マテリアルズRebirth (てんぞー)
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Prologue ―Rebirth―
ファースト・コンタクト


「しゃ、ら、くせぇ、んだよ……!」

 

 拳に魔力を込め、それで殴る。拳が敵を貫通し、鋼の体に突き刺さる。精密機器で構成されているボディはそれだけで異常を来たし、壊れる。最後の攻撃に、と放たれる爆発は此方のプロテクションによって逸らされる。防ぐ、のではなく逸らす。プロテクションに至近距離からの爆発を防ぐだけの力はない。そこまでの魔力を振り絞るのは悪手だ。だからこそ小賢しい技術で衝撃を横へと流す様にして前へと進む。

 

 そうやって見えるのは更に迫ってくる鋼のオートマタだ。それらが複数、列をなして出現してくる。元々狭い通路での戦闘だ。予め入手しておいたマップによればこの先は行き止りになっているはずだ……隠し通路でもなければ。ともなれば、これが最大戦力だろう。この先にターゲットがいる事は確実だ―――ならばやる事は一つのみ。

 

「回り道を知らんから正面から圧倒する」

 

 通路を埋める程に出現しているオートマタの群に対して先の先を取る。プログラムが攻撃のルーチンを開始する前に体勢を低く、魔力で全身を強化し、一気に瞬発する。狙うのは必殺のコンビネーション。

 

「ふっ!」

 

 接近と同時に浸透勁の拳を叩き込み、それに更に魔力を込めて相手を殴り飛ばす。オートマタが吹き飛び、後続とぶつかり合いながら爆発する。そしてそのまま腕に込めた魔力を砲撃魔法として殴り飛ばす様に発射する。

 

「しっ!」

 

 拳から放たれた砲撃は一直線の蒼いビームとなってオートマタを飲み込み、爆発する。その一撃で大部分が爆発四散し、通路が大分クリアになる。だがそれでもまだ少数残っている。それを確認し、ビームの余波が残っている瞬間に飛び上がり、天井を蹴って体を一気に加速させながらキックを繰り出す。

 

「フィニッシュ!」

 

 蹴りぬいて向こう側に見える最後の一体に対し、前転する様に踵落としを食らわせる事によって砕きつつ着地する。素早く飛び越える様に移動し、背後で爆発を感じる。万が一に備えバリアジャケットを張り直し、首に巻いたぼろぼろのマフラーの位置を調整する。左手で右肩を掴み、右腕を軽く回し、首を左右に振る。軽くばき、ぼき、と音を鳴らして体の調子が良好なのを確認し、両腕の肘までを覆う無骨で鉄色のガントレットの姿をしたデバイスに視線を向けずに声を投げる。

 

「どっちだ」

 

『Straight ahead, then to the right sir. Don't get lost, our dinner is on this』(真っ直ぐ進み、次に左です。くれぐれも迷子にならないでください。夕食がかかっていますので)

 

「あいあい」

 

 適当にデバイスの小言を聞き流しながらゆっくりとした歩みで先へと進む。何度か行ったスキャンで隠し通路の類は見つかってはいない。唯一の懸念は転移による離脱だが、それもジャマーを仕掛けているのでそうそう逃げられる事はない……と、思いたい。相手がデバイスを複数繋げた並列作業での演算を行えばデバイスをおしゃかにする代わりに離脱は可能だろう。そんな手段を取られた場合は流石に逃げられてしまう。まあ、此処に来るまで時間はたっぷりとあった。ソロの仕事で、そしてアタリを引いてしまった手前、こればかりはどうしようもない。最初から”逃げられることが前提”での活動なのだ、これは。

 

 嘱託魔導師なんて管理局にしっかりと所属していなければ所詮使い捨ての駒だ。それを解っていても管理局に所属しないのはこっちの方が制限が緩く、非常にやりやすい事にあるのだが。まあ、この場でそういう思考はいらない。必要なのはここで得る事の出来る結果のみだ。

 

「さて、敵さんがそこまで追い詰められてなければ嬉しいんだがね」

 

 そんな事を呟きながら通路を進み、曲り、そして施設の最奥へと到達する。他の扉と同様メタリックなデザインであるが、ここは他よりも強固な防壁で守られており、そして横にコンソールが見える。つまりコンソールにパスを入力して扉を開けろという事なのだが、かなり複雑な内容となっている。

 

「一応聞いておくけどヒントあったっけ?」

 

『You came all the way destroying everything sir. Do you realy think anything is left?』(ここまで全て破壊してきておいて何かが残っていると思いですか?)

 

「ですよねー」

 

 ならばやる事は一つ。拳に魔力を込め―――コンソールへと向けて右拳を叩きつける。衝撃と共に拳がコンソールに突き刺さり、扉の横の壁が一気に陥没する。

 

「お、アタリだな」

 

 そのまま左拳にも魔力を込め、開けた穴へと腕を突き刺し、力技で扉の横の壁をこじ開ける。予想通りというべきか、壁の中はワイヤーやら配線やら、施設を維持するためのコードで溢れている。必然的に空洞が少々ある―――扉を破壊するのよりははるかに楽なのだ。

 

「っらぁ!」

 

 力を込めて横へと引き裂く様に力を込めれば、壁が左右へと裂け、人が通れるほどの道が出来上がる。この壁の中身が全て金属でできているのであればまた話は違ったのかもしれないが、こういう研究所は廃棄の可能性を考慮して基本的に、施設機能以外では作りこみが甘くなっている。これも今までの研究所への襲撃の経験が教えてくれることだ。

 

「とうちゃぁーく」

 

『Nice smile mister』(いい笑顔をしていますね)

 

 それを人は威嚇と呼ぶ。

 

 踏み込む部屋は暗く、電気がついているようには思えない。どうやらハズレ……ではなく撤収された後だったらしい。ある意味で言えば予想通りの結果だ。元からそれを予想していただけに驚きは少ない。電気がついてないのも電気を消して去るだけの余裕があったのか、もしくはオートなのか。まあ、どちらにしろふざけているのには違いない。

 

『There is someone in the room sir』(部屋の中に誰かいます)

 

「カッ、逃げ遅れか?」

 

 前へと踏み出していた足を引っ込め、素早くバックステップを取る。そうしてデバイスが感知した生体反応を肌で感じようと、気配を探る。そして感じる人の気配は―――四人分だった。予想外に多い事に戸惑い、そして別の事に戸惑う。

 

 この部屋へと踏み込んで既に数秒以上が経過しているのにアクションがない。

 

「ベーオウルフ」

 

『Yes sir』

 

 口にしなくてもしてほしい事を相棒は理解してくれる。魔力を少しだけ消費し、それで光源を生み出す魔力の球体を生み出す。それを天井に浮かべれば、部屋の中身が見えてくる。

 

「……ッチ」

 

 部屋に存在する物を確認し、そして照明のスイッチを見つける。一旦球体を消し、そして今度は部屋の電気をつける。部屋に電気が回ったことにより部屋にあったものが更に良く見える様になりそれらを腕を組んで、見る。

 

 ―――それはポッドだった。

 

 ポッドの乱立する部屋であり、その多くの中には人間らしき形をしたものがある。いや、人間になれなかった者たちだろう。上半身だけ出来上がっている者がいれば、皮膚のない者、骨と内臓のみの者と、激しくグロテスクな絵が延々と続いている。準インテリジェントデバイスであるベーオウルフは生体反応を四つ見つけたと言った。そういう事ならば、ここの研究の完成品、もしくは研究の生存者が四人残っているという事になる。

 

 衝動に任せてそれを探す前に、頭を冷静にする。

 

「ふぅー……オーケイ。心は熱く、頭は冷静に、だ」

 

『Your heart beat is telling me that you are not cool at the moment』(心拍数がクールではない事を証明していますが)

 

「黙って見逃せよお前」

 

『I must also say that the age of 18 is that not yet old』(あと一応付け加えておきますが18歳ではそこまで歳を取っているとは言えません)

 

「少なくとも9歳から嘱託魔導師やってんだからそれなりにやってるだろ。それよりも」

 

 近くの端末へと移動する。此方もまたコードやらIDを必要とされている。が、勿論そんなものは一つもない。端末を軽く調べ、下の方にメンテナンス用ハッチを見つける。魔力で強化した指をハッチの隙間に突き刺す、そして指をフック状にしてこじ開ける。

 

『Nice work master』(良い仕事かと主)

 

「じゃあお前の番だッ、と」

 

 そのままメンテナンスハッチの中へと拳を叩きこむ―――もちろん、壊すつもりはない。

 

 ここで白状するのであれば、俺という魔導師はそこまで”魔導師”というスタイルではない。魔力で自分をブーストし、接近して殴るガチガチのタンク、陸戦タイプのパワーファイターが俺のスタイルとなる。故にデバイスも特別頑丈なものが要求され、そして必要される術も非常に少ない。強度をアームドデバイスとしておけば特に変形機構もいらない。……ともなれば、それなりのデバイスであれば領域が結構開く。ここでソロによる仕事が多い嘱託魔導師はどうする? その答えはシンプルであり、

 

 苦手な分野をカバーさせるという事に尽きる。

 

 嘱託魔導師は本人が一芸特化、そして苦手な分野を使い魔かデバイスの領域一杯にぶちこむことで、シングルでも最大限の結果が引き出せるようになるのが理想的だ。故にそれは俺にも適用され、こういう仕事の場合は余分な術式を全てそぎ落とし、容量領域いっぱいをハッキングやクラッキング用の術式で埋めてある。

 

 端末のコードを力いっぱい握り、ベーオウルフにデータの中身を洗わせる。

 

「どうだ?」

 

『Sorry sir, most of the data are deleted』(すみません、ほとんどのデータが削除されています)

 

「ま、敵さんもマヌケじゃないって事だな。ま、十中八九プロジェクトFの残滓か何かだろうな」

 

 人工的に人間を、魔導師を作り上げようとするプロジェクトはそれぐらいだ。噂によれば、管理局の暗部でも安定した戦力を生み出せないかとプロジェクトFを引き継いで何かをやっている、なんて話があるが、

 

「あぁ、怖い怖い」

 

 それは噂の領域を超えない。いや、噂の領域を超えてはいけない。それを噂の領域から超えさせようとする存在がいれば、間違いなく管理局によって消される。特に嘱託魔導師一人、消すのは簡単すぎる話だ。適当な任務で辺境へと送り、別の命令を与えた魔導師に撃墜させる。適当に情報改竄し、ハイ、終了。権力を持つ連中に逆らう事だけは絶対にしたくない。さて、

 

「―――永遠の眠りへつけぬ者達へ慈悲と安息を」

 

『Amen』

 

 ベーオウルフの操作により生存者と思わしき四つのポッド以外、十数もあるポッドの稼働が終了する。魔導科学により死んでもなお、大地へと還る事が許されなかった命はこれからゆっくりと他の命と同様に腐り、散る事が出来るだろう。死んでいるどころか魂すら宿ってはいない肉塊だろうが、それでもやらない善よりはやる偽善という言葉があるだろう。少なくともこれで自分は満足できたので良しとする。問題は残された四つのポッドだ。

 

 他のポッドの光が消えた中、四つだけまだ稼働しているポッドが存在する。手を端末から抜き取ってベーオウルフのハッキング作業を終わらせ、部屋の一番奥に並ぶ四つのポッドを見る。他のポッドと比べ、この四つだけは繋げられているコードの数が多く、一回り大きいように見える。近づきながらまずその中身を見る。

 

 その中で浮かんでいるのは予想通り少女の姿だった。いや―――少女にしては少々成熟している。

 

「12……いや、13歳くらいか?」

 

 裸の少女が目を瞑り、ポッドの中に満たされた液体の中に浮かんでいる。どうやら液体に酸素を運ぶ役割があり、そのおかげで溺れていないように見える。詳しくは知識がないので判断することができない。

 

『You must notice its a girl in this』(その中にいるのが女の子だという事には気づいていますか?)

 

「見りゃあ解るだろ。ロリコンでもペドでもねぇから観察程度なら問題はないだろ」

 

 管理局へと報告すれば彼女たちも保護されて、里親を見つけてそれなりに幸せな生活を送る事になるだろう。その後管理局に入局するかどうかは完全に彼女たちまかせの話だ。

 

「さて、此方は、っと……」

 

 横へとズレ、他のポッドの中身を確認する。次の少女も特に肉体的欠損は存在しない健康体らしく見える。此方も前と同様12、13歳ほどの少女で、次に確かめる少女も年齢は似た所、そして健康体に見える。医者でもなければそこらへん詳しい事は解らないが、自分にはそう見える。そして最後のポッドも同じく、12歳、13歳ほどの少女だった。彼女たちの姿を見て、軽く頭を掻く。

 

「チッ、何か引っかかる」

 

『Master?』

 

「どうにも釈然としない……」

 

 ポッドの中身の無事は確認できた。これは研究の成果に見えるけど―――少々おかしい。

 

 ……何故、こうも綺麗なんだ?

 

 この四人の少女達が間違いなくこの研究施設の研究対象―――いや、完成品と見た方がいい。それはこの部屋を見れば一目瞭然なのだ。だからこそ嘱託魔導師としての勘がおかしいと声を上げている。なぜなら、先ほど思ったように状態が綺麗過ぎるのだ。

 

 ギリギリ逃げるとしても、俺が次元犯罪者であれば自分へと繋がるような証拠は絶対に残したくない。データの消去は完璧だったのに、何故こうも実物が残っている。そこがおかしいのだ。削除されたデータはベーオウルフでさえサルベージは無理だったのに、こうやって実物を残してしまえばどうぞ調べてくださいと言わんばかりだ。研究者なら、データさえあれば実物を破壊してもいいはずだ。だからこそのイタチごっこ、面倒、終わらない悪行だ。だがここには明確に残る証拠を残してしまった。

 

 何故だ。

 

 良く解らない苛立ちが襲う。少しだけ乱暴にぼさぼさの髪を掻き、既に乱れていた髪を更にめちゃくちゃにする。ポッドの裏にデスクがある。その上には何も置かれてはいないが―――引き出しを引っ張れば、その一段目に書類と手紙が置いてあるのを見つける。

 

「Present for you……”貴方への贈り物”か。ふざけやがって」

 

 書類をチェックする。書類の中身はここで行われている実験の詳細を抜いた、大まかな報告書だった。プロジェクトFによって生み出す検体の効率化、安定化、質の向上、とにかく節操なくプロジェクトFに関する追及が行われていた。

 

 数年前”地球”という世界で発生したジュエルシード事件。

 

 この事件はプロジェクトFに対してある価値観を与えた。

 

 つまりクローニングによる質の高い魔導師の作成は有効、という事だ。

 

 フェイト・T・ハラオウンを見ればその有用性が見えてくる。クローンでありながら、確実にプレシア・テスタロッサの娘としての素質をすべて引き継いで生まれてきた存在。彼女を安定してプロジェクトFで生み出す事ができれば―――なるほど、それは素晴らしい。初期の教育さえ気を付ければ忠実な兵士を作り上げる事が出来るのだ。この報告書は必要なデータや手段を見せずに説明する内容だった。

 

 簡単に言えばこうだ。

 

 ―――これを使って管理局へと攻撃を仕掛けるぞ、と。

 

「クッソくだらねぇ……」

 

 破り捨てたい衝動に駆られながらも自制心でそれを抑え込み、書類を読み進める。この報告書がこの四つのポッドの事を知る手掛かりとなるはずだ。そして見つける。

 

「……なんだこれ」

 

 ―――マテリアルズ事件の三つのマテリアル、そして盟主のプロジェクトFを通した再現再生。同一存在をそれぞれに適応する人物の遺伝子を持って―――。

 

 マテリアル事件なんて事件を初めて聞くが、この四つのポッドは、クローン、それも今、管理局で有名になってきている人物たちのクローンだ。

 

 ヤバイってレベルじゃない。

 

 しかもマテリアル事件なんて事件―――。

 

「ベーオウルフ、マテリアルなんて名称の事件は過去に存在したか?」

 

『Searching……date not found』(検索中……該当なしです)

 

 つまり”なかった”という事になる。いや、”された”という認識の方が正しい。

 

 あ、ヤバイ。俺消される。

 

 管理局がなかったことにする事件なんてよほどの事ではない。厄ネタってレベルじゃない。知っていてはいけない事実なのだ。しかもそれにエース・オブ・エースや金色の死神が関わっていたとなると更にヤバイ。高町なのはと言えば管理局の”お気に入り”だ。彼女に対して傷がついてはならない。

 

「消す……か?」

 

 この書類のマテリアルズ等という事に関する記述、そしてこの四つのポッドを破壊すればそれで済む。人を殺める事となるが、正直自分が死ぬよりはいい。知らない誰かを犠牲にするのと、自分を犠牲にするのと、どちらがいいと言われれば間違いなく他人を犠牲にする。

 

『Master』

 

 ベーオウルフが意志の最終確認をしてくるが、迷う必要はない。一番近いポッド―――最後のポッドの前に立つ。右拳を引き、魔力を込める。

 

「慈悲深き者に―――」

 

 ベルカ式の略式で葬送の言葉を吐こうとした時、

 

「―――」

 

 ポッドの中にいた少女が目を開けて此方を見る。馬鹿な、と口から言葉を漏らし、拳を構えたまま動きを止める。長い金髪の少女はポッドの中から此方を見て、そして、口を動かした。

 

 ―――た、す、け、て。

 

「……あぁ、クソがっ」

 

 拳を叩きつけた。



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セカンド・アンド・バッド・コンタクト

 研究所の入り口、適当な岩の上に座っていると、研究所の中から管理局の制服姿の魔導師が出てくるのを見つける。立ち上がり、形だけでも敬礼をする。出てきた相手も小脇に書類を抱えたまま、敬礼する。その動作は早いが、解くのも早い。まあ、一々硬くしていれば疲れるというやつだ。すぐに崩すとすぐに会話に入る。

 

「お疲れ様です」

 

「お疲れ様です。それで―――」

 

「はい、報告内容と見つけた内容は一緒でした。欲を言えばポッドの中身をそのままにしてほしかったですが、それも致し方がない話でしょう」

 

「あはは……」

 

 居場所の悪さに軽く頭を掻くと、管理局員は話を続ける。

 

「ポッドの稼働を停止させてしまっているので、ある程度細胞の死滅が開始してしまっていますからね。……まあ、個人的にはそれが人道的で、そして正しい判断だと肯定しますが。……あ、すいません今のはオフレコでお願いします。ともかく、お仕事お疲れ様です。あとは此方の方で引き継ぎしますのでもう帰っても大丈夫です。今回は結構暴れたそうなのでボーナスも出る筈ですよ」

 

「マジ……本当ですか」

 

 あはは、と相手が苦笑する。

 

「別に録音されている訳ではないので言葉は崩しても大丈夫ですよ。えーと使用されたカートリッジは……」

 

「あー、確か二十発だな」

 

「はい、二十発ですね。たぶん経費で落とせますので、こちらから空のカートリッジを送っておきますね」

 

 あの研究所の攻略のどこに二十発もカートリッジを使う必要があったか、と言われると、研究所を見つけるのに使ったのだ。

 

 砲撃を連射。連射。連射。連射、そして連射。そうやって軽く地表を薙ぎ払い、研究所の入り口を露出させたのだ。正直な話、相手には警戒されるがこれが一番楽な探し方でもある。どーせ索敵系の魔法はそこまで得意ではないのだから割り切ってしまえばいいのだ。地上を滅ぼす、実に楽である。

 

「ではお疲れ様でした」

 

「おー、お疲れ様ー」

 

 椅子代わりにしていた岩から離れ、軽く体を捻ったり、伸ばしたりする。管理局員が去った事を確認し、軽く息を吐く。自重する様に小さな声で、

 

「はぁ―――なにやってんだ俺……」

 

 どーせこーなるんですよね、えぇ。ベルカ男子って基本的に騎士思考だし。自分の性分だけはどうにもならないなぁ、と軽い呆れの溜息を吐いてから待機状態である普通のオープンフィンガーグローブとなったベーオウルフを見て、

 

「よろしく」

 

『Yes master』

 

 この世界が無人世界ではなく、管理世界で良かった。

 

 そんな事を思いつつ短距離用の転移術式を起動させる。目的地は最寄りの街以外にはない。

 

 

                           ◆

 

 

 バリアジャケットはとっくの前に解除されており、服装はこの熱帯の地域に適応して非常に軽いものとなっている。黒のジーンズに半ばまでめくったカッターシャツ。もちろんネクタイはなく、シャツの裾もおもいっきり出している。それでも暑く感じられるので上のボタンは二つも外している。街へと到着し、入り口近くで売っていた安物サングラスをかけ、目的地であるホテルへとやってくる。

 

 あえて観光地の近くに研究所を隠した発想は中々のものだった。何せ普通研究所と言えばそれなりに人がいないところか無人世界を選ぶものだからだ。狂気の沙汰とも言える所業だが、研究の進行を見るにかなり有効な判断だったらしい。まあ、潰してしまった今ではそれも関係ないが。ホテルに入るのと同時にサングラスを持ち上げて頭に引っ掛ける。そのままロビーまで行き、受付に顔を見せる。

 

「……」

 

 此方の顔を確認し、受付の女性が此方の要件を認識する。コクリと頷くと部屋の鍵を渡しにきてくれる。そして、他の人間には見えない様に手の中に隠していた紙幣を数枚渡す。この交換が終われば関係終了。もはやチェックアウト以外で関わる必要はない。こういう観光地で働く人間は基本的に薄給なので、お金を渡せば大抵何でもしてくれるのが便利だ。

 

 ……なんか、思考が汚れてるなぁ……。

 

 何時からこんなにヨゴレ系になったんだろうか、と軽く自虐的思考に囚われつつもエレベーターへと乗り、一気に階を上がる。駆動音を聞かせないエレベーターの静かな時間が終了し、エレベーターから降り、鍵に書いてある番号の部屋へと向かう。借りた部屋を見つけ、鍵を差し込み回す―――ハッキングができる機械式よりは鍵で閉めた方が安全性が高いというのは科学技術が発達したことに対する皮肉な事なのだろうか。まあ、それはさておき部屋へと上がりこむ。

 

 後ろ手で扉の鍵を閉めながら、中に入る。部屋は結構広い……というか四人も子供を並べるのであれば必然、広い部屋でベッドの数を多くしないといけないのである。今回はカートリッジを経費で落とせたのにそれがパァになったなぁ、等と思いつつ―――少女達を寝かせたベッドを見る。

 

 あぁ、そうだ。

 

 悪ぶっていたくせに、最終的にはポッドの中で浮かんでいた少女達を助けてきたのだ。

 

「どうやってミッドチルダに帰るんだよ俺……」

 

 確実に空港で引っかかるぞ俺。状況に頭を抱えたくなりながらも、ちゃんとベッドの上の少女達を見る。確認できるのは二人だけだ。他の二人は布団の中へ隠れてしまっているらしい。だが寝相が悪いのかベッドの上へと転がり出ている二人はちゃんと服を、パジャマを着ている。受付の女性は最低限の仕事はちゃんと果たしてくれたらしい。流石に服を着せないのはどうかと思ってたし、これで最低限の倫理観は守れている。もう少しベッドに近づいて二人の様子を窺うが、どうやら問題はなさそうだ。

 

 では、

 

「もう二人は、っと」

 

 確認するためにも少しだけでもベッドを覗きこもうとした瞬間、横から声が響いてきた。

 

「今だ! かかれぇぃっ!」

 

「はっ? えっ?」

 

 そう言って明確に指示を出したのはベッドの上で寝ている様に思えた白髪、短髪の少女だった。明確に此方を見てそう声を上げていた。そしてそれと同時に感じるのは背後からの気配だ。

 

「フハハハハッ! 僕に任せろー!」

 

 ベッドの上を確認するために片膝をベッドに付けている。その場から素早く移動するために、体をまだ場所がある左へと転がる様に飛ばす。次の瞬間、青髪の少女が先ほどまで俺の体があった場所にキックを決めているのが見えた。

 

「ちょっ、待て」

 

 ストップを呼びかけるが、返答となる返事は背後から来た。

 

「これで終わりです」

 

 そして背後から衝撃が来る。かなり固く、そして重い衝撃―――言葉として表現するのであれば、まるで花瓶を叩きつけられたような衝撃だった。というかパリーンと音を鳴らし、足元に花瓶の破片を散らしている辺り、確実に花瓶を使いやがった。痛みに反射的に頭を押さえる。

 

「ぬう、我らの完璧な連携をもってしても落ちぬか!」

 

 ぐぉぉ、と痛みの声を漏らしながら顔を持ち上げれば、先ほどまで寝ていた、いや、タヌキ寝入りしていた少女がベッドの上で仁王立ちしている。その背後で金髪長髪の少女がくいくい、と白髪少女の服の裾をひっぱっている。

 

「あの、ディアーチェ?」

 

「えぇい、心配するなユーリよ、この悪漢に我らの正義を示し自由を手にして見せよう」

 

「あ、我が王。花瓶通じない時点でたぶん無理です。詰みました」

 

「諦めるの早いなあ!」

 

 じゃあ、と言って頭の裏を擦る此方の前に構えて出てくるのは青髪の少女だ。何やらシュシュシュ、と口に出しながら色々と構え、

 

「ならば僕が相手だ! ふふん! 僕は強いぞー! 凄いぞー! 最強なんだぞー!」

 

「テンション高いなぁ……」

 

「そこには私も同意します」

 

「シュテル貴様は何諦めムードに入っているんだ!?」

 

 ディアーチェと呼ばれた白髪の少女がどうやらリーダー格らしく、茶髪の少女の言葉にツッコミを入れている。もとより戦意がなく此方を敵ではないと認識している金髪の少女はいいとして、この茶髪の少女はどうやらかなり冷静なタイプで、状況把握能力が高いらしい。おかげで此方に敵意がない事を理解しているようだ。青髪と白髪は知らん。たぶんテンションあがっているんじゃなかろうか。

 

「えぇい! やれレヴィ!」

 

「とぉぅ!」

 

「おぉぅ」

 

 白髪の合図とともに青髪の少女が一気に懐へと飛び込んでくる。魔力を使っていない素の身体能力頼みだというのに、中々すばしっこいものがある。

 

「必殺!」

 

 叫びながら青髪の少女が踏み込んでくる。

 

「秘儀デコピンカウンター」

 

「ぐわぁー!」

 

「れ、レヴィ―――!」

 

 だが飛び込んできた瞬間に合わせて額にデコピンを叩きつける。確かに早いし、鋭く、どこか完成された動きに見えるが―――やはりポッドから出たばかりか、体が運動に追いつけていない。イメージと肉体が合っていない、そういう所だ。だからあっさりと入り込んだところで動きが追いやすく、デコピンを叩き込める。

 

 そしてデコピンを受けた青髪の少女は床に倒れ、

 

「ぼ、僕はもうだめだよ王様……王様だけでも逃げて……」

 

「臣下を置いて逃げる王が一体どこにおる! 我がレヴィの仇を取るぞ……!」

 

「なんだこの茶番」

 

 花瓶をぶつけられたからではないが、軽く頭が痛くなってきた。かかって来い、と言わんばかりにベッドから飛び降りたディアーチェと呼ばれた名の少女は拳を構えているが……どう見てもその構えが素人のものだという事は解る。もう少しマテリアルズに関する資料をよく確認すればよかったのだろうが……たぶんこの娘たちはチームで運用される事を前提にされているのだろう。シュテルと呼ばれた茶髪の少女が参謀、青髪のレヴィという少女が切り込み隊長、白髪のディアーチェがリーダーでまとめ役、そして金髪の子が癒し枠に違いない。あぁ、間違いないだろう。

 

 さて。

 

「いい加減にしないと、お兄さん少し怒っちゃうぞ……?」

 

「そ、そ、その程度で我が引くとおお、お、思っているのか!」

 

「本当に大丈夫ですかディアーチェ……?」

 

 たぶん大丈夫ではない。証拠に足が小鹿の様に震えているし。なので、気づいているのであればそこのシュテルという少女に王の臣下というのであれば是非とも進言して欲しい。

 

「はい、では王よ、いい加減にそのお兄さんが優しくしてくれている内にユーリの話を聞きましょう」

 

「む?」

 

 ファイティングポーズをとっていたディアーチェは振り返ると自分の背後の方でおどおどと困っていた金髪の少女、ユーリと呼ばれた彼女を見て、そして首をかしげる。

 

「どうしたのだユーリよ。何か問題があるのであれば我に言うがいい」

 

「えーと」

 

 と、ユーリは申し訳なさそうに此方を見ながら言う。

 

「この人、助けてくれた人です……」

 

「……」

 

 ディアーチェがユーリの視線を追い。拳の骨を鳴らしている此方を見て、そして再びユーリへと視線を向ける。ユーリはそれに対して無言でコクリと、頷く事で応え、そしてシュテルを見る。

 

「これじゃあまるで我が悪者ではないか」

 

「えぇ―――ぶっちゃけると主犯ですね」

 

 無言のジト目がディアーチェに集中し、そして無言の圧力の中で、ディアーチェが困ったような表情を浮かべ、そして正座する。

 

「……いや、我な? こう、作られた存在とはいえ王様だしな? こう、臣下と盟主を守らなくてはいけない使命感があってだな? だからこんな状況、貞操を奪われる前に何としてもサイフをパクって我らのデバイスを取り返して、んでこっから自由にやろうと思ってだな」

 

「……まあ、その気持ちはわからんでもない」

 

 はあ、と溜息を吐いて腕を組む。この少女の言い分は解らないでもない。何せ、彼女たちはわけもわからない状況で目を覚ましたのだ。ともなれば、真っ先にやってくる人間を疑うか、もしくは情報を得ようとするだろう。ただ、その手段が少々お粗末なのと、そして話を最後まで聞いてないのがいけなかった。だからこそ溜息しか出なかった。

 

 ……とりあえずこの花瓶は弁償だなぁ、と思いつつ、再び口を開く。

 

「さて、俺の名前はイスト。イスト・バサラだ。第12管理世界出身のベルカ男子だ。基本的に曲がった事は苦手なんでよろしく」

 

 あ、と声を出して応したのはユーリと呼ばれた少女だった。

 

「ユーリ・エーベルヴァインです……たぶん」

 

 それに続く様に、

 

「シュテル・スタークスです。たぶん」

 

「えーと、たぶんレヴィ・ラッセルだよ! かっこいい名前だろー!」

 

「そして我の名前がディアーチェ・(キングス)・クローディアである! たぶんな!」

 

「貴様らいい加減にせぇよ?」

 

 軽く拳を固めて言うと、ディアーチェが手を此方へと向けてブンブン、と音を鳴らすほどに振る。

 

「ま、待て! 話せばわかる! 我らはぶっちゃけ記憶のインプリンテーションを受けている! だから我々が本物のコピーのコピーである事も自覚しておる」

 

 そこでディアーチェの声のボリュームが下がり、少し悲しい響きを持つ。

 

「……ゆえに我らはこの名が本当に己のものであるかどうか、それを持つ資格があるに足るかどうか。それを判断する術がないのだ。だからこそ”たぶん”だ」

 

 そうか―――そうか。この少女達はインプリンテーションで記憶と情報の転写を行われており、自分がコピーのコピー? だという事を許容している。その精神性は理解できないが、確かにそれが本当に正しいと名乗って良いのかは迷う事だろう。しかし、どうだろうか、ならば、やはり―――こういうほかあるまい。

 

「―――おう、じゃあ自己紹介が終わった所でさよならだな」

 

「んなっ!?」

 

 当たり前だ、と言葉を置き、一瞬だけ考える時間を与えてから再び口を開く。

 

「今の所お前ら人生最高の厄ネタだぞ? ―――最低限の義理は果たしたし、これで終わりだ」

 

「……待ってください」

 

 誰もが何かを言いたそうに口を開いた瞬間、一番最初に口を開き、場を制したのはシュテルだった。ディアーチェへと視線を送り、少し焦った様子でディアーチェからの頷きを得て、そして口を開く。視線は冷静にこっちを見て、

 

「……なるほど、現状を見るに我々が危険かつ厄介な荷物であると思えるのですね? つまり―――」

 

 シュテルは簡潔に言った。

 

「―――助けてほしかったらメリットを言え、と」



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トランプル・トーク

 ―――嫌な流れだと確信した。

 

 私、たぶんシュテル・スタークスという名の少女はそう思って少しだけ強く歯を噛む。自分はクローン―――プロジェクトFの派生形から生み出されたコピーのコピー。高町なのはというオリジナルワンをベースにして生成された理のマテリアルのコピー。それがこの、シュテル・スタークスという存在。その役目はオリジナルのシュテルと何ら変わりはない。即ちこの集団での理の象徴として、ブレインとして、常に最善手を思いつき、実行する事だ。そしてその為の知識を忌々しくもインプリンティングされている。必要なモノが、自分を作りものだという事を強く認識させる。本当に、忌々しい―――が、今はこれが武器だ。

 

 マルチタスクをもって思考を分割する。別々の思考行動を同時に行えるのは非常に楽だ。魔導師としては術を複数同時に行使するためには必須のスキルだし、同時に別の方向から一つの事を見る事だってできる。―――レヴィも最低で思考を五分割できるぐらいにマルチタスクというのは常識的な技術なのだ。

 

 だから分割できる最大数においてこの状況に対して正面から睨む。大胆不敵に此方を見る男は最低限の義理を果たしたと言った―――そこだ。それが問題だ。

 

 義理を果たされたのだ。

 

 自分の記憶……いや、脳に記憶されている情報と照合すれば、もし管理局にそのまま引き渡されていた場合、モルモットとして解剖される運命が待っていたに違いない。そして目の前の男、青年イストはその運命を自分の首を天秤にかける事で回避してくれたのだ。実にすばらしい事だ。無駄なリスクと罵倒する事も出来るが、助かった本人からすれば感謝すべき事だ。いや、だからこその問題だ。

 

 義理を果たされた。最低限ではあるが、助けられた。

 

 つまり、もうこれ以上助ける理由が存在しないのだ。これ以上の助けは余裕のある人間が行うものであり、必要以上の”余分な行動”なのだ。世の中、全ての人間が決してやさしいわけではない。自分達を生み出したような外道が存在すれば、問答無用で全てを助けようとする聖人の様な人物だっている。だが目の前の人物はそういうタイプではない……最低限の義理は果たしてくれる、少々優しいというだけの人間だ。何処にでもいるタイプの。

 

 どうする。どうする。どうする。

 

 言葉を考える。どの言葉が正しいのか、どうやって喋ればいいのか。何に訴えればいいのか。そして何よりも、私達―――マテリアルズですらない、コピーの私達を助ける事にいったいどういうメリットがあるのか。それを思いつかなくてはならない。

 

『大丈夫ですかシュテル?』

 

 ユーリからの念話が届き、頭に声が響く。そして、分割した思考が目の前の青年が片目を少しだけ揺らすのを捉えた。此方が魔力を使った事を把握しているのだろう。だからあえて口にする。

 

「念話での話し合いの許可をください」

 

「いいぞ? あんまし長すぎると俺はそのまま空港に行っちまうけど」

 

 使用許可が出たので心置きなく念話を他の二人にもつなげる。レヴィにつなげるのは余計なことかもしれないが、それでも何もしないのよりはいい。それにデータ上はレヴィの突発的な発想が何らかの貢献を起こしたことはある―――らしい。やはり少々悔しい。このデータがオリジナル達のものであり、自分たちのものではない事であるのが。己達の結果を見て判断できないという事が。ともあれ、

 

『どうだシュテル』

 

『あまり良い状況ではないかと』

 

『そうなの? 僕よく解らないけど別にお兄さんの助けとか必要ないんじゃないかな? ほら、僕たちってお兄さんよりも魔力あるし、まだ出て来たばかりだけど時間かけて体に慣れれば何とかなるんじゃないかな? ユーリがいれば長距離転移とかもできるでしょ?』

 

 意外とまともなレヴィの考えに少々驚くが、即座にそれを否定する。

 

『私も一番最初に考えた事はそれでしたが、一番最初に否定したのもそれです。なぜなら私達には一番重要であるデバイスがないのですからね』

 

 そこが一番の問題だ。バルフィニカス、ルシフェリオン、そしてエルシニアクロイツに紫天の書のセット。これもまた、オリジナルのコピーだ。オリジナルに匹敵する戦力として創造された自分たちはもちろんその力を最大限に発揮するためにオリジナルの所持していたデバイスと極限まで似させたデバイスを持って運用させられる予定だった。唯一ユーリだけが特殊で、デバイスを必要としないのだが―――デバイスなしのユーリだけは技巧の成熟に時間がかかってしまう為、やはり私達のデバイスが必須となる。共に研究室に保管されていたというのが脳に記録されている情報だ。おそらく今頃管理局が所持している。

 

『いいですかレヴィ? 我々はかなり優秀です。Bランク以下の魔導師であればデバイスなしでも封殺する事は可能です。Aランクでさえツーマンセルで戦えば負ける事はありません。ですが、それとは別にルシフェリオンなどが無ければ最大の戦果を得る事も、そして大がかりな術式を使用する事も出来ません―――デバイスが無ければこの世界に閉じ込められている状況なんですよ、私達は』

 

 そしてデバイスがないのであれば情報の改竄やごまかしも通じない。脳内には電子クレジットの偽造方法も記憶されているが、これもやはりデバイスを使う事が前提だ。何せ情報改変というのは作業がかなり細かい―――正直言って人間の脳でやるにはかなり面倒な部類にはいるものとして判断できる。

 

『では現状の問題をレヴィでも解る様に説明します。簡単に言うとまず1に私達には身分がありません。2に私達には移動の手段がありません。3に金が無くて生活ができなく、そして4に管理局に見つかったら間違いなく実験室行きという事でしょう』

 

『意外と我ら人生ハードモード入っているな』

 

 というか9割方詰んでいる。この状況でもしこの男を見逃してしまえばまずこの世界から出る方法がない。その時点で手段を選べなくなってしまうし、手段を選ばなくなれば必然的に管理局に見つかってしまう。そして我々レベルの魔導師に対して管理局も戦力を惜しむようなことはしない―――確実にエースレベル、ストライカー級の人員がやってくる。だから、

 

『今日を、そして明日を生きるには』

 

『なるほど、我らを保護させるしかないのか。そして保護させるに足る理由が存在しないのが今一番の問題という事なのだな? 何をしなくてはいけないのかが我にも見えてきたな』

 

 ディアーチェは伝えたかったことをちゃんと理解してくれた。流石王というべきか、頭は悪くはない。寧ろ決断力においてはこの中で一番上だろう。所詮自分の役割は理であり、知である事だ。考える事までは私の仕事。判断は王にまかせる。だからこそここで、自分たちが保護にたる存在であることを証明しなくてはならない。

 

『シュテル、ディアーチェ?』

 

 ユーリからの念話が届きユーリへと振り返るが、

 

『レヴィが何かしてますよ』

 

 保護者予定の男にレヴィが突貫していた。

 

「れ、レヴィ……!」

 

 即座に頭を抱えそうになる。が、レヴィは気にする風なく、男に向かって歩き、そして両手を腰に当て、胸を張っている。

 

「僕は強いんだぞ」

 

「おう」

 

「僕は凄いんだぞ」

 

「おう」

 

「だから養って」

 

「……」

 

「すいません、ちょっとタイムで」

 

「お、おう」

 

 とりあえずレヴィの頭を全力で叩き、首を掴んで後ろへと引っ張ってくる。全力で笑顔を浮かべて男、イストに対する心象を良くしておくのを忘れない。小さなことからコツコツと、好感度を稼ぐにはマメさが大切なのだ。

 

『悪いが威嚇しているようにしか見えなかったぞ』

 

 五月蠅いです王。

 

 レヴィを元の位置にまで引っ張ってくると、とりあえずディアーチェと共に挟み込む。苦笑するユーリもやってきて、レヴィを逃がさない円陣を組む。

 

『えー、ではシュテル』

 

『はい。被告人レヴィ・ラッセル―――辞世の句を』

 

『僕殺されちゃうの!? ちょっと待って、今裁判が始まった瞬間終わった気がするんだけど!』

 

『まあまあ』

 

 ユーリは優しいですねー、なんて事を思いながらとりあえず先ほどのリアクションを見る。―――予想していたよりも、割と驚きの反応だったと思う。いや、その前にレヴィに聞いておかなくてはならない。

 

『何故あんなことをしたんですか』

 

 レヴィは表情をきょとんとさせた。そして指を口に当て、首をかしげる。だって、と言葉を前置きしてから話始める。

 

『お兄さんは曲がった事は苦手だって言ったよね? だったらめんどくさい事を考えずにこうドバーン! と言った方が楽でいいんじゃないかなぁ、と僕思うんだ。だって王様とかシュテるんが言っている事が面倒すぎて僕考えるの嫌だもん。それに助けてもらうのに色々理由を作るのだっておかしいじゃん。だったら普通に真正面から助けてくださいって言った方がいいと思うんだ。それにほら、ユーリが”助けて”って言ったら助けてくれたんだし』

 

『それでも養ってくださいは流石にアウトじゃないですか……?』

 

『まあ、間違いなくアウトですね』

 

 レヴィの死刑は確定した事だがしかし―――レヴィの話はあまり悪くはないのかもしれない。いや、むしろ、今の会話で光明を見出した。レヴィの話は極論だ。いや、極論だからこそ通じるのだ。賭けにはなるが、おそらくこの方法が一番勝率が高いと踏む。

 

 会ったばかりの見知らぬ人間だが―――知っている限りの情報、そして対応を見るにこれが一番のアタリだという事に違いない。

 

『―――解りました。何とかする方法を思いつきました。……正直自分でもどうかと思うぐらい酷い方法ですが』

 

『気にする必要はない』

 

『シュテルが思いついた方法であるのならば、おそらくそれが最善なのでしょう』

 

『僕は解らないからとりあえずシュテるんに任せた!』

 

 レヴィは何時も通りとして―――いや、これもそう作られたからなのだろうか。この信頼も、能力も、役割を円滑にこなす為に供えられたものだ。この中で一番思考力に優れてしまっているために多く、余計な事を思いついてしまう。非常に面倒だと思う反面、この信頼がオリジナル達にあったものであるなら―――それは偽物ではないのだろうと思う。

 

『一番効果的なのは王にやってもらう事でしょう……ですから王よ、我々の命運を託します』

 

 とん、と胸を叩きながら張ったディアーチェはまかせろ、という。なので念話を通し、ディアーチェに対してやってもらうべき事を伝える。問題は多くあるが、それでもたぶん―――これが正しい回答だと思う。もしこれが間違っていれば、その場合はただ単に自分の見る目がなかったのだ。だからこそ、

 

『マジか!?』

 

『マジです』

 

『王様頑張って!』

 

『えーと、もしディアーチェがやり辛いというのであれば……』

 

『……えぇい、我も紫天の王かそれっぽい何か! 腹は括ろう!』

 

 それっぽい何かとか言わないでください。此方が激しく悲しくなるので。それでは紫天の王っぽい何かの従者っぽい何かに我々がランクダウンしてしまうではないですか。

 

 ともあれ、ディアーチェが覚悟を決めてくれた。なら後は見守るしかない。

 

「……で、作戦会議は終わったのか?」

 

「う、うむ。待っているんだぞ? 動くなよ? 絶対にそこから動くなよ?」

 

「すげぇ挙動不審だな……」

 

 やはり少し無謀だったかもしれないと今更ながら思うも、既にディアーチェは動き出している。前へと踏み出し、イストの前へと出ると、流れるような動作でひざを折り、手を床に着け、頭を下げて、それを床に着ける。その状態で、口を開く。

 

「―――我らを助けてください!」

 

 見事に土下座だった。そしてそれを見てイストは頬を若干引きつらせている。―――その様子を見るに土下座は流石に予想外だったのだろう。

 

『ぶっちゃけ土下座に意味は』

 

『特にありません。オリジナルの出身世界の文化らしいので無難にピックアップしました』

 

『貴様覚えていろよ』

 

 これを乗り切れるのであればいくらでも、という言葉は聞こえない様に自分の内に飲み込むと、イストは口を開く。

 

「メリットは?」

 

「ない!」

 

「デメリットは?」

 

「いっぱいだ!」

 

「それでも?」

 

「うむ!」

 

 もうこれ完全に開き直っていますね。

 

 それを確信し苦笑する。なぜならこの場で笑っているのは自分一人ではなく、もう一人だけ、笑みを浮かべている存在がいるからだ。

 

「メリットもなく、デメリットのみの状態で俺に助けろというのか。これ以上の義理はないのに」

 

「そうだ!」

 

 イストの言葉に反射的にディアーチェが答えると、苦笑は声となって部屋に響く。その声の主は―――ディアーチェの前で腕を組んでいた青年のものだった。苦笑しながら組んだ腕を解き、そして手をディアーチェの頭に乗せる。

 

「子供が大人に助けを求めるのに理由なんていらないんだから最初から素直に助けてって言いやぁ良いのに」

 

 じゃあ何故試すような事を言ったのか―――と言われれば此方が答えを出してしまう。

 

 ……おそらく自信をつけてほしかったのでしょう。

 

 不器用な男だと思う。あえてこちらを窮地に落とす事で団結し、共に考える時間を与えたのだ。そしてそれは確実にクローンやコピー、出生には関係なく”今”我々が協力し合う事で出来上がった結果なのだ。そこには背景等は関係なく、”子供”としか認識されていない我々がいる、という事なのだ。その事に他に気づいている者がいるかどうかはわからないが、とりあえずは、

 

「乗り越えられましたか……」

 

 助かった、という結果が安堵を生む。実に心臓に悪い……が、解った事がある。この男、間違いなくお人好しなのに偽悪的なのだ。いや、自分の性根を理解しているからこそ偽悪的であろうとしているように見える。なるほど、苦労しているのは自分達だけではないと理解した。

 

 さて。

 

 ……どうしよう。

 

 この状況を乗り越えるだけで、未来に対する具体的な見識がない事に今更気が付いて軽く頭を抱えた。




 マテ子達の外見年齢は今のなのは達とそう変わりません。つまりマテ子達13歳(外見)で、なのは達も大体13歳です。


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ホギング・ダウン

「はむはむはむっ」

 

 荒い息をしながら口に食べ物をほおばる姿が複数ある。まず一番そうやって食べているのがレヴィだ。片手でスプーンを握り、もう片手でフォークを握っている。スープにスプーンを突っ込んだと思えば、次は肉にフォークを突き刺しかじりついている。かなり下品な食べ方で、野生児かと疑いそうな姿だ。だが楽しそうにやっているのでとりあえずは無視する。

 

「がつがつがつがつ……んくっ……がつがつ」

 

 次に激しく食べているのはディアーチェ。威厳などかなぐり捨てて目の前のカレーにがっついている。よほど辛いのか、それともそれに慣れていないのか、おそらく後者なのだろうが……ディアーチェはカレーを食べるとすぐにコップに手を伸ばし、一気に飲み干す。子供らしいその姿に苦笑すると、コップが空になった時、近くの水差しでコップの中身を満たす。何というか……年相応の姿がようやく見られた気がする。いや、先ほどまで見ていた姿も十分幼い気がしたが。

 

 ユーリはその二人と比べてはるかに大人しく食べている。フォークとナイフを上手く使い分けて皿の上の料理を片付けているが、それでも彼女も食べ物に対する好奇心が隠しきれていないのが解る―――何故なら食べている量がディアーチェやレヴィと変わらないからだ。ただペースがゆっくりなだけで、彼女も初めての食事に目を大きくして楽しんでいる事に間違いはない。大人しい事に変わりはないが、此方も十分にやんちゃの素質があるなぁ、と思い、視線を最後の一人に向ける。

 

 彼女だけは他の三人と比べて食べる量も少なければ、行動も非常に落ち着いていた。小さな皿の上に盛られたアイスクリームをこれもまた小さなスプーンで少しずつ突きながらも、その表情は……思案しているように見える。

 

「不安か」

 

「え?」

 

 まさか声をかけられるとは思っていなかったのだろう。その事に関しては少々心外だが、シュテルは頷く事で肯定し、食べ物に夢中の三人を置いて、此方へと視線を向け、話の内容に集中してくる。

 

「正直に言えば―――はい、不安しかありませんね。私達の状況が特殊であり、九割方詰んでいるという事実も恐ろしいですね。何よりもよくも初対面の人間を信用している、と呆れ果てている自分もいまして。端的に言って少々憂鬱という状態なんでしょう」

 

「ずいぶんとハッキリ言ってくれるなあ、おい」

 

「嫌いなんでしょう? 曲がった事が」

 

 生まれて数時間しかないくせによくもまあ回る口だと思う。だが生まれてくる時点で価値観と情報と記憶は出来上がっているのだ。だとすればこんな物だろう、と納得しておく。それに今の発言は彼女が此方の事を考慮してから発言した事だ。つまり此方とは仲良くしておきたい、という明確な意志が存在する事が見える。……と、そういう風に考えれば非常にビジネスライクな話だが、あまりそう言うのは好まない。ここは普通に此方を気遣ってくれていると自惚れよう……まあ、外見的に相手は5歳も下の少女なのだが。

 

 アイスコーヒーを少しだけ飲み、テーブルの上へと置く。この三人が食べるペースからして、近いうちにまたルームサービスで何かを運んできてもらわなければなくなってしまいそうだ。

 

「ベーオウルフー、何か適当によろしく」

 

『Yes Master』

 

 電子クレジットの管理は完全にベーオウルフに任せている。此方の懐具合を計算しながら適当なものをオーダーしてくれるに違いない。だが今はそんな事よりもする事がある。エアコンから感じる冷気と、そして窓から入り込んでくる熱い日差しを受け止めながら視線をシュテルの方へと向けて、そして固定する。

 

「で、どうだ?」

 

「なにがですか」

 

 何が、と言われても。

 

「自由の味だよ」

 

 顎をクイ、と動かして手元のアイスを意識させる。あぁ、とシュテルは言葉を漏らし、スプーンで少量を掬い上げてから口へと運ぶ。ゆっくりとした動作でアイスを口に運ぶと、美味しそうに頬を緩める。先ほどまで必死にメリットを考えようとしていた少女とは思えない緩みっぷりだ。

 

「知識として存在しているのと、実際経験しているのでは大いに違うという事がとりあえず解りましたね。ええ、大きな発見ですよ。”甘いと知っている事”と”甘さを感じる”という事は大きな違いなのですね。ぶっちゃけると今助かってよかったって確信しています」

 

「安い人生だなぁ、おい」

 

「安いどころか物凄い大金がかかっている体なんですけどね。多分どこぞの研究機関にでも売れば豪邸を一人につき二つか三つは購入できるんじゃないですか?」

 

 試す様に視線を送ってくるシュテルに対して、コップの底を額に軽く当てる。いたっ、という声がシュテルから漏れるのと同時に、呆れの溜息をこれ見よがしに吐く。

 

「俺がそんなに悪いやつに見えるか?」

 

 どうでしょうね、とシュテルは答える。

 

「どう見えるか、と問われればあまり人相は良くないですね。若干悪人面とも言えるかもしれません。そして言動、態度を見るに若干偽悪的に振舞っている事が見えますが、行動を見れば性根、というよりは根底の部分が善性を持ってしまっていますね。保身を考えるのであれば後腐れなく殺してしまえばいいものを、”助けて”、なんて一言を守るためだけに余計な苦労を背負いこんでしまっていますからね」

 

「可愛くない子供だなぁ……」

 

「可愛くあろうとは思っていませんからね。えぇ……ですが、私達は本当に運がよかったのでしょうね。偶然会ったのが貴方でなければ」

 

「ま、確実に実験室送りだろうな」

 

「その事に関しては本当に感謝しています。おかげで私もレヴィもユーリも王も、こうやって得る事の出来なかったはずの事を、知識としてではなく自らの経験として得る事が出来ています。命を救われ、保護してくれているこの状況に関しては本当に感謝してもしきれませんね」

 

 実際この少女達の状況は詰みに近い。誰かが面倒を見ない限り、何時か絶対に管理局に見つかってしまう。自分にしたってこの後色々と面倒な作業が待っている。その事を考えれば色々とめんどくさくなって投げ出したくなるものだが、そうもいかないだろう。

 

「一つ、宜しいでしょうか」

 

 シュテルがスプーンを此方へと向けてくる。真剣な表情を此方へと向けてくる事から、質問の内容が真面目なものだという事が解る。

 

「―――何故、助けたのですか。いえ、常識的な範疇の話ではなく、”子供が助けを呼んだら助ける”という思考へと行きつくプロセスの内容です。その部分が少々興味深いので、出来たら解説してくださると嬉しいのですが」

 

「めんどくせぇ……」

 

 どう考えても子供と話すような内容ではない。というか、アイスを食べながら聞く内容でもない。その証拠に、レヴィは途中から完全に此方の話を聞く事を止めて、食べる事だけに集中している。レヴィの表情のなんと幸せそうな事か―――あとどれだけ食べるんだこいつ。ちょっとだけ恐ろしくなってきた。

 

「で、答えてくれないんですか? 理のマテリアル……の、コピーとしては是非とも今後の参考に知りたいのですが。あ、あとできたら”季節のアイスクリーム上”というのをもう一皿お願いします」

 

「お前食ってる量は少ないけどピンポイントで高いのを狙ってるよなぁ! おら、ベーオウルフオーダーしろよ」

 

『Alright master』(はいはい)

 

 電子音声なのに若干呆れているような気がする。解せぬ……ではなくて、本気で聞きたがっている様子なのでつまらない話だぞ、と前置きをする。それでも構わないとシュテルは返答してくるので、簡単に答えてやる。

 

「いいか? 俺はベルカ出身なんだ……つまりそういう事だ」

 

「……?」

 

 シュテルが首をかしげてくる―――まあ、流石にこれだけでは解らないか。つまり、どういう事かというと、

 

「ベルカ出身という事は必然的に聖王信仰に触れている時間が長いという事で―――まあ……ベルカの男児というもんは必然的に教会の騎士団に憧れるもんさ。毎日騎士の活躍を聞いたり、教会で訓練している連中の姿を見ている内にこう思うのさ……”あぁ、俺も何時か大きくなったら騎士になりたい”、ってな」

 

 そこで少し苦笑してしまう。今では嘱託魔導師だが、本当になりたかったのは騎士、ベルカの騎士だったのだ。8歳、9歳からその道をあきらめてこうやって嘱託魔導師の道を始めた事に対して後悔はないが、少しだけどうなっていたのだろうか……という思いはある。

 

「だから俺もチビだった頃は木の枝をデバイスに見立てて振るったりしたもんよ。騎士の誓いを無駄に覚えたり、駐屯所の騎士に会いに行ったら規律を教えて貰ったり……騎士の心得を教えてもらったり……まあ、一種の教育なんだろうなあ、ベルカ男児の。まあ、そんな風に俺も騎士に憧れるガキんちょだった頃がある訳さ」

 

「なるほど、つまりそう言う精神は子供の頃教わった騎士道精神の発露、という事ですね」

 

「ま、大分スレちゃいるけどな。今では管理局所属の嘱託魔導師、立派な社畜です」

 

「憐れに思えるのでその笑みは止めましょう」

 

「ははは、まあ、昔の話はここまで。それよりもミッドチルダに戻るために色々とやらなきゃいけない事があるんだから、つかの間の自由を味わっておけ」

 

「はい、了解しました」

 

 シュテルはそれで満足したのか頷き、アイスの攻略へと再び乗り出した。そうして一時的にだが、平和な時間が舞い降りる。そして目の前の状況を見て、改めて思う。

 

 ……なにをやってんだ俺。

 

 軽い自己嫌悪だ。本当に、軽くだが。そこまで深い後悔は実際の所はないのだ。人生スパっと諦められればそれはそれで楽なんだろうが、諦めきれないからこそ面倒な人生なのだ。長い間閉まっていたはずの騎士道精神が無駄な所で発揮されてしまう自分のブレっぷりには頭を抱えるしかない。軽く連れ出したのはいいが、此処から一体どうするんだ。

 

 どうやってミッドチルダへと戻る?

 

 どうやって戸籍を入手する?

 

 生活は?

 

 体に関しては?

 

 そもそも隠しきれるのか? 軽く考えただけで問題は山積みだ。……ミッドチルダと姓に関しては既に手はまわしてある。正規の局員じゃないからこそ知り得た事というか、ブローカーやら密売人やら、そういう人脈は普通に働いている分には絶対に知る事の出来ない類の人物だ。監査官やら捜査官、嘱託魔導師だと職業柄、必然的に接触する必要が出てくる。

 

 前々から利用させてもらっているブローカーに既に依頼の一報は入れてある。あとはここで適当に時間を潰しているうちに色よい返事が返ってくるのを待つだけだ。

 

 が……しかし、さて。

 

 頬杖をつき、考える。―――この少女達は一体どうするのだろうか。目的はなく、目標もなく、そして意味すらない。何もない。親から伝えるべきだったことも、成長と共に見つけるべきだったものも、この少女達にはない。圧倒的に足りていない。生活を始めたとしても、それでは腐ってしまうだけだ。それは心身ともに悪影響を及ぼしかねない。ともなれば、自分で何か明確な目標を持ってくれるのが幸いなのだが。

 

 と、そこでシャツの裾を軽く引っ張る感触を得る。

 

「ん?」

 

「あの……」

 

 視線を感触の方へと向けると、ユーリが少し俯いた様子で、シャツの裾を指でちょこん、と掴んでいる様子があった。その表情は何やら申し訳なさそうで、今にも消えそうな声で、俯いたまま話しかけてくる。

 

「その……あの……迷惑……でした?」

 

 おう、そりゃあもう決まっている。

 

「迷惑も迷惑、超迷惑だよ。お前らなんて事してくれてんだよ。俺はな? ミッドに帰ったらレコード屋に寄って古いジャズのレコードでも買おうと思ってたんだぞ? 結構デカイヤマだったからボーナスは確実だったんだし」

 

「貴様、趣味が大分オッサン臭いな。というか結構大人ぶってはいるが貴様もまだ容姿からして二十歳にもなっておらなんだろ? それにしては若干趣味やら態度がオッサン臭くはないか」

 

 少し黙ってろポンコツ王。貴様の鼻にカレーを流し込むぞ。

 

「あ、えーと、その、ご、ごめ―――」

 

 反射的に謝ろうとするユーリの頭を掴んで撫でる。そして少しだけ撫でたところで、少々気やすかったかもしれないと思った。手を離そうとするが上目づかいに此方を見てくるユーリの姿があるので、安心させる意味でもそのまま乗せておき、笑みを浮かべる。

 

「だけどな、人付き合いってのは基本的に迷惑の掛け合いなんだよ。俺が迷惑をかけた、俺が迷惑を受けた。ストレスのない人間関係なんてものは存在しない。第一迷惑をかければかける程お互いに遠慮がなくなるのさ」

 

 レヴィがスプーンを口に突っ込んだまま、此方へと振り向く。

 

「あ、じゃあ僕、更におかわり五皿追加で」

 

「お前は少し遠慮って言葉を覚えろよ―――っと、まあ、こんな風に少しずつ負荷ってやつを得ながら関係ってのは出来上がっていくんだよ。おう、超迷惑さ。予定がこなごなに砕かれたよ。そして多分この先の予定全部ぶち壊しだけどよ、俺は十八歳で、お前らはまだ数時間しか生きてねぇのよ。解るか? 俺が圧倒的に大人で、お兄さんなの」

 

 胸を張る。これだけは自信を持って言ってもいい。

 

「社会人舐めんな。子供の我が儘の五つや六つ、笑って許してやるよ」

 

「ドヤ顔で決め台詞を言ってくれているところ悪いですが、それ一体どこから引用したんですか」

 

「我的にどっかのドラマじゃないかと思う」

 

「え? やっぱアニメでしょ」

 

 今激しくいい事を言った気がするのに、余韻を感じさせる前にそれを一瞬でマテリアルの少女達によって木端微塵にされる。お前ら、と口に出して軽く拳を握ると、ディアーチェがフォークを持ち上げ、それを此方へと向けてくる。

 

「なに、我らを赤子と同類であると言うのだろう? 我らを足りぬ存在だと思っているのだろう? そして我らの我が儘を笑って許すのであろう? なら良い、我らも遠慮はしない。そう宣言する相手に遠慮する事こそが最大の無礼だという事を我は知っているからな」

 

 獰猛な笑みを浮かべるディアーチェの姿がおかしく、なんだそれ、と言葉を零しながらも笑みを浮かべてしまう。あぁ、本当にまだ生まれて数時間だけなのかこいつら。本当に優秀で、そして人間臭く、困ってしまう。悲壮感の欠片さえもない。

 

「ふ、ふふふ……そうですね、ディアーチェ。確かにそれは失礼な事ですね」

 

 話を聞いていたユーリも仕方がない、といった風に笑い声を零し、そして此方へと笑みを向けてくる。可憐な少女の笑みだ。

 

「―――では私も一切の遠慮はしません。私達すっごい我が儘だと思いますので、精一杯面倒を見てくださいね?」

 

「おうさ、お礼とか細かいとかは後にしろ後で。今ばかりは好きなだけ馬鹿をやって―――っと」

 

 ベーオウルフから軽い鈴の音が鳴る。通知に設定した音なので、おそらくブローカーからの連絡が返ってきているはずだ。指で指示を出すと、ベーオウルフが魔力でホロウィンドウを目の前に生み出してくれる。それを動かし、中身を確認してゆく。

 

「ん、それなに?」

 

 口いっぱいに料理を頬張りながらレヴィが興味津々にホロウィンドウを覗き込んでくるので、その内容を見せる。

 

「あぁ、お前らの密入国の準備を頼んでたんだけど、何とかなりそうだわな」

 

 ホロウィンドウを消し去り、椅子に深くもたれかかる。

 

「もうこれ以上のオーダーはなしだ。頼んだものが来たらそれ食って出るぞ」

 

「えー。僕まだデラックスキャラメルバナナパフェ銀河盛FINALミックス頼んでないよ」

 

「お前それ一番高いデザートだぞ」

 

 マジで遠慮しねぇ、という事を改めて認識し、頭を抱えながらもアイスコーヒーを口へと運ぶ。喋り続けた喉を苦い珈琲の味が癒してくれる。

 

「はぁ、相変わらず仕事が早くて助かるなぁ、ウーノさんは」

 

 未だ通信のみでの関係だが、こんなにも早く手筈を整える手腕、一度サシで会って話し合ってみたいものだ。まあ、向こうも素性がばれたりしたら商売あがったり、なんて部分もあるのでありえない話なんだろうが。

 

 ともあれ、

 

 ミッドチルダへと戻ったら引っ越す事も考えなくてはいけないのかもしれない……。




 ちなみにですが主人公はいわゆる原作キャラへの個人的な面識はないです。立場的に見て雲の上の存在、って感じですね。


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ポート・トーク・ステディ

「身分証明をお願いします」

 

「ほい」

 

 右手のベーオウルフを掲げて、その中に記録させてある情報を空港の職員にチェックさせる。ボックスの中から職員がベーオウルフの提示するデータをチェックし、そしてその中にある情報をミッドチルダにある住民のデータベースなどから調べ、そして確認を取っている。数秒しかかからない作業だが、職員の男は此方を見て口を開く。

 

「観光の帰りですか?」

 

「いや、仕事の帰りでして」

 

「あぁ、そういえば嘱託魔導師でしたね、すみません。総合AAランクともなればそれなりに難しい仕事なんでしょうね」

 

 わざとらしく思えるが、向こうも向こうで言動から犯罪者を探し当てるのが仕事だ。それを責める事は出来ない。苦笑しながらえぇ、そうですね、と答えると、職員の視線が後ろに並ぶ四人の少女達へと向けられる。

 

「シュテル・スタークス、レヴィ・ラッセル、ユーリ・エーベルヴァインにディアーチェ・K・クローディアさんですね。失礼ですが彼女たちの関係は何でしょうか?」

 

「知り合いの娘やら近所の子供たちですよ。仕事だというのにしつこく付いて行きたいと言うのでホテルに放り投げていたんですよ……ほんと慣れない事はするもんじゃない」

 

 データと本人たちを交互に見やりながら職員は確認をしている。その途中でレヴィが此方の背中に飛びついてくる。

 

「ねーねー、お兄さんまだー? 僕、早く時空飛行船を見たいんだけどー。ねえーねえー」

 

「うざってぇ……!」

 

 背中に飛びついたレヴィはそのまま腕を首に回し、体をぶらんぶらんとぶら下げて楽しんでいる。演技でもなく、本気でそう思って発言しているのでこいつの馬鹿さ加減には非常に困る。軽く溜息と呆れの息を吐き出すと、苦笑する職員の姿が見える。

 

「確認完了しました。ミッドチルダへの便は40分後、1番ゲートからですのでそれまでにゲート付近でお待ちください。はい、次」

 

 必要な事を伝えると既に次の客の呼び込みを始めている。邪魔にならないためにも首からレヴィをぶら下げたままゲートを通り、向こう側へと到着する。シュテル達がちゃんとゲートのこちら側へとやってくるのを見て、安堵の溜息を吐く。

 

 ……どうにかなるもんだなぁ……。

 

 短い時間の間にどうやって偽造データを準備したかは解らないが、おかげで問題なくこのクローン娘たちをミッドチルダへと連れ込むことができそうだ。いや、検査はまだあと1回残っているのだが、今回の様子を見るに大丈夫そうだ。再び安堵の息を吐き出すと、レヴィが器用に体を登り、そして首に足を回して肩に座る。左手で頭を掴みながら右手を前方へと向け、

 

「さあ、お兄さん、行こう!」

 

「9歳児ならまだしも、お前一応13歳ぐらいなんだけど」

 

「僕まだ生まれたてほやほやだよ? さあ、行こう!」

 

 パンパンとレヴィが恥じる事無く頭を叩き、肩車の姿勢から降りようとしない。こいつに恥はないというのか。一応ホットパンツを履かせているが、基本的にスカートだぞコイツ。

 

「その事もそうですが、レヴィの神経の図太さには軽く眩暈を覚えましたよ」

 

 シュテルが近寄ってくるなりレヴィに視線を向けてくるが、レヴィは気にした様子を見せず、肩の上で胸を張る。

 

「ふはははー! この僕に不可能はないぞー!」

 

 自信満々にそう言うものなのだから、諦めるほかがない。溜息を吐いてレヴィが落ちないように足を掴む……と言ってもデザインされて生まれてきた以上、この子の体は自分とは比べ物にならない程機能的、効率的、そして強度があるのだろう。心配する必要はなかったんじゃないかと思いもするが、我が儘は許すと宣言してしまった以上言葉をたがえるわけにもいかない。

 

 ベルカの男は言葉を曲げない。……極力は。

 

 外見よりも中身の幼いレヴィを肩に乗せたまま、他の三人へと視線を向ける。

 

「空港内は免税店ばかりだから何か欲しいものがあるのなら買うぞ」

 

「む」

 

 そう言われ、シュテル達は軽く立ち位置から周りを見渡す。1番ゲートの場所はそう遠くないので、ここでうろうろするのであれば全く問題はない。……まあ、興味深そうにあたりを見渡す少女達の姿を見れば、彼女たちがこの空港という場に対して興味津々であることは明白だ。既に知識と経験は別の二つであるという事を学んだ彼女たちは、経験を得る事に対しては貪欲になっている。

 

「とりあえず真ん中に立っているのは邪魔だから、動くぞー」

 

「はーい」

 

 元気よく声を揃えて少女達が返事してくる。少しだけ歩けば壁が完全にガラスとなっている所があり、そこから空港の敷地内をよく見る事が出来る。……その向こう側に停泊する時空船を見て、レヴィがはしゃぎながら飛び降り、ガラスにへばりつく。

 

「うおー! なにあれかっこいー! お兄さんアレ一つ欲しい!」

 

「ハハッ、無理を仰る」

 

 マルチタスクで思考の一部をレヴィの気配を追う事に使いながらも、再び視線をマテリアルズの少女達へと戻す。電子クレジットはベーオウルフが管理しており、ベーオウルフを渡す事はできない。なのでそれとは別に現地で両替した紙幣を数枚取り出す。それをとりあえずディアーチェへと握らせる。

 

「いいか? これ一枚の価値は解っているよな?」

 

「馬鹿にするでない。そういう知識も最初から持っておるわ」

 

「おう、だったらそれで三人で好きなもん見て、買って来い。俺はここでレヴィの事を見ているから、お前ら三人でちょっと好きに買い物して来い」

 

「マジか!?」

 

 ディアーチェが目を輝かせながら手の中の金を握りしめる。そしてさっそくと、ユーリとシュテルと集まる。

 

「で、何を買うか」

 

「えーと、私はさっき見かけたチュロスを食べてみたいかなぁ、と」

 

「あ、では私は新聞があったのでそれを」

 

「シュテル、お前チョイスが異常に渋いな……っと、そうだった」

 

 ディアーチェは一旦視線を此方へと向け直すと、笑みを浮かべる。

 

「ありがとう。……うむ、では行くぞ、我について参れ!」

 

「あ、待ってください王よ」

 

「ディアーチェ、走らないでくださいよー!」

 

 少女達がお金を手にどこかへと走り去って行く―――ホテルで見せたあの容赦のなさを見る限り何かがあっても平気だろう。というかそれ以前に空港内で何か事件が起きるとは到底思えないが。フィクションなんかじゃあるまいし、そう簡単に空港テロが起きてたまるか。

 

 ……まあ、広い世界なのでミッドチルダでのテロなんて日常的な話なのだが。

 

 まあ、それもミッドチルダへと帰ってから悩む事だ。とりあえずレヴィが張り付いているガラスの前に立ち、レヴィの横で背中を預ける様に外を眺める彼女の姿を見る。口を大きく開け、そして目を輝かせながら巨大な時空船の姿を見ている。

 

「ねーねーお兄さん、アレって中どうなってるの?」

 

「アレか? 中はかなり広くできてるぞ。椅子とかいっぱいあって、椅子には備え付けのモニターとかあって。基本的には飛行船や飛行機とかとは構造としては変わらないな。ただ管理世界から別の管理世界へと移動するためのもんだから色々と技術が詰まっているらしいぞー」

 

「どんなの?」

 

「俺が解るわけないだろ。俺ドロップアウトボーイだぞ」

 

「ぶー。お兄さん予想外に使えないぞー」

 

「今からお尻百叩きなんて素敵な事を思いついたんだがなあ……!」

 

「かっこいいなあ、憧れちゃうなあ、将来は時空船になりたいなあ!」

 

「とっさの言葉にしても言葉を選べよ」

 

 やはりというべきか、この子だけは若干おつむが残念なように感じられる。意図してこんな風にデザインされたのか、もしくはオリジナルがそうなのか……噂に聞く金色の死神、フェイト・T・ハラオウンはかなり聡明で大人しい人物だという話を友人から聞いている。だからやはり、コピー元となったマテリアルズ等という者が原因なのだろうか……? いや、これで実はフェイト・T・ハラオウンが日常生活では激しくアホの子という可能性が存在―――するわけないか。

 

 軽く苦笑しながらガラスの外を眺めているレヴィの姿を見る。服装はホテルを出る前にもう一度着替えてある。レヴィの恰好は髪の色に似ているが、もっと薄めにした水色のワンピースに、その下にホットパンツという恰好だ。髪もそのままだらっとしているのは活発な姿には似合わないからとツインテールにして纏めているのが似合っている―――顔を見るだけなら本当にフェイト・T・ハラオウンにソックリだ。

 

 中身がなぁ……。

 

「ねえ、お兄さん」

 

 少しだけビク、っとする。

 

「な、な、何かなぁ、決して中身が残念とか思っていなかったから安心してね?」

 

「あ、うん、大丈夫。僕も自分の事結構凄いけど残念だと思ってるから」

 

 と、そうじゃない、とレヴィが前置きをする。一旦そう言って、視線をガラスの外から外すと、真っ直ぐ、真剣な表情で此方を見る。

 

「シュテるんや王様、ユーリがいないから少しだけ真面目になるね? ぶっちゃけると僕はプロジェクトFとかコピーのコピーとか、そういうのはどうでもいいんだ。僕の中にある記録は王様とシュテるんとユーリを力の象徴として守って、そして暴れろって言ってるけど、そういう事は本当にどうでもいいんだ。だって僕は自分でその選択肢を選ぶって決めてるし。知ってた? 実は僕ってポッドの中にいた頃ほんの少しだけだけど周りの様子が解ってたんだ」

 

 レヴィは指を持ち上げると、そこにバチバチ、と静電気程度の電気を生み出す。確かさっと読んだ資料に書いてあったはずだ―――力のマテリアル、雷刃の襲撃者、レヴィ・ザ・スラッシャーはその名の通り雷を操る力を、雷の変換資質を持っている。

 

「こんな風に普通の人には見えないぐらいでびりびりーってやって、目の代わりにしてたんだよね」

 

 となると―――俺が一度は殺そうとした所までをこの少女は知っているはずなのだ。だとすれば何故、こんなにも笑って、此方に気を許せているのだ? 俺だったらまず疑っているだろう。

 

「うん。でもね、僕は馬鹿なんだ。馬鹿の代わりに凄くかっこよくて、最強じゃなきゃ駄目なんだ。僕の頭の良さは全部シュテるんに渡しておく。難しい事も信頼できるかどうかも全部任せて、僕は思ったように、感じたように動くからね、とりあえず皆がいない時に一度は言わなきゃいけないと思ってたんだ」

 

 レヴィは真直ぐと此方を見つめ、そしてそれから頭を下げる。

 

「助けてくれてありがとう。あの時ユーリの言葉を受け入れてくれてありがとう。おかげで僕たちはこうやって出会う事が出来たよ。おかげで美味しいものをいっぱい食べられたよ。おかげで僕は僕の意志でシュテるんと一緒に王様の最強の臣下でいたいと思ったよ。だからありがとうお兄さん。それだけ!」

 

 それだけ、とは言うがかなり重い話だったはずだ。はずだが―――此方が我が儘を許すと決めた事と、似たようなことなんだろう。記憶ではなく、何かで組み上がっている自己の強い思い、それに触れるところがあったのだ。だから、特に何か特別な事をするわけでもなく、

 

 レヴィの頭の上に手を乗せ、撫でる。

 

「わふっ」

 

「馬鹿なら馬鹿らしく難しい事を言ってるんじゃねぇよばぁーか」

 

 そう言われたレヴィは頭を撫でられている事に若干気持ちよさそうに頬を緩めながらも、反論する様に口を開く。偉そうに、そしてかっこつける様に。

 

「なにさ。バカって言った方がバカなんだよ! だから僕よりもお兄さんがバカだ! あ、あと撫でるの止めないで。結構気持ちいいから」

 

「えー、どうしよっかなぁ。唐突にベーオウルフをセットアップしたくなってきたぞぉ」

 

「いたいけな少女の頭を鉄の塊で削ろうとするなんてお兄さん鬼畜だね! で、でも僕は負けないよ……! なんて言ったって僕は最強なんだからね! ……でもできたらやらないでくれると嬉しいんだけどなぁ、嬉しいんだけどなあ!」

 

「別に見栄を張らなくてもいいんだぞ」

 

「あう」

 

 ……見た目が少女だからと言って、その中身までが少女だとは限らない。レヴィは見た目よりもはるかに幼いような行動をとっていた。だというのに、その中身を覗けばちゃんと己の考えを持ち、そして意志を持った存在だった。……もしかしたら俺よりも深くものを考えているかもしれない。いや、人生経験においては俺の方が豊富なだけで、持っている知識の量は完全にこの少女に負けているのだろう。

 

 それでも俺はこの少女を、少女達を年相応の娘たちとして扱わなきゃいけないのだろう、それがつまり責任を取る、という事であり、この段階で真摯に向き合うという事なのだろうか。レヴィの頭を撫でる事を止めると、レヴィが不満げな声を漏らすが、その代わりに人差し指を持ち上げる。

 

「さて、他の三人が戻ってくるのちょい遅いから迎えに行こうか? 何か食いたいものはあるか?」

 

「全部!」

 

「あ、うん。言うと思った」

 

『Just becoming like a father』(父親の様になってきていますね)

 

「ここまで黙っていたと思ったらテメェ」

 

 それを聞いたレヴィは悪戯を思いついたワルガキの様な表情を浮かべ、目を細めながらこっちを見てくる。

 

「パパ、って呼ぼうか?」

 

「でっこぴーん」

 

「いたぁっ!?」

 

 馬鹿な事を言う馬鹿の額に間髪入れずにデコピンを叩き込み、歩き出す。横から少し焦ってレヴィが追いついてくると、追い抜く様に小走りでそのまま空港の中、ディアーチェ達の方向へと進んで行く。走るな、と口に出して言ってもレヴィはそれを聞く様子を見せない。苦笑しながらその光景を追いかけ、

 

 しばらくは飽きる事のない生活が待ってそうだなぁ、と少しだけ楽しみに呟く。



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ウェルカム・グッドナイト

 音を立てず、静かに車が停止する。膝に乗り、車の窓に顔を貼り付けていたレヴィを首根っこを掴んで引きはがし、手に装着したベーオウルフを前の席に向かって伸ばし、機械がクレジットの清算を行い、無人タクシーでの料金の支払いが終了する。そして、扉が開く。

 

 もう既に空は暗く、時刻は夜となっていた。

 

「ほら、でたでた」

 

「うにゃぁー」

 

 入り口に近い他の子達をタクシーからおろし、レヴィをタクシーの外へと運び出す。全員がタクシーから降りたところでレヴィを解放し、腕を組む。そうやって、目の前にあるマンションを見上げる。ミッドチルダでは珍しくない建造物だ。クラナガンにあるという事を考えると少々高いが、それでも一人暮らしには十分すぎる程の場所だ。まあ、もちろん自分が住んでいる場所だ。

 

「ついたぞー。誰もはぐれてないなー」

 

「さっそくレヴィがどこかへと行っちゃいそうです」

 

「こらこら」

 

「えへへへ……」

 

 ユーリが即座にキョロキョロとしながら街の中へと進みそうなレヴィの様子を伝えてきてくれる。このアホの子がこれ以上逃亡しない様にもしっかりと手を握り、逃げられないようにする。空港で見た時のコイツとはあまりにも姿が違いすぎる。少しはあの時並に落ち着いてくれないのだろうか。……いや、それは高望みというやつだろう。

 

「んじゃ中に入るぞー」

 

「はーい」

 

 歩き出すと声を揃えて返事してきたマテリアルズが後ろからついてくる。流石にマンション内に入ればレヴィもむやみやたら歩き出さないだろうと、手を離してその手をポケットの中に突っ込む。その中から鍵を取り出し、それにつけているキーホルダーで少しじゃらじゃらと音を立てながら遊ぶ。向かう先はマンションのホールにあるエレベーター、そこから一気に五階まで上がる。その為にもエレベーターへと向かうが、予想外といった風にディアーチェが声を漏らす。

 

「意外といい所に住んでおるのだな。もう少し……こう」

 

「ボロい所を想像してた?」

 

「端的に言ってお金と縁のなさそうな顔をしてますからね」

 

「その発言覚えたからなシュテル」

 

 はぁ、と溜息を吐いてやってきたエレベーターに乗り込む。

 

「言っておくが、嘱託魔導師ってのは結構な高給取りだぞ? 総合AAランクってなると出動も週に2回か3回ぐらい、1回の出撃で大体15万から20万の収入、生活費やら出費なんかを入れると手元に残るのは月30万程。嘱託魔導師でもう9年は食ってるんだし、それなりに貯金してあるんだよ。まあ、総合AAで正規の管理局員だったらこれ以上儲かるけど今度は遊んだり散財する時間が無くなるけどな。ほんと管理局さんはブラックだなぁ。今回も1人に任せる様な現場じゃなかったし」

 

「それってつまり”俺は超凄いぞー!”系の自慢だよね?」

 

「お前なんか生意気になったなぁ……!」

 

「あー、頭ぐりぐりするのはやめてー!」

 

 エレベーターの中、レヴィの頭を両側から拳で抑え込んで、ぐりぐりと押しつける。レヴィが目をぎゅっと閉じ、そしてうわぁ、と声を若干楽しそうに漏らしている。

 

「レヴィのやつがもう懐いておるようだな……」

 

「しかし王よ、レヴィは我々の中では一番人懐っこい……」

 

「あ、あの、シュテル? ディアーチェ? 何かネタを言うノリで特に考えずに発言するのは危ないんじゃないかなぁと私は思うんですけど」

 

 レヴィを解放すると、ちょうどエレベーターの扉が開く。先導する意味でも先にエレベーターから降りる。

 

 貯金に関してだが、実際の所は金銭的余裕はアホみたいにある。それこそ引っ越しをするのであれば今すぐどっかへと引っ越しできるぐらいには。9年間も貯金しているのでそりゃあそうだ、という話になるのだが。まあ、その貯金から切り崩して今回の偽造は行われた。まさか一人当たり200万も要求されるとは思いもしなかった。

 

 エレベーターから少し歩いたところ、廊下の端、そのフロアの部屋としては少し大きめの部屋が自分の借りている部屋だ。月二十数万程の部屋、独身生活にしてはちょっとだけ豪華な部屋だと自覚している。ベーオウルフを扉に当てて電子ロックを解除し、そして鍵を刺し、鍵を取る。それからドアノブを掴み、扉を開けると真っ先にレヴィが部屋の中へと飛び込む。

 

「僕いっちばーん! あ、お邪魔しまーす」

 

「あこらズルイぞレヴィ! ここは王たる我が先だろー! 我もおじゃましまーす」

 

 それを追いかける様にディアーチェが部屋の中へと飛び込んで行く。だが二人が奥へと向かう前に、声を出して呼びかけておく。

 

「あ、部屋のフローリング、カーペットにしてあるから玄関で靴脱いで行けよー!」

 

「お、っとっと」

 

「そうであったか、っと」

 

 レヴィとディアーチェが急いで靴を脱ぎ捨て、そのまま家の中へと突貫してゆく。その光景をシュテルとユーリと共にゆっくりと眺める。全く、とシュテルは呆れたような声を出しながら靴を脱ぎ、部屋へと上がる。

 

「おじゃまします―――そして待ってください。王よ、まずはここはほぼ成人の男性の部屋です。どこかにエロ本が落ちているはずですからそれを探すのが伝統であり、お約束というものです。まず礼儀としてその探索を始めなくてはいけません」

 

「貴様ァ!」

 

 部屋を出る前にベッドルームに投げ捨てているような気がしたが……まあ、いいや。見られた程度じゃどうって事はない。アレを見て、覚えて、変な知識がついてしまう方が怖いが―――ぶっちゃけそういう知識も最初からある程度刷り込みが終わっているのが現実だろう。ここまで完璧にクローンを戦闘用に運用しようと考えている存在が、用意しておく知識に偏りを持たせるわけがないと、思う。

 

「うん? どうした」

 

 三人が部屋の中へと入り、そして騒がしく家探しを始めた中、ユーリだけが踏み出せずに入り口の前で止まっている事に気づく。ユーリは少しだけ申し訳なさそうな表情を浮かべ、

 

「本当に、いいんでしょうか……?」

 

 何が、と問う必要はない。もちろんそれは彼女の境遇から見た現状だ。端的に言って彼女たちの境遇を語るのであれば悲惨の言葉しか見つからない。百の、千の屍の上に彼女たちは生まれてきたのだ。その間にどれだけの思いが、涙が、血が流されてきたのか。どれだけの非道が行われてきたのか。それは研究者本人でさえ覚えていないのだろう。だが、そう、俺ならこう思う。

 

「生に真摯であれ。人知を超える力も権力も金もいらない。ただ己が持っているもので全力で生きろ。今まで救われなかった兄弟姉妹の分も、生きるという事に対して真面目に頑張ればいいのさ。そしてそうやって生き続けて、死んじまったら仕方がないって諦めよう。だから今は精一杯頑張って生きよう、な?」

 

 わしゃわしゃ、とユーリの頭を撫でる。そしてそのまま部屋の中へと押し込む。答えは必要としない。一方的に言葉を送る。

 

「いいか? 俺が預かる以上、非常に勝手なことながら全力で笑えるようになってもらう。それこそキャラ崩壊する勢いで。……まあ、そんな風にはっちゃけられるようになってくれたら個人的には助けたかいがあった、って言えるもんだ。少しでも恩を感じてくれているんだったら、何時かでいいからそうなってくれ」

 

「……うん」

 

 ユーリは玄関で靴を脱ぐと、振り返り、最上の笑顔をもって迎えてくれる。

 

「ありがとう―――そしてただいま」

 

 おじゃまします、ではなくただいまと言ってくれることに微笑み、自分も部屋に上がる。靴を脱いで、玄関のカギを閉めたところで、部屋の中から声が響いてくる。

 

「あ、冷蔵庫に結構いっぱい入ってますね。意外と料理のできるタイプなんでしょうか」

 

「王様王様! アイスをバレルでみっけたよ!」

 

「ナイスだレヴィ、この戦果は三人で分け合おう」

 

 がちゃがちゃと音がキッチンの方から聞こえる。まさか、と思うが既に作業に取り掛かっているようだ。

 

「ちょい待てよ貴様ら! そのアイスは二時間行列に並んで買ってきたもんだぞ!? 今ここで食うんじゃねぇ―――!!」

 

 急いでキッチンへと向かって走るが、既にスプーンをバレルに突き刺し、食べているマテリアルズ三人娘の姿がそこにはあった。キッチンに到着するのと同時に膝から崩れ落ちる。このアイスは今日仕事が終わったらゆっくりソファに座り、テレビを見ながら食べる事を楽しみにして並んで購入したものだ。それを、それを、そ、れ、を……!

