箱庭の空 (白黒yu-ki)
しおりを挟む

第一話 プロローグ

自分が初めて「死」というものに触れたのは、幼い頃に飼っていた金魚がそうであったと思う。子供の頃の自分は朝起きて「おはよう」と金魚に挨拶をし、餌をあげる。それが日常だった。その日もいつものように餌をあげようと金魚がいる水槽を覗くと、いつもであればすぐに寄ってきて餌を欲しがる金魚が水面にプカプカと浮かんでしまっていたのだ。どれだけ声をかけてももう金魚が動くことはない。それが子供心にとても悲しかったのを覚えている。母親は泣く自分に「この子は天国にいったんだよ」と慰めてくれた。

 社会人になった今、無宗教の自分は科学的な根拠もない天国なんて場所を信じているはずもなく、死の先は何もないと考えている。そんなことを考えてしまっている理由は、地元の幼馴染の訃報が原因であろう。実家の近所に住む女の子で、昔はよく「お兄ちゃん、お兄ちゃん」と後ろをついてきた可愛い妹のような存在だった。享年16歳。蒼井(あおい)(そら)は短い人生を終えたのだった。

 

 幼馴染の訃報を受け、俺、生明(あざみ)光太郎(こうたろう)は5年ぶりに田舎である地元に戻って来ていた。最寄りの無人駅を出るが、そこから見える景色は5年前と何も変わっていない。山に囲まれ、緑に囲まれた生まれ故郷。5年の都会生活で忘れがちであったが、故郷に都会のような喧騒はなく、聞こえるのは鳥の鳴き声くらいのものである。

 駅前で10分程待つと、喪服姿の母親が車で迎えに来てくれた。俺は助手席に座って開口一番「ショックだったよ」と呟いた。運転席に座る母の目は少し赤い。近所の親しい子が亡くなって、泣き腫らしたのだろう。母は「本当にね」と小さく答え、アクセルを踏んだ。

 幼馴染の家に向かう途中、小さな川が見える。昔はよくあの川で一緒に遊んだなと故人との思い出を馳せる。幼馴染の家に到着すると、そこには喪服姿の大人たちが集まっていた。蒼井空には両親がいない。肉親は姉だけだ。まだ20を少し過ぎたばかりの姉だけではと、近所の大人たちが手続きや式の受付などを引き受けていた。車から降りて辺りを見渡すが、姉の優月(ゆづき)の姿はない。キョロキョロしている俺を察したのか、母は「まだ自分の部屋にいるかもしれないね」と2階の優月の部屋を見上げる。優月ちゃんに顔を出しておいでと言われ、顔見知りの大人たちに頭を下げて玄関をあがり、優月の部屋の前まで向かう。

 

「優月、いるのか?」

 

 扉をノックして訊ねるが、返事はない。一息ついて扉を開ける。そこには喪服姿の優月が背を向けて立っていた。手には俺と優月、空の三人で撮った写真立てが握られていた。俺は何度か声をかけるが、優月がこちらを振り向く様子はない。これ以上声をかけても無駄かと部屋を出ようとすると、そこでやっと優月の口が動く。

 

「・・・光太郎は、こんな時しか帰ってこないんだね」

「・・・」

「空からの手紙、何度か届いてたよね? 帰ってきて欲しいって、空はずっと言ってた」

「・・・仕事が忙しかったんだよ」

「・・・そうかしら。私には空を避けてたように思えたけど?」

「・・・」

 

 仕事が忙しかったのは事実だ。だが進んで帰省する暇もないスケジュールを組んでいた。それで自らを納得させていた。帰れなくても、仕方ない、と。

 

「光太郎に避けられてると気付いた空がどれだけ傷ついたか分かる?」

「ああ、俺は最低だと思うよ。だからこうして空の最後を見送る資格も無いと思う。優月が出てけと言うなら、俺はこのまま東京に戻るよ」

 

 蒼井空は昔から体が弱く、大人しい子であった。空が普通の子であれば、俺は空を避けたりしないし、田舎を出ようとも思わなかったろう。つまり、空が「普通」ではなかったからだ。空は村では特別視されていた。古い仕来りに縛られ、『神憑きの巫女』なんてものに担ぎ上げられていたのだ。神様なんてものを信じていない自分からしてみれば、気味の悪いことこの上ない。空に悪気はなかっただろうが、俺はある日、空から不吉な予言なんてものを賜ってしまった。空を避け始めたのもそれからだ。

 そんなことを思い出していると、1階から母が俺を呼ぶ声がした。

 

「それで、優月。俺はどうすればいい?」

 

 式に参加していいのか、それとも出ていけばいいのか、その二択を委ねるために訊ねる。優月は少し悩む姿勢を見せたが、小さくため息をついた。

 

「・・・いいわ。空も光太郎に会いたいだろうし、このままいなさいよ」

「・・・すまない」

 

優月からの許可を得た俺は、部屋を出る為扉に触れる。

その僅かな時間、俺は一度だけ瞬きをし、そして背筋を凍らせた。扉と俺の体の間に、死んだと聞かされていた空が立っていたのだ。

 

 

 

『…助けて…お兄ちゃん…』

 

目に涙を浮かべる空は震える声でそう呟き、俺の視界は暗転した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話 逃亡

俺の耳に心地よい鳥の囀りが聴こえる。

 

「もう朝かぁ…」

 

今日も1日大忙しの仕事が始まるのかと憂鬱な気持ちを抱え、徐々に頭を覚醒させる。それにしても体が痛い。昨夜は家に帰ってフローリングで寝てしまったのかとそっと目を開ける。

 

「………あん?」

 

そこには見慣れぬ大森林が広がっていた。田舎育ちの俺は数え切れないほど山に入っている。だがそんな俺をもってしても目の前の光景は見慣れぬのだ。奥に見える巨木は恐らくだが、1000…いや、2000年以上は経っていると思われる程の太い幹だ。あんなもの、俺は見たことがない。あまりに現実離れした景色に、俺は未だ夢の続きを見ているのだと結論づけて再び目を閉じる。再び甘美な夢の世界に沈もうと意識を手放しかけた瞬間、俺の頬を何かがつつく。目を閉じたまま手でそれを払いのけるが、それは何度も俺の頬をついてきた。

 

「何するんだよ、やめろ…え?」

 

俺は夢の世界という天国に昇るため、それを阻むものを排除しようと目を開けて勢いよく体を起こした。だが直後、俺の体は硬直する。

 

 

【挿絵表示】

 

 

目の前にいたのは自分と同じくらいの大きさの蟻だった。その巨大な蟻は口のハサミをカチカチと鳴らし、首を傾げている。このような生物に直面した時、人はどのような行動をとるのか。考えられるパターンは幾つかあるだろうが、そんなものを挙げている余裕はない。俺は脱兎の如く、巨大な蟻から逃げ出した。

 

だが日頃の運動不足も祟り、寝起きなのも相まってすぐに限界がきてしまう。脚はガクガクと震え、息も絶え絶えだ。だがこれだけ走れば逃げられたろうと背後にいるであろう蟻の様子を見ようと視線を横に向けた瞬間、開いた口が塞がらなくなった。ヤツは俺のすぐ横を並走していたのだ。

 

この時の光太郎は知る由もないが、蟻は案外早く歩く。もしも蟻を人間の体と同じくらいに換算した場合、時速100キロで歩くことが可能となる。無論、そうなるとその巨大な体を保つことができず、動くことすらできなくなるのが定説ではあるが、光太郎と並走する蟻はその説に当てはまらず、身軽に動けていた。

 

巨大蟻の目が俺をロックオンしている。「ご飯だー」と(言っているように見える)目を輝かせ、決して逃さないという本能を感じさせる。どうやらこのまま走って逃げるのは不可能なようだ。戦う? 無理に決まっている。よくよく考えると蟻は自分の大きさの倍以上のモノを運ぶことのできる力の持ち主だ。返り討ちに遭うのは目に見えている。戦う、逃げるという選択が不可能な以上、残された選択肢は「諦める」しかないのだ。だがそれは本当の最後の選択にしたい。何か手は無いかと懐に手を入れると、何かに手が触れる。それは虫除けスプレーだった。だが殺虫剤ではないので、巨大蟻に効果があるかも分からない。しかし俺には僅かな希望の光が灯った。

 

俺は足を止め、左手で虫除けスプレーを巨大蟻に向ける。

巨大蟻は首を傾げたまま、「諦めた? 食べていい?」とでも言いたげに口を動かして寄ってくる。俺は口角を上げ、右手でそれを取り出した。

 

「蚊取り線香着火用のライターだ!」

 

光太郎はタバコを吸わない。ライターを持参していたのは運が良かった。夏が近付き、田舎である実家は蚊が多く襲撃してくる。実家にもライターはあるだろうが、もしも無かった場合、もしくは無くなった場合、一時間かけて街まで買いに出かける必要があった。万が一を考えて購入していたのだ。

 

ライターに火を灯し、バーナーの要領で虫除けスプレーを巨大蟻に噴射した。炎は巨大蟻の顔を焼き、死なすには至らなかったが、もがき苦しんでいる。これが好機と見て、俺は再び走り出した。

 

 

10分程全力で走り、ようやく森林を抜けた。だが大森林を抜けたと思ったらそこには大草原が広がっていたのだ。

 

「…本当、ここは一体どこなんだよ」

 

今更これが夢などと思ってはいない。先ほどの巨大蟻の圧迫感、駆け抜けていた時の肌に当たる風、そして目が痛くなるほどの青空。信じられないが、これは現実なのだ。

 

森林の中と違ってここは見晴らしもいい。何か危険なモノが近づいて来たらすぐに判るだろう。俺は状況を整理することにした。俺は確か、空の葬式に参加する為に地元に帰っきてたはずだ。そして優月に再会してそれから…。

 

『…助けて…お兄ちゃん…』

 

その光景を思い出し、俺は思わず口に手を当てる。

 

「…空? 俺が憶えている空より少し成長していたが、あれは確かに空だった。あれは何だったんだ?」

 

幻覚? それとも幽霊…いや、幽霊なんている訳がない。だがそこで記憶が途切れているのだ。空が何かをし、俺はこの状況になってしまったと考える他ないだろう。先程は危うく死にかけたのだ。よほど俺は空に恨まれていたようだ。

 

俺は振り返って森林に目を向ける。

これは神隠しのようなものだろうか。先程目が覚めた場所の付近を調べれば、元の場所に戻る手掛かりが見つかるかもしれない。だが危険も伴う。今回は運良く逃げることができたが、次は無いかもしれない。色々と準備をし、万全の状態で調べに向かった方がいいだろう。

 

「…そうなると、このまま草原を進んで人を探すか」

 

そう呟いて俺は歩き出す。ここが日本、いや、地球であるとは最早思っていない。あんな巨大蟻が見つかっていたら大きなニュースになっているだろうし、もし見つかっていたのだとしてもメジャーな昆虫として俺の記憶にも残っているだろう。つまりここは地球では無いのだ。東京に上京してから観たアニメにもそのようなストーリーがあった。大抵、主人公は特殊な力を持って危機を乗り越えたりするものだが、俺にその力があるとは思えない。ならば現地の人間に頼るしかない。人がいれば…ではあるが。ここは人がいない世界であったら、助けてくれる存在が何もいない世界であったなら、その時は人生のゲームオーバーだ。

 

「…空を傷付けた罰、かな」

 

俺は地平線に伸びる草原を歩き出した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話 消毒

日本では初夏であった。向こうでは蒸し暑い熱気を感じていたが、こちらは心地よい風が吹いている。日本の四季で例えるなら春の陽気だ。だが一時間以上も歩けば喉も渇く。俺は肩に掛けていたカバンからペットボトルの水を取り出し、一口だけ口に含む。食料は入っていないが、水を所持していたのは幸運だった。だがそれでもガブ飲みする訳にはいかない。どこかに川でもあればいいが、それまでは慎重に飲んでいかなければならない。

ちなみに一時間歩いて成果はゼロだ。未だに人と出会わない。何だかよく分からない未知の生物であれば遠目で発見したが、あれはゲームでいうモンスターの類だ。巨大な蜂に巨大な蛙、目玉のたくさんついたスライムのようなゲル状の生物。そんなものが今の俺を助けてくれるとは到底思えない。それらを発見した瞬間、俺は即座に逃げ出した。

 

更に一時間歩くと、煙のようなものが上がっているのが見えた。俺は思わず駆け出した。あの煙の下にはもしかすると人がいるかもしれない。その人たちに助けてもらえなくてもいい。少しでもこの世界の情報が入れば吉としよう。草原を全力で駆け抜け、火元に到着した。

 

俺は当初、人であるなら焚き火でもしているのだろうと考えていた。だが到着してみると想定外の状況が広がっていたのだ。燃えているのは荷馬車…だろう。何人かが血を流して倒れている。それらを囲むのは人相の悪い男たちだ。男たちの手にはサーベルのような武器が握られていた。サーベルが血で汚れているのを見ると、この男たちが荷馬車を襲ったということなのだろう。

人がこの世界にもいたというのは良い発見であったが、状況は最悪だ。平和な日本で生きてきた俺にとって、目の前に広がる凄惨な光景は映画を思わせる。ただ映画と違うのは、風に乗って血の臭いが鼻に付くことだ。これは間違いなく目の前で行われているものなのだ。

俺は男たちに気付かれる前に身を伏せ、倒れている人たちを見る。流れている血の量を見ると、何人かはもう助からないだろう。囲まれている者達の中にはまだ生きている人もいるが、時間の問題か。

 

「金も頂いたし、当初の目的は果たせたな」

 

サーベルを持つ男が金の入っているであろう木箱を仲間に渡し、嬉しそうに中身を検める。

 

「流石商人様だ。2000ダールは軽くあるな。俺たちが有り難く貰っておいてやるよ!」

 

どうやら男達…盗賊だろうか。目的を果たしたらしく、満足しているようだ。このまま去ってくれるのを願う俺に、信じられない言葉が響く。

 

「お、商人様の娘か? そいつは生かしたまま連れ帰って売りとばそうぜ」

 

盗賊の一人が荷馬車の中から金髪の女の子の手を引いて出てきていた。10歳くらいのまだ幼い女の子だ。女の子は倒れて既に事切れているであろう男性の姿を見て、嗚咽を漏らす。

 

「お…お父さん…そんな…」

 

「ひひひ、ざんねんながらもう死んでるよ。それよりお嬢ちゃんをこれから奴隷商に売ること決めたから、このまま俺たちと来てもらうぜ」

 

「…いや…そんな…あっ!」

 

少女はまだ息のある知人を見つけたのか慌てて盗賊に懇願する。

 

「お、お願いします! 私はどうなっても構いません! だから医者を呼んで…あの人を助けてください!」

 

「医者ぁ? めんどくせぇ、こうすりゃいいだけだろ!」

 

盗賊はまだ息のある男に向かってサーベルを振り上げる。直後、ガンという鈍い音が響いて盗賊の持っていたサーベルを弾き飛ばした。

サーベルは勢いのついたまま回転し、少女の手を引いていた盗賊の顔面を切り裂いた。その激痛に思わず少女の手を離し、顔を押さえて悲鳴をあげる。

 

「誰だぁ!」

 

他の盗賊は殺気を露わにし、乱入者である俺にサーベルを向けてきた。

 

「ご、ごめんなさい! 事故です!」

 

盗賊の注意を引こうと石を投げたのは確かだ。でもまさかあの細いサーベルの背に当たり、正面に立っていた盗賊を襲うとは何たる幸運、いや、不運。これは紛れもなく事故です。まぁ、日頃の行いという言葉もあるし、俺は悪くないかもしれない。悪いのはそちらさんということで納得して…もらえるはずないか。

 

呻いて座り込んでいる盗賊を除くと、残りの盗賊は三人。銃のような物は持っておらず、彼等の武器はサーベルのみのようだ。

 

「誰だか知らねぇが、変わった格好してんな。高く売れるかもしれねぇ。首だけ刎ねて身包み剥がさせてもらうか」

 

喪服はこちらの世界では珍しいらしい。なんてことを考えてる場合ではない。目の前で人が殺されてしまうと思い咄嗟にやってしまい、これからの事を全く考えていない。何か反撃できそうなものを考え、俺が持つ唯一の武器を思い出した。

 

サーベルが振り上げられ、俺の命を絶とうと笑みを浮かべる盗賊。そんな盗賊に、俺はライターと虫除けスプレーを取り出した。

 

「汚物は消毒だぁー!!」

 

目の前の盗賊を炎が襲う。

 

「ぎゃああああ!」

 

炎に包まれた盗賊は地面を転がり、必死になって火を消そうとしている。その姿を見て残りの盗賊たちは慌てていた。

 

「な、こいつ魔道士か!?」

「でもよ、こいつ杖なんて持ってないぞ! 魔道士は魔力を媒介する杖が無いと魔法を使えないんじゃなかったのかよ!」

「…いや、待て。聞いたことがある。高位の魔道士は媒介する杖が無くても魔法を発現することができるとか…。だがそんな魔道士は王宮付きにしかいない。そんな奴相手に俺たちが敵うはずない…」

 

何か勝手に勘違いされているようだが、好都合だ。そのまま勘違いしてもらうとしよう。俺は震える足を隠しながらライターと虫除けスプレーを構える。

 

「とっとと消えてくれるかな? 燃やされたくはないだろう?」

「な…み、見逃してもらえるのか?」

「代わりにその人たちの荷物は全部置いていけ。そしてそこらで転がってる仲間も連れていけ。早く行け。頼むから早くして」

「あ、ありがてえ」

 

盗賊たちは商人たちの荷物を手離し、顔に重傷を負った不運な盗賊と大火傷を負った汚物を連れ、そそくさと立ち去っていった。そして盗賊たちの姿が見えなくなり、緊張が解けた俺は腰が抜けてしまい、その場に座り込んだ。

 

「…助かった…けど、めでたしめでたしって訳にはいかなかったな…」

 

そちらに視線を向けると、最早動くことの無い父親に抱きついて大泣きする少女の姿があった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話 ゲンテン

盗賊の襲撃に遭い、生き残ったのは僅か二人。商人の娘と初老の男。生き残ったとはいっても初老の男の方は重傷だ。早く病院に連れて行かないと手遅れになってしまう。病院というものがあるのかは分からないが、先程この女の子も「医者」という単語を出していたし、そのような人がいる場所は存在しているようだ。

しかしどうやって移動しようか…。荷馬車はもう燃えてしまっているし、それを引いていたであろう馬のような動物も盗賊に殺されてしまっている。怪我人をあまり動かすのは利口ではないと思うが、仕方ない。

 

男の服を盗賊が落としていったサーベルで裂き、傷口を確認する。右肩から左腹部にかけて斬り付けられている。盗賊が持ち帰ろうとしていた木箱の中にビンが数本入っていた。その中の一本を開けて匂いを嗅ぐと、それが酒である事が分かった。まずは傷口を消毒した方が良いか。盗賊が使っていたサーベルだ。清潔なはずはないだろう。

 

「滲みますよ、少し我慢してください」

 

男の傷口に酒をふりかける。そして木箱に入っていた布で包帯のように傷口を覆う。途中男は強い痛みを感じたのか小さく呻く。声をかけるが返事はない。生きてはいるが気を失っているようだ。

 

「キミ、この辺りに医者がいるところを知ってるかな?」

 

「…」

 

「早くしないとこの人まで死んでしまう。お父さんが殺されてショックなのは分かる。でもこの人の為にも頼むよ…」

 

最低だと思う。目の前で親が殺されているのだ。トラウマを抱えてもおかしくない状態の小さな女の子に、それでも現実を見ろと声をかけているのだ。

 

「…ゲンテンの町まで行けば…お医者様がいると思います…この道を真っ直ぐ進んだところです…」

 

「そうか、ありがとう」

 

向かう先が決まった俺は男を背負い、立ち上がる。そして未だ父親の亡骸にすがる少女に視線を落とす。

 

「キミはここに残るつもりか? 悪いとは思うけど、キミのお父さんを葬ってあげれる時間はない。かといってまだ小さなキミを置いていくなんてしたくはないんだ。無理矢理にでも一緒に来てもらうよ」

 

「…大丈夫…です」

 

少女は涙を拭い、立ち上がる。

大丈夫なはずがない。父親が殺されたのだ。しかしそれでも気丈に立ち上がる。強い子だと思った。

 

「これにお金が入ってるんだね。治療費も必要になるだろうから、使わせてもらってもいいかな?」

 

「…はい。持っていってください」

 

俺はお金の入った袋を懐に入れ、男を背負った状態で少女を抱えた。

 

「時間が惜しい。急いで向かうよ!」

 

ゲンテンの町を目指し、俺はスピードを上げる。少し前に気付いたことなのだが、当初俺には特別な力はないと考えていた。しかしよくよく思い返してみると、日本での生活でまるきり運動してなかった割には長い時間全力で走る事が出来ていた。そういえば…巨大蟻とのレースも俺は今までにないスピードが出ていたのだ。視線を流れる風景のスピードから考えると、高速道路で体感していたスピードに似通っている。つまりは時速80〜100キロ程のスピードが出ていたのだ。

身体能力が上昇している。だからこそ成人男性を背負い、少女を抱えて猛スピードで走る事が可能なのだ。あまり男を揺らさないように気を配って走っているとはいえ、時速60キロは出ているかもしれない。抱えている少女の表情から察するに、やはりあり得ないことを仕出かしているようだ。

 

一時間が経過した頃、正面に建物が見えてきた。おそらくあそこがゲンテンの町なのだろう。俺は町の入り口で足を止めた。

 

そこで俺は少女を降ろし、こちらを怪訝な表情で見ていた青年に声をかける。

 

「怪我人がいるんです。医者はどこにいますか?」

 

「怪我、ですか。それは大変だ! 案内します。こちらへ!」

 

おそらく、初めは俺の服装を見ていたのだろう。こうして町の中を眺めると日本でいう大昔のような簡易な衣服の者たちばかりだ。盗賊も言ってはいたが、俺が今着ているような喪服は珍しいらしい。というよりも存在しないのかもしれない。そんな視線をこちらに向けていた青年だが、俺の背にいる顔色の悪い男性を見て慌てて道案内をしてくれた。

 

青年の先導で到着した一軒家。青年には礼を述べ、目の前の戸を開ける。

 

「おや、見ない顔だね。旅の方かな・・・む?」

 

そこには無精ひげを伸ばした中年がコップの水を飲んでいた。俺の顔を見て町の人間でないとすぐに察し、俺の背の気を失っている男に気付く。医者はすぐに立ち上がり怪我人の顔色を見るや「こっちのベッドに運んでくれ」と奥の部屋に先導した。俺は医者の言う通りに奥の部屋に入り、怪我をしている初老の男を横にさせる。医者は包帯替わりの布を外し、傷口を確認している。

 

「これは・・・刀傷か。しかしこの臭いは酒か? まぁいい。まずは縫合だ」

 

 医者はそう言って傷口の縫合を始めた。酒の臭いに疑問を抱いていたようだが、間違っていたのだろうか。アルコールは殺菌作用があったと思っていたが、やや自信が薄れてきた。今のこの状況で自分に何ができる訳でもなし、医者の邪魔にならないように静かに部屋を出る。

 

「・・・何とか助かるのかな」

 

 俺は気が抜けて座り込んでしまった。今日は目が覚めてから驚きと戸惑いの連続で、とてもではないが体がもたない。ひとつため息をつくと、少女が俺の正面に立っているのに今更気付く。少女の目元は赤く腫れていたが、もう涙は浮かべていなかった。少女の顔を見て、盗賊に殺されてしまった少女の父親のことを思い出す。遺体もあのままにしておく訳にはいかないだろう。今の自分の体力と力なら、先程の場所に戻って遺体だけでも背負ってくるのは可能だ。身体能力が向上している理由を考えるのは後回しだ。

 

「キミ、このお金の入った袋を渡しておくよ。もしこれを使ってもいいのなら、あの人の治療費に渡してもらってもいいかな?」

 

「・・・うん」

 

そして俺は袋を少女に渡し、再び立ち上がって家を出ようと戸を開ける。しかしそれは俺の袖を引く少女に止められてしまった。

 

「あの・・・行っちゃうの?」

 

行ってほしくないという表情を浮かべる少女を見て、俺は過去の記憶をフラッシュバックさせる。しかしすぐに頭を振り、その記憶を振り払う。

 

「ひとりで心細いとは思うけど、すぐに戻ってくるよ。だからそんな顔するな」

 

あの時言えなかった言葉を、目の前の少女に伝える。この言葉を、俺は空に言うことができなかった。

 

「あの…私…ティア…あなたは…?」

 

「俺は光太郎。生明光太郎だ」

 

俺は少女に名を告げ、外に飛び出した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話 異世界1日目終了

荷馬車の場所まで行って何度も往復し、三人の仏さんと残されていた無事な荷物をテンゲンの町へ運び、それが終わる頃には日が傾いていた。ティアの父親である行商人は、この町では顔の知られた商人だったらしく、この町で手厚く葬られた。

ティアに聞くと未だ気を失っている初老の男はティアの父親の友人らしく、港への行商の途中で盗賊に襲われたらしい。一応用心棒は雇っていたようだが、俺が運んだ仏さんのひとりがそうらしい。盗賊の方が実力者だったということか。

 

「死人が出てしまったのは悲しいことだが、故人を葬ることもできたし、助かった命もある。キミのおかげだ」

 

医者であるヘンリー・バーンはテーブルにつく俺に、水の入った木のコップをくれた。喉が渇いていた俺はそれをありがたく飲み干す。ちなみに俺の隣にはティアが座っている。俺の顔をじっと凝視しているのが気になるが…。

 

「話を聞くに、アザミはこの子らの仲間じゃないんだろ? これからまた旅を続けるのかい?」

 

「いえ、俺は旅をしている訳じゃないんです。少し道具を揃えてあちら方面にあった森林…といえばいいのかな。とりあえずそこへ行って調べたいことがあるんです」

 

「あちらというと…まさか大聖樹の森か!? 何でまたそんなところに…」

 

「大聖樹っていうんですか?」

 

「大聖樹の森にいる魔物は、聖樹の加護を受けていて通常の魔物よりもずっと脅威なんだ。俺は冒険者やモブマスターではないが、それでも討伐ランクAはあると分かるよ?」

 

ヘンリーが言う加護を受けた魔物と聞いて巨大蟻を思い出す。あれもそんな大層な加護を受けていたのだろうか。

 

「もしも本当に向かうつもりなのなら、冒険者ギルドで用心棒を雇った方がいい。まぁ、余程の熟練者メンバーを揃えても生きて帰れるか分からないけどね」

 

ハッキリ言うな、この人は。しかしそんな危険な場所に対策も練らずに突っ込むのは自殺志願者のする事だ。早く元の世界に戻りたいという思いはあるが、死んでしまっては元も子もない。有給は切れて仕事はクビになるかもしれないが、職場の為に命をかけてまで急ぐ義務はない。

 

これからどうするかを考える。ヘンリーは用心棒を雇うよう言っていたが、それでも安全の確実性はないか。当面の目的が未だ決まらず、俺は頭を抱えた。そんな俺に思い出したかのようにヘンリーが訊ねる。

 

「そういえばアザミ、傷口に酒をかけたのはキミなんだってね。あれはどうしてだい?」

 

「え?」

 

何かいけなかったのだろうか? 酒は結構なアルコールの臭いがあったので、傷口の消毒として使用してしまったと伝えると、ヘンリーは口を開けたまま固まった。

 

「え、酒って消毒できるのかい?」

 

「違うんですか? 俺はてっきりそう思ってましたが…」

 

「ちょっと待って、盗賊の使ってたサーベルには毒が塗られていたのかな?」

 

「ん?」

 

そこで俺の言っていることとヘンリーの考えていることに食い違いがあるのに気付いた。

 

「いえ、毒ではなくて菌の方ですね。雑菌が傷口に入ると悪化してしまうので…」

 

「キン…か。アザミ、申し訳ないがキミの言っている言葉が良く理解できない。ザッキンとはなんなんだい?」

 

菌を知らない?

