マテリアルズRebirth (てんぞー)
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Prologue ―Rebirth―
ファースト・コンタクト


「しゃ、ら、くせぇ、んだよ……!」

 

 拳に魔力を込め、それで殴る。拳が敵を貫通し、鋼の体に突き刺さる。精密機器で構成されているボディはそれだけで異常を来たし、壊れる。最後の攻撃に、と放たれる爆発は此方のプロテクションによって逸らされる。防ぐ、のではなく逸らす。プロテクションに至近距離からの爆発を防ぐだけの力はない。そこまでの魔力を振り絞るのは悪手だ。だからこそ小賢しい技術で衝撃を横へと流す様にして前へと進む。

 

 そうやって見えるのは更に迫ってくる鋼のオートマタだ。それらが複数、列をなして出現してくる。元々狭い通路での戦闘だ。予め入手しておいたマップによればこの先は行き止りになっているはずだ……隠し通路でもなければ。ともなれば、これが最大戦力だろう。この先にターゲットがいる事は確実だ―――ならばやる事は一つのみ。

 

「回り道を知らんから正面から圧倒する」

 

 通路を埋める程に出現しているオートマタの群に対して先の先を取る。プログラムが攻撃のルーチンを開始する前に体勢を低く、魔力で全身を強化し、一気に瞬発する。狙うのは必殺のコンビネーション。

 

「ふっ!」

 

 接近と同時に浸透勁の拳を叩き込み、それに更に魔力を込めて相手を殴り飛ばす。オートマタが吹き飛び、後続とぶつかり合いながら爆発する。そしてそのまま腕に込めた魔力を砲撃魔法として殴り飛ばす様に発射する。

 

「しっ!」

 

 拳から放たれた砲撃は一直線の蒼いビームとなってオートマタを飲み込み、爆発する。その一撃で大部分が爆発四散し、通路が大分クリアになる。だがそれでもまだ少数残っている。それを確認し、ビームの余波が残っている瞬間に飛び上がり、天井を蹴って体を一気に加速させながらキックを繰り出す。

 

「フィニッシュ!」

 

 蹴りぬいて向こう側に見える最後の一体に対し、前転する様に踵落としを食らわせる事によって砕きつつ着地する。素早く飛び越える様に移動し、背後で爆発を感じる。万が一に備えバリアジャケットを張り直し、首に巻いたぼろぼろのマフラーの位置を調整する。左手で右肩を掴み、右腕を軽く回し、首を左右に振る。軽くばき、ぼき、と音を鳴らして体の調子が良好なのを確認し、両腕の肘までを覆う無骨で鉄色のガントレットの姿をしたデバイスに視線を向けずに声を投げる。

 

「どっちだ」

 

『Straight ahead, then to the right sir. Don't get lost, our dinner is on this』(真っ直ぐ進み、次に左です。くれぐれも迷子にならないでください。夕食がかかっていますので)

 

「あいあい」

 

 適当にデバイスの小言を聞き流しながらゆっくりとした歩みで先へと進む。何度か行ったスキャンで隠し通路の類は見つかってはいない。唯一の懸念は転移による離脱だが、それもジャマーを仕掛けているのでそうそう逃げられる事はない……と、思いたい。相手がデバイスを複数繋げた並列作業での演算を行えばデバイスをおしゃかにする代わりに離脱は可能だろう。そんな手段を取られた場合は流石に逃げられてしまう。まあ、此処に来るまで時間はたっぷりとあった。ソロの仕事で、そしてアタリを引いてしまった手前、こればかりはどうしようもない。最初から”逃げられることが前提”での活動なのだ、これは。

 

 嘱託魔導師なんて管理局にしっかりと所属していなければ所詮使い捨ての駒だ。それを解っていても管理局に所属しないのはこっちの方が制限が緩く、非常にやりやすい事にあるのだが。まあ、この場でそういう思考はいらない。必要なのはここで得る事の出来る結果のみだ。

 

「さて、敵さんがそこまで追い詰められてなければ嬉しいんだがね」

 

 そんな事を呟きながら通路を進み、曲り、そして施設の最奥へと到達する。他の扉と同様メタリックなデザインであるが、ここは他よりも強固な防壁で守られており、そして横にコンソールが見える。つまりコンソールにパスを入力して扉を開けろという事なのだが、かなり複雑な内容となっている。

 

「一応聞いておくけどヒントあったっけ?」

 

『You came all the way destroying everything sir. Do you realy think anything is left?』(ここまで全て破壊してきておいて何かが残っていると思いですか?)

 

「ですよねー」

 

 ならばやる事は一つ。拳に魔力を込め―――コンソールへと向けて右拳を叩きつける。衝撃と共に拳がコンソールに突き刺さり、扉の横の壁が一気に陥没する。

 

「お、アタリだな」

 

 そのまま左拳にも魔力を込め、開けた穴へと腕を突き刺し、力技で扉の横の壁をこじ開ける。予想通りというべきか、壁の中はワイヤーやら配線やら、施設を維持するためのコードで溢れている。必然的に空洞が少々ある―――扉を破壊するのよりははるかに楽なのだ。

 

「っらぁ!」

 

 力を込めて横へと引き裂く様に力を込めれば、壁が左右へと裂け、人が通れるほどの道が出来上がる。この壁の中身が全て金属でできているのであればまた話は違ったのかもしれないが、こういう研究所は廃棄の可能性を考慮して基本的に、施設機能以外では作りこみが甘くなっている。これも今までの研究所への襲撃の経験が教えてくれることだ。

 

「とうちゃぁーく」

 

『Nice smile mister』(いい笑顔をしていますね)

 

 それを人は威嚇と呼ぶ。

 

 踏み込む部屋は暗く、電気がついているようには思えない。どうやらハズレ……ではなく撤収された後だったらしい。ある意味で言えば予想通りの結果だ。元からそれを予想していただけに驚きは少ない。電気がついてないのも電気を消して去るだけの余裕があったのか、もしくはオートなのか。まあ、どちらにしろふざけているのには違いない。

 

『There is someone in the room sir』(部屋の中に誰かいます)

 

「カッ、逃げ遅れか?」

 

 前へと踏み出していた足を引っ込め、素早くバックステップを取る。そうしてデバイスが感知した生体反応を肌で感じようと、気配を探る。そして感じる人の気配は―――四人分だった。予想外に多い事に戸惑い、そして別の事に戸惑う。

 

 この部屋へと踏み込んで既に数秒以上が経過しているのにアクションがない。

 

「ベーオウルフ」

 

『Yes sir』

 

 口にしなくてもしてほしい事を相棒は理解してくれる。魔力を少しだけ消費し、それで光源を生み出す魔力の球体を生み出す。それを天井に浮かべれば、部屋の中身が見えてくる。

 

「……ッチ」

 

 部屋に存在する物を確認し、そして照明のスイッチを見つける。一旦球体を消し、そして今度は部屋の電気をつける。部屋に電気が回ったことにより部屋にあったものが更に良く見える様になりそれらを腕を組んで、見る。

 

 ―――それはポッドだった。

 

 ポッドの乱立する部屋であり、その多くの中には人間らしき形をしたものがある。いや、人間になれなかった者たちだろう。上半身だけ出来上がっている者がいれば、皮膚のない者、骨と内臓のみの者と、激しくグロテスクな絵が延々と続いている。準インテリジェントデバイスであるベーオウルフは生体反応を四つ見つけたと言った。そういう事ならば、ここの研究の完成品、もしくは研究の生存者が四人残っているという事になる。

 

 衝動に任せてそれを探す前に、頭を冷静にする。

 

「ふぅー……オーケイ。心は熱く、頭は冷静に、だ」

 

『Your heart beat is telling me that you are not cool at the moment』(心拍数がクールではない事を証明していますが)

 

「黙って見逃せよお前」

 

『I must also say that the age of 18 is that not yet old』(あと一応付け加えておきますが18歳ではそこまで歳を取っているとは言えません)

 

「少なくとも9歳から嘱託魔導師やってんだからそれなりにやってるだろ。それよりも」

 

 近くの端末へと移動する。此方もまたコードやらIDを必要とされている。が、勿論そんなものは一つもない。端末を軽く調べ、下の方にメンテナンス用ハッチを見つける。魔力で強化した指をハッチの隙間に突き刺す、そして指をフック状にしてこじ開ける。

 

『Nice work master』(良い仕事かと主)

 

「じゃあお前の番だッ、と」

 

 そのままメンテナンスハッチの中へと拳を叩きこむ―――もちろん、壊すつもりはない。

 

 ここで白状するのであれば、俺という魔導師はそこまで”魔導師”というスタイルではない。魔力で自分をブーストし、接近して殴るガチガチのタンク、陸戦タイプのパワーファイターが俺のスタイルとなる。故にデバイスも特別頑丈なものが要求され、そして必要される術も非常に少ない。強度をアームドデバイスとしておけば特に変形機構もいらない。……ともなれば、それなりのデバイスであれば領域が結構開く。ここでソロによる仕事が多い嘱託魔導師はどうする? その答えはシンプルであり、

 

 苦手な分野をカバーさせるという事に尽きる。

 

 嘱託魔導師は本人が一芸特化、そして苦手な分野を使い魔かデバイスの領域一杯にぶちこむことで、シングルでも最大限の結果が引き出せるようになるのが理想的だ。故にそれは俺にも適用され、こういう仕事の場合は余分な術式を全てそぎ落とし、容量領域いっぱいをハッキングやクラッキング用の術式で埋めてある。

 

 端末のコードを力いっぱい握り、ベーオウルフにデータの中身を洗わせる。

 

「どうだ?」

 

『Sorry sir, most of the data are deleted』(すみません、ほとんどのデータが削除されています)

 

「ま、敵さんもマヌケじゃないって事だな。ま、十中八九プロジェクトFの残滓か何かだろうな」

 

 人工的に人間を、魔導師を作り上げようとするプロジェクトはそれぐらいだ。噂によれば、管理局の暗部でも安定した戦力を生み出せないかとプロジェクトFを引き継いで何かをやっている、なんて話があるが、

 

「あぁ、怖い怖い」

 

 それは噂の領域を超えない。いや、噂の領域を超えてはいけない。それを噂の領域から超えさせようとする存在がいれば、間違いなく管理局によって消される。特に嘱託魔導師一人、消すのは簡単すぎる話だ。適当な任務で辺境へと送り、別の命令を与えた魔導師に撃墜させる。適当に情報改竄し、ハイ、終了。権力を持つ連中に逆らう事だけは絶対にしたくない。さて、

 

「―――永遠の眠りへつけぬ者達へ慈悲と安息を」

 

『Amen』

 

 ベーオウルフの操作により生存者と思わしき四つのポッド以外、十数もあるポッドの稼働が終了する。魔導科学により死んでもなお、大地へと還る事が許されなかった命はこれからゆっくりと他の命と同様に腐り、散る事が出来るだろう。死んでいるどころか魂すら宿ってはいない肉塊だろうが、それでもやらない善よりはやる偽善という言葉があるだろう。少なくともこれで自分は満足できたので良しとする。問題は残された四つのポッドだ。

 

 他のポッドの光が消えた中、四つだけまだ稼働しているポッドが存在する。手を端末から抜き取ってベーオウルフのハッキング作業を終わらせ、部屋の一番奥に並ぶ四つのポッドを見る。他のポッドと比べ、この四つだけは繋げられているコードの数が多く、一回り大きいように見える。近づきながらまずその中身を見る。

 

 その中で浮かんでいるのは予想通り少女の姿だった。いや―――少女にしては少々成熟している。

 

「12……いや、13歳くらいか?」

 

 裸の少女が目を瞑り、ポッドの中に満たされた液体の中に浮かんでいる。どうやら液体に酸素を運ぶ役割があり、そのおかげで溺れていないように見える。詳しくは知識がないので判断することができない。

 

『You must notice its a girl in this』(その中にいるのが女の子だという事には気づいていますか?)

 

「見りゃあ解るだろ。ロリコンでもペドでもねぇから観察程度なら問題はないだろ」

 

 管理局へと報告すれば彼女たちも保護されて、里親を見つけてそれなりに幸せな生活を送る事になるだろう。その後管理局に入局するかどうかは完全に彼女たちまかせの話だ。

 

「さて、此方は、っと……」

 

 横へとズレ、他のポッドの中身を確認する。次の少女も特に肉体的欠損は存在しない健康体らしく見える。此方も前と同様12、13歳ほどの少女で、次に確かめる少女も年齢は似た所、そして健康体に見える。医者でもなければそこらへん詳しい事は解らないが、自分にはそう見える。そして最後のポッドも同じく、12歳、13歳ほどの少女だった。彼女たちの姿を見て、軽く頭を掻く。

 

「チッ、何か引っかかる」

 

『Master?』

 

「どうにも釈然としない……」

 

 ポッドの中身の無事は確認できた。これは研究の成果に見えるけど―――少々おかしい。

 

 ……何故、こうも綺麗なんだ?

 

 この四人の少女達が間違いなくこの研究施設の研究対象―――いや、完成品と見た方がいい。それはこの部屋を見れば一目瞭然なのだ。だからこそ嘱託魔導師としての勘がおかしいと声を上げている。なぜなら、先ほど思ったように状態が綺麗過ぎるのだ。

 

 ギリギリ逃げるとしても、俺が次元犯罪者であれば自分へと繋がるような証拠は絶対に残したくない。データの消去は完璧だったのに、何故こうも実物が残っている。そこがおかしいのだ。削除されたデータはベーオウルフでさえサルベージは無理だったのに、こうやって実物を残してしまえばどうぞ調べてくださいと言わんばかりだ。研究者なら、データさえあれば実物を破壊してもいいはずだ。だからこそのイタチごっこ、面倒、終わらない悪行だ。だがここには明確に残る証拠を残してしまった。

 

 何故だ。

 

 良く解らない苛立ちが襲う。少しだけ乱暴にぼさぼさの髪を掻き、既に乱れていた髪を更にめちゃくちゃにする。ポッドの裏にデスクがある。その上には何も置かれてはいないが―――引き出しを引っ張れば、その一段目に書類と手紙が置いてあるのを見つける。

 

「Present for you……”貴方への贈り物”か。ふざけやがって」

 

 書類をチェックする。書類の中身はここで行われている実験の詳細を抜いた、大まかな報告書だった。プロジェクトFによって生み出す検体の効率化、安定化、質の向上、とにかく節操なくプロジェクトFに関する追及が行われていた。

 

 数年前”地球”という世界で発生したジュエルシード事件。

 

 この事件はプロジェクトFに対してある価値観を与えた。

 

 つまりクローニングによる質の高い魔導師の作成は有効、という事だ。

 

 フェイト・T・ハラオウンを見ればその有用性が見えてくる。クローンでありながら、確実にプレシア・テスタロッサの娘としての素質をすべて引き継いで生まれてきた存在。彼女を安定してプロジェクトFで生み出す事ができれば―――なるほど、それは素晴らしい。初期の教育さえ気を付ければ忠実な兵士を作り上げる事が出来るのだ。この報告書は必要なデータや手段を見せずに説明する内容だった。

 

 簡単に言えばこうだ。

 

 ―――これを使って管理局へと攻撃を仕掛けるぞ、と。

 

「クッソくだらねぇ……」

 

 破り捨てたい衝動に駆られながらも自制心でそれを抑え込み、書類を読み進める。この報告書がこの四つのポッドの事を知る手掛かりとなるはずだ。そして見つける。

 

「……なんだこれ」

 

 ―――マテリアルズ事件の三つのマテリアル、そして盟主のプロジェクトFを通した再現再生。同一存在をそれぞれに適応する人物の遺伝子を持って―――。

 

 マテリアル事件なんて事件を初めて聞くが、この四つのポッドは、クローン、それも今、管理局で有名になってきている人物たちのクローンだ。

 

 ヤバイってレベルじゃない。

 

 しかもマテリアル事件なんて事件―――。

 

「ベーオウルフ、マテリアルなんて名称の事件は過去に存在したか?」

 

『Searching……date not found』(検索中……該当なしです)

 

 つまり”なかった”という事になる。いや、”された”という認識の方が正しい。

 

 あ、ヤバイ。俺消される。

 

 管理局がなかったことにする事件なんてよほどの事ではない。厄ネタってレベルじゃない。知っていてはいけない事実なのだ。しかもそれにエース・オブ・エースや金色の死神が関わっていたとなると更にヤバイ。高町なのはと言えば管理局の”お気に入り”だ。彼女に対して傷がついてはならない。

 

「消す……か?」

 

 この書類のマテリアルズ等という事に関する記述、そしてこの四つのポッドを破壊すればそれで済む。人を殺める事となるが、正直自分が死ぬよりはいい。知らない誰かを犠牲にするのと、自分を犠牲にするのと、どちらがいいと言われれば間違いなく他人を犠牲にする。

 

『Master』

 

 ベーオウルフが意志の最終確認をしてくるが、迷う必要はない。一番近いポッド―――最後のポッドの前に立つ。右拳を引き、魔力を込める。

 

「慈悲深き者に―――」

 

 ベルカ式の略式で葬送の言葉を吐こうとした時、

 

「―――」

 

 ポッドの中にいた少女が目を開けて此方を見る。馬鹿な、と口から言葉を漏らし、拳を構えたまま動きを止める。長い金髪の少女はポッドの中から此方を見て、そして、口を動かした。

 

 ―――た、す、け、て。

 

「……あぁ、クソがっ」

 

 拳を叩きつけた。



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セカンド・アンド・バッド・コンタクト

 研究所の入り口、適当な岩の上に座っていると、研究所の中から管理局の制服姿の魔導師が出てくるのを見つける。立ち上がり、形だけでも敬礼をする。出てきた相手も小脇に書類を抱えたまま、敬礼する。その動作は早いが、解くのも早い。まあ、一々硬くしていれば疲れるというやつだ。すぐに崩すとすぐに会話に入る。

 

「お疲れ様です」

 

「お疲れ様です。それで―――」

 

「はい、報告内容と見つけた内容は一緒でした。欲を言えばポッドの中身をそのままにしてほしかったですが、それも致し方がない話でしょう」

 

「あはは……」

 

 居場所の悪さに軽く頭を掻くと、管理局員は話を続ける。

 

「ポッドの稼働を停止させてしまっているので、ある程度細胞の死滅が開始してしまっていますからね。……まあ、個人的にはそれが人道的で、そして正しい判断だと肯定しますが。……あ、すいません今のはオフレコでお願いします。ともかく、お仕事お疲れ様です。あとは此方の方で引き継ぎしますのでもう帰っても大丈夫です。今回は結構暴れたそうなのでボーナスも出る筈ですよ」

 

「マジ……本当ですか」

 

 あはは、と相手が苦笑する。

 

「別に録音されている訳ではないので言葉は崩しても大丈夫ですよ。えーと使用されたカートリッジは……」

 

「あー、確か二十発だな」

 

「はい、二十発ですね。たぶん経費で落とせますので、こちらから空のカートリッジを送っておきますね」

 

 あの研究所の攻略のどこに二十発もカートリッジを使う必要があったか、と言われると、研究所を見つけるのに使ったのだ。

 

 砲撃を連射。連射。連射。連射、そして連射。そうやって軽く地表を薙ぎ払い、研究所の入り口を露出させたのだ。正直な話、相手には警戒されるがこれが一番楽な探し方でもある。どーせ索敵系の魔法はそこまで得意ではないのだから割り切ってしまえばいいのだ。地上を滅ぼす、実に楽である。

 

「ではお疲れ様でした」

 

「おー、お疲れ様ー」

 

 椅子代わりにしていた岩から離れ、軽く体を捻ったり、伸ばしたりする。管理局員が去った事を確認し、軽く息を吐く。自重する様に小さな声で、

 

「はぁ―――なにやってんだ俺……」

 

 どーせこーなるんですよね、えぇ。ベルカ男子って基本的に騎士思考だし。自分の性分だけはどうにもならないなぁ、と軽い呆れの溜息を吐いてから待機状態である普通のオープンフィンガーグローブとなったベーオウルフを見て、

 

「よろしく」

 

『Yes master』

 

 この世界が無人世界ではなく、管理世界で良かった。

 

 そんな事を思いつつ短距離用の転移術式を起動させる。目的地は最寄りの街以外にはない。

 

 

                           ◆

 

 

 バリアジャケットはとっくの前に解除されており、服装はこの熱帯の地域に適応して非常に軽いものとなっている。黒のジーンズに半ばまでめくったカッターシャツ。もちろんネクタイはなく、シャツの裾もおもいっきり出している。それでも暑く感じられるので上のボタンは二つも外している。街へと到着し、入り口近くで売っていた安物サングラスをかけ、目的地であるホテルへとやってくる。

 

 あえて観光地の近くに研究所を隠した発想は中々のものだった。何せ普通研究所と言えばそれなりに人がいないところか無人世界を選ぶものだからだ。狂気の沙汰とも言える所業だが、研究の進行を見るにかなり有効な判断だったらしい。まあ、潰してしまった今ではそれも関係ないが。ホテルに入るのと同時にサングラスを持ち上げて頭に引っ掛ける。そのままロビーまで行き、受付に顔を見せる。

 

「……」

 

 此方の顔を確認し、受付の女性が此方の要件を認識する。コクリと頷くと部屋の鍵を渡しにきてくれる。そして、他の人間には見えない様に手の中に隠していた紙幣を数枚渡す。この交換が終われば関係終了。もはやチェックアウト以外で関わる必要はない。こういう観光地で働く人間は基本的に薄給なので、お金を渡せば大抵何でもしてくれるのが便利だ。

 

 ……なんか、思考が汚れてるなぁ……。

 

 何時からこんなにヨゴレ系になったんだろうか、と軽く自虐的思考に囚われつつもエレベーターへと乗り、一気に階を上がる。駆動音を聞かせないエレベーターの静かな時間が終了し、エレベーターから降り、鍵に書いてある番号の部屋へと向かう。借りた部屋を見つけ、鍵を差し込み回す―――ハッキングができる機械式よりは鍵で閉めた方が安全性が高いというのは科学技術が発達したことに対する皮肉な事なのだろうか。まあ、それはさておき部屋へと上がりこむ。

 

 後ろ手で扉の鍵を閉めながら、中に入る。部屋は結構広い……というか四人も子供を並べるのであれば必然、広い部屋でベッドの数を多くしないといけないのである。今回はカートリッジを経費で落とせたのにそれがパァになったなぁ、等と思いつつ―――少女達を寝かせたベッドを見る。

 

 あぁ、そうだ。

 

 悪ぶっていたくせに、最終的にはポッドの中で浮かんでいた少女達を助けてきたのだ。

 

「どうやってミッドチルダに帰るんだよ俺……」

 

 確実に空港で引っかかるぞ俺。状況に頭を抱えたくなりながらも、ちゃんとベッドの上の少女達を見る。確認できるのは二人だけだ。他の二人は布団の中へ隠れてしまっているらしい。だが寝相が悪いのかベッドの上へと転がり出ている二人はちゃんと服を、パジャマを着ている。受付の女性は最低限の仕事はちゃんと果たしてくれたらしい。流石に服を着せないのはどうかと思ってたし、これで最低限の倫理観は守れている。もう少しベッドに近づいて二人の様子を窺うが、どうやら問題はなさそうだ。

 

 では、

 

「もう二人は、っと」

 

 確認するためにも少しだけでもベッドを覗きこもうとした瞬間、横から声が響いてきた。

 

「今だ! かかれぇぃっ!」

 

「はっ? えっ?」

 

 そう言って明確に指示を出したのはベッドの上で寝ている様に思えた白髪、短髪の少女だった。明確に此方を見てそう声を上げていた。そしてそれと同時に感じるのは背後からの気配だ。

 

「フハハハハッ! 僕に任せろー!」

 

 ベッドの上を確認するために片膝をベッドに付けている。その場から素早く移動するために、体をまだ場所がある左へと転がる様に飛ばす。次の瞬間、青髪の少女が先ほどまで俺の体があった場所にキックを決めているのが見えた。

 

「ちょっ、待て」

 

 ストップを呼びかけるが、返答となる返事は背後から来た。

 

「これで終わりです」

 

 そして背後から衝撃が来る。かなり固く、そして重い衝撃―――言葉として表現するのであれば、まるで花瓶を叩きつけられたような衝撃だった。というかパリーンと音を鳴らし、足元に花瓶の破片を散らしている辺り、確実に花瓶を使いやがった。痛みに反射的に頭を押さえる。

 

「ぬう、我らの完璧な連携をもってしても落ちぬか!」

 

 ぐぉぉ、と痛みの声を漏らしながら顔を持ち上げれば、先ほどまで寝ていた、いや、タヌキ寝入りしていた少女がベッドの上で仁王立ちしている。その背後で金髪長髪の少女がくいくい、と白髪少女の服の裾をひっぱっている。

 

「あの、ディアーチェ?」

 

「えぇい、心配するなユーリよ、この悪漢に我らの正義を示し自由を手にして見せよう」

 

「あ、我が王。花瓶通じない時点でたぶん無理です。詰みました」

 

「諦めるの早いなあ!」

 

 じゃあ、と言って頭の裏を擦る此方の前に構えて出てくるのは青髪の少女だ。何やらシュシュシュ、と口に出しながら色々と構え、

 

「ならば僕が相手だ! ふふん! 僕は強いぞー! 凄いぞー! 最強なんだぞー!」

 

「テンション高いなぁ……」

 

「そこには私も同意します」

 

「シュテル貴様は何諦めムードに入っているんだ!?」

 

 ディアーチェと呼ばれた白髪の少女がどうやらリーダー格らしく、茶髪の少女の言葉にツッコミを入れている。もとより戦意がなく此方を敵ではないと認識している金髪の少女はいいとして、この茶髪の少女はどうやらかなり冷静なタイプで、状況把握能力が高いらしい。おかげで此方に敵意がない事を理解しているようだ。青髪と白髪は知らん。たぶんテンションあがっているんじゃなかろうか。

 

「えぇい! やれレヴィ!」

 

「とぉぅ!」

 

「おぉぅ」

 

 白髪の合図とともに青髪の少女が一気に懐へと飛び込んでくる。魔力を使っていない素の身体能力頼みだというのに、中々すばしっこいものがある。

 

「必殺!」

 

 叫びながら青髪の少女が踏み込んでくる。

 

「秘儀デコピンカウンター」

 

「ぐわぁー!」

 

「れ、レヴィ―――!」

 

 だが飛び込んできた瞬間に合わせて額にデコピンを叩きつける。確かに早いし、鋭く、どこか完成された動きに見えるが―――やはりポッドから出たばかりか、体が運動に追いつけていない。イメージと肉体が合っていない、そういう所だ。だからあっさりと入り込んだところで動きが追いやすく、デコピンを叩き込める。

 

 そしてデコピンを受けた青髪の少女は床に倒れ、

 

「ぼ、僕はもうだめだよ王様……王様だけでも逃げて……」

 

「臣下を置いて逃げる王が一体どこにおる! 我がレヴィの仇を取るぞ……!」

 

「なんだこの茶番」

 

 花瓶をぶつけられたからではないが、軽く頭が痛くなってきた。かかって来い、と言わんばかりにベッドから飛び降りたディアーチェと呼ばれた名の少女は拳を構えているが……どう見てもその構えが素人のものだという事は解る。もう少しマテリアルズに関する資料をよく確認すればよかったのだろうが……たぶんこの娘たちはチームで運用される事を前提にされているのだろう。シュテルと呼ばれた茶髪の少女が参謀、青髪のレヴィという少女が切り込み隊長、白髪のディアーチェがリーダーでまとめ役、そして金髪の子が癒し枠に違いない。あぁ、間違いないだろう。

 

 さて。

 

「いい加減にしないと、お兄さん少し怒っちゃうぞ……?」

 

「そ、そ、その程度で我が引くとおお、お、思っているのか!」

 

「本当に大丈夫ですかディアーチェ……?」

 

 たぶん大丈夫ではない。証拠に足が小鹿の様に震えているし。なので、気づいているのであればそこのシュテルという少女に王の臣下というのであれば是非とも進言して欲しい。

 

「はい、では王よ、いい加減にそのお兄さんが優しくしてくれている内にユーリの話を聞きましょう」

 

「む?」

 

 ファイティングポーズをとっていたディアーチェは振り返ると自分の背後の方でおどおどと困っていた金髪の少女、ユーリと呼ばれた彼女を見て、そして首をかしげる。

 

「どうしたのだユーリよ。何か問題があるのであれば我に言うがいい」

 

「えーと」

 

 と、ユーリは申し訳なさそうに此方を見ながら言う。

 

「この人、助けてくれた人です……」

 

「……」

 

 ディアーチェがユーリの視線を追い。拳の骨を鳴らしている此方を見て、そして再びユーリへと視線を向ける。ユーリはそれに対して無言でコクリと、頷く事で応え、そしてシュテルを見る。

 

「これじゃあまるで我が悪者ではないか」

 

「えぇ―――ぶっちゃけると主犯ですね」

 

 無言のジト目がディアーチェに集中し、そして無言の圧力の中で、ディアーチェが困ったような表情を浮かべ、そして正座する。

 

「……いや、我な? こう、作られた存在とはいえ王様だしな? こう、臣下と盟主を守らなくてはいけない使命感があってだな? だからこんな状況、貞操を奪われる前に何としてもサイフをパクって我らのデバイスを取り返して、んでこっから自由にやろうと思ってだな」

 

「……まあ、その気持ちはわからんでもない」

 

 はあ、と溜息を吐いて腕を組む。この少女の言い分は解らないでもない。何せ、彼女たちはわけもわからない状況で目を覚ましたのだ。ともなれば、真っ先にやってくる人間を疑うか、もしくは情報を得ようとするだろう。ただ、その手段が少々お粗末なのと、そして話を最後まで聞いてないのがいけなかった。だからこそ溜息しか出なかった。

 

 ……とりあえずこの花瓶は弁償だなぁ、と思いつつ、再び口を開く。

 

「さて、俺の名前はイスト。イスト・バサラだ。第12管理世界出身のベルカ男子だ。基本的に曲がった事は苦手なんでよろしく」

 

 あ、と声を出して応したのはユーリと呼ばれた少女だった。

 

「ユーリ・エーベルヴァインです……たぶん」

 

 それに続く様に、

 

「シュテル・スタークスです。たぶん」

 

「えーと、たぶんレヴィ・ラッセルだよ! かっこいい名前だろー!」

 

「そして我の名前がディアーチェ・(キングス)・クローディアである! たぶんな!」

 

「貴様らいい加減にせぇよ?」

 

 軽く拳を固めて言うと、ディアーチェが手を此方へと向けてブンブン、と音を鳴らすほどに振る。

 

「ま、待て! 話せばわかる! 我らはぶっちゃけ記憶のインプリンテーションを受けている! だから我々が本物のコピーのコピーである事も自覚しておる」

 

 そこでディアーチェの声のボリュームが下がり、少し悲しい響きを持つ。

 

「……ゆえに我らはこの名が本当に己のものであるかどうか、それを持つ資格があるに足るかどうか。それを判断する術がないのだ。だからこそ”たぶん”だ」

 

 そうか―――そうか。この少女達はインプリンテーションで記憶と情報の転写を行われており、自分がコピーのコピー? だという事を許容している。その精神性は理解できないが、確かにそれが本当に正しいと名乗って良いのかは迷う事だろう。しかし、どうだろうか、ならば、やはり―――こういうほかあるまい。

 

「―――おう、じゃあ自己紹介が終わった所でさよならだな」

 

「んなっ!?」

 

 当たり前だ、と言葉を置き、一瞬だけ考える時間を与えてから再び口を開く。

 

「今の所お前ら人生最高の厄ネタだぞ? ―――最低限の義理は果たしたし、これで終わりだ」

 

「……待ってください」

 

 誰もが何かを言いたそうに口を開いた瞬間、一番最初に口を開き、場を制したのはシュテルだった。ディアーチェへと視線を送り、少し焦った様子でディアーチェからの頷きを得て、そして口を開く。視線は冷静にこっちを見て、

 

「……なるほど、現状を見るに我々が危険かつ厄介な荷物であると思えるのですね? つまり―――」

 

 シュテルは簡潔に言った。

 

「―――助けてほしかったらメリットを言え、と」



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トランプル・トーク

 ―――嫌な流れだと確信した。

 

 私、たぶんシュテル・スタークスという名の少女はそう思って少しだけ強く歯を噛む。自分はクローン―――プロジェクトFの派生形から生み出されたコピーのコピー。高町なのはというオリジナルワンをベースにして生成された理のマテリアルのコピー。それがこの、シュテル・スタークスという存在。その役目はオリジナルのシュテルと何ら変わりはない。即ちこの集団での理の象徴として、ブレインとして、常に最善手を思いつき、実行する事だ。そしてその為の知識を忌々しくもインプリンティングされている。必要なモノが、自分を作りものだという事を強く認識させる。本当に、忌々しい―――が、今はこれが武器だ。

 

 マルチタスクをもって思考を分割する。別々の思考行動を同時に行えるのは非常に楽だ。魔導師としては術を複数同時に行使するためには必須のスキルだし、同時に別の方向から一つの事を見る事だってできる。―――レヴィも最低で思考を五分割できるぐらいにマルチタスクというのは常識的な技術なのだ。

 

 だから分割できる最大数においてこの状況に対して正面から睨む。大胆不敵に此方を見る男は最低限の義理を果たしたと言った―――そこだ。それが問題だ。

 

 義理を果たされたのだ。

 

 自分の記憶……いや、脳に記憶されている情報と照合すれば、もし管理局にそのまま引き渡されていた場合、モルモットとして解剖される運命が待っていたに違いない。そして目の前の男、青年イストはその運命を自分の首を天秤にかける事で回避してくれたのだ。実にすばらしい事だ。無駄なリスクと罵倒する事も出来るが、助かった本人からすれば感謝すべき事だ。いや、だからこその問題だ。

 

 義理を果たされた。最低限ではあるが、助けられた。

 

 つまり、もうこれ以上助ける理由が存在しないのだ。これ以上の助けは余裕のある人間が行うものであり、必要以上の”余分な行動”なのだ。世の中、全ての人間が決してやさしいわけではない。自分達を生み出したような外道が存在すれば、問答無用で全てを助けようとする聖人の様な人物だっている。だが目の前の人物はそういうタイプではない……最低限の義理は果たしてくれる、少々優しいというだけの人間だ。何処にでもいるタイプの。

 

 どうする。どうする。どうする。

 

 言葉を考える。どの言葉が正しいのか、どうやって喋ればいいのか。何に訴えればいいのか。そして何よりも、私達―――マテリアルズですらない、コピーの私達を助ける事にいったいどういうメリットがあるのか。それを思いつかなくてはならない。

 

『大丈夫ですかシュテル?』

 

 ユーリからの念話が届き、頭に声が響く。そして、分割した思考が目の前の青年が片目を少しだけ揺らすのを捉えた。此方が魔力を使った事を把握しているのだろう。だからあえて口にする。

 

「念話での話し合いの許可をください」

 

「いいぞ? あんまし長すぎると俺はそのまま空港に行っちまうけど」

 

 使用許可が出たので心置きなく念話を他の二人にもつなげる。レヴィにつなげるのは余計なことかもしれないが、それでも何もしないのよりはいい。それにデータ上はレヴィの突発的な発想が何らかの貢献を起こしたことはある―――らしい。やはり少々悔しい。このデータがオリジナル達のものであり、自分たちのものではない事であるのが。己達の結果を見て判断できないという事が。ともあれ、

 

『どうだシュテル』

 

『あまり良い状況ではないかと』

 

『そうなの? 僕よく解らないけど別にお兄さんの助けとか必要ないんじゃないかな? ほら、僕たちってお兄さんよりも魔力あるし、まだ出て来たばかりだけど時間かけて体に慣れれば何とかなるんじゃないかな? ユーリがいれば長距離転移とかもできるでしょ?』

 

 意外とまともなレヴィの考えに少々驚くが、即座にそれを否定する。

 

『私も一番最初に考えた事はそれでしたが、一番最初に否定したのもそれです。なぜなら私達には一番重要であるデバイスがないのですからね』

 

 そこが一番の問題だ。バルフィニカス、ルシフェリオン、そしてエルシニアクロイツに紫天の書のセット。これもまた、オリジナルのコピーだ。オリジナルに匹敵する戦力として創造された自分たちはもちろんその力を最大限に発揮するためにオリジナルの所持していたデバイスと極限まで似させたデバイスを持って運用させられる予定だった。唯一ユーリだけが特殊で、デバイスを必要としないのだが―――デバイスなしのユーリだけは技巧の成熟に時間がかかってしまう為、やはり私達のデバイスが必須となる。共に研究室に保管されていたというのが脳に記録されている情報だ。おそらく今頃管理局が所持している。

 

『いいですかレヴィ? 我々はかなり優秀です。Bランク以下の魔導師であればデバイスなしでも封殺する事は可能です。Aランクでさえツーマンセルで戦えば負ける事はありません。ですが、それとは別にルシフェリオンなどが無ければ最大の戦果を得る事も、そして大がかりな術式を使用する事も出来ません―――デバイスが無ければこの世界に閉じ込められている状況なんですよ、私達は』

 

 そしてデバイスがないのであれば情報の改竄やごまかしも通じない。脳内には電子クレジットの偽造方法も記憶されているが、これもやはりデバイスを使う事が前提だ。何せ情報改変というのは作業がかなり細かい―――正直言って人間の脳でやるにはかなり面倒な部類にはいるものとして判断できる。

 

『では現状の問題をレヴィでも解る様に説明します。簡単に言うとまず1に私達には身分がありません。2に私達には移動の手段がありません。3に金が無くて生活ができなく、そして4に管理局に見つかったら間違いなく実験室行きという事でしょう』

 

『意外と我ら人生ハードモード入っているな』

 

 というか9割方詰んでいる。この状況でもしこの男を見逃してしまえばまずこの世界から出る方法がない。その時点で手段を選べなくなってしまうし、手段を選ばなくなれば必然的に管理局に見つかってしまう。そして我々レベルの魔導師に対して管理局も戦力を惜しむようなことはしない―――確実にエースレベル、ストライカー級の人員がやってくる。だから、

 

『今日を、そして明日を生きるには』

 

『なるほど、我らを保護させるしかないのか。そして保護させるに足る理由が存在しないのが今一番の問題という事なのだな? 何をしなくてはいけないのかが我にも見えてきたな』

 

 ディアーチェは伝えたかったことをちゃんと理解してくれた。流石王というべきか、頭は悪くはない。寧ろ決断力においてはこの中で一番上だろう。所詮自分の役割は理であり、知である事だ。考える事までは私の仕事。判断は王にまかせる。だからこそここで、自分たちが保護にたる存在であることを証明しなくてはならない。

 

『シュテル、ディアーチェ?』

 

 ユーリからの念話が届きユーリへと振り返るが、

 

『レヴィが何かしてますよ』

 

 保護者予定の男にレヴィが突貫していた。

 

「れ、レヴィ……!」

 

 即座に頭を抱えそうになる。が、レヴィは気にする風なく、男に向かって歩き、そして両手を腰に当て、胸を張っている。

 

「僕は強いんだぞ」

 

「おう」

 

「僕は凄いんだぞ」

 

「おう」

 

「だから養って」

 

「……」

 

「すいません、ちょっとタイムで」

 

「お、おう」

 

 とりあえずレヴィの頭を全力で叩き、首を掴んで後ろへと引っ張ってくる。全力で笑顔を浮かべて男、イストに対する心象を良くしておくのを忘れない。小さなことからコツコツと、好感度を稼ぐにはマメさが大切なのだ。

 

『悪いが威嚇しているようにしか見えなかったぞ』

 

 五月蠅いです王。

 

 レヴィを元の位置にまで引っ張ってくると、とりあえずディアーチェと共に挟み込む。苦笑するユーリもやってきて、レヴィを逃がさない円陣を組む。

 

『えー、ではシュテル』

 

『はい。被告人レヴィ・ラッセル―――辞世の句を』

 

『僕殺されちゃうの!? ちょっと待って、今裁判が始まった瞬間終わった気がするんだけど!』

 

『まあまあ』

 

 ユーリは優しいですねー、なんて事を思いながらとりあえず先ほどのリアクションを見る。―――予想していたよりも、割と驚きの反応だったと思う。いや、その前にレヴィに聞いておかなくてはならない。

 

『何故あんなことをしたんですか』

 

 レヴィは表情をきょとんとさせた。そして指を口に当て、首をかしげる。だって、と言葉を前置きしてから話始める。

 

『お兄さんは曲がった事は苦手だって言ったよね? だったらめんどくさい事を考えずにこうドバーン! と言った方が楽でいいんじゃないかなぁ、と僕思うんだ。だって王様とかシュテるんが言っている事が面倒すぎて僕考えるの嫌だもん。それに助けてもらうのに色々理由を作るのだっておかしいじゃん。だったら普通に真正面から助けてくださいって言った方がいいと思うんだ。それにほら、ユーリが”助けて”って言ったら助けてくれたんだし』

 

『それでも養ってくださいは流石にアウトじゃないですか……?』

 

『まあ、間違いなくアウトですね』

 

 レヴィの死刑は確定した事だがしかし―――レヴィの話はあまり悪くはないのかもしれない。いや、むしろ、今の会話で光明を見出した。レヴィの話は極論だ。いや、極論だからこそ通じるのだ。賭けにはなるが、おそらくこの方法が一番勝率が高いと踏む。

 

 会ったばかりの見知らぬ人間だが―――知っている限りの情報、そして対応を見るにこれが一番のアタリだという事に違いない。

 

『―――解りました。何とかする方法を思いつきました。……正直自分でもどうかと思うぐらい酷い方法ですが』

 

『気にする必要はない』

 

『シュテルが思いついた方法であるのならば、おそらくそれが最善なのでしょう』

 

『僕は解らないからとりあえずシュテるんに任せた!』

 

 レヴィは何時も通りとして―――いや、これもそう作られたからなのだろうか。この信頼も、能力も、役割を円滑にこなす為に供えられたものだ。この中で一番思考力に優れてしまっているために多く、余計な事を思いついてしまう。非常に面倒だと思う反面、この信頼がオリジナル達にあったものであるなら―――それは偽物ではないのだろうと思う。

 

『一番効果的なのは王にやってもらう事でしょう……ですから王よ、我々の命運を託します』

 

 とん、と胸を叩きながら張ったディアーチェはまかせろ、という。なので念話を通し、ディアーチェに対してやってもらうべき事を伝える。問題は多くあるが、それでもたぶん―――これが正しい回答だと思う。もしこれが間違っていれば、その場合はただ単に自分の見る目がなかったのだ。だからこそ、

 

『マジか!?』

 

『マジです』

 

『王様頑張って!』

 

『えーと、もしディアーチェがやり辛いというのであれば……』

 

『……えぇい、我も紫天の王かそれっぽい何か! 腹は括ろう!』

 

 それっぽい何かとか言わないでください。此方が激しく悲しくなるので。それでは紫天の王っぽい何かの従者っぽい何かに我々がランクダウンしてしまうではないですか。

 

 ともあれ、ディアーチェが覚悟を決めてくれた。なら後は見守るしかない。

 

「……で、作戦会議は終わったのか?」

 

「う、うむ。待っているんだぞ? 動くなよ? 絶対にそこから動くなよ?」

 

「すげぇ挙動不審だな……」

 

 やはり少し無謀だったかもしれないと今更ながら思うも、既にディアーチェは動き出している。前へと踏み出し、イストの前へと出ると、流れるような動作でひざを折り、手を床に着け、頭を下げて、それを床に着ける。その状態で、口を開く。

 

「―――我らを助けてください!」

 

 見事に土下座だった。そしてそれを見てイストは頬を若干引きつらせている。―――その様子を見るに土下座は流石に予想外だったのだろう。

 

『ぶっちゃけ土下座に意味は』

 

『特にありません。オリジナルの出身世界の文化らしいので無難にピックアップしました』

 

『貴様覚えていろよ』

 

 これを乗り切れるのであればいくらでも、という言葉は聞こえない様に自分の内に飲み込むと、イストは口を開く。

 

「メリットは?」

 

「ない!」

 

「デメリットは?」

 

「いっぱいだ!」

 

「それでも?」

 

「うむ!」

 

 もうこれ完全に開き直っていますね。

 

 それを確信し苦笑する。なぜならこの場で笑っているのは自分一人ではなく、もう一人だけ、笑みを浮かべている存在がいるからだ。

 

「メリットもなく、デメリットのみの状態で俺に助けろというのか。これ以上の義理はないのに」

 

「そうだ!」

 

 イストの言葉に反射的にディアーチェが答えると、苦笑は声となって部屋に響く。その声の主は―――ディアーチェの前で腕を組んでいた青年のものだった。苦笑しながら組んだ腕を解き、そして手をディアーチェの頭に乗せる。

 

「子供が大人に助けを求めるのに理由なんていらないんだから最初から素直に助けてって言いやぁ良いのに」

 

 じゃあ何故試すような事を言ったのか―――と言われれば此方が答えを出してしまう。

 

 ……おそらく自信をつけてほしかったのでしょう。

 

 不器用な男だと思う。あえてこちらを窮地に落とす事で団結し、共に考える時間を与えたのだ。そしてそれは確実にクローンやコピー、出生には関係なく”今”我々が協力し合う事で出来上がった結果なのだ。そこには背景等は関係なく、”子供”としか認識されていない我々がいる、という事なのだ。その事に他に気づいている者がいるかどうかはわからないが、とりあえずは、

 

「乗り越えられましたか……」

 

 助かった、という結果が安堵を生む。実に心臓に悪い……が、解った事がある。この男、間違いなくお人好しなのに偽悪的なのだ。いや、自分の性根を理解しているからこそ偽悪的であろうとしているように見える。なるほど、苦労しているのは自分達だけではないと理解した。

 

 さて。

 

 ……どうしよう。

 

 この状況を乗り越えるだけで、未来に対する具体的な見識がない事に今更気が付いて軽く頭を抱えた。




 マテ子達の外見年齢は今のなのは達とそう変わりません。つまりマテ子達13歳(外見)で、なのは達も大体13歳です。


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ホギング・ダウン

「はむはむはむっ」

 

 荒い息をしながら口に食べ物をほおばる姿が複数ある。まず一番そうやって食べているのがレヴィだ。片手でスプーンを握り、もう片手でフォークを握っている。スープにスプーンを突っ込んだと思えば、次は肉にフォークを突き刺しかじりついている。かなり下品な食べ方で、野生児かと疑いそうな姿だ。だが楽しそうにやっているのでとりあえずは無視する。

 

「がつがつがつがつ……んくっ……がつがつ」

 

 次に激しく食べているのはディアーチェ。威厳などかなぐり捨てて目の前のカレーにがっついている。よほど辛いのか、それともそれに慣れていないのか、おそらく後者なのだろうが……ディアーチェはカレーを食べるとすぐにコップに手を伸ばし、一気に飲み干す。子供らしいその姿に苦笑すると、コップが空になった時、近くの水差しでコップの中身を満たす。何というか……年相応の姿がようやく見られた気がする。いや、先ほどまで見ていた姿も十分幼い気がしたが。

 

 ユーリはその二人と比べてはるかに大人しく食べている。フォークとナイフを上手く使い分けて皿の上の料理を片付けているが、それでも彼女も食べ物に対する好奇心が隠しきれていないのが解る―――何故なら食べている量がディアーチェやレヴィと変わらないからだ。ただペースがゆっくりなだけで、彼女も初めての食事に目を大きくして楽しんでいる事に間違いはない。大人しい事に変わりはないが、此方も十分にやんちゃの素質があるなぁ、と思い、視線を最後の一人に向ける。

 

 彼女だけは他の三人と比べて食べる量も少なければ、行動も非常に落ち着いていた。小さな皿の上に盛られたアイスクリームをこれもまた小さなスプーンで少しずつ突きながらも、その表情は……思案しているように見える。

 

「不安か」

 

「え?」

 

 まさか声をかけられるとは思っていなかったのだろう。その事に関しては少々心外だが、シュテルは頷く事で肯定し、食べ物に夢中の三人を置いて、此方へと視線を向け、話の内容に集中してくる。

 

「正直に言えば―――はい、不安しかありませんね。私達の状況が特殊であり、九割方詰んでいるという事実も恐ろしいですね。何よりもよくも初対面の人間を信用している、と呆れ果てている自分もいまして。端的に言って少々憂鬱という状態なんでしょう」

 

「ずいぶんとハッキリ言ってくれるなあ、おい」

 

「嫌いなんでしょう? 曲がった事が」

 

 生まれて数時間しかないくせによくもまあ回る口だと思う。だが生まれてくる時点で価値観と情報と記憶は出来上がっているのだ。だとすればこんな物だろう、と納得しておく。それに今の発言は彼女が此方の事を考慮してから発言した事だ。つまり此方とは仲良くしておきたい、という明確な意志が存在する事が見える。……と、そういう風に考えれば非常にビジネスライクな話だが、あまりそう言うのは好まない。ここは普通に此方を気遣ってくれていると自惚れよう……まあ、外見的に相手は5歳も下の少女なのだが。

 

 アイスコーヒーを少しだけ飲み、テーブルの上へと置く。この三人が食べるペースからして、近いうちにまたルームサービスで何かを運んできてもらわなければなくなってしまいそうだ。

 

「ベーオウルフー、何か適当によろしく」

 

『Yes Master』

 

 電子クレジットの管理は完全にベーオウルフに任せている。此方の懐具合を計算しながら適当なものをオーダーしてくれるに違いない。だが今はそんな事よりもする事がある。エアコンから感じる冷気と、そして窓から入り込んでくる熱い日差しを受け止めながら視線をシュテルの方へと向けて、そして固定する。

 

「で、どうだ?」

 

「なにがですか」

 

 何が、と言われても。

 

「自由の味だよ」

 

 顎をクイ、と動かして手元のアイスを意識させる。あぁ、とシュテルは言葉を漏らし、スプーンで少量を掬い上げてから口へと運ぶ。ゆっくりとした動作でアイスを口に運ぶと、美味しそうに頬を緩める。先ほどまで必死にメリットを考えようとしていた少女とは思えない緩みっぷりだ。

 

「知識として存在しているのと、実際経験しているのでは大いに違うという事がとりあえず解りましたね。ええ、大きな発見ですよ。”甘いと知っている事”と”甘さを感じる”という事は大きな違いなのですね。ぶっちゃけると今助かってよかったって確信しています」

 

「安い人生だなぁ、おい」

 

「安いどころか物凄い大金がかかっている体なんですけどね。多分どこぞの研究機関にでも売れば豪邸を一人につき二つか三つは購入できるんじゃないですか?」

 

 試す様に視線を送ってくるシュテルに対して、コップの底を額に軽く当てる。いたっ、という声がシュテルから漏れるのと同時に、呆れの溜息をこれ見よがしに吐く。

 

「俺がそんなに悪いやつに見えるか?」

 

 どうでしょうね、とシュテルは答える。

 

「どう見えるか、と問われればあまり人相は良くないですね。若干悪人面とも言えるかもしれません。そして言動、態度を見るに若干偽悪的に振舞っている事が見えますが、行動を見れば性根、というよりは根底の部分が善性を持ってしまっていますね。保身を考えるのであれば後腐れなく殺してしまえばいいものを、”助けて”、なんて一言を守るためだけに余計な苦労を背負いこんでしまっていますからね」

 

「可愛くない子供だなぁ……」

 

「可愛くあろうとは思っていませんからね。えぇ……ですが、私達は本当に運がよかったのでしょうね。偶然会ったのが貴方でなければ」

 

「ま、確実に実験室送りだろうな」

 

「その事に関しては本当に感謝しています。おかげで私もレヴィもユーリも王も、こうやって得る事の出来なかったはずの事を、知識としてではなく自らの経験として得る事が出来ています。命を救われ、保護してくれているこの状況に関しては本当に感謝してもしきれませんね」

 

 実際この少女達の状況は詰みに近い。誰かが面倒を見ない限り、何時か絶対に管理局に見つかってしまう。自分にしたってこの後色々と面倒な作業が待っている。その事を考えれば色々とめんどくさくなって投げ出したくなるものだが、そうもいかないだろう。

 

「一つ、宜しいでしょうか」

 

 シュテルがスプーンを此方へと向けてくる。真剣な表情を此方へと向けてくる事から、質問の内容が真面目なものだという事が解る。

 

「―――何故、助けたのですか。いえ、常識的な範疇の話ではなく、”子供が助けを呼んだら助ける”という思考へと行きつくプロセスの内容です。その部分が少々興味深いので、出来たら解説してくださると嬉しいのですが」

 

「めんどくせぇ……」

 

 どう考えても子供と話すような内容ではない。というか、アイスを食べながら聞く内容でもない。その証拠に、レヴィは途中から完全に此方の話を聞く事を止めて、食べる事だけに集中している。レヴィの表情のなんと幸せそうな事か―――あとどれだけ食べるんだこいつ。ちょっとだけ恐ろしくなってきた。

 

「で、答えてくれないんですか? 理のマテリアル……の、コピーとしては是非とも今後の参考に知りたいのですが。あ、あとできたら”季節のアイスクリーム上”というのをもう一皿お願いします」

 

「お前食ってる量は少ないけどピンポイントで高いのを狙ってるよなぁ! おら、ベーオウルフオーダーしろよ」

 

『Alright master』(はいはい)

 

 電子音声なのに若干呆れているような気がする。解せぬ……ではなくて、本気で聞きたがっている様子なのでつまらない話だぞ、と前置きをする。それでも構わないとシュテルは返答してくるので、簡単に答えてやる。

 

「いいか? 俺はベルカ出身なんだ……つまりそういう事だ」

 

「……?」

 

 シュテルが首をかしげてくる―――まあ、流石にこれだけでは解らないか。つまり、どういう事かというと、

 

「ベルカ出身という事は必然的に聖王信仰に触れている時間が長いという事で―――まあ……ベルカの男児というもんは必然的に教会の騎士団に憧れるもんさ。毎日騎士の活躍を聞いたり、教会で訓練している連中の姿を見ている内にこう思うのさ……”あぁ、俺も何時か大きくなったら騎士になりたい”、ってな」

 

 そこで少し苦笑してしまう。今では嘱託魔導師だが、本当になりたかったのは騎士、ベルカの騎士だったのだ。8歳、9歳からその道をあきらめてこうやって嘱託魔導師の道を始めた事に対して後悔はないが、少しだけどうなっていたのだろうか……という思いはある。

 

「だから俺もチビだった頃は木の枝をデバイスに見立てて振るったりしたもんよ。騎士の誓いを無駄に覚えたり、駐屯所の騎士に会いに行ったら規律を教えて貰ったり……騎士の心得を教えてもらったり……まあ、一種の教育なんだろうなあ、ベルカ男児の。まあ、そんな風に俺も騎士に憧れるガキんちょだった頃がある訳さ」

 

「なるほど、つまりそう言う精神は子供の頃教わった騎士道精神の発露、という事ですね」

 

「ま、大分スレちゃいるけどな。今では管理局所属の嘱託魔導師、立派な社畜です」

 

「憐れに思えるのでその笑みは止めましょう」

 

「ははは、まあ、昔の話はここまで。それよりもミッドチルダに戻るために色々とやらなきゃいけない事があるんだから、つかの間の自由を味わっておけ」

 

「はい、了解しました」

 

 シュテルはそれで満足したのか頷き、アイスの攻略へと再び乗り出した。そうして一時的にだが、平和な時間が舞い降りる。そして目の前の状況を見て、改めて思う。

 

 ……なにをやってんだ俺。

 

 軽い自己嫌悪だ。本当に、軽くだが。そこまで深い後悔は実際の所はないのだ。人生スパっと諦められればそれはそれで楽なんだろうが、諦めきれないからこそ面倒な人生なのだ。長い間閉まっていたはずの騎士道精神が無駄な所で発揮されてしまう自分のブレっぷりには頭を抱えるしかない。軽く連れ出したのはいいが、此処から一体どうするんだ。

 

 どうやってミッドチルダへと戻る?

 

 どうやって戸籍を入手する?

 

 生活は?

 

 体に関しては?

 

 そもそも隠しきれるのか? 軽く考えただけで問題は山積みだ。……ミッドチルダと姓に関しては既に手はまわしてある。正規の局員じゃないからこそ知り得た事というか、ブローカーやら密売人やら、そういう人脈は普通に働いている分には絶対に知る事の出来ない類の人物だ。監査官やら捜査官、嘱託魔導師だと職業柄、必然的に接触する必要が出てくる。

 

 前々から利用させてもらっているブローカーに既に依頼の一報は入れてある。あとはここで適当に時間を潰しているうちに色よい返事が返ってくるのを待つだけだ。

 

 が……しかし、さて。

 

 頬杖をつき、考える。―――この少女達は一体どうするのだろうか。目的はなく、目標もなく、そして意味すらない。何もない。親から伝えるべきだったことも、成長と共に見つけるべきだったものも、この少女達にはない。圧倒的に足りていない。生活を始めたとしても、それでは腐ってしまうだけだ。それは心身ともに悪影響を及ぼしかねない。ともなれば、自分で何か明確な目標を持ってくれるのが幸いなのだが。

 

 と、そこでシャツの裾を軽く引っ張る感触を得る。

 

「ん?」

 

「あの……」

 

 視線を感触の方へと向けると、ユーリが少し俯いた様子で、シャツの裾を指でちょこん、と掴んでいる様子があった。その表情は何やら申し訳なさそうで、今にも消えそうな声で、俯いたまま話しかけてくる。

 

「その……あの……迷惑……でした?」

 

 おう、そりゃあもう決まっている。

 

「迷惑も迷惑、超迷惑だよ。お前らなんて事してくれてんだよ。俺はな? ミッドに帰ったらレコード屋に寄って古いジャズのレコードでも買おうと思ってたんだぞ? 結構デカイヤマだったからボーナスは確実だったんだし」

 

「貴様、趣味が大分オッサン臭いな。というか結構大人ぶってはいるが貴様もまだ容姿からして二十歳にもなっておらなんだろ? それにしては若干趣味やら態度がオッサン臭くはないか」

 

 少し黙ってろポンコツ王。貴様の鼻にカレーを流し込むぞ。

 

「あ、えーと、その、ご、ごめ―――」

 

 反射的に謝ろうとするユーリの頭を掴んで撫でる。そして少しだけ撫でたところで、少々気やすかったかもしれないと思った。手を離そうとするが上目づかいに此方を見てくるユーリの姿があるので、安心させる意味でもそのまま乗せておき、笑みを浮かべる。

 

「だけどな、人付き合いってのは基本的に迷惑の掛け合いなんだよ。俺が迷惑をかけた、俺が迷惑を受けた。ストレスのない人間関係なんてものは存在しない。第一迷惑をかければかける程お互いに遠慮がなくなるのさ」

 

 レヴィがスプーンを口に突っ込んだまま、此方へと振り向く。

 

「あ、じゃあ僕、更におかわり五皿追加で」

 

「お前は少し遠慮って言葉を覚えろよ―――っと、まあ、こんな風に少しずつ負荷ってやつを得ながら関係ってのは出来上がっていくんだよ。おう、超迷惑さ。予定がこなごなに砕かれたよ。そして多分この先の予定全部ぶち壊しだけどよ、俺は十八歳で、お前らはまだ数時間しか生きてねぇのよ。解るか? 俺が圧倒的に大人で、お兄さんなの」

 

 胸を張る。これだけは自信を持って言ってもいい。

 

「社会人舐めんな。子供の我が儘の五つや六つ、笑って許してやるよ」

 

「ドヤ顔で決め台詞を言ってくれているところ悪いですが、それ一体どこから引用したんですか」

 

「我的にどっかのドラマじゃないかと思う」

 

「え? やっぱアニメでしょ」

 

 今激しくいい事を言った気がするのに、余韻を感じさせる前にそれを一瞬でマテリアルの少女達によって木端微塵にされる。お前ら、と口に出して軽く拳を握ると、ディアーチェがフォークを持ち上げ、それを此方へと向けてくる。

 

「なに、我らを赤子と同類であると言うのだろう? 我らを足りぬ存在だと思っているのだろう? そして我らの我が儘を笑って許すのであろう? なら良い、我らも遠慮はしない。そう宣言する相手に遠慮する事こそが最大の無礼だという事を我は知っているからな」

 

 獰猛な笑みを浮かべるディアーチェの姿がおかしく、なんだそれ、と言葉を零しながらも笑みを浮かべてしまう。あぁ、本当にまだ生まれて数時間だけなのかこいつら。本当に優秀で、そして人間臭く、困ってしまう。悲壮感の欠片さえもない。

 

「ふ、ふふふ……そうですね、ディアーチェ。確かにそれは失礼な事ですね」

 

 話を聞いていたユーリも仕方がない、といった風に笑い声を零し、そして此方へと笑みを向けてくる。可憐な少女の笑みだ。

 

「―――では私も一切の遠慮はしません。私達すっごい我が儘だと思いますので、精一杯面倒を見てくださいね?」

 

「おうさ、お礼とか細かいとかは後にしろ後で。今ばかりは好きなだけ馬鹿をやって―――っと」

 

 ベーオウルフから軽い鈴の音が鳴る。通知に設定した音なので、おそらくブローカーからの連絡が返ってきているはずだ。指で指示を出すと、ベーオウルフが魔力でホロウィンドウを目の前に生み出してくれる。それを動かし、中身を確認してゆく。

 

「ん、それなに?」

 

 口いっぱいに料理を頬張りながらレヴィが興味津々にホロウィンドウを覗き込んでくるので、その内容を見せる。

 

「あぁ、お前らの密入国の準備を頼んでたんだけど、何とかなりそうだわな」

 

 ホロウィンドウを消し去り、椅子に深くもたれかかる。

 

「もうこれ以上のオーダーはなしだ。頼んだものが来たらそれ食って出るぞ」

 

「えー。僕まだデラックスキャラメルバナナパフェ銀河盛FINALミックス頼んでないよ」

 

「お前それ一番高いデザートだぞ」

 

 マジで遠慮しねぇ、という事を改めて認識し、頭を抱えながらもアイスコーヒーを口へと運ぶ。喋り続けた喉を苦い珈琲の味が癒してくれる。

 

「はぁ、相変わらず仕事が早くて助かるなぁ、ウーノさんは」

 

 未だ通信のみでの関係だが、こんなにも早く手筈を整える手腕、一度サシで会って話し合ってみたいものだ。まあ、向こうも素性がばれたりしたら商売あがったり、なんて部分もあるのでありえない話なんだろうが。

 

 ともあれ、

 

 ミッドチルダへと戻ったら引っ越す事も考えなくてはいけないのかもしれない……。




 ちなみにですが主人公はいわゆる原作キャラへの個人的な面識はないです。立場的に見て雲の上の存在、って感じですね。


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ポート・トーク・ステディ

「身分証明をお願いします」

 

「ほい」

 

 右手のベーオウルフを掲げて、その中に記録させてある情報を空港の職員にチェックさせる。ボックスの中から職員がベーオウルフの提示するデータをチェックし、そしてその中にある情報をミッドチルダにある住民のデータベースなどから調べ、そして確認を取っている。数秒しかかからない作業だが、職員の男は此方を見て口を開く。

 

「観光の帰りですか?」

 

「いや、仕事の帰りでして」

 

「あぁ、そういえば嘱託魔導師でしたね、すみません。総合AAランクともなればそれなりに難しい仕事なんでしょうね」

 

 わざとらしく思えるが、向こうも向こうで言動から犯罪者を探し当てるのが仕事だ。それを責める事は出来ない。苦笑しながらえぇ、そうですね、と答えると、職員の視線が後ろに並ぶ四人の少女達へと向けられる。

 

「シュテル・スタークス、レヴィ・ラッセル、ユーリ・エーベルヴァインにディアーチェ・K・クローディアさんですね。失礼ですが彼女たちの関係は何でしょうか?」

 

「知り合いの娘やら近所の子供たちですよ。仕事だというのにしつこく付いて行きたいと言うのでホテルに放り投げていたんですよ……ほんと慣れない事はするもんじゃない」

 

 データと本人たちを交互に見やりながら職員は確認をしている。その途中でレヴィが此方の背中に飛びついてくる。

 

「ねーねー、お兄さんまだー? 僕、早く時空飛行船を見たいんだけどー。ねえーねえー」

 

「うざってぇ……!」

 

 背中に飛びついたレヴィはそのまま腕を首に回し、体をぶらんぶらんとぶら下げて楽しんでいる。演技でもなく、本気でそう思って発言しているのでこいつの馬鹿さ加減には非常に困る。軽く溜息と呆れの息を吐き出すと、苦笑する職員の姿が見える。

 

「確認完了しました。ミッドチルダへの便は40分後、1番ゲートからですのでそれまでにゲート付近でお待ちください。はい、次」

 

 必要な事を伝えると既に次の客の呼び込みを始めている。邪魔にならないためにも首からレヴィをぶら下げたままゲートを通り、向こう側へと到着する。シュテル達がちゃんとゲートのこちら側へとやってくるのを見て、安堵の溜息を吐く。

 

 ……どうにかなるもんだなぁ……。

 

 短い時間の間にどうやって偽造データを準備したかは解らないが、おかげで問題なくこのクローン娘たちをミッドチルダへと連れ込むことができそうだ。いや、検査はまだあと1回残っているのだが、今回の様子を見るに大丈夫そうだ。再び安堵の息を吐き出すと、レヴィが器用に体を登り、そして首に足を回して肩に座る。左手で頭を掴みながら右手を前方へと向け、

 

「さあ、お兄さん、行こう!」

 

「9歳児ならまだしも、お前一応13歳ぐらいなんだけど」

 

「僕まだ生まれたてほやほやだよ? さあ、行こう!」

 

 パンパンとレヴィが恥じる事無く頭を叩き、肩車の姿勢から降りようとしない。こいつに恥はないというのか。一応ホットパンツを履かせているが、基本的にスカートだぞコイツ。

 

「その事もそうですが、レヴィの神経の図太さには軽く眩暈を覚えましたよ」

 

 シュテルが近寄ってくるなりレヴィに視線を向けてくるが、レヴィは気にした様子を見せず、肩の上で胸を張る。

 

「ふはははー! この僕に不可能はないぞー!」

 

 自信満々にそう言うものなのだから、諦めるほかがない。溜息を吐いてレヴィが落ちないように足を掴む……と言ってもデザインされて生まれてきた以上、この子の体は自分とは比べ物にならない程機能的、効率的、そして強度があるのだろう。心配する必要はなかったんじゃないかと思いもするが、我が儘は許すと宣言してしまった以上言葉をたがえるわけにもいかない。

 

 ベルカの男は言葉を曲げない。……極力は。

 

 外見よりも中身の幼いレヴィを肩に乗せたまま、他の三人へと視線を向ける。

 

「空港内は免税店ばかりだから何か欲しいものがあるのなら買うぞ」

 

「む」

 

 そう言われ、シュテル達は軽く立ち位置から周りを見渡す。1番ゲートの場所はそう遠くないので、ここでうろうろするのであれば全く問題はない。……まあ、興味深そうにあたりを見渡す少女達の姿を見れば、彼女たちがこの空港という場に対して興味津々であることは明白だ。既に知識と経験は別の二つであるという事を学んだ彼女たちは、経験を得る事に対しては貪欲になっている。

 

「とりあえず真ん中に立っているのは邪魔だから、動くぞー」

 

「はーい」

 

 元気よく声を揃えて少女達が返事してくる。少しだけ歩けば壁が完全にガラスとなっている所があり、そこから空港の敷地内をよく見る事が出来る。……その向こう側に停泊する時空船を見て、レヴィがはしゃぎながら飛び降り、ガラスにへばりつく。

 

「うおー! なにあれかっこいー! お兄さんアレ一つ欲しい!」

 

「ハハッ、無理を仰る」

 

 マルチタスクで思考の一部をレヴィの気配を追う事に使いながらも、再び視線をマテリアルズの少女達へと戻す。電子クレジットはベーオウルフが管理しており、ベーオウルフを渡す事はできない。なのでそれとは別に現地で両替した紙幣を数枚取り出す。それをとりあえずディアーチェへと握らせる。

 

「いいか? これ一枚の価値は解っているよな?」

 

「馬鹿にするでない。そういう知識も最初から持っておるわ」

 

「おう、だったらそれで三人で好きなもん見て、買って来い。俺はここでレヴィの事を見ているから、お前ら三人でちょっと好きに買い物して来い」

 

「マジか!?」

 

 ディアーチェが目を輝かせながら手の中の金を握りしめる。そしてさっそくと、ユーリとシュテルと集まる。

 

「で、何を買うか」

 

「えーと、私はさっき見かけたチュロスを食べてみたいかなぁ、と」

 

「あ、では私は新聞があったのでそれを」

 

「シュテル、お前チョイスが異常に渋いな……っと、そうだった」

 

 ディアーチェは一旦視線を此方へと向け直すと、笑みを浮かべる。

 

「ありがとう。……うむ、では行くぞ、我について参れ!」

 

「あ、待ってください王よ」

 

「ディアーチェ、走らないでくださいよー!」

 

 少女達がお金を手にどこかへと走り去って行く―――ホテルで見せたあの容赦のなさを見る限り何かがあっても平気だろう。というかそれ以前に空港内で何か事件が起きるとは到底思えないが。フィクションなんかじゃあるまいし、そう簡単に空港テロが起きてたまるか。

 

 ……まあ、広い世界なのでミッドチルダでのテロなんて日常的な話なのだが。

 

 まあ、それもミッドチルダへと帰ってから悩む事だ。とりあえずレヴィが張り付いているガラスの前に立ち、レヴィの横で背中を預ける様に外を眺める彼女の姿を見る。口を大きく開け、そして目を輝かせながら巨大な時空船の姿を見ている。

 

「ねーねーお兄さん、アレって中どうなってるの?」

 

「アレか? 中はかなり広くできてるぞ。椅子とかいっぱいあって、椅子には備え付けのモニターとかあって。基本的には飛行船や飛行機とかとは構造としては変わらないな。ただ管理世界から別の管理世界へと移動するためのもんだから色々と技術が詰まっているらしいぞー」

 

「どんなの?」

 

「俺が解るわけないだろ。俺ドロップアウトボーイだぞ」

 

「ぶー。お兄さん予想外に使えないぞー」

 

「今からお尻百叩きなんて素敵な事を思いついたんだがなあ……!」

 

「かっこいいなあ、憧れちゃうなあ、将来は時空船になりたいなあ!」

 

「とっさの言葉にしても言葉を選べよ」

 

 やはりというべきか、この子だけは若干おつむが残念なように感じられる。意図してこんな風にデザインされたのか、もしくはオリジナルがそうなのか……噂に聞く金色の死神、フェイト・T・ハラオウンはかなり聡明で大人しい人物だという話を友人から聞いている。だからやはり、コピー元となったマテリアルズ等という者が原因なのだろうか……? いや、これで実はフェイト・T・ハラオウンが日常生活では激しくアホの子という可能性が存在―――するわけないか。

 

 軽く苦笑しながらガラスの外を眺めているレヴィの姿を見る。服装はホテルを出る前にもう一度着替えてある。レヴィの恰好は髪の色に似ているが、もっと薄めにした水色のワンピースに、その下にホットパンツという恰好だ。髪もそのままだらっとしているのは活発な姿には似合わないからとツインテールにして纏めているのが似合っている―――顔を見るだけなら本当にフェイト・T・ハラオウンにソックリだ。

 

 中身がなぁ……。

 

「ねえ、お兄さん」

 

 少しだけビク、っとする。

 

「な、な、何かなぁ、決して中身が残念とか思っていなかったから安心してね?」

 

「あ、うん、大丈夫。僕も自分の事結構凄いけど残念だと思ってるから」

 

 と、そうじゃない、とレヴィが前置きをする。一旦そう言って、視線をガラスの外から外すと、真っ直ぐ、真剣な表情で此方を見る。

 

「シュテるんや王様、ユーリがいないから少しだけ真面目になるね? ぶっちゃけると僕はプロジェクトFとかコピーのコピーとか、そういうのはどうでもいいんだ。僕の中にある記録は王様とシュテるんとユーリを力の象徴として守って、そして暴れろって言ってるけど、そういう事は本当にどうでもいいんだ。だって僕は自分でその選択肢を選ぶって決めてるし。知ってた? 実は僕ってポッドの中にいた頃ほんの少しだけだけど周りの様子が解ってたんだ」

 

 レヴィは指を持ち上げると、そこにバチバチ、と静電気程度の電気を生み出す。確かさっと読んだ資料に書いてあったはずだ―――力のマテリアル、雷刃の襲撃者、レヴィ・ザ・スラッシャーはその名の通り雷を操る力を、雷の変換資質を持っている。

 

「こんな風に普通の人には見えないぐらいでびりびりーってやって、目の代わりにしてたんだよね」

 

 となると―――俺が一度は殺そうとした所までをこの少女は知っているはずなのだ。だとすれば何故、こんなにも笑って、此方に気を許せているのだ? 俺だったらまず疑っているだろう。

 

「うん。でもね、僕は馬鹿なんだ。馬鹿の代わりに凄くかっこよくて、最強じゃなきゃ駄目なんだ。僕の頭の良さは全部シュテるんに渡しておく。難しい事も信頼できるかどうかも全部任せて、僕は思ったように、感じたように動くからね、とりあえず皆がいない時に一度は言わなきゃいけないと思ってたんだ」

 

 レヴィは真直ぐと此方を見つめ、そしてそれから頭を下げる。

 

「助けてくれてありがとう。あの時ユーリの言葉を受け入れてくれてありがとう。おかげで僕たちはこうやって出会う事が出来たよ。おかげで美味しいものをいっぱい食べられたよ。おかげで僕は僕の意志でシュテるんと一緒に王様の最強の臣下でいたいと思ったよ。だからありがとうお兄さん。それだけ!」

 

 それだけ、とは言うがかなり重い話だったはずだ。はずだが―――此方が我が儘を許すと決めた事と、似たようなことなんだろう。記憶ではなく、何かで組み上がっている自己の強い思い、それに触れるところがあったのだ。だから、特に何か特別な事をするわけでもなく、

 

 レヴィの頭の上に手を乗せ、撫でる。

 

「わふっ」

 

「馬鹿なら馬鹿らしく難しい事を言ってるんじゃねぇよばぁーか」

 

 そう言われたレヴィは頭を撫でられている事に若干気持ちよさそうに頬を緩めながらも、反論する様に口を開く。偉そうに、そしてかっこつける様に。

 

「なにさ。バカって言った方がバカなんだよ! だから僕よりもお兄さんがバカだ! あ、あと撫でるの止めないで。結構気持ちいいから」

 

「えー、どうしよっかなぁ。唐突にベーオウルフをセットアップしたくなってきたぞぉ」

 

「いたいけな少女の頭を鉄の塊で削ろうとするなんてお兄さん鬼畜だね! で、でも僕は負けないよ……! なんて言ったって僕は最強なんだからね! ……でもできたらやらないでくれると嬉しいんだけどなぁ、嬉しいんだけどなあ!」

 

「別に見栄を張らなくてもいいんだぞ」

 

「あう」

 

 ……見た目が少女だからと言って、その中身までが少女だとは限らない。レヴィは見た目よりもはるかに幼いような行動をとっていた。だというのに、その中身を覗けばちゃんと己の考えを持ち、そして意志を持った存在だった。……もしかしたら俺よりも深くものを考えているかもしれない。いや、人生経験においては俺の方が豊富なだけで、持っている知識の量は完全にこの少女に負けているのだろう。

 

 それでも俺はこの少女を、少女達を年相応の娘たちとして扱わなきゃいけないのだろう、それがつまり責任を取る、という事であり、この段階で真摯に向き合うという事なのだろうか。レヴィの頭を撫でる事を止めると、レヴィが不満げな声を漏らすが、その代わりに人差し指を持ち上げる。

 

「さて、他の三人が戻ってくるのちょい遅いから迎えに行こうか? 何か食いたいものはあるか?」

 

「全部!」

 

「あ、うん。言うと思った」

 

『Just becoming like a father』(父親の様になってきていますね)

 

「ここまで黙っていたと思ったらテメェ」

 

 それを聞いたレヴィは悪戯を思いついたワルガキの様な表情を浮かべ、目を細めながらこっちを見てくる。

 

「パパ、って呼ぼうか?」

 

「でっこぴーん」

 

「いたぁっ!?」

 

 馬鹿な事を言う馬鹿の額に間髪入れずにデコピンを叩き込み、歩き出す。横から少し焦ってレヴィが追いついてくると、追い抜く様に小走りでそのまま空港の中、ディアーチェ達の方向へと進んで行く。走るな、と口に出して言ってもレヴィはそれを聞く様子を見せない。苦笑しながらその光景を追いかけ、

 

 しばらくは飽きる事のない生活が待ってそうだなぁ、と少しだけ楽しみに呟く。



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ウェルカム・グッドナイト

 音を立てず、静かに車が停止する。膝に乗り、車の窓に顔を貼り付けていたレヴィを首根っこを掴んで引きはがし、手に装着したベーオウルフを前の席に向かって伸ばし、機械がクレジットの清算を行い、無人タクシーでの料金の支払いが終了する。そして、扉が開く。

 

 もう既に空は暗く、時刻は夜となっていた。

 

「ほら、でたでた」

 

「うにゃぁー」

 

 入り口に近い他の子達をタクシーからおろし、レヴィをタクシーの外へと運び出す。全員がタクシーから降りたところでレヴィを解放し、腕を組む。そうやって、目の前にあるマンションを見上げる。ミッドチルダでは珍しくない建造物だ。クラナガンにあるという事を考えると少々高いが、それでも一人暮らしには十分すぎる程の場所だ。まあ、もちろん自分が住んでいる場所だ。

 

「ついたぞー。誰もはぐれてないなー」

 

「さっそくレヴィがどこかへと行っちゃいそうです」

 

「こらこら」

 

「えへへへ……」

 

 ユーリが即座にキョロキョロとしながら街の中へと進みそうなレヴィの様子を伝えてきてくれる。このアホの子がこれ以上逃亡しない様にもしっかりと手を握り、逃げられないようにする。空港で見た時のコイツとはあまりにも姿が違いすぎる。少しはあの時並に落ち着いてくれないのだろうか。……いや、それは高望みというやつだろう。

 

「んじゃ中に入るぞー」

 

「はーい」

 

 歩き出すと声を揃えて返事してきたマテリアルズが後ろからついてくる。流石にマンション内に入ればレヴィもむやみやたら歩き出さないだろうと、手を離してその手をポケットの中に突っ込む。その中から鍵を取り出し、それにつけているキーホルダーで少しじゃらじゃらと音を立てながら遊ぶ。向かう先はマンションのホールにあるエレベーター、そこから一気に五階まで上がる。その為にもエレベーターへと向かうが、予想外といった風にディアーチェが声を漏らす。

 

「意外といい所に住んでおるのだな。もう少し……こう」

 

「ボロい所を想像してた?」

 

「端的に言ってお金と縁のなさそうな顔をしてますからね」

 

「その発言覚えたからなシュテル」

 

 はぁ、と溜息を吐いてやってきたエレベーターに乗り込む。

 

「言っておくが、嘱託魔導師ってのは結構な高給取りだぞ? 総合AAランクってなると出動も週に2回か3回ぐらい、1回の出撃で大体15万から20万の収入、生活費やら出費なんかを入れると手元に残るのは月30万程。嘱託魔導師でもう9年は食ってるんだし、それなりに貯金してあるんだよ。まあ、総合AAで正規の管理局員だったらこれ以上儲かるけど今度は遊んだり散財する時間が無くなるけどな。ほんと管理局さんはブラックだなぁ。今回も1人に任せる様な現場じゃなかったし」

 

「それってつまり”俺は超凄いぞー!”系の自慢だよね?」

 

「お前なんか生意気になったなぁ……!」

 

「あー、頭ぐりぐりするのはやめてー!」

 

 エレベーターの中、レヴィの頭を両側から拳で抑え込んで、ぐりぐりと押しつける。レヴィが目をぎゅっと閉じ、そしてうわぁ、と声を若干楽しそうに漏らしている。

 

「レヴィのやつがもう懐いておるようだな……」

 

「しかし王よ、レヴィは我々の中では一番人懐っこい……」

 

「あ、あの、シュテル? ディアーチェ? 何かネタを言うノリで特に考えずに発言するのは危ないんじゃないかなぁと私は思うんですけど」

 

 レヴィを解放すると、ちょうどエレベーターの扉が開く。先導する意味でも先にエレベーターから降りる。

 

 貯金に関してだが、実際の所は金銭的余裕はアホみたいにある。それこそ引っ越しをするのであれば今すぐどっかへと引っ越しできるぐらいには。9年間も貯金しているのでそりゃあそうだ、という話になるのだが。まあ、その貯金から切り崩して今回の偽造は行われた。まさか一人当たり200万も要求されるとは思いもしなかった。

 

 エレベーターから少し歩いたところ、廊下の端、そのフロアの部屋としては少し大きめの部屋が自分の借りている部屋だ。月二十数万程の部屋、独身生活にしてはちょっとだけ豪華な部屋だと自覚している。ベーオウルフを扉に当てて電子ロックを解除し、そして鍵を刺し、鍵を取る。それからドアノブを掴み、扉を開けると真っ先にレヴィが部屋の中へと飛び込む。

 

「僕いっちばーん! あ、お邪魔しまーす」

 

「あこらズルイぞレヴィ! ここは王たる我が先だろー! 我もおじゃましまーす」

 

 それを追いかける様にディアーチェが部屋の中へと飛び込んで行く。だが二人が奥へと向かう前に、声を出して呼びかけておく。

 

「あ、部屋のフローリング、カーペットにしてあるから玄関で靴脱いで行けよー!」

 

「お、っとっと」

 

「そうであったか、っと」

 

 レヴィとディアーチェが急いで靴を脱ぎ捨て、そのまま家の中へと突貫してゆく。その光景をシュテルとユーリと共にゆっくりと眺める。全く、とシュテルは呆れたような声を出しながら靴を脱ぎ、部屋へと上がる。

 

「おじゃまします―――そして待ってください。王よ、まずはここはほぼ成人の男性の部屋です。どこかにエロ本が落ちているはずですからそれを探すのが伝統であり、お約束というものです。まず礼儀としてその探索を始めなくてはいけません」

 

「貴様ァ!」

 

 部屋を出る前にベッドルームに投げ捨てているような気がしたが……まあ、いいや。見られた程度じゃどうって事はない。アレを見て、覚えて、変な知識がついてしまう方が怖いが―――ぶっちゃけそういう知識も最初からある程度刷り込みが終わっているのが現実だろう。ここまで完璧にクローンを戦闘用に運用しようと考えている存在が、用意しておく知識に偏りを持たせるわけがないと、思う。

 

「うん? どうした」

 

 三人が部屋の中へと入り、そして騒がしく家探しを始めた中、ユーリだけが踏み出せずに入り口の前で止まっている事に気づく。ユーリは少しだけ申し訳なさそうな表情を浮かべ、

 

「本当に、いいんでしょうか……?」

 

 何が、と問う必要はない。もちろんそれは彼女の境遇から見た現状だ。端的に言って彼女たちの境遇を語るのであれば悲惨の言葉しか見つからない。百の、千の屍の上に彼女たちは生まれてきたのだ。その間にどれだけの思いが、涙が、血が流されてきたのか。どれだけの非道が行われてきたのか。それは研究者本人でさえ覚えていないのだろう。だが、そう、俺ならこう思う。

 

「生に真摯であれ。人知を超える力も権力も金もいらない。ただ己が持っているもので全力で生きろ。今まで救われなかった兄弟姉妹の分も、生きるという事に対して真面目に頑張ればいいのさ。そしてそうやって生き続けて、死んじまったら仕方がないって諦めよう。だから今は精一杯頑張って生きよう、な?」

 

 わしゃわしゃ、とユーリの頭を撫でる。そしてそのまま部屋の中へと押し込む。答えは必要としない。一方的に言葉を送る。

 

「いいか? 俺が預かる以上、非常に勝手なことながら全力で笑えるようになってもらう。それこそキャラ崩壊する勢いで。……まあ、そんな風にはっちゃけられるようになってくれたら個人的には助けたかいがあった、って言えるもんだ。少しでも恩を感じてくれているんだったら、何時かでいいからそうなってくれ」

 

「……うん」

 

 ユーリは玄関で靴を脱ぐと、振り返り、最上の笑顔をもって迎えてくれる。

 

「ありがとう―――そしてただいま」

 

 おじゃまします、ではなくただいまと言ってくれることに微笑み、自分も部屋に上がる。靴を脱いで、玄関のカギを閉めたところで、部屋の中から声が響いてくる。

 

「あ、冷蔵庫に結構いっぱい入ってますね。意外と料理のできるタイプなんでしょうか」

 

「王様王様! アイスをバレルでみっけたよ!」

 

「ナイスだレヴィ、この戦果は三人で分け合おう」

 

 がちゃがちゃと音がキッチンの方から聞こえる。まさか、と思うが既に作業に取り掛かっているようだ。

 

「ちょい待てよ貴様ら! そのアイスは二時間行列に並んで買ってきたもんだぞ!? 今ここで食うんじゃねぇ―――!!」

 

 急いでキッチンへと向かって走るが、既にスプーンをバレルに突き刺し、食べているマテリアルズ三人娘の姿がそこにはあった。キッチンに到着するのと同時に膝から崩れ落ちる。このアイスは今日仕事が終わったらゆっくりソファに座り、テレビを見ながら食べる事を楽しみにして並んで購入したものだ。それを、それを、そ、れ、を……!

 

「貴様らァ!」

 

「あ、流石に本気でキレたようですね」

 

「逃げるのもいっちばーん」

 

「逃げるぞシュテル、レヴィ!」

 

 テンションが上がってちょっと調子に乗っているのは解るが、状況を見なさすぎだディアーチェよ。周りをよく見るがいい。なぜなら、

 

「私達は既に逃げています」

 

「ごめんね王様!」

 

「はっや!?」

 

 既にレヴィとシュテルはそれなりの距離に離れており、アイスクリームの入ったバレルの横に立っているのはディアーチェだけだった。指の骨の音を鳴らしながらディアーチェを見下ろしていると、ディアーチェが冷や汗をかきながら一歩だけ下がる。それを一歩前に進む事によって追いつめる。

 

「あの―――」

 

「残念だったな。お前の冒険はここで終わってしまうのだ」

 

「王は倒れてはいかぬのだ!」

 

 そう言った瞬間ディアーチェは逃げ出そうとするが、スカートのベルトを素早くつかみ、ディアーチェの逃亡を阻止するどころか、掴んだままディアーチェの姿を持ち上げる。逃げようとしたディアーチェの足が宙をぶらんぶらんと蹴る。うわぁ、とディアーチェが声を漏らすと、そのままディアーチェをリビングまで運び、そしてソファに座り、ディアーチェの腹を膝に乗せる。右側に向けて尻を突きだす、

 

「この格好は……ちょ、待て、生後数時間で」

 

「悪い子には昔からベルカ式スパンキングと決まっている……!」

 

「明らかにスパンキングの前についている言葉は不安を募らせますね、レヴィさん」

 

「そうですねシュテルさん」

 

「貴様ら見てないで我を助けろぉ―――!!」

 

 だがシュテルとレヴィはディアーチェを見捨ててユーリの所へ行くと、ユーリを挟み、

 

「あっちの方が寝室でしょうか? 意外と広いですね」

 

「僕、狭いって言ってたからもっと小さい部屋を予想してたんだけどなあ」

 

「あ、ディアーチェ頑張ってくださいね?」

 

 ユーリは軽く手を振ると、シュテルとレヴィと共に部屋の奥へと消えて行った。

 

「薄情者めぇ―――!! あ、やっぱタンマで」

 

「だがタンマなしである」

 

 ディアーチェの悲鳴がマンションに響くまで、数秒も必要としなかった。

 

 

                           ◆

 

 

「ふぅ」

 

 軽く息を吐きながらソファにどかり、と座り込む。元々自分一人しか住んでいなかったのだ。彼女は出来てもベッドは一つで十分だし―――ベッドは一人分しかない。誰がベッドで寝るとか、誰が床に敷いた即席ベッドで寝るとか、そんな喧嘩を終わらせて無理やり風呂に追い込んだり。まさか年下の娘四人の相手がこんなにも疲れるとは思わなかった。冷蔵庫から取り出したビール缶を片手であけて、苦い液体を喉に流し込む。液体を飲み込みながら、目の前のテーブルに乗せたベーオウルフの操作を始める。

 

「ふぅ、ベーオウルフセットアップウィンドウ表示。メモリ領域にアクセス、セット魔法をセットBからAへとチェンジ。本日の施設内最深部でのデータをバックアップへとコピーしたら本体からは消去、バックアップにランダムパスを五種類かけて厳重保管で」

 

『Mission in progress』(作業執行中)

 

 ふぅ、と再び息を吐いて、全身から力を抜く。一旦ビール缶をテーブルに乗せると、シャツを脱いで、適当にソファの上に投げ捨てる。疲れた、本当に疲れた。横目で時計を確認すれば時刻は既に深夜0時を過ぎて1時に差し掛かっている。帰ってきたのが7時ごろだったことを思い返せば結構時間が経っているなぁ、と認識させられる。

 

「まだ11時ぐらいだと思ってたんだけどなぁ」

 

『Mission complete』(作業完了しました)

 

 ベーオウルフの作業が完了した。流石にこんな時間、こんな状態になると用意しておいたアイスを食べながらテレビを見る気にもなれない。……が、先にやるべき事がある。ビール缶を片手に、時計、時刻の横の数字を見る。

 

 三月二十八日とでている。となれば、この少女達と出会ったのは三月二十七日となる。

 

「ベーオウルフ、彼女たちの誕生日を三月二十七日として登録しておいてくれ。ないよりゃあマシだろ」

 

『Complete』(完了)

 

 完了としか告げず、それ以上何も言ってこないデバイスを半眼で睨む。このデバイスはデバイスマスターの道を進んだ友人が昔作ったものを改造と改良、そしてアップデートを繰り返して使用してきたものだ。だがそこに登録されているAIは最初から使われていたものから一切変わっていない。付き合いの長いこのデバイスのAIが、ベーオウルフが何も言ってこないのは端的に言って、

 

「気持ち悪い。何か言えよ」

 

『I'm only your device master. What do you expect? But.』(私は貴方のデバイスです。一体何を期待しているのですか。ですが)

 

「ですが?」

 

 ベーオウルフ、待機状態である手袋の手の甲、宝石部分が明滅しながら言葉を伝えてくる。

 

『Your action was something not all could do, as my data tells. And it was some action unlike you, although I must say that It is more to my fonding.』(貴方の行動は万人ができる事ではありませんが、”貴方らしく”はなかったと思います。それでも、私の好みの行動でした)

 

「お前の好みとか知るかよばぁーか」

 

 缶からビールを一気飲みするとそれをテーブルの上へと放り投げ、どっぷりとソファに倒れ込んで目を閉じる。とりあえずはこれで一日目の終了だ。明日からはさらに忙しくなる。

 

「スーパーで買い物して、服屋でアイツらの服を探して、んで不動産屋で新しい部屋探して……いや、ファミリー向けの部屋がここにあるだろうしそっちに移れるか管理人と相談すっか……あー……あと銀行にもいかなきゃなぁ……」

 

 少しずつ意識を覆ってゆく眠気に身を任せ、

 

『Good night master. Sweet dreams』(おやすみなさい、良い夢を)

 

 そのまま深い眠りに落ちる。



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モーニング・ライジング

 目覚めは電子音と共にやってくる。特定の時間になるとベーオウルフが目覚まし用に音を鳴らし、此方の意識を覚醒させてくれる。だがそれは常に同じ時間というわけではなく、眠りが浅くなった時を脳波を見て選び、そして最も抵抗なく起きられる時に起こしてくれているのだ。ネットでどこかの誰かが”徹夜で研究した次の日用”に開発した目覚ましプログラムらしいのだが、非常に役に立つ。偶には時間をかけてネットで色々と探すもんだなぁ、と再認識しつつ、ソファから体を持ち上げる。

 

 開いているカーテンの隙間からは既に日差しが差し込んでおり、季節は冬から春へと移りつつある。それでもまだ朝の空気は少し肌寒く、外を出かけるのには長袖が欲しい。窓に近づき、朝の空気を部屋に取り入れるためにもカーテンと窓を開け放つ。開けた窓から一気に寒気が入り込んでくるが、これぐらい涼しい方が目を覚ませて丁度いいと思う。

 

「んー……おはようベーオウルフ」

 

『Good morning master. We have many works today.』(おはようございます主よ。本日は成すことが多いですよ)

 

「解ってる解ってる。な、とりあえずは」

 

 体を捻り、伸ばし、軽くストレッチして疲労が残っているかどうかを確かめながら言う。

 

「マテ娘の歯ブラシ用意しなきゃなぁ……あ、インナーシャツ取りに行っても起きないかなぁ」

 

『Father……』(お父さん……)

 

 窓から投げるぞ貴様。

 

 

                           ◆

 

 

「んにゃあーおはよー……良い匂い……」

 

 眠そうに眼をさすりながら、レヴィがパジャマ姿のままリビングへとやってくる。服装は昨日、ホテルで着ていた水色のパジャマだ。キッチンから吹き抜けとなって眺められるようになっている構造上、自然とレヴィの視線はキッチンで朝食の準備をしている此方へと注がれている。しかも此方を見て涎を垂らしかけている。流石にこれはいかん。急いで火を消し、

 

「あーこらこら、先に洗面所で顔を洗えよ。あ、ベーオウルフ、電子制御でよろしく頼む」

 

『Father……』(お父さん……)

 

 本当に窓の外へぶん投げるぞ貴様。キッチンは完全に電子制御で出来る様になっているシステムキッチンなので、その管理をデバイスに投げっぱなしにしながら、眠そうなレヴィの背中を押して洗面所へと押しやる。その途中で、寝室の扉が開く。

 

「王の起床である―――なんてな、おはよう」

 

 ディアーチェが寝室から眠気を感じせずに出てきた。どうやらレヴィとは違って朝には強い方らしい。腕を組んで元気な姿を見せている。レヴィの背中を抑えながら、片手で挨拶をする。

 

「おう、おはよう。丁度いい所に来た。ちょっとこの寝坊助の顔を洗ってきてくれ。俺は朝飯の準備してるから。シュテルとユーリは?」

 

「あの二人ならまだぐっすりと寝ておる。そして臣下の面倒、理解した。あい、任されよ。ほら、さっさと顔を洗うぞレヴィ」

 

「あ、歯ブラシは全部まとめてコップの中に入ってるから、好きなの選んで」

 

「あいあい」

 

 ディアーチェの背中を見送りながら思う。

 

 ……シュテルとユーリがぐっすりと眠っている。それを疲れからと見るべきなのか、もしくは完全に安心して眠れているのか……どう判断すればいいのだろうか。……だがまだ一日、一日目だ。そんな早くに完全な信用を得られるとは思ってもいない。だからまだもう少し生活を続けて、そしてもっと気安くなれたと思ったら聞けばいいだろう。とりあえずは、

 

「焦げる前に何とかしよう」

 

 少しだけ足を速く、キッチンへと戻って行く。

 

 確か冷蔵庫に貰いものの、少しいいジャムがあったはずだ、と思い出しながら。

 

 

                           ◆

 

 

 それから30分もすれば家の中で寝ている者は一人もおらず、全員が完全に目を覚ました状態でリビングの中央のテーブルに朝食を乗せて食べている。が、元々食事用のテーブルではなく、リビングに置く低いタイプのテーブルで、一人の頃はこのテーブルに食事を乗せ、食べていたものだが―――このテーブル、ソファに乗って食べようとすると低すぎて逆に食べにくく、床に座らないと食べられないのだ。それは身長の低い少女達にも同じような事で、四人全員が床に座っている。一応クッションを持ってきているが、それでもまだ食べづらいだろう。

 

「微妙に食べづらいです」

 

「そう? 僕は好きだけど、この感じ」

 

 シュテルはどうやら食べづらいそうだが、レヴィはそうでもないらしい。トーストを片手で掴み、もう片手でソファの上に置いてある箱の中身からあるものを取り、それを握る。

 

「ディアーチェはどうだ?」

 

 うむ、とディアーチェは朝食を食べながら頷く。

 

「流石に毎朝これだと我も疲れるわな」

 

「ユーリにもこんなつらい体勢を取らせ続けるわけにもいかないからなぁ」

 

「すみません、何故かユーリだけ別待遇じゃありませんか?」

 

 そこはたぶん勘違いなので気にすることなく朝食を食べ続けてほしい。

 

「いや、確実に勘違いではないぞ……というか貴様、朝食の席で何をしておる」

 

「なにって……」

 

 手に握ったものをディアーチェへと投げて寄越す。段ボール箱の中にいっぱい敷き詰められているのは家に置いてある空のカートリッジ用薬莢、つまりマガジンへと装填する前の弾丸としての状態のカートリッジだ。中身が空のカートリッジに自分か誰かの魔力を込める事によって、カートリッジに魔力を保存する事が出来る。魔力量の低い魔導師でカートリッジへの適性を持っているのであれば、近年では必須のアイテムとなってきている。

 

 片手で持ち上げたカートリッジに指を通して魔力を送り込み、その中身を満たす。片手で行うそれは十秒ほどで完了する。

 

「こんな風にカートリッジの作成。Aランク以上の魔導師相手になるとカートリッジの消費が激しいからな。特にニアSランク、Sランク相手になると百発使ってもたりねぇって話になるからな、いや、マジで。昔仕事で一回だけSオーバーの次元犯罪者に3人のチームで戦った事があるんだけどさ、これがマジで頭のおかしいやつで収束の適性が並はずれているから攻撃、収束で魔力集めて吸収、再びぶっぱという∞ループが続いてでだなぁ……」

 

「どこの解りやすい悪夢だそれ。良く勝てたな」

 

 いや、勝てなかった。その頃はまだ総合Aの頃の話で、全員そろって時間稼ぎを必死に行っていたのだ。十数分後に本局のAAA級やS級の魔導師がやってきて、一瞬で勝負を終わらせて、それで終了だった。人生本当に根性ではどうにもならない相手が存在するのだなぁ、と気づかされた一件でもあった。

 

「まあ、そんなわけでメシ食ってる時とか大体こうやってストック作ってるんだよな」

 

 軽くカートリッジへの魔力の込め方を見せたところで、出来上がったカートリッジを別の段ボール箱の中へとしまう。もちろんこれもソファの上に置いてある。基本的に作成したカートリッジは全てここに一旦置いておき、戦闘がある可能性を考慮してマガジンにここから込める。そしてマガジン自体は服の中にしまったり、デバイスの拡張空間の中に保存している。

 

「まあ、日課の様なもんだからあんまり気にしないでくれ。あ、というかこれはやらせねーけど家事とかやらせるからな? 炊事、洗濯、掃除、買い物! 我が家ではタダ食いは大罪である。美味しいご飯が食いたいのであれば労働の味を知るがいい小娘共!」

 

「おー、ここに魔力を込めるんだー!」

 

「すいません、話を聞いてください」

 

「いや……すまんな……」

 

 ディアーチェが謝り、申し訳なさそうな表情を浮かべる。いや、レヴィが好奇心の塊だという事は解っている。解っていたつもりなのだが……。

 

「あ、失敗しちゃった」

 

 ぼん、と音を鳴らしながらレヴィが握っていたカートリッジを一つ無駄にする。あらら、と声を漏らしてレヴィからダメになったカートリッジを取り、それをテーブルの横のゴミ箱へと捨てる。その光景を興味深そうにシュテルは眺めていた。

 

「それ、ただ魔力を込めればいいというわけではないようですね? 見た所込められる魔力量には限界があるようですし、少々繊細な作業のようですね」

 

 シュテルが手を前に出してくる。何を催促しているのかは容易に解る。……正直な話、魔力を一旦使わせるとその楽しさを覚えてしまう。デバイスは管理局に押収されているが、それを取り返すつもりも新しいデバイスを与えるつもりもない。魔力なんてもの、生活する以上に必要が無ければ腐らせてしまうのが平和な生き方なのだ。だとすればあんまり魔力で遊ばないでほしいのだが……。

 

「大丈夫ですよ、イスト」

 

 ユーリがデザート用にフルーツヨーグルトを手にしながら、此方へと視線を向けてくる。

 

「シュテルは難しい言葉を使って真意を隠していますが、今すぐできる恩返しがこれぐらいなので手伝おうとしているだけですから、手伝わせてあげてください。そしてできたら私とディアーチェにも何か、出来る事を」

 

「ゆ、ユーリ!」

 

 シュテルがユーリの方に少し怒った様に、驚いたように頬を染めながら言うものだから仕方がない。レヴィからの視線を感じる辺り、レヴィも同意見なのだろうか。再び溜息を吐いてからカートリッジを二本取り、一個ずつレヴィとシュテルに渡す。そうしてもう一個自分用にカートリッジを取り、それを見せる様に握る。

 

「いいか? 一度に大量の魔力をぶっこむんじゃねぇ。魔力の密度を濃くして圧縮して、それを少しずつ流し込むんだ。デバイスとかがあると補助してくれてすっげぇ楽なんだけど魔力制御の練習にもなるから俺は補助なしでやってる。込められる魔力量は決まってるからその量の中にどれだけ圧縮して込められるかの勝負だ」

 

 と今度は実演して見せる。ゆっくりとカートリッジに魔力を注ぎ込む作業を三十秒かけて、シュテルとレヴィに解りやすい様に解説し、そして終わらせる。完成したカートリッジを箱の中に入れると、なるほど、とシュテルは頷く。

 

「知識としてはありましたが、実物となるとこうなるのですね―――」

 

 そう言ってシュテルは十五秒ほどで全く同じ事をやってのける。完成したカートリッジを握り、満足げな表情を浮かべると、それを此方へと渡してくる。そしてそれを握って激しい衝撃を受ける。

 

「やだ、ナニコレ俺よりも上手……」

 

 シュテルの魔力が込められたカートリッジは自分よりも魔力が精密に、そして圧縮されており、自分で作るものよりもワンランク上の出来前であった。一回目で完全に自分の上を行かれてしまった事にショックを受けてぐったりしかけた時に、今度はレヴィの声がする。

 

「あ、僕もできたよー!」

 

「どらどら」

 

 レヴィの手からカートリッジを受けとり、その様子を確かめるが―――何やらちょびっとバチバチ鳴っている気がする、安定はしているし魔力量もシュテルに負けていない、だが何故かものすごく不安になるこのバチバチ感は一体。

 

「え? だってやるからには最強を目指さないといけないからとりあえず雷に変換してから詰めたよ」

 

「なにやってんのぉ―――!?」

 

「ほほう、それは挑戦したくなってきましたね」

 

「あ、こら!」

 

 素早い動きでシュテルがソファに乗っかってくるとそのままカートリッジを数本奪い、魔力を込め始める。しかも今回は込められる魔力がシュテルの魔力光である朱色ではなく、炎へと変換されているのが見えている。

 

「ほう、変換資質を使用して魔力を込める事もできるんですね。これは我が家における私とレヴィの価値が一気に上がりましたね―――王とユーリには変換資質ありませんし」

 

「わ、我料理するし! 掃除とかできるし!」

 

「あ、じゃあ私が洗濯とかしますね。と、言うわけで」

 

 ユーリは此方へと視線を向けてくる。此方に真摯な視線を向けるも、その姿からは楽しい、という気持ちが伝わってくる。

 

「少々騒がしいし、迷惑かもしれませんが、私達は私達で報いる為に全力で頑張りますので、出来たら邪険にしないでくださいね?」

 

 そう言って可愛らしく首をかしげるユーリの姿に呆れる。

 

「するわけないだろ。まぁメシの席にこんなもん持ってきた俺が今回は悪かったという事で、ほらメシ食ったらタクシー拾ってモールに行くぞ。今日はお前らの服を買いに行かなきゃいけねぇんだからよ」

 

 はーい、と本当に楽しそうに彼女たちが声を揃え、返事をする。あー、何というか、大変なのは大変なのだが―――飽きることはなさそうだ。




 主人公の魔力はAっす。で、マテ子達はオリジナルと変わりなしで。カートリッジに関してはほぼ創作で、大体そんな感じです。延々と日常と信頼を深めている感じですねー……。

 何時になったらお仕事をするんだろうか。ともあれ、どこら辺で時間を区切るというか、時期を飛ばそうか非常に悩むところ。こういうどうでもない日常を描写するのはするので結構楽しいので。


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ノーマル・アズ・イット・キャン・ビー

「あーまてまて」

 

 着替えさせ、家を出る準備を完了する。が、そのままではいけない。玄関へと向かおうとしていたマテリアルズ達を止める。特にシュテル、ディアーチェ、レヴィの三人はいけない。寝室に置いてあったものをテーブルの上に置き、ちょいちょいと手でこっちへ来るように三人を呼ぶ。

 

「ユーリだけハブですか」

 

「……」

 

 ユーリが口に指をくわえ此方を見ている。その仕草で激しく罪悪感を感じるが、

 

「いや、そうじゃねぇよ。ユーリだけは有名人の姿をしてないから服装をちょいと変えるだけで十分なんだ。だけどお前ら三人は人相も髪色も違うけど、それでも大分似てるんだよ。服装を変えるだけじゃ知り合いにはバレるだろうから、せめてもう一工夫、安全策をしておこうって話だよ」

 

「ほほう」

 

 とりあえずテーブルに置いてあるアンダーフレーム型の黒いメガネをシュテルにつけさせる。

 

「メガネはかけるだけで大分印象変わるからな」

 

「シュテるんまるでインテリ系みたいだね!」

 

「レヴィ、少し話し合いましょうか」

 

 まるでインテリ系という事は今までインテリ系には見えなかったという事で、理のマテリアルであるシュテルからすればそれは暴言に等しい事で、レヴィを捕まえて頭をぐりぐりと遊び、悲鳴を上げさせている。レヴィは取り込み中の様なので後回しにするとして、ちょちょい、とディアーチェを招きよせる。

 

「お前にはこれだ」

 

「お?」

 

 ハンチングキャップを少し深めに被らせる。男物だから少々大きく、おかげで顔に影がかかり、見下ろす分には顔が見えなくなる。ディアーチェの年齢が13で、まだ背が低い事を考えるとこれでほぼ十分だ。これでディアーチェも顔を隠せる、と、

 

「んじゃ次レヴィの番だから解放してあげなー」

 

「次はありませんよレヴィ」

 

「シュテるん意外と根に持つんだね……!」

 

 これぐらい可愛いもんだと思いながら、レヴィを招きよせる。とりあえずレヴィだけは髪が長いので、それを利用する事にする。前に雑誌やテレビで見たフェイト・T・ハラオウンは髪の毛を束ねずにストレートで流していたので、とりあえず髪を束ねるところから始める―――と言ってもフェイトの髪型は戦闘になると……確かツインテールで纏められていたはずだ。被ると一瞬で解りそうなものなので、別の髪型を試すという意味でもストレートポニーに髪型を変え、

 

「あとはこれかね」

 

「おー! なんだかこれかっこいいぞー!」

 

 キャスケット帽に少し小さめのゴーグルと一緒に被らせる。此方もディアーチェ同様少し深くかぶらせておけば顔は解りにくいだろう。人相が少々異なっている部分もあるし、これぐらい手を加えれば知り合いに目撃されたとしても一瞬じゃ判断はつかないだろう。自分の仕事の出来に満足し、立ち上がる。

 

「ま、これだけやりゃあ十分だよ」

 

「というかよく女物のアクセサリーやファッショングラスが置いてありましたね」

 

 シュテルの指摘にまあ、と一旦前置きをし、

 

「元カノが置いて行ったものなんだよなぁ……捨てるのも面倒だから放置してただけで」

 

「マテ」

 

 ガシ、とディアーチェが凄い握力で足を掴んでくる。この少女、間違いなく魔力で自分の肉体を強化している。

 

「その面白そうな話聞かせてもらおうではないか」

 

「僕たちから」

 

「逃げられるとお思いですか?」

 

 レヴィが背後から、シュテルが左腕を掴んで体を拘束してくる。流石に外見13歳の少女と言えど、三人も引っ付かれると重い。重いが―――此方も対抗して魔力で体を強化する。三人娘を引きずりながら、玄関の方へと向かうと、そこではユーリが待っている。此方が行こう、と口開く前にユーリは口を開き、

 

「教えてくれないんですか?」

 

「勘弁してくれよ……」

 

 ―――それから部屋の外に出られるのは話が終わる五分後の事だった。

 

 

                           ◆

 

 

「えーと、では今現在はファミリー向けの部屋はないという事で?」

 

「えぇ、あるとしたらファミリー向けの部屋でも少し上のタイプで、その、値段の方が……」

 

 マンションの一階、少し歳を取った管理人の男に部屋の引っ越しを相談すると、早速と色々資料を持ち出して相談してくれる。が、現在ファミリー向けの広い部屋が無い事が発覚し、それでも引っ越したいのであればファミリータイプの上位版、つまりかなり広く、そしてお金のかかる部屋しか残っていない、という話だった。マンションの最上階付近の部屋の事なのだろうが、今現在の家賃の軽く二倍の額だった。既にここに住んでいる事もあって色々と引っ越しに関してはサービスしてくれるらしいが、それでも高い……。

 

「じゃあそれでお願いします」

 

「お、結構あっさりと行くねぇ。じゃあ別の部屋に入居するなら早めの方がいいし、明日でいいかい?」

 

「あ、はい、それでお願いします。支払は」

 

「明日引っ越すときに分割か纏めてで」

 

「了解です」

 

 お話終了。とりあえずもっと広い、全員で不自由なく暮らせる部屋への引っ越しが決まった。貯金を少し切り崩す事になるだろうが、正直しばらくは遊んで暮らせるぐらいに貯金はあるので、これぐらい切り崩したところで懐への打撃はそう大きくない。……が、それでも家賃が増えるのは少々考えものだ。空戦がまだBだし、そろそろ空戦の昇段試験を受け、ランクを上げた方がいいかもしれない。AにしろA-にしろ、A範囲内になれば空戦の方の仕事も貰えるようになるはずだ。そうなればもう少し収入も多くなる。……悪くはないはずだ。

 

 と、少女達を少々待たせすぎたかもしれない。マンションの外からおーい、と声を出して此方に手を振っている少女達の姿が見える。

 

「あ、では」

 

「うんうん、頑張りなさい」

 

 管理員の声を背中に受けながら駆け足でマンションの外へと出る。頬を膨らませたレヴィがタクシーの前に立っている。既に他の三人は乗り込んでい。シュテルが助手席に、そしてユーリとディアーチェが並んで後ろの席に座っている。

 

「はーやーく!」

 

「はいはい」

 

 苦笑しながらタクシーに乗ると、膝の上にレヴィが乗っかってくる。そして扉が閉まると、今度は膝に乗ったまま窓に張り付く。流石に窓を開けるのは危険なのでやらせないが、さて、

 

「ミッド・モールまで」

 

 無人のタクシーは目的を聞くと、その道を自動で走り始める。……バイクの免許はあるが、車の免許はない。そろそろ此方の方も取得するべきなのだろうか、これから外に出かける時あるなしじゃあ大いに違いそうだ。

 

 

                           ◆

 

 

「広ーい!」

 

「おぉ、これには圧倒されるな……」

 

 タクシーから降りて大型のモールに入ると、まず目に映るのは大量の店と、そして人の姿だ。この少女達を保護した世界は確かに観光向けの世界ではあるが、そこまで人が多い場所にいた訳ではない。だから空港よりもはるかに賑わうモールを見て、少女達四人は目を大きくして見ている。

 

「あまりうろちょろするなよ? ”迷子の王様いませんかー”とか放送するの激しく面倒だからよ」

 

「何故そこで我があがるんだ!? そういうのはレヴィの役割であろう!?」

 

「なにを言っているのですかディアーチェ」

 

 そう言うシュテルは既に俺の横に立って、左手を握っている。そしてレヴィは右手を握り、ユーリはレヴィと手を繋いでいる。その動き、一瞬とも言えるほどに短い動作だった。

 

「僕たち迷子にならない様に手を繋いでいるから」

 

「ディアーチェ? 予めモール内では手をつなぐように言われたはずですよ」

 

「我が悪いの!? というかユーリも少しセメントになってきてはいないか!?」

 

 まあまあ、とシュテルとレヴィがすかさずなだめに入り、そしてユーリがディアーチェを最終的に落ち着かせる。何というか、この四人の流れというものが大分見えてきた気がする。若干ディアーチェが不憫に見えなくもないが……まあ、それは俺から労ってやればいいな、とそう決め、とりあえず歩き出す。

 

「えーと、必要なものは何だっけ?」

 

 本来なら手に装着したベーオウルフに答えさせるところだが、それ以上に目を輝かせている少女達の存在がいる。彼女達に向けて放った言葉は直ぐ様に返答を得る。

 

「まずは服ですね」

 

「下着も必要だな」

 

「あと出来たらですけどテーブルと椅子ですね。朝食の時少し辛かったですし」

 

「あそこで売ってるお菓子が食べたい」

 

 レヴィだけ一向に言動がブレない。この欠食童子は一体どれだけ食べれば気が済むのだろうか。明らかに体積以上に食っている気がしてならないのだが、これで家計は持つのだろうか。いや、確実に危なさを感じる。これはやっぱり近いうちに空戦の試験を受けてランクを上げておく必要がある。

 

 出費とそして仕事。人間は生活の為に働いて働いて働く。

 

 こんな風に必死になって色々と考えながら動くのは自分のキャラじゃない筈なのに、ここ数日で一気に老け込んできたような気がする。

 

『Father……』(お父さん……)

 

「ベーオウルフ、次それ言ったら分解だからな」

 

 呆れの表情を何とか浮かべない様にしながら、さて、と言葉を口にする。買い物は多いが、自分の知識では足りない部分が幾つかある。たとえば女物の服装とかだ。そりゃあデートとかにいけば何が似合う、とかよく聞かれるわけだが、それは一人に対して選ぶからできる事だ。こうやって複数人の物を買おうというのであればてんで知識不足となる。

 

「と、言うわけでお前らそこらへんどうなんだ? 解るのか?」

 

「そこらへんは知識としてあるし、我らを見れば好みなどがあるのも解る話であろう」

 

 ディアーチェの発言に安心する。まあ、こういうのは正直俺に任せるよりも、本人が好きに選んだ方がいい。とりあえず手近な洋服屋に入り、そこで服を買おうと決め、歩き出そうとした瞬間、両側の手を握るシュテルとレヴィが此方の動きを止める。

 

「肩が抜けそうになるから体重を乗せて動きを止めるなよ!」

 

「いや、そんなどうでもいい事は放っておいてください」

 

 どうでもいいと断定されてしまった。

 

「それよりも今―――適当な店で見繕ってもらおうと今、思いましたね?」

 

「え、あ、そうだけど……?」

 

 その返答にシュテルだけではなく、他の少女達も露骨に溜息を吐く。一体何が悪いのだ、と口を開く前にユーリが、

 

「今までの対応を見るにお兄さんの点数はそれなりに高かったんですけどねー……」

 

「流石にこれは男性と女性の意識の差ですよユーリ」

 

「仕方がないよね。でも僕でさえ解る事をお兄さんが解らないってのは少し残念過ぎる事だと思うんだ」

 

「レヴィ貴様、唐突に真面目になって喋るのやめぬか? たまにお前のキャラ忘れそうになって我ちょっと寂しいぞ? ん? あ、あと今発言食われた」

 

 つまり?