 

「貴様らァ!」

 

「あ、流石に本気でキレたようですね」

 

「逃げるのもいっちばーん」

 

「逃げるぞシュテル、レヴィ!」

 

 テンションが上がってちょっと調子に乗っているのは解るが、状況を見なさすぎだディアーチェよ。周りをよく見るがいい。なぜなら、

 

「私達は既に逃げています」

 

「ごめんね王様!」

 

「はっや!?」

 

 既にレヴィとシュテルはそれなりの距離に離れており、アイスクリームの入ったバレルの横に立っているのはディアーチェだけだった。指の骨の音を鳴らしながらディアーチェを見下ろしていると、ディアーチェが冷や汗をかきながら一歩だけ下がる。それを一歩前に進む事によって追いつめる。

 

「あの―――」

 

「残念だったな。お前の冒険はここで終わってしまうのだ」

 

「王は倒れてはいかぬのだ!」

 

 そう言った瞬間ディアーチェは逃げ出そうとするが、スカートのベルトを素早くつかみ、ディアーチェの逃亡を阻止するどころか、掴んだままディアーチェの姿を持ち上げる。逃げようとしたディアーチェの足が宙をぶらんぶらんと蹴る。うわぁ、とディアーチェが声を漏らすと、そのままディアーチェをリビングまで運び、そしてソファに座り、ディアーチェの腹を膝に乗せる。右側に向けて尻を突きだす、

 

「この格好は……ちょ、待て、生後数時間で」

 

「悪い子には昔からベルカ式スパンキングと決まっている……!」

 

「明らかにスパンキングの前についている言葉は不安を募らせますね、レヴィさん」

 

「そうですねシュテルさん」

 

「貴様ら見てないで我を助けろぉ―――!!」

 

 だがシュテルとレヴィはディアーチェを見捨ててユーリの所へ行くと、ユーリを挟み、

 

「あっちの方が寝室でしょうか? 意外と広いですね」

 

「僕、狭いって言ってたからもっと小さい部屋を予想してたんだけどなあ」

 

「あ、ディアーチェ頑張ってくださいね?」

 

 ユーリは軽く手を振ると、シュテルとレヴィと共に部屋の奥へと消えて行った。

 

「薄情者めぇ―――!! あ、やっぱタンマで」

 

「だがタンマなしである」

 

 ディアーチェの悲鳴がマンションに響くまで、数秒も必要としなかった。

 

 

                           ◆

 

 

「ふぅ」

 

 軽く息を吐きながらソファにどかり、と座り込む。元々自分一人しか住んでいなかったのだ。彼女は出来てもベッドは一つで十分だし―――ベッドは一人分しかない。誰がベッドで寝るとか、誰が床に敷いた即席ベッドで寝るとか、そんな喧嘩を終わらせて無理やり風呂に追い込んだり。まさか年下の娘四人の相手がこんなにも疲れるとは思わなかった。冷蔵庫から取り出したビール缶を片手であけて、苦い液体を喉に流し込む。液体を飲み込みながら、目の前のテーブルに乗せたベーオウルフの操作を始める。

 

「ふぅ、ベーオウルフセットアップウィンドウ表示。メモリ領域にアクセス、セット魔法をセットBからAへとチェンジ。本日の施設内最深部でのデータをバックアップへとコピーしたら本体からは消去、バックアップにランダムパスを五種類かけて厳重保管で」

 

『Mission in progress』(作業執行中)

 

 ふぅ、と再び息を吐いて、全身から力を抜く。一旦ビール缶をテーブルに乗せると、シャツを脱いで、適当にソファの上に投げ捨てる。疲れた、本当に疲れた。横目で時計を確認すれば時刻は既に深夜0時を過ぎて1時に差し掛かっている。帰ってきたのが7時ごろだったことを思い返せば結構時間が経っているなぁ、と認識させられる。

 

「まだ11時ぐらいだと思ってたんだけどなぁ」

 

『Mission complete』(作業完了しました)

 

 ベーオウルフの作業が完了した。流石にこんな時間、こんな状態になると用意しておいたアイスを食べながらテレビを見る気にもなれない。……が、先にやるべき事がある。ビール缶を片手に、時計、時刻の横の数字を見る。

 

 三月二十八日とでている。となれば、この少女達と出会ったのは三月二十七日となる。

 

「ベーオウルフ、彼女たちの誕生日を三月二十七日として登録しておいてくれ。ないよりゃあマシだろ」

 

『Complete』(完了)

 

 完了としか告げず、それ以上何も言ってこないデバイスを半眼で睨む。このデバイスはデバイスマスターの道を進んだ友人が昔作ったものを改造と改良、そしてアップデートを繰り返して使用してきたものだ。だがそこに登録されているAIは最初から使われていたものから一切変わっていない。付き合いの長いこのデバイスのAIが、ベーオウルフが何も言ってこないのは端的に言って、

 

「気持ち悪い。何か言えよ」

 

『I'm only your device master. What do you expect? But.』(私は貴方のデバイスです。一体何を期待しているのですか。ですが)

 

「ですが?」

 

 ベーオウルフ、待機状態である手袋の手の甲、宝石部分が明滅しながら言葉を伝えてくる。

 

『Your action was something not all could do, as my data tells. And it was some action unlike you, although I must say that It is more to my fonding.』(貴方の行動は万人ができる事ではありませんが、”貴方らしく”はなかったと思います。それでも、私の好みの行動でした)

 

「お前の好みとか知るかよばぁーか」

 

 缶からビールを一気飲みするとそれをテーブルの上へと放り投げ、どっぷりとソファに倒れ込んで目を閉じる。とりあえずはこれで一日目の終了だ。明日からはさらに忙しくなる。

 

「スーパーで買い物して、服屋でアイツらの服を探して、んで不動産屋で新しい部屋探して……いや、ファミリー向けの部屋がここにあるだろうしそっちに移れるか管理人と相談すっか……あー……あと銀行にもいかなきゃなぁ……」

 

 少しずつ意識を覆ってゆく眠気に身を任せ、

 

『Good night master. Sweet dreams』(おやすみなさい、良い夢を)

 

 そのまま深い眠りに落ちる。



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モーニング・ライジング

 目覚めは電子音と共にやってくる。特定の時間になるとベーオウルフが目覚まし用に音を鳴らし、此方の意識を覚醒させてくれる。だがそれは常に同じ時間というわけではなく、眠りが浅くなった時を脳波を見て選び、そして最も抵抗なく起きられる時に起こしてくれているのだ。ネットでどこかの誰かが”徹夜で研究した次の日用”に開発した目覚ましプログラムらしいのだが、非常に役に立つ。偶には時間をかけてネットで色々と探すもんだなぁ、と再認識しつつ、ソファから体を持ち上げる。

 

 開いているカーテンの隙間からは既に日差しが差し込んでおり、季節は冬から春へと移りつつある。それでもまだ朝の空気は少し肌寒く、外を出かけるのには長袖が欲しい。窓に近づき、朝の空気を部屋に取り入れるためにもカーテンと窓を開け放つ。開けた窓から一気に寒気が入り込んでくるが、これぐらい涼しい方が目を覚ませて丁度いいと思う。

 

「んー……おはようベーオウルフ」

 

『Good morning master. We have many works today.』(おはようございます主よ。本日は成すことが多いですよ)

 

「解ってる解ってる。な、とりあえずは」

 

 体を捻り、伸ばし、軽くストレッチして疲労が残っているかどうかを確かめながら言う。

 

「マテ娘の歯ブラシ用意しなきゃなぁ……あ、インナーシャツ取りに行っても起きないかなぁ」

 

『Father……』(お父さん……)

 

 窓から投げるぞ貴様。

 

 

                           ◆

 

 

「んにゃあーおはよー……良い匂い……」

 

 眠そうに眼をさすりながら、レヴィがパジャマ姿のままリビングへとやってくる。服装は昨日、ホテルで着ていた水色のパジャマだ。キッチンから吹き抜けとなって眺められるようになっている構造上、自然とレヴィの視線はキッチンで朝食の準備をしている此方へと注がれている。しかも此方を見て涎を垂らしかけている。流石にこれはいかん。急いで火を消し、

 

「あーこらこら、先に洗面所で顔を洗えよ。あ、ベーオウルフ、電子制御でよろしく頼む」

 

『Father……』(お父さん……)

 

 本当に窓の外へぶん投げるぞ貴様。キッチンは完全に電子制御で出来る様になっているシステムキッチンなので、その管理をデバイスに投げっぱなしにしながら、眠そうなレヴィの背中を押して洗面所へと押しやる。その途中で、寝室の扉が開く。

 

「王の起床である―――なんてな、おはよう」

 

 ディアーチェが寝室から眠気を感じせずに出てきた。どうやらレヴィとは違って朝には強い方らしい。腕を組んで元気な姿を見せている。レヴィの背中を抑えながら、片手で挨拶をする。

 

「おう、おはよう。丁度いい所に来た。ちょっとこの寝坊助の顔を洗ってきてくれ。俺は朝飯の準備してるから。シュテルとユーリは?」

 

「あの二人ならまだぐっすりと寝ておる。そして臣下の面倒、理解した。あい、任されよ。ほら、さっさと顔を洗うぞレヴィ」

 

「あ、歯ブラシは全部まとめてコップの中に入ってるから、好きなの選んで」

 

「あいあい」

 

 ディアーチェの背中を見送りながら思う。

 

 ……シュテルとユーリがぐっすりと眠っている。それを疲れからと見るべきなのか、もしくは完全に安心して眠れているのか……どう判断すればいいのだろうか。……だがまだ一日、一日目だ。そんな早くに完全な信用を得られるとは思ってもいない。だからまだもう少し生活を続けて、そしてもっと気安くなれたと思ったら聞けばいいだろう。とりあえずは、

 

「焦げる前に何とかしよう」

 

 少しだけ足を速く、キッチンへと戻って行く。

 

 確か冷蔵庫に貰いものの、少しいいジャムがあったはずだ、と思い出しながら。

 

 

                           ◆

 

 

 それから30分もすれば家の中で寝ている者は一人もおらず、全員が完全に目を覚ました状態でリビングの中央のテーブルに朝食を乗せて食べている。が、元々食事用のテーブルではなく、リビングに置く低いタイプのテーブルで、一人の頃はこのテーブルに食事を乗せ、食べていたものだが―――このテーブル、ソファに乗って食べようとすると低すぎて逆に食べにくく、床に座らないと食べられないのだ。それは身長の低い少女達にも同じような事で、四人全員が床に座っている。一応クッションを持ってきているが、それでもまだ食べづらいだろう。

 

「微妙に食べづらいです」

 

「そう? 僕は好きだけど、この感じ」

 

 シュテルはどうやら食べづらいそうだが、レヴィはそうでもないらしい。トーストを片手で掴み、もう片手でソファの上に置いてある箱の中身からあるものを取り、それを握る。

 

「ディアーチェはどうだ?」

 

 うむ、とディアーチェは朝食を食べながら頷く。

 

「流石に毎朝これだと我も疲れるわな」

 

「ユーリにもこんなつらい体勢を取らせ続けるわけにもいかないからなぁ」

 

「すみません、何故かユーリだけ別待遇じゃありませんか?」

 

 そこはたぶん勘違いなので気にすることなく朝食を食べ続けてほしい。

 

「いや、確実に勘違いではないぞ……というか貴様、朝食の席で何をしておる」

 

「なにって……」

 

 手に握ったものをディアーチェへと投げて寄越す。段ボール箱の中にいっぱい敷き詰められているのは家に置いてある空のカートリッジ用薬莢、つまりマガジンへと装填する前の弾丸としての状態のカートリッジだ。中身が空のカートリッジに自分か誰かの魔力を込める事によって、カートリッジに魔力を保存する事が出来る。魔力量の低い魔導師でカートリッジへの適性を持っているのであれば、近年では必須のアイテムとなってきている。

 

 片手で持ち上げたカートリッジに指を通して魔力を送り込み、その中身を満たす。片手で行うそれは十秒ほどで完了する。

 

「こんな風にカートリッジの作成。Aランク以上の魔導師相手になるとカートリッジの消費が激しいからな。特にニアSランク、Sランク相手になると百発使ってもたりねぇって話になるからな、いや、マジで。昔仕事で一回だけSオーバーの次元犯罪者に3人のチームで戦った事があるんだけどさ、これがマジで頭のおかしいやつで収束の適性が並はずれているから攻撃、収束で魔力集めて吸収、再びぶっぱという∞ループが続いてでだなぁ……」

 

「どこの解りやすい悪夢だそれ。良く勝てたな」

 

 いや、勝てなかった。その頃はまだ総合Aの頃の話で、全員そろって時間稼ぎを必死に行っていたのだ。十数分後に本局のAAA級やS級の魔導師がやってきて、一瞬で勝負を終わらせて、それで終了だった。人生本当に根性ではどうにもならない相手が存在するのだなぁ、と気づかされた一件でもあった。

 

「まあ、そんなわけでメシ食ってる時とか大体こうやってストック作ってるんだよな」

 

 軽くカートリッジへの魔力の込め方を見せたところで、出来上がったカートリッジを別の段ボール箱の中へとしまう。もちろんこれもソファの上に置いてある。基本的に作成したカートリッジは全てここに一旦置いておき、戦闘がある可能性を考慮してマガジンにここから込める。そしてマガジン自体は服の中にしまったり、デバイスの拡張空間の中に保存している。

 

「まあ、日課の様なもんだからあんまり気にしないでくれ。あ、というかこれはやらせねーけど家事とかやらせるからな? 炊事、洗濯、掃除、買い物! 我が家ではタダ食いは大罪である。美味しいご飯が食いたいのであれば労働の味を知るがいい小娘共!」

 

「おー、ここに魔力を込めるんだー!」

 

「すいません、話を聞いてください」

 

「いや……すまんな……」

 

 ディアーチェが謝り、申し訳なさそうな表情を浮かべる。いや、レヴィが好奇心の塊だという事は解っている。解っていたつもりなのだが……。

 

「あ、失敗しちゃった」

 

 ぼん、と音を鳴らしながらレヴィが握っていたカートリッジを一つ無駄にする。あらら、と声を漏らしてレヴィからダメになったカートリッジを取り、それをテーブルの横のゴミ箱へと捨てる。その光景を興味深そうにシュテルは眺めていた。

 

「それ、ただ魔力を込めればいいというわけではないようですね? 見た所込められる魔力量には限界があるようですし、少々繊細な作業のようですね」

 

 シュテルが手を前に出してくる。何を催促しているのかは容易に解る。……正直な話、魔力を一旦使わせるとその楽しさを覚えてしまう。デバイスは管理局に押収されているが、それを取り返すつもりも新しいデバイスを与えるつもりもない。魔力なんてもの、生活する以上に必要が無ければ腐らせてしまうのが平和な生き方なのだ。だとすればあんまり魔力で遊ばないでほしいのだが……。

 

「大丈夫ですよ、イスト」

 

 ユーリがデザート用にフルーツヨーグルトを手にしながら、此方へと視線を向けてくる。

 

「シュテルは難しい言葉を使って真意を隠していますが、今すぐできる恩返しがこれぐらいなので手伝おうとしているだけですから、手伝わせてあげてください。そしてできたら私とディアーチェにも何か、出来る事を」

 

「ゆ、ユーリ!」

 

 シュテルがユーリの方に少し怒った様に、驚いたように頬を染めながら言うものだから仕方がない。レヴィからの視線を感じる辺り、レヴィも同意見なのだろうか。再び溜息を吐いてからカートリッジを二本取り、一個ずつレヴィとシュテルに渡す。そうしてもう一個自分用にカートリッジを取り、それを見せる様に握る。

 

「いいか? 一度に大量の魔力をぶっこむんじゃねぇ。魔力の密度を濃くして圧縮して、それを少しずつ流し込むんだ。デバイスとかがあると補助してくれてすっげぇ楽なんだけど魔力制御の練習にもなるから俺は補助なしでやってる。込められる魔力量は決まってるからその量の中にどれだけ圧縮して込められるかの勝負だ」

 

 と今度は実演して見せる。ゆっくりとカートリッジに魔力を注ぎ込む作業を三十秒かけて、シュテルとレヴィに解りやすい様に解説し、そして終わらせる。完成したカートリッジを箱の中に入れると、なるほど、とシュテルは頷く。

 

「知識としてはありましたが、実物となるとこうなるのですね―――」

 

 そう言ってシュテルは十五秒ほどで全く同じ事をやってのける。完成したカートリッジを握り、満足げな表情を浮かべると、それを此方へと渡してくる。そしてそれを握って激しい衝撃を受ける。

 

「やだ、ナニコレ俺よりも上手……」

 

 シュテルの魔力が込められたカートリッジは自分よりも魔力が精密に、そして圧縮されており、自分で作るものよりもワンランク上の出来前であった。一回目で完全に自分の上を行かれてしまった事にショックを受けてぐったりしかけた時に、今度はレヴィの声がする。

 

「あ、僕もできたよー!」

 

「どらどら」

 

 レヴィの手からカートリッジを受けとり、その様子を確かめるが―――何やらちょびっとバチバチ鳴っている気がする、安定はしているし魔力量もシュテルに負けていない、だが何故かものすごく不安になるこのバチバチ感は一体。

 

「え? だってやるからには最強を目指さないといけないからとりあえず雷に変換してから詰めたよ」

 

「なにやってんのぉ―――!?」

 

「ほほう、それは挑戦したくなってきましたね」

 

「あ、こら!」

 

 素早い動きでシュテルがソファに乗っかってくるとそのままカートリッジを数本奪い、魔力を込め始める。しかも今回は込められる魔力がシュテルの魔力光である朱色ではなく、炎へと変換されているのが見えている。

 

「ほう、変換資質を使用して魔力を込める事もできるんですね。これは我が家における私とレヴィの価値が一気に上がりましたね―――王とユーリには変換資質ありませんし」

 

「わ、我料理するし! 掃除とかできるし!」

 

「あ、じゃあ私が洗濯とかしますね。と、言うわけで」

 

 ユーリは此方へと視線を向けてくる。此方に真摯な視線を向けるも、その姿からは楽しい、という気持ちが伝わってくる。

 

「少々騒がしいし、迷惑かもしれませんが、私達は私達で報いる為に全力で頑張りますので、出来たら邪険にしないでくださいね?」

 

 そう言って可愛らしく首をかしげるユーリの姿に呆れる。

 

「するわけないだろ。まぁメシの席にこんなもん持ってきた俺が今回は悪かったという事で、ほらメシ食ったらタクシー拾ってモールに行くぞ。今日はお前らの服を買いに行かなきゃいけねぇんだからよ」

 

 はーい、と本当に楽しそうに彼女たちが声を揃え、返事をする。あー、何というか、大変なのは大変なのだが―――飽きることはなさそうだ。




 主人公の魔力はAっす。で、マテ子達はオリジナルと変わりなしで。カートリッジに関してはほぼ創作で、大体そんな感じです。延々と日常と信頼を深めている感じですねー……。

 何時になったらお仕事をするんだろうか。ともあれ、どこら辺で時間を区切るというか、時期を飛ばそうか非常に悩むところ。こういうどうでもない日常を描写するのはするので結構楽しいので。


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ノーマル・アズ・イット・キャン・ビー

「あーまてまて」

 

 着替えさせ、家を出る準備を完了する。が、そのままではいけない。玄関へと向かおうとしていたマテリアルズ達を止める。特にシュテル、ディアーチェ、レヴィの三人はいけない。寝室に置いてあったものをテーブルの上に置き、ちょいちょいと手でこっちへ来るように三人を呼ぶ。

 

「ユーリだけハブですか」

 

「……」

 

 ユーリが口に指をくわえ此方を見ている。その仕草で激しく罪悪感を感じるが、

 

「いや、そうじゃねぇよ。ユーリだけは有名人の姿をしてないから服装をちょいと変えるだけで十分なんだ。だけどお前ら三人は人相も髪色も違うけど、それでも大分似てるんだよ。服装を変えるだけじゃ知り合いにはバレるだろうから、せめてもう一工夫、安全策をしておこうって話だよ」

 

「ほほう」

 

 とりあえずテーブルに置いてあるアンダーフレーム型の黒いメガネをシュテルにつけさせる。

 

「メガネはかけるだけで大分印象変わるからな」

 

「シュテるんまるでインテリ系みたいだね!」

 

「レヴィ、少し話し合いましょうか」

 

 まるでインテリ系という事は今までインテリ系には見えなかったという事で、理のマテリアルであるシュテルからすればそれは暴言に等しい事で、レヴィを捕まえて頭をぐりぐりと遊び、悲鳴を上げさせている。レヴィは取り込み中の様なので後回しにするとして、ちょちょい、とディアーチェを招きよせる。

 

「お前にはこれだ」

 

「お?」

 

 ハンチングキャップを少し深めに被らせる。男物だから少々大きく、おかげで顔に影がかかり、見下ろす分には顔が見えなくなる。ディアーチェの年齢が13で、まだ背が低い事を考えるとこれでほぼ十分だ。これでディアーチェも顔を隠せる、と、

 

「んじゃ次レヴィの番だから解放してあげなー」

 

「次はありませんよレヴィ」

 

「シュテるん意外と根に持つんだね……!」

 

 これぐらい可愛いもんだと思いながら、レヴィを招きよせる。とりあえずレヴィだけは髪が長いので、それを利用する事にする。前に雑誌やテレビで見たフェイト・T・ハラオウンは髪の毛を束ねずにストレートで流していたので、とりあえず髪を束ねるところから始める―――と言ってもフェイトの髪型は戦闘になると……確かツインテールで纏められていたはずだ。被ると一瞬で解りそうなものなので、別の髪型を試すという意味でもストレートポニーに髪型を変え、

 

「あとはこれかね」

 

「おー! なんだかこれかっこいいぞー!」

 

 キャスケット帽に少し小さめのゴーグルと一緒に被らせる。此方もディアーチェ同様少し深くかぶらせておけば顔は解りにくいだろう。人相が少々異なっている部分もあるし、これぐらい手を加えれば知り合いに目撃されたとしても一瞬じゃ判断はつかないだろう。自分の仕事の出来に満足し、立ち上がる。

 

「ま、これだけやりゃあ十分だよ」

 

「というかよく女物のアクセサリーやファッショングラスが置いてありましたね」

 

 シュテルの指摘にまあ、と一旦前置きをし、

 

「元カノが置いて行ったものなんだよなぁ……捨てるのも面倒だから放置してただけで」

 

「マテ」

 

 ガシ、とディアーチェが凄い握力で足を掴んでくる。この少女、間違いなく魔力で自分の肉体を強化している。

 

「その面白そうな話聞かせてもらおうではないか」

 

「僕たちから」

 

「逃げられるとお思いですか?」

 

 レヴィが背後から、シュテルが左腕を掴んで体を拘束してくる。流石に外見13歳の少女と言えど、三人も引っ付かれると重い。重いが―――此方も対抗して魔力で体を強化する。三人娘を引きずりながら、玄関の方へと向かうと、そこではユーリが待っている。此方が行こう、と口開く前にユーリは口を開き、

 

「教えてくれないんですか?」

 

「勘弁してくれよ……」

 

 ―――それから部屋の外に出られるのは話が終わる五分後の事だった。

 

 

                           ◆

 

 

「えーと、では今現在はファミリー向けの部屋はないという事で?」

 

「えぇ、あるとしたらファミリー向けの部屋でも少し上のタイプで、その、値段の方が……」

 

 マンションの一階、少し歳を取った管理人の男に部屋の引っ越しを相談すると、早速と色々資料を持ち出して相談してくれる。が、現在ファミリー向けの広い部屋が無い事が発覚し、それでも引っ越したいのであればファミリータイプの上位版、つまりかなり広く、そしてお金のかかる部屋しか残っていない、という話だった。マンションの最上階付近の部屋の事なのだろうが、今現在の家賃の軽く二倍の額だった。既にここに住んでいる事もあって色々と引っ越しに関してはサービスしてくれるらしいが、それでも高い……。

 

「じゃあそれでお願いします」

 

「お、結構あっさりと行くねぇ。じゃあ別の部屋に入居するなら早めの方がいいし、明日でいいかい?」

 

「あ、はい、それでお願いします。支払は」

 

「明日引っ越すときに分割か纏めてで」

 

「了解です」

 

 お話終了。とりあえずもっと広い、全員で不自由なく暮らせる部屋への引っ越しが決まった。貯金を少し切り崩す事になるだろうが、正直しばらくは遊んで暮らせるぐらいに貯金はあるので、これぐらい切り崩したところで懐への打撃はそう大きくない。……が、それでも家賃が増えるのは少々考えものだ。空戦がまだBだし、そろそろ空戦の昇段試験を受け、ランクを上げた方がいいかもしれない。AにしろA-にしろ、A範囲内になれば空戦の方の仕事も貰えるようになるはずだ。そうなればもう少し収入も多くなる。……悪くはないはずだ。

 

 と、少女達を少々待たせすぎたかもしれない。マンションの外からおーい、と声を出して此方に手を振っている少女達の姿が見える。

 

「あ、では」

 

「うんうん、頑張りなさい」

 

 管理員の声を背中に受けながら駆け足でマンションの外へと出る。頬を膨らませたレヴィがタクシーの前に立っている。既に他の三人は乗り込んでい。シュテルが助手席に、そしてユーリとディアーチェが並んで後ろの席に座っている。

 

「はーやーく!」

 

「はいはい」

 

 苦笑しながらタクシーに乗ると、膝の上にレヴィが乗っかってくる。そして扉が閉まると、今度は膝に乗ったまま窓に張り付く。流石に窓を開けるのは危険なのでやらせないが、さて、

 

「ミッド・モールまで」

 

 無人のタクシーは目的を聞くと、その道を自動で走り始める。……バイクの免許はあるが、車の免許はない。そろそろ此方の方も取得するべきなのだろうか、これから外に出かける時あるなしじゃあ大いに違いそうだ。

 

 

                           ◆

 

 

「広ーい!」

 

「おぉ、これには圧倒されるな……」

 

 タクシーから降りて大型のモールに入ると、まず目に映るのは大量の店と、そして人の姿だ。この少女達を保護した世界は確かに観光向けの世界ではあるが、そこまで人が多い場所にいた訳ではない。だから空港よりもはるかに賑わうモールを見て、少女達四人は目を大きくして見ている。

 

「あまりうろちょろするなよ? ”迷子の王様いませんかー”とか放送するの激しく面倒だからよ」

 

「何故そこで我があがるんだ!? そういうのはレヴィの役割であろう!?」

 

「なにを言っているのですかディアーチェ」

 

 そう言うシュテルは既に俺の横に立って、左手を握っている。そしてレヴィは右手を握り、ユーリはレヴィと手を繋いでいる。その動き、一瞬とも言えるほどに短い動作だった。

 

「僕たち迷子にならない様に手を繋いでいるから」

 

「ディアーチェ? 予めモール内では手をつなぐように言われたはずですよ」

 

「我が悪いの!? というかユーリも少しセメントになってきてはいないか!?」

 

 まあまあ、とシュテルとレヴィがすかさずなだめに入り、そしてユーリがディアーチェを最終的に落ち着かせる。何というか、この四人の流れというものが大分見えてきた気がする。若干ディアーチェが不憫に見えなくもないが……まあ、それは俺から労ってやればいいな、とそう決め、とりあえず歩き出す。

 

「えーと、必要なものは何だっけ?」

 

 本来なら手に装着したベーオウルフに答えさせるところだが、それ以上に目を輝かせている少女達の存在がいる。彼女達に向けて放った言葉は直ぐ様に返答を得る。

 

「まずは服ですね」

 

「下着も必要だな」

 

「あと出来たらですけどテーブルと椅子ですね。朝食の時少し辛かったですし」

 

「あそこで売ってるお菓子が食べたい」

 

 レヴィだけ一向に言動がブレない。この欠食童子は一体どれだけ食べれば気が済むのだろうか。明らかに体積以上に食っている気がしてならないのだが、これで家計は持つのだろうか。いや、確実に危なさを感じる。これはやっぱり近いうちに空戦の試験を受けてランクを上げておく必要がある。

 

 出費とそして仕事。人間は生活の為に働いて働いて働く。

 

 こんな風に必死になって色々と考えながら動くのは自分のキャラじゃない筈なのに、ここ数日で一気に老け込んできたような気がする。

 

『Father……』(お父さん……)

 

「ベーオウルフ、次それ言ったら分解だからな」

 

 呆れの表情を何とか浮かべない様にしながら、さて、と言葉を口にする。買い物は多いが、自分の知識では足りない部分が幾つかある。たとえば女物の服装とかだ。そりゃあデートとかにいけば何が似合う、とかよく聞かれるわけだが、それは一人に対して選ぶからできる事だ。こうやって複数人の物を買おうというのであればてんで知識不足となる。

 

「と、言うわけでお前らそこらへんどうなんだ? 解るのか?」

 

「そこらへんは知識としてあるし、我らを見れば好みなどがあるのも解る話であろう」

 

 ディアーチェの発言に安心する。まあ、こういうのは正直俺に任せるよりも、本人が好きに選んだ方がいい。とりあえず手近な洋服屋に入り、そこで服を買おうと決め、歩き出そうとした瞬間、両側の手を握るシュテルとレヴィが此方の動きを止める。

 

「肩が抜けそうになるから体重を乗せて動きを止めるなよ!」

 

「いや、そんなどうでもいい事は放っておいてください」

 

 どうでもいいと断定されてしまった。

 

「それよりも今―――適当な店で見繕ってもらおうと今、思いましたね?」

 

「え、あ、そうだけど……?」

 

 その返答にシュテルだけではなく、他の少女達も露骨に溜息を吐く。一体何が悪いのだ、と口を開く前にユーリが、

 

「今までの対応を見るにお兄さんの点数はそれなりに高かったんですけどねー……」

 

「流石にこれは男性と女性の意識の差ですよユーリ」

 

「仕方がないよね。でも僕でさえ解る事をお兄さんが解らないってのは少し残念過ぎる事だと思うんだ」

 

「レヴィ貴様、唐突に真面目になって喋るのやめぬか? たまにお前のキャラ忘れそうになって我ちょっと寂しいぞ? ん? あ、あと今発言食われた」

 

 つまり?

 

「イストが朝食を用意しているわずかな間にベーオウルフを拝借して私が人気店と今季の流行をあらかじめ調べておきました」

 

『I fond girls over man』(男よりも少女の方が好きです)

 

「貴様ァ!」

 

「ちなみに予想はこんな感じで」

 

 そうやってシュテルは指で宙に数字を描く。そしてその金額を確認し、ちょっとだけ汗をかく。少し待て、と言いながら手を離し、軽く服の値段や必要なものの計算を脳内でサクっと終わらせ、再びシュテルへと向き合う。

 

「待て、本当にちょっと待て。え、下着セット3000とか2500だろ」

 

「なにを言ってるんですか。そんな安物を私達が履くわけないじゃないですか。最低でも一つ2000のラインですよ。これも我々の健全な成長への対価だと思って諦めてくださいね。あ、ベーオウルフ借りていきますね」

 

 此方が放心しているとサクっとシュテルが手に装着しているベーオウルフを奪い、此方です、等と言いながらモールの中、既に決めてあるらしい店へと向かって他の三人と共に向かってゆく。

 

「……いや、まあ、貯金あるから大丈夫なんだけどさぁ……大丈夫なんだけどさぁ……」

 

 こう見えて嘱託魔導師だし? 魔力量はAだし? 総合AAと陸戦AAの二等陸士だし? いい生活してますよそりゃあ。貯金もありますよ。少しぐらい遊んでも余裕があるぐらいには貯金してますよ。それでも、必死に頑張って溜めてきた金なのだ。それを必要だと解っていても予想外の事に一気に消費が増えると思うと少しだけ抵抗感がある。正規管理局員だと散財する暇もないが、嘱託魔導師であれば少しだけ、少しだけ余裕があるのだ。だがそういう娯楽もなあなあで済ませ、貯めてきたこの金……!

 

「あ、シュテル、見てくださいこれ」

 

「む、ナイスな花瓶。引っ越し先には花も必要ですから購入しましょう……えーと15万? ―――買いですね」

 

「ちょっとそこのロリ待てぇ―――!?」

 

 流石に止めに入る。止めに入るが、

 

 ―――なんとなく、こんな時間が続けば良いと、そんな事を思いながら、走ってマテリアル娘たちを捕まえる。まあ、結局最後は折れて買わせてしまう自分を容易に想像しながら、苦笑し、そして買い物を始める。

 

 得る事が出来なかった日常を少し豪華に彼女たちが得るのは、決して間違いではないはずだと思いながら。




 次回辺りから時間を飛ばします。


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Chapter 1 ―In The Sky―
マネー・イズ・ライク・ウォーター


「シュテるんー」

 

「なんですかー」

 

「素材集めしたいからクエスト付き合ってー」

 

「いいですよー。ユーリもどうですか?」

 

「あ、私も行きます」

 

 少女が三人、リビングのソファを占拠する様に寝転がりながら携帯ゲーム機でゲームを遊んでいる。なんでもゲームの内容はどっかの管理世界での生活がベースになっており、モンスターバスターとかいう連中が原住生物を狩って素材にし、それで装備を強化していくゲームだ。あまり外へ連れ出す事も出来ないので、家の中にいる時ぐらいは不便でないように、家にゲームを完備した。……したのだが、そのせいでいい感じにだらけきっている。元々女子は家派が多いというのは偏見かもしれないが、流石にだらけすぎやしないだろうか。

 

「おい」

 

「あ、悪い悪い」

 

 視線を手元に戻す。目の前にはカッティングボードやら包丁やら、いろいろなものが置いてある。だがその大多数は役割を終えている。あとは出来上がったものを纏めてフライパンで炒める段階に入っている。だからこそ後ろからディアーチェの体を支えつつ、フライパンを片手で操作するディアーチェを見るに。

 

「あーそうそう、もう片手で握って……そそ、まんべんなく温まる様にな。ただあまりやり過ぎると細かくなりすぎて逆に食べた時まずく感じるから適度なペースで……あ、もうちょいゆっくりな」

 

「む、こ、こうか?」

 

「うん、そんな感じだな」

 

 これなら大丈夫そうだな、と、そっとディアーチェの背後から離れ、キッチンに予め運んでおいた椅子に座り、エプロンを装着してフライパンを握るディアーチェの姿を背後から確認する。うむ、やはり女子はこういう姿が一番似合っているのだがなぁ、あの三人はどうしてあっち系に走ったのだろうか。実に解せない。

 

「いや、解せぬとか解せないとかいいから、我の様子を!」

 

「いや、そこまでテンパる必要はねぇよ。ちゃんとできてるじゃねぇか。逆にその無駄にテンパってるのを何とかして落ち着けろ。やっている事に間違いはないんだし、あとは教わった事をやるだけだから、自信を持ってやってみろって」

 

「う、……うむ。この我に任せるがいい!」

 

 即座に持ち直し、自信を持てるのがディアーチェの良い所だと思う。前は一人用だったため椅子の持ち込みが出来なかったキッチンも、今や四人全員で作業していても苦にならない広さになっているし、リビングも前の倍以上の広さになっている。それに伴ってソファやテーブルも新調し、娘たちそれぞれに部屋を与える事も出来た。

 

 ―――引っ越してから一ヶ月が経過した。

 

 人生はそんなに変わっていなかった。

 

 一ヶ月もすればマテリアル娘たちも新居と生活に慣れるし、それぞれの役割も覚えてくれる。ディアーチェは積極的に家事を手伝い、覚えようとし、基本的に家の中で出来る事は大体全部出来る様になってきている。続いて器用なのが意外にもユーリで、此方も料理と洗濯を頑張る。シュテルは性格通りなのか、意外と几帳面で掃除をすると埃を一つも残さず綺麗にしようとする為、主に掃除はシュテルの独壇場となっている。で、レヴィはニートだ。アイツに働かせてはいけない。休め。休んでいてくれ。お願いします。

 

 ……ともあれ、一ヶ月一緒に生活した程度で何かが劇的に変わるわけもない。少しずつ、ゆっくりと、互いに信頼関係を構築している真っ最中だ。デメリットばかりしかないこの生活の、唯一のメリットでもある可愛い少女達との同棲生活……なんて甘い事を言っていられる場合でもない。最初は楽観視していたこの生活だが、一ヶ月も続けていれば段々とだが問題点が浮き彫りになってくる。

 

「イスト! 色が変わって来たぞ! ここからはえーと」

 

「慌てず、騒がず、まずは火を切ってから皿へ移そう」

 

「うむ、了解した」

 

 ディアーチェが皿へと料理を移す光景を椅子の上から眺めながら、軽く先の事を考える。少しだけ不安だが―――確か今日だったな、と。

 

 

                           ◆

 

 

「む、流石王。中々の腕前ですね」

 

「料理の仕方なんてインプリンティングされてないのにね」

 

「流石ですねディアーチェ」

 

「そ、そうか? ふ、フハハハハハ! どうだ! この我にかかれば料理などこの程度のものだ!」

 

「はいはい、あまり調子に乗らない。肉と野菜とご飯を一緒に炒めたのに味をつけているだけなんだから。少し練習すれば誰にできるさ。もうちょい複雑なメニューに挑戦してから威張りましょう」

 

「なんで貴様は上げてから落とすんだぁ!?」

 

 いや、だってそのリアクションが非常に面白いから、なんてことは言えない。まあ、それでも上手く出来ている事には変わりはない。それに関しては純粋に褒めてもいいが……褒めるのはシュテル達がやってくれている。だからその分俺が厳しくしておかないと後々ダメな子になってしまわないでもない。

 

『Fa……』(お父……)

 

「ベーオウルフをゴミ箱へシュゥゥゥゥ―――!!」

 

「べ、ベーオウルフ―――!!」

 

 テーブルの上に乗せていたベーオウルフを迷うことなく空っぽのゴミ箱へと投げつける。意外とノリがいいユーリが手を伸ばしてベーオウルフの死を悼んでいるが、ユーリの手を掴み、此方へと引き戻す。

 

「食事中にテーブルから離れてはだめ」

 

「あ、はい。そうでしたね」

 

『Why are you so hard against me……』(何故そうもセメントなのですか……)

 

 あえて言うのなら恥ずかしいからだ。相手が圧倒的に年下だとはいえ、少女四人と暮らしていて恥ずかしくないわけがなかろうアホが。まあ、そこらへんは鋼の精神で何とかなるとして、問題はもっと別にある。食べ進めていた料理を一旦置き、魔力で魔力スフィアを一個形成する。それをゴミ箱の端っこへと当て、ゴミ箱を倒す代わりにその中にあるベーオウルフを跳ね上げ、

 

「よっと、はい」

 

「おう、サンキュー」

 

「あとでちゃんとゴミ箱元に戻しておいてくださいね、掃除するの私ですから」

 

「あー、はいはい」

 

 レヴィが跳ね上がったベーオウルフをキャッチしてくれ、そして渡してくる。ベーオウルフが無言の抗議としてデバイスのコア部分である青い宝石をチカチカさせるが、それよりも確認したい事がある。軽くタップし、プログラムを発動させ、そしてメールシステムをチェックする。望んだものはそこにあった。

 

「えー、こほん」

 

 咳払いをし、そして注目を集める。

 

「えーと、皆さんに大事な発表があります」

 

「ほう」

 

「つまらない事だったら怒りますからね」

 

「何でそこで無駄にハードル上げてくるの……」

 

 シュテルのセメントっぷりが日に日に磨きあがって行く気がするが、どうなんだろうか。こんな風になっていくのには理由があるに違いないが―――まあ、その解明は後にするとして、管理局から届いたメールの内容を確認し、それを巨大化して自分の前に広げる。その内容は実にシンプルで、内容を間違える事はない。管理局のマークと共に示されているのは、

 

「―――昇段試験合格通知?」

 

「おう―――イスト・バサラ二等陸士、なんと空戦A判定貰いました」

 

「おー」

 

「おめでとうございます」

 

 マテリアル娘達が拍手をもってこの結果を迎えてくれる。純粋に祝福してくれている事に喜びを感じる。

 

「だけどお兄さん空戦苦手なんじゃなかったっけ?」

 

「うん。超苦手。なるべく地に足をつけて戦いたいけどほら、食い扶持が増えたからそんな事も言えないしさ、ちょっくら昇段試験を受けてきたんだよ。内容も結構ハードなもんでカートリッジの使用は二本まで、地上に一回も着地せずに試験官から撃墜判定をもぎ取らなきゃいかんかったのよ」

 

「となると相手は空戦Aだったんですよね? 我々だったら楽勝ですね」

 

「まあ、僕たちデバイスさえあれば実力はオーバーS級でお兄さんよりも強いしね!」

 

 それを言われてしまうと本気で落ち込む。そう、目の前の少女達はデバイスさえあれば自分よりもはるかに強いのだ。レヴィはスピードが高く、ヒット&アウェイで一方的に此方をなぶるだろうし、シュテルは凄まじい一撃で此方を空からリンチするだろうし、ディアーチェは遠くから薙ぎ払って、ユーリに関しては論外。ユーリだけはデバイスを必要としないので元から最強状態だ。手がつけられねぇ。反逆されたら一瞬でベルカ男子の死体の出来上がりだ。

 

 ちょっとガチで落ち込む。

 

「き、気にする必要はないぞイスト!」

 

「そ、そうですよ、我々の様な生まれながらにチート入ってるのと違ってイストは天然ものですから!」

 

「それじゃあまるで私達が養殖のマグロみたいな言い方ですね」

 

「マグロ……」

 

 レヴィがマグロという発言で涎を垂らしている。本当にコイツは色んな意味で全くブレないな、と苦笑する所で、シュテルが聞いてくる。

 

「私が知っている限り、イストの飛行適正自体はそう高くない筈です。素早い動きは出来ても複雑な動きが出来ない筈ではありませんか?」

 

「あぁ、うん」

 

 陸戦のパワータイプなのだ。確かに空戦は苦手なので、陸戦と同じ勝手でやらしてもらったのだ。おかげで何とか空戦Aの判定をもぎ取ってくる事に成功した。

 

「で、その方法ってどんな方法なの?」

 

「ぶっちゃけ参考にならないぞ? ―――被弾覚悟で正面から突っ込んだ」

 

「本当に参考にならないね……」

 

 元から回避という選択肢を捨てた戦闘スタイルなのだ此方は。

 

「お前らと違ってベルカの近代にも古代にも適正はないし、砲撃や射撃も適性が高くはないのによ、カートリッジやらブースト、回復は無駄に高いし、格闘術の才能はあるって言われてるからさ、もうこうなったら死ぬまで殴るしかないな! ってガキの頃に思いついてよ」

 

「あぁ、何かオチが見えてきたな……」

 

 うん、まあ、たぶん想像の通りだと思う。

 

「ブーストで自分を適当に強化して、カートリッジで更に強化して、そして自分に回復魔法かけっぱなしにして相手へと突っ込む。攻撃受けてもプロテクションと気合で耐えて突き進む。そして相手を掴んだら気絶するまで殴り続ける。これで勝った」

 

「なんていう脳筋スタイル……!」

 

 軽くシュテルが戦慄しているが、お前の話す戦闘スタイルの方が俺的には遥かに恐ろしい。砲撃特化の魔術師がバインドにも高い適性を持っているってなんだ。誘導弾にバインドを隠して確実に捕まえた後に砲撃三連発とか正気の沙汰じゃない。ストライカー級の三連発砲撃とか明らかにオーバーキルの領域だ。

 

「ちなみに試験官も俺のそのスタイルを知ってたらしく開幕から俺へと向けて砲撃放ってきたなぁ……しかも容赦することなく連続で。アレ、絶対に予め調べてただろ」

 

 まあ、ミッド魔導師はベルカ系と比べて射撃型が多い。手が届く距離に入るとなすすべもなくボコられるのが日常風景だ。

 

「砲撃の中を突き進んでくる男と容赦なく砲撃を放ってくる試験官か。管理局は地獄か」

 

「たぶんケースが悪いんだと信じておきたいです」

 

 管理局全体がこんな感じだったら今頃次元世界は平和だよ、と言いそうになる。ともあれそんなこんなで空戦Aという証明を立てる事が出来、総合AAと、陸戦AAに、空戦Aという準エース級の領域がようやく見えてきた。流石にAAAか、それ以上が二つ無ければエースとして認められないし、Sでもなければストライカー級としては認められないが、ここまでくれば確実にエリートと言ってもいいレベルだ。

 

「これで首都航空隊からのお仕事も引き受けられます」

 

「首都航空隊?」

 

 頷き答える。

 

「通称空隊。本局直属の部隊で、危ない仕事をいっぱい回されている連中だよ。空飛べて、優秀な連中の集まり所な? だからこそ貰えるお給料も多いってわけ。あ、ちなみに俺は”陸士”扱いだけどメインは嘱託魔導師だから陸には名前を置かせてもらっているだけで本所属って感じじゃないのよ? だからまあ、管轄の違うところのお仕事を受ける事が出来るんだよ」

 

「あぁ、便利屋の様な立場ですね」

 

「そうだな」

 

 そして組織を円滑に動かす上ではこういう部署を超える存在がまあ、必要になる事が多い。……嘱託魔導師も、決して損耗率が低くないわけではないのだ。

 

「まあ、それで危険なのは解りましたし、凄い所だという事も把握しました―――必要なのですか? 我々と一緒になあなあで過ごす日々では足りないのですか?」

 

 うん。と思いっきり頷く。シュテルには激しく悪いが、いや、全く悪くない。というか貴様ら、

 

「少々散財が過ぎるんだよ! 貯金! 四桁あったの! それが今では三桁なの! 半分なの! 独身男性が遊んで暮らせるだけのお金があったんだぞ!? それがたったの一ヶ月で半額ってなんだよ! 半額セールじゃねぇんだよぉ!!」

 

 軽く頭を抱えてテーブルに突っ伏す。すると肩に手がかかる。

 

「その……なんだ……我、家計簿つけるからな?」

 

 ディアーチェの発言にほろりと涙を流しかけた瞬間、

 

「お兄さんー。僕今夜ミッドマグロが食べたいー! あ、あとお肉も食べたいー!」

 

「レヴィ、これは後でエンシェント・マトリクスものですね……」

 

「じょ、冗談だよ、冗談だってば! 空気読まないでネタに走ったのは謝るから本気でマトリクスだけは止めて! 僕が悪かったから!」

 

 先の事を考えると軽く頭が痛いが、今の生活を続けるためにもお金は必要なのだ、お金が……! 何をするにしたってお金だ……!

 

「……むう、私達でもできる内職を探すべきですかね」

 

「我、もう少し料理を勉強して節約レシピを頑張ってみるか」

 

 そこらへん、本当にお願いします。……自分も、この生活の為にできる事は全部やってみようと思う。



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レッツ・ワーク

 鏡の前で自分の姿を確かめる。

 

 若干つり上がった目端は全体的に鋭い印象を与えるが、それをかき消す意味でも微笑を浮かべる。完全にだます事は出来ないが、それでもある程度誤魔化す事は出来る。短く切ってある赤い髪に触れ、それがぼさぼさになっているのを確認し、さっと櫛を使って整える。激しく動き回ればまた今の状態へと戻ってしまうが、初対面なのだから少しぐらい整えた方が良いに違いない。管理局指定の制服である事を確認し、そして髭も剃り残しがないことを確認する。これで身だしなみに問題はなし。

 

「これでいいな」

 

 洗面台に乗せておいたベーオウルフを右手に装着し、手を開け閉めする事でそのフィット感を確かめる……と言っても自分に合わせて毎年サイズを調整し直しているのだ、最適なサイズであることは疑いようがない。だからこれで準備は完了だと思う。洗面所から出て、廊下を抜けてリビングへと向かう。ソファの上に座って、コントローラーを弄っている同居人たちに向かって声を放つ。

 

「そんじゃ俺は本局の方に行ってくるから」

 

「誰かが来ても絶対に扉を開けない。勧誘は無視、勝手に外に出ない、そして合言葉を忘れない……ですよね?」

 

「王たる我が臣下の事を見ておる。イストは心配することなく仕事へと向かうといい」

 

「おう、任せたぞユーリ」

 

「だからそこで何で我の名前が出ないんだ!」

 

 ディアーチェを軽く弄った所でもうそろそろ出なくてはならない。基本的にこういう顔合わせは初日が大事なのだ。遅刻はしたくないし、最低でも10分前には現地についておきたい。その方が印象が向こう側によろしく通るからだ。ビシ、と決めたところでユーリからサムズアップが戻ってくる。どうやらそれなりに決まっているようだ。

 

「あ、ところでお兄さんさ」

 

 レヴィがテレビのスクリーンから顔をそむけ、此方へと視線を向けてくる。

 

「今日は何処へ行くの? しばらく家を空けるの?」

 

 嘱託魔導師という職業の都合上、二日、もしくは三日程家を空ける事はある。その場合はこの四人に家を任せ一人で出かけているものだが、チ、チ、チ、と音を鳴らしながら指を揺らす。おぉ、とレヴィが目を輝かせているのはおそらくその動作がかっこいいと思ったからだろう。

 

「これからしばらくは家を空ける回数は増えるだろうけど定時上がりだぞ!」

 

 まあ、とシュテルがスクリーンから目を離し、笑みを浮かべながら此方を見る。

 

「なんと、ついに定職に就いたのですか。前々から思っていたんですが嘱託魔導師という職は収入はまあまあですが、いつでも蜥蜴の尻尾の如く切り落とされそうで非常に不安定な職だと思っていたんです。そんな私の考えをくみ取ってもっと安全な職に就くとは中々ですね。さあ、安定した収入で私達に素晴らしきヒモ生活を約束してください。ゆくゆくは結婚して私が専業主婦になる事で更に安定した未来が」

 

「貴様一回拳で黙らせるぞ」

 

 本気じゃないって事はシュテルの態度からあからさまだが、まあ、定職につくってのはある程度正しいかもしれない。

 

「数日前に空戦A認定を受けたから仕事先が増えるつったろ?」

 

「そーいえばお兄さんそう言ってたね。正直空戦Aとかナニソレレベルだから僕忘れてたけど」

 

「貴様には帰ってきたらベルカ式スパンキングが待っている」

 

「助けてシュテル僕死にたくない……!」

 

 だが助けない、とレヴィへと笑顔で告げるシュテルはこの一ヶ月でだいぶセメントなキャラになったなぁ、と成長を喜びながらも、解説を続ける。

 

「まあ、つまりAって事は十分に空戦ができるって認定なんだよ。”お前は立派な戦力で優秀な人間です”ってな。で、優秀な人間ってのは基本的に本局にスカウトされたり引き抜かれたり選ばれたり」

 

「全部同じ言葉ではないか!」

 

 うん。そう、言葉を変えようと実態は変わらない。優秀な人間ほど中央へと集める悪癖が時空管理局には存在する。そしてその悪癖は何故だか悪癖として機能しない。その理由はいたってシンプルで、

 

「意外とミッド中央―――クラナガンでは反体制派のテロとか多いんだよ」

 

 ニュースにならないし、それこそミッドは飛行魔法でも使わなければ全体を回る事が出来ないぐらいに広い。クラナガンだけでも中規模文明国家一つの大きさに匹敵する。ともなればスラム街やら、隠れ家やら、そういう場所も必然的に増えている。首都を拡張し続けてきたツケがここに回ってきている。管理局がその理念を体現しようとした結果大きく広がり過ぎた弊害とも言う。だから妙なバランスが形成されている。

 

 中央へと戦力を集める本局。

 

 そして中央を崩そうとする反体制派。

 

 そのシワ寄せは様々な部署や別の管轄へと回ってくるのだが―――正直そういう政治は一般局員の考える事ではない。それよりも大事な事は契約だ。嘱託魔導師は簡単に説明するのであれば”便利屋”という表現が正しい。陸士でもいい、空士でもいい。とりあえず所属として名を管理局に渡しておく。あとは嘱託魔導師の資格を持っていれば管理局の方から仕事を持ってきてくれる。此方からお願いすれば貰える仕事の量を増やせたり、減らせたりもする。そうやって嘱託魔導師は管理局へと貢献しているわけだが、基本的に仕事のスタイルは”契約”の一言に尽きる。だから今回も新たな仕事の契約をしたに過ぎない。

 

「首都航空部隊にちょっくら空士として所属してくるわ。朝は8時、一応夜8時終業だから帰るのは八時半頃になると思う。契約内容が変わらなきゃ週四日で出勤、空隊の面子として出向扱いで働く事になってるわ。まあ、細かい所は聞かないでくれ。俺も考えるのも思い出すのもめんどくさい」

 

「なるほど、つまり安定した収入が得られるって思えばいいんですね」

 

「収入の安定は大事だからなぁ……」

 

 シュテルの頭の中は金ばかりか。……まあ、最近この娘たちが家計簿をつけたり貯金のチェックをしたり、金銭に関して意識を向けてきてくれている事を知っている。おそらく最初の頃の様な浪費はなくなるだろう。たぶんだが、金銭の価値を覚えてくれたのだろうと思う。何が高く、何が安く、何をすれば残り、何が失われるのか。

 

 お金を無駄に使った時に晩飯のおかずを二品ぐらい減らしたかいがあった。後ついでにデザート没収。

 

 ともあれ、

 

「んじゃ、俺は行くから大人しくしてろよー」

 

「はーい」

 

「あ、本局の近くに美味しいと評判のケーキ屋があるので買ってきてください」

 

「はいはい」

 

 騒がしく娘たちに背中を見守られながら、玄関まで移動し靴を履き、扉を開ける。ベーオウルフが表示する時間にまだ余裕はあるが、それでも早めに到着しておくことに越した事はない。ポケットの中のバイクのキーを確かめつつ、扉を開け、一回だけ振り返る。

 

「いってきます」

 

「いってらっしゃい」

 

 

                           ◆

 

 

 顔合わせの時間、キッチリ五分前に到着する―――本局の空隊用のビル、その一階のロビーだ。自分が結構出入りしている地上本部と比べても遜色ない程に巨大な建物だ。此方も常に人が忙しそうに動き回っている姿がよく見る。待ち合わせ場所であるロビーの一角で柱を背にしながら待つこと数分、時計の針が上を指す頃に、

 

「すいません、イスト・バサラ二等陸士ですか?」

 

「はい」

 

 管理局の制服姿の男が近づいてくるのに気づく。此方へと近づいてくるのを見てすかさず手を出し、握手を交換し、歩き出そうとする男の横につく。ここら辺の流れは社会人となれば嫌でも慣れる事だ。

 

「貴方がフィガロ・アトレー三等空佐ですか?」

 

「おう、初めましてイスト陸士。といってもこっちの方で既に過去のデータやらを確認させてもらっているがな。かなり幼いころから嘱託魔導師として活動しているようだし、経歴も完全にクリーン。正直今の今まで何で空戦の昇段試験を受けなかったかが不思議なぐらい優秀じゃねぇか」

 

 予想に反して、割とフランクな対応の人物だった。

 

 フィガロ・アトレーという男は少しだけ歳を食った人物のように見える。髪には白髪が少し見え、顔の掘りも深い。握手した手は力強かったが、少し老いが見えていた。歳は四十か、その後半に入り始めたぐらいだろうか。管理局員としては珍しく”ベテラン”と呼べる部類の年代の人間だ。管理局が若い人間を際限なく雇用するため、そして歳を取れば死ぬ可能性が増える為、こういう人材は非常に珍しい。

 

「最近ちょっとした心境の変化がありまして、ちょっと行けるところは行ってみようかと挑戦したくなってきまして」

 

 その答えにフィガロは笑みを浮かべた。

 

「おぉ、若いうちは買ってでも苦労するもんだ。出来る事を諦めて挑戦しないってのは何時だってつまんねぇ事だからな。あー、あと俺にそんなにかしこまる必要はないぞ。何せ今日から一緒にメシ食って働く仲間だからな。よろしく頼むぜ”イスト一等空士”」

 

 このオッサン今とんでもない発言をかましてくれなかっただろうか。

 

「すいません」

 

「あ、所属と階級は気にするな。一応俺らは”エリート”って触れ込みになっているし、陸士が空隊に所属しているのもおかしな話だろ? お前らのそういうところは割と柔軟にどうにかなるからな、とりあえず所属をこっちに、階級を一つ上げておいた。訓練生ならいいがよ、流石に前線メンバーとして働いてもらうなら二等じゃあ此方も体面としちゃ悪いんだよ。それにそれだけの実力はある様に思える。違うか?」

 

 反論する事が出来ず、両手を上げてお手上げだ、というサインを見せる。それを気にいったのか、フィガロはよしよし、と頷きながら言葉を続ける。フィガロの横を歩きながら、ビルの中を進んで行く。軽く頬を掻き、少しだけ言葉を崩しながら答える。

 

「それ、返答求めてないっすよね?」

 

「そりゃあそうだろうよ。俺が上官で、お前が部下。俺の命令は絶対服従。ここで働いてもらう以上それだけは絶対だ。いいな? 命令違反なんてしてみろ、全裸でビルのてっぺんから吊るしてやるからな。そして俺はやるつったら絶対にやる。―――もう既に一回やっているからな」

 

 ―――やべぇ、仕事間違えた……! そうだよな、スピード昇進にいい事ばかりなんてないよな。とりあえず今夜はビールを片手にユーリに愚痴って慰めてもらおう。イストさん職場のプレッシャーに負けない様に頑張るよ。

 

「まあ、半年もここでやってりゃあ直ぐ曹長にでも准空尉にでもなれるだろ、その実力なら。あとは成績ってか成果次第だな。おら、テロでも鎮圧するか一人でアジトを殲滅して来い。それで点数数えてやるからよ」

 

 管理局の空隊の人間が予想以上に世紀末思考で流石に頭を抱えたくなってきた。おかしい。俺の方が本当はもっと破天荒なキャラなのになぜかお父さん扱いされるわオカン扱いされるわ、なんだか本来の自分からブレまくっているような気がしてならない。だが目の前の人物が自分よりも遥かに高い地位についており、そして尚且つ自分よりも実力が上のストライカー級魔導師であることは間違いはない。故に反論する事は出来ず、少々引きつった笑みを浮かべてはい、と返答をするしかない。

 

「というか早く出世しろ。そして早く俺のポストを取ってくれ。若いやつが育ってねぇと安心して引退ができねぇんだよ俺は。右を見てもガキ、左を見てもガキばっかり、何時から管理局は保育園になったんだよ! あ? あぁ、そういやあ最初からそうだったな。こりゃひでぇ。だから俺の引退の為にもここで盛大に出世してくれ。盛大に強くなってくれ」

 

 ビルの中を進む足を止める。一階の奥、ビル裏手へと繋がる廊下の途中の扉の前に止まり、フィガロが扉を開ける。

 

 その中にあったのは死屍累々とした魔導師の姿だった。部屋に転がっているのは十数人程の姿で、何人か魔力ダメージでノックアウトしているように思える。もうここまで来ると完全に頬が引きつる。選択肢を間違えたってレベルじゃなくて、騙されたってレベルに入ってきている。

 

「よーし、全員いるか? あぁ? まだ寝てるのか? だらしのない奴らめ。まぁいい。イスト・バサラ一等空士、目の前の死体どもが今日から一緒に首都の空を守る首都航空隊第6隊だ。5でも7でもない、6だ。覚えたか? 今日からこいつらと一緒に訓練し、チームを組み、そして次元犯罪者共をリンチする」

 

「ど、どーも、イスト・バサラ一等空士……です……」

 

 軽く自己紹介をすると、”ヴぉぉ”等という凄まじい返事が返ってくる。こいつら本当に大丈夫か、かと思うと、倒れていた魔導師の一人が立ち上がり手をあげる。

 

「うっす、アベラ空曹長です……」

 

 それに続く様に、死屍累々とした状況からぽつりぽつりと復活し、立ち上がり、挨拶する姿が増える。

 

「インディ空曹長だ、よろ……しく……」

 

「ティーダ・ランスター……二等空尉です……あ、あっちがクーダ・カマロ准空尉で、あっちで頭からバケツに突っ込んでいるのがキャロル・コンマース三等空尉。ちなみに人妻なので手を出すと本人が殺しにかかるよ」

 

「で、僕がシード・スピアーノ空曹長です」

 

 それからも次々と自己紹介が続くが、誰も彼もが最低で一等空士”以上”の階級の持ち主だった。改めて本当にこんな仕事を引き受けて正解だったのか、契約に不備がなかったかどうか自然と不安になってくる。

 

「ん? あぁ、気にするな。ここにいる連中は実力に関してはどっこいで高くても空戦AAA+が最大だ。お前に足りてないのは階級と功績だけだから半年もいりゃあ本当に上がるって。というかよくも嘱託魔導師なんて即金と趣味が全ての様なもんを9年間も続けてたな。もうちょい空戦昇段試験をよ……いや、それは嘆いていても仕方がないか。ともあれ、ようこそ管理局へ」

 

 フィガロは獰猛な笑みを見せてくれる。

 

「飛行魔法がそこまで得意じゃないんだったな? 安心しろ、今日は特別ゲストが来ていてな? ―――お前もこいつら同様、戦技教導隊に揉まれれば嫌でも上手くなる。あぁ、それは保証してやろう。良かったな。今日は別の隊が仕事をする代わりに訓練ができるぞ!」

 

 もうやだ、帰る。

 

「あ、すいませんクーリングオフで」

 

 一歩後ろへと下がろうとした体を、何時の間にか背後へと回り込んだフィガロが両肩を掴む事で動きを止める。

 

「残念、契約書にクーリングオフは通じないと書いておいたぞ」

 

 ―――管理局がブラック職場という本当の意味を、これから理解するという事だけは解った。



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ファースト・ナイト・アフター

 流石戦技教導隊のゲストというか、しっかり仕事をした、とだけは言える。約束を破る訳にもいかず、周りの恨めしい視線を笑顔で受け流しながら残業を回避、定時に上がってやっとの事で家へと帰ってくる。今までの様にその場支払ではなく月末の振込という契約内容だが、その給料は今までよりも遥かに多い。かるーい疲れを負荷として体に持ちながらも、扉を開け、そして家に帰ってくる。

 

「ただいまー」

 

「「「「ケーキー!」」」」

 

「貴様ら声を揃えてケーキが第一声か。少しは本心を隠す努力をしろ」

 

 呆れながらもリビングの方からする声に返答する。おいーっす、と声を出しながら片手で握る箱を持ち上げると、リビングの方から瞬間移動かと思う速度でシュテルが登場する。ケーキの箱を受け取ろうと待機するその姿は何故か犬の耳と尻尾が見えてきそうな光景だ。

 

「ちゃんとメシ食ったか?」

 

「はい」

 

「洗い物はしたか?」

 

「もちろん」

 

「誰も家には入れなかったな?」

 

「私を何だと思っているんですか」

 

「ちゃんと全員で分けて食べなさい」

 

「はい!」

 

 ケーキの箱を受け渡すと、直ぐにシュテルの姿が消える。ダイニングの方からカタカタと音が鳴る辺り、今頃ディアーチェかユーリ辺りが皿とかを出し、レヴィは既に席に座って待機しているのだろう。微笑ましげなその光景を想像し、ゆっくりと靴を脱ぎながら軽く首を回す。明確な形としては疲労は残らないが、結構、というよりはかなり疲れた。長年嘱託魔導師として活躍してきたわけだが、此処まで体を酷使したのもかなり久しぶりだと思う。普通に考えればSランク魔導師を相手にする事なんてほぼないのだし、こうやって教導を受ける機会もほぼない。そう考えるのであればものすごく貴重な経験かもしれない。だが管理局に所属してから9年だ。今になって訓練、とか言われると正直少しだけだが笑いが込み上げてくる。

 

 ダイニングへと行くと静かに、だが幸せそうにケーキを食べる四人の少女達の姿がある。その光景を邪魔しない様に静かにダイニングを通りキッチンへと向かい、冷蔵庫からビールを取り出す。また帰りもこっそりと行い、ソファに倒れ込む。

 

「あー、疲れたー」

 

 ビールを横に置き、上着もシャツも脱いで、上半身裸になったとこでビールを開ける。

 

「どこのオッサンですか」

 

「でもイスト、実質的にお父さんポジションですよね?」

 

「イストパパ!」

 

「やめいレヴィ、イストが黄昏るであろう」

 

「たぶんお前らこの流れ完全に把握してから口に出してるよな」

 

 かぁ、と声を出しながらビールを飲み、ソファに沈み込む。ここまで肉体的に疲れたのは本当に久しぶりだ。新しい職場の同僚によればここまで激しいのも珍しい部類らしく、本来はもっと違う方向性で疲れる内容となっているらしい。まあ、たまーに教導隊がやってくるのは戦力を調べる意味もあるが、管理局の部隊の質を維持するためでもあるらしい。しかし困ったものだ、戦技教導隊もエースストライカーの集団、今まで培ってきた自信を失いそうだ。

 

「ほほう、そんなに凄まじい集団だったんですか?」

 

 目をキラキラさせながらシュテルが近づいてくる。こっちで食うのは行儀が悪いぞ、というとじゃあ貴方はどうなんですか、と言われてしまうので言い返せない。近づいてきたシュテルはそのままソファの上に座ると、他の娘たちもソファに集まってくる。

 

「おめぇら俺訓練帰りで汗臭いんだけど」

 

「労働の臭いだな」

 

「クサイ」

 

「休み終わったら風呂に入るといいですよ。一応準備しておきましたから」

 

「至れり尽くせりなのはいいが、それに慣れてきたってのも結構怖いもんだなぁ……あぁ、そういやあ戦技教導隊の話だっけ? ともあれ、デタラメだよデタラメ。先天的に魔力SランクとかSオーバーとかまあ、もう違う次元だわな。やればできるとか魔力切れた状態でビルの上から落とされたりもしたよ」

 

「どこの処刑だそれは」

 

 まあ、そんな感じで解りやすい地獄を今日は経験してきた。まあ、今日だけだ。また明日からは通常業務へと復帰するらしく、密売組織を追いかけるらしい。”陸”と若干管轄が被るらしいが、基本的に首都であるクラナガンの平和を守るのは首都航空隊の仕事らしい。治安維持は大事な仕事だとは知っているし、経験もしている。だがさて、どうしたものか。やりやすい職場と言えばやりやすいだろうが、あまり心を許してもいけないのだろう……この少女達を守るつもりなら。

 

 ひょんなことから彼女たちの存在をバラしてしまう、そんな事態を避ける為に。

 

 とりあえずは家に呼べるほど親密にはなれない。あぁ、辛い、なんと辛い事であろうか、友達も自由に作れないとは! ……なんて事は思いもしない。所詮自分で選んだ道だ。後悔をする暇なんて最初から用意されていない。となれば、最後まで頑張るしかない。あぁ、しかし何だろうか。今、確実に、自分の生活がこの四人の娘たちをベースにしているのが解る。というかこの四人の事しか考えていない気がする。

 

「どうしよう」

 

「うん? 何が?」

 

 何が、と言われても、

 

「色々あるだろ。幸いお前らを学校へと送る必要がないってのが一番楽な所だけどよ、このまま生活にするにしたって大きくなってきたら問題出るだろうし、俺も彼女とかできたり、お前らも彼氏連れて来たり……一体どうすんだこの先」

 

「というかイスト、お前は先の事を考えすぎだろ……」

 

「い、いや、だって、俺だって普通に彼女欲しいし! 結婚願望あるし! 可愛い奥さんもらって退廃的な生活送りたいし! こう、朝食をエプロンで作っている姿を後ろからみて、”こいつ、ケツがエロいなぁ……”的な感じの感想を抱く生活を送りたいんだよ!」

 

「それ人間として根本的にアウトだと僕思うんだ」

 

「というかこれだけの美少女を住まわせておいてそんな口をほざくのですか」

 

 お前らがいるから口に出しているんだ。お前らがいるという状況が絶望的に俺の夢を閉ざしているから。とりあえず……いや、何を言ってんだ俺。相手はまだ生まれて一ヶ月そこらのガキだぞ。考える事でもないし、喋るようなことでもないだろう。……ちょっとだけお酒に頼り過ぎなのかもしれない。こりゃあしばらく禁酒だな。

 

「悪い、愚痴った。俺サイテー」

 

 とりあえず謝っておく。が、それに便乗する様に無表情のシュテルが口を開く。

 

「サイテー」

 

「サイテー! サイテー! サイテー!」

 

「お前ちょっとばかし調子に乗り過ぎじゃねぇかなぁレヴィちゃーん……?」

 

「ごふぇんなふぁい」

 

 レヴィの両頬を掴んでひっぱる。こやつ、ただ単に楽しそうだから便乗しおったな、ワルガキめ。……まあ、この若干鬱い気分も吹き飛ばす事が出来たのでそれで許してやることとし、レヴィの頬を解放する。

 

「で、先ほどの話の続きなんですけど、結婚願望あるんですか? さっきの話は冗談っぽいですけど」

 

「なんでその話を蒸し返すんだよお前は……」

 

 ニヤリ、と笑みを浮かべたユーリが矛先を此方へと向けている。レヴィやシュテル程ではないが、ユーリも段々とハメを外す事を覚えてきたのが少々面倒なのと同時に嬉しくもある。ユーリだけはどこか遠慮しているような様子もあったので、もう少し自己を主張できるような子になってもらいたいものだ。その為にもそうだなぁ、と前置きをしてから言葉を続ける。

 

「真面目に考えてみてやっぱあるなぁ。俺も男だし、可愛い奥さんは欲しいよ。いや、まだ18だし、そりゃあ結婚は早いと思うぞ? だけどそろそろ恋人の一人でも引っ掻けて、そして少しずつお付き合いを重ねてゆくゆくは結婚というルートをたどりたい所だなぁ」

 

「意外と堅実派なんだな。もっとスピード婚を望むタイプに見えたぞ」

 

「一度お前らに俺の事がどう見えているか話す必要があるなぁ!」

 

 いや、割と真面目に彼女たちが俺の事をどう思っているかは知りたいと思う。少なくとも嫌われていない事は解っている。嫌われているのであれば積極的に生活を手伝ってくれたり、こうやって上半身裸の男の横で安心した様子でケーキを食べたりもしないだろう。まあ……ある程度懐かれているのではないかと思っている。家族としての情が存在し、此方へと向いているのであれば尚良し。少なくとも自分は彼女たちを自分の家族として扱っている。

 

 それが向こうにも通じているのかどうか、それを聞くだけの勇気が今の所、俺にはない。

 

「そういえば気になったのだが、お前の両親はどうしているんだ?」

 

「共同生活一ヶ月目でやっと家族の質問か」

 

「ぶっちゃけ重要ではありませんしね」

 

「気になる程度の事だし!」

 

 まあ、暮らしている分にはあまり関係の無い話ではあると思う。が、家族か。家族がどう、と言われても実の所別段特殊な家族構成でもない。いたって普通の家族構成だ。

 

「母親が一人、父親が一人というすっげぇ普通の構成だな」

 

「ホントつまらないですね。ガッカリですよ」

 

 お前は俺の家族に何を求めているんだ。

 

「まあ、あえて言うならウチの実家はベルカの司祭系の家柄でなぁ……血筋を辿れば古代ベルカの生き残りだー! とか親父は自慢してたな。まあ、ものの見事にベルカ系の遺伝子は仕事しなかったらしく近代ベルカも古代ベルカの術式もほぼ適正なし、だけどその代わりミッド系の支援やら回復やらは適正が高くて、周りから”お前どっかでミッド系の血混ざっただろ”とか言われて一時的に親父がハゲた頃があったなぁ」

 

「我はお前と普通という言葉の定義に関して話し合いたい……が、なるほど。ベルカ式の魔法が使えぬから何かをするときにベルカ式と主張していたのか。なんというか―――ものすごく居た堪れないぞ。何か、ものすっごい可哀想」

 

「憐れなものを見る目で見るな! そんな目で見るな! ば、ばぁーかばぁーか! そんなやつに養ってもらっているお前らなぁーんだ! ばぁーか! ……止めようぜ、悲しくなってきた……」

 

「ではこの話題、双方にデカいダメージを残しそうなので終了という事で」

 

 うむ。終業後のテンションとはかくも恐ろしい。何故サラリーマンが夜、お酒を飲むと豹変するかが解ったような気がしてきた。まあ、知りたくもなかった事実なのだが。まあ、ともあれ、彼氏彼女の話題はまだ早いし、結婚もまた夢のまた夢だ。今はとりあえず地に足をつけて、この財政難を何とか乗り越えて安定を目指す事だけを考える事とする。ガチで逃げるのだったら実家に帰るという手段もある。実家で司祭の真似事やって平和に暮らす。

 

 駄目だ、想像できない。

 

「ま、明日からは通常業務として皆さんの平和を守るヒーロー系イストさんが頑張るよ」

 

「ベルカヒーローイスト?」

 

「ベルカという単語から離れなさい」

 

「えー。折角弄れそうなネタを見つけたのにそう簡単に手放せないよ。仮に手放すとしてもそれは僕に新たなケーキを買ってくれる場合のみだよ!」

 

「すまん、こ奴は後で我が叱っておこう。お前は明日も仕事なのだろう? そろそろ風呂にでも入って休め。あぁ、あと皿やビール缶に関しては我がやっておくから気にするな。寝間着も何時もの所であろう? 出しとくからほれ、さっさと行かぬか」

 

「悪ぃ。そうさせてもらうわ」

 

 理解ある人物が家の中にいると本当に助かる。回復魔法で体をこっそり治療しながら参加していたので他の面子よりは大分楽なのだが、それでもやはり疲労は凄まじい、通常業務とやらが今日よりはどれぐらいましなのだろうか、それに少しだけ期待を抱きつつも風呂場へと向かう。ディアーチェもますます我が家での生活に慣れてきた事だなぁ、と微笑ましくも思う。しかしえらく家庭的なディアーチェだが、彼女は八神はやての遺伝子から生み出されたと資料には載っていた。オリジナルである八神はやてはディアーチェのような人物なのか? ベルカの騎士に憧れていた元少年としてはヴォルケンリッターの存在には非常に憧れを抱くが、”我”なんて濃すぎる一人称はしてなかったと思う。

 

 ま、レヴィもシュテルもどう考えても高町なのはやフェイト・T・ハラオウンとは似ていないから激しくどうでもいい事だな、と納得しておく。どうせ会う機会なんて一生ないのだ。

 

 そんな事を思いつつ、一日の汗を流すためへ風呂場へと向かった。

 

 今夜はゆっくりと眠れそうな気がしながら。



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アズ・ビーイング・ワン・オブ・ゼム

「おはようございまーす」

 

 扉を開けてあてがわれた隊の部屋へと向かうと、デスクで働く多くの同僚の姿を見る。真面目に書類に向き合っている同僚の姿がいれば、眠そうに半分だけ目を開けている者もいる。故に返事もまばらなものだが、ちゃんと聞こえた者は返事を返してくれる。

 

 ……いい職場だなぁ。

 

 純粋にそう思う。何せ返答してくれるのだ。初見の相手にそうやって言葉を返す職場ってのはあるか? と問われればあるかもしれないが、それでも入りたての新人であれば、普通なら面倒から適当に流す所だ。何せ俺達には信頼関係というものが一切ないからだ。信頼・信用のない相手とは話せないし、相手にもできない。それが社会という場所の現実だからここは期待されていると思うべきなのだろうか、もしくは認められていると思うべきなのだろうか。ともあれ、昨日今日で自分の居場所があるとは思わない。欠食児童四人を養うためにもキャッシュは非常に重要なものだ―――自分がここにいる理由を果たす為に仕事をしよう。

 

 とりあえず手近な誰かに話しかけようとすると、部屋の奥の方から駆け足で一人やってくる。

 

「おっと、おはようバサラ」

 

「うっす、おはようございます二等空尉」

 

「あ、とりあえず二等空尉とか階級とかで呼ぶのはやめないかな? 他の所は解らないけどここでは割とアットホームな環境でやってるから」

 

「うん、昨日のノリが冗談じゃなかったのか調べただけなんで」

 

 昨日のノリ―――つまり戦技教導官に砲撃の嵐を浴びせられてた時のリアクションはマジモノだったのか、その場のノリだったかの確認だ。どうやら悪戯でもドッキリでもなく、叫んだり助けを求めて逃げ回っていた”俺達”の姿は嘘ではなかったらしい。改めて片手を上げて、

 

「おはようティーダ、っとちょっと気安いか?」

 

「いや、歳もほぼ一緒だしその方が俺にも楽だよ。よろしくイスト。同年代とはいえ俺の方が一応先任だから色々と教えるよ?」

 

「おう、割と頼む。正直何も教えられてないし、空隊とは今まで全く縁がなかったんだよ」

 

「確かにそうだろうなぁ……最低でも空戦Aはないと一緒に仕事をするだけ無駄、足手まとい扱いだからね。まあ、本当は飛行できることが重要じゃなくて飛行した状態でAランク相当の実力を発揮できるという事の方が重要なんだけど、それは歩きながらでいっか。じゃあ行こうか」

 

 話はとんとん拍子で進んでいくが、一応聞いておく。

 

「どこへ?」

 

 ティーダは扉の向こう側を指さす。

 

「街へさ」

 

 

                           ◆

 

 

 クラナガンという街は何時来てもその様子は変わらないものだと思う。とにかく雑多。人が多く、そして建築物も多い。数歩前に踏み出して歩けばもう後ろの道は人で埋め尽くされていて見えない。ミッドチルダという一つの世界でも、クラナガンは人口密集地帯、少々人であふれかえり”すぎている”部分もあるが、それは天下の管理局。魔導技術、そして科学技術、この二つのハイブリッドにより日夜生活を守り続けているのが今。だがさて、その全てを守れているのか、それは答えることなんてできない質問だ。管理局員であれば誰だって万能であり、全能だとは思っていない。どうしても救われない少数、そして報われる事の無い少数というものは出来上がってしまうのだ。

 

 管理局という組織がその支配を効率よく行う上で、組織は大きく分けて三つに分けられている。

 

 一つ目は”海”であり、海とは次元世界の事を示す。提督、次元航行船、そういった者はこの海に分類され、所属する。おそらく二番目に人気の部署がここだろう。何せ戦艦に乗るという事は、魔導師であれば憧れるものは多い。ちなみに超エリートコースでもあり、かなり危険でもある。時空間での仕事、という点で察せるはずだ。

 

 次に地域的な治安を維持する”陸”の存在。支部や支局が存在し、基本的に治安を維持する―――警察的組織として陸は存在している。空を飛ぶ必要がないとされる為、そして”魔導師の花の空中戦”ができない為、一番人気の無い部署でもある。……が、陸の努力なくしては管理世界の平和や秩序は保たれない。基本的に住民とも交流し、地域的人気が高いのが陸という部署である。……が、よく本局や”空”に引き抜かれるので戦力は万年不足気味、というのが現状。

 

 そして最後の”空”という部署は少々特殊だ。空と言えば航空魔導隊、首都航空隊、そして戦技教導隊、とまたエリート部隊の名が上げられるのだが……陸をメインに仕事をさせてもらっている人間からすれば少々解らない事がなくもない。つまり、何をメインの業務としているのか? という話になる。陸の治安維持行動には割と軽いものからヘヴィなものまで揃っていた。首都の防衛部隊なのだから、空の首都航空隊もそこそこ危険な仕事をしているのだと判断するのだが―――私服姿でティーダとクラナガンの街を歩き回りながら話を聞く。

 

「さて、基本的にだけど俺ら”空”は管理局でも結構エリート、というかかなりエリートだ。クラナガンに置いての有事の際、一番最初に出動を言い渡され、そして戦闘するのが仕事だ。それはほとんど軍隊を常備している事と変わりはしないんだけど―――」

 

「軍隊は維持するだけでも金を食う」

 

「そう、だから維持するだけじゃダメ。何か仕事をさせなきゃ駄目だ。そんなわけで陸が手を出さないような案件を俺ら空の魔導師は請け負うわけだ。人身売買とか密輸とか、密売とか。違法改造とかの軽犯罪は基本的に陸の管轄で、経済的なダメージ、政治的ダメージ、もしくは首都機能を損なうような案件に対しては空の魔導師が当たる事になっているんだ。まあ、平時における首都航空隊みたいに防衛部隊を腐らせないための措置だね。あえて危険な任務に当たらせることで、平時にて力を発揮する機会を与えているんだ」

 

「ほぉ」

 

 ティーダと一緒にクラナガンの通りを歩いていると、後ろから悲鳴が聞こえてくる。人波をかき分けながら男が此方へと向かって走ってくるのが見える。その手に握られているのは女物のバッグだ。

 

「あ、下がろう」

 

「そだな」

 

 ティーダと共に横に避けると、ひったくり(推定)の男は全力で通りを抜けて走り去って行く。後ろでは捕まえてー、と叫ぶ女性の姿があるが、ティーダが無視しているので自分もとりあえず無視して、歩きだしたティーダの横について歩く。

 

「ちなみに今のは陸の管轄だから手を出しちゃ駄目な事だね……ほら」

 

 視線を先へと向けると、茶色の制服姿、白髪の男……おそらく陸士が横からひったくり犯に襲い掛かる。一瞬で近づくと首元を掴み、これを見事に肩に背負うようにしてから、相手を背から道路へと叩きつける。そのまま相手を組み伏せる様子からして、男は結構慣れているように見える。

 

「ほら、心配する必要はないでしょう? 基本的に腐ってるのは上の人間だって相場が決まってるからこういうレベルでは空に所属している間は無視していい感じで」

 

「あいよ。いい感じに楽ができそうだなぁ」

 

「それじゃあアッチに行く?」

 

 そうやってティーダは空を指さすと、上空を空隊の魔導師が飛び去ってゆく光景が目撃できる。

 

「ちなみに彼らはパトロールしたり、今日も空隊は頑張って治安維持してますよー、と一日中空を飛びまわっているのが仕事。酷い時になるとお昼と夕飯も空で飛んだまま食べたりするから、家に帰ってベッドの中に入っても気づいたらベッドの横で浮かんでいたなんてことも……」

 

「とりあえず全力で遠慮させてもらうわ」

 

「空戦そんな得意そうじゃないし、というか俺もどちらかという陸戦の方が得意だからなるべく地上の方で働かせてもらっているんだよね」

 

「お前、空隊の魔導師じゃないのかよ……」

 

「いやいや、夢は執務官。陸戦の方が得意だけど、空戦できた方が点数高いし」

 

「練ってやがんなぁ……」

 

「夢だからねぇー……」

 

 見た目は爽やかなオレンジ色の髪の好青年。だがその中身は意外とサバサバしているらしい。まあ、個人的にはこういうタイプの方が何かととっつきやすいと思うから、個人的な好感としては悪くはない。だが、そろそろ本題に入りたい。で? と言葉を置き、ティーダに話を続ける様に促す。ティーダは苦笑し答える。

 

「ちょっと本題から逸れちゃったから話を戻すけど―――そんなわけでお空で立派に職務をこなしている皆の為にも俺らの仕事は調査と追い込み。あっちで調べたり、こっちで調べたり、意外と泥臭いけど情報屋に当たったりして色々と組織を追いつめるのが俺らの仕事だよ」

 

 そこでティーダは歩みを一旦緩めると、此方に少し寄り、声を潜める。周りの喧騒からティーダの声が自分以外の誰かに聞こえるという事はまずありえないだろう。

 

「念話はデバイスに記録が残っちゃうから口で言うけど、密輸や密売に関しては”入国される”までは全く掴めないんだよ。これは噂話なんだけど、管理局は一部じゃ反体制派を煽っていて、そして俺達の仕事を無くさないためにも、クラナガンへと来て商売を始める所までは見逃しているって」

 

「あんましゾっとする事を言わないでくれよ」

 

「そういう割にはあんまり表情に変化はないね?」

 

「正直管理局の暗部がどうのこうのって噂が始まったのは今に限った話じゃないぜ? 何十年も前からずっと言われている事だ。今更一つや二つ聞かされたところでリアクションも取り辛いさ」

 

「ま、それもそうだね」

 

 苦笑しながらティーダはまた元の距離を取り戻し、人込みの中を歩きはじめる。その横でティーダが聞かせてくれた話の真意に関して一瞬考えようとして―――やめる。あまり縁起のいい話じゃない。こういうのに深く踏み込むとロクな事にならないのは既に己の身で実証済みだ。あの時良心の呵責に負けてしまった結果、連鎖的に厄介ごとに巻き込まれている気がする。まあ、過去の所業について嘆いている事は出来ない。とりあえず大事なのは今だ、今日の事だ。これから何をするか。それが現時点において一番重要な事だ。

 

「で、殴り込みするわけじゃないんだろ?」

 

「そりゃそうだ。既に一件密売に関しては掴んでるから、今日はその裏の確認と色々と顔見せ。年単位での契約なんだったっけ? たぶん顔を合わせる回数は増えてくるだろうから懇意にしている人たちに顔を見せたりしてこっちの人間だって覚えて貰わないと。時間が余ったら此方でマークしている要注意区域とかの確認にも行くよ」

 

 意外と、というかやはり管理局のエリート部署だったというのか、仕事は大量に用意されているらしい。まあ、払いが良くて楽な仕事、なんて都合のいい事はそうそうないという話だ。ま、それを認めて諦めてしまえば話は簡単だ。少しずつ、テンションを上げてゆく。

 

「うへぇ、激しくめんどくせぇ。俺学校中退なんだけど」

 

「やったね、頭に詰め込むスペースがあるよ」

 

「容赦ねぇなぁ……ま、それぐらい遠慮がない方がこっちも気が楽ってもんさ。さあ、俺を好きなだけ連れ回せよティーダ。調査系なら結構やったことあるしこの俺の野生の勘に任せろ。少なくとも無人世界のジャングルで迷った時、転移魔法を使用せずになんとか合流出来たぞ」

 

「それってただ単にサバイバル能力が高かっただけなんじゃないのかなぁ……」

 

 ティーダがその話に苦笑するのを見、右拳をティーダへと向ける。それを見てティーダはあぁ、と声を漏らして左拳を突きだし、それを軽くぶつけ合う。

 

「ま、年齢的にも多分」

 

「そうだね、一緒に仕事する回数は増えるだろうね」

 

「おう、だからよろしくなティーダ・ランスター」

 

「此方こそよろしくイスト・バサラ。やる事は多いし上司は間違いなくキチガイだし偶に連れてくる戦技教導官は常識を野生に置いてきてるし同僚も奇人変人ばかりだけど、ここも慣れればそれなりに楽しい場所だよ。改めてようこそ、空隊へ」

 

 サンキュ、と軽く答えて体を伸ばす。早い時間から動き出しているのに、ティーダは”時間が余ったら”と言ったのだ―――それはつまり、相当時間を要すると計算しての発言なのだろう。ま、いいさ。諦めているさ。何より書類とにらめっこしないというのがいい。いや、仕事が終わればたっぷり書く必要があるのだろうが、ティーダの話を聞く辺りは大分暴れられそうで、期待できる。

 

「じゃ、週末の”パーティー”に向けて挨拶周りと招待状の準備はしないとね」

 

「だなぁ」

 

 とりあえずはお手並み拝見、ティーダについていきながら空士としての活動を開始する。退屈する事はなさそうだ、と思いながら。



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フュウ・デイズ・ビフォア

 え―――と、なんだっけ。

 

 ゆっくりと意識が浮上するのを認識してゆく。なんだったか、と軽く昨晩の行動を思い出そうとしたところで、自分の体勢が少々おかしいという事に気づく。ベッドで眠っているのであれば横向きになっているはずだ。なのに今の自分は座る姿勢にあると、体の感覚が伝えてくる。はて、いったいどういうことかと、そう思い体を動かそうとすると、

 

「んっ……」

 

 これもまた妙な事に太ももに軽い重みがある事を確認する。声から、そして自分の姿勢から大体の事情は呑み込めてきた。眠気を押し殺しながら、目を開ける事なく呟くような声を出す。

 

「ベーオウルフ、今何時だ……」

 

「今は十二時過ぎですね」

 

 答えたのはベーオウルフではなかった。体を動かさない様に目を開けると、太ももを枕に眠るレヴィの姿と、そして横に座ってテレビのリモコンの握るシュテルの姿がある。特に此方の事も、レヴィの事を気にすることもなく視線をキッチンの方へと向けると、

 

「王、イストが起きましたよ」

 

「む、そうか」

 

 キッチンから返ってくるディアーチェの返答も短い。コンロに電気の通る音、水がやかんに満たされる音、そして太ももの上ですやすやと寝息を立てるレヴィの声を聞いて、完璧にこの状態を把握する。片手で顔を覆い、ソファに沈み込みながらつぶやく。

 

「べつに起こしてくれても良かったんだがなぁ……」

 

「いえいえ、起こしてベッドまで移ってもらうのも悪いですから、毛布を引っ張ってきてここで眠ってもらいました。ちなみにユーリはベーオウルフを借りて買い物へと出かけました。何事もなければもうそろそろ帰ってくるでしょう……ほら」

 

 カシャ、と入り口の扉が開く音がする。その直後玄関先からユーリのただいま、と言う声がするので、間違いなくユーリが買い物から帰ってきたのだろう。あー、と声を漏らしながら顔をあげる。

 

「お前ら……」

 

「ほとんどおんぶに抱っこの状態なのだからそれぐらい気にするな。寧ろ与えられるだけ与えられて心苦しいぐらいなのだから、休日ぐらいは好きにやるがいい。我々は子供に見えても、精神性ではそこまで幼いつもりはないぞ」

 

 近づいてきたディアーチェがマグカップを此方に渡してくる。ベルカのシンボルである剣十字が描かれたそのカップを握り、そして中の黒い液体に口をつける。その中身は苦い。苦すぎるぐらいの珈琲だったが、これぐらいがいい。寝起きの脳を刺激するには丁度これぐらいがいいのだ。だからありがとう、と言いながら溜息を吐く。

 

「ちなみにこのアホの子は?」

 

「眠っているのを見たら眠くなったそうですよ」

 

「アホだなぁ……」

 

「アホですねぇ」

 

 全く容赦のないシュテルの追撃が入るが、まあ、……可愛いアホなので許すとする。実害もないし。こうやって可愛らしく寝ている姿を守るために必死に働いているようなものだ。だとすればこの姿は正しい報酬なのだ。軽くレヴィの頭を撫でてると、シュテルがテレビをつける。そしてリビングへとユーリが入ってくる。

 

「ただ今戻りましたー、っと、イスト起きたんですね、おはようございます」

 

「おはようと言うか”おそよう”的な状況なんだが。とりあえずお前らもおはよう」

 

 コーヒーが冷たくならないうちにチビチビ飲みながら中身の量を減らしてゆく。少しずつそれを口にするたびに眠気が覚め、そしてはっきりと意識が覚醒してゆくのを思い出せる。そうだ、昨日は仕事を終わらせて返ってきた後、疲れたのでそのままソファで寝てしまったのだった。やはりエリート部隊と言うべきか、中々の作業量だ。特に今はどこかの組織を潰すために働いているのだが、それの追い込みで仕事量が増えている―――本来なら残業でもして片付けるべき分量を圧縮して無理やり終わらせているので、ギリギリ定時に上がれている様なものだ。

 

「朝食は抜きにして昼食からだが問題はなかろう?」

 

「おう」

 

「私も手伝いますね。あ、あとベーオウルフお返ししますね」

 

『I'm home』(ただいま)

 

 テーブルの上に置かれたベーオウルフがチカチカと明滅して自己主張し、ユーリがキッチンへと向かい、ディアーチェと共に昼食の準備に取り掛かる。そうだ、十二時と言えばもう昼飯の領域ではないか。朝食を食べそこなうとは若干損した気分になる。

 

 残ったコーヒーを全部喉に押し込み、一気に眠気を覚醒させる。マグカップをテーブルの上に置き、とりあえずキッチンはユーリとディアーチェに任せる事とする。

 

「いい加減邪魔です」

 

 そしてチカチカと明滅していた為に邪魔者扱いされ、投げ捨てられるデバイス。

 

『Why is my caste so low……?』(何故私のカーストはこんなにも低いんですか……?)

