです?」

 

少々強引な運びであったと己も思う。荒れておられる故、下手をすれば激昂して会話を打ち切られる可能性すらあった。じゃがジグ殿からは、妾が相手だと話しやすい、との言質を取っておる。ドゥドゥ殿からも、ジグ殿は普段これ程喋らない、と驚かれた。ならば思い切って聞いてみる価値はあろう。いつまでも世間話をしておっても、何も進展せぬ。

 

「……凪いだから、かのぅ」

 

意を決した問いに、ジグ殿はポツリと答えた。凪いだとは、何がであろうか。流れからすれば、恐らくはジグ殿の心か。口を結び、続きを待つ。

 

「40年前、わしは一人の武器職人として働いていた。大群を率いるダークファルスから民を守る為の武器を作り、そして直した。不謹慎な話かも知れんが、充実しておったよ。己の手掛けた武器が、オラクルの天敵を退ける一助になっておったのだからな。10年前のハガル襲撃もそうじゃ。

じゃが、今は違う。アークスの戦力が時を経て大きく増強され、ダークファルスによる被害もなくなった今、あの頃のような情熱が湧かなくなったのじゃよ。この身を焦がさんばかりの、武器へ注ぐ情熱がのぅ……」

 

ふむ。オラクルを守りたい一心で武器製造に打ち込み、めきめきと頭角を現したわけか。この辺りもティア殿の情報通りじゃな。それに先の発言を聞くに、刀匠と呼ばれる事に執着はないと見える。でなければ過去の栄光などと己を蔑みはせんじゃろうからな。

 

「心を込めずして武器など作れようはずもない。どれだけ頭を下げられようとな。古臭いと嘲られても構わん。それが職人としてのわしの矜持じゃ」

 

「師の背中からそう教わった私も、嘲られるかな? 望むところですがね」

 

とぼけたように言ってのけたドゥドゥ殿に、ジグ殿は「口ばかり達者になりおって」と苦笑した。

 

「口ばかりかどうかは、これからじっくり見て頂きましょう」

 

 おっと、そろそろ仕事の時間か。さすがにこの短時間でジグ殿の情熱を取り戻させるなど叶わぬ、とは思っておったが、どうやら思っていた以上に難しそうじゃな。あるいはドゥドゥ殿の仕事を見ている間に何かを取り戻すかも知れぬが、それは希望的観測が過ぎるか。それに、いつになるかも全く想像がつかん。マターボードには期日までは書かれておらぬが、今こうしている間にも仮面被りが探し物に近付いているやも知れぬと考えると、悠長にその時を待つのは得策と言えぬ。何かしらの取っ掛かりがあれば良いのじゃが……。

 

 じゃが、その取っ掛かりを生み出してしまうのだから、妾のもらい物は恐ろしい。

 

「愚痴を聞いてもらっておいてなんじゃが、嬢ちゃんに頼みたい事があるのじゃよ」

 

一礼して立ち去ろうとした妾を、ジグ殿が呼び止めた。

 

「いや、お主なら何とかしてくれそうな気がしてのぅ。もし今後、何かわしの情熱を滾らせてくれるような物を見付けたら、わしの所に持って来てくれんか」

 

「情熱を滾らせる物、ですか? それはまた、何とも難しい注文をなさる……」

 

武器なんぞ持って来たところで、ジグ殿は何の反応も示さんじゃろう。それどころか鼻で笑われるのが関の山じゃろうな。

 武器に関しては浅学非才の身である己が考え付く物と言えば、古代の遺物とかその辺りじゃろうか。となると発掘作業に勤しまねばならんが、そんな暇はない。むぅ。実に難解な頼み事をしてくれたものじゃ……。

 

「……む? ではもしかすると、今日こちらにおいでになったのは……」

 

「察しが良い嬢ちゃんじゃな。弟子の成長を見たかったのももちろんじゃが、こやつの仕事から何かインスピレーションが得られぬか、と思ったのよ」

 

なるほどのぅ。若かりし頃の己を思い出そうとしておられるのかも知れぬな。初心に立ち返るのも、行き詰まった時に打開するきっかけになるとはよく聞くしの。

 

「師の手助けとなるならば、一層奮起しなければなりませんね。楓君、どちらが先に師の情熱を滾らせられるか、一つ競争と行こうか」

 

「望むところです。まぁ、妾が勝つでしょうがな、かかかっ!」

 

 ちとばかり安請け合いじゃったか、と言う内心を笑って隠し、今度こそアイテムラボを離れた。刀匠を満足させる代物、か。やはり一筋縄で行くとは思えんのぅ……。この勝負、と言うよりジグ殿を再起させるのは、ドゥドゥ殿の役目やも知れぬな。

 

 

 

 買い物を済ませて集合場所に来てみたが、どうも三人の様子がいつもと違う。揃ってアサインカウンターを眺めておる。

 

「お、相棒も来たか。いつもより遅かったじゃん」

 

「ん、ちと野暮用でな。それより、どうしたのじゃ?」

 

いち早く妾に気付いたアフィンに事情を尋ねると、アーノルドが「あれを見てみろ」とカウンターに指を差し向けた。その先にいるのは、緑色の制服を着た男性と、アークス戦闘員四名。何やら制服の男性が頭を下げているが、対する四名もそれを制しようとあたふたしておる。揉め事にしては、やけに大人しいな。否。揉め事ならばこの三人が放っておくわけもないな。

 

「ちらっと聞こえたんだけどね、あの男の人、何か頼み事があるらしいんだよ。それでさっきから色んなアークスに声を掛けてるんだけど、断られっ放しみたいで……」

 

ふむ。こうして話を聞いておる内に、四人連れは男性から離れた。また断られてしもうたらしいな。しかし、一体何を頼もうとしておるのじゃろう。これだけ断られているところを見ると、余程の面倒事か?