 

「イストが朝食を用意しているわずかな間にベーオウルフを拝借して私が人気店と今季の流行をあらかじめ調べておきました」

 

『I fond girls over man』(男よりも少女の方が好きです)

 

「貴様ァ!」

 

「ちなみに予想はこんな感じで」

 

 そうやってシュテルは指で宙に数字を描く。そしてその金額を確認し、ちょっとだけ汗をかく。少し待て、と言いながら手を離し、軽く服の値段や必要なものの計算を脳内でサクっと終わらせ、再びシュテルへと向き合う。

 

「待て、本当にちょっと待て。え、下着セット3000とか2500だろ」

 

「なにを言ってるんですか。そんな安物を私達が履くわけないじゃないですか。最低でも一つ2000のラインですよ。これも我々の健全な成長への対価だと思って諦めてくださいね。あ、ベーオウルフ借りていきますね」

 

 此方が放心しているとサクっとシュテルが手に装着しているベーオウルフを奪い、此方です、等と言いながらモールの中、既に決めてあるらしい店へと向かって他の三人と共に向かってゆく。

 

「……いや、まあ、貯金あるから大丈夫なんだけどさぁ……大丈夫なんだけどさぁ……」

 

 こう見えて嘱託魔導師だし? 魔力量はAだし? 総合AAと陸戦AAの二等陸士だし? いい生活してますよそりゃあ。貯金もありますよ。少しぐらい遊んでも余裕があるぐらいには貯金してますよ。それでも、必死に頑張って溜めてきた金なのだ。それを必要だと解っていても予想外の事に一気に消費が増えると思うと少しだけ抵抗感がある。正規管理局員だと散財する暇もないが、嘱託魔導師であれば少しだけ、少しだけ余裕があるのだ。だがそういう娯楽もなあなあで済ませ、貯めてきたこの金……!

 

「あ、シュテル、見てくださいこれ」

 

「む、ナイスな花瓶。引っ越し先には花も必要ですから購入しましょう……えーと15万? ―――買いですね」

 

「ちょっとそこのロリ待てぇ―――!?」

 

 流石に止めに入る。止めに入るが、

 

 ―――なんとなく、こんな時間が続けば良いと、そんな事を思いながら、走ってマテリアル娘たちを捕まえる。まあ、結局最後は折れて買わせてしまう自分を容易に想像しながら、苦笑し、そして買い物を始める。

 

 得る事が出来なかった日常を少し豪華に彼女たちが得るのは、決して間違いではないはずだと思いながら。




 次回辺りから時間を飛ばします。


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Chapter 1 ―In The Sky―
マネー・イズ・ライク・ウォーター


「シュテるんー」

 

「なんですかー」

 

「素材集めしたいからクエスト付き合ってー」

 

「いいですよー。ユーリもどうですか?」

 

「あ、私も行きます」

 

 少女が三人、リビングのソファを占拠する様に寝転がりながら携帯ゲーム機でゲームを遊んでいる。なんでもゲームの内容はどっかの管理世界での生活がベースになっており、モンスターバスターとかいう連中が原住生物を狩って素材にし、それで装備を強化していくゲームだ。あまり外へ連れ出す事も出来ないので、家の中にいる時ぐらいは不便でないように、家にゲームを完備した。……したのだが、そのせいでいい感じにだらけきっている。元々女子は家派が多いというのは偏見かもしれないが、流石にだらけすぎやしないだろうか。

 

「おい」

 

「あ、悪い悪い」

 

 視線を手元に戻す。目の前にはカッティングボードやら包丁やら、いろいろなものが置いてある。だがその大多数は役割を終えている。あとは出来上がったものを纏めてフライパンで炒める段階に入っている。だからこそ後ろからディアーチェの体を支えつつ、フライパンを片手で操作するディアーチェを見るに。

 

「あーそうそう、もう片手で握って……そそ、まんべんなく温まる様にな。ただあまりやり過ぎると細かくなりすぎて逆に食べた時まずく感じるから適度なペースで……あ、もうちょいゆっくりな」

 

「む、こ、こうか?」

 

「うん、そんな感じだな」

 

 これなら大丈夫そうだな、と、そっとディアーチェの背後から離れ、キッチンに予め運んでおいた椅子に座り、エプロンを装着してフライパンを握るディアーチェの姿を背後から確認する。うむ、やはり女子はこういう姿が一番似合っているのだがなぁ、あの三人はどうしてあっち系に走ったのだろうか。実に解せない。

 

「いや、解せぬとか解せないとかいいから、我の様子を!」

 

「いや、そこまでテンパる必要はねぇよ。ちゃんとできてるじゃねぇか。逆にその無駄にテンパってるのを何とかして落ち着けろ。やっている事に間違いはないんだし、あとは教わった事をやるだけだから、自信を持ってやってみろって」

 

「う、……うむ。この我に任せるがいい!」

 

 即座に持ち直し、自信を持てるのがディアーチェの良い所だと思う。前は一人用だったため椅子の持ち込みが出来なかったキッチンも、今や四人全員で作業していても苦にならない広さになっているし、リビングも前の倍以上の広さになっている。それに伴ってソファやテーブルも新調し、娘たちそれぞれに部屋を与える事も出来た。

 

 ―――引っ越してから一ヶ月が経過した。

 

 人生はそんなに変わっていなかった。

 

 一ヶ月もすればマテリアル娘たちも新居と生活に慣れるし、それぞれの役割も覚えてくれる。ディアーチェは積極的に家事を手伝い、覚えようとし、基本的に家の中で出来る事は大体全部出来る様になってきている。続いて器用なのが意外にもユーリで、此方も料理と洗濯を頑張る。シュテルは性格通りなのか、意外と几帳面で掃除をすると埃を一つも残さず綺麗にしようとする為、主に掃除はシュテルの独壇場となっている。で、レヴィはニートだ。アイツに働かせてはいけない。休め。休んでいてくれ。お願いします。

 

 ……ともあれ、一ヶ月一緒に生活した程度で何かが劇的に変わるわけもない。少しずつ、ゆっくりと、互いに信頼関係を構築している真っ最中だ。デメリットばかりしかないこの生活の、唯一のメリットでもある可愛い少女達との同棲生活……なんて甘い事を言っていられる場合でもない。最初は楽観視していたこの生活だが、一ヶ月も続けていれば段々とだが問題点が浮き彫りになってくる。

 

「イスト! 色が変わって来たぞ! ここからはえーと」

 

「慌てず、騒がず、まずは火を切ってから皿へ移そう」

 

「うむ、了解した」

 

 ディアーチェが皿へと料理を移す光景を椅子の上から眺めながら、軽く先の事を考える。少しだけ不安だが―――確か今日だったな、と。

 

 

                           ◆

 

 

「む、流石王。中々の腕前ですね」

 

「料理の仕方なんてインプリンティングされてないのにね」

 

「流石ですねディアーチェ」

 

「そ、そうか? ふ、フハハハハハ! どうだ! この我にかかれば料理などこの程度のものだ!」

 

「はいはい、あまり調子に乗らない。肉と野菜とご飯を一緒に炒めたのに味をつけているだけなんだから。少し練習すれば誰にできるさ。もうちょい複雑なメニューに挑戦してから威張りましょう」

 

「なんで貴様は上げてから落とすんだぁ!?」

 

 いや、だってそのリアクションが非常に面白いから、なんてことは言えない。まあ、それでも上手く出来ている事には変わりはない。それに関しては純粋に褒めてもいいが……褒めるのはシュテル達がやってくれている。だからその分俺が厳しくしておかないと後々ダメな子になってしまわないでもない。

 

『Fa……』(お父……)

 

「ベーオウルフをゴミ箱へシュゥゥゥゥ―――!!」

 

「べ、ベーオウルフ―――!!」

 

 テーブルの上に乗せていたベーオウルフを迷うことなく空っぽのゴミ箱へと投げつける。意外とノリがいいユーリが手を伸ばしてベーオウルフの死を悼んでいるが、ユーリの手を掴み、此方へと引き戻す。

 

「食事中にテーブルから離れてはだめ」

 

「あ、はい。そうでしたね」

 

『Why are you so hard against me……』(何故そうもセメントなのですか……)

 

 あえて言うのなら恥ずかしいからだ。相手が圧倒的に年下だとはいえ、少女四人と暮らしていて恥ずかしくないわけがなかろうアホが。まあ、そこらへんは鋼の精神で何とかなるとして、問題はもっと別にある。食べ進めていた料理を一旦置き、魔力で魔力スフィアを一個形成する。それをゴミ箱の端っこへと当て、ゴミ箱を倒す代わりにその中にあるベーオウルフを跳ね上げ、

 

「よっと、はい」

 

「おう、サンキュー」

 

「あとでちゃんとゴミ箱元に戻しておいてくださいね、掃除するの私ですから」

 

「あー、はいはい」

 

 レヴィが跳ね上がったベーオウルフをキャッチしてくれ、そして渡してくる。ベーオウルフが無言の抗議としてデバイスのコア部分である青い宝石をチカチカさせるが、それよりも確認したい事がある。軽くタップし、プログラムを発動させ、そしてメールシステムをチェックする。望んだものはそこにあった。

 

「えー、こほん」

 

 咳払いをし、そして注目を集める。

 

「えーと、皆さんに大事な発表があります」

 

「ほう」

 

「つまらない事だったら怒りますからね」

 

「何でそこで無駄にハードル上げてくるの……」

 

 シュテルのセメントっぷりが日に日に磨きあがって行く気がするが、どうなんだろうか。こんな風になっていくのには理由があるに違いないが―――まあ、その解明は後にするとして、管理局から届いたメールの内容を確認し、それを巨大化して自分の前に広げる。その内容は実にシンプルで、内容を間違える事はない。管理局のマークと共に示されているのは、

 

「―――昇段試験合格通知?」

 

「おう―――イスト・バサラ二等陸士、なんと空戦A判定貰いました」

 

「おー」

 

「おめでとうございます」

 

 マテリアル娘達が拍手をもってこの結果を迎えてくれる。純粋に祝福してくれている事に喜びを感じる。

 

「だけどお兄さん空戦苦手なんじゃなかったっけ?」

 

「うん。超苦手。なるべく地に足をつけて戦いたいけどほら、食い扶持が増えたからそんな事も言えないしさ、ちょっくら昇段試験を受けてきたんだよ。内容も結構ハードなもんでカートリッジの使用は二本まで、地上に一回も着地せずに試験官から撃墜判定をもぎ取らなきゃいかんかったのよ」

 

「となると相手は空戦Aだったんですよね? 我々だったら楽勝ですね」

 

「まあ、僕たちデバイスさえあれば実力はオーバーS級でお兄さんよりも強いしね!」

 

 それを言われてしまうと本気で落ち込む。そう、目の前の少女達はデバイスさえあれば自分よりもはるかに強いのだ。レヴィはスピードが高く、ヒット&アウェイで一方的に此方をなぶるだろうし、シュテルは凄まじい一撃で此方を空からリンチするだろうし、ディアーチェは遠くから薙ぎ払って、ユーリに関しては論外。ユーリだけはデバイスを必要としないので元から最強状態だ。手がつけられねぇ。反逆されたら一瞬でベルカ男子の死体の出来上がりだ。

 

 ちょっとガチで落ち込む。

 

「き、気にする必要はないぞイスト!」

 

「そ、そうですよ、我々の様な生まれながらにチート入ってるのと違ってイストは天然ものですから!」

 

「それじゃあまるで私達が養殖のマグロみたいな言い方ですね」

 

「マグロ……」

 

 レヴィがマグロという発言で涎を垂らしている。本当にコイツは色んな意味で全くブレないな、と苦笑する所で、シュテルが聞いてくる。

 

「私が知っている限り、イストの飛行適性自体はそう高くない筈です。素早い動きは出来ても複雑な動きが出来ない筈ではありませんか?」

 

「あぁ、うん」

 

 陸戦のパワータイプなのだ。確かに空戦は苦手なので、陸戦と同じ勝手でやらしてもらったのだ。おかげで何とか空戦Aの判定をもぎ取ってくる事に成功した。

 

「で、その方法ってどんな方法なの?」

 

「ぶっちゃけ参考にならないぞ? ―――被弾覚悟で正面から突っ込んだ」

 

「本当に参考にならないね……」

 

 元から回避という選択肢を捨てた戦闘スタイルなのだ此方は。

 

「お前らと違ってベルカの近代にも古代にも適性はないし、砲撃や射撃も適性が高くはないのによ、カートリッジやらブースト、回復は無駄に高いし、格闘術の才能はあるって言われてるからさ、もうこうなったら死ぬまで殴るしかないな! ってガキの頃に思いついてよ」

 

「あぁ、何かオチが見えてきたな……」

 

 うん、まあ、たぶん想像の通りだと思う。

 

「ブーストで自分を適当に強化して、カートリッジで更に強化して、そして自分に回復魔法かけっぱなしにして相手へと突っ込む。攻撃受けてもプロテクションと気合で耐えて突き進む。そして相手を掴んだら気絶するまで殴り続ける。これで勝った」

 

「なんていう脳筋スタイル……!」

 

 軽くシュテルが戦慄しているが、お前の話す戦闘スタイルの方が俺的には遥かに恐ろしい。砲撃特化の魔術師がバインドにも高い適性を持っているってなんだ。誘導弾にバインドを隠して確実に捕まえた後に砲撃三連発とか正気の沙汰じゃない。ストライカー級の三連発砲撃とか明らかにオーバーキルの領域だ。

 

「ちなみに試験官も俺のそのスタイルを知ってたらしく開幕から俺へと向けて砲撃放ってきたなぁ……しかも容赦することなく連続で。アレ、絶対に予め調べてただろ」

 

 まあ、ミッド魔導師はベルカ系と比べて射撃型が多い。手が届く距離に入るとなすすべもなくボコられるのが日常風景だ。

 

「砲撃の中を突き進んでくる男と容赦なく砲撃を放ってくる試験官か。管理局は地獄か」

 

「たぶんケースが悪いんだと信じておきたいです」

 

 管理局全体がこんな感じだったら今頃次元世界は平和だよ、と言いそうになる。ともあれそんなこんなで空戦Aという証明を立てる事が出来、総合AAと、陸戦AAに、空戦Aという準エース級の領域がようやく見えてきた。流石にAAAか、それ以上が二つ無ければエースとして認められないし、Sでもなければストライカー級としては認められないが、ここまでくれば確実にエリートと言ってもいいレベルだ。

 

「これで首都航空隊からのお仕事も引き受けられます」

 

「首都航空隊?」

 

 頷き答える。

 

「通称空隊。本局直属の部隊で、危ない仕事をいっぱい回されている連中だよ。空飛べて、優秀な連中の集まり所な? だからこそ貰えるお給料も多いってわけ。あ、ちなみに俺は”陸士”扱いだけどメインは嘱託魔導師だから陸には名前を置かせてもらっているだけで本所属って感じじゃないのよ? だからまあ、管轄の違うところのお仕事を受ける事が出来るんだよ」

 

「あぁ、便利屋の様な立場ですね」

 

「そうだな」

 

 そして組織を円滑に動かす上ではこういう部署を超える存在がまあ、必要になる事が多い。……嘱託魔導師も、決して損耗率が低くないわけではないのだ。

 

「まあ、それで危険なのは解りましたし、凄い所だという事も把握しました―――必要なのですか? 我々と一緒になあなあで過ごす日々では足りないのですか?」

 

 うん。と思いっきり頷く。シュテルには激しく悪いが、いや、全く悪くない。というか貴様ら、

 

「少々散財が過ぎるんだよ! 貯金! 四桁あったの! それが今では三桁なの! 半分なの! 独身男性が遊んで暮らせるだけのお金があったんだぞ!? それがたったの一ヶ月で半額ってなんだよ! 半額セールじゃねぇんだよぉ!!」

 

 軽く頭を抱えてテーブルに突っ伏す。すると肩に手がかかる。

 

「その……なんだ……我、家計簿つけるからな?」

 

 ディアーチェの発言にほろりと涙を流しかけた瞬間、

 

「お兄さんー。僕今夜ミッドマグロが食べたいー! あ、あとお肉も食べたいー!」

 

「レヴィ、これは後でエンシェント・マトリクスものですね……」

 

「じょ、冗談だよ、冗談だってば! 空気読まないでネタに走ったのは謝るから本気でマトリクスだけは止めて! 僕が悪かったから!」

 

 先の事を考えると軽く頭が痛いが、今の生活を続けるためにもお金は必要なのだ、お金が……! 何をするにしたってお金だ……!

 

「……むう、私達でもできる内職を探すべきですかね」

 

「我、もう少し料理を勉強して節約レシピを頑張ってみるか」

 

 そこらへん、本当にお願いします。……自分も、この生活の為にできる事は全部やってみようと思う。



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レッツ・ワーク

 鏡の前で自分の姿を確かめる。

 

 若干つり上がった目端は全体的に鋭い印象を与えるが、それをかき消す意味でも微笑を浮かべる。完全にだます事は出来ないが、それでもある程度誤魔化す事は出来る。短く切ってある赤い髪に触れ、それがぼさぼさになっているのを確認し、さっと櫛を使って整える。激しく動き回ればまた今の状態へと戻ってしまうが、初対面なのだから少しぐらい整えた方が良いに違いない。管理局指定の制服である事を確認し、そして髭も剃り残しがないことを確認する。これで身だしなみに問題はなし。

 

「これでいいな」

 

 洗面台に乗せておいたベーオウルフを右手に装着し、手を開け閉めする事でそのフィット感を確かめる……と言っても自分に合わせて毎年サイズを調整し直しているのだ、最適なサイズであることは疑いようがない。だからこれで準備は完了だと思う。洗面所から出て、廊下を抜けてリビングへと向かう。ソファの上に座って、コントローラーを弄っている同居人たちに向かって声を放つ。

 

「そんじゃ俺は本局の方に行ってくるから」

 

「誰かが来ても絶対に扉を開けない。勧誘は無視、勝手に外に出ない、そして合言葉を忘れない……ですよね?」

 

「王たる我が臣下の事を見ておる。イストは心配することなく仕事へと向かうといい」

 

「おう、任せたぞユーリ」

 

「だからそこで何で我の名前が出ないんだ!」

 

 ディアーチェを軽く弄った所でもうそろそろ出なくてはならない。基本的にこういう顔合わせは初日が大事なのだ。遅刻はしたくないし、最低でも10分前には現地についておきたい。その方が印象が向こう側によろしく通るからだ。ビシ、と決めたところでユーリからサムズアップが戻ってくる。どうやらそれなりに決まっているようだ。

 

「あ、ところでお兄さんさ」

 

 レヴィがテレビのスクリーンから顔をそむけ、此方へと視線を向けてくる。

 

「今日は何処へ行くの? しばらく家を空けるの?」

 

 嘱託魔導師という職業の都合上、二日、もしくは三日程家を空ける事はある。その場合はこの四人に家を任せ一人で出かけているものだが、チ、チ、チ、と音を鳴らしながら指を揺らす。おぉ、とレヴィが目を輝かせているのはおそらくその動作がかっこいいと思ったからだろう。

 

「これからしばらくは家を空ける回数は増えるだろうけど定時上がりだぞ!」

 

 まあ、とシュテルがスクリーンから目を離し、笑みを浮かべながら此方を見る。

 

「なんと、ついに定職に就いたのですか。前々から思っていたんですが嘱託魔導師という職は収入はまあまあですが、いつでも蜥蜴の尻尾の如く切り落とされそうで非常に不安定な職だと思っていたんです。そんな私の考えをくみ取ってもっと安全な職に就くとは中々ですね。さあ、安定した収入で私達に素晴らしきヒモ生活を約束してください。ゆくゆくは結婚して私が専業主婦になる事で更に安定した未来が」

 

「貴様一回拳で黙らせるぞ」

 

 本気じゃないって事はシュテルの態度からあからさまだが、まあ、定職につくってのはある程度正しいかもしれない。

 

「数日前に空戦A認定を受けたから仕事先が増えるつったろ?」

 

「そーいえばお兄さんそう言ってたね。正直空戦Aとかナニソレレベルだから僕忘れてたけど」

 

「貴様には帰ってきたらベルカ式スパンキングが待っている」

 

「助けてシュテル僕死にたくない……!」

 

 だが助けない、とレヴィへと笑顔で告げるシュテルはこの一ヶ月でだいぶセメントなキャラになったなぁ、と成長を喜びながらも、解説を続ける。

 

「まあ、つまりAって事は十分に空戦ができるって認定なんだよ。”お前は立派な戦力で優秀な人間です”ってな。で、優秀な人間ってのは基本的に本局にスカウトされたり引き抜かれたり選ばれたり」

 

「全部同じ言葉ではないか!」

 

 うん。そう、言葉を変えようと実態は変わらない。優秀な人間ほど中央へと集める悪癖が時空管理局には存在する。そしてその悪癖は何故だか悪癖として機能しない。その理由はいたってシンプルで、

 

「意外とミッド中央―――クラナガンでは反体制派のテロとか多いんだよ」

 

 ニュースにならないし、それこそミッドは飛行魔法でも使わなければ全体を回る事が出来ないぐらいに広い。クラナガンだけでも中規模文明国家一つの大きさに匹敵する。ともなればスラム街やら、隠れ家やら、そういう場所も必然的に増えている。首都を拡張し続けてきたツケがここに回ってきている。管理局がその理念を体現しようとした結果大きく広がり過ぎた弊害とも言う。だから妙なバランスが形成されている。

 

 中央へと戦力を集める本局。

 

 そして中央を崩そうとする反体制派。

 

 そのシワ寄せは様々な部署や別の管轄へと回ってくるのだが―――正直そういう政治は一般局員の考える事ではない。それよりも大事な事は契約だ。嘱託魔導師は簡単に説明するのであれば”便利屋”という表現が正しい。陸士でもいい、空士でもいい。とりあえず所属として名を管理局に渡しておく。あとは嘱託魔導師の資格を持っていれば管理局の方から仕事を持ってきてくれる。此方からお願いすれば貰える仕事の量を増やせたり、減らせたりもする。そうやって嘱託魔導師は管理局へと貢献しているわけだが、基本的に仕事のスタイルは”契約”の一言に尽きる。だから今回も新たな仕事の契約をしたに過ぎない。

 

「首都航空部隊にちょっくら空士として所属してくるわ。朝は8時、一応夜8時終業だから帰るのは八時半頃になると思う。契約内容が変わらなきゃ週四日で出勤、空隊の面子として出向扱いで働く事になってるわ。まあ、細かい所は聞かないでくれ。俺も考えるのも思い出すのもめんどくさい」

 

「なるほど、つまり安定した収入が得られるって思えばいいんですね」

 

「収入の安定は大事だからなぁ……」

 

 シュテルの頭の中は金ばかりか。……まあ、最近この娘たちが家計簿をつけたり貯金のチェックをしたり、金銭に関して意識を向けてきてくれている事を知っている。おそらく最初の頃の様な浪費はなくなるだろう。たぶんだが、金銭の価値を覚えてくれたのだろうと思う。何が高く、何が安く、何をすれば残り、何が失われるのか。

 

 お金を無駄に使った時に晩飯のおかずを二品ぐらい減らしたかいがあった。後ついでにデザート没収。

 

 ともあれ、

 

「んじゃ、俺は行くから大人しくしてろよー」

 

「はーい」

 

「あ、本局の近くに美味しいと評判のケーキ屋があるので買ってきてください」

 

「はいはい」

 

 騒がしく娘たちに背中を見守られながら、玄関まで移動し靴を履き、扉を開ける。ベーオウルフが表示する時間にまだ余裕はあるが、それでも早めに到着しておくことに越した事はない。ポケットの中のバイクのキーを確かめつつ、扉を開け、一回だけ振り返る。

 

「いってきます」

 

「いってらっしゃい」

 

 

                           ◆

 

 

 顔合わせの時間、キッチリ五分前に到着する―――本局の空隊用のビル、その一階のロビーだ。自分が結構出入りしている地上本部と比べても遜色ない程に巨大な建物だ。此方も常に人が忙しそうに動き回っている姿がよく見る。待ち合わせ場所であるロビーの一角で柱を背にしながら待つこと数分、時計の針が上を指す頃に、

 

「すいません、イスト・バサラ二等陸士ですか?」

 

「はい」

 

 管理局の制服姿の男が近づいてくるのに気づく。此方へと近づいてくるのを見てすかさず手を出し、握手を交換し、歩き出そうとする男の横につく。ここら辺の流れは社会人となれば嫌でも慣れる事だ。

 

「貴方がフィガロ・アトレー三等空佐ですか?」

 

「おう、初めましてイスト陸士。といってもこっちの方で既に過去のデータやらを確認させてもらっているがな。かなり幼いころから嘱託魔導師として活動しているようだし、経歴も完全にクリーン。正直今の今まで何で空戦の昇段試験を受けなかったかが不思議なぐらい優秀じゃねぇか」

 

 予想に反して、割とフランクな対応の人物だった。

 

 フィガロ・アトレーという男は少しだけ歳を食った人物のように見える。髪には白髪が少し見え、顔の掘りも深い。握手した手は力強かったが、少し老いが見えていた。歳は四十か、その後半に入り始めたぐらいだろうか。管理局員としては珍しく”ベテラン”と呼べる部類の年代の人間だ。管理局が若い人間を際限なく雇用するため、そして歳を取れば死ぬ可能性が増える為、こういう人材は非常に珍しい。

 

「最近ちょっとした心境の変化がありまして、ちょっと行けるところは行ってみようかと挑戦したくなってきまして」

 

 その答えにフィガロは笑みを浮かべた。

 

「おぉ、若いうちは買ってでも苦労するもんだ。出来る事を諦めて挑戦しないってのは何時だってつまんねぇ事だからな。あー、あと俺にそんなにかしこまる必要はないぞ。何せ今日から一緒にメシ食って働く仲間だからな。よろしく頼むぜ”イスト一等空士”」

 

 このオッサン今とんでもない発言をかましてくれなかっただろうか。

 

「すいません」

 

「あ、所属と階級は気にするな。一応俺らは”エリート”って触れ込みになっているし、陸士が空隊に所属しているのもおかしな話だろ? お前らのそういうところは割と柔軟にどうにかなるからな、とりあえず所属をこっちに、階級を一つ上げておいた。訓練生ならいいがよ、流石に前線メンバーとして働いてもらうなら二等じゃあ此方も体面としちゃ悪いんだよ。それにそれだけの実力はある様に思える。違うか?」

 

 反論する事が出来ず、両手を上げてお手上げだ、というサインを見せる。それを気にいったのか、フィガロはよしよし、と頷きながら言葉を続ける。フィガロの横を歩きながら、ビルの中を進んで行く。軽く頬を掻き、少しだけ言葉を崩しながら答える。

 

「それ、返答求めてないっすよね?」

 

「そりゃあそうだろうよ。俺が上官で、お前が部下。俺の命令は絶対服従。ここで働いてもらう以上それだけは絶対だ。いいな? 命令違反なんてしてみろ、全裸でビルのてっぺんから吊るしてやるからな。そして俺はやるつったら絶対にやる。―――もう既に一回やっているからな」

 

 ―――やべぇ、仕事間違えた……! そうだよな、スピード昇進にいい事ばかりなんてないよな。とりあえず今夜はビールを片手にユーリに愚痴って慰めてもらおう。イストさん職場のプレッシャーに負けない様に頑張るよ。

 

「まあ、半年もここでやってりゃあ直ぐ曹長にでも准空尉にでもなれるだろ、その実力なら。あとは成績ってか成果次第だな。おら、テロでも鎮圧するか一人でアジトを殲滅して来い。それで点数数えてやるからよ」

 

 管理局の空隊の人間が予想以上に世紀末思考で流石に頭を抱えたくなってきた。おかしい。俺の方が本当はもっと破天荒なキャラなのになぜかお父さん扱いされるわオカン扱いされるわ、なんだか本来の自分からブレまくっているような気がしてならない。だが目の前の人物が自分よりも遥かに高い地位についており、そして尚且つ自分よりも実力が上のストライカー級魔導師であることは間違いはない。故に反論する事は出来ず、少々引きつった笑みを浮かべてはい、と返答をするしかない。

 

「というか早く出世しろ。そして早く俺のポストを取ってくれ。若いやつが育ってねぇと安心して引退ができねぇんだよ俺は。右を見てもガキ、左を見てもガキばっかり、何時から管理局は保育園になったんだよ! あ? あぁ、そういやあ最初からそうだったな。こりゃひでぇ。だから俺の引退の為にもここで盛大に出世してくれ。盛大に強くなってくれ」

 

 ビルの中を進む足を止める。一階の奥、ビル裏手へと繋がる廊下の途中の扉の前に止まり、フィガロが扉を開ける。

 

 その中にあったのは死屍累々とした魔導師の姿だった。部屋に転がっているのは十数人程の姿で、何人か魔力ダメージでノックアウトしているように思える。もうここまで来ると完全に頬が引きつる。選択肢を間違えたってレベルじゃなくて、騙されたってレベルに入ってきている。

 

「よーし、全員いるか? あぁ? まだ寝てるのか? だらしのない奴らめ。まぁいい。イスト・バサラ一等空士、目の前の死体どもが今日から一緒に首都の空を守る首都航空隊第6隊だ。5でも7でもない、6だ。覚えたか? 今日からこいつらと一緒に訓練し、チームを組み、そして次元犯罪者共をリンチする」

 

「ど、どーも、イスト・バサラ一等空士……です……」

 

 軽く自己紹介をすると、”ヴぉぉ”等という凄まじい返事が返ってくる。こいつら本当に大丈夫か、かと思うと、倒れていた魔導師の一人が立ち上がり手をあげる。

 

「うっす、アベラ空曹長です……」

 

 それに続く様に、死屍累々とした状況からぽつりぽつりと復活し、立ち上がり、挨拶する姿が増える。

 

「インディ空曹長だ、よろ……しく……」

 

「ティーダ・ランスター……二等空尉です……あ、あっちがクーダ・カマロ准空尉で、あっちで頭からバケツに突っ込んでいるのがキャロル・コンマース三等空尉。ちなみに人妻なので手を出すと本人が殺しにかかるよ」

 

「で、僕がシード・スピアーノ空曹長です」

 

 それからも次々と自己紹介が続くが、誰も彼もが最低で一等空士”以上”の階級の持ち主だった。改めて本当にこんな仕事を引き受けて正解だったのか、契約に不備がなかったかどうか自然と不安になってくる。

 

「ん? あぁ、気にするな。ここにいる連中は実力に関してはどっこいで高くても空戦AAA+が最大だ。お前に足りてないのは階級と功績だけだから半年もいりゃあ本当に上がるって。というかよくも嘱託魔導師なんて即金と趣味が全ての様なもんを9年間も続けてたな。もうちょい空戦昇段試験をよ……いや、それは嘆いていても仕方がないか。ともあれ、ようこそ管理局へ」

 

 フィガロは獰猛な笑みを見せてくれる。

 

「飛行魔法がそこまで得意じゃないんだったな? 安心しろ、今日は特別ゲストが来ていてな? ―――お前もこいつら同様、戦技教導隊に揉まれれば嫌でも上手くなる。あぁ、それは保証してやろう。良かったな。今日は別の隊が仕事をする代わりに訓練ができるぞ!」

 

 もうやだ、帰る。

 

「あ、すいませんクーリングオフで」

 

 一歩後ろへと下がろうとした体を、何時の間にか背後へと回り込んだフィガロが両肩を掴む事で動きを止める。

 

「残念、契約書にクーリングオフは通じないと書いておいたぞ」

 

 ―――管理局がブラック職場という本当の意味を、これから理解するという事だけは解った。



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ファースト・ナイト・アフター

 流石戦技教導隊のゲストというか、しっかり仕事をした、とだけは言える。約束を破る訳にもいかず、周りの恨めしい視線を笑顔で受け流しながら残業を回避、定時に上がってやっとの事で家へと帰ってくる。今までの様にその場支払ではなく月末の振込という契約内容だが、その給料は今までよりも遥かに多い。かるーい疲れを負荷として体に持ちながらも、扉を開け、そして家に帰ってくる。

 

「ただいまー」

 

「「「「ケーキー!」」」」

 

「貴様ら声を揃えてケーキが第一声か。少しは本心を隠す努力をしろ」

 

 呆れながらもリビングの方からする声に返答する。おいーっす、と声を出しながら片手で握る箱を持ち上げると、リビングの方から瞬間移動かと思う速度でシュテルが登場する。ケーキの箱を受け取ろうと待機するその姿は何故か犬の耳と尻尾が見えてきそうな光景だ。

 

「ちゃんとメシ食ったか?」

 

「はい」

 

「洗い物はしたか?」

 

「もちろん」

 

「誰も家には入れなかったな?」

 

「私を何だと思っているんですか」

 

「ちゃんと全員で分けて食べなさい」

 

「はい!」

 

 ケーキの箱を受け渡すと、直ぐにシュテルの姿が消える。ダイニングの方からカタカタと音が鳴る辺り、今頃ディアーチェかユーリ辺りが皿とかを出し、レヴィは既に席に座って待機しているのだろう。微笑ましげなその光景を想像し、ゆっくりと靴を脱ぎながら軽く首を回す。明確な形としては疲労は残らないが、結構、というよりはかなり疲れた。長年嘱託魔導師として活躍してきたわけだが、此処まで体を酷使したのもかなり久しぶりだと思う。普通に考えればSランク魔導師を相手にする事なんてほぼないのだし、こうやって教導を受ける機会もほぼない。そう考えるのであればものすごく貴重な経験かもしれない。だが管理局に所属してから9年だ。今になって訓練、とか言われると正直少しだけだが笑いが込み上げてくる。

 

 ダイニングへと行くと静かに、だが幸せそうにケーキを食べる四人の少女達の姿がある。その光景を邪魔しない様に静かにダイニングを通りキッチンへと向かい、冷蔵庫からビールを取り出す。また帰りもこっそりと行い、ソファに倒れ込む。

 

「あー、疲れたー」

 

 ビールを横に置き、上着もシャツも脱いで、上半身裸になったとこでビールを開ける。

 

「どこのオッサンですか」

 

「でもイスト、実質的にお父さんポジションですよね?」

 

「イストパパ!」

 

「やめいレヴィ、イストが黄昏るであろう」

 

「たぶんお前らこの流れ完全に把握してから口に出してるよな」

 

 かぁ、と声を出しながらビールを飲み、ソファに沈み込む。ここまで肉体的に疲れたのは本当に久しぶりだ。新しい職場の同僚によればここまで激しいのも珍しい部類らしく、本来はもっと違う方向性で疲れる内容となっているらしい。まあ、たまーに教導隊がやってくるのは戦力を調べる意味もあるが、管理局の部隊の質を維持するためでもあるらしい。しかし困ったものだ、戦技教導隊もエースストライカーの集団、今まで培ってきた自信を失いそうだ。

 

「ほほう、そんなに凄まじい集団だったんですか?」

 

 目をキラキラさせながらシュテルが近づいてくる。こっちで食うのは行儀が悪いぞ、というとじゃあ貴方はどうなんですか、と言われてしまうので言い返せない。近づいてきたシュテルはそのままソファの上に座ると、他の娘たちもソファに集まってくる。

 

「おめぇら俺訓練帰りで汗臭いんだけど」

 

「労働の臭いだな」

 

「クサイ」

 

「休み終わったら風呂に入るといいですよ。一応準備しておきましたから」

 

「至れり尽くせりなのはいいが、それに慣れてきたってのも結構怖いもんだなぁ……あぁ、そういやあ戦技教導隊の話だっけ? ともあれ、デタラメだよデタラメ。先天的に魔力SランクとかSオーバーとかまあ、もう違う次元だわな。やればできるとか魔力切れた状態でビルの上から落とされたりもしたよ」

 

「どこの処刑だそれは」

 

 まあ、そんな感じで解りやすい地獄を今日は経験してきた。まあ、今日だけだ。また明日からは通常業務へと復帰するらしく、密売組織を追いかけるらしい。”陸”と若干管轄が被るらしいが、基本的に首都であるクラナガンの平和を守るのは首都航空隊の仕事らしい。治安維持は大事な仕事だとは知っているし、経験もしている。だがさて、どうしたものか。やりやすい職場と言えばやりやすいだろうが、あまり心を許してもいけないのだろう……この少女達を守るつもりなら。

 

 ひょんなことから彼女たちの存在をバラしてしまう、そんな事態を避ける為に。

 

 とりあえずは家に呼べるほど親密にはなれない。あぁ、辛い、なんと辛い事であろうか、友達も自由に作れないとは! ……なんて事は思いもしない。所詮自分で選んだ道だ。後悔をする暇なんて最初から用意されていない。となれば、最後まで頑張るしかない。あぁ、しかし何だろうか。今、確実に、自分の生活がこの四人の娘たちをベースにしているのが解る。というかこの四人の事しか考えていない気がする。

 

「どうしよう」

 

「うん? 何が?」

 

 何が、と言われても、

 

「色々あるだろ。幸いお前らを学校へと送る必要がないってのが一番楽な所だけどよ、このまま生活にするにしたって大きくなってきたら問題出るだろうし、俺も彼女とかできたり、お前らも彼氏連れて来たり……一体どうすんだこの先」

 

「というかイスト、お前は先の事を考えすぎだろ……」

 

「い、いや、だって、俺だって普通に彼女欲しいし! 結婚願望あるし! 可愛い奥さんもらって退廃的な生活送りたいし! こう、朝食をエプロンで作っている姿を後ろからみて、”こいつ、ケツがエロいなぁ……”的な感じの感想を抱く生活を送りたいんだよ!」

 

「それ人間として根本的にアウトだと僕思うんだ」

 

「というかこれだけの美少女を住まわせておいてそんな口をほざくのですか」

 

 お前らがいるから口に出しているんだ。お前らがいるという状況が絶望的に俺の夢を閉ざしているから。とりあえず……いや、何を言ってんだ俺。相手はまだ生まれて一ヶ月そこらのガキだぞ。考える事でもないし、喋るようなことでもないだろう。……ちょっとだけお酒に頼り過ぎなのかもしれない。こりゃあしばらく禁酒だな。

 

「悪い、愚痴った。俺サイテー」

 

 とりあえず謝っておく。が、それに便乗する様に無表情のシュテルが口を開く。

 

「サイテー」

 

「サイテー! サイテー! サイテー!」

 

「お前ちょっとばかし調子に乗り過ぎじゃねぇかなぁレヴィちゃーん……?」

 

「ごふぇんなふぁい」

 

 レヴィの両頬を掴んでひっぱる。こやつ、ただ単に楽しそうだから便乗しおったな、ワルガキめ。……まあ、この若干鬱い気分も吹き飛ばす事が出来たのでそれで許してやることとし、レヴィの頬を解放する。

 

「で、先ほどの話の続きなんですけど、結婚願望あるんですか? さっきの話は冗談っぽいですけど」

 

「なんでその話を蒸し返すんだよお前は……」

 

 ニヤリ、と笑みを浮かべたユーリが矛先を此方へと向けている。レヴィやシュテル程ではないが、ユーリも段々とハメを外す事を覚えてきたのが少々面倒なのと同時に嬉しくもある。ユーリだけはどこか遠慮しているような様子もあったので、もう少し自己を主張できるような子になってもらいたいものだ。その為にもそうだなぁ、と前置きをしてから言葉を続ける。

 

「真面目に考えてみてやっぱあるなぁ。俺も男だし、可愛い奥さんは欲しいよ。いや、まだ18だし、そりゃあ結婚は早いと思うぞ? だけどそろそろ恋人の一人でも引っ掻けて、そして少しずつお付き合いを重ねてゆくゆくは結婚というルートをたどりたい所だなぁ」

 

「意外と堅実派なんだな。もっとスピード婚を望むタイプに見えたぞ」

 

「一度お前らに俺の事がどう見えているか話す必要があるなぁ!」

 

 いや、割と真面目に彼女たちが俺の事をどう思っているかは知りたいと思う。少なくとも嫌われていない事は解っている。嫌われているのであれば積極的に生活を手伝ってくれたり、こうやって上半身裸の男の横で安心した様子でケーキを食べたりもしないだろう。まあ……ある程度懐かれているのではないかと思っている。家族としての情が存在し、此方へと向いているのであれば尚良し。少なくとも自分は彼女たちを自分の家族として扱っている。

 

 それが向こうにも通じているのかどうか、それを聞くだけの勇気が今の所、俺にはない。

 

「そういえば気になったのだが、お前の両親はどうしているんだ?」

 

「共同生活一ヶ月目でやっと家族の質問か」

 

「ぶっちゃけ重要ではありませんしね」

 

「気になる程度の事だし!」

 

 まあ、暮らしている分にはあまり関係の無い話ではあると思う。が、家族か。家族がどう、と言われても実の所別段特殊な家族構成でもない。いたって普通の家族構成だ。

 

「母親が一人、父親が一人というすっげぇ普通の構成だな」

 

「ホントつまらないですね。ガッカリですよ」

 

 お前は俺の家族に何を求めているんだ。

 

「まあ、あえて言うならウチの実家はベルカの司祭系の家柄でなぁ……血筋を辿れば古代ベルカの生き残りだー! とか親父は自慢してたな。まあ、ものの見事にベルカ系の遺伝子は仕事しなかったらしく近代ベルカも古代ベルカの術式もほぼ適性なし、だけどその代わりミッド系の支援やら回復やらは適性が高くて、周りから”お前どっかでミッド系の血混ざっただろ”とか言われて一時的に親父がハゲた頃があったなぁ」

 

「我はお前と普通という言葉の定義に関して話し合いたい……が、なるほど。ベルカ式の魔法が使えぬから何かをするときにベルカ式と主張していたのか。なんというか―――ものすごく居た堪れないぞ。何か、ものすっごい可哀想」

 

「憐れなものを見る目で見るな! そんな目で見るな! ば、ばぁーかばぁーか! そんなやつに養ってもらっているお前らなぁーんだ! ばぁーか! ……止めようぜ、悲しくなってきた……」

 

「ではこの話題、双方にデカいダメージを残しそうなので終了という事で」

 

 うむ。終業後のテンションとはかくも恐ろしい。何故サラリーマンが夜、お酒を飲むと豹変するかが解ったような気がしてきた。まあ、知りたくもなかった事実なのだが。まあ、ともあれ、彼氏彼女の話題はまだ早いし、結婚もまた夢のまた夢だ。今はとりあえず地に足をつけて、この財政難を何とか乗り越えて安定を目指す事だけを考える事とする。ガチで逃げるのだったら実家に帰るという手段もある。実家で司祭の真似事やって平和に暮らす。

 

 駄目だ、想像できない。

 

「ま、明日からは通常業務として皆さんの平和を守るヒーロー系イストさんが頑張るよ」

 

「ベルカヒーローイスト?」

 

「ベルカという単語から離れなさい」

 

「えー。折角弄れそうなネタを見つけたのにそう簡単に手放せないよ。仮に手放すとしてもそれは僕に新たなケーキを買ってくれる場合のみだよ!」

 

「すまん、こ奴は後で我が叱っておこう。お前は明日も仕事なのだろう? そろそろ風呂にでも入って休め。あぁ、あと皿やビール缶に関しては我がやっておくから気にするな。寝間着も何時もの所であろう? 出しとくからほれ、さっさと行かぬか」

 

「悪ぃ。そうさせてもらうわ」

 

 理解ある人物が家の中にいると本当に助かる。回復魔法で体をこっそり治療しながら参加していたので他の面子よりは大分楽なのだが、それでもやはり疲労は凄まじい、通常業務とやらが今日よりはどれぐらいましなのだろうか、それに少しだけ期待を抱きつつも風呂場へと向かう。ディアーチェもますます我が家での生活に慣れてきた事だなぁ、と微笑ましくも思う。しかしえらく家庭的なディアーチェだが、彼女は八神はやての遺伝子から生み出されたと資料には載っていた。オリジナルである八神はやてはディアーチェのような人物なのか? ベルカの騎士に憧れていた元少年としてはヴォルケンリッターの存在には非常に憧れを抱くが、”我”なんて濃すぎる一人称はしてなかったと思う。

 

 ま、レヴィもシュテルもどう考えても高町なのはやフェイト・T・ハラオウンとは似ていないから激しくどうでもいい事だな、と納得しておく。どうせ会う機会なんて一生ないのだ。

 

 そんな事を思いつつ、一日の汗を流すためへ風呂場へと向かった。

 

 今夜はゆっくりと眠れそうな気がしながら。



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アズ・ビーイング・ワン・オブ・ゼム

「おはようございまーす」

 

 扉を開けてあてがわれた隊の部屋へと向かうと、デスクで働く多くの同僚の姿を見る。真面目に書類に向き合っている同僚の姿がいれば、眠そうに半分だけ目を開けている者もいる。故に返事もまばらなものだが、ちゃんと聞こえた者は返事を返してくれる。

 

 ……いい職場だなぁ。

 

 純粋にそう思う。何せ返答してくれるのだ。初見の相手にそうやって言葉を返す職場ってのはあるか? と問われればあるかもしれないが、それでも入りたての新人であれば、普通なら面倒から適当に流す所だ。何せ俺達には信頼関係というものが一切ないからだ。信頼・信用のない相手とは話せないし、相手にもできない。それが社会という場所の現実だからここは期待されていると思うべきなのだろうか、もしくは認められていると思うべきなのだろうか。ともあれ、昨日今日で自分の居場所があるとは思わない。欠食児童四人を養うためにもキャッシュは非常に重要なものだ―――自分がここにいる理由を果たす為に仕事をしよう。

 

 とりあえず手近な誰かに話しかけようとすると、部屋の奥の方から駆け足で一人やってくる。

 

「おっと、おはようバサラ」

 

「うっす、おはようございます二等空尉」

 

「あ、とりあえず二等空尉とか階級とかで呼ぶのはやめないかな? 他の所は解らないけどここでは割とアットホームな環境でやってるから」

 

「うん、昨日のノリが冗談じゃなかったのか調べただけなんで」

 

 昨日のノリ―――つまり戦技教導官に砲撃の嵐を浴びせられてた時のリアクションはマジモノだったのか、その場のノリだったかの確認だ。どうやら悪戯でもドッキリでもなく、叫んだり助けを求めて逃げ回っていた”俺達”の姿は嘘ではなかったらしい。改めて片手を上げて、

 

「おはようティーダ、っとちょっと気安いか?」

 

「いや、歳もほぼ一緒だしその方が俺にも楽だよ。よろしくイスト。同年代とはいえ俺の方が一応先任だから色々と教えるよ?」

 

「おう、割と頼む。正直何も教えられてないし、空隊とは今まで全く縁がなかったんだよ」

 

「確かにそうだろうなぁ……最低でも空戦Aはないと一緒に仕事をするだけ無駄、足手まとい扱いだからね。まあ、本当は飛行できることが重要じゃなくて飛行した状態でAランク相当の実力を発揮できるという事の方が重要なんだけど、それは歩きながらでいっか。じゃあ行こうか」

 

 話はとんとん拍子で進んでいくが、一応聞いておく。

 

「どこへ?」

 

 ティーダは扉の向こう側を指さす。

 

「街へさ」

 

 

                           ◆

 

 

 クラナガンという街は何時来てもその様子は変わらないものだと思う。とにかく雑多。人が多く、そして建築物も多い。数歩前に踏み出して歩けばもう後ろの道は人で埋め尽くされていて見えない。ミッドチルダという一つの世界でも、クラナガンは人口密集地帯、少々人であふれかえり”すぎている”部分もあるが、それは天下の管理局。魔導技術、そして科学技術、この二つのハイブリッドにより日夜生活を守り続けているのが今。だがさて、その全てを守れているのか、それは答えることなんてできない質問だ。管理局員であれば誰だって万能であり、全能だとは思っていない。どうしても救われない少数、そして報われる事の無い少数というものは出来上がってしまうのだ。

 

 管理局という組織がその支配を効率よく行う上で、組織は大きく分けて三つに分けられている。

 

 一つ目は”海”であり、海とは次元世界の事を示す。提督、次元航行船、そういった者はこの海に分類され、所属する。おそらく二番目に人気の部署がここだろう。何せ戦艦に乗るという事は、魔導師であれば憧れるものは多い。ちなみに超エリートコースでもあり、かなり危険でもある。時空間での仕事、という点で察せるはずだ。

 

 次に地域的な治安を維持する”陸”の存在。支部や支局が存在し、基本的に治安を維持する―――警察的組織として陸は存在している。空を飛ぶ必要がないとされる為、そして”魔導師の花の空中戦”ができない為、一番人気の無い部署でもある。……が、陸の努力なくしては管理世界の平和や秩序は保たれない。基本的に住民とも交流し、地域的人気が高いのが陸という部署である。……が、よく本局や”空”に引き抜かれるので戦力は万年不足気味、というのが現状。

 

 そして最後の”空”という部署は少々特殊だ。空と言えば航空魔導隊、首都航空隊、そして戦技教導隊、とまたエリート部隊の名が上げられるのだが……陸をメインに仕事をさせてもらっている人間からすれば少々解らない事がなくもない。つまり、何をメインの業務としているのか? という話になる。陸の治安維持行動には割と軽いものからヘヴィなものまで揃っていた。首都の防衛部隊なのだから、空の首都航空隊もそこそこ危険な仕事をしているのだと判断するのだが―――私服姿でティーダとクラナガンの街を歩き回りながら話を聞く。

 

「さて、基本的にだけど俺ら”空”は管理局でも結構エリート、というかかなりエリートだ。クラナガンに置いての有事の際、一番最初に出動を言い渡され、そして戦闘するのが仕事だ。それはほとんど軍隊を常備している事と変わりはしないんだけど―――」

 

「軍隊は維持するだけでも金を食う」

 

「そう、だから維持するだけじゃダメ。何か仕事をさせなきゃ駄目だ。そんなわけで陸が手を出さないような案件を俺ら空の魔導師は請け負うわけだ。人身売買とか密輸とか、密売とか。違法改造とかの軽犯罪は基本的に陸の管轄で、経済的なダメージ、政治的ダメージ、もしくは首都機能を損なうような案件に対しては空の魔導師が当たる事になっているんだ。まあ、平時における首都航空隊みたいに防衛部隊を腐らせないための措置だね。あえて危険な任務に当たらせることで、平時にて力を発揮する機会を与えているんだ」

 

「ほぉ」

 

 ティーダと一緒にクラナガンの通りを歩いていると、後ろから悲鳴が聞こえてくる。人波をかき分けながら男が此方へと向かって走ってくるのが見える。その手に握られているのは女物のバッグだ。

 

「あ、下がろう」

 

「そだな」

 

 ティーダと共に横に避けると、ひったくり(推定)の男は全力で通りを抜けて走り去って行く。後ろでは捕まえてー、と叫ぶ女性の姿があるが、ティーダが無視しているので自分もとりあえず無視して、歩きだしたティーダの横について歩く。

 

「ちなみに今のは陸の管轄だから手を出しちゃ駄目な事だね……ほら」

 

 視線を先へと向けると、茶色の制服姿、白髪の男……おそらく陸士が横からひったくり犯に襲い掛かる。一瞬で近づくと首元を掴み、これを見事に肩に背負うようにしてから、相手を背から道路へと叩きつける。そのまま相手を組み伏せる様子からして、男は結構慣れているように見える。

 

「ほら、心配する必要はないでしょう? 基本的に腐ってるのは上の人間だって相場が決まってるからこういうレベルでは空に所属している間は無視していい感じで」

 

「あいよ。いい感じに楽ができそうだなぁ」

 

「それじゃあアッチに行く?」

 

 そうやってティーダは空を指さすと、上空を空隊の魔導師が飛び去ってゆく光景が目撃できる。

 

「ちなみに彼らはパトロールしたり、今日も空隊は頑張って治安維持してますよー、と一日中空を飛びまわっているのが仕事。酷い時になるとお昼と夕飯も空で飛んだまま食べたりするから、家に帰ってベッドの中に入っても気づいたらベッドの横で浮かんでいたなんてことも……」

 

「とりあえず全力で遠慮させてもらうわ」

 

「空戦そんな得意そうじゃないし、というか俺もどちらかという陸戦の方が得意だからなるべく地上の方で働かせてもらっているんだよね」

 

「お前、空隊の魔導師じゃないのかよ……」

 

「いやいや、夢は執務官。陸戦の方が得意だけど、空戦できた方が点数高いし」

 

「練ってやがんなぁ……」

 

「夢だからねぇー……」

 

 見た目は爽やかなオレンジ色の髪の好青年。だがその中身は意外とサバサバしているらしい。まあ、個人的にはこういうタイプの方が何かととっつきやすいと思うから、個人的な好感としては悪くはない。だが、そろそろ本題に入りたい。で? と言葉を置き、ティーダに話を続ける様に促す。ティーダは苦笑し答える。

 

「ちょっと本題から逸れちゃったから話を戻すけど―――そんなわけでお空で立派に職務をこなしている皆の為にも俺らの仕事は調査と追い込み。あっちで調べたり、こっちで調べたり、意外と泥臭いけど情報屋に当たったりして色々と組織を追いつめるのが俺らの仕事だよ」

 

 そこでティーダは歩みを一旦緩めると、此方に少し寄り、声を潜める。周りの喧騒からティーダの声が自分以外の誰かに聞こえるという事はまずありえないだろう。

 

「念話はデバイスに記録が残っちゃうから口で言うけど、密輸や密売に関しては”入国される”までは全く掴めないんだよ。これは噂話なんだけど、管理局は一部じゃ反体制派を煽っていて、そして俺達の仕事を無くさないためにも、クラナガンへと来て商売を始める所までは見逃しているって」

 

「あんましゾっとする事を言わないでくれよ」

 

「そういう割にはあんまり表情に変化はないね?」

 

「正直管理局の暗部がどうのこうのって噂が始まったのは今に限った話じゃないぜ? 何十年も前からずっと言われている事だ。今更一つや二つ聞かされたところでリアクションも取り辛いさ」

 

「ま、それもそうだね」

 

 苦笑しながらティーダはまた元の距離を取り戻し、人込みの中を歩きはじめる。その横でティーダが聞かせてくれた話の真意に関して一瞬考えようとして―――やめる。あまり縁起のいい話じゃない。こういうのに深く踏み込むとロクな事にならないのは既に己の身で実証済みだ。あの時良心の呵責に負けてしまった結果、連鎖的に厄介ごとに巻き込まれている気がする。まあ、過去の所業について嘆いている事は出来ない。とりあえず大事なのは今だ、今日の事だ。これから何をするか。それが現時点において一番重要な事だ。

 

「で、殴り込みするわけじゃないんだろ?」

 

「そりゃそうだ。既に一件密売に関しては掴んでるから、今日はその裏の確認と色々と顔見せ。年単位での契約なんだったっけ? たぶん顔を合わせる回数は増えてくるだろうから懇意にしている人たちに顔を見せたりしてこっちの人間だって覚えて貰わないと。時間が余ったら此方でマークしている要注意区域とかの確認にも行くよ」

 

 意外と、というかやはり管理局のエリート部署だったというのか、仕事は大量に用意されているらしい。まあ、払いが良くて楽な仕事、なんて都合のいい事はそうそうないという話だ。ま、それを認めて諦めてしまえば話は簡単だ。少しずつ、テンションを上げてゆく。

 

「うへぇ、激しくめんどくせぇ。俺学校中退なんだけど」

 

「やったね、頭に詰め込むスペースがあるよ」

 

「容赦ねぇなぁ……ま、それぐらい遠慮がない方がこっちも気が楽ってもんさ。さあ、俺を好きなだけ連れ回せよティーダ。調査系なら結構やったことあるしこの俺の野生の勘に任せろ。少なくとも無人世界のジャングルで迷った時、転移魔法を使用せずになんとか合流出来たぞ」

 

「それってただ単にサバイバル能力が高かっただけなんじゃないのかなぁ……」

 

 ティーダがその話に苦笑するのを見、右拳をティーダへと向ける。それを見てティーダはあぁ、と声を漏らして左拳を突きだし、それを軽くぶつけ合う。

 

「ま、年齢的にも多分」

 

「そうだね、一緒に仕事する回数は増えるだろうね」

 

「おう、だからよろしくなティーダ・ランスター」

 

「此方こそよろしくイスト・バサラ。やる事は多いし上司は間違いなくキチガイだし偶に連れてくる戦技教導官は常識を野生に置いてきてるし同僚も奇人変人ばかりだけど、ここも慣れればそれなりに楽しい場所だよ。改めてようこそ、空隊へ」

 

 サンキュ、と軽く答えて体を伸ばす。早い時間から動き出しているのに、ティーダは”時間が余ったら”と言ったのだ―――それはつまり、相当時間を要すると計算しての発言なのだろう。ま、いいさ。諦めているさ。何より書類とにらめっこしないというのがいい。いや、仕事が終わればたっぷり書く必要があるのだろうが、ティーダの話を聞く辺りは大分暴れられそうで、期待できる。

 

「じゃ、週末の”パーティー”に向けて挨拶周りと招待状の準備はしないとね」

 

「だなぁ」

 

 とりあえずはお手並み拝見、ティーダについていきながら空士としての活動を開始する。退屈する事はなさそうだ、と思いながら。



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フュウ・デイズ・ビフォア

 え―――と、なんだっけ。

 

 ゆっくりと意識が浮上するのを認識してゆく。なんだったか、と軽く昨晩の行動を思い出そうとしたところで、自分の体勢が少々おかしいという事に気づく。ベッドで眠っているのであれば横向きになっているはずだ。なのに今の自分は座る姿勢にあると、体の感覚が伝えてくる。はて、いったいどういうことかと、そう思い体を動かそうとすると、

 

「んっ……」

 

 これもまた妙な事に太ももに軽い重みがある事を確認する。声から、そして自分の姿勢から大体の事情は呑み込めてきた。眠気を押し殺しながら、目を開ける事なく呟くような声を出す。

 

「ベーオウルフ、今何時だ……」

 

「今は十二時過ぎですね」

 

 答えたのはベーオウルフではなかった。体を動かさない様に目を開けると、太ももを枕に眠るレヴィの姿と、そして横に座ってテレビのリモコンの握るシュテルの姿がある。特に此方の事も、レヴィの事を気にすることもなく視線をキッチンの方へと向けると、

 

「王、イストが起きましたよ」

 

「む、そうか」

 

 キッチンから返ってくるディアーチェの返答も短い。コンロに電気の通る音、水がやかんに満たされる音、そして太ももの上ですやすやと寝息を立てるレヴィの声を聞いて、完璧にこの状態を把握する。片手で顔を覆い、ソファに沈み込みながらつぶやく。

 

「べつに起こしてくれても良かったんだがなぁ……」

 

「いえいえ、起こしてベッドまで移ってもらうのも悪いですから、毛布を引っ張ってきてここで眠ってもらいました。ちなみにユーリはベーオウルフを借りて買い物へと出かけました。何事もなければもうそろそろ帰ってくるでしょう……ほら」

 

 カシャ、と入り口の扉が開く音がする。その直後玄関先からユーリのただいま、と言う声がするので、間違いなくユーリが買い物から帰ってきたのだろう。あー、と声を漏らしながら顔をあげる。

 

「お前ら……」

 

「ほとんどおんぶに抱っこの状態なのだからそれぐらい気にするな。寧ろ与えられるだけ与えられて心苦しいぐらいなのだから、休日ぐらいは好きにやるがいい。我々は子供に見えても、精神性ではそこまで幼いつもりはないぞ」

 

 近づいてきたディアーチェがマグカップを此方に渡してくる。ベルカのシンボルである剣十字が描かれたそのカップを握り、そして中の黒い液体に口をつける。その中身は苦い。苦すぎるぐらいの珈琲だったが、これぐらいがいい。寝起きの脳を刺激するには丁度これぐらいがいいのだ。だからありがとう、と言いながら溜息を吐く。

 

「ちなみにこのアホの子は?」

 

「眠っているのを見たら眠くなったそうですよ」

 

「アホだなぁ……」

 

「アホですねぇ」

 

 全く容赦のないシュテルの追撃が入るが、まあ、……可愛いアホなので許すとする。実害もないし。こうやって可愛らしく寝ている姿を守るために必死に働いているようなものだ。だとすればこの姿は正しい報酬なのだ。軽くレヴィの頭を撫でてると、シュテルがテレビをつける。そしてリビングへとユーリが入ってくる。

 

「ただ今戻りましたー、っと、イスト起きたんですね、おはようございます」

 

「おはようと言うか”おそよう”的な状況なんだが。とりあえずお前らもおはよう」

 

 コーヒーが冷たくならないうちにチビチビ飲みながら中身の量を減らしてゆく。少しずつそれを口にするたびに眠気が覚め、そしてはっきりと意識が覚醒してゆくのを思い出せる。そうだ、昨日は仕事を終わらせて返ってきた後、疲れたのでそのままソファで寝てしまったのだった。やはりエリート部隊と言うべきか、中々の作業量だ。特に今はどこかの組織を潰すために働いているのだが、それの追い込みで仕事量が増えている―――本来なら残業でもして片付けるべき分量を圧縮して無理やり終わらせているので、ギリギリ定時に上がれている様なものだ。

 

「朝食は抜きにして昼食からだが問題はなかろう?」

 

「おう」

 

「私も手伝いますね。あ、あとベーオウルフお返ししますね」

 

『I'm home』(ただいま)

 

 テーブルの上に置かれたベーオウルフがチカチカと明滅して自己主張し、ユーリがキッチンへと向かい、ディアーチェと共に昼食の準備に取り掛かる。そうだ、十二時と言えばもう昼飯の領域ではないか。朝食を食べそこなうとは若干損した気分になる。

 

 残ったコーヒーを全部喉に押し込み、一気に眠気を覚醒させる。マグカップをテーブルの上に置き、とりあえずキッチンはユーリとディアーチェに任せる事とする。

 

「いい加減邪魔です」

 

 そしてチカチカと明滅していた為に邪魔者扱いされ、投げ捨てられるデバイス。

 

『Why is my caste so low……?』(何故私のカーストはこんなにも低いんですか……?)

 

「知るか」

 

 手櫛で軽く乱れた髪の毛を整え、レヴィの頭をちょっとだけ持ち上げる。レヴィが少し動く様子を見せるが、起きる気配はない。起きない内にさっと頭の下から抜け出し、よっ、と声を漏らしながらソファの裏側へと退散する。とりあえず昨日帰ってきてから着替えてないのだ。

 

「軽く流して着替えてくるなー」

 

「はいはーい」

 

 何というか、この対応と言うか返事がある事にも大分慣れてきてしまった。今更ながら彼女たちがこの家からいなくなってしまったら大幅に生活のリズムが乱されて苦しくなってしまうんじゃないだろうか? というよりも、彼女たちの馴染みっぷりが凄まじい。

 

 ……どうでもいい事だな。

 

 部屋に寄って着替えを取ったらさっさとシャワーを浴びる事とする。

 

 

                           ◆

 

 

「ふぃー、生き返ったー」

 

 シャワーから出てリビングへと戻ると、テレビを見るシュテルとレヴィの姿とキッチンで昼食の準備をしているユーリとディアーチェの光景がある。あの二人はどこか料理が好きな所があるらしいので放置する事として、ソファに座ってテレビ組に合流する。

 

「ちーっす」

 

「お兄さんおはよー」

 

「お帰りなさい」

 

 二人とも此方を見る事無くテレビの方を見たまま返事をしてくる。そうなると何を見ているのかそ少々気になるので、集中してテレビを見る。意外や意外、シュテルまで混じってみている番組は―――アニメだった。ただ、今やっているのは戦闘シーンで、覆面の魔導師がデバイスもなしに他の魔導師にとびかかり、キックやパンチで仕留めている。何やら”魔導師殺すべし。慈悲はない”等と言っているが、少々子供向けにはバイオレンスすぎないかこれ。

 

「これ、マドウシスレイヤーっていう番組なんですよ」

 

「魔導師の手によるテロで妻子を失ったヘンリー・パッソは自身もテロの被害によって瀕死の重傷を負った! だけどその時彼には古から魔導師を憎んでいた”ベルカソウル”が乗り移った! それは彼に囁いた―――魔導師殺すべし! 魔導師がいるからこそ悲しむものが現れると! それを理解したが同時に理性的だったヘンリーは悪に染まった魔導師を殺すだけの魔導師、マドウシスレイヤーになったんだよ!」

 

「なるほど、良く解らん」

 

「なん……だと……?」

 

 シュテルがショックを受けたような表情で此方を見ている。お前もだいぶ表情豊かになったよなぁ、と呟きながらテレビを見る。

 

「どらどら、お前らが面白いというからには面白―――モツ抜きやってる!?」

 

 今、テレビのスクリーンの中で、モザイクがかかっているが、確実にこの主人公らしき存在であるマドウシスレイヤーとかいう存在は、敵魔導師のプロテクションもバリアジャケットも何らかの方法で貫通し、そのままモツを引き抜いたのである。どう考えても子供向けのアニメではない。しかし確認するチャンネルは子供向けアニメのチャンネルだ。これが子供向けのアニメとか世も末だな。

 

「マドウシスレイヤーは自己ブースト以外の魔法が一切使えないんだよ!」

 

「その代わりベルカ殺法という特殊な体術を使ってバリアジャケットやプロテクションを無視して戦う特殊な技法をベルカソウルから教わったのですよ」

 

「なんだよそれズルイ。俺も教わりてぇよ」

 

 なにやら凄い非常識的な部分があるようにも見える。バリアジャケットの無視やプロテクションの無視がどれだけ難しいのか、その対策にどれだけ血反吐を吐いてきたのか、その苦労は身をもって知っている。そんな簡単に無視できる方法があったら本当に教わりたい。

 

「なにをマジになっているんですか。所詮アニメですよ」

 

「……」

 

 こいつ、絶対こういうオチに持っていくことを計算して話してたな、と心の中で呟きながら、頭の中を空っぽにしてアニメを見る。時折横でレヴィが決めポーズを真似たり、おぉ、わぁ、等と色々口と体で反応して面白いリアクションを取っているが、休日の午後に頭を空っぽにして見る分には面白いかもしれない。それでも子供向けのアニメーションチャンネルでこの内容を流す事に関しては正直どうかと思う。……流石に教育に悪すぎではなかろうか。というか絶対に教育に悪い。何が悪いっていうと最近確実に”あ、キチガイだ”と確信を得つつある我が上司並に割といけない気がする。

 

「ま、いっか」

 

 アニメごときで一々ぎゃあぎゃあ言ったり反対するのは違うだろう。憧れたり真似したりするのは勝手な話だし、そんな事をする程馬鹿な娘たちでもないはずだ。ソファに身を沈めたままテレビでモツ抜き五人抜きを達成した頭のおかしいアニメを見ていると、キッチンの方から声がする。

 

「おぉ、そう言えばイスト、何故昨晩はそこまで疲れていたのだ?」

 

 あぁ、説明はしてなかったな。

 

「今ウチの隊でマークしている組織の密売の日が直ぐそこまで来ているんだよ。情報屋に当たったり、作戦、報告、許可、スケジュール、隊維持のための書類とかそういうのを隊全体でやってるから色々と忙しいんだよ。案件はそれだけじゃないのに書類仕事なんてめったにやってこなかったから―――」

 

「あぁ、なるほど。慣れてない事を詰め込まされた結果か」

 

「だなぁ。まあ、一回修羅場を乗り切れば後は大人しいもんだよ。この先何度か遅れて帰ってくる時があるかもしれないからその時は俺の事は気にせずに先に寝ちまってくれ。まあ、水曜日を過ぎればいつも通りのスケジュールに戻るはずだから、普通に帰ってくる。というか言い忘れてた。おい、ユーリ、お前は姿が別だからって勝手に外を歩き回るな、地味にヒヤヒヤさせられているんだから。出ちゃいけないとは言わないけどよ、外に出るならまず俺に一言かけてからにしてくれ」

 

 軽く注意すると、キッチンからユーリが顔を出して、

 

「ごめんなさい。反省しています。もうしません」

 

 全くの無表情で言いきり、キッチンへと戻って行った。その後ろ姿は満足げだった。

 

 あの娘、全く反省してない……!

 

 最近シュテルのセメントっぷりに若干影響されてきてないか、とユーリを天然系だと見ていた人物としては大変危惧している。純天然系キャラは本当に貴重な癒し枠なので、このままシュテルの影響を受け続けたら恐ろしい事になるのではなかろうか。

 

「なにか、私に関して物凄く不愉快な事を考えていませんか?」

 

「ないよー。そんなことないよー!」

 

「……笑みが引きつってますが見逃してあげましょう」

 

 ま、別にシュテルの様なセメント女子が一人増えたところで実際の所は痛くはない。どういう変化であれ黙って受け入れるのが男というものだろう。さて、休憩が取れるうちに盛大に休んでおくとしよう。何せ水曜日が運命の日となる。先任の先輩たちの話からするとどうやら実戦形式で仕事を覚えた方が楽なので、此方に色々と役割を回してくれるとの事。

 

 この休日はせめてゆっくり過ごすとして、次の仕事に備えよう。それが、

 

「今もデスマーチを続けている同僚たちへの手向けだ……!」

 

 安らかに眠れ我が同僚たちよ。職場のデスクの上でな。



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ウィー・アー・オール・マッド

 口の中にガムを放り入れる。数秒噛んだところで、軽く顔をしかめる。予想した味とかなり違う。ガムのカバーを確認し、そこに書かれてある商品名を確認する。そしてそれを見て、なるほど、とこの妙な味に関して納得する。なんというか……筆舌しがたい味。うん、表現するとしたらたぶんそんな感じ。ちょっと表現が難しい。そして噛めば噛むほど段々その味は強くなってくる。そろそろ吐き出した方がいいんじゃないかなぁ、等と思ったりもするが、それはそれで勿体ない気がする。なら頑張ろう。耐えろ、俺の精神。そんな事を自分の心に訴えながら静かにガムを噛む。

 

 今の俺の恰好は、管理局の制服の上から周りへと溶け込む様にグレー色のマントを被っている状態だ。現状外に見えるのは顔と手だけで、それ以外は完全に隠れている。もしこの状態で見つけられるのであれば完全に此方の事を察し、魔法で強化した視力で真直ぐ此方を見ている場合の時だけだ。そしてその可能性は激しく低い。

 

 つまり、簡単に言えば今の自分は隠れている。目的があって。その環境をガムを噛みながら再確認する。ここは廃棄都市区間―――どちらかと言えばミッドチルダ北部に位置する”都市だった”エリアを指す。それが何故廃棄された、なんてことは歴史の教科書を開くのが億劫な自分にはどうでもいい話だ。だが問題なのはクラナガンで一旗揚げようとしている組織がここで取引を行おうとしている事だ。その場所は把握し、大まかな時間も捉えた。あとはその時間が前後しても問題の無いように複数人体制で交代しながら現場を見張っている、という事だ。

 

 廃ビルの一つ、その一室の窓から取引の現場となる建物を見ている。そして、その周りも見ている。が、今の所人気はない。別の場所には別の班が待機している故、そちらの警戒はそちらへとまかせればいい。此方は此方の仕事として、出来る事をすればいいのだ。軽くデバイスであるベーオウルフではなく、腕時計で時間を確認する。

 

「交代してからもうそろそろ6時間か」

 

 これ、絶対空隊にやらせるようなことじゃないと思う。だけど先任たちはウキウキした様子で”犯罪者を合法的にリンチできるぞぉ!”と頭を楽しそうに振りながら喜んでいた。なんだろう、よほど溜まっていたのだろうか。そこまでハードな仕事が回っていたのだろうか。いや、此方は此方で結構キツめだが、やっぱ正規局員だとそれ以上にハードだとか? とにかくここしばらくティーダと一緒に行動していたおかげで自分の所属している部隊は他の隊と比べて頭のネジが10本ぐらい抜けている事は把握した。ウォーモンガー集団だとしても仕方がないか、と軽く諦めをつける。

 

 もうそろそろ6時間、それはつまり交代の時間だ。ガムを噛みながら窓の外を眺めていると、後ろから気配を感じる。

 

「交代の時間だよ」

 

「あー、肩凝るなぁ……」

 

 後ろからティーダがやってきて、そして居場所を交換する。ティーダが同じ格好で窓の外を眺め、そして俺が後ろ、壁側まで下がる。ようやく監視から解放された事で、疲れた体を思いっきり伸ばし、体を労う。このまま奥の部屋へと引っ込んで仮眠を取るのもいいかもしれないが、時間的には予測された時間に近い。だとしたら寝ないでここで待機していた方がまだいいだろう。魔力を使ったという証を残さないためにデバイスも念話も使わず一体何をしているんだ俺は、と悩みそうになるが、とりあえずは壁に寄りかかって、ティーダの方へガムを投げる。

 

「ありがとう」

 

 そう言ってガムを受け取ったティーダがガムを口に運び、噛み―――そして動きを止めた。ギギギ、と音を立てそうなリアクションを持って振り返りながら顔をしかめ、此方へと視線を向けている。

 

「ナニ、コレ」

 

 ガムのパッケージを見せる。

 

「”初恋が振られて終わった後、気になるあの子が親友に告白している所を目撃してしまった味”」

 

「タスラム」

 

「待て、構えるな。俺は敵じゃない。悪いのはこの商品を販売していたコンビニだ……!」

 

 笑顔でライフル型のデバイスを向けてくるティーダに対して両手を上げる事で降参の意を示す。というか笑顔のまま銃を向けているので激しく怖い。……が、それも長くは続かない。呆れたような溜息をティーダが吐き、

 

「なんというか……凄く言葉にしづらい味だよね。……こう、気になっていたあの子の転校する日に告白しようとしたら実は既に彼氏持ちだった感じの味……」

 

「お前、それどう考えても実体験にしか聞こえないぞ」

 

「実際実体験だしなぁ……」

 

 ガムのせいでどうしようもない空気に囚われる。先に溜息を吐いたのはどちらかは解らないが、ティーダは再びデバイスを握ったまま窓の外を眺め、そして俺も壁に寄りかかったまま無言で時を過ごす。流石に18時間も待機していれば話す話題も尽きてくるが、

 

「なんだかんだでこのままチーム組みそうだよな、俺ら」

 

「そうだなぁ、実際年齢は同じぐらいだし、前衛後衛で分かれているし能力と相性を見るに結構いい感じだと思うよ」

 

 窓の外へと視線を向けたままティーダはそう言い、そして自分もその発言には同意する。たぶんこうやって俺がティーダと一緒にこの初仕事へと乗り出しているのもそういう意図があってのものだと思う。銃を使った狙撃、射撃、そして援護を得意とするティーダと、前衛で自己ブーストと継続回復力を持ったタンク型の俺とでは非常に相性がいい。俺が前に出て耐えながら殴って、隙が出来たらティーダがガンガン狙撃すればいいのだ。人間性的にも冷静で視野の広いティーダと、直情的で直感的な俺は正反対なタイプであり、組んでおけば意見が食い違う事もあるだろうが、互いの見えない部分をカバーしあう事も出来る―――少なくともむやみやたらに反発しあう程俺達は子供じゃない。魔導師として仕事をするという事はそういう子供らしさを失ってゆくという事だ。

 

 個人的には、管理局に憧れる様な子供も、働くような子供もいなくなればいいと思う。

 

 笑顔がなくなればその分、世界はもっと寂しい所になるだろうから。

 

「まあ、階級がめっちゃ釣り合ってないんだがな」

 

「大丈夫大丈夫、本当に能力さえ証明すればすぐに昇進するから。というかここにいる間は階級が低いと逆に困るから此方で理由を見つけて上げておきたいのが現状だから、少し活躍すればいいよ」

 

 空隊はエリート部隊で、万年人員不足だ。他の部署から色々人員を引き抜いては運用しているのが現状だが―――確かにその中に階級の低い者がいたら攻撃される材料にはなるかもしれない。

 

 政治的な話は非常に面倒だ。正直そういうのは全部ティーダに投げっぱなしにしておく。シュテルは結構こういうドロドロな話を好むが、何故好むのかは良く解らない。まあ、完全に主題から逸れた考えだ。考えを元に戻しておく。階級を貰えるのであれば貰っておこう、損する事はない。というか9年間頑張ってきて未だに一等空士という立場が少々特殊なのかもしれない。

 

 ……今までが無欲だったしなぁ……。

 

 嘱託魔導師で、なあなあにやれればそれで十分だった。兎に角干渉されないし、好き勝手出来るし。階級を得るという事は責任を得るという事でもあるが、それを避けられる現状でもない。あの四人を育てる為であれば責任と、そして何よりも金が必要なのだ。あぁ、結局世の中は金だ金。金で世の中は回り続けている。

 

 と、くだらない事に思考が流れ始めたところで、ティーダが外を見たまま片手を持ち上げ、此方へと近寄ってくるように指図してくる。それだけで事態を察する。体を低くし、素早く移動する。ライフル型のデバイスを構え、窓の外を見るティーダの視線を追う。―――その先には黒い車が廃ビルの間を縫い、予め調べておいた取引場所へと移動している姿が見えた。素早くポケットから携帯端末を取り出し、登録されている番号にコールし、発見の合図を送る。もう既に算段は付いている―――現場には囮となる仲間がいて、突入役の仲間も待機している。自分とティーダの仕事はここから逃げようとする者の足止めだ。逃げ道を調べ、潰し、限定するのも仕事の範囲に入る。逃げるなら確実に俺とティーダが潜伏しているこのビルの前と、大方の予想はついている。

 

 此方が存在をバラすまで、気づかれないためにも魔力を使う事は出来ない。

 

 この肌で感じる緊張感……マテリアルクローンズを拾った日から久しく感じてなかった真剣な現場の緊張感だ。ティーダは緊張した様子を見せないが、確実に集中しているのは見える。互いに存在を隠す為に魔力は使わず、ティーダはデバイスについているスコープを、そして此方は双眼鏡を使って遠くの様子を確認する。

 

「もうそろそろ……かな?」

 

 ティーダの視線の先を追えば、黒服、サングラス姿の人影が次々とビルの中へと入って行くのを確認できる。車は外へ停車しており、何時でも動かせるようになっているようだ。

 

「不用心だなぁ」

 

「そうだね」

 

 そう言いながらティーダは音を立てずに銃撃した。銃口から放たれた魔力弾は真直ぐ飛び、そして車のタイヤを貫通し、パンクさせた。

 

「おいこらお前何やってんの……?」

 

 反射的にティーダの襟首を掴み持ち上げる。が、ティーダは笑みを浮かべる。

 

「アドリブ、現場でのみ通用するアドリブだよ」

 

「お前絶対その場のノリで撃ち抜きやがったなぁ……!」

 

 ティーダを軽く揺らすが、ティーダは笑顔であははは、と笑いながら大丈夫だよ、と言って相手が入って行ったビルの空を指さす。その上空には―――魔力スフィアが数十と浮かべられていた。それは数秒間見える位置で浮かんでいると、次の瞬間には大地へと向かって流星の如く降り注いだ。

 

「アレが合図だから大丈夫大丈夫」

 

「なんとなく上司がマジキチなら部下もマジキチになるって法則の真理をここに見た気がする」

 

「大丈夫、非殺傷だから死なない―――でも空飛び続けるだけなのはめんどくさいから”デカイのぶちかましたいなぁ”とか呟いてたっけ……」

 

 何故入局できたソイツ。ともあれ、視界の先でビルが崩れながらも、その中から出てくる黒服たちの姿が見え―――今、崩れるビルの中から伸びてきた手が一人掴んで、ビルの中へと引っ張りこんだ。アレは確実にトラウマになる。そのまま車へと駆け寄り、パンクしている事を発見し、そしてスーツケースを握ったまま走り出す……此方へと向かって。

 

「ほら、折角初の活躍場所を用意したんだから一つ派手に暴れて手柄を立ててきてよ」

 

「手柄の為なら仕方がないなぁ」

 

 苦笑しながらつぶやくと、ティーダからウィンクが帰ってくる。此方へと追い込んでくるのは軽く俺の実力を測る意図もあるのだろう―――ほんとにこういう状況で役立つかどうか。だからそれを証明するためにも、マントを脱ぎ、そしてベーオウルフを起動させる。

 

「仕事の時間だベーオウルフ」

 

『Barrier jacket』

 

 服装は変わらずそのまま、透明のバリアジャケットが展開され、完全に趣味の産物であるマフラーが唯一展開された証明として首に巻かれる。両腕には肘までを覆うガントレットが出現し、それが出現した事を認識しながら、

 

 窓から飛び出し、落ちる。

 

 飛行魔法等一切使わず、やる事は一つ。

 

『Boost』

 

 身体強化、これにのみ尽きる。高速で落下する体は強化され、強度を得、そして力を得る。逃走ルートが此方である為、必然的に着地するのは逃げる彼らの前。減速を一切行わない着地は衝撃を生み、大地を揺るがし、そして大地を陥没させる。元は都市だったが、それも今は昔の話。老朽化が進み、道路だった場所はあっさりと足元でぼろぼろになって演出してくれる。痛みはない。負荷もない。ただ職務を遂行するという目的がある。

 

 目の前の犯罪者たちを見る。

 

「―――今、諸君の前には幾つか選択肢がある」

 

 一つ。

 

「振り返ろう。空で笑って手を振っている魔導師が見えるか? ―――キチガイだ。笑顔で魔力球の雨を降らせるキチガイだ。だが魔力ダメージだからたぶん被害が一番少ない。でも、たぶん、おそらく、爆発に紛れてそこらへんの岩の塊とか飛んでくる。結構痛い」

 

 二つ。

 

「あそこに笑顔で銃握ってる魔導師がいるだろ? ―――アイツ、笑顔で頭を打ち抜いてくるぞ」

 

 そして、三つ目。

 

 軽く近くのビルの壁を殴り、壁を粉々に吹き飛ばす。

 

「降伏を断った場合の貴様らの三秒後の未来だ」

 

『うん、イスト。君に僕たちをとやかく言う資格がないって事が満場一致で決定したよ。とりあえず脅迫ご苦労様、満足したらバインドで縛って、本局へと転送するから』

 

 解せぬ。解せぬが―――恐怖の表情を浮かべて此方を見て、戦意を失っている次元犯罪者がいるのでそれで良しとする。動かない間にバインドを行使する。バインドで縛った本日の戦果を蹴って転がし、とりあえず空を眺める。近づきつつある同僚たちを眺め、とりあえずは、

 

 ……何とかやっていけそうだなぁ。

 

 周りは濃いやつらばかりだが、まあ、なんとかなりそうだと判断しておく。



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ドリンク・イート・ラフ

「むう、遅いなあ」

 

 壁にかけてある時計を確認すると、既に時間は9時を過ぎている―――普段はどんなにふざけていようとも、約束は守る男だ。8時半には帰ると言ったのだから、8時半にいつもは帰ってくる。少し遅くなるかもしれないとは言っていたが、流石に9時前には帰ってくる男だ。だからこそ何かがあったのではないかと邪推してしまう。たしか、家を出る時間は早く、どっかの犯罪者を囲んで捕まえてくる、と朝に言っていた。ともなれば、可能性としてはなくもないが……返り討ちにあってしまったのではなかろうか? あるかもしれないが……いや、ないだろう。

 

 得意な魔法と、そして技術を知っている分、逃げに集中するか、生き残る事だけに集中すればほとんどの状況でも生き残れるような能力を持っている。だから何かがあったとしたら、デバイスを通して此方にメールか電話でも入れているだろう。ともなれば、純粋に仕事が長引いているのだろう。

 

 と、その時。

 

「あ」

 

 ピピピ、と音を鳴らしてテーブルの上に置かれている簡易端末が着信を知らせる。それに手を伸ばそうとした瞬間、青い影が飛び出してくる。

 

「とったぁ―――!」

 

 素早く飛び付こうとするレヴィは端末を取ろうとして、

 

「だが駄目です」

 

「ぐぇ」

 

 横からシュテルに踵落としを食らい、床に叩きつけられて潰れる。そのあと悠々とテーブルへと向かい、テーブルの上の簡易端末を取る。シュテルのその蛮行をユーリと共に無言で眺めていると、シュテルが簡易端末から顔をあげる。

 

「イストからのメールです」

 

「どうだ?」

 

「仕事の後そのまま飲み屋に拉致されて、今まで拘束されていたそうです。キチガイな上司がいるそうなのですが下戸なのを見抜いて無理やり飲まして潰して今メールを送った所らしいです」

 

「なんですかその修羅場」

 

「大体こんな状況です」

 

 シュテルが此方へ簡易端末を向けると、そこには一枚の写真があった。

 

 ―――バインドで縛られた状態のイストが、白目向けながらダブルピースを決めていた。

 

「なんだこれぇ―――!?」

 

「あ、シュテルできたらその写真のデータ此方にも」

 

「バックアップ取っておきましょう。脅迫に使えるかもしれません」

 

「シュテるん容赦ないよね……!」

 

 その下には連絡が遅くなってすまないと、そして帰りが遅くなるので先に寝ておけという連絡の内容だった。全く本当に、無駄に心配させおって馬鹿者めと嘆息し、

 

「激しく何時も通りだなぁ」

 

 そう呟き、

 

「はい、かいさーん」

 

「おやすみー」

 

「おやすみなさいー」

 

「今日も平和でしたねー」

 

「そうだなー」

 

 バカバカしくなったのでとっとと寝る。

 

 

                           ◆

 

 

「送った? 送れた?」

 

「バッチシバッチシ」

 

「いえーい」

 

 軽く酒が入ってハイテンションの同僚とハイタッチをする。横のテーブルを見れば酒を無理やり飲まされたフィガロが顔をテーブルに突っ伏す様に倒れている。死んでいる様にすら見えるが、これはまだ被害としては軽い方だ。少し視線を奥へと向ければ、人妻とオタクが胸倉掴んで激しく互いを罵り合っている。

 

「塩!」

 

「レモン!」

 

「塩ッッ!」

 

「レモンッッ!!」

 

 から揚げにかけるものの闘争は何時になったら終わるのだろうか。あの二人、から揚げがテーブルに到着してから三十分間、御代わりのから揚げが来るようになってもまだ続けている。正直に言ってアホではないだろうか。―――そこは素材の味をキープするために余分なものは無しだろうが。少なくとも我が家ではそれで満場一致である。

 

 ともあれ。

 

 キチガイ上司の進めでやってきた店はあのエース・オブ・エースの出身世界である地球という世界、その日本という国の居酒屋スタイルのお店であり、見た事のある料理があれば、見た事の無い料理もたくさん出てきている。珍味を楽しみながら、こうやって混沌に染まり上がっている空隊の面々を見る。建前上は俺の歓迎会、だが実際は仕事が終わったので飲みたかっただけ、というのが過半数に至った結果こうなった。こんな連中がクラナガンの平和を守っているので首都航空隊も色々と終わっている。酒に強いだけではなく、周りが混沌としすぎているせいでいまいち上手く酔いきれてない身としては若干身の危機を感じつつある。

 

「いや、さっきの白目ピース完全に君の発案だったじゃないか。何無害な表情をしているんだ。完全にアウトだよ」

 

「そりゃあ、お前、アレだよ。ノリに身を任せた結果だよ。ただノリに身を任せたら予想以上にひどかったからやってみて逆に冷静になった。家に帰ったらおそらくバックアップ取られているだろうからそれを消去する事から始めるわ」

 

 身内がセメントだとそこらへん、本当に気を使うのが辛い。シュテルはもう少し此方に優しくしてくれないのだから。無表情のまま偶に肩をもんでくれたりするのは純粋に嬉しいのだが。だがなぁ、クーデレ気取るつもりだったらもうチョイセメントっぷりを―――まあ、口に出して言うと確実にルシフェリオン! 等と叫びながらデバイスなしで砲撃かましてくるので思っている事は絶対に口に出さない。

 

「そういえばイストは兄弟がいるのかい?」

 

「まあ、親戚の子なんだがなぁ、ちょっとした事情で今ウチで預かってるんだよ。つくづく思う事だけど18歳に子育てとかは無理だわ……」

 

 予め用意していた嘘なだけにすらすらと言葉は出てくる。嘘をつく事にはもう慣れている為、別段心が痛むこともない。ただそれが恐ろしい程に自然に出てきた事に驚きはある。……自分の中で、あの少女達を身内ではなく、家族として認めている部分が大きいのかもしれない。

 

 ……と、ここで会話に間を開ける事は出来ない。

 

「というとティーダにもいるのか?」

 

 近くのジョッキに手を伸ばそうとしたら別の奴にジョッキを奪われ、一気飲みをさせられた。手をピクピクとさせながら空中を掴み、手を戻す。とりあえず近くを通りかかったウェイターにジョッキの追加を頼む。

 

「うん、まあ、俺も一人だけ、妹がいるんだ。両親は二人とも数年前に逝っちゃってねー……うん、やっぱり男一人で子育てはないよねぇ」

 

 少し無神経な事を聞いただろうか。……いや、此処は逆にそう言って気遣う方が失礼だ。相手が気にするようなそぶりを見せない限りは適度に触れつつ話題を提供するのが吉。露骨に”ごめん”等と言ってしまう方が面倒だ。

 

「へぇ、やっぱ色々とか面倒じゃないか? 服とかアクセサリーとか強請られて」

 

「あぁ、やっぱりあるね、それは。妹……ティアナって言うんだけどまだ10歳にもなってないんだけどさ、アレが欲しい、これが欲しい、友達が着ていたあの服がいい、デバイスが欲しいとか本当に困るよね。俺もこうやって負け組を引き離す勢いでエリートコースを進んでいるわけだけど、それでもやっぱり要望を全て叶える程お金がある訳じゃないからさ」

 

「今の一言で各方面に喧嘩を売った事はとりあえずスルーな? でも大体間違ってないよなぁ、何で女の子ってあんなに服の代えを欲しがるんだろうなぁ……いや、ファッションに敏感なのはいいんだけど、もうちょっと懐事情考慮してくれるといいなぁ」

 

 懐事情を把握してきてからはそういうのもだいぶ減ってきたが、欠食児童がいるのでエンゲル係数は高いままだ。レヴィの栄養は明らかに脳へと向かっていない。一体どこへと向かっているのだろうか……。

 

「あー、でも最近お裁縫を覚えてきて、次の冬にはセーターとか手編みマフラー用意するとか言ってたなあ」

 

「本当かい? そりゃあ嬉しい事だなぁ……あ、ちなみにそっちの年齢は?」

 

「こっちは13だな」

 

 うーん、と言いながらティーダは首をかしげ、そしておかわりのジョッキがやってくる。それを盗られない様に直接受け取りながら、口へと運ぶ。

 

「イスト18? だったっけ? だから大体5歳差かぁ。となるとうちのティアナよりは大分大人なんだろうけど、うーん、それでもやっぱりそこまで変わらないものなのかな?」

 

「たぶん変わらないもんだと思うよ。第一16、17過ぎるまで大体子供って”子供”な感じしないか?」

 

「あー、それは解る解る。大体それぐらいだよね、明確に周りとか、社会とか意識し始めるのって」

 

 なんというか、それまでの年齢は大人ではなく、まだ社会とかを広く認識せず、自分の小さな世界にひっついている子供のように思えるのだ。大体それぐらいになると高等学校で将来の目標に関して現実的に考える頃だろう。このまま大学へと進学するか、就職するか、そういう思考が生まれるからこそ、少しずつ垢が抜けてくるのだろうと思う。が、まあ、

 

 ……結構共通点あるもんだなぁ……。

 

 こういう酒の席じゃないとなかなかできる話ではないと思う、こういう身内とかに関する激しくどうでもいい話は。まあ、ここで働き始めてからやっているのは仕事の話ばかりで、あまり個人的な交流をしていなかった。だからこう言う話は初めてだ―――だからと言ってあまり油断が出来ないのも現状だ。飲むのはそこそこにして、大事な事を口から滑らせないようにしなくてはならない。間違えてクローンを囲っている、なんて事を口にしたくはない。が、露骨に話題を避ける事は逆に怪しいだけだ。嘘と真実は混ぜて使うのが賢いやり方だ。

 

 うわぁ、めんどくせぇ。

 

 近くの皿の上に置いてある串焼きっぽいものを取り、それを食べる。とりあえず塩味がきいていて、やっぱり酒と合うなぁ、と呟きながら視線を少し逸らしてみる。先ほどまでテーブルに突っ伏していたはずの上司は何故か店の入り口の方へと上半身を投げ出す形で放り投げられていた。少し目を離している間に一体何が―――。

 

「ギブ、ギブ、ギブ……!」

 

「レモン派は死ななければ治らない……!」

 

 関節技を決めている人妻を見た瞬間察した。とりあえずそっちの方から視線を外すと、別方向に視線を向けてみる。少し穏やかに会話しているだけのように見えるテーブルがある。比較的平和にやってるなぁ、と思い、

 

「あー、イスト? ―――よく顔を見るんだ」

 

 ティーダに視線の方向を察せられ、よくそのテーブルの方を見る。よく見ればメガネの同僚が俯きながらブツブツ喋っているのを周りがレイプ目で相槌を打っている地獄絵図だった。危ねぇ。

 

「基本的に平日は仕事で精神的リミッターがかかってる人が多いから結構ハメを外す人たちが多いんだよね、ここ」

 

「悪いけどハメを外してるのかどうかあやしい日常っぷりなんだけど、お前ら全員頭おかしいんじゃねぇの」

 

 ふぅ、とそれを聞いてティーダは溜息を吐き、此方に視線を向ける。いいか、と前置きを置いてから話を続ける。

 

「……いいか、イスト」

 

「しつこいぞ」

 

「本当に聞いているかチェックしているだけだから許してくれよ男だろ? まあ、それはともかく軽い質問をしようか―――中々情報を吐かない敵がいたら君はどうやって情報を吐かせる?」

 

「拷問にかける」

 

「はい、アウト」

 

 解せぬ。情報収集の手段に一番効率的な手段は拷問ではないのかとティーダへと問い詰めるが、拷問の前に尋問が来るのだと言われてしまった。なるほど、存在そのものを忘れていた。

 

「じゃあ質問その2」

 

「よし、ばっちこい! 今度こそは模範解答を出してやる!」

 

「それって最初から出せてないって事を自覚してるよね。……砲撃特化の魔導師がロングレンジから戦いを仕掛けてきた。イストならこれにどう対処する?」

 

「ブーストで強化して、継続ヒーリング使って、正面から砲撃の中を突き抜ける。逃げ撃ちし始めたらまっすぐ追いかける感じで」

 

「ハイ、アウトー。君はどこのターミネーターだ。トラウマになるよ」

 

 解せぬ。使える手札を最大限利用しているだけなのにこの扱いはひどい。第一飛行魔法が苦手なのだから複雑な動きで避けながら前進するという選択肢はないのだ。地上にいる間は鴨撃ち状態だし。だからこの選択肢は間違っていない。

 

「いやいやいや、砲撃魔法が基準値で使えるんでしょ? そこは砲撃で牽制しつつ接近って手段を取ろうよ」

 

「じゃあティーダ、お前にも同じ質問させろよ。お前の場合どうやって情報吐かせたり対処するんだよ」

 

 その質問に対してティーダはそうだね、と言ってまずは、と付け加える。

 

「とりあえず嘘でもいいから脅迫する」

 

「地獄に落ちろ」

 

「あとソロで砲撃系魔導師と当たる事なんてたぶんないし、当たる時は当たる時で前衛型の相棒が一緒にいると思うから相棒を盾にして狙撃する」

 

「お前は本当に地獄に落ちろ」

 

「俺は使える手札を使っているだけなんだけどなぁ……」

 

 その結果それはおかしくはないか。まあ、ともあれ、ティーダとのコンビは上司の反応を見るに確定コンビとしてしばらくは続きそうだ。だから、

 

「ま、そう簡単に墜ちない様に頑張るさ、その時は」

 

「あぁ、頑張って盾になってくれよ、その時は俺も頑張るから」

 

 お互いの位置を再度確かめ直しながら再びウェイターを呼びつける。もうだいぶいい時間に入り始めているが―――それでも、今出ている量の酒と料理では足りないだろう。家に帰るのは確実に遅くなるだろうが、たまにはこういう交流も悪くはないと思う。



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Chapter 2 ―Red Snow White Snow―
ウィンター・スカイ


「ナノハ・タカマチ、魔導師ランクS取得、か」

 

 電子媒体のニュースを確認する。少し前まで入院し、リハビリをしていた魔導師、ナノハ・タカマチ―――高町なのは。シュテル・スタークスのコピー元となったシュテル・ザ・デストラクターのオリジナルの容姿の持ち主。そして、シュテル・スタークスが生まれるきっかけとなった遺伝子の持ち主。ある意味、シュテルとは姉妹と言っても差し支えないかもしれない。今までの高町なのははAAAランクの魔導師。それがSランク魔導師の資格を取得したと、この記事には書かれている。自分よりも歳が下なのに、遥かに上の実力を有し、そしてごく最近、Sランクになって”ストライカー級”の魔導師となった。管理局全体を見ても5%に満たない超戦力。管理局の切り札。そう呼べる領域の人物になった。たった13歳でだ。

 

 ……羨ましいなぁ。

 

 色々と羨ましい事はある。魔力に溢れているとか、才能があるとか、この年齢で自分よりも上の地位とか。あらゆる面で自分よりも上に立つこの少女の存在が正直羨ましい。そしてそう思う人間は自分以外にも多くいる事だろう。この少女はこの先大変なのだろうなぁ、と思う。この年齢でここまで来てしまうとプレッシャーやら期待やらが酷いはずだ。まあ、まずは陸、海、空。このどこに所属するか、何をするかで酷くもめるのだろうと思う。

 

 ま、正直に言えば彼女の行く末に興味はない。興味があるのは彼女の”今”だ。プロジェクトFに関して何か関わっていないか、何か不審な行動をとっていないか。高町なのはと彼女の友人たち―――つまりマテリアルズの遺伝子元の人物たちがシュテルやレヴィに気づいているのかいないのか、それを軽く調べているだけだ。もちろん監視なんて非常識な事はしないし、情報屋に当たったりもしない。そんな事をすれば”調べている”という露骨な足跡が残ってしまうのだ。この程度の調べであれば全体的な動向を把握できるし、ファンと言えばそれで済む話になるのだ。

 

「あ、お前ネットニュース見てないでちゃんと仕事しろよ」

 

「つっても俺の分は終わらせてるぞ?」

 

「え、マジかよ」

 

 同僚である青年のエピカ空曹が横からやってくると、此方が表示したホロウィンドウを掴み、拡大しながら調べ始める。すると露骨に顔を歪め、

 

「げ、マジで終わらせてやがる」

 

「俺って元々嘱託魔導師だぞ。重い書類弄る訳じゃないし慣れちまえばこんなもんだろ」

 

「おいおい、半年前まで一緒に書類量にヒィヒィアヒィン言わされながら頑張ってた俺達の友情は何処へ行ったんだ……!」

 

「死んだんじゃないかなぁ」

 

 神は死んだ、等と叫んでいるエピカを蹴って自分の席まで戻すと、再び自分の椅子に座り、自分の書いた報告書をもう一度確認する。つい最近ティーダと一緒に解決した件の報告書だ。何時も通り後を絶たない密輸と密売を撲滅した、それだけの報告書。数週間に一度は報告書を書いているのでもういい加減に慣れている。正規の所属であるティーダの方が仕事量は多めなので、その分こういう簡単なのは大量に引き受けてやっているのが自分の役割なわけだが、

 

 まあ、本当にコンビやっちゃってるわけで……。

 

 半年前は冗談でコンビやら、と言っていたわけだが、予想外に能力的相性がいいのでズルズルコンビでここまで活躍してきた。おかげで自分も予告されたように階級を上げて貰えた。空曹ともなれば立派な空隊の面子だ。嘱託魔導師なんてものを止めて本格的に所属しないか、と誘われる事も増える様になってきた。慢性的な人員不足はどうやら陸だけではなく空の方でも発生しているらしい。

 

 今まで通り適当に仕事受けて、適当に暴れ回るだけじゃ見えなかった事もだいぶ見えてきた。やはり俺もまだまだ未熟、というより視野が狭かったのかもしれない。……家で待っている連中の為にも、もう少し視野を広げて、見識を深めた方がいいかもしれない。

 

『……』

 

「んだよ」

 

 右手に装着したデバイス、ベーオウルフが宝石部分をチカチカして自己主張するが、何も言わない。そのまま数秒睨む、何も言い返さない。なのでとりあえず手から取り、それを机の角をめがけて振り上げる。

 

『Stop! Please stop! I was wrong, so please stop!』(待ってください! お願いしますから待ってください! 私が間違ってましたから待ってください!)

 

「俺、貴族。お前、家畜。関係オッケー?」

 

『Not even human』(人間ですらない)

 

「当たり前だろう。人権を訴えるのならまずは美少女型デバイスに姿を変えるんだな。話はそれからだ」

 

 人型デバイスがありか? と言われればアリなのだ。実際ゴーレム型デバイス、つまり人形の様なボディにデバイスの機能とAIを埋め込ませたインテリジェンスデバイスは存在する。だがそれはものすごく高級だ。具体的に言うと安いので最低400万はする。完全に金持ちの道楽だ。

 

「それにお前男人格だろう」

 

『I am ready any time to change my voice to a girls』(少女の声へと変える覚悟は何時だってできている)

 

 そこでさりげなくユーリの声を使っている辺り、死刑だ。デスクの端っこにデバイスをガンガン叩きつける。悲鳴の様に光を発しているが、その抗議を軽く無視して十回ほど叩きつけて満足する。

 

「ゴーレムタイプへお前を換装する余裕が我が家にあると思っているのか貴様。あぁ?」

 

「それにゴーレムタイプデバイスって通称”超高級デバイス型ダッチワイフ”だよな」

 

 何時の間にか復活していたエピカが横から付け加えてくる。そう、そんな事もあって評判はかなり悪い。何せデバイスの姿を好きな風に作る事が出来るのだ。デバイスとしての機能が付与されている為にギリギリ認められている存在なのに、その利用方法のほとんどが―――まあ、言わない方がいいだろうこれは。

 

『My plan……』(私の計画……)

 

 諦めろ。可能性なんて最初からなかった。

 

 と、時計を確認すると時刻は8時になった。それはつまり自分にとっての一日の仕事の終了を示す時だ。

 

「いいよなぁ! いいよなぁ! いいよなぁ!」

 

「うるせぇよ馬鹿」

 

 もう慣れたこの露骨な言い分も、軽く流しながらコートラックからコートとマフラーを取る。バリアジャケットには温度の管理をしてくれる機能があるのでできたらバリアジャケットを展開したい所だが、戦闘状況での装着のみが許可されているので寒さを凌ぐためには使えない。ブラウンのフライトジャケットを管理局制服の上から着、そして首に模様のついたマフラーを巻く。じゃ、とエピカに別れを告げて、出口へと向かおうとすると、この隊の人妻枠―――ソフィアが丁度入ってくる所だった。

 

「あー、もう8時なのね」

 

「おう、じゃあな」

 

「また明日。あ、マフラー似合ってるわよ」

 

「ありがとよ」

 

 歩くと後ろへと向かって流れるマフラーの絵柄を見てクスリと笑いつつソフィアはそう付け加えた。少し恥ずかしいながらも、十分な嬉しさを感じ、部屋の外へと向かって歩く。……首に巻かれたマフラーはこれから冷え込むから暖かくしろ、とディアーチェが九月の終わり頃から編み始めたもので、紫、赤、水色、黒、と彼女たちをシンボライズする色があしらわれたマフラーで、何故かデフォルメにされた俺が描かれているという可愛らしい一品だった。相当苦労したのは解っているため、少々恥ずかしくても使わない訳にはいかない。隊の部屋よりも少し寒い廊下を歩く。歩いていると、チラホラと知っている顔が横を通り過ぎてゆく。

 

「あがりか? お疲れ」

 

「おぉ、お疲れさん」

 

「今夜は相当冷えるらしいぞ、段々と12月に入って来たって感じだな」

 

「みたいだな。一枚増やして寝るわ」

 

「あ、お疲れイスト」

 

「お前ちょっと目の下に隈できてるぞシード。まあ、それでも俺は家に帰ってぬくぬくするんだがな!」

 

「地獄に落ちろよクソ野郎」

 

 シードが中指を此方へと突きだしてくるが、笑って許してやる。これが定時上がりとサービス残業の差だ。笑顔で罵倒を流しつつ廊下を抜ければビルのロビーへと出る。片手を上げて受付嬢たちに挨拶を告げ、自動ドアを抜けて外へと出る。そうしてまず最初に感じるのは、

 

 冬の空気だ。

 

「おぉ、寒ぃ寒ぃ」

 

 手を擦り合せて少しだけ手を温める。と言っても微々たる努力だ。本当に温まりたいのなら早めに家に帰るのが一番だ。こういう時は本当にバリアジャケット展開を許されないのが恨めしい。が、そんな事を言っている場合ではない。確実に歩みを進めながら、ビルの横の駐車スペースへと向かう。向かいながら、空を見上げる。

 

 透き通る様に蒼い空。それはまた夏に見る空とは違うような色をしていると思う。それは季節の変わり目、今が11月の終わりで、ほとんどの木が紅葉するか葉を落としてしまったせいだろうか。冬になると空の色がもっと透き通っている様に感じる。

 

「ま、どっちでもいい話だよな」

 

 それで世界の真理が見つかる訳でもない。馬鹿な事を考える程度にはまだ若いんだろうなぁ、等と呟きながらポケットから鍵を取り出し、駐車してある大型バイクに鍵を指す。そろそろ新車が欲しい所だが、買おうとしたら買おうとしたでシュテルがストップをかけそうだ。

 

 仕事用に必要なんだが、お財布を管理されてしまうとなぁ……。

 

 男という生き物はどうして女にこうも弱いのだろうか。

 

「願わくばあまり美人に育ってくれない事かねぇ。あまり綺麗になられちまうと俺がダメになっちまうわ」

 

 ゴーグルを装着し、バイクのエンジンに火を入れる。

 

 

                           ◆

 

 

 バイクは陸路の移動手段としては非常に優秀だが、コストと整備費と、そして冬は移動中がクソ寒いのはどうにかならないのか。そんな事を考えながらもエレベーターから出ると、迷うことなく廊下を進み、鍵を開け、自分の家へと帰ってくる。

 

「ただいまー」

 

「おかえりー!」

 

 真っ先に返事をし、そして玄関へと走ってくるのはレヴィだ。水色のワンピース姿で玄関までやってくると、目を輝かせているが、

 

「今日はねぇぞ」

 

「ちぇー……」

 

 飼い主に見捨てられた犬の様にしょぼくれながら背を向けてリビングへと戻ってくる。こいつは相変わらず思考が食欲と直結しているというべきか、食欲に対して従順すぎる所がある。食ってばかりじゃ太ると言っても話を聞かない。正直脅し文句は底を尽きたので、どうしようもない話だ。だから、

 

「俺にはどうしようもない。家計簿握ってるシュテルに頼め」

 

「えー、シュテるん最近お金の計算とか楽しそうで無駄な出費を抑える事に快感を感じ始めてるんだけど……」

 

 セメントの次は守銭奴に目覚めそうなのかあの娘は。そうもイロモノキャラが詰まると嫁の貰い手がいなくなるぞ。……まあ、そんな話は相当先の未来なので今は忘れておくことにしよう。何故か俺もこいつらも結婚せずなあなあに暮らす生活が思い浮かんだが、

 

 こんな魔窟での生活を俺が永遠に望むわけないではないか、ははは―――ないよな?