 

「知るか」

 

 手櫛で軽く乱れた髪の毛を整え、レヴィの頭をちょっとだけ持ち上げる。レヴィが少し動く様子を見せるが、起きる気配はない。起きない内にさっと頭の下から抜け出し、よっ、と声を漏らしながらソファの裏側へと退散する。とりあえず昨日帰ってきてから着替えてないのだ。

 

「軽く流して着替えてくるなー」

 

「はいはーい」

 

 何というか、この対応と言うか返事がある事にも大分慣れてきてしまった。今更ながら彼女たちがこの家からいなくなってしまったら大幅に生活のリズムが乱されて苦しくなってしまうんじゃないだろうか? というよりも、彼女たちの馴染みっぷりが凄まじい。

 

 ……どうでもいい事だな。

 

 部屋に寄って着替えを取ったらさっさとシャワーを浴びる事とする。

 

 

                           ◆

 

 

「ふぃー、生き返ったー」

 

 シャワーから出てリビングへと戻ると、テレビを見るシュテルとレヴィの姿とキッチンで昼食の準備をしているユーリとディアーチェの光景がある。あの二人はどこか料理が好きな所があるらしいので放置する事として、ソファに座ってテレビ組に合流する。

 

「ちーっす」

 

「お兄さんおはよー」

 

「お帰りなさい」

 

 二人とも此方を見る事無くテレビの方を見たまま返事をしてくる。そうなると何を見ているのかそ少々気になるので、集中してテレビを見る。意外や意外、シュテルまで混じってみている番組は―――アニメだった。ただ、今やっているのは戦闘シーンで、覆面の魔導師がデバイスもなしに他の魔導師にとびかかり、キックやパンチで仕留めている。何やら”魔導師殺すべし。慈悲はない”等と言っているが、少々子供向けにはバイオレンスすぎないかこれ。

 

「これ、マドウシスレイヤーっていう番組なんですよ」

 

「魔導師の手によるテロで妻子を失ったヘンリー・パッソは自身もテロの被害によって瀕死の重傷を負った! だけどその時彼には古から魔導師を憎んでいた”ベルカソウル”が乗り移った! それは彼に囁いた―――魔導師殺すべし! 魔導師がいるからこそ悲しむものが現れると! それを理解したが同時に理性的だったヘンリーは悪に染まった魔導師を殺すだけの魔導師、マドウシスレイヤーになったんだよ!」

 

「なるほど、良く解らん」

 

「なん……だと……?」

 

 シュテルがショックを受けたような表情で此方を見ている。お前もだいぶ表情豊かになったよなぁ、と呟きながらテレビを見る。

 

「どらどら、お前らが面白いというからには面白―――モツ抜きやってる!?」

 

 今、テレビのスクリーンの中で、モザイクがかかっているが、確実にこの主人公らしき存在であるマドウシスレイヤーとかいう存在は、敵魔導師のプロテクションもバリアジャケットも何らかの方法で貫通し、そのままモツを引き抜いたのである。どう考えても子供向けのアニメではない。しかし確認するチャンネルは子供向けアニメのチャンネルだ。これが子供向けのアニメとか世も末だな。

 

「マドウシスレイヤーは自己ブースト以外の魔法が一切使えないんだよ!」

 

「その代わりベルカ殺法という特殊な体術を使ってバリアジャケットやプロテクションを無視して戦う特殊な技法をベルカソウルから教わったのですよ」

 

「なんだよそれズルイ。俺も教わりてぇよ」

 

 なにやら凄い非常識的な部分があるようにも見える。バリアジャケットの無視やプロテクションの無視がどれだけ難しいのか、その対策にどれだけ血反吐を吐いてきたのか、その苦労は身をもって知っている。そんな簡単に無視できる方法があったら本当に教わりたい。

 

「なにをマジになっているんですか。所詮アニメですよ」

 

「……」

 

 こいつ、絶対こういうオチに持っていくことを計算して話してたな、と心の中で呟きながら、頭の中を空っぽにしてアニメを見る。時折横でレヴィが決めポーズを真似たり、おぉ、わぁ、等と色々口と体で反応して面白いリアクションを取っているが、休日の午後に頭を空っぽにして見る分には面白いかもしれない。それでも子供向けのアニメーションチャンネルでこの内容を流す事に関しては正直どうかと思う。……流石に教育に悪すぎではなかろうか。というか絶対に教育に悪い。何が悪いっていうと最近確実に”あ、キチガイだ”と確信を得つつある我が上司並に割といけない気がする。

 

「ま、いっか」

 

 アニメごときで一々ぎゃあぎゃあ言ったり反対するのは違うだろう。憧れたり真似したりするのは勝手な話だし、そんな事をする程馬鹿な娘たちでもないはずだ。ソファに身を沈めたままテレビでモツ抜き五人抜きを達成した頭のおかしいアニメを見ていると、キッチンの方から声がする。

 

「おぉ、そう言えばイスト、何故昨晩はそこまで疲れていたのだ?」

 

 あぁ、説明はしてなかったな。

 

「今ウチの隊でマークしている組織の密売の日が直ぐそこまで来ているんだよ。情報屋に当たったり、作戦、報告、許可、スケジュール、隊維持のための書類とかそういうのを隊全体でやってるから色々と忙しいんだよ。案件はそれだけじゃないのに書類仕事なんてめったにやってこなかったから―――」

 

「あぁ、なるほど。慣れてない事を詰め込まされた結果か」

 

「だなぁ。まあ、一回修羅場を乗り切れば後は大人しいもんだよ。この先何度か遅れて帰ってくる時があるかもしれないからその時は俺の事は気にせずに先に寝ちまってくれ。まあ、水曜日を過ぎればいつも通りのスケジュールに戻るはずだから、普通に帰ってくる。というか言い忘れてた。おい、ユーリ、お前は姿が別だからって勝手に外を歩き回るな、地味にヒヤヒヤさせられているんだから。出ちゃいけないとは言わないけどよ、外に出るならまず俺に一言かけてからにしてくれ」

 

 軽く注意すると、キッチンからユーリが顔を出して、

 

「ごめんなさい。反省しています。もうしません」

 

 全くの無表情で言いきり、キッチンへと戻って行った。その後ろ姿は満足げだった。

 

 あの娘、全く反省してない……!

 

 最近シュテルのセメントっぷりに若干影響されてきてないか、とユーリを天然系だと見ていた人物としては大変危惧している。純天然系キャラは本当に貴重な癒し枠なので、このままシュテルの影響を受け続けたら恐ろしい事になるのではなかろうか。

 

「なにか、私に関して物凄く不愉快な事を考えていませんか?」

 

「ないよー。そんなことないよー!」

 

「……笑みが引きつってますが見逃してあげましょう」

 

 ま、別にシュテルの様なセメント女子が一人増えたところで実際の所は痛くはない。どういう変化であれ黙って受け入れるのが男というものだろう。さて、休憩が取れるうちに盛大に休んでおくとしよう。何せ水曜日が運命の日となる。先任の先輩たちの話からするとどうやら実戦形式で仕事を覚えた方が楽なので、此方に色々と役割を回してくれるとの事。

 

 この休日はせめてゆっくり過ごすとして、次の仕事に備えよう。それが、

 

「今もデスマーチを続けている同僚たちへの手向けだ……!」

 

 安らかに眠れ我が同僚たちよ。職場のデスクの上でな。



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ウィー・アー・オール・マッド

 口の中にガムを放り入れる。数秒噛んだところで、軽く顔をしかめる。予想した味とかなり違う。ガムのカバーを確認し、そこに書かれてある商品名を確認する。そしてそれを見て、なるほど、とこの妙な味に関して納得する。なんというか……筆舌しがたい味。うん、表現するとしたらたぶんそんな感じ。ちょっと表現が難しい。そして噛めば噛むほど段々その味は強くなってくる。そろそろ吐き出した方がいいんじゃないかなぁ、等と思ったりもするが、それはそれで勿体ない気がする。なら頑張ろう。耐えろ、俺の精神。そんな事を自分の心に訴えながら静かにガムを噛む。

 

 今の俺の恰好は、管理局の制服の上から周りへと溶け込む様にグレー色のマントを被っている状態だ。現状外に見えるのは顔と手だけで、それ以外は完全に隠れている。もしこの状態で見つけられるのであれば完全に此方の事を察し、魔法で強化した視力で真直ぐ此方を見ている場合の時だけだ。そしてその可能性は激しく低い。

 

 つまり、簡単に言えば今の自分は隠れている。目的があって。その環境をガムを噛みながら再確認する。ここは廃棄都市区間―――どちらかと言えばミッドチルダ北部に位置する”都市だった”エリアを指す。それが何故廃棄された、なんてことは歴史の教科書を開くのが億劫な自分にはどうでもいい話だ。だが問題なのはクラナガンで一旗揚げようとしている組織がここで取引を行おうとしている事だ。その場所は把握し、大まかな時間も捉えた。あとはその時間が前後しても問題の無いように複数人体制で交代しながら現場を見張っている、という事だ。

 

 廃ビルの一つ、その一室の窓から取引の現場となる建物を見ている。そして、その周りも見ている。が、今の所人気はない。別の場所には別の班が待機している故、そちらの警戒はそちらへとまかせればいい。此方は此方の仕事として、出来る事をすればいいのだ。軽くデバイスであるベーオウルフではなく、腕時計で時間を確認する。

 

「交代してからもうそろそろ6時間か」

 

 これ、絶対空隊にやらせるようなことじゃないと思う。だけど先任たちはウキウキした様子で”犯罪者を合法的にリンチできるぞぉ!”と頭を楽しそうに振りながら喜んでいた。なんだろう、よほど溜まっていたのだろうか。そこまでハードな仕事が回っていたのだろうか。いや、此方は此方で結構キツめだが、やっぱ正規局員だとそれ以上にハードだとか? とにかくここしばらくティーダと一緒に行動していたおかげで自分の所属している部隊は他の隊と比べて頭のネジが10本ぐらい抜けている事は把握した。ウォーモンガー集団だとしても仕方がないか、と軽く諦めをつける。

 

 もうそろそろ6時間、それはつまり交代の時間だ。ガムを噛みながら窓の外を眺めていると、後ろから気配を感じる。

 

「交代の時間だよ」

 

「あー、肩凝るなぁ……」

 

 後ろからティーダがやってきて、そして居場所を交換する。ティーダが同じ格好で窓の外を眺め、そして俺が後ろ、壁側まで下がる。ようやく監視から解放された事で、疲れた体を思いっきり伸ばし、体を労う。このまま奥の部屋へと引っ込んで仮眠を取るのもいいかもしれないが、時間的には予測された時間に近い。だとしたら寝ないでここで待機していた方がまだいいだろう。魔力を使ったという証を残さないためにデバイスも念話も使わず一体何をしているんだ俺は、と悩みそうになるが、とりあえずは壁に寄りかかって、ティーダの方へガムを投げる。

 

「ありがとう」

 

 そう言ってガムを受け取ったティーダがガムを口に運び、噛み―――そして動きを止めた。ギギギ、と音を立てそうなリアクションを持って振り返りながら顔をしかめ、此方へと視線を向けている。

 

「ナニ、コレ」

 

 ガムのパッケージを見せる。

 

「”初恋が振られて終わった後、気になるあの子が親友に告白している所を目撃してしまった味”」

 

「タスラム」

 

「待て、構えるな。俺は敵じゃない。悪いのはこの商品を販売していたコンビニだ……!」

 

 笑顔でライフル型のデバイスを向けてくるティーダに対して両手を上げる事で降参の意を示す。というか笑顔のまま銃を向けているので激しく怖い。……が、それも長くは続かない。呆れたような溜息をティーダが吐き、

 

「なんというか……凄く言葉にしづらい味だよね。……こう、気になっていたあの子の転校する日に告白しようとしたら実は既に彼氏持ちだった感じの味……」

 

「お前、それどう考えても実体験にしか聞こえないぞ」

 

「実際実体験だしなぁ……」

 

 ガムのせいでどうしようもない空気に囚われる。先に溜息を吐いたのはどちらかは解らないが、ティーダは再びデバイスを握ったまま窓の外を眺め、そして俺も壁に寄りかかったまま無言で時を過ごす。流石に18時間も待機していれば話す話題も尽きてくるが、

 

「なんだかんだでこのままチーム組みそうだよな、俺ら」

 

「そうだなぁ、実際年齢は同じぐらいだし、前衛後衛で分かれているし能力と相性を見るに結構いい感じだと思うよ」

 

 窓の外へと視線を向けたままティーダはそう言い、そして自分もその発言には同意する。たぶんこうやって俺がティーダと一緒にこの初仕事へと乗り出しているのもそういう意図があってのものだと思う。銃を使った狙撃、射撃、そして援護を得意とするティーダと、前衛で自己ブーストと継続回復力を持ったタンク型の俺とでは非常に相性がいい。俺が前に出て耐えながら殴って、隙が出来たらティーダがガンガン狙撃すればいいのだ。人間性的にも冷静で視野の広いティーダと、直情的で直感的な俺は正反対なタイプであり、組んでおけば意見が食い違う事もあるだろうが、互いの見えない部分をカバーしあう事も出来る―――少なくともむやみやたらに反発しあう程俺達は子供じゃない。魔導師として仕事をするという事はそういう子供らしさを失ってゆくという事だ。

 

 個人的には、管理局に憧れる様な子供も、働くような子供もいなくなればいいと思う。

 

 笑顔がなくなればその分、世界はもっと寂しい所になるだろうから。

 

「まあ、階級がめっちゃ釣り合ってないんだがな」

 

「大丈夫大丈夫、本当に能力さえ証明すればすぐに昇進するから。というかここにいる間は階級が低いと逆に困るから此方で理由を見つけて上げておきたいのが現状だから、少し活躍すればいいよ」

 

 空隊はエリート部隊で、万年人員不足だ。他の部署から色々人員を引き抜いては運用しているのが現状だが―――確かにその中に階級の低い者がいたら攻撃される材料にはなるかもしれない。

 

 政治的な話は非常に面倒だ。正直そういうのは全部ティーダに投げっぱなしにしておく。シュテルは結構こういうドロドロな話を好むが、何故好むのかは良く解らない。まあ、完全に主題から逸れた考えだ。考えを元に戻しておく。階級を貰えるのであれば貰っておこう、損する事はない。というか9年間頑張ってきて未だに一等空士という立場が少々特殊なのかもしれない。

 

 ……今までが無欲だったしなぁ……。

 

 嘱託魔導師で、なあなあにやれればそれで十分だった。兎に角干渉されないし、好き勝手出来るし。階級を得るという事は責任を得るという事でもあるが、それを避けられる現状でもない。あの四人を育てる為であれば責任と、そして何よりも金が必要なのだ。あぁ、結局世の中は金だ金。金で世の中は回り続けている。

 

 と、くだらない事に思考が流れ始めたところで、ティーダが外を見たまま片手を持ち上げ、此方へと近寄ってくるように指図してくる。それだけで事態を察する。体を低くし、素早く移動する。ライフル型のデバイスを構え、窓の外を見るティーダの視線を追う。―――その先には黒い車が廃ビルの間を縫い、予め調べておいた取引場所へと移動している姿が見えた。素早くポケットから携帯端末を取り出し、登録されている番号にコールし、発見の合図を送る。もう既に算段は付いている―――現場には囮となる仲間がいて、突入役の仲間も待機している。自分とティーダの仕事はここから逃げようとする者の足止めだ。逃げ道を調べ、潰し、限定するのも仕事の範囲に入る。逃げるなら確実に俺とティーダが潜伏しているこのビルの前と、大方の予想はついている。

 

 此方が存在をバラすまで、気づかれないためにも魔力を使う事は出来ない。

 

 この肌で感じる緊張感……マテリアルクローンズを拾った日から久しく感じてなかった真剣な現場の緊張感だ。ティーダは緊張した様子を見せないが、確実に集中しているのは見える。互いに存在を隠す為に魔力は使わず、ティーダはデバイスについているスコープを、そして此方は双眼鏡を使って遠くの様子を確認する。

 

「もうそろそろ……かな?」

 

 ティーダの視線の先を追えば、黒服、サングラス姿の人影が次々とビルの中へと入って行くのを確認できる。車は外へ停車しており、何時でも動かせるようになっているようだ。

 

「不用心だなぁ」

 

「そうだね」

 

 そう言いながらティーダは音を立てずに銃撃した。銃口から放たれた魔力弾は真直ぐ飛び、そして車のタイヤを貫通し、パンクさせた。

 

「おいこらお前何やってんの……?」

 

 反射的にティーダの襟首を掴み持ち上げる。が、ティーダは笑みを浮かべる。

 

「アドリブ、現場でのみ通用するアドリブだよ」

 

「お前絶対その場のノリで撃ち抜きやがったなぁ……!」

 

 ティーダを軽く揺らすが、ティーダは笑顔であははは、と笑いながら大丈夫だよ、と言って相手が入って行ったビルの空を指さす。その上空には―――魔力スフィアが数十と浮かべられていた。それは数秒間見える位置で浮かんでいると、次の瞬間には大地へと向かって流星の如く降り注いだ。

 

「アレが合図だから大丈夫大丈夫」

 

「なんとなく上司がマジキチなら部下もマジキチになるって法則の真理をここに見た気がする」

 

「大丈夫、非殺傷だから死なない―――でも空飛び続けるだけなのはめんどくさいから”デカイのぶちかましたいなぁ”とか呟いてたっけ……」

 

 何故入局できたソイツ。ともあれ、視界の先でビルが崩れながらも、その中から出てくる黒服たちの姿が見え―――今、崩れるビルの中から伸びてきた手が一人掴んで、ビルの中へと引っ張りこんだ。アレは確実にトラウマになる。そのまま車へと駆け寄り、パンクしている事を発見し、そしてスーツケースを握ったまま走り出す……此方へと向かって。

 

「ほら、折角初の活躍場所を用意したんだから一つ派手に暴れて手柄を立ててきてよ」

 

「手柄の為なら仕方がないなぁ」

 

 苦笑しながらつぶやくと、ティーダからウィンクが帰ってくる。此方へと追い込んでくるのは軽く俺の実力を測る意図もあるのだろう―――ほんとにこういう状況で役立つかどうか。だからそれを証明するためにも、マントを脱ぎ、そしてベーオウルフを起動させる。

 

「仕事の時間だベーオウルフ」

 

『Barrier jacket』

 

 服装は変わらずそのまま、透明のバリアジャケットが展開され、完全に趣味の産物であるマフラーが唯一展開された証明として首に巻かれる。両腕には肘までを覆うガントレットが出現し、それが出現した事を認識しながら、

 

 窓から飛び出し、落ちる。

 

 飛行魔法等一切使わず、やる事は一つ。

 

『Boost』

 

 身体強化、これにのみ尽きる。高速で落下する体は強化され、強度を得、そして力を得る。逃走ルートが此方である為、必然的に着地するのは逃げる彼らの前。減速を一切行わない着地は衝撃を生み、大地を揺るがし、そして大地を陥没させる。元は都市だったが、それも今は昔の話。老朽化が進み、道路だった場所はあっさりと足元でぼろぼろになって演出してくれる。痛みはない。負荷もない。ただ職務を遂行するという目的がある。

 

 目の前の犯罪者たちを見る。

 

「―――今、諸君の前には幾つか選択肢がある」

 

 一つ。

 

「振り返ろう。空で笑って手を振っている魔導師が見えるか? ―――キチガイだ。笑顔で魔力球の雨を降らせるキチガイだ。だが魔力ダメージだからたぶん被害が一番少ない。でも、たぶん、おそらく、爆発に紛れてそこらへんの岩の塊とか飛んでくる。結構痛い」

 

 二つ。

 

「あそこに笑顔で銃握ってる魔導師がいるだろ? ―――アイツ、笑顔で頭を打ち抜いてくるぞ」

 

 そして、三つ目。

 

 軽く近くのビルの壁を殴り、壁を粉々に吹き飛ばす。

 

「降伏を断った場合の貴様らの三秒後の未来だ」

 

『うん、イスト。君に僕たちをとやかく言う資格がないって事が満場一致で決定したよ。とりあえず脅迫ご苦労様、満足したらバインドで縛って、本局へと転送するから』

 

 解せぬ。解せぬが―――恐怖の表情を浮かべて此方を見て、戦意を失っている次元犯罪者がいるのでそれで良しとする。動かない間にバインドを行使する。バインドで縛った本日の戦果を蹴って転がし、とりあえず空を眺める。近づきつつある同僚たちを眺め、とりあえずは、

 

 ……何とかやっていけそうだなぁ。

 

 周りは濃いやつらばかりだが、まあ、なんとかなりそうだと判断しておく。



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ドリンク・イート・ラフ

「むう、遅いなあ」

 

 壁にかけてある時計を確認すると、既に時間は9時を過ぎている―――普段はどんなにふざけていようとも、約束は守る男だ。8時半には帰ると言ったのだから、8時半にいつもは帰ってくる。少し遅くなるかもしれないとは言っていたが、流石に9時前には帰ってくる男だ。だからこそ何かがあったのではないかと邪推してしまう。たしか、家を出る時間は早く、どっかの犯罪者を囲んで捕まえてくる、と朝に言っていた。ともなれば、可能性としてはなくもないが……返り討ちにあってしまったのではなかろうか? あるかもしれないが……いや、ないだろう。

 

 得意な魔法と、そして技術を知っている分、逃げに集中するか、生き残る事だけに集中すればほとんどの状況でも生き残れるような能力を持っている。だから何かがあったとしたら、デバイスを通して此方にメールか電話でも入れているだろう。ともなれば、純粋に仕事が長引いているのだろう。

 

 と、その時。

 

「あ」

 

 ピピピ、と音を鳴らしてテーブルの上に置かれている簡易端末が着信を知らせる。それに手を伸ばそうとした瞬間、青い影が飛び出してくる。

 

「とったぁ―――!」

 

 素早く飛び付こうとするレヴィは端末を取ろうとして、

 

「だが駄目です」

 

「ぐぇ」

 

 横からシュテルに踵落としを食らい、床に叩きつけられて潰れる。そのあと悠々とテーブルへと向かい、テーブルの上の簡易端末を取る。シュテルのその蛮行をユーリと共に無言で眺めていると、シュテルが簡易端末から顔をあげる。

 

「イストからのメールです」

 

「どうだ?」

 

「仕事の後そのまま飲み屋に拉致されて、今まで拘束されていたそうです。キチガイな上司がいるそうなのですが下戸なのを見抜いて無理やり飲まして潰して今メールを送った所らしいです」

 

「なんですかその修羅場」

 

「大体こんな状況です」

 

 シュテルが此方へ簡易端末を向けると、そこには一枚の写真があった。

 

 ―――バインドで縛られた状態のイストが、白目向けながらダブルピースを決めていた。

 

「なんだこれぇ―――!?」

 

「あ、シュテルできたらその写真のデータ此方にも」

 

「バックアップ取っておきましょう。脅迫に使えるかもしれません」

 

「シュテるん容赦ないよね……!」

 

 その下には連絡が遅くなってすまないと、そして帰りが遅くなるので先に寝ておけという連絡の内容だった。全く本当に、無駄に心配させおって馬鹿者めと嘆息し、

 

「激しく何時も通りだなぁ」

 

 そう呟き、

 

「はい、かいさーん」

 

「おやすみー」

 

「おやすみなさいー」

 

「今日も平和でしたねー」

 

「そうだなー」

 

 バカバカしくなったのでとっとと寝る。

 

 

                           ◆

 

 

「送った? 送れた?」

 

「バッチシバッチシ」

 

「いえーい」

 

 軽く酒が入ってハイテンションの同僚とハイタッチをする。横のテーブルを見れば酒を無理やり飲まされたフィガロが顔をテーブルに突っ伏す様に倒れている。死んでいる様にすら見えるが、これはまだ被害としては軽い方だ。少し視線を奥へと向ければ、人妻とオタクが胸倉掴んで激しく互いを罵り合っている。

 

「塩!」

 

「レモン!」

 

「塩ッッ!」

 

「レモンッッ!!」

 

 から揚げにかけるものの闘争は何時になったら終わるのだろうか。あの二人、から揚げがテーブルに到着してから三十分間、御代わりのから揚げが来るようになってもまだ続けている。正直に言ってアホではないだろうか。―――そこは素材の味をキープするために余分なものは無しだろうが。少なくとも我が家ではそれで満場一致である。

 

 ともあれ。

 

 キチガイ上司の進めでやってきた店はあのエース・オブ・エースの出身世界である地球という世界、その日本という国の居酒屋スタイルのお店であり、見た事のある料理があれば、見た事の無い料理もたくさん出てきている。珍味を楽しみながら、こうやって混沌に染まり上がっている空隊の面々を見る。建前上は俺の歓迎会、だが実際は仕事が終わったので飲みたかっただけ、というのが過半数に至った結果こうなった。こんな連中がクラナガンの平和を守っているので首都航空隊も色々と終わっている。酒に強いだけではなく、周りが混沌としすぎているせいでいまいち上手く酔いきれてない身としては若干身の危機を感じつつある。

 

「いや、さっきの白目ピース完全に君の発案だったじゃないか。何無害な表情をしているんだ。完全にアウトだよ」

 

「そりゃあ、お前、アレだよ。ノリに身を任せた結果だよ。ただノリに身を任せたら予想以上にひどかったからやってみて逆に冷静になった。家に帰ったらおそらくバックアップ取られているだろうからそれを消去する事から始めるわ」

 

 身内がセメントだとそこらへん、本当に気を使うのが辛い。シュテルはもう少し此方に優しくしてくれないのだから。無表情のまま偶に肩をもんでくれたりするのは純粋に嬉しいのだが。だがなぁ、クーデレ気取るつもりだったらもうチョイセメントっぷりを―――まあ、口に出して言うと確実にルシフェリオン! 等と叫びながらデバイスなしで砲撃かましてくるので思っている事は絶対に口に出さない。

 

「そういえばイストは兄弟がいるのかい?」

 

「まあ、親戚の子なんだがなぁ、ちょっとした事情で今ウチで預かってるんだよ。つくづく思う事だけど18歳に子育てとかは無理だわ……」

 

 予め用意していた嘘なだけにすらすらと言葉は出てくる。嘘をつく事にはもう慣れている為、別段心が痛むこともない。ただそれが恐ろしい程に自然に出てきた事に驚きはある。……自分の中で、あの少女達を身内ではなく、家族として認めている部分が大きいのかもしれない。

 

 ……と、ここで会話に間を開ける事は出来ない。

 

「というとティーダにもいるのか?」

 

 近くのジョッキに手を伸ばそうとしたら別の奴にジョッキを奪われ、一気飲みをさせられた。手をピクピクとさせながら空中を掴み、手を戻す。とりあえず近くを通りかかったウェイターにジョッキの追加を頼む。

 

「うん、まあ、俺も一人だけ、妹がいるんだ。両親は二人とも数年前に逝っちゃってねー……うん、やっぱり男一人で子育てはないよねぇ」

 

 少し無神経な事を聞いただろうか。……いや、此処は逆にそう言って気遣う方が失礼だ。相手が気にするようなそぶりを見せない限りは適度に触れつつ話題を提供するのが吉。露骨に”ごめん”等と言ってしまう方が面倒だ。

 

「へぇ、やっぱ色々とか面倒じゃないか? 服とかアクセサリーとか強請られて」

 

「あぁ、やっぱりあるね、それは。妹……ティアナって言うんだけどまだ10歳にもなってないんだけどさ、アレが欲しい、これが欲しい、友達が着ていたあの服がいい、デバイスが欲しいとか本当に困るよね。俺もこうやって負け組を引き離す勢いでエリートコースを進んでいるわけだけど、それでもやっぱり要望を全て叶える程お金がある訳じゃないからさ」

 

「今の一言で各方面に喧嘩を売った事はとりあえずスルーな? でも大体間違ってないよなぁ、何で女の子ってあんなに服の代えを欲しがるんだろうなぁ……いや、ファッションに敏感なのはいいんだけど、もうちょっと懐事情考慮してくれるといいなぁ」

 

 懐事情を把握してきてからはそういうのもだいぶ減ってきたが、欠食児童がいるのでエンゲル係数は高いままだ。レヴィの栄養は明らかに脳へと向かっていない。一体どこへと向かっているのだろうか……。

 

「あー、でも最近お裁縫を覚えてきて、次の冬にはセーターとか手編みマフラー用意するとか言ってたなあ」

 

「本当かい? そりゃあ嬉しい事だなぁ……あ、ちなみにそっちの年齢は?」

 

「こっちは13だな」

 

 うーん、と言いながらティーダは首をかしげ、そしておかわりのジョッキがやってくる。それを盗られない様に直接受け取りながら、口へと運ぶ。

 

「イスト18? だったっけ? だから大体5歳差かぁ。となるとうちのティアナよりは大分大人なんだろうけど、うーん、それでもやっぱりそこまで変わらないものなのかな?」

 

「たぶん変わらないもんだと思うよ。第一16、17過ぎるまで大体子供って”子供”な感じしないか?」

 

「あー、それは解る解る。大体それぐらいだよね、明確に周りとか、社会とか意識し始めるのって」

 

 なんというか、それまでの年齢は大人ではなく、まだ社会とかを広く認識せず、自分の小さな世界にひっついている子供のように思えるのだ。大体それぐらいになると高等学校で将来の目標に関して現実的に考える頃だろう。このまま大学へと進学するか、就職するか、そういう思考が生まれるからこそ、少しずつ垢が抜けてくるのだろうと思う。が、まあ、

 

 ……結構共通点あるもんだなぁ……。

 

 こういう酒の席じゃないとなかなかできる話ではないと思う、こういう身内とかに関する激しくどうでもいい話は。まあ、ここで働き始めてからやっているのは仕事の話ばかりで、あまり個人的な交流をしていなかった。だからこう言う話は初めてだ―――だからと言ってあまり油断が出来ないのも現状だ。飲むのはそこそこにして、大事な事を口から滑らせないようにしなくてはならない。間違えてクローンを囲っている、なんて事を口にしたくはない。が、露骨に話題を避ける事は逆に怪しいだけだ。嘘と真実は混ぜて使うのが賢いやり方だ。

 

 うわぁ、めんどくせぇ。

 

 近くの皿の上に置いてある串焼きっぽいものを取り、それを食べる。とりあえず塩味がきいていて、やっぱり酒と合うなぁ、と呟きながら視線を少し逸らしてみる。先ほどまでテーブルに突っ伏していたはずの上司は何故か店の入り口の方へと上半身を投げ出す形で放り投げられていた。少し目を離している間に一体何が―――。

 

「ギブ、ギブ、ギブ……!」

 

「レモン派は死ななければ治らない……!」

 

 関節技を決めている人妻を見た瞬間察した。とりあえずそっちの方から視線を外すと、別方向に視線を向けてみる。少し穏やかに会話しているだけのように見えるテーブルがある。比較的平和にやってるなぁ、と思い、

 

「あー、イスト? ―――よく顔を見るんだ」

 

 ティーダに視線の方向を察せられ、よくそのテーブルの方を見る。よく見ればメガネの同僚が俯きながらブツブツ喋っているのを周りがレイプ目で相槌を打っている地獄絵図だった。危ねぇ。

 

「基本的に平日は仕事で精神的リミッターがかかってる人が多いから結構ハメを外す人たちが多いんだよね、ここ」

 

「悪いけどハメを外してるのかどうかあやしい日常っぷりなんだけど、お前ら全員頭おかしいんじゃねぇの」

 

 ふぅ、とそれを聞いてティーダは溜息を吐き、此方に視線を向ける。いいか、と前置きを置いてから話を続ける。

 

「……いいか、イスト」

 

「しつこいぞ」

 

「本当に聞いているかチェックしているだけだから許してくれよ男だろ? まあ、それはともかく軽い質問をしようか―――中々情報を吐かない敵がいたら君はどうやって情報を吐かせる?」

 

「拷問にかける」

 

「はい、アウト」

 

 解せぬ。情報収集の手段に一番効率的な手段は拷問ではないのかとティーダへと問い詰めるが、拷問の前に尋問が来るのだと言われてしまった。なるほど、存在そのものを忘れていた。

 

「じゃあ質問その2」

 

「よし、ばっちこい! 今度こそは模範解答を出してやる!」

 

「それって最初から出せてないって事を自覚してるよね。……砲撃特化の魔導師がロングレンジから戦いを仕掛けてきた。イストならこれにどう対処する?」

 

「ブーストで強化して、継続ヒーリング使って、正面から砲撃の中を突き抜ける。逃げ撃ちし始めたらまっすぐ追いかける感じで」

 

「ハイ、アウトー。君はどこのターミネーターだ。トラウマになるよ」

 

 解せぬ。使える手札を最大限利用しているだけなのにこの扱いはひどい。第一飛行魔法が苦手なのだから複雑な動きで避けながら前進するという選択肢はないのだ。地上にいる間は鴨撃ち状態だし。だからこの選択肢は間違っていない。

 

「いやいやいや、砲撃魔法が基準値で使えるんでしょ? そこは砲撃で牽制しつつ接近って手段を取ろうよ」

 

「じゃあティーダ、お前にも同じ質問させろよ。お前の場合どうやって情報吐かせたり対処するんだよ」

 

 その質問に対してティーダはそうだね、と言ってまずは、と付け加える。

 

「とりあえず嘘でもいいから脅迫する」

 

「地獄に落ちろ」

 

「あとソロで砲撃系魔導師と当たる事なんてたぶんないし、当たる時は当たる時で前衛型の相棒が一緒にいると思うから相棒を盾にして狙撃する」

 

「お前は本当に地獄に落ちろ」

 

「俺は使える手札を使っているだけなんだけどなぁ……」

 

 その結果それはおかしくはないか。まあ、ともあれ、ティーダとのコンビは上司の反応を見るに確定コンビとしてしばらくは続きそうだ。だから、

 

「ま、そう簡単に墜ちない様に頑張るさ、その時は」

 

「あぁ、頑張って盾になってくれよ、その時は俺も頑張るから」

 

 お互いの位置を再度確かめ直しながら再びウェイターを呼びつける。もうだいぶいい時間に入り始めているが―――それでも、今出ている量の酒と料理では足りないだろう。家に帰るのは確実に遅くなるだろうが、たまにはこういう交流も悪くはないと思う。



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Chapter 2 ―Red Snow White Snow―
ウィンター・スカイ


「ナノハ・タカマチ、魔導師ランクS取得、か」

 

 電子媒体のニュースを確認する。少し前まで入院し、リハビリをしていた魔導師、ナノハ・タカマチ―――高町なのは。シュテル・スタークスのコピー元となったシュテル・ザ・デストラクターのオリジナルの容姿の持ち主。そして、シュテル・スタークスが生まれるきっかけとなった遺伝子の持ち主。ある意味、シュテルとは姉妹と言っても差し支えないかもしれない。今までの高町なのははAAAランクの魔導師。それがSランク魔導師の資格を取得したと、この記事には書かれている。自分よりも歳が下なのに、遥かに上の実力を有し、そしてごく最近、Sランクになって”ストライカー級”の魔導師となった。管理局全体を見ても5%に満たない超戦力。管理局の切り札。そう呼べる領域の人物になった。たった13歳でだ。

 

 ……羨ましいなぁ。

 

 色々と羨ましい事はある。魔力に溢れているとか、才能があるとか、この年齢で自分よりも上の地位とか。あらゆる面で自分よりも上に立つこの少女の存在が正直羨ましい。そしてそう思う人間は自分以外にも多くいる事だろう。この少女はこの先大変なのだろうなぁ、と思う。この年齢でここまで来てしまうとプレッシャーやら期待やらが酷いはずだ。まあ、まずは陸、海、空。このどこに所属するか、何をするかで酷くもめるのだろうと思う。

 

 ま、正直に言えば彼女の行く末に興味はない。興味があるのは彼女の”今”だ。プロジェクトFに関して何か関わっていないか、何か不審な行動をとっていないか。高町なのはと彼女の友人たち―――つまりマテリアルズの遺伝子元の人物たちがシュテルやレヴィに気づいているのかいないのか、それを軽く調べているだけだ。もちろん監視なんて非常識な事はしないし、情報屋に当たったりもしない。そんな事をすれば”調べている”という露骨な足跡が残ってしまうのだ。この程度の調べであれば全体的な動向を把握できるし、ファンと言えばそれで済む話になるのだ。

 

「あ、お前ネットニュース見てないでちゃんと仕事しろよ」

 

「つっても俺の分は終わらせてるぞ?」

 

「え、マジかよ」

 

 同僚である青年のエピカ空曹が横からやってくると、此方が表示したホロウィンドウを掴み、拡大しながら調べ始める。すると露骨に顔を歪め、

 

「げ、マジで終わらせてやがる」

 

「俺って元々嘱託魔導師だぞ。重い書類弄る訳じゃないし慣れちまえばこんなもんだろ」

 

「おいおい、半年前まで一緒に書類量にヒィヒィアヒィン言わされながら頑張ってた俺達の友情は何処へ行ったんだ……!」

 

「死んだんじゃないかなぁ」

 

 神は死んだ、等と叫んでいるエピカを蹴って自分の席まで戻すと、再び自分の椅子に座り、自分の書いた報告書をもう一度確認する。つい最近ティーダと一緒に解決した件の報告書だ。何時も通り後を絶たない密輸と密売を撲滅した、それだけの報告書。数週間に一度は報告書を描いているのでもういい加減に慣れている。正規の所属であるティーダの方が仕事量は多めなので、その分こういう簡単なのは大量に引き受けてやっているのが自分の役割なわけだが、

 

 まあ、本当にコンビやっちゃってるわけで……。

 

 半年前は冗談でコンビやら、と言っていたわけだが、予想外に能力的相性がいいのでズルズルコンビでここまで活躍してきた。おかげで自分も予告されたように階級を上げて貰えた。空曹ともなれば立派な空隊の面子だ。嘱託魔導師なんてものを止めて本格的に所属しないか、と誘われる事も増える様になってきた。慢性的な人員不足はどうやら陸だけではなく空の方でも発生しているらしい。

 

 今まで通り適当に仕事受けて、適当に暴れ回るだけじゃ見えなかった事もだいぶ見えてきた。やはり俺もまだまだ未熟、というより視野が狭かったのかもしれない。……家で待っている連中の為にも、もう少し視野を広げて、見識を深めた方がいいかもしれない。

 

『……』

 

「んだよ」

 

 右手に装着したデバイス、ベーオウルフが宝石部分をチカチカして自己主張するが、何も言わない。そのまま数秒睨む、何も言い返さない。なのでとりあえず手から取り、それを机の角をめがけて振り上げる。

 

『Stop! Please stop! I was wrong, so please stop!』(待ってください! お願いしますから待ってください! 私が間違ってましたから待ってください!)

 

「俺、貴族。お前、家畜。関係オッケー?」

 

『Not even human』(人間ですらない)

 

「当たり前だろう。人権を訴えるのならまずは美少女型デバイスに姿を変えるんだな。話はそれからだ」

 

 人型デバイスがありか? と言われればアリなのだ。実際ゴーレム型デバイス、つまり人形の様なボディにデバイスの機能とAIを埋め込ませたインテリジェンスデバイスは存在する。だがそれはものすごく高級だ。具体的に言うと安いので最低400万はする。完全に金持ちの道楽だ。

 

「それにお前男人格だろう」

 

『I am ready any time to change my voice to a girls』(少女の声へと変える覚悟は何時だってできている)

 

 そこでさりげなくユーリの声を使っている辺り、死刑だ。デスクの端っこにデバイスをガンガン叩きつける。悲鳴の様に光を発しているが、その抗議を軽く無視して十回ほど叩きつけて満足する。

 

「ゴーレムタイプへお前を換装する余裕が我が家にあると思っているのか貴様。あぁ?」

 

「それにゴーレムタイプデバイスって通称”超高級デバイス型ダッチワイフ”だよな」

 

 何時の間にか復活していたエピカが横から付け加えてくる。そう、そんな事もあって評判はかなり悪い。何せデバイスの姿を好きな風に作る事が出来るのだ。デバイスとしての機能が付与されている為にギリギリ認められている存在なのに、その利用方法のほとんどが―――まあ、言わない方がいいだろうこれは。

 

『My plan……』(私の計画……)

 

 諦めろ。可能性なんて最初からなかった。

 

 と、時計を確認すると時刻は8時になった。それはつまり自分にとっての一日の仕事の終了を示す時だ。

 

「いいよなぁ! いいよなぁ! いいよなぁ!」

 

「うるせぇよ馬鹿」

 

 もう慣れたこの露骨な言い分も、軽く流しながらコートラックからコートとマフラーを取る。バリアジャケットには温度の管理をしてくれる機能があるのでできたらバリアジャケットを展開したい所だが、戦闘状況での装着のみが許可されているので寒さを凌ぐためには使えない。ブラウンのフライトジャケットを管理局制服の上から着、そして首に模様のついたマフラーを巻く。じゃ、とエピカに別れを告げて、出口へと向かおうとすると、この隊の人妻枠―――ソフィアが丁度入ってくる所だった。

 

「あー、もう8時なのね」

 

「おう、じゃあな」

 

「また明日。あ、マフラー似合ってるわよ」

 

「ありがとよ」

 

 歩くと後ろへと向かって流れるマフラーの絵柄を見てクスリと笑いつつソフィアはそう付け加えた。少し恥ずかしいながらも、十分な嬉しさを感じ、部屋の外へと向かって歩く。……首に巻かれたマフラーはこれから冷え込むから暖かくしろ、とディアーチェが九月の終わり頃から編み始めたもので、紫、赤、水色、黒、と彼女たちをシンボライズする色があしらわれたマフラーで、何故かデフォルメにされた俺が描かれているという可愛らしい一品だった。相当苦労したのは解っているため、少々恥ずかしくても使わない訳にはいかない。隊の部屋よりも少し寒い廊下を歩く。歩いていると、チラホラと知っている顔が横を通り過ぎてゆく。

 

「あがりか? お疲れ」

 

「おぉ、お疲れさん」

 

「今夜は相当冷えるらしいぞ、段々と12月に入って来たって感じだな」

 

「みたいだな。一枚増やして寝るわ」

 

「あ、お疲れイスト」

 

「お前ちょっと目の下に隈できてるぞシード。まあ、それでも俺は家に帰ってぬくぬくするんだがな!」

 

「地獄に落ちろよクソ野郎」

 

 シードが中指を此方へと突きだしてくるが、笑って許してやる。これが定時上がりとサービス残業の差だ。笑顔で罵倒を流しつつ廊下を抜ければビルのロビーへと出る。片手を上げて受付嬢たちに挨拶を告げ、自動ドアを抜けて外へと出る。そうしてまず最初に感じるのは、

 

 冬の空気だ。

 

「おぉ、寒ぃ寒ぃ」

 

 手を擦り合せて少しだけ手を温める。と言っても微々たる努力だ。本当に温まりたいのなら早めに家に帰るのが一番だ。こういう時は本当にバリアジャケット展開を許されないのが恨めしい。が、そんな事を言っている場合ではない。確実に歩みを進めながら、ビルの横の駐車スペースへと向かう。向かいながら、空を見上げる。

 

 透き通る様に蒼い空。それはまた夏に見る空とは違うような色をしていると思う。それは季節の変わり目、今が11月の終わりで、ほとんどの木が紅葉するか葉を落としてしまったせいだろうか。冬になると空の色がもっと透き通っている様に感じる。

 

「ま、どっちでもいい話だよな」

 

 それで世界の真理が見つかる訳でもない。馬鹿な事を考える程度にはまだ若いんだろうなぁ、等と呟きながらポケットから鍵を取り出し、駐車してある大型バイクに鍵を指す。そろそろ新車が欲しい所だが、買おうとしたら買おうとしたでシュテルがストップをかけそうだ。

 

 仕事用に必要なんだが、お財布を管理されてしまうとなぁ……。

 

 男という生き物はどうして女にこうも弱いのだろうか。

 

「願わくばあまり美人に育ってくれない事かねぇ。あまり綺麗になられちまうと俺がダメになっちまうわ」

 

 ゴーグルを装着し、バイクのエンジンに火を入れる。

 

 

                           ◆

 

 

 バイクは陸路の移動手段としては非常に優秀だが、コストと整備費と、そして冬は移動中がクソ寒いのはどうにかならないのか。そんな事を考えながらもエレベーターから出ると、迷うことなく廊下を進み、鍵を開け、自分の家へと帰ってくる。

 

「ただいまー」

 

「おかえりー!」

 

 真っ先に返事をし、そして玄関へと走ってくるのはレヴィだ。水色のワンピース姿で玄関までやってくると、目を輝かせているが、

 

「今日はねぇぞ」

 

「ちぇー……」

 

 飼い主に見捨てられた犬の様にしょぼくれながら背を向けてリビングへと戻ってくる。こいつは相変わらず思考が食欲と直結しているというべきか、食欲に対して従順すぎる所がある。食ってばかりじゃ太ると言っても話を聞かない。正直脅し文句は底を尽きたので、どうしようもない話だ。だから、

 

「俺にはどうしようもない。家計簿握ってるシュテルに頼め」

 

「えー、シュテるん最近お金の計算とか楽しそうで無駄な出費を抑える事に快感を感じ始めてるんだけど……」

 

 セメントの次は守銭奴に目覚めそうなのかあの娘は。そうもイロモノキャラが詰まると嫁の貰い手がいなくなるぞ。……まあ、そんな話は相当先の未来なので今は忘れておくことにしよう。何故か俺もこいつらも結婚せずなあなあに暮らす生活が思い浮かんだが、

 

 こんな魔窟での生活を俺が永遠に望むわけないではないか、ははは―――ないよな?

 

 微妙に答えられない事態に少しだけ困惑しながらリビングへと戻ると、ファッショングラスをかけているシュテルの姿を見かける。

 

「お帰りなさいイスト。今日もご苦労様です。精力的に働いているおかげでだいぶ家計が潤ってきましたよ」

 

「まあ、全部お前らがスタートダッシュ的ノリで色々と買ったのが悪いんだがな」

 

 そう言うとシュテルが露骨にテーブルの上の15万もした花瓶から視線を逸らす。まあ、生活難に陥っているわけではないのでそれ位の我が儘は可愛いものだ。

 

「ま、やり過ぎないのならいいよ。やり過ぎないのなら」

 

「了解しました。やり過ぎない程度に管理しますよ」

 

 ニヤリ、と笑みを浮かべるシュテル。まあ、本当に程々にしてくれるかはこれからの活躍に期待し、直ぐ近くにいたユーリに対して、

 

「ただいまッ」

 

「おかえりなさいッ」

 

 片足を上げて、両手を持ち上げるポーズを決めながらお帰りの挨拶をする。軽く奇行に走ったところで満足し、握手を交わしてからダイニングへと向かう。そこにはあきれた表情のディアーチェがおり、そしてテーブルには夕食が並べられていた。

 

「お前は一体何をやっているんだ」

 

「荒ぶるユーリのポーズ」

 

「私が発案、監督です」

 

「どうでもいいわ、それよりも冷えるからとっとと食え。今日は我のオリジナルの出身世界の料理である”グラタン”に挑戦したぞ。味に関しては他の三人が保証してくれよう、我を崇めながら食うといい」

 

「よしよし、ディアーチェは本当に頑張り屋さんですねー」

 

「こら、頭を撫でるなぁ!」

 

 とか言いつつも手を退けない辺りが甘い。そして味に関してはもはや疑わない。数ヶ月前までは料理を教える側だったのに、今ではキッチンを完全に乗っ取られ、占拠されているありさまだ。ほんと、このままこいつらに美人に成長されてしまったらとことんダメになってしまう。まあ、ともあれ、

 

「ただいまディアーチェ」

 

「うむ、お帰り。さあ、食え。食って感想を聞かせろ」

 

 ―――半年経とうが、俺達に変化はなかった。



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ザ・ビギニング

「やっぱ大分寒くなってきたなぁ……」

 

「寒くない冬の方が違和感があるだろう」

 

 まあそうだろうなぁ、と呟きながらジャケットを手に取り、そしてヒーターの前で丸まっているレヴィを掴み、持ち上げる。抗議の声が口から洩れて来るが、それをガン無視して肩に担ぐ。肩の上で暴れる水色の物体がうるさいが知ったことではない。そのままソファの上へと放り投げて処理する。

 

「あー、やだやだ。寒いと体をほぐす為の運動量増えるから地味にめんどくせぇ」

 

「それよりレヴィの死体について一言」

 

 シュテルがちょんちょん、とレヴィを人差し指で突き、その存在を主張している。だからドアの前で一旦足を止め、そして振り返る。マフラーを巻き、ジャケットを着て、そしてバイクキーを片手にとりながら、開いた片手をレヴィへ向ける。

 

「あんましヒーターの前に座んなよ。やけどしたくねぇだろ」

 

「そういう事じゃないんだと思います」

 

 ユーリのツッコミが入るが知ったことではない。

 

「鍵よろしく」

 

「はいはい」

 

 後ろから足音がする。誰かが近づいているのだろうが、それを気にすることなく前へと進んで行き、寒い外へと出る。今日も今日で出勤。一家の生活を守るために寒気に負けぬよう働かなくてはならない。全ては平穏な生活と家で待つ子供たちの笑顔の為。……悪くない人生だ。

 

「じゃ、行ってきます」

 

 返事を貰いながら家を出る。

 

 

                           ◆

 

 

 おはようございます、と挨拶をしながら隊の部屋と到着すると、そこにはほとんど全員の姿があった。数人抜けてはいるが、コートラックが埋め尽くされている所を見るに確実に全員来ている。おそらくビルのどこかにいるのだろう。自分にあてがわれたデスクまで移動しようとすると、此方を早速発見したティーダが近づいてくる。

 

「やあ、おはよう。到着して温まろうとしている所悪いけどレッツゴーお外へ」

 

「やめろぉ! 俺はこれから暖かいコーヒーを飲む作業があるんだ!」

 

「残念、それはまた今度」

 

 ティーダは此方の横へとやってくるとジャケットの首の襟をつかみ、此方をずるずると部屋の外へと引っ張って行く。もちろん普通にやっては無理なので、ティーダは魔力で体を強化しているに違いない―――魔力の使えない人間が見たらなんて無駄な事だろうと嘆く事だが、こればかりは魔力の使える人間の特権だ。

 

 くだらないネタの一つに魔力を全力で使う。羨ましかろう―――ハハ、ざまぁ。と一度は言ってみたい。

 

 ともあれ、ティーダが俺を連れて外へ出るという事は何か仕事があるのだろう。引きずるのを止めさせるためにも一旦足を地面につけ、軽いバク転からティーダの前へ着地する。

 

「どやぁ」

 

「顔殴っていい?」

 

「殴ってもいいけどモヤシっ子パンチは通じんぞ。あ、魔力強化はなしで」

 

 ティーダが拳を握り、殴るのを迷っているのは見える。拳を振るわせ、殴るかどうかを―――。

 

「そこまで迷うか?」

 

「いや、殴るよりも撃った方が効果的じゃないかなぁ、と狙撃屋としての俺が呟いてきて、どうやったらバレずに狙撃できるかって考え始めてたところ」

 

「俺がお前を殴るぞ」

 

 今度はこっちが拳を振るわせる番だが、これではらちが明かないのでそろそろここら辺でコントをやめつつ、横に並んで歩きはじめる。服装を軽く整え直しながら、まっすぐ管理局の外へ出てパーキングへと向かう。そこで向かうのは自分の所有しているバイクではなく、隊保有の車だ。そこそこ古いが、愛されてきた隊の車だ。

 

 何度か盾に使っているのでボンネットが若干へこんでいるのは愛嬌である。

 

 ティーダが運転手席に潜りこむので、此方は横の助手席に座り、ドアを閉める。管理局員なのでしっかりとシートベルトを締め、ティーダが車を動かし始める。ここからクラナガンまではそう遠い距離ではない。車でも十分ぐらいの距離だ。歩けば四十分ぐらいだろうか。大体それぐらいの距離。正直散歩気分で行くには十分な距離だと思う。

 

 ともあれ、車に乗ってクラナガンへと向かっているのは解った。左側のドアに寄り掛かりながら、右手をブラブラさせる。

 

「で?」

 

「ん? あぁ、ごめん。何もしゃべってないから寝てるものだと思ってた」

 

「すげぇな俺。何時から夢遊病のスペシャリストになったんだ」

 

「まあ、冗談はさておき」

 

 ティーダが素早く手を振るうと、ティーダの左腰にぶら下げている銃型のデバイス、タスラムが小さく明滅する。それが合図で此方のデバイス、右手に装着されているベーオウルフにデータが送信されてくる。右手を振るう事でホロウィンドウが出現し、そしてティーダが此方を連れ出す理由―――新たな案件の内容が表示される。その内容を浮かべた瞬間、体が硬直する。

 

「データ見えてる?」

 

『Of course』(勿論です)

 

「あれ、求めてた答えだけど答えてる人が違う……けど処理能力的にデバイスの方が優秀だしいっか」

 

「これからこの車は悲劇に遭う。そしてその結果生還するのは俺一人だ」

 

 ティーダがまあまあ、と言ってこっちを宥める。そしてようやく内心で落ち着きを取り戻す。極めてクールにふるまわなくてはならない。そう、心を落ち着けなくてはならない。だからほら、こんなにも動揺はない。

 

「なななな、な、なんだよ」

 

「いや、むしろお前が何だよ。本当に大丈夫か? 風邪ひいてない? 拾い食いしてない? ティアナに惚れたら殺す」

 

「最後だけはありえないから気にするな」

 

「反応良好、問題なさそうだね」

 

 無駄話を繰り広げている内に段々とクラナガンへと近づき、高速道路から降りて信号の前で車が一旦停止する。数秒間の停止、そして信号は再び緑色へと変わる。ともあれ、ネタに走って今度こそ大分精神を落ち着けることに成功する。……普段から奇行に走っているとこういう場面で奇行に走ったとしても違和感がなくなるのがいい事だ。だからこそ、普段から”ワザと”ふざけたキャラづくりをしているという事はある。ともあれ、

 

「で、これが今回の件か」

 

「うん。人身売買。臓器売買。もちろん闇のね」

 

 奴隷なんてものはもちろん違法だし、正規の手続き以外での臓器の取り扱いももちろん違法。魔法とて万能ではない。臓器移植ではなければ助からない命など腐るほどある。昔から変わらない価値がそこには存在する。まあ、此処までだったらまだ問題はなかっただろう。問題はこれの”元”だ。

 

 目の前に浮かび上がるホロウィンドウには心臓やら腎臓、肝臓、様々な内臓器官のファイルの他に―――見目麗しい美少女達の姿や、美少年や、青年、女性の姿が映されている。今のと昔の等、様々なデータとしてティーダがデータベースからざっと引き抜いてきたのだろう。これらをどうやって用意したか。それは―――

 

「―――まだやっている所はやっているんだね、プロジェクトF.A.T.E」

 

 通常プロジェクトF。完全なクローンを生み出す計画。いや、それ自体どうでもいいけどなんでその手の案件がこっちへと回ってくる。我が家にはそのプロジェクトの産物が四人ほど囲われているぞティーダよ。

 

「ま、需要があるところに供給、ってやつだろ。お人形さん遊びが好きな奴がいれば、金を出しても心臓が欲しいってやつがいるんだろ。ま、倫理云々を月へぶっとばせば画期的な手段だぜ? プロジェクトFのクローンニングは。何せ優秀な魔導師を生み出せるし、内臓だって簡単に作り出せる―――うお、このクローンもしかしてリンディ・ハラオウン提督のか? 髪色違うけどセクシーやなぁ……これで子持ちとかありえんわ。イヤ、マジで」

 

「それ、”終わったら絶対に消さないと俺が消される”って資料提供者に言われているからその写真データだけはあとで消してね。バックアップこっそりとってあるけど」

 

 意外と外道なティーダはこの際通常営業なのでツッコミはしないとして、問題なのはこの案件そのものだ。プロジェクトFそのものに関しては、個人的には結構知識を持っている。勿論あの娘四人の面倒を見る為に必要な知識だ―――薬が、体質が、遺伝子が、等と基本的なのは頭にぶっこんである。仕事に関しては全力で当たりたいが、全力で取り組むと必然的にそういう知識を晒す事になってしまう。

 

 ……適度に手を抜くかぁ。

 

 ティーダは捜査官として非常に優秀な才能を持っていると思う。あまり手を抜きすぎてもここら辺は疑われてしまうので、いよいよをもって面倒な話になってきた。……まあ、何時も通りやるだけやってみて、駄目なら駄目で、その時は―――。

 

「イスト?」

 

「悪ぃ、空隊来る前に俺プロジェクトF関連の研究所潰してたからそれを思い出してたんだよ」

 

「あぁ、そういえば最近のデータにそんなのもあったね……個人的に研究所を見た感想は?」

 

 あぁ、そりゃあもちろん。

 

「反吐が出るな。あの技術はそもそも生まれるべきじゃないもんだよ。お前シリンダーに浮かべられている上半身だけの子供とか、皮膚のない人間とか見たことあるか? あとは内臓だけ綺麗に浮かんでいるとか。ともあれ最悪も最悪、地獄を体現したような場所だよ。慣れてないトーシローなら一瞬でリバースフェスティバルな感じの」

 

「うわぁ、あんまり見たくないあなぁ……モツ系は辛い人には辛いよねぇ。ま、俺も大方その意見と同意だよ。ただ生まれてくるべきではなかった、というと少し厳しすぎるんじゃないかなぁ、と思うんだ」

 

「ほぉ、そりゃあまたなんでだ?」

 

 だってさ、とティーダは言う。

 

「だってさ、技術自体を否定したらさ、それはこの技術で生まれてきた命そのものを否定しちゃう様なもんじゃないかな? 確かに技術そのものに罪はあっても、生まれてきた者に罪はないじゃない。だから技術が生まれてきた事は間違いではない、と俺は思いたい……かな。まあ、技術が犯罪であり、利用する者が犯罪者であるという事に疑いはないし、まして躊躇もしない。利用者滅ぶべし、慈悲はない」

 

 途中までいい話だったが、最後の最後でラスボスが横の相棒で決定した。こいつはどこかで暗殺しておくべきなのだろうか。あ、だがその場合はティアナを泣かしてしまう事になる。それは駄目だ。そんな事を率先してする男はどんな理由であれ、完全な屑だ。つまり暗殺はアウト。ならば、

 

「ティーダ、人間ってどれぐらい強く殴れば記憶を失うのかなぁ」

 

「ごめん、話が唐突過ぎて流れがつかめない。ミッド語でよろしく」

 

 あっさりと真面目な空気を流しつつ、ゆっくりと椅子に寄り掛かり、ホロウィンドウを一旦消す。ま、仕事は仕事なのだ。与えられたのであればやらなくてはならない、ちょっと気遣いながらなんとかすればそこらへんはどうとでもなるのだから、

 

「どこに行くんだ?」

 

「その質問少し遅くないかな? まあ、何時も通り情報集めだよ。基本足が資本だし。予めアポ取ってるから情報屋に当たったり、あと最近プロジェクトF関連の事がなかったか陸の方にも会いに行こうかなぁ、って」

 

 通話のやりとりだけで完全にやり取りができるのであればどんなに楽であっただろうか。人間、そこまで軽くなるのはかなり難しい。たとえ電子データ化されたものであれ、”手渡し”する事に意味が生まれる事もある。こういう場合は此方から直接窺わなければならない。

 

「ま、今度もどうにかなるだろ」

 

「僕が調べて」

 

「俺が物理系交渉して」

 

「僕は救いの手を差し伸べて」

 

「そして集めた情報で皆でトドメを刺す」

 

 外道の所業だ。だが、これで平常運転なので仕方がない。精神衛生上この案件に関わり過ぎるのは良くない。

 

「……とっとと終わらせたいもんだなぁ」

 

「そうだねぇ」

 

 共にこんな胸糞の悪い件は早めに終わらせたいと同意し、それを成すための行動を開始する。やる事は何時もと変わりはしない―――だから終わりもきっと、変わりはしない筈だ。



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インフォーミング・インフォーマリー

 どこにでもあるレストラン、二人で並んで座る席の前にはスーツ姿の男がいる。肥満、と言えるほどに太っている男だ。その男は此方に渡すものを渡すと、そそくさと立ち去って行く。そこには声を残したりはしない。ただ自分の仕事は終わったと、そう言わんばかりに無言でレストランの外へと消えて行った。男が消えたところで、男から受け取った封筒を開く。その中身は一枚のデータチップが入っていた。こういうデータの処理や管理は横に座る相棒の方が圧倒的に優秀だ。封筒の中身を取ると、それを指ではじいて横の相棒へと渡す。それを掴んだのを確認したら席を相対側へと移動し、体を横へとひろびろと伸ばす。制服の一番上のボタンを外し、ネクタイもゆるめる。そして、

 

「めんどくせぇ……」

 

「いなくなった瞬間一気にだらけたねぇー……」

 

 だって情報屋との密会はかなり気を使う。無駄に喋れないし、情報を漏らせないし。つまり失言をしてはいけないのだ。口を滑らせればそこから情報を根こそぎ持っていくのが情報屋って生き物だ。こっちの為に働いているからと言って、決して味方だと思ってはいけない連中だ。敵でもなければ味方でもない。蝙蝠の様な連中だと思って利用すればいい。それが連中に対する一番賢い対応の仕方だ。

 

 まあ、それも金がある場合の話だ。もしくは取引に使える情報。相手が欲しいものを此方が提供できる限りは利用の出来る相手だ。相手ももちろん此方を利用しつくす心算だからこそ、なるべくなら執りたくない手段ではある……が、管理局と言えば探れば探るほどブラックなモノは出てきやすい。そういう汚点を欲しがる人間は腐るほどいる。

 

 いやぁ、人間の失敗って高く売れるもんだ。

 

 丁度いい所で……というよりも図った様にウェイトレスが珈琲を持ってきてくれる。レストランの一番奥、外からは見えないし、観葉植物が邪魔になって座っている人が見えないこのコーナーのテーブル。ここは交渉するためには非常に有用な場所だ。そこらへんを店側で把握しているのだろう、キッチリと二人分の珈琲を置いていってくれる。もちろんここでの飲食は全て経費で落ちる為、いつも飲んでいる物よりも豪華なものを頼む。と言っても、別に味が解るようなものではないのだが。ともあれ、良い匂いなのと、とりあえず美味しいのと、そして身体が内側から温まるのだけは理解できる。早速と言った様子でデータチップの内容をデバイスへと記録させるティーダの様子を珈琲を飲みながら眺める。

 

 長く、首の後ろで紐で纏めてあるオレンジ色の髪、童顔とも言える顔だち、女性に対する紳士的な振る舞い、そして現在売出し中のエリート。

 

「お前どっからどう見ても超優良物件のイケメンだよなぁ」

 

「イストは目で損をしてるよね。あと性格」

 

 否定しない辺りがいい性格をしていると思う。が、これぐらいのジャブはもう慣れている仲だ。笑って流しながらデータを記録するまでの間、軽く時間を潰す。

 

「というかお前彼女とか嫁はいないんだったっけ? ホント枯れてるというかお前大丈夫か? 19つったらやっぱ彼女の一人や二人欲しいだろ。あと夜のプロレスごっこで盛大にはしゃぎたいだろうよ、普通に考えて」

 

「いや、俺だってそこらへんの欲望は変わらないけど、……ほら、家にはさ?」

 

「あぁ、うん。そうだよなぁ」

 

 ティーダはアパートの部屋をティアナという妹と二人で暮らしている。両親は数年前に死去しているためにティアナの面倒も、学校に関わる全ても、支払いも、全てティーダが一人でやっていた。少なくとも少し前まではそうだったが、三か月ほど付き合っていると流石にその惨状に見かねてちょくちょくランスター家にお邪魔させてもらって世話をしている……と言っても別段凄い事じゃない。余った料理を持っていくとか、軽く遊びに行くとか、そういう程度の世話だ。まあ、それだけなのだが、やらない善よりやる偽善、というやつだ。

 

「ティアナは俺にべっとりでなぁ」

 

「まあ、唯一のお兄ちゃんだしな」

 

「まあ、そういうわけで正直彼女とかどうにも無理っぽいんだよな。そろそろティアナには兄離れをして欲しい所なんだけどね。あぁ、本当に辛い、兄離れ、何時耐えなきゃいけないんだよティアナ、兄離れを……!」

 

「苦しがってるのお前じゃねーか」

 

 この兄妹がこの形がいいというのであればこのままでいいのだが、正直気になる事は色々とある。

 

「エロ関係とかお前どうしてるんだよ」

 

「ティアナが遊びに行っている間に……」

 

「あぁ、うん。なんか家にいない時じゃないと安心できないよな」

 

 そこらへんで共感を得、握手を交わしティーダとの友情を深める。いや、だって本当に家にいない時でないと安心できない。幸い近くの公園までだったら安心して送り出す事が出来る。必ず運動させる意味でもそこへ送り出すが―――チャンスはそれしかない。

 

「うわぁ、職務中に俺達何を語ってるんだ」

 

「むしろ俺が知りたいよ。ネタふったのはそっちでしょ」

 

「そりゃそうなんだけどさ、こうやって暇な時間潰すには丁度いい雑談だとは思わないか?」

 

「まあ、そうだね、っと。完了」

 

 そう言うとティーダは元のチップをテーブルの上に置き、ハンドガンの姿となっているタスラムのグリップで殴り、チップを砕く。これでこのチップはもう使い物にはならない。その残骸をナプキンの中に丸めて捨てると、珈琲をすすりながらティーダへともう少しだけ、真面目な視線を送る。それを察してティーダも軽く切り替える。目の前にホロウィンドウを出現させると、データの設定を共有設定へと変更してくれる。浮かべるホロウィンドウを何個か掴み、こっちへと手繰り寄せ、その内容を確認してゆく。

 

「8月23日……結構古いな、こりゃ」

 

「管理局のデータベースにあった最新のは5月で終わってるからまだいいよ。こっちには管理局に関わってない分の事件のリストまで出てるし……えーと、こっちはもっと最近だね。10月16日に臓器の売買があったらしいよ」

 

「今更だな。そんな古いのをみてどーするってんだ。時間巻いて巻いて」

 

「はいはい。っと、これは結構最近だね。11月23日、陸士隊の方が密売を抑えたらしいけど、これもまた臓器がメイン商品だったらしいよ。うーん、11月30日と12月8日も似た感じの事件があるなぁ。なんだろうこれ、此処までミッドチルダというかクラナガンが臓器不足とか聞いてないぞ俺」

 

 俺だって聞いたことがない。たしかに臓器の価値は高いが、そこまで露骨に求めるものだっただろうか? 少なくともここまで爆発的な需要の増え方はおかしい。珈琲を胃の中へと流し込みながら頭を働かす準備に入るとする。今まで持っていたデータとこのデータを見合わせればかなりおかしなことに気づくはずだ。臓器販売、その摘発は数ヶ月に一度、というペースだった。魔法は万能ではないが、それでも多くの命を救える奇跡だ。そこまで臓器移植が必要とされるのは明らかにおかしいのだ。

 

「じゃあちょっと整理しようか。俺たちはプロジェクトF関連の事件で人身売買と臓器販売に関して追っている。次に俺達が得た情報に最近急激に回数が増えている事が示されている。とりあえず簡単に情報を纏めるとこんな感じ。で、これを軽く一緒にして推理してみると―――どっかの誰かが意図的に臓器を流している?」

 

「なんで?」

 

「……実験に使うから?」

 

「実験に使うんだったらそもそも流さないで自分の所で使うだろう。第一臓器を流す回数が異常すぎるだろう。リスク的に考えてまずありえない。金稼ぎにしたってこれだけ回数を増やしちゃあ明らかに尻尾を掴ませている様なもんだぞ?」

 

「それだ」

 

 とん、とティーダがテーブルを軽くタップする。まるで合点が言ったような顔をしている。だがティーダが何を掴んだのかは自分には解らない。こういう時は自分よりも頭の回転が速い連中が心底羨ましい。

 

「何がだ?」

 

「撒き餌だよ」

 

 撒き餌―――つまり釣り上げたい存在がいるという事になる。だがそれにしては恐ろしく非効率的なやり方としか言いようがない。何せ目的の相手がいたとして、それを釣り上げることの出来る可能性は非常に低くなるからだ。そして、それが本当だとして、問題が一つ出てくる。

 

「誰を釣ろうとしているんだ? 管理局か? 恨みを持った魔導師か? それともベルカの騎士か?」

 

「いや、流石にそこまで解るわけないだろ」

 

 真顔でそういってのけるティーダの顔面を全力で殴りたくなる衝動を何とか抑え込み、テーブルを軽くつかむ程度で自分を自制する。ステイ、ステイ俺。そう心の中でつぶやいたところで息を吐き出し、残ったコーヒーの中身を完全に終わらせる。ティーダのカップを確認すればティーダも丁度飲み終えたところだった。これ以上ここに留まる理由もないし、二人で揃って立ち上がる。

 

「で、次はどうする? ヒントは出てるけど直接繋がりそうなものはないよなあ」

 

「だね」

 

 会計を経費で済ませ、そのままレストランの外へと出る。すぐ裏手にある駐車場には隊の車が止められており、再び運転手席と助手席で解れて座る。シートベルトをしっかりとしめ、一管理局員としてのギリギリの体裁を保ち、ティーダが車を発進させる。

 

「陸士の方に突撃してみようかな、と思う。資料提供してもらう以上に直接窺って話した方が知り得る情報も多いだろうし、なんだか今回色んな意味で嫌な感じしかしない。色んな方面へと顔を出して”足跡”を残した方が個人的にはいいと思う」

 

 足跡、つまり”自分はこんな事をしていました”という解りやすい軌跡を人のつながりで表したりする事だが……そういうのは主に同組織内の存在に狙われている場合にやるようなことだ。本当にティーダは聡く、そして鼻がよくきく。おそらく自分以上に今の状況の先が見えているのだろう。だからあえてティーダに問う。

 

「お前、今回の件管理局が関わってると思うのか?」

 

「むしろ関わってない方を探すのが難しいんじゃないかな」

 

「それを言われたら何も言い返せねぇよ」

 

 管理局が一体どこからどこまで関わっているのか。それは本当に恐ろしいぐらいにわからない。一度”闇”へと踏み入れた事があるのなら、もしくは調べた事があるのなら、時空管理局という存在が内包する圧倒的闇の深さに一度は絶望するものだろう。そして同時に、その業の深さに嘆きもするだろう。管理局が犯罪者を囲っている、と言われて驚く捜査官はほぼいないだろう。クリーンな管理局は一体どこへ行ったのだろう。あぁ、そっか、事情を知らない人専門か、ホワイト管理局は。

 

 嘱託魔導師しているとブラックな面ばかりを見てしまうのでもう今更な話なのだが。

 

「こうやって管理局がクッソ危険な場所だって認識するとさ、ある日不意に―――あれ、なんで俺こんな所で働いてるんだ? ってマジで悩む日がたびたびあるんだよなぁ。いや、ホントに。でも給料の支払いだけはいいんだよなぁ……」

 

「たぶん此方側の人間だったら一度は絶対に疑問にする事だけど、疑問にしていても仕事が終わる訳じゃないからそれ以上は考えないんだよなぁ……」

 

 会話が段々と寂しい方向へと流れ始めてきて。ここはいっちょ、空気の転換を兼ねて仕事の話へと戻してみる。

 

「で、陸士の方に会いに行くつったっけど、アポあるのか?」

 

 いや、ないよ、とティーダは答える。だがその後にだけど、と前置きを用意し、此方の言葉を待たない。

 

「陸士108隊の隊長さんにはちょっとした個人的なコネがあるからそこらへんは大丈夫。既妻子持ちのちょっとナイスなミドルな感じのオジサンが、少し前に若いお姉さん方とキラキラしたお店で―――」

 

「それいじょういけない」

 

 そっとティーダの肩を押さえ、それ以上言う事をまだ見知らぬ隊長の為にも止める。男にはたとえ妻がいたとしても行かなければならない場所がある。それをティーダは解っていて利用しているのだ。

 

 悪魔かこいつ。

 

「まあ、利用できるもんはなんでも利用するべきだけどな」

 

「常識的に考えてそうだよね」

 

 ここら辺の考え方が、自分とティーダという人物が割と一緒に活動出来ている理由かもしれない。ともあれ、

 

 ―――何やら激しく不気味な今回の件、それを終わらせる一手に繋がれば幸いなのだろうが。



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アイ・ニード・ユー・ウォント

「陸士108部隊か」

 

「うん、ちょっと隊長の人と知り合いでね」

 

 ティーダはそういうと一切臆することなく陸士108隊の隊舎の中へと入って行く。ミッドチルダの西部、エルセア地方に存在するこの隊舎はクラナガンからそこそこの距離がある―――が、陸全体でデータは共有しているものだ。空では完全に管轄外なので陸のデータは提供がない限り触れる事が出来ない為、こうやって出向いて提供を頼むか、もしくは相手が送ってくれるのを待つ必要がある。ともあれ、こういう仕事でコネがあるのは非常に重要な話で、助かる話でもある。

 

 こうやって人脈を築いている姿を見ると、この男は本気で執務官になろうとしているのが理解できる。

 

 基本的に空へ所属するのはエリートのコースなのだ。首都航空隊というのは、空の魔導師としてのキャリアを積む為であれば是非とも一度は所属しておきたい場所なのだ。なにせ首都の防衛、それは管理局の中央を守護するという意味があるからだ。経歴に箔をつけるのであればこれ以上ない仕事となる。そして更にそこで大きな手柄を立てれば―――人生勝ち組コースまっしぐら。

 

 この事件が少々捜査官としての領域に踏み込んでいるように感じるも、ティーダが解決に乗り出すことにしたのはおそらくそう言う背景があるからに違いないと思う。危険な話だとは思う。だが危険なのは一人だった場合だ。この半年しかまだ一緒にいないが、俺はティーダ・ランスターという男を大分理解していると思う。だからこそ言える。この男は一人だったら絶対にこういう手段を取らなかった。俺という存在が横にいるから無理ではないという判断を下したのだ。

 

 場所をわかっているように進むティーダの後に付いて隊舎の中へと入って行く。他の陸士隊の隊舎には何度か邪魔した事があり、108のは初めてだが、その構造は別所で見た他の陸士隊の隊舎と造りは変わりないように見える。どうやら規格は統一されているらしい。

 

「で、ここへ来たのは知り合いだからってだけじゃないんだろ?」

 

 その言葉に対するティーダの返答は若干遠回しなもので、

 

「ここの近くに何があったか覚えている?」

 

 ここの道中で見かけたものは―――空港だ。ともなると、

 

「密輸か」

 

「正解。ここは要請を受けて応援に行くことが多いけど、一番の仕事は密輸に対する事だから、それに関する報告とデータだったら他の所よりも遥かに優秀なんだよ」

 

 なるほどなぁ、と呟いたところでティーダの足が隊舎内の一室の前で止まる。不思議なことにここに来る途中、様々な隊員を見かけることはあっても、こちらを止めるような行動を取るものはいなかった。そこらへんの認識緩いのかなぁ……と一瞬思ったが、

 

 ……まあ。

 

 こんな所で犯罪を働こうとする者はいないだろうし、その意味もほとんどないだろう。普通に警戒するだけ無駄だということに気づき、どうでもいい思考として処理する。ともあれ、ティーダが軽く扉をコンコンと、響く音を鳴らして叩く。それに反応する声が扉の向こう側から聞こえる。

 

「入って良いぞ」

 

「失礼します」

 

 聞こえてくるのはそれなりに歳を取った男の声だった。では、と遠慮なく扉を開けて入ってくる姿に中の男は軽く驚きの表情を見せてから、笑みを浮かべる。

 

「てめぇ、来るなら連絡入れるかアポを取っておけよ馬鹿野郎」

 

「いやぁ、やっぱり先に連絡入れてたら準備しちゃうじゃないですかゲンヤさん」

 

「それが普通なんだよ。別に変な方向に頭を回さなくていいんだよお前は」

 

 呆れているようだが、歓迎しているようにも思える。そんな感じの吐息をゲンヤと呼ばれた男は吐いた。おそらく四十代後半、だが髪の毛は既に白く染まっており、掘りの深い顔はまるで苦労を重ねてきたように年齢以上の歳を感じさせる。その感じからして、実際苦労してきたんだろうな、と軽く察せられる容貌だった。ともあれ、ティーダがこちらへと向く。

 

「こちらはゲンヤ・ナカジマ三等陸佐。かなりエライ人だけど二人の娘を一人で育てているシングルファーザー。俺も数年前ティアナと二人っきりになったばかりの頃に会ったんだけど、娘の育て方を直接教わった恩人的な人物だよ」

 

「おいそこ、なんだよ恩人”的”な人物ってのは。というか俺も急にお前が接触してきた日には驚いたもんだよ。妹と二人だけになったので子供の育て方を教えてください、って確実に15歳のガキの発言じゃねぇよ」

 

 だがそれを苦笑して言える辺り、いい思い出として記憶しているのは少々羨ましい話だ。自分はまだ半年の関係だ。ティーダの様に数年の歳月を重ねれば自分もこうやって奔走している時期のことを良い思い出として笑う事が出来るようになるのだろうか? まあ、それは別として、

 

「どうも、イスト・バサラ空曹です。この外道とコンビやってます」

 

「おう、ゲンヤ・ナカジマだ、よろしく」

 

 ゲンヤと握手を交わし合う。意外と力強い握手の返しと、そして硬い手の感触。これは結構鍛錬重ねてるなぁ、と口に出さず呟き、一歩後ろへと下がる。ここへ来たのはティーダのコネによるものだとすれば、ティーダの仕事なのだ、話をつけるのは。だからこそ話の開始はティーダから始まり、

 

「ゲンヤさん」

 

「おう、なんだ」

 

「データ提供してください」

 

「―――駄目だな」

 

 一瞬で断った。

 

 

                           ◆

 

 

「いやいや、少しだけデータ提供してくれるだけでいいの。こっちの捜査で必要になるから」

 

「おう、”だから”断っているんだよ」

 

 どういう事だこれは、と視線をティーダへと向ける。ティーダはその視線を受けて、素早くこちらへと視線を返してくる―――任せろ、と。自信に満ちた視線に押され、軽く頬を掻く。何というか……今の視線で大体見えてきた。何とも面倒な話だと思う。故に―――お手並み拝見と行こう。ティーダ・ランスターという男の手腕、見せてもらおう。

 

「いいか、アポなしでやってきたのは知り合いっつー温情で許すとしよう―――だけどな、俺らはミッドの平和を守る管理局なんだ。いいか?」

 

 まるで子供に聞かせるようにゲンヤは言葉を強調してくる。

 

「俺達が法を守らずに誰が法を守る―――陸の管轄で起きた事は陸の管轄だ。だからお前が何かを提供して欲しかったらアポとって、申請して、そして話を通して来い。世の中信用だけで情報を得られると思ってんならずいぶんと甘い話だぜ、未来の執務官殿」

 

 挑発する様なゲンヤの言葉に、ティーダは口の端を浮かべる。

 

「そうですね、もし私人としてこの場に来ているのであれば確かにそうでしたでしょう。ですけれど、こちらは”首都航空隊”という身分を持った人物としてここに参上しています―――つまりそちらは”陸”という組織である以上、”空”が挑んでいる案件に対しては要求を通させる権利が存在しています」

 

 実質的には空が陸の上位に立っていると言える。別にそう明言されているわけではないが、暗黙の了解、共通見解―――そういう意識は存在し、より危険のある事に対して挑む空や海は陸に対して上位に立っていると認識され、そして”本局”は空に対する情報の提供は惜しまないようにと推奨している。つまり状況的に見ればこちらの方がいささか有利だが、

 

「詭弁だなぁ」

 

 ゲンヤはその言葉を一言で斬り捨てる。

 

「厳密には上位下位は存在しないし、俺はアポを貰ってない。それにだ、そういう強引な手が通じるのは相手が俺と同じ階級だった場合だ。うん? 解るか? 俺は隊長、超偉い。三等陸佐、超凄い。普通ならそう簡単には会えないオッサンなんだよ。だから今回は諦めろ。最低でも隊長職の人間じゃなきゃノーアポでまともに交渉するなんて無理だぜ。だから―――」

 

 ゲンヤが会話を終わらせる為に帰れと言おうとした瞬間、ティーダが口を挟む。

 

「―――交換条件です」

 

 ゲンヤの言葉を途中で止め、

 

「俺と、そこのイストは非常に優秀な魔導師、二人とも総合AA評価の魔導師です。そして総合AAという存在が陸に対してどういう価値があるのか」

 

 ゲンヤは口を閉じ、そして片手を持ち上げる。それは5、という数字を表している。

 

「5回」

 

「流石にぼったくりですね、1で十分です」

 

「アホかテメェ、そっちが頼み込んでる状況なんだよ今は。だから5だ」

 

「数分で終わるデータの移譲に二人分の十数時間分の労働を対価にするのが陸のやり方ですか。アットホームな職場が呆れてものも言えませんので1で」

 

 ―――ちょっと待てそこのオレンジ頭。貴様、俺を勘定に入れてないかこの交渉。というか巻き込みやがったな。

 

「あぁ、わかったわかった、確かに俺のが酷いかもな―――じゃあ4だ」

 

「ではその誠意にこちらも誠意を見せるとして2で」

 

 その先は語る必要はない。1と5という数字が出た時点でこの決着は二人の間では見えていた事だ。

 

「では3回で」

 

「おう、3回”ウチの連中の訓練と警備の手伝い”をよろしく頼んだぞ」

 

 ティーダがゲンヤのその言葉に驚きの表情を浮かべ、何かを言おうとして口を開こうとするが、それを途中で止めて口を閉じ、代わりに吐きだしたのは諦めの吐息だ。

 

「先に何の回数か指定してないのがバカなんだよ。お前交渉なのに相手が知り合いだから”言わずとも通じる筈だ”とか思いやがっただろ? そういう甘さが付け入れられる隙になるから気をつけろ。交渉ってやつは極めようとすればするほどマジで魔窟って事が解ってくるからな。自分の主張を通す事だけを考えておきな若造」

 

 参りました、と言って両手をあげるティーダの姿に口笛を吹いて軽く手を叩く。

 

「俺、そこの外道と半年コンビ組んでるけどいいように負かされたのは初めて見たぞ。あ、待て、宴会で地獄から蘇った上司がビンをティーダに振り下ろす宣言した時に“待ってください”を“いいや限界だね”の一言で終わらせてたな」

 

「それは交渉でもなんでもないから安心しろ。大体」

 

 と言って、ゲンヤはまず、と言う。

 

「第一に、俺の方が歳を取っている、それだけで交渉に関しては有利だ。わかるか? 俺の方がもっと経験してるんだよ。次に立場だ。確かに空と海の方が陸よりも重んじられる風習があるのは知っているが、それは現場レベルで通じる話じゃねぇんだよ。もっと大きなレベルで話すのなら確かに意味はあるさ。たとえば入局希望者の統計データとか、どちらが縄張りでどこを管轄するとか或いは予算とかな。だからそういう事を有利だと思ってんなら捨てておけ。特に俺の様に頑固なおっさんタイプだと一番意味がねぇ。最後に脇が甘い。最後はどうにかなるという認識が存在している。そのせいで明確に勝利したヴィジョンを今回は用意できなかったな? 身内を相手にした時も親の仇と交渉するつもりでやっとけ」

 

「勉強になります」

 

 そう言ってティーダが頭を下げる。

 

 ……勉強になるなぁ。

 

 目の前のゲンヤ・ナカジマみたいな、歳をとったベテランは本当に貴重な人材であり、そして見習いたい存在だ。何せ、我々のような若い世代にはない凶悪な武器、”経験”を所持している。少なからず死亡率が存在している魔導師という職業を十数年も生きているのだから、その経験は貴重なものだと理解できる。

 

 そういうベテランから伝えられるべき技術を伝える戦技教導隊の隊員が19だったり21だったり、そこまで年齢が下がるぐらいに若い人間を駆り出す程、管理局は人材不足なのだ。個人的には海をある程度縮小して、新たな次元世界の発掘を止めて現在の世界の治安維持に全力を回さなきゃいずれ潰れるのではないかと思うのだが。

 

「で、何が欲しいんだ」

 

「ここしばらくの密輸に関するデータ全部お願いします。整理とか洗うのとかはこちらでやるので」

 

「そうか、お前もう死ぬのか……」

 

「あばよティーダ、ティアナの面倒は俺が見ておくよ」

 

「死にませんしイストはあとで少し話し合おうか?」

 

 ゲンヤが苦笑する。

 

「中々愉快な相棒を持ったもんだな?」

 

「恐縮です」

 

「あぁ、恐縮してろ褒めてないから。お前とつりあいそうなくらいアクの強いやつだな、ぱっと見。まあ、数日待っておいてくれ、そう簡単に渡せる量でもねぇから一応軽いまとめだけはやっておく。その代わりお前と、そしてお前でちゃんとウチを手伝えよ? 戦技教導隊にコネがねぇから訓練頼みたくても全く頼めねぇんだよこれが。世の中世知辛くね? 俺申請しに行ったら”すみません、コネなしですよね? あきらめた方が早いですよ”なんて言われたんだぞ。普通あそこまで露骨に言うかよ」

 

 まあまあ、とティーダが宥めるが、どうやらさっきの交渉の結果は確定らしい。つまりどっかで休日潰してここの連中の訓練を手伝ったり、職務を手伝ったりしに来なくてはならないらしい。いや、確実に2週間俺の休暇が潰される事になっている。

 

「ごめん、今更だがティーダ、お前を殺したくなってきた」

 

「え、殺したいほどに感謝している? ありがとう」

 

 軽く襟首を掴んで持ち上げるが、笑顔で動じる様子を見せない。

 

 ―――ハハ、こやつめ……!

