座天使と鉄の華 ( 圧 政 )
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嵐の前

「くっ……!!」

 

 スローネドライ。

 今でこそ旧型のガンダムになってしまったが、かつてはアイン、ツヴァイと共に世界の変革のために動いたガンダムだ。

 支援型とはいえ、パイロットのネーナ・トリニティ自身の実力もないわけではない。

 

「畜生ォ……!!」

 

 だというのに、このザマだ。

 敵に為す術もなく握りつぶされる。

 

 ……だが、死ぬ直後に彼女は笑った。

 

(……兄兄ズ、私も、行くね)

 

 かつて世界を脅かしたチームトリニティの生き残り、ネーナ・トリニティは機体と共に宇宙のデブリとなった。

 

ーーー

 

 火星。

 

 ここに「革命の乙女」として知られているクーデリア・藍那・バーンスタインが現れたことで事態は急速に変化していく。

 

 

 

 

「……おいおい、またやったのか?」

 

 オルガ・イツカは全身傷だからけの男を見て同情の意をみせる。

 

「正当な理由ならともかく、彼等のやっていることはただの八つ当りだ」

 

 ヨハン・トリニティ。

 もっとも、現在はトリニティではない為にヨハンの名だけで通っている。

 

「クソ! 思い出しただけでもイライラしてくるぜ……!!」

 

 同じくかなり殴られた痣があるミハエルはどうしようもない苛立ちを覚えていた。

 

「ヨハンもミハエルも落ち着け。……それと、二人に頼みたいことがある」

 

 オルガの真面目な顔に新しい仕事が来たのだと理解する。

 二人にとって乗っている機体の性能が低い以外は以前やっていた仕事に比べて楽なものが多い。

 二人がCGSに入ったのがもう少し遅ければ子供扱いされずに一番隊にでもいたのだろう。

 

「オルガからの頼んでくるなんて珍しいな?」

 

「……あー、いや、ヨハンだけでいいかもな」

 

 少し目を逸らして話す。

 それだけでもミハエルが怒るだけの理由にはなった。

 

「あぁ!? オレじゃあ任せられねえってか!!?」

 

 ミハエルは参番隊の中では三日月・オーガスや昭弘・アルトランドに負けず劣らずの主戦力だが、少々怒りっぽい性格な為に戦闘面以外では任せられることも限られてくるのだ。

 

 それに比べるとヨハンは戦闘面では援護射撃に特化していて自身が前線に立つことは苦手のようだが、参番隊の中では一番頭がよく、ビスケット・グリフォンが困った時にはヨハンが動くこともある。

 

「……クーデリア・藍那・バーンスタインか」

 

「やっぱ知ってたか。その事で頼みたいことがあるんだ」

 

 そこまでくれば何をさせたいのか察しはついた。

 ヨハンは呆れながらも仕事だと割り切ろうとしていた。

 

「私を案内してくれ」

 

「すまん! ミカ一人でも大丈夫だとは思うけどよ、念の為にヨハンもいてくれ」

 

「お、三日月がいるならオレも行くぜ。時間があれば一緒に特訓してえし」

 

 そう言い、二人はオルガについてくるように歩く。

 

(……にしても、始めて会った時に比べると大分人らしい顔になってきたな)

 

 オルガは二人に初めて出会った時のことを思い出し、思い出に浸っていた。

 

「どうかしたか?」

 

「いや、ヨハンとミハエルが昔に比べるとかなり変わったなって思っただけさ」

 

「……そうだな」

 

 生きる意味を失い、何の為に生まれてきたのかが分からなくなっていた頃を思い出す。

 そんなヨハンが以前以上に明るい表情になれたのは、彼よりも早く元気を取り戻したミハエルや参番隊のお陰なのだろう。

 

(……ふっ、らしくないことを考えてしまったか)

 

 また何か怒っているミハエルとそれをあしらうオルガを見て、笑いながらそんなことを考えていた。

 

 

 

 

 ギャラルホルンが攻めてきたのは、それから数時間後のことである。

 地下に置かれた黒いガンダムはその時を待つかのように静かに眠っていた。



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天使と悪魔

 地球で騒ぎが起きていた。

 ある者はそれを厄祭戦の英雄と、またある者はその映像を見て天使だ、悪魔だというものもいた。

 

 ギャラルホルンでもそれは噂になっており、真っ先にそれを調べようとしたのはマクギリス・ファリドという男だった。

 

「……信じられなかったが、確かにあるな」

 

 ガエリオ・ボードウィンを連れ、宇宙に漂うソレを確認していた。

 一向に動く気配はなく、そもそもパイロットが生きているのか、存在しているのかどうかさえ不明だった。

 

(なんだあれは……。あれもガンダム・フレームだというのか?)

 

「マクギリス。……マクギリス?」

 

「……すまない。手筈通り、コックピットを確認次第回収するとしよう」

 

 突然発見された紅いモビルスーツ。

 マクギリスはその機体をずっと見続けていた。

 

 

ーーー

 

 

 その日、火星で巨大な爆発音があった。

 対抗するのはCGSの参番隊。

 そして、敵は……

 

「……ギャラルホルン。やはり来たか」

 

 モビルワーカーに乗りつつ、敵を確認する。

 いくら旧型のモビルワーカーとはいえ、敵のモビルワーカーはかつて戦ったどの敵と比べても素人当然の動きをしていた。

 

「ミハエル、今日はファングって叫ぶなよ?」

 

「うん。あれ煩い」

 

「分かってるっての! ミハエル、目標をエクスタミネート!!」

 

 ミハエルたちが戦場に向かう中、ヨハンは銃口を敵に向けて狙いを定める。

 