 

 微妙に答えられない事態に少しだけ困惑しながらリビングへと戻ると、ファッショングラスをかけているシュテルの姿を見かける。

 

「お帰りなさいイスト。今日もご苦労様です。精力的に働いているおかげでだいぶ家計が潤ってきましたよ」

 

「まあ、全部お前らがスタートダッシュ的ノリで色々と買ったのが悪いんだがな」

 

 そう言うとシュテルが露骨にテーブルの上の15万もした花瓶から視線を逸らす。まあ、生活難に陥っているわけではないのでそれ位の我が儘は可愛いものだ。

 

「ま、やり過ぎないのならいいよ。やり過ぎないのなら」

 

「了解しました。やり過ぎない程度に管理しますよ」

 

 ニヤリ、と笑みを浮かべるシュテル。まあ、本当に程々にしてくれるかはこれからの活躍に期待し、直ぐ近くにいたユーリに対して、

 

「ただいまッ」

 

「おかえりなさいッ」

 

 片足を上げて、両手を持ち上げるポーズを決めながらお帰りの挨拶をする。軽く奇行に走ったところで満足し、握手を交わしてからダイニングへと向かう。そこにはあきれた表情のディアーチェがおり、そしてテーブルには夕食が並べられていた。

 

「お前は一体何をやっているんだ」

 

「荒ぶるユーリのポーズ」

 

「私が発案、監督です」

 

「どうでもいいわ、それよりも冷えるからとっとと食え。今日は我のオリジナルの出身世界の料理である”グラタン”に挑戦したぞ。味に関しては他の三人が保証してくれよう、我を崇めながら食うといい」

 

「よしよし、ディアーチェは本当に頑張り屋さんですねー」

 

「こら、頭を撫でるなぁ!」

 

 とか言いつつも手を退けない辺りが甘い。そして味に関してはもはや疑わない。数ヶ月前までは料理を教える側だったのに、今ではキッチンを完全に乗っ取られ、占拠されているありさまだ。ほんと、このままこいつらに美人に成長されてしまったらとことんダメになってしまう。まあ、ともあれ、

 

「ただいまディアーチェ」

 

「うむ、お帰り。さあ、食え。食って感想を聞かせろ」

 

 ―――半年経とうが、俺達に変化はなかった。



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ザ・ビギニング

「やっぱ大分寒くなってきたなぁ……」

 

「寒くない冬の方が違和感があるだろう」

 

 まあそうだろうなぁ、と呟きながらジャケットを手に取り、そしてヒーターの前で丸まっているレヴィを掴み、持ち上げる。抗議の声が口から洩れて来るが、それをガン無視して肩に担ぐ。肩の上で暴れる水色の物体がうるさいが知ったことではない。そのままソファの上へと放り投げて処理する。

 

「あー、やだやだ。寒いと体をほぐす為の運動量増えるから地味にめんどくせぇ」

 

「それよりレヴィの死体について一言」

 

 シュテルがちょんちょん、とレヴィを人差し指で突き、その存在を主張している。だからドアの前で一旦足を止め、そして振り返る。マフラーを巻き、ジャケットを着て、そしてバイクキーを片手にとりながら、開いた片手をレヴィへ向ける。

 

「あんましヒーターの前に座んなよ。やけどしたくねぇだろ」

 

「そういう事じゃないんだと思います」

 

 ユーリのツッコミが入るが知ったことではない。

 

「鍵よろしく」

 

「はいはい」

 

 後ろから足音がする。誰かが近づいているのだろうが、それを気にすることなく前へと進んで行き、寒い外へと出る。今日も今日で出勤。一家の生活を守るために寒気に負けぬよう働かなくてはならない。全ては平穏な生活と家で待つ子供たちの笑顔の為。……悪くない人生だ。

 

「じゃ、行ってきます」

 

 返事を貰いながら家を出る。

 

 

                           ◆

 

 

 おはようございます、と挨拶をしながら隊の部屋と到着すると、そこにはほとんど全員の姿があった。数人抜けてはいるが、コートラックが埋め尽くされている所を見るに確実に全員来ている。おそらくビルのどこかにいるのだろう。自分にあてがわれたデスクまで移動しようとすると、此方を早速発見したティーダが近づいてくる。

 

「やあ、おはよう。到着して温まろうとしている所悪いけどレッツゴーお外へ」

 

「やめろぉ! 俺はこれから暖かいコーヒーを飲む作業があるんだ!」

 

「残念、それはまた今度」

 

 ティーダは此方の横へとやってくるとジャケットの首の襟をつかみ、此方をずるずると部屋の外へと引っ張って行く。もちろん普通にやっては無理なので、ティーダは魔力で体を強化しているに違いない―――魔力の使えない人間が見たらなんて無駄な事だろうと嘆く事だが、こればかりは魔力の使える人間の特権だ。

 

 くだらないネタの一つに魔力を全力で使う。羨ましかろう―――ハハ、ざまぁ。と一度は言ってみたい。

 

 ともあれ、ティーダが俺を連れて外へ出るという事は何か仕事があるのだろう。引きずるのを止めさせるためにも一旦足を地面につけ、軽いバク転からティーダの前へ着地する。

 

「どやぁ」

 

「顔殴っていい?」

 

「殴ってもいいけどモヤシっ子パンチは通じんぞ。あ、魔力強化はなしで」

 

 ティーダが拳を握り、殴るのを迷っているのは見える。拳を振るわせ、殴るかどうかを―――。

 

「そこまで迷うか?」

 

「いや、殴るよりも撃った方が効果的じゃないかなぁ、と狙撃屋としての俺が呟いてきて、どうやったらバレずに狙撃できるかって考え始めてたところ」

 

「俺がお前を殴るぞ」

 

 今度はこっちが拳を振るわせる番だが、これではらちが明かないのでそろそろここら辺でコントをやめつつ、横に並んで歩きはじめる。服装を軽く整え直しながら、まっすぐ管理局の外へ出てパーキングへと向かう。そこで向かうのは自分の所有しているバイクではなく、隊保有の車だ。そこそこ古いが、愛されてきた隊の車だ。

 

 何度か盾に使っているのでボンネットが若干へこんでいるのは愛嬌である。

 

 ティーダが運転手席に潜りこむので、此方は横の助手席に座り、ドアを閉める。管理局員なのでしっかりとシートベルトを締め、ティーダが車を動かし始める。ここからクラナガンまではそう遠い距離ではない。車でも十分ぐらいの距離だ。歩けば四十分ぐらいだろうか。大体それぐらいの距離。正直散歩気分で行くには十分な距離だと思う。

 

 ともあれ、車に乗ってクラナガンへと向かっているのは解った。左側のドアに寄り掛かりながら、右手をブラブラさせる。

 

「で?」

 

「ん? あぁ、ごめん。何もしゃべってないから寝てるものだと思ってた」

 

「すげぇな俺。何時から夢遊病のスペシャリストになったんだ」

 

「まあ、冗談はさておき」

 

 ティーダが素早く手を振るうと、ティーダの左腰にぶら下げている銃型のデバイス、タスラムが小さく明滅する。それが合図で此方のデバイス、右手に装着されているベーオウルフにデータが送信されてくる。右手を振るう事でホロウィンドウが出現し、そしてティーダが此方を連れ出す理由―――新たな案件の内容が表示される。その内容を浮かべた瞬間、体が硬直する。

 

「データ見えてる?」

 

『Of course』(勿論です)

 

「あれ、求めてた答えだけど答えてる人が違う……けど処理能力的にデバイスの方が優秀だしいっか」

 

「これからこの車は悲劇に遭う。そしてその結果生還するのは俺一人だ」

 

 ティーダがまあまあ、と言ってこっちを宥める。そしてようやく内心で落ち着きを取り戻す。極めてクールにふるまわなくてはならない。そう、心を落ち着けなくてはならない。だからほら、こんなにも動揺はない。

 

「なななな、な、なんだよ」

 

「いや、むしろお前が何だよ。本当に大丈夫か? 風邪ひいてない? 拾い食いしてない? ティアナに惚れたら殺す」

 

「最後だけはありえないから気にするな」

 

「反応良好、問題なさそうだね」

 

 無駄話を繰り広げている内に段々とクラナガンへと近づき、高速道路から降りて信号の前で車が一旦停止する。数秒間の停止、そして信号は再び緑色へと変わる。ともあれ、ネタに走って今度こそ大分精神を落ち着けることに成功する。……普段から奇行に走っているとこういう場面で奇行に走ったとしても違和感がなくなるのがいい事だ。だからこそ、普段から”ワザと”ふざけたキャラづくりをしているという事はある。ともあれ、

 

「で、これが今回の件か」

 

「うん。人身売買。臓器売買。もちろん闇のね」

 

 奴隷なんてものはもちろん違法だし、正規の手続き以外での臓器の取り扱いももちろん違法。魔法とて万能ではない。臓器移植ではなければ助からない命など腐るほどある。昔から変わらない価値がそこには存在する。まあ、此処までだったらまだ問題はなかっただろう。問題はこれの”元”だ。

 

 目の前に浮かび上がるホロウィンドウには心臓やら腎臓、肝臓、様々な内臓器官のファイルの他に―――見目麗しい美少女達の姿や、美少年や、青年、女性の姿が映されている。今のと昔の等、様々なデータとしてティーダがデータベースからざっと引き抜いてきたのだろう。これらをどうやって用意したか。それは―――

 

「―――まだやっている所はやっているんだね、プロジェクトF.A.T.E」

 

 通常プロジェクトF。完全なクローンを生み出す計画。いや、それ自体どうでもいいけどなんでその手の案件がこっちへと回ってくる。我が家にはそのプロジェクトの産物が四人ほど囲われているぞティーダよ。

 

「ま、需要があるところに供給、ってやつだろ。お人形さん遊びが好きな奴がいれば、金を出しても心臓が欲しいってやつがいるんだろ。ま、倫理云々を月へぶっとばせば画期的な手段だぜ? プロジェクトFのクローンニングは。何せ優秀な魔導師を生み出せるし、内臓だって簡単に作り出せる―――うお、このクローンもしかしてリンディ・ハラオウン提督のか? 髪色違うけどセクシーやなぁ……これで子持ちとかありえんわ。イヤ、マジで」

 

「それ、”終わったら絶対に消さないと俺が消される”って資料提供者に言われているからその写真データだけはあとで消してね。バックアップこっそりとってあるけど」

 

 意外と外道なティーダはこの際通常営業なのでツッコミはしないとして、問題なのはこの案件そのものだ。プロジェクトFそのものに関しては、個人的には結構知識を持っている。勿論あの娘四人の面倒を見る為に必要な知識だ―――薬が、体質が、遺伝子が、等と基本的なのは頭にぶっこんである。仕事に関しては全力で当たりたいが、全力で取り組むと必然的にそういう知識を晒す事になってしまう。

 

 ……適度に手を抜くかぁ。

 

 ティーダは捜査官として非常に優秀な才能を持っていると思う。あまり手を抜きすぎてもここら辺は疑われてしまうので、いよいよをもって面倒な話になってきた。……まあ、何時も通りやるだけやってみて、駄目なら駄目で、その時は―――。

 

「イスト?」

 

「悪ぃ、空隊来る前に俺プロジェクトF関連の研究所潰してたからそれを思い出してたんだよ」

 

「あぁ、そういえば最近のデータにそんなのもあったね……個人的に研究所を見た感想は?」

 

 あぁ、そりゃあもちろん。

 

「反吐が出るな。あの技術はそもそも生まれるべきじゃないもんだよ。お前シリンダーに浮かべられている上半身だけの子供とか、皮膚のない人間とか見たことあるか? あとは内臓だけ綺麗に浮かんでいるとか。ともあれ最悪も最悪、地獄を体現したような場所だよ。慣れてないトーシローなら一瞬でリバースフェスティバルな感じの」

 

「うわぁ、あんまり見たくないあなぁ……モツ系は辛い人には辛いよねぇ。ま、俺も大方その意見と同意だよ。ただ生まれてくるべきではなかった、というと少し厳しすぎるんじゃないかなぁ、と思うんだ」

 

「ほぉ、そりゃあまたなんでだ?」

 

 だってさ、とティーダは言う。

 

「だってさ、技術自体を否定したらさ、それはこの技術で生まれてきた命そのものを否定しちゃう様なもんじゃないかな? 確かに技術そのものに罪はあっても、生まれてきた者に罪はないじゃない。だから技術が生まれてきた事は間違いではない、と俺は思いたい……かな。まあ、技術が犯罪であり、利用する者が犯罪者であるという事に疑いはないし、まして躊躇もしない。利用者滅ぶべし、慈悲はない」

 

 途中までいい話だったが、最後の最後でラスボスが横の相棒で決定した。こいつはどこかで暗殺しておくべきなのだろうか。あ、だがその場合はティアナを泣かしてしまう事になる。それは駄目だ。そんな事を率先してする男はどんな理由であれ、完全な屑だ。つまり暗殺はアウト。ならば、

 

「ティーダ、人間ってどれぐらい強く殴れば記憶を失うのかなぁ」

 

「ごめん、話が唐突過ぎて流れがつかめない。ミッド語でよろしく」

 

 あっさりと真面目な空気を流しつつ、ゆっくりと椅子に寄り掛かり、ホロウィンドウを一旦消す。ま、仕事は仕事なのだ。与えられたのであればやらなくてはならない、ちょっと気遣いながらなんとかすればそこらへんはどうとでもなるのだから、

 

「どこに行くんだ?」

 

「その質問少し遅くないかな? まあ、何時も通り情報集めだよ。基本足が資本だし。予めアポ取ってるから情報屋に当たったり、あと最近プロジェクトF関連の事がなかったか陸の方にも会いに行こうかなぁ、って」

 

 通話のやりとりだけで完全にやり取りができるのであればどんなに楽であっただろうか。人間、そこまで軽くなるのはかなり難しい。たとえ電子データ化されたものであれ、”手渡し”する事に意味が生まれる事もある。こういう場合は此方から直接窺わなければならない。

 

「ま、今度もどうにかなるだろ」

 

「僕が調べて」

 

「俺が物理系交渉して」

 

「僕は救いの手を差し伸べて」

 

「そして集めた情報で皆でトドメを刺す」

 

 外道の所業だ。だが、これで平常運転なので仕方がない。精神衛生上この案件に関わり過ぎるのは良くない。

 

「……とっとと終わらせたいもんだなぁ」

 

「そうだねぇ」

 

 共にこんな胸糞の悪い件は早めに終わらせたいと同意し、それを成すための行動を開始する。やる事は何時もと変わりはしない―――だから終わりもきっと、変わりはしない筈だ。



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インフォーミング・インフォーマリー

 どこにでもあるレストラン、二人で並んで座る席の前にはスーツ姿の男がいる。肥満、と言えるほどに太っている男だ。その男は此方に渡すものを渡すと、そそくさと立ち去って行く。そこには声を残したりはしない。ただ自分の仕事は終わったと、そう言わんばかりに無言でレストランの外へと消えて行った。男が消えたところで、男から受け取った封筒を開く。その中身は一枚のデータチップが入っていた。こういうデータの処理や管理は横に座る相棒の方が圧倒的に優秀だ。封筒の中身を取ると、それを指ではじいて横の相棒へと渡す。それを掴んだのを確認したら席を相対側へと移動し、体を横へとひろびろと伸ばす。制服の一番上のボタンを外し、ネクタイもゆるめる。そして、

 

「めんどくせぇ……」

 

「いなくなった瞬間一気にだらけたねぇー……」

 

 だって情報屋との密会はかなり気を使う。無駄に喋れないし、情報を漏らせないし。つまり失言をしてはいけないのだ。口を滑らせればそこから情報を根こそぎ持っていくのが情報屋って生き物だ。こっちの為に働いているからと言って、決して味方だと思ってはいけない連中だ。敵でもなければ味方でもない。蝙蝠の様な連中だと思って利用すればいい。それが連中に対する一番賢い対応の仕方だ。

 

 まあ、それも金がある場合の話だ。もしくは取引に使える情報。相手が欲しいものを此方が提供できる限りは利用の出来る相手だ。相手ももちろん此方を利用しつくす心算だからこそ、なるべくなら執りたくない手段ではある……が、管理局と言えば探れば探るほどブラックなモノは出てきやすい。そういう汚点を欲しがる人間は腐るほどいる。

 

 いやぁ、人間の失敗って高く売れるもんだ。

 

 丁度いい所で……というよりも図った様にウェイトレスが珈琲を持ってきてくれる。レストランの一番奥、外からは見えないし、観葉植物が邪魔になって座っている人が見えないこのコーナーのテーブル。ここは交渉するためには非常に有用な場所だ。そこらへんを店側で把握しているのだろう、キッチリと二人分の珈琲を置いていってくれる。もちろんここでの飲食は全て経費で落ちる為、いつも飲んでいる物よりも豪華なものを頼む。と言っても、別に味が解るようなものではないのだが。ともあれ、良い匂いなのと、とりあえず美味しいのと、そして身体が内側から温まるのだけは理解できる。早速と言った様子でデータチップの内容をデバイスへと記録させるティーダの様子を珈琲を飲みながら眺める。

 

 長く、首の後ろで紐で纏めてあるオレンジ色の髪、童顔とも言える顔だち、女性に対する紳士的な振る舞い、そして現在売出し中のエリート。

 

「お前どっからどう見ても超優良物件のイケメンだよなぁ」

 

「イストは目で損をしてるよね。あと性格」

 

 否定しない辺りがいい性格をしていると思う。が、これぐらいのジャブはもう慣れている仲だ。笑って流しながらデータを記録するまでの間、軽く時間を潰す。

 

「というかお前彼女とか嫁はいないんだったっけ? ホント枯れてるというかお前大丈夫か? 19つったらやっぱ彼女の一人や二人欲しいだろ。あと夜のプロレスごっこで盛大にはしゃぎたいだろうよ、普通に考えて」

 

「いや、俺だってそこらへんの欲望は変わらないけど、……ほら、家にはさ?」

 

「あぁ、うん。そうだよなぁ」

 

 ティーダはアパートの部屋をティアナという妹と二人で暮らしている。両親は数年前に死去しているためにティアナの面倒も、学校に関わる全ても、支払いも、全てティーダが一人でやっていた。少なくとも少し前まではそうだったが、三か月ほど付き合っていると流石にその惨状に見かねてちょくちょくランスター家にお邪魔させてもらって世話をしている……と言っても別段凄い事じゃない。余った料理を持っていくとか、軽く遊びに行くとか、そういう程度の世話だ。まあ、それだけなのだが、やらない善よりやる偽善、というやつだ。

 

「ティアナは俺にべっとりでなぁ」

 

「まあ、唯一のお兄ちゃんだしな」

 

「まあ、そういうわけで正直彼女とかどうにも無理っぽいんだよな。そろそろティアナには兄離れをして欲しい所なんだけどね。あぁ、本当に辛い、兄離れ、何時耐えなきゃいけないんだよティアナ、兄離れを……!」

 

「苦しがってるのお前じゃねーか」

 

 この兄妹がこの形がいいというのであればこのままでいいのだが、正直気になる事は色々とある。

 

「エロ関係とかお前どうしてるんだよ」

 

「ティアナが遊びに行っている間に……」

 

「あぁ、うん。なんか家にいない時じゃないと安心できないよな」

 

 そこらへんで共感を得、握手を交わしティーダとの友情を深める。いや、だって本当に家にいない時でないと安心できない。幸い近くの公園までだったら安心して送り出す事が出来る。必ず運動させる意味でもそこへ送り出すが―――チャンスはそれしかない。

 

「うわぁ、職務中に俺達何を語ってるんだ」

 

「むしろ俺が知りたいよ。ネタふったのはそっちでしょ」

 

「そりゃそうなんだけどさ、こうやって暇な時間潰すには丁度いい雑談だとは思わないか?」

 

「まあ、そうだね、っと。完了」

 

 そう言うとティーダは元のチップをテーブルの上に置き、ハンドガンの姿となっているタスラムのグリップで殴り、チップを砕く。これでこのチップはもう使い物にはならない。その残骸をナプキンの中に丸めて捨てると、珈琲をすすりながらティーダへともう少しだけ、真面目な視線を送る。それを察してティーダも軽く切り替える。目の前にホロウィンドウを出現させると、データの設定を共有設定へと変更してくれる。浮かべるホロウィンドウを何個か掴み、こっちへと手繰り寄せ、その内容を確認してゆく。

 

「8月23日……結構古いな、こりゃ」

 

「管理局のデータベースにあった最新のは5月で終わってるからまだいいよ。こっちには管理局に関わってない分の事件のリストまで出てるし……えーと、こっちはもっと最近だね。10月16日に臓器の売買があったらしいよ」

 

「今更だな。そんな古いのをみてどーするってんだ。時間巻いて巻いて」

 

「はいはい。っと、これは結構最近だね。11月23日、陸士隊の方が密売を抑えたらしいけど、これもまた臓器がメイン商品だったらしいよ。うーん、11月30日と12月8日も似た感じの事件があるなぁ。なんだろうこれ、此処までミッドチルダというかクラナガンが臓器不足とか聞いてないぞ俺」

 

 俺だって聞いたことがない。たしかに臓器の価値は高いが、そこまで露骨に求めるものだっただろうか? 少なくともここまで爆発的な需要の増え方はおかしい。珈琲を胃の中へと流し込みながら頭を働かす準備に入るとする。今まで持っていたデータとこのデータを見合わせればかなりおかしなことに気づくはずだ。臓器販売、その摘発は数ヶ月に一度、というペースだった。魔法は万能ではないが、それでも多くの命を救える奇跡だ。そこまで臓器移植が必要とされるのは明らかにおかしいのだ。

 

「じゃあちょっと整理しようか。俺たちはプロジェクトF関連の事件で人身売買と臓器販売に関して追っている。次に俺達が得た情報に最近急激に回数が増えている事が示されている。とりあえず簡単に情報を纏めるとこんな感じ。で、これを軽く一緒にして推理してみると―――どっかの誰かが意図的に臓器を流している?」

 

「なんで?」

 

「……実験に使うから?」

 

「実験に使うんだったらそもそも流さないで自分の所で使うだろう。第一臓器を流す回数が異常すぎるだろう。リスク的に考えてまずありえない。金稼ぎにしたってこれだけ回数を増やしちゃあ明らかに尻尾を掴ませている様なもんだぞ?」

 

「それだ」

 

 とん、とティーダがテーブルを軽くタップする。まるで合点が言ったような顔をしている。だがティーダが何を掴んだのかは自分には解らない。こういう時は自分よりも頭の回転が速い連中が心底羨ましい。

 

「何がだ?」

 

「撒き餌だよ」

 

 撒き餌―――つまり釣り上げたい存在がいるという事になる。だがそれにしては恐ろしく非効率的なやり方としか言いようがない。何せ目的の相手がいたとして、それを釣り上げることの出来る可能性は非常に低くなるからだ。そして、それが本当だとして、問題が一つ出てくる。

 

「誰を釣ろうとしているんだ? 管理局か? 恨みを持った魔導師か? それともベルカの騎士か?」

 

「いや、流石にそこまで解るわけないだろ」

 

 真顔でそういってのけるティーダの顔面を全力で殴りたくなる衝動を何とか抑え込み、テーブルを軽くつかむ程度で自分を自制する。ステイ、ステイ俺。そう心の中でつぶやいたところで息を吐き出し、残ったコーヒーの中身を完全に終わらせる。ティーダのカップを確認すればティーダも丁度飲み終えたところだった。これ以上ここに留まる理由もないし、二人で揃って立ち上がる。

 

「で、次はどうする? ヒントは出てるけど直接繋がりそうなものはないよなあ」

 

「だね」

 

 会計を経費で済ませ、そのままレストランの外へと出る。すぐ裏手にある駐車場には隊の車が止められており、再び運転手席と助手席で解れて座る。シートベルトをしっかりとしめ、一管理局員としてのギリギリの体裁を保ち、ティーダが車を発進させる。

 

「陸士の方に突撃してみようかな、と思う。資料提供してもらう以上に直接窺って話した方が知り得る情報も多いだろうし、なんだか今回色んな意味で嫌な感じしかしない。色んな方面へと顔を出して”足跡”を残した方が個人的にはいいと思う」

 

 足跡、つまり”自分はこんな事をしていました”という解りやすい軌跡を人のつながりで表したりする事だが……そういうのは主に同組織内の存在に狙われている場合にやるようなことだ。本当にティーダは聡く、そして鼻がよくきく。おそらく自分以上に今の状況の先が見えているのだろう。だからあえてティーダに問う。

 

「お前、今回の件管理局が関わってると思うのか?」

 

「むしろ関わってない方を探すのが難しいんじゃないかな」

 

「それを言われたら何も言い返せねぇよ」

 

 管理局が一体どこからどこまで関わっているのか。それは本当に恐ろしいぐらいにわからない。一度”闇”へと踏み入れた事があるのなら、もしくは調べた事があるのなら、時空管理局という存在が内包する圧倒的闇の深さに一度は絶望するものだろう。そして同時に、その業の深さに嘆きもするだろう。管理局が犯罪者を囲っている、と言われて驚く捜査官はほぼいないだろう。クリーンな管理局は一体どこへ行ったのだろう。あぁ、そっか、事情を知らない人専門か、ホワイト管理局は。

 

 嘱託魔導師しているとブラックな面ばかりを見てしまうのでもう今更な話なのだが。

 

「こうやって管理局がクッソ危険な場所だって認識するとさ、ある日不意に―――あれ、なんで俺こんな所で働いてるんだ? ってマジで悩む日がたびたびあるんだよなぁ。いや、ホントに。でも給料の支払いだけはいいんだよなぁ……」

 

「たぶん此方側の人間だったら一度は絶対に疑問にする事だけど、疑問にしていても仕事が終わる訳じゃないからそれ以上は考えないんだよなぁ……」

 

 会話が段々と寂しい方向へと流れ始めてきて。ここはいっちょ、空気の転換を兼ねて仕事の話へと戻してみる。

 

「で、陸士の方に会いに行くつったっけど、アポあるのか?」

 

 いや、ないよ、とティーダは答える。だがその後にだけど、と前置きを用意し、此方の言葉を待たない。

 

「陸士108隊の隊長さんにはちょっとした個人的なコネがあるからそこらへんは大丈夫。既妻子持ちのちょっとナイスなミドルな感じのオジサンが、少し前に若いお姉さん方とキラキラしたお店で―――」

 

「それいじょういけない」

 

 そっとティーダの肩を押さえ、それ以上言う事をまだ見知らぬ隊長の為にも止める。男にはたとえ妻がいたとしても行かなければならない場所がある。それをティーダは解っていて利用しているのだ。

 

 悪魔かこいつ。

 

「まあ、利用できるもんはなんでも利用するべきだけどな」

 

「常識的に考えてそうだよね」

 

 ここら辺の考え方が、自分とティーダという人物が割と一緒に活動出来ている理由かもしれない。ともあれ、

 

 ―――何やら激しく不気味な今回の件、それを終わらせる一手に繋がれば幸いなのだろうが。



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アイ・ニード・ユー・ウォント

「陸士108部隊か」

 

「うん、ちょっと隊長の人と知り合いでね」

 

 ティーダはそういうと一切臆することなく陸士108隊の隊舎の中へと入って行く。ミッドチルダの西部、エルセア地方に存在するこの隊舎はクラナガンからそこそこの距離がある―――が、陸全体でデータは共有しているものだ。空では完全に管轄外なので陸のデータは提供がない限り触れる事が出来ない為、こうやって出向いて提供を頼むか、もしくは相手が送ってくれるのを待つ必要がある。ともあれ、こういう仕事でコネがあるのは非常に重要な話で、助かる話でもある。

 

 こうやって人脈を築いている姿を見ると、この男は本気で執務官になろうとしているのが理解できる。

 

 基本的に空へ所属するのはエリートのコースなのだ。首都航空隊というのは、空の魔導師としてのキャリアを積む為であれば是非とも一度は所属しておきたい場所なのだ。なにせ首都の防衛、それは管理局の中央を守護するという意味があるからだ。経歴に箔をつけるのであればこれ以上ない仕事となる。そして更にそこで大きな手柄を立てれば―――人生勝ち組コースまっしぐら。

 

 この事件が少々捜査官としての領域に踏み込んでいるように感じるも、ティーダが解決に乗り出すことにしたのはおそらくそう言う背景があるからに違いないと思う。危険な話だとは思う。だが危険なのは一人だった場合だ。この半年しかまだ一緒にいないが、俺はティーダ・ランスターという男を大分理解していると思う。だからこそ言える。この男は一人だったら絶対にこういう手段を取らなかった。俺という存在が横にいるから無理ではないという判断を下したのだ。

 

 場所をわかっているように進むティーダの後に付いて隊舎の中へと入って行く。他の陸士隊の隊舎には何度か邪魔した事があり、108のは初めてだが、その構造は別所で見た他の陸士隊の隊舎と造りは変わりないように見える。どうやら規格は統一されているらしい。

 

「で、ここへ来たのは知り合いだからってだけじゃないんだろ?」

 

 その言葉に対するティーダの返答は若干遠回しなもので、

 

「ここの近くに何があったか覚えている?」

 

 ここの道中で見かけたものは―――空港だ。ともなると、

 

「密輸か」

 

「正解。ここは要請を受けて応援に行くことが多いけど、一番の仕事は密輸に対する事だから、それに関する報告とデータだったら他の所よりも遥かに優秀なんだよ」

 

 なるほどなぁ、と呟いたところでティーダの足が隊舎内の一室の前で止まる。不思議なことにここに来る途中、様々な隊員を見かけることはあっても、こちらを止めるような行動を取るものはいなかった。そこらへんの認識緩いのかなぁ……と一瞬思ったが、

 

 ……まあ。

 

 こんな所で犯罪を働こうとする者はいないだろうし、その意味もほとんどないだろう。普通に警戒するだけ無駄だということに気づき、どうでもいい思考として処理する。ともあれ、ティーダが軽く扉をコンコンと、響く音を鳴らして叩く。それに反応する声が扉の向こう側から聞こえる。

 

「入って良いぞ」

 

「失礼します」

 

 聞こえてくるのはそれなりに歳を取った男の声だった。では、と遠慮なく扉を開けて入ってくる姿に中の男は軽く驚きの表情を見せてから、笑みを浮かべる。

 

「てめぇ、来るなら連絡入れるかアポを取っておけよ馬鹿野郎」

 

「いやぁ、やっぱり先に連絡入れてたら準備しちゃうじゃないですかゲンヤさん」

 

「それが普通なんだよ。別に変な方向に頭を回さなくていいんだよお前は」

 

 呆れているようだが、歓迎しているようにも思える。そんな感じの吐息をゲンヤと呼ばれた男は吐いた。おそらく四十代後半、だが髪の毛は既に白く染まっており、掘りの深い顔はまるで苦労を重ねてきたように年齢以上の歳を感じさせる。その感じからして、実際苦労してきたんだろうな、と軽く察せられる容貌だった。ともあれ、ティーダがこちらへと向く。

 

「こちらはゲンヤ・ナカジマ三等陸佐。かなりエライ人だけど二人の娘を一人で育てているシングルファーザー。俺も数年前ティアナと二人っきりになったばかりの頃に会ったんだけど、娘の育て方を直接教わった恩人的な人物だよ」

 

「おいそこ、なんだよ恩人”的”な人物ってのは。というか俺も急にお前が接触してきた日には驚いたもんだよ。妹と二人だけになったので子供の育て方を教えてください、って確実に15歳のガキの発言じゃねぇよ」

 

 だがそれを苦笑して言える辺り、いい思い出として記憶しているのは少々羨ましい話だ。自分はまだ半年の関係だ。ティーダの様に数年の歳月を重ねれば自分もこうやって奔走している時期のことを良い思い出として笑う事が出来るようになるのだろうか? まあ、それは別として、

 

「どうも、イスト・バサラ空曹です。この外道とコンビやってます」

 

「おう、ゲンヤ・ナカジマだ、よろしく」

 

 ゲンヤと握手を交わし合う。意外と力強い握手の返しと、そして硬い手の感触。これは結構鍛錬重ねてるなぁ、と口に出さず呟き、一歩後ろへと下がる。ここへ来たのはティーダのコネによるものだとすれば、ティーダの仕事なのだ、話をつけるのは。だからこそ話の開始はティーダから始まり、

 

「ゲンヤさん」

 

「おう、なんだ」

 

「データ提供してください」

 

「―――駄目だな」

 

 一瞬で断った。

 

 

                           ◆

 

 

「いやいや、少しだけデータ提供してくれるだけでいいの。こっちの捜査で必要になるから」

 

「おう、”だから”断っているんだよ」

 

 どういう事だこれは、と視線をティーダへと向ける。ティーダはその視線を受けて、素早くこちらへと視線を返してくる―――任せろ、と。自信に満ちた視線に押され、軽く頬を掻く。何というか……今の視線で大体見えてきた。何とも面倒な話だと思う。故に―――お手並み拝見と行こう。ティーダ・ランスターという男の手腕、見せてもらおう。

 

「いいか、アポなしでやってきたのは知り合いっつー温情で許すとしよう―――だけどな、俺らはミッドの平和を守る管理局なんだ。いいか?」

 

 まるで子供に聞かせるようにゲンヤは言葉を強調してくる。

 

「俺達が法を守らずに誰が法を守る―――陸の管轄で起きた事は陸の管轄だ。だからお前が何かを提供して欲しかったらアポとって、申請して、そして話を通して来い。世の中信用だけで情報を得られると思ってんならずいぶんと甘い話だぜ、未来の執務官殿」

 

 挑発する様なゲンヤの言葉に、ティーダは口の端を浮かべる。

 

「そうですね、もし私人としてこの場に来ているのであれば確かにそうでしたでしょう。ですけれど、こちらは”首都航空隊”という身分を持った人物としてここに参上しています―――つまりそちらは”陸”という組織である以上、”空”が挑んでいる案件に対しては要求を通させる権利が存在しています」

 

 実質的には空が陸の上位に立っていると言える。別にそう明言されているわけではないが、暗黙の了解、共通見解―――そういう意識は存在し、より危険のある事に対して挑む空や海は陸に対して上位に立っていると認識され、そして”本局”は空に対する情報の提供は惜しまないようにと推奨している。つまり状況的に見ればこちらの方がいささか有利だが、

 

「詭弁だなぁ」

 

 ゲンヤはその言葉を一言で斬り捨てる。

 

「厳密には上位下位は存在しないし、俺はアポを貰ってない。それにだ、そういう強引な手が通じるのは相手が俺と同じ階級だった場合だ。うん? 解るか? 俺は隊長、超偉い。三等陸佐、超凄い。普通ならそう簡単には会えないオッサンなんだよ。だから今回は諦めろ。最低でも隊長職の人間じゃなきゃノーアポでまともに交渉するなんて無理だぜ。だから―――」

 

 ゲンヤが会話を終わらせる為に帰れと言おうとした瞬間、ティーダが口を挟む。

 

「―――交換条件です」

 

 ゲンヤの言葉を途中で止め、

 

「俺と、そこのイストは非常に優秀な魔導師、二人とも総合AA評価の魔導師です。そして総合AAという存在が陸に対してどういう価値があるのか」

 

 ゲンヤは口を閉じ、そして片手を持ち上げる。それは5、という数字を表している。

 

「5回」

 

「流石にぼったくりですね、1で十分です」

 

「アホかテメェ、そっちが頼み込んでる状況なんだよ今は。だから5だ」

 

「数分で終わるデータの移譲に二人分の十数時間分の労働を対価にするのが陸のやり方ですか。アットホームな職場が呆れてものも言えませんので1で」

 

 ―――ちょっと待てそこのオレンジ頭。貴様、俺を勘定に入れてないかこの交渉。というか巻き込みやがったな。

 

「あぁ、わかったわかった、確かに俺のが酷いかもな―――じゃあ4だ」

 

「ではその誠意にこちらも誠意を見せるとして2で」

 

 その先は語る必要はない。1と5という数字が出た時点でこの決着は二人の間では見えていた事だ。

 

「では3回で」

 

「おう、3回”ウチの連中の訓練と警備の手伝い”をよろしく頼んだぞ」

 

 ティーダがゲンヤのその言葉に驚きの表情を浮かべ、何かを言おうとして口を開こうとするが、それを途中で止めて口を閉じ、代わりに吐きだしたのは諦めの吐息だ。

 

「先に何の回数か指定してないのがバカなんだよ。お前交渉なのに相手が知り合いだから”言わずとも通じる筈だ”とか思いやがっただろ? そういう甘さが付け入れられる隙になるから気をつけろ。交渉ってやつは極めようとすればするほどマジで魔窟って事が解ってくるからな。自分の主張を通す事だけを考えておきな若造」

 

 参りました、と言って両手をあげるティーダの姿に口笛を吹いて軽く手を叩く。

 

「俺、そこの外道と半年コンビ組んでるけどいいように負かされたのは初めて見たぞ。あ、待て、宴会で地獄から蘇った上司がビンをティーダに振り下ろす宣言した時に“待ってください”を“いいや限界だね”の一言で終わらせてたな」

 

「それは交渉でもなんでもないから安心しろ。大体」

 

 と言って、ゲンヤはまず、と言う。

 

「第一に、俺の方が歳を取っている、それだけで交渉に関しては有利だ。わかるか? 俺の方がもっと経験してるんだよ。次に立場だ。確かに空と海の方が陸よりも重んじられる風習があるのは知っているが、それは現場レベルで通じる話じゃねぇんだよ。もっと大きなレベルで話すのなら確かに意味はあるさ。たとえば入局希望者の統計データとか、どちらが縄張りでどこを管轄するとか或いは予算とかな。だからそういう事を有利だと思ってんなら捨てておけ。特に俺の様に頑固なおっさんタイプだと一番意味がねぇ。最後に脇が甘い。最後はどうにかなるという認識が存在している。そのせいで明確に勝利したヴィジョンを今回は用意できなかったな? 身内を相手にした時も親の仇と交渉するつもりでやっとけ」

 

「勉強になります」

 

 そう言ってティーダが頭を下げる。

 

 ……勉強になるなぁ。

 

 目の前のゲンヤ・ナカジマみたいな、歳をとったベテランは本当に貴重な人材であり、そして見習いたい存在だ。何せ、我々のような若い世代にはない凶悪な武器、”経験”を所持している。少なからず死亡率が存在している魔導師という職業を十数年も生きているのだから、その経験は貴重なものだと理解できる。

 

 そういうベテランから伝えられるべき技術を伝える戦技教導隊の隊員が19だったり21だったり、そこまで年齢が下がるぐらいに若い人間を駆り出す程、管理局は人材不足なのだ。個人的には海をある程度縮小して、新たな次元世界の発掘を止めて現在の世界の治安維持に全力を回さなきゃいずれ潰れるのではないかと思うのだが。

 

「で、何が欲しいんだ」

 

「ここしばらくの密輸に関するデータ全部お願いします。整理とか洗うのとかはこちらでやるので」

 

「そうか、お前もう死ぬのか……」

 

「あばよティーダ、ティアナの面倒は俺が見ておくよ」

 

「死にませんしイストはあとで少し話し合おうか?」

 

 ゲンヤが苦笑する。

 

「中々愉快な相棒を持ったもんだな?」

 

「恐縮です」

 

「あぁ、恐縮してろ褒めてないから。お前とつりあいそうなくらいアクの強いやつだな、ぱっと見。まあ、数日待っておいてくれ、そう簡単に渡せる量でもねぇから一応軽いまとめだけはやっておく。その代わりお前と、そしてお前でちゃんとウチを手伝えよ? 戦技教導隊にコネがねぇから訓練頼みたくても全く頼めねぇんだよこれが。世の中世知辛くね? 俺申請しに行ったら”すみません、コネなしですよね? あきらめた方が早いですよ”なんて言われたんだぞ。普通あそこまで露骨に言うかよ」

 

 まあまあ、とティーダが宥めるが、どうやらさっきの交渉の結果は確定らしい。つまりどっかで休日潰してここの連中の訓練を手伝ったり、職務を手伝ったりしに来なくてはならないらしい。いや、確実に2週間俺の休暇が潰される事になっている。

 

「ごめん、今更だがティーダ、お前を殺したくなってきた」

 

「え、殺したいほどに感謝している? ありがとう」

 

 軽く襟首を掴んで持ち上げるが、笑顔で動じる様子を見せない。

 

 ―――ハハ、こやつめ……!

 

「まあまあ、落ち着けよ。ウチの隊員の生存率を上げるためだと思ってよ。あぁそうだ。ついでにウチのガキ共もつれてくるか。ティーダは銃と魔法だったよな? お前、握手した感じかなり手首の筋肉とか発達してた感じだけど、戦種どうだ」

 

 ゲンヤの質問に対して右手のデバイスを見せる事で回答する。

 

「殴りプリ」

 

 ネトゲかよと言ってゲンヤが一瞬顔を覆うが、その後再び顔を持ち上げる。

 

「格闘技は?」

 

「ストライクアーツとシューティングアーツを少々、あとはベルカ式の格闘術で投げとか組み技が得意ですね」

 

「おう、決定だな。3回もありゃあ十分手本にゃあなるだろ。とりあえずそっちの欲しいもんに関しては了承した。こっちから日程を送るから休日のスケジュール調整宜しく」

 

 ある程度の成果は得られたが、やはり敗北の色の方が若干大きかったかもしれない。得難い経験ではあったが、この後車の中で軽くティーダを苛める事を決定しつつ頭を下げ、

 

「ありがとうございました」

 

 頭を下げて退室する。

 

 

                           ◆

 

 

 ……行ったか。

 

 執務室の椅子に寄り掛かり、窓の外から車に乗って離れてゆく二人の青年の姿を見送る。ティーダに関しては前々から知っていたが、もう片方の青年……イストだったか、彼に関しては初めて会った。だが彼もティーダと同じく、まだ粗削りの宝石のように見える。原石ではない。共に輝く方向性と形は見出している―――ただその形へと辿り着いていない、そこへと至る道への途中の様に思える。

 

「いいねぇ」

 

 自分も、若い頃はあんな風に頑張って輝いていただろうか。女房と、クイントと会う前の頃の自分を思い出し、軽く苦笑する。今更昔を思い出して浸ったとしても何かある訳でもない。それよりも今は二人の娘の生活を守ることと、そして隊長として預かる部下たちの命の方が重要だ。戦技教導隊にコネを持っていなかったので、総合AA評価の魔導師を隊の訓練に付き合わせることができるのは僥倖だ。何せ格上との戦いは大きな刺激になるし、良い経験にもなる。新しい刺激は大きな進歩を与える要因となる事を自分は知っている。だからこそ、

 

「いいねぇ……」

 

 そういうつぶやきが口から漏れてしまう。

 

「―――入ってええですか?」

 

 ドアを叩く音と、扉の向こう側から少女の声が聞こえる。自分の娘よりも何歳か歳を取っているが、それでも先ほどの青年たちよりもかなり若い少女の声だ。

 

「おう、入っていいぞ」

 

「そんじゃお邪魔しますわ」

 

 軽い声で中に入ってくるのは茶髪、ショートカットの少女だった。管理局の制服を着用しているが、まだ若いせいで着ている、というよりは着られている様に思える。まだまだ学業に勤しむべき年代だというのに、管理局に入局とは人生を棒に振っているな、と軽く思ってしまう。が、思うだけだ。決して口に出す事はない。

 

「おう、どうした八神はやて准陸尉」

 

 若いくせにこの階級、相当期待されているもんだと思う。経歴を見るからに納得の行く処置なのだが。

 

「いや、頼まれていた書類、片付け終わりましたよ、って」

 

「おぉ、悪ぃな」

 

「悪いと思ってもないことで謝らんでくださいな」

 

「はははは!」

 

「ほんまに謝るのやめたな……」

 

 だって悪いと思ってないし。隊長が部下に、たとえ研修生であろうと仕事を押し付けるのはごく当たり前の事だ。だから、

 

「よし、はやて、お前ここ数ヶ月の密輸に関するデータまとめておけ。なるべく早く提出な」

 

「ちょ、ちょっと待った!」

 

「だが待たない。これは隊長命令だ」

 

「あかん」

 

 精々若いうちに苦労しておくべきだ。その苦労はいつか、苦い経験として絶対に自分を助ける力となるはずだ―――これがどういう助けになるかは知らんけど。

 

「というかゲンヤさん、これさっきの人たちに頼まれたもんよな?」

 

「おう。そうだぜ」

 

 何か引っかかるのか、はやてはその確認を取ると、腕を組んで少しだけ唸る。その要素を見て、口を挟む。

 

「なんだ、気に入らないのか?」

 

「いや、むしろコネは積極的に使うモノだと思うてます。使えるものはなんでも使わなきゃあかん時もありますから。でもそうやなくて……」

 

 はやては窓の外を、青年たちが去って行った方角を見つめている。

 

「なんかなぁ……? なんかあの赤毛のアンちゃん、昔地球で見かけた気がするんよなぁ……こう、記憶がその周りだけもやもやしててよう思い出せへんけど」

 

 ま、とはやては底に言葉を付け加える。

 

「赤毛なんてミッドには腐るほどおるし見間違いかも」

 

「ま、だろうな。地球なんて任務でもなきゃあ行かないしな。それよりもだ、ほら、徹夜したくなきゃとっととはじめろ新入り。まだまだ仕事はあるぞ」

 

「あかん、私管理局のブラックっぷりナメとったわ」

 

「おいおい、これはまだ序の口だぜ」

 

「なん……やて……?」

 

 ノリいいよな、この娘は。だからこそこっちに研修に回されてきたのだろうが。ま、正直今回の件はこっちにとっては非常に美味しい話となった。

 

 ……またカモられに来るといいなぁ。

 

 そんな事を思いつつ、日々の業務へと戻る。



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ウォット・キャン・ユー・ドゥー

「―――さて」

 

 そう言って整列した隊員達の前に立っているのはティーダだ。既にバリアジャケットは展開されており、管理局の制服を白くし、そして少々アレンジしたかのような服装へと変化している―――ここらへん、バリアジャケットでの姿を自由にできるのが高い地位につく者としての特権だろう。もちろんそれを自分も持っているが、必要以上にバリアジャケットの見た目にはこだわらない為、いつもジャケットの姿は着ていたもののままにしている。―――何せ、昔に”ぼくのかんがえたちょうかっこいいバリアジャケット”をやって激しく失敗している男を一人知っている。

 

 アレには盛大に笑った。

 

 ともあれ、そこそこカスタムの施されたティーダのバリアジャケット姿を見るのは初めてではない。既に何度か目撃しているものだ。そうやってティーダが見る集団は陸士108隊のメンバー、総勢は20にも満たないグループだ。少ないとは思わない。一つの隊に割り振られる平均的な人員がこの数だからだ。目的次第では規模はもっと増えるが、前線活躍メンバーともなればこれぐらいの人数だろう。いや、これだけいれば十分すぎるかもしれない。

 

 ……恵まれてるなぁ。

 

 研修とか、参考にさせてもらうには中々いい場所かもしれない。が、それと戦闘における実力とは全く別のものだ。目の前の人物たちは自分と似たり寄ったりの年齢の様に見える。だとすればそこまで心情に関して考慮する必要はない。年が離れているというのは上に対しても、下に対しても非常に面倒だ。言葉の選び方、というものが出てくる。だから同じ年齢の者に任されたとすれば、それは”鍛錬につぎ込んだ時間が違った”という事で諦め、という逃げを与えることが出来るのだ。

 

「さて」

 

 ティーダが言葉を放って注目を集める。結構注目を集める事には慣れているらしい―――これも交渉の応用だからだろうか。さて、と声を放って数秒間無言で過ごす事で自分へと視線を集める猶予を与えている。別に焦っているわけではない、自身に対する印象を軽く与えている。そして数秒間衆人を見渡したところで、口を開く。

 

「皆さん知ってのとおり、ゲンヤさんに交渉で負けたので本日皆さんの訓練をつけるティーダ・ランスター二等空尉です」

 

「その交渉に負けた阿呆に無理やり組み込まれた結果一緒に訓練する事になったイスト・バサラ空曹だ。ちなみに半ば巻き込まれたからって手を抜く気はないので徹底的にやるからよろしく。何事もお仕事はスマートに、な」

 

「うん、俺としてはそういう方向性で安心しているんだよ」

 

「なんだ、罪悪感でも感じてるのか?」

 

「え? 感じなきゃいけないのか?」

 

 近くの石をティーダへと目掛けて蹴ると、ティーダがそれを避けて、近くにあった小石をこちらへと向けて蹴り返してくる。ここは肉弾派として負ける事が出来ないので蹴られた石を蹴り返し、ティーダが新しいのを蹴ってくるという不毛な争いを十数秒間続ける。少しナーバスになっているのか、自分も少し過激すぎたかもしれない。

 

「おーい、仲がいいのはわかったからお前らさっさと進めろー」

 

 ゲンヤの声が隊列の向こう側から来るのでティーダとは一時休戦し、乱れた服装を本当に軽くだが整える。その間にティーダは話を進めていた。

 

「えー、そんなわけで俺達は総合AAの魔導師です―――戦技教導隊の魔導師と比べればワンランク下がる準エース級と言ったところですが、Bランクが平均の陸士隊からすればそれでも結構上のランクの存在だと思うんですよね。まあ、何か激しく予想外な事に―――」

 

 ティーダが、整列している隊列の中にいる一人の少女を見る。その顔は見間違えるはずもなく、八神はやてという少女の姿だ―――自分の認識が間違っていなければ、自分とティーダよりも遥かに魔力量を持ち、ロストロギアだったか、夜天の書を所持していたはずだ。この場にはいないが、それにつき従うヴォルケンリッターという守護騎士も存在し、個人としてはほぼトップクラスの戦力を有している存在のはずだ。

 

 正直貴様なんでここに来たかわからない。

 

「正直どうしてここにいるのかわからない人物もいますけど、まあ、そこらへんは大人の余裕を見せて軽く見下す事で進行します」

 

「見せられてないやないかぁ!?」

 

 はやてからツッコミが飛んできて、辺りが軽い笑いに包まれる。この流れは確実にティーダの用意した流れなのだろうな、と軽い関心と、そして興味を胸に、横に立つ。何せ八神はやてという少女は我が家の王様の遺伝子提供先なのだ。正直ウチの王様とこの八神はやて、どれほどの共通点があるのかは知りたい部分も存在する。

 

 

                           ◆

 

 

「む、むむむむ? むむむむ! これは!」

 

「どうしましたユーリ? 今マドウシスレイヤーがベルカ十字斬を決めて暗黒提督をしめやかに爆発四散させたところなんですが」

 

「今イストがディアーチェの事を深く考えましたね……!」

 

「ユーリよ、最近キャラに電波系が追加されてきてないか? そろそろキャラの方向性を統一したほうがいいんじゃないかと我は思うんだが」

 

「みんな安定してるなぁー……」

 

 

                           ◆

 

 

「それじゃあとりあえず説明は終わったので、遠距離型の得意な魔導師は俺が、近接型の魔導師はイストの方に移動をお願いします。それぞれ分かれて必要な事を指導しますので」

 

 そう言ってティーダと逆方向に分かれると、隊も二つに分かれる。だがそうやって分かれた二つのグループのうち、こちらは明らかに少なかった。思わず口からおろ、と言葉を零しながらこちら側に集まった人数を数える。一、二、三―――と、合計で五人程しかいない。予想外に少ない数だが、同時に納得する。その答えはここがベルカではなくミッドチルダである事で答えられる。

 

 ……これがベルカだったらこっちが多くてあっちが少ないんだろうなぁ。

 

 ミッドチルダの術式は基本的砲撃、射撃、そして支援が強みとなっている。それは長い年月を経て効率化されてきた術式であると同時に、ミッドチルダ式の術式がミッドチルダを象徴するものでもあるのだ。つまり、ミッド式の魔法が砲撃や射撃を得意としているのは、ミッドチルダ出身の魔導師の多くが砲撃や射撃が得意だからだ。そしてそれを得意とする術式体系を使えば……といった風に、ミッドでは遠距離型の魔導師の方が基本的にメジャーだ。だから、まあ、この数には納得できる。

 

「んじゃこの中で近代ベルカか古代ベルカに関して適性のある人は?」

 

 誰も手を上げず、周りを見渡す。それはいい。なぜなら、

 

「俺もそれに関しては適性が死んでて教えられないからそれは良かった。んじゃ格闘技経験は? ストライクアーツでもシューティングアーツでも結構」

 

 そう言われると全員手を上げる。その内容は全員が口を揃えてシューティングアーツと言う。その年数は全員そろって二年ほど、これは……。

 

「―――あぁ、そりゃあウチの女房が教えてたんだよ」

 

 そう言って近づいてきたのはゲンヤだった。こちらに近づいてくるのと同時に指で何かを弾き、こちらへと飛ばしてくる。それを片手でキャッチし、手の中身を確かめる。それは一枚のデータチップだった。それをベーオウルフに入れる事で保管する。

 

「ティーダの奴は忙しそうだしお前に渡しとく……ともあれ、俺の女房……クイントはそれなりに強かった、というか陸戦AAでぶっちぎりでなぁ……暇な日にはよくここに来て前衛組にゃあ手ほどきしてってくれたもんだよ」

 

 陸戦AAでシューティングアーツ……あぁ、なるほどそれは強そうだし優秀そうだ。この場合、

 

「シューティングを教える方向で? それともベルカ式の武術を仕込む感じで? ぶっちゃけ既に誰かに教えられて形が整っているのであれば下手に弄るよりは手数を増やすかひたすら基礎力を鍛えるのが最上の選択なんですけど」

 

「手数を増やしてくれ―――基礎力伸ばしたところでたかが知れてるし」

 

「隊長、流石にそれは酷いですよ!」

 

「俺達だって毎日筋トレとか頑張ってるのに!」

 

「馬鹿野郎、魅せ筋ばっか鍛えてねぇでアホのように走り込みでもして体力つけろよ体力をよ。……ったく、とりあえず報酬は先払いしたんだから頼んだぜ?」

 

 つまり手を抜かずにやってくれと言う事だろう、この先払いの意味は。もしくはサービス精神。まあ、元から仕事は真面目に()るタイプなのだ。無論、真面目にやらせてもらうが、まずは。

 

「基本的な話をおさらいするか。あぁ、今更だけど俺に対して階級上だから敬語だとか気にしないでくれ。やりにくいだろうし」

 

「了解」

 

「短い間だろうけどよろしく頼む」

 

 さて、まずは基本を思い出しとくか。

 

 

                           ◆

 

 

 魔導師としての力量を計測するにはまず三種類を把握する必要がある。

 

 一つ目が魔力量。その魔導師が一体どれだけの魔力を体に溜め込む事が出来るか、リンカーコアがどれだけの魔力を生み出す事が出来るか。まずこれが大きくかかわってくる。こればかりは努力でもどうにもならない領域その1で、生まれてからある程度成長するが、意識的に伸ばすことは諦めるしかない場所だ―――いや、確かに伸ばす方法はある。小さいながらもトレーニングで成長期の間に限界は伸ばせる筈だが、例えば魔力量Cは魔力量Aへと到達する事は絶対にできない。伸ばすと言ってもそこまで劇的な効果は出ないのだ。やはり伸びる量を考えても才能が大部分を占めるだろう。瞬間的な話であれば、カートリッジシステムやユニゾンデバイスとのユニゾンで一時的に自身をブーストする事も出来るが、これはやはり本質的に変化するわけではない。

 

 二つ目が適性。どの魔法体系に対して適性があるか。大きく分類できるのはミッド式、ベルカ式、古代ベルカ式、そしてミッド・ベルカ複合式。そこから派生する様に細かく幻影、解析、結界、砲撃、強化、射撃、魔力操作、カートリッジ適性、等とそれぞれの魔法体系に対する適性となる。これもまた才能の領分だ。たとえ魔力量がSだとしても、ここで適性が低ければ魔力を持て余すだけの魔力タンク状態となるので、こちらもやはり適性がある事を天に祈ることしかできない。ちなみにユニゾンデバイスに対する適性もあるが、ユニゾンデバイス自体、ほぼ存在しないにも等しい超がつくほどのレア存在なのでこの適性は無視するのが正しい。

 

 そして最後、三つ目がスタンスだ。これは三つのカテゴリーに分けられ、近接・支援・遠距離という風になる。これの傾向によってどういうスタンスで動き回るか、と言うのが決定する。近接型なら魔力で強化して殴る。支援型なら味方を守る。遠距離なら砲撃でドバァー、という感じになる。

 

 ……ここまでは大丈夫。

 

 さて、

 

「ここで変則的適性を持ったやつはいるか? 俺は適性が支援型なのに近接スタンスの異端児だぞ?」

 

 誰も手を上げないので良し、と頷く。そんじゃ、

 

「んじゃ軽くベルカ式の武術に関して説明するな? あー、シューティングアーツとストライクアーツ、違いはあれどこの二つが打撃格闘術の総称なのに対して、ベルカ式の武術ってのは別段特別な名前はなくて単にベルカ式武術って呼ばれているんだが、これはもっと根本的に相手を”破壊”する事に特化している格闘術でな?」

 

 軽く構える。左半身を前に出し、右半身を左半身で隠す感じだ。左手を盾の様に構え、右手を武器とする。

 

「基本的には構えはどうでもいいんだけど、問題なのは動きに一々色んな技術を要求される事で」

 

 軽く動く。体の重心を変えず滑るように体を動かし、足を地面から離さない。そのまま左手を拳ではなく、掌の形で突き出し、素早く大気を叩く。その衝撃で僅かに空気が揺れるのが感じられる。その光景に周りが魅入っているのに気付き、心の中で苦笑しておく。

 

 ……誰かに教えるキャラじゃないよなぁ。

 

 だが仕事は仕事だ。

 

「こんな風に、ストライクアーツやシューティングアーツでは見ないようなちょっとした独特の動きがある。起源は古代ベルカ時代、対魔導師用に考案された格闘術らしく、魔法の力を使わず非力な者でも魔導師と戦える方法が、段々と研鑽と特化によってとがって、”戦場に置いて効率的に壊す方法”という方向性を見出したため、と文献や学者には言われている。だから、まあ、衝撃を壁の向こう側に伝える方法やら、音を立てずに足を動かす方法、衝撃を体から逃がす方法等色々と面倒だけど怖いことができるんだが―――あ、ゲンヤさんお願いできますか?」

 

「お前が先生だ、頼まれてやるよ」

 

「では」

 

 ゲンヤに目の前に立ってもらうと、ゲンヤの服、袖の端を掴む。

 

「鎧を着込んだ相手や質量兵器を装備している相手と戦うために格闘術も面白い方向に進化しているわけで―――」

 

「おぉ?」

 

 引っ張り、ゲンヤの体を引き寄せ、足を引っ掛け、自分の重心を軽くズラしながらゲンヤの体を動かす。何度も繰り返してきた動きは訓練に忠実なもので、ゲンヤの体は面白いように浮かび上がると、掴んだ部分を中心点に回転し、その体を衝撃を殺しながら草地の大地へと倒し、背後へ腕を捻りあげる様にゲンヤの体を捕縛する。

 

「こんな風に腕力を使わずに相手を抑え込む技術とかも出来上がったりしてるんだ。ちなみにこれは本来倒すのと同時に膝を肩に叩き落とし、腕を引き上げ肩を砕くもんな」

 

「えげつねぇ……」

 

 そう呟いたのは誰だったか、思わずその言葉に笑ってしまう。そう、徹底的に甘えや遊びがないのだ。スポーツ目的でやるのであればミッドでは主流のストライクアーツをやればいい。戦闘目的ならシューティングアーツが実に効率的で強力だ。ベルカ式の武術は相手を壊す事だけを目的としている。

 

「あ、ゲンヤさん協力ありがとうございます」

 

「この歳になって空を飛ぶ夢がかなうとは思いもしなかったぜ」

 

 そう言って笑いながら立ち上がる中年の姿は中々恰好のいいもんだと思う。ともあれ、

 

「まあ、こんな風に自分よりも体格が上の存在を抑えこんだりするのには非常に有用な組み技や投げ技、関節技の類がベルカ流にはあるんで、この3回の機会で仕事に役立つようなやつをとりあえず教えようと思う。空港とか迂闊に魔法を使えない場所で相手を捕縛する時とか確実に役に立つ時が来るんで、覚えておいて損はないと思う。んで習得して時間が余ったようならそこから戦闘用のちょっとした小技を教える感じで……いいですか?」

 

「おぉ、そういうのは大歓迎だ。治療班が向こうでスタンばってるからどんどん怪我させちまいな」

 

「ちょ」

 

「隊長ォ!」

 

 隊員達から抗議と悲鳴の声が上がる。だが上司から許可を得たのであれば―――こちらのターンだ。

 

「さあ、まずは投げられる痛みと、そして組み技の恐怖を覚えよう……!」

 

「く、く、くるなぁ―――!!」

 

 段々とテンションが上がってきたので一番近くの隊員へと飛びつき襲い掛かりながらも耳を澄ませる。違う方向から銃撃の音と、そして爆発音が聞こえる。おそらくティーダも似たようなことを始めているはずだ。だとしたら負けてはいられない。

 

 やるからには、徹底的にだ。手加減容赦はしない。

 

 家でゴロゴロできないこのストレスをぶつける……! それだけだ。



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ワイ・ワイ・ワイ・アンド・ワイ

「うーあーうー」

 

「おりゃりゃりゃりゃりゃりゃー!」

 

「おーおーおーおーおー……」

 

 ソファでぐたりと、前のめりに倒れて占領しているこちらの体の上に倒れ込んでいる娘がいる。長い水色の髪が前に倒れて顔にかかっているので、誰なのかは疑う必要はない。だが重要なのは、彼女がこちらにべっとりやっている事だ。電気の変換資質を利用して微弱な電気を全身から流し、それをこちらに当てているのだ。微弱な電気がこちらの体の筋肉をほぐしてくれて、

 

「きもちいぃー……」

 

「もうどっからどう見ても休日のお父さんだな貴様!」

 

 その光景をディアーチェが腕を組んで見ている。だって仕方がないじゃないか、と言い訳を口にしてみる。何せ人に何かを教えることなんて初めてなのだ。人の教え方を調べて、メニュー組んで、個人のデータを参考にして色々と考案して、そんなこんなを考えている内に夜は明けて、108隊の隊舎へと到着したら暗くなるまで投げ続け、投げられ続け、組み技を決める。何百回も同じことを繰り返しているだけじゃなくて、その後でティーダと捜査にも出ているのだ。約束の3回を終えた今、身体は疲労からかなりヤバイ事になっている。

 

「妥協を知らん男だなぁ、貴様は」

 

「才能に恵まれはしないけど秀才ってレベルだからこそ、妥協ってことをしちゃいけないんだと思うんだよなぁー。ほら、上も下もあるだろ? つまり持たざる者と、持つ者を知っているわけで、だからこそ努力も才覚も否定できないからさ」

 

「あー、みなまで言うな。お前の妥協せずに物事に当たろうとする姿勢は良くわかっている。というか妥協を許すような人間だったらここまで完璧に我々を囲っていることもないだろう。正直この生活が今も続いている事には結構我は驚いているのだぞ。当初は数ヶ月ぐらいで終わると思っていたし」

 

 正直に言えば俺も、ここまで上手く言っていることには軽い違和感……よりは不安を感じている。なんというか、物事が上手くいきすぎているのだ。そして物事が上手く運びすぎると、それはまるで何かの前触れ―――不幸の前兆ではないかと疑ってしまう。職業柄、ジンクスやらそういうことには気を使っている。何せ一つの判断が大きなミスへと繋がるのだ。気にしない筈がない。そこには確実に、この生活に慣れてきている自分の姿もあるはずだ。この生活を失う事を恐れている自分が。

 

「あー、しかし、筋が良かったなぁ……」

 

「うん? 何が?」

 

「ゲンヤさんの娘達」

 

「ほほう」

 

 今一瞬、ディアーチェの目が光った気がするがどうなんだろうか。まあどうでもいい話だろうと断定し、続けろ、という言葉の意味だろうと思って話を続ける。

 

「どうやら奥さんが娘に格闘術の手ほどきしてたらしいんだけど、全部教える前に死去しちゃって修行が途中止まりだったんだってよ。んでまあ隊員達に色々教えるついでに軽くシューティングアーツの面倒を見たんだけど、これがまたスポンジが水を吸い込む感じにドンドン吸収するから嫌になるね。スバルちゃんとギンガちゃんだっけ? 可愛かったし将来が楽しみな少女達だったなぁ……」

 

「へぇ……」

 

 背後からそんな呟きが聞こえたと思ったら、レヴィの方から流れる電圧が急に勢いを増す。

 

「あだ、あだだだだ!?」

 

「あ、ごめん。わざと」

 

「貴様ァ!」

 

 謝った瞬間レヴィは背中から飛び降りると、そのまま素早くどこかへと逃げ去ってしまう。そうやって残されるのは微妙に痺れを残す俺と、そして呆れた視線でこちらを見下ろすディアーチェだった。

 

「なんだよ」

 

「いや、別の女を褒めるのはあまりいい趣味ではないぞ」

 

「相手が彼女だったら言わねぇよ。家族相手に話すも話さないもないだろ……」

 

「それは貴様の主観からの話だイスト。お前が我らを家族と認めるように、我々も貴様を家族の一員として認めている。そして我々の中でもレヴィは特に直情的で本能的で、そして寂しがり屋だ。アレは―――」

 

「あー、わかった。わかったから。わかったから恥ずかしい事を言うのはもうやめてくれ」

 

 突っ伏して顔をソファに埋めると、背中に二人分の重みを感じた。顔を横へ向けながら後ろを確認すると、それはユーリとシュテルだった。ジト目でこちらを見ながら、無言で数秒を過ごし、それから口を開く。

 

「これは償いが必要ですねシュテル……」

 

「そうですねユーリ、これは償いが必要ですね……」

 

「”ミルコレット”のケーキとかレヴィの大好物じゃなかったですかねー……」

 

「”ファウンディア”のチョコロールも大好物でしたねー……」

 

「く、クソ! こいつら! 調子に乗りやがって!」

 

 えぇ、そうですね。とシュテルは頷きながら言い、

 

「調子のいい男の上に乗ってます」

 

 上手い事を言ったつもりか貴様。シュテルとユーリが背の上で足をぶらんぶらんと揺らしながらケーキ、ケーキ、償い、償い、とコールをしている。そしてその言葉に反応するように廊下の奥からレヴィが小動物のような動作で顔をのぞかせてくる。そろーりと顔だけを出して窺ってくる辺り、こちらに対して申し訳なさがあるようだ。だからこそ一旦諦めの溜息を吐いて、

 

「あー、はいはい。お兄さんが悪かったですよーだ。家にいる間は他の女の話はしないよ」

 

「あとホモ臭いのでティーダの話もなしで」

 

「シュテル、お前それをどこで習ったかマジで話し合おう。腐った文化は存在しちゃいけないんだ」

 

 はぁ、と溜息を吐き、ちょいちょいと手でレヴィを手招きしながら、

 

「後でケーキ買ってやるから仲直りしようぜー」

 

 瞬間、レヴィが顔を輝かせる。そして笑顔で走って戻ってくると、ソファを飛び越えて顔に抱きついてくる。正直息苦しいが、それよりも単純すぎる自分自身に嫌気がさしてくる。あー、駄目な男だなぁ、俺は。たぶんめんどくさい女に惚れてダメになってしまうタイプだ俺……。

 

「ありがとう! だからお兄さん好き!」

 

「チョロイですね」

 

「我が臣下の理のマテリアルが驚くほどに真っ黒な件」

 

「胃痛が捗りますねディアーチェ」

 

 安心しろディアーチェ―――お前を一人にはしない、なんて言えたらいいのだろうか。ともあれ、ケーキは箱一つで5000もする高級品だ。自分の誕生日にちょこっと購入してきたのをえらく気に入られたのだが、これはまた痛い出費になりそうだ。

 

 と、そこで、

 

『You got mail master』(メールですよ)

 

「ぬぉ」

 

 テーブルの上で寂しく放置されていたベーオウルフがここぞとばかりに七色に光りながら存在を主張する。激しくウザイので拳を握って脅迫すると光の強さが半減した。最近注目を浴びていないからどうやら寂しいらしい。もうそろそろメンテナンスに持っていくべきかねぇ、と呟きながらメールの内容を確認し、

 

「よいしょっと」

 

「おぉ?」

 

「おぉー」

 

「わわわっ」

 

 腕立て伏せの要領で三人娘全員を持ち上げ、体を振って、ふるい落とす。そのまま両手で体を支え、軽く床を押して体を飛ばす。軽い跳躍から着地すると、自分の部屋へと向かう。

 

「仕事か?」

 

「おう、相談事だってよ」

 

 シャツを脱ぎながら部屋へと向かう背後、

 

「ならちゃんと夕飯前に帰ってくるのだぞ。我の新作に付き合ってもらわなくてはいけないのでな」

 

「あいよ」

 

 なら今回もサクサクと仕事を終わらせよう。

 

 

                           ◆

 

 

「悪いね、今日は休暇だろうに」

 

「気にすんな」

 

「じゃあ今度から遠慮もしないね」

 

 それで構いはしないが―――元から遠慮なんて欠片もないだろお前。

 

 そんな事を言いながら今いる場所は管理局でもレストランでもなく―――クラナガンにあるティーダの家だ。と言っても一軒家ではなく、マンションの一室にティーダはティアナと暮らしている。元々は両親とともに家に住んでいたが、昔とは区切りをつけるため、そして家を売るために引っ越してきたらしい。元々は陸士108隊のあるエルセア地方の出身らしいが、クラナガンにいた方が機能的な事からクラナガンを移住先へと決めたらしい。

 

 そんなランスターの家の中、テーブルをティーダと一緒に囲み、目の前にはティーダがまとめた今までのデータや証言が存在する。それを確認し、そして憶測する事で色々と考える事が出来る。こういう時だけは、ティーダが激しく優秀だと理解できる。情報の整理、言葉の用意、状況の把握、どれをとっても一級の腕前を持つ。正直羨ましくなるぐらい、そういう操作方面に関してティーダは才能を持っている。

 

「ゲンヤさんから貰った情報と今までのを合わせると―――」

 

 情報を整頓しながら並べ、それで一つの図を見せる。

 

「やっぱここ最近臓器の持ち込みが多いな。空港で見つかったのも三回や四回で済んでないようだし」

 

「うん、持ち込んできた世界の方も軽く洗ってみたけどどれもバラバラの世界だった。仕事も必ずブローカーを仲介して行われているようだったけど、このブローカーの仲介元に関してはまだよくわかってないんだよね。まあ今わかっていることとして、この”元”は確実に同一の人物か組織なんだろう。それもこれだけの臓器を提供しているってことは確実に大規模の。だけどわからないなぁ……なにが目的なんだ?」

 

「調べれば調べる程計画的だってのがわかってるんだけど、動機が一切見えてこないよな? 資金稼ぎにしてはやり方が荒すぎるし、目的がないにしては精密すぎる。素人かと思えば熟練された巧妙さが見えてるよな? まるでガキがおもちゃではしゃいでるような感じに見えるんだよなぁ」

 

「うーん、イストのそういう意見は貴重なんだよなぁ……獣っぽい勘って馬鹿に出来ないし。だけど子供がおもちゃかぁ……うん、確かにそういう感じはあるけど、どうなんだろ。やっぱり目的と”誰”というのが重要だよね。まあ、それに関しては例のごとく情報屋に今頼んでいる最中なんだけど」

 

「これでダメだったら完全に行き詰まるな。ぶっちゃけ本職の捜査官に回した方がいいかもしれない」

 

 そう言うとティーダは首をひねり、名残惜しそうな表情を浮かべる。確かにこれはかなり大きなケースで、これを捜査官へ移譲するということは功績を全て持って行かれるということだが、命を功績に代えることは出来ないのだ。それをティーダは理解しているだろう。

 

「あ、兄さん? 飲み物持って来たけど」

 

「あ、うん、ありがとうティアナ」

 

 飲み物の入ったカップを二つ、オレンジ色の髪の少女が―――ティアナ・ランスターが持ってきてくれた。自分とティーダの前に一つずつ置いてくれると、

 

「いらっしゃいイストさん、いつも兄さんの相手をしてくれてありがとうございます。本当にめんどくさくて恥知らずな兄だけど、どうかこれからもよろしくお願いします」

 

 そう言うとティアナは頭を下げて別の部屋へと下がっていった。彼女の背をティーダとともに見送り、ぽつりと言葉を漏らす。

 

「いい妹だよなぁ、礼儀正しいし率先して色々としてくれるようだし」

 

「俺の宝物だよ」

 

 そう言ってティーダは苦笑すると、浮かべていたデータを全て消し、ティアナが持ってきたジュースに口をつける。それに倣い、自分もコップに口をつけて暖かい液体を口の中へと流し込む。少しだけすっぱく、そして甘い液体はおそらくレモネードだろうか。そういえばホットレモネードを家で作った事はないし、帰りにスーパーに寄って買って帰るのも悪くないかもしれないと思ったところで、

 

「よし、今探っている情報屋が何も得られないか、成果が少なかったらこの捜査は移譲しよう」

 

 ティーダがハッキリとした声で否定した。

 

「いいのか?」

 

「かかっているのは俺の命だけじゃなくて……イストと、そしてティアナの生活もだからね。無駄な欲を出して自滅はしたくないよ。少なくともティアナが結婚するまでは死ぬつもりはないね、俺は」

 

 なら、これ以上自分が言うべきことはない。引き際を弁え、己の力量を弁え、そして周りの見えている相棒を持っていると本当に大変だ。何せ非の打ちどころがない。それどころかこちらがみじめに思えてくる―――アイツには負けられない、そう思って嫌でも奮起してしまう。

 

 ……俺も恵まれてるなぁ。

 

 環境と、そして状況に。

 

「じゃ―――見極めようか?」

 

 そう言ってティーダはニヤリと笑みを浮かべながらこちらに一枚のホロウィンドウを見せる。それはこちらがよく利用している情報屋からの、会いたいという内容のメールだった。間違いなく何らかの情報を掴んだのだろう。少々勿体ないがマグカップの中身を一気に飲み干し、立ち上がる。

 

「ヘルメットとジャケット用意しとけ。2ケツするけど問題ねぇよな?」

 

「違法改造とかされてない限り問題ないよ」

 

「違法改造するだけの余裕がねぇんだよなぁ……一回でいいから超スピード特化にチューンしたい」

 

「一種のロマンだよねぇー……あ、ティアナ、ちょっと出かけてくるから」

 

 玄関へと向かう途中ティーダがそう言うと、ティアナが部屋から飛び出てくる。

 

「鍵は私が閉めるから、仕事がんばって兄さん」

 

「うん、大丈夫大丈夫、死亡フラグ5個ぐらい立てておけば生存フラグになるはずだから」

 

 ……それに巻き込まれるのは確実に俺なんだろうなぁ。まあ、刺激には事欠かないから別にそれはそれでいい。だから、

 

「お邪魔しました」

 

「行ってくるねティアナ」

 

「はい、二人とも行ってらっしゃい」

 

 ティアナの笑顔に見送られ、ランスター家を出る。

 

 向かう場所は―――ミッド北部、廃棄都市区間だ。



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デンジャラス・アクト

 音を立てて稼働していたバイクのエンジンを切る。どれだけここにいるかは解らないが、燃料の節約のためにもバイクのエンジンを切っておくことに越した事はない。被っていたヘルメットを取ってバイクの上に乗せると、しっかりバイクキーを抜いてポケットの中に入れておく。廃棄都市には犯罪者が隠れていたりするのだが、範囲としては結構広い。すぐに見つかってバイクがパクられない事は天に祈るほかはない。が……すぐに終わらせればいいだけの話だ。一応防犯登録しているし。ともあれ、ティーダもヘルメットを脱いで少しくしゃっとしてしまった髪の毛を整えている。自分もコートの中から櫛を取り出し軽くだけだが、髪型を整える。櫛をティーダへと投げてよこす。

 

「サンキュ」

 

「あいよ」

 

 受け取ったティーダが軽く髪型を櫛で整え、櫛を返してくる。基本的に誰かと会ったりすることが多いこの空隊という仕事、身だしなみは割と大事な事である。社会人の基本として清潔であることは必須だが、髭のソリ残しはない様にチェックしたり、香水、シャンプーやコンディショナーと、割と気を使っている。近頃はそういう容姿的な部分にチェックが厳しい四人娘が我が家にいるのでそういうセンスは少々磨かれているのではないかと思っている。

 

 まあ、そんな事は今はどうでもいい。

 

 服装の乱れを直したところで二人で並んで廃墟を横に、奥へと進んで行く。情報屋に指定された場所は今の地点から少しだけ先の場所だ。歩きながらも奇襲や伏兵がいないことを確認するためにも、気配を軽く探る―――こればかりは魔導師としての技能ではなく、技能としての修練を積んで得たものだ。ここら辺はキチンと訓練を重ねてきたベルカ騎士でも壁越しに相手を感じることぐらいはできる。魔力もなしに行える探知行動は非常に貴重だ。なにせ、相手に警戒される事がない。

 

 魔力を使うという事は相手を警戒させる一番の行動なのだから。

 

 特に話す事もなくティーダと並び廃墟の乱立する土地を歩き進めていると、やがて目的地へと到着する。軽く周囲を窺っても周りには誰もいない。此方の到着は早かったらしい。電気式の時計を取り出して確認すれば、まだ約束の集合時間よりも数分早い事に気づく。

 

「早すぎたか」

 

「まあ、全力で飛ばせばこんなもんだろ」

 

 待ち合わせ場所で暇なばかりに軽く背中を廃墟の石壁に預け、時間の経過を待つ。視線を上へと持ち上げればまだ日は高く登っているように見えるが……それが少しずつ傾いてきているのが解る。あと数十分もすればこの空も夕焼けのオレンジ色に染まっている者だと思う。

 

「冬だなぁ」

 

「冬だねぇ」

 

 冬の空だと思う。暮れるのが早い。冬になると早く空が暗くなり、色々と面倒だと思う。なにせ暮れるのが早くなると時間を解っていても焦ってしまうのだ、もうこんな時間なのかと。春、夏、秋。冬。

 

「お前はどの季節が好きだ?」

 

「うん? 俺は冬かなぁ。雪とか嫌いじゃないし、今でも歳がいなくはしゃいじゃうし、ほら、やっぱり冬って家族一緒に仲良くしているってイメージあるじゃない、家の中で。俺、結構そういうの好きでだなぁー……」

 

「あぁ、奇遇な所に俺も冬が好きだなぁ……」

 

 とことん気の合うコンビだなぁ、と軽く苦笑しながら思う。もう既に12月も中旬となっており、大分冷えはじめている。首に巻いたマフラーは防寒具としての機能を多いに果たしてくれている、ちょっと素敵な季節だ。冬の空は夏より澄んで見えるから、もうちょい綺麗だと思う。そういう空は見るのが好きだ―――数ヶ月前までは飛ぶという選択肢がほぼ存在しなかったため、今ではもう少しだけこの空に感慨がある。

 

「寒くなって来たしそろそろ鍋でも食べたい所だな」

 

「あー、いいね、鍋。やっぱり大人数で鍋を囲んで食べるのっていいよね。こう、普通に大皿からとって食べるのとは違う一体感があるよね。まあ、それが戦争の火種になる事もしばしばなんだけどさ」

 

「これが終わったら食うか?」

 

「今日は無理だけど皆連れて鍋にでも行く? 少し前にクラナガンに美味しい鍋の店ができてさ、彼女の一人でもできたら連れて行こうとって思ってマークしてたんだけどこう……ねえ? だからもう皆連れてヤケ食いするしかないね、これは」

 

「俺達の春は何時になったら訪れるのだろうか」

 

「少なくともこの冬を乗り越したところで訪れそうにはないなあ」

 

 辛い。超辛い。彼女の一人はガチで欲しい。空隊、自分が所属している隊の女性は全員既に既婚か、もしくは彼氏持ちなのだ。流石エリートレディー達、男の引っ掛け方も上手い。……なんて事も言ってられない。消耗率が高く、そして死亡率が高いこの職業では早めに家庭を持っておいた方が後々後悔を残さずに済むので、いい出会いは欲しい。

 

「あー、彼女欲しい」

 

「同窓会でも開いて昔のクラスメイト引っ掛けようかなぁ……」

 

 仕事中なのにまったく緊張感ないよな、等と思って再び時計を確認する。その時計に出ている時刻は―――約束の時刻は数分過ぎていた。おや、と声を漏らして時計をティーダに見せる。ティーダも時間を見て眉を歪める。情報屋という職業は基本的に信用が第一なのだ。信用を失えば情報源と客を失うのが情報屋という職業の辛さ、一つのミスが全体のネットワークを崩してしまう。だから基本的に時間に遅れる事はありえない。

 

「メールを送ってみるね」

 

 ティーダがデバイスであるタスラムに触れると、目の前のホロボードとウィンドウが出現する。そこに素早く連絡のメッセージを入力し、送信する。その光景を眺めながら、目を閉じる。本当はなんらかの罠にハメられたのではないかと、そんな疑いが胸中をよぎる。目を閉じて軽く精神を集中すれば、より多くの情報が耳に、そして六感に引っかかる。そうして集中して聞こえてくるのは―――足音。

 

 一人分の足音だ。

 

 ……少なくとも奇襲はないだろう。

 

 そう思い、内心安堵する。総合AAを二人相手に一人で勝負を挑むの等よほどの実力がなければ無理な話だ。だから一人できた事をただ遅れただけだと判断する。その事をティーダへと伝えるとティーダもまた少しだけ安心した表情を浮かべる。まあ、何らかのトラブルがあったのだろう。その分こっちはしっかりもぎ取らせてもらおうと思い、集中しなくても聞こえてくるゆっくりな足音へと視線を向ける。

 

 そうして現れたのはスーツ姿の情報屋の姿だった。前回とあった時同様肥満体の情報屋だ。だがその姿は前回あった時とは大幅に違う点があった。

 

 一つ、その表情には恐怖が張り付いていた事。

 

「た、たすけ―――」

 

 二つ、その体にはカートリッジマガジンが何十個と巻きつく様に体に付けられていた事。

 

 カートリッジマガジンはただの魔力の詰め物で、指向性の無い魔力の塊だ。つまり火薬の詰まった弾丸と何ら変わりはない。もちろんデバイスではないので非殺傷設定等という上等なものはついていない。

 

 ―――それが爆発したとしてどうする?

 

「―――て」

 

「タスラムセットアァァァァップ!!」

 

「おぉぉぉぉォォ―――!!」

 

 その体を見た次の瞬間の行動は早い。

 

 アレは、人間爆弾だ。

 

 情報屋の男の体に紫電が一瞬走るのが見えた。間違いなく体に巻きついているマガジンを爆破するための”火”だ。そしてそれを理解しているからこそ体が取るのは助けるための動きではなく、防御の為の動きだ。迷うことなくティーダはセットアップしながら体を此方の後ろへと隠し、そして此方も、セットアップを開始し、両手にガントレットを纏いながら全力で大地を踏む。

 

 力を籠め、魔力を流し込まれ、そして脆い部分と強化された部分に分かれた道路だったものは全力で踏まれた結果、望まれた四角い形でせり上がり、壁として目の前に立ちはだかる。そしてそれが目の前に完成した瞬間、閃光と爆発は生じる。

 

 鼻に血の臭いが届く前に、凄まじい衝撃が魔力と共に壁を一瞬で食い破る。肉片なんて残さない程の爆発、壁は一瞬だけ持ったにしても十分すぎる結果を与えている。即ち時間稼ぎ。その間に此方のセットアップ―――管理局制服を少しだけ着崩した状態のバリアジャケットの展開は終了している。ならばここはメイン盾としてやることは一つしかない。

 

 殴りつつ、

 

『Reacter Purge』

 

 バリアジャケット上着部分を破壊、リアクティブアーマーの要領で破棄、衝撃を打撃と載せて相殺する。状況がとっさ過ぎてそれ以上の魔法を使う事は脳が追いついていても魔法の並列処理が間に合わない。だが、相手がマガジン爆発だけだったのが幸いした。それが砲撃の様に一点集中した魔力攻撃であればキツイが、

 

「しゃらくせぇ!」

 

 全方面へと向かって広がる衝撃である為、相殺しきる。拳を振り切るのと同時に息を吐き、呼吸を整え、強く大地を踏んで体を固定する。それに合わせる様にティーダが背中を合わせる。自分に強化魔法を使用し、素早く身体能力を魔法を使ったフルスペック状態へと引き上げる。そして、

 

『Reconstruction』

 

 消えた上着を再びバリアジャケットとして生み出す。これで戦闘前の準備は此方としては完了した。ティーダもタスラムをライフル状の形にし、そして背中を合わせながら周囲を警戒する。

 

「W・A・S(ワイド・エリア・サーチ)」

 

 ティーダの周囲に魔力スフィアが数個浮かび上がり、そして別の方向へと散る。散って行く魔力スフィアを一瞥し、口を開く。

 

「これ生き残ったら捜査降りるって方向で」

 

「せんせー! ティーダ君、この状況が絶望的に見えるんです!」

 

「ま、まだ大丈夫、バイクにたどり着けば……!」

 

 そう言った瞬間、遠方で雷鳴と閃光、そして爆音が生じるのを感じる。汗をかき、顔を蒼くしながらまさか、と呟く。次の瞬間ベーオウルフに知らされたのは知りたくも、そして信じたくない情報だった。

 

『Congratulations! Your bike is destroyed!』(おめでとうございます! バイクは破壊されました!)

 

「クソがあぁぁ―――!!!」

 

 頭を抱えて絶叫するしかなかった。そしてそうやってネタへと走った瞬間、空に浮かび上がったのは紫色の魔法陣だった。その規模も、魔力も大きい。確実に此方を仕留める目的として放たれた大規模の魔法として理解できる存在だった。それを目視した瞬間判断は早く、

 

「イスト!」

 

「俺のバイクがぁぁ―――!!」

 

 ティーダが此方のバリアジャケットを掴む。そしてその瞬間、限界速度で跳躍する。魔法を使った飛行よりも、身体能力を使った跳躍の方が圧倒的に速度が出る身の為、迷わず跳躍から廃墟ビルの壁を蹴り、それを足場に全力で蹴り砕きながら体を加速させ、素早く効果範囲から体を逃がそうとする。

 

「間に合わないッ……!」

 

 そう叫んだティーダの判断は素早く、ティーダは次の瞬間に―――自爆した。

 

 カートリッジマガジンから取り出した魔力入りの薬莢。それをティーダは起爆剤に加速を一瞬だけ伸ばした。その爆破によって稼がれた距離で―――ギリギリ魔法陣の射程範囲から逃れる事に成功し、身体は空から降り注ぐ紫電の雨から辛くも逃れることに成功する。だがそれが降り注ぎ終わった次の瞬間、巨大な魔法陣は消え、小さな魔法陣が十数と浮かび上がってくる。その全てが小型ながらも距離を無視して跳躍魔法と砲撃の魔法の混合だと見抜く。

 

 一瞬の判断でティーダの腕をつかみ、投げる。

 

「いつも通りよろしく!」

 

 そう叫んだティーダの姿は数メートル進んだことでまるで陽炎のように揺らめいてから消える。ティーダが得意とする幻術魔法が発動した証拠だ。極限まで魔力を使わず、完全に潜む状態となったティーダは自分から尻尾を出さない限りか、もしくは相手が優秀な解析能力を所持していない限りはバレないだろう。

 

 だから必然的に全ての攻撃は此方に集中する。

 

 魔法陣から一斉に雷撃が放たれる。純粋に雷へと変換された魔力。雷を回避できる生物は存在しない。だから最善の策は放たれる前に射程か範囲から逃れている事だ。―――ただ、魔力から変換された雷は100%純正の雷とは違い、速度は大幅に落ちる。それは此方に対して一手だけ挟み込む余地を与える。

 

「フルンディング!」

 

『Byte』

 

 雷に対して拳を叩きつける―――それは無論此方の敗北で結果を得る。十数の雷撃が拳を貫通し、身体へと伝導し、全身に衝撃を与えながら此方を空中から叩き落とす。非殺傷設定の切ってある魔力攻撃により、壮絶な痛みが体を襲うが、

 

「カッ! レヴィ程じゃねぇなぁ!」

 

 四肢を大地へと叩きつけ、着地する。もちろん痛い。泣きたいぐらいに痛いし、ダメージはデカイ。が、こちとら食らってナンボのタンク型プレイヤーなのだ。それに、既に一回”噛んだ”のだ。

 

『Heal』

 

 即座に回復魔法が発動し、傷ついた体を回復し始める。そして空に再び無数の魔法陣が浮かび上がり、此方へと向けられる。此方が走り出す前に魔法陣から雷が放たれる。それに向けてやることは一つ。

 

「フルンディング……!」

 

『Byte』

 

 拳を雷撃へと叩き込む。その結果は以前と変わりなく、全身に激痛を生み出す。だがそれは一度目ほどではない。一回”噛んで”味は覚えた。これで2回目が終了した。―――術式”フルンディング”はその役割を大いに果たしてくれている。と言っても状況が不利なのに変わりはない。

 

「まだか……!」

 

 回復魔法を多重展開し、全身の傷を早急に回復させながら構える。治療の証が全身から湯気として証明され、溢れる。雷撃によって体に刻まれた軽度の火傷も素早く回復されて行く。完全回復は不可能だが、司祭としての血統、それによって備われる回復魔法への適性は高い。戦闘続行には十分すぎる回復は行える。

 

 そして、

 

 三度目の雷撃が降り注いでくる。

 

「味は覚えたか? 解析術式”フルンディング”……!」

 

『Byte』

 

 雷撃を打撃する。その全ては無理だが、これで三度目の打撃となる―――三度の接触により術式の構成内容は解析を大分終え、術式と構成魔力が判明される。ここまでとなれば、次の打撃で半分以下まで威力を減らす事が出来る、

 

 解析術式フルンディング。

 

 魔法、または相手へと打撃による接触を得る事で接触対象を解析し記録する魔法。解析という支援型魔導師の武器を攻撃へと転化させた結果―――相手の術式に対して一番有効なハッキングプログラムを打撃として乗せる。即ち、打撃による魔法解除。術式への妨害という行動。

 

 攻撃用の最大の切り札を惜しげもなく切る。―――これは切り札を使うに値する敵だ。

 

『―――見つけたよ』

 

 次の瞬間、一瞬の閃光が空を照らし、そしてベーオウルフに位置情報が送信されてくる。それを確認した瞬間体は目的地へと向かって走り出す。

 

「邪魔、だ!」

 

『Cartridge load』

 

 ベーオウルフから空の薬莢が排出されるのと同時に、一直線へ座標へと向かって疾走を開始する。

 

 文字通り一直線。

 

 即ち目の前にある廃墟や、崩れた高速道路、壁、フェンス、そう言った障害を全て走る事で粉砕しながら直進する。速度は落ちない、落とさない。強化された肉体により道程にある全てを破壊しながら直進し、空を見上げる。

 

 そこに、それはいた。

 

 全身をローブで隠している存在だった。間違いなく敵だ。此方への敵意と、素早い対応へのいら立ちを感じる。だからこそ此方も怨嗟を込めて叫ぶ。

 

「お前が俺のバイクをぶっ壊したクソかぁぁぁあ―――!!」

 

 即座に飛び上がり、足を掴もうとすれば飛行魔法で相手が避ける。そして同時に杖型のストーレージデバイスを振るい、

 

「―――サンダーレイジ」

 

 ノータイムで雷撃を頭上へと落とす。反応する暇も、打撃する暇もない。成すすべもなく全身を雷撃に撃たれるが、

 

「それぐらいで止まる様な俺でもねぇ」

 

 構わず飛行魔法で浮遊し、加速術式で一瞬の加速で接近する。素早く、短く、必中のコースで繰り出す拳を、

 

「……」

 

 相手は短い加速術式の動きで避けた。だが、

 

「―――そこ、危ないよ」

 

「っ!」

 

 二対一で戦って勝てると踏んでいる敵なのだ―――避けられる事は織り込み済みだ。

 

 既に狙撃に適する位置に陣取っていたティーダが狙撃した。溜めの入った魔力弾はレーザーの様な細い閃光となって空を貫き、敵に―――掠った。敵は最後の瞬間で此方と同じことした。即ち自爆。爆風によって敵は体を横へと飛ばして必殺を回避した。

 

 ただし、素顔を晒すという代償を払って。

 

 そうやって晒されたのは―――紫の色の髪をした女の顔だった。



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アンガー・マネジメント

「チッ」

 

 一瞬で紫髪の女の姿が消える。十中八九転移魔法だ。その姿が遠方へと一瞬で姿を移すのが見える。それと引き換えに大量の魔力スフィアが転移前の場所に浮かべられていた。明らかにこっちの接近を封じる手段だ。それが動き出そうとする瞬間、同時に動き出す。

 

「―――」

 

 一閃の光がスフィア群を貫き、誘爆させながら道を生み出す。その瞬間に飛行魔法と加速魔法を並列思考で同時に処理し、一気に体を加速させる。魔導師の女は悠然とその光景を眺め、此方の到来を待っている。十中八九誘われている。だがそれはいい。此方はもとより殴り、そして殴られて初めて役目を果たせる存在なのだ。殴れば殴るほど、殴られれば殴られるほど強くなる。

 

「いっくぞぉ―――」

 

『Bite』

 

 ノータイムの打撃を叩き込む。それは女に届かず、その正面に現れるプロテクションによって阻まれる。これで一発目、

 

「にぃーっはつ!」

 

 右を叩き込んだ次の瞬間に体の向きをスイッチし、左拳でのブローを叩き込む。プロテクションの解析が二発目により大幅に進み、プロテクションに罅が穿たれる。そして相手のリアクションを待つまでもなく、半秒以内に三発目の打撃を叩き込んでプロテクションを破壊する。

 

「……」

 

 女は無言で唇を高速で動く。此方に対する感情は一切ない―――まるで無機物を、無価値の存在を見るような目立った。気に入らない。非常に気に入らない。気に入らないからその感情を拳にさらにこめて殴る。が、その動きは最後まで果たされる事はない。砕け散ったプロテクションの破片は鎖と姿を変えて、両手足を縛る。

 

 ようやく、女は口を開く。

 

「―――愚かね」

 

 そう言って策にはまった俺を女は笑う。だからこそ笑い返す。

 

「あぁ!? 馬鹿じゃねぇ男がいるかってんだよぉ!」

 

 ……テンションあがってきてるなぁ俺!

 

 そう、大体テンションが上がる時はこういう空気だ。劣勢だ。相手が強い。自分よりも強い。追い込まれる未来が見える。だが―――勝てない未来ではない。決定的に絶望的じゃない。まだ自分が勝てる光景を想像できるのだ。そしてそれだけあれば十分。力任せにバインドを引きちぎり始める。空間へとバインドによって固定されているため、両手足はちぎれそうに悲鳴を上げながら血を流し始める。

 

「まるで躾のなってない獣の様ね」

 

「男は何時だって女に飢える獣なんだよ!」

 

『数分前までそういう会話だったしね!』

 

 念話でティーダの声が一瞬だけだがこっちに届く。それを聞いてアイツもだいぶテンションあがってるなあ、と理解したところで、目の前の女が視線を逸らして杖を振るう。瞬間、一直線に雷鳴が槍となって放たれ、廃墟を吹き飛ばしながら雷撃を爆破させる。そしてその行動に女が視線を逸らした瞬間此方も動く。

 

「がぁっ!」

 

 獣で結構。無頼漢で結構。そういう”役割”なのだ、俺に与えられたのは。最前線で激しく、馬鹿の様に、そして目立つように暴れる。ヘイトを集める。注目を集める。その隙に相棒を影の様に存在感を薄くして隠れる。隠れている間に俺が暴れてボコって、美味しいとこを持ってかれる。いや、まて、最後のはおかしい。ここはコンビネーション攻撃でフィニッシュに変えるべきだ。いや、あ、うん、大体そんな感じ。

 

 深く考える必要はない。

 

 体は治る。

 

 心は折れない。

 

 無理だとは感じない。

 

 ならば、

 

『Bite bite bite bite―――bite』

 

「だぁらっしゃぁぁ―――!」

 

 バインドは直接体に触れている。数秒も存在すれば術式の構成を解析し、そしてそれを破壊するための”アポトーシス”を用意するのは簡単すぎる話だ。仮にも総合AA、腐っても総合AAだ。伊達や酔狂で支援型適性なのにAA評価を奪ってきているわけではない。全身から回復の証に湯気を立てながら前進する。

 

「落とすッ……!」

 

「出来るかしら」

 

 素早く拳を叩き込む。が、再び女は転移を使って距離を生む。だがその方角は大体、何となく、解る。つまりは勘だ。勘で大体どっちへ逃げたのかを悟る。だから拳を叩き込み、空振り、そして空ぶるのと同時に拳の先から殴りだす様に砲撃を逃げた方向へと叩き込む。

 

 ―――当たるな。

 

 それを直感するのと同時に女は砲撃の前へと現れる様に転移してきた。

 

「なっ―――」

 

 驚きは一瞬、だが致命傷にはならない。言葉が漏れるよりも早く女は自然とプロテクションを張っていた。だがそれは既に三度殴っているものだ。猟犬の牙は一度噛みついた獲物の味を忘れない。しっかりとプロテクションは味わっている―――故に一瞬の抵抗をしてからプロテクションは砕け散る。

 

 そして、女は言葉もなく砲撃に飲み込まれる。

 

「同じ手を使うのは悪手だぜ」

 

「―――忠告有難う」

 

 砲撃を雷撃で吹き飛ばしながら無傷の姿で女が現れた。ただし流石に姿を隠すローブまでは無事と行かず、完全に吹き飛んでいた。スラリとしたスタイルに出る所は出ている三十過ぎの女性、少し旬から離れていても大人の色気を持つ女性だった。だがそれを全て瞳の色が台無しにしていた。

 

 無価値。圧倒的無価値。その瞳に感じられるのは無価値だった。相手に対して、世界に対して無価値。その女が瞳に映していたのはそれだけだ。再び思う、気に入らないと。こいつ根性ひん曲がっているな、と。そしてだからこそ、

 

「殴る!」

 

 一直線に女へと向かって加速する。短距離転移で接近するなんて器用な事は自分には出来ない。だからこそ、出来る手段はこれだけだ。欲を言えば地上戦の方が圧倒的に得意だし、分もある。故に地上戦へと持ち込みたい所だが、相手がそれを許しはしない。故に接近して殴る。

 

 それ以外の選択肢が存在しない。

 

「―――」

 

 再び高速で唇が動く。次の瞬間魔力スフィアが十数と浮かび上がる。

 

 そして、

 

 再び虚空から放たれる閃光がスフィアを打ち抜き、誘爆させる。それによってスフィアは一気にダメになり道が開け―――

 

「舐めないでほしいわね」

 

 ―――十倍を超える量のスフィアが出現する。その総数は軽く百を超えていた。その全てに雷が込められ、バチバチとスパークしながら浮かび上がっていた。

 

「これだけの数があればどこに居ようと関係ないわね」

 

 その発言に軽く頬を引きつらせた次の瞬間、

 

「サンダースフィア―――ファランクスシフト」

 

「―――噛みつけ猟犬の牙ァ!」

 

『Hrunting』

 

 叫んだ次の瞬間、空に浮かびあげられた百を超える魔力スフィアが広範囲にばらまかれるが。その様子を語るとすれば豪雨や嵐等という言葉はなまぬるすぎる。非殺傷の設定が存在しないだけではなく、スフィア一つ一つ、全てが雷に変換されている―――それは弾けるのと同時に電撃となって広範囲を焼きつくし、伝導する殺戮の魔導となって廃墟を更に更地へと変えようとしていた。

 

 ―――あ、ヤバイコレ。

 

 一撃目のスフィアを殴るのと同時にそれを認識する。それを殴るのと同時に全身が電撃によって痺れるのを感じる。それ故に体の動きは一瞬鈍り、同時に六発の雷撃を体が受け止める。全力で魔力を回復魔法に消費しながらカートリッジがアホの様に消耗されて行く。消費される魔力と回復が機関銃のように降り注ぐ弾幕に追いついていない。だが、それでも、

 

 殴る。

 

「―――」

 

 殴り、進む。

 

「―――っ」

 

 殴り、進み、笑う。

 

「―――ははっ」

 

 殴り、進み、笑い、そして吠える。

 

「―――ははっ! 今の俺超かっけぇ……!」

 

 三十発目を殴り飛ばす頃には完全に相殺が完成し、殴り飛ばす分にはダメージを無くす事には出来た。それでも常に魔力スフィアが生み出され、毎秒百発のスフィアを放出してくる弾幕に終わりはない。此方が五十発殴り終わるころには体に八十発を超えるスフィアの着弾が発生していた。それがダメージとなって全身にやけど傷を作り、意識を削り、内臓を殺していくのを理解する。体の中の血が雷撃によって加熱され沸騰しそうになる。

 

 それでもカートリッジのロードを止めない。

 

 回復魔法が続く限りは死なない。

 

 死なないんだったら止まらない。

 

 そして死なないのであればまだまだ戦い続けられる。だから前進を止めず、弾幕の中をひたすら直進する。その光景を女は一瞥するだけで、

 

「―――殺す」

 

 宣言する。明確な殺意を向けて。だから言い返す。

 

「ばぁーか……!」

 

 次の瞬間変化を生んだのは俺でも女でもなく、

 

「残念、ティーダ・ランスター君でした!」

 

 敵の肩を背後から掴んだのはティーダだった。

 

「ッ!?」

 

 やっている事は簡単だ。幻術魔法で姿を隠したティーダは”常に”敵の真下に存在した。W・A・S用に放ったスフィアをそこから操作し、念話の中継地点に使用し、そして弾丸として使用した。まるで周りを移動しながら狙撃していたように見せかけるブラフ。俺という餌を使ったうえでのブラフ。

 

 あとで殴る……!

 

 痛い思いをした分だけティーダを殴る事で自分の中では納得しておく。そして、

 

「俺、非殺傷切っている相手に攻撃やめろとか甘い事を吐くつもりないんで、―――レッツ死ね!」

 

 タスラムを思いっきりを女の頭へと叩きつけるのと同時に襲い掛かってきていた弾幕は一瞬だが動きを止める。そしてそうやって叩かれた瞬間、前に出る。彼女の体は此方へと投げ飛ばされている。それは好機だった。ほんの一瞬だけ動きを止めたスフィアが再び動き出すが、それを全身で受け止め、体をそれを受け止める衝撃で赤い傷痕を何筋も生み出しながら、一気に接近する。

 

「―――超痛かったぜ……!」

 

 殺す、という明確な殺意を持っている相手に対して手加減する慈悲を俺もティーダも持っていない。

 

 ティーダが狙って殴ったのは相手を気絶させるための箇所だ。だがそれは無力化するためではなく、俺が明確に一撃を、必殺となる一撃を叩き込むための時間を稼ぐためだ。だからこちらへと迫ってきた女の体、

 

 その鳩尾に容赦なく拳を叩き込む。

 

「一撃……!」

 

 その拳を短く引き戻してから膝を叩き込むのと同時に右の肘を折れ曲がった体の背中に叩き込む。

 

「二撃目ェ……!」

 

 膝と肘のサンドイッチから解放した女の頭を掴んで無理やり体を伸ばさせる。頭から手を離し、

 

「三、四、五、六、ハイ、バリアジャケット貫通!」

 

 連続で拳を叩き込む。全てをとっても二秒もかからない連携からの連撃。解析術式がバリアジャケットを完全に解析し、打撃に関して言えば完全にその守護を無視する事に成功する。だから完全に無力化するためにも拳を振るおうとし、

 

「……ッァ!!」

 

 女が全身から雷撃を放った。威力自体は大した事がない―――だが問題は光量だった。眩しすぎるそれはとても目を開いていられるほどのものではなかった。故に目を潰さないために、反射的に目を閉じてしまう。

 

 そして感じるのは一瞬の位置の変化。

 

「やってくれたわね」

 

 目を開いて確認できるのは敵が生み出した更地から数キロ離れた位置。ティーダから大きく離れた場所。十中八九この女が此方もろとも逃げて来たに違いない。

 

「潰すわ」

 

「やってみろ」

 

 再び踏み出し拳を振り上げようとする―――だが相手の思考速度の方がそれよりも早い。虚空からバインドが出現し体を縛り上げる。だがそれは半秒ほどでちぎれる。

 

 だから新たなバインドが生み出される。

 

 千切る。

 

 バインド、破壊、この繰り返しが一瞬の間に凄まじい回数で繰り返される。が、そのループが十回ほど完成したところで女の姿が唐突に消失し、そしてその代わりに現れたのは雷鳴だった。

 

 一撃目の奇襲に放たれた物よりも巨大な魔法陣が空に浮かび上がっている。―――到底避ける事の出来る範囲ではない。表面上の傷は完全に癒えている。が、それでも目の前の脅威を乗り切れるかどうか―――それを問われるのであれば、かなり厳しい。

 

「助けてティーダ―――!」

 

「無理―――!」

 

 神は死んだ。

 

 そして天が落ちた。

 

 一瞬で視界が紫に染まり上がり、そして全身を雷撃が貫く。激痛と再生が同時に発生し、この世の生き地獄かと思えるほどの痛みが全身で発生する。飛行魔法は一瞬で発動を停止し、そして体は雷撃と共に大地へと叩きつけられる。衝撃をバリアジャケットは殺すが、それでも魔力によるダメージは慈悲なく全身を焦がす。

 

「かはぁ―――」

 

 口から鮮血が吐き出される。吐き出された―――ならまだ生きているという事だろう。全身を貫く雷撃を感じつつ確認する。激痛は―――ある。これもまた生への証明。血を吐いて痛みを感じている。手足は繋がっているのか? 動く。なら問題はない。

 

「メイン盾に感謝しろやイケメンシスコンスナイパァ―――!」

 

 返事が返ってこないのは解っている。というよりも叫ばれても聞こえない。それだけの雷撃と轟音が自分を中心に発生している、泣きそうなほどに痛い、が、

 

「かっこつけなきゃいけないガキ共いるから痩せ我慢するぜ……!」

 

 全身で雷鳴を浴びながら―――魔法陣の外へと走り抜ける。その様子を空に浮かび上がる紫電の魔導師は初めて驚愕の表情と共に迎える。その唇がバカな、と呟いているように見える。だがそんな声は聞こえない。あぁ、なるほど、耳がイカレたかと納得しておく。生死にかかわる問題なので優先的に聴覚の回復を始める。その再生の証としてキーン、と耳鳴りがし始める。敵はまだダメージが低い様に見える。だから、睨み、地を蹴ろうとした次の瞬間―――

 

「―――こほっ」

 

 女が吐血した。咳と共に発生する吐血を女は止められなく、そしてしまった、と後悔の表情を浮かべていた。まだ内臓へと届くようなダメージはバリアジャケットによって阻まれて成功していなかったはずだが―――これは明確な勝機だ。逃すわけが、

 

「ないでしょ……!」

 

「しまっ―――」

 

 虚空から幻影を脱ぎ捨ててティーダが出現する―――それは女の頭上だった。タスラムの姿は変形しており、もっと一撃必殺を意識した長く、そしてゴツイ、スナイパーライフルの姿へと変化していた。空中で逆立ちする様に出現したティーダは銃口へと女の頭へと向け、

 

「パス!」

 

 躊躇なく引き金を引いた。

 

 場合によっては殺す可能性さえある一撃を迷うことなくティーダは行った。そしてその結果として女は目の前へと落ちてくる。高速で、バリアジャケットが砕かれながらも、大地へと叩きつけられて体は跳ね上がる。

 

 ―――良い位置だ。

 

 そう思う。だから、

 

 ―――通す。

 

 ならば叫ぶしかない。

 

「死ね……!」

 

 即ち殺すしかない。それしか目的の無い拳。容赦も遠慮もなく、ただ”ぶち殺す”その一点だけに鍛え続けてきたベルカ式武術、キチガイの所業。シューティングアーツも、ストライクアーツも、その全てを習ってつぎこんできたものをつぎはぎで形とする。

 

 それを容赦も遠慮なく、殺す気で叩き込む。実を言えば正当防衛で、生殺与奪の権利は既に自由となっている。ここまで大暴れする犯罪者に対しては当たり前の法律だ。だから、万感を込めて叫ぶ。

 

「鏖、殺……!」

 

 叩き込んだ体を衝撃が突き抜け、アバラを易々と砕き、衝撃を全身へと響かせる感触を得る。衝撃は完全に貫通し、体を吹き飛ばさずその場に留める。拳を引き、後ろへと数歩下がれば、その場に女が倒れる。

 

「……っく、はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 目標が沈黙した事に安堵し、息を吐く。それと同時に全身に激痛が走る。素早く魔法を使って痛みを一時的に殺すが、それで状況が好転するわけではない。休息を訴える体を無理やり立たせたまま、ティーダの到着を待つ。

 

「お疲れさん」

 

「あいよ」

 

 すぐに追いついてきたティーダはこちらほどではないが、少なからず傷ついていた。おそらくあの魔力スフィアの豪雨の余波を受けたに違いない。まあ、それでも自分よりも圧倒的に損害が少ない所を見るに、俺は己の仕事を果たせたようで少しだけ、誇らしい。何せ、バインドするだけの魔力もカートリッジを使わなければ出てこないという惨状になっているのだ。

 

『Cartridge load』

 

「あまり無理はいけないよ」

 

「無理してナンボのポジなんだよ」

 

 口の中に溜まった血液を吐き出しながら収穫である女に向けて視線を向ける。まだ女からは魔力を感じる。その気になれば暴れる事も出来るだろう。だから何かをさせる前にバインドをかけようとし―――

 

「―――御免なさい、勝てたら貴女を蘇らせて―――」

 

 女が漏らした言葉に凄まじい不吉を感じた。

 

「止めろティーダァ―――!」

 

「解ってる!」

 

 反射的にカートリッジをロードし魔力を生み出す。ティーダもバインドなんて甘い事を言わずにタスラムを振り上げる。だが、

 

「―――アリシア」

 

 そう呟き、

 

 女は閃光となって破裂した。



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ワイト・カーテン・ワイト・ルーム

 消毒用のアルコールの臭いが鼻につくあまり好きな臭いではない。……病院にはあまりいい思い出はないからだ。だから病院に来るとき、世話になる時は大分謙虚な気持ちになる。こう、無駄に落ち着いてしまう部分がある。一種の刷り込みかもしれない。子供の頃にやって事は未来に対して大きな影響を与えると言うが、これもその一つだろうなぁ、と思う。

 

「お兄さん無茶したもんだねー」

 

「あ、え、え? うん」

 

「どうしたの? ぼーっとしちゃって」

 

 自分は病院にいる。クラナガン中央病院という管理局傘下の病院だ。なのになんだ。自分が存在している個人病室、すぐ横の椅子にはキャスケット帽にゴーグル、水色ワンピース姿の少女がいる。ゴーグルを装着する事で顔をうまく隠しているし、髪型もポニーテールにすることで”本人”とは全く異なる風に見えるが、それでも良く見れば似ている事は明白なのだ。管理局のおひざ元へ、この娘が―――レヴィ・ラッセルが何で来ているのか良く解らない。というか解りたくない。

 

「お前、何やってるんだよ……!」

 

 反射的に荒げそうな声を抑え込み、リンゴを握るレヴィに顔を近づけてガンを飛ばす。それを受けてもレヴィは平気そうに笑みを浮かべる。

 

「うん? もちろんお兄さんのお見舞いだよ。ほらほら、病人だからはしゃがないはしゃがない。ふふっ、僕がいるんだから何も焦る事はないんだぞ」

 

「お、おう」

 

 レヴィに押し返され、溜息を吐くしかなかった。この娘は今、自分が物凄い危険地帯にいる自覚はないのだろうか。いや、あったらそもそもここまで来ることはなかったのだろうが。そんなこっちの心を一切察することもなく、レヴィは果物ナイフをどこからともなく取り出すと、それでリンゴを切り始める。その手つきは実に慣れているようで、危なげなさは一切ない。……まあ、レヴィも台所の手伝いはちょくちょくやっているのだ。これぐらいはできるようじゃなきゃ嫁の貰い手はいないだろう。

 

「で、お兄さんどれぐらい入院するの?」

 

「全治一週間だよばぁーか」

 

「あ、僕は確かに馬鹿だけどそう言うのは酷いよ!」

 

 自覚している馬鹿程厄介なものはないという。軽く頭を抱えると、レヴィはそれを無視し、切ったリンゴスライスを握り、それを此方へと差し向けてくる。それを貰おうと手を伸ばそうとすると、レヴィが手を引っ込める。なので手を引っ込めれば、レヴィの手が伸びてくる。

 

「はい、あーん」

 

「殴るぞ」

 

「えー! 僕もあーんとかやりたいー! テレビで一回見たんだけど憧れてたんだよー!」

 

 ……もう、いいや……。

 

 一種のあきらめの境地に立つ。レヴィの性格が常時からイケイケすぎて、自分では手に負えないものとなっている。ここにシュテルがいれば容赦なくシュテルがレヴィを沈めてくれるのでどうにかなるのだが、ここにシュテルはいない。つまりレヴィは俺が何とかしない限りは無法状態だ。だがそれをどうにかするのも諦める。口を開けると、そこにレヴィがリンゴを入れてくれる。

 

「えへへへ、美味しい?」

 

「皮は剥け」

 

「お兄さん結構シビア……!」

 

 別に皮が付いたままでもいいのだが、どうせなら皮を剥いた方が楽しめるものだ。いや、その場合は手が汚れてしまうのだが。むしゃむしゃと口の中のリンゴを咀嚼し、口の中が空っぽになってから口を開く。

 

「悪いな、一週間ほど帰れないわ」

 

「ほんとだよ。入院したって聞いてシュテるんが犯人に砲撃撃つ準備してたんだから! 王様が止めるのに苦労したんだよ! まあ、メールで死んじゃったって知ったおかげでシュテるんが止まったんだけどね」

 

 そこにレヴィとユーリの名前がない辺り、二人ともシュテルを止める気はなかったんだろうなぁ、と唯一止めてくれたディアーチェに心の中で感謝する。お前が今のバサラ家を間違いなく支えている。俺が復帰するまでの間、問題児の世話は完全に任せたぞディアーチェ……! 届け、俺の電波。

 

「お兄さんお兄さん?」

 

「うん?」

 

「それで傷の調子はどうなの?」

 

「うーん、表面上は大体治ってるんだよなぁ」

 

 こう見えて治癒系統の魔法に関してはプロフェッショナルと言える領域の腕前を持っている事を自負している。そんじょそこらの医者よりも優秀である事も自覚している。だからこそ戦闘中に半バーサーク状態の無茶が通じるわけだ。あの紫の魔導師から受けた傷の内裂傷、火傷の類は完全に自力で回復した。だがそれとは別に、

 

「筋肉の断裂とか内臓のダメージ残っちゃったんだよなぁー……いやぁ、怖いね電撃。アレ以上食らってたらマジヤバかったかもしんねぇ。気づかない内に体を内側から壊されてたっぽいんだよ。なるべくヒールしながら戦ってたわけだけど、少しずつ、じわりじわり体内に溜め込んで殺すとかエゲつねぇわ」

 

 あの相手が最初から弱っていて助かった。いや、弱っていたのではなく体が病を患っていたのだ。十中八九アレがプロジェクトF関連の存在であることは疑いようがない。というより此方に対して攻撃してくる存在がプロジェクトFの事件に関する存在だ。じゃなきゃ情報屋吹っ飛ばした後に登場するわけがないし。そしてあの襲ってきた相手の名前を知れば、アレが確実にクローンだという事も納得できる。

 

 プレシア・テスタロッサ。

 

 晩年の彼女は病を患っていた、とデータには出ていた。何年か前のPT事件でプレシア・テスタロッサは消え去った事を思えば、今回遭遇した彼女がクローンであることは明白だ。そして死に際の言葉を聞くに、プレシアは勝利と引き換えに愛娘であるアリシア・テスタロッサの蘇生を約束されていた……と見るべきか?