 

「まあまあ、落ち着けよ。ウチの隊員の生存率を上げるためだと思ってよ。あぁそうだ。ついでにウチのガキ共もつれてくるか。ティーダは銃と魔法だったよな? お前、握手した感じかなり手首の筋肉とか発達してた感じだけど、戦種どうだ」

 

 ゲンヤの質問に対して右手のデバイスを見せる事で回答する。

 

「殴りプリ」

 

 ネトゲかよと言ってゲンヤが一瞬顔を覆うが、その後再び顔を持ち上げる。

 

「格闘技は?」

 

「ストライクアーツとシューティングアーツを少々、あとはベルカ式の格闘術で投げとか組み技が得意ですね」

 

「おう、決定だな。3回もありゃあ十分手本にゃあなるだろ。とりあえずそっちの欲しいもんに関しては了承した。こっちから日程を送るから休日のスケジュール調整宜しく」

 

 ある程度の成果は得られたが、やはり敗北の色の方が若干大きかったかもしれない。得難い経験ではあったが、この後車の中で軽くティーダを苛める事を決定しつつ頭を下げ、

 

「ありがとうございました」

 

 頭を下げて退室する。

 

 

                           ◆

 

 

 ……行ったか。

 

 執務室の椅子に寄り掛かり、窓の外から車に乗って離れてゆく二人の青年の姿を見送る。ティーダに関しては前々から知っていたが、もう片方の青年……イストだったか、彼に関しては初めて会った。だが彼もティーダと同じく、まだ粗削りの宝石のように見える。原石ではない。共に輝く方向性と形は見出している―――ただその形へと辿り着いていない、そこへと至る道への途中の様に思える。

 

「いいねぇ」

 

 自分も、若い頃はあんな風に頑張って輝いていただろうか。女房と、クイントと会う前の頃の自分を思い出し、軽く苦笑する。今更昔を思い出して浸ったとしても何かある訳でもない。それよりも今は二人の娘の生活を守ることと、そして隊長として預かる部下たちの命の方が重要だ。戦技教導隊にコネを持っていなかったので、総合AA評価の魔導師を隊の訓練に付き合わせることができるのは僥倖だ。何せ格上との戦いは大きな刺激になるし、良い経験にもなる。新しい刺激は大きな進歩を与える要因となる事を自分は知っている。だからこそ、

 

「いいねぇ……」

 

 そういうつぶやきが口から漏れてしまう。

 

「―――入ってええですか?」

 

 ドアを叩く音と、扉の向こう側から少女の声が聞こえる。自分の娘よりも何歳か歳を取っているが、それでも先ほどの青年たちよりもかなり若い少女の声だ。

 

「おう、入っていいぞ」

 

「そんじゃお邪魔しますわ」

 

 軽い声で中に入ってくるのは茶髪、ショートカットの少女だった。管理局の制服を着用しているが、まだ若いせいで着ている、というよりは着られている様に思える。まだまだ学業に勤しむべき年代だというのに、管理局に入局とは人生を棒に振っているな、と軽く思ってしまう。が、思うだけだ。決して口に出す事はない。

 

「おう、どうした八神はやて准陸尉」

 

 若いくせにこの階級、相当期待されているもんだと思う。経歴を見るからに納得の行く処置なのだが。

 

「いや、頼まれていた書類、片付け終わりましたよ、って」

 

「おぉ、悪ぃな」

 

「悪いと思ってもないことで謝らんでくださいな」

 

「はははは!」

 

「ほんまに謝るのやめたな……」

 

 だって悪いと思ってないし。隊長が部下に、たとえ研修生であろうと仕事を押し付けるのはごく当たり前の事だ。だから、

 

「よし、はやて、お前ここ数ヶ月の密輸に関するデータまとめておけ。なるべく早く提出な」

 

「ちょ、ちょっと待った!」

 

「だが待たない。これは隊長命令だ」

 

「あかん」

 

 精々若いうちに苦労しておくべきだ。その苦労はいつか、苦い経験として絶対に自分を助ける力となるはずだ―――これがどういう助けになるかは知らんけど。

 

「というかゲンヤさん、これさっきの人たちに頼まれたもんよな?」

 

「おう。そうだぜ」

 

 何か引っかかるのか、はやてはその確認を取ると、腕を組んで少しだけ唸る。その要素を見て、口を挟む。

 

「なんだ、気に入らないのか?」

 

「いや、むしろコネは積極的に使うモノだと思うてます。使えるものはなんでも使わなきゃあかん時もありますから。でもそうやなくて……」

 

 はやては窓の外を、青年たちが去って行った方角を見つめている。

 

「なんかなぁ……? なんかあの赤毛のアンちゃん、昔地球で見かけた気がするんよなぁ……こう、記憶がその周りだけもやもやしててよう思い出せへんけど」

 

 ま、とはやては底に言葉を付け加える。

 

「赤毛なんてミッドには腐るほどおるし見間違いかも」

 

「ま、だろうな。地球なんて任務でもなきゃあ行かないしな。それよりもだ、ほら、徹夜したくなきゃとっととはじめろ新入り。まだまだ仕事はあるぞ」

 

「あかん、私管理局のブラックっぷりナメとったわ」

 

「おいおい、これはまだ序の口だぜ」

 

「なん……やて……?」

 

 ノリいいよな、この娘は。だからこそこっちに研修に回されてきたのだろうが。ま、正直今回の件はこっちにとっては非常に美味しい話となった。

 

 ……またカモられに来るといいなぁ。

 

 そんな事を思いつつ、日々の業務へと戻る。



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ウォット・キャン・ユー・ドゥー

「―――さて」

 

 そう言って整列した隊員達の前に立っているのはティーダだ。既にバリアジャケットは展開されており、管理局の制服を白くし、そして少々アレンジしたかのような服装へと変化している―――ここらへん、バリアジャケットでの姿を自由にできるのが高い地位につく者としての特権だろう。もちろんそれを自分も持っているが、必要以上にバリアジャケットの見た目にはこだわらない為、いつもジャケットの姿は着ていたもののままにしている。―――何せ、昔に”ぼくのかんがえたちょうかっこいいバリアジャケット”をやって激しく失敗している男を一人知っている。

 

 アレには盛大に笑った。

 

 ともあれ、そこそこカスタムの施されたティーダのバリアジャケット姿を見るのは初めてではない。既に何度か目撃しているものだ。そうやってティーダが見る集団は陸士108隊のメンバー、総勢は20にも満たないグループだ。少ないとは思わない。一つの隊に割り振られる平均的な人員がこの数だからだ。目的次第では規模はもっと増えるが、前線活躍メンバーともなればこれぐらいの人数だろう。いや、これだけいれば十分すぎるかもしれない。

 

 ……恵まれてるなぁ。

 

 研修とか、参考にさせてもらうには中々いい場所かもしれない。が、それと戦闘における実力とは全く別のものだ。目の前の人物たちは自分と似たり寄ったりの年齢の様に見える。だとすればそこまで心情に関して考慮する必要はない。年が離れているというのは上に対しても、下に対しても非常に面倒だ。言葉の選び方、というものが出てくる。だから同じ年齢の者に任されたとすれば、それは”鍛錬につぎ込んだ時間が違った”という事で諦め、という逃げを与えることが出来るのだ。

 

「さて」

 

 ティーダが言葉を放って注目を集める。結構注目を集める事には慣れているらしい―――これも交渉の応用だからだろうか。さて、と声を放って数秒間無言で過ごす事で自分へと視線を集める猶予を与えている。別に焦っているわけではない、自身に対する印象を軽く与えている。そして数秒間衆人を見渡したところで、口を開く。

 

「皆さん知ってのとおり、ゲンヤさんに交渉で負けたので本日皆さんの訓練をつけるティーダ・ランスター二等空尉です」

 

「その交渉に負けた阿呆に無理やり組み込まれた結果一緒に訓練する事になったイスト・バサラ空曹だ。ちなみに半ば巻き込まれたからって手を抜く気はないので徹底的にやるからよろしく。何事もお仕事はスマートに、な」

 

「うん、俺としてはそういう方向性で安心しているんだよ」

 

「なんだ、罪悪感でも感じてるのか?」

 

「え? 感じなきゃいけないのか?」

 

 近くの石をティーダへと目掛けて蹴ると、ティーダがそれを避けて、近くにあった小石をこちらへと向けて蹴り返してくる。ここは肉弾派として負ける事が出来ないので蹴られた石を蹴り返し、ティーダが新しいのを蹴ってくるという不毛な争いを十数秒間続ける。少しナーバスになっているのか、自分も少し過激すぎたかもしれない。

 

「おーい、仲がいいのはわかったからお前らさっさと進めろー」

 

 ゲンヤの声が隊列の向こう側から来るのでティーダとは一時休戦し、乱れた服装を本当に軽くだが整える。その間にティーダは話を進めていた。

 

「えー、そんなわけで俺達は総合AAの魔導師です―――戦技教導隊の魔導師と比べればワンランク下がる準エース級と言ったところですが、Bランクが平均の陸士隊からすればそれでも結構上のランクの存在だと思うんですよね。まあ、何か激しく予想外な事に―――」

 

 ティーダが、整列している隊列の中にいる一人の少女を見る。その顔は見間違えるはずもなく、八神はやてという少女の姿だ―――自分の認識が間違っていなければ、自分とティーダよりも遥かに魔力量を持ち、ロストロギアだったか、夜天の書を所持していたはずだ。この場にはいないが、それにつき従うヴォルケンリッターという守護騎士も存在し、個人としてはほぼトップクラスの戦力を有している存在のはずだ。

 

 正直貴様なんでここに来たかわからない。

 

「正直どうしてここにいるのかわからない人物もいますけど、まあ、そこらへんは大人の余裕を見せて軽く見下す事で進行します」

 

「見せられてないやないかぁ!?」

 

 はやてからツッコミが飛んできて、辺りが軽い笑いに包まれる。この流れは確実にティーダの用意した流れなのだろうな、と軽い関心と、そして興味を胸に、横に立つ。何せ八神はやてという少女は我が家の王様の遺伝子提供先なのだ。正直ウチの王様とこの八神はやて、どれほどの共通点があるのかは知りたい部分も存在する。

 

 

                           ◆

 

 

「む、むむむむ? むむむむ! これは!」

 

「どうしましたユーリ? 今マドウシスレイヤーがベルカ十字斬を決めて暗黒提督をしめやかに爆発四散させたところなんですが」

 

「今イストがディアーチェの事を深く考えましたね……!」

 

「ユーリよ、最近キャラに電波系が追加されてきてないか? そろそろキャラの方向性を統一したほうがいいんじゃないかと我は思うんだが」

 

「みんな安定してるなぁー……」

 

 

                           ◆

 

 

「それじゃあとりあえず説明は終わったので、遠距離型の得意な魔導師は俺が、近接型の魔導師はイストの方に移動をお願いします。それぞれ分かれて必要な事を指導しますので」

 

 そう言ってティーダと逆方向に分かれると、隊も二つに分かれる。だがそうやって分かれた二つのグループのうち、こちらは明らかに少なかった。思わず口からおろ、と言葉を零しながらこちら側に集まった人数を数える。一、二、三―――と、合計で五人程しかいない。予想外に少ない数だが、同時に納得する。その答えはここがベルカではなくミッドチルダである事で答えられる。

 

 ……これがベルカだったらこっちが多くてあっちが少ないんだろうなぁ。

 

 ミッドチルダの術式は基本的砲撃、射撃、そして支援が強みとなっている。それは長い年月を経て効率化されてきた術式であると同時に、ミッドチルダ式の術式がミッドチルダを象徴するものでもあるのだ。つまり、ミッド式の魔法が砲撃や射撃を得意としているのは、ミッドチルダ出身の魔導師の多くが砲撃や射撃が得意だからだ。そしてそれを得意とする術式体系を使えば……といった風に、ミッドでは遠距離型の魔導師の方が基本的にメジャーだ。だから、まあ、この数には納得できる。

 

「んじゃこの中で近代ベルカか古代ベルカに関して適正のある人は?」

 

 誰も手を上げず、周りを見渡す。それはいい。なぜなら、

 

「俺もそれに関しては適正が死んでて教えられないからそれは良かった。んじゃ格闘技経験は? ストライクアーツでもシューティングアーツでも結構」

 

 そう言われると全員手を上げる。その内容は全員が口を揃えてシューティングアーツと言う。その年数は全員そろって二年ほど、これは……。

 

「―――あぁ、そりゃあウチの女房が教えてたんだよ」

 

 そう言って近づいてきたのはゲンヤだった。こちらに近づいてくるのと同時に指で何かを弾き、こちらへと飛ばしてくる。それを片手でキャッチし、手の中身を確かめる。それは一枚のデータチップだった。それをベーオウルフに入れる事で保管する。

 

「ティーダの奴は忙しそうだしお前に渡しとく……ともあれ、俺の女房……クイントはそれなりに強かった、というか陸戦AAでぶっちぎりでなぁ……暇な日にはよくここに来て前衛組にゃあ手ほどきしてってくれたもんだよ」

 

 陸戦AAでシューティングアーツ……あぁ、なるほどそれは強そうだし優秀そうだ。この場合、

 

「シューティングを教える方向で? それともベルカ式の武術を仕込む感じで? ぶっちゃけ既に誰かに教えられて形が整っているのであれば下手に弄るよりは手数を増やすかひたすら基礎力を鍛えるのが最上の選択なんですけど」

 

「手数を増やしてくれ―――基礎力伸ばしたところでたかが知れてるし」

 

「隊長、流石にそれは酷いですよ!」

 

「俺達だって毎日筋トレとか頑張ってるのに!」

 

「馬鹿野郎、魅せ筋ばっか鍛えてねぇでアホのように走り込みでもして体力つけろよ体力をよ。……ったく、とりあえず報酬は先払いしたんだから頼んだぜ?」

 

 つまり手を抜かずにやってくれと言う事だろう、この先払いの意味は。もしくはサービス精神。まあ、元から仕事は真面目に()るタイプなのだ。無論、真面目にやらせてもらうが、まずは。

 

「基本的な話をおさらいするか。あぁ、今更だけど俺に対して階級上だから敬語だとか気にしないでくれ。やりにくいだろうし」

 

「了解」

 

「短い間だろうけどよろしく頼む」

 

 さて、まずは基本を思い出しとくか。

 

 

                           ◆

 

 

 魔導師としての力量を計測するにはまず三種類を把握する必要がある。

 

 一つ目が魔力量。その魔導師が一体どれだけの魔力を体に溜め込む事が出来るか、リンカーコアがどれだけの魔力を生み出す事が出来るか。まずこれが大きくかかわってくる。こればかりは努力でもどうにもならない領域その1で、生まれてからある程度成長するが、意識的に伸ばすことは諦めるしかない場所だ―――いや、確かに伸ばす方法はある。小さいながらもトレーニングで成長期の間に限界は伸ばせる筈だが、例えば魔力量Cは魔力量Aへと到達する事はで絶対にできない。伸ばすと言ってもそこまで劇的な効果は出ないのだ。やはり伸びる量を考えても才能が大部分を占めるだろう。瞬間的な話であれば、カートリッジシステムやユニゾンデバイスとのユニゾンで一時的に自身をブーストする事も出来るが、これはやはり本質的に変化するわけではない。

 

 二つ目が適正。どの魔法体系に対して適性があるか。大きく分類できるのはミッド式、ベルカ式、古代ベルカ式、そしてミッド・ベルカ複合式。そこから派生する様に細かく幻影、解析、結界、砲撃、強化、射撃、魔力操作、カートリッジ適正、等とそれぞれの魔法体系に対する適正となる。これもまた才能の領分だ。たとえ魔力量がSだとしても、ここで適性が低ければ魔力を持て余すだけの魔力タンク状態となるので、こちらもやはり適性がある事を天に祈ることしかできない。ちなみにユニゾンデバイスに対する適性もあるが、ユニゾンデバイス自体、ほぼ存在しないにも等しい超がつくほどのレア存在なのでこの適正は無視するのが正しい。

 

 そして最後、三つ目がスタンスだ。これは三つのカテゴリーに分けられ、近接・支援・遠距離という風になる。これの傾向によってどういうスタンスで動き回るか、と言うのが決定する。近接型なら魔力で強化して殴る。支援型なら味方を守る。遠距離なら砲撃でドバァー、という感じになる。

 

 ……ここまでは大丈夫。

 

 さて、

 

「ここで変則的適性を持ったやつはいるか? 俺は適性が支援型なのに近接スタンスの異端児だぞ?」

 

 誰も手を上げないので良し、と頷く。そんじゃ、

 

「んじゃ軽くベルカ式の武術に関して説明するな? あー、シューティングアーツとストライクアーツ、違いはあれどこの二つが打撃格闘術の総称なのに対して、ベルカ式の武術ってのは別段特別な名前はなくて単にベルカ式武術って呼ばれているんだが、これはもっと根本的に相手を”破壊”する事に特化している格闘術でな?」

 

 軽く構える。左半身を前に出し、右半身を左半身で隠す感じだ。左手を盾の様に構え、右手を武器とする。

 

「基本的には構えはどうでもいいんだけど、問題なのは動きに一々色んな技術を要求される事で」

 

 軽く動く。体の重心を変えず滑るように体を動かし、足を地面から離さない。そのまま左手を拳ではなく、掌の形で突き出し、素早く大気を叩く。その衝撃で僅かに空気が揺れるのが感じられる。その光景に周りが魅入っているのに気付き、心の中で苦笑しておく。

 

 ……誰かに教えるキャラじゃないよなぁ。

 

 だが仕事は仕事だ。

 

「こんな風に、ストライクアーツやシューティングアーツでは見ないようなちょっとした独特の動きがある。起源は古代ベルカ時代、対魔導師用に考案された格闘術らしく、魔法の力を使わず非力な者でも魔導師と戦える方法が、段々と研鑽と特化によってとがって、”戦場に置いて効率的に壊す方法”という方向性を見出したため、と文献や学者には言われている。だから、まあ、衝撃を壁の向こう側に伝える方法やら、音を立てずに足を動かす方法、衝撃を体から逃がす方法等色々と面倒だけど怖いことができるんだが―――あ、ゲンヤさんお願いできますか?」

 

「お前が先生だ、頼まれてやるよ」

 

「では」

 

 ゲンヤに目の前に立ってもらうと、ゲンヤの服、袖の端を掴む。

 

「鎧を着込んだ相手や質量兵器を装備している相手と戦うために格闘術も面白い方向に進化しているわけで―――」

 

「おぉ?」

 

 引っ張り、ゲンヤの体を引き寄せ、足を引っ掛け、自分の重心を軽くズラしながらゲンヤの体を動かす。何度も繰り返してきた動きは訓練に忠実なもので、ゲンヤの体は面白いように浮かび上がると、掴んだ部分を中心点に回転し、その体を衝撃を殺しながら草地の大地へと倒し、背後へ腕を捻りあげる様にゲンヤの体を捕縛する。

 

「こんな風に腕力を使わずに相手を抑え込む技術とかも出来上がったりしてるんだ。ちなみにこれは本来倒すのと同時に膝を肩に叩き落とし、腕を引き上げ肩を砕くもんな」

 

「えげつねぇ……」

 

 そう呟いたのは誰だったか、思わずその言葉に笑ってしまう。そう、徹底的に甘えや遊びがないのだ。スポーツ目的でやるのであればミッドでは主流のストライクアーツをやればいい。戦闘目的ならシューティングアーツが実に効率的で強力だ。ベルカ式の武術は相手を壊す事だけを目的としている。

 

「あ、ゲンヤさん協力ありがとうございます」

 

「この歳になって空を飛ぶ夢がかなうとは思いもしなかったぜ」

 

 そう言って笑いながら立ち上がる中年の姿は中々恰好のいいもんだと思う。ともあれ、

 

「まあ、こんな風に自分よりも体格が上の存在を抑えこんだりするのには非常に有用な組み技や投げ技、関節技の類がベルカ流にはあるんで、この3回の機会で仕事に役立つようなやつをとりあえず教えようと思う。空港とか迂闊に魔法を使えない場所で相手を捕縛する時とか確実に役に立つ時が来るんで、覚えておいて損はないと思う。んで習得して時間が余ったようならそこから戦闘用のちょっとした小技を教える感じで……いいですか?」

 

「おぉ、そういうのは大歓迎だ。治療班が向こうでスタンばってるからどんどん怪我させちまいな」

 

「ちょ」

 

「隊長ォ!」

 

 隊員達から抗議と悲鳴の声が上がる。だが上司から許可を得たのであれば―――こちらのターンだ。

 

「さあ、まずは投げられる痛みと、そして組み技の恐怖を覚えよう……!」

 

「く、く、くるなぁ―――!!」

 

 段々とテンションが上がってきたので一番近くの隊員へと飛びつき襲い掛かりながらも耳を澄ませる。違う方向から銃撃の音と、そして爆発音が聞こえる。おそらくティーダも似たようなことを始めているはずだ。だとしたら負けてはいられない。

 

 やるからには、徹底的にだ。手加減容赦はしない。

 

 家でゴロゴロできないこのストレスをぶつける……! それだけだ。



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ワイ・ワイ・ワイ・アンド・ワイ

「うーあーうー」

 

「おりゃりゃりゃりゃりゃりゃー!」

 

「おーおーおーおーおー……」

 

 ソファでぐたりと、前のめりに倒れて占領しているこちらの体の上に倒れ込んでいる娘がいる。長い水色の髪が前に倒れて顔にかかっているので、誰なのかは疑う必要はない。だが重要なのは、彼女がこちらにべっとりやっている事だ。電気の変換資質を利用して微弱な電気を全身から流し、それをこちらに当てているのだ。微弱な電気がこちらの体の筋肉をほぐしてくれて、

 

「きもちいぃー……」

 

「もうどっからどう見ても休日のお父さんだな貴様!」

 

 その光景をディアーチェが腕を組んで見ている。だって仕方がないじゃないか、と言い訳を口にしてみる。何せ人に何かを教えることなんて初めてなのだ。人の教え方を調べて、メニュー組んで、個人のデータを参考にして色々と考案して、そんなこんなを考えている内に夜は明けて、108隊の隊舎へと到着したら暗くなるまで投げ続け、投げられ続け、組み技を決める。何百回も同じことを繰り返しているだけじゃなくて、その後でティーダと捜査にも出ているのだ。約束の3回を終えた今、身体は疲労からかなりヤバイ事になっている。

 

「妥協を知らん男だなぁ、貴様は」

 

「才能に恵まれはしないけど秀才ってレベルだからこそ、妥協ってことをしちゃいけないんだと思うんだよなぁー。ほら、上も下もあるだろ? つまり持たざる者と、持つ者を知っているわけで、だからこそ努力も才覚も否定できないからさ」

 

「あー、みなまで言うな。お前の妥協せずに物事に当たろうとする姿勢は良くわかっている。というか妥協を許すような人間だったらここまで完璧に我々を囲っていることもないだろう。正直この生活が今も続いている事には結構我は驚いているのだぞ。当初は数ヶ月ぐらいで終わると思っていたし」

 

 正直に言えば俺も、ここまで上手く言っていることには軽い違和感……よりは不安を感じている。なんというか、物事が上手くいきすぎているのだ。そして物事が上手く運びすぎると、それはまるで何かの前触れ―――不幸の前兆ではないかと疑ってしまう。職業柄、ジンクスやらそういうことには気を使っている。何せ一つの判断が大きなミスへと繋がるのだ。気にしない筈がない。そこには確実に、この生活に慣れてきている自分の姿もあるはずだ。この生活を失う事を恐れている自分が。

 

「あー、しかし、筋が良かったなぁ……」

 

「うん? 何が?」

 

「ゲンヤさんの娘達」

 

「ほほう」

 

 今一瞬、ディアーチェの目が光った気がするがどうなんだろうか。まあどうでもいい話だろうと断定し、続けろ、という言葉の意味だろうと思って話を続ける。

 

「どうやら奥さんが娘に格闘術の手ほどきしてたらしいんだけど、全部教える前に死去しちゃって修行が途中止まりだったんだってよ。んでまあ隊員達に色々教えるついでに軽くシューティングアーツの面倒を見たんだけど、これがまたスポンジが水を吸い込む感じにドンドン吸収するから嫌になるね。スバルちゃんとギンガちゃんだっけ? 可愛かったし将来が楽しみな少女達だったなぁ……」

 

「へぇ……」

 

 背後からそんな呟きが聞こえたと思ったら、レヴィの方から流れる電圧が急に勢いを増す。

 

「あだ、あだだだだ!?」

 

「あ、ごめん。わざと」

 

「貴様ァ!」

 

 謝った瞬間レヴィは背中から飛び降りると、そのまま素早くどこかへと逃げ去ってしまう。そうやって残されるのは微妙に痺れを残す俺と、そして呆れた視線でこちらを見下ろすディアーチェだった。

 

「なんだよ」

 

「いや、別の女を褒めるのはあまりいい趣味ではないぞ」

 

「相手が彼女だったら言わねぇよ。家族相手に話すも話さないもないだろ……」

 

「それは貴様の主観からの話だイスト。お前が我らを家族と認めるように、我々も貴様を家族の一員として認めている。そして我々の中でもレヴィは特に直情的で本能的で、そして寂しがり屋だ。アレは―――」

 

「あー、わかった。わかったから。わかったから恥ずかしい事を言うのはもうやめてくれ」

 

 突っ伏して顔をソファに埋めると、背中に二人分の重みを感じた。顔を横へ向けながら後ろを確認すると、それはユーリとシュテルだった。ジト目でこちらを見ながら、無言で数秒を過ごし、それから口を開く。

 

「これは償いが必要ですねシュテル……」

 

「そうですねユーリ、これは償いが必要ですね……」

 

「”ミルコレット”のケーキとかレヴィの大好物じゃなかったですかねー……」

 

「”ファウンディア”のチョコロールも大好物でしたねー……」

 

「く、クソ! こいつら! 調子に乗りやがって!」

 

 えぇ、そうですね。とシュテルは頷きながら言い、

 

「調子のいい男の上に乗ってます」

 

 上手い事を言ったつもりか貴様。シュテルとユーリが背の上で足をぶらんぶらんと揺らしながらケーキ、ケーキ、償い、償い、とコールをしている。そしてその言葉に反応するように廊下の奥からレヴィが小動物のような動作で顔をのぞかせてくる。そろーりと顔だけを出して窺ってくる辺り、こちらに対して申し訳なさがあるようだ。だからこそ一旦諦めの溜息を吐いて、

 

「あー、はいはい。お兄さんが悪かったですよーだ。家にいる間は他の女の話はしないよ」

 

「あとホモ臭いのでティーダの話もなしで」

 

「シュテル、お前それをどこで習ったかマジで話し合おう。腐った文化は存在しちゃいけないんだ」

 

 はぁ、と溜息を吐き、ちょいちょいと手でレヴィを手招きしながら、

 

「後でケーキ買ってやるから仲直りしようぜー」

 

 瞬間、レヴィが顔を輝かせる。そして笑顔で走って戻ってくると、ソファを飛び越えて顔に抱きついてくる。正直息苦しいが、それよりも単純すぎる自分自身に嫌気がさしてくる。あー、駄目な男だなぁ、俺は。たぶんめんどくさい女に惚れてダメになってしまうタイプだ俺……。

 

「ありがとう! だからお兄さん好き!」

 

「チョロイですね」

 

「我が臣下の理のマテリアルが驚くほどに真っ黒な件」

 

「胃痛が捗りますねディアーチェ」

 

 安心しろディアーチェ―――お前を一人にはしない、なんて言えたらいいのだろうか。ともあれ、ケーキは箱一つで5000もする高級品だ。自分の誕生日にちょこっと購入してきたのをえらく気に入られたのだが、これはまた痛い出費になりそうだ。

 

 と、そこで、

 

『You got mail master』(メールですよ)

 

「ぬぉ」

 

 テーブルの上で寂しく放置されていたベーオウルフがここぞとばかりに七色に光りながら存在を主張する。激しくウザイので拳を握って脅迫すると光の強さが半減した。最近注目を浴びていないからどうやら寂しいらしい。もうそろそろメンテナンスに持っていくべきかねぇ、と呟きながらメールの内容を確認し、

 

「よいしょっと」

 

「おぉ?」

 

「おぉー」

 

「わわわっ」

 

 腕立て伏せの要領で三人娘全員を持ち上げ、体を振って、ふるい落とす。そのまま両手で体を支え、軽く床を押して体を飛ばす。軽い跳躍から着地すると、自分の部屋へと向かう。

 

「仕事か?」

 

「おう、相談事だってよ」

 

 シャツを脱ぎながら部屋へと向かう背後、

 

「ならちゃんと夕飯前に帰ってくるのだぞ。我の新作に付き合ってもらわなくてはいけないのでな」

 

「あいよ」

 

 なら今回もサクサクと仕事を終わらせよう。

 

 

                           ◆

 

 

「悪いね、今日は休暇だろうに」

 

「気にすんな」

 

「じゃあ今度から遠慮もしないね」

 

 それで構いはしないが―――元から遠慮なんて欠片もないだろお前。

 

 そんな事を言いながら今いる場所は管理局でもレストランでもなく―――クラナガンにあるティーダの家だ。と言っても一軒家ではなく、マンションの一室にティーダはティアナと暮らしている。元々は両親とともに家に住んでいたが、昔とは区切りをつけるため、そして家を売るために引っ越してきたらしい。元々は陸士108隊のあるエルセア地方の出身らしいが、クラナガンにいた方が機能的な事からクラナガンを移住先へと決めたらしい。

 

 そんなランスターの家の中、テーブルをティーダと一緒に囲み、目の前にはティーダがまとめた今までのデータや証言が存在する。それを確認し、そして憶測する事で色々と考える事が出来る。こういう時だけは、ティーダが激しく優秀だと理解できる。情報の整理、言葉の用意、状況の把握、どれをとっても一級の腕前を持つ。正直羨ましくなるぐらい、そういう操作方面に関してティーダは才能を持っている。

 

「ゲンヤさんから貰った情報と今までのを合わせると―――」

 

 情報を整頓しながら並べ、それで一つの図を見せる。

 

「やっぱここ最近臓器の持ち込みが多いな。空港で見つかったのも三回や四回で済んでないようだし」

 

「うん、持ち込んできた世界の方も軽く洗ってみたけどどれもバラバラの世界だった。仕事も必ずブローカーを仲介して行われているようだったけど、このブローカーの仲介元に関してはまだよくわかってないんだよね。まあ今わかっていることとして、この”元”は確実に同一の人物か組織なんだろう。それもこれだけの臓器を提供しているってことは確実に大規模の。だけどわからないなぁ……なにが目的なんだ?」

 

「調べれば調べる程計画的だってのがわかってるんだけど、動機が一切見えてこないよな? 資金稼ぎにしてはやり方が荒すぎるし、目的がないにしては精密すぎる。素人かと思えば熟練された巧妙さが見えてるよな? まるでガキがおもちゃではしゃいでるような感じに見えるんだよなぁ」

 

「うーん、イストのそういう意見は貴重なんだよなぁ……獣っぽい勘って馬鹿に出来ないし。だけど子供がおもちゃかぁ……うん、確かにそういう感じはあるけど、どうなんだろ。やっぱり目的と”誰”というのが重要だよね。まあ、それに関しては例のごとく情報屋に今頼んでいる最中なんだけど」

 

「これでダメだったら完全に行き詰まるな。ぶっちゃけ本職の捜査官に回した方がいいかもしれない」

 

 そう言うとティーダは首をひねり、名残惜しそうな表情を浮かべる。確かにこれはかなり大きなケースで、これを捜査官へ移譲するということは功績を全て持って行かれるということだが、命を功績に代えることは出来ないのだ。それをティーダは理解しているだろう。

 

「あ、兄さん? 飲み物持って来たけど」

 

「あ、うん、ありがとうティアナ」

 

 飲み物の入ったカップを二つ、オレンジ色の髪の少女が―――ティアナ・ランスターが持ってきてくれた。自分とティーダの前に一つずつ置いてくれると、

 

「いらっしゃいイストさん、いつも兄さんの相手をしてくれてありがとうございます。本当にめんどくさくて恥知らずな兄だけど、どうかこれからもよろしくお願いします」

 

 そう言うとティアナは頭を下げて別の部屋へと下がっていった。彼女の背をティーダとともに見送り、ぽつりと言葉を漏らす。

 

「いい妹だよなぁ、礼儀正しいし率先して色々としてくれるようだし」

 

「俺の宝物だよ」

 

 そう言ってティーダは苦笑すると、浮かべていたデータを全て消し、ティアナが持ってきたジュースに口をつける。それに倣い、自分もコップに口をつけて暖かい液体を口の中へと流し込む。少しだけすっぱく、そして甘い液体はおそらくレモネードだろうか。そういえばホットレモネードを家で作った事はないし、帰りにスーパーに寄って買って帰るのも悪くないかもしれないと思ったところで、

 

「よし、今探っている情報屋が何も得られないか、成果が少なかったらこの捜査は移譲しよう」

 

 ティーダがハッキリとした声で否定した。

 

「いいのか?」

 

「かかっているのは俺の命だけじゃなくて……イストと、そしてティアナの生活もだからね。無駄な欲を出して自滅はしたくないよ。少なくともティアナが結婚するまでは死ぬつもりはないね、俺は」

 

 なら、これ以上自分が言うべきことはない。引き際を弁え、己の力量を弁え、そして周りの見えている相棒を持っていると本当に大変だ。何せ非の打ちどころがない。それどころかこちらがみじめに思えてくる―――アイツには負けられない、そう思って嫌でも奮起してしまう。

 

 ……俺も恵まれてるなぁ。

 

 環境と、そして状況に。

 

「じゃ―――見極めようか?」

 

 そう言ってティーダはニヤリと笑みを浮かべながらこちらに一枚のホロウィンドウを見せる。それはこちらがよく利用している情報屋からの、会いたいという内容のメールだった。間違いなく何らかの情報を掴んだのだろう。少々勿体ないがマグカップの中身を一気に飲み干し、立ち上がる。

 

「ヘルメットとジャケット用意しとけ。2ケツするけど問題ねぇよな?」

 

「違法改造とかされてない限り問題ないよ」

 

「違法改造するだけの余裕がねぇんだよなぁ……一回でいいから超スピード特化にチューンしたい」

 

「一種のロマンだよねぇー……あ、ティアナ、ちょっと出かけてくるから」

 

 玄関へと向かう途中ティーダがそう言うと、ティアナが部屋から飛び出てくる。

 

「鍵は私が閉めるから、仕事がんばって兄さん」

 

「うん、大丈夫大丈夫、死亡フラグ5個ぐらい立てておけば生存フラグになるはずだから」

 

 ……それに巻き込まれるのは確実に俺なんだろうなぁ。まあ、刺激には事欠かないから別にそれはそれでいい。だから、

 

「お邪魔しました」

 

「行ってくるねティアナ」

 

「はい、二人とも行ってらっしゃい」

 

 ティアナの笑顔に見送られ、ランスター家を出る。

 

 向かう場所は―――ミッド北部、廃棄都市区間だ。



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デンジャラス・アクト

 音を立てて稼働していたバイクのエンジンを切る。どれだけここにいるかは解らないが、燃料の節約のためにもバイクのエンジンを切っておくことに越した事はない。被っていたヘルメットを取ってバイクの上に乗せると、しっかりバイクキーを抜いてポケットの中に入れておく。廃棄都市には犯罪者が隠れていたりするのだが、範囲としては結構広い。すぐに見つかってバイクがパクられない事は天に祈るほかはない。が……すぐに終わらせればいいだけの話だ。一応防犯登録しているし。ともあれ、ティーダもヘルメットを脱いで少しくしゃっとしてしまった髪の毛を整えている。自分もコートの中から櫛を取り出し軽くだけだが、髪型を整える。櫛をティーダへと投げてよこす。

 

「サンキュ」

 

「あいよ」

 

 受け取ったティーダが軽く髪型を櫛で整え、櫛を返してくる。基本的に誰かと会ったりすることが多いこの空隊という仕事、身だしなみは割と大事な事である。社会人の基本として清潔であることは必須だが、髭のソリ残しはない様にチェックしたり、香水、シャンプーやコンディショナーと、割と気を使っている。近頃はそういう容姿的な部分にチェックが厳しい四人娘が我が家にいるのでそういうセンスは少々磨かれているのではないかと思っている。

 

 まあ、そんな事は今はどうでもいい。

 

 服装の乱れを直したところで二人で並んで廃墟を横に、奥へと進んで行く。情報屋に指定された場所は今の地点から少しだけ先の場所だ。歩きながらも奇襲や伏兵がいないことを確認するためにも、気配を軽く探る―――こればかりは魔導師としての技能ではなく、技能としての修練を積んで得たものだ。ここら辺はキチンと訓練を重ねてきたベルカ騎士でも壁越しに相手を感じることぐらいはできる。魔力もなしに行える探知行動は非常に貴重だ。なにせ、相手に警戒される事がない。

 

 魔力を使うという事は相手を警戒させる一番の行動なのだから。

 

 特に話す事もなくティーダと並び廃墟の乱立する土地を歩き進めていると、やがて目的地へと到着する。軽く周囲を窺っても周りには誰もいない。此方の到着は早かったらしい。電気式の時計を取り出して確認すれば、まだ約束の集合時間よりも数分早い事に気づく。

 

「早すぎたか」

 

「まあ、全力で飛ばせばこんなもんだろ」

 

 待ち合わせ場所で暇なばかりに軽く背中を廃墟の石壁に預け、時間の経過を待つ。視線を上へと持ち上げればまだ日は高く登っているように見えるが……それが少しずつ傾いてきているのが解る。あと数十分もすればこの空も夕焼けのオレンジ色に染まっている者だと思う。

 

「冬だなぁ」

 

「冬だねぇ」

 

 冬の空だと思う。暮れるのが早い。冬になると早く空が暗くなり、色々と面倒だと思う。なにせ暮れるのが早くなると時間を解っていても焦ってしまうのだ、もうこんな時間なのかと。春、夏、秋。冬。

 

「お前はどの季節が好きだ?」

 

「うん? 俺は冬かなぁ。雪とか嫌いじゃないし、今でも歳がいなくはしゃいじゃうし、ほら、やっぱり冬って家族一緒に仲良くしているってイメージあるじゃない、家の中で。俺、結構そういうの好きでだなぁー……」

 

「あぁ、奇遇な所に俺も冬が好きだなぁ……」

 

 とことん気の合うコンビだなぁ、と軽く苦笑しながら思う。もう既に12月も中旬となっており、大分冷えはじめている。首に巻いたマフラーは防寒具としての機能を多いに果たしてくれている、ちょっと素敵な季節だ。冬の空は夏より澄んで見えるから、もうちょい綺麗だと思う。そういう空は見るのが好きだ―――数ヶ月前までは飛ぶという選択肢がほぼ存在しなかったため、今ではもう少しだけこの空に感慨がある。

 

「寒くなって来たしそろそろ鍋でも食べたい所だな」

 

「あー、いいね、鍋。やっぱり大人数で鍋を囲んで食べるのっていいよね。こう、普通に大皿からとって食べるのとは違う一体感があるよね。まあ、それが戦争の火種になる事もしばしばなんだけどさ」

 

「これが終わったら食うか?」

 

「今日は無理だけど皆連れて鍋にでも行く? 少し前にクラナガンに美味しい鍋の店ができてさ、彼女の一人でもできたら連れて行こうとって思ってマークしてたんだけどこう……ねえ? だからもう皆連れてヤケ食いするしかないね、これは」

 

「俺達の春は何時になったら訪れるのだろうか」

 

「少なくともこの冬を乗り越したところで訪れそうにはないなあ」

 

 辛い。超辛い。彼女の一人はガチで欲しい。空隊、自分が所属している隊の女性は全員既に既婚か、もしくは彼氏持ちなのだ。流石エリートレディー達、男の引っ掛け方も上手い。……なんて事も言ってられない。消耗率が高く、そして死亡率が高いこの職業では早めに家庭を持っておいた方が後々後悔を残さずに済むので、いい出会いは欲しい。

 

「あー、彼女欲しい」

 

「同窓会でも開いて昔のクラスメイト引っ掛けようかなぁ……」

 

 仕事中なのにまったく緊張感ないよな、等と思って再び時計を確認する。その時計に出ている時刻は―――約束の時刻は数分過ぎていた。おや、と声を漏らして時計をティーダに見せる。ティーダも時間を見て眉を歪める。情報屋という職業は基本的に信用が第一なのだ。信用を失えば情報源と客を失うのが情報屋という職業の辛さ、一つのミスが全体のネットワークを崩してしまう。だから基本的に時間に遅れる事はありえない。

 

「メールを送ってみるね」

 

 ティーダがデバイスであるタスラムに触れると、目の前のホロボードとウィンドウが出現する。そこに素早く連絡のメッセージを入力し、送信する。その光景を眺めながら、目を閉じる。本当はなんらかの罠にハメられたのではないかと、そんな疑いが胸中をよぎる。目を閉じて軽く精神を集中すれば、より多くの情報が耳に、そして六感に引っかかる。そうして集中して聞こえてくるのは―――足音。

 

 一人分の足音だ。

 

 ……少なくとも奇襲はないだろう。

 

 そう思い、内心安堵する。総合AAを二人相手に一人で勝負を挑むの等よほどの実力がなければ無理な話だ。だから一人できた事をただ遅れただけだと判断する。その事をティーダへと伝えるとティーダもまた少しだけ安心した表情を浮かべる。まあ、何らかのトラブルがあったのだろう。その分こっちはしっかりもぎ取らせてもらおうと思い、集中しなくても聞こえてくるゆっくりな足音へと視線を向ける。

 

 そうして現れたのはスーツ姿の情報屋の姿だった。前回とあった時同様肥満体の情報屋だ。だがその姿は前回あった時とは大幅に違う点があった。

 

 一つ、その表情には恐怖が張り付いていた事。

 

「た、たすけ―――」

 

 二つ、その体にはカートリッジマガジンが何十個と巻きつく様に体に付けられていた事。

 

 カートリッジマガジンはただの魔力の詰め物で、指向性の無い魔力の塊だ。つまり火薬の詰まった弾丸と何ら変わりはない。もちろんデバイスではないので非殺傷設定等という上等なものはついていない。

 

 ―――それが爆発したとしてどうする?

 

「―――て」

 

「タスラムセットアァァァァップ!!」

 

「おぉぉぉぉォォ―――!!」

 

 その体を見た次の瞬間の行動は早い。

 

 アレは、人間爆弾だ。

 

 情報屋の男の体に紫電が一瞬走るのが見えた。間違いなく体に巻きついているマガジンを爆破するための”火”だ。そしてそれを理解しているからこそ体が取るのは助けるための動きではなく、防御の為の動きだ。迷うことなくティーダはセットアップしながら体を此方の後ろへと隠し、そして此方も、セットアップを開始し、両手にガントレットを纏いながら全力で大地を踏む。

 

 力を籠め、魔力を流し込まれ、そして脆い部分と強化された部分に分かれた道路だったものは全力で踏まれた結果、望まれた四角い形でせり上がり、壁として目の前に立ちはだかる。そしてそれが目の前に完成した瞬間、閃光と爆発は生じる。

 

 鼻に血の臭いが届く前に、凄まじい衝撃が魔力と共に壁を一瞬で食い破る。肉片なんて残さない程の爆発、壁は一瞬だけ持ったにしても十分すぎる結果を与えている。即ち時間稼ぎ。その間に此方のセットアップ―――管理局制服を少しだけ着崩した状態のバリアジャケットの展開は終了している。ならばここはメイン盾としてやることは一つしかない。

 

 殴りつつ、

 

『Reacter Purge』

 

 バリアジャケット上着部分を破壊、リアクティブアーマーの要領で破棄、衝撃を打撃と載せて相殺する。状況がとっさ過ぎてそれ以上の魔法を使う事は脳が追いついていても魔法の並列処理が間に合わない。だが、相手がマガジン爆発だけだったのが幸いした。それが砲撃の様に一点集中した魔力攻撃であればキツイが、

 

「しゃらくせぇ!」

 

 全方面へと向かって広がる衝撃である為、相殺しきる。拳を振り切るのと同時に息を吐き、呼吸を整え、強く大地を踏んで体を固定する。それに合わせる様にティーダが背中を合わせる。自分に強化魔法を使用し、素早く身体能力を魔法を使ったフルスペック状態へと引き上げる。そして、

 

『Reconstruction』

 

 消えた上着を再びバリアジャケットとして生み出す。これで戦闘前の準備は此方としては完了した。ティーダもタスラムをライフル状の形にし、そして背中を合わせながら周囲を警戒する。

 

「W・A・S(ワイド・エリア・サーチ)」

 

 ティーダの周囲に魔力スフィアが数個浮かび上がり、そして別の方向へと散る。散って行く魔力スフィアを一瞥し、口を開く。

 

「これ生き残ったら捜査降りるって方向で」

 

「せんせー! ティーダ君、この状況が絶望的に見えるんです!」

 

「ま、まだ大丈夫、バイクにたどり着けば……!」

 

 そう言った瞬間、遠方で雷鳴と閃光、そして爆音が生じるのを感じる。汗をかき、顔を蒼くしながらまさか、と呟く。次の瞬間ベーオウルフに知らされたのは知りたくも、そして信じたくない情報だった。

 

『Congratulations! Your bike is destroyed!』(おめでとうございます! バイクは破壊されました!)

 

「クソがあぁぁ―――!!!」

 

 頭を抱えて絶叫するしかなかった。そしてそうやってネタへと走った瞬間、空に浮かび上がったのは紫色の魔法陣だった。その規模も、魔力も大きい。確実に此方を仕留める目的として放たれた大規模の魔法として理解できる存在だった。それを目視した瞬間判断は早く、

 

「イスト!」

 

「俺のバイクがぁぁ―――!!」

 

 ティーダが此方のバリアジャケットを掴む。そしてその瞬間、限界速度で跳躍する。魔法を使った飛行よりも、身体能力を使った跳躍の方が圧倒的に速度が出る身の為、迷わず跳躍から廃墟ビルの壁を蹴り、それを足場に全力で蹴り砕きながら体を加速させ、素早く効果範囲から体を逃がそうとする。

 

「間に合わないッ……!」

 

 そう叫んだティーダの判断は素早く、ティーダは次の瞬間に―――自爆した。

 

 カートリッジマガジンから取り出した魔力入りの薬莢。それをティーダは起爆剤に加速を一瞬だけ伸ばした。その爆破によって稼がれた距離で―――ギリギリ魔法陣の射程範囲から逃れる事に成功し、身体は空から降り注ぐ紫電の雨から辛くも逃れることに成功する。だがそれが降り注ぎ終わった次の瞬間、巨大な魔法陣は消え、小さな魔法陣が十数と浮かび上がってくる。その全てが小型ながらも距離を無視して跳躍魔法と砲撃の魔法の混合だと見抜く。

 

 一瞬の判断でティーダの腕をつかみ、投げる。

 

「いつも通りよろしく!」

 

 そう叫んだティーダの姿は数メートル進んだことでまるで陽炎のように揺らめいてから消える。ティーダが得意とする幻術魔法が発動した証拠だ。極限まで魔力を使わず、完全に潜む状態となったティーダは自分から尻尾を出さない限りか、もしくは相手が優秀な解析能力を所持していない限りはバレないだろう。

 

 だから必然的に全ての攻撃は此方に集中する。

 

 魔法陣から一斉に雷撃が放たれる。純粋に雷へと変換された魔力。雷を回避できる生物は存在しない。だから最善の策は放たれる前に射程か範囲から逃れている事だ。―――ただ、魔力から変換された雷は100%純正の雷とは違い、速度は大幅に落ちる。それは此方に対して一手だけ挟み込む余地を与える。

 

「フルンディング!」

 

『Byte』

 

 雷に対して拳を叩きつける―――それは無論此方の敗北で結果を得る。十数の雷撃が拳を貫通し、身体へと伝導し、全身に衝撃を与えながら此方を空中から叩き落とす。非殺傷設定の切ってある魔力攻撃により、壮絶な痛みが体を襲うが、

 

「カッ! レヴィ程じゃねぇなぁ!」

 

 四肢を大地へと叩きつけ、着地する。もちろん痛い。泣きたいぐらいに痛いし、ダメージはデカイ。が、こちとら食らってナンボのタンク型プレイヤーなのだ。それに、既に一回”噛んだ”のだ。

 

『Heal』

 

 即座に回復魔法が発動し、傷ついた体を回復し始める。そして空に再び無数の魔法陣が浮かび上がり、此方へと向けられる。此方が走り出す前に魔法陣から雷が放たれる。それに向けてやることは一つ。

 

「フルンディング……!」

 

『Byte』

 

 拳を雷撃へと叩き込む。その結果は以前と変わりなく、全身に激痛を生み出す。だがそれは一度目ほどではない。一回”噛んで”味は覚えた。これで2回目が終了した。―――術式”フルンディング”はその役割を大いに果たしてくれている。と言っても状況が不利なのに変わりはない。

 

「まだか……!」

 

 回復魔法を多重展開し、全身の傷を早急に回復させながら構える。治療の証が全身から湯気として証明され、溢れる。雷撃によって体に刻まれた軽度の火傷も素早く回復されて行く。完全回復は不可能だが、司祭としての血統、それによって備われる回復魔法への適性は高い。戦闘続行には十分すぎる回復は行える。

 

 そして、

 

 三度目の雷撃が降り注いでくる。

 

「味は覚えたか? 解析術式”フルンディング”……!」

 

『Byte』

 

 雷撃を打撃する。その全ては無理だが、これで三度目の打撃となる―――三度の接触により術式の構成内容は解析を大分終え、術式と構成魔力が判明される。ここまでとなれば、次の打撃で半分以下まで威力を減らす事が出来る、

 

 解析術式フルンディング。

 

 魔法、または相手へと打撃による接触を得る事で接触対象を解析し記録する魔法。解析という支援型魔導師の武器を攻撃へと転化させた結果―――相手の術式に対して一番有効なハッキングプログラムを打撃として乗せる。即ち、打撃による魔法解除。術式への妨害という行動。

 

 攻撃用の最大の切り札を惜しげもなく切る。―――これは切り札を使うに値する敵だ。

 

『―――見つけたよ』

 

 次の瞬間、一瞬の閃光が空を照らし、そしてベーオウルフに位置情報が送信されてくる。それを確認した瞬間体は目的地へと向かって走り出す。

 

「邪魔、だ!」

 

『Cartridge load』

 

 ベーオウルフから空の薬莢が排出されるのと同時に、一直線へ座標へと向かって疾走を開始する。

 

 文字通り一直線。

 

 即ち目の前にある廃墟や、崩れた高速道路、壁、フェンス、そう言った障害を全て走る事で粉砕しながら直進する。速度は落ちない、落とさない。強化された肉体により道程にある全てを破壊しながら直進し、空を見上げる。

 

 そこに、それはいた。

 

 全身をローブで隠している存在だった。間違いなく敵だ。此方への敵意と、素早い対応へのいら立ちを感じる。だからこそ此方も怨嗟を込めて叫ぶ。

 

「お前が俺のバイクをぶっ壊したクソかぁぁぁあ―――!!」

 

 即座に飛び上がり、足を掴もうとすれば飛行魔法で相手が避ける。そして同時に杖型のストーレージデバイスを振るい、

 

「―――サンダーレイジ」

 

 ノータイムで雷撃を頭上へと落とす。反応する暇も、打撃する暇もない。成すすべもなく全身を雷撃に撃たれるが、

 

「それぐらいで止まる様な俺でもねぇ」

 

 構わず飛行魔法で浮遊し、加速術式で一瞬の加速で接近する。素早く、短く、必中のコースで繰り出す拳を、

 

「……」

 

 相手は短い加速術式の動きで避けた。だが、

 

「―――そこ、危ないよ」

 

「っ!」

 

 二対一で戦って勝てると踏んでいる敵なのだ―――避けられる事は織り込み済みだ。

 

 既に狙撃に適する位置に陣取っていたティーダが狙撃した。溜めの入った魔力弾はレーザーの様な細い閃光となって空を貫き、敵に―――掠った。敵は最後の瞬間で此方と同じことした。即ち自爆。爆風によって敵は体を横へと飛ばして必殺を回避した。

 

 ただし、素顔を晒すという代償を払って。

 

 そうやって晒されたのは―――紫の色の髪をした女の顔だった。



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アンガー・マネジメント

「チッ」

 

 一瞬で紫髪の女の姿が消える。十中八九転移魔法だ。その姿が遠方へと一瞬で姿を移すのが見える。それと引き換えに大量の魔力スフィアが転移前の場所に浮かべられていた。明らかにこっちの接近を封じる手段だ。それが動き出そうとする瞬間、同時に動き出す。

 

「―――」

 

 一閃の光がスフィア群を貫き、誘爆させながら道を生み出す。その瞬間に飛行魔法と加速魔法を並列思考で同時に処理し、一気に体を加速させる。魔導師の女は悠然とその光景を眺め、此方の到来を待っている。十中八九誘われている。だがそれはいい。此方はもとより殴り、そして殴られて初めて役目を果たせる存在なのだ。殴れば殴るほど、殴られれば殴られるほど強くなる。

 

「いっくぞぉ―――」

 

『Bite』

 

 ノータイムの打撃を叩き込む。それは女に届かず、その正面に現れるプロテクションによって阻まれる。これで一発目、

 

「にぃーっはつ!」

 

 右を叩き込んだ次の瞬間に体の向きをスイッチし、左拳でのブローを叩き込む。プロテクションの解析が二発目により大幅に進み、プロテクションに罅が穿たれる。そして相手のリアクションを待つまでもなく、半秒以内に三発目の打撃を叩き込んでプロテクションを破壊する。

 

「……」

 

 女は無言で唇を高速で動く。此方に対する感情は一切ない―――まるで無機物を、無価値の存在を見るような目立った。気に入らない。非常に気に入らない。気に入らないからその感情を拳にさらにこめて殴る。が、その動きは最後まで果たされる事はない。砕け散ったプロテクションの破片は鎖と姿を変えて、両手足を縛る。

 

 ようやく、女は口を開く。

 

「―――愚かね」

 

 そう言って策にはまった俺を女は笑う。だからこそ笑い返す。

 

「あぁ!? 馬鹿じゃねぇ男がいるかってんだよぉ!」

 

 ……テンションあがってきてるなぁ俺!

 

 そう、大体テンションが上がる時はこういう空気だ。劣勢だ。相手が強い。自分よりも強い。追い込まれる未来が見える。だが―――勝てない未来ではない。決定的に絶望的じゃない。まだ自分が勝てる光景を想像できるのだ。そしてそれだけあれば十分。力任せにバインドを引きちぎり始める。空間へとバインドによって固定されているため、両手足はちぎれそうに悲鳴を上げながら血を流し始める。

 

「まるで躾のなってない獣の様ね」

 

「男は何時だって女に飢える獣なんだよ!」

 

『数分前までそういう会話だったしね!』

 

 念話でティーダの声が一瞬だけだがこっちに届く。それを聞いてアイツもだいぶテンションあがってるなあ、と理解したところで、目の前の女が視線を逸らして杖を振るう。瞬間、一直線に雷鳴が槍となって放たれ、廃墟を吹き飛ばしながら雷撃を爆破させる。そしてその行動に女が視線を逸らした瞬間此方も動く。

 

「がぁっ!」

 

 獣で結構。無頼漢で結構。そういう”役割”なのだ、俺に与えられたのは。最前線で激しく、馬鹿の様に、そして目立つように暴れる。ヘイトを集める。注目を集める。その隙に相棒を影の様に存在感を薄くして隠れる。隠れている間に俺が暴れてボコって、美味しいとこを持ってかれる。いや、まて、最後のはおかしい。ここはコンビネーション攻撃でフィニッシュに変えるべきだ。いや、あ、うん、大体そんな感じ。

 

 深く考える必要はない。

 

 体は治る。

 

 心は折れない。

 

 無理だとは感じない。

 

 ならば、

 

『Bite bite bite bite―――bite』

 

「だぁらっしゃぁぁ―――!」

 

 バインドは直接体に触れている。数秒も存在すれば術式の構成を解析し、そしてそれを破壊するための”アポトーシス”を用意するのは簡単すぎる話だ。仮にも総合AA、腐っても総合AAだ。伊達や酔狂で支援型適正なのにAA評価を奪ってきているわけではない。全身から回復の証に湯気を立てながら前進する。

 

「落とすッ……!」

 

「出来るかしら」

 

 素早く拳を叩き込む。が、再び女は転移を使って距離を生む。だがその方角は大体、何となく、解る。つまりは勘だ。勘で大体どっちへ逃げたのかを悟る。だから拳を叩き込み、空振り、そして空ぶるのと同時に拳の先から殴りだす様に砲撃を逃げた方向へと叩き込む。

 

 ―――当たるな。

 

 それを直感するのと同時に女は砲撃の前へと現れる様に転移してきた。

 

「なっ―――」

 

 驚きは一瞬、だが致命傷にはならない。言葉が漏れるよりも早く女は自然とプロテクションを張っていた。だがそれは既に三度殴っているものだ。猟犬の牙は一度噛みついた獲物の味を忘れない。しっかりとプロテクションは味わっている―――故に一瞬の抵抗をしてからプロテクションは砕け散る。

 

 そして、女は言葉もなく砲撃に飲み込まれる。

 

「同じ手を使うのは悪手だぜ」

 

「―――忠告有難う」

 

 砲撃を雷撃で吹き飛ばしながら無傷の姿で女が現れた。ただし流石に姿を隠すローブまでは無事と行かず、完全に吹き飛んでいた。スラリとしたスタイルに出る所は出ている三十過ぎの女性、少し旬から離れていても大人の色気を持つ女性だった。だがそれを全て瞳の色が台無しにしていた。

 

 無価値。圧倒的無価値。その瞳に感じられるのは無価値だった。相手に対して、世界に対して無価値。その女が瞳に映していたのはそれだけだ。再び思う、気に入らないと。こいつ根性ひん曲がっているな、と。そしてだからこそ、

 

「殴る!」

 

 一直線に女へと向かって加速する。短距離転移で接近するなんて器用な事は自分には出来ない。だからこそ、出来る手段はこれだけだ。欲を言えば地上戦の方が圧倒的に得意だし、分もある。故に地上戦へと持ち込みたい所だが、相手がそれを許しはしない。故に接近して殴る。

 

 それ以外の選択肢が存在しない。

 

「―――」

 

 再び高速で唇が動く。次の瞬間魔力スフィアが十数と浮かび上がる。

 

 そして、

 

 再び虚空から放たれる閃光がスフィアを打ち抜き、誘爆させる。それによってスフィアは一気にダメになり道が開け―――

 

「舐めないでほしいわね」

 

 ―――十倍を超える量のスフィアが出現する。その総数は軽く百を超えていた。その全てに雷が込められ、バチバチとスパークしながら浮かび上がっていた。

 

「これだけの数があればどこに居ようと関係ないわね」

 

 その発言に軽く頬を引きつらせた次の瞬間、

 

「サンダースフィア―――ファランクスシフト」

 

「―――噛みつけ猟犬の牙ァ!」

 

『Hrunting』

 

 叫んだ次の瞬間、空に浮かびあげられた百を超える魔力スフィアが広範囲にばらまかれるが。その様子を語るとすれば豪雨や嵐等という言葉はなまぬるすぎる。非殺傷の設定が存在しないだけではなく、スフィア一つ一つ、全てが雷に変換されている―――それは弾けるのと同時に電撃となって広範囲を焼きつくし、伝導する殺戮の魔導となって廃墟を更に更地へと変えようとしていた。

 

 ―――あ、ヤバイコレ。

 

 一撃目のスフィアを殴るのと同時にそれを認識する。それを殴るのと同時に全身が電撃によって痺れるのを感じる。それ故に体の動きは一瞬鈍り、同時に六発の雷撃を体が受け止める。全力で魔力を回復魔法に消費しながらカートリッジがアホの様に消耗されて行く。消費される魔力と回復が機関銃のように降り注ぐ弾幕に追いついていない。だが、それでも、

 

 殴る。

 

「―――」

 

 殴り、進む。

 

「―――っ」

 

 殴り、進み、笑う。

 

「―――ははっ」

 

 殴り、進み、笑い、そして吠える。

 

「―――ははっ! 今の俺超かっけぇ……!」

 

 三十発目を殴り飛ばす頃には完全に相殺が完成し、殴り飛ばす分にはダメージを無くす事には出来た。それでも常に魔力スフィアが生み出され、毎秒百発のスフィアを放出してくる弾幕に終わりはない。此方が五十発殴り終わるころには体に八十発を超えるスフィアの着弾が発生していた。それがダメージとなって全身にやけど傷を作り、意識を削り、内臓を殺していくのを理解する。体の中の血が雷撃によって加熱され沸騰しそうになる。

 

 それでもカートリッジのロードを止めない。

 

 回復魔法が続く限りは死なない。

 

 死なないんだったら止まらない。

 

 そして死なないのであればまだまだ戦い続けられる。だから前進を止めず、弾幕の中をひたすら直進する。その光景を女は一瞥するだけで、

 

「―――殺す」

 

 宣言する。明確な殺意を向けて。だから言い返す。

 

「ばぁーか……!」

 

 次の瞬間変化を生んだのは俺でも女でもなく、

 

「残念、ティーダ・ランスター君でした!」

 

 敵の肩を背後から掴んだのはティーダだった。

 

「ッ!?」

 

 やっている事は簡単だ。幻術魔法で姿を隠したティーダは”常に”敵の真下に存在した。W・A・S用に放ったスフィアをそこから操作し、念話の中継地点に使用し、そして弾丸として使用した。まるで周りを移動しながら狙撃していたように見せかけるブラフ。俺という餌を使ったうえでのブラフ。

 

 あとで殴る……!

 

 痛い思いをした分だけティーダを殴る事で自分の中では納得しておく。そして、

 

「俺、非殺傷切っている相手に攻撃やめろとか甘い事を吐くつもりないんで、―――レッツ死ね!」

 

 タスラム思いっきりを女の頭へと叩きつけるのと同時に襲い掛かってきていた弾幕は一瞬だが動きを止める。そしてそうやって叩かれた瞬間、前に出る。彼女の体は此方へと投げ飛ばされている。それは好機だった。ほんの一瞬だけ動きを止めたスフィアが再び動き出すが、それを全身で受け止め、体をそれを受け止める衝撃で赤い傷痕を何筋も生み出しながら、一気に接近する。

 

「―――超痛かったぜ……!」

 

 殺す、という明確な殺意を持っている相手に対して手加減する慈悲を俺もティーダも持っていない。

 

 ティーダが狙って殴ったのは相手を気絶させるための箇所だ。だがそれは無力化するためではなく、俺が明確に一撃を、必殺となる一撃を叩き込むための時間を稼ぐためだ。だからこちらへと迫ってきた女の体、

 

 その鳩尾に容赦なく拳を叩き込む。

 

「一撃……!」

 

 その拳を短く引き戻してから膝を叩き込むのと同時に右の肘を折れ曲がった体の背中に叩き込む。

 

「二撃目ェ……!」

 

 膝と肘のサンドイッチから解放した女の頭を掴んで無理やり体を伸ばさせる。頭から手を離し、

 

「三、四、五、六、ハイ、バリアジャケット貫通!」

 

 連続で拳を叩き込む。全てをとっても二秒もかからない連携からの連撃。解析術式がバリアジャケットを完全に解析し、打撃に関して言えば完全にその守護を無視する事に成功する。だから完全に無力化するためにも拳を振るおうとし、

 

「……ッァ!!」

 

 女が全身から雷撃を放った。威力自体は大した事がない―――だが問題は光量だった。眩しすぎるそれはとても目を開いていられるほどのものではなかった。故に目を潰さないために、反射的に目を閉じてしまう。

 

 そして感じるのは一瞬の位置の変化。

 

「やってくれたわね」

 

 目を開いて確認できるのは敵が生み出した更地から数キロ離れた位置。ティーダから大きく離れた場所。十中八九この女が此方もろとも逃げて来たに違いない。

 

「潰すわ」

 

「やってみろ」

 

 再び踏み出し拳を振り上げようとする―――だが相手の思考速度の方がそれよりも早い。虚空からバインドが出現し体を縛り上げる。だがそれは半秒ほどでちぎれる。

 

 だから新たなバインドが生み出される。

 

 千切る。

 

 バインド、破壊、この繰り返しが一瞬の間に凄まじい回数で繰り返される。が、そのループが十回ほど完成したところで女の姿が唐突に消失し、そしてその代わりに現れたのは雷鳴だった。

 

 一撃目の奇襲に放たれた物よりも巨大な魔法陣が空に浮かび上がっている。―――到底避ける事の出来る範囲ではない。表面上の傷は完全に癒えている。が、それでも目の前の脅威を乗り切れるかどうか―――それを問われるのであれば、かなり厳しい。

 

「助けてティーダ―――!」

 

「無理―――!」

 

 神は死んだ。

 

 そして天が落ちた。

 

 一瞬で視界が紫に染まり上がり、そして全身を雷撃が貫く。激痛と再生が同時に発生し、この世の生き地獄かと思えるほどの痛みが全身で発生する。飛行魔法は一瞬で発動を停止し、そして体は雷撃と共に大地へと叩きつけられる。衝撃をバリアジャケットは殺すが、それでも魔力によるダメージは慈悲なく全身を焦がす。

 

「かはぁ―――」

 

 口から鮮血が吐き出される。吐き出された―――ならまだ生きているという事だろう。全身を貫く雷撃を感じつつ確認する。激痛は―――ある。これもまた生への証明。血を吐いて痛みを感じている。手足は繋がっているのか? 動く。なら問題はない。

 

「メイン盾に感謝しろやイケメンシスコンスナイパァ―――!」

 

 返事が返ってこないのは解っている。というよりも叫ばれても聞こえない。それだけの雷撃と轟音が自分を中心に発生している、泣きそうなほどに痛い、が、

 

「かっこつけなきゃいけないガキ共いるから痩せ我慢するぜ……!」

 

 全身で雷鳴を浴びながら―――魔法陣の外へと走り抜ける。その様子を空に浮かび上がる紫電の魔導師は初めて驚愕の表情と共に迎える。その唇がバカな、と呟いているように見える。だがそんな声は聞こえない。あぁ、なるほど、耳がイカレたかと納得しておく。生死にかかわる問題なので優先的に聴覚の回復を始める。その再生の証としてキーン、と耳鳴りがし始める。敵はまだダメージが低い様に見える。だから、睨み、地を蹴ろうとした次の瞬間―――

 

「―――こほっ」

 

 女が吐血した。咳と共に発生する吐血を女は止められなく、そしてしまった、と後悔の表情を浮かべていた。まだ内臓へと届くようなダメージはバリアジャケットによって阻まれて成功していなかったはずだが―――これは明確な勝機だ。逃すわけが、

 

「ないでしょ……!」

 

「しまっ―――」

 

 虚空から幻影を脱ぎ捨ててティーダが出現する―――それは女の頭上だった。タスラムの姿は変形しており、もっと一撃必殺を意識した長く、そしてゴツイ、スナイパーライフルの姿へと変化していた。空中で逆立ちする様に出現したティーダは銃口へと女の頭へと向け、

 

「パス!」

 

 躊躇なく引き金を引いた。

 

 場合によっては殺す可能性さえある一撃を迷うことなくティーダは行った。そしてその結果として女は目の前へと落ちてくる。高速で、バリアジャケットが砕かれながらも、大地へと叩きつけられて体は跳ね上がる。

 

 ―――良い位置だ。

 

 そう思う。だから、

 

 ―――通す。

 

 ならば叫ぶしかない。

 

「死ね……!」

 

 即ち殺すしかない。それしか目的の無い拳。容赦も遠慮もなく、ただ”ぶち殺す”その一点だけに鍛え続けてきたベルカ式武術、キチガイの所業。シューティングアーツも、ストライクアーツも、その全てを習ってつぎこんできたものをつぎはぎで形とする。

 

 それを容赦も遠慮なく、殺す気で叩き込む。実を言えば正当防衛で、生殺与奪の権利は既に自由となっている。ここまで大暴れする犯罪者に対しては当たり前の法律だ。だから、万感を込めて叫ぶ。

 

「鏖、殺……!」

 

 叩き込んだ体を衝撃が突き抜け、アバラを易々と砕き、衝撃を全身へと響かせる感触を得る。衝撃は完全に貫通し、体を吹き飛ばさずその場に留める。拳を引き、後ろへと数歩下がれば、その場に女が倒れる。

 

「……っく、はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 目標が沈黙した事に安堵し、息を吐く。それと同時に全身に激痛が走る。素早く魔法を使って痛みを一時的に殺すが、それで状況が好転するわけではない。休息を訴える体を無理やり立たせたまま、ティーダの到着を待つ。

 

「お疲れさん」

 

「あいよ」

 

 すぐに追いついてきたティーダはこちらほどではないが、少なからず傷ついていた。おそらくあの魔力スフィアの豪雨の余波を受けたに違いない。まあ、それでも自分よりも圧倒的に損害が少ない所を見るに、俺は己の仕事を果たせたようで少しだけ、誇らしい。何せ、バインドするだけの魔力もカートリッジを使わなければ出てこないという惨状になっているのだ。

 

『Cartridge load』

 

「あまり無理はいけないよ」

 

「無理してナンボのポジなんだよ」

 

 口の中に溜まった血液を吐き出しながら収穫である女に向けて視線を向ける。まだ女からは魔力を感じる。その気になれば暴れる事も出来るだろう。だから何かをさせる前にバインドをかけようとし―――

 

「―――御免なさい、勝てたら貴女を蘇らせて―――」

 

 女が漏らした言葉に凄まじい不吉を感じた。

 

「止めろティーダァ―――!」

 

「解ってる!」

 

 反射的にカートリッジをロードし魔力を生み出す。ティーダもバインドなんて甘い事を言わずにタスラムを振り上げる。だが、

 

「―――アリシア」

 

 そう呟き、

 

 女は閃光となって破裂した。



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ワイト・カーテン・ワイト・ルーム

 消毒用のアルコールの臭いが鼻につくあまり好きな臭いではない。……病院にはあまりいい思いではないからだ。だから病院に来るとき、世話になる時は大分謙虚な気持ちになる。こう、無駄に落ち着いてしまう部分がある。一種の刷り込みかもしれない。子供の頃にやって事は未来に対して大きな影響を与えると言うが、これもその一つだろうなぁ、と思う。

 

「お兄さん無茶したもんだねー」

 

「あ、え、え? うん」

 

「どうしたの? ぼーっとしちゃって」

 

 自分は病院にいる。クラナガン中央病院という管理局傘下の病院だ。なのになんだ。自分が存在している個人病室、すぐ横の椅子にはキャスケット帽にゴーグル、水色ワンピース姿の少女がいる。ゴーグルを装着する事で顔をうまく隠しているし、髪型もポニーテールにすることで”本人”とは全く異なる風に見えるが、それでも良く見れば似ている事は明白なのだ。管理局のおひざ元へ、この娘が―――レヴィ・ラッセルが何で来ているのか良く解らない。というか解りたくない。

 

「お前、何やってるんだよ……!」

 

 反射的に荒げそうな声を抑え込み、リンゴを握るレヴィに顔を近づけてガンを飛ばす。それを受けてもレヴィは平気そうに笑みを浮かべる。

 

「うん? もちろんお兄さんのお見舞いだよ。ほらほら、病人だからはしゃがないはしゃがない。ふふっ、僕がいるんだから何も焦る事はないんだぞ」

 

「お、おう」

 

 レヴィに押し返され、溜息を吐くしかなかった。この娘は今、自分が物凄い危険地帯にいる自覚はないのだろうか。いや、あったらそもそもここまで来ることはなかったのだろうが。そんなこっちの心を一切察することもなく、レヴィは果物ナイフをどこからともなく取り出すと、それでリンゴを切り始める。その手つきは実に慣れているようで、危なげなさは一切ない。……まあ、レヴィも台所の手伝いはちょくちょくやっているのだ。これぐらいはできるようじゃなきゃ嫁の貰い手はいないだろう。

 

「で、お兄さんどれぐらい入院するの?」

 

「全治一週間だよばぁーか」

 

「あ、僕は確かに馬鹿だけどそう言うのは酷いよ!」

 

 自覚している馬鹿程厄介なものはないという。軽く頭を抱えると、レヴィはそれを無視し、切ったリンゴスライスを握り、それを此方へと差し向けてくる。それを貰おうと手を伸ばそうとすると、レヴィが手を引っ込める。なので手を引っ込めれば、レヴィの手が伸びてくる。

 

「はい、あーん」

 

「殴るぞ」

 

「えー! 僕もあーんとかやりたいー! テレビで一回見たんだけど憧れてたんだよー!」

 

 ……もう、いいや……。

 

 一種のあきらめの境地に立つ。レヴィの性格が常時からイケイケすぎて、自分では手に負えないものとなっている。ここにシュテルがいれば容赦なくシュテルがレヴィを沈めてくれるのでどうにかなるのだが、ここにシュテルはいない。つまりレヴィは俺が何とかしない限りは無法状態だ。だがそれをどうにかするのも諦める。口を開けると、そこにレヴィがリンゴを入れてくれる。

 

「えへへへ、美味しい?」

 

「皮は剥け」

 

「お兄さん結構シビア……!」

 

 別に皮が付いたままでもいいのだが、どうせなら皮を剥いた方が楽しめるものだ。いや、その場合は手が汚れてしまうのだが。むしゃむしゃと口の中のリンゴを咀嚼し、口の中が空っぽになってから口を開く。

 

「悪いな、一週間ほど帰れないわ」

 

「ほんとだよ。入院したって聞いてシュテるんが犯人に砲撃撃つ準備してたんだから! 王様が止めるのに苦労したんだよ! まあ、メールで死んじゃったって知ったおかげでシュテるんが止まったんだけどね」

 

 そこにレヴィとユーリの名前がない辺り、二人ともシュテルを止める気はなかったんだろうなぁ、と唯一止めてくれたディアーチェに心の中で感謝する。お前が今のバサラ家を間違いなく支えている。俺が復帰するまでの間、問題児の世話は完全に任せたぞディアーチェ……! 届け、俺の電波。

 

「お兄さんお兄さん?」

 

「うん?」

 

「それで傷の調子はどうなの?」

 

「うーん、表面上は大体治ってるんだよなぁ」

 

 こう見えて治癒系統の魔法に関してはプロフェッショナルと言える領域の腕前を持っている事を自負している。そんじょそこらの医者よりも優秀である事も自覚している。だからこそ戦闘中に半バーサーク状態の無茶が通じるわけだ。あの紫の魔導師から受けた傷の内裂傷、火傷の類は完全に自力で回復した。だがそれとは別に、

 

「筋肉の断裂とか内臓のダメージ残っちゃったんだよなぁー……いやぁ、怖いね電撃。アレ以上食らってたらマジヤバかったかもしんねぇ。気づかない内に体を内側から壊されてたっぽいんだよ。なるべくヒールしながら戦ってたわけだけど、少しずつ、じわりじわり体内に溜め込んで殺すとかエゲつねぇわ」

 

 あの相手が最初から弱っていて助かった。いや、弱っていたのではなく体が病を患っていたのだ。十中八九アレがプロジェクトF関連の存在であることは疑いようがない。というより此方に対して攻撃してくる存在がプロジェクトFの事件に関する存在だ。じゃなきゃ情報屋吹っ飛ばした後に登場するわけがないし。そしてあの襲ってきた相手の名前を知れば、アレが確実にクローンだという事も納得できる。

 

 プレシア・テスタロッサ。

 

 晩年の彼女は病を患っていた、とデータには出ていた。何年か前のPT事件でプレシア・テスタロッサは消え去った事を思えば、今回遭遇した彼女がクローンであることは明白だ。そして死に際の言葉を聞くに、プレシアは勝利と引き換えに愛娘であるアリシア・テスタロッサの蘇生を約束されていた……と見るべきか?

 

 あの自爆の瞬間、反射的にティーダを庇ったおかげでティーダだけはほぼ無傷で済んだ。その代わり俺が吹っ飛んだ。だが判断としてはそれが正しい。何せ、ティーダの方が捜査能力や交渉能力がズバ抜けて高いのだ。プレシアの事に関しても入院したその日の夜の内に纏めて送ってきてくれたのだ。相変わらず働き者だと思う。

 

「まあ、死んじまったからもう何も聞きだせないんだけどなぁ」

 

「ま、死んじゃった人の事は気にしてもしょうがないよ」

 

「だよな」

 

 軽んじるわけではないが、気にしていてもしょうがない話だ。死者は死者であり、彼らは眠るべき存在で、暴かれるべきものではない。―――だからこそプレシアのクローン、蘇生とも見えるこの出来事に対してはフェイト・T・ハラオウンに同情し、そして主犯に憎悪する。

 

 何て浅ましい。

 

 金さえあれば死者さえ蘇る事が出来るようになった―――だがそれはなんてクソなんだ。金だ。その存在を、人間を、金と同価値へと引き落としているのだ。奇跡等という安い言葉で死者の眠りは覚ますべきではないのに、それを叩き起こし、利用しているのだ。到底生かしては置けないクソだが―――もうどうしようもない。

 

「はい、あーん」

 

「うーい」

 

 リンゴを食べながら思考が大きくズレていた事に今更ながら気づく。

 

「というかお前ここまでどうやって来た。というかそもそもお前ここまでやってきて平気だったのか」

 

 うん? とレヴィはリンゴを一つ口に放り入れ、首をかしげる。

 

「僕は確かに”力”のマテリアルで四人の中じゃ純粋な勝負では最強だけど、それだけじゃないよ? 極限までの隠密行動と潜入活動ができる様に技術を会得しているし、雷の資質変換の応用で電磁波とか扱えるから自分の姿だけカメラから外したりできるし。あとシュテるんよりも気配を感じたり索敵能力も高いんだよ!」

 

 だから、ほら、とレヴィは言う。

 

「今この部屋へと向かってエレベーターから此方へと向かう人がいるって事も解るよ!」

 

「さっさと隠れろぉ―――!」

 

 わあ、という軽い悲鳴がレヴィの口から漏れる。走って扉へと向かおうとするのをレヴィは止め、ブレーキをかけるとUターンし、

 

「じゃ、僕帰ってるね! 次はたぶんユーリの番だよ―――!」

 

 窓から飛び降りた。魔法があるから無事だと解っていても、やる事が心臓に悪い。レヴィが慌てた結果ベッドの上へと投げ出されたリンゴを片手で掴み、それを齧りながら視線を部屋の入口へと向ける。レヴィが窓の外から飛び降りてから数秒後、扉をコンコン、と叩く音がする。

 

「入っていいぞ」

 

「お、元気そうだね」

 

 そう言って入ってきたのはティーダ、

 

 そして、

 

「―――お邪魔します」

 

 レヴィとよく似た金髪の少女、フェイト・T・ハラオウンだった。

 

 

                           ◆

 

 

「とりあえず軽い報告から入るよ? 捜査に関しては完全に移譲してきたからこのケースを僕たちは降りたよ。流石に隊長もここまで大規模な襲撃が来るとは思ってなかったからお金の代わりにいいもんを上の方から強奪してきたよ」

 

 そう言ってニヤリ、とティーダは笑みを浮かべる。

 

「おめでとうイスト・バサラ”空曹長”殿。あ、ちなみに俺がティーダ・ランスター一等空尉な。いいだろ、追いついたと一瞬でも思った? 残念、俺の方が一歩先でした! 俺が上でお前が下、この関係性は絶対埋まらないんだよバサラ君」

 

 とりあえず拳を作ってティーダを脅迫する。それでティーダは黙ってくれるので、軽く自分の中で今までの情報を整理する。……つまり今回の襲撃に対する”慰謝料”と、そして”口止め”用に金の代わりに階級をふんだくってきた、という事だ。これ以上は関わるなという意味での昇格だろう。……まあ、そこには確実にティーダとキチガイ上司の活躍があったのだろうが。ともあれ、それを一旦置いておく。

 

「初めまして、フェイト・T・ハラオウン空曹です」

 

「初めましてハラオウン空曹、イスト・バサラ空曹長だ」

 

 そこでビシ、と綺麗な敬礼をフェイトが決める。―――なるほど、今のでフェイトが”私的”な理由でここに来ているわけではないのが把握できた。公的な、業務の一環としてここへとやって来たゆえの対応なのだろう。それを表す証拠としてフェイトは最初に敬礼をし、階級を名乗ったのだ。それはつまりフェイトとしてではなく、”フェイト空曹”としてこの場にいるという意味を表す。だとすれば此方もそれなりの態度で対応しなければならない。

 

 面倒事だ、と理解しても対応する。

 

「宜しいでしょうか?」

 

「いいぞ」

 

 階級も年齢も此方が上だから相手が敬語で、此方が素のままで問題はない。

 

「今回の件はプレシア・テスタロッサと思わしき魔導師と交戦、撃破、そして自爆という結末で終えたという事になっておりますがその事に間違いはありませんね?」

 

「それで間違ってはない」

 

「その際にプレシア・テスタロッサが吐血したおかげで勝機を得たとランスター一等空尉の報告書には書かれていましたが、これは事実ですか? データによればバサラ空曹長は体術に長けていると出ています。ともすれば内臓へのダメージを与える事が可能と思われますが」

 

 その言葉を否定する。

 

「いや、それはありえない。あのときまでに何度かプレシアへと攻撃を叩きこむことに成功はしているが、その大半がバリアジャケットによって威力を減衰されていた。実質上俺がちゃんと”通した”一撃は最後の一発だけだ。それ以外はダメージをあまり通す事に成功してない。これに関してはデバイスに保存されている記録を確認して貰えば解るはずだ」

 

「了解しました。後ほどにそちらのデバイスの戦闘記録を捜査課の方へ提出をお願いします。では、最後に」

 

 そこでフェイトは一旦言葉を区切り、

 

「……何故、犯人はプレシア・テスタロッサを病を患っている状態で生み出したのだと思いますか?」

 

 ……内心は辛いだろうなぁ。

 

 自分が家で面倒を見ている四人の娘達と変わらない年齢の娘だ。執務官になろうと失敗し、そして今も嘱託魔導師として活動しながら再試験を受けているのだったか、かなり苦労しているに違いない。そして、そんな中で母のクローンが生み出され、そして死んだのだ。しまいにはそれに関して調べて報告しろとも言われているのだろう。

 

 ……辛いだろうなぁ。

 

 が、それを同情するのも癒すのも気を使うのも俺の仕事ではない。彼女にはハラオウン家があるのだから、それは彼女の家族と、そして才能に恵まれた友人たちの役割りだ。だから容赦のない考えを口にする。

 

「俺の考えから言わせてもらえば―――完璧主義者ってやつだな」

 

 その言葉にフェイトは首をかしげ、そしてティーダはあぁ、と言葉を漏らして納得する。

 

「研究者という連中は大なり小なり、理想というものを持って、それを探求している。次元犯罪者なんて呼ばれ方をするほどのキチガイとなればその理想というものは大きく、狂ったものになるのさ。それ故に理想が大きければ、それを追求し、完全に完成させようとする意欲も肥大化する―――だからこそ”完璧主義者”というやつだ。明らかにクローンへ向ける意欲がおかしい」

 

 プロジェクトFを改めて調べて分かった事だ。本体のプロジェクトFでは完全なクローンを生み出す事は出来なかったはずなのだ。なのにマテリアルズを見れば解る。プロジェクトFは完全な形で完成させられている。

 

「性格や能力に不一致が現れる筈のクローニング技術で病にいたるまでの姿を完全にコピーしている。やっている事は下種の外道だが、技術と執念は認めざるを得ない。完璧だ。こいつをやっている黒幕は間違いなくイカレた完璧主義者なんだ」

 

 だからこそ、ここからが問題なのだ。ここまで技術が完成しているのに、その先が見えない。技術が完成したらそれを売る、もしくは活用する。そういう話になるはずなのだが、この存在は確実に技術を使って遊んでいるのだ。臓器やら奴隷やら、どう考えても本来の目的とは思えない。プレシアのクローンの完成度を見れば明らかに兵器運用した方がはるかに凶悪であり、価値を見いだせるのにだ。

 

 ……まあ、ここから先は俺もティーダも関係の無い領域だ。

 

 その証拠にフェイトはありがとうございます、と録音を終えて頭を下げる。お疲れ様と軽く言葉を継げるとフェイトは立ち上がり、再び、しかし今度は深く頭を下げる。

 

「改めてありがとうございます―――母を楽にしてくれて」

 

 やはり身内からしても、不当に蘇らせられて利用されるのは気持ちのいい話ではなかったのだろう。最後の最後に私人としての顔を見せて、フェイトは病室を出る。それをティーダと共に見送りながら、

 

「さ、早く退院してくれよ? 君がいなきゃ仕事ができないんだから」

 

「勝手にいってろばぁーか」

 

 今ばかりは仕事を忘れ、男だけの馬鹿な話に興じる事にした。

 

 もう、例の件に関わる必要はないから。



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リメンバリング・プランニング

 クラナガンの住宅街にあるマンションの一室、マンションの中でも高級と呼べる部屋の一つ、リビングには四人の少女が集まっていた。一つのテーブルを囲むように四人で座り、そしてお菓子やノートをテーブルに広げていた。そのお菓子の内の一つ、チップスを手に取り、カリカリと齧りながら血よりも濃い繋がりを持った者達に視線を向ける。

 

「えー。それでは第十二回家族会議を開催します」

 

「おー!」

 

「拍手ー」

 

「この流れにもなれたなぁ……」

 

 しみじみとディアーチェ―――我が王が腕を組んで呟く。そうやって年上ぶる我々の統率役だが、彼女の年齢が我々と一切変わりがないという事は彼女自身も理解している。王としての自覚、統率能力、そして責任への接し方。それが日常的な生活においては完全に腐って”面倒見が良く、家庭的”な形として発揮されてしまっている。元々兵器運用が目的として生み出された自分たちの資質や才覚がこんなどうでもいい風に潰れてゆく姿は―――実に痛快だとしか言いようがない。

 

 理のマテリアルで作戦を立案する筈の自分はその頭脳を無駄に家計の計算などにしか使っていないし、レヴィもアホの子として日々を無為に過ごしている。ユーリなど”搭載”されているシステムに一度も触れていない。実に愉快な話だ。これ以上なく、我々の創造者をコケにする方法もないものだと思う。

 

「では王よ」

 

「あいあい、解っておる。舵取りは我の役目―――というか我以外に取れるやつもおらんだろうしな。というわけでハイ、まず現状確認、書記シュテル」

 

「はい」

 

 チップスを最後に一枚だけ食べ、そして手をティッシュで拭く。ノートの中には今までの行動、活動、生活、特筆すべき事、そして問題点が書いてある。こういう性格ゆえにどうしてもこういう風にノートに情報を書き写してしまう。……自分の頭脳なら全部覚えていられるのでその必要はないと解っているのに。それでもこうやって書いてしまうのは家計簿を付け始めてからでき始めたクセだろう。おそらく、オリジナルのシュテル・ザ・デストラクターにも、高町なのはにもない行動だ。だとすれば誇らしい事だ。自分はまた一つ、オリジナル達にない事を成し遂げた。

 

「本日は12月23日、我々の保護者であり、家主のイスト・バサラが我々を管理世界の研究所で発見してから約9か月が経過しています。発見者本人は相手の自爆を食らって入院中で二日後には退院の予定です。聞けばSランクオーバー魔導師の自爆だったそうですけど」

 

「正直お兄さん良く生きているもんだよね。ぶっちゃけ僕なら木端微塵に吹き飛んでそうだよ」

 

 レヴィの呆れの言葉に反応したのはユーリだった。

 

「そうですか? イストの術は相談されてチェックした事があるのですが、アレはかなり防御力を固める様にカスタマイズされていましたよ。バリアジャケットも思考領域を結構圧迫する感じで強固に作ってましたし。まあ、レヴィの様なスピードファイターとイストの様なタンクファイターを比べる方が間違っているのでしょうけど。それでも一週間という期間で復活できる回復能力は凄まじいですけどね。正直に言えば私やディアーチェでもできない事かと」

 

「我も資質的には殲滅特化で街とか城とか軍隊とかを相手に薙ぎ払う事を前提とした術式だからなぁ……というかユーリ、貴様の場合は”エグザミア・レプカ”の影響で無駄に硬いだけだろう」

 

「てへっ」

 

 ユーリが舌をだしておどけたところでひと段落。話題から少しそれてしまった。問題はそういう事ではなく、自爆を受けて入院した事でもない。問題なのは襲撃を受けた所だ。

 

「私の憶測が正しければ十中八九我々を”製造”した所とイストを襲撃した魔導師、クローンを製造した組織は同一組織でしょう。脳内にインプリンティングされた情報を三度洗いましたが私が記憶している限り我々の製造元とプロジェクトFに関する技術で同じだけの技術力を発揮できている組織は存在しません。ちなみにこれに関しましては数百はあるクローン関連の組織に関する情報を洗った結果です―――外に出て新しい情報を仕入れられないというのはこういう状況では非常に痛いですね」

 

「いや、それだけやれれば上出来だ」

 

 ディアーチェは褒めてくれる。

 

「ぶっちゃけイストの奴は過保護というよりは”徹底”していると認識した方が正しい。此方に不快感を与えないようにしながら我らが存在しているという証拠を極力残さない様に活動している。その証拠にビデオレンタルのカードも一枚で済ませているし。……アレ、借りる時に店員に嫌な顔をされるから人数分欲しいのだがなぁー……。っと、そういう話じゃなかったわ。ともあれ、デバイスを持たせない、一人で外には出さない、発信器を持たせると、非常に徹底した保護者を持っているおかげで出来る事は少ない」

 

「ま、僕だとそれぐらい余裕で騙せるんだけどね!」

 

 おかげでイストに貰っているお小遣いを持って、レヴィはちょくちょく家を出ている。ステルス能力が高いので人の死角を選んで歩けるし、人の記憶に残らない様に極力自分の印象を薄めて買い物もしたりする。基本的にそこまでスペックをフル使用する事はオリジナルでもなかったらしいので完全に死に能力だというのが悲しすぎる事実なのだが。

 

「で、―――改めて確認するぞ」

 

 ディアーチェは確認する様に言葉を放ってくる。そしてそれに対して頷き、視線をレヴィへと向ける。

 

「―――我らの体の中に発信器はあったんだな?」

 

「―――あったよ」

 

 レヴィが肯定する。そしてなぜ最近まで気づかなかったのか、と軽く後悔する事案でもあった。我々は”高級品”なのだ。多額の費用を投資して生み出された戦闘用の兵器。確かに発信器の一つや二つ、肉体に仕込んであるべきなのだ。だからこそレヴィは指を持ち上げてそこに雷へと変化させたバチバチと主張させる。

 

「まあ、皆の中の発信機は一応スパークさせておいたから。それがどんなふうに影響してくるかは解らないけど」

 

「まあ、九ヶ月も放置されていたのだから向こうも我らを回収するつもりはないという事はないのだろう。安心はできないが、入院しているヤツに報告するべき事の一つだな」

 

「聞いたら即引っ越しって感じになりそうですよねー」

 

 実際引っ越しは推奨する。それでもなく組織が管理局と癒着している部分があれば確実に此方の事を掴んでいるだろう。どんなに頑張っても、不自然は不自然として見破られてしまうのだ。……準エース級魔導師一人、消すのはたやすいだろう。データを確認すればストライカー級の魔導師でさえ闇に消した経歴を管理局は誇っているのだから。そう考えると平穏な人生を送るには田舎で畑でも耕すのが一番ではないのだろうか。まあ、そんな手段が安易に取れないからこその厄介な世の中なのだが。

 

「我らに何らかのプログラムが仕込まれている可能性は?」

 

「脳の中を軽くスキャンしてみましたが、こればかりは専用の機器がないと駄目ですね。ベーオウルフを拝借し、代理演算を頼んでもやってみましたが見つけられる事はありませんでしたが―――インプリンティング作業と同時に何かを植え付けられたのであれば完全にお手上げですね。私からは”プログラムにより洗脳されたらどうしようもない”と言っておきます」

 

「むー、意外と面倒すぎるな我ら」

 

「むしろ今までが楽観のしすぎだったんじゃないですか? 何せ深く考えないで生活してましたし」

 

 ユーリの鋭すぎる言葉に頷くしかなかった。そして同時に頭を抱えるしかない。何せ対抗手段が今の所皆無だ。そして、あの男、イストは確実に此方に対して手を借りようとすることは絶対ありえないだろう。今だってカートリッジに魔力を込める事が仕事を手伝うギリギリのラインだ。それ以上は絶対に仕事に関わらせようとしていない。

 

 面倒だけどいい男だと思う。

 

「じゃあ結論”どうしようもない”で」

 

「うーい」

 

「ですよねー」

 

「デバイスが手にない以上どうしようもないですからねー」

 

 関わらせようとしてこない以上、ここら辺が自分たちの出せる限界なのだ。そしてそれは自分たちが踏み入れてはならない領域だ。なぜなら、それは守られているからだ。此方から出す余計な手は全て誠意を塵へと還すものだ。このことを報告するのはいいが、動くのは無しだ。それは共通見解として認識している話だ。

 

 まあ、そんなわけで、

 

「はい、シリアス終了!」

 

「はぁーい! 今夜のご飯はシチューがいいでーす!」

 

「阿呆め、却下だ。そんな手間のかかるものを作るのは嫌だ」

 

「えー!」

 

 真面目な話は終了。確認作業の様なものだ。自分たちがなんであるか、どういう存在なのか、どうやって生きているのか忘れないための。誰によって生かされているのかを。それが終わってしまえば”何時も”が待っている。

 

「今夜はユーリが安くひき肉を買ってきたからハンバーグだ!」

 

「わぁーい! 美味しければ何でもいいや!」

 

「相変わらずレヴィは単純ですねー」

 

 この軽いテンションには非常に救われる部分が多いのですがね。

 

「お兄さんが退院するまであと二日だから、それまでに普段は食べられないものをいっぱい食べなきゃね! 栄養バランスとか気にしすぎだし! そんな事を気にしなくても僕はナイスバディに成長するというのに」

 

 最近少しだけだが胸の成長を見せ始めているレヴィを軽く睨む。

 

「いや、栄養バランスは大事です。えぇ。何のためとかは言わないけど大事です。主にイストの視覚的問題として」

 

 その言葉にディアーチェは呆れた溜息を吐く。

 

「お前は存外発言がオープンよな。ヤツに惚れでもしたのか?」

 

 ……さて、どうでしょうか?

