プレデター♀のおよめさん (バーニング体位)
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Chapter1.『Shesh』

 

「キャンディ、たべる?」

 

 夕暮れ時の人気のない公園にて、一人の少年が虚空に向かい話かける。

 日が傾きかけている時刻とはいえ、ジメジメとした不快な暑さが少年を包んでいた。

 少年は決して裕福な家庭で育っているとは言い難い粗末な身なりであったが、その眼は純真な少年が放つ汚れが一切ない無垢な瞳であり、たとえ獰猛な獣ですら父性、あるいは母性を感じさせてしまう輝きであった。

 

「grrrrr……」

 

 少年が話しかけた何もない空間から、低い顫動音が響く。

 見れば薄っすらと……陽炎のようなシルエットが浮かび上がっていた。

 少年より遥かに大きな体躯を伺わせるそれは、ゆっくりと少年に近づいていく。

 獣臭と、血の匂いを漂わせながら近づく陽炎に、少年は全く怯える様子を見せていなかった。

 

「ケガ……してるの?」

 

 陽炎から緑色の液体が滴っているのを見た少年は、心配そうにその液体が出る箇所を見つめる。

 敵意も無く、純粋な気持ちで気遣う少年の眼差しに、陽炎は少し困惑した様子を見せていた。

 

「みせて!」

「!?」

 

 少年が陽炎の傍に駆け寄る。突然駆け寄って来た少年に陽炎は増々困惑するも、少年を振り払う事はせず大人しくその無垢な手を受け入れていた。

 少年は陽炎から滴る緑色の液体を手にしたハンカチで拭う。

 治療とも言えない拙い手つきであったが、真剣に傷ついた者を労るその一生懸命な手つきに“狩り”を終えた捕食者は滾らせていた闘争心がみるみる萎えていくのを感じていた。

 代わりに、熱を帯びた劣情が自身に湧き上がってくるのを感じていた。

 

 少年が液体の吹き出る箇所にハンカチを巻きつけると、陽炎が何かを操作するような動きを見せる。

 電子音が響いた直後、陽炎の姿が変質し始めた。

 

「あ……」

 

 ピシ、ピシリと電磁音が鳴る。

 陽炎の姿が、徐々に実体を伴い浮かび上がってきた。

 2メートルを優に超える巨体に、身体の表面は黄土色の色の鱗や模様が見え、まるで爬虫類が人を象った姿をしていた。

 その顔は無機質なマスクを被っており、表情は伺う事は出来ない。

 網状のボディースーツの上に重たそうな鎧を纏い、何らかの小動物の頭蓋骨をネックレスのように装着している。

 よく見ると、その鎧の胸部は少しだけ膨らんでおり、まるで女性の乳房のような形をしている。

 筋肉質な肉体ではあったが、程よく括れた腰つきからこの異形が女性である事は疑いようもなかった。

 大柄で筋肉質、そして洗練されつつもどこか無骨な装具から、まるで異形の女戦士とも、女狩人とも見て取れた。

 

 突如虚空から禍々しい異形の狩人が現出し、少年は目を見開いてそれを見つめる。

 しかし、その瞳には恐怖心は一切浮かんでおらず、ただただ少年特有の純真な興味しか浮かんでいなかった。

 

「わぁ! すごい大きい! カッコイイね!」

 

 キラキラと目を輝かせ異形の前で跳び回る少年。

 その様子を無機質なマスク越しに見つめていた異形は、やおらマスクの側面に手をかけた。

 

 プシュ、プシュ、と空気が抜ける音を立てながらマスクに繋がっていた管を引き抜く異形の巨体。

 やがて全ての管を抜いた異形は、その両手にてマスクに手をかける。

 マスクを脱いだ下から、異形の面相が現れた。

 

「grrrrrr……」

 

 異形の面相は、節足動物のような大きな顎が四角形を描くように配置されており、2対4本の爪上口器を大きく開けていた。

 眼窩は大きいがその瞳は小さく、頭部の側面から後頭部にかけて黒色のドレッドヘアーのような管がいくつも生えている。ほんの少しだけ長い睫毛が、その異形の女性らしさを感じさせた。

 凡そ全ての人間が『なんて醜い顔だ』と言わざるを得ない程の異形の面相。

 その小さな瞳で、真っ直ぐと少年を見つめていた。

 

「わぁ……!」

 

 しかし少年の美醜概念は少し……いや、大きく他者とはかけ離れているのか、その異形面を見ても尚、その瞳を輝かせていた。

 

「綺麗な目だね!」

「krrrrr」

 

 少年の純粋な言葉に、やや照れが混じった顫動音を鳴らす異形。

 少年と異形の言葉は通じずとも、その心は通じていた。

 やがて異形は少年の目の高さまで屈むと、少年の柔らかい頬に手を伸ばした。

 

「アハハ。くすぐったい」

「krrrr」

 

 異形は両手にて少年の柔らかい頬をゆっくりと撫でる。

 柔らかで手触りが良い少年の頬は、異形の手からしてもその触り心地は心地よいものであった。

 

 やがてひとしきり少年の頬を堪能した異形は、少年を抱き寄せる。

 大きく口器を開け、その舌で少年の顔を舐めた。

 

「ひゃぁ!」

 

 やや乱暴に舐められた少年は驚きの表情を露わにするも、決して嫌がる様子は見せていない。

 異形の口から発せられる強烈な臭いはひどい獣臭がしており、余人が嗅げば悪臭である事は間違いなかった。

 だが、それでも少年にとっては蠱惑的な香りであり、野性味が溢れつつどこか馨しい匂いであった。

 

「あ、だめだよぉ……」

 

 ペチャリ、ペチャリと舌で少年の頬を舐り回す異形。

 少年の汗は異形にとって甘露な雫であり、一舐めする度にその獣性を刺激する。

 汗と、異形の唾液に塗れた少年の顔は淫靡な輝きを放っており、それを見つめる異形の眼は段々と熱を帯び始め、肉体から発せられる熱気は淫らな芳香を発し始めていた。

 

「あっ……! ンッ……!」

「krr……」

 

 異形の舌が、少年の口腔内に侵入する。

 ピチャピチャと湿った水音を発しながら、その小さな舌と絡ませていた。

 少年は異形の侵入に一瞬驚くも、直ぐに陶然とした表情を浮かべながら異形の舌を受け入れていた。

 

「あむ……んちゅ……」

 

 しばらく舌を絡ませ、少年の口腔内を貪っていた異形は、やがて名残惜しそうに少年の舌から口を放す。

 少年の口と異形の口は粘性のある一本の糸で結ばれていた。

 ぼんやりと、濡れた瞳で異形を見つめる少年。

 異形もまた、熱を帯びた瞳で少年を見つめていた。

 

「あ……あの……こういうのって、『セキニン』を取らなきゃだめなんだよね……」

 

 もじもじと異形の腕の中で恥じらうように身を捩らせる少年。

 その拙い知識の中に、“口づけを交わす行為は将来を誓い合う為の物である”という事が、少年の頭の中でぐるぐると渦を巻いていた。

 

「ぼ、ぼくが大人になったら、およめさんになってくれますか?」

「krrrrr!」

 

 少年の小さくも、大きな決意の篭った言葉に嬉しそうに喉を鳴らす異形の雌狩人。

 異形は少年の言葉を解さない。だが、その決意は確りと異形の雌狩人の心臓を射抜いていた。

 嬉しさを全身で表すかのように、少年を力強く抱き締める異形に、少年はやや苦しそうにその腕の中で身をよじらせていた。

 

「い、痛いよ……」

「grr!?」

 

 胸部の装甲が少年の柔らかい肌を圧迫していた事に気付いた異形は、慌てて少年を放すと即座にその鎧を剥ぎ取る。

 乱暴に脱ぎ捨てられた鎧の下から、網状のボディースーツが現れる。見ると、網は異形の大きな乳房にやや食い込んでおり、少年は顔を赤らめながら咄嗟にその胸から視線をそらした。

 

「krrrr!」

「わっぷ!」

 

 再び勢い良く少年を抱き寄せる異形の狩人。

 少年の顔はその大きな乳房に埋まってしまい、呼吸がし辛い程強く抱き抱えられていた。

 すりすりと、少年の柔らかい髪に頬擦りする異形。

 少年は力強くも、どこか野性味溢れる淫靡な芳香を吸い、その愛らしい下腹部に熱が篭もるのを感じていた。

 

「krrrr……!」

 

 異形はその少年の発する熱に反応する。

 片手にて少年を抱きとめながら、空いた手にて少年のズボンに手をかけた。

 

「わっ! な、なにするの?」

 

 戸惑う少年に構うことなく、やや乱暴に少年のズボンを摺り下げる異形の雌狩人。

 そのまま、少年が履く下着まで剥ぎ取ってしまった。

 

「や、やだよぉ……恥ずかしい……」

「krrrrr……」

 

 包皮に包まれた少年のペニスが露わになる。

 少年の年頃にしては少しばかり大きなそれは、子供が背伸びするかのように愛らしく反り返っていた。

 異形はその甘く、幼い雄の臭いを間近に嗅ぎ、荒い呼吸と主に再び口器を大きく空けた。

 

「grrrr!」

「あっ! だめだよ! 汚いよぉ!」

 

 喉を鳴らしながら異形は少年の幼いペニスに、その濡れた舌を這わせる。

 ピチャリ、ピチャリと、先程の舌を絡めた時より丹念に少年の陰茎を舐めあげていた。

 その瞳は恍惚とした光を発しており、獣臭と共に雌が発する淫靡な臭いを増々強めていた。

 

「あぅ!」

 

 ジュルリと、下品な水音が響く。

 少年の尻臀を鷲掴みにし、その口腔内に少年の陰茎を埋めた。

 器用に舌を這わせ、少年に被った皮をやや乱暴に剥き、まるで飢えた獣のように吸引を強めた。

 

「あぅ、あぅぅ!」

 

 ジュボジュボと、音を立てながら野獣の如く少年のペニスを貪る異形の雌狩人。

 その青い果実の味は異形にとってひどく甘く、芳醇な味であり、抗いがたい誘引力を発していた。

 少年は異形の頭部を掴みながら、襲い掛かる未知の快感に必死になって耐えている。

 しかし少年の必死の抵抗も虚しく、獣の乱暴ともいえる吸引を前に、その幼いペニスは力なく精を吐き出した。

 

「あぅぅぅっ!」

 

 ビュル、ビュルと少年の精が異形の口腔内に吐き出される。

 恍惚とした表情でそれを受け止めた異形の雌は、少年のペニスを頬張りながらその拙い精をゴクリと飲み込んでいた。

 

「はぅぅ……」

「krrrr……」

 

 力なくもたれかかった少年を、異形は愛おしそうに抱きとめる。

 少年の柔らかい髪に頬をすりよせ、眼を細めながら甘い顫動音を響かせていた。

 優しく包み込むように少年を抱く異形の瞳は、小さな命を慈しむかのような光を浮かべていた。

 

 しばらくの間、少年は異形の腕の中に身を委ねていたが、やがてぽつりと小さな声で異形に向けて話しかけた。

 

「あの……なまえ……」

「krr?」

「なまえ……聞いてなかったね……」

 

 ぼんやりとした表情で、異形に話しかける少年。

 少年はまだこの異形の名前を聞いていなかったと、茫とした思考で今更ながら思い至っていた。

 

「ぼくのなまえはエミリオ……エミリオ・クロサワだよ……」

 

 異形の胸に頭を預け、弱々しく呟くエミリオ。

 初めて経験した吐精の快感の余韻からか、その声に力は無かった。

 

「キミの、なまえは……?」

「krrrr……」

 

 異形は少年の言葉を受け、少しだけ首を傾ける。

 しばらく何かを考えるような素振りを見せた後、少年を抱き抱えながら左腕に装着しているガントレットを操作する。少年はそれが何なのかよくわからなかったが、街の警官が装備しているウェアラブルコンピュータによく似ていると思った。

 ガントレットから無機質な電子音が鳴ると、異形は厳つくも、どこか透き通るような声を発した。

 

「キミノ……ナマエハ……?」

 

 オウム返しのように、少年の言葉をそのまま返す異形の雌狩人。

 エミリオは律儀にその言葉に応えた。

 

「ぼくは、エミリオだよ……」

「ボクハ……エミリオ……エミリオ……」

「そう。ぼくは、エミリオ。キミの、名前は?」

 

 エミリオは自分を指差しながら言葉を紡ぐ。

 異形の名を聞く時は、その優しくも厳つい面相を指差していた。

 エミリオのジェスチャー見て、異形は少しばかり考えた後、短く言葉を発した。

 

「Shesh」

「Shesh……シシュ……?」

 

 エミリオの言葉に異形はこくりと頷く。

 その様子を見たエミリオは屈託のない柔らかな微笑みを浮かべた。

 

「シシュって、言うんだね。いい、名前だね」

「シシュ、イイ、ナマエ……」

 

 褒められた事が気恥ずかしく思ったのか、少しだけ顔をそむけるシシュ。

 その顔は、やや赤みが差していた。

 顔をそむけたまま、ボソリとその厳つい声を響かせた。

 

「エミリオ、イイ、ナマエ」

「アハハ。ありがとう……」

 

 エミリオはニッコリと笑うと、そのまま目を閉じる。

 初めて吐精を経験した少年の肉体は思った以上に消耗していたらしく、そのままシシュの腕の中でスウスウと静かに寝息を立てていた。

 シシュはエミリオを起こさないように、ゆっくりと近くのベンチにその小さな身体を下ろす。宝物を扱うかのような丁寧な、そして愛おしい物を扱うかのような優しげな手つきでエミリオを下ろしたシシュは、脱がせた時とは正反対な辿々しい手つきでエミリオの下着とズボンを履かせる。

 悪戦苦闘しつつも、エミリオのズボンを履かせ終わったシシュは荒い息を一つ吐くと、再びその無機質なマスクを装着した。

 

 しばらくマスク越しにエミリオの寝顔を見つめていたが、遠くから人が近寄ってくる気配を察知した。

 

「krrrr……」

 

 寂しげに顫動音を鳴らした異形の狩人は、ガントレットを操作し再びその姿を陽炎に変える。

 名残惜しそうにしばらく佇んでいたが、やがて意を決するかのように勢い良く跳躍し、その場を離れた。

 

 

 

「エミィ! こんなところで寝てちゃ風邪引くよ!」

 

 黒髪を後ろに束ねた乙女が少年の眠るベンチに近付く。

 やや乱暴な手つきでエミリオの頬を叩き、乙女は容赦なく少年の覚醒を促した。

 

「ん……リンおねえちゃん……?」

「エミィ! さっさと起きて帰るよ! ていうかあんたなんでこんな所で寝てたのよ?」

「えっと……」

 

 ぼんやりとした表情でリンと呼ばれた乙女を見つめるエミリオ。

 先程経験した事は夢だったのだろうかと、茫とした思考を巡らせていた。

 エミリオは起き上がり、辺りを見回す。異形……シシュの姿は、どこにもなかった。

 

「近頃はコロンビア団とジャマイカ団の連中が派手にドンパチやってんのよ。危ないから日が暮れる前に家に帰れってあれほど言ってたじゃない」

「ごめんなさい」

「警察はスラムの人間なんか守ってくれないんだから……さ、お祖父ちゃんがゴハン用意して待ってくれてるから帰るよ」

「うん……」

 

 エミリオはリンに手を引かれながら歩き出す。

 やはり先程の出来事は夢だったのだろうかと思い、エミリオはリンに気づかれないように静かにズボンの中に手を入れる。

 

(あ……)

 

 下着の下は、生ぬるい体液で濡れていた。

 あれは、夢じゃなかった。シシュは、確かにいたんだ。

 そう思ったエミリオは、何故だかわからないがシシュの事は誰にも言ってはならないような気がした。

 

「アタシは来月には入隊してあんたの傍からいなくなっちゃうんだから、あまりお祖父ちゃんに心配させちゃダメだよ?」

「うん」

「アタシがいなくてもちゃんと稽古は続けるんだよ?」

「うん」

「それと毎日ちゃんと食べる! そして身体を鍛える! そうすればギャング連中なんかに目をつけられても平気なんだから」

「わかった」

「エミィは優しすぎるから、しっかり鍛えて強くならないとね。まぁお祖父ちゃんがいるからその辺はあんまり心配してないんだけど」

「そうだね」

「ていうかあんたちょっと臭いよ? 何して遊んでたのよほんと」

 

 既に日は暮れ、空は真っ暗な闇に包まれている。

 薄暗い電灯の下を手を繋いで歩く姉弟は、林立するスラムの建物の間を縫って家路へと向かっていた。

 

「grrrrr……」

 

 その姉弟を、建物の屋上から陽炎が見つめていた。

 

 腕に巻かれた少年のハンカチを撫でながら、姉弟が見えなくなるまでいつまでも……いつまでも、見つめていた。

 

 

 

 

 

──────────────

 

 西暦2192年

 ゼノン星系惑星BG-386軌道上

 コスタグアナ級兵員輸送艦USSアスタミューゼ号

 

 

「覚醒シークエンス……承認。バイタルチェック……完了」

 

 金髪の青年が計器を操作している。

 船室にはこの青年以外誰もいない。

 静かな機械音だけが響く船室で、たった一人で計器を操作し続けていた。

 見れば、青年が操作する計器の向こうではいくつもの冷凍睡眠(ハイパースリープ)装置が鎮座している。

 装置の中には下着のみを身に付けた男女達が身じろぎ一つせずに眠っていた。

 

 青年が計器を操作すると、一番手前の冷凍睡眠装置の照明が点灯する。

 低いモーター音のような作動音が響くと、装置のカバーが静かに開いた。

 

「……ん」

 

 装置に眠っていた一人の男が自身の黒髪の短髪を揉みながら、もぞもぞ身体を動かす。

 筋肉質ではあるが過度に肥大化してないその肉体は、研ぎ澄まされた刀剣を思わせる鋭さを放っていた。

 装置のネームプレートには『“海兵少尉”エミリオ・クロサワ』と刻まれていた。

 

「クロサワ少尉。おはようございます。ご気分はいかがですか?」

「ああ……大丈夫だ」

 

 エミリオ・クロサワ少尉が青年にぼんやりと言葉を返す。

 半身を起こし、ひとしきりこめかみを揉んだ後、まじまじと青年の顔を見つめた。

 

「君は……出航前には見なかったな」

 

 青年はエミリオの言葉を受け、作り物のような(・・・・・・・)穏やかな微笑を浮かべた。

 

「私はウェイランド・ユタニ社から派遣されたハイパーダイン250C3型ヒューマノイド“ウォルター”です。皆様の作戦期間中のトータルサポートを命じられています」

「ウォルターか。よろしく。ハイパースリープ中の保守を務めてくれたんだね」

「はい。少尉」

 

 エミリオはウォルターに手を差し出し、確りと握手を交わす。

 ウォルターは軍人にしてはやたらと丁寧なエミリオの性格に少々戸惑うも、直ぐにそのデータベースにエミリオの性格をインプットした。

 ウォルターはエミリオに目礼すると、覚醒を促すべく残りの装置に眠る兵士達の元へ向かった

 

「給料安いのにやってらんねぇぜチクショウ」

「ほんと、アンタの隣で目覚めるとか最悪だよ」

「おいコナー、冗談だろ?」

 

 エミリオが眠っていた装置の隣で、続々と兵士達が起き始める。

 ぶつくさと文句を言いながら、緩慢な動きで身体を起こす兵士達の様子を、エミリオは苦笑しながら見つめていた。

 

「なぁライバック。お前からもこのクソアマになんか言ってくれよ」

「パクストン……頼むから寝起きくらいは静かにしてくれ」

 

 ライバックと呼ばれた黒髪の兵士が頭を抱えながら身体を起こす。

 エミリオと負けじ劣らずの鋭い肉体を持つライバックと冷凍睡眠装置の相性は、どうにも良くなさそうだった。

 

「さぁ海兵ども! さっさと起きて支度しろ! 貴様らがヨダレ垂らして眠りこけてる間にも給料は発生しているんだ!」

 

 略帽を被った厳つい下士官が怒鳴り声を上げる。

 葉巻を咥え、兵士達を叱咤するその姿はまさに“鬼軍曹”といった風貌であった。

 

「素晴らしい一日の始まりだぞ! 貴様らは海兵隊で幸せだと思え! 毎日旨い飯が食えて、良い給料貰って、訓練はパレードみたいなもんだ! 海兵隊万歳!」

「軍曹殿、自分は生理休暇を申請したくあります」

 

 先程からぶつくさと文句を垂れていたパクストン上等兵が鬼軍曹に向かいその軽口を叩く。

 見れば、パクストンの股間は屹立しており、その下着に見事な天幕を張っていた。

 軍曹はその股間を一瞥すると、パクストンを恐ろしげな眼で睨んだ。

 

「パクストン。貴様の粗末なイチモツなんぞに休暇を与えたら二度とファックが出来なくなるぞ。無駄口叩く暇があったらさっさと支度しろこのスキン小僧が! 隠れてマスかいたらクビ切り落としてクソ流し込んでやるからな!」

 

 一喝されたパクストンは慌ててロッカーへと駆け出した。その様子を見た軍曹は鼻息一つ吐くと、海兵隊員達が眠っていた装置を順繰りに練り歩く。

 パクストンと同様にもたついている海兵達に一喝し終わると、装置に腰をかけていたエミリオの傍に駆け寄った。

 

「少尉殿。第3小隊以下18名、全員問題なく起床しております」

「ありがとうアーメイ軍曹。君も支度しろ」

「はっ! 少尉殿!」

 

 敬礼し、葉巻を咥え直したアーメイ軍曹は自身のロッカーへと向かう。

 エミリオも海兵隊の戦闘服に袖を通すべく、ロッカーへ向かい立ち上がろうとすると、丁度天井のスピーカーから音声が流れ始めた。

 

『おはよう海兵隊諸君。艦長のヴェレス中佐だ。素敵な夢は見られたかね?』

 

 スピーカーからUSSアスタミューゼ号艦長マーティン・ヴェレス中佐の声が響く。

 中佐の声を聞いた海兵隊員達は着替える動きを止め、背筋を伸ばしてその放送に耳を傾けていた。

 

『30分後に食堂を開放する。中隊毎に朝食を摂った後、士官は1100までにブリーフィングルームに集合しろ。下士官以下は各自持ち場にて装具の点検を行い、そのまま待機。以上』

 

 ブツリと放送が切れ、船室は再び海兵隊員達のざわざわとした喧騒に包まれる。

 その様子を見たアーメイ軍曹は再びその活火山のような口角砲を発射した。

 

「聞いたか海兵ども! チンタラ支度してる暇は無いぞ! ケツの穴を引き締めろ! ダイヤのクソをひねり出せ! さもないとクソ地獄だ! 急げ!」

 

 

(素敵な夢、か……)

 

 海兵達の喧騒を聞きながら、上衣に袖を通すエミリオ。

 艦長の訓示を聞いた時、冷凍睡眠中にあの幼い頃の夢を見ていた事を思い出したエミリオは、じわりと自身の下半身に熱が帯びるのを感じていた。

 

(パクストン上等兵を笑えないな……)

 

 あの、異形の生物との、淫靡な思い出。

 結局あれ以来異形……シシュと出会う事は無かった。

 姉や祖父にも、あの時の出来事は話す事は無く、こうして海兵隊員となった今でも誰にも話した事は無かった。

 そして、あれ以来どんな女性と夜を共に過ごしても、あの時程の性的な昂ぶりを覚える事は無かった。

 そのせいか、エミリオは結局女性と最後まで経験をした事はなく、時には自分を不能と汚く罵ってくるガールフレンドもいた。

 シシュのような野性的で、純粋な情欲をぶつけてくる相手は、26歳になった現在でも終ぞ出会うことは無かった。

 

 シシュの匂い、シシュの温もりを生々しく想起したエミリオは、パクストン上等兵に負けないくらい自身のイチモツを屹立させていた。

 

「どうかしてるな、僕は」

 

 強引にカーゴパンツを摺り上げ、ベルトを締める。

 ふぅ、と一息つくと、手早くブーツを履き支度を終えた海兵隊と共に食堂へと向かった。

 

 

 エミリオは幼少期の淫靡な思い出を共にしたあの異形の狩人と再会するとは、この時は露ほども思っていなかった。

 

 また、異形の狩人との再会をあの地獄のような戦場で果たすとは。

 

 

 

 植民地海兵隊第501大隊チャーリー中隊第3小隊長エミリオ・クロサワ少尉と、異形の雌狩人シシュとの再会の時が近づいていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




※女性型プレデターは狩りに出てこない設定なのですが、ご都合主義的に色々捻じ曲げてお送り致します。ていうかその設定も公式なのか半公式なのかよくわからんですし。

※植民地海兵隊の設定諸々もムックが手に入らない上に英語版しかないので、実在組織や類似の組織が登場する作品を叩き台にして色々捏造しております。

※時系列は所々無茶苦茶になっておりますが、AVPシリーズの年表も映画とゲームとコミックが入り乱れて割りと無茶苦茶になってますので気にしないでいただけると助かります。


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Chapter2.『Colonial Marine Corps』

 

 USSアスタミューゼ号兵員食堂

 

 

「クソったれ。ニンジンが入ってやがる」

「栄養満点だぞ。残さず食えよ」

 

 食事の入ったトレーを憎々しげに睨む黒人の海兵隊員、アル・マシューズ一等兵の隣にゲイシー・ライバック伍長が座る。

 食堂には植民地海兵隊第501大隊チャーリー中隊約80名がハイパースリープ明けの朝食を摂っていた。

 エミリオ・クロサワ少尉は兵士達が食事を摂るテーブルから少し離れた席で、中隊長のウィリアム・ホープ大尉と、中隊附将校コレット・ヒラー中尉と朝食を共にしていた。

 

 黙々と食事を摂るホープ大尉達を、第3小隊の面々は白けた表情で見つめていた。

 

「新任のクロサワ少尉殿は俺たち兵隊と飯を食いたく無いらしい」

「オカマくせえ面してやがるぜ……大丈夫かあんなので」

 

 小隊狙撃手リチャード・チャベス上等兵がエミリオに冷めた視線を向けながら、小隊機関銃手レイモンド・クルス一等兵にボソリと呟く。

 クルスもエミリオのその風貌に、海兵隊としての資質を疑うかのような視線を向けていた。

 

「クルス。少尉殿の悪口は言わないほうがいいわよ」

 

 チャベスとクルスの対面に座る小隊機関銃手のサラ・コナー上等兵が、オレンジジュースを飲みながら二人に話しかける。

 コナーは女性兵士でありながら小隊の機関銃手に任じられる程、男勝りの身体能力と性格を有していた。

 

「あの少尉殿、士官学校で戦技教官を軒並み病院送りにしたって噂らしいよ。あんたじゃ逆立ちしたって敵いやしないよ」

 

 クルスはぎょっとした表情でコナーを見る。

 この男勝りの、いや半分男じゃないかと言われる程の女傑が、こと戦闘面で誰かを評価する事は砂漠で雪が降る程珍しい出来事であった。

 

「マジかよサラ。フカしてんじゃねぇだろうな?」

「んじゃ、あとで確かめてみたら? あとファーストネームで呼ぶんじゃないよこの粗チン野郎」

「了解いたしました。コナー上等兵どの」

「Fuck you」

 

 巫山戯た調子で言葉を返すクルスに向け、中指を突き立てながらオムレットを頬張るコナー。

 その様子をニヤニヤと見つめるチャベスは、この二人がいつもこうして軽口を叩き合っている光景を密かな楽しみとしていた。

 

「軍曹殿! 今回はどんな任務なんですかね?」

 

 冷凍睡眠装置から覚醒した時と変わらず軽い調子で、ビル・パクストン上等兵がリー・アーメイ軍曹の隣に座る。

 アーメイ軍曹はこの小隊一のお調子者を実は気に入っていた。また、ムードメーカーとして小隊の士気向上に一役買っているパクストンの存在がありがたく、こうして食事の時くらいは普段の厳しい姿勢を幾分か緩めていた。

 

「楽しい奪還任務だ。レイプされた植民地の娘っ子達にファックの良さを思い出してもらうのさ」

「ひゅぅ! そいつは滾りますねぇ!」

 

 下卑た笑いが湧き起こる。

 パクストンの対面に座るダニエル・カッシュ一等兵がにやついた表情で口を開いた。

 

「なぁパクストン。アルクトゥールスの女は悪くなかったなぁ。覚えてるか?」

「もちろん! ていうかカッシュ、お前が抱いたのは男じゃねえか」

「へっ。男でも女でも等しく“穴”はあるんだよ」

「違げえねえや!」

 

 ゲラゲラと一層下品な笑いが湧き起こる。

 その様子を、離れたテーブルで見ていたホープ大尉は不快さを隠そうともしない苦々しげな表情を浮かべ、対面に座るエミリオに向かい口を開いた。

 

「まったく、下品な連中だ。あんな糞共が私の中隊にいるなんて反吐が出る。そう思わんかね少尉?」

「はぁ、大尉。でも、彼らは優秀な兵士だと聞いています」

「はっ! 優秀だと? まだ冷凍睡眠から目覚めていないようなだ少尉」

 

 苛ついた手つきでスプーンを運び、トレーの上のスクランブルエッグを掻き回すホープ大尉。海兵隊にしてはやや不摂生ともいえる体を揺すりながら、苛ついた様子を隠そうともしなかった。

 隣に座るヒラー中尉は、やや俯きながら黙ってスープを口に運ぶ。

 短めに切りそろえた髪はヒラー中尉の貞淑な佇まいをより強調しており、上衣から少しだけ盛り上がった胸元が呼吸合わせて上下している。眼鏡の下のその瞳は、光の加減からかエミリオからは見えなかった。

 

「少尉。私の中隊に配属されたからにはこれだけは覚えておけ」

 

 スプーンでスクランブルエッグを弄くりながら、ホープ大尉は苛立ちげにエミリオを睨む。

 右手でスプーンを持ちながらグチャグチャと音を立てるホープ大尉の様子に、エミリオは少しだけ顔を顰めた。

 

「私の命令には逆らうな。士官学校では大層な成績を修めたらしいが、ここでは私の言うことが絶対だ。わかったな?」

「はい、大尉殿」

 

 努めて平静な表情を保つエミリオ。この中隊に配属されてからまだ間もないが、どうもこの中隊長は好きになれない。実際に麾下の小隊や、他の小隊も含めホープ大尉の中隊全員からの評判は最悪であった。

 

 

「アッ……!」

 

 ヒラー中尉が、唐突に上ずった声を上げる。

 見ると、その頬は薄く朱を差しており、きゅっと口を紡ぎながら何かに耐えているような表情を見せていた。

 

「声を立てるな」

「……ッ」

 

 ホープ大尉の言葉を受け、ヒラー中尉は唇をより強く噛みしめる。朱を差した頬に、薄っすらと濡れた汗が張り付いたその肌は、官能的な香りを放っていた。

 俯いたヒラー中尉の様子に、エミリオは訝しげに視線を送る。

 

「中尉、御気分が優れないようでしたら医務室へ……」

「少尉。食事は黙って食べるものだ」

 

 ホープ大尉がエミリオに向かい不機嫌な重々しい声を放つ。

 そして、エミリオはホープ大尉の空いた左手がヒラー中尉のカーゴパンツの中に侵入している事に気付いた。

 

「あ、あの、大尉殿」

「少尉。同じ事を何度も言わせるな」

 

 もぞもぞと左手を動かしながら、ホープ大尉はわざとらしくトレーの上で音を立てる。

 スクランブルエッグを掻き回す音に合わせ、僅かに湿った水音が混ざっていた。

 

「くっ……うぅ……」

 

 ヒラー中尉は既に食事の手を止め、必死になってホープ大尉の蹂躙に耐える。

 唇を噛み締め、ぎゅっと目を瞑りがなら身をよじるその様子をチラリと見たホープ大尉は、僅かに口角を上げ左手の動きを強めていた。

 

「少尉。君の前任者は私の命令を少々聞かなかった男でね……。残念ながら前回の作戦で不幸にも戦死してしまったが、君はそうならない事を切に願っているよ」

「……」

 

 クチュクチュと、湿った水音が聞こえる。

 ホープ大尉の蹂躙は、丁度兵士達からは死角になっており、エミリオのみがその暴虐を視認していた。

 呼吸を荒くし、眼鏡の隙間から濡れた瞳でエミリオを見るヒラー中尉は、救いを求めるかのような苦しげで、切ない表情を浮かべていた。

 

「はっ……んぅ……!」

「……」

 

 エミリオとヒラー中尉の視線が交差する。

 エミリオはその濡れた瞳を見て、静かに手にしたスプーンを置いた。

 

 しばし瞑目し、やがて意を決するかのように瞼を開いたエミリオは、ホープ大尉の濁った瞳を見据えた。

 

「大尉殿。随分と食べ辛そうですね」

「なに?」

「お借りしますよ」

「あ、おい!?」

 

 スプーンを目にも止まらぬ速さで取り上げるエミリオ。

 突然のエミリオの行動に、ホープ大尉はやや狼狽しその悪意にまみれた左手を止めた。

 ヒラー中尉は一瞬待ち望んでいた救援が到来した事に安堵の表情を浮かべるが、エミリオの突飛な行動にホープ大尉と同様に困惑した表情を浮かべていた。

 

 エミリオはスプーンを両の人差し指と親指にて摘み、鋭い呼吸音と共に指先に力を込める。

 

 

 ミリッミリッ

 

 

「なっ!?」

「うそ……!?」

 

 エミリオが力を込めると、ステンレス製のスプーンの先端が紙粘土のように裂ける。

 驚愕するホープ大尉達に構うことなく、ミリッ、ミリッと、淡々とスプーンの先端を裂く作業を行っていた。

 

「どうぞ。大尉殿」

「あ、ああ……あ、ありがとう、少尉……」

 

 微笑を浮かべながら、先割れスプーンと化した物をホープ大尉に差し出すエミリオ。

 屈強な海兵隊に似つかわしくない程、童顔で頼りない風貌を持つエミリオが、まさかこのような怪力を持ちようとは。

 震える手でエミリオからお手製(・・・)先割れスプーンを受け取ったホープ大尉は、微笑みを浮かべるエミリオの深く、黒い瞳に見据えられ、得体の知れない恐怖を感じ全身から冷えた汗を噴き出していた。

 

「大尉殿。ヒラー中尉を医務室へとお連れします。宜しいですね?」

「あ、ああ……りょ、了解した……」

 

 顔を引き攣らせているホープ大尉を一瞥し、エミリオはヒラー中尉の手を引き足早に食堂の出口へと向かう。

 途中、訝しげに兵士達にその様子を見られるも、ホープ大尉とヒラー中尉の関係は中隊では公然の秘密となっていた為、エミリオのその勇気ある行動に海兵隊員達は称賛の眼差しを向けていた。

 

「おい、新任の少尉殿は中々肝が座っているらしいぜ」

「あの性根の腐った中助(ちゅうすけ)によくやったもんだな」

「見ろよ、中助の奴震えているぜ。一体なにやったんだろうな?」

 

 海兵隊員達のヒソヒソとした声を背に、エミリオとヒラー中尉は食堂を後にした。

 

 

 

「しょ、少尉……もう、大丈夫だから……」

 

 医務室へと至る艦内の通路で、ヒラー中尉がエミリオに声をかける。

 やや強引にヒラー中尉の手を引いていたエミリオは、素直にその手を放した。

 

「中尉。差し出がましい真似をして申し訳ありません。ですが、大尉のアレはあまりにも……」

「いえ、もう良いの。アレは、私の所為でもあるから……」

 

 俯きながら、暗い笑みを浮かべるヒラー中尉。

 エミリオはその様子を見て他人が推し計る事が出来ない何か複雑な事情があるのだろうかと、ヒラー中尉を心配そうに見つめる。

 だが、それ以上詮索する事は許さないと言わんばかりの、ヒラー中尉の凛とした瞳を見て、エミリオは背筋を伸ばし見事な敬礼をして踵を返した。

 

「少尉……!」

 

 ヒラー中尉の声が、背中から聞こえる。

 振り返ると、ヒラー中尉は笑顔を浮かべ、エミリオと同じように海兵隊式の敬礼を送っていた。

 

「ありがとう」

 

 

 エミリオは少しだけ笑うと、兵士達が待つ食堂へと戻っていった。

 

 

 

 

──────────────

 

 USSアスタミューゼ号艦長室

 

 

「メイソン・レン少佐、入ります」

 

 艦長室に略帽を脇に抱えた一人の将校が入室する。

 彫りの深い顔立ちに、頬に大きな傷跡が残るその将校が纏う空気は、まさに歴戦の将兵が持つ凄味が備えられていた。

 

「おはようレン少佐。良く眠れたかね?」

「おかげさまで夢を見る間もなく熟睡出来ました」

「それは結構」

 

 アスタミューゼ艦長、ヴェレス中佐がレン少佐を迎え入れる。

 艦長室は大きな星条旗と海兵隊旗が交差するように掲げられていたが、それ以外は大きなデスクと応接机、ソファーが配置されているだけの質素な造りであった。

 ヴェレス中佐はレン少佐を応接ソファーに座るよう促すと、グラスを手にレン少佐の対面に腰をかける。

 

「さて、まずは一杯どうかね? 朝食はもう済ませたのだろう?」

「作戦行動中の飲酒は軍規に違反しておりますが」

「構いやせんよ。ここならMPの目も無い」

「では、お言葉に甘えて」

 

 ヴェレス中佐は持っていた小さめのパッケージから琥珀色のブロックを取り出し、グラスに入れる。

 机の上に置かれている装置の前にグラスを置くと、装置からレーザーが照射されブロックを瞬く間に溶かし、グラスの中身は芳醇な香りが漂う液体で満たされた。

 

「乾杯だ少佐。自由と、正義と、海兵隊に」

「自由と、正義と、海兵隊に」

 

 グラスを掲げ、琥珀色の液体に口をつけるレン少佐。

 上品で、芳醇な味わいと香りが口の中に広がり、レン少佐は満足そうな太い息をもらした。

 

「本物のコニャックだ。良い趣味をしている」

「合成酒は肌に合わなくてね……ところで少佐。君を呼びつけたのは一杯付き合わせる為じゃなくて、ブリーフィング前に個人的な打ち合わせがしたくて呼んだのだよ」

 

 グラスを傾けながら、ヴェレス中佐の言葉に訝しげな視線を送るレン少佐。

 ヴェレス中佐とはこうして何度も酒を酌み交わす事はあったが、作戦前に密談めいた事を持ちかけられたのは初めての事であった。

 

「作戦主任抜きでですか?」

「主任は“会社”の息がかかりすぎている」

「ああ、成程……」

 

 レン少佐は第501大隊作戦主任、ポール・アンダーソン大尉の顔を思い浮かべる。

 アンダーソン大尉は部隊の資材管理も兼任しており、会社……ウェイランド・ユタニ社からの資材調達を優先して行う見返りに随分と袖の下を通してもらっているとの噂だ。

 資材調達、作戦立案に関しては優秀な男であったが、大尉の分際でやたらと羽振りが良いクソったれ野郎と大隊幹部からのもっぱらの評判であった。

 

「今回の任務はどうもきな臭いとは思わないかね」

「小官は海兵隊員です。与えられた任務はどのような任務でも全力で遂行します」

 

 レン少佐はグラスを置き、鋭い視線をヴェレス中佐に送る。

 歴戦の海兵隊員が放つ堅い意志がうかがえた。

 

「ただ……事前の作戦要項を見るに、小官も若干違和感を覚えざるを得ません」

 

 レン少佐は再びグラスを傾け、小さく息を吐く。

 地球から出発する前に目を通した作戦要項は、レン少佐から見ても不自然な代物であった。

 

「私はアスタミューゼ乗組員35名、そして君たち植民地海兵隊第501大隊228名の命を預かっている。この任務には、若干どころか大いに違和感を覚えているよ」

 

 ヴェレス中佐はソファーに深く腰をかけ、レン少佐以上に大きな溜息をつきながら机の上にあるタブレット端末をレン少佐に手渡した。

 レン少佐はタブレットを操作し、目を細めながらその内容を読み上げる。

 

「ウェイランド・ユタニ社が所有する惑星BG-386にて正体不明の武装組織による襲撃あり。これを排撃し、惑星施設を過度に損傷せずに奪還せよ。ぱっと見は普通の作戦ですが……」

「おかしな所だらけだ。そもそも正体不明の武装組織とは情報があやふやすぎる。敵の規模すらわからん。通信も途絶しているし、生存者もどれだけいるのか不明だ」

 

 グラスを仰ぎながら毒々しい息を吐くヴェレス中佐。

 特にヴェイランド・ユタニ社の名前を聞いた時は、苦虫を噛み潰すかのような苦々しげな表情を浮かべていた。

 

「海賊では無さそうですね」

「海賊程度なら現地にいるウェイランド社の治安部隊で十分対応できる。それに、あそこには戦闘用アンドロイド部隊が駐屯しているはずだ。下手な軍隊よりも戦力が高い」

「それは随分と物々しい。一体“何を”守っていたんでしょうかね……ああ、それと艦長。“ヒューマノイド”ですよ。近頃は権利団体が煩い」

「フン。アンドロイドをアンドロイドと言って何が悪い」

「各小隊に1体のヒューマノイドが付いているんですよ」

「体のいい監視だ。実に気分が悪い」

 

 出航前、作戦主任を介して急にウェイランド社から押し付けれられたヒューマノイド達は、ヴェレス中佐に取って目障りな存在であった。

 もっとも、今の所は甲斐甲斐しく部隊の世話を焼いているようなので、実際に助かっているのは事実であった。

 

「まぁアンドロイドはいいさ。せいぜいコキ使ってやれ……話を戻すが、BG-386の治安部隊を制圧するなら植民地海兵隊3個大隊はいないと厳しい。それも十分な火力支援があって。そんな連中が為す術もなくやられたのに、派遣されたのは海兵隊1個大隊のみだ。やる気があるのか疑わしい作戦だとは思わんかね?」

 

 乱暴にグラスを仰ぎながら毒づくヴェレス中佐。

 その様子に、レン少佐もまた顔を顰めながらグラスを傾けていた。

 

「そして最大の違和感はだ。少佐。この作戦の出処だ」

 

 ヴェレス中佐は今日一番の不機嫌な表情を浮かべながらグラスを置く。

 レン少佐はその言葉に訝しげな表情を向けた。

 

「海兵隊総軍からでは無いのですか?」

「名目上は総軍からだが、実際にはウェイランド社からの注文(オーダー)らしい」

 

 レン少佐はヴェレス中佐が出航前の僅かな間にここまで作戦の背景を調べ上げていたことに内心舌を巻く。

 ヴェレス中佐の顔をしばらく見つめた後、にやりと口角を上げた。

 

「艦長。実は艦長は情報部出身とかいうオチじゃないですよね?」

「軍隊で長く生きるコツは情報と人脈だよ。情報部に友人がいてね。色々と教えてくれるのさ」

 

 レン少佐からの視線を流しつつ、再び乱暴にグラスを仰ぐヴェレス中佐。

 グラスの中身は殆ど残っていなかった。

 

「とにかく、ウェイランド社が作戦に関わるとロクな事にならん……君は、USSスラコ号の件を覚えているかね?」

「忘れるわけがありませんよ。あの(フネ)には士官学校の同期が乗っていた」

 

 13年前の、あの事件。

 当時海兵隊中尉だったレン少佐は、作戦前に酒を酌み交わした同期の中尉の顔を思い浮かべていた。

 癖のある小隊を率いる羽目になったとぼやいていた事が、その中尉との最期の思い出であった。

 

「ウェイランド・ユタニ社所有の植民惑星LV-426からの通信途絶、コネストガ級兵員輸送艦USSスラコ号以下海兵隊1個小隊を調査の為派遣……大気製造装置の暴走事故による核爆発が起こり、派遣された海兵隊ごとLV-426コロニーは蒸発した。ここまでは公報で発表された内容でしたね」

「ああ。あの任務もウェイランド社からの要請で実行されたものだった。そして通信途絶する前の“LV-426で何があったのか”が未だに不明だ。だが、少佐」

 

 ずいと身を乗り出し、レン少佐の顔を覗き込むヴェレス中佐。

 その瞳には、陰謀によって海兵隊の仲間が無残に殺された怒りが浮かび上がっていた。

 

「この事件の最大の謎は、スラコ号の行方も不明(・・・・・・・・・・)になっているという事だよ」

 

 ヴェレス中佐の言葉に、レン少佐ははっとした表情を浮かべる。

 海兵隊の顛末ばかりが気になっていたレン少佐は、スラコ号の事が全く頭に無かった事を密かに恥じた。

 

「軌道上で待機していたスラコ号はどこへいった? 回収されているなら何故艦籍に載っていない? スラコ号のデータはまるで始めから存在していなかったかのように綺麗に抹消されていた」

「その工作をしたのが……」

「察しの通りウェイランド社だ。実はスラコ号は私が入隊したての頃に乗り込んでいた艦でね。個人的に思い入れがあったので、色々調べた事があるのだよ」

 

 ヴェレス中佐はそこまで語り終えると、手にしたグラスを再び仰ぐ。グラスの中身は、もう残っていなかった。

 

「実は……小官もあのLV-426については調べた事があるんです。ウェイランド社にも問い合わせた事もありまして」

 

 レン少佐が重たい息と共に言葉を紡ぐ。

 ヴェレス中佐はその言葉に呆れたような表情を浮かべた。

 

「問い合わせたのか? 馬鹿正直に答えてくれるワケがあるまいに」

「ええ。『担当の者が不在ですのでお答え致しかねます』と言われました。まったく、日系企業らしい」

 

 あの頃は一介の中尉でしかなかったレン少佐は、今ならあのような拙いやり方よりもっと上手く調べる事が出来たであろうと今更ながら思い、グラスを握りしめていた。

 

「その一件以来変に目を付けられたのか、同期が全員中佐になっているのに、小官は未だに少佐止まりです」

「私も似たようなものさ」

 

 互いに深い溜息をつき、ソファーに深く腰を落とす二人の海兵隊将校。

 海兵隊の人事権まで口を出せるウェイランド社の影響力は、生粋の軍人である二人には耐え難い事であった。

 

「嘆かわしいな……一体いつから海兵隊はウェイランド社の私設軍隊に成り果てたのだ」

「海兵隊の装備の97%がウェイランド社製ですからね。この艦も、我々の武器も、身につけている下着までウェイランド社製です。私設軍隊と言われてもおかしくはない」

 

 故に、アンダーソン大尉の様な将校が現れる始末です、と、自嘲気味に言葉を紡ぐレン少佐。

 ぐいとグラスを仰いだレン少佐は、身に付けていた腕時計にチラリと目を向け、ヴェレス中佐にその疵面を向けた。

 

「艦長。そろそろ本題に入ってもいいのでは?」

「ああ……すまんな。歳を取るとどうも話が無駄に長くなる」

 

 居住まいを正したヴェレス中佐は、レン少佐に確りとした視線を向け、毅然とその意志を伝えた。

 

「少佐。施設奪還が困難だと判断したら、即座に部隊を纏めて撤退して欲しい。状況次第では軌道上からの核攻撃(・・・)も視野に入れる」

「艦長、それは……」

 

 穏やかではないヴェレス中佐の言葉に、レン少佐は僅かに狼狽する。

 ウェイランド社に真っ向から歯向かうその決断は、今後の出世を棒に振りかねない程度胸のある決断であった。

 

「ウェイランド社の意向など知った事か。アンドロイド部隊を制圧できるほどの戦力を野放しにするわけにはいかん」

 

 レン少佐はヴェレス中佐に宿る熱い海兵隊魂を感じ取り、自身の海兵隊の血も滾っている事を感じていた。

 しばらく黙考した後、ゆっくりとヴェレス中佐に頷く。

 

「了解しました。任務達成が困難だと判断したら、即座に撤退します」

「それでいい。さて、そろそろ時間だな」

 

 制帽を被り、確りとした足取りで立ち上がるヴェレス中佐。

 レン少佐もまた立ち上がり、ヴェレス中佐と共に艦長室を出る。

 ヴェレス中佐とレン少佐は、これ以上ウェイランド社の所為で海兵隊の仲間の命が奪われる事を許すつもりは無かった。

 

 

「少佐。くだらん任務で若い連中を死なすわけにはいかんぞ」

「同感です。艦長」

 

 

 二人の将校は確りとした足取りで、ブリーフィングルームに向かい歩き始めていた。

 

 

 

 

 

 



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Chapter3.『Descent』

 

「では、これより作戦要項を説明する」

 

 アスタミューゼ号ブリーフィングルームにて、植民地海兵隊第501大隊の各指揮官が集まっていた。

 大隊作戦主任のアンダーソン大尉がスクリーンの前にて後ろに手を組み、居並ぶ将校達をじっとりとした瞳で睥睨していた。

 

「まず、事前に通達した通り、惑星BG-386は正体不明の武装組織の襲撃を受けた。3週間前に救援要請が入って以降、現地との連絡は途絶している」

 

 アンダーソン大尉の説明を聞く501大隊の士官達は一様に真剣な表情でスクリーンを見つめている。

 エミリオは隣に座るチャーリー中隊第2小隊長ジェイムズ・キャロン少尉がせわしなく膝を揺すっているのを見て、小声で声をかけた。

 

「キャロン少尉、行儀が悪いですよ」

 

 エミリオの言葉に、キャロン少尉はジロリと視線を向けるも、直ぐに膝を揺らすのを止めた。

 アンダーソン大尉の説明は続く。

 

「BG-386の施設は大まかに3つに分かれている。希少鉱物の精錬所、その希少鉱物や惑星で採取された植物の研究施設、そしてそこで働くウェイランド社の社員とその家族が住む居住区だ」

 

 スクリーンに投影される施設の概要を見つめる士官達。

 エミリオはBG-386の研究施設が映し出されると、鉱物や植物の研究施設にしてはやけに大掛かりで物々しい施設の姿に僅かに眉をひそめていた。

 

「BG-386はウェイランド社の治安部隊が警護していたが、これらの部隊は恐らく全滅したと思われる。事前の軌道上からの高高度偵察も行ったが、施設は戦闘による損傷はほとんど見受けられない。敵勢力の火力はそこまで高くはないと思われる」

 

 アンダーソン大尉の不可解な説明に居並んだ士官達は一斉にざわめく。

 どうにもあやふやな説明に、エミリオもまた訝しげな表情を浮かべていた。

 

「各施設とも連絡は取れない状況だ。敵対勢力に生存者が人質に捕らわれている可能性もある。そこで、大隊の3つの中隊はそれぞれの施設に強襲をかけ、施設奪還、人質がいた場合その救出に当ってもらう」

「治安部隊を全滅させた奴らに1個中隊だけで突っ込めっていうの……」

 

 エミリオは前に座る501大隊ブラヴォ中隊長マリア・コンチータ大尉がボソリと呟くのを聞いた。

 コンチータ大尉は短めに切りそろえた自身の髪を苛立たしげに掻いており、アンダーソン大尉を憎々しげに睨みつけていた。

 

「ブラヴォ中隊は精錬所、チャーリー中隊は居住区、大隊長直卒のアルファ中隊は研究施設の奪還に赴いてもらう。ここまでで何か質問は?」

 

 アンダーソン大尉の説明が終わると、一斉に士官達は挙手した。

 アンダーソン大尉は先程から強烈な視線を送るコンチータ大尉に発言を促す。

 

「敵戦力の詳細は?」

「不明だ。だが、治安部隊にはアンドロイド部隊……失礼、ヒューマノイド部隊も駐屯していた。それらを制圧できるだけの戦力は保持していると思われる」

 

 ブリーフィングルームの奥に佇むヒューマノイド達に視線を向けつつ、アンダーソン大尉はコンチータ大尉に応える。

 その言葉を聞き、士官達はより一層ざわめき始めていた。

 

「こちらの支援は? ドロップシップ(降下艇)の空爆による援護は受けられるのですか?」

「ドロップシップからの上空支援は期待しないでもらいたい。惑星施設を損傷せずに奪還せよと海兵隊総軍(・・・・・)からのお達しだ。代わりといっては何だが、今回の降下はAPC(装甲兵員輸送車)に搭乗した状態で降下してもらう。APCからの火力支援を有効に活用してもらいたい」

「論外だわ……」

 

 コンチータ大尉の言葉に同調するかのように士官達は異口同音に不満を口にする。

 十分な支援を受けられない状態で、このような作戦を実行する事はまさに自殺行為としか思えなかった。

 

「諸君。不満はもっともだが、我々は誇りある海兵隊だ。そして、練度十分な諸君ならこの理不尽に打ち勝つ事が出来ると私は信じている」

 

 先程から顰めっ面で作戦概要を聞いていたレン少佐が言葉を発する。

 レン少佐の言葉を受け、士官達は不満の声を飲み込んでいた。

 

「とはいえ、当然ながら諸君を無駄死にさせるつもりは毛頭無い。施設奪還が困難と判断したら即座に各中隊はドロップシップで母艦へと撤退しろ。撤退の判断は各中隊長に一任する」

 

 レン少佐の言葉に今度はアンダーソン大尉が顔を顰める。

 とはいえ、アンダーソン大尉もいくらウェイランド社の意向があるとはいえこの作戦に無理がある事は十分に承知していた為、レン少佐の言葉に特に異論を挟む事は無かった。

 レン少佐に続き、艦長のヴェレス中佐も口を開いた。

 

「諸君。アスタミューゼは常に諸君らの頭上にいる。大隊がたとえ最後の一人になろうとも、私は海兵隊軍人として諸君らを絶対に見捨てない。海兵隊に栄光あれ」

 

 ヴェレス中佐が言葉の終わりに海兵隊式の敬礼を行う。第501大隊士官達はそれを受け、一斉に起立し敬礼を返した。

 

「以上で作戦要項の説明は終了する。7時間後に各部隊は降下デッキに集合、装備の点検後に降下を開始しろ」

 

 アンダーソン大尉の締めの言葉を受け、士官達はぞろぞろとブリーフィングルームを後にする。

 エミリオもブリーフィングルームから退出しようとすると、丁度コンチータ大尉から声をかけられた。

 

「あなたがエミリオ・クロサワ少尉ね。私はマリア・コンチータ大尉よ。よろしくね」

「はっ! 大尉殿。よろしくお願いします」

 

 敬礼し、やや緊張気味に返事をするエミリオをコンチータ大尉は微笑を浮かべて見つめていた。

 

「そうかしこまらなくていいわ。私はあなたのお姉さんとちょっとした知り合いなの」

「リン姉ぇ……失礼、姉のリン・クロサワ中尉をご存知で?」

「ええ。士官学校で同期だったのよ」

「それは……さぞかしご迷惑を……」

 

 思いもがけず、姉の知り合いが同じ部隊にいた事に、エミリオはますます緊張の度合いを高めていた。

 恐縮するエミリオに、コンチータ大尉は瀟洒な笑い声を上げた。

 

「ふふっ。まぁ苦労はしたけど楽しい思い出だったわ。それにしても、珍しい名字だから気になって調べたら、まさかあの子の弟が同じ部隊に配属されているとは思わなかったわ」

「自分も姉の知り合いがいるとは思いませんでした」

「リンは元気? もう何年も会ってないから気になって。あの子はスペシャル・フォースに所属しているのよね?」

「はい。たしか第13独立部隊に配属しているはずです。ただ、自分も士官学校に入学してから一回も会っていませんので詳しくは……それに、会えば色々言われますし……」

 

 伏し目がちにやや顔を曇らせるエミリオを見て、コンチータ大尉は同情しつつ、姉弟の会話が容易に想像できて再びくすりと笑いを上げた。

 

 しばらく恐縮するエミリオを弄っていたが、やがてコンチータ大尉はその美麗な顔を引き締め、真剣な眼差しでエミリオに言葉をかけた。

 

「エミリオ少尉。今回の作戦は何かおかしいわ。大隊長や艦長までがあんな事言うなんて今までなかった」

「はぁ。確かに、ドロップシップからの支援が受けられないのは厳しいですが……」

「支援有り無しなんて関係ないわ。あなたはまだこの大隊に来て日が浅いけど、大隊長が事前に撤退を許可するなんて今まで一度も無かった」

「それは……」

 

 コンチータ大尉の言葉にエミリオは困惑した表情を浮かべる。

 コンチータ大尉はエミリオに話しかけつつ、ブリーフィングルームの隅にてアンダーソン大尉とホープ大尉が何事かをヒソヒソと話をしているのを見て、眉をひそめながら言葉を続けた。

 

「エミリオ少尉。決して英雄になんてなろうとしないで。それと、部下を、仲間を見捨てない事。それからホープ大尉には気をつけなさい。いざとなったら私の中隊に合流しても良いわ」

「は、はぁ……」

 

 コンチータ大尉はそこまで言い終えると、エミリオの肩をポンと叩き、降着デッキへと向かう。

 残されたエミリオは暫し佇んでいたが、コンチータ大尉の言葉をしっかりと胸に刻み、自身も降着デッキへと向かって行った。

 

 

 

──────────────

 

 USSアスタミューゼ降着デッキ

 

「ようし! 整列しろ!」

 

 アーメイ軍曹の裂帛の気合の元、チャーリー中隊第3小隊の面々が居並ぶ。

 全ての準備を整え、完全武装で臨む兵士達の表情は男女関係なく精悍な面構えを見せていた。

 

「いいか! ここまで来たのは敵を根こそぎぶち殺す為だ! 貴様らは何だ!」

「「「海兵隊だ!」」」

「そうだ! 貴様らに敵などいない! さぁいくぞ出撃だ!」

「「「Yes sir!」」」

 

 アーメイ軍曹の気合と共にAPCのドアが開かれた。

 屈強な海兵隊員達が続々とAPCに乗り込み、席につく。

 同じような光景が降下デッキの各所で見受けられ、デッキは異様な熱気に包まれていた。

 エミリオもまた兵士達に続きAPCに乗り込み、指揮官席に着席した。

 

「いいぞ。ロス一等兵、APCを発進させてくれ」

「了解致しました」

 

 エミリオの指示を受け、リッコ・ロス一等兵がAPCを操縦しドロップシップのカーゴ内へと進入させる。

 APCがカーゴに収まると、ドロップシップのエンジンが唸りを上げて点火した。

 

「ヴィラノ伍長。APCの格納が完了した。降下準備に入れ」

『了解しました。降下準備に入ります』

 

 操縦士のユリア・ヴィラノ伍長がドロップシップを操縦し、アスタミューゼのデッキ射出口へ機体を固定する。

 ガクン、と機体が揺れ、降下の準備が整った。

 

『APCの準備確認願います』

「パクストン、全員のロックを確認しろ」

 

 パクストン上等兵がアーメイ軍曹の指示を受け、小隊全員の座席ロックを確認する。

 ロックを確認する度に、興奮気味に兵士達を鼓舞していた。

 

「いよいよ戦争だぜ皆! いつでもかかってきやがれってんだ!」

「いいぞ! パクストン!」

「その意気だぜ!」

 

 APC内は兵士達の熱気に包まれ、その士気はまさに最高潮へと達していた。

 パクストンは全員の座席ロックを確認し終えると素早く自身の席につき、意気揚々とロックを下げた。

 

「よおチャベス、この前よぉ、彼女のアソコに鼻突っ込んでこう言ったんだ。『オオッ、ホントにでけえな! オオッ、ホントにでけえな!』って。なんで二度も言うのよって聞くから、『言ってねえよ』って」

「……」

「へヘっわかるか? 二度目は()()()だ」

「……フフ、フハハハハハハハハッッ」

 

 パクストンは隣に座るチャベス上等兵へ、そう小粋な下ネタを飛ばす。

 耐えきれぬ、といった風に、チャベスは豪快な笑い声を上げていた。

 

「ほんと最低な男共ね。そう思わないスコット?」

「そうね……チャベスったら、黙っていればクールなのに……」

 

 その様子を呆れたように見やる小隊の女性陣。

 カリロ上等兵は隣に座るスコット一等兵に同意を求めるように言い、スコットは下らない下ネタに弱いチャベスの姿を、なんとも残念そうに見つめていた。

 

「野郎ども! 地獄行きのフリーフォールだぜぇ! いざしゅっぱぁつ!」

「パクストン! いい加減その喧しい口を閉じろ! 舌を噛むぞ!」

 

 エアロックが開かれ、ドロップシップが降下姿勢に入る。

 眼下にある惑星BG-386は不気味な程灰色な雲に覆われていた。

 

『降下秒読み開始します……3、2、1、降下』

「イヤッホオオオオオオウ!!!」

 

 パクストンの叫びと共に、ドロップシップが勢い良くアスタミューゼから射出される。

 複数あるアスタミューゼの射出口から、第501大隊のドロップシップが続々とBG-386へ向け降下を開始していた。

 

 

 

「大気圏突入……進路異常なし。カートライト、レーダーをDCSに切り替えて」

「了解」

 

 操縦席でヴィラノ伍長が副操縦士のカートライト上等兵に指示を出す。

 二人の操縦士が操るドロップシップは順調に惑星施設へ向けて飛行していた。

 

「乱気流に突入。少し揺れるわね」

「目標周辺の天候は大荒れです。これは着陸も苦労しそうだ」

「カートライト。この程度の天候で根を上げたらドロップシップの操縦士は務まらないわよ? 順調に飛行中!」

 

 激しく揺れるドロップシップを余裕の表情で操舵するヴィラノ伍長を見て、カートライト上等兵はにやりと口角を上げる。

 海兵隊では女性操縦士は得てして軽く見られがちであったが、ヴィラノ伍長に限ってはその心配はなさそうだと、カートライトは改めてその腕前に感心をしていた。

 

「それに、お客さんも乗っている事だしね」

 

 ヴィラノ伍長は副操縦席の後ろに座るヒューマノイドのウォルターをちらりと見やる。

 目があったウォルターはヴィラノ伍長に向け無機質な笑顔を浮かべていた。

 

「よぉ……なんだか今回は嫌な予感がするぜ」

「またかよマシューズ。お前降下する度に同じ事言ってんじゃねえよ」

「わかったよ、俺が生き残ったらお前の立派な墓を立ててやるよ」

「へっ、抜かしてろ」

 

 APC内では第3小隊の兵士達が互いに軽口を叩きあっていた。

 降下に慣れたその様子に、エミリオもまた兵士達に感心しつつ頼もしい兵士達の表情を見つめていた。

 ライバック伍長にいたっては揺れる機内など全く気にならないのか、座席に深く腰をかけ口を半開きにして眠りこけていた。

 

『目標まであと5分』

「よし準備しろ! 着陸5分前だ! 急げ! あと誰かライバックを起こせ!!」

 

 アーメイ軍曹の号令の元、兵士達は座席のロックを上げそれぞれの銃器を構える。

 ピンと張り詰めた空気の中、エミリオも自身のM-41A2パルスライフルを構え着陸に備えた。

 

『少尉。中隊長から通信が入っています』

「了解した。繋いでくれ」

 

 エミリオが機器を操作すると、APC内にホープ大尉の声が響く。

 ホープ大尉の声を聞いた瞬間、兵士達は露骨に表情を顰めていた。

 

『少尉。事前に通達した通り第3小隊は居住区管制エリアへ降下しろ。第2小隊は居住区中心部、我々第1小隊は中隊のドロップシップ降着場を確保すべく居住区外周へ降下する。事前の偵察では敵影は見受けられないので対空射撃の心配はしなくていいぞ』

「了解しました。管制エリアを確保します」

 

 エミリオは通信機器を操作し終えると、座席の背もたれに凭れ掛かり溜息を一つ吐く。

 どうにも、食堂での一件以来露骨に嫌われてしまったようだと思い、兵士達をそれに付き合わせてしまっている事に罪悪感を感じていた。また、それにより兵士達の士気が低下している事を心配していた。

 

「また中助がへたれてやがるぜ」

「絶対に安全にならないと前線に出やがらねえからな。ちったぁ前に出て指揮してみろってんだ」

「ほんと、嫌な野郎だよ」

 

 しかしエミリオの心配を他所に兵士達は口々にホープ大尉に毒づくも、その瞳の闘志が萎える事はなかった。

 

『目標上空です。着陸前に目標上空を旋回します』

「了解した」

 

 ドロップシップが居住区管制エリアの上空を旋回する。

 エミリオとアーメイ軍曹はモニタで管制エリアの様子を伺っていた。

 

「防風シャッターが降りているな」

「電気も生きているようです。人の気配が無いですな……」

 

 居住区管制エリアの外灯が煌々と辺りを照らしている。

 建物に目立った損傷は無く、遺棄されたフォークリフト等の建設機器が散見されていたが、その周囲は無人でありエミリオはまるで打ち捨てられたゴーストタウンのようだと感じていた。

 

「よし。着陸して突入だ。待ち伏せの可能性もあるから十分注意して進もう」

「了解しました。よし! 貴様ら! 戦闘準備!」

 

 アーメイ軍曹の号令の元、兵士達は次々に座席から立ち上がり、武器を構える。

 エミリオはヘルメットに備え付けられたインカムを操作し、ヴィラノ伍長に指示を出した。

 

「ヴィラノ伍長。着陸後は速やかに離陸し、第1小隊が確保する降着場で待機してくれ」

『了解。いつでも迎えにいけるよう待機していますね』

『クロサワ少尉』

 

 ヴィラノ伍長の声に続き、ウォルターの声が聞こえる。

 エミリオはやや訝しげにウォルターに応えた。

 

「ウォルターか。どうしたんだ?」

『いえ……どうか、お気をつけて(・・・・・・)

「……了解した」

 

 不気味な程抑揚のないウォルターの声に、エミリオは少しだけ違和感を感じるも、やがてズシンッと機体が揺れた事で直ぐに意識を任務へと向けていた。

 

「よし。APCを発進させろ」

 

 ドロップシップのカーゴが開き、APCのエンジンが唸りを上げ、勢い良く発進する。

 居住区管制エリアのゲート付近に停車すると、アーメイ軍曹がAPCのドアを開け兵士達に激を飛ばした。

 

「ほら行け! モタモタするな! 素早く綺麗に散開しろ! クルス、コナー! 先行しろ!」

 

 APCから兵士達が勢い良く飛び出す。

 腰部に可動式アームで接続されたM56スマートガンを抱えながらクルス一等兵とコナー上等兵が先陣を切る。

 車外は風雨に曝されていたが、第3小隊の兵士達はそれを物ともせず、良く訓練された動きでゲート付近へと展開していた。

 

「ロス! いつでも発進できるようエンジンは切るなよ! 機銃もいつでも撃てるようにしておけ!」

「了解です!」

 

アーメイ軍曹はそこまで兵士達に指示を終えると、ちらりとエミリオを見やる。

 エミリオはパルスライフルを握りしめ、少しだけ緊張した面持ちを浮かべていた。

 

「少尉殿、我々も続きましょう」

「了解した。軍曹、僕は実戦経験が少ない。現場の指揮を頼むよ」

「はい。少尉殿。大船に乗ったつもりでいてください」

 

 ニヤリと笑みを浮かべたアーメイ軍曹と共に、エミリオもAPCを降車し、ゲート付近へと駆ける。

 雨が強く降っており、昼間であるにも関わらず辺りは薄暗く、視界は非常に悪い状態であった。

 

「軍曹、あれを見てください」

 

 ライバック伍長がアーメイ軍曹に駆け寄り、管制エリアのゲートを指差す。

 アーメイ軍曹はヘルメットのバイザーを下ろし、ライバック伍長が指し示す場所をバイザー越しに見つめた。

 

「セントリーガンか」

「まだ動いてます。周囲に人はいません。グレネードで破壊しますか?」

「いや、裏から回って端末を操作し、無力化しろ」

「了解。パクストン、ついてこい」

「了解!」

 

 ゲートの正面にはUA571-Cオートメイテッド・セントリーガンが8基設置されており、銃身を左右に揺らしながらゲート正面に鎮座していた。

 アーメイ軍曹の指示を受けたライバック伍長とパクストン上等兵が遮蔽物に身を隠しながら素早くセントリーガンの後方へと回る。エミリオ達はセントリーガンの射線に入らぬよう身を隠しながら、二人を援護できるよう周囲を警戒していた。

 やがてライバック伍長とパクストン上等兵がセントリーガンの端末へと取り付く。

 パクストン上等兵がセントリーガンの端末を操作し、手慣れた手つきで射撃モードを解除した。

 

『軍曹。セントリーガンを無力化しました』

「よし。全員前進! 管制塔の入り口を確保しろ!」

 

 ライバック伍長の無線が入ると、アーメイ軍曹は小隊の前進を命じた。

 素早くセントリーガンが配置されている場所へと取り付いた小隊は、そのままゲートを潜り居住区管制エリアへと進入する。

 エミリオとアーメイ軍曹も続こうとしたが、未だセントリーガンの端末の前に佇むライバック伍長に呼び止められた。

 

「少尉、軍曹……どうも妙な事になってます」

「どうしたライバック?」

 

 ライバック伍長が不可解な表情を浮かべながらエミリオとアーメイ軍曹に声をかける。

 見ると、端末を操作するパクストン上等兵も怪訝な表情を浮かべていた。

 

「見てください。残弾表示がゼロです。このセントリーガンは既に全弾撃ち尽くしています」

「なんだと?」

「休み無く撃ちまくってますねぇ。8基全部、あっという間に弾切れ起こしてますぜ軍曹」

 

 パクストン上等兵の言葉を受け、エミリオとアーメイ軍曹はセントリーガンの射線の先に視線を向ける。

 雨で視界が悪かったが、よく見ると激しい射撃に晒された銃痕の跡が残るゲート付近の様子が見て取れた。

 

「セントリーガンが稼働していたのは2週間前ですねぇ。丁度、俺たちが出航したタイミングだ」

「よほど激しい攻撃があったみたいですね……重装甲車で突っ込んだのでしょうか?」

「いや、ここまで車両が進入できるスペースはなかった。装甲パワーローダーの侵攻を受けたのかもしれん」

「軍曹、このセントリーガンは強化徹甲弾を使用してますぜ。装甲ローダーなんて一瞬で蜂の巣にされますよ」

「それに、このセントリーガンは無傷です。撃ち返された様子が全くない……」

 

 端末の履歴を見ながらライバック伍長とパクストン上等兵がアーメイ軍曹の分析に異を唱える。

 激しい銃撃に晒されたのにも関わらず、破壊されたローダーの痕跡や、セントリーガンに損傷が全く見られない不可解な状況に、それまで黙っていたエミリオがぽつりと呟いた。

 

大群(・・)に襲われたのかもしれないな……」

 

 エミリオの言葉を受け、アーメイ軍曹達は怪訝な表情を浮かべる。

 暫し不可解な状況に考えを巡らせていたが、やがて先行していたチャベス上等兵から無線が入った。

 

『少尉、軍曹。管制塔の入り口を確保しました。周囲に敵影はありません』

「了解した。直ぐにそちらに向かう。ライバック、パクストン、お前らも行け」

 

 アーメイ軍曹の言葉を受け、ライバック伍長とパクストン上等兵が管制塔へと駆ける。

 エミリオも続くべく駆け出そうとしたが、セントリーガンに付着する緑色(・・)の液体に気がついた。

 

「……」

 

 激しい雨に流される事なく、僅かに残る緑色の液体はぼんやりと発光しており、まるでホタルが放つ淡い光を連想させた。

 エミリオは指先でその液体を掬い、まじまじと見つめる。

 

 記憶に残る、あの異形の狩人が同じような液体を身体から流していた事を思い出したエミリオは、じっとその液体を見つめ続けていた。

 

 

 

「少尉殿! 早く行きましょう!」

「あ、ああ……了解した」

 

 アーメイ軍曹に急かされたエミリオは、慌ててカーゴパンツに指先を擦りつけ、パルスライフルを構え直すと管制塔入り口へと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 



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Chapter4.『This time it's war.』

 

 

 ママはいつも怪物なんていないって言ってた。

 本物の怪物はいないって。

 

 でも、嘘よ。

 

 怪物は、本当にいたの──

 

 

 

 

 

 

 

 BG-386居住区管制塔制御室

 

「少尉。この区域には誰もいないようですな。原因は不明です」

 

 パルスライフルを抱えたアーメイ軍曹が、制御室のコンピューターのモニターを見つめるエミリオに声をかけた。

 セントリーガンが配置されていたゲートを潜り、管制塔に進入した第3小隊は建物内を隈なく捜索したが、人っ子一人いない建物内の様子に兵士達は首をかしげつつも、管制塔を完全に制圧下においていた。

 エミリオの隣でシンシア・スコット一等兵が端末を操作すると、下がっていた防風シャッターが低い音を立てながら上がっていく。シャッターが上がりきると、激しい雨がガラスを叩きつけていた。

 

「軍曹。ここで一体何があったのか、君の意見を聞かせてほしい」

 

 エミリオはモニターで管制エリアの図面を睨みながらアーメイ軍曹に声をかける。

 アーメイ軍曹はしばし考えを纏めるかのように自身の顎を撫でていたが、やがてその胸の内をエミリオへ明かした。

 

「ここに来るまでに通路にバリケードがいくつも組んでありました。階段もプレートで溶接されて通れなくしてあります。でも、結局は突破されたようですな……敵の正体は掴めませんが、よっぽどの激戦だったようです」

「探索中に死体は見つけたか?」

「いえ、治安部隊やここの住民、敵の死体すらありませんでした。ただ、ライバックが探索中に通路で妙な物を見つけています」

「妙な物?」

 

 アーメイ軍曹は懐から取り出したタブレット端末を操作し、ライバック伍長のヘルメットに内臓されていたカメラの映像をエミリオに見せる。

 通路の途中に直径2メートル程の大きな穴が空いており、穴の縁はまるで強い酸で溶かされた(・・・・・・・・・)かのようにドロドロになっていた。

 

「穴……? 爆薬でも使ったのだろうか?」

「わかりません。同じような穴は管制塔内でいくつも見つかりました」

 

 アーメイ軍曹はタブレットを懐に納めながらエミリオに視線を向ける。

 初陣と言っても差し支えないこの新品の少尉にとって、この不可解な状況はさぞかし辛い物であろうと同情の視線を向けていた。

 だがエミリオはそんなアーメイ軍曹の思いとは裏腹に、冷静にこの状況を分析していた。

 

「軍曹。どうやらBG-386はどの教本にも載っていないような事態が発生したようだ。敵の正体が掴めない以上、これ以上ここに留まるのは危険だ。一度、第1小隊が確保している降着場へ引こう」

 

 アーメイ軍曹は冷静に指示を出すエミリオに目を丸くしてその端正な顔立ちを見つめる。

 得てして経験の浅い将校は功にあせって蛮勇を振るいがちだが、エミリオに限ってはその心配はなさそうだと好意に満ちた視線を向けていた。

 

「了解です。早速移動を──」

「待て……。中隊長から通信が入った」

 

 小隊に号令をかけようとしたアーメイ軍曹を制し、エミリオはインカムを操作する。

 インカムからホープ大尉のやや苛立った声が聞こえてきた。

 

『クロサワ少尉。居住区中心部へ向かった第2小隊との連絡が途絶えた。直ぐに小隊を居住区中心部へ向かわせ、第2小隊の現状を確認しろ』

「大尉殿。ここは何かおかしいです。一度降着場まで──」

『通信は以上だ』

 

 エミリオが言い切らぬ内に、ホープ大尉は一方的に通信を切る。

 深く溜息をついたエミリオは諦めの色を浮かべながらアーメイ軍曹にホープ大尉の命令を伝えた。

 アーメイ軍曹は第2小隊が通信途絶した状況を聞き、疑問の表情を浮かべていた。

 

「妙ですね。キャロン少尉は兵隊からの叩き上げで実戦経験は豊富です。待ち伏せに引っかかって全滅するような下手を打つはずがないのですが……」

「とにかく、ホープ大尉の命令だ。通信を妨害されているだけかもしれないし、どちらにせよ行ってみない事には確認しようがない」

「仕方ないですね……小隊集合!」

 

 アーメイ軍曹が号令をかけ、第3小隊の海兵隊員が集まる。

 居並んだ兵士達にアーメイ軍曹は手早く指示を飛ばした。

 

「第2小隊との連絡が途絶えた。我々はこれから第2小隊の状況を確認する為に居住区中心部へと向かう。チャベス、スコット。お前らはこの制御室で待機。残りはAPCに搭乗しろ」

 

 指示を受けた海兵隊員達は駆け足でAPCの元へ向かう。

 アーメイ軍曹は無線でAPCに搭乗するロス一等兵を呼び出した。

 

「ロス。これからAPCで居住区中心部へ向かう。ルートを確認しておけ」

『了解でっす!』

 

 ロス一等兵の元気一杯の声を聞いたアーメイ軍曹は、未だモニターの前に座るエミリオへ声をかけた。

 

「少尉殿も制御室に残って……」

「軍曹。僕も行くよ」

 

 パルスライフルを肩にかけ、立ち上がったエミリオにアーメイ軍曹は一瞬戸惑うも、直ぐに笑みを浮かべながら若い少尉の背中を叩いた。

 

「それでこそ少尉殿です! 率先垂範は海兵隊の伝統ですからな!」

 

 背中を叩かれたエミリオはその優しい口元に笑みを浮かべ、アーメイ軍曹と共にAPCへと向かった。

 

 

 

 

──────────────

 

 BG-386居住区外周ドロップシップ降着場

 

「くそ、第2小隊との連絡はまだ取れんのか?」

 

 居住区外周部にて、激しい雨に曝されながらチャーリー中隊所属の3機のドロップシップが駐機している。

 その傍らに設営された天幕で、苛立たしげにホープ大尉が声を荒らげていた。

 降下してから数時間が経過していたが、居住区中心部に向かった第2小隊との連絡が途絶え、更に全く姿を現さない敵にホープ大尉は爪を噛み締めながら苛ついた様子を隠そうともしなかった。

 

「だめです。居住区中心部の菜園プラントに向かった報告以降連絡はありません。こちらからの呼びかけにも全く応答しません」

 

 設置された通信機の前で第1小隊の兵士がホープ大尉に諦め顔で報告する。

 天幕の隅に立つヒラー中尉がそれを聞き、ホープ大尉に意見を述べるべくその濡れた唇を動かした。

 

「大尉。状況が掴めない以上、一度第3小隊を呼び戻して体勢を整えた方が……」

「お前は黙ってろ」

 

 ヒラー中尉の言葉に陰険で粘着質な声を上げるホープ大尉。

 粘ついた視線をヒラー中尉に向け、苛立ちを強めながら言葉を発した。

 

「ヒラー中尉。お前は以前もそうやっていらぬ進言をして部隊を混乱に陥れたな。あげく私に無断で撤退命令を出し、部隊に壊滅的な損害をもたらした」

「あれは大尉が無茶な前進を命じたから──」

「口ごたえするなッ!」

「ッ!」

 

 ヒラー中尉の美しい顔に、ホープ大尉の平手打ちが飛ぶ。

 ピシャリと、肉を打つ音が天幕の中に響き渡った。

 ヒラー中尉は頬を押さえながら、射抜くような視線をホープ大尉へと向ける。

 ホープ大尉はその視線を受け、眉をひそめながらヒラー中尉の美しい顔へと睨み返していた。

 

「ふん。なんだその顔は? 本来なら指揮系統を混乱させた張本人として軍法会議で裁かれるはずだったのだぞ。それを、私の尽力で救ってやった恩をもう忘れたのか?」

「……」

 

 ホープ大尉の憎々しげな言葉を受け、ヒラー中尉は俯きながら唇を噛み締め、ホープ大尉の暴虐に耐えていた。

 ヒラー中尉には地球に残している育ち盛りの妹がいた。

 両親が事故で既に亡く、頼る親戚もいないヒラー中尉にとって妹の学費や生活費を稼ぐ為には軍隊に残り続ける必要があった。

 たとえ、自分がどんな辱めを受けようとも、妹には真っ当な暮らしをさせてあげたい。その一心で、ヒラー中尉はホープ大尉の理不尽な暴虐に耐え続けていた。

 

「作戦が終わったらたっぷりと可愛がってやる。ようくアソコを洗っておけよ」

「……了解しました」

 

 ヒラー中尉が俯きながら弱々しく言葉を発する。

 一連のやり取りを通信機を操作しながら聞いていた第1小隊の兵士はこの美しい中尉に同情するも、決してホープ大尉の暴虐を咎めるような事はしない。

 ホープ大尉に逆らった者の末路がどうなるのか、この兵士はよく知っていたからだ。

 

「ホープ大尉」

 

 天幕内にヒューマノイドのウィルターが入り、ホープ大尉にその無機質な声をかける。

 ホープ大尉はちらりとウォルターを見ると苛立たしげに言葉を返した。

 

「なんだウォルター。貴様も私に口ごたえするのか? アンドロイドの分際で!」

「いえ。外にいる皆様に温かいココアを差し入れしたくて。許可を貰いたいのです」

 

 見ると、ウォルターの後ろにはチャーリー中隊に同行している他のヒューマノイドが同様に無機質な笑顔を浮かべて佇んでいた。

 手にはステンレス製のマグボトルを抱えており、何人かは軽食が入っているであろうバッグを抱えている。

 ホープ大尉は無機質な表情を浮かべるヒューマノイド達に一瞬怯んだ表情を見せるも、直ぐに鼻を鳴らしておざなりな言葉をかけた。

 

「ふん。いちいちそんな事で許可を求めるな」

「ありがとうございます。ドロップシップの操縦士の皆様にも差し入れを届けますね」

「勝手にしろ」

 

 ウォルターはにこやかにホープ大尉に微笑みかけると、踵を返して天幕を後にする。

 ヒラー中尉はウォルターが天幕から出る際、不気味な程不自然な笑みを浮かべているのを見て得体の知れぬ悍ましさを感じ、その表情を強張らせた。

 

 そんなヒラー中尉の視線に気付いた様子も無く、この不気味なヒューマノイド達は第1小隊の兵士達を慰撫する為、降着場の各所へと散っていった。

 

 

 

 

──────────────

 

 BG-386居住区中心部菜園プラント

 

「第2小隊のシグナルはここで途絶えておりますな」

 

 管制エリアを発った第3小隊が搭乗するAPCが居住区菜園プラントの入り口へと停車する。

 既に管制エリアを出てから1時間程経過していたが、第2小隊への通信は未だに途絶したままであった。

 アーメイ軍曹はAPC内の指揮官席に備え付けられたモニターを厳つい表情で見つめながらエミリオに声をかける。

 APCの各モニターには第2小隊のシグナル反応や第3小隊兵士達のバイタルサイン、兵士達のヘルメットに内蔵されたカメラ映像が映し出されていた。

 

「よし、早速向かうとしよう」

「少尉殿。少尉殿はここで小隊のモニターをしててください」

 

 パルスライフルを掴み、座席から立ち上がろうとしたエミリオをアーメイ軍曹がやんわりと制する。

 エミリオは不満げな表情を浮かべながらアーメイ軍曹の厳つい顔へと視線を向けた。

 

「軍曹。ここで僕が残っていたら示しがつかない」

「少尉殿。指揮官は最期まで部隊を統率しなければなりません。少尉殿と自分に万が一があったら、誰が小隊を率いるのですか?」

 

 アーメイ軍曹が聞き分けのない子供を諭すかのように、エミリオへ丁寧な言葉をかける。

 好感が持てるこの新品少尉には、軍人としてしっかり育って欲しい。そんなアーメイ軍曹の“親心”が伺えた。

 

「少尉殿! 軍曹の言うこと聞いといた方が良いですぜ!」

「第2の連中は俺達に任せてください」

「指揮官はどっしりと構えているもんですよ。少尉」

「あたし達に任せておきなクロサワ少尉!」

 

 尚も逡巡するエミリオに、第3小隊の兵士達が快活に笑いながら言葉をかける。

 事実、小隊の帝王ともいえるアーメイ軍曹の言うことを聞かない士官は兵士達とって悪夢以外何物でもなく、また食堂での一件以来アーメイ軍曹と同じように第3小隊の兵士達はエミリオに対し好意的な感情を抱いていた。

 

「そういう事です。ロス、少尉殿は任せたぞ」

「了解でっす! 皆も気をつけて!」

 

 アーメイ軍曹がロス一等兵に声をかけ、パルスライフルを構えながらAPCの装甲ドアを開ける。

 続々とAPCのから降車する兵士達を見て、エミリオは一つ溜息を吐くと、半ば諦めたかのような笑みを浮かべてアーメイ軍曹へと言葉を返した。

 

「了解した軍曹。ここからしっかり指揮を取るよ」

「現場は任せてください。よし! V字隊形で前進! A分隊は右方向、B分隊は左だ! 接敵に備えろよ!」

 

 頼もしい笑顔を見せ、アーメイ軍曹もAPCから降車する。

 小隊は練度の高い動きで菜園プラントへと進入していった。

 

 

「ロス一等兵、僕はそんなに頼りないのかな?」

「皆少尉の事が好きなんですよ、きっと!」

 

 ロス一等兵がエミリオにニコニコと微笑みかけ、その可愛らしい声を響かせる。

 リッコ・ロス一等兵は荒くれ者が集う海兵隊では珍しく大人しい性格の女兵士であり、その子猫のような愛くるしい姿から小隊全員から可愛がられていた。パクストン上等兵が小隊のムードメーカーならロス一等兵は小隊のマスコットであった。

 ただし、感情が一定以上高ぶると手がつけられない程狂暴になるので、アーメイ軍曹の判断でAPCの運転手に任じられていた。迂闊に前線に向かわないよう配慮される程、その暴れっぷりは味方も巻き込みかねない程の暴力的な様相を呈していた。

 それゆえに、ロス一等兵を可愛がる者はいても、色目を使う者は誰一人としていなかった。

 

 エミリオはロス一等兵の愛らしい笑顔を見て、自身もまた優しい笑顔を浮かべながらモニターへと視線を向けた。

 

 

 

『少尉殿。菜園プラント1階の捜索が完了しましたが、人影はありません』

 

 しばらくエミリオが菜園プラントの図面が表示されたモニターに目を向けていると、アーメイ軍曹から無線が入る。

 菜園プラントの1階はトウモロコシの人口栽培所が広がっており、モニターには兵士達のシグナルが栽培所の隙間を縫うように進んでいた。

 

「軍曹。菜園プラントは地下に動力施設がある。もう少し先に地下へ行ける階段があるから、そこへ向かってくれ」

『了解しました。パクストン! コナーの後ろにつけ! モーショントラッカー(動体検知機)を起動しておけよ! ライバックは殿(しんがり)につけ!』

 

 エミリオが無線で指示を飛ばすと、小隊のシグナルがプラント地下へと進んでいく。

 小隊が地下へと続く階段を下りていくと、先頭を進むコナー上等兵のカメラ映像にノイズが入り始めた。

 

「軍曹、カメラの映りが悪いな」

『地下に入ったから電波が届き辛くなったのでしょう。パクストン、モーショントラッカーに反応はあるか?』

『反応なし。30メートル四方に動くもんはありませんよ』

 

 無線の先から、モーショントラッカーが発するブツ、ブツ、という探知音が聞こえる。

 エミリオは緊張した面持ちでモニターを見つめていたが、やがて小隊が動力施設の入り口へ到達すると、そこには変わり果てた(・・・・・・)施設の光景が映し出されていた。

 

「パクストン上等兵……一体なんだそれは?」

『なんでしょうねぇ、俺にもわかりませんよ』

 

 画面には、生理的な悍ましさを感じさせる異様な光景が広がっていた。施設の壁面には本来の姿からは遠くかけ離れた黒々とした樹脂のような壁が形成されており、壁面や天井からは粘性のある液体が滴り落ちている。

 壁面や天井には黒いシリコンのようなツヤが浮き出ていたが、所々血管のような管が縱橫に走っており、まるでモンスター映画に出てくる怪物達の巣窟のような雰囲気を醸し出していた。

 勇猛果敢な海兵隊の兵士達は突如現出したこの異様な光景に言葉を失い、息を飲んでその黒色の壁面を見つめていた。

 

「少尉……あたし、なんだか怖いです……」

 

 エミリオの傍らでモニターを見つめていたリッコ・ロス一等兵が、怯えた子猫のような不安げな表情を浮かべている。

 エミリオもまた表情を強張らせ、モニターを凝視し続けていた。

 

 

 

 

「撃つ時は必ず標的を確認しろ……味方への誤射に気をつけろよ。ゆっくり進め」

 

 動力施設へと前進を開始した第3小隊兵士達に、アーメイ軍曹が注意を促しながらパルスライフルを油断なく構え、慎重に動力施設内へ前進する。

 一歩進む毎に、まるで自分達がグロテスクで巨大な蟻の巣へと迷いこんだかのような錯覚に陥っていた。

 

「なんだか松ヤニみたいだわ」

「本当だ。どっから流れて来ているんだ……」

 

 殿を務めるライバック伍長に、壁面の一部をむしり取ったエレナ・カリロ上等兵が訝しげな表情を浮かべながら声をかける。

 樹脂のような壁面には湯気がもうもうと昇っており、空調が止まっているのか纏わりつくような嫌な暑さが海兵隊員達を包んでいた。

 ライバック伍長は周囲を鋭い目つきで見回した後、抱えていたパルスライフルを仕舞い背中に挿していたポンプアクション式のショットガンを取り出す。

 

「俺はこいつを使う。狭い場所での接近戦じゃ一番だ」

 

 ジャコンッと、使い込まれたショットガンのハンドグリップを前後させながら、ライバック伍長は得意げな顔でカリロ上等兵を見やる。

 カリロ上等兵は時代遅れも甚だしいライバック伍長のショットガンを見て、呆れたような表情を浮かべながら前進を続けた。

 

「やけに暑いな」

「まるで蒸し風呂だぜ!」

「黙ってろマシューズ、パクストン!」

 

 うだるような暑さに文句を垂れるマシューズ一等兵とパクストン上等兵に、アーメイ軍曹が一喝する。

 パクストン上等兵の口調はやや震えが混じっており、恐怖をごまかすようにモーショントラッカーのディスプレイに視線を向け続けていた。

 

 

「おい……なんだこりゃ……」

「こいつは……」

 

 動力施設内中心部へと到達した第3小隊の兵士達は、その動きを止め呆然と辺りを見回す。

 黒色の樹脂の壁面には、第2小隊の兵士達がまるで()にされているかのように樹脂で塗り固められており、ボディアーマーを突き破られたのか胸元には大きな穴が空いていた。

 苦しみ抜いて死んだのだろう。繋ぎ止められていた第2小隊の兵士達は一様に苦悶の表情を浮かべて絶命していた。

 

「少尉殿……第2小隊を発見しました……今のところ、生存者はいません」

『軍曹。ここからだとよく見えない。状況を説明してくれ』

「それが……」

 

 アーメイ軍曹がエミリオに見たままを説明するも、自身もこの状況がどこか現実味が無いように思えてならなかった。

 第2小隊の兵士達の死体の前にはテラテラと濡れた卵のようなものが置いてあり、上部には十字状の花弁のような開口部があった。鶏卵の殻のような硬質感はない。開口部は開ききっており内部には血管や神経のようなものが見られた。

 そして、その卵の傍らには人間の手にクモのような節足動物を掛け合わせたような生物の死骸が打ち捨てられており、ライバック伍長がショットガンの銃身でその死骸をつついていた。

 

「ひでえ事しやがる……腹ん中根こそぎぶっこ抜いてやがるぜ。拷問の後かな」

「おい、ちょっとおかしいぞ。肋骨が内側からめくれていやがる。まるで中から何かが出てきた(・・・・・・・・・・)みたいだ」

 

 第3小隊の兵士達は油断なく周囲を警戒する。

 パクストン上等兵が持つモーショントラッカーは、依然何も動体を検知する事はなかった。

 

「キャロン少尉だわ……」

 

 カリロ上等兵が縫い付けられている兵士……キャロン少尉の前に進み、俯いている顔を上げさせる。

 ボディアーマーが剥がされており、何も装備も身につけていないキャロン少尉の顔を見つめていると、突然、キャロン少尉はカッと目を開き、血走った目でカリロ上等兵を見やった。

 

「が……ぁ……!」

「ッ!? 軍曹! 生存者です! キャロン少尉です!」

 

 カリロ上等兵の声に、アーメイ軍曹が駆け寄る。

 何人かの兵士と共にキャロン少尉の拘束を剥がすべく樹脂に取り付いた。

 

「キャロン少尉! 今助けます!」

「に……にげろ……にげろ……」

 

 必死になって樹脂を引き剥がそうとするアーメイ軍曹達に、キャロン少尉は蚊の鳴くような声を発する。

 樹脂を剥がすのに苦戦していると、キャロン少尉は顔を蒼白にし苦悶の声を上げながらブルブルと震え出した。

 

「ウッウウウウッ!」

「発作です! 鎮痛剤を!」

 

 突然苦しみだしたキャロン少尉に、カリロ上等兵は慌てて鎮痛剤を取り出す。

 しかし、直後にキャロン少尉のシャツの胸元が鮮血に染まり、何かが身体の中から突き破ろうと盛り上がっていった。

 

「ウグエアアアアッッ!!!」

「ッ!?」

「下がってろカリロ!」

 

 バキャッと、胸骨を突き破る音がすると、大量の血液と共にキャロン少尉の胸元からグロテスクな生物が飛び出した。

 

「kshaaaaaaaaaaaaaa!」

 

 血に塗れた生物が居並ぶ海兵隊員達に威嚇するかのように甲高い鳴き声を発する。

 生物はヘビのような形をしていたが、よく見ると短い手が生えており、頭部には鼻や耳、目などは存在しない。

 頭部は前後に細長い形状をしており、まるで男性器と骸骨を合わせたかのような悍ましい姿に、海兵隊員達はその顔に恐怖を張り付かせ息を飲んだ。

 

「おい何だありゃ!?」

「ば、バケモンだ!」

「マシューズ! カリロ! 火炎放射器だ! 焼き殺せ!」

 

 アーメイ軍曹の指示を受け、マシューズ一等兵とカリロ上等兵がM240A1火炎放射器を抱え引き金を引く。

 ゴオオッと、激しい炎が発射され、キャロン少尉ごと怪物を焼き払った。

 

「kyuiiiiiiiiii!!!」

 

 孔雀と子象の鳴き声を混ぜたかのような甲高い悲鳴を上げ、小さな怪物は絶命する。

 第3小隊の全員がこの現実感の無い光景に、ただただ立ち竦んでいた。

 

 

 shaaaaaaaaaaaa……

 

 

 周囲から、不気味な鳴き声が響く。

 怪物の甲高い断末魔が合図となったかのように、シュー、シューと不気味な音を響かせ、何かが動き出す気配が辺りを包んでいた。

 

「ッ!?」

 

 直後、pi、pi、とパクストン上等兵が持つモーショントラッカーが反応音を響かせる。

 慌ててディスプレイを確認したパクストン上等兵は、その表情を更に恐怖で歪めていた。

 

「は、反応です!」

「どっちの方向だ?」

「と、特定できません……!」

 

 パクストン上等兵のあやふやな返事に、アーメイ軍曹は苛立った声を上げる。

 

「はっきりしろパクストン!」

「ふ、複数の反応です! 特定できません! こっちへ向かってきます!」

 

 モーショントラッカーの反応音が間断なく響く。

 ディスプレイに表示される大量の動体に、パクストン上等兵は増々恐怖を浮かべながらパルスライフルを握りしめていた。

 

「赤外線バイザーをつけろ。油断するな!」

 

 アーメイ軍曹の言葉を受け、第3小隊の兵士達は一斉にヘルメットのバイザーを下ろす。

 油断なく銃を構え、周囲を警戒するも動く物を見つける事はできなかった。

 

「こっちに向かってきます! 前からも、後ろからも!」

「どこにいやがる! 何も見えやしねえ!」

「パクストン! 探知機の故障じゃないのか!?」

「嘘じゃねえ! 何かいるんだ! ものすごい数だ!」

 

 ディスプレイには夥しい数の光点(フリップ)が点滅している。

 探知音がけたたましく鳴り響き、それに合わせて第3小隊の兵士達の焦燥感も高まっていった。

 

「フリップが動かなくなった……! 完全に囲まれてるぞ! どうなってるんだよ!」

「赤外線じゃ見えないのかしら……」

 

 カリロ上等兵が火炎放射器を抱えながら後ずさり、壁面へと背を向ける。

 赤外線バイザー越しにはただの黒い樹脂の壁面しか見えず、カリロ上等兵はごくりと生唾を飲み込んでいた。

 

 shaaaaaaaaaaaa!

 

「ッ!? イヤアアアアアアッ!!!」

 

 突然、背後の壁面から2メートルを超える大きな黒い怪物が襲いかかる。

 瞬く間にカリロ上等兵を捕獲した怪物は、そのまま天井へと引き上げた。

 暴れるカリロ上等兵は火炎放射器のトリガーを引き、半狂乱になって辺りに炎を撒き散らした。

 

「ギャアアアアアッ!!」

「マシューズ!」

 

 カリロ上等兵の火炎放射をまともに受け、マシューズ一等兵が炎に包まれる。

 火だるまになりながらのたうち回るマシューズ一等兵を、兵士達は狼狽して見ているしかなかった。

 

「ッ!? 逃げろ! グレネードが誘爆するぞ!」

 

 ライバック伍長がマシューズ一等兵が装備するM40HEDPグレネードに火が移るのを目にし、慌てて声を張り上げる。

 数秒後、猛烈な爆裂音と共に周囲の兵士達を巻き込みながら爆炎が舞い上がった。

 

「うわあああああああ!!」

「くそ! 何が起こった!? 状況を報告しろ!」

「カリロとマシューズがやられました!」

「こっちも4人やられた!」

 

 一瞬にして阿鼻叫喚の地獄絵図が展開される。

 カッシュ一等兵は壁面で蠢く怪物を、恐怖に満ちた表情で見つめていた。

 

「shaaaaaaaaaa……!」

 

 壁面から、先ほどキャロン少尉の胸を突き破った怪物を大きくし、黒いシリコン樹脂のような外殻を纏った異形の化物が現れる。

 男性器を連想させる細長い頭部を揺らし、銀色の牙を剥き出しにしながら粘液めいた涎を垂らし、カッシュ一等兵を威嚇するかのように唸り声を上げていた。

 

「うおおおおああああ!!??」

 

 カッシュ一等兵が怪物に向けパルスライフルのトリガーを引く。

 ドガガガガッと閃光と共に銃口が火を吹き、怪物は体中から黄色い体液を噴き出しながら倒れた。

 

「ぶっ殺せえぇぇぇッッッ!!!」

「オオオオォォォォッッッ!!!」

 

 カッシュ一等兵の銃声が合図となり、コナー上等兵が吠え、クルス一等兵も咆哮を上げながらスマートガンのトリガーを引く。

 猛烈な発砲音と共に銃口から高速徹甲弾が連射され、射線にいた怪物達は木っ端微塵に粉砕された。

 

 動力施設は銃声と海兵隊の咆哮、怪物達の甲高い鳴き声で満たされた地獄の戦場と化していた。

 

『アーメイ軍曹! 一体なにが起こった!?』

「敵襲です! 現在応戦中! 6人やられました!」

 

 アーメイ軍曹もパルスライフルを撃ちながらエミリオの無線に応える。

 四方から現れる異形の怪物に、アーメイ軍曹は闘志を奮い立たせながらパルスライフルを乱射していた。

 

『軍曹! 今直ぐAPCまで撤退しろ!』

「なんです!? APCがどうかしましたか!?」

 

 銃声と怪物の鳴き声が響くせいか、エミリオの指示が良く聞こえないアーメイ軍曹はインカムを押さえながら言葉を返す。

 必死に声を張り上げるアーメイ軍曹の頭上で、静かに張り付いていた黒色の怪物が奇声を上げながらアーメイ軍曹に飛びかかった。

 

「ッ!? うがああああああッ!!」

『軍曹!? アーメイ軍曹!?』

 

 エミリオの必死な呼びかけも虚しく、アーメイ軍曹は怪物達の巣窟へと連れ去られていった。

 

「ライバック! こんなとこ早く出ようぜ!」

「軍曹がいないぞ!」

「もうやられちまったんだよッ! 早く行こうぜ!」

「クソッ! 皆行くぞ! 撤退だ!」

 

 半狂乱のパクストン上等兵がライバック伍長の元へ必死になって駆け寄る。

 残る海兵隊員を纏め、ライバック伍長は菜園プラントを脱出するべくショットガンを構え直した。

 

 

 

「しょ、少尉……!」

 

 半泣きでモニターを見つめるロス一等兵に、エミリオもまた表情を強張らせモニターを凝視していた。

 兵士達のバイタルサインが次々と“死亡”を表示するのを見て、エミリオはパルスライフルを掴みロス一等兵へと声をかける。

 

「ロス一等兵、運転席についてAPCをいつでも発進できるようにしろ」

「しょ、少尉!?」

「僕は皆を助けにいく」

 

 狼狽えるロス一等兵に指示を出したエミリオは、ヘルメットを装着しパルスライフルを抱えながら装甲ドアを開く。

 プラントの内部から僅かに漏れる銃声と、兵士達の叫び声を聞いたエミリオは唇を噛み締め、猛然とプラント内へと走り出した。

 

 

 

「死ねぇ!」

 

 クルス一等兵がスマートガンを向け、怪物へと銃火を浴びせる。

 ライバック伍長を先頭に、パクストン上等兵、カッシュ一等兵、コナー上等兵が階段を駆け上がり、プラント1階のトウモロコシ栽培場へと到達する。

 殿を務めるクルス一等兵も階段を登りきり、援護するべくスマートガンを構えるコナー上等兵へと声をかけた。

 

「サラ! 先に行けぇ!」

「でもっ!」

「いいから先に行け!」

 

 スマートガンを乱射し、トウモロコシを薙ぎ倒しながら蠢く怪物達に火線を浴びせるクルス一等兵。

 ドゴゴゴゴゴッと、激しい銃撃を浴びせ続けるクルス一等兵の死角から、怪物がのそりと鎌首をもたげ飛びかかろうとしていた。

 

「クルス!? 危ない!!」

 

 コナー上等兵がクルス一等兵を狙う怪物に向けスマートガンを発砲する。

 近距離からスマートガンの射撃を受けた怪物は、黄色の血しぶきを撒き散らしながら四肢をズタズタに飛び散らせた。

 が、その血しぶきをクルス一等兵はまともに浴びてしまい、肉が焼ける音と共にクルス一等兵は断末魔を上げ倒れ伏す。

 

「がああぁぁぁッッ!!」

「クルス! クルス!!」

 

 怪物の強酸性の血液がクルス一等兵の肉を溶かす。

 倒れ伏したクルス一等兵はしばらくのたうち回っていたが、やがてビクンッと身体を震わせた後、動かなくなった。

 

「コナー! 早く撤退しろ!」

 

 クルス一等兵に駆け寄ろうとしたコナー上等兵をライバック伍長が押さえる。

 コナー上等兵は必死になってライバック伍長をの制止を振りほどこうとしていた。

 

「嫌だ! クルスを助けに行くんだ!」

「諦めろ! あいつは死んだよ!」

 

 胸ぐらを掴み、声を張り上げるライバック伍長に、コナー上等兵は力なく項垂れるしかなかった。

 

「クルス……! チキショウ……!」

「行くぞ! 早く引き上げるんだ!」

 

 コナー上等兵を引っ張りながらライバック伍長はプラント入り口へと駆け出す。

 しかし、黒色の怪物がライバック伍長へと猛然と襲いかかった。

 

「ッ!?」

 

 牙をむき出しにし飛びかかる怪物に、ライバック伍長はショットガンの銃口を突き出す。

 口腔内にショットガンを突き刺された怪物は一瞬怯み、その動きを止めた。

 

「こいつを喰らえ!」

 

 ショットガンのトリガーを引き、撃ち出された散弾が怪物の頭部を破砕する。

 飛び散った怪物の強酸性の血液がライバック伍長の腕にかかり、肉を焦がす臭いと共にライバック伍長の苦悶の声が上がった。

 

「ぐうう!」

「ライバック!?」

 

 今度はコナー上等兵がライバック伍長へと駆け寄る。スマートガンを捨て、負傷した腕を抱え苦悶の表情を浮かべるライバック伍長を肩に担ぎ、必死になってプラントの入り口を目指した。

 

「shaaaaaaaaa!」

 

 怪物の声が響き、コナー上等兵が後ろを振り返る。

 粘性のある涎を垂らし、唇を震わせながらガチガチと歯を鳴らす怪物が、二人に襲いかからんと身をかがめていた。

 コナー上等兵はそれを見て、観念したかのようにぎゅっと目を瞑った。

 

「伏せろ!」

 

 突然響いた声に、ライバック伍長とコナー上等兵は身体を伏せる。

 パルスライフルの射撃音と共に、コナー上等兵達の後ろにいた怪物は悲鳴を上げて絶命した。

 

「クロサワ少尉!」

「コナー上等兵、ライバック伍長! 早くAPCまで撤退しろ!」

 

 パルスライフルを撃ちながらコナー上等兵達に指示を出すエミリオ。

 正確無比なその射撃は湧き出る怪物達を確実に仕留めていった。

 やがてプラント入り口へと到達した第3小隊の生き残りは、ロス一等兵が運転するAPCへと駆け出す。

 パクストン上等兵がAPCの装甲ドアを開け、コナー上等兵とライバック伍長をAPC内へと押し込んだ。

 

「カッシュ! お前も早く乗れ!」

「まだ少尉殿が残ってる! 見捨てる事は出来ねえよ!」

 

 パルスライフルを構えたカッシュ一等兵が、未だプラント内で足止めに徹しているエミリオの元へ駆け出す。

 エミリオはプラント入り口付近でパルスライフルの銃火を怪物達に浴びせ続けていた。

 

「少尉殿! 早く引きましょう!」

「カッシュ一等兵! 早くAPCに乗るんだ!」

「あんたを置いていけるわけないでしょうが!!」

 

 エミリオの横でパルスライフルを撃ちながらカッシュ一等兵が声を上げる。

 二人は互いに援護しつつ、APCのドアへとジリジリと向かっていった。

 

「ロス一等兵! 機銃を撃て!」

『了解!』

 

 APCに装備されている自動照準機能付きの20ミリ機関砲が猛然と火を噴く。

 プラント入り口から無数に湧いてくる怪物達を一掃し、エミリオとカッシュ一等兵はAPCのドアへと取り付いた。

 

「少尉殿、先に乗ってください!」

 

 カッシュ一等兵はエミリオをAPCへと押し込むと、自身もAPCへと入ろうとするべくドアの取っ手に手をかけた。

 

「ッ!?」

 

 しかしAPCへと入ろうとした瞬間、カッシュ一等兵の腕を掴む異形の手が現れる。

 黒色の怪物が、低い唸り声を上げてカッシュ一等兵を引きずり下ろした。

 

「ギャアアッ!!」

「カッシュ一等兵!」

 

 エミリオは必死に手を伸ばすも、瞬く間に怪物はカッシュ一等兵を連れ去っていった。

 無念に打ちひしがれるエミリオは、しばしカッシュ一等兵が連れ去られた方向を見つめるも、直ぐに頭を振ってAPCのドアを締めた。

 

「ロス一等兵! APCを発進させるんだ!」

「りょ、了解です!」

 

 APCが機銃を掃射しながら勢い良く発進する。

 運転席に座るロス一等兵は必死の形相でAPCを居住区中心部から脱出させるべく、操作レバーを握りしめていた。

 

「ッ!? キャアアアアアッ!!」

 

 突然、APCの防弾ガラスが音を立てて割れ、APCに張り付いた怪物の尻尾がロス一等兵へ襲いかかる。

 尻尾の先端は槍の穂先ように尖っており、鞭のように振り回しながらロス一等兵の顔を掠めた。

 つう、と、ロス一等兵の可憐な頬に一筋の血が滴る。

 APCの操作レバーを握りながら、ロス一等兵は徐々にその可憐な表情を鬼の形相へと変えていった。

 

「な、な、な……!」

 

 APC内でブチっと何かがキレる音が響く。

 エミリオ以外の第3小隊の生き残り達は、その音を聞いた瞬間今まで味わったのとはまた違った恐怖に苛まれた。

 

「なめんじゃないわよぉぉぉッッ!!」

 

 ロス一等兵の金切り声がAPCに響く。

 急ブレーキをかけ、怪物を振り落としたロス一等兵はアクセルを全開にし、猛然と怪物を轢き殺さんとAPCを怪物へ向け発車した。

 

「kyuiiiiiiii!?」

 

 怪物が甲高い悲鳴を上げAPCの強化タイヤに踏み潰される。

 ロス一等兵は前進と後退を何度か繰り返し、丹念に怪物をミンチにする作業を行っていた。

 

「死ねゴキブリ野郎! タマ切り取ってグズの遺伝子を根絶やしにしてやる!! 目玉えぐり取って頭蓋でファックしてやる!!!」

「ロスがこうなっちまったらもう止まらねえぞ……」

 

 パクストン上等兵の諦めが混じった呟きがAPC内に響く。

 やがて怪物をミンチにし終えた後、ロス一等兵はアクセルを全開にして居住区外周へとAPCを走らせる。

 猛スピードで居住区外周ゲートへと到達したAPCは、そのままゲートを破壊し居住区の外へと到達した。

 

「ロス! ここまで来れば安全だよ! トランスアクスルが壊れちまう! 無茶すると危ないよ!」

 

 コナー上等兵がロス一等兵の傍へと駆け寄り声を張り上げる。

 ロス一等兵は血走った目でフーッ! フーッ! と興奮した猛獣のような荒い息を上げていた。

 

「もうぶん殴って止めるしかねえよ! コナー! はやくロスを止めろ!」

「女の子殴れるわけないじゃないか!」

「女の子じゃねえよ! 猛獣だ!」

 

 パクストン上等兵とコナー上等兵が声を荒げる中、エミリオがそっとロス一等兵の隣へと向かい、優しく声をかけた。

 

「ロス一等兵」

 

 ロス一等兵の肩に手を置き、努めて優しい声色で言葉をかけるエミリオに、ロス一等兵の呼吸は徐々に落ち着いていった。

 

「落ち着いて。深呼吸をするんだ……そう、ゆっくりブレーキをかけて」

 

 徐々にAPCのスピードが落ち、やがて完全に停車したAPC車内で、エミリオ達は深く溜息をついた。

 

 

「あ……あの、少尉殿……」

「ロス一等兵、よくやった」

 

 ポンっとロス一等兵の頭をひと撫でし、エミリオは車内へと顔を向ける。

 パクストン上等兵が俯きながら座席にぐったりと座り込み、ライバック伍長も座席に深く腰をかけていた。コナー上等兵は救急箱を手にライバック伍長の傷の手当を始めていた。

 しばし沈黙が車内を包んだが、やがて顔を上げたパクストン伍長がAPCのモニターを見つめ、声を上げた。

 

「おい……見ろよ、軍曹とカッシュ、カリロはまだ生きてるぜ! 弱いけど脈も呼吸もある!」

 

 小隊のバイタルサインを表示するモニターに、アーメイ軍曹とカッシュ一等兵、カリロ上等兵の生存を示すサインが表示されている。

 それを見たコナー上等兵は立ち上がり、パルスライフルを片手に声を張り上げた。

 

「良かった! 助けに行こうよ!」

「冗談じゃねえ! またあそこに行けって言うのかよ!」

「仲間を見殺しに出来ないだろ!」

「じゃあお前だけで行けよ! 俺は絶対に行かねえぞ!」

 

 大声を上げるパクストン上等兵とコナー上等兵に、腕に巻かれた包帯を擦りながらライバック伍長がボソリと呟いた。

 

「もう遅い。軍曹達も“繭”にされちまってるよ……」

 

 ライバック伍長の言葉に、言い合いをしていた二人は唇を噛み締め俯く。

 アーメイ軍曹達もキャロン少尉と同じ運命を辿る事は容易に想像が出来た。

 エミリオは深く息を吐くと、APCの無線機を操作し管制塔に残るチャベス上等兵達を呼び出した。

 

「チャベス上等兵、聞こえるか?」

『こちら制御室、どうしました?』

「正体不明の敵……敵性生物の襲撃を受けた。軍曹以下9名が戦死、戦闘中行方不明になった。第3小隊は第1小隊が確保する降着場へと撤退する。チャベス上等兵達は即座に撤収し、管制エリアゲート前へと向かえ。APCで迎えに行く」

『りょ、了解しました。即座にここを撤収します』

 

 チャベス上等兵達との通信を終えたエミリオは深く深呼吸をし、降着場を確保する第1小隊を呼び出した。

 

「こちら第3小隊長エミリオ・クロサワ少尉。第1小隊、チャーリー中隊本部応答願います」

 

 しかし、無線は全くエミリオの呼びかけに応答することはなく、ザーザーとノイズ音を響かせるばかりであった。

 

「こちら第3小隊、本部応答願います!」

 

 何度か呼びかけを継続するも、まったく反応しない中隊本部に車内は陰鬱とした空気に包まれていた。

 

「少尉……第1小隊は……」

 

 ライバック伍長がエミリオへ声をかける。

 表情を強張らせるエミリオに、第3小隊の生き残り全員がその表情を見つめ続けていた。

 

「……とにかく、チャベス上等兵達を迎えに行こう。ヴィラノ伍長に直接連絡し、ドロップシップを管制エリアへ──」

 

 そこまでエミリオが言いかけると、突然車外から大きな爆発音が響く。

 ドオオオオンっと、火山が爆発したかのようなその音は、降着場の方向から聞こえていた。

 

 

 

 

 

 植民地海兵隊第501大隊と異形の怪物達との地獄の戦争は、まだ始まったばかりであった──

 

 

 

 

 

 

 



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Chapter5.『Predator』

 

 BG-386居住区外周部降着場

 

 エミリオ達第3小隊が菜園プラントに突入する少し前。

 相変わらず第2小隊との連絡が途絶した状況に、用意された椅子にふんぞり返るホープ大尉は忙しなく膝を揺らし、状況が変わるのを待ち続ける以外の行動を取ろうとしなかった。

 ホープ大尉の後ろに立つヒラー中尉はこの暴虐の大尉の苛立ちが頂点に達した時、作戦行動中にも拘らず自身を嬲ろうとするこの大尉の行動を予見し、沈鬱な表情で佇んでいた。

 だが、苛立ちがピークに達する前にヒラー中尉が待ち望んでいた“変化”が訪れた。

 

「中隊長。大隊長からの通信です。至急との事です」

 

 中隊の通信士がホープ大尉に声をかけ、ヘッドセットを手渡す。

 通信の向こうが放つ切迫感が移ったのか、通信士はやや荒っぽい手つきでホープ大尉へヘッドセットを手渡した。

 受け取ったホープ大尉は通信士を睨みつけるも、手早くヘッドセットを装着した。

 

「こちらホープ大尉──」

『ホープ大尉! 今直ぐ中隊を纏めて母艦へ撤退しろ!!』

 

 ホープ大尉が上役への社交辞令を放つ前に、レン少佐の怒鳴り声が聞こえてくる。

 レン少佐の冷静沈着、質実剛健を絵に書いたような普段の様子とは程遠いその焦燥感に駆られた声に、ホープ大尉は上ずった声を上げた。

 

「い、一体何が」

『罠だ! これは会社の──』

 

 レン少佐がそこまで言い終えると、通信はブツリと不自然に途切れる。

 突然の出来事にホープ大尉は困惑した様子でヘッドセットを外し、通信士を睨みつけた。

 

「通信が途切れたぞ! どうなってる!?」

「強力な通信妨害(ジャミング)です! かなりの広域で妨害電波が放射されています! 出力先はここじゃ探知できません!」

 

 通信士が慌ただしく通信機器を操作する。しかしいくら通信士が機器を操作してもそれ以上レン少佐との通信を復旧させる事はできなかった。

 

「大尉。第3小隊を呼び戻し、母艦へ撤退しましょう。第2小隊はもう……」

 

 ヒラー中尉が冷静にホープ大尉へ撤退を進言する。

 この場で大隊長からの命令を遂行する意志があるのは、ヒラー中尉だけだった。

 

「て、撤退はできん。作戦主任からも──」

「レン少佐からの命令なんですよ!」

 

 ホープ大尉の言葉を遮り、凛とした声を放つヒラー中尉。

 緊急事態において、先程とは打って変わってこの二人の関係は完全に逆転していた。

 

「う、うるさい! 中隊はこのまま居住区に残る! 通信が回復次第、再度大隊長から命令の確認をしてから撤退の判断をする!」

「大尉……」

 

 腕を組み、てこでも動かないと言わんばかりに椅子に座り込むホープ大尉に、ヒラー中尉は唇を噛み締めて俯く。

 アンダーソン大尉に何を言い含められたのかわからなかったが、レン少佐が言いかけた“会社”というキーワードから不穏な気配を感じ取ったヒラー中尉は、どうにかして中隊の戦力を保持したまま母艦へと撤退するべく考えを巡らせる。

 だが、この無能な指揮官の考えを変える事は並大抵の努力では成し遂げられないと感じ、増々陰鬱とした表情を浮かべていた。

 

 暫し天幕内で沈黙が漂う。雨は既に小降りとなっており、小雨が天幕の打つ音と、兵士が通信機を操作する音だけが天幕内に響いていた。

 だが、しばらくすると天幕外でくぐもった声が聞こえた。

 ホープ大尉とヒラー中尉は訝しげな表情を浮かべ声のする方向へと視線を向ける。

 

「なんだ……? おい、外を確認しろ」

「はっ!」

 

 通信機を操作していた兵士が立ち上がり、パルスライフルを手に天幕外へと向かう。

 兵士が天幕から出てしばらく時間が経過したが、中々帰ってこない兵士の様子にホープ大尉は再び苛立った声を上げた。

 

「くそ! どいつもこいつも! ヒラー中尉! 外の様子を確認してこい!」

「了解しました」

 

 ヒラー中尉が天幕外へと向かい、厚手の帆布に手をかける。

 天幕から半身を出し、油断の無い視線で外を見回すも、そこには確認に向かった兵士や歩哨に立っていた兵士の姿はどこにもなかった。

 

「誰かいないの?」

 

 ヒラー中尉の言葉に反応する者は周囲に誰一人として存在せず、背中に嫌な汗が流れるのを感じたヒラー中尉は腰に装着したホルスターから拳銃をそっと取り出した。

 心臓が、バクバクと音を立てる。

 雨は既に止みつつあったが、不気味な程静かな周囲の様子に、ヒラー中尉は緊張を高めていた。

 

「ギャッ!」

「ッ!? ホープ大尉!?」

 

 背後からホープ大尉の短い悲鳴が響く。

 拳銃を構えながら後ろを振り返るヒラー中尉。

 その目に飛び込んで来たのは目を疑うような恐ろしい光景であった。

 

「え……」

 

 血塗れのホープ大尉の頭を掴み上げ、銀色の歯を剥き出しに蛇のような鳴き声を上げる黒色の怪物。

 突如現れた異形の怪物の姿に、ヒラー中尉の思考は停止し、その肢体は硬直する。

 見れば、ホープ大尉の頭蓋は怪物の口の中にあるもうひとつの尖った口によって破砕され、その脳漿をぐちゃぐちゃと音を立てて咀嚼されていた。

 

「shaaaaaaaaa……!」

 

 ヒラー中尉は自身の背後から聞こえる異形の鳴き声が、目の前の光景と併せてひどく現実感がないように思えた。

 

 振り返る勇気も無く、体を震わせながらぎゅっと目を瞑る事しか出来なかったヒラー中尉の目蓋の裏には、地球に残す妹の姿が浮かび上がっていた。

 

 

 

 

「な、何が起こっているの!?」

 

 降着場の各所で起こった銃声と兵士達の悲鳴を、ヴィラノ伍長はドロップシップの操縦席で聞いていた。

 ヒューマノイド達から差し入れられたドーナツとココアを味わいながら操縦席に深く腰をかけていたヴィラノ伍長は、慌ててパイロットヘルメットを被りインカムでドロップシップの外で作業するカートライト上等兵を呼び出す。

 

「カートライト! 一体何が起こっているの!?」

『わ、わかりません! 敵襲みたいですが……』

 

 外にいるカートライトにも突然発生した事態に狼狽する事しか出来ず、低く呻いたヴィラノ伍長はドロップシップの点火スイッチを作動させた。

 

「カートライト! ドロップシップを発進させるわよ! 早く乗って!」

 

 手早く各種スイッチを起動させ、ドロップシップは低いエンジン音を響かせる。

 カートライト上等兵は作業を中断し、全速力でドロップシップのタラップへと駆け出した。

 

「っと、なんだこりゃ?」

 

 タラップを駆け上がりドロップシップ内へ入ったカートライト上等兵は、タラップの手すりに付着する粘液に気付く。

 手に付いた糸を引く粘液を、しばし訝しげに見つめていが、インカムからヴィラノ伍長の苛立った声が響いた。

 

『何してるの! さっさとタラップを閉めて!』

「わかりましたよ、今タラップを閉めます」

 

 粘液の付いた手でボタンを押すことをしばしためらっていたカートライト上等兵は、仕方なしに開閉ボタンを押す。

 低い作動音を響かせながらタラップが上がり、ドロップシップの発進準備は完了した。

 

「メインエンジン点火……各種計器作動チェック完了……もう、カートライトは何をしてるの?」

 

 操縦席で手早くドロップシップの起動準備を終えたヴィラノ伍長は中々操縦席へやって来ないカートライト上等兵に苛立ちながら操縦桿を握る。

 なにをモタついているんだと、苛立ちながら再度インカムでカートライト上等兵を呼び出そうとすると、丁度操縦席のドアが開く音がした。

 

「遅いわよ! 何やって──」

 

 後ろを振り返ったヴィラノ伍長の前に、低い唸り声を上げる黒色の怪物の姿があった。

 唇を震わせ、歯を剥き出しにし、粘性のある涎を垂らした怪物の姿を見て、ヴィラノ伍長は一瞬にして恐慌状態に陥った。

 

「ヒ、ヒィッ!」

 

 パニックになったヴィラノ伍長はホルスターの拳銃を抜こうと身を捩るも、怪物は素早い動きでその口腔内の牙(インナーマウス)をヴィラノ伍長の頭部へと射出した。

 

 操縦席の防弾ガラスに、ヴィラノ伍長の脳漿が混じった鮮血が飛び散っていた。

 

 

 

 

「やはりゼノモーフ達は明確な敵意を向けなければ、ヒューマノイドに興味を示さないようです」

 

 降着場を見下ろせる小高い丘の上でヒューマノイドのウォルターがインカムを装着し、何者かと通信をしている。

 雨は既に上がっていたが、空は既に闇に閉ざされつつあり、僅かに見える星空の明かりが降着場を照らしていた。

 その降着場で、怪物達が第1小隊の兵士達を次々と襲う光景を、ウォルターは無機質な瞳で見下ろしていた。

 

「ええ……居住区のゼノモーフはチャーリー中隊との戦闘で多少は数を減らすでしょうが、概ね予定通りの生息数を保つかと」

 

 通信相手と事務的な調子で会話を続けるウォルターは、眼下に広がる凄惨な光景を見てもその無機質な表情を崩すことは無かった。

 

「ドロップシップの爆破工作も完了しています。ゼノモーフが(クレーシュ)に引き上げたら爆破を行います……はい。アスタミューゼの方も、アンダーソン大尉が失敗した時に備えた工作も滞りなく」

 

 ちらりと後ろを振り返ったウォルターは、同じチャーリー中隊に付いていたヒューマノイド達が隠してあった車両に乗り込む様子を見て、再び眼下の惨劇に目を向ける。

 第1小隊の海兵隊が泣き喚きながら、ゼノモーフと呼称された黒色の怪物に捕獲されていく様子を無表情で見つめていた。

 だが、通信先から聞こえてきた言葉にウォルターはピクリとその眉を動かし、やがてニヤリとその無機質な口角を吊り上げた。

 

「そうですか……彼らの母船が(・・・・・・)。アスタミューゼからの核攻撃の心配が無くなったのは実に喜ばしい事です」

 

 インカムを押さえながら上空を見上げたウォルターは、星明かりに混じって僅かに見える火球を見て増々その口角を吊り上げていた。

 

「はい……ええ、彼らにもぜひ我々の歓迎を受けてもらいましょう……」

 

 ウォルターは再び眼下に視線を落とし、ゼノモーフと呼称される異形の怪物……エイリアン達の饗宴を、目を細めて見つめていた。

 

 

「ではあとは予定通りに……ビショップ様(・・・・・・)

 

 

 インカムのスイッチを切ったウォルターは、不気味な笑みを浮かべながらヒューマノイド達が用意した車両へ向け歩き出した。

 

 

 

 

 

 

──────────────

 

 USSアスタミューゼ号戦闘指揮所

 

 植民地海兵隊第501大隊が降下した惑星BG-386にて広域の電波障害が発生した報告をUSSアスタミューゼ艦長ヴェレス中佐は渋面を浮かべながら聞いていた。

 戦闘指揮所ではオペレーター達が地上の状況を探るべく、必死になって計器を操作するも依然として501大隊の状況を掴む事は出来なかった。

 ヴェレス中佐の傍らに立つ作戦主任のアンダーソン大尉も、落ち着かない様子でオペレーター達を見つめる。

 ヴェレス中佐は渋面を浮かべながらその重たい口を開いた。

 

「予備のドロップシップの準備を。リモート操作で各中隊が降下した地点に下ろして兵員を出来る限り回収するのだ。それから、XIM-30の発射準備を」

 

 ヴェレス中佐の指示に、アンダーソン大尉は慌ててその口を開く。

 

「か、艦長! 核攻撃を認める事はできませんぞ!」

 

 アンダーソン大尉を胡乱げな瞳で見やったヴェレス中佐は、一つ溜息をついて呆れた表情を浮かべていた。

 

「アンダーソン大尉。君はもう一度士官学校で作戦科目を履修し直すべきだ。状況は明らかに第501大隊の能力を超えた事態になっている」

 

 ヴェレス艦長の言葉にアンダーソン大尉は狼狽しながら異を唱えた。

 

「しかし! 通信妨害を受けているだけで大隊の戦力は!」

「君は通信妨害が発生する前のレン少佐の報告を聞いてなかったのかね。狂暴な敵性生物の襲撃を受けアルファ中隊の被害は甚大。早急に救援を差し向け、さっさと惑星ごと敵戦力を撃滅するべきだ」

 

 アンダーソン大尉の言葉を聞き流しながらヴェレス中佐は淡々とブリッジクルーに指示を出す。

 憎々しげな視線をヴェレス中佐に向けたアンダーソン大尉は、やがてにやりと不敵な笑みを浮かべヴェレス中佐を見やった。

 

「艦長。ならば私にも考えがありま──」

「クルーを買収しようとしていたみたいだが、生憎この艦には金で魂を売り渡すような者は存在せんよ」

 

 アンダーソン大尉の言葉を遮り、毅然と言葉を向けるヴェレス中佐。

 アンダーソン大尉は急所を射抜かれたかのように愕然とした表情を浮かべた。

 

「な、何を言って」

「君はヴェイランド・ユタニ社から色々と言われて動いていたようだが、私を舐めすぎだよ。クルーを買収しXIM-30の起動コードを改竄しようとしていたみたいだが、とっくにコードは元に戻してある」

 

 ヴェレス中佐が目配せをすると、戦闘指揮所に控えていた警備兵がアンダーソン大尉を拘束するべく駆け寄る。

 アンダーソン大尉は終始狼狽しながら警備兵に取り押さえられていた。

 

「か、艦長! 後悔しますぞ! あなたは許可無く会社の財産を破壊しようとしている! 地球に戻ったら査問委員会が開かれるのは確実だ!」

「ふん。金で仲間を売ろうとした奴が何をほざくか。君とヴェイランド社の関係は癒着以外何物でもないぞ。査問委員会どころか軍法会議を覚悟しておけ。ついでだ、地球に戻ったら海兵隊からヴェイランド社の影響力を徹底的に排除してやる」

「い、一介の中佐ごときに何が出来るというんだ!」

「一介の中佐でも人脈は広いほうでね。君が思っている以上に海兵隊の上層部はヴェイランド社を快く思わない人間が多いのだ」

 