 

 あの自爆の瞬間、反射的にティーダを庇ったおかげでティーダだけはほぼ無傷で済んだ。その代わり俺が吹っ飛んだ。だが判断としてはそれが正しい。何せ、ティーダの方が捜査能力や交渉能力がズバ抜けて高いのだ。プレシアの事に関しても入院したその日の夜の内に纏めて送ってきてくれたのだ。相変わらず働き者だと思う。

 

「まあ、死んじまったからもう何も聞きだせないんだけどなぁ」

 

「ま、死んじゃった人の事は気にしてもしょうがないよ」

 

「だよな」

 

 軽んじるわけではないが、気にしていてもしょうがない話だ。死者は死者であり、彼らは眠るべき存在で、暴かれるべきものではない。―――だからこそプレシアのクローン、蘇生とも見えるこの出来事に対してはフェイト・T・ハラオウンに同情し、そして主犯に憎悪する。

 

 何て浅ましい。

 

 金さえあれば死者さえ蘇る事が出来るようになった―――だがそれはなんてクソなんだ。金だ。その存在を、人間を、金と同価値へと引き落としているのだ。奇跡等という安い言葉で死者の眠りは覚ますべきではないのに、それを叩き起こし、利用しているのだ。到底生かしては置けないクソだが―――もうどうしようもない。

 

「はい、あーん」

 

「うーい」

 

 リンゴを食べながら思考が大きくズレていた事に今更ながら気づく。

 

「というかお前ここまでどうやって来た。というかそもそもお前ここまでやってきて平気だったのか」

 

 うん? とレヴィはリンゴを一つ口に放り入れ、首をかしげる。

 

「僕は確かに”力”のマテリアルで四人の中じゃ純粋な勝負では最強だけど、それだけじゃないよ? 極限までの隠密行動と潜入活動ができる様に技術を会得しているし、雷の資質変換の応用で電磁波とか扱えるから自分の姿だけカメラから外したりできるし。あとシュテるんよりも気配を感じたり索敵能力も高いんだよ!」

 

 だから、ほら、とレヴィは言う。

 

「今この部屋へと向かってエレベーターから此方へと向かう人がいるって事も解るよ!」

 

「さっさと隠れろぉ―――!」

 

 わあ、という軽い悲鳴がレヴィの口から漏れる。走って扉へと向かおうとするのをレヴィは止め、ブレーキをかけるとUターンし、

 

「じゃ、僕帰ってるね! 次はたぶんユーリの番だよ―――!」

 

 窓から飛び降りた。魔法があるから無事だと解っていても、やる事が心臓に悪い。レヴィが慌てた結果ベッドの上へと投げ出されたリンゴを片手で掴み、それを齧りながら視線を部屋の入口へと向ける。レヴィが窓の外から飛び降りてから数秒後、扉をコンコン、と叩く音がする。

 

「入っていいぞ」

 

「お、元気そうだね」

 

 そう言って入ってきたのはティーダ、

 

 そして、

 

「―――お邪魔します」

 

 レヴィとよく似た金髪の少女、フェイト・T・ハラオウンだった。

 

 

                           ◆

 

 

「とりあえず軽い報告から入るよ? 捜査に関しては完全に移譲してきたからこのケースを僕たちは降りたよ。流石に隊長もここまで大規模な襲撃が来るとは思ってなかったからお金の代わりにいいもんを上の方から強奪してきたよ」

 

 そう言ってニヤリ、とティーダは笑みを浮かべる。

 

「おめでとうイスト・バサラ”空曹長”殿。あ、ちなみに俺がティーダ・ランスター一等空尉な。いいだろ、追いついたと一瞬でも思った? 残念、俺の方が一歩先でした! 俺が上でお前が下、この関係性は絶対埋まらないんだよバサラ君」

 

 とりあえず拳を作ってティーダを脅迫する。それでティーダは黙ってくれるので、軽く自分の中で今までの情報を整理する。……つまり今回の襲撃に対する”慰謝料”と、そして”口止め”用に金の代わりに階級をふんだくってきた、という事だ。これ以上は関わるなという意味での昇格だろう。……まあ、そこには確実にティーダとキチガイ上司の活躍があったのだろうが。ともあれ、それを一旦置いておく。

 

「初めまして、フェイト・T・ハラオウン空曹です」

 

「初めましてハラオウン空曹、イスト・バサラ空曹長だ」

 

 そこでビシ、と綺麗な敬礼をフェイトが決める。―――なるほど、今のでフェイトが”私的”な理由でここに来ているわけではないのが把握できた。公的な、業務の一環としてここへとやって来たゆえの対応なのだろう。それを表す証拠としてフェイトは最初に敬礼をし、階級を名乗ったのだ。それはつまりフェイトとしてではなく、”フェイト空曹”としてこの場にいるという意味を表す。だとすれば此方もそれなりの態度で対応しなければならない。

 

 面倒事だ、と理解しても対応する。

 

「宜しいでしょうか?」

 

「いいぞ」

 

 階級も年齢も此方が上だから相手が敬語で、此方が素のままで問題はない。

 

「今回の件はプレシア・テスタロッサと思わしき魔導師と交戦、撃破、そして自爆という結末で終えたという事になっておりますがその事に間違いはありませんね?」

 

「それで間違ってはない」

 

「その際にプレシア・テスタロッサが吐血したおかげで勝機を得たとランスター一等空尉の報告書には書かれていましたが、これは事実ですか? データによればバサラ空曹長は体術に長けていると出ています。ともすれば内臓へのダメージを与える事が可能と思われますが」

 

 その言葉を否定する。

 

「いや、それはありえない。あのときまでに何度かプレシアへと攻撃を叩きこむことに成功はしているが、その大半がバリアジャケットによって威力を減衰されていた。実質上俺がちゃんと”通した”一撃は最後の一発だけだ。それ以外はダメージをあまり通す事に成功してない。これに関してはデバイスに保存されている記録を確認して貰えば解るはずだ」

 

「了解しました。後ほどにそちらのデバイスの戦闘記録を捜査課の方へ提出をお願いします。では、最後に」

 

 そこでフェイトは一旦言葉を区切り、

 

「……何故、犯人はプレシア・テスタロッサを病を患っている状態で生み出したのだと思いますか?」

 

 ……内心は辛いだろうなぁ。

 

 自分が家で面倒を見ている四人の娘達と変わらない年齢の娘だ。執務官になろうと失敗し、そして今も嘱託魔導師として活動しながら再試験を受けているのだったか、かなり苦労しているに違いない。そして、そんな中で母のクローンが生み出され、そして死んだのだ。しまいにはそれに関して調べて報告しろとも言われているのだろう。

 

 ……辛いだろうなぁ。

 

 が、それを同情するのも癒すのも気を使うのも俺の仕事ではない。彼女にはハラオウン家があるのだから、それは彼女の家族と、そして才能に恵まれた友人たちの役割りだ。だから容赦のない考えを口にする。

 

「俺の考えから言わせてもらえば―――完璧主義者ってやつだな」

 

 その言葉にフェイトは首をかしげ、そしてティーダはあぁ、と言葉を漏らして納得する。

 

「研究者という連中は大なり小なり、理想というものを持って、それを探求している。次元犯罪者なんて呼ばれ方をするほどのキチガイとなればその理想というものは大きく、狂ったものになるのさ。それ故に理想が大きければ、それを追求し、完全に完成させようとする意欲も肥大化する―――だからこそ”完璧主義者”というやつだ。明らかにクローンへ向ける意欲がおかしい」

 

 プロジェクトFを改めて調べて分かった事だ。本体のプロジェクトFでは完全なクローンを生み出す事は出来なかったはずなのだ。なのにマテリアルズを見れば解る。プロジェクトFは完全な形で完成させられている。

 

「性格や能力に不一致が現れる筈のクローニング技術で病にいたるまでの姿を完全にコピーしている。やっている事は下種の外道だが、技術と執念は認めざるを得ない。完璧だ。こいつをやっている黒幕は間違いなくイカレた完璧主義者なんだ」

 

 だからこそ、ここからが問題なのだ。ここまで技術が完成しているのに、その先が見えない。技術が完成したらそれを売る、もしくは活用する。そういう話になるはずなのだが、この存在は確実に技術を使って遊んでいるのだ。臓器やら奴隷やら、どう考えても本来の目的とは思えない。プレシアのクローンの完成度を見れば明らかに兵器運用した方がはるかに凶悪であり、価値を見いだせるのにだ。

 

 ……まあ、ここから先は俺もティーダも関係の無い領域だ。

 

 その証拠にフェイトはありがとうございます、と録音を終えて頭を下げる。お疲れ様と軽く言葉を継げるとフェイトは立ち上がり、再び、しかし今度は深く頭を下げる。

 

「改めてありがとうございます―――母を楽にしてくれて」

 

 やはり身内からしても、不当に蘇らせられて利用されるのは気持ちのいい話ではなかったのだろう。最後の最後に私人としての顔を見せて、フェイトは病室を出る。それをティーダと共に見送りながら、

 

「さ、早く退院してくれよ? 君がいなきゃ仕事ができないんだから」

 

「勝手にいってろばぁーか」

 

 今ばかりは仕事を忘れ、男だけの馬鹿な話に興じる事にした。

 

 もう、例の件に関わる必要はないから。



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リメンバリング・プランニング

 クラナガンの住宅街にあるマンションの一室、マンションの中でも高級と呼べる部屋の一つ、リビングには四人の少女が集まっていた。一つのテーブルを囲むように四人で座り、そしてお菓子やノートをテーブルに広げていた。そのお菓子の内の一つ、チップスを手に取り、カリカリと齧りながら血よりも濃い繋がりを持った者達に視線を向ける。

 

「えー。それでは第十二回家族会議を開催します」

 

「おー!」

 

「拍手ー」

 

「この流れにもなれたなぁ……」

 

 しみじみとディアーチェ―――我が王が腕を組んで呟く。そうやって年上ぶる我々の統率役だが、彼女の年齢が我々と一切変わりがないという事は彼女自身も理解している。王としての自覚、統率能力、そして責任への接し方。それが日常的な生活においては完全に腐って”面倒見が良く、家庭的”な形として発揮されてしまっている。元々兵器運用が目的として生み出された自分たちの資質や才覚がこんなどうでもいい風に潰れてゆく姿は―――実に痛快だとしか言いようがない。

 

 理のマテリアルで作戦を立案する筈の自分はその頭脳を無駄に家計の計算などにしか使っていないし、レヴィもアホの子として日々を無為に過ごしている。ユーリなど”搭載”されているシステムに一度も触れていない。実に愉快な話だ。これ以上なく、我々の創造者をコケにする方法もないものだと思う。

 

「では王よ」

 

「あいあい、解っておる。舵取りは我の役目―――というか我以外に取れるやつもおらんだろうしな。というわけでハイ、まず現状確認、書記シュテル」

 

「はい」

 

 チップスを最後に一枚だけ食べ、そして手をティッシュで拭く。ノートの中には今までの行動、活動、生活、特筆すべき事、そして問題点が書いてある。こういう性格ゆえにどうしてもこういう風にノートに情報を書き写してしまう。……自分の頭脳なら全部覚えていられるのでその必要はないと解っているのに。それでもこうやって書いてしまうのは家計簿を付け始めてからでき始めたクセだろう。おそらく、オリジナルのシュテル・ザ・デストラクターにも、高町なのはにもない行動だ。だとすれば誇らしい事だ。自分はまた一つ、オリジナル達にない事を成し遂げた。

 

「本日は12月23日、我々の保護者であり、家主のイスト・バサラが我々を管理世界の研究所で発見してから約9か月が経過しています。発見者本人は相手の自爆を食らって入院中で二日後には退院の予定です。聞けばSランクオーバー魔導師の自爆だったそうですけど」

 

「正直お兄さん良く生きているもんだよね。ぶっちゃけ僕なら木端微塵に吹き飛んでそうだよ」

 

 レヴィの呆れの言葉に反応したのはユーリだった。

 

「そうですか? イストの術は相談されてチェックした事があるのですが、アレはかなり防御力を固める様にカスタマイズされていましたよ。バリアジャケットも思考領域を結構圧迫する感じで強固に作ってましたし。まあ、レヴィの様なスピードファイターとイストの様なタンクファイターを比べる方が間違っているのでしょうけど。それでも一週間という期間で復活できる回復能力は凄まじいですけどね。正直に言えば私やディアーチェでもできない事かと」

 

「我も資質的には殲滅特化で街とか城とか軍隊とかを相手に薙ぎ払う事を前提とした術式だからなぁ……というかユーリ、貴様の場合は”エグザミア・レプカ”の影響で無駄に硬いだけだろう」

 

「てへっ」

 

 ユーリが舌をだしておどけたところでひと段落。話題から少しそれてしまった。問題はそういう事ではなく、自爆を受けて入院した事でもない。問題なのは襲撃を受けた所だ。

 

「私の憶測が正しければ十中八九我々を”製造”した所とイストを襲撃した魔導師、クローンを製造した組織は同一組織でしょう。脳内にインプリンティングされた情報を三度洗いましたが私が記憶している限り我々の製造元とプロジェクトFに関する技術で同じだけの技術力を発揮できている組織は存在しません。ちなみにこれに関しましては数百はあるクローン関連の組織に関する情報を洗った結果です―――外に出て新しい情報を仕入れられないというのはこういう状況では非常に痛いですね」

 

「いや、それだけやれれば上出来だ」

 

 ディアーチェは褒めてくれる。

 

「ぶっちゃけイストの奴は過保護というよりは”徹底”していると認識した方が正しい。此方に不快感を与えないようにしながら我らが存在しているという証拠を極力残さない様に活動している。その証拠にビデオレンタルのカードも一枚で済ませているし。……アレ、借りる時に店員に嫌な顔をされるから人数分欲しいのだがなぁー……。っと、そういう話じゃなかったわ。ともあれ、デバイスを持たせない、一人で外には出さない、発信器を持たせると、非常に徹底した保護者を持っているおかげで出来る事は少ない」

 

「ま、僕だとそれぐらい余裕で騙せるんだけどね!」

 

 おかげでイストに貰っているお小遣いを持って、レヴィはちょくちょく家を出ている。ステルス能力が高いので人の死角を選んで歩けるし、人の記憶に残らない様に極力自分の印象を薄めて買い物もしたりする。基本的にそこまでスペックをフル使用する事はオリジナルでもなかったらしいので完全に死に能力だというのが悲しすぎる事実なのだが。

 

「で、―――改めて確認するぞ」

 

 ディアーチェは確認する様に言葉を放ってくる。そしてそれに対して頷き、視線をレヴィへと向ける。

 

「―――我らの体の中に発信器はあったんだな?」

 

「―――あったよ」

 

 レヴィが肯定する。そしてなぜ最近まで気づかなかったのか、と軽く後悔する事案でもあった。我々は”高級品”なのだ。多額の費用を投資して生み出された戦闘用の兵器。確かに発信器の一つや二つ、肉体に仕込んであるべきなのだ。だからこそレヴィは指を持ち上げてそこに雷へと変化させたバチバチと主張させる。

 

「まあ、皆の中の発信機は一応スパークさせておいたから。それがどんなふうに影響してくるかは解らないけど」

 

「まあ、九ヶ月も放置されていたのだから向こうも我らを回収するつもりはないという事はないのだろう。安心はできないが、入院しているヤツに報告するべき事の一つだな」

 

「聞いたら即引っ越しって感じになりそうですよねー」

 

 実際引っ越しは推奨する。それでもなくとも組織が管理局と癒着している部分があれば確実に此方の事を掴んでいるだろう。どんなに頑張っても、不自然は不自然として見破られてしまうのだ。……準エース級魔導師一人、消すのはたやすいだろう。データを確認すればストライカー級の魔導師でさえ闇に消した経歴を管理局は誇っているのだから。そう考えると平穏な人生を送るには田舎で畑でも耕すのが一番ではないのだろうか。まあ、そんな手段が安易に取れないからこその厄介な世の中なのだが。

 

「我らに何らかのプログラムが仕込まれている可能性は?」

 

「脳の中を軽くスキャンしてみましたが、こればかりは専用の機器がないと駄目ですね。ベーオウルフを拝借し、代理演算を頼んでもやってみましたが見つけられる事はありませんでしたが―――インプリンティング作業と同時に何かを植え付けられたのであれば完全にお手上げですね。私からは”プログラムにより洗脳されたらどうしようもない”と言っておきます」

 

「むー、意外と面倒すぎるな我ら」

 

「むしろ今までが楽観のしすぎだったんじゃないですか? 何せ深く考えないで生活してましたし」

 

 ユーリの鋭すぎる言葉に頷くしかなかった。そして同時に頭を抱えるしかない。何せ対抗手段が今の所皆無だ。そして、あの男、イストは確実に此方に対して手を借りようとすることは絶対ありえないだろう。今だってカートリッジに魔力を込める事が仕事を手伝うギリギリのラインだ。それ以上は絶対に仕事に関わらせようとしていない。

 

 面倒だけどいい男だと思う。

 

「じゃあ結論”どうしようもない”で」

 

「うーい」

 

「ですよねー」

 

「デバイスが手にない以上どうしようもないですからねー」

 

 関わらせようとしてこない以上、ここら辺が自分たちの出せる限界なのだ。そしてそれは自分たちが踏み入れてはならない領域だ。なぜなら、それは守られているからだ。此方から出す余計な手は全て誠意を塵へと還すものだ。このことを報告するのはいいが、動くのは無しだ。それは共通見解として認識している話だ。

 

 まあ、そんなわけで、

 

「はい、シリアス終了!」

 

「はぁーい! 今夜のご飯はシチューがいいでーす!」

 

「阿呆め、却下だ。そんな手間のかかるものを作るのは嫌だ」

 

「えー!」

 

 真面目な話は終了。確認作業の様なものだ。自分たちがなんであるか、どういう存在なのか、どうやって生きているのか忘れないための。誰によって生かされているのかを。それが終わってしまえば”何時も”が待っている。

 

「今夜はユーリが安くひき肉を買ってきたからハンバーグだ!」

 

「わぁーい! 美味しければ何でもいいや!」

 

「相変わらずレヴィは単純ですねー」

 

 この軽いテンションには非常に救われる部分が多いのですがね。

 

「お兄さんが退院するまであと二日だから、それまでに普段は食べられないものをいっぱい食べなきゃね! 栄養バランスとか気にしすぎだし! そんな事を気にしなくても僕はナイスバディに成長するというのに」

 

 最近少しだけだが胸の成長を見せ始めているレヴィを軽く睨む。

 

「いや、栄養バランスは大事です。えぇ。何のためとかは言わないけど大事です。主にイストの視覚的問題として」

 

 その言葉にディアーチェは呆れた溜息を吐く。

 

「お前は存外発言がオープンよな。ヤツに惚れでもしたのか?」

 

 ……さて、どうでしょうか?

 

「好きか嫌いか。この二択であるのならば確実に好きと断言する事は出来ます。だがそれが好きか愛しているか、という事となれば確実に戸惑う自分はいますね。予想外に情の深い女なのか、チョロイのか、もしくは懐柔されてしまったのでしょうか。彼の事は好きですよ。それがどういう方向性かは解りませんが、少なくともこの生活をずっと続けていたいという気持ちに偽りはありません。それに関しては誰も否定できないと思うのですが」

 

 そう言いかえすとディアーチェは少しだけ頬を染めながら俯く。

 

 ……おや、若干脈あり、と言ったところですか。

 

 九ヶ月も一緒に生活すれば男女の意識よりも家族としての意識の方が大体深まってしまうからそこらへん、あまり進行しない筈なのだが。

 

「お兄さんの事好きだよ!」

 

「私も好きですよー?」

 

「あぁ、うん。そうですね」

 

 この二人に関しては現状、確実に家族的愛情だろう。何せ一緒に風呂に入ろうとしたりしているのだし。それでいて顔色一つ変えずに平気なあの男もあの男なのだから凄まじい。不能なのか、年下はアウトなのか、もしくは鋼の精神を持っている。個人的には三つ目のであってほしいと思う。もし本気で異性として見る様になった場合それ以外だったら困るし。

 

 まあ、そうなる可能性で一番高いのが彼ということも否定はできない。

 

 たぶん唯一接する事の出来る男だろうし。

 

「ともあれ、あと二日ですねー」

 

「そ、そうだな。ここに帰ってこれず寂しがっておろう、我自らが退院の時に迎えに行ってやるとしよう」

 

「あ、駄目だよ王様! 王様は退院おめでとうパーティーの為にいっぱい料理作らなきゃ!」

 

「では―――」

 

「―――私が迎えに行きますね。この中で唯一有名人の姿をしていませんし」

 

 ユーリがそう言ってしまったら納得せざるを得ない。レヴィとディアーチェも納得し、二日後に何を作るべきかを相談し始める。そしてそうやって話が終わる直前一瞬だけユーリの表情を見る事が出来た。

 

 ―――一瞬だけ蠱惑的な笑みを浮かべていた。

 

「……まさか」

 

「どうしたのですかシュテル?」

 

「……いえ、何でもありません」

 

 ……もしかすると我が家のラスボスはユーリかもしれませんねー……。

 

 そんな事を思いつつも、ディアーチェとレヴィの会話に参加する。



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コングレチュレーション・ユー・アー・デッド

 軽く体を動かす。

 

 ベッドの前で軽く捻り、伸ばす体は予想を裏切らない性能を発揮する。ジャンプすれば軽く天井に届き、下へと体を曲げて伸ばせば床に触れる事が出来る。格闘家にとって柔軟性は非常に大事なものだ。だからそのまま自分の体が固まっていないか、それを確かめるためにも少しずつ足を広げてゆく。やがて数秒もかからない内に足は完全に広がり、上から覗ければ線となって見えるだろう。その状態のまま前へと倒れ、両手を床に当てる。そしてその手を支えに、体を持ち上げる。

 

「よっ」

 

 全身を両腕だけで支え、持ち上げる。足を閉じ、両足を天に向ける形で腕を伸ばし、真直ぐと伸ばしたところで動きを止める。そのまま数秒間何もせずにただ逆立ちした状態で体を止め、腕の筋肉が一週間の入院生活で鈍っていないのかを調べる。

 

 十秒が経過する。腕には疲労も衰えも感じない。

 

 三十秒が経過する。疲れはまだない。

 

 一分が経過する。全く問題を感じない。故にそのまま体を支える腕を一本に変える。左手で支えるのを止め、それを背中に回す。そのまま右手だけで体を一分だけ支える。そして今度はそれを左手でやる。

 

「問題はない、なっ」

 

 両手で床を押して体を軽く飛ばす。その跳躍から着地し、両足で床に立つ。軽く両手を叩いて埃を掃う。腕全体を回すようにし、そして手や指を振る。そうやって少しずつ関節の可動を確かめ、足にも軽く触れる。

 

「魔法って便利だよなぁ……」

 

 日常的に体を鍛えている人間が一週間も寝たきりで過ごせばそれなりに筋肉が衰えたりするものだが、やはりそこらへんは魔法によって肉体を維持する事が出来る。一週間ベッドの中で過ごしたぐらいでは体は、筋肉は衰えない。だからいつも通りの鍛錬だけで済む事と考えれば楽な話になる。もう少しだけ体を軽く動かし、そしてベッドサイドの上に置いてあるバッグを取る。その中にはこの病院、一週間の生活に使った様々な私物が入っている。

 

 その五割がティーダとシュテルのお土産であるアダルト雑誌なのが非常に解せないところなのだが。ちなみにティーダが妹モノ中心、シュテルはロリモノ中心。貴様ら一度逮捕されろ。

 

 捨てたくとも病院に置いていくわけにはいかないため、無駄に重くなった鞄を持ち上げ、最後に手鏡で自分の姿を確認する。ここ一週間髭を剃る事が出来なかったので髭が少し濃い目に伸びているが、それ以外はベルカの剣十字をプリントしたTシャツ、ジーンズ、マフラー、ロングコート、ベルトと靴。実にシンプルな服装になっている。どこかおかしい所がないかを確認しつつ、髪の毛に触れる。

 

「ちょっと伸びてきているかもなぁ……」

 

 格闘をするなら髪は長い方よりも短い方が断然有利なのだ。というか基本的に戦闘においてはショートヘアーの方が好まれる。戦っていると解る事だが、髪の毛が視界に入って一瞬相手が見えなくなるとか、格闘戦で相手が髪の毛を掴んでくるとか、そういうケースが増えるのだ、戦闘回数が多くて髪が長いと。そんなわけで格闘主体の自分も基本的にショートヘアーで纏めている。だからこの髭も含めて、髪もサッパリカットしてしまった方がいいのだろう。今日は家でのんびりするとして、それらは明日やってしまうとしよう。

 

 コンコン、とそこでドアの叩く音がする。

 

「入っていいですよ」

 

「邪魔するよ」

 

 部屋を開けて入ってきたのはティーダだった。敬語をして損した気分になった。が、丁度いい所だった。カバンを持ち上げ、それをティーダへと投げつける。元々の退院スケジュールは5時だったが、それまで時間を過ごすのは非常に面倒だ。既に昨日の内に機能としては回復しているのだ。この一日は大事を取って、という理由でしかない。

 

「おら、ほとんどお前が運んできたモンなんだから責任もって荷物持ちしろよ」

 

「あげたんだしやだよ」

 

 そこで投げ返してくる辺りが激しくティーダらしい。溜息を吐きながらキャッチし、片手で握る。それほど重くはないものだが、それでも運ぶとなると非常に面倒だ。

 

「おら、受付行くぞ」

 

「はいはい」

 

 軽くティーダの脛を蹴って部屋の外へと追い出す。そして病室から出る直前で―――振り返る。一週間の間、退屈だったが世話になった部屋に対して軽く頭を下げてから外へとでたティーダの姿を追う。横を並び、廊下を歩きながらエレベーターへと移動する。

 

「調子はどう? 入院で少しは体が鈍ったんじゃないかな?」

 

「悪いがすこぶる快調。今からでも仕事はできるぜ―――と、言いたい所だけど家に帰ってまともなメシが食いてぇ。相変わらず病院のメシは殺人的に味がねぇよなぁー……」

 

「あぁ、そういえばイスト内臓系だったもんね、ダメージ」

 

 そのせいで病院からは胃に優しいものしか食べる事を許されなかった。食物繊維の多いものも消化に悪いのでアウト、消化しやすく、そして胃に負担をかけない食べ物ばかりであったため、柔らかかったり、スープばっかりだったり、まともにメシを食っていない。家に帰ったらガツンと食いでのある肉にかぶりつきたいものだ。一週間も肉を食べてないとか軽く信じられない事実だ。

 

 エレベーターが到着した。

 

 それに乗って、二人そろって一階へと向かう。自分だけは一人で受付の方へと向かい、そこで支払いと退院に関して話をつけてくる。既に大まかな話は終わっているのでそう長くつくものではない。ポケットの中にしまっておいたベーオウルフを取り出すと、それを端末に近づけて支払いを確定する。これで病院ですべきことはすべて終了する。受付に背を向け、一足先に病院の外で待っているティーダと合流する。病院内ではデバイスの装着は禁止となっているため、病院の外に出てようやくデバイスを装着できる。

 

「あー、何かやっと落ち着いた」

 

『We usually are together』(普段は一緒ですからね)

 

 基本的に家にいる間も手に装着してたりと、割と身近な所にあるベーオウルフを一週間も装着しなかったのは割と心細かった話だ。だがこうやって装着すると落ち着いてくる。……どんなに邪険に扱おうが、今まで一番命を預けてきた相棒はやはりこれなのだ。あるなしでは安心感が大いに違う。おかえりマイフレンド、これで遠慮なく犯罪を殴る仕事ができるよ、やったね。

 

 と、そこでティーダがタクシー乗り場とは逆側に立っているのが見える。その様子に溜息を吐く。

 

「そっち、タクシー乗り場じゃねぇぞ」

 

「歩くのも悪くないよ? 運動したいだろうし」

 

 いや、それはそうだけどさ。たしかに運動をしたい気分ではあるんですけど。

 

 クラナガンの病院ではあるのだ、ここは。だが立地はクラナガンの”外れ”と言った方が正しい。ここからクラナガンまで歩いて約三十分、そしてクラナガンに到着してから歩いて更に三十分。それも、自分とティーダという大人の歩幅にそれなりに鍛えられた男性であることを考慮してのペースだ。……歩くには少々遠い。

 

 だが既にノリノリになっているティーダを見てしまうと断るのは中々難しい。まあ、断る理由はない。幸い朝に退院したので予定時刻まではかなりある、というより歩いても予定時刻にはならない。……なら仕方がない、と諦めて溜息を吐く。

 

「溜息を吐く割には嬉しそうだよね、ツンデレ系?」

 

「殴ってもいいか?」

 

 互いに笑いあいながら道を歩きはじめる。まだ時間が早い事もあってクラナガンへと続く長い道には人の気配がない。これが1時を過ぎれば人の量が増えて車などが通るのも見えるのだが、この時間は誰もいない。なので少し調子に乗って道路の真ん中を歩いても文句は言われないし、問題もない。

 

「こう、誰もいない道路の真ん中を歩きたくならないか? すっげぇ衝動的な話だけどさ」

 

「あー、あるある。こう、歩行者天国とかになると思わず真ん中を目指すよね。たぶんアレって日常的には出来ない事をするから凄いやりたくなるんじゃないかなぁ。ほら、毎日道路の真ん中を歩けたとして衝動的に歩きたくなるかな」

 

「確かにそんな感じだよなぁ」

 

 ティーダの話に納得し、首元のマフラーをもう少し強く締める。少しだけ、予想よりも外は寒かった。窓を開けると寒気が入ってきて病院に迷惑がかかるのでできなかったのだが、

 

「12月25日か」

 

「もうそろそろ年末だね。これはゲンヤさんに聞いた話だけど祖父の代の故郷である地球……あ、最近では割と有名な世界だよね? ハイパー砲撃少女とかハイパー惨殺少女とかハイパー殲滅焦少女が発見されたり何度か滅びかけたりして」

 

「すげぇ、俺地球にだけは関わりたくなくなったよ」

 

 というかSランク魔導師発掘しまくったうえで二度以上滅びかけたという経歴は世界として一体どうなんだそれ。物騒というレベル通り越して古代ベルカレベルのヤバさに足を突っ込んでないか、地球という世界は。

 

「あ、話題が逸れたな」

 

「あ、うん。とりあえず話を戻すけど、12月25日は何やら聖人の誕生日らしくて、カップルは皆ベッドへゴールインする日らしいよ」

 

「地球すげぇ。あらゆる意味で頭がおかしい世界だな」

 

「うん、これを聞いて俺も地球にだけは関わりたくなくなったよ。とりあえずティアナには”地球関連厳禁”と教育しておいてあるんだけど―――まあ、激しくどうでもいい話だよね」

 

「ならそもそも何故話題に上げたんだお前……!」

 

 そこで素早く特に意味はない、と言い切れる辺りティーダは大物だと思う。しかし地球、地球か。なのは、フェイト、そしてはやて―――我が家で保護しているマテリアルズ四人娘の内三人のオリジナルの故郷だ。ティーダ発信のキチガイ世界地球の情報はこの際無視するとして、あの世界が遺伝的故郷とも言える場所である、という話になると……少しは興味が湧いてくる。文明レベルもそう低いわけではなく、現在のミッドチルダよりも二世代下のレベル、魔導科学がないという状態らしい。ともなれば旅行でもすれば、いい観光ができるかもしれない。

 

 まあ、常識的に考えてあの娘達を遠出に連れて行くことは選択肢としてあり得ないのだが。

 

「はぁー」

 

 息を吐き出してみると、それは気温のせいですぐに白く染まる。そうやって吐き出した息を見て、そして肌で寒気を感じる。その後、軽く空を見上げれば―――遠方で少しだけ、空が曇っているように見える。遠方と言ってもそう遠いわけではない。

 

「……雪が降りそうだなぁ」

 

「そうなのかい? 天気予報は特に見てないんだよねぇ」

 

 ここら辺、勘というか、予測は割と当たる方なのだ。それに肌で感じる限り、割と空気が湿って重く感じる。ともなれば、そう遠くない内に雪でも降りそうな勢いだが、まあ、それも悪くはないと思う自分がいる。友達と二人で雪の降る道を歩く……絵としてはそれなりに悪くはない絵だと思う。

 

「あ、そういえばイストはどうする?」

 

 何が、と追い返すとティーダが答えてくる。

 

「新年。とりあえず新年最初の三日は俺ら休みが出るよ?」

 

「え、マジ?」

 

「マジマジ。だから新年予定ある……わけないか、そのリアクションからすると。ならどうだい? 1日ぐらい一緒にゲンヤさんの所で過ごさない? あの人遊びに来い遊びに来いって結構五月蠅いんだよ? こう、男のノリって感じが凄い強い」

 

 あー、まあ、ティーダの言わんとしている事は解る。見た目通りというべきか、あの悪辣な手腕の陸士隊長は割と豪快というか、たった一度会っただけでもズカズカと踏み込んでくる。そこに思惑はあるのかもしれないが、それを思わせない人の良さがある。

 

 でも、まあ、

 

「アレもコレも全部まず家に帰って居候達と相談してから決めるよ。俺一人で決められるようなもんでもないしな」

 

「あー、確か親戚の子とかが何人かいるんだっけ?」

 

「まあな、騒がしくてばかばかしい連中だけど、俺からすればどいつもこいつも可愛い連中だよ。将来が美人に育ちそうで怖いねー」

 

 道路を歩き、二人で笑いあいながら帰路を行く。まあ、たまにはこんな風に無駄にやる事は決して通り道ではないと思う。馬鹿な話も建設的じゃない話も、全く無意味ではない。それがこういう時間を作り上げるのであれば、全く持って悪くはないと思う。こんな時間には嫌でも気が緩んでしまう。

 

 だからだろうか。

 

 判断は一瞬遅れた。

 

 ―――気が付いた時には自分の左腕が鮮血と共に宙を舞っていた。



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キリング・フレンジー

 痛みや、腕が喪失した感覚よりも明確に体に突き刺さるものがある。

 

 それは敵意だった。体に突き刺さるような敵意。そこには一切の殺意が存在していない。ただただ、敵意のみが存在する。そして―――だからこそ恐ろしい。その敵意には殺意が存在しないくせに、こっちを殺そうとする明確な意思が感じられた。間違いなく相手は此方を殺そうとしている。だから今の一撃は体を断とうとして放たれ、避けきれずに腕のみ、という結果になった。だが、それが却って不気味さを表している。

 

 まるで凪の様だと思う。

 

 それは静かで、何も感じせず、透き通っている。だがその中には確かな力が宿っている。どれだけの修練を、どれだけの経験を得れば、ここまでたどり着けるのだろうか。恐ろしくしょうがない。何せ、

 

 自分の腕を切り落としたのは手刀だからだ。自分の腕を切り落とす様に出現しているそれを左側に目視する事が出来る。それを片目で追い、そして脳内が全力で警報を促す。ヤバイ、と。逃げろ。離れろ。全速力でこの場から離れるべきだ。絶対に相対してはならない。

 

 ―――お前では届かない領域にソイツはいる。

 

 ……んなヤツゴロゴロいるだろうがぁ……!

 

 何よりもまず最初に残った右腕を左手へと伸ばす。そして同時に右足を後ろへと突きだす。攻撃と回収の動作を同時に行う。予想の通りに、腕は切り離された肉体へと届き、そして足は硬い感触を得る―――完全な不意打ちに対する反撃だったのに、相手は防御を間に合わせる事が出来た。

 

 あぁ、クソ。なんて事だ。

 

 悪態を胸中の中に収めつつ、無理やり体をティーダの方向へと投げる。その瞬間にはティーダも状況を十全に把握している。既にティーダの手にはデバイス、タスラムが握られている。此方の体を受け止めつつ、ティーダは叫び声を上げる。

 

「ブラックアウトォォォォォオ―――!!」

 

 瞬間、空は赤く染まり、そして大地は黒い光によって埋め尽くされた。

 

 世界は敵によって封鎖され、

 

 大地は闇に覆われた。

 

 

                           ◆

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

「イスト……!」

 

「待て」

 

 ティーダが何かを言う前に自分の左腕、それを確認する。二の腕から切り落とされた腕は芸術的とも言えるほどの美しさ、鋭利さで切断されている。これだけで相手の技量がうかがえる。自分の雑な手刀とは違う。―――いや、だからこそ助かった。腕の断面を見れば神経も、肉も、骨も損傷が少ない、というよりほとんどないのが見える。元の位置へと押し付け、回復の魔法を使えば切り落とされた箇所はくっ付く。……それが本来以下の握力しか発揮できない。だが、応急処置としては動けば十分だ。満足な拳は作れなくとも、これなら左腕で殴れる。

 

 ここで、ようやく周りの状況を飲み込むだけの余裕が生まれる。周りに視線を映せば、此処が森の中だという事が悟れる。確か病院はクラナガンの外れ、森の向こう側に存在していたはずだ。クラナガンから病院までの道を森を伐採し、道路を敷いたのが病院までの道なのだ。だからこれは左か右側、道路のどちら側かの森の中で。高い木々が空からの光を遮断し、濃い闇を作っている。これでは空から此方を見る事は出来ないだろう。

 

 確かな敵意が木々を貫いて体に到達しているが―――追ってくる気配はない、

 

「イスト、どうだい?」

 

「―――ダメだな、この結界は壊せねぇ」

 

「君でもか」

 

 支援型適性のインファイターという性質上、解析と破壊は一番得意な戦闘スタイルとなっている。だがそれにも明確な弱点がある―――燃料だ。此方の魔力量がAという上限を持っているのに対して、敵がAAA、もしくはS級の魔力を惜しげもなく結界へと注ぎ込んでいるのであれば、それは術や弱点や、そういう次元での強度では語る事の出来ない話になってくる。

 

 単純に考えて、川の水量で海の水量に勝てるか、という事になる。

 

 つまり、逃走は不可能。適性はあるのにどうしようもない状態だと思うと、頭が痛くなってくる。思考リソースを一時的に全てを左腕の接合に回し、そしてそれとは別に頭を回転させる。この状況はただ逃げればいい、という状況でもないのだ。逃げる事は出来ない以前に、そもそも逃げれる相手かが怪しい。幸い相手は動かない様子だが―――さて、これはどうするべきか。

 

「見えた?」

 

「振り返る余裕があったと思う?」

 

 だよなぁ、と呟き、話を止めない。

 

「通信をいれて遅延戦闘は?」

 

「通信妨害もされている。遅延戦闘を行ったところで此方が嬲り殺されるだけだ。相手が此方を殺そうとしているのは間違いがない。―――なのにこの余裕は勝者ゆえの驕りかなぁ」

 

「実際状況は九割方詰んでるよね。通信取れない、応援は期待できない、逃げられない、一発でイストを無力化した。ホント、最悪だよ。どうしてこうなった、って叫びたいぐらいだね。僕としては十分に命を狙われないラインってのを見極めたうえで捜査から手を引いたつもりなんだよ? 実際これぐらいならこの階級と多少の金を出せば問題なかったはずなんだ」

 

「安全はお金で買う―――嫌な時代になったもんだ」

 

「そうだねぇ」

 

 こんな状況でも少なくとも笑っていられるのが幸いな事だろう。俺も、ティーダも管理局員として活躍している以上、常に死を受け入れる覚悟は出来ている。そしてそれは冗談でもなく、本当だ。死にたいとは思わない。だが死ぬ覚悟はできている。中には”死なない覚悟が重要だ”なんていう若者らしい声も聞こえるが、それは現実を知らない子供が言う事だ。

 

 何時だって死は、終わりは理不尽なのだ。

 

 爺さんが俺に武道の全てを伝える前に心臓発作で死んだように、理不尽で身近な所に死はある。それは受け入れなくてはならない。抗ってもいい。嘆いてもいい。理不尽と叫んでもいい―――だが、それは最後には受け入れなくてはならない。それが人生。それが人間という生き物。俺達はどうしようもなく蹂躙される側の生物である。

 

 だからこそ、覚悟はできている。

 

「敵はおそらく二人。一人は近接特化の魔導師。もう一人は支援か遠距離戦仕様の魔導師。おそらく後者がこの結界を張っている。感覚的な問題だがこの規模の結界を戦闘しながら支える事は難しいと判断する。故に敵は二人、そしてそのうち結界を張っている奴をBと呼称しよう―――こいつは間違いなくSかそれに匹敵する魔力量をもっている。そして俺の殺そうとしたやつはAと呼ぼうか、こいつは間違いなく俺よりも純粋な技量では上回っている。普通に戦えば数分どころか一分持たせるかどうかあやしいな」

 

「ハハ、とことん嫌な相手だよね―――ただ、勝機はあるんだろ?」

 

「あぁ、もちろん」

 

 何よりも、この状況が証拠だ。相手は素早く追撃してくる事を良しとしない。それは余裕ではなく、此方の登場を待っており、此方が出てくるという事を確信しているからだ。これを察するに、相手がどういうタイプの人間か、魔導師か、どういう思想の持ち主かを判断する事が出来る。即ち、

 

「―――相手はベルカの騎士、もしくはそれに類するタイプの人間だ」

 

「一対一に長けたタイプの相手か」

 

「そして何よりも一騎打ちを好む生粋のキチガイ共だ」

 

 笑みを浮かべる。左腕の回復が上手くいっている事で、指が動く様になってくる。そうやって左腕の調子を確かめながら、言葉を吐き出す。作戦立案はティーダの役目だが、解析は俺の仕事だ。だから今の短い接触と、この状況で得られた情報を全てティーダへと伝える。小さな情報一つ残さず、全てをティーダへと、信頼と共に渡す。

 

 そして、この男はそれに応えてくれる。

 

「―――作戦が一つある。作戦とも呼べないアホ臭いモノだけど、いいか?」

 

 ティーダが覚悟の決まった目で此方を見る。だからこそ笑みを浮かべ、拳を付きだす。

 

「ばぁーか、失敗したら俺達が死ぬだけだろう? それぐらいだったら問題ないだろう」

 

「ま、だろうね。……もしも片方が偶然生き残ったりしたら」

 

「もう片方の仇討をする方向で」

 

「だよね」

 

 俺達は聖人でも勇者でも救世主でもなく、ただの一般人だ。少しトラブルの多い一般人。悟りへと辿り着く事はないし、それが当たり前の蹂躙される側。だから俺達は復讐に身を焦がす事に躊躇はしない―――それもまた、ごく自然な俺達なのだから。

 

「言うよ―――!」

 

 そしてティーダは告げる。

 

 アホの極みを。

 

 

                           ◆

 

 

 ―――来ますね。

 

 赤い空の下、盛に挟まれるこの道路の中央で待つ。ここから一番近い建造物は病院であると把握している。そして相手はそっちへ向かっていないと理解している。相手は自分から見て右側の森へと飛び込んだ。それは視覚でとらえている情報ではなく、相手の動きを感覚として悟ったものだ。相手は戦士だと評価する。

 

 襲撃の直前に行った緊急回避、そしてそこから口にも出さず行う素早い撤退。

 

 もう一度評価する、相手は戦士だと。

 

 騎士ではないが戦士―――夢を持たない現実主義者だと判断する。

 

 これが騎士思想であれば相手はその場で踏みとどまり此方を睨み返しただろう。罵倒を吐かず、腕を無くした事は自らの過失だと認めて。そしてそれを自分は評価するだろう。潔い、と。だが相手は迷うことなく撤退した。それは相手が明確に生き残るつもりであり、そして勝利をするつもりという心の表れでもある。だからこそ評価せざるを得ない。それだけの力量があれば彼我の実力差を察することぐらい簡単な話だろう。なのに相手は戦意を喪失していない。相手はあの森の中で此方に対抗するための手段を相談している。それがほぼ真実となりえる直感として理解できてしまう。

 

 その事実に笑みを浮かべざるを得ない。

 

『―――王よ』

 

 念話が聞こえる。同行者の声だ。

 

『必要であれば』

 

 彼らの居場所を割出、会話を盗み聞く事も可能、か。だがそれは良くない。全力であることは相手に対する礼儀だ。だが、この場合はそれは礼儀ではなく、ただの卑怯だ。故に、

 

『止めなさい。それは相手に対する礼儀に欠ける―――くだらない理由、くだらない生。無理やりこのような肉を与えられ、不本意な姿で生み出され、嘆きの底にあった身です。それがようやく嘆く事以外の感情を抱く事に成功したのです、邪魔をしないでください』

 

『了解しました』

 

 その姿勢は素晴らしい。だが、自分もこうして存在してしまった以上は、言われる以上の何かを見出さなければならない。正直に言えば今すぐ朽ちたい。だが、それは許されない。何よりも本当の自分自身に対する礼儀に欠ける。自殺は考えられる限り、最悪の手だ。誇りを穢す事のみは絶対に行ってはならない。

 

 だからこそ、二人分の気配が此方へと近づいてくる事に笑みを浮かべる事しかできなかった。

 

 駄目だ。

 

 自分にはあらゆる栄誉、称号、名声、富があった。だがそれも今ではすべて過去、今の自分はある少女を元に作られた過去の幻影でしかない。残されたのはこの無駄な矜持と、記憶と、そして両腕だ。もうそれしかのこされていない。そしてそれだけで何かを生み出さなくてはならない。

 

 この身を立たせているのは虚栄でしかない。

 

 だから、森の中から現れた二人の男の存在に胸を高鳴らせる。彼らの事はデータとしてなら知っている。赤髪短髪の男がイスト・バサラで、前衛の解析型グラップラー。もう片方がブレイン役のティーダ・ランスターであり、攪乱と狙撃を得意としている。どちらも総合AA評価ではあるが、チームとしての行動であればSランクを倒すだけの実力があるのはプレシア・テスタロッサを倒した事から見れる。アレが彼女が完璧すぎる再現故の敗北だとはいえ、運さえも実力だと認める自分からすればアレは勝利だ―――油断の出来る相手ではない。

 

『王よ』

 

『控えてください―――貴女は貴女の役割を』

 

『……了解しました』

 

 数値の都合上一時的な関係なのに、それでも此方を心配する同行者の事を律儀と感じる。だが彼女には彼女の役割がある。自分の相手は目の前の二人だ。この二人は確実に本気で、最速で、そして最高の火力を持って此方を”殺し”に来る。そこには躊躇も遠慮もない。だから目の前の二人の男の内、イスト・バサラが浮かべている軽薄な表情が演技であるという事は容易く見抜ける。

 

「よぉ、緑髪のねーちゃん、げっへっへっへ、いい胸してんじゃねぇか……!」

 

「見る所はそこか―――ティアナの将来の方がいいものになると見えた」

 

「シスコンが……!」

 

『王よ?』

 

 大丈夫、たぶん、たぶん演技だ。少しだけ自信がなくなってきたが、演技だろう。無駄に此方の胸を凝視して来る相手は本気じゃない……はず。あぁ、だがそうだった。そういう視線を向けられてから気づく事があった。

 

 ……今の自分は女性なのですね。

 

 記憶はある。が、それが自覚へとつながるかはまた別の話だ。あぁ、確かに少々無防備と言われても仕方がない話だったかもしれない。男としての振る舞いと女性としての振る舞い、それは別の話だ。これからは少々そこに気を付けるとしよう。

 

「イスト・バサラとティーダ・ランスターと見受けます。―――此方も逆らえぬ命を持っています故、無情ながらその命、手折らせていただきます」

 

 此方の意志を明確に向こうへと告げる。確実に殺す。そして相手もそれを既に覚悟していたのだろう。表情は変わらないが、目の色は確実に覚悟の決めてある死兵のものだった―――この二人は死を恐れない。死を認めている。下半身を無くそうが、上半身だけで此方を殺そうと手を伸ばしてくるだろう。なんという僥倖、そして無情だろうか。歳はまだ20にすらなっていないだろう。もっと年月を経て、経験を獲得すれば確実に大成しただろう。その完成へと至れないまだ未熟な器、それをここで砕く必要があるとは。

 

「ハ、見た所俺らとほぼタメだろ? そんな美女の体に戦闘と称してスキンシップできるとか最高じゃね?」

 

「ま、触れられたらの話だけどね」

 

「むしろ生きて触れるか怪しい件」

 

 ―――昔の戦場もこんな感じだったと、彼らの会話を聞いて懐かしむ。懐から博士に言われ、持たされたボイスレコーダーを取り出しながら過去の記憶を振り返る。戦場で、一般の兵士や将兵も常にこんな感じにくだらない事を吐いて互いを鼓舞していた。今、この瞬間が楽しい。最後の瞬間まで楽しい。怒って死ぬのは嫌だ。泣いて終わるのは嫌だ。逝くのであれば最後の瞬間まで笑顔で―――。

 

 ボイスレコーダーを再生させる。

 

【君たちは知り過ぎた―――】

 

 それが第一声だ。だがそれはあまりにも博士の言葉からはかけ離れた言葉であり、

 

【―――と、でも言えば納得するかい? 世の中知っても知らなくても簡単に命ってのは消えるものさ。実際の所、君達が知り過ぎたかどうかで測るのであれば君たちは間違いなく”セーフゾーン”にいるね。いや、見事なタイミングだったよ。これ以上踏み込むのであれば確実に首を飛ばす必要があっただろうからね。だから君達は本来生き延びる筈だった―――】

 

 だった、つまり過去形。そんな未来はもうない。

 

 その為の、

 

 ……その為の自分ですね。

 

【そ、だった。つまりちょっとした遊び心さ。何、良くある話だろ? ゲーム的に言えば俺の育てたキャラとお前の育てたキャラ、どっちが強いんだ、ってやつだよ。正直な話プレシアが勝つとは思わなくても負ける事はないと思ったからね、自爆されたのは予想外だった―――ま、おかげで君たちに興味が湧いたんだけどね。あぁ、ごめんね? 長々と話を続けてしまった】

 

 そこで博士は一旦声を止め、喉を整えた。

 

【これはスペシャルマッチだ。クライアントに頼んだ結果できた泣きの結果だ―――勝てたら今後一切君達と、君の”家族”を此方から関わらない事を約束しよう】

 

 その言葉が出た瞬間、二人から明確な殺意が漏れ出し、場を包む。今のはつまり―――ここで負ければ家族がどうなるかは知らない、と言ったのだ。敗北が家族の死へと繋がる可能性をもった。だからこそ負けられない二人。

 

 ―――その希望を砕きます。

 

【さあ、行きたまえ覇王イングヴァルト。性別は本来とは違っているが、私の全技術力を結集して生み出した君は間違いなく最強の兵器だ―――蹂躙してあげたまえ】

 

 それが最後の言葉だ。ボイスレコーダーを握りつぶして砕き、手から解放する。それ以上の言葉は必要としない。獣の様に荒々しい気を纏った男と、怒りさえも飲み込むほどに静かな男が、対照的な二人がいる。

 

 ……来ます。

 

「覇王イングヴァルト、殴殺します」

 

 宣言した瞬間、二人が動いた。二人そろって同時に前へ。その動きと同時に宣言されるのは、

 

「―――フルドライブモード」

 

 限界を突破し、肉体を蝕みながら実力以上の力量を発揮するための最終手段。本来ならデバイスにリミッターが搭載されシステムそのものが常に封印状態にある最終手段を、それを最初から切りだしてきた。二人ともバリアジャケットを展開しつつ、

 

 ―――正面から衝突したのはイスト・バサラのみだった。

 

 ティーダ・ランスターは相棒を死地に放置し、奥へと向かった。

 

 ―――その方向は”同行者”の方角だった。

 

「なっ!?」

 

 流石に分かれる事は予想外だった。二対一でなければ絶対に勝てない。フルドライブモードは予想外だったが、それ以上にこの戦力の割き方が予想外過ぎる。正面から手と手を掴みあい。足を大地に突き刺して互いの動きを止める。その間にティーダ・ランスターは素早く同行者の下へと向かってゆく。

 

「正気ですか……!?」

 

「ハッ、美女と握手する権利をシスコンにはやれんなぁ……!」

 

 その澄んだ琥珀色の瞳に迷いはない。相手の左腕の握力が弱い、そこから攻められると瞬時に理解し、相手の体勢を一瞬で崩す。体を捻れば相手の体全体が回転する。そこに素早く拳を叩き込むが、相手は体を丸める事で体の重心を変え、拳の上を跳ぶ。

 

 そのまま転がるように着地した男は低い体勢で此方を睨む。

 

 此方の言葉を奪う様に、

 

「イスト・バサラ空曹長―――鏖殺する」

 

 髪色を魔力の蒼色に染めながら、殺意を宣言した。



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コンバット・オープン

 絶望系BGM聞きながら読むといいんじゃないかなぁ。引き続き執筆中はβiosを聞きながらでした。


 フルドライブモード・ネイリング。

 

 それが自分の持つフルドライブモードの名前。その明確な変化は両腕に対して見える。無骨な姿のガントレットは―――ない。代わりに両腕に存在しているのは肩までを覆うボディスーツの様な薄さの鉄色になる。見た目など完全に捨て去った、機能だけを追求した姿。ベーオウルフのコアは右拳にそのまま、存在している。

 

 覇王と名乗る存在から距離数歩。変化したベーオウルフを構え、そして相手の目を睨む。視線と視線を合わせて解る。相手の目には濁りの欠片もない。澄み渡るヘテロクロミアの瞳は此方を完全に見透かすようで、恐怖を煽る。美しい目だと思う。恐ろしい視線だと思う。できる事ならこんな場では会いたくなかった。だが、それも所詮IFという話だ。こうして出会った以上、殺すか殺されるしかない。そして……死ぬつもりはない。

 

「―――!」

 

「―――」

 

 だから前に出る。言葉は出ない。単なる呼吸のリズムとしてしか漏れて出てこない。それ以上は集中力を乱す雑音として、吐き出す事が出来ない。それだけの力量が敵には存在する。

 

 接敵。

 

 一瞬で互いに接近し、初手で右拳を互いに叩き合う。そこから体を動かさず、下半身を固定しつつ右拳を流れる動きで相手の内側へと潜りこませる。それを覇王、イングヴァルトは左手で払いのける。それを理解していたために既に左腕は掌底を叩き込むための動きを始めている。だがそれは右拳を掃った左手―――その肘による肘撃によって相殺される。不利な体勢ではあるのに、此方の左腕が完全ではない事を考慮し、威力は拮抗していた。

 

 加速する。

 

 右拳を引き戻さず手刀へと変化させ振り下ろす。それが相手の右手刀によって切り払われながら直撃のコースを取る。それを左手の動きで横へと叩けば瞬時に左の貫手が迫ってくる。回避の動きを取らないために更に前進する。体を相手へと密着させる距離へと近づけて行動そのものを不発に終わらせる。そのまま両腕を手刀にし、両側から振り下ろす。だがその動きも素早いブロックによって封じられる。

 

 互いの顔に息がかかる距離。その距離で声も出さずに互いの目を見つめ合う。逸らさず、恐怖を飲み込み、相手の目を見つめる。―――美しい色だと思う。まるで吸い込まれそうな美しさだ。本当に、こんな出会いはしたくなかった。

 

 一瞬でも目を逸らせばその瞬間相手にも動かれる。そして先手を取られれば確実に此方の首が落ちる。相手に絶対リードさせてはならない。現状の打撃戦、これが拮抗しているのは相手が様子見に徹してくれているおかげだ。だがそれはフルドライブモードの時間の消費でもある。

 

 ―――終わらせねぇと……!

 

 だから顔を寄せる。

 

「っ」

 

「……!?」

 

 唇を重ねた。

 

 相手が一瞬で混乱するのが見えた―――狙い通りだ。相手が覇王イングヴァルトであれば、記憶や経験は男のものだ。こんな経験ないだろう。男色家などという話もないし、確実に戸惑う。相手の体が女でなければ流石に、というか絶対に使えなかった。が、つまり、

 

「好機」

 

 強引に生み出したこの瞬間、全力の膝を腹に叩き込む。相手の体がくの字に折れ曲がりながら大地から浮かび上がるのを理解する。その瞬間には両腕が動いている。それは素早くイングヴァルトの頭を両手で挟み込むように叩く。

 

「かっ……!」

 

『Bite』

 

 猟犬がバリアジャケットの味を覚える。

 

 鼓膜を叩き破るつもりで放った一撃がどの程度のダメージを通したか解らないが、此処で動きを止める事は出来ない。だから掴んだ相手の頭をそのまま大地へと叩きつける。その衝撃はもちろん全力のもの―――故に頭は大地へと叩きつけられた衝撃でクレーターを生む。その体を、無駄のない動きで回収するために蹴りあげる。そして、

 

「ふ、しゅぅ……!」

 

 素早く、繰り出せる最速の5連打を人体の急所へと叩き込む。そしてそこから動きを止めるまでもなく、回し蹴りを叩き込む。相手が動けなくなった刹那に叩き込んだ連撃は間違いなく過去最速のコンビネーションだった。殺す気で全ての攻撃を叩き込み、吹き飛ばした敵の体は車道から離れて森へと突っ込む。そこで木々をなぎ倒し、イングヴァルトの動きはようやくを停止を受ける。

 

 無言のまま、木にもたれかかるイングヴァルトの存在を見て、胸中の中で断じる。

 

 ……浅い!

 

 その証拠という様に、イングヴァルトはダメージを見せない姿で自分の体を折れた木から剥がす。表面上、ダメージは少ないように見える。表面的ダメージよりも内臓を潰すつもりで、連撃全てに寸勁を織り交ぜて放ったようだが、それも通っていないように見える。胸中の中で相手が人知を超えた化け物だと評する。

 

「―――なるほど、女でしたね、私は」

 

 まるで自分の肉が女のそれだと気づかなかったかのような発言だった。そして面白そうに口元を緩めるしぐさを見る。この人は今、この状況を楽しんでいるのだろう。

 

「非常に不敬な事かもしれませんが、今……私はこの状況を楽しんでいます。この一戦を好ましく思っています。それがもはやカイザーアーツしか残されていない己が縋っている結果なのか、もしくは初めて私を人間として、女性として見られているからでしょうか―――この状況に胸を躍らせるばかりです」

 

 そう言って、覇王は己の身を構えさせた。ファイティングポーズとしてはごく一般的なベルカ式のを。その型が古く見えるのは古代からの帰還者だからだろう。だからそれに合わせる様に、自分もそれに一番対応できる構えを取る。軽口を呟くように、

 

「なんなら今から戦うのを止めてデートに行ってもいいんだぜ? 美人ちゃんなら大歓迎だし彼女も募集中……!」

 

「それも悪くはありませんが―――」

 

 敵意が体に突き刺さる。

 

「それは叶いません―――一身上の都合で殺します。謳われしカイザーアーツの秘儀、その武技に負けず劣らずであることを証明いたしましょう」

 

「手を抜いてもいいんだぜ!」

 

 ―――全く。

 

 隙がない。油断がない。慢心をしない。己を過信しない。そして精神的イケメン。この超人をどうやって倒せというのだ。何を持って勝機とすればいいのだ。フルンディングでバリアジャケットの解析は完了したのが幸いと見るべきだろうか? だが相手も間違いなく様子見を終えて本気になる。ともなれば此方の攻撃が当たるか怪しい。ならば当初の”予定通り”に進行する他がない。

 

 長い時間をかけられない。フルドライブモード・ネイリングは超攻撃特化の形態。

 

 全ての防御能力をカットし、それを攻撃へと全フリする最終戦闘モード。

 

 そこにはもちろんバリアジャケットも入っている故―――一撃でもまともに受ければ即死する可能性がある。

 

 ……死んだら恨むぜバカ……!

 

 踏み込んでくる緑色の閃光に対して対応するため、手で円の動きを描き、全ての攻撃を捌く動きに移る。

 

 

                           ◆

 

 

 背後から聞こえる衝突音を聞きながら判断する。

 

 ―――ここら辺かな……?

 

 大体ここら辺だと判断する。距離的に位置的に、戦場全体を把握し、結界内で活動しているのならここだと断定する。イストが結界の流れから二人目の大体の位置を割り出してくれていて助かった。おかげでまだ生き残る確率が高くなった。一対一だと不利だという事実は変わらない。だが、二対二にするよりははるかにマシなのだ。二対一で戦ってて二人目に不意打ち合流なんてされたら一瞬で全滅だ。そうするためにも、一対一の状況でケリをつけなくてはならない。その為のこの状況、

 

 その為のフルドライブモード。

 

 長くは持たない。

 

「タスラム、ツイン」

 

『Double action』

 

 ライフルの形をしていたタスラムを中央で二つに折る、いや、折れる。そしてそこで二つの銃へと分離する。その形は分離する前のものとそう変わりはしない。それを両手で握り、そして森の中に身を隠す。相手の大体の位置は掴んでいたが―――この距離までくれば狙撃屋としての勘が相手の居場所を訴えかけてくれる。経験と勘以上に頼れるものはない。

 

「さて―――」

 

 森の中を小走りしながら、呟く。

 

「そこは俺の距離だ」

 

 幻術魔法で姿を消す。

 

 ―――このフィールド、シチュエーション、状況。

 

 要素は全て揃った。

 

 

                           ◆

 

 

 ……優勢か。

 

 冷静に情勢を分析する。

 

 相手は二人。此方も二人。だが相手が取った手段は一対一というスタンスを取る事だ。おそらく、いや、確実に合流する事を危惧してこの編成なのだろう。それは正しい判断だと理解する。相手が此方にまだ見せていない、切った事の無い切り札を所持しているのであればそれは一発逆転の目となる。だからこそ、此方は二対二で向かい打つべきだった。それを覇王は矜持や誇りというものに阻まれ、却下した。それが大事であるという事は理解しているが、それよりも大事なものはあると思う。だからこそこの状況は若干歯痒く、そして苛立たしい。

 

 森の中に身を隠す自分の役目は状況の監視と結界の維持だけだ。故にかなり楽をしている。ティーダ・ランスターが此方へと向かってくる途中で姿を消したのが唯一の気がかりだが、覇王とあの空曹長の戦いは確実に覇王が勝利するだろう。力量を分析する限り、全てにおいて覇王が勝っている。今も拳打が互いに叩き込まれ、自分には到底想像できない速度でそれが交差している。だが男の連撃は覇王には一歩届かない。ギリギリのところでしか攻撃を流せず、その体には打撃の余波による傷跡が刻まれて行く。ティーダさえ排除すれば此方の勝利は揺るがないものだと判断する。

 

 ティーダ・ランスター。

 

 この状況で自分が一番危惧する存在だ。

 

 彼は思考形態がデバイスやコンピューター、感情を抜きにして理詰めで考えられる存在と同様の思考形態をとる事が出来る。最善の為に何が必要なのか、それを犠牲を織り込んで考えられる。だからこそ恐ろしい。人間とは誰しも情によって阻まれる。あの男は必要なものの為なら手段を問わない。実際、迷うことなく仲間を盾にする事など普通の管理局員には出来ない。それはあの男、イストにも言える事だ。自分の体を盾に、囮をやりつつ味方を守るなど到底普通の思考ではない。彼らを正しく表現するのであれば、

 

「―――狂人」

 

 狂っている。イカレている。キマっている。覚悟がある。一体何を経験したら一般人があんな風な怪物となるのだろうか。才能には中途半端にしか恵まれていない彼らは、まさに獣とも呼べるような狂人だ。故に、絶対に生かして帰してはならない。ここで生かしてしまえばこの二人は生き物として、より恐ろしいものへ変貌してしまう。経験と、記憶と、そして”記録”がそれを訴えかけている。

 

 故に此方へと向かってくるティーダを、全力で滅さなくてはならない。

 

 そう判断し、

 

 銃撃が体を襲撃した。

 

「―――なっ!?」

 

 ギリギリの所で自動防御が発動し、小型のプロテクションが瞬間的に展開、虚空から出現した弾丸とぶつかり合って砕ける。瞬間的に体を動かし始める。狙撃されたのであれば場所を変えなくてはならない。同時に、相手も動き出すのだろう。だから一撃で仕留めなくてはならない。

 

「響け!」

 

 出の早い砲撃を四つ一気に吐き出す。薙ぎ払う様に、目標へと向けて叩き込む。受ければ間違いなく体を跡形も残さず消し去るだけの威力を持ったそれを撃つが、

 

「ッ!」

 

 今度は見切って横へからだを飛ばす。再び虚空から出現した弾丸は此方の脳を討ち落とさんと出現していた。だがその方角はデタラメだった。確実に頭上から出現していた。速度的にはありえない話だ。相手は正面にいたはずなのに、次の瞬間には頭上からの攻撃。

 

 ……誘導弾か?

 

 いや、違う。誘導弾であれば此方が気づく。流石にそれでこの隠密性は異常過ぎる。狙撃された瞬間まで感知の出来ない一撃など悪夢以外の何物でもない。高速で思考できる自分だからこそプロテクションで間に合うレベルの攻撃だ。ならば―――可能性は一つしかない。

 

 迷わず空へと浮かび上がる。隠れる事で得られる有利性を全て捨て去り、結界に覆われた赤い空へと飛翔する。数キロ先での覇王と空曹長の戦いが見える程の高さへと登ったところで、闇に覆われている森へと視線を向ける。瞬間、死角に展開しておいたプロテクションに接触を感じる―――間違いなく狙撃だろう。だからこれで相手の攻撃が何かを断定する。

 

「跳躍狙撃弾」

 

 跳躍魔法の一種だ。空間を超え、高位の魔導師になれば次元すら超えて攻撃の出来る跳躍魔法。それを狙撃と組み合わせた奥義だと判断する。凄まじい演算力と集中力を必要とするだろう。幻術魔法という隠密性と一撃必殺の狙撃能力―――これ以上厄介な組み合わせもないだろう。だが今回に関しては純粋に相手が悪かったと嘆くしかない。

 

「闇に染まれ」

 

 左手に本を、そして右手に闇を。

 

「デアボリック・エミッション」

 

 闇を大地へと叩きつける。叩きつけられた闇は周囲を飲み込みながら広がり、半径三キロ圏内のものを全てのみ込んで消滅させる。そうしてティーダが潜伏していると思わしき空間全てを飲み込んで破壊する。相手が此方へと戦闘を仕掛けている以上、絶対に近くへと来ているはずなのだ。それ故の判断。

 

 ―――そして、それは当たっていた。

 

「―――!」

 

 予想外の形で。

 

「ッァ!!」

 

 頭上から高速で落ちてきた存在が見えた。一瞬で腕を交差する様に防御すれば、銃剣で切りかかってくる男の姿がある。―――もちろん、ティーダ・ランスターの姿だった。その突如の襲撃に驚くのと同時に、自分のミスを自覚させられる。

 

 幻術と森という最高の相性を持った組み合わせを最善で考えれば使うしかない。

 

 だからその思考の裏を付いてティーダはあえて放棄したのだ。

 

 そして、

 

「―――知っているかい?」

 

 二丁の銃剣をティーダは構え、笑みを浮かべる。

 

「イケメンの狙撃屋は苦手な近接戦も人並み以上にはできるんだよ? ―――元々俺ぼっちだったし」

 

 距離を詰められたと理解した瞬間、ティーダは一旦此方のガードを弾き、斬撃を繰り出してくる。それを飛行魔法の素早いダッシュで回避し、近接用の魔法へと脳のスイッチを切り替える。

 

「いいだろう」

 

 空中に短剣を無数に生み出しながら睨む。

 

「―――我が書の闇に打ち勝てると思うのであれば来るがいい。我が名は”闇の書”」

 

 宣言する。

 

「最悪を模倣するために生まれた玩具だ」

 

 そして、接敵した。




 そんなわけで前々から宣言したようにリイン&覇王コンビです。どーだ、唐突なリインフォースの復活というかコピー! すげぇ地雷だろー! なのになぜか地雷評価されない。解せぬ。もうそろそろしてもいいのよ?

 と、言うわけで広域殲滅型のおっぱいさんと打撃特化型のおっぱいさんの登場です。次回が山場ですかね。


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オン・ザ・エッジ

 ―――さて、どうするかなぁ。

 

 目の前の状況に軽く自分の境遇を嘆く。自分はちゃんと引き際を見誤らずに引いたはずなのに、何が楽しくて無理ゲーをしなくてはならないのだ。確実によからぬ類の存在に目をつけられたのがいけなかった事は理解している。それでもだ、こんな状況になるほどいけない事を自分はしただろうか。だが、それを嘆く時間はない。残酷な話だが今は殺すか殺されるかの状況で、相手を殺す事以外でこの状況から逃げ出せるような結末は自分の頭脳でさえ思いつかない。つまり9割方状況として詰んでいる。

 

 さて、と胸中でつぶやく。

 

 ……相手を分析しよう。

 

 広域殲滅型魔法を得意としている。演算能力は高い。魔力は文句なしのSオーバーだろうか。少々違和感を感じるが無視できる範囲だ。記憶から引っ張り出す限り、この白髪の女性の姿は見た事がある。たしか―――そう、かつては闇の書と呼ばれた存在の統制人格だったか。陸士108隊で研修中の八神はやてが二代目であるユニゾンデバイスのリインフォース・ツヴァイを所持していたはずだ。彼女はデータ上確認した、その初代、アインスに似ている。いや、あのイングヴァルト”モドキ”は人間で、クローン技術による産物なら、この女性もたぶん、プロジェクトFによる産物なのだろうと。

 

 ならよし、まずは精神攻撃だ。精神攻撃は基本。

 

「えーと、リインフォースさん? アインスさん?」

 

「その名で呼ばれる資格が私にはない。故に、その名で私を呼ぶな」

 

「あ、はい」

 

 無理だった。

 

 ……まあ、そうもなるよね。

 

 正直この技術を確立させた存在は天才だ。自分が及ばないレベルの超天才だ。だからこそこの完璧過ぎる再現に戸惑ってしまう。ここまで完璧な記憶の転写を行えば我が強すぎて命令通りに動かない事や、兵器としては不適切な側面が大きく表れてしまう。この戦いを見ればそれが解る。自分がもし、この二人の生みの親であれば、記憶は転写せず、知識のみをいれ、そして局地的な破壊兵器として運用する。Sランク級の魔導師が暴れれば街の一つや二つは容易に落とせる。それだけの戦力を所持しているのに、完全に遊んでいるとしか思えない。

 

 ……遊んでいるからこそ裏切られないのか……?

 

 そこらへんの追及はまだいいだろう。問題は相手に交渉は通じる事がなさそうな事だ。先ほどの短いやり取りで相手が此方に対して明確な殺意を抱いている事が解った。あの時、プレシアの時と同じで、何らかの餌を釣るされているのだろうか。ともあれ、言葉でどうにかできるような相手ではない。

 

 ……やるしかないか。

 

 フルドライブモードはこうやって考えている間にもリンカーコアと体を削って行く。必然的に早期決着でしかチャンスを生み出す事は出来ない。というよりも早期に決着をつけなくては此方が圧殺される。それだけの魔力量を持っている相手だ。なんとか自分とも、相手とも得意でも不得意でもない戦闘状況へと持ち込めた。あとは互いにする事は同じだ。

 

 どうやって自分の戦場へと引きずり込むか。

 

 そう言うのはむしろイストの方が得意な分野だ。基本的に自分は待ちの一手で、相手が来たところを仕留めるのがスタンスだ。だから無理やり相手を引き込んでくるイストの存在は助かっていた。だがそれができないとなると、使える物を全て使ってこの状況をひっくり返すしかない。

 

 であれば、

 

「……沈め」

 

「やるしかない……!」

 

 闇の書、と名乗った敵が背後に数十と言わず、数百のダガーの様な魔力弾を浮かべる。その一つ一つが貫通力に優れ、バリアジャケットを貫通できるだけの威力を持った刃だと解析するまでもなく把握する。故に【防御】は悪手。取るべき手は一つ、

 

「タスラム」

 

 声に呼応するようにタスラムは銃剣の姿から、アサルトライフルの姿へと変化する。二丁のアサルトライフルを構え、刃が降り注ぐのと同時に引き金を引く。カートリッジが大量に放出されるのと同時に魔力弾は降り注ぐ刃を迎撃し、互いに相殺する。―――此方が常時フルドライブモードを利用した迎撃なのに相手はほぼ素面の状態だ、戦力差に嫌になってくる。が、その程度の絶望では足を止めてやれない。

 

 ……ここかなっ!

 

 一際濃い弾幕を張り、弾丸の壁を生み出す―――一瞬だが体を隠すには十分すぎるサイズのを。それを見た瞬間、敵が此方の意図を悟り、右手を突きだす。

 

「散れ」

 

 瞬間放たれたのは素早い砲撃だった。細い―――といっても車を一つ飲み込むほどの大きさの砲撃がノータイムで弾幕の壁を突き破りながら迫ってくる。だが―――それこそ好都合だ。この砲撃の方がどう見ても自分の放った一撃よりも太く、そして身を隠しやすい。食らったら即死しそうというリスクを抜きにすれば最高の隠れ蓑だ。

 

「ミラージュ……!」

 

 身を隠す。それこそがランスター家に通じる第一戦術。

 

 ―――不意打ち騙し討ちはドンドンやろう……!

 

 砲撃を目前に姿を完全に隠す。

 

 

                           ◆

 

 

 ……ここからが本当の勝負だ。

 

 相手を分析する。ふざけているような節はあるが、その瞳は常に勝利を貪欲に求めていた。冷静沈着でありながら闘志を燃やしている。不思議な印象の男だと判断する。だがどんなに地味であれ、己の持つ才能、武器、道具、その全ての一つ一つを歯車として認識し、運用する才能に関しては図抜けていると判断する。今の砲撃。ナイトメアは一度しか使っていない。なのにそれを自分の戦術にティーダは取り込んできた。油断すれば一気に首を持っていかれる、危険な相手だと判断する。

 

「ハウリングスフィア」

 

 右手を浮かべれば周囲に十数を超える黒い機雷が浮かび上がる。敵が近づけば自動で反応し、爆破するフローティングマイン。そのものが魔力である為、魔法を発動させれば同じ魔法を発動させることができる砲台でもある。それらを今度は上も下も取られぬように全方向へと設置し、索敵を開始する。

 

 目を閉じ、腕を伸ばし、五感から得られる情報の全てを処理する。音―――反応なし。熱―――反応なし。視覚―――情報なし。この三つに引っかからない時点でかなりの完成度を持った幻術だと把握する。だからこそ、

 

「触覚―――」

 

 魔力をソナーとして放つ。それはしばらく進んだところで、背後へと回り込むように存在していた存在に触れ、キャッチする。生物である以上、絶対に物理的接触から逃れる事は出来ない。魔力ソナーはその応用。反転するのと同時に視線を向ければ、幻影から身を現す姿を見る。だがその姿を攻撃を放つ前に看破する。

 

「幻術……!」

 

 これが本体ではない。何故ならその中身は空っぽだからだ。見れば解る、その半透明な体を。だからこそ本体は別の場所―――ソナーの範囲外にいる事を把握し、高速で逃れる為に体を動かす。相手の位置を悟り、一瞬で闇を複数手の内に作り出す。が、その瞬間には体に突き刺さるものがあった。

 

 魔力弾だった。

 

 ……早い……!

 

 自分が防げた一撃目も、二撃目もここまで早くはなかった。気づいた時には弾丸が体に命中していた。体を動かしたおかげでそれは肩を貫通する様な一撃になっており、大したダメージにはならなかったが、攻撃の為に振り上げた腕を完全に破壊していた。―――右腕は動かないだろう。これで体を動かさなければ、確実に脳か胸を吹き飛ばされていただろう。

 

「ティーダ・ランスター……!」

 

 この敵は危険だ、と再度認識する必要が出てきた。

 

 

                           ◆

 

 

 ……死ぬ、超死ぬ。

 

 自分の一撃がギリギリの所で失敗したのを悟った。

 

 今の一撃でキッチリ頭を吹き飛ばすつもりだったが、それが通じなかった。つまり状況としてはヤバイというレベルではなく、9割方勝率がないのが9割9分勝機が消えている状態となった。この9%の勝率は軽んじられる事が多いが、個人的には大きな違いだと思う。41%と50%を見てみると50%の安心感がかなり違う。

 

「……よし」

 

 伏せていた大地から体を持ち上げ、移動を開始する。今まで自分が幻術魔法を使って隠れていたのはリインフォース・クローンが一撃目に大技を放って滅ぼした森、そのクレーターの中央だ。相手が思考の基準として”最適解”を選ぶのが見えてきた。だからこそ奇策の類がこの相手にはよく通じる―――今の一撃は相性の差だ。

 

「立ち向かう事だけが戦いではない、ね」

 

 幻術魔法を教えてくれた父はそう言っていた。我が家は幻術魔法が得意な人間が生まれてくるのが多いので不意打ちと奇襲、騙し討ちは基本戦術だと。ティアナにも基本的な事は教えてあるから、一応自分が死んでもこの渋い魔法のチョイスを理解してくれるといいなぁ、とは願望として思っている。

 

 あぁ、そうだなぁ。

 

 ……死ぬかなぁ。

 

 なんとなくそんな予感がする。空気に、場所に、状況に殺されている。自分が少しずつ死の泥沼にはまって行く感じが明確に感じられる。言葉にできる表現ではないが、確実に断頭の刃は迫ってきている。時間をかければかける程処刑の刃が近づいてくる事を錯覚する。だから、殺さなくてはならない。早く、この刃が首に届くよりも先に、相手を殺さなくてはいけない。だから、その為に体を必死に動かす。前へ前へ、相手は既に此方の位置を今の一撃で割り出しているだろう。だから完全に此方の行動を把握される前に更に状況をかき乱す。

 

 背後で轟音を感じる。巨大な魔力の本流を感じる。ほぼ間違いなく敵の広域殲滅魔法だ。それから逃れる様に空へと上がる。無駄に撃てば打つほど首を絞めるのは間違いなく此方だ。だから空へと飛びあがり、ダメージを負ったリインフォース・クローン。

 

 二丁のタスラムの姿をライフル型の姿のまま、

 

 ―――全力で突っ込む。

 

「っ!」

 

「おぉぉォ―――!」

 

 敵が浮かべた浮遊機雷を全て限界速度で振り切る。背後で発生する爆破が連鎖的に広がり、体を削る。だがそれ位の犠牲は織り込み済みで、防御魔法も使わず一直線に敵を睨み、接敵と同時に蹴りを叩き込む。それをリインフォース・クローンは残った左腕で防御する。浮かび上がるのはプロテクションの魔法。その強度はオーバーSの魔力という要素を持って凄まじい硬度を発揮している。

 

 だが発動しているのであれば、

 

「これは防げないだろう!」

 

「跳躍弾……!」

 

 プロテクションの内側に弾丸を送り込んで放つ。それはリインフォース・クローンの脇腹を掠る結果として終わるが、状況を此方へと傾かせるには十分すぎる流れだ。新たに血を流しながら軽くだが上手くリインフォース・クローンのプロテクションを蹴って体を離す。その体を幻術魔法で隠した瞬間、

 

「……薙ぎ払え!」

 

 雷がリインフォース・クローンの正面全てを焼き払う様に放たれた。ギリギリで逃れた自分にそれは当たらなかった。が、一瞬でも離脱のタイミングを誤れば蒸発していたのは自分だ。だから相手を追いつめるのは慎重に、しかし素早くと決め、リインフォース・クローンの背後で魔力弾を複数浮かべる様に出現させ、背後から蹴りを叩き込む。

 

「調子に、乗るなッ!」

 

 防御もせずに体で攻撃を相手は受け止めた。それと同時にカウンターとして敵が放ってきていたのは血の短剣だった。

 

「ブラッディダガー!」

 

「くっ……!」

 

 十数の短剣が体を一瞬で貫通する。その全てが幸い、急所に突き刺さっていない。痛みはあるが、男の意地で無視できない程酷くはない。そう、男には意地がある。

 

「クロスファイア、シュート!」

 

 浮かべた魔力弾を蹴り飛ばす敵の体へと叩き込むが、

 

 浅い……!

 

 それがリインフォース・クローンの体を貫通していないのを確認する。予想以上に防御が硬い、今の一撃では落としきれない。

 

 ―――ならば、次の一手で完全に勝負を決める……!

 

「ナイトメア」

 

「ブラックアウト」

 

 砲撃が闇を貫く。

 

 

                           ◆

 

 

 一瞬で闇が消えるのと同時に身構える。

 

 ハウリングスフィア―――駄目だ、相手は逆に利用してくる。

 

 デアボリック・エミッション―――放つ予備動作を狙われる。

 

 ナイトメア―――出が早いが無差別に撃てば消耗するだけだ。

 

 ブラッディダガー―――おそらく最善手。小回りが利き、尚且つ連射できる。

 

 だから展開の出来るブラッディダガーの最大数を展開する。その数274本。その全てを自分の周り3メートルを回転させながら檻を生む様に展開する。跳躍弾対策に常に体を動かす場所を用意し、迎撃の姿勢へと体勢へと自分の状態へと移す。既に相手の跳躍弾と、幻術は何度も見、そして確認した。

 

 次に見れば完全に解析出来る。

 

 そうなれば相手の位置を常に割る事が出来るようになる。

 

 故に一手、この一手だ。既に跳躍の反応は追えるだけの解析を終えている。だからこそ、

 

 ……来るかっ!

 

 跳躍の反応を感じた瞬間、素早く身構える。弾丸は何処から来るのか、それをどの方向へと避ければいいのか。それに対して身構え―――なにも来ない。いや、来ている。来たけど見えていないだけだ。

 

「跳躍弾が使えるのに、転移魔法が使えないって事はありえないだろ……!」

 

 ―――その言葉と共に、心臓を二本の刃が貫いていた。



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エンブレイス・オブ・デス

 打撃を打撃で迎撃する。それが既に何回行われたのかは解らない。ただ一つだけ実感しているのは死だ。死はすぐそばにある。そして現在、自分はそれをチョン避けしている。そのチョン避け状態を続けている。気が狂いそうになるのを抑え込み、頭の中を空にし、反射神経と直感に全てを任せて相手の打撃を迎撃する。掌底を手刀で、手刀を張り手で、打撃を蹴りで、そして蹴りを打撃で。互いに全力で武を振るい、その全てを迎撃してゆく。だがその流れは確実に相手に流れる。この数百を超え、千に届かんとする武の流れは一方的に覇王の流れを生み出していた。

 

 この流れで、削られて行くのは俺一人だけだ。

 

「……!」

 

「―――」

 

 無言で拳を交わす。瞬間的に繰り出される五連撃を全て受け流すが、その際に一撃は必ず体を掠める。そして防御能力が0になっている今、掠り傷はそのままのダメージとして体へと伝わる―――今回、肩を掠めた一撃はマフラーを千切り、そしてシャツをぼろぼろにし、そして肩に赤い裂傷を生む。もはやぼろぼろだったマフラーはそれで完全に役目を終えて切れ落ち、右の肩にぶら下がる形で残っていたシャツも今の一撃で完全に切れ落ちる。腕を覆うベーオウルフのネイリング状態の姿を置いて、上半身を覆う衣服はなくなっていた。それもそうだ、バリアジャケットに回す魔力さえも反射神経と攻撃力の増強へと回しているのだ。

 

 そうしなければ最初の手合せで死んでいる。

 

 だがそれでも体の傷は癒えてゆく。

 

 防ぎきれなかった連撃の結果生まれた傷は目に見える速度で塞がって行く。防御力はないが、治癒能力はある。ネイリング状態のフルドライブモードはどこまでも前向きだ。前向きに殺しに行っている。相手を殺す為に必要なものは火力とうごかせる体だけ。

 

 ネイリングはそもそも”砕ける”事が前提の形態だ。

 

 だから、

 

 ―――これでいい……!

 

 体が傷つき、癒えてゆく無限の痛みのループの中で思考する。これでいい。此方は削られて行く。肉体も、思考も、魔力も、そして―――命も。だがそれでいい。この極限の綱渡り状態、何もかもが失われて行く中で一つだけ自分が拾えるものがある。それはありえない邂逅こそが唯一祝福として与えてくれたもの、

 

 即ち経験。

 

 削られて行くものは多い。だが目の前の覇王に相対するために、自分は持ちうる全ての技術を発揮している。シューティングアーツも、ストライクアーツも、そしてベルカ格闘術も。この三つを織り交ぜ、掛け合わせ、そして打撃している。だがその中には純格闘特化の魔導師と出会えていない故の泥臭さがある。我流では限界がある。師であった祖父はとう昔に亡くなってしまった。そして誰かに師事出来る様な身分でもない。ならばこそ、自分一人で磨くしかなかった。目標がなかった。だが、今、それが、

 

 ……目の前に……!

 

 相手の攻撃はかなり独特だと思う。打撃のリズムに入ったと思えば次の瞬間には手刀が飛び、此方が繰り出し受け流しを貫通して衝撃を放ってくる。感覚としてはベルカ式格闘術、それを極限まで無駄なく、そして最大限殺す為に磨いた芸術の様に思える。その奥義の全てを知っているわけでも見たわけでも聞いたわけでもない。だからその本質を語る事は出来ないが、だが感覚としては狂いはない。これは殺すための技術だ。あらゆる敵、あらゆる兵器、あらゆる理不尽を殴殺するための格闘術。―――これがカイザーアーツ。

 

 突きつけられる実力の差と現実に舌を巻きながらも、荒々しい技術は磨かれて行く。余分なものが削られて行き、戦闘に必要な部分のみが覇王への相対の為に生まれてゆく。極限の命のやり取りの中でしか生まれない成長がそこにはある。だからこそ、こんな状況でも心は高鳴る。既に魔導師として自分は完成されている。この十九年間の生で、自分の適性に合った魔法を極められるだけ極めたという自信がある。これ以上磨けるのは苦手分野の克服のみだ。だがそれは直接的な戦力上昇にはつながらない。だからこその技量だ。天才連中であればあるいは壁を越えてさらに進めるだろうが、それは自分にはあり得ない。この体、資質、そして技量で全てが決まってしまう。体と資質は把握している。上へと向かうにはこの肉体しかない。

 

 だから削り、磨くしかない。

 

 盗めるものは全て盗んで、自ら磨く。

 

 この刹那に、相手を超える為に……!

 

「―――故にこそ、その命をここで手折る必要がある事を無情と呼ぶのでしょう」

 

「ッ!」

 

 一瞬の拳の交差、次の瞬間には覇王が手首をつかんでいた。ヤバイと認識した次の瞬間には体が地を離れ、自分の体が速さによって持ち上げられている事を理解した。まるでタオルを振り回すかのように此方の体を振り回し、それを何度も地へと叩きつける。

 

「無影組手……!」

 

 それがただの振り回しであれば良かったが、その振り回しは加速を得て此方の肉体の血流を一気に流れをとどめる。加速し始めるこの一撃の目的は打撃によるダメージではなく、速度によるブラックアウトが目的だ。そして時たま大地へと叩きつけるのは此方の体勢を崩す為。だからこそ、

 

「元からダメージ度外視だ……!」

 

 飛び散りそうな意識の中、大地への衝突の瞬間に受け身を取らない。その代わりに衝撃を全身で受け、身体が叩きつけられて跳ねた瞬間に体を曲げて、覇王の腕に体を組みつける。そのまま腕を―――折る。

 

「織り込み済みです」

 

 両手足で組みついた腕を覇王は持ち上げ、それを全力で大地へと叩きつける。瞬時に組を解き、体を全力で後方へと飛ばした瞬間に拳は炸裂、大地を粉々に砕きながら自由を得ていた。細腕で生み出した結果に内心舌を巻きながら拳を構え直す。非常に厄介な相手だ。自分という魔導師が目指す理想のタイプと言ってもいい。技量は完全に上回られているのがこの上なく勝機を殺している。なら此方しか持ってない武器を使って倒すべきなのだろうが。

 

「才能が有り、向上心があり、そして何より己の技量を弁えている。素晴らしい人材である事に疑いがありません。ですから再び拳を合わせる機会が来ない事が残念でしかありません」

 

 ―――来る。次は確実に大技が、此方を仕留めに来るために来る。それだけは理解できた。いや、確信できる。相手は此方を次の一撃で殺す気だ。カイザーアーツの奥義、それが今披露される。そして、それを乗り越える事が勝利に対する最低限の条件。

 

「ハ、惚れてもいいんだぜ?」

 

「ふふ、私に勝てたら考えておきます」

 

 ……それって無理じゃね。

 

 一瞬そんな事を思い浮かべて、苦笑してしまう。

 

 ……本能的に勝てない事を悟っているんだろうなぁ……。

 

 ゲーム的に見れば相手がレベル100の最上位職のキャラで、自分がレベル80の上位職のキャラだ。相手が完全に此方の上位互換キャラで、それを戦い合わせれば結果としてどうなるかは明白だ。もちろん、レベル80―――つまりは俺の方が圧殺される。奥の手はいくつかあるが、それを十全に放てる状況でもない。だからこそ、それを放てるだけの状況を生み出す必要がある。そしてそれは、

 

 これを乗り越えた所にある。

 

 故に、構え、

 

「―――」

 

「通します」

 

 覇王が宣言し、構え、

 

「―――覇王断空拳」

 

 次の瞬間、モーションや過程を全て飛ばして拳を胸に叩き込む覇王の姿が目前にあった。

 

 

                           ◆

 

 

 ―――防ぎましたね。

 

 優秀だと判断する。魔導師としては良くて秀才の類だとは聞いていた。格闘は確実にセンスと才能に恵まれている。これに反応できたのがその証拠だ。ギリギリ防御に入れたのは戦闘を通した成長による賜物だろう。だが防御をした所で無意味だ。これは奥義であり、そして必殺技でもある。自分が戦場で敵を仕留める為に放つ一撃必殺の奥義。これに関してだけは無類の信頼を置いてある。たとえ防御されても衝撃は相手の防御を貫通し、そして心臓へと直接叩き込まれるようになっている。

 

 常人であれば心臓破裂。

 

 超人の類でも心肺停止は免れない。

 

 故に拳を引き、心臓を止めた状態で立つ男の姿を見、感触から判断する。心臓を潰す事は出来ないが、その動きを止める事は出来た。その証拠としてイストは一度苦しそうに顔を歪めて、息を吐き、そして動きを止めた。そうして動きを止めてから近寄り、手を脈に当てる。

 

 ……止まっていますね。

 

 確実に殺した、と確認できた。そしてそれを確認すると同時に、言い訳も出来ない罪悪感が胸を苦しめる。命を一つ、身勝手な事で消し去ってしまった。あと数年あれば自分を殺す事も出来たかもしれないが―――それも幻想だ。今ここで、自分が命を奪ってしまった。

 

「……イスト・バサラ、ありがとうございます。貴方の事、その言葉、忘れません」

 

 おそらくこの世界に生を再び受けてしまい、イングヴァルトとして、そして少女としての記憶を持っていた自分は己がなんであるかを喪失していた。意味と意義を見失っていた。だがそこに自分がどういう風にみられ、そしてどういう存在であるかを目の前の男は教えてくれた。

 

「私は、女ですね……そして、覇王イングヴァルトです、か」

 

 どうせなら男として生まれ直したかったが、生まれを選ぶことは何物にもできない。だからこうなってしまった以上、それと付き合っていかなくてはならない。生まれを呪っても仕方のない話なのだ。だから、今の自分を認めて生きる。自分は女だ。女として生きていかぬばならない。女、覇王として。だから死体に背を向ける。もうここに用はない。この罪悪感と罪は一生背負う事として決める。

 

 瞬間、

 

『Ressurection』

 

 背後でスパークと機械音が響く。まさか、と驚愕と共に振り返ろうとした瞬間、何かが体に絡みつくのを感じ取る。驚愕が抜けきる前に体は大地に倒されていた。

 

「―――俺は、貴女を殺さなくてはいけません」

 

 背後から組みついたのは数秒前まで死んでいたはずのイストの姿だ。馬鹿な、確かに死んでいたはずだと言葉を口からもらしかけ、そして先ほどのスパークの正体を悟る。つまりは―――電気ショックだ。電気ショックを自分の体に流し、無理やり心臓を動かし始めたのだ。つまり死ぬことが前提で相手はこの状況へと持ち込んだ。正気か、と問う前にここまでして此方を殺しに来る存在へ感謝する。

 

「覇王イングヴァルトは戦乱の世で死にました、それで彼の生は完結しました―――故に覇王は生きていてはならない。墓は暴いてはならない。生は冒涜されてはならない。貴女が覇王と名乗る以上。貴女を俺は全力で殺さなくてはならない……!」

 

 ―――オリヴィエが守ろうとした民は、その末裔はこんなにも立派ですよ。

 

「ありがとうございます。ですが―――」

 

 ただで負けるつもりはないと、心の中で宣言する。それ以上の言葉は喉を掴む腕によって吐く事は出来ない。足は絡めるように足を取り、もう片腕で此方の腕を動けない様に極めている。此方が一瞬油断していた事もあって関節技は完璧に決まっていた。だがこの技は昔、見た事がある。

 

 ……エレミアの!

 

 懐かしいと思う反面、状況は悪い。喉を閉められているせいで腕に力が入りにくいし、完全に動かせるのは左足だけだ。だが……!

 

 

                           ◆

 

 

 ……どうだ!?

 

 本当に虎の子というべきか、昔軽く齧った程度の技を取り出す。古式あいてには古式という発想で繰り出してみたが、上手く極まっている。少しずつ体から力が抜けて行くのも密着する体を通して感じる。このままいけば―――とは思わない。相手は戦乱の世には覇王と呼ばれるほどの実力者。肉体は違えど、それでも相手が最強と呼べる存在の一角であることに間違いはない。ここで手を抜けば殺されるのは此方だ。レヴィに充てんさせたカートリッジを利用した心臓ショックも心臓への負担が強すぎて使えるのは一回のみ、ここで殺す事が出来なければ本当に手段がなくなってしまう。

 

 もちっとエレミアとかカイザーアーツとか勉強しときゃあ良かった……!

 

 首と足の骨を折る勢いで力を込める。大地に倒れているので倒す掌撃で此方の束縛を緩める事は出来ない。ほぼ完全な詰みの状態でも、それでも相手は引っ繰り返すだけの実力を持っているから完全に殺す。

 

「……ッ!?」

 

 力を籠め、折りにかかる此方の体が持ち上がった。

 

 いや、

 

 イングヴァルトが立ち上がった。

 

 唯一自由に動く左足。

 

 それをイングヴァルトは大地へと突き刺し、足の筋力だけで体を持ち上げた。

 

「デタラメな……!」

 

 こんな状況でそれだけできるだけの力を一体どこから引き出して来るのかと叫びたくなるが、相手も自分と同じだ。死ぬ気で此方を殺そうとしているのだ。できる事は全て使ってくる。

 

「覇王、剛滅!」

 

「がぁっ」

 

 絞り出すように叫んだ瞬間、全身を貫くような衝撃が相手から放たれた。発勁の類なのだろうか、体を動かさずに衝撃だけを飛ばし此方の全身に叩き込んできた。だが、それでも関節技を解除しない。逆に力を込める。グキ、と相手の腕と足から嫌な音が響くが、首は硬い。おそらく首を、急所をピンポイントで強化する事にリソースを割いている故、首は折れてくれない。

 

「二撃!」

 

「かぁっ」

 

 二撃目は予想できた。故に耐えられた、が、

 

「三撃……!」

 

 二撃目のすぐ後に放たれた三撃目によって此方の拘束が解除される。瞬間、折れた右足を引きずりながらイングヴァルトが体を動かし、距離を作る。その動きは遅い。仕留めるには至ってはいないが、確実にダメージは重ねている。一回死んだだけの価値はあった。右腕もひじから先が力が入っていない様に見える。

 

 ……ここで殺さなきゃ顔を見せられねぇなぁ!

 

 ベルカの者として、聖王に守られた民の末裔として、蘇させられ、覇王と名乗る存在を生かしておくわけにはいかない。まだ別の名を語るのであればいいが、覇王も聖王も、彼らの死を、生きざまを、存在を冒涜する様なこれを許す事は出来ない。生き残る為、誇りを守る為、この人はここで殺さなくてはならない。

 

 だから前に出る。

 

「行きます」

 

「来なさい」

 

 体は表面上無傷に見えても、内臓は既にボロボロだ。口から溢れる血を無理やり飲み込みながら吠え、そして拳を構えて一気に接敵する。肉体が限界を迎えているのであれば限界を超えるしかない。

 

「ベーオウルフ……!」

 

『Cartridge over load』

 

 オーバーロード、つまり過剰使用。肉体が耐えられない量を無理やり回復能力任せでロードし、暴走させながら使用する状態。

 

 ……ここで決める―――!

 

 打撃と打撃で迎撃する。ぶつけ合った衝撃で体が傷を覆うが、大した問題ではない。そのまま二撃目を放ち、迎撃し、そして流す。超高速のラッシュを再び放ち続ける。ただ今度は覇王ではなく此方の優勢となる。両手を使い、限界を超えて強化する此方とは違い、相手は片腕を十全に使えない状況だった。いや、折れている腕を使って迎撃しているという時点で凄まじいと評価するべきなのだろう、だがそれでは追いつかない。

 

「かっ、くっ」

 

 やがて一撃が体に届き、二撃目が届き、

 

 そして、

 

「……しまっ―――」

 

 片腕が十全ではない故に攻撃を止めきれず、そして片足故に十全な踏ん張りがきかない。刹那の遅れが明確に勝敗を分ける戦闘の中で、覇王イングヴァルトがもたらしたワンアクションの遅れは生死を分ける一瞬だった。それはこの瞬間、機会を持ち望んでいた自分には十分すぎる瞬間であり、

 

「竜の頭を消し飛ばした一撃、受けてみろ……!」

 

『Killing blow』

 

 持ちうる全技術、魔力、そして体力を全て注ぎ込む。これが自分の持ちうる全て。

 

「―――鏖殺拳ヘアルフデネ」

 

 無拍子、防御貫通、内臓破壊と、考えうる限り込める事の出来る最悪の技術を全て持って放つ文字通り鏖殺専用の拳。相手を如何に殺すか、その一点だけを磨いた拳は阻むものもなく、止められるわけがなく、防御に入る事の出来ないイングヴァルトに衝突し―――吹き飛ばした。

 

 その衝撃は凄まじく、衝突と同時に周りに数メートルの亀裂とクレーターを生み出し、相手の体を何十メートルも先の森の闇の中へと押し出す。その道中にある木々は全て折れるのではなく粉砕され、受けた場合の衝撃を如実に表していた。命中した感触から確実に殺したと、確信した瞬間、

 

 全ての魔力を使い果たした。

 

「あ……あがぁ……かぁ……」

 

 口から溢れ出す血をどうしようもなく、それを吐き出しながら膝を地につけ、倒れる。血を流し過ぎたせいか目はかすみ、左腕も完全に動かなくなっていた。イングヴァルトの生死を確認するべきなのだが、そこまで体を動かすだけの力は残っていない。ただかすんだ視界でも遠くの木に寄り掛かり、動かない人の姿があるのは見える。

 

「か、は、……はは……俺の……勝ちだ……」

 

 痛みが全身を満たし、今にも死にそうだが、それでも充足感には抗えなかった。勝った。卑怯な手段を取ったが、勝利した。”あの”覇王に勝利したのだ。伝説に、拳士であれば誰でも憧れるようなカイザーアーツの生みの親に勝利したのだ。そして、同時に覇王のクローンを墓場へと返す事が出来たのだ。

 

 これ以上の充足感はない。

 

 だからこそ、

 

 響いてきた足音を友の勝利の足跡だと疑わなかった。アイツも勝ったか、と安堵と共に笑みを浮かべようとして―――空を見る。

 

 ―――そこには結界を張られ、赤く染まったままの空があった。

 

「―――予想通りの結果だったな」

 

 声もなく、足音の方向へと視線を向ける。そこには女の姿があった。羽を生やした女だ。服装は黒く、髪は白く、そして心臓があるべき場所に穴をあけた女だ。その姿は間違いなく致命傷のはずのものだ。だがそんな事よりも、問題なのは彼女が片手に握るものだった。

 

「遺言だ―――”ティアナを頼む”と」

 

 そうして横へと降ろされたのはティーダ・ランスターの死体だった。あまりの事態に脳が一瞬理解する事を止めようとして、次の音に完全に心を砕かれる。

 

「その姿はどうしたのですか?」

 

 それは覇王の声だった。震えながらも立ち上がり、生きている覇王の姿だった。上半身の衣服は完全に吹き飛んでいるが、それは今もなお健在と証明する姿だった。再びバリアジャケットを張り直した覇王は足を引きずりながら此方へとやってくる。

 

「思考の裏をかかれて心臓を突き刺されました―――デバイスであるが故、コアを砕かない限りは致命傷ではないのですが。王よ、そちらは?」

 

「流石に死を覚悟しましたが魔力を全て使って肉体を強化しました。経験上ああいうタイプはプロテクション貫通型の一撃ですから下手に防御をするよりは肉体全てを鋼の様に固め、衝撃を外部へと逃した方が有効ですから」

 

 ……なんだ、経験済みだったのかよ……。

 

 認めるしかない。相手は強い。自分よりも、はるかに。自分がまだ届かないような領域に相手は立っている。だからこの結末は自然なものだ。

 

 強いものは強い。

 

 人生に奇跡なんてものはない。

 

 弱者が強者を破る様な物語は万人に与えられる特権ではない。

 

 ……先に逝ったかティーダ……。

 

 ティアナを任せるとか言われてもマジで困る。それって俺が負けないって事を信じている結果なんだろう。だから一回言ってやりたい、馬鹿め、と。勝てるわけがないだろう。いや、負ける気はなかったけどさ。

 

 あぁ、ごめん、シュテル、レヴィ、ディアーチェ、ユーリ。

 

 お兄さんちょっと帰れそうにないわ。

 

 最後の力を振り絞って体を仰向けに変える。口の中に溜まっていた血は全て吐き出した後なのでのどに詰まるものはない。ただ漠然とした痛みと、疲労と、そして終わりを肌で感じる。これが俺の終わりだと思うとどこか寂しいものがあるが、死には抗えない。

 

「介錯致します。……何か遺言はありますか」

 

 覇王が此方の前に立つ。その姿を見て、ティーダを殺した仇の顔を見て、言いたい事は色々とある。でも、結局のところは全員が被害者なのだろう。

 

「やっぱ可愛い子ってさ、幸せにならなきゃいけないと思うんだよなぁ……こう、デバイスとか戦いとか忘れて……新しい洋服とかに騒いで……甘いもん食って……笑って……恋人でも作って……結婚して……死ぬまで楽しくやるべきだと思うんだよなぁ……んな顔をさせちゃいけないんだよなぁ……」

 

 そう聞こえない様に呟き、そして言葉を放つ。

 

「黄泉路に乙女の祝福でも持っていけたら」

 

 最後まで真剣でいるのは自分らしくない。そう思って放った言葉だったが、気づいた時には顔が近くにあった。

 

「では、戦士を祝福しましょう」

 

 そう言われ唇を重ねられ、

 

 ―――完敗だな。

 

 意識を失う。

 

 

                           ◆

 

 

 ―――口づけは血の味がした。

 

 

「王よ」

 

「解っています。殺します」

 

 惜しいと思う。心の底から。純粋に人としての幸せを、それを願った故にあの少女達を囲い、そして普通の生活をさせているのだろうと思う。人格者だと断言できるが、不器用でもあると思う。おそらく死んだこの二人もまた、利用されるのだろう。死を冒涜され、死にたくとも死ぬ事が出来ず、恭順の道を選ばされるのだろう。

 

 ならば、

 

 ……死体が一欠けらも残らない程の攻撃で二人を消し飛ばすのがせめてもの救いでしょう。

 

 その為に構える。魔力は最後の一撃を防ぐのに大分使ってしまったが、大技を一発放つぐらいであれば十分残っている。だから魔力をかき集め、まだ無事な右手を振り上げる。相手の事は絶対に忘れないと心に刻み、

 

「―――エンシェント・マトリクス」

 

「っ!?」

 

 結界を突き破って一本の杭と見間違うほどに巨大で禍々しい剣が自分とイストを分ける様に大地へ突き刺さる。結界を粉々に破壊し、そして現れた侵入者は剣の上に立つと憤怒の表情を浮かべ、此方へとギラつくような視線を向ける。

 

「―――良くて虫の知らせ、悪く言えばご都合主義。でも実のところはちょっとだけイストが考えそうな事が解るので早めに家に帰ってこない様に迎えに来たんですよ。早めに帰ってきて退院パーティーを準備しているのがバレたくないですからね。今日の為にみんなで頑張ったんですよ? ディアーチェは張り切りますし、レヴィは慣れないお菓子作りに挑戦しましたし、シュテルも飾りつけをたくさん作ったんですよ?」

 

 それなのに、

 

「なに計画パーにしてくれてるんですか。殺しますよ」

 

 相手の姿を知っている。データとして、イスト・バサラが囲っている少女達の一人だ、彼女は、

 

「ユーリ・エーベルヴァイン……!」

 

「正しくはユーリ・B・エーベルヴァインです。私はバサラ家の一員だと思っていますので。ともあれ、よくも邪魔してくれましたね」

 

 此方を睨み、ユーリは背後に炎の翼を二本生やす。

 

「試作型無限結晶エグザミア・レプカ起動、稼働率30%」

 

 膨大な魔力をなおも増大させる彼女は睨む。

 

「沈むことなき黒い太陽を、影落とす月を―――罪人よ、砕かれぬ闇に恐怖しろ」

 

 それは憤怒に染まった紫天の盟主の到来だった。



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Interlude
ディザイア


「―――やれやれ、何とも面倒な老人達だ」

 

 大きなスクリーンが設置してある部屋、椅子に腰かける姿がある。その姿は非常にずぼらだ。よれよれのシャツにズボン、そして乱雑に着こまれている白衣。それが男を科学者だという事を証明している。が、その男を特徴的とするのはその恰好ではなく、髪だ。頭髪は頂点では紫色をしているが、それは肩まで伸びる髪の末端へと届くころには完全に色素を失うグレーに変貌している。それはまるで生命力の衰えを証明するかのようで、男の命の残りを表すようでもあった。だがそれすらも楽しむ様に、男は鼻歌を歌う。

 

「ドクター?」

 

「おぉ、いい所に来たね」

 

 男がスクリーン前のパネルの上に倒してあるマグカップを指さす。その中に入っていたコーヒーは零れてパネルを濡らしている。そのせいなのか。スクリーンは黒く、光を映していない。

 

「ドクター、これは?」

 

「うん? 通信中に”何故か”手が滑ってしまって”偶然”にもそれがパネルにかかってしまって”運悪く”故障してしまったのだよ。いやぁ、やはり時代は防水だね! 次からは防水仕様にしよう。……あ、待て、待ちたまえ……? もしかして……予算がヤバイ? 予算がヤバイ! じゃあ防水仕様はまた今度だね! いやぁ、防水仕様にできないのは厳しいなぁ! またコーヒー零しちゃうかもしれないなぁ! いやぁ、惜しい、予算の為なら仕方がない!」

 

「端的に言って嘘くさいです」

 

「だって老人方の相手は疲れるもの。私だって面倒な事はしたくはない」

 

 そう言って白衣の男はスーツ姿の女にパネルの上のマグカップを回収させる。パネルはどうでもいいらしく、濡れたままで放置し、そして部屋の奥に置いてあるコーヒーサーバーへと向かってゆく。男はその光景を見ることもなく、パネルへと向くと、虚空を軽く手で操作する。そうするとスクリーンに光が灯り、多くのデータが現れる。

 

「さて、コーヒーをこぼしたなんて言い訳は通じないだろうし、次回はどうやって話を切るかねぇ、なにかアイデアはないかね?」

 

「ドクターなら素晴らしいアイデアを思い浮かぶのではないでしょうか?」

 

「あ、いいの? スカさんに任せちゃう? 任せちゃうの? じゃあ隣ん家のスカリエッティさんから借りてきたウーノさんがベッドから呼んでいる―――あ、すいません、嘘です。冗談です。そんな冷たい目で見ないでください」

 

 男を睨む女の視線は冷たく、そして口から漏れる吐息には呆れの色が濃く出ている。

 

「似ていると思えば似ている。違うと思えば違う。確かに貴方達は同一の存在なのでしょう」

 

 あぁ、そうさ、と男は頷いて答える。

 

「私も、彼もジェイル・スカリエッティさ」

 

 

                           ◆

 

 

 自分は人形だと評価する。

 

 欲望だけを埋め込まれた人形。

 

 だがそれがいい。この身軽さ、好き勝手に振舞う自分が好きだ。もう一人のスカリエッティとは違う趣向の自分が好きだ。アイツには生み出せないものを生み出せる自分が好きだ。そしてこの分野を選んだ自分が好きだ。自分は完璧を愛している。完璧になれなかった故に求めてしまう反動だろうと冷静に分析している。だがそれすら愛おしい。

 

 不完全に再現しようした結果、このように崩壊の早い肉体となった。

 

 だがそれもいい。

 

 だからこそ完璧を求める。生み出そうとする。そして気づく。自分は完成品そのものには興味を持たない。だが完成へと至る”プロセス”にこそ一番の価値を見出しているのだと。そしてそれこそが見るべきものなのだと。

 

「あぁ、完成させてしまったなぁ……楽しかったなぁ……」

 

 研究のプロセスは実に楽しかった。人間をいっぱい生み出して殺した。たくさんの人間を利用した。死に追い込むようなことをすれば、現在進行形で人質を使って従わせている者もいる。だが人間そんなものだろう。自分の命はもう一年程度で尽きるだろうが、その前に技術を完成させた故に”用済み”として処理される。ともなれば、ただ殺されるのではつまらない。

 

「派手に暴れるのは楽しそうだが隣ん家のスカリエッティ君のアイデアをパクるのは良くない。炎上! クラナガン崩壊する! とか一度はやってみたいイベントだが予約されているのなら我慢しなくてはならないね」

 

「ドクター達が同じ発想をしているところ見ると同一人物だと今更ながら納得します」

 

 あっちは戦闘機人、此方はプロジェクトF、と分野は違うが互いにキチガイであることは認め合った仲だ。ちょくちょく交流はしているが、さて。

 

「えーと、なんだっけ。覇王のクローンと闇の書のコピーが負けて帰ってきたんだっけ? 色々実験する必要があったからあの二人は作ったんだけど扱い辛いんだよねぇ……反抗的で。まあ、そこらへんが流石我が作品という所で実にどうでもいいんだけど。やっぱ完成品には興味沸かないね私は。……あれ、何の話だっけ」

 

「ドクターが九ヶ月ほど前に遊び半分で放棄させたアジト、あそこに残っていたマテリアルズ・クローンの一体、ユーリ・エーベルヴァインの襲撃による撤退ですね。ユニゾンする間もなくフルドライブモードによる蹂躙だったそうですが」

 

 あぁ、思い出してきた。確かアレだ、エグザミアとかいう凄いロストロギアを搭載した存在。ちょっとやんちゃしたくなって作ってみたのはいいが、もう一人の自分と協力してやってみたがあまりにも構造が意味不明で分野違いなので中途半端に作って放置していたんだったか。うわぁ、自分超適当。

 

「あー、うんうん、覚えてる覚えてる。ほら、あの金髪っぽい子」

 

「データだしましょうか?」

 

「あぁ、その疑いの目いいよ! ―――大丈夫大丈夫、キチガイの自覚はあるけど壊れてはいないから。マテリアルズ・クローンでしょ? 兵器運用を前提として戦闘スペックを完璧に再現するために生み出したクローン達だね、うん。その為のリソースとして寿命の上限を大幅に削ったわけだけどまあこれぐらいが上手く成功したってやつで、成功した時は嬉しかったなぁ……やっぱプロジェクトFは全体的に高望みしすぎだと思うんだよね。100を再現しよとするから性格やらに違いが出てくるんだ。予め削るところを狙って削ればほら、こんなにも上手くいく」

 

 まあ、見えていた結果だけど、とそこに付け加える。

 

「プレシア・テスタロッサはそこらへん頭がよすぎた。もう少し馬鹿になってものを見る事が必要だった―――っと、自慢はこれぐらいでいいか」

 

 ……発信器は破壊されているが居場所は特定できる。が、そのままではつまらない。芸がない。

 

「さて、ただで死んでやるのも実に私らしくはない。そう、もっと善意と悪意をごっちゃ混ぜにして派手にやらなくてはならない。それを主人公にリボンでデコレートしてプレゼントしなくちゃあいけないね。もっと愉快に、もっと混沌に、とことん嫌がる様に仕向けなきゃ」

 

 あぁ、思いついた。

 

「ドクター?」

 

「君の創造者に連絡をしたまえウーノ君。あぁ、ついでに帰ってもいいよ。今まで付き合わせて悪かったね。超ダイナミック自殺を思いついたからそれのプレゼンテーションの準備を始める。何、君の所のスカリエッティ君も気に入ってくれるだろうさ。何せ自分でもかなりキマっていると思う程だ」

 

 さあ、まずは主人公を用意しよう。

 

 ヒロインを用意しよう。

 

 悪役を用意しよう。

 

 そして絶望と悪意を用意しよう。

 

 そこに特大の欲望をぶち込めば……あぁ、まさに自分好みの舞台だ。だから、死んでくれるなよ? 君が死んでしまっては君が囲っている少女達が暴走してしまう。だから、さあ、遊ぼうよ。

 

「イスト・バサラ君。親友の仇は取りたいだろう? あ、そこに面白そうだし妹でも巻き込んでみようかな」

 

 さあ―――欲望に身を任せようじゃないか。



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Chapter 3 ―Death Over Life―
ニュー・スタート


 そして第三章。


 目が覚める。

 

 アラームを元々セットしておいたが、それよりも早く目は覚める。もはや習慣というやつなのだろうと思っている。まあ、早く起きるのは悪くはない筈。何せ”早起きは三文の徳”なんていう言葉が残されているのだ。だったらこの早起きは少しの徳を生んでくれるに違いないと思う。だからのそりと、ベッドから体を持ち上げ、ふとんを退ける。閉じているカーテンの隙間からはわずかながら朝日が差し込んでおり、外の明るさを感じさせる。ベッドから起き上がり、軽く体を伸ばす。眠っている間に固まったからだがそれに反応して、骨をコキコキ、と可愛らしい音を鳴らす。

 

「んー!」

 

 立ち上がり、軽く乱れたパジャマを整える、と言っても歯を磨き終わったらすぐに着替えてしまうのだが、要は自分の姿をどう意識しているか、という問題なのだ、ここらへんは。自分は自分を常に大丈夫なように、恰好良く見せたいので姿には気を使う。だから短い時間とはいえ、服装を軽く整え、そして洗面所へと向かう。そこには大分髪の伸びてきた自分の姿がある。今まではずっとツインテールで通してきたが、今日から新しい職場だ。

 

「少しだけ、変えてみようかな?」

 

 ほどいてある髪を洗面台に置いてあるヘアゴムを使って整える。髪の毛を右側に纏めようとしてから一回やめ、そして左側でサイドポニーに髪を纏める。そうやって長く伸びる自分の髪を見て、頷く。予想よりも良く似合っていると思う。軽くガッツポーズを取って気合を注入する。今日もまた忙しい朝がやってきた。

 

「高町なのは、がんばりますっ」

 

 鏡に映る自分の姿を見て、今日も頑張ろうと誓う。

 

 

                           ◆

 

 

 シャワーからあがり、管理局の制服に袖を通す。この服装もだいぶ慣れてきたと思う。最初の頃は着ているというよりは着られている、という感じだったがここ最近は少しずつ似合う体格になって来たのではないかと鏡に映る自分の姿を見て軽く自画自賛しておく。

 

『Good morning master, you got some mail』(おはようございますマスター、メールが数件来ています)

 

 リビングで着替えていると待機状態のレイジングハートがベッドサイドテーブルの上から電子音声でメールが数件到着している事を伝えてくれる。おそらくこちらを急がせないために、シャワーが終わるまで待っていてくれたのだろう。相変わらず主人を思ってくれる良い子だと思いながら、

 

「レイジングハート、再生お願い」

 

『Mail one』

 

 レイジングハートが文脈をホロウィンドウとして出現させながらその内容を送信者の声で再生させる。その間にも服の着替えを進めておく。

 

『おはようなのは。今日から”空”の方に移籍だってはやてから聞いたけど大丈夫? たしかになのはのやりたい事をやるなら空隊でキャリアを数ヶ月程度詰むのがいいかもしれないけど、結構ハードらしいし無理はしちゃ駄目だよ? 一応空隊の方にははやての知り合いもいるらしいけど……辛かったら直ぐに連絡してね―――mail one, end』

 

「フェイトちゃんは心配性だなぁ」

 

 昨年リハビリから復帰し、そして魔導師ランクSを取得しても、フェイトは未だに此方の事を心配している。軽く服をまくって腹を確かめれば、そこには数年前の事件でつけられた傷痕が存在している。乙女としては消しておきたい傷痕で、消す事も可能だが、これは戒めとして残した。自分が無茶し、そして心配させたことの代償として。本来なら数ヶ月空隊の方でキャリアを積んでから教導隊の方に移籍しようかと思ったのだが、もう少しゆっくりやろうかと思っている。

 

『Mail two』

 

 レイジングハートが次のメールの再生に移る。着替えが完了し、レイジングハートを持ち上げて首に下げる。メールの再生内容を聞きながら、必要な荷物をチェックする―――といっても今日は基本的には手ぶらで向かうのだが。

 

『よう、元気にやってっか? まあ、別にフェイト程心配しているわけじゃないけど、はやての紹介だし少し心配になってな。アイツ、変な所で変なコネを持ってるから。まあ、それだけだ。頑張れよ―――mail end』

 

 これはヴィータからのメールだろう。何というか、フェイトもヴィータもこっちが入院してからは大分付きっきりになって心配させている。もう十分一人で立てるし、戦う事も出来る。心配される事は嬉しいが、正直これ以上フェイトとヴィータを拘束してしまうのが個人的には心苦しい。

 

 ……二人とも心配性だなぁ。

 

 だが嫌いではないと思って、苦笑する。二人ともいい友人なのだから。たぶんフェイトはあの場にいられなかった事が後悔で、ヴィータは何もできなかったことが後悔に繋がっている。だがそれは全部、

 

 ……私がいけないんだよね。

 

 だから少し焦る形で魔導師ランクSを取得した。これでフェイトよりも上のランクを取得する事に成功した。これで当面、必要なのはキャリアと推薦だけだ。だがこれはゆっくりやろう、と決めている。焦る必要はない。時間は過ぎ去ってゆくものだけど、理想は逃げない。夢も逃げない。まずは己を知って、ゆっくりと前に進む事だけを目指す。それが今、自分に出来る事だろうから。

 

『Mail three』

 

 キッチンからコーンフレークを取り出し、それをボウルの中へと入れる。牛乳を注ぎ込みながら、こういうさびしい朝食にも慣れたもんだなぁ、とどこか思ってしまう自分がいる。海鳴にいた頃は母の作ってくれた朝食を食べていたものだが、あの事件以来こっちへと移住し、一人で生活し始めて改めて理解する。

 

 ―――料理覚えなきゃ……!

