爆発!爆裂!ゼロの紅魔族!! (もんえな)
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#01 召喚されし爆裂娘

初めまして。初投稿となります。
更新頻度遅いとは思いますが、楽しんでいただけたら幸いです。


 

 

 

 心地のいいそよ風が吹き抜ける壮大なまでに広がる草原。見上げれば、疎らに雲が漂う青空。

 石造りの大きな塔が五芒星を模るようにして配置し、中心には一際大きな塔が天までそびえ立つ―――まるで城のような建物。

 ここはトリステイン王国の一角、トリステイン魔法学院。

 その中庭の一角で、一人の女子生徒がじっと佇んでいた。

 

 小さな背丈に、透き通るような白い肌。薄い桃色にも見えるブロンドの髪は、美しい波を描くように腰まで伸びている。鳶色の大きな瞳は睨み付けるように正面を見据え、可愛らしい顔立ちも神妙な面持ちとなっている。

 服装は白のブラウスに灰色のプリーツスカート。上から全身を覆うような黒いマントを羽織っている。

 彼女はタクト型の小さな杖を手に、小声でボソボソと何かを唱える。

 そして正面の空間へ向けて、杖を思い切り振り下ろした。

 

 結果。

 ボンッ、と。

 何もない場所で爆発が発生した。

 

「……、」

 

「まただよ。どうせ無理なんだよ、ルイズにはさ」

 

「諦めろよ! 使い魔がお前に来るわけないだろ!」

 

 苦虫を噛み殺すような表情を浮かべる少女に反し、その周囲に立っている同じような格好をした他の生徒達から、呆れたような声や嘲笑が飛んでくる。

 ルイズと呼ばれた少女―――正確には、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。

 彼女は言うなれば、この魔法学院での"落ちこぼれ"だった。

 

 ハルケギニアと呼ばれるこの世界で、貴族と呼ばれる上級階級の人間が魔法を使える者の大多数を占める。

 当然ルイズも、トリステインの中でも屈指の名門貴族、ヴァリエール公爵家に生まれた立派な貴族だ。

 しかし学院に入学してしばらく……彼女は一度たりとも魔法を成功させた経験がなかった。

 なにを、どんな詠唱を唱えても起きる現象はただ一つ。

 爆発。

 今まさにクラスで行っている、春の使い魔召喚儀式。これでさえ例外ではない。

 

 他の生徒達は、鳥や獣、非常に珍しい魔物から、挙句ドラゴンまで。それぞれが召喚魔法であるサモン・サーヴァントで使い魔となる生き物を呼び出し、使い魔契約を見事成功させている。

 しかしルイズは、もう幾度となく詠唱を重ねているが、魔法は成功せずに爆発を起こすだけ。

 この使い魔召喚の儀式は進級が掛かっている大事な授業だ。

 故に、ルイズは焦りが募るばかりであった。

 

「ミス・ヴァリエール」

 

 声を掛けられ、振り向いた先には中年の男。前頭部から後頭部まですっかり髪の毛がなくなっている禿頭と、メガネを掛けた人の良さそうな顔立ち。

 黒いローブを身にまとう彼は、この授業の担当でもあるジャン・コルベール先生だ。

 

「授業の時間が大分押している。今日はここまでにして、続きは次の機会にでも……」

 

「そんな! もう一回だけお願いします!」

 

 ルイズの必死な頼み。

 ここで成功できなくとも、機会はまだ残されているため無理にやる必要はない。だが進級が掛かっているという事実がルイズを浮き足立たせる。

 

「……分かりました。では、あと一回だけですよ」

 

 彼女の必死な態度を見て、コルベールも承諾せざるをえない。

 

「はい! ありがとうございます!」

 

 許しを得て、ルイズは再び詠唱に取り掛かった。

 これが本日最後のチャンスとなる。次はいつになるか分からない。それどころかここで失敗したら、もう二度と成功できないような気さえする。

 大きく深呼吸を挟み、杖を構えたルイズはありったけの思いをその先端へと集中させた。

 

「この世界……いいえ、もうどこだっていいわ。私に仕える忠実なる(げぼく)よ。どうか私の声に応えて……」

 

 これは詠唱に必要な部分ではないが、自分への祈りのように口ずさむ。

 必要なのは強さ。可憐さ。美しさ。

 そしてなにより、

 

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。我の運命に従いし、使い魔を召喚せよ!!」

 

 ―――成功という二文字。

 ルイズが真に求めているのはただそれだけ。

 この際、全身の精神力全てを持っていかれたって構わない。

 

(お願い……!)

 

 必死の願いを込めて、全力で杖を振り下ろした。

 結果。

 

 ドガンッ、と一際大きな―――爆発。

 強力な衝撃に、思わず周りの生徒が顔を手で覆うが……ルイズは、その光景を見て全身の力が抜けるような思いだった。

 また失敗。

 こんな時でさえ、またやってしまった。

 ルイズは呆然としながら、ただただ虚ろな目で爆発後の粉塵を眺めて―――、

 

「え……?」

 

 ハッとなった。

 煙の奥に、何かがいることに気付いたから。

 徐々に晴れていく爆発の名残。段々とハッキリしていく、自身の使い魔の姿。

 ルイズは我慢できずに駆け寄った。

 ようやく成功させたかもしれない、ルイズ自身が呼び出した使い魔の元へと。

 

 そして。

 その姿を確認しようとして。

 

 小柄な影は、寧ろ向こうから霧の外へと飛び出してきた。

 

 

「ええい! 誰ですか! 中途半端な爆発で人の安眠を邪魔しやがったのは!」

 

 

 ルイズは目を疑った。

 そこから出てきたのは―――紛れもない、人間の女の子であった。

 自分と同じか、それ以下の小柄な体格で。ここいらでは珍しい黒髪に、前髪の下から覗く赤い瞳。赤いローブの上から黒のマントを羽織り、頭にはトンガリ帽子を被っている。

 そして何より、左手に持った大きな杖。

 一見してその姿は―――魔法使い、つまり貴族であった。

 貴族にしては多少派手な格好に見えなくもないが、ここでの貴族はみな決まってマントを身にまとう。そして、目の前の少女はマントを羽織っている。

 つまりルイズは、

 

「あの格好……貴族だよな?」

 

「私達より年下に見えるけど……」

 

「でも貴族の格好してるぞ」

 

 召喚してしまったのだ。

 人間を。それも貴族を。

 驚愕で身動きが取れないルイズをよそに、目の前に現れた少女は辺りをキョロキョロと見回している。

 

「というか……どこですかここは? 私は確か、三日三晩何も食べずにいたせいでアクセルの路地裏でぶっ倒れたはず……あれ? なんだか同じ格好の人達がいっぱいいますね」

 

 現実の状況がまったく理解できないルイズ。

 しかし立ち尽くしているわけにもいかないと、目の前の彼女に話しかけた。

 

「……、ねぇ。あんた、どこの家の者?」

 

 少女は怪訝な表情でこちらを見る。

 

「なんですか、あなた? どこの家と聞かれれば、母はゆいゆい、父はひょいさぶろーですが」

 

「……は?」

 

 返ってきたまったく聞き覚えないふざけた名前に、つい棘のある一文字で切り返してしまう。

 何かの冗談にしか聞こえないが……聞き間違いということもある。

 別の問いを投げ掛けてみた。

 

「えっと……じゃあ、あんたは誰? 名前は?」

 

 そう問い掛けた途端。

 待ってましたと言わんばかりに、目の前の少女は自信満々に胸を張ってみせた。

 

「よくぞ聞いてくれました! 我が名はめぐみん! アークウィザードを生業とし、最強の攻撃魔法! 爆裂魔法を操る者ッ!!」

 

 シン……と周囲が静まり返った。

 聞いたルイズ本人も、突然水を得た魚みたいに嬉々とし出した少女に戸惑いを隠せない。

 

「ふっふっふ……この私が放つ、あまりにも強大な灼熱の力に震えて声も出ぬか」

 

 寧ろピクリとも動けずに声が出ない。

 だが、その静寂を生徒の誰かが破った。

 

「なんだあの子……顔はいいけど、なんか変だな」

 

「うん、変だな。頭がおかしいんじゃないか」

 

「爆裂魔法ってなに? 聞いたことある?」

 

「さぁ? もしかしてデタラメじゃないのか?」

 

「貴族の真似した平民ってこと? 確かに子供だしあり得るかも……」

 

 ざわざわ、ざわざわと。

 ルイズにとって決して無視し難い、嫌な空気が周囲に充満し始める。

 目の前の少女があまりにもおかしな偽名や妙に背中がむず痒くなる様な立ち振る舞いで名乗り出すものだから、まさか貴族に憧れて格好だけ真似してるやんちゃな子供なのではないかと。

 

「ね、ねぇあんた! 貴族なら魔法を使えるはずよね!? レビテーションとかフライとか」

 

 貴族を召喚してしまった衝撃が、まさか平民の子供を呼び出してしまったのではないかという恐怖へと移り変わり慌てて少女を問い詰めるルイズ。

 サモン・サーヴァントで人間を召喚してしまったという時点でおかしな話だというのに、もしそれが平民だとしたら。

 しかし少女はルイズの心情など無視するように言った。

 

「さっきから何を言ってるのですかあなた達は? 私は貴族ではなく、紅魔族です。レビテーションやフライなどという魔法も、どんなものかは知りませんがこの私には必要のないものです」

 

 直接否定したわけではないが。

 レビテーションもフライも、魔法の中では初歩中の初歩。それを知らないと言うことは。

 

「ちょっとルイズ! サモン・サーヴァントで平民の痛い子供を呼び出してどうすんのよ!」

 

 ほとんど断定されたような情報を確信へ切り替えるように、燃えるような赤い髪が特徴の褐色肌をした女子生徒が高らかに声を上げた。

 

「う、うるさいわよ! 何かの間違いに決まってるわ!」

 

 反射的に怒鳴り返すルイズだが、最早ここまできたらルイズが何か喋るたびに火に油。

 

「さっすがルイズ! 平民の、それも子供を呼び出すなんてさすがだな! さすがゼロのルイズ!」

 

 誰かが言ったその一言をきっかけに、周囲が爆笑の渦に包まれる。

 ルイズは怒りで顔が赤くなりつつも、何も言い返せず。当の貴族マネをしている少女はキョトンとした顔で突っ立ているだけである。

 

「??? なんでしょう、この状況。今しがたそこはかとなくバカにされた気がしましたが、状況がさっぱりなので何も言えませんね。それにしてもお腹が空きました」

 

 これ以上周りに怒鳴り返したところで無駄だと、ルイズは藁にも縋るような思いでコルベールのもとへと駆け寄った。

 

「コルベール先生! もう一度サモン・サーヴァントをやり直させてください!」

 

 これしかない。

 気に入らなければやり直せばいい。だがコルベールは小さく首を振った。

 

「悪いが、それはできない」

 

「なぜですか!?」

 

「使い魔召喚の儀式は、歴史的に見ても非常に神聖なものだ。儀式をやり直すなど冒涜でしかない。キミが使い魔として彼女を召喚した以上選り好みはできない。彼女がキミの使い魔だ」

 

「そんな! けれど人間……それも平民を使い魔だなんて!」

 

「それでも決まりは決まりだ。さあ、ミス・ヴァリエール。コントラクト・サーヴァントを済ませなさい」

 

「ううぅ……!」

 

 ギリギリと歯を食いしばるルイズ。周りにバカにされるのは幾度となく経験しているが、今回のはそれだけでは済まされない。

 もしこの少女と契約を交わしてしまったら……ルイズは、これから一生こんな変な奴と一緒にいなきゃならないのだ。

 嫌だ。

 それだけは嫌だ。

 

(どうして私ばっかりいつも……!)

 

 魔法を使えば爆発。何を、どんな詠唱を唱えようが爆発。

 そこにはたった一度の成功さえなかった。

 だからゼロ。

 ゼロのルイズ。

 今回、ようやく初めて魔法が成功したと、一瞬だが淡い期待を抱いた。だがその結果はこれだ。

 こんなものは成功と呼べない。ルイズの目じりに小さな水滴が浮かんだ。

 

「? どうかしましたか?」

 

 近くにいた例の少女は、ルイズのそんな様子に気付くと気遣うように声を掛けてくる。

 ―――そもそもはあんたのせいじゃない。

 未熟な自分が原因だと分かっているのに、内心僅かでもそう思ってしまったルイズはその時咄嗟に言ってしまった。

 

「うるさいわよ! バカ!」

 

 他の生徒も、コルベールも、ルイズのあまりにも気持ちがこもった叫びに両目を見開く。

 ほとんど怒鳴りつけるように叫んだルイズは、そのまま我慢ならず契約の儀式も行わずその場から走り出した。

 

「あっ!? ミス・ヴァリエール!」

 

 背後からコルベールの声が聞こえるが、精神的に限界だったルイズの耳には届かない。

 彼女はただ現実から目を背けるように、一目散に逃げ出した。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 めぐみんはとても困っていた。

 何に困っているって、目の前の全てにだ。

 アクセルの街で、自分のことを拾ってくれるギルドもなかなか見つからず、空腹や空腹や空腹に耐えながら彷徨っていためぐみん。

 そしてついに限界を向かえ、細い裏路地でぶっ倒れたところ『あっ、ここの地面ずっと日陰になってるから冷たくて気持ちいいですね』なんて思いながらそのまま寝ることにしたのだが。

 突然しょっぱい爆発系統の魔法でも当てられたような衝撃を受け、慌てて起きてみればこの状況だ。

 

「ルイズの奴逃げちゃったぞ。みんなで言い過ぎたかな?」

 

「別に大丈夫だろ。だってあの強気なルイズだぜ?」

 

「そうそう。明日の朝にはどうせいつものしかめっ面で教室にいるって」

 

 周りにいる妙な格好をした連中がそれぞれ好き勝手言っているが、めぐみんの耳にはあまり届いていない。

 彼女にとって最大の問題は、今この状況が何たるか、である。

 それを考えているだけで割りと脳のキャパが限界に近い。

 

「あー……コホン! とりあえず使い魔儀式は完了だ。皆は各自寮へ戻るように。解散!」

 

 ハゲ頭が特徴的な男性がそう言うと、突然、周りにいる連中はそれぞれ談笑しながら―――宙に浮いた。

 そのまま、各々が石造りの建物の方へと飛んでいく。

 そんな光景を見てめぐみんの両目が見開かれる。

 

(な……こ、これは空を飛ぶ魔法ですか!? すごい! 奴らは一体何者なんでしょう!? 全員で特殊な魔法を覚える新しいギルドでしょうか!?)

 

 まあ爆裂魔法じゃないなら騒ぐほどでもないか、なんて思考にケリを付けながら一瞬で冷静になるめぐみんだが、奇妙な光景なのは変わりない。

 格好といい何といい、なんかの新興宗教みたいだなーとつらつら考える。

 

「キミ、少しいいかね?」

 

 すると誰もいなくなった頃合を見て、ハゲの男が声を掛けてきた。

 仕切っていたみたいだし、奴はこのギルドのリーダーだろうか。子供ばかりをメンバーに加えてなかなか趣味の悪い奴だ、なんて想像していると彼は困ったように口を開く。

 

 

「ええっと、ミス・ヴァリエールがいない以上私が説明するしかないのだが……ううむ、困ったな。どこから説明したものか」

 

「おや、なんだかさっきのチンチクリンよりは話が通じそうです。ところで名前はなんというんですか?」

 

 以外にも接触しやすそうな態度だあったので、こちらもあまり強くは出ずに名前を尋ねてみる。

 

「ん? ああ、私はここで教師を務めているジャン・コルベールだ。えっと、キミは……めぐみんさん? だったかな? ……一応聞くが、本名なんだよね?」

 

「ええ、本名ですよ。ええなんですか? 私の名前になにかご意見があるなら聞いてあげますが?」

 

「い、いや。遠慮しておこう」

 

 めぐみんの名前を聞いた人の多くがこんな反応をする。失礼な連中である。めぐみんからしたら他の人の名前の方がむしろおかしな響きだというのに。

 とはいえ名前のことで議論しているわけにはいかない。

 内心首を振って気を取り直す。

 

「そちらが説明に困っているのでしたら、とりあえず私から聞きたいことを聞いてもいいですか?」

 

「え? あ、ああ。構わないよ。キミも突然召喚されたからね、驚いているだろう。私の答えられる範囲でよければ何でも答えよう」

 

 召喚だのなんだの、妙な言葉が聞こえたが一々突っ込んでいては埒がない。

 とりあえずこの場はスルーしつつ、めぐみんは辺りを見渡した。

 

「ここはどこですか?」

 

「ここは、トリステイン王国のトリステイン魔法学院だよ」

 

「……? 魔法学院? なんですかそれは? トリステインという土地も聞き覚えがありません」

 

「え? 知らないのかい?」

 

「知りませんよ。アクセルの街はどっちの方角ですか?」

 

「アクセル……?」

 

 なんだかお互いに情報が合致しない。何か言う度にクエスチョンマークが頭上に生じる。

 これはいよいよキナ臭くなってきた。自分は寝てる間に一体どこへ連れ去られてしまったのか。

 

「一体キミはどんな辺境の地から召喚されたんだい?まさかトリステインすら知らないなんて」

 

 コルベールは心底不思議そうに呟くが、駆け出し冒険者が集うアクセルの街を辺境扱いしてる時点でどっちが田舎者だと内心悪態付く。

 しかし目の前の男も割りと困っている様子。嘘をついているようには見えない。

 やはり、何かおかしい気がする。

 仕方ない、ここは自分が受け手に回ろうとめぐみんは改めてコルベールを見上げた。

 

「何だかよく分かりませんが、とりあえず黙って聞きますので色々説明してもらえますか? ここはどこで、あなた達が何者で、なぜ私はここにいるのか」

 

「……本当にキミは何も知らないみたいだね。分かった、とりあえず一から説明しよう」

 

 そうして、コルベールの口から様々な情報が飛び出てきた。

 ここはハルケギニアという大陸で、トリステイン王国、ガリア王国、帝政ゲルマニアなど、いくつかの国が存在していること。

 めぐみんがよく知る職業別のスキルなどは存在せず、純粋に『魔法』という力があるということ。

 各国ではその魔法を扱えるメイジ、つまり魔法使いが貴族とされる支配階級があるということ。

 そしてここは、メイジ見習いである貴族が通う魔法学院であり、さっきまでいた子供達はここの生徒。

 一年生が二年生に上がるための必修科目として使い魔召喚の儀式というものがあり、先ほどの桃色髪をしたルイズという子がめぐみんを召喚したということ。

 それらのことを約1時間近く、たっぷりと説明をされて。

 めぐみんは。

 

(やべぇ……ちっとも意味が分からない……)

 

 ダラダラと冷や汗を流しながら硬直していた。

 伝えられることの一つ一つがめぐみんの知っている常識からはかけ離れており、嘘か誠かを判断するまえに現実味がなさすぎる。

 まるで御伽噺でも聞いてるみたいだ。

 

「ちょ、ちょっと待ってください……」

 

 コルベールの言葉を一度制止させると、必死に頭を回転させて状況を整理してみる。これでも紅魔族の同期の中では最も優秀な成績を収めていためぐみん。少し考えればこれぐらい……。

 

(うーん! 無理ですね!)

 

 そしてめぐみんは考えるのをやめた。

 これはきっと夢。そう、夢の中のお話なのだと心を冷静にする。その割にはやたら現実的な感覚がある気がするが、それでもこれは夢なのだ。

 

 しかしそこで、めぐみんは気付く。

 結構長い間話しを聞いていたこともあり、まだ真っ暗というほどではないが辺りは薄暗くなってきた。

 問題はそこではない。

 暗くなったことで、気付いたことがある。

 それはめぐみんの真上。上空に広がる空。そこから地上を照らす、月明かり。

 思わず上を向く。

 そこには、信じられない光景が広がっていた。

 

「な、なな、なぁっ……! なんですかあれは!?」

 

「……? 何って、ただの月だろう?」

 

 ただの月だと?