「……目標を殲滅する!」

 

 ヨハンの攻撃は的確と言っていいほど敵に命中する。

 数機ほど狙いが外れたものもいたが、それは前線で戦うモビルワーカーが倒していく。

 

「……やはりロックオン・ストラトスのようにはいかないか」

 

 もっとも、ヨハンの乗るモビルワーカーは五発中三発は敵を仕留めているために悪いわけではない。

 それでもヨハンは自身の精密さに舌打ちをしていた。

 

「こちらヨハン。オルガ、一番隊はどうだ?」

 

 戦闘から数分経つが現れる気配のない一番隊に嫌な予感を覚えつつも確認する。

 

「一番隊は来ねえ。どうやら俺たちの為に囮になってくださるそうだ」

 

「……そうか。なら引き続き援護射撃を行う」

 

 狙いを定め、敵モビルワーカーを撃つ瞬間だった。

 

「……む、爆風か?」

 

 突然の砂埃により一時的にその場を離れる。

 その直後、ヨハンのいた場所が砲撃された。

 

「敵の援軍か?」

 

 

 

「……マジかよ」

 

 口を開いたのはミハエルだった。

 ミハエルの前には一機のモビルスーツが立っていたのだ。

 

「モビルスーツまで出て来やがったってのか!?」

 

 ミハエルが乗るのはモビルワーカー。

 かつて乗っていた機体と同じように動けば確実に死ぬと察知し、昭弘や三日月と共に動き回りながら少しずつ装甲を削っていく。

 

『その程度の攻撃!』

 

 しかし、モビルスーツの一撃はミハエルたちの技術などお構い無しに周りの仲間たちを奪っていく。

 

 

 

「……ミカ」

 

 この状況を把握し、動いたのはオルガだった。

 三日月を自身のところに呼び出した。

 

 

 

「……そうか。ならば私も動くとしよう」

 

 参番隊の大半がモビルスーツの登場によって混乱する中、ヨハンと三日月はCGSのある場所に向かおうとしていた。

 

 

 

「全員無理はするな! ミカが戻るまではミハエルと昭弘が前、他は後ろから援護しろ!!」

 

「へっ、昭弘がいなくても俺だけで充分だっての!」

 

「……そりゃこっちのセリフだ!」

 

 お互いが軽口を叩きつつも敵のモビルスーツを翻弄し、他に被害が及ばないようにしていた。

 

『ちょこまかと……!!』

 

 対して敵はそこまで戦闘慣れしていないのかモビルスーツであるにも関わらずミハエルと昭弘のコンビネーションによって一機も落とせないでいた。

 

『くそっ……ん?』

 

 不意に足が止まる。

 ミハエルや昭弘の死角には弾切れを起こして撤退するモビルワーカーがいた。

 

 それを見たパイロットは……

 

『……ふ、ふははは』

 

 二人を気にもとめず、そのモビルワーカーを破壊した。

 

『ははははは!! モビルワーカー如きがこの私に挑もうと――』

 

 それ以上の言葉を発することはなかった。

 下から放たれた砲撃によってモビルスーツの下半身部分が消滅したのだ。

 

『……は?』

 

「貴様を殺すのは私ではないのでな、三日月が狙いやすい位置にコックピットを置いておいたぞ」

 

「あぁ、これなら上がってくるのと同時に……」

 

 大きな振動と共に二機のモビルスーツが下から現れる。

 

 

「凄いねその光。じーえぬ粒子だっけ?」

 

「量産も出来るならと考えていたが、それはまた検討しなければならないな」

 

 それはかつての厄祭戦において使用された悪魔の名を持つガンダム。

 それに加えて本来ならばこの世界に存在せず、その機体がこうして綺麗に治っていることも有り得ないもう一機のガンダム。

 

 ガンダム・バルバトスとガンダムスローネの姿があった。



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束の間の休息

 CGSとギャラルホルン。

 

 モビルスーツ、グレイズの登場によりCGSの敗北に見えたが、そこに現れた二機のガンダムによって状況は一気に逆転する。

 

 

「敵モビルスーツを撃破。機体性能の確認とはいえ、少し威力を出しすぎたか」

 

 コックピットも破壊され、頭部しか残っていないグレイズを足場の邪魔になるために蹴り飛ばす。

 前線では三日月の乗るバルバトスが暴れ回っていた。

 

「三日月、一機ずつ確実にだ」

 

「了解……!」

 

 バルバトスに突っ込んでくる一機にスローネライフルを構える。

 それを合図にバルバトスのメイスを投げ飛ばす。

 

『武器を投げ捨てるなど……!!』

 

 投げ飛ばしたメイスを難なくかわすが、それもヨハンの計算内であった。

 バルバトスの後ろにはスローネがその時を待っていたかのようにスローネライフルを構えていた。

 

「しまっ……」

 

「スローネライフル、撃つ!」

 

 放たれたスローネライフルを避けることが出来ず、両腕を失う。

 

「狙いが外れたが、そこの一機も素人か……。三日月、奥のグレイズは隊長格だ」

 

「グレイズ? ……あぁ、そんな名前だったか」

 

 投げ飛ばしたメイスをそのまま掴み直し、奥のグレイズに攻撃する。

 ヨハンの予想通りそのグレイズだけは動きが違っていた。戦い慣れている。

 

「危なくなったらこちらに退け。追撃したところをスローネライフルで狙う」

 

「そう? でも、ヨハンの出番は無さそうだ……!」

 

 バルバトスの攻撃は止むことなく続き、グレイズも防戦一方であった。

 誰が見てもどちらが優勢かは一目瞭然だった。

 

「……あれ?」

 

 だが、突然バルバトスの動きが止まる。

 