 

「好きか嫌いか。この二択であるのならば確実に好きと断言する事は出来ます。だがそれが好きか愛しているか、という事となれば確実に戸惑う自分はいますね。予想外に情の深い女なのか、チョロイのか、もしくは懐柔されてしまったのでしょうか。彼の事は好きですよ。それがどういう方向性かは解りませんが、少なくともこの生活をずっと続けていたいという気持ちに偽りはありません。それに関しては誰も否定できないと思うのですが」

 

 そう言いかえすとディアーチェは少しだけ頬を染めながら俯く。

 

 ……おや、若干脈あり、と言ったところですか。

 

 九ヶ月も一緒に生活すれば男女の意識よりも家族としての意識の方が大体深まってしまうからそこらへん、あまり進行しない筈なのだが。

 

「お兄さんの事好きだよ!」

 

「私も好きですよー?」

 

「あぁ、うん。そうですね」

 

 この二人に関しては現状、確実に家族的愛情だろう。何せ一緒に風呂に入ろうとしたりしているのだし。それでいて顔色一つ変えずに平気なあの男もあの男なのだから凄まじい。不能なのか、年下はアウトなのか、もしくは鋼の精神を持っている。個人的には三つ目のであってほしいと思う。もし本気で異性として見る様になった場合それ以外だったら困るし。

 

 まあ、そうなる可能性で一番高いのが彼ということも否定はできない。

 

 たぶん唯一接する事の出来る男だろうし。

 

「ともあれ、あと二日ですねー」

 

「そ、そうだな。ここに帰ってこれず寂しがっておろう、我自らが退院の時に迎えに行ってやるとしよう」

 

「あ、駄目だよ王様! 王様は退院おめでとうパーティーの為にいっぱい料理作らなきゃ!」

 

「では―――」

 

「―――私が迎えに行きますね。この中で唯一有名人の姿をしていませんし」

 

 ユーリがそう言ってしまったら納得せざるを得ない。レヴィとディアーチェも納得し、二日後に何を作るべきかを相談し始める。そしてそうやって話が終わる直前一瞬だけユーリの表情を見る事が出来た。

 

 ―――一瞬だけ蠱惑的な笑みを浮かべていた。

 

「……まさか」

 

「どうしたのですかシュテル?」

 

「……いえ、何でもありません」

 

 ……もしかすると我が家のラスボスはユーリかもしれませんねー……。

 

 そんな事を思いつつも、ディアーチェとレヴィの会話に参加する。



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コングレチュレーション・ユー・アー・デッド

 軽く体を動かす。

 

 ベッドの前で軽く捻り、伸ばす体は予想を裏切らない性能を発揮する。ジャンプすれば軽く天井に届き、下へと体を曲げて伸ばせば床に触れる事が出来る。格闘家にとって柔軟性は非常に大事なものだ。だからそのまま自分の体が固まっていないか、それを確かめるためにも少しずつ足を広げてゆく。やがて数秒もかからない内に足は完全に広がり、上から覗ければ線となって見えるだろう。その状態のまま前へと倒れ、両手を床に当てる。そしてその手を支えに、体を持ち上げる。

 

「よっ」

 

 全身を両腕だけで支え、持ち上げる。足を閉じ、両足を天に向ける形で腕を伸ばし、真直ぐと伸ばしたところで動きを止める。そのまま数秒間何もせずにただ逆立ちした状態で体を止め、腕の筋肉が一週間の入院生活で鈍っていないのかを調べる。

 

 十秒が経過する。腕には疲労も衰えも感じない。

 

 三十秒が経過する。疲れはまだない。

 

 一分が経過する。全く問題を感じない。故にそのまま体を支える腕を一本に変える。左手で支えるのを止め、それを背中に回す。そのまま右手だけで体を一分だけ支える。そして今度はそれを左手でやる。

 

「問題はない、なっ」

 

 両手で床を押して体を軽く飛ばす。その跳躍から着地し、両足で床に立つ。軽く両手を叩いて埃を掃う。腕全体を回すようにし、そして手や指を振る。そうやって少しずつ関節の可動を確かめ、足にも軽く触れる。

 

「魔法って便利だよなぁ……」

 

 日常的に体を鍛えている人間が一週間も寝たきりで過ごせばそれなりに筋肉が衰えたりするものだが、やはりそこらへんは魔法によって肉体を維持する事が出来る。一週間ベッドの中で過ごしたぐらいでは体は、筋肉は衰えない。だからいつも通りの鍛錬だけで済む事と考えれば楽な話になる。もう少しだけ体を軽く動かし、そしてベッドサイドの上に置いてあるバッグを取る。その中にはこの病院、一週間の生活に使った様々な私物が入っている。

 

 その五割がティーダとシュテルのお土産であるアダルト雑誌なのが非常に解せないところなのだが。ちなみにティーダが妹モノ中心、シュテルはロリモノ中心。貴様ら一度逮捕されろ。

 

 捨てたくとも病院に置いていくわけにはいかないため、無駄に重くなった鞄を持ち上げ、最後に手鏡で自分の姿を確認する。ここ一週間髭を剃る事が出来なかったので髭が少し濃い目に伸びているが、それ以外はベルカの剣十字をプリントしたTシャツ、ジーンズ、マフラー、ロングコート、ベルトと靴。実にシンプルな服装になっている。どこかおかしい所がないかを確認しつつ、髪の毛に触れる。

 

「ちょっと伸びてきているかもなぁ……」

 

 格闘をするなら髪は長い方よりも短い方が断然有利なのだ。というか基本的に戦闘においてはショートヘアーの方が好まれる。戦っていると解る事だが、髪の毛が視界に入って一瞬相手が見えなくなるとか、格闘戦で相手が髪の毛を掴んでくるとか、そういうケースが増えるのだ、戦闘回数が多くて髪が長いと。そんなわけで格闘主体の自分も基本的にショートヘアーで纏めている。だからこの髭も含めて、髪もサッパリカットしてしまった方がいいのだろう。今日は家でのんびりするとして、それらは明日やってしまうとしよう。

 

 コンコン、とそこでドアの叩く音がする。

 

「入っていいですよ」

 

「邪魔するよ」

 

 部屋を開けて入ってきたのはティーダだった。敬語をして損した気分になった。が、丁度いい所だった。カバンを持ち上げ、それをティーダへと投げつける。元々の退院スケジュールは5時だったが、それまで時間を過ごすのは非常に面倒だ。既に昨日の内に機能としては回復しているのだ。この一日は大事を取って、という理由でしかない。

 

「おら、ほとんどお前が運んできたモンなんだから責任もって荷物持ちしろよ」

 

「あげたんだしやだよ」

 

 そこで投げ返してくる辺りが激しくティーダらしい。溜息を吐きながらキャッチし、片手で握る。それほど重くはないものだが、それでも運ぶとなると非常に面倒だ。

 

「おら、受付行くぞ」

 

「はいはい」

 

 軽くティーダの脛を蹴って部屋の外へと追い出す。そして病室から出る直前で―――振り返る。一週間の間、退屈だったが世話になった部屋に対して軽く頭を下げてから外へとでたティーダの姿を追う。横を並び、廊下を歩きながらエレベーターへと移動する。

 

「調子はどう? 入院で少しは体が鈍ったんじゃないかな?」

 

「悪いがすこぶる快調。今からでも仕事はできるぜ―――と、言いたい所だけど家に帰ってまともなメシが食いてぇ。相変わらず病院のメシは殺人的に味がねぇよなぁー……」

 

「あぁ、そういえばイスト内臓系だったもんね、ダメージ」

 

 そのせいで病院からは胃に優しいものしか食べる事を許されなかった。食物繊維の多いものも消化に悪いのでアウト、消化しやすく、そして胃に負担をかけない食べ物ばかりであったため、柔らかかったり、スープばっかりだったり、まともにメシを食っていない。家に帰ったらガツンと食いでのある肉にかぶりつきたいものだ。一週間も肉を食べてないとか軽く信じられない事実だ。

 

 エレベーターが到着した。

 

 それに乗って、二人そろって一階へと向かう。自分だけは一人で受け付けの方へと向かい、そこで支払いと退院に関して話をつけてくる。既に大まかな話は終わっているのでそう長くつくものではない。ポケットの中にしまっておいたベーオウルフを取り出すと、それを端末に近づけて支払いを確定する。これで病院ですべきことはすべて終了する。受付に背を向け、一足先に病院の外で待っているティーダと合流する。病院内ではデバイスの装着は禁止となっているため、病院の外に出てようやくデバイスを装着できる。

 

「あー、何かやっと落ち着いた」

 

『We usually are together』(普段は一緒ですからね)

 

 基本的に家にいる間も手に装着してたりと、割と身近な所にあるベーオウルフを一週間も装着しなかったのは割と心細かった話だ。だがこうやって装着すると落ち着いてくる。……どんなに邪険に扱おうが、今まで一番命を預けてきた相棒はやはりこれなのだ。あるなしでは安心感が大いに違う。おかえりマイフレンド、これで遠慮なく犯罪を殴る仕事ができるよ、やったね。

 

 と、そこでティーダがタクシー乗り場とは逆側に立っているのが見える。その様子に溜息を吐く。

 

「そっち、タクシー乗り場じゃねぇぞ」

 

「歩くのも悪くないよ? 運動したいだろうし」

 

 いや、それはそうだけどさ。たしかに運動をしたい気分ではあるんですけど。

 

 クラナガンの病院ではあるのだ、ここは。だが立地はクラナガンの”外れ”と言った方が正しい。ここからクラナガンまで歩いて約三十分、そしてクラナガンに到着してから歩いて更に三十分。それも、自分とティーダという大人の歩幅にそれなりに鍛えられた男性であることを考慮してのペースだ。……歩くには少々遠い。

 

 だが既にノリノリになっているティーダを見てしまうと断るのは中々難しい。まあ、断る理由はない。幸い朝に退院したので予定時刻まではかなりある、というより歩いても予定時刻にはならない。……なら仕方がない、と諦めて溜息を吐く。

 

「溜息を吐く割には嬉しそうだよね、ツンデレ系?」

 

「殴ってもいいか?」

 

 互いに笑いあいながら道を歩きはじめる。まだ時間が早い事もあってクラナガンへと続く長い道には人の気配がない。これが1時を過ぎれば人の量が増えて車などが通るのも見えるのだが、この時間は誰もいない。なので少し調子に乗って道路の真ん中を歩いても文句は言われないし、問題もない。

 

「こう、誰もいない道路の真ん中を歩きたくならないか? すっげぇ衝動的な話だけどさ」

 

「あー、あるある。こう、歩行者天国とかになると思わず真ん中を目指すよね。たぶんアレって日常的には出来ない事をするから凄いやりたくなるんじゃないかなぁ。ほら、毎日道路の真ん中を歩けたとして衝動的に歩きたくなるかな」

 

「確かにそんな感じだよなぁ」

 

 ティーダの話に納得し、首元のマフラーをもう少し強く締める。少しだけ、予想よりも外は寒かった。窓を開けると寒気が入ってきて病院に迷惑がかかるのでできなかったのだが、

 

「12月25日か」

 

「もうそろそろ年末だね。これはゲンヤさんに聞いた話だけど祖父の代の故郷である地球……あ、最近では割と有名な世界だよね? ハイパー砲撃少女とかハイパー惨殺少女とかハイパー殲滅焦少女が発見されたり何度か滅びかけたりして」

 

「すげぇ、俺地球にだけは関わりたくなくなったよ」

 

 というかSランク魔導師発掘しまくったうえで二度以上滅びかけたという経歴は世界として一体どうなんだそれ。物騒というレベル通り越して古代ベルカレベルのヤバさに足を突っ込んでないか、地球という世界は。

 

「あ、話題が逸れたな」

 

「あ、うん。とりあえず話を戻すけど、12月25日は何やら聖人の誕生日らしくて、カップルは皆ベッドへゴールインする日らしいよ」

 

「地球すげぇ。あらゆる意味で頭がおかしい世界だな」

 

「うん、これを聞いて俺も地球にだけは関わりたくなくなったよ。とりあえずティアナには”地球関連厳禁”と教育しておいてあるんだけど―――まあ、激しくどうでもいい話だよね」

 

「ならそもそも何故話題に上げたんだお前……!」

 

 そこで素早く特に意味はない、と言い切れる辺りティーダは大物だと思う。しかし地球、地球か。なのは、フェイト、そしてはやて―――我が家で保護しているマテリアルズ四人娘の内三人のオリジナルの故郷だ。ティーダ発信のキチガイ世界地球の情報はこの際無視するとして、あの世界が遺伝的故郷とも言える場所である、という話になると……少しは興味が湧いてくる。文明レベルもそう低いわけではなく、現在のミッドチルダよりも二世代下のレベル、魔導科学がないという状態らしい。ともなれば旅行でもすれば、いい観光ができるかもしれない。

 

 まあ、常識的に考えてあの娘達を遠出に連れて行くことは選択肢としてあり得ないのだが。

 

「はぁー」

 

 息を吐き出してみると、それは気温のせいですぐに白く染まる。そうやって吐き出した息を見て、そして肌で寒気を感じる。その後、軽く空を見上げれば―――遠方で少しだけ、空が曇っているように見える。遠方と言ってもそう遠いわけではない。

 

「……雪が降りそうだなぁ」

 

「そうなのかい? 天気予報は特に見てないんだよねぇ」

 

 ここら辺、勘というか、予測は割と当たる方なのだ。それに肌で感じる限り、割と空気が湿って重く感じる。ともなれば、そう遠くない内に雪でも降りそうな勢いだが、まあ、それも悪くはないと思う自分がいる。友達と二人で雪の降る道を歩く……絵としてはそれなりに悪くはない絵だと思う。

 

「あ、そういえばイストはどうする?」

 

 何が、と追い返すとティーダが答えてくる。

 

「新年。とりあえず新年最初の三日は俺ら休みが出るよ?」

 

「え、マジ?」

 

「マジマジ。だから新年予定ある……わけないか、そのリアクションからすると。ならどうだい? 1日ぐらい一緒にゲンヤさんの所で過ごさない? あの人遊びに来い遊びに来いって結構五月蠅いんだよ? こう、男のノリって感じが凄い強い」

 

 あー、まあ、ティーダの言わんとしている事は解る。見た目通りというべきか、あの悪辣な手腕の陸士隊長は割と豪快というか、たった一度会っただけでもズカズカと踏み込んでくる。そこに思惑はあるのかもしれないが、それを思わせない人の良さがある。

 

 でも、まあ、

 

「アレもコレも全部まず家に帰って居候達と相談してから決めるよ。俺一人で決められるようなもんでもないしな」

 

「あー、確か親戚の子とかが何人かいるんだっけ?」

 

「まあな、騒がしくてばかばかしい連中だけど、俺からすればどいつもこいつも可愛い連中だよ。将来が美人に育ちそうで怖いねー」

 

 道路を歩き、二人で笑いあいながら帰路を行く。まあ、たまにはこんな風に無駄にやる事は決して通り道ではないと思う。馬鹿な話も建設的じゃない話も、全く無意味ではない。それがこういう時間を作り上げるのであれば、全く持って悪くはないと思う。こんな時間には嫌でも気が緩んでしまう。

 

 だからだろうか。

 

 判断は一瞬遅れた。

 

 ―――気が付いた時には自分の左腕が鮮血と共に宙を舞っていた。



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キリング・フレンジー

 痛みや、腕が喪失した感覚よりも明確に体に突き刺さるものがある。

 

 それは敵意だった。体に突き刺さるような敵意。そこには一切の殺意が存在していない。ただただ、敵意のみが存在する。そして―――だからこそ恐ろしい。その敵意には殺意が存在しないくせに、こっちを殺そうとする明確な意思が感じられた。間違いなく相手は此方を殺そうとしている。だから今の一撃は体を断とうとして放たれ、避けきれずに腕のみ、という結果になった。だが、それが却って不気味さを表している。

 

 まるで凪の様だと思う。

 

 それは静かで、何も感じせず、透き通っている。だがその中には確かな力が宿っている。どれだけの修練を、どれだけの経験を得れば、ここまでたどり着けるのだろうか。恐ろしくしょうがない。何せ、

 

 自分の腕を切り落としたのは手刀だからだ。自分の腕を切り落とす様に出現しているそれを左側に目視する事が出来る。それを片目で追い、そして脳内が全力で警報を促す。ヤバイ、と。逃げろ。離れろ。全速力でこの場から離れるべきだ。絶対に相対してはならない。

 

 ―――お前では届かない領域にソイツはいる。

 

 ……んなヤツゴロゴロいるだろうがぁ……!

 

 何よりもまず最初に残った右腕を左手へと伸ばす。そして同時に右足を後ろへと突きだす。攻撃と回収の動作を同時に行う。予想の通りに、腕は切り離された肉体へと届き、そして足は硬い感触を得る―――完全な不意打ちに対する反撃だったのに、相手は防御を間に合わせる事が出来た。

 

 あぁ、クソ。なんて事だ。

 

 悪態を胸中の中に収めつつ、無理やり体をティーダの方向へと投げる。その瞬間にはティーダも状況を十全に把握している。既にティーダの手にはデバイス、タスラムが握られている。此方の体を受け止めつつ、ティーダは叫び声を上げる。

 

「ブラックアウトォォォォォオ―――!!」

 

 瞬間、空は赤く染まり、そして大地は黒い光によって埋め尽くされた。

 

 世界は敵によって封鎖され、

 

 大地は闇に覆われた。

 

 

                           ◆

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

「イスト……!」

 

「待て」

 

 ティーダが何かを言う前に自分の左腕、それを確認する。二の腕から切り落とされた腕は芸術的とも言えるほどの美しさ、鋭利さで切断されている。これだけで相手の技量がうかがえる。自分の雑な手刀とは違う。―――いや、だからこそ助かった。腕の断面を見れば神経も、肉も、骨も損傷が少ない、というよりほとんどないのが見える。元の位置へと押し付け、回復の魔法を使えば切り落とされた箇所はくっ付く。……それが本来以下の握力しか発揮できない。だが、応急処置としては動けば十分だ。満足な拳は作れなくとも、これなら左腕で殴れる。

 

 ここで、ようやく周りの状況を飲み込むだけの余裕が生まれる。周りに視線を映せば、此処が森の中だという事が悟れる。確か病院はクラナガンの外れ、森の向こう側に存在していたはずだ。クラナガンから病院までの道を森を伐採し、道路を敷いたのが病院までの道なのだ。だからこれは左か右側、道路のどちら側かの森の中で。高い木々が空からの光を遮断し、濃い闇を作っている。これでは空から此方を見る事は出来ないだろう。

 

 確かな敵意が木々を貫いて体に到達しているが―――追ってくる気配はない、

 

「イスト、どうだい?」

 

「―――ダメだな、この結界は壊せねぇ」

 

「君でもか」

 

支援型適正のインファイターという性質上、解析と破壊は一番得意な戦闘スタイルとなっている。だがそれにも明確な弱点がある―――燃料だ。此方の魔力量がAという上限を持っているのに対して、敵がAAA、もしくはS級の魔力を惜しげもなく結界へと注ぎ込んでいるのであれば、それは術や弱点や、そういう次元での強度では語る事の出来ない話になってくる。

 

 単純に考えて、川の水量で海の水量に勝てるか、という事になる。

 

 つまり、逃走は不可能。適正はあるのにどうしようもない状態だと思うと、頭が痛くなってくる。思考リソースを一時的に全てを左腕の接合に回し、そしてそれとは別に頭を回転させる。この状況はただ逃げればいい、という状況でもないのだ。逃げる事は出来ない以前に、そもそも逃げれる相手かが怪しい。幸い相手は動かない様子だが―――さて、これはどうするべきか。

 

「見えた?」

 

「振り返る余裕があったと思う?」

 

 だよなぁ、と呟き、話を止めない。

 

「通信をいれて遅延戦闘は?」

 

「通信妨害もされている。遅延戦闘を行ったところで此方が嬲り殺されるだけだ。相手が此方を殺そうとしているのは間違いがない。―――なのにこの余裕は勝者ゆえの驕りかなぁ」

 

「実際状況は九割方詰んでるよね。通信取れない、応援は期待できない、逃げられない、一発でイストを無力化した。ホント、最悪だよ。どうしてこうなった、って叫びたいぐらいだね。僕としては十分に命を狙われないラインってのを見極めたうえで捜査から手を引いたつもりなんだよ? 実際これぐらいならこの階級と多少の金を出せば問題なかったはずなんだ」

 

「安全はお金で買う―――嫌な時代になったもんだ」

 

「そうだねぇ」

 

 こんな状況でも少なくとも笑っていられるのが幸いな事だろう。俺も、ティーダも管理局員として活躍している以上、常に死を受け入れる覚悟は出来ている。そしてそれは冗談でもなく、本当だ。死にたいとは思わない。だが死ぬ覚悟はできている。中には”死なない覚悟が重要だ”なんていう若者らしい声も聞こえるが、それは現実を知らない子供が言う事だ。

 

 何時だって死は、終わりは理不尽なのだ。

 

 爺さんが俺に武道の全てを伝える前に心臓発作で死んだように、理不尽で身近な所に死はある。それは受け入れなくてはならない。抗ってもいい。嘆いてもいい。理不尽と叫んでもいい―――だが、それは最後には受け入れなくてはならない。それが人生。それが人間という生き物。俺達はどうしようもなく蹂躙される側の生物である。

 

 だからこそ、覚悟はできている。

 

「敵はおそらく二人。一人は近接特化の魔導師。もう一人は支援か遠距離戦仕様の魔導師。おそらく後者がこの結界を張っている。感覚的な問題だがこの規模の結界を戦闘しながら支える事は難しいと判断する。故に敵は二人、そしてそのうち結界を張っている奴をBと呼称しよう―――こいつは間違いなくSかそれに匹敵する魔力量をもっている。そして俺の殺そうとしたやつはAと呼ぼうか、こいつは間違いなく俺よりも純粋な技量では上回っている。普通に戦えば数分どころか一分持たせるかどうかあやしいな」

 

「ハハ、とことん嫌な相手だよね―――ただ、勝機はあるんだろ?」

 

「あぁ、もちろん」

 

 何よりも、この状況が証拠だ。相手は素早く追撃してくる事を良しとしない。それは余裕ではなく、此方の登場を待っており、此方が出てくるという事を確信しているからだ。これを察するに、相手がどういうタイプの人間か、魔導師か、どういう思想の持ち主かを判断する事が出来る。即ち、

 

「―――相手はベルカの騎士、もしくはそれに類するタイプの人間だ」

 

「一対一に長けたタイプの相手か」

 

「そして何よりも一騎打ちを好む生粋のキチガイ共だ」

 

 笑みを浮かべる。左腕の回復が上手くいっている事で、指が動く様になってくる。そうやって左腕の調子を確かめながら、言葉を吐き出す。作戦立案はティーダの役目だが、解析は俺の仕事だ。だから今の短い接触と、この状況で得られた情報を全てティーダへと伝える。小さな情報一つ残さず、全てをティーダへと、信頼と共に渡す。

 

 そして、この男はそれに応えてくれる。

 

「―――作戦が一つある。作戦とも呼べないアホ臭いモノだけど、いいか?」

 

 ティーダが覚悟の決まった目で此方を見る。だからこそ笑みを浮かべ、拳を付きだす。

 

「ばぁーか、失敗したら俺達が死ぬだけだろう? それぐらいだったら問題ないだろう」

 

「ま、だろうね。……もしも片方が偶然生き残ったりしたら」

 

「もう片方の仇討をする方向で」

 

「だよね」

 

 俺達は聖人でも勇者でも救世主でもなく、ただの一般人だ。少しトラブルの多い一般人。悟りへと辿り着く事はないし、それが当たり前の蹂躙される側。だから俺達は復讐に身を焦がす事に躊躇はしない―――それもまた、ごく自然な俺達なのだから。

 

「言うよ―――!」

 

 そしてティーダは告げる。

 

 アホの極みを。

 

 

                           ◆

 

 

 ―――来ますね。

 

 赤い空の下、盛に挟まれるこの道路の中央で待つ。ここから一番近い建造物は病院であると把握している。そして相手はそっちへ向かっていないと理解している。相手は自分から見て右側の森へと飛び込んだ。それは視覚でとらえている情報ではなく、相手の動きを感覚として悟ったものだ。相手は戦士だと評価する。

 

 襲撃の直前に行った緊急回避、そしてそこから口にも出さず行う素早い撤退。

 

 もう一度評価する、相手は戦士だと。

 

 騎士ではないが戦士―――夢を持たない現実主義者だと判断する。

 

 これが騎士思想であれば相手はその場で踏みとどまり此方を睨み返しただろう。罵倒を吐かず、腕を無くした事は自らの過失だと認めて。そしてそれを自分は評価するだろう。潔い、と。だが相手は迷うことなく撤退した。それは相手が明確に生き残るつもりであり、そして勝利をするつもりという心の表れでもある。だからこそ評価せざるを得ない。それだけの力量があれば彼我の実力差を察することぐらい簡単な話だろう。なのに相手は戦意を喪失していない。相手はあの森の中で此方に対抗するための手段を相談している。それがほぼ真実となりえる直感として理解できてしまう。

 

 その事実に笑みを浮かべざるを得ない。

 

『―――王よ』

 

 念話が聞こえる。同行者の声だ。

 

『必要であれば』

 

 彼らの居場所を割出、会話を盗み聞く事も可能、か。だがそれは良くない。全力であることは相手に対する礼儀だ。だが、この場合はそれは礼儀ではなく、ただの卑怯だ。故に、

 

『止めなさい。それは相手に対する礼儀に欠ける―――くだらない理由、くだらない生。無理やりこのような肉を与えられ、不本意な姿で生み出され、嘆きの底にあった身です。それがようやく嘆く事以外の感情を抱く事に成功したのです、邪魔をしないでください』

 

『了解しました』

 

 その姿勢は素晴らしい。だが、自分もこうして存在してしまった以上は、言われる以上の何かを見出さなければならない。正直に言えば今すぐ朽ちたい。だが、それは許されない。何よりも本当の自分自身に対する礼儀に欠ける。自殺は考えられる限り、最悪の手だ。誇りを穢す事のみは絶対に行ってはならない。

 

 だからこそ、二人分の気配が此方へと近づいてくる事に笑みを浮かべる事しかできなかった。

 

 駄目だ。

 

 自分にはあらゆる栄誉、称号、名声、富があった。だがそれも今ではすべて過去、今の自分はある少女を元に作られた過去の幻影でしかない。残されたのはこの無駄な矜持と、記憶と、そして両腕だ。もうそれしかのこされていない。そしてそれだけで何かを生み出さなくてはならない。

 

 この身を立たせているのは虚栄でしかない。

 

 だから、森の中から現れた二人の男の存在に胸を高鳴らせる。彼らの事はデータとしてなら知っている。赤髪短髪の男がイスト・バサラで、前衛の解析型グラップラー。もう片方がブレイン役のティーダ・ランスターであり、攪乱と狙撃を得意としている。どちらも総合AA評価ではあるが、チームとしての行動であればSランクを倒すだけの実力があるのはプレシア・テスタロッサを倒した事から見れる。アレが彼女が完璧すぎる再現故の敗北だとはいえ、運さえも実力だと認める自分からすればアレは勝利だ―――油断の出来る相手ではない。

 

『王よ』

 

『控えてください―――貴女は貴女の役割を』

 

『……了解しました』

 

 数値の都合上一時的な関係なのに、それでも此方を心配する同行者の事を律儀と感じる。だが彼女には彼女の役割がある。自分の相手は目の前の二人だ。この二人は確実に本気で、最速で、そして最高の火力を持って此方を”殺し”に来る。そこには躊躇も遠慮もない。だから目の前の二人の男の内、イスト・バサラが浮かべている軽薄な表情が演技であるという事は容易く見抜ける。

 

「よぉ、緑髪のねーちゃん、げっへっへっへ、いい胸してんじゃねぇか……!」

 

「見る所はそこか―――ティアナの将来の方がいいものになると見えた」

 

「シスコンが……!」

 

『王よ?』

 

 大丈夫、たぶん、たぶん演技だ。少しだけ自信がなくなってきたが、演技だろう。無駄に此方の胸を凝視してい来る相手は本気じゃない……はず。あぁ、だがそうだった。そういう視線を向けられてから気づく事があった。

 

 ……今の自分は女性なのですね。

 

 記憶はある。が、それが自覚へとつながるかはまた別の話だ。あぁ、確かに少々無防備と言われても仕方がない話だったかもしれない。男としての振る舞いと女性としての振る舞い、それは別の話だ。これからは少々そこに気を付けるとしよう。

 

「イスト・バサラとティーダ・ランスターと見受けます。―――此方も逆らえぬ命を持っています故、無情ながらその命、手折らせていただきます」

 

 此方の意志を明確に向こうへと告げる。確実に殺す。そして相手もそれを既に覚悟していたのだろう。表情は変わらないが、目の色は確実に覚悟の決めてある死兵のものだった―――この二人は死を恐れない。死を認めている。下半身を無くそうが、上半身だけで此方を殺そうと手を伸ばしてくるだろう。なんという僥倖、そして無情だろうか。歳はまだ20にすらなっていないだろう。もっと年月を経て、経験を獲得すれば確実に大成しただろう。その完成へと至れないまだ未熟な器、それをここで砕く必要があるとは。

 

「ハ、見た所俺らとほぼタメだろ? そんな美女の体に戦闘と称してスキンシップできるとか最高じゃね?」

 

「ま、触れられたらの話だけどね」

 

「むしろ生きて触れるか怪しい件」

 

 ―――昔の戦場もこんな感じだったと、彼らの会話を聞いて懐かしむ。懐から博士に言われ、持たされたボイスレコーダーを取り出しながら過去の記憶を振り返る。戦場で、一般の兵士や将兵も常にこんな感じにくだらない事を吐いて互いを鼓舞していた。今、この瞬間が楽しい。最後の瞬間まで楽しい。怒って死ぬのは嫌だ。泣いて終わるのは嫌だ。逝くのであれば最後の瞬間まで笑顔で―――。

 

 ボイスレコーダーを再生させる。

 

【君たちは知り過ぎた―――】

 

 それが第一声だ。だがそれはあまりにも博士の言葉からはかけ離れた言葉であり、

 

【―――と、でも言えば納得するかい? 世の中知っても知らなくても簡単に命ってのは消えるものさ。実際の所、君達が知り過ぎたかどうかで測るのであれば君たちは間違いなく”セーフゾーン”にいるね。いや、見事なタイミングだったよ。これ以上踏み込むのであれば確実に首を飛ばす必要があっただろうからね。だから君達は本来生き延びる筈だった―――】

 

 だった、つまり過去形。そんな未来はもうない。

 

 その為の、

 

 ……その為の自分ですね。

 

【そ、だった。つまりちょっとした遊び心さ。何、良くある話だろ? ゲーム的に言えば俺の育てたキャラとお前の育てたキャラ、どっちが強いんだ、ってやつだよ。正直な話プレシアが勝つとは思わなくても負ける事はないと思ったからね、自爆されたのは予想外だった―――ま、おかげで君たちに興味が湧いたんだけどね。あぁ、ごめんね? 長々と話を続けてしまった】

 

 そこで博士は一旦声を止め、喉を整えた。

 

【これはスペシャルマッチだ。クライアントに頼んだ結果できた泣きの結果だ―――勝てたら今後一切君達と、君の”家族”を此方から関わらない事を約束しよう】

 

 その言葉が出た瞬間、二人から明確な殺意が漏れ出し、場を包む。今のはつまり―――ここで負ければ家族がどうなるかは知らない、と言ったのだ。敗北が家族の死へと繋がる可能性をもった。だからこそ負けられない二人。

 

 ―――その希望を砕きます。

 

【さあ、行きたまえ覇王イングヴァルト。性別は本来とは違っているが、私の全技術力を結集して生み出した君は間違いなく最強の兵器だ―――蹂躙してあげたまえ】

 

 それが最後の言葉だ。ボイスレコーダーを握りつぶして砕き、手から解放する。それ以上の言葉は必要としない。獣の様に荒々しい気を纏った男と、怒りさえも飲み込むほどに静かな男が、対照的な二人がいる。

 

 ……来ます。

 

「覇王イングヴァルト、殴殺します」

 

 宣言した瞬間、二人が動いた。二人そろって同時に前へ。その動きと同時に宣言されるのは、

 

「―――フルドライブモード」

 

 限界を突破し、肉体を蝕みながら実力以上の力量を発揮するための最終手段。本来ならデバイスにリミッターが搭載されシステムそのものが常に封印状態にある最終手段を、それを最初から切りだしてきた。二人ともバリアジャケットを展開しつつ、

 

 ―――正面から衝突したのはイスト・バサラのみだった。

 

 ティーダ・ランスターは相棒を死地に放置し、奥へと向かった。

 

 ―――その方向は”同行者”の方角だった。

 

「なっ!?」

 

 流石に分かれる事は予想外だった。二対一でなければ絶対に勝てない。フルドライブモードは予想外だったが、それ以上にこの戦力の割き方が予想外過ぎる。正面から手と手を掴みあい。足を大地に突き刺して互いの動きを止める。その間にティーダ・ランスターは素早く同行者の下へと向かってゆく。

 

「正気ですか……!?」

 

「ハッ、美女と握手する権利をシスコンにはやれんなぁ……!」

 

 その澄んだ琥珀色の瞳に迷いはない。相手の左腕の握力が弱い、そこから攻められると瞬時に理解し、相手の体勢を一瞬で崩す。体を捻れば相手の体全体が回転する。そこに素早く拳を叩き込むが、相手は体を丸める事で体の重心を変え、拳の上を跳ぶ。

 

 そのまま転がるように着地した男は低い体勢で此方を睨む。

 

 此方の言葉を奪う様に、

 

「イスト・バサラ空曹長―――鏖殺する」

 

 髪色を魔力の蒼色に染めながら、殺意を宣言した。



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コンバット・オープン

 絶望系BGM聞きながら読むといいんじゃないかなぁ。引き続き執筆中はβiosを聞きながらでした。


 フルドライブモード・ネイリング。

 

 それが自分の持つフルドライブモードの名前。その明確な変化は両腕に対して見える。無骨な姿のガントレットは―――ない。代わりに両腕に存在しているのは肩までを覆うボディスーツの様な薄さの鉄色になる。見た目など完全に捨て去った、機能だけを追求した姿。ベーオウルフのコアは右拳のそのまま、存在している。

 

 覇王と名乗る存在から距離数歩。変化したベーオウルフを構え、そして相手の目を睨む。視線と視線を合わせて解る。相手の目には濁りの欠片もない。澄み渡るヘテロクロミアの瞳は此方を完全に見透かすようで、恐怖を煽る。美しい目だと思う。恐ろしい視線だと思う。できる事ならこんな場では会いたくなかった。だが、それも所詮IFという話だ。こうして出会った以上、殺すか殺されるしかない。そして……死ぬつもりはない。

 

「―――!」

 

「―――」

 

 だから前に出る。言葉は出ない。単なる呼吸のリズムとしてしか漏れて出てこない。それ以上は集中力を乱す雑音として、吐き出す事が出来ない。それだけの力量が敵には存在する。

 

 接敵。

 

 一瞬で互いに接近し、初手で右拳を互いに叩き合う。そこから体を動かさず、下半身を固定しつつ右拳を流れる動きで相手の内側へと潜りこませる。それを覇王、イングヴァルトは左手で払いのける。それを理解していたために既に左腕は掌底を叩き込むための動きを始めている。だがそれは右拳を掃った左手―――その肘による肘撃によって相殺される。不利な体勢ではあるのに、此方の左腕が完全ではない事を考慮し、威力は拮抗していた。

 

 加速する。

 

 右拳を引き戻さず手刀へと変化させ振り下ろす。それが相手の右手刀によって切り払われながら直撃のコースを取る。それを左手の動きで横へと叩けば瞬時に左の貫手が迫ってくる。回避の動きを取らないために更に前進する。体を相手へと密着させる距離へと近づけて行動その者を不発に終わらせる。そのまま両腕を手刀にし、両側から振り下ろす。だがその動きも素早いブロックによって封じられる。

 

 互いの顔に息がかかる距離。その距離で声も出さずに互いの目を見つめ合う。逸らさず、恐怖を飲み込み、相手の目を見つめる。―――美しい色だと思う。まるで吸い込まれそうな美しさだ。本当に、こんな出会いはしたくなかった。

 

 一瞬でも目を逸らせばその瞬間相手にも動かれる。そして先手を取られれば確実に此方の首が落ちる。相手に絶対リードさせてはならない。現状の打撃戦、これが拮抗しているのは相手が様子見に徹してくれているおかげだ。だがそれはフルドライブモードの時間の消費でもある。

 

 ―――終わらせねぇと……!

 

 だから顔を寄せる。

 

「っ」

 

「……!?」

 

 唇を重ねた。

 

 相手が一瞬で混乱するのが見えた―――狙い通りだ。相手が覇王イングヴァルトであれば、記憶や経験は男のものだ。こんな経験ないだろう。男色家などという話もないし、確実に戸惑う。相手の体が女でなければ流石に、というか絶対に使えなかった。が、つまり、

 

「好機」

 

 強引に生み出したこの瞬間、全力の膝を腹に叩き込む。相手の体がくの字に折れ曲がりながら大地から浮かび上がるのを理解する。その瞬間には両腕が動いている。それは素早くイングヴァルトの頭を両手で挟み込むように叩く。

 

「かっ……!」

 

『Bite』

 

 猟犬がバリアジャケットの味を覚える。

 

 鼓膜を叩き破るつもりで放った一撃がどの程度のダメージを通したか解らないが、此処で動きを止める事は出来ない。だから掴んだ相手の頭をそのまま大地へと叩きつける。その衝撃はもちろん全力のもの―――故に頭は大地へと叩きつけられた衝撃でクレーターを生む。その体を、無駄のない動きで回収するために蹴りあげる。そして、

 

「ふ、しゅぅ……!」

 

 素早く、繰り出せる最速の5連打を人体の急所へと叩き込む。そしてそこから動きを止めるまでもなく、回し蹴りを叩き込む。相手が動けなくなった刹那に叩き込んだ連撃は間違いなく過去最速のコンビネーションだった。殺す気で全ての攻撃を叩き込み、吹き飛ばした敵の体は車道から離れて森へと突っ込む。そこで木々をなぎ倒し、イングヴァルトの動きはようやくを停止を受ける。

 

 無言のまま、木にもたれかかるイングヴァルトの存在を見て、胸中の中で断じる。

 

 ……浅い!

 

 その証拠という様に、イングヴァルトはダメージを見せない姿で自分の体を折れた木から剥がす。表面上、ダメージは少ないように見える。表面的ダメージよりも内臓を潰すつもりで、連撃全てに寸勁を織り交ぜて放ったようだが、それも通っていないように見える。胸中の中で相手が人知を超えた化け物だと評する。

 

「―――なるほど、女でしたね、私は」

 

 まるで自分の肉が女のそれだと気づかなかったかのような発言だった。そして面白そうに口元を緩めるしぐさを見る。この人は今、この状況を楽しんでいるのだろう。

 

「非常に不敬な事かもしれませんが、今……私はこの状況を楽しんでいます。この一戦を好ましく思っています。それがもはやカイザーアーツしか残されていない己が縋っている結果なのか、もしくは初めて私を人間として、女性として見られているからでしょうか―――この状況に胸を躍らせるばかりです」

 

 そう言って、覇王は己の身を構えさせた。ファイティングポーズとしてはごく一般的なベルカ式のを。その型が古く見えるのは古代からの帰還者だからだろう。だからそれに合わせる様に、自分もそれに一番対応できる構えを取る。軽口を呟くように、

 

「なんなら今から戦うのを止めてデートに行ってもいいんだぜ? 美人ちゃんなら大歓迎だし彼女も募集中……!」

 

「それも悪くはありませんが―――」

 

 敵意が体に突き刺さる。

 

「それは叶いません―――一身上の都合で殺します。謳われしカイザーアーツの秘儀、その武技に負けず劣らずであることを証明いたしましょう」

 

「手を抜いてもいいんだぜ!」

 

 ―――全く。

 

 隙がない。油断がない。慢心をしない。己を過信しない。そして精神的イケメン。この超人をどうやって倒せというのだ。何を持って勝機とすればいいのだ。フルンディングでバリアジャケットの解析は完了したのが幸いと見るべきだろうか? だが相手も間違いなく様子見を終えて本気になる。ともなれば此方の攻撃が当たるか怪しい。ならば当初の”予定通り”に進行する他がない。

 

 長い時間をかけられない。フルドライブモード・ネイリングは超攻撃特化の形態。

 

 全ての防御能力をカットし、それを攻撃へと全フリする最終戦闘モード。

 

 そこにはもちろんバリアジャケットも入っている故―――一撃でもまともに受ければ即死する可能性がある。

 

 ……死んだら恨むぜバカ……!

 

 踏み込んでくる緑色の閃光に対して対応するため、手で円の動きを描き、全ての攻撃を捌く動きに移る。

 

 

                           ◆

 

 

 背後から聞こえる衝突音を聞きながら判断する。

 

 ―――ここら辺かな……?

 

 大体ここら辺だと判断する。距離的に位置的に、戦場全体を把握し、結界内で活動しているのならここだと断定する。イストが結界の流れから二人目の大体の位置を割り出してくれていて助かった。おかげでまだ生き残る確率が高くなった。一対一だと不利だという事実は変わらない。だが、二対二にするよりははるかにマシなのだ。二対一で戦ってて二人目に不意打ち合流なんてされたら一瞬で全滅だ。そうするためにも、一対一の状況でケリをつけなくてはならない。その為のこの状況、

 

 その為のフルドライブモード。

 

 長くは持たない。

 

「タスラム、ツイン」

 

『Double action』

 

 ライフルの形をしていたタスラムを中央で二つに折る、いや、折れる。そしてそこで二つの銃へと分離する。その形は分離する前のものとそう変わりはしない。それを両手で握り、そして森の中に身を隠す。相手の大体の位置は掴んでいたが―――この距離までくれば狙撃屋としての勘が相手の居場所を訴えかけてくれる。経験と勘以上に頼れるものはない。

 

「さて―――」

 

 森の中を小走りしながら、呟く。

 

「そこは俺の距離だ」

 

 幻術魔法で姿を消す。

 

 ―――このフィールド、シチュエーション、状況。

 

 要素は全て揃った。

 

 

                           ◆

 

 

 ……優勢か。

 

 冷静に情勢を分析する。

 

 相手は二人。此方も二人。だが相手が取った手段は一対一というスタンスを取る事だ。おそらく、いや、確実に合流する事を危惧してこの編成なのだろう。それは正しい判断だと理解する。相手が此方にまだ見せていない、切った事の無い切り札を所持しているのであればそれは一発逆転の目となる。だからこそ、此方は二対二で向かい打つべきだった。それを覇王は矜持や誇りというものに阻まれ、却下した。それが大事であるという事は理解しているが、それよりも大事なものはあると思う。だからこそこの状況は若干歯痒く、そして苛立たしい。

 

 森の中に身を隠す自分の役目は状況の監視と結界の維持だけだ。故にかなり楽をしている。ティーダ・ランスターが此方へと向かってくる途中で姿を消したのが唯一の気がかりだが、覇王とあの空曹長の戦いは確実に覇王が勝利するだろう。力量を分析する限り、全てにおいて覇王が勝っている。今も拳打が互いに叩き込まれ、自分には到底想像できない速度でそれが交差している。だが男の連撃は覇王には一歩届かない。ギリギリのところでしか攻撃を流せず、その体には打撃の余波による傷跡が刻まれて行く。ティーダさえ排除すれば此方の勝利は揺るがないものだと判断する。

 

 ティーダ・ランスター。

 

 この状況で自分が一番危惧する存在だ。

 

 彼は思考形態がデバイスやコンピューター、感情を抜きにして理詰めで考えられる存在と同様の思考形態をとる事が出来る。最善の為に何が必要なのか、それを犠牲を織り込んで考えられる。だからこそ恐ろしい。人間とは誰しも情によって阻まれる。あの男は必要なものの為なら手段を問わない。実際、迷うことなく仲間を盾にする事など普通の管理局員には出来ない。それはあの男、イストにも言える事だ。自分の体を盾に、囮をやりつつ味方を守るなど到底普通の思考ではない。彼らを正しく表現するのであれば、

 

「―――狂人」

 

 狂っている。イカレている。キマっている。覚悟がある。一体何を経験したら一般人があんな風な怪物となるのだろうか。才能には中途半端にしか恵まれていない彼らは、まさに獣とも呼べるような狂人だ。故に、絶対に生かして帰してはならない。ここで生かしてしまえばこの二人は生き物として、より恐ろしいものへ変貌してしまう。経験と、記憶と、そして”記録”がそれを訴えかけている。

 

 故に此方へと向かってくるティーダを、全力で滅さなくてはならない。

 

 そう判断し、

 

 銃撃が体を襲撃した。

 

「―――なっ!?」

 

 ギリギリの所で自動防御が発動し、小型のプロテクションが瞬間的に展開、虚空から出現した弾丸とぶつかり合って砕ける。瞬間的に体を動かし始める。狙撃されたのであれば場所を変えなくてはならない。同時に、相手も動き出すのだろう。だから一撃で仕留めなくてはならない。

 

「響け!」

 

 出の早い砲撃を四つ一気に吐き出す。薙ぎ払う様に、目標へと向けて叩き込む。受ければ間違いなく体を跡形も残さず消し去るだけの威力を持ったそれを撃つが、

 

「ッ!」

 

 今度は見切って横へからだを飛ばす。再び虚空から出現した弾丸は此方の脳を討ち落とさんと出現していた。だがその方角はデタラメだった。確実に頭上から出現していた。速度的にはありえない話だ。相手は正面にいたはずなのに、次の瞬間には頭上からの攻撃。

 

 ……誘導弾か?

 

 いや、違う。誘導弾であれば此方が気づく。流石にそれでこの隠密性は異常過ぎる。狙撃された瞬間まで感知の出来ない一撃など悪夢以外の何物でもない。高速で思考できる自分だからこそプロテクションで間に合うレベルの攻撃だ。ならば―――可能性は一つしかない。

 

 迷わず空へと浮かび上がる。隠れる事で得られる有利性を全て捨て去り、結界に覆われた赤い空へと飛翔する。数キロ先での覇王と空曹長の戦いが見える程の高さへと登ったところで、闇に覆われている森へと視線を向ける。瞬間、死角に展開しておいたプロテクションに接触を感じる―――間違いなく狙撃だろう。だからこれで相手の攻撃が何かを断定する。

 

「跳躍狙撃弾」

 

 跳躍魔法の一種だ。空間を超え、高位の魔導師になれば次元すら超えて攻撃の出来る跳躍魔法。それを狙撃と組み合わせた奥義だと判断する。凄まじい演算力と集中力を必要とするだろう。幻術魔法という隠密性と一撃必殺の狙撃能力―――これ以上厄介な組み合わせもないだろう。だが今回に関しては純粋に相手が悪かったと嘆くしかない。

 

「闇に染まれ」

 

 左手に本を、そして右手に闇を。

 

「デアボリック・エミッション」

 

 闇を大地へと叩きつける。叩きつけられた闇は周囲を飲み込みながら広がり、半径三キロ圏内のものを全てのみ込んで消滅させる。そうしてティーダが潜伏していると思わしき空間全てを飲み込んで破壊する。相手が此方へと戦闘を仕掛けている以上、絶対に近くへと来ているはずなのだ。それ故の判断。

 

 ―――そして、それは当たっていた。

 

「―――!」

 

 予想外の形で。

 

「ッァ!!」

 

 頭上から高速で落ちてきた存在が見えた。一瞬で腕を交差する様に防御すれば、銃剣で切りかかってくる男の姿がある。―――もちろん、ティーダ・ランスターの姿だった。その突如の襲撃に驚くのと同時に、自分のミスを自覚させられる。

 

 幻術と森という最高の相性を持った組み合わせを最善で考えれば使うしかない。

 

 だからその思考の裏を付いてティーダはあえて放棄したのだ。

 

 そして、

 

「―――知っているかい?」

 

 二丁の銃剣をティーダは構え、笑みを浮かべる。

 

「イケメンの狙撃屋は苦手な近接戦も人並み以上にはできるんだよ? ―――元々俺ぼっちだったし」

 

 距離を詰められたと理解した瞬間、ティーダは一旦此方のガードを弾き、斬撃を繰り出してくる。それを飛行魔法の素早いダッシュで回避し、近接用の魔法へと脳のスイッチを切り替える。

 

「いいだろう」

 

 空中に短剣を無数に生み出しながら睨む。

 

「―――我が書の闇に打ち勝てると思うのであれば来るがいい。我が名は”闇の書”」

 

 宣言する。

 

「最悪を模倣するために生まれた玩具だ」

 

 そして、接敵した。




 そんなわけで前々から宣言したようにリイン&覇王コンビです。どーだ、唐突なリインフォースの復活というかコピー! すげぇ地雷だろー! なのになぜか地雷評価されない。解せぬ。もうそろそろしてもいいのよ?

 と、言うわけで広域殲滅型のおっぱいさんと打撃特化型のおっぱいさんの登場です。次回が山場ですかね。


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オン・ザ・エッジ

 ―――さて、どうするかなぁ。

 

 目の前の状況に軽く自分の境遇を嘆く。自分はちゃんと引き際を見誤らずに引いたはずなのに、何が楽しくて無理ゲーをしなくてはならないのだ。確実によからぬ類の存在に目をつけられたのがいけなかった事は理解している。それでもだ、こんな状況になるほどいけない事を自分はしただろうか。だが、それを嘆く時間はない。残酷な話だが今は殺すか殺されるかの状況で、相手を殺す事以外でこの状況から逃げ出せるような結末は自分の頭脳でさえ思いつかない。つまり9割方状況として詰んでいる。

 

 さて、と胸中でつぶやく。

 

 ……相手を分析しよう。

 

 広域殲滅型魔法を得意としている。演算能力は高い。魔力は文句なしのSオーバーだろうか。少々違和感を感じるが無視できる範囲だ。記憶から引っ張り出す限り、この白髪の女性の姿は見た事がある。たしか―――そう、かつては闇の書と呼ばれた存在の統制人格だったか。陸士108隊で研修中の八神はやてが二代目であるユニゾンデバイスのリインフォース・ツヴァイを所持していたはずだ。彼女はデータ上確認した、その初代、アインスに似ている。いや、あのイングヴァルト”モドキ”は人間で、クローン技術による産物なら、この女性もたぶん、プロジェクトFによる産物なのだろうと。

 

 ならよし、まずは精神攻撃だ。精神攻撃は基本。

 

「えーと、リインフォースさん? アインスさん?」

 

「その名で呼ばれる資格が私にはない。故に、その名で私を呼ぶな」

 

「あ、はい」

 

 無理だった。

 

 ……まあ、そうもなるよね。

 

 正直この技術を確立させた存在は天才だ。自分が及ばないレベルの超天才だ。だからこそこの完璧過ぎる再現に戸惑ってしまう。ここまで完璧な記憶の転写を行えば我が強すぎて命令通りに動かない事や、兵器としては不適切な側面が大きく表れてしまう。この戦いを見ればそれが解る。自分がもし、この二人の生みの親であれば、記憶は転写せず、知識のみをいれ、そして局地的な破壊兵器として運用する。Sランク級の魔導師が暴れれば街の一つや二つは容易に落とせる。それだけの戦力を所持しているのに、完全に遊んでいるとしか思えない。

 

 ……遊んでいるからこそ裏切られないのか……?

 

 そこらへんの追及はまだいいだろう。問題は相手に交渉は通じる事がなさそうな事だ。先ほどの短いやり取りで相手が此方に対して明確な殺意を抱いている事が解った。あの時、プレシアの時と同じで、何らかの餌を釣るされているのだろうか。ともあれ、言葉でどうにかできるような相手ではない。

 

 ……やるしかないか。

 

 フルドライブモードはこうやって考えている間にもリンカーコアと体を削って行く。必然的に早期決着でしかチャンスを生み出す事は出来ない。というよりも早期に決着をつけなくては此方が圧殺される。それだけの魔力量を持っている相手だ。なんとか自分とも、相手とも得意でも不得意でもない戦闘状況へと持ち込めた。あとは互いにする事は同じだ。

 

 どうやって自分の戦場へと引きずり込むか。

 

 そう言うのはむしろイストの方が得意な分野だ。基本的に自分は待ちの一手で、相手が来たところを仕留めるのがスタンスだ。だから無理やり相手を引き込んでくるイストの存在は助かっていた。だがそれができないとなると、使える物を全て使ってこの状況をひっくり返すしかない。

 

 であれば、

 

「……沈め」

 

「やるしかない……!」

 

 闇の書、と名乗った敵が背後に数十と言わず、数百のダガーの様な魔力弾を浮かべる。その一つ一つが貫通力に優れ、バリアジャケットを貫通できるだけの威力を持った刃だと解析するまでもなく把握する。故に【防御】は悪手。取るべき手は一つ、

 

「タスラム」

 

 声に呼応するようにタスラムは銃剣の姿から、アサルトライフルの姿へと変化する。二丁のアサルトライフルを構え、刃が降り注ぐのと同時に引き金を引く。カートリッジが大量に放出されるのと同時に魔力弾は降り注ぐ刃を迎撃し、互いに相殺する。―――此方が常時フルドライブモードを利用した迎撃なのに相手はほぼ素面の状態だ、戦力差に嫌になってくる。が、その程度の絶望では足を止めてやれない。

 

 ……ここかなっ!

 

 一際濃い弾幕を張り、弾丸の壁を生み出す―――一瞬だが体を隠すには十分すぎるサイズのを。それを見た瞬間、敵が此方の意図を悟り、右手を突きだす。

 

「散れ」

 

 瞬間放たれたのは素早い砲撃だった。細い―――といっても車を一つ飲み込むほどの大きさの砲撃がノータイムで弾幕の壁を突き破りながら迫ってくる。だが―――それこそ好都合だ。この砲撃の方がどう見ても自分の放った一撃よりも太く、そして身を隠しやすい。食らったら即死しそうというリスクを抜きにすれば最高の隠れ蓑だ。

 

「ミラージュ……!」

 

 身を隠す。それこそがランスター家に通じる第一戦術。

 

 ―――不意打ち騙し討ちはドンドンやろう……!

 

 砲撃を目前に姿を完全に隠す。

 

 

                           ◆

 

 

 ……ここからが本当の勝負だ。

 

 相手を分析する。ふざけているような節はあるが、その瞳は常に勝利を貪欲に求めていた。冷静沈着でありながら闘志を燃やしている。不思議な印象の男だと判断する。だがどんなに地味であれ、己の持つ才能、武器、道具、その全ての一つ一つを歯車として認識し、運用する才能に関しては図抜けていると判断する。今の砲撃。ナイトメアは一度しか使っていない。なのにそれを自分の戦術にティーダは取り込んできた。油断すれば一気に首を持っていかれる、危険な相手だと判断する。

 

「ハウリングスフィア」

 

 右手を浮かべれば周囲に十数を超える黒い機雷が浮かび上がる。敵が近づけば自動で反応し、爆破するフローティングマイン。そのものが魔力である為、魔法を発動させれば同じ魔法を発動させることができる砲台でもある。それらを今度は上も下も取られぬように全方向へと設置し、索敵を開始する。

 

 目を閉じ、腕を伸ばし、五感から得られる情報の全てを処理する。音―――反応なし。熱―――反応なし。視覚―――情報なし。この三つに引っかからない時点でかなりの完成度を持った幻術だと把握する。だからこそ、

 

「触覚―――」

 

 魔力をソナーとして放つ。それはしばらく進んだところで、背後へと回り込むように存在していた存在に触れ、キャッチする。生物である以上、絶対に物理的接触から逃れる事は出来ない。魔力ソナーはその応用。反転するのと同時に視線を向ければ、幻影から身を現す姿を見る。だがその姿を攻撃を放つ前に看破する。

 

「幻術……!」

 

 これが本体ではない。何故ならその中身は空っぽだからだ。見れば解る、その半透明な体を。だからこそ本体は別の場所―――ソナーの範囲外にいる事を把握し、高速で逃れる為に体を動かす。相手の位置を悟り、一瞬で闇を複数手の内に作り出す。が、その瞬間には体に突き刺さるものがあった。

 

 魔力弾だった。

 

 ……早い……!

 

 自分が防げた一撃目も、二撃目もここまで早くはなかった。気づいた時には弾丸が体に命中していた。体を動かしたおかげでそれは肩を貫通する様な一撃になっており、大したダメージにはならなかったが、攻撃の為に振り上げた腕を完全に破壊していた。―――右腕は動かないだろう。これで体を動かさなければ、確実に脳か胸を吹き飛ばされていただろう。

 

「ティーダ・ランスター……!」

 

 この敵は危険だ、と再度認識する必要が出てきた。

 

 

                           ◆

 

 

 ……死ぬ、超死ぬ。

 

 自分の一撃がギリギリの所で失敗したのを悟った。

 

 今の一撃でキッチリ頭を吹き飛ばすつもりだったが、それが通じなかった。つまり状況としてはヤバイというレベルではなく、9割方勝率がないのが9割9分勝機が消えている状態となった。この9%の勝率は軽んじられる事が多いが、個人的には大きな違いだと思う。41%と50%を見てみると50%の安心感がかなり違う。

 

「……よし」

 

 伏せていた大地から体を持ち上げ、移動を開始する。今まで自分が幻術魔法を使って隠れていたのはリインフォース・クローンが一撃目に大技を放って滅ぼした森、そのクレーターの中央だ。相手が思考の基準として”最適解”を選ぶのが見えてきた。だからこそ奇策の類がこの相手にはよく通じる―――今の一撃は相性の差だ。

 

「立ち向かう事だけが戦いではない、ね」

 

 幻術魔法を教えてくれた父はそう言っていた。我が家は幻術魔法が得意な人間が生まれてくるのが多いので不意打ちと奇襲、騙し討ちは基本戦術だと。ティアナにも基本的な事は教えてあるから、一応自分が死んでもこの渋い魔法のチョイスを理解してくれるといいなぁ、とは願望として思っている。

 

 あぁ、そうだなぁ。

 

 ……死ぬかなぁ。

 

 なんとなくそんな予感がする。空気に、場所に、状況に殺されている。自分が少しずつ死の泥沼にはまって行く感じが明確に感じられる。言葉にできる表現ではないが、確実に断頭の刃は迫ってきている。時間をかければかける程処刑の刃が近づいてくる事を錯覚する。だから、殺さなくてはならない。早く、この刃が首に届くよりも先に、相手を殺さなくてはいけない。だから、その為に体を必死に動かす。前へ前へ、相手は既に此方の位置を今の一撃で割り出しているだろう。だから完全に此方の行動を把握される前に更に状況をかき乱す。

 

 背後で轟音を感じる。巨大な魔力の本流を感じる。ほぼ間違いなく敵の広域殲滅魔法だ。それから逃れる様に空へと上がる。無駄に撃てば打つほど首を絞めるのは間違いなく此方だ。だから空へと飛びあがり、ダメージを負ったリインフォース・クローン。

 

 二丁のタスラムの姿をライフル型の姿のまま、

 

 ―――全力で突っ込む。

 

「っ!」

 

「おぉぉォ―――!」

 

 敵が浮かべた浮遊機雷を全て限界速度で振り切る。背後で発生する爆破が連鎖的に広がり、体を削る。だがそれ位の犠牲は織り込み済みで、防御魔法も使わず一直線に敵を睨み、接敵と同時に蹴りを叩き込む。それをリインフォース・クローンは残った左腕で防御する。浮かび上がるのはプロテクションの魔法。その強度はオーバーSの魔力という要素を持って凄まじい硬度を発揮している。

 

 だが発動しているのであれば、

 

「これは防げないだろう!」

 

「跳躍弾……!」

 

 プロテクションの内側に弾丸を送り込んで放つ。それはリインフォース・クローンの脇腹を掠る結果として終わるが、状況を此方へと傾かせるには十分すぎる流れだ。新たに血を流しながら軽くだが上手くリインフォース・クローンのプロテクションを蹴って体を離す。その体を幻術魔法で隠した瞬間、

 

「……薙ぎ払え!」

 

 雷がリインフォース・クローンの正面全てを焼き払う様に放たれた。ギリギリで逃れた自分にそれは当たらなかった。が、一瞬でも離脱のタイミングを誤れば蒸発していたのは自分だ。だから相手を追いつめるのは慎重に、しかし素早くと決め、リインフォース・クローンの背後で魔力弾を複数浮かべる様に出現させ、背後から蹴りを叩き込む。

 

「調子に、乗るなッ!」

 

 防御もせずに体で攻撃を相手は受け止めた。それと同時にカウンターとして敵が放ってきていたのは血の短剣だった。

 

「ブラッディダガー!」

 

「くっ……!」

 

 十数の短剣が体を一瞬で貫通する。その全てが幸い、急所に突き刺さっていない。痛みはあるが、男の意地で無視できない程酷くはない。そう、男には意地がある。

 

「クロスファイア、シュート!」

 

 浮かべた魔力弾を蹴り飛ばす敵の体へと叩き込むが、

 

 浅い……!

 

 それがリインフォース・クローンの体を貫通していないのを確認する。予想以上に防御が硬い、今の一撃では落としきれない。

 

 ―――ならば、次の一手で完全に勝負を決める……!

 

「ナイトメア」

 

「ブラックアウト」

 

 砲撃が闇を貫く。

 

 

                           ◆

 

 

 一瞬で闇が消えるのと同時に身構える。

 

 ハウリングスフィア―――駄目だ、相手は逆に利用してくる。

 

 デアボリック・エミッション―――放つ予備動作を狙われる。

 

 ナイトメア―――出が早いが無差別に撃てば消耗するだけだ。

 

 ブラッディダガー―――おそらく最善手。小回りが利き、尚且つ連射できる。

 

 だから展開の出来るブラッディダガーの最大数を展開する。その数274本。その全てを自分の周り3メートルを回転させながら檻を生む様に展開する。跳躍弾対策に常に体を動かす場所を用意し、迎撃の姿勢へと体勢へと自分の状態へと移す。既に相手の跳躍弾と、幻術は何度も見、そして確認した。

 

 次に見れば完全に解析出来る。

 

 そうなれば相手の位置を常に割る事が出来るようになる。

 

 故に一手、この一手だ。既に跳躍の反応は追えるだけの解析を終えている。だからこそ、

 

 ……来るかっ!

 

 跳躍の反応を感じた瞬間、素早く身構える。弾丸は何処から来るのか、それをどの方向へと避ければいいのか。それに対して身構え―――なにも来ない。いや、来ている。来たけど見えていないだけだ。

 

「跳躍弾が使えるのに、転移魔法が使えないって事はありえないだろ……!」

 

 ―――その言葉と共に、心臓を二本の刃が貫いていた。



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エンブレイス・オブ・デス

 打撃を打撃で迎撃する。それが既に何回行われたのかは解らない。ただ一つだけ実感しているのは死だ。死はすぐそばにある。そして現在、自分はそれをチョン避けしている。そのチョン避け状態を続けている。気が狂いそうになるのを抑え込み、頭の中を空にし、反射神経と直感に全てを任せて相手の打撃を迎撃する。掌底を手刀で、手刀を張り手で、打撃を蹴りで、そして蹴りを打撃で。互いに全力で武を振るい、その全てを迎撃してゆく。だがその流れは確実に相手に流れる。この数百を超え、千に届かんとする武の流れは一方的に覇王の流れを生み出していた。

 

 この流れで、削られて行くのは俺一人だけだ。

 

「……!」

 

「―――」

 

 無言で拳を交わす。瞬間的に繰り出される五連撃を全て受け流すが、その際に一撃は必ず体を掠める。そして防御能力が0になっている今、掠り傷はそのままのダメージとして体へと伝わる―――今回、肩を掠めた一撃はマフラーを千切り、そしてシャツをぼろぼろにし、そして肩に赤い裂傷を生む。もはやぼろぼろだったマフラーはそれで完全に役目を終えて切れ落ち、右の肩にぶら下がる形で残っていたシャツも今の一撃で完全に切れ落ちる。腕を覆うベーオウルフのネイリング状態の姿を置いて、上半身を覆う衣服はなくなっていた。それもそうだ、バリアジャケットに回す魔力さえも反射神経と攻撃力の増強へと回しているのだ。

 

 そうしなければ最初の手合せで死んでいる。

 

 だがそれでも体の傷は癒えてゆく。

 

 防ぎきれなかった連撃の結果生まれた傷は目に見える速度で塞がって行く。防御力はないが、治癒能力はある。ネイリング状態のフルドライブモードはどこまでも前向きだ。前向きに殺しに行っている。相手を殺す為に必要なものは火力とうごかせる体だけ。

 

 ネイリングはそもそも”砕ける”事が前提の形態だ。

 

 だから、

 

 ―――これでいい……!

 

 体が傷つき、癒えてゆく無限の痛みのループの中で思考する。これでいい。此方は削られて行く。肉体も、思考も、魔力も、そして―――命も。だがそれでいい。この極限の綱渡り状態、何もかもが失われて行く中で一つだけ自分が拾えるものがある。それはありえない邂逅こそが唯一祝福として与えてくれたもの、

 

 即ち経験。

 

 削られて行くものは多い。だが目の前の覇王に相対するために、自分は持ちうる全ての技術を発揮している。シューティングアーツも、ストライクアーツも、そしてベルカ格闘術も。この三つを織り交ぜ、掛け合わせ、そして打撃している。だがその中には純格闘特化の魔導師と出会えていない故の泥臭さがある。我流では限界がある。師であった祖父はとう昔に亡くなってしまった。そして誰かに師事出来る様な身分でもない。ならばこそ、自分一人で磨くしかなかった。目標がなかった。だが、今、それが、

 

 ……目の前に……!

 

 相手の攻撃はかなり独特だと思う。打撃のリズムに入ったと思えば次の瞬間には手刀が飛び、此方が繰り出し受け流しを貫通して衝撃を放ってくる。感覚としてはベルカ式格闘術、それを極限まで無駄なく、そして最大限殺す為に磨いた芸術の様に思える。その奥義の全てを知っているわけでも見たわけでも聞いたわけでもない。だからその本質を語る事は出来ないが、だが感覚としては狂いはない。これは殺すための技術だ。あらゆる敵、あらゆる兵器、あらゆる理不尽を殴殺するための格闘術。―――これがカイザーアーツ。

 

 付きつけられる実力の差と現実に舌を巻きながらも、荒々しい技術は磨かれて行く。余分なものが削られて行き、戦闘に必要な部分のみが覇王への相対の為に生まれてゆく。極限の命のやり取りの中でしか生まれない成長がそこにはある。だからこそ、こんな状況でも心は高鳴る。既に魔導師として自分は完成されている。この十九年間の生で、自分の適性に合った魔法を極められるだけ極めたという自信がある。これ以上磨けるのは苦手分野の克服のみだ。だがそれは直接的な戦力上昇にはつながらない。だからこその技量だ。天才連中であればあるいは壁を越えてさらに進めるだろうが、それは自分にはあり得ない。この体、資質、そして技量で全てが決まってしまう。体と資質は把握している。上へと向かうにはこの肉体しかない。

 

 だから削り、磨くしかない。

 

 盗めるものは全て盗んで、自ら磨く。

 

 この刹那に、相手を超える為に……!

 

「―――故にこそ、その命をここで手折る必要がある事を無情と呼ぶのでしょう」

 

「ッ!」

 

 一瞬の拳の交差、次の瞬間には覇王が手首をつかんでいた。ヤバイと認識した次の瞬間には体が地を離れ、自分の体が速さによって持ち上げられている事を理解した。まるでタオルを振り回すかのように此方の体を振り回し、それを何度も地へと叩きつける。

 

「無影組手……!」

 

 それがただの振り回しであれば良かったが、その振り回しは加速を得て此方の肉体の血流を一気に流れをとどめる。加速し始めるこの一撃の目的は打撃によるダメージではなく、速度によるブラックアウトが目的だ。そして時たま大地へと叩きつけるのは此方の体勢を崩す為。だからこそ、

 

「元からダメージ度外視だ……!」

 

 飛び散りそうな意識の中、大地への衝突の瞬間に受け身を取らない。その代わりに衝撃を全身で受け、身体が叩きつけられて跳ねた瞬間に体を曲げて、覇王の腕に体を組みつける。そのまま腕を―――折る。

 

「織り込み済みです」

 

 両手足で組みついた腕を覇王は持ち上げ、それを全力で大地へと叩きつける。瞬時に組を解き、体を全力で後方へと飛ばした瞬間に拳は炸裂、大地を粉々に砕きながら自由を得ていた。細腕で生み出した結果に内心舌を巻きながら拳を構え直す。非常に厄介な相手だ。自分という魔導師が目指す理想のタイプと言ってもいい。技量は完全に上回られているのがこの上なく勝機を殺している。なら此方しか持ってない武器を使って倒すべきなのだろうが。

 

「才能が有り、向上心があり、そして何より己の技量を弁えている。素晴らしい人材である事に疑いがありません。ですから再び拳を合わせる機会が来ない事が残念でしかありません」

 

 ―――来る。次は確実に大技が、此方を仕留めに来るために来る。それだけは理解できた。いや、確信できる。相手は此方を次の一撃で殺す気だ。カイザーアーツの奥義、それが今披露される。そして、それを乗り越える事が勝利に対する最低限の条件。

 

「ハ、惚れてもいいんだぜ?」

 

「ふふ、私に勝てたら考えておきます」

 

 ……それって無理じゃね。

 

 一瞬そんな事を思い浮かべて、苦笑してしまう。

 

 ……本能的に勝てない事を悟っているんだろうなぁ……。

 

 ゲーム的に見れば相手がレベル100の最上位職のキャラで、自分がレベル80の上位職のキャラだ。相手が完全に此方の上位互換キャラで、それを戦い合わせれば結果としてどうなるかは明白だ。もちろん、レベル80―――つまりは俺の方が圧殺される。奥の手はいくつかあるが、それを十全に放てる状況でもない。だからこそ、それを放てるだけの状況を生み出す必要がある。そしてそれは、

 

 これを乗り越えた所にある。

 

 故に、構え、

 

「―――」

 

「通します」

 

 覇王が宣言し、構え、

 

「―――覇王断空拳」

 

 次の瞬間、モーションや過程を全て飛ばして拳を胸に叩き込む覇王の姿が目前にあった。

 

 

                           ◆

 

 

 ―――防ぎましたね。

 

 優秀だと判断する。魔導師としては良くて秀才の類だとは聞いていた。格闘は確実にセンスと才能に恵まれている。これに反応できたのがその証拠だ。ギリギリ防御に入れたのは戦闘を通した成長による賜物だろう。だが防御をした所で無意味だ。これは奥義であり、そして必殺技でもある。自分が戦場で敵を仕留める為に放つ一撃必殺の奥義。これに関してだけは無類の信頼を置いてある。たとえ防御されても衝撃は相手の防御を貫通し、そして心臓へと直接叩き込まれるようになっている。

 

 常人であれば心臓破裂。

 

 超人の類でも心肺停止は免れない。

 

 故に拳を引き、心臓を止めた状態で立つ男の姿を見、感触から判断する。心臓を潰す事は出来ないが、その動きを止める事は出来た。その証拠としてイストは一度苦しそうに顔を歪めて、息を吐き、そして動きを止めた。そうして動きを止めてから近寄り、手を脈に当てる。

 

 ……止まっていますね。

 

 確実に殺した、と確認できた。そしてそれを確認すると同時に、言い訳も出来ない罪悪感が胸を苦しめる。命を一つ、身勝手な事で消し去ってしまった。あと数年あれば自分を殺す事も出来たかもしれないが―――それも幻想だ。今ここで、自分が命を奪ってしまった。

 

「……イスト・バサラ、ありがとうございます。貴方の事、その言葉、忘れません」

 

 おそらくこの世界に生を再び受けてしまい、イングヴァルトとして、そして少女としての記憶を持っていた自分は己がなんであるかを喪失していた。意味と意義を見失っていた。だがそこに自分がどういう風にみられ、そしてどういう存在であるかを目の前の男は教えてくれた。

 

「私は、女ですね……そして、覇王イングヴァルトです、か」

 

 どうせなら男として生まれ直したかったが、生まれを選ぶことは何物にもできない。だからこうなってしまった以上、それと付き合っていかなくてはならない。生まれを呪っても仕方のない話なのだ。だから、今の自分を認めて生きる。自分は女だ。女として生きていかぬばならない。女、覇王として。だから死体に背を向ける。もうここに用はない。この罪悪感と罪は一生背負う事として決める。

 

 瞬間、

 

『Ressurection』

 

 背後でスパークと機械音が響く。まさか、と驚愕と共に振り返ろうとした瞬間、何かが体に絡みつくのを感じ取る。驚愕が抜けきる前に体は大地に倒されていた。

 

「―――俺は、貴女を殺さなくてはいけません」

 

 背後から組みついたのは数秒前まで死んでいたはずのイストの姿だ。馬鹿な、確かに死んでいたはずだと言葉を口からもらしかけ、そして先ほどのスパークの正体を悟る。つまりは―――電気ショックだ。電気ショックを自分の体に流し、無理やり心臓を動かし始めたのだ。つまり死ぬことが前提で相手はこの状況へと持ち込んだ。正気か、と問う前にここまでして此方を殺しに来る存在へ感謝する。

 

「覇王イングヴァルトは戦乱の世で死にました、それで彼の生は完結しました―――故に覇王は生きていてはならない。墓は暴いてはならない。生は冒涜されてはならない。貴女が覇王と名乗る以上。貴女を俺は全力で殺さなくてはならない……!」

 

 ―――オリヴィエが守ろうとした民は、その末裔はこんなにも立派ですよ。

 

「ありがとうございます。ですが―――」

 

 ただで負けるつもりはないと、心の中で宣言する。それ以上の言葉は喉を掴む腕によって吐く事は出来ない。足は絡めるように足を取り、もう片腕で此方の腕を動けない様に極めている。此方が一瞬油断していた事もあって関節技は完璧に決まっていた。だがこの技は昔、見た事がある。

 

 ……エレミアの!

 

 懐かしいと思う反面、状況は悪い。喉を閉められているせいで腕に力が入りにくいし、完全に動かせるのは左足だけだ。だが……!

 

 

                           ◆

 

 

 ……どうだ!?

 

 本当に虎の子というべきか、昔軽く齧った程度の技を取り出す。古式あいてには古式という発想で繰り出してみたが、上手く極まっている。少しずつ体から力が抜けて行くのも密着する体を通して感じる。このままいけば―――とは思わない。相手は戦乱の世には覇王と呼ばれるほどの実力者。肉体は違えど、それでも相手が最強と呼べる存在の一角であることに間違いはない。ここで手を抜けば殺されるのは此方だ。レヴィに充てんさせたカートリッジを利用した心臓ショックも心臓への負担が強すぎて使えるのは一回のみ、ここで殺す事が出来なければ本当に手段がなくなってしまう。

 

 もちっとエレミアとかカイザーアーツとか勉強しときゃあ良かった……!

 

 首と足の骨を折る勢いで力を込める。大地に倒れているので倒す掌撃で此方の束縛を緩める事は出来ない。ほぼ完全な詰みの状態でも、それでも相手は引っ繰り返すだけの実力を持っているから完全に殺す。

 

「……ッ!?」

 

 力を籠め、折りにかかる此方の体が持ち上がった。

 

 いや、

 

 イングヴァルトが立ち上がった。

 

 唯一自由に動く左足。

 

 それをイングヴァルトは大地へと突き刺し、足の筋力だけで体を持ち上げた。

 

「デタラメな……!」

 

 こんな状況でそれだけできるだけの力を一体どこから引き出して来るのかと叫びたくなるが、相手も自分と同じだ。死ぬ気で此方を殺そうとしているのだ。できる事は全て使ってくる。

 

「覇王、剛滅!」

 

「がぁっ」

 

 絞り出すように叫んだ瞬間、全身を貫くような衝撃が相手から放たれた。発勁の類なのだろうか、体を動かさずに衝撃だけを飛ばし此方の全身に叩き込んできた。だが、それでも関節技を解除しない。逆に力を込める。グキ、と相手の腕と足から嫌な音が響くが、首は硬い。おそらく首を、急所をピンポイントで強化する事にリソースを割いている故、首は折れてくれない。

 

「二撃!」

 

「かぁっ」

 

 二撃目は予想できた。故に耐えられた、が、

 

「三撃……!」

 

 二撃目のすぐ後に放たれた三撃目によって此方の拘束が解除される。瞬間、折れた右足を引きずりながらイングヴァルトが体を動かし、距離を作る。その動きは遅い。仕留めるには至ってはいないが、確実にダメージは重ねている。一回死んだだけの価値はあった。右腕もひじから先が力が入っていない様に見える。

 

 ……ここで殺さなきゃ顔を見せられねぇなぁ!

 

 ベルカの者として、聖王に守られた民の末裔として、蘇られさせ、覇王と名乗る存在を生かしておくわけにはいかない。まだ別の名を語るのであればいいが、覇王も聖王も、彼らの死を、生きざまを、存在を冒涜する様なこれを許す事は出来ない。生き残る為、誇りを守る為、この人はここで殺さなくてはならない。

 

 だから前に出る。

 

「行きます」

 

「来なさい」

 

 体は表面上無傷に見えても、内臓は既にボロボロだ。口から溢れる血を無理やり飲み込みながら吠え、そして拳を構えて一気に接敵する。肉体が限界を迎えているのであれば限界を超えるしかない。

 

「ベーオウルフ……!」

 

『Cartridge over load』

 

 オーバーロード、つまり過剰使用。肉体が耐えられない量を無理やり回復能力任せでロードし、暴走させながら使用する状態。

 

 ……ここで決める―――!

 

 打撃と打撃で迎撃する。ぶつけ合った衝撃で体が傷を覆うが、大した問題ではない。そのまま二撃目を放ち、迎撃し、そして流す。超高速のラッシュを再び放ち続ける。ただ今度は覇王ではなく此方の優勢となる。両手を使い、限界を超えて強化する此方とは違い、相手は片腕を十全に使えない状況だった。いや、折れている腕を使って迎撃しているという時点で凄まじいと評価するべきなのだろう、だがそれでは追いつかない。

 

「かっ、くっ」

 

 やがて一撃が体に届き、二撃目が届き、

 

 そして、

 

「……しまっ―――」

 

 片腕が十全ではない故に攻撃を止めきれず、そして片足故に十全な踏ん張りがきかない。刹那の遅れが明確に勝敗を分ける戦闘の中で、覇王イングヴァルトがもたらしたワンアクションの遅れは生死を分ける一瞬だった。それはこの瞬間、機会を持ち望んでいた自分には十分すぎる瞬間であり、

 

「竜の頭を消し飛ばした一撃、受けてみろ……!」

 

『Killing blow』

 

 持ちうる全技術、魔力、そして体力を全て注ぎ込む。これが自分の持ちうる全て。

 

「―――鏖殺拳ヘアルフデネ」

 

 無拍子、防御貫通、内臓破壊と、考えうる限り込める事の出来る最悪の技術を全て持って放つ文字通り鏖殺専用の拳。相手を如何に殺すか、その一点だけを磨いた拳は阻むものもなく、止められるわけがなく、防御に入る事の出来ないイングヴァルトに衝突し―――吹き飛ばした。

 

 その衝撃は凄まじく、衝突と同時に周りに数メートルの亀裂とクレーターを生み出し、相手の体を何十メートルも先の森の闇の中へと押し出す。その道中にある木々は全て折れるのではなく粉砕され、受けた場合の衝撃を如実に表していた。命中した感触から確実に殺したと、確信した瞬間、

 

 全ての魔力を使い果たした。

 

「あ……あがぁ……かぁ……」

 

 口から溢れ出す血をどうしようもなく、それを吐き出しながら膝を地につけ、倒れる。血を流し過ぎたせいか目はかすみ、左腕も完全に動かなくなっていた。イングヴァルトの生死を確認するべきなのだが、そこまで体を動かすだけの力は残っていない。ただかすんだ視界でも遠くの木に寄り掛かり、動かない人の姿があるのは見える。

 

「か、は、……はは……俺の……勝ちだ……」

 

 痛みが全身を満たし、今にも死にそうだが、それでも充足感には抗えなかった。勝った。卑怯な手段を取ったが、勝利した。”あの”覇王に勝利したのだ。伝説に、拳士であれば誰でも憧れるようなカイザーアーツの生みの親に勝利したのだ。そして、同時に覇王のクローンを墓場へと返す事が出来たのだ。

 

 これ以上の充足感はない。

 

 だからこそ、

 

 響いてきた足音を友の勝利の足跡だと疑わなかった。アイツも勝ったか、と安堵と共に笑みを浮かべようとして―――空を見る。

 

 ―――そこには結界を張られ、赤く染まったままの空があった。

 

「―――予想通りの結果だったな」

 

 声もなく、足音の方向へと視線を向ける。そこには女の姿があった。羽を生やした女だ。服装は黒く、髪は白く、そして心臓があるべき場所に穴をあけた女だ。その姿は間違いなく致命傷のはずのものだ。だがそんな事よりも、問題なのは彼女が片手に握るものだった。

 

「遺言だ―――”ティアナを頼む”と」

 

 そうして横へと降ろされたのはティーダ・ランスターの死体だった。あまりの事態に脳が一瞬理解する事を止めようとして、次の音に完全に心を砕かれる。

 

「その姿はどうしたのですか?」

 

 それは覇王の声だった。震えながらも立ち上がり、生きている覇王の姿だった。上半身の衣服は完全に吹き飛んでいるが、それは今もなお健在と証明する姿だった。再びバリアジャケットを張り直した覇王は足を引きずりながら此方へとやってくる。

 

「思考の裏をかかれて心臓を突き刺されました―――デバイスであるが故、コアを砕かない限りは致命傷ではないのですが。王よ、そちらは?」

 

「流石に死を覚悟しましたが魔力を全て使って肉体を強化しました。経験上ああいうタイプはプロテクション貫通型の一撃ですから下手に防御をするよりは肉体全てを鋼の様に固め、衝撃を外部へと逃した方が有効ですから」

 

 ……なんだ、経験済みだったのかよ……。

 

 認めるしかない。相手は強い。自分よりも、はるかに。自分がまだ届かないような領域に相手は立っている。だからこの結末は自然なものだ。

 

 強いものは強い。

 

 人生に奇跡なんてものはない。

 

 弱者が強者を破る様な物語は万人に与えられる特権ではない。

 

 ……先に逝ったかティーダ……。

 

 ティアナを任せるとか言われてもマジで困る。それって俺が負けないって事を信じている結果なんだろう。だから一回言ってやりたい、馬鹿め、と。勝てるわけがないだろう。いや、負ける気はなかったけどさ。

 

 あぁ、ごめん、シュテル、レヴィ、ディアーチェ、ユーリ。

 

 お兄さんちょっと帰れそうにないわ。

 

 最後の力を振り絞って体を仰向けに変える。口の中に溜まっていた血は全て吐き出した後なのでのどに詰まるものはない。ただ漠然とした痛みと、疲労と、そして終わりを肌で感じる。これが俺の終わりだと思うとどこか寂しいものがあるが、死には抗えない。

 

「介錯致します。……何か遺言はありますか」

 

 覇王が此方の前に立つ。その姿を見て、ティーダを殺した仇の顔を見て、言いたい事は色々とある。でも、結局のところは全員が被害者なのだろう。

 

「やっぱ可愛い子ってさ、幸せにならなきゃいけないと思うんだよなぁ……こう、デバイスとか戦いとか忘れて……新しい洋服とかに騒いで……甘いもん食って……笑って……恋人でも作って……結婚して……死ぬまで楽しくやるべきだと思うんだよなぁ……んな顔をさせちゃいけないんだよなぁ……」

 

 そう聞こえない様に呟き、そして言葉を放つ。

 

「黄泉路に乙女の祝福でも持っていけたら」

 

 最後まで真剣でいるのは自分らしくない。そう思って放った言葉だったが、気づいた時には顔が近くにあった。

 

「では、戦士を祝福しましょう」

 

 そう言われ唇を重ねられ、

 

 ―――完敗だな。

 

 意識を失う。

 

 

                           ◆

 

 

 ―――口づけは血の味がした。

 

 

「王よ」

 

「解っています。殺します」

 

 惜しいと思う。心の底から。純粋に人としての幸せを、それを願った故にあの少女達を囲い、そして普通の生活をさせているのだろうと思う。人格者だと断言できるが、不器用でもあると思う。おそらく死んだこの二人もまた、利用されるのだろう。死を冒涜され、死にたくとも死ぬ事が出来ず、恭順の道を選ばされるのだろう。

 

 ならば、

 

 ……死体が一欠けらも残らない程の攻撃で二人を消し飛ばすのがせめてもの救いでしょう。

 

 その為に構える。魔力は最後の一撃を防ぐのに大分使ってしまったが、大技を一発放つぐらいであれば十分残っている。だから魔力をかき集め、まだ無事な右手を振り上げる。相手の事は絶対に忘れないと心に刻み、

 

「―――エンシェント・マトリクス」

 

「っ!?」

 

 結界を突き破って一本の杭と見間違うほどに巨大で禍々しい剣が自分とイストを分ける様に大地へ突き刺さる。結界を粉々に破壊し、そして現れた侵入者は剣の上に立つと憤怒の表情を浮かべ、此方へとギラつくような視線を向ける。

 

「―――良くて虫の知らせ、悪く言えばご都合主義。でも実のところはちょっとだけイストが考えそうな事が解るので早めに家に帰ってこない様に迎えに来たんですよ。早めに帰ってきて退院パーティーを準備しているのがバレたくないですからね。今日の為にみんなで頑張ったんですよ? ディアーチェは張り切りますし、レヴィは慣れないお菓子作りに挑戦しましたし、シュテルも飾りつけをたくさん作ったんですよ?」

 

 それなのに、

 

「なに計画パーにしてくれてるんですか。殺しますよ」

 

 相手の姿を知っている。データとして、イスト・バサラが囲っている少女達の一人だ、彼女は、

 

「ユーリ・エーベルヴァイン……!」

 

「正しくはユーリ・B・エーベルヴァインです。私はバサラ家の一員だと思っていますので。ともあれ、よくも邪魔してくれましたね」

 

 此方を睨み、ユーリは背後に炎の翼を二本生やす。

 

「試作型無限結晶エグザミア・レプカ起動、稼働率30%」

 

 膨大な魔力をなおも増大させる彼女は睨む。

 

「沈むことなき黒い太陽を、影落とす月を―――罪人よ、砕かれぬ闇に恐怖しろ」

 

 それは憤怒に染まった紫天の盟主の到来だった。



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Interlude
ディザイア


「―――やれやれ、何とも面倒な老人達だ」

 

 大きなスクリーンが設置してある部屋、椅子に腰かける姿がある。その姿は非常にずぼらだ。よれよれのシャツにズボン、そして乱雑に着こまれている白衣。それが男を科学者だという事を証明している。が、その男を特徴的とするのはその恰好ではなく、髪だ。頭髪は頂点では紫色をしているが、それは肩まで伸びる髪の末端へと届くころには完全に色素を失うグレーに変貌している。それはまるで生命力の衰えを証明するかのようで、男の命の残りを表すようでもあった。だがそれすらも楽しむ様に、男は鼻歌を歌う。

 

「ドクター?」

 

「おぉ、いい所に来たね」

 

 男がスクリーン前のパネルの上に倒してあるマグカップを指さす。その中に入っていたコーヒーは零れてパネルを濡らしている。そのせいなのか。スクリーンは黒く、光を映していない。

 

「ドクター、これは?」

 

「うん? 通信中に”何故か”手が滑ってしまって”偶然”にもそれがパネルにかかってしまって”運悪く”故障してしまったのだよ。いやぁ、やはり時代は防水だね! 次からは防水仕様にしよう。……あ、待て、待ちたまえ……? もしかして……予算がヤバイ? 予算がヤバイ! じゃあ防水仕様はまた今度だね! いやぁ、防水仕様にできないのは厳しいなぁ! またコーヒー零しちゃうかもしれないなぁ! いやぁ、惜しい、予算の為なら仕方がない!」

 

「端的に言って嘘くさいです」

 

「だって老人方の相手は疲れるもの。私だって面倒な事はしたくはない」

 

 そう言って白衣の男はスーツ姿の女にパネルの上のマグカップを回収させる。パネルはどうでもいいらしく、濡れたままで放置し、そして部屋の奥に置いてあるコーヒーサーバーへと向かってゆく。男はその光景を見ることもなく、パネルへと向くと、虚空を軽く手で操作する。そうするとスクリーンに光が灯り、多くのデータが現れる。

 

「さて、コーヒーをこぼしたなんて言い訳は通じないだろうし、次回はどうやって話を切るかねぇ、なにかアイデアはないかね?」

 

「ドクターなら素晴らしいアイデアを思い浮かぶのではないでしょうか?」

 

「あ、いいの? スカさんに任せちゃう? 任せちゃうの? じゃあ隣ん家のスカリエッティさんから借りてきたウーノさんがベッドから呼んでいる―――あ、すいません、嘘です。冗談です。そんな冷たい目で見ないでください」

 

 男を睨む女の視線は冷たく、そして口から漏れる吐息には呆れの色が濃く出ている。

 

「似ていると思えば似ている。違うと思えば違う。確かに貴方達は同一の存在なのでしょう」

 

 あぁ、そうさ、と男は頷いて答える。

 

「私も、彼もジェイル・スカリエッティさ」

 

 

                           ◆

 

 

 自分は人形だと評価する。

 

 欲望だけを埋め込まれた人形。

 

 だがそれがいい。この身軽さ、好き勝手に振舞う自分が好きだ。もう一人のスカリエッティとは違う趣向の自分が好きだ。アイツには生み出せないものを生み出せる自分が好きだ。そしてこの分野を選んだ自分が好きだ。自分は完璧を愛している。完璧になれなかった故に求めてしまう反動だろうと冷静に分析している。だがそれすら愛おしい。

 

 不完全に再現しようした結果、このように崩壊の早い肉体となった。

 

 だがそれもいい。

 

 だからこそ完璧を求める。生み出そうとする。そして気づく。自分は完成品そのものには興味を持たない。だが完成へと至る”プロセス”にこそ一番の価値を見出しているのだと。そしてそれこそが見るべきものなのだと。

 

「あぁ、完成させてしまったなぁ……楽しかったなぁ……」

 

 研究のプロセスは実に楽しかった。人間をいっぱい生み出して殺した。たくさんの人間を利用した。死に追い込むようなことをすれば、現在進行形で人質を使って従わせている者もいる。だが人間そんなものだろう。自分の命はもう一年程度で尽きるだろうが、その前に技術を完成させた故に”用済み”として処理される。ともなれば、ただ殺されるのではつまらない。

 

「派手に暴れるのは楽しそうだが隣ん家のスカリエッティ君のアイデアをパクるのは良くない。炎上! クラナガン崩壊する! とか一度はやってみたいイベントだが予約されているのなら我慢しなくてはならないね」

 

「ドクター達が同じ発想をしているところ見ると同一人物だと今更ながら納得します」

 

 あっちは戦闘機人、此方はプロジェクトF、と分野は違うが互いにキチガイであることは認め合った仲だ。ちょくちょく交流はしているが、さて。

 

「えーと、なんだっけ。覇王のクローンと闇の書のコピーが負けて帰ってきたんだっけ? 色々実験する必要があったからあの二人は作ったんだけど扱い辛いんだよねぇ……反抗的で。まあ、そこらへんが流石我が作品という所で実にどうでもいいんだけど。やっぱ完成品には興味沸かないね私は。……あれ、何の話だっけ」

 

「ドクターが九ヶ月ほど前に遊び半分で放棄させたアジト、あそこに残っていたマテリアルズ・クローンの一体、ユーリ・エーベルヴァインの襲撃による撤退ですね。ユニゾンする間もなくフルドライブモードによる蹂躙だったそうですが」

 

 あぁ、思い出してきた。確かアレだ、エグザミアとかいう凄いロストロギアを搭載した存在。ちょっとやんちゃしたくなって作ってみたのはいいが、もう一人の自分と協力してやってみたがあまりにも構造が意味不明で分野違いなので中途半端に作って放置していたんだったか。うわぁ、自分超適当。

 

「あー、うんうん、覚えてる覚えてる。ほら、あの金髪っぽい子」

 

「データだしましょうか?」

 

「あぁ、その疑いの目いいよ! ―――大丈夫大丈夫、キチガイの自覚はあるけど壊れてはいないから。マテリアルズ・クローンでしょ? 兵器運用を前提として戦闘スペックを完璧に再現するために生み出したクローン達だね、うん。その為のリソースとして寿命の上限を大幅に削ったわけだけどまあこれぐらいが上手く成功したってやつで、成功した時は嬉しかったなぁ……やっぱプロジェクトFは全体的に高望みしすぎだと思うんだよね。100を再現しよとするから性格やらに違いが出てくるんだ。予め削るところを狙って削ればほら、こんなにも上手くいく」

 

 まあ、見えていた結果だけど、とそこに付け加える。

 

「プレシア・テスタロッサはそこらへん頭がよすぎた。もう少し馬鹿になってものを見る事が必要だった―――っと、自慢はこれぐらいでいいか」

 

 ……発信器は破壊されているが居場所は特定できる。が、そのままではつまらない。芸がない。

 

「さて、ただで死んでやるのも実に私らしくはない。そう、もっと善意と悪意をごっちゃ混ぜにして派手にやらなくてはならない。それを主人公にリボンでデコレートしてプレゼントしなくちゃあいけないね。もっと愉快に、もっと混沌に、とことん嫌がる様に仕向けなきゃ」

 

 あぁ、思いついた。

 

「ドクター?」

 

「君の創造者に連絡をしたまえウーノ君。あぁ、ついでに帰ってもいいよ。今まで付き合わせて悪かったね。超ダイナミック自殺を思いついたからそれのプレゼンテーションの準備を始める。何、君の所のスカリエッティ君も気に入ってくれるだろうさ。何せ自分でもかなりキマっていると思う程だ」

 

 さあ、まずは主人公を用意しよう。

 

 ヒロインを用意しよう。

 

 悪役を用意しよう。

 

 そして絶望と悪意を用意しよう。

 

 そこに特大の欲望をぶち込めば……あぁ、まさに自分好みの舞台だ。だから、死んでくれるなよ? 君が死んでしまっては君が囲っている少女達が暴走してしまう。だから、さあ、遊ぼうよ。

 

「イスト・バサラ君。親友の仇は取りたいだろう? あ、そこに面白そうだし妹でも巻き込んでみようかな」

 

 さあ―――欲望に身を任せようじゃないか。



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Chapter 3 ―Death Over Life―
ニュー・スタート


 そして第三章。


 目が覚める。

 

 アラームを元々セットしておいたが、それよりも早く目は覚める。もはや習慣というやつなのだろうと思っている。まあ、早く起きるのは悪くはない筈。何せ”早起きは三文の徳”なんていう言葉が残されているのだ。だったらこの早起きは少しの徳を生んでくれるに違いないと思う。だからのそりと、ベッドから体を持ち上げ、ふとんを退ける。閉じているカーテンの隙間からはわずかながら朝日が差し込んでおり、外の明るさを感じさせる。ベッドから起き上がり、軽く体を伸ばす。眠っている間に固まったからだがそれに反応して、骨をコキコキ、と可愛らしい音を鳴らす。

 

「んー!」

 

 立ち上がり、軽く乱れたパジャマを整える、と言っても歯を磨き終わったらすぐに着替えてしまうのだが、要は自分の姿をどう意識しているか、という問題なのだ、ここらへんは。自分は自分を常に大丈夫なように、恰好良く見せたいので姿には気を使う。だから短い時間とはいえ、服装を軽く整え、そして洗面所へと向かう。そこには大分髪の伸びてきた自分の姿がある。今まではずっとツインテールで通してきたが、今日から新しい職場だ。

 

「少しだけ、変えてみようかな?」

 

 ほどいてある髪を洗面台に置いてあるヘアゴムを使って整える。髪の毛を右側に纏めようとしてから一回やめ、そして左側でサイドポニーに髪を纏める。そうやって長く伸びる自分の髪を見て、頷く。予想よりも良く似合っていると思う。軽くガッツポーズを取って気合を注入する。今日もまた忙しい朝がやってきた。

 

「高町なのは、がんばりますっ」

 

 鏡に映る自分の姿を見て、今日も頑張ろうと誓う。

 

 

                           ◆

 

 

 シャワーからあがり、管理局の制服に袖を通す。この服装もだいぶ慣れてきたと思う。最初の頃は着ているというよりは着られている、という感じだったがここ最近は少しずつ似合う体格になって来たのではないかと鏡に映る自分の姿を見て軽く自画自賛しておく。

 

『Good morning master, you got some mail』(おはようございますマスター、メールが数件来ています)

 

 リビングで着替えていると待機状態のレイジングハートがベッドサイドテーブルの上から電子音声でメールが数件到着している事を伝えてくれる。おそらくこちらを急がせないために、シャワーが終わるまで待っていてくれたのだろう。相変わらず主人を思ってくれる良い子だと思いながら、

 

「レイジングハート、再生お願い」

 

『Mail one』

 

 レイジングハートが文脈をホロウィンドウとして出現させながらその内容を送信者の声で再生させる。その間にも服の着替えを進めておく。

 

『おはようなのは。今日から”空”の方に移籍だってはやてから聞いたけど大丈夫? たしかになのはのやりたい事をやるなら空隊でキャリアを数ヶ月程度詰むのがいいかもしれないけど、結構ハードらしいし無理はしちゃ駄目だよ? 一応空隊の方にははやての知り合いもいるらしいけど……辛かったら直ぐに連絡してね―――mail one, end』

 

「フェイトちゃんは心配性だなぁ」

 

 昨年リハビリから復帰し、そして魔導師ランクSを取得しても、フェイトは未だに此方の事を心配している。軽く服をまくって腹を確かめれば、そこには数年前の事件でつけられた傷痕が存在している。乙女としては消しておきたい傷痕で、消す事も可能だが、これは戒めとして残した。自分が無茶し、そして心配させたことの代償として。本来なら数ヶ月空隊の方でキャリアを積んでから教導隊の方に移籍しようかと思ったのだが、もう少しゆっくりやろうかと思っている。

 

『Mail two』

 

 レイジングハートが次のメールの再生に移る。着替えが完了し、レイジングハートを持ち上げて首に下げる。メールの再生内容を聞きながら、必要な荷物をチェックする―――といっても今日は基本的には手ぶらで向かうのだが。

 

『よう、元気にやってっか? まあ、別にフェイト程心配しているわけじゃないけど、はやての紹介だし少し心配になってな。アイツ、変な所で変なコネを持ってるから。まあ、それだけだ。頑張れよ―――mail end』

 

 これはヴィータからのメールだろう。何というか、フェイトもヴィータもこっちが入院してからは大分付きっきりになって心配させている。もう十分一人で立てるし、戦う事も出来る。心配される事は嬉しいが、正直これ以上フェイトとヴィータを拘束してしまうのが個人的には心苦しい。

 

 ……二人とも心配性だなぁ。

 

 だが嫌いではないと思って、苦笑する。二人ともいい友人なのだから。たぶんフェイトはあの場にいられなかった事が後悔で、ヴィータは何もできなかったことが後悔に繋がっている。だがそれは全部、

 

 ……私がいけないんだよね。

 

 だから少し焦る形で魔導師ランクSを取得した。これでフェイトよりも上のランクを取得する事に成功した。これで当面、必要なのはキャリアと推薦だけだ。だがこれはゆっくりやろう、と決めている。焦る必要はない。時間は過ぎ去ってゆくものだけど、理想は逃げない。夢も逃げない。まずは己を知って、ゆっくりと前に進む事だけを目指す。それが今、自分に出来る事だろうから。

 

『Mail three』

 

 キッチンからコーンフレークを取り出し、それをボウルの中へと入れる。牛乳を注ぎ込みながら、こういうさびしい朝食にも慣れたもんだなぁ、とどこか思ってしまう自分がいる。海鳴にいた頃は母の作ってくれた朝食を食べていたものだが、あの事件以来こっちへと移住し、一人で生活し始めて改めて理解する。

 

 ―――料理覚えなきゃ……!