俺は学生時に習った知識を思い出す。確かに授業でも菌の存在が本格的に発見されたのはコッホが見つけてからだったろうか。正確な年代は覚えていないが、1800年代だったはずだ。どちらかといえば近代に近い。今いるゲンテンの町並みを見ても、文化や科学は相当遅れているように見える。菌の存在が知られていないのも仕方ない。

 

「どういえばいいのかな。目には見えないすごく小さな生物です。それにも色んな種類がいて、時には人を病気にしてしまったりすることもあるんです」

 

「まさか…いや…だけどそう考えると…。いや、悪い、アザミ。キミの話は実に興味深い。今のシアール大陸の常識には無い見解だ。キミの職業は学者なのかな? キミが言うキンについて、もう少し教えてもらってもいいかい?」

 

ヘンリーは目を輝かせてこちらに体を乗り出す。この興奮具合から見て、長く拘束されそうな予感がし、何か解決法はないかキョロキョロと辺りを見渡す。すると隣に座っているティアが眠そうにコクリコクリと舟を漕いでいた。

 

「あ、これはいけない。ヘンリーさん、ベッドを貸してもらってもいいですか?」

 

「おや、お嬢ちゃんには色々あった1日だったようだし、疲れているようだね。すぐに客用のベッドを用意するよ」

 

ヘンリーはそう言って立ち上がる。ヘンリーがとなりの部屋に行き、姿が見えなくなるとティアは俺の顔を見て舌を出す。

 

「コウタロー、これでよかった?」

 

「演技だったのか…まぁ、助かったよ」

 

ティアの機転の利いた演技のおかげで、今日のところはヘンリーの質問責めを逃れられそうだ。この日は俺もベッドを用意してもらい、名残惜しそうな表情のヘンリーを背にしてベッドに横になった。

 

翌朝、分厚い医学書のような物をもったヘンリーに起こされてしまい、結局菌の深い説明をすることになってしまったが、多少なり休めた後なので良しとしよう…。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話 職業と能力

早朝の菌講座を終え、何とかヘンリーに解放された俺は早朝の散歩に出掛ける。菌については一般常識しか教えることができないが、それでもヘンリーにとっては…いや、この世界の住人にとっては新しい視点ともいえる。言い方を変えれば、今までの常識が覆るのだ。最初は信じてもらえないと思っていたことも、柔軟な思考をもつヘンリーはみるみるうちに知識を吸収していった。

今俺が着ている衣服はヘンリーから借りた物を着用している。昨日まで俺が着ていた服はこの町では目立ってしまうというヘンリーの案があったからだ。散歩に出たのは早朝講座の息抜きという意味合いも含まれているが、一番の目的はこの町の視察だった。自分がいた日本とどれだけ違う文化レベルなのか、それを見極めたかったのだ。

 

辺りを見渡すと、地元よりも栄えてはいるが、東京と比べることはできない。通る家の窓から屋内が見えるが、電化製品のような物は一切見かけなかった。町の中心と思しき場所には井戸があり、町の人たちはそこから生活に必要な水を確保していた。つまりは水道もないらしい。日本の都会生活に慣れてしまった自分としては、こちらの世界の生活は不便さを感じさせるが、それらが無い時代はこのような暮らしが常識だったはずだ。元の世界に戻るまでこちらが合わせるしかない。

 

不意に後ろを振り返ると、小さな女の子が慌てて建物の陰に隠れた。金髪の小さな女の子と言うと、この世界では俺にはティアしか思い当たる人物はいない。そちらをじっと見ていると、見つかってしまったのを察したのか、ティアはそっと建物の陰から出てきて駆け寄ってきた。

 

「おはよう、ティア」

「…おはよう、コウタロー」

 

世界は違っても挨拶はどこも共通なんだなと苦笑する。一瞬、そこで何か違和感を抱くがそれが何かは分からなかった。俺はティアを連れ、花が乱れ咲く花壇近くのベンチに腰をかけた。隣に座るティアを見ると、父親が亡くなった悲しみが多少なり和らいでいるように見える。しかしそんな簡単に切り替えることができるかという疑問が残った。昨日の今日である。しかしそれを切り出すのは地雷のような気がして、頭の中でモヤモヤとした感情を溜めてしまう。

 

「…お父さんとは…」

 

そんな事を考えていると、ティアの方からその話を振ってきた。

 

「まだ数ヶ月の関係だったけど、やっぱり良くしてくれた人が亡くなると悲しいな…」

「え?」

 

お父さんとの関係が数ヶ月と言われ、頭の理解が追いつかなかった。どういう意味なのか、俺はティアの続けられる言葉を待つ。

 

「私、元奴隷だったの。だけどお父さんが…あの人が私を買って、親子になろうって言ってくれて…嬉しかったな」

 

ティアと父親…正確には買い主になるのだろう。どのような出会いなのかは想像もできないし敢えて聞くこともしないが、この世界には奴隷制度がある事は理解した。かつて学校の授業で黒人奴隷のビデオを観せてもらったことがある。それは人種差別をしないという文化で育てられてきた自分たちにとっては衝撃的な内容だった。人が、人として扱ってもらえていないのだ。それはある種の消耗品ともいえる。世界には未だ黒人差別をする者もいると聞くが、肌の色が違うだけで彼らは自分たちと何ら変わらない人間なのだ。そんなことを思い出し、この世界に小さな不快感を抱いてしまった。

 

「お父さんが私を娘にしてくれて職業が『商人の娘』になったけど…きっとまた奴隷に戻る。だからそれまでにコウタローにちゃんとお礼を言いたかった。コウタロー、私を助けてくれて…お父さんを町まで連れてきてくれてありがと」

 

「いや、俺も必死だっただけで…ん? 商人の娘って…それは職業になるのか?」

 

また奴隷になってしまうのか、可哀想だな…と同情した瞬間に、思考がその前の単語を反芻させる。職業が商人の娘。それは身分のようなもので職業とは違うものだ。そんな俺の疑問に、ティアは不思議そうに首を傾げている。

 

「えっと…人は生まれた時から職業が決まってる。経験を積んで行けば転職はできるみたいだけど」

 

ティアはそう言って右手をかざす。すると半透明な画面が出現する。まるで魔法のような出来事に、俺は思わず身を乗り出していた。そこにはこう記されていた。

ーーーーー

ティア

職業:商€〆#奴隷

レベル:1

HP :10

MP :0

力 :6

体力 :8

素早さ:10

知識 :4

幸運 :1

 

スキル:なし

ーーーーー

 

まるでゲームのような画面だ。田舎である地元には近くにそういったゲームを売っている店は無く、幼馴染の優月が持っていたファミリーコンピュータのRPGのゲームをやらせてもらったことがある。それと似ているのだ。最初に名前、次に職業か。やや文字化けしているが、これが商人の娘から奴隷に職業が変えられている途中なのだろう。ステータスを見てもこの数値が高いのか低いのかも分からない。レベルが1なら弱いのは当たり前で、レベル1のステータスの平均が俺には分からないのだ。

 

「これは誰でも出せるものなのか?」

「え…頭で思い浮かべれば出せるけど…」

 

こんなことも知らないのとでもいうように、不思議そうな表情を浮かべるティア。俺はこの世界の住人じゃない。この世界の常識など通用しないのだが、それをティアに伝えても仕方ないだろう。俺はティアがやったように右手をかざして念じる。

 

すると、この世界の人間でない自分にもティアと同じような半透明な画面が出現した。俺は自分の能力を確認する。

 

ーーーーー

生明光太郎

職業:

レベル:1

HP :35

MP :0

力 :66

体力 :96

素早さ :75

知識 :25

幸運 :10

 

スキル:チェンジ

ーーーーー

 

これは…レベル1でこれは高い…とは思う。ティアが低すぎるのか俺が高すぎるのかまだ判断がつかないが、気になる点を見つける。まず職業が空白なのだ。この世界では誰でも生まれたら時から職業が決められているらしいが、別世界の人間である自分はそれに該当しないのだろうか。そしてスキルの項目にある『チェンジ』。パッと思い浮かんだのは某漫画に出てくる某特戦隊の隊長の技だが、下手をすれば変な生物とチェンジしてしまうので下手に試すことも出来ない。とりあえずスキルは今後慎重に試すとしよう。

 

気がつくと、隣で俺の能力を見ていたティアが信じられないものを見る目で俺の能力と顔を交互に眺めていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話 異常な職業

空白となっている職業の欄。空白となっている理由は分からないが、ティアの反応を見るにあまり人に見せない方がいいだろう。ティアにこのことは誰にも言わないでほしいと頼んだら、あっさり了承してもらえた。恩人の頼みなら何でも聞きますとのこと。そんなティアの言葉に苦笑してベンチにもたれかかると、正面に見える教会が目に入った。普段見慣れていない教会を見て、こちらにも宗教があるのかと考えていると、見慣れた姿の像がそこにあった。俺は思わず目を見開いて立ち上がる。

 

気のせいかもしれない。距離があったからそう見えただけなのかもしれない。そんな考えは像の目の前まで近付いて崩れた。

 

教会の屋根部分に取り付けられている像。翼がついていたり見慣れない衣を纏ってはいるが、この像のモデルとなっているのは俺が良く知っている人物。

 

「…空…」

 

蒼井空。

恐らくではあるが、俺がこの世界に来てしまった理由に何らかの関わりがあるであろう人物。空に似た像は目を閉じ、祈るかのように両手を合わせて天を仰いでいる。何を祈っているのか、何を願っているのか、それは俺には分からない。

 

「ソラシアール様がどうかした?」

「ソラ…シアールというのか」

「え、ソラシアール様も知らないの? このシアール大陸を作って人を誕生させてくれた精霊様だよ」

 

向こうの世界では神憑の巫女。こちらでは精霊様…か。空と繋がりがあるのか確信は無いが、どんどんと人から離れているなと苦笑する。

 

「コウタローって…もしかして違う大陸から来たの? ソラシアール様のことは奴隷でも知ってるよ」

「確かに俺はシアール大陸の人間じゃない。けどこの世界の他の大陸から来た人間でもないんだよ」

「…なぞなぞ?」

「なぞなぞっていうのはこちらでもあるのか」

 

首を傾げるティアに俺は「忘れてくれ」と言って再度ソラシアールの像を見上げ、胸の痛みを感じながらヘンリー宅へ歩を進めた。

 

 

 

 

ヘンリー宅へ戻ると、初老の男が目を覚ましていた。ヘンリーから話を聞いていたのか、俺の顔を見ると礼を述べた。

 

「そちらの町医者から聞きました。何やらあなたが私とティアを助けてくれたとか。ありがとうございます。このグリーン・バード、感謝の念に堪えません」

 

グリーンは未だベッドに横になった状態ではあるが、軽く頭を下げる。だがそこまでの感謝を受け取る資格は俺にはない。助けることのできなかった人たちもいるのだ。しかしグリーンはこのご時世、致し方ないと言った。この人たちにとってはそうかもしれないが、平和な日本だ生まれ育った俺にとって、そう割り切ることはできない。

 

隣に立つティアを見て、ふと思ったことをグリーンに訊ねてみた。

 

「そういえばグリーンさん、今後ティアはどうなるんですか?」

「そうですな…。アルベルも殺されてしまったことで繋がりが切れている。また奴隷になってしまうでしょうな」

「何とかならないんですか?」

「何とか…とは奴隷から解放するということですな? それならばティアが所属していた奴隷商会から買う必要がありましょう。後は…ソラシアール様から祝福を受ける事ですが、奴隷の子供に手を差し伸べていただける可能性は低いでしょう」

「祝福されるとどうなるんですか?」

「通常は経験を積んでやっと転職が可能になりますが、ソラシアール様の祝福を受けると無条件での転職ができるようになるのです。しかしこれは100年に1度あるか無いかと言われています」

 

つまり今の状況だとティアを買うしか奴隷から解放できないという事らしい。ティアはグリーンに言われて能力の画面を開いている。そこに記されている職業は先ほど見たものと違い、完全に『奴隷』と記されてあった。

 

「これで奴隷名簿に名が記されていると思います。奴隷商会がある大きな町まで4日はありましょう。そこから奴隷商が来てティアを連れ戻すことになると思います」

「そうですか…」

 

俺はティアの職業:奴隷という欄にそっと手を触れる。今回のように誰かが買っても繋がりが断たれると奴隷に戻る。奴隷は死ぬまで奴隷の連鎖から逃れられないということだろうか。この世界の奴隷がどのような扱いを受けているか分からないが、決して良いものではないはずだ。ティアが…この子が普通の市民のように暮らせる事ができるといいのに…。

 

そう思った瞬間だった。

俺はその瞬間を見た。ティアの職業である奴隷という文字が消え、市民という文字が浮かび上がってきたのだ。

 

「え、市民…?」

「何ですと?」

 

グリーンは職業の欄を確認する。そこには確かに職業:市民と記されていた。それを見たグリーンは天に感謝を述べる。

 

「おぉ…ソラシアール様の祝福をこの目で見る事が出来るとは…このグリーン・バード、ティアに代わって感謝を致します」

 

「まさかこの目で祝福の瞬間を見る事ができるなんて、ボクもビックリだよ」

 

ヘンリーもそう言って笑っている。

ソラシアールの祝福…本当にそうなのか? あの時俺はティアが普通の市民のように暮らせればとそう願った。そしてその直後の出来事である。あまりにもタイミングが良すぎるのだ。もしかすると…。

 

俺はそれを試すべくその部屋を出て外に行き、誰にも見られないようにボードを出現させる。やはり俺の職業は空欄のままだ。俺は職業の欄に手を触れる。この世界に何の職業があるのか、まだ把握していないが、とりあえずヘンリーと同じ医者を念じてみた。すると俺の予想通り、職業の欄に医者という文字が出現したのだ。

 

「これがスキルにある『チェンジ』なのか?」

 

職業に合わせ、ステータスにも変化が見られる。それをよく見ようと視線を下げた直後、真横から鳩に似た鳥が翔び立ち、俺は思わず心臓を飛び上がらせた。

 

「何だ、鳥か…」

 

驚いて損した、そんなような事を考えていると、職業欄の医者という文字が消えていく。そして何故か『鳥』という文字が浮かび上がってきてしまったのだ。その瞬間、俺の姿は先ほど見た鳥そのものになっていた。

 

「ぽほー!?」

 

手は翼になり、視線のすぐ下には尖ったクチバチが見えている。視線も低くなり、明らかに鳥だ。

 

何だこりゃ、と口走ったつもりが、口から出たのは鳩のような鳥の鳴き声だった。まず言いたい事は…鳥は職業じゃない。現状に慌てていると、戸の反対側に人の気配を感じ、俺は急いでボードを消した。

 

「あれ…コウタロー…?」

 

戸から出てきたのはティア。俺を探しに出てきたのか、辺りを見渡している。そして足元で見上げている俺(鳥)に気付き、しゃがみ込んで俺に「コウタロー知らない?」と問いかけてきた。

 

「ぽほー」

 

俺は思わず、知らないと首を横に振る。こんな姿を見られる訳にはいかない。人が鳥になる。これは明らかに異常だ。何とか誰も見ていない場所に行き、元の姿に戻る必要がある。

 

そう考えていると、いつの間にかティアは俺を抱き上げていた。足が地についていないこの感覚は恐怖感に包まれ、俺は足をジタバタさせる。

 

「何で鳥さんが私の言葉に首を横に振るの? 普通の鳥さんじゃないよね?」

 

「ぽ!?」

 

言われてみればその通りだ。その反応は野生の鳥にしては普通ではない。どう誤魔化そうか視線を泳がせていると、ティアは俺をじっと見つめ…

 

「まさか…コウタロー?」

 

と言ったのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八話 チェンジ

異世界に来て2日目。

少しずつこの世界の情報を得て、そして自分のスキルが発動した。

 

「ぽほー」

 

俺の姿は完全に鳥になっていた。

そして鳥となった俺を見つめるティア。ティアに抱き抱えられた俺は既に脱出不可能となっている。いくらティアが幼い子供だといっても、鳩と同じくらいの大きさの鳥が力で勝てるはずがない。しかし相手は子供だ。まだ何か手はあるはずだ。

 

 

「コウタロー?」

「………」

 

俺は体全体を脱力した。つまり死んだフリをしたのだ。野生動物の知恵だが、なかなかに有効だと思う。

 

「心臓も止めないと死んだフリしても意味ないよ?」

「ぽ!?」

 

ティアにすぐさま見破られる。それもそうだ。離れている状態ならまだしも、今のように抱えられていては心臓の鼓動に気付かれてしまう。実際に仮死状態になって死んだフリをする動物もいるにはいるが、俺にはやり方すら分からない。そこでふと気付く。やり方が分からないのであれば、例え職業を変えて姿も変わったとしても技術的な面は身につかないのではないか。つまり今の状態であれば、いくら鳥の姿をしていても空の飛び方は練習が必要だということだ。

 

便利なスキルではあるが、使いこなすには時間がかかりそうだ。

 

 

このスキルについてはとりあえず後で考えよう。当面の問題は目の前の少女だ。ティアは俺の顔をじーっと見つめ、何か思いついたように俺の体をそっと地面に下ろした。好機を逃すものかと俺はすぐさまティアと距離を置く。当然飛ぶことはできないので走った。すぐにヘンリー宅な建物の陰に入り、ボードを出現させようとするが、そう楽に事は運ばなかった。建物の陰からこちらを観察する視線を感じ、そちらを振り向くとティアが隠れて凝視していたのだ。

 

あくまで俺(鳥)の正体を生明光太郎と疑っているようだ。だがこれだけ距離が離れていれば問題ないだろう。

 

俺はボードを出現させ、職業欄に手(翼)を当てる。ティアの驚いている顔が見えたが、俺はすぐさま職業欄にある鳥を消し、新たに『透明人間』と浮かび上がらせた。するとすぐさま俺の体が消えて透明になる。ボードを消せばこれ以上つけられる心配もない。ティアがこちらに駆け寄って来たが、俺は足音を殺し、ゆっくりとその場から立ち去った。

 

 

ヘンリー宅から離れた場所で人目につかないように元の姿に戻す。試しに行った事だが、職業の枠に当てはまらず職業を変更させる事ができ、それは自分の姿をも変える事ができる。拙いゲームの知識だが、その知識だけに頼っていては発見できなかったスキルだろう。それよりもこのスキル、世界に何人か使える人間がいるのだろうか。この世界の常識を把握できてない俺からしてみても、このスキルは世間を混乱させるものだと理解できる。『チェンジ』は他人に知られないようにして、この世界の常識などを把握する必要がありそうだ。どこかに図書館でもあると良いのだが…。

 

ヘンリー宅まで戻ってくると、玄関前にティアが立っていた。俺は僅かに警戒しながら「ただいま」と伝えた。ティアは「おかえりなさい」と言うと俺の顔をじっと見上げてくる。

 

「コウタロー…ぽほー?」

「…ぽほ? 鳥の鳴き声のモノマネかな。なかなか上手じゃないか」

 

俺は動揺した感情を無理やり偽り、建物の中に入った。

 

「…なんで鳥の鳴き声ってわかるの?」

 

俺にはよく聞こえなかったが、ティアは小さく呟いたのだった。

 

 

 

 

 

 

大人三人でティアの今後を話し合った。

最初に出た案はグリーンがティアを引き取ること。提案したのは俺だ。グリーンは資産もある程度あり、小さな子供を養うくらいはできるだろうと考えたのだ。ヘンリーも賛成してくれた。ただ一人、ティアはその案に渋っているようだった。身元の引受人がそんなにポンポン変わっては本人も気になる部分があるのだろう。俺に何かを訴える視線を向けられた気もするが、そのような感情を含んだ視線なのだろう。

 

「ありがとうございました。アザミさんのお陰で命を拾う事ができました。友人を失った事は悲しい事ですが、今回あなたに受けた恩は決して忘れません」

 

「いえ、気にしないで下さい。今後の旅はもっと慎重に行って下さいね」

 

俺はそう告げてヘンリー宅を出た。

グリーンからお礼として僅かばかりだがこの世界のお金を頂いている。500ダールという金額が多いのか少ないのか分からないので、どこかの店に入ってそれを判断するしかないだろう。

 

「まずは…」

 

これからどうするか考えていると周りからジロジロと視線を感じた。そこで今の自分の姿に気付く。ヘンリーに服を返したため、今の俺は喪服姿だ。こちらでは珍しい…もしくは存在しない衣類と思われ、大変目立つ。

 

「まずは目立たない服を買うか」

 

俺はそう決めて町の中の服屋を探した。

 

 

 

 

 

ゲンテンの町は比較的小さな町のため、服屋は一軒しかなかった。看板の文字は読めないが服の絵が描いてあるので間違いはないだろう。

 

「服を見せて下さい」

 

俺はそう言って店の中に入ると、店主と思われる女性が奥から顔を覗かせた。30代前半と思われる女性が「いらっしゃい」と笑顔で出迎えてくれた。

 

「安くても良いので何か一般的な服を下さい」

 

店内に様々な服が陳列されているが、一般的な服は自分では判別できない。こういったのは店員さんに聞くのが一番だ。ごく稀にカモと見られて高い買い物をさせられる場合もあるが…。

 

「一般的…ですか? それならこちらの布の服が数点ありますよ。ですがお客さん、この町の人じゃありませんよね。それなら旅がしやすいように旅人の服や冒険者の服はどうでしょうか?」

 

「何か違いがあるんですか?」

 

「そうですね、布の服に比べて後者の服は破れにくい素材になっています。もちろん刃物に耐えられる程強くはありませんが、世界を旅している冒険者さんは大体こちらを利用されてますね」

 

「それじゃあ、そちらにしようかな。いくらですか?」

 

「ありがとうございます。旅人の服なら10ダール。冒険者の服なら30ダールとなります」

 

話を聞くと布の服は3ダールらしい。感覚的には1ダール1000円といったところだろうか。ということは500ダールは50万円か。命の恩人とはいえ、これをポンとくれるグリーンは案外裕福なのかもしれない。実家暮らしの頃からお小遣いでお金をもらったことがない俺から見れば、信じられないくらいの大金なのだ。働くようになってからはお金もそれなりに入ってはいるが、同僚たちと違って小さい頃の俺は毎月お金ではなく食べ物や道具をもらっていた。ある月は釣竿だったり、ある月はイナゴだったり…。それを伝えた時の同僚たちの憐れむ顔が忘れられない。

 

まぁ、今の俺は大金持ちということだ。

 

「冒険者の服を下さい」

 

元の世界に戻るまでの僅かな時間くらい、贅沢しても構わないだろう。

 

俺は店員さんにそう伝え、冒険者の服を購入した。

後は軽くレベル上げをして大聖樹の森へ向かうとしよう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九話 実戦、そしてレベルアップ

冒険者の服に着替えた俺は、今まで着ていた喪服が結構な荷物になると気付いた。肩掛け鞄は持っているが、流石に喪服までしまえる程大きいものではない。鞄の中身は財布と空のペットボトル、後は携帯電話と充電器。どれもこちらでは使えないものだ。当然ながら元の世界の通貨は使えないし、携帯電話は圏外になっていたため、電源を落とした。こちらの科学レベルではコンセントなどないだろうから、この充電器も役に立たない。都会で住んでいたアパートには災害用に手回し式の充電器を購入していたが、持参はしていない。そう考えるとああいった道具は出先では全く役に立たないなと苦笑した。

 

要は災害に対する意識が高い者しか有効活用できないのだ。それが低い奴、俺のことだな。まぁ、実家に帰るだけでそれに備える人種を考えると日頃から受けているストレスが半端なさそうだ。

 

結論として、元の世界で必須な財布と携帯電話以外はどうでもいいということだ。俺は空のペットボトルとそれ単体では役立たない充電器、そして喪服を捨てる事にした。

 

「え、捨てちゃうんですか?」

 

服屋の店員さんが慌てて俺を引き止める。

 

「ええ。邪魔になりますし、最悪また買えばいいかなと」

「あなたのその服はおそらくこのシアール大陸では売ってないと思いますよ。私も初めて見た衣服です」

 

予想はしていたが、やはり思っていた通りだった。

 

「それでも構いませんよ。それとも買い取ってもらえますか?」

「い、いえ、とんでもありません! ウチみたいな田舎店ではとても買い取れるようなお金は置いてありませんよ!」

 

女店員は諸手を振って拒否した。その目は喪服をロックオンして離さなかったが…。一体何ダールで売れるのか気になるところだ。それでも現状お荷物である事には変わりない。

 

「それじゃ、差し上げます」

「えええええっ!?」

 

驚く女店員を余所に俺は喪服をテーブルに置き、店を後にした。後はペットボトルと充電器。そこらにポイ捨てするほどモラルがない訳ではない。かといってゴミ箱など見つからない。そんなことを考えて歩いていると井戸が見えてきた。町の人たちが自宅に持ち帰るであろう木桶に井戸から水を汲み、生活用水を確保していた。

 

「そうか、捨てる必要はないんだ」

 

俺は井戸に行き、井戸の水でペットボトルの中を軽くゆすぎ、冷たい井戸の水をペットボトルの中に入れた。大聖樹の森へ行くにしても水分は大切だ。これだけでは心許ないが無いよりはマシか。

 

「あの、にいさん、それなんだい?」

 

水の入ったペットボトルを見上げていると、順番待ちしていた町人のおばさんが声をかけてきた。

 

「ペットボトルのことですか?」

「へっとぼとる?」

「ペットボトルです。中に水などを入れて持ち運べる容器ですよ」

「へー! そんな便利なのがあるのかい。この辺じゃ見たことないな。にいさん、帝国辺りから来たのかい?」

「帝国?」

「違うのかい? マリアリア帝国ならそんな最新な物も売ってるのかと思ってね。ゲンテンなんて片田舎の町にはそんな道具はなかなか流れてこないからね」

 

マリアリア帝国、か。おばさんの言い方から察するに大きな都市のようだ。大聖樹の森に出掛かりがなかった場合はそちらに向かってみるとするか。もしかしたら図書館もあるかもしれない。そこで元の世界に戻れる情報が僅かでも得ることができれば良いが…。問題は文字が読めないことだな。それは追い追い考えよう。

 

長くなりそうなおばさんの話を適当に切り上げ、俺はゲンテンの町を出てボードを出現させる。

 

ーーーーー

生明光太郎

職業:

レベル:1

HP :35

MP :0

力 :66

体力 :96

素早さ :75

知識 :25

幸運 :10

 

スキル:チェンジ

ーーーーー

 

これが今の俺の能力だ。レベルがある程度上がったら大聖樹の森に行くとして、試しておきたいことが幾つかある。俺は職業欄に手を触れ、ある職業を思い浮かべる。するとその文字が浮かび上がってきた。

 

ーーーーー

生明光太郎

職業:武闘家

レベル:1

HP :60

MP :0

力 :100

体力 :110

素早さ :100

知識 :20

幸運 10

 

スキル:チェンジ

ーーーーー

 

職業に合わせて能力の変化も確認した。ほとんどの能力が上がる中、知識が下がっているのが気になるが、脳筋ということなのだろうか。今の自分にそれが反映されているのかは分からないが、暫くはこの職業でレベルを上げていくとしよう。

 

最初に戦う相手は草原にいた巨大な蛾。田舎暮らしの自分にとっても驚きのサイズであり、体長は1メートル程だろうか。虫嫌いの人が見たら卒倒しそうなキモさだ。

 

まずは先手必勝。

俺は背後から駆け出し、蹴りを見舞う。俺の蹴りは巨大蛾の背中にヒットし、地面に叩きつけた。蛾の反撃に備えて俺は警戒したまま構えるが、それ以降蛾が動くことはなかった。レベル1ではあるが、パラメータは高いということか。これくらいの相手であれば何とかなりそうだ。

 

それから1時間、俺は巨大蛾を蹴りまくり、ボードを確認した。

 

ーーーーー

生明光太郎

職業:武闘家

レベル:3

HP :75

MP :0

力 :108

体力 :117

素早さ :106

知識 :21

幸運 :10

 

スキル:チェンジ

武闘家スキル:回し蹴り

ーーーーー

 

レベルが上がり能力も変化している。そして武闘家でのスキル、回し蹴りが使えるようになったらしい。

 

「スキル無くても使えそうな気はするんだが…」

 

試しにその場で回し蹴りをしてみる。素早く、キレのある蹴りが空気を裂く音がした。

 

「おー!」

 

運動に自信がある訳ではないが、今までの自分では経験したことのない蹴りだった。これはスキルの恩恵というものなのだろう。

 

俺はボードの職業欄に手を触れて武闘家の文字を消す。

 

ーーーーー

生明光太郎

職業:

レベル:1

HP :35

MP :0

力 :66

体力 :96

素早さ :75

知識 :25

幸運 :10

 

スキル:チェンジ

武闘家レベル3

武闘家スキル:回し蹴り

ーーーーー

 

 

「ん?」

 

武闘家から元の空欄職になるとレベルが1に戻ってしまった。ということはレベルは職業毎に存在するという訳か。武闘家のレベルをどれだけ上げても、他の職になってしまえばレベルはその職に応じて変化してしまう。好みの職を上げれば良いのだろうが、これはゲームでいうやり込み要素というものだろうか。

 

ふと思い、俺は先程の回し蹴りを放ってみた。先程の空気を裂くような回し蹴りとは違い、違和感のない自分の普通の蹴りだ。どうやら武闘家スキルは武闘家でなければ使うことができないらしい。

 

『チェンジ』について、まだまだ色々と実験をしなければならないようだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十話 異世界2日目の終わり

俺が初めから覚えていたスキル『チェンジ』について実験を繰り返していたら夕方になっていた。俺はいくつかの職業になり、それぞれのレベルを上げていた。

 

ーーーー

生明光太郎

職業:

レベル:3

HP :42

MP :5

力 :69

体力 :104

素早さ :77

知識 :26

幸運 :12

 

スキル:チェンジ

武闘家レベル:5

武闘家スキル:回し蹴り

魔術師レベル2

魔術師スキル:ランク1火魔法

透明人間レベル:1

商人レベル:1

医者レベル:1

鳥レベル:1

ーーーーー

 

武闘家のレベルが5まで上がった。途中で魔法が使えたら遠距離で攻撃できるんじゃないかと考え、魔術師にもなってみた。スキルにあるランク1火魔法とはライター最大出力レベルの炎が掌から飛び出すものだった。キモい蛾に近づかなくても良いメリットはあるが、使い過ぎてMPが少なくなってきたので途中でやめた。

 

ここまでは好調だった。

しかし他の職が思い浮かばず、ヘンリーと同じ医者になって蛾を狩っていったのだが、一向にレベルが上がらないのだ。試しに商人にもなっていたがそれも同じだった。戯れに鳥にもなったがうまく飛べず、鳥の自分よりも大きな蛾に立ち向かう勇気は無く、レベル上げは断念した。

 

「医者っていうくらいだがら、治療とかしないと経験貯まらないのかな」

 

それが自分が仮定した答えだ。一度ゲンテンに戻ってヘンリーに聞くのも良いかもしれない。

 

辺りを見るとすっかり日が落ちている。夜目が効く訳ではないので、この暗闇の中でモンスターの襲撃に備えることは困難だ。俺はすぐにゲンテンの町に戻った。

 

 

 

 

町に戻りヘンリー宅に向かうと、玄関前にティアが立っていた。

 

「コウタロー、おかえり!」

「ティア、俺が来る事分かってたのか?」

「そんな気がしたよ?」

 

理屈ではないらしい。俺はティアと一緒に家の中に入り、ヘンリーに頭を下げた。

 

「申し訳ないですが、一晩お世話になってもいいですか?」

「アザミなら大歓迎だ。その代わりといってはなんだが…」

 