「どうした?」

 

「なんか、バルバトスが動かない」

 

 これは三日月自身も知らなかったが、バルバトスはスラスターが切れかかっていたのだ。

 

「……整備の不完全は致命的だ。あまり無理をしすぎるな」

 

「でも、それだとあいつらが……」

 

 三日月のバルバトスが敵を深追いしようとするが、それをヨハンが止める。

 

「敵もこれ以上は襲ってこない。……来たとしても、我々の敵ではない」

 

 ヨハンは威嚇するかのようにGNランチャーを構える。

 その危険さを感じ取ったのか、隊長格と思われるグレイズが撤退しようとしていた。

 

『……最後に聞きたい。まさかとは思うが、その白いモビルスーツに乗っているのは子供、なのか?』

 

「そうだ。ここにいるのは戦わなければ生きられなかった者たちばかりだ」

 

『それは貴様も含めてか?』

 

 その言葉がヨハンに過去を思い出させた。

 かつて世界の変革の為に生み出されたと思い、戦った時のことを。

 

「……そうだ。我々もその為だけに造られ、生み出された」

 

 重みのある言葉を放つと、グレイズたちは何も言うことはなく立ち去った。

 

 

 

「……あいつら、きっとまた来るよ」

 

「だが、もう失うことはない。あの程度ならば私たちだけでも事足りる」

 

「……そう……か……ッ」

 

 それを最後にバルバトスからの、三日月からの通信が途切れる。

 阿頼耶識のガンダムはモビルワーカーよりも負担が大きいのだろう。

 ヨハンは三日月が起きるまでここで待っていようと思った。

 

「……ふっ、私も随分甘くなったものだな」

 

 コックピットから降り、空を見上げる。

 ここに来たばかりの頃を思い出していた。



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私たちとは違う

 勝手に逃げておきながら偉そうに現れた一番隊はギャラルホルンとの戦闘を勝手なことと言い放ち、オルガに対して暴行を行った。

 

 ヨハンとミハエルは実際に見たわけではないが、彼らのやることは大体分かっている。

 

「兄貴、これどうする?」

 

「グレイズの所持していたものはまだ使えるが、グレイズに関しては捨てておく」

 

 ミハエルは久しぶりに見たヨハンのパイロットスーツに懐かしさを覚えていた。

 

「……あーあ。オレもツヴァイがあればあのパイロットスーツで戦えるのによー」

 

 ミハエルもパイロットスーツの状態だった為、いつでも着ようと思えば着れる。

 しかしそうしないのは彼なりのケジメなのだろう。

 

「……あ、あの!」

 

 二人の元にクーデリアがやって来る。

 クーデリアとヨハンは既に顔見知りだったが、ミハエルは彼女の顔を見ていない。

 それに加えてミハエルは仲間を失ったこともあり、クーデリアのことを完全に忘れていたのだ。

 

「あぁ? 部外者がなんの用だ」

 

 故にいかにもお嬢様という格好のクーデリアに厳しい言葉を放った。

 

「やめろミハエル。彼女はクーデリア・藍那・バーンスタインだ」

 

「……あ、やべ……」

 

 まともに考えればCGSで彼の知らない人物は今のところクーデリアのみだというのに、それを忘れていたミハエルはやってしまったという顔をする。

 

「いえ……、彼の言うことは、間違っていませんから……」

 

 おそらく誰かが厳しい一言でも放ったのだろう。

 この手の人物は面倒だと感じたヨハンだが、放っておくわけにもいかない。

 

「クーデリア・藍那・バーンスタイン、貴方が気に病む必要はない」

 

「それは……分かっているのです。ですが、私だって……」

 

「……私たちは、一つの目的の為に産まされた。そこに私たちの意思はなく、ただ任務を遂行するだけだった」

 

 ヨハンは言葉を続けた。

 そこには多少の嫉妬のような感情が現れる。

 

「だが、貴方は違うはずだ。貴方は自分の意思で革命の乙女となり、火星を変えようとしている。私たちよりも立派だ」

 

 実際、彼は嫉妬していたのだ。

 不自由なく生活がおこなえ、自分の意思で何かを出来るという彼女が羨ましかったのだ。

 

「だから、貴方はこれからも貴方がそう進むべきだと思った道を進むべきだ。誰かにそう言われたからではなく、貴方自身の意思で」

 

「……えぇ、分かっています」

 

 そう言った彼女の瞳は何かを決心したようだった。

 これなら問題はあるまい。

 

「……さっすが兄貴、オレもそーいうカッケーこと言いてえな〜」

 

「心配しなくとも、ミハエルなら大丈夫だ」

 

 お互いに笑い合い、クーデリアも多少とはいえ手伝ったこともあり、すぐに回収は完了した。

 

 その後、クーデリアはCGSへと戻って行ったが、ヨハンとミハエルは別の方向に向かう。

 その先にはオルガと三日月の姿があった。

 

「……オルガ、話は済んだのか?」

 

「あぁ、準備は整った」

 

 その一言にヨハンは笑った。

 しかし、優しいものではなく冷酷な笑だった。

 

「――俺たちCGSを乗っ取る。あいつらの言いなりになるのは今日で終いだ」



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動き出す歯車

 CGS。

 もうこの場所で奴らに縛られる必要は無い。

 今こそ、決起の時だ。

 

 

 

「うん、美味しいな」

 

「うー、今回もヨハンを凄い笑顔に出来なかった」

 

「ヨハンは表情が硬い!」

 

 アトラとビスケットの妹たちであるクッキーとクラッカーに加えてクーデリアが作った料理を僅かに笑を浮かべて食べる。

 最近はいくらか表情が豊かになったとはいえ、やはりヨハンの表情は硬い。

 