 

「気になるの?」

 

「まぁ、の。そなたたちが心配になる程断られるような話、逆に聞いてみたいわぃ」

 

「んで、引き受けるんだろ?」

 

にやりと笑って言うアフィンには、そなたたちの意見を聞いてからじゃがな、と返した。訓練校時代ならばいざ知らず、今は妾一人ではない。そして訓練生の簡単な願いではなく、戦闘員に対しての依頼。そうほいほいと決められるような事ではない。

 改めて男性を見やる。ちらと見えた表情にはさほど必死な色はない。つまりは火急の要件ではないのじゃろう。急ぎでないのならばコフィー殿を通してクライアントオーダーとして発注すれば良かろうに。もしや、並のアークス戦闘員では達成出来ぬ程の厄介事か? そのような依頼をするような人物には見えぬが……。いや、人は見かけによらぬもの。ともかく、聞いてみねば分からぬ。

 

 立ち去る四人連れの背を見送りながら深い溜息をつく男性の背中に、声を掛けた。

 

「もし。何やらお困りのようですが、どうかされましたかな?」

 

自分から声を掛けてばかりで、逆の立場になるとは思ってなかったのじゃろうか。男性は大きく肩を震わせてこちらに振り返った。波打つ濃い灰色の髪とふちなしの眼鏡、そして理知的な顔立ちが印象的じゃった。

 

「えっ、あぁ、えぇと、その……」

 

やはり想定外だったようじゃ。見ているこちらまで伝染りそうな程に動揺しておる。とりあえずは落ち着かせるのが先決か。

 しどろもどろな様子の男性に、まずは深呼吸して落ち着きなされ、と言って待つ事しばし。ようやく落ち着いた男性は、あの憎き研究部所属の"ロジオ"と名乗った。反射的に祟りそうになったが、よくよく話を聞くと、地質学方面の研究員らしい。ならばナヴ・ラッピーの件には関係しておらんのじゃろうな。

 ふむ、ロジオのぅ。この名前、マターボードに載っておったな。となれば、妾の都合としては彼の依頼は受ける必要があろう。まぁ、例え三人が難色を示したとしても、後日改めて人員を募っても良かろうな。己のわがままに付き合わせるのは忍びん。

 

「それでそれで、どうして研究員さんがここにいるんですか? 何かいろんな人にお願い事をしてたみたいですけどぉ」

 

「それがですね、恥ずかしい話なんですが、クライアントオーダーを受けてくれる方がいなくて……。それでここまで来て、受けてくれる人を探してたんです」

 

予想が少しばかり外れたか。どうやらロジオ殿は、すでに依頼をコフィー殿に発注していたらしい。

 

「して、その依頼と言うのは?」

 

「惑星ナベリウスの地質調査です。ナベリウスはすでに探索し尽くされているので、みなさん気乗りしないのでしょう……」

 

ふむ。妾たちが普段ナベリウスのクエストへ赴くのも、どちらかと言えば予行演習の意味合いが強い。今後未開の惑星が発見されても、臨機応変に探索を進められるようにじゃな。故に、調査を目的とした依頼を出されたところで、今さらだと言って食指が動かんのも宜なるかな。

 

「調査を終えた惑星を、どうしてまた?」

 

しかし学者殿がわざわざ調査を依頼するのならば、何か理由があるのじゃろう。アーノルドが尋ねると、ロジオ殿は困ったような顔で答えた。

 

「……明確な根拠があるわけではないんです。強いて言えば、勘でしょうか」

 

勘と来たか。それはまた随分と曖昧な理由じゃのぅ。全員揃って顔色を変えよった。気持ちは分かるぞ、妾もちとばかり胡散臭く思えたわぃ。

 

「あの星は確かに調べ尽くされています。ですがあまりにもデータが少ないんですよ。私は星の成り立ちを主に調べているのですが、ナベリウスだけはそこに至るまでの情報が欠けているんです。それが不思議で……」

 

記憶から訓練校での講義内容を引きずり出して参照してみる。それによると、惑星ナベリウスが発見されたのは新光暦40年。もうそろそろ200年が経とうとしている。だのに調査を終えたと言う割に、学者殿の立場から見ると他の惑星に比べて情報が圧倒的に少ないと。

 少々お待ち下され、と断って四人で話し合う。可能ならば今受けたいが、どう転ぼうと構わぬ。

 

「でも、何すりゃいーんだ? 地質調査なんていきなり言われても分かんねーよ……」

 

「普段の探索とは違うのは間違いないだろう。だが分かるのはそれだけだな。内容までは俺もさっぱり分からん」

 

「地質って言うくらいだから、土を掘って持ち帰るとか?」

 

「それでは単なる探索と変わらぬ。専門の道具が必要なのじゃろう」

 

と言ってはみたが、妾たちは学問とは縁遠い戦闘員。どんな道具を使うのか検討も付かんがの。ところで、疑問は発せど行く事への否定的な意見は何も出んな。これは、全員参加と見て良いのじゃろうか。

 

「えっ、ホントは行きたくねーの?」

 

「いや、そうではない。しかし誰もが断った任務じゃぞ?」

 

「じゃあじゃあ、楓ちゃんは途方に暮れるロジオさんを見たいの?」

 

「ばかを申すでないわ。そんな事をすれば寝覚めが悪くなる」

 