ヘンリーはオモチャを前にした子供のような笑顔を浮かべていた。俺は全て察して苦笑する。

 

「また菌について教えますよ」

 

菌についての情報が一宿一飯の代金の代わりとなるのなら安いものだ。

 

「あ、そうだアザミ」

 

俺とティアが椅子に腰掛けると、ヘンリーは思い出したように尋ねてきた。

 

「何ですか?」

「今日リリラのところで…衣服店で服を置いていかなかったか?」

「服? あ…そういえばそうですね。あの服は目立つのであげてきました」

 

そう答える俺にヘンリーが大笑いする。

 

「やっぱりアザミだったか! リリラ…そこの店主のリリラとは昔馴染みでね、見慣れない青年からとても珍しい服を頂いてしまったと慌てて相談されたんだ。その服を見せてもらって、アザミの着ていた服だとすぐに分かったよ」

「そうですか。何か問題になりますか?」

「いやいや、問題があるとすればキミの金銭感覚だね。あれを帝国辺りで売れば、リリラの見立てでは50000ダールで売れるとの事だ。本当に良かったのかい?」

 

確か500ダールで50万円相当だったはずだ。その100倍ということは…5000万円…? 数万円程度で買った喪服が5000万に化けるとはとんだ錬金術だ。

 

錬金術……。

今度錬金術師の職にも挑戦してみるか。

 

一瞬他ごとを考えたが、俺は直ぐに思考を戻す。

 

「いいですよ、そんなに大金があっても持ち運びに不便ですからね」

「キミという人間は無欲だねぇ」

「ところでヘンリーさんの職業は医者なんですよね?」

「そうだよ」

 

ヘンリーはボードを出現させて俺に見せてくれた。

 

ーーーーー

ヘンリー・バーン

職業:医者

レベル:12

HP :38

MP :0

力 :28

体力 :35

素早さ :20

知識 :58

幸運 :20

 

医者スキル:体温測定、縫合、テーピング

ーーーーー

 

ヘンリーの医者レベルはしっかりと上がっていた。

 

「医者レベルを上げるにはどうすればいいんですか?」

「アザミは医者になりたいのかい? キミならできるとは思うが、市民のレベルを上げて学生になり、学生のレベルを30まで上げてようやく医学生になる。医学生のレベルを20上げてようやく医者という職業になる事ができるんだ。後は日々の患者の治療だね。」

「そんなに長い道のりなんですか…」

 

俺はすぐに医者という職になることが可能だったが、ヘンリーの話を聞いてそれもそうかと納得した。元の世界でも医者は簡単になれる職ではなく、市民レベルというのはよく分からないが、学生、医学生という過程を経て、超難易度の高い試験をクリアしてようやく取れる資格だ。そしてヘンリーの話からして、医者のレベルを上げるにはやはり治療をし続けることのようだ。

 

「医者になりたい訳ではないのですが、この世界にどのような職業があり、どんなスキルがあるか興味が出てきたんですよ」

「全て…というと難しいな。この世の全てはソラシアールの祝福によって誕生すると云われている。ある日突然新種の職業で生まれる者が現れたり、上位職として出現することもある。そのような現状であるから、全てのスキルを把握するなんて不可能だよ。帝国の資料室ならそれに近い資料があるだろうが、僕らのような身分の者は閲覧することが出来ないんだ」

「そうですか…」

 

俺が覚えているスキル『チェンジ』のようなものもその資料に記されているのだろうか。もしそうであるなら、このようなスキルは混乱を招くに違いない。自由に職を変えることができ、他人の職業も変更することができる。そして職業としては不可解な鳥などにもなることができ、姿も変えられる。もしもこのような世間に知られてはいけないスキルが存在するのなら、閲覧不可というのは分かる話だ。

 

ヘンリーから色んな話を聞き、そちらに没頭していた俺の横では会話に入れない不機嫌なティアがむすっとしていた。俺はヘンリーとの会話を切り上げ、ティアに向き直る。

 

「ティアは今日1日どう過ごしてたんだ?」

「…! あのね、今日はヘンリーさんを手伝ってグリーンさんの看病したの! それから買い出しにも行ったしーー」

 

話を振られたティアは最初は慌てたが、すぐに笑顔を浮かべて今日1日にあったことを手振り身振りを加えて説明してくれた。

 

そんな可愛らしいティアの姿に、俺は幼馴染の蒼井空の姿をダブらせていた。ティアよりももっと幼い頃の空は、今のティアのような一面もあったなと感慨に耽っていた。

 

そんなティアの話は夕食を終え、寝床についてティアが寝付くまで続いたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十一話 新スキル

翌日、俺はヘンリーに礼を言ってゲンテンを出た。今日1日はレベル上げを行い、明日大聖樹に向かうことにしよう。

 

周りに誰もいないことを確認し、ボードを出現させる。今の俺の空欄職レベルは3。武闘家が5で魔術師が2。あとは商人、医者、鳥が1だ。空欄職のままでも能力は高いので、今日はこのままレベル上げを行う。少し移動すると目玉がたくさんついたスライムを見つけた。初日に見かけたが、戦うのはこれが初めての相手だ。

 

「先手必勝だ!」

 

俺は駆け出して蹴りを出す。武闘家の時よりもキレは無いが、能力の高さを活かした蹴りがスライムのボディにめり込んだ。

 

「な…なに!?」

 

しかしめり込んだだけでダメージのようなものは感じられない。スライムは俺の脚を伝って上半身に上がって来そうだったので、俺は慌てて飛び退いて距離を置いた。

 

スライムは弱いモンスターの印象だったので、俺は少し戸惑ってしまう。本当は強いのかと考えを改めていると、スライムのボディに浮かぶ無数の目玉とは別に、中央付近に紺色の塊のようなものが見えた。目玉でうまく隠してはいるが、俺には一瞬だけだが見えたのだ。

 

「弱点か?」

 

俺は駆け出して手をスライムのボディに突き刺し、その塊を掴む。ボディもそうなのだが、その塊もゼリーのように柔らかかった。俺はそれを握りつぶしてみた。するとスライムを形成していたボディがドロっと崩れ、それはもう動くことはなかった。やはりこれが弱点だったようだ。スライムを形成するコアとでもいうべきものか。弱点さえ判明すれば後は簡単だった。

 

 

 

それから3時間ほどスライムや巨大蛾を倒し、空欄職がレベル5になった。

 

ーーーーー

生明光太郎

職業:

レベル:5

HP :45

MP :9

力 :72

体力 :108

素早さ :80

知識 :28

幸運 :13

 

スキル:チェンジ、神眼

武闘家レベル:5

武闘家スキル:回し蹴り

魔術師レベル:2

魔術師スキル:ランク1火魔法

透明人間レベル:1

商人レベル:1

医者レベル:1

鳥レベル:1

ーーーーー

 

スキルが追加されていた。

『神眼』……どことなく厨二病を思わせるが、どのように使うのだろうか。

 

「チェンジと同じようにボードに触れる、と言う訳でもないか。眼、という事は何かを見ればいいのか…?」

 

神眼と心に思い続けてボードに視線を落としているが変化はない。スキルを覚えても、それがどういったスキルでどのようにして使用するのかが分からない。どこかに説明文でも書いてくれていれば楽なのだが、そこまで便利仕様ではないのだ。用途が分かるまで放置するしかないかと諦めかけた時、視線を動かして思わず硬直してしまった。視界がいつもと違う。目の前に見える風景は先ほどと変わらないのだが、文字が浮かび上がっているのだ。

 

目の前に浮かんでいる文字は『雑草』。それは見れば分かる。どうやら目の前に生えている草を指しているようだ。視線を動かし、遠くにいる巨大蛾を見つける。その蛾は『飛毒蛾』という文字が浮かんでいる。あいつ、毒をもっていたのか…。

 

「要するに、神眼というのは対象の名前を知る事ができるスキルということか」

 

チェンジと違ってそこまで便利なスキルじゃない…いや、待てよ。これとチェンジを組み合わせればどうなる?

 

俺は職業欄に触れて『飛毒蛾』という文字を出現させた。同時に自分の姿もキモい蛾に変わる。生理的嫌悪を感じてすぐに元の空欄職に戻したが、これは使える。名前が分かればその姿になれるし、最初のレベルは1だが同じ能力を得る方ができそうだ。ただ、チェンジする事が可能な職でもなってはいけない職がある。それはチェンジを発動するための動作。ボードに手を触れてイメージする必要がある為、ボードに手を触れる事が出来ない姿の職は必然的に禁止となる。雑草等になった場合、そこまでは良いが元の職に戻れない危険があるのだ。

 

「その条件で名前が分かれば…」

 

職業欄に触れてある人物を思い浮かべる。

 

ーーーーー

生明光太郎

職業:ヘンリー・バーン:医者

レベル:1

HP :38

MP :0

力 :28

体力 :35

素早さ :20

知識 :58

幸運 :20

 

スキル:チェンジ、神眼

ヘンリースキル:体温測定、縫合

武闘家レベル:5

武闘家スキル:回し蹴り

魔術師レベル:2

魔術師スキル:ランク1火魔法

透明人間レベル:1

商人レベル:1

医者レベル:1

鳥レベル:1

ーーーーー

 

俺は自分の顔に触れて違和感を覚える。これは確かに自分の顔でない。ヘンリーの姿だ。職業にも変化が現れ、今の状態はヘンリーでもあり医者でもあるということか。ヘンリーよりレベルは低いが、医者のスキルを2つ使えるようになっていた。チェンジと神眼。これは色々と応用が利きそうだ。

 

 

元の姿に戻り、新たなスキルを覚えて区切りも良いし、別の職のレベル上げを行なった。夕方になる頃には空欄職が5、武闘家が8、魔術師が4に上がった。

 

 

今日もヘンリー宅でお世話になろうかと考えていたが、自分の周りに違和感を覚えた。不自然な草木の掠れを感じたのだ。

 

『何かがいる』

 

とっさにそう直感した俺はすぐに対応できるようボードを出現させる。俺が警戒の構えをとると、それは姿を現した。見覚えのある顔だ。ティアたち商人を襲った盗賊だ。あの時よりも仲間を増やして俺を囲んでいた。総勢5人。俺のステータスは高いが、一斉にかかってこられると対応が難しい。どうしたものかと考えていると正面に立っていた盗賊が下卑た薄ら笑いを浮かべる。

 

「あの時のお礼をしにきたぜ。覚悟はできてるんだろうな?」

「急に来られて覚悟ができている訳がない。覚悟しておくからまた今度来てくれ」

「そうはいくかよ。今日は親分も来てくれたんだ。おめぇの命もこれまでよ!」

 

盗賊がそう叫ぶと、その背後から2メートル近い大男がやって来た。筋肉隆々で巨大なサーベルを二刀も持っている。

 

「子分をかわいがってくれたようだな! たっぷりとお礼をしてやるぜ!」

 

さて、どうするか。ボードは出現させたままなので、逃げようと思えば逃げられる。透明人間とでも願えば簡単に逃亡できるだろう。しかしこの盗賊たちを放置しておくと、またティアたちのように被害に遭う人たちが出てきてしまう。人助けなんて大層な事をするつもりはないが、目覚めも気分も悪くなるだろう。ここらでしっかりと懲らしめて逮捕なりしてもらった方が良さそうだ。

 

盗賊親分が巨大なサーベルを掲げて振り下ろそうとした瞬間、ボードの職業欄の文字が浮かんだ。

 

『職業:ドラゴン』

 

さあ、お楽しみタイムだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十二話 予定変更

盗賊親分の振り下ろした巨大サーベルは俺の体を裂くに至らなかった。俺の体はそれ以上の硬度をもっていたからだ。視線を下げると、先ほどは大きく見えた盗賊親分の体がやけに小さく見える。

 

俺の今の職業はドラゴン。2メートル近い盗賊親分が小さく見えるあたり、俺の体は5メートル程だろうか。親分さんは俺の姿を見て開いた口が塞がらない様子だ。周りの下っ端盗賊たちは腰を抜かし、少しでも俺から離れようと地面を這っている。逃がすつもりはないからね。

 

俺は長い爪の生えた両手で下っ端盗賊たちを掴み、親分さんに向き直る。

 

「がぁあああ…あーあーあー、あ、喋れるのか。意外だ」

 

鳥の時のように言葉が話せないと思っていたので、ちょっと驚いた。

 

「さて、何か残す言葉はあるかい?」

 

呆然としていた親分は俺の言葉に我に返り、慌ててサーベルを構えた。ほう、逃げ出さない辺り下っ端とは違う。まぁ、膝はガクガク笑っているようだが。

 

「て、て、てめぇ、モンスターだったのか!?」

「そんなことはどうでもいい」

 

俺は長い尻尾を振り回して親分の腹部に叩き込む。ドラゴンとなり力がアップしている俺の攻撃はとても重いらしく、親分はあっさり膝をついた。

 

 

「が…がはっ…が…ゲホッゲホッ!」

「もう2度と人を襲わないと誓うなら、見逃してあげよう。それとも炎のブレスで丸焼きにしてくれようか!?」

「ま、待ってくれ」

 

親分は倒れ込んだまま右手を伸ばし、ストップをかけた。

 

「ち、誓う! もう2度と人は襲わねえ!」

「ダメだ、やっぱり信用できんわ」

「ひ、ひでぇ!」

 

俺は尻尾を親分の脳天に叩き落とす。

 

「ぐあっ!」

「お、親分!」

 

苦痛の叫びをあげる親分に、下っ端盗賊たちは涙目になりながら呼びかける。俺が悪い事をしている気分だ。しかしこの盗賊たちは過去に何人もの命を奪っているのは確実なのだ。簡単に許すことはできない。かといって改心も期待できない。どうしたものか。ひたすら恐怖を刷り込んでやるのも面白…もとい効果的かもしれないが、こいつらの行動を逐一監視できる程暇でもない。

 

俺は両手で掴んでいた下っ端盗賊たちをその場に落とす。

 

「俺のブレスで丸焼きになりたくなかったら、能力ボードを開けるがいい」

「な、な、な…なんでそんなことを?」

「あ、炎吐きたい気分になってきたかもしれないなぁ」

「わ、わかった! 言う通りにします!」

 

親分を含む盗賊たちは命乞いをするかのように土下座した状態でボードを出現させる。能力を見ると下っ端は空欄職の俺でも充分に勝てる数値だった。ただ親分の盗賊レベルは28となかなかに高い。力だけなら空欄職の自分よりも上だ。俺は彼らの職業欄に長い爪を触れさせる。そして彼らの職業欄にある盗賊の文字が消えた。そして新たな文字が浮かび上がる。

 

その瞬間、彼らの姿は消失した。残ったのは人数分のボードのみ。

 

『雑草』

 

それが今から彼らの職業だ。これならもう2度と人に危害を加える事ができないし、監視も必要ない。なにせ、この場から動く事ができないのだ。俺は満足して自分の職業をドラゴンから空欄職に戻し、雑草となった彼らを見下ろす。

 

「気が向いたら元の姿に戻してやるよ」

 

それまでに虫等に食べられてなければな、と付け加え、俺はゲンテンへ向かった。

 

 

 

 

ヘンリー宅ではグリーンの容態がだいぶ快方に向かっており、この調子なら後2週間もあれば動けるようになるそうだ。

 

「怪我が治ったら今度はマリアリア帝国に向かうつもりです」

 

ヘンリーは言う。近々第3王女の生誕祭が行われる為、商売人にとっては絶好の機会らしい。数百近い出店があり、帝国外からも多くの人間がやって来るそうだ。

 

「しかし心配がございまして…帝国までの旅路、また盗賊のような者たちが襲ってこないとも限らないのです。この町で用心棒を探す事が出来れば良いのですが、これがなかなか…」

 

グリーンは後半言葉を濁したが、要は田舎の片隅にあるゲンテンのような町に好き好んで用心棒を引き受けてくれるような人物はやってこないということか。ヘンリーもそれは理解しているようで、特に気分を害した様子もなく話を聞いていた。

 

「あの盗賊はもう現れませんけどね…」

「え、なんですか?」

 

俺が呟いた小さな言葉は皆には聞こえていなかったようで、「何でもありません」と誤魔化した。

 

「どこかに頼りになる用心棒はいないものでしょうかなぁ」

「そうだなー。ボクは1人心当たりがあるが、どうかなぁ」

 

グリーンとヘンリーはうんうんと頷きながら時折こちらに視線を送ってくる。言わんとしている事は分かる。しかし俺も大聖樹に向かう予定だったのだ。もしそこに元の世界に戻る手がかりがあれば、俺はこの世界からいなくなるかもしれない為、下手な約束は出来ないのだ。

 

だが帝国にあるという資料には興味がある。そちらに元の世界に戻る情報が記されているかもしれないのだ。もしそれが見つからなかったとしても、優秀な用心棒が見つかるかもしれない。大聖樹の森に行く為に道中の用心棒は重要だ。この町で探すより帝国で探した方が強者が見つかるかもしれない。

 

「それじゃあ…」

 

俺がそれだけ呟くと、グリーンが満面の笑顔で「ありがたい」と礼を言ってきた。いや、まだ行くとも行かないとも俺は言ってないからね。しかしグリーンは有無を言わせず日取りを考え始めてしまった。茫然自失している俺にティアが駆け寄ってきて嬉しそうにしている。

 

「コウタロー、まだ暫くは一緒にいられるね」

「そ、そうみたいだな」

 

どうやらグリーンたちのマリアリア帝国への道中の用心棒をする事は決定してしまっているようだ。そこで俺は今後の計画を修正させる。本来であれば明日、大聖樹の森へ向かうつもりであったが、安全を期すために帝国で用心棒を雇い向かう事にする。そうなると帝国までの出立まで予定がまるまる空いてしまう。ひたすらレベル上げをする事になるのだろうか。

 

 

深夜皆が寝静まった頃、俺はボードを出現させる。

 

ーーーーー

生明光太郎

職業:

レベル:5

HP :45

MP :6/9

力 :72

体力 :108

素早さ :80

知識 :28

幸運 :13

 

スキル:チェンジ、神眼

武闘家レベル:8

武闘家スキル:回し蹴り、足払い

魔術師レベル:4

魔術師スキル:ランク1火魔法、ランク1水魔法

ドラゴンレベル:2

ドラゴンスキル:炎のブレス

透明人間レベル:1

商人レベル:1

医者レベル:1

鳥レベル:1

ーーーーー

 

MPの数値が初めて減っていた。今までチェンジを使用してMPが減った事は一度もない。今までと違うのは『神眼』を使った事くらいだ。このスキルはMPを消費するらしい。

 

「使い所を選ばないといけないか」

 

俺は小さく呟いた直後「なにが?」と真横から声が聞こえ、俺は慌ててボードを消して振り向いた。別の部屋で寝ているはずのティアがそこに立っていたのだ。この世界にきて感覚が研ぎ澄まされているのか、俺は今日盗賊の気配に気付くことができた。しかしティアの気配は全く気付く事ができなかったのだ。こんな幼いティアにそんなスキルがある訳ないし、俺は「疲れてるんだな」と無理やり自分を納得させた。

 

「ティア、寝てなかったのか?」

「うん、うれしくて…」

 

ティアは俺が帝国への道中に付き添う事が決まってから、やけに機嫌が良い。そんなに嬉しいものなのかと俺は苦笑する。嬉しくて寝れない、それはまるで遠足前の子供だ。そんなティアが俺にはっきりとこう言った。

 

 

「私もコウタローみたいに強くなりたい!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十三話 ティアの新たな職

静かな夜だった。

自分が元いた世界の都会と違って周りの音もほとんど聞こえず、隣の部屋で寝ているヘンリーのいびきが耳に届く程度である。そんな静かな夜に、ティアははっきりと「強くなりたい」と言ったのだ。俺はどう返すべきか分からず、暫くティアの顔を窺う。幼いながらも真剣な表情を浮かべ、俺を真っ直ぐ見つめている。

 

「強くなりたい…か」

「うん」

 

ティアはコクリと頷く。

考えてもみれば、この世界は日本のように安全という訳ではない。日本でも危険な事に出遭うこともあるが、法律や警察といった組織がしっかりと存在している。この世界に警察というものが存在しているのかは不明だが、帝国という大きな都市があるのならばそれらを治めるために警察…もしくは中世でいう兵隊がいるかもしれない。しかし俺がこの世界にやってきて、日本にいてはまずお目にかかれない盗賊の犯罪者と出遭った。この世界は目の届かない闇が広大過ぎるのだ。自身の身を守る為には子供であっても自衛の力をもっていた方がいいのだろう。

 

「ティアが自分を守る為に、周りの人を守る為に強くなる、というのは俺も賛成だよ」

「ほんと!?」

「ああ。ただ俺がティアを強くできるかは自信がある訳じゃない。期待を裏切ることになるかもしれないが、その時は許してほしいな」

「うん、私がんばる!」

 

ティアは嬉しそうにピョンと跳ねる。

 

俺は明日の予定を頭の中で組み立てる。本来であれば自分のレベル上げをするつもりだったが、ティアのレベル上げを行うとしよう。ティアの今の職業は市民。レベルが上がってどこまで強くなれるのか見当もつかず、盗賊親分に勝てるイメージが湧かない。それならいっそティアの職業を変えて鍛えた方が成長が早いかもしれない。

 

ただそうなると…問題があるなぁ。

 

ティアの職業を変える為に、俺がチェンジを使う必要があるのだ。この世界で職業は基本変わる事がない。経験を積んで上位職になるか、ソラシアールの祝福を受けるかの二択である。だがソラシアールの祝福は願って受けられるものでもなし、完全に運だ。祝福する対象を選んでいるにせよ、一般的には経験を積んでの転職だ。

 

一度奴隷から市民へと祝福を受けた(と思われている)ティアに、再びチェンジを使っては子供といえど流石に怪しまれる気がする。いっそ話してしまった方が楽のような気がするのだ。メリットは隠し事をしなくて済むようになる。ティアを鍛えるのが楽になるといったところか。対してデメリットは、ティアがその情報を漏らしてしまった場合は面倒な事に巻き込まれる程度のものか。子供の緩い口をどこまで口止めできるか不安はあるが、そこは覚悟しておこう。

 

「ティア、少し俺の話を聞いてくれるか?」

「うん!」

 

ティアはベッドに腰掛ける俺の前で床に体育座りをする。

 

「普通にしてくれていいって。隣においで」

「…うん!」

 

ティアは緊張感を体に纏わせながら俺の隣に座った。

 

「これから言うことは誰にも言わないでほしい。できるかな?」

「うん、誰にも言わないよ」

 

俺はティアにそう前置きしてボードを出現させる。急に何事かと首を傾げていたティアだったが、俺の能力値などを見て口元を押さえ、ボードと俺の顔を交互に見やっている。

 

「コウタローが強いのは分かってた。でも職業が無いのは信じられない…」

「これは珍しいことなのかな?」

「私は…聞いたことない。職業って性別、年齢と一緒で生まれた時からついてるものだって聞いてる。でも職業なくて困らないの?」

「別に不便は感じないかな。それじゃこのチェンジってスキル、分かる?」

 

ティアは首を横に振る。

やはりこの世界には存在しないスキルなのだろうか。幼いティアが知らないだけという可能性もあるが、一般的なスキルではなさそうだ。俺は職業欄に手を触れる。するとそこに武闘家という文字が浮かび上がった。

 

「これは…ソラシアール様の祝福…!?」

「これがチェンジというスキルの効果みたいなんだ」

「え、これって私の時と同じ? それじゃあの時もコウタローが…?」

「うん、まぁそうなんだけど、その件は一度置いておこう」

 

そして本題に入る。

 

「このスキル、要は俺が思い浮かべた職業がそのまま浮かび上がるんだ。ボードの職業欄に手を触れないと効果がないという手間はあるけどね。このスキルを使ってティアの職業を元々強いものに変えてレベル上げをしたら良いんじゃないかと思ったんだ」

 

流石に姿まで変える職業をティアにさせるつもりはない。そう考えていた俺にティアはボードの文字を指差す。

 

「コウタロー、ドラゴンも気になるけど、この鳥レベルって…なに?」

「うっ…、それか」

 

どう説明したものか。しかしここまできたら全て話した方が良いだろう。余計な誤魔化しは面倒な事になる。俺はそう悟ってボードの武闘家職を消し、鳥へとなった。これで2回目の鳥である。

 

「ぽほー…」

「鳥さん!?」

 

ティアの目が輝き、いきなり抱きしめられた。俺は諦めの境地で遠い目をしている。暫くモフモフな俺の体を堪能したティアは俺を抱えたまま質問してきた。

 

「やっぱりあの時の鳥さんはコウタローだったんだよね?」

「ぽほー」

 

俺はコクリと頷く。ドラゴンと違い、鳥の状態では言葉を話すことができないのがネックだ。

 

「あの時コウタローは私から逃げたよね。私悲しかったなぁ」

「ぽ…ぽほー」

「でもこうやって毎日コウタローをぎゅーってさせてくれたら許してあげる」

「ぽっ!?」

 

なかなかに結構な要求をしてくるティアに、俺は驚きと諦めの連続だ。まぁ、この程度でやる気を出してくれるなら軽いものだと思う事にしよう。満足したティアは俺を手放し、俺は元の姿に戻る。

 

「こうやって職業によっては姿を変える事もできるけど、鳥に関しては能力がだいぶ落ちるし、使い途の限られる職だな」

「子供の私からも逃げられないもんね」

「…そうだな」

 

いっそ鳥レベルをたくさん上げてみようかと考えるが、その考えを自粛させる。レベルを上げたとしても優先順位はだいぶ後方だ。

 

「ティアのは姿が変わる事のない職業にするから安心しなよ」

「うん。コウタローは武闘家が一番レベル高いんだね」

「そうだな。町で剣とか売ってたけど、荷物は少ない方がいいと思ってね」

「そっか。私もコウタローと同じ感じの職業がいいなぁ」

 

ティアも同じ考えなのか。確かに女の子が大量の荷物を持って旅するのは苦痛だろう。なるべく軽装の方が動きやすい。その方向で決め、俺はティアにボードを出してもらう。そして職業欄に触れる。

 

俺の職業に近くて強くなるのに手っ取り早そうなもの。武闘家の上級職なんてあるんだろうか。武術の神…とか? そう考えるとティアのボードに変化が起きた。職業欄の市民という文字が消え、新たな文字が浮かび上がる。

 

ーーーーー

ティア

職業:武神

レベル:1

HP :40

MP :0

力 :68

体力 :66

素早さ :115

知識 :5

幸運 :10

 

スキル:格闘系スキル模倣

ーーーーー

 

ボードを確認すると、ティアの能力が大幅に上昇していた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十四話 先生と生徒と

翌日、ヘンリー宅で朝食を頂いた俺とティアは近場でレベル上げをしてくることを伝え、町を出た。ティアも一緒ということに驚いていたグリーンだったが、俺と一緒である安心感なのか、「アザミさんの邪魔にならないようにな」と快く送り出してくれた。

 

「ヘンリーさんにはいつかお礼しないとな」

 

時折菌に関することを教えてはいるが、これ以上無一文で甘えている訳にはいかないだろう。そう思うと売れそうな喪服を手放してしまったのは痛いが、そのうち何かで返すとしよう。

 

俺はいつもよりもゲンテンの町に近い場所で足を止めた。ティアのレベル上げをするにしても、いきなりモンスターと戦うのは難しいだろう。まずは体の動かし方を慣れてもらう必要がある。

 

「ティア、まずは体の使い方を覚えていこう。いくら職業や能力が高くなっても、それが疎かになっていると足元を掬われることもある」

「うん、わかった」

 

そう言うが、俺も詳しい訳ではない。俺の知識は幼馴染の蒼井優月の受け売りだ。優月は小さな頃から体を動かす事が得意な子で、田舎で育った彼女はまさに野生児のようだった。高校に入った頃には不自然なお淑やかさを身に付けており、ネコをかぶることを覚えたようだった。

 

「最初に意識するのは自分の重心を把握する事だ。それができていないと体を動かした時にフラついてしまう。移動した時、攻撃した時、相手の攻撃を避けた時…常にそれを考えるんだ」

 

「…なるほど」

 

理解したのか…。

ティアは俺の言葉を聞いてうんうんと頷いている。本当に理解したのか心配していると、ティアは体をゆっくりと動かして重心を確認していた。この動きはどこかで見た事がある。ティアのその動きはまるで太極拳のようだった。

 

「コウタロー、私、重心覚えた!」

「そ、そうか。それはなによりだ」

 

あまりにも早い習得に俺は苦笑いする。

 

「それじゃ、次は力の出し方だ。人は体に近い方が力が強いんだ。腕を伸ばした状態よりも脇を締めた状態の方が力が入るだろう?」

「そうなの? あ、言われてみればそうかも」

「もし手を引っ張られた時には脇を締める。掴まれた手の方を引くんじゃなくて、その場合は体を腕に寄せる感じになる。モンスターとの戦いで役立つかは微妙だけどね。力の出し方を覚えたら、逆に力の抜き方を覚えてほしい」

「力を抜いちゃうの? やられちゃうよ?」

 

状況に応じて、とティアには伝える。脱力は優月曰く格闘技には欠かせないものだそうだ。

 

「力を入れすぎると筋肉が収縮する。つまりは硬くなるんだ。相手の攻撃をガードするならそれでもいい。だけどその状態では動きも硬くなってしまうから、いつも以上に動きが遅くなるんだ。力を込めるのは極力少なくする。例えば攻撃が当たる瞬間、地を蹴りだす瞬間、そういった要所要所に力を込めていくんだ。そうすれば疲労も少なくなる」

「へー…」

 

説明をしていると昔の光景を思い出す。年下の優月とケンカした時はいつもボロ負けだった。年下相手に何度泣かされたことか…。「男のくせに情けない」と言われたが、俺は知っている。優月は空手や柔道、拳法などの大会でいつも上位の優勝候補なのだ。そんな相手にボコボコにされた過去をもつ俺だが、そんな経験も血となり肉となる。言葉通り身に染みているのだ。

 

「最初に覚えていてほしいことはこれくらいかな。後は徐々に教えていくからね」

「でも力の出し方と抜き方は覚えたよ。次、教えて!」

「ははは、熱心な生徒で先生困ってしまうよ!」

 

幾ら何でも覚えが良すぎる。もしかするとティアの職業『武神』が関係しているのではないか。武に関することなら、砂漠に落とした雫のように素早く吸収してしまう、そんな副次的な効果があるのかもしれない。

 

「ね、コウタロー、次は?」

「自分に関することはここまでにしてくれ。俺もそう詳しい訳じゃないんだ」

「自分に関すること…他のこと?」

「自分が戦う相手のことだ。さっきも言ったが、重心。今度は相手の重心だけど、それによって相手のバランスも分かるし、どう動こうとしてるかも予測できる。俺の知り合いはそれを先読みして先の先…相手が動きだす前に倒すのが得意だったな…」

 

倒されたのは主に俺だ。あいつは俺を練習相手…もとい新しい技の実験台にしていた節がある。

 

「モンスターに効果があるか分からないけど、後は視線かな。攻撃する場所、狙っている部位を見てしまっていると相手に気取られてカウンターをくらう事もある」

「でも見ないと攻撃できないよ? あ、分かった! 目を閉じて気配を頼りに…」

「い、いや、そこまで求めないよ。視界をわざとボヤけさせて相手の全体が見えればいいよ。そうすればこちらの攻撃も読まれにくいし、相手の動きも見えやすくなるから」

「そうなんだ…」

 

俺は職業を武闘家にして準備運動を始める。講義はこの辺りにして、後は実践あるのみ。もちろん手加減はするが、組手を行うことにした。

 

「1回の組手時間は1分。その後30秒休んでまた組手。これを10回続けてやってみよう」

「うん!」

 

俺は左前の半身に構える。対するティアは俺と同じ構えをとる。この感覚、信じられない事に優月の威圧感に近いものがあった。ティアの体が前傾に沈む。

 

(来るっ!)