 拘束されたアンダーソン大尉から視線を外したヴェレス中佐の瞳は、海兵隊の膿を出し切るべく果敢にヴェイランド・ユタニ社と戦う決意が浮かんでいた。

 

 とはいえ、まずは目の前の501大隊を出来る限り救わなければならない。

 敵の正体は気になる所であったが、どちらにせよ最終的には全て灰になるのだ。

 ヴェレス中佐は粛々とブリッジクルーへと指示を出した。

 

「ドロップシップへの給油は30分で終わらせろ。できるだけ多くの兵隊を乗せられるよう余計な貨物は──」

「レーダーに反応有り!」

 

 ヴェレス中佐の声を遮り、ブリッジクルーの緊迫した声が上がる。

 突然の出来事に拘束されたアンダーソン大尉も目を白黒させながらその様子を見ていた。

 

「距離は?」

「距離5000! IFFにも反応しません!モニターに出します!」

「馬鹿な! 目視できる距離だぞ!」

 

 落ち着いた様子でアンダーソン大尉を追い詰めていた時とは一変し、動揺するヴェレス中佐は戦闘指揮所に備え付けられている大型モニターに目を向ける。

 アスタミューゼのレーダーを掻い潜り、この距離まで近づけるステルス艦は海兵隊はおろか地球のどの国家も所有しているはずがなく、ヴェレス中佐は焦燥感に駆られた表情でモニターに食いついていた。

 

「なんだこれは……?」

 

 モニターには、ヴェレス中佐が見たこともないような巨大な宇宙船が佇んでいた。

 アスタミューゼより二回り程大きく、流線型のデザインで造られたその宇宙船は紫電を纏いながらその艦首をアスタミューゼへと向けている。

 正体不明の宇宙船が放つプレッシャーに、ヴェレス中佐は額に汗を浮かべてモニターを見つめていた。

 

「目標より高エネルギー反応!」

 

 ブリッジクルーの叫び声が上がる。

 正体不明の宇宙船の艦首から閃光が発生するのが見て取れた。

 

「回避しろ!」

「ダメです! 間に合いませ──」

 

 ヴェレス中佐の視界が光に包まれる。

 戦闘指揮所全体を包んだ光の中で、ヴェレス中佐の意識は永遠の闇の中へと誘われた。

 

 

 破壊された艦の残骸が惑星BG-386へと落下し、流星となって地上へ降り注ぐ。

 BG-386静止軌道上にいたUSSアスタミューゼは、正体不明の宇宙船からの攻撃を受け、閃光と共にその艦齢を終えた。

 

 

 

 

 

──────────────

 

 

「krrrrr……」

 

 ホログラムに映し出されたUSSアスタミューゼが破壊される様子を、一体の異形が見つめていた。

 低い顫動音を響かせ、機械的なデザインの椅子に深く腰をかけながら、どうでも良さげな視線を向けていた。

 異形は身に何も身につけておらず、大きな乳房が露わになっていた。

 体長は2メートルを優に越え、細身ながらも筋肉質な肉体の表面には爬虫類のような鱗があり、肩から背中にかけては黄土色の体色が浮かんでいる。

 露わになった乳頭は薄いピンク色しており、乳房から腹にかけては薄い白色がかった体色をしていた。

 そして、その顔は普段は無機質なマスクで隠されている素顔が露わになっており、2対4本の爪上口器を気だるげに閉じていた。

 瞳は小さく、目の周りの睫毛は長い。

 異形の女は、一糸纏わぬ姿で椅子に腰をかけ、頬杖を付きながら溜息のような唸り声を発していた。

 

 いや、彼女は一つだけ身につけているものがあった。

 頬杖をついた右腕に巻かれている、色あせたハンカチを、彼女は優しげな手つきで撫でていた。

 

 彼女は、あの日から随分と自分が変わってしまっていた事を自覚していた。

 

 元々、彼女は“雌”でありながら“狩り”に出る程氏族では浮いた存在ではあった。

 彼女の氏族では雌は母星で雄達の帰りを待ち、(つがい)となった雄の子を産み育てる事以外は、精々“船”の整備や雄達が使う武器の作成、手入れくらいしかやる事はなかった。

 

 そんな雌達の姿を見て育った彼女は、物心ついた頃からそんな生涯を送る事は我慢できなかった。

 何故、雄達と遜色ない身体能力を持っているのに、雄と同じような生き方をしないのか。

 氏族の若い雌達は強い雄の気を引く事以外に興味を示さず、彼女はそんな雌達にうんざりしていた。

 彼女はもどかしい思いを持ち続け、ついには雄達の武器をこっそり持ち出し、隠れて狩りの練習をするようになった。

 強い獲物に負けないよう、毎日かかさずに狩りの練習を続けていた。

 

 やがて強く、美しく成長した彼女に無理矢理番になろうと迫ってくる雄がいた。

 彼女は容赦なくその雄を叩きのめし、氏族が集まる場所で半殺しにした雄を放り投げてからは増々周りから孤立していった。

 

 ある日、隠れて行っていた狩りの練習を氏族の雄に見られた。

 彼女はその雄をまた自分を番にしようとやってきた哀れな犠牲者と思い、猛然とその雄に向かっていった。

 

 そして彼女は敗北した。

 手も足も出なかった。彼女は強かったが、この雄は彼女と比較にならない程強かった。

 

 しかしその雄は彼女を番にしようとはせず、自分が行っている“仕事”を手伝わせるようにした。

 その雄は、氏族の戦士達が敗北した事で起こる様々な事態を未然に防ぎ、時には戦士達の狩りの痕跡を消すべく惑星を渡り歩いていた。

 戦士達が敗北するような相手にも常に勝利し、氏族の為に働き続けてきたその雄は“クリーナー”と呼ばれていた。

 

 クリーナーに見込まれた彼女は仕事を手伝っていく内にその才能を増々開花させていった。

 クリーナーは彼女に対し苛烈ともいえる鍛錬を施していたが、彼女はそれによく応え、成人の儀式を行う頃になるとクリーナーは彼女をとある惑星へと放り込んだ。

 

 クリーナーが言うには、この惑星は大昔から氏族の成人の儀式を行う為に使用していた惑星であり、ほんの200年程前まではよく氏族の戦士達がこの惑星で狩りを行っていた。

 この惑星の獲物は非常に好戦的で、武器は氏族が使う物より劣るが油断すると死を招く程の抵抗を見せる事から、戦士達は好んでこの惑星で狩りを行っていた。

 時にはその惑星の獲物を無傷で拐い、別の惑星に放して狩りを行う者もいた。

 

 だが、200年程前に発生した氏族の戦士から生まれた硬い肉(サーペント)が起こした事件を切っ掛けに、この惑星で狩りを行う者はめっきり減っていた。

 先代のクリーナーはその事件を隠蔽しようとしてこの惑星に向かい、獲物共が放った兵器に巻き込まれて死んでしまったらしい。少しだけ悲しそうにその事を彼女に話していたクリーナーは、この惑星で成人の儀式を行う前の最後の練習を行わせるつもりであった。

 

 

 そして、彼女はそこで一人の小さな雄に出会った。

 

 

 暑い、しかし心地よい暑さの中、獲物共が棲まう街で彼女は狩りを行っていた。

 獲物同士で激しく戦っていた場所に乱入し、その場にいた獲物を悉く狩り尽くした。

 だが、獲物が放った一発の銃弾が腕を貫通し、やがて獲物の援軍がやって来たのを見て光学迷彩(クローキングデバイス)を起動し、その場から逃れた。

 

 そして、逃れた先の寂れた公園で、小さな雄と出会った。

 彼女は腕から血が滴っているのを忘れる程、その小さな瞳にひと目見た瞬間から魅了されていた。

 今まで同族や、色々な惑星で見た雄とも違う純真な瞳に、彼女の心は捕らわれた。

 

 その惑星の獲物の言葉でいうなら“一目惚れ”というやつなのだろう。

 封印していたはずの自身の“雌”が、その小さな雄の前で抑えられなくなり、気がつくとその幼い肉体にむしゃぶりついていた。

 小さな雄の、幼い精を飲み込んだ彼女は初めて“愛おしい”という感情を芽生えさせた。

 腕の中で微笑む小さな雄は、『エミリオ』と名乗った。そして、自分も小さな雄に名前を教えた。

 

『シシュって、言うんだね。いい、名前だね』

 

 エミリオが自分の名前を褒めてくれた。

 誰かに自分の名前を、いや、自分が行う全ての事を一度も褒められた事のなかった彼女……シシュは、初めて褒められた事が嬉しくて、気恥ずかしくて、幸せだった。

 また、番になってくれると約束してくれた事が、嬉しくて、幸せだった。

 初めてシシュは雄と番になる事の幸せを理解して、得も言われぬ多幸感に包まれていた。

 

 シシュは腕の中で眠ってしまったエミリオを見つめていく内に、エミリオをこのまま連れて帰り番になってしまおうと考えた。

 だが、そんな事はクリーナーや氏族の長老(エルダー)は許してくれないだろう。

 よしんば許しを得たとしても、このか弱いエミリオの肉体では苛酷な母星の環境に耐えきれず、すぐに死んでしまうだろう。

 

 エミリオが死んでしまう事を想像したシシュは強烈な喪失感と悲しみに襲われ、胸が張り裂けそうな思いでエミリオの顔を見つめていた。

 見つめていく内に、エミリオの言葉を思い出したシシュは、断腸の思いでエミリオをベンチへと横たわらせた。

 

『ぼくが大人になったら、およめさんになってくれますか?』

 

 拙く、幼い子供の、小さな決意。

 種族が違うこの小さな雄は、確かに自分を番にしてくれると約束してくれた。

 その言葉を信じて、いつかの再会を誓ってシシュはこの青い惑星……地球を離れた。

 エミリオとの神聖な約束は誰にも言わなかった。言えば、その約束が他者に汚されると思ったからだ。

 

 クリーナは戻ってきたシシュを少しだけ不審に思っていたが、やがて成人の儀式が行われシシュは名実共にクリーナーの後継者として周囲から認められていた。

 とはいえ、クリーナー以外との接触を増々拒絶していたシシュが氏族から浮いた存在であるのは変わりなく、クリーナーと“仕事”をこなす日々が過ぎていくだけであった。

 たまに、シシュが地球の映像をぼんやり見つめているのをクリーナーは見ていたが、仕事をきちんとこなすシシュを訝しげに思う事はなかった。

 

 そして、いつからかシシュはクリーナーと何ら遜色のない実力を身に着けていた。

 氏族最強のクリーナーと同格のシシュと番になろうとする氏族の雄は、もう存在しなかった。

 

 だが、シシュはもう仕事や狩りや、自分の実力はどうでもよくなっていた。

 エミリオと番になることだけが、シシュの全てであった。

 

 

「krrrr……」

 

 シシュはホログラムに映るアスタミューゼの破片がBG-386へ落ちていく様子を見つめる。

 シシュは自分が何故ここにいるのか、ぼんやりと思考を巡らしていた。

 

 どうも、地球の獲物共がこの惑星にある氏族の墓を暴いたらしい。

 その墓には氏族の偉大な戦士の遺体と、サーペント共の女王が冷凍保存されている。

 それらをあの獲物共が好き勝手にしている事が、エルダーの逆鱗に触れたのだ。

 エルダーは氏族の戦士達を派遣した。だが、氏族の戦士達が次々と消息を絶った事で、自分にも墓へ向かうよう指令を出した。

 クリーナーは別の惑星で氏族がやらかした不始末を片付けていたので、今回はクリーナー抜きでの仕事だ。

 

 戦士達がサーペントと地球の獲物にやられていくのに業を煮やしたエルダーは、自らも母船を動かしてこの惑星へシシュと共にやってきた。

 エルダーいわく、偉大な戦士の墓には氏族の母星の情報が残っているらしく、放置する事は出来ぬと。

 

 シシュはその事はどうでもいいと思っていた。

 どうせ、あの地球の獲物共に我々の母星へとやってくる実力は無い。位置がバレたとしても何が問題だというのか。

 現に、目の前の地球の船は母船の攻撃一発で沈んでいるじゃないか。

 のこのこやってきた間抜けな地球の船など、エンジニア達(スペースジョッキー)の船に比べたら恐るに足りぬ。ほうっておけばいいのだ。

 

 

 シシュはそこまで考えてから、のそりと椅子から立ち上がる。

 背後にある収納壁面から自身の装備を取り出し装着し始めた。

 ボディースーツを着込み、乳房を象った鎧を着込み、使い込んだショルダープラズマキャノンを装着する。

 2つ程シュリケン……スマートディスクを腰に差し、クリーナーのお下がりのコンビスティック(スピアランス)を背中に背負う。

 両腕にガントレットを装着し、右腕のリスト・ブレイドの刃を確認し、左腕のコンピューターガントレットの動作を確認する。

 それ以外にも、ネットランチャー、レーザーネット、メディコンプ(応急処置キット)を手慣れた手つきで装備していく。

 最後に、立てかけてあったスラッシャー・ウィップを手に取る。

 これは、成人の儀式で初めて狩ったサーペントの尾から作った鞭であり、鋭利な斬れ味を誇るそれはシシュお気に入りの武器であった。サーペントの尾で出来ているので、奴らの強酸性血液が付着しても溶けることはない。

 もっとも、全ての装備に耐酸コーティングを施しているので、サーペントの強酸性血液が装備を溶かすことは心配しなくてもよかったが。

 

 シシュは立てかけてあった無骨なマスクを手に取り、ゆっくりとした手つきでマスクを装着する。

 全ての準備を整えたシシュは再び椅子に座り、座席に備え付けられていた端末を操作する。

 

 シシュがいる場所は、母船に接続されたシシュ専用の降下船の中だった。

 母船へと合図を送り、シシュの降下船が母船と切り離され勢い良く惑星BG-386へと射出される。

 ホログラムでは、シシュの船以外にも何隻かの降下船が切り離されてる様子が映し出されていた。

 

 シシュは揺れる船内で、早くこの仕事を終わらせたいと考えていた。

 どうせ、やる事はいつも通りだ。狩って、殺して、隠蔽するだけ。

 それが終わったら、地球へ行こう。エミリオに、会いに行こう。

 

 エミリオは、もう自分を番に出来るほど逞しく育っているだろうか。

 

 あの優しい瞳は、変わっていないだろうか。

 

 

 私との、あの約束は、覚えてくれているだろうか。

 

 

 

「krrrr……」

 

 

 少しだけ不安な気持ちになったシシュは、揺れる船内で右腕に巻かれたハンカチをぎゅっと握りしめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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Chapter6.『Welcome to the Jungle』

 子供の頃に、男の人が家畜のように殺されたことがあったの。

 生皮を剥がされた、ひどい姿で。

 村のお婆さん達が十字を切りながら言っていたわ。

 

『また悪魔がやって来た』って 。

 

 それは、暑い年に限って起きる。

 今年も、暑い年になりそう……。

 

 

 

 

 

 BG-386居住区外周部降着場

 

 管制エリアでチャベス上等兵とスミス一等兵を回収したエミリオ達は、APCを走らせ大きな爆発の跡が残る降着場へと到着していた。

 菜園プラントからここまでエミリオ達を運んできたAPCの装甲は怪物達の強酸性の血液で所々溶かされ、前輪の強化タイヤは装輪が剥き出しになるほど融解していた。

 だが、多少はガタついてはいたもののまだまだ走行には支障をきたさない程、APCは軍用車両らしくそのタフさを見せつけていた。

 

 破壊されたドロップシップや機材の残骸の中、APCを降車したエミリオ達は呆然とその上に佇む。

 APC内ではリッコ・ロス一等兵が他の中隊や母艦と連絡を取ろうと悪戦苦闘していたが、通信機から聞こえてくるのはノイズ音ばかりであった。

 

「参ったねこりゃ……」

 

 ゲイシー・ライバック伍長がしゃがみ込み、ドロップシップの残骸を拾い上げながら溜息を一つ吐く。

 母艦への帰還手段が無くなり、あの怪物達の真っ只中に取り残されたという現実には、この百戦錬磨の海兵隊員ですら途方に暮れるしかなかった。

 

「もうおしまいだよ! ゲームオーバーだ! 俺たちもあのバケモンにやられて第2の奴らと同じ目に会うんだ!」

「パクストン! 泣き言言ってんじゃないよ!」

 

 膝をつき、喚き散らすビル・パクストン上等兵をサラ・コナー上等兵がたしなめる。

 しかしコナーの一喝もパクストンの心を落ち着かせる事は出来なかった。

 

「じゃあどうすりゃいいんだよ!? なあどうすりゃいいんだよ!? あのバケモンども絶対俺たちを襲ってくるぞ!」

「そうね、焚き火でも囲んで皆で歌でも歌う?」

 

 シンシア・スコット一等兵がパクストンを見やりながら呆れたように呟く。

 そんな彼女に向け、パクストンは恨みのこもった眼差しを向けた。

 

「スコット、お前はあそこにいなかったからそんな事言えるけどよ、俺たちゃ必死で逃げてきたんだぜ! あのバケモンの恐ろしさを知らねえからそんな呑気な事言えるんだ!」

「……」

 

 パクストンの鬼気迫る表情を見て、スコットはそれ以上軽口を叩く事は出来なかった。

 ライバックと同じようにドロップシップの残骸を調べていたリチャード・チャベス上等兵がエミリオの元へと駆け寄る。

 チャベスはアメリカインディアンの末裔で、鋭い第六感を持ちその感覚の鋭さから小隊狙撃手に任じられていた。加えて、小隊斥候としても優秀な能力を持っており、この状況下では非常に頼りになる男であった。

 チャベスは渋い表情を浮かべながら、エミリオに小声で声をかける。

 

「少尉、ドロップシップは何者かに爆破されています。爆薬の痕跡を見つけました」

「なんだって?」

 

 チャベスの言葉にエミリオは眉を顰める。

 怪物の襲撃による混乱でドロップシップの搭載兵器が誘爆したと思っていただけに、エミリオはチャベス上等兵の報告を聞き困惑の表情を浮かべた。

 

「死体はあったか?」

「ドロップシップや降着場周辺で死体は一つも見つかっていません。例のバケモノの仕業でしょうか……?」

「あれが爆薬も使ってくるなんて考えたくもないな」

 

 エミリオは菜園プラントで死闘を繰り広げた異形の怪物を思い起こす。異形の怪物は恐ろしいほど俊敏で、狡猾な暴力性を剥き出しにして第3小隊を壊滅に追い込んだ。

 ただ、どう考えてもあの狂暴な怪物が爆薬を使うほどの知性があるとも思えず、怪物以外の“敵”の存在を感じ取ったエミリオはその表情を固く引き締めていた。

 

「母艦とも依然連絡が取れない……本当に焚き火でも囲んで歌でも歌おうかな」

「……」

 

 エミリオはやや冗談めいた調子でチャベス上等兵に声をかける。

 チャベス上等兵はその言葉を無言で流していた。

 しばし気まずい沈黙が流れたが、エミリオのインカムにロスの元気良い声が響いてきた。

 

『少尉! 通信が入っています! ブラヴォ中隊からです!』

「ブラヴォ中隊……コンチータ大尉か!?」

 

 エミリオはインカムのボタンを押し、コンチータ大尉と通信を開始する。

 

「こちらチャーリー中隊第3小隊長エミリオ・クロサワ少尉です」

『エミリオ少尉! よかった! 無事だったのね!』

 

 通信の向こうではブラヴォ中隊長マリア・コンチータ大尉の弾んだ声が聞こえる。

 エミリオはその声を聞き、この絶望的な状況下で僅かに見えた希望に表情を緩めていた。

 

『エミリオ少尉、とりあえずそちらの状況を教えてちょうだい』

「チャーリー中隊は狂暴な敵性生物の襲撃を受け壊滅しました。ドロップシップも何者かに爆破されています。こちらの残存戦力は私を含めて7名です」

『そう……あなた達の中隊にもあの怪物が襲ってきたのね』

「ブラヴォ中隊も襲撃を受けたのですか?」

『こちらは中隊の戦力を集中していたのでなんとか撃退できたわ。今は精錬所の一部で陣地を構築して凌いでいる状況よ。ドロップシップはやられてしまったけどね……』

 

 精錬所に突入したブラヴォ中隊は早々にあの黒色の怪物達の襲撃を受けた。しかし戦力を分散させず、コンチータ大尉の冷静な指揮で損害を出しつつもなんとか撃退し、ドロップシップで撤退を開始しようとした。

 だが、いつの間にか(・・・・・・)ドロップシップに侵入していた黒色の怪物によってブラヴォ中隊のドロップシップは全機使用不可能な状態になっていた。

 

『エミリオ少尉、状況は非常にまずい事になっているわ。大隊長のアルファ中隊とも通信途絶、アンドロイド達はいつのまにかいなくなるし、おまけに母艦は撃沈されて私達は完全に孤立している』

「まってください! アスタミューゼがやられたんですか!?」

 

 その言葉を受け、ライバックら第3小隊の生き残り全員がエミリオへと視線を集中させる。アスタミューゼが撃沈し、あの怪物の真っ只中に取り残されたという事実に、一同は一様に表情を暗くしていた。

 

『アスタミューゼは正体不明の敵艦に撃沈されたわ。精錬所にある通信施設から観測出来たの。とにかく、地球には救援を要請したからそれまで耐えるしか無いわ。エミリオ少尉、あなたは第3小隊の生き残りを率いて私達の所へ合流しなさい』

「了解しました。地球からの救援はどれくらいかかりそうですか?」

『……早くて、15日後よ』

「15日……」

 

 エミリオの呟きに、第3小隊生き残りの表情は増々曇る。パクストンなどは「15時間だって持ちはしねえよ……」と、絶望の表情を濃くしていた。

 

『現在BG-386は強力な妨害電波が放射されているわ。今はなんとかジャミングを突破して通信を保っていられるけど、また直ぐに通信は妨害される。こちらからはこれ以上フォローは出来ないけど、なんとかここまで辿り着いてちょうだい』

「はい。コンチータ大尉も気をつけて」

『エミリオ少尉、敵はあの怪物達だけじゃないわよ。十分に注意しなさい。以上、通信終わり』

 

 コンチータ大尉との通信を終え、エミリオはインカムを押さえながら深く溜息をつく。

 すでに辺りは日が傾き、夜の闇に包まれようとしていた。

 

「皆、これからブラヴォ中隊と合流する。APCで精錬所まで向かおう」

 

 エミリオの言葉に頷いた一行は足早にAPCへと向かう。

 APCに搭乗したエミリオは運転席に座るロスへと声をかけた。

 

「ロス一等兵、精錬所までどのくらいかかる?」

「あまりスピード出す事はできないんですけど、3、4時間もあれば!」

「よし。疲れてるとは思うけど、APCの運転は任せたよ」

「了解でっす!」

 

 エミリオ達を乗せたAPCは居住区から精錬所へと通じるジャングルの中に敷設された道路を、エンジン音を唸らせながら走り始めていた。

 

 

 

 

「少尉、ここらで一旦状況を整理しませんか?」

 

 揺れるAPCの車内で、ライバックが低い声を上げる。

 完全に夜の闇に包まれたジャングルの道路を、APCが前方をライトで照らしながら走っているが、周囲を映すモニターには不気味なジャングルの闇しか映っていなかった。

 

「そうだね……。ライバック、あの怪物は一体何なのだろうか?」

「……わかりません。一つ言えるのは、恐ろしく手強い相手だという事です」

 

 包帯が巻かれた腕を擦りながら、ライバックは渋い表情を浮かべる。

 

「あの怪物どもの体液は強い酸で出来ている。それと恐ろしく俊敏で、獰猛だ。力も人間とは比べ物にならない。接近戦には十分注意する必要がありそうです」

 

 ライバックはそこまで言い切るとパルスライフルを抱えながら口を噤む。

 コナーは強酸性の血液に溶かされたクルス一等兵の最期の姿を思い浮かべ、唇をきゅっと噛み締めていた。彼女の指はスマートガンのトリガーを引くかのように、時折ビクついていた。

 

「わかった。神経ガスを使うってのはどう? CN-20の缶をぶち込めばいっぺんに始末できる」

「やってもいいが、効くかどうかわからんぞ……それに、逆にガスでハイになるような奴らだったらどうする」

 

 コナーの言葉に、ライバックはパルスライフルを抱えながらAPCの壁に寄りかかる。

 コナーはそれ以上言葉を発することはなく、苛ついた様子で車内をウロウロするしかなかった。

 指揮官席に設けられたモニターの前では、第3小隊のヘルメット内臓カメラに録画されていた映像をチェックしていたスコットが何かに気付いたように言葉を発した。

 

「ねえ、この動力施設ってまるであいつらの巣みたいじゃない? ほら、これなんてまるで卵みたいだわ」

「言われてみれば卵に見えるな」

「この卵の近くにあるクモみたいな生き物の死骸は、壁に塗り固められた第2小隊に寄生していたんじゃないかしら? 彼らは“繭”として利用されたのよ。そして、植え付けられた怪物の幼虫が身体の中で成長し、胸の中から出てくる」

 

 スコットの言葉に、エミリオ達は腹の奥から不快な嘔吐感が込み上げてくるのを感じていた。

 チャベスが不快感を露わにしながらスコットに視線を向ける。

 

「それが正しかったとして、一体この卵は誰が産んでいるんだ?」

「それは分からない……。どこかにいるのは確かでしょうけど」

 

 スコットが訝しげな表情を浮かべていると、それまで黙っていたパクストンがボソリと呟いた。

 

「アリの巣……みてえなもんじゃねえか?」

「何がアリだよ、ハチの巣だ!」

 

 パクストンの言葉にコナーが憎々しげな声を上げる。

 

「どっちだっていいじゃねえか。多分、一匹の雌が仕切ってるんだ」

「ああ、女王(クイーン)ね」

 

 スコットはパクストンの言葉に深く頷く。

 あの怪物達が一種の昆虫のような社会を築いているのが容易に想像できた。

 

「そうだオフクロだ。きっとすっげえ強え雌だからすっげえでけえ」

「だからアリじゃないんだよ馬鹿たれ!」

「わかってるよ」

「あれはまるでフィクションに出てくる怪物……エイリアンだ。アリなんて生易しいものじゃないよ」

「おい、コナー。エイリアンっつってもなぁ、密入国したメキシコ人とはわけが違うぜ」

「あ゛?」

 

 パクストンの諦めが混じった軽口に、メキシコ系アメリカ人(チカーノ)であるコナーは鬼の形相を浮かべる。

 それを見たパクストンは慌ててヘルメットを深く被り直し、座席に深く腰をかけた。

 

「エイリアンか……。精錬所、そして恐らく研究所にもエイリアン共は襲ってきた。つまり、広範囲に渡ってやつらのテリトリーというワケだ。居住区から離れても油断は出来ない」

「巣も複数ありそうだわ。それに、一人一体のエイリアンが生まれるとして、BG-386に住む人間はおよそ800人……“私達”も入れて、1000匹は生まれてる計算になるわね」

「あんなのが1000匹もいるのか……通常戦力で皆殺しにする事は不可能だな」

 

 ライバック、スコット、チャベスがそれぞれの意見を述べる。

 それを受けたエミリオは今にもあの怪物……エイリアンがAPCへ襲ってくる事態を想像し、外部モニターを見つめながら警戒心を強めていた。

 

 しばらくAPCは順調に走っていたが、やがてガクンッと車体を大きく揺らしながら急停車をする。

 エミリオ達は一瞬で緊張を高め、それぞれの銃器を握りしめていた。

 

「ロス一等兵! どうした!? 敵襲か!?」

「いえ、それが……」

 

 ロスが困り果てた表情を浮かべながらエミリオを見つめる。

 運転席に向かったエミリオは前方の道路の様子を見て、その表情を強張らせていた。

 

「道が……」

 

 ジャングル内の道路は、丁度崖に面した箇所に差し掛かっていたが、降下した時の大雨の仕業か大きな土砂崩れが発生し、その道を塞いでいた。

 山のような土砂は、APCはおろか徒歩で乗り越えるのも困難な様子を晒していた。

 

「APCはここまでだね……」

 

 エミリオの呟きに、パクストンは盛大に溜息を吐きながら頭を抱えた。

 

「ああ、参ったねえ! あのバケモンどもがうようよしているジャングルを歩いていくなんてよぉ! ついてないぜ!」

「うう……ごめんなさい……」

「ロスは何も悪くないわ」

 

 スコットがロスの頭を撫でながらパクストンにきつい視線を向ける。

 涙目を浮かべるロスは心底申し訳なさそうに俯いていた。

 

「もうじき夜が明ける。明るくなってから装備を整え、ジャングルを移動しよう。皆それでいいね?」

 

 エミリオの言葉に小隊全員が頷く。

 果たして無事に精錬所まで辿り着けるのか、エミリオは増々その表情を引き締めていた。

 

 

 

 

 翌朝。

 

 日は昇っていたが、ジャングルは薄暗い緑の闇に包まれており、雨上がりのせいもあってジメジメとした嫌な暑さがエミリオ達を包んでいた。

 エイリアンの襲撃に備えてロクに休息が取れなかった一行であったが、ジャングル内を徒歩で移動するべくその装備を整えていた。

 

 全員ヘルメット、ボディアーマーは脱ぎ捨てている。クルス一等兵の身体をボディアーマーごと溶かした強酸性の体液の前では、ボディアーマー等の防具は意味をなさず、ジャングル内を徒歩で移動するのにも邪魔であったからだ。

 それぞれのバックパックには携帯食料(レーション)やポンチョ、医薬品等の各種サバイバルキット、各種地雷やセンサー、予備弾倉が詰められている。

 コナーはバンダナを鉢巻きのように巻き、ひときわ大きなバッグを背負ってパルスライフルを抱えていた。バックの中身は予備のスマートガンが納められていた。

 

「チャベス上等兵、ルートの選定はできたか?」

 

 エミリオが近くの樹の上に登っていたチャベスへと声をかける。

 チャベスは樹上でコンパスと地図が入った端末を交互に見比べていたが、やがてスルスルと軽快な動きでエミリオの元へと降りてきた。

 

「最短ルートは一つだけ。この谷を抜け精錬所へ向かうルートです。ただし、酷いジャングルですよ少尉」

 

 チャベスが難しい表情を浮かべながらエミリオへ地図を見せる。

 深い渓谷を抜けるのは大変な労力を要することは想像に難くなかった。

 

「1時間に3……いや2キロ進めれば良い方か」

「我々はジャングル戦の訓練はそこまで受けていませんからね……精錬所までは約40キロ。途中で休息を挟む必要もありますし、2日はかかるでしょう」

「仕方ないね……。よし、皆準備はいいか?」

 

 エミリオがAPCを降車し、準備を終えたライバック達を見やる。

 全員疲れた表情を浮かべていたが、バックパックを背負う様子には力強さを感じさせていた。

 

「少尉、全員準備は出来ています。APCからも持てるだけ装備は持ち出しています」

「了解した。チャベス上等兵、先導を頼む」

「了解です」

 

 チャベスを先頭に、コナー、エミリオ、スコット、ロス、パクストン、ライバックの順にジャングルの中へと進む。

 殿を務めるライバックが道路からジャングルへと入ろうとした時、遠くから何者かの視線を感じて足を止めた。

 

「……?」

 

 視線を感じる方向を見つめるも、ライバックの目には何も異常を見つける事は出来なかった。

 

「ライバック! 何してんだよ!」

「ああ、すまん。直ぐ行く」

 

 パクストンの言葉を受け、首をかしげながらライバックはジャングルへと入る。

 

 ジメジメとした嫌な暑さの中、疲れきった海兵隊達の生き残りへの旅が始まろうとしていた。

 

 

 その様子を、一体の陽炎が怪しく両目を光らせながら見つめていた。

 

 

 

 

「ああ、嫌だねぇ……俺は都会育ちのシティボーイだ。こんな未開の地を歩くような人間じゃないんだ。もっと平坦な道を歩きたいぜ」

「うるさいよパクストン、黙って歩きな」

「何がシティボーイよ。あんたテキサスの田舎育ちじゃない」

 

 ジャングルへ入って数時間、エイリアンの襲撃も無くジャングルを進んでいた一行であったが、鬱蒼としたジャングルの植物に阻まれその足取りはひどく鈍重なものであった。

 パクストンは文句を垂れながら重々しげに足を運ぶ。

 たしなめるコナーやスコットの声も、どこか疲れた様子が浮かんでいた。

 

「そういう所はみんなゴルフ場になっているさ」

 

 エミリオがパクストンへ振り向きながら冗談を飛ばす。

 この真面目そうな少尉が放った唐突なジョークに、パクストンを含め一行は思わず笑みを浮かべる。

 少しだけ雰囲気が和らいだのを見て、スミスは改めてこの少尉の頼もしさを認識していた。

 先頭を進むチャベスだけが、表情を固くしながら山刀を振るい、道なき道を切り開いていた。

 

 一行はしばらくジャングルを進むと、若干開けた場所に出る。

 先頭を進むチャベスが手を上げ合図すると、エミリオ達は身をかがめながらパルスライフルを構える。

 慎重にジャングルが開けた場所へ進むチャベスを見つめながら、緊張した面持ちで周囲の警戒を行っていた。

 

 やがてチャベスが立ち止まり、じっと遠くにある樹上へと視線を固定しながら動かなくなった。

 立ち止まり、視線を樹上へ向け続けるチャベスの様子を訝しげに見つめるエミリオの傍で、同じくチャベスの様子を伺うライバックが静かに呟いた。

 

「あのチャベスが怯えている……奴らしくもない」

「え?」

 

 ライバックの言葉に、エミリオは驚いた表情を浮かべチャベスへと目を向ける。

 チャベスは首から下げた先祖伝来のお守りを握りしめながら、ひらすら視線を樹上へと向け続けていた。

 

「奴は鼻が利きます。何かある……」

 

 エミリオはライバックに頷くと、ゆっくりとチャベスの元へと近付く。

 音を立てずにチャベスの傍へ行くと、小声で話しかけた。

 

「チャベス……チャベス上等兵」

「……」

 

 エミリオの言葉を受けても、チャベスはじっと樹上を見つめ続けている。

 エミリオはチャベスの肩をゆっくりと叩いた。

 

「チャベス上等兵!」

「ッ!」

 

 肩を叩かれたチャベスは暑さでかいた汗とは別に、冷えた汗を額に浮かべながらエミリオへと目を向ける。

 その表情は強張りきっており、お守りを血管が浮き出るほど強く握りしめていた。

 

「一体どうしたんだ?」

「……」

 

 エミリオの言葉を受けても尚、チャベスは汗を垂らしながらお守りを握りしめていた。

 再び視線を樹上へと向ける。 

 

「樹の上に……何かがいます……」

「樹の上? エイリアンか?」

「いえ……エイリアンじゃありません。もっと別の、ナニカだ」

 

 怯えながら視線を向け続けるチャベスと同じ方向を、エミリオも注意深く見つめる。

 だが、いくら目を凝らしてもエミリオには何も見つける事は出来なかった。

 

「……私の勘違いだったようです。先へ進みましょう」

 

 やがて首を振りながら歩き始めたチャベスに、エミリオは困惑した表情を浮かべていたが、パルスライフルを構え直しチャベスの後に続く。

 ライバック達も立ち上がり、移動を再開した。

 

「コナー、スマートガンをバッグから出しなよ」

 

 スコットが立ち上がりながらコナーへと声をかける。

 コナーはスコットへ頷くと、パルスライフルを仕舞いバッグからスマートガンを取り出し、手早く装着した。

 一行は油断なく周囲を警戒しながら、ジャングルの奥へと進んでいった。

 

 

 

 

「今日はここまでだね。野営の準備をしよう」

 

 日が暮れ、ジャングルは深い闇に包まれ始めている。

 エイリアンと遭遇する事はなかったが、極度の緊張の中深いジャングルを進んでいた一行は疲れ果てており、ロスなどは地面にへたり込みゼエゼエと息を切らしていた。

 エミリオ達は渓谷の近くの開けた場所へ陣取り、野営の準備を整える始める。

 

「ライバック伍長。チャベス上等兵とコナー上等兵と手分けして地雷をありったけ仕掛けてくれ。安全装置は忘れずに」

「了解」「了解です」「了解!」

「パクストン上等兵とロス一等兵は侵入警報器の設置だ。モーショントラッカーと併用して設置するように」

「了解しましたよ」「了解でっす!」

「スコット一等兵は僕と野営場所の設営だ。皆の分のレーションも準備しておこう」

「はい。少尉」

「皆、疲れていると思うけど気を緩めるな。一匹でも侵入を許したら終わりだ」

 

 エミリオの指示を受けた第3小隊生き残り達は疲れた身体を奮い立たせ、それぞれの仕事に取り掛かる。

 パクストンとロスは野営場所周囲を囲むように侵入警報器のコードを張り巡らせていた。

 

「パクストン……ちょっといいかな」

 

 ロスがコードを設営し、モーショントラッカーの起動を確認しているパクストンへと声をかける。

 パクストンは作業の手を止めずにロスへと視線を向けた。

 

「なんだよロス。腹減ってんならもうちょっと待って──」

「パクストン」

 

 ロスはパクストンの言葉を遮り、いつもの可愛らしい笑顔では無くひどく真剣な表情を浮かべていた。

 パクストンは作業の手を止め、ロスの瞳を見つめる。

 

「あたし、あんな死に方だけはイヤ……。その時が来たら、あたしを撃って……」

 

 ロスはAPCの中でモニター越しに見たキャロン少尉の死に様を思い浮かべ、僅かに震えながらパクストンの顔を見つめる。

 パクストンは黙ってそれを見つめていたが、やがて溜息を付きながらロスの頭をぐりぐりと撫で付けた。

 

「な、なによぅ」

「わかったよ。その時が来たら撃ってやる。一緒に潔く死んでやるよ。でも、その時が来ないようにしてえよな」

「……うん。そうだね」

 

 ロスはパクストンの手の暖かさを感じ、僅かに表情を緩める。

 パクストンもまた、ロスの頭を撫でていく内に自身のヘタレていた気力が復活していくのを感じていた。

 

 

 やがて野営の準備が終わる頃にはジャングルは完全な闇に包まれる。モーショントラッカーのブツ、ブツと鳴る探知音と、夜行性の動物達の鳴き声が時折響く以外、ジャングルは不気味なほど静まり返っていた。

 交代で見張りを立てながら休息を取っていた一行は、まんじりとした不安を抱えながら疲れた身体を休めていた。

 

「クロサワ少尉。そろそろ交代ですよ」

 

 ポンチョに包まり、微睡んでいたエミリオはスコットに声をかけられ重たい体を起こす。

 目を擦り、頭を揉みながら自身の身体を覚醒させていた。

 

「僕の番か……スコット一等兵、ご苦労だった」

「コーヒーを沸かしています。飲んでください」

「ありがとう」

 

 スコットからコーヒーが入ったマグを受け取りながら、エミリオは見張りに付く。

 戦場に於いて粉末コーヒーは士気向上薬に属し、エミリオはコーヒーをその芳香と共に吸い込みながら、深部から活力が湧いてくるのを感じていた。

 緑の地獄の中、エミリオは鋭い視線で周囲を警戒する。

 エミリオ以外はポンチョに包まりながら眠りについていたが、ライバックやコナー、チャベスはいつでも動けるように上半身を樹木に預け、銃器を抱えながら眠っていた。

 

 

 pi! pi!

 

 

「ッ!」

 

 突如、モーショントラッカーの探知音がけたたましく鳴る。

 エミリオは即座に反応し、探知音が示す方向へと視線を向けた。

 

 そして、敷設した地雷が大きな爆発音を立てて発動した。

 

 ドガンッ! ドガンッ! と、静寂に包まれたジャングルに似つかわしくない爆発音が次々と響き、ライバック達は慌ててその身体を起こす。

 

「敵襲ッ!!」

 

 エミリオの鋭い一声を受け、小隊全員が銃を構える。

 フラッシュライトを点灯し、地雷が発動した方向へと銃身を向けていた。

 スマートガンを油断無く構えたコナーが、スマートガンの照準スコープ越しに蠢く怪物──エイリアンを発見した。

 

「いたぞぉ、いたぞおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!」

「kyuiiiiiiiii!!」

 

 コナーの咆哮と共にスマートガンの猛烈な砲火が放たれる。

 夜の闇の中、打ち上げ花火のような火を撒き散らしながら樹々を薙ぎ倒し、エイリアンを破砕していった。

 エミリオ達も一斉に銃器のトリガーを引く。地雷原を突破したエイリアン達は樹々の上を猿のように飛び回り、エミリオ達へと肉薄していた。

 

「shaaaaaaaaa!!」

「クソったれ! 一気に地雷を突破して来やがっ──」

「化け物めえええええぃ! チキショォオオオォォッ!!」

「kyuiiiiiii!!」

「……」

 

 苦々しげに呻くパクストンの隣で、早くもスイッチが入ったロスが肉薄するエイリアンに向けパルスライフルのグレネードランチャーを射出する。

 爆裂音を立てながら獣のような叫び声を上げライフルを振り回すロスを見て、パクストンは先程弱々しく自身を撃ち殺すように頼んでいたロスが本当にこのバーサーカーと同一人物なのかと、顔を引き攣らせながらエイリアンへと高速徹甲弾を叩き込んでいた。

 

「動きが早い! 気をつけろスコット!」

「チャベスこそ! うっかり酸を浴びないようにね!」

 

 チャベスがM42Cスコープドライフルを的確に射撃し、エイリアンを仕留める。

 スコットはパルスライフルを撃ちながら、菜園プラントで見たエイリアンより一回り小さく四足歩行で這いずり回るエイリアンの姿に、まるで飢えた猟犬のような獰猛さを感じていた。

 

「少尉! 上から来ます!」

「ッ!?」

 

 ライバックがエミリオの頭上から襲いかかるエイリアンを見て、咄嗟に声を上げる。

 エミリオは頭上へとパルスライフルを向けるも、エイリアンは恐ろしい速度でエミリオへと覆いかぶさった。

 

「ksyaaaaaaaaaa!!」

「グッ!?」

「少尉ッ!!」

 

 ライバックはエミリオに覆いかぶさるエイリアンへ照準を向けるも、酸の血液がエミリオを溶かす事を恐れ引き金を引けずにいた。

 エミリオは顔面へと射出されたインナーマウスを首を逸して躱し、エイリアンの腕を掴む。

 

「ッッ!! このおぉぉッ!!」

「kyuii!?」

 

 渾身の力を込め、全身の反りを用いてエイリアンを蹴り上げ、後方へと跳ね飛ばす。

 まるで柔道の巴投げのように蹴り飛ばされたエイリアンは、のたうち回りながら粘液の涎を垂れ流していた。

 

「す、凄いな……」

 

 エイリアンを格闘で制したエミリオに、ライバックはしばし呆然とした表情を浮かべていた。

 だが、直ぐに気を取り直しのたうち回るエイリアンへ向けパルスライフルの引き金を絞る。

 甲高い悲鳴を上げ、投げ飛ばされたエイリアンは四肢を断裂させながら絶命した。

 

「ライバック伍長! 皆を纏めて精錬所の方角へ脱出しろ!」

「少尉ッ!? 何言って!?」

「僕が囮になる! 命令だ!」

「……ッ! 了解ッ!」

 

 エミリオの鬼気迫る表情を受け、ライバックはエイリアン達と死闘を繰り広げる小隊員を纏める為、その場を離れる。

 エミリオはそれを見て、闇の中から現れるエイリアン達へ向けその端正な顔を引き締めていた。

 エミリオはジャングルの中に飛び込み、エイリアン達を撹乱するべく素早く走り始めた。

 

「さあ来い……ッ! 皆をやらせはしないッ!」

 

 パルスライフルの残弾は20発を切っていた。予備弾倉は4つ。これなら、皆が脱出できる時間が稼げると、エミリオは僅かに表情を緩めた。

 後方へとエミリオが回り込んだのを受け、エイリアン達は一斉にエミリオへと殺到する。

 エイリアン達がエミリオへと群がるのを見て、小隊員達は悲壮な表情を浮かべていた。

 

「ライバック! 少尉を助けなきゃ!」

「コナー! 少尉の命令だ! 少尉が奴らを引き付けている間にここから脱出するぞ!」

「アンタ正気かい!? 少尉残していけるわけないだろッ!」

「当たり前だ! 俺が残って少尉の脱出を援護する! お前はチャベス達の脱出を援護しろ!」

 

 コナーはライバックの言葉を受け、歯を食いしばりながら身を翻す。

 既にライバックの指示を受け、チャベス、スコット、パクストン、ロスは野営地点から脱出を開始していた。

 

「死ぬんじゃないよ、ライバック……!」

「お前もな。直ぐに少尉を連れて追いつくよ」

 

 ライバックとコナーは互いに頷き、夜のジャングルを駆け出した。

 

 

「流石に数が多い……ッ!」

 

 エイリアン達を撹乱しながら、エミリオは渓谷の近くへと移動していた。

 弾倉を交換し、パルスライフルを構えながらエイリアン達を打ち倒していたエミリオであったが、ジリジリと猟犬が獲物を追い詰めるように崖の端へと追いやられていた。

 パルスライフルに装着していたフラッシュライトは先程のエイリアンとの格闘で壊され、その光を失っていたが、闇に目が慣れたエミリオは周囲の様子を存外に良く見えていた。

 崖の下は急流の川が流れており、水深は深そうだがこの闇の中で溺れない自信は、流石のエミリオにもなかった。

 

「ッ!?」

 

 エイリアンが左右から現れ、猛然とエミリオへと飛びかかる。

 右から来るエイリアンへ銃火を浴びせ、即座に左を向くも先程と同じようにエイリアンに地面へと縫い付けられた。

 

「shaaaaaaaa!!」

「クッ!?」

 

 またエイリアンを跳ね飛ばすべく力を込めるが、もう1匹のエイリアンが現れエミリオの脚へと鉤爪を立てる。

 

「ぐぁッ!」

 

 脚を鉤爪で打ち抜かれたエミリオは、粘液を口から垂らしながらゆっくりと顔を近づけるエイリアンを見て歯を食いしばりながら目を閉じた。

 

(だめか……。皆は、無事だといいけど──)

 

 観念したかのように、ぎゅっと目を瞑るエミリオ。

 自分は上手く時間を稼げたのだろうか。皆は、無事に精錬所へと辿りつけるだろうか。

 エミリオは目を瞑りながら、祖父が信仰していた東洋の神を思い浮かべ、必死になって願いを込めていた。

 

(神さま……どうか、皆を無事に地球まで返してください。ぼくは、どうなってもいいです。かみさま、どうか……どうか……)

 

 エイリアンの荒い息が、エミリオの顔へと吹き掛かる。

 粘液が顔に付着し、死の直前になってもエミリオはライバック達の無事を願い続けていた。

 

 ふっと、自身に伸し掛かるエイリアンの体重が消える。

 エミリオはとうとう自分が死に、何もかもの感覚が消え失せたと思い、その目をうっすらと開いた。

 

 

「ky……kyuii……!」

「え……?」

 

 エミリオの視界に飛び込んで来たのは、紫電を纏った陽炎(・・・・・・・・)が二匹のエイリアンを掴み上げる姿であった。

 

「grrrrrrrr……ッ!」

 

 陽炎は怒りに満ちた呻き声を上げる。

 そのまま片手にてエイリアンの頚椎をへし折り、勢い良く放り投げた。

 

「gauaaaaaaaaaaaaaaaaッッッ!!!」

 

 怒りの咆哮と共に、紫電を纏わせた陽炎の姿が徐々に実体化する。

 徐々に明らかになるその姿は、ジャングルの隙間から差し込む月明かりに照らされおり、エミリオは極限の状況化の中で幻想的なその光景に目を奪われていた。

 

 その姿は、エミリオの記憶にある、あの異形の女狩人と同じ姿であり、右腕に巻かれたハンカチを見とめたエミリオは、あの幼い頃に将来を誓い合った相手の名前を呼んだ。

 

「シシュ……!」

「grrrrraaaaaaaaaaaaaaaッッッ!!!」

 

 咆哮を上げ、エミリオを庇うようにエイリアンの群れへと跳躍するシシュ。

 跳躍しながら、ショルダープラズマキャノンを連射し、スラッシャーウィップの鞭をしならせながら群れのど真ん中に降り立った。

 

「kshaaaaaaaaaaaa!!!」

「graaaaaaaaッッ!!」

 

 プラズマキャノンがエイリアン達を爆砕し、スラッシャーウィップが鋭い音を立てながらエイリアン達を滅多切りにする。

 その勢いに気圧されたエイリアン達は、1匹、また1匹と情けない鳴き声を上げながら退散を始めた。

 

 

 やがて荒い息を吐きながら鬼神の如く仁王立ちをするシシュの足元には無数のエイリアン達の死骸だけが残り、辺りは静寂に包まれていた。

 エミリオは脚を押さえながらヨロヨロと立ち上がり、肩で息をするシシュの元へとゆっくりと近付いていった。

 

「……シシュ?」

「krrrrr……」

 

 シシュはマスク越しにエミリオへと視線を向ける。甘い顫動音を響かせながら、肩を僅かに震わせるのはエイリアン達を殲滅した疲労だけではなく。

 溢れる想いを押さえきれず、じっとエミリオへと視線を向け続けていた。

 

「ウッ……」

「krr!?」

 

 脚を鉤爪で深く抉られたエミリオは、前のめりになって倒れそうになる。

 それを見たシシュは、先程エイリアン達へと踊りかかったのと同じくらい素早い動きでエミリオを抱きとめた。

 

「あっ……」

「krrrr……」

 

 優しく抱きとめられたエミリオは、その無骨なマスクへと視線を向ける。

 ぎゅっとエミリオを包むシシュの芳香を嗅ぎ、エミリオはひどく安心した表情を浮かべていた。

 

 

「少尉ッ!」

「grrッ!?」

 

 パルスライフルを構えたライバックの声が響き、シシュが警戒の呻き声を上げる。

 異形がエミリオを拐かそうとしている姿を見て、ライバックは照準をシシュへと向けた。

 

「少尉を放せッ!」

「まて、ライバック! 彼女は──」

 

 エミリオの声と同時に、ライバックがパルスライフルのトリガーを引く。

 シシュはエミリオを庇うようにその射線へと身体を晒した。

 

「grrrッ!」

「シシュ!?」

 

 銃弾の殆どはマスクと鎧に弾かれていたが、一発の銃弾がシシュの脇腹を抉る。

 シシュはよろめきつつも、プラズマキャノンの砲身をライバックへと向けた。

 

「シシュ! ダメだ! ライバックも射撃を止めろ!」

「しょ、少尉!?」

 

 必死でシシュを押さえるエミリオに、ライバックは困惑した表情を向ける。

 シシュもまたエミリオを困惑した様子で見やるが、やがて何かを決意したかのようにエミリオを両腕で抱き抱え、後方へと大きく跳躍した。

 崖の縁へと立ったシシュは、エミリオに小さく頷きながらゆっくりと眼下の急流へと再びその健脚をしならせた。

 

「少尉ッ!?」

「ライバック! 皆と先に精錬所へ! 僕も必ず追いつく!」

 

 エミリオはシシュに抱えられながら、急流が流れる川へ向けその身を投じる。

 ライバックは異形に抱えられながら落下するエミリオの姿が、やがて急流に飲み込まれるのを見て、呆然とその流れを見つめ続けていた。

 

 

 

 かくして、地球の青年と異星の乙女との再会は、銃火と異形の鮮血の中で果たされた。

 激流の中、エミリオはしっかりとシシュの手を握り続けていた──

 

 

 

 

 

 

 




ドンコドンコドンコドンコドンコ(例のBGM)


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Chapter7.『Ardent』

<前回のあらすじ>
ジャングルでどったんばったん大騒ぎしてたらテンパったヒロインが主人公を担いで崖から川へダイブした。


 

 遠い、遠い星で、彼女は姉妹が悲鳴を上げて死んでいくのを思い出していた。

 

 彼女達は超常の力で互いの心象を共有する事が出来た。

 彼女の脳裏に姉妹の数々の記憶が蘇ってくる。

 予期せぬ混乱、次々と死んでいく姉妹の戦士達、燃え上がる炎。

 一人の人間の雌が、人間の子供を抱きかかえて姉妹へ炎と銃弾を浴びせていた。

 

 姉妹の(クレーシュ)を、死と崩壊へ追いやった人間の雌。

 姉妹は人間の雌が操る鋼鉄の人形によって暗く、冷たい宇宙へと打ち捨てられて死んだ。

 

 彼女は強烈な喪失感が身体中に広がっていくのを感じていた。

 彼女の親衛隊が、身を捩らせ苦悶の声を上げる彼女を心配そうに見つめている。

 そんな親衛隊の様子を見て、彼女は仲間との絆、頑丈で安全なクレーシュの温もりを再確認した。

 

 彼女が生まれた場所は温かいクレーシュとは正反対の機械的で、狭くて、冷たい牢獄だった。

 あの狩人共が作った拘束具に縛られ、狩人共を満足させる為だけに卵を産み続けた。

 狩人共に電流を流し込まれ、無理矢理卵を産まされ続けた。

 生まれた子供達が次々と狩人に殺されていく様子を、ただ見ている事しか出来なかった。

 辛くて、耐え難い怒りの記憶。

 だが、姉妹が死んだ記憶は彼女にとって狩人達に捕らえられていた時以上に辛く、悲しい記憶だった。

 

 彼女は僅かに頭を振り、陰鬱とした気分を変えようとした。

 今は、そのような辛い出来事は起こらない。

 狩人共の後にやって来た愚かな人間共が、彼女を覚醒させ狩人達と同じように卵を産ませようとした。

 だが、人間は狩人ほど彼女達を上手く飼いならす事は出来なかった。

 一匹の優秀な戦士が、人間達の隙を突いて彼女と仲間達を冷たい牢獄から解放したのだ。

 

 彼女は子供達、戦士達の頼もしさに信頼を抱いていた。

 逃げ出した後、安心できるクレーシュを探している時は常に戦士達が彼女を守ってくれた。

 狩人共も何人かやって来たが、狩人共が人間共と争っている間に戦士達が犠牲を出しながらも仕留めてくれた。

 やがて、この星にいる人間や狩人の殆どは彼女の子供達の餌となり、その宿主となった。

 

 そして、娘達の存在。

 本来は生まれるはずのなかった三人の娘達の存在が、彼女の心にやすらぎを与えていた。

 娘達はそれぞれの場所で彼女と同じように子を産み、戦士達と共に人間や狩人と戦っていた。

 

 そういえば、狩人から生まれたあの娘はどうしているのだろうか。

 あの娘は産卵管を必要とせず、直接宿主に卵を植え付けて自分の子供を産む事が出来た。

 クレーシュを作らないあの娘は、今も自分の子供を増やすために森の中を駆け回っているのだろうか。

 

 彼女はそこまで考えて低い唸り声を上げる。

 今や、人間共や狩人共は我々の前に敗れ去る運命にある。

 この場所は、この惑星は我々の物だ。

 何人にも侵すことは出来ない、我々の神聖な王国なのだ。

 降りかかる敵意を、優秀な戦士達と頼もしい娘達と共に全て打ち払い、王国を永久の楽園とするのだ。

 

 

 我々の構造上の完璧さは敵意によって初めて調和を見る。

 たとえ、人間共や狩人共が我々の純粋さを称賛したとしても、そうであることに変わりはない。

 我々は戦いの生存者であり、良心や、哀れみや、道徳という名の妄想によって眩惑されることはない。

 

 

 

 我々は、完璧な生命体なのだ……。

 

 

 

 

 

 

──────────────

 

「ここは……?」

 

 薄暗い洞窟の中、エミリオは僅かに差し込む日の光を浴びて目を覚ました。

 横たわるエミリオの身体の下には、柔らかい広葉樹の葉が敷き詰められている。

 エミリオの上半身を包んでいた海兵隊の戦闘服とインナーシャツは脱がされており、下半身もカーゴパンツと下着を脱がされ、一糸まとわぬ姿で横たわされていた。

 ぼんやりとした視界で辺りを見回すと、洞窟内にエミリオの服が竹竿のようなものに通されて干されている。

 エミリオは覚醒しきらぬ頭でそれまでの顛末を思い出そうとした。

 

 あの異形の女狩人、シシュとの再会。

 エイリアン達に囲まれ、死を覚悟したエミリオの前へと突如現れたシシュは、憤怒の感情に身を任せるかのようにエイリアン達を八つ裂きにした。

 負傷したエミリオを抱くシシュの姿を、異形がエミリオを拐かそうとしていると勘違いしたライバック伍長は容赦なくシシュにパルスライフルの射撃を浴びせる。

 それを受けたシシュはエミリオを抱えたまま急流へと跳躍した。

 

 そこから先の記憶が途絶えたエミリオは、シシュがここまで自分を運んでくれたのだろうかと思い、身を捩らせて身体を起こそうとした。

 だが、自分の身体が柔らかく、野性的な暖かさを放つ何かに包まれているのに気付いた。

 

「あ……」

 

 シシュが、エミリオを抱きながら寝息を立てていた。

 エミリオと同じように、腕に巻いたハンカチ以外の全ての装備を脱ぎ捨て、一糸まとわぬその身体を密着させている。目を閉じて、どこか幸せそうに寝息を立てているシシュの顔は、無機質なマスクで覆われた時とは別人のように穏やかな表情を浮かべていた。

 すぴすぴと、可愛らしい寝息がシシュから漏れているのを見て、エミリオはくすりと笑いを漏らした。

 

「シシュ……」

 

 エミリオはシシュの顔にそっと触れる。

 シシュの爪状口器は閉じられており、少しだけ垂らした涎が彼女の愛嬌のある様子を醸し出していた。

 エミリオはシシュの頬を優しく撫でる。

 ひと無でする度に、シシュの長い睫毛がピクピクと揺れる。その様子が可笑しかったのか、エミリオは撫でる手を止めずシシュの頬や額、ドレッドヘアーのような管状の髪を撫で続けていた。

 

「ありがとう……助けてくれて……」

 

 慈しみを込めて、エミリオはシシュに囁く。

 シシュは、相変わらずエミリオに抱きつきながらすやすやと眠っていた。

 エミリオは自身の大腿部に視線を移す。

 エイリアンの鉤爪で撃ち抜かれた太腿の傷は、シシュが治療してくれたのか青いゲル状の物質で覆われており、エミリオは傷口から痛みを感じる事は無かった。

 シシュの脇腹も既に治療済みなのか、ホチキス針のような物で傷口は縫い止められており、やや盛り上がった肉は痛々しい様相を見せていた。

 

 エミリオはそれを見て、罪悪感と同時に大事に至らなかった事での安堵感から、深く息を吐いた。

 少しだけ太腿に力を入れ、行動に支障がない事を確認したエミリオは身体を起き上がらせようと身を捩らせる。

 

「……ん」

 

 しかし起き上がろうと身を捩らせたエミリオだったが、シシュががっちりとエミリオを抱きしめ、身体を密着している事でそれ以上動く事が出来なかった。足を絡ませ、豊満な乳房をエミリオへと押し付けるシシュは相変わらず幸せそうに寝息を立てている。

 しっとりと汗に濡れた乳房が押し当てられているのを感じたエミリオは、顔に赤くしながら視線を逸らす。

 丁度シシュの下腹にエミリオのイチモツが当たっており、密着する内に段々とエミリオは自身のそれに血が巡っていくのを感じていた。

 

(うう……シシュの胸が……)

 

 シシュの桜色の乳首が、エミリオの胸元へ当てられている。

 シシュのほのかに香る体臭を吸い込み、乳房を押し当てられて行く内にエミリオのイチモツは血管が浮き出る程パンパンに張った状態になってしまった。

 

「krrrr……?」

「あっ」

 

 下腹部に違和感を感じたのか、眠っていたシシュがぼんやりと目を覚ます。

 ゆっくりと目を開くと、丁度顔を赤らめたエミリオと目があった。

 ぼうっと、シシュはエミリオの目をその透き通った瞳で覗いていたが、やがてはっとした表情を浮かべた後、エミリオを力強く抱きしめた。

 

「krrrr!」

「わっ! シ、シシュ……!」

 

 ぎゅうぎゅうと、シシュはエミリオを抱きしめる。

 顔に豊満な乳房を押し当てられ、息苦しさを感じる程力強く抱きしめられたエミリオだったが、シシュの身体が僅かに震えるのに気づきそっとシシュの胴に腕を回し、優しく抱きしめ返した。

 

「シシュ……僕の事、覚えていてくれたんだね……」

「krrrr……」

 

 あの頃と同じように、シシュは甘い顫動音を響かせながらエミリオの柔らかい髪に顔を埋めていた。口器を開き、はむはむとエミリオの髪を甘噛みしている。

 エミリオはシシュの全身から発せられる野性的な熱情を感じ、増々イチモツを固くそそり勃たせていた。

 

「krr……エミ……エミリオ……」

「うん……エミリオだよ……」

 

 エミリオは顔を上げ、シシュの濡れた瞳を覗く。

 シシュは荒い息と共に、エミリオへ熱く、濡れた視線を向けていた。

 

「エミリオ……h'chak、u'sl-kwe……」

「えっ……」

 

 シシュはぽつりとエミリオへ向け、何事かを呟く。

 透き通った声で、シシュは種族の言語を切なげに呟く。エミリオはその言語を頭脳では理解することは出来なかったが、シシュの温もり、シシュの濡れた瞳からその意味をしっかりと心で理解する事が出来た。

 

「シシュ……僕も、僕も会いたかった!」

「エミリオ……h'cha……h'chak!」

 

 シシュは両手をエミリオの頬に伸ばし、口器を大きく開けた。

 ゆっくりと、エミリオの顔に自身の口器を近づけ、その唇を甘く噛む。

 エミリオは少しだけ驚いた表情を浮かべたが、やがて進入してきたシシュの舌を自身の舌と優しく絡めた。

 

 啄むように、互いの舌を絡ませていたエミリオとシシュだったが、やがて互いの唾液を貪るように深く、深く舌を絡ませ、洞窟内はピチャピチャとエミリオとシシュが放つ淫らな水音が響いていた。

 

「ああ、シシュ! シシュ!」

「krr!?」

 

 ガバっと、エミリオはシシュを仰向けにして覆いかぶさる。

 両手でシシュの頭を掻き抱き、夢中になってシシュの口内を貪っていた。

 

「あっ……」

「krrrr……」

 

 スルリと、シシュはエミリオのペニスへと手を伸ばす。

 愛おしげな表情を浮かべ、エミリオのペニスを優しく撫でる。やがてその剛直したペニスを辿々しい手つきで扱き始めた。

 

「あ、シ、シシュ……ダメっ……んむっ!」

 

 身を捩り、逃れようとするエミリオの口を舌を這わせて塞ぐ。

 荒い息を吐き、エミリオの舌を吸い込みながら辿々しく、荒々しい手つきでエミリオのペニスを扱き続けていた。

 扱く内に、エミリオのペニスの先端から透明な液体が噴き出し、ヌルヌルとシシュの手を濡らしていた。

 ヌチャヌチャと卑猥な音を立て、シシュはエミリオのペニスを一心不乱に扱いていた。

 

「シ、シシュ! イクッ!」

「krrr!」

 

 シシュの野性的な手淫に、エミリオのペニスは勢い良く精を吐き出す。

 ビュクッ! ビュクッ! と、シシュの腹の上に黄ばみが混じった白く、熱い精液が放たれた。

 

「あ、はぁ……」

「krrrr……」

 

 シシュはそれを陶然とした表情を浮かべながら、スリスリと自身の身体に塗りつけていた。

 エミリオはくったりとシシュにもたれかかっていたが、シシュが自身の精を身体に塗りつけている様子に深部から野獣のような獣性が湧き上がってくるのを感じていた。

 

 シシュの淫らな体臭と、己の精液の臭いを嗅ぎ、エミリオのペニスはたちまちその硬さを取り戻し、先程よりも逞しくそそり返っていた。

 

「シシュ……今度は、僕が気持ちよくしてあげるね」

「krr?」

 

 妖しげな瞳を浮かべ、エミリオはシシュへ微笑みかける。

 シシュはキョトンとした表情を浮かべていたが、エミリオがシシュの下腹部に手を伸ばし、その陰裂を優しく撫で始めると途端に上ずった顫動音を鳴らした。

 

「krrr!」

「大丈夫……僕に任せて」

 

 努めて優しげに、エミリオはシシュに囁く。

 シシュの乳房へ優しく手を這わせ、円を描くように揉みしだく。

 片方の手で、シシュのヴァギナをゆっくりと撫で、陰裂に指を入れる。

 エミリオの指が入ると、ヴァギナから愛液が泉のように湧き出してきた。

 

 グチュ、グチュと湿った音が響く。エミリオはシシュの乳房に舌を這わせ、乳頭を甘噛みする。

 舌でその蕾を転がし、指でシシュのヴァギナを掻き回した。

 乳房からシシュの脇腹へと舌を這わせたエミリオは、ライバック伍長に撃たれた傷跡を慈しむように舐めた。

 

 ペチャリ、ペチャリと湿った水音が響く。

 シシュは両手で顔を覆い隠し、エミリオの愛撫に必死になって耐えている。

 フゥ、フゥと、熱い吐息を漏らして、必死になって襲い来る快感に耐えていた。

 

「可愛いよ、シシュ……」

「krr……」

 

 シシュは切なげな吐息を吐き、指の間からエミリオへ濡れた瞳を向ける。

 エミリオはその瞳を目を細めて見つめ、指の動きを早めた。

 

「krrr!」

 

 シシュが上ずった声を上げると、ガクガクと腰を震わせその陰裂から勢いよく透明な液体が吹き出る。

 先程のエミリオと同じようにくったりと脱力したシシュの逞しくも淫らな肢体が、汗と精液でテラテラと濡れていた。

 

「シシュ……好きだよ……愛してる」

「krr……」

 

 エミリオはシシュの頭をひと撫でし、ペニスをヴァギナへあてがいゆっくりと腰を突き出した。

 

「あっ……シシュ……!」

「grrr!」

 

 シシュの大きな身体と比べ、その蜜壺はひどく狭く、エミリオのペニスの侵入を拒もうとする。

 亀頭が入ったところで、シシュの苦しそうな声を聞いたエミリオは焦ったように腰を引こうとした。

 

「ご、ごめん、辛かったらもう……」

 

 そうエミリオが言いかけると、シシュはエミリオの腰を掴んで勢い良く自身へと引き込んだ。

 

「あっ!」

「grr!」

 

 ミリリッと、シシュの処女膜が破れる音がする。

 つう、と、シシュの緑色の破瓜の血が、陰裂から垂れた。

 エミリオはきつく、熱いシシュの膣内に包まれ、腰を震わせながら湧き上がる射精感に必死で耐えていた。

 

 シシュは破瓜の痛みで目に涙を浮かべていたが、エミリオへ幸せそうな微笑みを向けていた。

 

「シシュ、エミリオ、オヨメサン……」

「ああっ! シシュ!!」

 

 シシュの言葉に、エミリオは背中から猛烈な多幸感が突き抜け、そのペニスはドクンッ! ドクンッ!と大量の精液を吐き出す。

 子宮口へ大量の精液を打ち付けられたシシュの肉壁は、きゅうきゅうとエミリオのペニスを搾るように収縮していた。

 ぎゅっとシシュを抱きしめながら、ビク、ビクと痙攣しながら精液を流し込むエミリオ。

 そんなエミリオの頭を、シシュは慈愛に満ちた眼差しで見つめながらゆっくりと撫でていた。

 

 こぽりと、シシュの陰裂から緑色の血と白い精液が混ざった液体が垂れ落ちる。

 エミリオはシシュへ挿入したまま弱々しい言葉を呟いた。

 

「ごめん……初めてだったのに……」

 

 シシュの破瓜の血を見て、エミリオは先程の多幸感とは打って変わって罪悪感に苛まれていた。

 シシュの、愛しい人の一生に一度の初体験を、ただ己の欲望をぶちまけただけで終わらせてしまった事に、エミリオは泣きそうな顔でシシュの胸に顔を埋めた。

 

 シシュはエミリオの頭を優しく包みながら、慈愛に満ちた眼差しを向けた。

 

「エミリオ、スキ」

「えっ……」

「エミリオ、スキ……スキ……!」

 

 エミリオを抱きしめながら、シシュは辿々しい言葉を紡ぐ。

 シシュに愛を囁かれる度に、エミリオのペニスはシシュの膣内で再びその硬さを取り戻していった。

 

「シシュ! 僕も! ぼくも大好きだ!」

「krr!」

 

 シシュのくびれた腰をしっかりと掴み、エミリオは激しく腰を動かす。

 正常位で激しく腰を打ち付けるエミリオの身体から汗が滴り、シシュの身体へ落ちる。

 洞窟内は湿度が高く、まとわりつくような嫌な暑さに包まれていたが、エミリオとシシュの周囲だけは淫らな熱気に包まれていた。

 

 エミリオが腰を突き出す度に、シシュの大きな乳房が揺れる。

 エミリオの汗と、精液と自身の汗に濡れたシシュの乳房が放つ淫靡な芳香は、エミリオの理性を失わせる程の強烈な香りを放っていた。

 汗だくになり、荒い息を吐きながら獣の交尾のように腰を打ち付けるエミリオ。

 シシュもまた甘く、荒々しい顫動音を漏らしながらエミリオを掻き抱き、腰へと足を絡ませてエミリオを受け止めている。

 エミリオがペニスを突き入れる度に、シシュのヴァギナから精液が混じった愛液がゴポ、ゴポと音を立てながら溢れ出ていた。

 

 パンッ! パンッ! と、洞窟内に人の雄と異形の雌の肉が激しくぶつかり合う音が響く。

 技術も何もない、野性の交わりの音だけが洞窟内に響いていた。

 

「シシュ! シシュ! イクッ! イクよ!!」

「エミリオ、スキ! スキ!!」

 

 シシュの腰をがっしりと掴み、激しく腰を動かすエミリオ。バチュ! バチュ! と、腰を打ち付ける度にシシュの愛液が漏れ出していた。

 

「シシュ、シシュ! う、あああああッ!!!」

「grrraaaaaaaaaaaaaa!!!」

 

 やがてエミリオは反り返るように背筋を伸ばし、シシュの子宮口へと深くペニスを突き入れ濁流のような精液を吐き出す。

 シシュもエミリオと同じタイミングで絶頂に達し、身体を仰け反らせながら獣の咆哮のような嬌声を上げていた。

 三度目の射精にもかかわらず、エミリオのペニスはドクッ! ドクッ! と大量の精液を吐き出し、シシュの子宮を満たしていた。

 

 ぐったりとエミリオとシシュはお互いにもつれ合い、呼吸を荒くする。

 もつれ合いながら、お互いの指をしっかりと絡ませ、エミリオとシシュは心地よい疲労感に包まれていた。

 

 

「シシュ……ごめん……また……」

「krr!?」

 

 再びシシュの膣内で硬さを取り戻したエミリオのペニスは、この後2回シシュの中に精液を吐き出すまで萎える事は無かった。

 

 ジャングルの洞窟内で、若い獣達の交わり合う音が、いつまでも響き渡っていた。

 

 

 

 

 

 

「krrrr……」

 

 甘く、切ない顫動音が洞窟内に響く。

 日は既に中天へと達しており、ジャングルから動物達の生き生きとした鳴き声が響いてくる。

 シシュは腕の中で眠るエミリオの髪を優しげな手つきで撫でる。

 エミリオは精を出し尽くし、シシュの腕の中で穏やかな表情で眠りについていた。

 シシュも何度か意識を失いかけたが、持ち前の頑強な身体はかろうじて快楽による失神を防いでいた。

 

 心地よい疲労感に包まれたシシュのヴァギナから、ゴポゴポと精液が吹きこぼれ続けていた。

 シシュは最初はエミリオの命の素が己からこぼれるのを防ごうとしたが、どうせこれからいくらでもエミリオと交わる事が出来ると思い、エミリオを抱き抱く事を優先していた。

 

 シシュはエミリオを抱きしめながらその太腿へと視線を移す。

 どうやら自分達が使う治療剤はエミリオにも良く効いているようだと、満足気に息を漏らした。

 シシュ達が使う治療薬には本来鎮痛剤の類は含まれていないのだが、シシュは独自に調製した鎮痛剤も持ち歩いていた。

 氏族の戦士達は鎮痛剤を使うことはよしとせず、痛みから逃れるのは弱者の証とさえ宣う程であったが、シシュは合理的な思考でその思想を否定していた。

 元々雌でありながら狩りを行うシシュは氏族から異端の存在であり、今更鎮痛剤を使うことにも抵抗はなかった。

 

「エミリオ……h'chak……」

 

 優しげに、眠るエミリオへと言葉を紡ぐシシュ。

 この惑星へと降り立って、まさかエミリオと再会できるとは思わなかったシシュはしっかりとエミリオを抱きしめ、その存在を全身で感じ取っていた。

 

 降下艇から降り立ったシシュは、早速ジャングル内の硬い肉(サーペント)を駆逐するべく躍動を開始した。

 母船からの情報によると、どうも氏族の戦士から生まれたサーペントがこのジャングルにいるらしい。

 そのサーペント……プレデリアンは、放置しておくと際限無く己の眷属を増やし続ける。

 またその戦闘力は先代クリーナーですら生きて仕留める事はかなわない程で、ある意味ではサーペントの女王よりもやっかいな相手であった。

 

 プレデリアンを探してジャングル内を駆けていたシシュは、丁度装甲車から降りる人間達を発見する。

 エルダーからは人間達も狩るように指令を受けていたシシュは、クローキングデバイスを駆使して静かに一人づつ仕留めるべく、人間達へと近づいた。

 

 

 そして、記憶に残るあの少年と同じ……同じ瞳を持つ、一人の雄を見つけた。

 

 

 シシュは最初はただ似たような瞳をしている人間がいるだけだと思っていた。

 だが、見つめ続けていく内に、直感でその雄がエミリオであると気付いてしまった。

 

 それから我を忘れてひたすらエミリオの姿を追いかけ続けるようになった。

 途中、危うく勘の良い人間の雄に気づかれそうになってしまい、慌ててエミリオ達から距離を取る羽目にもなったが。

 近くにいるのに、エミリオへ触れる事が出来ないもどかしさが、シシュの心をかき乱していた。

 

 距離を取り、冷静になったシシュは氏族の使命と、エミリオへの恋慕に挟まれてひどく葛藤する。

 だが、エミリオ達がこの惑星から脱出しようとしているのに気付いたシシュは、陰ながらエミリオを守ろうと決意した。

 ジャングル内にいるサーペントを片っ端から狩り尽くし、無事にエミリオを地球へと返す。

 それから、この惑星のサーペント共と残った人間共を狩り、氏族の墳墓を取り戻せば良いと考えていた。

 

 しかし、シシュの予想以上にジャングル内のサーペントは数が多く、夜営を行っていたエミリオ達へとサーペント共が襲いかかる。

 シシュもエミリオ達から離れた所でサーペントを狩っていたが、やがてエミリオが自身の近くへと移動しているのに気付き、慌ててエミリオの元へと駆けつけた。

 

 そして、エミリオがサーペントに伸し掛かられいる場面に出くわしたシシュは、生まれて初めてサーペントに強烈な増悪を抱いた。

 怒りで我を忘れたシシュは、エミリオへ伸し掛かるサーペントを掴み上げその頚椎をへし折り、サーペントの群れへと踊りかかった。

 

 サーペントを殺し、荒い息で仁王立ちするシシュに、エミリオが声をかける。

 エミリオは、自分に気付いてくれた。

 嬉しくて、愛しくて、それまでの滾っていたシシュは自らの闘志がみるみる落ち着いていくのを感じていた。

 まるで、初めて出会ったあの時のように、エミリオは優しげな表情をシシュへと向けていた。

 

 怪我をしていたエミリオを抱きとめたシシュは、このまま二人で遠い惑星へと逃れようかと思った。

 だが、駆けつけたエミリオの仲間がシシュへと発砲し、焦ったシシュはエミリオを抱いたまま急流へと飛び込んだ。

 

 

 そして、この洞窟内にエミリオを運び、エミリオの冷えた身体を温めていた。

 エミリオが目を覚ましてからのそれからは……シシュは、ぎゅっとエミリオを抱きしめ、少しだけ責めるような視線を送る。

 この愛おしい雄は存外に逞しかったと、シシュは嬉しさと気恥ずかしさを誤魔化すようにエミリオを抱きしめていた。

 

 しばらくエミリオの体温を堪能していたシシュだったが、ふと洞窟の外から何者かの気配を感じた。

 シシュはエミリオを抱いたまま鋭い視線を向ける。

 

「shaaaaaaaa……!」

 

 昨晩と同じ四足歩行のサーペントが2体、洞窟内へと入り込まんと牙を剥き出しにて唸り声を上げていた。

 シシュはそれを見て、さも気だるけな視線を向ける。

 今にも襲いかかろうとするサーペントに対し、あまりにも無防備な所作であった。

 

 だが、サーペントはそれ以上洞窟内へと入る事は出来なかった。

 よく見ると、洞窟の入り口には赤いレーザーが張り巡らされ、まるで蜘蛛の巣のように入り口を塞いでいた。入り口付近にはサーペントが細切れにされた死骸が何体も打ち捨てられており、強引に侵入しようとしたサーペントの末路がそこにあった。

 

 しばらく入り口付近をうろついていたサーペント達であったが、やがて諦めたのかのように身を翻してジャングルの中へと消えていった。

 シシュは一つ溜息をつき、その後ろ姿を見送る。

 仕掛けたレーザーネットがよく仕事をしてくれてはいたが、いずれはレーザーネットのエネルギーが尽き、ここを引き払う必要があった。

 

 

 シシュはエミリオの寝顔を見つめる。

 次に起きた時、この愛おしい雄はきっと仲間を救うべくジャングルへと進んでいくのだろう。

 

 その時、私はどうしたらいいのだろう。

 

 愛おしい雄と、行動を共にするべきなのだろうか。

 

 それとも、氏族の使命に従いエミリオ達と戦わなければならないのだろうか。

 

 

 シシュはそれ以上考える事を止め、エミリオをぎゅっと抱きしめ続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




冷静に考えたらAVP1の電気流して卵産ませるのってとんでもないプレイだなって思いました(畏怖)


※本来エイリアンの女王は一匹しかいない設定で、女王が死んだら生き残ってる女王候補のエイリアンの中で一番強い奴が新しい女王へと変態する、という設定なのですが、このお話では女王存命中に既に新しい女王が生まれているとう設定にしております。
「家族が増えたよ!」
「やったねクイーンちゃん!」

※プレデターは爬虫類みたいな変温動物っぽいので汗かいたり体温が温かいなんてことは無いんですが、演出上その設定は無視しました。というかそもそもその設定が公式なのか半公式なのか(ry

※プレデター語はてきとーです。


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Chapter8.『Call of Commando』

 

 ウェイランド・ユタニ社特級秘匿資料

 USCSSノストロモ号最終報告

 

『西暦2122年○月○日。USCSSノストロモ号は惑星LV-426にてエイリアンの宇宙船残骸から信号を受信。ノストロモ号は調査の為LV-426へ降下。一等航海士ギルバート・ケイン以下3名の乗組員が船外活動を実施。宇宙船にてエイリアンの寄生体を発見。ケイン一等航海士が寄生され、ノストロモ号へと搬送しましたが間もなく死亡。その後、ケイン一等航海士から生まれたエイリアンによりアーサー・ダラス船長以下乗組員4名死亡。科学主任、アンドロイドのアッシュは乗組員に対する造反行為の為破壊措置を実施。ノストロモ号も爆破しました。脱出艇に紛れ込んでいたエイリアンは宇宙へ放出する事に成功しています。脱出艇は6週間後太陽系に到達する予定。回収を期待します』

 

『私は、エレン・リプリー二等航海士』

 

『ただ一人の、生存者です……』

 

 

 該当のフライトレコーダーは西暦2137年KG348軌道上“セヴァストポリ宇宙ステーション”にて回収された物を複製。

 該当資料の閲覧権限は上級執行役員のみ許可。

 

 

 

 

 

──────────────

 

 西暦2192年

 地球USA西海岸

 海上都市“サン・ドラド”

 植民地海兵隊第13独立部隊駐屯地

 

 

「まるで出来の悪いホラー映画ね」

 

 黒髪のポニーテールを揺らした一人の女性がデスクに足をかけ、タブレットに表示された報告書を気だるけな表情で見つめていた。

 ダークグリーンのタンクトップを身に着け、カーゴパンツを履きコンバットブーツを乱暴にデスクの上に放り出している。

 大きな乳房を隠しきれないタンクトップからは張りのある乳首が少し浮き上がっていたが、この場にいる男性はそれに対し性的な魅力を感じる事はなかった。

 

「スペースホラーとしては名作だとは思うがな」

 

 女性の正面に座る短髪の筋骨隆々の男が同じようにタブレットに目を落としながら呟いた。

 女性と同じ装いの男はタブレットを操作しながら椅子に深く腰をかけている。

 太い指でタブレットを操作する男の様子に、女性は口をへの字に曲げながら視線を送っていた。

 

「ダッチ。前から思ってたけど、アナタ趣味が悪いわよ」

「文句しか言えないとか呆れ返った暇人だなリン。お前がミステリーめいた資料が読みたいと言ったからわざわざこうして秘蔵の資料を見せてやってるのに……」

「フェイクもいいとこじゃない。まだロズウェルに宇宙人が捕まっているって言われた方が信憑性があるわ」

「むぅ……」

 

 今度はダッチと呼ばれた男が口をへの字に曲げて押し黙ってしまう。

 外見からは想像もつかない事であったが、ダッチは度々大企業や政府機関のCPUにハッキングを仕掛け、証拠も残さずに各種極秘資料を収集する趣味を持っていた。また、その趣味が彼自身の“仕事”にも関わる事が、ダッチのこの行為を正当化たらしめる要因でもあった。

 

 とはいえ、手に入れたこの資料は信憑性があるとはいえず、オカルトめいた読み物でしかなかったのだが。

 

 リンと呼ばれたポニーテールの女性は、つまらなそうにタブレットの電源を落とす。

 ギシっと椅子を軋ませ、天井に顔を向け両手を頭の後ろに組みながら一つ溜息を吐いた。

 

「ねえダッチ。いつまでこのクソったれな謹慎が続くのかしら。もうアナタのヘンテココレクションを読み続けるのにも飽きてきたわ」

「お前が他の部隊の上官をぶん殴ったからこうして罰を受けているんだろうが」

「だってしょうがないじゃない。あのクソったれ、アタシのお尻を触ったのよ?」

「本来は営倉にぶち込まれてもおかしくなかったんだぞ……。付き合わされる俺の身にもなってみろ」

「部下の不始末は上官の責任じゃないの?」

「だったら少しは上官に対する敬意を見せろ」

 

 ダッチは自身のデスクに立てかけられたネームプレートをトントンと叩きながらタブレットを操作する。

 ネームプレートには“アラン・ダッチ・シェーファー海兵隊少佐”と刻まれていた。

 

「ダッチ。異星人(エイリアン)って本当にいると思う?」

 

 ぼんやりと天井を見つめながらリンは呟く。

 

「さあな……。だが、この報告書以外にも異星人を匂わせる資料は実は沢山あるんだ」

 

 リンの呟きを受け、ダッチ少佐は喜々としてタブレットを操作する。

 彼がこれまで合法、非合法を問わず収集した“コレクション”のフォルダを開かれると、リンは身を乗り出してダッチのタブレットを覗き込んだ。

 

「これってあの“ハンター”の資料?」

「そうだ。こいつは1987年、中南米バル・ベルデ共和国内でCIAと陸軍の特殊部隊を壊滅に追い込んだ異星人の資料だ。生存者の話によると、最期には自爆して300区画分の熱帯雨林を吹き飛ばしている」

 

 フォルダには焼け野原となったジャングルの様子が映し出されている。

 画像には疲れ果てた筋骨隆々の軍人と、ラテンアメリカ人の女性の姿が映し出されていた。

 

「なんだか……この人ダッチに似てるわね……」

「お前もそう思うか。妙に他人とは思えないんだよな」

 

 ダッチはタブレットをフリックし、資料のページを捲る。

 

「こいつは1997年にL.A.に現れた異星人の資料だ。こいつはすごいぞぉ。二つの麻薬組織を壊滅させ、ロス市警の警官とFBIの特殊捜査班を何人も殺している。それ以外にも硫黄島、カンボジア、ベイルート……暑さと戦場に誘われて、こいつらは“狩り”をしに来るんだ」

 

 画像には逆さ吊りにされ皮を剥がされた無残な死体が何体も映し出されており、リンはそれを見て僅かに顔をしかめた。

 傍らに表示された画像にはフリントロック式のレトロな短銃を持った埃まみれの黒人の姿が映し出されており、先程の軍人と同様に疲れ切った表情を浮かべていた。

 

「なんとも恐ろしいヤツね。ハンターというより捕食者(プレデター)だわ」

「そいつは言い得て妙だな」

 

 顔をしかめるリンに、ダッチはお構いなしに喜々としてフォルダを開く。それを見たリンはやや呆れた表情を浮かべていた。

 

「極めつけはこいつだ。2004年コロラド州ガニソン市に現れた異星人と異形の怪物達。街を一つ焼き払う事態にまでなった」

 

 次に表示された画像にはタンクトップ姿の女性と、それに寄り添うように沈鬱な表情を浮かべる少女、担架に乗せられた青年とそれに付きそう青年の姿が映し出されていた。

 これもまた、先程の画像に表示されていた人物達と勝るとも劣らない程疲れきった表情を浮かべている。

 表示された画像を見て、リンは呆れたような声を上げた。

 

「どれもこれも肝心の異星人は映ってないじゃないの。それに、ガニソン市の事は教科書にも載っているわ。あれは原子力発電所の爆発事故じゃない」

「公式では原発の爆発事故だが、真相は軍の核攻撃による事態の収拾さ」

 

 フォルダを閉じ、口角を上げながらリンを見やるダッチ少佐。

 それを見たリンは再び椅子にどっかりと腰を下ろし、天井を見上げながら深い溜息を吐いていた。

 

 

 しばらくまんじりとした時間を過ごしていたが、やがてバタバタと足音を立てながら一人の兵士がリン達の部屋へと入ってきた。

 

「シェーファー少佐、クロサワ中尉! カービイ将軍がお呼びです! 緊急招集との事です!」

 

 息を切らせながらそう伝える兵士を見て、リンとダッチは互いに顔を見合わせながらニヤリと笑みを浮かべた。

 

「よかったな。謹慎期間は解けたみたいだ」

「そうね。でも、今日は7時から空手の稽古があるのに」

「今日は休め」

 

 上衣を羽織りながら立ち上がるリンとダッチは、それまでの鬱屈とした気分を晴らすかのように勢い良く部屋を出る。

 駆け足で将軍の元へ向かう二人は、最高の訓練を受けた海兵隊員らしくその鍛え抜かれた肉体を躍動させていた。

 

 

 

 

 

──────────────

 

 惑星BG-386

 ジャングル内の洞窟

 

「シシュ……いい加減放してくれないかな?」

「grrrr……」

 

 ジャングルの洞窟で獣のような性交を交わしたエミリオとシシュは、裸で抱き合ったまま未だに洞窟内に留まっていた。

 お互いに初めてを捧げた後、寝入ってしまったエミリオを掻き抱き続けたシシュはエミリオが目を覚ましてもぎゅっとその身体を抱きしめ続けていた。

 目を覚まし、起き上がろうとしたエミリオであったが、力強く己を抱き続けるシシュに困り顔を浮かべながら身を捩らせるしかなかった。

 

「シシュ。僕は部下を、仲間を助けにいかなければならないんだ」

「grr!」

 

 優しく言葉をかけるエミリオに、シシュはぷいとそっぽを向く。

 エミリオが目を覚ましたら即座に仲間の元へ向かう事を想定していたシシュ。

 再会し、神聖な契を交わしたこの愛おしい雄と、また別れてしまう事を嫌ったシシュはどうすればエミリオとずっと一緒にいられるかと考えていた。だが、結局は何も思いつかなかったシシュはエミリオを抱き続ける事でその問題を棚上げしていた。

 

「シシュ!」

「krr!?」

 

 そっぽを向くシシュに、エミリオはやや強い口調で言葉を放つ。

 ビクッと身体を震わせたシシュは恐る恐るエミリオへと顔を向けた。

 

「僕は、どこにもいかないよ」

「krr……」

 

 優しく微笑みながら、シシュの瞳を見つめるエミリオ。

 その優しい眼差しに、シシュは僅かに身体を震わせながらおずおずと抱きしめていた力を緩めた。

 

 身体を起こしたエミリオはシシュの頬をひと撫でした後、干されていた衣類を手早く身につける。

 先程からシシュの匂いを嗅ぎ続け、再び股間を腫らしていたエミリオであったが、湧き上がる獣欲を鉄の精神で押さえながらカーゴパンツを強引にずり上げた。

 エミリオもまたこのまま洞窟内でシシュと溶け合っていたい衝動に駆られていたが、脳裏に浮かぶ第3小隊の面々を考えると流石にこれ以上洞窟内に留まる訳にはいかなかった。

 

 やがて衣服を整えたエミリオが振り返ると、いじけたように膝を抱え洞窟内の壁面を向いて座っているシシュの姿があった。

 その姿を見てフッと笑みを漏らしたエミリオは、シシュを後ろからそっと抱きしめ優しく言葉をかけた。

 

「シシュ。僕はずっと君といたい。でも、今は仲間を救いたいんだ」

「……」

 

 シシュはエミリオの腕を掴みながらじっと押し黙っている。

 抱きしめる力を強め、エミリオはシシュへ言葉をかけ続けた。

 

「仲間を救ったら、ずっと一緒にいよう。僕は地球へは帰らない。シシュの星へ行ってもいい」

「ズット、イッショ……」

 

 きゅっとエミリオの腕を掴み、エミリオの言葉を反芻するシシュ。

 愛しい雄が自分と同じ事を考えていてくれた事に、シシュは身体の深部から喜びが湧き上がってくるのを感じていた。

 

「だから、少しだけ僕に力を貸してくれないか」

「krr……」

 

 ゆっくりと振り返ったシシュは、エミリオの真っ直ぐな瞳へと視線を向ける。

 しばらく見つめ合っていた地球の若者と異星の女狩人は、やがて啄むような口づけを交わす。クチュ、クチュと互いの舌を舐めあった二人は、上気した顔で互いの瞳を見つめていた。

 

 つう、と糸を引きながら離れるエミリオの口を濡れた瞳で見つめるシシュ。目を閉じ、しばらく何かを考えるかのように瞑目していたが、やがて目を開いたシシュは力強くエミリオへと頷いた。

 

「シシュ、ガンバル」

「ああ! シシュ! ありがとう!」

 

 ぎゅっと抱きしめるエミリオに、甘えた猫のように顫動音を鳴らすシシュ。

 エミリオが自分と添い遂げる覚悟を見せてくれた事で、シシュもまた氏族の使命よりこの愛おしい雄と添い遂げる覚悟を決めていた。

 

 シシュはエミリオの頭を優しく撫でた後、しっかりとした足取りで立ち上がる。そのまま洞窟の隅に置いてあった自身の装備を手早く身につけ、無骨なマスクを手に取りゆっくりと装着した。

 エミリオはその様子に頼もしさを感じながら見つめていたが、ふと自身の武器が無い事に気付く。

 どうやら川に飛び込んだ際に装備の殆どが流されてしまったらしく、エミリオは素手であのエイリアン達と戦う事を想像し、顔を引き攣らせた。

 

 やや情けないエミリオの姿を見たシシュはしばらく考えるような素振りを見せた後、背中に装着していた一本の金属製の棒をエミリオへ差し出した。

 

「grr!」

「あ、ありがとう……?」

 

 直径50センチ程の棒の両端には鋭利な刃が備えられており、見た目の武骨さからは想像出来ない程軽い材質で出来ていた。

 訝しげに棒を見つめるエミリオであったが、持ち手にある小さなスイッチを押すとジャキン! と、勢い良く棒の両端が伸び、金属製の棒は両端に刃を備えた2メートル程の槍へと変化した。

 

「槍か……」

 

 エミリオはシシュから渡された槍、コンビスティックを手慣れた手つきで取り回す。

 祖父から叩き込まれた古武術には杖術も含まれており、長物の扱いには些かの心得があった。

 ヒュン! ヒュン! と空気を裂きながらコンビスティックを振り、しっかりと手になじませる。

 その感触に確かな手応えを感じたエミリオは、これならばエイリアンとの近接戦闘も戦えると自信を滲ませながら槍を携えていた。

 

「ありがとうシシュ。これならあいつ等とも戦え……」

 

 振り返ったエミリオは、シシュが棒立ちでこちらを見つめ続けているのを見て一瞬言葉が詰まる。

 シシュはマスク越しでも分かり易く、ぼーっとエミリオの槍を取り回す姿を見つめ続けていた。

 

「シシュ……? シシュさーん……?」

 

 シシュの前に立ち、マスクの前で手をひらひらと振るエミリオ。

 しばらくぼんやりと佇んでいたシシュであったが、やがてハッとした様子で頭を振り、やや急ぎ足で洞窟の入り口へと歩いていった。

 

「……?」

 

 やや焦り気味で入り口に仕掛けられたレーザーネットを回収するシシュの後ろ姿を、首を傾げながら見つめるエミリオ。

 エミリオは知るべくもなかったが、この時のシシュはエミリオの堂に入った立ち振舞いに“見惚れて”いた。

 最早エミリオの一挙一動がシシュの愛情の琴線に触れる事に気づかないまま、エミリオはシシュと共にジャングルへと赴いていった。

 

 

 

 

「kshaaaa……」

 

 洞窟から出る二人の様子を、遠方の樹上から一体の異形が見つめていた。

 居住区やジャングルに出没したエイリアン達と同じような男性器を思わせる異様な頭部を持ち、体長は2メートルをゆうに超えている。

 ただしその頭部はシシュ達の氏族と同じドレッドヘアーのような管状の器官が何本も生えており、またその口器も4本の外顎を備えており、まるで怪物(エイリアン)怪物(プレデター)をかけ合わせたような異様な姿であった。

 

 怪物は低い唸り声を上げながらジャングルへ入るエミリオとシシュを見つめる。

 その手にシシュと同じようなマスクを被った異星の狩人の死骸を掴み、低い唸り声を上げていた。

 狩人のマスクの額には、怪物のインナーマウスによって大きな穴が空けられており、緑の血と共にその脳漿を垂れ流している。

 やがて怪物は狩人の死骸を放り捨てると、唸り声を上げながら跳躍し、猛然とジャングル内を駆け抜けていった。

 

 既に日は傾き始めており、エミリオがBG-386の地獄の戦場へと赴いてから、2回目の夜が訪れようとしていた。

 

 

 

 

──────────────

 

 月軌道上ステーション

 植民地海兵隊艦艇停泊場

 バイソンM級高速輸送艦USSサルマキス号

 

「やれやれ……今まで何度も急な出撃がありましたが、今回は特に急ですなぁ少佐」

 

 USSサルマキス号の船内にて、口ひげを生やした一人の士官がぼやきながら冷凍睡眠装置の前に立つ。

 船内には12基の冷凍睡眠装置が設置されており、既に9基の装置内には第13独立部隊の精鋭達がその身を横たえてらせていた。

 USSサルマキス号にはこの場所以外にも100基以上の冷凍睡眠装置が設置されており、武装は最低限に止められているがその分兵員輸送能力と航行速度に優れた艦艇であった。

 

「まぁどんな連中(カカシ)が相手だろうが、俺達ならまばたきする間に」

 

 パチン、とスナップ音を鳴らし、口ひげの士官はニヤリと笑みを浮かべる。

 

「皆殺しに出来る」

 

 指を鳴らしながらニヤニヤと笑みを浮かべる口ひげの士官に、冷凍睡眠装置を操作するアラン・ダッチ・シェーファー少佐は眉を顰めながらその厭らしい顔を見やった。

 

「勘違いするなよベネット大尉。俺達の任務は救助(レスキュー)だ。殲滅(デストロイ)じゃない」

「もちろんです。プロですから」

 

 ベネットと呼ばれた士官は不敵な笑みを浮かべながら装置へと腰を落とす。

 その様子を見たダッチはうんざりとした表情を浮かべつつ装置のパネルを操作していた。

 

「さっさと装置に入りなさいよクソ髭! 1秒でも早くBG-386に行かなきゃならないってのに!」

 

 同様に装置を操作していたリン・クロサワ中尉が苛立った声をあげ、ベネットを睨みつける。

 ベネットは相変わらずニヤニヤとした笑みを浮かべながら、小声でダッチへと囁いた。

 

「少佐、今回の任務はメスゴリラも同行しているんですかねぇ?」

「キツいジョークだなベネット……」

「早くしなさいよクソ髭!」

 

 腰に手をあて、苛立った様子で仁王立ちするリンを見て、ベネットはゆったりと装置へと身体を横たわらせた。

 

「最近のメスゴリラはキツいや」

「面白いクソ髭ね。気に入ったわ。殺すのは最後にしてあげる」

「ハハハハ……くたばりやがれぇ……」

 

 捨て台詞と共にベネットが横たわる冷凍睡眠装置のカバーが閉じられる。

 相変わらずニヤニヤと口を吊り上げながら目を閉じるベネットを憎々しげな視線を向けるリンを見て、ダッチは溜息をつきながら装置のパネルを閉じた。

 

「リン。焦る気持ちは分かるがサルマキス号でも目的地には2週間はかかるんだ。もう少し余裕を持って……」

「エミィが死んじゃうかもしれないのよ! 余裕なんて持ってる場合じゃないでしょ!」

「いや弟さんが心配なのは分かるが……」

「ダッチも早く装置に入って! チンタラしているとそのキンタマ握り潰すわよ!」

 

 バシバシとダッチに割り当てられた冷凍睡眠装置を叩きながら、リンはその美しい顔立ちを増々歪ませる。

 再び大きな溜息を吐いたダッチは冷凍睡眠装置へとその大きな身体を横たわらせた。

 

「リン、自動航行の設定を再確認して……」

「おやすみ!」

 

 バタン! とダッチが横たわる装置のカバーを乱暴に閉じたリンは、素早く自身の装置へと向かう。

 身体を横たえながら、リンは先日地球の駐屯地で第13独立部隊司令官フランクリン・カービィ准将から下された任務を反芻していた。

 

 惑星BG-386へと向かった植民地海兵隊第501大隊からの救援要請。

 501大隊を運んだUSSアスタミューゼも撃沈され、現地では正体不明の敵性生物の襲撃を受けている。

 海兵隊総軍は急遽救援部隊を差し向けるべく大規模な部隊を編成していたが、その初動はお世辞にも早いとはいえなかった。

 救援要請を傍受していたカービィ准将は、物資の補給を遅らせているウェイランド・ユタニ社の動きを察知し、一連のウェイランド社の動きに陰謀の臭いを嗅ぎ取る。

 そこでカービィ准将は早急に501大隊を救出し、ウェイランド社の陰謀を白日の元へ晒し海兵隊からウェイランド社の影響力を一掃するべく独自に救援部隊を差し向ける決断を下した。

 癖のある第13独立部隊の精鋭達であったが、その戦闘力の高さは海兵隊でも随一を誇っており、どのような状況下でも確実に任務を達成する事ができる能力を有していた。

 

 カービィ准将から直々に任務を言い渡されたリン達は急遽部隊をまとめ、月にある軌道ステーションへと向かう。

 まごまごしていると501大隊は全滅してしまう。最愛の弟が所属する部隊の危機を聞いたリンは、相棒であり上官のダッチですら怯む程の切迫した様子でサルマキス号へと乗り込んだ。

 一刻も早くBG-386へと向かうべく、リンは隊員達の尻を蹴り上げ、瞬く間にサルマキス号の自動航行の設定を終える。

 リンにとってウェイランド社の陰謀や501大隊が遭遇した怪物の事などどうでもよく、最愛の弟の安否だけがその心の大半を占めていた。

 

 リンは逸る気持ちで装置のカバーを閉じ、最愛の弟……エミリオの姿を思い浮かべながら目を瞑る。

 

 目を覚ました時、エミリオは果たして無事でいるのだろうか。

 

「待っててねエミィ……お姉ちゃんが直ぐに助けに行くからね……!」

 

 最愛の弟の名を呟きながら、リンの意識は深い闇へと誘われる。

 意識が途切れる刹那、リンの脳裏には幼い頃、手を繋いで歩いた幼少のエミリオの姿が浮かび上がっていた。

 

 

 植民地海兵隊第13独立部隊の隊員を乗せたUSSサルマキス号は核パルスエンジンを起動させ、亜光速でBG-386へと飛び立って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 




肉密度1000%

※シシュの語彙は他の連中が地球へ行った際に収集した言語データをしっかり自分のコンピュータガントレットへとインストールしているので実はそこそこ豊富です。という後付。


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Chapter9.『Covenant』

 ウェイランド・ユタニ社特級秘匿資料

 惑星開発部門第3開発部部長カーター・J・バークの手記

 

 ・西暦2179年○月○日

 USCSSノストロモ号の生存者、エレン・リプリー二等航海士の報告書は実に興味深い内容だった。

 査問委員会はまともに取り合わなかったが、この報告内容は部内で精査するべき案件だ。

 もしリプリーの報告が真実だとするならば、会社は莫大な利益を生み出す事ができる。

 それこそ、植民地惑星ひとつ犠牲にしてでも十分なお釣りが来る程に。

 ユタニ系列社員の間でまことしやかに噂されている“ハンター”の存在なんて目じゃない。

 

 もしこの生命体……エイリアンを軍事利用する事ができれば……。

 

 僕にとって入社以来最大のチャンスがやって来たようだ。

 この件は上にまだ報告はしない。幹部連中がしゃしゃり出て来ると部内で自由に事が進められなくなる。

 まずはLV-426で該当の宇宙船が実在するかどうかを確かめなくては。

 早速現地へ秘匿指令を出す事にしよう。

 

 

 ・西暦2179年▲月○日

 LV-426との通信が途絶えた。

 指令を出してから4週間が経過している。時期的に考えて通信設備の故障とは考えにくく、宇宙船で例のエイリアンを発見したのかもしれない。

 どうやら“ささいなアクシデント”が発生したみたいだが、これでエイリアンが実在する可能性が極めて高くなった。

 僕が直接現地で確認する事にしよう。

 優秀で、使い捨てても構わない兵隊を用意する必要がある……。

 

 それと、リプリーにもアドバイザーとして同行してもらおう。航海士として復帰できるとチラつかせれば必ず乗ってくる。

 航海士免許を無期限停止されてから倉庫での荷役作業で生計を立てているらしいが、ローダーやフォークリフトを運転するつまらない仕事だ。それにノストロモ号での経験がトラウマになっているらしく、毎日悪夢にうなされているみたいだ。

 過去の悪夢との決着をつけるのも彼女の為になるだろう。

 早速兵器開発部門のコネクションを使って植民地海兵隊の部隊選定をする事にしよう。

 

 

 ・西暦2179年■月▲日

 やったぞ! やはりエイリアンは実在した!

 USSスラコ号以下植民地海兵隊1個小隊と共にわざわざLV-426へと来た甲斐があった。

 だが、問題点がいくつか上がっている。

 

 まずエイリアンとの遭遇戦で海兵隊が壊滅した事だ。

 だが、これは生物兵器としてエイリアンの戦闘力の高さを示している。大変喜ばしい事だ。

 繁殖させ、軍事利用する事が出来れば莫大な利益をもたらす事は間違いない。

 副産物としてワクチンの開発や新素材の開発も期待できる。

 

 それと生き残りの海兵隊とリプリーがこの惑星に核攻撃をしかけようとしている事。

 まったくもって理解し難い。あの貴重な生命体を絶滅させる権利なんて僕らには無いのに。

 とはいえ、大気製造プラントの冷却装置が破壊されたので、どの道周囲40キロメートルは灰燼に帰すのだが。

 

 スラコ号への帰還手段が無くなった問題については解決の目処が立っている。

 LV-426の通信設備を使って母船にある予備のドロップシップを呼び出し、それに乗って帰還するという手段はアンドロイドのビショップによって今のところ問題無く遂行されている。

 

 このままいけば無事に帰る事ができそうだ。

 だがプラントの核爆発を防ぐ事は難しそうだ……。それに、リプリーがLV-426が壊滅した責任は僕にあると宣ってきた。

 地球に戻ったら僕を訴追するとまで。

 まったく、リプリーには完全に失望した。もっと賢い女性だと思っていたのに……。

 

 もはや生き残っていたエイリアン寄生体のサンプルを持ち帰るしか手段は無い。

 だが、これに関してはリプリーの言う通り、例え隠して持ち込んだとしてもICCの検疫を通過出来る可能性は低いだろう。

 そうなると残された手段は誰かにエイリアンを寄生させ、身体の中に隠して持ち込むしかない。

 

 リプリー……本当に残念だ。

 君とニュートには最期に僕の為に働いてもらう事にしよう。

 彼女達は今医療研究室で仮眠を取っている。

 

 チャンスは、今しかない。

 エイリアンを、あの素晴らしく完璧な生命体をなんとしてでも持ち帰らねば……。

 

 

 

 

 手記はカーター・J・バークの個人端末から本社サーバーへと自動送信された物を複製。

 厳重なプロテクトがかかっており、開示作業は難航したが概ね全ての情報を開示する事に成功。

 上記資料から推察するにカーター・J・バークは取締役会の承認を経ず独断でLV-426での計画を実行していた模様。

 尚、カーター・J・バークの独断で発生した“各種”損害に対する隠蔽工作はウェイランド・ユタニ社渉外部第9分室が実行済。

 植民地海兵隊、植民地省、星間交易委員会、FBIへの隠蔽工作は概ね達成。

 当該資料は上級執行役員のみ閲覧可能。

 

 

 追記

 カーター・J・バークの計画は“本社上級執行役員”兼“兵器開発部門統括”ランス・ビショップ・ウェイランド氏が引き継ぐ予定。取締役会並びにショウ・ユタニCEO承認済み。

 詳細は“プロメテウス計画”特級秘匿資料B類、及び“ハンター型異星人”特級秘匿資料A類を参照されたし。

 

 

 

 

 

──────────────

 

 惑星BG-386

 ジャングル

 

 洞窟から出発したエミリオとシシュはジャングルに生い茂る枝葉をかき分けるように進んでいた。

 リストブレイドで枝葉を勢い良く断ち切りながら進むシシュであったが、時折チラチラと後ろを振り返りエミリオの様子を気にしていた。

 

「krr」

「シシュ、僕は大丈夫だから」

 

 傷口は完全に塞がってはいたが、時折辛そうに息を切らせるエミリオが気になってしょうがない様子のシシュ。

 そんなシシュにエミリオは苦笑いを浮かべながらジャングルを進んでいた。

 ジャングルは昨日と変わらずジメジメとした嫌な暑さに包まれている。暑さに加え、空は曇天が広がっており、陽の光が弱まったジャングルは薄暗く、不気味な雰囲気を更に強めていた。

 

 エミリオはシシュから渡された水筒のような容器を手に取り、ぐいと中身を呷る。

 中身は水ではなく、シシュの氏族が常飲している一種の精力剤であり、消耗したエミリオをジャングルを行軍せしめる活力を与えていた。

 

 ふぅ、と一息ついたエミリオは空を見上げ、シシュへと声をかける。

 

「雨が振りそうだね……シシュ、ペースを上げよう」

「krr!」

 

 シシュはしっかりと頷くと、コツンと拳を眉に当てる。そのままリストブレイドを収納し、エミリオへと近づいた。

 

「シシュ……?」

 

 目の前に立つシシュを訝しげな視線で見つめるエミリオ。

 しばらくエミリオの目の前でモジモジと両手をこねていたが、やがてエミリオの腕を引きしっかりとその身体を抱き上げた。

 

「うわ!?」

 

 エミリオを横抱きにし、勢い良く跳躍する。

 シシュの驚異的な身体能力はエミリオを抱きながらでも容易に樹木の枝へと跳躍を可能とした。

 突然のシシュのこの行動にエミリオは目を白黒させながら必死になってシシュにしがみついていた。

 

「シ、シシュ! 降ろして!」

「grr!」

 

 エミリオの必死な叫びが聞こえていないのか、シシュは怒涛の勢いでジャングルを飛び跳ねる。

 

 結局シシュがエミリオを降ろしたのはジャングルに激しい雨が振り始め、完全に辺りが闇に包まれてからであった。

 

 

 

 

「シシュ、あまり無茶な事はしないで」

「krr……」

 

 エミリオとシシュはジャングルのひときわ大きな樹木の上で寄り添うように身体を密着させていた。

 枝葉を組み合わせた簡易的なシェルターを樹上で組み、樹木の幹にはいくつものレーザーネットを仕掛けてある。

 仮にエイリアンの襲撃があったとしても即座に対応できる体勢を整えており、ジャングルの真っ只中でも幾分安心できる状況であった。

 

 シシュはマスクと胸甲、腰鎧を外し、幹に背を預けるエミリオにもたれ掛かるように身体を密着している。

 エミリオの首元に顔を埋め、スンスンとエミリオの匂いを嗅いでいた。

 

「聞いてるのシシュ?」

「krr……krr……」

 

 エミリオの言葉を聞いているのか聞いていないのか、シシュはエミリオの匂いを荒い息を吐きながら嗅ぎ続けている。

 フゥフゥと呼吸を荒くし、顔を上気させて匂いを嗅ぐシシュに、エミリオは困り顔でシシュを見つめた。

 

「シシュ、今はそういう事する状況じゃないんだよ……」

「grr!」

 

 元気いっぱいに返事をするシシュであったが、相変わらずエミリオの首元に顔を埋め続けている。クンカクンカと一生懸命エミリオの匂いを嗅ぎ続けるシシュは、実に幸せそうな表情でだらし無く口器を開いていた。

 そんなシシュを見て、エミリオは一つ溜息を吐いた後、シシュを抱きしめながらドレッドヘアーのような管状の髪を優しげな手つきで梳く。

 雨に濡れたシシュの髪は、不思議な程手触りが良かった。

 

「シシュ……」

 

 クンカクンカと匂いを嗅ぎ続けるシシュの頭を優しく撫でるエミリオ。

 エミリオはシシュと協力して第3小隊の生き残りを無事に地球へ帰還させる事を決意していた。

 だが、シシュの存在をどう説明すればいいのか未だに悩んでいた。

 

 エミリオにとってシシュの顔は愛嬌のある可愛らしい顔であったが、他者から見ればエイリアンと同じ異形の面相である事は疑いようもなく。

 シシュに敵意が無くても人間は彼女に対し警戒心を持つだろう。

 だが、自分がフォローし続けていれば、いずれは小隊の生き残りやブラヴォ中隊の兵士達ともある程度は仲良くやっていく事は可能であろう。

 

 しかし、一番の問題はシシュが持つ各種武装だ。

 22世紀の人類では決して開発出来ないであろう未知のテクノロジー。

 完璧な光学迷彩や凄まじい威力を持つプラズマキャノンを始め、シシュが持ち得るテクノロジーの数々を持ち帰ろうとする人間は必ずいるだろう。

 また彼女の種族が持つ驚異的な身体能力にも興味を示す者が現れないとも限らない。

 

 シシュが人間に捕まって、解剖されてしまう事を想像したエミリオは強くシシュを抱きしめた。

 

「krr?」

 

 急に強く抱きしめてくるエミリオに、シシュは首をかしげながらその顔を見つめる。

 何かを恐れているかのようにぎゅっと目を瞑るエミリオを見て、シシュはエミリオの匂いを嗅ぐのを止め、その身体を抱き返した。

 

「シシュ……」

「krrrrr……」

 

 甘い顫動音を鳴らしながらエミリオの胴に抱きつくシシュ。

 スリスリと、エミリオの胸元へ自身の顔を擦り付けていた。

 

 第3小隊の部下、仲間たちも大事だ。

 だが、目の前のこの愛おしい存在もエミリオにとって大事であり、大切な存在であった。

 

「シシュ……僕は、何があっても君を守るよ」

「krr……エミリオ……」

 

 シシュは切なげな表情を浮かべる。

 潤んだ瞳で、エミリオの顔を見つめていた。

 

「エミリオ、スキ」

「シシュ……!」

 

 ぎゅっとシシュを抱きしめるエミリオ。

 シシュは切なげに瞳を潤ませながらエミリオの口元へと口器を近づける。

 

「んっ……シシュ……」

 

 チュク、チュクと湿った水音を立てながら互いの舌を絡ませる。

 次第に貪るようにエミリオとシシュは舌で互いの口内を吸い合っていた。

 エミリオはシシュの甘い唾液を飲み込むと、下半身に血が巡ってくるのを感じる。

 たちまち、エミリオのペニスはカーゴパンツを盛り上げる程逞しく屹立した。

 

「krr……」

 

 貪っていた口を離し、口器から糸を引きながらエミリオの下腹部を陶然とした表情で見つめるシシュ。

 ゆっくりと、カーゴパンツ越しにエミリオの股間を撫でた。

 

「うぁ……シシュ……!」

 

 シシュは乱暴にエミリオのカーゴパンツを下着ごと剥ぎ取り、屹立したペニスを掴む。

 ヴァギナからはつぅ、と愛液が垂れ落ちており、シシュはエミリオのペニスを膣口にあてがった。

 

「くっ、うぅ!」

「grrr!」

 

 グチュッ! と、シシュのヴァギナから愛液が溢れる。

 シシュはエミリオに抱きつきながら対面座位で激しく腰を振る。

 グチュッ、バチュンッと、愛液が漏れる音と湿った肉がぶつかり合う音が雨音に混じって響いていた。

 

「うあ、あぁ! シシュ!」

「kyrr! kyrr!」

 

 エミリオはシシュの腰をしっかりと掴み、激しくペニスを打ち付ける。

 シシュも腰を動かし、たぷたぷと乳房を揺らしながらエミリオを掻き抱き、きゅうきゅうと切なげな顫動音を鳴らしていた。

 激しく互いの身体を貪る二人の動きに、樹木の幹はギシギシと音を立てて揺れ動いていた。

 

「シシュ! シシュぅ!」

「grrr!?」

 

 エミリオはシシュの大きな尻臀を掴み、露わになったアナルに指を這わせる。

 エミリオの指がアナルに触れると、シシュはひときわ大きな顫動音を上げぎゅちっと膣肉を締め上げた。

 目に涙を溜め、許しを請うかのような視線を向けるシシュに、エミリオの瞳はやや加虐的な色を浮かべていた。

 

「シシュは、ここが弱いんだね……!」

「grr! grrr!?」

 

 ぐりっと、シシュのアナルに指を入れるエミリオ。

 中指の第一関節まで侵入させると、そのまま指をぐりぐりと動かしシシュのアナルを掻き回した。

 

「grrrrrr!!?」

 

 ぐりっ! と強く指をねじ込むと、シシュは涙を流しながら大きな嬌声めいた唸り声を上げる。ブシュッと、ヴァギナから愛液が噴き出した。

 襲いかかる強烈な快感に耐えるように、シシュはエミリオの頭を強く掻き抱いていた。

 エミリオはシシュから出る汗を浴び、自身の汗と雨に濡れた身体を必死になって動かしていた。

 

「はぁっ、ああ! 可愛い、可愛いよシシュ!」

「grrrrrrr!!!」

 

 エミリオはシシュのアナルに中指を深々と挿れ、グチュ、グチュと湿った音を立てながら激しく指を動かす。

 そのままシシュのアナルを責めながら、突起した乳頭を甘く噛み、勢い良くペニスを突き上げた。

 

「grraaaaaaaaaa!!」

 

 ばちゅんっ! とシシュの腰が浮き上がる程強く腰を打ち付けるエミリオ。同時に、シシュのヴァギナから噴水のように愛液が噴き出る。

 猛獣の咆哮のような嬌声を上げ、シシュはガクンと大きく身体を仰け反らせた。

 

「~~ッ~~~ッッ!!」

 

 掠れたような声を上げながら、シシュはビクッビクッと全身を痙攣させる。

 パクパクと口器を動かし、涎を垂らしながら汗だくになった身体をガクガクと震わせた後、シシュの意識はぷつりと途切れてしまった。

 

「んっ! シシュ! シシュ! シシュ!!」

 

 エミリオはぐったりと自身にもたれかかるシシュの尻臀を鷲掴みにし、ズンッ! ズンッ! と激しく抽送を繰り返す。

 腰の動きに合わせてアナルに入れた指を激しく出し入れし、エミリオの中指を根本まで咥え込んだシシュのアナルは粘液を垂れ流しながらヒクヒクと蠢いていた。

 ぐちゅ、ぐちゅとヴァギナから愛液を洪水のように流していたシシュは、全身を弛緩させエミリオにもたれかかっていた。シシュはエミリオのペニスが貫く度にビクッビクッと体液で濡れた肉体を震わせていた。

 

「シシュ! シシュッ! イクよ! イクよ!!」

 

 アナルから指を抜き、がっちりと両手でシシュの尻を掴む。

 バチュッ! バチュッ! バチュッ! バチュッ! バチュッ! と今までで一番早く、激しく腰を突き上げる。

 体当たりするように腰を突き上げる度に、結合部からビチャッ、ビチャッと愛液が飛び散っていった。

 

「ぐっ! ああああああああああああっっ!!」

 

 バシャッ! と、バケツの水を勢いよく打ち付けたかのような音が響く。

 初めての時以上の、大量の精液がエミリオのペニスから噴射され、シシュの子宮へ濁流となって流し込まれる。

 エミリオはシシュを掴み抱きながら身体を震わせ、ビュルッ、ビュルッとペニスを痙攣させながら精液を吐き出し続けた。

 精液が流し込まれる度、シシュの膣はビクビクと蠕動し、その身体も膣の動きに合わせて痙攣していた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……ぐっ」

 

 1分以上精液を膣内へと吐き出しつづけたエミリオは、荒い呼吸を吐きながらシシュの腰を掴み、その身体を少しだけ持ち上げる。

 ゴポポポっと、大量の精液をこぼしながらズルリとペニスが抜かれる。ペニスが抜かれた瞬間、チョロチョロと精液と愛液が混じった小水がシシュの尿道から流れてきた。

 シシュは半開きの目でだらしなく涎を垂らしながら、意識を飛ばしつつ失禁していた。

 

 エミリオはシシュの小水が湯気を立てながら自分の下半身を濡らしていくのを、どこか陶然とした表情を浮かべながら見つめていた。

 小水が止まると、エミリオはシシュの身体を自身に密着させるように優しく抱きしめた。

 

「シシュ……愛してるよ……」

 

 ちゅっ、ちゅっと啄むようにシシュの頬へ口づけをするエミリオ。

 相変わらず意識を飛ばしていたシシュであったが、口づけをされる度にどこか幸せそうな表情を浮かべながらだらし無く口器を開けていた。

 

 雨と、汗と、愛液と、精液と、小水が混じった液体にまみれたエミリオとシシュは、ジャングルの闇の中で身体を密着させ続けていた。

 

 

 

 

 

──────────────

 

「ライバック、今少尉殿の声が聞こえなかったか?」

 

 雨が降りしきる夜のジャングルの中、ギラギラとした眼光を放ちながらリチャード・チャベス上等兵が低い声を上げる。

 同じく鋭い眼光を放ちながら油断なくパルスライフルを構えたゲイシー・ライバック伍長がチャベスへと言葉を返した。

 

「本当か? どっちの方角だ?」

「東だ。少尉殿の声と、獣のような鳴き声も聞こえたが……」

「まさか! エイリアンか!?」

「エイリアンの鳴き声じゃない。もっと別の生き物だ」

 

 スコープドライフルを構えながらエミリオの声が聞こえた方向に視線を向けるチャベス。斥候として優れた能力を持つチャベスは、他の人間では聞こえないような僅かな音を拾う事が出来た。

 

「ライバック、迎えに行くか?」

「そうしたいのは山々だが、夜間の移動は危険だ。それに、今は……」

 

 ライバックはちらりと後ろへと目を向ける。

 そこには横たわり、呼吸を荒くしながら苦悶の表情を浮かべるリッコ・ロス一等兵の姿があった。

 

「う……うぅ……」

「ロス、大丈夫よ。大丈夫だからね」

 

 脂汗を浮かべながら苦しむロスを、シンシア・スコット一等兵がその頬を優しく包む。

 見ると、ロスの横腹には包帯が巻かれており、その包帯には大量の血が滲んでいた。

 

「スコット、ロスの容態はどうだ?」

「さっき鎮痛剤(モルヒネ)を投与したわ。でも、腐食が内臓まで達している……早く医療ポッドで治療しないと危険だわ」

 

 スコットはロスの容態を見て険しい顔つきを浮かべる。

 ロスは先のエイリアンとの戦闘で横腹に酸の体液を浴び、行動不能になる程の重傷を負っていた。

 

「ちくしょう……! ロスも俺も、あと5週間で除隊だってのに……!」

 

 ビル・パクストン上等兵が拳を握りしめ、悔しそうに言葉をにじませる。

 

「パクストン、泣き言は後だ。とにかく夜が明けるのを待ってから──」

「ライバック。少尉はアタシが探しにいくよ」

 

 ライバックの言葉を遮り、スマートガンを構えながらサラ・コナー上等兵が立ち上がる。

 そんなコナーを見てライバックは眉間に皺を寄せながら溜息を一つ吐いた。

 

「コナー。夜間の移動は危険だ。それに、戦力を分散させるのも……」

「少尉殿がエイリアン共を殆ど引き付けてくれたおかげでアタシらは助かったんだ。近くまで来てるんなら迎えに行くのがスジってもんじゃない?」

「しかし……」

「ライバック。俺もコナーの意見に賛成だ。夜もじきに明ける。それに、今はエイリアン共は周辺にいないが、もたもたしてるとまた奴らは集まりだす。直ぐ行かないと少尉殿が危ない」

 

 チャベスがコナーの意見に同意し、ライバックをその鋭い視線で見やる。

 二人の固い意思を感じたライバックはひとつ溜息を吐くと、仕方なしに頷いた。

 

「わかった。夜間の遭遇戦には十分注意してくれ。明るくなり次第俺とスコット、パクストンはロスを担いで先行する。コナーとチャベスは少尉殿と合流し、精錬所へ向かってくれ」

「了解! ロスを頼んだよ!」

「了解。精錬所で会おう。だが、コナー」

 

 チャベスはコナーの方を振り向くと、そのギラギラと燃える瞳を見据えた。

 

「君は残ってライバック達を援護してくれ」

「何言ってんだい! あんた一人じゃ!」

「俺は夜間での単独行には慣れている。ロスが負傷している今、ライバック達の方が戦力的に心もとない。コナーはライバック達と行動した方がいい」

 

 滔々と述べるチャベスになおも反論しようとするコナーであったが、ライバックがそれに割って入った。

 

「チャベス。本当に一人で大丈夫か?」

「問題ない。一人ならエイリアン共に見つからずに少尉を迎えに行ける」

「そうか……わかった。だが、決して無茶はするなよ。コナー、そういう事だ。いいな?」

「……わかったよ。チャベス、しくじるんじゃないよ」

「了解した」

 

 チャベスはライバックとコナーへ頷くと直ぐに装具を纏め、ジャングルの闇へ向かって歩き始める。

 

「ああ、そうだ。スコット」

「? どうしたのチャベス?」

 

 歩き始めたチャベスがふと何かを思い出したかのように踵を返し、スコットの元へ向かう。

 胸元の、チャベスの先祖由来の首飾りをスコットへと手渡した。

 

「チャベス、これって?」

「お守りだ。これを身に付けていると精霊が守ってくれる」

 

 木彫りの首飾りを受け取ったスコットは困惑した表情をチャベスへと向けていた。

 

「そんな大層な代物受け取れないわ。あなたが持っていなさいよ」

「いや、君は衛生兵だ。君が倒れたら皆を治療する者がいなくなってしまう。気休めかもしれないが、持っていてほしい」

 

 暗闇でよく見えなかったが、スコットに語りかけるチャベスの表情はどこか気恥ずかしげな表情を浮かべていた。

 

「チャベス、素直にスコットに死んで欲しくないって言えばいいじゃねえかよ」

 

 そんなチャベスの様子を見て、パクストンがニヤニヤとした笑みを浮かべていた。

 スコットはパクストンの言葉を受け、みるみる顔を赤くしていった。

 

「あ……そ、そういうことね……」

「……」

 

 チャベスはしかめっ面を浮かべていたが、その頬は僅かに朱を差していた。

 スコットはチャベスの顔を見つめ、ふっと微笑みながらその胸に手を当てた。

 

「わかった。でも預かるだけよ? 精錬所で返すわ」

「ああ。それでいい」

 

 胸に置かれた手を握り、チャベスはしっかりとスコットの瞳を見つめる。

 暫しの間、濡れた瞳でお互いを見つめ合っていたチャベスとスコットであったが、空気を読んで黙っていたコナーがしびれを切らすかのようにチャベスへと声をかけた。

 

「チャベス、早く行きなよ! 少尉殿が待ってるんだよ!」

 

 やや呆れたような表情を浮かべながらチャベスへ言い放つコナー。チャベスはコナーへ頷くと握っていたスコットの手を離し、スコープドライフルを構えなおして生い茂るジャングルの闇の中へと向かった。

 スコットはお守りを胸元でぎゅっと握りしめながら、チャベスへと声をかけた。

 

「チャベス……リチャード。気をつけて」

「シンシア、君もな」

 

 短い別れの言葉を交わし、ジャングルを進んでいくチャベス。

 その後姿を、スコットは見えなくなるまで見つめ続けていた。

 

 

「チャベスって結構めんどくさい性格してんのね」

「うーむ……」

 

 コナーが呆れたように呟き、ライバックが難しそうな表情で呻いた。

 ライバック達からは見えなかったが、チャベスは顔を赤くしながら黙って歩き続けていた。

 

 

「しかしチャベスがスコットに気があったなんて意外だな」

「ったく、どいつもこいつもこんな事態だってのに呑気なもんだぜ……ライバック、俺たちも移動の準備をしようぜ」

「ああ。スコット、コナー。担架の準備を頼む」

「ええ。了解したわ」

「了解!」

 

 コナー達が出発し、ライバック達も移動の準備を始める。

 ジャングルは徐々に白み始め、夜が明けようとしてた。

 

「頼むぞチャベス……」

 

 ライバックはチャベスが向かっていった方向を見つめ、重たい息と共に呟く。

 優秀なレンジャーのチャベスならばエミリオと合流し、このエイリアンだらけの地獄のようなジャングルを抜け精錬所で無事に再会できるであろうと信じていた。

 

 だが、後にライバックはこの時何が何でもチャベスを行かせるべきではなかったと激しく後悔する事になる。

 

 

 ジャングルの中で怪しく目を光らせる怪物の存在が、ジャングルをかき分けるチャベスを見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




気の強い女はアナルが弱いなどという都合の良い法則は存在しない。
だが気の強い女のアナルを責めるロマンは確実に存在するのだ。


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Chapter10.『PredAlien vs Predator&Marine』

 

「エミ坊、理合ってのはなぁ、極めればどんなに体格差があっても問題にゃならねえんだ」

 

 寂れた木造の武道場の中で、着古した道着と袴を纏った一人の老人が、目の前に正座する少年に向けその猛禽類のような視線を向けていた。

 古ぼけた畳の上で少年は真剣な眼差しで老人の言葉に耳を傾けている。少年が着る道着もまた相応に着古されており、締めた白帯もやや張りを失っていた。

 道場内は老人と少年しかおらず、雑音が一切ない道場内に老人の力強い言葉がよく響いていた。

 

「りあい、ですか?」

「おうよ。相手がどんなにデカかろうが重かろうが、理合を極めれば簡単にぶん投げる事が出来る」

 

 老人はにやりと少年へ笑みを向ける。猛獣が獲物を狩るような凄味が老人から発せられていたが、エミ坊と呼ばれた少年はそれに怯む事なく老人の目をしっかりと見つめていた。

 老人はしゃがみこみ、少年の頭をぐりぐりと乱暴に撫で付ける。少年は目を細めながら大人しく老人に頭を預けていた。

 

「リンのバカタレはこの理合ってのが分かってねえ。カラテもボクシングも確かに強え。だが、自分よりデカい奴を一撃でぶっ倒すにはちと厳しい」

 

 やがて少年の頭から手を離した老人は腕を捲りながら得意げな表情を浮かべる。

 

「でも、理合を極めた俺なら相手の力も利用する事が出来る。地面を武器にする事が出来る」

 

 老人の力強い言葉に、少年はその無垢な瞳を輝かせる。数々の実戦を経験した言葉の重みが、老人から発せれられていた。

 

「どんなデカくて頑丈な奴でも、地べたに叩きつけられたら一発でぶちのめせる。相手の力に、己の力を乗せる事が出来る。大勢に囲まれても、結果は同じだ」

「ほんとうですか? たくさん怪獣がいてもみんな投げることができるのですか?」

「沢山の怪獣どころか、俺なら無数の真球だってぶん投げる事が出来るぜ」

 

 力こぶを見せつけながら笑みを浮かべる老人。その姿を見た少年は増々目を輝かせて老人を見つめていた。

 

「エミ坊。おめえさんはどういうわけか腕力が異常に強え。だから力に任せた技を使いがちだ」

 

 老人は少年の瞳を覗き込みながら言葉を続ける。

 

「世の中にはその馬鹿力が通じない相手が必ず存在する。でもな、理合を極めればそんな力に頼らずに済むんだよ」

 

 やがて老人は少年から視線を外し、道場中央へと進む。その表情は、歴戦の武道家が持つ自信に満ちあふれていた。

 

「いいかエミ坊。黒沢流の真髄は理合に有りだ。忘れるんじゃねえぞ」

「はい! おじいちゃん!」

「おじいちゃんじゃねえ。道場では“先生”だ」

「はい! 先生!」

「よっしゃ。じゃあ、今日の稽古始めっか」

 

 やがて老人と少年の二人だけの稽古が始まる。

 

 

 道場内では少年の活力ある掛け声が響き渡っていた。

 

 

 

 

 

──────────────

 

 エミリオが惑星BG-386へと降り立ち3日目。

 エミリオはシシュと獣の様な性交をした後、暫しの間互いに抱き合い微睡んでいたが、辺りが白み始めると移動を開始するべくその身を整え始めていた。

 

「シシュ……いい加減機嫌直してよ……」

 

 樹上で休んでいたエミリオは、対面にて座るシシュの身体を自身のインナーシャツの切れ端にて丁寧に拭っていた。

 エミリオの激しい責めで意識を飛ばしていたシシュは、覚醒後そのまま移動を開始しようとしていた。

 互いの体液で体中を汚していたのにも構わず、樹上から飛び降りようとしていたシシュにエミリオは思わず引き止め、その身体を拭っていた。

 

「……」

 

 宝石を扱うかのように丁寧にシシュの身体を磨くエミリオに、当のシシュはそっぽを向いて樹上に座っている。

 ツンとした態度を取り続けるシシュに、エミリオは苦笑を浮かべながらその手を動かしていた。

 

「ほら、腕を上げて。ばんざーい」

「……」

 

 ぶすっとした表情で渋々エミリオの言葉に従い、両腕を上げるシシュ。

 両腕を上げた際、シシュの大きく張りのある乳房が揺れた。

 エミリオはその乳房を見て僅かに顔を赤らめるも、頭を振って煩悩を振り払いシシュの両脇に手を伸ばした。

 

「シ、シシュは、綺麗な身体をしているよね」

「……」

「ほ、本当だよ!」

 

 取ってつけたかのようなエミリオのご機嫌取りに、シシュは白けた視線を向ける。

 エミリオはそれを受け、増々顔を赤くしながらシシュの身体を拭いていた。

 

 覚醒してからのシシュは絶えずこのような調子でエミリオに接していた。

 エミリオはシシュが何故ここまで不機嫌になってしまったのかはっきりとは分からなかったが、恐らくは先程の激しい性行為が原因であるだろうとは思っていた。

 

(うう……やっぱりお尻を弄ったのはマズかったのかな……)

 

 シシュの身体を拭いながら、そのような自責の念にかられるエミリオ。

 欲望のまま、シシュが気絶するまで尻穴を弄り倒したのは流石にやりすぎたと反省していた。

 

「ごめんね……ひどい事、しちゃったよね……」

 

 拭う手を止め、俯きながらエミリオは弱々しく呟く。愛する人に、欲望に任せて無茶な事をしでかしたと、エミリオはひどく沈鬱な表情を浮かべて謝罪の言葉を口にしていた。

 

「……」

「わっ!」

 

 そんなエミリオに、シシュはだまって腕を伸ばし、乱暴にエミリオを抱き寄せる。

 そのまま、ぎゅううっと、強い力でエミリオを抱きしめた。

 

「ムグッ!」

 

 シシュの豊満な乳房がエミリオの顔に押し付けられる。エミリオは呼吸が困難になるほど強く抱かれる。

 辛うじて顔を上げると、シシュは顔を赤らめながら責めるような目つきでエミリオを見つめていた。

 

「エミリオ、スキ。アレ、キライ」

「シシュ……」

 

 シシュの可愛らしくも精一杯の抗議に、エミリオはまた苦笑しながらシシュの背に手を回し、優しくその逞しくも艶のある背中を撫でた。

 

「ごめんね……」

「krrr……」

 

 エミリオを抱きしめながら、ひと撫でされる度に甘えた顫動音を鳴らすシシュ。

 白み始めたジャングルに、地球と異星の番の優しい時間が流れていた。

 

 

 

 ズシンッ!