「決まりだな。それに、お前の噂は俺の耳にも届いていたさ」

 

思わず、呆気に取られてしもうた。三人の顔には、嫌々同行する、仕方ないから行ってやる、と言った色はない。本心から、この依頼を受けよう、ロジオ殿の手助けをしようとしておる。

 

「……何じゃ、そなたたちも人の事をとやかく言えんではないか。お人好し共め」

 

「お前に感化されたのかも知れんな」

 

「またまたぁ。アーニーってば照れ屋なんだからぁ!」

 

「伝染るにしちゃ短い時間だったよなー」

 

腹積もりは同じ、と言うわけか。ならば話は早い。この依頼、妾たちが引き受けさせて頂こう。

 

「ロジオ殿、その依頼、お受け致しましょう」

 

「本当ですか!? ありがとうございます、このまま時間ばかりが過ぎるものと思っていました……!」

 

色良い返事を得られたロジオ殿は、飛び跳ねんばかりに喜んでおられる。こうも喜んで頂けると、己の都合なぞどうでも良くなるな。訓練校時代を思い出すわぃ。懐かしむ程時間は経っておらんがの。

 

「ですが、俺たちには地質調査のノウハウがありません。もちろん道具も。その辺りを教えてもらえると助かるのですが」

 

「それなら大丈夫です、心配ありません。適宜こちらから指示を出しますし、必要な物も用意してあります」

 

一歩前に出て先の疑問を口にしたアーノルドに、ロジオ殿は少しばかり胸を張って答えた。やはり専用の道具類は必要か。しかしロジオ殿は手ぶらに見受けられる。アイテムパックに放り込んであるのじゃろうか?

 

「ですが、一つだけ確認させて下さい。それが一番大事なんです――」

 

一番大事な確認事項か。地質調査なのじゃから戦闘能力や実績ではなかろう。となれば探索の経験か?

 

「――『M.I.S』の操縦訓練は受けていますか?」

 

 

 

 幸いにもアーノルドが自主的に十分な訓練を受けており、また報酬の話もまとまった故、正式に依頼を受諾した。明らかに曇った顔で報酬の話をされたので、何事かと聞いてみると、M.I.Sの使用許可を受ける際に貯蓄を崩した為、満足の行く金額ではないかも知れない、と答えられた。

 提示された額を見ると、一人当たり一度のクエストで稼げる程。じゃが逆に言えば、何も依頼を受けずに赴いた場合の倍のメセタが得られる。報酬面で断る理由などない。そも、報酬が気に食わんから掌を返したとあっては、それこそ家族に合わせる顔がないわ。

 全員が渋い顔一つせず頷いたからか、ロジオ殿は何か自分に出来る事はないか、それを報酬に上乗せしたい、と申された。そう聞かれてもすぐには答えられんが、彼は研究部所属。ならば妾たちの求めるものは一つしかなかろう。アフィンたちに耳打ちして確認し、ナヴ・ラッピーが二度と脱走出来んような檻を担当者に作らせてくれ、と頼んだ。少々引きつった顔をしておられたが、なに、出来なかったのならまた祟るだけじゃ。

 

 そして現在。ナベリウスへと飛ぶキャンプシップには、妾の他にアフィンとユミナの姿があり、アーノルドは――

 

『実物に乗るのは初めて、しかもうつ伏せで格納されている都合だろうな。顔に血が溜まりそうだ』

 

――床下の格納庫に搭載されたM.I.Sの操縦席で、愚痴を零しておる。

 

「済まぬ、アーニー。実戦を経験したいそなたには、損な役割を引き受けさせてしもうた」

 

『損とは思っていない、これもアークスの仕事だ。だが正直なところ、棺桶に入っている気分だな』

 

「棺桶って、またひでー言い草だな……」

 

『戦場で手を出せないんだ、そんな気分にもなるさ』

 

「だいじょーぶ、私たちがしっかり護衛してあげるよぉ!」

 

『俺の分もしっかり戦ってくれよ。その代わり、ロジオさんのオーダーは俺に任せておけ』

 

姿は見えずとも、こうしてパーティ内通信を開いておけば言葉のやり取りは出来る。言葉に乗った感情も読み取れるし、『ふぇいすうぃんどぅ』で表情も分かる。アーノルドは色黒故、顔に血が溜まっておるのかはよく分からぬがの。ともかく、いつも通りに行けると言う事じゃ。

 

『降下前の再確認です。みなさんにはこれから、森林エリアの地質調査を行って頂きます。とは言っても、調査は全て、アーノルドさんの乗るM.I.Sが行います』

 

「調査地点はロジオ殿の指示通り。妾たちは随伴し、M.I.Sの護衛に徹する……、相違ありませんな?」

 

『はい、その通りです。今回の調査はM.I.Sでしか入手出来ないサンプルが目的ですので。それでは、よろしくお願いします!』

 

 ロジオ殿からの最終確認が終わり、同時に降下可能距離に達したとの通達があった。M.I.Sはまず歩兵が先行して降下地点の安全を確認し、その後投下する手順になっておる。降りた先が原生種やダーカー犇めく危険地帯では、まともな戦闘手段を持たぬM.I.Sなぞアーノルドの言通りの棺桶じゃからな。

 

「先に行くぜ、アーニー。露払いは任せとけ!」

 

「着地で事故らないように気を付けてね!」

 

「高空からのナベリウスを楽しんで来るが良いぞ。では、先行する!」

 

思い思いにアーノルドへと声を掛けた妾たちは、一斉にテレプールへ飛び込んだ。

 