 

 母の料理スキルは偉大だなぁ、と今更ながら理解させられる。コーンフレークの味が実に寂しい。やっぱり朝にはお味噌汁と白米が欲しい。

 

『あ、なのはちゃん、頑張ってな! ―――mail end』

 

「それだけ!? 逆に不安になってきたよはやてちゃん!」

 

 思わずスプーンを捻じ曲げてしまいそうなほどに強く握ってしまった。最後のメールは間違いなくはやての物だったが、一言”頑張って”とはいったいどういう事なんだ。確かにはやてのコネというか、繋がりというか、そういうので空隊への渡りはつけてもらったが、このはやての一言が嫌に不安を掻きたてる。

 

「うぅ、本当に大丈夫かなぁ……?」

 

『Don't worry master, there is not much that can defeat you other than power harassment』(安心してくださいマスター、パワハラ以外で貴女に勝てる存在は少ないです)

 

「余計に不安になってきたよ……」

 

 管理局に入局して、そして本格的に仕事して解るが、階級とは実力さえも届かない絶対的な力の一つだ。これに逆らうのは実は難しい。割と和気藹々として職場だと上司をまるで友人の様に扱ってしまうが、実際の所管理局における階級は絶対で、上からの命令は逆らう事は出来ない様になっている。そこらへん、キッチリしておかないと肥大化しすぎた次元世界を管理できないという所もあるのだろうと思う。

 

「よし、今日も頑張ろう」

 

 コーンフレークを食べながら頑張る事を誓う。

 

 

                           ◆

 

 

 目的地へと到着する頃には丁度いい時間となっている。クラナガンに存在する時空管理局航空隊本部、そのビルがこれからの仕事の場となっている。服装に乱れがないことを確認しつつビルの中に入ると、前は言った事のある地上本部内装があまり変わりない事が解る。割と質素だが―――無駄な所にお金をかける余裕はない、といったところだろうか。

 

 ここでたしか待ち合わせという筈だったが、

 

「―――高町なのは准空尉ですね?」

 

「あ、はい」

 

 既に相手の方はいた。此方の事を見かけて近づいてくるのは女性だった。背は高く、スタイルもいい。歳は此方よりも大分上に見える。管理局の制服に身を包んだ彼女は此方へ声をかけてくるのと同時に手を握手の為に出してくる。それを握り返す。

 

「初めまして、高町なのは准空尉です」

 

 自分で名乗るのは礼儀なので、相手が知っていても口に出す。

 

「はい、キャロル・コンマース三等空尉です。首都航空隊第6隊への移籍を歓迎します。基本的にキチガイばかりの部隊で最初は胃を痛める事ばかりでしょうが、そこは運のつきだと思って諦めてください」

 

「……え?」

 

 おかしい。今この人、笑顔のまま凄まじい事を言った気がする。しかも割とさらりと。キチガイ? 胃が痛む? この人は割と一体何を言っているんだ。

 

「あぁ、すいません。身内のノリでちょっと接してしまいました。高町准空尉は割と常識派なんですね、把握しました」

 

「あ、え、は、はい。自分でも割と常識的というか、良識的だと思っています……?」

 

 少なくとも突発的に何かを始めようとするはやてよりは割と常識的だと思う。

 

「ともあれ、噂の”エース・オブ・エース”がこんな掃き溜めにやってくるとは非常に驚きと同時に嬉しい事でもありますね。あ、でも夫にプロポーズされた時の方が嬉しかったですねー。―――あ、夫の写真見ますか?」

 

「え、遠慮しておきます……」

 

 駄目だ。何かがおかしい。何がおかしいかは気づいてはいけない気がするけどこの人何かおかしい。ノリが割と”アレ”な時のはやてに似ている。というかかなり”アレ”っている時のはやてノリが常時みたいな人だこれ。―――日常的に関わっちゃいけないタイプの人だ―――!

 

 新しい職場に対して不安しか抱けなくなった今、他の同僚はまともだよね? という希望を持ってビルの中を案内し始めてくれるキャロルの後ろを追う。首都航空隊第6隊、通称空隊6隊はこの本部に隊用の部屋を与えられているらしい。キャロルが言うにはエレベーターに乗る必要のない一階、移動が非常に楽でいい所にあるらしい。そう言う隊に関する話を軽く聞きながら数分ビル内を歩いていると、扉の前に到着する。

 

「さ、ここですよ」

 

「あ、はい」

 

 入る様に促されたので扉に手をかけ、開ける。

 

 その中は普通の事務室の様に思えた。普通にデスクが用意されており、そしてそこで働く隊員達の姿が見える。気になるのは若干書類仕事が多そうな所だが、予想よりもペーパーワークが多い所なのかもしれないなぁ、と空隊に関する評価を自分の中で変えておく。

 

 そして、扉があいたところで視線が此方に集まる。視線が集まる事は経験、そして経歴上良くある事なのでそれに臆することなく前に出る。……ここは挨拶するべき場所だ。そう判断して口を開く。

 

「高町なのは―――」

 

「―――うおおおおお、エース・オブ・エースたんキタァ―――!!」

 

 叫んだ瞬間、後ろから疾走して現れた存在が飛び蹴りを食らわせて奇声を発した存在を黙らせる。蹴りの主は間違いなくキャロルだが、その足の下で踏み潰されている人間に関してはそれでいいのだろうか。いや、いけない。何今一瞬そのままでいいんじゃないかなぁ、とか思っているのだ。早く助けないと……!

 

「あ、高町なのは准空尉だね? ようこそ首都航空隊へ。とりあえず人妻が理不尽なのは今に始まった事じゃないから慣れた方がいいと思うよ?」

 

「え、アレ日常的なんですか!?」

 

「割とネー」

 

 ぞろぞろと周りに人が集まり始める。誰もが好奇の視線―――というよりは面白がって集まっている。周りへとワイワイと集まってそれぞれが自己紹介をする。己の所属、年齢、名前、総合ランク、空戦ランク、特技、趣味を。そうして一通り説明したところで、

 

「ふぅ、いい仕事したわね―――あ、ごめんなさい高町准空尉。えーと、基本的にツーマンセルで私達行動しているのよ。だから貴女にもパートナーを組んで行動してもらいます。で、貴女の相棒だけど……」

 

 そう言ってキャロルは辺りを見回すと、部屋の奥、デスクの上の書類に向き合っている姿を見つけ、彼を指さす。赤毛の大男だった。ただ顔はサングラスで隠しているようで、どういうモノかはここからでは見えない。

 

「あ、彼彼。イスト君。最近イメチェンに失敗して若干落ち込んでるのよああ見えて―――ざまぁないわね」

 

 なんでこの部署の人間はそこまで身内に対して容赦がないんだろうか。ここへ来てから頬が引きつったまま動いていない気がする。……それにしてもイストと呼ばれた男は部屋の奥、書類に向き合ったまま動かない。もしかして集中しすぎて此方に気づいていないのだろうか?

 

「……すぅ……すぅ……」

 

「あ、寝てる」

 

 そこから肉体派人妻のドロップキックが炸裂するまではそう時間はかからなかった。

 

 ―――本当にここ管理局なのかなぁ……?

 

 自分の知っている管理局の姿とあまりにも違いすぎて少しだけ、眩暈を起こしそうだった。




 白い冥王様参上。

 と、言うわけで第三章開始と原作主人公の登場です。第三章からは主人公の心理的モノが2章から大きく変わっているので、しばらくは冥王様の視点からそれをお楽しみください。


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デイ・アウト

 思春期前の少女にとっては最悪の教育環境。


「ようこそ首都航空隊第6隊へ、俺がお前のここにいる間の仕事としてのパートナーだ。人生のパートナーは別に探せよ!」

 

 あ、うん、はい。でもそれよりも、

 

「あの……顔面に思いっきりドロップキック食らってましたけど大丈夫ですか……?」

 

「あぁ、これぐらい日常だから大丈夫、大丈夫」

 

 そんな日常嫌だ、何故そんなに平然としていられるのだろうが―――と思ったが、良く見ると顔にかけているサングラスは壊れていない、蹴られた痕も顔についていない。ともなれば手加減をしたのか、本当にいつも来ると解っているのでダメージを逃がしたのだろうか。全くダメージを受けている様子はない。凄いのは解るけど―――こんな方法で解りたくなかった……。

 

 ともあれ、と手を差し出す。

 

「えっと、本日からお世話になる高町なのは准空尉です」

 

「イスト・バサラ准空尉19歳独身、趣味はバイクで犯罪者に体当たりする事です」

 

「そんな趣味知りたくなかったです……」

 

 何この危険人物。いや、待て、待つんだ高町なのは―――そう、これはきっと冗談なんだ。たぶん此方を和ませるための冗談。少しだけ笑いのセンスがずれているだけで、此方を笑わせてくれようとしているのだ。聞き返す事は出来ないが、とりあえず曖昧に笑みを浮かべておく。こういう処世術は管理局に入局してから嫌でも覚えた事だ。なんだか少しだけ、世間に汚れた感じがする。

 

「げ、この少女犯罪者に体当たりするって所で笑ったぞ」

 

「どういうリアクションを取れば良かったんですか私!?」

 

「とりあえずはそういう方向性が求められている」

 

 ……あぁ、なんではやてちゃんが頑張って、って言ったのか解った気がする……。

 

 たぶんこういう風になるのをはやては解っていたのだと思う。というか解っていてここを紹介したのだと思う。八神はやて、確実に確信犯。ギルティ。今日が終わったら絶対にはやてに抗議のメールを送れるだけ送る。遺憾の意を見せなくてはならない。

 

 と、イストが手を前に出してくる。グローブに包まれた大きな手だと思う。それが握手だと数瞬してからようやく気付き、手を合わせて握手を交わす。その手に触れて、グローブ越しに感じる手が予想よりも固く、誰かの手を思い出させる。これはたしか、

 

 ザフィーラのだ。

 

 ザフィーラと似た感じの手だと思う。力強く、そして手の皮膚が硬い。改めて目の前の人物を見る。赤毛は少々長く、尻尾みたいに伸ばしてあるのを首元で纏めている。サングラスで目は隠し、前髪も少しだけ長い。全体的に顔を隠すような感じにしているようには思える。管理局の制服は若干着崩しており、その胸元には銃の形をしたペンダントがぶら下げられている。若干チャラい見た目だが、

 

 ……真面目な人じゃないとこんな風にはならないんだっけ。

 

 格闘術には詳しくはないが、将来の為に、とザフィーラが格闘に関して教えてくれた事の一つにあった気がする。こうやって手の平全体が硬くなるのはベルカ式格闘術使いの証拠で、掌全体を使った動きを何百、何千回と繰り返してきた結果、だと。目の前の人物はその見た目に反してどうやら努力家らしい、と自分の中で評価を変える。見た目だけじゃないなぁ、と。

 

「むっ」

 

 そこで男が握手をほどいて此方の両頬を掴んでくる。

 

「にゃ、にゃにをするんですか!」

 

「ん? ガキの癖に妙に生暖かい目で見てきたのがムカついたからつい。それにしても”にゃにをするんですか!”か。いやぁ、高町なのはちゃん可愛いですねー、にゃに! にゃにゃにゃにゃにゃにゃに!」

 

「にゃぁ―――!!!」

 

 駄目だこの人、苦手というか天敵だ……!

 

 自分のようなタイプの人間にとことん似合わないふざけているタイプの人だ。此方の頬を引っ張って回して遊び終えると、満足げに手を離す。

 

「……なんだ、そんなに似てないじゃねぇか」

 

「……?」

 

 イストが此方を何か、いや、誰かと重ねる様に見ている。誰か、と問おうとするが、それはたぶんプライベートな話で、であったばかりの自分にそこまで踏み込む資格も理由もないのだろう。素直に踏み込む事を止めて、解放された事に対して喜びを感じておく。と、そこでイストは近くのコートラックからロングコートを取るとそれを着る。茶色のそれは結構大きく、イストの服装を隠すには丁度いいものだった。

 

「じゃ、早速仕事の方に入ろうか。なのはちゃんデバイスの圧縮空間に私服入れてない?」

 

「入れてませんよ。それよりもなのはちゃんって……」

 

 イストはコートを着て横へとやってくると、人差し指を付きつけてくる。

 

「俺、19歳。お前13歳」

 

「あと数日で14です!」

 

「階級いっしょ、俺先任、俺エラーイ。だからユー、なのは”ちゃん”。あぁ、俺も変に敬われるの面倒だしイスト様かイストでいいよ、オーケイ?」

 

 何故その二択。というよりも、

 

「オーケイじゃありませんよ! さっきから少し横暴すぎやしませんか!?」

 

「え……?」

 

「自覚ないんですか……!?」

 

 イストが振り返り、会話を聞いていた隊の他の面子に視線を向ける。そこでイストが首をかしげると、他の隊員達も首をかしげ、一体何が問題なのだろうかと顔を悩ませていた。―――あぁ、解った。ここだけ別次元だと考えればいいんだ。はやてには文句を言っても言い切れない。どうしてこんなコネ持ってるの……?

 

「まあまあ、少しでも偉ぶりたかったらオパーイ育ったらという事で……」

 

「失礼すぎやしません!?」

 

 笑い声を上げながらイストは部屋の外へと向かってゆく。さっき此方に確認を取ったのだから、おそらくというより確実に此方を外へと連れてゆくつもりなのだろう。若干本当について行っていいのかどうか悩みつつも、イストの後を追う。

 

「そんじゃ回ってくるわ」

 

「はいはーい、隊長には言っておくから頑張ってねー」

 

 背後でキャロルが承諾した様に言葉を放っている。彼女が隊長ではなかったのか。……なら隊長はもうちょっとだけ、まともな人がいいなぁ、と儚い希望を持ちつつもイストの後を追う。

 

「どこに行くんですか?」

 

「ん? 私服持ってないんだろ?」

 

 うん、と言いそうになってはい、と答える。危ない。この人たちの前だとここが仕事場であることを忘れて素で返答しそうになる。その返答を受け取ったイストはんじゃあ、と言って手の中の車のキーを見せてくる。

 

「まずは私服を買いに行くぞ」

 

「え?」

 

 

                           ◆

 

 

 ―――そして宣言通り、本当にクラナガンの洋服屋へとやってきた。いや、確かに買い物は好きだ。というよりも買い物が嫌いな女の子なんてものはそうそういない。だから仕事中とはいえ、洋服屋にやってくるのは少しだけ心が躍る。そこらへんは素直でもしょうがないと思うが、

 

「なんでここに来たんですか……?」

 

 それが問題だ。普通に入隊祝ってわけでもないだろう。

 

「うん? あぁ、お前ここ来る前は所属どこだった?」

 

 それが何の関係があるのだろうと思い、答える。

 

「武装隊です」

 

「あぁ、あそこか。平時は基本訓練で緊急時に出動ってスタンスだったっけ」

 

 大方はそうだ。武装隊は意外と面倒で、要請がない限りは活動の出来ない部隊だった。だから平時は訓練するしかなく、パトロールは陸や空に任せるものだった。それ故の歯痒さは結構あったものだが、イストは武装隊と空隊での活動は大きく変わると主張する。

 

「基本的にクラナガンに紛れ込んだテロリストや重犯罪への対処が主な任務だ。あ、軽犯罪者に関しては陸の管轄だから手を出しちゃ駄目だぞ? あー、だから捜査官と被る様なこともやりゃあ、陸と被るようなこともまあ、少しってか結構やる。あっちこっちに顔を出しては協力してもらったり、資料融通して貰ったり、色々と人間関係とかコミュ能力が予想以上に試されるところだ。だからある程度頭下げたり、交渉用に”キャラ”作っとくのも覚悟しておけ。相手のペース崩して此方側に無理やりにでも引き込むのは生き残る上では必須技術だぞー」

 

 ……となると、

 

「えーと、第6隊の皆さんの”あの”感じは作った……?」

 

「たぶん最初はそうなんじゃないかなぁ―――今は確実に素だけど」

 

 アレが素とかもう完全に救いがない。数年間ここでゆっくりしようかと思ったが、これは最短ルートで戦技教導官を目指した方が精神的に宜しいのではないだろうか。

 

「ま、だから私服が必要なんだよ。ほら、金は隊のもんが出すからなるべく地味で目立たないのを選んどけ。仕事の一環で管理局員としては入り込めない場所とか、管理局員とは会えない人物とかと会ったり調べたりすることはあるから、私服で活動する時もあるんだよ」

 

 ……あ、なるほど。だから私服なんだ。なんかイメージしてた感じと違うなぁ。

 

 意外とまともな理由に驚き、そしてこの人はふざけてはいるが、仕事に対しては真摯に向き合っているのだと気づく。ハチャメチャでカオスの塊と言えるが、それでも仕事に対しては大まじめだ。

 

「あぁ、あとなのはちゃんは何か夢とか目標あるか?」

 

「えーと……」

 

 服を選んでいる途中でいきなりそんな事を問われ戸惑ってしまうが、

 

「戦技教導官になって、自分の様に無茶して自滅しちゃう子を減らしたいなぁ、なんて……」

 

 あぁ、とイストは呟いて腕を組む姿を見る辺り、数年前に新聞に載るほど有名な自分の撃墜の事件、それを思い出しているのだろう。当時はフェイトもヴィータも傍を離れないし、ご飯まで食べさせようとしてくるので酷く焦った。

 

「まあ、だったらここは通過点としてさっさと抜けて行った方がいいぞ。ここはそう楽な所でもないし? 数ヶ月前にゃあ俺の相棒が死んだばっかだしなぁ……。ま、今更管理局に安全な仕事が残っているとは思えないってのが俺の意見なんだけどな……」

 

「―――え?」

 

 あまりにもあっさりとした言葉に振り返り、そしてイストの表情を見る。だがサングラスで隠された顔では表情をうまく読み取ることができない。それでも声は軽く、そしてふざけている様子はないように思える。本当なのか、嘘なのか、一体どちらなのだろうか。その判別はつかない。

 

「選び終わったか? そんじゃ会計やっとくから寄越せ」

 

「え、それは流石に私が」

 

「領収書」

 

「あ、はい……」

 

 隊に来たばかりでどこ当てとかは良く解らないので流石にこれは任せた方がいいのだろう。少し恥ずかしいも、どうやら頼れそうな人物なので服を渡す。それを受け取ったイストはそのまま会計へと向かってゆく。このあとどうせその”管理局員ではいけない場所”なんというところに連れて行かれるのは目に見えている。だからさりげなく更衣室の前へと移動しながら思う。

 

 ……どうなんだろう。

 

 先ほど死んだ、と言った時嘘をついているようには見えなかったが、執着しているようにも見えなかった。割とあっさりしている感じだった。だとすれば整理がついているのだろうか。いや、それを考慮する権利がまだ自分にはないが、

 

 ……喪失って怖いなぁ。

 

 そしてそれを起こさないための首都航空隊だと認識する。少なくとも、業務に関しては真面目に取り組んでいるのは確実だ。……人格に関しては完全に忘れよう、仕事はできるようだし。ともあれ、

 

「やりがいはありそう……かな?」

 

 と、そこで会計を終わらせたイストが服の入った袋を持ってやってくる。それを此方へと渡しながら、

 

「なにブツブツ言ってんだこのチビっ子は。ほら、一通り周り終えたら俺の個人的な知り合いに会ってコネ繋げに行くから忙しくなんぞ」

 

「チビじゃないです!」

 

 とりあえずこれが終わったらまず隊長にあって、パートナーのチェンジを希望しよう。たぶん、というか却下されそうな気配が濃厚すぎて嫌な予感しかしないけど、とりあえず希望するだけならタダだ。

 

 本当にやっていけるのだろうか、そんな事を考えながら更衣室に入る。




 はやてやゲンヤは何故こんな所を紹介したのだろうか。あ、仕事の内容に関しては完全に創作です。ともあれ、元はティーダのポジションを引き継ぐ感じですなぁ。誕生、外道格闘家という感じで。

 さて、一体誰の髪型だ、という話をしていざ次回。


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ブレイク・アンド・ワーク

「はーやーてーちゃん!」

 

「あー、もう、許してー!」

 

 はやての両頬を掴んで引っ張り回す。ともかく許せと言われても許せることではない。この怒りを思いっきりはやてへとぶつけなくてはならない。だから迷うことなく友人であるはやての両頬を掴んで遊ぶ。そうやって少しでも此方の嫌な気持ちをぶつけないと流石にどうにかなってしまいそうだった。

 

「お、おい、なのは……」

 

「ヴィータちゃんは黙ってて!」

 

「お前、マジでどうしたんだ……」

 

 普段は強気なヴィータでさえ黙り込んでしまう程の剣幕だろうか? ともあれ、だとしたら少しやりすぎたかもしれない。はやての頬を解放する。少しだけの涙目のはやての顔を見ると溜飲が下がる。……いや、ちょっと悪い事をしてしまったかもしれない。

 

「御免なさいはやてちゃん、ちょっとやり過ぎたかも……」

 

「ええよ、確信犯やったし」

 

 再びはやての頬を掴む。ぐわぁー、と女子らしからぬ悲鳴を上げるはやての姿を無視し、今だけははやてへの復讐を楽しむが、……そんな事に費やす時間も無駄だと解ると物凄い疲労が体にのしかかってくる。はやてを解放して項垂れるしかない。

 

「すまんすまん、と言っても”空”のコネってそう簡単なもんやないねんよ? 少なくとも数年間前線で働いてきた実績がないと色々難しいんやで? そこらへんどうにかした私の実力を逆に評価して欲しいものやんな!」

 

 そう言ってドヤ顔を決めるが、判定は完全にクロである。

 

「そんな事言ったって流石に”アレ”はないよ!」

 

「いや、私もそう思ったんやけどな? 紹介できるのアレだけやし……」

 

 はぁ、と溜息を吐いてはやてがヴォルケンリッター達とクラナガンにいる間は一緒に住んでいるマンションの一室、そのリビングにある椅子にどっぷりと座りこむ。何というか、非常に疲れた。確かにあの隊、6隊のキャラの濃さというか、人のおかしさは未だかつてない程におかしいとしか言えないが、それだけではない。仕事は仕事の内容で結構キツイものがあった。

 

「で、アタシは全く聞いてないぞ? 何かおかしなことでもあるのか?」

 

「―――確か首都航空隊でしたよね、はやてちゃんが紹介したのは」

 

 ヴィータに応える様に言葉を挟んだのは金髪、私服にエプロン姿のシャマルだった。本日がオフなのは残念なことに自分を含め、はやてとヴィータと、そしてシャマルだけなのだ。だが三人ほどいれば休日を楽しく過ごすには十分すぎるだけの人数だ。少なくとも、

 

 そうやなぁ、とはやてが言葉を置き、改めて思い出す職場の惨状に思わず笑みが引きつる。

 

「キチガイを一か所に集めて、そこにセメント成分ぶっこんで、そして自重を取り除いた感じの場所やねぇ……」

 

「おい。おい!」

 

「わ、私は何も悪くないんや! コネや! コネがいけないんや! これしか持ってなかったコネが悪いんや! たとえ相手がキチガイの巣だと理解してもなのはちゃんを送り込まずにいられなかったこのコネがいけないんや……!」

 

「はやてちゃん、確実に確信犯ですよね?」

 

「さっき宣言してたしねー……」

 

「というよりや」

 

 はやてはテーブルに体を乗り出し、シャマルが運んできたクッキーを口の中に一個だけ放り入れ、そしてそれを食べながら話しかけてくる。

 

「世の中なんでも簡単に通そうとする方が無理なんや!」

 

「逆切れしたぞ」

 

「ええか? 私だって超苦労してんねんで? 肩書は一応元犯罪者やし、それ払拭して今のポジションくるまですっごい中傷されたんやで? そういう経歴があっても普通に付き合いの出来る連中ってのは凄い貴重なんやで? ゲンヤさんにコネ作っとけ言われたから休みの日に時間開けて会いに行ったんやけど―――なんや、アレ。予想を超えたリアクションに呆然として、次に意気投合したもんやなぁ……」

 

 あぁ、意気投合するのはなんとなくわかる。なんというか、はやてがノっている時の感じが常時続いているような連中だ。

 

「ただ別に楽しいって理由で付き合いある訳じゃないんで? コネの維持ってのは結構大変やからな? 休日を潰して一緒にメシ食ったり情報交換して互いの有意性を証明したりせなあかんし、利用されないように気をつけなあかんし。それに”空”に関する知り合い私らめっちゃ少ないねんで? 確かにリンディさんやクロノ君の知り合いが空に居るかもしれへんけど、あの二人は階級高すぎて頼みごとがしにくいんよなぁ……あぁ、こういうの管理局に所属してから改めて解った事やな」

 

 ……どうやら意外と選択肢がなかったらしい。現状、はやてに出せる最大の切り札だったらしい。そう思うと、少々一方的に攻めている事が申し訳なくなってくる。絶対に謝る事はしないけど。

 

「まあ、ぶっちゃけイストに関してはそこまで条件難しくなかったけど」

 

「そうなの?」

 

「いやぁ、どこで知ったんか知らんけど、何故か私がカリムと個人的な付き合いしてるのを知っとってなぁ、紹介してくれって頼まれただけなんや。それさえしてくれれば”協力は惜しまん”って言うてたし、正直私からすれば美味過ぎる条件やったんよな。知り合い一人生贄出せば済むんやし」

 

「はやてちゃん、若干汚染されてない?」

 

「いや、はやては前からこんな感じだぞ」

 

 そういえばそうだった。闇の書事件を解決してから段々とテンションやら上がってきて、今では立派な―――?

 

「あれ?」

 

 思わず首をかしげる。闇の書事件ではない。何か、何かが抜けている。そんな気がして、首をかしげる。そしてそれを見抜いたシャマルが此方へと視線を向ける。

 

「なのはちゃん? どうかしたの?」

 

「いや、何か忘れてないかなぁ、って。たぶん闇の書事件が終わった後だと思うんだよね。何か、何か起きた事を忘れているんじゃないかなぁ、って気がするんだよね。リインさん助けた後ってどうしたっけ?」

 

「うん?」

 

 はやてが首をひねる。

 

「特に何もなかったと思うけど? ……なのはちゃんの事件を置いては」

 

「うーん、その前に何かあった気がするんだけどなぁ……」

 

 何かもやもやする。忘れてはいけない筈の事なのに、忘れている気がする。非常に気持ちの悪い感覚だ。脳は知っていると訴えかけている。そしてその情報を引き出そうとしている。だが別部分で何かがその情報を押しとどめている感覚だ。軽くマルチタスクで思考領域を分割し、情報の整理を行うが―――それでも引っかかる情報はないので、

 

「勘違い……なのかな?」

 

「何もない事に越した事はねぇよ……ま、ちょっとは調べてやるよ」

 

「おぉ、ヴィータがこんなにもツンデレな態度を取るとは……! あぁ、でもちょっと私から離れていく感じで複雑やねぇ……」

 

「何時まで経っても子ども扱いされている気がしてならねぇ」

 

 プログラムだからという理由からヴィータ達ヴォルケンリッターは一切成長しない。だから子供の姿で召喚された、というより生み出されたヴィータは一生子供のままの姿だ。そう思うと子犬の姿になれるザフィーラはヴォルケンリッターの中では若干卑怯な気がしないでもないかもしれない。省エネだから、という理由で子犬の姿にさせられたザフィーラは可愛いが、同時に可哀想でもあった。

 

「で、仕事の方はどうなん?」

 

「やっぱり武装隊の方と変わらないの?」

 

 はやてが話題を切り替え、シャマルがそれに乗ってくる。確かに私の家に集めたのは私だけど―――態々あの地獄の様な場所の話をしなくてもいいじゃないか、と若干恨めし気な視線をはやてへと送るが、それを涼しい視線ではやては受け流す。だから一回溜息を吐き、

 

「いや、凄く違ったよ」

 

 それこそ予想を超えて違った。もっと、こう、ヒーローっぽかったり、毎日欠かさず厳しい訓練を重ねて平和を守る感じだと思っていた。だが実際はかなり違った。

 

「もう、大変だったよ? 最初の日に捜査用の地味な服を買いに行った後はひたすら情報屋を巡ったり、街中で犯罪の起きやすい場所を歩き回って覚えて、逃げる場合は何処へと逃げやすいか、どういう場所へと逃げられるかというのをレクチャーされて、その後で今度は廃棄都市区間へと直行したんだよ」

 

「廃棄都市に?」

 

 シャマルの言葉をうん、と頷いて肯定する。

 

「廃棄されたエリアは整備されてない上に警備も置いてないから、次元犯罪者やテロリストが潜伏するには絶好の場所なんだって。だから今の所解っている”安全”なエリアを実地で教えて、そして”危険”なエリアを実地で教えてもらったの。あと他にもお金が無くなって暮らせなくなった人や、後ろめたいことがあって普通に生活できなくなった人が逃げ込む場所とかコミュニティを作っている場所とか、結構凄まじい経験だった」

 

「……なんつーか、”花の空戦魔導師”がやる事やない内容に思えるなぁ……」

 

 一瞬”さん”を付けるかどうか悩んだが、つけなくてもいいと言われているのだし、つけないことを決める。

 

「イストが言うにはだけど、”問題を起こされてからでは遅い”からこうなったんだって。昔はもっとどっさり構えているスタンスだったらしいけど、捜査官の数が少なくなったり、ミッドチルダでの犯罪率が上がってきているせいもあって捜査官や陸の一部の職務で、それなりに難しいのを戦力を遊ばせないためにやっているんだって」

 

「信じてキチガイの巣に送り出したなのはちゃんが信頼にこたえて真面目に仕事覚えてる……?」

 

「ねえ、はやてちゃんは私をどうしたかったの」

 

 そう問うと、はやては露骨に視線を明後日の方向へと向けてクッキーを食べ始める。その姿を見て相変わらずだなぁ、と思ったところで、胸元のレイジングハートが明滅する。

 

「レイジングハート?」

 

『Master, you got mail』

 

 メールの到着だった。

 

 ……フェイトちゃんかな?

 

 たしかフェイトは今日は仕事があったが、早めに終わらせたら来ると言っていた。だからたぶん仕事が終わった報告か、もしくは仕事が長引くという報告のどちらかだろう。そう高をくくり、レイジングハートの再生する様にお願いをする。

 

『―――ちーっす、なのはちゃん、俺だよ俺』

 

 そう言って再生されたのはフェイトの声ではなく、イストの声だった。予想外の声の主にずっこけそうになるが、それを堪え、

 

『あ、なのはちゃん今日休みだっけ? だが残念でした! どーも、犯罪者狩りの時間でーす! レイジングハート、略してレイハさんに位置を送信しておくから休日返上してレッツ社畜タイム。隊の皆は既に到着してどうやって撲滅するかって話になっているけど、現在は”燃やして全出入口と窓封鎖”案と”燃やして出てきたところを射的ゲーム”の案で真っ二つに割れているけど、なのはちゃんの意見を取り入れて焼き討ちプランを推奨しておいたよ! ほら、地球の日本人って焼き討ちが好きだってゲンヤさん言ってたし。あ、待ってるから早くおいでねー』

 

 壮絶すぎるメール内容に部屋の誰もが一瞬沈黙し、すぐさま脳内にある言葉思い浮かぶ。

 

 ―――守らなきゃ。

 

 何を?

 

 ―――犯罪者の人権を……!

 

 あのテンションからすると本気で焼き討ちしかねない。というか、

 

「それは信長だけだよ!」

 

「やだ、凄く楽しそうやな!」

 

「はやてちゃんは座っててください」

 

「壮絶すぎて何も言えねぇ……しかもアレが隊の総意だというのが余計に何も言えねぇ……」

 

 ヴィータでさえ頭を抱えるしかないメールの内容、しかし行くしかない。そこにはたぶん私が行くことでしか守れない敵の命があるのだから。何気に非常時だと非殺傷設定の解除が許されている為、空隊は厄介だ。それが守るために必要なのはあるかもしれないが、でもその権利をアレな連中に渡してはいけない。

 

 ともあれ、

 

「高町なのは、出勤します!」

 

「なのはちゃんももう立派な社畜やなぁ……」

 

「はやてちゃんは次の休み、覚えててね」

 

 この愉快犯を次の休みにはどうにかせぬば、と誓ったところで三人に謝り、私服のまま現場へと向かう。着替えは制服を圧縮空間に放り入れてあるし、バリアジャケット装着の要領で早着替えすればすればいいのだ。

 

 ともあれ、

 

 今更ながらここへ移籍した事は完全なミスだったかも知れない事を悟った。




 なのはさんサイドからの評価とか諸々ですねー。共通認識は迷うことなく”頭おかしい”で。あとゲンヤ貴様何を教えた、と。

 いよいよなのはシリーズ、新のヒロイン登場……?


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ラーニング・リトル・バイ・リトル

 なのはシリーズ最大のヒロイン……!


「つ、疲れた……!」

 

 バタリ、と自分に与えられたデスクに突っ伏す。デスクワークの多い部署であることは一週間前、此処に入隊した時にイストが説明してくれたこともあって理解したつもりであった。だが流石にこれほどとは聞いていない。戦闘中に使ったマガジンの数、魔法量、戦闘時間、自分がテロリストと相対する事で行った行動を細かく、その意味を一つ一つ書かなくてはならない。話によればそれは自分の戦い方を客観的に分析する為であれば、分析から自分のミスや欠点、長所を毎度見つめ直す為でもあるらしいとか。いや、それならまだいいのだ。まだ楽な方だし。自分の事は良く解っているつもりだからそれは結構スラスラ書ける。

 

 問題は報告書の方だ。

 

 まず書き方、言葉使い、そして背景からの現時点までの事などの細やかなレポート。グラフとかまで要求される部分があって非常に辛い。しかもこの報告書、意外と判断が厳しく、辛い。そういうわけがあり、こっちの報告書を四苦八苦しながら書いていると、1時間ほど前には既にレポートを書き終えたイストが椅子を引っ張ってきて此方のデスクの前で足を止めてくる。だが終わっているのはイストだけではなく、隊の他の皆もだ。

 

「おらおら、どうした。皆反省文まで書いたぞー」

 

「なんで反省文含めて書くのが早いんですか……」

 

「慣れてるからに決まってんだろ」

 

 そんな慣れは嫌だと思う。

 

 今書いている報告書は休みの日に休日出動した時の分だ。書くのは暇な平日でいい、と言われたのでこうやって休み明けの今、書いている。だがあの出動、実はメールで焼き討ちすると宣言したここの狂人達は本気で焼き討ちをはじめ、出てきたところを射的して遊んでいたのだ。流石にこれは看過できないと言った隊長のフィガロ・アトレーが反省文を書かせたが、

 

「ほれ、完璧な反省文」

 

「なんで5ページもする程無駄に長いんですか」

 

「毎回書いてりゃあそうなる」

 

「ほんと嫌な慣れですね!」

 

 ……私を抜いた全員が反省文っていったいどこの小学校なんだろう。

 

 いや、小学校でもここまで酷い事はない。いや、小学校以下だ。レベルとしては幼稚園―――いや、それは幼稚園に失礼だ。ここの連中は一体どうしたらこんな風になってしまったのだろうか。そして馬鹿なのに有能だから困る。無駄に有能。ここにいる連中を表すのであればその言葉がぴったりはまる。そして、そんな有能な連中だからこそクラナガンの平和を守っていられるのだろう。

 

 確かに頭のおかしい連中だが、その実力を疑う事は出来なかった。

 

 魔力は低くてもA、高くてAAAランク、自分を含めればSなどがいる。総合ランクも安定してAAクラス前後の準エース級が多い。だがそれは少々違うと思う。昇段試験を受ければ確実に総合AAA、もしくはSへと届く人材がここにいると思う。自分とパートナーを組んでいるイストは一緒に行動する事が多い為、実力は割と理解しているつもりだ。彼なら確実に総合AAAは行ける筈だ。だがどの隊にも”保有可能戦力”、つまりは置けるランクの上限が決まっている。ここが首都防衛の最前線である為若干緩くなっているが、それでも上限いっぱいだという事に変わりはない。あえて試験を受けない事でランクを低いまま所属しているのだ。

 

 首都航空隊という職に対して誇りがあるのだろうか。もしくはこの場所に対して執着があるのだろうか。それを判断するだけ、自分はここにはいない。だから多くを判断することはできないが、イストに関してはこの短い時間で判断できることがある。それは―――間違いなく今の場所へ執着を持っている事だ。そして何か、目的がある。流石にその先は解らない為、自分の考察はここで終わるのだが。

 

「なーのーはーちゃーん!」

 

「あー、もう! 邪魔しないでくださいよ!」

 

「というかなのはちゃん中卒してないってマジ?」

 

「通信教育で今卒業資格を貰っている最中です! というか誰から聞いたんですかそれ!?」

 

「はやてちゃん」

 

「はやてちゃ―――ん!!」

 

 あの腹黒少女、自分の友達の個人情報を簡単に売り渡したな……!

 

 戦慄と共にはやての自重が最近なくなって行くことを自覚する。早めにどうにかしないと全面的に被害が来るのは此方だ。だから今度の休みにシグナムに頼もう。―――少しばかりはやてと道場の中で精神修行してくれないか。一度だけ勧められて経験したが、拷問にも似たようなあの感覚を味わえばはやても少しはまともに戻るはずだ。しかしキチガイへの接触による友人のキチガイ化は見逃せない。なんとしてでもはやてをこの地獄から救い出さなくては。

 

「お前、今物凄く悪そうな顔をしているからな?」

 

「えっ、い、いやだ……」

 

 顔を抑えた瞬間、此方が報告書の打ち込みをやっているホロウィンドウをイストは強奪する。今のは気を逸らすための嘘だと悟った瞬間素早くつかみかかる。だがイストは椅子を回し、既に背中を向けて報告書の見分を始めている。

 

「ほうほうほう」

 

「わ! わー! わあ―――!!」

 

 椅子から飛び降りてデスクの向こう側へと回り込むと、イストも立ち上がって報告書を確認し始める。身長は相手の方が圧倒的に高いので、此方は飛び跳ねても一向に届かない。普通なら別に恥ずかしくはないのだが、見ているのがこの男だというのが問題なのだ。この男、細かい所で此方を弄り倒すフシがあるのだ。この間も焼き討ち現場に到着して犯罪者の生存を確認した時、犯罪者たちに”なのはちゃんマジ天使!”と言わなきゃ燃やすと脅迫していた。この男、どうしてそこまで脳が非常にアレなんだ、というか外道というレベル超えてないかと叫びたくなる。

 

 で、

 

「返してくださいよ―――!!」

 

「ボツ」

 

「きゃああ―――!?」

 

 目の前で報告書の書かれていたホロウィンドウを容赦なく目の前の男は叩き折った。そこには一切の躊躇はない。ただボツ、と言った瞬間にホロウィンドウを両手で真っ二つに折ったのだ。自分の二時間の苦悩の結晶が一瞬で無に帰す光景を目の当たりに、思わず膝から崩れ落ちる。

 

「お、鬼! 悪魔! 修羅! 外道! 鬼畜ベルカ人! キチガイ!」

 

「ふははは! 褒めろ褒めろ! もっと褒めろ! 俺は頭おかしいって事自覚してるぞ!」

 

 駄目だ、この男どんな罵倒をしても落ち込むどころか喜んでいる。こうなってしまったら非常に遺憾ながら最終手段しかない。

 

「レイジング―――」

 

「まて、流石に物理的ツッコミは止めよう。ローキックぐらいなら受ける気だったけど流石にそれはなし、なしな?」

 

 ……確かにレイジングハートを持ち出すのは少々やり過ぎだったかもしれない。というよりも普段の自分ならここまで短絡的な思考もしなかったと思うんだけど―――朱に交わって染まっている……?

 

 ……ない、ありえない。うん。

 

 それだけはない。ありえない。ありえてはいけない。私がここにいる人たちと同レベルとか絶対だめだ。なにがダメって、それはつまりはやてやイストと同じレベルになるという事だ。それは非常に駄目だ。ないがどうとかは言わないけど、駄目だ。選択肢としてはそもそも存在してはいけないタイプだ。

 

「まあ、待て高町なのは嬢。この超グレイトなセンパイ様にも慈悲の心はある―――有料だがな」

 

「有料なの!? そこは後輩であることに免じて無料じゃないんですか!?」

 

「それはドラマの見過ぎだ。お前の様な子供にはもっと現実を知ってもらわなくてはならないこの超偉大な先輩様の心を解らないのか?」

 

 サングラスに隠されているとはいえ、イストのドヤ顔が容易に想像がつく。そしてそれを思い浮かべると無性にイラッ、としてくる。

 

「いいか? 交換条件だ。俺がこいつの簡単な書き方を中卒も出来ていないなのはちゃんに教えよう。だがその代わりに―――」

 

 

                           ◆

 

 

 ……今更ながら、何であの時自分はキッパリと断らなかったのだろう、と軽く後悔している。おかげでまた一人、友人を犠牲にすることになってしま―――いや、はやては同族だから犠牲でもなんでもなかった。ともあれ、此処まで来てしまったからにはもう遅いと確信しつつ、到着した建物の扉を開く。

 

 そうして広がるのは縦に続く塔だった。

 

 一歩前へと踏み出せばそこに足場はなく、上と下へと無限に続いて行くような広さを持った場所。その壁は全て本棚であり、そしてその本棚には隙間を残すことなく本がびっしりと詰められている。この入り口近くの区間は全て本が整理されているため割と整頓されており、目的のものを探すのも比較的楽だが、奥へといけば違うという事を自分は知っている。本棚の間にはまた本棚によって囲まれている通路が存在し、枝の様に分岐していて奥へと進める様になっている。まるで外装を無視する様にこの空間は無限とも思えるほどに広がっており、一度遭難すれば絶対に個人の力では抜ける事が出来ないと言われる場所だ。

 

 背後にイストがいる事を確認し、前へと一歩踏み出す。

 

「あ、ここは無重力設定になっているので飛行魔法使わなくても大丈夫ですよ」

 

「お、マジか?」

 

 虚無に向かって一歩踏み出せば体は下へと向かって落ちず、ふわりと重力に逆らって浮かび上がる。そこから軽く体を傾ける事で其方へ推進力が生まれ、身体がそっちへと向けて流れるように動き出す。

 

「お、っと、っと」

 

 イストはやはり初めての経験らしく、少しこの無重力状態に戸惑いを見せるが、数秒もすれば感覚を掴んだのかすぐさま自由に動けるようになる。空戦魔導師はここらへん、割と簡単に感覚を掴むらしいとは話を聞いている。だからそこまで心配はしていない。ただ問題は今、目当ての人物がいるかどうかだ。予めメールをいれて来ると言っておいたが、

 

「―――おーい」

 

「あっ」

 

 声のした方向、上へと視線を向けると柔和な顔立ちの少年がスーツ姿で上からゆっくりと降りてくる。慣れた様子で此方の前へふわりと現れるのは本日の生贄、というより苦渋の決断の末、売り渡す事しかできなかった人物。

 

「や、待たせちゃったかな、なのは」

 

「ううん、今来たところだよユーノ君」

 

 ユーノ・スクライア、長年の友人であり、魔法を知るきっかけの人物であり、そして”本局”に存在する管理局最大のデータベース、無限書庫の司書だ。今まで混沌としていた無限書庫に着任すると同時に改革をはじめ、本局内でも無限書庫の整理状況に関しては救世主とあがめられるほどの人物。

 

 だがその実態は超ブラック勤務。社畜でもこんなに働かないというレベルで残業と寝泊り、休日はほぼ確実に無限書庫での整理作業、友人と会う時はほぼ確実に目の下に隈が存在しており、何時みても死にそうな表情をしている。半年に一回程度に取れる休みの日は確実に家のベッドで一日中休んでいないと次の半年を乗り切る事が出来ない修羅場の救世主。

 

 ……売り渡してごめんね……!

 

 今も目の下に隈を浮かび上がらせるユーノの姿を見て軽く心が痛む。

 

「えーと、確か知り合いの人が使いたいんだよね?」

 

「うん、今一緒にお仕事をしている―――」

 

「イスト・バサラ准空尉ですスクライア司書」

 

「!?」

 

 イストの丁寧な態度に驚き、そしてそのせいで反応が遅れる。今までこんな態度で誰かに接する所を見た事がないだけに酷いショックだった。そしてその間にユーノとイストは握手を交わし、

 

「無限書庫は利用しようとするとそれなりの権限と時間を要しますからね、なのはを通して貴方に知り合えて良かったです」

 

「いえ、どうやら頼りになる人がなのはと一緒にいるようで安心しました。結構無茶をするのでできたら年上の人に無茶しない様に見ていてほしい所なんですが……」

 

「はは、今の所少し元気なぐらいで問題はありませんよ。ただ少し報告書の作成に戸惑っている所があるようで」

 

「あぁ、確かに今までの部署じゃそう言う必要性はなかったですからね……これを機にバンバン必要な事を教えてあげてください」

 

「えぇ、そのつもりですよ」

 

 誰だこいつ。

 

 そんなことを思いながら、呆然と二人の弾む会話を見る事しかできなかった。




 中卒前で報告書を書く人生って凄いなぁ。

 そんなわけで今回から引き続き、次回もスクライアせんせーの登場です。ユーノ君はなのはシリーズ最大のヒロインキャラだと信じている。それにしても無限書庫のブラックさのネタにされっぷりは異常である。


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ブック・ブックス・ブックド

「本当に大丈夫ですか?」

 

「あぁ、いえ、資質を見るだけなら割と適性ありますから。手を煩わせるわけにもいきませんし」

 

「いえいえ、対応も業務の一部ですから気にしないでいいですよ?」

 

「そう言って実は休もうとしていません?」

 

「あ、解りますか?」

 

 そう言って笑いあう二人の姿はまるで長年の友人の様に笑い合っている。おかしい。自分の予想ではそこのキチガイがユーノを徹底的に弄り倒す事だったはずなのに、瞬く間に友情すら感じさせる会話をこの二人は繰り広げている。本当に訳が解らない。何よりあのイストがユーノに対して物凄く丁寧なのが激しくありえない。普段からして”アレ”なのに、何故今に限って物凄く真面目で丁寧なのだ。解せない。

 

 だがそう思っている間に、ユーノと握手を交わしたイストはその手を離し、無限書庫を移動し始める。もう慣れたのか、魔法を使って本の検索を始めるのと同時にイストはどこかへと向かい、その姿は本棚に隠れて直ぐに見えなくなってしまう。迷いのない姿から、イストが自分の求めている本を理解しているのだろうと思う。

 

 ……そういえば適性は支援型魔導師タイプだったっけ。普通に戦うからあんまり気にしなかったなぁ。

 

 短いやり取りなのになぜか術式のコピーを貰っているし、何故かメール交換してたし、何故か世間話してたし。男同士の友情なのだろうか―――いや、確実に違う気がするけど、この際置いておこう。今はフリーになったユーノに話しかける。

 

「ユーノ君」

 

「や、なのは。その様子からすると元気そうで安心したよ。いきなりメールで”紹介したい人がいる”って言われたもんだからついになのはに春が来たのかと思って驚いちゃったけど、仕事の友達を紹介しに来たんだ。結構いい人だね、イストは」

 

 もう呼び捨てだし。それに評価も結構高い。これは一体どういう事なのだろうか。少し、動揺が隠せない。が、ユーノが返事をしない此方を心配している。まずは長年の友人を安心させる所から始めなくてはならない。

 

「あ、えーと」

 

 一旦言葉を置いて自分を落ち着かせて、そして言葉を再び口にする。

 

「こんにちわユーノ君。あとイストに対するそういう認識は全て捨てた方がいいよ?」

 

「うん? どういう事だいなのは? 僕が話した限り頼りになりそうな人だったけど」

 

 ……駄目だよユーノ君、彼に騙されちゃ……!

 

 教えなくてはならないユーノに、彼がどれだけ極悪非道の外道なのか。犯罪者をおもちゃにして遊ぶ極悪集団の問題児の一人であるという事を。一瞬本当に伝えていいのか迷うが、それでもユーノを守る事を優先して伝える事にする。何より短い付き合いだが、あの先輩に対しては一切の容赦はいらないって事が既に学べている。というか容赦してたら徹底的に弄られる。だからこそ、ユーノが被害者リストにアップされる前に何とかしてこの危険性を伝えないと駄目だ。

 

「ユーノ君、いい? あの人は外道・オブ・外道なんだよ? コーヒーを珍しく淹れてくれたと思ったら砂糖の代わりに塩を故意に入れてるし、交渉のときは寝たふりしてこっちに全部やらせるし、前テロリストのアジトを見つけたら出入り口封鎖して焼き討ちしたんだよ!? 身長とかの事も徹底的にネタされてるし! もう、本当に酷い人なんだからユーノ君気を付けなきゃ駄目だよ!?」

 

 身振り手振りでユーノにイストの危険性を伝える。これで少しでも人畜無害を絵にかいたような少年があの頭のおかしい先輩の餌食にならないようになれば自分としては嬉しい限りだが、ユーノの様子がおかしい。此方を見て、クスクスと笑っている。

 

「な、何がおかしいの?」

 

「うん? なのは、ずいぶんと遠慮してないんだなぁ、って」

 

 ユーノが微笑ましげな笑みを浮かべている。嫌な予感しかしないのでその笑みは止めてもらいたい。

 

「だってそうやって遠慮もなしに言えるって事はなのは、イストとは結構いい信頼関係が築けているって事だよね? 少なくともどうでもいい相手だったらそんな風に話したりできないし、僕が話している間に気づくよ。騙されているかはどうかとして、話してみる分にはちゃんとした大人の様だし、そこまで心配しなくてもいいと思うんだけど?」

 

 ……そういえばユーノ君、戦闘スタイルがバインドを中心としたトラップ系のエゲつない戦い方だった……!

 

 頭の中に浮かび上がった嫌な可能性を即座に振り払って、溜息を吐く。意外、とは言わないがユーノは結構頑固なのだ。こう、と思ったら中々その考えをユーノは変えてくれないのだ……非常に厄介なことながら。そのせいで色々と誤解を解く事に昔苦労したりもしたのだ。今回もそのケースの一つになるかもしれない。何せ、既にユーノの中ではイストは”良い大人”なんて認識が出来上がっている。

 

 おのれイスト・バサラ。どこまでも私に挑戦するの……!

 

 あの外道、何時かバインドから砲撃食らわせて泣かせてやると、次に何か模擬戦をするとして、その時に泣かす事を誓う。もはやアレは自分の天敵とかそういうのを超えた部類の存在だ。たぶん自分をおちょくるその為だけに管理局に在籍している悪魔とかそんな類の生物だ。

 

 ユーノ君は私が守らなきゃ……!

 

 そんな私の内なる葛藤を知るすべもなく、ユーノは笑みを浮かべる。

 

「なのはが楽しくやっているようで本当に安心したよ、ははは―――元気になる暇もないからねこっちは」

 

「ユーノ君……!」

 

 無限書庫のブラック体制は今に始まった事ではないが、ユーノが抜けるだけで効率が十数パーセントも落ちるらしく、そしてそれを知ったからには抜けられないのが責任感の強いユーノだ。十分に話し合って元気になった、とユーノは今にも消えそうな儚い笑みを浮かべると、ホロウィンドウを出現させ、それを此方へと向けて持ち上げる。

 

「僕はそろそろ戻らなきゃチームの皆が死んじゃうから戻るけど、なのはも何か本を探すなら気を付けてね? 一応迷わない様に開拓したエリアにはマーカーとかを設置しているし、全域転移魔法の使用許可を出しておくから」

 

 そう言って去る前に、ふと気になった事をユーノに尋ねる事に決める。そういえばここへはユーノの紹介ではなく、無限書庫へのアクセスの為にユーノを紹介したのだった。つまりイストは本を求めてここへ来ているのだろうが、その内容に関しては一切聞いていなかった。現在特に何か特別な案件を持っているわけでもないし、というよりも終わらせたばかりだ。だから個人的に求める情報を、無限書庫を閲覧してまで手に入れようとするものを、それが気になる。

 

「ユーノ君、イストは一体何を求めたの?」

 

「うん? 少しだけ珍しいものだけど、探すのはそんな難しいものじゃないよ」

 

 そう言い、ユーノは振り返りながら答える。

 

「―――古式ベルカの格闘術、特に覇王流(カイザーアーツ)とエレミア、っていうのを中心だったかな」

 

 

                           ◆

 

 

「覇王流とエレミア……」

 

 どっちも聞いたことのない単語だった。ユーノが去った無限書庫の入り口付近、制服姿でふよふよと無重力空間を浮かび上がりながら先ほどの言葉を飲み込む。ユーノの言葉によると、どちらも格闘術らしい、それもベルカの。たしか……イストの出身はベルカのはずだ。ともなれば、自分の強化の為に資料を漁っている? 前に師は小さい頃亡くなったと聞いている。そしてその為、武技に関してはほぼ独学で今の領域まで上げてきたのだとも言っていた。ともなれば、これもまたその一環なのだろうか?

 

 ……うん?

 

 それにしては少しやり過ぎではないのか、という思考が生まれる。確かに力を求める事に関しては貪欲であるべきだ。それが立場上、必要な事でもあると理解している。イストのシューティングアーツもストライクアーツもどちらも見事な領域で、自分が知っている格闘ファイターはザフィーラだけだが、彼と比べてほぼ変わらないレベルだと思った。それは自分が砲撃戦魔導師ゆえの判断かもしれないが、かなりのレベルであることは解る。だが、それでも何か違う、という気がする。

 

 うーん……解らないなぁ。

 

 ただ何かの目的があって求めているのに違いはない。それが個人的なものか、仕事で必要なものかは今の所は良く解らないが、とりあえず手持無沙汰になるよりは、手伝った方がまだいいだろうと判断する。ここ最近は外道先輩に振り回されてばかりだなぁ、と軽く溜息をつきながら胸元のレイジングハートを握る。

 

「レイジングハート、検索をお願い」

 

『Search start』(検索開始)

 

 ふよふよと浮かびながらレイジングハートに検索を任せると、レイジングハートが開拓終了した無限書庫のマップを出現させ、そして探している覇王流、エレミア関連の本の位置をマップ内にマーカーとして出現させる。複数の場所に散らばる様に置いてある本はまだ未整理であることを証明しているのだろう。そのうち一つはイストが向かった方向だ。だったら自分は別方向へと向かおうと思い、そちらへと向かって進み始める。

 

 無限書庫の中身はむちゃくちゃだ。

 

 まるで空間や距離、そんな概念が通じない様に広がり、狭まり、分かれ、そして続いている。その全てが本棚で埋め尽くされ、そしてそれが本で埋められている。ユーノが”探せば何でも見つかる”という言葉を疑う事は、この光景を見た後では絶対にできないと思う。そしてそれは他の人間でも同じ事だろう。

 

 ほんの回廊を抜けながら迷わない様に自分の通った位置を記憶し、レイジングハートに記録させ、ゆっくりと進んで行く。何時来てもここはまるで別世界の様に不思議だな、と感想を抱きながら進んでいると、そう時間をかけずに目的地へと到着する。

 

 目的の本が置いてあるはずの本棚を調べる。本棚いっぱいに詰まっている本を一冊一冊確認してゆくのは面倒な作業だが、新鮮な発見もあって中々楽しい―――それが完全に仕事でなければ。ユーノの無限書庫での修羅っぷりは凄まじいと改めて思う。自分なら三日ほどで音を上げてダウンしてしまうに違いない。

 

「……うん? あれ?」

 

 置いてあるはずの本棚を確認するが、目的の本が置いてない。レイジングハートを使ってデータリンクを確認するが、無限書庫のデータベースとリンクしているのは確実で、使っているデータも最新のものだ。イストがこっち側に来ていない事は自分が知っているし、となれば。

 

「誰かが勝手に動かしちゃったのかな?」

 

 となるとそこまで困ったものではない……が、面倒な話になってくる。なにせ、

 

 ―――ユーノ君の就寝時間がまた削れるの。

 

 ユーノ、おぉ、ユーノ・スクライア。ほんとごめんなさい。君がここで働き始めたのは間違いなく闇の書の事件でここへ送った私達が原因だから、本当にごめんなさい。だけど後悔はない。

 

「仕方がないかな? 次のを探そっか」

 

 そして場所を変えようとしてレイジングハートに新たな場所を検索させようとし―――

 

「―――お探しの本はこれですか?」

 

「え?」

 

 振り返れば、そこには一人の女性がいた。緑髪、ロングスカートにブラウス、そしてカーディガンと若干古風な格好だが、非常にその姿が似合う女性だった。優しそうな表情を浮かべ、特徴的なのはその目だ。紺と青のオッドアイ。とてもだが普通の特徴ではない。そしてその女性が手に握っている本が自分の探していた本である事に気づき、急いで頭を下げる。

 

「あ、ありがとうございます」

 

「いえいえ、すみません。本当は私の方から渡そうかと思っていたのですが、片思いの身としては少々出にくい所がありまして、こうやって一緒に頑張ってくれる方がいると助かります」

 

 今の発言を解釈すると、この人はイストの知り合いという事になるが、片思いという発言に少々引っかかる。片思いというとアレしかない、というか恋愛感情を表す言葉ではないのだろうか? 女性から本を受けとりながらあの、と声をかける。

 

「えーと、イストの……知り合いですか?」

 

 えぇ、と女性は答える。

 

「かなり激しく求めあった仲なんですが、間女に最後の思いを伝える所で邪魔されてしまいまして、想いを伝える事無く未だに片思いを続けているんです」

 

「そ、それは……!」

 

 かぁ、と顔が赤くなってゆく。

 

 ……お、男と女でも、求めるってそういう事だよねフェイトちゃん!? 激しくってそういう事だよね!? だ、誰か教えて、レイジングハートは答えてくれないの……!

 

「大丈夫ですか?」

 

「あ、は、はい! だ、大丈夫です!」

 

 実は大丈夫じゃない。少し熱暴走気味だ。だから思考領域をマルチタスクで分割する。思考を四分の一に分け、そのうち一つだけに今の発想やピンク色の妄想を押し付ける。そうすれば残り三つの思考領域はクリアなままだ―――これでだいぶ落ち着く事が出来る。これは、マルチタスクを利用した自分を落ち着ける方法だと空隊に所属してから習った小技だ。

 

「えーと、そういうわけでして恥ずかしさが先立つものもありまして、出来たらこれらをあの方へ渡してくだされば嬉しいのですが?」

 

「あ、はい。お任せください」

 

 受け取った本を胸に抱いて頷く。それで、と緑髪の女性は続ける。

 

「近いうちに別の方が”逢瀬”の為の招待を送るかもしれません、と伝えてくれませんか? 非常に恥ずかしい話ですが、あの―――」

 

「―――いえ、お任せください! いや、本当に私にお任せください! 絶対に伝えますから!」

 

 こんないい女性に好いてもらっているとはイストも中々やるではないか、と思うのと、そして彼女のこの思いに対して彼は正面から向き合って貰わなきゃいけないという思いがここにはある。邪魔されて恥ずかしがっているのは仕方がないから、自分はとりあえずこの恋を応援しなくては。

 

 あ、そうだ。

 

「えっと、すいません!」

 

 緑髪の女性が首をかしげる。彼女に聞かなきゃいけない事がある。

 

「あの、お名前はなんですか」

 

「……あぁ、そういえば忘れていましたね。失念しました」

 

 そう言って、彼女は名乗った。

 

「―――イング、イングとお呼びください。捻りの欠片もありませんが、それがおそらく過去を払拭し、今を女人として生きる私の名なのでしょう。では、よろしくお願いします」

 

 そう言って、彼女は笑みを浮かべてから頭を下げ、無限書庫の奥へと向かって姿を消していった。彼女の姿を見送ってから、此方も次の本を探すための動きを始める。少しだけ面倒臭かったこの作業も、少しはイストへ反撃する為の材料になるなら、悪くはないのかもしれない。

 

 

                           ◆

 

 

「―――復讐に身を焦がす貴方との逢瀬を楽しみにしていますイスト。おそらく、それこそが私の生まれた唯一の意味でしょうから。故に、私は貴方と私自身の終焉を求めます―――負けず、殺しに来てください。それがおそらく、互いの為の幸いでしょう」




 露骨な正ヒロイン臭。だがヒロインは殺す。ヒロインは死んでからが本番だ。ユーノきゅん可愛い。それにしても段々となのはさんが活き活きし始めてきてるなぁ、と。ユーノきゅん可愛い。さて、もう少しだけなのは視点におつきあいください。


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イン・ビトウィーン・アンド・ネクスト

 ちょくちょく執筆しながら色々と。


「終わった―――!」

 

 そう言いながら腕を広げて後ろへ倒れ込む。目の前には大分作成に慣れてきた報告書が浮かび上がっている。既にこの隊へと入隊してから一ヶ月が経過し、季節は四月の半ばへと移行している。こうも時間が経過すると最初は反発ばかりだったこの隊にも大分馴染み、少しずつ周りの考え方やスタンスが解ってくる。そしてその空気の味も、何故こんな風なのか大分わかってくる。ともあれ、先日しょっ引いた密売屋の件に関する報告書は数時間で書き終わった。その達成感に包まれ、椅子に深く座り込む。

 

「うん? 終わったの?」

 

「あ、はい」

 

 そう言って此方の事を確認しに来たのはキャロルだった。彼女が何かと此方に対して何かと世話を焼いたり、気をかけてくれてたりするのだが、最初はからかわれている物だと思っていたが、実の所キャロルは体質の都合上、子供が産めないらしい。それで何かと年の若い子には世話を焼いてしまうらしく、それを聞いてからは少しだけだが甘える事にしている。だから今も出来上がった報告書、それが映されているホロウィンドウをキャロルへと向けて引っ張って見せる。

 

「どれどれ……」

 

 そう言ってホロウィンドウを受け取ったキャロルはスクロールしながら文章内容を確かめ、頷き、小さく唸っている。もちろん自分は書いたものに対してそれなりの自信を持っているので、何もやましい物はない。胸を張ってキャロルの返答を待ち、

 

「―――うん、良くできているわよ。良くこの短時間でこれだけ書けるようになったわね」

 

 褒められるのは悪い気はしない。だがこれぐらいできる様にならなければ。というより、これぐらいの書類作成スキルは基本スキルなのだ。非常に不本意な事だが、先月イストに報告書をどうやって作るかを教えてもらった後、それを省みて、はやてなどに会いに行ったら報告書書くのは当たり前だったり、慣れていたりで、大変精神上宜しくなかった。いや、負けた感じがしたのが嫌だった。だから頼んで書き方を教えて貰ったり、練習したりで、やっとここまで書けるようになった。

 

「しかし何時になっても自分より若い子に追いつかれるのは嫌になるものねー……まともに戦ったら確実に負けるし」

 

「その”まとも”部分を取れるようになるのが当面の目標なんですけどね」

 

「それさえ負けてしまったら大人として立つ瀬がないわよ。それを超えられるだけの経験を得られるようになったら負けてあげるわ」

 

 そう言ってキャロルは去って行く。大人だなぁ、と思う反面、子供だなぁ、とも思う。ここにいる人と達は実に戦いがユニークというか、”悪辣”と評するのが正しいのだ。まるで真面目に戦おうとしないだけではなく、思考の裏側を縫うように意外な行動をとってくる。正面から叩き潰そうとすれば何時の間にか背後へと回り込まれていたり、目標がダミーだったりと、そんなのはしょっちゅうある。

 

 中には空へと砲撃を向けて、時間差でそれを空から降り注がせて空から撃ち落とすなんていうデタラメな攻撃方法を取ってくる者さえもいる。戦術や奇策のオンパレードともいえるこの状況、そういう正道から外れたものを見るには十分すぎる程に勉強になると思う。何気にそういう戦術をどうやって崩すか、それを考えている事に楽しみを覚えている自分もいる。幻術や射撃系の魔導師だとまだ一勝もできないのが実態だが、近接系の魔導師だったらある程度の勝率を勝ち取る事には成功している。そして勝利している相手にはもちろんイストも含まれている。勿論最初の頃は意味不明に速かったり見切れない拳に撃墜判定を貰ったが、色々と教わった今では逃げながらバインド設置して砲撃を空から乱射して近づけなければいいのだと学習した。障害物の後ろに隠れてもそれごと薙ぎ払えばいいし。

 

 完全相性勝ち。

 

 ……ただバインド設置したと思って油断しているとバインドをすり抜けて接近するんだよね。

 

 この練習場、訓練場、それが空戦魔導師に取って戦いやすい広いフィールドだから今は勝率を稼げている様なものだ。もっと障害物の多い、姿を隠しやすいフィールドだったら経験の差を利用されて完全に実力を発揮できないままボコボコにされる未来が目に浮かぶ。あと狭い通路とかも駄目だ。砲撃が通路を埋めるから安全だと思われるが、実の所防御しながら前進すれば到着するので砲撃戦魔導師にとっては最悪のシチュエーションだ。なるべく広い空間で戦わないと落とされるのが砲撃戦魔導師。

 

 最近は距離を詰められた場合を想定して色々教わっているが、今の所それがどれだけ通用するかは解らない。教えてもらった人に振るっても上達が確認できないからだ。だからと言ってそれを振るう機会を望んではいけない。振るう機会を得るということはつまり、不幸な人間が増えるという事だ―――犠牲者加害者両サイドで。なので安易に振るう機会を求めてはいけないのだが、

 

 ……それでも確かめたいし、休みの日にシグナムに頼もうかなぁ……。

 

 シグナムならまず間違いなく嬉々として相手をしてくれるに違いない。そしてその上でつきっきりで修行の手伝いをしてくれるに違いない。そしてそれからしばらくメールで修行の日程が組まれるに違いない。あ、駄目だこいつ、と認識してシグナムという候補を頭から抜く。とりあえずは対接近戦用に教わっているデバイスを使った槍術の師匠を、イストの姿を見る。

 

 仕事を終え、する事の無いイストは両足をテーブルの上で組んで置いて、そして視線を手元の本に向けている。本を読んでいるというのに、それでもイストはサングラスを取る様子を見せない。読みづらいだろうと前に指摘したのだが、それでもサングラスを取る気配がイストにはない。何か理由でもあるのだろうとその時から放置しているが、何時みても違和感のある姿だ。……が、ベルカ式への適性はないだけで、武芸百般というべきなのか、基本的な得物であればどれも十全に振り回す事が出来るらしい。その中でも格闘が得意で特化しているだけで、別に他の武器が苦手ではないらしい。

 

 ギリギリの所で才能に嫌われた、と本人は主張しているけど。

 

 ……偉ぶらなければ十分尊敬できるんだけどなぁ。

 

 まあ、そうしないのがイストのイストらしい所というべきか、この一ヶ月で覚えてきたこのパートナー”らしさ”というべき部分かもしれない。―――此方を未熟な事を理由に弄るのは止めてもらいたい所なのではあるが。

 

「イスト」

 

「ん? あぁ?」

 

 本からイストが顔を持ち上げる。最近はずっとこうだ―――というより無限書庫から返ってきてからずっとこうだ。時間さえあれば本を読んでいる。その本も全てが無限書庫から持ち出したものだ。そこらへん、持ち出しが可能かどうなのかは規制については良く解らないが、こうやって堂々としている所、持ち出してもいいらしい。その内容は確か、覇王流とエレミア、なんていうものだったらしいが、今はどうなのだろう。

 

「今はどんな本を読んでいるんですか?」

 

「ん? 興味あるのか?」

 

 いや、それはもちろん、と答える。最近読みっぱなしなのだから気にならなかったら確実におかしい。そう伝えるとそっか、と呟いて軽く頭を掻いたイストが此方に本を手渡してくる。その本のページを開いたまま、タイトルを確認する。その本のタイトルは”ベルカ興亡期”と書かれてある。

 

「なんですかこれ?」

 

「タイトル通りベルカの興亡期の本だよ。本っつーか日記だな。ベルカが終焉を迎えるまでの数年間を記した本で、この本の持ち主は覇王イングヴァルト様と個人的付き合いがあったそうだ。日常的な話からどういう訓練をしてたか、聖王様と覇王様が喧嘩しただぁ、そういう感じの内容の本だよ」

 

「いや、めちゃくちゃ重要な本じゃないですか!」

 

 ベルカ出身の人間ではないが、この本の重要性は解る。ベルカ人にとって聖王とは神にも等しい存在であり、覇王とはそれに匹敵するだけの有名で高名な存在だ。その二人を知っている人の日記、しかもベルカ興亡期のモノなんて間違いなくレアものではないのか。

 

「良く持ち出せましたね、ソレ」

 

「実は結構苦労したんだよ。予め聖王教会の方にコネ作っておいてよかったよ」

 

 聖王教会へのコネ、と言ったところで前、先月のはやての言葉を思い出す。そういえばイストははやてとのパイプを繋げる代わりにカリム・グラシアへの紹介を頼んでいたはずだ。……となると、

 

「もしかして……騎士カリムにお願いした?」

 

「良く解ってるんじゃねぇか。ちょっとした取引と餌と交渉とロマンスの結果、無限書庫で見つけた覇王関連の書物は教会へと運ぶ前に俺が”見分”する事になっているんだ。あー辛い、超辛いわー。無限書庫から本いっぱい見つかるわー、見つけた本を教会へと運ばなきゃいけないわー、あー、読んで確かめなきゃいけない本がいっぱいあってマジ超つれーわー」

 

「わぁ、何てわざとらしい……!」

 

 清々しい程にわざとらしい。いや、待て取引と餌と交渉まではいい。だが最後のロマンスはなんだ、ロマンスは。

 

「駄目ですよ、イストにはイングさんって素晴らしい人がいるんですから」

 

「……んー? 聞こえんなぁー?」

 

「あ、露骨に目を逸らした」

 

 しかも小指で耳をほじっている。とことん聞くつもりがないらしい。一体あの女性はこの外道のどこが気に入ったのだろうか。そんな事を一瞬悩むと、イストは本……日記をこっちの手から強奪し、組んだ足をデスクの上に乗せたまま、再び日記の中身を読み進めてゆく。良く見ればその片手には小さくだが、ホロウィンドウが出現し、読むのと同時に何かを書きこんでいる様にも思える。やはりメモなのだろうか。

 

 ……あ。

 

 そこから話しかけた目的から大きく離れてしまった事を思いだした。

 

「そうだった。イスト、誰か戦える相手を紹介してくださいよ」

 

「なんだ、無差別に砲撃が撃ちたいのか? だったらほれ、いい事を教えてあげよう―――向こうの方、あぁ、あのデスクだ。あそこで笑顔でこっちを見ている奴がいるだろ? あぁ、いや、そっちはロリコン。そいつはお前が後4年若ければって良く嘆いている。二ケタはアウトらしい。ってそうじゃねぇ、そう。そいつ。今手を振っているだろう、アイツドMなんだ。今もお前に非殺傷設定切って砲撃撃ちこまれる事を期待している。いいか、手を振ってみろ」

 

 言われた通り手を振ってみる。

 

 立ち上がってジャンプしながら手を振り始めてきた。そのあと腕を広げ、膝を床に付き、

 

「ヒット! ミー!」

 

「そぉい!」

 

 横から飛んできたドロップキックによって吹き飛ばされ、視界の外へとカマロ准空尉が吹き飛んでゆく―――アレで同じ准空尉とか信じられない。間違いなく地球なら訴訟レベル。だがそれが許されるのがミッドチルダ、管理局、この隊の不思議である。法律とはいつ死んだのだ。

 

「前から思ってたんですけど、若干ここにいる人たちって個性的すぎやしませんか」

 

「結構奇人変人が集められているからなあ。変人タイプってどっかで特化していたり能力的に欠損があって普通の隊じゃ使いにくいから結局一か所に集められやすいんだよな。まあ、合わないやつは合わないやつで一週間ぐらいでこっから抜けてくよ。やったねなのはちゃん、君は間違いなく合格だよ」

 

「撃ちますよ」

 

「おぉ、怖い怖い」

 

 そう言ってお手上げのポーズを取るイストの発言を改めて省みると、あんまりここにいる事に違和感は感じなくなったなぁ、と思える。最初の頃は若干ストレスが溜まっていた事を否定する事は出来ない。だがこうやって接して、少しずつ周りと話し合って、一緒に仕事をして彼らを理解する様になってきた。

 

 それがどんな奇人変人であろうと、彼らにはそれぞれの思想や願い、想いがあるのだ。それらを理解せずにただの奇人変人と断定するのはあまりにも失礼ではないのか。そういう風に感じ始めてきている自分がいる。間違いなく染まっているとも言えるが、これが成長なのかなぁ、と迷う自分もいる。ただその答えを求めようと聞けば、

 

 ……間違いなく微笑ましい笑みと共に頭を撫でられそうだよね。

 

 実際、今までに何回かそうやって頭を撫でられたことはある。その回数ナンバーワンはキャロルで、二番目にイストだ。ちなみに三番目は強面の隊長であるフィガロ。アレで意外と子供好きなのだが、泣かれるので基本的に自分から寄る事はないらしい。姿と好きなもののキャラが違いすぎるあの人も変人に入るのだろうか。

 

「ま」

 

 パン、と音を立ててイストが片手で本を閉じる。それを無造作にデスクの上に投げ捨てると、サングラスの位置を片手で直すと、此方の頭を撫でながら入り口へと向かってゆく。そうしてぐしゃぐしゃにされてしまった髪を急いで手櫛で整え直しながら、その背中を追いかける。

 

「仕事ですか?」

 

「おう、喜べなのはちゃん」

 

 緊急で舞い込んできた仕事が表示させられているホロウィンドウをこっちへと投げると、そのまま外へと向かって歩き出す。

 

「パーティーのお誘いだ。しっかり”おめかし”しなくちゃな」

 

「何をかっこつけてるんですか、さっさと行きましょう」

 

「お前はもう少し遊びを持とうよ……」

 

 知りません、と答えながらイストの横へと並び、外へと向かって歩き出す。

 

 まず、最初の目的地は―――空港。




 イムヤ大破。

 どもども、もうそろそろですねー。逢瀬にはおめかししませんと。パーティーには相応の作法がありませんと。というわけですので、まあ、あと1話、2話ですかねー……。

 家族はどこまで脅威なのか、って感じでしょうか。


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フィクション・ノンフィクション

 本日朝の一発目。順調に道を踏み外し人々。


 実の所、空港へとやってくる回数はそう少なくない。

 

 空港がミッドチルダ最大の入り口である事実は転移魔法が存在していても疑いようがない。対次元跳躍装置などというものがあるらしいが、それも内部からの手引きによる手があれば簡単に突破して転移魔法でミッドチルダに降りる事が出来る。でも全てが全て、そうやってミッドチルダにやってくるわけではない。やはり、空港を通してやってくる者は多い。だから空港には常に次元を象徴する部署の”海”と、そして現地の治安を維持する”陸”の人間がいる。ちなみに”空”の活動は主にミッドチルダのみで、ミッドから離れれば離れる程その数は見られなくなるという性質を持っている。まあ、今はちょっとだけ関係のある話だ、これは。

 

 空港の管理局員用のパーキングスペースで車を止めて、降りる。相変わらず免許は持っていないので運転からパーキング、鍵の所持まで全てイスト任せなのは少し恥ずかしいが、合法的に免許が取れるようになるのは15歳過ぎてからの話だ。それまでは運転をこの外道先輩に任せるしかない。だから車から先に降りて、鍵やら駐車に気を使っている先輩がやってくるのを待つ。だがそれも数分もかかりはしない。直ぐにチェックを終わらせたイストが此方へとやってくる。

 

「正面から通ると面倒な手続きあるからこっち行くぞ」

 

「え? でも」

 

 自分が武装隊の前、嘱託魔導師として活動していた時は普通に前のゲートから通っていたのだが、と言うと、イストは苦笑する。

 

「嘱託魔導師ってのはまだ半分”外様”って状態だからな。だが俺やお前みたいに本所属の魔導師、特に空所属の魔導師ってなれば色々と特権が生まれるんだよ。たとえばこっちの通路」

 

 そう言ってイストはパーキングのすぐそばにあった扉を開けて、中に入る。そこには関係者以外立ち入り禁止と書かれているが、それを気にすることもなくイストはズカズカと中へと入りこんで行く。

 

「ここは空港で働く連中が使うための通路だがな? 俺達空の人間も普通に使う権利も持っているんだよ。まあ、首都を出ること自体が非常に珍しいから空港を利用すること自体が珍しいんだがな。だけど、まあ、ないわけじゃない。密売やら密輸やら、空港を通ってやってくるもんは結構多い。それのチェックやら確認、検査とかで珍しいけど来ることもあるぞ。……まあ、まだ一ヶ月目だからやってないだけだけどさ」

 

「はぁ、なるほど……」

 

 勉強になった。やはり空の人間は色々と他の所属と比べて特権が多いらしい。それも首都の防衛やら、重要な役割を得ている事を考えれば妥当かもしれないが、少しだけ優遇されすぎてないか、何て考えも浮かぶ。だが管理局のシステム自体はかなり上手くできていると思うので、特に口出しする事はない。ともあれ、ホロウィンドウで第一目標が空港であることは確認したが、それ以上はまだ読んでいない。というかそれをさせてくれるだけの時間を横の先輩は許してくれなかった。

 

 それを口に出そうとして、前から歩いてきた管理局員が此方を見る。何かを言う前にイストが片手を上げてよ、と挨拶をすると相手も挨拶しかえしてくる。それに倣って此方も挨拶をすると、相手も挨拶をして通り過ぎる。

 

「知り合いですか?」

 

「んにゃ、挨拶は常識だろう。コミュ能力は大事だぞ。知らない相手でも一応挨拶できる時はしておけ。どういう縁がどういう形で結びつくか解らないからな。いや、マジで。俺も天下のエース・オブ・エースと一緒にコンビを組んで仕事をする日が来るとは思わなかったし。知ってるか? 俺お前の顔を雑誌で見たんだぜ」

 

「そんな事を言うんでしたら、私もこんな外道とコンビを組むことになるとは思いませんでしたよ。誰が嬉しくて足を掴んだら武器代わりに振り回して襲い掛かってくる蛮族とコンビを組みたいんですか。できたらフェイトちゃんみたいな正統派のインファイターと組みたかったですよ!!」

 

「ほんと残念だな。まあ、俺としちゃあ弄り甲斐のある後輩が入ってきて結構楽しいんだがな、これが」

 

「あぁ、もう! 髪の毛整え直したばかりなんですから撫でるの止めてくださいよ!」

 

「ははは! 背が低いのが悪い!」

 

 無言でローキックを叩き込むが、鍛えられたイストの肉体はそれそのものが鋼の鎧の様に硬く、魔力や強化術式を使っていない普通のローキックでは逆にその痛さを味わうだけだ。ジーンと響いてくる足の痛みに少しだけ悶絶しながらなんとか痛みに耐え、そして少しだけ涙目でイストを見上げる。

 

 サングラスを取り、白目で舌を突きだした笑顔でそんな私をイストは迎えてくれた。

 

「ぶっふぉっ」

 

 あまりにおかしすぎる表情に笑いでむせる―――というかちょっと待て、

 

「今素顔を見せましたよね!? もっかい、もう一回サングラス取ってくださいよ!」

 

「あぁ? 聞こえんなぁ」

 

 笑いを押し込めて再び視界をイストへと向けると、その頃には既にイストはサングラスをかけ直していた。惜しい、非常に惜しい。今まであのサングラスを取った様子が全くないので、正直その下がどうなっているかは興味があった。いや、今の一瞬少しだけ目の周りに傷があったような気がしたが、それだけだったような気もする。

 

「うっし、ここだ」

 

「あ、逃げないでください!」

 

「勝者と年長者の余裕でスルー」

 

 挑発のプロフェッショナルなのかこの人、一々人のイラっとする所を的確に突いてくる。その事実に若干イライラさせながらも、やる事はちゃんとやるという無駄な優秀さを持っている事が非常に腹立たしい。これで無能だったら無価値だと断定する事は出来る。だがこの狂人は自ら進んで狂人となりながら仕事をこなしているフシがある。それが厄介なのだ。まるで雲の様に本性が、本音が、つかめない。

 

 そんな事を思っている間にも別の通路へと入ったイストを追い、空港の中に張り巡らされたアリの巣の様な通路を抜けてゆく。どうやら道を全て覚えているらしく、一切迷う事も確認することもなくイストはその通路を進んで行く。見失わない様にイストの横に張り付き、そして時折通る職員に軽く挨拶をしながら進むと、やがて広いスペースにでる。

 

「どーもー」

 

「お疲れ様です」

 

「お疲れ様です!」

 

 それは空港のゲートの向こう側だった。チェックインやら荷物検査やら、そういう作業を全て無視して空港の内側へと入る為の通路だったのだ。そしてそうやって向かうのは次元航行船が停泊しているゲート―――ではなく、空港の出国ゲートの向こう側、その一番奥にある施設だ。ここまでくれば次にどこへ向かうのはおおよその予想がつく。

 

 施設の名前は超長距離次元転移装置。その目的は空港などが無い、設置の出来ない世界に人員を飛ばすための装置だ。帰りはこの装置が此方が設置したマーカーを頼りに”引っ張ってくる”という仕組みになっているのだが、この装置を使って跳ぶ世界は大体決まっている。だからこそ質問しなくてはならない。

 

「イスト、これから何処へ行くんですか?」

 

 イストはサングラスの位置を直しながら言う。

 

「第56無人世界」

 

 

                           ◆

 

 

 短い揺れやかきまぜられる感覚。それが終了する頃に目を開ければ、視界は完全に違う世界を映しだしていた。そうして視界いっぱいに映し出されるのは海だった。ひたすらに大量の水が覆い尽くす世界だった。自分が立っているのが反対側の見える小さな島、木は数本しか生えておらず、頭上から照りつける太陽によって生み出されるその木の陰だけが逃げ場の様に思えた。

 

「あ」

 

 その影の中に男が一人いた。此方の姿を確認するのと同時にやってくる男の姿は管理局員、海の魔導師の制服だ。此方へと近づいてくると敬礼する。おそらく階級的には此方の下なのだろう。

 

「ようこそいらっしゃいました高町准空尉、バサラ准空尉」

 

「お勤めご苦労さんセダン三等空士」

 

 何時の間に名前を確認したのだ、と思っているとイストの横にはセダン三等空士と呼ばれる青年のプロフィールがこっそり浮かび上がっていた。

 

 ……仕事早っ。

 

 それをセダン三等空士に確認される前に消すのも流石の手際というやつだろうと思う。ともあれ、セダンはイストを見てから此方を見ると、

 

「高町准空尉、ぶしつけで申し訳ありませんがファンです! 握手をお願いします!」

 

「……お前、一応有名人だからな?」

 

 ……そういえばそうだった、と思い出す。たしかPT事件と闇の書事件で自分の名は期待のエース、そしてストライカー級魔導師として売れているのだった。6隊に所属してからは有名人どころか子どもとしてしか扱われてないので大分忘れていた事だが、外へ出ればかなりの有名人だという事実をすっかり忘れていた。……そう考えるとあそこは結構アットホームな職場なのかもしれない。

 

「えーと、では握手ぐらいなら……」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 涙を流しそうなほどに嬉しそうに手を握り、握手をする青年を一瞬、自分よりも本当に年上なのか疑いそうになる。だが実際に自分よりも大きいのだろうから、本当なんだろうなぁ、と呟いたところで、イストが青年の頭にデコピンを叩きつける。

 

「おいおい、ウチのロリ担当の手を何時まで握ってるんだよテメェ」

 

「まずはそのロリ担当と明確に言った事を私に対して反省しません?」

 

「いえ、高町准空尉はロリ担当でいいんです!」

 

 ―――こいつもアレ系の人間か……!

 

 海と言ったらどうしてもクロノを基準に考えてしまうので、そうか、べつに変人は空だけに限った事ではなく他の部署にも存在するんだ、という事を空に浮かび上がるはやてのイメージを幻視しながら理解する。管理局にはあとどれぐらい奇人変人が存在するのであろうか……。

 

「とりあえずお前、状況報告しろやオラ」

 

「―――はい」

 

 そう言ったとたん、セダンは直立で体勢を整え、ホロウィンドウウを複数出現させる。表情は真面目なものとなり、そしてデータを此方へと送りながら解説を始める。

 

「哨戒任務で次元渡航中に反応をキャッチしたのが数日前の事となります。その絞り込みに数日、そして判明した反応の位置がこの世界となります。到着と同時に隠密を心がけ情報収集を行ってきました結果、地上から200m下、海底に研究所らしき建造物の入り口を発見しました。その中から隠されていますが魔力の反応を感じますので、まず間違いなく稼働中の施設だと思われます。一応此方の転移反応が漏れないようにジャミングを行っていますが―――」

 

「―――ジャミングを行ったら”誰かが妨害している”って証拠が残るんだよ」

 

 チ、とイストが吐き捨てるとデータに表示されている研究所の方へと視線を向ける。データと報告を確認すれば相手がここから逃げ出していない事は明白だ。―――確実に待ち構えている。だがその意図が解らない。いや、それよりも解らない事がある。

 

「待ってください―――何故私達なんですか?」

 

 それが最大の疑問だ。何故私達がここにいる。空隊の目的は首都の防衛だ。そしてその人員を割く事を中央はかなり嫌がる。だからこうやって私達二人が別次元の世界で、違法研究所のレイドを依頼されるなんて明らかにおかしい。明らかな作為性をこの出動に関しては感じる。

 

「そう言われましても本局の方からこうしろと命令が下りてきているので……」

 

「下っ端が把握できるわけがねぇよな」

 

「すみません、艦長もこの件に関しましては十分な戦力を保有しているのに何故空の力を借りなくてはいけないんだ、と結構憤慨している様子なので」

 

「ま、そうなるわなぁ……」

 

 ―――本局の指示。それだけで何か政治的、もしくは何らかの意味があるという事は察せるが、その中身までは理解できない。ただ、

 

「―――消しに来たか? いや、ならなぜこのタイミングで? 違う……高町なのはという英雄を消す事は管理局としては悪手としか言いようがない。だから……発想の逆転して―――消す為に送った?」

 

「イスト?」

 

 口から漏らす言葉が物騒極まりない為声をかけると、イストが顔を持ち上げる。

 

「意図が解らねぇ。でも―――」

 

「―――何時も通り十全に、ですよね? ―――レイジングハート! セットアップ!」

 

『Setup』

 

 レイジングハートを握り、バリアジャケットの展開を一瞬で終わらせる。そして握ったレイジングハートは一瞬で姿を杖へと変化させる。視線は真直ぐデータとして存在する研究所の方向へと向ける。横でセットアップを完了させたイストの姿を確認し、レイジングハートを構える。

 

「どうせならハデに、だ。バレてるなら強いノックを決めてやれ」

 

「レイジングハート・エクセリオン、カートリッジロード!」

 

『Cartridge load』

 

 レイジングハートが姿を変え、槍に似た形状へと姿を変える。カートリッジを排出する姿を確認しつつ、矛先を上へと向け、そして魔力を一気に吐き出す。桜色の砲撃が細い放出口より放たれるため、丸い飲み込む形ではなく薄い、剣の様な形として吐き出される、

 

「砲撃剣、ディヴァイン・ブレイカー……!」

 

 膨大な質量を振りおろし、この位置から研究所の入り口を含めた、それまでの全てを両断し、吹き飛ばす。魔力を込めて叩き込む砲撃の斬撃は海を真っ二つに割り、それが戻るまでの間、通る為の入り口と道を作る。飛行魔法を発動させ、共に出来た道へと向かって突き進む。

 

「武運祈ります!」

 

 背後で敬礼をするセダンの存在を感じながら、作為性と不吉を感じさせる仕事へと挑む。




 なのは様覚醒第一段階、砲撃をぶん回す。発想はあっただろうに何故か原作ではやらなかった事。たぶんそれはどっかの金髪巨乳のフェイトそんとかいう生物のザンバーの株を奪っちゃうから(

 だから後でフェイトそんには残念系になる方向でテコ入れしましょう。


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ヒューマニズム

 もうそろそろですねー。


 最初の一撃で海ごと真っ二つにした違法研究所の入り口に入ると、イストが階段から降りる途中で動きを止め、そして振り返る。

 

「どうしたんですか?」

 

「ちょいと待ってろ」

 

 そう言うとイストはカートリッジを何本か取り出し、それを入り口周りに設置してゆく。設置を終わらせると横へと戻ってくる。

 

「なにをしたんですか?」

 

「一応入り口を吹き飛ばすんだよ。下のロックが普通に開く訳がないだろ? 内側に崩れる様に爆薬代わりにカートリッジ設置したから、岩とか使って入り口塞ぐんだよ。んで隙間は―――」

 

「―――魔法で塞げばいい、と」

 

「そ、プロテクションを使って放置するよりは魔力の燃費がいいからな、この方法。馬鹿魔力持ってないヤツの知恵ってやつよ」

 

「馬鹿魔力で済みませんでしたね!」

 

「だが許さない」

 

 そうも言っている間に、背後でカートリッジを爆破させ、入り口は爆破と共に内側に向かって崩壊する。既に十分な距離を離れていたため此方には爆風は届かず、ただ埃と岩の破片が落ちてくる。少々湿っているのはそれが海底にあったものだからだろうか。隙間はまだあるが、それでも十分壁と言えるだけのバリケードは出来上がっていた。それを手伝う様にイストと共に魔法で塞ぐ。帰り、此処から脱出する時は入ってきた時同様に海ごと吹き飛ばせばいいだけの話なのだ。だからある程度バリケードがしっかりしているのを確認したところで、階段を下りて床の上に立つ。やはり研究所というべきか、妙にメタリックなデザインをしている。そして、正面には分厚さを感じさせる壁がある。素早く調べる分には、それが上へと引き上げられて道を作る、シャッタータイプの扉であることは解る。だがどこにもコンソールパネルらしきものは存在していない。

 

 ならばやる事は一つしかない。

 

「えっと、これなら―――レイジングハート・ストライクフレーム」

 

「あー、この材質なら噛んだことがあるな―――フルンディング」

 

 拳撃と突撃。魔力の込められた二撃は目の前のシャッターを当たり前の様に粉砕し、向こう側へと道を開く。そうやって破壊された入り口を眺めつつ、二人で声を殺し、その向こう側の光景を見る。この入り口と同様、メタリックなデザインの研究所、通路が続いている。そこから枝分かれする様に別の通路、部屋へと続いているが―――存在する筈のものがない。

 

 歓迎―――即ち迎撃の意志。

 

 オートマタも、魔導師も、サイレンすらない。警戒という色がこの場所には一切存在していない。なのに研究所の奥からは人の気配がする。いや、させている。明らかにこっちを奥へ来るように誘っている様にしか思えない。その様子を眺めながら、レイジングハートを握る手を強くする。この通路は見る限り結構狭い。大型の機器を通す程度には広いし、レイジングハートのストライクフレームモード、それを振り回す事の出来る広さだ。だがここで十全なマニューバを取れるのは間違いなく近接特化の魔導師だ。自分の様な砲戦魔導師にとってはかなりやり辛い広さだ。

 

「……臭うな」

 

「……?」

 

 それは臭気じゃないって事が解るぐらいには付き合いはある。ただそれがどんな臭いなのかを共有する程長くはない。イストの漏らしたその言葉に軽く首をかしげ、前へと進む彼の後ろへと回り込み、後を付ける。彼が前衛である以上、彼が私の前に立ち攻撃を受け、そして背後から此方が必殺を叩き込むというスタイルに変化はない。軽い緊張感に包まれながらイストの二歩後ろについて歩く。口数は自然と減り、表情もふざけたものから真面目なものへと変わっている。既に展開を終えている義手にも思える様な鉄の腕をイストはにぎにぎとうごかしながら、

 

「俺毎回思うんだよな、こういう研究所の部品ってちょっと分解して持ち出してもバレねぇんじゃねぇの? って。売ったらそれなりに金になりそうだよな」

 

「あ、うん。シリアスになる事を期待してた私がバカでしたね」

 

 やっぱりいつも通りだと断定し、息を吐く。背後への警戒を怠る事はしないが、今ので大分自分の体の中から緊張感が抜けるのを自覚できた。それが狙ってのものか、狙わずのものか、それを判断する事は出来ないが、一種のペースメイキングなのだろう。わざと馬鹿をやり続ける事で常に自分という存在を崩さない。それがイスト・バサラという男のスタイルに違いない。いや、6隊全体のスタイルでもあると思う。

 

「ほら、さっさと探索進めましょうよ。待ち伏せされているんですから。その場合はイストが肉壁よろしくお願いします」

 

「おう、メイン盾は砕けないって名言を知っているな貴様」

 

「えぇ―――内側から叩いたらどうなるか解りませんけど」

 

「お前、俺ごと敵を撃ち殺すつもりだろ……! 鬼畜! 砲撃厨! ツインテールの悪魔!」

 

「ちょっとだけやりたくなってきた」

 

 だが実際の所、そんな事はない。最近ちょっと一発位なら誤射かもしれないとか絶対に思っていない。断じてそんな事はありえない。だってわざと誤射するなんてキチガイの極みではないか。

 

「ま、まずは部屋を一つ一つ確認、だなっ!」

 

 近くの扉をイストは蹴り飛ばしつつ中へと侵入する。拳を構えて入った直ぐ後に続いて中に入る。中に人の気配は感じられなかったが、それでもオートマタやセントリーガンが設置されている場合はある。故に突入の瞬間はどういう部屋であり、常に戦闘の用意ができていなければならない。幸い、この部屋にそういう障害はなかったようだ。

 

 存在するのは無数の円形のガラス、ポッドの様な装置だった。その中に何かが浮いているように見える。そしてそれがなんであるかを確認しようと目を凝らした瞬間―――視界が闇に包まれた。その感触からそれが制服の上着だと気づくには数瞬かかった。

 

「ちょっと、何をするんですか!」

 

「なのはちゃん、プロジェクトF関連の施設に入って研究を見たことあるか?」

 

「……ほんの少しだけなら」

 

 本当に昔、懐かしい話だ。

 

「じゃあ、内臓とか脳とかのグロ系に耐性はあるか?」

 

 その質問の意図を悟った。おそらく、あまり見ても気持ちのいいようなものが目の前にはないのだろう。というよりも今宣言した通りの物が存在しているに違いない。だから頭にかぶらされている上着を取って、イストへと投げ返す。

 

「大丈夫ですよ。吐いたりしませんしショックにも思いません。それはたぶん同じ技術で生まれてきたフェイトちゃんにも失礼な事ですから」

 

 そう言ってしっかりと浮かび上がり姿を見る。まず一番近くにあったのは皮膚の無い人間だった。次には内臓のみの人間、首だけの人間と、そういう風に欠損の多い者がひたすら浮かび上がる、そんな地獄のような部屋だった。言葉ではしっかりとは言ったが、それでも初めて見る凄惨な光景に衝撃は隠せない。軽く太ももを抓り、痛みで軽く乗り切った所でイストへと視線を向ける。

 

「それよりも何時もの軽口はどうしたんですか?」

 

「あぁ、なんだ? 寂しいのか、このいやしんぼめっ! 俺のトークが体に染みついて忘れられない体になったか……!」

 

 これで何時ものノリだと思う。イストの足にローキックを決めてからレイジングハートを近くの端末へと向け、情報の洗い出しを開始させる。その間にイストの部屋は探索を開始する。イストの憶測では既に相手は此方の事に感づいていると予想している。だとすれば、

 

『No data found』(データが見つかりません)

 

「ん、有難うレイジングハート」

 

 やはりデータは存在していなかった。ここに到着する前に既にデータの削除は完了していたという事だろう。此方の仕事は終わったのでイストの方へと向けば、軽く祈りを終わらせたイストが装置の電源を切っている様子が見えた。そういえば前、話で元はベルカの司祭の家の出だと言っていた。何の因果でこんな事をやっているかは解らないが、此処にいる生まれられなかった命たちを断つ為にはぴったりの人物かもしれない。……いや、待て、これだけふざけた人物がここだけマジメってのはありなのか。

 

「むう」

 

 ちょっと思考回路がおかしくなっているかもしれない。今日が終わったらゆっくりと整えよう。たぶん、ショックが抜けきっていないのかもしれない。……いや、確実にそうなのだろう。だからゆっくりと深呼吸し、周りを窺いながら部屋の外へと踏み出す。入ってきた時同様、通路には何もない。罠も、そして待ち伏せもない。拍子抜けするほど何もない研究所。

 

 ……それでも感じる。

 

 視線を。

 

 確実にどこからか見られているという感覚が体を貫いている。それをもう一人は気づかないわけがないだろう。こういう事に関しては遠距離攻撃に特化している自分の方が詳しいと思うが、それでもここまで露骨な視線を感じ取れないわけがない。そしてそれを理解してて黙っているという事は、何かあるという事を理解しているのだろう。おそらくだが、こういう場合―――相手は己の力に対して自信がある、というのが良くあるケースの話だと聞く。だとすれば簡単な話だろうが、如何なのだろうか。

 

 言葉では言い表せられないような不気味さがここにはある。

 

 まるで悪意が渦巻いているような、そんな気がする。

 

「んじゃトレジャーハントを続けますか」

 

「あ、どさくさに紛れて盗もうとしたら容赦なくバインドするので」

 

「仲間を売る事が出来るぐらいに強くなったなのはちゃんが頼もしいと思えると同時に少しだけ寂しいとお兄さんは思います」

 

「知ーりーまーせーんー!」

 

 腕を振り上げて存在をアピールするが、それを鼻で笑ったイストがマーカー代わりに壁を軽く指で抉り、傷痕をつける。その後を追いながら、研究所の更に奥へと向かって歩いて行く。その頭に浮かび上がる疑問は色々とある。たとえばその一つはこの人員の数だ。

 

 この規模の研究所であれば武装隊の投入が現実的な話だ。なのに突入を任されているのは二人だけ。

 

 ……やはり、普通にはいかないのだろう。

 

 せめて覚悟だけでも、と腹をくくりながら歩みを進める。

 

 

                           ◆

 

 

「―――さて、予想通り来てくれたね」

 

 巨大スクリーンに移る二つの姿を眺める。もちろん、それは自分が今、存在している研究所、その通路を歩いている二人の魔導師の姿を捉えている。赤髪、長髪を尻尾の様に纏めるサングラスの男と、ツインテールに白いバリアジャケットの少女。警戒しながら進んでいるのは此方でも見える。一々全ての部屋をチェックしているから歩みが遅いのも理解ができる。だけど、こうやって待っている身としては実に暇だ。

 

「うーん、これはラスボスっぽく奥で待ち受けるってシチュエーションは諦めよう! そう、最近のラノベでも魔王って意外と近所のコンビニをブラついているらしいし、ここは私もダンジョン内をランダムエンカウントするべきじゃないかなぁ!?」

 

 後ろへと振り返ると、そこには幾つかの姿がある。そのほとんどが嫌悪の視線を向けて視線を逸らすが、一人だけ困った様子で頬を書きながら答える姿がある。

 

「いやぁ、ラスボスがダンジョンでランダムエンカウントしたらクソゲー認定じゃないかなドクター。あぁ、でも最近のクソゲー認定も結構ハードルが高くて、最低でもフリーズするバグが20種類は発見されないとクソゲー認定はされないとか」

 

「それはクソゲーではなくバグゲー認定ではないのかねぇ」

 

「ちなみに今年のクソゲーナンバー1認定はチュートリアルのモンスターがラスボスで、そこで倒されるとゲームオーバーという内容。しかもそこに到着するまでに乱数の問題でバグ100種類とか」

 

「開発者それ狙って作っているよね? ―――実に話が合いそうだ!」

 

 ですよねー、と呟く男の姿を無視して再びスクリーンへと視線を向ける。

 

 あぁ、間違いない。

 

「私を殺す為に送り込んできたね老害諸君!?」

 

 送り込まれた二人相手なら確実に自分が逃げないで”遊ぶ”という事を確実に見抜いてきての人選だ。見事しか言いようがない。脳味噌だけになっても悪意のある考え方であれば鈍らないらしい。たしかにこの人選であれば遊ぶしかない。というか遊ぶ以外の選択肢を選べない。復讐に燃える男と管理局で今、最も注目されているストライカー級魔導師。

 

「彼らで遊ばなきゃ欲望なんて称号がクソの様なものになってしまうね」

 

 丁度その為の手駒は出来上がっているのだ。丁度招待状を送ろうとさえ思っていたのだ。本当ならもっと効果的にやりたかったのだが―――まあ、仕方がない。今回のテーマは実にシンプル、主役は残念ながら準備不足でエース・オブ・エースにはならないが、

 

「―――欲望の為に家族を殺せるか」

 

 シンプルにそれだけだ。

 

「これだけのデータを提供してくれたんだ―――ならそのお礼を兼ねて遊ばなくてはなぁ。あぁ、そうしないのは実に不誠実ではないか」

 

 そして笑う。

 

 どう転ぶのであれ―――それはどれも人間らしい結果となるだろう。




 実は一人を除いて、クローン元の人物たちが一同に集まったイベントってのがあるのよね。

 そんなわけで欲望1号さんが楽しそうです。だけどちょっとキチ具合が足りないと思うのでプロットに修正加えてきます。

 あとライザー剣とか言われたので艦隊のアイドルのファンやめてくる。


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スーン・カムズ・ディスペア

 絶望さんが近くから顔だけをだしてちーっすと挨拶をしています。どうしますか?


 部屋を一つ一つ確認しながら複雑な研究所内を進んで行く。多くの研究機材や機器を目撃する事の出来るこの研究所はかなりの広がりを見せている。まるでアリの巣の形をした迷路のように。これだけの研究施設を一人で維持する事は到底不可能なはずだ。だからその為の人員も少なくない数存在したはずだ。その証拠に、此処に来るまでにロッカールームやら休憩部屋、キッチンなどの生活感あふれる部屋もあった。だが不思議な事にそれを利用しているはずの人員を一人も見かける事はなかった。まるで全員どこかに消えてしまったかのように。軽い不気味さを覚える光景だったが、

 

「たぶん俺達の接近を知って逃げたんだろ」

 

「え?」

 

「知りたい? なんでジャミングがあるのに逃げられたか知りたい? 知りたいだろ? 教えなーい!」

 

 無言でレイジングハートをダメ先輩に突き刺す、早く言えと脅迫する。先端を脇腹に突き刺すとレイジングハートが嫌そうにコア部分を弱く光らせる。

 

「主従揃って素直だなぁ! まぁいいや。簡単な話、相手の転送装置が俺達の使うジャマーよりも性能が良いって事よ。これだけの施設、相当大きなクライアントがついているぜ? それこそ管理局レベルのが。そしてもしクライアントが管理局だとして、ジャマーの規格やデータは駄駄漏れなんだからジャマーを無効化するか、隙間をすり抜けて転移させるような装置を作ることぐらいはできるだろ、金と時間さえありゃあ」

 

「待ってください」

 

 今まるで管理局が犯罪者を支援しているかのようにこの男は言ったぞ。それは流石に聞き捨てならぬ事だ。

 

「うん? 管理局の暗部をまだよく見てないのか?もしかして完全無欠の正義の味方とか思っている? 残念、所詮理想は理想なんだよ」

 

「ちょっと待ってください、流石にその発言はどうかと思いますよ。それにこの件が管理局と通じているなんて―――」

 

「この件だけじゃなくて何百件も、何千件もの犯罪が管理局の主導で行われてきたよ。証拠もバッチリあるから今度6隊に戻ったら隊長のオッサンかゲンヤさん辺りに見せてもらいなよ。証拠はあるけど公表すれば間違いなく闇の中で殺されるからって理由で絶対出回る事の無い証拠品。べつに死にたいんだったら好きなだけ持ち出してもいいんだぞ? オススメしないけど」

 

「そんな……」

 

 聞かされた事実に予想以上のショックを受ける。ここ一ヶ月、確かに首都であるクラナガンに何故ここまでの犯罪件数が多いのか、無能ではない筈の空港を何故突破して入国できたのか。そういう疑いはあったが、内部から素通ししている裏切り者がいるのかと思う程度だった。それがまさかこんな形で回答を得られるとは―――。

 

「なのはちゃん。お前ここ一ヶ月ホント良く働いてるよ。並のやつなら数日でなじめないまま異動するからな。俺達の誰もがお前を認めているし、俺達みたいにこんな所で腐っているようなやつだとも思わない。だからここら辺からは俺達も容赦しねぇ。見せなきゃいけないものはとことん見せるし、教えなきゃいけないもんはとことん見せる―――入り口のポッドの中身みたいにな」

 

 入り口の惨状を思い出す。あの人が人とも思われていなかったかのような惨状を。つまりアレに匹敵する様なものをどんどん教え、伝えてくるという事だ。―――入り口で上着をかぶせてくれたようなフィルタリングも、もうしてくれないという宣言。それに対して挑戦的な笑みを浮かべる。

 

「いいですよ、覚悟はできています。元々6隊はしばらく所属するつもりです。今更逃げる気はありませんよ」

 

「その強がりが何時か泣き顔になると思うと楽しみだなぁ!」

 

「基本外道ですねイスト!」

 

 そこで胸を張って応、と答えないで欲しい。非常にリアクションが取りにくい。

 

 ―――ともあれ。

 

 そういうやり取りをし、基本的にその場のテンションを温めながら先へと進む。研究所の大分奥へと進んできた自覚はあるが、それでもまだ終わりは見えない。その代わりに、今まで多くあった部屋はここまで来ると無くなっている。そしてそのせいか、少しだけ広くなった通路が永遠に続いている様に思える。ただ壁には途中から先にあるものを示す様に注意書きなのが書かれている。

 

 メインシステム、と矢印と共に壁には書かれている。

 

 矢印に従いながら先へと進み続けると、やがて一本道の終わりへとやってくる。そこからは通路が二つに分岐し、壁には”セクターS”と”セクターT”と書かれている。二手に分かれる通路の前で、イストの横に並び、通路の奥を見る。少しだけセクターT側に踏み込み、その奥を自分が見る様に、イストがセクターS側に少しだけ踏み込んで奥を見る。ライトは付いていて奥まで照らしているが、

 

「こちら、奥まで見る事はできませんね」

 

「こっちもだな」

 

 通路が途中から下へと向かって曲っているために奥まで見る事が出来ないのだ。その場から動かず、逆側の方へと向かって声を張る。

 

「どうしますかー? 分かれますかー?」

 

「なんで分かれるんだよばぁーか。こんなの分断させるためのいいシチュエーションじゃねぇか。二人一緒に行動して、駄目だったら戻ればいいだろ。どうせ逃げる気配無いんだからゆっくりやりゃあいいんだよ」

 

 暴論だが正解だ。相手が逃げる気がないと言うのが一番いい所だ。通らない方の道には魔力でのサーチャーでも飛ばして調べればいいのだ。そう判断し、レイジングハートを持ち上げる。

 

 

                           ◆

 

 

「さて、始めようか?」

 

 

                           ◆

 

 

 ―――次の瞬間、突如として自分の側と、そしてイストの側を分断する様にシャッターが出現し振り下ろされる。イストの言った事は間違いではなかった。これは分断するための通路だあ、こんな強引にやれば―――!

 

「さぁーて、ここからが本番だな……!」

 

 分厚いシャッターを貫通する様に一本の腕が出現する。そう、下手な手段では此方を警戒させるだけに終わる。だからイストの言うとおりにここからが本番だ。だから次の瞬間、シャッターを貫通した腕が向こう側へと引き戻される事に驚きはなかった。自分でも全く同じ手段を取るであろうからだ。術式の名は聞こえない。だが穴の開いたシャッターの向こう側、その隙間から見えるのは首と、両腕、両足を拘束し、奥へと引きずり込むバインドを受けたイストの姿だった。

 

「イスト!」

 

「なのはちゃん、プランDだ……!」

 

「そんなものありませんよ……!」

 

 何時もネタに対して全力だなぁ、と再確認した瞬間、レイジングハートをストライクフレームへと変形させ、体を横へと飛ばす。次の瞬間、シャッターに当たり、そして跳ねる一発の銃弾があった。その軌道と音から一瞬でそれが魔力弾ではない事を把握する。

 

 質量兵器。

 

 自分の故郷、地球でも使用されている兵器―――金属製の弾丸を装填した銃だ。

 

 振り返り、そして弾丸が飛んできた先へと視線を送る。近接戦向けにレイジングハートを握り直しながら確認する視線の先―――そこには闇が広がっていた。先ほど確認した時にはついていたはずのライトが全て消え去り、完全な闇を演出していた。そしてその闇の中に男が一人、立っている。シルエットしか確認できないが、両手に銃―――おそらくアサルトライフルタイプのを握り、そして……、

 

 ―――イストと同じ髪型……?

 

 男と思わしき存在がいた。

 

「やあ、初めまして高町なのは准空尉。唐突で悪いけど君に家族はいるかな?」

 

 唐突に相手は話しかけてきた。奇襲や不意打ちに対応できるように相手と自分の間の距離を測り、そしてアクセルシューターを十数個自分の周りに浮かべる。砲撃を使えばこの施設が崩れてしまう事を考えると、強力な攻撃は打てない。だから相手の話にあえて乗る。引き出せる情報があれば引き出せるのがいい。

 

「……いますけど何か?」

 

「じゃあ兄弟は? もしくは姉妹とか?」

 

「……兄と姉が一人ずつ」

 

「うーん、そっかぁ、妹がいないのかぁ。うーん、いないのかぁ……非常に残念だなぁ……あぁ、でもという事は君は妹キャラか! あぁ、何かそう思うと凄い気合が湧いてきたぞ」

 

 こいつは一体何を言っているんだ。とりあえず意味が解らない。アレだ、たぶん危険思想の持ち主だ。それともたぶん純粋なシスコン。……妹オタク? ともあれ、目の前の人物がキチガイであることに間違いはない。そして何でこうも自分の人生はキチガイに縁があるのだろうかと思い悩む。始まりははやての紹介に違いない。

 

 だが良く考えてみよう。

 

 フェイトちゃんは脱げば脱ぐほど強くなるって変なシステムに気付いちゃってバリアジャケットは結構ギリギリだし、はやてちゃんはユニゾンして殲滅魔法連発すればいいって危険思想持っているし、シャマルさんはシャマルさんで秘儀リンカーコアぶち抜きを強化するつもり満々だし、シグナムさんは元からバトルキチだし……!

 

 良く考えたら一歩踏み外している様な友人ばっかりではないのか? 自覚がないだけでは。この自分の周りに常識人がいないというのは。それに比べて自分はどうだ。膨大な魔力は持っているが、戦闘スタイルは堅実だ。魔力をタップリ注ぎ込んだ遠距離砲撃型。とりあえず砲撃を撃てばそれで勝てる。どっかの殲滅厨と同じ様な発想だがこっちはセオリー通りなのだ。ほら、常人。

 

 アイデンティティの確立にとりあえず成功する。

 

 よし。

 

「貴方、狂人ですね!」

 

「うーん、その迷いのなさはまさしく”流石”としか言いようのない感じだよね。うん、君も本当にあの6隊のメンバーだって納得できるよ。うんうん。あ、ところで名前を名乗れなくてごめんね? ”名前を名乗る時はもっとこう、いいタイミングがあると思うんだ!”っていうのが上司の発想というか発言でね、まだ名前を名乗っちゃ駄目だって言われているんだ。あとデバイスの記録映像を見れば確実にバレてるだろうけどわざと暗くしてシルエットだけで登場させるのも演出の一環だってさ。ほんと、キチガイを上司に持つとお互いに苦労するよね」

 

 お前にだけは言われたくない、という言葉を無理やり飲み込んで、そしてこの会話の流れを悟る。このやり口、喋り方、そして会話の内容というか質、間違いなく自分は知っている。

 

「―――ウチ(6隊)のやり方です!」

 

 それを自覚するのと同時にアクセルシューターをシルエットへと向けて叩き込む。だが闇に隠れるシルエットは後ろへと向かって回避するのと同時に引き金を引いた。魔力よりも使いにくいが、それでも破壊力のある兵器は凄まじい速度で魔力弾の倍を超える量の弾丸を吐き出し、それを弾幕として一気にアクセルシューターを粉砕する。

 

 ―――やはり質量兵器相手は非常にやりにくい……!