「うっめーな! おかわりいいか?」

 

 逆にミハエルはかなり表情に出やすいので食事の時なんかは皆のムードメーカーという感じだが、演習では行動の出やすさもあって動きを読まれやすい。

 

 もちろん、戦場となると話は別だ。

 

「ところでよぉ、そっちのデカい野菜は?」

 

「これはね、クーデリアさんが切った野菜なんだ」

 

 一つだけとってあるスープは中に入っている野菜が大きく、とても食べ応えはありそうだった。

 

「……プッ、クーデリアお嬢様は小さいものより大きい方がいいのか……やべ、面白え……」

 

「止めろミハエル。それに、ミハエルの料理の腕も大概だろ?」

 

 ミハエルは大雑把に切るか細かく切りすぎるか極端なため、余程のことがない限り手伝うことは一度もない。

 

「お、俺でもこれよりは綺麗にできるよ!!」

 

「どんぐりの背比べ!」

「どんぐりの背比べ!」

 

「うっせーな!! ったく、どこでそんな言葉覚えやがった……」

 

 彼らの食事は基本楽しくやっている。

 ……しかし、楽しくはやっていても彼らはどこかピリピリとしていた。

 

 

 

 

 

「……分かってると思うが、一番隊にきっちり落とし前つけてもらってからが本番だ。そこから先は俺たちでなんとかしなきゃならねえ」

 

「そして、このCGSを辞めたいと思うものも中にはいるはずだ。そのことに関しては私たちがCGSを乗っ取った後で対処する」

 

 先頭にはオルガとヨハン。

 その後ろには三日月、ユージン、昭弘、ミハエル、ビスケットが立つ。

 

「デクスターさんは会計が出来るから残ってもらいたいと思うんだけど?」

 

「そうだな。この先会計は必要になるし俺も賛成だ」

 

「……それじゃ、行くよ」

 

 三日月の言葉を合図にオルガが一番隊の眠る部屋に入っていく。

 

 

 

「――おはようございます。薬入りの飯の味はいかがでしたか?」

 

 そこから先は流れるような作業だった。

 デクスター・キュラスターにトド・ミルコネン、ナディ・雪之丞・カッサパの三人はCGSに残り、あとは三日月とミハエルによって殺された者とCGSを退職した者とで別れることになった。

 

 この日を以てCGSは参番隊のものとなった。

 オルガ・イツカは元々参番隊の隊長だったことあってCGSの指揮を任される。

 

 

 ――ここから、彼らの物語は動き始める。



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決闘

「ユージンよ、一度でもそんなことをすれば私たちはギャラルホルンの犬に成り下がるぞ」

 

「つっても、これしか方法がねえだろ!」

 

 CGSを乗っ取り、オルガを筆頭にした新CGSは早速金銭的な面で行き詰まりかけていた。

 そこで持ち出されたのかクーデリアだ。

 

 クーデリアをギャラルホルンに差し出し、それを交換条件に金銭を貰い受けるという話になったのだ。

 しかしヨハンはそれに反対し、ユージンは賛成した。

 

「ヨハン、お前は分かってると思ってたんだがなー」

 

「オッサン、兄貴が間違ったこと言うはずねえだろうが! それに、バルバトスとスローネさえあれば俺たちが負けることなんて有り得ねえな」

 

 オルガはまだ動かない。

 そこにどういう意味があるのか分からなかったが、ただ腕を組んでこの場を見ていた。

 

「オルガ、お前は……「大変だ! ギャラルホルンのモビルスーツがこっちに来てる!!」……意外と早くこちらに来たのだな」

 

「数は何機だ?」

 

「そ、それが……」

 

 

 

 

「――そちらの代表との一対一の勝負を望む!」

 

 オルガたちが見たのは赤い布のグレイズ一機が決闘を申し込む姿だった。

 

「私が勝利すればクーデリア・藍那・バーンスタインの身柄を引き渡してもらう!」

 

「……やはり、それが狙いか」

 

 先程の話もあり、クーデリアを引き渡した方がいいのではという声も多少ではあるが聞こえ始める。

 

「ほら見ろ! あっちはお嬢さんが目当てなんだ!!」

 

 男は続けて話す。

 

「クーデリアの引き渡しが無事済めばそこから先は私が預かる」

 

「……なに?」

 

「ギャラルホルンとCGSと因縁はこの場で断ち切ると約束しよう!」

 

 全員がざわつき始める。

 ヨハンは少しばかり悔しそうに見ている。

 

「……これで私たちは戦う意味がなくなったと一部は考えるようになるだろう」

 

 

 

「なら、私は行きます。私が行けば全て済むのでしょう?」

 

 それは、クーデリアも同じだった。

 彼が約束を守るかどうかさえ分からないというのに彼女は話に乗ろうとしていたのだ。

 

「どうなるか分かんねえんだぞ」

 

 そこでオルガが動きを見せた。

 

「……既に、多くの人が死にました。それに、私はただ死ぬつもりはありません。何とか話を聞いてもらえるように頑張ってみます」

 

 クーデリアの意思は、決意は揺るぎないものだった。

 そして、オルガは何かを決意したかのように笑った。

 

「……そのつもりはねぇ。あのオッサンの言葉がどこまで本当か分からねえしな」

 

 オルガはクーデリアを引き渡さないと決めた。

 もしかすると初めからクーデリアを引き渡すつもりはなかったのかもしれないし、クーデリアを試すまで決められなかったのかもしれない。

 しかし、その結果は正しい選択だとヨハンは思っていた。

 それは過去に正義と信じて行った破壊と殺戮が滅びの道だったことを身を以て知ったヨハンだからこその考えなのだろう。

 