 

武神となったティアの素早さは俺とそう変わらない。今まで戦ってきた盗賊や盗賊親分、飛毒蛾やスライムなど足元にも及ばないスピードで俺の左側の死角に飛び込んできた。

 

(うまい!)

 

そこに入られては攻撃や反撃に多少のロスが生じる。ティアの右手が俺の腹部に狙いをつけているのが見え、俺は距離を取るべく地を蹴った。

 

「わかる」

「うおっ!」

 

その状態では攻撃してくると思っていたら、ティアも一緒に地を蹴ってこちらに飛んでいた。ただ力は俺の方がある為、死角に入られてしまった時より距離が空いたが、嫌な汗をかかされた。

 

ティアの右拳がこちらに伸びてくる。俺は右手でティアの右手首を掴み、ティアの攻撃スピードをプラスして力の流れをずらす。ティアは俺のいた場所を通過して体勢を崩した。振り向くティアの顔は笑顔だ。

 

「私の力を利用して…そんな方法もあるんだね」

 

ティアがまたひとつ技術を覚えてしまったらしい。末恐ろしい子だ。

 

この後10回組手を行い、最後の方は俺は防戦一方になり、先の先を取られ始めてようやく組手が終了した。

 

武神こええ。

この組手の結果、俺の武闘家レベルが9、ティアの武神レベルが4に上がったのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十五話 シアール大陸の三国

ティアとの組手を終え、俺は改めて武神という職業の恐ろしさに震えた。組手の中で俺が使用した回し蹴りや足払いは一目見ただけで覚えられてしまい、逆に使われてしまう羽目に。組手前に説明した相手の重心を見抜く云々の話で俺の動きの先読みまでされてしまい、最後はひたすらカウンターや防御に徹する事になってしまった。初めての組手が楽しかったのか、はたまたどんどん強くなっていることを実感できているのか、ティアは「もう一回やろ」とせがんできたが俺は丁重にお断りした。

 

10歳の年下の女の子に一日で追い抜かれてしまっては、流石に精神にダメージを負う。3つ下の優月には散々やられているが、あいつは例外だ。あいつは女の子とは全く別の生き物だ。武術を身に付けたゴリラだな。そんなゴリラに人間が敵う訳がない。

 

俺が教えた基礎とティアの武神としての能力が噛み合ってきたようで、それは人以外にも発揮された。ゲンテンの町周辺に生息する主なモンスターはスライムと飛毒蛾だが、そんな人外相手でもティアはうまく立ち回り次々と倒していった。

 

「帝国まで俺が用心棒する必要ないんじゃないかな…」

「だめ!」

 

ティアの成長の速度は凄まじい。この世界では異常な強さの俺と近い能力をもち、動きや読みは優月級だ。

 

「俺も武神になってみようかな」

「コウタローが武の力ほしいなら、私が強くなるから大丈夫!」

「それじゃ、俺はティアの武神とは別の方向性での職業になった方がいいかもしれないな」

 

別に武闘家にそれほど未練がある訳ではない。ティアが武神として強くなるというのなら、俺は別の戦法を取るかフォローできる職になった方が、帝国への道中は安定するだろう。何の職になろうか、それを模索する。

 

「…待てよ、これって職業によっては元の世界に戻れるんじゃないか?」

 

今のところ、チェンジを使ってイメージしている職に確実になれている。ということは、元の世界に戻ることが出来そうな職業を考えればいい。そして俺はボード上に新しい職業を浮かび上がらせた。

 

ーーーーー

生明光太郎

職業:転送士

レベル:1

HP:30

MP:50

力:40

体力:80

素早さ:88

知識:33

幸運:15

 

スキル:チェンジ、神眼

転送士スキル:物質短距離転送

武闘家レベル:9

武闘家スキル:回し蹴り、足払い、二段蹴り

魔術師レベル:4

魔術師スキル:ランク1火魔法、ランク1水魔法

ドラゴンレベル:2

ドラゴンスキル:炎のブレス

透明人間レベル:1

商人レベル:1

医者レベル:1

鳥レベル:1

ーーーーー

 

新たな職業、転送士のスキルを確認する。物質の短距離転送。とてもではないが、元の世界に戻れそうなスキルではないだろう。俺は試しに地面に落ちていた石を拾い、イメージする。掌にある石が転送されるイメージだ。すると掌の上にあった石は瞬きする間もなく消え、2メートル程離れた中空から現れ地面に落ちる。そしてMPが2減っていた。

 

他の職業に比べて能力値が低いな。でもその分MPが高いから練習は何度かできそうだ。俺は何度かスキルを使用し、短距離の具体的な距離を測った。限界距離は5メートル。条件としては目に見えている場所に限られる。先ほど試した石程度の大きさなら消費MPは2で済むが、俺がギリギリ抱えられる大きさの石では消費MPは6だった。大きさによって消費MPも変わるらしい。そして、人物は転送できない。このスキルでは元の世界に戻れないというのが改めて理解できた。しかし、あくまでこのスキルでは、である。

 

「レベルが上がれば、人物も転送できるスキルを覚えれるかもしれない。そして世界を渡るスキルがある可能性も…暫くは転送士を強化してみるか」

 

この職業に望みをかけ、俺はボードを消し、モンスターを探して倒していく。今のレベルでの物質短距離転送の使い道は気を逸らす程度のの役目しかない。モンスターの真上に石を転送して落とし、そちらに注意が向いた直後に背後から攻撃を仕掛ける。その攻撃パターンで先手を取り、夕刻までモンスターを倒していった。

 

 

 

俺の転送士のレベルは一気に5まで上がったが、新たなスキルの習得には至らなかった。少し残念ではあるが、こればかりは仕方ない。地道にレベルを上げていくしかないだろう。

 

「アザミ、キミは冒険者ギルドに登録していないって本当かい?」

 

ヘンリー宅での夕食を終え、後片付けを手伝う俺の隣でヘンリーが驚きの表情でそう言った。

 

「ええ。まず冒険者ギルドって何をするところなんですか?」

「そこからかい? 驚いたよ。そういえばティアが言っていたが、アザミは他の大陸からやってきたんだったね」

 

そういえばティアにそんなような事を言った気がする。

 

「他の大陸の事は知らないが、ここシアール大陸には3つの国がある。1つがゲンテンの町も属するマリアリア帝国。獣人が治めるウルフジャック王国。エルフが治めるシーフーリンの森だ。この三国は互いに敵対しているが、それぞれの国を警戒して三竦みの状態が5年続いている。ウルフジャックとシーフーリンにも同じような冒険者ギルドがあるとは聞いているが、そこに登録することによってモンスターを倒した時の報酬を得る事ができる。試験はあるが、アザミなら大丈夫だろう」

 

「なるほど…それに登録されてなければ、レベルは上がるが、いつまで経ってもお金は貯まらないという訳か」

 

「冒険者ギルドに登録をすると、チームに加入申請をする事ができる。自分で立ち上げてもいいし、フリーでやるのも問題ない。チームにもランクがあって、最初はG、F、E、D、C、B、A、S、SSと上がっていく。Aランクから上は帝国から援助金がでるから、その辺りのチームは装備も良いのを揃えてるみたいだね」

 

冒険者ギルドには登録しておいた方が良さそうだ。だがチームに関してはどうだろうか。俺の目的は元の世界に戻ることだが、長い目で見れば、目的が困難でこの世界での生活も長引いた場合は国からの援助は助かる。早い段階で戻る事ができれば話は別だが、一応そちらも考えておこう。

 

そんな話に聞き耳をたてていたティアはテーブルを拭きながら片手を上げる。

 

「私、コウタローのチーム入る!」

「ティア、俺はまだチームに入るとか立ち上げるとか何も考えてないぞ」

「お、いいねー。それじゃ僕もアザミのチームに加入させてもらおうかな?」

「わ、私も是非…」

 

ヘンリーとグリーンもティアの言葉に続く。俺の意見は聞き入れられる事はなく、その夜は三人がどんなチーム名にするか話し合いをする中、俺は諦めて眠りについたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十六話 シイカへの旅①

ゲンテンの町に数日いて分かった事がある。

日本との食文化の違いだ。基本的な食事はパンがメインとなり、あとは卵とサラダ、ヤギ乳か水が食卓に並ぶ事が多い。店も見てまわってみたが米や茶は見当たらず、塩や砂糖に至っては希少品のため品薄か、販売してあっても高値がついていた。日本人として米が食べれないというのはキツイが、無い物ねだりをしても仕方がない。それにしても塩も高いのか…。

 

「近くに海はないんですか?」

「ゲンテンから馬車で1日かけていった所にシイカの港があります。1番近い海と言われると、そこでしょうな」

 

オレはグリーンに尋ね、海の近いシイカという港の場所を口頭で教えてもらった。地図は非常に高価であり、仕入れも困難だという。この世界に印刷機は無いだろうし、地図があっても一枚一枚手書きのはずだ。そんな状況であれば流通していないのも無理はない。

 

「アザミ、なぜ急に塩が欲しくなったんだい?」

「ヘンリーさん、ナトリウムって聞いた事ありますか?」

「……! アザミの新知識かい? 是非聞かせてくれ」

 

グリーンが横になるベッド横に立つ俺に、グリーンは目を輝かせて詰め寄ってくる。やはりナトリウムといったものはこの世界では一般的ではないようだ

 

「自分も詳しい訳ではありませんが、食塩…塩素とナトリウムが合わさったものなんですが、これが不足すると体に様々な不調が出てきてしまいます」

「ほう、例えばどんな症状が出るんだい?」

「立ちくらみや…低血圧って分かります?」

「立ちくらみは分かるが、テイケツアツは知らないな。説明してもらっていいかい?」

 

俺は思わず頭を悩ませる。血圧が分からないのであれば、血液の循環や心臓の働きといった一般常識も知らない可能性もある。一体どこから説明したものか。

 

「心臓の働きが血液を循環させるポンプの役割である事は分かりますか?」

「いや…今の現代医学では心臓の動きは命ある者の証とされている。ちなみにアザミの言うようにポンプの役割であるとしたら、それで何を送っているのか…いや、つまりアザミはこう言いたいんだね。体の中にある血はそこに留まっている訳でなく、その心臓の働きによって常に動いている。違うかい?」

「その通りですよ。血液の中には、空気中から取り込んだ人が生きていくのに必要な酸素や、体に必要な栄養も含まれているんです。だから心臓でそれを体中に行き渡らせる必要があります。それでその送る力が弱い状態が低血圧。逆の状態が高血圧ですね」

 

自分に医学に関する専門知識はほぼ無い。それ以上聞かれても困ってしまうが、脱線しかかっていた話を修正して体の不調になると困ってしまうので塩を確保しておきたいと伝えた。ヘンリーはまだ講義を聞き足りない様子だが、俺は気付かないフリをして話を続ける。

 

「買い出しみたいなもんです。1週間以内には戻るつもりです。グリーンさんの出発には間に合わせますよ」

 

今の俺の懐には470ダールある。いくら塩が希少で高値とはいえ、現地で入手すれば余裕で買う事ができるだろう。思い立ったが吉日と言うし、すぐにでも向かうとしよう。

 

俺が立ち上がって出発の準備をしていると、ティアが俺の裾を引っ張って「私も行きたい」と呟いた。よほど懐かれたのか、ティアは俺の傍にいたがる傾向が出てきている。好かれて嬉しくない訳ではないが、俺はティアの要望への返事を渋る。確かにティアは武神となってかなりの強さを身に付けた。俺も確実に勝てるという自信はない。だがやはり幼い女の子なのだ。ゲンテンの近くで、そして大人の目がある場所でのレベル上げはギリギリ容認できても、今回は距離もあるし野宿も頭に入れなければならない。それに加えて道中にも危険が伴う。やはりティアを連れていく事はできない。

 

「悪いがティアはグリーンさんの傍にいてやって欲しい。シイカというところまで何があるか分からないからね。もしかしたらまた危険なことがあるかもしれない」

「でも…私も強くなったもん…」

「それでも、だ。ティアは確かに強くなってるよ。それでも俺にとってはかわいい女の子なんだ。危ない目に遭ってほしくない。だから今回はゲンテンに残って俺の帰りを待ってくれると……ティア?」

 

俺は話を途中で中断させる。話をしていた相手が急に唖然とし、その直後頰を赤く染め、両手で顔を隠して背を向けているのだ。

 

「ティア、ど、どうかしたか?」

「な、なんでもない…」

 

オロオロする俺を見て、ヘンリーは苦笑する。

 

「アザミは天然だね。ティアのことを考えて敢えて言うまいが、ソレは控えておいた方がいいね」

「な、何のことですか?」

「だから、僕からは言えないよ。自分で考えることさ。でもそれを治しておかないと、色々と女関係で苦労する事になるぜ?」

 

ヘンリーは遠い目をしてそう忠言する。含蓄のある言葉だ。ヘンリーは過去に女性関係でそう悟るに至る出来事があったのだろう。だが俺は何を治せばヘンリーのような苦難を回避できるのか、それが分からないがヘンリーは答えをくれるつもりはなさそうだ。というよりも、ヘンリーは過去を思い出しているのか既にうわの空だ。

 

ティアは何とか折れてくれて、俺はゲンテンを一人で出発することになった。ティアにはレベル上げをするのは構わないが、誰か大人の目がある場合に限ることを条件とした。

 

「さて、まずは全力でシイカ方面に走ってみるとするか」

 

今の俺の体力と素早さなら、馬車よりもずっと早く到着するはずだ。俺は空欄職のまま駆け出し、時折休憩を挟んではまた走るを繰り返して途中で足を止めた。4時間は経った頃、空模様が怪しくなってきたのだ。雨雲が頭上を覆い始めている。

 

一雨くるな。俺はそう予想づけ、雨を凌げそうな場所を探す。1時間ほど前に大草原を抜け、今俺が立つ場所は小さな森の中。大聖樹の森に比べれば本当に小さな森だ。

 

ぽつり、ぽつりと雨が地面を叩き始める。まだ小雨だから問題ないが、このまま本格的に降られると風邪をひいてしまいそうだ。この世界の人たちは傘を持っているのだろうか。無ければ不便だなぁとどうでも良いことを考えていると、木々の影から建物が見えた。

 

「少しの時間だけでも雨宿りさせてもらえないかな」

 

そんな希望を抱いて俺は建物に向かう。そこに辿り着いて俺は建物を見上げた。ゲンテンの町では一軒たりともないような立派な建物だ。だが辺りの薄暗さが立派な建物を怪しく浮かび上がらせている。既に本格的に大雨が降っている。流石に盗賊のアジトという訳はないだろうが、俺は警戒しつつ建物の戸をノックした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十七話 シイカへの旅②

俺が戸をノックしてから暫く待つと、戸が僅かに開いた。ギギギという建てつけの悪そうな音が響く。しかし戸の向こう側には誰もいなかった。一瞬躊躇するが、既に外はどす黒い雨雲が立ち込め、大雨が降り注いでいる。俺はゴクリと喉を鳴らし、人の気配がない館に足を踏み入れた。

 

屋内に明かりは無く、数メートル先の足元もはっきり確認することができない。俺は職業を魔術師にしてからランク1の火魔法を掌に灯し、松明代わりとした。玄関口の正面には二階に上がる階段がある。幽霊なんてものがいる訳はないのだが、ここまで人気がないと不気味だ。俺は辺りを警戒しながら二階に上がり、長い廊下に出る。そこで俺は足を止めた。

 

 

「……」

 

俺は何度か目を擦る。

目にゴミでも入ったか、それとも幻か。奥にある扉の前でぼんやりとした人影が立っているのだ。その人影は歩く素振りをするのでなく、まるでスライドするかのように扉に吸い込まれていってしまった。

 

「………よし、何も見なかったことにしよう」

 

すぐさま踵を返して階段を降りる。しかしその直後キィィィという音をたてて玄関の扉が閉まったのだ。俺は背中に冷たい汗をかき、玄関の扉に触れる。開かない。と、いうより扉の前に見えない壁があって触れることができないのだ。これはあれか、先程の人影を追いかけないと先に進むことができないということか。

 

「俺も大人だ。幽霊なんて非科学的なもので怖がるほど子供じゃない。でももし本当に幽霊なら…対等になってやろう」

 

俺は職業を変えた。

 

ーーーーー

生明光太郎

職業:幽霊(ゴースト)

レベル:1

HP:0

MP:80

力:0

体力:0

素早さ:30

知識:35

幸運:10

 

スキル:チェンジ、神眼

幽霊スキル:すり抜け、取り憑き

武闘家レベル:9

武闘家スキル:回し蹴り、足払い、二段蹴り

転送士レベル:5

転送士スキル:物質短距離転送

魔術師レベル:4

魔術師スキル:ランク1火魔法、ランク1水魔法

ドラゴンレベル:2

ドラゴンスキル:炎のブレス

透明人間レベル:1

商人レベル:1

医者レベル:1

鳥レベル:1

ーーーーー

 

流石幽霊。

HPが完全に0になっている。この状態であれば俺は死なないのではと思ったが、今のこの状態が死んでいる状態だということに気付き、苦笑する。分かってはいたが、この世界では科学的根拠など無意味だ。幽霊すらもこちらでは本当に存在するのではと思わされてしまう。しかし先程の人影はきっと見間違いだろう。

 

幽霊は足が無いと言われているのを思い出し、足元を確認する。確かに足がない。しかし自分の体は宙に浮いているため、不便さは感じなかった。

 

「さて、気のせいだとは思うけど、先程の扉の部屋に行ってみようか」

 

俺はスライドするかのように二階に上がり、先程人影が消えた扉の前までやってきた。今の俺には幽霊スキルのすり抜けがある。きっとこの扉もすり抜けることができるのだろうが、いざ行おうとすると余計な力が入ってしまう。普段であれば確実に顔をぶつけてしまうのだ。しかし俺は覚悟を決めて扉に突っ込んだ。

 

扉は俺の体を拒絶することなく、なんの抵抗も無しに部屋に入ることができた。部屋の中は薄暗いが、何故かランプが灯されていた。部屋の中には俺以外誰もいない。やはり先程の人影は気のせいだったのだ。

 

部屋には多くの本がズラリと並んでいた。その本を見て、俺は目を見開いた。背表紙には日本語が書かれていたのだ。俺はそれを取ろうとするが手がすり抜けて掴むことができない。仕方なく職業を空欄職に戻してその本を手に取った。

 

昭和三年発行

 

と書かれている。その殆どが戦前の本のようだ。中には大正や明治時代の本もあった。

 

「どういうことだ…?」

 

昔の本も興味深いが、他も探してみる。デスクの上に一冊のノートが置かれているのに気付いた。中身を改めようと手に取り開けると、目の前に黒髪の女性が現れた。俺は思わずノートを手離して尻餅もつく。目の前の女性は先程の自分と同じ、幽霊のようだった。

 

【私がこちらにやってきたのは、昭和十九年の夏頃でした】

 

女性は昔語りを始めた。

 

【毎夜毎夜、空襲警報が鳴ります。私は見ました。空から私の館に爆弾が降ってくるのを…。死を覚悟した私を前に、急に目の前が白く輝いたのです。気が付くと、私は館と共にこちらの世界にやってきていました】

 

昭和十九年というと、第二次世界対戦の真っ最中のはずだ。戦時中にこちらの世界にやってきたということか。

 

【こちらの世界は私のいた世界と違う。それを教えてくれたのは館を通りかかった優しい冒険者の御仁でした。そこで私は自分の職業を知り、いつか元の世界に戻った時の為に、スキルというものを使いこなすに至ります】

 

女性が手をかざすと、デスクの引き出しが開く。立ち上がって確認すると、その中には眼鏡と薄手のグローブ、そして手紙が入っていた。

 

【私の職業は付与術師。物に特殊な効果を与えることができました。その二つは私が晩年に完成させたもの。同じ世界から来たあなたに託します】

 

「手紙はどうするんだ?」

 

【もしもあなたが元の世界に戻れたら…私の恋人だった男性に届けて欲しいのです。それが叶わなければ、彼が眠る場所にでも…】

 

女性はそう懇願する。

この女性と近い年齢であれば戦時中に20〜30代か。存命している可能性は低い。手紙の裏には恋人の名前と故郷が書かれていた。これなら調べれば何とかなるかもしれない。

 

「分かった。いつになるか分からないけど、元の世界に戻ったら探し出して渡しておこう」

 

俺がそう言うと、女性は一筋の涙を零した。

 

【ありがとうございます。私が現世に留まるのも限界が近付いていました。これでやっと眠ることができます】

 

女性の体が一瞬青白く光り、俺の目を眩ませた。

 

 

 

 

 

次に目を開けると、青空が広がっていた。

先程まで立っていたはずなのに、青空を見上げて横になっていたのだ。横になった状態で辺りを見渡すが、館などどこにもない。森の中に開けた草むらの中で俺は一人横たわっていた。草むらには雨が降った跡などなく、地面も乾いている。先程の出来事は全部夢だったのだろうか。

 

「…これは…」

 

俺は立ち上がって目の前に落ちている物を拾い上げる。眼鏡と薄手のグローブ、そして手紙だった。やはりあれは夢ではなかったのだ。それらをカバンに入れ、俺は歩き出す。

 

あの女性は結局元の世界に戻れなかったのか。

 

「俺は…どうなるんだろうな」

 

まだ見ぬ未来を想像し、苦笑する。考えても仕方のない事だ。今は同じ日本人のあの女性が休む事ができた、それで良しとしよう。

 

俺には…あの人のように元の世界に戻って、何かを伝えたいという程強い想いは無い。両親は悲しむだろうか。優月は空の事で俺を目の敵にしてるだろう。都会でできた友人も、今にして思えば関係は浅い。元の世界に戻れなくても問題は特に無いのだが、空に対しては…謝っておきたい。一度でいいから空の墓前で謝りたいのだ。

 

「その為にも、やっぱり元の世界に帰らないとな」

 

俺は同郷の女性が眠るであろうその地を後にし、シイカへの岐路についた。




小説の息抜きに描いたティアのイメージ絵です。


【挿絵表示】


可愛い服装がイメージできない、自分の想像力の無さを恨みます…。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十八話 シイカへの旅③

夕刻、空が茜色になり大地を照らしている。

この世界では優れた体力を持つ俺でも、流石に疲れがみえてきた。なにせフルマラソンどころの距離ではないのだ。走るだけでなく、時折遭遇したモンスターと戦うこともあった。様々な職業で戦い、いくつかのレベルが上がったのは良いが、疲れだけは回復する術がない。

 

ゲンテンの町から何度か山を越え、俺は木陰に腰を下ろして小休止した。空気中に僅かに塩の香りを見つける。

 

「海が近いな」

 

俺はそう察してホッと胸を撫で下ろす。地図も無しに走り抜けてきた為、本当にシイカの方向に向かっているのか不安もあったのだ。だがこの分なら到着までそう時間はかからないだろう。

 

カバンから眼鏡と薄手のグローブを取り出してつける。あの同郷の女性から頂戴した特別な効果が付与された道具だ。既に検証は済んでいる。眼鏡のレンズは度なしの為、視力に影響はない。眼鏡に付与された効果、それは『分析』だった。それをかけた状態でモンスターを視界に入れると、属性や弱点といった文章が頭に入ってくるのだ。俺がもっている神眼の上位スキルといったところか。だがこの効果に神眼を組み合わせる事ができた。組み合わせる事によって、相手の名前、属性、弱点に加え、相手のレベルや覚えているスキルが分かったのだ。そして一番驚いたのが、相手が今後覚えるであろうスキルも理解できたのだ。これは『分析』と『神眼』の相乗効果だろう。相手が覚えるスキルが分かれば、それが役立ちそうなものならチェンジを使って相手職になり、レベルを上げればそれを使う事ができるのだ。

 

そして『分析』の効果はモンスターや相手方だけに効果を発揮するものではない。視界に入れたもの全てに作用するものなのだ。その状態で能力ボードを開き各スキルを見ると、スキルの効果が頭に入ってくるのだ。これには大変助けられる。チェンジや神眼など、スキル欄に記されたそれだけでは用途が分からないものもあるのだ。

 

そして薄手のグローブ。

見た目には地味で安物のグローブだが、真価はやはり付与された効果にある。その効果は『偽証』。なぜあの女性がこの効果をつけたのか、自分が付与術師という職業につき、分析をすることによって理解した。道具に効果を付けることのできる付与術師はとても珍しい。何かの職の上位職という訳でもないので、経験を積んで転職という道は存在しないのだ。よってその職になるには生まれた時からの職という、天性のものしかあり得ない。そんな自分の職を隠す為に作ったものなのだろう。

 

俺は能力ボードを開き、グローブをつけた指でボードに触れる。すると職業だけでなく、能力、他職業の表示が効果によって変化していく。

 

ーーーーー

生明光太郎

職業:冒険者

レベル:10

HP:40

MP:0

力:38

体力:35

素早さ:30

知識:20

幸運:20

ーーーーー

今までの俺の能力に比べ、かなり低い能力が表示された。それまで見えていた他の職業も表示されていない。これが『偽証』の効果だ。検証の結果、一度偽証した能力は自分の意思で解除しない限り効果は継続する。俺の空欄職や高い能力、そして数多い他職を見られると都合が悪い。それを隠すのに適した効果といえる。だが偽証されているのはあくまでも能力ボードだけだ。自分のもつ能力は何一つ変化していないのが、最も有益といったところか。

 

付与術師はとても便利だが、職のつき方が限られる。だがそんなもの俺には関係なく、チェンジを使うことで付与術師になる事ができた。しかしスキルは何も覚えておらず、それを覚えるにはレベルをだいぶ上げなければならないと推測した。

 

俺は能力ボードを消し、立ち上がる。シイカの港までもうひと頑張りだ。

 

 

 

 

 

 

同郷の女性の件でタイムロスはあったものの、日が沈む前にはシイカに到着することができた。港にはいくつかの船が停船している。自分が見聞きしていたような現代の船ではなく、木船といえばよいのだろうか。そんな船の上で船員がロープやらを片付けている姿が見られた。

 

到着したのは良いが、時間が時間だ。数軒の店は店じまいを始めており、塩を買うどころではない。

 

「まずは宿でも探すかな」

 

これほどの港町だ。宿の一つや二つはあるだろう。店じまいをしている店もあったが、町の中を散策するのは楽しかった。ゲンテンの町とはまた違った情緒がある。こういった昔ながらの暮らしというのも、忙しい現代人には惹かれるものがあるのかもしれない。

 

暫く散策をしていると、ビールのような絵が描かれた看板を見つけた。思えばこちらの世界に来てから酒を呑んでいない。たまにはアルコールをとるのもいいだろうと、俺は自身を納得させて酒場に入った。

 

船乗りというのはガタイが良くなるのだろうか。店内で料理や酒を注文していた客の殆どが筋肉が盛り上がった男たちだ。店の入り口で唖然と突っ立ていた俺に、奥から若い女店員が駆け寄って来た。

 

「お待たせしました、ご案内します。お一人様ですか?」

「あ、はい、そうです」

「ではカウンター席でも構いませんか?」

「大丈夫です」

「それではこちらへどうぞ」

 

薄い青色の髪の女性はそう言ってカウンター席まで俺を先導する。女性に「お飲物はどうされますか?」と訊ねられ、カウンター前のメニューと思われる羊皮紙の文字を見るが、まるで解読できない。能力ボードの文字はティアと何度も確認してお互い文字を理解していたが、能力ボード自体が特別なのかもしれない。違う大陸もあるようだし、ボードに表示される文字はどこの世界の人間でも理解できるようになっているのではないだろうか。

 

とにかく、文字が読めない俺は周りを観察し、ビールのようなものを呑んでいる男たちを見て「同じのを下さい」と伝えた。店員は一瞬不思議そうな顔をしたが、さすが接客業。すぐに「かしこまりました」と店の奥に駆けていった。店内を暫く見渡して分かったが、この酒場は三人で切り盛りしているようだ。