 

 が、殺害を目的とするだけなら実に効率的だと思わなくてはならない。個人の資質に左右されずに相手を倒す事が出来るのが質量兵器だ。対魔力弾を装填しているのであれば、魔力弾との打ち合いにも負けない―――いや、一秒間に放てる数が多いのであれば圧倒できる。

 

「よ、っと。危ないじゃないか」

 

「ディバインバスター!」

 

 桜色の砲撃を問答無用で闇の中へと向けて放つ。一瞬だけ周囲が魔力光によって照らされ、シルエットが僅かにだが姿を現す。だが姿を確認できる前に、それは闇の中へと姿を隠す。

 

「ちょ―――」

 

「これなら砲撃魔法でも弱い方です!」

 

「そういう問題じゃないと思うんだ!」

 

 闇の中へと向けて砲撃魔法を叩き込む。それが着弾しない事から相手へと届く事はなかったと悟る。が、しかし今の一撃は天井へとぶつかり、天井を軽く粉砕した―――思ったよりも研究所は硬くないらしい。

 

「あと二、三発なら行けると思ったのに」

 

「いや、君十分に頭おかしいよ」

 

 そう言って苦笑するシルエットが闇の中に依然、存在する。此方が全力を出せない状況で此方を封殺する様に手を打ってくるのは流石ホームグラウンド、というべきなのだろう。さっきはノリで軽くディバインバスターを放ったが、二発目はない。ハイペリオン、スターライト、どちらの砲撃魔法も封じられてしまったのは非常に痛いが、戦う手段がないわけではない。この手口、

 

 ―――間違いなく時間稼ぎ。

 

 あのめんどくさく、そして遠まわしで、自分のペースへ引きずり込む様な嫌な話術は間違いなく6隊必須のスキル、イストが良くやっているのを見ている。この人物は間違いなくウチの隊の縁の人物で、そして時間を稼いでいる。その目的は―――増援だろう。

 

「さて、意図に気づかれはしたけどそこまでだ。向こうの交渉は決裂したようだしあとはバトンタッチさせてもらうよ」

 

「待ってください」

 

 アクセルシューターを十数と再び浮かべる。だが闇の中にいたシルエットは直ぐに消え、そしてそれと入れ替わる様に水色の閃光が目にも止まらない速度で瞬発し、接近してくる。デスサイズの様な形のデバイスを手に、閃光は叫ぶ。

 

「―――バルフィニカス、狩るよ」

 

 

                           ◆

 

 

 ―――時を同じくして、

 

 ”それ”は杖を構えた。矛先を肉に突き刺し、慈悲の一遍もなく放った。

 

「―――ルシフェリオンブレイカー」

 

 成すすべもなくイスト・バサラの体は吹き飛ばされた。シャッターを貫通し、通路の奥へと吹き飛ばされる姿を眺めながら少女は無感情の視線を向けて宣言する。

 

「理のマテリアル―――シュテル・ザ・デストラクター」

 

 一歩前へと踏み出しながら彼女は言う。

 

「死んでもらいます。王の為に」




 とりあえず石を投げよう。

 そんなわけで次回へ続く。ここまで出せば大体わかってくる人いるんじゃないかなぁ、と。


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スクリーミング・アンガー

 ほら、マテリアルズが欲しいって言ってただろ。デタヨー。


 ―――数分前。

 

 シャッターが下りてバインドに拘束された直後、

 

 体は物凄い勢いで引きずり込まれていた。素早く四肢に纏わりついた魔力の枷はそのまま体を研究所の奥へと引っ張りこんだ。それを破壊し、脱出する事は支援型魔導師として、そして修練を重ねてきた武術家としては簡単な話だ。ミッドチルダでも、ベルカでも通っている武術の奥義には必ずバインド破壊や拘束脱出の奥義が存在するからだ。だから抜け出すこと自体は決して問題ではない。だからこそここはあえて拘束を抜けださず、素早く自分を引き寄せさせる。

 

 そうして高速で引っ張られる通路の奥に、人の姿が見える。

 

 そこが終点だと悟った時、バインドを破壊して着地をする。そして視線をあげる。

 

 そいつは白衣姿だった。楽しそうに笑みを浮かべ、頭髪は頂点が紫だが、下へと続くにつれて色素を失って灰色へと変わっている。顔も少しだけ、しわがある様に思える。本来よりも”歪”に加齢しているように思える存在だった。だからこそ目の前のこいつが自分の敵であるという事を悟るのに時間はいらない。それを悩む必要はない。この鼻がひん曲がる様な悪意の臭いをまき散らせる存在をただの研究者として見過ごしておくわけがない。だからこそ、第一声は決まっている。

 

「―――鏖殺―――」

 

「やあ、初めまして。私の名前はジェイル・スカリエッティ―――双子でもう一人のスカリエッティには外道の1号さんとかって呼ばれていたりするんだけどあんまり興味なさそうだね君、そこらへん。ははは、まさかこんなにも君が欲望に素直だとは思わなかったよ―――」

 

「―――拳、ヘアルフデネ」

 

「―――あぁ、実に好感が持てるね?」

 

 目の前にシャッターが下りてくる。が、フルドライブモードに入る必要すらない。あの日、生き延びてしまった日より鍛錬を欠かす日なんてなかった。最高の奥義が、自らの技術を集約した全てを放っても殺せなかった存在がいた。だとしたらそれを殺せるように拳を磨くしかない。あの極みとも、悟りの境地とも言える至高の拳に届く事だけはありえないと理解した。だとしたら逆側へと向かって落ちれるだけ落ちて、より強く練り上げなくてはならない。

 

 殺意を。

 

 故に、修羅道の拳を、

 

「止められると思うな」

 

 跡形もなく粉砕する。破壊、ではなく粉砕。改良ではなく改悪。拳は命中したその個所から物質を粉々に破壊して広がって行く。故に衝撃によって弾ける筈だった分厚いシャッターは砕けずに細かい破片に粉砕される。衝撃が逃がされるなら着弾箇所からひたすら破壊すればいい。到底人間へと向かって放てるようではないこの形こそが鏖殺という形としての完成形、故に改悪。普通に考えて到着できる最悪を求める故の改悪。

 

「素晴らしい。捕まえようとする意志すら感じない。君は本能的に私が悪だと断じている。本能的に私がティーダ・ランスターが死ぬ原因となった黒幕であることを理解している―――そしてその感覚は正解だ。覇王は君の事を獣と評した、なるほどと納得の言葉を送らせてもらおう―――おっと」

 

 塵が喋り、後ろへと下がろうとする。逃がすわけがない。再び拳を振り上げる。叩き込むのは変わらぬ一撃。ただ必殺のみを求める一撃。それ以上もそれ以下もなく、ただただ鏖殺するだけ為の一撃。どの流派にもない、自分だけの自慢だった。

 

「ヘアルフデネ」

 

「二枚目だ」

 

 目の前にシャッターが下りてくる。それの出現と同時に拳は命中し、シャッターは再びその役目を果たすことなく粉々となって存在を終わらせる。

 

 ―――殺す。

 

「完全な私怨でテメェを殺す」

 

 その言葉を聞いて塵が―――男が口を開く。その表情は楽しそうに笑みを浮かべ、此方を輝く瞳で見ている。ただただ期待を込めた瞳だった。その視線が激しく鬱陶しい。友人との約束は守らなくてはいけない。家には帰らなくてはならない。生き延びた代償だ。真実を知り、生き延びたものは形はどうあれ、罪を背負わなくてはならない。生き恥を晒している現在に対して、また普通に生きる為に、その罪を清算しなくてはならない。

 

 だから、

 

「復讐させてもらうぞ……!」

 

 馬鹿だからそれ以外は知らない。仕方がない。学校なんて中退だ。なのはの事をそれでネタにして笑ったりもしたが、本当は俺にだって笑う資格はない。こうやってさも当然の様にひけらかしている知識だって必死になって覚えたもんだ。仕方がない、だって馬鹿だから。男は格好つけなきゃいきていけない馬鹿な生き物だから。だから何でも知っているかのように振舞って、弱い所は絶対に見せないで、そして常に前に歩いて、そして約束を果たさなきゃならない。たぶんアイツも同じことをしてくれただろうから。だからこれは別段特別な事じゃない。当たり前の事でしかない。

 

「―――殺す」

 

「あぁ、確かに獣だとも。だがそれ以上に鬼だ。修羅の類のな。君は君が普通だと思っているようだがそんな事は別にない。君は狂っている。それは確約してあげよう。何故それが解っているかって? だって君はこうも私に似ている。その欲望への忠実さ、それだけは自信をもって肯定してあげよう。まあ、そんな事をされても君は嬉しくないだろうがね―――」

 

 そして男は再び下がり、壁が数枚、道を遮ってくる。だが知った事ではない。邪魔するなら存在そのものを終わらせる。

 

「消えろ」

 

「三枚め、そして終わりだ」

 

 拳が数枚重ねられ生み出されたシャッターを貫通する様に粉砕したところで体は自動的に動きを停止した。それは別に体へ異常が現れたのでも、魔力がなくなったわけでもない。ただ目の前、殺すべき標的と、そしてその間に立つ存在が新たに表れた。それだけだった。だが体は目の前の存在が現れるのと同時に殺意による操作を受け付けない。

 

 男と自分の間に立っているのは茶髪の少女だった。見た風からすれば年齢は13歳程。ショートヘアーで、バリアジャケットは紺や紫、だいたいそういう感じの色を使っている。どこかの誰かが使っているバリアジャケットの色違い。そう表現するのが正しい姿の相手だった。ただ、問題なのはそこではない。彼女の姿、それは自分の良く知る人物のもので、追撃で相手へと叩き込むはずだった拳は中空、少女の前で止められている。

 

「じゃあ、君のその素晴らしい欲望っぷりをちょっとテストしてみようか。こう見えても無限の欲望なんてコードネームをつけられるぐらいには欲望に関してはプロフェッショナルなんだよ? いやぁ、自分でもどうかなぁ、って思うぐらいの事なんだけどさ、ここら辺は。あぁ、ごめんごめん。少し脱線しちゃったね」

 

「お前……」

 

 目の前の少女は数時間前まで一緒に珈琲を飲んで時間を過ごしたはずの少女だった。ただ今、その少女はデバイスと思わしきものを手に、それをレイジングハートの様に変形させ、

 

 そして胸に矛先を突き刺してきた。

 

「―――ルシフェリオンブレイカー」

 

 慈悲も躊躇もなく、砲撃魔法が体へと叩き込まれた。ゼロ距離で放たれた砲撃は全て計算されたものだ。研究所へと被害を出さない様に、どこへ被害を出しても平気であるか、それを計算しつくされて威力も調整して放たれた砲撃魔法。それを受けて全身に燃えるような痛みを味わいながら吹き飛ばされる。

 

 感情の無い瞳で杖を握る少女を見ながら、耳は声を拾う。

 

「理のマテリアル―――星光の殲滅者(シュテル・ザ・デストラクター)」

 

「がぁっ、ぐぅっ」

 

 吹き飛ばされた掌撃から受け身も取れずに体は床を跳ねながら転がり、そして動きを停止する。口から血を吐き出し、回復魔法すらも使う事を忘れ、砲撃を放った少女を、シュテルを見る。そして、それからその背後に立つ男を見る。

 

「て、めぇ、シュテルになにしやがったぁ―――!!」

 

「なにも? というか彼女は君が家で匿っているシュテル・スタークスではないよ。ほら、今シュテル・ザ・デストラクターって名乗っただろ? 別人。今日こうやって君をテストするためだけに作り出した新しいマテリアルズのクローンなんだよ。やったねシュテるん! そこの男のおかげで生まれてくる事が出来たよ! あ、私の事パパって呼んでもいいのよ?」

 

 ―――匿って……いるのが……?

 

 バレている。自分が家にあの四人の少女を匿っている事が。それもおそらく一番理解されてはならないやつに理解されている。何時かはバレる生活だと思っていた。だが、目の前の少女が自分をテストするために生み出されたという事は……!

 

「あぁ、君のこと自体は最初から知っていたよ。報告で私の作品を四人とも保護して隠している男なんているもんだからちょっとだけ興味はあったんだよ? まあ、直ぐに忘れたが。どちらかというと私は完成品にじゃなくて完成させるというプロセスに対して興味を持つんだ。そこへと至る道程にこそ一番欲望は反映されると思うんだ。まあ、鬼畜の2号さんはそこらへんちょっと違うんだが興味ないよね? ハイ、ここはカットするとして―――」

 

 男はシュテルを横に連れて近づいてくる。近づきながら口を開き、言葉を刃の様に振り回してくる。

 

「あー、えーと、何だっけ?あぁ、そうだったそうだった、君が頼んだブローカーというのが元々私が趣味で部下? にやらせていた事で、関わってくる人間をちょこーっと観察して暇をつぶす感じのアレだったんだよ。それでまあ、最初から君の事は把握していたんだよ。あぁ、安心したまえ、もちろんこのことは最高評議会にも報告しているよ? まあ、あの連中も全く興味がないのでスルーだったけどね! それでも外へ出さないって判断は悪くはなかったよ。もし堂々と連れ回すようなことがあれば流石に此方としても放っておかずに”遊び”始めたわけだからね。―――あぁ、でもそう考えるとこうなるのも時間の問題だったのかもしれないね? ヤダ、運命の赤い糸で結ばれている……!」

 

「吐き気しかしねぇなぁ!」

 

「おや、少しは元気がでたかい? じゃあちょっくら絶望させてあげようか」

 

 目の前まで男とシュテルがやってくる。シュテルは片手を使ってバインドを使い此方の体を浮かび上がらせるとデバイスを構えようとする。が、このシュテルが自分の知っているものと違うのであれば、これ以上殴られる趣味はない。申し訳がないが―――人形にはここで砕けてもらう。

 

 一瞬でバインドを破壊して拘束から逃れる。目の前の障害を粉砕し、再び前へとでる。それだけの作業だ。

 

 そして、

 

「君の為に用意したマテリアルズは三人。四人目は流石に面倒だからやめたけど、彼女たちの知能、記憶、性能、精神状態、その全てを君が拾ったその時と全く同じ状態にしてある。―――その意味が解るかい?」

 

 動きを止めるしかない。

 

「”スタート地点”は一緒なんだ―――今君がやっている様に、平和な家族ごっこをさせれば普通の少女として育つんだよ。目の前の少女も、今高町なのはを襲っている彼女も」

 

 その言葉に動きを止める事しかできない。視線を少女の物へと合わせる。真直ぐ、その瞳を見据えてその真意を読み取ろうとする。―――そうすれば僅かにだが瞳は震え、そしてその無表情が仮面であることに気づく。冷徹な殲滅者の仮面。それを被った少女は再び杖の先端を此方の体に―――今度は腹に突き刺す。

 

 今度こそ、完全に体を動かす事が出来ない。復讐への思いと、そして少女達への思いのはざまにすりつぶされ、身体が動く事を拒否していた。

 

「ルシフェリオン―――穿ちなさい」

 

 そして再び赤い砲撃は放たれる。強烈で過激な赤の砲撃。それは体を焼きながら相手を殺す炎熱の力を持った破壊の力。それをノーガードで受ければ常人としての運命。そうであればどんなに楽だったのだろうかすらわからない。だが主人と長年を過ごしてきたデバイスが、身を守ろうとして勝手に魔力を使用した術式の展開をする事だけは理解できた。ありがとう、もしくはよくも余計な事をしたな。どちらの言葉を使えばいいのか判断できない。ただ強く噛みしめる唇は歯の噛んだ痕を刻んで、血を流す。

 

「死んでもらいます。王の為に」

 

 少女の声は真直ぐ、死刑宣告の様に響き渡った―――だがそれが何故か震えているようにも思えた。何故だ。何故だ。何故だ―――!

 

「スカリエッティィ―――!! テメェ―――!!」

 

「言っただろう? ”遊び”だって。シンプルに”君の欲望は家族よりも重いか”を、それを測る為だけのゲームだよ。ほら、流石に本人を使うのは次の遊びの為にも自重しておいてあげたんだから、遊ぼうよイスト君。量産型とか芸がないしあんまり好きじゃないんだけど捻じ曲げてみたんだよ? だからほら、試そうよ―――死んだ友人の仇を取るためにその子達を鏖殺するかい? それとも諦めてその子に殺されるかい? あ、これはどうでもいい話だけど三人目のディアーチェは人質としてこの一番奥にいるよ。あ、でもシュテルもレヴィも敗北した場合はドカン、てする設定だし助かる場合はどうしたらいいんだろうね? まぁいいや。ほら、早く続きを始めようよ」

 

 吹き飛ばされた体を持ち上げながら怨敵の名を叫ぶ。だがそれで現実は変わる訳ではない。

 

 俺がここで死ねば家にいるやつらが危ない。

 

 だが俺がここで何らかの敗北をせぬば家にいる彼女たちと変わらない、目の前の少女が死ぬ。

 

 だが、親友の仇は絶対に取らなくてはならない。

 

 拳を、意志を鈍らせているのは明白だ―――目の前の少女には家で馬鹿をやっているあの少女達と一切変わりがない、過ごした時間が存在しないだけという事実だ。それが、彼女の秘めた可能性が此方の心に迷いを叩き込んでいる。

 

「―――そしてそれは好都合です。死んでください―――お願いします」

 

 ルシフェリオンの砲口から閃光が溢れた。




 まだ俺達の絶望は始まったばかりだ! 希望のターンなんてない!

 と、言うわけでなのはさんがギャグっている間、向こう側は……という事です。なのは視点はしばし休憩ですな。皆さんならどちらを優先しまかねぇ。

 あと外道の1号さんの会話が脈絡なかったり話から話へ飛んだり、突拍子がないのは仕様です。


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ハロー・セイ・ザ・ドゥーム

 今回は心理描写メインであんまし状況動いてませんね。

 そしてたまには王道らしく。


 痛い。

 

 焼けつくような痛みが全身を襲う。それでも意識を失わないのは確実に鍛錬のたまものだろう。日ごろから重ねてきた鍛錬が無防備であれど、命を救っている。特にこの数ヶ月は狂ったように体を鍛えている。そのおかげもあって前よりは少しだけ強くなった自信もある。何よりもベーオウルフが此方の魔力を勝手に使って生存モードを起動している。魔導師が意識不明か行動不能の際に勝手に自立稼働し、自己判断で魔導師を保護するモード。それが今までの戦闘の傾向から一番的確な防御と強化と回復魔法を使ってくれている。だがそれも魔力というリソースが底を尽きれば終了だ。それでも暫くは持つだろう。何せ魔力Aとは管理局でもそこそこ上位に入る部類だ。才能に恵まれなかったからストライカー級は夢に終わったが、それでも騎士クラスとしては十分な実力者だ。

 

 ―――あぁ。

 

 どうしようか。

 

 口から血反吐を吐き、壁に背を預けて言葉にならない言葉を呟く。友を取るか、家族を取るか。結局のところはその二択で終わってしまう。何も見ず知らずのクローンを殺せと言う程簡単な話ではないのだ、これは。此方へと向かってルシフェリオンを手に歩いてきているシュテルは、一年前に拾ってきたシュテルと出発点としては何も変わらない少女。あの花瓶を振り上げて王様を守ろうとした可愛らしい少女と一切変わりがないのだ。平和な生活に投げ込めば魔力を握る杖も帳簿をつける為のペンに変わって、戦闘のために使う魔力もイタズラをするための道具に変わってくれる。その未来が確実に見えている。養えるか、とかそういうのは全く問題じゃなくて、そういう可能性が広がっているのだ。―――そして大人としちゃあその可能性を殺してはいけない。未来を創るのが大人という存在の仕事だ。俺もまだ19歳で、それこそどこかの世界じゃ大人とは言えない年齢かもしれない。だがこの世界、俺の世界、ミッドでは十分大人と言える年齢だ。だから……俺にも子供を守って、そして未来を作ってあげる義務はある。

 

 だけど―――。

 

 

                           ◆

 

 

「遺言だ―――”ティアナを頼む”と」

 

 

                           ◆

 

 

 ……頼まれちゃったんだよなぁ。

 

「げほっげほっげほっ」

 

 一撃目でどうやら内臓を浅くだが傷つけてしまったらしい。流石にゼロ距離からの砲撃を何度も叩き込まれればどうもなるか。幸いだったのはアレが純粋な魔力砲撃ではなかった事だ。炎熱変換のせいで余計に痛みはあるが、体を貫通するように放っていない。耐熱術式をバリアジャケットに予め組んであるのが功を奏した。おかげで致命傷には至らない。―――いや、相手が手加減しているのも最大の要因だろう。

 

「……っどう、しよっかなぁ……」

 

 真剣に悩む。あの外道は殺す。何に変えても殺す。それだけはこの存在全てと引き換えでもなさなくてはならない。それは生き恥を晒している身として全力でやらなくてはならない事―――約束だ。交わした約束は絶対に果たさなくてはならない。何よりも、これは一人だけの約束じゃない。

 

 

                           ◆

 

 

「―――殺してよ! 兄さんを殺した奴! まだアンタが生きているんだったら捕まえて殺してよぉおおお―――」

 

 

                           ◆

 

 

「は、ははは……」

 

 呪いの様に生きているなぁ、と思う。

 

 アレが子供の感情が爆発した言葉だってのは知っている。それが本音じゃないって事も解っている。アレはやりきれない感情だったんだ。誰かに当たらなきゃ心が壊れてしまうようなショックを逃がすための方法だった。そして俺は生存者で、死亡したのは彼女の兄。だったら唯一生き残った俺に当たるのが普通だ。だからいい、ティアナはアレでいいんだ。彼女は何も悪くはない。―――怒りってのは一時的に狂っているのも同義だ。だからアレは間違っちゃいない。

 

 だけど、

 

 その兄から妹の面倒を託された。復讐を約束した。殺せって言われた。ほら、兄妹で言葉が揃っている。ならその約束を果たさなくてはならない。でも、でもだ。

 

 目の前にいる少女を殺せば―――それは家族を殺した事と同義になる。

 

 いや、正確には違う。家族を自分の目的の為なら”殺せる”という事になってしまう。そんなの絶対におかしい。あってはならない。存在してはならない選択肢なのだ。あの少女も、この少女も、ここで終わらせてはならない。なぜなら、

 

「―――まだ迷っているのですか」

 

 ルベライト。シュテルがそう呟くのと同時に体は再びバインドによって拘束されて浮かび上がる。抵抗する気のない此方へとルシフェリオンをシュテルは付きつけると、吐き出す様に声を上げる。

 

「ふざけないでください……!」

 

 砲撃が放たれた。ベーオウルフが張ったプロテクションはデバイスが処理能力に任せて張ったものだ―――魔導師が張った時の様な柔軟さはない。故にそれは砲撃受けてあっさりと消し飛び、身体は炎を受けて焼きこげながら吹き飛ぶ。何度も地面を転がりながらやっと動きを止めた体は、そこで軽くシャッターへとぶつかる。そこでようやく気付く。

 

 あー……こんな所まで戻ってきたのか。

 

 血が流れ過ぎたせいで大分頭が冷えて来たらしく、ゆっくりとシャッターを眺める事なんてできた。そこに開いた穴が自分の腕が貫通させたものだという事を確認しながら、体を軽く持ち上げ、その向こう側の光景を見る。そこからは一つの光景が見えた。

 

「―――っ!」

 

「ほらほら、どうしたんだ! 僕のオリジナルのライバルの実力はこの程度なの?」

 

 水色の閃光がデスサイズの形をしたデバイス―――バルフィニカスを手に、壁や天井を足場に、瞬発と加速を繰り返しながらなのはへと接近と離脱のヒット&アウェイで襲撃していた。それに対してなのははストライクフレームモードのレイジングハートを構え、背を壁に預ける事で水色の閃光、レヴィの攻撃角度を制限していた。アクセルシューターを弾幕として張りつつ応戦しているため持っているようだ―――なのはの近接戦における技量はレヴィには遠く及ばない。

 

 レヴィが少しずつなのはへのラッシュを加速させているのは目に見えている事実だ。

 

 だからこそ体は動ける。

 

「……!!」

 

「イスト!」

 

 シャッターを突き破りながら一気にレヴィとなのはの間に割り込む。背中に一撃、レヴィの斬撃を受けるがそれは反射的な【防御】のおかげで浅い斬撃に終わる。そのままなのはを抱きかかえ、素早く魔法を発動させる。発動させる魔法に迷いはなく―――それは転移魔法。

 

「逃げるつもり!? かっこわるいよ!」

 

 レヴィの声が聞こえ、

 

 そして、

 

「―――戦う事は出来なくても守る為なら動けますか。いいでしょう。どうせそう遠くには逃げられません。追いつめるまでに覚悟を決めておいてください―――次は殺します」

 

 シュテルの言葉を耳に、一気に転移する。

 

 すぐさま視界は切り替わり、あらかじめチェックしておいた、研究所の入り口近くのポイントへ転移する。下層よりは通路は狭いが、そのぶんシュテルとレヴィも同時に襲ってくるには難しい場所だ。息を吐き出しながら腕に抱いたなのはを解放する。

 

「イスト、傷が……!」

 

 

 近くの壁にもたれかかると、少し離れたなのはがバリアジャケットと、自分の顔に付着した血を確認して此方の様子に気づく。だから心配させないためにも魔法を使って回復を開始する。幸い火傷も裂傷もどれもそう深いものではない。時間さえあれば簡単に塞げるものだが―――そこまでの時間は許されていない。それよりも、

 

「なのはちゃん、お前逃げろ」

 

「え?」

 

「ちょっくら特攻かますわ」

 

 フルドライブモードで生存の為に全魔力を回した状態ならシュテルもレヴィも生きたまま突破できるはずだ。あとはその状態からあの屑に一撃を叩き込めばいい。問題はあの屑がそれなりにできる魔導師だった場合、一気に俺が詰んで死んでしまう事だが、そこらへんは賭けだから仕方がない。自分の命にそこまで横着する事はない。が、怖いのは友との約束を果たせない事だ。約束を果たせないのであれば死んでも死に切れない。

 

「駄目です! そんなボロボロの体じゃあ……!」

 

「―――えぇ、そんな無謀な事は止めた方がいいですよ? あのドクター、何時でも転移する準備は完了していますから特攻なんてした日には喜びながら目の前で姿消しますよ」

 

「僕も王様もあの人嫌い」

 

「むしろ好きな人がいると思いますか?」

 

 そう言って通路の奥から現れたのはシュテルとレヴィの二人組だった。そこにスカリエッティの姿はない。おそらくあの場から動かず此方の様子を見ているのだろう、忌々しい。今すぐあの首を握りつぶしたい。その執着の為だけに今は生き残っているのだ。だが―――その代償が家族と言われた場合、どうしても動きは鈍ってしまう。

 

 だがそれとは別にもう一つ困惑する存在もいる。

 

「―――私……?」

 

 なのはが自分とそっくりの少女を見て驚きの声を漏らす。シュテルはなのはの方を見ると、頭を軽く下げる。

 

「どうも初めまして高町なのは。あなたのDNAを元に作られたクローン、そして闇の書のマテリアルを参考に作られたシュテル・ザ・デストラクターと申します。私のオリジナルと出会えたことは光栄ですが、正直な話貴女にはそこまでの執着はありません。イストを殺した後で貴女は殺しますのでゆっくりレヴィの相手でもしていてください」

 

「シュテるんシュテるん! ぶっちゃけ彼女弱いよ? たぶんフルドライブモードなら一気に殺せるんじゃないかな」

 

「なっ……!?」

 

 なのはあまりにも殺伐とした内容の会話に驚愕を示していた。自らのクローン、殺す事が前提の会話、それはあまりにもなのはの知っている常識から外れた会話内容だ。正直に言えば、今ここで混乱したまま逃げてくれれば幸いだ。そうすれば、一人になれる。そうすれば色々とやりやすい所はある。

 

 が、

 

「―――首都航空隊第6隊規則第三条、まずはぶん殴って、捕まえてから考えろ……です!」

 

 ずいぶんと逞しくなったなぁ、と思って、身体の動きを止める。こんな状況で、何もしがらみを持たない後輩の身が羨ましく、そして頼りになる。いや、彼女にも多くあるのだろう、ただそれを見せないのか―――飲み込んで前へ進んできただけだ。

 

「貴方はどうするのですかイスト」

 

 シュテルは此方を見て、そしてルシフェリオンを構える。

 

「貴方の後輩はこうも勇ましい姿を見せていますよ―――それが逃避であるかどうかは別として。その姿を前に貴方はまだたたらを踏むのですか?」

 

 あぁ―――そうだ。ここでも体は動かない。戦う意志を見いだせない。

 

 だって、普通に家族を殺せる奴なんているか。

 

 別人? 姿が一緒?

 

 ふざけるな。

 

 それだけの理由で十分すぎる―――一体どれだけの人間が別人として割り切って戦えると思うのだ。そんな事を判断できるやつなんて英雄と呼べるような精神異常者達だけだ。俺はそこまで狂っていない。そこまで狂えちゃいない。だからどう足掻いても無理だ。目の前の少女を殺す事は、不可能に近い事だ。だが、それでもやらなくてはならない事がある。だからこそ残ったのは特攻という選択肢。

 

「―――じゃあ、言わせてもらいましょう」

 

 シュテルは此方へと視線を向け、ハッキリと表情を浮かべた。

 

 それは―――笑みの表情だった。

 

「なにをやっているんですかイスト。全く馬鹿馬鹿しい。別に殺されたって文句を言いませんし恨みもシマセンヨ。だって私達はこんなにも幸いを与えられたんですから。それよりもくだらないクローンとかにこだわらずデバイスの一つでも奪ってくる気概位見せてくださいよ。馬鹿みたいに熱くなってしまって。そういうのキャラじゃない筈ですよ」

 

「……は?」

 

 それはあまりにも似すぎていた。我が家で馬鹿をやっている少女に。だから思わず笑い声が漏れそうになって、戦いの最中であることを忘れそうになって、そして黙っていてくれるレヴィにもなのはにも感謝しなくてはならない。何も訊かずに待っていてくれるなのはと、そして邪魔をせずに見守ってくれているレヴィに。

 

「……と、貴女の家にいる私なら言うでしょう。どうでしょうか、データだけは無駄に揃っていますので見事再現してみたシュテル・スタークスの発言は」

 

「……あぁ、すげぇ似てた。超似てた」

 

 ただ、

 

「ウチの家にいるやつの方がもっと馬鹿っぽいなぁ……」

 

「そうでしたか」

 

 はぁ、と溜息を吐く―――別人、別人。そう呟いても目の前の少女がどういう存在であるか、それを変える事は出来ない。そして目の前の少女の発言で、一気に見えるものも変わってきた。あぁ、そうだ……少しばかり血が頭に上っていたのかもしれない。

 

 本当に大事なものとはなんだろうか。

 

 それを守ろうとする意志とは。

 

 そして、それを守るために必要なものとは。

 

 胸のペンダント―――待機状態にあるデバイスに触れる。

 

「―――待たせたな」

 

 壁に寄り掛かるのを止める。ここからは立てる。理由付けは終わった。覚悟は―――解らない。たぶん後で泣く。男でも泣くときは泣く。ただ隠れて泣くだけ。そう、もっと馬鹿になろう。馬鹿な先輩なのだから。もっと馬鹿で、破天荒で、そして体を使って守る。あぁ、そうだ。そういうやつじゃなきゃいけないんだ。

 

「ベーオウルフ―――」

 

『Jacket reset』

 

 バリアジャケットを張り直すのと同時に首にぶら下げたペンダントを引きちぎる。

 

「―――ウィズ」

 

 それが手の中で姿形を変えて、そしてやがて銃の形へと完成する。片手で握れるハンドガン。少々無骨ながら、大口径のソレは本来自分のものではなく、とある死者の所持品。忘れない様に常に持ち歩いていた遺品。

 

「タスラム」

 

『Good morning sir. Ready now?』(おはようございます、もう準備は良いんですか?)

 

「―――”なのは”、レヴィを殺れ。シュテルは俺が殺る」

 

「殺るとか殺れとか激しく物騒なのであえてそこはスルーしますけど―――私が軽くレヴィちゃん? を捕縛したらそっちの子も捕まえに行くので覚悟しておいてください。あ、あとそれ終わったらイストにも軽く一発ぶち込んで話を聞く予定なので」

 

「出来るもんならな」

 

 闘志は、ある。―――戦える。

 

「吠えてくれますね。生かして捕まえるつもりですか―――それが無駄だと教えましょう。どのような結末であっても」

 

「ま、どうせ僕ら使い捨てだもんね。それでもしっかりやっちゃうところが僕らのダメな所なんだけど。あーあ、羨ましいなあ、もう一人の僕。同じような生活がしたかったなぁ」

 

 心に突き刺さるような言葉を放ってくるレヴィの顔には笑みが浮かんでいる。おそらく意図的に此方に刺々しい言葉を使ったのだろう。そしてその言葉に対する反応を見て、レヴィはニヤリと笑みを更に歪ませる。

 

「シュテるん、ちょっと交換しようよ。ほら! クローンお約束のオリジナル超えやろうよ!」

 

「駄目です、この悲劇のヒロインポジションは私の物です。貴方は端役としてエースとの対決で我慢しておきなさい」

 

「シュテるんのバカぁ―――!!」

 

「それよりも私が端役なんて聞き捨てならない事が聞こえたんですか」

 

 お前ら仲がいいなあ、と思える程度には心が持ち直せた。あぁ、本当に―――、

 

「では―――」

 

「―――早い者勝ちって事で!」

 

 ―――糞だな。




 マテ子の活躍があるのに誰も喜ばない。皆まだまだ? って聞いてたから喜ぶと思ったのに解せぬ。我が儘だなぁ。良い、いいだろう。もっと活躍すればいいのだろう? そんなわけで次回をお楽しみに。

 ワシの絶望ストックは108個あるぞ。

 そんなわけで、誰を殺して、なぜ殺さなきゃいけないのかってお話です。

 なのはちゃん、まだそこまでスレてないから大丈夫ですかね(棒


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ビフォア・ザ・ストーム

 最近2話更新が大分安定してきた。


 ―――意志が宿れば行動は早い。やる事は単純明快。

 

 後ろへと下がらない事。

 

 逃げる為に仕方がないとはいえ、ずいぶんと地表近くへとやってきてしまった。そしてそれは敵にとってのアドバンテージにしかならない。なぜならシュテル、そしてレヴィはどちらも広い空間を自由に駆け巡る事の出来る魔導師だ。そのアドバンテージはなのはにも通じる、が、ここで一番ランクの低い自分にとってはここが死線である。ここより自分の身を下げれば残されるのは敗北だけだ。だからこの狭い空間で、外へと出る前にシュテルとレヴィを削らなくてはならない。

 

 ここまで来て、外へと戦場を移さないのはほぼ不可能だ。

 

 だからこそ取れる選択肢は一つ―――前に出るのみ。

 

「師曰く、死中に活あり……!」

 

「なら見せてもらうよその活を!」

 

 水色が閃光となって前に出てくる。その初速はこの場にいる誰よりも早く、誰よりも鋭い。だからこそその動きには一切のブレがなく、軌道が読める。フェイントや搦め手が当たり前の武術の世界において、その動きはあまりにも綺麗で、そして未熟。故にやってくる閃光に対して取れる行動は多く、選び抜くものは一つ。即ち左腕を前へと突きだす事。

 

「おぉっとぉ!」

 

 それを目視する前に察したレヴィは体を掠らせることなく拳を回避する。振り下ろすはずだった刃を引き戻し、体を横に回転させながら拳をくぐり、そしてバルフィニカスを振り回す。

 

「いただきっ!」

 

「レヴィ!!」

 

 それはレヴィを心配する声ではなく、レヴィを叱るような声だった。そして、その声に呼応するように動き出すシュテルへと向けて右手で握るデバイスを―――タスラムの銃口を向けて引き金を引く。素早く引き金が引かれた結果、魔力弾が何発も素早く銃口から吐き出される。レヴィへと声をかけていたシュテルが素早く飛び退きながら弾丸を回避してゆく。そして胴体を両断するように振るわれる刃は、

 

「ハイペリオンスマッシャー―――!!」

 

「うわあああ―――!?」

 

 桜色の閃光によって蹴散らされる。それが研究所の壁をガリガリ削るが、なのはには心配する様子がない。

 

「もう資料の確保とか不可能っぽい感じなので自重しません」

 

「うんうん。お兄さんね、なのはがウチの隊に染まってきて結構楽しい感じですよ? でもね? 今俺に当たりかけたのよ?」

 

「前から誤射するかもしれないって宣言しているじゃないですか、嫌ですねー」

 

「ガチだったのかよ……!」

 

「仲が良くて結構ですが、忘れてもらっては困ります……!」

 

 十数の火球が浮かび上がる。なのはのアクセルシューターに当たる魔法、パイロシューター。それが浮かび上がるのと同時にタスラムの中にカートリッジを装填し直し、左手で拳を作り、レヴィの横を突破し、シュテルへと向けて瞬発する。

 

「あ、無視しないでよ!」

 

 瞬間、凄まじい速度でレヴィが前方へと割り込んでくる。が、その姿は桜色のロックによって封じられる。

 

「ごめんね、負けっぱなしはいやなの」

 

「じゃあ今度は叩き潰してあげるよ!」

 

 即座にバインドの拘束を振り払ったレヴィがなのはと向かって一気に向かう。なのはにはレヴィの相手を任せてしまって悪いが―――シュテルは俺の手で決着をつけてやらなくてはならない。だから浮かび上がったパイロシューターが此方へと殺到してくるのと同時に、それらを全て自分に直撃する物だけ、タスラムを使って撃ち落とす。

 

「銃が上手いとは―――」

 

「―――知らなかったってか? なのはの世界にゃあ”武芸百般の心得”って言葉があるらしいけど、俺はそういうタイプだ。殴るのが得意なだけで、苦手な得物はないぞ」

 

「なんとも心踊らされる話です」

 

 そう言って接近する此方から逃げる様にシュテルは後ろへと向かって素早く飛行する。低空で、滑る様に飛行魔法を起動させたシュテルの動きは滑っている様にしか見えず。近接戦を仕掛けるなら非常に面倒な状態だ。なぜなら足運びは相手のタイミングや動きを見切る上では重要な要素だ。だからこそわざと長いローブやスカートを履く人間だっている。だが、

 

 ―――それじゃあなぁ……!

 

 自分には意味がない。できる事は結局この身で貫く事だけなのだから。

 

 何を恐れることもなく前進する。その動きに歓喜を表す様にベーオウルフが動きを支える。悲願を達するためにタスラムが照準をつけてくれる。そして迎え入れる様にルシフェリオンの穂先が此方へと向けられ、赤い光が集まり、焔へと変貌してゆく。

 

「ルシフェリオン、ブレイカァ―――!!」

 

 今までの様に抑え込んだ一撃ではなく、間違いなく本気の一撃だった。放ったすぐ横の鉄の壁が溶けるのを見てそれが殺人的な熱量を誇っているのを理解している。だが、それでも貫くのはこの体一つしかない。タスラムのモードの一つを起動させ、その姿を変改させながら左拳を形作り、そしてそれを迫ってくる熱線へと叩き込む。

 

「がぁっ―――」

 

 予想外の熱量に一瞬拳が緩む。が、それでも踏み込みは止めず、体を前へと押し込む。ベーオウルフは熱に対応する様に左腕のガントレットを更に無骨なものへ、左腕全てを覆う様なものへと姿を変化してくれる。そしてそれで熱の中心を、打撃する。

 

「らぁっ!」

 

「―――突破して来ると思ってました……!」

 

 打撃と共にルシフェリオンブレイカーを突破し、そこに待っていたのは既に二射目の構えに入ったシュテルの姿だった。砲撃態勢に入ったシュテルの周囲に散らばっているのはカートリッジに薬莢。数発撃つ分には十分すぎるカートリッジが使用されている。それを瞬時に悟っていても、やる事は変わりはしない。

 

「粉砕!」

 

 放たれる砲撃へと向けてカートリッジを一気に二十近く放出しながら打撃しつつ前進する。

 

「滅砕!!」

 

 二射目を殴り超えた所で次の砲撃がすぐさま襲ってくる。今度は前よりも強力な砲撃。だからこそこちらも引かずに更に二倍の量のカートリッジを使用して前進する。―――ベーオウルフの下で腕から焼ける肉の臭いをさせるが、ここはまだセーフラインであることを経験が告げてくれている。だから臆することなく、

 

「壊れろ俺の左腕……!」

 

 三射目を乗り越える。そしてその前で、ほぼゼロ距離で杖を構えるシュテルの姿がある。腕を前へ伸ばすのと同時にそれは放たれる。

 

「ブラストファイアァァ―――!!」

 

 胴体を焼き払う灼熱の炎を胴体で受け止めつつも、左腕はシュテルの頭を掴む。

 

「俺のぉ、距離だよばぁ―――か!」

 

 相手の砲撃がフルヒットする前に掴んだ頭でシュテルを振り回し、壁へと向けて全力で叩きつける。シュテルが頭から先に壁に叩きつけられるのと同時に口から血が吐き出されるのを見る。覇王と比べて受け身も衝撃の逃がし方も遥かに拙い。その姿を見て笑みを浮かべる。瞬間的に悟る―――いける、と。

 

 壁に叩きつけられたシュテルの足を掴む。

 

「覇王ちゃん様なら掴まらないぜぇ」

 

「逢瀬の最中は別の女の話をしないでくれますか……!」

 

「そりゃ悪かったなぁ!」

 

 足で振り回し、シュテルをそのまま床へと叩きつける。感触としてはかなり重い一撃だろうが、決して油断はできない。何せシュテルと一年以上一緒に暮らしてきた俺だ、彼女の事はよく知っているつもりだし、それなりに色々と把握している。一瞬でも油断すればこっちが食われるし、そして潰される。それに―――彼女は俺が思っているよりもずっと強いのだろう。

 

 だから床に叩きつけてから壁に叩きつける。そこから再び床へ、壁へ、往復する様に数度叩きつけてから天井へと向けてシュテルを全力で叩きつける。遠距離の砲撃戦魔導師がクロスレンジに入り込まれた場合、大体はこういうオチになる。その姿をシュテルは見事に表している。

 

 そこからショットガンへと姿を変えたタスラムを天井へと叩きつけたシュテルへと向ける。

 

「タスラム―――アポトーシス!」

 

『Apoptosis』

 

 銃口から散弾状魔力弾が吐き出され、シュテルの体へと突き刺さる。だがそれは全てがバリアジャケットを貫通してシュテルの体へと突き刺さる。

 

「魔力波長を……!」

 

「どれだけ一緒に暮らしていると思ってやがる!」

 

 バリアジャケットは魔力の塊―――故にそれを構成する魔力の波長が解ればそれを貫通する様な能力を付与するのは支援型魔導師としては難しくない話だ。それを一人でやって、自分に欠けているのが悲しい事実だが、

 

「使いたくなかったぜ」

 

「えぇ―――私もこの手段はあまり好きではないんですが……!」

 

 再び引き金を引こうとした瞬間、シュテルを中心とした爆発が発生する。自爆の類ではなく、自分も良く緊急回避手段として使用する方法―――バリアジャケットの部分的破壊。攻撃的ではないからこそ反射的に防いでしまう衝撃、シュテルはバリアジャケットの装飾品を破壊し一瞬だけの隙を生み出す。その瞬間再び引き金を引くが、そこにシュテルの姿はなく、

 

「満たせ炎!」

 

 狭い通路を炎が埋め、そして通路の奥を破壊した。その意図は、

 

「酸欠か!」

 

「戦闘用に生み出されたマテリアルズは多少酸素が少なくても十全の戦闘能力は発揮できます」

 

 自分もそこそこ問題はないだろうが、こういう状況での戦闘に関して一番慣れていないのであろうなのは、なのはの存在だ。素早く振り返り、一瞬だけなのはの姿を確認する。防戦一方ではないが、それでもバリアジャケットには傷が多く見える。状況としてはシュテルと俺の状況と変わりがない―――ただやられている側と、そしてやっている側が入れ替わっている。それだけだ。そしてそれに加えこの炎が合わされば、

 

「シュテるん酷いよ! 僕燃える所だったよ!?」

 

「安心してください、死んだら悲しんでおきますので」

 

「僕を殺す気だったの―――!?」

 

 レヴィもシュテルも楽しそうだなぁ、と感想を抱くのと同時にシュテルから離れてレヴィへと向かう。此方の姿を笑みと共にレヴィは迎え、極悪極まりないバルフィニカスの刃を振るう。回避という選択肢は元から此方には存在しない。故に左腕を全力で振り抜き、そしてそれを受け止めるのと同時に銃口をレヴィの顔面へと向け、そして引き金を引く。

 

「おぉっと! うんうん、やっぱこうこなくっちゃ!」

 

 それをあっさりと避けながらレヴィは後ろ向きにステップを取りつつバルフィニカスを変幻自在に操り、振り回す。薙ぎ払いと思った次の瞬間には振りおろし、そして切り返しの斬撃を繰り出している。暴風の様な斬撃の連撃、それを全て追うのは不可能に近い所業。ならば、

 

「ちょっと通るぜ!」

 

「うぉっ」

 

 体格差を利用して強引に突破する。体に傷は増える、が、この状況を打破するためなら安い代償だ。そう自分に言い聞かせ、脇腹に存外深い一撃を貰いながら場所を入れ替える様になのはの横へと到着する。その様子は一言で劣勢と言えるだけのダメージを受けていた。こめかみにも傷を受け、血がたらりと垂れてきている。それが唇に触れている様子を見て確認する。

 

「新しい口紅?」

 

「です!」

 

 まだ元気らしい。―――少なくとも本人の為にそうしておく。

 

 この先に起こり得る事がこの子に耐えられるかは今は問わない。それはなのはが超えるべき悲劇だ。俺には俺だけの悲劇が待っている。

 

 シュテルとレヴィが並ぶ。どちらもデバイスの形を巨大な一撃を放つためのモードへと変形させている。

 

「第一ラウンドは一勝一敗って感じかな?」

 

「ですが―――本番はこれからです」

 

 そう言って、敵が同時に必殺の一撃を研究所の天井へと向けて放った。一瞬にして膨大な魔力が叩き込まれ、地表に近かった事もあってそこから上までの全てが吹き飛んでゆく。研究所を覆っていた海水も蒸発しながら大きく吹き飛ばされ、この位置から空の青が見える。その空へと誘う様にシュテルとレヴィは浮かび上がりながら得物を構える。

 

「2ラウンド目です。次は私のフィールドで戦ってもらいましょうか」

 

 ―――ここからが正念場だ。

 

 それを理解して、覚えておく。

 

「たぶんこうなっちまうと俺、あんまり活躍できないから」

 

「はい、任せてください」

 

 なのはが頷く。

 

「壁として利用させていただきます」

 

「逞しいなぁ、おい」

 

 このノリのまま、押し切る。それを心に決めて、空に浮かび上がる二人を追いかける。




 そんなわけで一発来るよ? な状況ですね、今回は。

 あと一応お前ら様方。感想で先の展開に関する質問は基本的に答えないので聞かれてもリアクションに困る。てんぞーちゃんのリアクションもお前ら様方の質問に対して少しずつストックを切らしているんだ。ちょっと自重してもいいのよ。

 そんなわけで、次回ですねー……。


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ゴーン・アンド・ロスト

 心折設計。決戦系か絶望系BGMで聞くといいかも。せんせーはsilent bibleでしたねー……。


 空へと浮かび上がり、シュテルとレヴィと同じ高さまで浮かび上がる。そうしている間に吹き飛ばされた海水は均等に伸びる様に、開いた穴を埋める。数秒後、完全に海に沈んだ研究所の上で、浮かびながらクローンの二人と正面から敵対する。シュテルもレヴィも既に戦闘態勢に入っている。だからこちらもそれに応える様になのははレイジングハートを構え直し、そして、

 

「タスラム、ハウス」

 

『What the hell』(なんだと)

 

「アレ? 空中戦の方が使いやすいんじゃないんですか?」

 

「射撃魔法の適性が高けりゃあいいんだけど人並みだしな、こんな広い空間で飛行の得意なやつに当てられるかよ。狭い場所だから当たったんだよ狭いから。得物は使えても魔法はそこそこ。ほんと惜しい。マジ惜しい。あと少しだけなんで才能くれなかったんですかねぇ、神様は才能の返却を求める」

 

「何かホロウィンドウ出してますよベーオウルフが」

 

 それを確認する。

 

 ―――業務外。

 

「クソがぁ!」

 

 ホロウィンドウを叩き割りながらタスラムを再び待機状態へと戻してポケットの中に突っ込む。これだけ広いと避ける場所が多すぎて追いつめる事にすら使えない。だからここからは相手のフィールドで格闘戦を何とかしかけないとならない。非常に面倒な話だ。なるべく残る形でシュテルにダメージを叩き込んだが、それでもここは彼女のフィールドだ―――1対1なら絶対に勝てない。

 

 ここはなのはを全力で立たせない限り勝てない。

 

「というわけでマジで頼むぞ。正直な話、接近できない限りは一切ダメージ叩き込めないんで」

 

「解っています―――ここは私の戦場でもありますから」

 

 そう言ってレイジングハートを構えるなのはの姿は頼もしかった。この戦いがどのような結末を迎えようとも、彼女がそれに対して後悔を抱かない事を祈り、持てる魔力を全て身体の強化と肉体の再生へと叩き込み、

 

「……!!」

 

 前進する。素早く反応するのはレヴィとシュテル、両方だ。敏感にこっちの動きを察して二人は当たり前と言っては当たり前の動き―――二手に分かれる。シュテルが後ろへと下がり、レヴィが迂回する様に大きな動きで、しかし素早くなのはと向かってゆく。戦闘は前と同じように一対一へと持ち込まれようとしている。それをさせてはいけない。相手はこのフィールドを得意としており、此方側はなのは一人だけだ。押し込まれるのは見えているからこそ、邪魔をしなくてはならない。

 

『Flash』

 

 閃光のように動くレヴィを邪魔する様にその正面へと一気に回り込む。レヴィの動きはやはり早い、が、その分騙しが存在しない。前へと割り込む事だけは簡単だ。だがそこからが問題だ。

 

「ハハッ!」

 

 レヴィは楽しそうに笑い声を上げながら突進してくる。バルフィニカスを目視できない速度で振るうのを腕の動きを先読みして薄皮の一枚を斬らせるところで回避する。そしてそれに合わせる様に拳を叩き込もうとする。だがその瞬間にはレヴィは既に弧を描くような動きで宙返りし、大きく距離を開けている。これがまだ地上であれば追いかけ、追撃をかけるのも難しくはない。だが相手が空という広大なフィールドでヒット&アウェイという選択肢を取っているのが非常に面倒だ。追いつく術がない。

 

「正直な話、お兄さんは一番戦いたくないタイプだね。才能とか適性とか魔力を油断することなく工夫と罠で殺すタイプでしょ? 少しでも慢心したり得意げになったりしていれば掴まれる。そして捕まえたら絶対死ぬまで放してくれないでしょ? それはそれでロマンチックだけど、僕は最強だから負けてあげられないんだよね!」

 

「馬鹿の癖に良く考えやがる!」

 

「僕そこまで馬鹿じゃないもーん!」

 

 体を素早く動かすが、その倍速でレヴィは襲い掛かってくる。正しくフェイト・T・ハラオウンという少女のコピーであると理解できる。あのデスサイズの姿のデバイス、命を刈り取るような動き、死神と評価されても全く不思議ではない。

 

「何とかしろよ! 友達のコピーだろ!?」

 

「バインド設置して砲殺しただけですよ私!!」

 

 駄目だこの子、砲撃しかやってねぇから参考にならねぇ……!

 

 レヴィのヒット&アウェイの攻撃を体を微かに斬らせる事へととどめながら、なのはとシュテルの戦況を見る。同タイプ、同資質の魔導師。やはり発生するのは砲撃の打ち合い。互いにサイドステップを取り、わざと動きの後に硬直を生む事で相手の攻撃を誘っている。そして相手が砲撃を打ち込むと素早くそこから体をズラしてショートバスターを叩き込む。そうやって刹那の見切りと砲撃を交互に打ち込む事によって互いに砲撃を叩き込みあう砲撃戦を繰り出している。だがその距離も最初と比べて大きく狭まっている。近いうちにどちらかが被弾する。

 

 瞬間、

 

「余所見はいけないよ! ちゃんと僕を見なきゃ」

 

「がっ」

 

 瞬間、体に斬撃が届く。何事かと意識を全てレヴィへと向かって集中させる。そうやって視線を送って認識する変化はレヴィの姿だった。その服装が前よりも軽く、少なっている様に見える。いや、話だけは聞いていた―――たしかスプライトフォーム。フェイトも同様の加速方法を得ていたとなのはから聞いていた。つまり、

 

「この瞬間の僕を忘れないで……!」

 

 2倍を超える加速をレヴィは得ていた。もはや目で追うという領域からは外れていた。全速力で体を動かすが、それを超える速度でレヴィは追いかけ、そして軽々と一撃を此方の体へと叩きつけてくる。それもすれ違うたびに叩き込んでくるのは一撃ではなく数撃。多くて五連撃まで叩き込んでくるほどの加速がそこにはあった。

 

「いてぇんだよ馬鹿!」

 

 攻撃のリズムに合わせ、避けられないタイミングに拳を振るう。が、レヴィはそれを目視してから体を大きくズラす。攻撃よりも早く体が動かせるのであれば到達するよりも早く避ければいい。極限の速度を追求したレヴィにだからこそ到達できる境地。

 

「馬鹿と言った方がバカなんだよ」

 

「いいや、馬鹿だね!」

 

「レヴィ!」

 

「―――!」

 

 レヴィの攻撃を受けながらもだいぶシュテルの方へと近づいた。それをシュテルは口に出して叫ぶことでレヴィへと伝え、そしてレヴィはその一瞬をシュテルに気を取られた。

 

 ―――要素は揃った……!

 

 フルンディングは必要ない。彼女たちを一番知っているのは己だから。解析なんて打ち込まずとも趣味も、私生活も、魔力の色も、そしてその波長も把握している。一撃を叩き込む準備は最初から完成している。

 

「砕け散れぇ……!」

 

 繰り出せる技の中で最速、回避不可能な無拍子、意識外からの拳撃を叩き込む。ヘアルフデネと比べれば威力は大幅に劣り、必殺と呼べるものではないが、それでも当てるだけなら絶対の信頼性を込める一撃。

 

「―――最!速! 腹! パン! レーゼル……!」

 

「がっ―――!?」

 

 拳が閃光を捉える。拳がレヴィの腹に直撃し、そしてくの字に体全体が折れ曲がる。空中は足場が非常に不安定なため、力は大分入りにくい。やはり殴るなら地上だな、とどこか思いながらも全力で拳を振り抜く。スプライトフォームは爆発的な速度を得る代わりに大きく防御力を殺す姿。それは此方のネイリングと非常に似たコンセプトのフォームだ。データで言えばバリアジャケットの保護は半分以下へと落ちている。間違いなく常人なら腹を突き破って粉砕する様な一撃をレヴィへと叩き込んで吹き飛ばす。

 

 だがそれを受けて短く吹き飛んだレヴィは体を回転させ、口から血を吐き出すとそれを手の甲で拭う。今の一撃は腹ではなく胸へと叩き込んで心臓を潰せば良かったのではないかと一瞬だけ後悔する。体勢を立て直し、シュテルの横へと並び立とうとするレヴィを見る。

 

「痛い、なぁ、もう……」

 

「気を付けてくださいレヴィ、イストは思ったよりもやり口が悪辣です」

 

「―――えぇ、ですからこういう事もします」

 

 そこには発射態勢を整えたなのはの姿があった。カートリッジは既に排出され、そしてレヴィと此方の動きに一瞬を取られたシュテルに対して隙を得たなのははその時間を全てチャージと発射の態勢に整えていた。短い時間だが、それでも収束に対して凄まじい才能を得ているなのはであるならば問題はない。高町なのは、最大の魔法がその砲口より牙を向けていた。もはやここまで発射態勢が整っていれば避ける事は不可能だ。シュテルもレヴィもバラけず、一箇所に固まり、魔力を高める。

 

「レイジングハート、エクセリオンモード―――フルドライブ……!」

 

「流石にちょっとガチすぎませんかねアレ」

 

「シュテるん! 壁は任せた! 僕たぶん触ったら蒸発するよ!」

 

「えぇい! 私はそこの肉壁ほど固くはないんですよ!!」

 

「さりげなく俺をけなすのやめね?」

 

「―――全力全開―――スターライトブレイカァァァァァアア―――!!」

 

 叫び声とともに逃れられぬほどに強大な魔力の奔流がシュテルとレヴィを一瞬で飲み込む。桜色の砲撃はそこで止まる事を許さず、そのまま二人のいる空間をぶち抜きながらそのまま海面へと衝突し、海を貫通する様に大穴を開ける。そのアクションに遅れるように半瞬後、法則が追いついて海は着弾点を中心に大きく海水を吹き飛ばしながら大地を崩壊させてゆく。その姿を言葉として表すのであれば”暴力”の言葉がふさわしい。圧倒的暴力。何もかも飲み込み、そして消し去るだけの暴力。改めてSランク魔導師、そしてストライカー級という人種が別次元の生物である事を悟る。こんな物を非殺傷設定なしで撃った日には本当に一国程度簡単に滅びる。

 

「フィニイイイッシュ!!」

 

 魔力を吐き出す様に放った一撃は海底の着弾点から半球状爆発を起こし、全てを飲み込みながら広がって行く。そしてその爆発の中に浮かび上がる黒い二つのシルエットを目撃し、ここが勝負の分け目であることを理解する。素早くなのはの前へと移った瞬間、

 

「集え明星、全てを焼き尽くす焔と化せ―――!」

 

 それは放たれた。

 

「真・ルシフェリオン、ブレイカァァァァ―――!!」

 

 なのはのスターライトブレイカーとほぼ規模が変わらない、炎の砲撃が此方を包み込む。凄まじい炎が体を覆うのと同時に、背中になのはを張り付けさせる。全身でシュテルの放った最高の砲撃を耐える。口を開けばその瞬間に炎が入り込み、身を内側から焼き殺すという極悪な砲撃。それを歯を食いしばり、ただひたすら痛みを耐え、魔力を全て使ってこらえきる事から始める。

 

「頑張って……!」

 

 ―――あいよ……!

 

 背後に体を張り付けるなのはからカートリッジの排出音を聞く。そしてそれに呼応するように大量のカートリッジを排出し、そして拳を握る。

 

『Genocide blow』

 

 口に出すことなく叫ぶ―――ヘアルフデネ、と。

 

 終わりの見えてきた砲撃は鏖殺の拳と共に吹き飛ぶ。そうして炎の嵐は終わりを告げる―――だがもはや此方にはその二発目を受け止められるだけの力はない。今ので俺はほとんどの力を使いきり、身体は満足に動かせない。だからこそ、

 

「フルドライブモード! ―――行くよ、僕の奥義!」

 

 これに耐えれば俺達の、

 

「勝ちだぁ―――!!」

 

「雷刃封殺爆滅剣―――!」

 

 頭上からレヴィが凄まじい雷光を刃の様に振り下ろしてくる。それに対して無理やりにでも体を動かす。魔力を全身に糸の様に張り巡らせ、そしてそれで体を縛り上げる。そして筋肉ではなく、その糸を動かす事によって意識で体を動かす。シュテルの一撃でほとんど体力を持っていかれたが、精神力だけは今も漲るほどに残っている。だから意識で糸を動かし、体に命令する―――盾になれ、と。

 

 そしてレヴィの必殺を完全に受け止める。全身を雷が駆け抜け、神経を焼き尽くすような錯覚を得る。だがそれでも、意識は飛ばない。頑強さだけならまだ自信がある。まだ、プレシアテスタロッサの電撃の方がはるかに極悪だった。だから意識はそのまま、体は動き、

 

「行きます……!」

 

 なのはがレイジングハートを振り上げる。スターライトブレイカーで消費された魔力。空間に拡散されて散らばったそれはカートリッジのロードと共に、ルシフェリオンブレイカー中に既にかき集められていた。

 

 ―――空に。

 

 そうして空は桜色に染められていた。なのはの魔力と、レヴィの魔力と、俺の魔力と、そしてシュテルの魔力で。拡散し、散ったそれをなのは戦闘中ずっと収束し、溜め込み、そして隠してきた。この瞬間、大技ラッシュが終わった瞬間に発生する大量の魔力消費を狙って。

 

「ミーティア・エンドォォ―――!!」

 

 限定的なフルドライブモードから発する大技を放った直後に発生する完全な硬直、その後の隙を狙って放たれた砲撃魔法が天から降り注ぐ。今まで溜めこんだ魔力を全て消費する様に、シュテルとレヴィを狙って砲撃の雨が降り注ぐ。その一撃はスターライトブレイカーには届かないだろうだがそれは一撃ではなく、複数。文字通り連続の砲撃を叩きだしているのだ。

 

 元々防御力の低かったレヴィはそれをまともに受け、意識を半分失う様に落ちてゆく。

 

 だが、

 

「―――それでも、私はっ!」

 

 シュテルが全身で砲撃を受け止めながら全力で此方へと向かってくる。体を操りながら一気にシュテルへと向かって接近し、そして

 

「―――かっ」

 

「……」

 

 簡単にシュテルの首を掴む。狙いは必殺を放って完全に動けなかったなのはだったのだろうが。その為の盾、その為の俺。フルドライブモードを使わずにいたおかげで動きに対応できた。シュテルを首で掴み、その存在を確保する。そのボロボロの姿は見ていて気持ちのいいものではない。

 

 首を掴んだことで、シュテルの全身から力が抜ける。魔力を使うのもやめ、飛行魔法が解除されて体を首でぶら下げる形となっている。その姿を無言で続ける。

 

「イスト、私はレヴィちゃんの方を確保してきます」

 

「……あぁ」

 

 この少女達の運命を解ってはいないなのはがレヴィの方へと向かう。視線をシュテルへと向けたまま耳を澄ませば下の方へ降りて行ったなのはとレヴィの声が聞こえてくる。

 

「えーと、レヴィちゃんでいいですよね? 大丈夫ですか?」

 

「だ、大丈夫……っていいたいけど体が全く動かないなぁ……あ、あと僕に敬語はいらないよ」

 

「じゃあバインドで引き上げるね」

 

「僕の扱い雑だなぁ……」

 

 今まで盛大に殺し合っていた仲だというのに、なのはは親しく接していた。……ここらへんはなのはの持ちうる才能というやつか、もしくは仁徳というものか、そうやって誰とでも打ち解けられる才能は実に羨ましいものだ。若いからこそできる事なのだろうか。

 

「イスト」

 

「おう」

 

「教えないんですか?」

 

「残酷な話だが―――」

 

 ―――高町なのはは一回、死を感じた方がいい。

 

 まだ若いうちに、将来がある間に、まだ遅くない内に。失敗と挫折だけではない。この管理局の闇を、管理局が綺麗じゃないと言う事を、それを見なくてはいけない。―――その為の6隊でもある。本局よりのウチの舞台はそういう管理局の闇を理解しながら利用し合って生きている。場合によっては犯罪者の殺害なんかも結構やる。運よくなのははまだそう言う場面にはあってはいないが、そろそろそれを見せなくてはいけなかったころだ。だとすれば都合がいい話だ。

 

「卑怯な人ですね。私とレヴィを利用するんですか」

 

「悪いな」

 

「なら許します。この短い時間は百年の語らいよりも意味ある時間でしたから」

 

 そしてシュテルは言った。

 

「心臓の横5センチの所に爆弾があります。摘出は不可能です」

 

「解った―――じゃあな」

 

「えぇ、さようなら、家族だったかもしれない人」

 

 右手をシュテルの心臓へと突き刺し、そして爆弾ごとそれを引っこ抜き、手の中で握りつぶす。爆発が手の中で生じ、血が流れるがそれは本当の痛みと比べて些細な事でしかない。

 

 

                           ◆

 

 

「―――え?」

 

 上を見上げれば、シュテルの心臓を握りつぶすパートナーの姿がそこにはあった。空からシュテルとイストの血が落ちてきて頭にかかる。それを見て思わず叫びそうになるが、その前にそれを引き留める声がする。

 

「ねえ、僕のも抜いてくれないかなぁ」

 

 それはレヴィの声だった。バインドによって縛り上げ、魔力封印も施した彼女の姿を見て何を、と口にしようとして、レヴィは話を続ける。

 

「僕も出来たら形を残したいんだよね。うーん、でもなのはじゃ無理なのかな」

 

「何を……!」

 

 そしてレヴィは笑みを浮かべる。

 

「羨ましいなあ、”シュテル”は―――形はそのままだもん。ごめんね、でも恨むよ。なんでシュテルみたいに僕の事を殺してくれなかったの―――?」

 

 そう言って、

 

 レヴィの体が小さく爆ぜた。

 

 目の前で起きた出来事に対して脳が働かない。

 

 目の前にいた少女の姿が、足りない。

 

 あるはずの部分が欠落している。

 

 人間として、パーツが足りない。

 

「ぁ……」

 

 ―――そして、

 

「―――逝きおったか、馬鹿者共め……!」

 

 絶望に染まった王が死を纏って現れた。




 そんなわけで地獄のスカリエッティ研究所も次回で終了です。そうしたら舞台はミッドと、そこに住む人々へと変わります。

 ねんがんの なのはの れいぷめ だ!

 いやぁ、長かった。もう44話目かぁ……。


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セイヴ・ザ・ソウル

 執筆中はSnow RainのHoly Night?とかいうバージョン聞いてました。オススメですよー。


 空に一つの姿が増える。それは背中に羽を生やした少女だった。その姿には見覚えはある。白い髪に鎧の様なバリアジャケット、その手に握るデバイスは見た事のないものだが、それでもその姿を見間違えることはない。両腕で抱くシュテルの遺体から視線を外し、空に浮かび上がる彼女たちの王を見る。

 

「……ディアーチェ」

 

「闇総べる王(ロード・ディアーチェ)、だ」

 

 ディアーチェの背後に生える六枚翼は本来の黒色ではなく、二色に染まっていた。片側が赤色に、そしてもう片方が青色に。それはまるでシュテルとレヴィの魔力光の色のようだった。いや、よう、ではない。それを軽く解析すればそれが間違いなくシュテルとレヴィの魔力であると把握できる。本来は扱えない筈の別人の魔力、それを受け取ってディアーチェはかつてない程に力を増していた。

 

 ただそうやって空に浮かび上がる王は周りの惨状を見ていた。

 

 上半身の無いレヴィ。

 

 胸に穴を開けたシュテル。

 

「馬鹿者め……我は王ぞ……!」

 

 そう言って、ディアーチェは赤い涙を流していた。自らを慕ってくれていた臣下の成れの果てを見て血の涙を流していた。

 

「臣下がおらずして真の王でいられるものか……! 我よりも先に逝きおって」

 

 そう静かに、言葉を辛そうに吐き出してからディアーチェは此方と、そして下でレヴィの死体を前に放心するなのはの姿を見る。それから再び此方へと視線を向け、少しだけ声を震わせながらつぶやく。

 

「……有難う。少なくともこの刹那は間違いなく二人にとって死の国へ持って行くには十分すぎる時間であっただろう」

 

 そして、語りだす。

 

「我らはお前を苦しめる為だけに生まれてきた。本来はもっと準備を整え、此方から仕掛けて心を折りに行くつもりだったらしいが、狂人の妄言だ。我には本当はどういうつもりだったかは解らぬ。だが我は研究所の奥深くに魔力を封じられ捉えられ、そしてレヴィもシュテルも我を助ける為に貴様らを殺す必要があった。が、シュテルもレヴィも死ぬのと同時に魔力を全て我へと送った故こうやって脱獄に成功したのだが……」

 

 あぁ、とディアーチェは言って話に付け加える。

 

「我に爆弾は設置されてない―――この状況が我に対する十分すぎる凶器である故にな」

 

 臣下を失ったディアーチェ文字通り身を引きちぎられる思いだったのだろう。マテリアルズはセットで運用するとか、そういうレベルの話ではなく、彼女たちと接してきた自分だからこそわかる。彼女たちは生まれついての家族なのだ。王と臣下、等という風に言ってはいるが、結局のところ彼女たちは三人で一つの家族。それが死んだのであれば悲しみしかなく、そして恨みもあるだろう。

 

「―――討つか?」

 

「いや、恨みがないと言えば確実に嘘であろう。だが貴様らを殺したいほど憎いか、と問われれば否だ。確かに手を下したのは貴様らだろうが、こういう状況に追い込まれたのは生まれてきてしまった我の過ちだ。そして、何よりも我自身を斬り捨てる事をさせられなかった我の弱さ故だ。あぁ、何故だ。何故我は躊躇したのだ―――あの時、自害しておれば良かった」

 

 恨みはあるが、殺したくはない。そう言ってディアーチェは握るデバイスを強く握り直す。そして自身に持てる魔力を全て溜め込んで行くのを理解する。ディアーチェを中心に膨大な術式が形成されて行くのを認識する。それを見て、確認し、そしてその一端を理解する。自分には絶対使えないタイプの術式だが、これは―――次元跳躍魔法。

 

「あぁ、だがな―――報いを受けぬばならぬ輩という者はおろう……!」

 

 涙を流しながらディアーチェは持てる魔力を操る。

 

「フルドライブモード……!」

 

 持てる生命力さえも全て込め、

 

「ジェイル・スカリエッティが保有するダミーを含めた全研究所130件、そのうち70件であれば囚われている間に把握しておいたわ、何も出来ぬ女囚と侮ったか! いいか、外道。貴様にくれてやる言葉は一つ―――くたばれ……!」

 

 そして、文字通り決死の一撃が放たれる。

 

「―――ジャガーノート」

 

 巨大な次元跳躍魔法陣へと向けて何十という黒の魔導が放たれる。それは次元の壁を越えながらディアーチェが捕捉した研究所へと叩き込まれて行く。その光景を目の当たりにすることはできないが、それを繰り出すディアーチェの苛烈さからその結果がどうなるか、という事だけは把握できる。黒い魔導を全て魔法陣へと叩き込み終わると、ディアーチェがぐったりとした様子で、両手から本と杖のデバイスを手放し、海へと落とす。

 

「く、くくく、はははは……これで少しぐらいは痛手を負ったであろう―――」

 

『ごめんね、それはわざと掴ませてあげたヤツで全部ダミーなんだよね。お疲れ様』

 

 その声が響いてきたのはディアーチェが手から離したデバイスからだった。間違えるはずがなく、その声の主はこの悲劇の黒幕―――ジェイル・スカリエッティ。楽しそうな声をデバイスから弾ませた瞬間、次に起こりうる事態を幻視し、叫ぶ。

 

「ディアーチェェェェ―――!!」

 

「―――不甲斐無い王で悪かったな。我も其方へ向かおう」

 

『あぁ、もちろんつけてないなんて嘘だよ。だっておもちゃはちゃんと片付けないとね』

 

 ―――爆ぜた。

 

 

                           ◆

 

 

 ―――そうして短いようで長いような、悪夢は終わる。

 

 研究所は壊滅、残されたのは胸糞の悪い思い出と、最後の爆破と共に半壊したデバイスに死体が三つ。これ以上ない最悪な結末にそのままミッドチルダへと戻る事も出来なく、この世界唯一の陸地、島の端から足をぶら下げながら海を眺める。足首だけが海へとつかり、熱線を何度も浴びた身としてはかなり気持ちのいい冷たさだった。

 

「あー、こりゃあまた入院コースかねぇ。左腕さんに全く感覚がないんだけど。これ、入院したらまたお前か、何て顔で見られんのかなぁ。俺、病院と保険の方に顔を覚えられたっぽいんだけど」

 

 場を和ますつもりで言葉を吐きながら横へとチラリ、と視線を向ければそこには高町なのはの姿がある。ただディアーチェが登場した時からなのはの反応はかなり薄い。こういう経験は必要と理解しているが、レヴィが最後に少々余計な事をしてくれたらしい。最後の最後で、

 

 ……恨む、か。

 

 なのはとマテリアルズの間で決定的に違うのは死生観だ。マテリアルズは戦うために生まれてきた。だから戦いで死ぬのは当たり前だ。だがなのはは普通の少女として生まれ、育てられ、そして管理局へとやってきた。戦って誰かが死ぬのは当たり前―――だが非殺傷を使わない世界へと踏み込んで日の浅いなのははその当たり前がそのままではなかったのかと思う。正確に経歴を把握してはいないが、大体そんなもんじゃないかと思う。

 

 厳しいもんだと思う。

 

 俺でさえ今回の件はかなりキツイもんなぁ……。

 

 静かに流れる海を眺めながら何かを口にするわけでもなく、ただ黙って時間を過ごす。本当なら今すぐにでもミッドチルダへと戻り、全てを報告するべきなのだろう。だが到底そんな気分にはなれない。何よりもこのままなのはを放置するわけにはいかない。最低限”なにか”をしなくてはならない。ただそれにしたって自分から話し始めるのは少し違うと思う。だからそれ以上は何かを口にすることはなく、無言で目を瞑り、なのはの言葉を待つ。

 

 そうして無言のまま時を過ごして十数分。

 

「……あの」

 

 なのはが口を開く。

 

「死ぬ必要って……あったの……んですか?」

 

「話しやすい喋り方でいいよ」

 

「じゃあ……シュテルちゃんも、レヴィちゃんも、最後に出てきたディアーチェちゃんも。死ぬ必要はあった……のかな?」

 

 必要だったのか? それが質問であれば、

 

「死ぬ必要はなかっただろうな」

 

 それだけは間違いない。この世界に死ぬ必要な命なんてものはないと思う。誰もが現状に満足して、つつましく暮らせばそれで十分なのだ。だがそれができないのが人間という生き物で、どうしても欲望に溢れている。あのジェイル・スカリエッティという男はその欲望の極地だ。やりたい事をやる。結局のところはそれだけに尽きる存在だ。

 

「じゃあ、なんで殺したの……!?」

 

 少しだけなのはは言葉を強くして此方へと語りかけてくる。だから答える。

 

「何で殺したか。―――何でだと思う?」

 

「ふざけないで」

 

「ふざけてないさ」

 

 大真面目だ。流石にこんな時までふざける程ねじまがった精神構造を俺はしていない。

 

「ほら、考えようぜなのは。ウチの隊は考えないやつを馬鹿っつーんだよ。少しだけ大人なお兄さんが手伝ってやるから考えようぜ? ―――なんで俺がシュテルを殺したのか」

 

 そう言われ、なのはは何かを言おうとして口を開き、そして止めて口を閉じる。解っているのだなのはも、別段俺が殺人好きな変態ではない事を。殺すにはそれだけの思いと理由があった事に。だからこそ言おうとした言葉を吐き出さずに飲み込んだのだ。そして、

 

「解らない、解らないよ……」

 

 次に口を開くなのはは涙を流し、自分の手を震わせながら服の裾を掴んでいた。

 

「解らないよ、何で、何で死んだの? なんで殺したの? なんでこうなっちゃったの? こんなの、こんなの無いよ……」

 

「ま、こんな人生嫌だよなぁ、普通は」

 

 ゆっくりとだが日が落ちてきている。青かった空も段々と夕陽の色に染まり、水平線に少しずつだが太陽が隠れて行くのが解る。あと一時間もすれば完全に日が落ちて夜の闇がここらを包むだろう。それまでには帰らないと色々と心配させる人が多いな、と考えながらも口を開く。

 

「まあ、殺してあげたかったんだ」

 

「どういう?」

 

「だってさ、あんなクソ野郎に殺されるぐらいには、ちゃんと形が残る様に殺してあげたいじゃん。つまりはどういう形で死なせてあげるか、という問題に対する答えだな。アイツらは生まれた時点でどう足掻いても助からない運命だったんだ。だったらせめて綺麗な死に方ぐらいは用意してやりたいだろ? まあ、そんなもんだ」

 

「そんなの……!」

 

 おかしい、だろう。もっとよく探せば何か助かる可能性があったかもしれない。そんな事をする必要はあったのか。言葉を探せばいっぱいあるだろう。良く考えればなのはまだ14歳の少女なのだ。それも誕生日を一ヶ月ほど前に済ませたばかりの。そんな少女に殺し、殺されの話をして、そして戦士としての心構えを教えたって困るものだ。

 

「好きな事を言えばいいよ。お前が納得できるまでここにいるから」

 

「その言い方は卑怯だよ……」

 

「卑怯なのは大人の特権だよ。そして汚れるのも大人の特権だよ」

 

 だから、

 

「吐き出したい言葉があるなら誰かにぶつける前に俺に吐いとけ」

 

 そう言うと、なのはが拳の握りを強くするのを確認する。

 

「なんなの……死に方は用意したいって。殺してあげたいって。助からない運命って! 形が残るって! ふざけないで! なんで、なんであんなにも簡単に殺せるの!? なんで……」

 

 だが後半から言葉は此方へと向けられていない。ほとんど空へと向かって吐かれている言葉だった。改めていい子だと思う。仲間を傷つけないようにする優しさと甘さがある。正直に言えば、管理局へ来なかった方がもっと安全で、平和で、そして平凡な人生を歩めただろう。そう思うと管理局はどこまでも業の深い場所だと解る。

 

「なのはは優しいねぇ、俺に当たれば簡単なのに」

 

「そんなの……簡単に当ったらイストが可哀想だもん。ちょこっとだけ話を聞いたけど家族と同じ姿をしているんだっけ?」

 

「げ、覚えていたのかテメェ」

 

「うん……どうなの?」

 

 もうここまで来ると隠す事も出来ないだろう。手で軽くデバイスに証言が残らない様にハンドシグナルを送ると、なのはがそれを察してレイジングハートにこの時間の記録を止めさせる。

 

「もう一年になるのかねぇー……そん時はまだ嘱託魔導師でプロジェクトF関連の研究所に踏み込んだんだよ、陸んとこの要請で。んで研究員は掴まらなかったんだけどそこでシュテル達を見つけてなぁ……まあ、そこで色々あって我が家で匿う事にしたんだよ。何を血迷ったんだ、って思うけど明らかに表に出せる様な連中じゃなかったからなぁー……ウチでこっそり隠していたつもりだけど最初からバレてたとは思いもしなかったわ。どうすっかねぇ」

 

「もしかしなくてもロリコン?」

 

「18歳以下は対象外なんで」

 

「残念」

 

 そう言ってくすり、と笑うなのはには少しだけ活力が戻ってきている様に思えた。

 

「で、納得できた?」

 

「できない。たぶん、一生」

 

「俺も納得できない。そして一生するつもりはない―――だけど諦めは出来る。そしてたぶん、彼女たちもそうやって諦める事が出来たから最後は」

 

「諦め?」

 

「そ。所詮人間なんてこんなもんって諦め。どう頑張ってもひっくり返す事の出来ないもんは世の中にはあるんだ。そしてそれが理不尽という形で襲い掛かってきた場合、驚くほどに人間ってのは何もできないんだよ。でもな、別にそれでいいと俺は思っているし、アイツらもそう思ってるからこそ呪詛吐きまくって死んだわけじゃないんだろう。……レヴィはちょっくら悪辣な事をしてくれたけどな」

 

「私は……諦めたくないなあ」

 

「誰だって諦めたくないさ。でもどんなに諦めたくなくても終わる時はくる。ま、その場合一番最初に死ぬのは俺になるだろうがな。何度も内臓やってるし、入院の回数増えてるし、あんまし体が長く持つとは思えないんだよなぁ……」

 

「あんまりそう言う事を後輩の前で言わないでよ」

 

 そう言われても空隊に所属してから、ティーダが死んでから、たぶん死ぬんだろうな、と覚悟はできているのだ。いや、むしろ自分の命だけでアイツを殺せるのであればまだ安い方だろう。おそらくもっとたくさん巻き込んで、そしてもっとたくさん傷つけて―――それでやっと届くような場所にいる。到底勝ち目が見える相手ではない。状況はまさに絶望的。でも、それでもできる限りを頑張るしかない。

 

「お前、俺が捜査の途中で死んだりしたらぜってーに追いかけるなよ。すっげぇ面倒だから」

 

「そう言われちゃったら追いかけたくなっちゃうかなぁー」

 

「クソォ、十代女子め! 貴様らは何でこうも天邪鬼なんだ!」

 

「あ、やっぱり生活苦労しているんだ」

 

「19歳の男児に子育ての何を期待しろってんだ」

 

「だよねー」

 

 そこで一旦会話が止まり、静かに日が落ちてゆく海と空を眺める。少しだけ横にいる才能の化け物と距離が縮まった気がするが、如何なのだろうか。―――彼女は理解できたのだろうか。あるいは彼女は許せるのだろうか。

 

「イスト」

 

「あん?」

 

「理解は出来るけど許せないよ」

 

「……ま、そうだよな」

 

「―――だから」

 

 そう言ってなのはは立ち上がる。不屈のエースはまだ健在だと証明するかのように、血だらけのバリアジャケットを陽光に晒しながら、腕を広げる。

 

「だから私頑張るよ。こういうのは増えちゃいけないんだ。許せるようになっちゃいけないんだ。理解できるようになる時を生み出しちゃいけないんだ。―――もう、こんな事をさせちゃ駄目なんだ。ありがとう、でも大丈夫。たぶんまたいつか辛い目に合うけど今の私はまだ立てるから。倒れないから。倒れちゃいけないから。たぶんレヴィちゃんもシュテルちゃんもディアーチェちゃんも、忘れちゃいけない事だから。してあげられなかった事を忘れちゃいけないから。……やってあげなかった事を覚えていなきゃいけないからだから、私は―――」

 

 なのはは宣言する。

 

「―――戦う」

 

 ……それが覚悟できているのかどうかを判断する事は―――しなくていい。それは時が来ればおのずとなのはが証明してくれる。だからこれはこれでいいんだと思う。だからそっか、と呟いて立ち上がる。濡れている足を乾かして、靴下と靴を履いて軽く体を伸ばす。

 

 そうして後ろに見えるのは三つの小さく盛り上がった土の山だった。

 

「じゃ、また遊びに来るからな―――じゃあな」

 

「ありがとう、そしてさよなら―――忘れないよ」

 

 マテリアルズの墓に背を向けて歩き出す。

 

 日は大分落ちてきているが、まだ暗くなる前だ。今から帰ればまだ暗くなる前にミッドへと帰れるかもしれない。そう思うと沈んだ心も少しだけ弾む。

 

「あ、そうだ。今度イストが匿っている子達を紹介してよ」

 

「お前遠慮しないなぁ……」

 

「うん。もう遠慮も容赦もしないって決めたから。だから罪滅ぼしってわけでもないから、会って話してみたいの。もう一人の私に。もう一人のフェイトちゃんに。もう一人のはやてちゃんに」

 

「美少女の頼みを断れないのが男の辛いところだよなぁ」

 

「精々頑張って抵抗してみてね」

 

 苦笑し、この娘は強いなぁ、と思い、苦笑する。だが、

 

 ただ、今は、

 

 ―――無性に彼女たちに逢いたかった。




 結局なのはという存在は”主人公”なんだと思います。どんな苦境であれ、逆境であれ、最後は飲み込んでしまうご都合主義の塊だと思っています。でーすーのーでー……?

 まあ、問題はなのはさんじゃないんですよ。

 準OTONAの方なんです。


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ウィ・ラヴ・ユー

 こういうの苦手なんだがなぁ。


 結局血を洗い落とす事を忘れて空港へと到着した時は大騒ぎ。エース級二人が血だらけになって帰ってくるのであれば確かに騒ぎになるというものだ。その後報告の為に掴まり、なのはと何とかアレやコレやと隠すと決めた部分を隠しながら報告を終えると、既に日は落ちていた。照りつける太陽は静かに照らす月へと姿を変えて、夜の闇を僅かにだけだが照らしていた。相変わらず夜にはいい思い出がない。さっさと家に帰りたい。そう思いつつ家に到着する頃には完全に人が出歩かない時間となっていた。こんな時間に帰ってきてももう寝ているだろうと重い、扉に手をかけた所で動きを止める。

 

 ―――もし、彼女たちが本物だったら―――?

 

 一瞬嫌な想像が脳内を駆け巡る。そしてあの外道ならやりそうだという事も理解できた。これで扉を開けて、部屋を確認して、そこに彼女たちがいなかったら―――自分は本当の意味で狂う。狂わざるを得なくなる。人としての心が壊れてしまうかもしれない。いや、確実に壊れる。そうなった場合の自分を想像したくはない。だからその先から動く事が出来ず、ドアノブを握った状態で軽く汗をかきながら動きを止める。

 

 そして、扉は開いた。

 

「うーん? なにやってんの? おかえりー」

 

 ―――扉を開けたのはレヴィだった。向こう側から若干眠そうな顔をしながら現れ、そして首をかしげながら此方を見ている。その傷一つない姿を見て心の底から安堵する。あの死んだマテリアルズには悪いが、死んだのが彼女たちで本当に良かった。死んでたのがここにいる彼女たちであれば―――いや、それは考えてはいけない事だ。今はただ、無事だった事実に喜ばなくてはならない。出迎えてくれたレヴィの頭を軽く撫でてから軽く持ち上げる。

 

「ただいま。もしかして待っててくれたのか」

 

「勝手にしてたことだから気にしなくていいんだよ? マドウシスレイヤー見てただけだし」

 

「深夜アニメは録画しておいて明日見ろって言っただろうに……というかやっぱり深夜枠になったんだな、それ。前々から昼間に放送で来ているのが不思議だったけど」

 

「待ってるついでだからいいんだよー」

 

「お前意見を一つに絞れよ、ったく」

 

 苦笑しながらレヴィを抱きかかえて家の中へと入る。靴を脱いで居間へと向かえば、そこには残り三人の姿もあった。若干舟を漕ぎ始めているディアーチェとユーリは此方を見るのと同時に片手を上げて挨拶し、そのまま眠そうに首を揺らしている。

 

「あぁ、言わんこっちゃない。だから先に寝ろって言ってんのに」

 

「我々は寝なくても一週間は戦える設計なんですけど」

 

「一年間戦いもせずに規則正しい生活を送ってきてるんだからそれに体が慣れるのは当たり前だろ」

 

 唯一眠気を見せないシュテルだけがソファの上で元気そうな表情を此方へと見せていた。その姿を見て心の底から安堵する。本当に、本当に良かったと。心の中で彼女たちの無事を聖王様へと感謝として告げて、そして眠そうなディアーチェとユーリへと近づく。幸いレヴィを含めた三人とも既にパジャマに着替えている。

 

「……」

 

 これならそのままベッドへと持って言っても問題なさそうだな、と確認しつつ三人の寝室へと向かおうとして、足を止める。

 

「これ、歯磨き終っているのか?」

 

「一応終わっていますよ。私は待つためにココアを飲んでしまいましたけど」

 

「お前もそんなもん飲んでまで待ってるんじゃねぇよ」

 

「そこはお気にせずに。どうしますか? 何か食べたいのであればさっと作る事も出来ますが? あと一応風呂の用意も出来ていますけど」

 

「いや、フロ入って寝るわ。流石に今日は疲れた」

 

「そうですか。じゃあ準備しておきますね」

 

「助かる」

 

 実の所、そこまで力が残っているわけでもない。マテリアル娘達を三人持ち上げるぐらいで限界だ。精神的にも、肉体的にも今回の件はかなりダメージがデカかった。だからゆっくり休むためにも、まずは少女達をベッドルームへと運ぶ。それぞれ別々の部屋を与えられるぐらいには部屋には余裕があり、金にも余裕はある。まず最初に連れて行くのはレヴィの部屋。

 

 水色が好きだと言う様に、部屋の壁紙や床は水色ベースで、どこもかしこも水色のアイテムが置いてある。ベッドの上にレヴィを寝かせ、ふとんをかけると今度はディアーチェの部屋へと向かう。此方はその尊大な言葉使いには似合わず、かなり少女趣味な部屋になっている。お手製のぬいぐるみやパッチワークが置いてあったり、裁縫道具や服飾の雑誌が置かれている。こうやって自分の手で何かを作ったりすることに喜びを感じている辺り、我が家で一番頼りになる子だ。そして最後に行くのがユーリの部屋だ。他の二人と比べて割と本が多いのが特徴の部屋で、ユーリの大人しい性格が反映されて割と大人しめの部屋になっている。

 

 普通ならこれだけ豪華にやる事は一人働きではキツイ所なのだろうが、不幸な事か、もしくは幸運な事なのだろうか。ここへと部署を移してから口止めやら危険手当やら保険で大量の金が舞い込んでいる。だがそれがいくつかの犠牲によって生み出されているものだと解っているとあまり喜べるものではない。

 

 ユーリの布団をかけながら部屋を出る。風呂場を見れば光がついている。シュテルが準備を終わらせてくれたのだろう。ソファに座り、リビングでテレビを見ているシュテルの姿が見える。

 

「お前も早めに寝ておけよ」

 

「用事を済ませたら寝ますよ」

 

 はぁ、と溜息を吐く。頭が回る分色々と言い訳をするから面倒だ、コイツは。まぁ、今は疲れているので深く考えるのは止める。ベーオウルフとタスラムを外して自分のベッドルーム、ベッドの上へと投げ、そして適当に着替えを取る。

 

 脱衣所に入り、まずはサングラスを取り、鏡を見る。そこには変哲もない自分の顔がある。元々目つきが鋭く、一般的に怖いと言える顔だったが、顔に負った一閃の傷によって更に怖いものになっている。あまり交渉向けや人に見せられるもんじゃないなぁ、と再確認しつつ束ねている髪を解放し、そしてシャツや上着を脱ぐ。

 

 そして、再び鏡に映る自分の姿を確認する。

 

 戦闘が終わってからずっと回復魔法を発動しっぱなしにして体を治療していただけのことはあって、傷は全て塞がっている。だがちゃんとした医療機関で治療を受けたわけじゃないので、身体には左半身を大きな火傷の跡が残っている。

 

「……こいつは残るな」

 

 普段はベーオウルフと管理局制服だからいいものの、これは私服もロングスリーブのものをベースにした方がいいかもしれないと判断する。やはり回復魔法がベースだとこういう風に傷跡が残ってしまう事が多い。ちゃんとした医術の心得があって回復魔法を使えばそんな事にもならないだろうが、回復力重視のスタンスではどうしても傷跡が残ってしまう。娘達にバレないまま過ごすのは不可能だからどっかで諦めるしかないのだろうが、それまではなるべく見せない様に過ごさなくてはならないだろうな。

 

「ま、入るか」

 

 風呂は熱いうちに入るべきだと、残りの服を脱ぐ。

 

 

                           ◆

 

 

「―――ふぅ……」

 

 湯船に肩まで浸かる。こうやってゆっくりと一人で過ごせる時間は今の自分にとっては非常に重要―――というより一人でいたい。ここなら誰も見られる事はないし、勘づかれる事もない。だから軽く両手で湯を掬って、それを顔へと叩きつける。これで、何故顔が濡れているのかは自分でも解らなくなる。なってくれる。

 

「クソ……」

 

 胸糞が悪い、吐き気がする。後悔しかない。

 

「クソ、クソ、クソ……!」

 

 アレだけなのはに偉そうな事を言って、結局自分はこうだ。あの場でまた立ち上がれたなのはが本当にうらやましい。いや、彼女も今の自分の様に顔を濡らしているかもしれない。だがあの時、心を折らずに立ち上がった不屈のエースの姿に偽りはなかった。その姿が―――堪らなく羨ましい。―――知っている顔を殺して、死んで、全く平気なわけがないだろう。無事なわけがないだろう。

 

「クソがぁ……!」

 

 あんな地獄二度とごめんだ。もしあんな事がもう一度起きれば間違いなく心が折れる。それだけ、今回の件は心に響いてきた。今すぐにでもあの狂った研究者の喉を絞殺したいぐらいに体は殺意に満ち溢れていて、今すぐどこか、争いの無い世界へ彼女たちを連れて姿を消したいと思う。だけど、

 

「逃げられねぇ……よなぁ……」

 

 逃げられない。逃げちゃいけない。試練だとか、義務だとか、そういう話ではない。単純に現実から目をそらしてはいけない。それはイスト・バサラらしくない。貫くものは何時だってこの身一つのみ。それでどうにかしないといけない。そして、そうしてきた。だけど、それでも、

 

「あぁ……やめてぇ……」

 

 たぶん、初めて吐いた弱音だった。

 

「―――じゃあ、止めればいいんじゃないですか?」

 

 そしてそれを聞かれた。

 

「ばぁーん」

 

 そう言って浴場の扉を勢いよくあけてきたのはシュテルだった。しかも全裸。開けてくるのと同時に開け放つようなポーズを取り、そのままの姿勢で固まっている。その様子に呆れ果てて、頭を抱える。

 

「入るなら入れ、出るなら出ろ」

 

「いやん」

 

「今更取り繕っても遅い」

 

「鈍感系主人公でさえ裸の女子やラッキースケベには慌てるものですよ。貴方にはそのお約束を守る事さえできないのですか。天の意志が泣きますよ」

 

「そういう天の意志は聖王様に殺られたので大丈夫」

 

「おぉ、天の意志よ! 殺されるとは情けない!」

 

 別段シュテルも裸を見られる事は恥ずかしくないと思っているらしく。浴場に入ってくると近くの椅子を取って、軽く体を洗い始める。その様子をぼんやりと浴槽の中から眺める。べつにこうやって誰かと風呂に入る事は珍しくはない。実際レヴィは何度か突撃して、ユーリも偶に便乗してくる。べつにペドフィリアでもロリータコンプレックスでもない、娘の様な存在に欲情する程ひん曲がった人格をしてはいない。

 

 だけど、シュテルがこうやって突撃してくるのは初めてだ。

 

「一応今は俺の聖域タイムなんだけど」

 

「残念ですね。私が優先順位としては上なのでそれは通じません」

 

 我が家でも一番自由にやっているのはレヴィじゃなくてもしかしてコイツじゃないのか、何て考えが頭に浮かぶ。そんな事を考えながら無言でシュテルの様子を窺っていると、身体や髪を洗い終わって湯船に入ってくる。シュテルが入った事によってお湯が溢れて湯船の外へと出るが、二人で入っている分には問題ない。が、

 

「おい」

 

「いいじゃないですか」

 

 その位置が問題だった。ピッタリと背中をこっちの胸板につける様な位置で座ってきた。上から睨むように視線を向けるが、シュテルは満足げな表情で体を押し付けてくるだけで、それ以上は何もしない。何を言ったところで聞かないのはうちにいるお姫様たち全員に言えることなので、この際文句を言う事は諦める。

 

「で?」

 

「で? はこっちのセリフです。言いたい事があるなら言っちゃった方が楽ですよ」

 

「ばぁーか。ガキに甘えられるかよ」

 

「おや、何時までも私達は子供じゃないんですよ? 少しずつだけど大人になるんですよ、私達だって」

 

 そう言うシュテルは完全に体を此方へと預けながら視線を持ち上げて、此方へと合わせてくる。

 

「ちょっと私を味見してみません?」

 

「何言ってんだこのガキ。盛るなら最低でも彼氏を見つけてからにしろ」

 

「じゃあ付き合ってください。別に突き合いでもいいんですよ」

 

 流石に下ネタに走り過ぎなので制裁もかねて両手拳を作って、それでシュテルの頭を両側からおさえ、ぐりぐりとする。シュテルがぐわぁ、と声を上げながら頭を押さえる。しばらくシュテルを苦しめた所で解放し、溜息を吐く。最初の頃はこんな娘じゃなかったはずだ、と。

 

「いいじゃないですか。私は貴方の事好きですよ」

 

「家族としてだろ」

 

「えぇ、そしてそれもどうせ近いうちに異性となります。他の皆の事は解りませんが、私は割と自分の欲求に関しては素直ですから、嘘はつきませんよ。第一に、一番気軽に会える男が貴方だけで、そして一番接しているのが貴方だけなんですから。遅かれ早かれこうなるんですよ。だから早めにツバを付けといた方がいいですよ」

 

「だまらっしゃい」

 

 指の先でシュテルの頭を軽く叩くが……シュテルの声の色は本気だった。あまり、馬鹿に出来た様な事ではない。こいつがそう言っているのであれば真実なのだろうと思う。そして、だからこそシュテルは言う。

 

「さ、私は私の恥ずかしい事を言いましたよ。……私だけ暴露するのはズルイです」

 

 そう言って少しだけ頬を赤くするシュテルの姿があった。その姿を見て、天井を見る。

 

「あー……面白くないぞ?」

 

「面白さなんて求めていません」

 

「ダサイぞ?」

 

「カッコ悪いのは知っているから大丈夫です」

 

「めんどくさいぞ」

 

「面倒な女だと認識しているので釣り合いが取れていますね」

 

 ……ホントお前は面倒なガキだよ。

 

「……殺したんだよ、お前らを」

 

「……」

 

 それだけで内容を察してくれたらしい。特に口を挟むことなくシュテルはだまって話を聞いてくれる。ジェイル・スカリエッティの事、マテリアルズと戦った事、彼女たちの死にざま、なのはにバレてしまった事、相手には最初からバレてしまっていた事、そして―――死んだのが彼女たちであって、此処にいる彼女ではなかった事に安堵してしまった事に。

 

「俺は―――最低だなぁ」

 

 誰かが死んで、それで安堵する人間なんて屑でしかない。

 

「そうですね。最低な人でしょう貴方は。ですが―――それでも私達は貴方にありがとう、と言うでしょう。ここまで私達の事を思ってくれて、ここまで私達の事を愛してくれてありがとう、と」

 

「―――」

 

 あぁ、お前ならそう言うと思っていたよ。そしてこの話をしたら確実にお前達なら俺を許してしまうと確信できていた。だから話したくはなかった。そうやって話してしまうと、予想通りの返事が返ってきて、自分で自分の事を許せてしまいそうになるから。

 

「でも、自分の事は許せないんですよね?」

 

「あぁ」

 

「だったらその分私が、私達が貴方を許します。誰よりも私達の為に身を削って、命を削って、そうやって戦ってくれている貴方の事を責める事なんて最初からできるわけがないんですから。ですからもう一度言います、此処まで私達の事を思ってくれてありがとう。そんな貴方に逢えて良かった、と」

 

 シュテルは此方を見ていない。背中は預けたままだが、湯船で動きを作ることなく言葉を放っている。ここでどんな表情をしているか確認するのは野暮ってものだろう。

 

「そっか」

 

「えぇ、そうです……だから遠慮しなくてもいいんですよ? もっと頼ってもいいんですよ? というか頼ってください。普通の少女でいるのも楽しいですが、やっぱ助け合いたいものですから―――そういうのが家族らしい、ですし」

 

「……おう」

 

 シュテルの頭を撫でる。

 

「……悪いな」

 

「……いいえ、傷ついた大人の心を癒すのが子供の仕事ですから」

 

 そう言って苦笑して、

 

 まだ、まだ頑張れそうな気が湧いてくる。ただ、それでも、

 

 ―――やるべき事、そして敵は多い。




 ヒロイン力の上がってゆくシュテるん。だがこういう描写は苦手なのよ。もっとバトルとか絶望とか、そういう方が得意なのよなぁ、描写とかは。

 だけどここから絶望中毒になった皆に希望を注ぎ込むという嫌がらせがあるので頑張ろう。

 さて、スカさんの次の行動予定は、っと……(プロットメモ確認


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Chapter 4 ―Truth Or Happiness―
ファースト・デイ・アウト・トゥゲザー


 ―――やっぱり入院は確定していた。

 

 戻ってきた次の日に病院へと向かえば再び医者より絶対安静の指示が与えられ、病院に一か月間拘束される事となった。だが今回は前と大きく違う事があった。もはやマテリアルズを隠している事が無駄という事が発覚したので、普通に見舞いに来てくれるようになった。未だに外へ出る時は変装を忘れないが、それでも前と比べて普通に歩けるようになったのは大きな違いだ。

 

 だからと言ってテンションのあまり朝に出かけて夜までミッドを走り回っていたレヴィを許す気はない。

 

 ―――そんな事もあって、一ヶ月が経過した。退院と同時に襲撃される事もなく、なのはとシュテルが病室で会うなんてイベントも起きる事なく、普通に入院生活が終わって退院して、そして我が家へと戻ってくる。左半身の火傷はあっさりとバレ、隠しておきたかった殺人の事もバレ、そして風呂場での話し合いもバレ、

 

「俺の精神はボロボロだよ……」

 

「わっはっはっはっは!」

 

 ソファでぐったりと倒れる此方の背中の上に座って高笑いする水色がいる。だが今はそいつを無視しておく。入院中にもあったが、色々と考えておかなくてはならない事があるのだ。ともあれ、一番やらなくてはならない事が自分の強化、パワーアップだ。だがこれに関してはほぼ頭打ちだ。何せ適性に関してはほぼ開発している以前に、自分のスタイルが極まってしまっているのだ。これ以上出来る事と言えば自分の技術を磨くことぐらいなのだ。だがその技術に関しても武術を教えてもらった師は既に墓石の下。教われる事はほぼすべて教わったからこそいいもの、これ以上何かを目指そうとすれば、指針が必要になる。

 

 ―――たとえばあの緑の覇王の様に。

 

 あの王の姿は嫌という程に鮮烈に刻まれている。だから受けた一撃一撃はしっかりと記憶しているし、ベーオウルフにも記録されている。それを見て、資料や無限書庫で調べて色々と確認したりして自分なりに使える様な形に持っていったりもした。次に殺し合うために色々と対策やら模倣やらは出来ているがそれも正直な話、奇策程度にしか通じないのではないかと思っている。結局の所手を広くやろうとすれば広くすればするほど色々と取りこぼしてしまう。もっと狭く、もっと鋭く、もっと脆くならなきゃいけないのかもしれない。

 

 だとすれば、自分の求める極地は一体何なのだろうか。

 

 砕けない盾なのか。

 

 倒れず蘇り続ける不死身なのか。

 

 もしくは―――。

 

「ぬごぉー」

 

「ぺしぺしぺし」

 

「レヴィー? あまりぺしぺし叩くとイストが可哀想ですよ?」

 

「いいぞユーリ、その調子でこの水色を引きはがすんだ」

 

「駄目だよ! イストは馬鹿にならないとたくさん無駄に考えちゃうんだから僕ぐらいにならなきゃ」

 

「あぁ、じゃあいいですね」

 

「クソぉ! このガキ共最近セメント率上がってるぞ!」

 

「正直最近遠慮してたらシュテルに全部持ってかれる感があるのでだんだんですが自重外した方がいいんじゃないかなぁ、何て思い初めまして」

 

 ユーリまでがこうもなってくると本格的に我が家に絶望が舞い降りてくる。やはりどの社会でも女性が強いのには変わりはないのか。もう少しヒエラルキーのトップでいたかった。だがこうやって引きずりおろされたからには仕方がない。貴様らのお小遣い―――と思ったが、そういえばお金の管理はシュテルへと任せていた。台所も最近はめっきりディアーチェに。ヤバイ。お金を稼ぐ事以外で家に役に立ってないぞ俺。

 

 何とかしなきゃいけない、と思ったところで―――思い出す。

 

「あ」

 

「い? ―――わわわっと!」

 

 立ち上がり、背中からレヴィを振るい落としながらやるべき事を思いつく。そういえばそうだった、と軽く何故今の今までその存在を忘れていたのだろうか。……いや、おそらくは意図的に思考から外していたのだろう。自分としても苦手な意識を持つ存在がそこにいるのだ。立ち上がり、軽く頭を掻きながら近くに置いてあるサングラスとベーオウルフ、タスラムを回収する。ちょいちょい、と指でキッチンの向こう側にいるディアーチェへと近づいてくるように指図をする。その恰好をチェックする。

 

「な、なんだ。我の服装に文句があるのか」

 

「いや、文句はねぇよ。というか相変わらず凄まじいクオリティだな、それ。手作りだろ?」

 

 ディーアチェの服は上下黒のスカートにシャツという姿だが、そのどちらも店に販売されてそうなクオリティなのに手作りだというのだから凄まじい。かくいう自分もそのディアーチェの服飾のセンスというか腕前を信じてしまっているので、最近はめっきり服を買うのを止めてディアーチェに作ってもらっている。ともあれ、十分な格好だ。

 

 サングラスを装着しながらバイクのキーを取る。

 

「んじゃディアーチェ行くぞー。他のお前らは大人しくしてろよ? ちゃんとユーリの言う事を聞いておけよ? 出かける場合はしっかりメモを残せよ? あぁ、たぶんメシは食ってくるから俺達の分はいらねぇよ」

 

 片手でベーオウルフにメールプログラムを立ち上がらせ、そしてホロウィンドウを操作して軽い連絡を飛ばす。向こう側に驚きはあるものの、快い返事が返ってくる。悪くはない掴みだ。

 

「そこで私の名前が出てこない所に激しく不満なのですが」

 

「お父さん、全裸で告白してくる子はちょっと」

 

「……なるほど全裸で告白はNGと」

 

 しっかりとメモしているユーリの姿に若干の不安を感じながらもまかせるしかない。現状この家の最強戦力は間違いなくユーリなのだから。何せ―――完全に手段を選ばず本気で襲い掛かっても自分が倒せない存在こそが彼女なのだから。これ以上頼りになる存在はいない。そんなわけで家を留守にする場合は信頼を完全にユーリに預けている―――この中でも比較的にまともな方だし。

 

「んじゃ、行くぞ」

 

「ちょっと待て、我を連れて行くのは正直いいが、いったいどこへ行くのだ? 場所によっては我は覚悟を決めぬばいかぬぞ?」

 

 そんな必要はない。ちょっとだけ先輩に会いに行くのだから。

 

「行く場所はナカジマ家だ」

 

 

                           ◆

 

 

 バイクを飛ばして一時間ほど。途中で管理局員としての権限を無駄に発揮させながら到着するのはミッドチルダ西部、エルセア地方。その都市部にある住宅街にナカジマ一家の家はある。基本的に陸士108隊の隊舎に近い為ゲンヤは実家からの出勤という事になっている。だから休日は基本的に家にいる事が多い。今日は共通の休日で良かった―――というよりこっちは退院したばかりでまだ職場に復帰できないだけで、あっちは週日に得た普通の休みだ。少し悪い事をしているかもしれない、と思いつつもナカジマ家近くのパーキングにバイクを止め、降りる。

 

「ぐぬぬぬ、すこし尻が痛いぞ」

 

「あぁ、バイク乗り慣れてないとそうなるわな。基本的に車みたいに自由に姿勢を変えられるわけじゃないからな」

 

 ディアーチェからバイクのヘルメットを回収するとディアーチェが少しだけ涙目になりながら自分の尻をさすっている。誰かや誰かと比べると大分女の子らしくてかわいいなぁ、と思いながらヘルメットをバイクにしまい、鍵をかける。プレシアの件でバイクを爆砕されてしまったのでこれは前よりも少しだけいい、二代目バイク。今度は襲撃で壊れないといいなぁ、と思いつつも荷物を取り、ディアーチェへと向く。

 

「お尻さすってあげようか?」

 

「セクハラで訴えるぞ馬鹿め」

 

「あ、うん。普通はそのリアクションだよな」

 

「むしろ他の連中が男前すぎるのであろう。レヴィはテンションに任せているし、ユーリは我が思っているよりも腹黒いし、そしてシュテルはなんだか最近母性に目覚めているし。ちょっと我、アレらとキャラで比べられるのはいやかなぁ、とか思ってたりもするんだが……だから、その……あまり恥ずかしい事を言わないでくれると助かる」

 

 そう、こういう風に恥じらう普通の少女のリアクションだ。そういう仕草や表情が可愛いのだ。だがあの三人にはそれがない。というか一番男前なのはレヴィではないのか。アレ、裸のままリビングをうろつこうとするし。いや、単純に無防備なだけか、アホなだけだろう。そうだと信じさせておくれ。

 

 ともあれ、バイクから離れてディアーチェと共に静かな住宅街を歩く。

 

 歩道のすぐ向こう側にナカジマ家がある為迷う可能性はまずない。両側を確認してから歩道を渡り、逆側へと到着する。そうすればもう目的地は目の前にある。外に備え付けてあるベルを押す前に、自分の髪を軽く整え直す。そして右手に紙袋を持ち、そして左腕を確認する。今まで右手に装着してきたベーオウルフは左腕の火傷を隠す為に左手に装備しており、そしてその姿もオープンフィンがグローブからフルハンドグローブへと姿を変えている。5月にもなると少々熱くなってくるが、それでも体を隠す為に長袖は外せない。自分の恰好がちゃんとしたものだと確認し、そしてベルを押す。

 

「……っ」

 

 チラ、っと横を確認すると少しだけ緊張したディアーチェの姿が―――あぁ、と軽く思い出す。そういえばちゃんと誰かに会わせたり紹介するのは今回が初めてなのだ。だとすれば緊張するのも仕方がない話だろう。緊張をほぐす意味でも軽く頭を撫でる。髪の毛をめちゃくちゃにしない程度の優しい撫でをディアーチェは受け入れて、

 

「いい、それ以上は平気だ」

 

「ん、そうか」

 

 満足げな表情を浮かべるので頭を解放して待っていると、数秒後に扉が開く。

 

「よぉ、早かったなイスト」

 

「ども、お世話になってますゲンヤさん。あ、これお土産で。スバルちゃんやギンガちゃんと一緒にどうぞ。ウチの近くの店のケーキなんですけど食ってみて結構気に入っているんで」

 

「お、悪いな。べつにこういう点数稼ぎ俺にやっても面白い事はねぇだろうによ、っとなんだ、お前もいたのか」

 

 そう言ってゲンヤはディアーチェを見る。

 

「まあ、イストとはウマは合いそうだよな八神……ん? お前髪を染めたりしてイメチェンでもしたのか? なんだか若干目つきも悪い気がするしな。それに八神っつーには……ん?」

 

 ゲンヤの言葉にディアーチェは腕を組んで胸を張る。

 

「我をあのような子烏と一緒にするではない。我は生まれた時より王、あのような未熟な者とは違う。我が名ディアーチェ・K・B・クローディアである」

 

 と、そこまで言って、ディアーチェが姿を固まらせる。その様子はつい何時ものノリでやってしまった、と言わんばかりの表情だった。だがまあ、それはそれで説明の必要は大分省けたと思う。何せ自分が知っているゲンヤ・ナカジマという男は、仮とはいえ俺がこの世で一番信頼していた相棒の師匠でもあった人物なのだ。

 

「……スカリエッティ系列の研究所で拾った子です」

 

「その言い方するとウチのじゃじゃ馬共が”なんなのか”を把握してやがるな? 吐け、何時からだ」

 

「正直な話、身体の中に機械的な部分があるな、とは前教えに行った時に感じたので。入院中割と暇だったんで、スカリエッティの名から過去の悪行やらやっている分野を調べて、それに関わっている事件や研究所、そしてそれに―――」

 

「あぁ、なるほどなやり方と言いたい事は大分わかった。お前も頑張るなぁ……。ほら、中に入りな」

 

 扉をあけ放つと中へ入って来いとゲンヤが招き入れてくれる。その家の中は良く見るミッドタイプではなく、紹介された居酒屋の様な若干の”地球の日本スタイル”の玄関だった。玄関で靴を脱ぐ必要があるのはウチと同じだな、と感想を抱きながらディアーチェと共に家へと上がると、ゲンヤが家の中を案内しながら話しかけてくる。

 

「お前良くここへ来れたな。正直全部終わらせるまで来ないもんだと思ったぞ」

 

「いや、今スバルちゃんもティアナちゃんも学校でしょ? 覚悟決めておくんなら今かなぁ、と」

 

「あぁ、まあ、俺が見た感じティアナも本気で言ったつもりはなかったようだし、話せば意外とどうにかなるかもしれんし、悪くはないと思うぞ。まあ、帰ってくるまでの数時間―――この人生の先輩がお前の話を珍しくタダで聞いてやるよ。言っておくが俺はお前よりも大人だぜ? 存分に甘えな少年」

 

 やはり、こういう頼れる大人になりたいものだなぁ、と思う。




 相変わらず入院しているなぁ、コイツ。病院からしたらこっちくんなだろうし、保険からしてももう戦わないでって感じだろうなぁ。ともあれお疲れ様です。本当の地獄は後半からよ。

 ともあれ、ディアーチェの常識枠一強ぷりは何時になったら崩れるのだろう、陥落という意味で。


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スピット・アウト

 かっこいいOTONAになりたい。


 リビングにテーブルを囲むようにソファが配置されている。そこからは少し広めの庭が見えており、直ぐ近くにはテレビがある。だがそのテレビは今、つけていない。真剣な話の最中だ、つけるわけもない。ただテーブルに置かれた茶がそこまで手を付けられる事もなく、ただ静かに話を続ける。ゲンヤは口を出す前に話を全て聞き、それから判断する様子で、口を挟まずに黙って聞き入る。

 

 そして、長い、長い話が終わる。

 

 今まであった事を軽く語るだけで一時間以上の時間が経過した。それを考えるとなんて濃い日々を経験したものだと思う。普通に生きているのであれば絶対に経験できたものではないが―――それは本当に幸福と呼んでもいいのだろうか?