 

 

 着地と同時に得物を引っ掴み、周囲を見渡す。三方を小高い崖に囲まれた袋小路には、見える範囲には敵性体の姿はない。

 

「相棒、何か見えるか?」

 

「……いや、葉陰に敵影なし」

 

「ユミナ、木陰はどうじゃ?」

 

『異常なし、静かなものだよぉ』

 

長銃の照準器越しに周囲警戒するアフィンと、即座に走り出して長槍片手に木陰を探りに行ったユミナからも、ここは安全だとの回答が出た。念の為に耳を澄ませたが、聞こえてくるのはアギニスの鳴き声ばかり。それもかなり遠い。

 

「こちら楓、降下地点の安全を確保した。M.I.S投下に支障なし」

 

『了解、これより降下する。危ないから少し離れておけよ』

 

安全を確保した旨をアーノルドに伝え、返信があったその数秒後。遥か上空に黒い点が現れた。点は徐々に大きくなり、やがてそれが点ではないと分かる。遠目でも確認出来る無骨な手足を持ち、人型であり、それでいて人とは比べ物にならん程の巨体。

 巨人から何かが飛び出し、大きく広がった。鋼線で巨人と繋がったそれは落下傘。風を受けて巨人の落下速度を急激に、大きく落とす。ゆらゆらと揺れながらゆるゆると降下し、そして確かな地響きを伴って、

 

『こちらM.I.S、降下完了』

 

見上げんばかりの鋼の護衛対象が、大地に立った。




以前の話にチラッと出て来た探索用ロボット登場。名前付けようと単語を調べたらA.I.Sと丸被りして慌ててWeb辞書引き直したのは内緒。


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第二十七話 油断の代償

前話登場のM.I.Sは、『Multipurpose Investigation Silhouette』の略称です。作者の惰弱な英語力で必死にWeb辞書から単語を引っ張り出して『多目的探索機』と言った意味の名前をでっち上げました。


 巨大なロボットと聞いて、人はどんな物を想起するであろうか。世界征服を企む悪の組織に敢然と立ち向かう雄々しい姿か、戦争で運用される無個性な量産兵器か、はたまた自我を持ち子供と心を通わせる優しい巨人か。何にせよ大半において共通するのは、高い戦闘能力を持っていると言う事か。

 

 翻って妾たちが守っている巨人は、そのどれにも当てはまらぬ。

 移動は基本的に歩行。水中や無重力環境での移動手段もあるにはあるが、その速度は例えるならば鈍亀。先程の落下傘降下を見れば分かる通り、降下時の減速用ブースターさえ搭載されておらぬ。精々が小高い段差に登る為のジャンプブースター程度。護衛対象が護衛を置いて行くわけにもいかんしの。

 武器は自衛用フォトンハンドガン一丁。威力はダガン程度ならば一発で事足り、射撃精度も申し分ない。しかし構造上の問題で連射が利かぬ上、照準合わせにも手間取る故、数で攻めるダガンには結局押し負ける。弾倉交換も構造が災いして素早く行えん始末。

 総じて戦闘においてはがらくたと言う評価。役立つ局面と言えば、あらゆる環境下で問題なく活動出来る頑丈な装甲を活かした、即席の防壁か。まぁ、にっちもさっちも行かない状況での悪あがきじゃがな。普段からそんな戦法を取るには、この巨人にはあまりにも金が掛かり過ぎておる。

 

 じゃが、消えた日々に諳んじた通りこのM.I.S――正式名称は忘れたわ。あんな長ったらしい横文字なんぞ覚えてられるか!――には、アークス戦闘員複数名で護衛するだけの価値がある。人間には持ち運べずアイテムパックにも入らないような巨大な器具を機体各所に装備し、二足歩行特有の踏破性能で探索地点を選ばず、五指による繊細な作業を可能とするM.I.Sは、惑星探索にはなくてはならない機械じゃ。

 

『やはり落ち着かんな……』

 

搭乗者の気持ちはさておき、の。

 

「何なら俺が代わろうか? ぜってーそこらの木にぶつけるけど」

 

『……先に聞けて良かったよ、アフィン』

 

『かっ、勘弁して下さいよアフィンさん! 修理費用まで請求されたら、報酬も支払えなくなるかも知れないんですよ!?』

 

 降下地点からさほど進まぬうちに早速原生種の歓迎を受けたわけじゃが、ただ妾たちの戦いを眺めるしかないアーノルドは、戦列に参加したくてうずうずしていたらしい。妾も同じ立場であれば、似た思いに駆られていたろう。戦友は信用しておるが、そこに加われないと言うのは、あまり想像したくないのぅ。

 

「冗談っすよ、ロジオさん。それで、最初の目的地はここを真っ直ぐ行ったとこの十字路でしたっけ?」

 

『そう言う胃に来る冗談は、これっきりにして欲しいです……。えぇっと、はい、そうです。そこにボーリングマシンを設置して下さい』

 

「同時に岩石類の調査も、じゃったか。となるとM.I.Sだけでなく掘削機も守らねばいかんな」

 

歩を進めながら打ち合わせを行い、今後は妾とユミナでM.I.Sを護衛し、アフィンが掘削機の守りに就く事となった。たかが機械と侮るなかれ。掘削機も動力源はフォトン故、侵食体やダーカーに攻撃される。その場から動かせぬ採掘機を守るには、接近させてから撃破するよりも接近そのものを許さぬ方が良かろう。その点、M.I.Sは鈍足ながらも動ける為、まだ守りやすい。

 