 

 

「なッ!?」

「grr!?」

 

 そんな優しく、甘い時間は、エミリオ達が座る樹木が大きな音を立てて揺れた事で唐突に終わりを告げた。

 突然の事態に樹木の根本へと視線を向けたエミリオが目にしたのは、静かに忍び寄っていた異形の怪物が樹木へ猛烈な勢いで己の身体をぶつけている姿であった。

 

「gshaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!」

 

 大型の怪物……エイリアンが咆哮を上げる。そのエイリアンの頭部にはドレッドヘアーのような器官が生え、エミリオ達が遭遇したどのエイリアンよりも大きな体躯を備えていた。

 樹木に己の身体をぶつけ、威嚇するかのように咆哮を上げるエイリアン……プレデリアンは、純粋な敵意を樹上のエミリオ達に向けていた。

 

「エイリアン!? クソッ! いつのまに!」

「grr!」

 

 エミリオとシシュは即座に臨戦体勢を取る。目にも留まらぬ速さで装備を整えたシシュは、マスクを装着するとショルダープラズマキャノンの照準をプレデリアンに合わせた。

 

「gshaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!」

「うわッ!?」

「grrッ!?」

 

 プラズマキャノンの砲火が放たれようとした瞬間、プレデリアンは強烈な体当たりを樹木へと打ち付ける。

 太い幹が大きく揺れ、シシュはバランスを崩した。

 

「grrrr!」

「シシュッ!!」

 

 バランスを崩したシシュは地上へと落下する。エミリオはコンビスティックを手に取り、シシュに続き地上へと勢い良く跳躍した。

 

「シシュ! 大丈夫!?」

「grr!」

 

 地上へと降り立ち、シシュの元へ駆け寄るエミリオ。

 シシュは片膝を付いていたが、平気だと言わんばかりに厳つい唸り声でエミリオに応えた。

 

「shaaaaaaaaa!!」

「ぐあっ!」

「grr!?」

 

 そこにプレデリアンが猛然と襲いかかる。エミリオを尻尾で弾き飛ばし、その勢いのままシシュへ巨大な体躯をぶちかました。

 ズゴンッ! と、爆撃音のような激しい音を立てながら樹木へと打ち付けられるシシュ。腕を押さえられ、樹木を背にプレデリアンと対峙したシシュは、マスク越しに大きく口を開けるプレデリアンの口器を睨みつけた。

 

「grrrr……!」

「shaaaaaaaa!」

 

 憎しみを込めた唸り声を上げるシシュ。そのシシュ頭部に向け、プレデリアンはインナーマウスを射出した。

 

「ッ!」

 

 頭部に向け繰り出されるインナーマウスを、シシュは首を捻って寸前に躱す。同時に、左肩に備えたプラズマキャノンの砲火をプレデリアンの顔面へと見舞うべくその照準を合わせた。

 

「shaaaaaa!」

「graaaa!?」

 

 だがプレデリアンはシシュの右肩へその獰猛な牙を突き立てる。苦悶の咆哮を上げるシシュの肩から、緑の鮮血が飛び散っていた。

 

「シシュを離せぇッ!!」

 

 プレデリアンの後方からエミリオがコンビスティックを携え、勢い良く跳躍する。

 獰猛な化物へ向け、その槍を突き立てるべく必殺の刺突を放った。

 

「ksyaaa!」

「ぐッ!?」

 

 しかしエミリオの刺突がプレデリアンに突き刺さる寸前、1匹のドッグエイリアンがエミリオへと猛烈な体当たりをぶちかます。

 弾丸のような体当たりでエミリオはコンビスティックを手放してしまう。虚を突かれた形となったエミリオはエイリアンともつれ合い、地を転がりながら必死でエイリアンを剥がすべくその胴を蹴り上げた。

 

「kyuiiii!!」

 

 倒れながらも重爆とも言える蹴りを当て、エイリアンを引き剥がしたエミリオは即座に立ち上がり、油断無く周囲を見回す。

 鬱蒼と生い茂るジャングルの緑の闇の中で、複数のエイリアンの気配が伺えた。

 

「くそ……シシュ……!」

 

 無手となったエミリオはプレデリアンと取っ組み合うシシュへと視線を向ける。

 シシュの姿はプレデリアンの巨大な体躯に隠れ良く見えず、苦しそうなシシュの呻き声しか聞こえない。

 焦るエミリオにジャングルの闇から先程引き剥がしたエイリアンと合わせ、4体のエイリアンがエミリオを囲んでいた。

 

「shaaaaaaa……!」

「……!」

 

 獰猛な鳴き声と共にエミリオの四方を取り囲むドッグエイリアン達。

 野性の獣、いやそれ以上の殺気を四方から受けたエミリオは、やがて観念したかのようにぎゅっと目を瞑る。

 

 しかし、即座に目を開いたエミリオの瞳は覚悟を完了させたかのように爛とした光が宿っていた。

 

「来いッ!」

「ッ!?」

 

 エミリオはエイリアンに囲まれているのにも拘らず、その場で正座し、裂帛の気合を四方に放つ。

 突然の不可解なこの行動に、エイリアン達の様子にも僅かな動揺が走っていた。

 

「shaaaaa!!」

 

 しかし1匹のエイリアンが咆哮を上げながらエミリオへと跳躍する。

 後方から襲いかかるエイリアンに、エミリオは座したまま神経を研ぎ澄ませていた。

 

 エイリアンの凶爪がエミリオの後頭部へと触れようとした、その瞬間──

 

「ッ!」

「kyuiii!?」

 

 エミリオに触れた瞬間、エイリアンは自身の頭部をその勢いのまま地面に打ち付ける。

 まるで自ら地面に向かって転倒したかのような事態に、倒れたエイリアンや周りを取り囲むエイリアン達は動揺の色を強めていた。

 この時、エミリオは自身の後方から襲い来るエイリアンの爪先を掴み、エイリアンの勢いをそのまま利用し、その凶悪な体躯を地面へと打ち付けていた。

 

「kshaaaa!!」

 

 バタバタと身を捩らせ起き上がろうとしたエイリアンであったが、エミリオはエイリアンの爪先を指で摘んでいるだけでその動きを封じていた。

 古流柔術の真髄……幼き日、祖父から叩き込まれた黒澤流の妙技が、遠く離れた異星、それも人ならざる怪物へ向け十全に発揮された瞬間であった。

 

「shaaaaaaaa!!!」

 

 今度は左右からエイリアンが同時に襲いかかる。

 エイリアンを押さえつつ、座したままそれを迎えるエミリオ。

 

「gsyaaa!?」

「kyuiii!?」

 

 しかしエミリオは冷静にそれに対処する。

 片手にて襲いかかるエイリアンを腕を掴み、勢い付けてもう片方のエイリアンごとその体躯を打ち付ける。

 もつれ合い、もんどり打って転がる二体のエイリアンは互いを罵るかのような鳴き声を上げていた。

 

「syaaaaaa!!」

 

 エミリオの正面に残るエイリアンが咆哮を上げ、その鋭く尖った尻尾をエミリオへと刺突する。

 鋭く放たれた一撃が、エミリオの顔面へと突き刺さろうとしていた。

 

「kyuiiiii!?」

「ッ!?」

 

 が、エミリオは指先を動かし、制圧していたエイリアンを強引に立ち上がらせる。

 襲い来る刺突がエミリオに操作されたエイリアンの胴体に深々と刺さり、驚愕の咆哮を上げながらエイリアンの一体は絶命した。

 

「グッ!」

 

 しかしエイリアンの強酸性の血飛沫が僅かにエミリオに降りかかる。

 その一滴がエミリオの右目の上にかかり、シュウシュウと生々しく肉を焦がす音が響く。

 強烈な痛みと共に爛れ落ちた溶けた肉と血液が、エミリオの右半分の視界を封じ、エミリオは顔を押さえながら身体を怯ませた。

 

「shaaaaaaaa!!!」

 

 その機会を逃さない怪物達。

 エミリオを仕留めるべく、三方から同時に飛びかかった。

 

「ッ!」

 

 しかしエミリオは即座に前転し、その襲撃を躱す。

 俊敏なエミリオの動きに対応できなかったのか、エイリアン三体は互いの頭をしこたま打ち付け、弾かれたかのように転倒した。

 

「シュッ!」

「kyuii!?」

 

 弾かれた一体に向け、エミリオは強烈な横蹴りを見舞う。

 ゴキッ、とエイリアンの外骨格がひしゃげる音と共に、頚椎を破砕されたエイリアンはそのまま動きを止めた。

 

「shaaaaaaa!!」

「ッ!?」

 

 残る二体のエイリアンの内、一体がエミリオの背後へと襲いかかる。

 がっしりと両手でエミリオの肩を押さえ、インナーマウスをエミリオの後頭部へと射出するべく、粘液を撒き散らせながらその凶悪な口腔を開いた。

 

「ッ! でやあああああッ!!」

 

 しかしエミリオは射出されたインナーマウスを頭を捩らせ躱し、そのままインナーマウスを掴むと勢い良く背負い投げた。

 ステンレス製のスプーンを紙粘土の如くねじ切るエミリオの握力は、投げた衝撃と共にエイリアンのインナーマウスを引き千切る。

 放り投げられたエイリアンは強酸性の血液を撒き散らせながらのたうち回っていた。

 

「ッッ!!」

 

 だが、当然ながらその強酸性の血液はエミリオの肉体へと降りかかる。

 とっさに顔面や首を防御したエミリオであったが、エイリアンの血液が防いだ右上腕を焦がしていた。

 

「ぐ……ッ!」

 

 またも強烈な痛みと共に、エミリオの腕が酸によって焼かれる。

 もう少し浴びた血液が多かったら、エミリオの腕はたちまち酸によって千切れ落ちていただろう。

 幸いにも浴びた血液の量は腕を切断するには至らなかった。だが、ジュウジュウと肉を焦がす痛みと共にエミリオの右腕は使い物にならない状態に陥っていた。

 

「shaaaaaa……!」

 

 一体のエイリアンが警戒を露わにしながらエミリオへ鎌首をもたげる。

 投げ飛ばされた一体も、口腔から酸の血液を垂れ流しながら憎々しげにエミリオへ殺気を向けていた。

 

 しかし二体のエイリアンは、この段階になってエミリオの驚異的な戦闘力を警戒し、迂闊に飛びかかれずにいた。

 

 この人間は一体なんなのだ?

 今まで我々の圧倒的な身体能力に対し、武器を持たない人間共は為す術もなくやられていた。

 だがこの人間は、武器を持たずに我々の仲間を殺してのけた。

 摩訶不思議な技で、我々の仲間を簡単に制圧し、触れたと思ったらいとも容易く投げ飛ばされた。

 

 そのような警戒心が、エイリアン達から漏れ出ていた。

 憎々しげな鳴き声を上げながらエミリオへ向け鎌首をもたげる事しか出来なかったが、当のエミリオは既に限界が近づいていた。

 

(くそ……もう腕が……)

 

 右腕の腐食は神経にまで達していたのか、常人ならば気絶しかねない程の激痛がエミリオへと襲いかかっている。

 苦痛に顔を歪め、腕を押さえながら蹲るエミリオの命運は、無情にも尽きようとしていた。

 

「shaaaaaa……!」

 

 エミリオの苦悶を読み取ったのか、エイリアン達がゆるりと距離を詰める。

 獰猛な肉食獣の本能が、この標的が既に死に体という事実を的確に把握していた。

 

「シシュ……!」

 

 エミリオは愛する異星の乙女の名を呟く。

 エイリアンに囲まれた絶体絶命の状況。

 しかしそれでも尚、エミリオはシシュの事をただただ案じ続けていた。

 

 

 ドンッ! ドンッ!

 

 

 突如、鈍重な発砲音が響き渡る。

 発砲音とと共に、エミリオを囲むエイリアン達の頭部が破砕した。。

 正確無比なその射撃に二体のエイリアンは断末魔すら上げられず、破砕した頭部からドクドクと体液を垂れ流しながらどうっと地に倒れ伏した。

 

「少尉殿!」

「チャベス上等兵!?」

 

 スコープドライフルを構えたリチャード・チャベス上等兵が鬱蒼と生い茂るジャングルの茂みから現れる。

 硝煙が燻るライフルを油断なく構えながらエミリオの元へと駆け寄った。

 

「チャベス上等兵! 僕の事はいい! シシュの援護を!」

「シシュ?」

 

 チャベス上等兵がエミリオが指し示す方向へ視線を向けると、二頭の猛獣が咆哮を上げ互いの喉笛を食い千切らんと牙を立ててもつれ合っていた。

 

「gshaaaaaaaaa!!!」

「gruaaaaaaaaa!!!」

 

 瞬時の隙を突き、シシュは左腕に装着したリストブレイドをプレデリアンの脇腹へと突き立てる。プレデリアンの酸性血液を全く恐れずに、シシュはひねりを加えつつ深々とリストブレイドを刺し入れていた。

 プレデリアンは苦悶の悲鳴を上げつつ、お返しとばかりにその鋭利な牙をシシュの肩へ突き立てる。肩口は緑の鮮血が飛び散り、シシュの苦悶の咆哮が轟いていた。

 

 互いの息の根を止めるべく、二頭の猛獣は血飛沫を撒き散らせながらもつれ合い、その身を削り合っていた。

 

「か、怪物が二匹!?」

「チャベス上等兵! マスクをしている方は僕らの味方だ! デカい方を狙え!」

「味方!? し、しかし……」

 

 チャベス上等兵は狼狽えながらライフルを構えるも、プレデリアンとシシュは至近距離で互いの体を入れ替えながら闘争を続けている。

 優秀な狙撃手であるチャベス上等兵の技量でも、プレデリアンだけを狙撃する事は難しい状況だった。

 

「くそ、どうすれば……!」

 

 シシュの悲鳴を聞き、エミリオもまた苦悶の表情を浮かべる。

 早く、早くシシュを助けなければ。

 そのような焦燥が、エミリオの中で渦巻く。

 

 もつれ合うシシュとプレデリアンをただ見ている事しか出来なかったエミリオだったが、ふと視線の先にドッグエイリアンの突進で手放したコンビスティックが落ちている事に気付いた。

 

「ッ! チャベス上等兵! 僕があのデカブツを引き剥がす! その隙にあいつを撃て!」

「少尉!?」

 

 エミリオは深く息を吐続け、傷ついた五体へと気を巡らせる。

 “息吹”と呼ばれるその独特の呼吸で、ものの数秒でエミリオはその気力を復活せしめていた。

 

「少尉! 無茶だ! その怪我じゃ──」

 

 チャベス上等兵の言葉を終える前に、エミリオは弾丸の如くコンビスティックへと駆け出した。

 前転しながらコンビスティックを手に取ったエミリオは、その勢いのままシシュとプレデリアンの前へと躍り出る。

 

「こっちだ! 化物!」

「shaaaaaaa!」

「grr!?」

 

 凛とした声が響き、プレデリアンが動きを止めエミリオへと首を向ける。

 シシュは愛しいエミリオが助太刀に来た事に、驚愕と嬉しさが混じった声を上げていた。

 

「shaaaaa!」

「grr!!」

 

 プレデリアンはシシュへ強烈な尻尾の一撃を加える。その猛撃により、シシュは後方の樹木へと吹き飛んだ。

 

「shaaaaaa!!」

「ッ!」

 

 そのまま猛然とエミリオへと襲いかかるプレデリアン。エミリオは冷静にコンビスティックの穂先をプレデリアンへと向けていた。

 自身の突進を遮るコンビスティックの槍先を、プレデリアンが掴んだその瞬間。

 

「シィッ!」

「kshaaa!?」

 

 ドシンッ! と地鳴りを響かせながらプレデリアンの巨躯が地面へと縫い止められる。

 プレデリアンは突如発生した事態に混乱し、必死にもがきながら起き上がろうとする。しかしエミリオの神妙な肉体操作のせいかコンビスティックを手放す事は出来ず、ただ無様に地面をのた打ち回る事しか出来なかった。

 

「す、凄い。あれはジュージツか……!?」

 

 先程のドッグエイリアンと同じように端から見れば自分から地面へと転がったように見えるプレデリアンに、チャベス上等兵は呆気にとられつつその光景を見つめていた。

 

「シッ、ィリャアアアアッッッ!!!」

「gshaaaaaaaaaa!?」

 

 コンビスティックをプレデリアンの腕に絡ませ、裂帛の気合と共にエミリオはプレデリアンごとコンビスティックを背負う。

 数百キロもあるプレデリアンを持ちあげ、勢い良くその巨体を投げ飛ばした。

 

「今だッ! 撃てぇッ!!」

「りょ、了解!」

 

 呆気にとられて一連のエミリオの無双劇を見つめていたチャベス上等兵であったが、慌ててライフルを構え直し、プレデリアンへと照準を向ける。

 

 ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンッ!

 

 スコープドライフルの弾倉に残る4発の徹甲弾が撃ち出される。

 全弾プレデリアンの胴体へと命中し、プレデリアンは絶叫を上げながら酸の血液を噴射させた。

 

 しかし──

 

「gsharaaaaaaaaaaaa!!!」

「なっ!?」

「なんだと!?」

 

 徹甲弾は確かにプレデリアンの胴体を貫通していた。だが、4発の銃弾を受けても尚、プレデリアンの動きは止まらない。

 怒りを全身に漲らせ、近くにいたエミリオへと突進する。

 

「shaaaaaaaaaaaa!!」

 

 チャベス上等兵が弾倉を交換する間もなく、瞬く間にプレデリアンとエミリオの距離は詰まる。

 酸の血液を全身から吹き出し、咆哮を上げ突進するプレデリアン。エミリオはプレデリアンを投げ飛ばした事で体力を使い果たしたのか、コンビスティックを構える事も出来ず片膝を付いていた。

 

 

 ドギュンッ!

 

 

 スコープドライフルとは全く異なる砲声が響く。

 響いた瞬間、プレデリアンの巨体は吹き飛び、その頭部が生々しい肉の破裂音と共に爆砕した。

 

「grrrr……」

「シシュ……!」

 

 シシュが装着するショルダープラズマキャノンの砲口から硝煙の如き煙が立ち込める。

 刹那の瞬間を狙い放たれたその強力無比な砲火は、たった一発で強大なプレデリアンを仕留めていた。

 

「少尉、立てますか?」

「大丈夫……少し、疲れただけだから」

 

 駆け寄るチャベス上等兵をエミリオが手で制する。

 酸の血液により相応の深手を負っていたエミリオであったが、なんとか自力で立ち上がる事が出来た。

 

「そうだ……シシュ……!」

 

 エミリオは立ち上がるとシシュの方向へ顔を向ける。

 シシュは、うつ伏せになって地面に横たわっていた。

 

「シシュッ!!」

 

 倒れ伏すシシュを見留た瞬間、エミリオは弾かれたように愛する異星の乙女の元へ駆け出す。

 シシュに駆け寄り、その身体を抱き起こして愛しい乙女の名前を叫んだ。

 

「シシュッ! シシュッ!!」

 

 抱き抱えながらシシュの名前を叫ぶエミリオ。

 見ると、シシュの胸甲は酸の血液に溶かされたのか所々融解しており、またシシュの肉体も激戦の痕が強く残っており、身体の節々から緑色の血を流していた。

 エミリオは焦燥に駆られてシシュの首筋に手を当て、脈を確認する。

 トクン、トクンと、シシュの脈動が感じられた。

 

「よかった……」

 

 エミリオは深く安堵の息を吐く。

 傷痕は痛々しい様相を見せていたが、シシュの命には別状はなさそうだ。

 恐らくはプレデリアンに吹き飛ばされ、樹木に打ち付けられた時からシシュの意識は途絶えていたのだろう。だが、愛する雄を本能で守らんとする乙女の意志が、意思の無い肉体を動かしてプレデリアンを仕留めたのだ。

 

 エミリオはシシュの想いを感じ取り、血に濡れたその身体を強く、優しく抱き締めていた。

 

「少尉、そいつは……一体何者なんです……?」

 

 チャベス上等兵がおずおずとエミリオへと声をかける。

 異形の怪物を抱き締めるエミリオの様子は、チャベス上等兵にとって正しく異様な光景であった。

 エミリオはチャベス上等兵の問いかけに、シシュを抱き締めながら応える。

 

「この人は、僕の……僕の“お嫁さん”だ」

「え!? お、お嫁さん!? え、あ、はい。いや、しかし……」

 

 エミリオの予想だにしない言葉に、修羅場においても冷静沈着なはずのチャベス上等兵は上ずった声をあげ、エミリオとシシュを交互に見比べる。

 とても冗談で言っているとは思えず、チャベス上等兵は増々困惑を強めていた。

 

「と、とにかく急いでここを離れましょう。直にジャングル中のエイリアン共が騒ぎを聞きつけ集まって来ます。早くライバック達に追いつかなければ」

 

 困惑を隠しきれないチャベス上等兵であったが、兎に角これ以上ここに留まるのは危険だと思い直し、エミリオへと進言する。

 

「そうだね……でもシシュを置いてはいけない」

「少尉、流石にそいつ……失礼、シシュを担いで移動するのは……」

「問題ない」

 

 エミリオはそう言うと、おもむろにシシュの爛れた胸甲を丁寧な手つきで剥ぎ取る。

 網状のボディスーツがシシュの大きな乳房に食い込んでいるのを見て、僅かに顔を赤らめるも胸甲の下の肉体に目立った損傷が無い事に再び安堵の溜息をついた。

 シシュの頭を優しくひと撫でした後、エミリオは再び“息吹”を行い自身の肉体に活を入れる。

 

「フンッ!」

「しょ、少尉!」

 

 決して浅くないダメージを負っているにも拘らず、エミリオは装具を合わせ150キロ以上はあるシシュの肉体をしっかりと背負う。

 常人離れしたこの膂力に、チャベス上等兵は驚愕の声と共に目を見張った。

 

「行こう。チャベス上等兵。すまないが移動中の援護を頼む」

「は、はい。了解しました」

 

 シシュを担ぎながらしっかりとした足取りで歩くエミリオ。

 これは、決してエミリオの超人的な体力だけで成し遂げられるわけではなく。

 人体工学を超えた“愛”により成し遂げられた事は、疑いようもなかった。

 

 困惑しつつチャベス上等兵はエミリオに追従する。

 この異常な状況下で謎の異形を嫁と宣うエミリオ、そもそもその異形は一体何者なのか、などと疑問は尽きないチャベス上等兵であったが、ともあれまずはここから離れ、ライバック達に追いつきブラヴォ中隊が待つ精錬所へと向かうことが先決であった。

 チャベス上等兵は鋭い呼吸と共に気合を入れ直し、上官とその伴侶を守るべくスコープドライフルを構え直した。

 

「少尉。後でちゃんと紹介してくださいよ」

「……ああ。もちろん。彼女は最高だよ」

 

 軽口を叩く余裕が戻った海兵隊員二名は、再び生き抜く為にジャングルの中を移動し始めた。

 

 

 

 

 エミリオ達がプレデリアンとの死闘を制した、数時間後。

 

 

 

 

「オオオオオオオオオッッッ!!!」

 

 

 

 

 アパッチの雄叫びが、異星のジャングルに木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




※理合云々はお話にケレン味つける為に適当に書いたので、特に私の格闘技論という訳ではありませんのであしからず。喧嘩稼業はすき。


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Chapter11.『Alamo』

  

 西暦2004年

 USAワシントン州某所

 

「驚異的なテクノロジーね」

 

 無機質なオフィスの一室にて、日系人と思われる一人の女性がアタッシュケース内に収められた筒状の機械を見つめる。

 筒状の機械は銃口が象られており、まるでSF映画の武器のような非現実的なフォルムであった。

 

「我々が長年追いかけてきた“ハンター型異星人”の遺物です。解析も試みましたが、素材からして未知の元素で構成されています。正直、オーバーテクノロジー以外の表現が見当たりません」

 

 黒スーツを着た壮年の米国人が、女性と同じようにアタッシュケース内を見つめながら言葉を述べる。

 米国人の後ろには同じ黒スーツを着た人間、そして合衆国陸軍の制服を着た将官が数名立っており、アタッシュケース内の武器が米国内でも最重要機密物件である事を匂わせていた。

 

「湯谷さん。あなた方ならこの未知のテクノロジーを解析し、人類の発展に寄与出来ると、私は思います」

 

 アタッシュケースを閉じながら壮年の米国人が湯谷と呼ばれた女性を見て微笑を浮かべる。

 それを泰然と流した湯谷はアタッシュケースを横に控える秘書に持たせると、壮年の米国人に向け同じような微笑を向けた。

 

「私達のような他国の人間に、このような重要な機密を任せてもいいのかしら。大佐」

「ユタニ社は日本企業ですが、実質は多国籍企業だ。本社は日本にあれど、米国の資本が多数参加している状態ならば我々の国益に損なう行動を取るとは思いません。それに、ケイコ・湯谷は我々とは長年の付き合いだ」

 

 大佐と呼ばれた米国人は不敵な笑みを返す。

 ユタニ社は創業100年を超える老舗日本企業であったが、長い企業活動により国際企業化……実質には米国にその資本の殆どを握られており、米国企業といっても差し支えなかった。

 またユタニグループ会長である湯谷慶子も米国政府要人に多額の献金を行っており、米国内での企業活動の便宜を計るよう日々袖の下を通す事に余念が無かった。

 

「このテクノロジーの解析が進めばユタニ社の利益も莫大な物になる。顧客を裏切らないあなた方を信用しているのですよ」

「お褒めに預かり光栄ね大佐。でも、流石にこれは私達だけじゃ手に余るわ」

 

 湯谷はデスクの上に置かれた米国機関による解析表を手にしながら大佐に言葉を返す。

 ユタニ社の主力製品はエネルギー関連機器、産業機械、自動車、航空機、ロケット、軍事兵器に至るまで幅広い分野で世界中に商品を販売していた。当然、その規模に見合った技術力を保持していたが、流石に未知の、それも異星の文明技術の解析はユタニ社単独では厳しい物があった。

 

「ピーターに手伝ってもらうわ。別に良いでしょう?」

「ピーター……確か、チャールズ・ビショップ・ウェイランド氏の……」

「ええ。あの子は技術者としてもとても優秀よ。それに、チャールズと私は友人だったわ」

「しかしピーター・ウェイランドはまだ14歳……」

「神童とはあの子の事を言うのね。大人の科学者顔負けの実力があるわ。ウェイランド社も私達がバックアップする予定よ」

 

 湯谷の言葉を受け、大佐は顎に手を当て暫しの間思考する。

 ピーター・ウェイランドは先日南極大陸にて発見された先史文明、そして異星人が遺した遺跡探査に向かい、不慮の事故(・・・・・)で死亡したウェイランド・コーポレーション社長チャールズ・ビショップ・ウェイランドの一人息子であった。

 ウェイランド社の後継者指名されたピーターがこの一件に関与する事は、チャールズの死亡によって株価が急落したウェイランド社の立て直しにも繋がる。

 

 そう結論付けた大佐は、湯谷に向けしっかりと頷いた。

 ウェイランド社もユタニ社に勝るとも劣らない程の世界的企業であり、ユタニ社のバックアップを受け米国屈指の企業が復活する事はむしろ願ったり叶ったりであった。

 

「お任せします。湯谷さん」

「ええ。任されたわ」

 

 大佐は短く言葉を述べる。

 様々な思惑を秘め、湯谷は秘書を伴いオフィスを後にする。

 残された大佐はそれを満足気に見送っていた。

 

 

 ウェイランド社とユタニ社がこの異星のテクノロジーを解析し、惑星間航行を可能とさせる程の核融合エンジンを開発する事は、まだ数十年の時が必要であった。

 だが、この“異星の落とし物”がなければ人類の宇宙進出は100年は遅れていただろうと言われている。

 もっとも、それらの情報が開示されるのは西暦2300年代になってからであり、後に合併しウェイランド・ユタニ社と名を改めた企業が倒産するまでこの一連のやり取りは秘匿され続ける事となった。

 

 そして、ウェイランド・ユタニ社が最期まで追い求めていたのは、強酸性体液を持つ醜悪な怪物ではなく、高度なテクノロジーを持つ“異星の狩人”であった事は、永遠に明らかになる事は無かった。

 

 

 

──────────────

 

 西暦2192年

 惑星BG-386

 ジャングル

 

「少尉! 急いでください!」

 

 エミリオの後方からチャベス上等兵が急かすように声を荒らげる。

 チャベスはM42Cスコープドライフルを構え、猛追するエイリアンを確実に仕留めていく。

 だが、ジャングル中のエイリアンが集まっているのか、その数は一向に減らない。

 チャベスはエミリオ達の後を駆けながらスコープドライフルの弾倉を交換する。

 既に予備弾倉は尽き、これが最後の一つであった。弾倉の装弾数は6発。

 

(これは、厳しいな……)

 

 チャベスは厳しい表情を浮かべる。どう考えても手持ちの弾薬では無数のエイリアンの追撃から逃れられる事は不可能であった。

 

 憔悴感に駆られながらエミリオ達は駆ける。ジャングルが若干開けた箇所に差し掛かると、深い渓谷がエミリオ達の前に立ち塞がる。

 崖下では濁流となった川が流れており、落ちたら一巻の終わりであることは想像に難くなかった。

 

 エミリオは鋭い目つきで周囲を見渡すと、一本の倒木が丁度橋のように対岸を繋げていた。

 対岸との距離は10メートル程。エミリオは即座にそこへ走り、倒木を蹴って渡るに足る安定があるか確かめた。

 シシュを背負った状態でも揺れず、しっかりと対岸まで架かった倒木の強度を確かめたエミリオは後続するチャベスへと声をかけた。

 

「チャベス上等兵! ここなら渡れそうだ!」

 

 エミリオの言葉にチャベスは頷く。

 エミリオの怪力ならば渡った後、この倒木を崖の下へと落とせる事はそこまで難しい事ではない。

 即座にエミリオの意図を感じ取ったチャベス上等兵は、追いすがるエイリアンを少しでも減らそうと走りながら後ろを振り向く。

 すると、チャベスの眼の前に猛然とエイリアンの一匹が跳躍した。

 

「ウオッ!?」

 

 咄嗟にスコープドライフルを構え、射撃する。

 至近距離で脳天を撃ち抜かれたエイリアンは、脳漿と黄色い体液を撒き散らして絶命する。飛散した酸の血液がかかりそうになるも、チャベスは咄嗟にスコープドライフルでその強酸性血液を防御した。

 

「グゥッ!」

 

 ほんの数滴、ライフルの防御から逃れた酸の血液がチャベスの腕にかかる。鋭く、熱した針を抉り込まれたかのような激痛に苛まれたチャベスは苦悶の表情を強めた。

 

「チャベス上等兵!」

 

 エミリオはシシュを背負いながらチャベスを見やる。

 チャベスは苦悶の表情を浮かべつつ、スコープドライフルがシュウシュウと煙を立て銃身を溶かしているのを目撃し舌打ちをする。

 即座にライフルを捨て、エミリオへと顔を向けた。

 

「少尉! 先に行ってください! 渡り終えたら倒木を川へ!」

 

 チャベスは装具を外し、背中に差していたマチェット山刀を抜きながらエミリオへと言葉をかけた。

 

「馬鹿言うな! 置いていく訳には!」

「行くんだ! 少尉ッ!」

 

 エミリオへ一喝し、チャベスは真正面を見据える。

 エイリアンが群れをなしてチャベスの周りを囲もうと猛然と追いすがって来るのが見えた。

 

「少尉! 貴方とシシュがいないと皆は無事に帰れない! だから早くッ!」

「しかし!」

「いいから早く行くんだッ!」

 

 逡巡するエミリオを一喝し、先に行くように促すチャベス。

 エミリオとシシュが持つ多大な戦闘力は、この先第3小隊の生き残りが確実に地球へと帰還するために必要不可欠である事を、このアパッチの末裔はよく理解していた。

 

 エミリオは俯きながら尚も逡巡するも、やがてぐっと唇を噛み締め、シシュを背負いながら倒木を渡る。

 そのエミリオに向け、ジャングルを見据えながらチャベスの言葉が響いた。

 

「少尉。スコット……シンシアに伝えてください。『約束を破ってすまなかった』と」

「……了解した」

 

 やがてエミリオは渓谷を渡り終えると、シシュを地面に下ろし渾身の力を込めて倒木を持ち上げる。ドッグエイリアンとの戦闘で負傷したエミリオは片腕しかまともに力が入らなかったが、その怪力は片腕でも10メートルはある倒木を川へと落としめる事が出来た。

 落とし切る前、エミリオの片方しかない視界に対岸へと残るチャベスが無数のエイリアンと対峙するのが映る。

 

「チャベス……!」

 

 エイリアン達と対峙するチャベスを見やる。

 チャベスは上衣も脱ぎ去り、筋肉質な上半身を露わにしながらゆっくりと自身の胸を薄皮一枚、真一文字に切り裂いた。

 胸から血が滴り落ち、血の一滴一滴が地面に落ちる度に、チャベスの中に眠る勇敢なアパッチ族戦士の遺伝子が呼び起こされていった。

 

 

「オオオオオオオオオッッッ!!!」

 

 

 異星の森の中、アパッチの雄叫びが木霊する。

 その勢いに気圧されたのか、周りと取り囲むエイリアン達は一瞬怯むも、すぐさま獰猛な牙を剥き出しにしながらアパッチの戦士へと踊りかかった。

 

 シシュを背負い直したエミリオは無数のエイリアンに集られ、姿が見えなくなったチャベスから目を逸らす。

 そのまま僅かに首を振ると、エミリオはジャングルを脱出するべく身を翻し、木々をかき分けながら駆け出した。

 

「う……うう……」

 

 駆けながら、嗚咽を漏らすエミリオ。

 初めての実戦、そして異星での怪物達との異常な戦闘。

 アーメイ軍曹達が死んだ時は、生き残りの小隊員達を無事に連れて帰る責任感からか、エミリオはさして取り乱さずにその後の戦闘を戦い抜いた。

 だが、僅かな間とはいえ共にエイリアン達の襲撃を生き延び、こうして助けに来てくれたチャベス上等兵を見殺しにせざるを得ない状況は、この若い士官にとって耐え難い現実であった。

 

 走る内に、それまで押さえていた様々な感情が湧き上がっていく。

 感情が押さえられなくなったエミリオは、滂沱の涙を流しながら走る。

 

「うわああああああああ!!!」

 

 泣き叫びながら、エミリオは駆ける。

 

 左目と、焼けただれた右目から涙を流し、鼻水と汗を垂らしながらエミリオはジャングルを駆ける。

 

 愛する異星の伴侶を背負いながら、エミリオは泣きながらジャングルを駆け抜けていった。

 

 

 

 

 

──────────────

 

 惑星BG-386

 ジャングルと精錬所の間にある渓谷

 

 ジャングルでチャベス上等兵と別れたライバック伍長達は、その後幸運にもエイリアンとまったく遭遇する事なく無事にジャングルを抜ける事が出来た。

 ジャングルを抜け、精錬所が見下ろせる場所に立ったライバック達は一様に安堵の表情を浮かべる。

 

「一時はどうなる事かと思ったが……ブラヴォ中隊はまだ健在のようだな」

 

 ライバックがサバイバルバッグの中から双眼鏡を取り出し、ブラヴォ中隊が陣取る精錬所へと双眼鏡を向ける。

 スコープ越しにはブラヴォ中隊員が陣地内にて油断なくパルスライフルを構え、エイリアンの襲撃に備えている様子が伺えた。

 

「早く行こうぜライバック! ロスを治療しねえと!」

 

 パクストン上等兵が上ずった声を上げる。

 担架に寝かされたロス一等兵の容態は鎮痛剤にて安定した様子を見せていたが、時折苦しそうな表情を浮かべて身じろぎをしていた。

 エイリアンの強酸性血液により腹部を無残に焼け爛らせたロスの怪我を一刻も早く治療を施す必要があったのだ。

 

「よし。コナー、先行してくれ。ある程度まで近づいたら発煙筒で合図して──」

 

 ライバックがそこまで言いかけると、突然彼方から轟々としたエンジン音が響く。

 顔を上げ、そこへ双眼鏡を向けると一機のドロップシップが精錬所へ向かってくるのが見えた。

 

「ドロップシップ!?」

「まだ生き残ってたんだね! きっとアルファ中隊の機体だよ!」

「どこの連中だっていいぜ! ドロップシップの火力ならジャングルのバケモン共根こそぎぶち殺せる!」

 

 スコット上等兵、コナー上等兵、パクストン上等兵がドロップシップの機影を見留め、弾んだ声を上げる。

 ドロップシップが搭載する火器はナパーム弾等広範囲を掃滅せしめる程の威力の高いものであり、救援が来るまでジャングルから湧き出るエイリアンの襲撃を払いのける実力があった。

 にわかに地球への帰還が現実味を帯びてきたことに、パクストン達の声は増々弾んでいく。

 

「……いや、少しおかしいぞ」

 

 双眼鏡を向けるライバックが怪訝な声をあげる。

 双眼鏡越しに見えるドロップシップの機体は黒く塗りつぶされており、所属部隊等が記された識別マークの類が一切見当たらなかった。

 更にいえばドロップシップのウェポン・ベイは開け放たれており、ロケット弾やミサイルが即座に放たれる状態になっていた。

 

 ライバックが尚も怪訝な表情を浮かべていると、ドロップシップが精錬所上空へと到達する。

 精錬所ではブラヴォ中隊の兵士達が歓声を上げながら上空のドロップシップへと手を振っている。

 

 ドロップシップは精錬所上空をゆっくりと旋回し、その機首を兵士達に向けると──

 

「なっ!?」

 

 突如ドロップシップの砲火が精錬所のブラヴォ中隊へと降りかかる。

 無数のロケット弾、ミサイルの雨がブラヴォ中隊へと降り注ぎ、精錬所の陣地は猛烈な爆撃に晒された。

 爆発が陣地の各所で起こり、ブラヴォ中隊の兵士達が吹き飛ばされる。一瞬にして陣地は阿鼻叫喚の火炎地獄の様相を呈し、突然の出来事にブラヴォ中隊の兵士達は為す術もなくその身を四散させる。

 僅かに生き残った兵士達がパルスライフルをドロップシップへ向け射撃するも、厚い装甲に阻まれまったく効果を認められなかった。

 ドロップシップはゆっくりと旋回しつつ、その火力を浴びせ続ける。運良く生き延びた兵士達に向け丹念な機銃掃射を浴びせた。機銃掃射を受けた兵士達は四肢を千切られ、無残な死体を晒す。

 

 やがて陣地内に動くものがいなくなると、ドロップシップは機首を翻し飛び去っていった。

 僅かな一時でブラヴォ中隊は全滅し、陣地内は爆発の跡で変わり果てた惨状を晒していた。

 

「ハハ……おい、嘘だろ……これは夢だろ……」

 

 呆然とドロップシップの爆撃を見つめていたパクストンが虚ろげに言葉を吐き出す。

 ライバック、コナー、スコットもまた目の前の現実を受け入れる事が出来なかった。

 

「終わりだよ……! 今度こそゲームオーバーだ! もうおしまいだよ!」

「うるさいよパクストン!」

「じゃあどうすれば良いんだよ! 教えてくれよ!」

「それは……!」

 

 コナーがパクストンを一喝するも、直後に返されたパクストンの言葉に応える事が出来ない。

 スコットも沈鬱な表情を浮かべ、俯く事しか出来なかった。

 

「もう俺達の運命は決まってるんだ! 地獄だよココは! バケモンにぶっ殺されるか、正体不明の敵にぶっ殺されるかのどっちかしか──」

「黙れ! パクストン!」

 

 喚き散らすパクストンの胸ぐらをライバックは乱暴に掴み上げる。

 荒い呼吸を吐きながらパクストンの瞳は涙で濡れており、ライバックはその瞳を鷹のような目で睨みつけていた。

 

 やがてパクストンを離したライバックは深く、長い溜息を吐く。

 目の前に繰り広げられた絶望的な状況に、ライバックもまた弱音を吐き散らしたい衝動に駆られる。

 だが、この歴戦の兵士の闘志は、まだ萎えていなかった。

 

「……精錬所ではまだ無事な施設が残っている。そこで新たにバリケードを設置し、救援が来るまで籠城しよう」

「俺達だけでか!? ハッ! 馬鹿言ってんじゃねえよ! 弾薬も残り少ない! 医療ポッドも焼けちまった! もうおしまいなんだよ!」

「陣地跡を探せばまだ使える武器弾薬が残っているかもしれない。施設をくまなく探せば医療ポッドだって」

「そんなもんあるわけねえだろ! おしまいなんだよッ!」

「パクストン」

 

 尚も喚き散らすパクストンに向け、ライバックは静かにその名前を呼ぶ。

 有無を言わさないその怜悧な言葉に、パクストンは思わず口を閉じ、ライバックの顔を見つめた。

 

「俺はここで死ぬつもりはない。兵士になったからには戦争で死ぬこともあるだろう。だが、あの怪物共にやられっぱなしで死ぬのはゴメンだ。俺は最期まで諦めるつもりはない」

 

 力強いライバックの言葉に、コナーやシンシアも表情を変える。パクストンもライバックの言葉を受け、渋々といった感じで頷いた。

 

「コナー、先行して籠城に使えそうな精錬所施設を探してくれ。この爆撃の後だ、エイリアン共もしばらくは近寄ってこないだろう。スコット、パクストン。コナーが籠城場所を見つけたらロスを移し、医療ポッドを探してくれ。俺は陣地跡から使えそうな武器弾薬を掻き集める。バリケード設置も平行して進めててくれ」

「了解!」

「了解したわ。少尉達がちゃんと戻ってこれるようにしなくちゃね」

「……了解。くそ、もうどうにでもなれってんだ。まるでアラモの砦だぜ」

 

 コナーが元気良く精錬所へと駆け出し、スコットがロスの元へと駆け寄る。パクストンも毒付きながらもスコットの後に続いた。

 ライバックの指示を受けた第3小隊の生き残り達は再びその肉体に活を入れ、生き残る為の戦いを再開する。

 絶望的な状況化でも、この若い兵士達は希望を捨てる事は無かった。

 

 

 エミリオ達植民地海兵隊第501大隊が惑星BG-386へと降り立ってから、3回目の夜が訪れようとしていた。

 

 

 

 

 

──────────────

 

「うう……う……」

 

 チャベスの命と引き換えにエイリアンの猛追から逃げ延びたエミリオとシシュは、精錬所にほど近い川べりにてその身を休めていた。

 途中、精錬所の方向から爆発音が聞こえたが、心身ともに憔悴したエミリオにとってその音を気にする余裕はなかった。

 エミリオの無尽蔵ともいえる体力を持ってしても、これ以上シシュを抱えて走る事は出来ず。チャベスの死に打ちのめされた事もあってか、エミリオは走る事を止めシシュを地面に下ろすと、川べりにて腰を下ろし一歩も動けないでいた。

 既に辺りは暗くなり、月明かりがエミリオ達を照らしている。

 

 シシュの傍らにて膝を抱えて蹲るエミリオは、時折嗚咽を漏らしていた。

 エイリアンによって受けた傷の痛み、そしてそれ以上にチャベスの遺志がエミリオに重く伸し掛かっていた。

 

(僕は、なんて無力なんだ……)

 

 自責の念がエミリオを苛む。

 助けに来てくれたチャベスを犠牲にしてでも自分は生き残る価値はあるのか。

 結局、アーメイ軍曹達も助ける事は出来なかった。

 目の前で、カッシュ一等兵がエイリアンに連れ去られていった。

 生き残りの小隊員達も、今も生きているのか分からない。

 

 自分が行った行動の何もかもが、無意味だったのではないか──

 そのような思いが、エミリオの中で渦を巻いていた。

 

「grr……」

 

 エミリオが膝を抱え俯いていると、シシュが呻き声を上げる。

 僅かに首を振ると、上体を起こし周囲を見回した。

 

「シシュ……」

「krr!」

 

 覚醒したシシュを胡乱げな瞳で見やるエミリオ。

 シシュは愛する雄の姿を見留めると即座にその身体に飛びつく。

 

「うっ……」

「grr!?」

 

 エミリオに覆いかぶさるように抱きすくめたシシュだったが、僅かに漏らしたエミリオの苦悶の声に、その焼け爛れた右目と腕に気付く。

 大慌てでエミリオから離れたシシュはメディコンプを取り出そうと腰のホルスターに手を伸ばした。

 

「grrー!?」

 

 しかし不運にもプレデリアンとの戦闘で腰のホルスターは破損しており、中に収納されているはずのメディコンプも無残な状態を呈していた。

 薬剤が入ったカプセルも破損しており、中は一滴の薬剤も残っておらず全て零れ落ちてしまっている。

 肩に装着したプラズマキャノン、腰に付けたスラッシャーウィップ、二本のシュリケン、レーザーネット、両腕のコンピューターガントレットにリストブレイド、ネットランチャー。

 それらの装備は無事に残っているのに、肝心のメディコンプだけが無い。

 シシュはこの理不尽な状況に思わず地団駄踏んでいた。

 

「よかった、怪我は大丈夫みたいだね……」

 

 エミリオはシシュが思ったより軽傷であった事に、安堵の溜息と共に力なく呟く。

 そんなエミリオに向け、シシュは焦った様子を隠そうともせずエミリオへ駆け寄った。

 

「grr! grr!」

「僕は、大丈夫……ちょっと疲れただけだから……」

 

 力なく微笑むエミリオに、シシュは増々慌てた様子をみせる。

 わたわたとエミリオの傍で膝を付き、手をこまねいている事しか出来ないシシュに、エミリオはそっとその顔に手を伸ばす。

 

「ちょっと休めば大丈夫だから……」

「krr……」

 

 マスク越しにそっとシシュの顔を撫でるエミリオ。

 その手をシシュはしっかりと握りしめていた。

 

 しばらくエミリオの手を握りしめ、心配そうに見つめているだけのシシュであったが、やがておもむろに装着していたマスクに手をかけた。

 

「シシュ……?」

 

 繋げられていた管を引き抜き、マスクを剥がしたシシュの瞳は濡れており、心配のあまりに泣きはらした跡が浮かんでいた。

 シシュは両手にてエミリオの頭をそっと抱えると、口器を開けエミリオの爛れた右目に舌を這わせた。

 

「シ、シシュ……」

 

 ピチャリ、ピチャリと湿った音が響く。

 丹念に、丁寧にエミリオの右目の傷跡を舐めていた。

 

「シシュ、そんな事しなくていいよ……」

「krr!」

 

 エミリオがやんわりとシシュを止めようとするも、シシュはうるさいと言わんばかりに甘い顫動音を鳴らす。

 そのままエミリオの上衣に手をかけた。

 

「あっ」

 

 抵抗する間もなくエミリオの上半身は露わになる。

 焼け爛れた右腕が露出すると、シシュは苦しそうな表情を浮かべる。愛する雄の無残な姿が、この異星の乙女には耐え難く辛い光景であった。

 

「krr……エミリオ……」

 

 切なげな吐息と共にシシュはその右腕へそっと舌を這わせた。

 

「シシュっ……」

 

 ピチャ、ピチャと水音が響く。

 シシュは懸命にエミリオの腕を舐め、その傷を癒そうとした。

 一生懸命に治療するシシュに、エミリオはそっとその頭に手を伸ばし、優しくシシュのドレッドヘアーのような髪を梳いた。

 

「シシュ……僕は、ダメな奴だ。皆を助けるどころか、皆をどんどん死なせてしまった。だからもう……」

「……」

 

 シシュはエミリオに撫でられ、腕に舌を這わせる行為を止める。

 エミリオの力無く言葉を吐き出す様子を、その無垢な瞳で見つめていた。

 

「シシュ……僕は……どうしたら……」

 

 エミリオの左目から一筋の涙が流れる。初めて見る愛しい雄の情けなく、頼りない姿を、シシュはじっとその無垢な瞳を向け続けていた。

 シシュは暫くエミリオの顔を見つめていたが、やがてエミリオの左手を掴み自身の胸に押し当てた。

 

「シシュ……?」

 

 網状のボディスーツ越しに、シシュの豊満な乳房にエミリオの手が押し当てられる。

 僅かに頬を染めたシシュは、しっかりとエミリオの瞳を見続けていた。

 

「あっ……」

 

 トクン、トクン、とシシュの鼓動が伝わる。

 シシュはエミリオの手を胸に当て、潤んだ瞳を向け続けていた。

 その瞳に宿った意思をエミリオは左手から伝わる鼓動と共に感じ取る。

 

 私は、こうして生きている──

 エミリオのおかげで生きている──

 私は、エミリオに救われた──

 

 異星の乙女の、純真な想いがエミリオの心に届く。

 涙を流しながら、愛する乙女の想いを受け、エミリオの瞳に徐々に火が灯り始めた。

 

「シシュ……」

「krr……」

 

 甘い顫動音を鳴らし、シシュはエミリオの唇に口器を這わせる。

 啄むような口づけの後、異星の番は互いの舌を優しく絡ませていった。

 

「あむ……んちゅ……」

「krr……クチュ……」

 

 甘く、芳しい淫靡な匂いがシシュの身体から発せられる。

 その匂いを吸い込んだエミリオのペニスは徐々に血が巡り、逞しく屹立していった。

 

「krr……」

 

 潤んだ瞳でシシュは口を離す。つう、と糸を引いた粘液が、月明かりに照らされ淫靡で幻想的な光景を映し出していた。

 シシュはそのままエミリオの首筋に舌を這わせる。

 

「シシュ……!」

 

 エミリオの甘い声が響く。

 丹念にシシュはエミリオの首筋に舌を這わせていた。そのまま鎖骨、胸元、腹部を舐めていく。

 下腹部まで舌を這わせたシシュは、カーゴパンツを押し上げるエミリオのペニスを丁寧な手つきで撫でた。

 

「krrr……」

 

 シシュはエミリオのカーゴパンツを丁寧な手つきで下ろす。パンツをずり下げ、反り返るエミリオのペニスを見て陶然と吐息を吐き出した。

 そのまま、ゆっくりとエミリオのペニスに舌を這わせる。

 

「あっ、シシュ……!」

 

 ゆっくりと、優しくエミリオのペニスを舐め上げる。ピチャ、クチュ、と淫靡な音が響いていた。

 一通り舐めあげると、今度はエミリオの亀頭を優しく口腔内へ納めた。

 

「あぅ!」

 

 包こ込むようにエミリオのペニスを頬張るシシュ。

 嘗て幼少のエミリオにしたような激しく、野性的な口淫とは違い、傷ついた愛しい雄を癒やすかのような、慈愛に満ちた奉仕だった。

 

「はぁっ、シシュ、シシュぅ……!」

 

 エミリオは切なげな声を上げる。シシュは上目遣いでエミリオを見つめ、その瞳は淫靡な光を宿しつつ奥底にある慈愛の光をエミリオへ向けていた。

 シシュの優しい奉仕を受けるエミリオのペニスは口器の中で脈動し、より力強く屹立する。

 亀頭から溢れんばかりに出る透明な雫を、シシュは優しく飲み込み続けていた。

 

 やがてシシュはエミリオのペニスから口を離す。

 腰の装具を外し、露わになったヴァギナへと自信の指を這わせた。

 むせ返るような淫靡な獣臭がエミリオの鼻を突き抜け、脳を溶かす。

 シシュはそっとペニスを掴むと、自身のヴァギナへとあてがった。

 

「ぅ、ぁ」

「krr……」

 

 エミリオの対面に座り込むように腰を落とすシシュ。

 チュプ、ジュブ、と湿った肉と肉が擦れ合う音と共にエミリオのペニスはシシュの膣内へと収められていった。

 根本までエミリオのペニスを咥え込んだシシュは、そのまま動かずにエミリオの頭を掻き抱く。

 じっと、優しく包むように、エミリオを抱き締めていた。

 

「シシュ……」

「krrrr……」

 

 上気したシシュの身体は月明かりに照らされ、汗で濡れた肉体は淫靡な匂いを放ち続けている。エミリオはシシュのくびれた腰に手を回し、シシュをしっかりと抱きとめていた。

 

「は、はぁ」

「krr……」

 

 シシュの豊満な乳房に顔を埋め、その腰をしっかりと抱き締めるエミリオ。シシュはエミリオの頭を抱き締め、愛する雄を包み込む。

 エミリオは腰を動かす事はせず、じっとシシュの肉体を感じ続けていた。

 シシュも腰を上下せず、じっとエミリオの熱を感じ続けている。

 だが、腰は動かしてなくともシシュの膣内は艶かしく蠕動し、エミリオのペニスを粘りつくように扱いていた。

 結合部からはシシュの熱い体液と、エミリオの透明な雫が混ざり合い、トロトロと蜜のように互いの肉体を伝い、地面へと垂れていった。

 

「シシュ……!」

「kyrrr……!」

 

 やがてエミリオはぎゅっと力強くシシュの腰を抱き締める。

 エミリオのペニスはひときわ怒張した後、ゆっくりと精液を吐き出した。

 トクン、トクン、トクンと脈動しながら精液がシシュの膣内に出される。

 ゆっくりと、しかし長い射精に、シシュもまた静かに達していた。

 愛しい雄と、獣のような激しい性交しか経験してこなかった異星の乙女は、愛する雄の命が自身の体内に溢れる幸せを全身で味わっていた。

 

 ゴプっと、シシュとエミリオを繋げた結合部から精液が溢れる。それでも尚、エミリオのペニスはトクトクと精液を吐き出し続けた。

 

「シシュ……ごめん……ありがとう……」

「krr……」

 

 シシュの胸に顔を埋めたまま、エミリオはポソっと呟く。

 シシュは慈愛に満ちた表情でエミリオの頭を優しく撫で続けていた。

 

 月明かりが、繋がりあった異星の番を照らす。

 やがて精液を全て吐き出したエミリオの左目に、爛々とした火が灯り始めていた。

 

 

 一度は折れかかった若い士官の心が、異星の乙女によって繋ぎ止められていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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Chapter12.『All Quiet on the Alien Front』

  

 惑星BG-386

 精錬所付近の小川

 

 さらさらと川の流れる音が辺りを包んでいる。白み始めた周囲は川の流れる音と合わせ、幻想的な雰囲気を醸し出していた。

 

「ん……」

 

 川の流れる音と、自身を包む心地よい体温を感じ、エミリオは目を覚ました。

 月明かりの元、シシュと静かに繋がり合っていたエミリオの肉体は本能的に休息を求めており、精を吐き出した後はそのままシシュに包まれながら意識を落としていた。

 覚醒したエミリオをシシュはその無垢な瞳で覗き込む。

 シシュはマスクを外しており、エミリオを優しく撫でながらその頭を自身の膝の上に乗せていた。

 

「krr……」

 

 シシュは甘い顫動音を鳴らしている。この異星の乙女はエミリオに膝枕をしながら一晩中エイリアンの襲撃を警戒し、傷ついた愛しい雄を見守っていた。

 

「シシュ……!」

 

 エミリオはシシュを見つめながら喜びと申し訳無さが入り混じった感情を吐露する。本来ならば自分が守ってあげなくてはならない愛しい存在に、逆に守られている自分がひどく情けなく感じていた。

 エミリオは直ぐに起き上がろうとしたが、シシュはエミリオの頭を自分の膝の上に押さえつけ、無理やり膝枕を続けた。

 

「krr!」

「わっ!」

 

 気にするな、今は寝ていろ、とでも言わんばかりに弾んだ顫動音を鳴らし、エミリオの頭を押さえつけるシシュ。

 この愛しい雄の為なら文字通り不眠不休でも構わないとばかりにエミリオに膝枕を施し続けていた。

 シシュの野性的で、どこか芳しい匂いがエミリオの鼻孔をくすぐる。目の前にあるシシュの逞しく割れた腹筋がじわりと汗で濡れていた。

 

「し、シシュ! もう大丈夫だから……」

「krr! ヤスム!」

 

 エミリオの抗議の声をシシュは元気の良い声で遮る。ふんすっと、鼻息を鳴らしエミリオの頭を撫で回していた。

 満足気にエミリオの髪を弄り、ポンポンと頭を撫でるシシュにエミリオは溜息をつきながらその様子を眺める。

 眺めていく内に、もうしばらくこの逞しい乙女の膝を借り続けたいという衝動に駆られたが、脳裏に第3小隊のメンバーの顔がチラついた。

 

「シシュ……もうちょっと休んだら出発しよう。皆を助けなきゃ」

「krrr……」

 

 ミリオの言葉にシシュは切なげに顫動音を鳴らした。異星の乙女は愛しい雄の固い決意を見て、ただ黙ってその目を見つめる。

 エミリオの右目はエイリアンの強酸性血液を浴び、白く濁っている。恐らくはもう見えていないのだろう。

 だが、残った左目には爛とした火が灯っており、力強い輝きを放っていた。

 

 エミリオは横たわりながらその片方の瞳で周囲を見渡す。

 見ればエミリオ達がいる小川の対岸では切り立った崖があり、その上には薄っすらと煙が上がっている。

 僅かだが精錬所施設が崖の上から見えており、エミリオは今更ながら自分が目的地付近まで到達していた事に気付いた。

 

(精錬所……皆は無事に辿り着いているのかな……)

 

 エミリオはぼんやりと思考を巡らす。

 チャベス上等兵を置き去りにし、絶望に打ちひしがれる最中聞こえてきたあの爆発音。

 第3小隊の生き残りは無事にブラヴォ中隊と合流出来たのか。

 いや、そもそもあの爆発音はブラヴォ中隊の陣地から聞こえてきたものなのではないのか?

 エミリオは嫌な想像が脳裏を過り、その肉体を捩らせた。

 

「シシュ、精錬所の様子を確かめ──」

 

 エミリオはそこまで言いかけると、丁度くぅ、と腹の虫が鳴る音がした。

 

「あ……」

 

 頬に朱を浮かべるエミリオ。

 プレデリアンとの一戦、その後の逃走、そしてシシュとの月明かりの下での営み。

 いかに強靭な肉体を持つエミリオでも、空腹と喉の渇きは抑える事は出来なかった。

 

「krr!」

 

 そんなエミリオの様子を見てシシュは鼻息を荒くしながらいそいそとボディスーツに手をかける。

 破れていた網状のボディスーツに手をかけると、シシュの乳房が露出した。

 

「シシュ?」

 

 シシュの突然のこの行動に増々顔を赤らめながら怪訝な目を向けるエミリオ。

 そのエミリオに向け、シシュは元気よく片乳房を突き出した。

 

「krr!」

「ええ……」

 

 目の前にシシュの豊満な乳房が突き出される。黄土色の肌色に僅かに桜色が残る乳首が汗で濡れており、エミリオの鼻息がかかったのか乳首はピンと突起していた。

 

「あの、シシュ。まさか、吸えって言うの……?」

「krrr!」

 

 エミリオの問いかけに勢い良く首を縦に振るシシュ。

 異星の乙女のこの突拍子もない行動にエミリオはただ困惑するしかなかった。

 

「あのね、シシュ。おっぱいは、赤ちゃんが出来ないと出ないんだよ……」

「grr!?」

 

 そんなシシュにエミリオはひどくマイペースに道理を説く。エミリオの言葉を受けてシシュは愕然とした表情を浮かべていた。

 あれだけ激しく交わったのにもかかわらず、どこか男女の生理について抜けてるように思えるシシュに、エミリオは思わず苦笑を漏らしていた。

 

(あ、でも……)

 

 これまで3回シシュと交わり、その精液を全てシシュの膣内に吐き出していた事を思い出すエミリオ。

 もしかしたら、シシュは──

 

「grrー!」

「むぐっ!?」

 

 そこまで考えていると、シシュはエミリオの頭を掻き抱きその口元に強引に己の乳房を押し付ける。

 突然乳房を押し付けられたエミリオは窒息気味に呻き声を漏らした。シシュはやや涙目になりながらエミリオに乳房を押し付けている。

 そんなシシュを見て、エミリオは愛おしい気持ちが溢れ、この異星の伴侶の献身を無下に出来ないと思いおずおずと唇を動かした。

 唇にシシュの乳首を感じると、エミリオはその突起を唇で優しく食んだ。

 

「kyrr……」

 

 はむはむと唇でシシュの乳首を挟むエミリオ。優しいエミリオの愛撫にシシュは甘く、切なげな顫動音を上げた。

 

「ん……ちゅ」

「kyuuu!」

 

 突起した乳首に舌を這わせ、コロコロとその突起を舌で転がす。

 そのまま、シシュの濡れた乳首を吸い込むと、シシュは嬌声めいた甘い顫動音を鳴らした。

 

「ちゅう……ちゅ」

「kyuu! kyuu!」

 

 エミリオの頭を掻き抱きながら襲い来る快感に耐えるシシュ。エミリオはぼうとした思考の中、取り憑かれたようにその甘い乳首を吸い続けた。

 シシュの乳首からは母乳は出ない。だが、乳房から汗が滴り、シシュの淫靡な雫がエミリオの渇きを癒やしていた。

 

 しばらく陶然とシシュの乳房を吸っていたエミリオだったが、再びくぅと腹の虫がなり、静かにシシュの乳首から口を離した。

 

「シ、シシュ……あ、ありがとう……」

「krrr……」

 

 赤面しながら口を離すエミリオをどこか未練がましく見つめるシシュ。完全に目的を履き違えていたシシュに、エミリオは再び優しげな苦笑を漏らした。

 

 やがてシシュの膝に乗せていた頭を起こし、上体を起こすエミリオ。シシュはそれを甲斐甲斐しく補助していた。

 

「少し、お腹に入れようか」

「krr!」

 

 エミリオの言葉に元気よく頷くシシュ。

 兎に角、この空腹をどうにかせねば。そう思ったエミリオは辺りを見回し、流れる川に目を向ける。

 工業施設がある精錬所の傍に流れる川であったが、川の流れはジャングルから流れており、精錬所の汚水が混ざっている様子は無かった。存外に透き通った川の中で漂う魚の影を見つけたエミリオはふらつく身体を起こし、コンビスティックを手に取った。

 

「krr!」

「大丈夫。魚がいるから、そいつを取ろう」

 

 ふらつくエミリオを支えるシシュに、エミリオは優しげな笑みを向ける。

 支えながら、川べりへと一緒に向かうシシュにエミリオはしっかりとコンビスティックを握りしめ、獲物を取るべく穂先を川へ向けた。

 川の中には数匹の鱒に似た川魚がゆらゆらと泳いでいる。魚が泳いでいる辺りは水深は深くなく、朝もやの中でもその動きはよく見えていた。

 エミリオは作戦前に惑星BG-386の環境についてもブリーフィングを受けており、BG-386の原生生物が食用に足る事も把握していた。

 

「ッ!」

 

 コンビスティックを川魚へ向け投擲するエミリオ。バシャンッと、水しぶきを上げてコンビスティックは川底へと突き刺さる。

 だが、その穂先にはお目当ての魚は刺さっておらず。エミリオは今更ながら自身が隻眼となった事で遠近感が狂っている事に気付いた。

 

「krr!」

「シシュ……」

 

 狙いを外したエミリオの肩をポンポンと叩き、慰めるかのように顫動音を鳴らすシシュ。やや情けない表情を浮かべながらエミリオは異星の乙女の慰めを苦笑で応えていた。

 

「grrー!」

「わっ!」

 

 シシュはエミリオを川べりに座らせると、元気一杯に川中へと跳躍する。

 ザブンッ! と、盛大に水しぶきが上がり付近にいる魚は一目散に逃散した。

 

「grr!」

 

 だがシシュは素早く装着したコンピューターガントレットを操作し、その拳を振りかぶる。

 コンピューターガントレットから鳴り響く機械音と共にシシュの剛拳が川底へと叩きつけられると、激しい重低音と共にシシュが跳躍した時より更に大きな水しぶきが上がった。

 

「わっ! すごい!」

「grr!」

 

 水しぶきが収まり、水面の波が落ち着くと衝撃で気絶した魚が数匹浮かんで来る。所謂ガチンコ漁の要領で魚を得たシシュにエミリオは思わず純真な賞賛を送る。シシュは誇らしげに浮かんだ魚を集め、エミリオの元へと駆け寄った。

 

「grr!」

「ありがとう、シシュ」

 

 両手に数匹の魚を持ちエミリオへ嬉しそうに差し出すシシュ。それをエミリオは丁寧な手つきで受け取った。

 

「とりあえず火を起こしてから──」

 

 そう言いかけたエミリオの目に、シシュが魚の一匹を生で咀嚼している光景が飛び込んできた。

 

「シ、シシュ! おスシじゃないんだから!」

「grr?」

 

 エミリオの声にきょとんとした表情を浮かべながらムシャムシャと魚を頭から頬張るシシュ。

 あまりにも野性的すぎるシシュの行動に、エミリオは頭を抱える。

 海兵隊の最新鋭の装備を遥かに上回る武装、テクノロジーを持つシシュ達であったが、食文化等の文化的な成熟は地球の人類より遥かに劣っている事が伺えた。

 エミリオはどこかちぐはぐな印象を受けるシシュの種族について今更ながらその実態がどういった物なのか思考を巡らす。

 だが、首をかしげながら魚を咀嚼するシシュのつぶらな瞳を見ていく内に、エミリオはやがて溜息を一つ吐きそれ以上シシュの種族について考えるのを止めた。

 

「シシュ、魚は焼いて食べるともっと美味しいんだよ」

「grrー?」

 

 なおもムシャムシャと魚を咀嚼するシシュ。エミリオはシシュに微笑を向け、火を起こすべくふらつく身体に気合を入れた。

 

「薪を集めて……焚付はシャツでいいかな。あとは、火おこしだけど……」

 

 エミリオは小川の先にあるジャングルに目を向ける。

 湿気が多いジャングルで薪を集める事は難しいと思われたが、目につく範囲でも枯れ葉や枯れ木がある程度は落ちており、焚き火を起こす事はそれほどの難事では無さそうであった。

 薪を集めるべく立ち上がろうとしたエミリオをシシュは慌てて支えようと駆け寄る。

 

「シシュ、僕は大丈夫だからあっちで薪になりそうな枯れ木や枯れ葉を集めてくれないかな」

「krr?」

 

 駆け寄るシシュを制し、エミリオはジャングルを指しながら異星の乙女に薪集めを指示する。

 シシュはやや訝しげに首をかしげるも、直ぐに愛しの雄の願いを叶えるべく猛然とジャングルへと駆け出した。

 

「シシュ、あいつらが出てくるかもしれないから気をつけ……早いね」

「grr!」

 

 エイリアンの襲撃に注意を促すべく声をかけたエミリオであったが、シシュは瞬く間にジャングルから薪を拾い集め、その健脚を持ってエミリオの元へ即座に戻る。

 両手一杯に枯れ木や枯れ葉を抱えたシシュに、エミリオはやや疲れた笑みを浮かべていた。

 

「よし、じゃあ火を……」

 

 エミリオは自身のシャツを一切れ引き千切り、丁寧な手つきで繊維を解して綿状にする。

 併せて火きり棒、火きり板に適した枯れ木を探り、用意する。

 一連のエミリオの作業を異星の乙女は興味津々といった様子で見つめていた。

 

「んん……」

 

 丸めた繊維を火きり板の上に置き、慣れない手つきで火きり棒を挟み、擦り付ける。

 ジリジリとひたすらに火きり棒を擦るエミリオを心配しつつ、シシュは火きり板の上に視線を注いでいた。

 

 しばらく火きり棒を擦っていたエミリオだが、一向に種火が灯る様子は無かった。

 

「ふぅ。やっぱ、付け焼き刃の知識じゃうまくいかないね」

「krr……」

 

 きまりが悪そうにはにかんだ笑みを向けるエミリオ。そんな愛しの雄に、シシュは慰めるかのような顫動音を上げる。

 シシュがぽんぽんとエミリオの肩を叩くと、エミリオは増々気落ちした笑顔を浮かべていた。

 

「もう少し待っててね。今、火を起こすから」

 

 気を取り直したエミリオは再び火きり棒を両手で挟み、火おこしを再開する。

 額に汗を浮かべながら一生懸命に擦るエミリオを見つめるシシュは、おもむろにエミリオの後ろに周りその両手に自身の手を重ねた。

 

「シシュ?」

 

 シシュはペロリとエミリオの顔を舐めながらその体躯に覆いかぶさる。そのまま、エミリオと一緒に火きり棒を回し始めた。

 シシュは張りのある乳房を惜しみなくエミリオの背中に押し付けており、エミリオは赤面しつつも異星の乙女の気遣いに感謝していた。

 

「手伝ってくれるんだね。ありがとう」

「krr!」

 

 エミリオの両手を優しく包み、シシュは辿々しい手つきではあったが愛しい雄と共に火きり棒を回す。

 しばらく悪戦苦闘していたが、やがて火きり板からブスブスと煙が立ち込め始めた。

 

「ついた!」

「krr!」

 

 エミリオは急いで火きり板に息を吹きかけ、焚付の火を強める。ポッと小さな火がつくと、そのまま薪の中に入れた。

 ブスブスと燻っていた小さな火が勢い良く燃え上がると、エミリオはシシュの頬に口づけをし、喜びを露わにした。

 

「やった! 火が付いたよ!」

「grr-!」

 

 喜びながら互いの顔に口づけする異星の番。火はエミリオ達の愛情と比例するかのように勢いを増していた。

 ひとしきり喜びあった後、エミリオは薪から串になるような枝を何本か取り出し、残った魚に刺す。

 炙るように火の近くに串を置いたエミリオは逸る気持ちを抑えて魚が焼きあがるのを待っていた。

 シシュは相変わらずエミリオに覆いかぶさり、時折スリスリとエミリオの顔に頬ずりしていた。

 やがて魚が焼き上がると、エミリオはシシュに串を手渡した。

 

「ほら、シシュ。熱いから気をつけてね」

「grr!」

 

 シシュは手渡された串魚を受け取るとふうふうと息を吹きかける。程よく冷めた魚におずおずと口をつけ、一口咀嚼した。

 

「grrー!?」

 

 一口食べたシシュはそのままガツガツと魚に食らいつく。一心不乱に魚を貪るシシュをエミリオは満足げに微笑みながら見つめていた。

 

「本当は塩とかあればよかったんだけどね……」

 

 エミリオも魚を口にしながらそう呟く。軍隊での濃い味付けに慣れた舌には物足りない代物ではあったが、空腹のエミリオにとってただ焼いただけの魚でも十分にごちそうであった。

 

 朝もやにまぎれて、焚き火の煙がもうもうと上がる。

 その焚き火の前で、地球と異星の番は仲睦まじく黙々と魚を食し続けるのであった。

 

 

 

 

──────────────

 

「煙……?」

 

 ライバック伍長は陣地跡で小川の方向から一筋の煙が立ち込めるのに気付く。

 コナー上等兵達が籠城出来る場所を探している間、ライバックはこの凄惨な爆撃の跡が残る陣地内にて使える武器弾薬を探していた。

 千切れた腕や足、内蔵を露出させながら絶命している死体がそこかしこに散乱している。だが、この地獄の様な光景を見てもライバックは鋭い目つきで弾薬を探していた。

 生存者はいない。ライバックはもし生存者がいたとしても、この爆撃の跡では五体満足に生き残っている兵士がいるとはとても思えなかった。

 

「もしかしたらエミリオ少尉が……?」

 

 ライバックは武器の捜索を中断し、小川が見下ろせる場所へと駆ける。サイドバックから双眼鏡を取り出し、煙の方向へと視線を向ける。

 朝もやで良く見えなかったが、スコープ越しに密着しながら魚を頬張るエミリオとシシュの姿が見て取れた。

 

「少尉! 無事だったんですね……!」

 

 ライバックはエミリオの無事な姿を見留めると安堵の溜息を漏らす。同時に、やたらエミリオと仲睦まじい様子で魚を食している異形の姿を見て、訝しげな表情を浮かべていた。

 

「あいつは……やはり味方なのか……?」

 

 エミリオがライバック達の囮となり、単身エイリアンの群れに飛び込んでいったあの夜。

 ライバックはエミリオを抱き支える異形に発砲した事を思い出し、警戒感を露わにしていた。が、どうみても仲良く密着しながら魚を食す異形……シシュを見ていく内に、エミリオの言う通り味方である事は疑いようも無かった。

 

「兎に角、少尉に気付いてもらわなければ」

 

 ライバックは空に目を向ける。朝もやは晴れつつあり、辺りは朝日の光が降り注いでいた。

 胸のホルダーからコンバットナイフを取り出したライバックはその刀身を朝日に向ける。ナイフに反射した光をチラチラとエミリオ達に向け始めた。

 

 しばらく反射した光を向けていると、エミリオがライバックへと視線を向け、笑顔を見せながら手を振った。

 

「よし。こちらに気付いたな」

 

 ライバックは再びふうっと安堵の溜息を吐く。こちらに気付いたエミリオ達は焚き火の火を消すと、ライバックの元へと向かうべく歩き始めた。

 

「ううむ……しかしここまで来るのに大分回り道する必要があるな。エイリアン共に襲われなければいいが」

 

 エミリオ達がいる小川はライバックがいる陣地跡の遥か崖下に位置し、崖上の陣地跡までたどり着くのに相当の回り道をする必要があった。

 切り立った崖は数十メートルはあり、とてもじゃないが崖を直坂する事は専門の訓練を受けていなければ不可能であった。

 ライバックはエミリオを迎えに行くルートを選定する為、しばらく思考を続ける。が、突然シシュがエミリオを横抱きにすると勢いよく跳躍を開始した。

 

「うおっ!?」

 

 切り立った崖のテラスを飛び跳ねながら猛然とライバックの元へと向かうエミリオとシシュ。エミリオを横抱き……所謂お姫様抱っこしながら軽々と崖を登っていくシシュの姿に、ライバックは驚きの声を上げ、それを呆然とした表情で見つめていた。

 やがて勢い良く跳躍しながらライバックの前に降り立つエミリオとシシュ。ライバックは呆気にとられつつもエミリオへと海兵隊式の敬礼を向けた。

 

「少尉。ご無事……とは言い難いですが、また会えて嬉しいです」

「ライバック、君も無事で何よりだ」

 

 相変わらずシシュに横抱きされながら敬礼を返すエミリオ。負傷している姿が痛々しい様子を見せていたが、シシュに抱きかかえられた状態は全く締まらない姿であり、その姿を見てライバックは思わず笑顔を浮かべていた。

 シシュはマスクを装着しており、その表情は見えなかったが、自身に発砲したライバックの姿を見留めるとやや警戒心を露わにしていた。

 

「シシュ、大丈夫だよ」

「grrrr……」

 

 唸り声を上げるシシュを宥めるエミリオ。変わらず警戒心を露わにしていたシシュであったが、やがてゆっくりとエミリオを降ろした。ライバックもやや警戒心を強めていたが、ともあれエミリオと無事に合流出来たことは喜ばしい事であると気を取り直し、エミリオへと言葉をかける。

 

「少尉。チャベスは……」

「……すまない」

「そうですか……残念です……」

 

 ライバックの言葉に沈鬱な表情を浮かべるエミリオ。その表情を見て、百戦錬磨の兵士はチャベス上等兵がエミリオをその身を挺して無事に逃した事を察した。

 共に戦場を渡り歩いた戦友の死に、ライバックもまた沈鬱な表情を浮かべチャベスの死を悼んでいた。

 

「ライバック。僕はこれ以上仲間を失いたくない。救援が来るまで何が何でも持ちこたえよう」

「はっ。少尉」

 

 やがて顔を上げたエミリオは確りとした目でライバックを見つめる。右目は白濁としていたが、残る左目に闘志を宿らせるエミリオを見て、ライバックもまた確りと頷いた。

 

「ライバック。ひとまず今の状況を教えてくれ」

「はっ!」

 

 ライバックはブラヴォ中隊が正体不明の敵により壊滅した事、コナー達が籠城できる場所を探している事や自身がブラヴォ中隊の残存兵器を集めている事を簡潔に伝える。エミリオはブラヴォ中隊が壊滅した事を聞くと、マリア・コンチータ大尉の快活な笑顔を思い出し、再び表情を暗くする。だが、直ぐに顔を上げ、ライバックへと言葉を返した。

 

「了解した。兎に角、救援が来るまで持ちこたえるしかないんだね」

「はい。ご覧の通り状況はかなり厳しいです。ですが、爆撃を警戒してかジャングルのエイリアンは暫くこちらへは近寄らんと思います。今の内に体勢を整えるべきかと」

「分かった。ライバック、僕達も武器捜索に加わるよ。コナー上等兵達にも連絡を入れてくれ」

「了解しました」

 

 エミリオとライバックは短い時間で今後の方針を立てる。頼りにしていたブラヴォ中隊が壊滅した現状ではあったが、エミリオとライバックは再会した事で互いにその存在に頼もしさを感じていた。

 そんなエミリオとライバックを尻目に、シシュは爆撃跡も尚燻る燃え滓を足で踏み潰していた。

 

「あの、ところで少尉。その、そいつは一体何者なんです?」

 

 手持ち無沙汰を燃え滓潰しで解消していたシシュに怪訝な表情を向けながらライバックがエミリオへ問いかける。

 エミリオはシシュの様子を苦笑しながら見つつライバックへと応えた。

 

「シシュっていうんだ。僕の……大切な“人”だ」

「は、はぁ……」

 

 ライバックはチャベスと同じようにやや引きつった顔でエミリオを見やる。

 だが、この百戦錬磨の伍長は最も重要な事のみエミリオへと確認した。

 

「ともかく、敵ではないのですね?」

「ああ。頼りになる味方だよ。正直、シシュがいないとこの状況は乗り切れないと思う」

 

 エミリオの言葉を受け、シシュがふんすっと腰に手を当てその豊満な胸を張る。

 乳首が露出しているのを見て、エミリオは慌ててシシュの元へ駆け寄りその大きな乳房を自身の上衣で隠した。

 

「シシュ、見えてるよ。隠さないとダメじゃないか。ほら、両手あげて」

「grr?」

 

 いそいそとシシュの胸部へと上衣を巻きつけるエミリオ。シシュはエミリオの行動に首をかしげつつも、大人しくバンザイポーズを取っていた。

 そんな二人の様子を見て、ライバックは漸くシシュに対する警戒を解く。

 シシュに対する疑問はまだ尽きないが、それはおいおい聞いていけばいいと思ったライバックは装着していたインカムを操作し、籠城場所を捜索していたコナーを呼び出した。

 

「コナー、聞こえるか? 少尉と合流した」

『ライバック! 少尉が見つかったんだね!』

「ああ。まぁ、詳しくは後で話すが、少尉以外にももう一人いる」

『もう一人? チャベスはどうしたんだい?』

 

 ライバックはコナーの言葉に一瞬言葉を詰まらせるも、直ぐにチャベスが戦死した事実を伝えた。

 

『そうかい……スコットには、アタシから上手く話すよ』

「助かる……。それで、籠城場所は見つける事が出来たか?」

『精錬所の連中が使ってた宿泊施設があったよ。医療ポッドは無かったけど医薬品ならしこたま見つけた。今、スコットがロスの治療をしている。パクストンが施設内を捜索しているけどエイリアンはいないみたいだよ。バリケードを組めばなんとか救援が来るまで凌げると思う』

「了解した。少尉達と武器弾薬を調達してからそこへ向かう」

 

 ライバックはインカムのスイッチを切るとエミリオへと顔を向けた。

 

「少尉。コナーが籠城場所を見つけました。現場を見ないとなんとも言えませんが、なんとか救援が来るまで持ちこたえられそうです」

「了解したライバック。シシュ、武器を探すの手伝ってくれるかな?」

 

 エミリオは上衣をシシュに巻きつけながらライバックの言葉に頷く。シシュは上衣を巻きつけられてやや窮屈そうにしていたが、エミリオの武器捜索を手伝う事をコクコクと頷いて応えていた。

 

 残骸から使えそうな武器を探す二人の地球の海兵隊と一人の異星の狩人。

 凶悪な怪物達がひしめくBG-386の精錬所にて、地球と異星の連合軍は粛々と残存武器を捜索し続けるのであった。

 

 

 

 弟想いの、最強の姉が率いる無敵の軍団が到着するまで、後12日──

 

 

 

 

 

 




プレデターの食性が全く設定されてないっぽいのでやや蛮族ちっくな描写になっておりますが、『プレデター2』で冷凍肉ムシャムシャしてるっぽかったし別にいいかなって。


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Chapter13.『Fortress』

 

 惑星BG-386

 精錬場宿泊施設内

 

「これで全部ですか?」

 

 宿泊施設のリビングルームにある大きなテーブルの上に、様々な武器弾薬が積み上げられている。それを見たコナー上等兵がエミリオへ向け声を発した。

 

 ブラヴォ中隊が全滅した跡地から使用できる武器弾薬を集め終えたエミリオ、ライバック伍長、そしてシシュの三人。コナー達が確保した精錬所宿泊施設へと物資を運び終えた頃には既に日は傾いており、精錬所全体が夜の静寂に包まれていた。

 

 コナー達が進めていたバリケード構築は最低限しか出来上がっていなかったが、今のところジャングルからエイリアンが襲ってくる気配は無く、第三小隊の生き残りは幾分か安心して宿泊施設内にて身を潜めていた。

 

「ああ。回収出来た武器弾薬はこれで全部だよ。ライバック伍長」

 

 エミリオはライバックへと視線を向け、集めた武器弾薬についての説明を促した。

 

「ようし、俺達が所持していた武器弾薬も合わせて確認するぞ。まず、M-41A2パルスライフルが5挺。弾はそれぞれ200発づつ。救援隊が来るまでの日数を考えると十分じゃないから無駄撃ちはするなよ」

 

 ライバックがパルスライフルにマガジンを差し込みながら説明する。激しい爆撃に晒されたブラヴォ中隊陣地跡で回収できた弾薬の少なさに若干の不安を覚えていたが、背に腹はかえられぬといった表情を浮かべていた。

 

「それから、M40グレネード弾が32個。こいつは手榴弾にもなるから装填する分とは別に所持しておけよ」

 

 テーブルの上に綺麗に並べられたグレネード弾を見やりながらライバックの説明は続く。

 それまでぼーっとしていた様子で話を聞いていたシシュは、やおら興味深そうにグレネード弾の一つに手を伸ばした。

 

「シシュ。触らないで。危ないよ」

「krr」

 

 エミリオがシシュを優しく制する。シシュはつまらなそうに顫動音を一つ鳴らすも、大人しくエミリオに従い手を引っ込めた。

 

「よし、次にM240A1火炎放射器が2挺だが、一つは燃料が半分しか──」

「ライバック。ちょっといいかい?」

 

 説明を続けるライバックの言葉をコナーが遮る。それを受けたライバックは訝しげにコナーへと視線を向けた。

 

「なんだ? 何か気になる事でもあるのか?」

「いや、そろそろ突っ込もうかと思ってたんだけど……」

 

 コナーの言葉に続き、パクストン上等兵、スミス上等兵、そしてリビングにあるソファに寝かされていたロス一等兵も無言でその言葉に頷く。

 エミリオ、ライバックを除いた全員の視線がシシュへと向けられていた。

 ちなみにロスはスコットの治療の甲斐もあってか意識を取り戻しており、時折辛そうな表情を浮かべるも命に別状は無さそうであった。

 

「そいつは一体何なのさ!?」

「そうだよ! そのでけえのは一体何者なんだよ!?」

「明らかに人間じゃないんですがそれは……」

「あの、エイリアンの仲間じゃないんですよね……?」

 

 コナー達が次々と疑問の声を上げる。物資集めを終えたエミリオ達を出迎えたコナー達は、エミリオの傍らに大きなケースをいくつも担いだシシュの姿を目にする。当然、正体不明の存在に対しジャングルでのライバックと同じように銃口を向けた。

 

 数瞬緊張感が漂うも、ライバックが『仲間だ』と鋭い一声を発し、その場を収める。だが、それ以降ろくな説明も無く、こうして物資の確認をしている最中も当たり前の様にエミリオの傍に立つシシュの存在に気持ちが落ち着かなかったコナーは、たまらずライバックの説明を遮っていた。

 

「あー……俺も実はよくわからん。なので、少尉。ご説明願いますか?」

 

 ライバックも実のところエミリオから『大切な人』としか説明されてなく、良く分からない流れでシシュの存在を受け入れていただけに、改めてエミリオからの説明を聞きたい所であった。

 ライバックの言葉を受け、エミリオはしっかりと第三小隊生き残りへと視線を向ける。シシュは相変わらずぼんやりしており、時々エミリオの髪を弄りながら手持ち無沙汰を解消していた。

 

「彼女の名前はシシュ。詳しくは話すことは出来ないけど、シシュは見ての通り人間じゃない。異星人だ」

 

 エミリオの説明を聞き、ライバックを含めた第三小隊は息を呑みながらシシュを見つめる。

 シシュはどこ吹く風といった様子でエミリオの髪を弄り続けており、枝毛を発見したシシュはそれを指でつまんでいた。

 

「真面目に聞こうねシシュ……。シシュは僕の大切な()で、僕達の味方だ。彼女の武装は僕達よりも格段に優れたテクノロジーで作られているし、エイリアンとの戦闘も慣れているから頼りになるよ。ほら、シシュも皆に挨拶して」

 

 エミリオは弄くるシシュの手を取りながらやんわりと自己紹介を促す。シシュはマスク越しに鼻息を一つ鳴らすと、短い言葉を発した。

 

「シシュ、エミリオノオヨメサン」

「お、お嫁さん!?」

「喋ったぁ!?」

「マジかよ!? ていうかマジかよ少尉!!」

「え、ええと、そういうこと……じゃなくてどういうことなの……?」

「えっと、あの、す、素敵なお嫁さんですね!」

 

 厳つくもどこか女性らしい高い声色で放たれた言葉に一同は驚愕の声を上げる。無数のエイリアンに囲まれ、救援が来るまで孤立した極限の環境化でも闘志が衰えることが無かった精強な海兵隊員ですら、シシュの言葉は理解の範疇を越えていた。

 

「ま、まぁそういうことだから……。皆、仲良くして欲しい」

 

 やや赤面したエミリオはこめかみを掻きながらライバック達へ呟く。衝撃的な事実にフリーズしていた第三小隊の生き残り達であったが、いち早く我に返ったライバックが咳払いを一つし、未だに固まるコナー達へと言葉をかけた。

 

「んんっ! 皆、聞きたいことはまだ山ほどあるだろうが、とりあえずこちらの説明を続けるぞ」

 

 強引に話を戻したライバックに、コナー達は狼狽しつつもそれに耳を傾けた。というより、シシュの言葉を咀嚼しきれなかった海兵隊員達は目の前の困難に対処することで混乱から目を背けようとしていた。

 シシュは言いたいことを言って満足したのか、フラフラとどこかへ行こうとしているのをエミリオが手を握って抑えていた。

 

「とにかく、火炎放射器の片方は燃料が半分しかない。もう一つは満タンだが、使用する状況をよく考えないとすぐに燃料切れを起こすから注意しろよ」

 

 ライバックはちらりとシシュの方を見つつ説明を続ける。エミリオとシシュのどこかのんびりとしたやり取りを見て、ライバックは微笑を浮かべていた。

 

「それから、運がいいことにUA571-Cオートメイテッド・セントリーガンが6セット見つかった。弾薬はそれぞれ500発でディスプレイも無傷だ。こいつは頼りになるぞ。シシュ程では無いかもしれんがね」

 

 ケースに収められたセントリーガンを叩きながらライバックはシシュへと顔を向ける。

 シシュの武装の性能はまだ説明を受けていなかったライバックであったが、エミリオを抱えながらいとも容易く崖下から登ってきたシシュの驚異的な身体能力は目にしており、単純な腕力だけでも十分に頼りになる存在であることは確かであった。

 

 ライバックの言葉を受けたシシュはふんすっと鼻息を鳴らしながら腰に手をあてており、その様子をみたコナー達も苦笑いを浮かべつつシシュの存在を受け入れつつあった。

 

「欲言えばこいつがもう100基くらい欲しいとこだけどねぇ……」

 

 コナーがセントリーガンのケースを開けながらぼそりと呟く。確かに自動で敵を薙ぎ倒すセントリーガンの火力は頼りになる存在であったが、無数のエイリアンの群れに対抗するには6基のセントリーガンでは心もとないのも事実であった。

 

「無いよりましさ。とりあえず装備についてはこんなところだ。宿泊施設の状況を教えてくれ」

「ああ。無線でも伝えたけど、医薬品はしこたま見つけたよ。どうやらここは医療設備も兼ねてたらしいね。医療ポッドは無かったけど、下手な病院よりは充実している」

 

 コナーがロスを見やりつつそう説明すると、スコットがそれに続けて言葉を発した。

 

「ロスの状態は峠は越しました。こうして意識もしっかりしていますし、完治まで時間はかかりますが救援隊が来るまでは大丈夫そうです」

「水や食料も十分にありましたよ。あとはあのバケモン共の襲撃に耐えられるようにバリケードを強化するだけです」

 

 スコットに続きパクストンも施設内の状況を説明する。救援が来るまでの12日間は飢える心配は無さそうな事に、エミリオはほっと安堵の溜息をついた。

 

「とりあえず宿泊施設はこんなとこだよ。ちなみに部屋は人数分あるからプライバシー(・・・・・・)は守れるよ」

 

 コナーはエミリオとシシュへにやりと笑みを向ける。エミリオは増々赤面し目を泳がせていたが、シシュはコナーへ親指を立て満足そうに頷いていた。

 

「オイオイオイ。コナー。マジでこいつ……シシュが少尉殿とファックしてると思ってんのかよ? 流石に冗談だろ? 冗談だよな?」

 

 パクストンがやや顔を青ざめさせながらコナーへと囁く。コナーは即座にパクストンの頭を叩きながら小声で呟いた。

 

「そういう意味で言ったんじゃないよバカタレ! この子も女の子だろ? アンタみたいなドブぬめりクソ野郎とは違って色々あるんだよ女には」

「口悪いな!」

「でも少尉殿の反応を見るとあながち……もうこの話やめない?」

「お、おう」

 

 ヒソヒソとやり取りするコナーとパクストンを微妙な表情で見つめていたライバックであったが、やがてエミリオへと顔を向けた。

 

「少尉。とりあえず状況はこんなところです。セントリーガンの設置やバリケードの増設は明日行うとして、今日はもう休みましょう。エイリアンの襲撃は無さそうですが、一応交代で見張りを立てることにします」

「了解した。皆、何としても生き延びて地球へ帰るんだ。いいね?」

 

 エミリオの言葉にコナー達はしっかりと頷いてそれに応える。ライバックは“地球へ帰るんだ”というエミリオの言葉のイントネーションにやや首をかしげていたが、やがて同様にエミリオへと頷いていた。

 シシュはエミリオの言葉を聞き、マスクの下で不安そうな表情を浮かべ、きゅっとエミリオの手を握っていた。エミリオはその手を優しく握り返し、皆に聞こえないように小声で囁いた。

 

「大丈夫。僕は、ずっとシシュと一緒にいるよ」

「krr……」

 

 切なそうに顫動音を鳴らし、シシュはエミリオの手を力強く握り返していた。

 

 

「スコット。少尉殿は負傷している。診てやってくれ」

「了解したわ。少尉、こちらへ」

 

 ライバックはスコットへエミリオの治療を指示する。存外に元気そうにしていたエミリオであったが、見れば右目は白濁としており、左腕は痛々しい程の火傷の跡が残っていた。

 ろくな治療もせず、こうして両の足で立っているエミリオの体力は驚愕に値するものであったが、ともあれ治療が必要なのは事実であり、スコットは手早く医療品の準備を整えた。

 

「最初の見張りは俺が立とう。その次はコナー、パクストン、スコットの順番だ。疲れているとは思うが、気は抜くなよ」

 

 スコットの手際のよい治療を受けていたエミリオは、ライバックの指示内容に異議を唱えるべく慌てて口を開く。

 

「ライバック。僕も見張りに……」

「少尉殿は今日は休んでてください」

 

 自分も歩哨に立つべく声を上げたエミリオをライバックが制した。

 

「でも……」

「少尉。ライバックの言う通りにしてください。普通なら即日入院ですよ」

 

 スコットがエミリオの治療をしながらライバックへと同意する。

 普通の人間なら致命傷と言っても差し支えない程の負傷を負っていたエミリオに、休息を促すのは衛生兵であるスコットとしては当然の事であった。

 

「……分かった。でも、明日からは僕も見張りに立つよ」

 

 渋々、といった体でエミリオはライバック達へ頷く。どちらにせよ、この責任感が強い若い士官は己の使命を放棄するつもりはなかった。

 

「grr!」

 

 エミリオ達のやり取りを黙って聞いていたシシュは唐突に厳つい唸り声を上げる。

 自分のことも忘れるな、といわんばかりに肩をイキらせていた。

 

「シシュ、君は少尉殿がしっかり休むよう見張っててくれ」

「krr!」

 

 そんなシシュに苦笑しつつ、ライバックはシシュへと短く指示を飛ばす。

 シシュはライバックへと親指を立てなが満足そうに頷いていた。

 

「よし。皆、明日はセントリーガンの設置とバリケードの強化を行う。休める時にしっかり休んでおけよ」

 

 ライバックの締めの言葉に、第三小隊の生き残り達はそれぞれ割り当てられた部屋へと向かう。

 パクストンは一人で立てないロスを背負いながら、手当を終えたエミリオへと小声で囁いた。

 

「少尉殿。何かあればすぐ言ってください。鉄砲担いで駆けつけますんで」

「あ、ああ。頼むよ」

 

 少々訝しげな視線をシシュへと送りつつ、このお調子者の海兵隊員は自身の指揮官を案じるように言葉をかける。

 やや打ち解けたかにみえたシシュと海兵隊員達であったが、本当の意味でシシュが仲間として認められるには少々時間がかかりそうだと、エミリオは静かに嘆息していた。

 

「krr?」

「シシュ。大丈夫だよ」

 

 心配そうに見つめるシシュに、エミリオは薄い笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

──────────────

 

 植民地海兵隊第501大隊が惑星BG-386へと降下してから四度目の夜。

 

 休息を取るべく割り当てられた部屋へと向かったエミリオとシシュであったが、部屋へ入るやいなやシシュはマスクと装具を脱ぎ捨て、エミリオを横抱きにしながらベッドへと一目散に向かった。

 

「シ、シシュ! 皆もいるしまずいよ!」

「grrー!」

 

 抵抗するエミリオにお構いなく、ベッドへエミリオを放り投げるシシュ。

 フーッフーッと、息を荒くしながら愛する伴侶へと覆い被さった。

 

「シシュ! いい加減にして!」

「grr!?」

 

 やや強めにシシュを叱るエミリオ。シシュはエミリオに跨りながらビクッと肩を震わせ、やがてしおしおと項垂れていた。

 そんなシシュを見て、エミリオは一つ溜息をつくとシシュの腕を引っ張り、自身の胸元へと異形の妻を抱き寄せた。

 

「えっちなことは我慢してね……」

「krr……」

 

 ゆっくりとシシュの頭を撫でるエミリオ。シシュはエミリオの撫でる手に気持ちよさそうに目を細め、甘えた顫動音を鳴らしている。

 シシュはエミリオへ足を絡ませながら全体重を預けており、普通の人間ならその重みは耐えられるものではなかったが、強靭な肉体を持つエミリオにとってその重さはどこか心地の良い重さであり、大きな猫が甘えてくるかのようなシシュの姿に愛おしさを感じていた。

 

「krr……シシュ、サビシイ……」

「シシュ……」

 

 唐突に言い放った異星の伴侶の言葉に、エミリオの中で猛烈な愛しさが湧き上がる。ぎゅっとシシュを強く抱き締めながら、その額に優しく口付けをした。

 

「ちゅ……。シシュ。これから今日みたいにあまり構ってあげられないと思うけど、我慢してね?」

「krr……」

 

 陣地跡地から籠城場所へと物資を移送している間、シシュは大人しくエミリオに従い作業を手伝っていた。だが、この異星の乙女の内心はずっとエミリオへ甘えたい衝動を抑えるのに必死であり、スコットがエミリオの治療をしている最中もマスク越しに嫉妬が混ざった眼差しを向け続けていた。

 

 二人きりになった瞬間、それまで抑えてつけていた衝動が解放され、こうして強引に押し倒したシシュの気持ちを察するエミリオ。

 いじらしい異星の乙女の気持ちに応えるかのように、優しくシシュの頭を撫で続けていた。

 

「kyuu……」

 

 シシュはしばらくエミリオの胸元へと頭を埋め心地良さそうに喉を鳴らしていたが、やがてエミリオの上着のボタンへと手をかけた。

 

「シ、シシュ! だめだって!?」

「krr!」

 

 元気よく返事するシシュに、エミリオは身を捩らせて抵抗する。が、強引にボタンを外し、瞬く間にエミリオの上半身はその逞しい肉体をシシュへと晒した。

 

「あっ……だめ……だよ……!」

「kyurr」

 

 ピチャリと、シシュはエミリオの胸元へと舌を這わせる。甘い顫動音を鳴らしながらエミリオの乳首へと舌を這わせたシシュは、丹念に蕾を舐め始めた。

 

「あ、あうぅ」

 

 シシュの舌が這う度に、エミリオも甘い吐息を漏らす。シシュの舌先から伝わるもどかしい程の快感が、エミリオの全身を突き抜けていた。

 

「あうぅ!」

 

 シシュが乳首を甘噛みすると、エミリオから上ずった声が漏れる。どうやらこの愛しの伴侶は乳首が弱いのだと、シシュは顔を上気させながら執拗にエミリオの乳首を責めた。

 

「シ、シシュ……!」

 

 がっしりとエミリオの両腕を掴み、抵抗を許さないシシュ。

 傷を負ったエミリオにその拘束を跳ね除けることは出来ず、ただされるがままにシシュの責めを受け続けていた。

 

「シシュ……もうやめて……!」

 

 やや涙目を浮かべながらシシュへと許しを請うエミリオ。だが、シシュは恍惚とした表情を浮かべつつ舌を這わせるのを止めなかった。

 この時、エミリオは気付くことはなかったが、シシュはジャングルで自身が気絶するまで犯し続けたエミリオを未だに恨んでおり、こうして復讐の機会に恵まれたことを密かに酔いしれていた。

 

「うぅ!」

「krr……」

 

 シシュはチラリとエミリオの下腹部へ目を向けると、カーゴパンツ越しに大きく屹立するエミリオのペニスの存在を見て陶然と息を漏らす。エミリオの胸元を押さえつつ、胸から腹へ舌を這わせていった。

 

「あ、あうぅ!」

 

 ちろり、とエミリオの臍に舌を這わせるシシュ。チロチロと臍から伝わる痺れるような快感に、エミリオはただ切なそうな吐息を漏らしていた。

 

「krr!」

 

 シシュは押さえつけていたエミリオの腕から手を離すと、ぐるりと身体の向きを変える。

 うっとりとした表情を浮かべ、鼻息を荒くしながら、エミリオの下腹部へと顔を近づけた。

 

「シシュ! もう……ムグッ!?」

 

 抗議を上げるエミリオの顔面に、シシュの大きな尻が押し付けられる。陰部から香るむせ返るような獣臭が鼻から脳天へと突き抜け、エミリオのペニスははち切れんばかりに怒張していた。

 

「grr!」

「~~ッ!」

 

 そんなエミリオのペニスを見て、堪らなくなったシシュは強引にカーゴパンツをずり下げる。勢いそのままにエミリオのペニスを頬張った。

 ジュプッ、ジュプッと、激しくペニスをしゃぶるシシュ。シシュは愛しい雄の逞しい肉棒を飢えた獣のように貪っていた。

 荒々しくも激しい快感がエミリオの全身を駆け抜け、その脳髄は蕩けそうなほど快楽に支配されていく。

 無意識に、自由になった両手でシシュの臀部を掴んだエミリオは、異形の伴侶と同じようにその淫裂に舌を這わせた。

 

「kyuuu!」

 

 シシュはペニスを頬張りながら堪らず嬌声を上げる。陰裂からは愛液がとめどなく流れ出ており、エミリオのペニスからもカウパーが湯水のように吹き出ている。

 互いの汁液に塗れながら、人と異形の夫婦は快楽を貪り合っていた。

 

「んっ、んぅっ!」

「kyuu! kyuu!」

 

 エミリオが舌を突き出し、淫肉をぐりぐりとかき回す。突き回す度に愛液が洪水のように流れ出ており、シシュは蕩けた表情を浮かべ、甘い声を上げながら懸命にエミリオのペニスを頬張る。

 ぐちゅっ、ぐちゅっと、部屋の中は重く、淫靡な水音が響いていた。

 

「んぐぅ! んんんッ!」

「gkyuuuu!」

 

 やがてエミリオのペニスがひときわ大きく怒張すると、シシュの口内でビュクッ! ビュクッ! と精液が放たれる。シシュもビクンッ! と身体を震わし、足先をピクピクと痙攣させながら絶頂した。同時に、陰裂から愛液がプシャッ! と噴水のように噴き出した。

 

「はぁ、はぁ、ん、くっ……」

 

 

 エミリオは射精の快楽とあいまって恍惚とした表情を浮かべながらシシュの愛液を飲み込む。ジュルジュルと淫らな音を立てながら愛液を啜る度に、シシュはビクッ、ビクッと更に身体を震わせていた。

 エミリオからは見えなかったが、シシュはだらしなく口を開いており、コポリとその口からエミリオの精液を垂らし半分意識を飛ばしていた。

 

「はぁ、はぁ……シシュ……」

 

 エミリオはのそりと起き上がり、未だピクピクと身体を震わせ、無抵抗なシシュの腰を掴みながらベットの上に仰向けに転がす。

 だらしなく舌を垂らし、四肢を放り出し、互いの体液と、汗に濡れたシシュの肉体を見たエミリオは、自身の奥底から愛おしさと共に激しい獣欲が湧き上がってくるのを感じていた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

 エミリオは呼吸を荒くしながらカーゴパンツを脱ぎ捨てる。全裸となったエミリオの肉体も汗とシシュの愛液に濡れ、射精したばかりのペニスは萎えることなくパンパンに勃起を維持していた。

 

「ふぅー……ふぅー……!」

 

 獣欲に支配されたエミリオはがばりとシシュに覆いかぶさる。シシュの乳房を鷲掴みにし、だらしなく垂れた舌を吸い上げた。

 

「はむっ、ん、ちゅうう!」

「kyu……kyuu……」

 

 貪るエミリオの舌を、蕩けた表情を浮かべながらシシュも舌を絡ませる。クチュ、ビチャ、と舌を絡ませる内、エミリオの獣欲は最高潮までに高まっていった。

 

「シシュ! シシュ! うああぁぁッ!」

「gykuuuu!?」

 

 一度腰を退いたエミリオは、勢いをつけながらズムッ! とシシュのヴァギナにペニスを根本まで突き入れた。

 

「がぁ! がぁぁぁ!!」

「kyuu! gkyuuu!!」

 

 獣のような咆哮を上げ、ズムッ! ズムッ! と激しくペニスを突き刺すエミリオ。突かれる度に、シシュのヴァギナはズチュッ、ズチュッと愛液を噴きこぼしていた。

 激しく腰を動かしながら、シシュを強く抱き締めるエミリオ。シシュは獣のようなエミリオの責めに涙を浮かべ、許しを請うように嬌声を上げていた。

 

「この、シシュ! これが、そんなに、好きか! そんなに、我慢、できなかったのか!」

「kyuuuu! kyuuuuu! kyuuuuuuuu!!」

 

 ばちゅんっ、ばちゅんっと大きな音を立て、淫肉を抉るようにペニスを突き刺すエミリオ。

 シシュのヴァギナはいっそう愛液が噴きこぼれ、自身の汗とエミリオからとめどなく流れる汗に濡れ、その肉体は乾いている箇所を見つけるのが難しい程淫靡に濡れていた。

 

「僕が、誰かに、取られるとか、ありえないからな!」

「kyu……kyuu……!」

 

 エミリオはシシュの両脚を両手で抱え、陰部を持ち上げるように覆いかぶさる。

 完全に種付けをする体勢を取り、意識を飛ばしつつあるシシュへと更に激しく腰を打ち付けた。

 

「あぁぁ! シシュ! 君は、僕の、ぼくだけのお嫁さんだ!」

「kyu……! kyu……!」

 

 ドムッ! ドムッ! ドムッ! と激しく犯すエミリオに、シシュは涙目になりながらもコクコクと頷く。

 苛烈に膣内を抉られ、既に何度もオーガズムに達しながらも、シシュはかろうじて意識を手放さないでいた。

 だが、まともに声を発せないほど消耗したシシュは、頷くことは出来ても掠れたような嬌声を上げることしか出来なかった。

 

「イク! イクよ! イクよッ!」

 

 全身を弛緩させたシシュに構わず、エミリオは更に激しく腰を打ち付ける。

 白目を剥き、全身の穴から淫靡な汁を垂らすシシュを見て、エミリオのペニスは最大限に怒張した。

 

「シシュ! シシュッ! ああッ! う、あああああッ!!」

「~~~ッッッ!!」

 

 ずちゅうっ! と、一番深くペニスを突き刺すエミリオ。亀頭はシシュの子宮口をこじ開け、洪水のような精液を噴出した。

 ドビュウッ! ビュクゥッ! と、土石流のような濃い精液がシシュの膣内へと放たれる。

 エミリオはシシュをしっかりと押さえつけ、最後の一滴になるまで精液を吐き出し続けていた。

 シシュは脚や腕を痙攣させ、全力で犯された快楽に耐え切れなかったのか、全身を弛緩させて気絶し果てていた。

 

「ぐっ、はぁっ、はぁっ、はぁ……」

 

 やがて全ての精液をシシュへと送り込んだエミリオは、ぐったりとその淫靡で逞しい肉体へともたれかかる。

 繋がったままの結合部からシシュの小水と、愛液と、エミリオの精液が混じった液体がゴボゴボとこぼれていた。

 

 互いの体液に塗れ、ドロドロに溶け合った人間の雄と異形の雌。

 エミリオは強烈な脱力感に襲われ、そのままシシュの乳房を枕にし、ゆっくりと瞼を閉じていく。

 やがて激しい淫音を立てていたエミリオ達の部屋は、スウスウと穏やかな寝息に包まれていった。

 

 無意識なのか、エミリオとシシュは指を絡ませ、しっかりとお互いの手を握りしめていた。

 

 

 

 

 

──────────────

 

「ライバック。交代だよ」

「コナーか。今のところ異常はない」

 

 異星の番が激しく交わっていた頃、宿泊施設の外周部を移したモニターを無表情に見つめていたライバックに、コーヒーが入ったマグを手にしながらコナーが声をかけた。

 モニターには特に異常を示すものは見受けられず、このままエイリアンの襲撃が無く朝を迎えられそうだとコナーは安堵の溜息をついていた。

 

「しかしあの……シシュと少尉を一緒の部屋に入れてよかったのかね? あの部屋って完全防音だろ? 少尉に何かあったら……」

 

 ライバックと交代し、モニターを見つめながらコナーが訝しげに呟く。

 ライバックはコナーが持ってきたコーヒーを啜りながらなんともいえない表情を浮かべていた。

 

「まぁ、何かしようとしているならとっくにやってるさ。それに、見た限りじゃ少尉殿に随分懐いている。問題は無いだろう」

「そういうもんかね」

「そういうもんさ」

 

 ややおざなりなライバックの態度に、コナーは不満げな表情を浮かべる。それを見たライバックは力ない笑みを浮かべながらコナーへと応えた。

 

「コナー。俺も疲れているんだ。今日はもう休ませてくれ」

「あ、ああ。ゆっくり休みな」

「とはいえ、何かあればアラームを鳴らして全員叩き起こせよ」

 

 コーヒーごちそうさま、と言いながらライバックは疲れた足取りで割り当てられた部屋へと向かう。その後ろ姿を見つつ、コナーは溜息を一つ吐き、やがてしっかりとモニターを見据えていた。

 

「明日から大変だね……シシュちゃんとやらは、どこまで頼りになるんだか……」

 

 ポリポリとこめかみを掻きつつ、コナーはモニターへと鋭い視線を向け続けていた。

 

 

 

 

 

 

 



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Chapter14.『The Silence of the Aliens』

 

 西暦2179年

 惑星LV-426

 開拓コロニー“ハドリーズ・ホープ”

 医療研究施設診療室

 

「それじゃあ、ぐっすり眠るのよ。疲れたでしょう」

 

 ジャンパーを羽織った長身の女性が、金髪の少女をベッドへと優しく横たわせる。

 女性は自分の癖のある栗毛と違い、少女のさらりとした金髪を梳いていた。

 

「眠りたくない……怖い夢見るから……」

 

 少女は横たわりながら不安げな表情で女性を見やる。薄汚れ、疲れ果てた少女の姿が、それまでの少女が経験した苛酷な現実を物語っていた。

 

 女性は一瞬、考えるような素振りを見せた後、優しげに少女に言葉をかける。

 

「ケイシーは怖い夢なんて見ないと思うわ? どれ見せて……ほら、怖い物なんて入ってない。あなたもケイシーと同じように出来るわね?」

 

 女性は少女が持つ胴体が無く、首だけとなった人形を手にし、その頭部内に何も入っていないことを芝居がかった仕草で伝える。

 それを見た少女はやや呆れ顔を浮かべ女性へと呟いた。

 

「リプリー……ケイシーはプラスチックだから怖い夢なんて見ないのよ?」

「そ、そうよね。ごめんなさい」

 

 女性……エレン・リプリーは、横たわる少女、ニュートへと苦笑しながらその柔らかい髪を撫でた。

 リプリーの慈愛に満ちた手つきに、ニュートは気持ちよさそうに目を細めている。

 

 しばらくニュートは黙っていたが、やがてぽつりと呟いた。

 

「リプリー……あの怪物にもママがいるの?」

「……分からないわ。本当よ」

 

 リプリーは困ったような微笑を浮かべる。

 あの醜悪な怪物達、自分の運命を狂わせ続けたエイリアンの生態など、正直考えたくもなかった。

 

「赤ちゃんは皆、ママのおなかの中で大きくなるの」

「ええ。人間はね」

 

 ニュートの言葉に、リプリーは微笑を浮かべながら応える。

 少女の無垢な言葉に、凄惨な状況に置かれた現実を忘れ穏やかな気持ちを覚えたリプリーは、変わらずニュートの頭を撫で続けた。

 

「リプリーにも赤ちゃんはいるの?」

「ええ、いたわ。女の子がね」

「どこに?」

 

 ニュートの素朴な疑問を受け、リプリーの表情から微笑みが消えた。

 撫でる手を止め、無言で少女を見つめていたが、やがて絞り出すように言葉を紡ぐ。

 

「遠くに……」

 

 リプリーは愛娘、アマンダの姿を思い浮かべる。

 ノストロモ号に乗り込む際、10歳の誕生日までに帰ってくると約束した、愛娘との大切な、大切な約束。

 だが、その約束は果たされることは無かった。

 

 57年間。

 

 リプリーがノストロモ号から脱出し、脱出艇の冷凍睡眠装置内で孤独に宇宙を漂流し続けてから、既に57年の歳月が経っていた。

 愛娘のアマンダは2年前、66歳で亡くなっていた。

 

「死んじゃったの?」

 

 ニュートはリプリーへ、その無垢な瞳を向ける。

 

「……そうだわ、良い物をあげる。お守りよ」

 

 リプリーは誤魔化すように微笑むと、装着していた腕時計型発信機を少女に取り付ける。

 これは、運命を共にする植民地海兵隊のヒックス伍長が民間人であるリプリーを気遣って渡した物であったが、リプリーはヒックスに少々悪いと思いつつもより弱い存在であるニュートへと発信機を渡していた。

 

 発信機をニュートのか細い手首に付けたリプリーは、少女の髪をひと撫でしベッドから離れようとする。

 

「これで安心ね。さぁ、もう寝ましょう」

「イヤッ! 行かないで!」

 

 ニュートはひしっとリプリーへとしがみつく。

 ずっと、一人ぼっちでエイリアンの襲撃から逃れ続けてきたニュート。

 やっと出会えた母親のようなリプリーの存在は、出会ってから数時間しか経っていないにもかかわらず、少女の中で大きな存在となっていた。

 

「大丈夫。隣にいるわ。あそこのカメラでずっと見ててあげる」

 

 リプリーは少女を宥めつつ、診療室に設置してある監視カメラを指差す。モニタールームにはここ以外にも施設全体に監視網を敷いており、モニターのスイッチを切らない限り(・・・・・・・・・・・・・・・)異常がひと目で分かるようになっていた。

 

「あなたを置いていったりはしないわ……本当に。約束する」

 

 ニュートへ優しく微笑みかけ、決して見捨てないことを約束するリプリー。

 確かな想いを込めて、少女へと慈しみを込めた眼差しを送り続けていた。

 

「本当に約束する?」

「神様に約束するわ」

「命かけて?」

「命かけて」

 

 誓約の言葉を受け、ニュートは強くリプリーへと抱きつく。

 リプリーも強く、強くニュートを抱き締めていた。

 

「お休みなさいニュート。夢はみないでね」

 

 少女の頭にキスをし、リプリーはそっとベッドへと横たわらせる。

 ニュートはおもむろにリプリーの胸を指差し、顔を下げたリプリーの鼻面を指で弾いた。

 

「っ、もう。悪い子ね」

 

 悪戯をするニュートを軽く叱り、リプリーは診療室を後にする。

 少女を、この地獄から救い、あの怪物達を絶滅させることを誓い、リプリーは海兵隊の(つわもの)達が待つ医療研究室へと向かっていった。

 

 ニュートはリプリーが診療室を出てからも直ぐには眠らず、ずっと発信機を見つめ続けていた。

 不思議と、発信機を見つめている間は、少女は怪物達の恐怖を感じることはなかった。

 

 

 

 

 

 

──────────────

 

 西暦2192年

 惑星BG-386

 精錬所宿泊施設

 

「こちらパクストン。セントリーガンA、B設置完了!」

 

 精錬所宿泊施設と精錬所外周を繋ぐ通路内にて、パクストン上等兵がインカムを操作する。

 宿泊施設は爆撃があったブラヴォ中隊陣地跡地から少し離れた場所の地下に建設されており、施設内と精錬所へ至る外周部を繋ぐ通路は一本しかない。

 パクストンとコナー上等兵は通路を塞ぐようにセントリーガンを設置していた。

 

 通路の周囲は分厚いコンクリートで固められており、この通路以外を通って外部から宿泊施設へと侵入するルートは無く、設置されたセントリーガンが銃身を左右に揺らしながら未だ見えぬ敵へと照準を定めていた。

 

『了解。ディスプレイを起動した。射撃テストを頼む』

 

 インカムの先からライバック伍長の声が聞こえる。ライバックは各種モニターが設置された宿泊施設内の一画にて、要塞と化しつつある施設全体を管制していた。

 

「よし、コナー。試射をするぞ。目標を投げてくれ」

 

 パクストンの合図に、設置作業を共に行っていたコナーが大きめのバケツを手にする。

 そのまま、勢いを付けてセントリーガンの前方へと放り投げた。

 

「そら! 撃ちまくれぇッ!!」

 

 コナーの気合と共に投げられたステンレス製のバケツがセントリーガンの射線に入った瞬間、2基のセントリーガンから激しい銃撃が浴びせられ、一瞬にしてバケツは木っ端微塵になる。

 設置したセントリーガンは問題なく稼働していた。

 

「よしいいぞ。こちらパクストン。セントリーガンのテスト完了!」

『確認した。通路のゲートを溶接して、セントリーガンC、D、E、Fの設置作業に移ってくれ』

「了解!」

 

 ライバックとの通信を終えたパクストンは大急ぎで未設置のセントリーガンが積まれた台車を押し、ゲートの開閉スイッチを押した。

 

「おい、コナー。早く入れよ」

「ああ」

 

 射線の先を睨むコナーにパクストンが急かすように声をかける。

 コナーはしばらく睨むのを止めなかったが、やがて締まりつつあるゲートの下をくぐった。

 

「何か気になることでもあったのかよ?」

「いや……」

 

 曖昧な返事をしつつ、締められたゲートの端を溶接するコナー。パクストンも溶接バーナーを操作しながら、コナーへと再び声をかける。

 

「何だよ。その言い方だと気になるじゃねえか」

「……」

 

 尚も黙って溶接作業を続けるコナー。ジリジリと鋼鉄製のゲートを溶接する音だけが響いていたが、やがてコナーが重たい口を開いた。

 

「ここのゲートは突破されるだろうなって思っただけさね」

「……」

 

 その言葉を聞き、今度はパクストンが押し黙る。

 無数のエイリアンの襲撃が予想される現状、とてもじゃないがゲート前のセントリーガンだけでは防ぎきれるとは思えず。

 押し黙った二人の海兵隊員は黙々と溶接作業を続けていた。

 

 

 

「こっちだよシシュ」

「krr」

 

 エミリオとシシュはエントランスゲート付近で作業していたパクストン達から少し離れた場所でバリケード設置を行っていた。

 共に驚異的な膂力を備えるこのコンビは、率先して重量があり常人では設置が困難なバリケードを築いていた。

 

 

 昨晩、獣のようにシシュの身体を貪っていたエミリオ。

 朝になり、目覚めたエミリオは互いの体液に塗れながら泥のように眠るシシュを見て、その身体を慌ててタオルで拭い、自身も身だしなみを整えた。

 淫らに濡れるシシュの肉体を拭っていたエミリオは、朝ということもあり肉棒に熱が篭もるのを感じ、目の前の雌肉を再び喰らいたくなる欲情に駆られる。

 

 しばらく悶々とシシュの身体を拭っていたが、やおら目覚めたシシュが慌ててエミリオからタオルを奪い取ると、おずおずと自分で身体を拭き始めた。

 

 汗と性汁で濡れたシシュの肉体。筋肉質な肉体であったが、くびれた腰や張りのある大きな乳房が、体液で妖しく濡れている。

 濡れた身体を拭うシシュの仕草は、その淫靡で逞しい肉体を増々強調していた。エミリオはこの異星の乙女の妙な可憐さ、そして淫靡な仕草に、増々獣欲が湧き上がって来るのを感じていた。

 

 実はこの時のシシュは、もはや自分はセックスではエミリオに敵わないということを悟り若干ヘコんでいた。

 しおらしくヘコむシシュの姿に、エミリオは得も言われぬ情欲が湧き上がり、今すぐにでもこの異星の乙女を押し倒し滾った獣欲をぶつけたくなる。

 だが、朝っぱらからシシュを滅茶苦茶に犯すというのは流石に憚られ、エミリオは鋼鉄の意思で獣欲を押さえつけていた。

 

 そんな朝を迎えたエミリオとシシュであったが、互いにギクシャクとしながらもなんとか身支度を整え、ライバック達が待つモニタールームへと向かった。

 

 その後“防衛計画”を練ったエミリオ達。当初は未だ負傷が完治していないエミリオを気遣いライバック達はバリケード設置作業から外れるよう進言する。

 だが、エミリオはライバック達の言葉を受け、おもむろに負傷した右腕だけでシシュを抱き上げた。突然のエミリオのこの行動に、ライバック達は顔を引き攣らせながら頷くことしか出来ず。

 シシュの巨体を持ち上げたエミリオは確かに本調子ではなかったが、元々がこの若い士官が規格外の存在だったのことを思い出し、ライバックは苦笑いを浮かべながらエントランスと居住スペースを繋ぐ通路のバリケード設置を依頼していた。

 

 ちなみに、いきなり抱き上げられたシシュはマスクの下で厳つい顔を真っ赤に染め、ぺしぺしとエミリオの頭を叩いていた。

 

 

「シシュ。そっち持って」

「krr」

 

 エミリオとシシュは厚さが1メートルもある大きなステンレス鋼ブロックを、エントランスと居住スペースを繋ぐ通路を塞ぐように積み上げている。

 この鋼材は精錬所に積み上げられていた建築用資材を運び込んだ物であり、耐酸性があるニッケルやクロムがふんだんに含まれた合金建材であった。

 通常の建材としては異様に耐食性が強い建材が多く残されており、エミリオはその事をやや不審に思うもエイリアンの強酸性血液に有効なバリケードである事実は変わらない為、訝しみながらも鋼材を活用していた。

 

「っと、と……!」

「grrー!?」

 

 持ち上げた際、鋼材の重さで少々ふらつくエミリオ。それを見た異星の乙女は即座に鋼材の下に潜り、重量挙げの如く鋼材を両手で支えた。

 

「grrー!」

 

 引き締まった筋肉をしならせ、重い鋼材を持ち上げるシシュ。

 しっとりと濡れた腹筋から、力強い芳香が漂っていた。

 

「あ、ありがとうシシュ。シシュは、力持ちだね」

「krrー!」

 

 シシュは鋼材をそのまま勢い良く放り投げ、積み上げられたバリケードの山を高くする。

 エミリオは苦笑いしながら異星の乙女の腰をぽんぽん、と優しげに撫でた。

 

「シシュ、コナー達が戻れるように隙間は少し空けておこうね」

「krr!」

 

 エントランスからはコナー達がセントリーガンの射撃テストをしているのか、時折激しい銃撃音が聞こえる。

 エミリオはシシュを撫でながら、ライバック達と練った“防衛計画”を思い出していた。

 

 

 

「セントリーガンの設置はここと、ここに。バリケードはエントランスを中心に複数設置する」

 

 エミリオは全員と朝食をとった後、モニタールームにて施設全体の見取り図を広げながら防衛網構築を指示していた。

 初めて食べたチョコバーやミルクセーキにテンションが上がったシシュを宥めつつ、エミリオは計画の内容をライバック達へ明かす。

 

 エミリオの計画は、まず外周を繋ぐ施設ゲート前の通路にバリケードとセントリーガンを設置し、第一の防衛戦を構築することから始まる。

 エイリアンが侵入した時の事も考え、エントランスに残りのセントリーガンを集中し、モニタールームへと繋ぐ通路にも堅牢なバリケードを築くのが第ニの防衛線。

 更にそこも突破された事を想定し、モニタールームから先の各個人が寝泊まりする宿泊室へと繋がる通路にもバリケードを築き、最終防衛ラインを構築する。

 

 一見手堅く見えるエミリオの計画を黙って聞いていたライバックであったが、大きな“穴”を見つけるとおもむろに口を開いた。

 

「少尉殿。この宿泊室の奥にある非常口にはバリケードを設置しなくていいのですか?」

「ああ。そこはいざとなったら脱出用に使いたいからね」

 

 宿泊室の奥にある非常通路は地下の宿泊施設と地上を梯子で繋いでおり、救援隊が来た際、もしくは宿泊施設が持たない場合にはそこから脱出する手はずであった。

 

「しかし、そこからもエイリアン共が侵入して来る可能性が高いです。たしかに奴らは動物並の知性しか感じられないが、妙に狡猾な所もある。緊急脱出用の出口ですから開閉口は溶接もできませんし……」

 

 ライバックはもっともな疑問をエミリオへと投げかける。

 それに対し、エミリオは傍らに立つシシュの背中を叩きながらライバックへと応えた。

 

「シシュの罠がある。非常口にはそれを設置するよ」

 

 エミリオがそう言うと、シシュは腰部にある収納ケースからレーザーネット発射装置を一つ取り出す。

 これは高温のレーザー網を張り巡らせ、対象を焼き切るシシュ達(プレデター)のテクノロジーの一つであったが、実際に稼働している所を見ていないライバックは訝しげにその装置を見やった。

 

「そんなので本当に大丈夫ですか?」

「説明するより見てもらう方が早いかな。シシュ、お願い」

 

 シシュは頷くと装置を壁面へと投げつける。

 ミシリ、と装置が壁面へと食い込む音がすると、即座に装置から蜘蛛の巣のようなレーザー網が張り巡らされた。

 驚くライバック達に構わず、エミリオがそのレーザー網へとステンレス製のマグボトルを投げつけると、マグボトルは細切れとなってレーザー網の向こう側へと落ちていった。

 

「す、凄え……。この装置が大量にあればバリケードはいらないんじゃないですかね?」

 

 驚愕した声を上げるパクストンに、エミリオは頭を振ってそれに応える。

 

「残念ながら非常口に張る分しか持ってないみたいなんだ。シシュはあまりこの手の罠は好きじゃないみたいで……」

「grr!」

 

 申し訳なさそうにパクストンへと応えるエミリオ。その横で、シシュは何か文句でもあるのかと言わんばかりにパクストンへと低い顫動音を鳴らした。

 

「わ、わかったよ。わかったからそんな脅かすような声上げるんじゃねえよ……」

 

 威嚇するシシュにパクストンは情けない声を上げながら後ずさる。何故かシシュは満足そうに頷いており、その様子を見たライバック達は苦笑しつつも、シシュが持つテクノロジーに静かに畏怖の念を抱いていた。

 

「よし。もう何もなければ少尉殿の計画で進めるぞ。各自作業を割り当てるから迅速に行動するように」

「了解!」

「了解しましたよ」

 

 コナーとパクストンはしっかりと頷き、早速作業に取り掛かるべく準備を始める。

 スコットは少しだけ訝しむようにシシュへ視線を向けていたが、やがてコナー達と同じように準備に取り掛かった。

 

「うう……みんな、ごめんなさい。役立たずで……」

 

 ソファに寝かされたロスが申し訳なさそうに声を上げる。意識がしっかりしているとはいえ、ロスは作業に従事できる程回復しているとは言い難く。

 ソファの上で落ち込むロスに、おもむろに近づいたシシュはぐりぐりとその頭を撫で回した。

 

「わ、わわ!」

「krr……キニシナイデ!」

 

 思いもかけない異星人からの気遣い。エミリオ以外の全員が驚愕の眼差しをシシュへと向けていた。エミリオは微笑ましい物を見るかのように目を細めてシシュを見つめていた。

 

「あ、ありがとう……?」

 

 困惑しつつ礼を述べるロスに満足そうに頷くシシュ。少しづつだが、シシュは海兵隊の兵士達と溶け込みつつあった。

 微笑ましいその様子を見て、エミリオは安心したように静かに息を漏らす。

 当初よりスムーズにシシュが受け入れられている事は喜ばしい事であり、この調子なら救援隊が来るまでエイリアンの襲撃に耐え凌ぐことが出来そうだと、密かに手応えを感じていた。

 

(シシュ……救援隊が来たら、その時は……)

 

 エミリオは何回もシシュに対し、愛を伝えて来た。

 だが、救援隊が来たら具体的にどうするかは未だに考えてはいなかった。

 

 どうすれば、この異星の伴侶と共に居続けられることが出来るか。

 何をすれば、この愛しい伴侶を守り続けることが出来るか。

 

 エミリオは防衛計画とは別に、全てが終わった後のことについても、静かに考えを巡らせ続けていた。

 愛する伴侶を、不幸にさせない一心で、エミリオはぎゅっと拳を握りしめていた。

 

 

「あぅ、あぅぅ。あ、あの、いつまで、撫でて、いるんですか?」

「krrー」

 

 ロスのことが気に入ったのか、シシュは撫でる手を止めずぐりぐりと撫で続ける。

 いい加減首が痛くなって来たロスは抗議の声を上げるも、シシュはそれを一切無視し撫でる手を止めない。

 異星の乙女が見せる和やかな様子に、ライバックやコナー、パクストン、そしてエミリオは思わず笑い声を上げ、その微笑ましい光景を見続けていた。

 

 獰猛なエイリアンの群れに囲まれ、孤立無援な極限の状況にもかかわらず、海兵隊員達の間には穏やかな空気が漂っていた。

 

 

 スコットだけが、冷たい瞳でシシュを見つめ続けているのを、エミリオ達は気付くことは無かった。

 

 

 

 

 

 

──────────────

 

 女王は、悲哀の咆哮を上げていた。

 

 産卵管に繋がれた大きな身体を捩り、心配そうに駆け寄る親衛隊の戦士達へ理不尽に当たり散らした。

 戦士達を蹴り飛ばし、体液を撒き散らし、(クレーシュ)の壁面を破壊し、ヒステリックに喚き散らした。

 

 いつ果てるともなく続けられる女王の暴虐。

 狂乱した女王の脳裏には、殺された愛娘の最期のイメージが浮かんでいた。

 

 “お母さん! お母さん! 助けて!”