カウンターの手前で大きな魚を捌いている中年男性。おそらくこの酒場のマスターだろう。口をへの字に結び、如何にも頑固オヤジのような顔だ。だが手捌きは素晴らしく、見る間に巨大魚を解体していた。その熟練ともいえる技には思わず魅入ってしまう。

もう1人が先ほど案内と注文を受けてくれた女性店員。まだ若く、向こうの世界では高校生くらいの子だろうか。女性店員は主に接客や料理を運ぶ仕事がメインのようだ。彼女に対する客の態度を見ると、だらしない顔をして照れている男性客が多い。要するに看板娘という訳か。酔った客が彼女をナンパしようとしたが、父親が物凄い威圧を放ち睨みつけた。手には巨大な包丁が握られており、その姿はまるで鬼を連想させる。不埒な客はすぐさま酔いを冷まして彼女から離れた。

そしてもう1人が奥で洗い物をしている青髪の少年だ。年の瀬はティアと同じかそれより少し下といったところか。

 

少年が洗い物をしている姿を見て、そういえば、と思い出す。ヘンリー宅でもそうだったが、この世界で洗剤を見た覚えがない。石鹸すらも洗い場になかったのだ。石鹸があれば洗い物も楽になる。石鹸はどうやって作られていただろうか。グリセリンが関わっていた気もするが、そこまで詳しくはない。そんなことを考えていると、目の前にビールと思われる飲み物が置かれた。

 

「お待たせしました、麦酒です。簡単なツマミで良ければ、私が作りましょうか?」

 

「それは有り難いですね。是非お願いします」

 

俺は女性店員の言葉に頷き、ツマミが出てくるまで軽く麦酒を呑む。確かに麦からできている酒、つまりはビールだ。日本のものと少し味は違うが、なかなか旨い。その後もマスターが切ってくれた新鮮な刺身や女性店員が作ってくれたツマミを頂き、久方ぶりに酔いが回ったのだった…。




光太郎能力
ーーーーー
生明光太郎
職業:
レベル:7
HP:51
MP:15
力:76
体力:115
素早さ:84
知識:30
幸運:16

スキル:チェンジ、神眼
武闘家レベル:10
武闘家スキル:回し蹴り、足払い、二段蹴り
転送士レベル:7
転送士スキル:物質短距離転送
魔術師レベル:6
魔術師スキル:ランク1火魔法、ランク1水魔法、ランク1風魔法
ドラゴンレベル:2
ドラゴンスキル:炎のブレス
付与術師レベル:1
幽霊レベル:1
幽霊スキル:すり抜け、取り憑き
飛毒蛾レベル:1
飛毒蛾スキル:毒鱗粉
透明人間レベル:1
透明人間スキル:透明化
商人レベル:1
医者レベル:1
鳥レベル:1
ーーーーー


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十九話 シイカの少年

こちらの世界ではパンが主食である為、麦を使ったビールがあるのはある程度予想はしていた。俺は別段酒豪という訳では無いが、少々は嗜んでいた。そんな俺の喉はこの世界のビールに惚れてしまっていた。

 

「こっちのビールを何とか向こうに持っていくことできないかな…。あ、この魚の野菜漬けも美味い。何の魚だろう」

 

ツマミを頂きながら舌鼓を打っていると、女性店員が横に立って「近海で獲れるシイカフィッシュです。今が旬ですので、こちらのお刺身もとても美味しいですよ」と説明してくれた。マグロのような赤身の魚だ。口の中に入れると、すぐに口の中で溶けるような不思議な味わいだ。醤油があればもっと美味しく頂けそうだが、無いものは仕方ない。あるのはドレッシングと思われる液体しか見当たらなかった。いつかはこの世界でも普及させたいものだ。

 

「お客さん、この町の人じゃありませんよね。旅人さんですか?」

「ん〜、どうなんですかね。自分でもよく分かりません」

「ふふっ、変わった方ですね」

 

女性店員は可笑しそうに目を細める。

 

「あ、もちろん目的はありますよ。ここなら塩が安く手に入るかと俗物的な考えで来てしまいました。今日のところは一晩宿に泊まって明日店を探すつもりです」

 

「…ご存知ないのですね」

 

俺のシイカに来た目的を話すと、酒場の盛り上がりが一瞬凍った。船乗りたちは難しい表情を浮かべてこちらを見ている。隣に立つ女性店員がその理由を説明し始めた。

 

「確かにこのシイカの港は、塩の最大生産地です。ですが私たちにとっても現在は希少なものとなってしまっているのです」

「どういうことですか? 海水に問題でも?」

「…いえ、そういう訳ではないんですが…」

 

女性店員が言い淀んでいると「奴らのせいだ」とマスターが口を開いて言った。

 

「三ヶ月前から海賊どもがこの辺りを根城にしている。シイカの人間を殺さない代わりに、シイカで生産される塩を寄越せと言ってきた。どの町でも塩は高価だからな」

 

「だけどよ、あんちゃん、俺らもただ耐えてるだけじゃねぇぞ?」

 

マスターの説明に続けて船乗りの一人が言う。俺の横のイスに座って、遠い目をしている。

 

「帝国に討伐隊の打診はしてるんだ。討伐隊が到着すれば海賊たちも掃討されてシイカは平和になる。戻るんだ。俺たちの暮らしもな。そうすりゃ、あんちゃんにも塩を売ってやれる。だから少し辛抱してくれねえか?」

 

…一見穏やかな生活を営んでいるように見えていたシイカだが、そのような問題を抱えていたのか。盗賊や海賊、どこの世界にも心無い犯罪者がいるものだと俺はため息をつく。

 

「海賊たちはどれくらいの人数なんですか?」

「そうだな…50人はいるんじゃねぇかな」

「…それは結構な人数ですね」

 

50人の犯罪者というと結構な規模だと思われる。2、3人ならまだしも、その人数ではいくら俺の能力が高いといっても制圧する自信などない。いや、ドラゴンとかになればいけるのだろうか。まぁ相手のレベル次第かな。

 

そう考えている俺の後ろで「情けないじゃないか!」と声を荒げる者がいた。振り向くとそこにいたのは洗い物をしていたはずの青髪の少年だ。少年は船乗りの男に向かって叫ぶ。

 

「海賊たちにシイカの若い姉ちゃんたちが何人も連れていかれてるんだぞ! それなのにいつまで待つ気だよ!」

 

「ユウド! これは子供の遊びじゃねぇんだ! 子供は大人の言うこと聞いてりゃいいんだよ!」

 

「聞きたくないね、情けない大人の言う事なんてな!」

 

青髪の少年、ユウドの言葉は俺の胸にも刺さる。俺も身の安全を考えてしまい、帝国の討伐隊が来るのなら…と、一歩引いてしまっていたのだ。ユウドの言葉は勇敢だ。だが、何も知らない子供の特有の無謀さがある。勇気や勢いだけでは解決することのできない現実など、数えきれない程あるのだ。そんないきり立つユウドだが、父親であるマスターにひと睨みされて視線を落としてしまう。

 

「何も知らねぇ旅人さんの前だ。身内の恥を晒すような真似するんじゃねぇ」

 

「で、でもよ、父ちゃん!」

 

「俺たちが辛くないとでも思ってんのか? みんな心を殺して日常を送ってるんだ」

 

「だけど俺は…!」

 

ユウドは歯を食いしばり、涙を浮かべて酒場を出て行ってしまった。それを追いかけようとする女店員だが、船乗りたちに止められていた。

 

「待つんだ、ナギちゃん! あんたは外に出ちゃいけねぇ。ユウドなら俺たちが探して来るからよ」

 

「…はい、お願いします」

 

肩を落とすナギを見て、申し訳なさそうに船乗りの数人が酒場から出て行った。

 

「お客さん、ウチの倅が申し訳ない」

 

マスターは外に飛び出して行った息子を思い、目を細めている。子供のユウドと大人たち。どちらの言い分も正しいが、どちらも間違いがある。ユウドの「早く助けてあげたい」という思いは人として正しいだろう。連れられていった人たちの事を考えれば尚更だ。だがその思いには手段が伴わない。反対に大人たちは確実な方法を選択しているが、「早く助けたい」という思いを殺し、ひたすら耐えているのだ。冷たく見えるかもしれないが、そこで彼らが反抗してしまったら連れられていった人たち、そしてシイカの人達の命まで危険に晒す事になる。…難しい問題だな。

 

俺はナギに会計を聞き、料金を払う。

 

「あの子が悪いとは思っていませんよ。海賊に連れられてしまった人達の事を思ってくれる、優しい子じゃないですか。悪いのは全部海賊なんですよ」

 

俺はそうマスターに伝えて酒場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

酒場を出てからすることは、海賊たちの情報収集だ。

シイカの大人たちが抱える問題に、俺は含まれていない。要するに俺はシイカや海賊にとってよそ者なのだ。俺が海賊たちに何をやっても、旅人の愚かな正義心の行いで済む。もし俺が失敗したとしても、スキルを使えば逃げ出せる可能性は高い。最悪、職業を幽霊にすれば殺される事もないのだ。幽霊最強だな。この世界に天敵である除霊師や退魔師が存在するのか気にはなったが、そんな相手には物理職のドラゴン辺りで相手をしよう。

 

シイカの人達に聞いたところ、海賊たちはシイカの港から東側の陸沿いに行った場所にアジトを構えていると教えてくれた。だがあくまでも場所を教えてくれただけで「下手なことはしない方がいい」と釘を刺されてしまう。やはり大人たちは討伐隊が到着するまで耐える方針のようだ。

 

俺はシイカを出て東に進む。

未だ酔いは残っているが、周辺のモンスター程度なら戦うのに支障はなかった。海の近くということもあり、海岸付近では大きなカニや宙に浮くクラゲのモンスターを確認した。アルコールを抜く為にも少し運動するか、とそれらのモンスターを倒していく。日は完全に落ち、辺りに明かりなどは無いが、特殊眼鏡のおかけでモンスターを見落とすことはなかった。

 

一時間程歩くと、海沿いに大きな洞穴が見えた。近くには海賊旗が掲げられた船もあり、洞穴には光がこぼれている。あそこが海賊たちのアジトなのだろう。俺は姿勢を低くしてそのアジトを眺めながらどう進入するか考えていると、視界に文字が浮かんだ。モンスターかと思い同時に神眼も発動する。するとそこには『ユウド・タリスマン』の文字が浮かんだのだ。俺は慌ててそこに駆け寄ると、傷だらけのユウドがそこに倒れていたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十話 海の精霊

傷つき倒れているユウドを見つけたのは良いが、介抱しようにも手段がない。海賊のアジトに潜入するつもりではいたが、ユウドを放っておく訳にもいかないだろう。ゲンテンやシイカには薬草のような物が売っていたが、残念なことに購入はしていなかったのだ。自分の準備不足が恨めしい。

 

「職業を医者にしても医療道具がないとな…。傷を癒す職業って何だ?」

 

ゲームをあまりやらない俺には、それがすぐに浮かばない。確か…某ゲームで僧侶という職業はあった気がする。俺は試しに能力ボードを開き、『偽証』を解除する。部分偽証もできるらしく、他職の項目は消したままだ。職業欄に手を触れ『僧侶』という文字を浮かび上がらせた。

 

ーーーーー

生明光太郎

職業:僧侶

レベル:1

HP:28

MP:40

力:35

体力:60

素早さ:30

知識:32

幸運:22

 

スキル:チェンジ、神眼

僧侶スキル:癒しの光

ーーーーー

 

レベルが低いと傷を癒すスキルを覚えていないかと危惧していたが、そんなことはなかったようだ。分析すると『HPを30前後回復する』らしい。俺は気を失っているユウドに手を触れ、スキルを発動する。

薄い緑色の光がユウドを包み、傷口が塞がっていくのが分かった。

 

「ん……」

 

光が収まり、ユウドがそっと目を開ける。

 

「あれ…俺何してたんだっけ」

 

「大丈夫か? ボロボロになって倒れてたんだが、どうしてこんな所に?」

 

俺の問いに、ユウドは自分の目的を徐々に思い出してきたようで目を見開いて体を起こした。

 

「そうだ、俺みんなを助けに行こうと思って来たけど、途中シーキャンサーに襲われて…何とか逃げれたんだけど…」

 

「シーキャンサー?」

 

「でっかいカニのモンスターだよ。あれ、血が止まってる…。兄ちゃんが治してくれたのか?」

 

「ああ、そうだよ」

 

シーキャンサー…、でかいカニなら俺がここに来る途中で倒してたヤツだ。確かに力はなかなか高いモンスターだった。最初はカニと侮って正面には動けないだろうと馬鹿にしていたら、いきなり跳躍してきたので驚いたものだ。

 

それよりもユウドだ。まさか子供の脚でここまでやってきて、海賊のアジトに乗り込むつもりだったとは…猪突猛進過ぎる。

 

「ユウド、君の心意気は買うが、君が一人で乗り込んで問題が解決すると思うか?」

 

「で、でもよ…」

 

「君が乗り込んで失敗して、海賊たちの怒りを買ったら連れられて行った人達の安全はどうする? シイカの人達にも海賊の怒りが飛んだらどうする?」

 

「あ…」

 

ユウドは悲しそうな表情を浮かべて視線を落とす。やはり考えが足らなかったらしい。しかし、連れられてしまった人達を助けようと行動する勇気は大したものだ。この子は将来立派な人間になるだろう。俺はそう思い、ユウドの頭に手を乗せる。

 

「だけどユウドの勇気は大切なものだ。そこは尊敬してやるよ」

 

「な、何言ってんだよ、助けようとするのは当然だろ」

 

俺はユウドの頭をくしゃくしゃに撫でる。当のユウドは照れているのか、顔を赤くして俺の手を跳ね除けようとしていた。直後、俺は視界に浮かんだ文字を見てユウドの口を押さえて身を伏せる。それを見てユウドも身を縮めた。

 

海上に小さな舟が見える。月明かりしか頼りはないが、舟は確かに見える。神眼を使うとそこに三人の名前が表示された。その中の二人は海賊のようだ。だが残り一人の名前を見て俺は驚いた。

 

『ナギ・タリスマン』

 

俺の横にいるユウドの姉。もしや俺がこちらに向かっている途中に海賊がシイカに行き、連れられてしまったのだろうか。俺は周りにモンスターがいないことを確認し、ユウドに「ここにいろ」と伝えて飛び出した。海上の海賊たちがアジトに到着してしまう前に何とかしたい。このまま泳いでいってもとても間に合わないだろう。何せオリンピックに出る選手でも時速7キロ辺りが限度だ。それならばと、俺は海に飛び込む瞬間職業を変えた。

 

職業:イルカ

 

俺の姿は見る間に変化して海中に潜る時には完全にイルカの体になっていた。足を動かす要領で尾びれを上下に振る。体のフォルム的にも水の抵抗を受けずにスイスイと進む。だが自分の人生の中でイルカになったことなど一度もないので問題が発生した。視界がぼやけているのだ。イルカは視力が悪かったのだろうか。

 

しかしそれでも目標と思われる場所は視力が悪くても、潜水していてもはっきりと理解できていた。これがイルカの能力なのだろう。俺は高い声を発しており、その反射で舟の位置を捉えていた。舟は目の前だ。

 

俺は勢いをつけて舟の直前でジャンプする。

 

その姿を海賊二人は唖然とした表情で見上げ、ナギは涙を流していたようだったが何事か理解できていない様子だった。俺はナギの服を口に咥え、舟上から連れ去る。そして海賊たちのお仕置きも忘れない。俺は着水直前に尾びれを舟に叩きつけ、舟を破壊した。そしてすぐさま離脱。

 

俺は長い時間潜っていられるが、ナギは別だ。一度ナギを離して俺の背に乗せてやる。海面で見たことのない生物の背に乗せられているナギの心境は分からない。超音波の反射から、海賊たちが未だあの場所でバチャバチャと慌てているのは分かるのだが…。

 

だが流石海賊というべきか。海上で暴れる彼らは泳ぎもなかなか達者だ。舟が壊されて仕方なくアジトまで泳いで帰っていた。彼らがアジトに逃げ帰った頃、俺は陸地までナギを送る。

 

「姉ちゃん!?」

 

陸地までやってきて姿が見えたのか、ユウドが慌ててこちらにかけてくる。

 

「ユウド! 良かった、あなた何でこんな所に…!」

 

姉弟は危機を脱しての再開だったこともあり、抱き合って涙を浮かべている。良かった良かった。俺は海面から顔を出しながら、うんうんと顔を上下に揺らして姉弟の感動シーンを見上げていた。

 

暫くして二人は落ち着いたのか、抱擁を解き、俺に向き合う。

 

「あれ、ところで兄ちゃんは?」

 

「兄ちゃんって誰のこと?」

 

「…あれ、おっかしいなぁ。兄ちゃんが助けに行ったと思ったんだけど、溺れちまったのかな」

 

ユウドにとってはそのように映っても仕方ないだろう。この職を解いて元の姿になったらどんな反応をするだろうか。そう考えている俺に、ナギが顔を近付けてきた。

 

「あなたが助けてくれたのね、ありがとう。でも見たことのないお魚さんね」

 

正確には魚じゃないけどな。この世界にイルカは存在しないのなら、ナギがそう判断するのも無理はない。ナギは俺の額を撫でながら俺の姿をじっと見ていた。年下の女の子に撫でられるのは少し気恥ずかしい。そろそろやめてもらえないかと懇願しようとするが、俺の口からは「キュー、キュー」としか声が出ない。ドラゴンの時のようにはいかないか。そんな俺の声を聞き、ナギは微笑む。

 

「あなたはモンスターという感じではないし、きっと海の精霊さんね。ありがとう、精霊さん」

 

ナギの唇が俺の口に触れる。

 

………は?

 

あまりに唐突な出来事に、俺の思考は真っ白になったのだった…。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十一話 海賊頭領

俺の思考が再起動を果たしたのは10秒程経過してからだった。

海賊から救い出したナギにキスされてしまったことは理解した。全くもって唐突すぎる。若い娘が

いきなりあんな行為をするなんて何を考えているのだ。いや、この考え方の方が乙女なのか? 思考は再起動を果たしたがまだ正常な働きを成していないようだ。

 

俺は能力ボードを開く。ヒレでは目の前に開かれたボードに届かないので口をつけて職業欄を空欄に戻す。そして俺はようやく元の姿を取り戻した。元の姿に戻ったのは良いが、海の中にいたので服はずぶ濡れだ。俺は水を含んで重くなった服にやれやれとため息をつき、海から上がった。予想はしていたが、目の前の姉弟は今の現象を目の当たりにして呆然自失としていた。なにせ目の前でイルカが人の姿になったのだ。ナギたちからすれば精霊が人の姿になった、ということか。

 

「に、兄ちゃん・・・? 溺れ死んだんじゃ・・・」

 

「勝手に殺さないでもらえるか?」

 

ユウドから素っ頓狂な呟きが聞こえ、俺は思わず突っ込む。隣に立つナギは先程の俺と同じように思考が止まってしまっているようだ。そんなナギを見ていると先程の行為が思い出されて気恥ずかしく、俺は思わず顔をそらす。

 

「あ、あなたは今日お店に見えたお客様・・・? え、どういうことですか? あなたが精霊様だったのですか?」

 

ナギは未だ混乱しているようだ。どう説明したものか悩む。もういっそ精霊でもいいかと俺は投げやりに結論づける。イルカにチェンジしたスキルのことを説明するには時間がかかりそうだし、そして更に困難なのが身の上の証明だ。この世界に戸籍といったシステムがあるのか不明だが、俺はどこどこで生まれ、どこどこで育ったという経歴がこの世界では証明することができないのだ。それならいっそ精霊ということでごまかしておこう。ナギとユウドの視線がこちらに向けられている。俺は二人と向き合い、「実はそうなんだ」と頷いた。

 

「訳あってこの大陸を旅しているんだ。今回シイカのこの事件に居合わせたのは偶然だけどね。詳しい事は話せないけど、この事は他言無用でお願いしたい」

 

遠回しにこれ以上追求してくれるなという意味を含んだ言葉を二人にかける。ナギにはそれが伝わったようで、跪き、祈るように両手を合わせて「分かりました」と言った。

 

「精霊様のお慈悲に感謝致します。精霊様…海賊たちの件に手を貸して頂けるのでしょうか?」

 

「そんな畏まらなくても良いよ。他の精霊は知らないけど、俺には普通にしてくれていいから」

 

「え、は、はい、分かりました」

 

俺にそう言われ、ナギは驚きながら俺に促されるように立ち上がる。

 

「ナギ、君の質問に答えると一応はそのつもりだよ。自信がある訳ではないけどね。これから海賊のアジトに潜入はしてくるけど、君たちは…シイカに帰ってもらおうにも途中でモンスターに出くわすと危険か。どうしようかな」

 

この場で待ってもらっていても良いが、どちらにしてもモンスターへの遭遇の危険が付きまとう。モンスターが近寄らない方法などあるのだろうか。そういえば町の中にはモンスターが入り込んでくる事はない。そこに何かヒントが隠されている気がする。

 

「モンスターは町の中にまで入ってくる事ってないのかな?」

 

「え、はい、そうですね。各町はソラシアール様が創り上げたとされる結界石がその土地に宿されていると聞いています。ソラシアール様の守護がある為、モンスターは入り込まないらしいです」

 

「結界石…結界か…」

 

一応試してみるか。俺は能力ボードを開いて職業欄に触れる。そしてその文字を浮かび上がらせた。

 

ーーーーー

生明光太郎

職業:結界師

レベル:1

HP:34

MP:65

力:47

体力:98

素早さ:66

知識:24

幸運:18

 

スキル:チェンジ、神眼

結界師スキル:守護結界(小)

ーーーーー

 

スキルを分析すると、範囲は三メートル。効果は一時間モンスターの侵入を拒む、ということらしい。俺はナギとユウドに向かって手を振るう。すると二人が立つ場所からボンヤリと暖かさを感じた。地面には三メートル程の円が刻まれている。

 

俺は職業を空欄職に戻すが、結界の効果は持続していた。取り敢えず一時間は大丈夫そうだ。

 

「この場所に結界をかけた。一時間はモンスターも入ってこない。俺が戻ってくるまでこの場所から動かないようにしていてほしい」

 

地面には描かれた円を見下ろしながらぽかんとしている二人に俺はそう説明する。

 

「え、それじゃあ、これは町の結界石と同じものですか? 精霊様…すごいです…」

 

「兄ちゃんすげえ」

 

ナギは驚き、ユウドは目をキラキラと輝かせている。これで当面は大丈夫だろう。効果は時間付きであるので、早く事を運んだ方が良さそうだ。俺は二人をその場に残し、海賊のアジトに向かった。

 

 

 

洞穴の手前で職業を『透明人間』にチェンジさせる。

これで視覚的に発見されることはないだろう。あとは気配を殺すだけだが、これが神経を使う。洞穴の中を覗くと、なかなか奥深い洞穴になっているらしい。サーベルを帯刀した海賊の姿が数人見てとれた。まずは連れられてしまったというシイカの人間を探すとしよう。いざ戦いになってしまった時に人質として使われては厄介だ。

 

俺は海賊たちを素通りして洞穴を進む。そのまま正面に向かっていくと部屋のような広い空間があった。そこのベッドで女性が横になっているのを発見するが、俺は思わず目をそらす。女性は裸であったのだ。海賊の仕業かと察し、周りに海賊の姿がない事を確認してその女性に近付く。

 

「大丈夫か?」

 

女性の目の前で透明化を解き、そう呼びかける。女性はいきなり目の前に現れた俺に驚き戸惑っている様子だった。

 

「警戒しなくてもいい、君たちを助け出しに来たんだ。シイカの他の人たちはどこにいるか分かるかい?」

 

「………ど、どうやってここまで? ここまで来るのに海賊たちに見つからなかったのかい?」

 

「詳しく説明している時間はないが、透明になるスキルがあるんだ。それより他の人たちの場所を知っているのなら教えてほしい」

 

「…この部屋から右に出て、一番奥の部屋だ。透明…そんなスキル聞いた事ないけど、そんなのがあるのか…」

 

女性は他の人たちの居場所を伝え、なにやらブツブツと呟いている。相手が裸なこともあり、あまりそちらを凝視できないが、怪我のようなものは無さそうだ。

 

「さぁ、ここから出よう。そこにある布を羽織ってついて来てくれ」

 

部屋の外に警戒を伸ばしながら女性の準備を促す。いくらなんでも裸で傍にいられては気が散ってしまう。俺だって年頃の男なのだ。

 

「そう言わず、もう少しゆっくりしていきなよ」

 

部屋の外に視線を向けていた俺の背に、女性がそう続ける。

 

 

瞬間、俺は背筋が凍り、咄嗟にその場を飛び退いた。その直後、先ほどまで俺が立っていた場所が弾けていた。地面を抉った物の正体は鞭。ベッドにいた女性が鞭を振っていたのだ。俺は着地して自分の失態を理解する。表情に出ていたのか、女性は嬉しそうに立ち上がって鞭をしならせている。

 

「しまったな…イメージが先行してしまっていた。海賊と言われて男だけだと思い込んでしまっていたか」

 

「ふふ、それは残念だったね」

 

そう、俺が犯した失態とは目の前の女性がシイカから連れられてきた被害者だと決めつけていたことだ。この人は…海賊なのだ。

 

「アタシがこの大陸で恐れられているシーサーペント海賊団頭領、ネリカ・ル・ネリカだ。覚えときな!」

 

ネリカの鞭が再度俺を襲った。




光太郎現能力
ーーーーー
生明光太郎
職業:
レベル:8
HP:54
MP:20
力:77
体力:117
素早さ:85
知識:32
幸運:18

スキル:チェンジ、神眼
武闘家レベル:10
武闘家スキル:回し蹴り、足払い、二段蹴り
転送士レベル:8
転送士スキル:物質短距離転送
魔術師レベル:6
魔術師スキル:ランク1火魔法、ランク1水魔法、ランク1風魔法
付与術師レベル:2
ドラゴンレベル:2
ドラゴンスキル:炎のブレス
イルカレベル:2
イルカスキル:クリック音
結界師レベル:1
結界師スキル:守護結界(小)
幽霊レベル:1
幽霊スキル:すり抜け、取り憑き
飛毒蛾レベル:1
飛毒蛾スキル:毒鱗粉
透明人間レベル:1
透明人間スキル:透明化
商人レベル:1
医者レベル:1
鳥レベル:1
ーーーーー


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十二話 ネリカの弱点

鞭を振るう時、軌道を見切るのは普通の人間には不可能だ。振るわれた鞭の先端は長さにもよるだろうが、時速1000キロを超える。そんな速度である為、人の目ではそれを視認することなどできないのだ。よって俺はひたすら女性と距離を置くことで、鞭の射程範囲から逃れる方法を選択していた。だが相手もバカではない。ネリカは鞭で俺の動きを牽制しつつ、この部屋唯一の出入り口を制するようにそこに陣取ってしまったのだ。

 

「そらそら、どうした! アタシをもっと楽しませておくれよ!」

 

ネリカの振るう鞭が「パンッ」と大きな音を響かせる。あの音こそが音速を超えた証明、俗に言うソニックブームだ。だがそんな考察よりもやらなければならないことがある。俺は避けつつ、ベッドの脇に置かれていた布を手に取った。それを見てネリカは可笑しそうに口角を上げている。

 

「そんなのでアタシの鞭を防げるとお思いかい?」

 

「違う、一時休戦だ」

 

「…はぁ?」

 

「は、裸で暴れるな。服を着ろ。せめてこの布を羽織って前を隠せ」

 

俺の必死の提案に、ネリカは自身の体を見下ろし、腹を抱えながら笑い出した。

 

「とんだ純情男だね。でもそんな芝居には乗らないよ。時間を稼いで逃げ出す算段を考えてるんだろう?」

 

「違う、女ならそう簡単に男に裸なんて見せるんじゃない。恥じらいをもて、恥じらいを!」

 

「な…アタシは海賊頭領ネリカ・ル・ネリカだ! 甘くみるんじゃないよ、そんな恥じらいなど!」

 

ネリカは憤慨する。俺の提案は火に油を注ぐ結果となったらしい。ネリカの怒りは大炎上だ。町娘と同様の扱いをさせた事がよほど気に入らなかったようだ。「女」というワードはネリカには禁句としておこう。だがその学習は後の祭りだ。既に怒りでヒートアップしてしまっているネリカを前に、どういった対応をすれば良いのか分からない。とりあえず、自身を守ることが最優先か。ネリカの鞭が振り上げられたのを見て、俺は慌てて能力ボードを開いて『チェンジ』を使用する。鞭の先端がこちらに飛んできた時には俺の職業は『幽霊』となっていた。鞭はネリカにとっては虚しく空を裂く。

 

「な…何だって!?」

 

幽霊に物理的攻撃は通用しない。これで相手の攻撃を気にせず考えをまとめる事ができそうだ。驚いているネリカを余所に、俺は座り込んで考える姿勢をとった。

 

「くっ、どうなってるんだい!」

 

攻撃が当たることはないが、何度も俺の体を通り抜ける鞭には多少の恐怖感がある。人間には反射というものがあり、無意識に危険なものから避けようとしたり、衝撃に耐えようと硬直する反応がある。こればかりは仕方ないだろう。気がつくとネリカは自分のすぐ目の前まで近付いており、必死で鞭を振るっていた。その度に胸も揺れるものだから、俺は思わず目を覆う。

 

「一体何なんだい、アンタは!」

 

「…答えたら服を着てくれるか?」

 

「…くっ、アンタはどこまでアタシを舐めるつもりだい!」

 

遂に痺れを切らしたネリカは直接俺を捕まえようとする。しかし当然ながらネリカの腕は俺の体をすり抜けた。そういえばこうやってすり抜けている途中で職業を通常のものに変えたらどうなるのだろうか。それがめり込んだまま戻ってしまうのだろうか。考えてはみたが実践する訳にもいかず、今後も注意だけはしておこうと決めた。