「……オルガ、戦うなら私に任せてくれないか?」

 

「ヨハンか? まあ、確かにミカのモビルスーツは相変わらずボロボロだけど……」

 

 現在のバルバトスは動かせるという意味では万全だが、それでもスローネと比べるとお世辞にも万全の状態で戦えるとは言えなかった。

 

「あちら側が負けた時の交渉は私が得意だ。それに……」

 

「それに?」

 

 ヨハンは手を強く握り、目を瞑った。

 

「……私は、今回の決闘で克服しなければならない」

 

 かつて、ヨハンはサーシェスとの格闘で敗れた。

 その時の絶望が、それ以前のフラッグ相手に片腕を奪われた敗北が、ヨハンにビームサーベルを持つことに対してのトラウマを与えていた。

 

 だが、それが理由で射撃しか行うことの出来ない男に成り下がりたくはなかった。

 

「頼む、私に戦わせてくれ」

 

「……分かった。今回はヨハンに任せる」

 

 ヨハンは一礼だけし、スローネが格納された場所に向かう。

 過去のトラウマを、断ち切るために。



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鉄華団

 天使の名を持つが、天使とは程遠い容姿であるガンダムスローネ。

 ビームサーベルを構え、グレイズの前に立つ。

 

「ギャラルホルン火星支部実働部隊、クランク・ゼントだ!」

 

「私はヨハン。ガンダムスローネのパイロットだ」

 

「……あの時のガンダムか」

 

 両者共に構えを取り、敵の動きを探っていた。

 だが、先に動きを見せたのはヨハンだった。

 

「むっ……!」

 

「そこだッ!」

 

 ビームサーベルを一本投げ、もう一本のビームサーベルで攻撃を仕掛ける。

 グレイズはスローネの動きに反応できないと判断し、大きく右に移動した。

 

「ッ、我々の知らないビーム兵器……!!?」

 

「やはり、真っ向勝負でいくしかないか」

 

 スローネライフルで足元だけを狙い、即座に回避させ、その間に投げたビームサーベルを拾う。

 

「……ビーム兵器で作られた武器と考えるのがいいか」

 

「ビーム兵器はナノラミネートアーマーで無効化されるという話を聞いたが、果たしてどこまで耐えれるか、気になるものだな」

 

 ビームサーベルの出力を上げ、再び襲いかかる。

 だが、グレイズは今度は避けようとはしなかった。

 

「武器はビーム兵器のみか……。変わったモビルスーツだ……!!」

 

「ただのビームサーベルだと思わない方がいい!」

 

 グレイズのカウンターともいえる攻撃を難なくかわす。

 一点のみに集中したビームサーベルは確実にグレイズの武器を所持している手のみを狙った。

 

「こちらのビーム兵器と私たちのビーム兵器はどうやら原理が違うようだな。そして、GN粒子のビーム兵器はナノラミネートアーマーの装甲では完全に防げないことが今判明した……!」

 

 スローネのGNランチャーが展開され、ほぼゼロ距離でグレイズに構えられる。

 

「……勝負、あったか」

 

「確かに貴方の腕は確かだ。そして、貴方は話の分かる大人だと考えている」

 

 ヨハンはコックピットから降り、姿を現す。

 

「貴方が負ければどうするかを聞いていない。だから、私が決めてもいいかな?」

 

「……なに?」

 

 

「貴方には、私たちの指揮官として働いてもらいたい。給料に関してはオルガと話し合ってもらう」

 

 現在のCGSには戦力として考えるには実戦経験か足りない人間が何人もいた。その仲間たちがギャラルホルンとの戦闘を行うのは困難と考えていたのだ。

 そこで、必要となるのは目の前の男のようなしっかりとした戦いの基礎を知る者からの知識だとヨハンは考えた。

 

「……俺は、ギャラルホルンの」

 

 言葉を遮るように、銃声が響き渡る。

 

「ギャラルホルンのクランクはたった今死んだ。ここにいるのはCGSのクランクだ」

 

 ヨハンは真っ直ぐクランクを見つめた。

 拒否権などないのだと言うように。

 

「……そうか。今の私には、死ぬことさえ許されないということか」

 

 クランクは諦めたかのように、グレイズを降りる。

 そして、ギャラルホルンの服を脱ぎ捨てた。

 

「確かに、子供たちを導くのは大人の仕事だ。その責務、俺が受け持とう」

 

 勝負の末、CGSはグレイズ一機とクランクという男を確保することに成功した。

 仲間を殺したギャラルホルンの人間とはいえ、クランクはそのことに謝罪し、その命をCGSの為に使うことを誓ったことでCGSの皆は納得した。

 それ加えて話の分かる人物であることと、三日月たちとは違ってちゃんと戦い方を教えることが出来る人間として受け入れることが出来ていた。

 

 

「……でーも、やっぱGNランチャーもギャラクシーランチャーとかカッコイイ名前にしようぜ!」

 

「はぁ!? スローネライフルはまあ認めるとしても、そんなダッセエ名前を兄貴のガンダムに付けるんじゃねーよ!!」

 

「じゃあスローネランチャー?」

 

「……まあ、それなら別に……」

 

 

「ミハエル、勝手に決めるのはよくないぞ」

 

 クランクの受け入れが無事に終了し、ヨハンはミハエルとシノのいる場所に向かった。

 

「だが、確かにここではスローネ専用の武器とも言える。GNランチャーもスローネランチャーに変えても問題はないか」

 

「……兄貴、そんなノリでいいのかよ」

 

「頭が硬くてもいいことはないと学んだからな。ここでは色々と自由にやらせてもらうさ」

 