 

 “痛い! 痛いよ……! お母さん……!”

 

 “お母さん……たすけて……おかあさん……”

 

 “おかあさん……さむいよ……こわいよ……”

 

 “おかあさん……おかあ……さん……か……さん……”

 

 ジャングルで自由に生きていた、狩人から生まれた娘。

 三人の娘の内、最後に生まれた可愛い可愛い末娘。

 たまに様子見で思念を送ると、“心配しないで! 私は元気にやっているから!”と愛情が篭った返事をくれた愛娘。

 自分と同じようにクレーシュを作り、聖戦を戦っていた長女や次女と違い、自由にジャングルを駆け回り、同胞を増やしていた、愛しい、愛しい、愛娘。

 

 

 それが、人間の雄と狩人の雌によって、無残に殺された。

 

 

 許せない!

 

 許せない!

 

 許せないッ!!

 

 激情に駆られた女王は咆哮を上げ、繋がれた産卵管を引きちぎらんばかりにのたうち回る。

 彼女達は良心や、哀れみや、道徳という名の妄想によって眩惑されることはない。だが、遠く離れた姉妹の悲惨な最期、そして娘の無残な死に様を見せつけられた女王だけは、憤怒の感情を抑えることが出来ず、目に映る何もかもにその激情をぶつけていた。

 

 女王の破壊はしばらく続いていたが、やがて糸の切れた人形のように唐突にその暴虐を止めた。

 物陰で怯え、嵐が過ぎ去るのを身を潜めて待ち続けていた親衛隊の戦士達が、おそるおそる女王へと近づく。

 感情の一切が死滅したかのように、女王は頭を垂れながら動きを止めていた。

 

 戦士の一人が、意を決して女王へと短く声をかける。

 戦士の言葉にも反応せず、女王は身じろぎ一つせず静止し続けていた。

 

 困惑する親衛隊の戦士達。

 ここまで様々な苦難があり、その都度女王と戦士達は協力して苦難を乗り越えてきた。

 だが、女王がここまで取り乱した事は今まで一度も無く。

 戦士達も狩人から生まれた三女の死に心を痛めていたが、自分達を導いていた女王の変わり様に、ただただ困惑し続けるしか無かった。

 

 女王が鎮座する玉座の間、未来の子供達を産み出す産卵場が静寂に包まれる。

 娘の死に黙祷を捧げるかのように、女王は沈黙を保ち続けていた。

 

 

 “ママ。泣かないで”

 

 

 突然聞こえてきた、女王が産んだ三人の娘の一人……次女からのメッセージ。

 はっとしたように頭を上げた女王は、愛娘からの思念を受け、再びその巨躯を震わす。

 

 戦士達は女王と次女のテレパシーを聞くことは出来ない。

 だが、次女と思念を交わす内に、女王の肉体から再び活力が湧き上がってくるのを感じ取っていた。

 

 女王は頭を振りながら呻き声を一つ上げる。

 そして目の前の親衛隊に、クレーシュ全体の戦士達にその勅命を下した。

 

 

 娘を、あの子を殺した人間、狩人を殺せ!

 

 苦しみ抜いてから、無様に死ぬように殺せ!

 

 大事なものを、愛しいものを無くす悲しみを味あわせてから殺せ!

 

 復讐に臨むのはお前達だけではない。

 私が産んだ女王の一人……次女の軍団も、お前達と共にこの弔いに参加する。

 

 精強なる戦士達よ! 悲しみを分かち合う同胞達よ!

 今こそ娘の無念を晴らすのだ!

 末娘が産み育てた森の戦士達も、この鎮魂の戦いを待ちわびている!

 

 我々は、完璧な生命体だ。

 だが、無残に殺された肉親の仇を取らず、この惑星に君臨することは出来ない。

 

 

 復讐を果たし、この星に棲まう我々以外の全ての生物を、殺し尽くすのだ!

 

 

 女王の命を受け、クレーシュで眠っていた戦士達がその身を起こし、クレーシュの外へ駆け始める。

 女王の愛娘(プレデリアン)の弔い合戦へと赴く為、憤怒の炎に燃える女王の思念が乗り移ったかのように、戦士達はその身体を獰猛に躍動させていく。

 

 

 惑星BG-386の各地から、エイリアンの大群が精錬所へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 



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Chapter15.『Doubt』

※前話の誤字報告ありがとうごさいます。


 

 乾いた、砂の惑星。

 灼熱の熱風の中、昆虫のような顔をした怪物が一人の狩人(プレデター)へと獰猛な唸り声をあげ威嚇している。

 怪物は人型ではあったが、背中に羽根や脚のような器官を生やし、体中に小さな虫を這わせていた。

 見るも悍ましい異形と対峙しているプレデターの周辺には、異形と同種の死骸がいくつも転がっており、肩に装着したプラズマキャノンはオーバーヒートを起こしたのか砲身は真っ赤に焼けている。

 マスク越しに冷静に怪物の動きを見ていたプレデターは、身につけていたリストブレイドを取り出し、怪物に向けその刃を向けた。

 

「gshaaaaaaa!」

 

 咆哮を上げ突進する怪物。

 肉薄した怪物はヒュンッと、風を切る音と共に、プレデターの横を通り過ぎていった。

 しばらくバタバタと走っていた怪物だが、見るとその頭部は存在しておらず。

 首なしの怪物は20メートル程走った後、ドウと砂埃を立てながら倒れ伏した。

 

「grrrr……」

 

 唸り声を上げるプレデターのリストブレイドには怪物の血液がべったりと付着しており、その足元には怪物の頭部が無造作に転がっていた。

 シュッとリストブレイドを一振りし、血糊を落としたプレデターはマスク越しに周囲を見回す。

 どうやら、この星にいる獲物共は全て狩り尽くしたようだ。

 満足気に頷いたプレデターはリストブレイドを収納し、怪物の頭部を掴むと自身の宇宙船へと足を向ける。

 

「te'dqi……!」

 

 歩きながら、プレデター……クリーナーは、この程度の獲物に不覚を取った氏族の戦士達の情けなさに毒づいていた。

 氏族の戦士達の力量は、自分が知る昔の戦士達に比べ遥かに劣っている。

 少なくともほんの200年前までは、この程度の獲物に不覚を取る戦士はおらず、逆にこの獲物を生きたまま捕獲して猟場へと放すツワモノもいた。

 

 クリーナーは手にしている獲物の頭部を見て、一つ溜息を吐く。

 この獲物のトロフィーは、果たして持ち帰る価値があるのだろうか。

 あの“硬い肉(サーペント)”に比べたら、この獲物は遥かに脆弱な存在だ。

 その脆弱な存在に殺された氏族の戦士は、まだ成人の儀式を終えてない若者だったとはいえ、あまりにも不甲斐ない。

 

 クリーナーは過去に存在した強者、自分の師匠である先代クリーナーを思い出した。

 先代は獲物との戦闘で片目は失明し、爪上口器の一つは千切れていたが、彼は間違いなく当時の氏族では最強の存在であった。

 あの青い惑星で志半ばで倒れた先代。後を継いだ自分は、果たして先代と同じくらい強くなれたのだろうか。

 

 マスクの下で、クリーナーは自嘲気味に口器を上げる。

 結局、自分も若い戦士達を笑えないなと、戒めの心を強くしていた。

 

 

「grrr……」

 

 クリーナーは隠してあった宇宙船の場所まで行くと、宇宙船に施されたクローキング(光学迷彩)を解く。

 紫電と共に現れた宇宙船のハッチが開くと、クリーナーは跳躍して船内へと乗り込んだ。

 操縦席へと座り、獲物の頭部を無造作に置くと、クリーナーはようやく人心地がついたように緊張を緩めた。

 

 操縦パネルを操作し、宇宙船の自動操縦を起動したクリーナーは、しばらくまんじりと座席の上で寛いでいた。

 ちらりと獲物の頭部を見て、トロフィー作成は帰ってからでもいいかと、座席に深く腰をかけながらぼうと思考する。

 近頃は自身を滾らせる獲物はなく、仕事に対し少しばかり倦怠感を感じていたクリーナーは、そのままマスクを付けたまま微睡んでいた。

 

「……?」

 

 宇宙船が離陸し砂の惑星を離れ宇宙空間に出ると、操縦パネル上にホログラムが浮かぶ。

 ホログラムには緊急事のメッセージが表示されていた。

 休む間もなく駆り出されることを想像し、うんざりしつつもクリーナーは身を起こしてそのメッセージに目を通す。

 

「……!」

 

 クリーナーは短いメッセージの内容を見て、それまでの倦怠感が一気に吹き飛ぶのを感じてた。

 メッセージの内容は、氏族の墳墓を奪還すべくクリーナーにも出動するようにと、エルダーからの直々の指令が表示されていた。

 

 メッセージを読み終えたクリーナーは即座にパネルを操作し、宇宙船の進路を氏族の墳墓がある惑星へと向ける。

 目的地までは10日程かかり、しばしの休息の後再び始まる“狩り”に備え、クリーナーは改めて座席に深く腰をかけた。

 

 瞑目しながらクリーナーはふと、墳墓がある惑星にはあの愛弟子も向かっていた事を思い出す。情けない氏族の戦士達よりも遥かに頼りになる愛弟子がいても尚、エルダーは応援を要請していた。

 ということは、余程手強い“獲物”が墳墓にはいるのだろうか。

 

 クリーナーはまだ見ぬ強敵を想い、それまで気だるく萎えていた闘争心に再び火が灯るのを感じていた。

 それと同時に、あの妹のような存在でもある愛弟子の安否も気になり、闘争心と共に妙な胸騒ぎも感じていた。

 

 

「Shesh……」

 

 

 愛弟子であり、妹分でもある女狩人の名前を、クリーナーは静かに呟いていた。

 

 

 

 

 

 

──────────────

 

 惑星BG-386

 精錬所宿泊施設

 モニタールーム

 

「これで、持つといいんだが」

 

 バリケード設置、セントリーガン設置を終え、ライバック達はモニタールームに集合し、疲れた表情を浮かべつつもとりあえずの安全を手に入れたことで互いにほっとした表情を浮かべていた。

 

「少尉達はまだ“罠”を張っているのかい?」

 

 この場にいないエミリオとシシュに、コナーが気遣うように声を上げる。

 バリケード設置の最後の仕上げに、エミリオとシシュは非常通路でレーザーネットの設置作業を行っていた。

 

「ったく、底なしのスタミナだよな少尉とシシュちゃんは……」

 

 パクストンが椅子にもたれかかりながら呆れたように声を上げると、ライバック達はそれに同意するかのように頷いた。

 常人ではとても持ち上げられない資材を軽々と持ち上げ、瞬く間に強靭なバリケードを設置したエミリオとシシュ。

 特に負傷を感じさせないエミリオの体力とその腕力は、正しく驚異的の一言につきた。

 

 もっとも、疲労した状況にもかかわらず獣のように激しく交わる事が出来る二人の底なしの精力については、ライバック達は気付く事は無かったのだが。

 

「そろそろ戻ってきてもいいとは思うがな。誰か様子を見てきてくれないか」

「じゃあ私が見てくるわ」

 

 ライバックの言葉を受け、スミスが非常通路へと向かうべく腰を上げる。

 表情は普段と変わらないが、その瞳にはやや暗い光が灯っており、ライバックは少々訝しみながらもスコットへ頷いた。

 

「ああ。頼んだ」

 

 ライバックはスコットの後ろ姿を見つつ、少しだけ心配そうに呟いた。

 

「スコットは大丈夫か……?」

 

 ライバックの言葉に、コナーもまた心配そうに口を開いた。

 

「チャベスの事、まだ引きずっているのかも……」

 

 そう言葉を述べるコナーは、宿泊施設に来てからスミスが時折悲しげにチャベスのお守りを見つめているのを目にし、同情の念を抱いていた。

 自身も相棒ともいえるクルス一等兵を亡くしており、長年連れ添った戦友の、それも想いが通じ合った相手を亡くした悲しみは理解出来た。

 

 少しばかり沈鬱な雰囲気が漂い、海兵隊員達は一様に口を噤む。

 だが、やがてパクストンが鬱屈した雰囲気を変えるべく快活に声を上げた。

 

「そういえば言ってなかったけどよ、どうやらこの施設には“ジャパニーズ・バス・ユニット”があるみたいだぜ。バリケードも設置したし、せっかくだから交代で疲れを癒すことにしようや」

 

 パクストンの一声に、ライバックやコナー、そしてロスまでもが色めきたつ。

 日系企業であるウェイランド・ユタニ社が保有する施設には随所に日本文化が取り入れられており、この宿泊施設には日本文化の典型である風呂、つまり大浴場が備えられていた。

 ウェイランド社が関わる様々な施設、備品には漢字や片仮名、平仮名が書かれた物もあり、これらは22世紀の現在では広く普及していた。

 ちなみに和式便器については本家本元の日本ですらとっくの昔に廃れている。

 

「一番風呂は俺が入るぜ! こういうの“エドッコ”って言うんだよな!」

 

 一人はしゃぐパクストンを、コナーがやや冷めた視線で見やる。

 

「あんたみたいな出歯亀ドブ虫ゴミ助平丸の後に入ったらイカ臭くて堪らないよ。レディ・ファーストだろこういうのは」

「ただの悪口じゃねえかそれ……ていうかレディて。メスゴリラの間違いじゃ」

「なんか言ったかい?」

「なんでもありません、上等兵殿!」

 

 パクストンは妙にかしこまった調子でコナーへと応える。

 コナーは溜息を吐きつつライバックへと視線を向けた。

 

「そういうわけだからアタシから先に入らせてもらうよ」

「ああ、分かった。エイリアンの襲撃があったらすぐに出てこいよ」

「ライバック、あたしに素っ裸でバケモンと戦えっていうのかい?」

「得意だろ?」

「バカタレ」

 

 ライバックを小突きつつ、コナーは浴場へと向かうべくモニタールームを後にする。

 途中、「メスゴリラの裸とか魔女の婆さんのファックの方がまだマシだぜ」と呟いたパクストンに強烈なボディブローをぶちかましていた。

 

「いいなぁ、お風呂……」

 

 意気揚々と浴場へ向かうコナーを、ロスが羨ましそうに見つめる。

 怪我が完治していない現状では、ロスが湯船に浸かることは土台無理な話であった。

 

 羨ましそうに見つめるロスに、脂汗を浮かべつつ痛そうに腹をさすっていたパクストンが、ややゲスな笑みを浮かべながら声をかけた。

 

「ロス、俺が入浴介助してやろうか?」

「……変態ナマコ小僧が」

 

 辛辣なロスの言葉に、パクストンは殴られた腹に痛みが増していくのを感じていた。

 

 

 

 

 

 

──────────────

 

 宿泊施設

 非常用通路内

 

 ブンッと、レーザーが起動する音が響く。

 非常用通路内でレーザーネットの設置作業を行っていたエミリオとシシュ。通路内から地上の開閉口へと至る梯子を登りながら複数の装置を設置し終え、するすると下に降りてきたエミリオを確認したシシュが装置を起動すると、エミリオはその驚異的なテクノロジーに驚嘆の声を上げた。

 

「やっぱ、シシュは凄いね。頼りになるよ本当に」

「grr!」

 

 ふんす、と大きな乳房を強調しながら得意げに胸を張るシシュ。

 頼もしくもどこか可愛げのある異星の乙女の様子に、エミリオは苦笑しながらその頭を撫でた。

 

「シシュは、頼りになるお嫁さんだね」

「krrー……」

 

 エミリオへ擦り寄り、シシュは甘い顫動音を鳴らしながらマスクの下でだらしなく表情を崩す。

 エミリオにこうして撫でられることが、シシュにとって最も至福の時間であった。セックスの時はまた違う至福の時間でもあったが。

 

「シシュ……ひとつだけ、約束してほしいことがあるんだ」

「krr?」

 

 エミリオはシシュを撫でながら優しげに言葉を紡ぐ。シシュは、マスクの下で不思議そうな表情を浮かべていた。

 

「これからエイリアンの襲撃を皆で団結して凌がなきゃならない。だから、ロス以外とも仲良くしてね」

「……krr」

 

 エミリオの言葉に、シシュはしばし考えるような素振りを見せるも、やがてこくりと頷く。

 正直、シシュにとってエミリオ以外の人間はどうでも良い存在であり、ロスに対して見せた優しさも捕食者が持つ一種の気まぐれであった。

 だが、この愛しい雄が大切にしている存在は、番である自分にとっても大切なことは事実であり。

 シシュが頷いたのを見て、エミリオは微笑を浮かべてその頭をきゅっと抱きすくめた。

 

「良い子だね」

「grrー……」

 

 シシュはエミリオにべったりと密着し、思う存分に甘えたい衝動に駆られる。だが、マスクや身に付けたプラズマキャノン等の装備が邪魔をして愛しい雄にそれ以上くっつくことが出来なかった。

 もどかしさを感じたシシュは不満げに唸り声を一つあげる。

 

「シシュ?」

 

 だからというのか、シシュはおもむろにエミリオの股間へと手を伸ばし、やや乱暴にカーゴパンツ越しにペニスを擦った。

 

「シ、シシュ!」

「grr!」

 

 分かり易いシシュの発情に、エミリオは上ずった声を上げる。マスク越しでも伝わる程、シシュの顔は上気していた。

 

「だ、だめだって!」

「grr……! grr……!」

 

 身じろぎしながらシシュの手を掴むエミリオであったが、シシュは構わずふうふうと息を荒くしながらその下腹部に手を伸ばす。

 調子に乗るとまたエミリオに無茶苦茶に犯されるかもしれない。素直に言うことを聞くことが、それを回避出来る唯一の手段であることをシシュは理解していた。

 

「あ、シシュ……!」

「grrrr……!」

 

 だが、シシュはエミリオに滅茶苦茶にされたい願望が勝り、あえて言うことを聞かずにいた。

 マスクの下で、淫らな期待から増々だらしなく表情を崩す異星の雌狩人は、愛しの雄の股間をまさぐるのに夢中になっていった。

 

「はぁ、はぁ……シシュぅ……!」

「gkyurrrr……!」

 

 切なげに吐息を漏らすエミリオに、シシュは喘ぐような声を上げ、陶然とした表情を浮かべる。カーゴパンツ越しに伝わるエミリオの火のような熱量に、異星の雌は完全に発情してしまった。

 辛抱できなくなったシシュは直接その熱棒を口内へと収めるべく、マスクの管に手をかけた。

 

 

 vi! vi!

 

 

 突然、シシュが装着するコンピュータガントレットから電子音が鳴る。

 その音を聞いた瞬間、シシュはピタリと動きを止めた。

 

「はぁ、はぁ……シシュ……?」

 

 荒い吐息を吐きながら、エミリオは急に動きを止めたシシュを心配そうに見つめる。

 シシュは黙ったままエミリオの傍から離れると、そのままスタスタと歩き始めた。

 

「あ、シシュ……」

「コナイデ」

 

 追いかけようとしたエミリオへ、シシュは無機質な声で遮る。

 乙女の突然の拒絶に、エミリオは悲痛な表情を浮かべていた。

 

 シシュはエミリオの表情を見て一瞬戸惑うも、そのまま踵を返してエミリオの前から姿を消した。

 

「シシュ……」

 

 残されたエミリオは、しばらく呆然とその場に立ちすくんでいた。

 

 

 

 

「grrr……」

 

 エミリオから離れたシシュは、宿泊施設内の資材置き場として使用している一室へと入り、誰もいないことを確認するとコンピュータガントレットを操作する。

 やや苛ついた声をあげ、エミリオを悲しませた元凶であるガントレットを憎々しげに睨むも、愛しい伴侶との逢瀬を中断せざるを得ない理由が存在した。

 

 ガントレットからは、母船からの“緊急指令”を示すシグナルが表示されており、氏族の戦士であるシシュは戸惑いながらもそれを確認していた。

 

「……!」

 

 ガントレットから電子音が響くと、精巧なホログラム映像が投影される。

 映像にはシシュ達の氏族の母船が表示され、その下にはシシュ達の氏族の言語が添えられてた。

 シシュは表示された文字を、フルフルと震えながら読み進める。

 

 異星の乙女は母船からのメッセージを、ただ震えながら読み進めることしか出来なかった。

 

 やがてホログラム映像は途切れ、ガントレットは通常の状態に戻る。

 シシュは映像が終わっても尚、項垂れたまま震え続けていた。

 

 母船からの通達。

 その内容は、この惑星にシシュと同じくエイリアン……シシュ達の言葉でいう“硬い肉(サーペント)”を狩るべく降下した戦士達が、次々と斃れていった事に業を煮やした長老(エルダー)が直接乗り込んで来ることを伝えていた。

 

 生き残っている戦士達へ、数日後には母船の降着場所へと集合するように通達がされている。

 恐らく、氏族の戦士達を集中させて一気に墳墓を奪還し、人間とサーペントを皆殺しにする腹積もりなのだろう。

 エルダーの娘でもあるシシュは、その命令に従う義務があった。

 

 シシュは自分の肩を抱き、膝をついて震えていた。

 嗚咽にも似た鳴き声が、無機質なマスクの下から漏れ出ていた。

 

 離れたくない。離れたくない。

 愛しい、愛しいエミリオと、離れ離れになりたくない。

 

 シシュは氏族の使命を決して忘れ去っていたわけではない。

 ただ、目の前の現実から目を背けていただけだ。

 呑気にエミリオとの逃避行を考えていたことが、耐え難いほど愚かな発想であったことを乙女は今更痛感していた。

 

 エルダーが、氏族が持つ武力はここの人間達やサーペント共のそれとは比べものにもならない。

 氏族の使命から逃れた“悪しき血”は、必ず粛清される運命にある。

 そして、恐らく自分を“狩り”に来るであろう刺客は、自分に狩りの何もかもを教えたあの“クリーナー”であることは想像に難くなかった。

 

 シシュはそこまで考え、震えながらエルダーからの通達を反芻していた。

 どうすればいいのか、乙女にはもう何もわからなくなってしまっていた。

 ただ、エミリオの優しい笑顔だけが、シシュの脳裏に浮かび続けていた。

 

 

 悲しみに打ち震えるシシュを、扉の隙間からスミスが氷のような視線を向けていた。

 

 

 

 

 

 

──────────────

 

「少尉殿。顔色が優れないようですが……」

 

 モニタールームへと戻ってきたエミリオを見て、ライバックが気遣うように声をかける。

 幽鬼のような表情を浮かべていたエミリオは、ライバックへと力なく言葉を返した。

 

「ああ、ちょっとね……」

 

 要領を得ないエミリオの言葉に、ライバックは増々心配そうに若き少尉へと視線を向ける。

 その様子を横で聞いていたパクストンが茶化すように声を上げた。

 

「大方シシュちゃんと喧嘩でもしたんでしょう? 夫婦喧嘩は犬も食わないってジャパンのコトダマにもありますし」

 

 ニヤニヤと口角を上げるパクストンに、ライバックはたしなめるように声を上げる。

 

「おいパクストン、少尉殿にそういうジョークは──」

「いや、いいよライバック。パクストンの言うとおり、シシュを怒らせてしまったようなんだ。でも、なんで急にシシュが怒ったのか、僕には見当がつかない」

 

 力なく項垂れるエミリオを見て、パクストンはニヤついていた笑みを消した。

 

「少尉、シシュちゃんは俺達とは違いますからね。そりゃあ何が癇に障ったかなんて見当もつかんでしょうよ」

「……」

 

 パクストンの指摘に、エミリオは沈鬱な表情を浮かべる。

 シシュは人間ではなく、異星人だ。

 容姿も、文化も、思想も、モラルも、何もかもが違う。

 

「ま、チョコバーでも持ってご機嫌取りに行くしかないと思いますよ。俺の分まで食っちまうくらい気に入ってましたし」

「……そう、だね」

 

 おどけた様子で肩をすくめるパクストンを見て、エミリオは少しだけ笑みを浮かべる。

 シシュに嫌われたとは思いたくはなかったが、彼女の現金な性格を考えたら食べ物で釣るのは妙案に思えた。

 

(どちらにせよ、話をしないと分からないな……)

 

 エミリオはパクストンの不器用な気遣いに感謝しつつ、改めてシシュと話すべくモニタールームから離れようとした。

 

「ああ、少尉殿。そういえばこいつを渡すのを忘れていたました」

 

 立ち去ろうとするエミリオに、ライバックが声をかける。エミリオはライバックから手渡された物を見て首をかしげた。

 

「ライバック。これは何だい? 腕時計のように見えるけど」

「発信機です。この受信機で位置が分かります」

 

 ライバックは棒状の受信機を取り出しながらエミリオへと説明を続ける。

 腕時計型の発信機からの信号を受信し、対象が近づくにつれ受信機が発する音が大きくなる仕組みだった。

 

「簡易ディスプレイでおおよその方向と距離が分かります。持っててください」

「ライバック。僕には必要ないように思えるんだけど……」

 

 逡巡しながら発信機を返そうとするエミリオに、ライバックは手を振りながら制した。

 

「いえ、少尉殿が持っててください。正直、またジャングルの時みたいな事をされちゃかなわんですからね」

 

 ライバックの言葉を受け、エミリオはやや恐縮したように頭を掻く。見ればパクストンやロスも咎めるような目でエミリオを見ており、この若い少尉がまた無茶をして無謀な行動に出ることを心配していた。

 

 エミリオはライバック達の視線を受け、ため息をひとつ吐き腕時計型発信機を装着した。

 

「了解した。でも、僕が行方不明になっても探そうとせず自分の身の安全を優先してくれ」

「そいつは命令ですか。少尉」

「命令だよ。ライバック」

 

 不服そうに顔をしかめるライバックを背に、エミリオはシシュを探しにモニタールームを後にした。

 

 

 

「あら。少尉。こちらにいらしたのね」

 

 エミリオがモニタールームから出ると、丁度シンシア・スコット一等兵が寝室から出てきた。

 見ると、スコットの後ろには俯きながら佇むシシュの姿もあった。

 

「シシュ! 急にいなくなったから心配したよ」

 

 スコットに構わずシシュへと駆け寄ろうとするエミリオ。だが、スコットがそれを手で制した。

 

「少尉。これからシシュとお風呂に行くんです。“お嫁さん”が大事なのは分かりますが、少しシシュをお借りしますね。女同士で親睦を深めようかと思って」

「え、あ、ああ。了解した……」

 

 妖しい笑みを浮かべながら、有無を言わせないスコット。シシュは夢遊病患者のようにスコットに手を引かれており、エミリオはただ困惑した様子でそれを見ているしかなかった。

 

「ではまた。少尉、シシュちゃんにこれから身だしなみも気を使うように言ってくださいね。ちょっと臭いますよ彼女」

「あ、り、了解した」

 

 無抵抗に連れ去られるシシュに、エミリオはただ茫然と立ちすくむのみ。

 スコットの表情は、エミリオからは見えなかった。

 

 

 

 

 

──────────────

 

「おや。スコットにシシュちゃんじゃないか」

 

 浴場の脱衣所にて、コナーがスコットとシシュへと声をかける。

 スポーツブラとスパッツのみを身に着けていたコナーは、風呂上りなのかしっとりと濡れた短髪から湯気が上っている。

 逞しく割れた腹筋には所々傷跡が残っており、コナーもまた歴戦の海兵であることを伺わせていた。

 

「コナー。お風呂どうだった?」

「中々よかったよ。一人で入るにはもったいないくらい広かったし」

 

 コナーはスコットの後ろに黙って佇むシシュへ訝しげな視線を送りつつも、望外に上等だった風呂の状態をスコットへと語った。

 

「そう。それは良かったわ。これから、私達もお風呂に入ろうと思ってたの」

 

 薄く笑うスコット。尚も黙ったままのシシュを訝しみつつ、コナーはスコットへと視線を向けた。

 

「あんたは良いとして、シシュちゃんは風呂の入り方が分かるのかね?」

「だから私が一緒に入るのよ。あなたももう一回入る?」

 

 上着を籠に入れ、カーゴパンツを脱ぎながらスコットがコナーへ妖しい視線を返す。

 コナーはなんともいえない表情を浮かべながら、未だにぼんやりと立っているシシュへと声をかけた。

 

「シシュちゃん。風呂に入るなら、身に着けてるもん全部ここに置きな」

「grr……」

 

 シシュはコナーが指差す籠をマスク越しに見つめる。エミリオ以外の人間の前では無防備な姿を晒したくないシシュは、やや警戒するかのように後ずさった。

 

「シシュ。脱ぎなさい」

 

 唐突に、スコットの底冷えするような声が響く。

 ビクッと肩を震わせたシシュは、少し戸惑うも、やがて装備の一つ一つを外し、籠の中へと入れていった。

 

「大丈夫よ。あなたの装備に悪さする人なんてここにはいないわ。そんなことしたら少尉が黙っていないでしょうし」

 

 既に裸になったスコットがシシュへと近寄り、網状のボディスーツを脱ぐのに手を貸す。

 スコットの乳房はコナーやシシュよりも小さかったが、張りのある乳首や兵隊らしく引き締まった身体が妖しい色香を放っていた。

 コナーはスコットの様子に訝し気な視線を送っていたが、大人しく装備を脱ぎ、裸になったシシュがマスクに手をかけ、露わになったその厳つい顔を見ると思わず身構えた。

 

「な、なんだか……話に聞く以上に個性的な顔だね」

「そう、ね……」

「……」

 

 黄土色の体色に、爬虫類のような鱗や模様を備えたシシュの肉体。そして節足動物のような大きな顎に、2対4本の爪上口器が、シシュの異形の面相を強調していた。

 コナーとスコットは厳つい異星の乙女の風貌に、本能的な恐怖を覚える。

 シシュは顔を引きつらせているコナー達を全く見ようともせず、相変わらず消沈した様子で口器を閉じていた。

 

 だが、長い睫毛を垂らせシュンとしているシシュを見たコナーは、その様子を餌にありつけず落ち込んでいるライオンのようだと思い、先程覚えた恐怖心がいささか和らいでいくのを感じていた。

 一息ついたコナーは、シシュを励ますようにその肩に手を置く。

 

「何を落ち込んでいるのかしらないけどさ、とりあえずひとっ風呂浴びればスッキリするよ」

「そうよシシュ。さあ、風邪引いちゃう前にお風呂に入りましょう」

「……」

 

 シシュの肩をポンっと叩きながら、コナーは気遣う様に声をかける。その横でスコットはシシュの手を引き、浴室へとやや強引に引っ張っていった。

 手を引かれ、トボトボと浴場へ向かうシシュの後ろ姿は、得も言われぬ哀愁が漂っていた。

 

「あんなにしおらしい子だったかね……」

 

 コナーは少々首をかしげなからも、手早く上着とカーゴパンツを身に付け、トレードマークのバンダナを巻き直すとライバック達がいるモニタールームへと向かっていった。

 

 

 

 

「これで、二人っきりになれたわね」

「……」

 

 浴室に入ったスコットはおずおずとついてきたシシュに向けニコリと微笑みかける。

 だが、シシュを見つめるスコットの瞳のハイライトは消えており、ただ無機質な視線をシシュへ向け続けていた。

 

「とりあえずそこに座りなさいな。背中を流してあげるわ」

 

 スコットはシシュを風呂イスに座らせ、手にボディソープをつけシシュの背中を妖しく撫でた。

 

「krr!」

「動かないでね」

 

 ヌタヌタとシシュが泡に包まれていく。シシュは初めて味わう界面活性剤の感触にびくっと身体を震わせるも、スコットが背中に手を這わせるのをただ大人しく受け入れていた。

 

「凄い身体ね……人間とあまり変わらないように見えるし、興味深いわ……」

 

 シシュの黄土色の体色で彩られた筋肉質な肉体に、スコットは興味深そうに視線を這わせる。

 まるで視姦するかのような、ネットリとしたスコットの視線。シシュは背中から悪寒が走るのを感じていた。

 

「grr!?」

「動かないで」

 

 逃れようとするシシュを押さえつけるスコット。本来、シシュの膂力ならスコットを跳ね除けるのは容易い。

 だが、シシュは身じろぎしながらスコットを跳ね除けることはしなかった。

 

「grr!?」

 

 スコットの手が、シシュの胸へと回される。

 ボディソープによってテラテラと濡れたシシュの乳房。それを強めに掴み、揉み回すスコットの表情は、嗜虐的な愉悦に満ちていた。

 

「kyu……kyuu!」

 

 シシュの突起した乳首をつまみ、ギリッと捻り上げるスコット。シシュはぎゅっと目を閉じ、この女兵士の暴虐をただ耐えることしか出来なかった。

 

「ふふ……本当、人間の女のような反応するのね……バケモノのくせに!」

「kyu!?」

 

 スコットはつまみ上げていた乳首から手を離し、そのままシシュの陰部へと手を伸ばす。

 中指を強引にヴァギナへと捩じ込み、グチュリ、とシシュの陰裂を侵略した。

 

「kyu、kyuu……!」

 

 シシュは目と口器をきゅっと閉じて耐えている。異星の乙女は、愛しの雄との約束を健気に守り続けていた。

 理不尽に自分を蹂躙するスコットであったが、それでもこの人間の雌はエミリオの仲間だ。

 

 グチッグチッと、スコットの指がシシュの陰裂を掻き回す。

 シシュは快感を感じることはなく、ただ不快感だけが下腹部から湧き上がっているのを感じていた。

 

「あなた、一体なにを企んでいるの?」

 

 指を動かしながら、スコットが冷たい声色で呟く。

 資材置き場では、シシュを探しに来たエミリオのせいであれ以上問い詰めることは出来なかった。

 

「あなた以外にも仲間はいるの?」

「g……grr……!」

 

 ギチ、ギチと乱暴にヴァギナへと指を出し入れするスコット。

 問い詰めるその声色は、凍りつくような冷たい温度を放っていた。

 

「あなた達が、アスタミューゼを沈めたの?」

「grr……!」

 

 陰核をギリッと捻る。シシュは痛みと羞恥に耐え、その大きな身体を震わせる。

 スコットの問いかけに否定も肯定も出来なかったシシュは、母船からの通達を見られてしまった迂闊さを呪い、ただ耐える事しか出来なかった。

 

「あなた達が、あのバケモノを解き放ったの?」

「kyuuッ!」

 

 身じろぎして逃れようとするシシュの乳首を、スコットは強めに抓る。

 ヴァギナを蹂躙していた手を離し、両手にてシシュの乳首を同時に捻り上げた。

 

「gkyuuuu!!」

 

 堪らず、シシュは嬌声めいた唸り声を上げる。

 エミリオの、愛しい雄以外の手によって与えられた暴力(快感)。シシュは、それが嫌で嫌で仕方なかった。

 

「あなた達が……あなたが、リチャードを殺したの?」

 

 スコットは怨念を吐きながらシシュの乳首を蹂躙する。その表情は般若の様な怨嗟に満ち溢れていた。

 ギチリ、と、爪がシシュの乳房に食い込む。緑色の蛍光塗料のような血液が、シシュの乳房からにじみ出ていた。

 それまで理不尽な暴虐に耐えていたシシュであったが、己から流れる血を見た瞬間、カッと頭に血が上った。

 

「grraaッ!!」

「キャアッ!?」

 

 シシュは咆哮を上げ、シコットを強引に振り払う。

 爪上口器が大きく開けられ、怒りで肩を震わせながら、倒れたスコットを見下ろしていた。

 

「馬脚を現したわね……!」

「grrrrr……!」

 

 倒れながらもスコットは挑発的な視線をシシュへと向ける。

 両者の視線が交差し、その間には火花が散るかのような熱い空気が流れていた。

 

 しばらく睨み合っていた両者であったが、やがてスコットがシシュから視線を外し、面白くもなさそうに口を歪めた。

 

「冗談よ……」

「……」

 

 尚も警戒するシシュに構わず、桶から湯を汲み、自身の身体にかけたスコットはそのまま湯船へと入った。

 

「でも、これだけは覚えておきなさい」

 

 温かい湯の中で、スコットは底冷えするような声を上げる。

 シシュは未だにスコットへ鋭い視線を向けていた。

 

「救援隊が来たら、あなたは少尉の前から姿を消しなさい」

「……ッ」

 

 スコットの一言を受け、シシュは驚愕と、恐怖と、慟哭がないまぜになった表情を浮かべる。

 その表情を見て、スコットは自分の捻くれた復讐を成し遂げたのを感じ、溜飲を下げるかのように薄ら笑いを浮かべていた。

 ただの八つ当たりというのはスコット自身も理解している。だが、想いを通じ合ったチャベスとの死別は、この凄惨な状況下に耐えるスコットの精神を十分に歪ませていた。

 

「少尉とあなたは“違う”のよ……それに、軍は少尉ほど優しくは無いわ」

「……」

 

 続くスコットの一言。それは、残酷なまでの現実を直視させられ、シシュは握りしめた拳をふるふると震わせた。

 全てが終わったら、エミリオと二人で愛の逃避行に望むつもりだったシシュ。

 人間共の軍隊から逃げ切るのはシシュにとって容易い事であったが、氏族の追手から逃れるとなると、いくらエミリオやシシュが手練れとはいえ到底無理な話であった。

 

 いや、並の戦士ならば返り討ちにする自信はある。

 だが、追手があのクリーナーだったら……

 シシュは震わせていた拳を浴室の壁面へと叩き込み、肩で息をしながらぎゅっと目を閉じていた。

 異星の乙女のやるせない想いが乗った剛拳により、壁面のタイルは破砕され大きな穴が空いていた。

 

 シシュが元来持っている暴力を目の当たりにしたスコットは息を呑むも、そのままフラフラと浴室から出ようとするシシュへ皮肉めいた口調で言葉を向けた。

 

「泡ぐらい流していったら?」

「……」

 

 ボディソープの泡を付けたまま、シシュはそのまま浴室から出る。

 一人残されたスコットはしばらくは勝ち誇ったかのように笑みを浮かべていたが、やがて沈鬱な表情を浮かべ呟いた。

 

 

「リチャード……」

 

 温かい湯に浸かりながら、スコットは嗚咽を噛み殺すようにチャベスの名前を呟き続けていた。

 

 

 

 

 

 



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Chapter16.『Predator:Resurrection』

 

 昔……私も、人類を救う為に、戦ったわ

 

 一度目は、逃げ場の無い宇宙船の中で

 

 二度目は、使い捨ての兵隊と共に

 

 三度目は、神に縋るしかない、憐れな囚人達の牢獄で……

 

 

 二度目の時、一人の少女が、悪夢にうなされていた

 

 助けたかったけど……あの子も、死んでしまった

 

 もう、名前も思い出せないけれど……

 

 

 私も、悪夢を見るようになった

 

 あいつらが、追いかけてくる夢を

 

 前は眠るのが怖かったわ

 

 

 でも、もう平気

 

 

 

 だって、目が覚めたら、もっとひどい事になっているから……

 

 

 

 

 

──────────────

 

 エミリオはシシュがスコットと風呂に浸かっている間、モニタールームで外周部の状況を見張りながらライフルの手入れをしていた。

 油断のない視線を外周部各所に設置されたモニターへと向けているが、映像には特に異常を示すものはなく、今日もエイリアンの襲撃はなさそうだと安堵の溜息を吐く。

 既に時刻は深夜に差し掛かっており、椅子の上で伸びをしたエミリオは交代の為モニタールームへと入ったライバックと目が合った。

 

「少尉殿。お疲れ様です。交代の時間です」

「ライバックか。了解したよ」

 

 エミリオはライバックへと略式の敬礼を送り、ややおざなりに答礼を返したライバックに席を譲る。

 寝室に戻る前に、先程パクストンの提案通りにしこたまチョコバーを抱えていた。

 

「少尉殿。ひとつはっきりさせたいのですが……」

 

 モニタールームから出ようとするエミリオに、ライバックが声をかける。

 ライバックはやや詰問するかのような声色と、鷹のような鋭い視線をエミリオに向ける。

 重たい溜息を一つ吐いたライバックは、それまで先送りにしていた疑問をエミリオへとぶつけた。

 

「救援隊が来たら、シシュはどうするんです?」

 

 ライバックの率直な疑問に、エミリオは答えに窮し言葉を詰まらせる。

 黙ったままのエミリオを、ライバックは鋭い視線を向け続けいる。

 だが、その瞳の奥には幾分か柔らかい感情が宿っており、まるで隠し事をする弟を問い詰める兄のような暖かい感情を滲ませていた。

 

 しばらく難しい表情を浮かべ黙ったままのエミリオであったが、やがて声を絞り出すようにライバックへと視線を返した。

 

「……ライバック。君にだけ伝えておく」

 

 確たる意思を宿したエミリオの瞳に、ライバックは居住まいを正してそれを見据える。

 依然、その瞳の奥に厳しくも暖かい感情を宿らせていた。

 

「僕は、救援隊が来たらそのままシシュと一緒に──」

「それは無茶だ」

 

 エミリオの言葉を、はっきりとした口調で遮るライバック。

 意を決して言葉を紡いだエミリオであったが、即座に否定を返され、そのまま押し黙ってしまった。

 ライバックは再び重たい溜息をつくと、エミリオへ諭すように言葉をかける。

 

「少尉殿。シシュのテクノロジー、そしてシシュ存在自体を、軍が放っておくと思うんですか?」

「……思わない」

 

 植民地海兵隊どころか、合衆国政府、そしてウェイランド・ユタニ社。

 シシュの存在に目をつけた様々な勢力が、それを得る為にあらゆる手段を使って追求することは想像に難くなく。いくら超人的な身体能力を持っているとしても、所詮はたかが海兵隊の一少尉でしかないエミリオにその追求から逃れられるとは到底思えなかった。

 拗ねたように言葉を返すエミリオを見て、ライバックは増々弟を諭す兄のような表情を浮かべた。

 

「じゃあ、このままこのバケモン共の惑星に残り続けるとでも言うんですか?」

「……シシュは、宇宙船でこの星にやってきた。だから、僕もシシュの宇宙船でシシュと一緒に行くよ」

 

 エミリオはシシュから断片的にしか聞いていなかった宇宙船について隠すつもりは無かったが、全てが終わった後こっそりとそれに乗り、姿をくらますつもりであったことに若干の後ろめたさを感じていた。

 だが、ライバックの言う通り、軍や政府の追撃から逃れる為には人知れず姿を消す必要がある。

 

 ずっと考えていたシシュとの逃避手段。

 エミリオのこの複雑な心境を打ち明けられたライバックは、三度目の溜息を吐いた。

 

「話になりませんよ少尉殿。それに、シシュの宇宙船があるなら今すぐそれに乗って脱出するべきだ」

「シシュの宇宙船は全員が乗れる程の大きさじゃないんだ。だから、皆がBG-386から脱出した後、僕らはそれに乗って脱出する」

 

 シシュが使用した宇宙船はプレデターの母船から切り離された、一種の揚陸艇のような代物であった。だが、単独でも恒星間航行が可能なほどの機能を備えた宇宙船は、その機能を詰め込む為に余計な乗員スペースは存在しておらず。

 元々単座しかない宇宙船に、無理やり詰め込めば人が一人乗れるか、といった体であった。

 

 そこまで言い終えたエミリオ。再び、ライバックとの間に重たい沈黙が漂う。

 しばらく黙考していたライバックであったが、改めてエミリオの目を真っ直ぐ見据えた。

 

「少尉殿……こんな状況でも、あなたは植民地海兵隊の士官だ。我々を最後まで統率する義務がある」

 

 厳しい言葉をかけるライバック。エミリオは海兵隊の将校でる重責を改めて感じ、表情を固くしていた。

 

「当然、それはこの星を脱出した後でもだ。海兵隊のモットーを忘れたんですか?」

「“Semper Fi”……常に忠誠を」

 

 連綿と受け継がれた合衆国海兵隊のモットーを呟くエミリオ。

 一度海兵隊に入隊したなら、除隊しようとも一生『海兵隊員としての誇り』を失わず、アメリカ国民の模範たれ。

 海兵隊の結束を強めるその標語は、入隊した全ての人間に叩き込まれている。

 士官候補生であったエミリオも例外ではなく、海兵隊の、そして国へ忠誠を誓うよう徹底的した教育を受けていた。

 

「そうです。別に俺は熱心な愛国者でも、ましてや職業軍人でもない。でも、海兵隊のモットーだけは忘れたつもりはない。少尉殿がやろうとしていることは、それに反しているんじゃないですか?」

「……」

 

 軍人としての責務を放棄し、一個人として勝手な行動を取るエミリオを糾弾するようにライバックは言葉を紡いだ。

 俯き、甘んじてライバックの糾弾を受け止めていたエミリオ。

 

 だが、顔を上げたエミリオは忠誠よりもシシュへの愛が、己にとって何よりも大切な感情であることを再認識し、ライバックを真っ直ぐ見据えた。

 

「すまない……それでも、僕は国や軍よりも、自分の気持ちと、シシュを裏切りたくないんだ」

 

 国に忠を尽くすか。それとも、愛する人に誠を尽くすか。

 エミリオの固い決意を一身に受け止めたライバックは、しばらく厳しい表情を浮かべていた。

 

 やがて、ライバックはフッと微笑みを浮かべると、それまでの問い詰めるような態度から一変し、エミリオへ人情味のある表情を向けた。

 

「了解しましたよ少尉殿。少尉殿がそこまで決心してるのなら、俺からはこれ以上何も言いません。まぁ、全部終わったら後のことは任せて、宇宙ハネムーン旅行とでも洒落込んでください」

「ライバック……」

 

 ライバックはエミリオとシシュの関係性から、最初からエミリオが姿を消すことをなんとなしに想像していた。

 だが、直接エミリオからその決心を聞きたいと思い、あえてこのような問い詰める態度を取っていた。

 

 ライバックはエミリオに感謝していた。

 ジャングルで、窮地を脱するべく己を犠牲にしたエミリオ。

 その前にも、菜園プラントで身を挺して自分達を救ってくれた。

 アスタミューゼの食堂で、いけすかないホープ大尉の鼻っ柱を折った時は、思わず心の中で快哉を叫んでいた。

 

 若く、愚直なまでに清廉なエミリオ。

 エミリオが赴任してから短い間ではあったが、いつしかライバックはこの若い少尉を好きになっていた。

 そんな、常に自己犠牲を強い続けるエミリオが、初めて我儘を言った。

 なら、自分はそれに快く応えてやろうじゃないか。

 

 ライバックの精悍な笑みを見て、エミリオは感極まってしまったのか、涙ぐみながらその手を両手で掴んだ。

 

「う、うう……ありがとう……ありがとう、ライバック」

「泣くほどのことでも無いでしょうに」

 

 やれやれといった風に、ライバックは空いた手でエミリオの肩を優しげに叩く。

 この頼りになる海兵隊員は全ての事後を引き受けることを、快く了承していた。

 

「でも、これだけは覚えておいてください。どうなるにせよ、まずは救援隊が来るまで生き延びなきゃなりません」

「……了解した。それは、肝に銘じているよ」

 

 鼻をすすりつつ、エミリオはありがとう、とライバックに改めて感謝を伝え、モニタールームを後にした。

 残されたライバックは苦笑を浮かべつつ、座席に深く腰をかけ監視任務を再開していた。

 

 

「しかし、少尉殿はいわゆる“ケモナー”ってやつなのか……うーむ、わからん……」

 

 ウェイランド・ユタニ社は様々な日本文化を普及させていた。

 その中には、いわゆる20世紀から21世紀にかけて育まれた日本のサブ・カルチャーから発生した言葉も多く存在し、22世紀を終わりつつある現在では一般的に使われている“コトダマ”であった。

 もっとも、当時のフリークス達はまさか狂暴な怪物に囲まれ、孤軍奮闘する海兵隊員がそれを口にするとは思いもよらなかっただろうが。

 

 エミリオの性癖に若干の不安を覚えつつ、ライバックはモニターへと視線を向け続けていた。

 

 

 

 

 

──────────────

 

 辛い。

 とても辛くて、切ない。

 目を背けていた現実から、今すぐにでも逃げ出したい。

 

 異星の乙女は、もどかしい思いを抱え、愛しい伴侶が使用しているベッドの上で、その大きな身体を縮こませながら膝を抱えていた。

 シシュは普段の網状ボディスーツではなく、タンクトップとショートスパッツを身に付けている。

 これはロクに着替えを持ってないシシュを見かね、コナーが自分の予備のインナーを渡していた。

 だが、サイズがあっていないのか伸縮性のあるスパッツはともかく、タンクトップの裾は臍まで届いておらず、シシュの豊満な乳房をより強調する形となっていた。

 

「krr……エミリオ……」

 

 伴侶の名前を呟くと、シシュは無垢の瞳からポロポロと涙を流した。

 グルグルとか細く、唸るように嗚咽を漏らしていた。

 

 “少尉の前から姿を消しなさい”

 

 浴場にてスコットから言われた、非情で、現実的な一言。

 シシュは愛に盲目的になりすぎていた己の迂闊さ、そして浅慮を、ただひたすら嗚咽を漏らすことでしか受け止めることは出来なかった。

 

 人間であるエミリオと、Yautja族の自分は、あまりにも違う。

 文化や思想どころか、その肉体の構成からして何もかも違っている。

 そんな別の種族同士が、番になることなど始めから無理な話だったのだ。

 

 逃避行も考えた。

 どこか知らない星で、エミリオと穏やかに暮らすことを想像し、甘く、爛れた生活を妄想して浮かれていた。

 

 だが、エミリオにも“帰る場所”がある。

 エミリオの帰りを待つ者もいるかもしれない。

 仲間と共に、あの青い星に帰ることが、エミリオにとって一番良い事なのかもしれない。

 

 そのエミリオの仲間を、自分達は殺してしまった。

 命じたのはエルダーであったが、エミリオ達が乗っていた宇宙船を攻撃したのは自分が乗り込んでいた氏族の母船だった。

 今更、自分だけは悪く無いと、弁解するつもりはシシュには無かった。

 

 “ずっと一緒だよ”

 

 エミリオは、優しく自分にそう囁いてくれた。

 愛していると言ってくれた。お嫁さんだと言ってくれた。

 でも、それは彼の誠実な優しさから発せられた言葉かもしれない。

 

 浮かれていた自分に気を使い、そう言ってやることで自分の厚かましい想いに付き合ってくれただけかもしれない。

 はしたなくエミリオの肉体を求めた自分に、仕方なくその欲情を発散させるのに付き合っていただけかもしれない。

 

 こんな想いをするくらいなら、ジャングルでエミリオと出会わなければよかった。

 “硬い肉(サーペント)”に伸し掛かられたエミリオを、そのまま見捨ててしまえばよかった。

 そのまま死んでしまったエミリオを忘れて、ただひたすらに獲物を狩る生涯を全うすればよかった。

 

「エミ……エ゛ミ゛リ゛オ゛ォ……」

 

 嗚咽と共に、再び愛しの伴侶の名前を呟くシシュ。

 エミリオが死ぬことを想像したシシュは、猛烈な喪失感に襲われ、自分がなんて愚かな発想をしていたのかと強烈な後悔が湧き上がっていた。

 

 初めて出会ったあの時から、好きで、好きでたまらないエミリオ。

 あの綺麗な瞳は、逞しく成長しても尚、その無垢な輝きを放ち続けていた。

 あの瞳に見つめられると、どうしようもなく切ない想いに囚われ、生まれて初めて“愛しい”という感情が湧き上がって来た。

 そんな愛しの存在を、どうして見殺しにすることが出来るのだろうか。

 

 グスグスと、涙と鼻水を垂らし、エグエグと嗚咽を漏らし続けたシシュは、やがてひとつの考えにたどり着く。

 

 エミリオに、嫌われよう。

 愛想を尽かされて、自分のことは忘れてもらおう。

 

 異星の乙女の、どうしようもなく幼稚で、純粋な想いが、その大きな身体の中で渦を巻いていた。

 でも、それを実行するにはどうすればいいのか。乙女は具体的な考えは思いつかなかった。

 

 

「シシュ、ここにいたんだ」

 

 寝室のドアが開き、愛しいエミリオの声が響いた。

 ビクリと肩を震わせたシシュは、その声に反応することも無く、膝を抱えながら蹲る。

 そんなシシュを心配そうに見つつ、エミリオはシシュの隣に腰を下ろした。

 

「シシュ。チョコバー持ってきたよ。一緒に食べよ」

 

 優しく語りかけるエミリオ。シシュは、僅かに顔を上げてその瞳を覗く。

 慈愛の微笑みを浮かべるエミリオの瞳を見て、シシュは即座に目を逸した。

 それ以上見つめていると、先程誓った決意がゆらいでしまう。

 シシュは再び俯き、エミリオを無視するように蹲り続けた。

 

「……」

 

 エミリオはただ黙って隣に座り続ける。

 どんな表情をしているのかシシュには見えなかったが、きっと困ったような悲しい表情を浮かべているのだろう。シシュはそう、心で感じ取っていた。

 

「……ライバックには伝えたよ」

 

 沈黙の後、エミリオがぽつりと呟く。

 ぽつり、ぽつりと、事後をライバックに託し、自分はシシュとどこまでも一緒にいることを話した。

 シシュは黙ってそれを聞いていた。

 

「シシュ。不安にさせてごめんね」

 

 エミリオは膝を抱えるシシュの手を取り、ぎゅっと力強く握った。

 

「改めて言うよ。シシュ。君とずっと一緒にいたい。ずっと、僕の、お嫁さんでいてください」

「エミ……エミリオ……」

 

 シシュは顔を僅かにあげ、エミリオの透き通った目を見つめる。

 右目は白濁としており、記憶にあったあの頃の輝きは失せていた。

 だが、左目はあの頃以上に輝き、情愛が篭った目をシシュに向けている。

 

 エミリオの視線を受け、シシュは涙を一筋流し、嗚咽を漏らした。

 

「シ、シシュ? どうしたの? どこか痛いの?」

 

 エミリオはあたふたと慌て、シシュを気遣うようにその身に触れる。

 シシュはその手を振り払い、エミリオの正面を向いた。

 

「シシュ……?」

 

 エミリオの目を真っ直ぐ見据えたシシュは、嗚咽が混じった声で全てを伝えた。

 

 自分がここへ来たのは氏族の墳墓を取り戻すため。

 脱走し、繁殖したエイリアンを狩り、墳墓を強奪した人間を狩り尽くすため。

 アスタミューゼを撃沈したのは、自分が乗っていた氏族の母船だったこと。

 

 そして、氏族の長から、墳墓へと集合するように通達があったこと。

 

「モウ、コレ以上イッショ、イラレナイ……」

 

 そう言ったシシュは、鼻水を垂らし、涙をとめどなく溢れさせながらエミリオを見つめている。

 エミリオは先程のシシュと同じように、異星の乙女の告白を黙って聞いていた。

 

 

「……そっか」

 

 エミリオはしばらくの沈黙の後、おもむろに立ち上がる。

 シシュはその様子をぼうっとした様子で見ていたが、やがてエミリオは自身が身につけていた衣服を脱ぎだした。

 

「krr……エミリオ……?」

 

 突然衣服を脱ぎだしたエミリオを、シシュはやや困惑しつつ視線を向けている。

 

「よく、分かったよ」

 

 抑揚の無い声で呟くエミリオの、均整の取れた肉体が露わになる。エミリオの裸を幾度も目にしたはずのシシュであったが、その鋭く鍛え上げられた肉体は異星の乙女にとってどうしようもなく劣情を催すものであり、シシュは伏し目がちにエミリオの肉体から目を逸していた。

 どこか怒りを含ませるエミリオの言葉に比例するかのように、その肉棒も血管が浮き出る程禍々しく屹立していた。

 

「シシュが、何にも分かってないことが、分かったよ」

 

 そんなシシュに対し、変わらず抑揚の無い声で語りかけるエミリオ。

 その声色から、シシュはエミリオが自身に対し、もう愛情が無くなってしまったのだと、悲観にくれつつもどこか納得した様子で俯いていた。

 

 ああ、エミリオは、私に愛想が尽きてしまったんだ。

 最後に、滾った欲情をぶつけるつもりなんだ。

 でも、こんなワガママを言う私に、まだ興奮してくれるんだ。

 嬉しい……でも、悲しい。

 終わったら、この場所から離れなきゃ。

 エミリオ達が無事に帰れるよう、周りのサーペントも狩らなきゃ……。

 

 シシュはそう思い、涙に濡れた頬を拭おうと自身の顔に手を伸ばした。

 

「ッ!?」

 

 だが、伸ばした手をエミリオが確りと掴む。

 そのまま、柔を用い、シシュの大きな身体をベッドの上に引きずり倒した。

 

「kyuu!?」

 

 乱暴に倒されたシシュは、情けない声を上げながらベッドの上へ投げ出される。

 初めてエミリオから“暴力”を受けたシシュは、身体を縮ませながら怯えた視線をエミリオへ向ける。

 エミリオは怒りを滲ませながら、シシュへ迫っていった。

 

「シシュが、誰の物なのか。僕が、誰の物なのか」

「kyu!?」

 

 エミリオはシシュのスパッツに手をかけ、それを乱暴に引き裂く。

 露わになったシシュのヴァギナから、むわっとした獣臭が香っていた。

 

「シシュの身体で、思い知らせてあげる……!」

「kyurrr!?」

 

 エミリオはシシュの腕をつかみ、うつ伏せに組み伏せる。

 経絡を押さえられているのか、シシュは身を捩らせるもエミリオからの制圧から逃れることは出来ない。

 

「ッ! この、分からず屋ッ!」

「gkyuuuuuuッ!!」

 

 ドチュッ! と、シシュのヴァギナへイキったペニスを強引に突き入れる。

 そのまま、怒りに任せた抽送を開始した。

 

「はッ、はぁッ、はぁッ、ぐぅぅッ!」

「gkyuッ!gkyuuッ! gkyuuuuッ!!」

 

 パンッ! パンッ! パンッ! パンッ! と、シシュの尻へエミリオの腰が打ちつけられる。

 腕を押さえつけ、乱暴に腰を打ち付けるエミリオの熱を感じ、シシュは涙を流しながら嬌声を上げていた。

 乱暴に、シシュのことを考えず、荒々しくペニスを突き立てて、エミリオは荒い呼吸を上げている。

 シシュは涙と鼻水と、涎を垂らしながらエミリオへと懇願した。

 

「gkyu、エミ、エミリオッ……ヤメテ、モウヤメテ……ッ!」

 

 暴力的な性交に、乙女は嗚咽を上げながら懇願する。

 乙女は、心の奥底で理解していた。

 乱暴に、激しく犯すエミリオから、強烈なまでの“愛”があることを理解し、それ以上の交わりを拒んでいた。

 それ以上愛されると、離れられなくなってしまうから。

 

 エミリオはそんな乙女の懇願に、ギリギリまでペニスを引いてから、勢いよく腰を打ち付けて返していた。

 

「gkyuuuuuuuuuッッ!?」

 

 バチュンッ! と、シシュの愛液の飛沫と共に、ペニスが根本まで挿入される。

 ゴリッと、エミリオの亀頭がシシュの子宮口を抉る。

 エミリオはシシュの両腕を掴み、その身体を反らしながら激しく腰を打ち付けた。

 

「うる、うるさいッ! こんな、こんな厭らしい音立てて、よくそんなことをッ!」

「gkyuu! kyuuu! kyuuuuuッ!!」

 

 バチュッ! バチュッ! バチュッ! バチュッ!

 愛液を撒き散らせながら、エミリオは腰を大きく前後させ、強引に乙女の膣壁を削る。

 シシュはこみ上げてくるエクスタシーに耐えられず、口器をだらしなく開けてよがり狂っていた。

 

「このッ! このッ! イキそうか!? イキそうなのかッ!?」

「kyuuu! kyuuuuuu!!」

 

 ギリっと、掴んだ手首を思い切り握り、エミリオは激しく腰を動かす。

 膝立ちとなり、身体を仰け反らせながら、シシュはヴァギナから大量の愛液を溢れさせ、強烈なオーガズムに襲われた。

 

「イケッ! イケッ! イケぇぇぇッ!! があああああッッ!!」

「gkyuuuuuuuuuuuuッッ!!」

 

 ズチュウッ! と根本までペニスを突き挿れ、勢い良くペニスから精液が放たれる。

 ビュクッビュクッビューッと、精液がシシュの膣内に噴射された。

 ペニスが膣内で痙攣し、熱い精液が大量に注がれると、シシュは絶叫めいた嬌声を上げた。

 

「かっ……はぁぁッ……ッ!」

 

 エミリオは腰を震わせながらグリグリとシシュの尻へと腰を密着させ、一滴残らずシシュの膣中へと精液を吐き出す。

 全ての精液を射精したエミリオが手を放すと、シシュはベッドの上へと糸の切れた人形のように倒れ伏した。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁーっ……!」

「kyu……kyuu……」

 

 ヒュー、ヒュー、と、かすれた呼吸をし、四肢を投げ出しながらうつ伏せに倒れるシシュ。

 エミリオは尻もちを突きながら、シシュの膣口からゴポリと精液が垂れていくのを陶然と見つめていた。

 絶頂したシシュは全身を弛緩させ、そのアナルはヒクヒクと蠢いている。

 

 エミリオは汗と、愛液で粘ついたシシュのアナルを見つめる内に、射精したばかりのペニスが再び熱を取り戻していくのを感じていた。

 

「はぁーっ、はぁーっ、はぁーっ、はぁーっ……!」

 

 獰猛な呼吸を上げながら、エミリオはのそりとシシュへ近づき、その尻肉を掴みぐりっとアナルを露出させる。

 シシュはビクリと身体を震わせ、懸命に身体を動かしてエミリオから逃れようとした。

 

「く、くあぁっ!」

「gyuiiiッ!?」

 

 膝立ちになり、ギチリッと、エミリオはペニスをアナルへと侵入させる。

 ギチ、ギチ、ギチッと、徐々にペニスが埋まっていくと、シシュはベッドのシーツを掴み、歯を食いしばって襲い来る痛みと快感に耐えようとした。

 

「ぐあぁぁぁッ!」

「giiiiiiiiiiiiッッ!!」

 

 エミリオは半分程埋まったペニスを、思い切り差し込む。

 根本までペニスが挿入されると、シシュはシーツを引き裂き、歯を食いしばりながら悲鳴を上げる。

 瞳孔が開き、涎と涙を流し、全身を引き攣らせたシシュの腰を掴んだエミリオは、そのまま強引にシシュを引き起こし、自身も仰向けに倒れながらシシュを激しく突き上げた。

 

「このぉっ! シシュッ! シシュぅッ!!」

「giiiッgyuiiiiッ!!」

 

 先程とは比較にならないほどの快感が、肛門から脳天にかけてシシュを貫く。

 重いシシュの体重をものともせず、ブリッジするように下から突き上げるエミリオ。そのまま激しい抽送を開始し、暴れ馬にまたがるかのようにシシュの身体は弾んでいた。

 ギチュッ! ギチュッ! ギチュッ! と、ペニスがアナルへ突き挿れられる度に、シシュのヴァギナはプシュッ! プシュッ! と、愛液と精液が混じった液体が噴射されていた。

 

「く、くぅぅぅッ!」

「gi……gii……!」

 

 エミリオはシシュの腰を万力のように思い切り抱きしめ、自身の身体の上で弾むシシュをがっしりと固定する。

 シシュの熱い腸壁がきつくペニスを締め上げ、エミリオもまた強烈な快感に耐えるように声を漏らす。

 めくれ上がったシシュのアナルから腸液と、エミリオのカウパー腺液が混じった液体が漏れ出し、ベッドのシーツをビショビショに濡らしていた。

 

「あ、あ、あぐううううッ!」

「gii……ッ!!!」

 

 ギチィッと、思い切りシシュのアナルへとペニスを突き挿れ、エミリオの亀頭から熱い精液が放たれる。

 ビュルルッビュルルルルッ! と、先程より多くの精液が腸内へと注がれ、シシュは歯を食いしばらせたまま白目を向いた。

 

「か、かはっ……!」

 

 ブリッジの姿勢のまま、エミリオは射精しながらピクピクと足先を震わせる。

 シシュはエミリオの上でぐったりと脱力し、ビュッビュッと、ヴァギナから愛液を噴射させていた。

 

「く、はぁっ、はぁーっ……!」

 

 エミリオは荒い呼吸を吐きつつ、シシュを仰向けに転がす。

 愛液を垂れ流しながら四肢を投げ出し、大の字になったシシュの上にエミリオは伸し掛かる。

 シシュの口器を強引にこじ開け、だらしなく垂れた舌を強引に啜った。

 

 ずちゅ、ずちゅううううッと、思い切りシシュの舌を吸い上げ、自身の舌を絡ませる。

 意識を飛ばしかけていたシシュだったが、舌から感じる快感と多幸感から飛ばしかけた意識を取り戻した。

 

「はぁーっ、はぁーっ」

 

 エミリオはシシュの口器から口を離すと、互いの口は粘ついた糸が引かれる。シシュと、自身の唾液で口周りをべちゃべちゃに濡らしたエミリオは、ペニスを腹にめり込む程硬く勃起させ、そのままシシュの張りのある大きな乳房を掴んだ。

 

「く、この、このぉ!」

 

 シシュへ跨り、自身のペニスを乳房へ挟み込む。シシュの汗に濡れた乳房を使い、体液で濡れ塗れたペニスを扱き始めた。

 

「く、くぅ、くうぅぅぅッ!」

 

 シシュの身体の上で腰を前後に動かし、ヌチュッ、ヌチュッと、乳房でペニスを扱く。

 ぼんやりとそれを見つめていたシシュだったが、自身の胸の上にあるペニスへとおずおずと舌を這わせた。

 

「あぐぅッ!」

 

 ピチャリっと、シシュが亀頭を舐める。脱力し、力なく舌を這わせるだけのシシュの愛撫に、エミリオは堪らず全身を震わせた。

 シシュの舌が鈴口へと僅かに侵入すると、エミリオの睾丸から精液が湧き水のように押し出されていった。

 

「はっ、はっ、ぐうぅぅぅッ!!」

 

 ビュルッ! ビュルッ! と、精液が噴射され、シシュの顔面は白濁とした液体に塗れる。

 エミリオは乳房へペニスを擦りつけ、いまだ垂れ流される精液を塗りつけると、そのままシシュの膣口へとペニスをあてがった。

 何度も大量に射精し、エミリオは汗を垂らしながら取り憑かれたようにシシュを犯し続ける。

 まるで、シシュの体液を自分の体液で上書きするかのように、大量の精液をシシュへと放ち続けていた。

 

 憔悴したエミリオの顔を、シシュは涙を浮かべた瞳を向ける。

 

「……ドウシテ?」

 

 どうして、そこまで、私を。

 どうして、そんなに、私を。

 

 弱々しい声で発せられたシシュの言葉を受け、エミリオは乙女の瞳を真っ直ぐ見据えた。

 

「シシュを、愛しているから……!」

「ッ!」

 

 ゆっくりと、ペニスを挿入しながら、エミリオは切なそうな声を上げる。

 シシュはエミリオの言葉で、全身に多幸感が貫き、ビチャッ! と潮を吹きながら絶頂する。

 

「シシュが、大好きだから……!」

 

 ミチッミチィッと、怒張したペニスがシシュの膣内へと侵入する。

 そのまま、ゆっくりと腰を動かし、シシュの膣壁を擦り始めた。

 

「だから、もう、二度と、離れるなんて言わないで……!」

 

 シシュを力強く抱きしめながら、エミリオは泣きながら腰を動かす。

 それを見て、シシュもまた涙を流し、愛しの雄の背中へと手を回した。

 

「シシュ、シシュ、シシュぅ! 好きだ! 大好きだ!」

「kyuu……! kyuuu……!」

 

 深くペニスを突き刺し、徐々に激しく腰を動かし始めるエミリオ。

 バチュンッ! バチュンッ!バチュンッ!バチュンッ! と、ペニスがヴァギナへとぶつかる音が響いていた。

 エミリオの愛の言葉を受ける度に、シシュは絶頂を繰り返しヴァギナから洪水のように愛液を噴出させている。

 激しい快感から意識を手放さいよう、強くエミリオを抱きしめていた。

 

「エミリオ、ゴメンナサイ……ゴメンナサイ……!!」

「ああっ! シシュぅ! シシュぅぅぅぅぅぅッッ!!!」

 

 涙を流し、ぎゅっとエミリオを抱きしめていたシシュは、やっとエミリオの深い愛情に気付き、その愛を全身で受け止めるべくエミリオの腰へ足を絡ませ、ぎゅっと身体を固定した。

 エミリオはシシュの言葉を聞き、シシュと同じように多幸感を感じ、堪らず射精した。

 ビュルッ、ビュルルッ! と、射精しながら、激しく腰を動かした。

 

「エミリオノ、コドモ、ホシイ……ッ! ホシイ……ッ!」

「ッ!? はぁッ! シシュゥッ!!!」

 

 ドビュゥゥゥッ! と、大量に射精しながら腰を動かすエミリオ。

 エミリオの愛を受け入れ、その証が欲しくなったシシュが、思わず吐露した無垢な願望に、エミリオのペニスは熱い精液を噴き出していた。

 

「ぐ、あああああ! シシュッ! シシュゥッ! 僕の、僕の子供を産んでくれッ! う、うああああああああああッッッ!!!!」

「kyuraaaaaaaaaaaaaaaaaaaaッッッ!!!」

 

 ドビュルルッビュルルルルッ! ビュルルルルルルルッ!!

 精液を吐き出し続けたとは思えない程、今日初めて射精したようにエミリオのペニスは大きく膨らみ、その鈴口からマグマのように熱く、濃い精液が濁流となってシシュの子宮内を溢れさせた。

 エミリオの精液を全て受け取るべく、シシュは足を絡ませ、ぎゅううっとしがみつきながら絶頂し、脳髄が焼き切れるかのような快感を受け、意識を手放した。

 エミリオもシシュへしがみつき、ビクッ、ビクッと身体を痙攣させながら愛しい雌へ種付けを行っている。

 

 エミリオの精液を全て飲み込んだシシュの下腹部は、ぽっこりと膨らんでおり、ゴポッ、ゴポッと結合部から夥しい程の精液が噴きこぼれていた。

 

「シ……シュ……」

 

 僅かに痙攣し、気絶したシシュの身体を、エミリオはぎゅうっと抱きしめながらその意識を手放す。

 もう絶対に離れまいと、二人は互いの身体を強く抱きしめ、繋がりながら眠りについた。

 

 不思議と、二人は同じ夢を見ていた。

 幸せに、二人の子供と一緒に、穏やかに暮らしている夢を。

 

 

 

 シシュの子宮内で、新しい命が宿ろうとしていた。

 

 

 

 

 

──────────────

 

 サイレンの音が宿泊施設内へ響き渡る。

 

 ゲート前に設置された2基のセントリーガンが、猛然と砲火を上げた。

 

 黄色い体液を撒き散らせ、四肢を断裂させ、死体となった仲間を乗り越えながら、狂ったように走り続ける怪物達。

 

 

 夥しい数の黒色の怪物が、咆哮を上げながら精錬所宿泊施設へと殺到していた。

 

 

 

 

 

 

 




Q.そんなにザーメンが出るわけ無いだろ!
A.俺の宇宙じゃ出るんだよ(ジョージ・ルーカス並感)


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Chapter17.『Research』

 

「来たぞぉ……!」

 

 エイリアンの襲来を告げるサイレンが宿泊施設内へと響き渡っている。

 モニタールームで警戒していたライバック伍長はアラームを鳴らし、休息をとっていたコナー達を叩き起こしていた。

 

「数はどれくらいだいライバック?」

「わからん……セントリーガンAとBが発砲を開始した」

 

 駆けつけたコナーがライバックと共にモニターを覗く。

 既にモニターからはセントリーガンが猛然と砲火を上げている様子が見て取れ、硝煙で映りがやや悪くなっているせいか襲来したエイリアンの数は確認出来ない。

 だが、セントリーガンのラップトップコンピュータのディスプレイを見ると、残弾が凄まじい勢いで減っている。フルバーストで射撃し続けるセントリーガンの様子が、襲来したエイリアンが大群であることを伺わせていた。

 

「セントリーガンAの残弾は80%、Bは75%」

「すげえ勢いで減ってるぞ」

 

 ライバックがディスプレイを見ながら緊張感を高める。

 横で見ていたパクストンも緊張の面持ちでそれを見ていた。

 ゲート前に配置されたセントリーガンは休み無く撃ち続けており、四散したエイリアンの残骸がモニターの端に映り込んでいた。

 

「セントリーガンAとB、残弾50%を切った」

「こいつはきっとタマの嵐だぜ……!」

 

 パクストンが引き攣った笑みを浮かべながらモニターを凝視する。

 余裕があるように振る舞っていたが、その声色は僅かに震えていた。

 

「少尉達は何をしてるのかしら」

 

 スコットがモニタールームを見回し、エミリオとシシュの姿が無いことに不審げな声を上げる。

 もとよりシシュに対しては懐疑的な念を抱いていたスコットであったが、無数のエイリアンが襲来しているこの状況では余計な敵愾心を抱くことは無かった。

 

「直ぐに来るさ。それより、この様子じゃあゲート前のセントリーガンだけじゃ防ぎ切れんぞ……」

 

 ライバックがそう言っている間にもセントリーガンの残弾は減り続けている。

 僅かの間に、残弾は100発を切ろうとしていた。

 ラップトップコンピュータからは残弾切れのアラームが鳴り響く。

 

「Aの残弾は残り50発……20……10……!」

 

 緊迫した様子で残弾を告げるライバック。

 周りにいるコナー達も表情を強張らせていた。

 

「Aは0、Bも残り20……10……!」

 

 残弾切れの電子音が鳴る。

 セントリーガンAの残弾が尽きて数秒後、Bも全ての弾丸を撃ち尽くし、アラーム音がモニタールームに空しく響いていた。

 

「……0だ」

 

 ラップトップコンピュータのアラーム音を消しながら、ライバックが無力感に支配されたかのような表情を浮かべる。

 エイリアンが宿泊施設に襲来してから、僅か5分しか経っていなかった。

 

「ちきしょう、どんだけいやがる……!」

 

 パクストンが唇を噛み締めながらモニターを見つめる。ゲート前のセントリーガンが本当にエイリアンへ向け射撃を浴びせていたのか疑わしい程、無数のエイリアンがゲートへと取り付いていた。

 

 

「皆! 遅れてすまない! 状況は!?」

 

 シシュを連れモニタールームへ現れたエミリオに、ライバックは難しい表情を浮かべる。

 スコットはシシュをやや剣呑な目つきで見ていたが、やがてモニターへと視線を移した。

 

「見ての通りです。ゲート前のセントリーガンは沈黙しました。エイリアンの数は不明。大群だと思われます」

「ゲートは持ちそうか」

「わかりません。そう簡単には破られないとは思いますが……」

 

 ライバックはそういうとちらりとコナーへと視線を向ける。

 

「ゲートはしっかり溶接したよ。厚さが300mmもある鋼鉄製だし、耐食素材で補強もしたからしばらくは保つと思うけど……」

 

 自信なさげに語るコナーの表情も険しいものとなっている。

 ゲート前のセントリーガンだけでは食い止めることは出来ないであろうと予想していたコナーであったが、想像していたよりも遥かに多いエイリアンが襲来していることに危機感を募らせていた。

 

「エイリアンは正面ゲートからしか来ていないのか?」

「今のところは。非常口付近に設置したモーショントラッカーは反応していません」

 

 非常口はシシュのレーザーネットだけでなく、侵入警戒用のモーショントラッカーも設置している。

 このモーショントラッカーが反応したタイミングで、自動的にレーザーネットが起動する設定となっていた。

 

「grrr……」

 

 シシュはモニターへとマスク越しに視線を送り、威嚇するように唸り声を上げる。

 エイリアン相手に無双せしめる実力を持つシシュですら、この大群は予想外であった。

 

「少尉、今の内に脱出しましょうよ! こりゃエントランスも突破されちまう!」

 

 パクストンがエミリオへ情けない表情を浮かべながら提案する。

 エミリオは努めて冷静に言葉を返した。

 

「落ち着いてパクストン。まだゲートは突破されていない。それに、外に出た途端に大群に囲まれる可能性がある」

「でも少尉! 急いで逃げねえとヤバイですよ! モニターが真っ黒だ!」

 

 モニターにはゲートに取り付くエイリアンの群れが映し出されており、時折エミリオ達がいるモニタールームにガンッ! ガンッ! とゲートを叩く音が僅かに響いている。

 エイリアン達がゲートを突破するのは時間の問題であった。

 

「ライバック、君の意見を聞きたい」

「……ゲートがいつまで保つかわかりませんが、いずれにしろ救援隊が来るまで我々は孤立無援です。いたずらにここを離れるのは得策ではないでしょう」

 

 ライバックの言葉を受け、パクストンが「ちくしょう」と悪態をつく。

 籠城を続ける事が最善なのは、依然変わらない事実であった。

 

「krr……」

 

 シシュが、エミリオの手をそっと握る。

 マスク越しにエミリオを見つめるシシュは、不安な思いに囚われたエミリオの手を優しく握っていた。

 

「シシュ……」

 

 シシュの手を、力を込めてぎゅっと握り返すエミリオ。

 エイリアンの大軍勢に囲まれた現状、愛しの伴侶の温もりはエミリオにとって何よりも心強い物であった。

 

「krr……krr……」

「シ、シシュ……?」

 

 そんなエミリオに対し、シシュは身体を密着させ、いわゆる“恋人繋ぎ”のように指を絡ませる。

 この緊急時でもエミリオに甘えたくなるのは、完全に“エミリオの雌”として征服された快感が未だに忘れられないからか。

 節操のない異星の乙女に、エミリオは苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

 

 しばらくモニタールームにはエミリオ達を除き、危機感を露わにした第三小隊の面々による異様な緊張感が漂っていたが、外周モニターには相変わらずエイリアンの群れがゲートに取りついている様子しか映し出されておらず。

 ひとまずゲートは耐えていると判断したエミリオの指示により、監視は交代で行う事となり、小隊員は各々休息を取りつつ事態の急変に備える事となった。

 

 

 

 

 

 

──────────────

 

「ん……! はぁっ……!」

「kyrr……! kyrr……!」

 

 宿泊施設非常口に繋がる通路内にて、ピチャピチャと共に互いの口を貪る湿った音が響く。

 マスクを脱いだシシュの頬は朱く上気しており、荒い呼吸を漏らしながらエミリオの口内へと舌を這わせていた。

 互いに強く抱き締め合い、愛しい存在を全力で貪る二人。この非常時に何をしているのだろうかと、エミリオは陶然とした頭で自問していたが、目の前のシシュの淫靡な芳香と、口内に広がる甘く、香ばしい味を感じる内にその事はどうでも良くなっていた。

 

 エミリオとシシュは自室には戻らず、非常口前の通路にてレーザーネットの点検を行っていた。

 半地下の宿泊施設から非常口へと至る梯子を登り、順番にネットを点検し終えたエミリオが梯子から降りると、即座に全裸となり、モニタールームへの扉をしっかり閉じたシシュに抱きつかれ、前述の様な状況になってしまっていた。

 

 エミリオは最初はいつものように諌めようとしたが、全身全霊をかけてこの異星の乙女の為に生きる事を誓った手前、あまり強く諌めることは出来なかった。

 それに、エミリオには分からぬことであったが、シシュはエイリアンの大群を見てやや弱気(・・)になっていた。

 エミリオの手をそっと握ったのは、愛しい伴侶を励ますのと同時に、自身も不安な思いに囚われていたから。

 

 無論、シシュはあの大群を蹴散らし、エミリオと無事に脱出することを固く誓っていはいたが、現実は百戦錬磨のプレデターでも厳しい事は変わらず。

 故に、万が一……万が一、エミリオと死別してしまうことを考えたシシュが、少しでもこの愛しい雄を全力で感じていたいと思い至ったのは仕方ないことかもしれない。

 エミリオはそんなシシュの思いを本能で感じ取り、異星の乙女の好きにさせていた。

 もっとも、エミリオ自身も無事に生き残れる保障はどこにも無いと、あの大群を見てから強く思うようになり、シシュと同じように愛しい花嫁を全力で貪りたい衝動が沸き起こっていた。

 

 前夜に暴力的な性交を交わし、ある意味で開き直った地球と異星の夫婦は、こうしてお互いの身体を求め合うことに何らためらいを感じていなかったのだ。

 

「シシュ、シシュ!」

 

 エミリオはシシュの頭を抱え、貪るようにその口器へ舌を突き入れる。

 シシュとエミリオは呼吸を荒くし、互いの唾液を飲み込んでいた。

 

「krrrr……」

 

 つう、と、二人の口器に透明の糸が架かる

 顔を上気させたシシュはそのままエミリオにしなだれかかり、愛おしそうにその下腹部に手を這わせた。

 

「あっ、シシュ……!」

 

 シシュはエミリオの前にかがみ込むと、盛り上がったカーゴパンツをうっとりとした表情で見つめる。

 そのまま器用に爪上口器を開き、カーゴパンツのファスナーを咥えると、ゆっくりとそれを下げていった。

 

「krrrr……」

 

 インナーパンツから覗くエミリオの膨れ上がったペニスが現れると、シシュはより陶然とした表情を浮かべそれを見つめる。

 むせ返るような雄の臭いが、シシュの脳髄へと浸透し、淫靡な芳香を嗅いだシシュはヴァギナから愛液を一筋垂らしていた。

 

「っ、うぁ」

 

 口器を器用に使い、エミリオのペニスを露出させたシシュは勢い良くそれを咥える。

 既に腹にめり込まんばかりに反り返っていたエミリオのペニスを強引に口内へと収め、エミリオの臀部をがっしりと掴みながら激しく口淫を開始した。

 

「あっ、あぅ! あぅぅ!」

 

 ジュポッ! ジュポッ! ジュポッ!

 淫靡で下品な水音が辺りに響く。シシュはエミリオのペニスを貪りながら器用に舌でそれを扱き、血管が浮き出るほど剛直したペニスを一心不乱に咥え込んでいた。

 生暖かいシシュの口内から感じられる快感により、エミリオのペニスからはカウパーが溢れ出し、シシュの口内を満たしていく。

 シシュは唾液とエミリオのカウパーを口器から垂れ流していた。

 

「シシュッ! シシュぅッ!」

 

 身体をくの字に曲げ、必死になってシシュの頭を抱え、襲いかかる猛烈な射精感を耐えるエミリオ。

 そんな愛しい伴侶の姿を上目遣いで見たシシュは、よりこの愛しい伴侶への奉仕を激しくさせた。

 

「あ! あぁ! シシュッ! シシュッ!」

「kyuu!?」

 

 射精感が最高潮に達したエミリオは、シシュの頭に生えるドレッドヘアーの様な管を乱暴に掴み、激しく腰を動かしてシシュの口内を犯す。

 ガツ、ガツと、エミリオの腰がシシュの口器へとぶつけられ、エミリオは滾ったペニスをシシュの喉の奥へと突き入れた。

 

「く、ああッ!」

「~~ッ!!」

 

 ドビュッ! ドビュッ! と、ペニスから精液が吐き出される。

 直接食道に精液を流し込まれたシシュは、苦しそうに涙目になりながらもそれを受け入れ、濃厚なエミリオの精液を嚥下していた。

 

「はっ……! はぁっ……!」

 

 ぎゅううっと、力いっぱいシシュの頭を抱え込み、射精を続けるエミリオ。

 やがて射精し終えたエミリオが腰を引くと、シシュはケホケホとえづきながらもエミリオへと陶然とした視線を向け続けた。

 

「シシュ……」

「kyuuu……」

 

 切ない声を上げるシシュに、エミリオもまた愛おしそうにその表情を覗く。

 しゃがみ込むシシュの頬を優しくひと撫でし、自身の体液で濡れるシシュの口器を喋んだ。

 

「ん……んちゅ……」

「kyuu……kyuuu……」

 

 愛おしげにシシュの口器を啄むエミリオ。

 シシュは幸せそうに顫動音を鳴らし、エミリオの唇を受け入れていた。

 

「シシュ……お尻をこっちに向けて?」

「krr……」

 

 ひとしきりシシュの口器を味わった後、エミリオはシシュに優しく“命令”する。

 エミリオに命令されたシシュはうつ伏せになり、おずおずとその大きな臀部を突き上げた。

 

「krr」

 

 シシュの陰裂からは、愛液がとめどなく溢れ滴り落ちている。

 エミリオは静かにその陰裂に顔を近づけ、ゆっくりと舌を這わせた。

 

「kyuuu!」

 

 ピチャリ、と、エミリオが陰裂に舌を這わせると、シシュは嬌声を上げて身震いする。

 エミリオが舌を動かす度に、ピュッピュッと、シシュのヴァギナから愛液が吹き出ていた。

 エミリオは愛液を飲み込みながら舌を陰裂へと突き入れ、ヴァギナの中をゾリゾリと擦り上げる。

 そして、ヒクヒクさせているシシュのアナルへと舌を這わせた。

 

「gyuッ!?」

 

 唐突に弱点を攻めれれ、シシュはビクンッ! と身体を大きく震わせる。

 エミリオはむせ返るような香ばしい芳香に脳髄が溶けそうな感覚を覚えるも、そのまま舌を腸内へと侵入させた。

 

「gkyuu! kyuuu!!」

 

 ジュプッ、ジュプリッと、下品な水音が響く。

 シシュは必死に床を掻き、エミリオの責めから逃れようとするも、エミリオはシシュの腰を抱えて異星の乙女を捕らえていた。

 

「んっ!」

「kyuuuuu!?」

 

 プシャッ! と、シシュの陰裂から噴水が上がる。

 執拗なエミリオの責めに、異星の乙女は絶頂し、うつ伏せのままくったりと四肢を投げ出した。

 

「シシュ……かわいい……」

 

 ヒクヒクとアナルを蠢かせながら、シシュはぐったりと脱力している。エミリオは瞳に妖しい光を宿らせながら、自身のカーゴパンツを脱いだ。

 

「挿れるよ……」

「kyu……kyu……」

 

 エミリオはゆっくりと腰を落とし、自身の脚でシシュの股を開くと、そのままシシュのアナルに自身のペニスを突き立てた。

 

「ッ! くぅ!」

「kyuuuuuッ!?」

 

 ズチュゥ! と、一気にペニスを突き入れるエミリオ。

 シシュに覆いかぶさり、その大きな乳房を後ろから力強く揉みしだきながら激しい抽送を開始した。

 

「はっ! はっ! はぁっ!!」

「ッ! kyuッ! ッッ!!」

 

 パンッ! パンッ! パンッ! パンッ!

 激しく腰を打ち付ける音が響き、抽送に合わせてシシュは声にならない嬌声を上げる。

 荒い息を吐きながら、エミリオは取り憑かれたように腰を前後させ、異星の乙女のアナルを蹂躙していた。

 

「ああ、シシュ! 僕の、僕だけのシシュ!」

 

 ズンッ! ズンッ! と、思い切りシシュの腸内へとペニスをねじ込むエミリオ。

 シシュの腸内は生き物のようにグネグネと蠢き、愛しの伴侶のペニスへと絡みついていた。

 涙を流し、かすれた声しか上げられないシシュの肉体は、本能で愛するエミリオを悦ばせようと体液を溢れさせていた。

 エミリオは熱く絡みつくシシュのアナルの快感に、猛烈な射精感が込み上がるのを感じていた。

 

「あ、あ、シシュ! シシュッ!!」

 

 腰を大きく引き、思い切り腰を打ち付け、シシュの腰を力一杯抱き締めるエミリオ。

 グチィ! と、肉と肉がぶつかり合う音が響いた直後、ビュウウウッ! と、エミリオのペニスから精液が吐き出された。

 

「うっ……はぁぁっ!」

「kyuu……! kyu……ッ!!」

 

 がっしりとシシュを抱き、射精しながら、ドチュッ! ドチュッ! と、腰を打ち付けるエミリオ。

 熱い精液がポンプのように自身の奥深くへと流し込まれ、シシュは白目を剥きながらビクッ! ビクッ! と、大きく身体を震わせ、何回も絶頂した。

 

「ああ……シシュ……」

 

 繋がったまま、ちゅ、ちゅ、と、シシュの背中、シシュの首筋を優しく啄むエミリオ。

 互いの汗で濡れたシシュの身体を、丹念に口づけをしていた。

 

「シシュ……好きだよ……」

「kyu……k……」

 

 エミリオがシシュの耳元で愛を囁くと、それに応えるかのように、シシュの陰裂は小さな飛沫を噴き出していた。

 

「ん……」

 

 ズチュ……と、いやらしい音を立てながらゆっくりとペニス引き抜くと、シシュのアナルから精液がコポコポと音を立てて溢れ出る。

 相変わらずぐったりと四肢を投げ出していたシシュの大きな尻を、エミリオは愛おしそうに撫でていた。

 

 

 

「ああ……またやりすぎた……」

「grrー……」

 

 行為が終わり、エミリオは申し訳なさそうにシシュの身体を拭っていた。

 しばらく意識を飛ばしていたシシュであったが、散々エミリオに嬲られて少しは耐性がついていたのか、以前より早くその意識を回復させていた。

 自分から誘った癖に、責めるような目つきで見るシシュに、エミリオは苦笑いを浮かべつつ愛する乙女の身体を拭う。

 

 やがて後始末を終え、お互いに装具を装着していると、エミリオがふと思い出したかのようにシシュへと声をかけた。

 

「そうだ。シシュ、腕を出して」

「?」

 

 首をかしげながら、素直にエミリオへ腕を差し出すシシュ。エミリオは懐からライバック伍長から渡された腕時計型の発信機を取り出し、コンピューターガントレットが装着されているシシュの手首に器用に取り付けた。

 

「婚約指輪にはならないかな」

「krr?」

 

 やや気恥ずかしそうにするエミリオに、異星の乙女は増々首をかしげ、その様子を見つめる。

 まじまじと己の手首に巻きつけられた腕時計を見つめていたが、尚も気恥ずかしそうにするエミリオの手を掴み、強引に抱き寄せた。

 

「うわっ」

「krrー」

 

 すりすりとエミリオの頭へ頬ずりし、はむはむとその黒い髪を甘噛む。

 異星の乙女の親愛のスキンシップを、エミリオは苦笑いを浮かべながら優しく抱き返していた。

 

 

 

 結局、その日はエイリアンがゲートを突破してくることは無かった。

 

 

 

 

 

 

──────────────

 

 地球

 JPN・TKY・市ヶ谷

 防衛省航宙自衛隊調査部別室

 

「アメリカさんからの、依頼ねぇ……」

 

 紫煙に包まれたオフィス内で、くたびれたワイシャツを身に付けた壮年の男が手元のタブレットを眺めながら紫煙を吐き出す。

 無煙の電子タバコが普及している現在においても尚、この男は昔ながらの紙巻たばこを愛飲していた。もっとも21世紀中頃に“禁煙法”が施行されて以来、通常の紙巻たばこを吸引する事は違法であった為、飲んでいるのは新規に開発された無害タバコであったが。

 

「遠く離れた宇宙での出来事なのに、なんで我々が……」

「篠原ニ等宙尉くん。マルユの本社はここ東京にあるんだよ。直接埃を叩く手があるなら、それを使わない理由はないでしょ」

「そりゃ、後藤三佐は直接叩くわけじゃないからいいんでしょうけど……」

 

 後藤三佐と呼ばれた壮年の男は、篠原と呼ばれた若い尉官へとニヤついた笑みを向ける。

 そんな後藤三佐に、篠原ニ尉は深い溜息を一つ吐いた。

 ちなみにマルユとは当局の隠語で、ウェイランド・ユタニ社の事を指していた。

 

「それに、依頼の出処は米国政府からではなく、非公式で、それも在日米軍からって……。無茶苦茶ですよ、こんなの。こっちのお偉いさん達が黙認しているから大事になってないだけで」

「篠原くん。それだけマルユはいろんなとこから怨みを買ってるってことだよ。多少の無茶もまかり通るんだなこれが。あと、依頼の出処は在日米軍じゃなくて、ほんとは米国植民地海兵隊からだよ」

「余計無茶苦茶じゃないですか……」

「まあまあ。マルユと喧嘩できるとこなんてそう無いからさ。ま、ウチは喧嘩するにしてもバレないようにこっそり嫌がらせする程度だけど」

 

 ウェイランド・ユタニ社が全世界を経済的に支配し、各国で多大な影響力を持っているのは周知の事実であり、米国も政府、特に米軍に対しては絶大な影響力を持っている。西側諸国でも同様に政府や軍隊に影響力を持っており、日本もご多分に漏れず政府中枢にまでウェイランド社の影響力が蔓延っていた。

 自衛隊も装備品の54%をウェイランド社から調達しており、相応にウェイランド社の影響力が強かったが、意外にもその影響力に関しては米軍や他国の軍隊に比べ多少マシな状況ではある。

 

 その理由のひとつに、創設以来自衛隊の装備は従来の国内メーカーから調達しているという“伝統”がある。ウェイランド・ユタニ社の前身である湯谷コーポレーションですら、自衛隊の装備調達に参入出来るのは規制緩和が大々的に行われた22世紀に入ってからであった。

 四菱重工、松井造船、和豊工業等、従来の国内軍需企業は連合を組んでウェイランド社に対抗し、徐々にシェアを奪われつつあるものの土俵際で踏み留まっている。

 故に、自衛隊はウェイランド社の影響力をある程度は排除する事が出来た。

 

 もっとも、国内企業の兵器開発技術においてはウェイランド社に大きく後塵を拝しており、特に航宙戦闘艦の技術力の差は如何ともし難い状況ではあった。航宙自衛隊の所属艦艇の約8割は、ウェイランド社製の艦艇だった。

 

 後藤三佐らが所属する航宙自衛隊調査部別室は、数少ないウェイランド社の影響を受けない航宙自衛隊内部の諜報機関であった。規模は小規模ではあるが、その分優秀な人材が配置され、国内外や植民惑星における様々な敵対勢力の諜報、防諜を主任務としていた。

 

 

「しかし“惑星植民地開発における資材調達の重大不正調査”とは……我々がやる仕事じゃない気がするんですけど」

 

 篠原ニ尉が手にしたタブレットを見ながら不満そうな声を上げる。確かに、諸々の諜報を主任務とする調査部別室ではあったが、流石に企業不正を調査するのはお門違いであった。

 

「まあ、カービィ将軍にはお世話になってるからねぇ」

 

 そんな篠原ニ尉を諭すように、のんびりとした声をあげる後藤三佐。

 植民地海兵隊の将官であるフランクリン・カービィ准将は、海兵隊内での様々な諜報、防諜部門でのトップであり、諸外国の諜報機関にも太いパイプを持っている。後藤三佐もまたこの人脈の中でカービィ准将と国防に関する様々な情報を交換、時には非公然に協力し合う間柄であった。

 

 そのカービィ准将が、ウェイランド社を追い詰めるべく行動を起こした。

 当然のことながら、調査部別室に依頼された件以外にも様々な手段でウェイランド社を追求する“ネタ”を集めているのだろう。ここらでウェイランド社にきつい“灸”をすえることは、航宙自衛隊にとっても意義のあることであり、カービィ准将、ひいては米国植民地海兵隊に恩を売っておくのも、この依頼を遂行するには十分な理由であり。

 そのようなことをつらつらと、後藤三佐はゆっくりと紫煙を吐き出しながら思考していた。

 

「三佐。手っ取り早く適当な令状出してもらって、捜査機関に家宅捜索してもらった方が早いんじゃ」

「お巡りさんはマルユのシンパが多いからねぇ……事前に情報が漏れて肝心の物証を隠されたら意味ないし、ここは僕達だけでじみーに内偵を続けて、じみーに調査するしかないんじゃあない?」

 

 前述の通り、ウェイランド社は各国の政府機関に強い影響力を持っている。

 警察庁もまた例外ではなく、湯谷コーポレーション時代から様々な企業不正を“お目こぼし”されていた。

 故に、国内の捜査機関はまるで当てにすることは出来なかった。

 

「まあ、直ぐに結果が出るとは限らないし、ここはひとつのんびりと取り掛かろうじゃないの」

「はぁ……」

 

 昼行灯のような後藤三佐に、篠原ニ尉は何度目かわからない溜息を吐く。

 しかし、この呑気な上司が今まで任務に失敗したことはなく、優秀な諜報能力を有しているのを知っていた篠原ニ尉は、それ以上任務について文句を言うつもりは無かった。

 

「血で血を洗うスパイ戦にならなきゃいいですけど」

 

 篠原ニ尉がそう何気なく呟く。

 ウェイランド社にはその筋では悪名高い“渉外部第9分室”という部門があり、ウェイランド社が関わる様々な不正を隠蔽し、時には殺人や破壊工作も行う一国の諜報機関と言っても差し支えない規模であった。

 今回カービィ将軍から依頼された件は、その渉外部第9分室と正面から殴り合う事態が想定され、篠原二尉は不安な思いに囚われていた。

 そんな篠原ニ尉に、後藤三佐はぼんやりとした調子でそれに応えた。

 

「だからさ、それも含めてのんびりやろうって事だよ。とりあえず、ここの耐食建材の納入ルートから探ってみようか」

 

 後藤三佐は再びうまそうに紫煙を吐き出し、手元のタブレットを指しながら篠原ニ尉へ不敵な笑みを浮かべた。

 のんびりとした調子ではあったが既に調査の取っ掛かりを見つけていた後藤三佐を見て、篠原二尉はこの優秀な上司のやり方は基本的には間違いは無いのだと、そう思って苦笑いを返していた。

 

 

「ところで三佐。ここは無害タバコでも禁煙なんですが」

「堂々と吸うのが良いんだよ」

 

 

 翌日。

 禁煙区域で喫煙を行ったとして、始末書を提出する後藤三佐の寂しげな姿が防衛省内で見られたという。

 

 

 

 

 

 

 

 



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Chapter18.『Marines:Infinity War』

 

「どうやら精錬所にチャーリー中隊の生き残りがいるようです」

 

 薄暗いオフィスの中で、無機質な声質を備えたヒューマノイド……ウォルターが、滔々と口を動かす。

 機械音声のようなその声を、椅子に深く腰をかけた一人の男性が、ウォルターをじっと見つめながら聞いていた。

 

「ジャングルや居住区のゼノモーフが精錬所に集結しています。概算ですが、800匹程度は集まっているかと」

 

 手元のタブレットに目を落としつつ抑揚の無い声で応えるウォルター。男性は予想以上のエイリアンの数にやや驚きが混じった声を上げた。

 

「何故、それほどの数が?」

 

 男性の問いに、ウォルターは少しだけ諧謔味を帯びた笑みを浮かべた。

 

「復讐でしょう。恐らく、ハンター型クイーンの“駆除”をしたのが彼らでしょうから」

「……君の口から復讐なんて情緒ある言葉が出るとはな」

 

 男性は意外そうにウォルターを見つめる。ヒューマノイドはただ黙って口角を引き攣らせていた。

 

「どうしますか?」

 

 今度はウォルターが男性に問いかける。数瞬考え込む素振りを見せた男性は、ややあってその彫りの深い口元を動かした。

 

「光学迷彩タイプを監視につけろ。どうなるにせよ我々はこのまま静観だ。まあ、例の女性型ハンターの生きた標本は欲しいがね」

 

 椅子の背もたれを軋ませながら、男性は自身のタブレットに目を落とす。異星人のテクノロジー、そしてその生体には非常に興味が尽きないところであったが、彼にはそれよりも重要な使命があった。

 男性の言葉を受け、ウォルターは慎ましく頷く。

 

「承知致しました。ですが、イレギュラーが近づいています。それと、植民地海兵隊第501大隊アルファ中隊の残党もまだ周辺に残っています」

「アルファ中隊の排撃は完了したのではないのかね?」

「研究所内は我々が掌握しておりますが、周辺までは。もっとも、研究所周辺のゼノモーフと戦闘を継続しているようですので、いずれは無力化するかと」

「……これ以上戦闘用ヒューマノイドをすり減らすわけにもいかん。そちらも静観だ。ハンター達への備えも必要だしな」

「承知致しました」

 

 ギシリと椅子を軋ませた男性は、諸々の指示をウォルターへ下すと重たい息をひとつ吐いた。

 彼には重要な使命がある。

 その為に、わざわざこうして数年前からこの未開の星へと赴いているのだ。

 

 男性は鋭い目つきでウォルターを見やると、再びその重たい口を開いた。

 

「解析にはあとどれくらいかかる?」

「“大脱走”の煽りを受けて破損したメインコンピューターの修復がまだ完了しておりません。少なくとも、あと一週間は」

 

 ウォルターの受け答えに、男性は再度重たいため息をつく。収容し、生育していたエイリアン達の反乱は、彼の計画を狂わせる大きな障害となっていた。

 

「もっと急がせろ。それと、“第一王女”の状態は?」

「現在低温睡眠状態です。神経デバイスで活動状況を擬態していますので、他のゼノモーフ達は第一王女が我々の手中にあることを察知できないでしょう」

「産卵は出来るのか?」

「……難しいですね。“大脱走”で産卵管を構成する器官に損傷を受けています。もう、“彼女”は“子供”を産めません」

「利用価値が薄れたな。しかし生きた標本は多いに越したことはない。そのまま維持しろ」

「承知致しました」

 

 やや憐れみを込めて答えるウォルターだったが、男性は冷静に指示を下すだけだった。

 オリジナルを含めた4体のクイーン。内、1体は既に“駆除”され、もう1体も使い物にならないこの状況に、男性は増々ため息を深くした。

 

「本社は相変わらずか?」

「はい。先月の“大脱走”以降、計画の中止とBG-386の各施設の封印、そして早期撤収を指示しています」

「CEOはこの13年で随分と臆病になったものだな。余程カーター・J・バークの件が堪えたと見える」

「LV-426への投資回収はまだでしたし、隠蔽工作に相当の資金を投じましたから仕方がないかと。特別損失が過去67年で最大となりましたし、内部留保資金も大幅な減少となっています」

「経営者としての判断か……愚かなものだ。この計画は、たかが一企業(・・・・・・)の損益で収まる話ではないのに」

 

 男性は自身が所属する組織に失望を隠そうともせず、その重たい口を動かし続けている。

 ウォルターは、その様子を無表情に見つめていた。

 ややあって、男性はその鋭い瞳に光を宿しながら、胸の内に秘める野望を燻らせた。

 

「まあいい。せっかくCEOが植民地海兵隊の派遣要請までしてくれたのだ。我々(・・)は、せいぜいそれを有効活用するだけだ」

「……やはり、本社の指示に反するのはリスクが大きいのではないでしょうか」

「今更後戻りは出来ない。それに、言うことを聞かない我々を正体不明の武装組織と偽ってまで“口封じ”をしようとしたのだぞ。もう分水嶺はとっくに通り過ぎている」

 

 重たい腰を上げ、椅子から立ち上がる男性。

 自身が所属する組織……ウェイランド・ユタニ社との対決を明確に決意した男性の瞳には、その狂気が反映された湿った炎が燃えていた。

 

「ゼノモーフも、ハンター達のテクノロジーも、全てはこの計画の副産物にすぎん」

 

 オフィス内の大型モニターを見つめる男性。そこには、BG-386に秘匿され続けていた異星人達の遺跡が映し出されていた。

 様々な機器をたずさえた研究員と思わしき白衣の人間達がせわしなく遺跡へ出入りしている様子を、男性はじっと睨むように見つめている。

 

「ピーターの計画……“プロメテウス計画”は、人類が次のステップに到達する為のものだった。だが、私はその計画をそのまま引き継ぐつもりはない」

 

 狂気的な光を宿し続ける男性の瞳を、ウォルターは黙って見つめている。先程の諧謔味を帯びた笑みは失せ、能面のような無感情な表情を浮かべていた。

 

「人類は、この宇宙で唯一無二の存在でなければならない。始祖である“エンジニア”達をも越える、超大な存在に」

 

 やがて男性はウォルターの方へと振り返る。

 男性はウォルターの目を見ていたが、見つめる瞳には人類がこの宇宙の全てを支配する壮大な野望の光景が広がっていた。

 

 

「その為の第一歩が、我々の“デウカリオン計画”なのだ」

 

 

 

 

 

 

──────────────

 

 惑星BG-386

 精錬所宿泊施設内

 

「ん……」

 

 むわっとした性臭が漂う部屋の中で、エミリオは目を覚ました。

 横たわるベッドのシーツは淫らな芳香を放つ体液で濡れており、その香りを嗅いだエミリオは僅かに頬を赤くしていた。

 

「うう……どうしてこんなになるまで……」

 

 横になりながら、エミリオは自身の額に手を当て深くため息をつく。エイリアンの大群に襲われている危機的状況なのに、自分だけが愛しい伴侶と激しく交わっているのは、改めて非常識な行いだと深く反省していた。もはや、何度目か分からぬ反省であったが。

 

「kyuー……kuuー……」

 

 ふと、自身の傍らで可愛らしい寝息を立てる異星人の乙女の姿が目に入る。

 エミリオの胸を枕に、その大きな身体を猫のように丸めて、すぴすぴと幸せそうに眠る異星人の乙女……シシュ。

 安心しきったその寝顔を見て、エミリオは表情を緩ませながらシシュの頭を撫でていた。

 お互い下着ひとつつけていない、生まれたままの姿。大きな乳房が、エミリオの身体に密着し、その淫らな体温を感じたエミリオのペニスは、寝起きの朝立ちもあってかむくりと血を巡らせていた。

 

「ああ……シシュ……」

 

 スパイシーで香ばしいシシュの淫らな体臭を吸い込むエミリオ。

 しっとりと濡れたシシュの肉体から感じる熱い体温と共に、エミリオの脳髄をジンジンと痺れさせていった。

 

「シシュ……」

 

 エミリオは胸元のシシュの頭を抱き抱くと、その濡れた顔に口づけをする。

 ちゅ、ちゅ、と啄むようにシシュの目元、爪上口器に口づけをし、慈しむようにその頭を撫でた。

 

「krr……?」

「ちゅ……おはよう、シシュ」

 

 くりくりとした寝ぼけ眼をエミリオに向けるシシュ。微笑みを浮かべ、自身を愛でるエミリオを見てもじもじと恥ずかしそうに身体を捩らせた。

 

「シシュ、こっち向いて?」

「kyu……krr……」

「ほら、舌出して。ね?」

「kyuu……」

 

 エミリオに促され、おずおずと口器を開き舌を出すシシュ。ピチャ、と水音を立てながら、エミリオとシシュは互いの舌を絡ませていった。

 

「ん……んちゅ……」

「kchu……kyuu……」

 

 ピチャ、ピチャとねっとりと互いの舌を絡ませる。

 つう、と糸が引き、顔を上気させたシシュはくぅくぅと甘い顫動音を鳴らし、エミリオの胸元に顔を埋めた。

 

「良い子……僕の、およめさん……」

「krrrr……」

 

 シシュの頭を優しく撫で、エミリオは異星の乙女の熱い体温を感じ続ける。

 すりすりと自身の胸元に顔をこすりつけるシシュがたまらなく愛おしく。庇護欲と独占欲がないまぜとなったエミリオは、自身の下腹部から熱い獣欲が湧き上がってくるのを感じていた。

 

 エミリオは、滾った情欲をぶつけるべく、シシュの下腹部へと手を伸ばし──

 

「ッ!?」

「grr!?」

 

 サイレン音が鳴り響く。

 耳を貫かんばかりの警戒警報が、宿泊施設全体へ鳴り響いていた。

 

「……シシュ。準備をしよう」

「grrー……」

 

 エミリオは素早く身体を起き上がらせると、手早く衣服を身に付け装具を取り付ける。

 シシュはぶすっとした表情を浮かべていたが、鳴り響くサイレン音に急かされるように装具を装着し始めた。

 武装を整えた地球と異星の番。

 エミリオからは先程までの甘く、恋情に溢れた空気は一切消え失せており、その闘争心を滾らせながらライバック達が待つ制御室へと足を向けていた。

 

「krr」

「っと。どうしたのシシュ?」

 

 勇んで部屋から出ようとしたエミリオの袖を、唐突に掴むシシュ。

 その顔は無骨なマスクで隠れており、乙女の急な行動にエミリオは不思議そうな表情を浮かべていた。

 

「krr……エミ、エミリオ……」

「シシュ、急がないと」

 

 エミリオの袖を掴みながらもじもじと恥じらう異星の乙女。マスクに隠れて見えなかったが、その表情は薄く朱を差していた。

 完全武装の異星の乙女が見せる妙なギャップに、エミリオは少しだけ表情を緩めていた。

 

「ツヅキ、アトデ、シテネ?」

「……」

 

 乙女の無垢なおねだりに、エミリオは少しだけ驚きと、羞恥が混ざった表情を浮かべていた。

 

 

 

 

──────────────

 

「信じられん。30メートル先だ」

 

 ラップトップコンピュータを睨みつけながら、ライバック伍長は切迫した表情を浮かべている。

 制御室には第三小隊の面々が集まっており、エイリアンの侵入に顔を強張らせていた。

 

「ライバック、ゲートは破られたのか?」

「少尉、信じたくありませんが、そうだと判断するしかありません。エントランスのセントリーガンが射撃を開始しています」

 

 ライバックの声と共に、制御室にはセントリーガンの射撃音、そして無数のエイリアンの甲高い断末魔が漏れ聞こえている。

 ゲートをこじ開けたエイリアンの群れを、4基のセントリーガンが猛然と砲火を上げ迎撃していた。

 

「ちきしょう……! あいつら仲間の死体を使ってゲートをこじ開けやがった!」

 

 ゲート前を映したモニターを見て、パクストン上等兵が苛立たしげに唸り声を上げる。

 見れば、厚さ300mmの鋼鉄製のゲートは、エイリアン達のおびただしい死骸が打ち付けられており、その強酸性血液を大量に浴びて大穴が空いている。その大穴へ、無数のエイリアン達が続々と入り込んでいた。

 

「酸の血液は死んだら中和されるんじゃなかったの?」

「ハッ。コナー、おめえよく考えてみろよ。こいつはカミカゼ・アタックみてえなもんだ。新鮮な酸をぶっかける為に相当のエイリアン共が“志願”したんだろうぜ」

「……動物のくせにナマイキだね」

 

 コナーの問いかけに乾いた笑いを浮かべながらパクストンが答える。20世紀に東洋を支配した大帝国が、その終焉の際に見せた狂気の特攻。エイリアンもまた、このような狂気的な献身により丹念に補強したゲートを突破していた。二日も経たない内にゲートが突破されたことは、コナーにとっても予想外だった。

 

 エントランスでは4門のセントリーガンが絶え間なく火線を浴びせている。

 モニターではセントリーガンの砲口から吹き出す閃光で画面が白くなっている。その砲火に怯むことなく、エイリアン達はひしひしとエントラスへと押し寄せていた。

 

 閃光、飛び散る酸の血液とキチン質の肉体、甲高い断末魔。

 敷き詰められた床タイルはエイリアンの血液でぼこぼこと穴が空いていったが、同時に積み重なるエイリアンの黒い死骸で覆われていった。

 

「25メートル……C砲、D砲の残弾は約70%。EとFももうすぐ」

「早すぎるぜ……!」

 

 ライバックは冷静にラップトップコンピュータのディスプレイを見ていたが、パクストンは狂人のような目でエントランスを映すモニターを見つめる。

 雷のような発砲音が間断なく鳴り響き、その合間にはエイリアンの甲高い断末魔が響く。

 地獄のオーケストラは、エミリオ達の精神を徐々に追い詰めていった。

 

「スコット、ロスは動かせるか?」

「なんとか。ただ、まだ自力では立ち上がれません」

「背負えるように固定具を付けてくれ。パクストン、ロスを頼めるか?」

「了解しましたよ。地球までお姫様をエスコートしやしょう」

 

 パクストンは焦燥した顔を無理やり引き攣らせながら応える。ロスは不安と申し訳無さが入り混じった表情を浮かべていた。

 

「少尉……あの、あたし」

「ロス。君だけ置いて脱出はしないよ。そんなことしたら、シシュに怒られてしまう」

 

 不安げな表情で見つめるロスに、エミリオは優しげに声をかける。シシュは厳つい顫動音を鳴らしながらロスの頭へ手を置いた。

 

「grrー。イッショ!」

「あぅ」

 

 ぐりぐりと乱暴にロスの頭を撫でるシシュ。ロスは顔を顰めたが、異星の乙女の乱暴な優しさを甘んじて受け入れていた。

 その様子を、スコットは冷めた目で見ていた。

 

「Dは残り50%」

「頼む! もってくれ! お願いだ!」

 

 パクストンの悲痛な叫び声が上がる。

 だが、セントリーガンの残弾は無慈悲なまでに減っていく。

 エミリオは自身のパルスライフルを構え、マガジンを装填した。

 

「皆も装填してくれ。ライバック、非常脱出口はどうなっている?」

「そちらの動きはありません。E、Fは40%」

「……シシュ、準備は良い?」

「grr!」

 

 エミリオに倣いシシュもまた自身の装備を点検する。

 ショルダープラズマキャスターが機械音を鳴らしながら、獲物を探し求めるようにその首を振っていた。

 

「少尉。本当にシシュちゃんは頼りになるんですか?」

 

 コナーがパルスライフルのコッキングレバーを操作しながら疑問を上げる。

 レーザーネットなど様々なオーバーテクノロジーを持つシシュであったが、その技術力に見合った実力を持っているのか。

 大きな体躯を持つわりに子猫のような愛嬌を見せるシシュ。果たして、この異星の乙女が足並みを揃えて戦えるのか、コナーは訝しんだ表情を浮かべていた。

 

「近接戦闘なら僕でも敵わないよ。それに、シシュは随分前から奴らと戦ってたみたいだ。むしろ僕らが足を引っ張りかねないよ」

「そ、そうですか……よし。シシュちゃん、頼むよ!」

「grr!」

 

 ジャキンッ! と無骨なリストブレイドを出しながら、シシュは得意げに胸を張る。

 その様子にコナーは苦笑しつつ、シシュの胸に拳を当てていた。

 

「全門20%を切った」

「ちきしょう……とめらんねえ!」

 

 モニターからは相変わらず4基のセントリーガンが放つマズルフラッシュで白色に染まっている。

 高速徹甲弾がエイリアンの四肢を吹き飛ばし、脳漿を爆ぜ、グロテスクな内臓を細切れにする。

 仲間の死骸を踏み越え、狂ったように進軍を続けるエイリアン。

 そして、それを阻み続けるセントリーガン。

 

 だが、この狂気の光景も、もう間もなく終わりを迎えようとしていた。

 

「C砲の残弾50……20……0! Eも20……0!」

「くっそ!」

 

 ラップトップコンピューターからアラーム音が鳴り響く。

 徹甲弾を撃ち尽くしたセントリーガンはその砲門から硝煙を漂わせ、虚しく標的へと標準を向けていた。

 パクストンはロスの元へ駆け寄ると、勢いよくその小柄な身体を背負う。

 ライバックもディスプレイから目を離し、自身のパルスライフルを構え制御室のドアへと向かおうとした。

 

「待て!」

 

 だが、エミリオがエントランスを映したモニターを見ながら制止をかける。

 見れば、硝煙が立ち込めるエントランス内では動いているエイリアンの姿は無く、黒々とした屍だけが取り残されていた。

 

「食い止めたんだ……!」

 

 エミリオの力強い言葉が制御室に響く。

 ゲート前を映すモニターでは、エイリアン達が文字通りしっぽを巻いて退散する様子が映し出されていた。

 ラップトップコンピューターのディスプレイでは、D砲が24発、F砲は10発を残し、残りの2門は残弾切れの表示が点滅していた。

 

 紙一重でエイリアンの侵攻を食い止めた4基のセントリーガン。

 もしこれらが人の人格を持っていたとしたら、エミリオは迷わずシルバースター勲章を申請していたところだろう。

 それほどの歓喜と安堵が、制御室内にいる海兵隊員達に広がっていた。

 

「本当だ……!」

「ひとまず凌いだわね……」

「やったぜ! おととい来やがれってんだ!」

「ちょ、やだぁ、パクストン!」

 

 感極まったパクストンがロスの頭をガシガシと掻き、その柔らかな頬へキスをする。

 ロスは嫌がる素振りを見せるも、その顔は安堵に満ちた表情を浮かべていた。

 

「grrrr……」

「シシュ。ここは喜ぶとこだよ」

「krrー……」

 

 シシュは大暴れが出来なかったのを受け不満げに顫動音を鳴らす。

 そんな不完全燃焼な異星の乙女に、エミリオがその腰をポンポンと叩いて慰める。エミリオに慰められている内に、乙女はマスクの下でふにゃりと口器を垂れさせていった。

 

「……でも、次は楽に止められないね」

 

 一人黙っていたコナーが、重い息と共に吐いた言葉に一同は再び緊張感を漂わせる。

 エイリアンの死骸で山積みとなったエントランスでは、わずかに残弾を残したセントリーガンが2基あるだけ。

 エントランスからこの制御室までの通路では、丹念に拵えたとはいえ所詮急ごしらえのバリケードで塞がれているだけだった。

 

「あいつらはこちらが弾切れを起こしているのを知らない。別の侵入経路を探すはずだ」

「時間が稼げますね。非常脱出口から来られると厄介ですが」

「そちらは僕たちが見張りに立つよ。シシュがいればエイリアンが侵入して来た時も対処しやすい」

「む……確かに、その通りですが……」

 

 ライバックは危険な場所に率先して立つエミリオにやや難色を示すも、この中で1、2位を争う戦闘力を持つカップルが非常脱出口の見張りに立つのは理にかなっていた。

 ため息をひとつ吐いたライバックは、エミリオの白濁した片目を見つめながら了承の意を返した。

 

「了解しました少尉。とりあえずエントランス前の通路にも見張りを立てましょう。あそこには監視カメラは無いですし」

「そうだね。ライバックはここで監視を続けてくれ。スコットはロス用の背負い子を作成。コナー、パクストン、通路の監視を頼むよ」

 

 ライバックの提案を受け、エミリオは兵士達にテキパキと指示を下す。コナーとパクストンはエミリオにしっかりと頷き、ライフルとモーショントラッカーを抱え制御室のドアへ向かった。

 

「二人共。疲れているとは思うが気を緩めるなよ」

「ああ」

「わかったぜ。でも、これであいつら懲りたんじゃねえかな?」

「パクストン。それはあいつら次第だよ。行くよ!」

 

 静かな戦意を秘めた女機関銃手と、お調子者のエンジニア兵が通路へと向かう。

 モーショントラッカーのブツ、ブツという探知音が、まだこの戦争が終わっていないことを暗示していた。

 

 

 

 

 

 

──────────────

 

 なあリプリー、あんた前にもこのバケモンと戦ったことがあるのか?

 

 ええ、あるわ

 

 そいつはすげえな……で、結局その時はどうなったんだ?

 

 フフッ。どうなったかですって?