 

「あ、一応弱点見てみるか」

 

「あぁ!?」

 

俺は特殊眼鏡でネリカの分析を試みる。幽霊になっても身につけているものは体と一緒に幽体(?)化しており、外れることはない。冒険者の服が脱げなかった時点で察しはついていたが、なかなか便利なものだ。

 

―――――――――

属性:人間

弱点:趣味が露見すること

―――――――――

 

…分析結果に俺は首を傾げる。属性の人間は見れば分かる。だが弱点の「趣味が露見すること」の意味がよく分からない。

 

「趣味…って何だ?」

 

俺は思わず口に出してしまった。だがその直後、ネリカの顔がみるみる赤くなっていった。その顔色には焦りが見える。

 

「あ、アンタには関係ないだろ!」

 

「…その反応、よっぽど知られたくない趣味があるとみた!」

 

その内容を知ることができれば、イニシアチブが取れそうだ。そう直感した俺はネリカのそれを見逃さなかった。ほんの僅かな瞬間であったが、ネリカの視線が泳いだのだ。視線の先はベッド横に置かれていた鞄だ。俺はすぐさま飛び出して職業を空欄職に戻し、その鞄に手を伸ばす。

 

「これか!」

 

「や、やめろー!」

 

ネリカもほぼ同時に手を伸ばすが、基本能力の差でネリカの弱点である何かが入っているであろう鞄は俺の腕の中に収まった。先程までの男勝りな態度や表情はどこへ掻き消えたのか。今のネリカは蒼い顔をして虚空に手を伸ばしている。

 

「この中に知られたくないモノが入ってるんだろう?」

 

「よ、よせ…。分かった、アンタの言うことを聞こう。服を着ればいいのか?」

 

「そうだ、無駄な抵抗はせずに服を着ろ」

 

俺の脅迫に、ネリカは観念してベッドの上に置かれていた下着や服を身につけた。これで目のやり場は安泰だ。ネリカの服はやや過激で露出の多い衣類であったが、先程の全裸よりはマシだ。

 

「これでいいんだろう! さぁ、アタシの鞄を返しな!」

 

「断る。服を着たらコレを返すという約束はしていない」

 

「な…! き、汚いヤツだね!」

 

海賊相手に言われるとは思ってもいなかった。確かに当事者からしてみれば最低の行動をしていると思うが、これも事件解決のため仕方ないと自身を慰め納得させる。

 

「こちらも譲歩はしてやろう。この鞄を返して欲しければ、条件を二つのんでもらおうか」

 

「本当だろうね…? 言ってみな」

 

「まずはお前たちが連れてきたシイカの人間を解放すること。そして次が今後シイカに二度と手を出さないことだ」

 

俺は条件を二つ提示する。シイカの人間を解放できれば、当面の目的は果たされる。そんな条件を突きつけられ、ネリカは俺の抱える鞄を見ながら悔しそうな表情を浮かべて渋々頷いた。

 

「いいだろう、条件をのんでやる。ついてきな」

 

そう言ってネリカは歩き出す。そして部屋を出て傍にいた海賊の大男に呼びかける。

 

「これから出航するよ。バカ共を起こして乗船させときな」

 

「と、頭領! その後ろの見かけねぇヤツは誰ですかい!?」

 

「…いいからとっとと準備しな!」

 

「へ、へい!」

 

大男はネリカに怒鳴られ、慌てて去っていった。どこの世界でも女は強いのか。俺は今の光景を見て、幼馴染の優月に頭が上がらなかった日々を思い返してしまう。優月もこうしてネリカのように弱点を見つけてイニシアチブが取れれば良いのだが、アイツにそんな姑息な手段は通用しない。そんなことをしようものなら実力行使でボコボコにされ、それ以上に俺の知られたくない闇を探ろうとする。そして俺は優月に逆らうことを諦めた。

 

通路を進み、先程の部屋よりも狭いが開いた場所に出る。そこには見張りとして二人の海賊が立ち、その奥にシイカの女性たちと思われる人たちが疲れた顔をして横になっていた。ネリカは見張りに出航する旨を伝え、この場から立ち去らせる。

 

「お前らも起きな! 解放してやるよ!」

 

そのネリカの言葉に、女性たちは起き上がって今の言葉を反芻させている。そしてやっと理解したのか、涙を浮かべる女性たち。俺はその様子を見て胸が痛んだ。海賊たちに何をされてきたのか、詳しく聞きたいとは思わない。この件がトラウマになってしまっている女性も中にはいるかもしれない。だがまずはこの状況から抜け出すことができたのだ。今後は彼女たちの家族や恋人や友人が、寄り添い心を癒してくれることを願う。

 

「俺がシイカまで送ろう。みんな洞穴の前で待っていて下さい」

 

海賊とは違う風貌の俺の姿を見て、女性たちは俺が救出に来たと察したのか、俺に頭を下げてこの場から出て行った。全員が出て行ったことを確認し、俺はネリカに向き合う。

 

「お前たちがやってきたことを許さないとか偉そうぶるつもりはない。俺はシイカとは無関係な人間だからな。だけど約束を守ってくれたことは礼を言っておこうか」

 

「シイカに手を出さない、これはアタシの海賊としての矜持に懸けて守ろう。さぁ、次はアンタが約束を守る番だ。そいつを返しな」

 

ネリカが手を伸ばす。海賊をどこまで信用してもよいのか分からないが、約束は約束だ。ネリカの弱点というものは気になるが、俺は中を検めることはせず、鞄をネリカに向かって放り投げる。安心した様子のネリカは鞄を取ろうとした直後、洞窟の天井に張り付いていたと思われるコウモリのような生物が鞄に向かって飛んできたため、ネリカは思わず手を引っ込めてしまった。

 

鞄は地面に落ち、コウモリは上空を旋回している。エサか何かと勘違いしたのだろうか。コウモリはネリカの鞭で弾かれ、絶命する。

 

「…チッ! 驚かせやがって。だがこれでこいつはアタシの元に返ってきた。ひとあんし…ん…だ…?」

 

ネリカは地面に落ちたソレを視界に入れる。地面に落ちた衝撃か、鞄に切れ目が入ってしまっており、その切れ目から中身が飛び出してしまっていたのだ。俺もしっかりとそれを見てしまった。

 

 

 

 

 

 

羊皮紙に描かれたマンガのような絵を………。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十三話 賑わいのシイカ

ネリカ率いる海賊たちの乗った海賊船がシイカ近海から離れ、それを見送った俺はナギやユウド、捕らえられていたシイカの女性たちを引き連れてシイカへの帰路につく。結構な行列ができてしまったので、途中襲いかかってくるモンスターから彼女たちを守るのは骨が折れたが、神眼を使って近付くモンスターを感知し、必死で排除していった。

 

彼女たちの安全を第一に考えての移動となり、途中休憩を含めたこともあってシイカに着く頃には日が水平線から顔を覗かせていた。シイカに戻れた女性たちは涙を浮かべて各々の家へと戻って行く。

 

「流石に今日は疲れたな…」

 

体力的な面でもそうだが、一番疲弊したのは精神だ。今日一日でだいぶ脳をフル稼働させた気がした。体が睡眠を欲している。宿泊施設を探そうとしていると、先ほどの女性たちが家族を引き連れてこちらに戻って来た。

 

「助けて頂いてありがとうございます」

「あなたはこのシイカの救世主様です」

「なんてお礼を言っていいか…」

 

と、感謝を述べられた。それ自体は悪い気分ではないのだが、いかんせん脳が働かない。そんな俺に助け舟を出してくれたのがナギだった。

 

「皆さん、今回のことで精霊様もお疲れのご様子。本日はお休み頂いて、お礼はまた後日…ということでどうでしょうか?」

 

「…精霊様? ナギちゃん、この方は精霊様なのか?」

 

「はい、私と弟のユウドは見ました。私たち人とは違う、海の精霊様の姿を」

 

ナギがそう告げた瞬間、俺の目の前に立つ人たちは一斉に手を合わせて祈り出す。中には土下座する者すら現れた。これは助け舟じゃなさそうだな。余計に事態を複雑にしてくれたようだ。だが最初のナギの案は通ったようで、彼らはまた後日ということで俺を解放してくれた。宿泊場所を探している事を伝えると、皆が自分たちの家で是非、と勧めてくれたがユウドの強い希望もあり、俺はユウドたちの酒場で休ませてもらうことにした。

 

予想はしていたが、酒場に着いてマスターにも頭を下げられてしまった。マスターのお礼もそこそこに、俺はナギに上階へ案内される。その部屋のベッドを使って下さいと言われ、俺は眼鏡を外して倒れ込む。これでやっと体を休ませる事ができる。だが今回の件が全て解決した訳ではないのだ。残ってしまった問題が俺を悩ませてしまっていた。

 

 

◆◇◆◇

 

時は遡る。

ネリカの鞄の中から出てきた羊皮紙に描かれた漫画のような絵。この世界にも漫画という文化があったことにも驚いたが、それ以上に衝撃だったのがそのキャラクターであった。おそらく自分を模したであろうキラキラ目の女の子と、イケメン風の男の絵が描かれている。俺はそれを見下ろし、改めてネリカの顔を窺う。顔を真っ赤にし、あちらこちらに目が泳いでいる。先ほどのまでの威勢は影を潜め、目の前で慌てる女性はまさしく…

 

「乙女か」

 

「ち、違う!」

 

慌てて否定するネリカだが、言い逃れできない物的証拠が目の前にあるのだ。その後もネリカは「子分から取り上げた」「私が描いた訳ではない」と言い訳を始めたが、鞄の中には絵を描くための道具も揃っていた。皆が恐れる海賊頭領の趣味としては意外だ。だがこれがネリカの弱点であるのは間違いないようだ。

 

「くっ…こうなったらお前を消して全て無かったことに…」

 

「待て、落ち着いてくれ。鞭を振り上げるな」

 

「黙れ! 天下のネリカ様がこんな趣味をもっていると世間に知られてしまってはシーサーペントの名が地に落ちる!」

 

「約束するよ、絶対他の人には言わない。そちらがシイカの人達を解放するという約束を守ってくれたんだ。こちらもしっかり守らないとな」

 

「し、信用できるもんか!」

 

「そろそろそれを片付けないと、出航準備ができたって子分が呼びに来るんじゃないか? それに、俺には攻撃が当たらない事は先ほど理解しているだろう?」

 

「く、くそっ!」

 

ネリカは鞭を下ろし、先ほどの自室から新しい鞄を取りに行き、この場で散乱してしまっている「乙女の作品」を片付け始める。手伝おうとしたが猫のように威嚇をしてくるため、俺はその光景を見下ろすのみだ。

 

この後すぐに子分が呼びに来たため、その件についてネリカから追求はなかったものの、去り際に「恥をかかせた落とし前は必ずつけてやるからね」とひと睨みしていった。シイカに手出しはしないという件は遵守してもらえると思うが、今後俺を狙ってくる可能性はありそうだ。俺は大きく溜息をついたのだった。

 

◆◇◆◇

 

 

 

重さを感じる頭を覚醒させ、俺は体を起こす。

窓の外は既に夜空が広がっていた。窓から見上げる夜空に浮かぶ青色の月。月明かりが照らすシイカの港は賑わいを見せていた。海賊に連れられていた家族、友人、恋人が帰ってきたのだ。その賑わいも当然だ。だがそんな賑わいを見せるシイカの港だが、俺が休ませてもらったこの酒場は静かなものだった。夜中で酒場とくれば外以上に盛り上がりをみせて当然のようなものだが、部屋の外へ出ても人の声ひとつ聞こえない。ベッドを提供してくれたマスター達に礼を述べたいのだが、どこにいるのだろうか。

 

薄暗い階段を降り、外に出てみる。酒場周辺は静かなものだが、少し離れた場所には祭りのように店が並んでいる。何が売っているのか気にはなるが、それよりも今は酒場前の椅子で眠り込んでいるナギに気付く。その隣にはユウドがお腹を出して眠っていた。俺が傍に置いてあった布をかけてやろうとすると、ナギが目を覚ます。

 

「あ…精霊様、目を覚まされたのですね」

 

「んー、俺には一応生明光太郎って名前があるんだ。光太郎って呼んでもらってもいいかな」

 

「はい、コウタロー様」

 

「…様もいらないかな?」

 

「しかし精霊様を呼び捨てにするなんて畏れ多いことです。そんなことはできませんよ」

 

「困ったなぁ…」

 

この世界ではソラシアールという精霊を崇拝している傾向にある。同じ精霊であると信じてしまっているこの世界の人間には、敬うのが当然というのも分かってしまう話だ。これは別にナギが悪い訳でなく、面倒なことを避けるために自分が誤魔化してしまったために起きた事態だ。自業自得、というやつだな。そんな悩んでいる俺を見て、ナギは不思議そうに俺の顔を見つめていた。

 

「光太郎様…精霊様も人の姿になると私たちと同じように悩んだりするんですね」

 

「そ、そうだな。他の精霊のことは分からないけど、俺は万能じゃないからね。それよりも何でこの辺りは店が出てないんだ?」

 

「それはこちらで光太郎様が休まれていたので、ゆっくり休んでいただこうと配慮させて頂きました。あの辺りならそこまで休息の妨げにならないかと」

 

「そうか、気を遣わせてしまったな」

 

遠くで酒を配っているマスターを見ながら感謝する。

 

「そういや、弟クンのユウドには驚いたよ。まさか一人でアジトに乗り込むつもりだったなんてね」

 

「そうですね…、今想像してもゾッとします。この子は本当に後先考えないんだから」

 

そう言ってナギはユウドの頭を優しく撫でる。そして暫くして顔を上げ、俺を見つめる。

 

「あの…光太郎様はシイカから離れてしまうのでしょうか? このままシイカの守護精霊にはなって頂けないのでしょうか?」

 

「申し訳ないけど、約束があるのでゲンテンに戻らないといけない。マリアリアまで道中用心棒をすることになっているからね」

 

俺がナギの案を断ると、僅かに寂しそうに表情を曇らせる。だがそれも一瞬で、「それなら仕方ありませんね」と笑顔を浮かべた。

 

俺とナギは青い月を見上げ、「俺も兄ちゃんみたいに強くなるんだ…」というユウドの寝言を聞き、互いに笑ってしまった。

 

―楽しい夜だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十四話 新たな仲間

シイカから海賊が撤退した翌日、シイカを救ってくれた海の精霊様に改めてお礼を、と大勢の人たちが酒場前に詰めかけていた。そんな人たちがを迎えたのは、酒場のマスターだった。

 

「マスター、精霊様はお目覚めかい?」

 

「私は精霊様に助けて頂きました。お礼をさせて下さい!」

 

詰め寄る人たちにマスターは顔を顰める。頭をポリポリと掻き、大きく溜息をついた。

 

「こうやって集まってくれた人たちには申し訳ないが、精霊様はもういない。早朝に出て行かれたよ」

 

彼らが集まっていた目的の人物がそこにいない。それは彼らにとって残念な情報だった。精霊様を一目見ようとやってきた者もいるが、本当に感謝を伝えたいと集まってきた人たちが大半なのだ。中にはお礼の品を持参してやってきた者もいる。

 

「そんな…まだちゃんとお礼も言っていないのに…」

 

「そのことなんだが、精霊様曰く『気恥ずかしい』そうだ。俺からも皆の気持ちを伝えていたが、俺からの礼も受け取ってもらえず、塩を少量買って満足して行かれたよ」

 

光太郎は精霊ではない。しかしそうだと聞かされている彼らにとって、海の精霊様は慈悲深く謙虚な方なのだと偶像される。彼らは海の方角に体を向け、手を合わせて祈り、感謝を捧げた。

 

 

 

彼らがその場から離れて疎らになった頃、シイカの外から鎧を着込んだ集団がやってきた。また海賊がやってきたのかと焦ったが、掲げる軍旗を見て皆肩を撫で下ろした。青い月と剣が描かれた軍旗、それはマリアリア帝国所属の隊であることを示している。

 

先頭にいる隊長と思わしき人物がマスターの前で足を止める。

 

「失礼、自分はマリアリア帝国八番隊を率いているクロッカ・ライモンと申します。海賊被害の報を受け、今救出に参った次第。話をお聞きしても宜しいか?」

 

兜を外し、細面な銀髪の青年がマスターにそう告げる。

 

「遠路はるばるご足労下さり申し訳ない。ですがその件は解決をみたので、無駄足になってしまいましたな」

 

「…解決? どういうことか?」

 

「海の精霊様が人の姿で現れ、海賊たちを追い払って下さった。シイカには既に平穏が戻っておるのですよ」

 

「精霊様…だと?」

 

クロッカに限らず、後ろに控える隊員たちも動揺を隠せない。彼らにとって精霊とは、シアール大陸や人を誕生させてくれたソラシアールのような天上の存在だ。そんなソラシアールと同じ精霊が現れた。これは大陸全土における大ニュースだろう。ただそれが本物であれば、である。クロッカが怪しんでいるのはその点だ。世間には自分の身分を詐称して人々を騙す輩も存在するのだ。まして精霊を騙るとなれば、これはマリアリア帝国では重罪にあたる。

 

「本人がそう言ったのか? 精霊様と確定づける証拠のようなものは?」

 

「娘から聞いた話だが、本人がそう告げたようです。しかし娘の話では、今まで見たこともないようなお姿になって助けられたと言っていた。息子もその姿を一緒に見ております。このような姿だったそうです。娘が羊皮紙にそのお姿を描いたものですが…」

 

懐から一枚の羊皮紙を取り出す。彼らにとっては未知の生き物であるが、そこには光太郎がチェンジして姿を変えたイルカが丁寧に描かれていた。その姿を見てクロッカも息を飲む。

 

「娘と息子に是非話を伺いたい。話を聞くことはできるだろうか?」

 

「娘と息子ならおりません。今回の恩を尽くすと無理やり精霊様に付いて行ってしまいましたのでな」

 

「…精霊様はどちらに行かれたのだ?」

 

「ゲンテンに戻るとは言っておられたが、追いかけるおつもりか? それでしたら帝国で待つ方が良い。生誕祭へ行くことは聞いておりますからな」

 

「成る程、お話感謝する。ブルゾン、お前は今回の海賊事件の情報を集め、報告書をまとめよ。キティ、負傷者がいないか呼びかけろ。負傷者がいれば傷を癒してやれ」

 

クロッカは隊員たちに向き直り、指示を出す。

 

「俺は単身帝国に戻る。精霊様…本物か定かではないが報告の必要がありそうだ」

 

マスターから見せられた精霊の姿。確かに見たことがない生物だった。描き手の主観も含まれてはいるだろうが、モンスターのような印象はない。だがモンスターによっては姿形を変えられる者も存在するのだ。もしもそのような類であるならば、我が剣で葬らなければならないだろう。

 

 

クロッカが立ち去った後のシイカ。

今後は海賊たちの被害を受けることのない平和が続くようになる。特産となる塩や新鮮な海産物で冒険者たちが大勢立ち寄り、更に大きな発展をしていくことになる。シイカの港には海の精霊の加護があるとされ、ナギの残した絵を元に町の中央にはイルカの像が建てられることになるのだが、光太郎がそれを知る事はなかったという。

 

◆◇◆◇

 

シイカを出て数時間、俺は行き以上に時間がかかることを覚悟していた。後ろを歩くナギとユウドの歩くスピードや体力を考慮すると、どれだけ時間が必要になるのだろうか。

 

早朝に酒場を出ると既にこの二人が待ち構えており、俺に付いてくると言うのだ。最初はユウドの希望だったらしい。「強くなりたい」というユウドの言葉に、俺はティアの姿を重ねた。ユウドの優しさや正義感は褒められたものだと思う。しかし実力が伴わないのだ。今回の海賊事件では最悪の事態を免れたが、俺が近くにいない時にまた同じような目に遭わないとも限らない。それならいっそ強くなってもらった方が安心できるし、同じ年頃の競争相手ができてティアにも良い影響を与えるかもしれない。最初は悩み渋った俺だが、ユウドの面倒を見るナギが美味しい食事を作ってくれるというので、俺の胃袋は二つ返事で頷いた。人間はやはり三大欲求には逆らえるものではないようだ。

 

ゲンテンまでの旅路は危険も伴う。俺もこの辺りのモンスターに手を焼くことはないが、戦えない人間を二人抱えるというのは万が一の事を考えると不安が残る。ならば仕方ないと、俺はティアと同じように二人に能力ボードを開いてもらい、職業をチェンジさせた。

 

二人の職業は「酒場の娘」「酒場の息子」だった。酒場が潰れてしまったらどうなるのか気になったが、ユウドには本人の希望もあり『剣士』に。ナギは相手を傷付けるのが怖いということで、非戦闘職と思われる『料理人』にチェンジしてみた。

 

「お疲れ様です、コウタロー様、ユウド。旅路の途中ですので簡単な物しか作れませんでしたが、お食事ができましたよ」

 

俺が魔術師のスキルで薪に火をつけ、それを使ってナギが温かい食事を用意してくれた。シイカへ行く途中はゲンテンで売っていたパンを食べてはいたが、こうした温かな食事は体も癒される。俺も料理が出来ない訳ではないが、長く一人暮らしをしていた為、他人が作ってくれた料理というものに飢えているのかもしれない。

 

「兄ちゃん、俺のレベルが2に上がったよ!」

 

「まだ能力値が低くて心配だけど、俺がフォローできれば何とかなるかな。ただ、何度も言ってるけどいきなり突っ込むな。先手必勝も良いけど、時には痛い反撃を受けることもある」

 

「わ、分かってるよ」

 

「だけど見たこともないモンスターに向かっていく勇気は大したものだと思う。そこは俺にはない強さかな」

 

「…!」

 

一度落ち込んでしまったユウドだったが、俺に褒められた瞬間に顔を綻ばせ、上機嫌になってナギの用意してくれた食事に手をつけている。その後はナギからマリアリア帝国の話を聞いた。ナギたちは生誕祭に一度行った事があるそうで、その中の催しなどを聞かせてもらった。

 

ゲンテンに戻ったら次の目的地はマリアリア帝国だ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十五話 帰ってきたゲンテン

ゲンテン近くの草原。

俺とナギとユウドはようやくそこまでやってきていた。帰るのに時間はかかってしまったが、グリーンが話していた出発日に間に合って胸を撫で下ろす。

 

ユウドの剣士レベルは6。ナギの料理人レベルは5になっていた。ユウドの持つ木刀は強度がそれほど高くなく、既に先端部分は折れてしまっている。子どもに刃物を持たせるのは心配だが、シイカの武器屋で売っていた剣を買い与えた方が良いのだろうか。そんな事を考えていると不意に特殊眼鏡が反応する。

 

ーーーーー

属性:レアメタル

弱点:石の目

ーーーーー

 

視界に何かがはいってきたようだ。そちらを確認すると、そこには空中をふよふよ浮き銀色に輝く石があった。この辺りでよく見かけるスライムのようにいくつかの目玉もある。初めて見るモンスターだ。神眼スキルを使用したところ『メタルストーン』という名前らしい。

 

「ユウド、フォローはする。アレを倒せるか?」

 

「やってみる!」

 

俺の呼び掛けにユウドは応え、木刀を振り上げてメタルストーンへ振り下ろす。レベルの上がっているユウドの剣捌きは鋭いものがあったはずだが、宙に浮くメタルストーンは微動だにせず、ユウドの持つ木刀がへし折れるだけに終わってしまった。

 

「お、俺の伝説の剣が…」

 

いつの間にそんな大仰な剣になっていたのか聞いてみたいが、今はまだ戦闘中だ。相手の反撃に備えてすぐにユウドのフォローに移れるよう身構えていたが、メタルストーンはこちらをバカにするかのようにゆらゆらとその場で旋回するのみ。この機に俺はユウドを下がらせ、自身で攻撃する。空欄職だが俺の能力値は高い。石に対して拳で挑むのは無謀かと思えたが、俺の視界に収まるメタルストーンは『分析』によって弱点が赤く光って映し出されていた。

 

石には目があり、特殊な工具が無かった時代、石工たちはそれを読んで最小限の手数で石を割っていたとされる。

 

弱点の『石の目』がそれを差しているのだとしたら、赤く光る部位がその石の目なのだろう。これは分析していないと分からない。もし分析できていなければ、俺はきっと目玉を狙っていただろう。だがあれは弱点ではないらしい。

 

俺は拳を握り、赤く光る部位目掛けて突きを放つ。ガンッという衝撃音と共にメタルストーンの体がぐらぐらと揺れる。微かに亀裂が入った。それを見て、間髪入れずにもう一箇所の石の目を蹴り上げる。更に亀裂が入り、目玉がぎょろぎょろと浮かび上がった。後残り一箇所。だが命の危機を感じたのか、メタルストーンは残像すら見えそうなスピードで俺の視界から逃れようとするが、それよりも先に俺の拳が残る石の目を捉えた。

 

ピキッという音をたて、メタルストーンは真っ二つに割れた。地に落ちるメタルストーンにもう目玉は浮かばず、ただの石になっていた。それを見下ろす俺の元に、ユウドとナギが駆けてきた。

 

「やっぱり兄ちゃんはすげえや!」

 

「コウタロー様、大丈夫ですか?」

 

「大丈夫だよ。それよりもこんなモンスターもいるんだなぁ」

 

「私も初めて見ました。でも酒場に立ち寄る冒険者さんから聞いたことがあります。攻撃しても全く倒す事が出来ない銀色のモンスターがいる、と。おそらく…同じ種族のモンスターだと思いますが…」

 

ナギの話を聞き、俺は成る程と納得する。俺も『分析』が無ければその冒険者と同じように倒す事など出来なかっただろう。普通は石の目を読む事など、熟練の経験者でなければ不可能だ。だがそこまで倒すのが難しいモンスターであれば、経験値は相当期待ができる。俺は意気揚々と能力ボードを開いた。

 

ーーーーー

生明光太郎

職業:

レベル:14

HP:78

MP:28/31

力:90

体力:133

素早さ:99

知識:42

幸運:27

 

スキル:チェンジ、神眼、技宿

武闘家レベル:13

武闘家スキル:回し蹴り、足払い、二段蹴り、発勁

転送士レベル:10

転送士スキル:物質短距離転送、物質中距離転送

魔術師レベル10

魔術師スキル:ランク1火魔法、ランク2火魔法、ランク1水魔法、ランク1風魔法

付与術師レベル:4

幽霊レベル:3

幽霊スキル:すり抜け、取り憑き

僧侶レベル:3

僧侶スキル:癒しの光、解毒の光

イルカレベル:2

イルカスキル:クリック音

ドラゴンレベル:2

ドラゴンスキル:炎のブレス

透明人間レベル:2

透明人間スキル:透明化

結界師レベル:1

結界師スキル:守護結界(小)

飛毒蛾レベル:1

飛毒蛾スキル:毒鱗粉

商人レベル:1

医者レベル:1

鳥レベル:1

ーーーーー

 

何度見ても思う事だが、多すぎる職業に自分でも呆れてしまう。だが一番最初に目に飛び込んできたのは自分のレベルだった。この一回の戦闘でレベルが3も上がっていたのだ。メタルストーンはかなりの経験値持ちという事らしい。是非ともまたお会いしたいものだ。

 

「新しいスキルがあるな」

 

スキル欄に見覚えのないスキルが増えているのに気付いた。俺は早速『分析』を始める。

 

ーーーーー

技宿

数多くの職業を経験してきた者がその恩恵を受けるスキル。それらの経験は決して無駄にならず、いつでもその身に宿っている。他の職業で身につけていたスキルが使用可能になる。

ーーーーー

 

これは…とても便利なスキルだ。俺は試しにランク1火魔法を掌に灯す。火の大きさは魔術師時の方が大きい気がするが、空欄職のままで初めて魔法を扱える事ができた。おそらく他のスキルも同様に扱える事ができるのだろう。このスキルは各職業のデメリットも消す副次的メリットもある事に気付く。例えば、魔術師や転送士は基本能力は低いがその扱えるスキルは魅力だ。だが技宿スキルを使用すれば基本能力の高い空欄職のまま、それらを扱えるようになるのだ。そして戦闘中にわざわざ能力ボードを開いてチェンジを使用するという手間も省ける。

 

「時間がある時には色んな職業になってみてもいいかもしれないな」

 

俺はそう呟いて二人に向き合い、遠くに見えているゲンテンを指差した。

 

「やうやく着いたな。あそこがゲンテンの町だよ」

 

数日離れていただけだが、ゲンテンの町がやけに懐かしく感じてしまう。ゲンテンに向かう途中、ユウドが盗賊たちの成れの果てである雑草の前に浮かぶ能力ボードを見つけて報告してきたが、俺は「気にするな」と苦笑する。

 

ゲンテンの町に入り、ヘンリー宅に辿り着くと玄関先でティアが出迎えてくれた。ティアは俺の姿を見つけて嬉しそうに駆け寄ってきた。

 

「コウタロー、おかえり!」

 

「ただいま、ティア。そうだ、紹介しておこうか。シイカから一緒に来たナギとユウド。何て言ったらいいのか…新しい仲間…かな?」

 

俺は後ろにいる二人をティアに紹介する。

 

「ナギ、ユウド、こっちがティアだ」

 

「まぁ、可愛い子ですね」

 

ナギはティアに対して好印象をもったようだが、それよりもティアとユウドだ。二人は互いに睨み合っている。

 

「お前が兄ちゃんの仲間か? まだ子どもじゃないか」

 

「子どもはあなたの方。コウタローは私が守るから、あなたは大人しく遊んでいればいい」

 

「なんだとっ! 俺は兄ちゃんに剣士にしてもらったんだ。将来は絶対に有名な剣士になるんだぞ!」

 

「私だってコウタローに強くしてもらったもん。でもあなたは有名になれるかもしれない」

 