 ミハエルが意外な者を見るようにヨハンを見る。

 すると、何かに気付いたのか服を確認する。

 

「その服、どうしたんだ?」

 

「これか? ついさっきオルガがCGSの名前を改めたからな、それに合わせて新しい服を決めているところだ」

 

「お、それってどんな名前なんだ!?」

 

「それはだな……」

 

 ヨハンはこれからのことを考える。

 

 その先にあるのは、栄か、滅びか。

 

 一つだけ、確かに言えることがあるとするのならば

 

「――鉄華団だ」

 

 今度こそ、この手で幸せを掴み取ってみせるという覚悟があることだ。



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兄貴のように

 CGSという名を捨て、鉄華団と名前を改めたオルガたち。

 その最初の仕事はクーデリアの護衛任務の続行だった。

 

 資金に関しては独立運動のスポンサーとして彼女を支えたノブリス・ゴルドンという人物を当てにすることになる。

 

 だが、鉄華団として動き出すにはまだ必要な手続きも多く、鉄華団のマークも考えなければいけなかった。

 

 

 

「……案が思いつかないってのは分かってる。分かってるけどソレスタルビーイングのやつ真似るのは良くねぇぜ兄貴」

 

「ふむ、私たちらしいと思ったのだがな」

 

「オレと兄貴なら確かにすっげぇ似合う。けど、鉄華団にこれは何か……違う気がする」

 

「……まあなんだ、まだ他にも任せてる奴はいるからそいつらにも聞いてくる」

 

 その後、オルガたちは会議の為に場所を移動した。

 ミハエルは難しいことは分からないと言ってある場所に向かう。

 

 

「よ、桜のばあちゃん」

 

「ミハエルか。またヨハンに放っていかれたか?」

 

「ちげぇよ!! 難しい話は分からねえから手伝いに来たんだよ!」

 

 ミハエルは暇な時、基本的に訓練かここで農場の手伝いをしている。

 今日も訓練の気分ではなく、ここに来ているのだ。

 

「さてと、しっかりと働くか。……お、クッキーとクラッカー!」

 

 

 

「ミハエル!」

 

「ヨハンは! ヨハンは!?」

 

 ミハエルには何も触れず、二人はヨハンのことばかり聞いてくる。

 

「……可愛くねえ奴ら。オレより兄貴かよ〜」

 

 クッキーとクラッカーにとって、ミハエルは普通の友達感覚であり、ヨハンはビスケットの次の次に頼れる兄という認識だった。

 

「ったく、仕方ねえな。オレだって兄貴みたいにカッコいい所見せてやらねえとな!」

 

 ミハエルが張り切って歩くが、道中で転んでしまう。

 それを見て二人は面白そうに笑っていた。

 

 

ーーー

 

 

「……それで、わざわざ火星に連れてきて何がしたいわけ?」

 

 車に揺られながら彼女は不機嫌そうに話しかけた。

 

「まず、ソレスタルビーイングという組織のことだが……」

 

 ガエリオがソレスタルビーイングに触れた瞬間、女性の動きが変わる。

 

「あ、ごっめーん♪ あれ私が昔作ったごっこ遊びのことなの。死んだと思ってた時に私の友達に似た二人がいたからねー」

 

「……やけに設定の凝った組織だな。まあ、今はそういうことにしておこう」

 

 ガエリオは呆れたように車を運転する。

 ここは火星。彼らの目的は行方をくらませているクーデリアの捜査と後ろで座る女性に色々と質問をすることだった。

 

「次に、あれはガンダム・フレームなのか?」

 

「……そのガンダム・フレームかどうかは分からないけど、あれはガンダムよ。ガンダムスローネ三号機、スローネドライ」

 

「三号機……他にもスローネという名前のガンダムが存在するということか」

 

 マクギリスはスローネドライの写真を見つめながら話す。

 彼女は手錠で身動きが取れず、不便そうにしていた。

 

「ねぇ、ちょっと外に出ない? 私暑くて汗かいてきちゃった」

 

「そんなわけあるか、いいから大人しくしてろ」

 

「……チッ、ガリガリの癖に」

 

「お前……!! 私が何気に気にしているその名を!」

 

 彼女は伺っていた。

 この男二人から逃げる隙を、瞬間を。

 

「……最後に、名前の確認だが……やはり地球ではそういう名前の女は見当たらない。本当に「ネーナ・トリニティ」であっているのか?」

 

「……間違ってない。私はネーナよ、ネーナ・トリニティ」

 

 ネーナは退屈そうに外を見た。

 その先に、彼らがいるとは知らずに。



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ネーナ・トリニティ

 収穫作業はいつの間にか三日月とクーデリアも参加し、早いペースで進んでいく。

 

「はぁ、三日月とクーデリアさん仲いいよね……」

 

 そして、アトラはずっとこんな感じだった。

 アトラが三日月のことを好きなのは数人は察しており、ミハエルもその知っている人間の一人だった。

 

「お前がグダグダやってるからだろ? でも、今はアトラの方が優勢だと思うぜ?」

 

 アトラの顔が明るくなる。

 だが、そんな笑顔を壊すように言い放った。

 

「ま、あれ以上お姫様の料理の腕とか上がっちまうとどうにも出来ねえだろうけどな!」

 

 なんともないようにトウモロコシを収穫しようとしたが、次の瞬間ミハエルは宙に浮いていた。

 アトラがミハエルを投げ飛ばしたのだ。

 ミハエルは何が起こったのか分からず目が点になる。

 

「そろそろミハエルは痛い目見た方がいいと思った。反省はしてない」

 

「わ、悪ぃ……」

 

 気を取り直し、再びに作業を再開しようとした時だった。

 