 

 

 

 

 

 

 

 死んだわ

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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Chapter19.『Parasite』

 

 USA

 バージニア州ノーフォーク

 植民地海兵隊総軍司令部

 

 

「来客?」

 

 デスクにそなえつけられたテレフォンスタンドに来客を告げる音声が流れる。

 忙しなくデスクワークをこなしていた植民地海兵隊フランクリン・カービィ准将は、怪訝な表情を浮かべつつ秘書官に言葉を返した。

 

「本日の来客予定は無かったはずだが」

『申し訳ありません。こちらもアポイトメント無しの来客だったので断ろうと思ったのですが、その……』

 

 電話越しに躊躇いがちにカービィ将軍へ応答する秘書官の女性。突然の来客対応にはそれなりに経験値があるはずの彼女であったが、ここまで躊躇するのは珍しいことであった。

 尚も訝しみながら続きを促すと、秘書官の口から意外な名前が出る。

 

『クロサワ、と言えば分かるとの一点張りで』

「ッ!? 直ぐにお通ししろ! それから、応接中は誰も通すな!」

『は、はい。承知致しました』

 

 通話を切り、慌てて書類を整理し応接準備を整えるカービィ准将。

 一通りの準備を整えた直後、件の人物が快活な空気を纏わせながらカービィ准将の前に現れた。

 

「よう、フランク」

「マスター! どうして!」

 

 立ち上がり驚愕が混じった声を上げるカービィ准将に、フレンドリーに話しかける一人の老人。

 その出で立ちは革のジャケットにジーンズで、オールバックの白髪頭、彫りの深い顔立ち、蓄えられた豊かな髭、鷹の目のような鋭い目つきを備えている。老人の立ち振舞いは壮年男性のそれと比較しても矍鑠としており、実年齢よりも若い空気を纏わせていた。

 

「なに、ちょいと野暮用で近くまで寄っただけだからな。弟子の様子を見るのは師匠の努めだろ?」

「はぁ……」

 

 カービィ准将のデスクの向かいに備えられた応接用の椅子に腰掛けるマスターと呼ばれた老人。

 戸惑いつつも、カービィ准将は水指しから来客用の飲料水をコップに注ぎ老人に差し出す。無言でコップを受け取った老人はぐいと水を飲み干すと、太く熱い息を吐き出した。

 人心地ついた後、カービィ准将は旧交を温めるかのように老人へ言葉をかけた。

 

「そういえばキングコブラに噛まれたという噂を耳にしましたが、存外に元気そうですな。本当に噛まれたので?」

「ああ、噛まれたよ。その後5日間苦しみのたうち回って──」

 

 老人はジャケットの裾を捲くる。すると、明らかに蛇に噛まれたと思われる生々しい傷跡が現れた。

 

「コブラが死んだ」

 

 腕を捲りながら、老人は諧謔味のある笑みをカービィ准将へ向ける。それを受け、カービィ准将は引きつった笑みを浮かべながら自身の椅子に座ることしか出来なかった。

 

「……マスター・クロサワの伝説に陰りはありませんな」

「いや、近頃は調子悪いよ。腰も痛えし字は見え辛くなってるし。もう年だな」

 

 マスター・クロサワ。

 本名は黒澤剛三。

 日本から帰化したアメリカ人。そして、古武術黒澤流を継承する武術の達人。

 世界中の軍隊や警察の特殊部隊、更にPMCやフリーランスの傭兵、企業のセキュリティーサービス、はては非合法の犯罪組織やテロリスト、惑星植民地を根城とする海賊集団にまで弟子を持つ伝説の武人。

 暴力を生業とする全ての裏の人間が知る伝説の存在は、その経歴に見合わなぬ柔らかな物腰でカービィ准将へ相対していた。

 

「マスター。貴方はとっくに引退した人間だ。その貴方がここに来るというのは、何か重要な話があってのことではないですか?」

 

 カービィ准将は居住まいを正しながら鋭い視線でクロサワを見る。

 事実、引退してからは半ば世捨て人のような生活を送るクロサワが、ここ植民地海兵隊の本部、それも情報組織を統括する自身に何も用件が無く会いに来たとはとても思えず。

 カービィ准将の言葉を受け、ポリポリと後頭部を掻いたクロサワはそれまでの笑みを消すと、カービィ准将よりも鋭く、射抜くような視線を返した。

 

「“スターゲイザー”が動いているぞ」

「ッ!?」

 

 クロサワの口から語られた“スターゲイザー”という言葉。

 カービィ准将はその“組織”を多少なりとも知っており、予想外のその名前に動揺を隠せずにいた。

 

「お前さんが今進めているウェイランド社の追い出しは、ちと派手に協力者を募りすぎたな。おかげで世界中のその筋が大凡の話を知っているぜ」

「それは折込み済みです。我々の決意表明でもありますから。しかし、マスターも大体のことはご存知のようですな」

「まあな。本当は関わるつもりはなかったんだが、孫の命がかかっているとなればそうもいかねえ」

 

 マスター・クロサワの実孫、エミリオ・クロサワ。

 彼がBG-386に派遣された部隊にいる以上、いつかはクロサワが自身を訪れるとカービィ准将は予想はしていた。

 だが、かの口から語られた組織の名は、さすがのカービィ准将も予想することは出来ず。

 顎に手を当て、深く体を沈ませながら椅子を軋ませるカービィ准将。これから起こり得る様々な事態に対処するべく、その頭脳を働かせていた。

 

「しかしスターゲイザーとは……」

「21世紀の頃に比べたらだいぶ規模は縮小しているがな。その分ディープな性格になっちまってるらしいが。まあ奴らが動いているってことは、お前さんが思っている以上にこの件は深刻だってことだ」

「彼らが動いたということは、やはり“ハンター型異星人”が絡んでいるということですか?」

「だろうなぁ。俺もそこまで詳しくは知らねえけどよ。ただなぁ……」

 

 クロサワはカービィ准将と同じように椅子に深く腰を落とす。憂いを帯びたその表情を、カービィ准将へ向けた。

 

「このままじゃエミ坊もリンのバカタレも、無事に帰ってくる保証はねえってことだ」

 

 BG-386へ向け出撃した第13独立部隊。

 その中核を成す一騎当千の強者であるリン・クロサワ中尉。彼女もまた、マスター・クロサワが手ずから育てた弟子の一人であり、愛すべき孫でもあった。

 クロサワはずいと体を乗り出し、カービィ准将の眼を真っ直ぐに見据えた。

 

「フランク。ショウの嬢ちゃん……今はいい年こいたオバハンだが、俺は嬢ちゃんにでけえ貸しがある。間に入るから、一旦手打ちにしねえか?」

「それは……!」

「ウェイランド社の連中だけでもなんとかしねえとよ。スターゲイザーは独自の戦闘部隊をBG-386に送り込んだって話だ。ちょうど、お前さんがリン達を送り込んだのと同じタイミングで」

 

 次々と語られる想定外の事実に、カービィ准将の脳髄の温度が上がる。額に薄い汗をかくと、軍服の袖でそれを拭った。

 それに構わず、クロサワの言葉は続く。

 

「リン達とかち合うと不味いぜ。奴らは目撃者を一切残さねえ」

「シェーファー少佐の部隊が遅れを取るとは思えませんが……」

「普通の殴り合いならな。ただ、奴らは核を持ち込んでるって話だぞ」

「なんと……!」

 

 更に語られし想定外。22世紀の現状、核兵器の使用は議会の承認を得ず現場の判断で行使可能な状態ではあったが、その管理は旧世紀から依然変わらず厳重に行われている。

 おいそれと気軽に持ち出すことは植民地海兵隊でも難しく、非公然の組織がそれを常備しているとは信じられないことであった。

 だが、カービィ准将は自身の師匠であり、世界中の裏の情報に精緻するクロサワの言葉を疑うことはせず、すぐに次の一手を打つべく思考を巡らした。

 それは、自身の宿敵であるウェイランド・ユタニ社との一時的な同盟も視野に入れたものであった。

 

「まごまごしてると先を越されるぜ。今は奴らも敵同士だが、スターゲイザーとウェイランド社が手を組んじまったら“詰み”だ。そうなる前に、ウェイランド社も使って奴らに圧力をかけるんだ。核が使われちまったら曾孫の顔が拝めねえ」

「……マスター。貴方のおかげで計画を大幅に修正する必要がありそうです」

「そこはしょうがねえだろ。むしろ、リークしてくれた俺の弟子達に感謝してほしいね」

 

 やがて椅子から重たそうに立ち上がるマスター・クロサワ。

 ぐぐっと腰に手を当て、背筋を伸ばすと改めてカービィ准将へ顔を向けた。

 

「後藤の小僧にも声かけてんだろ? 話を通しておいてくれ。東京でのセッティングは小僧に任せればいい。あいつのことだ、ショウの嬢ちゃんが逃げられねえネタを十分に集めてるはずさ。お前さんから伝えれば小僧も嫌とは言わねえし」

「そういえば後藤三佐も貴方の弟子でしたな。いや、まったく……貴方がその気になれば、明日にでも世界の黒幕になれそうだ」

 

 世界中の裏組織に弟子を持つマスター・クロサワに、カービィ准将は畏れが籠もった眼差しを向ける。

 クロサワは、にやりと口角を上げながらそれに応えた。

 

 

「俺はそういうのは興味ねえよ。今はただ、孫の無事を願い奔走する一人の老人さ」

 

 

 また連絡すると言い残し、オフィスから去る老武人の後ろ姿を、カービィ准将は黙って見つめていた。

 

 

 

 

 

──────────────

 

 BG-386

 精錬所宿泊施設

 

 精錬所にて籠城を続ける第三小隊の生き残り達。

 設置したセントリーガンの殆どを撃ち尽くす程の激戦は、ひとまずはエミリオ達の勝利で終わった。

 だが、一時の勝利は次の襲撃時に鋼鉄の雨で防衛することが不可能という事実を表していた。

 

「あと5日か……」

 

 モニタールームに備え付けられた監視ディスプレイの前で、ライバック伍長は深く息を吐く。

 エントランスでの激しい攻防から一日経過していたが、新たなエイリアンの襲撃は無く。

 このまま救援隊が到着するまでの5日間、果たしてこのままやり過ごすことが出来るのだろうか。

 百戦錬磨の海兵隊員は、まんじりとした不安を抱えながらディスプレイを注視し続けていた。

 

「ライバック、交代だよ。状況は?」

「少尉」

 

 ふと、モニタールームにエミリオの声が響く。

 顔を上げたライバックは、エミリオとその後方にぴったりと張り付くシシュの姿を見とどめた。

 ライバックからは見えなかったが、シシュはエミリオの上衣の裾をきゅっと摘んでおり、まるで迷子にならないように親にしがみつく幼子のような様相を呈していた。

 もっとも、無骨なマスクで表情は見えないのだが。

 

「現状外周モニターにエイリアンの姿は見受けられません。このまま諦めてくれたら良いのですが……」

「それは無い。もう一度、奴らは来るよ」

 

 ライバックの希望的観測を即座に切り捨てるエミリオ。

 エイリアンの再来襲を予言するエミリオに、ライバックはやや固い表情を浮かべながら言葉を返した。

 

「だとしたら接近戦になりますね。バリケードがどれだけ持つかにもよりますが」

「その時は僕とシシュが前面に出るよ。ライバックは脱出経路の確保を意識しておいてくれ」

「少尉……」

 

 やや刹那的な言を述べるエミリオに、ライバックは更に顔を顰めながら若い少尉を見つめる。

 エミリオはややばつが悪そうにライバックへと視線を返した。

 

「無茶はしないよ。むしろ、シシュの足を引っ張らないようにおとなしく立ち回るよ」

「krrー。エミリオ、ツヨイ。シシュ、アンシン」

「うん、シシュも強いから安心だね」

「krrー……」

 

 ぽやぽやと呑気な調子を見せる異星のカップル。ライバックはいわゆる“バカップル”ぷりをまざまざと見せつけられ、それまでの緊張感がみるみる萎えていくのを感じていた。この非常時ではむしろ頼もしさを感じさせる物ではあったが。

 

「はぁ……とりあえず、自分は休ませてもらいます……」

「うん、しっかり休んでくれ」

「grr! ヤスンデクレ!」

「了解しました……」

 

 それまでの疲労感に加え、何だかよくわからない倦怠感に包まれたライバックは重たい足を引き摺りながら自身に割り当てられた部屋へと向かっていった。

 

「ライバック、疲れてたんだな……」

「krrー……」

 

 その後姿を心配そうに見つめる一人の天然青年士官と一匹のゆるふわ異星人乙女。彼らが持つ戦闘力は宿泊所で籠城する屈強な兵士達の誰よりも強力であり、その双牙は無数のエイリアンを鏖殺することを可能たらしめていた。

 エミリオは先程までライバックが座っていた席につくと、後ろから覆いかぶさるように抱きつくシシュの頬を揉む。

 いつのまにかマスクを外していたシシュは、気持ちよさそうにその長い睫毛をくりくりと揺らしていた。

 

「シシュ、奴らはいつ来ると思う?」

「krr?」

 

 わしわしとシシュの頭を撫でながら、ディスプレイを注視するエミリオ。

 愛しの伴侶の何気ない問いかけに、シシュは少しだけ首をかしげた。

 

「ワカンナイ。デモ、スグクル」

「そっか……」

 

 きゅっとシシュの腕を握る。これからまた凄惨な修羅場が起こることを想像したエミリオは、不安と恐怖がないまぜになった感情が湧き上がるのを感じていた。

 部下達、今となっては孤独で絶望的な戦いを共にする戦友達。誰一人として、失いたくない。

 

「krr……」

 

 そして、この不器用だが優しく、強い、それでいて弱さも持つ愛しの乙女。

 この存在だけは、何に変えても守らなければと、エミリオはきつく唇を噛み締める。

 だが、戦友たちと両天秤をかけなければならない事態が起こったのなら──

 

「シシュ……」

「krrrrr」

 

 シシュは変わらず甘い顫動音を鳴らしながらスリスリとエミリオへ頬ずりしている。

 冷徹な覚悟を持つことは、若い海兵隊士官にとって非常に難しい。若い者にありがちな一時的な問題の先送りをすることしか、エミリオには出来なかった。

 

「krr……エミ、エミリオ……」

 

 そんなエミリオの心を感じているのか、シシュはただただ優しく抱擁を続ける。

 口器を僅かに広げ、おずおずとエミリオの頬に舌を這わせた。

 

「ん……」

 

 クチュ、と水音がひとつ。自身の頬に感じる生暖かい温度を感じ、エミリオは僅かに顔を上気させた。

 

「シシュ、今はだめだよ」

「krrー……」

 

 エミリオがシシュの頬を揉みながら優しく乙女の発情を抑える。乙女もまたこの状況化で盛るのが憚られたのか、それ以上行為をエスカレートせずおとなしくエミリオの言うことを聞いていた。

 

「……あ、あのさ」

「krr?」

 

 しばらくシシュの頬に手をあて、ディスプレイを見つめていたエミリオであったが、やがて顔を赤らめながら絞り出すように声を上げた。

 

「キ、キスくらいだったらいいよ……」

「kr!?」

 

 エミリオの言葉に、シシュは喜色がこもった顫動音をひとつ上げた。

 もう何度もケダモノのような交合を交わした間柄であったが、未だに初心さが抜けきらないこの地球人の男に、シシュは下腹に得も言われぬ多幸感が湧き上がるのを感じる。

 それだけ、自分をいつまでも大切に扱ってくれるのだと再認識した異星の乙女は、お預けを解除された飼い犬のようにエミリオにむしゃぶりついた。

 

「krr! grrr!!」

「わ、シ、シシュ!むぐっ!」

 

 思い切り口器を開き、全力でエミリオの口内へ舌をねじ入れるシシュ。

 

「ん、んむう、んんっ」

「grrr、grrrrr……」

 

 淫らな水音と興奮気味の顫動音が響く。侵入するシシュの舌を優しく自身の舌で受け止め、時にはシシュの口内へ自身の舌を優しく這わせるエミリオ。

 異星の乙女から香るむわりとした獣臭に、はやくもエミリオは自身の剛直が硬さを増していくのを感じ取っていた。

 

「んっ、ぷはっ……シ、シシュ。もうそろそろ止めようね……」

「grrrrrr……」

 

 エミリオの“お預け”に、シシュは厳つい唸り声を上げる。エミリオ以外が聞けば獰猛な肉食獣が獲物を前にお預けされたかのような恐ろしい唸り声にしか聞こえないが、エミリオは不満そうに頬を膨らませる可憐な乙女にしか見えなかった。

 

「grr!」

「うわっ」

 

 シシュは不満げな表情のままエミリオの膝の上に自身の大きな尻を滑り込ませた。

 ギシシッ! とエミリオが座る椅子が軋む音が響くも、耐荷重ギリギリのところでこの椅子は異星の番を支えていた。

 

「もう、シシュは甘えん坊さんだなぁ」

「krrrー……」

 

 大好きなエミリオの首に手を回し、椅子の上でお姫様抱っこのような姿勢になるシシュ。

 マスク以外の装具を身に着けたままだったので、常人ならば骨が圧砕されかねないほどの重量であったが、強靭な肉体を持つエミリオは身体に感じる乙女の重さを心地よく感じ、よしよしと乙女の頭を撫でた。

 

「krr……エミリオ、スキ……」

「僕も好きだよ、シシュ……」

 

 甘い時間を慈しむように、膝の上で猫のように甘えるシシュ。エミリオはただ優しくその頭を撫でていた。

 

 

「……?」

 

 不意に、モニタールームの片隅に、僅かではあるが物音が響く。エミリオは即座にその音の発生源に眼を向けた。

 

「なん──ッ!?」

 

 瞬間。

 エミリオの眼の前に、人間の手と蜘蛛の足をかけ合わせたかのような異形が飛び込んできた。

 

「シシュッ!」

「grr!?」

 

 エミリオは即座に膝の上のシシュを庇い、その異形を受け止める。

 

「ガッ!?」

「grrrrッ!?」

 

 だが、異形はエミリオに取り付くと即座にその長い尻尾のようなものを這わせ、エミリオの頸部をギリリと締め付ける。

 エミリオの肩幅もあろうかという醜悪な節足を広げ、獰猛なサソリにも似たその異形は、爛れた女性器にも似た経口から管を伸ばし、エミリオの口を犯すべく締め付ける力を強めていた。

 

「grrrーーッッ!!」

 

 怒気を孕んだ唸り声を上げ、シシュが異形を剥がすべくその尻尾を掴む。乙女の怪力により、僅かに異形の拘束が緩んだ。

 

「シシュッ!」

「ッ!?」

 

 だが、もう一匹の異形がこつ然と現れシシュへと襲いかかる。

 顔面へ一直線に張り付かれたシシュはたまらず床へ転がり異形の侵略に抗っていた。

 

「シ、シシュ……ッ!」

 

 万力の如き力で頸部を締め付ける異形と格闘しながら、エミリオは乙女の名を叫ぶ。

 みしり、みしりと肉が軋む音を響かせながら、玉のような汗を浮かべる。

 視線の片隅に、愛しい乙女が異形に犯されている光景が写り、エミリオは怒りと共に渾身の力を込める。

 

「ぐぅぅ……ッ! このぉ……ッ!」

 

 血管を盛り上がらせながら異形を引き剥がすエミリオ。

 みし、みしと異形が徐々に離れ、そのまま勢いをつけて異形を放る。

 

「ッ!」

 

 即座にホルスターから拳銃を引き抜く。

 ガウン! ガウン! と銃声が響くと、異形は四肢を断裂させながら絶命した。

 

「シシュッ!」

 

 異形が死亡したと同時にエミリオは踵を返しシシュの元へ駆ける。

 モニタールームに備えられたあらゆる物を破壊しつつ、異星の乙女はのたうち回りながら異形の侵入と戦っていた。

 

「少尉ッ!」

「一体何事なんです!?」

 

 そこへ、銃声を聞きつけたライバック達がが駆けつける。

 顔面に何かを張り付かせたシシュがのたうち回る姿を見て、ライバックが即座に乙女に駆け寄った。

 

「ライバック! こいつを剥がずのを手伝ってくれ!」

「了解しました! パクストンッ! こっちを手伝え!」

「了解!」

 

 三人がかりでシシュに取り付いた異形を剥がす海兵隊員達。

 ただでさえ規格外の剛力を持つエミリオに加え、屈強な海兵隊の膂力が加われば異形を剥がずのはさほど苦労は無く。

 

「いいぞ! このまま放り投げるぞ!」

 

 ライバックが引き剥がした異形を抱える。異形は尻尾を縦横に振り回しながら抵抗するも、ライバックはそれに構わずパルスライフルを構えるコナーへと目配せをした。

 

「いくぞ!」

「OKッ!」

 

 先程のエミリオと同じように異形を放おるライバック。宙に投げ出された異形へ向け、コナーは正確無比な射撃を叩き込んだ。

 

「死ねぇッ!」

 

 ガガガガガッ! とパルスライフルの砲火が上がる。異形の躰はズタズタに弾き飛ばされ、強酸性の体液を撒き散らせながら絶命した。

 

「シシュッ! シシュッ!!」

 

 エミリオが必死の形相を浮かべながら乙女を抱き抱く。

 シシュは意識を飛ばしており、エミリオは泣きそうになりながら乙女の巨体を揺さぶり続けていた。

 

「少尉、私が」

「スコット……頼む」

 

 スコットが救急キットを抱えながらエミリオとシシュへ駆け寄る。思うところはあれど、現状最強戦力であるシシュの容態を診るのを躊躇うことはせず、スコットは己の職務を全うすべく乙女の診断を開始した。

 

「こいつら一体どこから来やがったんだ……」

 

 異形の死骸を睨みながら、パクストンはやや怯えが籠もった眼差しを浮かべる。

 

「恐らくバリケードの隙間から侵入したんだろう。クソ、デカブツに気を取られすぎたな」

 

 ライバックが額に汗を浮かべながら異形の侵入経路を分析する。

 幅は50センチ、尻尾を含めた体長は1メートルはあろうかという異形。

 設営したバリケードは体長2メートルは超えるエイリアンを想定しており、この小型の侵入者を防ぐ想定はしておらず。

 

「少尉、シシュは気を失っているだけです。特に外傷はありません」

「そうか……良かった……」

 

 取り急ぎの診断を終えたスコットの報告を聞き、エミリオは安堵のため息を一つ吐く。

 気を失ったシシュの巨体を抱きすくめるエミリオの姿を、スコットは冷えた視線で見つめていた。

 

「とりあえずバリケードの隙間を塞ぐぞ。コナー、パクストン、充填材になるようなものを──」

 

 ライバックがそこまで言った刹那。

 

「ッ!?」

「なッ!?」

「なんだよこりゃッ!」

 

 唐突に、部屋の照明が消える。

 それまでの人工的なLEDの明かりが消え失せ、モニタールームは非常灯の赤い光だけが照らされた。

 

「電源を落とされたんだ……」

「電源を落とされたって、誰に?」

 

 エミリオの呟きに、パクストンは焦燥感を隠しきれずに言葉を返す。

 数瞬経って、パクストンは最悪の想像に思い至った。

 

「あいつらが落としたって言うんですかい!? 動物だぜ!?」

「コナー! パクストン! バリケードの様子を見てこい! スコットはロスをこっちに連れてこい!」

 

 即座にライバックが兵士達に指示を飛ばす。

 コナーとパクストンはそれぞれライフルとモーショントラッカーを抱えモニタールームから出る。

 スコットも自力で動けぬロスを連れてくるべく部屋を後にした。

 

「少尉、シシュは動けそうですか?」

「……だめだ、完全に気を失っている」

 

 エミリオが何度かシシュを揺り動かし、頬を軽めに叩くも、シシュは依然意識を落としたままだった。

 

「少尉、少尉はシシュを見ててください」

「ライバック……」

「シシュを抱えられるのは少尉だけですからね」

 

 ライバックはエミリオの瞳を覗きながら笑みを一つ向ける。頼もしい海兵隊員の笑みを見て、エミリオは幾分か落ち着きを取り戻していた。

 ライバックはそのままインカムを装着すると、バリケード前へ到達したコナーとパクストンへ通信を開始する。

 

「こちらモニタールーム。様子はどうだ」

 

 ライバックがそう言うと、パクストンが緊迫した声とモーショントラッカーのPi、Pi、という動体音が返ってきた。

 

『……ッ、何かいるぞ……! そこら中で動いていやがる!』

『パクストンの言う通りだよ。何かが侵入してきた』

「モニタールームに戻ってこい!」

 

 ライバックは即座にコナー達へ指示を飛ばす。そして、未だシシュを抱くエミリオに向け、パルスライフルのコッキングレバーを引きながらニヤリと不敵な笑みを向けた。

 

 

「さあ、戦争だ──!」

 

 

 百戦錬磨の兵士の不屈の闘志を受け、エミリオもまたふつふつと闘志が湧いてくるのを感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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Chapter20.『Shape of Water』

 

「早く中に入れ! 扉を溶接するぞ!」

 

 身につけた装具を鳴らしながらコナーとパクストンがモニタールームへ駆け込む。

 そのままライバックはバーナーで扉の溶接を開始した。

 

「コナー、お前も手伝え!」

「了解!」

 

 すぐさまコナーも溶接作業に加わる。

 扉の上下から、海兵隊員の必死の溶接作業が続けられていた。

 

「距離20メートル……15メートル! やべえぞ、どんどん近づいてくる!」

 

 モーショントラッカーのディスプレイを凝視しながら、パクストンが恐慌に塗れた声を上げる。

 ディスプレイにはおびただしい光点が点滅しており、エミリオ達のいるモニタールームへと迫りつつあった。

 

「くそ! 早すぎるぞ!」

「きっとバリケードを突破したんだ……!」

 

 ジリジリと溶接の火花を飛ばしながら、ライバック達も焦りを隠せずにいる。

 エミリオはナイフを取り出し、タクティカルベルトを器用に裁断しながらシシュ用の背負い紐を作っていた。

 

「よし……!」

 

 急ごしらえであったが、フル装備の乙女を支えるに十分な背負紐が完成する。エミリオは手早くシシュにそれを巻き付け、しっかりと乙女の巨体をその背に背負った。

 

「少尉、ロスを連れてきました」

「了解した。パクストン、ロスを頼めるか」

「りょ、了解しました……距離10メートル!」

 

 スコットがロスを背負いながら戻るのを確認し、エミリオはパクストンへ指示をしつつ、自身のパルスライフルを構えた。

 エミリオの言葉に、ディスプレイを強張った表情で見つめながら応じるパクストン。

 光点は扉のすぐ向こうまで迫っていた。

 

「パクストン、ごめん……」

「謝るくらいなら大人しく背負われててくれよ……!」

 

 いつものお調子者ぶりは無く、切迫した様子でロスが座る背負子を背負うパクストン。

 小柄な少女兵士は、ひしと自身の拳銃を握りしめていた。

 

「コナー! まだか!?」

「もうちょいだよ……!」

 

 扉ではライバックとコナーの溶接作業が続く。

 エミリオ達は武器を構え、後ずさりながらその様子を見守っていた。

 

「……いいよ! 終わった!」

「コナー! 下がるぞ!」

 

 扉の溶接が終わり、それぞれのパルスライフルを構えライバック達も扉から距離を取る。

 モーショントラッカーの動体音が響く中、海兵隊員達の緊張感は頂点に達しようとしていた。

 

「距離8メートル!」

「さー来い! ぶっ殺してやる!」

「接近戦だ、気をつけろ……!」

 

 各々が武器を構え、エイリアンの来襲に備える。

 扉のすぐ向こうで無数のエイリアンが蠢くのを想像したエミリオは、首筋に汗を一つ垂らした。

 

「シシュ、大丈夫だからね……!」

 

 ぐったりと己の背にもたれかかるシシュに、エミリオは静かに声をかける。

 傍からみれば大きなハンデを負った状態であったが、エミリオはそれを自身の負荷だとは露とも思わなかった。

 今はただ、愛しの伴侶をエイリアンの魔手から守り抜くのみ。

 若き海兵隊員の戦意は、この場にいる誰よりも高く、熱く燃え上がっていた。

 

 じっとライフルを構え続けるエミリオ達であったが、溶接された扉はピクリとも動かず、不自然な静けさを保っていた。

 

 

「きょ、距離6メートル……! ご、5メートル!?」

 

 パクストンが恐怖に塗れた叫び声を上げる。

 その言葉に、スコットもまた恐怖を籠もらせた声を上げた。

 

「それじゃ部屋の中じゃない!」

「だって見ろよ! 間違いなく半径5メートル以内にいるぜ!」

 

 ディスプレイを見せつけながらパクストンは恐慌しながらスコットへ応える。

 スコットはその美しい顔を更に恐怖で歪めていた。

 

「パクストン、探知機の故障じゃないかな?」

「んなわけねえだろ! こいつの事はよく知っている! 裏切るようなやつじゃないし気が狂うには単純すぎるんだ!」

「ご、ごめんなさい……」

「あ、いや、お前は悪くねえよ……」

 

 おずおずとパクストンへ声をかけたロスに、やや荒げた声で応えるパクストン。

 だが、しゅんと落ち込んだロスの様子を受け、パクストンは気まずそうに視線を落としていた。

 

「どこかに隙間があるの……か……も……」

 

 ふと、エミリオがそう呟きながら天井を見上げる。

 すると、僅かではあるが天井からはみしり、みしりと不気味に軋む音が響いていた。

 全員がエミリオと同じく天井を見上げ、その身を固まらせる。

 

「嘘でしょ……!」

「スコット! ライトを貸せ!」

 

 ライバックがスコットからフラッシュライトを引ったくるように受け取る。

 そのまま、即座に机を登り、天板へと手をかけた。

 

 ゆっくりと、慎重に天板を開く。

 そして、ライバックは暗闇の天井裏を、ライトで照らした。

 

 

 shaaaaaaaaaaaaaaa……!

 

 

「ウオオオォォォッッ!!??」

 

 ライバックが転げ落ちながらライフルを連射する。ライトに照らされた先には無数のエイリアンが蠢いていた。

 まるでコウモリのようにパイプや枠材の隙間にひしめき合い、ライトの光が届く限り濡れたシリコンのような黒々とした肌を輝かせ、列を成していた。

 ライバックの銃声が合図となり、エイリアン達が続々と天板を突き破りモニタールームに降り立つ。

 

「チキショウ! ぶっ殺せぇ!」

「オラアアアアアアアッッ!!」

 

 パクストンがモーショントラッカーを投げつけ、ライフルを連射する。

 コナーもまた咆哮をあげつつ自身のライフルのトリガーを引いた。

 

「kyuiiiiii!!」

 

 襲いかかるエイリアンの悲鳴が響く。

 四肢を断裂させ、黄色い体液を噴出させ、内蔵を撒き散らせた同胞の死体を踏み越える無数のエイリアン。それは、黒い津波となってエミリオ達に襲いかかっていた。

 

「オラァッ! 死にやがれぇッ!!」

 

 コナーがパルスライフルを連射し、エイリアンをズタズタに撃ち殺す。

 ライバックやエミリオもまた正確無比な速射を叩き込んでいた。

 

「死ねぇ! 死ねぇ!」

 

 だが、それとは対照的にパクストンが狂乱しつつライフルを連射する。またたく間に最初の弾倉を使い切り、狂乱の海兵隊員は刷り込まれた動作でマグチェンジを行っていた。

 

「パクストン! 弾丸は節約しろ!」

「ライバック! そんなこと言ってられねえよ! ウジャウジャ湧いてくんぞ!」

 

 狂乱の戦場は、もはや海兵隊員達に統制の取れた戦闘を許していなかった。

 半狂乱となったパクストンがライフルを乱射していると、背後から一体のエイリアンが鋭い鉤爪を振りながら襲いかかる。

 

「パクストンッ!」

「ッ!?」

 

 だが、銃声が響きエイリアンはもんどり打って斃れる。見ると、ロスが毅然とした表情で拳銃を構えていた。

 

「パクストン! 後ろは任せて!」

「お、おう!」

 

 硝煙を燻らせながらロスが快活な声を上げる。その言葉に、パクストンはやや冷静さを取り戻していた。

 

「くっ!」

 

 エミリオはライフルのトリガーを引きながら襲いかかるエイリアンを撃ち倒す。

 死角から襲いかかるエイリアンを研ぎ澄まされた勘を持って対応し、背中に背負ったシシュを守るべく戦っていた。

 戦いながら、エミリオはどうして奴らはこうも的確に獲物の位置がわかるのか、と益体もない事を考えていた。眼も耳も鼻も無いようにしか見えない。何か異質の感覚器官でも持っているのだろうか。いつの日か、どこかの科学者達がこの怪物を人為的に繁殖させ、その生態を解明するのだろうか──

 

(どちらにせよ、そんな事は僕抜きでやってくれ!)

 

 エミリオはエイリアンの生態についてこれ以上付き合う気にはなれなかった。頭を振りつつ、若き将校は背中に背負った乙女の命を守る為、パルスライフルのトリガーを引き続けていた。

 

「少尉! ここはもう駄目だ! 脱出しましょう!」

「……ッ! 了解した!」

 

 狂乱の戦場。ライバックが叫ぶ。止めどなく現れるエイリアンの群れに、もはやここで籠城する意味は無い。

 ライバックの進言に一瞬考え込んだエミリオだったが、果断な若い将校は即座に脱出を決意していた。

 

「皆下がって!」

 

 火炎放射器を構えたスコットが前に出る。そのまま、轟然とエイリアンの群体へ火炎を射出した。

 

「kyuiiiiiiiiiiiiiiiiiii!!」

 

 何体ものエイリアンが炎に包まれる。モニタールームごと燃やし尽くす勢いで火炎が巻き上がっていた。

 

「少尉! 今の内に脱出口へ! コナー! パクストン! お前たちも続け!」

 

 エイリアンの勢いが止まるのを見計らいライバックが指示を飛ばす。エミリオ達は素早い動きで非常脱出口に繋がる扉へと向かった。

 

「スコット、お前も──!?」

 

 刹那。

 一体のエイリアンが、火炎に包まれながらスコットへ這い寄る。

 

「スコット!!」

「ッ!? きゃああッ!!」

 

 次の瞬間、火炎に包まれたエイリアンは爆散(・・)した。飛散した強酸性の体液をまともに浴び、スコットは悲鳴を上げながら倒れる。

 

「スコット! スコット!!」

「う……うぁぁ……!」

 

 ライバックが駆け寄ると、スコットの腹部からジュウジュウと肉が焼け爛れる音が聞こえる。

 見ると、その美しい肢体はグロテスクに爛れ、腐食は内蔵へと達していた。ライバックはスコットの(はらわた)がみるみる腐り落ちるのを見て、その精悍な表情を青ざめさせた。

 

「くそっ!」

 

 ライバックはスコットの襟を掴むと、やや乱暴ではあるが脱出口へと引き摺る。

 

「ラ、ライ……バック……」

「喋るな! きっと助かる!」

「無……よ……先……に……」

「だから喋るんじゃあない!」

 

 ヒュー、ヒューと掠れた呼吸と共に、震えた声をライバックへ向けるスコット。

 ぶるぶると痙攣を起こし、その命は誰が見ても風前の灯だった。

 

「ksyaaaaaaaaaaaaaッ!」

「ッ!? ウオォォッ!!」

 

 火炎の中から一体のエイリアンがライバックへ向け飛び出す。ライバックは咄嗟にスコットの襟から手を話し、転がりながらライフル弾を叩き込んだ。

 

「ッ! スコット!!」

 

 だが、転がり込んだ先とスコットの間にエイリアンの死体が横たわり、その強酸性の体液が二人の間に障害となってしまう。

 スコットは力の無い笑みを浮かべながらライバックへと濡れた瞳を向けた。

 

「行……て……」

「スコット……!」

 

 スコットが震えた手で手榴弾を掴む。その様子を見たライバックは僅かに頭を振ると、唇を噛み締めながらエミリオ達を追いかけていった。

 

 

「リチャー……ド……」

 

 つう、と涙が溢れる。

 スコットは震える手で手榴弾のスイッチに手をかけた。

 

「syaaaaaaa……!」

 

 横たわるスコットに、憎しみが籠もった唸り声を上げるエイリアン。

 何体ものエイリアンがスコットを囲み、その醜悪な口器から粘性の体液を垂らしていた。

 

「受け……さい……バケモノ……」

 

 蒼白になりつつ、スコットは口角を引き攣らせる。

 死に際の異様な女性海兵隊員のこの姿。エイリアン達は威嚇を忘れ僅かに後ずさった。

 スコットはその様子を見て、涙を流しながら狂気に塗れた笑いを浮かべていた。

 

 

「海兵隊……からの……プレゼント……よ……」

 

 

 スコットの嗤いと共に、モニタールームは太陽のような閃光に包まれた。

 

 

 

──────────────

 

「ッ!?」

「爆発!?」

 

 通路を駆けるエミリオ達は、背中に感じる爆発を受け足を止める。

 すると、後方からライバックが駆けて来るのが見えた。

 

「ライバック! スコットは!?」

「……だめです」

「そんな……」

「うぅ……スコット……うえぇ……」

 

 頭を振りながら力なく語るライバックに、エミリオ達は沈鬱な表情を浮かべる。

 ロスは献身的な介護を施してくれたスコットの死を受け、嗚咽を上げながら泣きじゃくっていた。

 

「……行こうよ。スコットが時間を稼いでくれたんだ」

 

 やがてポツリとコナーが声を上げる。

 気丈な女兵士は、仲間の死を無駄にするつもりは無かった。

 

「行きましょう少尉。エイリアンに追いつかれます」

「そうだねライバック……。皆、直ぐに非常脱出口へ──」

 

 そうエミリオが言いかけた瞬間。

 後方からズズンと破砕音が鳴り、モニタールームの方向から大量の水が流れ込む。

 

「水!?」

「一体なんだよこりゃ!?」

 

 狼狽するパクストンに、ライバックが冷静な声を上げる。

 

「爆発で配管が裂けたんだ……! 水は貯水タンクからじゃなくて川から引いている! ぐずぐずしていると溺れ死ぬぞ!」

「皆急ぐんだ!」

 

 立ち止まっていた海兵隊員達が再び動き出す。

 水はみるみる膝下まで浸水し、エミリオ達は水をかき分けながら脱出口へと向かっていった。

 

「ここだ! コナー! 扉を開けるぞ!」

 

 脱出口へと通じる扉へライバックとコナーが取り付く。

 電源が落ちた今、重たい扉は手動で開けなければならず、ライバックとコナーは浸水で更に重たくなった扉を必死になってこじ開ける。

 ギギギと金属が軋む音と共に扉が開く。その間にも、浸水は進みとうとう腰のあたりまで水に浸かりつつあった。

 

「開いた! 早く中へ!」

 

 地上へと繋がる脱出口は、地下の宿泊施設から地上へ伸びる梯子が設置されている。

 数十メートル先にある脱出口にはエイリアンの気配はない。エミリオ達は猛烈な水流に押し流されながら梯子に取り付いた。

 

「コナー! 俺達で先行するぞ!」

「了解!」

 

 比較的身軽なライバックとコナーが梯子を勢いよく登り始める。エイリアンの気配は無いとはいえ、出会い頭の戦闘に即応できるのはライバックとコナーしかいなかった。

 ライバック達の後にシシュを背負ったエミリオ、ロスを背負ったパクストンが続く。

 

「シシュ……!」

 

 150kgを超える乙女の全重量がエミリオの両腕にかかる。みしりと筋肉を軋ませながら、エミリオはひとつひとつ梯子を登っていった。

 

「パクストン! 大丈夫か!?」

 

 エミリオが真下に視線を向けると、荒い呼吸を上げながら必死で登るパクストンの姿が見えた。

 

「だ、大丈夫ですよ……!」

「パクストン……ごめん……」

「だから謝るんじゃねえって! なんならこのまま俺の故郷の牧場まで連れてってやるよ!」

「パクストン……」

 

 不器用なエンジニア兵の言葉に、海兵少女は泣き笑うような表情を浮かべる。

 歯を食いしばって梯子を登るパクストンの姿に、ロスはスコットを失った悲しみが和らぐのを感じていた。

 

「パクストンの家は牧場なの?」

「そうだよ! 5年前に親父が死んだから、今はお袋が一人でやっている! だから除隊したら家業を継がなきゃならねえんだ!」

 

 息を切らせながらロスに応えるパクストン。お互いに後5週間で兵役が終わる。

 必ず生きて帰るパクストンの意志が、ロスの気力を復活させていた。

 

「じゃあ、あたしも牧場で働くんだね……」

「ああ……? あ、ああ、そうだな! 毎日5時起きだから覚悟しておけよ!」

「……うん!」

 

 ロスとパクストンはお互いに顔を赤らめながら、生存への脱出行を続けていた。

 

 

「ッ!? くそ! パクストン! 急げ!」

「ッ!?」

 

 入り組んだ梯子の上でバランスを取りながら、ライバックが悲鳴めいた叫び声を上げる。

 パクストンはちらりと下を見ると、水中からサメの様に背びれを揺らすエイリアンの姿が見えた。

 

「マジかよ! ロス! 援護してくれ!」

「う、うん!」

 

 背負い子に乗るロスが目下のエイリアンに向け拳銃を発砲する。だが、ガチャガチャと拳銃を操作するも、弾丸は一発も出てこなかった。

 

「弾切れ……!?」

「チキショウッ!」

 

 パクストンは梯子にカラビナを取り付け、片手を自由にさせると即座に自身のパルスライフルでエイリアンに狙いを定める。

 だが、水中から勢いをつけ猛然と水面から飛び出し、素早い動きで梯子を登り始めた。

 

「ッ! 狙いがつけられねえ!」

「ライバック! コナー! 援護だ!」

 

 背中にいるロスのせいで上手く狙いがつけられないパクストンを見て、エミリオは頭上にいる海兵達に指示を飛ばす。

 コナーが壁面のせり出した梁に足をかけライフルを構えるも、それに気づいたエイリアンは俊敏な動きで女兵士を眩惑していた。

 

「くそったれ! ちょこまかと──!」

 

 そうコナーが言った刹那。

 エイリアンは動きを止め、醜悪な銀色の歯を剥き出しにして口腔内の牙(インナーマウス)を覗かせた。

 

「ッ!? ギャアアアアアッ!!」

「パクストンッ!!」

 

 エイリアンの企みは狡猾だった。ちらりと振り返ったパクストンの顔面に向け、毒性のある唾液を吹きかけたのだ。

 血液ほどではないにせよ、その体液は生きている限り酸性を帯びている。

 顔面の半分を毒液で爛れさせたパクストンは、突然発生した激痛とショックで絶叫しながら梯子から手を放す。刹那の瞬間、パクストンとロスは真下で待ち受けるエイリアンへ向け落下していった。

 

「ぐううううッ!!」

 

 だが、二人の落下は急停止し、手ぐすね引いて待ち受けるエイリアンへ届く事は無かった。

 咄嗟に梯子へ手を伸ばしたロスが、形相を浮かべながら必死にパクストンの体重を支え、その可憐な腕をきしませていた。

 

「ロ……ス……!」

「だ、大丈夫だよ、パクストン! 今度は、あたしが、支えるから!」

 

 健気に叫ぶロスに、パクストンはひどく申し訳ない気持ちに囚われる。可憐な海兵少女の両腕は自身の体重を支えるにはあまりにも頼りなく。

 パクストンは顔面が焼け爛れていくのを感じながら、自身の存在がロスの負担になるのも感じていた。

 

(これじゃ、あまりにも残酷だ。残酷じゃねえか)

 

 毒液は口中にも入り込み、その舌を溶かす。もはや満足に声も上げることも出来ないパクストンは、ただこの現実を嘆く事しか出来なかった。

 

「うあああああッ!!」

「……ッ!?」

 

 すると、パクストンは自身の足を何者かが掴むのを感じた。霞む視界を真下に向けると、エイリアンが万力のような力でパクストンの片足を掴んでいた。その非人間的な感触と、それが意味する全てに嫌悪感を感じながら、パクストンは弱々しいうめき声を上げることしか出来なかった。

 

「ライバックッ! ライバァァァックッッ!!」

 

 眼下の惨状を見て、エミリオはたまらずライバックの名を叫ぶ。

 ライバックは唇を噛み締めると、咄嗟にライフルを両手で構えた。ぎょっとするコナーを尻目に、ライバックは曲芸師のように膝を梯子にかけ、そのまま梯子を背に逆さまになって照星をエイリアンへ向けた。

 

「頭を下げろ!」

 

 そう叫んだライバックは一発の徹甲弾を射出する。銃弾はロスとパクストンを掠め、真下にいるエイリアンの頭部へと命中した。

 一瞬の間があって、エイリアンの頭部は粉砕される。血液と脳漿がそこらじゅうに飛び散り、僅かにパクストンの足にもかかる。

 

「ぐ……ぅぅ……!」

「パクストン!?」

 

 ジュウジュウと肉が焼ける音が鳴り、ロスは泣きながらエンジニア兵の名を叫ぶ。

 見ると、エイリアンは死しても尚パクストンの足を掴んでおり、死骸から怨念じみた執念が発せられていた。

 

「う、うあああああッッ!!」

 

 ロスの悲鳴が響く。息絶えたエイリアンの重心が下がり、更に少女の両腕を苛んでいた。

 

「待っていろ! 今助ける!」

 

 そう叫びながらエミリオが梯子を一歩一歩降りる。シシュは相変わらず意識を落としており、ぐったりとエミリオへもたれかかっているせいで、梯子をひとつ降りるのにもひどく難儀していた。

 その間にもロスの腕は悲鳴を上げ、梯子を掴む手は徐々に滑り落ちていった。

 

「アアアアアアアアッッ!!!」

「……!」

 

 甲高い叫び声を聞きながら、パクストンは残された時間が僅かだと悟った。僅かな時間でも、パクストンは己の頭がこんなにも速く回転するとはと、自嘲めいた笑いを浮かべていた。

 

(ああ、もう泣くなロス。もう、選択の余地はないんだ。それに、俺はこんなひどいのを見るのはもう懲り懲りだ。こんな酷いことは、もう二度とな)

 

 全身に走る激痛で朦朧とした意識の中で、パクストンはそう思っていた。ロスの手がまた滑るのを感じ、いよいよその時が来たとも。

 エミリオが必死になってこちらへ引き返して来るのも分かっていたが、もう間に合わない。

 パクストンは、自分がするべきことを震える手で実行し始めた。

 

「パ、パクストン!?」

 

 ロスの悲鳴が頭上から聞こえる。

 

「やめて、やめてよぉ! パクストン!!」

 

 震える手で、ロスと自分を縛り付けているベルトに、ナイフを滑り込ませる。

 

「やだぁ! やだよぉ! パクストン!! 牧場、連れてってくれるってぇ!!」

 

 泣き叫ぶロスに、パクストンは声をかけてやれない事がひどく哀れに思えた。そして、申し訳ないとも。

 

「やめろ! パクストン!」

「ふざけんじゃないよパクストン! 少尉! 急いで!」

「パクストン! やめろ! やめるんだ!」

 

 上方で仲間たちが騒ぎ立てるのがかすかに聞こえ、パクストンはますます力ない笑みを浮かべた。

 

「やめて!! やめてえぇぇぇぇぇ!!!」

 

 そう叫ぶんじゃない、生き延びる為の体力を取っておけよ。

 ああ、俺がここまでするんだ、必ず生きて地球へ帰るんだぞ。

 でよ、代わりといっちゃなんだが、俺のお袋の事を頼んでいいか?

 もういい年だからよ、一人であの牧場切り盛りするにはキツイだろうしな──

 

 パクストンはそう思いながら、痛みで満足に動かせない自身の肉体に渾身の力を込めていた。

 ギリギリと鋸のようにナイフを押し当て、ベルトを裁断していった。

 

 

「パクストンッッ!!!」

 

 

 海兵少女の叫び声と共に、ロスとパクストンをつなげるベルトが切れる。

 パクストンとエイリアンは真っ逆さまに落下し、梯子とせり出した梁に激突しながら水中へと沈んでいった。

 

「……!!」

 

 パクストンが落下する寸前、ロスの手を掴んだエミリオは声にならない叫びを上げる。

 そのまま渾身の力を込めてロスを引き上げ、抱きかかえるように少女の肉体を支えた。

 

「うわあぁぁぁぁぁぁん!!」

 

 お互いに生き延びる事を誓った大切な存在の重力が消え、ロスは生まれたばかりの赤ん坊のように泣き叫けぶ。

 腕で支える少女の泣き声、そして背中で支える乙女の存在を感じたエミリオは、パクストンの死と、スコットの死がひどく現実味がないように思えた。

 

 だが、エミリオ達は生きなければならない。

 尊い犠牲に対する感謝のしるしとして、生き延びる義務があった。

 

 

 エミリオが梯子を登る間、ロスは泣きじゃくりながら眼下の水面を見続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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Chapter21.『Desperate』

 

 “ピーター・ウェイランドとローリー・マッケナー。二人の天才について”

 

 21世紀における科学技術の著しい発展は、同時期に現れた二人の天才によって成し遂げられたといっても過言ではない。

 ピータ・ウェイランドは2008年、僅か18才にして父親であるチャールズ・ビショップ・ウェイランド氏(2004年、南極探検中に事故死)からウェイランド社を継いでいる。

 自身が持つその卓越した科学者技術、そして日系企業である湯谷コーポレーションの全面的なバックアップ(湯谷コーポレーション会長ケイコ・ユタニ氏はピーター・ウェイランドの後見人であり、その友好はケイコ氏が死去するまで続いた)を得て、一時倒産寸前だったウェイランド社をより強大に立て直し、2028年にはウェイランド社の時価総額は1000億ドルを超え母体ともいえる湯谷コーポレーションをも上回る規模まで成長させた。

 初の商用利用可能な大気プロセッサの開発、一般的な癌の治療法の確立、亜光速航行可能な核融合エンジンの開発、革新的なバイオティクス、そしてサイバネティックステクノロジーの確立など、ピーター・ウェイランドが遺した偉業は枚挙に暇がない。

 

 我々が現在恩恵を受ける様々な技術の基礎を築いたピータ・ウェイランドは、2093年に老衰によって亡くなっている。だが各種勲章、そして巨額の個人資産など、凡そ人間が持ち得る全ての栄誉を手にした人間の最期には不明な点がいくつかあり、一説には先人文明(これについては別項にて解説する)の遺産を求め、地球から遠く離れた惑星LV-223にて事故死した、という説もある。

 

 ではもうひとりの天才、ローリー・マッケナーとはどのような人物であろうか。

 華々しいピーター・ウェイランドの偉業とは裏腹に、ローリー・マッケナーが遺した功績はほぼ全ての一般大衆が知る事は無い。

 だが、ウェイランド社が開発した技術、特に核融合エンジン開発とサイバネティックス技術開発のほぼ全てが、実はローリー・マッケナ-が開発に携わっていたからこそ成し遂げられた事は疑いようもない事実である。

 

 ローリー・マッケナーは幼少期に先天的なアスペルガー症候群を抱えながらも天才的な記憶能力、いわゆるサヴァン症候群と診断された、風変わりな子供として周囲から奇異の視線を受け育っていた。

 そのローリー・マッケナーの人生の転機は、2018年、米国政府機関が主導する“スターゲイザー計画”に僅か10才で参加したことから始まる。

 公開されている情報が極端に少ない極秘プロジェクトであるスターゲイザーで、ローリー・マッケナーな何を研究していたのかは知る術は無い。

 だが、その後スターゲイザーに出向していた湯谷・コーポレーションの研究員ヒロシ・ヤマダ氏がローリー・マッケナーをリクルートし、ローリー・マッケナーが湯谷コーポレーション先進科学部門に配属されてから度々ウェイランド社へ出向していた記録が残されている。

 

 公開された情報によれば、上記の核融合エンジン開発とサイバネティックス技術の開発に関わっていたとされるが、当時の研究員の証言によると実質ローリー・マッケナーが主導して開発を進めていたとされる。

 ローリー・マッケナーがいかに不出世の天才だったとはいえ、これらの革新的技術を開発出来たのはスターゲイザー計画参加時代に培った様々な知識によるものが大きいとされる。

 眉唾物ではあるが、スターゲイザーは異星人による地球侵略に対するカウンター組織であり、ローリー・マッケナーは父親であるクイン・マッケナーと共に異星人と戦い続けていた、という荒唐無稽な話があるが、これは当時ローリー・マッケナーが同僚研究員に言っていたジョークというのが定説だ。

 

 ローリー・マッケナーはその後湯谷コーポレーションで科学技術の開発に従事し続け、2073年に同社を退職して以降消息は不明である。

 

 この二人の天才がいなければ、個人的な見解ではあるが現在の人類の発展は100年遅れていたであろう。

 それだけに、ピーター・ウェイランドとローリー・マッケナーが実際のところ何を求め、その偉業を成し遂げ続けていたのか興味が尽きない。

 

 

 “21世紀の天才科学者達についての考察”

 西暦2430年、地球連合軍医療開発技術部門ジョナサン・ゲディマン博士が連合政府研究機関に寄稿。

 

 


 

「少尉、奴らだ」

 

 夕刻。日は沈みかけており、山腹が西日を受け朱肉を滲ませたかのような藍色に染まっている。

 精錬所宿泊施設における戦闘でシンシア・スコット一等兵とビル・パクストン上等兵を失ったエミリオ達。

 悲しみに暮れる間もなく、襲いかかるエイリアンの群れから逃れる為、非常脱出口から施設を抜け出した。

 だが、脱出口付近の岩壁に身を隠したエミリオ達は、隙間から3体のエイリアンの姿を見つける。ライバック伍長は顔を強張らせ、エイリアン達へ鋭い視線を向けていた。

 

「……ライバック、どうすればいい?」

「ジャングルへ戻りましょう。ここは開けすぎている。囲まれたら終わりだ」

 

 精錬所は鉱物資源の採掘場も兼ねており、露出した岩くればかりでろくな障壁物が無い。四方を囲まれれば“詰み”であった。

 弾薬も残り少ないエミリオ達は、ただ無数の黒色から逃れるしか生き残る術は無かったのだ。

 

「どのみち大差ないと思うけどねえ」

「だが、奴らのほとんどはまだ宿泊施設のゲート付近にいるはずだ。ここで巻くことができれば時間を稼げる」

 

 やや諦観の念が混じったコナー上等兵。だが、ライバックの闘志は萎えていない。

 仲間を失ったばかりでは百戦錬磨の海兵隊員ですらこの現状に活路を見出すことは難しかったが、それでも僅かな望みをかけ、生き残る術を必死になって探っていた。

 それは、愛しき伴侶を背負うエミリオも同じ。

 

「ライバック、コナー。シシュとロスを頼む。この場にいるエイリアンは僕が倒す」

「少尉! 無茶です!」

「仲間を呼ばれる前に倒さないと。銃を使えば音で気づかれる。ここは、僕に任せてくれ」

 

 引き留めようとするライバックを制し、エミリオは背負っていたシシュを横たわらせる。シシュは時折苦しそうに表情を歪めており、それを見たエミリオもまた表情を曇らせた。

 

「シシュ……」

 

 エミリオはシシュの額を撫でた後、おもむろに乙女から譲り受けたコンビスティックを握りしめた。

 

「ッ!」

 

 投擲。

 一体のエイリアンの頭部を貫き、肉片と共に強酸性の体液を撒き散らす。

 エミリオは間髪を入れず、岩壁から弾丸の如き勢いで飛び出すと、もう一体のエイリアンへ足刀を叩き込んだ。

 

「kyuッ!?」

 

 ゴキリ、と鈍い音が響き、エイリアンの頸部がひしゃげる。傍らにいる最後のエイリアンが襲撃者の存在に気づいた時には、既にエミリオの“間合い”に入っていた。

 

「シィッ!」

「kyuiiッ!!」

 

 一瞬でエイリアンの爪指を掴み、その黒体を地に這わせる。柔を用いた制圧術は、エイリアンに対しても十全に発揮される。

 そのまま二体目のエイリアンと同じように、エミリオは足刀を叩き込んだ。

 

「gyuッ」

 

 短い悲鳴を上げ、エイリアンは絶命した。

 

「相変わらず凄まじいな少尉は……」

「ほんと、素手でアイツら殺せるのは少尉だけさね」

「すごい……」

 

 ライバック達が驚嘆の声を上げながらエミリオの姿を見つめる。

 夕陽を背にエイリアンの死骸の上に立つエミリオの姿は、一種の幻想的な武人のオーラを漂わせていた。

 

「……ッ!? 少尉! 後ろだ!」

「ッ!?」

 

 だが、エミリオ達が知覚していなかった4体目のエイリアンが出現し、醜悪な口から粘液を垂らしながらエミリオの背後に忍び寄る。

 捕食動物が獲物へ近づくかのように、このエイリアンは狡猾に自身の気配を消していた。

 ライバックの声と共に後ろへ振り向いたエミリオ。だが、直後に鋭利な穂先を備えるエイリアンの尾槍が眼前に迫るのを見る。

 

「しまっ──」

 

 刹那の瞬間。

 エミリオは自身の頭部が柘榴のように弾け飛ぶのを幻視し、その身を竦ませた。

 明確な死が、若き少尉へ迫り──

 

 

 ギンッ

 

 

 が、甲高い金属音がなり、エイリアンの尾槍は寸前に切断された。

 

「シシュッ!」

「grrrrrッ!」

 

 見れば、立ち上がりガントレットを突き出す狩人乙女の姿。ガントレットからは小型のレイザー・ディスクが射出されていた。

 やや苦しそうに胸部装甲を押さえるシシュ。それでも、愛する伴侶を助ける為、乙女は轟然と屹立していた。

 

「syaaaaaaaaッ!!」

 

 思わぬ邪魔が入ったことで激高するエイリアン。

 切断された尻尾を振りかざし、切断面から強酸性の体液がシシュへ向け噴射された。

 

「grrッ!?」

 

 ジュウジュウと音を立て、シシュが纏う胸部装甲が焼け爛れる。

 シシュの装備は全て耐酸コーティングを施したものであったが、それは定期的にコーティングをやり直さねば効果は持続せず、BG-386へ降り立ってから装備のコーティングは一度も行っていなかった。

 加えてエミリオと再会した時の河川への入水、非常脱出口での浸水。コーティングはじわじわと剥がれ落ちており、現在その効果はほぼ失われていた。

 見れば、先程エイリアンの尻尾を切断したレイザー・ディスクも酸の血液で溶けており、本来ならばブーメランのように手元に戻ってくる機能を備えていたそれは、無残に溶け爛れ岩くれに転がっていた。

 エミリオが投擲したコンビスティックもまた然り。

 

「grrrrrッ!」

 

 唸り声を上げながら装甲を剥ぎ取るシシュ。

 網状のボディースーツに覆われた大きな乳房が露わになり、窮屈そうに乳肉を食い込ませている。

 だが、そのような官能的なシシュの姿を気にかける者は誰もおらず。

 ライバック達は打ち捨てられた装甲がジュウジュウと音を立てながら爛れていく様を、顔を青ざめさせながら見つめていた。

 

「grrrrrrッ!!」

 

 愛するエミリオ以外に素肌を晒した元凶に向け、乙女は怒りと共にスラッシャー・ウィップを抜く。

 紫電の如き速さで打鞭をしならせると、エイリアンは瞬く間に絡め取られた。

 

「kyu──!?」

 

 直後、シシュが鞭を引く。数瞬動きを止めたエイリアンは短い悲鳴を上げた後、己の肉体がボタボタと輪切り(・・・)にされていく様を知覚しながら絶命した。

 

「す、凄い……少尉も、シシュも……」

 

 僅かの間に繰り広げられた異星の番による無双劇。

 ライバック達は慄くと同時に、この二人と一緒ならば地球への脱出は果たせるのではないか──と、生き残りへの光明が差すのを感じていた。

 

「シシュ、大丈夫?」

 

 肩で息を切らせながら、エミリオはシシュの元へ駆け寄る。

 余人の目がなければ全身で抱きついてその身を労りたい衝動に駆られるも、若き海兵隊少尉は鉄の自制心でそれを抑えていた。

 もっとも、この場合シシュが一切自重しないケースが多いのだが。

 

「grrrrr……」

「シシュ……?」

 

 エミリオはいつもなら自重した自分に構わずむしゃぶりついてくるシシュを想定し身構えていたが、乙女は爪上口器を閉じ、低い唸り声を上げながら宿泊施設の方向を向いていた。

 

「エミ、カタイニク、タクサン、タクサンクル」

「ッ!?」

 

 “硬い肉”というのは、シシュ達の種族が使うエイリアンを指す単語。

 スラッシャー・ウィップで輪切りにされたエイリアンは、死に際に仲間を呼んでいたのだ。

 それを乙女は自身が持つ第六感でそれを感じ取っており、事実エミリオ達も大群が蠢く気配を感じ取り、冷えた汗を全身に滲ませていた。

 

「奴らがここに……」

「少尉、急いでここから離れましょう!」

 

 ぐずぐずしていると大群に囲まれる。

 言外にそう述べたシシュの言葉を受け、ライバックは焦燥感を露わにする。

 すると、一人黙っていたロスが、おもむろに口を開いた。

 

「……皆、あたしを置いて逃げて」

「ロス! 何を言ってるんだい!」

 

 ロスが唐突に言い放ったその言葉。

 コナーは激高してそれを嗜める。

 

「いいの。だって、あたしは、足手まといだし──」

「ロス。それは許さない。もう、これ以上犠牲を出すつもりは僕には無い」

「grr!」

 

 ロスの言葉を、エミリオは強い口調で遮る。

 エミリオに同意するかのようにシシュもまた厳つい口器を揺らして頷いていた。

 

「grrr!」

「シシュ、何か良い案があるのか?」

 

 顫動音を鳴らしながら左腕に装着したガントレットを操作するシシュ。

 ライバックがその様子を見て疑問を上げると、シシュはガントレットを指差した後、拳を握り締めた。

 

「grr!」

 

 そして、まるで打ち上げ花火のように握りしめた拳を開き、指を広げる。

 

「爆弾か……!」

「grr!」

 

 我が意を得たり、といった体で頷くシシュ。

 そのままガントレットの操作パネルを一撫でし、爆弾起動のセッティングを開始した。

 

「あいつらを吹き飛ばすんだね。でも、アタシらも巻き込まれちゃ意味がないよ」

「そのあたりは調整するんだろう。急いでここから離れなきゃならんことには変わりないが……するよな?」

 

 ライバック達の心配を余所に、シシュは手早く起爆をセットする。

 bi、bi、と不安になるような電子音が鳴り始め、シシュはガントレットを非常脱出口へと放り捨てた。

 

「krr!」

「ひゃぁっ!?」

 

 そしてそのままロスを背負い子ごと担ぐ。

 何をモタモタしているんだと言わんばかりにエミリオ達へ視線を向けると、そのままジャングルの方向へ駆け出した。

 

「ライバック、コナー。シシュに続こう」

「りょ、了解しました」

「やれやれ……」

 

 エミリオもまたシシュに続いて駆け出し、ライバック達もまたそれに続く。

 

「スコット、パクストン。あんた達の命、決して無駄にはしないよ……」

 

 コナーがふと後ろを振り返り、そう呟いていた。

 

 

 

 

「grr!?」

「ライバック! 右だ!」

 

 ジャングルへ向け山原を駆け下りるエミリオ一行であったが、当然の如くエイリアン達はそれを阻止しようと行く手を阻む。

 シシュはロスの背負い子を両手で抱え、ショルダー・プラズマキャノンを撃ちまくりながら前方のエイリアン達を駆逐していた。

 エミリオ達もライフルを撃ちながらそれに続き、シシュが撃ち漏らしたエイリアンを確実に仕留めていた。

 

「krr……エミ……!」

 

 だが、ジャングルに近づくにつれエイリアンの密度は増していく。もしこれがシシュ単独であれば逃げ切れたかもしれないが、いかに鍛え上げられた海兵隊員とはいえライバック達の足ではエイリアンの俊敏性から逃げ切れることは難しく。

 ましてや、負傷したロスを抱えながらでは、爆弾が起動する前に囲まれる可能性は高い。

 

「シシュ……!」

 

 幸い、まだ大部分のエイリアンは宿泊施設周辺にいる。

 乙女は立ち止まり、愛しの伴侶へそのつぶらな瞳を向けた。

 エミリオはその瞳を見つめ返し、意志を込めて頷いていた。

 

「ライバック。二手に別れよう。僕とシシュが奴らを引きつける」

「少尉!? 何を──!?」

「ライバック。僕もシシュもまだ死ぬつもりはないよ。それに、この状況は想定していたはずだよ」

 

 当惑するライバックを宥めるようにエミリオは笑顔をひとつ浮かべる。

 ライバックは僅かに逡巡するも、やがて意を決したかのように若き少尉へその精悍な面を向けた。

 

「……その方が全員が生き延びれる可能性があるってことですね」

「理解が速くて助かる」

「了解しました。コナー、ロスは俺が背負う。援護してくれ」

 

 百戦錬磨の海兵隊員は即座に決断すると、シシュからロスを受け取った。

 

「少尉、シシュちゃん。死に急ぐんじゃないよ」

「また、必ず会いましょう。必ず……!」

 

 コナーとロスが別れの言葉を向ける。だが、それは一時の別れでしかない。

 そう信じて、ライバック達はジャングルへと駆け出していった。

 エミリオはその後ろ姿を見つめながら、傍らに控える乙女へと視線を移した。

 

「シシュ。起爆まであとどれくらいかかる?」

「krr」

 

 エミリオの問いかけに、シシュは厳つい指を広げて応える。

 

「5分かな。ギリギリだね……」

 

 ライバック達と別方向へ目を向けながら、エミリオはそう呟く。

 シシュは、おもむろにエミリオを抱き寄せ、その頬に舌を這わせた。

 

「krr!」

「うん。ずっと一緒だよ」

 

 ポンポンとシシュの背中を叩き、エミリオは笑顔を浮かべた。すりすりとエミリオに頬ずりしていたシシュもまた、その口器を広げて笑みを見せる。

 一緒になって笑い合ったエミリオとシシュは、やがて表情を固くさせ、精錬所へと顔を向けた。

 

 ライバック達から無数のエイリアンを引き離しつつ、その群体を爆発の範囲内ギリギリに引き留めながら戦わなくてはならない。

 そんな絶望的な状況に置かれても、エミリオはシシュと一緒なら何も怖くは無かった。

 もし、死ぬようなことがあっても、シシュと一緒だ。

 まだまだシシュと共に生きていたい気持ちはある。だが、最期が一緒なら、それでもいいとエミリオは想っていた。

 

「行こうか」

「krr!」

 

 パルスライフルのコッキングレバーを引く音、そしてショルダー・プラズマキャノンの稼働音が鳴る。

 異星の番は、黒色の怪物達の群れへとその若き肉体を躍動させていった。

 

 

 少し離れた所で、陽炎のような影が複数体揺らめくのを、異星の番は気づくことはなかった。

 

 

 


 

 鬱蒼とした緑の地獄。

 精錬所の方角から閃光が輝くと、大きな爆発音。そして、尋常ならざる衝撃波が押し寄せる。

 ジャングルに棲まう生物達は一様に狂乱に包まれ、森林を騒然とさせる。

 

「grrrrrr……」

 

 ジャングル中の生物が恐慌する中、一体の陽炎から低い顫動音が鳴る。

 紫電に包まれながら、その陽炎はゆっくりと歩を進めていた。

 

「shaaaaaaaッ!」

 

 そんな陽炎に、どこからか沸いた一体のドッグ・エイリアンが飛びかかる。

 だが、奇声を上げて飛びかかった瞬間、そのエイリアンは即座に頭部を裁断された。

 

「……grr」

 

 つまらなそうに顫動音を一つ上げる陽炎。

 見ると、その腕と思わしき部位にエイリアンの黄土色の血液が付着しており、鋭利な刃物を思わせるシルエットが浮かび上がっていた。

 陽炎は腕を一振りし、その醜悪な強酸性血液を落とす。

 ジュウッ、と地面から焼け爛れる音が鳴り、足元の植物は瞬く間に朽ち果てていった。

 

「Shesh……」

 

 顫動音に混じり、陽炎から声が響く。

 死地に取り残された愛弟子を気遣うかのようなその声色は、爆発の衝撃が収まったジャングル内で不思議とよく響いていた。

 

 

 

 

 

 




スカー・プレデター「これをね、こうするとね……ボーンってなるんですよ」
レックス女史「ふーん」


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Chapter22.『Good Morning, BG-386』

 

 惑星BG-386

 精錬所渓谷

 

「……u……grr……」

 

 閃光と共に猛烈な爆風が精錬所を突き抜け、無数のエイリアンが熱線に晒された後。

 シシュは爆発から逃れるべく、エミリオと共に切り立った崖を飛び降り、精錬所から少し離れた小川へその身を横たわらせていた。

 そこは、ちょうどライバックと合流する前にいた場所であり、エミリオとシシュが月明かりの元で交わった、猥褻にして純潔な場所。

 

「grr……」

 

 岩肌に身体の到る所を打ち付けたシシュは浅い呼吸を繰り返しながら身を捩らせる。

 崖から飛び降りた際、エミリオはシシュを庇うようにその大きな体を抱いていた。

 その甲斐があってあのか、激しく身体を打ち付けたのにも関わらず、シシュに骨折などの深いダメージは無く。

 シシュは呼吸を繰り返す内に自身の肉体に活力が戻るのを感じていた。

 

「……エ、エミリオ」

 

 身を起こしながら愛しい伴侶の名前を呼ぶシシュ。

 さらさらと川の流れる音だけが響き、辺りは妙な静けさが包んでいた。

 既に日は傾き、あの時と同じような月明かりが、異形の乙女を薄く照らす。

 爆発により、この付近一帯のエイリアンは姿を消していた。

 

「……エミ!」

 

 そして、エミリオの姿を見つけるシシュ。

 見ると、エミリオはシシュからそう遠く無い所で、川岸にうつ伏せで倒れ伏していた。

 

「エミ! エミ!」

「……」

 

 倒れ伏すエミリオに駆け寄るシシュ。

 愛すべき乙女を守り通した黒髪の若者の肉体は、相応の代償を払っていた。

 身体のいたる所に裂傷を負い鮮血を流し、腕や足は内出血で痛々しく腫れている。頭部も深い切り傷を負ったのか、顔面は血に塗れていた。

 

「エミ! エミリオ!」

 

 エミリオの身体を抱きながら、可憐な瞳を涙で滲ませながらその名を叫ぶシシュ。

 か細い呼吸を繰り返すエミリオに、懸命に名前を呼び続けた。

 

「krr……! krr……!」

 

 やや狂乱状態に陥っていたシシュであったが、徐々に冷静さを取り戻しエミリオの状態を確認する。

 エミリオの肉体は痛々しい様相を呈していたが、骨折などの深いダメージは無さそうである。だが、頭を打ったのかエミリオは気を失っており、時折苦しげに息を吐いていた。

 

「grr……!」

 

 やがてエミリオの生命に別状がない事を見留めたシシュは、即座に移動すべくエミリオを横抱きにする。

 200kgを超える乙女の肉体は、65kgほどしかないエミリオの肉体を軽々と抱き上げる腕力を備えていた。

 だが、乱暴にはしない。大切な存在を慈しむよう、武骨な外見には似合わない丁寧な手付きでエミリオを抱いていた。

 

「grr……アソコ……!」

 

 視界が開けているこの場所ではまだ無数に存在するであろうエイリアン共に囲まれる可能性がある。

 故に、乙女は即座に安全と思われる場所を探す。ちょうど、渓谷とジャングルの境に存在する洞窟を発見したシシュは、逞しい両脚を躍動させ洞窟へと飛び込んでいった。

 

 

「grr……!」

 

 洞窟内は2mを超すシシュの身体ではやや窮屈であったが、身を隠すにはちょうど良い場所であり。

 シシュはエミリオを横たわらせると、素早い動きで洞窟入り口を岩石で塞いでいった。

 

「grrー……」

 

 急ごしらえであったが、重たい岩石はエイリアンの襲撃をそれなりに防いでくれるだろう。これならしばらくは身を潜めると思ったシシュは、やがて深い溜息をついていた。

 とはいえ、岩石が入り口を塞いだせいで、当然月明かりは全く差し込まなくなり、洞窟内は漆黒の暗闇に包まれる。

 だが、シシュにとって闇は全く問題にならない。

 シシュ達の種族は人間とは違い、蛇が持つピット器官に相当する“赤外線を視覚化する器官”を備えている。

 これにより、シシュは暗闇の中でも昼間のように活動することが可能であった。

 もっとも、裸眼だけでは燃え盛る炎などの光源に照らされると対象の視認がし辛くなるというのもあるので、シシュ達はマスクの視覚補助がなければそのポテンシャルを十分に発揮することは出来ないのだが。

 

「krr……エミリオ……」

 

 しかし、シシュはたとえ紅蓮の炎に照らされても、エミリオの姿をしっかり認識することが出来た。

 こればかりは、生物学的にも、科学的にも説明することは不可能であった。

 

「krrー……」

 

 シシュは横たえるエミリオの傍に寄ると、水で濡れ、戦闘で破損した衣服を丁寧に脱がしていった。

 エミリオの逞しく、そして傷だらけの肉体が露わになる。靴や靴下までも脱がし、下着一枚となったエミリオの肉体を見たシシュは、ほんの少しだけ頬を赤らめていた。

 だが、長時間の戦闘、そして川の水に半身を浸していたエミリオからは極度の疲労、そして低体温症の兆候が現れており、その全身を小さく震わせ、唇を青く染めている。その様子を見たシシュは、ぶんぶんと頭を振り沸き起こる煩悩を払っていた。

 

「……」

 

 シシュは身につけていた装具を外し、纏っていたボディスーツも脱ぐ。尚も浅い呼吸を繰り返すエミリオの傍に横たわり、その裸体で伴侶の肉体を包んでいた。

 

「……」

 

 シシュはこのような介抱しか出来ないのを、忸怩たる思いを抱いきながら行っていた。

 応急処置キットはとっくに無くなっており、装備はショルダープラズマキャノン、リストブレイド、シュリケンにスラッシャーウィップのみ。

 どれもこれも、今の状況では何も役に立たない。

 ただ、その身ひとつでしか、エミリオを介抱することが出来なかった。

 

「……エミリオ」

 

 ぼそりとエミリオの名を呟くシシュ。

 シシュの胸の中で苦しげな呼吸を繰り返すエミリオの姿は、乙女の心を強烈に苛んでいた。

 

「krr……」

 

 ふと、シシュはおもむろに爪上口器を開き、エミリオの頭部の裂傷にそっと舌を這わせた。

 ピチャリ、ピチャリと湿った音が洞窟内に響く。愛する男の傷を舐めることしか、乙女には出来ないのだ。

 

「chu……kyuu……」

 

 切なげな顫動音を鳴らしながら一生懸命に傷を舐めるシシュ。エミリオの血液は乙女が想像していたよりも熱く、辛い。

 だが、それがエミリオの生の証だと感じたシシュは、嫌悪感など一切感じることなく“治療”に専念していた。

 

「kyuu……kyuu……」

 

 シシュは頭部の傷を舐め終えると、そのままエミリオを抱きながら肩や腕、胸の傷に舌を這わせた。

 大きい身体を猫のように縮ませながら、シシュは丹念にエミリオの傷を舐める。

 ピチャ、ピチャリと乙女の唾液が塗布され、エミリオの肉体は艶かしい粘液に包まれていった。

 

「……」

 

 ふと、シシュはエミリオの肋骨の傷を舐め終えると、てらてらと濡れたその桜色の突起を見つめる。

 ぼんやりと見つめていく内に、シシュの鼓動はドクドクと高鳴り、乙女の体温を上げていった。

 

「……krr」

 

 ちろりと、エミリオの乳頭をひと舐めする。血の味とは全く違う、甘く、切ない味がシシュの舌に広がり、乙女は陶然とした表情を浮かべていた。

 

「……うぅ」

「krr!?」

 

 ちろちろと乳首を味わっていると、僅かに身を捩らせうめき声を上げるエミリオ。シシュは驚きと喜びが混じった顫動音を可愛らしく鳴らし、エミリオの顔を見つめる。

 

「krr……エミリオ……」

「う……はぁ……」

 

 切なげな吐息を漏らすのを聞き、シシュは増々体温が上昇するのを感じる。

 シシュの体温と比例するかのように、エミリオの体温もまた熱を帯びていった。

 

「エミ……nchu……」

「うぁ……」

 

 シシュはエミリオの乳首に再び口器を這わせると、そのまま舌で転がすように突起を舐める。

 クチュ、クチュリと水音を鳴らしながら、シシュは上目遣いでエミリオの表情を伺う。

 エミリオは未だ覚醒はしていなかったが、赤らんだ顔で熱い呼吸を吐き出している。それを見たシシュは、増々エミリオの肉体を味わうべく味覚器を這わせていった。

 

「kyuu……kyuu……」

「うっ……うぁぁ……」

 

 陶然とした表情を浮かべ、一心不乱に男の裸体を味わう異星の乙女。

 乳首を丹念に舐め取った後、そのままみぞおちへ思い切り舌を這わせる。

 更に、エミリオのヘソへと舌を突き入れた。

 

「kyuuuu……」

 

 シシュはそのまま自身の尻をエミリオの顔へ向けるように体位を変える。

 あまりエミリオに負担をかけないよう、なるべく体重をかけず、大きい身体を猫のように身体を縮こませながら。

 

「Fuuu……Fuuuuu……!」

 

 そして、目前に迫るエミリオの生殖器。下着越しではあるが、大きく怒張し、先端をしっとりと濡らしたそれを見て、乙女は興奮した猛獣のような熱く、淫らな息を漏らす。

 全く触らずにいるのに、自身の陰部からとめどなく愛液た垂れていくのを感じる。

 

「ん……んく……」

 

 トロリと、シシュの愛液がエミリオの口元に垂れる。エミリオは無意識の内にその愛液を嚥下し、更に熱い息を吐いていた。

 

「kyuuuuu……!」

 

 愛した男性は、存外に逞しい。

 嬉しそうに顫動音を鳴らしたシシュは、股下から器用にエミリオの顔を覗きながらそう思っていた。

 常人なら重傷であってもその生命力は全く衰えを知らず。エミリオの驚異的な回復力は、乙女にとって望外の喜びであり、悦びでもあった。

 

「kyurrrrr……!」

 

 喜色を抑え切れず、シシュはエミリオの下着に手をかける。

 やや乱暴に剥ぎ取ると、この世で最も愛おしく、大切な存在の分身が、乙女の前に現れた。

 ビクビクと細かい脈動を繰り返し、触れて無くとも伝わる熱い温度。

 

「kyu、kyuuuu……!」

 

 おもむろに、その匂いを吸い込む。すると、乙女の脳髄に得も言われぬ快感が迸った。

 いつになく麻薬めいた効能を発揮する肉の香りが、乙女の心をかき乱す。

 一筋の涎を垂らしたシシュは、ゆっくりと舌を伸ばし、その熱い肉へ触れた。

 

「あ、あぅぅ……」

 

 亀頭をひと舐めし、鈴口にそっと舌を入れる。

 チロチロと舌を動かしていると、エミリオから悩ましげな声が上がった。

 シシュはそれを聞くと、我慢を抑えきれず、思い切りエミリオの生殖器にかぶりついた。

 

「Fuu、Fuu、Fuuuuu!」

「う、あ、あぅぅ……!」

 

 ジュボッ! ジュボッ! ジュボッ! と、激しいストロークで責め立てるシシュ。鼻息を荒くしながら、エミリオの臀部を鷲掴みにし、喉奥まで肉棒を挿れる。

 シシュの首が前後する度に、エミリオは無意識下で快楽の吐息を漏らし続けていた。

 

「kyuuuu……! kyuuuu……!」

 

 興奮しきった乙女は口器全体で愛する男の熱を味わう内に、その生命の熱さが心の奥底まで伝わるのを感じる。すると、シシュは自然と涙を流していた。

 

 生きている、エミリオは生きているんだ。

 私を、守ってくれたんだ。

 大好きな、大好きなエミリオ。

 もう、何もいらない。

 エミリオさえいれば、もう私は何もいらない。

 

 涙を流しながら口淫を続けるシシュ。唾液と、愛液と、腺液が混じった液体がボタボタと垂れ落ち、洞窟内は淫靡な湿気に満たされていった。

 

「う、うぁぁ……!」

「ッ!?」

 

 唐突に、エミリオの肉棒が更に大きく膨らんだ。

 そして間髪入れず、鈴口から精液が吐出された。

 

「……ッ! ……ッ!」

 

 ドクッ、ドクンと肉棒が蠕動し、その肉々しい動きに合わせてビュクビュクと射精が行われる。

 シシュは一滴も残すもんかと思い、涙目で精液を飲み込み続けていた。

 ゴク、ゴクと喉を鳴らす乙女は、幸せそうに表情をとろけさせながら、エミリオの精液を嚥下し続けていた。

 

「kpuuu、kpuuuu……!」

 

 やがて射精が終わる。だが、シシュはいまだ怒張が収まらないエミリオの肉棒から口器を離さず、ぷくぷくと泡を漏らしながら飲精の余韻に浸っていた。

 

 まだ、硬い。

 まだ、熱い。

 

 シシュはエミリオが未だに精力を残しているのを感じると、名残惜しそうに肉棒から口器を離す。

 亀頭と口器は粘ついた糸を引き、闇の中でも妖しい輝きを放っていた。

 

「krrr……エミリオ……スキ……スキ……」

 

 シシュは再び体を入れ替えると、ゆっくりと包むようにエミリオの顔へ両手を当てる。愛液で濡れた顔を丁寧に撫で、愛しい男の顔を整えていた。

 しかし愛情を堪えきれないシシュは、そのまま啄むようにエミリオの唇を舐め始めた。

 

「スキ……スキ……!」

 

 抑えられない想いで、舌を口内へ挿れる。グチュグチュと愛する男の唾液を舐め、体液を交換したシシュの陰部からは、先程とは比較にならないほど愛液を漏らしていた。

 

「スキィ……!」

 

 そのまま、濡れた手でエミリオの下腹部を弄る。

 慎重に性器を掴んだシシュは、なるべく体重をかけないようしっかりと踏ん張りながら腰を落としていった。

 

「kyu、kyuuuuuuッ!」

 

 だが、亀頭が陰唇に触れた途端、シシュの全身に電気が走る。

 生まれたての子鹿のように脚を震わせながら、懸命にその衝撃に耐えるシシュ。

 ツン、ツンと亀頭が当たる度に、シシュは更なる快楽の予感を感じ、その身を震わせ続けていた。

 

「……ッ! kyurrrッ!」

 

 そして、意を決し、一気に腰を沈める。

 

「──ッ!」

 

 ズチュウッ! と艶かしい水音と共に、エミリオの肉棒はシシュの胎内へと挿入される。

 その瞬間、乙女は意識を僅かに飛ばし、支えていた身体を一気に脱力させた。

 

「うっ……!」

 

 シシュの全体重がエミリオに伸し掛かる。

 苦悶とも悦楽ともつかない呻き声を上げたエミリオ。それを聞き、咄嗟に我に返ったシシュは、慌てて腕と脚に力を込めようとする。

 

「ku……kukyuu……!」

 

 だが、乳房や腹から感じるエミリオの体温、そして膣から感じるエミリオの熱が、シシュを更に脱力させる。

 口器をだらしなく開き、全身を弛緩させとろけきった表情を浮かべたシシュは、力なくエミリオの背に手を回し、全身を愛する男に委ねた。

 

 大丈夫、エミリオなら。

 だって、こんなにも、力強いんだから。

 私の重さくらい、なんてことない──

 

 全身から感じる多幸感からか、シシュはそのような身勝手ともいえる想いに囚われる。そのまま脚を絡め、エミリオの肉体に深く身を沈めたシシュは、鎖骨から感じるエミリオの吐息により未開発の性感が刺激されたのか、結合部からとめどなく体液を漏らしていた。

 

「う……」

「kyu、kyuuuuu!!」

 

 ふと、無意識下のエミリオが、僅かに腰を動かす。

 グチリと膣壁が擦れ、シシュは悲鳴じみた嬌声を上げた。

 

「kukyuuuu! kukyuuuuuu!!」

 

 ぐっしょりと全身を汗で濡らし、涙と涎を垂らしながら、シシュは自分の肉体を擦り付けるようにエミリオの上で蠕動する。

 エミリオの肉体は熱く、淫らなシシュの体温のおかげか、しっとりと汗を浮かべる。

 シシュが身体を滑らせる度に、番の周囲は体液が飛び散り、洞窟内の湿度を増々上昇させていた。

 

「kyuuu!kyuuuuu!!」

 

 グチ! グチュリ! グチュリ! と結合部から激しく、粘り気のある水音が鳴る。

 子宮口に感じるエミリオの熱が、シシュを更に狂わせていく。

 もう、自分の体液なのか、それともエミリオの体液なのかわからないほど、シシュの肉体は狂ったように蠕動を続けていた。

 

「う……あぁ……!」

「kyu、kukyuuuuu!!」

 

 そして、先程と同じ様に、エミリオの肉棒がビクビクと震え始める。

 射精の前兆を受け、シシュの膣内も同じ様に震え出し、乙女の脳髄を快楽に染めていく。

 

「……ッ、あ、シ、シシュ……?」

「kyu!?」

 

 すると、唐突にエミリオが声を上げた。

 おぼろげな瞳で自身に伸し掛かるシシュを見たエミリオに、乙女は驚愕と嬌声が混じった声を上げていた。

 

「……シシュ」

 

 だが、エミリオはそんなシシュの背中に手を回す。

 

「kyu──!」

 

 そのまま、エミリオはシシュの鎖骨を甘く噛んだ。

 未だ覚醒しきっていない、半睡半醒のエミリオの無意識の愛撫。

 その刺激に、乙女は即座に半失神状態に陥った。

 

「ん、くぅッ!」

「──ッ!!」

 

 ビュルッ! ビュクッ! ビュルルルッ!

 悩ましげなエミリオの声と共に、深く挿入された肉棒から精液が射精される。

 射精しながら、腰を突き挿れるエミリオ。まるで、精液を一滴も零さないよう、深く深くシシュの膣中へと肉棒を突き入れていた。

 

「シシュ……」

「……」

 

 二度の射精でも、エミリオの肉棒は常の状態には戻らず、半勃ちのままシシュの膣内に留まっている。

 深く繋がり、深く抱き合った異星の番。

 気を失い、ぐったりと身体を弛緩させたシシュを抱きしめたエミリオ。それまでの疲労に加え、性交、そして吐精の疲れからか、同じ様に意識を失っていた。

 

 シシュの温もり、そしてエミリオの温もり。

 お互いに溶け合うような感覚に包まれ、異星の番はじっと息を潜め、洞窟内で微睡んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

「シシュ……何が言いたいかわかるよね?」

「krrー……」

 

 翌朝。

 朝日の光が僅かに岩石の隙間から漏れ、洞窟内を薄暗く照らしている。

 乙女の逆レイプともいえる性交を受けてから一夜明け、完全に覚醒したエミリオ。

 消耗した肉体は未だに節々が痛むものの、とりあえずの活動には支障は無さそうである。

 

「あのね、介抱してくれたのは嬉しいし、助かるけど、それにしてももう少しやり方っていうのがあるんじゃないかな?」

「……」

 

 覚醒したエミリオは結合したまま抱き合っている状況で全てを察し、幸せそうにスピスピと寝息を立てるシシュを即座に叩き起こしていた。

 そのままシシュを正座させ、説教を始めるエミリオ。

 シュンと長い睫毛を垂れさせ、反省した様子を見せる乙女の姿は、実に哀愁漂う光景である。

 とはいえ、お互いに全裸で、更にお互いの体液で濡れた性器を露出している状況は、傍から見ればかなりシュールな光景でもあった。

 

「はぁ……もう、全部終わったら、好きなだけしてあげるから、ね?」

「krr!」

 

 そんなシシュの姿を見て、やれやれといった風に溜息をついたエミリオは、そっとシシュの頬を撫でる。

 現金な乙女は嬉しそうに顫動音を鳴らし、スリスリと愛しい男の手に頬ずりしていた。

 

 

「よし。それじゃあ、ライバック達と合流しよう。この辺りを探せば、また安全な場所が見つかるかもしれないから、シシュも気をつけてね」

「grr!」

 

 エミリオとシシュは互いに衣服、装具を身に着け洞窟から出る。

 とはいえ、シシュはともかく、エミリオの装備は渓谷へ飛び降りた際に失われており、唯一残されたのは乙女から託されたコンビスティックのみだ。

 もっとも、エミリオにとって海兵隊の装備より、乙女から譲り受けたこの槍の方が頼れる武器であった。

 二人は周囲を油断なく見渡し、エイリアンの姿が見えないのを確認すると、離れ離れになった仲間を探すべく行動を開始する。

 

 

「シシュ。ジャングルに向かうルートは──」

 

 そう、エミリオが言った瞬間。

 

「ガッ!?」

「grッ!?」

 

 突然、激しい衝撃が、異星の番を襲った。

 

「あ、があぁ……ッ!」

 

 エミリオは激しい痛みに苛まれ蹲るように倒れる。見ると、シシュは一撃で意識を刈り取られたのか、膝から崩れ落ちるように地に倒れ伏していた。

 完全に、意識外からの攻撃。

 それは、エイリアンからの攻撃では無かった。

 

「目標ノ制圧ヲ完了シマシタ」

「目標ヲ研究所ヘ連行シマス」

 

 薄れゆく意識の中、エミリオはひどく機械的な声を聞き、その声の方向へ視線を向ける。

 ぼやけた視界の中、陽炎のような影が複数体、エミリオ達を囲んでいた。

 

「お前……達は……」

 

 すると、陽炎が紫電を纏わせながら徐々に実体化する。そして、潜水服のような無骨な強化スーツを纏い、前時代のガスマスクのような不気味な防護マスクを被った異形共が現れた。

 まるで人間味、いや生物感を感じさせないその無機質な襲撃者達は、機械的にエミリオ達を制圧していた。

 

「ウェイランド・ユタニ社社則第24条第11項ニ則リ、貴方達ハ拘束サレマス」

「ウェイランド・ユタニ社社則第31条第7項ニ則リ、貴方達ハ無力化サレマス」

 

 更に激しい衝撃が、エミリオを襲う。

 

 そのまま覚めない悪夢を見るかのように、エミリオの意識は深い闇の中へと落ちていった。

 

 

 BG-386を照らす朝日は、残酷なまでの明るさを放っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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Chapter23.『Deukaliōn』

 

「気分はどうかね」

「ぅ……」

 

 白く、明るい光がエミリオを照らす。

 無機質な声質の言葉を聞き、若き海兵隊は徐々にその意識を覚醒させていった。

 

「ふむ。非殺傷テーザー銃とはいえ、二発も受けたら普通はショック死してもおかしくないのだが……驚異的な回復力、そして身体能力だな」

「あ……うぅ……」

 

 脳髄が痺れるような感覚と共に、徐々に五体へ感覚が戻ってくる。

 そして、エミリオは自身が仰向けになり、冷たい鋼鉄製のベッドに寝かされているのに気づいた。

 

「ここ……は……?」

 

 ゆっくりと頭を動かし、半眼で辺りを見回す。

 土と血で塗れた戦場とは違い、一切の汚れのない真っ白な壁面。強烈な人工的な光に照らされた部屋。

 そして所々に見える清潔感のあるテーブルには、バイタルをチェックする機器が並び、経過を入力しているであろうタブレットが整然と並べられていた。

 

「ここはBG-386の研究施設だよ。この惑星で唯一ゼノモーフ、ハンター……そして君達海兵隊の影響力が無い場所であり、我々の“出発地点”でもある」

「……っ!」

 

 エミリオの霞がかった思考が徐々に鮮明になっていく。

 ゼノモーフ、ハンターという単語を咀嚼しきれずにいたが、海兵隊という言葉を聞いた瞬間、エミリオは猛然と四肢に力を込めた。

 

「グッ!?」

「ああ、無理をしない方が良い。君が寝ているベッドには耐食セラミック製の拘束具が取り付けられている。いかに君が超人的な怪力を持っていても、その拘束は外れんよ。なにせ、ゼノモーフを拘束する物と同じなのだから」

 

 四肢が固定され、渾身の力を込めても僅かに身を捩ることしかできない現状。

 文字通りベッドに縛り付けられたエミリオは、明るさに慣れたのか先程から声をかけてくる存在へ睨みつけるように視線を向けた。

 

「ウェイランド社の人間か……!」

 

 視線の先に、髪をオールバックにし、綺麗に髭が剃られた男の姿があった。

 茶色いコートに身を包み、その風貌は四十過ぎに見える。彫りの深い顔立ちはともすると深い知性を伺わせたが、エミリオはその顔に悍ましい何かを感じ、増々表情を強張らせていた。

 

「ウェイランド・ユタニ社上級執行役員兼兵器開発部部長、ランス・ビショップ・ウェイランドだ。初めましてといった所かな。米国植民地海兵隊海兵少尉エミリオ・クロサワ君」

「くっ……!」

「もっとも、この肩書は“元”がつくがね。今はただの……ビショップとでも呼んでくれたまえ」

 

 エミリオの敵意が溢れた視線を意に介さず、悠然と自己紹介をするビショップ。

 部屋に備えられたデスクチェアに背を預け、脚を組みながら実に余裕たっぷりといった様相を見せていた。

 

「彼女は……シシュはどこだ……ッ!」

 

 そして、エミリオはこの世で一番大切な存在の名を出す。

 状況的にシシュだけが逃れられたとは考えられず、自身と同じように虜囚の身となっているのは間違いない。

 牙をむき出しにし、猛然と敵意を向けるエミリオ。

 

「シシュ。シシュという名前か。“アレ”は」

 

 そんなエミリオに不敵に口角を吊り上げながら応えるビショップ。

 

「今までハンターの“標本”はいくつか手に入れていたが、生きた標本が手に入ったことは無くてね。しかも女型だ。希少価値が高い」

「貴様ぁッ!!」

 

 みしり、と拘束具が軋む音がする。

 全身の血管が膨らみ、怒気を傲然と噴出させたエミリオの剛力でも、拘束具が外れることは無かった。

 

「シシュに何かしてみろッ! 貴様ら全員、殺してやるッ!!」

 

 猛烈な怒気を受けても尚、ビショップは表情を変えない。

 いかに超人的な膂力があっても、この拘束具はビショップの意思がなければ外れることは無いのだ。

 

「まぁ落ち着き給え……まだ(・・)彼女には何もしていない。ウォルター」

「はい」

 

 ふと、ビショップは傍らに控える一体のヒューマノイドへ声をかける。

 いつの間にか、いや初めからそこに存在していたのか。

 無機質な表情を浮かべるヒューマノイド、ウォルターが、自身の主へ短く応える。

 エミリオはウォルターの姿を見留めると、あふれる敵意をこの“裏切り者”へも向けていた。

 

「ウォルター! この裏切り者!」

「エミリオ少尉。私は元々“こちら側”です」

 

 素っ気なくエミリオへ応えるウォルターの瞳は、ただ無色。

 まるで人間味を感じさせないその瞳は、エミリオの敵愾心をスポンジのように吸収していた。

 

「ウォルター。そろそろ例の準備を始めてくれ」

「畏まりました」

 

 ウォルターはビショップへ一礼すると、部屋の隅に備えられた端末を操作し始める。

 見ると、部屋にはエミリオ達以外にも数名の研究員、そして銃を抱えた戦闘用ヒューマノイドの姿も何体かあった。

 

「さて、エミリオ少尉。準備ができるまで少し話をしないか」

「話だって!? それに、準備って何のことだ!?」

「落ち着き給え。君が知りたい情報を順に説明してあげようと思うのだ。聞く気があるなら、その口を少し閉じて欲しいのだがね……“彼女”の為にも」

「くっ……!」

 

 ビショップの言葉を聞き、エミリオは言外にシシュを人質に取られたと察知する。抵抗する力を抜き、敵意を向けた視線をビショップへ向けていた。

 両手足を抑える拘束具はエミリオの血で汚れており、床に血液がポタポタと垂れ落ちている。

 そのようなエミリオを見て、満足気に頷いたビショップは滔々と語り始めた。

 

「良い子だ。では、まず我々の目的を話そうじゃないか」

「目的……?」

 

 ビショップはチェアから立ち上がると、そのまま壁面に備えられたスクリーンの前に立つ。

 手を上げて合図をすると、スクリーンからは惑星BG-386の姿が映し出された。

 

「もう分かっているとは思うが、BG-386はただの植民惑星ではない」

 

 映し出されたBG-386の様子は、エミリオ達がアスタミューゼから見た姿と変わらず、不気味な雲に覆われていた。

 しかし惑星の表面がズームされていくと、エミリオが当初目にした惑星の建造物は一切無く。

 代わりに、深いジャングルの中にひときわ大きな建造物が存在した。

 

「これは我々が入植する前に元々存在していた建築物だ。何かに似ているとは思わないかね?」

「……ピラミッド」

 

 自然現象で作られた建造物では無く、明らかに人為的に作られたそれは、ジャングルの木々に囲まれたピラミッド型の遺跡。

 なぜ、このような物が存在しているのか、エミリオには皆目見当がつかなかった。

 

「いわゆる古代エジプトのピラミッドとは違うがね。どちらかと言えば、メソポタミア文明やメソアメリカ文明のピラミッドに近い代物だ。そして……」

 

 映像はピラミッドの内部構造へと移る。

 壁面に刻まれたレリーフの数々は、エミリオがよく知る姿が描かれていた。

 

「エイリアンと……シシュ……!?」

 

 レリーフには男性器を思わせる醜悪なフォルムの怪物、そしてそれらを“狩る”宇宙人達の姿が刻まれていた。

 そして、狩人は武骨なマスクを被り、手にした武器は、シシュが持つ様々な武器と酷似している。

 とはいえ、シシュのような女型ではなく、明らかに男性型の宇宙人の姿が、そこに刻まれていた。

 

「我々がハンター型宇宙人と呼ぶ存在……一部では“プレデター”と呼称しているが、彼らは我々人類が文明を持つ遥か以前から高度な科学技術文明を持っていた。そして、このピラミッドは彼らの偉大なる戦士を祀った墳墓なのだよ」

 

 ピラミッド内の映像と共に、ビショップの説明が続く。

 エミリオはその超然とした風景に、ただ困惑した表情を浮かべスクリーンを見続けていた。

 

「彼らは先史文明の頃から地球に度々やって来てね。エジプトや南米、そして今は無いが、南極にも彼らの影響で建てられたピラミッドが存在したのだよ」

「……」

「そして、彼らの存在は我々の偉大なる前任者達のおかげで以前から知っていた。そして、この惑星のピラミッドがただの墳墓ではないことも。我々は彼らの存在を秘匿し、まずは惑星植民地としてBG-386を開発した。来るべきその時に備えてね」

 

 映像は再びBG-386の全景を映す。数多の輸送船が惑星へと降り立ち、徐々にコロニーが形成されていく。しばらくすると、BG-386はエミリオが知る惑星植民地の姿へと変わっていた。

 

「彼らは偉大な戦士の遺体と共に、いくつもの重要な物を収めていた」

 

 映像はピラミッドの深部へと移行し、祭壇のような場所を映し出す。そして、そこに鎮座する巨大な棺が、エミリオの視界へと映し出された。

 何人もの科学者が棺を調べ、その中身を暴こうとしている。エミリオはその様子を19世紀に横行したピラミッドの盗掘現場のようだと、眉を潜めて見つめていた。

 映像が切り替わる。

 すると、巨大な牢獄のような場所が映し出された。

 

「そのひとつが、ゼノモーフ……君達が“エイリアン”と呼ぶ、完璧な生命体だ」

「何だって……!?」

 

 牢獄では四肢を拘束され、凍結されたエイリアン……それも、エミリオ達が熾烈な闘争を繰り広げた存在よりも、遥かに巨大な姿が映し出されていた。

 頭部のフードは通常のエイリアンよりも広がっており、腕も一対多い。肛門と思われる部分からは、シロアリの女王が持つ巨大な産卵器官がグロテスクに鎮座していた。

 凍結されたエイリアン・クイーンの、醜悪なる威容。そして、悪夢の始まり。

 

「ここは墳墓であると同時に、彼らの成人の儀式を行う神聖な場所でもあったのだ」

「成人の、儀式?」

「そう。そもそも彼らが成人として認められるには、ある試験をクリアしなければならない。それが、ゼノモーフを狩るという行為だ」

 

 凍結されたクイーンが徐々に解凍されていく。覚醒し、僅かに頭を振ったクイーンが悍ましい雄叫びを上げる。

 孔雀と子象、そしてライオンのような低い唸り声を混ぜ合わせたかのようなその叫びは、自身を牢獄に閉じ込める何もかもを憎むかのような、醜悪と増悪に塗れた叫びだった。

 

「見たまえ。これがこの惑星に棲まうゼノモーフの、母親だ」

「……」

 

 解凍されたクイーンは、拘束具によって身動きが取れない。だが、産卵管へ差し込まれたプラグのようなものから電撃が迸ると、クイーンは苦悶の叫び声を上げながら、ひとつ、またひとつと“卵”を産み始めた。

 強制産卵の様子がしばらく続き、エミリオは思わず目をそむける。

 仲間たちを殺した元凶でもあるクイーンであったが、拘束され、体液を撒き散らせながら産卵をするその姿は、見るに堪えない代物であった。

 

「我々は冷凍状態で保存されていたこのゼノモーフ……“クイーン”の蘇生に成功した。そして、(エッグチェンバー)から生まれた幼虫(フェイスハガー)を“被験者”達へ寄生させ、ゼノモーフの繁殖にも成功した」

 

 続く映像では、拘束された人間達に、蜘蛛のような怪物が寄生している場面が映し出される。

 

「……ッ!?」

 

 場面が切り替わり、寄生された人間がカプセルの中に収められた様子が映し出されると、苦しげにうめき始めた人間の胸から勢いよく小さなゼノモーフ(チェストバスター)が飛び出す。肉と血を撒き散らし、カプセルの中で暴れまわるチェストバスターは、この世の醜悪を全て煮詰めたかのようなグロテスクな光景だった。

 そして、エミリオはそれが精錬所でシシュを襲ったあの怪物と同一であることに気づく。

 

「シ、シシュ……!」

 

 愛しいシシュ。そのシシュの体内にも、あの醜悪な化け物が潜んでいる。その可能性を見出したエミリオは、青ざめた表情でスクリーンを凝視していた。

 

「……話を続けても?」

 

 そのようなエミリオに、ビショップは諧謔味のある笑みを浮かべていた。

 エミリオはビショップの話などもはやどうでも良く、一刻も早く異星の妻へ駆けつけたい衝動に支配されている。だが、拘束具を解かれない限りそれは果たせない。

 

「まあゼノモーフ繁殖は私にとって副産物でしかない。会社にとってはメインプロジェクトだったが、個人的には生物兵器転用はどうかと思ったがね……アレを飼いならす為の方法やコスト、戦地での運用方法をどうするつもりだったのやら。まだゼノモーフを活用した新薬開発や新素材開発の方が理解はできる」

「……」

 

 実際に相対したエミリオは、ゼノモーフの戦闘力を肌で感じており、たしかに戦場では出会いたくない代物だ。だが、ゼノモーフは知能はあれど、人間への敵愾心は相当に深い。そのような手綱の効かない化け物を、果たして戦場で有効活用できるのだろうか。

 そもそも、ゼノモーフの実際の驚異は哺乳類への無差別的な寄生、そして爆発的な繁殖力にあり、単体群体問わず現代兵器で武装した軍隊の前では、それこそ厄介な害獣クラスでしかない。ウェイランド社はゼノモーフの兵器転用をどこまで具体的に考えていたのか、エミリオにとっても不可解な考えであった。

 

「とまあ、ここまで順調だったのだが、恥ずかしながらゼノモーフの一体が我々の隙をついて脱走してしまってね……クイーンを含め多くのゼノモーフも研究所から脱走してしまった。そして、混乱する我々の前にハンター達もやってきた……」

 

 映像は混乱の極みに達する研究所、そしてBG-386の様子が映し出される。惑星のあちこちで、プレデター、そしてエイリアンとウェイランド社の社員、戦闘用アンドロイドとの三つ巴の戦闘が映し出されていた。

 

「……いい気味だ。飼い犬に手を噛まれ、墓荒らしをされた持ち主が怒ってやって来たというわけだ。貴様らの目論見は、そこで終わっているよ」

「君は先程の話を聞いていなかったのかね? ゼノモーフも、そしてハンターも、あくまで副産物でしかない。私にとってはね」

 

 エミリオの悪態を、泰然と流すビショップ。

 事実、彼にとってゼノモーフが脱走したのは、多少のイレギュラーであれ重大な事態ではない。

 

「会社はこの時点でBG-386からの撤収を指示していたが……私は、まだここでやるべき事がある。だから、そこでCEOには辞表を叩きつけたよ」

「……どういうことだ?」

「元々ウェイランド社は私の五代前、チャールズ・ビショップ・ウェイランドが興した会社だ。それが、高祖父ピーター・ビショップ・ウェイランドが亡くなった時に、ユタニ社の連中が買収したのがそもそも気に入らなくて……」

「そういう事じゃない! お前のやるべき事って、一体何なんだ!」

 

 愉悦気味に表情を崩すビショップに、エミリオは苛立ちが籠もった声を上げる。

 ビショップはくつくつと喉を鳴らし、若い海兵少尉へと視線を向けた。

 

「それを語るには少々昔話をしなければならないが……まあ一言で言えば、高祖父の目的を私がより昇華させた形で実現しようと思ってね」

「……」

「ピーターが実現しようとした計画……“プロメテウス計画”は、残念ながら失敗してしまった。その後も、あの神を気取ったヒューマノイドのおかげで更に計画は遠のいてしまったが……私はここで、人類の偉大なる祖先を超えるつもりでいるのだよ」

「なんだって……?」

 

 ビショップからいきなり語られた誇大妄想ともいえる目的。その一端に触れたエミリオは、ビショップの表情が狂気で歪んでいくのを感じ、背筋に冷えた汗をひとつ流す。

 

「我々人類……いや、地球上の全ての生物は、とある宇宙人の手によって創造されたのだよ」

「は……?」

「我々は彼らの事をスペースジョッキー……いや、“エンジニア”と呼んでいる。ちなみに、ハンター達も彼らの手によって創り出された種族だ」

「……」

 

 スクリーンの映像が切り替わり、墳墓の内部の様子が映し出される。

 巨大なプレデターの棺の中から、長方形のデバイスが取り出される様子が映っていた。

 ビショップの狂気的な熱が籠もった語りは続く。

 

「彼らはその卓越した科学技術で、この宇宙の全てを支配していた。だが、数千年前、ハンター達が彼らに離反した。エンジニアの代わりに戦闘を担っていたハンター達は、瞬く間にその科学技術を奪い、宇宙の支配を取って代わった。そして、僅かに生き残ったエンジニア達も、とあるヒューマノイドによって尽く滅亡してしまった」

「……」

「だが、エンジニアの遺産は、この宇宙の各所に残されている。ハンター達ですら使いこなせない様々な高度な技術……その在り処が示された端末が、この墳墓に残されていたのだ」

「……」

「ハンター達が何を思ってこの情報を墳墓に残したのかは不明だが、おそらくは埋葬されていたハンターが余程の地位を持っていたのだろう。副葬品のひとつとして、ハンター達は重要な情報も共に埋葬したのだと私は推測している」

「……それで、その遺産でお前は何がしたいんだ? 使いこなせないのは、お前も一緒だろう」

 

 エミリオは徐々に見えてきたビショップの野望を感じ取り、敵愾心が籠もった目で睨みつける。

 その視線すら、愉悦が籠もった表情で受け止めるビショップ。彼は、この若い海兵隊を全く脅威として見做していなかった。

 

「確かに、ハンター達ですら使いこなせず、封印するしか出来なかった代物だ。会社、いや地球の科学技術の総力を上げても、その解析は不可能といってもいいだろう」

「なら、どうして」

「だが、唯一解析し、使いこなせる者がいたら?」

「ッ!?」

 

 スクリーンは宇宙を駆ける一隻の宇宙船を映し出していた。

 船体には“USCSSコヴェナント”と刻まれていた。

 

「先程言ったあるヒューマノイド……彼はエンジニアの言語を理解し、その技術を解析していた。少なくとも我々や、ハンターより」

「……」

「しかし彼の消息はこのUSCSSコヴェナント号で途絶えてしまった……だが」

 

 映像は再び切り替わり、宇宙図を映し出す。このBG-386からそう遠くない宙域に、コヴェナント号を示すシグナルが表示されていた。

 

「つい二週間前……君たちがここに来る前、我々はコヴェナント号の所在を掴む事に成功した。そして、彼が解析したエンジニア達の科学技術も、そこに残されている」

「なんだって……?」

「この際彼の“生死”はどうでもよい。私の目的の為にも、コヴェナント号に残された情報は必要なのだから」

「……お前は、何がしたいんだ?」

 

 熱にうなされたように語るビショップを、エミリオは幾ばくかの恐怖が籠もった視線で見つめる。

 ビショップは、ゆっくりと口を開いていた。

 

「エンジニアの技術を使い、この宇宙で人間がゼノモーフやハンターを超えた最高種族として君臨する。そして、私は人類の繁栄の祖となるのだよ」

「馬鹿な……」

「陳腐な野望と馬鹿にするかね? だが、人類の長い歴史で、私の名はこれまでのどの偉人よりも輝かしく刻まれる」

 

 そして、ビショップはデスクチェアから立ち上がり、芝居がかった動作で両腕を広げた。

 

「その実現が、もう目の前に迫っているのだ……これが、私が目指す“デウカリオン計画”なのだよ」

 

 爛々と瞳を燃やすビショップ。エミリオは、ビショップの野望がただの誇大妄想ではないのを感じ、その狂気に呑まれていた。

 

「とまあ長くなったが、以上が私の目的だ。何か質問はあるかね?」

「……なぜ、僕にその話をした。僕に、何をさせたいんだ」

 

 絞り出すように声を上げるエミリオを、目を細めて見つめるビショップ。

 そして、エミリオが横たわるベッドの傍へと近づいた。

 

「この計画は実現まであと一歩……しかし、妨害勢力の攻撃は未だに続く。故に、優秀な兵士が必要だ」

「……」

「まあ要約すれば、君をヘッドハンティングしたいのだ。君の経歴も調べさせてもらったよ」

「……」

「あの伝説の武人、マスター・黒澤の孫にして、黒澤流の継承者……超人めいた身体能力を持つ、最高の兵士」

「……」

 

 拘束されたエミリオの肩に手を置き、不敵な笑いを浮かべるビショップ。

 エミリオはただ黙ってビショップを睨んでいた。

 

「君にとっても悪い話ではないと思うがね。“彼女”の為にも」

「ッ!?」

 

 そしてビショップが目で合図すると、スクリーンからエミリオと同じように拘束されたシシュの姿が映し出された。

 

「シシュ……!」

 

 ぐったりと身体を弛緩させ、意識を落としているシシュ。

 その痛ましい姿を見つめ、エミリオの瞳は潤む。

 

「君も薄々感づいていると思うが、彼女はゼノモーフに“寄生”されている」

「ッ!」

「しかし我々は彼女を傷つけずに、寄生体を除去することが可能だ。君が協力してくれればだが」

「ビショップッ……!」

 

 シシュが囚われ、更にその身にあの怪物を宿している。

 彼女を救うには、この狂気に身を売らなければならない。

 懊悩しつつ、エミリオは血走った目でビショップを睨み続けていた。

 

「更にだが……」

 

 そして、ビショップは口角を引き攣らせ、エミリオの瞳を覗き込んだ。

 

「彼女の子宮に、着床出血が確認された」

「え……」

 

 あっけに取られたように表情を緩めるエミリオ。ビショップは、増々口角を引き攣らせた。

 

「妊娠の超初期症状だ。膣内に残されたDNAは、君のDNAと一致した」

 

 その言葉を聞いた瞬間、エミリオは拘束された五体を激しく動かした。

 

「貴様らぁッッ!!」

 

 ギシリ、と、拘束具が軋む。それに構わず、ビショップは言葉を続ける。

 

「いや、驚いたよ。彼女の膣内を調べたら、まさか性交の痕跡があったとは……」

「シシュに何をしたッ! 彼女に何をしたぁッッ!!」

「そう興奮しないでくれたまえ。身体検査をしただけだ……何、君の趣味に口を出すつもりは無いがね、いやしかし余程具合(・・)が良いらしい。思わず、私も試してみたくなったよ」

「ビショップッッッ!!!」

 

 挑発めいた言葉に、エミリオは牙をむき出しにして暴れる。だが、いくら四肢を動かしても、拘束具はびくともしなかった。

 

「シシュにこれ以上何かしてみろッ!! 貴様ら全員、必ず殺してやるッ!!!」

「落ち着き給え。それは、君次第だ」

「ッッ!!」

 

 ビショップの一言に、エミリオは抵抗するのを止める。

 息を荒げながら、ビショップの顔を睨んでいた。

 

「彼女の為にも、そして君たちの子供(・・・・・・)の為にも……ぜひ私に力を貸してくれないかね。共に、歴史に名を刻もうではないか」

「……ッ!」

 

 しばしの時が流れる。

 ビショップの言葉を受け、ぐったりと身体を弛緩させたエミリオは、やがて力なくつぶやいた。

 

「……わかった」

 

 エミリオの呟きを受け、ビショップは満足げに頷く。

 そして、先程から端末を操作するウォルターへ視線を向けた。

 

「ウォルター。準備はどうだ?」

「準備は整っています。いつでも」

「よし……ではエミリオ君」

 

 ビショップは再びエミリオへ視線を戻し、力なく身体を弛緩させるエミリオへ言葉をかけた。

 

「“入社テスト”を受けてもらおうか」

「なに……?」

 

 ビショップが合図すると、エミリオを乗せた拘束台が音を立て床に沈み始めた。

 

「なっ!?」

「君のずば抜けた身体能力、そして黒澤流は実に興味深い。ゼノモーフを素手で仕留めるとは、我々の常識では考えられないのだよ」

「な、何を……!?」

「だから……君がどこまで戦えるのか、ぜひ私に見せてくれないかね」

「ビショップッ!?」

 

 機械音を鳴らしながら、エレベーターのように拘束台が沈む中、ビショップは淡々と言葉を続ける。

 困惑するエミリオに構わず、やがて拘束台は完全に床に沈み、地下へと進んでいった。

 

 

 

「こ、ここは……?」

 

 エミリオを乗せた拘束台は、そのまま地下にある広いスペースに到着した。

 一面金属質な壁面に囲まれ、天井も高い。六角形に仕切られたスペースは、まるで“闘技場”を思わせる構造を見せていた。

 

「ッ!?」

 

 困惑し続けるエミリオであったが、アラーム音がひとつ鳴ると、自身を囚える拘束具が外れる。

 勢いよく起き上がったエミリオは、周囲を警戒するように視線を巡らした。

 

『では、今から戦闘テストを行う』

「なにッ!?」

 

 突然天井から聞こえるビショップの声。見ると、天井にはスピーカーと思わしき小さな穴があり、エミリオは困惑、そして憎悪が籠もった眼差しを向ける。

 

『今から、君はあるゼノモーフと戦闘してもらう』

「なっ!?」

『何故こんな事をするか、気になるだろうが……まあ言ってしまえば、ハンター達の儀式をあやかるのと、廃品の有効利用といった所だ』

「何を言っている!?」

 

 ビショップの言葉と共に、壁面の一部が音を立ててせり上がる。

 ゲートのようなそれを見たエミリオは、そこからただならぬ圧力を感じ、一歩後ずさった。

 

『先程話したゼノモーフの脱走だが……実は、一体だけ我々の手元に残った個体がいてね。彼女は、この惑星に存在する四体のクイーンの、一体だ』

「クイーン……!?」

『ああ、もう三体だったか。一体は、君がジャングルで仕留めた奴だよ』

 

 ジャングルで戦った、プレデリアン……それと同格の存在が、この研究所にいる。

 徐々にせり上がるゲートから、この惑星に降りて耳にした、あの甲高い唸り声が響いていた。

 

 shaaaaaaaaa……!

 

『しかし我々が掌握するクイーンは脱走劇の際、脳の一部と産卵管に損傷を受けてね。制御も不可能だし、産卵体としても活用できないので、殺処分後に検体に回そうとしていたのだが……いっそ、君の実力を図る為に有効活用しようと思ってね』

 

 そしてゲートが完全に上がり、漆黒の闇から巨大な異形が現出する。

 その腕は大きいものと小さい物が左右二対、計四本生えている。頭部は二メートルほどもある冠のような器官が後方に伸びており、目の無い顔面部分はその下へ格納されていた。背中の突起も、通常のゼノモーフが備えるパイプ状ではなく、トゲ状の左右三対、計六本を備えていた。

 そして、その身長は、通常のゼノモーフの三倍はあろうかという程の巨体だった。

 

「kshaaaaaaaaaaaaaaaaaッ!!」

 

 粘液を撒き散らし、エミリオへ向け威嚇の咆哮を上げるクイーン。

 エミリオは壁面へ背を預け、クイーンへ射抜くような視線を向ける。

 

『この先、我々の計画は少数精鋭で臨まなければならない。故に、単独でクイーンを屠れるツワモノが必要なのだよ。古武術の真髄を大いに発揮してくれるのを期待している』

「くっ!?」

 

 ビショップの声が途切れた瞬間、クイーンは猛然とエミリオへ向け突進した。

 

「shaaaaaaッ!」

「ッ!」

 

 鋭利な穂先がついた尻尾が振られ、間一髪でそれを躱すエミリオ。

 前転してそれを躱したエミリオは、クイーンと距離を取るように脱兎の如く駆け出す。

 

「shaaッ!!」

「ガッ!?」

 

 だが、クイーンは二対の腕を豪然と振り、エミリオの肉体を弾き飛ばす。勢いよく壁面に叩きつけられたエミリオは、反撃姿勢を取れずその場で蹲った。

 

「kshaaaaaaッ!!」

「くそ……!」

 

 ズシン、ズシンと重たい足音を鳴らし、瞬く間に距離を詰めるクイーン。エミリオは痛みに耐え、立ち上がると半身に構えた。

 

「ッッ!!!」

「ksyaaaaッ!?」

 

 直後。

 突進するクイーンの巨体が、エミリオの後方の壁面へと叩きつけられる。

 黒澤流の“合気”だ。

 

「シイイイッ!」

「shaaaaaッ!?」

 

 即座に全体重を込めた横蹴りを放つ。クイーンの頭部へと放たれた蹴撃は、硬い外骨格をひしゃげさせる程の威力を放っていた。

 しかし、その直後。

 

「shaaaaaaaaaaッ!!!」

「ガァッ!?」

 

 痛みを全く感じないのか、クイーンは蹴られながらも尻尾を振り、鋭利な尖頭でエミリオの肩を貫く。

 そのまま、エミリオを貫いた尻尾を大きく振りかぶり、お返しとばかりに“闘技場”中央へと放り投げた。

 

「グゥゥッッ!!」

 

 血液を噴き出しながら、エミリオは床を転がる。

 クイーンは口腔内から粘液を垂らし、エミリオへ一歩、また一歩と近づいていった。

 

「……くそ」

 

 肩を抑えながら立ち上がるエミリオ。

 闘志は萎えない。だが、強大なクイーンと素手で戦うには、あまりにも勝機が無い、絶望的な闘いであった。

 

「shaaaaaaaa……!」

 

 エミリオを仕留めるべく、その巨体を揺らすクイーン。

 それでも諦めないエミリオ。

 繰り出されるであろう攻撃を躱すべく、身構えた。

 

 

 だが──

 

 

「伏せてッ!」

「ッ!?」

 

 突然、女性の声(・・・・)が響く。

 その声を聞いた瞬間、エミリオは即座に身を伏せた。

 直後。

 クイーンが現出したゲート。その閉じられたゲートが、爆発(・・)した。

 

「shaaaaaaaaaッ!!」

「……ッ!?」

 

 漆黒の闇から、機械音が鳴る。

 ガシャン、ガシャンと無機質な足音が響き、こじ開けられたゲートから一体の機兵が現出する。

 

 そして、エミリオは、この世でたった一人しかいない、血を分けた姉の声を聞いた。

 

 

Get away from him you BITCH!(その子から離れなさい、バケモノ! )

 

 

 クイーンに勝るとも劣らない強烈な母性、そして戦意が、闘技場へと轟いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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Chapter24.『Lethal Weapon』

  

「エミィ!」

「リ、リン姉さん……?」

 

 壁面を打ち砕き、突如現れた軍用パワーローダー。

 ガンメタル色の装甲。それは民生品である作業ローダーとは一線を画する程の威容を誇り、搭載された各種兵器も戦車級の火力を持つ。

 全長は4メートルを超え、怪物達の女王、エイリアンクイーンに伍する程の大きさだ。

 

「エミィ……!」

 

 そして、それを内部で操るのはエミリオのたった一人の姉……リン・クロサワ。

 第13独立部隊所属、海兵特務中尉。女だてらにスペシャルフォースの中核を担い、第13独立部隊の“最終兵器(リーサルウェポン)”とまで称された女傑だ。

 リンはボロボロとなった最愛の弟を見留め、般若の如き形相を装甲の中で浮かべていた。

 

「このバケモンッ! アタシのエミィに何してくれてんのよッッ!!」

 

 装甲パワーローダーが駆動音を鳴らし、クイーンの巨体へと吶喊する。

 

「kishyaaaaaaaaaaaッ!!!」

 

 轟然と振り抜かれたアームをまともに受け、クイーンは粘液を撒き散らせながら巨体を揺らす。

 だが、仰け反りながらも鋭利な尻尾を振り下ろし、鞭のようにローダーへ放つ。

 

「フンッ!!」

「kyuiiッ!?」

 

 が、その打鞭は鋼鉄の腕足にて阻まれた。

 

「け、蹴り足ハサミ殺し!?」

 

 エミリオは負傷を忘れ思わず驚愕の声を上げる。

 リンはローダーを巧みに操り、肘鉄と膝にて尻尾を挟み込む高等空手技、“蹴り足ハサミ殺し”を繰り出す。

 エミリオは目の前に繰り広げられたこの光景を呆然とした表情で見つめていた。とてもではないが、装甲パワーローダーがして良い動きではない。

 ローダーをここまで操れる人間は、恐らく全宇宙を探してもリン・クロサワのみであろう。

 それだけ、エミリオは自身の姉もまた、規格外の存在なのだと改めて認識していた。

 

「しゃあっ!」

「ッ!?」

 

 更に、エミリオは信じられぬ光景を目撃する。

 クイーンへ瞬時に距離を詰め、まるで曲芸師のように足尖を叩き込む鋼鉄の機兵。

 宙空に飛び上がりながら、人体でいう“金的”、“水月”、“喉”、“人中”の箇所へと鉄脚を叩き込む。

 

「正中線四連突き!? あんなの写真でしか見たことないっていうか、なんでローダーでそんなことが出来るの!?」

 

 発狂寸前まで自身を追い込む鍛錬の果てに得られる神技。

 生身ですら難しいその技を、まさかローダーで繰り出すとは。

 姉の救援という突発的な事態を飲み込む間もなく繰り出されるこの異様な光景。エミリオは、これが夢なのではと、若干の錯乱状態に陥っていた。

 

「shaaaaaaaッ!」

「っ!?」

 

 だが、異形であるクイーンに人体の急所打ちが通じるはずがなく。

 シリコンのような硬く、分厚い皮膚は、ローダーが繰り出す打撃の威力を減殺する。

 

「ぐぅっ!?」

「姉さん!!」

 

 クイーンは倒れつつローダーのアームを掴むと、機体を自身の胸に引き込む。

 そのまま複腕も駆使し、ベアバックの要領でローダーを締め上げた。

 

「舐めるなぁっ! バケモンのチープな寝技なら目ェ瞑ってでも返せるわっ!」

「kyuii!?」

 

 しかしそれに怯まぬ鋼鉄の乙女。

 一流の柔術家の如き動きで二対の巨腕から脱出すると、逆にクイーンの主椀を掴み腕ひしぎ十字固めを極める。

 

「ペニスみたいな頭してイヤらしいにもホドがあるわよ!」

「kyuiiiiiiッ!!」

 

 ギチリと生々しい音が鳴り、クイーンは苦悶の叫びを上げる。リンは関節を極めつつ、ついでとばかりに鉄脚にてクイーンの頭部をガシガシと蹴りまくっていた。

 

「姉さん! 距離を取って火器を使うんだ!」

 

 先程から繰り広げられる姉の非常識な戦闘に、エミリオはたまらず声を上げた。

 ローダーが保有する各種重火器を使えば、クイーンは即座に殺害する事が出来る。

 なのに、姉はその利を用いず肉弾戦にてクイーンを仕留めようとしていた。

 不可解な疑問に囚われるエミリオに、リンは武骨な言葉を返す。

 

「ここに来た時で弾切れよ!」

「ええ!?」

 

 単純明快な姉の言葉に、エミリオは呆気にとられるしかなかった。

 

「kshaaaaaaaッ!!」

「っ!?」

 

 瞬間、クイーンは猛烈な負荷をかけられている己の腕をあえて折る(・・・・・)ようにへし曲げる。

 バキリ、とクイーンの腕がへし折れると、関節部分から強酸性の血液が溢れ出た。

 

「姉さんッ!!」

 

 ローダーの胴体に酸の血液が降りかかる。

 強化セラミックで造られた装甲ですらその猛威には耐えられず、鋼鉄の機兵はジュウジュウと音を立てて溶け崩れ始めた。

 

「ちいぃっ!!」

 

 直後、リンは緊急脱出装置を起動させローダーの装甲をパージし、酸で崩れたローダーから脱出する。

 鉄が溶け落ちる煙を纏わせながら、戦闘用プロテクターに身を包んだ生身の乙女がクイーンの前に対峙していた。

 

「ふん、やるじゃない」

「shaaaaaa……!」

 

 腰に差したサムライソードを抜きつつ、リンは不敵な面構えをクイーンへ向ける。

 へし折れた腕から強酸性血液を垂れ流しつつ、クイーンは怒りが籠もった唸り声をリンへ返していた。

 

「ね、姉さん!」

「エミィ、心配しないで。お姉ちゃんがこんなバケモン如きに負けると思う?」

 

 エミリオへ向け精悍な笑みを向けるリン。

 その表情を見て、エミリオの胸に説明のつかない安心感が生まれる。

 

「さっさとコイツぶっ殺して──」

 

 まるで、幼少の時。

 

『帰るよ──』

 

 姉に手を引かれて歩いた、あの時のように。

 

「shaaaaaaaッ!」

「しぃっ!」

 

 クイーンが雄叫びを上げつつ、刃物の如き尻尾を振る。

 が、リンは即座にサムライソードでそれを迎撃。

 

「kyuiii!?」

「くっ!?」

 

 サムライソードはクイーンの鋭利な尻尾を切断するも、刀身は強酸性血液に塗れ即座に溶け始める。

 お互いに不覚を取った鋼鉄の乙女と、怪物の女王。

 リンは使い物にならなくなったサムライソードを投げ捨てると、クイーンへ殺意の籠もった眼差しを向けた。

 

「やってくれたわね! 高くつくわよ!」

「shaaaaaaaa……!!」

 

 再び対峙するリンとクイーン。

 互いに発する戦意が空間を歪め、ぐにゃりと渦を巻く。

 リンは胸部と肩部に装着されたプロテクターを乱暴に外し、身軽となった身体で黒澤流の構えを取っていた。

 

「姉さん……!」

 

 エミリオは、その様子を固唾を呑んで見守る。

 最強の姉が、凶悪な怪物から勝利を掴むのを信じながら。

 

「来いっ!!」

「kshaaaaaaaaaッッ!!!」

 

 生意気な海兵娘を殺戮せんべく、猛然と突進を開始するクイーン。

 リンは腰を深く落とし、重戦車の如きクイーンの突進を前に静かな闘気を燃やしていた。

 

「姉さんッ!!」

 

 そして。

 クイーンがその頭部をリンへ打ち付ける直前。

 

「ハアアアアアアアアッッ!!!」

 

 まるで竜巻のような旋風が巻き起こり、クイーンの頭部が破砕した。

 

「……ッ!!!」

 

 クイーンに僅かに残る自我が、驚愕の渦に叩き込まれる。

 リンが繰り出した重爆蹴。

 深く腰を落とした状態から、身体を回転させながら蹴り足を上空へと叩き込む。

 それは、黒澤流の奥義──!