 断固否定する。

 なぜなら、めぐみんが知っている月は―――あんな風に二つ並んで、青と赤に爛々と輝くものではないからだ。

 

(や、やっぱりこれ……何かがおかしいです……)

 

 不気味に浮かび上がる双月を見つめながら、めぐみんは一つ、ある考えが浮かんでいた。

 めぐみんも一応は歳相応の子供。"そういう事"に若干憧れる年頃ではあるし、コルベールの話を聞きながらすこし考えていた。

 だが……それはあまりにも荒唐無稽な話であり。

 自分で考えておきながら自分を信じられない。

 まさか。

 

(まさか私……異世界に来た、なんて……ははっ、まさか……)

 

 頭の中で自分を笑ってやるが、乾いた笑いにしかならない。

 確かに信じられない話ではあるが、コルベールの紳士な態度から彼の言葉が嘘とも思えない。

 なにより、上空に浮かぶあり得ない光景。

 コルベールの言う使い魔召喚の儀式とやらで、めぐみんは世界という壁すら越えて、異世界に召喚されてしまったのではないかと。

 ……なんだかかっこいいなと思ってしまった自分が憎い。

 

(い、異世界……信じられませんが、信じれる気もします)

 

 どっちだよ、という突っ込みは自分でしておいて。

 とりあえず冷静になるべく、深く深呼吸する。

 この場は仕方がない。『仮に』そういうことだとしておいて、めぐみんはコルベールに向かい合う。

 

「あ、あの。使い魔召喚の儀式、とか言ってましたよね」

 

「ん? ああ、うむ」

 

「それで逆に私を元いた場所へ送り返すってのはできないんですか?」

 

「うむ……すまない。サモン・サーヴァントは一方通行だからね。逆となる魔法も存在しない。それに……」

 

「それに?」

 

「先ほどミス・ヴァリエールにも言ったが、本人が望まないものを召喚してしまったからといって、召喚の儀はやり直してはいけない決まりなのだ。それこそ、何らかの事故で使い魔が死んでしまったりしない限りね」

 

「……、」

 

 ガックシ、とめぐみんは項垂れる。

 ここが異世界だろうがそうでなかろうが、もしこの場で帰る手段があるのなら……と思ったが、どうやら難しそうだ。

 辛い。

 とにかく辛い。

 どれもこれもアクセルの路地裏で眠りについてしまったのが原因なのだろうか。だとしたら過去の自分に爆裂魔法をぶちかましてでも叩き起こしてやりたいぐらいだ。

 

「……はっ! か、考えてしまったせいで体が! 体が疼く! 今日はまだ一度も爆裂魔法を撃ってないことを思い出したせいで!! 体がッ!!」

 

「……?」

 

「いっそこの辺で適当にぶちかませば何かいい案でも浮かぶかもしれません! 野宿は割りと慣れてるので別にいいですけどこれだけは譲れませんよ私は!」

 

「な、なにを言っているのだね?」

 

 困惑した様子のコルベールには悪いが、めぐみんにとっては食事睡眠よりまず爆裂。一日一爆裂はやはり欠かせないものだ。たぶんこの辺にクレーターの一個でも作ってしまうだろうが、別にいいだろう。

 自らの杖を高く掲げ、いざ詠唱を開始しようとするめぐみん。

 が、

 

「しかし困ったね……本来であればキミにはミス・ヴァリエールと契約してもらって、使い魔として彼女の部屋に寝泊りしてもらうのが一番だったんだが……」

 

 ―――寝泊り。

 その単語を聞いた瞬間、めぐみんの動きがピタリと止んだ。

 

「ミス・ヴァリエールがあの調子ではね……学院にはメイドや料理人でもない平民を泊められる部屋なんてないし、私一人の権限で頼んだところで……」

 

「……ちょっと待ってください」

 

 めぐみんはとても真剣な眼をコルベールに向ける。

 

「使い魔というのがどういう存在なのかは知りませんが……それってつまり、さっきの彼女と契約を結べば、私は屋根が付いた部屋で寝れるということですか?」

 

「え? ま、まあそうだね。少なくとも今のままだと君を泊められる場所が確保できなくてね……」

 

「それは、その、食事も出るものなのでしょうか?」

 

「食事かい? そうだね、ミス・ヴァリエール次第だとは思うがその程度は出るんじゃないかい?」

 

「なんとぉ!!!!」

 

 カッ!! とめぐみんの赤い瞳が見開かれた。

 それほど好都合なことはないと、彼女の心の中に炎が宿る。

 

 そもそもめぐみんは、自分を拾ってくれるギルドを探してアクセルの街を徘徊していた。めぐみんとしてはとりあえず爆裂魔法さえ撃たせてもらえればそれでいいというのに、世はなかなかめぐみんの存在を受け入れてくれない。

 結果、金もなく飲まず食わずで三日。最早爆裂魔法を撃つ体力すらギリギリあるかどうか。

 なんとも世の中は大変である。

 ただ魔法を撃ちたいだけ……たったそれだけの純粋な願いすら満足に叶えられないのだから。

 

 しかし今、目の前に最低限の衣食住を手に入れられる可能性が転がっている。

 まあここがまったくの見知らぬ土地で色々やばい、とにかくやばいという事実はあるのだが、それにしたって自身の拠点を確保できるのは悪くないのではないだろうか。

 ふふふふ、と不気味な笑いがめぐみんの口から漏れ出た。

 

「この邂逅は世界が選択せし定め……私は! このような機会を待ち望んでいた!」

 

「え? ど、どうしたんだい?」

 

「コルベールと言いましたね! とりあえず私を彼女の元に案内してください!」

 

 戸惑うコルベールに、自信たっぷりな顔で高らかに言い放つめぐみん。

 彼女の目的は定まっていた。

 

(使い魔だか何だか知りませんが、爆裂魔法を一日一回撃たせてもらうという条件を呑んでもらって是非なってやろうではありませんか! ええ! つーか腹減った!)

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 そしてめぐみんは、コルベールに案内してもらって彼女―――ルイズとやらの部屋の前にきた。

 めぐみんが自らルイズの使い魔になってやろうと言い出して、コルベールとしては安心したらしい。めぐみんがこのままでは行き場を失ってしまうというのもそうだが、そもそも使い魔契約をしっかり結ばなければルイズを進級させてあげられないのだ。教師として一生徒思う安堵があったのだろう。

 とはいえ、めぐみんにはどんな事情があろうが関係ない。彼女としては寝床を得るための交渉をしにきたまでなのだから。

 ちなみにそのコルベールだが、まだ仕事が残っていると言って、ここまでめぐみんを案内するとどこかへ言ってしまった。

 

 ドアの前に仁王立ちするめぐみんは、そっとノックをした。コンコンコンと。

 しかし中から反応は返って来ない。まさかまだ帰って来ていないのか? とできれば勘弁してほしい事態を想像しつつ、次は声を掛けてみることに。

 

「あのー。サーモンなんとかで召喚? された私ですけど。いますかー?」

 

 しばらく待つ。

 だがそれでも返事は帰ってこない。

 困った。素直に思うめぐみん。

 中にいて意図的に無視しているのか、そもそも部屋の中にいないのか、どっちかは分からないがどっちでも困る。

 しかしいつまでも棒立ちでいるわけにもいかない。

 とりあえずは前者の可能性を試してみようと、せめてもの確認のために部屋のドアノブに手を掛けた。

 

(あれ?)

 

 すると、鍵は開いていた。

 閉め忘れだろうか。だがこれは好都合。

 めぐみんは意気揚々と部屋の中へと踏み込んだ。

 

 

 

 

 

 




※めぐみんはカズマ達と出会う前設定です。アクセルの街で冒険者ギルドに向かう前にぶっ倒れていたら、というめぐみんです。



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#02 ルイズの道

 

 

 

 ルイズは泣きじゃくっていた。それはもう長い間。

 授業中、散々周りからバカにされても少し怒鳴るか無視するかで我慢していたルイズ。だが進級にも関わる大事な使い魔召喚の儀で失敗した結果溜りに溜まったものが、ついにルイズの中で溢れてしまった。

 そして逃げ出した。

 我ながら本当に無様に、逃げ出してしまった。

 そんな自分が悔しくて、自分を変わらず笑いものにする奴らが腹立たしくて。

 自室へ逃げ込んで、とにかく泣き腫らした。

 

 ―――しかししばらくして。

 誰かから部屋のドアがノックされた。

 おそらくコルベール先生じゃないかと警戒したルイズだが、そういう訳でもなさそうだ。なぜなら教員側の立場だとしたら、ノックなんてする必要がない。ズカズカと踏み込んできて説教すればいい。

 ルイズは授業中に逃げ出した叱るべき生徒。それぐらいしてきたって何もおかしくない。

 なのにしばらくしても、誰かが入ってくる気配はなかった。

 しかし代わりに。

 突如、その声が飛んできた。

 

「あのー。サーモンなんとかで召喚? された私ですけど。いますかー?」

 

 それはあまりにも予想外な相手の声だった。

 使い魔召喚の儀式で、ルイズが召喚してしまった子供の平民。どう考えても偽名だが、めぐみんなどとふざけた名前を名乗る少女。

 壁越しではあるが間違いなく彼女の声だとルイズは確信した。

 なぜか来たのか。分からない。

 自分を元いた場所に返せと、怒鳴りにでもきたのだろうか。

 仮にそうだとしても返す手段をルイズは知らない。

 だからルイズは、これも無視することにした。あの子には悪いことをしたと思うが、それはお互い様だ。ルイズからしてみればあの子が召喚のゲートを潜ってしまったからこんなことになったのだ。

 自分にはもう関係ない。そう思い込んで耳を塞ぐ。

 

 だが、ルイズはすっかり忘れていた。

 授業から逃げ出し自室に逃げ込んだ際、部屋の鍵を閉め忘れていたことを。

 

 ガチャ、とドアノブが傾き、部屋のドアが開く。

 えっ、と驚愕しベッドの上で蹲っていたルイズと、ずかずかと平気で入り込んでくるエセ貴族の格好をした平民。

 彼女はルイズの姿を確認すると―――カァッ!! と目を見開いた。

 まるでその赤い瞳が輝いたようにさえ見えるほどの気迫を漂わせて。

 

 

「我が名はめぐみん!! アークウィザードを生業とし、最強の攻撃魔法!! 爆裂魔法を操る者ッ!!!」

 

 

 ……さっきも聞いた気がする自己紹介を突然叫び出した。

 むしろさっきより声量が上がっているかもしれない。

 

「ふふん、聞きましたよ。この私を使い魔として召喚した、と。あまりの強大さ故、世界に疎まれるほどの我が力、汝も欲するのだな」

 

「……え? は、え?」

 

「ならば! 我と共に究極の深遠を覗く覚悟をせよ! 人が深遠を覗く時、深遠もまた人を覗いているのだ……」

 

 ……………………。

 決まった……、とでも言いたげなドヤ顔で固まるめぐみんと、言葉も出ず硬直するルイズ。

 共に沈黙することたっぷり10秒。

 

「……帰ってくれる?」

 

「か、帰る場所がないんですよ!」

 

 ジト目で睨みを利かせるルイズに、たぶんこっちが素なのだろう慌てた様子で腕を振るめぐみん。

 だが、正直ルイズはこの変てこ娘の相手をするような気分では到底なかった。今まさに、鍵を閉め忘れていた過去の自分に深い反省を抱いているところである。

 

「とりあえずそちらの事情は先ほどあのハゲ頭にお聞きしました。あなたは私を使い魔として召喚したという話ではありませんか! うん! 大当たり! 大当たりですよ! これ以上ないほどの大当たりです!」

 

 一体どこが大当たりなのか。まったくルイズには理解できない。

 というかこの子、自分を売るのに滅茶苦茶必死になっているように見えるのは気のせいだろうか。

 

「私の方は準備オーケー、ばっちこいですよ! 契約だろうが何だろうが受けてやろうって話です! さあ! さあさあ!!」

 

 ルイズがいない間にコルベールと何を話したのか、やたら使い魔契約に乗り気を見せる平民。

 だがルイズはそれが嫌で逃げ出したのだ。

 やたらテンションが高い彼女から目を逸らす。

 

「結構よ。私はあんたと契約する気なんてないから」

 

「え!? そ、それは困ります! さっき言いましたけど、私帰る場所がないんです! あなたが契約していただかないと私も寝床がなくて困るんですよ!」

 

「なによ、それ。結局自分のためじゃない。大体、どうして平民のあんたなんかと……」

 

 ルイズは、自分が子供みたいな我儘を言っているのは十分承知していた。

 使い魔の再召喚は認められない。

 その事実がある以上、このまま目の前の平民と契約を結ばなければルイズは留年。そうなった者の多くが学院をやめているため、実質退学の烙印を押されるようなものだ。

 それを避けるには今すぐにでも契約するのが一番。よく分かっている。

 

 だが……今まで周囲から受けてきた嘲笑の数々。

 失敗だけが積み重なる虚しい爆発。

 それでいて召喚した使い魔はこんなヘンテコな平民で。

 ―――もう、別にいいやとさえ思えてしまった。心は磨り減ってしまい、ついに決壊した。

 きっと多くの人の期待を裏切ることになる。父や母はもちろん、姉達からも。でもそれ以上に、孤独に耐え続ける今この時のほうが、ルイズには辛く重たい時間だった。

 別にいい。留年だろうが退学だろうが。

 しかし、

 

「おや? あなた、もしかして泣いていたんですか?」

 

 いつの間にか近づいてきていためぐみんが、ルイズの顔を覗き込んでいた。

 慌てて後ずさりしながら距離を取るルイズ。

 

「目元が大分赤くなっていますよ。どうして泣いていたんですか?」

 

「あんたには関係ないでしょ! もういいから出て行って!」

 

「えぇ……そういう訳にはいかなくてですね……」

 

 プイッとそっぽを向くルイズ。後ろからはめぐみんの困った声が聞こえるが、ルイズには知ったこっちゃない。

 だがめぐみんにも引けない理由があった。彼女は負けじとルイズの正面に回りこんでくる。

 

「よければ私に聞かせてくれませんか? あなたが泣いていた理由」

 

「しつこいわね! それで私の相談にでも乗って、契約までしてやろうって魂胆なんでしょう!」

 

「うっ! い、いやぁ? そんなことは……ないことも、ないですが……で、ですが! 中庭でも少し涙を見せていたので。純粋に心配しているというのは事実です、はい」

 

 なんなんだこのめぐみんとかいう少女は。ルイズは段々目の前の少女にイライラしてくる。

 だが、いいだろうと思った。そこまで聞きたいなら話してやろうじゃないかと。

 それを聞いた上でどうしようもないことだと納得させれば、めぐみんも諦めるに違いない。

 

「……分かったわ。どうせあんたに話したところで何も変わらないし、聞かせてあげる」

 

 

 そうしてルイズは、ポツポツと自身の境遇をめぐみんに打ち開けた。

 何よりも、魔法が一度も成功せず、あんたを召喚したのだって失敗なんだと。

 努力しても、努力しても、いくら努力しても、結果は失敗ばかり。報われることなんて一度もない。

 その純粋な思いを、有りっ丈を話してやった。

 

 

「ふむ……なるほど」

 

 聞き終えためぐみんは、考え込むように顎に手をやる。

 ルイズはほとんど拗ねた子供みたいに膝に顔を埋めている。

 

「分かったでしょ……もういいのよ、私なんて」

 

「……ルイズ。一度、あなたの魔法を見せてもらえませんか?」

 

 飛んできたのはあまりにも予想外な言葉。

 はぁ? とぼやきながら顔を上げると、めぐみんは尚も難しそうな顔でいる。

 

「失敗するといいますが……どういうものなのか、イマイチ判断できません。この目で見てみたいです」

 

「……はぁ、一度だけよ」

 

 何が納得いかないのかは知らないが、そこまで言うならとことん自分の悪いところを見せてやると、ルイズは魔法の杖を取り出す。

 狙いは何でもいい。そもそも狙いだって正確にいかない。とにかくいつも目の前で爆発が起こる。ただそれだけ。

 ルイズはぐっと指先に力を込めて、精神力を集中させると―――やるならいっそ、派手にやってやろうと。全力で杖を振り下ろした。

 唱えた魔法は『ロック』。鍵がある扉を遠距離から施錠する、ただそれだけの魔法。

 ―――結果。

 バゴンッ、という爆発音はいつも通り。

 部屋の真ん中で突如強力な爆発が巻き起こり、家具とかその他諸々に結構な損害を与えた。爆発の粉塵が部屋中に舞い上がり、ものの一瞬で綺麗に整理整頓してあったルイズの部屋がぼろぼろに。

 こうなるためいつも部屋の中では魔法を使わないようにしていたが……別にいいと思った。めぐみんを納得させるためというより、どうせしばらくしたら自分はここからいなくなるのだからと、ほぼ完全に諦めていたから。

 煙が少しずつ晴れていく中、ルイズは虚ろな瞳で、ただじっと爆発した箇所を眺めていた。

 

「これで分かったでしょう。私はどんな魔法を唱えても、必ず爆破が起きてしまう。魔法の才能なんてマイナスまで突き抜けた、正真正銘本物の落ちこぼれなのよ……」

 

 自分で口にして、自分に戒める。これが正しい評価なのだ。

 めぐみんもようやくこの有様を見て諦めたか、じっと黙っている。ならばさっさと出て行けと、一言言ってやろうと思った。

 だが、なぜか。

 振り向いたとき、ルイズの目に映ったのは―――爛々と瞳を輝かせる、めぐみんのすがたであった。

 

「す、すごい……すごいじゃないですか! ルイズ! まあ私の爆裂魔法には遠く及びませんが、これはすごいことですよ!」

 

 めぐみんの口から漏れたのは、なぜか賞賛の言葉であった。

 

「どんな魔法を唱えても爆発する!? なんてうらやまっ……い、いえ! 素晴らしい体質なんでしょう! なにが失敗ですか! 十分凄いじゃないですか!」

 

「……なに? あんたバカしてる?」

 

「いえまさか! しかも威力の制御が利くから考えようによっては一日に何発でも撃ち放題! あっ、でも一撃必殺の強力な爆裂を起こしてこその芸術の散華もやっぱり捨てがたいです!! どっちがいいんでしょう。どっちだと思いますか!?」

 

「な、何のこと言ってるのよ! 知らないわよ!」

 

 鼻息を立てながら物凄いテンションで熱く語りかけてくるめぐみん。

 ルイズはただ困惑する。なんなんだコイツは。

 今まで自分の魔法を見たら呆れるかバカにして笑い飛ばすか、その両者しかいなかった。こんな風に褒めてくるやつなんて初めてだ。

 一瞬、嫌味でわざとそう言ってるだけかとも思ったが、

 

「これはまさか……この世界で言うところの爆裂魔法なのでしょうか!? 威力はどのように変動するのでしょう、元魔法の詠唱の長さでしょうか?」

 

 嬉々として語るその様子に、陰りは一切感じられない。

 純粋に、目の前の少女は『すごい』と感じて口に出している。そんな様子がルイズにも伝わってくる。

 

「な、なんなのよあんた……」

 

「しかしルイズ! これはきっと天啓に違いありません! 他の魔法が全て爆発にすげ変わる? それは即ち他の魔法には覚える価値すらないということ! ルイズにその力を与えたどこかの神様に私はとても共感を覚えます! 運命(さだめ)なんですよ! この私と共に爆裂道を歩むという永劫より続く運命(さだめ)!!」

 

「ちょ、ちょっと!? 顔近いわよ!」

 

 興奮気味に顔を寄せてくるめぐみんをぐいーっと引き剥がす。

 何が彼女をここまで熱くさせているのだろうかと、ルイズは疑問に思う。

 ただの失敗魔法。爆発。

 煙を撒き散らし周囲を散らかすだけの、迷惑極まりない魔法と呼べるかも分からない粗悪品。

 彼女はこれのどこにそこまでの魅力を感じているのか。ルイズには到底理解が及ばない。

 