 天然の道を北上し、最初の目的地である十字路に到着した。見通しが良いので索敵は容易じゃが、逆に大群が攻め寄せてくるにうってつけの地形でもある。

 

『これよりボーリングマシンを設置する。楓、ユミナ、物珍しいのは分かるが、危ないから離れていろ』

 

「おっとと。守らなきゃって思ってたら、ついつい」

 

護衛担当の妾たちが離れたのを確認し、アーノルドの操るM.I.Sは肩の掘削機を取り外し、十字路の中央に設置した。機体の腰程の高さもない機械じゃが、三脚を伸ばし、主要な部品を展開させると、ちょっとした集合住宅くらいの大きさとなった。うむ。やはり人間が運搬するのは無理じゃな。

 機体からの遠隔操作により、掘削機が起動した。土煙と礫を撒き散らしながら、ドリルが下へ下へと掘り進む。ここに護衛を置いて別の地点へ移動し、同時並行で二箇所以上を調査すれば効率が上がるのではなかろうか、などと素人考えをしたが、そうは行かんらしい。と言うのも、地質調査をするにはこのドリルは短過ぎるそうな。なので限界まで掘り進んだら、次のドリルを接続して再開、と言う作業を繰り返さねばならぬ。故に、一度に調査出来るのは一箇所のみで、その間M.I.Sは付近で別の作業を行う。これが基本的な運用なんだとか。

 ところでこの採掘機、とにかくやかましい。機械の力でもって土を掘っているのだから当然ではあるが、ここがアークスシップの一般居住区画だったならば、立看板を置いていても周辺住民から苦情が殺到するであろう。そしてM.I.S自身も、動くたびにがしゃん、がしゃん、と大きな足音を立て、装甲板同士がぶつかる派手な音が響く。

 人間よりも遥かに鋭敏な五感を持つ生物が跋扈する、人工物の見当たらない静寂の惑星で、明らかに異質な雑音ががこんがこん鳴ればどうなるか。まぁ、火を見るより明らかじゃな。ほれ、三方から原生種共がまっしぐらじゃ。崖上からはアギニス共が飛んで来よったぞ。

 

「アーニーは岩石調査を続けよ。相棒、ユミナ、参るぞッ!」

 

「りょーかいっ、アーニーには近寄らせないよッ!」

 

「アーニーからタグバルブ借りといて良かったぜ、そらよッ!」

 

言うが早いか、アフィンの大砲(ディバインランチャー)が火を噴き、西方面から迫る一団を木っ端微塵にした。初手としてはこれ以上は望めん程の好手。景気の良い花火が上がったからには、妾たちも奮起せねばなるまいて!

 フォトンを感じ取って興奮したのか、どいつもこいつも全速力で突っ込んで来る。ならばこちらのとる手は一つ。その速度を利用させてもらうまで。距離を見計らい、軽い足取りで踏み込みつつ、先頭を走る二匹のガルフの眉間へ切っ先を突き出した。余計な力はいらぬ。少し歓迎の手を差し伸べてやれば、あちらは喜んで迎え入れてくれる。案の定、二匹は脳髄でもって妾の意思を受け止めてくれた。その後もユミナよりも前に陣取り、がむしゃらに突撃する原生種共を蹴散らして行く。

 そんな妾の脇を抜けられたガルフも、ユミナによって丁重にもてなされた。M.I.Sへ熱い接吻を仕掛けんと飛び掛かる獣共は、一匹残らずユミナの長槍の露となった。己の間合いを割らせぬ姿勢から来るのじゃろうか、ユミナは戦場が俯瞰的に見えている節がある。一所に留まらず、妾の逃した者、別の方角から来る者の前に割って入り、一太刀で次から次に切り裂く。元々、訓練生の手本とも言われていた長槍捌きが、実戦を経験して肝が据わった事で、より鋭さを増したのじゃろう。さながら砦じゃな。

 空を飛び、こちらの隙を窺うアギニス共は、アフィンの長銃が片っ端から叩き落とした。掘削機を地を進む獣から守りつつ、空の敵を撃ち抜く。どれだけ神経を研ぎ澄ませても研ぎ足りぬであろう。しかし後から聞いてみれば、アフィンはけろりとした顔で言ってのけた。

 

「余裕があれば仕留めるけど、翼を撃てば落っこちるからな。墜落したのは相棒たちがトドメを刺してくれただろ?」

 

いささかずれた答えが返って来たが、恐らくはそれもレンジャーの、後衛の仕事なのだろう。前衛を信用しているからこそ、最低限の手を打って任せる。であるならば、妾たち前衛もその信頼に応えねばならぬな。

 

 こうして守られている間に、当の護衛対象たる単眼の巨人はどうしているのか。巨岩を前に膝を突き、ただじっと眺めておるように見える。じゃが故障したわけでも、燃料が尽きたわけでもない。こう見えてしっかりと仕事をこなしておる。

 顔面のおよそ八割を占める単眼は伊達ではない。多目的な情報取得機能を有しており、岩の組成を調査している。岩とは、早い話が冷え固まった溶岩。地質調査で得られた情報と照らし合わせる事で、星の成り立ちを知る重要な手掛かりとなる。ロジオ殿からの受け売りじゃがな。

 このように、M.I.Sは人が立ち入れぬ場を調べるだけではなく、人よりも多く、精細な情報を得る為にも使われており、無論、星の成り立ちを調べるにも重宝されている。しかし妙な話じゃな。海洋探索には投入されているが、陸地では情報の不足が示す通り、まともに運用されておらんらしい。これも素人考えじゃが、陸地の方が海洋よりも楽だと思うんじゃがのぉ……。