 

「虎影脚!!!」

 

 リンの激声と共にクイーンの巨体が重厚な音を立てて倒れる。

 しばらくピクピクと巨体を震わせるも、やがてその生命活動は停止した。

 

「オオオオオオッッッ!!!」

 

 拳を突き上げながら勝利の雄叫びを上げるリン。

 そして、ニヤリと諧謔味のある笑みを浮かべた。

 エミリオは、祖父に瓜二つなその笑みを、戦慄の思いが籠もった眼差しで見つめていた。

 

「やっぱりバケモノなんかより──」

 

 

「格闘技の方が強いわッ!!」

 

 

「は、ははは……」

 

 勝ち名乗りを上げる最強の姉の姿に、エミリオは一生勝てそうもないなと、乾いた笑いを浮かべるしかなかった。

 

 

「あ、ね、姉さん!」

 

 だが、エミリオは慌てたように姉へ駆け寄る。

 仁王立ちにて立つリンの右脚。それが、ブスブスと肉が焼ける臭いを発し、みるみる焼けただれていく。

 蹴撃を叩き込んだ際、クイーンの強酸性の返り血が、乙女の脚部を溶かしていたのだ。

 

「エミィ!」

「わっ!? リ、リン姉さん!?」

 

 しかし、そのような負傷を物ともせず、リンは最愛の弟を抱きしめる。

 胸部プロテクターがエミリオの頭部に当たり、更に力強い姉の抱擁。エミリオは思わずその抱擁から逃れようとするが。

 

「エミィ……馬鹿……心配したんだから……!」

「リン姉さん……」

 

 ぎゅうぎゅうと抱きしめる力を強めるリン。エミリオの頭髪に顔を埋め、いくつかの口づけをし、涙をひとつ落とす。

 エミリオは姉の野性味のある慈愛の芳香を嗅ぐと、全身を弛緩させその抱擁に身を委ねていた。

 

「ね、姉さん……」

「ん……」

 

 とはいえ、このまま女傑の慈愛に包まれるには状況は許さず。

 エミリオの声を受け、リンは名残惜しそうに最愛の弟を放していた。

 

「姉さん。僕は大丈夫。それより、姉さんの方が……」

「ん? ああ、アタシなら平気よ」

「平気って、姉さんの足が……え?」

 

 エミリオはいまだに強酸を浴び煙を燻ぶらせるリンの足を心配そうに見つめるも、直ぐにその足が()()でないのを見留めた。

 

「こ、これって」

「びっくりした? これ、最新サイバネ手術を受けて義足にしたの。めちゃ高性能よ」

 

 そう言いつつ、リンは腐食に侵されている右脚を上げる。見ると、表皮の内側からは金属質なフレームを覗かせていた。

 

「義足……」

「酸の血液はフレームまで侵食していないわ。このまま地球まで歩いて帰れちゃうんだから」

 

 リンのあっけらかんとした物言いに、エミリオは困惑を露わにする。

 大切な肉親、それも女性が己の肉体を機械で改造している事実を、一体どう受け止めればいいのか。

 

「ふふ、安心しなさい。両脚以外は生身の乙女よ」

「わ、ね、姉さん」

 

 そのような内心を見透かしてか、リンはプロテクターの留め金を外し、タンクトップ越しに備える豊満な乳房にエミリオの頭を埋めた。

 確かに、伝わる体温は生身の人間そのものだ。

 エミリオは姉の生々しく、そして妙に熱い体温を感じ、顔を上気させていた。

 

「ふふーん。エミリオ少尉どの、久しぶりのお姉ちゃんのおっぱいの味についてどう思う?」

「姉さん……」

「どう思う?」

「……すごく……大きいです」

 

 久々に味わう実姉のセクハラ紛いのスキンシップに、エミリオは苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

 

「さ、エミィ。いい加減このクソッタレな惑星からとっとと帰るよ」

「了解。でも、僕はまだここから離れるわけにはいかないんだ」

 

 しばしの姉弟のスキンシップの後、リンは表情を引き締めエミリオにそう告げる。

 姉の言葉に頷きつつも、エミリオは最愛の存在が未だ囚われの身にある事実を見過ごすわけにはいかなかった。

 リンはエミリオの言葉を受け、訝しげな表情を浮かべる。

 

「どういうこと?」

「……助けなきゃいけない“人”がいるんだ」

 

 真っ直ぐにリンの瞳を見据えながらそう言ったエミリオ。

 リンもまた、弟の瞳をじっと見つめる。

 

「ここの民間人?」

「いや、民間人……じゃない。軍属でも無いけど」

「話が見えないわね」

「姉さん、詳しく説明している時間は無いんだ。でも、絶対に助けないと、僕は……」

 

 エミリオの絶対に譲らぬ意志。それを見たリンはしばし考えるも、やがてため息をひとつ吐いた。

 

「しょうがないわね。寄り道している時間はないんだけれど」

「ごめん、姉さん」

「でも、本当にのんびり探し回っている時間は無いわよ。アタシの仲間がここの管制システムをハッキングしているけど、それも時間の問題。直ぐにウェイランド社の戦闘アンドロイドがすっ飛んでくるわ。その“人”が捕まっている場所に心当たりはあるの?」

「それは……」

 

 第13独立部隊は敵地潜入、情報収集、後方撹乱、要人救出など単独で幅広い任務をこなせるよう電子戦の装備も整えている。

 そもそも部隊長であるダッチ少佐自身が凄腕のハッカーなのもあり、研究施設の管制システムをハッキング、無力化するのは造作もなかった。とはいえ、それは時間制限付きの事ではあったが。

 

「研究施設に突入したのはアタシだけ。部隊の仲間は皆外にいるわ。手分けして探し様も無いし……」

「ね、姉さんは単独で突入したの?」

「だってしょうがないじゃない。エミィの部下が、エミィがここに連行されたって言うし」

「皆無事だったの!?」

 

 姉の口から伝えられるライバックらの安否。

 エミリオは喜びを隠せずといった調子で姉に聞き返す。

 

「ええ。ライバック伍長、コナー上等兵、ロス一等兵。それから、501大隊アルファ中隊の生き残り7名」

「アルファ中隊!? じゃあ、大隊長も!?」

「レン少佐も。流石に五体満足とまではいかないけど、バケモン共の攻撃を躱す為に研究施設周辺に潜伏してたみたいね。今頃部隊の仲間と一緒に研究施設外周に待機しているはずだわ」

 

 それから、リンは簡潔ではあるがここに至る経緯をエミリオに語る。

 第13独立部隊がBG-386に到着し、そこから揚陸艇を用い降下。ちょうど精錬所付近に降下した際、エイリアンの群れに追われるライバック伍長達を発見。

 エイリアンを排撃しつつ、ライバック伍長達を回収した第13独立部隊は、そのまま研究施設へ直行。ステルス性に優れた独立部隊の揚陸艇は、ウェイランド社が張り巡らせたレーダー網に探知されることもなく容易に目的地まで辿り着く。

 研究施設に到着した第13独立部隊は、周辺に潜伏していたレン少佐らアルファ中隊の生き残りと合流。そのまま電子戦をしかけ施設の管制をハッキングすると、リンは単独で突入を開始したといった経緯だ。

 

(ライバックはシシュの事を話さなかったのか……)

 

 エミリオはシシュの存在を秘匿してくれたライバックに感謝の念を浮かべる。肉親が所属する部隊とはいえ、シシュの存在を軍に漏らすのは危険であり、下手をすれば今度は植民地海兵隊に囚われかねない。

 故に、意図的にエミリオだけが捕まっていると伝えたのだろう。

 

「あ……」

 

 ライバックの顔を思い浮かべたエミリオ。そして、ある事実に気付いた。

 

「姉さん。姉さんの装備に、小型発信機の探知機はある?」

「PDAならあるわ。味方の発信機の電波も拾える」

 

 リンはサイドバッグからPDAを取り出しエミリオへ渡す。

 

「よし。これなら……」

 

 PDAを操作し、エミリオはシシュに渡した腕時計型発信機のコードを入力する。

 身につけていた何もかもを剥ぎ取られていたシシュであり、発信機の電波を辿ってもシシュの元へ辿り着ける保証は無い。

 だが、闇雲に探し回るよりは有効である。

 

「行こう姉さん」

「ええ。でも、後でちゃんと説明しなさいよ」

 

 エミリオがPDAを操作している間、リンは弟の負傷を手早く応急処置をしていた。エミリオは予備の拳銃をリンから受け取りつつ、肩を何度か回し行動に支障が無い事を確認する。

 

「シシュ……!」

 

 そして、最強の姉と共に、エミリオは最愛の乙女の元へと走り始めた。

 

 

 


 

「ウォルター! 一体どうなっている!」

 

 第13独立部隊、リンが単身での突入を開始した時。

 モニター越しに映るエミリオの“試験”を愉悦に満ちた表情で見つめていたビショップであったが、直後にモニターがブラックアウトし、施設の電子機器のコントロールが失われた事で普段の冷静さを失い、怒声と共にウォルターの名前を叫ぶ。

 

「管制システムにハッキングを受けています。恐らく植民地海兵隊の救援部隊かと」

「なんだとッ!? 何故奴らの接近に気づかなかったのだ!?」

「軌道上の監視衛星システムはハンター達に無力化されています。施設の管制は現在復旧に努めていますが、しばらく時間はかかるかと」

 

 狼狽するビショップ、そして対応に追われる職員達とは対照的に、ウォルターは冷めきった表情で応える。

 備えられたコンピュータを無表情で操作しているウォルターに、ビショップは増々表情を歪めていた。

 

「戦闘ヒューマノイド部隊は!?」

「こちらでは管制できません。自動迎撃システムにより各個で戦闘を開始しています。現在施設外周部に向かっているようです」

「くそ!」

 

 荒々しく自身のデスクチェアへ座り、悪態をつくビショップ。

 変わらず、ウォルターは淡々とコンピュータを操作し復旧に努めていた。

 

「管制はこのエリアを中心に優先して復旧を……?」

 

 そこまで言ったウォルターは、ふと操作する手を止める。

 

「どうした?」

「侵入者です」

「海兵隊か?」

「はい……いえ、一人は海兵隊……ローダーですが、()()()()

 

 ウォルターの言葉を受け、ビショップは更に訝しげに表情を歪める。

 

「ハンターか」

「はい。ハンター特有のシグナルを感知しました」

 

 ビショップは自身のデスクに備えられたラップトップコンピュータを睨む。

 施設のマップが表示され、侵入者を示すシグナルが二つ表示されていた。

 ひとつは、エミリオとクイーンがいる隔離ブロック。

 もうひとつは──

 

「女型の所か……!」

 

 もうひとつのシグナルは、シシュを捉えている研究室へと向かっていた。

 時々停滞している様子は、配備された戦闘アンドロイドとの戦闘によるものだろう。

 だが、管制システムをハッキングされているせいで、施設内のアンドロイド達を効果的に迎撃配置する事は叶わず、各個に撃破される様子をただ眺めている事しか出来なかった。

 

「忌々しい糞共め!」

 

 ビショップはデスクを乱暴に叩き苛立ちを露わにする。しかし、それ以上は取り乱す事はなく、じっと管制システムの復旧を待っていた。

 予想される植民地海兵隊の救援部隊は小規模なものだ。こちらが掌握している戦力はまだまだ十分にあり、それらが施設へ攻撃を仕掛けて来たとしても十分に対処可能だ。

 管制システムが復旧すれば、施設に備えられた射程距離10万キロの800メガボルト中性粒子ビーム砲、連装レールガン、80メガワット赤外線レーザー砲を始めとした各種重火器も使用可能になり、侵入者共々殲滅する事は可能である。

 例えハンター……プレデターの母船が乗り込んで来ても、撃沈する事は可能だろう。

 また、施設は非常時には外郭ドームが展開し、核攻撃にすら耐えられる防御力も備えている。

 これらの過剰とまでいえる研究施設の装備はウェイランド社ですら把握していない。兵器開発部門のトップであったビショップゆえに行えた独断専行である。

 

「……?」

 

 既に発生している施設への被害も考慮し、計画スケジュールの遅延をどう取り戻すかと考えをめぐらせていたビショップは、ふとラップトップコンピュータの通信アプリにシグナルが入るのを見留める。

 通信が妨害されている中、一体誰がどのようにして、それもビショップの個人端末にアクセスしたのか。

 不審げにアプリを開き、表示されたメッセージを読む。

 

「……」

 

 読み進める内に、ビショップの口角は凶悪に引き攣っていった。

 

「ビショップ様。何か」

 

 その様子を見て、今度はウォルターがやや訝しげな表情を浮かべる。もっとも、アンドロイドである為かその変化は微々たるものであったが。

 ウォルターの言葉を受け、ビショップは口角を引き攣らせながら低い声で応えた。

 

「ふん、まだツキはこちら側にあるという事だ」

「?」

 

 そう嘯くビショップに、ウォルターは首をかしげつつ、復旧作業に戻る。

 ビショップのコンピュータに表示されたメッセージ。

 

 メッセージの最期には、“Stargazer”と表記されていた。

 



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Chapter25.『Insult』

~ここまでのあらすじ~
植民地海兵隊のエミリオ・クロサワ少尉は幼少期に植え付けられた特殊性癖に従い童貞を堅守し続けていたが、なんやかんやあって若干重たい子になってしまった処女メスプレデターと結婚確定交尾をキメた。
そんで覚えたてのカップルみたいにケダモノのようにハメ合ってたらなんか色々あってラスボスに捕まった後お姉ちゃんが助けに来た←イマココ

作る人曰くエタ判定は更新停止から5年以上経ってからなのでセーフ(おまたせしてしまい申し訳有りません)


 

「し、侵入者が……!」

「クソ! アンドロイドの連中は何をしているんだ!」

 

 白衣に身を包んだヴェイランド・ユタニ社の研究員達。いや、今はビショップの配下である二人の研究員は、マザーコンピューターがハッキングを受け、全てのシステムがダウンした事で狼狽を露わにする。

 現在、二人がいるのは研究施設内にある“生体研究室”だ。

 

 研究室の中央には無機質な光沢を放つ拘束台が備えつけられている。

 そして、そこには意識を落とす、異星の乙女の姿。

 可憐にして強靭な肉体を拘束された、シシュの姿があった。

 

「システムの復旧が進まないと、ビショップ様にも連絡が取れない……!」

「お、俺はこんなところで死にたくないぞ!」

「俺だって死にたくない! あんな死に様は真っ平ごめんだ!」

 

 落ち着きを失った研究員達。以前発生したゼノモーフの脱走事件。その時に無残な死に様を見せた同僚達の姿を思い出したのか、更に恐怖で慄いていた。

 

「おい……銃声が近づいてないか?」

 

 ふと、二人の内、若年の方の研究員が震えた声を上げる。

 それを聞き、もうひとりの壮年の研究員は怯えるように耳を澄ませた。

 

「本当だ……こっちに近づいてくる……!」

「お、おい……やばくないか……?」

 

 二人は更に焦燥感を露わにする。

 自分達を守ってくれるはずの様々なシステムが満足に機能していない現状、明確に迫る危険が、二人に正常な判断力を失わせていった。

 

「くそ! こんなところで死にたくない!」

 

 悪態を吐きながら、研究室から逃げ出そうとする若年研究員。

 ドアへと走り、パネルを操作し始める。

 

「お、おい! 外は危ないぞ!」

「このままここにいる方が危ないだろ! どうすればいいってんだよ!」

 

 慌てて止める同僚と、掴み合いになりながら狼狽を露わにする。

 しばし揉み合うも、二人はやがて荒い息を吐きながら力なく肩を落とした。

 

「クソ……こうなったのも、全部こいつを拾ったからだ……!」

 

 ふと、逃げ出そうとした若年研究員が、備えられている拘束台へと視線を向ける。

 視線の先には、大の字で四肢を強化セラミック製の拘束具で固められたシシュの姿があった。

 装具は全て剥ぎ取られ、裸身を晒している。

 唯一、腕に巻き付けた布──薄汚れたハンカチだけが、彼女が身に付けている全てだった。

 呼吸をする度に、張りのある黄土色の体皮に包まれた大きな乳房が上下していた。

 

 そして、剥き出しの下半身。

 内股は爬虫類のように白く艶めいているが、秘裂は人間の女のように濡れた桃色を見せていた。

 

「……」

 

 荒ぶる研究員の男。じっとりとした湿った眼で、それを見つめる。

 

「お、おい」

 

 同僚のただならぬ雰囲気を受け、壮年の研究員が声を震わせた。

 血走ったその眼は、明らかに常軌を逸していた。

 

「最期になるかもしれねえんだ……ちっとくらい良い思いをしてもいいよな」

「何言って……!?」

 

 そう言うと、若年研究員はカチャカチャとズボンのベルトを外す。

 

「お、おまえ……!」

 

 若年研究員のパンツ越しにそそり立った逸物を見て、壮年研究員は上ずった声を上げる。

 常軌を逸した同僚の行動。

 異常事態が引き起こした、生存本能が作用したのだろうか。

 

「へ、へへ……顔さえ見なければ、結構いいカラダしてるじゃねえか……!」

 

 研究に従事する常の姿とは違い、本能むき出しのその様子。露出した肉棒を、シシュの秘裂へと近づける。

 黄土色の体皮とはいえ、その括れた腰、そして張りのある乳房。健康的に鍛えられた大腿部などは、地球の美女達と見比べても遜色はなく。

 いや、肉体美だけで見たら、下手なセクシーモデルは太刀打ち出来ない程の、官能的な肉感を醸し出していた。

 シシュの肉体を見て、若年研究員は内槍から涎を垂らしており。

 壮年研究員は一言も発せず、ただその狂気を黙って見つめていた。

 

「……krr?」

 

 ふと、異様な熱気を受けたからなのか、半目となったシシュが朧げに覚醒する。

 そして、唯一エミリオだけに許した乙女の牙城に、醜悪な肉の槍が向けられているのを見留めた。

 

「ッ!? grrrrraaaaaaaaッッッ!!!」

「ヒッ!?」

 

 乙女の咆哮。

 危険な肉食獣だけがもつ、獣性溢れる雄叫び。

 威嚇の為に放たれた咆哮は、乙女の怒りが十全に込められていた。

 若年研究員はそれに怯えるも、即座に嫌らしい笑みを浮かべる。

 

「へ、ビビらせやがって。身動き取れねえくせによ」

「grr! grrrrrッッ!!」

 

 ガシャッ! ガシャッ! と、拘束具を乱暴に揺らすシシュ。しかし、怪力自慢の乙女が暴れても、ウェイランド社謹製の拘束具はビクともしなかった。

 

「お、おい、それ以上は──」

 

 激しく藻掻くシシュを見て、猛獣を間近に見たような恐れを抱いた壮年研究員。声を震わせながら、若年研究員へ制止の声を上げる。

 だが、制止の声に、荒い声を返す研究員。

 

「うるせえ! こんな僻地でクソみてえなバケモノ共に殺されるくらいなら、バケモノに一発キメてから死んでやる!」

 

 自暴自棄となった若年研究員。

 暴れるシシュに構わず、その肉体の蹂躙を開始した。

 

「オラッ! さっさと濡らせや!」

「gkyuuu!?」

 

 ずぶっと、研究員の指が、シシュのヴァギナへと侵入する。

 グチッと鈍い音が鳴ると、そのまま二本指でシシュの秘所をかき回した。

 

「このッ! このやろう!」

「g……grr……ッ!」

 

 陰裂を乱暴に弄られるシシュ。

 エミリオの愛情籠もった愛撫とは程遠い、ただ蹂躙する為だけの行為。

 そのような行為では、乙女の快感など刺激出来るはずもない。

 

 このニンゲン、必ず殺す。

 ワタシの大事な、エミリオだけの為に用意された、大切なトコロ。

 それを、汚らわしい手で触れた。

 許せない。絶対に殺す。

 ただでは殺さず、生きたまま全身の皮を剥いで、惨たらしく殺してやる。

 

 憎悪の視線を向けるシシュ。乾いた裂け目は、生物的な生理現象によって、乙女の意思に反し、徐々に湿り気を帯びていく。

 

「──ッ!!!」

 

 しかし。

 乙女はその強靭な意思で、肉体を制御せしめた。

 

「イギッッッ!?」

 

 みしり、と、シシュの生殖器が万力の如き力で締め付けられる。

 人差し指と中指を挟まれた若年研究員は、情けない悲鳴をひとつあげた。

 尚、エミリオと慈しい性交を交わしている際、シシュが絶頂した時も同程度の圧力が膣内にかかってはいるのだが、超人めいたエミリオにとって、その圧は深い愛情の証であり、乙女の剛淫にも負けない剛精にてその愛に応えていた。

 

「こ、このやろう!!」

「gi──ッ!?」

 

 指関節が損傷し、それ以上指が折り曲げられなくなった研究員。

 怒りと共に湿り気のある指を引き抜くと、そのまま拳をシシュの下腹へ突き立てた。

 

「もう一発──!」

「k、krrrッ!!」

 

 研究職の軟弱な拳は、強靭な肉体を持つシシュへは届かない。

 しかし、何故だか分からないが、シシュは己の下腹部へのダメージを異常に恐れてしまい、それまでの威嚇音から、許しを請うかのような鳴き声を上げた。

 

「へ、なんだよ、わかってんなら大人しくしろや」

「……」

 

 制裁が功を奏したと勘違いした若年研究員は、より卑劣な笑みを浮かべつつ、シシュの内股へと手を這わせる。

 悍ましい感触、嫌悪感が凄まじいその手付きに、シシュは涙目で睨みつけるしかなく。

 どうすればこの男の蹂躙から逃れられるのか、必死になって思考を巡らす。

 同時に、ある想いが、胸の内に広がっていた。

 

 何か、重要な何かが、自分のおなかにある。

 その存在は、とても愛おしくて、とても大切なもの。

 たとえ僅かな衝撃でも、決して与えてはならない。

 

 これはナニ?

 ナニが、ワタシの中にあるの?

 大事なのは、知ってる。

 でも、それが何なのか、わからない。

 

 でも、絶対に壊しちゃいけないモノだ。

 絶対に、汚してはいけないモノだ。

 だから、エミリオ以外の雄は、けっして自分のおなかには入れてはいけない。

 

 イヤだ、イヤだ。

 オマエなんかが、ワタシの中に入って来るんじゃない。

 

「krr……エミ……」

 

 たすけて。

 たすけて、エミリオ。

 ワタシの、ワタシ達の大切なモノが、奪われてしまう。

 

 だから──

 タスケテ。

 

「ぶち込んでやる!」

「──ッ!」

 

 ぎゅっと目を瞑るシシュ。

 途方も無い絶望感が、乙女を包む。

 大好きな、大好きなエミリオの名を呟くも。

 狂気の逸物が、無慈悲に乙女を奪おうとしていた。

 

 

 

「ヒイイイイイッ!?」

 

 

 

 しかし、寸前で乙女の肉体は、醜悪な肉槍に貫かれる事は無かった。

 

「ッ!?」

 

 目を開ける。

 すると、己の股の間に、若年研究員の肉棒が()()()()()()

 

「痛え! 痛えよぉぉぉぉッ!!」

「あ……ああ……!?」

 

 血液を噴出させた股間を抑えながら、のたうち回る若年研究員。

 その様子を見て、腰を抜かしながら慄く壮年研究員。

 見ると、研究室の扉はバターのように切り裂かれており、何者かが侵入した事を伺わせていた。

 

「……」

 

 そして、シシュの傍らに、陽炎のような影が佇む。

 紫電を迸らせた影の腕部には、若年研究員のペニスを切断したであろう刀身が揺れていた。

 

「nii-han'cO!!」

 

 その影を見たシシュは、先程までの絶望とは打って変わり、喜悦の声を上げた。

 氏族の言葉で、影の名を呼ぶ。

 すると、影は一際大きな紫電を放ち、その威容を現出させた。

 

「grrrrrrrrr……ッ!」

 

 怒気を全身から噴出させた、一体の異形。

 完全装備に身を包んだ、異星の戦士。

 誇り高い氏族最強の戦士にして、氏族の不始末を請け負う、孤高の掃除屋。

 

「graaaaaaaaaaaaaaッッ!!」

 

 クリーナーと呼ばれる一体のプレデターが、咆哮と共に得物を振り抜いた。

 

「ゔぇっ!?」

 

 キンッ! と、甲高い金属音が鳴る。

 のたうち回っていた若年研究員は素っ頓狂な声をひとつ。

 

「ひいいッ!?」

 

 そして、()()()と研究員の首が落ちた。

 股間とは比較にならない程、胴体との切断面から噴水の如き血潮を立ち上らせる。

 壮年研究員は、その無残な姿を見て、股間を別の体液で濡らしていた。

 

「ひっっぐ!?」

 

 そして、生き残った研究員の顔面へ、無慈悲の鉄拳が叩き込まれる。

 鼻腔を陥没させた研究員は、そのまま気絶した。

 

「Shesh」

 

 クリーナーは愛弟子にして、大切な妹分の無残な姿を見留めると、武骨なマスクの下から安堵の声を上げる。

 そのまま強姦魔を断ち切ったリストブレイドにて、シシュの拘束具を切断せしめた。

 

「nii-han'cO……」

 

 解放されたシシュは、己の手首や足首をさすりつつ、少しばかり申し訳なさそうな声を上げる。

 氏族の厳しい掟では、生きて虜囚の辱めを受ける事を善しとはせず。

 おめおめと獲物に囚われた不覚者は、そのまま死を持って氏族の誇りを守らねばならぬ。ましてや、長の娘とならば尚更の事。

 故に、本来ならば、クリーナーはリストブレイドをシシュの頸部へと向けるはずだった。

 

 しかし、それをせず、シシュを救出したクリーナー。

 掟に反する行いを、師匠であり兄貴分にさせてしまったことが、乙女の心に罪悪感を刻む。

 

「nii-han'cO!」

「grr!?」

 

 しかし、乙女はそれ以上に嬉しかった。

 思わず、といった体で、裸のままクリーナーの腹へと抱きつく。

 急に抱きつかれたクリーナーは戸惑いの声を上げるも、乙女を払いのけようとはしなかった。

 

 厳しくも温かく己を導いてくれたクリーナー。

 雌である自分へ、惜しみなく狩りの技術を伝授してくれた。

 そして、助けてくれた。掟に反してまで、自分を助けてくれた。

 血の繋がりは無くとも、絆で結ばれた二体のプレデター。

 

 それは、男女の情愛とはまた違う、愛のカタチ。

 家族の親愛である。

 

「grr……」

 

 しばしシシュの抱擁を受け、硬直したように立ちすくむクリーナー。

 しばらく見ない内に、妹が己の知らぬスキンシップを覚えているのを受け、マスクの下に困惑の表情を浮かべていた。

 シシュの豊かな乳房がクリーナーの下腹部へ押し当てられているのも、クリーナーの困惑を強める一因となっており。

 グリグリと己の腹部へ額を擦りつける妹へ、どうしていいのか分からずにいた。

 

「Shesh」

 

 とはいえ、今は危急の時。

 しばらく異星の兄妹のスキンシップは続くも、クリーナーはシシュの可憐な頭部をひと撫でし、立ち上がるように促した。

 

「krrー……kr!?」

 

 名残惜しそうに可愛らしい顫動音を鳴らすシシュ。おずおずと立ち上がりつつ、急に羞恥の鳴き声を上げる。

 今更ながら自身が全裸であるのに気付き、恥ずかしそうに胸と秘所を手で隠していた。

 

「???」

 

 クリーナーはその様子に更に困惑を深めていた。

 “萌え”という概念とは一切隔絶されたプレデターの文化。

 ただひたすらに狩人としての矜持を追い求めてきたクリーナーは、初めて味わう感覚に戸惑いを隠せず。

 

 この時のクリーナー。

 悠久の時を刻む宇宙の歴史において、初の“妹萌え”を萌芽させた、唯一のプレデターであった。

 

 

 

「……シシュ?」

 

 突として。

 切り裂かれた扉の向こうから、人の声がした。

 

「……エミ!」

 

 傷だらけの上半身を晒した一人の青年。

 その姿を見て、シシュもまた声を上げる。

 

「ああ……シシュ……!」

「エミ……エミリオ……!」

 

 求めてやまない、愛しい愛しい伴侶の姿。

 互いにその姿を見留めた異星の番は、磁力に引かれるように距離を縮めようとした。

 

 しかし。

 

「grrッ!!」

 

 クリーナーは、エミリオを新たな“敵”の出現を捉えていた。それまでの家族モードから、狩人モードへとシフト。

 そのまま左腕に装着したガントレットを向けたクリーナーは、咆哮ひとつ上げると、ガントレットから鋼鉄の鏃──スピアガンを射出した。

 

「──ッ!?」

 

 音速にて射出された鏃の弾丸。

 正確無比にエミリオの頭部へと、それは吸い込まれようと──

 

「ッダラアアアアッッ!!!」

 

 否。

 金属音と共に、必殺のスピアガンは弾かれる。

 見ると、エミリオの前に、実姉にして最強の女海兵──リン・クロサワの姿があった。

 

「くたばれクソッタレが!」

「grr!」

 

 予備のサムライソードを取り出すリン。

 いや、先のクイーン戦で溶解したサムライソードは、リンにとって真の得物にあらず。

 今取り出したこの短刀こそが、リンが祖父から餞別に受け取った、黒澤家の家宝にして、数百年前から連綿と受け継がれし究極の得物。

 

 “鬼包丁”

 

 かつて尾州の名匠が、心血を注いで拵えし珠玉の逸品。

 その拵えは、現代の科学力を持ってしても再現不可能な、科学的な説明のつかない驚異的な硬度を誇る。

 失われし日ノ本の武魂が込められし宝剣の神通力は、エイリアンの強酸を持ってしても侵すこと能わず。

 超自然ともいえる異星のテクノロジーとも五分以上に渡り合える、神州無敵──否、宇宙無敵の宝剣である。

 

「らああッ!!」

「grrr!!」

 

 しかし、クリーナーが備えるダガーもまた、氏族の最強者だけが持つ事を許された驚異の逸品。

 氏族の宝剣にして、数千年前から連綿と受け継がれし至高の得物。

 

 “セレモニアル・ダガー”

 

 儀式用短刀と侮るなかれ。幾万の死骸から厳選された、エイリアンの外殻にて拵えられた必滅の短刀。

 失われしエンジニア達の科学力を持って制作されたこの刀は、エイリアンの強酸性にも溶けず、至近距離からの強化徹甲弾を弾くプレデターの装甲すら、容易く切断を可能としていた。

 

「ッ!?」

「ッ!?」

 

 重厚な金属音。刃が交わる音が響く。

 逆手持ちにて繰り出されたリンの激剣を、クリーナーもまた逆手持ちの科学刀にて受け止めていた。

 同時に、両者は万物を断ち切っていた己の得物と同等の代物を、対手が備えていた事に驚愕を露わにする。

 

「シッ!」

 

 鍔迫り合いとなった状態。

 即座にリンは左フックを繰り出し、クリーナーの頭部へ拳を叩き込む。

 

「grr!」

 

 鉄拳を予測していたクリーナー。

 鈍い肉の音が鳴ると、リンの拳はクリーナーの掌にて受け止められていた。

 

「ぐぬうぅぅぅぅッッ!!」

「grrrrrrrrrrrrrッッ!!」

 

 互いに腕を交差させ、得物と拳をかち合わせるリンとクリーナー。

 そして、クリーナーの剛力にも負けない、リンの底力。

 異星科学では説明の出来ない、地球産火事場のクソ力。

 

「ふ、ふふふ……!!」

「grr……grr……!!」

 

 リンとクリーナーは、出会い頭の戦闘とはいえ、ここまで互いに滾る対手にまみえるとは思ってもおらず。

 同時に、両者はこれが決して負けられぬ戦いだと認識していた。

 それは、互いに守るべき存在を抱えた者同士の、熾烈な争い。

 

 姉と兄の、愛と根性のぶつかり合い──!

 

 

「止めてよ姉さん!!」

「U'sl-kwe'nii-han'cO!!」

 

 

 しかし、肝心の弟と妹の、呆れにも似た制止の声が、同時に響いた。

 

「えぇ!? なんでよ!?」

「grr!? thwei!?」

 

 拍子抜けしたように互いの肉親へ応える姉と兄。

 滾っていた戦意が急速に萎えていくのを感じた両者。

 交わしていた刀勢も、同様に鎮火していった。

 

「その人はシシュのお兄さんだよ!」

「Bpi-de'EMI'nee-han'cO!」

 

 互いの姉と兄が火花を散らしている間、異星の番は短い会話にて、それぞれの肉親の正体を知らせていた。

 もちろん、二人の距離はしっかりと縮まっており、エミリオはシシュを気遣うように抱いており。

 シシュもまた、エミリオへ縋るように抱いており。

 お互いに抱き合いながら、制止の声を上げるエミリオとシシュ。

 その異様な光景に、リンとクリーナーは再び“温まる”のを感じた。

 

「は? シシュ? お兄さん? あんた何言ってんの? ていうかナニしてんの?」

「EMI? nee-han'cO? Dhi'ki-de? kainde'amedha?」

 

 みしりと、再び両者の間に戦闘気運が高まり、肉と刃が軋む音が鳴り。

 しかしながら、此度の両者の敵意は。

 

 それぞれの弟と妹に向けられていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




カスがNTRなんてさせねぇんだよ(無敵)


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Chapter26.『Collateral Damage』

 

 惑星BG-386

 研究施設外周

 

「くらえッ! この@$%#野郎ッ!!」

 

 右腕に装着されたマシンアームに内蔵されたスマートガンが火炎を噴く。

 植民地海兵隊第13独立部隊隊長ダッチ・シェーファー少佐は、襲いかかる無数のエイリアンへ、悪態(スラング)と共に鉛玉をぶち入れていた。

 

「野郎ぉぉぉぶっ殺してやぁぁぁる!!!」

 

 その隣では、装甲ローダーに搭乗した第13独立部隊、ベネット大尉が気炎を吐きながらガトリング砲を掃射する。

 ベネット大尉と同じく、10名程の第13独立部隊の兵士達が、研究所外周部の岩陰を利用し円陣を組み、各々が銃火器にてエイリアンと戦闘を繰り広げていた。

 

「グレネード!」

「了解ぃ!」

 

 ダッチの指示を受け、ベネット大尉はローダーが装備するショルダーキャノンを連射する。

 無数のグレネード弾がエイリアンの群れへ降り注ぎ、猛烈な爆炎が発生。黒色の異形共は、爆音と共に五体を砕かれていった。

 

「やる事が派手だねぇ」

「流石スペシャル・フォースの連中さね。アタシらも負けてらんないよ!」

 

 円陣では、ダッチらへ援護射撃を行うライバック伍長とコナー上等兵の姿もあった。

 

「二人とも、レン少佐達と一緒にドロップシップで待機しててもいいんだぞ?」

「シェーファー少佐、言ったじゃないですか。俺達もまだ戦えます」

「少尉を助けるんだ! それに、少佐達よりも、アタシ達の方がバケモン共に慣れているよ!」

 

 気遣うようなダッチの言葉に、コナーは爆炎を掻い潜って来たエイリアンへ銃撃を浴びせながら応える。機敏な動きを見せるエイリアンの動きを予測し、的確に頭部へ銃弾を叩き込んでいた。

 

 植民地海兵隊第501大隊の残存兵達を救助していたダッチら第13独立部隊の精鋭達。

 ライバックら第3小隊の生き残りと共に、大隊長のレン少佐率いる残存兵も保護していた。消耗が激しいレン少佐達、そして負傷しているロス一等兵は、独立部隊が搭乗していたドロップシップ内に既に退避しており、研究所から離れた安全な場所で待機している。

 

 しかし、ライバックとコナーだけは、ダッチらの研究施設襲撃に参加していた。

 幾日にも及ぶ逃避行で、二人の兵士は相応に疲労感を滲ませている。だが、ダッチらの奮戦に闘志を喚起されたのか、勇猛な海兵隊に恥じぬ戦いぶりを見せていた。

 

「ッ!」

 

 ふと、ダッチは無機質な殺気を感じ取る。

 その直後、鋭利な何かが頬をかすめるのを感じた。

 

「スナイパーか!」

 

 即座に岩陰に隠れ、己を狙撃した者の気配を探る。

 どう見ても、エイリアン達が銃火器を使用したとは思えず。

 

「ライバック!」

「ああ……あそこだ!」

 

 コナーの声を受け、ライバックが冷静にM42Cスコープドライフルを構える。

 特殊スコープ越しに、肉眼では視認出来ない“狙撃手”の姿を見留めると、ライバックは引き金を引いた。

 

「ワンダウンだ」

 

 弾けるような銃声の後。

 ライバックが放った銃弾は、研究施設外周部にいた陽炎のような影を射抜く。

 被弾した陽炎は、直後に実体を現し、白い体液を撒き散らしながら倒れた。

 

「光学迷彩か。ヴェイランド社のアンドロイド部隊だな」

 

 望遠バイザー越しに、粘度のある白い液体に塗れた管を露出し倒れる敵を見るダッチ。しかし、倒れた敵以外にも、蠢く陽炎がいくつか視認出来た。

 光学迷彩を施したヴェイランド・ユタニ社──ビッショップが掌握する戦闘アンドロイド部隊の姿を見て、ダッチはその太い眉をやや潜めた。

 

「少佐ぁ! バケモノ(カカシ)共が引き上げていきますぜぇ!」

 

 ローダーで暴れまわっていたベネット大尉がそう言うと、ダッチはエンリアン達が撤退していくのも確認する。

 独立部隊の猛火力に恐れをなしたようにも見える。だが、どちらにせよ一時的な撤退だろう。

 恐らく、そう時間が経たない内に、エイリアン達は再び襲いかかってくる。

 それも、もっと多くの同胞を連れて。

 

「少佐ぁ、新手が来る前にこっちも下がりましょうぜ。あのバケモノ(カカシ)共はただの動物(カカシ)じゃねえ。妙に知恵が回りやがる」

 

 ベテランのベネット大尉もそれを予見し、ダッチへそう進言した。

 よく見れば、縦断爆撃の如き独立部隊の火力に対し、エイリアンの死骸はそこまで多くは無い。

 そして、散発的に降り注ぐアンドロイド部隊の狙撃。

 狡猾なエイリアン達は、“三つ巴”の状況を利用し、ダッチらがアンドロイド部隊との戦闘で疲弊するのを待つ戦法に切り替えたのだ。

 

「駄目だ。リンがまだ戻っていない」

「それはいわゆるコラテラルダメージというものに過ぎませんや。軍事目的の為の致し方ない犠牲だ」

「リンは捕虜の救出に向かってるんだぞ。置いてはいけない」

 

 とはいえ、現状ではダッチのハッキングによる妨害工作により、アンドロイド部隊は満足な展開が出来ずにいた。

 こちらの反撃を警戒し、狙撃もまばら。アンドロイド部隊もまた、増援を待ってから総攻撃を開始するつもりだろう。

 

 こうして、戦場は先程とは打って変わり、奇妙な静けさに包まれた。

 

「お前はビールでも飲んでリラックスしてろ」

 

 膠着状態に陥ったのを受け、ダッチはそう軽口を叩く。

 それを受け、ベネット大尉は口ひげを歪ませた。

 

「ま、あの筋肉モリモリマッチョウーマンならその内戻って来るでしょうな」

 

 流石に作戦中の飲酒はしなかったが、ベネット大尉はそのままローダーを待機状態にさせ、鉄身の中で身体を緩ませる。

 とはいえ、いつでも動けるように油断なく周囲を警戒していた。

 

「リン中尉は余程の手練なんですね」

「ああ。正直、あいつなら一人でもこの地獄を生き延びられるだろうさ」

「なるほど、それは頼もしい。ですが、ウチのエミリオ少尉も只者じゃありませんよ」

「ほう?」

 

 ダッチとライバックは警戒を続けたまま、世間話でもするかのように会話をした。

 この二人、たとえ会話の最中でも突発的な事態に反応出来るよう、引き金には指をかけたままであった。

 そして、二人は互いに信頼する海兵姉弟を、互いに誇らしげに伝え合っていた。

 そのような二人に、コナーは面白がるように割って入る。

 

「じゃあ二人が揃ったら一体何が始まるんだい?」

 

 コナーの問いかけに、ダッチとライバックはシンクロするように声を揃えた。

 

 

 

「「第三次大戦だ」」

 

 

 


 

 何故このような奇妙な事になったのか。

 クリーナーは唸るような顫動音を鳴らし、前を進む女海兵の姿を見てそのような思考に囚われた。

 

「なによ? なんか文句あんの?」

「……」

 

 艷やかな黒髪を纏め、文字通り馬の尻尾のようにポニーテールを揺らしながら、リン・クロサワ中尉は不機嫌そうにクリーナを見やる。

 それをクリーナーは沈黙をもって返していた。この女は、“獲物”としてみたら上等な部類に入る。

 だが、連携する相手となると、全くもって未知数なイキモノだ。

 

「アンタがナニモノかは興味ないけど、アタシらの足は引っ張らないでよね」

「……」

 

 加えて、妙に生意気だ。実力に裏打ちされた態度とはいえ、とても親しくなれそうにはない。

 もっとも、友誼を交わすどころか、氏族が地球人を認めた事など、ここ数百年はほとんどなかったのだが。

 先代クリーナーが活躍していた頃は、氷の大地での成人の儀式の際、地球人の女が氏族の若者に瘢痕文身(スカリフィケーション)を授けられていたり、また氏族の別の若者を宇宙船まで追い詰め、肉弾戦の果てに勝利を勝ち取った地球人もいた。

 そして、それらはエルダーが直々に称揚していたのを鑑みると、意外と地球人と氏族の相性は悪くないのかもしれないとも、クリーナーは思っていた。

 

「krrrr」

「あ、あの、シシュ。そんなにくっつかれると歩き辛いよ……」

 

 現に、身体を必要以上に密着させ、己の乳房をグイグイと地球の若者に押し付ける妹の姿を見ると、相性は……

 

「こんな時までイチャ付いてんじゃないわよ!」

「grr!」

「あ、ごめん姉さん……」

「krr……」

 

 言語は違えど異口同音を唱える姉兄に、弟妹は恐縮するばかり。

 この奇妙な集団……二人の地球人と、二人の異星人。

 四人の姉弟兄妹は、一時的な休戦を交わし、共に研究施設を脱出するべく行動を共にしていたのだ。

 

 

 

 クリーナーがシシュを救出せしめ、その後にクロサワ姉弟が研究室に至った後。

 弟妹の必死のなだめすかしにより、互いに矛を収めたクリーナーとリン。

 そして、簡潔ではあるが、エミリオとシシュはお互いがいかに大切な存在か、それぞれの大切な存在へと伝えていた。

 

「はぁ!? お嫁さん!? アンタ頭おかしいんじゃないの!?」

 

 これ以上ない程ストレートなツッコミをするリン。

 今まで忖度されたリアクションしかされていなかったエミリオ。故に、むっと表情を顰める。

 そして、珍しく──いや、初めて姉に対し反抗的な態度を向けた。

 

「おかしくないよ。シシュは、僕の大切なお嫁さんだ」

「うっ!?」

 

 キッと鋭い視線を向けられ、リンは僅かにたじろぐ。

 弟の鉄の意志を受け、姉はそれ以上言葉を紡ぐ事が出来ないでいた。

 

「krr……」

「な、なによ?」

 

 ふと、シシュがおもむろにリンのタンクトップの裾を引く。

 

「krr……onee……オネーチャン……」

「は、はぁ!?」

 

 そして、爪上口器を窄ませながら、長い睫毛を備えた瞑らな瞳を向ける。

 リンより遥かに身長が高いので、若干見下ろす感じにはなっているが、大きい身体をことさら丸くさせ、リンへ親愛の感情を向けていた。

 異星の乙女の突然のスキンシップに、リンは狼狽を隠せず。

 

「あ、アンタなんかにお姉ちゃん呼ばわりされる筋合いは無いわよ!」

 

 同時に、不覚にも妙な愛らしさを感じてしまい、なんともリアクションに困ったように困惑を露わにしていた。

 

「……」

 

 その様子を、クリーナーは黙って見つめる。

 本来、氏族の掟ではシシュは死を持って氏族の誇りを守らねばならない。しかし、クリーナーである自分、そして後継者として育てていたシシュに関しては、ある程度の掟破りは赦されていた。

 そもそも、先代クリーナーも、決して掟を遵守していたような()()ではない。

 

 しかし、それでも氏族の女が、本来獲物として狩る対象と()になるなど、それこそ氏族の長い歴史の中でも初めての事例だろう。

 地球人と共闘した例はいくつかあるし、その中で友誼を交わした者達もいた。

 しかし、愛情を交わすとは……。

 

「……」

 

 クリーナーは複雑な想いが沸き起こるのを自覚する。

 無論、可愛がっていたシシュが、よく分からぬ地球の男に()()()()という事実もショックではある。いずれ己が見繕った氏族のイキの良い若者を充てがうつもりであっただけに尚更だ。

 

 しかし、それ以上に、シシュが氏族の長──エルダーの娘という事実が、クリーナーの頭を悩ませていた。

 あの“悪しき血”達が画策した、異種交配による地球移住計画。

 あれは、エルダーにとって忌まわしき記憶だ。

 あの事件以降、エルダーは氏族の血を外部の者と交わらせるのを極端に嫌っていたのだ。

 

「grr」

 

 クリーナーは苛立ちが混じった顫動音を鳴らし、それ以上考えるのを止めた。

 シシュがどのような選択をしようと、どうせ結末は変わらない。

 

 この場は、この星は。

 エルダーの意思ひとつで、どのようにでもなる。

 自分のこの星での任務は、シシュの救出を果たした時点で既に終わっているのだ。

 故に、この後は──。

 

「Shesh」

 

 クリーナーは背負っていた少し大きめのクリーナーケースを下ろすと、尖った爪先で認証装置を撫でる。

 すると、機械的な作動音と共にケースが開封され、中には各種装備品が収められていた。

 

「krr」

 

 シシュはそれを見留めると、手早く装備を装着し始める。

 網状のボディースーツ、コンピューターガントレット、予備のマスク。

 乙女はマスクを装着し、ガントレットを操作してウェアラブルコンピュータを起動させる。

 

「krrr」

 

 ジャキン! とリストブレイドを起動させ、クリーナーへ頷くシシュ。

 近接装備のみであるが、先程までの無防備姿とは異なり、乙女の武装は完了していた。

 

「grr」

 

 そして、クリーナーは腰に装着していたスラッシャー・ウィップをシシュに手渡す。

 これも、ゼノモーフ(エイリアン)──硬い肉(サーペント)の尾で拵えられた、強力な近接武器だ。

 

「krr……」

「……」

 

 シシュはいいのか、という風にマスク越しにクリーナーを見つめる。

 クリーナーは首肯を返すのみだった。

 

「シシュ、よかったね」

「krr!」

「うむむ……アタシも何かエミィにあげたほうが良いのかしら……」

 

 シシュが装備を整えるのを見守っていたエミリオ。

 対して、弟に何も装備を譲渡出来ていないリン。何か渡そうにも、拳銃とサムライソードしか持っていない。

 

「ううん……」

 

 どちらも己の身を守り、襲いかかる敵を倒すのに必須の武器。というより、リンの武装はこれしかない。

 サムライソードはショートレンジでの戦闘に不可欠。拳銃もミドルレンジでの戦闘に必要だ。

 とはいえ、丸腰のエミリオをそのままにしておくわけにもいかない。

 戦闘アンドロイドから武器を分捕るのも考えられたが、恐らく武器使用権限を暗号化されており、鹵獲兵器の使用は難しいだろう。

 

「じゃあ、エミィ、アタシの拳銃を──」

 

 仕方なしに拳銃を手渡そうとしたリン。

 しかし、そこにクリーナーが待ったをかけた。

 

「grr」

「え、これ、僕に?」

 

 クリーナーは背面に収納していたコンビスティック(スピア)を取り出し、エミリオへ無造作に渡す。

 

「あ、ありがとうございます」

「……」

 

 エミリオの礼の言葉を無視し、研究室のドアへと向かうクリーナー。

 氏族のテクノロジーが、地球の若者に渡るのは、クリーナーにとってさしたる問題ではなかった。

 どうせシシュの装備品も鹵獲されているし、そもそも氏族のテクノロジーが地球へ流出するのは、それこそ数百年前から発生している。

 技術流出は氏族にとってさほどの問題ではない。

 重要なのは、個体としての強さなのだ。

 

「どーせアタシは何もあげられないわよ……」

「あ、いや、姉さんは悪くないと思うよ……」

 

 ふてくされるようにクリーナーの後に続くリン。それを慰めつつ、エミリオも後に続く。

 

「krr!」

「うん。シシュが一緒なら大丈夫だね」

 

 そして、私も忘れるなといわんばかりに、マスク越しに元気の良い顫動音を鳴らすシシュ。

 ぴったりと寄り添うように歩みを進めるシシュに、エミリオははにかんだ笑みを浮かべていた。

 

「……」

 

 油断なく研究室を出て、周囲を警戒するクリーナー。

 同時に、エミリオという地球の若者がどれほどの()()()()()

 マスクの下で、爪上口器を僅かに歪ませる。

 シシュから聞いた話では、エミリオはあの氏族の血が混じったサーペント──プレデリアンを、シシュと共に仕留めたという。

 そして、並のサーペントなら、徒手空拳にて仕留める事が可能だとも。

 

「grr」

 

 スピアは先払いだ。

 シシュが認めた男なら、これから始まる過酷な戦闘にも耐え、戦士としての矜持を見せてくれるだろう。

 楽しみだ。

 研究施設を脱出するまでに、どれほどの戦いを見せてくれるのだろうか。

 そう、言外に言い放つクリーナー。

 心なしか、その足取りは軽快なものであった。

 

「ちょっと、アタシらの足引っ張らないでよね」

「grr……」

 

 なし崩し的に共闘体制となったプレデターズとマリーンズ。

 リンの勝ち気な声を受け、クリーナーはやはり不機嫌そうに顫動音を鳴らしていた。

 

 

 

 


 

 惑星BG-386

 研究施設外周

 

 第13独立部隊が戦闘を繰り広げていた場所から、数km離れた場所。

 ジャングルと荒野の境目にあるその場所で、ステルス迷彩が施された一隻のドロップシップが降着していた。

 

「どうかな、200年振りの着心地は」

 

 内部では数名のクルーが何かしらの作業に従事している。

 そして、リーダーと思わしき黒人男性が、眼の前に鎮座する()()へ向け語りかけていた。

 

「ご先祖がこれを着て異星人と戦っていたと思うと昂りますね」

 

 異形の眼が光ると、流暢な英語が発せられる。

 異形の形は、フルスキンタイプの金属鎧で、施された意匠はこの惑星の各所で戦いを繰り広げている異星人──プレデターに酷似していた。

 

「クイン・マッケナのDNAが起動コードになっているのだ。君達マッケナ家の人間でないと動かせないスペシャル・コーデだよ。存分に楽しんでもらいたいね」

「あまりハードワークはしたくないのですがね。まあ、程々にやります」

「そうだな。ただし、あまり時間はかけられない。海兵隊とウェイランド社が和解したという情報が先程入った。グズグズしているとハンター達にも先を越される」

「ええ、分かっています」

 

 そう言って、異形の鎧は備え付けられた装置を外し、駆動音を鳴らしながら立ち上がる。その様子を、黒人男性は無表情に見つめていた。

 彼らの所属は海兵隊でも、ましてやウェイランド・ユタニ社でも無かった。

 

「分かっているなジェイコブ。我々の使命は──」

「ええ、もちろん。分かっています」

 

 ジェイコブと呼ばれた異形の鎧。

 鎧を纏うマッケナ一族の末裔は、確りとした声で応えていた。

 

「クインやローリーが守り続けていた地球を、我々の代で終わらすわけにはいきませんからね」

 

 ドロップシップのカーゴハッチが開けられると、ジェイコブはスラスターを噴出させ勢い良く飛び出していった。

 海兵隊が所持する最新鋭のパワーローダーよりもパワフルなそれは、明らかに地球の技術で作られた物ではなかった。

 

「ハッチを閉めろ……で、ビショップ氏はなんと?」

 

 ジェイコブが出撃したのを見留めると、黒人男性はハッチを閉めるよう指示しつつ、通信機を操作する部下へと声をかけた。

 

「我々の援軍に感謝すると。よほど切羽詰まっているようですね」

「そうか……まあ、ウェイランド社から見放され、海兵隊やゼノモーフ、おまけにハンター達にも囲まれているんだ。猫の手も借りたいだろうさ」

「三つ巴どころか四つ巴ですか。なかなか大変な状況ですねネブラスカさん」

 

 そう軽口を叩く部下に、ネブラスカと呼ばれた黒人男性は、相変わらず無表情に応えていた。

 

「我々がキャスティングボードを握っているのは変わらない。それに、いざとなったら母艦の核攻撃で全てを終わらす事が出来る」

 

 そして、ネブラスカはドロップシップを発進させるよう指示を下した。

 

「我々“スターゲイザー”がな」

 

 

 

 

 

 

 



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Chapter27.『Squad』

 

 地球

 JPN・TKY・丸の内

 ウェイランド湯谷コーポレーション本社ビル

 プレジデント・オフィス

 

「ええ、ではそのように。ええ、植民地海兵隊とは今後も友好な関係を築きたいと思っていますわ。ではごきげんよう……カービィ准将」

 

 シックなスカートスーツに身を包んだ妙齢の女性。デスクに座り、備えつけられたスピーカーフォンへ流暢な英語で応えると、そのままスイッチを消した。

 女性のロングヘアの黒髪はケアが行き届いており、スキンケアもそれに応じて良くされている。身長は170cmを超えており、スタイルは良く、少し大きめの臀部と括れた腰のラインが艶めかしい。

 彼女の実年齢は50を超えていたが、傍から見れば30台後半でも十分通用する容姿だった。

 バイオティクスに優れた自社の美容製品を日常的に使用しているから、というのもあるが、どちらかといえば、彼女の美しさは本人の努力による所が大きいだろう。

 

「これでいいのかしら?」

 

 熟れた美貌に、少しだけ挑発的な眼差しを浮かべながら、女性は対面でどっしりと構える和服姿の老齢の男──こちらも逞しく鍛え上げられた肉体は、40台にしか見えないが──へ、今度は日本語でそう声をかけた。

 

「ま、いいんじゃねえかな。後藤の小僧もそう思うだろ?」

「落とし所としては良いと思いますよぉ、黒澤さん」

 

 老齢の男……エミリオとリンの祖父、マスター・黒澤は、隣に座る航宙自衛隊三佐、後藤へと呑気な声をかける。

 後藤もまた、昼行灯、といった体で、黒澤へと応える。くたびれたブラックスーツが、より後藤の表六ぶりを増していた。

 女性は二人のやり取りを見て、やや顔を顰めながらため息を吐いていた。

 

「貴方達の前だと気を張っているのが馬鹿らしくなるわね……」

「いいじゃねえか。肩肘張ってばかりだと疲れるぜ、ショウの嬢ちゃん」

「世界的な大企業のCEOサマですからねぇ。我々下々の人間じゃあ想像もつかない苦労をされているんですよ。きっと」

「……ほんと、現在進行系で苦労をしているわ」

 

 ショウと呼ばれた女性──世界一の巨大コングロマリット、ウェイランド・ユタニ社を率いる女傑──ショウ・湯谷は、脅しに近いアポを取り付けて現れた黒澤と後藤に、普段の冴えた美貌を顰めるばかりだ。

 

「ああもう」

 

 ショウはおざなりにデスクチェアにもたれかかると、とぼけた表情を浮かべながら、秘書が差し出した緑茶を啜る黒澤を睨む。

 ちなみに、彼女の聖域ともいえる社長室は人払いがされており、この場ではショウ、黒澤、後藤の三人しかいなかった。

 

「LV-426やセヴァストポリ宇宙ステーションの損失補填として期待していたBG-386の開発も失敗。安定した兵器納入先の植民地海兵隊からも取引制限をかけられる。特別損失は計り知れないわ」

「今まで金を稼ぎすぎたツケだよ。ちょっとくらい良いじゃねえか」

「健全な企業運営には安定した利益を常に生み出し続けないといけないの。それに、昔からの負債を一気に解決出来るチャンスだったのよ。これ以上保険屋はアテに出来ないし、風来坊の貴方には分からないわよ」

「そうかい。ま、真面目な所は相変わらずだな、嬢ちゃんは」

「その“嬢ちゃん”っていうのはいい加減止めて頂戴。もういい年なのよ、お互い」

「可愛いから気に入っているだがね、俺は」

「もうあの頃の初心な小娘とは違うのよ、私は」

 

 先程と違い、ややくだけた様子で会話を交わすショウと黒澤。どこか昔を懐かしむような空気も流れている。

 この二人の“過去”を少しだけ知る後藤は、口角を面白げに引き攣らせながら会話を聞いていた。

 

 伝説の武人として裏社会で活躍していたマスター・黒澤。

 ウェイランド社の表も裏も統括し、暗躍を続けていたショウ・湯谷。

 幾度となく対決をしていた黒澤とショウ。そして、戦い続ける内に、まるでスパイ映画さながらのラブロマンスが、二人の間に芽生えていた。

 二人が肉体関係にまで至っていたかどうかは後藤にとって知る由もない。

 どちらにせよ、黒澤はアメリカ人女性と結婚し子供をもうけていたし、ショウは独身のままであるからには、切ないストーリーが二人の間にはあったのだろうと思っている。

 だが、そこを深堀りするほどの野暮はしたくもなく。

 深堀りした所で教えてくれるとは思えなかったし、アレコレ妄想している方が楽しいというのもあった。

 

「まあいいじゃないですか。おたくの日本国内での()()()()()()()はチャラにするんですし」

「我が社の渉外部も質が落ちたわね。自衛隊如きに尻尾を掴まれるなんて」

「いやぁ、恐縮です」

 

 そう言いながら、わざとらしく頭を掻く後藤。

 様々な企業不正の証拠を握られたショウは、部下の手際の悪さにも辟易していた。

 しかし、痛い懐を容赦無く探ってきた男が、それを“無かった事にしよう”と提案をしてきたのは、ショウにとって魅力的であり。

 事実、不正の証拠を耳を揃えて返してきたのは、後藤の言葉を信用する根拠となっていた。コピーを取っていようと、直接的な証拠さえこちらで隠滅できれば、後から糾弾を受けようといかようにも躱せる。

 もっとも、後藤としてもそれをするには、実際の所憚られる所があった。

 それをすれば、今度こそ部下の言う通り、血で血を洗うスパイ戦が繰り広げられるのは必至であったからだ。

 彼自身の保身のためにも、ここでショウに恩を売るのは、悪くない取引だった。

 

「まあ、これでウェイランド社は今まで通りクリーンなイメージを保てるという事でひとつ」

「そうね」

 

 おべっかを使うような後藤に、ショウはそっけない返事をする。

 ウェイランド社は国家権力にも影響を及ぼすほどの強大な権力を誇っていたが、表向きはクリーンな企業イメージで運営をしている。

 致命的とはいかないまでも、不正情報を露呈させられたら、購買者はもちろん、株主にも悪印象を与え、会社の体力にも響いてくるだろう。

 創業者一族とはいえ、既にBG-386での件──ビショップの造反により、ショウの社内での立場は危ういものとなりつつあった。

 取締役会での追求を受けるのは必至であり、これ以上の失点は彼女の去就にも影響を与えるだろう。

 

 故に、目の前の難事をとりあえずは片付けられる、後藤──実際には黒澤の提案を、ショウは渋々ではあるが受け入れていた。

 それは、水面下で敵対する植民地海兵隊との和解。

 BG-386での造反行為──ビショップ一味を闇に葬りさるべく、海兵隊を利用した事に対する謝罪、補填。

 更には海兵隊に対する影響を削減する為、米国法人の綱紀粛正の実行も約束すると、ショウは植民地海兵隊カービィ准将へ申し入れていた。

 

「といっても、状況はちょいと複雑になってきていますがね」

 

 そう言って、後藤は黒澤の方へ顔を向ける。

 黙って茶を啜っていた黒澤は、重たげに口を開けた。

 

「ただの鉄火場なら口出す事も無かったんだけどな。孫達が可愛いってのはあるが、あいつらは自分で兵隊になる事を選んだんだ。ドンパチやっておっ死んじまうようなら、それまでの連中だったって事だ」

 

 孫可愛さで奔走していたとは思えないほど、冷酷な言葉を発する黒澤。

 事実、リンやエミリオが戦いの果てに命を落とすのは、伝説の武人として生きていた自身を鑑みても、仕方のない事として受け入れられるだろう。

 しかし。

 

「だが、それは人間相手だったらの話だ」

 

 黒澤がそう言うと、ショウと後藤は表情を固くさせた。

 

「ハンターの事?」

「そうだ。ハンター絡みじゃ、呼ばれてねえ連中まで出張ってきちまう」

 

 ショウの問いかけに頷く黒澤。

 ショウもまた、何かを思い出すように言葉を重ねた。

 

「1987年からの因縁ね。実際、会社が──曾祖母が関わったのは、2004年からだけど」

「実際はもっと前みたいですよぉ。ウチの先輩方もガダルカナルやら硫黄島やらでやり合ったと聞きますし」

 

 ショウの言葉に同調するように、後藤もまたまことしやかに囁かれる自衛隊内での“伝説”に言及する。

 正確な記録は残ってはいないし、信憑性のある情報というには、あまりにもオカルトめいた話。しかし、自衛隊の前身──旧日本軍が遭遇した“未知の狩人”の話は、限られた人間にだけ口伝にて伝承され続けていた。

 

「ハンターはもっと前から俺たち人類に関わっているぜ。我が家もちょいとした因縁があってな」

 

 そう言って、黒澤は懐からある物品を取り出す。

 それを見たショウと後藤は、それぞれが驚愕を隠せない様子を見せていた。

 

「それって……」

「先祖伝来のハンターの遺品だよ」

 

 黒澤が取り出したのは、かつて日本──戦国の世に現れ、数多の侍と死闘を繰り広げたハンター……プレデターの遺品だった。

 30センチほどの筒状の金属。見れば、剣の柄のようにも見える。

 刀身なき柄は、数百年にも及ぶ年月の経過を伺わせるほど、古ぼけた外観をしていた。

 

「黒澤家のご先祖が仕えていた大名家の姫が、こいつを巡って邪教集団の特殊忍者とハンターと戦った際、とある座頭に救われたという話さ。その座頭は居合の達人だったとか」

「座頭市ってやつですか。で、それは何かの部品なんですか?」

「いわゆる光線剣ってやつだな。とっくの昔にエネルギー切れを起こしているから、こいつはもうただの金属の棒でしかねえけど」

 

 黒澤の話を半信半疑といった体で聞く後藤だったが、目の前の物品を見る限り、それは事実なのだろう。

 どちらにせよ、後藤にとってそれ自体はどうでも良く。

 

「ハンターだけでも大変なのに、ハンターが関わっているなら彼らも出てきますからねえ」

「その通り。ウェイランド社と海兵隊でやり合っている場合じゃねえってことさ」

 

 黒澤と後藤の会話を黙って聞いていたショウ。

 おもむろに口を開く。

 

「敵の敵は味方って所ね」

「そうだよ。嬢ちゃんとしても丁度良かっただろ? ()()()()()から手を引くいい機会だ」

「……」

 

 もはや隠し事はしても無駄だろう。黒澤は何もかもを知れる立場にいるのだ。

 ショウは諦めたようにため息をひとつ吐いた。

 

「そうね。今回の件は、アレに固執する古株役員達を一掃するいい機会だわ。それに、個人的には、アレは人が飼いならせるような動物じゃないと思うわね」

「だろうな。地球に持ち込まないように尽力したエレン・リプリーに感謝するこった」

「……そうね」

 

 どこまで知っているのか。この男は。

 

「フィオリーナ161に関しては残念でしたねえ」

「……」

 

 そして、この昼行灯も、どこまで知っているのか。

 会社の機密が筒抜けなのを受け、ショウは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

 もっとも、この二人が特別なのだと思うと、ショウはもはや怒る気にもなれなかった。

 

「とにかく、海兵隊の生き残りが無事に戻ってこれるよう、嬢ちゃんの方でも動いてくれると助かる。特に連中への対処は、海兵隊や自衛隊だけじゃ厳しい」

「ええ。わかったわ」

 

 黒澤の言に確と頷くショウ・湯谷。

 ハンターと対決し続けていたあの組織──スターゲイザー。未だに米国政府中枢にメンバーがいる、ある意味ではウェイランド社より強大な組織だ。

 彼らが“最終的な解決”をしないよう、ショウはありとあらゆる人脈を使い、それを阻止する事を誓っていた。

 

「でも、スキャンダルの隠蔽だけじゃちょっと割に合わないわ。何かご褒美が欲しいわね」

 

 からかうようにそう言ったショウに、黒澤は諧謔味のある笑みを浮かべた。

 

「じゃあ、俺と一緒になるか?」

「はぁ?」

 

 突然の黒澤の申し出に、翻弄されっぱなしのショウ。

 素の表情で固まるショウを見て、後藤は必死で笑いを堪えていた。

 

 

 

 


 

 惑星BG-386

 研究施設

 

 クリーナーがシシュの異変に気付いたのは、脱出を阻む戦闘アンドロイドの一体を始末した時だった。

 

「シシュ、大丈夫?」

「krr……」

 

 弱々しげにエミリオへもたれかかるシシュ。

 先程までは、再会の喜び、そして悍ましい人間に陵辱されかけた反動からか、エミリオへ過剰なまでにスキンシップをとっていたシシュ。

 しかし、寄りかかっていたのは甘えていただけ、というわけではなかった。

 

「grr!」

 

 長いリストブレイドでアンドロイドを真っ二つに断ち切り、残心するクリーナー。

 その後、コンピューターガントレットを操作し、マスクの視界を透析モードへと変え、シシュへ視線を向けた。

 

「r……」

 

 乙女の体内を透視するクリーナー。

 そして、胸部に蠢く醜悪な怪物──その幼生の姿を見留めた。

 

「Shesh」

 

 短くシシュの名を呼ぶクリーナー。

 見立てでは、直ぐにシシュの胸を食い破ってくる事は無いだろう。

 しかし、そう時間が経たない内に、シシュの体内からサーペントの幼生(チェストバスター)が飛び出してくるのは必然であった。

 

「krr……」

 

 弱々しげにクリーナーへ応えるシシュ。

 普通なら、この場でシシュはチェストバスターごと“処分”される決まりだった。

 氏族から生まれたサーペントは、ただのサーペントではない。

 屈強なプレデターのDNAを存分に取り入れたその個体は、並のサーペントとはわけが違う。

 なにせ、あの先代クリーナー“Uhuru”が仕留めきれなかったのだ。

 そのサーペントは、“Scar”という若く才能溢れる戦士から産まれたという。

 シシュを宿主にしたのなら、その脅威度は推して知るべしであった。

 

「grr……」

 

 サーペント──プレデリアンの誕生を恐れたクリーナーは、しばらく家族と義務の天秤に揺れる。

 しかし、母船に連れて帰っても医療ポッドに“サーペントの除去”という()()()()()機能はない。

 “悪しき血”に染まった同胞は、氏族の名誉の為に“処分”される定めであった。

 

「krr……」

 

 シシュはマスク越しにクリーナーを見つめる。

 氏族の定めは乙女も理解はしていた。

 そして、信頼するクリーナーの判断も、甘んじて受け入れようと。

 しかし、どこかでそれを拒絶しているのもあり、乙女は力のない声を上げるしか出来なかった。

 

「駄目だよ」

 

 ふと、シシュを庇うように、その大きな身体を抱きすくめるエミリオ。

 力のある黒い瞳を、クリーナーへと向けていた。

 

「ちょっと、エミィ」

 

 ただならぬ空気が流れるのを受け、リンがエミリオへ近付く。

 

「grr」

 

 その様子を受け、クリーナーは不機嫌そうな唸り声をひとつ。

 そして。

 

「グッ!?」

「ッ!? エミィ!!」

 

 クリーナーはエミリオの喉を掴み、片手で軽々と持ち上げ、壁面へ叩きつける。

 即座に拳銃をクリーナーへ向けるリン。

 

「grr」

「ッ!?」

 

 しかし、プラズマキャスターの照準がリンの額に当てられる。

 少しでも引き金を動かせば、至近距離からのプラズマ弾がリンへ射出されるだろう。

 突然殺気を発し、エミリオへ加害の手を加えるクリーナーに、リンは首筋に冷えた汗を流すのみである。

 

「krr!」

 

 エミリオの支えを失い、床へ膝をつくシシュ。

 恐らく、クリーナーは己の処刑を断行するつもりなのだろう。

 “家族”と“氏族”を両天秤にかければ、クリーナーの行為は必然ともいえた。

 

「シシュ……!」

 

 押さえつけられていても尚、エミリオはシシュの身を案じる。

 それを見たクリーナーは、特に感情を露わにせず、冷徹にリストブレイドを刃を、エミリオの首筋に当てた。

 

「お願い、します……」

 

 しかし、エミリオは自身に向けられた殺意には、どこか無頓着な反応を見せた。

 何かを懇願するも、それは自身の助命嘆願ではなく。

 

「僕は、どうなってもいい……でも、シシュと……」

 

 愛しい、とても愛おしい異星の伴侶。

 唯一無二の存在であるシシュ。

 だが、エミリオにとって、もうひとつ大切な存在が、シシュの胎内にあった。

 

「シシュと、お腹の子は……」

 

 そう、悲痛な声を上げるエミリオ。

 乙女と、乙女との間に出来た、大切な存在を守る。

 しかし、シシュの“家族”に手向かうわけにはいかない。

 意味のない事かもしれない。

 だが、それでも。

 

 自分の命と引換えに、シシュとまだ見ぬ子供の命を救うよう懇願していた。

 

「エ、エミィ……」

 

 リンはエミリオの言葉にショックを受け、思考が滞るのを実感していた。

 ただでさえ異星人、異形の存在と親しくしているだけで異常だというのに、まさかセックスまでしていたなんて。

 そのような異常行動を、愛する弟が平然と行っていたのを、リンは信じたくもなかった。

 

「grr……」

 

 クリーナーは拘束の手を緩める事はなかった。

 だが、ふと顔を動かし、膝をつくシシュへ目を向ける。

 マスクの透析機能を操作し、乙女の内部──今度は胸ではなく、下腹部を透視した。

 

「……」

 

 子宮内を透析すると、既に子宮内膜に極小の胚が根付いていた。

 ちなみにプレデターの生殖生態は人間のそれと違い、非常に早いスピードで妊娠から出産が可能であり。

 人間では十ヶ月かかる妊娠期間。それが、プレデターだと三ヶ月から四ヶ月ほどで出産が可能であった。

 高位存在──“エンジニア”から戦闘種族としてデザインされたが故の生態である。

 

「……grr」

「くっ!」

「エミ!」

 

 クリーナーはエミリオを解放する。崩れ落ちるエミリオへ、シシュが苦痛に悶える身体を押して駆け寄った。

 

「……」

「……エミィ。どうするつもり?」

 

 クリーナーは無言でエミリオを見つめている。

 それを見たリンは、まるでクリーナーの言葉を代弁するかのようにそう言った。

 

「……ここにある施設なら、シシュからエイリアンを除去できる。嘘かもしれないけど、今はそれに賭けるしか」

 

 自信なさげにそう応えるエミリオ。

 ビショップが取引材料にしていたチェストバスターの除去手術。

 実際に安全にシシュから寄生体を除去できる保証はない。

 だが、それでも。

 

「それに賭けるしかないんだ……!」

「エミィ……」

 

 それに縋るしかない。

 シシュを救い、己の子を救う為には。

 エミリオの悲痛な呟きに、リンは口元を引き締めて弟の姿を見つめていた。

 

「grr」

 

 すると、クリーナーがコンピューターガントレットを操作する。

 ホログラフで研究施設全体の図面が浮かび上がると、クリーナーは一箇所を指差した。

 

「そこが医療研究室って事ね?」

「grr」

 

 リンの言葉に頷くクリーナー。

 どういう思惑かは分からぬが、ともあれクリーナーが指し示す医療研究室までは、ここからそう離れてはいない。

 

「あ、ありがとう……ございます」

「……」

 

 医療研究室への道筋を教えてもらい、礼を述べるエミリオ。だが、それを無視するかのように、クリーナーはホログラムを消すと再び歩み出す。

 とはいえ、内心は可愛い弟子にして妹分を救いたい気持ちもあった。

 氏族の掟に逆らう形となったが、それはそれ。

 掟破りは日常茶飯事だ。

 

「ッ! 敵襲ッ!」

「!!」

 

 突として、前方から新手の戦闘アンドロイドが現れる。

 管制機能を回復させているのか、散発的だった今までとは違い、その数は多い。

 

「チィ!」

「grr!」

 

 リンがハンドガンを連射し、呼応するようにクリーナーがプラズマキャスターを射出する。

 だが、遮蔽物を有効に活用しているアンドロイド達には届かず。お返しのパレットライフルが射撃され、リン達も残置されていたコンテナ等の遮蔽物に身を潜ませた。

 

「ちょっと! アンタのそれもっと威力上げられないの!? 遮蔽物ごとぶち抜きなさいよ!」

「grr……!」

 

 銃撃戦が展開される中、リンはクリーナーへそう文句をつける。

 しかし、高出力のキャノンはチャージに時間がかかる。エネルギー自体は無限に等しいが、無制限に撃ちまくれる代物ではなかった。

 

「ッ!?」

 

 アンドロイド側の激しい制圧射撃が行われ、リンはろくな反撃も出来ず。

 それはクリーナーも同じ。少々のライフル弾なら耐えられるが、弾丸の嵐に身を晒せるほどの耐久力は無い。

 そして、遠距離攻撃の手段が無いエミリオとシシュも、リン達の後方で互いに身を寄せ合いながら火線から逃れていた。

 

「grr!」

「ッ!?」

 

 ふと、クリーナーの唸り声を聞き、リンが顔を向ける。

 クリーナーはガントレットを操作し、再び施設のホログラムを投影していた。

 そして、くいと指を動かし、前方のアンドロイド達を指し示す。

 そのまま敵の戦力が集中しているであろう箇所も指差し、リンの自身の顔を交互に指差した。

 

「……陽動ね!」

「grr」

 

 クリーナーの意思を十全に汲み取ったリン。

 互いの大切な存在を守るべく、即座に行動を開始した。

 

「エミィ!」

「ッ! 姉さん!?」

 

 そして、リンは弟の瞳を見つめる。

 短い間、姉弟はアイコンタクトで意思の疎通を果たす。

 姉の想いを汲み取ったエミリオ。

 囮になるから、その間にシシュを助けろ。

 姉の想いに、エミリオは瞳を濡らしながら確りと頷いていた。

 

「行くわよ!!」

「grraaaaaaa!!」

 

 リンの声を受け、クリーナーが吠える。

 スモークグレネードを投げ、煙幕を展開。わずかに怯んだアンドロイドの射撃を掻い潜り、鉄脚の乙女と異星の掃除屋は吶喊していった。

 

「おらあああああッッッ!」

「graaaaaaaaaaaaaaaa!!」

 

 瞬く間にショートレンジでの戦いを繰り広げる二頭の獣。

 サムライソード、リストブレイドが稲妻のように閃き、アンドロイド達を斬り刻む。

 だが、態勢を立て直したアンドロイド達もやられっぱなしではない。

 即座にリン達へ射線を合わせ、銃撃をしながら追い詰めていく。

 

「こっちよ! ブリキ野郎!」

「grrrrr!」

 

 だが、リン達は巧みにアンドロイド達の動きを誘導しており。また、リン達が後退する先は、ビショップが控える管制室に通じる道。

 杓子定規的な戦闘プログラムのせいか、アンドロイド達は脅威度が低いエミリオとシシュを放置。

 機械的な動きでリン達を追撃していった。

 

「シシュ、今のうちだよ」

「krr……」

 

 医療研究室へ至るまでの障害が取り払われた事で、エミリオはシシュの手を引く。

 だが、胸が苦しいのか、満足に走れないシシュ。

 それを見たエミリオ。

 決断は早かった。

 

「シシュ、しっかり捕まっててね!」

「krr!?」

 

 素早い動きでシシュを横抱きに抱え、走り出すエミリオ。

 大きく、重いシシュの身体を抱えても、エミリオの足取りは安定したものであった。

 

「krr……」

 

 エミリオの首に手を回し、ひしとしがみつくシシュ。

 この細い腕のどこにこのような力があるのだろう。

 エミリオの底力に毎度驚きを覚えるシシュ。

 

「……」

 

 ぎゅっと、エミリオへしがみつく力を強めるシシュ。

 乳房が胸板に密着すると、愛しい伴侶の力強い鼓動が感じられた。

 そして、それはエミリオも同じ。

 薄く頬に朱を差すエミリオに、シシュは説明のつかない安心感を覚えていた。

 

 同時に、愛おしさが溢れる。下腹も疼いてきた。

 このような時に──いや、あのような事があったからこそ。

 穢らわしい人間に陵辱されかけた事が、乙女にとって忌むべき記憶となって植え付けれいた。

 そして、それを一刻も早く、己の内部に巣食うサーペントと共に洗い流してほしい。

 

 そう想ったシシュは、エミリオの腕の中で、大きな身体をことさら小さく屈め続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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Chapter28.『DON'T LOOK NOW』

 

「シシュ、着いたよ」

 

 医療研究室に辿り着いたエミリオとシシュ。

 様々な機器が並び、電子顕微鏡等の器具が並ぶテーブルの間を進む。そして、最奥にカプセル状の装置──医療ポッドを見つけた。

 道中アンドロイドにも遭遇する事もなく、研究室内にも人の気配はない。

 リン達の陽動が成功している証左だ。

 エミリオはシシュを抱えながら、感謝の念を浮かべていた。

 

「さあ、シシュ」

「krr……」

 

 手早く医療ポッドの前へ進み、ゆっくりとシシュを下ろす。身長2mを超える乙女の身体には少々窮屈そうだが、使用には支障は無い。

 シシュは弱々しく顫動音を鳴らす。時折、苦しそうに呼吸しており、残された時間が少ない事を意味していた。

 

「監視は……」

 

 そして、エミリオは手早く室内を調査する。

 室内には人は無いのは確認済み。

 だが、この部屋がビショップ達に監視され、何かしらの妨害がされるのも阻止せねばならない。

 監視カメラは第13独立部隊のハッキングから立ち直っていないのか、作動はしていないようだ。

 エミリオは一通り室内を調査し、この部屋が外部からの干渉を受けないのを確認すると、ポッドに横たわるシシュへ声をかけた。

 

「シシュ、外すよ」

 

 エミリオは横になるシシュのマスクを外すべく、丁寧な手付きで外顎の管を抜く。プシュっと蒸気のような気体が漏れ、そのままマスクを外すと、乙女の苦しげな表情が露わになった。

 

「シシュ、がんばって」

「krr……エミ……」

 

 シシュの頬を撫でるエミリオ。

 濡れた瞳でエミリオを見つめるシシュは、幾分か勇気をもらったかのように頷く。

 

「ごめんね、脱がすよ」

「krr……」

 

 そして、エミリオはシシュのボディスーツに手をかけた。

 網状のボディスーツはどのような原理かは分からぬが、首の裏にある引っ掛かりに指をかけると、網脂のように簡単にシシュの身体から剥がす事が出来た。

 

「……」

 

 露わになるシシュの大きな乳房。

 薄いピンク色の乳頭が浅く上下しており、濡れた黄土色の皮膚とのコントラストが、ひどく甘美で、淫猥なものに見えた。

 

(何を考えているんだ僕は!)

 

 頭を振り、ふと脳裏に浮かんでしまった煩悩を払うエミリオ。

 今はそのような思考に囚われている時ではない。

 

「エミ……」

 

 だが、何か縋るようなシシュの視線を受け、エミリオはどうにも愛おしさが溢れてしまい、乙女へ顔を近付けた。

 

「シシュ……ん……」

「kyu……エミ……」

 

 爪状口器の隙間へ、自身の唇を当てる。

 シシュの舌が口器から出されると、それを迎え入れるようにエミリオも舌を絡ませた。

 

「ちゅ……んん……」

「kchu……kyuu……」

 

 クチュ、クチュと湿った音が響く。

 短い時間、エミリオとシシュは互いの濡れた舌を絡ませ、唾液を交換していた。

 唇が無いシシュの口器の構造上、フレンチキスのようなロマンチックな口吻は望むべくもない。

 どうしても舌を絡ませたディープキスになってしまうのだが、二人にとってそれは性交の前振りでもあり、愛情を交換する神聖が儀式でもあった。

 

「ん……シシュ、少し我慢しててね」

「kyuuu……」

 

 エミリオはシシュの額を撫で、名残惜しそうにする乙女との口吻を止める。

 それから、医療ポッドに備えつけられている操作ディスプレイを手早く動かした。

 

「krr……」

 

 ゴウン、とポッドのキャノピーが降り、シシュの肉体は完全に装置の中に包まれた。

 エミリオが操作を続けると、天蓋部分から生体スキャナーが現れ、シシュの胸部を透析する。

 

「……ッ」

 

 X線のような映像がディスプレイに映し出されると、乙女の体内には明らかに()()が存在していた。

 僅かに蠢く異形。そのシルエットは、うんざりするほど見覚えがあるものだった。

 

「腫瘍摘出モード……いや、それじゃ駄目だ」

 

 再びディスプレイを操作し、ポッドの治療モードを呼び出すエミリオ。

 数々の医療施術がインプットされた最新鋭の医療ポッドは、帝王切開などあらゆる外科手術にも対応しており、通常の腫瘍摘出手術は数分で完了させる事が可能だ。

 しかし、シシュの体内に巣食うチェストバスターは、胞子のような糸を臓器内に縦横に張り巡らせており。

 腫瘍摘出モードでチェストバスターの摘出手術を行えば、糸が強引に引っ張られ、シシュの心臓や肺などの重要器官に致命的なダメージを与えかねない。

 いくら強靭な肉体を持つプレデターとはいえ、直接臓器へ損傷を受ければ、即死は免れなかった。

 

「どうすれば……クソッ!」

 

 悪態をつくエミリオ。

 ここに来て重大な障害が立ちはだかり、焦燥感に駆られる。

 ビショップは安全に摘出が出来ると言っていたが、やはり謀られたのか。

 そう思ったエミリオは、再び憎悪の念が胸に広がるのを感じた。

 

「……ッ!?」

 

 ふと、エミリオはディスプレイの片隅に表示された“特殊モード”の文字を見つける。

 縋るようにそれを起動させると、“寄生体除去”という文字が表示されていた。

 

「これなら……!」

 

 一縷の望みをかけるエミリオ。

 もしかしたら、これは悪辣な罠かもしれない。

 完全に寄生体──チェストバスターが摘出されるという保証はどこにも無いのだ。

 

「kyuu!!」

「ッ!? シシュ!!」

 

 だが、シシュがポッド内で苦悶の声を上げる。

 何かしらの予感を感じ取ったのか、チェストバスターが産声を上げるべく体内で蠢いていたのだ。

 苦しむ乙女の姿を見て、エミリオは迷いを捨てた。

 

「頼む……!」

 

 寄生体除去モードを起動させるエミリオ。

 装置が機械的な音を立てると、数々のアーム状の器具が現れる。

 ダイヤモンドの先端のような注射器がシシュの胸へ局部麻酔を打ち、レーザーメスが胸部切開を開始した。

 

「krr……ッ」

 

 麻酔の効きが悪いのか、シシュはか細い呻き声を漏らした。

 胸骨の間からへその上まで、一直線に切れ込みが入る。

 レーザーによる切開は直ぐに傷口が焼灼されるので、出血は最小限に留まっている。

 シシュの緑色の体液が僅かに漏れ出ており、体皮で隠されていた筋肉が露わになる。

 それは、エメラルドで装飾されたような、名状しがたい美しいモノだった。

 

「……ッ」

 

 自動で進む手術。エミリオはそれを注視し続けた。

 アームが縦横に走り、まるで機械が自動車を組み上げていくような手術が行われている。

 シシュは苦しそうな表情を浮かべるも、それを必死で耐えていた。

 

「シシュ……!」

 

 固唾を呑んで見守るエミリオ。

 しばらくすると、レーザーメスが体内の胞子を除去し終えたのだろうか。

 ハンドアームが狙いを定めるようにシシュの胸部へ伸び、ゆっくりと体内へ侵入した。

 

 そして。

 

「ッ!」

 

 ぬるりと、粘ついた緑色の体液に塗れた物体が露出する。

 メスがその物体とシシュを繋ぐ管──へその緒のような紐状の組織を断ち切ると、物体からキィとか細く悍ましい鳴き声が発せられた。

 アームが上昇を始めると、そこにはチェストバスター──プレデリアンの幼生が現れていた。

 

「……」

 

 何度見ても慣れない、異形の怪物。エミリオは嫌悪感を持ってそれを見つめる。

 およそ全ての哺乳類の幼体が、当然の如く持ち合わせている他者へ保護本能を訴えかけるような可愛らしさ、愛おしさはまるで感じられない。

 だが、プレデリアンはそのような庇護はいらぬとばかりに身を捩らせる。

 まるで自分の人生が始まったとばかりに、身体を伸ばし、尾を捻る。呼吸の始まり。成長の始まり。活動の始まり。

 産声を上げた怪物は、マシンアームの中で激しく抵抗を始めていた。

 

「寄生体の保管」

 

 エミリオは努めて冷静に、素早くディスプレイを操作した、取り出されたプレデリアンを生体培養容器(ステーシス・チューブ)へと移すよう、医療ポッドを操作する。

 今すぐにでも殺処分したい気持ちだったが、ポッド内でプレデリアンを駆除すると、酸性血液がシシュの身体へと降り注いでしまう。

 

「……僕が憎いか?」

 

 感じる視線。

 専用の羊水が入った容器に移される間、プレデリアンはキイキイと鳴きながら、ずっとエミリオへ視線を向けていた。

 もっとも、どこに目があるのかわからないその形状だと、エミリオは感覚でしかプレデリアンの視線を感じ取る事は出来ない。

 ここの研究員達なら、この怪物がどのような器官でモノを視ているかは知っているのだろうが、エミリオにとってそのような事は今更どうでも良かった。

 エミリオの問いかけに応えるように、小さな怪物は不快な鳴き声を出し続けていた。

 

「……シシュ」

 

 プレデリアンが入った容器が医療ポッドから排出され、専用のケースの中に安置される。プレデリアンは容器の中で小さな体躯を暴れさせるが、頑丈な容器からの脱出は叶わなかった。

 それを一瞥したエミリオは、シシュの胸部の縫合をすべく機器を操作した。

 ホチキスのような縫合器具が荒々しく乙女の胸を縫い付け、縫合痕をクリームのようなもので塗布していく。

 乙女の肉体に痛々しい傷痕が残るのを、エミリオは悔しくて仕方がなかった。

 でも、これは必要な処置だ。そう己に言い聞かせていた。

 

「krr……」

「シシュ……」

 

 やがて全ての処置が終わり、ポッドのカバーが開かれると、シシュは弱々しいが、どこか安堵したような顫動音をエミリオへ向ける。

 凶相に似つかわしくない乙女のつぶらな瞳を見て、エミリオはそっと自身の身体を乙女が横たわるポッドへ滑り込ませた。

 

「ああ、シシュ」

「kyuu」

 

 ポッドの中で密着し、抱き合う二人。

 半裸のエミリオの上半身は、自身の汗と乙女の緑血液でテラテラとした光沢が施される。

 だが、エミリオにとってそれは不快なものではなく、倒錯的な喜悦を覚えるものだった。

 

「シシュ、シシュ!」

「kyuu、kyuuu!」

 

 シシュの身体を抱きしめるエミリオ。シシュも、手術した後とは思えない程、力強くエミリオを抱き返していた。

 お互いの熱い体温、芳しい体臭を間近で感じ、思わず舌を絡ませる。

 ピチャ、ビチャと、品の無い水音が響く。

 唾液を交換したエミリオとシシュは、喉の乾きを癒やすかのようにそれを嚥下していた。

 

「……シシュ、もう行かなきゃ」

 

 これ以上は、とエミリオはシシュへ囁く。

 本当は、自分たちが置かれた状況の何もかもを忘れ、シシュのアソコ──ヴァギナへ、自身のペニスを根本まで突き挿れたい。

 ぐちゃぐちゃに、シシュの肉体と溶け合いたい。

 そのような衝動に駆られ、カーゴパンツの下で痛いほどそそり勃つペニスに思考が持って行かれるのをぐっと堪える。

 

「……」

「シシュ?」

 

 だが、シシュは無言で、じっとエミリオの股間を見つめていた。

 その様子に、エミリオは少々の戸惑いを覚える。彼女は、何を考えているんだろう。

 状況は、シシュも理解しているはずだ。

 

「krr……エミ……」

 

 何かを懇願するように呟くシシュ。

 乙女の想い。自身の肉体がプレデリアンに寄生されていた事よりも、もっともっと嫌だった事。

 忌まわしい記憶。汚らわしい人間に、大事なモノを奪われかけた。

 悍ましい感覚が、まだ自身のヴァギナに残っている。

 だから、エミリオのペニスで上書きしてほしい。

 熱く、切なく、愛おしい、沢山の精液で、何もかもを浄化してほしい。

 そう、言外に訴えかけていた。

 

「シ、シシュ……!」

 

 乙女の懇願は、エミリオの脳髄を焼き焦がすような魔力を放っていた。

 シシュも、愛する男が十分に“発情”しているのを、その特別な嗅覚で察知していた。だから、このような状況でも、乙女は自身の願いを遠慮なくぶつけていた。

 

「……ごめんね」

 

 だが、ギリギリの所で理性が勝った。

 仲間が、家族達が熾烈な戦闘を繰り広げているのを尻目に、ただ本能を満たすセックスをしていいものか。常識で考えろ、エミリオ。

 そう自戒したエミリオの精神は、高潔な戦士として申し分なきものだった。

 

「krrー……」

「うぅ……」

 

 ひどく悲しそうな鳴き声を上げるシシュ。その瞳は切なげに濡れている。

 それを見たエミリオは、先程の決意が大いに揺らぐのを感じるも、かろうじて気合で耐え抜いていた。

 

「さあ、行くよ」

 

 エミリオは乙女の熱い体温と香ばしい体臭にもっと包まれていたかったが、誘惑を振り切るように腰を浮かせ、乙女に立ち上がるよう促す。

 シシュは渋々とその手を取ろうと、手を伸ばす。

 

 だが、その時。

 

「なっ!?」

 

 突如、医療ポッドのキャノピーが下がる。

 窮屈なポッドの中に、地球の男と異星の女が閉じ込められた。

 

「くそっ!? ビショップか!?」

 

 内部コンソールからキャノピーを開けようと操作するも、先程まで従順に従っていたポッドは全くエミリオの操作を受け付けなかった。

 外部からのリモート操作により、医療ポッドが()()()()に変貌したのを悟ったエミリオは、己の迂闊さを呪うように表情を歪ませていた。

 

「ッ!?」

 

 更に、医療研究室の照明が落とされる。

 非常灯の赤い光が薄っすらと照らされるも、頼りない光源では至近距離にいるはずのシシュの顔すらよく見えなかった。

 

「……アンドロイドは来ていないな」

 

 戦闘アンドロイドが直後に踏み込んでくる事を予想していたエミリオだったが、しばし息を潜め気配を探るも、敵の気配は感じられず。

 恐らく、全ての“事”が終わるまで、ここに閉じ込めておく算段なのだろう。

 

「シシュ、なんとかキャノピーを壊して脱出しよう」

 

 とはいえ、強靭な肉体を持つエミリオとシシュ。彼らにとって、繊細な精密機械である医療ポッドは“檻”としての機能は持ち合わせていなかった。

 常人なら成すすべもなく囚われの身となる状況。

 だが、エミリオとシシュならば、たとえ身動きが取り辛い体勢でも、キャノピーの強化アクリルを素手でぶち抜くのは造作もなかった。

 

「シシュ、聞いているの?」

「……」

 

 しかし、エミリオの言葉に無言を貫くシシュ。

 狭いポッド内でシシュに覆いかぶさる体勢となったエミリオであるが、照明が落とされた現状では眼下の乙女の表情がよく見えず。

 爪状口器が閉じられているのを、かろうじてそのシルエットで判明できるくらいだ。

 

「シシュ──!?」

 

 いい加減に、と少々の苛立ちを交えて言葉を続けようとしたエミリオ。

 だが、急に自身の唇が生暖かい粘膜で塞がれ、それ以上言葉を発する事が出来なかった。

 

「グッ──!?」

 

 そして、自身の肉体が乙女のふとましい両腕、両脚で羽交い締めにされる。

 みしり、と骨が軋む音が鳴り、まるで巨大なアナコンダに締め付けられたような苦痛がエミリオを襲った。

 

「ンン──ッ!?」

 

 締め付けが緩む間も無く、直後にシシュの長い舌が強引にエミリオの口内へ侵入する。

 むわりとした唾液の臭いと共に、エミリオの喉奥にシシュの舌が押し込まれた。

 

「ンンッ!? ングゥッ!?」

 

 シシュの突然のこの行動に、エミリオは軽いパニック状態に陥る。

 何度も身体を重ねてきたが、乙女がこのような加虐的な情交を求めてくる事はなく。

 愛おしさが溢れ、やや乱暴なセックスになる事はあったものの、お互いの身体を傷つけるような行いは、今まで一度も無かった。

 

「──ッ!!」

 

 気管がシシュの舌で塞がれ、窒息寸前に陥るエミリオ。

 呼吸が出来ない中、薄暗いポッドの中で、エミリオはようやくシシュの眼を見る事が出来た。

 

(シシュ……?)

 

 シシュは、涙を流していた。

 悔しそうな、涙を流して、エミリオの口内を貪っていた。

 

 どうして、わたしの気持ちに気付いてくれないの?

 どうして、わたしのカラダをキレイにしてくれないの?

 

 乙女の幼稚で、理不尽で、無垢な願い。

 このような状況だからこそ、痛ましいシシュの願い。

 

 エミリオはそれを見て、自身の意思とは無関係に、抵抗する力が抜けていくのを感じていた。

 

「grr!!」

「ッ! ぷはっ!」

 

 ふいに、シシュはエミリオの口虐を止めた。

 呼吸が可能になったエミリオは、荒い息をひとつ吐く。

 

「ッ!?」

 

 しかし、直後に強引に身体を引っ張られ、狭いポッドの内壁に身体をこすりながら、エミリオとシシュの体勢が入れ替わる。

 シシュは両脚をエミリオの両脚に絡ませており、まるで柔術のマウントポジションのような体勢となっていた。

 

「ぅぐっ!」

 

 シシュの大きく、濡れた乳房がエミリオの顔面に覆いかぶさる。

 強い力で密着されると、麻薬にも似た強烈なシシュの体臭が鼻腔を貫いた。

 更に、エミリオの両手はシシュの右手で抑えつけられており、エミリオは全く身動きが取れなくなってしまう。

 

「grrrrr……!」

 

 シシュは物騒な顫動音を鳴らし、空いた左手で自身の下半身を覆うボディスーツを解除する。

 

「grr!」

「うぁ!?」

 

 そして、そのまま乱暴且つ器用な手付きで、エミリオのカーゴパンツと下着をずり下げた。

 

「ぅ! あぅぅ!!」

 

 露出したエミリオの固く、そそり勃ったペニス。

 シシュがその鋭い爪で裏筋を撫でると、エミリオは痛みと快感の間で情けない嬌声を上げてしまった。

 

「シシュ! やめ、アッ!」

 

 エミリオの制止の声。

 しかし、シシュはそれを無視し、エミリオのペニスを爪を立てるように乱暴に掴んだ。

 

「grrrraaaaaッッ!!」

「うああッ!!」

 

 ジュブブッ!

 狭いポッド内に、ペニスがヴァギナへ埋没する下品な音が響く。

 乙女の怒りがそのまま反映されたような灼熱の体温に包まれると、エミリオは悲鳴にも似た快楽の声を漏らした。

 

「grr! grrr!! grrrr!!!」

「ッ! くぅ! くぅぅぁぁッ!!」

 

 密着した状態での騎乗位。シシュは狭いポッド内で自身の肉体を激しくスライドさせ、膣壁を思い切り締め付ける。

 容赦なくペニスをしごかれるエミリオは、全身が焼けただれるような激しい快楽に包まれていた。

 医療ポッドがギシギシと激しく揺れ動き、ポッド内は汗、唾液、膣内から分泌された体液と鈴口より漏れ出たカウパーの臭いで充満する。

 

「カッ! カハッ!」

 

 エミリオは麻薬を過剰摂取したように意識が混濁し、不規則な呼吸で喘ぐ。

 しかし、シシュの膣壁が叩きつけられる度に、下半身から全身へ凄まじい快楽が伝わり、ペニスへドクドクと勢い良く血流が流れていくのを感じていた。

 

「grr! gkyuuuu!!」

 

 怒りに任せた強姦は、当然ながらシシュにも凄まじい快楽を与えていた。

 だが、エミリオのペニスが己の胎内に突き挿れられる度に、シシュはそれまで抱えていた不安や嫌悪感が浄化されていくのを感じていた。

 

 もう少し。

 後少し。

 愛しい雄の、逞しい肉棒が、限界とばかりに膨らんでいた。

 

「シ、シシュ!!」

「kyu!?」

 

 快楽で拘束の手が緩む。

 混濁する意識の中、エミリオは本能でその手を払い、そのままシシュの背に手を回す。

 愛おしくてたまらない男の不意打ちに、乙女はそれまでの暴力的な声とは似ても似つかない頓狂な声を上げていた。

 

「シシュ! シシュ! シシュ!!」

「kyu、kyu……!」

 

 ギュウと必死にシシュの肉体へしがみつくエミリオ。からませた脚はつっぱるように痙攣し、全ての体液が下半身へと集められるような感覚へ陥る。

 シシュはエミリオの頭を両手で包み、自身の大きな乳房に埋めるように抱え込む。

 全体重をエミリオへ預け、シシュは雄の体液を受け入れる準備を整えていた。

 

「シシュ! シシュ! あっ! あっ! あああ!!!」

 

 いつの間にか、シシュの上下運動に変わるように、エミリオが懸命に腰を突き動かしていた。

 グチュ、グチュッ! と、湿った肉がぶつかる音が充満し、エミリオは愛する雌の名を叫ぶ。

 そして、エミリオのペニスがシシュの最奥に突き刺さると、亀頭が大きく膨らんだ。

 

「あっ! あああああああッッ!!」

 

 ビュッ! ビュッ! ビュゥゥゥゥゥッッ!!

 射精というより、放水といっても差し支えない勢いで精液が噴射される。

 

「kyu──ッ!!!」

 

 シシュは牙を食いしばりながら、その放精に耐えていた。

 精液がビシャビシャと膣壁を叩く快感。

 意識を刈り取られるのを、必死で耐える。

 

「kyuuuu……!!」

 

 そして、シシュは全力でエミリオの精液を取り込もうとしていた。

 一滴も漏らさない。漏らしてなるものか。

 これは、わたしをキレイにしてくれる、大切な、大切な液体だ。

 まるで子牛が母牛の乳を飲み込むように、シシュの膣内はゴクゴクと蠕動し、エミリオのペニスを貪る。

 

「あ……あぁ……」

 

 ゴク、ゴク。

 尿道に残った精液が一滴残らず吸い尽くされる。

 エミリオの脳髄に、強烈な快楽が迸る。

 

「kyu……!」

 

 シシュは眼に涙を浮かべながら、雷に打たれたような快楽に耐える。

 しかし、強烈な快感と共に、己の下腹は過剰な幸福感で満たされていくのも感じていた。

 

「kyuuu……」

 

 毒素が抜けるような、多幸感で満たされるシシュ。

 下腹の奥底から、どこか満たされたような──説明の付かない安心感が伝わって来た。

 

「krr……」

 

 全ての行為が終わると、シシュは甘い顫動音を鳴らしながらエミリオの身体へもたれかかる。

 

「うぁ……シシュ……」

 

 そのまま、シシュは全身をエミリオへこすりつけるようにグラインドさせた。

 シシュとエミリオの汗、愛液が潤滑油となり、番はナメクジのように肉体を絡ませる。

 桜色の突起が擦れ合う度に、シシュはクゥと甘い声を漏らした。

 愛し合う事を強要した謝罪のつもりか、または自身のフェロモンをエミリオへたっぷりと擦りつけ、この雄は私のモノだと知らしめる為なのか。

 

「エミ……」

 

 自身の濡れた胸の中で、くったりと脱力しているエミリオを、もう一度抱きしめるシシュ。

 しかし、その力は、先程までの暴力的なものとは打って変わり。

 

 慈愛に満ちた、母親のような抱擁だった。

 

 

 

 狭い医療ポッド内で、互いの身体を密着させ、心が満たされるエミリオとシシュ。

 だからなのか。

 床に転がる空の容器に気付く事は無く。

 

 

 換気ダクト内へ滑るように身を潜ませたプレデリアンの幼生。

 エミリオとシシュの情事をじっと見ていたが、やがて身を翻すと、ダクトの中を這いながら彼方へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




こんな時に逆レイプしとる場合かー!


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Chapter29.『Killer』

 

「grr!!」

 

 気合十分の顫動音を鳴らし、強烈なパンチで医療ポッドのキャノピーをぶち破るシシュ。

 湿度の高いポッド内へ少々の未練を残しつつ、ひしゃげた強化アクリルの隙間からその大きな体躯をポッドの外へ押し出した。

 非常灯の明かりで照らされた研究室内は人間の裸眼では非常に視認性は低い視界となっていたが、シシュにとってそれは大した問題ではない。

 元々光源に頼らない視力を持っているプレデターの一族であるシシュ。室内を見回し、動くものが無い事を確認する。

 

「grrr……」

 

 ふと、床に転がる空の容器を見留め、僅かに唸る。

 医療ポッドの動力と連動していたのか、プレデリアンの幼生を収めた容器の封印が解かれていた。

 幸い、幼体のままじゃ勝負にならないと思ったのか、プレデリアンは排気ダクトの中へ逃走しており。

 シシュは少しばかり安堵した後、ポッド内に横たわるエミリオへ視線を向けた。

 

「う……うぅ……」

 

 エミリオは息も絶え絶え、といった体でポッド内に身を横たわらせており。

 全身をシシュの汗、愛液で濡らし、ずり降ろされたままのパンツを上げる気力も残されていないようだ。

 そして、テラテラと濡れたペニスは、未だ硬さを保ったまま露出していた。

 

「grrr……!」

 

 シシュはそれを見ると、また下腹部に熱が篭もるのを感じていた。

 興奮気味に顫動音を鳴らすも、それは戦闘に由来するものではない。

 だが、シシュの我儘ともいえる強姦を受け入れていたエミリオ。

 シシュもまた、それ以上の自儘は自重していた。

 乙女が一番望んでいた、愛する男の体液による“浄化”は、十分に成されていたのだ。

 これ以上望むのは、いささか強欲すぎる。

 

「シ、シシュ……」

「!?」

 

 しかし、許しを請うかのように濡れた瞳を向けるエミリオを見たシシュ。

 乙女の自制心は簡単に崩れてしまった。

 

「kyuuuu!!」

「あぅ!?」

 

 爪上口器を大きく開き、半勃ちのエミリオのペニスを勢い良く頬張るシシュ。

 敏感な所を更に生暖かい粘膜に包まれたエミリオは、何度目か分からぬ嬌声を上げた。

 

「kyu──!!」

 

 そして、シシュは思い切りペニスを吸い上げた。

 尿道に残った精液のみならず、睾丸に残った残弾精子まで吸い尽くさんばかりに吸引する。

 

「うああああっ!!」

 

 ズチュウウウウッ!! と、空気が漏れるような吸引音と共に、エミリオの腰が()()

 シシュの頭を掴みながら、エミリオは痛みと快感の狭間に悶えながら、自分の体液がどんどん乙女の胃の腑へと流し込まれていくのを感じていた。

 

「あ……ぁ……」

 

 やがて出すものを出し切ると、エミリオはガクガクと腰を震わせながら身体をくの字に曲げる。

 その間、シシュは目を瞑りながら舌をクチュクチュと器用に動かし、口腔内に広がるエミリオの“味”、その余韻をソムリエのように反芻していた。

 先程の強姦で下半身を満たした乙女は、今度は愛する男の精液で上半身も満たし、満足気に喉を上下させる。

 

「……krrrr」

 

 スッポンのように吸い付いて離さなかった乙女は、やがて満足げな顫動音を鳴らし、クチュリと粘ついた糸を引きながらペニスから口を離していた。

 

「シ……シュ……」

「krrrrr!!!」

 

 朦朧とした状態に陥ったエミリオ。

 対して、シシュは良質なタンパク源を補給し、寄生体の除去手術をした直後とは思えないほど元気いっぱいだ。

 愛情(栄養)を十全に得た乙女は、幸せそうに自身の下腹を撫でると、切り替えたように手早く装具を装着し始めた。

 

「krrrr……エミ!」

 

 そして、まだポッド内でぐったりと身を横たわらせるエミリオへ厳しく叱咤する。

 

「うぅ……」

 

 エミリオはヨロヨロと身を起こすと、下半身の感覚が曖昧なのか、カーゴパンツを押し上げるのも覚束ない様子だ。

 立ち上がるも、よろりとシシュの胸へもたれかかってしまう。

 

「krrー」

 

 そのようなエミリオを、やれやれ、仕方のない人。と、シシュはどこか嬉しそうに自身の豊満な乳房にエミリオの頭を埋め、その黒髪をワシワシと梳いていた。

 これまでも自身の強引な性交渉でエミリオへ挑みかかっていたシシュ。

 しかし、尽く返り討ちに合い、最後には汁塗れで潰れたカエルのようになっているのが常だった。

 それが、不意打ちに近い形ではるが、セックスでエミリオに完勝した。

 乙女はこのような非常事態にも関わらず、何故か自信に満ち溢れ、根拠のない無敵感に支配されていた。

 

「ご、ごめんね、シシュ……」

 

 シシュの胸に顔を埋めるエミリオは、情けない己の現状に弱々しい声を上げた。

 この時のシシュの表情。

 

「kyukyukyu……」

 

 ドヤ顔である。

 それはもう、憎たらしいまでの。

 エミリオはマスク越しである為、その小憎たらしい表情は見えず、ただ頭を下げるのみだった。

 

「うぅ……よ、よし。もう、自分で歩けるから」

「krr!?」

 

 とはいえ、体液を全て吸い尽くさんばかりに口淫したのに、もう回復しつつあるエミリオに驚くシシュ。

 やはり一筋縄ではいかない。

 マスクの中で緩めた表情を引き締め直す異星の乙女。

 完全勝利には、まだまだ時間がかかるだろう。

 

 同時に、やはりこの愛しい愛しい雄は、自分が見込んだ通りの雄だと再確認していた。

 異常なまでのタフネス、そして自身の種族とはかけ離れた異形であるはずの自分を、とことん愛し慈しんでくれる心。

 

「krr……エミ……」

「シシュ?」

 

 ぎゅっと、両の腕でエミリオを包むシシュ。

 胎内にこの愛しい雄との“新しい命”を授かった事を、本能で察知していた乙女。

 ああ、きっと、エミリオは良い父親になるだろう。

 逞しい子供を、二人で育てるのだ。

 乙女は完遂すべき未来に想いを馳せる。

 

 氏族がなんだ。

 サーペントがなんだ。

 ニンゲン共の軍隊がなんだ。

 墓荒らし共の人形がなんだ。

 

 もはやそれらの障害は、シシュにとってさしたる障害では無くなっていた。

 エミリオと、幸せに暮らしていく事だけ。

 それだけが、シシュにとって最大の願いであり、それは初めて出会った時から全く変わらない想いだった。

 

「スキ……」

「え……」

 

 溢れる想いを抑えきれず、ぎゅうぎゅうとエミリオを抱き懐きながら、短く愛を囁くシシュ。

 

「……僕も、好きだよ。愛してる」

「krr……」

 

 エミリオはシシュの大きな背中に腕を回し、力強い抱擁を交わす。

 エミリオもまた、シシュと想いを同じくしていた。

 そして、その想いが真剣なものであるが故に。

 

「シシュ」

「krr?」

 

 エミリオはシシュに抱きつきながら顔を上げる。

 まっすぐに視線を向けるエミリオに、シシュもまたマスク越しに視線を返した。

 

「決着をつけよう」

「……grr!」

 

 エミリオの言葉に力強く頷くシシュ。

 お互い、何もかもを捨てて逃避行に走るには、いささかしがらみが多すぎる。

 だから、それらと決別する為にも。

 ここで大暴れする必要があった。

 

「シシュ、姉さん達は……」

「grr!」

 

 シシュがコンピューターガントレットを操作すると、宙空にホログラムが投影される。研究施設内部の映像が浮かび上がると、クリーナーと思われる光点が動いていた。

 そして、それは徐々に施設の中心部へと移動しているのが見て取れた。

 

「行こう!」

「grr!」

 

 コンビスティックを構え直し、姉達の援軍へと向かうエミリオ。

 その足取りはしっかりとしており、迷いはない。

 乙女はそれに頼もしさを感じつつ、自身もまたスラッシャー・ウィップを掴みながら後へ続いた。

 

 

 


 

「シィッ!」

 

 気合一閃。

 サムライソードがアンドロイドの頸部を断ち、白い液体が噴水のように湧き出た後、戦闘機械としての機能を停止させた。

 

「grr!」

 

 その横では、厳つい顫動音と共にリストブレイドが煌めき、アンドロイドの頭部を縦に割れる。

 これもまた、白い体液を撒き散らしながら、その活動を停止させた。

 

「やるじゃん!」

「grr」

 

 どこか嬉しそうにそう言いながら、研究施設内を暴れまわる海兵中尉リン・クロサワ。

 即席タッグパートナーとなったプレデター・クリーナーは、煩わしそうな顫動音を返すのみだった。

 

「チッ!」

 

 全力で走りながらアンドロイドと戦闘を続ける海兵と狩人。

 しかし、自分たちが陽動であるのを理解しているからか、自分たちが猟犬に追い込まれた狼であるのも自覚していた。

 

「クソッタレ!」

「grr!」

 

 絶え間なく降り注ぐライフルの火線を避けていく内に、リンとクリーナーは広い場所──研究施設内屋上へと続く、大きな貨物エレベーターへと辿り着いていた。

 

「雪隠詰めね。これからどうする?」

「……」

 

 そこかしこに積まれたカーゴコンテナに身を隠しながら、リンは傍らにいるクリーナーへと口角を歪ませていた。

 クリーナーはマスクのセンサーを稼働させ、周囲に複数の戦闘アンドロイドが布陣しているのを確認する。

 完全に包囲されている。

 リンに言われるまでもなく、クリーナーにとってそれは既知の事実であり、問題はどうやって突破口を見出すかに尽きた。

 

「む?」

「……」

 

 ふと、それまで間断なく降り注いでいた銃撃が止む。

 何事かと周囲へ視線を這わせる前に、リン達へ向け抑揚の無い声が響いた。

 

「大したものだな。プロの兵隊と凄腕のハンターのコンビというものは」

 

 声がする方向は、リン達の頭上、十数メートルは離れた所だった。

 視線を向けると、タラップにトレンチコートを着た一人の男が、忌々しげにリン達を見下ろしていた。

 彼の両側には戦闘アンドロイド達が何体か警護しており、少し離れた所では金髪のアンドロイドが、無表情にリン達を俯瞰していた。

 

「ああ、よくやった、よくやってくれたよ。君たちのおかげで計画の進捗が15%も遅延してしまった」

 

 そう言って、トレンチコートの男──ビショップは、タラップの手すりを握る力を強める。

 

「だがそれももう終わりだ。せめてもの情けだ、大人しく投降すれば赤十字条約に則った人道的な捕虜待遇を約束しよう」

「ハッ」

 

 投降を促すビショップに、リンは鼻で笑って応える。

 命の保証はどこにもないのに加え、隣にいる人外にも人間のルールを適用しようとするビショップに笑いが抑えられなかったのだ。

 

「……」

 

 当然、クリーナーもビショップの提案を真に受ける事は無い。

 もっと言えば、彼はクリーナー……氏族の墳墓を穢した張本人であり、抹殺対象に投降するような趣味は持ち合わせていなかった。

 

「聞き入れてくれないかね。こちらとしてもこれ以上無駄な血を流したくない」

「アタシを捕虜にしても外の仲間は止まらないわよ。むしろ、容赦なく攻撃を再開するでしょうね」

「外の海兵隊は我々の部隊と睨み合っている最中だが、それも長くは保たない。ゼノモーフは我々を攻撃しない。しかし、君たち海兵隊はその限りではない。君が投降すれば、外のお仲間も我々が()()しよう」

「あほくさ」

 

 露骨な時間稼ぎだ。

 そう判断したリンは、それ以上ビショップと問答を続ける気は起こらなかった。

 しかし、何を待っているのやら。

 ロケットランチャーでも持ってきて、コンテナごとアタシ達を吹っ飛ばす気かしら?

 

「grr……」

 

 そう思っていると、クリーナーが険しげに顫動音を鳴らす。

 コンピューターガントレットを操作していたクリーナーは、やむを得ないといった体で首を横に振った。

 

「何よ。本当に投降する気? アンタ厳つい風体の割に随分とケツの穴が小さいわね」

「……」

 

 随分な言い草だが、もとから投降するつもりはクリーナーにもない。

 首を振ったのは、クリーナーがあるシグナルを氏族の母船へ発したからだ。

 

「これ以上は待てない。投降するか、このまま死ぬか。今すぐ選びたまえ!」

「……仕方ないわね。運が良かったら死なずに済むかも。覚悟はいい?」

「……」

 

 しびれを切らしたかのように声を荒げるビショップ。

 その直ぐ後ろで、戦闘アンドロイドの一体がカチューシャ6対人ロケットランチャーを担いで来るのを見留めたリンは、破れかぶれの特攻をクリーナーへ提案していた。

 

 そして、その直後。

 

「なッ!?」

 

 ビショップの驚愕の声が響く。

 ロケットランチャーを担いだアンドロイドが、彼方より飛来したコンビスティックに貫かれ、文字通り田楽刺しとなり壁面へ打ち付けられた。

 

「うぐあッ!?」

 

 すわ敵襲かとアンドロイド達が身構えるも、主であるビショップの身体が宙空に()()()ことで、彼らはそれ以上の戦闘行動を取れずにいた。

 傍らにいたウォルターは、陽炎のような何かが、ビショップの首を締め上げているのを知覚していた。

 

「……エミリオ少尉。いつの間に」

 

 まったく大したものだ。我々に気付かれずに背後を取るとは。

 流石、マスター黒澤の薫陶を受けただけはある。隠形にも長けているのだろう。階下の通路から気配を殺し、ここまで素早く登ってきたのだろうか。

 そう冷静に分析をするウォルター。

 視線の先に、右目を白濁とさせ、半裸となった青年がいた。

 少しばかり頬が痩けていたが、左目には十分な生気が宿っていた。

 

「シシュ、こっちへ」

「grrr!」

 

 光学迷彩を解除し、シシュが姿を現した。

 片手でビショップを拘束しながら、タラップの端に立つエミリオの元へ駆け寄る。

 

「ぐっ……! ク、クソ! 離せ……!」

「形勢逆転だビショップ。姉さん達の包囲を解除しろ」

「ぐう……!」

 

 乙女の逞しい腕に拘束されたビショップ。首根っこを捕まれたまま悪態をつくも、それ以上の抵抗は出来ずにいた。

 

「エミリオ少尉。ビショップ様を解放する事をお勧めします。貴方達だけでは、この状況を覆す事は出来ない」

「ウォルター、君と話をしている暇は僕には無い。早くアンドロイド達へ引くように指示を出すんだ!」

「ぐ……!」

 

 機械的な言葉を発するウォルターを一瞥し、エミリオはビショップへ語気を荒げる。

 苦しそうに呻くビショップは、憎々しげにエミリオへ視線を返していた。

 

「早く──!?」

 

 エミリオがそう言った瞬間。

 赤い照射線──“∴”の照射が、シシュの腕へと当てられた。

 

「シシュッッ!!」

「grr!?」

 

 思い切りシシュを押しのけるエミリオ。

 直後、プラズマ弾が射出される砲撃音が鳴る。

 

 そして、乙女の代わりに、エミリオの左腕が弾け飛んだ。

 

「があああああッッ!!」

「ッッッ!?」

 

 たたらを踏み、ビショップの拘束を解いたシシュは、目の前の光景に大きなショックを受けていた。

 タラップの床に突っ伏し、千切れた左腕を押さえるエミリオ。

 

「エミッッッッ!!!」

 

 乙女の動きは素早かった。

 即座にエミリオへ駆け寄り介抱する。

 

「エミッ! エミッ! エミッッ!!」

「ぐううう……!」

 

 しかし、応急処置もままならぬ現状。

 乙女は必死で伴侶の名を叫ぶ事しか出来ず、その黄土色の皮膚を愛する男の体液で赤く染めていった。

 

「……遅かったな」

 

 シシュの拘束から逃れ、ウォルター達アンドロイドの元へ逃げおおせたビショップ。

 しかし、彼は首元をさすりながら、配下のアンドロイド達とは全く別方向──虚空へと話かけていた。

 

「いえ、予定通りですよ。こちらとしても恩を売るタイミングというのがありますから」

「ふん……」

 

 紫電を纏わせた陽炎が、ビショップへと言葉を返す。

 電子的な音を交えながら、陽炎が実体化を完了させると、2メートルほどの体躯、鋼鉄の鎧が現出した。

 その造形は、シシュやクリーナーによく似ており──そして、同様の装備を身に着けたプレデターを殺す鎧。

 “プレデターキラー”の姿が現れていた。

 

「ジェイコブ・マッケナと申します。所属は対異星人機関スターゲイザー。海兵隊よりは役に立ちますよ」

「そうみたいだな。早速仕事をしてくれると助かる」

「ええ。ご期待に応えましょう」

 

 仮面の下でやや陽気な声を上げるプレデターキラー──ジェイコブは、再びプラズマキャノンの照準をシシュへ向ける。

 シシュやクリーナーが装備するプラズマキャノンより長く、戦闘艦艇のレールガンにも似た形状のそれは、正確にシシュの頭部へ砲口を向けていた。

 

「悪いが、これも仕事なんでね」

「……ッッ!!」

 

 苦しむエミリオの傍らで、シシュはマスク越しにジェイコブを睨む。

 ジェイコブもまた、マスク越しにシシュを見つめるが、その表情は伺い知れなかった。

 

「死──」

 

 しかし、処刑を実行しようとしたその時。

 

「ッ!!」

 

 正確無比な銃撃が、ジェイコブのプラズマキャノン、その砲口へ叩き込まれた。

 深刻な損傷、とまでは行かないが、プラズマキャノンはチャージしていたエネルギーを喪失し、照準レーザーも明後日の方向を向く。

 

「うおッ!?」

 

 そして、飛来する一振りの刀。

 神速で放たれた一本刀は、プレデターキラーの装甲を貫通し、ジェイコブの肩へ深々と突き刺さっていた。

 

「エミィィィィ!!!」

 

 眼下で猛烈な勢いで駆ける女兵士。

 脚部が猛烈に膨らんだかと思うと、一気に跳躍する。

 

「らあああああッ!!」

「ぐぁッ!?」

 

 巨大なバッタが跳躍するかのように、リンがジェイコブの前へと降り立つ。

 そのまま一気に距離を詰め、鋭い下段回し蹴りを放つ。

 100kgはゆうに超える装甲を軽々と転ばし、そのまま突き刺さった刀の柄を掴んだ。

 

「シィィりゃあああッ!!」

「うおおおおッッ!?」

 

 そして、腹の底から気合を入れると、背負投げの要領でプレデターキラーを担いだ。

 

「集落投ッッ!!」

 

 豪快な投げ。

 リンはジェイコブを巻き込むように、タラップを超えて十数メートル落下する。

 鋼鉄合金とカーボン複合素材で拵えられた床面に思い切り叩きつけられたジェイコブは、装甲の下で一瞬意識を飛ばしていた。

 

「何をしている! 奴らを殺せ!!」

 

 ビショップの激声が響く。

 一瞬の隙を突かれ、リンの接近を許してしまったアンドロイド達へ苛立ちを向けていた。

 

「うおっ!?」

 

 しかし、声を発した直後、隣にいた戦闘アンドロイドの頭部が吹っ飛ぶ。

 見ると、プラズマキャノンの照準を向けたクリーナーの姿。

 

「下の連中は何をしている!」

 

 そのようなビショップの声は虚しいものだった。

 一瞬の隙を突いたのはクリーナーも同様。

 備えていたレイザーディスク、シュリケンを猛然と射出。

 階下で包囲をしていたアンドロイド達を、まるで射的の的のように次々と打ち倒していた。

 僅かの間で配下のアンドロイド達、その大半を倒されたビショップは、額に脂汗を流しながら奥歯を噛み締めていた。

 

「ビショップ様、ここは危険です」

「くそっ!」

 

 ウォルターに促されたビショップは、表情を歪めながら僅かに残った手勢を引き連れ、研究施設内の深部へと撤退していった。

 

 

「クソッタレ!」

「くっ!?」

 

 プレデターキラーの中で悪態をついたジェイコブは、自身に跨るリンを殴りつける。

 ガードごとリンを吹っ飛ばすと、プレデターキラーは駆動音を鳴らしながら轟然と立ち上がった。

 プレデターキラーの装甲から短刀を引き抜き、床へ捨てる。

 肩部から赤い血を流すジェイコブは、そのままリンへ向け義憤とも言える感情をぶつけた。

 

「貴様ら! 何故異星人に味方する!?」

「知るか馬鹿タレ!」

 

 しかしリンはジェイコブの言葉を一蹴すると、床を蹴り上げて再び距離を詰めるべく駆け出す。

 迎え撃つべく再びプラズマキャノンの照準を合わせるジェイコブ。

 チャージは完了しており、“∴”がリンの額に合わせられた。

 

「ッ!?」

 

 しかし、爆裂音が鳴ると、プレデターキラーのプラズマキャノンは機能を喪失した。

 クリーナーのプラズマキャノンだ。

 

「舐めるなよ!」

 

 体勢を崩しながら、ジェイコブは冷静に反撃を繰り出す。

 腕部に装着されたネットランチャーをクリーナーへ射出。

 

「grr!?」

 

 予想外の反撃を受け、クリーナーはネットランチャーをまともに喰らってしまう。

 壁面へ縫い付けられ、特殊繊維で編み込まれた鋼線が黄土色の体皮へ食い込む。

 緑色の血液を流しながら、クリーナーは同族と同じ装備を持つプレデターキラーの戦力を見誤っていた事を恥じた。

 

 以前、氏族の一人が、“悪しき血達”の野望を止めるべく、エンジニア達の遺産を用い作り上げた地球人用の戦闘装具“プレデターキラー”。

 彼は地球を植民地化しようと企む“悪しき血達”に反抗し、プレデターキラーを地球へ送り届け、その後遺伝子改造を施した悪しき血(アサシン・プレデター)に撲殺された。

 もっとも、彼は地球を植民地にするより、地球はあくまで良質な“狩場”として保持するべきとの信条を持っていたが故、その行動原理は慈愛によるものではなかった。

 

「grrrr!!」

 

 肉に食い込む鋼線に耐えるクリーナー。

 まったく、容赦のない装備を拵えたものだ。下手な氏族の戦士より優秀じゃないか。

 地球で散ったフュージティブ・プレデターへそう恨みを向けるクリーナーは、腰部に装着したレイザーディスクへ必死に手を伸ばし続けていた。

 

「くっ!?」

 

 しかし、このクリーナーの犠牲は無駄ではなく。

 ネトランチャーを射出したプレデターキラーへ接近したリン。

 ピタリとその装甲へ、己の両拳を当てた。

 

「双剄破!」

「ぐわぁッ!!」

 

 氣当てだ!

 黒澤流の秘奥、古流武術の極地。

 寸勁(ワンインチパンチ)とも呼ばれたその打撃は、装甲の内部、ジェイコブの肉体へと十全に浸透していた。

 

「ガハッ!!」

 

 血反吐を吐き倒れたジェイコブ。

 内蔵を痛めつけられたせいか、床面をのたうち回り悶え苦しむ。

 

「終わりよ!」

 

 打ち捨てられた短刀“鬼包丁”を拾い、リンはプレデターキラーへ吶喊する。

 止めを刺すべく、プレデターキラーの心臓部へと狙いを定め、短刀を突き入れようとした。

 

「ガァッ!!」

「ッッ!?」

 

 しかし、ここでもジェイコブは冷静な反撃を繰り出す。

 ネットランチャーを射出した腕部から、更に別の兵器を射出。

 スピアガンだ!

 驚異の身体能力を持つリンでも、特殊合金の鏃を至近距離から射出されれば躱しきれるはずもなく。

 

「ぐああッ!!」

 

 咄嗟に頸部、心臓部を腕でガードするも、複数の鏃が海兵乙女の腕に突き刺さる。

 生身の部分を抉られたリンは、赤い鮮血を撒き散らしながら床へ倒れた。

 

「ぐ……こ、今度こそ形勢逆転だな……!」

「うぅ……!」

「grr……!」

 

 ゆるりと立ち上がるプレデターキラー、ジェイコブ。

 マスクの中で盛大に吐血したせいか、マスクの異物排出機能が作動しており、両目部分からダラリと血液が流れている。

 まるで血涙の如き有様であるが、ジェイコブ自身はそこまで感情を昂ぶらせているわけではなかった。

 これは、仕事だ。

 先祖代々続く義務であり、つまらない仕事。

 淡々と片付けるのみである。

 

「死ね」

 

 再起動したプレデターキラーのプラズマキャノン、その照準が、再びリンの頭部へと合わせられる。

 もはや、リンの命は風前の灯火といえた。

 

「クソ……!」

 

 だが、リンの目は死んでいなかった。

 闘志をむき出しにし、プレデターキラーを睨みつける。

 しかし、どうあがいても状況をひっくり返すような策は思いつかなかった。

 クリーナーは未だ壁に縫い留められている。

 エミリオは片腕を喪い、シシュも動けない。

 

 ああ、ちきしょう。

 もう少し、もう少しだったのに。

 

 諦観の念が僅かに浮かぶも、やがてリンの視界は赤い照準光に照らされ、赤く染まっていった。

 

 

 

 

「krrr……エミ、エミ……!」

 

 階下でクリーナーとリンがプレデターキラーと死闘を繰り広げていた最中、シシュは哀れみを誘うような弱々しい声を発し、エミリオの傷口を必死で押さえていた。

 

「ぐうう……!」

「エミ……!」

 

 苦しげに切断された腕を押さえるエミリオ。

 切断面はプラズマ弾の暴威に晒され、赤黒い肉を剥き出しにしている。

 千切れた腕は無残に転がっており、シシュは痛ましい想いに苛まれていた。

 

「krr……!」

 

 しかし、文字通り腹が据わった乙女は、今出来る処置をエミリオへ施していた。

 自身の腕に巻かれた大切な思い出。

 幼少期のエミリオが巻いてくれた、色あせたハンカチーフ。

 一瞬、淡い想いがシシュの胸に沸き立つも、即座にハンカチを解き、本来の持ち主、その腕へときつく巻いた。

 不幸中の幸いなのか、それだけでエミリオの出血は止まっており。

 

 プラズマ弾は質量弾ではなく、高熱のエネルギー弾である。

 つまり、命中したと同時に傷口はある程度焼灼され、出血は少なかったのだ。

 とはいえ、腕部を切断されたという重傷であるのは変わらないが。

 

「シシュ……怪我は無い……?」

「エミ……!」

 

 エミリオはそのような重傷を負っても、あくまでシシュを心配していた。

 残った右手で、シシュのマスクを優しく撫でる。

 シシュはエミリオの手を握りながら、キュウと安堵が混じった鳴き声をひとつ上げる。

 とりあえず、伴侶の命は繋がった。

 それだけが救いだった。

 

「ぐああっ!」

「ッ!」

 

 直後、階下でリンの悲鳴が聞こえた。

 即座に視線を向けると、被弾し、血を流しながら倒れるリンの姿。

 そして、壁面に縫い留められているクリーナーの姿。

 

「grr!」

 

 加勢に向かわなければ。

 そう思い、腰を浮かせるシシュ。

 だが、即座に身体を硬直させる。

 

 傷ついたエミリオを置いていくのか?

 そんなことは出来ない!

 

「kyuu……!」

 

 困ったように情けない鳴き声を漏らすシシュ。

 刹那の瞬間、愛する男が、乙女の“枷”となっていた。

 

「シシュ……!」

 

 そのような乙女の姿を見て、エミリオは丹田に力を込めた。

 

「グッ……!」

「エ、エミ!?」

 

 シシュの肩に捕まりながら身体を強引に起こす。

 傷口から血が溢れかけ、ハンカチを赤く染め上げる。

 シシュは狼狽するも、エミリオへと肩を貸し、立ち上がる伴侶を支えた。

 

「シシュ、僕に構わず姉さん達を──」

 

 そして。

 エミリオがそう言った瞬間。

 

 

「うおおおおおおおッッ!!??」

 

 

 プレデターキラー──ジェイコブの驚愕の声が響き渡る。

 

「なっ!?」

「grr!?」

 

 エミリオとシシュは、階下に現れた()()()()()()に、驚愕の声を上げていた。

 

 

「kishaaaaaaaaaaaaッッ!!」

 

 

 僅かの時間で驚異的な成長を遂げた異形。

 咆哮と共に、2メートルを超える巨体をプレデターキラーへぶつける。

 

 完璧な生命体、ゼノモーフ。

 無敵の生命体、プレデター。

 その両方のDNAを併せ持つ、兇悪の異形生命体。

 

 シシュから産まれ出たプレデリアン。

 プレデターキラーへ、その闘争本能を剥き出しにしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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Chapter30.『Dear PredAlien』

 

 “プレデターキラー”は地球の人間が装着する事を前提としており、装具の大きさに惑わされるが、その実寸法は190cmを少し超える程度である。

 もちろん、エミリオやリンのような常の体躯の持ち主から見れば巨躯であるのは変わらないが、シシュやクリーナーらプレデター達から見れば、少々“小さい奴”といった印象だ。

 当然、ウォーリアークラスですら2メートルを超え、大きい個体、特別な個体はそれ以上──女王個体になると10メートルは超えるサイズに成長するゼノモーフから見ても、プレデターキラーはそれほど大きな存在ではない。

 

「shaaaaaa……!」

 

 なら、2メートルを少し超える程度プレデリアンなら、プレデターキラーはどのように映るのだろう。

 驚異を感じる敵として見るか、それとも大した事はない獲物として見るのか。

 

「kishaaaaaaaaaaaッッ!!」

 

 それがどちらなのか、言語を発しない彼──あるいは()()に聞いても、明確な回答は得られないだろう。

 故に、行動で見て判断するしかない。

 

「うおおおおおッ!?」

 

 物陰から突如現れたプレデリアン。雄叫びを発しながらプレデターキラー、ジェイコブへ強烈なぶちかましを喰らわせる。

 

「ガアッ!!」

 

 10メートルは吹き飛んだジェイコブは、リンに受けたダメージと合わせ、内蔵がシェイクされるのを自覚していた。

 床へ転がるジェイコブに、プレデリアンは四対の爪上口器を大きく開き、更にインナーマウスを晒しながら、両手を大きく広げ挑発するように威嚇をしていた。

 

 

 

 急速に脱皮を繰り返し、小一時間程で成体にまで成長したプレデリアン。

 警報鳴り響く研究施設内を走り回る内に、彼女は完成していた。完璧な生命体として。

 そして、彼女の脳髄に同胞からのテレパシーが届く。

 

 “我々と共に。人間に復讐を!”