「そ、そうか?」

 

「無謀で自信家ですごい弱い剣士としてね」

 

「なにを!」

 

年齢が近いということで良い競争相手になるかと楽観的に考えていたが、ここまで相性が悪いとは思ってもいなかった。まるで水と油だ。二人の言い合いは俺とナギが止めるまで続いたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十六話 出発控え

ゲンテンに戻って数日が過ぎていた。

グリーンの傷も大分癒え、マリアリア帝国への出発を明後日に控えていた俺たちは、今日もゲンテン周辺の草むらでモンスター相手にレベル上げを行なっていた。

 

「コウタロー、レベル上がったよ!」

 

「兄ちゃん、俺も強くなった!」

 

ティアとユウドは互いにライバル視しており、相手に負けじとレベル上げに精を出していた。俺がシイカへ行っている間にもティアは黙々とレベル上げを続けていたようで、今では武神レベルが10になっていた。ユウドの剣士レベルは7だ。ユウドがシイカから持ってきていた木刀はメタルストーンとの戦闘時に破損してしまったので、今ユウドが使用している武器は俺が試しに作ってやったものだ。メタルストーンを倒し残されたその残骸、レアメタルがあったのでそれを使用して剣を作ったのだ。勿論自分にそんな知識はなかったが、職業を武器鍛冶職人にしてみたら『攻撃力+限界10武器作成』というスキルがあったのだ。今の俺の武器鍛冶職人レベルではどんな素材を使っても弱い武器しか作れないようだが、試しということでグリーンの持っていた鍛冶台を借りて作ったのがそれだ。

 

それを見て喜んだユウドだが、ティアが「ユウドだけずるい」と主張してきた。俺はため息をつきながらグリーンから少量の布を買い、装飾職人になってシュシュを作りプレゼントした。シュシュはこの世界にはないらしく、ナギも羨ましそうに見ていたので余った布でナギの分も作る。出来栄えや用途を知ったグリーンは商人としての直感か、シュシュの販売管理の受諾を願い出てきたのだ。この世界にも特許があるらしく、申請して受理されればシュシュの作成や販売はこちらだけの特別な商品になるという。別に俺が考えた訳ではないので、好きにして下さいとだけ伝えてこうしてレベル上げをしている。

 

俺が最近覚えたスキル『技宿』。

それは多くの職業を経験する程恩恵を受ける事ができる。その為、俺は広く浅く新しい職業を開拓していた。ゲンテンに戻ってから増えた職業は武器鍛冶職人、装飾職人、地図士、鳥使いだ。地図士がレベル1で覚えていたスキルは『周辺1キロ四方の地図表示』。それは能力ボードと同じ要領で地図がその場に出現し、自分がいる場所を把握できるものだった。まだ俺が立ち寄った事のない場所は黒く塗り潰されて表示されていないが、それでも地図無しで無闇に動き回るよりは余程安全だ。

 

そして俺にとって一番の収穫は鳥使いだ。俺自身鳥になることはできたが、飛び方が分からなかった。ならば同じ鳥に教えてもらえば良いのだ。俺は職業を鳥使いにし、ヘンリー宅近くにいた鳥にスキルを使用する。『小鳥の短時間使役』。分析の結果、それは10分だけ小さな鳥を服従させるというスキルだった。効果は俺の職業が変わっても切れることはなく、服従させた小鳥から鳥になった俺は飛び方を教わったのだ。そしてこの時発見したことだが、鳥になる事で相手の鳥の言っていることも理解できた。これは情報収集に役立ちそうだ。

 

そして飛び方を覚えた俺の鳥レベルは2に上がり、同時にスキル『短時間飛行』を覚えたのだ。これは技宿を使う事で空欄職でも使用でき、小さな頃から考えていた「空を飛ぶ」という夢を実現できたのだった。ただ短時間であるので飛べる時間はほんの僅か。30秒もすればスキル効果は切れて落下してしまう。その点は把握しておかなければならないだろう。

 

夕刻になりヘンリー宅に戻ろうとしていた俺達だが、その玄関先でヘンリーと衣服屋のリリラが楽しそうに話している姿を見かけた。確か幼馴染と言っていた気がする。俺達に気付いたヘンリーはこちらに向かって手を振っている。

 

「やぁ、おかえり。どうだい、アザミ。ティアはとても強くなっていたろう?」

 

「そうですね、驚きましたよ。モンスターが可哀想になるくらいです。ヘンリーさんがレベル上げの時に面倒見てくれていたんですか?」

 

「いや、僕は医者という仕事があるから家を空けることができない。代わりにリリラが面倒を見てくれていたんだ。こう見えて、彼女は昔冒険者だったんだぜ?」

 

隣に立つリリラは恥ずかしそうに否定する。

 

「冒険者といっても初心者もいいとこです。レベルは10くらいまでしか上げていませんでしたし、何の結果も残していません。それに比べたらティアちゃんはこんな小さな時期からとても強くなっています。将来は大陸随一の実力者になるかもしれませんね」

 

リリラの言葉に俺は苦笑してしまった。考えなしにチェンジをしてしまったが、『武神』は少々やり過ぎてしまったかもしれない。昼間ティアの動きを見ていたが、俺もティアと対峙することは御免被りたい。俺とティアとユウド、そして俺が今まで会ってきた盗賊やモンスターやネリカ達を含んでも、単純な戦いならティアが頭一つ抜きん出ている。ティアであればネリカの鞭も見切れるだろうし、その前に制圧することも可能だろう。もしも俺がティアと戦うことになったら透明化やすり抜けスキルを使いつつ、転送士スキルで牽制をかけるというトリッキーな戦法をとるか。それでも勝てる自信はない。

 

俺の隣に立つティアは、自分がどれだけ大変な存在になっているのか把握しておらず、俺の顔を見上げてニコニコと笑っている。その横でティアばかり話題に上がって不満なのか、ユウドは頰を膨らませていた。

 

 

 

夕食はナギが用意してくれた。

ヘンリーからは既に台所の使用許可は出ており、ヘンリーも美味い食事が食えるなら是非と貸し出していた。

 

「うん、やっぱりナギ君の作る夕飯は美味い!」

 

ヘンリーは太鼓判を押している。俺の胃袋も同意見だ。

 

「でもヘンリーさんはリリラさんの手作りが食べたいんじゃありませんか?」

 

「…! げほっげほっ! な、何を言っているんだい?」

 

突然のナギの質問にヘンリーは咽せ返りながら聞き返した。

 

「え、ヘンリーさんはリリラさんとそういう関係だったのか…。気付かなかったなぁ」

 

「おい、アザミ。俺とリリラはただの幼馴染…って、その楽しそうな笑顔は俺をからかってるだろう?」

 

「いやいや、お似合いだなと思っているよ。ティアもそう思わないか?」

 

「思う。リリラも言ってた。そろそろ身を固めたいって」

 

「相手はその気らしいですね。ヘンリーさん、今が良いタイミングですよ?」

 

「何のタイミングだよ! いや、言わなくていい。アザミの言わんとしてることは分かった」

 

俺たちの追求に辟易するようにヘンリーは酒を吞み干す。その後は顔を真っ赤にしたヘンリーが酔っ払いながら「そこまで言うならプロポーズしてやる!」と家を出て行ってしまい、1時間程経って帰ってきた。リリラに肩を貸してもらいながらの帰宅だが、当人であるヘンリーは泥酔してしまっている。呆れながらも嬉しそうに介抱するリリラを見て俺は何かあったのか訪ねたが、少し気恥ずかしさを浮かべながらも「夢が叶いました」と報告するリリラに、上手く事が運んだのだと察した。

 

今夜は二人を祝って呑むとしよう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十七話 出発、帝国へ

いつも起床の時間が遅いユウドも、今日ばかりは早起きだった。

今日はマリアリア帝国へ出発する日なのだ。俺とティアとナギとユウドは既に身支度を終え、一時出かけているグリーンを待っていた。マリアリア帝国へは距離がある。徒歩で行く訳にもいかないが、盗賊への襲撃で荷馬車を失ってしまったグリーンは知人の商人へ手紙を送り、馬車を購入したようだ。モンスターが蔓延(はびこ)るこの世界では手紙の配達も簡単ではないが、熟練の冒険者を雇うことで安全性を高めている。しかしその分、配達料も高額になるそうだ。

 

「寂しくなるな」

 

リリラと並び立つヘンリーが苦笑しながら言った。それには俺も同意だ。知人が誰もいなかったこの世界、何も知らなかった俺に色々と接してくれたヘンリーには友情に近い感情を抱いている。この世界で初めての友と言っていいだろう。そう感慨に耽っている俺に、リリラがいつぞやの喪服を差し出してきた。

 

「帝国へ行くのでしたら、こちらをお持ちになった方がいいと思います。帝国でお売りになり、アザミさんの冒険資金に充てて下さい」

 

「冒険資金にそんな大金は持ち歩けませんよ。でも帝国で売ってお金に替えた方が良さそうですね。そのお金を改めて二人へのご祝儀とさせてもらいますよ」

 

「おいおいアザミ、俺たちのことは気にするなよ。それに帝国だったら冒険者ギルドでお金を預けることもできる。アザミの心配は無用だよ」

 

「それでも二人に受け取ってもらいたいと思ってるよ。それに今後はお金も必要になってくるだろう? 子どもが生まれたら色々と出費もある」

 

「・・・まぁっ、アザミさんったら」

 

俺の発言にリリラが照れ、ヘンリーは苦笑している。そんな会話をしているとグリーンが戻ってきた。どうやら馬車が届いたようだ。それを知ってヘンリーは俺に右手を差し出してきた。

 

「しばらくのお別れだな、アザミ。いつでもゲンテンに寄ってくれ。また一緒に酒を呑み交わそう。元気でな、友よ」

 

「ああ、その機会を楽しみにしているよ。ヘンリーこそリリラさんに逃げられないようにな」

 

「ははは、気をつけるよ。アザミが立ち寄ってくれた時には二人で出迎えれるようにしないとな」

 

ヘンリーと握手を交わし終え、グリーンに促されて馬車の元に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

立派な箱馬車がそこにあった。

四頭の馬が先頭に並び、そこそこ大きな荷台を引く馬車だ。分類するならばカバードワゴンタイプだろうか。所謂西部劇にでてくるような馬車だ。この大きさであれば結構な人数が乗っても問題なさそうだ。

 

「この馬車、結構な値段したんじゃないですか?」

 

「そうですな。急な話でもありましたので、高く売りつけられてしまいましたよ。6200ダールかかりました。預金で払えましたが、この赤字分は誕生祭で取り戻すつもりですよ」

 

6200ダールということは・・・日本の感覚で620万円か。高級車並の価格だ。それをポンッと払えるグリーンにも驚かされるが、誕生祭でこれ以上の収入を狙うというのだ。流石商人というべきか。

 

「それではアザミさんにはモンスター等の襲撃に備えて前の御者席へお願いします。他の方もどうぞお乗りください」

 

俺たちはグリーンの言う通りに乗り込む。普段日本で生活していれば、まず馬車に乗るという機会はない。あっても乗馬体験程度のものだ。余談だが、一度北海道に住む友人に頼んで競走馬に乗せてもらったことはある。まぁ、1時間も乗ると内腿が内出血を起こしてしまったのだが…。

 

ヘンリーは馬の手綱を操り、馬車を走らせる。御者席へ促された俺だが、その場では前方しか見渡せなかった為、跳躍して箱馬車の上へ飛び乗った。

 

「ここの方が周囲を警戒できるので、俺はここで構わないです」

 

「アザミさんがそう言われるのでしたら構いませんよ。でも落ちないように気をつけて下さいね」

 

帝国への道は整地されている訳ではないので、馬車には想像以上に揺れがある。車酔い等はしない質だが、弱い人間にはキツイかもしれない。そんなことを考えていると、右前方に文字が浮かんだ。

 

ーーーーー

属性:獣

弱点:強烈な臭い

ーーーーー

 

それを見て、そこに潜んでいるであろうモンスターを確認する。『神眼』でも確認した所、そこにいたのは「雑草ウルフ」という名の狼だった。普通の狼と違うのは全身が緑色で、全身の毛が雑草と見間違えるほどの擬態が可能な進化をしているようだ。ああして隠れて獲物が近寄ってきた瞬間に襲いかかるタイプのモンスターなのだろう。

 

俺は魔術師スキルのランク1火魔法を掌に灯し、転送士スキルの物質中距離転送を使った。すると掌にうかんでいた火は消失し、二十メートルは離れていた雑草のウルフの真上に転送される。真上を全く警戒していなかった雑草ウルフは避ける間も無く直撃を受け、その場でもがいている。それを好機と見たのか、馬車の中からティアとユウドが飛び出した。ティアは身体能力を活かして数秒で雑草ウルフの眼前に飛び込み、「発勁」を放つ。それと同時に馬車近くで放っていたユウドの剣士スキル「真空刃」が雑草ウルフの体を裂いた。

 

…二人が飛び出してこの間、僅か三秒である。末恐ろしい子供達だ。

俺が呆れを含んだ笑みを浮かべていると、当人たちが駆け寄ってくる。

 

「コウタロー、見た? 私が倒したよ? 私がいればコウタローも安心だね」

 

「何を言ってんだ、俺の真空刃の方が先に当たっただろ!」

 

俺の見立てでは攻撃はほぼ同時に当たっていたが、ここで俺がどちらかを立ててしまえば面倒な状況になるのが目に見えている。ここは両者を立てておこう。俺は溜息をひとつ零し、「どちらも頼りになるな」と伝えると両者破顔一笑。それを見ていたナギが微笑みながら「お疲れ様です、コウタロー様」と慰労の言葉をかけてくれた。

 

 

 

道中に現れるモンスターは全く問題なく撃退していった。

俺とティアとユウドも順調にレベルが上がっている。以前グリーンに訪ねたところ、馬車を利用しても帝国までは三週間の道のりらしい。その途中いくつかの町や村に立ち寄ることになるのだが、最初はビシヤンの村という所に寄るようだ。

 

 

 

夕刻、水も補給できるということで川辺の近くで野宿をすることになった。馬たちもごくごくと川の水を飲み、喉を潤している。グリーンとティアが薪を集め、俺が魔法で火をつけ、その火を利用してナギが夕食の準備を始めた。ユウドはナギの手伝いだ。俺も手伝おうとしたのだが、ナギに「ゆっくりと休んでいて下さい」と言われてしまったので、川の水に足を浸けて涼んでいる次第だ。

 

川の中には魚が泳いでいる。戯れに神眼を使うと名前が表示される。それと同時に分析の相乗効果が発動された。

 

ーーーーー

アライバフィッシュ

職業:魚

属性:魚

弱点:陸地

レベル:3

スキル:水中呼吸可能(消費MPなし)

以降習得可能スキル:なし

ーーーーー

 

所詮は魚なのか、今後レベルが上がっても「水中呼吸可能」以外のスキルを覚えることがないらしい。しかし水中で呼吸ができるようになるのは便利かもしれない。魚になると手で能力ボードに触れる事はできなくなるが、イルカの時は口が触れる事で解除できた。要は体の一部を触れる事ができれば「チェンジ」の発動を促す事が出来るのだろう。

 

能力ボードを出現させる。そして職業を魚にすると今までの例に漏れず体が変化した。ぽちゃんと川に飛び込み、俺は辺りを見渡す。人の時と違い、視界に違和感がある。だが分析の通り、俺は水中でも問題なく呼吸ができた。空欄職に戻れば同じようにこのスキルを使う事ができるのだろう。

 

俺は元の姿に戻るべく、川から飛び跳ねて空中に浮かんでいる能力ボードに触れ、職業を空欄職に変えた。元の体に戻る事ができ、ホッとしているとその一部始終を見ていたグリーンが大口を開けて硬直していたのだった。そういえばヘンリーやグリーンにはこのスキルを教えていなかった気がする。俺は慌てて魔法での幻術を練習していたと説明すると、グリーンは胸を撫で下ろして「ついに私の頭もボケたかと思いましたよ」と苦笑した。今後は周りにもしっかりと気を配っておこうと心に留めた俺だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十八話 調味料誕生

皆が寝静まった夜、俺は一人、川辺で職業をイルカにしてレベルを上げていた。川辺でも小さな魚のモンスターはおり、それを相手にしている。5時間ほど経った頃だろうか。俺のイルカレベルは4に上がり、新しいスキルを習得した。空欄職に変え、陸に戻ってそのスキルを分析する。

 

ーーーーー

半球睡眠(消費MP0)

効果:片方の脳を休ませ、もう片方の脳は覚醒状態を維持できる。これを交互に行う事で常に活動を続ける事が可能。

ーーーーー

 

イルカにこのような睡眠方法ができるということは知っていたが、人では到底できない技術だ。教えられてできるものではない。このスキルを使えば、俺も睡眠をとらなくても良いのだろうか。体が休まらない気はするが、レベル上げには必須なスキルだろう。俺は半球睡眠のスキルを使い、各職業のレベルを上げていった。

 

 

 

朝日が顔を覗かせ、空が徐々に青く染まる。

俺は小休止をとり、背伸びをする。慣れない半球睡眠をしたことで、眠くはないのだが体が疲れを感じていた。やはり睡眠はしっかり取った方が良さそうだ。そんなことを考えていると馬車の中からナギが顔を出す。

 

「コウタロー様、おはようございます。早いお目覚めですね」

 

「そ、そうだな」

 

まさか不眠不休でレベル上げをしていたとは思わないだろう。それをわざわざ話しても心配させるだけであると予想でき、俺は罪悪感を背負いつつそう答えた。ナギはこれから朝食の準備を始めるらしい。ナギの料理人レベルは9になっており、野菜を切る動作ひとつとっても美しかった。

 

「料理人のスキルって何かあるのかな?」

 

「もちろんありますよ。ご覧になりますか?」

 

ナギはそう言って能力ボードを開く。

 

ーーーーー

ナギ・タリスマン

職業:料理人

レベル:9

HP:24

MP:4

力:17

体力:20

素早さ:18

知識:31

幸運:38

 

料理人スキル:食用判別、毒素除去、調理速度アップ(小)、料理に健康効果付属(小)

ーーーーー

 

ナギの能力ボードにあるスキル欄を見せてもらう。食用判別は手元に食材がない場合に野草やキノコといった身の回りの物を採る時に重宝するであろうし、毒素除去も重要だ。料理するスピードが上がるのも料理人にとっては大事なポイントだろう。そしてその料理を食べることで、僅かであっても健康が促進されるというスキルは大きな需要がある。ナギに聞いたところ、この世界にも料理人という職業に就いている者もいるようだが、こういった需要からそのほとんどが帝国の厨房や貴族お抱えとなっているらしい。中にはそれらの誘いを断って自分の店を持つ頑固者もいるが、そういった店が市民たちにとって贅沢な食事の為の場となるそうだ。つまりナギと一緒にいる間は、この世界を基準にしても贅沢な食事にありつけるという訳だ。

 

この世界に調味料は数少ない。この世界で調味料というと砂糖と塩を指す。各村や町で独自の調味料があったとしても、それは大陸中に知れ渡る事のないマイナーなものだ。食の追求というものは生物の根源にあるもので、それを考えると思考が止まらない。そこで俺は思わず立ち上がった。

 

「そうだ、作ればいいんだ」

 

元の世界の知識とチェンジを合わせる事で、調味料を増やせるかもしれないと考えた俺は能力ボードを開く。俺がチェンジを使って新しくなった職業は抽出術師。世間にもそんな職業など存在しないだろうが、便利なスキルであるチェンジはそれも可能とする。そして抽出術師のスキル『抽出』を確認した。分析したところ、対象となった物から自分がイメージした物を取り出す効果があるようだ。勿論、対象物にイメージしたモノが含まれていなければ効果はないが…。

 

荷物の中から酒を取り出し、イメージして抽出のスキルを使う。すると対象の酒から光が漏れ、それが俺の掌の上に浮遊する。俺がイメージし、そして抽出されたモノは(こうじ)。要はコウジカビなのだが、これさえあれば様々な応用に使うことができる。普通に抽出しては時間がかかってしまうが、この抽出スキルだとほんの僅かな時間で済ます事ができる。これも良い点に挙げられるだろう。

 

「次は…っと」

 

これで終了ではない。俺は更に職業を変化させる。次の職業は合成術師。期待通り、スキルに『合成』があった。俺の目の前には麹、そして荷物から頂戴した塩と大豆。

 

「合成!」

 

それらを合わせ、合成のスキルを発動させる。周りに光が走り、俺の掌の上には一つのモノが浮遊していた。それは徐々に浮遊力を無くし、俺が事前に置いておいた皿の上に落ちる。それを見た俺は思わずガッツポーズをとりたい衝動に駆られたが、ナギの手前冷静さを取り繕う。

 

「コウタロー様…それは一体何ですか?」

 

「これは味噌だよ。調味料のひとつで料理に使えば味も良くなるんだ。是非使ってみてほしい」

 

確か味噌には美肌効果もあったはずだ。それを伝えるとナギの目が見開き、受け取った味噌をどう使用するか熟考し始めた。女性に美肌効果という謳い文句はどの世界でも有用だと思わされ、俺は苦笑してしまう。

 

抽出や合成はその間の過程をすっ飛ばすことが可能な為、短時間で行えてとても便利だ。味噌も本来ならば発酵させる必要があったはずだ。そのうちに醤油も作っておこうかと俺が新たな食の欲求に取り憑かれ始めた頃、ティアたちが眠そうな目をしながら起き出してきた。

 

 

 

 

朝食を終え、出発の身支度を済ませる。

 

「そっちも終わったか?」

 

俺はティアたちに呼びかける。そちらでは日課となっているティアとユウドの練習試合が終わった頃だった。悔しそうなユウドの表情を見るに、今日もティアの勝利で終わったようだ。ユウドには言わないが、剣士と武神では分が悪いような気がしないでもない。ユウドの剣士レベルも上がってはいるのだが、新しいスキルを覚えてここぞという場面で使用しても、武神であるティアはそれを正に神業的な察知で避け、大抵のスキルは模倣してしまう。自分が新しく身につけたスキルをすぐに相手が使用してきては精神的なダメージもあるだろう。しかしユウドはそんな状況でありながらも戦意を喪失させる事なく戦いを続けている。これは素直に称賛しても良い。あの気概であればユウドはもっと強くなるだろう。

 

「コウタロー、私の勝ったところ見た?」

 

「ああ、ティアもユウドもどんどん強くなっていく。戦闘に関してはもう2人に任せてもいいかもしれないな」

 

俺はそう苦笑する。ユウドの動きはまだ拙い。先読みして動きを制する事は可能だろう。だが戦いを繰り返すうちに成長し、徐々に隙が減っていた。これはティアとの戦いが影響していると思う。ティアに通用する戦いをするためにはどうすれば良いか、それを常に意識しているのだろう。その結果、ユウド自身の戦い方のレベルアップにも繋がっていた。この成長速度があれば、俺を超える日もすぐにやってきそうだ。

 

そして問題のあるティア。彼女には武神の職業を与えてしまってから驚く事ばかりだ。高い能力に加え、技の見切りや模倣。俺が最初にアドバイスしたことを完璧に身につけ、先読みを超えて未来予知と思わされる次元に昇華させていた。そして動きに関しても、瞬きしたほんの僅かな時間に高速で死角を攻め込んだりするので手に負えない。遠目で見ていても動きを追うのがやっとなのだ。相対している者にとっては常に姿が消えていると錯覚させているのではないだろうか。

 

正直言うと、俺はもうティアに勝てるビジョンが浮かばない。幽霊スキルのすり抜けというチート技使えばティアの攻撃は当たらないだろうが、最早こちらの攻撃を当てる事が無理そうだ。現にユウドとの試合でも一度も攻撃を受けていないのだ。ティアの恐ろしい能力は相手の攻撃察知能力と見切りなのだと思う。そんな恐ろしく成長してしまったティアは、俺に褒められた嬉しさからか「えへへ」と満面の笑みを浮かべていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十九話 貴族と味噌と

帝国までの旅路で一番張り切っているのはグリーンだ。馬車代の出費分を取り戻すという意気込みもあるのだが、新しい商品を見つけてしまったことで興奮に拍車がかかっていた。以前俺が作ったシュシュも商品として売り出そうと張り切っていたが、目の前に出されていた飲み物を見て目を輝かせていた。

 

「ナ、ナギさん、この飲み物は一体なんですか!?」

 

「味噌汁というものです。コウタロー様から頂いた味噌を使った飲み物なのですが、お口に合いませんでしたでしょうか?」

 

旅路は数日が経過していた。その中でナギは今回初めて味噌を使った食事を披露したのだ。勿論、作り方は俺が助言している。味見はしていたようだが、グリーンの戸惑いにナギは心配そうに訊ねるが、口に合わなかった人間がああも目を輝かせる訳がない。

 

「…いえ! とても美味しいですよ! 味噌…これが味噌なのですか…」

 

ナギにも聞いていたが、この世界に味噌は存在していなかった。商人のグリーンにとって、味噌の価値はとてつもなく大きなものであったろう。元の世界で味噌は様々な料理に使われている。日本料理の礎となる素材といっても過言ではないだろう。

 

そんな味噌汁に感動を覚えるグリーンだが、ティアやユウドは素直に「おいしー」と飲み干していた。俺も久しぶりの味噌汁を口に含み、ゆっくりと胃袋に流す。やはり日本人として味噌汁は必須だ。後は米があれば言うことはない。どこかで稲の種が手に入れば良いのだが…。そうすれば米が栽培でき、白いご飯が食べられるようになる。米と味噌を使って五平餅を作るのも良い。

 

「大豆はあるから…それで豆腐を作って豆腐田楽っていうのも良いかもなぁ」

 

ナギが作った味噌汁の中には具材が僅かしか入れられていない。乾燥した海藻を入れただけである。この世界には豆腐もまだ存在しておらず、大豆から豆腐を作り出して味噌汁の強化をナギに提案すると、豆腐の作り方を熱心に聞いてきた。この道中、メンバーの中で一番強化されるのはナギの料理かもしれない。

 

 

 

その日の昼にはビシヤンという村に到着した。グリーンはこの村で軽く商売をするらしい。俺はのんびりさせてもらおうと思っていたが、鬼気迫るグリーンに味噌の追加を頼まれてしまった。酒と塩と大豆が必要だと伝えると、グリーンはそれらを大量に用意してくれた。余程味噌を量産させたいらしい。村人にも味噌を売り始め、俺が解放されたのは日が傾き始めた頃だった。抽出と合成を繰り返し、それらの職もいくつかレベルが上がっていた。

 

「コウタロー、お疲れ様」

 

そんな俺を労いにティアが味噌汁を持ってきてくれた。俺はそれを受け取り、一口だけ頂く。

 

「…ふぅ、生き返る。ありがとう、ティア」

 

「私にできることなら何でもするよ。他にしてほしいこと、ある?」

 

「そう言われても特に思いつかないなぁ。それよりティアもここまでの旅で疲れているだろうし、宿で休んでいてもいいんだぞ?」

 

「平気。それじゃ、隣に座ってもいい?」

 

村の入り口付近で地べたに腰を降ろしていた俺の隣を指差す。俺が頷くとティアは嬉しそうに座り込んだ。俺たちは2人して茜色の空を見上げている。そんな中、不意にティアが口を開いた。

 

「…コウタロー、向こうから馬車が来てるよ」

 

そう言って村の外を指差すティアだが、俺にはまだ見えない。武神という職業には視力強化のスキルでもあるのだろうか。

 

「旅人かな?」

 

「違うと思う。三人の騎士風の人が馬に乗ってて、高級そうな馬車がその後ろを走ってる。馬車に刻印があるから、もしかしたら貴族様かもしれない」

 

「へー、貴族か。でもどうして貴族がこんなところに来るんだろう」

 

「この村を治めてる領地様かも」

 

そこまで話して、ようやく俺にも視線の先に米粒のような影が見え始めた。その影はどんどん近づき姿もハッキリしてくる。前衛の騎士たちは見るからに高級そうな鎧や兜を身に付けていた。

 

彼等は村の入り口で止まり、馬から降りる。そして馬車の中から2人の男女が出てきた。男の方は金髪に整った顔立ちの青年。もうひとりは腰まで届く金髪にこれまた美人な顔立ちの女性だった。

 

「おや、何だか良い匂いがするね」

 

青年が味噌汁の匂いに気付き、鼻をヒクヒクさせる。そして俺が匂いの元である味噌汁を持っている事を知り、騎士たちを携えてやって来た。

 

「君たちは旅の者かな? 何やら見たことのないスープを持っているが、遠方の料理かい?」

 

青年は俺たちと同じように地べたに腰を降ろし、俺が持っていた味噌汁を覗き込む。俺の中の貴族のイメージはプライドが高く、貴族の名を傘に着て傍若無人な行いをする、という悪役の印象があった。だが目の前の青年は今まで俺が出会ってきた平民たちと同じ空気を纏っているように感じた。

 

「これは味噌汁といいます。コウタローの作った味噌を使った料理です」

 

隣でティアがそう説明する。聞きなれない「味噌」という単語を聞いて、青年は興味深そうに味噌汁を眺めている。

 

「奥で仲間が味噌を売っていて、味噌汁も配っていますよ。温かい方が美味しいので、持ってきてもらいましょうか?」

 

俺がそう伝えると、青年は嬉しそうな表情を浮かべた。だが傍で立っていた金髪の女性がそれを良しとしなかった。

 

「お兄様、そんな物は後になさいませ。今は調査を進める事を優先しますよ」

 

「堅いことを言うなよ、ダリア。食の進歩はそのまま我が国の豊かさにも繋がってくるんだ。まして、未だ普及されていない食材だとしたら尚更知っておく必要がある。これは国の為でもあるのさ」

 