 

 考え事をしている間にも、ここで数え切れぬ日々を過ごした身体は動いてくれた。辺りを支配する音は掘削機の稼働音だけとなり、やがてそれも収まった。

 

『ここのデータは十分に届きました、ありがとうございます。次の場所は、マップを参照して下さい』

 

得られた情報は、M.I.Sを介してロジオ殿に送られる。表情と声の調子からして、どうやら満足の行く情報が届いたらしい。

 

「承知しました。しかしこの進捗具合ならば、当初の予定よりも早く終えられそうですな」

 

『念の為、予定は戦闘が調査活動より長引いた場合を前提に組みましたからね。それだけみなさんの腕が立つと言う事ですよ。アーノルドさんの操作も見事ですし』

 

『それなりに真面目に訓練しましたからね。いざ使うとなって事故を起こしてばかりでは、調査どころではありませんから』

 

岩石調査を終えたアーノルドが、掘削機を畳みながらロジオ殿に答えた。声の調子からすると、こりゃ相当照れとるな。謙遜して誤魔化したつもりのようじゃが、妾には通じぬぞ。ああ見えて可愛いところもあるではないか。

 

「はは、耳が痛ぇや……」

 

 アフィンの情けない呟きを聞き流しつつ、地図を参照する。当然各方面の詳細は分からんが、目的地を示す光点から察するに、東への道を進めば良さそうじゃ。

 

「早く済んだら、それだけ早く休めるんだよね? さくさくっと次行こっか!」

 

ユミナの掛け声に一同頷き、進路を東へとった。妾とユミナが前方を警戒し、M.I.Sを挟んでアフィンが殿を務める。

 前方広範囲へ視界を巡らせながらも、妾の心は少しばかり浮かれていた。これはもしかすると、埋もれている何かを発見する切っ掛けになるのではなかろうか? そう、ジグ殿から頼まれていた珍しい物品じゃ。この惑星に古代文明か何かがあったかは知らぬが、調査の結果、失われた文明とかそんなものが発見されるかも知れん。無論、掘削機が得たデータはロジオ殿が吟味する故、即座の発覚はなかろう。じゃがもし、妾の求めるものが見付かったならば……。

 おっと、いかんいかん。自分でも分かる程に頬が緩んでおったわ。幸い、隣を行くユミナには気付かれておらぬらしい。こんなに気もそぞろでは、守れる者も守れんわい。気を引き締めねばな。

 

 

 

 ……結論から言ってしまおうか。ロジオ殿からは朗報なぞなかった。日付をまたいでも淡々と調査を続け、巣に陣取るロックベア――今さら手こずる相手でもない――を流れ作業のごとくブチのめし、予定よりも一日早くアークスシップへと帰還する事となった。

 よくよく考えてみれば分かる話ではある。そう都合良く古代文明の存在を示唆する遺物など見付かるわけがない。もしそうならば、考古学者は軒並み廃業せねばならん。さすがにシオンと言えど、惑星の成り立ちまでどうこうする力はあるまいて。

 

 

  実に浅薄じゃのぅ 情けない

 

 

  せんぱくって なんなのじゃ?

 

 

  そこで疲れ果てておる 間抜けの事じゃ

 

 

  かえでは せんぱく?

 

 

  そうじゃ 言ってやれ 言ってやれ

 

 

やかましいぞ、貴様ら。好き放題に言いおって。

 

 M.I.Sとの共同探索では、帰還時の手順が異なる。テレポーターは使わずに通信を入れ、キャンプシップに直接迎えに来てもらわねばならぬ。テレポーターはでかぶつの転送を想定しておらぬそうな。そして今回は、少しばかり順序も違う。

 ロックベアの巣へ通じる道は、二手に分かれた道の一方。じゃがもう一方の道の奥には最後の調査地点があり、それなりに近い。ロックベアを無視して先に調査を始めると、フォトンと騒音に釣られて巣から出てくる可能性がある。単体ならば先に述べた通りに容易く屠れるが、小型原生種共と入り乱れて、となるとM.I.Sと掘削機双方無傷、とは行かんかも知れぬ。

 幸い、探索において大型を討伐したらすぐに帰還しなければならない、といった規則はない。故に後顧の憂いを断ち切ろうと、先に巣へ向かったわけじゃな。せっかくここまで無傷で守り切ったのじゃから、安全に行かねばの。

 

 無駄口を叩きながら、しかし警戒を怠らぬまま行き着いたのは、森林と凍土の境界じゃった。改めて見てみると、何とも不思議と言うか不気味と言うか、どことなく不安を掻き立てられる光景が広がっておる。

 想像した事はないだろうか。晴天と雨天の境目に立つとどうなるのか、と。半身は濡れ鼠となり、もう半身は乾いたままとなるのか、などと考えた者は少なくないはずじゃ。一般居住区画は場所によって天候が違うと言う事はないが、人工的に作られた雨雲を見ると、妾もふとそんな事を考えてしまう。

 ここは、まさにその体現。緑が生い茂る森林から一歩踏み出せば、雪が分厚く降り積もった極寒の凍土となる。まるで線引きでもされたかのように。その線からあちら側へは、日の光が届いていないかのように。

 

「話には聞いてたけど、いざ自分で見るとすげーな、これ」

 

アフィンの口から漏れ出た感想に首肯した。己が口を開いても、凄いとしか言えなかったろう。それだけ眼前の自然現象は、想像を超越している。否。いっそ異様ですらある。

 

「やっぱり、あの境目を越えた途端に寒くなるのかなぁ?」

 