「しかし……ふふ、そうですか。ルイズ、私があなたの元に召喚された理由が、何となく分かりましたよ」

 

「え?」

 

「即ち! この私こそが爆裂魔法の真の使い手だからこそ! これから生まれようとする爆裂の担い手が、芽吹く前に摘み取られようとするのを阻止するため! そういう事なんですね!?」

 

「だから何言ってんのよあんた!」

 

 突っ込んでも突っ込んでもキリがない。

 しかしルイズは知らなかった。目の前にいる少女―――爆裂娘ことめぐみんが、爆裂にどれほどの情熱を掛けているのかを。

 めぐみんは意気揚々と自身のマントをはためかせた。

 

「よし! いいでしょう! ルイズ、これから私がとても良いものを見せてあげます!」

 

「は? いいもの?」

 

「そうですとも! あなたが決して落ちこぼれではないという、その証明です!」

 

 訳の分からないことを言い放ち、めぐみんはその場で身を翻した。

 部屋の窓際へと一目散に駆け寄り、ルイズの許可もなしに勢いよく開け放つ。夜風が僅かに入り込みすっと頬撫でた。

 めぐみんは自身が握り締める大きな杖を夜天へと掲げるが如く振り上げる。

 高らかに宣言するように、彼女の声が響き渡った。

 

「爆裂魔法は最強魔法。それを扱う私を召喚したという時点で、あなたは決して落ちこぼれなんかではないということです! というか爆裂を愛する者に落ちこぼれなんていませんとも!」

 

「別に愛してないわよ! っていうかあんた、魔法が使えない平民なんでしょう!? いい加減その貴族ごっこはやめて……、」

 

 ベッドから立ち上がり、とりあえず奇行を繰り返すめぐみんを落ち着かせようとするルイズだが。

 めぐみんはこちらを制止するように空いた手を突き出してくる。

 帽子の下からは赤い瞳が覗き、全てを見抜くように煌めいていた。

 

「貴族だの平民だのは分かりませんが、私が扱えるのは爆裂魔法ただひとつ! 過程は違えどあなたと同じようなものです」

 

「え……?」

 

「まあ見ていてください。あなたが失敗魔法だと語るその爆発が、極めた先にどれほどの変貌を遂げるのか。私が見せてあげましょう! その先にある真の爆裂というものを!」

 

 高らかに声を張り上げ。

 めぐみんは―――つらつらと、それを紡ぎ始めた。

 

「―――黒より黒く、闇より暗き漆黒に、我が深紅の混淆を望みたもう……」

 

 そこでルイズは己が目を疑った。

 めぐみんの足元に―――炎のような、紅蓮の陣が突如として浮かびあがった。

 彼女が掲げる杖の先端には、とても邪悪な力を感じさせる黒色の奔流が渦を巻いて集束され始める。

 

「覚醒のとき来たれり。無謬の境界に落ちし理。無行の歪みとなりて現出せよ!」

 

 それを一瞬、ルイズは魔法かと思った。

 自分や他の生徒が勝手に勘違いしただけで、彼女はやはり正真正銘のメイジなのではないかと。

 だが違う。本能がそう囁きかける。

 これはルイズが知っているような魔法じゃない。別の何かだと。

 

「踊れ、踊れ、踊れ……我が力の奔流に望むは崩壊なり。並ぶ者なき崩壊なり。万象等しく灰塵に帰し、深淵より来たれ!」

 

 闇の奔流は着実に彼女の杖へと集束し、その真なる形を現そうと脈動するように膨れ上がる。

 ルイズに駆け抜ける、全身を突き抜けるような重いプレッシャー。

 神聖にも邪悪にも映り、神々しさまでを感じさせるその光景に、ルイズは目を奪われた。

 ただ、釘付けとなる。

 自分と同じような背丈の、小さな女の子。だけどその背中はあまりにも大きく見えて―――。

 

「これが人類最大の威力の攻撃手段! これこそが究極の攻撃魔法! ルイズ! あなたが決して落ちこぼれではない証拠がここにあります!」

 

 めぐみんは世界全てに轟かせるように、高く高く、"それ"を解き放った。

 

 

「エクスプロォオオオオオジョン!!」

 

 

 閃光は一瞬であった。

 杖の先端に集束したエネルギーは、溶岩のように赤い紅蓮の爆炎へと姿を変え。

 一筋の光となって、天高くへと撃ち上がった―――その直後。

 遥か先。

 学院の石壁を跨いだ、草原のど真ん中へと光は一直線に落下して。

 

 ―――爆発。

 いや、それは"爆裂"だった。

 

 静かな草原の大地に降り注ぐ、まるで神からの鉄槌。

 爆裂の衝撃波は、草を、大地を、風さえも食い殺し、あまりの威力に部屋の中がガタガタと揺れる。

 響く轟音は思い出したかのように一瞬遅れて学院の方まで届き、耳を塞ぎたくなるような爆音が響き渡る。

 

 その決して美しいとは言い難い刹那の爆裂を目にして―――ルイズは、自分の中の常識が、一変にひっくり返るような衝撃を受けた。

 一度も成功したことがない魔法。

 唱えても唱えても、先にあるのは生産性のない爆発のみ。

 それがルイズを苦しめてきた。ルイズにとって、自分の"失敗"魔法はただの巨悪でしかなかった。

 だが。

 目の前の少女は言う。

 それは決して、失敗なんかじゃないと。

 その道の先には、これほどの大きな未来が待っているのだと。

 ―――ルイズの可能性を、見せてくれた。

 

 あまりにも野蛮で、ただの破壊力しか秘めない爆裂の輝き。

 だがルイズは、その輝きから目を離せなかった。まるで自分の目の前に舞い降りた天使のようでもあった。

 ザワザワと、学院の中が一気に騒がしくなるのが分かる。生徒達は窓から顔を出し、野次馬のように外を見る。一体何が起きたのだと、夜中にも関わらず喧騒に包まれる。

 学院の外側にできた、ここから見ても分かるほどの巨大な地面の窪み。灰色の煙が立ち上がるそれを尚もルイズは呆然と見つめていた。

 ルイズに背中を向けたまま、めぐみんは言う。

 

「どうですか? ルイズ、これが爆発の先にある真の爆裂です。あなたにはここに至るまでの道筋が、きっと見えているはずです」

 

 彼女は杖を下ろし、こちらに振り向いてくる。

 今まさにあれほどの衝撃を巻き起こした張本人とは思えない、歳相応の少女の顔をしながら。

 

「この輝きを見れば、他の魔法なんてどうでもよくなるんです。どうしても魅了されてしまうんです。ルイズ、あなたはどう思いましたか? あの圧倒的なまでの火力と破壊力。見えませんか? "輝き"が」

 

 ―――見えた。

 はっきりとそう言える。

 あの輝きはまさに、真っ黒な霧に囚われようとしていたルイズの心に、明るい光を照らし出した曙光であった。

 

「道の歩み方が分からないのであれば、この私がいくらでも先導しましょう。他の魔法みたく決してあなたを拒んだりしません。なぜなら爆裂道は来る者拒まず、全てを受け入れるのですから」

 

 めぐみんの手が、そっとルイズに差し出された。

 それは救いの手にも見えて、閉ざされた心の扉を開く希望へのドアノブのようにも思えて。

 

「ルイズ。私と共にこの爆裂道を歩みましょう!」

 

 ルイズは一切迷うことなく、めぐみんの手を―――、

 

 握れなかった。

 

「え?」

 

 つい素っ頓狂な声がもれる。

 ルイズがめぐみんの手を握ろうとした瞬間……唐突に、めぐみんは真後ろへとぶっ倒れた。

 受身の一つすら取らず、後頭部から思いっきり床に激突する。

 

「ぷぅぇ……げ……げんかい、デェス……」

 

 全身をプルプル震えさせながら、今にも途切れそうなかすれた声でめぐみんは呟く。

 

「かっこよく締めようと思いましたが、やはり魔力が底を尽きれば身動きができません……」

 

「ちょ、ちょっとどうしたのよ! 顔が青いわ!」

 

「我が奥義である……爆裂魔法は、その絶大な威力であるが故に、消費魔力もまた絶大……」

 

「魔力? 精神力じゃなくて? って、そんな場合じゃないわ! 大丈夫なのあなた!?」

 

 慌てて駆け寄ったルイズは、めぐみんの頭を膝枕をしてあげてやつれ切った顔を覗き込む。

 と、何の脈絡もなく突然めぐみんのお腹辺りから『ぐぅ~~~』とバカでかい音が響いてきた。

 

「おぅふ……そうでした。三日三晩何も食べていないんでした……。どうりで身動きが取れないだけでなく、視界までどこかぼんやりと……」

 

「ああちょっとしっかりしなさいよ! え、ええっと、とりあえず保健室に連れてった方がいいのかしら」

 

 慌てるルイズに、しかしめぐみんはふっと笑いかける。

 それはさながら聖母のようであった。

 

「大丈夫ですよルイズ。それよりも、使い魔契約とやらを早く結んでください。その後にでも、とりあえず何か食べさせていただきたいです」

 

「で、でも大丈夫なの? 本当に辛そうだけど……」

 

「空腹はともかく、動けなくなるのは慣れてるので……あ、そうそう。使い魔契約を結んだ暁には、是非一日一回、私自身の訓練も兼ねて爆裂魔法を撃たせていただきたい所存……」

 

「こんな状況でよく言えるわね! あなたホント頭おかしいわ!」

 

 つい怒鳴ってしまうルイズ。だが……その表情は柔らかく微笑んでいた。

 ついさっきまではこんな訳の分からない奴と使い魔契約だなんて、と思っていたが、それが嘘のようにルイズの心は晴れやかだった。

 この子が放った爆裂を目にした途端、ルイズは……悔しいが、彼女の言うとおり魅了されてしまったのかもしれない。

 一瞬にして全てを灰塵へと帰す、あの絶大なる威力に。その爆裂に。

 

 ルイズは自分の杖を再度握り締めた。

 

「まったく……じゃあ先に契約済ませるわよ」

 

「おお! やっと私と共に爆裂道を歩む決意がつきましたか!」

 

「う、うるさいわね! あんたがいると毎日飽きそうにないから、契約してやるのよ!」

 

 こほん、と一度咳払いして。ルイズは小さく杖を掲げる。

 

「……我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン、この者に祝福を与え、我の使い魔と為なせ」

 

「ほう。なかなかセンスがある詠唱ですね。だが私の爆裂魔法に比べれば……って、あれ? なぜ顔を近づけるんですか? ルイズ?」

 

「い、いいから黙ってなさい! 私だって女同士でこんなことするの恥ずかしいんだから!」

 

 顔を赤くしながら目を閉じ、ゆっくり顔……というか、その薄いピンクの唇を近づけるルイズ。

 めぐみんはハッとした。

 

「ん? なんだか嫌な予感がします。ルイズ? その進行ルートはとても危険だと私は思いますが……まさか契約ってそういうことですか!? こっちが動けないのをいいことに! や、やめ、やめろォーーー!! ぅ、むぐくぅうううっ!?」

 

 コントラクト・サーヴァント。

 つまり、使い魔契約となる口付け。

 突然キスをされ暴れ出す……なんてことは当然できず、ピクリとも動けずに甘んじて受け入れるしかないめぐみんだった。

 顔を離すルイズ。両者の顔は真っ赤に染まっていた。

 

「な、ななななな、なんてことをしてくれたんですかァ!!」

 

「だ、だから仕方ないのよ! こういう形式なんだから!」

 

「それでキス!? キスですか!? この呪文を考えた奴はよっぽどメルヘンなやつ……うっ!?」

 

 突如としてめぐみんは体の一部―――主に左手の甲から、物凄い熱が伝わってくるのを感じた。

 とてつもない激痛。鉄板でも押し付けられたような熱い痛み。

 ……しかしめぐみんはのたうち回ることすらできず。

 

「うぎゃあああああああああああああああああああ!! 手がァ!! 手がァアア!!」

 

「ちょ、大げさよ! 使い魔のルーンが刻まれてるだけだから……って、あれ? もしかしてそんなに痛いの?」

 

 ルイズに膝枕されたまま、体はピクリとも動かないのにとりあえず絶叫するとてもシュールな光景を晒して。

 限界を超えた魔力消費に加え、猛烈な空腹とトドメとなるルーンの刻印を受けて、ガクッと白目を剥きながら気絶するめぐみんであった。

 

「……あれ? ちょ、ちょっと! しっかりしなさいよ! ねぇってば! ちょっとー!」

 

 学院が大騒ぎの中、ルイズの悲鳴のような叫びが部屋中に響き渡った。

 

 ―――こうして、突如として見知らぬ場所に来てしまっためぐみんはルイズとの契約を果たす。

 めぐみんの使い魔生活と新たな爆裂道が幕を開けるのだった。

 

 

 

 

 




契約までの流れを改変したこともあって、元々一話だったのを二話に分割することに。
ここまでが一話としての区切りとしたいので、今回のみ続けて二話分の投稿となります。
次回からは不定期更新です。



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#03 使い魔と主人の始まり

 

 

 

 ―――朝。

 目が覚めためぐみんの視界に映ったのは、見知らぬ天井だった。

 ベッドの中でぼーっと天井を眺めているうちに、少しずつ記憶が蘇ってくるめぐみん。

 そう、アクセルの街でぶっ倒れて、気付いたらまったく知らない土地にいて、そこには妙な連中がいっぱいいて、ハルケギニアやらトリステイン王国やら聞いたこともない話をされて、挙句ルイズという女の子の使い魔になって。

 視界が鮮明になってくる中で、意識を失う直前の出来事を思い出す。

 我ながらついテンションが上がってしまって、ルイズの説得も兼ねて爆裂魔法を放ったのだ。ああ、そうだ。あれは最高に気持ちよかったな、なんてあの時の快感を思い出す。

 そしてなぜかルイズにキスをされて、左手が物凄く痛くなったかと思うと……その辺りで記憶は途切れている。

 

「おはよう。やっと起きた?」

 

 バッと視界の外から誰かが顔をのぞき込んできた。

 薄い桃色のようなブロンズヘアーに、鳶色の大きな瞳。白いブラウスにグレーのプリーツスカートの姿。

 間違いない。昨日、お互いに一悶着あったルイズだ。

 その姿を見ると同時、ああ、やっぱり夢じゃなかったんですね、なんてぼんやりした頭で冷静に考える。

 

「めぐみん……だっけ? 主人を差し置いていつまで寝てるのよ。いい加減起きなさい」

 

「……」

 

 少し不機嫌そうに眉を吊り上げながらも、声色からはどこか安心したような様子が受け取れるルイズ。

 そんな彼女の姿を捉えて、めぐみんはしばらく沈黙を続けると。

 ガシッ、と彼女の肩を思いっきり掴んだ。

 

「え!?」

 

 突然の接触に驚愕するルイズを、めぐみんは構わずベッドから這い出るようにして押し倒す。

 固い床に二人して転がりつつ、突然のことにルイズは目を丸くする。

 

「ちょ、ちょっと! いきなり何するのよ!」

 

 紅潮した顔で怒鳴ってくるルイズ。

 しかし上から覆いかぶさるめぐみんには聞こえていない。

 というか。

 聞けるだけの余裕がなかった。

 

 ぐぅぅ~~~~、と情けなく鳴り響く腹の虫。

 出所は最早、言うまでもない。

 

「……」

 

「……」

 

 めぐみんの顔は到底起き掛けの女の子とは思えないほどやつれ切っていた。

 

「は……腹が減って、力が出ないというか……り、リアルに、あれです。し、死にそうです……」

 

「わ、分かったから少し離れなさい!」

 

 アンデットモンスターみたく縋りつくめぐみんだが、寝起き一番の問題はやはり空腹であった。

 そもそも三日も飲まず食わずでここに飛ばされてきた時点でかなり四面楚歌であったのだが、いい加減限界であった。寧ろこれだけ耐えただけでも褒めて欲しいぐらいである。

 ルイズはそんなめぐみんから這い出るようにして解放されると、呆れた様子で口を開いた。

 

「この調子じゃ詳しい話はなにもできなさそうね……とりあえず今から朝食だから、あんたも行くわよ」

 

「朝食ッ!?!?」

 

 ガバァッ!! ととんでもない勢いで起き上がるめぐみん。ついさっきまでの生気を失っていたような顔が嘘のように、ピッカピカに瞳を輝かせる。

 

「何が出るんですか!? 肉ですか!? 魚ですか!? それとも肉ですか!?」

 

「……別にあんたが期待してるようなものはないわよ」

 

「え!? あ、でも構いませんよ! この際もう何でもいいです! このままでは私、ルイズの部屋に死因餓死の死体を一つ作ってしまいそうです!」

 

「はいはい分かったから。まったく昨日といい、騒がしいんだから……」

 

 ルイズは面倒くさそうに背を向けると、椅子の背もたれに掛けていたマントを手に取り背中に回す。

 めぐみんはそれを見て、自分がローブ姿だけになっていることに気付く。部屋の中を見渡すと、隅の方に自身のマントと帽子、ついでに杖もまとめて置かれていた。

 きっと寝てる間にルイズが脱がしてくれたのだろう。

 外に出るならば正装をしなければとそちらへ歩き出そうとしためぐみんだったが。

 

「待ちなさい」

 

 まるで飼い猫でも叱りつけるようなルイズの声に制止される。

 

「あんたの帽子とマント。あと魔法の杖も。昼間はこの部屋にしまっておきなさい」

 

「え? なぜですか?」

 

「なぜって……あんたねぇ」

 

 キョトンとするめぐみんに、ルイズはほとほと呆れたように肩をすくめる。

 

「昨日、散々エセ貴族だとか平民の癖に貴族の真似してるだとか周りに言われてたの忘れたわけ? そういう誤解を生まないために、貴族に見えちゃう格好はできるだけ謹んでって言ってるの」

 

「言わせる奴には言わせておけばいいのですよ。実際私は貴族ではないですが魔法使いです。もしどうしてもうるさいようだったら、私の爆裂魔法をぶっかませば……」

 

「あんなの校内で撃たれたら大惨事よ! 大体あんたの言う魔法使いって……」

 

 言いかけたルイズは、部屋の時計を見てハッと言葉を止める。

 コホン、と一度わざとらしい咳払いを挟み、部屋の出入り口へとめぐみんを急かした。

 

「……まあその辺の話は今日の授業が終わってから聞くとして。とにかくあの格好は目立つからやめて。私は平民を召喚したって周りに思われてるんだから、そう思わせておけばいいのよ」

 

「そうなのですか? 私だったらムカついて見返してやろうと思いますが」

 

「それはっ……と、とにかく! 時間もないからさっさと行くわよ!」

 

 ほとんど引っ張られるようにそのままの格好で連れていかれてしまうめぐみん。

 正直言うとマントを羽織っていないと肩から首周りがスースーして、外出中となると流石に落ち着かないのだが……ルイズが言う以上仕方ないと、黙って従うことに。

 それにまずはお腹が空いた。とくにかく飯にありつきたい。ここで言い争っても飯が遠ざかるだけ。

 とにかく食事のことで頭がいっぱいな14歳乙女である。

 

 扉を開け、外に出るルイズ。後に続くめぐみん。

 すると二人が廊下に出た直後、ほとんど同じタイミングで隣室の扉がガチャリと開いた。

 中から出てきた姿に、思わずめぐみんは視線を向ける。

 まず背が高かった。あくまで女性にしては、だが。小柄なめぐみんからすれば随分と大きく見える。そして何より炎のような赤い髪の毛はつい目を引く美しさだ。しっかりと化粧もしており、整った顔立ちと褐色の肌は大人の魅力を際立たせる。

 だがめぐみんが最も視線を釘付けにされたのは、他でもないその女性の胸だった。つまりおっぱい。

 とにかくデカイ。ブラウスを第二ボタンまで外しているせいで色香ムンムンの谷間まで覗いており、やはりデカイ。

 つまるところ。

 デカイ。

 彼女はルイズとめぐみんの姿に気が付くと、いやらしい笑みを浮かべた。

 