 

「……そうか」

 

 全てを聞き終えてからゲンヤは強く拳を握っており、その手からは血が流れているのが見えた。それを治療する事も指摘する事も野暮だと理解し、何を言う事もなく黙ってゲンヤの言うべき事に耳を傾ける。

 

「……ティーダの野郎はスカリエッティに消されたのかぁ……あぁ、任務中に失敗して次元犯罪者に殺されたって話だったがよ、全く信じられねぇからこう見えても色々調べてたんだぜ? だけどどうしても一定以上踏み込めなくてなぁ……そして真実はこう、と来たか。……そっかぁ……嫌な縁ばかり繋がっちまうもんだよなぁ……」

 

「今まで伝えられなくてすみませんね」

 

「気にするんじゃねぇよ。確実に厄ダネだな、こりゃ。その段階だとまだ管理局と繋がっていたんだろ? 無駄に話を広めてりゃあ俺かお前が消されてただろうから黙っていたのは間違いなく正解だ。管理局に斬り捨てられた今になってやっと話せるようになったのが少々気に食わねぇ話だがな。まあ、それは今のところ無視してもいい。個人の感情は時間のある時に決着つけりゃあいいし。んで、こっちの嬢ちゃんが八神のクローンか」

 

 うむ、とディアーチェが頷きながら答える。

 

「貴様に色々と難しい事を言ってもしょうがないだろうから簡潔に言えば八神はやてのDNAをベースに物凄く似た人物を再現した存在だと思え。そのオリジナルも八神はやてをベースに生み出された存在だからクローンのクローンというよりは八神はやての二つ目のクローンという認識の方が正しいのだろうがな」

 

 ディアーチェのデコに軽くデコピンを叩き込む。その衝撃でディアーチェがあいたぁ、と叫びながらソファに倒れ込む。そのまま痛そうに額を押さえ、涙を浮かべながら此方を睨む。

 

「な、何をするんだ! お前のデコピンは凶器というレベルなのだから痛いではないか!」

 

「お前、相手が年上だって事を忘れてねぇか? うん? 俺がちゃんと礼儀を見せているのにお前何時も通りの調子でやるのか? あん?」

 

「だ、だって我王様だし……!」

 

「あん?」

 

「……我、王様ですし」

 

「そこらへんで許してやれよ、別に気にしねぇから」

 

 そう言ってゲンヤが苦笑したところで少し重かった空気が軽くなったような気もする。だがそれも短い間だけの話だ。話は再びマテリアルズの存在を中心に動き始める。

 

「んで、ディアーチェちゃんの様なやつが他にも三人いるんだったな? あーと、高町なのはのと、フェイト・ハラオウンのと、そしてロストロギア搭載のユーリってやつか」

 

「ユーリだけはオリジナルの遺伝子を直で使っているらしいですけどね。入手経路は不明だけど。パーフェクショニストらしく本来の能力や性格、性質、記憶を完全に再現している辺りが実に厄介で、変換資質や魔導師ランクまで自由に弄れているようで」

 

「外道だが天才だな。こればっかしは認めなくちゃならねぇな。んでそんなやつに狙われてるんだろ? ご愁傷様ってな事だ。俺なら今すぐ逃げ出したい所だが―――」

 

「―――えぇ、ダチの仇ですからね。逃げるわけにもいきませんよ」

 

「男は辛いねぇ。まぁ、こうやって聞かされちまった以上俺も容赦できねぇがな」

 

 その言葉はゲンヤが此方の味方に付いてくれると言う言葉だ。……この結果は目に見えていた。ゲンヤという男が、人間が、こういう悪行を見逃せるかどうか―――それを考えればおのずと答えは出てくる。だからこそやりたくなかった事でもある。確実に巻き込んでしまうのだから。何せゲンヤには二人の娘と、そしてティアナの事を任せてしまっているのだ。本来なら自分だけでケリをつけたい所なのだが、

 

「正直次辺り生きて帰ってこれる自信ないんですよね。今回もたぶんなのはがいなきゃ俺、確実に死んでいましたし。あ、ちなみにその場合はウチの馬鹿どもの面倒をお願いします」

 

 正直な話、自分一人では絶対勝てない相手なのだ、レヴィもシュテルもディアーチェも。あの三人があの空中戦で、常に一対一というスタンスで戦い続けていれば確実に自分は落ちていた。あの状況で勝てたのはなのはがいた事、そしてレヴィとシュテルが経験的に自分よりも劣っているという事実があったからだ。だから上手く二対二の状況へと持ち込めた。アレ、一人だったら火力うんぬん以前に攻撃が当たらず終わってた。

 

「ふんっ」

 

「いてぇよ」

 

「お前どういう腹筋してるんだ、殴ったこっちの方が痛いぞ……?」

 

 拳を腹へと叩き込んできたディアーチェが手首を抑えていた。何がしたかったんだこいつ、と思っていると、

 

「お前が死んだら我々を預けるだと? あまりふざけた事を抜かすなよイスト。我々が唯一家族と認めたのは貴様だけだ。そして一緒に暮らしたいと思うのも貴様だけだ。そしていいか? ―――我々がずっと一緒にいたいと思えるのも貴様だけだ。貴様が死ぬことは即ち我々への宣戦布告も同じだ。その場合は我らは悪鬼となって暴威を振るうぞ? 死ぬか復讐を果たすまで暴れ回るぞ? 死んだら預けるとか勝手な事を抜かすではない馬鹿者め、いや、愚か者め。こう見えても情深いのだぞ我らは。それとも忘れて平和に暮らせるほど薄情な連中だとでも思われたか? だとしたら心外だぞ。早急に詫びを求めるぞ」

 

 ディアーチェの言葉に驚き、軽く放心していると、ゲンヤの笑い声がリビングに響く。

 

「はははは! そりゃあ困ったなぁ! あぁ、確かにそりゃあ死なれたら困るわなぁ! おい、俺もこれ以上食費を増やす予定はねぇからお前も死なないでくれ。なにせスバルとギンガがバカの様に食うんだ。これ以上増えたら俺なんか副業はじめなきゃいけねぇよ。というかスバルとギンガの食費で圧迫が凄まじいんだけど」

 

 最後だけ妙にリアルな事をしゃべっているゲンヤの言葉には苦笑するしかない。が、そうか―――俺がいなくなったら狂う様なやつも出てくるのだ。そういう事を考えると簡単に命を手放す事も出来なくなってくる。実に困ったものだ。基本的に戦闘スタイルが捨て身のインファイトだから命を賭けるのが基本なのだが……実に困った。

 

「はぁ……」

 

「ま、慕われているようでいいじゃねぇか。あ、手は出すなよ? 犯罪だからな」

 

「出しませんよ。女ってよりは今の所娘って感じですし」

 

「今14だっけ? あと4、5年待ってろ。そん時アピールされたら回避できなくなってっから」

 

 妙にリアルな事は止めてほしい。確かにそれだけ歳を取っていれば一応守備範囲内だが、逆に食われそうで恐ろしいと言う気持ちの方が込み上げてくるのだ。この調子で18になった時に風呂に入られたら流石に理性がヤバイかもしれない、というかヤバイ。……今のうちに教育しっかりしておいた方がいいのかも知れない。

 

「ま、話に関してはいろいろありがとうよ。色々腑に落ちないところがストン、といった感じだな。こっちでも調べられるところは調べておく。ただあんましおおっぴらにはできねぇから期待すんなよ?」

 

「提督とかにコネ持ってる人が味方についたってだけで大分助かりましたよ」

 

 実際こうやって歳を取った人間は意外なつながりを持っている。まずゲンヤの場合だと陸の他の隊に顔が利くだけじゃなくて、同期であれば海の方にだって顔が利く。一部、空にも顔が利く部分がある。まあ、だからこそはやての研修にも使われた隊なのだろうが。まあ、味方が増えたのは良かった。万が一があった場合、この人なら俺の意志を汲んでくれるとも思う。

 

 だから、とりあえずこの話はここで終わりだ。

 

 大分冷たくなった茶を持ち上げ、飲む。結構渋いが、それがこの茶の味だと思う。横にいるディアーチェはその苦味がダメらしく、最初の一口で顔をしかめてからジュースへと飲み物を変えてもらっている。

 

「ふぅ」

 

「なんか楽になった、って様子だな」

 

「いやぁ、そりゃ大分楽になりましたよ。今まで相談する事はできませんでしたからね。マテリアルズの存在がバレている事と、スカリエッティが本格的に管理局と敵対してくれたおかげでようやく口に出して相談したり外へ連れ出せるようになった、って状況ですからね。正直こうなったら外へ連れ出してやりたいんですけど」

 

「ま、一人ぐらい協力者は欲しいよな。お前の相棒は?」

 

「まあ、黙ってくれるそうですけど近いうちにウチへ呼んで紹介するつもりです。その場合シュテルが何かやらかしそうですけど」

 

「というかやつの事だから確実にやらかすんじゃないか? ああ見えて、というか見た目通り負けず嫌いだからまず全てにおいて上回ろうとするぞあやつは」

 

 ディアーチェの言っている事は理解できるし、想像もできる。だがそれを考え続けると軽く鬱になりそうなのでこれ以上考える事を止める。まあ、来たらきたで、その時どうするか考えればいいのだ。決して考えるのが面倒だとか、そんな事ではない。

 

「ま、とりあえず今はこれでいいとして、問題は自分自身の事なんですよね」

 

「将来に誰を選ぶか、か?」

 

 軽く拳を握ってゲンヤを脅迫する。横でディアーチェがピクリ、と動くが基本無視しておく。貴様はひっこんでいろ。

 

「いや、軽く自分の実力に行き詰まりを感じているので。一応覇王対策にそれ関係の書物を読み漁ったり、それに対抗して勝利した事のある武術を軽く習得してみたんですけどそれじゃまだ純粋に出力違いで勝てなさそうなので、経験の差を技術で埋めるにしても技術的にも上回られていたなぁ……」

 

「お前、あんまし贅沢な事を言うなよ。エースやストライカー級で格闘型の魔導師ってアホみたいに数が少ないんだぜ? というか管理局じゃなくてベルカ教会を当たれよそれは。お前陸戦AA? AAAだっけ? それだけありゃあ自分の流派でも打ち上げるか一流の武術家として名乗れるだろうに」

 

 まあ、比較している相手が悪いのは自覚している。覇王、何て自分の完全上位互換キャラ相手にどう対抗しろ、という話だ。技術は相手が上、経験も相手が上、そして魔力まで相手が上。魔法の適性とかは相手の方が恵まれている。ほら、どこからどう見ても上位互換キャラ。前回は良く打ち合えたと思うが、思い出してみればあの覇王クローン、一度たりとも回復魔法やらフルドライブモードの使用をしていなかった。

 

 そう考えるとあの時は少しだけだが手加減されていたのではないのだろうか。

 

「クイントが生きてりゃあ相談に乗れたかもしれないけどよぉ、俺が知っている限り純格闘戦で一番実力あるのはお前だぞ? というかウチの娘どもにあとでいいから軽く稽古つけてやんねぇかな。ギンガもスバルも将来は俺みたいに陸士になるつって体鍛え始めてんだよ。これで才能あふれてると来るから困った」

 

「あ、いえ、それは全く問題ないというか此方から色々と邪魔をしている分是非ともさせてもらうと」

 

「おぉ、助かるぜセンセ」

 

「止めてください」

 

 ゲンヤは大声で笑うが、本当に先生とか呼ばれるのは勘弁してほしい。己の未熟さと至らなさを知っている存在からしては非常に不適切な呼び名だと思っている。それに半分ばかし修羅道に使っているから人に教えられるような拳筋でもない。最近では特に殺人特化していて普通の犯罪者相手にはまず振るえない代物になってきている。

 

「魔法とかはどうなんだ?」

 

「それに関しては我らが見ている。もうこれ以上なくスマートにカスタマイズしておる。これ以上強化するのであれば出力を上げなきゃならんな」

 

「才能に逃げられたな」

 

「知ってますよーだ」

 

「そう膨れんなって。俺みたいに全くねぇのよりははるかにマシな部類だろ? ほら、俺の分も頑張ってしっかりとぶん殴ってもらわなきゃ困るんだよ。だからお前もさっさとブレイクスルーでもなんでもしてストライカー級魔導師にでもなってくれよ。軽く勝ち目見えねぇんだから」

 

 ストライカー級魔導師で思い出した。

 

「これ、ちょっとした小話でなのはから聞いた話なんですけど、Sランク魔導師試験の内容が割と頭おかしくて」

 

「ほほう?」

 

「総合AA級魔導師を二人同時に相手にして倒さなきゃいけないって内容なんですよ、これが」

 

「あぁ、頭がおかしいな」

 

「そうか? 我ら辺りは割と楽にこなせそうだが」

 

 ディアーチェがそういうのは簡単だ。何せそれだけの魔力と適性を持っているのだから。正直な話し、ジャガーノートをぶっぱし続ければそれだけで勝利できるのだろう、ディアーチェなら。逆に言えばストライカー級魔導師に求められる”最低限”のレベルがこれだという事だ。空戦も陸戦も十全にこなせる総合AAの魔導師を二人同時に相手にして勝利する事。ストライカー級であるならば最低限そのラインを超えなきゃ名乗る資格さえないと。

 

「ま、普通に考えれば尖らせるだけじゃねぇのか?」

 

「案はあるんですけどねぇ」

 

 案ならあるのだ。ただ尖らせれば尖らせた結果、何かを失うという事だ。だからここら辺の選択はしっかりと考えてしなくてはならない。まぁ、今はまだ時間がある。ゆっくりとはいかないが、考える時間はある。

 

 ともあれ、

 

「今日は付き合わせて悪いなディアーチェ。あの連中で一番こういうことに向いてそう、というか紹介しても安心できるのはお前だからな」

 

「それ、嫁の紹介に聞こえるぞ」

 

「ほう、塵芥にしてはいいことを言うではないか。いいぞ、もっと言うがいい」

 

 ディアーチェの額にデコピンを叩き込むのと同時に家のベルが鳴る。それは来客か帰還を告げるものだが、さっと壁にかかった時計を確認すれば、それが子供たちが家へと帰ってくる時間を示すものだと解る。そしてそれを理解すると、腹に少しだけ、重みを感じる。

 

「実は裏庭に抜け道があるんだぜ、ウチ?」

 

「何裏庭に遊び心いれてるんですか」

 

「いやぁ、クイントとは息があってなぁ―――まぁ、問題ねぇんならいいんだよ。お前もティアナもいい加減早く顔を合わせておけ」

 

 そして、玄関の扉が開く音が聞こえる。久しぶりに会う人物に対してどういう表情を見せればいいのかと、そう思うと少しだけ罪悪感に痛みを感じ、

 

「安心しろ」

 

 横から声がかかる。

 

「我がいるのだ、心配する事はなかろう?」

 

 ディアーチェの言葉に、痛みが和らぐ。罪悪感は消えるわけではないが、それでもそれは十分すぎる言葉だ。

 

「―――ただいまぁー!」

 

 そして、時はやってくる。




 ゲンヤさんに何らかの旗が立ちました。デスノボリじゃないといいね! まあ、子供が活躍しまくりのなのは二次ですが、レティやリンディ、ゲンヤといった大人なキャラクターはもっと活躍してもいいと思うんですね、というか活躍しろ。だまって責任取るだけの大人もいいですが、その背中で道を教えるのも大人の仕事です。

 そんなわけで彼は、彼女は大人になれるのでしょうか? という事でまた次回。


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ミーティングズ・グリーティングズ

 平和だなぁ。


「あー、疲れた!」

 

「スバル! 靴を適当に脱ぎ捨てちゃ駄目!」

 

 そんな賑やかな声が玄関の方から聞こえてくる。相変わらずにぎやかさでは我が家には負けないな、と思って視線をゲンヤへと向けると、ゲンヤも肩を揺らして苦笑する。思っている事は案外一緒なのかもしれない。ソファに深く座り込み、”緑茶”と呼ばれるお茶を飲みながら心を落ち着かせていると、リビングの扉が勢いよく開いた。

 

「お父さんただいま!」

 

 勢いよく扉を開けて入ってきたのはスバル・ナカジマ、この家の次女で、年齢はまだ9歳の少女だ。それでもこの家にいる娘たちの中では一番アクティブで、一番のトラブルメイカーかもしれない。我が家で言うレヴィのポジションだろうな、と元気そうな姿を見ながら思う。

 

「ちょっと、スバル! 靴を見ればお客さんが来ているって事が解るでしょ!」

 

 そう言ってリビングに入り、真っ先に頭を此方へと向けて下げてくるのがスバルの二歳年上の姉、ギンガ・ナカジマ。ゲンヤの話では母親のポジションを取って家事などをやっているのがギンガで、スバルにとっては姉であり、母でもあると言える人物。スバルもギンガに指摘されて此方に気づき、手を振ってくる。

 

「お久しぶりですイストさん」

 

「久しぶり師匠」

 

「名前で呼べよテメェ」

 

「えー! 師匠の方がかっこいいよ!」

 

「この子は……!」

 

 ギンガはもっと怒ってもいい。何よりスバルの為にもっと怒るべきだ。平気な顔をして師匠、何て誰かを呼べるのは子供の間だけだ。何せ、大人になると師匠、と普通に身近な人物を呼ぶと変なものを見る様な視線で見られるのだ。黒歴史入りは確定的なので直ぐにあだ名をつけるクセや、思い付きで発言するクセは直しておいた方がいい。じゃなきゃ痛い目を見る―――まぁ、大体の男はそれを経験して大きくなるわけだが。

 

 そして、その二人に続いてやってくるのが―――、

 

「―――ただいま、そして……お久しぶりです」

 

「おう……久しぶり、ティアナ」

 

 ティアナ・ランスター、10歳。俺の所で預かる訳にもいかず、かといって一人にさせておくわけにもいかず、唯一信頼できそうな知り合い―――つまりゲンヤ・ナカジマへと預けたティーダの妹。今となっては天涯孤独の身だが、不健康そうな様子はない。見た感じ体に傷もないようだし、此方を見て露骨に驚いた様子を見せている所以外にはどこもおかしなところはない―――安心した。

 

「……」

 

「……」

 

 どちらからも口を挟む事は出来ず、ただお互いの様子を見て黙る時間が増える。どうなのだろうか、彼女から見て自分は。生き残ってしまった憎い仇として見えているのだろうか。もしくは兄の親友として見てくれているのだろうか。……それとも無責任に他の家へ預けた知らない人なのだろうか。正直な話、ティアナとの付き合いはティーダと比べればほぼない。だから彼女が自分をどんな風に思っているかは全く分からない。ただ、どんな形であれば彼女が元気そうな姿を見せているのであれば、それでいいと思う。それが俺としての結論。

 

「うん? 何を固まってるのティア?」

 

「あ、う、うん」

 

 スバルに揺すられ、ティアナがようやく口を開き、

 

「今度会ったら怒鳴った事を謝りたいとか言ってなかったっけ」

 

「こら! バカスバル!」

 

 ティアナが即座に大声でスバルの言った事を隠そうとするが、その言葉はしっかりとこっちの耳へと届いていた。そしてその言葉は意味はちゃんと理解できる。つまり、ティアナは此方に対して一定の許しを持っていたのだ。そんなティアナが軽くスバルを叩いたところで、近づいてくる。

 

「えーと……その……あの時は怒鳴ったりしてごめんなさい。ちょっと感情に任せて心にもない事を言っちゃった」

 

「いや、いいんだ。間違いなくアイツがいなくて俺がいるのは、俺が間に合わなかったせいだから」

 

 せめて、俺がもっと強ければ―――強ければティーダに合流して、彼を守る事が出来たのだろう。だが俺にはそこまでの実力はないし、あの怪物を一瞬で倒せるような実力をつける事もないだろう。だからこそ後悔は―――ない、と言えば嘘になる。

 

「ううん、いいんです。あの後ずっと入院しているって知ってますし、今もずっと追いかけてるってゲンヤさんが教えてくれましたし」

 

 軽く視線をゲンヤへと向けると、ゲンヤが素知らぬ顔で視線をそむける。まあ、割と派手に動いていたので知られないなんてことはないと思っていたが、それにしてもそれをティアナに話すとかこの男、無駄なフォローを入れてきたな。

 

 と、そこで軽くディアーチェが横を肘で突いてくる。

 

「慰めてほしかったら胸を貸すぞ?」

 

 お前、そのセリフはせめてもうチョイ育ってから使え。

 

 と、スバルの活躍もあって空気はようやく動き出す。安堵に息を漏らし、ソファに深く沈み込む。これでだいぶ心が楽になった―――あぁ、許されていて本当に良かったと思う。親友の義妹に恨まれてたら本当に嫌なやつでい続けなければならなかった。それは実際疲れるし、いい思いをしない連中もいる。ともあれ、スバルのおかげで助かった。本当にありがとう。

 

「えーと、イストさん? 横の方は?」

 

「む」

 

 そこでようやくスポットライトが横に座っているディアーチェへと当たる。視線を軽くゲンヤへと向ければ、短いハンドサインで隠すとこは隠せと示してくる。やはり本人や関係者とはいえ、子供を巻き込むのはよくない。それに関しては賛成だ。

 

「こいつはウチで預かっているヤツでディアーチェってんだ。お前らよりは年上だけどオツムの方はそう変わらないから仲良くしてくれよ」

 

「コラァ―――!! ちょっとまったぁ―――! 我のオツムが同レベルとか流石に酷過ぎではないか!? レヴィならともかく! レヴィならともかく!」

 

「そこでレヴィの名前を2回も言ってやんなよ。言いたい事は解るけどさ」

 

 我が家で一番のアホの子、こういう時に真っ先にネタにできるのが彼女の存在のありがたさだ。とりあえず自分が底辺にいないという認識は素晴らしく必要だ。たぶん我が家にいる全員、レヴィに頭脳関係で負けたら一生立ち上がれない。でもああ見えて結構頭のいい所もあるからなぁ、呟いたところで。

 

「まぁいいや!」

 

「我の存在をまあいいやで済ませおったぞコイツ!?」

 

 スバルの大物っぷりは今に始まった事ではないと思う。軽くかかって来いと言ったらまず最初に容赦なく金的狙ってきたお嬢様は凄まじいな、と思う。

 

「それよりも師匠! 稽古付けてくださいよ稽古! 前教えられた正拳突き毎日欠かさずやってるんです!」

 

「マジすか」

 

 ゲンヤへと視線を向けると、首を縦に頷く。

 

「大マジ。スバルだけじゃあくてギンガの方も陸士になりたい気持ちはマジの様なんでな。お前一応は格闘技系の講師としてはかなりの逸材なんだから将来に向けて少しばかり鍛えてやってくれよ」

 

 そして彼女たちが帰ってくる前に既にオーケイは出していたので、もちろん快諾する。それにスバルは顔を喜びで満たし、ギンガは惜しそうな表情を見せる。この時間から稽古をするとなったら確実に料理の時間と被るからだろう。だからそこらへんは、

 

「ゲンヤさん、ウチの王様に軽く厨房貸してやってくれません? コイツ、ウチのキッチンを支配しているんで」

 

「八神の方はそういうのダメだったんだけど、……単にめんどくさがってるだけかもしれねぇけど。まぁ、信頼されているようだし問題ねぇよ。ほら、教えてやるからちょっくらキッチンまでこい」

 

「む、何かこのために連れてこられた気がしないでもないが、まあ期待されているとあっては仕方がないな! ふふふ、この闇統べる王の実力を見せてやろう―――食卓でなぁ!」

 

 何とも小さい戦場なのだろうか。そこらへんで満足してしまう辺り、我が家の破壊兵器共は割と良心的というか、実に安定しているもんだと思う。飴をあげれば満足する水色、頭を撫でれば満足する金髪、そして仕事を与えれば喜ぶ茶髪。あの連中のチョロさは今に始まった事ではないが、本当にアレでいいのだろうか。

 

 ともあれ、

 

「んじゃ、庭、借りますね」

 

「あんまし滅茶苦茶にすんなよ」

 

「解ってますよ」

 

「あ、私靴を取ってきますねー!」

 

 何かを言い返せる前にスバルが玄関の方へと向かって走って行き、靴を回収しに行ってくる。その様子だとそのまま比較的広い裏庭の方へと向かうのだろう。元気だなぁ、と素早く頭を下げてスバルを追いかけに行くギンガの姿を眺めながらにいると、ティアナがまだ残っているのを見つける。

 

「お前は良いのか?」

 

「……私も……いいんですか?」

 

「……お前の兄貴に並んで戦ってきたのは俺だぜ? 誰よりもアイツの弾丸を、ランスターの弾丸を見てきたよ」

 

「なら―――お願いします」

 

「……おう、知っている事、覚えてる事を全部望むままに教えるさ、お前の兄貴との約束だしな」

 

 ティアナと並んでナカジマ家の裏庭を目指す。

 

 

                           ◆

 

 

 去って行くイストとティアナの後ろ姿を眺め、そしてそれから息を吐き出す。正直な話、いまいち不安だ。何せ、

 

「いまいち不安定か」

 

「む」

 

「そう思ってそう見えたんだろ? ほら、どうなんだよそこらへん」

 

 キッチンに残ったゲンヤがフライパンや鍋、食材を色々と取り出しながらどこに何があるのかを紹介し始める。それを一つ一つ確認し、脳内で作れそうなものを確認し、折角台所を借りるのであれば得意な料理を―――作り慣れたベルカ系列の料理にしようと決めて、肉があるのも再び冷蔵庫を見て確認する。今一瞬地面が揺れた気がしたが、何か震脚でも叩き込んだのだろうか。ともあれ、運動したら肉だ、肉。肉料理にしよう。

 

「そうだなぁ―――あの娘、いまいち固まっておらんな。今は比較的安定しているだけで、何か衝撃的な事実でもあれば大きく傾きそうだな。……たとえば我や貴様の娘が仇によって生み出された存在である、とか」

 

「王様を名乗るだけはある、って事か」

 

「愚か者め。我は闇統べる王ぞ。臣下や民の事を理解できずして何が王か。心や思考が読めずとも人のあり方を見るには何も不都合はなかろう、何せ我は王だからな」

 

「羨ましいこった。お前の様な部下が俺は欲しいよ」

 

「残念だな。おそらく我や我が臣下の持ちうる戦闘者としての才や資質は不測の事態が起きない限り一生振るわれる事はあるまい。―――あぁ、おそらく普通の娘として育ち、普通に恋をして、普通に結婚をし、普通に子をなして死ぬ。そのような人生が待っておるのだ。我は疑うことなく幸いだ。何せこれだけ思われて天寿を全うできるのだ。それ以上の幸いはあるまい?」

 

「お前は本当にアイツの事が好きなんだな、ま、幸いだと信じれる人生ってのはいいものさ。期待をしない事とはまた別だ。期待の無い人生は死んでいるのと同じ、高望みしない事は叶わないと諦める事だ。何があってもそれが幸いだと思える事は純粋にハッピーな馬鹿だ」

 

「言ってくれるな」

 

 まあ、余計な事がない限りはティアナに関しては放っておいても大丈夫のはずだ。まだ数ヶ月しか兄の死から経過していないのだから不安定なのは当たり前だ。肉親や身内の死を乗り越えられない人間なんてザラにいる。ティアナの環境は恵まれているからこそ、あと数ヶ月、もしくは一年時間を与えれば十分立ち直れる―――そうすればイストに迷惑をかける事もないだろう。

 

「ふふ」

 

「あん?」

 

「いや、我ながら中々腐っているな、と」

 

 何せあの娘へと気をかけているのは”イストが気をかけているから”という理由が来るからだ。そしてあの娘が不安定だったり問題があれば、それは確実に彼に負担を強いるだろう。それが理由だからこそ、自分は気にしているのだろう。

 

「ゲンヤ、我は予想よりも大分腐っているようだ」

 

「おう、そのまま家の中で腐ってろ。そうしてもらった方が俺としても大助かりだ。あと重婚できる国を選んでおけ。クローン元の性能ちゃんと受け継いでるのだったら争奪戦とかやらかした場合悪夢にしかならねぇからな。俺は嫌だぞ、出動」

 

 その場合はユーリがエンシェント・マトリクスとエグザミア・レプカで無双しそうだなぁ、と自分にとっての軽い悪夢を想像する。まず間違いなく勝てない。というか勝機が見えない。レヴィとシュテルの魔力を全部分けてもらって王様最強モード入ってワンチャン……あるかも、というレベルかも。よし、帰ったら対策考えておこう。

 

 この男結構話せるな、と思いつつ、そのまま手伝いを願い出てくれるゲンヤに感謝し、夕食の準備を進める。

 

 しばらくはこういう、なんでもない日常が続く事を祈りながら。




 そんなわけでティアナちゃんは割と平気ですよ? という感じのお話でした達観組からするとそれでも若干不安定だけど時間がありゃあどうとでもなる、って認識でしたね。まあ、しばらくは平和ですし問題ないんじゃないかな(棒

 誰が一番揺れてる? という事でまた次回


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セッティング・サン

 マテ子のターンですねー。


 ナカジマ家へとディアーチェを紹介してから数日、特に事態が動く事はなかった。アレがスカリエッティの言うとおりの管理局からスカリエッティへの敵対行為だったのであれば、スカリエッティ側も決して暇だというわけではないのだろう。おそらくだが管理局側が与えていた資金はストップしているし、口座も凍結させられただけではなく、自分以外にも恨みを持つ人間かハンターが狩りの真っ最中だろう。彼らが自分よりも実力のあるストライカー級魔導師であればいいのだが、自分よりも弱い魔導師ならば間違いなくあの覇王やクローン・リインフォースの餌食だろうなあ、と思考する。最低でもエース級じゃなきゃ逃げる事も叶わない。

 

 職場へと見事復帰できるようになって、仕事をしながら無限書庫に通い資料を集め、解読しながらそれを研究し、技術として身に着け再現する。そんな日々が状況が進展するわけもなく続く。アクションもなく、何か大きな発見がある訳もなく、時間だけが普通に過ぎ去ってゆく期間。それは普通に考えればこれ以上ない幸いであるべきなのだろう。だがそれが嵐の前の前兆にしか最近は感じられなく、若干じれったくも感じる。この平和な刹那が愛おしい事実に変わりはない―――だがつけねばならない決着が付けられずフラストレーションがたまって行くのも真実だった。

 

 ―――イライラしてんなぁ、俺。

 

 休日、時間的に特にする事もなく暖かい日差しに当たりながらソファに座り、春の陽気を肌で感じているとソファ越しに後ろから首に抱きついてくる存在がいる。誰だ、と思っているとふわ、っと金髪が此方の顔の横にかかる事から誰だ、という質問には答えが出た。

 

「ユーリ」

 

「イスト」

 

 特にする事もなくぼーっとしていた頭を動かし、視線を背後へと軽く体をよじる様に向けると、ユーリが笑顔で此方を見ていた。

 

「―――デート、しませんか?」

 

 

                           ◆

 

 

 バイクを止めて鍵をかける。渡してくるヘルメットを受けとり、自分のバイクの中にしまう。そして鍵をかけたバイクの横にある機械に暗証番号を入力し、デバイスを使って支払いを済ませればバイクがリフトに乗せられ、そのまま地下の駐車場へと運ばれて行く。その様子を眺めてから背後、お出かけ用の服装に着替えたユーリの姿を見る。

 

「お前、いきなりデートとか言ってくるもんだからシュテルが椅子から落ちてたぞ」

 

「一緒にお出かけするんですからデートじゃないですか」

 

「そのアプローチにはあと数年足りないなぁ」

 

「あと数年って言い訳、その数年が経過すれば通じなくなること解っていますか?」

 

 そう言われてしまうと何も答えられなくなってしまう。まぁ、その頃にはきっと答えは出るか、別の男でもひっかけているだろう。ほら、ユーノ辺りは超優良物件だし今度紹介―――は出来ないだろう。相変わらずあんまり人の多い所へ連れて来たくはなかったのだが、押し切られるようにお願いされてしまったのでは仕方がない。何かと甘いと自負しているが、まさかミッド中央まで連れてゆく程甘い人間とは思わなかった。

 

 ……ちょっとだけ自分の将来が心配になってきた。

 

「さ、そんな事よりも今日は遊びますよ。こうやって中央へ来れる日が来るとは思いませんでしたから、行きたい所はいっぱいあるんです!」

 

 そう言ってユーリはポケットの中からパンフレットを取り出す。そのクオリティを見るに、

 

「手作り?」

 

「イストが家にいない間にネットとかを調べていきたい場所をリストアップしたりしてパンフレットにしました。これ一つあればミッドの最新の流行に乗れますよ!!」

 

 デデン、と音が鳴りそうなほど気合を入れてユーリはパンフレットを掲げている。どうやら本当に中央へ来るのは楽しみだったようだ。自分の家、というかマンションのあるのはクラナガンといっても割と外れの方で、有名店や大きなお店はない。マンションの周りであればそれなりに遊んだりすることは最近許可しているが、それでも中央と比べればやっぱり店の質や人気は違う。

 

「じゃ、行きましょ。まずは直ぐそこにあるクレープ屋です。超美味しいと有名なのでそこからまわります」

 

 ユーリが此方の手を掴んで横へ並ぶ。楽しそうに目を輝かせる姿を見て苦笑するしかなかった。

 

「お前、ここへバイク止めろつったのはこのためだな」

 

「てへっ」

 

 どうやら本当に細かくパンフレットで計画やら何やらしているらしい。他の三人もこうやって何時か外へ連れ出さないと不公平だな、と思いつつもユーリとつないだ手に引っ張られながらクレープ屋へと向かって歩いて行く。

 

 ―――目的のクレープ屋は休みだったのだが。

 

 

                           ◆

 

 

「クレープ屋が休みだったときは軽く絶望しましたが、こっちの方は開いていて良かったです」

 

「お前の表情が本当に絶望に染まっていたからな」

 

 そう言ってユーリと自分が手にしているのはワッフルだ。ただしハチミツが乗っかった、というのがつく。此方もクレープ屋同様移動屋台系のお店であり、あらかじめ移動ルートをユーリが調べておいたおかげですんなりと捕まえる事が出来た。クレープ屋が休みだったのはたぶん不測の事態だったのだろう。甘いワッフルを頬張るユーリの姿を近くのベンチの座りながら眺め、自分の分のワッフルも食べる。やはりこういう屋台系のお店はすぐその場で作って販売する所がいいな、と思う。ワッフルはまだ熱く、外はカリカリ、そして中はふんわりもっちりとしていてどんどん食べられる。ハチミツもハチミツで甘すぎず、ワッフルの味を損なわない様になっている。別段甘いものに執着しない自分でもあっさりと食べ終わってしまうから驚いた。ワッフルを包んでいた包み紙をゴミ箱へと投げ入れると、ユーリも丁度食べ終わる頃だった。

 

「はぁ、至福です……」

 

 うっとりとした表情で食べ終わったユーリも包み紙をごみ箱へと捨てる。そして、再び此方の手を取り、繋ぐ。

 

「一度食べてみたかったんですよね、ここ」

 

「そんなに楽しみだったのか?」

 

「えぇ、何せ神出鬼没らしいですからねココ。ですが私とシュテルの分析能力に任せれば過去のデータを洗ってどこへ出現するか予測を立てるのは難しくありません!」

 

 キリ、っと言い切るユーリの姿に苦笑を漏らし、つないだ手を軽く揺らす。

 

「で? 次はどこに行くんだ?」

 

「もちろんデパートです! クラナガン中央デパート!」

 

 ここからでも見える位置にあるデパートはユーリを指さす。やはり行く場所の順番もそれなりに計画されているらしい。楽しそうにはしゃぐユーリの姿に子供らしいところを見て少しだけ頬を綻ばせながら、歩道まで歩き、信号が緑色のうちにさっさと渡ってしまう。

 

「我ながら完璧なデートプランです」

 

「こういうのって普通は男が誘って練るもんじゃねぇの?」

 

 ち、ち、ち、と口で音を鳴らしながらユーリは開いている手で指を振る。まるでどっかの推理小説で間違った推理をしているへっぽこ探偵に向かって宣言するかのように、

 

「それは違うのですよバサラ君」

 

「あ、やっぱり最近見た推理モノに影響されているなコイツ」

 

「だまらっしゃいです。イストの様な超草食系男子が跋扈する世の中、お姫様願望で受け身になっている女の子では駄目なんです。ディアーチェの様にお姫様願望丸出しでは駄目なんです!」

 

「今さりげなくというかおもいっきりお前らの王様ディスったな。あと俺草食系じゃねぇよ。肉食だよ肉食。超肉食。何時でも彼女募集中だし―――あ、すいません18歳以下はアウトで」

 

「そこが草食系なんですよ! アタックをしない! 休日をナンパしに行かない! 私達に手を出さない!」

 

「まだ犯罪者になるつもりはないんだが」

 

「そんな草食系男子を手に入れたければ待っているだけじゃだめなんです。しっかり此方からアプローチしつつ外堀を埋めなきゃいけないんです。ですからそこらへん非常にガッデムながらお姫様願望な王様が先日その第一段階である”友人に認識される”というステップをとって非常にアレな状況なのですが―――」

 

「貴様のディアーチェへの敵意の原因はそれか」

 

「とにかく、待っているだけの女子では乗り遅れるのです、えぇ。もしもの場合は必殺”エンシェント無双”による武装制圧も辞さない方向で」

 

「最初の頃の可愛かったユーリは何処へ行ったんだこれ」

 

「どうも、ユーリ・エーベルヴァインです」

 

 大分セメントになった、というか方向性が此方側に向いてきているなぁ、とユーリの性格の変化を見ながら思う。まぁ、最初の頃の静かで引っ込み思案なユーリは可愛いが、正直何を思っているか解ったものではなかったから、こうやって素直に色々と口に出して発露してくれる姿の方が此方としては嬉しい。だから今のユーリの方が好みだ、何てことは口に絶対出して言わない。そんな事を言った日には”既成事実!”とか叫びながら迫ってくるに違いない。あぁ、何てわかりやすい悪夢なんだ。

 

「ともあれ、行きましょうイスト。私、デパートの中を見るの初めてなんですよ!」

 

「はいはい、解ってる解ってる、逃げないっての」

 

 こうやって振り回されている事を楽しんでいる自分がいるならきっと、あの時の選択肢は間違いじゃないと思う。

 

 

                           ◆

 

 

 クラナガンでの”デート”は陽が傾き始める頃には終わる。これ以上外で時間を過ごすと家に残した連中が心配する。だから暗くなる前には切り上げて帰ってこないとならない。だから一日の締めに、とユーリが紹介したのはアイスクリーム屋だった。クラナガンを結構良く知っているつもりだったが、それでもこうやってユーリが見せてくれた場所は自分の知らないところばかりだった。相変わらず女の子のバイタリティには驚かされる事ばかりだが、悪くはないと思う。

 

 そう、悪くはないと思う。

 

 アイスクリーム屋近くのベンチで、座りながらアイスを食べる。5月になると流石に長袖では熱い。周りに人がいないことをいい事に、今まで火傷を隠していた長袖のシャツの袖をまくり、外気へと当てている。夕日が世界をオレンジ色に染めるこの時間はやはりというか、熱い。心なしかアイスクリームも早く溶けている様に思える。溶けて、そしてタレそうになっているアイスクリームを噛まずに舐める。甘いチーズとバニラの味がする。

 

「いやぁ、今日は楽しかったですね」

 

「お前のバイタリティを舐めてた。俺はもうクタクタだよ」

 

 そう言って横で身を寄せて、アイスを食べるユーリの姿を見る。彼女が食べているのは自分のチーズケーキ味とは違ってラズベリーのアイスだ。店主のこだわりらしく、ラズベリーそのものがアイスの中に入っているのがポイントらしい。それぐらいならどこでも見かけそうなものなのだが、ユーリが言うにはここは色んな意味で一級品らしい。そういう細かい所の判別は女子任せにするとして、俺の純粋な評価は美味しい、で置いておく。

 

「とりあえずこれ食ったら帰るぞ?」

 

「解ってますよ。大分満足しましたし」

 

 そう言ってユーリは更に密着する様にすり寄ってくる。べつにその程度は問題ないので、すり寄って体を密着させるユーリは無視して、アイスクリームを食べる。ただユーリは密着したまま視線を持ち上げて此方へと向けてくる。

 

「どうですか? 少しは気が晴れましたか?」

 

 そう言ってくるユーリに一瞬ドキリとするが―――あぁ、そうだ、と納得する。彼女は今、誰よりも自分と近い位置にある。そんな俺がフラストレーションを感じていれば、誰よりも近くにいる彼女たちがそれを感じ取るのだ。となると今日は……少し、心配させ過ぎたかもしれない。今日は自分にとってもい息抜きになった。明日からはまた仕事で空隊へと向かうがその前にガスは抜けた。

 

「ん、もう大丈夫だ。ただ」

 

「ただ?」

 

「情けないなぁ、俺も未熟だなぁ、と」

 

「そんな貴方を支える良妻候補が四人います。今のうちに優しくした方がお得ですよ?」

 

「グイグイアピールするんだな」

 

「えぇ、たぶん言わない方が私達後悔するでしょうから。私達が死ぬか、イストが先に死ぬか。今の事件や状況を考えればどちらかがいなくなってしまう確率は高いですから。何かが起こる前に後悔の無いように生きたいです。ですから押さえも隠しもしません。私の恋心は貴方に初めて会った時からずっとそのままです」

 

「恥ずかしいやつ」

 

「それが今どきの女の子って生き物です」

 

 女は怖いなぁ、と呟きつつ沈んで行く夕陽を眺める。

 

 ―――もう少しだけ、この夕陽を眺めていたい気分だった。




 こうして複数に愛されている事を確認するとやはりハーレム書いているんだなぁ、と思う。いや、ここで全員を選んだらハーレムなんでしょうが。ともあれ、次回、かなぁ、と。

 心配かけているのは誰だ、という事でまた次回。


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ウォット・アイ・ウォント

 レヴィ回とでも思ったか貴様。平和が続くとでも思ったか貴様。


 ゆっくり、ゆっくりと動く。まるで全身が海の中にある様に、ゆっくりと動く。それは自分だけにとどまらず、目の前にいる存在にも言えることだ。魔力を一切使うことなく、限りなくゆっくりと対峙し、同じ速度で一つ一つ動きを確認する様に体を動かす。目の前にいるのは水色の少女、レヴィだ。彼女も此方と違って木刀を手に同じ速度で動いてくれている。いや、動いていると言った方が正しい。確かに身体強化等の魔法は一切使用されていないが、逆の方向性に魔法は使われている。つまりデバフ、身体の動きに負荷をかけ、身体の動きをゆっくりとしているのだ。これ以上の速度が出ない様に。そしてその速度だからこそ意味のある事がある。

 

 日を照り付けてくる太陽の下で、大量に汗をかきながらもゆっくりと体を動かす。仮想敵として協力してくれているレヴィは身長的に、スタイル的に徒手で立たせるわけにもいかないために木刀を持たせているが、その使い方は巧い。この一年間ずっと付き合わせていた結果、スポンジの様に技術と知識を吸い込み、始めた時の様に滅茶苦茶な動きはない。洗練された動きがそこには存在した。的確に守りにくい場所を攻める所として選ぶと、そこから動きを変えて、別の所を攻めてこようとする。

 

 まるで体を使ったチェスの様だ、と評価される事が多いが、その考えは間違ってはいない。演武に近いが、これはゆっくりと動く事によってお互いの動きを極限まで観察し、そして学ぶことができる。とはいえ、速度が同じだと確実に技量が高い方か、虚実を上手く利用できる方が軍配を上げる。即ち、

 

「ほい、終了」

 

「まけたぁ―――!」

 

 俺となる。レヴィの足を引っ掛けて公園の草地に転ばせるとレヴィは両手足を投げ出しながら敗北を認める。体を軽く動かし、一回目が終了したところで軽いウォーミングアップが完了した程度にしかならない。だが、やっぱり長袖で動くと異常に熱い。

 

「僕が勝てないのはズルイ」

 

「純粋な技量で負ける様になったら俺マジでおしまいだよ。お前らに勝てるの経験と技術だけなんだから、ここぐらいは勝たせておいてください。いや、マジで……ね?」

 

「むー」

 

 むー、とレヴィが若干怒ったように頬を膨らませる。だが困るのはこっちだ。レヴィ達マテリアルズは本来の、オリジナルが経験した年月をいれても一年と数ヶ月程度の経験しか持っていない。そんな彼女たちは知識面は完璧だが、経験や技術で言えば此方に劣っている。逆に言えば、これを超えられたらマジで見せる顔がない。だから全力で鍛えているのだが、レヴィの吸収率が凄すぎて少し自信を無くしそう。

 

「おーい、手加減してやれよー!」

 

「鬼畜ー!」

 

「ギャラリーは引っ込んでろ!」

 

 割とノリのいいご近所さんが片手を振りながらレヴィの事を応援する。そしてそれだけで元気が湧いてくるのか、レヴィは軽くジャンプと共に跳ね起き、そしてポーズを決めながら立ち上がる。それを見ていた数人のギャラリーに拍手を受けるが、レヴィの服に草や土が少し付いている。近づいてそれを叩き落とす。はぁ、と溜息を吐かざるを得ない。この少女だけは他の三人と比べて自分自身がどういう風に見られるとかにあまりにも興味を持たない。だからこそ一番自由なのだろうが。

 

 何かを言っている、この一ヶ月で現れ始めたレヴィファンを軽く無視しながらレヴィの服についた汚れを落とすと、レヴィが木刀を構える。

 

「もう一本!」

 

「おう」

 

 二歩程距離を離すと、周りで見ていたギャラリーも黙る。そうしてできる静寂を心地よく思いながら、目の前にいる水色に集中する。再び左腕に装着したベーオウルフが魔法を発動させ、此方と相手の動きを制限する。そうして感じる負荷なの中で、再び動き始める。

 

 ゆっくり、海をかき分けるように進み、そして最初に攻撃の動作に入るのはレヴィだ。明らかにバルフィニカスを握っている事を想定しているように動きに入るレヴィは、刃を下から上へと切り上げる様に踏み込んでくる。その動きに対応する様に此方は右足で大きく前へと踏み出す。大きく、つまり相手の木刀を踏みつける事を想定しての動きだ。

 

「むう、本当ならもう当たってるんだけどなぁ」

 

「本来の速度でやったら練習にならねぇだろ……俺の」

 

 レヴィが本来の速度で1対1を仕掛けてきたら惨敗するだけだ。なので2倍3倍の速度で攻めてくるとか本当に止めてもらいたい。ここだけが勝者の気分を味わえる時間なのだ。

 

 木刀を踏もうとすればそれを守ろうとせず、避けようとレヴィが体を前進しながら捻る。体全体を捻る事によって木刀は体の動きについて行き、そして踏まれる軌道から逸れる。こうやって木刀を無力化しに行くのは流れとしては良くやる流れで、基本的なものだ。だからレヴィも十分慣れている。だからこの足をそのまま振り下ろさず、蹴り抜く様に軌道を中間で変える。

 

「げっ」

 

 それを見たレヴィは再び避けようと体を動かそうとするが、既に体は捻る様な動きに入っていて、此処から避けるのは難しい。レヴィの体勢が崩れ、そして倒れて行くのが見える。―――端的に言ってしまえば自滅だ。触る前に動きがこんがらがってしまい、バランスを崩したのだ。一本足で体を90度曲げてゆっくりと回転しようとすればそういう風にもなる。というよりも、基本的にレヴィは地上戦を想定してないからそうなるのだ。

 

「俺の勝ちー」

 

「あ、今のは僕の自滅だからノーカンノーカン! というか僕基本空中戦だもん! だから僕アウェーという事でロスタイム突入、ノーカンね! はい、第三試合を始めよう!」

 

「謎理論を浮かべないでくれるかなぁ。ちょっとお兄さん色々混ざり過ぎて意味が解んないよ」

 

 そもそも地上でも空中でも戦わせる気は皆無なのだから覚えてくれなくてもいいのだがなぁ、と言葉にせず呟く。意欲的なのはいい事だが、訓練に付き合ってくれているだけでこっちとしては十分なのだ。

 

「お兄さんが考えている事はなんとなくだけど大体わかるよ? でもね、僕だって一応”力のマテリアル”として強くあり続けたいって思いはあるんだよ? 特にデバイスがない今は地力が一番重要だから。―――まあ、我が家には最終兵器がいるから僕あんまし要らない子なんだけどさ」

 

 最終兵器、と言われて思い出すのは金髪の悪魔。彼女の名誉のためにも名前を思い出す事は止め、そんな事はないとレヴィに言う。

 

「レヴィじゃなきゃ俺の相手は務まらないよ。他の連中じゃあ接近戦以前の問題だし」

 

「うん、じゃあ今度はもうちょい真剣にやる!」

 

「何時も思うんだけど負けてから本気出すの止めね?」

 

「え? 3ラウンド目から覚醒イベントいれて本気になるのが基本だよ?」

 

 それは格闘ゲームの話だ。君がやっているのは格闘ゲームではなくモノホンの格闘技の練習であることを思い出してほしい。

 

 ―――ともあれ。

 

 真面目になったレヴィは強い。真面目に此方の見た事、教わった事、聞いたことを全て間違える事無く運用してくるし、先ほどの様に自滅する事もまずない。再び距離を取って構え直し、そしてレヴィへと接近する。

 

 

                           ◆

 

 

 それを20回程繰り返せば時間はかなり経過し、段々と空の色が変わってくる。昔は一人でしかできなかったか、一緒にやるにしても夜しかなかった訓練がこうも賑やかな時間に出来るのは驚きだ。……いや、幸いというべきなのだろう。到底日に当たる場所で生きて行くことのできなかった少女達が普通に生活できるのだから。―――あとはスカリエッティさえ抹殺すれば問題は解決する。そう、やつさえ殺せれば問題は全て解決する。

 

「お兄ーさん!」

 

 どん、と背中から抱きついて首にぶら下がる存在がいる。体をよせて、耳にレヴィが口を寄せてくる。

 

「殺気漏れてるよ? 大丈夫?」

 

「……お前、馬鹿なのか頭いいのかどっちかにしろよ」

 

「うーん? 思いたい方でいいんじゃないかなぁ?」

 

 そう言うとレヴィは離れ、腕を広げる。

 

「僕ってほら、こういう平時だと基本的に無能でしょ? だからとりあえず笑顔でいるのが仕事かなぁ、って思うんだ。笑顔で伝播するものってどっかのテレビでやってたし。だからほら、スマイルスマイル! 僕が笑って、お兄さんが笑って、皆が笑う。先の事は解らないけど、今が平和なら今はそれでいいんじゃないかな」

 

 いつも通り過ぎるレヴィの姿に苦笑し、近づいて頭をわしゃわしゃと撫でる。馬鹿の様に思えて、たぶんこいつが一番皆の事を考えているのかもしれない。そう思うと、

 

「何時も心配かけて悪いなぁ」

 

「うん? 心配なんてかけてないよ。だってお兄さん帰ってくるって約束したもん。―――ほら、心配する必要なんて一つもないよ」

 

「お前マジで太陽の様な子だなぁ」

 

 これであのフェイト・T・ハラオウンのクローンというのだから驚きである。フェイトはかなり有名人だが、そんな彼女はなのはの聞いた話ではレヴィとは対照的に大人しく、静かな人物らしい。あと私生活全般壊滅しているらしい。そこだけはレヴィと一緒っぽい。

 

「あ、お兄さんお兄さん。ジュース買ってくるから」

 

「はいはい」

 

 左腕に装着しているベーオウルフを投げてレヴィへと投げる。

 

『Im being sold』(私、売られました)

 

「今日からお前は僕のものだー! ふははははー!」

 

「仲がいいなお前ら」

 

 レヴィとベーオウルフの寸劇を眺め、二人が走って公園の外延部にある自動販売機へと向かって走って行く姿を眺め、そして姿が見えなくなったところで近くの木まで移動し、それに背中を預ける。大きな木が形作る影が日差しを遮り、少しだけ涼しい空間を作ってくれる。その中で汗でびっしょりにあってしまったシャツやらズボンを軽く乾かすつもりで少しだけ振る。これは家に帰ったら確実に洗濯行きだな、と呟き、

 

「―――精進を怠らないようですね」

 

「―――っ」

 

 反射的に動こうとし、手元にデバイスが無い事を思い出し、動きを止める。声の主は木の反対側から聞こえてきた。ともなればこの木の反対側には―――アイツがいる。

 

「……っ、……まあな」

 

「ありがとうございます」

 

「……」

 

 此方が攻撃せず、自制した事に対して感謝を言っているのだろう。相変わらず勝てる気がしない。軽く頭の中で勝利方法をシミュレートしてみるが、全くと言っていいほど勝てるビジョンが思い浮かばない。……まだ駄目だ。まだ勝てない。まだだ。

 

「……で、何の御用ですかイングヴァルト様」

 

「イングです。あと、元の口調で十分です。その方が色々と話しやすいでしょう」

 

 一瞬、相手が言った事を理解できなかった。

 

「……名を割った……の……か」

 

「はい」

 

 名を割る。それは普通に考えればあだ名や、愛称、そういう意味を持つ場合もあるがベルカの、それも騎士や王ともなれば意味は変わってくる。名とは即ち存在と、そして命そのものを証明するものだ。それを割ると言う事は己を殺すという意味でであり、それはつまり、イングヴァルトにとっては覇王という名を殺したという事に他ならない。

 

「捻りの欠片もありませんが、今はイングと名乗っておりますのでそうお呼びください」

 

 覇王は生きていてはいけない。死ななくてはいけない。義務感から来るこの敵への執着が今、たったそれだけ消された。此方が戦う理由を折るというのであれば凄まじい一手だと思うが、

 

「復讐。―――貴方には純粋に復讐で殺されてみたいと、そう思いました」

 

 木の反対側にいる彼女は言う。

 

「私は蘇ってはいけないものでした。生まれてはならないものでした。覇王として蘇られさせ、そしてその名でも栄誉でも過去でもなく、力のみが求められた。故に状況もあって力を振るいましたが……はたしてこのまま本当に過去を生きた私に泥を塗り続けてよいか、その迷いは常にありました。貴方の言葉は、見事にこうやって私を一人の女性として生きる覚悟をくれました」

 

 ですから、

 

「終焉を求めます。死者は目覚めてはいけません。覇王は死にました、故に、私は女性の、イングとして死を、終焉を求めます。時が来れば博士が我々の逢瀬の場を整えましょう。その時は持てる全てを持って応えましょう―――ですので、どうか私を、私の”現代への執着”ごとその拳で終わらせてください。それはおそらく現代への執着を生み出した貴方にのみ砕けるものでしょうから」

 

「お前は―――」

 

 質問する暇を相手は与えてくれない。言いたい事だけを告げてくる。

 

「近々博士が何か動きに出るようです。では、勝手ながら女らしく、我が儘に終わらせていただきます」

 

「てっめぇ!」

 

 振り返った瞬間にはもうそこには覇王、いや、イングの姿はそこにはなかった。軽く辺りを見渡し、どこにも姿が見当たらず、舌打ちをする。逃がした事、ヒントを与えられたこと、そして勝てないという事実に。だが、二つだけ、今の出会いで得られたものがある。一つはスカリエッティが近々、何らかのアクションを起こすという事実と、そして、

 

「俺の向かう先」

 

 ―――自分の完成形、そのヒントを見た。

 

 

                           ◆

 

 

 公園から転移魔法を使い素早く移動し、十分離れたところで動きを止める。自分の居場所は少し離れた位置にあるビルの屋上であり、そこからなら公園が一望できる。だがここで足を止めたのは決して十分な位置を離れたからではなく、

 

 話しかけた時からずっと此方を監視している存在と相対するためだ。

 

「此処なら彼にも迷惑は掛かりませんよ」

 

 そう言葉を口に出せば、

 

「―――」

 

 言葉の代わりに雷光が隣のビルの屋上で一瞬だけ光り、そこに立つ存在を見せる。

 

 水色の髪の少女が、バリアジャケットを纏ってそこに立っていた。

 

「貴女は―――」

 

「ごめんね」

 

 少女は拳を構え、宣言する。

 

「悪いけど悪い虫は殺さなきゃいけないんだ―――僕たちの為にも、お兄さんの為にも」

 

 閃光が音を超えて襲い掛かってくる。




 何も言うまい(ゲス顔


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ビリーヴィング・イン・ウォット

 今回は短め。描写すると思ったか未熟者め。


 ―――これでいいの……かな?

 

 近くの壁に反射して映る自分の姿を確認する。何気に男子の家へお邪魔するのは初めてなのだからそれなりに服装や恰好には気を使った。その結果あまり力を入れ過ぎると勘違いされるかからかわれるし、あまり普通過ぎると失礼な気がするので、そこそこ力を入れる、という感じに服装は落ち着いた。そんなわけあって親しい友人と出かける感じ、という風に服装は着なれたワンピース姿になっている。今の季節が春になった事もあってこの恰好だと大分涼しく、過ごしやすい。ともあれ、確認したところ自分の恰好に悪い所はなさそうだ。これなら大丈夫だ。

 

 マスコミもいないし、ストーカーの気配もない。ちょっとしつこい人もバインドをかけて軽く脅してきたので――尾行はなし。有名になるのも考え物だとおもう。ストライカー級魔導師となると出演やらいろいろで名前と顔が売れてしまうから外出も少し面倒だ。

 

 と、そんな事を思っている内に目的に到着する。目の前にあるのは結構立派なマンションだ。結構いい所に住んでいるんだなぁ、と感想を抱きつつ自動ドアを抜けて中に入る。既に部屋の番号は確認しているので特にロビーで動きを止める事無く、軽く辺りを見渡してエレベーターを見つける。歩いて近づきエレベーターのボタンを押すと、既にエレベーターは到着していたのか扉は直ぐに開いた。エレベーターへと乗り込み、フロアを示すボタンの内、上層に近いボタンを押す。こういうマンションは上へといけばそれなりにお金のかかるものだが、そこそこもうかっているのだろうか―――と、まで思ったところで、そういえば自分と同じ職場であることを思い出す。自分の給料を思い出し、そして最近どっさり入ってくる危険手当を思い出す。あぁ、確かにそれならこれぐらいの生活はできるだろうなぁ、と軽く家賃を想像していると、エレベーターが動きを止める。

 

 開いた扉の向こう側へと歩きだし、近くにかかっている番号プレートを確認する。それでどちらへと進むべきなのか確認し、そちらの方向へと向かって歩き出す。ざっと見た所、このフロアは部屋が二つ三つしかないっぽい。他の入居者がこのフロアにいないらしいとは聞いていたので、結構騒げるんだろうなぁ、と送っていそうな賑やかな生活を想像し、そして到着する。最後に一回だけ自分の身だしなみをさっとチェックし、そして扉の横のベルを鳴らす。

 

「……あの、高町なのはです」

 

 思わず敬語になったが、返事は帰ってこない。扉の向こう側から気配は感じる。だからこれで大丈夫なのだと思い、少しだけ緊張して待っていると、かちゃん、という音がして扉が開く。そして扉が開き、迎え入れてくれるのは、

 

「よぉ、遅かったじゃねぇか」

 

 シャツにジーパンという恰好のイストだった。だがそれでもサングラスと長袖、そしてデバイスを装備しているという恰好は変わらない。おそらくだが、こっちの事を気遣っているのだろう。敬語は外せても、まだこのラインは外せないらしい。

 

「そんなに遅くないよ」

 

「はいはい。今儀式の最中だから中に入って少し待ってろ」

 

「儀式?」

 

 イストがドアを開けてくれるので中に入る。イストが玄関で靴を脱ぐ動作を見て、あ、っとここのスタイルが日本の住宅と同じスタイルなんだなぁ、と軽い親近感を覚える。ミッドは地球風に言えば洋風の建築タイプというか、靴を脱がず部屋に上がるタイプの家が多い。だからこうやって靴を脱いで上がるタイプの家には結構親近感がある。

 

 イストが先へと進んでいる。それを追いかけるようにリビングへと出ると、

 

「えーと、では処刑を開始します」

 

「うまうま」

 

「ぐわぁぁぁぁ―――!」

 

 少女を椅子に縛り付け、その周りでケーキを食べているという異常な光景が繰り広げられていた。ただただ少女の周りで少女達三人がケーキを食べているという光景。そこに迎えてくれたイストも混ざってケーキを食べ始めると、椅子に縛られている少女が悲鳴のような声を上げる。

 

「ぎゃあ―――!! それ僕の―――!!」

 

「駄目です。悪い子にはおしおきしませんとね」

 

「そうだそうだ」

 

「もぐもぐもぐもぐ」

 

 涙を流しそうな表情で椅子に縛られているのは水色、親友のフェイトの様な姿の少女、レヴィで、そしてその周りにいるのは自分や、自分の友人と似た姿を持っている人物たちばかりだ。一人だけ、全く知らない子がいるが、それは自己紹介してくれるのだろう。ともあれ、ケーキを食べているイストへと近づいて、肩を叩く。

 

「な、何をしてるの……?」

 

「ん? コイツが予想以上にアホだった事に関してのおしおき」

 

 視線をレヴィの方へと向けると、レヴィが涙目を此方へと向けてくる。それは確実に此方へと助けを求めているようなもので、まずフェイトが見せる事の無い少々情けない姿だ。こんな姿を見せられてしまうと本当にクローンだが、別人だと認識する。

 

「えーと、助けてよ―――砲撃魔!」

 

「ギルティ。私にもケーキください」

 

「敵が増えた! なんで!? 何がいけなかったの!?」

 

 しいて言えば人の呼び方が悪かったんじゃないのかなぁ。

 

 イストからケーキの乗ったお皿を貰いながらフォークでケーキを切り、そしてそれを口に運ぶ。意外にも高級品らしく、それはかなり美味しかった。

 

 

                           ◆

 

 

「―――えーと、つまり簡単にまとめるとイングさんは敵でストーカーで、そしてついでに若干ヤンというかキチが入っているヤンデレで、殺してくださいって告白したら姿を消すんだけど既に”あの女の気配……!”って感じに探知していたレヴィちゃんが適当な理由でっち上げてストーカー退治に乗り出したのはいいけど、腹パンされて逃げられた上に八つ当たりでビリビリしたら近くの電線にクリティカルヒットしてここら一帯が停電、冷蔵庫の中身が死んだおしおき―――って感じなのかな?」

 

「そうだよ!」

 

 椅子から解放されたレヴィは残ったケーキ、最後の一切れにフォークを突き刺しながら答える。少し前までは発狂しそうだったくせに、こうやって解放されてケーキを与えられた瞬間にはもう元気になっている。現金だなぁ、と思うと、じゃあ、とイストが口を開く。

 

「改めて紹介する……っつーのか? 俺が一家の大黒柱でパパのイスト・バサラ」

 

 その紹介の仕方にクスっとくる。そして、そのイストに横に並ぶのが自分と同じような姿をしている少女だ。此方よりも少しだけ色の濃い茶髪、瞳の色は違って、目つきは少々鋭く思える。全体的に自分よりも知的なイメージをしていると思う。

 

「初めまして、私が正妻のシュテル・B・スタークスです。正妻ですのでお忘れなく。ご察しの通り、貴女のDNAをベースにプロジェクトFを通して生み出された”理のマテリアル”のクローンです。特に遠慮とかはいらないのでシュテルとお呼びください」

 

 激しい正妻アピールに少し頬を引きつらせながらいると、フェイトに良く似た水色の髪の少女、レヴィがケーキの乗っていた皿をテーブルの上に置いて、胸を張りながら主張する。

 

「僕の名前はレヴィ・B・ラッセルだよ! 役割りは”力のマテリアル”で僕は―――」

 

「愛人です、レヴィ」

 

「愛人だよ!」

 

「ぶっ」

 

 思わず今の発言には吹き出す。しかもごく自然にフォローするものだからレヴィは何も違和感を抱いていない。なんなのだろうか、この自分のクローンの激しい愛情アピールは。とりあえず、向けられている本人は困ったような様子を浮かべてシュテルの頭を押さえている。

 

「貴様結構自己主張というか顕示欲凄まじいな……ともあれ、我がディアーチェ・K・B・クローディアだ。本来はB、つまりバサラ性が無いのだがそれは我らの立ち位置を明確化させるものだと思ってくれ。ともあれ、我がこの場にいる四人をまとめ上げる”闇統べる王”というポジションだ。……あまりマテリアルとかは気にするな、そこまで重要な所ではない」

 

 そう言って丁寧に話をしてくれるのがはやてに似ているが、シュテル同様目つきが若干鋭く、髪は白く染まっている少女だ。ディアーチェと名乗った彼女の事も、自分は遠巻きに、呆然としていたが見ていた。彼女がどれだけ他の二人の事を思っていたのかも。

 

 そして、最後に口を開くのが金髪の少女だった。この子だけは自分の知り合いの誰にも似ておらず、そして見た事の無い子だった。彼女は此方の視線を受けるのと同時に軽く頭を下げ、

 

「どうも初めまして、ユーリ・B・エーベルヴァインで、本来のポジション的には”紫天の盟主”なんて物をやっていますが、デバイスのない私達にはほぼ関係ない感じなのでそこらへんはスルーでよろしくお願いします。あと家族的立ち位置だと私は―――」

 

「私は?」

 

 そこでユーリは両手を頬に当て、そして体を恥ずかしそうにくねくねさせる。

 

「―――可愛がられるペット的な立ち位置です。えぇ、それはもう可愛がられているので。具体的に言うと毎晩毎晩―――」

 

「ない事を吹き込むな貴様ら」

 

 イストのげんこつがシュテルとユーリの頭へと叩き落とされ、一気に二人が床へと沈み、動かなくなる。そこまで強くはやってないのだろうが、この息の合い方はまさに身内と言える者がこなせるやり取りだと思う。あぁ、そして―――ものすごく、救われたような気分になる。

 

「うん? 泣いているの?」

 

「……え?」

 

 目元へと手を持って行くとそこには確かに涙の形跡があった。

 

 ……あぁ、やっぱり―――。

 

 あの時あんなかっこいい事を言ったが、やっぱり負い目はあった。いや、自覚はしていたけど弱音を吐ける相手はいなかった。だって事情を話す事は出来なかったから。ただずっと、殺した事への後悔だけはくすぶり、そして残り続けてきた。だがこうやって、もし救えた場合の彼女たちを目の前に見る事が出来て―――こういう結末を迎えられている人たちがいるのを見て、少しだけ、救われた気分になる。その意味はおそらく彼女たちを目の前のこの子達と重ねているのだろうけど、

 

「ううん、何でもない」

 

「そう? オリジナルのライバルは意外と泣き虫さんなんだね」

 

「そ、そんなことないよ!」

 

 何も言ってこない事に感謝しつつ涙をぬぐい、レヴィへと反論する。そこで何故か勝ち誇った笑みを浮かべるシュテルの存在はガン無視するとして、視線を改めてイストへと向ける。

 

「で、話してもらえるんだよねロリコン」

 

「話す予定はあったんだけど、話し始める前にまずその不名誉な称号に関して話し合おうか? うん? 何、理解してくれないのなら別の儀式を始めるだけさ……!」

 

「ひっ」

 

 レヴィが儀式という単語に反応して軽く震えあがる。あのケーキはどうやらレヴィの大好物らしく、それを見せつけながら食べる事で反省を促していたらしい。なるほど、外道らしい教育方法だ、と納得できる。ともあれロリコンではないらしい。だとしたら、

 

「ペドなの?」

 

「お前は何でそう俺を社会的に殺そうとするんだよ」

 

「あとペドだったら此方が困ります。ペドだったら私が成長した場合反応しない可能性が出てくるので前言撤回してください」

 

 再びげんこつがシュテルに炸裂する。何かを言おうとユーリも口を開いていたが、一瞬のうちに発動して姿を消したげんこつの姿を見るに、言う事を止めたらしい。実に賢明な判断だと言ってあげたい。

 

「はぁ、……我らは保護されたのだよ、そこなお人好しにな」

 

 話が進まないと思ったのかディアーチェが口を挟んで話を進める。

 

 ―――そして、そこから話は広がって行く。

 

 一年以上前にイストがまだ嘱託魔導師だった頃、この四人を研究所で見つけ、自分が消される事に恐怖を感じて助けた事。四人を匿うのが金銭的にきつかったので昇段試験を受けて空隊へ来た事、相棒と共に事件を追った事―――今へと至る事に逢った全てをイストはゆっくりと時間をかけながら説明した。

 

 話が終わるころにはもうだいぶ遅い時間になっていた。そして気づけば食欲を誘う匂いが辺りに充満していた。

 

「話す事はまだあろうが、それも全ては食べ終わって後でも問題なかろう」

 

「だぁな」

 

 そう言って話は一旦区切られる、考える事を色々と残して。




 ちょっと適当かなぁ、と思いつつもなのはちゃんとの本格的な話し合いはまた次回。やっぱり疲れとかを考えると1日2更新が限界かなぁ、とか思いつつも本日の3更新目の為にブログの方の物を執筆中。

 なのはちゃんは何故救われたのかなぁ、と思いつつまた次回。


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ナイト・バイ・ナイト

 いやぁ、いい仕事した


 外が暗くなるころには夕食は出来上がっていた。はやてのクローン―――いや、これは失礼な考え方だ。ディアーチェが昼から煮込んで作っていたらしく、ダイニングテーブルの上には大きな鍋と、そしてお皿にサラダが置かれており、そしてもう一つ、輪切りにしたフランスパンの様なパンが置かれている。鍋の中身はシチューであり、その色は赤に近い。どうやらパンをちぎり、それをシチューに付けて食べる料理らしいが、故郷で言うイタリア料理に近いものを感じる。確か向こうにはこんな感じの料理があったと思う。ただパンをちぎり、そしてそれをシチューにつけて食べてみると、味は初めて感じるものだった。まずは辛みが口の中を襲い、その後からスープの味の濃さがやってくる。たしかにそのまま飲むのであれば味が濃すぎるだろうが、こうやってパンをつけて食べるのであれば丁度いい味だと思う。これは、

 

「美味しい」

 

「そう言われるのは幸いであるな。おかわりは存分にある。遠慮せずに食うがいい。何せ大皿や小皿料理だとそこの阿呆共が互いの皿を狙って目を光らせておるからな。こうやってゆっくり飯を食えるのはこういうレシピぐらいだ。こやつらには毎回毎回献立に苦労させられるわ」

 

 そう言うとピースサインを向けてくるシュテルとレヴィがいるので主犯はあの二人なんだろうなぁ、と思っているとピースサインを浮かべているイストがいた。自分の仕事のパートナーが子供と張り合って皿の上の物を争奪しているとか激しく死にたいが、ここは我慢しなくてはならない。とりあえず料理は美味しい。今はそれでいいんじゃないだろうか。

 

 それにしても、

 

「ディアーチェは料理上手なんだね」

 

「我に不得手はないぞ。基本的に戦闘の適性を抜けば何でもできるぞ。我は王故な、万人の苦悩や苦労を理解せぬばらなぬ。故に人ができる事は全て人並みにできる様になっている―――まぁ、こうやって料理をしているのはただ性にあうからだがな。養ってもらうだけの穀潰しにはなりたくないからな、基本的に我は家事だったら何でもするぞ」

 

 王様と名乗っていたのでてっきりプライドが高いタイプだと思っていたのが結構違っているらしい。

 

「というかコイツはかなり家庭的だぞ」

 

「王は服を作ったりするのが趣味ですからね」

 

「私達が着ている服も基本的にディアーチェが縫ったものですよ?」

 

「え?」

 

 ユーリに言われてきている服装を確認するが、それがディアーチェのお手製だと聞かされて驚く。ちゃんとデザインがあったり、縫い目も綺麗だし、到底素人の作品には思えない。どれもお店に出ていそうなほどのクオリティのものだ。普通に着ているので全くそこらへんには気づかなかった。

 

「ディアーチェは凄いんだね、そういう才能が羨ましいよ」

 

「その賛辞は嬉しいが、そう誇るものでもなかろう。結局は”そうあれ”とデザインされた故に手にした性能である事実は否定できぬ。だからこそ我は我の知識にないものや手にしていない技術への研磨を忘れぬし、そして己に出来ぬ事が出来るものへの敬意も忘れはせぬ。貴様もそうであろう? 自分には出来ぬからこそ凄いと思い、そしてそれを称賛する。貴様が我の家事への能力を褒める様に、我は貴様のそのポリシーを褒めよう―――なんでも全魔法砲撃術式で戦うつもりとか」

 

「そんなことないよぉ―――!?」

 

 明らかに悪質なデマだ。そして確実にそんなデマを広めた主犯であるイストは笑顔でパンを食っている。今すぐショートバスターを叩き込みたいが、それは明日まで我慢して、出勤の時に出合い頭に一発叩き込む事にする。それを果たす為に今は怒りの砲撃ゲージをためておくことにする。

 

「でもお前砲撃で敵を叩き斬るとかやってるじゃん。あと天から降り注ぐ砲撃とか。そのうちプロテクションに攻撃当てたらオートカウンターで砲撃が叩き込まれるとか―――」

 

「な、ないよ! そんなのないよ!」

 

 頭の中で汲み上げていた新術式のアイデアが目の前にいる男によってバレた。自分の持っている適性内で出来る事をやろうとしているだけなのに、何故こうもこの男は此方を的確に言葉で殺そうとしてくるのだろうか。

 

「しかしそのうち目からビーム出しそうですね」

 

「なんで私化け物扱いされているの!? 確かに私強いかもしれないけどイストも結構大概だよ! 前フェイトちゃんに話を出したらリアルゾンビって苦笑されながら言われてたよ!」

 

「その喧嘩買った」

 

「まあ、まあ、お兄さんじゃどう足掻いても勝てないから。勝てない喧嘩はむやみやたら買っちゃ駄目だよ」

 

 レヴィにそう言われて一瞬でイストが椅子の中へ轟沈する。19、20になりそうな男性が14歳の少女に絶対無理だって断言されてしまえば確かにそうもなる。男という生き物はどんな風におちゃらけて見えていても、その内心女には負けたくないという心が常に備わっているもんだと思っている―――だから、こうやって断言されてしまうのは結構辛いだろうなぁ、と思っていると、

 

「まぁ、何時もの事だしなぁ」

 

 敗北感を感じているのは何時もの事らしい。よくもそれで生活を続けていられるなぁ、とは思うが―――この遠慮のいらない距離感がきっと、彼らの家族としての距離なのだと思う。やる事も、話す事も、その全てに遠慮がない。相手を考えての行動が存在しない。やりたい事をやって、そして笑いあえる。……少し、というか結構羨ましいものがある。彼女たちが彼と一緒に暮らし始めたのはまだ1年前の話だ。そして1年という期間はそう長いものではない―――寧ろ短い方だ。そんな短い時間でこれだけ遠慮のない信頼関係を築けているのだから凄い。

 

 そんな事を考え、羨ましく思いながらも夕食を食べ進め、そして軽く思い出す事があった。

 

「そういえば、はやてちゃんも料理上手だったなぁ」

 

「そうなのか?」

 

 そうは見えないけどなぁ、とイストが呟くが、

 

「元々はやてちゃん一人暮らしだったから家事とか全部一人でできるんだよ? ヴォルケンの皆が来てからはシャマルにまかせっきりだったりして自分から働く回数少なくなったし、ミッドにいる間はめっきり料理する回数も減ってるからなぁ、……昔ほど上手かどうかはちょっと解らないかな」

 

「ほう、やつがなぁ。ふむ、一度は会って勝負してみたいものだが―――」

 

「―――悪いな、お前の事を話せる奴は厳選してるんだ」

 

「ふ、それぐらい解っておるわ」

 

 やはり、こうやって笑いあえる関係はいいなぁ、と思う。と、イストが此方へと視線を向けてくる。

 

「というかお前バラしてないよな?」

 

「もちろんバラしてないよ。私だってむやみにかかわる人が増えるのはいけないって解ってるし。これ、一応管理局側に指名手配されて敵として認識されているけど、実際は凄く面倒な事になっているんだよね?」

 

 そうだ、とイストは答えるとですね、とシュテルが言葉を引き継いでくれる。

 

「何より面倒なのが私達の存在が管理局と犯罪者の癒着を証明する証拠だという事です。既に管理局に対して私達の存在がバレているのは前回の事件で既に把握済みですね? その件で管理局と敵であるジェイル・スカリエッティが管理局に対して敵対した事も解りました―――ハイ、ここで問題です。となると元々は管理局への成果報告用に生み出された我々の処遇はどうなりますか? あ、ちなみに成果報告用というのは今までの証拠に基づいた憶測です」

 

 シュテルの言葉を全部飲み込んで、そして吟味してから口を開く。この場合は、

 

「えーと……どうでもいい?」

 

「正解です」

 

 そう言ってシュテルは空っぽになったボウルや皿を少しどけて、腕を組むスペースを作る。

 

「正確に言えば”構う価値がない”というのが正しい状況です。たしかに私達はスカリエッティの研究であり、そしてその成果の一端でもあります。ですが様子を見るに管理局側は十分な成果を報告されたからこそスカリエッティの切り捨てを行ったのでしょう―――つまり現状の私達は関わりさえしなければどうでもいいというポジションになります」

 

 ですが、とここにシュテルは付け加える。

 

「この話を若干ややこしくするのが私達の存在が公になってきた場合です。私達は間違いなく管理局の暗部が生み出したものに違いはないのです―――つまり生きているだけで管理局を傷つける証拠となります。これが日常生活を送り、普通に暮らすのであればいいでしょう。ですが関わる人が増えればどうなるのでしょうか? それは暗部を直視する人が増えるという事になります。まぁ、ここまでくれば後は説明する必要もないでしょう。大体想像の通りに無駄な目撃者をどうにかしなきゃいけなくなってくる、という話です」

 

 まあ―――大体は想像の通りだった。予めフェイトの母親、リンディから空隊に入隊する時に色々と注意は受けていたのだ。管理局は決して綺麗な場所ではないと。そして最近、スカリエッティ研究所の件があってから再び逢いに行って―――色々教わった。そこにはもちろんイストやマテリアルズの話はしなかったが、彼女も立派なベテランだ。どれだけ察せられたのだろうか。

 

「まあ、そんなわけで私達がやるべき事はシンプルに―――味方をこれ以上作らない事です。管理局が此方を害悪として判断しないラインが具体的に把握できていない所で無駄に味方を増やすと此方に対する脅威を増やしてしまい、そして逆にスカリエッティのターゲットを増やしてしまう可能性が高いです。今までの話を聞いた以上、身内や知り合いを利用して相手の我欲を測る事を好むフシがあの狂人にはありそうなので」

 

「と、我が家の参謀は仰っている」

 

 この男、考える作業を全部シュテルへと投げたらしい。そこで視線を黙っているユーリとレヴィへと向けると、二人は食べ終わって満足そうな表情を見せ、

 

「あ、僕たち脳筋担当だから」

 

「特技は魔導師を串刺しにする事です」

 

 レヴィとユーリがドヤ顔を決めながらそんな事を言っている、それでいいのか、と視線を家主へと向けると、家主は神妙な表情で頷く。

 

「あの二人というかユーリが働きはじめたら我が家は滅ぶ目前だと思ってくれ」

 

「最終兵器かなんかですかアレ」

 

「あながち間違っていない……」

 

「我が家の秘密にしたかった最終兵器……」

 

「脱げば脱ぐほど早くなるロリ痴女……」

 

「アレ、てっきりユーリの方かと思ったんだけどもしかしてここで攻撃食らってるの僕なの? あとそこらへんの痴女疑惑に関しては僕じゃなくてオリジナルに言ってよ。僕は一応これが恥ずかしい格好だって認識しているから。真顔で使っているオリジナルの方に問題があるんだよ。ネットで調べたけどオリジナルの評判って―――」

 

 それだけは言ってはいけない。皆でレヴィの口を塞ぎにかかる

 

 

                           ◆

 

 

 夕食が終われば大体の話が終わり、冷蔵庫の中にしまってあったシャーベットがデザートとして振舞われる。帰りはタクシーを呼んでおくという言葉に甘えて、ソファの上で体を丸まらせるようにしてテレビを見る。シャーベットのカップを片手に握り、もう片手でスプーンを握って、そして横にはシュテルが座っている。結構、というかかなり不思議な気分だ。こうやって自分に良く似た誰かがすぐ横に存在する事は。戦う事があれば―――こうやって、何でもない時間を一緒に過ごす事だってできるのだ。

 

「お、今のいいパンチ決まったね」

 

「だなぁ、ダメージでかいぞ」

 

「私ならノーダメでしたね」

 

「最終兵器は座ってろ」

 

 コメントを飛ばしながら見ているのはテレビ、最強の十代を決める為のDSAA公式魔法戦競技大会―――インターミドル・チャンピオンシップだ。出場にはCLASS3以上のデバイスの所持が必要とされているらしいが、テレビに映る出場者達の実力は高性能なデバイスの働きを感じさせない程に高かった。見ているだけでも結構参考になる部分はある。

 

「俺も昔、出場したことあるんだよなぁ」

 

「そうなの?」

 

 うむ、と答えながらイストはスプーンを噛んだままテレビを眺めている。

 

「16? 17歳ごろだったかなぁ、いい感じだったからちょっくらチャンピオン奪いに行くぜ、って感じに挑戦したんだけど結局は未熟なおかげもあって優勝は出来なかったんだよな。一応ベスト4まではいけたんだけどなぁ」

 

 意外と凄い経歴に驚く。という事は探せばビデオにでも残っているのではないだろうか―――若干気になる。

 

「ただそれ以上はな? Sランク魔導師とかさらっと混じっているから怖かった。今までの相手が同レベルだから勝てたけどそれ以上は無理。もう二度と参加しないって決めたね。あ、でもお前も参加考えておいたらどうだ? 上位にいければ経歴としてはかなりの箔がつくぞ―――俺も半分はそれ目的だったし」

 

「うーん、考えておく」

 

 今更だが、段々と経歴とか箔とか、そういう事を気にしない自分がいる。やはり、今を気に入っているのだろうか。

 

 ともあれ、

 

 シャーベットを食べ終わるまではゆっくりしていようと決める。別段何も、焦る必要はないのだ。

 

 

                           ◆

 

 

 ―――ベッドに寝転がりながら携帯端末を胸に抱く。

 

 胸の鼓動が早く感じているのは間違いなく興奮か、もしくは緊張からだろう。

 

 ただ現実として、ある事実だけは絶対に否定できない事がある。

 

 携帯端末を再び起動させ、そしてその中にあるメールプログラムを起動させる。そして、その中にある”大切なもの”フォルダを開き、ついさっき、届いたばかりのメールの内容を確認する。そのメールアドレスは間違いがない。そのアドレスを見間違える自分ではない。だからきっと、このメールの内容も間違ってはいない筈。何故なら、そこには写真が添付されているのだ。

 

『―――心配をかけてごめん、今すぐ逢いに行きたいけどもう少しだけ我慢してくれ、あと少しで逢えるから。少し面倒な事があって話せないけど、これは秘密にしてほしいんだ』

 

 ―――ティーダ・ランスターより。

 

 兄は、生きていた。

 

 その事実にティアナは困惑と、そして、何よりも喜びを感じていた。




 絶望というものには鮮度があります。毎回同じ殺し方や絶望の仕方ではどうしても飽きがきてしまうものです。それは希望もまた同じです。ですから作者という生き物は常に頭を捻って新しい展開を考えるのです。前とは違う発想を、前とは違う方法を
前とは違う絶望を。

 なのでテンプレを使うのは考えを放棄する事だと思っている。

 じゃ、地雷の設置は完了したので満足満足。


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ジョブズ・フォー・ワーカホリックス

 5000以下だと自分的基準で短い判定ですねー……。そんなわけで短いです。


 隊の部屋へと入室し、片手を上げながら挨拶をする。

 

「おはよう諸君」

 

 そして帰ってくる返事は解りきっている。

 

「お前どうしたんだ」

 

 だから答える。

 

「出会いがしらに砲撃叩き込まれた」

 

 そうするとあぁ何時もの事か、と誰かが言って直ぐに解散、全員が己の席へと戻って書類仕事やネットで遊び始めたりする。こうして、空隊第6隊の朝はまたやってくる。

 

 

                           ◆

 

 

 スカリエッティが動くとイングからの密告を受けても大きな動きとしては何かがある訳ではない。耳に届くのは小さな小競り合いばかりで、特に大きな事件らしい事件の発生もない―――つまりは首都の防衛を任務とする空隊もだいぶ暇になる。そしてそういう時期はたまにだがある。まるで一か月間なんの犯罪も起きない時だ。そういう時はグランドの申請をしたりして体を鍛えるか、大人しくデスクで腐るか、もしくはどっかへサボリに行くしかない。

 

 流石にそこまでコイツは慣れていなかった。

 

 足をデスクの上乗せる様に伸ばし、くつろぎながら本を読んでいると、近くのデスクに正面から顔を突っ伏すなのはの姿が見える。予想外に暇過ぎる結果、あんな風に何もできない状態へと突入したらしい。練習場の使用申請を今から出しても使用可能になるのは最も早くて明日、今日一日は別の隊が訓練の為に使用してしまっている。その為、普通に訓練する事も出来ずに倒れているなのはが出来上がった。表面上は大分砕けてきている。アレ程硬かった敬語はだいぶ抜けてきて、敬語は止めた。人によってはさん付けだが、自分の様に普通に接する相手も増えてきた。だがそれはあくまで表面的なものだ。まだまだ中身は真面目な少女だろう。

 

「仕事しないのも仕事なんだけどな」

 

「むしろ俺達に仕事は来ちゃいけないもんなんだけどよっ、と」

 

「おい」

 

 そして同僚が堂々とデスクの上に座ってくる。そして投げてくるものは―――ビール缶だ。そいつの手には既に封の空いているビール瓶が握られており、酒の臭いが軽くだがする。こいつ、今飲み始めたのではなくて少し前から飲んでいるな、とアタリをつけておく。ビールを此方へ渡したのは明らかに口止め料―――なんていう概念が存在しているわけでもなく、ただ単にお酒を飲む喜びを分け合いたかっただろう。

 

「昼間から飲んでるんじゃねぇよ」

 

「あ? 俺の耳腐った? イスト君が常識語ってるよ! ―――やべぇ、超こえぇ」

 

 ビール缶を顔面へと叩きつけてからキックで吹き飛ばす。飛んでゆく体を軽く避けてやっている事に再び集中しだす辺り、ウチの隊はいつもこんな感じだなぁ、等と思っていると、アル中がまぁマテ、と足を震わせながら立ち上がる。

 

「まぁ待て、待つんだイスト―――アレ、お前こんなにもロリィだっけ。あぁ、男も貧乳のようなもんか。巨乳以外は人権ねぇしどうでもいいな。やーい貧乳」

 

「二番、高町なのは、行きます」

 

 再びアル中が吹き飛んだ。アイツは口は災いの元という言葉を知らないのか―――あ、いや、これはなのはの世界のことわざだ。なら知っているはずもない。ならばこれを機に是非とも覚えてもらいたい。昼間から酒を飲んでいると人生は痛みに溢れる、と。壁にぶつかり、床へと倒れる姿を眺め、あぁ、ちょっとだけビール勿体なかったかもしれないと今更後悔する。だがそれもあと数時間待てばまた懲りずにやってくるに違いない。

 

 つまり今日もミッドは平和です。

 

 読みかけの本を広げ、確認する。古い、ベルカのとある争いに関する記述。それは覇王と聖王が昔、本気で争い合い、そして聖王が勝利するためにある武装を使用していた、という事に関する記述。格闘家、武術家は腕が武器であり凶器であるからこそ、ガントレット等の兵装で強化するが、その威力を上げる為に腕そのものを凶器とする、

 

「この鉄腕っての、義手か何かかねぇ……」

 

 とりあえずここら辺は解釈が多すぎて正しく情報を取得する事が出来ない。古代ベルカ語の解読は相変わらずハードワークすぎて泣ける。できる事ならば最近大分仲良くなったユーノに解読を丸投げしたいが、それでは借りている意味がない。中退しなきゃ良かったと、まともに学校を卒業していない現状に憂うが、良く考えれば学校で古代ベルカ語なんて教えてなかったし別に卒業してない事を憂う必要はなかった。

 

「無学歴万歳……!」

 

「いつか来るとは思ってたけどついにイストが狂ったの」

 

「お前、俺に対しては明らかに容赦ないよな」

 

 いい事か悪い事かは判別がつかないが、とりあえず楽しいので悪い事ではないと思う。だから特にそこから会話を発展させるわけでもなく、どうするかなぁ、と口に出して呟く。実際の所やりたい事はたくさんある。だが一番の問題は似たようなタイプの魔導師がいない事なのだ。実際純格闘タイプはアマチュアとかを探せば割とたくさんいるのだが、それがハイレベルになってくると数が少なくなってくる。問題は色々とあるが、一番がリーチの問題だ。格闘は他の武器や魔法と比べて極端にリーチが短い為、メインでの運用が地上以外では若干難しい所にある。だから結局は杖を握って魔法使った方が楽、なんてのが多い。そしてそうするやつは多い。だがそれを突き抜けたやつは強い、というのが現状。

 

「どっかに格闘メインの魔導師いないものか……」

 

「あ、知り合いに一人いる」

 

「え」

 

 なのは視線を向けると、なのはが首をかしげながら人差し指を断たせる。

 

「ほら、はやてちゃんと一緒にヴォルケンリッター。その中に守護獣のザフィーラ、って人なのかなぁ……? がいるんだけど、私が知っているかぎりAAAランクで格闘メインにしている人ってそれぐらいかなぁ」

 

「金だすんで渡りつけてください」

 

「全く淀みの無い頭を下げる動き、プライドが欠片も見えない……! というかはやてちゃんと知り合いなんだから自分から頼めばいいのに……」

 

 プライドで強くなれるのであれば人生なんてイージーモードなのだろうか。だが残念、恵まれていない人間にとっては人生は常にハードモードで襲い掛かってくるのだ。頭を下げるぐらいだったらなんと安い事か―――まあ、本当に下げたくない時は下げない程度のプライドは持ち合わせている。あとは、そう、男子としての矜持ぐらいだ。それぐらいアレば十分だ。

 

「まあ、ザフィーラって無職だし頼めばはやてちゃん、貸してくれるんじゃないかなぁ。暇なときに連絡をいれればいいと思うよ」

 

「格闘家には必ず何かがある様な呪いでもあるんですかね。無職……」

 

 意外な所から見つけた仲間はどうやら無職らしい。

 

 AAAで無職。

 

 俺も将来職を失うのだろうか。

 

「うん? あ、ご、ごめん。ザフィーラは要人警護の資格とか取得しているんだよ? ただ何か職に就いたりすると緊急の時に自由に動けないから働いていないだけで。だから特に問題があるとか、ハブられているとか、女の多い家に一人だけ紛れ込んだ異分子とか絶対考えてないからね?」

 

「口から考え漏れてんぞ」

 

 何故だろう、こうやってなのはを見ていると昔の、というか数ヶ月前までの無垢ななのはが恋しくなってくるのは。あの頃はからかうと面白いリアクションが見れて実に良かった。今では砲撃マシーン化してしまったりセメント化したりと、中々に容赦がない。少し、というかやっぱりこいつここへ来てはいけなかったのではないかと思う。これで戦技教導官志望なのだから、将来の教え子たちがどうなるかは考えたくない。

 

 まぁ、これで待望の対戦相手を見つける事が出来た。あとははやてとの交渉次第だが、そちらはどうとでもなる。ともなれば、自由になれる時間まで適当に時間を過ごせばいいのだろう。が―――、

 

『Master, you got mail』(メールが届きましたよ)

 

「表示よろしく」

 

 ベーオウルフが目の前にホロウィンドウを浮かべ、そしてメールの内容が表示される。そこに書かれている内容を最初はそのままの姿勢で読み、そして後半に移るにつれて姿勢を正してゆく。そして読み終わったところで改めて姿勢を正し、立ち上がる。パンパンと手を叩き、部屋中の視線を集めながらホロウィンドウの内容を隊全員のデバイスへと送信する。

 

「はいはい皆さん暇な時間は終わりですよー、っと。ミッドチルダで凶悪事件発生、陸士76隊の皆さんが泣きついてきましたよー。というか隊長なに俺にメール内容フォワードしてんだよ。給料もらってんならちゃんとメール送信しろよオラ」

 

「おーい、メールを更に回してくるやつに言われたくないぞー」

 

 たぶん俺にメールが回ってきたのは”イ”でメールアドレスの上の方にあったからに違いない。かなり破天荒な隊長、実績だけは確かなので逆らえなく、面倒な事この上ない。だが冗談やおちゃめが十分通じる人物なのでそこらへんはやりやすい。総じて評価は面倒だけど気のいいオッサン、となっている。

 

 立ち上がりながら再びメールを確認する。今まで部屋の中は割と平和だったが、仕事が入ったとなれば別だ、色々とやる事は一気に増える。まずは陸士76隊からの引き継ぎ作業、書類関係、現場へと向かったりしながら調査等々、そういう風に隊は騒がしくなってくる―――それでもまだ仕事の無い一部はいる為、結局はずっとニートしている奴もいる。本来は首都が襲われた場合の防衛戦力なのに陸の真似事をやっているのだから当たり前と言えば当たり前の話なのだが。

 

 ともあれ、誰も名乗り出ないので、

 

「なのはー、外の空気を吸うついでに殺人現場に行こうぜー」

 

「それ、人を誘う言葉じゃないよね」

 

 苦笑されながらも今まで暇オーラ全開だったなのはは気力に満ちた様子で立ち上がり、直ぐに横に並んでくる。まだ数ヶ月しか経過していないが、大分この小さな相棒の存在に慣れてきたものだと思う。当初は本当にやっていけるのかと、内心思った事さえあったものだが、それも結局は杞憂で終わった。結局はこうやって仲良くやっている―――が、

 

 この光景をティーダが見たらどう思うのだろうか。

 

 死者は何も語らない。死者は蘇らない。死者に意志は宿らない。

 

 死者は終わっている。

 

 だからこそ生きている事は重要で、何よりも尊い。だけども、生きているからこそどうしても考えてしまう。死んだ者はどう思っているのか。自分の今を見たらどういうのであろうか。所詮は戯言だ、何せ答えを得る事は出来ないのだから。だけども、意味のある戯言だとも思う。何せ過去を振り返る事は女々しくも、決して悪ではないと思うから。

 

 だから、ティーダはこうやって新たな相棒を得た自分を見て、どう思うのだろうか。

 

「いや、決まっているか」

 

「何か言ったかな?」

 

「いんや、周りに美少女が多すぎて人生辛いって話」

 

「あぁ、イストの場合は……」

 

「うん。その、なんだ。問題全部終わったら一人か二人でもいいからそっちで預かってくれないかな。正直今の内ならいいけどこのお父さん思考が四年後通じるかどうか非常に怪しいんだ。だからな、いいだろ? な……?」

 

「結構声が必死なのでここはスルーするべきだってレイジングハートが言っている」

 

『Master, I haven't said anything yet』(マスター、私はまだ何も言ってないのですが)

 

「お前本当にいい性格している様になったよな」

 

「ほら、そんな事よりもイスト先輩、事件事件!」

 

 先輩は止めろ、と言いながら歩き、そしてメールに添付されている資料を確認する。基本的には通り魔事件らしい。今まで被害にあったのは全て管理局在籍魔導師で、陸士がメイン。だがこの件が此方へと移譲されるようになった理由は一つ、

 

 今朝発見されたばかりの陸戦AAAランクの陸士魔導師の死体。

 

 また一筋縄じゃ生きそうにもないな、と感想を抱きつつ、現場へと向かう。

 

 また眠らない夜が続きそうだとも。




 なのはさん大分酷くなったな。そんなわけで地雷設置とフラグと伏線は一通り完了したので、ゆっくりと進行させながらそれを起動させるだけの作業です。いやぁ、ここまで長かったー……。

 次章でSts前時期の大騒動は終わりですからねー……。段々色々とヒートアップです。


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インビトウィーン

 なんでもない回。


 一日の騒動が終わると時間は既に9時を過ぎて夜は暗くなっている。流石にこの時間となると家に帰って食べるには少々遅すぎる時間だ。ともなれば外で食って済ませるしかない。家で食べるご飯は結構、というかかなりの楽しみなので勿体ないが、それでもユーリがまとめた料理屋情報にはこういう時いける店の名前もリストに入っている。本当にクラナガンの行きたい所を隅々までリストアップしたんだなぁ、と思いつつ、小さな相棒と一緒に仕事の終わりに夕食を共にするのは―――屋台だった。

 

「ミッドにもあるんだ……ラーメン」

 

 そう言って屋台の前に並べられているスツールの一つに座り、なのは目の前に置いてあるラーメンと対峙しながらそんな事を呟く。そりゃああるだろ、となのはに答える。何せミッドチルダは次元世界で現在もっとも発達し、そして進んでいる世界だ。その発展の理由は異文化を受け入れる所にある。話題になった世界や新しい世界、そこに存在する技術や文化を恐れる事無く受け入れ、そして使用する事にある。―――まぁ、それだけではないのだが。

 

 そんなわけで、

 

「お前やはやてちゃんの出身世界って事で地球はここ数年大人気だからな。ツアー企画とかもあるし、地球文化はドンドンミッドへと流れ込んできているらしいぞ。ちょっと興味出たんで調べてみたら今は建築様式が凄い人気らしいな。地球の日本風ハウジング。二階とかが無くて横に広い感じの。あー、なんだっけ……”ブケヤシキ”? そんな感じのが割と人気なんだよ。確かレトロ感がどーのこーのって話で」

 

「うわぁ、予想外に人気だったんだ。今度もうちょっとよく調べてみようかなぁ」

 

「調べればいいんじゃないか? こういう店も間違いなくお前の影響で増えているんだろうし」

 

 ゲンヤの紹介でラーメンは既に食べた事があるので、問題はない。まだあまり使い慣れない箸を割って、それを掴み、そして麺を持ち上げて口に運ぶ。スープに絡まった麺をトッピングの野菜共々食べる。確か”ソーユ”というソースだったか、結構おいしいものだ、と思う。またベルカスタイルとは違う味付けだ。こういう調味料をディアーチェの為に買って帰った方がいいのだろうか。もう既にレシピ研究とかやってそうだし。

 

「どうしたの唸って?」

 

「いやぁ、こういう調味料買って帰ったらディアーチェ喜ぶかなぁ、って―――あぁ、レヴィ辺りはメシが増えるって喜ぶけどな」

 

「なんというか、レヴィちゃんだけ物凄く残念臭がする。ユーリちゃんも割と負けてない気がするけど」

 

 あっちは残念というよりはもっと違う感じだと思う。ともあれ、今度の休みにマーケットの方へ色々と買い物しに行ってみるか、と考えておく。たまには餌を与えておかないと可哀想だし。まあ、あくまで覚えておいたらの、話だ。忘れてたらしゃーないという事で、餌はなしになる。ともあれ、我が家の面子が濃いのは理解している。だがそれが我が家でのスタンダードだ。最近ではそれ以下の人間を見てもキャラ薄いとしか思えない辺り割と脳をやられている感じがする。

 

「まあ、ウチの連中は基本濃いからな。お前の周りはどうなんだよ」

 

 麺を啜りながら質問するとうーん、となのはが短く唸り、そしてどうなんだろう、と声を漏らす。

 

「友人として見ると結構みんな普通だと思う。そこまで個性的じゃないかなぁ、何て」

 

「客観的に見ると?」

 

「フェイトちゃん脱ぎすぎ。はやてちゃん過剰戦力保有。シグナムブレードハッピー過ぎ」

 

「お前らの友人はこうも逞しくなった高町なのはを見て一体どう思うのだろう」

 

 はやては割と面白がるだろうが、他の連中に関しては面識がないのでわからない。多分、悲しむか心配するのが割と多い気がする―――常人なら。シュテルは結構なのはを認めていた感じもするし、キチガイや奇人からすれば今のなのはは割と接しやすい所ではある。まぁ、所詮は戯言なのだ、別段興味ある訳じゃない。ただ円滑にコミュニケーションをする為に話題の一つだ。それよりも今重要なのは今朝の事件だ。

 

 ラーメンを食べながらもホロウィンドウで今日一日の捜査で手に入れた情報を浮かべる。

 

「俺、毎回思うんだけどこれって絶対に捜査官の仕事だよなぁ」

 

「文句でお給料ははいらないよ」

 

 知ってる。だからこうやって違うと思いつつもやっているのだ。

 

 ホロウィンドウには被害者の写真や状況をまとめた情報が載っている。メシを食いながら死体を見る、というのも既に大分慣れてしまった事だ。なのはも早くも慣れてしまったようで、此方が浮かべるホロウィンドウをラーメンを食べながら覗き込んでくる。……数ヶ月前までだったら確実に吐いていたであろう光景を普通に見れるようになる辺り、子供の成長は凄まじいと思う。たぶん、今よりも更に強くなるんだろうなぁ、とどこか将来を確信しつつ、

 

「ガイシャは陸士で陸戦AAAに空戦Dの典型的陸戦タイプ魔導師、得物は斧型のCLASS3デバイス。結構な実力者って事だが、空戦魔導師からすりゃあ間違いなくカモだな。空から砲撃連射してるだけで勝てる相手だ」

 

「でも、相手は空戦じゃなかった」

 

「その通り」

 

 なのはの言葉に頷く。なぜなら被害者の周りで発見できる戦闘痕というものがそれを物語っている。偽装工作が施されるほど死体は時間が経過していなかったし、まずそれは間違いない。なぜなら周りにあった戦闘による周辺への被害は斬撃だけだったからだ。だがそれも既にデバイスの方から繰り出されたものだと傷痕を調べれば容易にわかる。デバイスのコアが破壊されていたために犯人に関する情報は一つも入らなかったが、敵は間違いなく被害者を一撃で仕留めたのだ。

 

 それもかなり特殊な方法で。

 

「死因は心臓の破裂……だったっけ」

 

「そう、そしてそれ以外の外傷はなし。心臓へと一撃を叩き込んで、それで戦闘を終了させている。一応攻撃手段に関する候補は色々とあるぞ?」

 

「それってアレでしょ? 格闘型魔導師云々ってやつ」

 

「そうそう。格闘技の奥義の中には衝撃を通して、望んだ位置で爆破させるなんて奥義もあるからな。仏さんに外傷がないって事はレベルの高いってかかなりの腕利きが心臓に直接衝撃を叩き込んで破裂させたんじゃないかと思っている。まぁ、俺の予測だけどな?」

 

「それ、イストはできるの?」

 

 できるか、という問いに答える。

 

 もちろん、と。

 

「ただ同じ技術の使い手が相手になるとその衝撃をそのまま体の外側へと逃がす手段とかを用意しているから、同じ格闘家か武術家相手にはまず通じない手段なんだよ。心臓破裂させるよりも殴って肉を抉ったりした方が確実にダメージ残せるんだよ。あぁ、でも殴った衝撃で心臓を止められたりするのは対処しづらいな。防御する以外に対処法はないし―――まぁ、止められた後で心臓また動かせばいいんだけどさ」

 

 まあ、心臓だけを狙って破裂させる程の使い手となると本当に数が限られている。その考え自体がミスリードかもしれないが、心臓を止められたことだったら一度だけある。そしてその人物であれば間違いなく心臓だけを破裂させるなんてことも容易い。その行動に意味は解らないが、個人的には彼女が関与しているのではないかと無駄に疑ってしまうところがある―――こういう憶測で話を決めてはいけない、という事は十分理解しているのだが。

 

「それができるっていうんだから本当にゾンビ判定だよね、イスト」

 

「お、俺だって好きでこんなスタイルじゃないやい! 騎士になりたかった純朴な少年が適性に嫌われたせいでゾンビとかタンクとかメイン肉壁とかって評価されるようになったのは絶対俺が悪いんじゃないやい。大体なんだよ。この白い魔王は”不屈のエース・オブ・エース”なんてクッソかっこいい評価貰っているのに何で俺は”ゾンビ”扱いなんだよ。まだ墓場へ行ったことはないっつーの」

 

「でも病院の常連だよね」

 

 そう言われると顔を隠して押さえる事しかできない。もうあの消毒液臭い空間には戻りたくはない。だがここ一年、確実にオーバーワークといえる戦闘を行っているせいでちょくちょく行くこともあって、受付に顔を覚えられたりもした。もう”またこいつ怪我したのか可哀想に”みたいな視線で見られるのは本当に勘弁してほしい。

 

「あー、ミッドはもっと平和にならねぇかなぁ……犯罪者血祭りにあげてぇ。法律で犯罪者は広場で処刑とか生まれないかな」

 

「それ、どこの16世紀フランス」

 

「フランス?」

 

「あぁ、うん。ごめん。故郷の話」

 

 改めて地球って怖い世界だなぁ、と再認識しつつラーメンを食べる。時間をかけすぎると麺がスープを吸ってしまい、スープがなくなってしまうのがこの食べ物の唯一の弱点だと思う。

 

「うーん、私ミッドチルダは次元世界の中心だしもっと平和な場所だと思ってたんだけどなぁ」

 

「実際世界で一番安全な場所だな。犯罪は適度にコントロールされているし―――あ、おっちゃん、卵と替え玉追加で」

 

「あいよ」

 

 スープ以外の中身を総べて食べ終わり、それでも十分な満腹感を得られないので替え玉を注文する。どうやらなのはは小食らしく、まだ半分程度しか食べ終わっていない。

 

「食わなきゃ胸が育たないぞ」

 

「お母さんが美乳だから将来は安泰だし大丈夫。私は遺伝子が仕事をするって信じている」

 

 その遺伝子が働いていないからお前はここにいるんじゃないのか、という言葉は激しく無粋なのかもしれない。まぁ、本人が信じているのであればそれでいいと思う。ともあれ、話を続けるとする。

 

「最近の事件とかの事で管理局が裏で犯罪者と繋がっているという話は大分濃厚というかほぼ確定になったじゃん? まぁ、そんなわけで噂話が前よりリアリティを帯びてきたわけだが、そういう噂話によると管理局は色々とスポンサーしている代わりに情報の提供と行動のある程度の管理をしているらしいぞ? 犯罪発生は適度な緊張感を保つためで善悪のバランスを取っているとか」

 

「私から言わせれば激しく余計なんだけど」

 

「むしろ善悪のバランスを取る事は悪い事じゃないぞ? 悪ってのはどう足掻いても生まれてくるものだからな。それをどうにかせにゃあいけないのが善サイドのお仕事。これがどちらかへ傾き続けると一方が爆発して悲劇ってのが生まれるんだよ。だから5:5でバランスを取れるようにするのが大事―――そう、子供に対する甘えと躾の様に……!」

 

「途中までいい話だなぁ、と思ったらやっぱりラストで台無しに。どうしてイストは最後までシリアスが続かないの? あ、いや、うん。やっぱり解ったから大丈夫」

 

 お前の芸風も結構大概だぞ、と言ったところで替え玉と卵が来たのでそれを軽く食べながら、軽くミッドチルダという世界に関して話し合う。

 

「そもそもミッドは政策からして移民や流民の受け入れを歓迎しているんだぞ? それを考えてみろ。移民や流民を受け入れるって事は不特定多数を懐へ招き入れるって事だ。経済は圧迫されるし、犯罪者だって増える。そして過労死する陸士も増産される」

 

「陸の人たちに休みをあげてよぉ!」

 

 管理局一ブラックな職場―――陸。彼らに休みなんてそもそも存在しない。無限書庫並にブラックな職場である陸は常に治安維持と犯罪取り締まりの為に汗水流しながら働いている。彼らの休日は常に来月に存在する。そして来月になったらまた来月へと逃げている。終わりの無い休日とのかけっこ。いい加減中央や海、空は陸へのイジメをやめるべきだと思う。トップのレジアスの胃が何時溶けてもおかしくないと思う。

 

「陸が現在進行形で仕事に殺されている事は無視するとして、ミッドチルダは何でも受け入れる代わりにそれだけ管理や政策を厳しくしなきゃいけねぇ―――でも実際に生活していても息苦しさを感じる事は全くないだろ? そこらへんが管理局って組織のバランス取りのうまさだ。表と裏の両方を支配する事で不満とか息苦しさを感じなくさせている。……まあ、あんまし詳しい話は俺に期待するな。政治とかは教えてもらった程度にしか話せないから」

 

「ううん、凄いよ―――初めて大人らしいところを見た気がするし」

 

「殴りたい、その笑顔」

 

 笑顔でそんな事を言うなのはに軽くイラ、っと感じながらラーメンの麺を啜る。先ほどはやての方に連絡を入れたらザフィーラに関しては快諾を得たし、それに関しては特に問題はない。あとは現在請け負っているこの仕事をどうにかすればスカリエッティへの準備も大分進む。

 

 近いうちに、動きがあると言われてから邂逅を待ち望んでいる自分がいる。

 

「ま、俺達はお仕事してりゃあちゃんとミッドは回る様にできてるんだよ」

 

「そんな簡単でいいの?」

 

 それぐらい簡単な方が人生やりやすいというものだ。

 

 無駄な事を考えて生きるよりはずっと楽だ。

 

 最後に大事な事さえ覚えていれば……それで、いいのだ。




 ほら、あそこにヒント。前の章にヒント。その前にもヒント。フラグや伏線はあっちこっち。よく探して考えれば大体わかってくる。無駄な回はない、純粋に遊んでいるだけの回はない。全部何らかの意味を隠している。

 なので、答えは出ている。見つけた?