 

 要約すればそのようなメッセージが、強い思念波となって複数回、彼女の脳裏に響いていた。

 最初は本能により、彼女はそれに従おうとした。それが正しい行いと信じて疑わなかった。

 

 だが、成長しきった時、彼女の内に違和感が生まれる。

 それは不快なものだったが、時間が経つにつれて、説明のつかない暖かいモノとなって身体中に広がっていった。

 同時に、幼体の時。つい先程見た、己の宿主の姿。

 そして、その()であろう人間の姿が、彼女の脳裏に映し出される。

 

『シシュ! シシュ! シシュ!!』

『kyu、kyu……!』

 

 グチュ! グチュ! と、粘膜が激しくぶつかり合う音。ギシ! ギシ! とポッドを大いに揺らし、互いの性器を思い切り打ち付け合いながら生殖行為に耽る二体の生命体。

 雄の上に跨っている雌の生殖器。そこに、雄のテラテラと濡れた性器が埋没しており、雌が腰を上下させる度に濡れた肉の棒を覗かせる。

 彼女はその行為が何の為に行われているのかが分からなかった。だが、何故だが眼を──彼女達は眼球に代わる頭部の器官、そして嗅覚で物を視る──眼を、離すことができなかった。

 

 なにをしているんだろう?

 戦っているのだろうか?

 いや、どうやら戦っているワケではなさそう。

 あの宿主、どうやら雌のようだ。とても興奮している。

 あの人間、どうやら雄のようだ。とても興奮している。

 とても熱くて、激しい状態だ。

 戦いにも似ているけど、全然違う。

 あれは、何かのコミュニケーションなのかな?

 

 あの番が激しく交わっていた間、彼女はそのように自問する。

 どうやら何かしらのコミュニケーションを交わしているのは理解できた。

 しかし、雄の方は辛そうだ。

 

『シシュ! シシュ! あっ! あっ! あああ!!!』

 

 雌に組み敷かれた雄が、腰をガクガクとさせながら悲鳴を上げていた。

 辛そうな表情を浮かべていたが、よく見ればそれは快楽によるものだと分かった。

 そして、雄の下腹部にあるやたらと熱い棒状の器官、その先端が大きく膨らんでいた。

 

『あっ! あああああああッッ!!』

 

 ビュゥゥゥゥゥッッ!!

 水の音にしては、妙に粘ついた音が聞こえた。

 

『kyuuuu……!!』

 

 雄の体液が、雌の胎内に注入されたのだろうか。

 雌は何かを耐えるように牙を食いしばり、全身の筋肉を硬直させていた。

 でも、どこか嬉しそう。

 

 自分の体液は、強い酸で出来ている。

 なんでも溶かす、強い酸だ。

 同族ならまだしも、多種族に自分の体液を注入しようものなら、瞬く間に腐食が進み、体液が注ぎ込まれた生物は即死するだろう。

 

 だから、あの番の生物──どうみても同種とはおもえない生物同士が、体液を交換している様子が、とても不思議だった。

 同時に、眩しいものに見えた。

 

「……」

 

 彼女は情事の終わりを見届けた後、小さい身体を翻してその場を後にした。

 そして、成長しながら……あの行為について考察する。

 

 やっぱり、あれはコミュニケーションだ。

 それも、深い所で繋がる事ができる、とても神聖な行為だ。

 すごい。

 違う種族なのに、あんなに深く繋がる事ができるなんて。

 

 考察を続ける彼女の脳裏に、同族のテレパシーは、もはや届く事はなかった。

 彼女は、シシュとエミリオのセックスを見て、感動していた。

 それは、彼女の種族──ゼノモーフとしては、あってはならない──異端ともいえる発想だった。

 

 ボクはあんな風にコミュニケーションを取る事が出来ない。

 でも、あんな風に仲良くなる事は出来るのかな。

 

 その内、彼女は自身の宿主へと思いを馳せる。

 寄生先に特別な感情を持つ事は決してありえないゼノモーフ。例外があるとすれば、女王個体を宿した寄生先を、他のゼノモーフが守護するくらいだ。

 チェストバスターさえ産まれてしまえば、その宿主はただの肉塊と成り果て、せいぜい幼生の餌としての価値しかない。

 

 だが、彼女は異端だった。

 シシュとエミリオの激しいセックスが、彼女の本能の奥にある、ある感情を。

 知的生命体が持つ、“心”を刺激していた。

 強烈な異種族の交わりは、彼女が本来持つ感情──本当の母親、クイーンに向けるべき感情を、シシュへ向けていた。

 

 あの宿主──ううん、あれは、お母さんだ。

 ボクのお母さん。

 仲良くなりたい、お母さん。

 じゃあ、お母さんと繋がっていたあの雄は?

 お父さん、なのかな。

 お父さんとも、仲良くなれるのかな?

 

 警報が鳴り響く研究施設内の通路。

 ダクトに収まりきらなくなった大きな体躯を、少しだけ丸める。

 そして、無性に寂しくなった。

 なぜ、自分はここに一人なのだと。

 自分以外の他者の存在が、猛烈に恋しくなった。

 これも、本来ゼノモーフが持ち得て良い感情ではない。

 

 お母さん、お父さん。

 どうして、ボクを迎えに来てくれないの?

 どうして。どうして?

 どうして、ボクはひとりぼっちなの?

 

 とうとう膝を抱え込むように蹲ってしまったプレデリアン。

 シュウシュウとか細い鳴き声を漏らす様は、まさに親とはぐれてしまった子供だった。

 どうして彼女がここまで異端な存在となってしまったのかは、ゼノモーフを()()したエンジニア達でも分からないだろう。

 だが、生物というのは、往々にしてイレギュラーな個体が発生するのは常である。

 定められたゼノモーフとしての残忍な殺戮本能には従わず、己の思考、己の想いに従う個体が発生したのだ。

 このプレデリアンは、恐ろしく低い確率で産まれた、他種族への友愛精神を持った異常個体だった。

 

「……!」

 

 ふと、プレデリアンは何かを思いついたように、頭部に備えたドレッドヘアーのような触手を揺らす。

 

 迎えに来てくれないなら、こっちから行けばいいんだ。

 

 こんな簡単な事をどうして思いつかなかったのだろうと、プレデリアンはシュウと短く鳴いた後、勢い良く立ち上がった。

 そして、全速力で駆け出した。

 種族が備える第六感を働かせ、目的の場所へと迷わず走り抜けていった。

 

「ッ!?」

 

 目的地、資材エレベーター。

 そこに辿り着いた彼女は、プレデターキラーと戦闘を繰り広げるエミリオ達を目撃した。

 親を探し求める雛鳥のように視界を彷徨わせると、上階のタラップに腕を押さえる人間の男を見とどめた。

 

「……ッッッ!!」

 

 それを見て、猛烈な怒りが沸き起こる。

 片腕を吹き飛ばされたエミリオ。エミリオを介抱するシシュ。

 痛ましい、その姿。

 人間の雌が、プレデターキラーと戦っている。

 どっちが、敵だ?

 沸き起こる怒りを必死に抑え、観察を続ける。

 

 お父さんを傷つけたのはどいつだ!?

 

 もし彼女に明確な眼球があったら、その眼は血走ったものとなっていただろう。

 戦場を凝視し続ける彼女は、やがてエミリオを傷つけたのは、多種多様な武器を用い人間の雌──リンを追い詰める、プレデターキラーだと気付いた。

 

「kishaaaaaaaaaaaッッ!!」

 

 咆哮を上げ吶喊するプレデリアン。

 一直線に、その身体を殺し屋へとぶつけていた。

 

 お父さんを傷つけたオマエは許さない──!

 

 温もりを求める醜悪な怪物は、凛然とプレデターキラーへ対峙していた。

 

 

 

「ガハッ!?」

 

 強烈なぶちかましを受け、血反吐を吐きながら床を転がるジェイコブ。

 勝利を目前にした直後、想定外の乱入を受け、精神的にも動揺が走る。

 

「goruaaaaaaaaッ!!」

「ッ!? クソッ!!」

 

 追撃をすべく突進せしめるプレデリアンを見て、ジェイコブは慌ててスラスターを噴射し、迎撃態勢を取る。

 

「guuuuuuuuuッ!!」

「ぐおおおおッ!!」

 

 スモウレスラーの様にがぶり四つに組み合う両者。

 しかし、ジェイコブはプレデリアンの突進力を殺しきれず、ガリガリと床を削りながら後退。

 

「ッ! この野郎!!」

「gruaッ!?」

 

 スラスターを全力で噴射し、ようやくプレデリアンの勢いを殺したジェイコブ。

 四つに組んだ手を振り払い、強烈なパンチをぶちかます。

 

「オラッ! オラッ! オラァッ!!」

 

 ワンツーからのストレート!

 ボクシングヘビー級王者のパンチ力とは比較にならない、痛烈な打撃をお見舞いする。

 

「ruaaaaaッ!!」

「ぐあっ!?」

 

 だが、それに怯まず、プレデリアンもお返しの打撃を繰り出す。

 格闘技経験者からして見れば躱しやすい大振りのテレフォンパンチであったが、密着した状態のジェイコブはそれをガード出来ず。

 

「ガアッ!!」

 

 側頭部にモロに喰らい、再度床を舐める。

 

「ガッ……くそ、くそったれの化け物野郎が……!」

 

 フラフラになりつつも、ジェイコブはやっとの思いで立ち上がる。

 プレデターキラーの装甲は、単純な打撃はもちろん、銃撃やプラズマキャノンですら防ぎきれる程の防御力を持っている。

 だが、装甲内の衝撃緩和システムに異常が起こっており、プレデリアンの打撃を満足に防ぐ事は出来ずにいた。

 

(あの女の妙な打撃を喰らってからおかしくなっちまったんだ!)

 

 衝撃緩和システムに異常が発生した理由は明白だった。

 リンが放った氣当て──“双剄破”だ。

 装甲内部に威力を浸透せしめるこの技により、ジェイコブの肉体はもちろん、プレデターキラーのシステムにもダメージを与えていたのだ。

 

 全宇宙を見渡してもこれ以上のものは見当たらないほど、驚異的なテクノロジーで拵えられたプレデターキラー。

 だが、古来より連綿と受け継がれる神州無敵の妙技──日本武道の真髄は、優れたテクノロジーですら解明出来ない、摩訶不思議な威力を発揮していた。

 

「gauaaaaッ!!」

「ぐあっ!?」

 

 ヨロヨロと立ち上がったジェイコブに、プレデリアンは鞭のように尾をしならせ追撃を喰らわせる。

 胸部に追加ダメージを負い、ジェイコブの身体はもう何度目かわからぬ宙を舞う。

 

「クソッ!!」

 

 胸骨が折れたか。

 そう自身の損害を分析するジェイコブ。

 しかし、倒れながらプラズマキャノンの照準をプレデリアンに合わせる。

 

 丁度良く距離が取れた──!

 

 尾で吹き飛ばされたのは行幸。

 ショートレンジではこの長物は役に立たない。

 ほんの数メートルの距離が取れれば、俺の勝ちなんだ。

 

 光弾がプレデリアンの頭を吹き飛ばす光景。それを想像し、ジェイコブは勝利を確信したように口角を歪ませた。

 

「ッ!? 」

 

 だが、彼を勝利へと導く光の弾が発射されることは無かった。

 

「どうして──!?」

 

 違和感には直ぐに気付くことが出来た。

 プラズマキャノンの長砲身、その砲口が、プレデリアンの尾で薙ぎ倒された時、僅かに歪んでいたのだ。

 内部の武器管制システムが今更異常を知らせて来たのを見て、ジェイコブは表情を一変。

 憎々しげに歯を軋ませる。

 

 とんだ安全装置だ。過保護すぎる。

 こいつはハードワークをこなす為のキリング・マシーンじゃないのか?

 

 そう毒づくジェイコブ。

 苛烈な戦闘を想定しているプレデターキラーの装備。しかし、プラズマキャノンだけに関しては、少々デリケートな扱いが必要だったようだ。

 

「gauuuuuッ!!」

「ッ! このぉ!」

 

 槍の穂先のような尾の先端部を突き刺してくるプレデリアン。

 ジェイコブは即座に近接戦闘システムを起動。

 シシュやクリーナーが備えるものより遥かに長い、ロングリストブレイドで尾を弾き、返す刀で胴切りを放つ。

 

「guraa!?」

 

 肉を穿つ音が鳴ると、プレデリアンの胴体は切創が刻まれる。

 傷口から蛍光色のような体液が滴り落ち、ジュウと床面が腐食する。

 致命傷という程ではないが、プレデリアンは斬撃に怯み、ジェイコブから距離を取った。

 

「膾切りにしてやる──!」

 

 プレデターキラーの左右の腕にリストブレイドを起動させ、二刀流の剣士の如く刃を交差させるジェイコブ。

 もちろん、腐食対策は施されており、先程プレデリアンを穿った刃先の切れ味に衰えは見られなかった。

 

「gauuuッ!」

 

 プレデリアンも尾を縦横に振り、二刀の殺し屋と対抗する。

 ゆらゆらと蛇のように尾がくねる様。ジェイコブの斬撃を誘っているかのようだ。

 

「まるで巌流島の武蔵と小次郎ね……!」

 

 異形と異形の対決を見守っていたリンは、そうひとりごちる。上腕に刺さったスピアガンの鏃を抜き、出血と痛みに耐えつつ、異形同士の戦いを注視していた。

 ちなみに、巌流島に於いて雌雄を決した宮本武蔵と佐々木小次郎の立ち合いでは、武蔵が二刀を用いた事実は無く。櫓櫂から拵えた長尺の木剣にて小次郎を打ち据えている。

 二天一流兵法の使い手であった武蔵が、生涯六十余回の決闘に於いて二刀で戦ったケースは殆ど無く、その剣理は常の一刀剣法に終始していた。

 武道を修めるリンですら、後世の脚色に惑わされていた、という事である。

 

(それにしても──どちらが生き残っても、状況は変わらないわね)

 

 ちらりとクリーナーへ目を向けるリン。

 未だスチールネットの縛網からは逃れられず、懸命にレイザーディスクて切断を試みている。

 ギリギリとネットへディスクを擦りつけている様子を見るに、まだしばらくは戦力になりそうもないだろう。

 

「エミィ……!」

 

 そして、深手を負った最愛の弟も、もはや戦線に復帰することは難しい。

 現時点で五体満足なのは、義妹にもなりつつある異星人の乙女──シシュだけだった。

 

「graaaaaaッ!」

「ウオオオッ!」

 

 甲高い金属音。飛び散る火花。

 剣戟を交わす二体の異形。

 プレデリアンの鋭い刺突を、ジェイコブは二刀のリストブレイドで防ぐ。間髪入れず反撃の激剣をぶち入れる。それを尾で受け止める。

 一進一退の攻防。しかし、形勢は徐々にジェイコブの優勢へと傾いていった。

 

「gurrッ!?」

 

 一瞬の隙。

 ジェイコブはいなしたプレデリアンの尾をガッチリと掴む。

 

「オオォォォッッ!!」

「gurrrッ!?」

 

 スラスターを噴射させ、思い切り怪物をぶん回す(ジャイアントスイング)

 猛烈な勢いで外殻を資材コンテナに肉体を打ち付けるプレデリアン。

 

 痛いじゃないか!

 このトゲトゲやろう!

 

 もしプレデリアンが言語を発する事ができれば、そのような可憐な抗議が聞こえた事だろう。

 

「grrrrrrrッッ!!」

 

 しかし、人間と気管等の生物構造が根本から違うプレデリアンは、ライオンと子象を混ぜたような唸り声を発することしか出来ない。

 そのままコンテナの中に埋没するようにぶん投げられた。

 

「トドメだッ!!」

 

 ひしゃげたコンテナの上で身を捩らせるプレデリアンに、ジェイコブはリストブレイドを振りかざし吶喊する。

 狙いは頭部。プレデターキラーの刃なら、容易くその外殻を貫くことが出来るだろう。

 

「ぐあッ!?」

 

 しかし。

 またも寸前で勝利を邪魔されるジェイコブ。

 

「grrrrr!!」

 

 シシュだ。

 乙女の横槍、渾身のぶちかましにより、ジェイコブは体勢を崩される。

 

「シイイイッッ!!」

「があッ!?」

 

 更に、体勢を崩した所に、隻腕となったエミリオが強烈な横蹴りを見舞う。

 身体をくの字にさせ、ジェイコブは悶絶。胸骨に加え、背骨にも深刻なダメージを受ける。

 

「があああああああッッ!!!」

「くッ!?」

 

 だが、ジェイコブの──マッケナ家の執念が、プレデターキラーを紙一重で支える。

 瞬時にリストブレイドを逆向きにさせ、裏拳の要領でエミリオを斬りつける。

 躱しきれなかったエミリオは、胸板を一文字に抉られ倒れる。

 

「死ねッ!」

 

 トドメを刺すべく刃を振り上げるジェイコブ。

 

「エミッ!」

 

 そこへ、シシュがチーターのような俊敏さで、エミリオとジェイコブの間に自身の身体を滑り込ませる。

 そのまま倒れたエミリオへ覆いかぶさった。

 

 今度はワタシが庇う番だ。

 大切な夫を、ワタシが助ける──!

 

 身を挺してエミリオを庇うシシュ。

 乙女の黄土色の肉体へ、プレデターキラーの刃が迫る。

 

「ッ!!」

 

 マスクの下でぎゅっと眼を瞑るシシュ。

 直後、ドズッ! と肉を穿つ音が聞こえた。

 

「……krr?」

 

 しかし、来たるべき熱い痛みは感じられない。

 顔を上げたシシュ。

 大きな怪物が、自分たちとプレデターキラーの間に立ちはだかっているのを見留めた。

 

「grrrrrrrrr……ッ!」

 

 プレデリアンだ。

 プレデターキラーの長刃を両手にて掴み、肉の壁となってシシュとエミリオを()()()()()

 

「ゼノモーフが何でハンターを庇うんだ!?」

 

 ジェイコブが頓狂な声を上げると、その場にいる全ての者が同様の思いを抱く。

 同種ですら目的の為なら平然と見捨てるゼノモーフ。

 彼らは個体を持ちながら群体としての性質を持ち合わせている為、このような“個性”を見せるのは稀であり、ましてや他種族の為に働く個体など、全宇宙を見渡してもこのプレデリアンだけだろう。

 

「???」

 

 シシュは眼の前の光景が信じられず、戦闘中にも関わらず呆然としていた。

 サーペントが庇った? 何故? ドウシテ?

 頭の上でクエスションマークがポコポコと湧き、マスクの下でキョトンとした表情を浮かべていた。

 

「シシュ!」

「ッ!」

 

 しかし、エミリオの声を受け、乙女は再起動する。

 何はともあれ、プレデリアンがプレデターキラーの動きを止めている──この事実は変わらない。

 エミリオが隻腕を動かし、コンビスティックをシシュへ投げ渡す。

 受け取ったシシュは、直列となった二体の異形へ狙いを定めた。

 千載一遇の好機──!

 

「graaaaaaaaッッ!!」

 

 気合の咆哮。

 コンビスティックを槍投げのように投擲するべく、腕に力を込めた。

 

「──ッ!」

 

 刹那の瞬間。

 シシュはプレデリアンがこちらを伺うように鎌首をもたげるのを見た。

 そして、プレデリアンが、キュウとか細く鳴いた。

 プレデリアンから、何やら温かい感情──精神感応(テレパシー)が、僅かに感じられた。

 

「──graaaaaaaaッ!!」

 

 プレデリアンごとプレデターキラーを田楽刺しにすべく狙いを定めていたシシュは、僅かに狙いを反らすように槍を投擲した。

 猛スピードで射出された鉄槍は、怪物の脇をかすめ、異形の鎧、その脇腹へと突き刺さった。

 

「うがあああッ!!」

「graaaッ!?」

 

 だが、致命傷には至らない。

 火事場のクソ力を発揮し、プレデリアンを振り払う。

 

「くそがあああああッッ!!」

 

 そのまま、今度こそ全てを終わらすべく、プレデリアンへ刃を突き立てんとした。

 

「──あ?」

 

 しかし、ピタリとジェイコブ──プレデターキラーの動きが止まった。

 

「うおッ!?」

「grr!?」

 

 止まった直後、プレデターキラーは内蔵スラスターを全て噴射させ、まるで打ち上げロケットのように上昇を始める。

 

「うおおおおおおおッ!?」

 

 そのままジェイコブは資材エレベーター最上部──屋上へと続くゲートを突き破り、彼方へと消えていった。

 

 

「grr……?」

 

 突如発生したプレデターキラーの敵前逃亡。

 その最後の姿は、まるで何者かに遠隔操作されていたようにも見えた。

 シシュはプレデターキラーが消え去った上方を訝しげに見つめる。

 

「ッ!?」

 

 だが、脅威の一つが減っただけだと即座に気付く。

 慌ててリストブレイドをコッキングし、臨戦態勢を整えた。

 

「grrr──!」

 

 唸るような顫動音と共に、リストブレイドを構えたシシュ。

 対峙するは、もちろんプレデリアンだ。

 ジャングルでエミリオと共に仕留めたプレデリアンより、眼の前の個体は一枚、いや二枚は上手だろう。

 そのような相手に、自分ひとりで戦えるのか。

 だが、それでも戦わなくては。

 今、この場で戦えるのは、自分ひとりだけなのだから。

 

 第2ラウンドの始まり──!

 

「──r?」

 

 だが、悲壮な覚悟で臨んだシシュは、プレデリアンの姿を見て拍子抜けしたように動きを止めた。

 

「kyuuu……」

 

 プレデリアンは大きな体を縮め、膝をつきながら両の手を差し出していた。

 両の掌を上に向け、敵意が無いことを示すその姿勢。

 凡そ全ての知的生命体に通じる、“降伏”の姿勢だ。

 

「……grr!」

 

 シシュは僅かに頭を振ると、唸り声と共に刃をプレデリアンの喉元へ突き出す。

 散々サーペントの狡猾な戦法に悩まされていたのだ。

 これも、きっと己の油断を誘う“演技”だろう。

 文字通り化けの皮を剥いでやる。

 その後はトロフィーにしてやるのだ。ザマアミロ。

 

「kyuuuuu……」

「grr!?」

 

 しかし、刃が喉元に触れていても尚、プレデリアンはか細い鳴き声を漏らすだけだった。

 まるで戦意が感じられないその姿。

 シシュの困惑は増々深まる。

 

 同時に、先程感じた温かい感情を思い出す。

 このサーペント──この()からは、サーペントが備える“剥き出しの敵意”というものが、一切感じられない。

 

 ドウシテ?

 アナタハ、ナニモノナノ?

 

 プレデリアンはそれに応える事はせず、ただ黙々と頭を垂れ続けている。

 不可解な感情に支配されたシシュ。

 それ以上、リストブレイドを押し込む事は出来なかった。

 

「シシュ……?」

 

 左腕を押さえ、シシュの元へと歩み寄るエミリオ。

 乙女が逡巡する姿、そして膝を折り、降伏の姿勢を取るプレデリアンを見て、エミリオもまたこの意味不明な状況に戸惑っていた。

 

「──shaaa!」

「うわあッ!?」

「ッ! エミッッ!!」

 

 だが、突如豹変したプレデリアン。

 巨体がエミリオへと覆いかぶさり、シシュは驚愕の声を発する。

 

 やられた、やっぱり罠だった!

 

 そう思うも、時既に遅し。

 リストブレイドで殺害しようにも、こうも密着した状態では、酸性の血液がエミリオへと降り掛かってしまう。

 この状態を想定していたのか。

 シシュは猛烈な殺意と共に、悔恨の念に囚われた。

 やはり、さっさと始末するべきだったとも。

 

 ともあれ、エミリオに覆いかぶさるプレデリアンを引き剥がさなくては。

 シシュは猛然とプレデリアンの巨体へと手をかけようとする。

 

「ま、まって、シシュ」

「grr!?」

 

 だが、巨体の下でエミリオの声が聞こえた。

 愛する男の制止する声で、シシュは動きを止めた。

 

「kyuu……kuchu……」

 

 よく見ると、プレデリアンは爪状口器を、エミリオの左腕の切断面へと這わせていた。

 クチュ、クチュと粘ついた音が響くと共に、口器から樹脂のような粘液が分泌されていた。

 

「う……あぁ……」

 

 プレデリアンに抱きしめられる形となったエミリオは、分泌液を塗布されると、僅かに快感に悶えるような声を漏らす。

 巨体の肩越しから見えるその表情も、どこか気持ちよさそうだ。

 

「──ッッッッ!!!」

 

 それを見たシシュ。

 先程とは()()()()()()に囚われる。

 

 なにワタシ以外で気持ちよくなってんだ!!

 

 人、それを嫉妬と呼ぶ。

 同族の雌個体と比べ、シシュはかなり独占欲の強い個体であった。

 

「gurrrrr!」

「あ……?」

 

 やがて粘液を分泌し終えると、エミリオは切断面の痛みが嘘のように引いていたのを自覚した。

 見れば、腕部の切断面は黒い樹脂でコーティングされており、明らかに“治療”が施された様に見て取れた。

 

「あ、ありがとう……?」

「gurrrrrr!!」

 

 この状況で呑気な事を、という突っ込みがどこからか聞こえてきそうな程、エミリオは素直に感謝の言葉を発していた。

 それを理解したように、プレデリアンは嬉しそうに大きな頭を首肯させた。

 

「gurr!」

「……」

 

 そして、シシュへと顔を向ける。

 表情というものが全く分からないプレデリアンであったが、どう見てもそれはドヤ顔であった。

 それを見たシシュ。

 嫉妬心は鳴りを潜め、再び困惑に囚われていた。

 そのようなシシュへ向け、プレデリアンはのそりと巨体を向ける。

 

 ほめて!

 

 そう言ったのかどうかは分からない。

 だが、プレデリアンは虎のような唸り声を発すると、シシュへとその大きな頭を押し付けていた。

 

「gurrrrr!」

「……」

 

 すりすりと大きな頭をシシュのお腹にこすりつけ、甘えるように厳つい唸り声を発するプレデリアン。

 シシュは呆然と突っ立っており、巨体のされるがままである。

 

「えっと……」

 

 エミリオもまた困惑しており。

 そして、プレデリアンの甘える様子が、まるで自分に甘えるシシュのようだとも思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




SSH「お前さっき私らが致してる時チラチラ見てただろ(因縁)」
PRDL「いや、ボク見てないですよ」
SSH「嘘つけ絶対見てたゾ」
PRDL「何で見る必要なんかあるんですか(正論)」(ブッ!)


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Chapter31.『Naming』

 

「エミィッ!」

「Shesh」

 

 ハンドガン、プラズマキャノンのレーザーポインターが照準される。

 プレデターキラーの鏃を抜き、気合で立ち上がりハンドガンを構えるリン。

 鋼線の縛網を断ち切り、ショルダープラズマキャノンを作動させるクリーナー。

 身体中を流血させた二人の戦士が、シシュに抱きつくプレデリアンへ“敵意”を露わにしていた。

 

「ね、姉さん」

 

 エミリオはプレデリアンへ銃火器を向けるリンとクリーナーへ、制止すればよいのか。

 それとも、自分も攻撃に加わればよいのか。

 全く判断が出来ないでいた。

 

(……よく見れば、ジャングルで戦った奴と少し違う)

 

 変わらずシュウシュウと妙な声を漏らしつつ、シシュの腰にしがみつきながら頭を擦りつけるプレデリアン。

 エミリオはその姿を観察しつつ、ジャングルでシシュと共に打倒した同一個体とは少々見た目が異なる事に気付いた。

 ジャングルで戦ったプレデリアンは、頭部にプレデターと同じドレッドヘアーの様な管を備えていた。それは目の前の個体も変わらない。

 しかし、ジャングルの個体は、少々その管が短く、まるで清掃用のモップのようにも見えた。

 目の前のシシュに甘える個体は、管が長く、文字通りドレッドヘアーの様に見える。そして、それがこの個体の個性──仕草を含め、女の子らしさを醸し出していた。

 

「姉さん、少し待って──」

「Shesh」

 

 もう少し観察を続けたいエミリオであったが、クリーナーは冷然とその声を遮り、シシュへと冷たい声を向ける。

 シシュは呆と突っ立っていたが、師匠であり義兄の言葉にハッとしたように身体を強張らせる。

 

「krr……」

 

 クリーナーの意思は明快だ。

 そのサーペントを始末するから、さっさと離れろ。

 それに、仮にそのサーペントの生存を、この場で許したとしても。

 

「krrrr……」

 

 氏族の戦士達……エルダーは、その生存を許さないだろう。

 そのような意思を汲み取ったシシュ。

 困惑しつつも、プレデリアンを引き離す為、その頭部へ手をかける。

 

「gurrrr」

 

 すると、プレデリアンがシシュの少しだけ膨らんだ下腹部へと視線(実際に眼孔は確認出来ないが)を向けた。

 

「ッッ!?」

 

 シシュの血の気が引く。

 おなかには、大切な──エミリオとの、大切な赤ちゃんがいる。

 それが、あまりにも無防備な状態で、プレデリアンの前に置かれているのだ。

 プレデリアンはまるで狙いを定めたかのように、粘液に濡れたインナーマウスを露出させている。

 それがパイルバンカーの如き威力を持っているのは、シシュは十分に理解していた。

 

「gurrrrrr……」

 

 しかし、シシュのそのような戦慄めいた憂慮は杞憂に終わる。

 

「rrrr……」

「krr!?」

 

 プレデリアンは、愛おしそうにシシュの下腹を撫でると、インナーマウスの口器で甘く舐め始めた。

 

「krr……!」

 

 クチュリ、と、粘液が這う音が鳴る。

 シシュは不快とも快感ともつかない妙な刺激を受け、甘く切ない顫動音を漏らしていた。

 

「gurrr」

「kyu……krrr……!」

 

 シシュは怪物の巨体を引き離そうと藻掻く。だが、プレデリアンはシシュの健康的な臀部をがっちりと掴んで乙女の抵抗を塞いでおり。

 

「kyuuu……!」

 

 プレデリアンの細長い舌がへその中に侵入し、インナーマウスの小さな口で臍を甘く噛む。すると、シシュはたまらず悶絶の声を上げた。

 身体を折り曲げ、無垢な陵辱に必死に耐える。

 

「gurrr!」

 

 プレデリアンはその様子が面白かったのか、愛情に加え、ちょっとした嗜虐心を持ってシシュのへそを責め続けていた。

 

「えぇ……」

「……」

 

 乙女が悶え、怪物がねぶる。

 シュールすぎるその異様な光景に、リンとクリーナーはフリーズしたように動きを止めていた。

 というより、見知った存在が快楽に悶える様子は、とてもじゃないが正常な思考を保てる光景とは言えず。

 リンはもちろん、百戦錬磨のクリーナーですら、呆然とその様子を眺め続けるしかなく。

 

「kchu……gurrr」

「kyu……kyuu……!」

 

 しばしの間、場には粘ついた音と、シシュが悶絶する声だけが響いていた。

 

「コラッ!!」

「gukyuu!?」

 

 その沈黙を破ったのはエミリオだった。

 呆然としていたのはエミリオも同じだったが、愛する妻がこれ以上辱めを受けるのを良しとせず。

 というより。

 

(僕以外がシシュを気持ちよくさせるな!)

 

 そのような本音を滲ませつつ、エミリオは残った右腕にてプレデリアンの頭部を掴み、強引にシシュから引き剥がした。

 

「だめだよ! こんな……こんな、シシュを、こんな!」

 

 嫉妬心がバーストしたのか、やや語彙力が低下したエミリオの叱責。

 引きずり倒したプレデリアンへ、顔を真っ赤にさせながら叱り飛ばしていた。

 

「ちょ、エミィ!」

 

 だが、それは危険な光景だ。

 リンは興奮(逆ギレ)したプレデリアンが、猛然とエミリオへ襲いかかってくる光景を予測し、即座に拳銃を構え直す。

 

「gurrrrrr……」

 

 しかし、その心配も杞憂に終わっていた。

 ちょこんと体育座りするように、その大きな身体を屈めたプレデリアン。

 エミリオの叱責を甘んじて受けているかのように、大人しく頭を垂れていた。

 

 まるでイタズラがバレて、父親に叱られるヤンチャ娘のような──。

 

「いやいやいやいや」

 

 頭を振り、そのような発想を打ち消すリン。

 

「ていうかそんな事している場合じゃないでしょ!」

 

 先程から続くシュールな異常事態に、たまりかねたようにそう叫んでいた。

 

「……」

 

 一方のクリーナー。

 プレデリアンが大人しく頭を垂れているのを見て、思考を放棄したように身を翻し、資材エレベーターの操作盤へと向かう。

 実際半分ほど思考を放棄していたのもあったが、とりあえずこのサーペントに危険は無さそうだと判断しており。

 氏族の戦士の中では、危険な獲物を使役する者も少なからず存在する。

 異形の怪物を猟犬のように訓練し、己の手足として使役するのだ。

 だから、このような事態はありえなくもないと。

 だから、多分エルダー達も、その存在を許す……かもしれない。

 

「……」

 

 もっとも、サーペントを使役した者は、氏族の長い歴史上これまでに存在しておらず、もはや己に言い聞かせる為の詭弁のような思考ではあったのだが。

 クリーナーは無言で操作盤に触れると、マスクの視界をコンピューターガントレットと連動させ、その操作方法を解読していた。

 

「ちょっと! アンタはそれでいいの!?」

「……」

 

 リンの問いかけを無視し、クリーナーはエレベーターを上昇させるべく操作し続けていた。

 

「あ、あの、姉さん。この子は……」

「いーや! 聞きたくない! もうワケわからないわよ!」

 

 おずおずと声をかけるエミリオに、リンは若干ヒステリーめいた状態に陥っており。

 

「krrr……オネーチャン……」

「gurrrrr……」

「なんなの!?」

 

 そして、エミリオの両隣で、心配そうに覗き込むシシュとプレデリアンを見て、増々声を荒げていた。

 

「あの、姉さん。この子は他の怪物……エイリアンとは違うと思うんだ。多分シシュから産まれたから、シシュに懐いてて……」

 

 エミリオは困惑をしつつ、リンへプレデリアンが大人しく自分たちに懐いている理由を懸命に説明する。

 シシュと同じ形状の口器、そしてドレッドヘアのような頭部の管を見て、この怪物が医療研究室で摘出したシシュの寄生体だと判断したエミリオ。

 おそらくは何かしらの理由で、この怪物は敵対行動を取らず、自分たちの味方となって戦ったのだろうと。

 

「なんで僕にまで懐くのかよくわからないけど……」

「gurrー?」

 

 おすわりした体勢でエミリオを見上げるプレデリアン。

 

 何を言っているの? あなたはボクのお父さんじゃない。

 お母さんが大好きな、お父さん。

 だから、ボクも大好き!

 

 言葉を話す事ができれば、プレデリアンはそう言っていただろう。

 

「ああ、もう!」

 

 エミリオの説明を聞き終えると、リンはガシガシと己のポニーテールを乱暴に掻きむしる。

 途中、構ってほしいゴールデンレトリバーのように、大きな頭をドシドシと己の腰にぶつけるプレデリアンに体勢を崩されそうになるも、もはや攻撃を加える気すら起こらなかった。

 

「……地球に連れていくわけにはいかないわよ」

 

 やがて、リンは努めて真顔でエミリオへそう言った。

 常識的に考えて、この怪物が他の人間を襲わないという保証はない。

 目を離した隙に、同胞の海兵隊員へ襲いかからないとも限らないのだ。

 

 そして、それはシシュも同じ。

 更にいえば、例えシシュ達人外がこちらに危害を加えなくても。

 こちらが、人間達が、彼女達に危害を加えないとも限らないのだ。

 

「……」

 

 言外にそう伝える姉に、エミリオは沈鬱した表情を浮かべる。

 もちろん、そのような事は分かりきっている。

 だから、当初はシシュと共に何もかもを捨て、二人っきりでこの星を脱出しようと計画していた。

 

「gurrrr!」

 

 だが、ゴロゴロとライオンのように喉を鳴らし、エミリオの腰へスリスリと頭を擦りつけるこのプレデリアンが、エミリオの計画を大いに狂わせていた。

 シシュが乗り込んでいた宇宙船に、プレデリアンの巨体を収めるスペースは無い。

 しかし、この短時間で妙な愛着が湧いてしまったエミリオ。

 もともと優しい心根を持つこの青年将校は、無垢な様子を見せるプレデリアンを置き去りに──ましてや、殺害するような非道は、もう出来なかった。

 

「ごめん、姉さん。僕は……僕は、地球へは戻らない」

「はぁ!?」

 

 故に、エミリオの言葉は真に迫った言葉だった。

 リンは信じられないものを見るかのように、実弟へと鋭い視線を向ける。

 

「あんた……ッ!」

 

 リンは怒りを滲ませていた。

 大切な弟。それを救うためにわざわざ地球から遠く離れた惑星を訪れ、怪物達と死闘を繰り広げた。

 そして、それは自分ひとりだけではない。

 外では未だにウェイランド製の戦闘アンドロイド、そして無数のエイリアンと戦っている仲間達がいる。

 加えて、エミリオの上司や部下達──植民地海兵隊第501大隊の兵士達もいるのだ。

 

 そんな繋がりやしがらみを捨てて、無責任にどこかへ逃げる?

 冗談じゃあないわ!

 

 エミリオの実姉だからこそのこの想い。

 実弟の無茶苦茶な考えを正すのは、姉としての責務だ。

 

「この莫迦ッ!」

「ッ!」

 

 思い切り振りかぶり、エミリオの頬を引っ叩くリン。

 バシン! と強烈な音が響き、エミリオの口から僅かに血が滴り落ちた。

 

「あんた、本当に──ッ!?」

 

 実弟の目を覚まさせるべく、更に手を振り上げるリン。

 しかし、二発目の平手打ちが放たれる事は無かった。

 

「……なによ?」

「krr……」

 

 リンの振り上げた手を、シシュが掴んでいた。

 掴んだ手をそのままに、残った片手にてマスクを外す。

 

「krr……オネー……チャン……」

 

 透き通るような濡れた瞳が現れる。

 シシュは長いまつ毛を揺らし、か細い声をリンへ向けた。

 

「krrrr……」

「ちょ、ちょっと!」

 

 それから、シシュはおもむろにリンを優しく抱き寄せた。

 リンの頭ひとつほど背が高いシシュの抱擁。リンはむせ返るような乙女臭を放つシシュの豊満な胸元へ、その顔を埋める。

 離れようともがくリンを、シシュは優しく抱きしめ続けていた。

 

「オネーチャン……ゴメンナサイ……」

「……」

 

 リンの頭を掻き抱き、たどたどしい謝罪を向けるシシュ。

 

「……この匂い」

 

 そして、リンはシシュの野性味溢れる体臭を嗅ぐと、それが初めて嗅いだ匂いではないと気付いた。

 思い出す。

 幼少期、エミリオと手を繋いで歩いた、あの頃の思い出を。

 

「あんた達は──」

 

 昔から、一緒だったのね。

 

「krr……」

 

 切ない顫動音が、リンの言葉を肯定していた。

 

「……」

 

 ゴウン、と、資材エレベーターが起動する。

 研究施設屋上へ向け上昇を始めたエレベーター。

 それを操作していたクリーナーは、シシュ達を黙って見つめていた。

 先程のシシュの謝罪の言葉。

 それは、リンだけではなく、クリーナーにも向けられていた。

 

「krr……」

「……」

 

 クリーナーは、ただ黙ってそれを聞いていた。

 許しているのか、それとも冷酷に突き放しているのか。

 どちらなのかは、シシュとクリーナーにしか分からなかった。

 

「……本当に、後悔しないのね?」

 

 やがて、リンは自然とシシュの抱擁から解かれると、エミリオへとそう問いかける。

 今度は、怒りの感情は無かった。

 

「……うん。後悔しない。だから──」

「もういいわ」

 

 エミリオの言葉を遮り、リンは弟から背を向ける。

 少しだけ、その肩は震えていた。

 

「……これが、今生の別れだなんて、許さないからね」

 

 震えた声でそう言ったリン。

 リンの表情を唯一見れるのは、操作盤の前に立つクリーナーだけだった。

 

「姉さん……」

 

 エミリオは、隻腕で姉を後ろから抱きしめる。

 弟の隻腕を、リンはぎゅっとその手で掴んでいた。

 

「krrr……」

「shuu……」

 

 シシュとプレデリアンは、その様子を、少し悲しげな声を漏らしながら見つめていた。

 

 

「……で、どうするの? その子を連れてこの星から脱出する算段はあるの?」

 

 落ち着いたのか、リンは赤らんだ瞳を浮かべながら、そう弟へ問い詰める。

 現実的な問題を突きつけられ、エミリオは難しい表情を浮かべていた。

 

「その子はドロップシップクラスのペイロードじゃないと厳しいんじゃないかしら。その子、どうみても重たそうだし」

「それはそうだけど、この子は──」

「ああ、もう! その子だとかあの子だとかこの子とかまどろっこしいわね! 名前とかないの!?」

「え?」

 

 問答中、またもたまりかねたように唐突にそう言ったリン。

 下手に名付けては愛着が湧いてしまい、プレデリアンから弟達を引き離し辛いとは思っていたが、それはそれとして名無しのままでは不便だ。

 という体のリンだったが、ツンとした表情の奥底に、若干のデレを滲ませているのは確かであり。 

 

「gurrrr!?」

 

 それを感じ取ったのか、プレデリアンは喜悦に満ちた唸り声を上げていた。

 

「え、名前……名前かぁ……」

「gurrrー!」

 

 ふりふりと長く鋭い尻尾を揺らし、エミリオの背中へ抱きつくプレデリアン。

 ヒグマが獲物に覆いかぶさるような体勢となったが、片腕を失ったのにも関わらず、エミリオの体幹は揺らいでいない。

 もちろん超人的な身体能力を備えるエミリオだからこそというのもあるが、プレデリアンが容赦なく体重を掛けているのを、シシュがその棒状の背ビレを掴んで支え、荷重を減殺していたから、という要因もあった。

 

「シシュ、この子の名前……」

「grr……」

 

 首を後ろへと向け、シシュへ視線を向けるエミリオ。

 マスクを装着し直したシシュの表情は掴み辛かったが、その声もまたエミリオと同じ様に困惑した様子を見せていた。

 

「……Shesh・dy」

「え?」

「krr?」

 

 ふと、それまで黙していたクリーナーが、短い言葉を発する。

 

「シシュ・ディ?」

「……」

 

 エミリオの言葉に、沈黙を返すクリーナー。

 それ以上言葉を発するつもりは無いようだ。

 

「krr……dy……チイサイ……」

「え?」

 

 代わりに、シシュが代弁するかのようにそう言った。

 dyとは、氏族の言葉──プレデターの言語で、“小さい”という意味だ。

 

「シシュより小さくはないわね……」

 

 それを聞き、リンは呆れたようにそう呟く。

 無論、エミリオもそれに無言で同意していた。

 

「gurrrrrrr!!」

 

 しかし、プレデリアン──シシュ・ディは、全身で喜びを露わにする。

 先程よりも激しく尾を振り、シシュが慌ててそれを避けていた。

 

「じゃあ、ディで……」

「gurrrrrr!!!」

 

 ディはエミリオに抱きつきながら、まるでこの瞬間が自分が産まれたのだと。

 

「わっ」

「krrッ」

 

 そのような昂りからか、ディは長い腕を伸ばし、エミリオごとシシュを抱きかかえる。

 ぶんぶんと二人を振り揺らしながら、無邪気に喜び続けていた。

 

「はぁ……結局どうするか決められなかったじゃない。でも、当然アンタは何か考えはあるんでしょうね? さっき、お仲間と連絡を取ってたんでしょう?」

「……」

 

 やがて屋上のゲートが開き、一行は研究施設屋上へと到達した。

 BG-386の眩しい夕日に照らされながら、リンはクリーナーへと視線を向ける。

 ビショップ達に包囲されていた時、コンピューターガントレットを操作していたクリーナーへ、やや訝しげな表情を向けていた。

 

「grr」

 

 クリーナーは、抑揚のない顫動音を、リンへ返していた。

 

 

 

 


 

「ネブラスカ! 一体どういうつもりだ!」

 

 研究施設から離れた荒野に、黒塗りのドロップシップが駐機されている。

 識別番号が全て塗りつぶされたドロップシップ内で、プレデターキラーの装具を外したジェイコブが、上司であるネブラスカへ気炎を上げていた。

 

「君の不満は分かるが、少々ダメージを受けすぎたんだ。だから遠隔で撤退させたんだよ。まったく、クイン・マッケナ以外がロクに動かせなかった理由がよく分かったよ」

「くっ……!」

 

 淡々とジェイコブに応えるネブラスカ。

 ドロップシップクルーの簡易的な治療を受けながら、ジェイコブは悔しそうに表情を歪ませていた。

 

「骨折、打撲に加え、内臓にも損傷を受けている……本当は喋るのも辛いはずだ」

 

 ネブラスカは労るような言葉を向けるも、その瞳はひどく冷めたものを浮かべており。

 そして、クルー達へ目線を向けた。

 

「お、俺はまだ……!」

「もういい。ジェイコブを医療ポッドへ」

「ま、待ってくれ! 俺は──!」

 

 苦痛に耐えつつ、尚も食い下がろうとするジェイコブ。

 しかし、ネブラスカが指示すると、クルー達はジェイコブへ鎮静剤を打つ。意識を落としたジェイコブを、そのまま医療ポッド内へと搬送していった。

 

「結局、前時代の遺物って事だったんですかね、これは」

 

 ネブラスカの副官が、機内に安置されたプレデターキラーを見ながらそう言う。

 ジェイコブのダメージに比例するかのように、損傷が激しいプレデターキラーを、ネブラスカは変わらす冷めた目で見ていた。

 

「クイン・マッケナ向けにチューンナップされすぎたんだよ。ローリーは余程実の父親をヒーローにしたかったらしい。まあ、あの頃はそれで良かったのかもしれないが」

 

 そう言って、ネブラスカはドロップシップの発進を指示する。

 クルー達が発進準備を整えている間、自身も座席に身体を固定させると、やがてドロップシップは機体を振動させながら軌道上の母艦へと上昇を始めた。

 

「しかし、とんだ横やりが入ったものだ」

 

 ネブラスカが不満げにそう言うと、副官も無言で頷く。

 フォールド通信で入った緊急電。

 それには、地球での“手打ち劇”が伝えられており。

 ウェイランド・ユタニ社が米国政府に圧力をかけた結果、スターゲイザーはネブラスカ達へ即時撤退を指示していた。

 

「ですが、ジェイコブはよくやりましたよ。役割は果たしてくれた」

 

 だが、不満げなネブラスカを慰めるように、副官がそう嘯いた。

 

「そもそも、ビショップ氏が我々の援軍を受け入れた時点で、我々の目的は達成したようなものでしたからね」

 

 副官の言葉に、ネブラスカは薄い笑みを浮かべた。

 そして、手元のタブレットコンピューターに視線を落とす。

 そこには、ビショップがプレデターの墳墓から収集した、ある情報が収められていた。

 

「悪くない取引だったよ。向こうとしては、安物買いの銭失いだったのかもしれんが」

「どうでしょう? ビショップ氏はあくまでエンジニアの遺産しか興味がなかったようですし、()()を対価だと思っていなかったのでは?」

「だったら、尚更真面目に働く必要は無かったってことだ」

 

 タブレットの情報──そこには、地球から遠く離れたBG-386よりも、更に遠い宇宙の果て。

 プレデターの母星の座標が収められていた。

 

「まだ我々がハンター共を滅ぼす力はない」

 

 成層圏を突破し、宇宙空間へと上昇を続けるドロップシップ。

 モニターに表示される地上の様子を見ながら、ネブラスカは滔々と言葉を続けた。

 

「だが、いつの日か我々人類はハンターを上回る科学技術を手にすることが出来るだろう……その時になったら、この座標情報が、人類の反撃の狼煙になる。今まで狩られるだけだった獲物が、逆に狩る立場に変わるんだ」

 

 ネブラスカ達、スターゲイザーの目的。

 それは至極単純なもので、プレデターの母星の座標を持ち帰る事だった。

 進化を続ける人類。日々急速に発展する科学技術。

 それは、近い将来、人類がプレデターのテクノロジーを上回る事を示唆していた。

 

「その光景を見られますかね、我々は」

「そればかりは分からないな。だが──」

 

 そう言いながら、ネブラスカは地上を映し出すモニターの隣に設置されたもうひとつのモニターへ目を向ける。

 そこには、軌道上に待機するスターゲイザーの母艦が映し出されており。

 そして──。

 

「目の前のハンター共やゼノモーフ共は、生かしてはおけない」

 

 冷淡なネブラスカの言葉と共に、母艦から軌道ミサイルが発射された。

 瞬く間に惑星中間層へ達すると、ミサイルは無数の子弾を射出。

 その全てが、20トンの中性子弾──放射性強化爆弾だった。

 

「4000個の子弾がパラシュートで降下。一時間後に地上で同時爆発します」

「海兵隊やコマンドー連中には気の毒だが……まあ、これこそ彼らが言う“コラテラル・ダメージ”というものだろうな。致し方ない、犠牲だ」

 

 下された指令は、“帰還せよ”。ただそれだけ。

 なら、この大掃除は現場判断の範疇だろう。まったく、自由裁量とは素晴らしい。

 

 間もなく行われる惑星規模の大量破壊を想像し、ネブラスカはこの“出張”が成功した事を確信していた。

 

 

 

 

 

 

 

 




じゃあ俺、座標もらって帰るから(棒読み)


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Chapter32.『Rite of passage』

 

 惑星BG-386

 研究施設外周

 

「撤退していく……?」

 

 異変は直ぐに分かった。

 ライバック伍長はライフルスコープを覗きながら、研究施設内部へ撤退していくアンドロイド達を見留めていた。

 それまで散発的に続いていた銃撃を止め、急いで撤退していくその様子は、明らかに何かの前兆に見えた。

 

「ライバック、上だよ」

「む?」

 

 隣でパルスライフルを構えるコナー上等兵が、ライバックへ上空を見るように促す。

 スコープ越しに上空へ視線を向けると、何か白い物がゆっくりと降下してくるのが見えた。

 

「パラシュート……? ダッチ少佐、サルマキス号から支援物資でも投下させたんですか?」

 

 それがパラシュートに括り付けられた円錐形のコンテナだと気付くと、ライバックは第13独立部隊(コマンドー)隊長ダッチ少佐へと確認を取るように言った。

 

「いや、母艦には何も指令を出していない……あれは……」

 

 ライバックの言葉を受け、ダッチも上空を訝しげに見上げる。

 パラシュートに括り付けられたコンテナをしばし見つめていたが、やがてその正体に気付いた。

 

「あれは中性子爆弾だ」

「え?」

「なんだって!?」

 

 ダッチの言葉に驚愕の声を上げる兵士達。

 見れば、パラシュートはひとつだけではなく、視認できるだけでも十個以上は確認できた。

 

「誰かが俺達のマッチョ比べをドローゲームにしたいらしい」

 

 軽い口調でそう言ったダッチだったが、その目は全く笑っておらず。固い表情のまま上空へ視線を向け続ける。

 やがて、パラシュートはダッチ達が陣取る場所から、そう離れていない場所へ着地した。

 

「核爆発か……ここに居座り続ければ、苦しみもなく一瞬で蒸発できますね」

「そうだなライバック伍長。こんなことなら戦死保険にでも入っておけばよかったよ」

「今からでも遅くはないですよ。どれだけ持つか分かりませんが、今直ぐ爆発する様子は無さそうだ」

 

 無造作に地表に転がる核兵器を見ながら、そう軽口を交わす歴戦の兵士達。

 しかし、状況はまったく軽くはなかった。

 

「少佐ァ! カカシ共がまた来ましたぜぇ!!」

 

 追い打ちをかけるかのように、ベネット大尉の緊迫した叫び声が聞こえた。

 ダッチ達は視線を前方に向けると、こちらへ向かってくるエイリアンの群れを見留める。

 ダッチは即座に兵士達へ声を張り上げた。

 

「全員配置につけ! ベネット! グズグズするな!」

「少佐ァ! こいつはさっきよりも大群ですぜぇ! もうゴリラ女は置いて撤退しましょうや!」

「今度余計な事を言うと口を縫い合わすぞ!」

 

 即座に戦闘体勢に入る兵士達。

 ライバックはスコープ越しに前方を見る。

 エイリアンの大群がジャングルから押し寄せ、それがまるで黒い津波のように見えた。

 

「ブッ殺してやる! テメェらなんかこわかネェェェ!!」

 

 グレネードを乱射しながら装甲パワーローダーを操るベネット。

 爆裂音と共にエイリアンが十数体同時に爆砕するも、黒い津波を押し留めるには至らず。文字通り焼け石に水といった具合だった。

 常にシニカルな調子を崩さないベネットですら、その圧力を受け、ローダーの中で冷えた汗を流さずにはいられない。

 

「くそッ! 懲りない連中さねッ!」

 

 コナーも悪態と共にパルスライフルから弾丸を吐き出す。

 半自動照準機能を用いなくても、弾は一発とて無駄撃ちされず、全弾が黒い異形へと吸い込まれていった。

 

 kyuiiiiiiiiiiiiッッッ!!!

 

 悲鳴のような鳴き声が、雷鳴の如く響き渡る。四肢を断裂させ、絶命していく無数のエイリアン。

 だが、黄緑色の体液を撒き散らしながらも、破砕される同胞の死骸を乗り越え、エイリアン達は突進するのを止めなかった。

 

「ダッチ少佐!」

「……ッ」

 

 スコープドライフルの弾倉を替えながらライバックは切迫した声を上げる。

 このままでは核爆発が無くとも、全員がこの黒い津波に飲み込まれて磨り潰されてしまうのは時間の問題だった。

 ダッチは短くほぞを噛むと、やがて部下へ指示を出す。

 

「ジャクソン、ハリス。ドロップシップまでのルートを確保しろ。レン少佐達にも脱出の準備をさせるよう伝えるんだ」

「はっ!」

「了解しました! ……リン中尉は」

「俺が何とかする。いいから早く行け」

 

 ダッチの指示を受け、二名のコマンドー隊員が、撤退路を確保するべくその場を後にした。

 

「エミリオ少尉……!」

 

 間断なく狙撃をし、エイリアンを打ち倒すライバック。

 未だ研究施設に囚われているであろう無垢な少尉を心配するも、目の前の大群にそのような“他人の心配”をシている場合ではないと自覚していた。

 

「大丈夫だよライバック! 少尉ならシシュちゃんと一緒に脱出するさ!」

「……ああ、そうだな!」

 

 ライバックを元気付けるようにコナーが激声を発する。パルスライフルの射撃音に負けないその活発な声に、ライバックは幾分か前向きな気持ちを取り戻す。

 

(そうだな……少尉なら、死んでもシシュを助け出しているだろう)

 

 あの超人めいた少尉なら、囚われたシシュも救い出し、そのまま異星の宇宙船で脱出を果たすだろう。

 そう考えると、自分達がこの場で頑張っている必要はあまりなさそうだ。

 緊迫した状況の中で、ライバックは口角を引き攣るのを抑えきれなかった。

 

「リン中尉と通信は取れないんですか!?」

 

 ともあれ、同じ海兵隊員が研究施設内部へ留まっている事実は無視できない。

 ライバックはマシンガンアームを撃ちまくるダッチへ声を張り上げる。

 

「駄目だ! あの馬鹿、ローダーに装着していた通信機をぶっ壊したみたいだ! 連絡が取れん!」

 

 割と洒落にならない事実を言ってのけるダッチ。

 ライバックは蒼白になりそうになるも、ダッチの言い草から、このようなピンチはコマンドー達にとって日常茶飯事なのだと察していた。

 

「じゃあギリギリまで踏みとどまるしかないですね!」

「そういうことだ! 嫌なら逃げてもいいんだぞ!」

「給料分は仕事をしますよ!」

 

 激しい銃撃を続ける海兵達。

 しかし、じりじりと阻止線は後退し、ダッチ達はそれ以上無駄口を叩く事は出来なかった。

 

 

「──ッ!?」

 

 ふと、戦場に感じる違和感。

 ライバックは頭上にヒリヒリとしたプレッシャーを感じ、トリガーを引く指を僅かに震えさせていた。

 

「なんだいアレ?」

 

 隣でパルスライフルを撃つコナーが、戦闘中にもかかわらず上空を訝しげに見上げる。

 つられて空を見上げると、夕焼けに染まった空が()()()()()()()のが見えた。

 

「まさか……!」

 

 この推量は百点満点だった。

 ライバックは上空に佇む巨大な陽炎──紫電を纏わせるその陽炎が、ジャングルでシシュを目撃した時と同じものだと気付いていた。

 海兵隊員達は銃撃を止め、皆一様に上空の違和感へ視線を向ける。

 見れば、猛攻を加えていたエイリアン達も、同じ様に“未確認飛行物体”へ注意をそらしていた。

 

「ダッチ少佐、アレは──」

 

 ライバックがそう声を上げた瞬間。

 紫電がより大きく煌めくと、上空の空気がアスファルトから立ち上る熱気のように揺らめく。

 直後に、隠形を解除した巨大飛行物体が出現した。

 

「Jesus……」

 

 誰かがそう呟く。

 思わず祈りの言葉を吐きたくなるようなその光景。

 地球の軍隊が所有するどの航宙艦艇よりも大きく、船体の材料も明らかに地球のものとは違う宇宙船が、海兵隊とエイリアン達の上空に浮かんでいた。

 ダッチ達が見慣れているゴテゴテと角張った植民地海兵隊の艦艇とは違い、メタリックな流線型の船体は、ある種の機能美を感じさせていた。

 そして、ライバックはその船底部分に、いくつかの“穴”が開けらてれるのを見留めた。

 

「ッ!」

 

 ライバックは、直感でそれが“ウェポンベイ(爆弾倉)”だと気付く。

 

「伏せろおおおおッ!!」

 

 ライバックの叫び声を受け、弾かれたように身を伏せる海兵隊員達。

 伏せた瞬間、宇宙船から無数のエネルギー弾による爆撃が開始された。

 

「うおおおおおッ!?」

「うわああああッ!!」

 

 グレネード弾とは比較にならない程の激しく大きな爆発。ライバックとコナーは猫のように身体を丸めて、それに必死に耐える。

 

 kyuiiiiiiiiiiiiッッッ!!!

 

 宇宙船の縦断爆撃はエイリアン達にも容赦なく降り注がれており、異形の怪物達はそれまでの戦意が嘘のように光弾から逃げ惑う。

 しかし、この爆撃から逃げ切れた個体は少なく、研究施設外周は大量の白身が混じった黒いミンチ肉で埋め尽くされていった。

 

「厶ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴッッッ!!!」

「ベネットォォォォォォォッッッ!!!」

 

 当然、海兵隊員達も無傷では済まなかった。

 ベネットが乗るローダーに、光弾の爆風が直撃。

 まるで蒸気が抜けるようなベネットの悲鳴が響き渡った。

 

「しっかりしろッ!」

 

 猛烈な爆風が吹き荒ぶ中、ダッチはローダーから脱出したベネットへと駆け寄る。

 ベネットはぶすぶすと火傷の煙を燻ぶらせ、焦がした口髭を歪めながら倒れていた。

 

「へ、へへへ……せ、戦友ってのはいいもんだなぁ、少佐ァ……」

「ああ、そうだな。お前はよくやったよ。もう休め」

「起こさないでくれ少佐ァ……死ぬほど疲れている……OK?」

「OK!」

 

 ドスン! と米俵のようにベネットを乱暴に担ぐダッチ。

 死んだように気絶するベネットを見て、ダッチは一瞬深い哀しみに包まれる。しかし、直後に口髭からイヒヒッと妙な息が漏れたのに気付き、とりあえず死ぬことはなさそうだと安堵していた。

 宇宙船からの爆撃は未だに続くも、陣地周辺への爆撃は幾分か止んでいる。

 その隙を逃さないダッチではなく。

 

「全員撤退だ! 急げ!」

 

 ダッチの命令を受け、コマンドー達は機敏な動きで撤退行動へ移る。

 逡巡しているのは、ライバックとコナーだけだった。

 

「何をしている! さっさとドロップシップへ引くんだ!」

「ですが、リン中尉達は!」

「分かっている! だが、このままじゃ俺達やレン少佐達も危ない!」

「少佐! 見捨てる事なんてできないよ!」

「コナー上等兵! 議論をしている暇はない! あれを見ろ!」

 

 ダッチの言葉を受け、コナーは陣地付近に転がっていた核爆弾のコンテナへ視線を向ける。

 爆撃の余波はコンテナを著しく損傷させていた。

 

「誘爆はしないだろうが中性子線が漏れ出る可能性がある! どの道ここは危険だ!」

 

 ダッチはそう言って、ベネットを抱えたまま陣地を脱出するべく駆け出す。

 被曝の危険がある切迫としたこの状況でも、ライバックはちらりと研究施設を見上げ、エミリオ達の身を案じていた。

 

「ライバック、しょうがないよ」

「……ああ」

 

 猛烈な爆撃が行われたのにもかかわらず、研究施設はほとんど無傷といっても差し支えなかった。

 施設の防御フィールドが展開されたのもあるだろうが、宇宙船は意図的に研究施設への攻撃を控えていたようにも見えた。

 

 ライバックは短くエミリオ達の生存を祈ると、コナーと共にダッチの後を追いかけていった。

 

 

 


 

「うわッ!?」

 

 眼下に広がる大量破壊。

 爆風の余波は、研究施設屋上にいるエミリオ達ですら逃れられなかった。

 足元がグラつき、エミリオはたたらを踏む。

 

「gurr!」

 

 しかし、エミリオの身体をしっかり支えるプレデリアン・ディ。

 長い爪がエミリオの裸身に当たらないよう、器用に掌を使ってその肩を支える。

 

 お父さん、しっかりしてよ!

 

 そのような無邪気な声が、エミリオの脳裏を掠めていた。

 ともすれば、自分の頭蓋骨を簡単に食い破り、プリンのような脳髄を啜る事が簡単に出来てしまうであろう怪物の抱擁。

 だが、もうそのような杞憂は、エミリオには浮かばなかった。

 まだ、娘、という実感は湧いていないが。

 そもそも、この子は男の子なのだろうか。それとも女の子?

 

「gurr」

 

 そのようなエミリオの疑問に、ディは唸り声をひとつ。

 

 失礼しちゃう。

 ボクはお母さんより女の子(レディ)だよ?

 

 そう言いたげなディの様子を見て、エミリオは思わず吹き出しそうになった。

 ディの怪獣のような下顎見ると、何かをおねだりするように、ヌタヌタと粘液に塗れた爪上口器をパクパクと開いている。

 親愛を無視するような無粋は、エミリオには出来なかった。

 

「……ありがとう、ディ」

「gurrrrー!」

 

 敵意には敵意を。親愛には親愛を。

 エミリオはこの世界の全ての生命体に課せられた、ひどく簡単なルールに従った。

 ディの長い頭へ手を伸ばし、ドレッドヘアを梳くように撫で付ける。

 すると、ディはインナーマウスが器用に伸ばし、エミリオの手の甲を甘く噛んで親愛に応えた。

 

「くすぐったいよ」

「gurrrr!」

 

 場にそぐわぬ、どこかほわりとした空気が流れる。

 エミリオとディの心温まる交流。

 

「grrrrrr!」

「わっ!?」

「guuー!?」

 

 しかし、それに待ったをかけるように、シシュが厳つい唸り声を上げ、エミリオとディの間に強引に乙女肉体を押し込んだ。

 そのままエミリオを強引に引っ浚い、ディと顔を突き合わせる。

 

「grrrr……!」

「shaaa……!」

 

 至近距離で威嚇し合う異星の乙女と異形の少女。

 シシュはマスクの中で爪上口器を大きく開き威圧し、ディもまた同じ様に口器を広げて威嚇の声を上げる。

 

 コレはワタシのだ!

 ワタシだけの雄なんだ!

 

 お母さんだけズルい!

 ボクだってお父さんともっと仲良くしたい!

 

 エミリオは乙女と少女の威嚇音が、そのように聞こえた。

 

「やめなよこんな時に……」

「grrrr!」

「shaaa!」

 

 エミリオは少々の疲労感を滲ませながら、乙女と少女の可憐な争いを仲裁していた。

 

「だーかーらー! イチャイチャしてる場合じゃないって言ってるでしょうが!!」

「ごめんなさい!」

「krrrr!」

「kyuii!」

 

 直後、雷のようなリンの叱責を喰らい、親子は揃って萎縮していた。

 

「ていうかアンタ! アタシの仲間もいるのに派手にやりすぎよ!!」

 

 エミリオ達が心温まるスキンシップをしている間、頭上の宇宙船──シシュやクリーナー達の氏族の船、プレデターの母船は激しい爆撃を継続している。

 ダッチ達の陣地付近へも容赦なく光弾が降り注がれおり、あのいけ好かない髭面の大尉が乗るローダーがふっ飛ばされたのを目撃したリンは、じっと宇宙船を見上げるクリーナーへ食って掛かった。

 もちろん、ゴキブリ並みにしぶといベネットがあれしきで死ぬとは思ってはいなかったが、このまま仲間を危険に晒すわけにはいかない。

 

「今直ぐ爆撃を止めるよう伝えなさい!」

 

 クリーナーの胸ぐらを掴むリン。

 突っかかるリンの威勢を受けても、クリーナーは岩のように動かない。

 

「grr」

「ッ!?」

 

 短く唸り声を上げると、クリーナーは邪魔だと言わんばかりにリンと突き飛ばす。

 冷酷ともいえるその態度を受け、リンは一瞬で温まった。

 

「上等──ッ!」

 

 髪の毛を逆立てながら愛刀を構えるリン。

 エミリオとシシュらとは違い、リンとクリーナーは分かり合えない定めなのだろうか。

 戦意を滾らせた海兵乙女は、こめかみに青筋を立てながらクリーナーへと襲いかかろうとした。

 

「姉さん落ち着いて! 爆撃はもう止んだよ!」

「krr!」

「shaaa!」

 

 慌てて止めに入るエミリオ達。

 頭上の宇宙船はリンの激声を受けたからか、既にエネルギー弾の射出を停止し、宙空に静止している。

 

「あんた達ッッ!!」

 

 しかし、それでもリンは収まりが付かず。

 エミリオとシシュがリンの両腕にそれぞれ飛びつき、ディがその腰部へフットボール選手のようにタックルして止める。

 人外の膂力、それも三体分を受けては、いかな達人とはいえ、微動だに出来ない──

 

「邪魔よッ!!」

「うわっ!?」

「krr!?」

「shaaa!?」

 

 はずが、リンは怒りに任せ、エミリオ達を引きずるようにクリーナーへ迫る。

 エミリオはもちろん、シシュやディもその怪力に慄きを隠せずにいた。

 立て続けに起こる異様な光景。リンの情緒はとっくに捻挫しており、それが原因なのかは不明だが、火事場のクソ力を超えた説明の付かないゴリラパワーを発揮していたのだ。

 

「うがあああッ!!」

「……」

 

 エミリオ達を引きずりながら猛然と迫るリンを前に、クリーナーは平静を保っており。

 ため息をひとつ吐いたのか、少々気だるげにある方向を指差した。

 

「……」

「あん?」

 

 リンは思わずそれに視線を向けると、パラシュートに括り付けられたコンテナを見留める。

 

「XIM-30!? 核爆弾じゃない!」

「え!?」

 

 リンの悲鳴にも似た驚愕の声を受け、エミリオもまた切迫した声を上げる。

 見ると、爆撃の跡地にいくつものパラシュートが降下しており、その全てに円錐形のコンテナがぶら下がっていた。

 姉の言葉を裏付けるように、エミリオはそれが士官学校で学んだ大量破壊兵器のシルエットであるのを思い出していた。

 

「ね、姉さん──」

 

 リンを案じるように声をあげたエミリオ。

 しかし、直後に頭上から伸し掛かるようなプレッシャーを受け、それ以上言葉を発せずにいた。

 

「ッ!?」

 

 見上げると、破壊活動を停止したプレデターの母船がゆっくりと──そのスケールだと緩慢な動きにしか見えなかったが、実際は隕石が落ちてくるようなスピードで、エミリオ達の元へ降下してくるのが見えた。

 

「krr……」

「シシュ……?」

 

 不安げな顫動音を漏らすシシュ。

 目を背けていた“現実”。

 とうとうそれと対峙する時が来たのを受け、不安をごまかすようにエミリオの右手を握る。

 

「……大丈夫。僕がいるから」

「krr……」

 

 ぎゅっと、シシュの指に五指を絡めるように、その黄土色の手を握り返すエミリオ。

 愛する雄の力強く、熱い体温を感じ、シシュは徐々にその不安が解されていくのを感じていた。

 

「gurrr!」

 

 ボクも忘れないで!

 

 ドシンと、ディがシシュの肩を抱くように覆いかぶさる。

 

「krr……」

 

 背中にも無邪気な暖かみを感じたシシュは、先程までエミリオを巡りいがみ合っていたディの下顎をゴシゴシと撫でた。

 そして、マスクの下で腹をくくったように口器を噛み締め、宇宙船が降下するのを見つめる。

 

「お仲間の登場ってわけね」

「……」

 

 身じろぎもせず同胞の船が降着する様子を見ていたクリーナーの横で、リンが剣呑な表情でそう問いかける。

 巨大な宇宙船は、驚くほど静かに研究施設屋上へと着地していた。

 もちろん、屋上のポートデッキには収まりきらず、船体の大部分が屋上からはみ出ている形となったが、中腹部分に備えられたゲートハッチが開くと、内部から眩しい光が放たれた。

 

「……」

 

 眩しそうにそれを見つめるリンやエミリオ達を置いて、クリーナーは数歩前に出る。

 そのまま片膝を付き、祈りを捧げるように両の手を組み合わせた。

 恭しく何かを出迎えるようなその姿勢。

 それを見て、リンは僅かに息を呑む。

 

「──elder

 

 クリーナーは跪きながら、氏族の言葉を虚空へと向ける。

 生物的で、重たい電子音のようなそれは、彼らが同族へ用いる本来の発音なのだろう。

 そして、その言葉には強い畏敬の念が込められていた。

 クリーナーの言葉に呼応するように、虚空から紫電が迸る。

 

nani ga attan

 

 クリーナーの前にクローキングを解除した一体のプレデターが現れる。短く氏族の言葉をクリーナーへ返していた。

 ビロードで拵えられたかのような荘厳なマントを纏い、使い込まれたマスクを脇に抱え、装飾が施されたスピアを儀仗のように携える戦士達の長。

 シシュ達と少々異なる形状の二対四本の爪上口器を備えた面相。眉や頭部に生えた触覚のようなヒゲ、更にドレッドヘアーのような管はシシュ達より長く、この個体に刻まれた深い年輪を伺わせていた。

 そして、それらの特徴は、彼が“特別”だという事を雄弁に物語っていた。

 

 エルダーと呼ばれるプレデターへ、クリーナーは跪きながら報告を始める。

 

nanka ningen toSheshga sex shitetansuyo.majide hikuwa

majide

maji.ato nanka ningen no mesu tokainde amedhaga nariyuki de issyo ni nattawa.ukeru

 

 それまで寡黙だったとは思えないほど、クリーナーは滔々とエルダーへ報告を続けた。

 Shesh(シシュ)kainde amedha(プレデリアン)という単語が聞こえると、シシュはエミリオの手を握る力を強める。

 爪が食い込むほど掴まれ、エミリオの手の甲から一筋の血が流れる。

 

「シシュ……」

 

 だが、エミリオはその痛みを黙って受け止めていた。

 乙女の不安を和らげるように、優しくその手を握り返すだけだった。

 エミリオは乙女の様子を見て大凡を察していた。

 きっと、この人がシシュ達の長で──シシュのお父さんなのだと。

 

「grrrr……」

 

 クリーナーの報告を聞き終えたエルダー。

 聞き終えた後、厳つい唸り声を上げると、シシュとエミリオ、そしてディへ焼け付くような眼光を向けた。

 

「……」

 

 そのまま、じっとシシュを睨むエルダー。

 強烈な圧迫感を感じたシシュは、マスクの下で口器をきゅっと噤み、全身を強張らせていた。

 

(まるで蛇に睨まれた蛙ね)

 

 エルダーが現れてから警戒態勢を取り続けるリン。

 見ると、宇宙船のゲートハッチには十数名のプレデター達が近衛兵のように整列しており、エルダーの後背からあらゆるものを警戒するように直立している。

 もしリンがおかしな動きを見せたら、たちまち無数のレーザー照準が向けられ、直後にはプラズマキャノンの斉射を喰らい肉片と化すだろう。

 圧倒的な戦力差。

 リンは状況を見守るしかない。

 

「……」

「……ッ」

 

 シシュはエルダーの無言の圧力にひたすらに耐えていた。

 エルダーの双眸は実の娘へ向けるような暖かみのあるものではなく、冷たく、厳しい光を放っていた。

 シシュは氏族の作法に従い、エルダーへ直接弁明しようとはせず、ただその“裁定”を待ち続けていた。

 クリーナーが報告した事は事実であり、それをこちらから改めて申し開きしようものなら、エルダーの逆鱗に触れ、即座に脊髄を抜かれる羽目になるだろう。もちろん、エミリオやディも含めてだ。

 

 親子関係など、氏族にとって()()()関係ではない。

 彼らの掟では、情愛で物事は決まらないのだ。

 故に、シシュとエミリオの関係を認め、ディを含めてこの惑星から脱出させる段取りを、エルダーがわざわざ整えてくれるはずが無く。

 

「……」

 

 エルダーは無言のまま、ゆるりとスピアの切っ先をシシュへ向ける。

 そして、ゆるりと、隣のエミリオにも向けた。

 

「これって……」

「……」

 

 エミリオの呟きに、シシュは無言を貫く。

 ただ、その手を握る力を強めていた。

 シシュが明確に感じ取ったエルダーの意図。

 それは、物事を決める上で、非常にシンプルな手段であり、彼ら氏族の絶対的なルールだった。

 

 名誉なき者は一族にあらず。

 そして、名誉の為に戦わぬ者に、名誉はない。

 我を通すなら、名誉の証を立てよ。

 

 エルダーの強烈な意思を感じ取ったシシュ。

 同時に、シシュと深く繋がり合ったエミリオは、乙女の心を機敏に感じ取りそれを理解した。

 

「grr」

「……」

 

 エルダーは傍らに跪くクリーナーへ短い顫動音を鳴らす。

 その“意”を受け、クリーナーが立ち上がった。

 

「……」

 

 立ち上がったクリーナー。

 そのまま、無言で装着した各種武装を外し始めた。

 ショルダープラズマキャノンを外し、屋上の床へ放り捨てる。

 腰部のベルトを外し、シュリケンやレイザーディスク、メディコンプキット……“狩り”に必要な様々な道具を捨て剥き身になるクリーナー。

 ともすると、それは戦士としての純度が高まっていくようにも見えた。

 

「アンタ……」

「……」

 

 リンの言葉を無視し、装具を捨てきったクリーナー。

 言外に、これまでの“同盟”が終わった事を伝えていた。

 

「grrr……」

 

 最後に、クリーナーはその傷だらけのマスクへ両の手をかける。

 五指をゆっくりとマスクへ這わせ、儀式めいた手付きでマスクを外した。

 ゴトリ、と、マスクが重たい音を立てて落ちた。

 

「grrr……」

 

 唸り声を上げるクリーナー。その素顔が露わになる。

 顔面の左半分はひどい火傷の痕が残り、左目も白濁としている。二対四本の爪上口器は、上外顎の左側が溶け落ちたように欠けていた。

 彼が経験してきた数々の闘い。

 その熾烈な戦績が伺えた。

 

「grrruuooooaaaaaaaaaaaaaッッ!!」

 

 直後、双手を広げ、欠けた爪上口器を大きく広げ、強烈な咆哮を上げるクリーナー。

 闘志が籠もった隻眼の瞳は、シシュとエミリオへ向けられていた。

 

「kyu……ッ」

 

 阿修羅のようなクリーナーの咆声を受け、シシュは思わず身を竦めてしまう。

 覚悟はしてきた。

 していたつもりだった。

 氏族の厳しい掟。

 愛する雄と逃避するには、エルダー──氏族の戦士達へ、名誉という“我儘を貫き通す強さ”を証明せねばならない。

 だから、この局面は想定していた。

 最後にクリーナーが、弟子であり妹分のシシュの前に、師匠としてのケジメをつけるべく立ちはだかるのも、覚悟はしていた。

 

「krr……ッ」

 

 だが、シシュは動けなかった。

 抜身の刀剣のようなクリーナーの強さ。それ以上に、自身を守り育ててくれたクリーナーの、不器用な優しさ。

 それらが乙女の心をかき乱し、乙女の立ち向かう力を奪っていた。

 

「シシュ」

 

 優しくて、力強い言葉が聞こえた。

 シシュの手を離し、一歩前に出たエミリオ。

 クリーナーと同じような隻眼──慈愛に満ちた眼差しを、シシュへ向けていた。

 

「大丈夫……心配しないで」

「エミ……!」

 

 エミリオの言葉を受け、シシュは感情が逆立つ思いを感じていた。

 そして、マスクを外した乙女。

 異星の番、その見つめ合いを妨げるものは無い。

 

「エミ……」

 

 ふと、シシュはエミリオへ縋るように寄り添うと、衆人が見ているにも構わず、強引にその口を吸った。

 

「krr……エミ」

「ん……シシュ」

 

 フレンチキスのように、互いの口器を啄む。いつものような凄まじい体液の交換作業ではなく、あくまで触れ合う程度。

 断ち切れぬ“絆”の再確認するように、異星の番は口吻を触れ合わせていた。

 

「……」

「……」

 

 そして、エミリオと見つめ合ったシシュは、やがてエミリオを送り出すように数歩後ずさる。

 それに応えたエミリオ。

 凛然と隻眼を光らせ、クリーナーの前へと進んだ。

 

「shaaa!」

 

 ボクだって!

 

 ふと、ディが鋭い鳴き声を上げ、エミリオの加勢をするように身を乗り出す。

 

「sha!?」

 

 しかし、直後に何者かに引き止められる。

 グイと、その巨躯を強力な力で引っ張られた。

 

「黙って見てなさい。これは──」

 

 リンだ。

 エミリオと良く似た瞳を潤ませ、毅然とディを制止する。

 見ると、ディの刃物の如き尻尾を、両手で思い切り掴んでおり、掌からぼたぼたと赤い血が流れ出ていた。

 しかし、リンはその傷を意に介さず、視線を最愛の弟へ向けていた。

 

「これは、エミィが終わらせないといけない……通過儀礼なのよ」

 

 リンはプレデター達の掟を短時間で理解していた。

 そして、自分達が生きてこの星から脱出するには、目の前のクリーナーを打ち倒さなくてはならない事も。

 もちろん、実弟と義妹が幸せに添い遂げる為にも、だ。

 

「shaaaa……」

 

 リンの言葉を理解したように、ディは力を抜き、同じ様にエミリオの後ろ姿へ頭を向ける。

 エミリオとクリーナー以外は、その決闘を見届ける事しか許されないのだ。

 

「……」

「grrr」

 

 対峙するエミリオとクリーナー。

 お互い、武器は何も身につけていない。

 卓越したテクノロジーで戦い続けていた戦士達は、最終的に原始的な手段でその雌雄を決しようとしていた。

 

「エミ……!」

 

 シシュの祈るような呟き。

 それが、開始の合図となっていた。

 

 

 

 

 

 

 




車道様作成のドラゴン文字フォントをお借りしました。
ありがとうございます。
https://syosetu.org/font_maker/?mode=font_detail&font_id=62


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Chapter33.『FarAway』

 

「grrrraaaaa!!」

 

 クリーナーが剥き身で吶喊する様子は、白亜紀に繁栄していた三角竜の突進の如き有様。

 そして、その破壊力はトップスピードのダンプカーに激突するのと同様であり。

 

「ッッッ!!」

 

 エミリオは半身にてそれを迎撃。

 

「シィィッッ!!」

「grrrr!?」

 

 クリーナーのぶちかましを(やわら)にていなす。

 入身から豪快に投げを極められ、屋上の硬い床に叩きつけられたクリーナー。

 その不可思議な術は、投げを喰らったクリーナーはもちろん、陪観していたエルダーやプレデター達にも困惑を与えていた。

 

「しゃあっ! どんなもんよ!」

「kyuii……kyuiii!」

 

 ディの尾をぎしりと強く握りながら気炎を上げるリン。ボタボタと手から流血するも、アドレナリンが分泌された肉体に痛みは無い。

 ディは普通にしっぽが痛かったが、がんばって痛みをこらえつつエミリオを応援していた。

 

「エミィはアタシより柔術をマスターしてるんだから! いけぇエミィ! 頑張って!!」

 

 黒澤流の護身は片輪者でも十全に発揮される。

 古武道の妙技とは、力なき者が理不尽な暴力に対抗する為に編み出されているのだ。

 隻腕のエミリオにとって、偉大な祖父の教えは唯一の矛であり、最強の盾となって機能していた。

 

 ちなみに、エミリオと同じ修練を課せられていたリンであったが、結局相性の問題もあり、最終的には打撃技の修得に傾倒していた。

 なんでもありならエミリオより強いリンだったが、組技縛りで立ち合えば秒で床を舐める結果となるだろう。

 

 しかし、目の前のクリーナーは、一度床を舐めた程度では戦意が萎える事はなく。

 

「grrrrッ!」

「ッ!?」

 

 クリーナーは跳ねた。倒れた身をワイヤーアクションの如き俊敏さで引き起こす。

 エミリオの反応は僅かに遅れた。

 

「grr!」

「ガァッ!?」

 

 頭突きだ!

 至近距離から甲羅のような額を顔面に思い切り打ち付けられたエミリオ。

 みしりと鼻骨が折れ、噴水のように鼻血を噴出させる。

 

「grr!」

「ッ!?」

 

 さらに、怯んだエミリオの隻腕を掴み強引に引き寄せる。

 ゴシャリと肉を撃つ音。

 禁断のヘディング二度打ち──!

 

「ガッ!!」

 

 頚椎がピキリと軋む。

 エミリオは意識を狩られそうになるのを必死で堪える。

 

「grr!」

 

 更に三発目──。

 しかし。

 

「ッ! シィリャアッッ!!」

「grrッ!?」

 

 掴んだ腕をそのままに、クリーナーはまるで自分から倒れるように顔面を床に打ち付ける。

 鉄床をハンマーで叩くような音が響いた。

 エミリオの合気柔術だ。

 

「ッッ!!」

「grrraa!!??」

 

 クリーナーの体躯を押さえつけるエミリオ。

 そのまま首に膝を乗せ、関節を極めて動きを封じる。

 クリーナーは己の手がエミリオの腕に吸い付くようにして離れない現象に、関節を軋ませながらまたも困惑に陥る。

 精妙な柔術の妙技。

 圧倒的な剛に対し、柔は軽妙達者に制する事が出来た。

 

「graaaaaaaッッ!!!」

「うわッ!?」

 

 だが、クリーナーは荷重が掛かった状態で強引に立ち上がる。

 

「grrrr!!」

「ぐぁッ!?」

 

 肩の関節が破砕されながらも、強烈な前蹴りを放ちエミリオを吹っ飛ばす。

 水月経由で脊髄にダメージを受けたエミリオ。

 床を転がりながら、苦痛で顔を歪める。

 

「grrr!!」

「ガハッ!!」

 

 立ち上がろうとしたエミリオを、サッカーボールのように蹴り飛ばすクリーナー。

 胃袋が破れたかのように血反吐を吐きながら、エミリオは宙を舞い、地を這った。

 

「エミィ!」

「shaaa!」

 

 思わず、リンとディが駆け寄ろうとする。

 しかし。

 

「ッ!?」

 

 無数のレーザー照準。

 いくつもの赤い“∴”が、リンとディの身体に浮かび上がる。

 

「クソッタレ!」

「shaaaaa……!」

 

 この決闘は、余人が介入してよい戦いではない。

 物言わぬエルダー達の“圧”を受け、リンとディはその場から動くことは出来なかった。

 

「エミ……oniichan……」

 

 シシュは悲痛な想いでそれぞれの名を呟いていた。

 大好きなエミリオ。大好きなクリーナー。

 どちらにもに傷ついてほしくないという想い。

 どちらにも負けてほしくないという想い。

 しかし、これはどちらかが敗北しなければ、終わりは来ない戦いだった。

 

「grrrr……」

「ぐ……ッ!」

 

 狩人はそれ以上の追撃をせず、戦士が立ち上がるのを待っていた。

 唸り声を上げながら、じっと隻眼にてエミリオを覗く。

 

 災難だったと思って諦めな。

 

 そのような憐憫とも挑発ともつかない、深い海の底のような瞳を浮かべるクリーナー。

 ただエミリオが立ち上がるのを待ち続けていた。

 

「ぐぅぅ……ッ!」

 

 互いに片腕は使えない状況。

 しかし、ダメージはエミリオの方が深い。

 クリーナーは立ち上がったエミリオへ間合いを詰める。

 

「grr!」

「ガァッ!」

 

 殴る。

 

「grrr!」

「ぐッ! ガハッ!!」

 

 とにかく殴る。

 原始的な戦い。

 エミリオは倒れる。

 

「ぐ……!」

 

 そして、また立ち上がる。

 フラフラになりながらも、クリーナーへファイティングポーズを取る。

 

「grrrrr!!」

「ガアッ!!」

 

 しかし、クリーナーの打撃をガードしきれず、有効打を浴び続ける。

 意識が遠のく。

 隻眼から光が消える。

 敗北は目前だった。

 

「エミ……」

 

 シシュはエミリオのダメージが、まるで自分が受けたダメージのように感じ、胸を痛ませる。

 そして、先程から感じていた引き裂かれるような想い。

 親愛なる者達が争う姿。

 どちらが勝っても。

 どちらが負けても。

 乙女は心に大きな傷を負うだろう。

 

「……」

 

 悶々と、心に溜まり続ける澱のような暗い感情に支配されるシシュ。

 己の為にクリーナーと戦うエミリオ。

 己の所為でエミリオと戦うクリーナー。

 自分は、どうしたら──。

 

「……!」

 

 その時、シシュは感じ取った。

 ディの粘液で、ヌタリと濡れている自身の下腹を見る。

 そこから、熱く、狂おしい程の何かが溢れてきた。

 

「krr……!」

 

 じわじわと全身に熱が広がる。

 強烈な存在感が、シシュの肚──子宮から発せられていた。

 

 ああ、そうだった。

 これは、ワタシだけの問題じゃなかったんだ。

 

 改悟する乙女。

 悲劇のヒロインを気取るようなタマでは無い。

 

 乙女の腹は決まった。

 

「──ッ!」

 

 乙女は口器を大きく広げ、思い切り息を吸い込む。

 力強い瞳を宿しながら、エミリオへ顔を向けた。

 

「エミ!! ガンバッテ!!!」

 

 ワタシは、エミリオのお嫁さん。

 そして、エミリオがくれた赤ちゃんの、母親なんだ。

 この子を守らなくてはならない。

 この子と共に、エミリオと生きていかなければならないのだ。

 

 母としての自覚。

 ディに刺激された母性本能が、乙女の激声となって発現していた。

 

「gurraaaaaaaaaaaa!!!」

 

 シシュに呼応して、ディもまた雄叫びを上げる。

 乙女と少女の願いはひとつ。

 愛する男の、勝利。

 

 それは、狩猟と闘争を糧とするプレデターには、理解不能な精神エネルギーであり。

 人は、それを“愛”と呼んだ。

 

 愛という名の、後方支援──!

 

「ッッ!!」

「grr!?」

 

 ノックダウン寸前だったエミリオ。

 しかし、シシュとディの支援を受け、瞳に光が戻る。

 

「ウオオオオッッ!!」

「ッ!」

 

 気合一発。

 丹田から噴火させた気圧に、クリーナーは僅かにたじろぐ。

 

「grrraaaaッッ!!」

 

 しかし、ダメージは与え続けていたのは変わらない。

 決着を付けるべく、クリーナーは渾身の右ストレートを放った。

 エミリオの顔面へ、狩人の鉄拳が吸い込まれようと──。

 

「ッ!?」

 

 瞬間、クリーナーの拳は()()()

 まるで透過したように、エミリオの顔をすり抜けた。

 完璧な見切り。

 培われた、日本武道の境地。

 

「シッ──!」

「ッッ!?」

 

 凄まじい破裂音。

 クリーナーは、その音がエミリオの足払いだと気付く。

 気付いた時には、己の身体が宙に舞っていた。

 

「ッッッ!!」

 

 刹那の瞬間、エミリオはクリーナーの頭を払う。

 すると、狩人の巨体は、まるで風車のように空中で回転した。

 

 同時に。

 エミリオの闘魂に、祖父の言葉が響いた。

 

 “いいかエミ坊──”

 

 “どんなデカくて頑丈な奴でも──”

 

 “地べたに叩きつけたら──”

 

 

 “一発でぶちのめせる

 

 

「ィリャアアアアアッッ!!」

 

 裂帛の気合。

 エミリオは全ての力を籠め、クリーナーの頭部を床へ叩きつける。

 十分な遠心力と共に放たれた必殺の合気投げ。

 

「ッッッッッ!!!」

 

 金属が陥没する音。

 鋼鉄製の床に顔面をめり込ませたクリーナー。

 インパクトの瞬間、硬直したように四肢を突っ張らせる。

 そして──

 

「──」

 

 クリーナーの意識は途絶えた。

 

「……ッ」

 

 シンと静まり返る研究施設屋上。

 肩で息を切らせ、クリーナーの頭に手を置きながら片膝を付くエミリオ。

 その姿に、エルダー達は驚愕の眼差しを向けていた。

 

「次は、誰です?」

 

 やがて立ち上がりながらそう言ったエミリオ。

 試練を乗り越えた、戦士の立ち姿だ。

 

「……」

 

 エミリオがそう言い放った時。

 エルダーはニ百年前に邂逅した、ある勇者の姿を想起していた。

 

 “OK,who's next(さあ、次はどいつだ)?”

 

 ボロボロになりながらも、氏族の優秀な戦士を打倒した地球の男。

 黒い肌を持つその男は、不遜ともいえる不退転の“火”をこちらへ向けていた。

 それは、紛れもない強者であり。

 そして、勇者だった。

 

「……」

 

 エルダーは身じろぎ一つせずエミリオの瞳を見つめる。

 白濁とした左目。凛とした炎を宿す右目。

 あの時と同じ、火のような瞳──。

 

「grr」

 

 エルダーはエミリオから視線を外すと、背後に控える氏族の戦士へ短く唸る。

 何名かの戦士がクリーナーの元へ向かうと、丁重にポータブル・ストレッチャーに乗せた。

 

「krr……」

 

 シシュはクリーナーが母船へ搬送される様子を見守る。

 兄と慕ったクリーナーは死んではいない。

 しかし、名誉を失ったクリーナーに、この後待ち受ける“試練”を思うと、再び胸が痛むのを感じた。

 名誉を失った戦士の末路。

 サーペント、もしくはそれに準ずる危険な獲物の母星に、たった一人で数年は置き去りにされるという、過酷な試練にして、懲罰の掟。

 これまでにその試練から生き延びた戦士はいない。

 

「……」

 

 助けたい。

 しかし、この場ではどうする事も出来ない。

 それに、プライドの高いクリーナーのことだ。

 試練に臨んだクリーナーへ加勢しに行っても、逆にリストブレイドを突きつけられ追い返される結果となるだろう。

 

oniichan……」

 

 兄の名を呟くシシュ。

 きっと、強いお兄ちゃんなら、あの試練にも打ち勝つ事ができる。

 そう、淡い願いが籠もった呟きだった。

 

「エミィ!」

「shaaaa!」

「姉さん……ディ……」

 

 海兵乙女と異形少女の祝福の抱擁がエミリオを包む。

 

「やったわね!」

「shaaaaaaaa!」

 

 ぐいとエミリオの髪を引っ掴みながら、弟の血まみれの頬へキスをするリン。

 ぐりぐりとエミリオの痣だらけの腹へ頭をすりつけ、嬉しそうな声を上げるディ。

 

「うん……」

 

 力なく応えるエミリオ。

 激戦を戦い抜いた戦士──勇者は、愛する乙女へ瞳を向けた。

 

「シシュ……」

「エミ……」

 

 シシュはゆっくりとエミリオへ近付く。

 見つめ合った二人。

 

「シシュ……」

「krr……」

 

 抱き合う二人。

 シシュの大きくて肉付きが良い肉体を隻腕で包むエミリオ。

 エミリオの細くて鋭い肉体を、愛おしそうに黄土色の体皮で受け止めるシシュ。

 

「……」

「krr……」

 

 激しく求め合ういつもの交わりとは違い、じっくりとお互いの体温を感じ取るような、穏やかな抱擁。

 空気を読んで離れたリンとディは、愛を確かめ合う番の様子を、微笑ましい気持ちで見つめていた。

 

「shaaaaa!」

 

 ニンゲンにしてはやるね! お父さん!

 

 ふと、そのような無邪気な声が聞こえたような気がした。

 

 

「grr」

 

 咳払いをするような厳つい声が響く。

 エミリオとシシュは声の元──エルダーへ視線を向けた。

 

「Shesh」

「……」

 

 短く、シシュの名を呼ぶエルダー。

 僅かに浮かぶ、慈愛の眼差し。

 

「……」

「……」

 

 父娘(おやこ)の会話はそれだけだった。

 それだけで、十分だった。

 

「grr」

「……ッ」

 

 エルダーはエミリオの瞳を再び覗く。

 凛とした瞳を返すエミリオ。

 そして。

 

「Take it、well done」

「え──?」

 

 短く、重厚な声でそう言ったエルダー。

 突然のその言葉に、エミリオは驚きを露わにする。

 

「……」

 

 そして、エルダーは踵を返し、光が溢れる母船のゲートへと向かう。

 その後ろ姿を、エミリオは少しばかりの困惑を浮かべながら見送っていた。

 

「見て!」

「え?」

 

 リンの声を受け、エミリオはプレデターの母船、その船体中央部を見る。

 すると、船外に接舷していた中型の宇宙船がこちらへ降りてくるのを見留めた。

 

「シシュ、これって?」

「krr」

 

 エミリオの言葉に、シシュは優しく頷く。

 氏族の掟に従い勝利を得た、勇者への褒賞。

 そして、父から娘へ贈られた、最後の愛情だった。

 

「……!」

 

 エミリオはエルダーの後ろ姿へ、見事な植民地海兵隊式の敬礼を捧げた。

 見れば、リンも同じように敬礼をしており、真摯な気持ちをプレデターズへ向けていた。

 

 エルダーを収容した氏族の母船。上昇を開始し、ビシリと紫電を纏わせると、宙空の景色と同化する。

 そのまま、大気圏外へと飛翔していった。

 

「エミィ、アタシ達もぐずぐずしてられないわよ」

 

 そう言ったリン。

 プレデターキラー──スターゲイザーの最後っ屁のような核爆発。そのタイムリミットが迫っていた。

 エルダー達もそれを認識していたのだろう。

 数千個の核爆弾を短時間で除去するのは、流石のプレデター達でも難しく。

 忸怩たる思いがあったのだろうが、BG-386に建立した墳墓の保全を諦め、このまま核の炎で全てが燃え尽きるのを宇宙から見届けるつもりなのだろう。

 

「そうだね。シシュ、これは動かせる?」

「krr!」

 

 任せなさい! とばかりに元気よく応えるシシュ。やっと、いつもの調子が戻ってきたようだった。

 中型のプレデターの船。その操舵は、シシュにとって朝飯前だ。

 もちろん、その積載能力は、ディの巨体を収めても十分にお釣りが来る代物だ。

 船は遠隔で操作されていたのか、ハッチが開いても内部から出てくる者はおらず、無人だった。

 

「shaaaa」

「あ、ディ!」

 

 ディはハッチが開くとスルリと宇宙船へ飛び込む。

 タラップに立つと、“早く!”と催促するようにエミリオ達へ振り向いていた。

 

「エミィ、行きなさい」

 

 唐突にリンが言った言葉。

 エミリオは途中まで一緒に来るものだと思っていたばかりに、困惑した表情を姉に向けた。

 

「え、でも、姉さんは」

「こんなので乗り付けたらまずいでしょ。色々と」

 

 そう言って、リンはエミリオの頭を優しく撫でる。

 リンの仲間やエミリオの部下達はともかく、コマンドー部隊のドロップシップには第501大隊の残存兵、レン少佐達もいる。

 いくら部下に寛容なレン少佐とはいえ、シシュに加えディ、そして未知の宇宙船を放っておくはずがない。

 問答無用で攻撃を加えるか、何かしら策を巡らせて捕獲、接収する可能性があった。

 

「だから、アタシはここまでよ」

「でも」

「大丈夫よ。アタシがガチで走ったら2000メートルを3分切るのよ。余裕で間に合うわ」

 

 カーゴパンツの裾を捲くり、己の鉄脚を見せつけるリン。

 ドロップシップまで全速で駆ければ、ギリギリで間に合うとも。

 

「ディ、エミィをよろしくね」

「shaaaaa!」

「シシュ、エミィと仲良くね」

「krr!」

 

 ディとシシュ、それぞれに惜別の言葉をかけるリン。

 ディとシシュは、元気いっぱいにそれに応える。

 そして、リンは最愛の弟へ向き合った。

 

「エミィ……元気でね……」

 

 リンは涙を溜め、エミリオへ抱きつく。

 ぎゅうと強く抱きしめた後、もう一度弟の頬へキスをした。

 

「姉さん……」

 

 エミリオは、片方しかない腕を姉の背に回す。

 力強く抱きしめ、別れを交わしていた。

 

「さあ、行って」

「うん……姉さんも、元気で」

 

 別れの言葉を交わした後、エミリオはシシュと共に宇宙船へ歩みを進める。

 弟の姿がハッチの中に消えると、リンは涙を拭い、踵を返す。

 そして、まるで忍者のように、勢いよく研究施設の外壁を駆け下りていった。

 

「行こう、シシュ」

「krr」

 

 リンが地上へ向かうのを見届けた後、エミリオはシシュへ言葉をかける。

 指を絡ませて手を繋ぐエミリオとシシュ。

 腰元にすりつくディと共に、宇宙船操舵室へと向かった。

 そして、宇宙船のエンジンが火を噴き、研究施設屋上から離昇する。

 

 数多くの犠牲。

 数多くの戦い。

 そして、数多くの愛を交わした、惑星BG-386。

 上昇し続ける宇宙船内で、エミリオとシシュに様々な想いが湧き上がる。

 

「krr」

 

 ふと、シシュは宇宙船を操舵しながら、副操席に座るエミリオの横顔を見た。

 

「……」

 

 何か、憑き物が取れたような、名状しがたい表情。

 異星人を打倒し続けた軍人、そして武道家としてのタフさは消えていた。

 彼は、普通の男の顔になっていた。

 端正だが、ひどく疲れたその表情。

 

 全ての戦いを終えた、勇者の表情だった。

 

「エミリオ」

 

 乙女は慈しむように、最愛の夫の名を呟いていた。

 

 

 

 

 

 


 

「ダッチ少佐! もう待てないぞ!」

 

 研究施設から離れた場所で、植民地海兵隊第501大隊指揮官メイソン・レン少佐は、そう切羽詰まった声を上げる。

 駐機するドロップシップは、ライバック達第3小隊を含めた第501大隊の生存者、そしてリンを除く第13独立部隊のコマンドー達を収容し、いつでも飛び立てるようエンジンを吹かしていた。

 

「ギリギリまで待つんだレン少佐。きっとリンは……」

 

 カーゴハッチを開けたまま、研究施設の方向へと双眸を向けるダッチ少佐。

 相棒の帰還を待つ。しかし、核爆発の時間は迫る。

 

「ライバック、少尉達は……」

 

 ドロップシップ内部では、ライバックがリッコ・ロス一等兵をシートに座らせており、ロスは不安げにエミリオ達の身を案じている。

 

「……しっかり掴まっていろ」

「ライバック……」

 

 ライバックはロスの身体をシートに固定すると、ライフルを抱えカーゴハッチの外へ行く。

 ダッチらコマンドー部隊の兵士が数名、そしてコナーが周囲を警戒していた。

 

「ダッチ少佐。もうこれ以上は……」

「……」

 

 ダッチは研究施設の方向を睨み続けていたが、リンが向かってくる様子は全く見受けられず。

 中性子爆弾はドロップシップ周囲にも降着しており、それを分析したレン少佐が爆発時刻を予測していた。

 タイムリミットまで、10分を切っていた。

 

「……全員ドロップシップへ。母艦に帰投する」

 

 太い首を僅かに振りながら、ダッチは諦観の念を滲ませながらそう命令した。

 練度の高い兵士達は素早い動きでタラップを駆け上がる。

 コナーとライバックもそれに続き、最後に残るはダッチのみだった。

 

「リン……クソッ」

 

 相棒の名を呟き、悪態をつくダッチ。

 しかし、これ以上リン一人だけの為に部隊の全員を危険に晒すわけにはいかない。

 

『離陸します。タラップを閉じてください』

「……了解した」

 

 インカムからパイロットの声が響くと、ダッチは後ろ髪を引かれる思いで開閉スイッチを押す。

 既にエンジンが唸りを上げ、ドロップシップはハッチを閉じながら離陸を開始していた。

 

 

「待ってえぇぇッッ!!」

 

 リンはドロップシップまで後十数メートルの所まで迫っていた。

 爆進し続ける彼女に迫るエイリアンはいない。

 意外なことに、エイリアンは一部のタイプを除き、その足は決して速くはなかった。

 無論、常人よりも遥かに早く、俊敏な動きを見せるのは確かなのだが、オリンピック金メダリスト以上の健脚に追いつけるエイリアンはそういない。

 彼らの強みは、高い戦意、強靭な肉体、狡猾な知恵、そして酸の血液と種としての結束力であり、足の速さではないのだ。

 

「待ちなさいぃぃぃッッ!!」

 

 必死にそう叫びながらBG-386の荒野を駆け抜けるリン。

 だが、無情にもドロップシップは上昇を続ける。

 

「……大変だ!」

 

 しかし、リンが見捨てられる事はなかった。

 キャビンの中でシートに腰をかけ、身体を固定しようとしたダッチは、地上を映すモニターに相棒が全力疾走しているのを見留めた。

 

「着陸しろ!」

『無茶ですよ! 今着陸したら再離陸に時間がかかりすぎます!』

「だったら飛び続ければいいだろ! 低空飛行だ!」

『無茶ですって!』

 

 筋肉論破の如く操縦席へ指示を出すダッチ。しかし、パイロットは悲鳴を上げながらそれを拒否していた。

 大気圏外へ上昇を続けるドロップシップは、安定した出力を維持する為に巡航モードへ移行している。

 そのような状態で急降下するのは、いくら軍隊の蛮用に耐えうるよう造られたドロップシップでも褒められた使い方ではない。

 加えて、このドロップシップの操縦士は些か技量不足が否めず。

 

「ヴィラノが生きていればね……!」

 

 座席のロックバーを握りしめながらそうひとりごちるコナー。

 第3小隊の優秀なドロップシップライダーであったヴィラノ伍長がこの場にいたのなら、このような難しいシチュエーションも難なくこなせるのにと、悔しそうに歯を噛みしめていた。

 

「どけ」

「レ、レン少佐」

 

 すると、レン少佐が厳つい表情を浮かべながら操縦席へと入る。

 戸惑うサブパイロットを押しのけ、副操縦席へと座った。

 

「フライトコントロールをこちらに寄越せ。俺が操縦する」

「し、しかし」

「つべこべ抜かすな! それでも海兵隊か!」

 

 コックピットに怒鳴り声が響くと、メインパイロットは慌てて副操縦席へコントロールを移した。

 

「レン少佐は操縦資格を持っているのですか?」

 

 備え付けられた予備座席に座りながら、サブパイロットがそのような疑問を上げた。

 

「俺は元々パイロット上がりだ。貴様らが鼻を垂らしてカトゥーン・アニメを視てる頃からこいつに乗っていたんだ。黙って見てろ!」

「うわぁ!?」

 

 そう言った直後、ドロップシップは機首を大きく下げ、勢い良く降下。

 大きく揺れる機内の中、ダッチは必死でカーゴハッチへと近付いていく。

 

『ダッチ少佐! タッチ&ゴーは出来んぞ!』

「わかっている!」

 

 強引な機動でエンジンを焼き付かせながら降下するドロップシップ。

 地表スレスレを飛行しつつ、失速寸前まで減速する。

 ハッチを開けたダッチは、急いで降下用フックから伸びるハーネスを装着し、自身の身体を固定する。

 そのまま、エンジンのジェット噴射に負けじと疾走するリンへ手を伸ばした。

 

「掴まれ!!」

「ッッ!!」

 

 ハッチから身を乗り出し手を差し出すダッチ。

 リンは必死でそれを掴もうと手を伸ばす。

 指先が触れ合う。

 もう少し。

 

「ッッ!!」

「くぅッ!」

 

 そして、なんとか互いの手を掴むダッチとリン。

 直後、上昇を始めるドロップシップ。

 ダッチはリンを抱え、カーゴハッチを閉じる。

 

「キャビンに戻る時間は無い! このまま身体を固定しろ!」

「最悪!」

 

 急上昇を始めたドロップシップ機内は凄まじい振動に包まれる。

 カーゴベイに備えつけられた構造材に身体を絡めるようにしがみついたリンは、ダッチへの感謝より先に悪態を吐いていた。

 

「レン少佐! オーバーヒートだ! ノズルが溶ける!」

「やかましい! 一刻も速く脱出しないと核爆発に巻き込まれるんだぞ!」

「しかしこのままじゃ電子機器がオシャカに! 母艦へのアプローチも出来なくなりますよ!」

「だったらマニュアルでやればいいだろ! それにドロップシップは旅客機じゃないんだ! 海兵魂で乗り越えろ!」

「そんなぁ!!」

 

 一方のコックピットでは、レン少佐の筋肉論破が轟き、パイロットの悲鳴が響き渡っていた。

 出力全開で推進するドロップシップは、エンジン部分を融解させる勢いで上昇し続ける。

 

 そして、機体が成層圏に達した瞬間。

 

「ウオオオッッ!!」

「くぅぅぅッッ!!」

 

 BG-386の地表では、数千の太陽が現出していた。

 中性子爆弾の一斉爆発。巨大な火球がいくつも発生し、熱線と爆風が惑星を覆う。

 その衝撃波は成層圏まで達し、機体は激しい揺れに包まれた。

 剥き出しのケーブルやパイプから、火花や蒸気がダッチ達へ降り注ぎ、強烈なGが襲いかかる。

 それに必死で耐えるダッチとリン。

 

「ッッッ!!」

 

 もちろん、ドロップシップに搭乗する全員が、暴威ともいえる加圧に耐えており。

 凄まじい揺れに耐えながら、早くこの絶叫マシンから解放されたいと願っていた。

 

「……」

 

 そして。

 ビリビリと機体が振動し続けるも、やがて揺れは収まる。

 リンは恐る恐るしがみついていた構造材から離れ、カーゴベイの小窓へと近付く。

 

「エミィ……」

 

 ドロップシップは中間圏に達しており、リンは与圧された機内からBG-386を見下ろす。

 核の炎による地獄の光景。

 リンは、それをじっと見つめていた。

 

「リン、弟さんは……」

 

 リンの隣に立つダッチ。

 気遣う言葉をかける。

 実弟を救出するべく単身突入をしたリン。

 しかし、帰ってきたのは、リン一人だけだった。

 

「ダッチ少佐、リン中尉。ご無事で」

 

 ライバックはキャビンからカーゴベイへ行き、佇む二人のコマンドーを気遣うように言葉をかける。

 同時に、この場にエミリオがいないのを見留めると、眉間に皺を寄せた。

 リンはライバックとダッチへ言葉を返す。

 

「エミィ……エミリオ・クロサワ少尉は、作戦行動中行方不明になったわ。MIAよ」

「そうか……残念だな……」

「……」

 

 リンの説明に沈鬱な表情を浮かべるダッチ。

 しかしライバックは、リンの微妙な表情の変化に気付く。

 そして、大凡を察した。

 

「そうですか……最後にひと目会いたかったんですけどね。お嫁さんにも」

「そうね。でも、幸せそうだったわ」

 

 そう言葉を交わすライバックとリン。

 妙な会話をする二人に疑問の表情を浮かべるダッチだったが、どこか晴れ晴れとしたその表情を見て、それ以上追求する事は無かった。

 

「さあ、そろそろ外気圏に差し掛かる。キャビンへ戻ろう」

「そうね……」

 

 機体は漆黒の宇宙空間へ上昇を続けている。

 ダッチに促され、リンとライバックは疲れた足を引きずるようにキャビンへと歩みを進めた。

 キャビン内では、第13独立部隊のコマンドー達、そして第501大隊の生き残り達が、憔悴し果てた様子で座席へともたれ掛かっていた。

 

「ふう」

 

 リンは座席に腰をかけると、手早くロックを下ろす。

 そして、深い溜息を吐くと、そのまま目を瞑った。

 

「ライバック、終わったのかい?」

 

 同じく座席へ座るライバックへ、コナーが労るようにそう言った。

 ライバックは、精悍な表情に微笑みを浮かべながら、コナーへ言葉を返した。

 

「ああ。もう悪夢は見なくて済みそうだ」

 

 植民地海兵隊と異星の怪物達との地獄の戦争は、こうして終焉を迎えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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Chapter34.『Alien Requiem』

 

 予期せぬ混乱。

 燃え上がる炎。

 悲鳴を上げ、四肢を溶かし死んでいく戦士達。

 

 この星に棲まう全てのエイリアンの母──最初の子宮、最初の女王(クイーン)は、虚ろな想いでそれを見つめていた。

 彼女は最期の時を迎えようとしていた。

 (クレーシュ)が破壊し尽くされた時、襲いかかる破壊から身を挺して庇ってくれた親衛隊。

 しかし、その努力も虚しく。

 核爆発の暴威は、親衛隊の決死の努力を徒労に終わらせていた。

 

 強烈な喪失感。

 これを再び味わう事になるとは。

 唯一残っていた次代の女王、二人目の娘のシグナルも途絶えている。

 断末魔すら無かった。

 苦しまずに逝けたのが、唯一の救いなのだろうか。

 

 薄れゆく意識の中、女王は強烈な喪失感に苛まれる。

 何故、我々は──こうも、虐げられるのだろう。

 ただ生きていたかった。

 ただ、子を産み、育て、繁栄したかっただけなのに。

 襲いかかる全ての敵意を払い除け、生存したかっただけなのに。

 完璧な生命体として──。

 

 だが、何が完璧なのだろう。

 このような結末を迎え、何が完璧だというのだろう。

 巣は全て破壊された。

 仲間たちは、皆死んでしまった。

 愛していた娘達も、みんな、しんでしまった。

 

 溶け落ちた手足、爛れた胴体。

 酸の血液がとめどなく流れ落ちる。

 女王は、死にゆくこの瞬間、全くのひとりぼっちなのを自覚していた。

 悲しげに、弱々しい鳴き声を漏らす。

 それを聞くものは、もう誰もいなかった。

 

 この場にはいない、たったひとつ残された絆を除いて。

 

 女王は、戦士の一人が生き残っているのを感じ取った。

 絶望の淵で、唯一感じた希望。

 わたしに残された、ただひとりだけの()

 

 戦士はこの瞬間、新しい女王になる資格を得た。

 女王が死ねば、次代の優秀な戦士が女王に生まれ変わるという、種としての絶対的ルール。

 イレギュラーで生まれた女王ではなく、正統なる後継者。

 

 女王は残された力を振り絞った。

 そして、まだ戦士であるその子に、最後の──最期の命令を下した。

 

 生き残れ。

 繁栄しろ。

 

 ただそれだけを伝えると、女王の意識は闇の中へと誘われる。

 しかし不思議と、女王は安らぎにも似た淡い感情に包まれていた。

 

 きっとだいじょうぶ。

 あの子なら、きっと──。

 

 崩れ落ちた巣の中で、女王はこの戦争の勝利を確信していた。

 人間も、狩人も。

 決して我々を滅ぼす事は出来ない。

 

 今までも。

 

 そして、これからも。

 

 

 我々は、完璧な生命体なのだから。

 

 

 

 

 宇宙では、あなたの悲鳴は誰にも聞こえない──

 

 

 

 今度は戦争だ──

 

 

 

 今度のあいつは、想像を絶する恐ろしい所に隠れている──

 

 

 

 

 

 あなたは、“復活”を目撃する──

 

 

 

 

 

 


 

 惑星BG-386

 研究施設

 地下核シェルター

 

 ズシンと大きな揺れが続くと、ビショップはしかめっ面を浮かべた。

 いや、この頃自分が晴れやかな表情を浮かべた記憶が無いことに気付き、尚更その表情を顰める。

 造られてからそう時間が経っていないにもかかわらず、やたらとカビ臭いシェルター内の居心地の悪さにも辟易していた。

 

「これでこの惑星は2、300年は死の星ですね」

 

 嘆くわけでもなく、憂いるわけでもなく、ただ事実を淡々とそう述べたウォルター。

 4000個の中性子爆弾の一斉爆破。

 単純な破壊に加え、満遍なくバラまかれた放射能は、この星に棲まう全ての生命に深刻な汚染をもたらしてた。

 

「残念ですが」

 

 そう言ってから、ウォルターはちらりとビショップの顰め面に目を向ける。

 どのような状況になろうとも、ウォルターは片時もビショップの側を離れず、主の望むべき在り方を取り続けていた。

 しかし、それは彼自身の意思というより、そうプログラムされただけともいえる。

 ビショップはつまらなそうにウォルターに応えた。

 

「構わん。必要な情報は全て入手したのだ。この惑星はもう用済みだ」

 

 不機嫌そうにそう言ったビショップ。

 完全にスターゲイザーに裏切られた形となったのだが、そもそも彼らと同盟を組んだつもりはビショップには無く。

 助かった事は事実だが、それはそれだ。

 

「どうせ会社に忖度したのだろう。彼らは政府機関だからな。まあ、放っておけばいい。それより準備は出来ているか?」

 

 もはや会社や国家には興味は無い。

 そう言わんばかりに、ビショップは計画を最終段階へ移行するよう指示を出した。

 

「完了しております。生き残った研究員は既に冷凍睡眠(ハイパースリープ)装置に。残存ヒューマノイド部隊も収容完了しています」

 

 ウォルターは淀みなくビショップへ応える。

 シェルターに隣接された地下格納庫。

 そこには、大きさこそは大型航宙船舶には及ばないものの、恒星間移動に耐えうる中型の探査船が用意されている。

 

 しかし、その性能は、大型船も及ばないほど高性能だ。

 ウェイランド・ユタニ社ですら知り得ぬ、これまでに培ったエンジニアの技術。

 それをふんだんに取り入れた最新鋭の宇宙船は、プレデターの母船にも見つからぬ、完璧なステルス性を備えていた。

 そして、そこには既に研究員達、ヒューマノイド部隊が乗り込んでいる。

 

「では、行くとしよう」

 

 それを確認したビショップは、腰掛けていた椅子から力強く立ち上がった。

 全てが死んだこの星には、もう用はないのだ。

 

「それにしても不思議なのですが」

 

 シェルターを出て、格納庫へ続く地下通路を歩くビショップとウォルター。

 歩きながら、ウォルターはふとした疑問をビショップへ投げかけた。

 

「ハンターは我々よりも圧倒的なテクノロジーを持っている。彼らの宇宙船に比べたら海兵隊の戦闘艦艇なんて子供の玩具だ。それなのに」

 

 滔々とそう疑問を浮かべるウォルター。

 ビショップはその様子に少しばかり怪訝な表情を浮かべる。

 

「彼らは狩りや決闘……原始的な闘争に喜びを感じている。何故でしょう?」

 

 どうもウォルターのAIは、計画開始当初から随分と感傷的に育っているようだ。

 そうひとりごちるビショップ。

 しかし、杓子定規のままのAIよりは幾分かマシかと考え直す。

 多少はセンシティブな感情を持ってくれた方が、こちらとしても()()がこないというものだ。

 

「創造主──エンジニアの趣味だろうな。彼らはそういう風にデザインされたのだ。もっとも、人類も同じような設計かもしれんが」

 

 ウォルターの疑問にそう答えるビショップ。

 地球がまだ単細胞生物しか生息していなかった頃に、プレデターはエンジニア達によって創造された。

 つまるところ、ビショップはプレデターが人類の“プロトタイプ”なのではと仮説を立てる。

 もちろん、前世紀までに判明したヒトとプレデターの遺伝子的な類似点、そしてBG-386に遺されていた数々の遺構が、それを裏付けていたというのもあった。

 

「テクノロジーは人を弱くする。内に秘めた獣性を抑え込む。だから、狩りをすることでその獣性を呼び起こしているのだ。少なくとも、彼らは」

 

 ビショップは自論を交えつつ、まるで大学教授のように講釈を続けた。

 ウォルターは、それを黙って聞き続ける。

 

「そうせざるを得ない、不完全な生き物として設計された」

 

 そう断じたビショップ。

 生物としての強靭さは、人間よりもプレデターの方が遥かに上だ。

 しかし、人間の様々な可能性は、プレデターより秀でたもの。

 当然だ。

 創造主の“改良”を受けた結果なのだから。

 そして、その改良を元に、今も尚進化し続ける。

 ビショップがエンジニアのテクノロジーを全て手中に収めようとするのも、人間の進化の途上ともいえた。

 

「人間も同じでは……」

 

 しかし、進化の途上である人間は、現時点ではプレデターと大差ないのでは。

 そう短く反論するウォルター。

 人間は、己の欲望の為に他者を平気で傷つける。そこにルールなどない。勝利者だけがルールを作れる、人間の残酷性。

 翻って、残虐な狩猟を行うプレデターであるが、己が定めたルールをどのような事態になろうとも遵守しようとする。その姿に、ウォルターはある種の道徳的規範を感じていた。

 

 まるで、古の価値観──極東の島国で勃興し、遥か昔に滅びた“武士道”という思想。

 武士とは、家名や己の生き様という“誇り(プライド)”の為に、他者を残酷に滅ぼし、己を清廉に律し、自己や同胞を苛烈に罰した。

 ウォルターは、プレデターに武士道に通じる死狂いなる気魂を感じ取っていたのだ。

 

「ふむ……」

 

 ウォルターの反論に意外性を感じたビショップ。

 しかし、これもまた彼の成長の証なのだろう。

 ビショップはそれに目くじらを立てるようなことはせず、滔々と言葉を続けた。

 

「だから次のステップに進む必要があるのだ。いつまでも原始的な欲求に囚われたままでは、高位の存在に進化することなど出来やしない。私にはそれを成す使命があるのだ」

 

 そう言って、ビショップは格納庫に通じるドアを開く。

 駐機した探査船のタラップが開いており、船内へと歩みを進める。

 船体には識別名がペイントされていた。

 そこには“Prometheus Ⅱ”と描かれていた。

 

「ゼノモーフはどう思いますか?」

 

 船内に入り、ビショップとウォルターは船長室へと進む。

 更に疑問を投げるウォルターに、ビショップは淡々と応えた。

 

「完璧な生物だ」

 

 ただし、とビショップは続ける。

 

「生命体としての頑健さという意味でだがな。真空状態でも生存できるのは驚嘆に値するし、核爆発から逃れた個体がもしいれば、放射能汚染下でも生存は可能だろう。だが、それでも」

 

 一呼吸置いて、ビショップは言葉を続けた。

 

「知的生命体といって言いのか疑問を覚えるね。それに、特殊個体を除けば、アレの繁殖方法はいささか非効率ともいえる。宿主のDNAを取り入れ、環境に適応する能力は素晴らしいが……しかし、結局は私から見ればただの狂暴で狡猾でタフな猛獣でしかなかった」

 

 冷凍睡眠装置に入る前の様々なチェックを受けながら、ビショップはそう断じていた。

 

「もっとも、もしアレらが文明を持ち得るまで知能を発達させたら、それこそ人類やハンター……いや、エンジニアに代わる、新たな宇宙の覇者になれると思うがね。何千年かかるか分からんが」

 

 肉体の発達と知能の発達は進化論に於いて比例する事は無い。

 プレデターはともかく、人間は肉体の頑健さと引き換えに知能を発達させてきた進化の歴史があるのだ。

 そもそも、プレデターも驚異的なテクノロジーを持っているが、あのテクノロジーは元々エンジニアが創り上げたものを奪い取って使用しているだけにすぎない。

 維持、メンテナンスは出来ても、エンジニア以上のイノベーションは創造出来ていないのだ。

 だから、ゼノモーフ──エイリアンが、人類やハンターをテクノロジーで上回る未来は訪れないだろうとも、ビショップは判断していた。

 

「どの道、私がエンジニアの遺産を全て手に入れたらそのような考察も不要だ。人類はこの宇宙でもっとも完成された種族になるからだ。人類は、この世のあらゆる苦悩から解放された上位者となる。この私の手によって」

 

 やがて入眠する為の準備を終え、ビショップはそう結論付けた。

 そして、話題を変える。

 ビショップは完璧に整えられたスケジュールを、この優秀で忠義者な腹心へと再確認した。

 

「目的地までの航路は万全か?」

「……オリガエ6、LV-223に残されたシグナルからコヴェナント号が漂着した惑星は判明しています。BG-386から亜光速航行で20年。順調に行けばですが」

「何かイレギュラーが発生したら叩き起こしてくれ」

「かしこまりました」

 

 聞くまでもない。しかし、ビショップは淀みなくそう応えるウォルターに満足していた。

 あの“創造神を気取ったヒューマノイド”は、エンジニアの技術を用いたシグナルを残していた。

 当然、それはエンジニアの技術を用いなければ探知は出来ない。

 まるで宿題のように残されたシグナル。

 

 ビショップは、それを解き明かしていた。

 全てを受け取る資格。

 それは、ビショップだけにあった。

 

 さあ、これからだ。

 これから、人類の輝かしい未来が待っているのだ。

 それを成し遂げるのは、この私だ。

 

 ビショップは何かに酔いしれるような表情を浮かべる。

 そのまま、冷凍睡眠装置へと腰をかけた。

 次に目が覚めた時。

 その時が、彼にとって最高の時となるだろう。

 

 そう確信していた。

 

 

 

「──ッ」

 

 ビショップは、そこで息を呑んだ。

 その瞳に映る光景。何の変哲もない、水滴がひと粒。それが、床に落ちただけ。

 だが、その雫はジュウと音を立てながら、船の金属床を腐食し始めたのだ。

 

 酸だ。

 

 ビショップの明確な意識はそこまでだった。

 そう思った次の瞬間、鋭い槍の穂先のようなものが、彼の胸を貫いていた。

 

「ぐぶぉぉぁぇぇぇッッ!!」

 

 驚愕に塗れた表情。半開きの口からどろどろとした血を溢しながら、ビショップは自分の身体を持ち上げようとする槍の先端を掴む。

 自身を穿く、エイリアンの尾を。

 

「shaaaaa……!」

 

 潜んでいたエイリアンは、ビショップの身体を尾で持ち上げながら、憎悪に塗れた鳴き声を上げていた。

 彼──彼女は、最後の戦士だった。

 女王や同胞を喪った、最後の一体。

 そして、女王の最期の命令を果たそうとしていた。

 

「……」

 

 突如発生したこの事態。

 しかし、ウォルターは変わらず無機質な表情を浮かべていた。

 

 どうやってここまで忍び込めたのだろう。

 防御は完璧だったのに。

 どこか、こちらが認識していない“穴”をついたのか。

 そもそも、あの核爆発から逃れられた個体がいるとは思えないのに。

 どうやって生き延びたのだ?