 

「誰か助けて!!」

 

 

 助けを求める声が聞こえる。

 いつもなら無視でもするミハエルがその時だけは殺気を放った。

 

「……今の声は」

 

 全て放り出してその声の場所に向かう。

 三日月と途中で合流していたが、それを気にせずにただ走った。

 

 

「こ、こんな時に叫ぶな! あぁもう、大丈夫か――」

 

 ガエリオの言葉は最後まで発せられることはなく、三日月に首を絞められ、ミハエルにカッターナイフを突き立てられる。

 

「三日月、遠慮なく殺せ。そいつは生かすな」

 

「言われなくても……」

 

 ミハエルは車の中を確認する。

 すると、ミハエルの予想通りの人物がいた。

 

「……ネーナ!!」

 

「……ミハ兄? ……ミハ兄!!」

 

 そこにはミハエルの妹であるネーナの姿があった。

 

「待ってろ、今助けてやるからな……」

 

「ほ、本当にミハ兄なんだよね!? ヨハ兄は!!」

 

「兄貴も無事だ。待ってろ、すぐに助けてやるからな……」

 

 前に座るマクギリスを睨みつけ、銃を構えながら中に入る。

 

「……状況は察したが、先ずはこちらの話も聞いてくほしいのだが」

 

「ネーナの安全が確保されりゃなんでも聞いてやる。その代わり、くだらねえことなら殺す」

 

 間もなく手錠が外され、ネーナは車の中から脱出する。

 外ではガエリオと三日月の和解が行われようとしていた。

 

「えっと……すいませんでした」

 

「……あぁ、三日月、なに謝ってんだよ」

 

「ありゃ勘違いだよ。クッキーとクラッカーが飛び出したところをあの車がよけたんだ」

 

 クッキーとクラッカーの件は誤解だったと話すが、それだけで済むはずがなかった。

 

「でも俺は違う。妹が拉致されてて助けを求めてたんだぞ……許されねえな」

 

 ミハエルがカッターも持ち、ガエリオに近付く。

 

「妹!? ……そ、それは申し訳なかった。だが、こちらにも事情があるんだ」

 

 そこからガエリオは宇宙でスローネドライを見つけたこと、当初のネーナは分からない単語ばかりを使っていたこと、ギャラルホルンでは話せないことも多いと考えた二人は火星で話を聞くとにしたことを話した。

 

「……だからそこの彼女にも言っているが、乱暴なことはするつもりもない。だがらといってすぐに帰すわけにもいかないから事情を聞いてすぐに帰してやろうと思ったんだ」

 

「そんなに簡単に信用できると思ってるわけ? ギャラルホルンだかなんだか知らないけど、なんでも思い通りにいくと思わないでよね」

 

「……よく覚えておくとしよう」

 

 ネーナとミハエルはビスケットが話をつけるということでしぶしぶ納得し、その場を後にした。

 ネーナの鉄華団加入が認められたのはこの後すぐのことだった。



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旅立ち

長らく更新が止まってしまい申し訳ありませんでした!
リアルでの仕事が落ち着いたので不定期にはなりますが更新を再開します


 ネーナ・トリニティは唯一の女性パイロットということもあり、一部からは戦えるのかという声が聞こえたが、クランクとの模擬戦でその声は消え去ることになる。

 

「アッハハハ! そんな攻撃じゃ私には当たらないわよ!!」

 

「……ふっ、確かに初めてモビルワーカーを操縦したにしてはいい腕だ」

 

 ネーナは元々支援機体であるスローネドライに搭乗していた為、射撃のセンスも近接のセンスもミハエルやヨハンに劣っている。

 しかし、アリー・アル・サーシェスを倒すためにネーナ自身も特訓は行っていたようであり、その操作技術は以前とは比べ物にならないほどになっていた。

 

「だが、攻撃を当てることが出来ていないのはお前も同じだ!」

 

「……ッ、言ってくれるじゃない!!」

 

 その結果、熟練のパイロットと言えるクランクとも性能差が同じならば互角とはいかずとも応戦できるようにはなっている。

 

「――そこまでだ!! この後は本格的に俺たちの初仕事だ。しっかり体を休めとけよ!」

 

 あと少しで勝敗が決まるというところでオルガの声が響き渡り、二機の他にも訓練をしていたモビルワーカーたちが動きを止める。

 

 

「クランクのおっさん、ネーナはどうだ?」

 

「ヨハンやミハエルに比べればまだまだと言えるが、これならすぐにでも前線に出せるだろう」

 

 モビルワーカーから二人が降り、ネーナはピースサインでオルガの方を向いた。

 

「とーぜんよねっ! ネーナ強いんだもん!!」

 

「なら、先ずは兄二人を超えるほどに強くなることだな」

 

「えーー!? それは難しいかも……」

 

 ネーナはそのノリの良さもあって周りからも好印象だった。

 ただ……

 

「ネーナだっけ? これから鉄華団の内部を案内して……」

 

「私パス。それより、ミハ兄とヨハ兄はどこ!!」

 

「あ? ……二人ならスローネの調整に行ってると思うぞ」

 

「そ。ありがとう!!」

 

「……振られたな、ユージン」

 

「う、うっせぇ!」

 

ネーナ本人はヨハンとミハエルに依存しているところがあり、鉄華団のメンバーに関しては仲間だから一応仲良くしているような印象が強かった。

 

たった一人を除いて。

 

 

 

「三日月、今のバルバトスって三日月の実力でなんとか動かせてるのよ」

 

「へえ」

 

「でも、今みたいな無茶な動かし方してちゃ機体のほうが先に悲鳴をあげるわ」

 