青年に頼まれ、ティアはナギたちの元に味噌汁を取りに駆けて行った。そしてティアの身体能力の高さもあり、すぐに戻って来て人数分の味噌汁を彼等に手渡した。まずは毒味をするため、従者である一人の騎士が兜を外す。兜の下は青髪の凛とした表情の女性騎士だった。女性騎士は見たことの無いスープを前に戸惑いを感じていたようだったが、意を決して口をつけた。そしてそれは喉を通り胃袋へ落ちる。

 

「…このようなスープがあるのですね。とても美味しかったです。問題はありません。どうぞ、ディアス様、ダリア様」

 

女性騎士の毒味を終え、青年貴族のディアスは嬉しそうに味噌汁を飲み始める。そして一言「美味だね」と感想を伝え、残りを一気に飲み干した。残りの騎士たちも兜を外して味噌汁を飲み干し、残りはダリアだけとなった。

 

「ダリアも頂きなよ。味噌汁…だったかな。是非ウチの料理人にも覚えてもらいたいレシピだ。味噌を使ったスープ、味噌は君が作ったんだったね? 味噌の権利はどうなってるのかな?」

 

「旅の仲間である商人に一任しようと思ってます」

 

「ということは、まだ申請前で帝国のリストにも載っていないんだね。それではその権利を我がリックハウンド・シアール家が買い取ろう。この食材を国中に広めたいんだ。君の仲間の商人と話がしたい。会わせてもらえるかい?」

 

「流石にもう手は空いてると思いますよ。ティア、グリーンさんの所に案内頼めるかな?」

 

「うん」

 

ティアに先導され、ディアスと従者の騎士2人は村の奥へと歩いて行った。その場に残されたのは俺とダリアという女性貴族、そして青髪の騎士だった。ダリアは未だに味噌汁を前にして硬直している。ディアスにいるああ言った手前、飲みにくいのだろうか。そんなダリアを見ていると、ダリアがこちらの視線に気付いた。

 

「…旅の者、味噌とは何ですか?」

 

「味噌は大豆…他の穀類でも作れますが、それと塩、麹を合わせて発酵させたものです」

 

「…発酵というと、お酒を作るための手法でしたね? 他にも引用できるとは知りませんでした」

 

「まだ他にも引用できますけどね。取り敢えず、味噌を摂ることで美肌効果もあるので女性にもお勧めだと思います」

 

「…!」

 

その最後のひと言が効いたのか、今まで警戒していたダリアだったが直ぐに味噌汁を飲み干した。

 

「………おいしい」

 

ダリアは小さくそう呟き、椀を騎士に渡す。そしてキリッとした目つきで何故か俺を睨んだ。

 

「旅の者!」

 

「は、はい?」

 

「リックハウンド・シアール家の専属料理人になりなさい!」

 

いきなり唐突に告げるダリアに、俺は空いた口が塞がらなかった。少し時間を置いて「断ります」と答えると、ダリアはこの世の終わりのような表情で肩を落としていた…。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十話 商談

俺はこの世界の商売の権利について疎い。だからこそ専門のグリーンに全てを委ねたのだが、ディアスに味噌の権利の売買を持ち掛けられたグリーンは、貴族相手という事情も相まってガチガチに緊張していた。

 

「それでは味噌の権利を売ってくれるということで良いかな?」

 

「は、はい! 貴族様のお目に叶う品をご披露できて光栄に存じます! あ、アザミさん、それで宜しかったでしょうか?」

 

村長宅での商談中、グリーンはいきなり俺に話を振ってきた。

 

「構わないですよ。俺ひとりで味噌を作っても量は僅かなものです。それなら製造工程を伝えてより多く普及させてもらった方が、俺としても有り難い」

 

「やぁ、それを聞いて安心したよ。コウタローといったね? 僕もそう考えていたんだ。リックハウンド家の力なら各村や町に味噌を普及させる事は容易い。君の期待に応える事ができるだろう。だが、味噌の製造工程への君の着眼点は興味深い。まだ他にも何か普及されていない素材を隠していると推測するが、どうだろう?」

 

「…まだ作ってはいませんが、次に作ろうと考えている候補はいくつかあります。発酵はパンや酒を作る時にも使われますが、他にも醤油、ソース、漬物、ヨーグルトやチーズ等を考えています」

 

この世界に鰹がいるかは分からないが、味噌を作る時にも使用した麹を使えば鰹節を作る事もできる。他の魚でも代用できるかどうかは追々試してみたい。そんな俺の言葉を聞いてディアスは驚きの色を滲ませる。

 

「…どれも聞いた事のない物だ。コウタロー、味噌の権利だが少し変更しないかい? 製造はこちらが請け負おう。そして売上の一部を君に献上する。その代わり、君が先ほど述べた物の製造と販売の権利を購入したい。損はさせないと思うがどうだろうか?」

 

ディアスの提案は俺にしてみれば願ったり叶ったりだ。製造方法だけ伝えれば勝手に増やしてくれるのだ。こちらの労力も省ける。俺は案に乗り、商談は成立した。

 

「それではお兄様、本来の目的を果たしましょうか」

 

「そうだね。素晴らしい出会いであったため、思わず忘れてしまうところだったよ」

 

商談が終わったことを確認し、ダリアがディアスにそう呼びかける。そういえば彼らがこの村に来た目的を聞いていなかった。この商談は意図していない状況なのだ。一体何をしにこのビシヤンの村にやって来たのだろうか。それを訊ねると青髪の女騎士が「魔物退治だ」と答えた。

 

「魔物?」

 

「実はそうなんだ、コウタロー。ここの村人から近くの洞窟に獰猛な魔物が現れたと報告があったんだ。僕らはその魔物を退治してこの村の平和を守りに来たのさ」

 

「あなたたち5人だけで退治を?」

 

俺はディアスの言葉にそう返す。獰猛な魔物といってもどの程度のレベルなのか不明だ。俺は彼らの強さを探るべく、神眼を発動させ、彼らの能力を分析した。

 

―――――

ディアス・リックハウンド・シアール

職業1:貴族

貴族レベル:22

職業2:魔法剣士

魔法剣士レベル:24

スキル:ランク1火魔法、ランク2火魔法、ランク1風魔法、火焔剣(フレイム・ソード)竜巻剣(ハリケーン・ソード)

―――――

―――――

ダリア・リックハウンド・シアール

職業1:貴族

貴族レベル:19

職業2:治療師

治療師レベル:20

スキル:癒しの光、癒しの雨、解毒の光

―――――

 

これが貴族であるディアスとダリアの能力のようだ。職業が2つあるのは自分以外では初めて見た。貴族という職業は新しい職についても消えることのないものなのだろうか。そしてレベルもなかなか高い。後ろに控える3人の騎士たちも騎士レベルが20を超えていた。これだけの強さを持つ人間が5人もいれば、余程のことがない限り問題がないのだろう。ディアスは立ち上がり、「魔物を討伐したらまた戻る。そこで改めて詳しい話をしよう」と村長宅を出て行った。それを機に、俺たちもティアたちがいる宿に戻ることとなった。

 

「それにしても・・・アザミさんは豪胆な方ですなぁ」

 

「なにがですか?」

 

宿に戻る途中、俺の隣でグリーンがため息をもらして言った。

 

「・・・だって、そうでしょう? 貴族様を相手にしても普段と変わりない対応、私は見ていてヒヤヒヤしましたよ。私など話をさせて頂いている時など緊張で声が震えてしまいましたよ」

 

グリーンの緊張も分かる話だ。目上、それも身分的にかなり上の人間に対して接する場合はその反応も普通なのだ。誰にでもそんな存在はいるだろう。俺も会社の社長と話をするときは、失敗をしないだろうかと心配になったものだ。だが先ほどのディアスに関しては威圧するようなオーラを全く感じさせず、なおかつ歳も近い。そのため友人に接するような雰囲気になってしまったのも仕方ないだろう。相手が貴族であることを思えば、失礼な応対をしてしまったかな、と苦笑した。

 

 

 

 

 

 

宿に戻り、俺は改めて自分の能力を確認した。

―――――

生明光太郎

職業:

レベル:19

HP:90

MP:51

力:106

体力:149

素早さ:110

知識:47

幸運:33

 

スキル:チェンジ、神眼、技宿

転送士レベル:18

転送士スキル:物質短距離転送、物質中距離転送、空間短距離転送

武闘家レベル:15

武闘家スキル:回し蹴り、足払い、二段蹴り、発勁、気纏

魔術師レベル:14

魔術師スキル:ランク1火魔法、ランク2火魔法、ランク1水魔法、ランク2水魔法、ランク1風魔法、ランク1光魔法

付与術師レベル:10

付与術師スキル:付与成功率3%増

幽霊レベル:8

幽霊スキル:すり抜け、憑りつき、呪い

装飾職人レベル:8

装飾職人スキル:小物作成

地図士レベル:8

地図士スキル:周辺1キロ四方の地図表示、周辺1キロ四方の町表示、周辺1キロ四方の洞窟表示

抽出術師レベル:8

抽出術師スキル:抽出

合成術師レベル:8

合成術師スキル:物質合成、魔力合成

僧侶レベル:7

僧侶スキル:癒しの光、解毒の光、守護の光

結界師レベル:7

結界師スキル:守護結界(小)

武器鍛治職人レベル:6

武器鍛治職人スキル:攻撃力+限界10武器作成、攻撃力+限界15武器作成

鳥使いレベル:5

鳥使いスキル:小鳥の短時間使役、指笛

イルカレベル:4

イルカスキル:クリック音、半球睡眠

ドラゴンレベル:2

ドラゴンスキル:炎のブレス

透明人間レベル:2

透明人間スキル:透明化

鳥レベル:2

鳥スキル:短時間飛行

飛毒蛾レベル:1

飛毒蛾スキル:毒鱗粉

魚レベル:1

魚スキル:水中呼吸可能

商人レベル:1

医者レベル:1

ーーーーー

 

よくもまぁここまで職業を増やしたものだと呆れてしまう。器用貧乏の典型的なパターンだ。そういった者は何でもできるが、その実勢いに弱い。果たして自分もそんな存在になってしまっているのだろうか。

 

地図士のスキル、周辺1キロ四方の地図を表示させた。周りは探索していないので、ほとんどが黒く表示されている。俺は窓を開け、鳥使いスキルの指笛を使う。音は空に響き、暫くして5羽の小鳥が飛んできた。そして小鳥の短時間使役。

 

「この辺りの空を飛んできてくれ」

 

俺がそう告げると、小鳥たちは皆一斉に四方に飛び立った。その姿が見えなくなり、地図に視線を落とす。使役している小鳥が飛んでいるであろう場所がどんどんと表示されていく。10分が経つ頃には1キロ四方の地図の9割が開示された。それを見て周囲1キロ四方の洞窟を表示させる。自分がいる中心地から北西にひとつ、ポツンと洞窟が表示された。この場からギリギリ1キロ圏内だったようで、隅に表示された。

 

「ここがディアスの言っていた洞窟かな」

 

この村から近くの洞窟と言っていたし、他に洞窟が表示されていないことからこの場所で間違い無いと思われる。

 

「コウタロー様、夕飯の用意ができたそうです。一緒に行きませんか?」

 

ナギの声が部屋の外から聞こえ、俺は地図を消失させて戸を開ける。そこにはティアやユウドも一緒にいた。

 

「この店の女将さんが早速味噌汁をメニューに盛り込んだみたいです。楽しみですね」

 

そう言って笑顔を浮かべるナギに、俺の腹の虫も同意した。そして夕食を済ませ、皆が寝静まった深夜、村の入り口に傷だらけの女性が辿り着いていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十一話 その力は誰の為に

深夜であったが、外のざわつきに気付いて俺は目を覚ました。隣のベッドではグリーンがヒゲを掻きながらイビキをかいて寝ている。俺は体を起こし、窓から外を確認する。暗闇で視認し辛いが、村の入り口付近に数人が灯りを持って集まっているのが分かる。

 

「何かあったかな」

 

俺はそう呟き、一応確認の為にそちらに出向くことに決めた。まだ眠気は残っているが、嫌な予感がするのだ。俺が身支度を整えていると、同じ部屋で寝ていたユウドが目を覚ました。

 

「…あれ、兄ちゃん、どうしたの?」

 

ユウドは目を擦りながら大きな口を開けて欠伸をしている。

 

「村の入り口に人が大勢集まってる。何が起きてるか分からないけど、一応確認してくるよ」

 

俺がそう答えると、ユウドは「俺も行く!」と飛び起きて着替え始めた。そして互いに準備を終え、未だ熟睡しているグリーンを後にして俺たちは部屋を出た。

 

宿を出て村の入り口に向かう。そこに辿り着くと灯りに照らされて、怪我人が倒れているのが分かる。知った顔だった。

 

「ダリアさん!?」

 

俺は慌てて駆け寄る。そこに倒れていたのは貴族のダリアだったのだ。高級そうな鎧は無残にもボロボロになっており、体も血だらけだ。本人は気を失っており、それを見ている村人たちもどうしたものかと混乱していた。

 

すぐに治療を始める。俺はダリアの体に触れ、僧侶スキルの「癒しの光」を発動させる。暖かな光がダリアの体を包み、徐々に出血が止まる。しかしまだこの光を消す訳にもいかない。俺は癒しの光を灯し続け、5分程かけてダリアの傷を完治させた。MPはだいぶ消耗したかもしれないが、そんな事を考えている余裕もない。

 

そこで俺は治療の為にダリアの体を抱き寄せていたことに気付く。すぐに離そうとしたが、ダリアの手が俺の服を強く掴んだ。

 

「ダリアさん、気付きましたか?」

 

「…だ…誰か…お兄様たちを…助けて…」

 

ダリアは怯えた目で虚空に手を伸ばす。まだ現状を把握しておらず、意識は朦朧としているのかもしれない。俺が呼びかけても返事はなく、「助けて」「恐い」とうわ言のように呟くだけであった。

 

状況は不明。把握できたのは洞窟に出向いているであろうディアスたちが危険な目に遭っているかもしれない、ということだけだ。レベルが20を超えている者たちですらこの結果なのだ。俺が出向いたところで何か出来るとも思えない。だがやはりと言うべきか、彼は逆に闘志を燃やしていたのだ。

 

「兄ちゃん、俺行くよ!」

 

名乗りを挙げたのは案の定ユウドだった。

 

「ユウド、本気か? この人達はユウドよりもレベルは上だ。それでもこんな危険な目に遭ってるんだ。ただ怪我人が増えるだけになる可能性が高い」

 

「でもこの人の仲間が危ないんだろ!? 俺は行くよ!」

 

「私も行く」

 

俺の背後でそう告げる声が聞こえた。そちらを振り向くとティアとナギが立っていた。いつの間にか起きてやって来ていたのか。ティアの言葉には、いや、ふたりの言葉には強い意志が込められている気がした。俺が止めたところで聞き入れはしないだろう。そんな俺の心情を察してくれたのか、ナギが頭を下げる。

 

「コウタロー様、ユウドの我儘をお許しください。ですがその上で、ご迷惑を承知でお願いします。この方を助けてあげてください…」

 

「…俺が行っても解決するとは限らないよ」

 

なにせ得体の知れない魔物だ。危険な魔物がいると分かっているのなら、初めから近付かないのが賢明な判断だと思う。だからこそ、俺の次の行動は愚者のそれだった。

 

「助ける事ができる、とは約束できないが、俺も行こう。ただし、ティアもユウドも俺の指示はしっかりと守ってほしい。それが出来なければ行くのは俺ひとりだ」

 

「分かったよ、兄ちゃん」

 

「私も。コウタローも私が守るから大丈夫」

 

俺のスキルを使っていけば、最悪の事態の時に逃げ延びることはできるかもしれない。俺はため息をひとつつき、ダリアの体をナギに預けて立ち上がる。

 

ナギと村人たちに見送られ、俺たちは3人はビシヤンの村を出て駆け出した。場所は分かっている。北西の洞窟で合っているはずだ。

 

洞窟に向かう途中、幾度か魔物に襲われたが、先頭を走る素早さの高いティアが直ぐに返り討ちにしていく。子どもを戦わせるのは気が引けるが、ティアは既に俺よりも強いので複雑な気分だ。暫く走ると岩山がみえた。そこには確かに洞窟が存在していた。そこで俺は足元に視線を落とす。

 

「これは…血か」

 

恐らくであるが、ダリアのものだろう。奥から点々と続いていた。これを辿ればディアスたちのいる場所に進めるのだろうか。俺は魔術師スキルの光魔法で真っ暗な洞窟内を照らす。ジメッとした湿った空気か肌に纏わりつく。出来ることなら帰りたい気分だ。だがそういう訳にもいかないだろう。

 

「慎重に進む。気を抜かないようにな」

 

俺は後方に並ぶティアとユウドにそう忠告する。ふたりは頷いて俺に続く。暗い洞窟内を大地に残る血の跡を頼りに進んでいく。そして20分程は経っただろうか。しかしここまで何も発見出来ずにいた。何箇所か別れ道はあったが、血の跡は消えていない。

 

「コウタロー、あそこ、気配がする」

 

後方にいたティアが正面の空間を指差した。俺は頷いて少しずつそこに近付く。そして思わず子どもたちの視界を遮った。

 

「見るな…!」

 

そこにあったのは人であった物。血だまりの上にバラバラになった四肢が無残にも放置されていた。その遺体の顔には見覚えがある。ディアスたちが連れていた従者の騎士だ。魔物に殺されたのか、酷い有り様だ。

 

「ひどい…」

 

子どもたちに目の前の惨劇を見せないようにしていたが、ティアもユウドも俺の体の影から覗いてしまったらしい。ティアは悲しそうに目を細め、ユウドは顔色を青くしていた。

 

「……だ……か……」

 

ほんの僅か、空気が揺れた。消え入りそうな声だったが、確かに聞こえたのだ。俺はその先に光を当てると、倒れている騎士を発見した。俺たちはその騎士に駆け寄り、状態を確認する。片腕を失っており、出血も酷い。俺の回復スキルではとても治癒することができないレベルだ。

 

「…何があったんですか?」

 

「……魔物に…お…そ…われ…た…お…大きな…獣だ」

 

その騎士の言葉を聞き、傷口を見て、大きな爪をもった魔物だと判断した。

 

「頼む…ディアス様とダリア様を…………」

 

そう言い残し、騎士は事切れた。俺は騎士の無念の色を残した目を閉じさせ、更に正面を見据える。何かが聞こえる。まだ、戦っているのだ。これ以上の被害者を出させる訳にはいかない。俺は慎重な行動など忘れ、一気に駆け抜けた。

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

ディアスは満身創痍ながらも剣を魔物に向けていた。

目の前にいるのは4メートルはある巨大な四つ腕の猿だ。爪が鋭く、鋼の鎧を着込んでいてもまるで役に立たない。

 

「メリッサ、まだ動けるか!?」

 

「は、はい!」

 

青髪の女騎士のメリッサは剣を大地に刺し、何とか立ち上がる。しかし立ち上がっただけである。魔物にこちらの攻撃は殆ど通用しないのだ。それをディアスも分かっていながら、戦意を失っていなかった。それは貴族故の矜持か。

 

「…魔法の耐性は驚く程高い。こちらの魔法はダメージを与えるに至らない。物理攻撃に絞られるが、動きが速い…」

 

「ディアス様、お逃げください! 私が囮になります!」

 

「ダリアを逃がすため、大切な兵を失った。これ以上失くしたくはない!」

 

「…ディアス様…」

 

そう自身を奮い立たせるディアスだが、勝機は薄い。大猿はその巨体に似合わず、凄まじい速さでふたりの視界から消え去った。だが直ぐに理解した。跳躍していたのだ。巨大な腕を振り上げ、それを今まさにディアスたちに向けて振り下ろそうとしていた。それはディアスたちの反応できる速さを超えていた。だがその瞬間、大猿の顔が花火のように弾かれた。信じられない事に、4メートルの巨体を蹴り飛ばしたのだ。その影は空中で一回転し、ディアスたちの目の前で着地した。

 

「ディアスさん、大丈夫ですか!?」

 

「君は…コウタロー!?」

 

まだ出会って間もない旅人が、自分を救いにやってきたのだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十二話 恩返し

俺の回し蹴りは巨体を蹴り飛ばす事が出来た。大猿は数メートル弾かれるも空中でクルリと一回転して着地する。ダメージは少なそうだ。

 

「コウタロー、なぜ君がここに!?」

 

「その話は後です!」

 

背後でディアスが戸惑いながら訊いてくるが、悠長に説明している時間はない。俺が現れた事で大猿は更に敵意を高めていたのだ。鋭い牙を剥き出しにしながら唸っている。間違いなく、俺が今まで遭遇した中で一番強い魔物だろう。

 

ーーーーー

狂猿ヴァルガモス

種族:神獣

弱点:炎

ーーーーー

 

分析と神眼の結果、弱点は炎であることが分かった。

 

「後は…少しでも役に立てばいいが…」

 

結界師スキルの守護結界をディアスたちの足元に発動させる。今まで出遭ってきた弱い魔物であれば近付けない結界であったが、目の前の狂猿は果たしてどうだろうか。

 

「ディアスさんたちはそこから動かないように! ユウド、結界内に入ってディアスさんたちの守りにつけ! 遠距離スキルでの援護を頼む!」

 

「分かった!」

 

ユウドが駆けてきて剣を構えて結界内に入る。ティアは俺の横で狂猿の動きをじっと観察していた。

 

「ティア、俺の攻撃はあまりダメージを与えていないらしい。俺が囮になるからティアは隙をついて攻撃を頼む。ただし深追いはしないでほしい」

 

「大丈夫」

 

ティアが力強くそう答えると、ティアの体を光が昇った。そしてそれは体を覆い、強烈な圧力に変わる。これは俺の武闘家スキルにもある『気纏』だ。気を纏うことで全能力が一気に底上げされる。ティアの武神の能力が更に高みへと昇るのだ。小さな子どもに差をつけられて情けないと感じる半面、嬉しさもあった。過去のように、盗賊などの悪意から弄ばれる事はなくなっていくだろう。

 

 

狂猿がこちらへ飛び込もうとしていると見抜き、俺は先手をとった。狂猿は虚をつかれ、一瞬体が硬直する。だがそれも直ぐに解け、大きな腕を振り上げた。だがその腕は俺の体をすり抜けて大地へと落ちる。幽霊スキルの通り抜けを使い、当たる直前だけ幽体になったのだ。そしてカウンターを仕掛ける。魔術師スキルのランク2火魔法を顔目掛けて放った。

 

「…な、なに!?」

 

狂猿はガードする時間すらなかったはずだ。しかしその炎が狂猿を焼く事はなかったのだ。毛皮に当たる瞬間、搔き消えるように炎が消失したのだ。

 

「コウタロー! そいつに魔法の類いは通用しない! 魔法耐性が信じられないくらい高いんだ。他の攻撃手段に講じるしかない!」

 

背後でディアスがそう叫ぶ。弱点は炎であると分かっているのに、魔法は通用しないとか勘弁してもらいたい。そう思考する俺に敵意が向けられたのが分かった。四つの巨大な腕が、全て俺を狙って振り上げられていたのだ。俺は身の危険を感じて幽体になる。そして、狂猿がニヤリと笑った気がした。

 

「ガァァァァァァァ!!」

 

洞窟内が震えるほどの凄まじい咆哮が走る。そしてその咆哮は、信じられない事に幽体であるはずの俺の体をも吹き飛ばしたのだ。俺は空へ投げ出され、石壁に叩きつけられた。そこですり抜けスキルも解除されている事に気付くが、それよりも先に激しい痛みが脳髄を支配した。落下する俺の体をティアが受け止める。

 

「コウタロー、大丈夫!?」

 

「死ぬ程痛い…」

 

狂猿の種族、『神獣』という気になる部分はあった。そんな神の名を冠する魔物は、今まで無敵と自惚れていた幽体スキルのすり抜けすら通用しなかった。神獣とは一体何なのか、

 

「よくも…コウタローを…」

 

ティアは俺の体を大地へ降ろし、怒りの表情を浮かべている。そして俺が何か告げる間もなく姿を消した。いや、狂猿に向かって突進していたのだ。それを理解したのは、狂猿の体が天井に叩きつけられていたからだ。その真下にティアはいた。狂猿も自身が何をされたのか理解できておらず、眼下の矮小な少女を睨む。そして空中で巨大な爪を振るった。

 

「見えてる!」

 

爪とティアの体にはまだ距離がある。それでもティアは体を捻り、その場を跳躍して流れる。次の瞬間、ティアがいたであろう大地が削れ、爪痕が残されていた。

 

「…カマイタチみたいなものか」

 

俺はそう予測する。俺も事前に分かっていれば避けられるかもしれないが、ティアと違ってそれを見る事はできなかった。ティアには見えていたのだろうか。そこで俺は気付く。神の名を冠する者は、そこにもいたのだ。

 

武神と神獣。

 

その強さは予測もつかない。

 

狂猿は大地へ着地し、腕を薙ぎ払う。触れれば切断されそうな攻撃に、ティアは両手を構えて対応した。攻撃が当たる瞬間、狂猿の巨体が投げ飛ばされた。恐らく合気の類いだろう。ティアの武のレベルは確かに達人すら超える領域に踏み入っている。武の理に関しては如何に神獣といえど通用しないだろう。だが安心することはできない。相手も同じ高みに存在する獣なのだから。

 

投げられた狂猿は正面のティアを睨みながら、刹那、俺の姿を一瞥した。そして再度笑う。狂猿の手が石壁に触れた瞬間、それを豆腐のように抉り取った。一体どれ程の握力だというのか、信じられない光景だった。

 

そして俺は気付く。その敵意が俺に向けられていたのを。

狂猿は無数の大きな岩の塊を凄まじい速度で投擲してきたのだ。先ほどの咆哮の影響か、幽体になる事ができない俺は慌ててそれを躱す。投擲された岩は洞窟の壁に大きな穴を穿っていく。

 

「兄ちゃん、上!!」

 

ユウドの声が響く。ハッと上空を見上げると、そこには狂猿が迫って来ていた。巨大な爪が、俺を狙っている。

 

全ての動きがスローモーションで見えていた。

 

叫ぶユウド。

 

無力を嘆いて傍観しているディアス。

 

そして…泣きそうな表情を浮かべて俺の前に飛び込んできたティア。

 

 

 

 

 

 

狂猿の爪は、俺の盾となったティアの体を引き裂いた。

 

ティアの身体は力無く俺の胸の中に収まる。その体にもう光は纏っておらず、今俺の胸の中にいるのは武神とは思えないか弱い少女だった。

 

「…ティア…?」

 

「…コウタロー…私…コウタローを守れたかな…?」

 

「ま、待ってろ! 直ぐに治癒魔法をかけるから!!」

 

「…ううん…そんなことより…ここから逃げて…」

 

ティアの手が俺の胸を撫でる。

 

「…私…コウタローに…恩返し…できたかな…」

 

そしてティアの手が落ちる。

 

「…ティア?」

 

俺は何度もそう呼び掛けるが、ピクリとも反応しない。思わずティアの姿が涙で滲む。俺のせいで、ティアは死んでしまった。俺はティアに恩を着せたつもりなんてこれっぽっちもなかった。ただ、盗賊から救い、ある程度の強さがあれば過去のような目には遭わないだろうと職業を変えただけだ。だがそれが裏目に出てしまった。戦いを知らなければ、ティアはこうして俺と共にここに来る事は無かったし、俺の盾となって命を落とす事もなかったのだ。

 

「…俺のせいだ」

 

ティアの体を抱き寄せる。

 

背中は酷い出血だ。

 

…痛かっただろう。

 

「ギャッギャッギャッ」

 

目の前の狂猿はそんな光景を見て楽しそうに笑っていた。それが悔しくて、憎らしくて、我慢ならなかった。俺は短距離転送で結界内に移動し、ティアの亡骸をディアスに預ける。

 

「…ウ、ウソだよな? ティアは寝てるだけなんだろ、兄ちゃん!」

 

ユウドはティアの顔を見て表情を歪ませる。今の俺にはユウドの問いかけに答える強さもない。だがユウドも分かっているはずだ。ティアの命が散ってしまった事を…。それでも縋りたいのだ。

 

「…ディアスさん、ティアを頼みます」

 

「…コウタロー、今君にかける言葉は見つからない。だが自暴自棄にはなるな。敵討ちなど考えず、まずは生き残る事を考えるんだ」

 

「それだったら俺が奴を相手にして、ディアスさんたちを逃がす時間を作ります。ディアスさんなら、後に討伐隊を編成することができますよね?」

 

「それは…可能だ。奴の強さも分かった。次回には帝国の中隊クラスの派遣を要請できるだろう」

 

「それならディアスさんは確実に生き残らなければならない。ユウド、2人はもうボロボロだ。お前が村まで護衛するんだ」

 

「…兄ちゃんは…どうするんだ?」

 

「だから言っただろう。俺は皆が逃げる時間を稼ぐ」

 

俺の提案は正しいはずだ。ユウドでは狂猿に対抗などできないし、この中で僅かにでも時間稼ぎできる可能性があるのは俺しかいないのだ。ユウドは反対するが、文句など言わせない。

 

「言ったはずだ。俺の指示を守ってもらうと。行け!」

 

「行くぞ、ユウド君!」

 

「くっ…兄ちゃん、絶対に生きて戻ってこいよ!」

 

ユウドはディアスに促され、従者の騎士と共に出口へ駆けていった。それを狂猿は逃すまいと構えるが、それをさせない為に俺が前に出る。

 

「…おい、モンキー。まずは俺を倒してからにしろ」

 

「ギャッ!?」

 

この猿は許す事ができない。神獣など関係ない。目の前の猿は只の憎いティアの仇なのだ。神の獣? それがどうした。お前を倒せるのなら、俺は何にでもなってやる。

 

俺は能力ボードを開き、職業をチェンジさせる。

 

そして俺の体が光り輝き、見る間に形を変えていく。

 

『神竜』

 

それが俺の職業欄に表示されていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。