「あら、ルイズじゃない。おはよう」

 

「……おはよう、キュルケ」

 

 キュルケと呼ばれた彼女はめぐみんのことを指でさすと、笑いを堪えるように口を手で覆う。

 

「それ昨日あなたが呼び出してた平民の子よね? 結局契約したの?」

 

「……そうよ」

 

「ぷ、ははは! 本当に平民の、それもこんなチンチクリンな女の子を使い魔にしたのね!」

 

 可笑しそうに笑うキュルケの言葉に、ルイズではなくめぐみんが、先にプッツン来た。

 チンチクリン。身体的特徴を貶めるその一言はめぐみんにとって挑発以外の何物でもない。

 なんだとおっぱいババアめ!! と反射的に叫び返しそうになったが、極限までお腹を空かせていたのが幸いした。

 一瞬冷静になり、無駄な時間は要すまいと自分は口を噤んでおく。

 まあ、内心では、

 

(あのぶら下がった肉塊を摩り下ろしてスープの出汁にでもしてやりたいですね)

 

 なんて思ってるが、当然顔にも出さないよう気を遣う。

 

「サモン・サーヴァントで平民を召喚して使い魔にしちゃうなんて! 流石はゼロのルイズね!」

 

「うるさいわね……」

 

 ゼロのルイズ。そういえば中庭で気が付いたときにも、ルイズが周りの生徒から言われていた気がする。

 どういう意味なんだろう? と思ってルイズの横顔を見るが、彼女は怒りで眉を吊り上げてワナワナと震えていた。

 昨日何度か見た、ルイズの涙を思い出し。何となくいい意味ではないのだろうかと思って聞くをやめる。

 

「あたしも使い魔とちゃんと契約したわよ。あなたと違ってサモン・サーヴァントは一発で成功だったけど」

 

「そう」

 

「折角だから見せてあげるわ。ほらおいで、フレイム」

 

 キュルケは自信高々と言った顔で部屋の中に呼びかける。

 するとどうか、なんと開けられた扉の奥から―――赤い真紅の色をした、大きなトカゲがのそりと姿を現した。

 

「うわぁ!」

 

 室内でまさか魔物を見るとは思わず、ビクッとめぐみんの体が跳ね上がる。

 トカゲは尻尾の先端が炎で燃え盛っており、周囲にも伝わるような熱気を漂わせている。

 飛び退いためぐみんの姿を見て、キュルケは面白そうにこちらを見下ろした。

 

「あら、ルイズ。あなたの使い魔ちゃんったら、あたしのフレイムにビビちゃったわね」

 

「ちょっとあんた! なにサラマンダー如きでビビってんのよ! 余計舐められるじゃない!」

 

「ええ!? いやだって! 魔物ですよ魔物! モンスターです! 丸腰ですよ私!」

 

 むしろ二人は大丈夫なのかと慌ててトカゲの方へと視線を送るが、不思議なことにかのモンスターはもっとも近くにいるキュルケにすら危害を加えようとせず不思議そうに首を傾げている。

 そこではっと思い出すめぐみん。

 

(な、なるほど。これが使い魔契約という奴ですか……)

 

 どうみたって人間に対して攻撃加えてきそうな見た目にも関わらず、寧ろ人懐っこささえ感じさせる様。

 この世界では人と魔物のあり方が少し変わっているようだ。少なくともめぐみんがいた世界のように、モンスターを率いる魔王軍がいて、人間と魔物は絶対的な敵同士、という間柄とは少し違うようである。

 

「あ、あのルイズ。少し気になったのですが」

 

「なによ」

 

「使い魔というのは『ああいった』のが普通なのですか? その、私みたいに人間が召喚されるっていうのは…」

 

 ルイズは半ば諦めたような様子でため息をつく。

 

「……寧ろあれが普通よ。使い魔契約っていうのは、本来メイジと動物や魔物が契約を交わすものなの。人間が召喚されるなんてことの方がおかしいのよ」

 

 なるほど、と納得する。

 だから召喚された際はあんなにもアウェーだったのだ。ルイズも、てっきり力を持たない人間を召喚してしまったことで落ち込んでいたのだとばかり思っていたが、理由の一つにはそれもあったのだろう。

 

「しっかしあなた達……」

 

 キュルケはルイズとめぐみん、二人ことをじっくりと眺めると。

 最終的にその視線は二人の胸部辺りでピタリと停止した。

 

「ルイズ、あなたにぴったしの使い魔じゃない! 似た者同士ってところね」

 

「……ツェルプストー? ど、どどど、どこを見て言っているのかしら?」

 

 完全に震えているルイズの問いかけに対し、まるで見せ付けるようにしてキュルケは自分の胸をぐっと腕で持ち上げる。

 

「まあ……ここ、とか?」

 

「きぃ~~~~!! む、むむ、胸のサイズは関係ないでしょう!!」

 

「別に胸のこととは一言も言ってないんだけど? でもよかったんじゃない? せめて同じロリっ娘だったってだけで」

 

「うるさいわねぇ!!」

 

 顔を真っ赤にして怒声を上げるルイズに対し、キュルケは余裕の表情で不敵な態度を浮かべる。

 まあ、傍から見ても肉体面、精神面、共に負けてるのはルイズなのでどうしようもないが。

 しかしだ。

 その言葉が自分にも向いていることを、決してめぐみんは聞き逃したりしていない。

 

「ルイズ」

 

「?」

 

「部屋から杖を取ってきてもいいですか?」

 

「!? や、やめなさい! それだけは駄目よ! 堪えなさい!」

 

 影の落ちた作り笑顔でニコニコ笑うめぐみんと、それを慌てて止めるルイズ。

 キュルケはさぞ不思議そうに眉をひそめた。あのルイズが誰かを諌めているというのは、なかなか彼女にとって珍しい光景だった。

 

「ま、いいわ。ところであなた、名前はなんて言ったかしら?」

 

 キュルケの問い掛けがめぐみんへと向く。

 名を聞かれたならば仕方ない。例え相手がおっぱいお化けでも礼儀を持って応えるべきだろうと、めぐみんの両目が見開かれた。

 

「ふっ、よくぞ聞いた……我が名はめぐみん! アークウィザードにして爆裂魔法を操る者!!」

 

「……。ねぇルイズ? めぐみんってなに?」

 

「一応こいつの名前らしいわ」

 

「お、おい! お前達!」

 

 初見の相手に名前を名乗るといつもこれである。めぐみんは憤慨を感じられずにはいられない。

 キュルケはちょっと困ったような顔でこちらへ向けて片手を振った。

 

「か、変わった名前ね。じゃあお先、失礼するわ」

 

 そそくさとそれだけ言い切って先に階段を駆け下りていった。彼女の行く先を、先ほどのでかいトカゲが後を追っていく。

 キュルケの姿が見えなくなって、ルイズはその先をキッと睨み付けていた。

 

「ほんとあの女、いちいち腹が立つわ! 人の嫌なところばっかりネチネチネチネチと!」

 

「ルイズ。やはり私は杖を持ち歩いた方がいいと思います。ああいった巨肉をぶら下げた暴れ牛がいた際、咄嗟に爆裂魔法で吹き飛ばすことができますから」

 

「……私が言えないけど、あんたも随分と喧嘩っ早いわね……」

 

「当然です。私は売られた喧嘩は買う信条ですから。それに私だけでなく、ルイズまでああもバカにされると流石に腹立たしいです」

 

 めぐみんの言葉に、『え……』と僅かに動きが止まるルイズ。

 めぐみんはさも当たり前のように続ける。

 

「まあルイズとは出会ってまだ一日しか経っていませんが、この見知らぬ土地で居場所をくれたことには感謝してます。加え共に爆裂道を歩む者として! やはりああいった言葉は許せません!」

 

「……つ、使い魔として主人に感謝するのは当たり前でしょう? とにかく私達もさっさと行くわよ!」

 

「え? あ、ああ待ってください!」

 

 照れて僅かに赤くなった顔を隠すように、ルイズはそそくさと歩き出した。めぐみんは慌てて追いかける。

 キュルケの出現で足が止まっていたが、元はといえば朝食に向かうところだったのだ。

 いい加減腹と背中がくっ付きそうだと、お腹を撫でるめぐみんである。

 ルイズ達は貴族であるらしい。ならばきっと、彼女達が食べる食事もさぞ豪華なものなんだろうなぁとワクワクが表情に浮き彫りになってしまう。

 しかし食事を楽しみにするめぐみんの気持ちなど他所に、再び声を掛けてくる者がいた。

 

「ミス・ヴァリエール!」

 

 一階に降りたところで通路の奥から駆け寄ってくる見覚えのある姿。

 めぐみんは思い出す。昨日色々と教えてくれたハゲ頭の教師、ジャン・コルベールである。

 

「こ、コルベール先生!」

 

 ルイズはコルベールの姿を見ると、若干気まずそうに視線を逸らす。

 昨日、授業から逃げ出してしまったことを今も尚引きずっているのだろう。

 

「おはよう二人とも。君達が共にいるということは、契約はしっかり済ませたということなのだね?」

 

「は、はい……めぐみん。ルーンを見せて」

 

「ルーン?」

 

「左手の甲よ。使い魔の刻印が刻まれてるわ」

 

 自分の左手に視線を落とす。

 すると確かに、見たこともない文字……のような刻印が、めぐみんの左手の甲に刻まれていた。

 思い出す。昨晩、気絶する直前に受けた左手の激痛。あの時の痛みは、使い魔契約によってこれを肌に刻み込まれている時の痛みだったのだろうか。

 しかし手とはいえ、女子の肌が傷物に。本来であればこんなもの願い下げであるはずなのだが……めぐみんが抱いた感想は180度方向が違った。

 

(か、かっこいいです……!)

 

 まるで子供というか完全に子供としての感想を抱きつつ瞳をキラキラさせているめぐみん。

 それをコルベールが確認するように覗き込んできた。

 

「うむ。間違いないようだね……はて、見たこともないルーンですが……」

 

 一人ぼやくようにコルベールは呟く。

 彼はしばらく神妙な面持ちでルーンを眺めるが、しばらくして諦めたように視線を外すとめぐみんへと向き直った。

 

「めぐみんさん、と言ったかな? 念の為キミの体にディテクトマジックを掛けても?」

 

「ディテ……、なんですか? それ」

 

 聞き覚えのない横文字に咄嗟に疑問を口にすると、隣のルイズが小声で教えてくれる。

 

「探知の魔法よ。あんたの体に魔力があるかどうか、あるとしたらどんなものなのか。それを調べるの」

 

 『たぶんあんたがただの平民かどうか調べるためよ』と耳元で囁く様に付け加えてくる。

 なるほど、それは重要なことだとめぐみんは頷く。というかそれに関しては、本人であるめぐみんも少し気になっていることがあった。

 堂々と、胸を張るようにしてコルベールへと一歩踏み出した。

 

「どうぞ! 私の体を調べたいのであればご自由に! 何もやましい事などありませんからね!」

 

「? では、失礼して」

 

 めぐみんの同意を聞いて、コルベールは小さく杖を走らせた。詠唱はない一瞬の魔法。

 すると、めぐみんの体が一瞬、輪郭をなぞるようにして輝いた。

 コルベールはほんの二秒程度しかない動作をやり終えると僅かに黙る。それからルイズの方を向き、優しく頷いた。

 態度から察するに特に問題はなかったらしい。

 

「これといって魔力は感じられないね。とにかく、これでキミも無事に使い魔契約完了というわけだ。おめでとうミス・ヴァリエール」

 

「え?」

 

 コルベールの言葉にポロリと疑問符と飛ばすルイズ。

 それは、ルイズが昨日の授業を逃げ出してしまい、その上担当講師が監督していないところで勝手にコントラスト・サーヴァントを行ったのに何一つ咎めずに褒めてくれたこと……ではなく。

 『これといって魔力を感じられない』。

 めぐみんへのディテクトマジックに対する結果。その一言に対する反応だった。

 

「どうかしたのかね?」

 

「あ、いえ、……ありがとうございます」

 

 コルベールに聞き返され、慌ててを頭を下げるルイズ。

 その隣でめぐみんは、珍しく真面目な表情で思考を巡らせていた。

 

(私の体からは魔力を感じられない……私は紅魔族ですよ。普通はそんな事はあり得ない)

 

 めぐみんの生まれである紅魔族は、生まれながらにして魔力が非常に高い一族だ。

 加えてめぐみんはアークウィザード。一発で動けなくなるとはいえ、爆裂魔法を使えるだけの魔力もある。

 なのに『感じられない』。それは即ち、

 

(この世界の『魔法』と私の『魔法』は、やはり別物ということですか。当然その源となっている魔力も)

 

 結論はそこに落ち着く。

 そもそも異世界などという時点でそんな気もしていたが、ようやく証拠を得られた気分。

 まあだからと言って爆裂魔法以外に興味はありませんが、と速攻で思考が切り替わる。そんな事より腹減った! という思いがグルグルと回ってくるめぐみんである。

 

「そういえば、君達は見たかね? 昨日の晩に学院付近で起きた巨大な爆発を」

 

 ここで話を切り上げるかと思いきや、コルベールの問いかけにルイズの肩がビクッと震えた。

 

「発生した直後から学院の教師で調査を行っているが、今だ原因が分かっていなくてね。今日の授業で他の先生からも重ねて言われるだろうが、夜中は何が起きるか分からない。特に大事な用事でもなければ寮の外に出ないように。いいね?」

 

「……? なにを気をつけることがあるのですか? あれは私が、んむっ!?」

 

「お、おほほほ! 物騒で怖いこともありますわね! 肝に銘じておきますわ!」

 

 自分が爆裂魔法で生徒を狙うんじゃないかという疑いを掛けられているように感じためぐみんは、すぐに訂正しようとするがルイズが物凄く慌てながらその口を横から塞いだ。

 もがもがと言いながら束縛を逃れようとするめぐみんと、それを力ずくで抑えながらも笑顔を浮かべるルイズの姿を見てコルベールは困惑した表情を浮かべる。

 

「?? まあ、そういう事だから頼んだよ、ミス・ヴァリエール。それでは」

 

 そこまで怪しまれるようなことはなく、コルベールは身を翻してその場から去っていった。

 ルイズに解放され、ぷはぁっ! と思いっきり息を吐き出すめぐみん。鼻も一緒に押さえられていたせいでほとんど涙目のめぐみんは思わず叫ぶ。

 

「と、突然なにするんですか!」

 

「あんたこそ突然なに言い出そうとしてるのよ! 部屋を出る前にも言ったでしょう? 悪目立ちしたくないから今のあんたは平民のフリをしていればいいの」

 

「なぜ目立ってはいけないんですか? 私の爆裂魔法が分かれば、他の生徒だってルイズをバカにしたりしなくなるかもしれないのに」

 

「それでもよ。あれをあんたが撃ったなんて知れ渡ったらそれはもう面倒なことになるんだから」

 

 さっさと行くわよ! と続けていって、ルイズはズカズカと先へ行ってしまった。

 ルイズにそう言われてしまっては仕方ないと諦めるめぐみん。本音を言うなら自身の爆裂魔法を周りの奴らに見せ付けて、はっはっはー紅魔族随一のアークウィザードめぐみん様のお通りだぞー! なんて胸を張りたいところだが、たぶんルイズにもルイズなりの考えがあって言っているのだと思った。

 

「ルイズ! 待ってください~」

 

 先行するルイズをめぐみも追いかけ、二人は共に学院の食堂へと向かった。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 トリステイン魔法学院の食堂は、中央本塔の中にある。

 扉を開ければ、そこにはズラリと長いテーブルが三つ。席に座っている生徒のマントの色が列ごとに違うことから、おそらくは学年ごとに座るテーブルが違うのだろう。

 テーブルの上はそれぞれが豪華な飾りつけを施されており、まさに優雅な貴族の食卓といった印象。

 純白のテーブルクロスの上に置かれたいくつもの大皿には、めぐみんが見たこともないような果物や複数人で自由に取り分けていいのであろう、大きなローストチキンなどがたんまりと盛り付けられている。

 朝食の時間となると、生徒達。そして別席に座る教師達は共に手を合わせ、口を揃えて合唱する。

 

「偉大なる始祖ブリミルと女王陛下よ。今朝もささやかな糧を我に与えたもうたことを感謝致します」

 

 目を閉じながら唱和するそれに、『いや感謝すべきは動物達やこれを調理した料理人じゃないですかね?』というマジレスをめぐみんは考えずにはいられないのだが、きっと校歌斉唱とかと同じような決まり文句なのだろうと適当に納得しておく。

 そこまではいい。

 そこまではいいのだ。

 テーブルの隅から隅まで並ぶ、THE・貴族メシ。それは空腹がいよいよ限界へ訪れようとしていためぐみんにとって、天国のような光景であった。

 こいつを今からお腹一杯になるまでしゃぶり付くせる。ああ、なんと幸福なことか。これほどない幸せに、始祖ブルガリアだか何だか知らないが、神様にだって感謝してやるとめぐみんは己の心が清らかになるのを全身で感じた。

 ……の、だが。

 

「………………、あの。ルイズ」

 

「……なに?」

 

「この……床の皿に乗っている、見るからに固そうな小さいパンはなんですか?」

 

「さっきも言ったでしょう? あんたの朝食よ」

 

「………………、あの。ルイズ」

 

「この会話繰り返すの三度目よ」

 

 めぐみんの瞳から光が消えていた。

 絶望する。目の前に広がる現実にただただ絶望する。

 

 食堂入った際、まずルイズはこんなことを言ったのだ。

 

『めぐみん。本当だったら、平民のように地位の低い人間はこの「アルヴィーズの食堂」に絶対に立ち入ることができないの。つまりあんたは、他の使い魔と同じように外に出ていなきゃならないわけ。私が特別に計らって入れてあげてるのよ。感謝しなさい』

 

 それはもう感謝した。ご飯なんていただけないところを、ルイズお嬢様のご好意で食事に有り付けるのだ。とにかく感謝した。

 だがルイズは、自分が席に着いた時に続けてこんなことを言った。

 

『あんたは(そこ)よ。この椅子は貴族が座るための椅子なの。そもそも人数分の数しかないから、あんたが座る分さえないわ』

 

 めぐみんが涎を垂れ流しながらノリノリで椅子に座ろうとしたところ、そう言って阻まれてしまった。

 とはいえ、これも仕方がないとは思う。確かに身分の低い者が貴族と普通に同席して食事を行うのは、おかしな光景だ。そもそも椅子が足りないのでは仕方ない。

 目の前に広がる豪華絢爛。こいつを喉に通せるのであれば、立ち食いなんて気にしない心の広いめぐみんだ。

 しかし。

 めぐみんが料理に手を伸ばそうとした時、ぺしっと手の甲を叩かれた。

 

『あんたの朝食はそれ』

 

 一言呟きながら指差した先には、床にポツンと置かれて、一枚の皿の中央で鎮座するクソちっちぇパン。

 ただのパンである。

 それだけである。

 

「…………」

 

 めぐみんはカタカタと震えた手でパンを掴み、おもむろに齧る。

 なかなか噛み切れない。思わず感想が漏れた。

 

「かった」

 

 ついでにポロポロと涙が零れ落ちるのが分かった。

 その涙は悲しいから流したわけではない。いや悲しいが。

 悔しいわけでもない。いや悔しいが。

 目の前のクソほどもおいしくないパンに対する哀れみだった。ああ、どうしてお前はもっと美味しく焼いてやれなかったのか、と。パンと、それを齧る己に対する哀れみだった。

 

「うっ……! うっ……! 四日ぶりの食事がっ……! こ、これですか……! あれ? なんだかパンに塩っけのある風味を感じてきました……」

 

 なぜだか今自分が歯を食いしばりながら噛み千切っているパンに妙な愛着さえも湧きながら、約一分。

 完食。

 腹はちっとも満たされない。何が愛着だクソったれ。

 ガクッと項垂れるめぐみん。しかしこれではあまりにも辛い。満腹どうこうという以前に、スタミナが絶対に続く気がしない。また次の食事の時間になるまでキリキリと空腹を訴えかける腹痛と格闘しなければならないのは、流石に気が滅入る。