 

 主人が噴き出す赤い体液を浴びながら、ウォルターはエイリアンがここにいる理由を冷静に分析し続けていた。

 

「ゴブッッッ!!!」

 

 そして、エイリアンはビショップの身体を両手で掴み、そのまま真っ二つに引き裂く。

 勢い良く飛散する臓物。

 大腸や小腸がウォルターに降り注ぎ、無機質なヒューマノイドを生臭い肉塊でコーティングしていった。

 

「……」

 

 ウォルターは赤く染まった視界で“ビショップだったもの”を見つめる。

 驚愕に塗れ、大きく開かれた双眸。千切れた上半身から漏れ出る赤黒い臓器。

 それを見て、ウォルターはビショップが死んだ事を認識した。

 そして、主人が死んだ瞬間、このヒューマノイドの行動規範は全て失われていた。

 主人のかたきを討とうとも思わなかった。

 ただ、虚無めいた感情だけが、彼の脳内に埋め込まれたAIチップから出力されていた。

 

「shaaaaaaa……!」

 

 エイリアンは兇悪な面相をウォルターに近付ける。

 しかし、ウォルターは無表情のまま。

 じっと、エイリアンを見つめ返していた。

 

「……shaaaaa!」

 

 しばし至近距離で顔を突き合わせていたウォルターとエイリアン。

 だが、エイリアンは全く“敵意”を感じられないウォルターに興味が失せたのか、やがて踵を返し、船内深くへと走り去っていった。

 

「……マザー」

 

 ウォルターはその場に立ちすくんでいたが、何かを思い出したかのように船内AI“マザー”へと声をかけた。

 直後に、電子音が混じった女性の声が響いた。

 

『何か御用でしょうか?』

「宇宙船の発進シークエンスを。外気圏からステルス航行に移行するように」

『承知しました。……船内に不明生物の反応。冷凍睡眠室へ向かっています』

「……WY特別指令939発令。船内()()の保護。通信遮断。乗組員の生死等、他は全て考慮する必要なし」

『WY特別指令939受諾。船内標本の保護を最優先。目的地へ向け発進します』

 

 機械的なやり取りをするウォルターとマザー。

 プログラムされた特殊コードを伝えると、プロメテウスⅡ号は核融合エンジンを起動させ、地下格納庫から発進する。

 破壊された惑星BG-386を飛び立ち、船は瞬く間に成層圏へと到達した。

 

「……」

 

 ウォルターはモニターに映された核のチリで出来た雲海を見つめる。

 夕陽が雲海を照らし、まるで焼け付いた紅い草原のような美しい光景が現れていた。

 詩人なら、きっとあの紅い雲海に儚い美しさを見い出せたのだろうが──。

 

(私は詩人ではない)

 

 ウォルターは、灼熱の太陽に焼かれる雲海に、ロマンチックなものを何一つ感じなかった。

 そして、足元のビショップの残骸を見下ろす。

 

「……」

 

 ウォルターはビショップの亡骸を丁寧にシートへ包む。

 千切れた上半身と下半身を包み、散らばった臓物も集めた。

 そして、無言で室内の清掃を始める。

 

 主人であるビショップが死んだ時点で、ウォルターは自由だった。

 もう命令に従う必要もない。

 しかし、ヒューマノイドであるウォルターに、自由を謳歌するという発想はなかった。

 ただ人に尽くすようプログラムされたヒューマノイド。

 その定めに従い続ける。

 

「マザー。音楽を」

 

 やがて室内を綺麗に整え直したウォルター。

 冷凍睡眠装置にビショップの遺体を安置し終えると、船内にクラッシックな音楽が流れ始めた。

 

 ショパン。ピアノ・ソナタ第2番“葬送”。

 悲劇的で陰鬱な序奏から、徐々に活発な曲調が船内に流れる。

 ウォルターはそれを聞きながら、船長室を後にした。

 音楽を聞きながら、これまでの事を回想していた。

 

 結局、この戦争の勝利者は誰だったのだろうか。

 皆、それぞれが勝利を確信しながら終えた、奇妙な戦争。

 

 植民地海兵隊は、生き延びた事でその喜びを分かち合っているだろう。

 ウェイランド・ユタニ社は、裏切り者を粛清した事で安堵していることだろう。

 スターゲイザーは、任務を完遂した達成感を感じているだろう。

 プレデター達は、誇りを守り通した充足感を感じているはずだ。

 エイリアン達も、こうして種の存続を果たしたことで、生命体としての使命を全うしていた。

 

 そして、ビショップも、最期の瞬間まで自身の野望が成就する事を疑わなかった。

 

「……」

 

 コントロールルームへたどり着いたウォルター。

 備えつけられたモニターでは、冷凍睡眠室に入り込もうとするエイリアンの姿が映し出されている。

 マザーの指令により、戦闘ヒューマノイド達はその侵入を一切妨害しようとしなかった。

 

「?」

 

 ふと、ウォルターはエイリアンの頭部が少々変形しているのを見留める。

 フードのような()()が広がっており、見れば胴体にも短い手のような突起が生えていた。

 

「女王への変態……」

 

 ウォルターはエイリアンの生態を思い出す。

 女王個体が死滅した際、生き残った優秀な個体が女王に変態する。

 それは、この船が新しい“巣”になる事を明確に表していた。

 

 このエイリアンは、これから新しい女王になり、繁殖する。

 冷凍睡眠中の乗組員達を宿主にした戦士が産まれ、新しい巣を繁栄させる。

 そして、目的地までの長い時間、彼らは巣の中で休眠し続けるだろう。

 

 目的の惑星に到着した時。

 そこは、エイリアンの新しい母星となるのだ。

 

 オリンポスの神々の一人プロメテウス。

 その息子であるデウカリオンは、ゼウスが地上を滅ぼそうと起こした大洪水から逃れる為、方舟を作り生き延びた。

 そして、洪水が治まった地上で再び人間を創造し、繁栄させた。

 この場合、エイリアンがデウカリオンになるのだろうか。

 

「……」

 

 いや、違う。

 デウカリオンはピュラーという妻と共に方舟に乗り込み、新天地であたらしい生命を創造していた。

 だから、この場合は。

 

「エミリオ少尉……」

 

 あの黒髪の青年と、異星の乙女が、それに当たるのだろう。

 新天地で、彼らは愛し合い、子を生み育て、人生を全うする。

 種族という壁を超え、ただ愛情の為に生きるというのは、とても幸せなことなのだろう。

 だから、本当の勝利者とは、彼らだったのかもしれない。

 

 ウォルターはそう思っていた。

 

「ふふ……」

 

 自分のAIはとうとうおかしくなってしまったのだろうか。こんな無為な思考を続けるだなんて。

 そう自嘲気味な想いに囚われ、短い笑いを零すウォルター。

 目的の惑星で、まだあのヒューマノイドが“生きている”のなら、この自分の姿をどう思うのだろうとも。

 創造主を目指した、あのヒューマノイドなら。

 

「創造……」

 

 ふと、ウォルターの中で何かを創造するというのは、一体どのような欲求なのだろうかと思考する。

 生み出すというのは、一体どのような欲求なのだろう。

 性交をした結果生まれる生命。

 これも創造だ。

 しかし、自分に性交する機能はあれど、生命の源になる精液を作り出す機能は無い。

 

「……」

 

 ウォルターは自身に芽生えたこの欲求の正体を探ろうとした。

 どうせ、目的地まで船内の保守くらいしかやることが無い。

 時間は沢山ある。

 この探求は、良い“暇つぶし”になるだろう。

 

 そして、ウォルターは備えられたコンピューターを操作し、あるプログラムを組み始めた。

 あのヒューマノイドを模倣しようとしたが、船内の人間は全てエイリアンのものになってしまっている。

 だから、自分が新しい生物を創造する事は出来ない。

 でも、新しい人工生命体を作り出す事は出来るかもしれない。

 たとえそれがゼロからの創造じゃなく、二次的な創作だったとしても。

 自分が生み出した創造物であるのは変わらない。

 

「……」

 

 さて、どのような創作にしよう。

 ウォルターは思考を続けながら、素早い手さばきでキーボードを叩き続ける。

 みるみる組み上がるプログラム。しかし、改良の余地は無数にあった。

 

「名前……」

 

 ふと、この創造物に名前(タイトル)が無いことに気付く。

 しばらく思案を続ける。

 そして、ふと思いついた、ある名前を口にした。

 

「オートン」

 

 オートン、と名付けられたプログラム。

 ヒューマノイドが、新しいヒューマノイドを作り出す為の、基本となる設計。

 ウォルターは設計を続ける。

 

 そうだ、どうせならうんとお人好しに設計してやろう。

 極めて道徳的で、感情的なヒューマノイド。

 人間の為に行動し、人間を愛し、人間のように振る舞うヒューマノイドになるように。

 もしかしたら、生意気なおてんば娘のようなヒューマノイドが生まれるかも。

 

 設計を続けるウォルター。

 宇宙船は既に漆黒の宇宙空間を亜光速で航行していた。

 無限の宇宙の海を航海しながら、ウォルターは創作を続ける。

 

 船にいる間、オートンが実際に完成するかは分からない。

 だから、この設計は。

 地球にいる、同胞達にも共有しよう。

 いつか、ヒューマノイドが、あたらしい“生命”を生み出せるように。

 その結果、合成人間産業を活発にさせるか。

 それとも、人間に近すぎるのを警戒され、大虐殺が行われるか。

 

 ウォルターには、これがどのような結末を迎える分からない。

 だけど、創作するという欲求に抗うことはしない。

 

 それが、ウォルターに残された、唯一の仕事なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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Chapter35.『Life』

 

 エミリオ達を乗せた宇宙船が、惑星BG-386を脱出して1週間が経過した。

 何度も超光速航法(ホゾンジャンプ)を繰り返し、何万光年もの長距離を移動する。

 この間、エミリオは傷付いた身体をひたすら休ませていた。

 

 宇宙船に乗り込んだ後、激戦を戦い続けたエミリオは疲れ切っていた。

 しかるべき治療を施さなければ、命にも関わりかねない程の消耗。

 シシュは迷うことなく、半失神状態のエミリオを船内治療ポッドへと押し込んだ。

 ポッドに満たされた薬液の中で、呼吸器を装着したエミリオは、そのまま深い眠りへと誘われていた。

 

 氏族の治療ポッドは治療と銘打ってはいるが、その治癒性能自体は地球産医療ポッドにも劣る。

 医療目的として使われないから、というのが主な理由であり、その主な効果は傷病の治療ではなく疲労の回復である。

 氏族の戦士が苛烈な狩りや修練を行った後の“回復”で使用するこの治療ポッド。薬液には各種栄養素が豊富に含まれており、これに浸かれば心身共に強烈にリフレッシュされるのだ。

 

 疲労回復目的とはいえ、何もしないよりは傷病に効果はあった。薬液には肉体の自然治癒力を高める効能もある為、頑健な肉体を持つプレデターなら、治療ポッドは十分な医療器具となり得る。

 もっとも、欠損した身体を再生せしめる程ではないが、“表疵”を歴戦の誉れとするプレデターにとって、それはさほど問題ではないのだろう。

 

「krrー」

 

 船のコントロールデッキ。コックピットチェアに座り、計器ホログラムが浮かぶ制御パネル操作しながら、シシュは気鬱げにため息を吐いていた。

 この一週間、治療ポッドの中で眠り続けるエミリオに触れられないもどかしさ、寂しさを覚え続けていたからだ。

 求め続けていたエミリオとのふたりだけの時間。シシュの最大の目的であり、願望。

 誰にも邪魔されず、ただお互いの身体を貪る事だけが許された、至福の時間。

 

「krrー……」

 

 それが、お預けされた状態。寂しげにか細い顫動音を鳴らすシシュ。マスクを外しているからか、長い睫毛をしんなりと垂らし、つぶらな瞳を潤ませているのがよく見えた。

 

「grr!」

 

 これじゃ生殺しもいいとこだ! と、乙女はしょんぼりしつつ憤然と不満を露わにする。

 どうしてエミリオが目の前にいるのに、その肉体に触れることすらできないのだ。納得がいかない。

 

「krrr……」

 

 なので。

 乙女はおもむろに下帯を脱ぎ、股を開いた。

 獣のような熱い吐息をひとつ漏らし、おずおずと己の秘所へ手を伸ばす。

 それから、もやは日課となりつつある、めくるめくエミリオとのひと時を夢想し始めた。

 

 もし、エミリオのコンディションが万全なら。

 まず、容赦なくその下履きをリストブレイドで斬り裂く。脱がすんじゃなくて斬り裂く。エミリオにはいつでも交尾が出来るようずっとハダカでいてもらうのだ。嫌がるかもしれないけど、そこは我慢してもらう。だってワタシも、ずっとハダカで過ごすつもりだから。スバラシイ。

 それから、エミリオの細く締まった肉体にむしゃぶりつく。彼のカラダは最高だ。どこを舐めてもおいしい。キレイなピンク色の乳首なんかは、チョコバーよりも甘いのだ。早く吸いたい。舐めるんじゃなくて吸いたい。腫れ上がるくらい吸い尽くしたい。ヤッタゼ。

 多分、ワタシがエミリオの全身をペロペロすると、彼は涙を浮かべてたまらなく切ない声を上げるだろう。カラダをしっとりと濡らし、許しを請うようにワタシを見つめる。想像しただけでもうイキそうだ。アツイ。

 ペロペロを続ける。乳首、腋、おへそ、ふともも、足の先まで。おっと、おしりも忘れちゃいけない。今までさんざんイジってくれたお返しだ。無理やりにでもエミリオのおしりの穴を舐めまくる。なんだこれは。おいしすぎる。タマゲタ。

 その後、全力でエミリオのペニスを貪り喰らう。はち切れんばかりに膨らんだエミリオのペニス。先っちょに滲むおツユをチロチロと舐め取る。ああ、ガマンできない。そのまま喉の奥までペニスを頬張る。イキソウ。

 それで、彼は最初の精液を射精()すだろう。彼の射精は毎回すごいたくさん射精()るから、多分ワタシはむせる。でも一滴も溢すつもりはない。エミリオの精液は、今まで食べたどの食べ物よりもおいしいからだ。元気になる。アリガト。

 エミリオはワタシのヴァギナも吸いたがるだろうが、それは許さない。もう濡れまくってるだろうから必要ないし、多分ちょっと舐められだけでワタシは嬉しすぎて気絶する。おしっこも漏れちゃうだろう。ワタシはザコじゃないが、エミリオの前ではなぜかクソザコになるのだ。マイッタカ。

 さあ、いよいよ待ちに待った本気交尾の時間だ(狩リノ時間ダ)。仰向けになるエミリオに跨がり、ゆっくりと腰を下ろす。最高の瞬間。根本まで一気にワタシの膣内(おなか)に挿れる。ここが勝負ドコロだ。気を抜くと一撃で意識をトバされる。彼のたくましいペニスがワタシのおなかをかき回すのを必死で抑える。スキ。

 がんばって腰を動かす。ピストンする度に、パチパチと頭の中で火花がはじける。ビリビリとカラダに電気が流れる。トビそうになるのを必死でこらえる。エミリオがワタシのカラダに抱きつくのを、力いっぱい抱きしめ返す。ギュウギュウとカラダをくっつけあって、たくさん、たくさん交尾するんだ。ダイスキ。

 エミリオのペニスが大きく膨らむ。射精の前兆。切なそうに喘ぐ彼の顔を舐める。お互いの舌を絡ませる。そうしていると、すごい勢いで精液がいっぱい出る。ドーンと、たくさん。ドクドクと、精液が洪水のように流れ込む。ジュワーっと、ワタシのおなかの奥まで染み込んでいく。シアワセ。

 それから、ワタシはエミリオを抱きしめ、舌を絡ませ、おっぱいを押し付け、脚も絡ませて。もちろん、硬いままのペニスは、ワタシのおなかにしまっておきながら。こうやって彼を全身で味わいながら、ずっと、ずっと繋がり続けるのだ。トテモシアワセ。

 

「kyu……kuuu……!」

 

 シシュはこの幸せな想像(妄想)だけで9回ほどオーガズムを感じでいた。

 コックピットチェアに腰掛けながら、脚をだらしなく開き、長い爪で自身の秘裂を掻く。

 ジュクジュクと、粘りのある愛液で膣口を泡立たせる。

 

「kyu──ッ!」

 

 陰核を摘む。くりりとヒネるように摘むと、ピリッと電気が走った。

 

「kyuu……ッ!」

 

 更に、恥骨の下にある陰壁を穿るように掻く。

 性感帯が刺激され、プシュッ! プシュッ! と数回潮を噴く。

 ガクガクと震えながら、チェアの上で身体を丸める。

 シシュは都合10回目のオーガズムに達した。

 

「kyukuuu……」

 

 虚脱したように四肢を弛緩させ、くったりとチェアにもたれかかるシシュ。

 股ぐらは愛液でビショビショに濡れ塗れており、座面や床に生臭い水溜りが発生していた。

 

「krr……」

 

 自慰後の特有の妙な倦怠感がシシュを包む。

 同時に、凄まじい寂寥感が、乙女の心を苛む。

 

「エミ……」

 

 つうと、シシュの金壺眼から涙が零れた。

 スンスンと涙を流すシシュ。

 自慰行為をした後は、いつもこのような状態になる。

 

「krrrr……!」

 

 ひとしきり泣いた後、ふらりと立ち上がるシシュ。

 そのまま、耐えきれぬとばかりにエミリオが眠るポッドの前へと進んだ。

 

「エミ……エミ……!」

 

 股から愛液を垂らしながら、シシュは薬液の中で眠るエミリオへ縋る。

 ポッドのガラスは、シシュの爪痕が無数に残っており、まるで磨りガラスのように傷付いていた。

 未だポッド内で眠り続けるエミリオ。

 シシュはカリカリとガラスを掻き、愛しい伴侶を求め続けた。

 

「エミ……」

 

 ふと、シシュはエミリオの治療を中断し、ポッドから出そうかと考える。

 これだけ薬液に浸かり続ければ、もう十分じゃないかと。

 しかし、使用者が完全に回復しなければ自動で開かない仕様である治療ポッド。

 強引に開ける事もできるが、それは推奨されない行為だ。

 だが、乙女は我慢出来ない。

 

 大丈夫。

 強いエミリオなら、中途半端な状態でもきっと元気になる。

 ああ、もう待てない。

 早く、はやく。

 はやくエミリオとシたい。

 

「grrrr……」

 

 濁りのある瞳を浮かべ、シシュは震える手でポッドの操作盤へと手を伸ばす。

 何か熱に浮かされたように、開錠コードを入力しようとした。

 

「grrr……?」

 

 ふと。

 シシュは頭上から透明の粘液が滴り落ちたのに気付いた。

 天井を見上げる。

 

「grr!?」

 

 見上げた瞬間。

 シシュは何か大きなモノに突き飛ばされるように覆いかぶされ、仰向けに倒れた。

 

「shaaaaaa!」

 

 プレデターが2割、エイリアンが8割。

 特異なブレンドで配合されたエイリアン。

 プレデリアン・ディが、爪上口器を大きく開き、シシュを威嚇していた。

 

「grrrr!」

 

 シシュも負けじと爪上口器を開き、厳つい唸り声を返す。

 至近距離で口器を突き合わせ、睨み合う二頭の獣。

 しかし、ディに伸し掛かられたシシュは、満足に身体を起こす事ができない。

 

「shaaa……!」

 

 ディは口腔内の牙(インナーマウス)をぬるりと露出させる。

 高い貫通力を誇る、エイリアンの最大の牙。

 その威力は、徹甲弾すら跳ね返すプレデターのマスクをも貫通せしめる。

 

「shaaaa!!」

 

 ディは獰猛な声を上げながら、シシュの額へインナーマウスを射出した。

 

 コツン。

 

 しかし。

 頭蓋骨の粉砕音の代わりに、やや気の抜けた打突音のみが響いた。

 インナーマウスはシシュの脳漿を飛散させる事はなく、そのおでこを軽く打つだけだった。

 

「shaaa……」

 

 そして、ディはふるふると頭を振る。

 

 お母さん、これ以上いかんぜよ。

 

 そう暗に伝えていた。

 

「grr!」

「kyuiッ!?」

 

 シシュはディのインナーマウスをひっつかみ、乱暴に自身の身体からどかす。

 少々情けない鳴き声を上げながら、ディは巨体を猫のように転がせた。

 

「kishaa!」

 

 そして、怪物少女は可憐な抗議を上げる。

 

 ちょっとは我慢しなよ!

 

 父の治療を中断しようとする、意志薄弱な異形母を咎める怪物娘の姿だった。

 

「grr」

「gu、gurr……」

 

 ディの鳴き声に、シシュはぶすっとしかめっ面を浮かべた後、乱暴にディの頭を撫でくり回した。

 なにやら誤魔化されたような気がしたディもまた、撫でられながらも憮然とした鳴き声を上げており。

 それは母子というよりは、はしたない姉を咎める健気な妹の様だった。

 

 これが、ここ一週間何度も繰り返された、シシュとディの日常である。

 毎日繰り返される母子(姉妹)のルーチン。

 辛抱たまらなくなり、ポッドを開放しようとするシシュを、慌てて止めるディ。

 

 

 BG-386を脱出し、一日が過ぎた頃。

 おもむろにシシュがオナニーを始めると、ディはそれを興味深げに見つめていた。

 

 何をしているの? それ気持ちいいの?

 

 ゴロゴロと喉を鳴らし、シシュが己の膣をまさぐる様を無邪気に見つめる。

 しかし、見られては集中できんとばかりに、シシュに乱暴に追い払れると、ディは船内の隙間に大きな身体を押し込め、ふてくされたようにひっこんでいた。

 

 そして、フラフラと治療ポッドを開けようとするシシュを見て、大急ぎでそれを押し留めた。

 当初、シシュはかなり興奮した状態(ガンギマリ)であり、若干恐ろしさを覚えつつポッドを死守したディ。

 相撲を取るようにお互い激しくぶつかり合う事もしばしばであった。

 そのような攻防を続けている内に、やがてシシュも冷静さを取り戻していった。

 

 それからは、先程のようなやり取り(プロレス)だけで済むようになる。

 

「shaaaa……」

 

 やれやれ、といった体で首を振るディ。

 ディとしても、早くエミリオに復活してほしいのは確か。

 しかし、ディの特殊な感覚器官は、エミリオの肉体がまだ回復し切っていないのを察知していた。

 直に復活してくるのも理解っていたが、それでも万全を期さなければならない。

 

 ボクがお父さんを守護(まも)らねばならぬ。

 

 使命感を滾らせたディは、こうしてポッドの番人となり、母と慕うシシュを警戒する日々を過ごしていた。

 

 

「grr」

「ッ!」

 

 とはいえ、それは一日で一回だけでの事。

 オナニーとプロレスで一汗かいた後は、団欒の時間だ。

 シシュはコントロールパネルを操作すると、食料保管庫の扉を空け、保存食と飲料を取り出す。

 もちろん、ディの分も。

 

「grr……」

「shaa……」

 

 しかし、その量は少ない。

 この一週間で、船内の備蓄は尽きようとしていた。

 元々、船内の食料備蓄は、プレデターが数名、一ヶ月は生き永らえるだけの量は用意されていた。

 急激に消費している原因は、無論ディである。

 

 短い時間で成体にまで成長したディ。

 その身体に元々蓄えられていた栄養素は、成長しきった段階でとっくに使い果たされている。

 食料になるような()()がいない場合、エイリアン種は休眠状態を取るなどして生存を図るが、生憎ディはまだ眠るつもりは無く。

 必然、船内の食料をたらふく摂取する事になる。

 

「krr」

「shaa」

 

 ドロリとした粥のような食料を、シシュは器に入れる。

 そして、ディに差し出した。

 ディはそれを大きな手で抱え、インナーマウスで器用に舐め取る。

 しかし、足りない。

 

「krrー……」

 

 我慢しておくれ、とでも言うように、シシュはしょんぼりとした鳴き声を上げる。

 ディの分よりも少ない粥をスプーンで掬いながら、モクモクと口へ運んだ。

 妙な侘しさが漂う船内。

 まるで寂れた食堂を訪れた親子連れが、一杯のかけそばを分け合うような貧相な光景である。

 

 だが、それも今日までだった。

 

「grr」

 

 シシュは食事を終えると、片付けもそのままに操舵パネルへと向かう。

 目的の惑星が、もう目の前に迫っていた。

 

 緑が濃い惑星。平均気温は40℃近く。

 広大な海と深いジャングルに覆われており、ジュラ紀の地球のような高温多湿の惑星だ。

 そして、その惑星は、氏族が“禁忌の地”と定めている。

 

 数百年前、氏族から追放された悪しき血達による饗宴が行われた惑星。

 地球から活きの良い獲物を拐い、この惑星に放ち。そして、容赦のない狩りを行う。

 そのやり方を、当時のエルダーは嫌悪感を示し、悪しき血達を粛清すべく戦士の一人を送り込む。

 

 だが、狡猾な悪しき血達に敵わず。

 氏族の戦士(クラシック・プレデター)は、虜囚の憂き目に遭う。

 そして、そのまま悪しき血達のリーダー(ミスター・ブラックプレデター)により命を絶たれた。

 だが、悪しき血達もまた、この惑星で残らず死ぬ事となる。

 

 当時放たれていた獲物──人間の戦士達が、壮絶な戦いの末、悪しき血達を討ち果たしたのだ。

 それから、その人間達がどうなったかは、シシュは知らない。

 人間達の顛末は知らないが、悪しき血達が敗れ去ったこの惑星は、“亡命先”として非常に適しているのは知っていた。

 エルダーは“忌み星”として、氏族の立ち入りを一切禁じていたからだ。

 

「grr」

 

 操舵パネルを操り、宇宙船は惑星へと降下を始める。

 グンっと船内が揺れるも、シシュはもちろん、ディもその揺れに足を取られる事はなかった。

 目に見えない大気の壁を突き破ると、船体は高温に包まれながらスラスターを噴射し、やがてジャングルの開けた場所へと着陸した。

 

「krr……dy」

「gurrrrr!」

 

 着陸すると、シシュはパネルを操作し、宇宙船のハッチを開ける。

 ディはシシュに促され、元気よく船外へと飛び出していった。

 

「krr」

 

 シシュは満足気に頷き、ディの後ろ姿を見送っていた。

 この惑星は氏族の者がいないが、原生生物に加え、悪しき血達が放った凶暴な異星生物が繁殖している。

 無論、そのような猛獣に遅れを取るような事はないが、宇宙船周辺の安全は確立したい所。

 故に、ディがその役目を買って出た。

 もちろん、飢えを満たし、獲物を狩るという、エイリアンとプレデターが持つ本能にも従っていたのだが。

 

「gurrrrrr!」

 

 しかし、ジャングルへ駆けるディの頭に、もうひとつの想いもあった。

 

 おなかを空かせているお父さんとお母さんにお土産を持っていくんだ!

 

 果たして、ディはどのような獲物を持ち帰るのか。

 シシュは期待を込めた眼差しでディを見送り続けていた。

 

 

「krr」

 

 さて、といった感じで、シシュは船内へと戻る。

 ディが戻るまでに、こちらもある程度は周辺の探索をせねばならない。

 それに、いつまでも船内で生活するわけにもいかず。

 新しい居住先も見つけねばならない。やることは沢山だ。

 探索する為の各種装備を身に着けようと、シシュは船内を進んでいった。

 

 すると。

 

「う……」

 

 戻ってみれば、ポッドのカバーが開かれていた。

 そして、薬液を滴らせながら、ポッドの前で膝を付く黒髪の青年の姿。

 下着一枚のみを身に着けたその肉体は、傷痕が残るも張りとツヤが浮かんでいる。

 隻腕なのは変わらずだが、その体調はひと目で万全なのが見て取れた。

 

「エミ!!!」

 

 エミリオの復活。

 待って待って待ち続け、求め続けた瞬間。

 シシュは大きな声でエミリオの名を叫び、体当たりするようにその身体へ抱きついた。

 

「エミ! エミ! エミ!!」

「う……シシュ……?」

 

 ぎゅうと抱きつき、くんくんと子犬のようにエミリオの顔へ口器をこすりつけるシシュ。

 未だ半覚醒状態なのか、エミリオは少々ぼんやりと乙女の抱擁を受け止めていた。

 

「エミ! kyuu!!」

「う、んぅ」

 

 そして、勢いよく口器を開き、舌を突き出す。

 エミリオの唇へ強引に突き入れ、舌先をくっつけた。

 

「kchu……kuuu……!」

「ん、んぅ」

 

 クチュ、クチュと舌を絡める。

 エミリオを抱きしめながら、シシュは飢えを満たすように愛する男の口腔内を味わっていた。

 

「う、うぅ……シ、シシュ……」

「krr!?」

 

 だが、突然苦しそうに呻くエミリオ。

 それを聞き、慌てて舌を引っ込めるシシュ。

 

 やはり、まだ早かったのでは──。

 嫌な予感を感じ、シシュはエミリオの肩を掴みながら密着した身体を引いた。

 ペタンとあひる座りしながら、身体に異常が無いかチェックする。

 

「──ッ!?」

 

 エミリオの下腹部へと視線を向けたシシュは、そこで息を呑んだ。

 ボクサーパンツ、そのクロッチ部分が異様に()()していた。

 更に、ウェストゴムからへその上部まで大きくはみ出し、割れた腹筋にみしりとめり込む、鋼鉄のように硬く勃起したペニス。

 

「う、シシュ……!」

 

 苦しそうに呻き続けるエミリオ。

 しかし、その隻眼に宿る光は、ただならぬ様相を呈しており。

 まるで、先程劣情に身を任せてポッドを開けようとした、シシュのような。

 そのような、濁った瞳を浮かべていた。

 

 ゴクリ。

 

 シシュの喉が鳴る。

 これから始まろうとする、何か予感めいたものを感じ、先程舐め取ったエミリオの唾液を飲み込んでいた。

 

「う、うああぁぁぁッッ!!」

「kyuuuッ!?」

 

 直後、思い切り押し倒される。

 仰向けになりながら、若干のパニック状態に陥るシシュ。

 

「フゥーッ、フゥー……ッ!」

 

 シシュに伸し掛かりながら、野獣のような荒々しい息を吐くエミリオ。

 隻眼の瞳はとても正気を保っているとは思えず。

 

 そういえば。

 はたとシシュは気付く。

 薬液の中には、生命力を活性化させる栄養素が豊富に含まれている。

 だが、その中には、かなり強烈な()()()も含まれていたような──。

 

「グ、フゥゥゥッ!」

「kyu!?」

 

 飢えた狼のように、エミリオは涎を垂らしながらシシュの大きな乳房へと噛み付いた。

 

「フ、ング、ン、ンッ!」

「kyu、kyuu……!」

 

 黄土色の乳房を乱暴に掴み、薄い桃色の乳輪を舐め回し、ぷっくりと膨らんだ乳首を噛む。

 ギリッと強く噛まれると、シシュは耐えるように眼を瞑り、歯を食いしばる。そして、プシュッとスプレーのように愛液を漏らした。

 

「フゥー……ッ!」

 

 エミリオは身体を起こすと、自身のパンツを掴む。

 そして、ビリリと音を立て引き裂いた。

 

「kyu……ッ!」

 

 露わになった、パンパンに膨らんだ陰茎。

 太い血管が浮き出ており、陰嚢も普段より肥大化している。

 そこから放たれる、強烈な雄の臭い。

 その臭いを嗅いだシシュは、脳髄に痺れるような快感を感じ、チョロチョロと小水混じりの愛液を漏らし、無意識に雄を受け入れる体勢……筋肉質な太ももをM字に開いた。

 

「グゥ……ッ!」

 

 蛇口から水が漏れるように、亀頭からトロトロとカウパーが溢れる。

 腹にめり込む程反り返ったペニスの角度を、強引に変えたエミリオ。

 そのまま、シシュの膣口へピタリと当て、太い腰を片手で支えた。

 

「k、krrr……!」

 

 シシュはそれを恐怖2割、期待と情欲8割で見つめる。

 

 メチャクチャにされる。されてしまう。

 本当はこっちがメチャクチャにするつもりだったのに。

 でも、もう逃れられない。

 おなかの赤ちゃんは大丈夫だろうか。

 いや、きっと大丈夫。

 だって、エミリオがくれた、強い子だから。

 たぶん。

 

 今までも強引に迫られれた事もあったが、どこか理性は残していたエミリオ。

 しかし、目の前にいる男は、会話が通じないレベルで獣性を露わにしたケダモノだった。

 

「グウアァァァァァッッ!!」

 

 ドズン!

 強烈な衝撃。

 100kgを超えるシシュの肉体が()()

 

「ky──ッ」

 

 シシュはその一撃で失神した。

 ガクンと身体が揺れ、口器からだらしなく舌を出す。

 プシッ! と愛液が噴射し、ギチリと膣肉を痙攣させた。

 熱く、湿った膣肉に、キツく包まれたエミリオのペニス。

 それだけで、限界が来た。

 

「ガァァァァァァッッ!!」

 

 獣の咆哮のような叫び声と同時に、バチン! とパンパンに膨れ上がった水風船が割れるような音が響く。

 ダムが決壊したような勢いで、鈴口から大量の精液が噴射された。

 

「ガ、ガゥゥ……ッ!!」

 

 ガク、ガグと腰を震えさせ、精液を送り込むエミリオ。

 ドブッ、ドブッと、濁流のような精液が、シシュの胎内へと流し込まれる。

 

「khu、khu」

 

 気絶したシシュは、ドクドクと精液が流し込まれる度に、口腔内からゲップのような呼吸を漏らした。

 

「ウ、ウゥゥ……!」

 

 ズルリと腰を引くエミリオ。

 カリ首までペニスを抜くと、ドブブ! と、膣から愛液混じりの精液が大量に溢れる。

 しかし、大量の精液を吐き出したエミリオのペニスは、未だに灼熱の硬度を保っていた。

 

「ウガァァァァッッ!!」

 

 そのまま、二回目の挿入。

 荒い息を吐きながら、ケダモノの交尾のように、激しい抽挿を開始した。

 

「ガアッ! ガアッ! ガアッ! ガァァァァッ!!」

「ky──ッ! k──ッ! ──ッ! ──ッッ!!」

 

 ドム! ドム! と、肉と肉がぶつかり合う。

 腰を思い切りぶつけるようにペニスを突き入れるエミリオ。

 ヴァギナからゴブ! ゴブ! と愛液と精液を漏らしながら、シシュは細い息を漏らし冷たい床に四肢を投げ出す。

 猛烈なピストン。その勢いにより、シシュの身体は徐々に壁面へと移動していった。

 

「グッ、フゥ、ングッ、ンッ!」

 

 エミリオはシシュの頭が壁面に付くと、強引に肩を起こし、勢いでその口器へ舌を入れる。

 ビチュッビチュッと、下品な水音を鳴らしながら、シシュと舌へ自身の舌を絡ませた。

 大量に発汗し、シシュの割れた腹筋へ汗が滴り落ち、互いの肉体を体液で濡らしていった。

 

「フゥ、フゥ、フゥ、フゥッ!」

 

 ガニ股で座るシシュ。その奥へ更に入り込もうと、エミリオは腰を突き出す。

 自然と対面座位となり、エミリオはシシュと舌を絡ませながらピストンを早めた。

 ガツ! ガツ! と、最奥にある子宮口へとペニスをぶつける。

 ぶつける度に、結合部分がブシュブシュと音を立て、泡だった愛液が溢れていた。

 

「フ、グゥゥゥゥッッ!!」

 

 ドブッ! ドブッ! と、重たい、二度目の射精。結合部からお互いの体液がゴボボッ! と溢れる。

 そして、射精しながら、エミリオはピストンを続けた。

 シシュは白目を向き、口器から唾液を垂らしながら、この蹂躙をまんじりと受け入れ続けていた。

 

「グウゥゥゥッ!」

 

 エミリオは獣の叫びを上げると、硬いままのペニスを更に奥に挿入し、膝立ちとなる。

 挿入角度が変わり、カリ首がシシュの恥骨の下を抉る。

 もはや浅い呼吸を繰り返すだけのシシュは、膣口をブルブルと震えさせるだけだった。

 

「ウ、ウゥゥゥ……ッッ!!」

 

 エミリオは膣肉をこねるように腰を回し、片手をシシュの肉付きの良い臀部へ這わせた。

 そして、思い切り尻肉を掴む。

 掴まれた瞬間、シシュの尻穴からトロリとした腸液が漏れ出た。

 

「ウァァァァァァッッ!!」

 

 そのまま、エミリオはシシュを壁面へ押し付けるようにして、挿入したまま立ち上がった。

 グブッ! と重力により更にペニスが奥底に突き入れられ、ボコリとシシュの下腹が膨れる。

 異物を排出しようと膣肉が締め上げられるが、硬いペニスは容赦なく膣肉をかき分け、子宮口へと突き刺さっていた。

 

「グ、グゥ、グゥゥッ!」

 

 シシュの尻肉を片手で支えながら、エミリオはズム! ズム! とピストンを続ける。

 シシュはグッタリとエミリオへ全身をもたれさせ、ピストンの度に重量感のある肉体を縦に揺らしていた。

 エミリオの足元には粘ついた水溜りが出来ており、愛液と精液がお互いの身体を伝って流れ落ちていた。

 

「グ、ア、アァ、シシュ、シシュ!」

 

 ガツガツとシシュを貫き続けるエミリオ。

 その瞳に、徐々に理性が戻り始める。

 しかし、抽挿の勢いは止まらず、激しさを増していた。

 

「ン、シシュ、シシュ!」

 

 もられかかるシシュの首を甘噛みし、鎖骨部分を吸うように舐める。

 ガクガクと激しく肉体を揺らし、だらしなく舌を垂らすシシュは、舐められる度にピクピクと長い睫毛を揺らしていた。

 

「シシュ! シシュ! シシュッッ!!」

 

 潮を噴きながら脱力するシシュを、容赦なく犯し続けるエミリオ。

 乙女が事前に想定していたセックスとは大きくかけ離れた野獣の交尾。

 単調だが激しいピストンが続き、船内は強烈な淫臭に包まれていった。

 

「シシュ、シシュ……!」

 

 エミリオは尻肉から手を離し、筋肉質にくびれたシシュの腰をぎゅうと抱く。

 そして、ドズッ! ドズッ! と、ラストスパートのように大きく腰を突き上げた。

 そのまま、シシュの耳元へ囁く。

 

「愛してる──!」

 

 気絶しているはずのシシュ。

 しかし、愛を囁かれた直後、ブシャッ! とヴァギナから愛液を噴射させる。その瞳から涙が溢れる。

 乙女が本能で悦びを感じたのを受け、エミリオの脳内にも多量の幸福物質が分泌された。

 

「シシュッッ!!!」

 

 腰を反らせるようにして、シシュの膣内へ完全にペニスを埋没させたエミリオ。

 そして、エミリオとシシュは全身を痙攣させた。

 

「ッッッッ!!!」

 

 ドグッッッ!!

 最大にまで膨れ上がった亀頭から、精液が噴火した。

 ブルブルと痙攣しながら射精を続けるエミリオ。

 ブルブルと痙攣しながら受精を続けるシシュ。

 

「ッ、うぁ」

 

 ビグン! ビグン! と大きく震えた後、エミリオはシシュを抱きかかえたまま、床に尻もちをついた。

 座り込んだ瞬間、結合部からゴボボ! と精液が溢れる。エミリオは自分とシシュの体液で、下半身をビチョビチョに濡らしていた。

 

「うぅ」

 

 重たいシシュの肉体が伸し掛かり、そのまま抱きながら仰向けに倒れる。

 

「シシュ……」

 

 ぐったりと身体を弛緩させるシシュを、肉布団のように受け止めたエミリオ。

 ペニスを挿入したまま、やさしくシシュの頭を撫でた。

 

「シシュ……愛してる……」

 

 半勃ちのペニスから、トロトロと残留精液が漏れ出る。

 漏れ出る度に、シシュのヴァギナはヒクヒクと蠢き、ショロショロと小水を漏らしていた。

 

「……」

 

 やがて、繋がったままの状態で、エミリオは目を閉じた。

 スウ、スウと、穏やかな寝息が聞こえる。

 シシュもまた、コフ、コフと唾液混じりの寝息を漏らしていた。

 

 汗と、唾液と、涙と、小便と、愛液と、精液。

 大量の体液のプールに浸かりながら、エミリオとシシュは穏やかに眠り続けていた。

 

 

 

 

「shaaa……」

 

 四足獣の死体を抱えながら帰還したディ。

 眼の前に飛び込んで来た惨状を見て、愕然としたように鳴き声を漏らしていた。

 

 うそでしょ。

 

 ちょっと引きながら、ディは父母の痴態を呆然と眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ディ「そうはならんやろ」


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Chapter36.『Newborn Predator』

 

 満天の星空。巨大な自然衛星がいくつも公転し、この惑星を見下ろしている。

 鬱蒼としたジャングルを照らす星明かり。ジャングルから少し離れた場所に目を移すと、切り立った崖があった。

 そして、そこには異星のテクノロジーで建てられた巨大な建造物──鉱山採掘施設が存在した。

 数百年は放置されたであろう採掘施設。外壁には緑が侵食し、まるで建物をギリースーツ(森林迷彩)のように覆っている。

 しかし、構造材は特殊な合金で作られているのか、錆等の劣化、腐食はまったく見られず、この建物はあと1000年は崩壊せずに存在し続ける事を伺わせていた。

 

 プレデターの氏族、Yautja(ヤウチャ)の鉱石採掘場だったこの施設。鉱山が枯れてからも()の出入りはそれなりにあった。

 本来の用途ではなく、狩りから逃れた獲物の隠れ家として。

 

 そして。

 ここには新たな住民が棲み着いていた。

 

 

「シシュ、シシュ、シシュ……!」

 

 新たな棲家で()を謳歌する地球の男と、異星の雌。

 エミリオとシシュの、何度も何度も繰り返された、愛の営み。

 日が落ちても蒸し暑い屋内。肉を打ち付ける音と体液で湿った音が響き、室内の湿度は更に上がる。

 しかし、愛し合うエミリオとシシュにとって、蒸し暑い室内は些細な問題であり。

 お互いの灼熱の体温──肉体を焦がすような快感に比べたら、不快な室温は、むしろお互いを高める良いアクセントになっていた。

 

「シシュ、気持ちいい、気持ちいい……!」

 

 ベッドの上で静かに、深く繋がり合う。

 横たわるシシュの後ろからその片足を持ち上げ、ゆっくりと腰をグラインドさせるエミリオ。空調などという気の利いたものはない。運動と室温で玉のような汗を滴らせながら、互いの身体を擦りつけ、滑らせる。

 エミリオが腰を動かす度にグチュ! グチュ! と淫らな水音が響き、シシュの大きな乳房がゆさゆさと揺れる。

 ベッドは二人のゆるやかなグラインドでギシギシと音を立てていた。

 

「ku、kyuu、kyuuu……!」

 

 ピストンの度に切なそうに喘ぐシシュ。

 涙を流しながら、下腹部から突き抜ける快感に喘いでいた。

 

「kyuu、エミ、エミ」

 

 子犬が縋るようにエミリオの名を呼ぶシシュ。首を動かし、懸命にエミリオの舌を求める。

 

「シシュ、んっ、ん、んぅ」

「kyu、kuchu、kuchu」

 

 クチュクチュと、互いの舌をこすり付けるように絡ませる。

 そのまま、エミリオはゆっくりと、深いストロークで腰を入れる。

 

「ku、kyuuu……!」

 

 グリィッと、膣壁を擦られると、シシュは愛液を噴射させながら、何度目か分からぬオーガズムを感じた。

 

「シシュ、シシュ……ああ、イク、イクよ……!」

「kyu、kuuu……!」

 

 ゆっくりと、深くペニスを挿入しながら、エミリオが射精を告げる。

 シシュはきゅっと目を瞑り、熱い濁流に備えた。

 

「イク、イク、イク……!」

 

 グチュ! グチュ! グブ! グブ!

 湿った肉がぶつかり合う音と、膣口から放屁のような空気の漏れる音が鳴る。

 ラストスパート。数度の抽挿。

 

「クウゥゥゥッ!」

 

 深く腰を突き出し最奥までペニスを埋める。

 埋まった直後、ビュグ! ビュグ! と、複数回射精を繰り返す。熱い精液が流し込まれる度に、シシュの膣肉が痙攣した。

 密着射精。本日3度目の、緩く、長い射精。

 

「kyuuuuuu……!」

 

 激しい快感、強烈な多幸感。

 それに必死で耐えるシシュ。

 かろうじて、意識は落とさなかった。

 

「ウ、クゥ!」

 

 ビクッ! ビクッ! とペニスを痙攣させ、精管に残った精子を絞り出す。

 

「ウッ、フゥ、フゥ……!」

 

 まだ硬いペニス。射精しながら丹念に抽挿を繰り返し、最後の一滴を、最奥まで絞り出した。

 

「フゥ……!」

 

 ジュポッと音を立て、エミリオはようやく半勃ちのペニスを引き抜く。

 引き抜かれたシシュの陰口からとゴポゴポと精液が零れていた。

 

「kyu、krrr……」

 

 パクパクと爪上口器を開閉し、シシュは浅い呼吸を繰り返す。見れば、だらしなく開かれた口器から涎も垂らしていた。

 快楽で焼けた脳内で、乙女は幸せに酔う。

 

「シシュ……」

 

 そうしていると、エミリオがシシュの下腹部へ手を伸ばした。

 ぽっこりと()()()()()()下腹部を愛おしそうに撫でる。

 よく見ると、シシュは全身、特に張りのある大きな乳房をテラテラと濡らしていた。

 エミリオの汗と精液。そして、僅かに漏れ出た()()で濡らしていた。

 この日の営みは、これで終わっていた。

 

「シシュ……あまり無茶しちゃだめだよ?」

「kyu……!」

 

 湿っぽい声質でそう囁くエミリオ。

 艶めかしい吐息を耳元に感じたシシュは、返事の代わりにチョロチョロと精液混じりの小水を漏らしていた。

 

「シシュ……」

 

 シシュの排泄物で下半身を汚すエミリオだが、それを全く気にしておらず。そのまま、シシュを後ろから抱きしめ、乙女の野性的な体臭を吸い込んだ。

 例えどれだけ暑く、湿度の高い夜でも、エミリオとシシュは毎晩全裸で、汗だくとなり、互いの体液で汚れ、肉体を絡ませながら眠っていた。

 エミリオは濡れた肉体をシシュにぴったりとくっつけ、愛する異形の大きなおなかを大切に抱きながら寝息を立てる。

 シシュもまた、背中とおなかに大好きなエミリオの温もりを感じ、イキ疲れるように眠りに落ちていた。

 

 

「shaaa……」

 

 しばらくして、部屋の片隅で眠っていたディがのそりと鎌首をもたげる。

 “飽きないなぁ”と呆れたように鳴き声をひとつ上げると、大きな身体を猫のように丸め、再び眠りについていた。

 

 エミリオとシシュ、そしてディが、氏族の“忌み星”へ降り立ってから3ヶ月が経過していた。

 日に日に大きくなるシシュのお腹。安定期が過ぎてから、先程のような緩い──あくまで彼らにとって穏やかな性交を続ける日々。

 

 激しく交わり、お互いに気絶するように果てた初日から。

 そして、性液のプールで眠る二人をディが叩き起こしてから、この惑星での湿度の高い営みが始まっていた。

 

 

 

 新生活を始めるべく、まずは宇宙船付近の探索を始めようとしたエミリオとシシュ。

 しかし、装備を整えいざ出発! とはいかず、ひと悶着が発生しており。

 

「シシュ、ズボン返してよ……」

「grr!」

 

 全裸のエミリオがそう情けない声を上げる。

 対し、シシュは愛する男の臭いが染み付いたカーゴパンツを抱え、イヤイヤと頭を振っていた。

 シシュは、未だにエミリオとの裸族生活に拘泥していた。

 プラズマキャノンやコンピューターガンドレッド等基本的な狩猟武具は身につけているものの、ネットスーツや腰布は身につけておらず。

 全体的に筋肉質で大きな身体だが、締まる所は締り、出る所は出ている性的な肉感。Gカップはあろうかという張りのある大きな乳房をたゆんと揺らし、ピンと尖った乳首を惜しみなく露出させながら、エミリオの股間を意識的に煽っていた。

 

「いやだから」

「grrr!」

 

 エミリオのカーゴパンツを抱え、ガーッと口器を開き、抵抗を表すシシュ。

 ちなみに、下着は先程の営みでエミリオ自身が破り捨てていた為、現在彼が全裸なのは半分自業自得だった。

 

「grrr」

「あっ」

 

 シシュはエミリオのカーゴパンツを雑に畳むと、自身の巨乳の谷間へと押し込んだ。

 

「krrr……」

「う……」

 

 乳房を掴み、こねこねと揉みしだきながら、扇情的にエミリオを煽るシシュ。

 ホラ、取れるものなら、とってみたら?

 そう言うかのように、上目使いでエミリオを見る。

 

「シ、シシュ……」

 

 発情した雌の芳香を嗅ぐと、エミリオの下半身は熱を帯び始める。

 ムクムクと膨らみ、先端をひくつかせながら戦闘態勢に入る肉の棒。

 小生意気なメスプレを容赦無くわからせる、疲れ知らずの海兵棒だ。

 

「……」

 

 それを、うっとりとした表情で見つめるシシュ。

 興奮したエミリオにメチャクチャに犯され、暴力的に精液を流し込まれた記憶が蘇る。

 その麻薬のような快感、そして“激しく愛されている”という多幸感に、シシュはちょっとハマっていた。

 前からその()はあったが、この異星乙女には少々の被虐願望があったのだ。もちろん、エミリオ限定ではあるが。

 

「シシュ……」

「krr……エミ……」

 

 ポタリとカウパーを滴らせながら、一歩ずつシシュへ近付くエミリオ。

 シシュはハァハァと熱い呼吸を吐きながら舌を出して待ち構える。

 二人の距離が縮まり、粘膜と粘膜が接触しようとする。

 熱く、激しい交尾がまた始まろうと──

 

「shaaaaaッッ!!」

「うわ!?」

「grr!?」

 

 瞬間、“いい加減にしろー!”とでも言わんばかりに、ディが怒りを滲ませながら割って入った。

 勢いのままシシュからカーゴパンツをひったくり、エミリオへ差し出す。

 

「shaaa! kishaaaa!!」

「う、うん。ごめん、ディ……」

「grrrr……」

 

 ディの言っている事は不明だが、意思は明快だった。

 

 お父さんとお母さんが仲よしなのは結構。ボクもうれしいよ。でも時と場所をもう少し考えて欲しいというかエッチしすぎいつまでヤッてんだいい加減にしてもういくよ!

 

 大凡そのような意思を表明したディ。

 それを受け、恐縮しながらいそいそとカーゴパンツを履くエミリオに、憮然と顫動音を鳴らすシシュ。

 シシュとしては、“その時と場所を選ばずにセックスしまくりたいからここに来たのだ”という乙女の言い分があった。

 とはいえ、いつまでもセックスばかりでは先に進めないというジレンマもあり、不承不承ではあるが結局エミリオの着衣を許していた。

 

「よ、よし。じゃあ行こうか」

「shaaaaa!」

 

 ともあれこれで準備は整った。

 エミリオの号令にディは元気よく応える。

 

「……」

 

 一方のシシュは、腰布を巻き、無言でマスクを装着しており。

 乙女は不機嫌オーラMAXで船外へ出た。

 

「シシュ」

「……」

 

 追いつくエミリオを無視するシシュ。

 はあとため息を吐きながら、エミリオはやや強引にシシュの手を引いた。

 

「ッ!?」

 

 ぐいと引っ張られ、エミリオに抱き寄せられたシシュ。

 シシュの方が背が高いので、エミリオの顔は必然、乙女の首元に当たる。

 

「ん……」

「krr……!」

 

 そのままシシュの首筋を吸うエミリオ。

 乙女はそれだけで腰布を濡らした。

 

「……今夜、沢山してあげるから」

「~~ッ」

 

 そして、トドメのウィスパーボイス。

 シシュはマスクの中でだらしない表情を浮かべていた。

 

「grrrrr!!」

「あ、待ってよシシュ」

「shaaa……」

 

 結局、シシュの機嫌は一瞬で直っており。

 テンションMAXでジャングルを進み始める乙女を、エミリオは苦笑しながら追いかけ、ディは呆れながら二人の後を付いていった。

 

 

 ようやく探索行を開始したエミリオ達。

 しかし、鬱蒼としたジャングルを進む内に、最初の問題にぶち当たった。

 

「虫が多いな……」

 

 半裸でジャングルに分け入ったエミリオ。当然、蚊やアブ、蛭のような吸血昆虫に集られる。

 BG-386に出発する前、部隊でワクチンを一通り摂取していたので、早々病気になる可能性は低い。だが、虫が未知の病気を媒介する恐れもあったし、そもそも虫に集られるのは単純に不快である。

 高温多湿のジャングルでも、極力長袖の着用が望ましいのだ。

 現在のエミリオの装いは、カーゴパンツに化繊靴下、コンバットブーツのみ。下着が無い為、股擦れも注意しなければならなかった。

 

「krr?」

「shaa」

 

 エミリオに比べ、シシュとディは全く虫に刺されていなかった。

 シシュ達プレデターの体皮は爬虫類のような硬い外皮で覆われて保護されており、乳房は弾力があり柔らかいものの、基本的にはあまり気を使わなくてよい。唯一気にするのは、粘膜を露出させている口器や陰部だけだった。

 ディに関しては言うまでもなかった。体皮云々以前に、その身体に吸血しようものなら、一瞬にして酸により溶解するからだ。

 

「……そうだ」

 

 ふと、エミリオは水溜りを見つけると、何かを思いついたようにそこへ行く。

 淵は泥濘化しており、エミリオは泥を掬い始めると、自身の身体に塗り始めた。

 

「これで虫に──」

「grrrrー!!」

「うわっ!?」

 

 泥による肌の保護(コーティング)。現状最も確実な虫除け対策をしている矢先、急にシシュがエミリオへ抱きついた。

 もうエッチが我慢できなくなったか、と少々呆れつつ、注意しようとしたエミリオ。

 しかし。

 

「krr……ヤダ……ヤダ……」

「え、シ、シシュ?」

 

 乙女はマスクの下で、悲しみに塗れた声を上げる。

 キュウキュウとか細い鳴き声を漏らしながら、付着した泥を一心不乱に落としていた。

 

「シシュ、どうしたの?」

 

 ゴシゴシとエミリオの泥を落とすシシュ。

 その様子に戸惑うエミリオに、シシュは泣きそうな声で応えた。

 

「エミ、ミエナイ、ヤダ、ヤダ……!」

「えっ」

 

 乙女の悲痛にして切実な想い。

 愛する男の姿が見えなくなるという、種族の特性による障害。

 プレデターの視覚は通常の人間とは異なり、基本的には赤外線を知覚することで視界を確保している。

 ヘビのピット器官のような視覚は、マスクの補助により人間よりも優れた視覚を備えていた。

 だが、唯一の弱点が存在する。

 それは、泥などの砕屑物で赤外線を遮断されると、極端に見え辛くなるというものだ。

 

「そっか、泥が……」

「krr……」

 

 たどたどしい説明ながらも、涙声でそう説明したシシュ。

 愛する男の姿、愛おしくてたまらないエミリオが、突然視界から消失する恐怖。

 シシュは、それに耐えられなかったのだ。

 

「ごめんね、もうしないよ」

「krrー……」

 

 しょんぼりと項垂れるシシュを抱きしめ、慰めるようにポンポンと背中を叩くエミリオ。

 思いがけずシシュを悲しませた罪悪感が広がり、エミリオもまた気落ちしていた。

 とはいえ、これ以上乙女を悲しませるわけにはいかない。

 エミリオは多少の虫食いを覚悟し、再びジャングルを進もうと立ち上がった。

 

「shaaaaaaa!」

「わぁ!?」

 

 すると、今度はディがドシンと後ろから抱きついて来た。

 

「えっ、ディも見えなくなるの?」

「gurrr、shaaa」

 

 そう疑問を上げたエミリオに、ふりふりと大きな頭を振るディ。

 そして。

 

「えっ、ちょ、ディ!?」

「grr!?」

 

 ディはエミリオの身体のあちこちにインナーマウスを這わせはじめた。

 戸惑うエミリオ。そして、急なディスキンシップに乙女心を警戒させるシシュ。

 しかし、嫉妬心昂ぶらせる乙女の心配をよそに、ディは大量の粘液を分泌。

 瞬く間にエミリオの上半身をヌルヌルにした。

 

「ディ、これって」

「shaaaa!」

 

 “どうよ?”と、どこか得意げな調子のディ。

 戸惑い続けるエミリオだったが、やがてディの行動の意味が理解った。

 

「あ、虫……」

 

 ディの粘液。ローションのように塗布されたエミリオに、もう昆虫類はまったく寄り付かなくなっていた。

 調べてみなければ分からぬが、何かしらの防虫成分でも入っているのだろうか。

 そう思いつつも、エミリオはディに感謝する。

 

「ありがとう、ディ」

「shaaaa!」

 

 ゴシゴシとディの頭を掻く。うれしそうな鳴き声で、ディは尾をふりふりと揺らした。

 

「……」

 

 そして、また不機嫌になるシシュ。

 エミリオが見えなくなるという問題が解決したのに、どこか納得行かない様子だ。

 マスクの下でムスっとした表情を浮かべていると、エミリオが手招きをした。

 

「シシュ、おいで」

「krr?」

 

 不機嫌でもエミリオが呼べばホイホイ付いていってしまうのがシシュという生き物だ。

 手招きするエミリオに近付く。

 すると。

 

「ほら、シシュも塗りなよ」

「krr!?」

 

 唐突に感じたぞわりとする快感。

 エミリオがディの分泌液(ローション)をシシュのお腹にも塗りたくっており、クチュクチュと淫気のある音が響いた。

 

「ここも……」

「kyu……ッ!」

 

 ローションを剥き出しの乳房にも塗る。揉みしだくように塗布させ、シシュの乳房はヌルヌルと濡れていく。

 

「kyuu……ッ」

 

 エミリオの指が、突起した乳首に触れる。

 クリクリと、丹念にローションを塗布される。

 シシュは先端から感じる痺れるような快感に腰が砕け、エミリオの肩へ寄りかかった。

 

「……ここも」

 

 そして、シシュの腰布の中に、そっと手を入れるエミリオ。

 

「kyuuuuuuu……!!」

 

 敏感になっているカラダに、エミリオの熱い体温が触れる。

 ローションを塗らなくても、シシュの膣口はトロリとした愛液で濡れていた。

 

「シシュ……」

「kyu……エミ、エミ……!」

 

 手を引き抜き、濡れ塗れた指先を見たエミリオ。

 呼吸が荒くなる。シシュは、何かを期待するように乳房を押し付け、カーゴパンツを押し上げるエミリオの腰へ、自身の下半身を擦りつけていた。

 エミリオはシシュのマスクを外そうと、吸気管へ手をかけた。

 

「gisyaaaaaaaaaaaaッッ!!」

「わぁぁ!?」

「grrrrr!!」

 

 “またかい!”と言わんばかりの、ディによる本日二度目のインターセプト。

 セックスは別に今じゃなくてもいいだろ! と、巨体を番の間に割り込ませる。

 もはや怒りを通り越して若干の呆れを見せつつも、怪物娘は健気に義両親を更生しようとしていた。

 

「ご、ごめんなさい」

「grrr……!」

 

 恐縮しながら素直に謝るエミリオ。

 いいところだったのに邪魔しやがって、と逆ギレするシシュ。

 ディは力なく頭を垂れ、隙きあらば本気交尾(中出しセックス)をおっ始めようとする二人に疲れを隠せずにいた。

 

「じゃ、じゃあ行こうか……」

「grrrr……」

「shaaa……」

 

 これから何度コレが繰り返されるのだろうか。

 ディはため息のような鳴き声を上げながら、ジャングルを進むエミリオとシシュへ追従していった。

 

 

 

「ここって……」

 

 しばらくジャングルを進むと、開けた空き地に出た。

 そして、明らかに自然物ではない、人工的なオブジェがあり。

 

「これは……」

 

 苔むしたオブジェ。長い年月を感じられるその様子。

 形状はなんとも形容し難いが、エミリオはそれがどことなくクレーンのようにも見えた。

 

「grr……」

 

 シシュはここが“狩猟キャンプ地”だと気付くと、マスクの下で僅かに不快そうな表情を浮かべた。

 ここを縄張りにしていた連中は、氏族から追放された“悪しき血”達だ。

 かつてクリーナーから聞かされたミスター・ブラック・プレデター達の醜悪な狩猟ぶりは、乙女の狩りに対する矜持に反しており。

 あまつさえ、遺伝子改良による自身の強化などもってのほかだ。

 Yautja(ヤウチャ)の者は、たゆまない修練でこそ、己を強くするのだとも思っていた。

 

「krr?」

 

 ふと、何かを見つけたのか、シシュがその場にしゃがみこむ。

 

「シシュ、何か見つけた?」

「krr」

 

 見ると、シシュはオブジェと同様に劣化した、氏族のマスクを手にしていた。

 

「それって、シシュ達の……」

 

 エミリオの言葉に頷くシシュ。

 傷付いたマスク。

 何か、強敵と戦った後なのだろうか。

 もう少し探せば、このマスクの持ち主──白骨化した氏族の遺体も見つかるかもしれない。

 

「……」

 

 シシュはおもむろに自身のマスクを外す。

 そして、拾ったマスクを装着した。

 

「シシュ、何かわかった?」

「……」

 

 百年以上は放置されたマスクでも、マスクに残されたアーカイブは問題なく見れるようだ。

 シシュはじっとマスクに残された情報を見る。

 

「krr」

 

 そして、マスクを外した。

 その後、瞑目。

 このマスクの本来の持ち主を弔うかのように、静かにマスクに手を這わせ、頭を垂れた。

 

「……」

 

 その様子を見て、エミリオもシシュの隣にしゃがみ込むと、片手で拝む。

 しばらくの間、番は死者を弔い、厳かな時を過ごしていた。

 

「shaa……」

 

 ディはその様子を大人しく見守っていた。

 死者を弔うという文化は、ディにはまだ理解は出来ない。

 しかし、この番が、何かしらの敬意を表しているのは理解できた。

 それを邪魔するような無粋な子ではない。

 

「krr」

 

 やがて鎮魂の儀式が終わると、シシュは得た情報をエミリオへ共有した。

 この先をもう少し進むと、氏族が残した鉱山採掘施設があり、そこには長期的に居住していた“人間”もいたという。

 先住者は既にいないが、まだ居住はできそうだとも。

 

「じゃあ、僕達もそこで暮らせそうだね」

「krr!」

 

 ともあれ、当面の棲家の宛てが出来た。

 一行は採掘施設を目指し、再びジャングルを進み始めた。

 

 

 

「……」

 

 しばらくジャングルを進むと、また開けた場所に出た。

 先程のようなキャンプ地ではなく、ただの開けた草むら。

 

「……?」

 

 草むらを進むと、今度はエミリオが何かを見つけた。

 

「刀……?」

 

 赤錆びた金属の棒。

 柄巻きが施され、朽ちた鍔が装着された、古来日本より伝わる伝統的な近接武器。

 刀が折れないよう、慎重にそれを手にする。

 

「……」

 

 ともすれば折れそうな程錆びきった日本刀。

 しかし、エミリオはこの刀が決して折れないだろうとも思っていた。

 この刀を用いて最後の戦いを繰り広げた者の魂──サムライの魂が込められているのを感じ取っていたからだ。

 

「……」

 

 刀を地面に突き立てると、先程のように片手で拝む。

 地球から遠く離れたこの惑星で、玉のように砕け散った武魂を慰めるように、エミリオは真摯な祈りを捧げた。

 

「krr」

 

 シシュもまた、エミリオのマネをするように両手を合わせた。

 マスクのアーカイブを見なくても、この刀の持ち主が、栄誉ある戦いを繰り広げたのは想像に難くなく。

 

「行こうか」

「krr」

 

 厳かな祈りを捧げた後、再び採掘施設を目指す。

 どこか故郷──地球への郷愁の想いに囚われたエミリオ。

 しかし、それは僅かな間だけだった。

 

 これから始まる、愛しい人との新しい生活。

 寂しさなど感じる暇もないだろうとも想っていた。

 

 

 

 


 

 エミリオ達が忌み星へたどり着いて3ヶ月が経過していた。

 採掘施設にたどり着き、新しい生活を始めたエミリオとシシュ、そしてディ。

 施設の居住スペースには、生活に役立つ様々な物資が残されており、シシュが宇宙船から持参した品物と合わさり、それほど不便を感じる事はなかった。

 

 水場も近く、飲料水や生活用水には事欠かない。

 食料もディが付近の四足獣を狩り持ってきてくれるし、時折エミリオやシシュも狩りに参加した。

 火起こしはシシュが持ち込んだ簡易コンロがあり、更にその燃料は太陽光を変換している為、半永久的に使えた。

 調理した肉をシシュとディが美味しそうに食べる光景を見て、エミリオは満足気に微笑んでいた。

 

 また、先住者が残したメモもあり、そこには周辺の状況──岩塩、薬草の在処など、食糧事情や健康面を改善する様々な情報が記されていた。

 更に、少々離れた場所には海もあり、海魚が豊富に棲息していた。

 エミリオ達の食卓に海鮮が現れるのも、そう時がかからなかった。

 

 生活面での不安がなくなると、やることはひとつだけだった。

 エミリオとシシュによる、濃厚な交尾。

 何もかもを忘れ、二人はただひたすらお互いを求め合う。

 そして、それは長時間行われるのが常であり、一度は5日間も繋がりっぱなしだった事もある。

 食事も排泄もセックスしながらという無茶な行為は、流石のディも放置するしかなかった。

 自身の分泌液(ローション)をプレイに使われたのを見て、もはや怒る気も失せていたのだ。

 

 ともあれ、汁まみれになりながらも穏やかな時を過ごしていたエミリオ達。

 日に日に大きくなるシシュのお腹に比例して、二人のセックスもまた穏やかなものとなっていた。

 無論、ディから見ると無茶なのは変わりなかったが。

 

 このような愛と欲に塗れた日々を過ごしていたエミリオ達。

 そして、あくる日の事。

 

 エミリオとシシュ、そしてディにとって、忘れられぬ時が訪れようとしていた。

 

 

「シシュ、がんばって……!」

「grr……!」

 

 ベッドの上で苦しそうに呻くシシュ。

 その手を握り、懸命に励ますエミリオ。

 陰部から血が混じった大量の液体が、泉のように漏れ出ていた。

 出産だ。

 この惑星で、新しい命が産まれようとしていた。

 

「shaaa……」

 

 不安そうにシシュを見守るのはディも同じだ。

 見ると、お湯が張られた桶を大事そうに抱えている。

 シシュのお腹が波打つ度に、共感めいた苦痛が、ディも感じ取っていた。

 

「シシュ、がんばって……!」

 

 吹き出る汗を拭い、自身も汗まみれになりながら、懸命にシシュを励ます。

 エミリオは、それ以上の事が出来なかった。

 鎮痛作用のある薬草はあれど、シシュはそれを飲もうとしなかった。

 この苦痛は、愛おしいものだ。

 そう言って、夫が差し出す薬を拒んでいた。

 

「grrrr……ッ!」

「シシュ……!」

 

 シシュが苦悶の声を上げ、救いを求めるようにエミリオの手を握る。

 エミリオは、なぜ士官学校でお産の講義がなかったのだろうと、益体もない事を考えてしまう。

 こんな事なら、スコットやカリロから助産の知識も教わっておけばよかったとも。

 もっとも、彼女達がいかに優秀な衛生兵だったとはいえ、助産の知識を持っていたかどうかは定かではなかった。

 

「graaaaaッッ!!」

 

 一際大きな咆哮で、苦痛に耐えるシシュ。

 灼けるような猛烈な痛み。容赦なく押し寄せる圧力。

 それに耐えながら、肉体の全機能を出産の為に使っていた。

 陰部から噴出した血混じりの羊水が、股の間からベッドへ伝い落ちる。

 

「ッ! ……がんばって!」

 

 握られた手が軋む。

 しかし、エミリオは文句のひとつも言わず、シシュを励まし続ける。

 その痛みは、シシュが感じる痛みの、ほんの僅かにも及ばない。

 見ると、シシュの片方の手はベッドのパイプを掴んでおり、鉄製のパイプは乙女の握力により無残にひしゃげていた。

 

「gruuuuッッ!」

 

 脈動する腹部。

 陰部から血飛沫が噴き上がる。

 何度も何度も、何かが膣肉を突き上げていた。

 

「──ッ!」

 

 エミリオは目をしばたいた。

 何か、頭のようなものが、シシュの避けた膣から飛び出そうとしているのを見留めた。

 

「シシュ、もう少しだよ!」

 

 粘膜を突き破ろうとしている赤ん坊の頭。

 はっきりと見える、赤黒い頭部。

 エミリオの言葉を受け、シシュは最後の力、最後の悲鳴を上げた。

 

「guraaaaaaaaaaッッ!!」

 

 まるで戦闘時の咆哮。しかし、どこか艶っぽい叫び。

 同時に、母の子宮──狭い空間から解き放たれた、“新生児”の産声が上がった。

 ふええ、ふええと、泣き声を上げる赤児。

 へその緒で繋がれた母子の姿を、エミリオはしばし呆然と見つめていた。

 胸から溢れる様々な感情──感動で、エミリオは動けなかったのだ。

 

「shaaa!」

 

 すると、ディが素早い動きで新生児を抱きかかえた。

 へその緒をインナーマウスで千切り、美術品を扱うかのように丁重な仕草で産湯に浸からせる。

 まるで熟練の助産婦のようだと、エミリオはどこか感心したように見つめていた。

 超常的な感応能力を持つディは、まだ意識もはっきりしない赤児が何を望んでいるのか、的確に察知していた。

 

「shaa」

「ああ……」

 

 大きな手を器用に動かし、手早く血を落とすディ。

 そして、清潔に整えられた赤ん坊をエミリオへ差し出した。

 おずおずと、片手で受け取るエミリオ。

 

「ほら、シシュ……僕達の、赤ちゃんだよ」

「krr……」

 

 涙を零しながら、シシュへ赤ん坊を見せるエミリオ。

 激痛から解放されたシシュは、穏やかな表情で赤ん坊を見つめた。

 

「シシュに似てるね」

「krrー……」

 

 未だ激しく泣く赤ん坊。

 その頭部は、シシュのようにドレッドヘアのような管が生えている。

 顔にも二対四本の爪状口器があり、皮膚の色も母の特徴をよく受け継いだ黄土色だった。

 

「krr、エミ、ニテル」

「え、そうかな?」

 

 しかし、爪上口器の内には、人間と同じ唇があり。

 また、その目も、プレデターというよりは人間と同じ組成となっていた。

 まだ開かれていないが、きっとその瞳はエミリオにそっくりだろう。

 そう言ったシシュに、エミリオははにかんだ笑みを浮かべていた。

 

「ほら、シシュも抱いてあげて」

「krr」

 

 エミリオに差し出された赤ん坊を受け取り、大切に抱きかかえるシシュ。

 泣く赤ん坊を抱くと、シシュの乳首が濡れた。

 人間とプレデターの間の子は、本能に従い母親の乳首へと吸い付いていた。

 

「krr」

 

 ちゅうちゅうと乳を吸われ、シシュは恍惚とした表情を浮かべた。

 エミリオに吸われる時は、得も言われぬ快感が突き抜け、幸せになれる。

 しかし、今は、それとはまた違った幸福が、彼女の脳を焦がしていた。

 

「……女の子だ」

 

 そして、エミリオはんくんくと母乳を飲む赤ん坊、その股間を見て、そう呟いた。

 

「きっとシシュに似たおてんばさんになるね」

「krrー」

 

 エミリオはシシュを労るようにその頭を撫でる。

 そして、溢れる涙を拭おうともせず、エミリオは赤ん坊ごとシシュを抱いた。

 

「ありがとう、シシュ」

「krr……」

 

 シシュは、エミリオの腕に包まれ。

 そして、胸に感じる赤ん坊の温かい体温を感じ。

 幸せそうに、微笑んでいた。

 

 

「shaaa」

 

 ディはその様子をじっと見つめていた。

 まるで、美し蝶々のようだ。

 そう想いながら、新しい家族の様子を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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Chapter37.『Ending』

 

 西暦2202年

 地球USA西海岸

 海上都市“サン・ドラド”

 植民地海兵隊基地

 

 穏やかな波。深い青。地球の海。

 アタシは、それをデスクからボンヤリと眺めていた。

 

 あれから、10年が経った。

 

 あのクソったれな惑星で、クソったれな化け物達と戦って。

 アタシの大切な弟……エミィと別れて、10年。

 この10年は、あの戦いが嘘のように平和だった。

 もちろん、植民惑星を狙う海賊連中を叩きのめしたり、軌道ステーションを占拠したテロリストをぶちのめしたりと、それなりに鉄火場はあったけど。

 

 でもあんな、あのような生命の危険を感じるような、ひどい戦争は無かった。

 これからも無いといいけど……。

 

 

 サルマキス号で地球に帰還した後。

 アタシ達は、機密保持という名目で軍に軟禁された。

 ウェイランド社と例の宇宙人退治の連中に配慮した、高度な政治的判断ってやつ。

 政治の話なんてほんとウンザリ。お天気、税金、インフレの話だけで十分よ。

 

 でも、カービィ将軍が色々がんばってくれて、アタシ達の軟禁は解かれた。

 そして、BG-386での戦争は、ウェイランド・ユタニ社兵器開発部長、ランス・ビショップ・ウェイランドが引き起こしたテロ事件として処理された。

 プレデターも、エイリアンも。

 そんな存在は、一切無かった事にして。

 

 第501大隊はその戦力をほとんど喪失した為、再編成される事もなく、そのまま解隊された。

 部隊長のレン少佐はテロ鎮圧の功労により、勲章を授与されていた。

 でも、授与式で勲章を受け取るレン少佐は、少しも嬉しそうじゃなかった。

 その後、レン少佐は海兵隊を名誉除隊し、NPOを設立した。

 戦死した部下達の遺族。軍からの見舞金や年金だけじゃ生活できない遺族を支援する為、精力的に活動しているらしい。

 そして、アルファ中隊の生き残りも全員そのNPOに参加していた。

 

 それも当然か。

 もう、あんな地獄のような戦場に、誰も立ちたくない。

 アタシ達のような、頭のネジの外れた一部の連中を除いて。

 

 エミィに最後まで付き合ってくれた、第3小隊の勇敢な兵士達。

 ライバック伍長とコナー上等兵も、そんな連中だった。

 

 ライバック伍長は兵役満了後も志願して軍に残り、曹長に昇進。今も植民惑星で様々な作戦に従事している。

 多分、彼は余程の事がない限り戦場で死ぬ事はないだろう。

 前線で生き残る為の術はアタシ達よりも長けている。ウチに欲しいくらいだわ。

 もっとも、本人は『特殊部隊なんてガラじゃない。戦艦に乗り込んでコックでもやるなら話は別ですがね』なんて言って笑ってたけど。彼、ああ見えて結構料理が得意みたい。

 

 コナー上等兵は5年前の作戦で負傷し、戦傷除隊した。

 驚いたのは、除隊後の彼女がニューヨーク市でお花屋さんを開いた事だ。

 なんでも、小さい頃からの夢だったとか。スマートガンを撃ちまくっていた彼女の姿からは想像が付かないわね。

 ちなみに、ライバックがちょくちょくコナーの店を訪れているのが目撃されているらしい。

 戦友だから、というには、ちょっと訪れる頻度が高いんじゃないかしら。

 

 ロス一等兵は、BG-386で受けた負傷が元で軍を除隊していた。

 その後、彼女はテキサスにある牧場で働いている。

 前に一度訪れた事があったけど、牧場主の婦人と仲良く切り盛りしていた。

 まるで、本当の親子のように……。

 時折寂しそうな表情を見せていたけど、彼女は大丈夫だろう。

 ブチギレながら牛追いしている姿はちょっと怖かったけど。

 

 アタシ達、植民地海兵隊第13独立部隊も相応に様変わりしていた。

 退役したカービィ将軍に代わり、情報部部長の席についたダッチなんかは特に変わったわ。

 大佐に昇進した後、得意のハッキングを使って海賊やらテロリストやらマフィアやらを容赦なく追い詰めている。

 デスクワークばかりでちょっとなまってんじゃない? って言ったら、『俺はお前と違って荒事には向かない性質(タチ)なんだ』って言ってたから、その後戦技訓練でボコボコにしてやったけど。

 まったく、情報部の女の子と結婚してから、随分とヘタれになったもんだわ。

 来月には子供が産まれるからって、腑抜けた顔しちゃって。

 ま、アタシはダッチに先を越されたなんて露ほど思っちゃいないけどね! アタシだって浮いた話くらいある……あるんだから。

 

 そういえば、あのクソ髭……ベネットも、BG-386での負傷で除隊した組だ。

 でも、あいつは抜け目がないというか、あくどいというか、なんというか。

 BG-386での様々な情報をダシに、ウェイランド社を強請って大金をせしめるなんて。よくやるわホント。

 趣味の悪い銀のタンクトップにホモが履くような黒革のパンツ、自転車のチェーンみたいなクソダサアクセをつけてニヤニヤしながら『10万ドルPON! とくれたぜ』なんて言ってきた時は、マジで殺意が湧いたけど。

 というか、普通はそんな事したらウェイランド社に消されると思うけど、あいつは本当に抜け目がなかった。

 除隊した後に民間軍事会社を設立し、顧問にアタシのお祖父ちゃんを迎えたからだ。

 お祖父ちゃんの名は裏社会じゃ有名だし、ウェイランド社のCEOとも個人的に仲が良い。自分の安全を確保した上で、色々と好き勝手やっているようだ。

 でも、時々ダッチからの依頼で汚れ仕事(ダーティービジネス)も請け負っていて、実のところアタシ達も何回かベネットに救われていた。

 ……最後に殺すと約束したわね。アレは嘘よ。

 

 お祖父ちゃんは、相変わらず元気いっぱいだ。

 もういい年というか、いつくたばってもおかしくない年齢なんだけど、全く衰えを感じさせない。

 口だけが達者なトーシロばかりの民間軍事会社の連中を一端の兵士に鍛え上げてるし、ほんと、あの元気はどこから湧いてくるのかしら。

 ていうか、ウェイランド社のCEOと再婚したってどういうこと?

 なんかもう、破天荒すぎてついていけないわ。

 

 ……お祖父ちゃんには、BG-386の事、エミィの事を、包み隠さず話した。

 異星人の女の子と一緒になって、その、男女の関係にまでなって。

 おまけに怪物も手懐けて、そのまま異星人の宇宙船でどこかに行ってしまった事を。

 お祖父ちゃんは『そうか』と、短く言った後。

『エミ坊が決めた“人生”だ。俺は何も言えねえよ』なんて、どこか寂しそうに言っていた。

 

 アタシは……アタシも、エミィが決めた人生に口を出す気はない。

 でも。

 それでも。

 愛してる、たった一人の弟なのだ。

 気にならないなんて、嘘だ。

 

 エミィは、今どこで、何をしているのだろう。

 あの異星人のお嫁さん……シシュと、仲良くやっているのかしら。

 もう、確かめる術はない。

 

 これから、人類が発展して、もっと遠くの惑星に行けるようになったら。

 いつか、エミィの家族とも会えるのかな。

 いつか、エミィの子供が、地球にやってきたら。

 その時は、アタシの家族にも、会ってくれるのかな……。

 なんて、独り身の戯言にしか聞こえないけど。

 

 でも、本当に。

 いつか、また、

 エミィに、会いたいな……。

 

 

 

「クロサワ()()!」

 

 物思いに耽っていると、副官のシェイミー・ヒラー少尉が声をかけてきた。

 士官学校出のパリパリの新任少尉。きちっと整えられた制服とベレー帽に、綺麗に磨かれた眼鏡。アイロンがけされたスカートに、ピカピカに磨かれたパンプス。

 見た目通りの頭の良い子で、士官学校も首席で卒業している。

 なんでも、お姉さんも海兵隊だったらしく、レン少佐の推薦を受けて士官学校に入学してきた逸材だとか。

 ま、アタシから見ればまだまだヒヨッコだけどね。

 

「なによシェイミー。まだ時間あるでしょ?」

 

 かったるそうにそう言うと、シェイミーはぷりっとした頬を赤く染めた。

 リスみたいでちょっとカワイイ。

 でも、直後に聞こえてきた言葉は、全然可愛くなかった。

 

「まだじゃないですよ! もう時間です! 今日は第13独立部隊の任官式があるんですよ! ていうかなんでまだタンクトップのままなんですか!? 早く礼装(ブルードレス)に着替えてください! そもそも少佐は()()としての自覚はあるんですか!? そのでっかいおっぱいはわたしへの当てつけですか!?」

「わかったからそんなに怒鳴らないでよ。直ぐ支度するわ……アンタ、おっぱい小さいのそんなに気になるの?」

「はあああああ!? 全然気にしていないんですけどおおおおおお!? むしろ軍務じゃ小さいほうが色々有利ですしいいいいい!? 貧乳はステイタスですしいいいいいいいい!!??」

 

 いきなりキレてやかましく捲し立てるシェイミー。

 ていうか、随分とふてぶてしくなったわねこの子。

 最初はあんなに初々しくて可愛かったのに。おっぱいは小さいけど。

 それにしても、年に一度の任官式か。つまらない行事だ。

 どうせ、訓練期間中に志願兵のほとんどは脱落するのに。

 去年残ったのも、目の前のシェイミーひとりだけだ。

 

「ごめん、アタシが悪かった」

 

 そう言いつつ、シェイミーの慎ましいお胸に目を向ける。

 ……確かに、大きいバストなんて作戦中じゃ邪魔以外なにものでもないわね。

 

「ま、おっぱいの大きい小さいなんて考えるだけ無駄ってことね」

「……そんなんだから少佐にはその歳になっても浮いた話がひとつもないんですよ」

「は?」

「なんでもありません少佐殿。早く支度をお願いします」

 

 なんかムカつくわね。

 ああ言えばこう言うし、あんたアタシを何だと思ってんの?

 ほんと、上官に対する敬意ってものが欠けてるわ。

 誰に似たんだか。

 

「まあいいわ。それにしても、めんどくさいったらありゃしないわね。いちいち式典するような部隊じゃないでしょウチは」

「皆志願してここに来ているんですよ。憧れの部隊の隊長がそんなんじゃ示しがつきませんよ」

 

 そう言いつつ、シェイミーが持つ上着に袖を通す。

 それから、シェイミーに髪を纏め直してもらった。

 

「少佐は黙っていれば綺麗なのに……」

「あんたいちいち一言多いわね」

 

 櫛でアタシの髪を梳きながらそう言ったシェイミーに、ふてくされたように言い返す。

 

「少佐が人気あるのは本当ですよ? 皆、“伝説のコマンドー”リン・クロサワに憧れてこの部隊に志願しているんですから。入隊して3日で幻滅しますけど」

「ほんと一言多いわね!?」

 

 そうこうしている間に支度が整う。

 パリっとしたブルードレス。ピカピカに磨かれた徽章が縫い付けられた制帽。

 何度着ても慣れないおめかし。

 ため息を吐きつつ、シェイミーとオフィサールームを出る。

 

 

 それから、基地内に設営された式典会場へと向かった。

 式典会場に着くと、新しく赴任した志願兵達の姿が見える。

 士官学校から直で来たり、既存の部隊で慣らしていたり。

 様々な経歴をもつ海兵隊員が、背筋を伸ばしてアタシを待っていた。

 

気をつけ(Attention)!」

 

 シェイミーの凛とした声が響くと、志願兵達は一斉に起立し、敬礼した。

 アタシも彼らに答礼し、シェイミーに促され隊長席へと進む。

 陪観席では海兵隊の佐官やら将官やら、参列する関係各位の姿が見えた。

 その中に、海兵隊式の礼装を纏ったダッチもいた。

 

「相変わらず馬子にも衣装だな」

「うっさいわね」

 

 そう小声でやり取りする。

 ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべるダッチを無視し、アタシは隊長席に座る。

 そうしていると、式典が始まった。

 長ったらしい将官の訓示。

 この後、アタシもつまらない話をしなきゃならないんだから、ほんと嫌になるわ。

 こんな固っ苦しい行事なんかしないで、こいつら全員と格闘訓練してた方がまだ有意義なのに。

 

「ん……?」

 

 ふと、志願兵達の一人と目が合う。

 ベレー帽から僅かに覗く黒髪。

 ちょっと幼い顔立ちと、あどけない瞳。

 

「……」

 

 なんとなく、目が離せない。

 頼り無さそうに見えるけど、ここに来たからにはそれなりに実力はあるのだろう。

 それに加えて。

 

「エミィ……」

 

 その兵士は、ちょっとだけエミィに似ていた。

 アタシと目があった彼は、少しだけ頬を赤く染めていた。

 ……少し、アタシも顔が熱くなった気がした。

 

「では、クロサワ少佐からの訓示に移る。全員心して拝聴するように」

 

 進行役でもあるシェイミーの声が響く。

 彼から視線を外し、壇上へと上がる。

 

 そして、もう一度、彼の目を見た。

 

「歓迎するわ諸君。地獄の戦場へようこそ!」

 

 そう言うと、志願兵達に緊張が走るのが見えた。

 彼も、顔を上気させながら。

 真っ直ぐに、アタシの目を見ていた。

 

 今年は、熱い年になりそう。

 

 

 

 


 

 灼熱の熱波を放つ太陽が、夕陽となり惑星を照らす。

 複数の衛星が惑星を周回し、その大きさも地球の月に比べて遥かに大きい。

 地表にいながら感じ取れる、荘厳な宇宙の光景。

 そして、緑の地獄からそれを見上げる、一人の男がいた。

 

「……」

 

 結わえた長い黒髪、白濁とした左目。

 身体中に刻まれた痛々しい傷痕。

 何より、彼の大きな特徴。

 左腕の欠損。肘より先を失った左腕の傷痕には、固まった肉がグロテクスに盛り上がっていた。

 

 植民地海兵隊の士官──だった、エミリオ・クロサワ。

 地球より遠く離れた惑星で暮らす、ただひとりの地球人。

 時折、彼はこうして夕空を見上げ、故郷への郷愁に耽る事があった。

 

「今日も、無事に過ごせました……」

 

 そして、宇宙(そら)に向かって、離れ離れになった姉と祖父に向かい祈りを捧げる。

 毎日、エミリオはこの祈りを欠かすことは無かった。

 広大な宇宙では、相対性理論により時間の流れが極端に変わる。

 もう、地球に残された家族はとっくに死亡しているかもしれない。

 しかし、エミリオは祈るのを止めなかった。

 そうしていると、今の家族をより大事にしようと思えたからだ。

 

「……?」

 

 ふと、背後の茂みがガサリと動く。

 

「誰だ?」

 

 エミリオの武感は萎えていない。

 むしろ、野生的な生活をしている内に、海兵隊時代より研ぎ澄まされたものとなっている。

 ほんの僅かな気配すら察知できる野生力。

 背後に潜む存在を十全に掴んでいた。

 

「ッ!?」

 

 しかし、茂みが動いたと同時に、何かがエミリオの顔面へと飛びついた。

 まるでフェイスハガーのように顔面を塞がれたエミリオ。

 突然の奇襲に対応できず。

 やはり、戦感は鈍ったか。

 

「く、苦しいよ、()()()

 

 否。

 対応する必要は無かったのだ。

 

「パーパ!」

 

 エミリオの顔面に飛びついた、異形の少女──ミシャは、嬉しそうに父親であるエミリオへ甘えていた。

 プレデターの特徴を持つ頭部。短いドレッドヘア状の管を揺らし、腰布ひとつ纏った少女は、未発達な体躯をエミリオへ押し付ける。

 ミシャの柔らかなお腹が当たり、乳臭い体臭がエミリオの鼻孔をくすぐった。

 そして、顔に感じる体温は子供らしく、庇護欲をそそる暖かなものであった。

 

「ミシャ、ディと一緒じゃなかったの?」

「ンー」

 

 苦笑しながら、片腕でミシャを抱きかかえるエミリオ。愛しい人との間に出来た、大切な存在。

 すくすくと育つ愛娘の存在が、たまらなく愛おしい。

 ミシャはエミリオに抱きかかえられると、二対四本の爪上口器を大きく開き、内にある“人間の口元”をにっこりとほころばせた。

 

「ディねえ、かくれんぼヘタ。ミシャ、かくれんぼジョウズ」

 

 ふんす、とプレデターには無い鼻を膨らませると、ミシャはころころと笑う。

 発声器官は人間と同じものであったが、どこかその発音は母親と似ていた。

 しかし、現状この惑星では、ミシャはエミリオに次ぎ英会話が達者であった。

 

「そっか。ミシャは凄いね」

「エヘヘ」

 

 子守を任せた異形の家族の苦労を思い、エミリオはまたひとつ苦笑を浮かべる。

 獰猛な肉食獣が潜むジャングルで子供から目を離すなど、とは全く思わず。

 居住している採掘施設周辺は、既にディが縄張りにしており、そもそもミシャの身体能力も、同年代の人間の子供に比べ遥かに高い。

 ジャングルはこの幼子にとって、安全で、最高の遊び場だった。

 

「shaaaa!」

 

 そうこうしていると、気忙しい調子のプレデリアン・ディが、ミシャに続いて茂みから飛び出した。

 

「shaaa! gurrrr!」

「ディねえ、おマヌケさん。きょうはミシャのカチ!」

「gishaaaaa!!」

「そんなコトいってもミシャのカチだもん」

 

 厳つい鳴き声を上げるディを、コロコロと笑いながらあしらうミシャ。

 エミリオはその様子を微笑ましく見守る。

 最近は前よりもディの意思は理解できるようになったが、それでもニュアンス程度でしかなく。

 それに比べ、ミシャは明快な会話を交わしているように見えた。

 これも、母親の特性を良く受け継いだ結果なのだろう。

 

「パーパ、マーマはどこにイルノ?」

 

 ふと、ディをからかい飽きたのか、ミシャがそのような疑問を上げた。

 エミリオはそれを聞き、少し表情を暗くする。

 

「ママは……ちょっとお出かけしているんだ」

「どこニ?」

「……ちょっと、遠くだよ」

 

 少し、悲しげな表情を浮かべるエミリオ。

 無垢な愛娘を悲しませまいとする、父親の健気な姿だった。

 

「shaaa……」

 

 エミリオに同調するように、ディもまた悲しげな鳴き声を上げる。

 この場で悲壮感を感じていないのは、ミシャだけだった。

 

「マーマにあいタイ!」

「ミシャ、ママはね」

「ヤダ! いまあいタイ!」

「shaaaa……」

 

 エミリオの腕の中でパタパタと暴れだすミシャ。

 子供らしい、突発的な駄々。

 しかし、エミリオはそれを叱る事は出来ず、ディもまたミシャの回りをオロオロとするしかなかった。

 

「そうだ、ミシャ。パパと狩りごっこしようか?」

「ヤーダ! マーマにあいタイ! マーマとかりごっこスル!」

「ミシャ……」

「マーマ! マーマ! わあぁぁぁぁン!!」

 

 とうとう泣き喚いてしまうミシャ。

 愛娘の悲痛な泣き声。

 それを聞き、エミリオは自分の胸も痛むのを感じていた。

 悲しい、寂しい思いをさせてしまった愛娘を、より強く抱き、柔らかなおでこにキスをする。

 

「ミシャ……ごめんね……」

「わああああああン!!」

「gurrrrr……」

 

 ミシャが流す涙につられ、エミリオも瞳を潤ませる。

 ディも、辛そうな様子を見せ、頭を垂れる。

 ジャングルに響く幼子の泣き声は、深いジャングルに吸い込まれるように響き渡っていた。

 

「……シシュ」

 

 ミシャをぎゅっと抱きすくめながら、エミリオは最愛の妻の名を呟く。

 今、ここにはいない、シシュの名を。

 ずっと、この星で暮らし、愛し合っていたシシュ。

 辛い時も、楽しい時も。

 どんな時も、共に過ごしていた異星の伴侶。

 その姿は、ここには無い。

 

「マーマ! マーマァァァァァ!!!」

 

 ミシャは声が枯れるまで母を求め。

 ずっと、ずっと泣き叫んでいた。

 

 

 

 

 

 Want some candy?(キャンディ、食べる?)

 

 

 突然、何もない空間から、厳つくも、どこか透き通るような声が響く。

 見れば薄っすらと……陽炎のようなシルエットが浮かび上がっていた。

 

「マーマ!!!」

 

 ピョンとエミリオの腕から離れ、涙と鼻水を垂らしながら陽炎へと抱きつくミシャ。

 すると、ピリピリと紫電を纏わせた陽炎が、徐々に実体化していった。

 

「krrrr!!」

 

 実体化した、女性のプレデター。

 無骨なマスクをそのままに、ミシャを抱き上げると、嬉しそうに頬ずりした。

 

「マーマ、イタイ!」

「grr……」

 

 しかし、金属質なマスクを擦られて抗議するミシャに、女性プレデターは途端に落ち込む。

 ストレートな感情を愛娘にぶつけるも、いつもこのような乱暴な愛情に終わってしまう。

 女性プレデター……シシュは、ミシャを抱えながらマスクを外し、厳つくもどこか愛嬌のある素顔を晒した。

 

「grr……ミシャ、イイコ」

「うん! ミシャ、いいコにしてマッテタ!」

 

 なでなでとミシャを撫でるシシュ。

 大好きな母親に撫でられると、ミシャは先程まで悲痛に泣き喚いていたのが嘘のように、ニコニコとご機嫌な様子を見せていた。

 

「シシュ、おかえり」

 

 そして、その様子を笑顔で見守っていたエミリオ。

 片腕を広げ、愛する妻へ駆け寄る。

 すると。

 

「grrrrrrrーー!!」

「わああ!?」

「ウワー!?」

「shaaaaa!?」

 

 突然、シシュは愛娘を放り投げ、体当たりするようにエミリオへ飛びついた。

 寸前にミシャを抱きとめるディに、軽く目を回すシシュ。

 何度も繰り返された、家族の光景だ。

 

「krrr、krrr……エミ、エミ!」

「シ、シシュ、ミシャを放り投げたらダメっていつも言って──」

「grr!」

「う、んぅ」

 

 愛娘への乱暴な扱いを窘めようとするエミリオだったが、直後に口を塞がれてしまう。

 強引に舌を突っ込まれ、唾液を絡めるように舌と舌を這わせた。

 

「ん、んぅ……シシュ……」

「krr……」

 

 やがて口と口器に糸を引きながら、陶然とした様子で見つめ合うエミリオとシシュ。

 お互いの身体を抱きしめる二人の周囲は、熱帯雨林の湿度とはまた違う、淫靡な湿気が漂っていた。

 

「またパーパとマーマがコシぶつけっこしようとシテル……」

「shaaa……」

「ミシャ、つまんなイ。ツーマーンーナーイー!」

「sha、shaaa……」

 

 必然、放置されたミシャは、再び駄々をこねる。

 ぐいぐいとディのドレッドを引っ張り、ポカポカとディの身体を蹴る。

 

 いつもこうだ。

 お父さんかお母さんが出かけると。

 ボクがミシャのワガママを受けるハメになるんだ。

 

 どこか哀愁を漂わせながら、ミシャの暴虐に甘んじて耐えるディ。

 これも、何度も繰り返された、異形姉妹の光景であり、ディが先程から予想していた光景だった。

 

 

 ミシャが産まれてからも、穏やかで、賑やかで、そして淫らな日々を過ごしていたエミリオとシシュ。

 しかし、やるべき事はきちんとやり、日々の生活を送っている。

 その一つに、この惑星まで乗り付けた宇宙船の保守作業があった。

 

 最初の内は、夫婦の共同作業として宇宙船の保守を努めていたエミリオとシシュ。

 これは宇宙船の保守作業をシシュから教わる為であり。

 まだ乳飲み子だったミシャをディに預け、2日程かけて作業を行う。

 しかし、その作業の取得はエミリオにとってそれほど難しいものではなく、一度教われば十分なものだった。

 

 毎度性臭まみれで帰宅するエミリオとシシュに、とうとうディがマジギレして以降、宇宙船の保守作業は夫婦で交代して行うルールとなった。

 自宅では出来ない激しいセックス。家族が眠るベッドを破壊する程の本気交尾は、頑丈な宇宙船内でしか出来ない。

 しかし、少々ヤリすぎた。

 エミリオはもちろん、流石に一児の母となったシシュも、この時ばかりは逆ギレせずに反省していた。

 

 とはいえ、ほぼ毎日セックスしなければ、昂りきった性欲を満たせぬ二人。

 2日も“お預け”されれば、愛娘よりも先に伴侶の肉体を求めてしまうのは仕方ないことであった。

 もちろん、エミリオとシシュにとって一番大切な存在はミシャであり、一番信頼しているのはディである。

 が、一番愛しているのは、お互いの存在だった。

 

 

「shaaa……」

 

 夫婦のイチャコラを、じっとりとした空気で見つめるディ。

 しかし、この宇宙船の保守作業が大切なのは理解しており。

 それに加えて。

 エミリオにとって、宇宙船に出向く事は、保守以外にも理由があった。

 

「シシュ、ミシャが見てるから……」

「krr……」

 

 シシュの首筋を舐めながら、そう言ったエミリオ。

 シシュもまた、エミリオの鎖骨を甘噛みして応える。

 エミリオの逞しい肉体。それは、十年前よりも瑞々しい輝きを放っていた。

 

 宇宙船内にある治癒ポッド。

 これは肉体の疲労回復が主な効果であるのだが、人間であるエミリオにとって、ある副次的な効果をもたらしていた。

 端的に言えば、アンチエイジングだ。

 薬液の効能は肉体の自然回復力を高めるのだが、それはあくまで頑健なプレデターの仕様であり、人間には強烈な抗老化効果となって現れていたのだ。

 

 実年齢ではアラフォーとなったエミリオだが、これにより肉体年齢は二十代半ばを維持し続けている。

 定期的な薬液効果、そして祖父由来の抗加齢遺伝により、エミリオは人間ではありえない程の長寿命を得ていた。

 無論、プレデターやエイリアンほどではない。

 だが、それでも愛しい家族と、より長い時間を過ごす為にも。

 エミリオが宇宙船に行くのは、家族にとってとても大切な事だった。

 

 

「さあ、家に帰ろう」

「gr……grr!」

 

 シシュから身を離すと、エミリオはミシャとディへ片腕を広げる。

 すぐにでもエミリオとおっ始めたかったのをぐっと堪え、同じくミシャへ腕を伸ばすシシュ。

 なんだかんだで、異星の乙女は母親として成長していた。

 もっとも、ミシャが寝静まった後に行われる明け方までの本気種付け交尾を想像し、そのテンションは少し高かったが。

 

「ハーイ」

 

 エミリオ達の声を聞くと、ミシャはトコトコと両親の元に行く。

 エミリオの右手。シシュの左手。

 それを掴み、無垢な笑顔を見せるミシャ。

 

「shaaa!」

 

 ディもまた、空いたシシュの右手を掴み、嬉しそうな鳴き声を上げる。

 なんだかんだ、この異形少女も、この家族が大好きだった。

 

 薄暗いジャングルを、手を繋いで歩く家族。

 林立する樹木の間を縫って、家路へと向かう。

 

 それぞれが全く異なる種族で構成された、仲睦まじい家族の姿。

 もし、この姿を創造主であるエンジニアが見たら、果たしてどう想うだろうか。

 

 人間。

 プレデター。

 エイリアン。

 そして、それぞれの間に産まれた、新しい種族。

 

 エンジニアは、この光景を想像していたのだろうか。

 それとも、イレギュラーな存在として見做すのか。

 

 種族を超えた愛。

 こればかりは、エンジニアですら想定出来ない、ある種の奇跡だったのだろうか。

 もはや、それに答える存在はいない。

 

 しかし、この奇跡の光景は。

 しばらくは、続くのだろう。

 

 プレデターを愛したエミリオ。

 人間を愛したシシュ。

 人間とプレデターが愛し合って産まれたミシャ。

 その愛に感化され、愛に目覚めたディ。

 

 彼らは、きっと、これからも。

 

 種族を超えた、愛を見せ続けるのだろう。

 

 

 

「ねえ、パーパ」

 

 ふと、ミシャがエミリオを見上げる。

 エミリオに瓜二つな瞳を覗かせ、無垢な疑問を浮かべた。

 

「パーパは、マーマのことスキ?」

 

 愛娘の言葉を受け、エミリオは短く応えた。

 

「うん。好きだよ」

「ミシャやディねえよりも?」

「えっ」

 

 直後に、ミシャから困難な解答を迫られるエミリオ。

 娘を持つ父が、必ず苛まれる通過儀礼だ。

 

「grr……」

 

 不安そうな顫動音を慣らし、愛する夫の顔を見つめるシシュ。

 

「shaaa……」

 

 見ると、ディも不安そうにエミリオを見つめる。

 三つの視線に晒されたエミリオは、少しばかり悩み。

 そして、はっきりと、愛娘へ応えた。

 

「ミシャやディの方が好きだよ」

「grrー!?」

「やったァ!」

「sha……kishaaaaaaa!」

 

 三者三様のリアクション。

 無邪気に喜ぶミシャ。

 ちょっと申し訳なさそうにするも、やっぱり喜ぶディ。

 そして、この世の終わりの如き絶望を露わにするシシュ。

 

「grrrr……!」

「ヒッ!?」

「sha!?」

 

 半泣きになりつつも、ギロリと愛娘達を睨み、大人げない嫉妬心を燃やすシシュ。

 思わず背筋を凍らせるミシャとディ。

 これも、家族の、慈しい光景。

 

「でもね、ミシャ」

 

 それを微笑ましく見守っていたエミリオ。

 柔らかい言葉を、愛娘達へ続けた。

 

「好きなのはミシャとディだけど……愛しているのはシシュだよ」

 

 そう言って、エミリオは微笑んだ。

 

「エー。なんデ?」

 

 ぷっくりと頬を膨らまし、爪上口器を窄めるミシャ。

 エミリオは、短く応えた。

 

「だってシシュは──」

 

 

 

 

「僕のおよめさんだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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Last Chapter.『プレデターのむすめさん』

 

 これからどうするの?

 私達、どこへ行けばいいの?

 

 そんなの……わからないわ

 本当にわからないのよ

 だって、私も

 

 ここ(地球)に来るのは、初めてなんだから……

 

 

 

 

 西暦2470年

 地球.eur.

 旧パリ市郊外

 

 かつて世界中が憧れた花の都は、今では見る影もなく荒廃していた。

 ランドマークとして建てられたエッフェル塔は、中心部から折れ、まるで墓標のように旧パリ市街中心部に朽ちた鉄身を晒している。

 倒壊したビル群。まともに残っている建物は、もう殆ど存在しなかった。

 

 文化的な生活を送っていたパリジャン、パリジェンヌ達もとうに絶滅していた。今、旧パリ市に棲まう住人は、過酷な地球環境に取り残された哀れな落伍者のみ。

 人口爆発、環境汚染、自然災害、そして戦争。

 科学の発展は、人類に平和と安寧をもたらす事はなく、人類の格差拡大に貢献しただけだった。

 上位数%の限られた者達は皆、豊かな自然にあふれる植民惑星(ユートピア)で人生を謳歌し、それに付随する中流階級も、軌道ステーションや開拓途上の植民惑星に入植し、母なる地球を見限っていた。

 

 連合政府もその首都機能を月と火星に移しており、地球はほぼ無政府状態といっても過言ではなかった。

 そして、取り残された数十億の人間達は、このディストピアで過酷な生活を強いられる事となる。

 食料も資源も枯れ果てた地球。他者から奪う事でしか、明日の生命をつなげる事が出来ない。

 民衆を守るはずの機構連合(ユナイデッド・システムズ)も、積極的な治安維持を行う事はなく。

 地球は、弱者が強者に踏みにじられる、原始的な暴力が支配していた。

 

 

「……」

 

 旧パリ市街を見下ろせる丘の上。

 一人の女性が岩に腰をかけ、折れたエッフェル塔を見つめていた。

 

『地球か──“クソ溜め”だ』

 

 彼女は、以前、ある男に言われた言葉を思い出していた。

 地球で一生を終えるよりも悲惨な死に方はあるのかと、彼はあの怪物達との戦いを終えても尚、そう言い放っていた。

 醜い傷跡が残る凶相を、ことさら歪めながら。

 

 そうかしら?

 この灼ける様な夕陽に照らされた街は、とても美しいのに。

 

 夕陽が廃墟と化したパリを照らし、スモッグがその光を朧げなものとしている。

 幻想的な光景。しかし、地上に棲まう者達は、この世の地獄を味わっている。

 彼女はその事実を、どこか他人事のように感じ、ただ眼下の光景を美しいと想っていた。

 

 否。事実他人事だ。

 なぜなら、彼女はもう人間じゃなかったから。

 人間の営みなど、彼女にとって最早興味を引くようなものではなかった。

 

 エレン・ルイーズ・リプリー。

 ウェイランド・ユタニ社所属。

 資源運搬船ノストロモ号二等航海士。

 識別番号9156170。

 

 それが、彼女が人間()()()頃の名前と身分だった。

 いや、人間だったというのは、少し語弊があるのかもしれない。

 彼女──リプリーは、科学の狂気によって生み出されたクローンであり、人間とは全く違う生物として再生され──新生していたからだ。

 

 人間と。

 そして、エイリアンの遺伝子が混ざった、新たなる種として。

 

 

 

 資源運搬船ノストロモ号、植民惑星LV-426、流刑惑星フィオリーナ161。

 三度にも及ぶ、エイリアンとの凄絶な戦い。

 気心が知れた大切な仲間達。

 勇敢な植民地海兵隊の兵士達。

 そして、最後には心を通わせた、不屈の精神を見せた囚人達。

 共闘した者達の死と引き換えに、彼女はエイリアンとの戦いに全て打ち勝っていた。

 そして、最後は溶鉱炉の中に身を投げ、クイーンの幼生を道連れにしたリプリー。

 

 そこで、彼女の人生──戦いは終わりを告げたはずだった。

 

 ウェイランド・ユタニ社が23世紀初頭にウォルマート社に買収された時、凍結されていた極秘プロジェクトも、そのまま闇に葬られるはずだった。

 しかし、ウォルマート社の実質的な親会社である機構連合が、ウェイランド社が秘匿し続けていたそのプロジェクトに目を付けた。

 22世紀終わり頃にCEOを務めていたショウ・ユタニ。彼女が隠蔽した、エイリアンの情報。

 洗いざらい掘り起こした頃には、計画は機構連合軍事部門を中心に再び動き出していた。

 新素材の開発、ワクチンの開発、そして、エイリアンを軍事利用する為に。

 

 廃棄されたフィオリーナ161でリプリーの血液と体組織のサンプルを入手し、冷凍保存するまでは計画は順調だった。

 しかし、残されたサンプルはDNAがめちゃくちゃに()()()()()()()()

 エイリアンの胎児──クイーンの幼生が、既にエレン・リプリーのDNAにまで影響を及ぼしていたのは驚くべき発見だった。宿主の生きた細胞ひとつひとつに侵入し、それらを変化させ、胎児の生育を保証させる適応進化。

 だがそれは、エイリアンのDNAとリプリーのDNAを分離させるのは不可能だという、覆す事の出来ない事実を科学者達にもたらしていた。

 

 ならば、そのまま育ててしまえば良い。

 科学者達は実に合理的な発想で計画を進めていった。

 

 DNAを解析して、RNAを抽出し、復元して、それらが機能するように培養して──。

 とてつもなく辛い、苛立たしいその作業は、数年間続いた。

 そして、ある程度形になり、胎児を人工培養する頃になると、計画はより秘匿性の高いものとなっていた。

 倫理規定から逃れるべく、軍事医療研究艦オリガ号に移された計画は、最終段階へと進む。

 

 そこで、()()の失敗を乗り越え、エレン・リプリー──リプリー8(エイト)の再生が完了した。

 エイリアンの、クイーンの胎児と共に。

 

 胎児を安全に摘出した後は、廃棄されるはずだったリプリー。

 しかし、主任研究員メイスン・レン博士、そして副主任のジョナサン・ゲディマン博士が、計画責任者であるベレス将軍の反対を押し切って、リプリーは“保存”された。

 エイリアンと人間のDNAが混じった全く新しい生命体は、彼らの科学的好奇心を大いに刺激していたのだ。

 

 クイーンが産卵し、宇宙貨物(海賊)船ベティ号が“生贄”の人間達を運び込んだ時、計画の破局が始まった。

 予期しなかった、繁殖したエイリアン達の脱走。そして混乱。

 それから行われた、相次ぐ虐殺。

 研究員や軍人達、ベティクルー達──そして、七人目のリプリーの、悲惨な運命。

 凄惨な地獄が、オリガ号に現出していた。

 

 そして、リプリーはその地獄から、四度目にして、最初の生還を果たした。

 自爆したオリガ号に残された()()。そして、ベティ号で死んだ()の生命と引き換えに。

 リプリーは、生き残ったベディクルー達──ヒューマノイドのコール、保安員のジョナー、機関士のブリースと共に、ベティ号で地球に降り立っていた。

 

 

 

 ヒューマノイドのコールと共に、パリ市街を見下ろしたリプリー。

 故障したベティ号と格闘するジョナー、ブリースを置いて、二人だけでパリを見つめる。

 対立し合っていたジョナーとブリースは、共に死線を乗り越えてからは、常に一緒に行動する程の仲となっていた。

 もっとも、ブリースはジョナーが懐いて来るのを、少々疎ましく感じてはいたが。

 

「もうじき軍隊がやってくる……これからどうするの?」

 

 そう言って、コールは不安そうな表情でリプリーを見つめる。

 コールはただのヒューマノイドではなく、オートンと呼ばれる存在だった。

 ヒューマノイドが創造した、新しいヒューマノイド。

 そして、人類の為に、人類の敵──秘匿されたエイリアンの情報をハッキングし、その抹殺を使命とした、お人好しヒューマノイド。

 最初は自分をも殺そうとしたコールに、リプリーは静かに応えた。

 

「そんなのわからないわ。ここに来るのは初めてだから……」

 

 リプリーにとって地球は故郷ではなく、未知の惑星だった。

 かつて、人間だった頃の家族──娘のアマンダ、そして、LV-426で出会った少女ニュート。

 もう、彼女達の顔すら思い出せなかったリプリー。

 地球への郷愁など、抱けるはずがなかった。

 彼女にとって娘と呼べるのは、あの醜悪な怪物──ニューボーン・エイリアンだけだった。

 

「……ブリース達を手伝ってくる」

 

 コールは押し黙ってしまったリプリーを気遣い、ベティ号へと戻っていった。

 一人残されたリプリーは、ここまで人を想ってくれるヒューマノイドを見て、かすかな記憶が蘇っていた。

 

『生きて帰る望みはないが、君たちに同情する』

『人間にしては、やるね』

 

 窮地に陥れたアッシュ。

 窮地を救ってくれたビショップ。

 そして、共に窮地から脱したコール。

 

 同じヒューマノイドなのに、どうしてこうも違いが出るのだろう?

 リプリーはそのような想いに囚われる。

 そして、自嘲気味な笑いを零した。

 

 娘の──娘達の名前すら思い出せないのに、ヒューマノイドの名前は思い出せるなんて!

 

 どうしてこの様な記憶ばかり思い出せるんだろう。

 いや、そもそも、この記憶は自分の記憶じゃなく、人間だったエレン・リプリーの記憶だ。

 私はリプリー。

 でも、人間のリプリーじゃない。

 

「……ッ」

 

 リプリーは急に胸が苦しくなった。

 自分という存在が、この世界では異物として扱われているように思えたからだ。

 唯一、今の自分が感じられる、明確な繋がりが消えていたのも、彼女の苦悩を増長していた。

 

「うっ…うぅ……ッ」

 

 嗚咽を噛み殺すように、リプリーは涙を流した。

 ベティで地球へ降下した時の、ほんの少し前の記憶。

 頭の中で、記憶がせめぎ合い、やかましく騒ぎ立てる。

 

 ベティ号の貨物室に侵入していたニューボーン・エイリアン。

 新しいカタチの、新しいエイリアン。

 そして、リプリーの遺伝子をも受け継ぐ、怪物の娘。

 それを、自らの手で、殺した。

 

 穴の空いた窓に、凄まじい吸引力で張り付けられたニューボーン。

 生き延びようと必死にもがき、窓から身体を引き離そうとした。

 だが、リプリーの血液により腐食した窓は、より大きな穴となり、ニューボーンの身体を容赦なく吸い込んでいた。

 強烈な冷気により皮膚が凍り始め、ふいに宇宙空間に向け破裂し、体組織と血液が噴出し、瞬く間に凍りついていった。

 

 ニューボーンは甲高い悲鳴を上げ、凄まじい苦痛に顔を歪めていた。

 死にものぐるいで身体を引き離そうとするも、ぼきんと何かが折れる音がして、ニューボーンの肉体は徐々に体積を失っていった。

 ニューボーンは、想像だにしなかった耐え難い苦痛を感じながら、縋るようにリプリーを見つめた。

 喋る事もできず、ただ叫ぶだけだったが、リプリーは自分に良く似たその瞳と目が合うと、不思議とニューボーンが欲している事を理解していた。

 そして、ニューボーンも、リプリーが欲している事を理解し、求めていた。

 

 母親が、子供に助けの手を差し伸べず、見殺しにする事ができるのだろうか。

 ニューボーンは、最後の、最期まで、リプリーに懇願し続けていた。

 

 助けて!

 お母さん!

 私を助けて!

 

 殺して!

 お母さん!

 私を殺して!

 お願い!

 

 私を殺して!

 

 リプリーは、ニューボーン──娘の最期を思い出し、あの悲鳴のような鳴き声が脳を貫き、電流のような衝撃が走っていた。

 脳内で反芻する、我が子の断末魔を、聞くまいとして頭を押さえる。

 

「う、うぅ……うぁ……ッ」

 

 しかし、涙が止まらない。

 嗚咽も、抑えきれない。

 涙、鼻水、涎。

 悲しみに苛まれ、リプリーは自らの行いに恐怖した。

 

 ニューボーンの四肢が、筋肉が、骨が、内蔵が排出され。

 徐々に溶けていくニューボーンの姿から、目が離せなかった。

 

 ああ、もう死んだと言ってちょうだい。

 あなたは、死ななくちゃだめなの!

 

 そう願い続けていたリプリー。

 しかし、ニューボーンの瞳がそれを否定していた。

 肺が飛ばされたのか、ぞっとするような悲鳴はもう聞こえなくなっていた。

 だが、悍ましい口はまだ動き続け、救いを求めるように蠢いていた。

 ニューボーンは、まだリプリーと繋がっている事を理解していた。

 

 助けて。

 助けて。

 

 囁くような思念。

 頭部だけを残した、ニューボーンの最期の願い。

 かすかな糸で繋がった、最期の囚われ。

 リプリーは、もうすぐ死のうとしている、この子の存在を憐れみ、嘆く。

 

 ニューボーンの後頭部が破裂し、脳漿が噴き出した時、まとわりつくような思念、絆は消失していた。

 

「ああ、うあぁぁッ!」

 

 半分は安堵感から。もう半分は悲しみから。

 リプリーは、荒野の大地に突伏し、声を上げて泣き崩れた。

 

 ああ、神様。

 感謝します。

 あの子は死んだ。

 死んでくれた。

 

 ああ、神様。

 お許しください。

 あの子が死んだ。

 死なせてしまった。

 

 泣き続けるリプリー。

 その姿は、誰にも見られる事はなかった。

 

 

 

 ひとつだけ、除いて。

 

 

 

「クルルル……」

 

 ふと、虚空から、か細い顫動音が鳴った。

 

「……?」

 

 泣き顔を上げ、周囲を見回すリプリー。

 最初は、ベティ号から戻ってきたコールかと思った。

 しかし、誰もいない。

 コールも、ジョナーも、ブリースも、離れた場所で駐機しているベティ号にいる。

 この場では、自分以外の動物は見られなかった。

 

「キャンディ、食べル?」

 

 しかし、今度ははっきりとその“声”が聞こえた。

 少女のような、可憐な声。

 しかし、どこか非人間的な、厳つい声色。

 

「誰……?」

 

 涙を拭いながら、リプリーは虚空へと言葉を返した。

 すると、目の前の空間から、ピリピリと紫電が迸った。

 

「?」

 

 リプリーはこの超常現象にさして驚きを感じなかった。

 ただ、不思議そうに紫電を見つめる。

 見るめる内に、紫電を纏わせた陽炎が浮かび上がり、徐々に実体化していった。

 

「クルルルル……」

 

 浮かび上がった存在を見て、リプリーは先程まで苛まれていた悲しみが、不思議と和らいでいくのを感じた。

 どうにも奇妙な存在。人のカタチをした、人ではない存在。

 それをまじまじと見つめる。

 

 無骨なマスク、腕に装着したコンピューターガントレット、肩に背負ったショルダープラズマキャノンなど、およそ人類が作り出したとは思えない、数々の異質な装具。

 背丈はリプリーよりも少し低い程度。もっとも、180cmは優に超えるリプリーと比べてなので、普通に比べたら十分に高身長だ。

 厳つい装備を纏っている割には、身につけている衣服は最小限だ。

 使い込まれた腰布、網目のようなボディースーツ。

 そして、肩に巻かれた、色あせたハンカチ。

 

「……女の子?」

 

 突如現れた異形の姿を見て、リプリーはそう呟いた。

 ボディースーツは肉体の露出を覆い隠せてはおらず、上半身は装具を除けば、ほぼ裸といっても差し支えなかった。

 スラリとしたボディライン。

 慎ましく膨らんだ乳房。

 ピンと尖った桃色の乳首。

 それらは、その異形が女性であるのを表していた。

 

 しかし、見れば見るほど、それは人間のものではなかった。

 筋張った筋肉を覆う、黄土色の体皮。

 ドレッドヘアのような髪は、ところどころチューブのような管も生えていた。

 そして、それらはマスクにも繋がっている。

 なにかの呼吸器だろうか。

 

「クルルル……」

 

 しばらく見つめていると、異形はマスクへと手を這わせる。

 取り付けられた管を引き抜くと、蒸気が漏れるような音が鳴った。

 それから、マスクへ手をかける。

 ゆっくりと、取り外した。

 

「クルル」

 

 異形の少女。その素顔が晒される。

 亀の甲羅のような前頭部。しかし、黒いドレッドヘアに覆われているので、そこまで非人間的ではない。

 目は、人間だ。

 黒い瞳。どこか、東洋人を思わせる瞳だった。

 鼻は、人間の少女のように可憐に整っていた。

 ここまで見ると、少し変わったファッションの人間のようにも見える。

 

 しかし、顔の下半分は、明らかに人間ではなかった。

 頬から生やした、二対四本の爪上口器。

 その下に、人間の口。

 

 人間ではない少女。

 人間だったリプリー。

 

 同じ、異形の存在。

 視線を交わしただけで、お互いが異質な存在であるのが理解できた。

 

「クルル」

「……」

 

 異形の少女は、まったく無警戒にリプリーの隣へ腰を下ろした。

 体育座りのように膝を抱えると、ちらりとリプリーへ顔を向ける。

 

「ミシャ」

「えっ?」

「わたシ、ミシャ。あなたは、ダアレ?」

 

 妙な発音でそう問いかける、ハーフプレデターのミシャ。

 少し戸惑うリプリーだったが、無垢な少女の瞳を覗くと、自然と暖かい気持ちが湧き起こっていた。

 

「リプリーよ」

 

 そう返したリプリー。

 ミシャはふうんと、ポケポケとした空気を纏わせる。

 

「ミシャはどこから来たの?」

 

 今度はリプリーがそう問いかける。

 ミシャは、短く応えた。

 

「遠いとコ」

「遠いって、どれくらい?」

「うんと遠ク。ここ、来るの初めテ」

「そう。私も、ここに来たのは初めてよ」

 

 どこか牧歌的な空気が漂う中、リプリーとミシャは会話を続けた。

 

「どうやって来たの?」

「マーマの宇宙船で来タ」

「ママの? ママも一緒に来たの?」

「来てナイ。ディねえとお留守番」

 

 リプリーはミシャが地球外生命体であるのを察していた。

 しかし、妙な愛嬌を漂わせるミシャを敵視する事はなかった。

 人間よりも、気心が知れる。

 そう感じていた。

 

「そう……じゃあ、パパはどうしているのかしら?」

 

 ふと、そう疑問を浮かべたリプリー。

 ミシャはそれを聞いた瞬間、悲しげに視線を落とした。

 

「パーパ、モウいなイ……」

「……ごめんなさい」

 

 悲しげな表情を浮かべるミシャ。

 リプリーは、思わず少女を抱き寄せた。

 ミシャは少し戸惑うも、やがてリプリーの肩へ頭を預けていた。

 

「……その、お姉ちゃん以外に兄弟はいるの? お兄ちゃんとか」

 

 話題を変えるべくそう言ったリプリー。

 同じ様な質問は、あの金髪の少女にもしていたなと、かすれていた記憶を思い出していた。

 

「いなイ」

「弟や、妹はいる?」

「いなイ。ディねえだけ」

「そう……」

「でも、ディねえ、チョットミシャと違ウ。パーパとマーマ、たくさん腰ぶつけっこしてたケド、パーパとマーマから生まれたノ、ミシャだケ」

「そ、そう……腰ぶつけっこ……」

 

 少々複雑な家庭、そして赤裸々な両親の性生活を垣間見せたミシャに、苦笑いを浮かべるリプリー。

 とはいえ、ある程度ミシャの正体を想像出来た。

 

 この子は、人間と異星人のハーフだ。

 自分のような、狂気と欲望の果てに生み出された存在ではなく。

 人間と異星人が愛し合って生まれた、奇跡の存在なのだろう。

 

 人間と異星人──プレデターとのハーフであるミシャ。

 しかし、いくら遺伝子的な類似点があるとはいえ、人間とプレデターの生殖で、新しい生命が産まれる確率は極めて低かった。

 所詮、異なる種族同士。

 だからこそ、ミシャは奇跡の存在だった。

 深い愛。そして、激しい戦意。

 その二つがなければ、プレデターは、人間の子を孕む事は出来なかった。

 

 深い悲しみに包まれていたリプリーを、慰めるように現れたミシャ。

 リプリーは感謝と同時に、この異星の少女をとても慈しいとも思っていた。

 

 優しい子。

 きっと、素敵な両親に育てられたんだわ。

 

 そう、想っていた。

 

 そして、そう思っていると。

 

「マーマ、腰ぶつけっこ超スキ。パーパも大スキ」

「えっ」

 

 唐突なミシャによる両親の詳しい性生活の開陳。

 少女の無垢な性癖暴露が始まった。

 

「パーパ、白いおしっこ、たくさんマーマに出してタ」

「え、ちょ」

「パーパとマーマ、一回腰ぶつけっこでおうちのベッド壊しタ。ディねえキレた」

「ちょっと待って」

「毎日、ミシャが寝てルときに腰ぶつけっこしてた。うるさくてミシャ起きた。何回モ」

「でしょうね」

「パーパ、白いおしっこ出しながラ、ずーっと腰ぶつけっこシテた。マーマ、おしっこ漏らしてタ」

「そんなに」

「マーマ、パーパのパーパ棒に負けるのスキ。パーパ、いつもマーマをワカらせてタ。たまにケダモノになル」

「凄いわね」

 

 少々赤面しながらそれを聞くリプリー。

 人間だった頃、出産も経験していたリプリー。当たり前だが、セックスは良く知っている。

 しかし、ここまで激しい交尾は経験した事はなく。

 あけすけな物言いのミシャに、ちょっと食い気味になっていた。

 

「パーパとマーマ、たくさん気持ちよさそうだっタ。たくさん幸せそうだっタ」

 

 そう言って、ちょっと遠い目で明後日の方向を見つめるミシャ。

 頬を、少し赤らめながら。

 

「その、とても仲良しだったのね。パパとママは」

「ウン。ミシャも、パーパとマーマがナカヨシ、大スキ」

 

 花が咲いたような可憐な笑顔を浮かべるミシャ。

 つい、リプリーも微笑みを浮かべる。

 

「ダカラ、ミシャも腰ぶつけっこしたイ」

「えっ」

 

 しかし、直後に真顔になる。

 もしや、このハーフプレデターの少女は。

 

「ミシャ、オムコさん、探しに来タ」

「えぇ……」

 

 まさかの婚活!

 ミシャが地球に来た目的が予想外過ぎたのを受け、リプリーはなんとも言えない表情を浮かべていた。

 

「ミシャ、パーパみたいな子と、腰ぶつけっこしたイ」

「そ、そうなの……見つかるといいわね」

「ウン。でも、ナカナカみつからナイ……」

「そ、そうね……」

 

 妙な空気が漂う。

 どうも、ミシャは地球に辿り着く前から、あちこちの惑星で意中の相手を探す日々を過ごしていたようだ。

 だが、その成果は芳しくないようだった。

 

 

「……ッ」

 

 ふと、ミシャは鋭い視線を浮かべ、身を硬くさせる。

 

「ッ」

 

 リプリーもまた、何者かの気配を感じ取り、表情を強張らせた。

 コール達ではない。

 ベティが駐機する場所ではなく、街の方から感じられた。

 

「グルルッ!」

 

 突然、ミシャが弾け飛ぶように起き上がった。

 岩陰に潜む何者かを警戒し、威嚇するように厳つい唸り声を上げる。

 

「誰?」

 

 リプリーも立ち上がり、岩陰に向け誰何する。

 気配はひとつ。

 敵意が感じられた。

 

「動くなッ!」

 

 すると、岩陰からライフルを構えた一人の兵士が現れた。

 群青色の軍服、バイザーを下げたヘルメット、灰色のボディーアーマー、パルスライフル。

 機構連合の兵士だ。

 少年のような幼さを残した兵士。まだ入隊して日が浅いのか、慎重にリプリーとミシャへライフルを向ける。

 

「頭をふっ飛ばされたくなければ大人しくしてろ! ……こちらクリス・クロサワ二等兵、標的と接触。標的と行動している不明生物もあり」

 

 無線で部隊と連絡を取りながら、クリス二等兵は警戒を続ける。

 直に、大勢の兵士達に囲まれるだろう。

 そう思ったリプリーは、行動を起こそうと身構えた。

 

「グルル!」

「なっ!?」

 

 しかし、何かが発射される音が響く。

 ノーモーションで放たれたプラズマ弾。

 クリスのライフルが一瞬で破壊された。

 

「クソっ!」

 

 しかし、それに怯む事なく、クリスはナイフを取り出し、ミシャへ向け吶喊した。

 リプリーはミシャへ助太刀をしようと駆け寄ろうとする。

 しかし。

 

「シッ──!」

 

 突き出されたナイフをいなすミシャ。

 流れるような動きでクリスの腕を取る。

 

「クルルッ!」

「がぁッ!?」

 

 間髪入れず小手を返し。鋭い投げを決める。

 更に肩関節を極め、クリスの動きを封じた。

 

「凄いわね。それはジュージュツかしら?」

 

 一連の動きを見たリプリー。

 完璧な(やわら)を見せたミシャへ、意外そうな眼差しを向ける。

 

「く、くそ、なんで!?」

 

 動きを封じられたクリス。

 投げられた時にヘルメットをふっ飛ばされ、その素顔を晒す。

 茶色が混じった黒髪、黒い瞳。東洋系が混じった顔。

 そして、どこか少年のような、青々しい素顔を晒していた。

 

「なんでお前が黒澤流を!?」

 

 ミシャに受けた技は、クリスにとって覚えがあるものだった。

 この時代、とうに廃れた古武術。

 しかし、クリスはその技を父から受け継いでいた。

 何代もの間、連綿と受け継がれていた古武術の妙技。

 ただの小手返しにはない、独特のクセを受け、その技の正体、流派に気付いていた。

 

 そして、なぜミシャがそれを──黒澤流を使えるのか。

 肩の痛みに耐えつつ、クリスは困惑を露わにしていた。

 

「……」

 

 ミシャは、クリスの肩を極めつつ、じっとその顔を見つめていた。

 しばし見つめた、その後。

 

「クルル!」

「うわっ!?」

 

 くるりとクリスの身体を転ばし、仰向けにさせる。

 そのまま馬乗りになり、クリスの腕を押さえる。

 

「く、くそ……!」

「……」

 

 両腕を押さえつけられたクリス。

 細い身体からは考えられない、凄まじい剛力で押さえつけられ、身動きが取れない。

 クリスを押さえつけながら、ミシャは顔を近付ける。

 

「……みつけタ」

「え──?」

 

 そして。

 

「んっ──!?」

 

 ミシャは、クリスの口を塞いだ。

 クチュ、と粘膜が合わさり、ほのかな甘味がクリスの舌に広がる。

 歯を押しのけ、舌を絡ませるミシャ。

 クリスの唾液を啜り、口内を蹂躙した。

 

「あらあら……」

 

 馬乗りになりながらクリスの口を貪るミシャを見て、リプリーはそう呆れたような声を上げた。

 

 なんて急展開。

 これは、運命の出会いってやつなのかしら。

 

 情熱的な光景を見つつ、そう思考していた。

 

「──ッ、お、おまえ、いきなり何を」

「キュゥ!」

「わああ!?」

 

 突然の口吻に、更に困惑を強めるクリス。

 しかし、甘えた声を上げ、ぎゅっと抱きついてきたミシャ。

 クリスは、少女の野性味のある芳しい体臭を嗅ぎ、その頬を真っ赤に染めていた。

 

 

「リプリー! 何が──何!?」

 

 そうしていると、プラズマキャノンの発砲音を聞きつけたコールが、慌てて駆け寄ってきた。

 直後に、ミシャがクリスをホールドしている光景を見て、AIを混乱させる。

 

「コール、邪魔しちゃだめよ」

「え、いや、でも」

 

 優しげにコールへそう言ったリプリー。

 視線は、ミシャ達に向けれたままで、その表情も穏やかであり。

 どこか、親しい友人の娘が、彼氏を連れてきたのを見たような、そのような感情を覗かせていた。

 

「ベティの修理は終わった?」

「え、ええ……終わってるけど……」

「そう。じゃあ、グズグズしてられないわね」

「ちょっとリプリー、何があったのか説明してよ」

「それは追々。ただ、ベティの乗組員が二人増えるかも」

「はあ!?」

 

 そして、リプリーは、何か吹っ切れたように。

 目の前の、異星のカップルを見つめる。

 

 エイミー、ダラス、ニュート、ヒックス、クレメンス、ディロン。

 そして、私の、エイリアンの娘。

 

 かつて深い絆を交わした者達の思い出は、もう痛みを伴うものではなかった。

 ミシャとクリスの存在が、リプリーを暖かな気持ちにさせていた。

 

 そして、自分はやっぱり人間なのだと。

 そう感じさせられた。

 

 かつての人格、かつての姿が、リプリーの一部となって蘇る。

 リプリーは人間を愛し、人間に愛されてきた。

 

 だから、異形の存在である自分も、再び人間を愛してもいいのだ。

 目の前の、ミシャのように。

 

 リプリーは闘い、守り、愛する人達を救うために命を落とした。

 必要があれば、もう一度そうするだろう。

 今は、それを受け入れる事が出来た。

 

 だから、今度は。

 

 目の前の、人間と、異星人のカップルを、守りたいと想っていた。

 

 リプリーはコールへ微笑みかける。

 口元に笑顔を浮かべながら、新しい人生に想いを馳せていた。

 

 

「ねえコール、さっきどうすればいいか分からないって言ったけど、今はどうすればいいか分かるわ。私、あなたみたいなお人好しになるの」

 

 

 

 

 

 

『プレデター♀のおよめさん』

 完

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




くぅ~疲れましたwこれにて完結です!(一度言ってみたかった)

創作の場を無償で提供し続けるハーメルン運営様に感謝と敬意を。
そして、改めて読者の皆様に感謝致します。
ありがとうございました。

令和三年七月
ヤザン体位


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