『こちらのセンサーで見る限り、空気が断裂しているとしか思えんな。その線より向こうは、気温が急激に低下している』

 

惑星の特性と言ってしまえばそれまでじゃが、妾たちの常識と照らし合わせると、やはりおかしい。森林側から凍土側へ熱の移動が起きていなければならんのに、こちらは暖かく、あちらは寒い。アーノルドがそんな感想を抱くのも無理はない。

 

「何はともあれ、調査はせねばならん。アーニー、採掘機を頼むぞ。ロジオ殿、森林エリア側で問題ありませんな?」

 

『はい、今回の調査で必要なのは森林エリアのデータですので、凍土側には入らなくて良いです』

 

「フォトンで守られてっから寒くはねーけど、気分的に寒くなるんだよなー」

 

「それ分かるかも。ここから見てるだけでも体が震えちゃいそうだもん」

 

「そなたらは肌の露出面積が原因かも知れんがの」

 

特にユミナ。ぱっと見では戦闘服と思えん程の露出具合じゃからな。フォトンの守りがなければ、とても凍土には入れんじゃろうて。

 

『ここら一帯の小型が活発化しているかも知れん。慎重に頼むぞ』

 

 ドリルの起動と同時に、アーノルドから通信が入った。大型を討伐すると、自分よりも強い種がいなくなった為に小型共が活発化する、と聞き及んでおる。最後の最後じゃ、油断出来ぬぞ。

 

「そら来たぞ、後ろからは凍土組がお出ましだ!」

 

前門の虎、後門の狼と言ったところか。掘削機の稼働音に引き寄せられ、挟み撃ちの様相を呈しておる。ひょっとすれば喉笛を食い千切られるような相手ではあるが、今さらじゃな。そしてその牙に掛かってやる程、妾たちもお人好しではない。

 

「これが最後じゃ、抜かるでないぞッ!」

 

得物を握り直して、迎え撃つ。

 

 

  気付くかのぅ? 気付くかのぅ?

 

  気付かなければ (まこと)の阿呆ぞ?

 

 

馬鹿にしたような内の声を振り払うように、眼前のガルフ共を薙ぎ倒した。

 

 

 

 無事にM.I.Sを守り切って帰還したアークスシップでは、ロジオ殿が出迎えてくれた。喜色満面な顔を見るに、満足出来るだけの情報が得られたようじゃな。

 

「本当にありがとうございました。報酬は全額振り込ませて頂きます」

 

修理費用なども必要なかったらしい。端末で振り込まれた額を見て、ついにやけてしもうた。これだけの金があれば、また煮付けが作れるわぃ。あねさまの部屋に持参したり、あにさま宛に送ったりするのも良いのぅ。

 と、皮算用に思案を巡らせながらふと顔を上げると、ロジオ殿が浮かない顔をしておられた。

 

「おろ、どうかされましたかな?」

 

尋ねてみると、彼はおずおずと口を開いた。引き続き凍土エリアの地質調査を依頼したい、と。

 つい先程、森林と凍土の境目を目の当たりにしたわけじゃが、学者殿の知識を以てしても、あの風景は異常に過ぎるんだとか。だと言うのに、この現象が自然のものなのか、はたまた別の要因によるものなのかを示す情報は記録されていないそうな。なので、凍土の情報も取得して比較調査したい、と。

 明確に気象が変わっておるのに情報がまるで足りておらんと言うのも、これまた首を傾げる話じゃのぅ。ここまで色々不足しておるとなると、本当に調査を終えたのかどうかも怪しく思える。資源的な価値が低いとは聞いておったが、その結果もろくに調査していないが故の決め付けではないのか? 学のない己が考えたところで詮無き事ではあるが、どうにも、喉に小骨が突っ掛かったような感覚を覚える。

 

 こちらも正式にオーダーとして依頼したいとの事じゃが、断る理由はない。途中まで調査を進めておいて他の者に丸投げ、と言うのはどうにも座りが悪い。それに、ロジオ殿には申し訳ないが、このオーダーを受けてくれる者がいるとは思えぬ。森林でさえ声掛けした相手全員から断られておったくらいじゃしの。

 

 

 

 そして、翌日。再びM.I.Sと共に降下した先は、昨日の最後に掘削機を稼働させた地点。それが証拠に、戦闘や掘削機設置の跡がくっきりと残っておる。違いがあるとすれば、ほぼ誤差の範疇じゃが、凍土側に降り立ったと言う程度。つまり今回の探索は、事実上昨日の続きと言える。

 

『最初の調査は、ここです。森林と凍土を比較するなら、ここが一番分かりやすいですから』

 

普通ならばあまりにも隣接し過ぎており、比べるような違いはなかろう。しかしここは普通ではない。目に見えぬ壁や扉があるのではないか、と疑いたくなる程に環境ががらりと変わっておる。であるならば、調べる意味もあると言うもの。

 昨日は最後の戦場となったが、その際にあらかた片付けたからじゃろうか。M.I.S降下前の安全確保では敵影は見られず、こうしてがりがりと大地を削っている間も平和の一言。

 

「相棒、厄介な連中は来ておらぬな?」

 

息を殺して照準器を覗くアフィンに問うと、無言ながらもしっかりと頷いた。厄介な連中とは言わずもがな、イエーデ種とマルモス。やつらは森林の原生種と違って、遠距離攻撃を仕掛けてくるからの。単純な身体能力やずる賢さよりもよほど脅威となる要素じゃ。岩を武器とするザウーダンも警戒すべき敵ではあるが、あれは群れの頭故に数が少なく、群れを形成する大多数であるイエーデよりも危険性は低い。あちこちの装甲がぼこぼこに凹んだ機体を返却しようものなら、ロジオ殿が泡を吹いてしまう。今回も無傷で帰らねばな。