 とりあえずめぐみんは、椅子に座るルイズにおねだりしようと思った。

 

「……あの~、ルイズ? 私、小柄ではありますが実は結構食欲旺盛なんです。さすがにこれでは足りそうにもないので、よければ……、」

 

 できるだけ怒らせないように笑顔を作りながら自分の皿を差し出そうとする。

 すると。

 

「……」

 

 めぐみんが懇願を言い切る前に、パッと振り向いたルイズはめぐみんの皿を受け取った。

 えっ、と思った矢先。呆然とするめぐみんをよそにルイズは大皿に盛ってある料理をいくらか皿に取り分けると、改めてこちらに皿を返してきた。

 皿に盛られた鶏肉やら野菜やら果物やらに加え、さっきのクソみてぇなパンとは大違いの非常に美味しそうなクロワッサンも。

 目を丸くして動きが停止するめぐみんに対し、ルイズは背中を向けたまま言った。その耳が少し赤く染まっている。

 

「……平民としての"フリの分"は、食べ終わったんでしょう? なら残りは……えっと、そうね。貴族ではないけど、私の使い魔への分よ。ありがたく食べなさい」

 

「ル、ルイズ……」

 

「か、勘違いしないでよ! それ以上は貴族でもないあんたには食べさせられないわ! まあ、ただの平民でもないみたいだし……たったアレだけってのは、上に立つ者の責任としてどうかと思うだけで……」

 

「るいずぅぅぅ~~~~……!」

 

 ブワァァ!! と涙腺が崩壊する。

 感極まっためぐみんはたまらずルイズに背後から抱きついた。

 

「ちょ、めぐみん! 抱きつかないで! お、お行儀が悪いでしょう!」

 

「ルイズぅぅぅうううう! 私は今あなたと出会えたことに深く感謝しています!!」

 

 ガッタンガッタン騒いで微妙に周囲の視線を集めるルイズとめぐみん。

 とはいえそんな些細なこと気にすることなく。

 結果的にまともな食事を貰えて、めぐみんはどうにか四日分の空腹を乗り越えるのだった。

 

 

 

 

 



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#04 ゼロの理由

 

 

 

 朝食を終えた後、ルイズとめぐみんは教室に向かった。

 先導して歩くルイズが扉を開けると、生徒用の長机が階段状に並べられ、そこに座っていた他の生徒達から視線を向けられる。好奇の視線。侮蔑の視線。それぞれだが、そのほとんどがルイズに向けられている。

 何気なく見渡せば、生徒達の傍らには多種多様な動物や魔物。つまり使い魔が佇んでいた。犬や猫のような愛くるしいのもいれば、六本足を持つトカゲ、翼を生やして宙に浮かぶ一つ目玉の魔物など、本来であれば間違いなく外敵であろう珍獣も。当然、今朝部屋の前で見たサラマンダーの姿も見えた。

 

魑魅魍魎(ちみもうりょう)とはこのことですね……)

 

 さっさと中へ踏み込むルイズを追いながら何気なく考える。周りからはむしろ己の方が珍獣に見られていることにはまったく気付かないめぐみん。

 自分の席に座るルイズ。隣へ座ろうとしたが、食堂の時みたくまた床を指差された。生徒でない以上座る席はないということらしい。渋々だが、階段に座るようにして腰を落とした。

 

 それからしばらくして、教師であろう一人の女性が扉を開けて入ってきた。

 紫色のローブに身を包み帽子を被っている、ふくよかな体形の中年女性。何となく軟らかい雰囲気を漂わせている。

 彼女の姿が見えると、談笑に包まれていた生徒も一斉に静かになる。

 女性は教壇に立ち教室の中を見渡すと、満足そうに微笑みを浮かべた。

 

「こんにちは、みなさん。どうやら春の使い魔召喚はうまく行ったようですね。このシュブルーズ、毎年皆さんの使い魔をこうして見ることをとても楽しみにしているんですよ」

 

 シュブルーズと名乗った女性は、心底嬉しそうにそう言いつつ……しかし、思わずといった感じで彼女の視線が一箇所に留まる。

 

「おや、ミス・ヴァリエール。随分と変わった使い魔を召喚しましたね?」

 

 シュブルーズの言葉にルイズは何ともいえない表情で俯く。

 だが彼女の心情とは裏腹に、静かだった教室にはどっと笑いに包まれた。そのどれもこれもが嘲笑であることはめぐみんでも気付いた。

 

「おい、ゼロのルイズ! 召喚に失敗したからってその辺歩いてた平民の娘を連れてくるなよ!」

 

「そうだそうだ! いつもの爆発に紛れて誘拐してきたんだろ!」

 

「授業からも逃げ出したくせに! この逃げ腰ルイズ!」

 

 飛び交う野次。流石に無視できないとめぐみんが立ち上がろうとしたが、それより先に当の本人であるルイズが我慢できなかった。髪を振り乱しながら席から立ち上がる。

 

「誘拐なんてしてないわよ! 私がちゃんと召喚したんだから!」

 

「嘘つけ! どうせコントラクト・サーヴァントだって何度も失敗したんだろ!」

 

 ルイズの反論に、少し離れた席にいたぽっちゃり体形の男子が可笑しそうに口を開いた。

 ルイズはまるで怒りを露にするように机を叩く。

 

「侮辱よ! ミセス・シュブルーズ! 風邪っぴきのマリコルヌが私のことを侮辱しました!」

 

「誰が風邪っぴきだ! 僕の二つ名は『風上』だ! 間違えるなよ『ゼロ』のルイズ!」

 

 マリコルヌとルイズが呼んだ男子生徒も、我慢ならないように席から立ち上がる。

 教壇に立つシュブルーズは呆れたように小さくため息をつくと、自身の杖を小さく振る。するときつく睨み合っていたルイズとマリコルヌが、力が抜けたように席に腰を落とした。

 

「お二人とも。みっともない口論はおやめなさい」

 

 それを合図としたように、騒がしくなった教室が改めて静かになった。

 とはいっても、クスクスとしたほんの僅かな笑い声は未だ聞こえる。とんだ貴族連中だと、めぐみんは思わず呆れてしまう。

 シュブルーズは一度、コホン、と咳払いをすると授業を改めて始めた。

 

「私の二つ名は『赤土』。『赤土』のシュブルーズです。これから一年間、土系統の魔法を皆さんに講義していきます」

 

 気を取り直すような自己紹介。

 それを聞いて、どうやらここの人達は『二つ名』というものを自身のアイデンティティとして大事にしているということにめぐみんは気付く。

 名乗る際に、必ずと言っていいほどそれを名前の頭の付けているのだ。

 

「まずは魔法の基礎について少しおさらいしましょう。魔法の四大系統についてはご存知ですね? ミスタ・マリコルヌ」

 

 名指しを受けた先ほどのぽっちゃり男子が、少し慌てながらも回答する。

 

「は、はい! 『火』、『水』、『土』、『風』の四系統です!」

 

「よろしい。それに加え、失われた系統魔法である『虚無』がありますが、こちらは置いておきましょう。さて皆さん。この『虚無』を除いた四大系統の中でも、『土』系統は非常に大切なものであると私は考えています」

 

 言った通り、本当に基礎に当たるお話らしい。

 この世界の魔法について知るためのよい機会だと、めぐみんはじっとシュブルーズの言葉を聞き入る。

 

「『土』系統は、鉱石や木材の加工だけでなく様々な場面で利用されています。金属を作り出すことは皆さんの知っての通り、石を切り出し建物を作り上げることや、野菜や果物、穀物の収穫にも多く利用されています。この様に、『土』系統は人々の生活に密接している非常に重要な系統なのです」

 

 まるで自分のことのように誇らしげな態度で語るシュブルーズ。

 さっき名乗りを上げる際、彼女が自分の二つ名を『赤土』と言っていたことを思い出す。もしかすると自分が得意とする魔法の属性によって二つの名が決まるのだろうか、なんて仮説をめぐみんは考える。

 

(となると、あのデブは『風上』だから『風』系統を得意ってことですかね? あれ? じゃあルイズの『ゼロ』は……)

 

 壇上で語るシュブルーズから視線を外しルイズに合わせる。

 彼女が自分の二つ名を名乗ったところは一度も聞いた事がない。どちらかというと、他人から中傷のように呼ばれる場面ばかり。

 昨晩、ルイズから聞いた身の上話を脳内で反芻する。たった一度も魔法が成功した試しがなく、必ず爆発が起きる。そして『ゼロ』のルイズ。……薄々良い意味ではないと感じていたが、そういう事なのだろうか。

 

「今日皆さんには、『土』系統の魔法で最も基本である『錬金』を覚えてもらいます。すでにできる方も多くいるでしょうが、基礎は重要なことです。まずは私が手本をお見せしましょう」

 

 めぐみんがじっと考え込んでいるうちに、授業の内容は実技へと移り変わっていた。

 シュブルーズは机の上に豆粒サイズの小さな石ころを転がすと、杖を振りながら小声で何かを唱えて見せた。するとどうか、石が突然光りだし、輝きが収まると……石ころの面影はどこへやら。ピッカピカに輝く金属へと姿を変えていた。

 

「それ、もしかしてゴールドですか!?」

 

 生徒の一人―――今朝も顔を合わせたキュルケが、興奮した面持ちで身を乗り出した。

 

「いいえ、違います。これはただの真鍮(しんちゅう)です。ゴールドを錬金できるのは『スクウェア』クラスのメイジだけ。私は『トライアングル』ですからね」

 

 シュブルーズに諭されるように言われると、キュルケは興味が失せたようにそっぽを向く。何ともまあ、性格が出ている態度だ。きっと金目のものが大好物なのだろう。

 

(しかし、『スクウェア』だの『トライアングル』だのとはどういう意味なんでしょう?)

 

 聞き慣れない言葉に疑問を浮かべるめぐみんだが、隣のルイズに聞こうにも今は授業中。あとで暇があったら聞いてみようと心の隅にそっと留めておく。

 

「さて。それでは誰かに実践してもらいましょう」

 

 シュブルーズは杖を置きつつ教室を見渡すと―――ルイズの方向で視線を止めた。

 

「ではミス・ヴァリエール。あなたにお願いしましょうか」

 

 指名されたルイズは、『えっ』と小声を漏らす。

 

「……私ですか?」

 

「ええそうです。ここにある石ころを、あなたが望む金属に変えてごらんなさい」

 

 ああ、この人はきっと悪い人ではないのだろうな、とめぐみんは思う。きっと授業の最初にルイズが周囲にバカにされたのを見て、見返してごらんなさいとでも考えているのだろう。

 おそらくは、100%善意から来ている指名だ。だが余計な善意は時に人を傷つける。

 

「あの、先生」

 

 キュルケがおずおずと手を上げた。

 

「はい、ミス・ツェルプストー」

 

「ルイズは……その、やめた方がいいと思います」

 

「なぜですか?」

 

「危険です」

 

 キュルケがハッキリと物申した。他の全員が同意すべく頷いてみせる。

 ルイズの爆発を知っているめぐみんとしても、彼女達の言いたいことが分かった気がした。

 錬金魔法でさえ、きっとルイズは爆発を起こしてしまうのだろう。そうなれば教室は大変なことになると、誰もが予想しているのだ。

 

「危険? なぜです?」

 

「ルイズを教えるのは初めてですよね?」

 

「ええ、実技が苦手だとか。ですが彼女は非常に努力家で、座学の成績は常に最優秀を収めているとも聞いています。さあミス・ヴァリエール。失敗を恐れずに実践してみましょう」

 

 ほとんど強行するように言葉を向けるシュブルーズ。ルイズは自分がどうすべきなのか分からず、険しい表情で俯いた。

 その鳶色の瞳が隣のめぐみんへと注がれる。

 『どうしよう』。感情の篭った瞳には、ただ困惑したそれだけの感情が。

 めぐみんは僅かに黙って視線を受け止めると、

 

「……どうなろうが、ルイズがしたいようにした結果であれば私はいいと思います。それに私は好きですよ、ルイズの『魔法』」

 

 ルイズにしか聞こえない程度のボリュームでそう伝えた。

 助け舟を出してあげたいところだが、変に取り繕った言葉より本心が一番だと思い素直な言葉を選ぶ。

 嘘ではない。その気持ちはルイズにも伝わる。

 昨晩、めぐみんが興奮しながらルイズの爆発を褒め称えたことを、しっかり覚えているのだから。

 

「―――分かりました。私がやります」

 

 決心した瞳で正面を見据え、ルイズは席から立ち上がる。

 青白い顔で怯える他の生徒を無視しながら、迷いない足取りで階段を下っていく。教壇の前に立ち、懐から自身の杖をスッと取り出した。

 

「ミス・ヴァリエール。錬金したい金属を心の中で強く思い描くのです」

 

「はい」

 

 隣に立つシュブルーズの優しい言葉に、ルイズは僅かに緊張した面持ちで頷いてみせる。

 すると他の生徒達が、大慌てで机の下に避難し始めた。爆発の衝撃から身を守るためだろう。

 しかしめぐみんは隠れない。むしろ階段から立ち上がり、片手を振り上げながら大胆に叫んでみせた。

 

「ルイズ! 頑張ってくださーい!」

 

 めぐみんの言葉は別に、錬金の成功を願って言ったものではない。

 ルイズが放つ爆発は、威力はまだまだながらも質は良くできていると、自称爆裂愛好家のめぐみんは語る。それを見ずして隠れるなどもってのほか。

 よって、めぐみんの言葉を訳すとこうである。

 

『ルイズ! (一発デカイのお見舞いしてください! 錬金なんてどうでもいいんで爆発を)頑張ってくだーい!』

 

 そんなめぐみんの心中を察したかどうかは分からないが、こちらに目配せしたルイズは僅かに口元だけで笑った気がした。

 彼女は目を瞑る。

 そして小さく、錬金の詠唱を唱え―――杖を振り下ろした。

 

 直後。

 奇跡なんて当然起こるはずもなく、教壇の前で爆発が巻き起こった。

 

 衝撃と爆風がめぐみんの元まで押し寄せてくる。机と椅子、窓ガラスはガタガタと揺れてその威力がどれほどのものか感じられる。爆音に混じって誰かの悲鳴も聞こえた気がした。

 何より、爆発の真近にいたルイズとシュブルーズはその衝撃をモロに受けて、爆風で舞い上がる煙に全身を呑み込まれる。

 その光景をじっと仁王立ちでめぐみんは見届け……煙が晴れた時、そこにはボロボロに粉砕された教員用のテーブルと、見るも無残な教壇付近の光景があった。

 中央には口をあんぐり開けて完全に気絶しているシュブルーズと、全身を黒く汚し、衣服のあちこちが破けて横たわっているルイズ。

 あまりの衝撃に生徒達の使い魔がギャーギャー騒いでいる中、ムクッとルイズは起き上がり、取り出したハンカチで顔周りについた煤を上品に拭き取る。

 彼女は一言。

 

「ちょっと失敗しちゃったわね」

 

 その言葉に、机から顔を出した生徒達から怒涛の反感が飛び交った。

 

「なにが"ちょっと"だよ! 教室をボロボロに錬金してどうすんだ!」

 

「いい加減にしろよ『ゼロ』のルイズ!」

 

「いつだって成功率『ゼロ』じゃないか!」

 

 大騒ぎの教室の中、ルイズはムスッとした顔でそっぽを向いた。

 そんなルイズに、一人正反対の感想を抱いていためぐみんは嬉々とした様子で口を開いた。

 

「凄い! やっぱり凄いですよルイズ! もう一度! もう一度見せてください!」

 

「いや何でだよ!!」

 

 誰かに手厳しいツッコミを入れられた。

 『ゼロ』の意味をようやく理解しためぐみんであったが、彼女にとってはこれっぽっちの些細なことであった。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 昼前。

 壊滅的にグチャグチャに崩壊した教室を、ルイズとめぐみんは二人きりで掃除していた。

 結局あの後、シュブルーズが目を覚ましたのは二時間ほど経ってからだった。授業が再開されることはなく、これだけの騒ぎ起こしたルイズにはそれ相応の罰が与えられることになったのだが、ルイズの魔法事情も知らず半ば強制的に実践させたシュブルーズにも責任があるとして、ルイズへの罰はこの滅茶苦茶になった教室の後片付けに収まった。

 当然、使い魔であるめぐみんもそれを手伝わなければならない。というか他が止める中一人だけ応援していたこともあって、めぐみんにもまた責任の一端があると思われる。

 よって特に文句も言わず、めぐみんはせっせと手を動かしている。転倒した机や椅子などを起こしながら、床に転がるガラスの破片や細かい木片などを拾っていく。

 

「……ねぇ、何か言いたいことがあるんじゃないの?」

 

 少し離れた位置で箒を動かしていたルイズが、背中を向けたままぽつりと呟く。

 あるに決まっている。めぐみんは動かしていた手を止め、グッと握りこぶしを作ると意気揚々と口を開いた。

 

「ルイズ! やはりあなたは爆裂魔法の才覚があります! 爆裂道を歩む為に生まれてきたようなものです!他でもないこの光景こそがそれを物語って、」

 

「いやそうじゃないから!」

 

 即座にツッコミが飛んでくる。

 ルイズは呆れたようにため息をつき、改めてこちらに振り向いてくる。

 

「私が『ゼロ』のルイズって呼ばれてる理由、あんたにも分かったでしょ」

 

「……」

 

「昨日も話したわよね? 私は生まれてこの方一度も魔法を成功させたことがない……授業でも、当然結果は変わらずに爆発ばかり。それで付いた二つ名が、魔法の成功確率『ゼロ』のルイズ」

 

 語るルイズの顔には、涙こそ浮かんでいないものの。

 とても悔しそうに。他でもない自分の非力さを悔やみ憎んでいるような感情が見て取れた。

 

「何度も練習したわ。繰り返し繰り返し何度も詠唱を唱えて、魔法に関する座学だったら誰にも負けないってぐらい勉強もした。けれど失敗ばかりで……その度に周りから笑われて、蔑まれる」

 

 散らかるだけの床を見下ろしながら、ルイズは行き場のない怒りを他でもない己自身に向けているようだった。

 

「そんな私にも、あんたは言ってくれたわ。何度も凄いって。落ちこぼれじゃないって。そんな風に言ってくれる人は初めだったから、正直……救われた。でも、でもね……」

 

 ぎゅっとルイズの小さな手が強く握り締められた。

 

「それでも私は……割り切れないのよ。上手くいかない自分も、バカにしてくる奴らも、全部見返してやりたいのに……爆発しかできない私が、悔しい」

 

「ルイズ……」

 

 胸の中に溜まった感情を吐き出すように彼女は呟く。自分の言葉で、自分自身を戒めている。

 爆発しかできない。それだったらめぐみんも同じだ。けれどルイズにはプライドがあるのだ。貴族としてではなく、おそらくは……自分だけの心に従ったプライドが。

 どうしようもない現実に、本当にルイズは苦しんでいるようだった。

 

「……私はルイズと昔からの馴染みというわけではありませんから。正直、あまりルイズの気持ちに同情してあげることはできません」

 

 めぐみんはそう言いながら、俯くルイズの元へと歩み寄っていく。

 苦しんでいる彼女に、何一つ言葉を掛けないなんてことはめぐみんには無理な話だった。

 

「なので、逆に考えてみてはどうですか?」

 

「……逆?」

 

「そうです。例えばルイズは、失敗魔法と語るその爆発……他の誰かが使っているところを見たことがありますか?」

 

 ルイズの瞳が僅かに見開かれた。

 彼女の前に立ち、めぐみんは笑い掛けながら言葉を続ける。

 

「やはりですか。ルイズの言い方や他の連中の反応を見て、そんな気はしていましたが。やっぱりルイズの『爆発』はルイズにしか使えないんですね」

 

「わ、わかんないけど……まあ、見たことはないわ」

 