 

 母の料理スキルは偉大だなぁ、と今更ながら理解させられる。コーンフレークの味が実に寂しい。やっぱり朝にはお味噌汁と白米が欲しい。

 

『あ、なのはちゃん、頑張ってな! ―――mail end』

 

「それだけ!? 逆に不安になってきたよはやてちゃん!」

 

 思わずスプーンを捻じ曲げてしまいそうなほどに強く握ってしまった。最後のメールは間違いなくはやての物だったが、一言”頑張って”とはいったいどういう事なんだ。確かにはやてのコネというか、繋がりというか、そういうので空隊への渡りはつけてもらったが、このはやての一言が嫌に不安を掻きたてる。

 

「うぅ、本当に大丈夫かなぁ……?」

 

『Don't worry master, there is not much that can defeat you other than power harassment』(安心してくださいマスター、パワハラ以外で貴女に勝てる存在は少ないです)

 

「余計に不安になってきたよ……」

 

 管理局に入局して、そして本格的に仕事して解るが、階級とは実力さえも届かない絶対的な力の一つだ。これに逆らうのは実は難しい。割と和気藹々として職場だと上司をまるで友人の様に扱ってしまうが、実際の所管理局における階級は絶対で、上からの命令は逆らう事は出来ない様になっている。そこらへん、キッチリしておかないと肥大化しすぎた次元世界を管理できないという所もあるのだろうと思う。

 

「よし、今日も頑張ろう」

 

 コーンフレークを食べながら頑張る事を誓う。

 

 

                           ◆

 

 

 目的地へと到着する頃には丁度いい時間となっている。クラナガンに存在する時空管理局航空隊本部、そのビルがこれからの仕事の場となっている。服装に乱れがないことを確認しつつビルの中に入ると、前は言った事のある地上本部内装があまり変わりない事が解る。割と質素だが―――無駄な所にお金をかける余裕はない、といったところだろうか。

 

 ここでたしか待ち合わせという筈だったが、

 

「―――高町なのは准空尉ですね?」

 

「あ、はい」

 

 既に相手の方はいた。此方の事を見かけて近づいてくるのは女性だった。背は高く、スタイルもいい。歳は此方よりも大分上に見える。管理局の制服に身を包んだ彼女は此方へ声をかけてくるのと同時に手を握手の為に出してくる。それを握り返す。

 

「初めまして、高町なのは准空尉です」

 

 自分で名乗るのは礼儀なので、相手が知っていても口に出す。

 

「はい、キャロル・コンマース三等空尉です。首都航空隊第6隊への移籍を歓迎します。基本的にキチガイばかりの部隊で最初は胃を痛める事ばかりでしょうが、そこは運のつきだと思って諦めてください」

 

「……え?」

 

 おかしい。今この人、笑顔のまま凄まじい事を言った気がする。しかも割とさらりと。キチガイ? 胃が痛む? この人は割と一体何を言っているんだ。

 

「あぁ、すいません。身内のノリでちょっと接してしまいました。高町准空尉は割と常識派なんですね、把握しました」

 

「あ、え、は、はい。自分でも割と常識的というか、良識的だと思っています……?」

 

 少なくとも突発的に何かを始めようとするはやてよりは割と常識的だと思う。

 

「ともあれ、噂の”エース・オブ・エース”がこんな掃き溜めにやってくるとは非常に驚きと同時に嬉しい事でもありますね。あ、でも夫にプロポーズされた時の方が嬉しかったですねー。―――あ、夫の写真見ますか?」

 

「え、遠慮しておきます……」

 

 駄目だ。何かがおかしい。何がおかしいかは気づいてはいけない気がするけどこの人何かおかしい。ノリが割と”アレ”な時のはやてに似ている。というかかなり”アレ”っている時のはやてノリが常時みたいな人だこれ。―――日常的に関わっちゃいけないタイプの人だ―――!

 

 新しい職場に対して不安しか抱けなくなった今、他の同僚はまともだよね? という希望を持ってビルの中を案内し始めてくれるキャロルの後ろを追う。首都航空隊第6隊、通称空隊6隊はこの本部に隊用の部屋を与えられているらしい。キャロルが言うにはエレベーターに乗る必要のない一階、移動が非常に楽でいい所にあるらしい。そう言う隊に関する話を軽く聞きながら数分ビル内を歩いていると、扉の前に到着する。

 

「さ、ここですよ」

 

「あ、はい」

 

 入る様に促されたので扉に手をかけ、開ける。

 

 その中は普通の事務室の様に思えた。普通にデスクが用意されており、そしてそこで働く隊員達の姿が見える。気になるのは若干書類仕事が多そうな所だが、予想よりもペーパーワークが多い所なのかもしれないなぁ、と空隊に関する評価を自分の中で変えておく。

 

 そして、扉があいたところで視線が此方に集まる。視線が集まる事は経験、そして経歴上良くある事なのでそれに臆することなく前に出る。……ここは挨拶するべき場所だ。そう判断して口を開く。

 

「高町なのは―――」

 

「―――うおおおおお、エース・オブ・エースたんキタァ―――!!」

 

 叫んだ瞬間、後ろから疾走して現れた存在が飛び蹴りを食らわせて奇声を発した存在を黙らせる。蹴りの主は間違いなくキャロルだが、その足の下で踏み潰されている人間に関してはそれでいいのだろうか。いや、いけない。何今一瞬そのままでいいんじゃないかなぁ、とか思っているのだ。早く助けないと……!

 

「あ、高町なのは准空尉だね? ようこそ首都航空隊へ。とりあえず人妻が理不尽なのは今に始まった事じゃないから慣れた方がいいと思うよ?」

 

「え、アレ日常的なんですか!?」

 

「割とネー」

 

 ぞろぞろと周りに人が集まり始める。誰もが好奇の視線―――というよりは面白がって集まっている。周りへとワイワイと集まってそれぞれが自己紹介をする。己の所属、年齢、名前、総合ランク、空戦ランク、特技、趣味を。そうして一通り説明したところで、

 

「ふぅ、いい仕事したわね―――あ、ごめんなさい高町准空尉。えーと、基本的にツーマンセルで私達行動しているのよ。だから貴女にもパートナーを組んで行動してもらいます。で、貴女の相棒だけど……」

 

 そう言ってキャロルは辺りを見回すと、部屋の奥、デスクの上の書類に向き合っている姿を見つけ、彼を指さす。赤毛の大男だった。ただ顔はサングラスで隠しているようで、どういうモノかはここからでは見えない。

 

「あ、彼彼。イスト君。最近イメチェンに失敗して若干落ち込んでるのよああ見えて―――ざまぁないわね」

 

 なんでこの部署の人間はそこまで身内に対して容赦がないんだろうか。ここへ来てから頬が引きつったまま動いていない気がする。……それにしてもイストと呼ばれた男は部屋の奥、書類に向き合ったまま動かない。もしかして集中しすぎて此方に気づいていないのだろうか?

 

「……すぅ……すぅ……」

 

「あ、寝てる」

 

 そこから肉体派人妻のドロップキックが炸裂するまではそう時間はかからなかった。

 

 ―――本当にここ管理局なのかなぁ……?

 

 自分の知っている管理局の姿とあまりにも違いすぎて少しだけ、眩暈を起こしそうだった。




 白い冥王様参上。

 と、言うわけで第三章開始と原作主人公の登場です。第三章からは主人公の心理的モノが2章から大きく変わっているので、しばらくは冥王様の視点からそれをお楽しみください。


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デイ・アウト

 思春期前の少女にとっては最悪の教育環境。


「ようこそ首都航空隊第6隊へ、俺がお前のここにいる間の仕事としてのパートナーだ。人生のパートナーは別に探せよ!」

 

 あ、うん、はい。でもそれよりも、

 

「あの……顔面に思いっきりドロップキック食らってましたけど大丈夫ですか……?」

 

「あぁ、これぐらい日常だから大丈夫、大丈夫」

 

 そんな日常嫌だ、何故そんなに平然としていられるのだろうが―――と思ったが、良く見ると顔にかけているサングラスは壊れていない、蹴られた痕も顔についていない。ともなれば手加減をしたのか、本当にいつも来ると解っているのでダメージを逃がしたのだろうか。全くダメージを受けている様子はない。凄いのは解るけど―――こんな方法で解りたくなかった……。

 

 ともあれ、と手を差し出す。

 

「えっと、本日からお世話になる高町なのは准空尉です」

 

「イスト・バサラ准空尉19歳独身、趣味はバイクで犯罪者に体当たりする事です」

 

「そんな趣味知りたくなかったです……」

 

 何この危険人物。いや、待て、待つんだ高町なのは―――そう、これはきっと冗談なんだ。たぶん此方を和ませるための冗談。少しだけ笑いのセンスがずれているだけで、此方を笑わせてくれようとしているのだ。聞き返す事は出来ないが、とりあえず曖昧に笑みを浮かべておく。こういう処世術は管理局に入局してから嫌でも覚えた事だ。なんだか少しだけ、世間に汚れた感じがする。

 

「げ、この少女犯罪者に体当たりするって所で笑ったぞ」

 

「どういうリアクションを取れば良かったんですか私!?」

 

「とりあえずはそういう方向性が求められている」

 

 ……あぁ、なんではやてちゃんが頑張って、って言ったのか解った気がする……。

 

 たぶんこういう風になるのをはやては解っていたのだと思う。というか解っていてここを紹介したのだと思う。八神はやて、確実に確信犯。ギルティ。今日が終わったら絶対にはやてに抗議のメールを送れるだけ送る。遺憾の意を見せなくてはならない。

 

 と、イストが手を前に出してくる。グローブに包まれた大きな手だと思う。それが握手だと数瞬してからようやく気付き、手を合わせて握手を交わす。その手に触れて、グローブ越しに感じる手が予想よりも固く、誰かの手を思い出させる。これはたしか、

 

 ザフィーラのだ。

 

 ザフィーラと似た感じの手だと思う。力強く、そして手の皮膚が硬い。改めて目の前の人物を見る。赤毛は少々長く、尻尾みたいに伸ばしてあるのを首元手纏めている。サングラスで目は隠し、前髪も少しだけ長い。全体的に顔を隠すような感じにしているようには思える。管理局の制服は若干着崩しており、その胸元には銃の形をしたペンダントがぶら下げられている。若干チャラい見た目だが、

 

 ……真面目な人じゃないとこんな風にはならないんだっけ。

 

 格闘術には詳しくはないが、将来の為に、とザフィーラが格闘に関して教えてくれた事の一つにあった気がする。こうやって手の平全体が硬くなるのはベルカ式格闘術使いの証拠で、掌全体を使った動きを何百、何千回と繰り返してきた結果、だと。目の前の人物はその見た目に反してどうやら努力家らしい、と自分の中で評価を変える。見た目だけじゃないなぁ、と。

 

「むっ」

 

 そこで男が握手をほどいて此方の両頬を掴んでくる。

 

「にゃ、にゃにをするんですか!」

 

「ん? ガキの癖に妙に生暖かい目で見てきたのがムカついたからつい。それにしても”にゃにをするんですか!”か。いやぁ、高町なのはちゃん可愛いですねー、にゃに! にゃにゃにゃにゃにゃにゃに!」

 

「にゃぁ―――!!!」

 

 駄目だこの人、苦手というか天敵だ……!

 

 自分のようなタイプの人間にとことん似合わないふざけているタイプの人だ。此方の頬を引っ張って回して遊び終えると、満足げに手を離す。

 

「……なんだ、そんなに似てないじゃねぇか」

 

「……?」

 

 イストが此方を何か、いや、誰かと重ねる様に見ている。誰か、と問おうとするが、それはたぶんプライベートな話で、であったばかりの自分にそこまで踏み込む資格も理由もないのだろう。素直に踏み込む事を止めて、解放された事に対して喜びを感じておく。と、そこでイストは近くのコートラックからロングコートを取るとそれを着る。茶色のそれは結構大きく、イストの服装を隠すには丁度いいものだった。

 

「じゃ、早速仕事の方に入ろうか。なのはちゃんデバイスの圧縮空間に私服入れてない?」

 

「入れてませんよ。それよりもなのはちゃんって……」

 

 イストはコートを着て横へとやってくると、人差し指を付きつけてくる。

 

「俺、19歳。お前13歳」

 

「あと数日で14です!」

 

「階級いっしょ、俺先任、俺エラーイ。だからユー、なのは”ちゃん”。あぁ、俺も変に敬われるの面倒だしイスト様かイストでいいよ、オーケイ?」

 

 何故その二択。というよりも、

 

「オーケイじゃありませんよ! さっきから少し横暴すぎやしませんか!?」

 

「え……?」

 

「自覚ないんですか……!?」

 

 イストが振り返り、会話を聞いていた隊の他の面子に視線を向ける。そこでイストが首をかしげると、他の隊員達も首をかしげ、一体何が問題なのだろうかと顔を悩ませていた。―――あぁ、解った。ここだけ別次元だと考えればいいんだ。はやてには文句を言っても言い切れない。どうしてこんなコネ持ってるの……?

 

「まあまあ、少しでも偉ぶりたかったらオパーイ育ったらという事で……」

 

「失礼すぎやしません!?」

 

 笑い声を上げながらイストは部屋の外へと向かってゆく。さっき此方に確認を取ったのだから、おそらくというより確実に此方を外へと連れてゆくつもりなのだろう。若干本当について行っていいのかどうか悩みつつも、イストの後を追う。

 

「そんじゃ回ってくるわ」

 

「はいはーい、隊長には言っておくから頑張ってねー」

 

 背後でキャロルが承諾した様に言葉を放っている。彼女が隊長ではなかったのか。……なら隊長はもうちょっとだけ、まともな人がいいなぁ、と儚い希望を持ちつつもイストの後を追う。

 

「どこに行くんですか?」

 

「ん? 私服持ってないんだろ?」

 

 うん、と言いそうになってはい、と答える。危ない。この人たちの前だとここが仕事場であることを忘れて素で返答しそうになる。その返答を受け取ったイストはんじゃあ、と言って手の中の車のキーを見せてくる。

 

「まずは私服を買いに行くぞ」

 

「え?」

 

 

                           ◆

 

 

 ―――そして宣言通り、本当にクラナガンの洋服屋へとやってきた。いや、確かに買い物は好きだ。というよりも買い物が嫌いな女の子なんてものはそうそういない。だから仕事中とはいえ、洋服屋にやってくるのは少しだけ心が躍る。そこらへんは素直でもしょうがないと思うが、

 

「なんでここに来たんですか……?」

 

 それが問題だ。普通に入隊祝ってわけでもないだろう。

 

「うん? あぁ、お前ここ来る前は所属どこだった?」

 

 それが何の関係があるのだろうと思い、答える。

 

「武装隊です」

 

「あぁ、あそこか。平時は基本訓練で緊急時に出動ってスタンスだったっけ」

 

 大方はそうだ。武装隊は意外と面倒で、要請がない限りは活動の出来ない部隊だった。だから平時は訓練するしかなく、パトロールは陸や空に任せるものだった。それ故の歯痒さは結構あったものだが、イストは武装隊と空隊での活動は大きく変わると主張する。

 

「基本的にクラナガンに紛れ込んだテロリストや重犯罪への対処が主な任務だ。あ、軽犯罪者に関しては陸の管轄だから手を出しちゃ駄目だぞ? あー、だから捜査官と被る様なこともやりゃあ、陸と被るようなこともまあ、少しってか結構やる。あっちこっちに顔を出しては協力してもらったり、資料融通して貰ったり、色々と人間関係とかコミュ能力が予想以上に試されるところだ。だからある程度頭下げたり、交渉用に”キャラ”作っとくのも覚悟しておけ。相手のペース崩して此方側に無理やりにでも引き込むのは生き残る上では必須技術だぞー」

 

 ……となると、

 

「えーと、第6隊の皆さんの”あの”感じは作った……?」

 

「たぶん最初はそうなんじゃないかなぁ―――今は確実に素だけど」

 

 アレが素とかもう完全に救いがない。数年間ここでゆっくりしようかと思ったが、これは最短ルートで戦技教導官を目指した方が精神的に宜しいのではないだろうか。

 

「ま、だから私服が必要なんだよ。ほら、金は隊のもんが出すからなるべく地味で目立たないのを選んどけ。仕事の一環で管理局員としては入り込めない場所とか、管理局員とは会えない人物とかと会ったり調べたりすることはあるから、私服で活動する時もあるんだよ」

 

 ……あ、なるほど。だから私服なんだ。なんかイメージしてた感じと違うなぁ。

 

 意外とまともな理由に驚き、そしてこの人はふざけてはいるが、仕事に対しては真摯に向き合っているのだと気づく。ハチャメチャでカオスの塊と言えるが、それでも仕事に対しては大まじめだ。

 

「あぁ、あとなのはちゃんは何か夢とか目標あるか?」

 

「えーと……」

 

 服を選んでいる途中でいきなりそんな事を問われ戸惑ってしまうが、

 

「戦技教導官になって、自分の様に無茶して自滅しちゃう子を減らしたいなぁ、なんて……」

 

 あぁ、とイストは呟いて腕を組む姿を見る辺り、数年前に新聞に載るほど有名な自分の撃墜の事件、それを思い出しているのだろう。当時はフェイトもヴィータも傍を離れないし、ご飯まで食べさせようとしてくるので酷く焦った。

 

「まあ、だったらここは通過点としてさっさと抜けて行った方がいいぞ。ここはそう楽な所でもないし? 数ヶ月前にゃあ俺の相棒が死んだばっかだしなぁ……。ま、今更管理局に安全な仕事が残っているとは思えないってのが俺の意見なんだけどな……」

 

「―――え?」

 

 あまりにもあっさりとした言葉に振り返り、そしてイストの表情を見る。だがサングラスで隠された顔では表情をうまく読み取ることができない。それでも声は軽く、そしてふざけている様子はないように思える。本当なのか、嘘なのか、一体どちらなのだろうか。その判別はつかない。

 

「選び終わったか? そんじゃ会計やっとくから寄越せ」

 

「え、それは流石に私が」

 

「領収書」

 

「あ、はい……」

 

 隊に来たばかりでどこ当てとかは良く解らないので流石にこれは任せた方がいいのだろう。少し恥ずかしいも、どうやら頼れそうな人物なので服を渡す。それを受け取ったイストはそのまま会計へと向かってゆく。このあとどうせその”管理局員ではいけない場所”なんというところに連れて行かれるのは目に見えている。だからさりげなく更衣室の前へと移動しながら思う。

 

 ……どうなんだろう。

 

 先ほど死んだ、と言った時嘘をついているようには見えなかったが、執着しているようにも見えなかった。割とあっさりしている感じだった。だとすれば整理がついているのだろうか。いや、それを考慮する権利がまだ自分にはないが、

 

 ……喪失って怖いなぁ。

 

 そしてそれを起こさないための首都航空隊だと認識する。少なくとも、業務に関しては真面目に取り組んでいるのは確実だ。……人格に関しては完全に忘れよう、仕事はできるようだし。ともあれ、

 

「やりがいはありそう……かな?」

 

 と、そこで会計を終わらせたイストが服の入った袋を持ってやってくる。それを此方へと渡しながら、

 

「なにブツブツ言ってんだこのチビっ子は。ほら、一通り周り終えたら俺の個人的な知り合いに会ってコネ繋げに行くから忙しくなんぞ」

 

「チビじゃないです!」

 

 とりあえずこれが終わったらまず隊長にあって、パートナーのチェンジを希望しよう。たぶん、というか却下されそうな気配が濃厚すぎて嫌な予感しかしないけど、とりあえず希望するだけならタダだ。

 

 本当にやっていけるのだろうか、そんな事を考えながら更衣室に入る。




 はやてやゲンヤは何故こんな所を紹介したのだろうか。あ、仕事の内容に関しては完全に創作です。ともあれ、元はティーダのポジションを引き継ぐ感じですなぁ。誕生、外道格闘家という感じで。

 さて、一体誰の髪型だ、という話をしていざ次回。


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ブレイク・アンド・ワーク

「はーやーてーちゃん!」

 

「あー、もう、許してー!」

 

 はやての両頬を掴んで引っ張り回す。ともかく許せと言われても許せることではない。この怒りを思いっきりはやてへとぶつけなくてはならない。だから迷うことなく友人であるはやての両頬を掴んで遊ぶ。そうやって少しでも此方の嫌な気持ちをぶつけないと流石にどうにかなってしまいそうだった。

 

「お、おい、なのは……」

 

「ヴィータちゃんは黙ってて!」

 

「お前、マジでどうしたんだ……」

 

 普段は強気なヴィータでさえ黙り込んでしまう程の剣幕だろうか? ともあれ、だとしたら少しやりすぎたかもしれない。はやての頬を解放する。少しだけの涙目のはやての顔を見ると溜飲が下がる。……いや、ちょっと悪い事をしてしまったかもしれない。

 

「御免なさいはやてちゃん、ちょっとやり過ぎたかも……」

 

「ええよ、確信犯やったし」

 

 再びはやての頬を掴む。ぐわぁー、と女子らしからぬ悲鳴を上げるはやての姿を無視し、今だけははやてへの復讐を楽しむが、……そんな事に費やす時間も無駄だと解ると物凄い疲労が体にのしかかってくる。はやてを解放して項垂れるしかない。

 

「すまんすまん、と言っても”空”のコネってそう簡単なもんやないねんよ? 少なくとも数年間前線で働いてきた実績がないと色々難しいんやで? そこらへんどうにかした私の実力を逆に評価して欲しいものやんな!」

 

 そう言ってドヤ顔を決めるが、判定は完全にクロである。

 

「そんな事言ったって流石に”アレ”はないよ!」

 

「いや、私もそう思ったんやけどな? 紹介できるのアレだけやし……」

 

 はぁ、と溜息を吐いてはやてがヴォルケンリッター達とクラナガンにいる間は一緒に住んでいるマンションの一室、そのリビングにある椅子にどっぷりと座りこむ。何というか、非常に疲れた。確かにあの隊、6隊のキャラの濃さというか、人のおかしさは未だかつてない程におかしいとしか言えないが、それだけではない。仕事は仕事の内容で結構キツイものがあった。

 

「で、アタシは全く聞いてないぞ? 何かおかしなことでもあるのか?」

 

「―――確か首都航空隊でしたよね、はやてちゃんが紹介したのは」

 

 ヴィータに応える様に言葉を挟んだのは金髪、私服にエプロン姿のシャマルだった。本日がオフなのは残念なことに自分を含め、はやてとヴィータと、そしてシャマルだけなのだ。だが三人ほどいれば休日を楽しく過ごすには十分すぎるだけの人数だ。少なくとも、

 

 そうやなぁ、とはやてが言葉を置き、改めて思い出す職場の惨状に思わず笑みが引きつる。

 

「キチガイを一か所に集めて、そこにセメント成分ぶっこんで、そして自重を取り除いた感じの場所やねぇ……」

 

「おい。おい!」

 

「わ、私は何も悪くないんや! コネや! コネがいけないんや! これしか持ってなかったコネが悪いんや! たとえ相手がキチガイの巣だと理解してもなのはちゃんを送り込まずにいられなかったこのコネがいけないんや……!」

 

「はやてちゃん、確実に確信犯ですよね?」

 

「さっき宣言してたしねー……」

 

「というよりや」

 

 はやてはテーブルに体を乗り出し、シャマルが運んできたクッキーを口の中に一個だけ放り入れ、そしてそれを食べながら話しかけてくる。

 

「世の中なんでも簡単に通そうとする方が無理なんや!」

 

「逆切れしたぞ」

 

「ええか? 私だって超苦労してんねんで? 肩書は一応元犯罪者やし、それ払拭して今のポジションくるまですっごい中傷されたんやで? そういう経歴があっても普通に付き合いの出来る連中ってのは凄い貴重なんやで? ゲンヤさんにコネ作っとけ言われたから休みの日に時間開けて会いに行ったんやけど―――なんや、アレ。予想を超えたリアクションに呆然として、次に意気投合したもんやなぁ……」

 

 あぁ、意気投合するのはなんとなくわかる。なんというか、はやてがノっている時の感じが常時続いているような連中だ。

 

「ただ別に楽しいって理由で付き合いある訳じゃないんで? コネの維持ってのは結構大変やからな? 休日を潰して一緒にメシ食ったり情報交換して互いの有意性を証明したりせなあかんし、利用されないように気をつけなあかんし。それに”空”に関する知り合い私らめっちゃく少ないねんで? 確かにリンディさんやクロノ君の知り合いが空に居るかもしれへんけど、あの二人は階級高すぎて頼みごとがしにくいんよなぁ……あぁ、こういうの管理局に所属してから改めて解った事やな」

 

 ……どうやら意外と選択肢がなかったらしい。現状、はやてに出せる最大の切り札だったらしい。そう思うと、少々一方的に攻めている事が申し訳なくなってくる。絶対に謝る事はしないけど。

 

「まあ、ぶっちゃけイストに関してはそこまで条件難しくなかったけど」

 

「そうなの?」

 

「いやぁ、どこで知ったんか知らんけど、何故か私がカリムと個人的な付き合いしてるのを知っとってなぁ、紹介してくれって頼まれただけなんや。それさえしてくれれば”協力は惜しまん”って言うてたし、正直私からすれば美味過ぎる条件やったんよな。知り合い一人生贄出せば済むんやし」

 

「はやてちゃん、若干汚染されてない?」

 

「いや、はやては前からこんな感じだぞ」

 

 そういえばそうだった。闇の書事件を解決してから段々とテンションやら上がってきて、今では立派な―――?

 

「あれ?」

 

 思わず首をかしげる。闇の書事件ではない。何か、何かが抜けている。そんな気がして、首をかしげる。そしてそれを見抜いたシャマルが此方へと視線を向ける。

 

「なのはちゃん? どうかしたの?」

 

「いや、何か忘れてないかなぁ、って。たぶん闇の書事件が終わった後だと思うんだよね。何か、何か起きた事を忘れているんじゃないかなぁ、って気がするんだよね。リインさん助けた後ってどうしたっけ?」

 

「うん?」

 

 はやてが首をひねる。

 

「特に何もなかったと思うけど? ……なのはちゃんの事件を置いては」

 

「うーん、その前に何かあった気がするんだけどなぁ……」

 

 何かもやもやする。忘れてはいけない筈の事なのに、忘れている気がする。非常に気持ちの悪い感覚だ。脳は知っていると訴えかけている。そしてその情報を引き出そうとしている。だが別部分で何かがその情報を押しとどめている感覚だ。軽くマルチタスクで思考領域を分割し、情報の整理を行うが―――それでも引っかかる情報はないので、

 

「勘違い……なのかな?」

 

「何もない事に越した事はねぇよ……ま、ちょっとは調べてやるよ」

 

「おぉ、ヴィータがこんなにもツンデレな態度を取るとは……! あぁ、でもちょっと私から離れていく感じで複雑やねぇ……」

 

「何時まで経っても子ども扱いされている気がしてならねぇ」

 

 プログラムだからという理由からヴィータ達ヴォルケンリッターは一切成長しない。だから子供の姿で召喚された、というより生み出されたヴィータは一生子供のままの姿だ。そう思うと子犬の姿になれるザフィーラはヴォルケンリッターの中では若干卑怯な気がしないでもないかもしれない。省エネだから、という理由で子犬の姿にさせられたザフィーラは可愛いが、同時に可哀想でもあった。

 

「で、仕事の方はどうなん?」

 

「やっぱり武装隊の方と変わらないの?」

 

 はやてが話題を切り替え、シャマルがそれに乗ってくる。確かに私の家に集めたのは私だけど―――態々あの地獄の様な場所の話をしなくてもいいじゃないか、と若干恨めし気な視線をはやてへと送るが、それを涼しい視線ではやては受け流す。だから一回溜息を吐き、

 

「いや、凄く違ったよ」

 

 それこそ予想を超えて違った。もっと、こう、ヒーローっぽかったり、毎日欠かさず厳しい訓練を重ねて平和を守る感じだと思っていた。だが実際はかなり違った。

 

「もう、大変だったよ? 最初の日に捜査用地味な服を買いに行った後はひたすら情報屋を巡ったり、街中で犯罪の起きやすい場所を歩き回って覚えて、逃げる場合は何処へと逃げやすいか、どういう場所へと逃げられるかというのをレクチャーされて、その後で今度は廃棄都市区間へと直行したんだよ」

 

「廃棄都市に?」

 

 シャマルの言葉をうん、と頷いて肯定する。

 

「廃棄されたエリアは整備されてない上に警備も置いてないから、次元犯罪者やテロリストが潜伏するには絶好の場所なんだって。だから今の所解っている”安全”なエリアを実地で教えて、そして”危険”なエリアを実地で教えてもらったの。あと他にもお金が無くなって暮らせなくなった人や、後ろめたいことがあって普通に生活できなくなった人が逃げ込む場所とかコミュニティを作っている場所とか、結構凄まじい経験だった」

 

「……なんつーか、”花の空戦魔導師”がやる事やない内容に思えるなぁ……」

 

 一瞬”さん”を付けるかどうか悩んだが、つけなくてもいいと言われているのだし、つけないことを決める。

 

「イストが言うにはだけど、”問題を起こされてからでは遅い”からこうなったんだって。昔はもっとどっさり構えているスタンスだったらしいけど、捜査官の数が少なくなったり、ミッドチルダでの犯罪率が上がってきているせいもあって捜査官や陸の一部の職務で、それなりに難しいのを戦力を遊ばせないためにやっているんだって」

 

「信じてキチガイの巣に送り出したなのはちゃんが信頼にこたえて真面目に仕事覚えてる……?」

 

「ねえ、はやてちゃんは私をどうしたかったの」

 

 そう問うと、はやては露骨に視線を明後日の方向へと向けてクッキーを食べ始める。その姿を見て相変わらずだなぁ、と思ったところで、胸元のレイジングハートが明滅する。

 

「レイジングハート?」

 

『Master, you got mail』

 

 メールの到着だった。

 

 ……フェイトちゃんかな?

 

 たしかフェイトは今日は仕事があったが、早めに終わらせたら来ると言っていた。だからたぶん仕事が終わった報告か、もしくは仕事が長引くという報告のどちらかだろう。そう高をくくり、レイジングハートの再生する様にお願いをする。

 

『―――ちーっす、なのはちゃん、俺だよ俺』

 

 そう言って再生されたのはフェイトの声ではなく、イストの声だった。予想外の声の主にずっこけそうになるが、それを堪え、

 

『あ、なのはちゃん今日休みだっけ? だが残念でした! どーも、犯罪者狩りの時間でーす! レイジングハート、略してレイハさんに位置を送信しておくから休日返上してレッツ社畜タイム。隊の皆は既に到着してどうやって撲滅するかって話になっているけど、現在は”燃やして全出入口と窓封鎖”案と”燃やして出てきたところを射的ゲーム”の案で真っ二つに割れているけど、なのはちゃんの意見を取り入れて焼き討ちプランを推奨しておいたよ! ほら、地球の日本人って焼き討ちが好きだってゲンヤさん言ってたし。あ、待ってるから早くおいでねー』

 

 壮絶すぎるメール内容に部屋の誰もが一瞬沈黙し、すぐさま脳内にある言葉思い浮かぶ。

 

 ―――守らなきゃ。

 

 何を?

 

 ―――犯罪者の人権を……!

 

 あのテンションからすると本気で焼き討ちしかねない。というか、

 

「それは信長だけだよ!」

 

「やだ、凄く楽しそうやな!」

 

「はやてちゃんは座っててください」

 

「壮絶すぎて何も言えねぇ……しかもアレが隊の総意だというのが余計に何も言えねぇ……」

 

 ヴィータでさえ頭を抱えるしかないメールの内容、しかし行くしかない。そこにはたぶん私が行くことでしか守れない敵の命があるのだから。何気に非常時だと非殺傷設定の解除が許されている為、空隊は厄介だ。それが守るために必要なのはあるかもしれないが、でもその権利をアレな連中に渡してはいけない。

 

 ともあれ、

 

「高町なのは、出勤します!」

 

「なのはちゃんももう立派な社畜やなぁ……」

 

「はやてちゃんは次の休み、覚えててね」

 

 この愉快犯を次の休みにはどうにかせぬば、と誓ったところで三人に謝り、私服のまま現場へと向かう。着替えは制服を圧縮空間に放り入れてあるし、バリアジャケット装着の要領で早着替えすればすればいいのだ。

 

 ともあれ、

 

 今更ながらここへ移籍した事は完全なミスだったかも知れない事を悟った。




 なのはさんサイドからの評価とか諸々ですねー。共通認識は迷うことなく”頭おかしい”で。あとゲンヤ貴様何を教えた、と。

 いよいよなのはシリーズ、新のヒロイン登場……?


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ラーニング・リトル・バイ・リトル

 なのはシリーズ最大のヒロイン……!


「つ、疲れた……!」

 

 バタリ、と自分に与えられたデスクに突っ伏す。デスクワークの多い部署であることは一週間前、此処に入隊した時にイストが説明してくれたこともあって理解したつもりであった。だが流石にこれほどとは聞いていない。戦闘中に使ったマガジンの数、魔法量、戦闘時間、自分がテロリストと相対する事で行った行動を細かく、その意味を一つ一つ書かなくてはならない。話によればそれは自分の戦い方を客観的に分析する為であれば、分析から自分のミスや欠点、長所を毎度見つめ直す為でもあるらしいとか。いや、それならまだいいのだ。まだ楽な方だし。自分の事は良く解っているつもりだからそれは結構スラスラ書ける。

 

 問題は報告書の方だ。

 

 まず書き方、言葉使い、そして背景からの現時点までの事などの細やかなレポート。グラフとかまで要求される部分があって非常に辛い。しかもこの報告書、意外と判断が厳しく、辛い。そういうわけがあり、こっちの報告書を四苦八苦しながら書いていると、1時間ほど前には既にレポートを書き終えたイストが椅子を引っ張ってきて此方のデスクの前で足を止めてくる。だが終わっているのはイストだけではなく、隊の他の皆もだ。

 

「おらおら、どうした。皆反省文まで書いたぞー」

 

「なんで反省文含めて書くのが早いんですか……」

 

「慣れてるからに決まってんだろ」

 

 そんな慣れは嫌だと思う。

 

 今書いている報告書は休みの日に休日出動した時の分だ。書くのは暇な平日でいい、と言われたのでこうやって休み明けの今、書いている。だがあの出動、実はメールで焼き討ちすると宣言したここの狂人達は本気で焼き討ちをはじめ、出てきたところを射的して遊んでいたのだ。流石にこれは看過できないと言った隊長のフィガロ・アトレーが反省文を書かせたが、

 

「ほれ、完璧な反省文」

 

「なんで5ページもする程無駄に長いんですか」

 

「毎回書いてりゃあそうなる」

 

「ほんと嫌な慣れですね!」

 

 ……私を抜いた全員が反省文っていったいどこの小学校なんだろう。

 

 いや、小学校でもここまで酷い事はない。いや、小学校以下だ。レベルとしては幼稚園―――いや、それは幼稚園に失礼だ。ここの連中は一体どうしたらこんな風になってしまったのだろうか。そして馬鹿なのに有能だから困る。無駄に有能。ここにいる連中を表すのであればその言葉がぴったりはまる。そして、そんな有能な連中だからこそクラナガンの平和を守っていられるのだろう。

 

 確かに頭のおかしい連中だが、その実力を疑う事は出来なかった。

 

 魔力は低くてもA、高くてAAAランク、自分を含めればSなどがいる。総合ランクも安定してAAクラス前後の準エース級が多い。だがそれは少々違うと思う。昇段試験を受ければ確実に総合AAA、もしくはSへと届く人材がここにいると思う。自分とパートナーを組んでいるイストは一緒に行動する事が多い為、実力は割と理解しているつもりだ。彼なら確実に総合AAAは行ける筈だ。だがどの隊にも”保有可能戦力”、つまりは置けるランクの上限が決まっている。ここが首都防衛の最前線である為若干緩くなっているが、それでも上限いっぱいだという事に変わりはない。あえて試験を受けない事でランクを低いまま所属しているのだ。

 

 首都航空隊という職に対して誇りがあるのだろうか。もしくはこの場所に対して執着があるのだろうか。それを判断するだけ、自分はここにはいない。だから多くを判断することはできないが、イストに関してはこの短い時間で判断できることがある。それは―――間違いなく今の場所へ執着を持っている事だ。そして何か、目的がある。流石にその先は解らない為、自分の考察はここで終わるのだが。

 

「なーのーはーちゃーん!」

 

「あー、もう! 邪魔しないでくださいよ!」

 

「というかなのはちゃん中卒してないってマジ?」

 

「通信教育で今卒業資格を貰っている最中です! というか誰から聞いたんですかそれ!?」

 

「はやてちゃん」

 

「はやてちゃ―――ん!!」

 

 あの腹黒少女、自分の友達の個人情報を簡単に売り渡したな……!

 

 戦慄と共にはやての自重が最近なくなって行くことを自覚する。早めにどうにかしないと全面的に被害が来るのは此方だ。だから今度の休みにシグナムに頼もう。―――少しばかりはやてと道場の中で精神修行してくれないか。一度だけ勧められて経験したが、拷問にも似たようなあの感覚を味わえばはやても少しはまともに戻るはずだ。しかしキチガイへの接触による友人のキチガイ化は見逃せない。なんとしてでもはやてをこの地獄から救い出さなくては。

 

「お前、今物凄く悪そうな顔をしているからな?」

 

「えっ、い、いやだ……」

 

 顔を抑えた瞬間、此方が報告書の打ち込みをやっているホロウィンドウをイストは強奪する。今のは気を逸らすための嘘だと悟った瞬間素早くつかみかかる。だがイストは椅子を回し、既に背中を向けて報告書の見分を始めている。

 

「ほうほうほう」

 

「わ! わー! わあ―――!!」

 

 椅子から飛び降りてデスクの向こう側へと回り込むと、イストも立ち上がって報告書を確認し始める。身長は相手の方が圧倒的に高いので、此方は飛び跳ねても一向に届かない。普通なら別に恥ずかしくはないのだが、見ているのがこの男だというのが問題なのだ。この男、細かい所で此方を弄り倒すフシがあるのだ。この間も焼き討ち現場に到着して犯罪者の生存を確認した時、犯罪者たちに”なのはちゃんマジ天使!”と言わなきゃ燃やすと脅迫していた。この男、どうしてそこまで脳が非常にアレなんだ、というか外道というレベル超えてないかと叫びたくなる。

 

 で、

 

「返してくださいよ―――!!」

 

「ボツ」

 

「きゃああ―――!?」

 

 目の前で報告書の書かれていたホロウィンドウを容赦なく目の前の男は叩き折った。そこには一切の躊躇はない。ただボツ、と言った瞬間にホロウィンドウを両手で真っ二つに折ったのだ。自分の二時間の苦悩の結晶が一瞬で無に帰す光景を目の当たりに、思わず膝から崩れ落ちる。

 

「お、鬼! 悪魔! 修羅! 外道! 鬼畜ベルカ人! キチガイ!」

 

「ふははは! 褒めろ褒めろ! もっと褒めろ! 俺は頭おかしいって事自覚してるぞ!」

 

 駄目だ、この男どんな罵倒をしても落ち込むどころか喜んでいる。こうなってしまったら非常に遺憾ながら最終手段しかない。

 

「レイジング―――」

 

「まて、流石に物理的ツッコミは止めよう。ローキックぐらいなら受ける気だったけど流石にそれはなし、なしな?」

 

 ……確かにレイジングハートを持ち出すのは少々やり過ぎだったかもしれない。というよりも普段の自分ならここまで短絡的な思考もしなかったと思うんだけど―――朱に交わって染まっている……?

 

 ……ない、ありえない。うん。

 

 それだけはない。ありえない。ありえてはいけない。私がここにいる人たちと同レベルとか絶対だめだ。なにがダメって、それはつまりはやてやイストと同じレベルになるという事だ。それは非常に駄目だ。ないがどうとかは言わないけど、駄目だ。選択肢としてはそもそも存在してはいけないタイプだ。

 

「まあ、待て高町なのは嬢。この超グレイトなセンパイ様にも慈悲の心はある―――有料だがな」

 

「有料なの!? そこは後輩であることに免じて無料じゃないんですか!?」

 

「それはドラマの見過ぎだ。お前の様な子供にはもっと現実を知ってもらわなくてはならないこの超偉大な先輩様の心を解らないのか?」

 

 サングラスに隠されているとはいえ、イストのドヤ顔が容易に想像がつく。そしてそれを思い浮かべると無性にイラッ、としてくる。

 

「いいか? 交換条件だ。俺がこいつの簡単な書き方を中卒も出来ていないなのはちゃんに教えよう。だがその代わりに―――」

 

 

                           ◆

 

 

 ……今更ながら、何であの時自分はキッパリと断らなかったのだろう、と軽く後悔している。おかげでまた一人、友人を犠牲にすることになってしま―――いや、はやては同族だから犠牲でもなんでもなかった。ともあれ、此処まで来てしまったからにはもう遅いと確信しつつ、到着した建物の扉を開く。

 

 そうして広がるのは縦に続く塔だった。

 

 一歩前へと踏み出せばそこに足場はなく、上と下へと無限に続いて行くような広さを持った場所。その壁は全て本棚であり、そしてその本棚には隙間を残すことなく本がびっしりと詰められている。この入り口近くの区間は全て本が整理されているため割と整頓されており、目的のものを探すのも比較的楽だが、奥へといけば違うという事を自分は知っている。本棚の間にはまた本棚によって囲まれている通路が存在し、枝の様に分岐していて奥へと進める様になっている。まるで外装を無視する様にこの空間は無限とも思えるほどに広がっており、一度遭難すれば絶対に個人の力では抜ける事が出来ないと言われる場所だ。

 

 背後にイストがいる事を確認し、前へと一歩踏み出す。

 

「あ、ここは無重力設定になっているので飛行魔法使わなくても大丈夫ですよ」

 

「お、マジか?」

 

 虚無に向かって一歩踏み出せば体は下へと向かって落ちず、ふわりと重力に逆らって浮かび上がる。そこから軽く体を傾ける事で其方へ推進力が生まれ、身体がそっちへと向けて流れるように動き出す。

 

「お、っと、っと」

 

 イストはやはり初めての経験らしく、少しこの無重力状態に戸惑いを見せるが、数秒もすれば感覚を掴んだのかすぐさま自由に動けるようになる。空戦魔導師はここらへん、割と簡単に感覚を掴むらしいとは話を聞いている。だからそこまで心配はしていない。ただ問題は今、目当ての人物がいるかどうかだ。予めメールをいれて来ると言っておいたが、

 

「―――おーい」

 

「あっ」

 

 声のした方向、上へと視線を向けると柔和な顔立ちの少年がスーツ姿で上からゆっくりと降りてくる。慣れた様子で此方の前へふわりと現れるのは本日の生贄、というより苦渋の決断の末、売り渡す事しかできなかった人物。

 

「や、待たせちゃったかな、なのは」

 

「ううん、今来たところだよユーノ君」

 

 ユーノ・スクライア、長年の友人であり、魔法を知るきっかけの人物であり、そして”本局”に存在する管理局最大のデータベース、無限書庫の司書だ。今まで混沌としていた無限書庫に着任すると同時に改革をはじめ、本局内でも無限書庫の整理状況に関しては救世主とあがめられるほどの人物。

 

 だがその実態は超ブラック勤務。社畜でもこんなに働かないというレベルで残業と寝泊り、休日はほぼ確実に無限書庫での整理作業、友人と会う時はほぼ確実に目の下に隈が存在しており、何時みても死にそうな表情をしている。半年に一回程度に取れる休みの日は確実に家のベッドで一日中休んでいないと次の半年を乗り切る事が出来ない修羅場の救世主。

 

 ……売り渡してごめんね……!

 

 今も目の下に隈を浮かび上がらせるユーノの姿を見て軽く心が痛む。

 

「えーと、確か知り合いの人が使いたいんだよね?」

 

「うん、今一緒にお仕事をしている―――」

 

「イスト・バサラ准空尉ですスクライア司書」

 

「!?」

 

 イストの丁寧な態度に驚き、そしてそのせいで反応が遅れる。今までこんな態度で誰かに接する所を見た事がないだけに酷いショックだった。そしてその間にユーノとイストは握手を交わし、

 

「無限書庫は利用しようとするとそれなりの権限と時間を要しますからね、なのはを通して貴方に知り合えて良かったです」

 

「いえ、どうやら頼りになる人がなのはと一緒にいるようで安心しました。結構無茶をするのでできたら年上の人に無茶しない様に見ていてほしい所なんですが……」

 

「はは、今の所少し元気なぐらいで問題はありませんよ。ただ少し報告書の作成に戸惑っている所があるようで」

 

「あぁ、確かに今までの部署じゃそう言う必要性はなかったですからね……これを機にバンバン必要な事を教えてあげてください」

 

「えぇ、そのつもりですよ」

 

 誰だこいつ。

 

 そんなことを思いながら、呆然と二人の弾む会話を見る事しかできなかった。




 中卒前で報告書を書く人生って凄いなぁ。

 そんなわけで今回から引き続き、次回もスクライアせんせーの登場です。ユーノ君はなのはシリーズ最大のヒロインキャラだと信じている。それにしても無限書庫のブラックさのネタにされっぷりは異常である。


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ブック・ブックス・ブックド

「本当に大丈夫ですか?」

 

「あぁ、いえ、資質を見るだけなら割と適正ありますから。手を煩わせるわけにもいきませんし」

 

「いえいえ、対応も業務の一部ですから気にしないでいいですよ?」

 

「そう言って実は休もうとしていません?」

 

「あ、解りますか?」

 

 そう言って笑いあう二人の姿はまるで長年の友人の様に笑い合っている。おかしい。自分の予想ではそこのキチガイがユーノを徹底的に弄り倒す事だったはずなのに、瞬く間に友情すら感じさせる会話をこの二人は繰り広げている。本当に訳が解らない。何よりあのイストがユーノに対して物凄く丁寧なのが激しくありえない。普段からして”アレ”なのに、何故今に限って物凄く真面目で丁寧なのだ。解せない。

 

 だがそう思っている間に、ユーノと握手を交わしたイストはその手を離し、無限書庫を移動し始める。もう慣れたのか、魔法を使って本の検索を始めるのと同時にイストはどこかへと向かい、その姿は本棚に隠れて直ぐに見えなくなってしまう。迷いのない姿から、イストが自分の求めている本を理解しているのだろうと思う。

 

 ……そういえば適正は支援型魔導師タイプだったっけ。普通に戦うからあんまり気にしなかったなぁ。

 

 短いやり取りなのになぜか術式のコピーを貰っているし、何故かメール交換してたし、何故か世間話してたし。男同士の友情なのだろうか―――いや、確実に違う気がするけど、この際置いておこう。今はフリーになったユーノに話しかける。

 

「ユーノ君」

 

「や、なのは。その様子からすると元気そうで安心したよ。いきなりメールで”紹介したい人がいる”って言われたもんだからついになのはに春が来たのかと思って驚いちゃったけど、仕事の友達を紹介しに来たんだ。結構いい人だね、イストは」

 

 もう呼び捨てだし。それに評価も結構高い。これは一体どういう事なのだろうか。少し、動揺が隠せない。が、ユーノが返事をしない此方を心配している。まずは長年の友人を安心させる所から始めなくてはならない。

 

「あ、えーと」

 

 一旦言葉を置いて自分を落ち着かせて、そして言葉を再び口にする。

 

「こんにちわユーノ君。あとイストに対するそういう認識は全て捨てた方がいいよ?」

 

「うん? どういう事だいなのは? 僕が話した限り頼りになりそうな人だったけど」

 

 ……駄目だよユーノ君、彼に騙されちゃ……!

 

 教えなくてはならないユーノに、彼がどれだけ極悪非道の外道なのか。犯罪者をおもちゃにして遊ぶ極悪集団の問題児の一人であるという事を。一瞬本当に伝えていいのか迷うが、それでもユーノを守る事を優先して伝える事にする。何より短い付き合いだが、あの先輩に対しては一切の容赦はいらないって事が既に学べている。というか容赦してたら徹底的に弄られる。だからこそ、ユーノが被害者リストにアップされる前に何とかしてこの危険性を伝えないと駄目だ。

 

「ユーノ君、いい? あの人は外道・オブ・外道なんだよ? コーヒーを珍しく淹れてくれたと思ったら砂糖の代わりに塩を故意に入れてるし、交渉のときは寝たふりしてこっちに全部やらせるし、前テロリストのアジトを見つけたら出入り口封鎖して焼き討ちしたんだよ!? 身長とかの事も徹底的にネタされてるし! もう、本当に酷い人なんだからユーノ君気を付けなきゃ駄目だよ!?」

 

 身振り手振りでユーノにイストの危険性を伝える。これで少しでも人畜無害を絵にかいたような少年があの頭のおかしい先輩の餌食にならないようになれば自分としては嬉しい限りだが、ユーノの様子がおかしい。此方を見て、クスクスと笑っている。

 

「な、何がおかしいの?」

 

「うん? なのは、ずいぶんと遠慮してないんだなぁ、って」

 

 ユーノが微笑ましげな笑みを浮かべている。嫌な予感しかしないのでその笑みは止めてもらいたい。

 

「だってそうやって遠慮もなしに言えるって事はなのは、イストとは結構いい信頼関係が築けているって事だよね? 少なくともどうでもいい相手だったらそんな風に話したりできないし、僕が話している間に気づくよ。騙されているかはどうかとして、話してみる分にはちゃんとした大人の様だし、そこまで心配しなくてもいいと思うんだけど?」

 

 ……そういえばユーノ君、戦闘スタイルがバインドを中心としたトラップ系のエゲつない戦い方だった……!

 

 頭の中に浮かび上がった嫌な可能性を即座に振り払って、溜息を吐く。意外、とは言わないがユーノは結構頑固なのだ。こう、と思ったら中々その考えをユーノは変えてくれないのだ……非常に厄介なことながら。そのせいで色々と誤解を解く事に昔苦労したりもしたのだ。今回もそのケースの一つになるかもしれない。何せ、既にユーノの中ではイストは”良い大人”なんて認識が出来上がっている。

 

 おのれイスト・バサラ。どこまでも私に挑戦するの……!

 

 あの外道、何時かバインドから砲撃食らわせて泣かせてやると、次に何か模擬戦をするとして、その時に泣かす事を誓う。もはやアレは自分の天敵とかそういうのを超えた部類の存在だ。たぶん自分をおちょくるその為だけに管理局に在籍している悪魔とかそんな類の生物だ。

 

 ユーノ君は私が守らなきゃ……!

 

 そんな私の内なる葛藤を知るすべもなく、ユーノは笑みを浮かべる。

 

「なのはが楽しくやっているようで本当に安心したよ、ははは―――元気になる暇もないからねこっちは」

 

「ユーノ君……!」

 

 無限書庫のブラック体制は今に始まった事ではないが、ユーノが抜けるだけで効率が十数パーセントも落ちるらしく、そしてそれを知ったからには抜けられないのが責任感の強いユーノだ。十分に話し合って元気になった、とユーノは今にも消えそうな儚い笑みを浮かべると、ホロウィンドウを出現させ、それを此方へと向けて持ち上げる。

 

「僕はそろそろ戻らなきゃチームの皆が死んじゃうから戻るけど、なのはも何か本を探すなら気を付けてね? 一応迷わない様に開拓したエリアにはマーカーとかを設置しているし、全域転移魔法の使用許可を出しておくから」

 

 そう言って去る前に、ふと気になった事をユーノに尋ねる事に決める。そういえばここへはユーノの紹介ではなく、無限書庫へのアクセスの為にユーノを紹介したのだった。つまりイストは本を求めてここへ来ているのだろうが、その内容に関しては一切聞いていなかった。現在特に何か特別な案件を持っているわけでもないし、というよりも終わらせたばかりだ。だから個人的に求める情報を、無限書庫を閲覧してまで手に入れようとするものを、それが気になる。

 

「ユーノ君、イストは一体何を求めたの?」

 

「うん? 少しだけ珍しいものだけど、探すのはそんな難しいものじゃないよ」

 

 そう言い、ユーノは振り返りながら答える。

 

「―――古式ベルカの格闘術、特に覇王流(カイザーアーツ)とエレミア、っていうのを中心だったかな」

 

 

                           ◆

 

 

「覇王流とエレミア……」

 

 どっちも聞いたことのない単語だった。ユーノが去った無限書庫の入り口付近、制服姿でふよふよと無重力空間を浮かび上がりながら先ほどの言葉を飲み込む。ユーノの言葉によると、どちらも格闘術らしい、それもベルカの。たしか……イストの出身はベルカのはずだ。ともなれば、自分の強化の為に資料を漁っている? 前に師は小さい頃亡くなったと聞いている。そしてその為、武技に関してはほぼ独学で今の領域まで上げてきたのだとも言っていた。ともなれば、これもまたその一環なのだろうか?

 

 ……うん?

 

 それにしては少しやり過ぎではないのか、という思考が生まれる。確かに力を求める事に関しては貪欲であるべきだ。それが立場上、必要な事でもあると理解している。イストのシューティングアーツもストライクアーツもどちらも見事な領域で、自分が知っている格闘ファイターはザフィーラだけだが、彼と比べてほぼ変わらないレベルだと思った。それは自分が砲撃戦魔導師ゆえの判断かもしれないが、かなりのレベルであることは解る。だが、それでも何か違う、という気がする。

 

 うーん……解らないなぁ。

 

 ただ何かの目的があって求めているのに違いはない。それが個人的なものか、仕事で必要なものかは今の所は良く解らないが、とりあえず手持無沙汰になるよりは、手伝った方がまだいいだろうと判断する。ここ最近は外道先輩に振り回されてばかりだなぁ、と軽く溜息をつきながら胸元のレイジングハートを握る。

 

「レイジングハート、検索をお願い」

 

『Search start』(検索開始)

 

 ふよふよと浮かびながらレイジングハートに検索を任せると、レイジングハートが開拓終了した無限書庫のマップを出現させ、そして探している覇王流、エレミア関連の本の位置をマップ内にマーカーとして出現させる。複数の場所に散らばる様に置いてある本はまだ未整理であることを証明しているのだろう。そのうち一つはイストが向かった方向だ。だったら自分は別方向へと向かおうと思い、そちらへと向かって進み始める。

 

 無限書庫の中身はむちゃくちゃだ。

 

 まるで空間や距離、そんな概念が通じない様に広がり、狭まり、分かれ、そして続いている。その全てが本棚で埋め尽くされ、そしてそれが本で埋められている。ユーノが”探せば何でも見つかる”という言葉を疑う事は、この光景を見た後では絶対にできないと思う。そしてそれは他の人間でも同じ事だろう。

 

 ほんの回廊を抜けながら迷わない様に自分の通った位置を記憶し、レイジングハートに記録させ、ゆっくりと進んで行く。何時来てもここはまるで別世界の様に不思議だな、と感想を抱きながら進んでいると、そう時間をかけずに目的地へと到着する。

 

 目的の本が置いてあるはずの本棚を調べる。本棚いっぱいに詰まっている本を一冊一冊確認してゆくのは面倒な作業だが、新鮮な発見もあって中々楽しい―――それが完全に仕事でなければ。ユーノの無限書庫での修羅っぷりは凄まじいと改めて思う。自分なら三日ほどで音を上げてダウンしてしまうに違いない。

 

「……うん? あれ?」

 

 置いてあるはずの本棚を確認するが、目的の本が置いてない。レイジングハートを使ってデータリンクを確認するが、無限書庫のデータベースとリンクしているのは確実で、使っているデータも最新のものだ。イストがこっち側に来ていない事は自分が知っているし、となれば。

 

「誰かが勝手に動かしちゃったのかな?」

 

 となるとそこまで困ったものではない……が、面倒な話になってくる。なにせ、

 

 ―――ユーノ君の就寝時間がまた削れるの。

 

 ユーノ、おぉ、ユーノ・スクライア。ほんとごめんなさい。君がここで働き始めたのは間違いなく闇の書の事件でここへ送った私達が原因だから、本当にごめんなさい。だけど後悔はない。

 

「仕方がないかな? 次のを探そっか」

 

 そして場所を変えようとしてレイジングハートに新たな場所を検索させようとし―――

 

「―――お探しの本はこれですか?」

 

「え?」

 

 振り返れば、そこには一人の女性がいた。緑髪、ロングスカートにブラウス、そしてカーディガンと若干古風な格好だが、非常にその姿が似合う女性だった。優しそうな表情を浮かべ、特徴的なのはその目だ。紺と青のオッドアイ。とてもだが普通の特徴ではない。そしてその女性が手に握っている本が自分の探していた本である事に気づき、急いで頭を下げる。

 

「あ、ありがとうございます」

 

「いえいえ、すみません。本当は私の方から渡そうかと思っていたのですが、片思いの身としては少々出にくい所がありまして、こうやって一緒に頑張ってくれる方がいると助かります」

 

 今の発言を解釈すると、この人はイストの知り合いという事になるが、片思いという発言に少々引っかかる。片思いというとアレしかない、というか恋愛感情を表す言葉ではないのだろうか? 女性から本を受けとりながらあの、と声をかける。

 

「えーと、イストの……知り合いですか?」

 

 えぇ、と女性は答える。

 

「かなり激しく求めあった仲なんですが、間女に最後の思いを伝える所で邪魔されてしまいまして、想いを伝える事無く未だに片思いを続けているんです」

 

「そ、それは……!」

 

 かぁ、と顔が赤くなってゆく。

 

 ……お、男と女でも、求めるってそういう事だよねフェイトちゃん!? 激しくってそういう事だよね!? だ、誰か教えて、レイジングハートは答えてくれないの……!

 

「大丈夫ですか?」

 

「あ、は、はい! だ、大丈夫です!」

 

 実は大丈夫じゃない。少し熱暴走気味だ。だから思考領域をマルチタスクで分割する。思考を四分の一に分け、そのうち一つだけに今の発想やピンク色の妄想を押し付ける。そうすれば残り三つの思考領域はクリアなままだ―――これでだいぶ落ち着く事が出来る。これは、マルチタスクを利用した自分を落ち着ける方法だと空隊に所属してから習った小技だ。

 

「えーと、そういうわけでして恥ずかしさが先立つものもありまして、出来たらこれらをあの方へ渡してくだされば嬉しいのですが?」

 

「あ、はい。お任せください」

 

 受け取った本を胸に抱いて頷く。それで、と緑髪の女性は続ける。

 

「近いうちに別の方が”逢瀬”の為の招待を送るかもしれません、と伝えてくれませんか? 非常に恥ずかしい話ですが、あの―――」

 

「―――いえ、お任せください! いや、本当に私にお任せください! 絶対に伝えますから!」

 

 こんないい女性に好いてもらっているとはイストも中々やるではないか、と思うのと、そして彼女のこの思いに対して彼は正面から向き合って貰わなきゃいけないという思いがここにはある。邪魔されて恥ずかしがっているのは仕方がないから、自分はとりあえずこの恋を応援しなくては。

 

 あ、そうだ。

 

「えっと、すいません!」

 

 緑髪の女性が首をかしげる。彼女に聞かなきゃいけない事がある。

 

「あの、お名前はなんですか」

 

「……あぁ、そういえば忘れていましたね。失念しました」

 

 そう言って、彼女は名乗った。

 

「―――イング、イングとお呼びください。捻りの欠片もありませんが、それがおそらく過去を払拭し、今を女人として生きる私の名なのでしょう。では、よろしくお願いします」

 

 そう言って、彼女は笑みを浮かべてから頭を下げ、無限書庫の奥へと向かって姿を消していった。彼女の姿を見送ってから、此方も次の本を探すための動きを始める。少しだけ面倒臭かったこの作業も、少しはイストへ反撃する為の材料になるなら、悪くはないのかもしれない。

 

 

                           ◆

 

 

「―――復讐に身を焦がす貴方との逢瀬を楽しみにしていますイスト。おそらく、それこそが私の生まれた唯一の意味でしょうから。故に、私は貴方と私自身の終焉を求めます―――負けず、殺しに来てください。それがおそらく、互いの為の幸いでしょう」




 露骨な正ヒロイン臭。だがヒロインは殺す。ヒロインは死んでからが本番だ。ユーノきゅん可愛い。それにしても段々となのはさんが活き活きし始めてきてるなぁ、と。ユーノきゅん可愛い。さて、もう少しだけなのは視点におつきあいください。


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イン・ビトウィーン・アンド・ネクスト

 ちょくちょく執筆しながら色々と。


「終わった―――!」

 

 そう言いながら腕を広げて後ろへ倒れ込む。目の前には大分作成に慣れてきた報告書が浮かび上がっている。既にこの隊へと入隊してから一ヶ月が経過し、季節は四月の半ばへと移行している。こうも時間が経過すると最初は反発ばかりだったこの隊にも大分馴染み、少しずつ周りの考え方やスタンスが解ってくる。そしてその空気の味も、何故こんな風なのか大分わかってくる。ともあれ、先日しょっ引いた密売屋の件に関する報告書は数時間で書き終わった。その達成感に包まれ、椅子に深く座り込む。

 

「うん? 終わったの?」

 

「あ、はい」

 

 そう言って此方の事を確認しに来たのはキャロルだった。彼女が何かと此方に対して何かと世話を焼いたり、気をかけてくれてたりするのだが、最初はからかわれている物だと思っていたが、実の所キャロルは体質の都合上、子供が産めないらしい。それで何かと年の若い子には世話を焼いてしまうらしく、それを聞いてからは少しだけだが甘える事にしている。だから今も出来上がった報告書、それが映されているホロウィンドウをキャロルへと向けて引っ張って見せる。

 

「どれどれ……」

 

 そう言ってホロウィンドウを受け取ったキャロルはスクロールしながら文章内容を確かめ、頷き、小さく唸っている。もちろん自分は書いたものに対してそれなりの自信を持っているので、何もやましい物はない。胸を張ってキャロルの返答を待ち、

 

「―――うん、良くできているわよ。良くこの短時間でこれだけ書けるようになったわね」

 

 褒められるのは悪い気はしない。だがこれぐらいできる様にならなければ。というより、これぐらいの書類作成スキルは基本スキルなのだ。非常に不本意な事だが、先月イストに報告書をどうやって作るかを教えてもらった後、それを省みて、はやてなどに会いに行ったら報告書書くのは当たり前だったり、慣れていたりで、大変精神上宜しくなかった。いや、負けた感じがしたのが嫌だった。だから頼んで書き方を教えて貰ったり、練習したりで、やっとここまで書けるようになった。

 

「しかし何時になっても自分より若い子に追いつかれるのは嫌になるものねー……まともに戦ったら確実に負けるし」

 

「その”まとも”部分を取れるようになるのが当面の目標なんですけどね」

 

「それさえ負けてしまったら大人として立つ瀬がないわよ。それを超えられるだけの経験を得られるようになったら負けてあげるわ」

 

 そう言ってキャロルは去って行く。大人だなぁ、と思う反面、子供だなぁ、とも思う。ここにいる人と達は実に戦いがユニークというか、”悪辣”と評するのが正しいのだ。まるで真面目に戦おうとしないだけではなく、思考の裏側を縫うように意外な行動をとってくる。正面から叩き潰そうとすれば何時の間にか背後へと回り込まれていたり、目標がダミーだったりと、そんなのはしょっちゅうある。

 

 中には空へと砲撃を向けて、時間差でそれを空から降り注がせて空から撃ち落とすなんていうデタラメな攻撃方法を取ってくる者さえもいる。戦術や奇策のオンパレードともいえるこの状況、そういう正道から外れたものを見るには十分すぎる程に勉強になると思う。何気にそういう戦術をどうやって崩すか、それを考えている事に楽しみを覚えている自分もいる。幻術や射撃系の魔導師だとまだ一勝もできないのが実態だが、近接系の魔導師だったらある程度の勝率を勝ち取る事には成功している。そして勝利している相手にはもちろんイストも含まれている。勿論最初の頃は意味不明に速かったり見切れない拳に撃墜判定を貰ったが、色々と教わった今では逃げながらバインド設置して砲撃を空から乱射して近づけなければいいのだと学習した。障害物の後ろに隠れてもそれごと薙ぎ払えばいいし。

 

 完全相性勝ち。

 

 ……ただバインド設置したと思って油断しているとバインドをすり抜けて接近するんだよね。

 

 この練習場、訓練場、それが空戦魔導師に取って戦いやすい広いフィールドだから今は勝率を稼げている様なものだ。もっと障害物の多い、姿を隠しやすいフィールドだったら経験の差を利用されて完全に実力を発揮できないままボコボコにされる未来が目に浮かぶ。あと狭い通路とかも駄目だ。砲撃が通路を埋めるから安全だと思われるが、実の所防御しながら前進すれば到着するので砲撃戦魔導師にとっては最悪のシチュエーションだ。なるべく広い空間で戦わないと落とされるのが砲撃戦魔導師。

 

 最近は距離を詰められた場合を想定して色々教わっているが、今の所それがどれだけ通用するかは解らない。教えてもらった人に振るっても上達が確認できないからだ。だからと言ってそれを振るう機会を望んではいけない。振るう機会を得るということはつまり、不幸な人間が増えるという事だ―――犠牲者加害者両サイドで。なので安易に振るう機会を求めてはいけないのだが、

 

 ……それでも確かめたいし、休みの日にシグナムに頼もうかなぁ……。

 

 シグナムならまず間違いなく嬉々として相手をしてくれるに違いない。そしてその上でつきっきりで修行の手伝いをしてくれるに違いない。そしてそれからしばらくメールで修行の日程が組まれるに違いない。あ、駄目だこいつ、と認識してシグナムという候補を頭から抜く。とりあえずは対接近戦用に教わっているデバイスを使った槍術の師匠を、イストの姿を見る。

 

 仕事を終え、する事の無いイストは両足をテーブルの上で組んで置いて、そして視線を手元の本に向けている。本を読んでいるというのに、それでもイストはサングラスを取る様子を見せない。読みづらいだろうと前に指摘したのだが、それでもサングラスを取る気配がイストにはない。何か理由でもあるのだろうとその時から放置しているが、何時みても違和感のある姿だ。……が、ベルカ式への適性はないだけで、武芸百般というべきなのか、基本的な得物であればどれも十全に振り回す事が出来るらしい。その中でも格闘が得意で特化しているだけで、別に他の武器が苦手ではないらしい。

 

 ギリギリの所で才能に嫌われた、と本人は主張しているけど。

 

 ……偉ぶらなければ十分尊敬できるんだけどなぁ。

 

 まあ、そうしないのがイストのイストらしい所というべきか、この一ヶ月で覚えてきたこのパートナー”らしさ”というべき部分かもしれない。―――此方を未熟な事を理由に弄るのは止めてもらいたい所なのではあるが。

 

「イスト」

 

「ん? あぁ?」

 

 本からイストが顔を持ち上げる。最近はずっとこうだ―――というより無限書庫から返ってきてからずっとこうだ。時間さえあれば本を読んでいる。その本も全てが無限書庫から持ち出したものだ。そこらへん、持ち出しが可能かどうなのかは規制については良く解らないが、こうやって堂々としている所、持ち出してもいいらしい。その内容は確か、覇王流とエレミア、なんていうものだったらしいが、今はどうなのだろう。

 

「今はどんな本を読んでいるんですか?」

 

「ん? 興味あるのか?」

 

 いや、それはもちろん、と答える。最近読みっぱなしなのだから気にならなかったら確実におかしい。そう伝えるとそっか、と呟いて軽く頭を掻いたイストが此方に本を手渡してくる。その本のページを開いたまま、タイトルを確認する。その本のタイトルは”ベルカ興亡期”と書かれてある。

 

「なんですかこれ?」

 

「タイトル通りベルカの興亡期の本だよ。本っつーか日記だな。ベルカが終焉を迎えるまでの数年間を記した本で、この本の持ち主は覇王イングヴァルト様と個人的付き合いがあったそうだ。日常的な話からどういう訓練をしてたか、聖王様と覇王様が喧嘩しただぁ、そういう感じの内容の本だよ」

 

「いや、めちゃくちゃ重要な本じゃないですか!」

 

 ベルカ出身の人間ではないが、この本の重要性は解る。ベルカ人にとって聖王とは神にも等しい存在であり、覇王とはそれに匹敵するだけの有名で高名な存在だ。その二人を知っている人の日記、しかもベルカ興亡期のモノなんて間違いなくレアものではないのか。

 

「良く持ち出せましたね、ソレ」

 

「実は結構苦労したんだよ。予め聖王教会の方にコネ作っておいてよかったよ」

 

 聖王教会へのコネ、と言ったところで前、先月のはやての言葉を思い出す。そういえばイストははやてとのパイプを繋げる代わりにカリム・グラシアへの紹介を頼んでいたはずだ。……となると、

 

「もしかして……騎士カリムにお願いした?」

 

「良く解ってるんじゃねぇか。ちょっとした取引と餌と交渉とロマンスの結果、無限書庫で見つけた覇王関連の書物は教会へと運ぶ前に俺が”見分”する事になっているんだ。あー辛い、超辛いわー。無限書庫から本いっぱい見つかるわー、見つけた本を教会へと運ばなきゃいけないわー、あー、読んで確かめなきゃいけない本がいっぱいあってマジ超つれーわー」

 

「わぁ、何てわざとらしい……!」

 

 清々しい程にわざとらしい。いや、待て取引と餌と交渉まではいい。だが最後のロマンスはなんだ、ロマンスは。

 

「駄目ですよ、イストにはイングさんって素晴らしい人がいるんですから」

 

「……んー? 聞こえんなぁー?」

 

「あ、露骨に目を逸らした」

 

 しかも小指で耳をほじっている。とことん聞くつもりがないらしい。一体あの女性はこの外道のどこが気に入ったのだろうか。そんな事を一瞬悩むと、イストは本……日記をこっちの手から強奪し、組んだ足をデスクの上に乗せたまま、再び日記の中身を読み進めてゆく。良く見ればその片手には小さくだが、ホロウィンドウが出現し、読むのと同時に何かを書きこんでいる様にも思える。やはりメモなのだろうか。

 

 ……あ。

 

 そこから話しかけた目的から大きく離れてしまった事を思いだした。

 

「そうだった。イスト、誰か戦える相手を紹介してくださいよ」

 

「なんだ、無差別に砲撃が撃ちたいのか? だったらほれ、いい事を教えてあげよう―――向こうの方、あぁ、あのデスクだ。あそこで笑顔でこっちを見ている奴がいるだろ? あぁ、いや、そっちはロリコン。そいつはお前が後4年若ければって良く嘆いている。二ケタはアウトらしい。ってそうじゃねぇ、そう。そいつ。今手を振っているだろう、アイツドMなんだ。今もお前に非殺傷設定切って砲撃撃ちこまれる事を期待している。いいか、手を振ってみろ」

 

 言われた通り手を振ってみる。

 

 立ち上がってジャンプしながら手を振り始めてきた。そのあと腕を広げ、膝を床に付き、

 

「ヒット! ミー!」

 

「そぉい!」

 

 横から飛んできたドロップキックによって吹き飛ばされ、視界の外へとカマロ准空尉が吹き飛んでゆく―――アレで同じ准空尉とか信じられない。間違いなく地球なら訴訟レベル。だがそれが許されるのがミッドチルダ、管理局、この隊の不思議である。法律とはいつ死んだのだ。

 

「前から思ってたんですけど、若干ここにいる人たちって個性的すぎやしませんか」

 

「結構奇人変人が集められているからなあ。変人タイプってどっかで特化していたり能力的に欠損があって普通の隊じゃ使いにくいから結局一か所に集められやすいんだよな。まあ、合わないやつは合わないやつで一週間ぐらいでこっから抜けてくよ。やったねなのはちゃん、君は間違いなく合格だよ」

 

「撃ちますよ」

 

「おぉ、怖い怖い」

 

 そう言ってお手上げのポーズを取るイストの発言を改めて省みると、あんまりここにいる事に違和感は感じなくなったなぁ、と思える。最初の頃は若干ストレスが溜まっていた事を否定する事は出来ない。だがこうやって接して、少しずつ周りと話し合って、一緒に仕事をして彼らを理解する様になってきた。

 

 それがどんな奇人変人であろうと、彼らにはそれぞれの思想や願い、想いがあるのだ。それらを理解せずにただの奇人変人と断定するのはあまりにも失礼ではないのか。そういう風に感じ始めてきている自分がいる。間違いなく染まっているとも言えるが、これが成長なのかなぁ、と迷う自分もいる。ただその答えを求めようと聞けば、

 

 ……間違いなく微笑ましい笑みと共に頭を撫でられそうだよね。

 

 実際、今までに何回かそうやって頭を撫でられたことはある。その回数ナンバーワンはキャロルで、二番目にイストだ。ちなみに三番目は強面の隊長であるフィガロ。アレで意外と子供好きなのだが、泣かれるので基本的に自分から寄る事はないらしい。姿と好きなもののキャラが違いすぎるあの人も変人に入るのだろうか。

 

「ま」

 

 パン、と音を立ててイストが片手で本を閉じる。それを無造作にデスクの上に投げ捨てると、サングラスの位置を片手で直すと、此方の頭を撫でながら入り口へと向かってゆく。そうしてぐしゃぐしゃにされてしまった髪を急いで手櫛で整え直しながら、その背中を追いかける。

 

「仕事ですか?」

 

「おう、喜べなのはちゃん」

 

 緊急で舞い込んできた仕事が表示させられているホロウィンドウをこっちへと投げると、そのまま外へと向かって歩き出す。

 

「パーティーのお誘いだ。しっかり”おめかし”しなくちゃな」

 

「何をかっこつけてるんですか、さっさと行きましょう」

 

「お前はもう少し遊びを持とうよ……」

 

 知りません、と答えながらイストの横へと並び、外へと向かって歩き出す。

 

 まず、最初の目的地は―――空港。




 イムヤ大破。

 どもども、もうそろそろですねー。逢瀬にはおめかししませんと。パーティーには相応の作法がありませんと。というわけですので、まあ、あと1話、2話ですかねー……。

 家族はどこまで脅威なのか、って感じでしょうか。


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フィクション・ノンフィクション

 本日朝の一発目。順調に道を踏み外し人々。


 実の所、空港へとやってくる回数はそう少なくない。

 

 空港がミッドチルダ最大の入り口である事実は転移魔法が存在していても疑いようがない。対次元跳躍装置などというものがあるらしいが、それも内部からの手引きによる手があれば簡単に突破して転移魔法でミッドチルダに降りる事が出来る。でも全てが全て、そうやってミッドチルダにやってくるわけではない。やはり、空港を通してやってくる者は多い。だから空港には常に次元を象徴する部署の”海”と、そして現地の治安を維持する”陸”の人間がいる。ちなみに”空”の活動は主にミッドチルダのみで、ミッドから離れれば離れる程その数は見られなくなるという性質を持っている。まあ、今はちょっとだけ関係のある話だ、これは。

 

 空港の管理局員用のパーキングスペースで車を止めて、降りる。相変わらず免許は持っていないので運転からパーキング、鍵の所持まで全てイスト任せなのは少し恥ずかしいが、合法的に免許が取れるようになるのは15歳過ぎてからの話だ。それまでは運転をこの外道先輩に任せるしかない。だから車から先に降りて、鍵やら駐車に気を使っている先輩がやってくるのを待つ。だがそれも数分もかかりはしない。直ぐにチェックを終わらせたイストが此方へとやってくる。

 

「正面から通ると面倒な手続きあるからこっち行くぞ」

 

「え? でも」

 

 自分が武装隊の前、嘱託魔導師として活動していた時は普通に前のゲートから通っていたのだが、と言うと、イストは苦笑する。

 

「嘱託魔導師ってのはまだ半分”外様”って状態だからな。だが俺やお前みたいに本所属の魔導師、特に空所属の魔導師ってなれば色々と特権が生まれるんだよ。たとえばこっちの通路」

 

 そう言ってイストはパーキングのすぐそばにあった扉を開けて、中に入る。そこには関係者以外立ち入り禁止と書かれているが、それを気にすることもなくイストはズカズカと中へと入りこんで行く。

 

「ここは空港で働く連中が使うための通路だがな? 俺達空の人間も普通に使う権利も持っているんだよ。まあ、首都を出ること自体が非常に珍しいから空港を利用すること自体が珍しいんだがな。だけど、まあ、ないわけじゃない。密売やら密輸やら、空港を通ってやってくるもんは結構多い。それのチェックやら確認、検査とかで珍しいけど来ることもあるぞ。……まあ、まだ一ヶ月目だからやってないだけだけどさ」

 

「はぁ、なるほど……」

 

 勉強になった。やはり空の人間は色々と他の所属と比べて特権が多いらしい。それも首都の防衛やら、重要な役割を得ている事を考えれば妥当かもしれないが、少しだけ優遇されすぎてないか、何て考えも浮かぶ。だが管理局のシステム自体はかなり上手くできていると思うので、特に口出しする事はない。ともあれ、ホロウィンドウで第一目標が空港であることは確認したが、それ以上はまだ読んでいない。というかそれをさせてくれるだけの時間を横の先輩は許してくれなかった。

 

 それを口に出そうとして、前から歩いてきた管理局員が此方を見る。何かを言う前にイストが片手を上げてよ、と挨拶をすると相手も挨拶しかえしてくる。それに倣って此方も挨拶をすると、相手も挨拶をして通り過ぎる。

 

「知り合いですか?」

 

「んにゃ、挨拶は常識だろう。コミュ能力は大事だぞ。知らない相手でも一応挨拶できる時はしておけ。どういう縁がどういう形で結びつくか解らないからな。いや、マジで。俺も天下のエース・オブ・エースと一緒にコンビを組んで仕事をする日が来るとは思わなかったし。知ってるか? 俺お前の顔を雑誌で見たんだぜ」

 

「そんな事を言うんでしたら、私もこんな外道とコンビを組むことになるとは思いませんでしたよ。誰が嬉しくて足を掴んだら武器代わりに振り回して襲い掛かってくる蛮族とコンビを組みたいんですか。できたらフェイトちゃんみたいな正統派のインファイターと組みたかったですよ!!」

 

「ほんと残念だな。まあ、俺としちゃあ弄り甲斐のある後輩が入ってきて結構楽しいんだがな、これが」

 

「あぁ、もう! 髪の毛整え直したばかりなんですから撫でるの止めてくださいよ!」

 

「ははは! 背が低いのが悪い!」

 

 無言でローキックを叩き込むが、鍛えられたイストの肉体はそれそのものが鋼の鎧の様に硬く、魔力や強化術式を使っていない普通のローキックでは逆にその痛さを味わうだけだ。ジーンと響いてくる足の痛みに少しだけ悶絶しながらなんとか痛みに耐え、そして少しだけ涙目でイストを見上げる。

 

 サングラスを取り、白目で舌を突きだした笑顔でそんな私をイストは迎えてくれた。

 

「ぶっふぉっ」

 

 あまりにおかしすぎる表情に笑いでむせる―――というかちょっと待て、

 

「今素顔を見せましたよね!? もっかい、もう一回サングラス取ってくださいよ!」

 

「あぁ? 聞こえんなぁ」

 

 笑いを押し込めて再び視界をイストへと向けると、その頃には既にイストはサングラスをかけ直していた。惜しい、非常に惜しい。今まであのサングラスを取った様子が全くないので、正直その下がどうなっているかは興味があった。いや、今の一瞬少しだけ目の周りに傷があったような気がしたが、それだけだったような気もする。

 

「うっし、ここだ」

 

「あ、逃げないでください!」

 

「勝者と年長者の余裕でスルー」

 

 挑発のプロフェッショナルなのかこの人、一々人のイラっとする所を的確に突いてくる。その事実に若干イライラさせながらも、やる事はちゃんとやるという無駄な優秀さを持っている事が非常に腹立たしい。これで無能だったら無価値だと断定する事は出来る。だがこの狂人は自ら進んで狂人となりながら仕事をこなしているフシがある。それが厄介なのだ。まるで雲の様に本性が、本音が、つかめない。

 

 そんな事を思っている間にも別の通路へと入ったイストを追い、空港の中に張り巡らされたアリの巣の様な通路を抜けてゆく。どうやら道を全て覚えているらしく、一切迷う事も確認することもなくイストはその通路を進んで行く。見失わない様にイストの横に張り付き、そして時折通る職員に軽く挨拶をしながら進むと、やがて広いスペースにでる。

 

「どーもー」

 

「お疲れ様です」

 

「お疲れ様です!」

 

 それは空港のゲートの向こう側だった。チェックインやら荷物検査やら、そういう作業を全て無視して空港の内側へと入る為の通路だったのだ。そしてそうやって向かうのは次元航行船が停泊しているゲート―――ではなく、空港の出国ゲートの向こう側、その一番奥にある施設だ。ここまでくれば次にどこへ向かうのはおおよその予想がつく。

 

 施設の名前は超長距離次元転移装置。その目的は空港などが無い、設置の出来ない世界に人員を飛ばすための装置だ。帰りはこの装置が此方が設置したマーカーを頼りに”引っ張ってくる”という仕組みになっているのだが、この装置を使って跳ぶ世界は大体決まっている。だからこそ質問しなくてはならない。

 

「イスト、これから何処へ行くんですか?」

 

 イストはサングラスの位置を直しながら言う。

 

「第56無人世界」

 

 

                           ◆

 

 

 短い揺れやかきまぜられる感覚。それが終了する頃に目を開ければ、視界は完全に違う世界を映しだしていた。そうして視界いっぱいに映し出されるのは海だった。ひたすらに大量の水が覆い尽くす世界だった。自分が立っているのが反対側の見える小さな島、木は数本しか生えておらず、頭上から照りつける太陽によって生み出されるその木の陰だけが逃げ場の様に思えた。

 

「あ」

 

 その影の中に男が一人いた。此方の姿を確認するのと同時にやってくる男の姿は管理局員、海の魔導師の制服だ。此方へと近づいてくると敬礼する。おそらく階級的には此方の下なのだろう。

 

「ようこそいらっしゃいました高町准空尉、バサラ准空尉」

 

「お勤めご苦労さんセダン三等空士」

 

 何時の間に名前を確認したのだ、と思っているとイストの横にはセダン三等空士と呼ばれる青年のプロフィールがこっそり浮かび上がっていた。

 

 ……仕事早っ。

 

 それをセダン三等空士に確認される前に消すのも流石の手際というやつだろうと思う。ともあれ、セダンはイストを見てから此方を見ると、

 

「高町准空尉、ぶしつけで申し訳ありませんがファンです! 握手をお願いします!」

 

「……お前、一応有名人だからな?」

 

 ……そういえばそうだった、と思い出す。たしかPT事件と闇の書事件で自分の名は期待のエース、そしてストライカー級魔導師として売れているのだった。6隊に所属してからは有名人どころか子どもとしてしか扱われてないので大分忘れていた事だが、外へ出ればかなりの有名人だという事実をすっかり忘れていた。……そう考えるとあそこは結構アットホームな職場なのかもしれない。

 

「えーと、では握手ぐらいなら……」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 涙を流しそうなほどに嬉しそうに手を握り、握手をする青年を一瞬、自分よりも本当に年上なのか疑いそうになる。だが実際に自分よりも大きいのだろうから、本当なんだろうなぁ、と呟いたところで、イストが青年の頭にデコピンを叩きつける。

 

「おいおい、ウチのロリ担当の手を何時まで握ってるんだよテメェ」

 

「まずはそのロリ担当と明確に言った事を私に対して反省しません?」

 

「いえ、高町准空尉はロリ担当でいいんです!」

 

 ―――こいつもアレ系の人間か……!