 

 

 

 調査を終え、静寂に包まれた三つ目の指定地点を見渡しながら、ほぅと一息ついた。相変わらず掘削機やM.I.Sの騒音は敵を集めるが、今のところ大小問わず問題は起きておらず、案内するロジオ殿の声も、昨日より安堵の色が強い。

 順調ではあるが、昨日までの森林調査とは意味が異なる。あくまでも、ロジオ殿が事前に立てていた行程に沿うかたちで順調。先に述べた通り、狡猾な凍土原生種相手ではこちらも慎重にならざるを得ん。調査地点の数だけで見るならば、森林の約半分の消化速度か。これは次の調査を終えたら、野営の準備をせねばならんかのぅ。

 

「次は……、ふむ、この先の丁字路か。今日はそれで終いとしようぞ」

 

「さんせー。何かすっごく気疲れしちゃったぁ……」

 

『今日の分はそこで終わりですからね。日が落ちる前に、さっきの場所に引き返してゆっくり休んで下さい』

 

「丁度良い洞窟が見付かって助かったぜ。探してる間に日が暮れちまうよ」

 

『俺も少しばかり尻が痛い。昨日までは気にならなかったが、どうもコイツは乗り心地まで削っているらしいな』

 

アークス謹製の天幕は、吹雪程度で吹っ飛ばされる程柔ではない。しかし分かっていても不安になるのが人間の性というもの。故に凍土で探索するアークス戦闘員は、適当な洞窟や横穴を探し、そこに天幕を張って少しでも風雪から逃れようとする者が多い。専門の探索部隊ともなると、平原のど真ん中に張っても熟睡出来る豪の者ばかりと聞くがの。

 閑話休題。今は降雪も穏やかで柔らかい日差しが降り注いでおるが、いつお天道様が機嫌を損ねるか分かったものではない。早いところ調査を終えて引き返すとしよう。この天候の最中にあって、雪解けの気配すらないのはやはり違和感を覚えるが、それもロジオ殿の研究が明らかにしてくれるじゃろうて。

 

 左右を崖に挟まれた道を北へ進み、ほどなくして件の丁字路が見えた。もしかすると原生種共の通行の要所にでもなっておるのだろうか。遠目でも中央部の雪が広く抉れ、凍った大地が顔を覗かせておるのが分かる。『すぱいく』がなかったら、ちと戦闘に難儀しそうな地形じゃな。

 

「こちら楓。間もなく四つ目の調査地点に到着しますぞ」

 

ロジオ殿にその旨を伝えんと通信を入れ――返って来たのは、不愉快な雑音じゃった。

 

「……アーニーや、M.I.Sの通信機は使えるか?」

 

断定するには早い。アークスシップの位置や距離の兼ね合いで、個人用端末では通信が不可能になっただけかも知れぬ。M.I.Sには情報の送受信用に高出力の通信機が備えられておる。それならば、あるいは……

 

「アーニー、聞こえておるか?」

 

しかしアーノルドからの返答は、同じ雑音に取って代えられた。

 遥か彼方のアークスシップどころか、数歩の距離でさえも通信が繋がらない。この状況、悠長に可能性を探る段ではないな。

 

「楓ちゃん、これってもしかして……」

 

「そのまさか、じゃろうな」

 

緊張した様子のユミナに短く答え、低く唸るでかぶつを見上げる。通信が使えん以上は、身振り手振りで伝えるしかあるまい。今まさに一歩踏み出そうとしたM.I.Sの前に立ち、両腕を目一杯広げた。そこらの木なぞ比較にならんくらい太い金属の足は、妾の意を汲んだかゆっくりと引き戻され、元の位置に収まる。

 

「……なるほどな。体を張った理由が分かった」

 

背部の搭乗口から覗いたアーノルドの顔は、あからさまに顰められていた。恐らくは妾に文句の一つも言おうとして、通信妨害を受けている事に気付いたのじゃろう。

 

「強引だったのは謝罪する。じゃが通信が使えんのなら、こうするしかなかろ?」

 

「……まだ凍土にいるのか、仮面は」

 

「それも近くに、な。相棒、ちょっと様子見てくるぜ」

 

「済まぬ、頼んだ。妾たちはM.I.Sの守備につく」

 

長銃を構えて周囲に目を光らせつつ、アフィンが進む。丁字路へ向かって左手側の崖に沿い、そろそろと前進。と、その時。思わず声を上げそうになった。

 西へ分岐する道から、ブリアーダが二匹、丁字路に差し掛かった。そしてこちらには目もくれず、ただ真っ直ぐに飛び、東への道に入っていった。

 

「あれって、もの探しダーカー、かな……?」

 

「分からぬ。じゃが特徴は似ておるな」

 

始めから実体化していて、フォトンを纏う妾たちに気付きもせず飛び去るあの挙動。やはり、普通のダーカーとは違う。……待てよ。

 

「あー、ビックリした……。いきなり目の前に――」

 

「相棒、下がれッ!」

 

額を左腕で拭いながら引き返すアフィンに叫ぶと同時。大量のダーカー因子が、妾たちの間に収束した。




M.I.Sの外見は読んで下さったみなさまのご想像にお任せしますが、A.I.Sの外装を色々取っ払って顔面に大きなレンズがくっついたような感じ、と想像して頂けると私の想像とだいたい一致するかと思います。


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