「だったらそれは、ある意味では、ルイズにしかない才能ということです。ええ、私としても安心ですよ。これほどまでに爆裂魔法の才能を秘める魔法使いが他にもいっぱいいるとしたら、私の立つ瀬がありません」

 

 それに! と少し興奮した様子でめぐみんはまくし立てる。

 

「『ゼロ』などという二つ名も、こう考えてみてはどうです!? "爆発で全てを『零』に()す"……ゼロという言葉だけ見れば中々響きは良いですし、途端にカッコよく思えてきませんか!?」

 

「あ、あんたねぇ……」

 

 あまりにもポジティブな捉え方にルイズは思わず呆れるが、僅かに口元は笑っていた。

 その様子を見て、めぐみんも小さく笑みを浮かべる。

 めぐみんは本音を喋っただけ。それだけで彼女が元気になってくれるなら、お安い御用だと思う。

 

「……あんたほど気軽に考えられないけど、慰めようとしてくれたことは感謝するわ。ま、まあ、あんたは私の使い魔なんだからこれぐらい気を遣えて当たり前だけどね!」

 

 プイッとルイズは明後日の方向を向いてしまう。

 しかし顔は赤く染まっていた。

 

「私も、あんたみたいに……」

 

 ほんの僅かな、自分にしか聞こえない程度の声量で呟いたルイズ。

 あまり聞こえなかっためぐみんはつい聞き返した。

 

「? 何か言いましたか?」

 

「……べ、別に! ほら! サボってないで早く終わらせるわよ!」

 

 慌てた様子で会話を区切り、めぐみんに背を向けて再び床の掃除に取り掛かるルイズ。

 キョトンとして様子でその背中を見ていためぐみんであったが、まあ元気になってくれたならいいか、と自分の作業に戻っていった。

 

 

 

 それからしばらく。

 互いに作業を分担しながら掃除を進め、教室の片付けが終わったのは昼休みの時間に丁度いいタイミングであった。

 二人で教室を後にし、朝食の時同様に『アルヴィーズの食堂』へと足を向ける。

 扉を開けると、すでに『感謝の挨拶』は済ませたあとだったのか、生徒達は食事を始めていた。

 ルイズが席に座り、傍らまでついてきためぐみんは己の真下に目線を動かす。

 変わらず配置された一つのパン。

 めぐみんは物凄い勢いでそれを口に詰め込むと、ほとんど呑み込むことなくバッ! と空いた皿をルイズへ差し出した。

 

ういふ(ルイズ)! ほっひのくあはい(そっちのください)!」

 

「あんたがっつきすぎよ……」

 

 口から未だモシャモシャしてるパンを生やしながら瞳をキラキラさせるめぐみんに、若干ドン引くルイズ。

 皿を受け取り料理を取り分けようとして、ピタリと、何か思い直したように彼女の動きが止まった。

 『ろうひまひた(どうしました)?』と疑問の声を投げ掛けるめぐみんにルイズは答えず、受け取った皿をテーブルの上に置いた。それからこちらに振り向くと、

 

「あんたは厨房に行きなさい」

 

「へ?」

 

「ここに並んでる料理をあんたに食べさせるの、まだ許可取ってないのよ。そのパンは使い魔用にって用意させたものだからいいんだけどね。朝みたいにこっそり上げてるのが見つかったら困るのよ」

 

 じゃあ朝のアレはやっぱりルイズの好意だけでくれたものなのか、と感動でパンも喉を通らなくなりそうなめぐみん。まあ呑み込むけど。

 

「今日のところは厨房に行って、好きなだけもらってきなさい。私にそう言われたって伝えとけばいいから」

 

「んむっ……、ルイズ! よいのですか!?」

 

「私がいいって言ってるんだからいいのよ」

 

「分かりました! 感謝します!」

 

 かったいパンをようやく呑み込み、有無を言わさぬ勢いで感謝を述べつつその場から駆け出すめぐみん。

 正直言うと、朝食をくれたのは嬉しかったがあれでは量が足りないのである。なにせこっちは続けて四日も食事をとっていなかったのだから。胃袋の大きさがでかくなってるわけではないが、普段よりか間違いなく入る。

 その名残で昼もそこそこお腹が空いていたため、ルイズの言葉は非常にありがたいものであった。

 しかし元気よく走り出したのも束の間。

 食堂を出ようとしたところでピタッと足が止まる。

 

(しまった。厨房の場所を聞いていません)

 

 くるりと身を翻し、再びルイズの元へ戻ろうとする。

 が、偶然にもすぐ近くに配給らしい女性のメイドさんの姿を見つけた。食事中のルイズに手間を取らせるのもあれだなと、めぐみんは進行を変えてそのメイドさんへと歩み寄る。

 

「すみません。ちょっといいでしょうか」

 

「え?」

 

 ぶっきら棒に声を掛けると、メイド服の裾を揺らしながらこちらへ振り向く女性。

 見たところ年齢は17歳程度か。年上に見える。ショートヘアの黒髪黒目が特徴的な人であった。

 

「厨房にはどう行けばいいか教えてもらえませんか?」

 

「へっ? ちゅ、厨房ですか? えっと、あなたは……」

 

 メイドは困惑した様子でめぐみんの姿を凝視する。

 きっと相手が何者なのか困っているのだろう。帽子もマントも被っていない以上、貴族ではない。しかも年下。迷うのも頷ける。

 仕方ない、と説明を付け加えようとして、その前にメイドは何かを思い出したように、ぽんっと手を叩いた。

 

「もしかしてあなた! ミス・ヴァリエールの使い魔になったっていう女の子ですか?」

 

 正解だった。

 普通に言い当てられて、めぐみんは思わず聞き返す。

 

「知っているのですか?」

 

「ええ。学院中で噂になってますよ? 平民の可愛い女の子が召喚されて使い魔契約を結んだって」

 

「ほう、そうですか。目立つのは嫌いではありません」

 

 可愛い女の子、という部分で少し悦に浸るめぐみん。なかなか悪くない気分である。

 メイドの女性は礼儀正しく、その場で小さくお辞儀してみせた。

 

「ここでメイドをやってるシエスタと言います。以後よろしくお願いします」

 

「あ、どうも……、我が名は―――!」

 

 名乗られたのでこちらもいつものように挨拶をしようと口を開きかけるが、はっとして止まる。

 食事に時間をかけてルイズを待たせることになるのは非常に悪い。よってあまり長い間立ち話をしているわけにもいかない。それに何よりお腹が空いた。

 さっさと話を進めるため、普通に名乗っておいた。

 

「こほん……私はめぐみんと言います。よろしくお願いします」

 

「え? めぐ……、」

 

 一瞬、シエスタと名乗った子の表情が固まる。おい何か言いたいことがあんのか女。

 とはいえ、そこは流石メイドとして働いているだけある。すぐにニッコリとした笑顔を浮かべた。

 

「それで、めぐみんさん。厨房でしたっけ? 何かご用事ですか?」

 

「ルイズからそこで食事を貰ってくるよう言われました。案内してもらっていいですか?」

 

「あっ、そういう事でしたか。でしたらこちらです。着いて来てください」

 

 愛想よく言って先導するように歩き出すシエスタ。彼女の後ろをめぐみんもすぐに追いかけた。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 着いていった先、厨房は食堂の裏手にあった。

 危うく反対方向へ行ってしまうところであったと、偶然会ったシエスタに感謝する。

 めぐみんは厨房の一角に置かれた小さなテーブルへと案内された。丸椅子に座ってじっと待っていると、やがてシエスタがトレーを持って戻ってくる。

 トレーの上には美味しそうなシチューが深めの皿に盛り付けてあった。大きめに切られた野菜やお肉がゴロゴロと中に浮かんでおり、見るだけで食欲がそそられる。

 

「どうぞ。貴族の方々にお出しする料理の余りで作ったものですけど、良ければこちらを召し上がってください」

 

「おおっ! ありがとうございます!」

 

「いえ。こちらこそ簡単な賄い食ですみません」

 

 元気よく『いただきます!』と口に出し、添えられたスプーンで一口掬って口に運ぶ。

 はっきり言って最高においしい。朝に食べた、実際にテーブルに並ぶ料理に引けを取らない。めぐみんの瞳が輝いた。

 

「おいしいです! これが余り物で作った料理なんですか? このままメニューにできるぐらいですよ!」

 

「良かった。お口に合ってなによりです。お代わりもあるので気軽に言ってくださいね」

 

 ガツガツと食事を進めながら、厨房の中を見渡す。

 未だ手を動かし何やら調理作業を行っている数人のシェフの中で、一人大柄な男と何気なく視線が合った。彼は嬉しそうな顔を浮かべつつ片手でグーサインをすると、改めて自分の作業に戻っていく。

 もしかすると彼が作ってくれたのかもしれない。めぐみんは男の背中に、返すようにしてグーサインを送った。

 

「ここにいる人達も魔法を使える貴族なんですか?」

 

 めぐみんは食事をする手を止めることなく、傍らのシエスタに何気なく問い掛けた。

 

「まさか! 私含め、厨房で働いてる皆さんはあなたと同じ平民ですよ。雇われてここにいるんです」

 

「ふぅーん。平民、ですか」

 

 だから敬語を使ってくるシエスタといい突然やってきためぐみんに賄いを作ってくれるコックといい、やたらと気前がいいのだろうかと何気なく思う。

 

「ここの連中は毎日こんな美味しいものを食べさせてもらってるのに、食前の挨拶があれとは。アホな連中ばっかりです」

 

「あ、アホだなんて! 貴族の方に聞かれたら大変なことですよ!」

 

「アホですよ。始祖だか何だかに感謝するより先に、コックの皆さんに感謝すべきです。その程度の常識すら知らない連中、私からすれば怖くもなんともありません」

 

「す、凄く勇気があるんですね……」

 

 シエスタは驚愕した様子でこちらを見てくるが、めぐみんにとっては当然のことを言ったまでである。

 それからしばらく、無我夢中にシチューを頬張って。おかわりは三杯。

 それ以上ない充実した満腹感を久々に感じためぐみんは、シエスタにトレーごと皿を返した。

 

「ごちそうさまでした。これほどのご馳走はそうそうありません。感謝します」

 

「いえいえ。お腹が空いたならまたいつでもいらしてください。私達が食べるものと同じであればいくらでもお出しできるので」

 

「ありがとうございます。折角なので何か……」

 

 言いながら周囲にぐるっと視線を送る。

 すると、すぐ近くに銀のワゴンを見つける。ホールケーキが乗っているのが見えた。

 正直自分で食べてやりたいぐらいだが、その欲求は抑えこみつつシエスタに問い掛ける。

 

「あれはなんですか?」

 

「食後のデザートです。これから貴族の皆さんにお出しするんです」

 

「なるほど……連中にかしづくのは不本意ですが、ここは手伝わせてください」

 

「え? いやでも、悪いですよ。私の仕事ですし」

 

「シエスタの仕事だからこそ、です。せめてものお礼をさせてください」

 

「……そう、ですか? ではお言葉に甘えて、よろしくお願いします」

 

 微笑むシエスタに、めぐみんは力強く頷きながら立ち上がった。

 

 シエスタと共に、ケーキが乗ったキッチンワゴンを押しながら再度食堂に出る。

 三つ並んだ大きなテーブルの隅まで移動し、一人ずつケーキを配っていく。

 やることはいたって簡単だった。めぐみんがワゴンを押して、シエスタがケーキを丁度いいサイズに切る。それを新しい皿に載せて生徒一人一人の手前に置いていく。単純作業であるため、めぐみんでも簡単に手伝える内容である。

 ふと、ワゴンを押すめぐみんの視界隅に一際大きい声で喋る男子生徒達が映った。

 中でもその中心にいる、フリルの付いたシャツを着た金髪巻き毛の男子はキザったらしい動きが余計に目を引く。見たところ造花だろう、一本の薔薇を胸ポケットに挿しているのが中々変わったセンスだ。

 

「ギーシュ! お前今誰と付き合ってるんだ?」

 

「教えろよギーシュ!」

 

「付き合う? 何をおかしなことを言ってるんだい君達は? 僕は特定した誰かに縛られないのさ。薔薇は全ての女性を魅了するからこその、薔薇なのだからね」

 

 ギーシュ、と周囲の友人から冷やかされている彼は余裕の笑みを浮かべつつ、ポケットから造花の薔薇を取り出した。それを愛でるようにして指先で撫で上げる。

 とんでもない奴だ。ああいう女の敵はどの世界でも共通なんだな、とめぐみんは半ば呆れる心境だった。

 しかし呆れながらも見ていたからこそ、彼のポケットからガラス製の瓶が転げ落ちるのを発見してしまう。少し半透明の紫色をした液体が中に入っている。

 周りは誰も気付いていないようだ。それぞれが談笑している。

 めぐみんだけが気付いてしまった以上は仕方がない。一度ワゴンを止めて、彼の元へと歩み寄る。

 

「これ落としましたよ」

 

 スッと瓶を拾い上げて、ギーシュの目の前に差し出す。

 するとどうしたことか、彼はぎょっとした顔で一瞬強張ると、差し出すめぐみんの手を払いのけてきた。

 

「それは僕のではない。何を言っているんだい君は?」

 

「え? ですがあなたのポケットから確かに、」

 

「おい! それモンモランシーの香水じゃないか!?」

 

 説明しようとしためぐみんの声を遮り、近くに座っていた彼の友人が驚いたように大声を上げた。

 それに続くように、別の男子も口を挟んでくる。

 

「そうだ! あれはモンモランシーが自分のために調合してる香水じゃないか!」

 

「それを持っているってことは、お前が今付き合っているのってモンモランシーなのか!?」

 

「待て、落ち着くんだ君達。あくまで彼女の名誉のために言わせてもらうが……」

 

 慌てた様子で周りの男子達に何か言い訳をしようとするギーシュと、呆然と立つめぐみん。

 すると、すぐ近くに別の誰かが歩み寄ってくる気配がした。

 振り向けばそこには、栗色の髪の毛をした女の子。羽織っているマントの色は茶色。ルイズやこのギーシュ達と色が違うことから、別学年であることが伺える。顔立ちの若々しさから、おそらくは一年生か。

 ギーシュは彼女の方へと振り向くと、顔色が一気に青ざめた。

 

「ケ、ケティじゃないか……」

 

「ギーシュ様……やっぱり、ミス・モンモランシーとお付き合いなさっていたのですね……」

 

「ち、違う。これは誤解だよケティ。僕の中に住んでいるのはいつだって君一人……、」

 

 狼狽したギーシュに対し、直後ケティなる少女の平手打ちが飛んだ。

 バチンッ!! と強烈な音が食堂中に響き渡る。見てるこっちまで頬が痛くなりそうな、強烈なビンタが炸裂した。

 

「この香水が何よりの証拠ですわ! さようなら!」

 

 涙を流しながら、彼女は踵を返してその場から去っていった。めぐみんとしては、あーあバカじゃねぇのコイツ、といった感想しか湧いてこない。

 ガタンッ、と続いて何かが音を響かせる。振り向けば、ギーシュと同じ二年生の席で誰かが勢い良く立ち上がった音だ。

 金髪の見事なまでの巻き毛をする、そばかすの女の子。彼女は鬼のような表情でギーシュのすぐ近くまで歩み寄ってくる。

 間違いないと、内心で頷く。この子がさっきから話に出ているモンモランシーだ。

 

「ギーシュ。やっぱりあの一年生に手を出していたのね……」

 

「ま、待て。違うんだモンモランシー。彼女とは少し遠出しただけで……」

 

「嘘つき!!」

 

 再び平手打ちが炸裂した。

 先ほどとは逆の頬に、これまた痛そうな一撃が突き刺さる。

 結果左右の頬を赤く腫らしながら、完全に硬直するギーシュを残して彼女も早足にその場から立ち去っていった。

 微妙な空気だけが残る。

 周りの男子達も、まさか目の前で修羅場が展開されるとは思わなかったらしく、呆然とギーシュを見つめている。

 

「えーっと……」

 

 めぐみんは自分の手の中にある香水を見下ろした。

 たっぷりと考え込んで約10秒。

 とんでもなく棒読みで言ってみた。

 

「あっー!! いけませんわー! わたくしー! 自分の香水を落としてしまったわー!」

 

「今更遅いんだよ! なんて事をしてくれたんだいキミは!」

 

 めぐみんの演技力ゼロな言葉を合図に、止まっていたギーシュの時間が動き出す。

 席から立ち上がり、こちらを見下ろして当り散らしてくる。

 

「キミが軽率にその瓶を拾ったせいで二人のレディが傷ついた! この責任はどう取ってくれるんだね!?」

 

「えぇ……」

 

 確かに引き金を引いたのはめぐみんとは言え、まさか全責任をこちらに被せてくるとは思わずドン引いてしまう。

 彼はめぐみんの顔を見ると、ハッとこちらの正体に気付いたようだ。

 

「キミは! 確かゼロのルイズが呼び出した使い魔の平民じゃないか! まったく、僕はあの時確かに知らないフリをしただろう!? キミも主に仕える身であるなら、もう少し機転が利いてもいいんじゃないか!?」

 

「いや、どう考えても二股してたあなたが悪いでしょう」

 

 めぐみんの冷静なツッコミを聞いて、周りの男子達から笑いが飛び交った。

 

「そうだぞギーシュ! 使い魔の子の言う通りだ!」

 

「間違いなく二股してるお前が悪い!」

 

 周囲から笑い者にされ、怒りに染まっていたギーシュの表情がより深くなる。

 これは何だか面白くなってきたぞ、とめぐみんの顔が少し悪い笑顔を浮かべた。

 

「あーあ、きっとあの二人、今頃泣いてるんでしょうねぇ? 何が原因なんでしょう? 恋でしょうか? 失恋でしょうか? あんなに純粋で可愛い子達を振るなんて、どんな男がお相手だったんでしょうねー!」

 

「な、なんだとぉ……!」

 

 煽りたっぷりなめぐみんの言葉は、耐性などあるわけがない貴族のお坊ちゃんには深く胸に突き刺さるようだ。段々と顔が真っ赤になっていく。

 どうせ相手は二股野郎で、間違いなく悪いのはコイツ。なにも遠慮する必要はない。めぐみんは更に煽り倒してやろうと口を開くが、

 

「め、めぐみんさん! 今すぐ謝ってください!」

 

 予想外なところから口が挟まった。シエスタだ。

 彼女の顔色はとても青ざめ、怯えた様子でめぐみんの肩に手を置いてくる。

 

「なぜですか?」

 

「お願いですから! 早く!」

 

 そう言って急かしてくるシエスタ。何だかただならない声色だ。

 

「そこのメイドの言う通りだよ! キミのような平民に貴族の何たるかを説いてもどうせ理解はできないだろうし、僕は紳士な男だ。所詮はあのルイズの使い魔、何を言ったところで無駄だろうからこの場で謝れば許してあげないこともないよ」

 

 一気に上気した声でまくし立ててくるギーシュ。よっぽど怒っているらしい。まあわざと怒らせた部分もあるが。

 彼は尚も気障な身振りをして、めぐみんの謝罪を要求してくる。じっと考え込むめぐみんだが……ものの一瞬で思考はケリをつける。そもそも、こんな奴に謝る理由などないではないか。

 めぐみんはギーシュの顔を正面から見据え、言ってやった。

 

「下げたくない頭は下げられませんね」

 

「なっ、」

 

「二股をかけた挙句、それがバレて振られれば他人に責任転嫁ですか。すこぶる気に入りません。あなたのような男、寧ろ振られて当然ではないですか?」

 

 傍らでシエスタが、尚も慌てながら名前を呼んでくるが気にしない。

 彼女には悪いが、このめぐみん―――売られた喧嘩は買う信条なのだ。

 

「格好といい言動といい随分と自分を高く評価しているようですが、もう少しその惨めさを自覚してはどうです? あなたのような男にはあの二人と付き合うどころか、ルイズをバカにする権利すらありませんよ」

 