 

 海と言ったらどうしてもクロノを基準に考えてしまうので、そうか、べつに変人は空だけに限った事ではなく他の部署にも存在するんだ、という事を空に浮かび上がるはやてのイメージを幻視しながら理解する。管理局にはあとどれぐらい奇人変人が存在するのであろうか……。

 

「とりあえずお前、状況報告しろやオラ」

 

「―――はい」

 

 そう言ったとたん、セダンは直立で体勢を整え、ホロウィンドウウを複数出現させる。表情は真面目なものとなり、そしてデータを此方へと送りながら解説を始める。

 

「哨戒任務で次元渡航中に反応をキャッチしたのが数日前の事となります。その絞り込みに数日、そして判明した反応の位置がこの世界となります。到着と同時に隠密を心がけ情報収集を行ってきました結果、地上から200m下、海底に研究所らしき建造物の入り口を発見しました。その中から隠されていますが魔力の反応を感じますので、まず間違いなく稼働中の施設だと思われます。一応此方の転移反応が漏れないようにジャミングを行っていますが―――」

 

「―――ジャミングを行ったら”誰かが妨害している”って証拠が残るんだよ」

 

 チ、とイストが吐き捨てるとデータに表示されている研究所の方へと視線を向ける。データと報告を確認すれば相手がここから逃げ出していない事は明白だ。―――確実に待ち構えている。だがその意図が解らない。いや、それよりも解らない事がある。

 

「待ってください―――何故私達なんですか?」

 

 それが最大の疑問だ。何故私達がここにいる。空隊の目的は首都の防衛だ。そしてその人員を割く事を中央はかなり嫌がる。だからこうやって私達二人が別次元の世界で、違法研究所のレイドを依頼されるなんて明らかにおかしい。明らかな作為性をこの出動に関しては感じる。

 

「そう言われましても本局の方からこうしろと命令が下りてきているので……」

 

「下っ端が把握できるわけがねぇよな」

 

「すみません、艦長もこの件に関しましては十分な戦力を保有しているのに何故空の力を借りなくてはいけないんだ、と結構憤慨している様子なので」

 

「ま、そうなるわなぁ……」

 

 ―――本局の指示。それだけで何か政治的、もしくは何らかの意味があるという事は察せるが、その中身までは理解できない。ただ、

 

「―――消しに来たか? いや、ならなぜこのタイミングで? 違う……高町なのはという英雄を消す事は管理局としては悪手としか言いようがない。だから……発想の逆転して―――消す為に送った?」

 

「イスト?」

 

 口から漏らす言葉が物騒極まりない為声をかけると、イストが顔を持ち上げる。

 

「意図が解らねぇ。でも―――」

 

「―――何時も通り十全に、ですよね? ―――レイジングハート! セットアップ!」

 

『Setup』

 

 レイジングハートを握り、バリアジャケットの展開を一瞬で終わらせる。そして握ったレイジングハートは一瞬で姿を杖へと変化させる。視線は真直ぐデータとして存在する研究所の方向へと向ける。横でセットアップを完了させたイストの姿を確認し、レイジングハートを構える。

 

「どうせならハデに、だ。バレてるなら強いノックを決めてやれ」

 

「レイジングハート・エクセリオン、カートリッジロード!」

 

『Cartridge load』

 

 レイジングハートが姿を変え、槍に似た形状へと姿を変える。カートリッジを排出する姿を確認しつつ、矛先を上へと向け、そして魔力を一気に吐き出す。桜色の砲撃が細い放出口より放たれるため、丸い飲み込む形ではなく薄い、剣の様な形として吐き出される、

 

「砲撃剣、ディヴァイン・ブレイカー……!」

 

 膨大な質量を振りおろし、この位置から研究所の入り口を含めた、それまでの全てを両断し、吹き飛ばす。魔力を込めて叩き込む砲撃の斬撃は海を真っ二つに割り、それが戻るまでの間、通る為の入り口と道を作る。飛行魔法を発動させ、共に出来た道へと向かって突き進む。

 

「武運祈ります!」

 

 背後で敬礼をするセダンの存在を感じながら、作為性と不吉を感じさせる仕事へと挑む。




 なのは様覚醒第一段階、砲撃をぶん回す。発想はあっただろうに何故か原作ではやらなかった事。たぶんそれはどっかの金髪巨乳のフェイトそんとかいう生物のザンバーの株を奪っちゃうから(

 だから後でフェイトそんには残念系になる方向でテコ入れしましょう。


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ヒューマニズム

 もうそろそろですねー。


 最初の一撃で海ごと真っ二つにした違法研究所の入り口に入ると、イストが階段から降りる途中で動きを止め、そして振り返る。

 

「どうしたんですか?」

 

「ちょいと待ってろ」

 

 そう言うとイストはカートリッジを何本か取り出し、それを入り口周りに設置してゆく。設置を終わらせると横へと戻ってくる。

 

「なにをしたんですか?」

 

「一応入り口を吹き飛ばすんだよ。下のロックが普通に開く訳がないだろ? 内側に崩れる様に爆薬代わりにカートリッジ設置したから、岩とか使って入り口塞ぐんだよ。んで隙間は―――」

 

「―――魔法で塞げばいい、と」

 

「そ、プロテクションを使って放置するよりは魔力の燃費がいいからな、この方法。馬鹿魔力持ってないヤツの知恵ってやつよ」

 

「馬鹿魔力で済みませんでしたね!」

 

「だが許さない」

 

 そうも言っている間に、背後でカートリッジを爆破させ、入り口は爆破と共に内側に向かって崩壊する。既に十分な距離を離れていたため此方には爆風は届かず、ただ埃と岩の破片が落ちてくる。少々湿っているのはそれが海底にあったものだろうか。隙間はまだあるが、それでも十分壁と言えるだけのバリケードは出来上がっていた。それを手伝う様にイストと共に魔法で塞ぐ。帰り、此処から脱出する時は入ってきた時同様に海ごと吹き飛ばせばいいだけの話なのだ。だからある程度バリケードがしっかりしているのを確認したところで、階段を下りて床の上に立つ。やはり研究所というべきか、妙にメタリックなデザインをしている。そして、正面には分厚さを感じさせる壁がある。素早く調べる分には、それが上へと引き上げられて道を作る、シャッタータイプの扉であることは解る。だがどこにもコンソールパネルらしきものは存在していない。

 

 ならばやる事は一つしかない。

 

「えっと、これなら―――レイジングハート・ストライクフレーム」

 

「あー、この材質なら噛んだことがあるな―――フルンディング」

 

 拳撃と突撃。魔力の込められた二撃は目の前のシャッターを当たり前の様に粉砕し、向こう側へと道を開く。そうやって破壊された入り口を眺めつつ、二人で声を殺し、その向こう側の光景を見る。この入り口と同様、メタリックなデザインの研究所、通路が続いている。そこから枝分かれする様に別の通路、部屋へと続いているが―――存在する筈のものがない。

 

 歓迎―――即ち迎撃の意志。

 

 オートマタも、魔導師も、サイレンすらない。警戒という色がこの場所には一切存在していない。なのに研究所の奥からは人の気配がする。いや、させている。明らかにこっちを奥へ来るように誘っている様にしか思えない。その様子を眺めながら、レイジングハートを握る手を強くする。この通路は見る限り結構狭い。大型の機器を通す程度には広いし、レイジングハートのストライクフレームモード、それを振り回す事の出来る広さだ。だがここで十全なマニューバを取れるのは間違いなく近接特化の魔導師だ。自分の様な砲戦魔導師にとってはかなりやり辛い広さだ。

 

「……臭うな」

 

「……?」

 

 それは臭気じゃないって事が解るぐらいには付き合いはある。ただそれがどんな臭いなのかを共有する程長くはない。イストの漏らしたその言葉に軽く首をかしげ、前へと進む彼の後ろへと回り込み、後を付ける。彼が前衛である以上、彼が私の前に立ち攻撃を受け、そして背後から此方が必殺を叩き込むというスタイルに変化はない。軽い緊張感に包まれながらイストの二歩後ろについて歩く。口数は自然と減り、表情もふざけたものから真面目なものへと変わっている。既に展開を終えている義手にも思える様な鉄の腕をイストはにぎにぎとうごかしながら、

 

「俺毎回思うんだよな、こういう研究所の部品ってちょっと分解して持ち出してもバレねぇんじゃねぇの? って。売ったらそれなりに金になりそうだよな」

 

「あ、うん。シリアスになる事を期待してた私がバカでしたね」

 

 やっぱりいつも通りだと断定し、息を吐く。背後への警戒を怠る事はしないが、今ので大分自分の体の中から緊張感が抜けるのを自覚できた。それが狙ってのものか、狙わずのものか、それを判断する事は出来ないが、一種のペースメイキングなのだろう。わざと馬鹿をやり続ける事で常に自分という存在を崩さない。それがイスト・バサラという男のスタイルに違いない。いや、6隊全体のスタイルでもあると思う。

 

「ほら、さっさと探索進めましょうよ。待ち伏せされているんですから。その場合はイストが肉壁よろしくお願いします」

 

「おう、メイン盾は砕けないって名言を知っているな貴様」

 

「えぇ―――内側から叩いたらどうなるか解りませんけど」

 

「お前、俺ごと敵を撃ち殺すつもりだろ……! 鬼畜! 砲撃厨! ツインテールの悪魔!」

 

「ちょっとだけやりたくなってきた」

 

 だが実際の所、そんな事はない。最近ちょっと一発位なら誤射かもしれないとか絶対に思っていない。断じてそんな事はありえない。だってわざと誤射するなんてキチガイの極みではないか。

 

「ま、まずは部屋を一つ一つ確認、だなっ!」

 

 近くの扉をイストは蹴り飛ばしつつ中へと侵入する。拳を構えて入った直ぐ後に続いて中に入る。中に人の気配は感じられなかったが、それでもオートマタやセントリーガンが設置されている場合はある。故に突入の瞬間はどういう部屋であり、常に戦闘の用意ができていなければならない。幸い、この部屋にそういう障害はなかったようだ。

 

 存在するのは無数の円形のガラス、ポッドの様な装置だった。その中に何かが浮いているように見える。そしてそれがなんであるかを確認しようと目を凝らした瞬間―――視界が闇に包まれた。その感触からそれが制服の上着だと気づくには数瞬かかった。

 

「ちょっと、何をするんですか!」

 

「なのはちゃん、プロジェクトF関連の施設に入って研究を見たことあるか?」

 

「……ほんの少しだけなら」

 

 本当に昔、懐かしい話だ。

 

「じゃあ、内臓とか脳とかのグロ系に耐性はあるか?」

 

 その質問の意図を悟った。おそらく、あまり見ても気持ちのいいようなものが目の前にはないのだろう。というよりも今宣言した通りの物が存在しているに違いない。だから頭にかぶらされている上着を取って、イストへと投げ返す。

 

「大丈夫ですよ。吐いたりしませんしショックにも思いません。それはたぶん同じ技術で生まれてきたフェイトちゃんにも失礼な事ですから」

 

 そう言ってしっかりと浮かび上がり姿を見る。まず一番近くにあったのは皮膚の無い人間だった。次には内臓のみの人間、首だけの人間と、そういう風に欠損の多い者がひたすら浮かび上がる、そんな地獄のような部屋だった。言葉ではしっかりとは言ったが、それでも初めて見る凄惨な光景に衝撃は隠せない。軽く太ももを抓り、痛みで軽く乗り切った所でイストへと視線を向ける。

 

「それよりも何時もの軽口はどうしたんですか?」

 

「あぁ、なんだ? 寂しいのか、このいやしんぼめっ! 俺のトークが体に染みついて忘れられない体になったか……!」

 

 これで何時ものノリだと思う。イストの足にローキックを決めてからレイジングハートを近くの端末へと向け、情報の洗い出しを開始させる。その間にイストの部屋は探索を開始する。イストの憶測では既に相手は此方の事に感づいていると予想している。だとすれば、

 

『No data found』(データが見つかりません)

 

「ん、有難うレイジングハート」

 

 やはりデータは存在していなかった。ここに到着する前に既にデータの削除は完了していたという事だろう。此方の仕事は終わったのでイストの方へと向けば、軽く祈りを終わらせたイストが装置の電源を切っている様子が見えた。そういえば前、話で元はベルカの司祭の家の出だと言っていた。何の因果でこんな事をやっているかは解らないが、此処にいる生まれられなかった命たちを断つ為にはぴったりの人物かもしれない。……いや、待て、これだけふざけた人物がここだけマジメってのはありなのか。

 

「むう」

 

 ちょっと思考回路がおかしくなっているかもしれない。今日が終わったらゆっくりと整えよう。たぶん、ショックが抜けきっていないのかもしれない。……いや、確実にそうなのだろう。だからゆっくりと深呼吸し、周りを窺いながら部屋の外へと踏み出す。入ってきた時同様、通路には何もない。罠も、そして待ち伏せもない。拍子抜けするほど何もない研究所。

 

 ……それでも感じる。

 

 視線を。

 

 確実にどこからか見られているという感覚が体を貫いている。それをもう一人は気づかないわけがないだろう。こういう事に関しては遠距離攻撃に特化している自分の方が詳しいと思うが、それでもここまで露骨な視線を感じ取れないわけがない。そしてそれを理解してて黙っているという事は、何かあるという事を理解しているのだろう。おそらくだが、こういう場合―――相手は己の力に対して自信がある、というのが良くあるケースの話だと聞く。だとすれば簡単な話だろうが、如何なのだろうか。

 

 言葉では言い表せられないような不気味さがここにはある。

 

 まるで悪意が渦巻いているような、そんな気がする。

 

「んじゃトレジャーハントを続けますか」

 

「あ、どさくさに紛れて盗もうとしたら容赦なくバインドするので」

 

「仲間を売る事が出来るぐらいに強くなったなのはちゃんが頼もしいと思えると同時に少しだけ寂しいとお兄さんは思います」

 

「知ーりーまーせーんー!」

 

 腕を振り上げて存在をアピールするが、それを鼻で笑ったイストがマーカー代わりに壁を軽く指で抉り、傷痕をつける。その後を追いながら、研究所の更に奥へと向かって歩いて行く。その頭に浮かび上がる疑問は色々とある。たとえばその一つはこの人員の数だ。

 

 この規模の研究所であれば武装隊の投入が現実的な話だ。なのに突入を任されているのは二人だけ。

 

 ……やはり、普通にはいかないのだろう。

 

 せめて覚悟だけでも、と腹をくくりながら歩みを進める。

 

 

                           ◆

 

 

「―――さて、予想通り来てくれたね」

 

 巨大スクリーンに移る二つの姿を眺める。もちろん、それは自分が今、存在している研究所、その通路を歩いている二人の魔導師の姿を捉えている。赤髪、長髪を尻尾の様に纏めるサングラスの男と、ツインテールに白いバリアジャケットの少女。警戒しながら進んでいるのは此方でも見える。一々全ての部屋をチェックしているから歩みが遅いのも理解ができる。だけど、こうやって待っている身としては実に暇だ。

 

「うーん、これはラスボスっぽく奥で待ち受けるってシチュエーションは諦めよう! そう、最近のラノベでも魔王って意外と近所のコンビニをブラついているらしいし、ここは私もダンジョン内をランダムエンカウントするべきじゃないかなぁ!?」

 

 後ろへと振り返ると、そこには幾つかの姿がある。そのほとんどが嫌悪の視線を向けて視線を逸らすが、一人だけ困った様子で頬を書きながら答える姿がある。

 

「いやぁ、ラスボスがダンジョンでランダムエンカウントしたらクソゲー認定じゃないかなドクター。あぁ、でも最近のクソゲー認定も結構ハードルが高くて、最低でもフリーズするバグが20種類は発見されないとクソゲー認定はされないとか」

 

「それはクソゲーではなくバグゲー認定ではないのかねぇ」

 

「ちなみに今年のクソゲーナンバー1認定はチュートリアルのモンスターがラスボスで、そこで倒されるとゲームオーバーという内容。しかもそこに到着するまでに乱数の問題でバグ100種類とか」

 

「開発者それ狙って作っているよね? ―――実に話が合いそうだ!」

 

 ですよねー、と呟く男の姿を無視して再びスクリーンへと視線を向ける。

 

 あぁ、間違いない。

 

「私を殺す為に送り込んできたね老害諸君!?」

 

 送り込まれた二人相手なら確実に自分が逃げないで”遊ぶ”という事を確実に見抜いてきての人選だ。見事しか言いようがない。脳味噌だけになっても悪意のある考え方であれば鈍らないらしい。たしかにこの人選であれば遊ぶしかない。というか遊ぶ以外の選択肢を選べない。復讐に燃える男と管理局で今、最も注目されているストライカー級魔導師。

 

「彼らで遊ばなきゃ欲望なんて称号がクソの様なものになってしまうね」

 

 丁度その為の手駒は出来上がっているのだ。丁度招待状を送ろうとさえ思っていたのだ。本当ならもっと効果的にやりたかったのだが―――まあ、仕方がない。今回のテーマは実にシンプル、主役は残念ながら準備不足でエース・オブ・エースにはならないが、

 

「―――欲望の為に家族を殺せるか」

 

 シンプルにそれだけだ。

 

「これだけのデータを提供してくれたんだ―――ならそのお礼を兼ねて遊ばなくてはなぁ。あぁ、そうしないのは実に不誠実ではないか」

 

 そして笑う。

 

 どう転ぶのであれ―――それはどれも人間らしい結果となるだろう。




 実は一人を除いて、クローン元の人物たちが一同に集まったイベントってのがあるのよね。

 そんなわけで欲望1号さんが楽しそうです。だけどちょっとキチ具合が足りないと思うのでプロットに修正加えてきます。

 あとライザー剣とか言われたので艦隊のアイドルのファンやめてくる。


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スーン・カムズ・ディスペア

 絶望さんが近くから顔だけをだしてちーっすと挨拶をしています。どうしますか?


 部屋を一つ一つ確認しながら複雑な研究所内を進んで行く。多くの研究機材や機器を目撃する事の出来るこの研究所はかなりの広がりを見せている。まるでアリの巣の形をした迷路のように。これだけの研究施設を一人で維持する事は到底不可能なはずだ。だからその為の人員も少なくない数存在したはずだ。その証拠に、此処に来るまでにロッカールームやら休憩部屋、キッチンなどの生活感あふれる部屋もあった。だが不思議な事にそれを利用しているはずの人員を一人も見かける事はなかった。まるで全員どこかに消えてしまったかのように。軽い不気味さを覚える光景だったが、

 

「たぶん俺達の接近を知って逃げたんだろ」

 

「え?」

 

「知りたい? なんでジャミングがあるのに逃げられたか知りたい? 知りたいだろ? 教えなーい!」

 

 無言でレイジングハートをダメ先輩に突き刺す、早く言えと脅迫する。先端を脇腹に突き刺すとレイジングハートが嫌そうにコア部分を弱く光らせる。

 

「主従揃って素直だなぁ! まぁいいや。簡単な話、相手の転送装置が俺達の使うジャマーよりも性能が良いって事よ。これだけの施設、相当大きなクライアントがついているぜ? それこそ管理局レベルのが。そしてもしクライアントが管理局だとして、ジャマーの規格やデータは駄駄漏れなんだからジャマーを無効化するか、隙間をすり抜けて転移させるような装置を作ることぐらいはできるだろ、金と時間さえありゃあ」

 

「待ってください」

 

 今まるで管理局が犯罪者を支援しているかのようにこの男は言ったぞ。それは流石に聞き捨てならぬ事だ。

 

「うん? 管理局の暗部をまだよく見てないのか?もしかして完全無欠の正義の味方とか思っている? 残念、所詮理想は理想なんだよ」

 

「ちょっと待ってください、流石にその発言はどうかと思いますよ。それにこの件が管理局と通じているなんて―――」

 

「この件だけじゃなくて何百件も、何千件もの犯罪が管理局の主導で行われてきたよ。証拠もバッチリあるから今度6隊に戻ったら隊長のオッサンかゲンヤさん辺りに見せてもらいなよ。証拠はあるけど公表すれば間違いなく闇の中で殺されるからって理由で絶対出回る事の無い証拠品。べつに死にたいんだったら好きなだけ持ち出してもいいんだぞ? オススメしないけど」

 

「そんな……」

 

 聞かされた事実に予想以上のショックを受ける。ここ一ヶ月、確かに首都であるクラナガンに何故ここまでの犯罪件数が多いのか、無能ではない筈の空港を何故突破して入国できたのか。そういう疑いはあったが、内部から素通ししている裏切り者がいるのかと思う程度だった。それがまさかこんな形で回答を得られるとは―――。

 

「なのはちゃん。お前ここ一ヶ月ホント良く働いてるよ。並のやつなら数日でなじめないまま異動するからな。俺達の誰もがお前を認めているし、俺達みたいにこんな所で腐っているようなやつだとも思わない。だからここら辺からは俺達も容赦しねぇ。見せなきゃいけないものはとことん見せるし、教えなきゃいけないもんはとことん見せる―――入り口のポッドの中身みたいにな」

 

 入り口の惨状を思い出す。あの人が人とも思われていなかったかのような惨状を。つまりアレに匹敵する様なものをどんどん教え、伝えてくるという事だ。―――入り口で上着をかぶせてくれたようなフィルタリングも、もうしてくれないという宣言。それに対して挑戦的な笑みを浮かべる。

 

「いいですよ、覚悟はできています。元々6隊はしばらく所属するつもりです。今更逃げる気はありませんよ」

 

「その強がりが何時か泣き顔になると思うと楽しみだなぁ!」

 

「基本外道ですねイスト!」

 

 そこで胸を張って応、と答えないで欲しい。非常にリアクションが取りにくい。

 

 ―――ともあれ。

 

 そういうやり取りをし、基本的にその場のテンションを温めながら先へと進む。研究所の大分奥へと進んできた自覚はあるが、それでもまだ終わりは見えない。その代わりに、今まで多くあった部屋はここまで来ると無くなっている。そしてそのせいか、少しだけ広くなった通路が永遠に続いている様に思える。ただ壁には途中から先にあるものを示す様に注意書きなのが書かれている。

 

 メインシステム、と矢印と共に壁には書かれている。

 

 矢印に従いながら先へと進み続けると、やがて一本道の終わりへとやってくる。そこからは通路が二つに分岐し、壁には”セクターS”と”セクターT”と書かれている。二手に分かれる通路の前で、イストの横に並び、通路の奥を見る。少しだけセクターT側に踏み込み、その奥を自分が見る様に、イストがセクターS側に少しだけ踏み込んで奥を見る。ライトは付いていて奥まで照らしているが、

 

「こちら、奥まで見る事はできませんね」

 

「こっちもだな」

 

 通路が途中から下へと向かって曲っているために奥まで見る事が出来ないのだ。その場から動かず、逆側の方へと向かって声を張る。

 

「どうしますかー? 分かれますかー?」

 

「なんで分かれるんだよばぁーか。こんなの分断させるためのいいシチュエーションじゃねぇか。二人一緒に行動して、駄目だったら戻ればいいだろ。どうせ逃げる気配無いんだからゆっくりやりゃあいいんだよ」

 

 暴論だが正解だ。相手が逃げる気がないと言うのが一番いい所だ。通らない方の道には魔力でのサーチャーでも飛ばして調べればいいのだ。そう判断し、レイジングハートを持ち上げる。

 

 

                           ◆

 

 

「さて、始めようか?」

 

 

                           ◆

 

 

 ―――次の瞬間、突如として自分の側と、そしてイストの側を分断する様にシャッターが出現し振り下ろされる。イストの言った事は間違いではなかった。これは分断するための通路だあ、こんな強引にやれば―――!

 

「さぁーて、ここからが本番だな……!」

 

 分厚いシャッターを貫通する様に一本の腕が出現する。そう、下手な手段では此方を警戒させるだけに終わる。だからイストの言うとおりにここからが本番だ。だから次の瞬間、シャッターを貫通した腕が向こう側へと引き戻される事に驚きはなかった。自分でも全く同じ手段を取るであろうからだ。術式の名は聞こえない。だが穴の開いたシャッターの向こう側、その隙間から見えるのは首と、両腕、両足を拘束し、奥へと引きずり込むバインドを受けたイストの姿だった。

 

「イスト!」

 

「なのはちゃん、プランDだ……!」

 

「そんなものありませんよ……!」

 

 何時もネタに対して全力だなぁ、と再確認した瞬間、レイジングハートをストライクフレームへと変形させ、体を横へと飛ばす。次の瞬間、シャッターに当たり、そして跳ねる一発の銃弾があった。その軌道と音から一瞬でそれが魔力弾ではない事を把握する。

 

 質量兵器。

 

 自分の故郷、地球でも使用されている兵器―――金属製の弾丸を装填した銃だ。

 

 振り返り、そして弾丸が飛んできた先へと視線を送る。近接戦向けにレイジングハートを握り直しながら確認する視線の先―――そこには闇が広がっていた。先ほど確認した時にはついていたはずのライトが全て消え去り、完全な闇を演出していた。そしてその闇の中に男が一人、立っている。シルエットしか確認できないが、両手に銃―――おそらくアサルトライフルタイプのを握り、そして……、

 

 ―――イストと同じ髪型……?

 

 男と思わしき存在がいた。

 

「やあ、初めまして高町なのは准空尉。唐突で悪いけど君に家族はいるかな?」

 

 等々に相手は話しかけてきた。奇襲や不意打ちに対応できるように相手と自分の間の距離を測り、そしてアクセルシューターを十数個自分の周りに浮かべる。砲撃を使えばこの施設が崩れてしまう事を考えると、強力な攻撃は打てない。だから相手の話にあえて乗る。引き出せる情報があれば引き出せるのがいい。

 

「……いますけど何か?」

 

「じゃあ兄弟は? もしくは姉妹とか?」

 

「……兄と姉が一人ずつ」

 

「うーん、そっかぁ、妹がいないのかぁ。うーん、いないのかぁ……非常に残念だなぁ……あぁ、でもという事は君は妹キャラか! あぁ、何かそう思うと凄い気合が湧いてきたぞ」

 

 こいつは一体何を言っているんだ。とりあえず意味が解らない。アレだ、たぶん危険思想の持ち主だ。それともたぶん純粋なシスコン。……妹オタク? ともあれ、目の前の人物がキチガイであることに間違いはない。そして何でこうも自分の人生はキチガイに縁があるのだろうかと思い悩む。始まりははやての紹介に違いない。

 

 だが良く考えてみよう。

 

 フェイトちゃんは脱げば脱ぐほど強くなるって変なシステムに気付いちゃってバリアジャケットは結構ギリギリだし、はやてちゃんはユニゾンして殲滅魔法連発すればいいって危険思想持っているし、シャマルさんはシャマルさんで秘儀リンカーコアぶち抜きを強化するつもり満々だし、シグナムさんは元からバトルキチだし……!

 

 良く考えたら一歩踏み外している様な友人ばっかりではないのか? 自覚がないだけでは。この自分の周りに常識人がいないというのは。それに比べて自分はどうだ。膨大な魔力は持っているが、戦闘スタイルは堅実だ。魔力をタップリ注ぎ込んだ遠距離砲撃型。とりあえず砲撃を撃てばそれで勝てる。どっかの殲滅厨と同じ様な発想だがこっちはセオリー通りなのだ。ほら、常人。

 

 アイデンティティの確立にとりあえず成功する。

 

 よし。

 

「貴方、狂人ですね!」

 

「うーん、その迷いのなさはまさしく”流石”としか言いようのない感じだよね。うん、君も本当にあの6隊のメンバーだって納得できるよ。うんうん。あ、ところで名前を名乗れなくてごめんね? ”名前を名乗る時はもっとこう、いいタイミングがあると思うんだ!”っていうのが上司の発想というか発言でね、まだ名前を名乗っちゃ駄目だって言われているんだ。あとデバイスの記録映像を見れば確実にバレてるだろうけどわざと暗くしてシルエットだけで登場させるのも演出の一環だってさ。ほんと、キチガイを上司に持つとお互いに苦労するよね」

 

 お前にだけは言われたくない、という言葉を無理やり飲み込んで、そしてこの会話の流れを悟る。このやり口、喋り方、そして会話の内容というか質、間違いなく自分は知っている。

 

「―――ウチ(6隊)のやり方です!」

 

 それを自覚するのと同時にアクセルシューターをシルエットへと向けて叩き込む。だが闇に隠れるシルエットは後ろへと向かって回避するのと同時に引き金を引いた。魔力よりも使いにくいが、それでも破壊力のある兵器は凄まじい速度で魔力弾の倍を超える量の弾丸を吐き出し、それを弾幕として一気にアクセルシューターを粉砕する。

 

 ―――やはり質量兵器相手は非常にやりにくい……!

 

 が、殺害を目的とするだけなら実に効率的だと思わなくてはならない。個人の資質に左右されずに相手を倒す事が出来るのが質量兵器だ。対魔力弾を装填しているのであれば、魔力弾との打ち合いにも負けない―――いや、一秒間に放てる数が多いのであれば圧倒できる。

 

「よ、っと。危ないじゃないか」

 

「ディバインバスター!」

 

 桜色の砲撃を問答無用で闇の中へと向けて放つ。一瞬だけ周囲が魔力光によって照らされ、シルエットが僅かにだが姿を現す。だが姿を確認できる前に、それは闇の中へと姿を隠す。

 

「ちょ―――」

 

「これなら砲撃魔法でも弱い方です!」

 

「そういう問題じゃないと思うんだ!」

 

 闇の中へと向けて砲撃魔法を叩き込む。それが着弾しない事から相手へと届く事はなかったと悟る。が、しかし今の一撃は天井へとぶつかり、天井を軽く粉砕した―――思ったよりも研究所は硬くないらしい。

 

「あと二、三発なら行けると思ったのに」

 

「いや、君十分に頭おかしいよ」

 

 そう言って苦笑するシルエットが闇の中に依然、存在する。此方が全力を出せない状況で此方を封殺する様に手を打ってくるのは流石ホームグラウンド、というべきなのだろう。さっきはノリで軽くディバインバスターを放ったが、二発目はない。ハイペリオン、スターライト、どちらの砲撃魔法も封じられてしまったのは非常に痛いが、戦う手段がないわけではない。この手口、

 

 ―――間違いなく時間稼ぎ。

 

 あのめんどくさく、そして遠まわしで、自分のペースへ引きずり込む様な嫌な話術は間違いなく6隊必須のスキル、イストが良くやっているのを見ている。この人物は間違いなくウチの隊の縁の人物で、そして時間を稼いでいる。その目的は―――増援だろう。

 

「さて、意図に気づかれはしたけどそこまでだ。向こうの交渉は決裂したようだしあとはバトンタッチさせてもらうよ」

 

「待ってください」

 

 アクセルシューターを十数と再び浮かべる。だが闇の中にいたシルエットは直ぐに消え、そしてそれと入れ替わる様に水色の閃光が目にも止まらない速度で瞬発し、接近してくる。デスサイズの様な形のデバイスを手に、閃光は叫ぶ。

 

「―――バルフィニカス、狩るよ」

 

 

                           ◆

 

 

 ―――時を同じくして、

 

 ”それ”は杖を構えた。矛先を肉に突き刺し、慈悲の一遍もなく放った。

 

「―――ルシフェリオンブレイカー」

 

 成すすべもなくイスト・バサラの体は吹き飛ばされた。シャッターを貫通し、通路の奥へと吹き飛ばされる姿を眺めながら少女は無感情の視線を向けて宣言する。

 

「理のマテリアル―――シュテル・ザ・デストラクター」

 

 一歩前へと踏み出しながら彼女は言う。

 

「死んでもらいます。王の為に」




 とりあえず石を投げよう。

 そんなわけで次回へ続く。ここまで出せば大体わかってくる人いるんじゃないかなぁ、と。


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スクリーミング・アンガー

 ほら、マテリアルズが欲しいって言ってただろ。デタヨー。


 ―――数分前。

 

 シャッターが下りてバインドに拘束された直後、

 

 体は物凄い勢いで引きずり込まれていた。素早く四肢に纏わりついた魔力の枷はそのまま体を研究所の奥へと引っ張りこんだ。それを破壊し、脱出する事は支援型魔導師として、そして修練を重ねてきた武術家としては簡単な話だ。ミッドチルダでも、ベルカでも通っている武術の奥義には必ずバインド破壊や拘束脱出の奥義が存在するからだ。だから抜け出すこと自体は決して問題ではない。だからこそここはあえて拘束を抜けださず、素早く自分を引き寄せさせる。

 

 そうして高速で引っ張られる通路の奥に、人の姿が見える。

 

 そこが終点だと悟った時、バインドを破壊して着地をする。そして視線をあげる。

 

 そいつは白衣姿だった。楽しそうに笑みを浮かべ、頭髪は頂点が紫だが、下へと続くにつれて色素を失って灰色へと変わっている。顔も少しだけ、しわがある様に思える。本来よりも”歪”に加齢しているように思える存在だった。だからこそ目の前のこいつが自分の敵であるという事を悟るのに時間はいらない。それを悩む必要はない。この鼻がひん曲がる様な悪意の臭いをまき散らせる存在をただの研究者として見過ごしておくわけがない。だからこそ、第一声は決まっている。

 

「―――鏖殺―――」

 

「やあ、初めまして。私の名前はジェイル・スカリエッティ―――双子でもう一人のスカリエッティには外道の1号さんとかって呼ばれていたりするんだけどあんまり興味なさそうだね君、そこらへん。ははは、まさかこんなにも君が欲望に素直だとは思わなかったよ―――」

 

「―――拳、ヘアルフデネ」

 

「―――あぁ、実に好感が持てるね?」

 

 目の前にシャッターが下りてくる。が、フルドライブモードに入る必要すらない。あの日、生き延びてしまった日より鍛錬を欠かす日なんてなかった。最高の奥義が、自らの技術を集約した全てを放っても殺せなかった存在がいた。だとしたらそれを殺せるように拳を磨くしかない。あの極みとも、悟りの境地とも言える至高の拳に届く事だけはありえないと理解した。だとしたら逆側へと向かって落ちれるだけ落ちて、より強く練り上げなくてはならない。

 

 殺意を。

 

 故に、修羅道の拳を、

 

「止められると思うな」

 

 跡形もなく粉砕する。破壊、ではなく粉砕。改良ではなく改悪。拳は命中したその個所から物質を粉々に破壊して広がって行く。故に衝撃によって弾ける筈だった分厚いシャッターは砕けずに細かい破片に粉砕される。衝撃が逃がされるなら着弾箇所からひたすら破壊すればいい。到底人間へと向かって放てるようではないこの形こそが鏖殺という形としての完成形、故に改悪。普通に考えて到着できる最悪を求める故の改悪。

 

「素晴らしい。捕まえようとする意志すら感じない。君は本能的に私が悪だと断じている。本能的に私がティーダ・ランスターが死ぬ原因となった黒幕であることを理解している―――そしてその感覚は正解だ。覇王は君の事を獣と評した、なるほどと納得の言葉を送らせてもらおう―――おっと」

 

 塵が喋り、後ろへと下がろうとする。逃がすわけがない。再び拳を振り上げる。叩き込むのは変わらぬ一撃。ただ必殺のみを求める一撃。それ以上もそれ以下もなく、ただただ鏖殺するだけ為の一撃。どの流派にもない、自分だけの自慢だった。

 

「ヘアルフデネ」

 

「二枚目だ」

 

 目の前にシャッターが下りてくる。それの出現と同時に拳は命中し、シャッターは再びその役目を果たすことなく粉々となって存在を終わらせる。

 

 ―――殺す。

 

「完全な私怨でテメェを殺す」

 

 その言葉を聞いて塵が―――男が口を開く。その表情は楽しそうに笑みを浮かべ、此方を輝く瞳で見ている。ただただ期待を込めた瞳だった。その視線が激しく鬱陶しい。友人との約束は守らなくてはいけない。家には帰らなくてはならない。生き延びた代償だ。真実を知り、生き延びたものは形はどうあれ、罪を背負わなくてはならない。生き恥を晒している現在に対して、また普通に生きる為に、その罪を清算しなくてはならない。

 

 だから、

 

「復讐させてもらうぞ……!」

 

 馬鹿だからそれ以外は知らない。仕方がない。学校なんて中退だ。なのはの事をそれでネタにして笑ったりもしたが、本当は俺にだって笑う資格はない。こうやってさも当然の様にひけらかしている知識だって必死になって覚えたもんだ。仕方がない、だって馬鹿だから。男は格好つけなきゃいきていけない馬鹿な生き物だから。だから何でも知っているかのように振舞って、弱い所は絶対に見せないで、そして常に前に歩いて、そして約束を果たさなきゃならない。たぶんアイツも同じことをしてくれただろうから。だからこれは別段特別な事じゃない。当たり前の事でしかない。

 

「―――殺す」

 

「あぁ、確かに獣だとも。だがそれ以上に鬼だ。修羅の類のな。君は君が普通だと思っているようだがそんな事は別にない。君は狂っている。それは確約してあげよう。何故それが解っているかって? だって君はこうも私に似ている。その欲望への忠実さ、それだけは自信をもって肯定してあげよう。まあ、そんな事をされても君は嬉しくないだろうがね―――」

 

 そして男は再び下がり、壁が数枚、道を遮ってくる。だが知った事ではない。邪魔するなら存在そのものを終わらせる。

 

「消えろ」

 

「三枚め、そして終わりだ」

 

 拳が数枚重ねられ生み出されたシャッターを貫通する様に粉砕したところで体は自動的に動きを停止した。それは別に体へ異常が現れたのでも、魔力がなくなったわけでもない。ただ目の前、殺すべき標的と、そしてその間に立つ存在が新たに表れた。それだけだった。だが体は目の前の存在が現れるのと同時に殺意による操作を受け付けない。

 

 男と自分の間に立っているのは茶髪の少女だった。見た風からすれば年齢は13歳程。ショートヘアーで、バリアジャケットは紺や紫、だいたいそういう感じの色を使っている。どこかの誰かが使っているバリアジャケットの色違い。そう表現するのが正しい姿の相手だった。ただ、問題なのはそこではない。彼女の姿、それは自分の良く知る人物のもので、追撃で相手へと叩き込むはずだった拳は中空、少女の前で止められている。

 

「じゃあ、君のその素晴らしい欲望っぷりをちょっとテストしてみようか。こう見えても無限の欲望なんてコードネームをつけられるぐらいには欲望に関してはプロフェッショナルなんだよ? いやぁ、自分でもどうかなぁ、って思うぐらいの事なんだけどさ、ここら辺は。あぁ、ごめんごめん。少し脱線しちゃったね」

 

「お前……」

 

 目の前の少女は数時間前まで一緒に珈琲を飲んで時間を過ごしたはずの少女だった。ただ今、その少女はデバイスと思わしきものを手に、それをレイジングハートの様に変形させ、

 

 そして胸に矛先を突き刺してきた。

 

「―――ルシフェリオンブレイカー」

 

 慈悲も躊躇もなく、砲撃魔法が体へと叩き込まれた。ゼロ距離で放たれた砲撃は全て計算されたものだ。研究所へと被害を出さない様に、どこへ被害を出しても平気であるか、それを計算しつくされて威力も調整して放たれた砲撃魔法。それを受けて全身に燃えるような痛みを味わいながら吹き飛ばされる。

 

 感情の無い瞳で杖を握る少女を見ながら、耳は声を拾う。

 

「理のマテリアル―――星光の殲滅者(シュテル・ザ・デストラクター)」

 

「がぁっ、ぐぅっ」

 

 吹き飛ばされた掌撃から受け身も取れずに体は床を跳ねながら転がり、そして動きを停止する。口から血を吐き出し、回復魔法すらも使う事を忘れ、砲撃を放った少女を、シュテルを見る。そして、それからその背後に立つ男を見る。

 

「て、めぇ、シュテルになにしやがったぁ―――!!」

 

「なにも? というか彼女は君が家で匿っているシュテル・スタークスではないよ。ほら、今シュテル・ザ・デストラクターって名乗っただろ? 別人。今日こうやって君をテストするためだけに作り出した新しいマテリアルズのクローンなんだよ。やったねシュテるん! そこの男のおかげで生まれてくる事が出来たよ! あ、私の事パパって呼んでもいいのよ?」

 

 ―――匿って……いるのが……?

 

 バレている。自分が家にあの四人の少女を匿っている事が。それもおそらく一番理解されてはならないやつに理解されている。何時かはバレる生活だと思っていた。だが、目の前の少女が自分をテストするために生み出されたという事は……!

 

「あぁ、君のこと自体は最初から知っていたよ。報告で私の作品を四人とも保護して隠している男なんているもんだからちょっとだけ興味はあったんだよ? まあ、直ぐに忘れたが。どちらかというと私は完成品にじゃなくて完成させるというプロセスに対して興味を持つんだ。そこへと至る道程にこそ一番欲望は反映されると思うんだ。まあ、鬼畜の2号さんはそこらへんちょっと違うんだが興味ないよね? ハイ、ここはカットするとして―――」

 

 男はシュテルを横に連れて近づいてくる。近づきながら口を開き、言葉を刃の様に振り回してくる。

 

「あー、えーと、何だっけ?あぁ、そうだったそうだった、君が頼んだブローカーというのが元々私が趣味で部下? にやらせていた事で、関わってくる人間をちょこーっと観察して暇をつぶす感じのアレだったんだよ。それでまあ、最初から君の事は把握していたんだよ。あぁ、安心したまえ、もちろんこのことは最高評議会にも報告しているよ? まあ、あの連中も全く興味がないのでスルーだったけどね! それでも外へ出さないって判断は悪くはなかったよ。もし堂々と連れ回すようなことがあれば流石に此方としても放っておかずに”遊び”始めたわけだからね。―――あぁ、でもそう考えるとこうなるのも時間の問題だったのかもしれないね? ヤダ、運命の赤い糸で結ばれている……!」

 

「吐き気しかしねぇなぁ!」

 

「おや、少しは元気がでたかい? じゃあちょっくら絶望させてあげようか」

 

 目の前まで男とシュテルがやってくる。シュテルは片手を使ってバインドを使い此方の体を浮かび上がらせるとデバイスを構えようとする。が、このシュテルが自分の知っているものと違うのであれば、これ以上殴られる趣味はない。申し訳がないが―――人形にはここで砕けてもらう。

 

 一瞬でバインドを破壊して拘束から逃れる。目の前の障害を粉砕し、再び前へとでる。それだけの作業だ。

 

 そして、

 

「君の為に用意したマテリアルズは三人。四人目は流石に面倒だからやめたけど、彼女たちの知能、記憶、性能、精神状態、その全てを君が拾ったその時と全く同じ状態にしてある。―――その意味が解るかい?」

 

 動きを止めるしかない。

 

「”スタート地点”は一緒なんだ―――今君がやっている様に、平和な家族ごっこをさせれば普通の少女として育つんだよ。目の前の少女も、今高町なのはを襲っている彼女も」

 

 その言葉に動きを止める事しかできない。視線を少女の物へと合わせる。真直ぐ、その瞳を見据えてその真意を読み取ろうとする。―――そうすれば僅かにだが瞳は震え、そしてその無表情が仮面であることに気づく。冷徹な殲滅者の仮面。それを被った少女は再び杖の先端を此方の体に―――今度は腹に突き刺す。

 

 今度こそ、完全に体を動かす事が出来ない。復讐への思いと、そして少女達への思いのはざまにすりつぶされ、身体が動く事を拒否していた。

 

「ルシフェリオン―――穿ちなさい」

 

 そして再び赤い砲撃は放たれる。強烈で過激な赤の砲撃。それは体を焼きながら相手を殺す炎熱の力を持った破壊の力。それをノーガードで受ければ常人としての運命。そうであればどんなに楽だったのだろうかすらわからない。だが主人と長年を過ごしてきたデバイスが、身を守ろうとして勝手に魔力を使用した術式の展開をする事だけは理解できた。ありがとう、もしくはよくも余計な事をしたな。どちらの言葉を使えばいいのか判断できない。ただ強く噛みしめる唇は歯の噛んだ痕を刻んで、血を流す。

 

「死んでもらいます。王の為に」

 

 少女の声は真直ぐ、死刑宣告の様に響き渡った―――だがそれが何故か震えているようにも思えた。何故だ。何故だ。何故だ―――!

 

「スカリエッティィ―――!! テメェ―――!!」

 

「言っただろう? ”遊び”だって。シンプルに”君の欲望は家族よりも重いか”を、それを測る為だけのゲームだよ。ほら、流石に本人を使うのは次の遊びの為にも自重しておいてあげたんだから、遊ぼうよイスト君。量産型とか芸がないしあんまり好きじゃないんだけど捻じ曲げてみたんだよ? だからほら、試そうよ―――死んだ友人の仇を取るためにその子達を鏖殺するかい? それとも諦めてその子に殺されるかい? あ、これはどうでもいい話だけど三人目のディアーチェは人質としてこの一番奥にいるよ。あ、でもシュテルもレヴィも敗北した場合はドカン、てする設定だし助かる場合はどうしたらいいんだろうね? まぁいいや。ほら、早く続きを始めようよ」

 

 吹き飛ばされた体を持ち上げながら怨敵の名を叫ぶ。だがそれで現実は変わる訳ではない。

 

 俺がここで死ねば家にいるやつらが危ない。

 

 だが俺がここで何らかの敗北をせぬば家にいる彼女たちと変わらない、目の前の少女が死ぬ。

 

 だが、親友の仇は絶対に取らなくてはならない。

 

 拳を、意志を鈍らせているのは明白だ―――目の前の少女には家で馬鹿をやっているあの少女達と一切変わりがない、過ごした時間が存在しないだけという事実だ。それが、彼女の秘めた可能性が此方の心に迷いを叩き込んでいる。

 

「―――そしてそれは好都合です。死んでください―――お願いします」

 

 ルシフェリオンの砲口から閃光が溢れた。




 まだ俺達の絶望は始まったばかりだ! 希望のターンなんてない!

 と、言うわけでなのはさんがギャグっている間、向こう側は……という事です。なのは視点はしばし休憩ですな。皆さんならどちらを優先しまかねぇ。

 あと外道の1号さんの会話が脈絡なかったり話から話へ飛んだり、突拍子がないのは仕様です。


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ハロー・セイ・ザ・ドゥーム

 今回は心理描写メインであんまし状況動いてませんね。

 そしてたまには王道らしく。


 痛い。

 

 焼けつくような痛みが全身を襲う。それでも意識を失わないのは確実に鍛錬のたまものだろう。日ごろから重ねてきた鍛錬が無防備であれど、命を救っている。特にこの数ヶ月は狂ったように体を鍛えている。そのおかげもあって前よりは少しだけ強くなった自信もある。何よりもベーオウルフが此方の魔力を勝手に使って生存モードを起動している。魔導師が意識不明か行動不能の際に勝手に自立稼働し、自己判断で魔導師を保護するモード。それが今までの戦闘の傾向から一番的確な防御と強化と回復魔法を使ってくれている。だがそれも魔力というリソースが底を尽きれば終了だ。それでも暫くは持つだろう。何せ魔力Aとは管理局でもそこそこ上位に入る部類だ。才能に恵まれなかったからストライカー級は夢に終わったが、それでも騎士クラスとしては十分な実力者だ。

 

 ―――あぁ。

 

 どうしようか。

 

 口から血反吐を吐き、壁に背を預けて言葉にならない言葉を呟く。友を取るか、家族を取るか。結局のところはその二択で終わってしまう。何も見ず知らずのクローンを殺せと言う程簡単な話ではないのだ、これは。此方へと向かってルシフェリオンを手に歩いてきているシュテルは、一年前に拾ってきたシュテルと出発点としては何も変わらない少女。あの花瓶を振り上げて王様を守ろうとした可愛らしい少女と一切変わりがないのだ。平和な生活に投げ込めば魔力を握る杖も帳簿をつける為のペンに変わって、戦闘のために使う魔力もイタズラをするための道具に変わってくれる。その未来が確実に見えている。養えるか、とかそういうのは全く問題じゃなくて、そういう可能性が広がっているのだ。―――そして大人としちゃあその可能性を殺してはいけない。未来を創るのが大人という存在の仕事だ。俺もまだ19歳で、それこそどこかの世界じゃ大人とは言えない年齢かもしれない。だがこの世界、俺の世界、ミッドでは十分大人と言える年齢だ。だから……俺にも子供を守って、そして未来を作ってあげる義務はある。

 

 だけど―――。

 

 

                           ◆

 

 

「遺言だ―――”ティアナを頼む”と」

 

 

                           ◆

 

 

 ……頼まれちゃったんだよなぁ。

 

「げほっげほっげほっ」

 

 一撃目でどうやら内臓を浅くだが傷つけてしまったらしい。流石にゼロ距離からの砲撃を何度も叩き込まれればどうもなるか。幸いだったのはアレが純粋な魔力砲撃ではなかった事だ。炎熱変換のせいで余計に痛みはあるが、体を貫通するように放っていない。耐熱術式をバリアジャケットに予め組んであるのが功を奏した。おかげで致命傷には至らない。―――いや、相手が手加減しているのも最大の要因だろう。

 

「……っどう、しよっかなぁ……」

 

 真剣に悩む。あの外道は殺す。何に変えても殺す。それだけはこの存在全てと引き換えでもなさなくてはならない。それは生き恥を晒している身として全力でやらなくてはならない事―――約束だ。交わした約束は絶対に果たさなくてはならない。何よりも、これは一人だけの約束じゃない。

 

 

                           ◆

 

 

「―――殺してよ! 兄さんを殺した奴! まだアンタが生きているんだったら捕まえて殺してよぉおおお―――」

 

 

                           ◆

 

 

「は、ははは……」

 

 呪いの様に生きているなぁ、と思う。

 

 アレが子供の感情が爆発した言葉だってのは知っている。それが本音じゃないって事も解っている。アレはやりきれない感情だったんだ。誰かに当たらなきゃ心が壊れてしまうようなショックを逃がすための方法だった。そして俺は生存者で、死亡したのは彼女の兄。だったら唯一生き残った俺に当たるのが普通だ。だからいい、ティアナはアレでいいんだ。彼女は何も悪くはない。―――怒りってのは一時的に狂っているのも同義だ。だからアレは間違っちゃいない。

 

 だけど、

 

 その兄から妹の面倒を託された。復讐を約束した。殺せって言われた。ほら、兄妹で言葉が揃っている。ならその約束を果たさなくてはならない。でも、でもだ。

 

 目の前にいる少女を殺せば―――それは家族を殺した事と同義になる。

 

 いや、正確には違う。家族を自分の目的の為なら”殺せる”という事になってしまう。そんなの絶対におかしい。あってはならない。存在してはならない選択肢なのだ。あの少女も、この少女も、ここで終わらせてはならない。なぜなら、

 

「―――まだ迷っているのですか」

 

 ルベライト。シュテルがそう呟くのと同時に体は再びバインドによって拘束されて浮かび上がる。抵抗する気のない此方へとルシフェリオンをシュテルは付きつけると、吐き出す様に声を上げる。

 

「ふざけないでください……!」

 

 砲撃が放たれた。ベーオウルフが張ったプロテクションはデバイスが処理能力に任せて張ったものだ―――魔導師が張った時の様な柔軟さはない。故にそれは砲撃受けてあっさりと消し飛び、身体は炎を受けて焼きこげながら吹き飛ぶ。何度も地面を転がりながらやっと動きを止めた体は、そこで軽くシャッターへとぶつかる。そこでようやく気付く。

 

 あー……こんな所まで戻ってきたのか。

 

 血が流れ過ぎたせいで大分頭が冷えて来たらしく、ゆっくりとシャッターを眺める事なんてできた。そこに開いた穴が自分の腕が貫通させたものだという事を確認しながら、体を軽く持ち上げ、その向こう側の光景を見る。そこからは一つの光景が見えた。

 

「―――っ!」

 

「ほらほら、どうしたんだ! 僕のオリジナルのライバルの実力はこの程度なの?」

 

 水色の閃光がデスサイズの形をしたデバイス―――バルフィニカスを手に、壁や天井を足場に、瞬発と加速を繰り返しながらなのはへと接近と離脱のヒット&アウェイで襲撃していた。それに対してなのははストライクフレームモードのレイジングハートを構え、背を壁に預ける事で水色の閃光、レヴィの攻撃角度を制限していた。アクセルシューターを弾幕として張りつつ応戦しているため持っているようだ―――なのはの近接戦における技量はレヴィには遠く及ばない。

 

 レヴィが少しずつなのはへのラッシュを加速させているのは目に見えている事実だ。

 

 だからこそ体は動ける。

 

「……!!」

 

「イスト!」

 

 シャッターを突き破りながら一気にレヴィとなのはの間に割り込む。背中に一撃、レヴィの斬撃を受けるがそれは反射的な【防御】のおかげで浅い斬撃に終わる。そのままなのはを抱きかかえ、素早く魔法を発動させる。発動させる魔法に迷いはなく―――それは転移魔法。

 

「逃げるつもり!? かっこわるいよ!」

 

 レヴィの声が聞こえ、

 

 そして、

 

「―――戦う事は出来なくても守る為なら動けますか。いいでしょう。どうせそう遠くには逃げられません。追いつめるまでに覚悟を決めておいてください―――次は殺します」

 

 シュテルの言葉を耳に、一気に転移する。

 

 すぐさま視界は切り替わり、あらかじめチェックしておいた、研究所の入り口近くのポイントへ転移する。下層よりは通路は狭いが、そのぶんシュテルとレヴィも同時に襲ってくるには難しい場所だ。息を吐き出しながら腕に抱いたなのはを解放する。

 

「イスト、傷が……!」

 

 

 近くの壁にもたれかかると、少し離れたなのはがバリアジャケットと、自分の顔に付着した血を確認して此方の様子に気づく。だから心配させないためにも魔法を使って回復を開始する。幸い火傷も裂傷もどれもそう深いものではない。時間さえあれば簡単に塞げるものだが―――そこまでの時間は許されていない。それよりも、

 

「なのはちゃん、お前逃げろ」

 

「え?」

 

「ちょっくら特攻かますわ」

 

 フルドライブモードで生存の為に全魔力を回した状態ならシュテルもレヴィも生きたまま突破できるはずだ。あとはその状態からあの屑に一撃を叩き込めばいい。問題はあの屑がそれなりにできる魔導師だった場合、一気に俺が詰んで死んでしまう事だが、そこらへんは賭けだから仕方がない。自分の命にそこまで横着する事はない。が、怖いのは友との約束を果たせない事だ。約束を果たせないのであれば死んでも死に切れない。

 

「駄目です! そんなボロボロの体じゃあ……!」

 

「―――えぇ、そんな無謀な事は止めた方がいいですよ? あのドクター、何時でも転移する準備は完了していますから特攻なんてした日には喜びながら目の前で姿消しますよ」

 

「僕も王様もあの人嫌い」

 

「むしろ好きな人がいると思いますか?」

 

 そう言って通路の奥から現れたのはシュテルとレヴィの二人組だった。そこにスカリエッティの姿はない。おそらくあの場から動かず此方の様子を見ているのだろう、忌々しい。今すぐあの首を握りつぶしたい。その執着の為だけに今は生き残っているのだ。だが―――その代償が家族と言われた場合、どうしても動きは鈍ってしまう。

 

 だがそれとは別にもう一つ困惑する存在もいる。

 

「―――私……?」

 

 なのはが自分とそっくりの少女を見て驚きの声を漏らす。シュテルはなのはの方を見ると、頭を軽く下げる。

 

「どうも初めまして高町なのは。あなたのDNAを元に作られたクローン、そして闇の書のマテリアルを参考に作られたシュテル・ザ・デストラクターと申します。私のオリジナルと出会えたことは光栄ですが、正直な話貴女にはそこまでの執着はありません。イストを殺した後で貴女は殺しますのでゆっくりレヴィの相手でもしていてください」

 

「シュテるんシュテるん! ぶっちゃけ彼女弱いよ? たぶんフルドライブモードなら一気に殺せるんじゃないかな」

 

「なっ……!?」

 

 なのはあまりにも殺伐とした内容の会話に驚愕を示していた。自らのクローン、殺す事が前提の会話、それはあまりにもなのはの知っている常識から外れた会話内容だ。正直に言えば、今ここで混乱したまま逃げてくれれば幸いだ。そうすれば、一人になれる。そうすれば色々とやりやすい所はある。

 

 が、

 

「―――首都航空隊第6隊規則第三条、まずはぶん殴って、捕まえてから考えろ……です!」

 

 ずいぶんと逞しくなったなぁ、と思って、身体の動きを止める。こんな状況で、何もしがらみを持たない後輩の身が羨ましく、そして頼りになる。いや、彼女にも多くあるのだろう、ただそれを見せないのか―――飲み込んで前へ進んできただけだ。

 

「貴方はどうするのですかイスト」

 

 シュテルは此方を見て、そしてルシフェリオンを構える。

 

「貴方の後輩はこうも勇ましい姿を見せていますよ―――それが逃避であるかどうかは別として。その姿を前に貴方はまだたたらを踏むのですか?」

 

 あぁ―――そうだ。ここでも体は動かない。戦う意志を見いだせない。

 

 だって、普通に家族を殺せる奴なんているか。

 

 別人? 姿が一緒?

 

 ふざけるな。

 

 それだけの理由で十分すぎる―――一体どれだけの人間が別人として割り切って戦えると思うのだ。そんな事を判断できるやつなんて英雄と呼べるような精神異常者達だけだ。俺はそこまで狂っていない。そこまで狂えちゃいない。だからどう足掻いても無理だ。目の前の少女を殺す事は、不可能に近い事だ。だが、それでもやらなくてはならない事がある。だからこそ残ったのは特攻という選択肢。

 

「―――じゃあ、言わせてもらいましょう」

 

 シュテルは此方へと視線を向け、ハッキリと表情を浮かべた。

 

 それは―――笑みの表情だった。

 

「なにをやっているんですかイスト。全く馬鹿馬鹿しい。別に殺されたって文句を言いませんし恨みもシマセンヨ。だって私達はこんなにも幸いを与えられたんですから。それよりもくだらないクローンとかにこだわらずデバイスの一つでも奪ってくる気概位見せてくださいよ。馬鹿みたいに熱くなってしまって。そういうのキャラじゃない筈ですよ」

 

「……は?」

 

 それはあまりにも似すぎていた。我が家で馬鹿をやっている少女に。だから思わず笑い声が漏れそうになって、戦いの最中であることを忘れそうになって、そして黙っていてくれるレヴィにもなのはにも感謝しなくてはならない。何も訊かずに待っていてくれるなのはと、そして邪魔をせずに見守ってくれているレヴィに。

 

「……と、貴女の家にいる私なら言うでしょう。どうでしょうか、データだけは無駄に揃っていますので見事再現してみたシュテル・スタークスの発言は」

 

「……あぁ、すげぇ似てた。超似てた」

 

 ただ、

 

「ウチの家にいるやつの方がもっと馬鹿っぽいなぁ……」

 

「そうでしたか」

 

 はぁ、と溜息を吐く―――別人、別人。そう呟いても目の前の少女がどういう存在であるか、それを変える事は出来ない。そして目の前の少女の発言で、一気に見えるものも変わってきた。あぁ、そうだ……少しばかり血が頭に上っていたのかもしれない。

 

 本当に大事なものとはなんだろうか。

 

 それを守ろうとする意志とは。

 

 そして、それを守るために必要なものとは。

 

 胸のペンダント―――待機状態にあるデバイスに触れる。

 

「―――待たせたな」

 

 壁に寄り掛かるのを止める。ここからは立てる。理由付けは終わった。覚悟は―――解らない。たぶん後で泣く。男でも泣くときは泣く。ただ隠れて泣くだけ。そう、もっと馬鹿になろう。馬鹿な先輩なのだから。もっと馬鹿で、破天荒で、そして体を使って守る。あぁ、そうだ。そういうやつじゃなきゃいけないんだ。

 

「ベーオウルフ―――」

 

『Jacket reset』

 

 バリアジャケットを張り直すのと同時に首にぶら下げたペンダントを引きちぎる。

 

「―――ウィズ」

 

 それが手の中で姿形を変えて、そしてやがて銃の形へと完成する。片手で握れるハンドガン。少々無骨ながら、大口径のソレは本来自分のものではなく、とある死者の所持品。忘れない様に常に持ち歩いていた遺品。

 

「タスラム」

 

『Good morning sir. Ready now?』(おはようございます、もう準備は良いんですか?)

 

「―――”なのは”、レヴィを殺れ。シュテルは俺が殺る」

 

「殺るとか殺れとか激しく物騒なのであえてそこはスルーしますけど―――私が軽くレヴィちゃん? を捕縛したらそっちの子も捕まえに行くので覚悟しておいてください。あ、あとそれ終わったらイストにも軽く一発ぶち込んで話を聞く予定なので」

 

「出来るもんならな」

 

 闘志は、ある。―――戦える。

 

「吠えてくれますね。生かして捕まえるつもりですか―――それが無駄だと教えましょう。どのような結末であっても」

 

「ま、どうせ僕ら使い捨てだもんね。それでもしっかりやっちゃうところが僕らのダメな所なんだけど。あーあ、羨ましいなあ、もう一人の僕。同じような生活がしたかったなぁ」

 

 心に突き刺さるような言葉を放ってくるレヴィの顔には笑みが浮かんでいる。おそらく意図的に此方に刺々しい言葉を使ったのだろう。そしてその言葉に対する反応を見て、レヴィはニヤリと笑みを更に歪ませる。

 

「シュテるん、ちょっと交換しようよ。ほら! クローンお約束のオリジナル超えやろうよ!」

 

「駄目です、この悲劇のヒロインポジションは私の物です。貴方は端役としてエースとの対決で我慢しておきなさい」

 

「シュテるんのバカぁ―――!!」

 

「それよりも私が端役なんて聞き捨てならない事が聞こえたんですか」

 

 お前ら仲がいいなあ、と思える程度には心が持ち直せた。あぁ、本当に―――、

 

「では―――」

 

「―――早い者勝ちって事で!」

 

 ―――糞だな。




 マテ子の活躍があるのに誰も喜ばない。皆まだまだ? って聞いてたから喜ぶと思ったのに解せぬ。我が儘だなぁ。良い、いいだろう。もっと活躍すればいいのだろう? そんなわけで次回をお楽しみに。

 ワシの絶望ストックは108個あるぞ。

 そんなわけで、誰を殺して、なぜ殺さなきゃいけないのかってお話です。

 なのはちゃん、まだそこまでスレてないから大丈夫ですかね(棒


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ビフォア・ザ・ストーム

 最近2話更新が大分安定してきた。


 ―――意志が宿れば行動は早い。やる事は単純明快。

 

 後ろへと下がらない事。

 

 逃げる為に仕方がないとはいえ、ずいぶんと地表近くへとやってきてしまった。そしてそれは敵にとってのアドバンテージにしかならない。なぜならシュテル、そしてレヴィはどちらも広い空間を自由に駆け巡る事の出来る魔導師だ。そのアドバンテージはなのはにも通じる、が、ここで一番ランクの低い自分にとってはここが死線である。ここより自分の身を下げれば残されるのは敗北だけだ。だからこの狭い空間で、外へと出る前にシュテルとレヴィを削らなくてはならない。

 

 ここまで来て、外へと戦場を移さないのはほぼ不可能だ。

 

 だからこそ取れる選択肢は一つ―――前に出るのみ。

 

「師曰く、死中に活あり……!」

 

「なら見せてもらうよその活を!」

 

 水色が閃光となって前に出てくる。その初速はこの場にいる誰よりも早く、誰よりも鋭い。だからこそその動きには一切のブレがなく、軌道が読める。フェイントや搦め手が当たり前の武術の世界において、その動きはあまりにも綺麗で、そして未熟。故にやってくる閃光に対して取れる行動は多く、選び抜くものは一つ。即ち左腕を前へと突きだす事。

 

「おぉっとぉ!」

 

 それを目視する前に察したレヴィは体を掠らせることなく拳を回避する。振り下ろすはずだった刃を引き戻し、体を横に回転させながら拳をくぐり、そしてバルフィニカスを振り回す。

 

「いただきっ!」

 

「レヴィ!!」

 

 それはレヴィを心配する声ではなく、レヴィを叱るような声だった。そして、その声に呼応するように動き出すシュテルへと向けて右手で握るデバイスを―――タスラムの銃口を向けて引き金を引く。素早く引き金が引かれた結果、魔力弾が何発も素早く銃口から吐き出される。レヴィへと声をかけていたシュテルが素早く飛び退きながら弾丸を回避してゆく。そして胴体を両断するように振るわれる刃は、

 

「ハイペリオンスマッシャー―――!!」

 

「うわあああ―――!?」

 

 桜色の閃光によって蹴散らされる。それが研究所の壁をガリガリ削るが、なのはには心配する様子がない。

 

「もう資料の確保とか不可能っぽい感じなので自重しません」

 

「うんうん。お兄さんね、なのはがウチの隊に染まってきて結構楽しい感じですよ? でもね? 今俺に当たりかけたのよ?」

 

「前から誤射するかもしれないって宣言しているじゃないですか、嫌ですねー」

 

「ガチだったのかよ……!」

 

「仲が良くて結構ですが、忘れてもらっては困ります……!」

 

 十数の火球が浮かび上がる。なのはのアクセルシューターに当たる魔法、パイロシューター。それが浮かび上がるのと同時にタスラムの中にカートリッジを装填し直し、左手で拳を作り、レヴィの横を突破し、シュテルへと向けて瞬発する。

 

「あ、無視しないでよ!」

 

 瞬間、凄まじい速度でレヴィが前方へと割り込んでくる。が、その姿は桜色のロックによって封じられる。

 

「ごめんね、負けっぱなしはいやなの」

 

「じゃあ今度は叩き潰してあげるよ!」

 

 即座にバインドの拘束を振り払ったレヴィがなのはと向かって一気に向かう。なのはにはレヴィの相手を任せてしまって悪いが―――シュテルは俺の手で決着をつけてやらなくてはならない。だから浮かび上がったパイロシューターが此方へと殺到してくるのと同時に、それらを全て自分に直撃する物だけ、タスラムを使って撃ち落とす。

 

「銃が上手いとは―――」

 

「―――知らなかったってか? なのはの世界にゃあ”武芸百般の心得”って言葉があるらしいけど、俺はそういうタイプだ。殴るのが得意なだけで、苦手な得物はないぞ」

 

「なんとも心踊らされる話です」

 

 そう言って接近する此方から逃げる様にシュテルは後ろへと向かって素早く飛行する。低空で、滑る様に飛行魔法を起動させたシュテルの動きは滑っている様にしか見えず。近接戦を仕掛けるなら非常に面倒な状態だ。なぜなら足運びは相手のタイミングや動きを見切る上では重要な要素だ。だからこそわざと長いローブやスカートを履く人間だっている。だが、

 

 ―――それじゃあなぁ……!

 

 自分には意味がない。できる事は結局この身で貫く事だけなのだから。

 

 何を恐れることもなく前進する。その動きに歓喜を表す様にベーオウルフが動きを支える。悲願を達するためにタスラムが照準をつけてくれる。そして迎え入れる様にルシフェリオンの穂先が此方へと向けられ、赤い光が集まり、焔へと変貌してゆく。

 

「ルシフェリオン、ブレイカァ―――!!」

 

 今までの様に抑え込んだ一撃でではなく、間違いなく本気の一撃だった。放ったすぐ横の鉄の壁が溶けるのを見てそれが殺人的な熱量を誇っているのを理解している。だが、それでも貫くのはこの体一つしかない。タスラムのモードの一つを起動させ、その姿を変改させながら左拳を形作り、そしてそれを迫ってくる熱線へと叩き込む。

 

「がぁっ―――」

 

 予想外の熱量に一瞬拳が緩む。が、それでも踏み込みは止めず、体を前へと押し込む。ベーオウルフは熱に対応する様に左腕のガントレットを更に無骨なものへ、左腕全てを覆う様なものへと姿を変化してくれる。そしてそれで熱の中心を、打撃する。

 

「らぁっ!」

 

「―――突破して来ると思ってました……!」

 

 打撃と共にルシフェリオンブレイカーを突破し、そこに待っていたのは既に二射目の構えに入ったシュテルの姿だった。砲撃態勢に入ったシュテルの周囲に散らばっているのはカートリッジに薬莢。数発撃つ分には十分すぎるカートリッジが使用されている。それを瞬時に悟っていても、やる事は変わりはしない。

 

「粉砕!」

 

 放たれる砲撃へと向けてカートリッジを一気に二十近く放出しながら打撃しつつ前進する。

 

「滅砕!!」

 

 二射目を殴り超えた所で次の砲撃がすぐさま襲ってくる。今度は前よりも強力な砲撃。だからこそこちらも引かずに更に二倍の量のカートリッジを使用して前進する。―――ベーオウルフの下で腕から焼ける肉の臭いをさせるが、ここはまだセーフラインであることを経験が告げてくれている。だから臆することなく、

 

「壊れろ俺の左腕……!」

 

 三射目を乗り越える。そしてその前で、ほぼゼロ距離で杖を構えるシュテルの姿がある。腕を前へ伸ばすのと同時にそれは放たれる。

 

「ブラストファイアァァ―――!!」

 

 胴体を焼き払う灼熱の炎を胴体で受け止めつつも、左腕はシュテルの頭を掴む。

 

「俺のぉ、距離だよばぁ―――か!」

 

 相手の砲撃がフルヒットする前に掴んだ頭でシュテルを振り回し、壁へと向けて全力で叩きつける。シュテルが頭から先に壁に叩きつけられるのと同時に口から血が吐き出されるのを見る。覇王と比べて受け身も衝撃の逃がし方も遥かに拙い。その姿を見て笑みを浮かべる。瞬間的に悟る―――いける、と。

 

 壁に叩きつけられたシュテルの足を掴む。

 

「覇王ちゃん様なら掴まらないぜぇ」

 

「逢瀬の最中は別の女の話をしないでくれますか……!」

 

「そりゃ悪かったなぁ!」

 

 足で振り回し、シュテルをそのまま床へと叩きつける。感触としてはかなり重い一撃だろうが、決して油断はできない。何せシュテルと一年以上一緒に暮らしてきた俺だ、彼女の事はよく知っているつもりだし、それなりに色々と把握している。一瞬でも油断すればこっちが食われるし、そして潰される。それに―――彼女は俺が思っているよりもずっと強いのだろう。

 

 だから床に叩きつけてから壁に叩きつける。そこから再び床へ、壁へ、往復する様に数度叩きつけてから天井へと向けてシュテルを全力で叩きつける。遠距離の砲撃戦魔導師がクロスレンジに入り込まれた場合、大体はこういうオチになる。その姿をシュテルは見事に表している。

 

 そこからショットガンへと姿を変えたタスラムを天井へと叩きつけたシュテルへと向ける。

 

「タスラム―――アポトーシス!」

 

『Apoptosis』

 

 銃口から散弾状魔力弾が吐き出され、シュテルの体へと突き刺さる。だがそれは全てがバリアジャケットを貫通してシュテルの体へと突き刺さる。

 

「魔力波長を……!」

 

「どれだけ一緒に暮らしていると思ってやがる!」

 

 バリアジャケットは魔力の塊―――故にそれを構成する魔力の波長が解ればそれを貫通する様な能力を付与するのは支援型魔導師としては難しくない話だ。それを一人でやって、自分に欠けているのが悲しい事実だが、

 

「使いたくなかったぜ」

 

「えぇ―――私もこの手段はあまり好きではないんですが……!」

 

 再び引き金を引こうとした瞬間、シュテルを中心とした爆発が発生する。自爆の類ではなく、自分も良く緊急回避手段として使用する方法―――バリアジャケットの部分的破壊。攻撃的ではないからこそ反射的に防いでしまう衝撃、シュテルはバリアジャケットの装飾品を破壊し一瞬だけの隙を生み出す。その瞬間再び引き金を引くが、そこにシュテルの姿はなく、

 

「満たせ炎!」

 

 狭い通路を炎が埋め、そして通路の奥を破壊した。その意図は、

 

「酸欠か!」

 

「戦闘用に生み出されたマテリアルズは多少酸素が少なくても十全の戦闘能力は発揮できます」

 

 自分もそこそこ問題はないだろうが、こういう状況での戦闘に関して一番慣れていないのであろうなのは、なのはの存在だ。素早く振り返り、一瞬だけなのはの姿を確認する。防戦一方ではないが、それでもバリアジャケットには傷が多く見える。状況としてはシュテルと俺の状況と変わりがない―――ただやられている側と、そしてやっている側が入れ替わっている。それだけだ。そしてそれに加えこの炎が合わされば、

 

「シュテるん酷いよ! 僕燃える所だったよ!?」

 

「安心してください、死んだら悲しんでおきますので」

 

「僕を殺す気だったの―――!?」

 

 レヴィもシュテルも楽しそうだなぁ、と感想を抱くのと同時にシュテルから離れてレヴィへと向かう。此方の姿を笑みと共にレヴィは迎え、極悪極まりないバルフィニカスの刃を振るう。回避という選択肢は元から此方には存在しない。故に左腕を全力で振り抜き、そしてそれを受け止めるのと同時に銃口をレヴィの顔面へと向け、そして引き金を引く。

 

「おぉっと! うんうん、やっぱこうこなくっちゃ!」

 

 それをあっさりと避けながらレヴィは後ろ向きにステップを取りつつバルフィニカスを変幻自在に操り、振り回す。薙ぎ払いと思った次の瞬間には振りおろし、そして切り返しの斬撃を繰り出している。暴風の様な斬撃の連撃、それを全て追うのは不可能に近い所業。ならば、

 

「ちょっと通るぜ!」

 

「うぉっ」

 

 体格差を利用して強引に突破する。体に傷は増える、が、この状況を打破するためなら安い代償だ。そう自分に言い聞かせ、脇腹に存外深い一撃を貰いながら場所を入れ替える様になのはの横へと到着する。その様子は一言で劣勢と言えるだけのダメージを受けていた。こめかみにも傷を受け、血がたらりと垂れてきている。それが唇に触れている様子を見て確認する。

 

「新しい口紅?」

 

「です!」

 

 まだ元気らしい。―――少なくとも本人の為にそうしておく。

 

 この先に起こり得る事がこの子に耐えられるかは今は問わない。それはなのはが超えるべき悲劇だ。俺には俺だけの悲劇が待っている。

 

 シュテルとレヴィが並ぶ。どちらもデバイスの形を巨大な一撃を放つためのモードへと変形させている。

 

「第一ラウンドは一勝一敗って感じかな?」

 

「ですが―――本番はこれからです」

 

 そう言って、敵が同時に必殺の一撃を研究所の天井へと向けて放った。一瞬にして膨大な魔力が叩き込まれ、地表に近かった事もあってそこから上までの全てが吹き飛んでゆく。研究所を覆っていた海水も蒸発しながら大きく吹き飛ばされ、この位置から空の青が見える。その空へと誘う様にシュテルとレヴィは浮かび上がりながら得物を構える。

 

「2ラウンド目です。次は私のフィールドで戦ってもらいましょうか」

 

 ―――ここからが正念場だ。

 

 それを理解して、覚えておく。

 

「たぶんこうなっちまうと俺、あんまり活躍できないから」

 

「はい、任せてください」

 

 なのはが頷く。

 

「壁として利用させていただきます」

 

「逞しいなぁ、おい」

 

 このノリのまま、押し切る。それを心に決めて、空に浮かび上がる二人を追いかける。




 そんなわけで一発来るよ? な状況ですね、今回は。

 あと一応お前ら様方。感想で先の展開に関する質問は基本的に答えないので聞かれてもリアクションに困る。てんぞーちゃんのリアクションもお前ら様方の質問に対して少しずつストックを切らしているんだ。ちょっと自重してもいいのよ。

 そんなわけで、次回ですねー……。


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ゴーン・アンド・ロスト

 心折設計。決戦系か絶望系BGMで聞くといいかも。せんせーはsilent bibleでしたねー……。


 空へと浮かび上がり、シュテルとレヴィと同じ高さまで浮かび上がる。そうしている間に吹き飛ばされた海水は均等に伸びる様に、開いた穴を埋める。数秒後、完全に海に沈んだ研究所の上で、浮かびながらクローンの二人と正面から敵対する。シュテルもレヴィも既に戦闘態勢に入っている。だからこちらもそれに応える様になのははレイジングハートを構え直し、そして、

 

「タスラム、ハウス」

 

『What the hell』(なんだと)

 

「アレ? 空中戦の方が使いやすいんじゃないんですか?」

 

「射撃魔法の適性が高けりゃあいいんだけど人並みだしな、こんな広い空間で飛行の得意なやつに当てられるかよ。狭い場所だから当たったんだよ狭いから。得物は使えても魔法はそこそこ。ほんと惜しい。マジ惜しい。あと少しだけなんで才能くれなかったんですかねぇ、神様は才能の返却を求める」

 

「何かホロウィンドウ出してますよベーオウルフが」

 

 それを確認する。

 

 ―――業務外。

 

「クソがぁ!」

 

 ホロウィンドウを叩き割りながらタスラムを再び待機状態へと戻してポケットの中に突っ込む。これだけ広いと避ける場所が多すぎて追いつめる事にすら使えない。だからここからは相手のフィールドで格闘戦を何とかしかけないとならない。非常に面倒な話だ。なるべく残る形でシュテルにダメージを叩き込んだが、それでもここは彼女のフィールドだ―――1対1なら絶対に勝てない。

 

 ここはなのはを全力で立たせない限り勝てない。

 

「というわけでマジで頼むぞ。正直な話、接近できない限りは一切ダメージ叩き込めないんで」

 

「解っています―――ここは私の戦場でもありますから」

 

 そう言ってレイジングハートを構えるなのはの姿は頼もしかった。この戦いがどのような結末を迎えようとも、彼女がそれに対して後悔を抱かない事を祈り、持てる魔力を全て身体の強化と肉体の再生へと叩き込み、

 

「……!!」

 

 前進する。素早く反応するのはレヴィとシュテル、両方だ。敏感にこっちの動きを察して二人は当たり前と言っては当たり前の動き―――二手に分かれる。シュテルが後ろへと下がり、レヴィが迂回する様に大きな動きで、しかし素早くなのはと向かってゆく。戦闘は前と同じように一対一へと持ち込まれようとしている。それをさせてはいけない。相手はこのフィールドを得意としており、此方側はなのは一人だけだ。押し込まれるのは見えているからこそ、邪魔をしなくてはならない。

 

『Flash』

 

 閃光のように動くレヴィを邪魔する様にその正面へと一気に回り込む。レヴィの動きはやはり早い、が、その分騙しが存在しない。前へと割り込む事だけは簡単だ。だがそこからが問題だ。

 

「ハハッ!」

 

 レヴィは楽しそうに笑い声を上げながら突進してくる。バルフィニカスを目視できない速度で振るうのを腕の動きを先読みして薄皮の一枚を斬らせるところで回避する。そしてそれに合わせる様に拳を叩き込もうとする。だがその瞬間にはレヴィは既に弧を描くような動きで宙返りし、大きく距離を開けている。これがまだ地上であれば追いかけ、追撃をかけるのも難しくはない。だが相手が空という広大なフィールドでヒット&アウェイという選択肢を取っているのが非常に面倒だ。追いつく術がない。

 

「正直な話、お兄さんは一番戦いたくないタイプだね。才能とか適正とか魔力を油断することなく工夫と罠で殺すタイプでしょ? 少しでも慢心したり得意げになったりしていれば掴まれる。そして捕まえたら絶対死ぬまで放してくれないでしょ? それはそれでロマンチックだけど、僕は最強だから負けてあげられないんだよね!」

 

「馬鹿の癖に良く考えやがる!」

 

「僕そこまで馬鹿じゃないもーん!」

 

 体を素早く動かすが、その倍速でレヴィは襲い掛かってくる。正しくフェイト・T・ハラオウンという少女のコピーであると理解できる。あのデスサイズの姿のデバイス、命を刈り取るような動き、死神と評価されても全く不思議ではない。

 

「何とかしろよ! 友達のコピーだろ!?」

 

「バインド設置して砲殺しただけですよ私!!」

 

 駄目だこの子、砲撃しかやってねぇから参考にならねぇ……!

 

 レヴィのヒット&アウェイの攻撃を体を微かに斬らせる事へととどめながら、なのはとシュテルの戦況を見る。同タイプ、同資質の魔導師。やはり発生するのは砲撃の打ち合い。互いにサイドステップを取り、わざと動きの後に硬直を生む事で相手の攻撃を誘っている。そして相手が砲撃を打ち込むと素早くそこから体をズラしてショートバスターを叩き込む。そうやって刹那の見切りと砲撃を交互に打ち込む事によって互いに砲撃を叩き込みあう砲撃戦を繰り出している。だがその距離も最初と比べて大きく狭まっている。近いうちにどちらかが被弾する。

 

 瞬間、

 

「余所見はいけないよ! ちゃんと僕を見なきゃ」

 

「がっ」

 

 瞬間、体に斬撃が届く。何事かと意識を全てレヴィへと向かって集中させる。そうやって視線を送って認識する変化はレヴィの姿だった。その服装が前よりも軽く、少なっている様に見える。いや、話だけは聞いていた―――たしかスプライトフォーム。フェイトも同様の加速方法を得ていたとなのはから聞いていた。つまり、

 

「この瞬間の僕を忘れないで……!」

 

 2倍を超える加速をレヴィは得ていた。もはや目で追うという領域からは外れていた。全速力で体を動かすが、それを超える速度でレヴィは追いかけ、そして軽々と一撃を此方の体へと叩きつけてくる。それもすれ違うたびに叩き込んでくるのは一撃ではなく数撃。多くて五連撃まで叩き込んでくるほどの加速がそこにはあった。

 

「いてぇんだよ馬鹿!」

 

 攻撃のリズムに合わせ、避けられないタイミングに拳を振るう。が、レヴィはそれを目視してから体を大きくズラす。攻撃よりも早く体が動かせるのであれば到達するよりも早く避ければいい。極限の速度を追求したレヴィにだからこそ到達できる境地。

 

「馬鹿と言った方がバカなんだよ」

 

「いいや、馬鹿だね!」

 

「レヴィ!」

 

「―――!」

 

 レヴィの攻撃を受けながらもだいぶシュテルの方へと近づいた。それをシュテルは口に出して叫ぶことでレヴィへと伝え、そしてレヴィはその一瞬をシュテルに気を取られた。

 

 ―――要素は揃った……!