「……そんなにバルバトスってボロボロなんだ」

 

「誰が見たって口を揃えてボロボロだって言うと思うわ。そこで!」

 

 そういってネーナが見せたのはヨハンのスローネアインの肩に背負われていた滑腔砲だった。

 

「こういうのはどうかな? バルバトスでも十分使えるものを選んでみたんだけど」

 

「……これ、おやっさんが大事にしてた」

 

「そこはヨハ兄が許可を取ってくれたわ。見たところモビルワーカー以外でまともに遠距離攻撃できるモビルスーツが殆どいないから三日月のバルバトスにはそういう武器が必要だと思うの」

 

「……分かった。早速使ってみる」

 

それを聞くとネーナは笑顔でヨハンたちのもとに向かう。

このように、三日月に対しては積極的に話しかけているように見られ、一目惚れしているようにも見受けられていた。

 

「……まあ、似てるしな」

 

「いや、似てるようで似てないが無愛想さは似ているか」

 

ミハエルとヨハンはネーナが三日月のことをかつて敵対してしまった刹那・F・セイエイと何となくだが似ているからこそ行為を抱いていると思っていた。

 

「あーあ、私もドライがいれば敵なんて皆やっつけちゃうのに」

 

「この世界にはGN粒子が存在しない。スローネドライを取り戻しても一日に動けるのは十五分が限界だろう」

 

「えー!? そんなの乗ってないのと同じじゃない!」

 

「スローネアインはグレイズのお陰で改修が進んでいる。ビーム兵器は使えなくなったが、ドライが帰ってきた時のためにアインのGN粒子を温存することに決めた」

 

「……ステルスフィールドのためか」

 

「エイハブ粒子を利用しての新武装も検討してもらっているが、こちらはほぼ諦めてもいいと思っている。だからこそ、残り僅かでも使えるGN粒子は大切に温存しなければならない」

 

「了解。それじゃあ私は先にシャワー浴びてくるね!」

 

「任務開始までには戻ってこいよー!」

 

二人に手を振り、そのままシャワー室へと向かっていった。

ネーナの姿が見えなくなるとヨハンは頭を抱えて隠していた通信機を取り出した。

 

「……マクギリス・ファリドだったか。私がヨハンだ」

 

「話は君の妹から聞かせてもらった。こちらとしては今後君たちとは手を組みたいと思っている」

 

「しかし、我々鉄華団とギャラルホルンは敵対関係にある」

 

「だとすれば尚更好都合だ。私の目的とも一致する」

 

「……どちらにしても、私に決定権はない。それに、理由はどうであれ貴様たちはネーナを捕まえ、今もスローネドライを所持している。それを返してもらわない限りは考える余地すらない」

 

「……あの機体には我々も知らない技術があった。君たちの妹は返せてもあれは簡単に返すことは出来ない」

 

「そうだろうな。ならば、交渉は決裂だ」

 

ヨハンは電話を切り、ミハエルと共にスローネアインが改修されている場所に向かった。

 

 

「よお、おやっさん」

 

「ミハエルか……って、また誰かと喧嘩したか? 最近は大人しくなってたし妹も見つかったのによ」

 

「うっせぇ! ギャラルホルンの奴らがムカつくだけだ!!」

 

「……なんらかの妨害があることは覚悟しなければならない。そのためには一刻も早くアインの改修が必要なのだが」

 

ヨハンは現在も改修作業が行われているスローネアインを見上げた。

かつてのスローネアインの原型はなくなりつつあり、この世界で生きていくための新たなスローネアインが生まれようとしていた。

 

「もう少し時間はかかりそうだ。その間にギャラルホルンが攻めてきたなら待機してもらうしかねえ」

 

「そうか……」

 

「ミハエルと昭弘、クランクのグレイズはなんとか仕上げてある。バルバトスも完全じゃねえがいつでも出撃はできる」

 

「……了解した、その間はオルガのサポートに回るとしよう。ミハエル、頼んだぞ」

 

「任せてくれ兄貴!」

 

二人はその場をあとにした。

 

数時間後、ついに鉄華団の初仕事が始まった。

 

 

鉄華団初の仕事となるクーデリアの護衛は鉄華団に残ったメンバーに加えてアトラ、フミタンの二人が来ることになった。

元々フミタンはクーデリアの侍女であったために全員が知っていたが、アトラの同行には皆驚きつつも炊事係はアトラが適任であることから同行を許可されたようだ。

 

「これで三日月とも一緒にいれるな」

 

「ミハエル! 私、頑張るから!」

 

「ネーナほどじゃねえけど応援しといてやるぜ」

 

ミハエルが応援するという言葉にヨハンは珍しいことを聞いたという表情をする。

それにミハエルが気付くと目を細めてヨハンに近付いた。

 

「……確かにネーナと三日月を応援したいけど、ずっとあいつも見てきたんだ。くそっ、昔ならネーナの邪魔するやつは切り刻んでやったのに」

 

「ふっ、そう言いながら嬉しそうじゃないか」

 

「……けどよ、ネーナがこっちに来てから改めて思うんだよ。俺はもう、トリニティじゃいられなくなったってな」

 

「私もだ。これでは刹那・F・セイエイたちに人のことを言えなくなってしまったが、今なら彼らの気持ちが分かる」

 

「……ネーナにも、いつかは俺たちみたいに変わってほしいよな」

 

「そうだな。ネーナとミハエルはよく似ているからかなり時間はかかるだろうが、いつかは変わるさ」

 

 

 

「ミハ兄、ヨハ兄……どうして二人は……」

 

様々な思いを乗せ、鉄華団は歩み始める。

 

……新たな魔の手が迫ってきていることに気付かずに。



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