 トドメとなるめぐみんの鋭い一言。

 それを受けてギーシュは絶句し、同時に頭に猛烈な勢いで血が上った。

 

「……どうやらキミは、貴族に対する礼儀を知らないようだね」

 

「ええ、知りませんね。私は貴族ではないですし、興味もありませんから」

 

 彼の声がワントーン低くなっている。どこか冷たさも感じられるそれは、間違いなく平常でいられる怒りの限界を突破している。

 ギーシュはめぐみんへ向けて薔薇を突き出してきた。真近で見て初めて理解するが、この一輪の造花は彼の杖を改造したものらしい。

 

「ならば教えてやろう。ヴェストリの広場で待っている」

 

 そう言い残して、ギーシュは踵を返しその場を去っていった。近くに座っていた彼の友人達も、一人ずつ立ち上がってどこかワクワクした様子で追いかけていく。

 彼の背中を見つめながら、めぐみんは面倒そうにため息をついた。

 この世界の事情に疎いめぐみんでも、何となく今の言葉の意味は分かる。

 

「決闘ってことですか? つまらない事を言い出しますね」

 

 ぼやきながら後ろへ振り向くと、シエスタがガタガタと震えながらこちらを見ていた。

 

「こ、殺されちゃう……」

 

「シエスタ?」

 

「あなた、殺されちゃうーーー!」

 

 ほとんど泣くような様子で遠くへ逃げ出してしまった。

 なにを大げさなと思ったが、追いかけようとした矢先に見覚えある桃色の髪がこちらに近寄ってくるのが見えた。

 ズンッズンッと重たい足取りで近づいてくるその少女は、ルイズだ。とてつもなく恐ろしい形相を浮かべている。

 

「見てたわよ! あんた何してんのよ!!」

 

「決闘の申し込みを受けました」

 

「いやそうじゃなくて! ああもうなんてことしてくれんのよ!」

 

 困った様子で頭を抱えて蹲るルイズ。

 ルイズの肩に手を置いて、めぐみんはにっこりと笑みを浮かべた。

 

「大丈夫ですよ。あんな奴ケチョンケチョンにしてやります」

 

「そういう話じゃなーーーいっ!!」

 

 食堂の中にルイズの絶叫が響き渡った。

 

 

 

 

 



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#05 怒りと悲しみの

 

 

 

「そんなに怒鳴らなくてもいいじゃないですか」

 

 響き渡ったルイズの怒声に、めぐみんは耳を塞いでいた。

 大してルイズは怒りを露にしながら叱りつけるように言い放つ。

 

「なんであんな申し出受けちゃったのよ! 大変なことよ! 貴族と決闘だなんて!」

 

「なんでと言われても。自分が悪くないのに謝る必要はないと感じました」

 

「い、いやそうだけど……でも謝ってきなさい!」

 

 食堂の出入り口を指差しながらルイズは言い聞かせるように声を張り上げる。

 めぐみんとギーシュに決闘なんかさせる訳にはいかないと、ルイズの頭の中では警報が鳴り響いていた。当然である。ギーシュはあんな奴ではあるが曲がりなりにも貴族でありメイジ。戦う為の魔法も行使できる。

 ギーシュのことではあるため、いくら決闘となろうが女性相手を叩きのめす、なんてことはないと思うが……それでもめぐみんが心配なことに変わりはない。

 しかし当のめぐみんはと言うと、ルイズの言葉を受けてもキッパリと首を振った。

 

「それは例えルイズの頼みでも受けられません。ルイズと同じように、私にだってありますからね。譲りたくても譲れないプライドが」

 

 そう言ってめぐみんは不敵に笑いつつ、こちらに背を向けた。

 その際に、思い出したようにして首だけ振り返ってくる。

 

「あ、ルイズ。部屋から私の杖を取ってきてください」

 

「はぁ!? あ、あんたまさか!」

 

 まさかの要望にルイズは驚愕する。

 杖を取ってこい―――それ即ち、昨晩見せてくれた『爆裂魔法』とやらを使う気なのだろうかと、ルイズの焦りはさらに高まった。

 てっきりめぐみんはあれを使わずに決闘に赴くものだとばかり考えていたため、めぐみんがギーシュにボコボコにやられるかもしれないといった悪い想像を駆り立てていたが。

 あの爆破範囲と圧倒的な破壊力だ。心配の種が正反対の方向でさらに増えた。

 あんなものをギーシュに放とうものなら、ヴェストリの広場や野次馬ごとギーシュを粉々に消し飛ばしてしまう。

 

「だ、駄目よ! 余計に駄目! ギーシュが死んじゃうわ!」

 

「では、私が死んでしまいますよ? っていうと大げさですけど」

 

「そ、それは……! だから謝っちゃいなさいって言ってるのよ!」

 

 この場を可能な限り穏便に済ませる方法は、やはりそれしかないとルイズは訴えかける。

 だがめぐみんにはどうしてもその気はないようであった。

 彼女の手が動き、ポンッとルイズの肩に置かれる。まるで安心させるように、めぐみんは小さく微笑んだ。

 

「心配せずともどうにか上手くやってみますよ。ルイズ、自分の使い魔を信じてやってください」

 

「どうにかって、あんた……、」

 

 どうする気なのよ。そう続けようとしたが、めぐみんはさっと踵を返して近くの男子生徒のもとへと歩み寄っていってしまった。おそらくはヴェストリの広場の場所が分からないからだろう。案内されるようにして、その男子とめぐみんの姿が遠ざかっていく。

 やがてめぐみんの姿は扉の向こうへと消え、ガヤガヤとした騒がしい雰囲気の中、ポツンと残されるルイズだった。

 

(ああもう! どうすればいいのよ~っ!!)

 

 頭を抱え込みながら必死に悩む。

 杖を取ってくるべきかどうか。

 仮に取ってきてめぐみんに渡したところで、一体どんな結果になってしまうのか。

 まるでめぐみんとギーシュの命を天秤に掛けられているような気分である。まあ、ハッキリ言ってめぐみんの方が大事なのだが。

 とはいえ、もし人死にが出てしまったら大問題だ。おそらくめぐみんはそれをしっかり考えた上で、『どうにかする』と言い切ったのだろうが、心配の種が拭えるわけがない。

 

「あのバカ~~~~~ッ!!」

 

 ルイズの許容範囲では抱え切れない問題に、ついめぐみんの顔を思い出しながら絶叫する。

 使い魔契約を行ってからしばらく。初めてルイズがめぐみんに対し、主人としての大きな怒りを露わにした瞬間だった。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 ジャン・コルベールがトリステイン魔法学院の教員に就いてから約二十年近い歳月が経つ。

 彼の二つ名は『炎蛇』。『火』系統の魔法を得意とするメイジだ。

 担当する授業も『火』系統を主にした内容だが、それ以外にも座学やいくつかの授業を受け持っている。その中の一つに、今年は『春の使い魔召喚』も含まれている。

 

 先日行われた新二年生となる生徒達の召喚儀式。

 その中でもヴァリエール公爵家の娘、ミス・ヴァリエールが召喚した使い魔は異色を放っていた。これまで多くの使い魔召喚を見てきたコルベールではあるが、平民の女の子が飛び出てくるのは初めて見る光景であった。

 

 とはいえ、問題はそこではない。

 今朝方、担当の教師として初めて彼女の左手に刻まれた使い魔のルーンを確認したところ、見覚えのない奇妙な形態が描かれていた。

 コルベールは知的好奇心が非常に旺盛な人物だと自覚を持っている。

 だからこそ、そのルーンを見た際に彼は一目散に学院の図書館へと向かうと、記憶を頼りにスケッチを作成。過去の様々な文献からルーンの調査を開始した。

 

 無我夢中となって調べながら数時間。

 ようやく見つけた該当する使い魔のルーン。その詳細を目にして、彼の中に衝撃が走り抜けた。学院に勤めて二十年、これほどまでに衝撃的な出来事は他に類を見なかった。

 文献を手に彼は大急ぎで図書館を抜け出していた。その向かう先は―――学院長室。

 

 そうして。

 部屋の前に辿り着いたコルベールは興奮冷め止まぬ中、ほとんどノックもせずに学院長室へと足を踏み入れた。

 

「オールドオスマン!!」

 

 荒い息遣いのまま彼は叫ぶ。

 しかし部屋の中の光景を見て、思わず目を丸くした。

 

 トリステイン魔法学院の学院長である、白くなった長い髭と髪のご老人オールド・オスマン。

 その秘書であるライトグリーンの髪をしたミス・ロングビルに、オスマンは足をギリギリと踏み付けられていた。

 

「オールド・オスマン。今度やったら王室に報告しますよ」

 

「王室が怖くて魔法学院の学院長が務まるかぁ!」

 

 カァッ!! と見開いた目で高らかに叫ぶオスマンとピクピクと引きつった笑顔で尚も踏み付けるロングビル。

 しかしどうやら痛いものは痛いらしく、『あっやっぱり痛いので足離してくださいもうしません約束です』と弱気になって懇願する。

 ロングビルが足を離したところで、ようやくオスマンはコルベールの存在に気付いたようだった。

 

「む? お主はミスタ……なんだったかな?」

 

「こ、コルベールです! ……えっと、何をしてらしたのです?」

 

「いやなに。我が使い魔モートソグニルに頼み、ミス・ロングビルのスカートの中が何色であったか、」

 

「オールド・オスマン?」

 

 何か言いかけたところで、隣の秘書から低い声でお止めが掛かる。慌てて口を噤むオスマン。

 彼は一度咳払いをしつつ、改めてコルベールへと向かい合った。

 

「それで、ミスタ・コルベール。随分と息が荒いようじゃがどうかしたのかね?」

 

 呆然としていたコルベールも、オスマンの問いかけにハッと我に返る。漫才みたいな光景を前に元の用件を忘れるところであった。

 

「そ、そうです! 大変なんです! これを見てください!」

 

 彼は図書館から持ち出してきた一冊の文献をオスマンへと手渡した。

 オスマンは不思議そうに眉をひそめる。

 

「これは……『始祖ブリミルの使い魔達』ではないか。まったく、こんな埃臭い本を漁ってきおって。して、これがどう大変だと言うのかね?」

 

 言われてコルベールは、オスマンの目の前でページを捲ってみせると、しおりを挟んでいた問題となるページで手を止めた。

 同時に、自身がスケッチした紙切れを続けて手渡す。

 

「こちらを。先日の使い魔召喚で、とある生徒に呼び出された使い魔のルーンです」

 

 オスマンは興味なさげにその両方を見比べるが―――次の瞬間、ピタリと動きが止まった。

 気の抜けていた瞳には突如として強い光が宿り、厳しい面持ちで文献とスケッチに目を通す。

 

「……ミス・ロングビル。悪いが少し外してもらんか」

 

 ロングビルは髪を揺らして立ち上がると、その場で一礼して部屋の外へ。

 顔を上げたオスマンの表情には、雑念が消えた真剣な感情が宿っていた。

 

「詳しく説明してもらえるかの、ミスタ・コルベール」

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 ヴェストリの広場は、学院の敷地内でも西側に位置する大きな中庭だった。

 本来であれば心地いい風だけが吹き抜ける静かなその広場も、今では噂を聞きつけた多くの生徒で賑わっていた。

 

「諸君! 決闘だ!」

 

 野次馬で形成された半径10メートルほどの円の中心で、変わらずキザったらしい動きを続けるギーシュが高らかに宣言する。

 薔薇の杖を高く掲げると同時、周囲から歓声が巻き起こった。

 

「ギーシュが決闘するぞ! 相手はルイズの使い魔だ!」

 

「平民の女の子相手だ! あいつ本気でやるのか!?」

 

 歓声に対し満足気に頷くギーシュは、距離を置いて正面に佇むめぐみんへと杖の先端を突き付けた。

 

「とりあえず、逃げずに来たことは褒めてやろう」

 

 余裕の態度に加え、ギーシュに傾きがちな観衆の空気。

 何とも気に食わない状況だと、めぐみんの目つきが僅かに鋭くなる。

 

「あなたこそ、私の挑発にまんまと乗って決闘を申し付けてくるなんて……随分と子供っぽいんですね、貴族というのは」

 

「相変わらず口が減らない平民だね……!」

 

 ギーシュの顔には変わらず笑みが浮かぶが、口角はピクピクと引きつっている。

 めぐみんも負けず嫌いに関しては一級品である。このアウェーな状況、寧ろ対抗してこその精神であった。

 

「ああ、そうそう。先に一つだけ言っておくことがあります」

 

「なんだね? 今から素直に謝るというのであれば……、」

 

「いえ」

 

 めぐみんは笑顔でギーシュの言葉を遮ると。

 ゆっくりと手を上げて、ちょいちょいと指先を動かしてやると同時、思いっきり見下すような声色で言ってやった。

 

「私が女だからという理由で手を抜くつもりでいるかもしれませんが、余計なお世話ですよ。―――私もあなたを男だと思っていないので」

 

「なっ……!」

 

「人間以下、犬以下、いえ……ミジンコですかね。ああ、ミジンコにも失礼でしょうか?」

 

 すでに余裕の笑みは顔から拭い捨てられ、怒りで顔を赤くするギーシュ。

 彼は薔薇の杖をその場で振りぬくと、完璧に完全に激昂した様子で吐き捨てた。

 

「……いいだろう。僕は紳士だからね、例え平民であろうがか弱き女の子に手を上げるのは抵抗があった。キミが謝罪するまで、わざと攻撃を外しスタミナ切れを待とうかと考えていたが……どうやらその必要はないようだ」

 

 二股をかけるほど女が大好きな奴なのだ。いくらめぐみん相手とはいえ攻撃を加えてくるかと疑問には思っていたが、それは的中だったらしい。

 とはいえこんな奴に手を抜かれるのも癪であるとめぐみんは思う。

 

「そこまで言うなら、キミのお望み通り男女平等な扱いをさせてもらうよ!」

 

 叫びと同時。

 ギーシュの持つ杖の一端から、ハラリと。薔薇の花弁が一枚地面へと舞い降りた。

 ―――その直後。花弁が光り輝き、瞬く間に姿を変える。

 

「ほう……」

 

 めぐみんの視線が微かに鋭くなる。

 それは甲冑を身に纏った女戦士を模る、金属製の人形であった。大きさは人間と同程度だが、めぐみんの体格からすると少し大きく見える。日の光を浴びてその表面が僅かに輝いた。

 

「僕はメイジだ。故に、魔法を使って戦わせてもらうよ。言い忘れていたが、僕の二つ名は『青銅』。『青銅』のギーシュだ。従ってこの青銅のゴーレム、『ワルキューレ』が君の相手をさせてもらうよ」

 

 不敵に笑ってみせるギーシュをよそに、ゴーレムを見つめながらめぐみんは僅かに思考をめぐらせる。

 

(元の世界で似たようなスキルはありますが、なるほど。この世界の錬金魔法とやらは随分と応用性に長けるようです)

 

 シュブルーズの授業を思い出す。

 土系統は建物を作ったり農作業の高速化に利用されたりと人々の生活に密接に関わっていると言っていたが、使いようによってはこのように、金属の塊である武器も容易に作り出せるということだ。

 

 しかしそんなものを魔法で作られたからといって、めぐみんもただで負けるつもりは毛頭ない。

 ただムカつくからギーシュを煽りに煽っていたのも事実だが、勝負事となった以上勝つ手段は考えてある。

 

「さぁ行け! ワルキューレ!」

 

 命令と同時、青銅のゴーレムが一直線にこちらへと突進してきた。互いの距離が接近する瞬間、ゴーレムの重い拳が振り上げられる。

 速い動作ではあった。

 だが反応できないほどではない。

 低く腰を落としていためぐみんは寸でのところで真横に転がるよう飛び込む。青銅の拳が空を切るのを視界の隅に収めながら、ゴロゴロと転がって再び二の足で地面に立つ。

 

「ほう、よくかわしたね。だが僕のワルキューレは待ってくれないよ!」

 

 ゴーレムの視線がめぐみんを捉え、再び拳を振り上げて襲い掛かってくる。

 一歩、二歩と下がりつつ、ゴーレムのリーチに入ったところで再度真横へ飛び込み回避する。地面を転がりながら、めぐみんはさり気無く周囲の野次馬連中の中に視線を流した。

 

(ルイズ! まだですか!)

 

 捜しているのは当然、自身のご主人様であるルイズ・フランソワーズ。

 ここに来る前にめぐみんの杖を持ってくるよう頼んでいたのだが、未だ姿が見当たらなかった。

 

 ―――めぐみんの考えていた作戦はいとも単純であった。

 爆裂魔法をギーシュ本人にぶちかましてしまうと、おそらく、というか間違いなく殺してしまう。いくらムカつく野郎とはいえ殺してしまうのはあんまりだ。加え、こんなところで爆裂魔法を使おうものなら付近の校舎が粉々に吹き飛ぶ。周りにいる生徒達にも被害が及ぶ。ついでにこの至近距離、術者本人であるめぐみんもただでは済まない。

 

 よって爆裂魔法を、被害を最低限に抑えられる上空に向けてぶっ放そうという魂胆だ。

 虚空に撃つなど至上果てしなく虚しい爆裂とはなってしまうが、この際仕方がない。

 上空とはいえ最大火力の攻撃魔法。その衝撃波だけで、ギーシュ含め周囲の人々を恐れおののかせるだけの威力はある。

 そして魔力消費でぶっ倒れるのを我慢してる間に、言ってやるのだ。

 

『我の左目に封じられた混沌(カオス)が疼く……次は、外せないかもしれませんね』(ねっとり)

 

 ギーシュは降参する。そしてめぐみんの大勝利。という筋書き(だけ)。

 他人が聞いたらバカみたいな作戦かもしれないが、しかしこの世界では意外と効果があるのではないかとめぐみんは踏んでいる。

 やたら魔法の有無と貴族平民という立場関係を重要視するここの連中だ。魔法による圧倒的な力量差を見せ付けられれば、向こうから勝手に降参してくれる可能性は十分にあると。

 

 ならばなぜそれを今すぐ決行しないのか。

 ……残念なことに、めぐみんの気持ち的な問題があった。

 

(杖がなければ私の爆裂魔法とは言えません! というかカッコよくない!)

 

 それが一番の理由だ。

 それはもう残念なことに、人一倍妙な方向性でプライドが高い紅魔族にとっては十分な理由であった。

 

「うわぁ!」

 

「いつまでその逃げ足が続くかな? ほら!」

 

 めぐみんに休む暇を与えず、ゴーレムが幾度となく襲い掛かってくる。

 ゴーレムが迫り、見っとも無かろうがギリギリのタイミングで転がって回避する。それを何度も繰り返す。

 今はそうする他ないとはいえ、めぐみんの表情も僅かに険しくなっていく。

 

(というか! 今すぐ魔法を撃とうにも隙が見当たりません!)

 

 爆裂魔法は"溜め"となる時間が必要な魔法だ。その"溜め"の際に決して動けないわけではないが、精神を集中させる必要がある。こんな状況ではそれが非常に難しい。

 仮に杖があってもこの状況が続くようではなかなか厳しいと、内心焦りが募る。

 

 できるだけ時間を稼ぐため、大きく旋回するように駆け出すめぐみん。

 だがゴーレムの動きは想像以上に速い。

 地面を滑るように移動し、めぐみんの正面に一気に回り込んでくる。

 

(このガラクタ! 思った以上に……!)