 

 フルンディングは必要ない。彼女たちを一番知っているのは己だから。解析なんて打ち込まずとも趣味も、私生活も、魔力の色も、そしてその波長も把握している。一撃を叩き込む準備は最初から完成している。

 

「砕け散れぇ……!」

 

 繰り出せる技の中で最速、回避不可能な無拍子、意識外からの拳撃を叩き込む。ヘアルフデネと比べれば威力は大幅に劣り、必殺と呼べるものではないが、それでも当てるだけなら絶対の信頼性を込める一撃。

 

「―――最!速! 腹! パン! レーゼル……!」

 

「がっ―――!?」

 

 拳が閃光を捉える。拳がレヴィの腹に直撃し、そしてくの字に体全体が折れ曲がる。空中は足場が非常に不安定なため、力は大分入りにくい。やはり殴るなら地上だな、とどこか思いながらも全力で拳を振り抜く。スプライトフォームは爆発的な速度を得る代わりに大きく防御力を殺す姿。それは此方のネイリングと非常に似たコンセプトのフォームだ。データで言えばバリアジャケットの保護は半分以下へと落ちている。間違いなく常人なら腹を突き破って粉砕する様な一撃をレヴィへと叩き込んで吹き飛ばす。

 

 だがそれを受けて短く吹き飛んだレヴィは体を回転させ、口から血を吐き出すとそれを手の甲で拭う。今の一撃は腹ではなく胸へと叩き込んで心臓を潰せば良かったのではないかと一瞬だけ後悔する。体勢を立て直し、シュテルの横へと並び立とうとするレヴィを見る。

 

「痛い、なぁ、もう……」

 

「気を付けてくださいレヴィ、イストは思ったよりもやり口が悪辣です」

 

「―――えぇ、ですからこういう事もします」

 

 そこには発射態勢を整えたなのはの姿があった。カートリッジは既に排出され、そしてレヴィと此方の動きに一瞬を取られたシュテルに対して隙を得たなのははその時間を全てチャージと発射の態勢に整えていた。短い時間だが、それでも収束に対して凄まじい才能を得ているなのはであるならば問題はない。高町なのは、最大の魔法がその砲口より牙を向けていた。もはやここまで発射態勢が整っていれば避ける事は不可能だ。シュテルもレヴィもバラけず、一箇所に固まり、魔力を高める。

 

「レイジングハート、エクセリオンモード―――フルドライブ……!」

 

「流石にちょっとガチすぎませんかねアレ」

 

「シュテるん! 壁は任せた! 僕たぶん触ったら蒸発するよ!」

 

「えぇい! 私はそこの肉壁ほど固くはないんですよ!!」

 

「さりげなく俺をけなすのやめね?」

 

「―――全力全開―――スターライトブレイカァァァァァアア―――!!」

 

 叫び声とともに逃れられぬほどに強大な魔力の奔流がシュテルとレヴィを一瞬で飲み込む。桜色の砲撃はそこで止まる事を許さず、そのまま二人のいる空間をぶち抜きながらそのまま海面へと衝突し、海を貫通する様に大穴を開ける。そのアクションに遅れるように半瞬後、法則が追いついて海は着弾点を中心に大きく海水を吹き飛ばしながら大地を崩壊させてゆく。その姿を言葉として表すのであれば”暴力”の言葉がふさわしい。圧倒的暴力。何もかも飲み込み、そして消し去るだけの暴力。改めてSランク魔導師、そしてストライカー級という人種が別次元の生物である事を悟る。こんな物を非殺傷設定なしで撃った日には本当に一国程度簡単に滅びる。

 

「フィニイイイッシュ!!」

 

 魔力を吐き出す様に放った一撃は海底の着弾点から半球状爆発を起こし、全てを飲み込みながら広がって行く。そしてその爆発の中に浮かび上がる黒い二つのシルエットを目撃し、ここが勝負の分け目であることを理解する。素早くなのはの前へと移った瞬間、

 

「集え明星、全てを焼き尽くす焔と化せ―――!」

 

 それは放たれた。

 

「真・ルシフェリオン、ブレイカァァァァ―――!!」

 

 なのはのスターライトブレイカーとほぼ規模が変わらない、炎の砲撃が此方を包み込む。凄まじい炎が体を覆うのと同時に、背中になのはを張り付けさせる。全身でシュテルの放った最高の砲撃を耐える。口を開けばその瞬間に炎が入り込み、身を内側から焼き殺すという極悪な砲撃。それを歯を食いしばり、ただひたすら痛みを耐え、魔力を全て使ってこらえきる事から始める。

 

「頑張って……!」

 

 ―――あいよ……!

 

 背後に体を張り付けるなのはからカートリッジの排出音を聞く。そしてそれに呼応するように大量のカートリッジを排出し、そして拳を握る。

 

『Genocide blow』

 

 口に出すことなく叫ぶ―――ヘアルフデネ、と。

 

 終わりの見えてきた砲撃は鏖殺の拳と共に吹き飛ぶ。そうして炎の嵐は終わりを告げる―――だがもはや此方にはその二発目を受け止められるだけの力はない。今ので俺はほとんどの力を使いきり、身体は満足に動かせない。だからこそ、

 

「フルドライブモード! ―――行くよ、僕の奥義!」

 

 これに耐えれば俺達の、

 

「勝ちだぁ―――!!」

 

「雷刃封殺爆滅剣―――!」

 

 頭上からレヴィが凄まじい雷光を刃の様に振り下ろしてくる。それに対して無理やりにでも体を動かす。魔力を全身に糸の様に張り巡らせ、そしてそれで体を縛り上げる。そして筋肉ではなく、その糸を動かす事によって意識で体を動かす。シュテルの一撃でほとんど体力を持っていかれたが、精神力だけは今も漲るほどに残っている。だから意識で糸を動かし、体に命令する―――盾になれ、と。

 

 そしてレヴィの必殺を完全に受け止める。全身を雷が駆け抜け、神経を焼き尽くすような錯覚を得る。だがそれでも、意識は飛ばない。頑強さだけならまだ自信がある。まだ、プレシアテスタロッサの電撃の方がはるかに極悪だった。だから意識はそのまま、体は動き、

 

「行きます……!」

 

 なのはがレイジングハートを振り上げる。スターライトブレイカーで消費された魔力。空間に拡散されて散らばったそれはカートリッジのロードと共に、ルシフェリオンブレイカー中に既にかき集められていた。

 

 ―――空に。

 

 そうして空は桜色に染められていた。なのはの魔力と、レヴィの魔力と、俺の魔力と、そしてシュテルの魔力で。拡散し、散ったそれをなのは戦闘中ずっと収束し、溜め込み、そして隠してきた。この瞬間、大技ラッシュが終わった瞬間に発生する大量の魔力消費を狙って。

 

「ミーティア・エンドォォ―――!!」

 

 限定的なフルドライブモードから発する大技を放った直後に発生する完全な硬直、その後の隙を狙って放たれた砲撃魔法が天から降り注ぐ。今まで溜めこんだ魔力を全て消費する様に、シュテルとレヴィを狙って砲撃の雨が降り注ぐ。その一撃はスターライトブレイカーには届かないだろうだがそれは一撃ではなく、複数。文字通り連続の砲撃を叩きだしているのだ。

 

 元々防御力の低かったレヴィはそれをまともに受け、意識を半分失う様に落ちてゆく。

 

 だが、

 

「―――それでも、私はっ!」

 

 シュテルが全身で砲撃を受け止めながら全力で此方へと向かってくる。体を操りながら一気にシュテルへと向かって接近し、そして

 

「―――かっ」

 

「……」

 

 簡単にシュテルの首を掴む。狙いは必殺を放って完全に動けなかったなのはだったのだろうが。その為の盾、その為の俺。フルドライブモードを使わずにいたおかげで動きに対応できた。シュテルを首で掴み、その存在を確保する。そのボロボロの姿は見ていて気持ちのいいものではない。

 

 首を掴んだことで、シュテルの全身から力が抜ける。魔力を使うのもやめ、飛行魔法が解除されて体を首でぶら下げる形となっている。その姿を無言で続ける。

 

「イスト、私はレヴィちゃんの方を確保してきます」

 

「……あぁ」

 

 この少女達の運命を解ってはいないなのはがレヴィの方へと向かう。視線をシュテルへと向けたまま耳を澄ませば下の方へ降りて行ったなのはとレヴィの声が聞こえてくる。

 

「えーと、レヴィちゃんでいいですよね? 大丈夫ですか?」

 

「だ、大丈夫……っていいたいけど体が全く動かないなぁ……あ、あと僕に敬語はいらないよ」

 

「じゃあバインドで引き上げるね」

 

「僕の扱い雑だなぁ……」

 

 今まで盛大に殺し合っていた仲だというのに、なのはは親しく接していた。……ここらへんはなのはの持ちうる才能というやつか、もしくは仁徳というものか、そうやって誰とでも打ち解けられる才能は実に羨ましいものだ。若いからこそできる事なのだろうか。

 

「イスト」

 

「おう」

 

「教えないんですか?」

 

「残酷な話だが―――」

 

 ―――高町なのはは一回、死を感じた方がいい。

 

 まだ若いうちに、将来がある間に、まだ遅くない内に。失敗と挫折だけではない。この管理局の闇を、管理局が綺麗じゃないと言う事を、それを見なくてはいけない。―――その為の6隊でもある。本局よりのウチの舞台はそういう管理局の闇を理解しながら利用し合って生きている。場合によっては犯罪者の殺害なんかも結構やる。運よくなのははまだそう言う場面にはあってはいないが、そろそろそれを見せなくてはいけなかったころだ。だとすれば都合がいい話だ。

 

「卑怯な人ですね。私とレヴィを利用するんですか」

 

「悪いな」

 

「なら許します。この短い時間は百年の語らいよりも意味ある時間でしたから」

 

 そしてシュテルは言った。

 

「心臓の横5センチの所に爆弾があります。摘出は不可能です」

 

「解った―――じゃあな」

 

「えぇ、さようなら、家族だったかもしれない人」

 

 右手をシュテルの心臓へと突き刺し、そして爆弾ごとそれを引っこ抜き、手の中で握りつぶす。爆発が手の中で生じ、血が流れるがそれは本当の痛みと比べて些細な事でしかない。

 

 

                           ◆

 

 

「―――え?」

 

 上を見上げれば、シュテルの心臓を握りつぶすパートナーの姿がそこにはあった。空からシュテルとイストの血が落ちてきて頭にかかる。それを見て思わず叫びそうになるが、その前にそれを引き留める声がする。

 

「ねえ、僕のも抜いてくれないかなぁ」

 

 それはレヴィの声だった。バインドによって縛り上げ、魔力封印も施した彼女の姿を見て何を、と口にしようとして、レヴィは話を続ける。

 

「僕も出来たら形を残したいんだよね。うーん、でもなのはじゃ無理なのかな」

 

「何を……!」

 

 そしてレヴィは笑みを浮かべる。

 

「羨ましいなあ、”シュテル”は―――形はそのままだもん。ごめんね、でも恨むよ。なんでシュテルみたいに僕の事を殺してくれなかったの―――?」

 

 そう言って、

 

 レヴィの体が小さく爆ぜた。

 

 目の前で起きた出来事に対して脳が働かない。

 

 目の前にいた少女の姿が、足りない。

 

 あるはずの部分が欠落している。

 

 人間として、パーツが足りない。

 

「ぁ……」

 

 ―――そして、

 

「―――逝きおったか、馬鹿者共め……!」

 

 絶望に染まった王が死を纏って現れた。




 そんなわけで地獄のスカリエッティ研究所も次回で終了です。そうしたら舞台はミッドと、そこに住む人々へと変わります。

 ねんがんの なのはの れいぷめ だ!

 いやぁ、長かった。もう44話目かぁ……。


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セイヴ・ザ・ソウル

 執筆中はSnow RainのHoly Night?とかいうバージョン聞いてました。オススメですよー。


 空に一つの姿が増える。それは背中に羽を生やした少女だった。その姿には見覚えはある。白い髪に鎧の様なバリアジャケット、その手に握るデバイスは見た事のないものだが、それでもその姿を見間違えることはない。両腕で抱くシュテルの遺体から視線を外し、空に浮かび上がる彼女たちの王を見る。

 

「……ディアーチェ」

 

「闇総べる王(ロード・ディアーチェ)、だ」

 

 ディアーチェの背後に生える六枚翼は本来の黒色ではなく、二色に染まっていた。片側が赤色に、そしてもう片方が青色に。それはまるでシュテルとレヴィの魔力光の色のようだった。いや、よう、ではない。それを軽く解析すればそれが間違いなくシュテルとレヴィの魔力であると把握できる。本来は扱えない筈の別人の魔力、それを受け取ってディアーチェはかつてない程に力を増していた。

 

 ただそうやって空に浮かび上がる王は周りの惨状を見ていた。

 

 上半身の無いレヴィ。

 

 胸に穴を開けたシュテル。

 

「馬鹿者め……我は王ぞ……!」

 

 そう言って、ディアーチェは赤い涙を流していた。自らを慕ってくれていた臣下の成れの果てを見て血の涙を流していた。

 

「臣下がおらずして真の王でいられるものか……! 我よりも先に逝きおって」

 

 そう静かに、言葉を辛そうに吐き出してからディアーチェは此方と、そして下でレヴィの死体を前に放心するなのはの姿を見る。それから再び此方へと視線を向け、少しだけ声を震わせながらつぶやく。

 

「……有難う。少なくともこの刹那は間違いなく二人にとって死の国へ持って行くには十分すぎる時間であっただろう」

 

 そして、語りだす。

 

「我らはお前を苦しめる為だけに生まれてきた。本来はもっと準備を整え、此方から仕掛けて心を折りに行くつもりだったらしいが、狂人の妄言だ。我には本当はどういうつもりだったかは解らぬ。だが我は研究所の奥深くに魔力を封じられ捉えられ、そしてレヴィもシュテルも我を助ける為に貴様らを殺す必要があった。が、シュテルもレヴィも死ぬのと同時に魔力を全て我へと送った故こうやって脱獄に成功したのだが……」

 

 あぁ、とディアーチェは言って話に付け加える。

 

「我に爆弾は設置されてない―――この状況が我に対する十分すぎる凶器である故にな」

 

 臣下を失ったディアーチェ文字通り身を引きちぎられる思いだったのだろう。マテリアルズはセットで運用するとか、そういうレベルの話ではなく、彼女たちと接してきた自分だからこそわかる。彼女たちは生まれついての家族なのだ。王と臣下、等という風に言ってはいるが、結局のところ彼女たちは三人で一つの家族。それが死んだのであれば悲しみしかなく、そして恨みもあるだろう。

 

「―――討つか?」

 

「いや、恨みがないと言えば確実に嘘であろう。だが貴様らを殺したいほど憎いか、と問われれば否だ。確かに手を下したのは貴様らだろうが、こういう状況に追い込まれたのは生まれてきてしまった我の過ちだ。そして、何よりも我自身を斬り捨てる事をさせられなかった我の弱さ故だ。あぁ、何故だ。何故我は躊躇したのだ―――あの時、自害しておれば良かった」

 

 恨みはあるが、殺したくはない。そう言ってディアーチェは握るデバイスを強く握り直す。そして自身に持てる魔力を全て溜め込んで行くのを理解する。ディアーチェを中心に膨大な術式が形成されて行くのを認識する。それを見て、確認し、そしてその一端を理解する。自分には絶対使えないタイプの術式だが、これは―――次元跳躍魔法。

 

「あぁ、だがな―――報いを受けぬばならぬ輩という者はおろう……!」

 

 涙を流しながらディアーチェは持てる魔力を操る。

 

「フルドライブモード……!」

 

 持てる生命力さえも全て込め、

 

「ジェイル・スカリエッティが保有するダミーを含めた全研究所130件、そのうち70件であれば囚われている間に把握しておいたわ、何も出来ぬ女囚と侮ったか! いいか、外道。貴様にくれてやる言葉は一つ―――くたばれ……!」

 

 そして、文字通り決死の一撃が放たれる。

 

「―――ジャガーノート」

 

 巨大な次元跳躍魔法陣へと向けて何十という黒の魔導が放たれる。それは次元の壁を越えながらディアーチェが捕捉した研究所へと叩き込まれて行く。その光景を目の当たりにすることはできないが、それを繰り出すディアーチェの苛烈さからその結果がどうなるか、という事だけは把握できる。黒い魔導を全て魔法陣へと叩き込み終わると、ディアーチェがぐったりとした様子で、両手から本と杖のデバイスを手放し、海へと落とす。

 

「く、くくく、はははは……これで少しぐらいは痛手を負ったであろう―――」

 

『ごめんね、それはわざと掴ませてあげたヤツで全部ダミーなんだよね。お疲れ様』

 

 その声が響いてきたのはディアーチェが手から離したデバイスからだった。間違えるはずがなく、その声の主はこの悲劇の黒幕―――ジェイル・スカリエッティ。楽しそうな声をデバイスから弾ませた瞬間、次に起こりうる事態を幻視し、叫ぶ。

 

「ディアーチェェェェ―――!!」

 

「―――不甲斐無い王で悪かったな。我も其方へ向かおう」

 

『あぁ、もちろんつけてないなんて嘘だよ。だっておもちゃはちゃんと片付けないとね』

 

 ―――爆ぜた。

 

 

                           ◆

 

 

 ―――そうして短いようで長いような、悪夢は終わる。

 

 研究所は壊滅、残されたのは胸糞の悪い思い出と、最後の爆破と共に半壊したデバイスに死体が三つ。これ以上ない最悪な結末にそのままミッドチルダへと戻る事も出来なく、この世界唯一の陸地、島の端から足をぶら下げながら海を眺める。足首だけが海へとつかり、熱線を何度も浴びた身としてはかなり気持ちのいい冷たさだった。

 

「あー、こりゃあまた入院コースかねぇ。左腕さんに全く感覚がないんだけど。これ、入院したらまたお前か、何て顔で見られんのかなぁ。俺、病院と保険の方に顔を覚えられたっぽいんだけど」

 

 場を和ますつもりで言葉を吐きながら横へとチラリ、と視線を向ければそこには高町なのはの姿がある。ただディアーチェが登場した時からなのはの反応はかなり薄い。こういう経験は必要と理解しているが、レヴィが最後に少々余計な事をしてくれたらしい。最後の最後で、

 

 ……恨む、か。

 

 なのはとマテリアルズの間で決定的に違うのは死生観だ。マテリアルズは戦うために生まれてきた。だから戦いで死ぬのは当たり前だ。だがなのはは普通の少女として生まれ、育てられ、そして管理局へとやってきた。戦って誰かが死ぬのは当たり前―――だが非殺傷を使わない世界へと踏み込んで日の浅いなのははその当たり前がそのままではなかったのかと思う。正確に経歴を把握してはいないが、大体そんなもんじゃないかと思う。

 

 厳しいもんだと思う。

 

 俺でさえ今回の件はかなりキツイもんなぁ……。

 

 静かに流れる海を眺めながら何かを口にするわけでもなく、ただ黙って時間を過ごす。本当なら今すぐにでもミッドチルダへと戻り、全てを報告するべきなのだろう。だが到底そんな気分にはなれない。何よりもこのままなのはを放置するわけにはいかない。最低限”なにか”をしなくてはならない。ただそれにしたって自分から話し始めるのは少し違うと思う。だからそれ以上は何かを口にすることはなく、無言で目を瞑り、なのはの言葉を待つ。

 

 そうして無言のまま時を過ごして十数分。

 

「……あの」

 

 なのはが口を開く。

 

「死ぬ必要って……あったの……んですか?」

 

「話しやすい喋り方でいいよ」

 

「じゃあ……シュテルちゃんも、レヴィちゃんも、最後に出てきたディアーチェちゃんも。死ぬ必要はあった……のかな?」

 

 必要だったのか? それが質問であれば、

 

「死ぬ必要はなかっただろうな」

 

 それだけは間違いない。この世界に死ぬ必要な命なんてものはないと思う。誰もが現状に満足して、つつましく暮らせばそれで十分なのだ。だがそれができないのが人間という生き物で、どうしても欲望に溢れている。あのジェイル・スカリエッティという男はその欲望の極地だ。やりたい事をやる。結局のところはそれだけに尽きる存在だ。

 

「じゃあ、なんで殺したの……!?」

 

 少しだけなのはは言葉を強くして此方へと語りかけてくる。だから答える。

 

「何で殺したか。―――何でだと思う?」

 

「ふざけないで」

 

「ふざけてないさ」

 

 大真面目だ。流石にこんな時までふざける程ねじまがった精神構造を俺はしていない。

 

「ほら、考えようぜなのは。ウチの隊は考えないやつを馬鹿っつーんだよ。少しだけ大人なお兄さんが手伝ってやるから考えようぜ? ―――なんで俺がシュテルを殺したのか」

 

 そう言われ、なのはは何かを言おうとして口を開き、そして止めて口を閉じる。解っているのだなのはも、別段俺が殺人好きな変態ではない事を。殺すにはそれだけの思いと理由があった事に。だからこそ言おうとした言葉を吐き出さずに飲み込んだのだ。そして、

 

「解らない、解らないよ……」

 

 次に口を開くなのはは涙を流し、自分の手を震わせながら服の裾を掴んでいた。

 

「解らないよ、何で、何で死んだの? なんで殺したの? なんでこうなっちゃったの? こんなの、こんなの無いよ……」

 

「ま、こんな人生嫌だよなぁ、普通は」

 

 ゆっくりとだが日が落ちてきている。青かった空も段々と夕陽の色に染まり、水平線に少しずつだが太陽が隠れて行くのが解る。あと一時間もすれば完全に日が落ちて夜の闇がここらを包むだろう。それまでには帰らないと色々と心配させる人が多いな、と考えながらも口を開く。

 

「まあ、殺してあげたかったんだ」

 

「どういう?」

 

「だってさ、あんなクソ野郎に殺されるぐらいには、ちゃんと形が残る様に殺してあげたいじゃん。つまりはどういう形で死なせてあげるか、という問題に対する答えだな。アイツらは生まれた時点でどう足掻いても助からない運命だったんだ。だったらせめて綺麗な死に方ぐらいは用意してやりたいだろ? まあ、そんなもんだ」

 

「そんなの……!」

 

 おかしい、だろう。もっとよく探せば何か助かる可能性があったかもしれない。そんな事をする必要はあったのか。言葉を探せばいっぱいあるだろう。良く考えればなのはまだ14歳の少女なのだ。それも誕生日を一ヶ月ほど前に済ませたばかりの。そんな少女に殺し、殺されの話をして、そして戦士としての心構えを教えたって困るものだ。

 

「好きな事を言えばいいよ。お前が納得できるまでここにいるから」

 

「その言い方は卑怯だよ……」

 

「卑怯なのは大人の特権だよ。そして汚れるのも大人の特権だよ」

 

 だから、

 

「吐き出したい言葉があるなら誰かにぶつける前に俺に吐いとけ」

 

 そう言うと、なのはが拳の握りを強くするのを確認する。

 

「なんなの……死に方は用意したいって。殺してあげたいって。助からない運命って! 形が残るって! ふざけないで! なんで、なんであんなにも簡単に殺せるの!? なんで……」

 

 だが後半から言葉は此方へと向けられていない。ほとんど空へと向かって吐かれている言葉だった。改めていい子だと思う。仲間を傷つけないようにする優しさと甘さがある。正直に言えば、管理局へ来なかった方がもっと安全で、平和で、そして平凡な人生を歩めただろう。そう思うと管理局はどこまでも業の深い場所だと解る。

 

「なのはは優しいねぇ、俺に当たれば簡単なのに」

 

「そんなの……簡単に当ったらイストが可哀想だもん。ちょこっとだけ話を聞いたけど家族と同じ姿をしているんだっけ?」

 

「げ、覚えていたのかテメェ」

 

「うん……どうなの?」

 

 もうここまで来ると隠す事も出来ないだろう。手で軽くデバイスに証言が残らない様にハンドシグナルを送ると、なのはがそれを察してレイジングハートにこの時間の記録を止めさせる。

 

「もう一年になるのかねぇー……そん時はまだ嘱託魔導師でプロジェクトF関連の研究所に踏み込んだんだよ、陸んとこの要請で。んで研究員は掴まらなかったんだけどそこでシュテル達を見つけてなぁ……まあ、そこで色々あって我が家で匿う事にしたんだよ。何を血迷ったんだ、って思うけど明らかに表に出せる様な連中じゃなかったからなぁー……ウチでこっそり隠していたつもりだけど最初からバレてたとは思いもしなかったわ。どうすっかねぇ」

 

「もしかしなくてもロリコン?」

 

「18歳以下は対象外なんで」

 

「残念」

 

 そう言ってくすり、と笑うなのはには少しだけ活力が戻ってきている様に思えた。

 

「で、納得できた?」

 

「できない。たぶん、一生」

 

「俺も納得できない。そして一生するつもりはない―――だけど諦めは出来る。そしてたぶん、彼女たちもそうやって諦める事が出来たから最後は」

 

「諦め?」

 

「そ。所詮人間なんてこんなもんって諦め。どう頑張ってもひっくり返す事の出来ないもんは世の中にはあるんだ。そしてそれが理不尽という形で襲い掛かってきた場合、驚くほどに人間ってのは何もできないんだよ。でもな、別にそれでいいと俺は思っているし、アイツらもそう思ってるからこそ呪詛吐きまくって死んだわけじゃないんだろう。……レヴィはちょっくら悪辣な事をしてくれたけどな」

 

「私は……諦めたくないなあ」

 

「誰だって諦めたくないさ。でもどんなに諦めたくなくても終わる時はくる。ま、その場合一番最初に死ぬのは俺になるだろうがな。何度も内臓やってるし、入院の回数増えてるし、あんまし体が長く持つとは思えないんだよなぁ……」

 

「あんまりそう言う事を後輩の前で言わないでよ」

 

 そう言われても空隊に所属してから、ティーダが死んでから、たぶん死ぬんだろうな、と覚悟はできているのだ。いや、むしろ自分の命だけでアイツを殺せるのであればまだ安い方だろう。おそらくもっとたくさん巻き込んで、そしてもっとたくさん傷つけて―――それでやっと届くような場所にいる。到底勝ち目が見える相手ではない。状況はまさに絶望的。でも、それでもできる限りを頑張るしかない。

 

「お前、俺が捜査の途中で死んだりしたらぜってーに追いかけるなよ。すっげぇ面倒だから」

 

「そう言われちゃったら追いかけたくなっちゃうかなぁー」

 

「クソォ、十代女子め! 貴様らは何でこうも天邪鬼なんだ!」

 

「あ、やっぱり生活苦労しているんだ」

 

「19歳の男児に子育ての何を期待しろってんだ」

 

「だよねー」

 

 そこで一旦会話が止まり、静かに日が落ちてゆく海と空を眺める。少しだけで横にいる才能の化け物と距離が縮まった気がするが、如何なのだろうか。―――彼女は理解できたのだろうか。あるいは彼女は許せるのだろうか。

 

「イスト」

 

「あん?」

 

「理解は出来るけど許せないよ」

 

「……ま、そうだよな」

 

「―――だから」

 

 そう言ってなのはは立ち上がる。不屈のエースはまだ健在だと証明するかのように、血だらけのバリアジェケットを陽光に晒しながら、腕を広げる。

 

「だから私頑張るよ。こういうのは増えちゃいけないんだ。許せるようになっちゃいけないんだ。理解できるようになる時を生み出しちゃいけないんだ。―――もう、こんな事をさせちゃ駄目なんだ。ありがとう、でも大丈夫。たぶんまたいつか辛い目に合うけど今の私はまだ立てるから。倒れないから。倒れちゃいけないから。たぶんレヴィちゃんもシュテルちゃんもディアーチェちゃんも、忘れちゃいけない事だから。してあげられなかった事を忘れちゃいけないから。……やってあげなかった事を覚えていなきゃいけないからだから、私は―――」

 

 なのはは宣言する。

 

「―――戦う」

 

 ……それが覚悟できているのかどうかを判断する事は―――しなくていい。それは時が来ればおのずとなのはが証明してくれる。だからこれはこれでいいんだと思う。だからそっか、と呟いて立ち上がる。濡れている足を乾かして、靴下と靴を履いて軽く体を伸ばす。

 

 そうして後ろに見えるのは三つの小さく盛り上がった土の山だった。

 

「じゃ、また遊びに来るからな―――じゃあな」

 

「ありがとう、そしてさよなら―――忘れないよ」

 

 マテリアルズの墓に背を向けて歩き出す。

 

 日は大分落ちてきているが、まだ暗くなる前だ。今から帰ればまだ暗くなる前にミッドへと帰れるかもしれない。そう思うと沈んだ心も少しだけ弾む。

 

「あ、そうだ。今度イストが匿っている子達を紹介してよ」

 

「お前遠慮しないなぁ……」

 

「うん。もう遠慮も容赦もしないって決めたから。だから罪滅ぼしってわけでもないから、会って話してみたいの。もう一人の私に。もう一人のフェイトちゃんに。もう一人のはやてちゃんに」

 

「美少女の頼みを断れないのが男の辛いところだよなぁ」

 

「精々頑張って抵抗してみてね」

 

 苦笑し、この娘は強いなぁ、と思い、苦笑する。だが、

 

 ただ、今は、

 

 ―――無性に彼女たちに逢いたかった。




 結局なのはという存在は”主人公”なんだと思います。どんな苦境であれ、逆境であれ、最後は飲み込んでしまうご都合主義の塊だと思っています。でーすーのーでー……?

 まあ、問題はなのはさんじゃないんですよ。

 準OTONAの方なんです。


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ウィ・ラヴ・ユー

 こういうの苦手なんだがなぁ。


 結局血を洗い落とす事を忘れて空港へと到着した時は大騒ぎ。エース級二人が血だらけになって帰ってくるのであれば確かに騒ぎになるというものだ。その後報告の為に掴まり、なのはと何とかアレやコレやと隠すと決めた部分を隠しながら報告を終えると、既に日は落ちていた。照りつける太陽は静かに照らす月へと姿を変えて、夜の闇を僅かにだけだが照らしていた。相変わらず夜にはいい思い出がない。さっさと家に帰りたい。そう思いつつ家に到着する頃には完全に人が出歩かない時間となっていた。こんな時間に帰ってきてももう寝ているだろうと重い、扉に手をかけた所で動きを止める。

 

 ―――もし、彼女たちが本物だったら―――?

 

 一瞬嫌な想像が脳内を駆け巡る。そしてあの外道ならやりそうだという事も理解できた。これで扉を開けて、部屋を確認して、そこに彼女たちがいなかったら―――自分は本当の意味で狂う。狂わざるを得なくなる。人としての心が壊れてしまうかもしれない。いや、確実に壊れる。そうなった場合の自分を想像したくはない。だからその先から動く事が出来ず、ドアノブを握った状態で軽く汗をかきながら動きを止める。

 

 そして、扉は開いた。

 

「うーん? なにやってんの? おかえりー」

 

 ―――扉を開けたのはレヴィだった。向こう側から若干眠そうな顔をしながら現れ、そして首をかしげながら此方を見ている。その傷一つない姿を見て心の底から安堵する。あの死んだマテリアルズには悪いが、死んだのが彼女たちで本当に良かった。死んでたのがここにいる彼女たちであれば―――いや、それは考えてはいけない事だ。今はただ、無事だった事実に喜ばなくてはならない。出迎えてくれたレヴィの頭を軽く撫でてから軽く持ち上げる。

 

「ただいま。もしかして待っててくれたのか」

 

「勝手にしてたことだから気にしなくていいんだよ? マドウシスレイヤー見てただけだし」

 

「深夜アニメは録画しておいて明日見ろって言っただろうに……というかやっぱり深夜枠になったんだな、それ。前々から昼間に放送で来ているのが不思議だったけど」

 

「待ってるついでだからいいんだよー」

 

「お前意見を一つに絞れよ、ったく」

 

 苦笑しながらレヴィを抱きかかえて家の中へと入る。靴を脱いで居間へと向かえば、そこには残り三人の姿もあった。若干舟を漕ぎ始めているディアーチェとユーリは此方を見るのと同時に片手を上げて挨拶し、そのまま眠そうに首を揺らしている。

 

「あぁ、言わんこっちゃない。だから先に寝ろって言ってんのに」

 

「我々は寝なくても一週間は戦える設計なんですけど」

 

「一年間戦いもせずに規則正しい生活を送ってきてるんだからそれに体が慣れるのは当たり前だろ」

 

 唯一眠気を見せないシュテルだけがソファの上で元気そうな表情を此方へと見せていた。その姿を見て心の底から安堵する。本当に、本当に良かったと。心の中で彼女たちの無事を聖王様へと感謝として告げて、そして眠そうなディアーチェとユーリへと近づく。幸いレヴィを含めた三人とも既にパジャマに着替えている。

 

「……」

 

 これならそのままベッドへと持って言っても問題なさそうだな、と確認しつつ三人の寝室へと向かおうとして、足を止める。

 

「これ、歯磨き終っているのか?」

 

「一応終わっていますよ。私は待つためにココアを飲んでしまいましたけど」

 

「お前もそんなもん飲んでまで待ってるんじゃねぇよ」

 

「そこはお気にせずに。どうしますか? 何か食べたいのであればさっと作る事も出来ますが? あと一応風呂の用意も出来ていますけど」

 

「いや、フロ入って寝るわ。流石に今日は疲れた」

 

「そうですか。じゃあ準備しておきますね」

 

「助かる」

 

 実の所、そこまで力が残っているわけでもない。マテリアル娘達を三人持ち上げるぐらいで限界だ。精神的にも、肉体的にも今回の件はかなりダメージがデカかった。だからゆっくり休むためにも、まずは少女達をベッドルームへと運ぶ。それぞれ別々の部屋を与えられるぐらいには部屋には余裕があり、金にも余裕はある。まず最初に連れて行くのはレヴィの部屋。

 

 水色が好きだと言う様に、部屋の壁紙や床は水色ベースで、どこもかしこも水色のアイテムが置いてある。ベッドの上にレヴィを寝かせ、ふとんをかけると今度はディアーチェの部屋へと向かう。此方はその尊大な言葉使いには似合わず、かなり少女趣味な部屋になっている。お手製のぬいぐるみやパッチワークが置いてあったり、裁縫道具や服飾の雑誌が置かれている。こうやって自分の手で何かを作ったりすることに喜びを感じている辺り、我が家で一番頼りになる子だ。そして最後に行くのがユーリの部屋だ。他の二人と比べて割と本が多いのが特徴の部屋で、ユーリの大人しい性格が反映されて割と大人しめの部屋になっている。

 

 普通ならこれだけ豪華にやる事は一人働きではキツイ所なのだろうが、不幸な事か、もしくは幸運な事なのだろうか。ここへと部署を移してから口止めやら危険手当やら保険で大量の金が舞い込んでいる。だがそれがいくつかの犠牲によって生み出されているものだと解っているとあまり喜べるものではない。

 

 ユーリの布団をかけながら部屋を出る。風呂場を見れば光がついている。シュテルが準備を終わらせてくれたのだろう。ソファに座り、リビングでテレビを見ているシュテルの姿が見える。

 

「お前も早めに寝ておけよ」

 

「用事を済ませたら寝ますよ」

 

 はぁ、と溜息を吐く。頭が回る分色々と言い訳をするから面倒だ、コイツは。まぁ、今は疲れているので深く考えるのは止める。ベーオウルフとタスラムを外して自分のベッドルーム、ベッドの上へと投げ、そして適当に着替えを取る。

 

 脱衣所に入り、まずはサングラスを取り、鏡を見る。そこには変哲もない自分の顔がある。元々目つきが鋭く、一般的に怖いと言える顔だったが、顔に負った一閃の傷によって更に怖いものになっている。あまり交渉向けや人に見せられるもんじゃないなぁ、と再確認しつつ束ねている髪を解放し、そしてシャツや上着を脱ぐ。

 

 そして、再び鏡に映る自分の姿を確認する。

 

 戦闘が終わってからずっと回復魔法を発動しっぱなしにして体を治療していただけのことはあって、傷は全て塞がっている。だがちゃんとした医療機関で治療を受けたわけじゃないので、身体には左半身を大きな火傷の跡が残っている。

 

「……こいつは残るな」

 

 普段はベーオウルフと管理局制服だからいいものの、これは私服もロングスリーブのものをベースにした方がいいかもしれないと判断する。やはり回復魔法がベースだとこういう風に傷跡が残ってしまう事が多い。ちゃんとした医術の心得があって回復魔法を使えばそんな事にもならないだろうが、回復力重視のスタンスではどうしても傷跡が残ってしまう。娘達にバレないまま過ごすのは不可能だからどっかで諦めるしかないのだろうが、それまではなるべく見せない様に過ごさなくてはならないだろうな。

 

「ま、入るか」

 

 風呂は熱いうちに入るべきだと、残りの服を脱ぐ。

 

 

                           ◆

 

 

「―――ふぅ……」

 

 湯船に肩まで浸かる。こうやってゆっくりと一人で過ごせる時間は今の自分にとっては非常に重要―――というより一人でいたい。ここなら誰も見られる事はないし、勘づかれる事もない。だから軽く両手で湯を掬って、それを顔へと叩きつける。これで、何故顔が濡れているのかは自分でも解らなくなる。なってくれる。

 

「クソ……」

 

 胸糞が悪い、吐き気がする。後悔しかない。

 

「クソ、クソ、クソ……!」

 

 アレだけなのはに偉そうな事を言って、結局自分はこうだ。あの場でまた立ち上がれたなのはが本当にうらやましい。いや、彼女も今の自分の様に顔を濡らしているかもしれない。だがあの時、心を折らずに立ち上がった不屈のエースの姿に偽りはなかった。その姿が―――堪らなく羨ましい。―――知っている顔を殺して、死んで、全く平気なわけがないだろう。無事なわけがないだろう。

 

「クソがぁ……!」

 

 あんな地獄二度とごめんだ。もしあんな事がもう一度起きれば間違いなく心が折れる。それだけ、今回の件は心に響いてきた。今すぐにでもあの狂った研究者の喉を絞殺したいぐらいに体は殺意に満ち溢れていて、今すぐどこか、争いの無い世界へ彼女たちを連れて姿を消したいと思う。だけど、

 

「逃げられねぇ……よなぁ……」

 

 逃げられない。逃げちゃいけない。試練だとか、義務だとか、そういう話ではない。単純に現実から目をそらしてはいけない。それはイスト・バサラらしくない。貫くものは何時だってこの身一つのみ。それでどうにかしないといけない。そして、そうしてきた。だけど、それでも、

 

「あぁ……やめてぇ……」

 

 たぶん、初めて吐いた弱音だった。

 

「―――じゃあ、止めればいいんじゃないですか?」

 

 そしてそれを聞かれた。

 

「ばぁーん」

 

 そう言って浴場の扉を勢いよくあけてきたのはシュテルだった。しかも全裸。開けてくるのと同時に開け放つようなポーズを取り、そのままの姿勢で固まっている。その様子に呆れ果てて、頭を抱える。

 

「入るなら入れ、出るなら出ろ」

 

「いやん」

 

「今更取り繕っても遅い」

 

「鈍感系主人公でさえ裸の女子やラッキースケベには慌てるものですよ。貴方にはそのお約束を守る事さえできないのですか。天の意志が泣きますよ」

 

「そういう天の意志は聖王様に殺られたので大丈夫」

 

「おぉ、天の意志よ! 殺されるとは情けない!」

 

 別段シュテルも裸を見られる事は恥ずかしくないと思っているらしく。浴場に入ってくると近くの椅子を取って、軽く体を洗い始める。その様子をぼんやりと浴槽の中から眺める。べつにこうやって誰かと風呂に入る事は珍しくはない。実際レヴィは何度か突撃して、ユーリも偶に便乗してくる。べつにペドフィリアでもロリータコンプレックスでもない、娘の様な存在に欲情する程ひん曲がった人格をしてはいない。

 

 だけど、シュテルがこうやって突撃してくるのは初めてだ。

 

「一応今は俺の聖域タイムなんだけど」

 

「残念ですね。私が優先順位としては上なのでそれは通じません」

 

 我が家でも一番自由にやっているのはレヴィじゃなくてもしかしてコイツじゃないのか、何て考えが頭に浮かぶ。そんな事を考えながら無言でシュテルの様子を窺っていると、身体や髪を洗い終わって湯船に入ってくる。シュテルが入った事によってお湯が溢れて湯船の外へと出るが、二人で入っている分には問題ない。が、

 

「おい」

 

「いいじゃないですか」

 

 その位置が問題だった。ピッタリと背中をこっちの胸板につける様な位置で座ってきた。上から睨むように視線を向けるが、シュテルは満足げな表情で体を押し付けてくるだけで、それ以上は何もしない。何を言ったところで聞かないのはうちにいるお姫様たち全員に言えることなので、この際文句を言う事は諦める。

 

「で?」

 

「で? はこっちのセリフです。言いたい事があるなら言っちゃった方が楽ですよ」

 

「ばぁーか。ガキに甘えられるかよ」

 

「おや、何時までも私達は子供じゃないんですよ? 少しずつだけど大人になるんですよ、私達だって」

 

 そう言うシュテルは完全に体を此方へと預けながら視線を持ち上げて、此方へと合わせてくる。

 

「ちょっと私を味見してみません?」

 

「何言ってんだこのガキ。盛るなら最低でも彼氏を見つけてからにしろ」

 

「じゃあ付き合ってください。別に突き合いでもいいんですよ」

 

 流石に下ネタに走り過ぎなので制裁もかねて両手拳を作って、それでシュテルの頭を両側からおさえ、ぐりぐりとする。シュテルがぐわぁ、と声を上げながら頭を押さえる。しばらくシュテルを苦しめた所で解放し、溜息を吐く。最初の頃はこんな娘じゃなかったはずだ、と。

 

「いいじゃないですか。私は貴方の事好きですよ」

 

「家族としてだろ」

 

「えぇ、そしてそれもどうせ近いうちに異性となります。他の皆の事は解りませんが、私は割と自分の欲求に関しては素直ですから、嘘はつきませんよ。第一に、一番気軽に会える男が貴方だけで、そして一番接しているのが貴方だけなんですから。遅かれ早かれこうなるんですよ。だから早めにツバを付けといた方がいいですよ」

 

「だまらっしゃい」

 

 指の先でシュテルの頭を軽く叩くが……シュテルの声の色は本気だった。あまり、馬鹿に出来た様な事ではない。こいつがそう言っているのであれば真実なのだろうと思う。そして、だからこそシュテルは言う。

 

「さ、私は私の恥ずかしい事を言いましたよ。……私だけ暴露するのはズルイです」

 

 そう言って少しだけ頬を赤くするシュテルの姿があった。その姿を見て、天井を見る。

 

「あー……面白くないぞ?」

 

「面白さなんて求めていません」

 

「ダサイぞ?」

 

「カッコ悪いのは知っているから大丈夫です」

 

「めんどくさいぞ」

 

「面倒な女だと認識しているので釣り合いが取れていますね」

 

 ……ホントお前は面倒なガキだよ。

 

「……殺したんだよ、お前らを」

 

「……」

 

 それだけで内容を察してくれたらしい。特に口を挟むことなくシュテルはだまって話を聞いてくれる。ジェイル・スカリエッティの事、マテリアルズと戦った事、彼女たちの死にざま、なのはにバレてしまった事、相手には最初からバレてしまっていた事、そして―――死んだのが彼女たちであって、此処にいる彼女ではなかった事に安堵してしまった事に。

 

「俺は―――最低だなぁ」

 

 誰かが死んで、それで安堵する人間なんて屑でしかない。

 

「そうですね。最低な人でしょう貴方は。ですが―――それでも私達は貴方にありがとう、と言うでしょう。ここまで私達の事を思ってくれて、ここまで私達の事を愛してくれてありがとう、と」

 

「―――」

 

 あぁ、お前ならそう言うと思っていたよ。そしてこの話をしたら確実にお前達なら俺を許してしまうと確信できていた。だから話したくはなかった。そうやって話してしまうと、予想通りの返事が返ってきて、自分で自分の事を許せてしまいそうになるから。

 

「でも、自分の事は許せないんですよね?」

 

「あぁ」

 

「だったらその分私が、私達が貴方を許します。誰よりも私達の為に身を削って、命を削って、そうやって戦ってくれている貴方の事を責める事なんて最初からできるわけがないんですから。ですからもう一度言います、此処まで私達の事を思ってくれてありがとう。そんな貴方に逢えて良かった、と」

 

 シュテルは此方を見ていない。背中は預けたままだが、湯船で動きを作ることなく言葉を放っている。ここでどんな表情をしているか確認するのは野暮ってものだろう。

 

「そっか」

 

「えぇ、そうです……だから遠慮しなくてもいいんですよ? もっと頼ってもいいんですよ? というか頼ってください。普通の少女でいるのも楽しいですが、やっぱ助け合いたいものですから―――そういうのが家族らしい、ですし」

 

「……おう」

 

 シュテルの頭を撫でる。

 

「……悪いな」

 

「……いいえ、傷ついた大人の心を癒すのが子供の仕事ですから」

 

 そう言って苦笑して、

 

 まだ、まだ頑張れそうな気が湧いてくる。ただ、それでも、

 

 ―――やるべき事、そして敵は多い。




 ヒロイン力の上がってゆくシュテるん。だがこういう描写は苦手なのよ。もっとバトルとか絶望とか、そういう方が得意なのよなぁ、描写とかは。

 だけどここから絶望中毒になった皆に希望を注ぎ込むという嫌がらせがあるので頑張ろう。

 さて、スカさんの次の行動予定は、っと……(プロットメモ確認


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Chapter 4 ―Truth Or Happiness―
ファースト・デイ・アウト・トゥゲザー


 ―――やっぱり入院は確定していた。

 

 戻ってきた次の日に病院へと向かえば再び医者より絶対安静の指示が与えられ、病院に一か月間拘束される事となった。だが今回は前と大きく違う事があった。もはやマテリアルズを隠している事が無駄という事が発覚したので、普通に見舞いに来てくれるようになった。未だに外へ出る時は変装を忘れないが、それでも前と比べて普通に歩けるようになったのは大きな違いだ。

 

 だからと言ってテンションのあまり朝に出かけて夜までミッドを走り回っていたレヴィを許す気はない。

 

 ―――そんな事もあって、一ヶ月が経過した。退院と同時に襲撃される事もなく、なのはとシュテルが病室で会うなんてイベントも起きる事なく、普通に入院生活が終わって退院して、そして我が家へと戻ってくる。左半身の火傷はあっさりとバレ、隠しておきたかった殺人の事もバレ、そして風呂場での話し合いもバレ、

 

「俺の精神はボロボロだよ……」

 

「わっはっはっはっは!」

 

 ソファでぐったりと倒れる此方の背中の上に座って高笑いする水色がいる。だが今はそいつを無視しておく。入院中にもあったが、色々と考えておかなくてはならない事があるのだ。ともあれ、一番やらなくてはならない事が自分の強化、パワーアップだ。だがこれに関してはほぼ頭打ちだ。何せ適正に関してはほぼ開発している以前に、自分のスタイルが極まってしまっているのだ。これ以上出来る事と言えば自分の技術を磨くことぐらいなのだ。だがその技術に関しても武術を教えてもらった師は既に墓石の下。教われる事はほぼすべて教わったからこそいいもの、これ以上何かを目指そうとすれば、指針が必要になる。

 

 ―――たとえばあの緑の覇王の様に。

 

 あの王の姿は嫌という程に鮮烈に刻まれている。だから受けた一撃一撃はしっかりと記憶しているし、ベーオウルフにも記録されている。それを見て、資料や無限書庫で調べて色々と確認したりして自分なりに使える様な形に持っていったりもした。次に殺し合うために色々と対策やら模倣やらは出来ているがそれも正直な話、奇策程度にしか通じないのではないかと思っている。結局の所手を広くやろうとすれば広くすればするほど色々と取りこぼしてしまう。もっと狭く、もっと鋭く、もっと脆くならなきゃいけないのかもしれない。

 

 だとすれば、自分の求める極地は一体何なのだろうか。

 

 砕けない盾なのか。

 

 倒れず蘇り続ける不死身なのか。

 

 もしくは―――。

 

「ぬごぉー」

 

「ぺしぺしぺし」

 

「レヴィー? あまりぺしぺし叩くとイストが可哀想ですよ?」

 

「いいぞユーリ、その調子でこの水色を引きはがすんだ」

 

「駄目だよ! イストは馬鹿にならないとたくさん無駄に考えちゃうんだから僕ぐらいにならなきゃ」

 

「あぁ、じゃあいいですね」

 

「クソぉ! このガキ共最近セメント率上がってるぞ!」

 

「正直最近遠慮してたらシュテルに全部持ってかれる感があるのでだんだんですが自重外した方がいいんじゃないかなぁ、何て思い初めまして」

 

 ユーリまでがこうもなってくると本格的に我が家に絶望が舞い降りてくる。やはりどの社会でも女性が強いのには変わりはないのか。もう少しヒエラルキーのトップでいたかった。だがこうやって引きずりおろされたからには仕方がない。貴様らのお小遣い―――と思ったが、そういえばお金の管理はシュテルへと任せていた。台所も最近はめっきりディアーチェに。ヤバイ。お金を稼ぐ事以外で家に役に立ってないぞ俺。

 

 何とかしなきゃいけない、と思ったところで―――思い出す。

 

「あ」

 

「い? ―――わわわっと!」

 

 立ち上がり、背中からレヴィを振るい落としながらやるべき事を思いつく。そういえばそうだった、と軽く何故今の今までその存在を忘れていたのだろうか。……いや、おそらくは意図的に思考から外していたのだろう。自分としても苦手な意識を持つ存在がそこにいるのだ。立ち上がり、軽く頭を掻きながら近くに置いてあるサングラスとベーオウルフ、タスラムを回収する。ちょいちょい、と指でキッチンの向こう側にいるディアーチェへと近づいてくるように指図をする。その恰好をチェックする。

 

「な、なんだ。我の服装に文句があるのか」

 

「いや、文句はねぇよ。というか相変わらず凄まじいクオリティだな、それ。手作りだろ?」

 

 ディーアチェの服は上下黒のスカートにシャツという姿だが、そのどちらも店に販売されてそうなクオリティなのに手作りだというのだから凄まじい。かくいう自分もそのディアーチェの服飾のセンスというか腕前を信じてしまっているので、最近はめっきり服を買うのを止めてディアーチェに作ってもらっている。ともあれ、十分な格好だ。

 

 サングラスを装着しながらバイクのキーを取る。

 

「んじゃディアーチェ行くぞー。他のお前らは大人しくしてろよ? ちゃんとユーリの言う事を聞いておけよ? 出かける場合はしっかりメモを残せよ? あぁ、たぶんメシは食ってくるから俺達の分はいらねぇよ」

 

 片手でベーオウルフにメールプログラムを立ち上がらせ、そしてホロウィンドウを操作して軽い連絡を飛ばす。向こう側に驚きはあるものの、快い返事が返ってくる。悪くはない掴みだ。

 

「そこで私の名前が出てこない所に激しく不満なのですが」

 

「お父さん、全裸で告白してくる子はちょっと」

 

「……なるほど全裸で告白はNGと」

 

 しっかりとメモしているユーリの姿に若干の不安を感じながらもまかせるしかない。現状この家の最強戦力は間違いなくユーリなのだから。何せ―――完全に手段を選ばず本気で襲い掛かっても自分が倒せない存在こそが彼女なのだから。これ以上頼りになる存在はいない。そんなわけで家を留守にする場合は信頼を完全にユーリに預けている―――この中でも比較的にまともな方だし。

 

「んじゃ、行くぞ」

 

「ちょっと待て、我を連れて行くのは正直いいが、いったいどこへ行くのだ? 場所によっては我は覚悟を決めぬばいかぬぞ?」

 

 そんな必要はない。ちょっとだけ先輩に会いに行くのだから。

 

「行く場所はナカジマ家だ」

 

 

                           ◆

 

 

 バイクを飛ばして一時間ほど。途中で管理局員としての権限を無駄に発揮させながら到着するのはミッドチルダ西部、エルセア地方。その都市部にある住宅街にナカジマ一家の家はある。基本的に陸士108隊の隊舎に近い為ゲンヤは実家からの出勤という事になっている。だから休日は基本的に家にいる事が多い。今日は共通の休日で良かった―――というよりこっちは退院したばかりでまだ職場に復帰できないだけで、あっちは週日に得た普通の休みだ。少し悪い事をしているかもしれない、と思いつつもナカジマ家近くのパーキングにバイクを止め、降りる。

 

「ぐぬぬぬ、すこし尻が痛いぞ」

 

「あぁ、バイク乗り慣れてないとそうなるわな。基本的に車みたいに自由に姿勢を変えられるわけじゃないからな」

 

 ディアーチェからバイクのヘルメットを回収するとディアーチェが少しだけ涙目になりながら自分の尻をさすっている。誰かや誰かと比べると大分女の子らしくてかわいいなぁ、と思いながらヘルメットをバイクにしまい、鍵をかける。プレシアの件でバイクを爆砕されてしまったのでこれは前よりも少しだけいい、二代目バイク。今度は襲撃で壊れないといいなぁ、と思いつつも荷物を取り、ディアーチェへと向く。

 

「お尻さすってあげようか?」

 

「セクハラで訴えるぞ馬鹿め」

 

「あ、うん。普通はそのリアクションだよな」

 

「むしろ他の連中が男前すぎるのであろう。レヴィはテンションに任せているし、ユーリは我が思っているよりも腹黒いし、そしてシュテルはなんだか最近母性に目覚めているし。ちょっと我、アレらとキャラで比べられるのはいやかなぁ、とか思ってたりもするんだが……だから、その……あまり恥ずかしい事を言わないでくれると助かる」

 

 そう、こういう風に恥じらう普通の少女のリアクションだ。そういう仕草や表情が可愛いのだ。だがあの三人にはそれがない。というか一番男前なのはレヴィではないのか。アレ、裸のままリビングをうろつこうとするし。いや、単純に無防備なだけか、アホなだけだろう。そうだと信じさせておくれ。

 

 ともあれ、バイクから離れてディアーチェと共に静かな住宅街を歩く。

 

 歩道のすぐ向こう側にナカジマ家がある為迷う可能性はまずない。両側を確認してから歩道を渡り、逆側へと到着する。そうすればもう目的地は目の前にある。外に備え付けてあるベルを押す前に、自分の髪を軽く整え直す。そして右手に紙袋を持ち、そして左腕を確認する。今まで右手に装着してきたベーオウルフは左腕の火傷を隠す為に左手に装備しており、そしてその姿もオープンフィンがグローブからフルハンドグローブへと姿を変えている。5月にもなると少々熱くなってくるが、それでも体を隠す為に長袖は外せない。自分の恰好がちゃんとしたものだと確認し、そしてベルを押す。

 

「……っ」

 

 チラ、っと横を確認すると少しだけ緊張したディアーチェの姿が―――あぁ、と軽く思い出す。そういえばちゃんと誰かに会わせたり紹介するのは今回が初めてなのだ。だとすれば緊張するのも仕方がない話だろう。緊張をほぐす意味でも軽く頭を撫でる。髪の毛をめちゃくちゃにしない程度の優しい撫でをディアーチェは受け入れて、

 

「いい、それ以上は平気だ」

 

「ん、そうか」

 

 満足げな表情を浮かべるので頭を解放して待っていると、数秒後に扉が開く。

 

「よぉ、早かったなイスト」

 

「ども、お世話になってますゲンヤさん。あ、これお土産で。スバルちゃんやギンガちゃんと一緒にどうぞ。ウチの近くの店のケーキなんですけど食ってみて結構気に入っているんで」

 

「お、悪いな。べつにこういう点数稼ぎ俺にやっても面白い事はねぇだろうによ、っとなんだ、お前もいたのか」

 

 そう言ってゲンヤはディアーチェを見る。

 

「まあ、イストとはウマは合いそうだよな八神……ん? お前髪を染めたりしてイメチェンでもしたのか? なんだか若干目つきも悪い気がするしな。それに八神っつーには……ん?」

 

 ゲンヤの言葉にディアーチェは腕を組んで胸を張る。

 

「我をあのような子烏と一緒にするではない。我は生まれた時より王、あのような未熟な者とは違う。我が名ディアーチェ・K・B・クローディアである」

 

 と、そこまで言って、ディアーチェが姿を固まらせる。その様子はつい何時ものノリでやってしまった、と言わんばかりの表情だった。だがまあ、それはそれで説明の必要は大分省けたと思う。何せ自分が知っているゲンヤ・ナカジマという男は、仮とはいえ俺がこの世で一番信頼していた相棒の師匠でもあった人物なのだ。

 

「……スカリエッティ系列の研究所で拾った子です」

 

「その言い方するとウチのじゃじゃ馬共が”なんなのか”を把握してやがるな? 吐け、何時からだ」

 

「正直な話、身体の中に機械的な部分があるな、とは前教えに行った時に感じたので。入院中割と暇だったんで、スカリエッティの名から過去の悪行やらやっている分野を調べて、それに関わっている事件や研究所、そしてそれに―――」

 

「あぁ、なるほどなやり方と言いたい事は大分わかった。お前も頑張るなぁ……。ほら、中に入りな」

 

 扉をあけ放つと中へ入って来いとゲンヤが招き入れてくれる。その家の中は良く見るミッドタイプではなく、紹介された居酒屋の様な若干の”地球の日本スタイル”の玄関だった。玄関で靴を脱ぐ必要があるのはウチと同じだな、と感想を抱きながらディアーチェと共に家へと上がると、ゲンヤが家の中を案内しながら話しかけてくる。

 

「お前良くここへ来れたな。正直全部終わらせるまで来ないもんだと思ったぞ」

 

「いや、今スバルちゃんもティアナちゃんも学校でしょ? 覚悟決めておくんなら今かなぁ、と」

 

「あぁ、まあ、俺が見た感じティアナも本気で言ったつもりはなかったようだし、話せば意外とどうにかなるかもしれんし、悪くはないと思うぞ。まあ、帰ってくるまでの数時間―――この人生の先輩がお前の話を珍しくタダで聞いてやるよ。言っておくが俺はお前よりも大人だぜ? 存分に甘えな少年」

 

 やはり、こういう頼れる大人になりたいものだなぁ、と思う。




 相変わらず入院しているなぁ、コイツ。病院からしたらこっちくんなだろうし、保険からしてももう戦わないでって感じだろうなぁ。ともあれお疲れ様です。本当の地獄は後半からよ。

 ともあれ、ディアーチェの常識枠一強ぷりは何時になったら崩れるのだろう、陥落という意味で。


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スピット・アウト

 かっこいいOTONAになりたい。


 リビングにテーブルを囲むようにソファが配置されている。そこからは少し広めの庭が見えており、直ぐ近くにはテレビがある。だがそのテレビは今、つけていない。真剣な話の最中だ、つけるわけもない。ただテーブルに置かれた茶がそこまで手を付けられる事もなく、ただ静かに話を続ける。ゲンヤは口を出す前に話を全て聞き、それから判断する様子で、口を挟まずに黙って聞き入る。

 

 そして、長い、長い話が終わる。

 

 今まであった事を軽く語るだけで一時間以上の時間が経過した。それを考えるとなんて濃い日々を経験したものだと思う。普通に生きているのであれば絶対に経験できたものではないが―――それは本当に幸福と呼んでもいいのだろうか?

 

「……そうか」

 

 全てを聞き終えてからゲンヤは強く拳を握っており、その手からは血が流れているのが見えた。それを治療する事も指摘する事も野暮だと理解し、何を言う事もなく黙ってゲンヤの言うべき事に耳を傾ける。

 

「……ティーダの野郎はスカリエッティに消されたのかぁ……あぁ、任務中に失敗して次元犯罪者に殺されたって話だったがよ、全く信じられねぇからこう見えても色々調べてたんだぜ? だけどどうしても一定以上踏み込めなくてなぁ……そして真実はこう、と来たか。……そっかぁ……嫌な縁ばかり繋がっちまうもんだよなぁ……」

 

「今まで伝えられなくてすみませんね」

 

「気にするんじゃねぇよ。確実に厄ダネだな、こりゃ。その段階だとまだ管理局と繋がっていたんだろ? 無駄に話を広めてりゃあ俺かお前が消されてただろうから黙っていたのは間違いなく正解だ。管理局に斬り捨てられた今になってやっと話せるようになったのが少々気に食わねぇ話だがな。まあ、それは今のところ無視してもいい。個人の感情は時間のある時に決着つけりゃあいいし。んで、こっちの嬢ちゃんが八神のクローンか」

 

 うむ、とディアーチェが頷きながら答える。

 

「貴様に色々と難しい事を言ってもしょうがないだろうから簡潔に言えば八神はやてのDNAをベースに物凄く似た人物を再現した存在だと思え。そのオリジナルも八神はやてをベースに生み出された存在だからクローンのクローンというよりは八神はやての二つ目のクローンという認識の方が正しいのだろうがな」

 

 ディアーチェのデコに軽くデコピンを叩き込む。その衝撃でディアーチェがあいたぁ、と叫びながらソファに倒れ込む。そのまま痛そうに額を押さえ、涙を浮かべながら此方を睨む。

 

「な、何をするんだ! お前のデコピンは凶器というレベルなのだから痛いではないか!」

 

「お前、相手が年上だって事を忘れてねぇか? うん? 俺がちゃんと礼儀を見せているのにお前何時も通りの調子でやるのか? あん?」

 

「だ、だって我王様だし……!」

 

「あん?」

 

「……我、王様ですし」

 

「そこらへんで許してやれよ、別に気にしねぇから」

 

 そう言ってゲンヤが苦笑したところで少し重かった空気が軽くなったような気もする。だがそれも短い間だけの話だ。話は再びマテリアルズの存在を中心に動き始める。

 

「んで、ディアーチェちゃんの様なやつが他にも三人いるんだったな? あーと、高町なのはのと、フェイト・ハラオウンのと、そしてロストロギア搭載のユーリってやつか」

 

「ユーリだけはオリジナルの遺伝子を直で使っているらしいですけどね。入手経路は不明だけど。パーフェクショニストらしく本来の能力や性格、性質、記憶を完全に再現している辺りが実に厄介で、変換資質や魔導師ランクまで自由に弄れているようで」

 

「外道だが天才だな。こればっかしは認めなくちゃならねぇな。んでそんなやつに狙われてるんだろ? ご愁傷様ってな事だ。俺なら今すぐ逃げ出したい所だが―――」

 

「―――えぇ、ダチの仇ですからね。逃げるわけにもいきませんよ」

 

「男は辛いねぇ。まぁ、こうやって聞かされちまった以上俺も容赦できねぇがな」

 

 その言葉はゲンヤが此方の味方に付いてくれると言う言葉だ。……この結果は目に見えていた。ゲンヤという男が、人間が、こういう悪行を見逃せるかどうか―――それを考えればおのずと答えは出てくる。だからこそやりたくなかった事でもある。確実に巻き込んでしまうのだから。何せゲンヤには二人の娘と、そしてティアナの事を任せてしまっているのだ。本来なら自分だけでケリをつけたい所なのだが、

 

「正直次辺り生きて帰ってこれる自信ないんですよね。今回もたぶんなのはがいなきゃ俺、確実に死んでいましたし。あ、ちなみにその場合はウチの馬鹿どもの面倒をお願いします」

 

 正直な話、自分一人では絶対勝てない相手なのだ、レヴィもシュテルもディアーチェも。あの三人があの空中戦で、常に一対一というスタンスで戦い続けていれば確実に自分は落ちていた。あの状況で勝てたのはなのはがいた事、そしてレヴィとシュテルが経験的に自分よりも劣っているという事実があったからだ。だから上手く二対二の状況へと持ち込めた。アレ、一人だったら火力うんぬん以前に攻撃が当たらず終わってた。

 

「ふんっ」

 

「いてぇよ」

 

「お前どういう腹筋してるんだ、殴ったこっちの方が痛いぞ……?」

 

 拳を腹へと叩き込んできたディアーチェが手首を抑えていた。何がしたかったんだこいつ、と思っていると、

 

「お前が死んだら我々を預けるだと? あまりふざけた事を抜かすなよイスト。我々が唯一家族と認めたのは貴様だけだ。そして一緒に暮らしたいと思うのも貴様だけだ。そしていいか? ―――我々がずっと一緒にいたいと思えるのも貴様だけだ。貴様が死ぬことは即ち我々への宣戦布告も同じだ。その場合は我らは悪鬼となって暴威を振るうぞ? 死ぬか復讐を果たすまで暴れ回るぞ? 死んだら預けるとか勝手な事を抜かすではない馬鹿者め、いや、愚か者め。こう見えても情深いのだぞ我らは。それとも忘れて平和に暮らせるほど薄情な連中だとでも思われたか? だとしたら心外だぞ。早急に詫びを求めるぞ」

 

 ディアーチェの言葉に驚き、軽く放心していると、ゲンヤの笑い声がリビングに響く。

 

「はははは! そりゃあ困ったなぁ! あぁ、確かにそりゃあ死なれたら困るわなぁ! おい、俺もこれ以上食費を増やす予定はねぇからお前も死なないでくれ。なにせスバルとギンガがバカの様に食うんだ。これ以上増えたら俺なんか副業はじめなきゃいけねぇよ。というかスバルとギンガの食費で圧迫が凄まじいんだけど」

 

 最後だけ妙にリアルな事をしゃべっているゲンヤの言葉には苦笑するしかない。が、そうか―――俺がいなくなったら狂う様なやつも出てくるのだ。そういう事を考えると簡単に命を手放す事も出来なくなってくる。実に困ったものだ。基本的に戦闘スタイルが捨て身のインファイトだから命を賭けるのが基本なのだが……実に困った。

 

「はぁ……」

 

「ま、慕われているようでいいじゃねぇか。あ、手は出すなよ? 犯罪だからな」

 

「出しませんよ。女ってよりは今の所娘って感じですし」

 

「今14だっけ? あと4、5年待ってろ。そん時アピールされたら回避できなくなってっから」

 

 妙にリアルな事は止めてほしい。確かにそれだけ歳を取っていれば一応守備範囲内だが、逆に食われそうで恐ろしいと言う気持ちの方が込み上げてくるのだ。この調子で18になった時に風呂に入られたら流石に理性がヤバイかもしれない、というかヤバイ。……今のうちに教育しっかりしておいた方がいいのかも知れない。

 

「ま、話に関してはいろいろありがとうよ。色々腑に落ちないところがストン、といった感じだな。こっちでも調べられるところは調べておく。ただあんましおおっぴらにはできねぇから期待すんなよ?」

 

「提督とかにコネ持ってる人が味方についたってだけで大分助かりましたよ」

 

 実際こうやって歳を取った人間は意外なつながりを持っている。まずゲンヤの場合だと陸の他の隊に顔が利くだけじゃなくて、同期であれば海の方にだって顔が利く。一部、空にも顔が利く部分がある。まあ、だからこそはやての研修にも使われた隊なのだろうが。まあ、味方が増えたのは良かった。万が一があった場合、この人なら俺の意志を汲んでくれるとも思う。

 

 だから、とりあえずこの話はここで終わりだ。

 

 大分冷たくなった茶を持ち上げ、飲む。結構渋いが、それがこの茶の味だと思う。横にいるディアーチェはその苦味がダメらしく、最初の一口で顔をしかめてからジュースへと飲み物を変えてもらっている。

 

「ふぅ」

 

「なんか楽になった、って様子だな」

 

「いやぁ、そりゃ大分楽になりましたよ。今まで相談する事はできませんでしたからね。マテリアルズの存在がバレている事と、スカリエッティが本格的に管理局と敵対してくれたおかげでようやく口に出して相談したり外へ連れ出せるようになった、って状況ですからね。正直こうなったら外へ連れ出してやりたいんですけど」

 

「ま、一人ぐらい協力者は欲しいよな。お前の相棒は?」

 

「まあ、黙ってくれるそうですけど近いうちにウチへ呼んで紹介するつもりです。その場合シュテルが何かやらかしそうですけど」

 

「というかやつの事だから確実にやらかすんじゃないか? ああ見えて、というか見た目通り負けず嫌いだからまず全てにおいて上回ろうとするぞあやつは」

 

 ディアーチェの言っている事は理解できるし、想像もできる。だがそれを考え続けると軽く鬱になりそうなのでこれ以上考える事を止める。まあ、来たらきたで、その時どうするか考えればいいのだ。決して考えるのが面倒だとか、そんな事ではない。

 

「ま、とりあえず今はこれでいいとして、問題は自分自身の事なんですよね」

 

「将来に誰を選ぶか、か?」

 

 軽く拳を握ってゲンヤを脅迫する。横でディアーチェがピクリ、と動くが基本無視しておく。貴様はひっこんでいろ。

 

「いや、軽く自分の実力に行き詰まりを感じているので。一応覇王対策にそれ関係の書物を読み漁ったり、それに対抗して勝利した事のある武術を軽く習得してみたんですけどそれじゃまだ純粋に出力違いで勝てなさそうなので、経験の差を技術で埋めるにしても技術的にも上回られていたなぁ……」

 

「お前、あんまし贅沢な事を言うなよ。エースやストライカー級で格闘型の魔導師ってアホみたいに数が少ないんだぜ? というか管理局じゃなくてベルカ教会を当たれよそれは。お前陸戦AA? AAAだっけ? それだけありゃあ自分の流派でも打ち上げるか一流の武術家として名乗れるだろうに」

 

 まあ、比較している相手が悪いのは自覚している。覇王、何て自分の完全上位互換キャラ相手にどう対抗しろ、という話だ。技術は相手が上、経験も相手が上、そして魔力まで相手が上。魔法の適性とかは相手の方が恵まれている。ほら、どこからどう見ても上位互換キャラ。前回は良く打ち合えたと思うが、思い出してみればあの覇王クローン、一度たりとも回復魔法やらフルドライブモードの使用をしていなかった。

 

 そう考えるとあの時は少しだけだが手加減されていたのではないのだろうか。

 

「クイントが生きてりゃあ相談に乗れたかもしれないけどよぉ、俺が知っている限り純格闘戦で一番実力あるのはお前だぞ? というかウチの娘どもにあとでいいから軽く稽古つけてやんねぇかな。ギンガもスバルも将来は俺みたいに陸士になるつって体鍛え始めてんだよ。これで才能あふれてると来るから困った」

 

「あ、いえ、それは全く問題ないというか此方から色々と邪魔をしている分是非ともさせてもらうと」

 

「おぉ、助かるぜセンセ」

 

「止めてください」

 

 ゲンヤは大声で笑うが、本当に先生とか呼ばれるのは勘弁してほしい。己の未熟さと至らなさを知っている存在からしては非常に不適切な呼び名だと思っている。それに半分ばかし修羅道に使っているから人に教えられるような拳筋でもない。最近では特に殺人特化していて普通の犯罪者相手にはまず振るえない代物になってきている。

 

「魔法とかはどうなんだ?」

 

「それに関しては我らが見ている。もうこれ以上なくスマートにカスタマイズしておる。これ以上強化するのであれば出力を上げなきゃならんな」

 

「才能に逃げられたな」

 

「知ってますよーだ」

 

「そう膨れんなって。俺みたいに全くねぇのよりははるかにマシな部類だろ? ほら、俺の分も頑張ってしっかりとぶん殴ってもらわなきゃ困るんだよ。だからお前もさっさとブレイクスルーでもなんでもしてストライカー級魔導師にでもなってくれよ。軽く勝ち目見えねぇんだから」

 

 ストライカー級魔導師で思い出した。

 

「これ、ちょっとした小話でなのはから聞いた話なんですけど、Sランク魔導師試験の内容が割と頭おかしくて」

 

「ほほう?」

 

「総合AA級魔導師を二人同時に相手にして倒さなきゃいけないって内容なんですよ、これが」

 

「あぁ、頭がおかしいな」

 

「そうか? 我ら辺りは割と楽にこなせそうだが」

 

 ディアーチェがそういうのは簡単だ。何せそれだけの魔力と適性を持っているのだから。正直な話し、ジャガーノートをぶっぱし続ければそれだけで勝利できるのだろう、ディアーチェなら。逆に言えばストライカー級魔導師に求められる”最低限”のレベルがこれだという事だ。空戦も陸戦も十全にこなせる総合AAの魔導師を二人同時に相手にして勝利する事。ストライカー級であるならば最低限そのラインを超えなきゃ名乗る資格さえないと。

 

「ま、普通に考えれば尖らせるだけじゃねぇのか?」

 

「案はあるんですけどねぇ」

 

 案ならあるのだ。ただ尖らせれば尖らせた結果、何かを失うという事だ。だからここら辺の選択はしっかりと考えてしなくてはならない。まぁ、今はまだ時間がある。ゆっくりとはいかないが、考える時間はある。

 

 ともあれ、

 

「今日は付き合わせて悪いなディアーチェ。あの連中で一番こういうことに向いてそう、というか紹介しても安心できるのはお前だからな」

 

「それ、嫁の紹介に聞こえるぞ」

 

「ほう、塵芥にしてはいいことを言うではないか。いいぞ、もっと言うがいい」

 

 ディアーチェの額にデコピンを叩き込むのと同時に家のベルが鳴る。それは来客か帰還を告げるものだが、さっと壁にかかった時計を確認すれば、それが子供たちが家へと帰ってくる時間を示すものだと解る。そしてそれを理解すると、腹に少しだけ、重みを感じる。

 

「実は裏庭に抜け道があるんだぜ、ウチ?」

 

「何裏庭に遊び心いれてるんですか」

 

「いやぁ、クイントとは息があってなぁ―――まぁ、問題ねぇんならいいんだよ。お前もティアナもいい加減早く顔を合わせておけ」

 

 そして、玄関の扉が開く音が聞こえる。久しぶりに会う人物に対してどういう表情を見せればいいのかと、そう思うと少しだけ罪悪感に痛みを感じ、

 

「安心しろ」

 

 横から声がかかる。

 

「我がいるのだ、心配する事はなかろう?」

 

 ディアーチェの言葉に、痛みが和らぐ。罪悪感は消えるわけではないが、それでもそれは十分すぎる言葉だ。

 

「―――ただいまぁー!」

 

 そして、時はやってくる。




 ゲンヤさんに何らかの旗が立ちました。デスノボリじゃないといいね! まあ、子供が活躍しまくりのなのは二次ですが、レティやリンディ、ゲンヤといった大人なキャラクターはもっと活躍してもいいと思うんですね、というか活躍しろ。だまって責任取るだけの大人もいいですが、その背中で道を教えるのも大人の仕事です。

 そんなわけで彼は、彼女は大人になれるのでしょうか? という事でまた次回。


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ミーティングズ・グリーティングズ

 平和だなぁ。


「あー、疲れた!」

 

「スバル! 靴を適当に脱ぎ捨てちゃ駄目!」

 

 そんな賑やかな声が玄関の方から聞こえてくる。相変わらずにぎやかさでは我が家には負けないな、と思って視線をゲンヤへと向けると、ゲンヤも肩を揺らして苦笑する。思っている事は案外一緒なのかもしれない。ソファに深く座り込み、”緑茶”と呼ばれるお茶を飲みながら心を落ち着かせていると、リビングの扉が勢いよく開いた。

 

「お父さんただいま!」

 

 勢いよく扉を開けて入ってきたのはスバル・ナカジマ、この家の次女で、年齢はまだ9歳の少女だ。それでもこの家にいる娘たちの中では一番アクティブで、一番のトラブルメイカーかもしれない。我が家で言うレヴィのポジションだろうな、と元気そうな姿を見ながら思う。

 

「ちょっと、スバル! 靴を見ればお客さんが来ているって事が解るでしょ!」

 

 そう言ってリビングに入り、真っ先に頭を此方へと向けて下げてくるのがスバルの二歳年上の姉、ギンガ・ナカジマ。ゲンヤの話では母親のポジションを取って家事などをやっているのがギンガで、スバルにとっては姉であり、母でもあると言える人物。スバルもギンガに指摘されて此方に気づき、手を振ってくる。

 

「お久しぶりですイストさん」

 

「久しぶり師匠」

 

「名前で呼べよテメェ」

 

「えー! 師匠の方がかっこいいよ!」

 

「この子は……!」

 

 ギンガはもっと怒ってもいい。何よりスバルの為にもっと怒るべきだ。平気な顔をして師匠、何て誰かを呼べるのは子供の間だけだ。何せ、大人になると師匠、と普通に身近な人物を呼ぶと変なものを見る様な視線で見られるのだ。黒歴史入りは確定的なので直ぐにあだ名をつけるクセや、思い付きで発言するクセは直しておいた方がいい。じゃなきゃ痛い目を見る―――まぁ、大体の男はそれを経験して大きくなるわけだが。

 

 そして、その二人に続いてやってくるのが―――、

 

「―――ただいま、そして……お久しぶりです」

 

「おう……久しぶり、ティアナ」

 

 ティアナ・ランスター、10歳。俺の所で預かる訳にもいかず、かといって一人にさせておくわけにもいかず、唯一信頼できそうな知り合い―――つまりゲンヤ・ナカジマへと預けたティーダの妹。今となっては天涯孤独の身だが、不健康そうな様子はない。見た感じ体に傷もないようだし、此方を見て露骨に驚いた様子を見せている所以外にはどこもおかしなところはない―――安心した。

 

「……」

 

「……」

 

 どちらからも口を挟む事は出来ず、ただお互いの様子を見て黙る時間が増える。どうなのだろうか、彼女から見て自分は。生き残ってしまった憎い仇として見えているのだろうか。もしくは兄の親友として見てくれているのだろうか。……それとも無責任に他の家へ預けた知らない人なのだろうか。正直な話、ティアナとの付き合いはティーダと比べればほぼない。だから彼女が自分をどんな風に思っているかは全く分からない。ただ、どんな形であれば彼女が元気そうな姿を見せているのであれば、それでいいと思う。それが俺としての結論。

 

「うん? 何を固まってるのティア?」

 

「あ、う、うん」

 

 スバルに揺すられ、ティアナがようやく口を開き、

 

「今度会ったら怒鳴った事を謝りたいとか言ってなかったっけ」

 

「こら! バカスバル!」

 

 ティアナが即座に大声でスバルの言った事を隠そうとするが、その言葉はしっかりとこっちの耳へと届いていた。そしてその言葉は意味はちゃんと理解できる。つまり、ティアナは此方に対して一定の許しを持っていたのだ。そんなティアナが軽くスバルを叩いたところで、近づいてくる。

 

「えーと……その……あの時は怒鳴ったりしてごめんなさい。ちょっと感情に任せて心にもない事を言っちゃった」

 

「いや、いいんだ。間違いなくアイツがいなくて俺がいるのは、俺が間に合わなかったせいだから」

 

 せめて、俺がもっと強ければ―――強ければティーダに合流して、彼を守る事が出来たのだろう。だが俺にはそこまでの実力はないし、あの怪物を一瞬で倒せるような実力をつける事もないだろう。だからこそ後悔は―――ない、と言えば嘘になる。

 

「ううん、いいんです。あの後ずっと入院しているって知ってますし、今もずっと追いかけてるってゲンヤさんが教えてくれましたし」

 

 軽く視線をゲンヤへと向けると、ゲンヤが素知らぬ顔で視線をそむける。まあ、割と派手に動いていたので知られないなんてことはないと思っていたが、それにしてもそれをティアナに話すとかこの男、無駄なフォローを入れてきたな。

 

 と、そこで軽くディアーチェが横を肘で突いてくる。

 

「慰めてほしかったら胸を貸すぞ?」

 

 お前、そのセリフはせめてもうチョイ育ってから使え。

 

 と、スバルの活躍もあって空気はようやく動き出す。安堵に息を漏らし、ソファに深く沈み込む。これでだいぶ心が楽になった―――あぁ、許されていて本当に良かったと思う。親友の義妹に恨まれてたら本当に嫌なやつでい続けなければならなかった。それは実際疲れるし、いい思いをしない連中もいる。ともあれ、スバルのおかげで助かった。本当にありがとう。

 

「えーと、イストさん? 横の方は?」

 

「む」

 

 そこでようやくスポットライトが横に座っているディアーチェへと当たる。視線を軽くゲンヤへと向ければ、短いハンドサインで隠すとこは隠せと示してくる。やはり本人や関係者とはいえ、子供を巻き込むのはよくない。それに関しては賛成だ。

 

「こいつはウチで預かっているヤツでディアーチェってんだ。お前らよりは年上だけどオツムの方はそう変わらないから仲良くしてくれよ」

 

「コラァ―――!! ちょっとまったぁ―――! 我のオツムが同レベルとか流石に酷過ぎではないか!? レヴィならともかく! レヴィならともかく!」

 

「そこでレヴィの名前を2回も言ってやんなよ。言いたい事は解るけどさ」

 

 我が家で一番のアホの子、こういう時に真っ先にネタにできるのが彼女の存在のありがたさだ。とりあえず自分が底辺にいないという認識は素晴らしく必要だ。たぶん我が家にいる全員、レヴィに頭脳関係で負けたら一生立ち上がれない。でもああ見えて結構頭のいい所もあるからなぁ、呟いたところで。

 

「まぁいいや!」

 

「我の存在をまあいいやで済ませおったぞコイツ!?」

 

 スバルの大物っぷりは今に始まった事ではないと思う。軽くかかって来いと言ったらまず最初に容赦なく金的狙ってきたお嬢様は凄まじいな、と思う。

 

「それよりも師匠! 稽古付けてくださいよ稽古! 前教えられた正拳突き毎日欠かさずやってるんです!」

 

「マジすか」

 

 ゲンヤへと視線を向けると、首を縦に頷く。

 

「大マジ。スバルだけじゃあくてギンガの方も陸士になりたい気持ちはマジの様なんでな。お前一応は格闘技系の講師としてはかなりの逸材なんだから将来に向けて少しばかり鍛えてやってくれよ」

 

 そして彼女たちが帰ってくる前に既にオーケイは出していたので、もちろん快諾する。それにスバルは顔を喜びで満たし、ギンガは惜しそうな表情を見せる。この時間から稽古をするとなったら確実に料理の時間と被るからだろう。だからそこらへんは、

 

「ゲンヤさん、ウチの王様に軽く厨房貸してやってくれません? コイツ、ウチのキッチンを支配しているんで」

 

「八神の方はそういうのダメだったんだけど、……単にめんどくさがってるだけかもしれねぇけど。まぁ、信頼されているようだし問題ねぇよ。ほら、教えてやるからちょっくらキッチンまでこい」

 

「む、何かこのために連れてこられた気がしないでもないが、まあ期待されているとあっては仕方がないな! ふふふ、この闇統べる王の実力を見せてやろう―――食卓でなぁ!」

 

 何とも小さい戦場なのだろうか。そこらへんで満足してしまう辺り、我が家の破壊兵器共は割と良心的というか、実に安定しているもんだと思う。飴をあげれば満足する水色、頭を撫でれば満足する金髪、そして仕事を与えれば喜ぶ茶髪。あの連中のチョロさは今に始まった事ではないが、本当にアレでいいのだろうか。

 

 ともあれ、

 

「んじゃ、庭、借りますね」

 

「あんまし滅茶苦茶にすんなよ」

 

「解ってますよ」

 

「あ、私靴を取ってきますねー!」

 

 何かを言い返せる前にスバルが玄関の方へと向かって走って行き、靴を回収しに行ってくる。その様子だとそのまま比較的広い裏庭の方へと向かうのだろう。元気だなぁ、と素早く頭を下げてスバルを追いかけに行くギンガの姿を眺めながらにいると、ティアナがまだ残っているのを見つける。

 

「お前は良いのか?」

 

「……私も……いいんですか?」

 

「……お前の兄貴に並んで戦ってきたのは俺だぜ? 誰よりもアイツの弾丸を、ランスターの弾丸を見てきたよ」

 

「なら―――お願いします」

 

「……おう、知っている事、覚えてる事を全部望むままに教えるさ、お前の兄貴との約束だしな」

 

 ティアナと並んでナカジマ家の裏庭を目指す。

 

 

                           ◆

 

 

 去って行くイストとティアナの後ろ姿を眺め、そしてそれから息を吐き出す。正直な話、いまいち不安だ。何せ、

 

「いまいち不安定か」

 

「む」

 

「そう思ってそう見えたんだろ? ほら、どうなんだよそこらへん」

 

 キッチンに残ったゲンヤがフライパンや鍋、食材を色々と取り出しながらどこに何があるのかを紹介し始める。それを一つ一つ確認し、脳内で作れそうなものを確認し、折角台所を借りるのであれば得意な料理を―――作り慣れたベルカ系列の料理にしようと決めて、肉があるのも再び冷蔵庫を見て確認する。今一瞬地面が揺れた気がしたが、何か震脚でも叩き込んだのだろうか。ともあれ、運動したら肉だ、肉。肉料理にしよう。

 

「そうだなぁ―――あの娘、いまいち固まっておらんな。今は比較的安定しているだけで、何か衝撃的な事実でもあれば大きく傾きそうだな。……たとえば我や貴様の娘が仇によって生み出された存在である、とか」

 

「王様を名乗るだけはある、って事か」

 

「愚か者め。我は闇統べる王ぞ。臣下や民の事を理解できずして何が王か。心や思考が読めずとも人のあり方を見るには何も不都合はなかろう、何せ我は王だからな」

 

「羨ましいこった。お前の様な部下が俺は欲しいよ」

 

「残念だな。おそらく我や我が臣下の持ちうる戦闘者としての才や資質は不測の事態が起きない限り一生振るわれる事はあるまい。―――あぁ、おそらく普通の娘として育ち、普通に恋をして、普通に結婚をし、普通に子をなして死ぬ。そのような人生が待っておるのだ。我は疑うことなく幸いだ。何せこれだけ思われて天寿を全うできるのだ。それ以上の幸いはあるまい?」

 

「お前は本当にアイツの事が好きなんだな、ま、幸いだと信じれる人生ってのはいいものさ。期待をしない事とはまた別だ。期待の無い人生は死んでいるのと同じ、高望みしない事は叶わないと諦める事だ。何があってもそれが幸いだと思える事は純粋にハッピーな馬鹿だ」

 

「言ってくれるな」

 

 まあ、余計な事がない限りはティアナに関しては放っておいても大丈夫のはずだ。まだ数ヶ月しか兄の死から経過していないのだから不安定なのは当たり前だ。肉親や身内の死を乗り越えられない人間なんてザラにいる。ティアナの環境は恵まれているからこそ、あと数ヶ月、もしくは一年時間を与えれば十分立ち直れる―――そうすればイストに迷惑をかける事もないだろう。

 

「ふふ」

 

「あん?」

 

「いや、我ながら中々腐っているな、と」

 

 何せあの娘へと気をかけているのは”イストが気をかけているから”という理由が来るからだ。そしてあの娘が不安定だったり問題があれば、それは確実に彼に負担を強いるだろう。それが理由だからこそ、自分は気にしているのだろう。

 

「ゲンヤ、我は予想よりも大分腐っているようだ」

 

「おう、そのまま家の中で腐ってろ。そうしてもらった方が俺としても大助かりだ。あと重婚できる国を選んでおけ。クローン元の性能ちゃんと受け継いでるのだったら争奪戦とかやらかした場合悪夢にしかならねぇからな。俺は嫌だぞ、出動」

 

 その場合はユーリがエンシェント・マトリクスとエグザミア・レプカで無双しそうだなぁ、と自分にとっての軽い悪夢を想像する。まず間違いなく勝てない。というか勝機が見えない。レヴィとシュテルの魔力を全部分けてもらって王様最強モード入ってワンチャン……あるかも、というレベルかも。よし、帰ったら対策考えておこう。

 

 この男結構話せるな、と思いつつ、そのまま手伝いを願い出てくれるゲンヤに感謝し、夕食の準備を進める。

 

 しばらくはこういう、なんでもない日常が続く事を祈りながら。




 そんなわけでティアナちゃんは割と平気ですよ? という感じのお話でした達観組からするとそれでも若干不安定だけど時間がありゃあどうとでもなる、って認識でしたね。まあ、しばらくは平和ですし問題ないんじゃないかな(棒

 誰が一番揺れてる? という事でまた次回


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セッティング・サン

 マテ子のターンですねー。


 ナカジマ家へとディアーチェを紹介してから数日、特に事態が動く事はなかった。アレがスカリエッティの言うとおりの管理局からスカリエッティへの敵対行為だったのであれば、スカリエッティ側も決して暇だというわけではないのだろう。おそらくだが管理局側が与えていた資金はストップしているし、口座も凍結させられてだけではなく、自分以外にも恨みを持つ人間かハンターが狩りの真っ最中だろう。彼らが自分よりも実力のあるストライカー級魔導師であればいいのだが、自分よりも弱い魔導師ならば間違いなくあの覇王やクローン・リインフォースの餌食だろうなあ、と思考する。最低でもエース級じゃなきゃ逃げる事も叶わない。

 

 職場へと見事復帰できるようになって、仕事をしながら無限書庫に通い資料を集め、解読しながらそれを研究し、技術として身に着け再現する。そんな日々が状況が進展するわけもなく続く。アクションもなく、何か大きな発見がある訳もなく、時間だけが普通に過ぎ去ってゆく期間。それは普通に考えればこれ以上ない幸いであるべきなのだろう。だがそれが嵐の前の前兆にしか最近は感じられなく、若干じれったくも感じる。この平和な刹那が愛おしい事実に変わりはない―――だがつけぬばならない決着が付けられずフラストレーションがたまって行くのも真実だった。

 

 ―――イライラしてんなぁ、俺。

 

 休日、時間的に特にする事もなく暖かい日差しに当たりながらソファに座り、春の陽気を肌で感じているとソファ越しに後ろから首に抱きついてくる存在がいる。誰だ、と思っているとふわ、っと金髪が此方の顔の横にかかる事から誰だ、という質問には答えが出た。

 

「ユーリ」

 

「イスト」

 

 特にする事もなくぼーっとしていた頭を動かし、視線を背後へと軽く体をよじる様に向けると、ユーリが笑顔で此方を見ていた。

 

「―――デート、しませんか?」

 

 

                           ◆

 

 

 バイクを止めて鍵をかける。渡してくるヘルメットを受けとり、自分のバイクの中にしまう。そして鍵をかけたバイクの横にある機械に暗証番号を入力し、デバイスを使って支払いを済ませればバイクがリフトに乗せられ、そのまま地下の駐車場へと運ばれて行く。その様子を眺めてから背後、お出かけ用の服装に着替えたユーリの姿を見る。

 

「お前、いきなりデートとか言ってくるもんだからシュテルが椅子から落ちてたぞ」

 

「一緒にお出かけするんですからデートじゃないですか」

 

「そのアプローチにはあと数年足りないなぁ」

 

「あと数年って言い訳、その数年が経過すれば通じなくなること解っていますか?」

 

 そう言われてしまうと何も答えられなくなってしまう。まぁ、その頃にはきっと答えは出るか、別の男でもひっかけているだろう。ほら、ユーノ辺りは超優良物件だし今度紹介―――は出来ないだろう。相変わらずあんまり人の多い所へ連れて来たくはなかったのだが、押し切られるようにお願いされてしまったのでは仕方がない。何かと甘いと自負しているが、まさかミッド中央まで連れてゆく程甘い人間とは思わなかった。

 

 ……ちょっとだけ自分の将来が心配になってきた。

 

「さ、そんな事よりも今日は遊びますよ。こうやっ