 

 ゴーレムの拳が一直線に突き出された。

 回避が間に合わないと咄嗟に判断し、腕を交差させてそれを受ける。

 ガクンッ、と全身に息が詰まるような衝撃。進行方向とは真逆へと、めぐみんの小さな体が吹き飛ばされる。

 仰向けに倒れ、腕から感じるヒリヒリとした痛みに顔をしかめつつも瞼を開くと、真上で拳を振り上げるゴーレムの姿。

 慌てて真横へ転がり、振り下ろされる拳をどうにかやり過ごす。直後に、ズドンッという打撃音。

 その拳は地面にめり込み、今のをもし腹にでも受けていたらと少しゾッとする。

 再び立ち上がり、ジリジリとゴーレムから距離を取りつつ額の汗を拭った。

 

(い、意外とピンチですね……小手先でも体術の教えがあって何とかなってますが……)

 

 息も少しずつ荒くなってきている。このままでは完全にジリ貧だ。

 めぐみんの様子を見てか、ギーシュはゴーレムの動きを止めるとキザったらしく前髪をかき上げた。

 

「最初の威勢はどうしたのかね? 計らずともキミが言っていた通りの状況になってしまったが」

 

 よほどめぐみんに煽られた台詞が癪に触っていたらしい。こちらを追い詰めたと感じ取り、余裕の表情で挑発をかまして来る。

 

「どうだい? 今すぐに先の前言を撤回し、僕に誠心誠意謝罪するというのであれば……許してあげないこともないよ」

 

「……」

 

 無言で睨み付けて応えるめぐみんだが、内心は。

 

(む、ムカつくぅぅぅ~~~~!! あんの金髪二股! やっぱ今すぐ魔法でぶっ飛ばしてやりましょうか!?)

 

 それはもう大変憤っている。

 元々短気なめぐみん。いよいよ限界が近づいてきている。

 左手をワナワナさせながら、プライドと怒りが脳内で競り合い僅かに怒りが圧し勝とうとしていた。

 

(空中で放つというのはなしにしましょうか。どうやったら奴を丁度いい具合に痛めつける爆発を放てるでしょう? 距離と角度をしっかりと計算して爆発の端に巻き込むようにすればあら不思議!)

 

 嫌な笑みで口を歪めながら、危険な思考回路を沸々と巡らせるめぐみん。

 こうなればギーシュが油断してゴーレムの動きを止めてる今の隙に、いっそデカイのぶちかましてやろうかと脳内で作戦が移り変わろうとした。

 しかし、その時。

 

「めぐみん!」

 

 背後から聞き覚えのある声が響き渡る。ギーシュも、他の生徒からも視線が集まる。

 息を切らしながら野次馬を掻き分けて顔を出したのは、他でもないルイズであった。

 彼女の手の中には、

 

「! ルイズ、持ってきてくれたんですね!」

 

 めぐみんの杖があった。

 あれを握ればめぐみんも、心置きなく爆裂魔法を放てる。

 ルイズは心配そうな面持ちでめぐみんの傍に歩み寄ってきた。

 

「だ、大丈夫なの!? 怪我は!?」

 

「平気ですよ。それよりルイズ、私の杖を」

 

 そういってルイズから杖を受け取ろうと手を伸ばすが―――ルイズは拒否するように、杖を引き離した。

 彼女は心配する面持ちを残しながらも、相変わらず怒った様子で眉をつり上げた。

 

「だ、駄目よ! やっぱり駄目! 早くギーシュに謝って!」

 

「ええ!? じゃあなんで持ってきてくれたんですか!」

 

「そ、それは……っ」

 

 めぐみんが杖を持たなくとも魔法を放てるということを知らないルイズは、これを渡したらギーシュへ向けて爆裂魔法を撃って大惨事を起こしてしまうと考える。

 それと同時に、やはりめぐみんは自分の使い魔で、この学院に来て初めて純粋に自分の味方になってくれた相手だった。そんなめぐみんがギーシュに痛い目に合わされてしまうのも嫌。

 

 二つの思いがせめぎ合って、ルイズはどうしていいか分からず中途半端な行動をするしかなかった。

 その気持ちまでは完全に察せなくとも、めぐみんは何となく目の前のルイズが困っているのを感じ取る。自分に杖を渡していいものか悩んでいる。

 二人の様子を見たギーシュが見下すような視線で口を挟んできた。

 

「ルイズの言う通りさ。あれだけの失礼を働いたキミを、未だ僕は寛大な心で許してあげると言っているんだ。 気持ちの篭った謝罪一つでね。これ以上意地を張るのはご主人様の顔に泥を塗ることになるんじゃないかな?」

 

「そ、そうよめぐみん! ほら、お願いだから! あんたが謝ればそれで全部済むんだから!」

 

「……」

 

 めぐみんは真剣に語りかけてくるルイズの顔を見て、じっと黙る。

 よっぽど心配してくれていたらしい。いつだってツンツンしている子だが、人一倍誰かを思いやる優しさを持っている。昔から爆裂魔法のことしか頭になかった自分には、決して多くはない感情だ。

 だからこそ、やはり負けを認めるわけにはいかない。めぐみんはルイズに微笑みかけた。

 

「"どうにかする"……そう言いましたよね? 大丈夫です、ルイズ。私を信じてください。ルイズが心配してるようなことにはなりませんから」

 

 そういって、ルイズから自分の杖を半ば無理矢理奪い取った。

 

「あっ、ちょっと!」

 

「ああこの肌触り! この感触! やっぱり我が相棒がなくては爆裂魔法は放てませんとも!」

 

 手元に戻ってきた自身の杖を撫で回し悦に浸るめぐみん。

 だがその時、不思議なことが起きた。

 

「えっ?」

 

 杖をしっかりと握り締めた、その瞬間。

 めぐみんの左手にある使い魔のルーンが突如として輝いた。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

「つまり、始祖ブリミルが従えた伝説の使い魔『ガンダールヴ』に辿り着いたという訳か」

 

「そうです! 彼女の左手に浮かんだルーンは間違いなく、『ガンダールヴ』のそれと酷似しています!」

 

 コルベールはオスマンの目の前で、開かれた文献に記された記録と、自身のスケッチを順に指差しながら興奮気味に説明していた。

 彼女のルーンを見たときに感じた違和感は決して勘違いではなかった。

 まさか伝説の使い魔に辿り着くことになるとは思いもよらなかったが、だからこそコルベールの興奮は冷めやまない。

 

「なるほどの……して、キミの結論は?」

 

「彼女は『ガンダールヴ』の再来だと!」

 

 オスマンは手元の資料を見下ろしながら改めてじっくりと見比べる。

 オスマンから見ても、確かに形は一致している。

 

「確かにルーンは同じじゃ。しかしだからと言って、その使い魔を『ガンダールヴ』と決め付けるのはいささか早計ではないかな?」

 

「それは……確かに」

 

「お主から見て、その使い魔自身の印象はどうであった?」

 

 落ち着かせるようなオスマンの言葉に、コルベールは昨日のことを思い出す。

 たまにおかしなことを口にしてはいたが、それ以外は至って普通の少女に見えた。今朝ミス・ヴァリエールと共にいるところを見たときも、これといって変わった様子は見受けられなかった。

 

「……歳相応の、普通の少女ですね」

 

「まあ、そういうことじゃ。ルーンが酷似しているからといって、非常に似た別のなにか、という可能性も十分にあるからの」

 

 と。

 コンコン、と部屋の扉が外からノックされる音が響いた。

 話を中断し、コルベールとオスマンはそちらへ視線を移す。

 

「誰じゃ?」

 

「私です」

 

 返って来た声は、先ほどコルベールと入れ替わるようにして部屋から出て行ったロングビルのものであった。

 扉一枚を挟み、用件を報告してくる。

 

「ヴェストリの広場で決闘している生徒がいるようです。かなりの騒ぎになっており、近くの教師が止めに入ろうとしたようですが、生徒に邪魔されて騒ぎを収められないようです」

 

 聞いたオスマンは呆れたように首を振った。

 

「まったく……貴族とは暇を持て余したらロクなことをせんな。決闘騒ぎなど起こしてるのは誰じゃ?」

 

「一人は二年生のギーシュ・ド・グラモンです」

 

「グラモンのバカ息子か……」

 

 グラモン家は先祖代々から好色家として名を馳せているのはコルベールも記憶している。

 ということは、決闘の原因も何となく想像ができてしまう。

 

「大方女の取り合いでもしておるんじゃろ」

 

「ですな」

 

 思わずコルベールも相槌を打つ。

 

「で、相手は誰じゃ?」

 

 オスマンの何気ない問いかけ。

 しかしロングビルから返って来た回答は、予想を大きく上回る内容であった。

 

「それが……生徒ではなく、ミス・ヴァリエールの使い魔のようです」

 

「……なんじゃと?」

 

 オスマンとコルベールは、その言葉を聞いた途端鋭い視線で顔を見合わせた。

 

「いかが致しますか? 騒ぎを収めるため、『眠りの鐘』の使用許可も申請されておりますが」

 

 オスマンは長い髭を撫でながら思考を巡らせる。

 コルベールはそんなオスマンへ向けて、黙って首を振った。これは寧ろ絶好の機会ではないかと、言外に意思を伝える。

 ルイズ・フランソワーズに召喚された使い魔が本当にあの『ガンダールヴ』だとしたら。

 その真偽を確かめられる良いチャンスだと。

 

「……ふむ」

 

 オスマンは僅かに沈黙し、やがてゆっくりと頷いてみせた。

 

「子供の喧嘩に秘宝を使う必要などない……と言いたいところじゃが、万が一のことを考えて使用準備だけは整えておくように。もし必要だと判断したらこちらから合図を送ろう」

 

「かしこまりました」

 

 扉の向こうで、ロングビルの足音が遠ざかっていくのが聞こえた。

 気配が完全に消え去ったのを見計らい、部屋の壁に立てかけられていた大きな鏡へと視線を送る。

 彼が杖を小さく振ると、鏡の中にヴェストリの広場の光景が鮮明に映し出された。

 

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

 

 杖を握り締めた途端、左手のルーンが淡く輝き始めた。

 それに気付いためぐみんは左手をじっと見下ろしながら僅かに思考を巡らせる。

 

(これは使い魔のルーンとか言ってましたか。こんな慌しいときに一体なにを、)

 

 そこまで考えて。

 ハッとめぐみんは気付いた。自身の体に感じるその"異変"に。

 

(呼吸が整ってる? 妙に体も軽いです。それに……)

 

 緊張した面持ちで、その原因であろう左手のルーンをじっと凝視した。

 

(なんですかこれは!? 私の体に……魔力が供給されている!?)

 

 それはまるで、左手に管でも繋いで常に膨大な魔力を流し込まれているような。

 体の底から感じたこともないエネルギーが湧き上がっているのを、ヒシヒシと感じられる。

 地に足がつかないような、妙な浮遊感。体の中で行き場に迷うように、魔力の奔流がグルグルと渦巻く。

 得体の知れないこの感覚に、めぐみんは思わず顔がニヤけていた。

 

(こ、ここ、これは……! この魔力量で、我が爆裂魔法を解き放ったら! 一体、どど、ど、どれほどの威力になるのか……っ!!)

 

 完全にやばい顔でニヤニヤし始めるめぐみんを見て、傍らのルイズはぎょっとした。

 

「ちょっとめぐみん? どうかしたの?」

 

「はっ!? あ、いえ! 何でもありません!」

 

 声を掛けられて我に返り、改めてギーシュに向かい合う。

 ルイズを背にするように一歩前へ踏み込み、不敵な笑みを浮かべた。

 

「……しかし、私でさえ予想外の支援がきましたね。これだったら少し、作戦を変更してもいいかもしれません」

 

「作戦……? とにかくめぐみん! その杖を置いて謝って! 私も一緒に謝るから!」

 

 最早懇願してくるような態度のルイズを、めぐみんは空いた片手で制した。

 肩越しに振り向き安心させるように笑ってみせる。

 

「大丈夫ですよ、ルイズ。あれは使いません(・・・・・・・・)

 

「え……?」

 

 てっきりめぐみんが爆裂魔法を使って大惨事を起こすとばかり思っていたのか、困惑するルイズ。

 当然めぐみんもそのつもりであった。ルイズと考えが違うのは、ギーシュを狙うか狙いを外すか。その違いだけ。

 しかし、この左手から流れ込んでくる謎の魔力の奔流。

 異様に軽いとさえ思う、己の肉体。

 正直不本意だが、ここはご主人様の為にも力を温存してもいいかもしれない。

 意志を固めためぐみんは、改めてギーシュに向かい合った。

 

「さて、お待たせしました。話し合いも終わったので続きといきましょうか」

 

「ま、待ちなさいよ! 終わってないわ!」

 

 尚もめぐみんに突っかかろうとするルイズだが、ここは無視しておく。

 杖を握り締めためぐみんを見て、ゴーレムを盾にするように佇むギーシュが可笑しそうに鼻で笑った。

 

「なんだい、それは? 召喚された時と同じく、また貴族ごっこかい? 素直に謝ればいいものを、キミという子は実に考えが甘いね」

 

「いちいちうるさいですね! その減らず口を叩き伏せてやるから、さっさと掛かって来たらどうなんですか!」

 

「口が減らないのはどっちだい! 行け、ワルキューレ!」

 

 再びギーシュの命令が飛び、ゴーレムが一直線に突撃してくる。

 めぐみんは迎え撃つように前方へと踏み込んだ。

 ゴーレムの拳が唸りを上げる。

 先と同様、めぐみんは真横へと転がりながら回避する―――のではなく。

 

 軽く横にステップするだけで、自分でも驚くほどの軽快さで拳を回避した。

 

(やはりこの魔力……私のステータスに無理矢理干渉していますね!)

 

 未だ輝く左手のルーン。そこから流れ込む正体不明の魔力。

 自身の体だからこそ、感じ取れる。

 間違いなく今、めぐみんの身体能力が飛躍的に上昇していた。

 爆裂魔法、魔力向上、詠唱速度向上。その三つにしかスキルポイントを振り分けていないにも関わらず、肉体的なステータスが明らかに向上しているのをひしひしと感じている。

 

(他人に力を借りているようで正直不愉快極まりないですが、自分で上げたステータスじゃないと割り切らせて利用させてもらいますよ!)

 

 続けて迫り来るゴーレムの猛攻を、先程とは打って変わり、華麗な動きで捌いていくめぐみん。

 ソードマンやランサーといった前衛職は普段からこういった情景の中で戦っているのかと、自身の体のことながら思わず目を丸くする。

 後ろへ跳びながら一旦大きく距離を取ると、めぐみんはギーシュへ向けて杖を構えた。

 

「我が名はめぐみん! 紅魔族随一の魔法の使い手にして、爆裂魔法を操る者!!」

 

 声を大にして名乗りを上げる。

 その場にいる者の多くが『なに言ってんだアイツ?』といった表情を向けてくるが、この際関係ない。

 感情の高ぶり呼応して、その赤い瞳が煌めきを発した。

 

「二股を掛けた挙句一切の責任を感じていない畜生には! 女を代表して私がキツイお灸を据えてやります!」

 

 ―――その瞬間。

 めぐみんの杖の先端に、空間が歪みを生じた。その歪みの中心点へと、膨大なまでの力の奔流が流れ込んでいく。

 それは光とも闇とも言える、究極のエネルギー。素人にでさえ圧倒的なプレッシャーを与える絶大なる力。

 その光景を目にした周囲の生徒達、そして向かい合うギーシュは、思わず動きを止めて信じられない光景に目を見開いた。

 

「―――、光に覆われし漆黒よ。闇を纏いし爆炎よ」

 

 めぐみんの口から詠唱が漏れ出す。

 眼前に広がるエネルギーの集束と、口ずさむめぐみんの言葉を聞いて、最も早く反応したのはルイズであった。

 彼女はこれを知っている。知っているからこそ、めぐみんが戦うのを止めようとしていた。

 

「めぐみん! 駄目よ! 使わないんじゃなかったの!?」

 

 さっきの言葉は自分を誤魔化すためだけのものだったのかとルイズは慌てふためくが、めぐみんは構わず詠唱を続ける。構える杖の先端へと、己が力を集中させる。

 

「紅魔の名の下に原初の崩壊を顕現す」

 

 あまりにも異様な状況を前にして、ギーシュはまさかと悟った。

 自分が相手にしていたのは、ただの平民ではなく。本当に貴族―――メイジだったのではないかと。

 でなければこの力の奔流はなんだ。ただの平民が、こんなものを生み出せるはずがない。

 全身を押しつぶすような重圧感。もしその詠唱を完成させてしまったら、間違いなく自分は無事では済まない。そんな根拠のない予感が脳裏を渦巻く。

 

「く、くそ! 何なんだキミは!?」

 

 何か猛烈な悪寒に後押しされるようにして、ギーシュは追加のゴーレムを呼び出した。

 ゴーレムの数は計五体。それが一気に押し寄せる。

 めぐみんは目を見開くと、詠唱を続けたまま一気に走り出した。

 本来であればこの妨害、今のめぐみんでは詠唱を止められることは必至。

 だが、今なら大丈夫。背中を押されるような力のおかげで、根拠なくそう思える。

 囲うようにして一斉に攻撃をしかけてくるゴーレムに対し、的を絞らせないよう素早い動きで跳び回って次々と回避していく。

 

「終焉の王国の地に力の根源を隠匿せし者―――!」

 

 動き回りながらも杖には尚も力を溜め続ける。

 五体のゴーレムを軽快に翻弄して。めぐみんは高く上空へと跳び上がった。

 普段では決してあり得ない、三メートル近い大跳躍。人外染みた動きをするめぐみんに、周囲は視線を釘付けにする。

 

「我が前に統べよ!!」

 

 ダンッ! と地面を踏み鳴らして、ゴーレムを一息に飛び越えためぐみんはギーシュの眼前へと着地した。

 赤く輝く瞳が、ギーシュを射抜く。

 

「ひっ!?」

 

 ギーシュはおぼつかない手で杖を振ろうとするが―――言葉にもできない正体不明の絶望を前に、指が震えてポロリと地面に落としてしまう。

 

「エクス――――――!」

 

 迫り来る恐怖に、ギーシュはきつく瞼を閉じた。

 周囲の生徒達は豹変しためぐみんの動きに唖然とし。

 ルイズもまた、これから起こるであろう大惨事に思わず目を閉じて。

 そしてめぐみんは―――ニヤリと、薄く笑った。

 

 

「―――ただのこけおどしですよ!! ブロォォオオオオオ!!!」

 

 

 次の瞬間、爆裂ではなく。

 ギーシュの顔面に、身体能力が向上しためぐみんの拳が深々と突き刺さった。

 

 

「ぐぼへらっ!?」

 

 まさかの物理攻撃にギーシュは成す術なく直撃を受け、その体がコークスクリューのようにきりもみ回転しながら二メートル近く後方へと吹き飛ばされる。

 地面に顔面から激突し、パタリと。力が抜けたように手足を放り出した。

 それと同時、めぐみんの後方にいた五体のゴーレム達が瓦解するようにして地面に溶けていく。

 ……調べるまでもなく、一発KOだった。

 

 あまりに予想外な展開に、静まり返る空気。

 めぐみんの杖に集束していたエネルギーは、爆裂魔法として放たれることなくいつの間にか霧散していた。

 ぶっ倒れて気絶するギーシュをじっと見下ろしながら、一言。

 

「名付けてエクスブロー。爆裂を寸止めにした乙女の怒りと悲しみを乗せた必殺の拳! 相手は死ぬ!」

 

 ……ようは物理100%の騙し討ちである。

 それを合図に、周囲から歓声が巻き起こった。

 

「あの平民の子、ギーシュに勝ちやがった!」

 

「さっきのオーラはなんだったんだ!? もしかしてメイジなのか!?」

 

「何かの手品だろ! それにしたって強いぞ!」

 

 誰もが予想しなかった形勢逆転に、それぞれが好き勝手口にしながら騒ぎ立てている。

 めぐみんは改めて左手に視線を落とした。

 

(……妙な力ですね。使い魔とはこういうものなのでしょうか?)

 

 未だ光は収まることなく、めぐみんの体へと肉体の強化と魔力を注ぎ込み続けている。

 結局爆裂魔法は撃たなかったが、これは撃たなくても分かる。おそらくは魔法にも何らかの補正が掛かってくることは間違いない。

 勝利の歓声の中で、めぐみんは険しい表情でルーンを見つめた。

 

 

 

 

 




ガンダールヴ式ゴッドブロー。
めぐみんしか登場しませんが、このすば側のネタもちょくちょく入れていきたいです。

次回更新少し遅れると思います。



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