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フォーチュネイト・ミート

 少しずーつ、少しずーつね? あ、趣味入りまくってます。


 ―――5月は暑い。

 

 長袖で過ごすには少々、というか結構暑い。それがミッドチルダ北部であっても暑いという事実に変化はない。春もだいぶ進んで段々と夏に変わりつつある。ミッドチルダ北部、ベルカ自治領で過ごす夏というのは結構暑いものであるというのは理解していたが、やはり理解しているのと感じるのとでは大きな差がある。夏のベルカ自治領にはいたくはなかった。何せベルカの連中は何かしら古風なのが多い。教会とかエアコンが入ってなかったり、弱かったりで非常に暑い場所が多い。だから今、こうやって借りる事に成功した訓練場も野外で、かなり暑い。ミッドの方のを何とか借りることができれば楽だったのだろうが、職場のをオフの日に借りる事は出来ないし、かといってミッドでどこか借りようと考えるとどうしても人目につく。そして泣きついた結果がここになる。

 

 グラウンドの隅から軽く空を見上げ、そして時計を確認する。約束の時間よりも少々早く到着している―――故にここには誰もいない。本来ならもう少し人がいるものだが、今回に限っては貸してくれた相手の厚意もあって完全な貸切状態となっている。本当にコネクションというものの重要性を理解できる。これのあるなしは人生に生きやすさに関わってくるものだと思う。

 

「あー暑ぃ……」

 

 目を閉じて耳を澄ませば遠くに人の喧騒と、そしてどこかで鳴り響く蝉の音が響く。足音も混じっているのでまず間違いなく誰かが此方へと向かってきている―――となると待ちぼうけをする時間ももう終わりなのかもしれない。個人的には早い所体を動かしたいという事もあって少々早く来てしまったが、迷惑をかけてないだろうか。……これぐらいはお茶目で済めばいいのだが。ともあれ、自分もあと一ヶ月程で二十歳になる。もうちょい落ち着きを得るべきではないのかな、等と思っていると、訓練場の入り口から入り込んでくる姿がある。そちらへと視線を向ければ、知った顔と知らない顔が複数やってくる。

 

 まず一人目はなのは、高町なのはだ。今日はオフなので此方同様私服でやってきている。が、やはり季節の事を考えてミニスカートにショートスリーブという恰好だ。彼女はそれでいい。割と見慣れた格好だからだ。というかシュテルと服装のセンスが似ているので偶にシュテルを見ているかのように感じるからだ。まぁ、彼女の登場は本来はない筈だが、いい。本命はその後ろにいる者だ。

 

 入ってくるのは浅く肌が褐色に染まっている巨漢で、全身が筋肉でガッチリと鍛え上げられている守護獣だ。それが直ぐに人間ではないと解るのは単にその男が人間に非ざる者の証として頭から耳を生やしているからだ。それが無ければ正面からパっと見た感覚、人間だと間違える。服装はパーソナルカラーらしい青色で、ノースリーブだ。そしてその男のすぐ横にいる人物が自分の予想外で、見た事の無い二人目の人物だ―――とはいえ、此方の人物はもう一人同様、雑誌やらで見た事はある。此方はポニーテールの女性で、ロングパンツにハーフスリーブのシャツを着ている。根が真面目なのか、割とファッションよりもフォーマルな感じを意識した服装だった。ともあれ、目的の人物は到着したので、片手を上げて此方だと意識してから、軽く頭を下げて近づく。

 

「どうも、今日はありがとうございます」

 

 手をまずは守護獣へと向けると、相手も手を出して握手してくる。社会の基本だ。

 

「此方こそよろしく頼む。あとできたら敬語は外してくれ。盾の守護獣、ザフィーラだ」

 

「では―――今日はよろしく頼むザフィーラ、はやてちゃんから色々と聞いていると思うけどイスト・バサラだ」

 

 相手が階級や役職を名乗らないのであれば此方もそれを名乗らない。それはつまりそう言うのを抜きにしよう、という意味でもある。そこに相手がただ単に無職である可能性はあるのだが、流石にその意味で名乗らなかったという意味はないと思う。少なくともはやては”こっち寄り”であってもその周りは違うと聞いている。続いて横の女性にも手を出し、握手を交わす。

 

「シグナムだ。私もザフィーラ同様そういう言葉づかいを気にする必要はない。急に現れて迷惑をかけるかもしれんが、すまないな」

 

 豪傑タイプの女性かねぇ、とシグナムを評価する。純粋に暇だったのか、もしくは何らかの意図があったのか―――なのはの評価だとブレードハッピーらしいので純粋に暴力の匂いに釣られたのだろうか。とりあえず、少しだけ言葉を選んで返答する。

 

「いや、超一流の騎士に見てもらえるってだけで名誉な事だ。邪魔をするとか気にしないでくれ」

 

「ふ、そうか。では気にしない事にしよう」

 

 意外と好感触。話をザフィーラの方へと持っていこうと視線を向けようとしたところで、軽いローキックが足に決まる。その主を確認する必要はなかった。

 

「あぁ、悪い。小さすぎて見えなかった」

 

「蹴るよ」

 

「蹴った後じゃねぇか。これだから中退は……」

 

「レイジングハート、セットアップ」

 

『Master, please stop』(マスター、お願いですから止まってください)

 

『You do like teasing her even though you know what is going to happen to you at the end』(本当に弄るのが好きですよね、最終的にオチはどうなるかって解っているのに)

 

 デバイスの仲介が入るので仕方がなしに解散する。が、なのはが露骨に舌打ちしている事は見逃さなかった―――まぁ、ここまでがいつも通りの挨拶だ。別段悪い空気は存在しない。その代わり少しだけぽかん、と驚きの表情を見せるザフィーラとシグナムの様子がある。そしてそれを見てしまった、というなのはの表情がある。一体何かおかしなことでもあったのだろうか……と思うのは此方の基準だろう。

 

「失礼かもしれないが……バサラは何時も高町とはこの様な感じなのか?」

 

「基本的にはな。最近ローキックの回数増えてきたけど」

 

「鍛えすぎて足が硬い。もう少し柔らかくなるべき。その方が物理的にツッコミをする時もう少しだけ楽になるから」

 

「お前は反射的にレイジングハート握りだすの止めろ。お前のその動作にトラウマになりかけている奴が何人いると思ってんだ」

 

 あぁ、今のリアクションで解った。隊でやっている感じを基本的にまだ身内へと見せていなかったのか、この子は。そりゃあ戸惑いもする。何せ自分も最初の頃は割と戸惑うところが多かった。割と不真面目でいるつもりがかなりまともな方だと発覚した時は発狂する思いだった。そして直ぐに馴染んだ。常識は確かに強敵だが打倒せない程凶悪な敵ではなかった。

 

「んで、お前今日はなんで来たんだよ」

 

 とりあえずなのはがここにいる事は予想の範囲内だが、やはり予定外の事だ。だから質問すると、

 

「ザフィーラがサンドバッグになると聞いたから来たの」

 

「!?」

 

「お前本当に高町なのか!?」

 

 

                           ◆

 

 

 隊の芸風に染まった、という言い訳で概ね満足されはしなかったが、はやてに似てきたと言ったら納得する辺り、このヴォルケンリッターと名乗っている騎士たちも割と苦労人だなぁ、と思いつつも、話し合いは終わり、ウォーミングアップを完了させる。基本的に筋肉を傷めない様に体をストレッチなどで運動させることは重要だ。それらをすべて済ませれば、適度に体をほぐして、丁度いい状態になる。その状態になって向き合うのはザフィーラだ。此方も相手も素手、デバイスは一切ない。体に攻撃を叩き込めば間違いなく痛みがあるだろうが、痛くなきゃ何も覚えないとは祖父の言葉だ。それに、

 

「互いに防御型だし」

 

「あぁ、問題はないな。とりあえずまずはお互いの実力を軽く確認するために一戦交えた方が色々と早いだろう」

 

「話が早くて助かる」

 

 軽く体を最後に捻り、そして構えるザフィーラへと向かって一気に踏み出す。相手が”盾”を名乗るぐらいには【防御】のプロフェッショナルだと把握している。だが相手も自分も互いに魔力も魔法も使用はなし、デバイスもなしの正面から身体能力と技量オンリーによる勝負だ。そしてそれを自分は最も得意としている。そして相手も、ベースが獣である以上間違いなく己の領域だと自負しているはずだ。

 

 軽く手合せというが、自分も相手も負けるつもりはない。

 

「来るか」

 

 踏み込むと同時に掌底を繰り出す。速度は最速ではない、避けようと思えば確実に避けられるものだ。それを繰り出して解るのは相手の行動だ。手堅く行動するか否か。それの判断が容易に解ってくる、軽いテストの様なものだ。そして、一種の挑発でもある。そしてそれに対して僅かに笑みを浮かべるザフィーラがいた。彼が取った選択肢は、

 

 防御だった。

 

 避けれる一撃、確実に避けてからカウンターを叩き込める一撃でも【防御】へと回ったのは間違いなく自分の役割を理解して、そしてそれに徹する事を誇りに思っている事だ。―――中途半端にアタッカーを務めている自分とは大違いだ。今の、自分であれば体で受け止めつつ確実にカウンターを決めるというスタイルを俺だったら取る。だからこのレベルでも基本に忠実であるザフィーラに対して敬意を抱ける。

 

 だから片腕で防御された腕を素早く引き戻しながら素早く蹴りを繰り出す。それをザフィーラがガードする。それなりに力を込めて放ったつもりだったが、それをしっかりとガードする様子を見て、少しずつエンジンが上がり始める。足を引き戻すのと同時に拳を叩き込み、それを防がれる。だがそれは見えていたので更に次の打撃を繰り出し、防がれる。防御に関する動きが極限まで簡略されている、と感じる。行動の全てを防御という行動を念頭に置いているのだ。だからこの相手を崩すのは決して容易い事ではないと理解する。

 

「ならば」

 

「むっ」

 

 連撃を完全に凌がれたところから素早く相手の手首をつかむ。そのまま足を相手の内側へと持って行き、相手の体重を利用して崩す様に投げる動作に入る。だがそれは相手も理解のある動きだ。相手は此方よりも古代ベルカ式の格闘術に理解のある存在。故に此方が手首を取って足を進め、密着した時点でどういう動きに入るかを理解できている。それが握った手首を通して伝わってくる。相手の体重を利用して投げようとするが、相手の体はまるで地面に縫い付けられたように動かない。下半身に力を込めているのではなく、投げられない様に体の重心を変えているのだ。

 

「此方の番だな」

 

 逆にザフィーラが此方の手首をつかみ、投げの体勢に入る。が、それよりも早く体を下へ、後ろへと倒す。本来倒す方向と逆の方向へ体が逸れた事により投げはその初動で失敗に入るが、追撃する様にザフィーラの足が振るわれる。此方の体勢は崩れていて防御はしにくい。だからこそあえて防御ではなく攻撃に入る。相手の攻撃が届く前に此方も倒れつつある体勢で蹴りを繰り出す。相手と自分の蹴りがぶつかり合い、そして体勢の振り故に此方の体が押される。

 

 だがそれが勢いとなって、体を回転させるように後方へと体を跳ね上げる。後方へ宙返りしながら着地する。その瞬間には距離を詰めているザフィーラの姿がある。見た目の重そうな感じとは違い、フットワークは軽いらしい。繰り出される攻撃を此方の攻撃で撃墜し、攻撃的な防御を繰り出す事によってザフィーラの攻撃を凌ぐ。

 

 ザフィーラが繰り出す打撃を打撃で叩き、互いにその一撃で動きを止める。今までの一撃よりもわずかに重い、少しだけ力の多く籠った一撃、それは一種の合図の様なものだ。そのまま腕を引き、そして口を開く。

 

「実力者とは聞いていたけど正直侮っていた。済まない」

 

「いや、此方こそ侮っている部分があった。その歳でその技量、凄まじいものがある。色々と動きに覚えの多いものがある。基本的に何かの流派をベースにしているのか?」

 

 実際衝撃的だった。自分と同じレベルの格闘家とは出会った事がない。いや、自分よりも上の存在となら命を削り合った事がある。だがそれでは学べる事は少ない。アレはどちらかというと高めあいではなく削りあいの領分に入る。こうやってちゃんと古代ベルカの格闘術を全て覚え、記録している存在の動きは実に参考になる。いやぁ、頼んだ価値はあった。

 

「いや、それが基本的には祖父が師であって、その祖父が古代ベルカ式格闘術を教えてくれて、それを習った後は特に流派を習うわけでもなくシューティングやストライカーを学んで、そしてそれを今、自分に使いやすい様にカスタマイズして使っている」

 

「なるほど、故に見慣れた動きの中に新しい感じや隙間があったのか。所々繋ぎに若干の無駄がある。といっても本当に僅かな差だが……」

 

「いや、正当な使い手からの批評やアドバイスってのは中々得られないものだから是非とも教えてほしい。こっちは辛口な意見を求めているから」

 

「そうか? なら今の軽い手合せだが―――」

 

「うわぁ、凄い話こんじゃってる。ちょっとだけ心配で様子を見に来てみたけどなんだか大丈夫っぽいなぁ……シグナムは―――」

 

「……あの動き、ザフィーラが堅実な防御を主体としているのであれば攻撃的な防御を、攻撃による制圧での防御を主眼とする動きだったな。防御力は間違いなくザフィーラのそれよりは落ちるが相手に攻撃の機会を与えないというスタイルは間違いなく防御する回数を減らすための動きだ。相手の攻撃に対して自身の攻撃を最も勢いの乗せられる地点で放てる力量を見るに個人としての技量はかなりの領域に―――」

 

「駄目だこのブレードハッピー」

 

 そうして話を続けようとした時、新たな気配の登場に気を取られ、視線を入り口の方へと向ける。そこに現れたのは、

 

「―――どうやら楽しそうにしている所を見るにこの場所を提供したのは間違いじゃなかったようですね」

 

 この場所の使用許可を出してくれた人物が現れた。




 まえがきは特に意味はない。あと質問のある諸君はツイッターへ来い。あっちは常にネタバレしまくっているので、大体の質問だったら答える。それで話が詰まらなくなったら自己責任で。

 ともあれ、キャラを少しだけ増やしますよー


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ウェアリング・シャドウ

 最近編集者を得た気分になってきた。


 みんなが振り返るので一緒に入り口の方を振り返ると、そっちから金髪カソック姿の女性が入ってくるのが見えた。ここがベルカ教会の敷地である事と、そして先ほどの発言の事を考えれば間違いなくこの人がこの場所を貸してくれた人だという事が解る。ただ彼女が喋る前に皆が振り向いていた事を考えると、気配やら足音やらで接近を感じ取ったのではないかと思う。相変わらず前衛組は頭がおかしいと思う。どうやったらそういうスキルを習得できるのだろうか。まあ、そういう無駄な思考はまだいい。ともあれ、彼女は親しそうな表情を向けてくる。その表情に真っ先に反応するのは、

 

「お、カリムか」

 

「はい、どうやら様子を見るに悪い結果ではないようですね、イストさん」

 

 騎士カリム、カリム・グラシア。ベルカ教会の要人であり、騎士だ。家柄は古く、そしてかなり重要な所にあるらしい。はやてに一度紹介された程度なのでそこまで親しくはないが、はやては割と気に入っているらしくそれとなく何度もあっているらしい。ただイストとカリムがこんな気安く話し合う中だと聞いていない。そういえば前、ロマンスなんてふざけた事を言っていたが、本気なのだろうか。

 

「騎士シグナム、守護獣ザフィーラもこんにちは、あと高町なのはさんですね」

 

 順番に挨拶をしてくるカリムに対して返事をすると。カリムも此方へと、訓練場の端へとやってきて、視線をザフィーラとイストへと向ける。

 

「様子を見に来ただけで邪魔する気はないのでどうか続きをどうぞお願いします」

 

「ん、お前が言うのならそうしておくよ」

 

「え、なにあの態度」

 

 軽く気持ち悪いと感じるのは相手に対して遠慮がなくなった証なのだろうか。ともあれ、再び話し合いながら動きを軽く始める筋肉二人組を無視するとして、此方は新たに現れた人物へと視線を向ける。シグナムはどうやら筋肉の方に夢中らしく、動きを逃さない様に見ている。最近気づいた事だがあまり自分の身内周りも人の事は言えない惨状だった。前に実家に帰ってみれば、親から実はなんか意味不明な武術の伝承者っぽい話を聞かされたし。自分が才能の無い普通の少女だった思っていた時代が非常に懐かしい。

 

 ともあれ、イストとザフィーラの様子は見ていても参考にならない。いや、参考になる部分も確かにあるが、自分の組み込んでいる体術と比べて二人のそれはレベルが違いすぎる。故に取り入れる事は無理だし、見て覚えて、対処方法を覚えるぐらいの事しかできない。まあ、そこらへんの記録はレイジングハートに任せるとして、

 

「お久しぶりですカリムさん」

 

「お久しぶりですねなのはさん」

 

「あ、私の方が年下なのでなのはでいいですよ。あと喋りやすい様に喋って結構です」

 

「そうですか? ですがこの喋り方が私にとっては一番話しやすいのでせめてなのは、とはやての様に呼ばせていただきますね。ですからそちらも話しやすい様に話してください。私としても休日にまで階級や立場とかを考えて話し合うのは疲れますから」

 

「あ、では……カリム……さんで。あーははは……」

 

「ふふふ」

 

 何時ものノリに入りきれない。ここら辺、直ぐにズカズカ入り込めるのがイストと自分の年季の差なのだと思う。流石に自分にとってカリムはあまりにも上品すぎる部類の人間だ。流石に何時ものノリで接し始めるのはまだ無理だ。少しだけ苦手な部類の人かもしれないと思いながらも話しを進める。

 

「今日は……えーと、此処を貸してくれたのカリムさんですよね?」

 

「そうですね。一応騎士だけではなく管理局に在籍してもいますからね。それなりに顔が利くんです。今日は休日で騎士の訓練も特にスケジュールされていませんから借りる事はそう難しい話ではないんですよ? それにイストさんには普段からかなりお世話になっていますし。これぐらいの頼みでしたらかなり軽い方ですね」

 

 普段から世話になっている、と言われると少々気になってくる事がある。あの外道、基本的には家ではマテリアルズの世話を、休日は訓練やらいろいろで、そして週日は仕事でかなり忙しいはずだ。いや、ここ最近は割と暇だったのだけれど。ともあれ、この男が戦闘能力以外で役立つことはあったのだろうか?

 

「その様子、どういう風に役立っているのか迷っている感じですね?」

 

「正直に言えば盾にする以外の活用法が見いだせないですね」

 

「おーい、そこー、聞こえてるぞ」

 

 イストが此方を見ながらそう言った瞬間、既にモーションに入っていたザフィーラのパンチがイストの顔面に命中し、サングラスを吹き飛ばしながらイストの体を叩き、倒した。素早く復帰しながらサングラスを回収すると、少しだけ本気になった様子のイストがザフィーラへと殴りかかっていた。言い訳する暇もなく、ザフィーラは直ぐに防御体勢に入っていた。今のが軽くカチンと来ているらしい―――器の小さい男だなぁ、と評価しておく。

 

「たぶん見ていると思いますが幾つか古代ベルカに関する資料を翻訳して貰ったりチェックしてもらっているんです。これが結構面倒な作業でして、古代ベルカ語は読み方を変えると全く違う意味を持つんですが、その読み方自体複数あると言われているのでどの情報が正しいのか、ちゃんと認識する事が出来ないんです。ですから古代ベルカ関連の書物を解読する時とかは基本的に全種類を適応して、そして解読別にファイルするのが基本なんですよ? 実際それって専門家に時間をかけてもらってゆっくり進めるものですが、それを無料で、しかも丁寧にやってくれるというのであればこれ以上なく良い話ですよ」

 

 あぁ、と思い出す。たぶん彼女が言っているのはイストが暇な時間に読み漁っている本の事だ。確かその内容は、

 

「覇王流とエレミアでしたっけ」

 

「そうですね。覇王流―――即ちカイザーアーツはちゃんとした継承者が存在するのですが、それも近代化や長い年月を経ているために劣化や変化を繰り返して元来とは違う形になっているんですよね。本来は覇王が聖王に敗北したために生まれた流派であり、対聖王に生み出された、なんて話もあります。解読してくれる書物の内容の偏りは大きいですが、それでも聖王教会に対しては大きな貢献であることは間違いないです。―――覇王本人から技を盗んだという事実を合わせ。非常に貴重な人物です」

 

 最後の言葉だけは此方にだけ聞こえるように放たれた言葉だった。その言葉に驚き、視線を向けると、舌を出し悪戯をアピールする様な表情のカリムがそこにはいた。だがその表情もすぐになくなり、清楚なシスターの姿へと直ぐに戻る。

 

「えーと……」

 

「なのはさんはもう少々腹芸の類を覚えた方がいいですよ。管理局で仕事をするのであれば大なり小なり、腹芸の類を覚える必要がありますから。そうやって直ぐに驚愕や感情を顔に出せるのは間違いなく美徳でしょう。ですがそれを相手に知らせてしまうのは状況次第では確実に不利です。心を殺せという話ではありませんが、年上の相手をするのであればそれなりの心構えが必要です。あるいはイストさんやはやての様に完全に仮面をかぶって生活する事もいいかもしれませんよ」

 

 ―――やはり、この人も大人なんだなぁ。

 

 カリムもやはり教会の権力に関わっているという事はそれなりに面倒を相手をする必要があるという事なのだろう。だとすれば言っている意味は解る。だが彼女は完全に仮面をかぶると言った、イストやはやての様にその言葉はまるで彼らの見せている日常的な部分は作り上げられたキャラクターの様な気もするが。

 

「その認識は間違っていませんよ? なのは、貴女も場所によっては割と張り切ったりノリを変えているはずです。それが意識的なのか無意識的なのかは本人の判断でしょうが、それは間違いなく仮面というものです。……そうですね……解りやすく説明するとすれば―――ある時期からはやての様子が変化しませんでした? 今の私達が知る様な少々ひょうきんなはやてに」

 

「……明確に何時、とは思いだせないんですけどたしかにそういうのはありますね」

 

「それがはやてが仮面をかぶった頃なのでしょう。おおよそ人付き合いというものは印象が大事です。ともなれば必要なものはインパクト、相手に気に入られるかどうか、そしてどれだけ覚えられるかです。そういう事を考えるのであればまず間違いなく印象に残る様なキテレツな人が有利になりますが、ふざけ過ぎると逆に不快感を与えてします。素の自分ではなく、作り上げられたキャラクターで人と接する必要は交渉などではどうしてもできてしまいます。はやての様に多くの人物にコネクションを広げる場合や、イストの様に人と接触する回数の多い人物はそういう仮面を作り上げて、それを素顔にしてしまうんです―――本来はどんな人物か忘れてしまうぐらいに。そこまでやれ、とは言いませんがある程度そういう腹芸は覚えておいた方がいいですよ?」

 

 何やら軽く説教された気もするが……確かにカリムの言葉に軽く驚く程度ではまだまだという所なのだろう。割と隊の芸風に染まったとは思っていたが―――どうやらまだまだ表面的な部分だけだったらしい。いや、ちょっと待て。

 

「そう言うカリムさんは素顔の方は知っているんですか?」

 

「私ですか? ―――えぇ、それなりにロマンスを楽しませてもらっていますので」

 

 そう言って微笑んでくるカリムは確かに可愛らしいと感じるが直感的に”あ、本当の事を話す気はないな”というのを理解できた。ともなれば自分の周りの人物もそういう仮面をかぶって生きているのだろうか。まず間違いなく横にいるカリムは説明してきているのだろうからこれが素である事はまずありえない。イストのあのひょうきんな態度が仮面と断定しているのだからこの女性、割と恐ろしい。

 

 でも、―――自分や周りを騙してまでそこまでしがみ付くものなのだろうか?

 

 少なくとも自分は嫌だなぁ、と思う。最低でも仮面を素顔にしちゃう様な事は嫌だ。これはまだ子供の思考かもしれないけど、自分を騙してまで生きるのは辛すぎるのではないかと思う。

 

「高町」

 

 と、今まで口を挟まずに話を聞き、試合を見るだけだったシグナムが口を開く。

 

「カリムは別に強制しているわけではないし、あった方がいいというだけだ。私の様に不器用でそもそも被る事すら出来ぬ者もいる。面倒な話かもしれないが覚えておいた方がいい。我らの主……はやても別に好き好んでやっているわけでもない」

 

「シグナム、それではまるで私が悪者です」

 

「うん、それは疑ってないから大丈夫だよ」

 

 今日はイストの様子を見に来たはずだったのに、なぜか自分が説教されているような気分になっている。これも全て自分の相棒が悪い。そう思ったところで、視界の端で青い物体が吹き飛ぶ光景が見えた。そちらへと視線を向ければ、それは間違いなくザフィーラだった。何度か回転しながら地面に着地するが、

 

「完全に防御に意識を回せば耐えられない事はない」

 

「魔力使ってないとはいえ、竜の頭粉砕した経験のある奥義が何とかなるって言われると正直落ち込むなぁ」

 

「まぁ、そういうのを話し合い、改良するための機会だ。それぐらいで砕ける程軟な盾であるつもりはない。好きなだけ打ち込んでみろ」

 

「ドラゴンキラーか……」

 

 そんなものをザフィーラへと叩き込むイストも頭おかしいが、それを何とかなると言って耐えきるザフィーラも凄い。だが一番頭がおかしいのは間違いなくシグナムだ。何故今の話を聞いて子供の様な表情を浮かべられるのだ。先ほど仮面はかぶれない不器用な女と自称したがじゃあお前それ素なのか、と言いたくなってくる。イストのあの感じがキャラづくりと聞かされた今、一番頭おかしいのがシグナムではないのかと疑いが浮上してきた。

 

 はぁ、と息を吐き出した。

 

 何が嘘で、何が本当なのか。非常に面倒なことながらそれをまともに判断する術はないのではなかろうか。その人物が本当に仮面をかぶっているのか否か、それは付き合いの長い自分ですら解らなかった。

 

 ……そういうのは被ってから初めてわかる事なのかなぁ。

 

 ともあれ、平和な休日だと思っていたが、予想外な収穫を得たような気分、もう少し、周りの人や、自分がどんな風に振舞うのか、そう言う事を考えさせられる一日になりそうだった。

 

 

                           ◆

 

 

 ―――エレベーターから降りる。

 

 近くの案内を確認しながらルームナンバーを確かめる。既に番号は知っているのでこっちで正しい―――はずだ。確認しながら自分の手荷物をしっかりと確認し、そして歩き出す。これで、たぶんこれで間違いはないのだ。そう、それを確かめなくてはならない。自分にはその義務と、そして責任がある。

 

 だから部屋の前でドアをノックするわけでもなく、ベルを押すわけでもなく、軽く緊張した様子で立つ。この扉を開けば始まる。始まってしまう。もう、止まる事は出来ない。最後までやらなくては終わる事が出来ない。でも、それでも―――。

 

 ベルを押す。

 

「すいません」

 

『む、貴様は……しばし待っておれ』

 

 良かった、知っている声だ。他にも同居人がいるらしいが、正直知らない人物が扉を開けたら、と思うと少しだけ怖いものはあった。だから知った声が聞こえると安心できる。そんな事を思いつつ扉の前でそれが開くのを待っていると、数秒後には扉が開き、中から白髪の少女―――ディアーチェが出てくる。

 

「貴様は確かティアナ・ランスターだったな。どうしてこんな所へ」

 

 口を開く。

 

「―――家出しました! 泊めてください!」

 

「……えっ?」




 そんなわけで歩く地雷がやってきたぞー! あと金髪巨乳。カリムさんはどんな仮面をかぶっているのでしょうか? この人もだいぶイスト寄りの年齢なので少しはお説教のできるタイプの人ですねー。ともあれ、

 自分を騙してまでキャラを作る事に意味はあるのか、ってのはなのはちゃんの疑問ですね。

 さて、皆の本当の素顔はどんな感じ? と魔力光性格診断をチェックしながらまた次回。


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ミッド・オブ・ノーウェア

 くろっくあっぷ


 ―――やっぱり、帰りは遅くなるよなぁ。

 

 休日も帰りが大分遅くなっているなぁ、と軽く反省しなくてはいけないかもしれない。元々あの娘達と平穏な生活をする為にこうやって色々と奮闘する様になったのに、その為の時間が減ってきているような感じがする。まぁ、それも状況を考えればしょうがないという事になるが、それでも”未来”の為、と綺麗な言葉を使って現在を蔑ろにするのは流石に本末転倒なのではないかと思う。ザフィーラとの鍛錬の時間は有意義で、週一で一緒に手合せと鍛錬をすると約束し、契約をしたわけだが、それ以外の休みの日はもうちょいと構う時間増やすべきなんじゃないのだろうか。

 

 ……俺も大分ダメになってきたなぁ。

 

 生活の基盤というか、生活の中心点にはあの四人の娘がベースに来ている。最初は保身の為に助けたのは事実だが、こうやって気づけば間違いなく彼女を家族として、そしてなくてはならない存在として認識してしまっている。非常に面倒な事だが彼女たち抜きでの生活はもうほぼ不可能だと思う。仮に彼女たちがいなくなったら―――一体どうなるのだろうか。あまり想像したくはない考えだ。少なくとも想像できない領域にまで彼女たちは自分の心に踏み込んできている。

 

「我ながらだめな男だなぁ」

 

 たぶん悪い女に騙される、そんな男だ俺は。そしてそれでいいと思う部分がある。誰かを騙すよりは騙された方がまだ幸せなんだろうと思う。だからそれでいいと決め、そして片手に握るドーナッツの入った箱を確認する。最近こうやってお土産を片手に帰宅する回数が多いような気もする。金銭的には最初の頃よりは割と余裕はあるが、最近は少々出費が多すぎるかもしれない。あと甘いものを食べすぎるのは結構体に悪い。栄養とかバランスは基本的にディアーチェが面倒を見てくれているが、一応最年長というか家の大黒柱としてそこらへんも気を遣わなくてはならない。まぁ、今回はいい。次回、次回だ―――とか言っていると次回も全く同じことを言い出すのでこれで最後と思わなくては。

 

 ともあれ、目を瞑っても帰れるほどに歩きなれた廊下を歩けばすぐに自宅前に到着する。デバイスと鍵で扉を開けて、中に入る。玄関で靴を脱ぎながら帰還を告げる為に口を開けて声を発する。

 

「うぉーい、俺様のおかえりだぞお前ら。喜べー」

 

 と、そこで靴を脱ごうとして気付く。玄関に子供用の靴が一つ多く存在している事に。見た事の無い靴で、サイズは明らかになのはのそれじゃない―――というかなのははさっき別れたばかりなのでなのはの可能性は限りなくない。なら近所の子供か? そう判断したところでこの四人は俺の知り合い以外に交友関係を広めようとしないからそれもあり得ないと判断し、首をかしげる。不穏な空気はしないので、一応は平気に思える。ともあれ、返答は直ぐに返ってくる。

 

「おかえりー」

 

「イストー、ちょっとこっちきてー」

 

 奥の方から良く知った声が聞こえてくる。だからそれに答える。

 

「はいはい、お客さん来てるんだろ? 誰だよこんな時間にお邪魔してるやつは……」

 

 軽く溜息を吐きながら反応し、そして玄関から奥、リビングへと向かう。そして扉を開けたところでそこにいる人数を軽く数える。まず水色なのがレヴィなので1だ。次に茶髪のシュテルで2になり、金髪のユーリで3だ。そして白髪のディアーチェがキッチンの方にいて4で―――レヴィとシュテルとユーリに囲まれて微妙に涙目になっているのがオレンジ色の頭の少女、

 

「……ティアナ……ちゃん?」

 

「あ、はい。お久しぶりですイストさん」

 

 ティーダ・ランスターの妹、ティアナ・ランスターの姿だった。何故、彼女の姿がここにある。彼女は自分の中ではわりかし安全だと思っているナカジマ家に預けていたはずだ。それ以外にもマテリアル娘たちの姿を深く知られるのは色々と問題がある。その為にナカジマ家に送ったようなものなのだ。だからここにいるのは都合が悪いが―――こちらの事情に無理やり付き合わせて直ぐに追い返すのも間違っているとは理解できている。ともあれ、

 

「えーと、ティアナちゃん何をしてるの?」

 

「あ、あのぉ……」

 

「家出娘ですよイスト。私達の愛の巣を邪魔しに来たんです。真っ先に排除しましょう、主に物理的な方法で」

 

「愛の巣!?」

 

 シュテルの発する言葉に軽くティアナが驚愕の表情と驚きの声を零す。何か初期の頃のなのはを見ている感じで少しだけ懐かしさに浸る。あぁ、ティーダは外道だったが家にいる間はあんまり発揮されなかったのかなぁ、と思いつつもシュテルの足を掴み、逆さまに引き上げる。

 

「まさかスカートの中身を確かめ―――」

 

「言わせねぇよ」

 

 そのままシュテルが喋れない様に足で掴んで軽く振り回す。本来は空戦魔導師だし、これ以上の速さで振り回しても何ともないのだろうが、とりあえず何もしゃべらなければそれでいい。というかコイツ、あの夜から大分調子に乗っている節がある。すぐ隣で楽しそうな悲鳴を上げながら振り回されているシュテルを眺めるレヴィを無視し、もう片手でドーナッツの入った箱をユーリへと渡す。受け取ったユーリが直ぐ様にキッチンへと退散し、レヴィがそれを追いかける。

 

「で、ティアナちゃんは何でここにいるのかな」

 

「それよりも右腕で振り回している彼女の方をどうにかした方がいい気がします」

 

「これはこれでいいんだよ」

 

 どうせこの程度じゃ懲りないし、結構楽しんでいる感じがするし。というか存外に冷静な所を見る辺り、ティアナも割と順応できるタイプらしい。ただ愛とかそんな言葉に反応したのはやはり若い所から来る初心な所なんだろうなぁ、と軽く認識したところで、

 

「で、ティアナちゃんは何でここにいるんだ?」

 

「……」

 

 そう聞くとティアナが俯いて一瞬言葉を止め、そして視線を此方へと向けてくる。そろそろ邪魔になってきたのでシュテルを振り回すのを止めてソファの上へと投げ捨てると、期待のまなざしを此方へと向けてくる。それがないものとし、黙ってティアナの事を待っていると、

 

「その……家出しました」

 

「それは……何故だ?」

 

 自分が知っている限りナカジマ家でのティアナとゲンヤやスバル、ギンガとの関係は良好だったはずだ。ちょくちょくゲンヤからどういう風に生活しているとか、そういう事を聞いて安堵もしていたのだが―――こうやって急に家出した、何て言われると激しく不安になる。ゲンヤが何かをしたとは思えないので、何か自分が見えていないところでミスったのだろうか。そう言う覚えはないから困る話だ。

 

 しばし無言でティアナを見つめていると、ティアナが少し、遠慮がちに答えてきた。

 

「―――タスラムと話したかったんです」

 

 

                           ◆

 

 

『―――で、問題の娘はどうなんだよ、うん?』

 

「そうですねぇー……まぁ、確実に何か隠していますね」

 

『だろうな』

 

 電話越しにゲンヤの苦笑が聞こえ、それに反応する様に自分も笑うしかなかった。ティアナが一体どんな思いでナカジマ家を出てこっちへとやって来たかは解らないが、ゲンヤは心配なんかしていなかった。彼女が家を出るとして行ける場所はここぐらいしかないからだ。だからこちらから電話を入れた時は直ぐに掛かり、そして話が通じた。こういう時直ぐに話の通じる人物がいるのは非常に助かる。

 

『で、今はどうなっている?』

 

「タスラムと話したいって言ってましたからねー、一応渡してゲストルーム使わせていますよ。ディアーチェがサクサクっと部屋の準備やってくれたおかげで何とか泊められそうな感じですね」

 

『お前んとこのは本当に優秀だなぁ……おい、ちょっとウチのスバルと交換しないか? ほら、いい感じに懐いてるじゃねぇか。もうちょっと本格的に修行つけてやってくれよ』

 

「スバルちゃんとのトレードはナシで。此方の台所担当を寄越せというのであればギンガちゃんを送ってもらいましょうか」

 

『くぅ、やっぱそっちを要求されるかぁ……じゃあ話はなしだな』

 

 と、冗談を飛ばしあってまずは軽く空気を暖める。非常に面倒な話だがティアナが何かを隠しているというのは見れば解る事なのだ。それが何か、を察する事は脳の中を見る事が出来ない限りは難しい話だ。だが態度や仕草から大凡の事は察せるかもしれない。

 

「10歳の子供が大人に秘密を隠せるわけがないだろうに……」

 

『ははは、俺達がまだ可愛いガキだった頃もそんなもんさ。必死に悟られてないと思って色々とやるもんなんだよ。俺とかアレだ、親にこっそりエロ本買っておいて隠しきれていると思ってら親父がこっそり”隠し場所、移しておいたよ”なんて事を暴露するイベントがあってなぁ……色んな意味でショックだったわ』

 

 あぁ、そりゃあ確かにショックだろう。使われたショックとバレていたショック、そして最後に親父の方が上手だったショック、むしろトラウマにしかならない。と、それは激しくどうでもいい話だ。

 

「すみませんけどティアナはこっちの方でしばらく預からせてもらいますね」

 

『あぁ、そうしろ。預からせてもらうじゃなくて正しくは”返す”なんだろうがな。元々お前から預かってたもんだ。面倒見切れるもんなら最後までちゃんと面倒見てやれ。あの馬鹿野郎との約束なんだろう?』

 

 あぁ、確かにあの馬鹿な相棒との約束だ。ティアナの面倒は任されたが―――俺が生き残った日、あの日にイスト・バサラは死んだも同然なのだ。今ここにあるのは生き恥を晒している残りカスにも似た様な存在だ。果たす事を果たせない間は、永遠に蘇る事は出来ない。だから、

 

「なるべくそちらの方へ早く送り返します」

 

『ま、お前がそう言うのならいいさ。あの馬鹿と関わっちまったやつとして相応の責任を取るだけさ。テメェのケツは拾ってやるから死なない程度には好き勝手やってろ』

 

「ありがとうございます」

 

 そこで会話は終わり、電話が切れる。電話を戻し、そして軽く溜息を吐く。幸い周りに四人娘の姿が無ければティアナの姿もない。なるべく彼女たちの前で溜息を吐いたり、弱音を見せる様な姿は男として見せたくはないが、困った。いや、ゲンヤの存在には助けられている。ティーダが頼っている意味も解る。実際自分より経験豊富で、そして知識の多い大人に頼る事は選択肢として悪くはない。だがヒントも貰えず放り投げられるとは思いもしなかった。

 

「失敗も経験、って事か」

 

『Difficulity comes any time』(困難とはいつだってやってくるものですよ)

 

「んなこと解ってら。ただ俺も大分大人ぶっているけど結局の所経験不足だってのは否めねぇ。ミッドだと軽く感覚が狂うけど19歳だってまだまだガキだって言われてもしょうがねぇ年齢だ。まだ19年しか生きてねぇのに正直な話、命を預かるとか重くてしょうがねぇけど……」

 

『But, you will do』(ですが、やるのですね)

 

「まあな」

 

 やるしかない、というのが正しい。ベーオウルフは魔導師としての人生をずっとサポートしてきたパートナーだ。正真正銘の半身とも呼べる存在。だからこそ此方の事を誰よりも理解し、そして必要な時以外は黙っていてくれる。適度に挟んでくれる会話をプログラムルーチンによるものじゃなければいいなぁ、と夢想しながら体を軽く伸ばす。

 

「ま、これで決まりか」

 

 そう呟いたところで、廊下の方からティアナが出てくるのが見えた。此方に大分遠慮している様子だから此方から近づき、頭を触ろうとして……手を引っ込める。もう少しだけ、相手の感情を考慮した方がいいだろう。

 

 ともあれ、

 

「黙って出てったことにゲンヤさん―――あんまし心配してなかったけど心配かけるようなことをしちゃだめだぞ?」

 

「すいません、前後で軽く矛盾しているんですけど」

 

「男ならそこはスルーしろよ」

 

「女です」

 

 頭を抱え、

 

「それでもティーダの妹か!」

 

「なんで兄さんの妹だとおかしなことを求められるんですか……?」

 

 そりゃあティーダの妹だからだ、と言おうとして止める。これぐらい言い返す事が出来るのであればとりあえず、この家ではやっていけるし、割と大丈夫そうだ。特に心配する事は隠しごと以外にはなさそうだな、と判断しつつ、

 

「とりあえず満足するまではここにいていいから。あとタスラムは好きなだけ弄っていてくれ。……まあ、元々はお前が持っておくべきものなんだけどな、あんまし子供にデバイスとか持たせたくないしなぁ」

 

「いえ、……あの時の私にデバイスなんか持たせていればどうなるかは解っていましたから」

 

 それが客観的に見えているのならいい、10歳にしては若干達観しているのが少し不安だが……まぁ、許容範囲内だ。

 

「よろしくな、ティアナちゃん」

 

「よろしくお願いしますイストさん」

 

 握手を交わし、新たな生活が始まる。

 

 小さな不安と共に。




 今更だけど原作キャラや原作が”コレジャナイ”になる感じが大きいですよー。原作遵守派は注意。

 超今更だなぁ。


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チェンジング・トゥデイ

 あと少し……なのかな?


 ゆっくりと目が覚めてゆく。もはや特定の時間に起きる事に慣れた体は何の助けが無くても指定の時間に目を覚ましてくれる。こうやって朝早く起きる事にも大分慣れたもんだな、と思う。体を起きあがらせる前に横へと視線を向ければ、そこには着替え終わったレヴィが丸まって寝ている姿がある。おそらく起こしに来てくれたのだろうが、寝ている姿を見ていたら眠くなってきて眠ってしまったのだろう。相変わらずのアホの子っぷりだが、眠っている間は静かで愛らしいので放置しておく。ベッドから起こさないように立ち上がり、そして体を捻ったりして調子を確かめ、窓から差し込んでくる光に軽く目を細める。最近めっきりサングラスを付けた生活に慣れてしまったせいで日の光が苦手になってきたかもしれない。家にいる間でも取った方がいいかもしれない。まぁ、ティアナにこんなスカーフェイスを見せるわけにはいかない。仕方がないと諦めてサングラスを装着し、この一年で大分伸びてきた髪の毛をヘアバンドで尻尾の様に纏め、軽く整える。あとは洗面所で歯を磨いたり顔を洗いながらでいい。もう一回だけ体を伸ばし、

 

「―――あぁ、今日も仕事だぁ……」

 

 連続殺人事件、終わらないなぁ、と呟く。

 

 

                           ◆

 

 

「おはよう。珈琲は丁度出来上がった所だぞ」

 

「おはようディアーチェ。相変わらず気が利くな」

 

 歯を磨き、顔を洗い終わると既にキッチンにディアーチェの姿が立っている。そしてそうやってカウンターに乗せてくるのは朝の一杯、というやつだ。まずこれがないと目が覚めない。退室云々の前に飲まなきゃ気分としての調子が出ないというやつだ。前までは自分でやっていたものだが、今ではキッチンは完全にディアーチェに乗っ取られ、鍋とかフライパンもディアーチェの使いやすい位置へと変更されてしまっているので、自分には入り辛い環境となってしまった。というかもはやどこに何が置いてあるとかは自分が解らない様になってしまった。名実ともにキッチンの覇者になってしまったディアーチェの淹れる珈琲は悔しい事に美味い。確実に自分よりも上手になってしまったのでキッチンに入る隙間さえない。少々悔しい思いをしながらも珈琲をカウンターで受けとり、そのままリビングのソファに座る。

 

「おはよー」

 

「相変わらず飲む前は結構テンション低いですねー。おはようございます」

 

「おはようございます、今日もいい天気ですね」

 

 そうだなぁ、と答えながらシュテルとユーリの間に座り、テレビの方へと視線を向ける。今日はアニメではなく朝ドラマを見ている様子だった。スクリーンの右上には216番チャンネルと書かれていたので、おそらくドラマ放送チャンネルだ。テレビの中では医者を目指す青年が無免許ながらも紛争地帯の人々を救おうと奮闘している姿が映っている。この二人が見るものだからどんなキチガイドラマかと意外とまともな内容だった。軽く驚愕を感じつつスクリーンを見ていると、

 

「お、そろそろですね」

 

「名言来ますよ」

 

「ほほう?」

 

 スクリーンの中で針を握った青年が患者に背中を向けてもらっている。ここからどんな名言が生まれるのだ、そんな事に軽く期待をしていると、

 

『死ねぇ―――!!』

 

「ぶっ」

 

 思わず珈琲を吐きかけた。青年が針を患者の首へ突き刺した。疑う事なく即死である。患者はそのまま動かなくなって倒れた。確かに、確かに病気に悩まされる事はない―――だが今確実に殺しに行っただろこの医者。

 

『うん? ……間違えたかな? よし、次の木偶を呼んで来い』

 

「なんだよこのドラマ! 患者が人間扱いされてねぇぞ! 木偶って思いっきり呼んでるし、ヤブ医者ってレベルじゃねぇぞ!」

 

 何を言っているんですか、とユーリが此方へと視線を向けて説明を開始する。

 

「”外道医伝~俺の患者は木偶~”はハートフルボッコ患者虐待系ストーリーです」

 

「あぁ、お前らが見ている時点で察するべきだったよ! もう少しまともな物を見ろよお前ら!」

 

 相変わらず全力でおかしな番組を好む連中だなぁ、とこの二人を再評価する。何時の間にか部屋にはマドウシスレイヤーグッズも増えているぐらいにはファンだし。保護者的にはもう少し大人しいものというか、普通なものを見て育ってほしい。こう、自分的にはもっとヤンチャというよりおしとやかな淑女に育ってくれた方が嬉しいわけで、こんな物を見ても外道性しか育たない気がする。何せシュテルが見ていて参考になるとか言っているのだ。確実にいい影響にはならない。いや、もう淑女部分は諦めているのだが。これ以上性格が悪くなられたら困る。主に俺が。

 

 ともあれ、溜息を吐く回数も増える今朝。ドラマはツッコミどころ満載だが不思議と見続けられるぐらいには面白い。たぶんそれがまだ放映されている理由なのだろう。チャンネルを変えたいのにカオスすぎてチャンネルを変えられないこの感じ―――結構悔しい。

 

「ところでレヴィはどうした」

 

 キッチンからの声、間違いなくディアーチェだ。だから答える。

 

「管理局員が次元犯罪者に」

 

「どんな例えだそれは! あぁ、だがそうか……やっぱり眠ったかぁ……」

 

「激しくどうでもいいですがレヴィのアホの子指数が上昇していませんか最近? 何というか、具体的に言うとおしおきの儀式を済ませたあたりから段々と」

 

 あまり怖い事を言わないでほしい。レヴィがこれ以上アホの子になるような事があれば間違いなく困るのは俺だ。今でも十分アホで言った事を全くと言っていいほど聞かないのに、これ以上問題児になったら俺が死ぬ。

 

「というかベクトルは違うけどお前ら二人も結構問題児だぞ。レヴィどうこう言えない立場っての理解しているのかお前ら」

 

「私達のどこに問題児要素があるんですか」

 

「そうですよ! 私なんかとくに問題起こしていませんよ!」

 

「病院。退院。マトリクス無双。全裸。風呂。告白」

 

 二人ともその言葉で黙る。この家で問題を一つも起こしていないのはディアーチェぐらいだ。本当にこいつらは王様ぐらいに大人しくやってくれないのか。このままでは俺が最終決戦迎える前にストレスで倒れそうだ。……いや、まずそれはありえないのだが。ともあれ、二人が反論できずに黙ってくれるので静かな朝が蘇る。その静寂を心地よいとも、そして寂しいと思いつつ珈琲を飲み進めていると、背後から遠慮がちに近づいてくる気配を察する。声を発する前に振り返れば、廊下、ゲストルームから身を出したティアナが遠慮がちに此方を見ているので、片手を上げて挨拶をする。

 

「おはようティアナちゃん、何か問題あったか?」

 

「あ……おはようございます」

 

 ぺこり、と礼儀正しく頭を下げながらティアナは挨拶してくる。そして少しずつ近寄ってくる。やはりと言うべきか、彼女の動きに対しては遠慮がある。いや、彼女の動きは遠慮があるというより、むしろ―――に近い。だとすれば、彼女は―――いや、いい。たぶんこれで正しいのだろう。

 

「朝は何か飲む方かい? そこの厨房の王に頼めば大体なんでも作ってくれるぞ。ちなみに今朝の朝ごはんはオムレツだぞ」

 

「貴様、勝手に我を安いものの王にするな。それにただのオムレツではない。ふわふわとろとろで中にチーズが入ったオムレツだ。我が作る料理をただの料理と侮るなよ」

 

 そんな事をドヤ顔で語るからお前は厨房の王とか呼んでいるんだよ、何て事は言わずにティアナのリアクションを待っていると、ティアナが両手でタスラムを握っている事を見た。それを見てあぁ、と呟き、

 

「それは自由に持っておいてくれ。元々お前の兄貴のだし」

 

「あ、……はい。あとイストさん」

 

 ティアナが此方の目を見ながら口を開く。

 

「―――後で少し出掛けてもいいですか?」

 

 

                           ◆

 

 

「―――それで、出掛けさせたんだ」

 

「まあな。特に止める理由はないしなぁ」

 

 それから数時間後、場所は大きく変わり、ミッド中央近くの公園には一つの死体があった、既に周りには陸士や空士が集まっており、場所の閉鎖などが行われている。木に寄り掛かる様に死んでいる死体にベーオウルフ越しに触って行く。胸があって陰部はない、普通の女性だ。体に軽く触れて、魔力で探った所外傷はない。だが、口から吐き出すようにおびただしい量の血が溢れ出して、周りの草地を完全に染め上げていた。女性の着ている茶色い管理局員の制服もその血で染まって赤くなっている。口を開けて中を覗くが、特に異常は見られない。だから最後に一番の怪しい場所を調べ―――そして死因を確認する。

 

「二十三歳女性、空士、魔導師ランクはAAAか。こいつもまたエース級の魔導師だな。死因は前の”3件”同様心臓の破裂による即死。これでエース級魔導師の死体発見も大分慣れて来たなぁ。おい、お前はどうなんだよそこらへん」

 

「……最初に見たのが割とショッキングだったから大丈夫かにゃー」

 

「無理にあざとく見せる必要はないぞ」

 

 無言でレイジングハートを握りだすなのははスルーして、死体を再び確認する。今月、5月にはいって既に3件目なのだ、この事件は。殺しのペースが少々早すぎる。いや、そもそも状況も異常だ。周りを見れば戦闘痕は存在する。だがそれはやはり被害者側が一方的に抵抗したような形跡で、襲撃者側に繋がる様なヒントが一切存在しないのだ。正直な話、調べるにしてもノーヒントすぎて少々厄介だ。

 

「一撃で心臓を破壊している、か」

 

「イストの見立てだとたしか格闘術だっけ」

 

「うん、まぁ、そうだったんだけど……」

 

 こうも続くと流石に色々と疑問が浮かんでくる。第一に、一体何の目的でこんなに死体を増やしているのだ? その理由、そして方法。……そう、方法。気になるのはそこだ。確かに心臓破裂を殺るには格闘術でやるのが一番楽なはずなのだが、それに関しては少々疑問がある。戦闘の形跡を見るに、戦闘は地上メインで行われているようだ。だが、それにしてはあまりにも浅いのだ。

 

「足跡が浅いんだよなぁ……」

 

「浅い?」

 

 そう、と答え、説明を開始する。基本的にこういう難易度の高い技は体の体勢を整えたり、威力をストレートに叩き込むために踏み込みが重要になる。だからこういう鎧貫きの様な技は基本的に強く踏み込んでから叩き込むものだ。少なくとも自分が所持している知識の中じゃ踏み込まずに技を放てる様なキチガイはいない。足はどんな格闘技の中でも基本中の基本で、重要な部分だ。だから足跡が浅いのには違和感がある。足跡が残っている以上、相手が地上で戦っていた事には間違いはない。だが踏み込みはない。

 

「あぁ、なるほど。つまり足跡が浅いって事は踏み込む力を入れてないから、技を放てるわけがないって判断しているんだ」

 

「そういう事だ。魔法の非殺傷設定を利用して心臓だけをぶち抜けるっけ?」

 

「無理無理。そんな芸当できてたら私ビルを壊さずに相手だけ砲殺するよ」

 

 なのはがまた恐ろしい言葉をこの世に生んだ―――砲殺。なんともトラウマになりそうな言葉だ。シュテルが使いそうなので口に出す事は止めて忘れておこう。

 

 しかし、

 

「家の中でも家の外でも面倒ばかりだなぁ……どうにか少しは楽になってくれないかねぇ、色々と」

 

「自分から背負い込んだ苦労なんだからそれぐらいどうにかしなきゃ駄目じゃない」

 

 なのはがそう言い、そして納得せざるを得ない事だと思う。この仕事も、復讐も、そしてティアナに関する事も全部自分でやると決めてしまっているので弱音を吐く時間はない。とりあえずは目の前の問題をどうやって片づけるかが問題だ。今までの被害者は全て総合AAAランクの魔導師、自分よりもワンランク上の魔導師で、なのはよりはワンランク下の魔導師だ。管理局全体から見ても15%程度しか存在しない貴重で、そして強力な戦力。これだけ殺されたとなると流石に本局の方も本腰を入れてこの事件に対して対応する筈だ。

 

「面倒だなぁ、囮作戦で釣れないのかなぁ」

 

「できたら楽だよねー……」

 

 ともあれ、相手は全くと言っていいほど証拠を残さないためにどんな方法で敵を殺しているのか全く判別がつかない。今回は公園という地形であり、大地が土と草だからこそ踏み込みに関して気づける事もあった。一度データを確認して再び足跡部分を探る必要があるが、結局は殺人手段の判明していない事件だ。

 

「たぶん過去の犯罪記録や希少技能を探って、殺人方法を憶測する日々が始まるよ……」

 

「頑張って!」

 

「今夜は寝かさないぜなのは……!」

 

「あぁ、やっぱり私も付き合うんだね―――ユーノ君巻きこめないかなぁ、得意そうだし」

 

 今でも死にそうな表情をしているのだからそれは勘弁してあげろと言いたいが……案外、知恵を持った人物に相談するのは悪くないかもしれないと、なのはの案に乗っかる事とする。そうと決まれば、

 

「行くか」

 

「どこに?」

 

 それはもちろん、

 

「無限書庫に」




 気づけばもう少しで60話。ちょっと更新しすぎな部分あるんじゃないかなぁ。この章終わったらマテリアルズの更新1日1話にしようかのぉ。まぁ、何時も通り気分次第なんですが(

 あと貴様ら作品に関する質問はツイッターでやれといっただろ、感想だと不特定多数が読んでいるんだから。次からは答えんからな。ぷんぷん。


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トリック・アンド・トリック

 気づいていた人は気づいていたんじゃないかな?


「―――では、行ってきます」

 

「うむ、あまり遅くなるではないぞ? 遅くなったら色々と心配するからな」

 

「解っています。迷惑はかけられませんから暗くなる前には帰ってくるつもりです」

 

 そう言ってティアナは扉を抜けて家の外へと出て行った。その姿を数秒間追ってからリビングへと戻る。昼食の後片付けは終わり、夕食の準備はまだいい。家の厨房を預かる者としてのとりあえずの責務は果たした。だからダイニングの椅子に座り、軽く一息を入れる。とりあえず片付けは終わった。だがそれとは別に、

 

「王、どうするのですか」

 

「ふむ」

 

 シュテルがダイニングテーブルに参加しながらそんな事を言ってくる。そして自分の”槍”が何故そんな言葉を放ってきているのは解っている。その言葉には自分にも思い当たる事があるからだ。というか思い当たる事が多い。大体自分たちは多くを望まない。元々実験の成果として生み出された以上、何か奇妙な出来事が無ければ目を覚ますことなくその生涯を終えていたのだ。だから恩はあるし、愛情もあるし、多くは望まない。ただこの平穏な日々が続いて欲しい。それだけが願いだ。それ以上は求めない。クローンにありがちなオリジナルへの執着等興味の欠片もない。シュテルがオリジナルなのはと対面した様子を見れば解る。全くと言っていいほど興味をオリジナルへと向けてはいなかった。

 

 だから今もそうだ。あの小娘には興味はない。ティーダ・ランスターだか、ティアナ・ランスターだか、そんなものへの興味は全くと言っていいほどない。これ以上交友を深めるつもりも広げるつもりもない。この小さな世界で十分すぎる程に幸せで、これ以上望むのは間違いなく罰当たりなのだ。そもそも生まれてきたこと自体が間違いな生物―――それが自分達、プロジェクトFの子供たち。だからこれ以上邪魔をされたくはない。それが本音。だがそれでは生活できないのも知っている。だから話すし、気遣うし、そして心配もする。だが興味はない。自分達の世界は自分を含めたたった五人で完結している。

 

 そこらへん、あのゲンヤ・ナカジマという男は的確に見抜いてきていた。料理している間此方を手伝い、無駄に踏み込まない様に話を選んできたのはそういう事が解っているゆえだろう。なるほど、中々達観した人物だが―――手を出さないものはどうにもならない。あの男は聊か老いすぎた。もはや何かを変える力を残ってはいまい。そういう意味でもここへあの小娘、ティアナが来た事は向こうからすれば僥倖だったかもしれない。ただ、此方側にも問題はあるのだ。

 

 はたしてイストにそこまでの余裕があるか。

 

 アレは常に余裕を持っているように見えるが、実際のところはそうではない。実際はかなりギリギリの場所で踏ん張っているに違いない―――だからこそ我々はここから動けない。この部屋で過ごす日常がイストの心にとって何よりもの癒しであり、薬である。これを守り続ける事が即ち復讐に染まっているあの心を保たせている。だから自分たちの役目はこのささやかな日常を、守ってくる場所を守り続ける事だ。そして全部終わった時には派手に祝うパーティをやって、そして明日を迎える。それだけが自分たちの役目だと思っている。

 

 そこに土足で踏み込んで邪魔してくる者がいる。

 

 故に、どうするか。我らの保護者と名乗る馬鹿者を刺激せず、心配させず、そして困らせる事無くあの娘をどうするか。それが問題だ。まずあの小娘が何かを抱えているというのには間違いはない。そしてそれがイストに対する何か、であることは把握している。内容までは解らない。イストは爆発するのであればさせて、受け入れるつもりだが―――贖罪のつもりだろうか、それはくだらないので此方としては願い下げだ。となると必然的にやる事は一つに絞られてくる。

 

「把握するために動くしかなかろう」

 

「でしょうね。元々取れる選択肢は少ないですし、それが最良でしょう」

 

「―――という事は僕の出番?」

 

 よ、何て言葉を発しながらソファからレヴィが下りて軽く体を動かす。軽く体を捻りながら調子を確かめる感じ、どうやら先日受けた腹パンによるダメージは全くないようだし、大丈夫なようだ。……まあ、他に選択肢がある訳でもない。レヴィは確かにアホだが、賢いアホである為、ちゃんと命令しておけば命令通りに行動してくれることは解っているし、彼女も意志は此方と同じだ。だからこちらが間違えない限りは正しい選択と結果を得てくれるはずだ。故に決断を下す。決断を下すのは常に王の仕事であり、責任だ。情報を並べ、飲み込み、理解し、そして選ぶ。その結果は全て己の責任。

 

「レヴィ、あの娘を尾行できる所までしてみろ。ヤツが帰ってくる素振りを見せたら先に戻って来い。今はそれだけで十分であろう」

 

 これで何かが解るとは思えないが、それでも少しでも情報は集まるのであればいい。何せ、イストも馬鹿ではない。好んで殺されようとはしていない。いや、自己犠牲的な部分は若干あるが、そこまでこじらせてはいないはずだ。ともなればティアナの問題が解れば自分から対処しようとするはずだ―――たぶん。少なくとも自分の知っているイストならそうする。

 

「全く面倒のかかる奴め」

 

「だがそこがいい」

 

 キリっと言えるシュテルは勇ましいものだ。ああやって思いを口にできるのはかなり勇気がいる事だ。現にラスボスと称されているユーリがおぉ、と拍手を送りながら、

 

「でもアレですよね。結局は養ってもらって守ってもらって私達ってダメ女ですよね」

 

 グサリ、と言葉が突き刺さる。

 

「僕ダメ女じゃないから任務に出てくる―――!」

 

 レヴィが逃げた。だ、だが大丈夫自分にはキッチン担当という肩書がある。これがあるうちは決してダメ女ではない。

 

「あ、私は未来の妻という職業がありますので」

 

「貴様が我が家一のダメ女か……!」

 

 満場一致の決定だった。

 

 

                           ◆

 

 

 時空管理局本局に存在する無限書庫。既に何度も訪れている自分と、そして知り合いがいるなのはは特に問題もなくここまでやってくる事が出来る。無限書庫の中も何度も足を運んでいるおかげで無重力空間には慣れている。此方へと来る前に、あらかじめ連絡を入れておいたために目的の人物は既にそこにいた。何時も通り疲れた表情に前よりも少しやつれた様な姿、ユーノ・スクライア。

 

「ユーノ君、会うたびに死にそうになってるけど大丈夫なの……?」

 

「ははは―――正直言って職場変えたいなぁ……!」

 

 ユーノが笑っているがその目は笑ってはいない。やめたいと思っているのは本気だろうが―――止められないのだからこうやって未だに寿命削って無限書庫で頑張って働いているのだろう。その姿は実に感動的だ。実際この男がいなければ無限書庫はまともに稼働しない。この男を管理局が手放すとは思えない。だから、もう、

 

「ご愁傷様。同情するよ」

 

「ははは、君ほど苦労しているわけじゃないから安心してよ。疲れているのならお茶の一つでも出すよ?」

 

「お前がウチへ茶を飲みに来いよ。まぁ、メインは珈琲だけどな。ウチのやつが淹れるのは美味いぞ?」

 

「なんで二人は私の知らないところで仲良くなってるの。しかも前来た時は敬語ついてたのにそれもなくなっているし」

 

「そんな事どうでもいいじゃないかなのは」

 

「そうそう、どうでもいい事だぜ?」

 

「解せない」

 

 困った様子のなのはは放置するとして、さっそく本題に入る事とする。無限書庫へ来たのは資料を調べに来たわけでもなく、話を聞きに来たからだ。メールで済ませよ、と誰かなら言いそうな事だが、実際にこっちへ来いと言ってきたのがユーノだったのだから仕方がない―――まぁ、たぶんこうやって抜け出してくる理由に使っているのだろう。軽く調べただけでも無限書庫のブラック体制は頭のおかしさを感じるレベルだ。同情してないと言ったら確実に嘘になる。ともあれ、メールでも一応内容は飛ばしておいたが、

 

「事件を頭のいい人間から見てもらおう」

 

「少し待って、それじゃまるで私も馬鹿扱い……」

 

「俺もお前も中学中退だろ」

 

「私通信教育受けているから……!」

 

 そのなのはの声が震えている、という事を指摘すると素早い速度でローキックが突き刺さる。そして無重力の無限書庫の空間なので、ローキックの衝撃でなのはが逆方向に流れて行き。自分の体がその衝撃で前へと向かって進んで行く。

 

「おーい、僕を置いて君達どこへ行くんだよー」

 

「物理法則に聞いておくれ」

 

「ごめーん!」

 

 流されて行くなのはがそのまま書庫の通路へと入ってどこかへと消えてゆく姿が見えるが、こちら同様、適当な本棚に掴まって体を押し、再び戻ってきた。ユーノに近づくのと同時にまた減速し、身体の動きを止める。そして戻って来たところでユーノに苦笑され、話を戻す。

 

「それでユーノ君、何かわからない?」

 

「―――ようは相手の体内に直接攻撃を仕掛ければいいんだ、そう難しい話じゃないよ」

 

 そう言うとユーノは近くの本棚へと移動し、そこから本を取ってくる。そして、両手を持ち上げる。持ち上げた左手に本は乗っており、その下に緑色のミッド式魔法陣が出現する。何をするのか要領を得られないが、ユーノはただ笑顔を浮かべたまま、目の前で本に対して魔法を行使する。本は光に包まれ一瞬で姿を消失し、そして逆側の手に出現する。そしてそれを見た瞬間、全てのピースがカチリ、とハマる音がした。

 

 瞬間的に犯行手段、武器、動機、事件の全てが見えた。

 

「……転移魔法?」

 

「そう、転移魔法だよなのは。簡単な話、攻撃を相手の心臓へ送り込んだんだよ。だから体を傷つけずに心臓だけが破裂しているんだ。必要なのは魔力でも才能でもなくて、心臓という位置へピンポイントに攻撃を送り込むための計算だね。1ミリもズレ無いように常に動き回る相手を計算し、予測し、そして動きに合わせて”置く”、それだけのシンプルな手段さ。相手の計算を超える様な速度や動きをし続けない限りは回避が難しい、必殺の一撃だよ。……ただ送られた資料だけを見ていると色々と解らない事は多いけどね。高レベルの魔導師を集中的に狙っているようだけど、証拠を残さない事以外では色々と適当というか。まるで遊んでいるような犯行なんだよね。―――イスト?」

 

 そして、同時に、嫌なものも見えた。

 

 ―――ヤバイ。

 

 時間を確認する。時刻は既に5時過ぎだ。今からどんなに急いでミッドへと帰ろうとしても最低で2時間はかかる。時間が足りない。急いで無限書庫の出口へと向かってゆく。

 

「イスト!」

 

「なのは、ミッドへ戻るぞ―――家族がヤバイ」

 

「どういう事?」

 

 どうかお願いだから、この予感だけは外れていてくれ。そう願うも、自分の考えが正しければ状況は最悪に近い。いや、最初から最悪だったのだ。既にサインはでていた。それを見逃していたのは俺だ。そしてそれでいいと判断していたのも俺だ。しばらくなら平気だと、そう愚かにも思ってしまったのは―――俺だ。

 

 敵は―――アイツだ。

 

 

                           ◆

 

 

「―――これで本当にいいの……?」

 

 それは間違いなく不安、というか疑いだった。言われるがままに行動してきた。なぜなら自分が見ている事は絶対に真実だと言えるから。そしてそれを疑うことはできない。だって……もう失うのは嫌だから。だからこの現実を壊さないためには信じるしかなかった。言葉を、そして語られる真実を。そしてその結果、水色の少女―――レヴィはベンチの上で音を立てずに眠っている。あんなにもはしゃいで楽しそうだった姿が今では嘘の様だ。

 

「大丈夫、その子に恨みはないから全部終わったら家に帰すから」

 

「……うん」

 

 鮮やかだった。家を出たら確実にレヴィが後から追いかけてくるから、言われた通りの道を通ればいい。それが指示だった。そしてその通りの道を歩いたら急にあらわれ、そしてレヴィを抱きかかえていたのだから驚いた。だけど、本当に、本当にこれでいいのだろうか。

 

「ねぇ、これでいいの? ―――兄さん」

 

 ティーダ・ランスターはタスラムを片手に握り、微笑みながら此方を見て言う。

 

「あぁ、これで間違っていないよ―――間違いなく僕はイスト・バサラの手によって殺されたのだから。だからティアナ、君は一切間違ってはいないよ―――」

 

 良く知る兄の声。良く知る兄の手の感触。

 

 良く見た事のある、兄の表情だった。

 

 だがそれはどこか遠くに思えた。違うと感じた。何かが決定的に欠落していた。だがそれを疑ってはいけない。疑えばどうなるかを本能は既に理解していた。だから、だから―――。




 王様と外道さんでは年季が違いましたとさ。

 大体把握していた人はいるんじゃないですかね、そこらへんヒント出していたので。攻撃手段とか必殺技とか戦闘描写とか。さて、この人操られているのか、意志はあるのか、と疑問に思わせつつでは次回。


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デス・ペナルティ

 誰の為に戦うか、という事ですね。


 ミッドチルダへと戻って、そして家へと戻ってくる事には既に空は暗くなっていた。その頃にはもはや完全になりふり構っていられない状態だった。もはや事件の概要は自分の中で出来上がっていた。マンションまで戻ってくると魔法を使って全身を強化し、一気に飛び上がり、マンションの僅かなでっぱりを足場に一気に自分の部屋があるフロアまで駆け上がる。あとで確実に管理人に怒られるのだろうが、それは重要な事ではない。下からなのはが何かを叫んでいるが、それも届かない。ただただ自分の日常が穢されるのが嫌で、急いで部屋へと戻る。扉へと到着したところで鍵を鍵穴に入れようとするが、焦り過ぎからかちゃんと鍵を入れる事が出来ない。

 

『Master, please calm down, and push the bell』(いいから落ち着いてベルを押してください)

 

 ベーオウルフの気遣い半分の言葉に自分が冷静じゃない事を思い出し、軽く舌打ちしながら鍵をしまい、そして扉の横の呼び鈴を鳴らす。そして数瞬後、扉は勢いよく開けられる。そこから現れたのはシュテルだった。

 

「―――イストですか!」

 

 此方の顔を見て、安堵とそして不安の表情があった。状況は悪いのかもしれない。

 

「シュテル!」

 

「気づいていましたかっ!」

 

 靴を脱ぐことを忘れ部屋へと上がる。中には後悔の表情を浮かべるディアーチェと、そして無表情のユーリがいた。シュテルもシュテルで少しだけ、心配しているような色を顔に見せている。その中に一人だけ、レヴィの姿が見当たらない。そしてそれだけで大体何があったのかを悟る。素早く部屋を飛び出す。

 

「お前らは後で説教だ! 大人しく部屋で待ってろ。―――あぁ、でもシュテルとディアーチェが無事でよかった」

 

「すいません、そこで私の名前が出てこないところは信頼されているって事ですかね」

 

 戦力的な意味で絶対襲われる事も負ける事もないと信頼している事にしておいてほしい。ともあれ、部屋から飛び出したところでなのはとかち合う。此方へと来る前に此方の憶測―――いや、この事件で此方が把握している真相について話しておいたため、今の彼女は大分協力的だった。

 

「大丈夫だった?」

 

「レヴィがいねぇ。ディアーチェの表情見る限りアレ、レヴィを信頼してティアナの後をつけさせてたんだろうな。ただそれが逆に利用された」

 

「―――ティーダ・ランスターに、かぁ」

 

「……あぁ」

 

 マンションの窓から外へと飛び降りる。

 

 

                           ◆

 

 

 なのはと別行動でレヴィを探す。一人でも多く人手が欲しいものだが、贅沢な話は言ってられない。これ以上巻き込める人間はいないのだから。夜のミッドチルダをバイクを走らせ、全力で駆け回る。まずは近所から、子供の足で届く距離をバイクを全力で走らせて確認してゆく。隠れられそうな場所、戦えそうな場所、選ばれそうな場所、マンション近くの場所でそういう場所を当たってみるが、全くと言っていいほど反応はない。そうしてレヴィを見つけられない時間が増えていくと同時にいら立ちが募る。

 

 そういういら立ちを募らせながらもベーオウルフにマーキングさせてあるスポットを一つ一つ確認してゆく。基本的に”良い”場所というものはチェックして回った。それをスカしたという事は間違いなく効率度外視での行動に違いない。だから向かう場所は―――限られる。アイツが、俺が知っている男、ティーダがこんな状況で何らかの場所を選ぶとして、それは間違いなく一番行きにくい場所を選ぶだろう。だとすれば選ぶ場所は二つに絞られる。

 

 ティーダの死体が収められている墓場と―――。

 

 闇夜の中を静かにバイクを走らせる。

 

 最初はひどく焦っていた心も、探しているうちに少しずつだが落ち着きを取り戻してきた。そしてそれと同時に思い出すのは今までの事と、そしてどうしてこうなってしまったのか。探し回っている間に時間は既に真夜中になっている。おかげで車道には自分のバイク一台しか走っていない。時折他にも車が通ったりするが、最近は通り魔殺人事件のせいで夜中の外出はほとんどない。おかげで派手に動いても平気なんだろうが。

 

「……」

 

 静かなのはいいと思うが、同時に寂しいとも思う。そこには人の喧騒がないからだ。そして喧騒とは生活と共に生まれる、だからそれは生活の証だ。だからこうやって静まり返っている現状は少々寂しくも感じる。だから―――あの家の中の喧騒を奪いたくない。レヴィがいて、あの家の中の日常は完成する。それを奪わせることは許せない。それが、

 

「たとえダチであっても、許しはしない」

 

『Master』

 

「いや、元から許すつもりはない。灰は灰に、塵は塵に……そうあるべきさ」

 

 此方の事を案じてくれるベーオウルフの心配は解っている。だが自分の事よりも大事な事というのはどうしようもなく存在している。だから人間、極限の状態でも引く事は出来ないのだ。そしてそれを壊そうとする者へ殺意の牙を向けるのだ。そして俺も、そうやって牙を向けるしかない。……俺も、そしてお前も馬鹿だ、と思う。お互いちゃんとした止め方が解っていない。

 

 ―――そしてバイクを止める。

 

 道路の中央、バイクのライトに照らされている姿がある。

 

 背の低いオレンジ髪の少女と、そして道路に横たわる様に存在するのは水色の髪の少女だ。パっと見る分には水色―――レヴィは眠っているように見える。胸が呼吸と共に上下に動いているのがその証拠だ。おかげで安堵の息を吐く事が出来る。……良かった死んではいない。そしてその横に立つ少女、ティアナももちろんのことだが無事だ。彼女は此方を見ているが、何も言わない。だから特に口を開く事もなく、バイクのエンジンを切り、そしてバイクから降りる。そしてティアナと倒れているレヴィの前へと移動する。

 

「……ほら、帰ったらたっぷり説教しなきゃいけねぇからとっととバイクに乗れ。子供用のヘルメット急いでたから忘れちまったし、交通課の連中に見つかる前に帰るぞ」

 

「……」

 

 ティアナはその言葉に俯き、そして答えない。元々見えていた話だ。いや、最初からこうだったのだろう。予め、ウチへ来たのも準備だったに違いない。妹を利用するやり方はアイツ―――らしいのだろうか。身内でさえ信頼して利用するものだからたぶん少しだけ、ベクトルが違うだけでやっている事は何時も通りだ。

 

「ほら、帰ろうぜ。ディアーチェ泣きそうだし。ユーリはバーサーク前だし、シュテルはちょっと怒ってるけど頭下げて謝れば何とかなるさ。お兄さんも一緒に―――」

 

「私の!」

 

 ティアナの声が遮り、言葉の先を言わせない。夜中に響く大声でティアナは言葉を発した後、それに続く言葉を震えながら発する。

 

「……私の、兄さんは……一人しか、いないんです……」

 

 そして、

 

「イストさん」

 

「あぁ、なんだ」

 

 ティアナは一度此方へと視線を向けると、再び俯く。だが両手は拳を作り、それがぎゅ、っと力を振り絞るように握りしめられていた。不覚にもガンバレ、と応援したくなるような少女の姿だった。だから何かを言うわけでもなく、ただ無言でティアナの言葉を待ち、

 

「……兄さんを殺したのって本当なんですか?」

 

 それに対する答えは一つ。

 

「あぁ、俺が殺した」

 

「―――そう、君が俺を殺したんだ」

 

 そして、奥の闇の中からティアナと同じ髪色の青年が姿を現す。その服装は死ぬ直前と全く同じもので、恰好や握っている武器も全く同じものだった。その懐かしすぎる格好には苦笑するしかなかった。なのはから話を聞いて以来、何時かこんな時が来るとは思っていた。ただ、そんな時が来ない様に、そう祈っていた事に間違いはない。

 

「や、相棒。イメチェン、似合ってないよ」

 

「よ、相棒。新しい職場はどうだ」

 

 うーん、そうだねぇ、とティーダが首をかしげながら答えてくる。

 

「まあ、そんなに悪い所じゃないと思うよ? まず美女が二人いる」

 

「あぁ、それは素晴らしいな」

 

「地雷女であることにさえ目を瞑ればね」

 

 そしてティーダが黙る。え、と声を漏らし、ティーダに質問する。

 

「それだけ?」

 

「え、美女と一緒に仕事する事以外にメリット必要なの?」

 

 この答えでこのティーダが偽物である可能性が一瞬で消え去った。あ、コイツティーダだな、と一瞬で理解できた。こんな回答を出せるやつが他にいてたまるかとも言える。―――馬鹿は死ななきゃ治らない、何て言葉が存在するが、どうやらティーダの馬鹿は死んでも治らなかったらしい。どこまでも彼らしいその言葉には悲しいが、苦笑する他なく、そしてティアナが爆発する。

 

「どうして二人ともそうやって笑えるの!? だってイストさんは兄さんを……!」

 

 そうだね、とティーダは答える。

 

「僕はイストに殺されたよ。でもね、別に恨んでいるわけじゃないんだ。僕だって色々と死ぬ前にやりたい事はあったし、伝えたい事もあった。それが外道だって解っていてもどうしても理解しなきゃいけない事もあった。だけどおかげで解ったよ―――比喩でもなんでもなくイスト、このプロジェクトFに関連する全ての事件、その原因の一端は君にもあるんだよ」

 

 そう言ってティーダはメモリを取り出し、それを此方へと見せ、ティアナへと投げる。ティアナはそれをキャッチし、

 

「兄さん……?」

 

「ティアナ、そこのアホの子を引っ張って少し横へと下がっていて。少し危ない事をこの後にするから」

 

「……うん」

 

「お前、ナチュラルにウチのアホの子をアホの子呼ばわりするの止めてくれね? 色々酷いぞお前」

 

「いやいや、酷さでは君には負けるよ……あぁ、あと安心して。本当に眠らせているだけだから、明日の朝になれば起きるよ―――でも睡眠薬入りのお菓子をあげたら疑わずに食べちゃうのは正直どうかと思うんだ」

 

「ごめん、終わったらマジ教育する」

 

 ティアナが軽く困惑しながらもレヴィを引きずって道路の横へと避ける。その困惑もしょうがないものだと思う。ティーダも俺も、まるで憎しみや殺意の欠片もなくこうやって友人の様に話し合っているのだから。……いや、今でも俺達は親友、相棒だ。それはたとえ死んでも絶対に変わる事の無い事実だ。たとえ死んでも俺達の友情は変わる事はない。死であってもその事実を塗り替える事は出来ない。―――ただ、それが冒涜され続けているという結果が今存在するだけだ。

 

「なんで笑えるの!? 解らないよ、ねえ、兄さん!」

 

「まあ、女子供に解るようなことじゃないよね、こういう男のものは」

 

 ティアナの声にティーダは返答し、そして笑みを浮かべる。ティアナへと、唯一の肉親へと、視線を向けずに言葉を送る。

 

「いいかいティアナ? 俺は一度だって自分が死んだことに対して恨みを抱いたことが無い。後悔はある。だけど決してそこに恨みは存在しないんだ。だって俺はこんなにも素晴らしい兄思いの妹を持てて、彼女と素晴らしい生活を送れてきたんだから。だから死ぬ事を嘆く事はあっても、絶対にこの世を恨む事なんてありえないし、生き恥晒しているなんて馬鹿な思考をしている馬鹿な相棒を馬鹿だと思いつつも馬鹿だって事は絶対に口にしない」

 

「すいません、馬鹿って言いすぎですそこ」

 

 此方の指摘をティーダはスルーし、話を続ける。その様子は何時も通り……いや、懐かしいものだと思う。

 

「でも!」

 

「感情じゃないんだよティアナ。そこの馬鹿は物凄い馬鹿だから生きる上で必要になるなら恨まれてもいい、何て考えているんだろう。だからね、ティアナ―――君はちゃんと俺の最期を見なきゃいけない。ちゃんと覚えなきゃいけない。そんな幻想に浸っちゃいけないんだ」

 

 ティーダがタスラムを握り、此方を見る。それを認識するのと同時に、此方も無言でセットアップを完了し、必要な術式を全て展開する。口に出さなくてもアイツの意志は誰よりも俺が理解している。だから語り合う必要はない。―――とことんまで自分と、そして俺を利用するその方針、それでいい。

 

「―――俺も同感だよイスト。俺達は、蘇っちゃいけない。次の生だとか望んじゃいけない。こうやって蘇って解ったよ。これは生きるって事から目を背けているのと一緒だ。認めちゃいけない。ティーダ・ランスターという青年の価値をたかだか数千万円で再生できる肉塊として認めちゃいけない―――さ、僕がバイト先の上司から引っ張ってきた情報は全てティアナに渡したメモリの中に入ってるよ」

 

「おう、バイトお疲れさん」

 

 構える。そしてティーダも構え、ティアナが瞬間的に何が起きるのかを理解する。

 

「兄さん!」

 

「―――バインド」

 

 バインドがティアナを拘束し、そして動きを止める。

 

「兄として果たせなかった最後の教育だ―――俺の死をもってそれを完遂する」

 

 ―――イカレている。普通に表現するのであればそれが間違いなく正しい言葉だ。自分の妹に自分の死を見せつける。それは間違いなくティアナのティーダへの幻想と未練を断ち切り、そして消す事の出来ないトラウマを生み出す事になる。その結果がどういうものかを全て理解して、それでいても、目の前の男には成すべき事がある。

 

「一撃だ。一撃で終わらせよう。俺達にはそれが相応しいと思う」

 

「気が合うな。俺も、丁度一発で決めたいと思っていたんだ」

 

「はは、気が合うね、俺ら」

 

「だからコンビやってたんだろ」

 

 悲壮感はない。ティアナの悲鳴が聞こえる。だがそれを無視し、俺はやる事を完遂させる。結末は見えている。悲劇は存在する。そしてこの先、どうなっていくかも想像できる。だが逃げはしない。逃げる事だけは絶対にしない。現実から目を背けて死という結果から逃げてはいけない。

 

「俺は―――幻想になりたくない」

 

 解っている、ティーダ・ランスターの真の目的とは―――。




 じゃあそもそも何でティアナを利用した? 何故こんな事を始めた? ここまでする必要はあったの? 疑問はあるのでしょうが、ティーダの真意は次回でるかもしれないしでないかもしれません。もんもんとしながら次の更新を迎えましょう。


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ディア・マイ・フレンド

 我が友へ。


 ―――派手なアクションは必要ない。

 

 元々、自分は恵まれていた。それに気づいたのは何時頃からだろうか。

 

 若い頃に起こした小さな問題で、騎士という道は自分にとっては永遠にありえないものとなった。同時にベルカの聖王教会での司祭という道も確実にありえないものとなっていた。荒れていた時期は家へ帰る事も辛く、ひたすら外で暴れまわっていた。適性やできる事を考えずに頑張った結果、失敗した。それは幼い心に傷を残すには十分すぎた。誰もが憧れる様な人並みの夢を打ち砕かれたのだ。誰だって荒れる筈だ。そしてそんな、荒れている時にやってきたのが祖父だった。

 

 ―――お前には才能がある。

 

 そう言って荒れていた自分に色々と世話を焼いてきたのが祖父だった。自分と比べてはるかに恵まれていると祖父は言った。その意味をまだ幼い自分は理解できなかった。だが、成長し、祖父に技を教えてもらい、そして社会に出始める頃には言葉の意味が解った。確かに自分は恵まれているのだろう。インファイトは確実に才能に恵まれているし、体格もいい、一人で戦う分には生存率の高い魔法も使える。とりあえず死なない。それが自分の戦い方だった。それを祖父は勿体ないと言って評価していた。そして、生き残るのならその臆病なぐらいに勿体ないのがいい、と。

 

 そして、俺もそれでよかった。仕事が増えて、祖父が逝って、それで一人で頑張って、少しずつだけど習った事から変わって行き、前に立って頑張る様になった。他の誰よりも頑丈に、最後まで立っていられれば俺の勝ち。そんな風になってきた。そしてそれは戦果を得るためにはまず間違いなく間違ってはいない事だと思う。だが最近、己を、己の技術を見直す機会があって、自分の究極系というものも見た。このまま自分が付き進めれば、どんなふうになるか。それを目撃した。だがそれはもう既に完成された存在で、追いつく事は出来ても―――超える事は出来ない。

 

 ならどうするのか。それに答えたのは盾の守護獣だった。その動きは、行動は、理念は、間違いなく素晴らしいものだった―――シンプル。究極的にシンプル。目的を達成するためだけに手段が存在していた。個人としての勝利を完全に手放し、目的だけを達成するためのスタイルがそこにあった。だからこそそれを見て思い出した。

 

 ―――頑張って、耐えて、そして全力で殴ればいい。男なんてそんなもんだ。

 

 虚飾はいらない。無駄だ。派手さも必要はない。シンプルに一撃。一切合財全ての不利も相性も状態も、何もかもを吹き飛ばすような一撃。最低限耐えきって、最大限に叩き込め。それさえできればいい。男の戦いというのはそんなもんだ、と教わった気がする。だから……たぶん、それが原点であり終着点だと思った。

 

 だからそれをここに体現する。

 

 構える。元々一撃だけの勝負。繰り出すのはたった一撃だけ。その一撃で、

 

「耐えて、跡形も残さず殺し消す」

 

「一発で心臓をぶち抜く」

 

 構える。流派云々はいい。自分の究極という形は見出した。あとはそこへと己を届かせるだけだ。そして、その一歩目が目の前の存在だと認識する。ティーダ・ランスター。親友、相棒、戦友、同僚。その存在を説明するのであれば様々な言葉があるだろうが、それは全てがこのティーダを指し示す言葉であって、目の前の男ではない。こいつはおそらく、いや―――確実に自分がティーダであると認めてはいない。そしてもし、俺がイスト・バサラのクローンであっても自分がイストである事なんて認めはしない。だが、それでも、こいつがティーダ・ランスターであるという事実に変わりはない。だから、友として送り出さなきゃいけない。

 

「やめてぇぇぇ―――!!」

 

 悲鳴が響くが、それを無視して前へ踏み出す。拳は握られ、一撃を放つ準備はできている。既に最大、必殺の一撃は叩き込む準備はできている。あとはそれを叩き込むだけで全て終わる。まだ放ったことの無い一撃だが、それがどういう結果を生み出すかは直感的に理解できている。だからこれから放つものがなんであるか、その結果を論じるまでもなく、一直線にティーダへと向かって駆け出す。地を蹴るのは一瞬。大地に触れるのは駆け出す瞬間と、踏み込む瞬間の二度だけ。その一度目が完了し、身体が短い滑空に入る。それが終わった瞬間に必殺が決まる。故に、それが届く前にティーダは引き金を引く。

 

「―――」

 

 容赦なく、殺すつもりで、引き金を引いた。それもそうだ。ティーダはただで負けるつもりはない。相手だって一応生きている。ただで負けてくれるはずはない。いや、むしろ勝ちたい。だって俺だって勝ちたい。それがこんな風に叶ってしまったのは呪っても呪いきれない程だが、互いに背中を預けて戦ってきた。なら気になるはずだ。どっちが強いのか、と。

 

 ……そんな事で結構喧嘩したな。

 

 引き金は引かれ、弾丸は銃口から放たれ、喪失する。ランスターの弾丸に貫けないものはない。確かに、この方法なら貫けぬものなどないだろう。問答無用で、間違いなく世界最強の銃撃だ。何せ、初めて見たのであれば絶対に避ける事も防御する事も出来ない。この世でこれを正面から受けて生存していられる生物などいないだろう。

 

 俺以外だったら。

 

『Spell intercept』

 

「―――あ」

 

 弾丸が顔の横に出現し、そしてサングラスを吹き飛ばす。これがそのまま体内に出現していれば間違いなく即死だっただろう。だが顔の横で現れた弾丸は浅く顔を掠めるだけにその被害をとどめ、姿を消失させる。それで、至高の弾丸は完全に役目を終えた。接敵は間近、もうティーダに次弾を放つ為に計算する時間は残されていない。だから避ける事以外に打つ手はない。だがそれすらしない。ティーダはただタスラムを軽く投げる様に横へ手放し、

 

「あぁ、そうか……そうだったなぁ……。君だけは―――」

 

 そう、俺。俺だけが、ティーダと戦ってきた俺だから解る。ティーダが使用する魔法式、タスラムに込める魔力の量、タイミング、どういう風に妨害すれば術が狂うか。どうやって邪魔をすれば不発に終わらせることができるか。だからこの世で唯一、これを不発に終わらせられる男は俺だけで、

 

「―――まあ、ランスターの弾丸でも友情を撃ち壊す事は出来なかった、と言えばかっこいいかな」

 

 そして、ティーダの前へ片足がつく。腕に込められた魔力と動きが生み出すのはたった一つの結果。

 

 即ち―――消滅。

 

 慣れない収束。方向性の違う強化魔法。砲撃を発射せず纏う事。消滅という属性を攻撃に纏う事。破壊に必要な全技術を終結する事。その難易度は今の自分の技量を大きく超えている。故に不完全。

 

 だが、完全ではなくとも、それは確かだった。故に紡ぐ言葉はシンプルに。

 

「さようなら、相棒」

 

「あぁ、さようなら相棒」

 

 そして中った。

 

 

                           ◆

 

 

 ―――後に残されるものはあまりにも少ない。

 

 ティーダ・ランスターだった存在があったはずの場所には浅くえぐれた大地しかおらず、そこにはタスラムが落ちている。そして道路のすぐ横にはその光景を漠然と眺めているティアナの姿と、大地に伏しているレヴィの姿がある。バリアジャケットも、デバイスの展開も解除し、タスラムを拾い上げる。主を殺した者に拾い上げられるという状況にタスラムは文句を言うわけでもなければ、抵抗もしない。それが何よりも雄弁に語ってくれているために無言で感謝を告げると、ティアナへと視線を向ける。

 

 ティアナは今はもう何もない空間へとただ視線を送る。彼女の体を止めていたバインドももう存在はしない。ただ終わってしまった出来事を眺め、そして理解を拒んでいた。ゆっくりとティアナへと近づき手を伸ばす。が、

 

「―――人殺し」

 

 そう言ってティアナは手を叩いた。その両目からは涙を流れていた。殺意と憎しみの籠った視線を此方へと向け、ただひたすら憎んでいた。

 

「人殺し! 人殺し! 人殺し! 兄さんを返してよ!!」

 

 ティアナが此方へと向かって拳を叩きつけてくる。体は鍛えているし、相手は子供だ。それを受けてもなんでもないが―――何よりも、心に響いた。

 

「……」

 

「知らないよ偽物とか、本物じゃないとか、お金の価値とか……そんなのどうでもいいの。それよりも兄さんが帰って来たのに、兄さんが帰ってきてくれたのに……なんで殺したのよ!! なんで、何で兄さんを殺したのよ!!」

 

 ティアナの悲痛な叫び。それに答える権利が俺にはない。何故なら―――結局、俺もティーダもこの結果は納得していても、自分勝手な結果だからだ。こうやって子供が泣いているのを見れば解る。俺やティーダ、

 

 ―――狂ってるなぁ。

 

 とことん狂っている。まともじゃない。こんな考えしかできない俺達、こんな行動しかとれない俺達。そしてその結果、最後に残される家族を泣かす。俺も、ティーダもどっちも馬鹿で、たぶん確実に間違えている。守る為なら殺すしかない、何て思考をしていてまともとか、普通とか名乗れるわけがない。いや、そもそも、

 

 子供を自分から泣かせるような行動を取るやつが普通なあるわけがない。

 

「返してよ、兄さんを……私の、家族を返してよ……」

 

 ティアナの声からは段々と力が抜けてゆく。此方を見上げ、涙を流しながらティアナが思いつく限りの呪詛や罵倒を並べ、此方へと吐いてくる。その全てがティアナへと与えられた権利だ。そして……必要な事でもあるかもしれない。これでティアナが俺を憎んでくれれば、俺と会おうとも思わないだろう。

 

 ―――そうすればティアナは一生、俺と関わろうと思わないだろう。

 

 俺と関わっている内は絶対に不幸が付きまとう。それは今回と、そしてその前の件でいい加減理解した事だ。もう、否定の出来る事実じゃない。―――だけど、非情になってやらなくてはならない事がある。

 

「あっ」

 

 ティアナが片手に握っているメモリを回収する。それを奪われたと感じたティアナが更に叫ぶ。

 

「泥棒! 人殺し!」

 

 ……人殺し、か。……今更だよな。

 

 この生活を守ろうとして一体どれだけの人を殺したんだ。一体どれだけの犠牲がマテリアルズを生み出す為にあったんだろうか。どれだけの命が、あの外道の遊びと研究の為に流されてきたのだろうか。自分が殺してきた分は忘れない。忘れてはいけない。ただ、漠然とした予感がある。

 

 終わりが近い。

 

 おそらく、次が最後だ。

 

 回収したメモリをベオウルフへ、タスラムを待機状態へと戻してからしまい、そしてティアナから視線を外して、確信している事を口にする。

 

「眠らせてやってくれ」

 

「……もういいの?」

 

「えっ」

 

 次の瞬間には短い雷光が夜を照らし、そして次の瞬間にはティアナが気を失って倒れた。倒れるその体を片手で支え、持ち上げると少しだけ元気がなさそうに……いや、心配そうに此方に視線を送るレヴィの姿があった。

 

「なんで僕が起きているって解ってたの?」

 

「お前ら、前に自分で言ったじゃねぇか。”薬は通じない”って」

 

 あぁ、そうだったっけ、とレヴィは言い、そして頷く。

 

「うん。尾行がバレている感じだったし、帰ろうと思ったら向こうからアクションが来たんだ。毒物や薬物は大体味で覚えているし、適当に寝たふりをした隙を窺ってたんだけど何か、邪魔しちゃいけない気がしたし、……あっちのお兄さん、効かない事を知っていて僕に睡眠薬使ってたみたいだったし。……流石お兄さんの相棒だった人だね」

 

「あぁ」

 

 俺には過ぎた相棒だったと思う。頭の悪い俺の代わりに考えてくれたし、期待にはいつも応えてくれたし、此方に解る様に教えてくれたりもした。本当に、俺には勿体なさすぎるぐらいに優秀な相棒だった。そしてその優秀さは今の相棒にも言える事だ。気づけば支えられてばかりだ。

 

 だけど、

 

「こんな生活も……ずっとやっていけるわけじゃないのかなぁ」

 

 なんでもない日常が続けばいい。特にスリルとかはいらない。山や谷もいらない。それでいいと思っていた。だが、それはもう叶いそうにない。たぶん、もう無理だ。今までが夢を見過ぎていたのかもしれない。平日は戦って、そして休日は家で静かに過ごす。そんな日常であれば良かったのに、駄目だった。

 

「お兄さん?」

 

「たぶん……最後の一押しってやつなんだろうな、コイツなりの」

 

 視線を向けるのは最後に一撃を放った場所。この短い決闘が終わった場所。1から10まで全てを理解したわけではないが、大体の考えは解った。

 

 ……後は任せてくれ。

 

 覚悟は、大体決まった。

 

 後は調べ、そして行動に移すだけだ。

 

「帰ろうレヴィ。皆が心配している。帰って……こんな馬鹿騒ぎは終わらせなきゃ」

 

「……うん。お兄さんがそれでいいなら僕もそれでいいよ。何も言わないし何もしない無力なままの僕でいるよ」

 

「……おう、ありがとう」

 

 誰が救われて、誰が救われているのか、自分にはもうよくわからない。ただ理解できたのは、この場で致命的な何かが”終わった”という事だけだった。そして、遠くない未来、この一連の馬鹿騒ぎにも終わりが来るという事だ。

 

 ―――あぁ……。

 

 いい加減、終わらせなくちゃいけない。




 結局どちらもエゴイスティックというか、最終的な目標としては全体の幸福を考えていますが、それに至る為のプロセスは完全に個人の主義や主張をベースに捉えているわけです。ですのでこの結果を見て、自分はどう考えても普通ではないとやっと気づいた次第で。

 誰かを泣かして成す事が善でも普通でもあるわけがない。と言ったところでこの章もこれで終わりですね。次回からSts前の大騒動関連の章としては最終章っすねー。


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Interlude 2
イーヴル


 スカさん絶好調


「―――あー、そろそろティーダ君が死んだ頃かね」

 

 疑うことなく自分の敗北を確認する。そしてデータを呼び出して確認するすれば確かにティーダ・ランスターからの反応が消えているのが解る。心臓近くに埋め込んであったセンサーが取り除けるとも思わない。心臓の停止は確実だ―――つまりティーダは死んだ。おそらく、いや、確実にあの男、イスト・バサラの手によって殺された。

 

「そしてそう来なくては面白くない」

 

 面白くはない。何せ―――自分の研究をここまで進めてくれた人物こそが彼なのだから。そんな彼が自分の予想通り、いや、予想を超えた人物でなくては遊ぶ意味はない。遊ぶ価値がなくなってしまう。命を賭けた遊びなのだこれは。それだけスリリングでなくては意味はない―――が、それももう終わりへと近づいてきている。ホロウィンドウを出現させ、確認する自身の口座は全て凍結させられている。相も変わらず素早い仕事だと感心する。ほとんどの口座は管理が楽という理由で管理局側にあるが、一部隠し口座なども持っている。だがそのうち8割は既に凍結させられている。残った2割に残っている金額を確認するが、その中に入っている金もそう多くはない。多くて数千万程度だ。

 

「S級に億、AAAで数千万。いやぁ、意外とお金がかかるものだね、人間という生物は」

 

 プロジェクトFを寿命という観点を除いて完全に完成させてしまった故にもう既に技術に関する執着も興味はない。ただ手段としては非常に便利かつ面白いものであるとは感じている。そしてそのフィーリングが己にとっての全てでもある。

 

 ジェイル・スカリエッティは妥協しない。

 

 ジェイル・スカリエッティは欲望に素直だ。

 

 ジェイル・スカリエッティは死ぬまで諦めない。

 

「いやぁ、人生楽しいねぇ」

 

 老人達の追撃が予想を超えて激しい。送られてくる魔導師はほとんどがエース級か準エースクラスの魔導師ばかりだ。残された二人のクローンとコピー……名をなんといったか―――あぁ、イングヴァルトとリインフォース、だったか。あの二人に強いる負担も大分大きくなってきた。が、それでもきっちり敵を皆殺しにしてくる辺り実に優秀な護衛だと思う。

 

「これは報酬を払わなきゃいけないなぁ。あぁ、何もせずにそのままポイしちゃうのは実に悪い事だ。ちゃんと望みは叶えてあげないと―――まあ、私の願いのついでなんだがね、これが」

 

 そう言いながら手元に現れる新たなデータを確認する。その中には自分の状況の他にも最後の舞台として相応しい場所のリストが出ており、その場所の警備や重要施設、そういった情報までもが詳細に書かれてある。まだこうやって指名手配される前にひそませていたウィルスやらスパイウェアやら、さまざまな手段は今でも生きて自分に情報を集めていてくれる。

 

 おかげでこうやってまだ逃走を続けていられる。

 

 だがそれももうすぐ終わりだ。

 

 ティーダ・ランスターは働く代わりに自分に関するデータを総べてよこせと言ってきた。そのあまりにもストレートで傲慢で、そして欲望に忠実な姿に呆れを通り越して尊敬を覚えた。憎むべきはずの相手に、明確な敵に、ティーダは仕事と引き換えに自分に関する情報の全てを寄越せと言ってきた―――それを間違いなく相棒に渡すつもりだと自分で確認したし、相手も肯定してきた。そして真正面から言ってきたからこそ、認めた。

 

 アレがあの……あぁ、王だ。闇統べる王、何ていうのと同様こっそりやっているのであればダミーでも握らせていた。だが正面から寄越せと言われたのであれば払うしかない。その正直な姿勢は自分が見習うべきものだ。あぁ、だから自分の近況や潜伏場所、残されたアジト等は全てあの男へと通じてしまっている。ティーダランスター、此方の性格を把握して見事断れない方法を使ってくれたと思う。間違いなく、自分を窮地に立たせているのは彼の仕業だ。

 

 だが、

 

「それが楽しい……!」

 

 楽しい。楽しくて楽しくてしょうがない。今、自分の命は間違いなく狙われており、最大の危機にある。あと逃げられるのはどれぐらいだ。一年か? だがその前に寿命が来る。それは確実にあと数ヶ月で自分を殺す。だが逃げ回って死ぬなんて恥ずかしい事だけは絶対にしたくはない。そう、死ぬその最後の瞬間まで全力で笑っていたい。

 

 それが敗北か、勝利だとか興味はない。

 

 楽しければいい。

 

 結果が重要ではなく、人間の価値はその間、何をしたかによって決まる。

 

「ただの偶然で世紀の発見をしたやつを私は断じて天才だとは認めんよ。そいつは神に愛されているだけの凡人だ。私は私”を”探すこの研究という刹那に愉悦を見出した。そしてそれが私の人生の全て。それしかない人生だがそれだけで十分だ」

 

 そう、だから後退だけはない。

 

 悪党で外道である自信はある。

 

 だからそれに匹敵するだけの美学だって持っているつもりだ。

 

 あぁ、だからつまり自分の納得のできない事はしない。これだけは譲れないものだ。美学の無い悪事など全く以て面白くなく、無意味だ。ただの破壊や殺戮を好む輩もいるだろうが、それが美学に乗っ取ったものなら評価しよう、だが基本的には”つまらない”という評価をしよう。そう、何かをするのであればそこには理由が必要だ。遊ぶには理由が必要だ。自分が楽しく感じるのには理由が必要だ。

 

 じゃあ何を楽しく感じられる?

 

 まず間違いなくイスト・バサラと遊ぶことだ。だがそれももうおしまいだ。それを思うと段々とだが寂しくなってくる。あぁ、実に良い時間だった。六年前の地球、海鳴という場所から送られてきたDNAサンプル、記憶情報、そしてプロジェクトFに関するデータ。アレの送り主はどんな人物なのか、当時は存在しない人物を追おうとして物凄く苦労したものだが、それが今の愉悦へと繋がっていると思うと安い買い物だったかもしれない。

 

 ならば―――良し、最後には最後に相応しい舞台を用意しなくてはならない。

 

 だとすれば―――、

 

「―――ドクター。もうすぐ12時間が経過します。安全の為に隠れ場所を変えます」

 

「おや、もうそんな時間だったかい」

 

 時計を確認すれば確かにもうすぐ12時間が経過しそうだ。それ以上一か所にとどまっていると捕捉される可能性が増えるための処置だが、こうやって使えるアジトや隠れ家が潰されて行くと思うと少々面倒な話だ。そろそろ自分の死体を条件にもう一人のスカリエッティへ連絡を入れる頃合かもしれない。

 

「今ナルが離脱の為の道を作っていますのでもう少々お待ちください」

 

「ナル?」

 

 そんな名前だったか、とユニゾンデバイスの方の名前を思い出そうとする。が、緑の覇王は首を頷き肯定する。

 

「null―――即ち無、零、己が存在するべきではない事を証明してリインフォース・ナル、と自らを名づけたそうです」

 

「ほほう」

 

 それはそれは実に面白い方向へ歪んできていると評価する。デバイスは元々自らに名をつける事はない。なぜならデバイスは道具だからだ。自分に名をつける道具なんてこの世には存在しない。だからこそあのユニゾンデバイスは中々面白い歪み方をしている―――あるいはもっとも身近な人物の影響を受けたか? あぁ、元々興味はなかったはずなのだが……こういう変化が出てくると話は別だ。

 

「あー、えーと……うーん」

 

「イングです」

 

「あぁ、そうだったイング。君に質問をいいかい?」

 

 相手は無言で頷くなので遠慮することなく質問する。

 

「君は何故己を女性だと定義するんだい? 私の記憶が正しければ君は覇王イングヴァルトとして私が生み出したはずだ。まぁ、ベースとなったのが少女のDNAと記憶なのでそんな風な恰好をしていたが、君は間違いなく己を男性として最初は定義していたが?」

 

 その質問にイングはえぇそうですね、と答えて一旦言葉を区切る。そこで答えは簡単ですと付け加える。

 

「精神は肉体へと引っ張られる、というのがまず一つですが……」

 

「が?」

 

「所詮は継承された記憶です―――強いのは色褪せたテープよりも鮮烈に輝く少女の記憶だったというわけです。えぇ、間違いなく当初は自らを覇王として私は認めていたのでしょう。ですが簡単な話です。それはただ単に私がそうとしかみられていなかったから」

 

 ―――あぁ、なるほど。女性として見る存在が現れたから自分をそう意識するようになり、DNA元の少女の記憶が、意識がベースとして確立してしまい女となったのだろう。理解してしまえば簡単な話だ。そう、データを元にすれば彼女が迎えた変化は容易に解る。

 

「なるほど―――恋が君を変えたのか」

 

「これが……恋です……か。……いえ、しかし……でも……」

 

 ちょっと違う気もするが、自分を急速に女性として意識するのにはそれぐらいのショックが必要だろう。何よりその方が色々と面白い。

 

 いやぁ、まだ身近に弄れるネタがあったとは思わなかった。まだ本番までは時間があるし、こっち方面で適当に煽っておけば絶対楽しい事になる。いや、楽しくする。

 

「―――さて、此処も廃棄して我々の目的の為に邁進しようではないか」

 

 今日も世界は面白おかしく狂っている。

 

 早く、渡したメールアドレスに連絡は来ないだろうか。

 

 会えるその日が非常に楽しみだ。

 

 なら、やはり、考えられる限りで最高の遊び場はあそこだ。

 

 ―――時空管理局本局。




 そんなわけでキチガイご一行の様子でしたね。どうやら結構楽しそうにやっているなぁ、と描写しつつ遊び場の準備を


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Chapter 5 ―The Last Judgement―
ラスト・スタート


 Sts前時期最終章ですね


『―――それでは準備はよろしいですね?』

 

 ガラス越しに試験会場の様子が見える。そこから自分のパートナーである男が両足を大地に突け、そして立つ姿が見える。そのバリアジャケットは管理局の統一規格のものだ。基本的に特別な事情でもなければ管理局員には統一のバリアジャケットを局員の証としてて着用する様に厳命されている。そのため自分も基本的には局の統一規格のバリアジャケットを着用している。だがああやって統一規格のバリアジャケットをイストが装着しているのは結構レアな姿だと思う。なぜならあの男、基本的にバリアジャケットを制服の姿に設定しているのだ。だからバリアジャケット姿は見ていないにも等しい。それだけ気合が入っていると見るべきなのだろうか。ともあれ、試験会場でイストに相対する相手を見る。

 

 相手は陸戦AAAの魔導師だ―――つまり彼を倒す事ができれば間違いなく陸戦AAA並の実力があると評価されて昇格するだろう。それを測るための試験だ。陸戦AAA昇段試験。上を目指すのであれば必然的に通らなくてはならない道だ。ここからさらに分野とかが試験結果で細分化されるのだが、これで勝利を収めれば間違いなく自分のランクへと一歩近づく。

 

 機械音声がスピーカーから響く。

 

『―――それでは試験を開始します』

 

 陸戦AAA昇段試験が開始する。イストは開始と同時に強く大地を踏みつけて構え、それだけで動きを完了させ、停止する。相手はそれを見極める様に眺め、そして動きを停止したイストに対して何らかの言葉を送る。だがイストはそれにこたえる事無く、ただ無言、不動のまま立っている。長剣型のデバイスを握った試験官はその構えが誘いだと判断したのだろうか、前へと出ずに後ろへと下がりながら魔力弾を形成する。

 

「うん、普通はそうするよね」

 

 そう呟くと、

 

「お、もう始まってるんか」

 

「あ、はやてちゃん」

 

 何時の間にかはやてがいた。そしてその横には当然の様に犬……ではなく狼の姿をしたザフィーラが付き従っている。どうやら彼女も今日がイストの昇段試験の日であることを把握していたようで、見に来たようだった。魔力弾を次々と浮かびあげ、挑発する様に動かない試験官を前に、イストは構えたまま一切の動きを見せない。

 

「大丈夫、今始まった所だから間に合ってるよ」

 

「そりゃ重畳、ってやつやな。ほれザッフィー、拳フレンドが頑張っているで」

 

「済まないがザッフィーという呼び方は止めてくれないか主よ。心が折れそうだ―――と、ふむ、動かんか」

 

 ザフィーラが下の試験会場で双方に全く動きがないのを確認し、それを口にする。状況としては後手に回らざるを得ないイストが圧倒的に不利なのだろう。そして試験官は明らかに攻撃してくるチャンスを与えている―――いや、それも誘いなのかもしれないが。ともあれ、既に魔力弾は三桁近い数形成されている。それを前にイストは一歩も動かないところを見て、

 

「やる気あるんかアレ?」

 

 はやてがイストのやる気を疑う。それもそう取られて仕方がない。なぜなら動きが一切なく、まるで石像の様に構えているだけだからだ。実際、自分もザフィーラとイストの休日の練習風景をちょくちょく見に行くことが無ければこの状況がイストにとって”有利”であるとは全く思いもしないだろう。たぶん、いや―――確実にこの試験はもうすぐ終わる事となる。だからザフィーラは狼の姿のまま、少しだけ笑うような声で答える。

 

「いや、アレでいい」

 

「そうなん?」

 

「失われた技術の中には常識を覆すものがある、という事だ」

 

 そう、その努力を誰よりも間近で見てきたのは自分だ。仕事の合間に、休日に、そうやって少しずつ調べ、解析し、実践し、習得してきた姿を見ているのは自分だ。その目的が何のためであるかも知っている。だから眼下のパートナーへと向けて呟く。頑張って、と。

 

「お、動くで」

 

 はやてがそう言った直後、先に動いたのはやはり試験官だった。一気に三桁近い魔力弾がイストを正面から襲い掛かる。後ろへとまだ逃げるスペースはある。この弾幕に対する反応で採点するつもりなのかもしれないが、普通の対処法でイストは挑まない。迫りくる弾幕、その一番近く、体に当たりそうなのを―――イストは掴んだ。

 

「……は?」

 

 はやてはその光景を驚きながら見ていた。イストは魔力弾を掴み、それを他の魔力弾共々さらに掴み集め、そして跳ね返す様に魔力弾を撃ち返す。反射でも吸収でもなく、魔力弾を破壊することなく掴んで投げ返すという超絶技巧を前に試験官もはやても一瞬動きを止めて凍っていた。そしてもちろん、それを試験官は正面から複数受け、正気に戻って回避動作に入る。その結果をはやては眺めながらつぶやく。

 

「なんやアレ」

 

「旋衝破、古代ベルカの奥義なんだって。何でも大昔、対魔導師に編み出された技の一つで、魔力弾を破壊せずに掴み、投げ返す技法。覇王流の復元習得中に覚えたって」

 

「うわぁ……エゲつないわぁ。陸戦魔導師って基本インファイトやけど遠距離手段って大体銃系のデバイスによる魔力弾攻撃がメインやろ? つまり」

 

 そう、つまりは、だ。

 

「相手を一番得意なインファイトレンジへと引き込むことができる。これが変換資質のあるフェイトちゃんとかだったら投げ返せないから一方的に攻撃する事も可能なんだけど、魔力弾だけが遠距離手段だった場合自分から死地に踏み込まない限りじり貧になって行くね。純粋な技法というか体術らしいし魔力消費はないっぽいし」

 

「相変わらず古代ベルカは頭がおかしいなぁ」

 

「!?」

 

 それは確実に古代ベルカの遺産である夜天の書を使っているはやてが言ってはいけない言葉だ。というかそのせいでザフィーラが頭おかしい扱いされて軽く落ち込んでいる。だが古代ベルカが全体的に頭がおかしい事には完全に同意である。あの時代の連中はこんな事をするやつらがポンポンと存在したらしいので相変わらずバランスが崩れている。多分量産型信長とかいたに違いない。焼き討ちして笑っていそう―――あぁ、それウチの隊だ。

 

「はやてちゃん、私気付いちゃった。ミッドに量産型信長がいる事を」

 

「なのはちゃん、それって将来ミッド燃えるよ宣言?」

 

「何故女には物騒なのしかいないのだ」

 

 ザフィーラにそれを言う権利は―――ある。というか唯一、ザフィーラ一人だけはあるかもしれない。八神家のサンドバッグであるザフィーラだけはそれを主張してもいいと思う。地球にいる間、防御力に特化しているザフィーラがシグナムへ引きずられながら練習台にされる様子はよくあった光景だ。……今ではそのサンドバッグ役でお金がもらえる様になっている。ザフィーラ、大出世したなぁ、と感慨にふけっていると、戦況が変化する。

 

「動くな」

 

 試験官が一気に踏み込んでくる。デバイスで素早く斬りかかる動きだ。回避に集中すれば避けられる動き、防御しようとすれば防御できる動き。カウンターを叩き込むのもいいかもしれない。これはザフィーラとの手合せでも見た事のある動きだ。相手の出方を探るための動きだ。ただ、どの動きをとってもそこから繋ぐことは難しい様に隙がカットされている。試験官としての役割を理解している動きだと評価し、参考になると思いつつも、自分の相棒はどうするのか、それを半ば直感しながら視線を送ると、

 

 やはり踏み込んだ。

 

「直撃コースやで」

 

「いや、それでいい」

 

 そして予想通り直撃した。試験官も決して愚かではない。直撃コースだって理解した瞬間抜いていた力を込め直し、本気で一撃を叩き込んでいる。それは間違いなくイストの体にダメージを叩き込んでいるが―――大きくはない。その程度を今までの相手と比べたら失礼なほどに威力は低い。自分が知っているあの男は収束砲撃すら耐えきる程に硬く、そしてこの攻撃を受けた瞬間こそがチャンスだ。

 

「肉を切って骨を断つ」

 

「スタイルを一言で表すのなら”カウンター”だろうが、より詳細に語るとすれば”一撃必殺捨て身のカウンター”と言ったところだろう。強化魔法と回復魔法の過剰使用で自身をスペックを超える強化を施している―――その結果がアレだ」

 

 攻撃をイストが体で受けた瞬間、それは間違いなく相手の体が刹那の間だけ硬直する瞬間だ。だがその瞬間は間違いなく攻撃を叩き込むチャンスだ。その刹那を狙うのは難しいが、無拍子の攻撃を叩き込めるのなら話は別だ。シグナムやザフィーラ、イスト程武術に精通した人間であればその刹那は停止しているにも等しい時間。

 

 瞬きをした次の瞬間には試験官の腹に拳が叩き込まれており、完全に試験官の体を腹を中心に持ち上げていた。此方からデータにアクセスし、クラッシュエミュレートによって再現されたダメージによれば、今の一撃で試験官のライフは0になっていた。意識そのものがノックアウトされており、試験官に動く気配はなかった。それが確認された瞬間昇段試験は終了した。

 

『―――陸戦AAA昇段試験を終了します。お疲れ様でしたイスト・バサラ”三等空尉”』

 

 試験が終了し、気絶して動かない試験官を背負いながらイストが試験場の受付のあるビルへと戻って行く。その結果を眺めながら妥当な結果だなぁ、と今の試合を評価している自分がいる。元々エリートばかり集まるのが”空”という部署で、自分のパートナーは自分というSランク魔導師と肩を並べて戦えるレベルの魔導師なのだ―――総合AAとか陸戦AAとか明らかに詐欺と言えるレベルだった。だからこの試合の結果を見て、少しだけいい気分だった。自分と肩を並べて戦っている相棒が正当な評価を受けるのだ。そりゃ気分が良くならない筈がない。

 

「うわぁ、腹パン一発かぁ、強いのぉ」

 

「俺と会う前に元々技術面ではほぼ完成されていたからな。あとはそれを正しい場所へと導く作業だ。簡単に言えばパズルのピースをはめる位置が違っていた、というのが表現として正しいのか? まあ、本来のスタイルを取り戻した結果というものがアレだ」

 

「なるほどなー。ま、今回の結果を見る感じ陸戦AAAと総合AAAはまず間違いなく確定やろな。管理局に人材を遊ばせる余裕があるとは思えんし、使える魔導師はドンドン昇段昇進させるはずやで。いやぁ、私も知り合いが権力に食い込む様子を見ていると気持ちがええわ」

 

「はやてちゃんの隠さなさっぷりも聞いていて凄い気持ちがいいよ」

 

「俺は色々と恐ろしい」

 

 ザフィーラは本当にかわいそうだ。フェイトの家のアルフは皆にペット扱いされて平和に暮らしているのに、何でザフィーラはこんな苦労をする様な環境にいるのだろうか―――あぁ、そうか。アルフはフェイトを痴女だと認識していないから比較的平和なのか。あとフェイトには近いうちにバリアジャケットの変更を頼まなくてはいけない。

 

 しかし、

 

「……最近、ちょっと余裕なくなっているのかなぁ……」

 

「うん?」

 

 

「ううん、こっちの事」

 

 ビルの中へと消えてゆくイストの姿を眺めながら思う。急な昇格は間違いなく先日、イストが魔導師連続殺人事件を解決した為の報酬であり―――そしてそれに対する口止めだろう。事件の全容を知っている自分も同じように階級の昇格を受けている……自分の場合も口止めだと思う。少なくともイストは真相を誰かに絶対に語るな、と言っているので間違いはないと思う。ただ、この昇段試験は管理局側ではなくイスト本人の都合だ。

 

 最近、もっと力に対して彼が貪欲になっている気がする。ザフィーラと組み手をするときにはもっと力が入っているし、互いに容赦もない。そしてそこにレヴァンティンを握ったシグナムが乱入する回数も増えてきている。まるで何かに備えているような、そんな気がする。それを認めてしまうとどこか遠くへ手放してしまうのではないかと、あの一家の事が心配になってくる。

 

「あー、それにしても部屋の中はエアコンが効いていて涼しいなぁ。あー、外に出るのは嫌になってくる。もう七月にはいって夏なんよなぁ……あー、プールで泳ぎたい……」

 

 ザフィーラが残念そうな表情ではやてを見たが、

 

「あー……そうか、もう夏なんだね」

 

 そういえば少し前にイストの二十歳の誕生日を迎えたなぁ、と思い、そしてプールと夏、という言葉で思い出す。基本的に夏休みの無いのが管理局員の辛い所だが―――確か有給が溜まっていたはずだ。

 

「うん。悪くはないかもしれない」

 

「うん? 一人で頷いてどうしたんなのはちゃん?」

 

「なんでもないよ。ただ、やっぱり夏と言ったら―――」

 

 ―――海だよね、という話だ。

 

 たまには無意味にただただ、遊んで暴れるのも悪くはないかもしれない。




 そんなわけでワンパン合格。貴様の様な陸戦AAがいるか。格上との戦いで技量や実力が伸ばされた、という事で陸戦AAAへと昇格確定です。ついでになのはと揃って三等空尉へ。

 さて。

 どんな水着が似合うかなぁ……。


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プレゼント・アンエクスペクテッド

 エロゲやってたら執筆し忘れてた


「―――海?」

 

「そ、海。行ってみない?」

 

 そう言うなのはの手にはチケットが五枚ほど握られていた。何故海にチケット、というのがそもそもの疑問だ。たしかに夏だ。暑い。暑いってもんじゃない程に暑い。軽く頭がおかしくなるほどの温度だ。ヒートアイランド現象とかそんな感じのものでそのうち殺されるんじゃないかと思う。そしてそれから逃れる為に海へ行こうとするのは解る。良く解る。だが管理局員に夏休みはない。あるのは職務だけだ。あとサービス残業。だから海へ行けと言われても正直色々と困るだけなのだ。

 

「休みないしなぁ」

 

「有給溜まってるよ」

 

 すかさずなのはが挟んでくる言葉に黙らされる。そう、そうなのだ。一応だが有給は溜まっているのだ。この一年間と数ヶ月、必死に働き続けてきた結果物凄くお金が溜まった―――……一部不本意な形で。だがその為に一回も休みを取っていないので有給が腐っているのだ。そして有給を消化しない部下というのは面倒だ。何せ上の人間が下が必死なのに休みを取れるわけがない……少なくともウチの隊長はそう思っている。

 

 なので前々から有給取りたいから休めとは言われていた。

 

 それに、そろそろ……いや、暫くは家族を大事にした方がいいとも思う。誕生日には派手に祝って貰えたし、そのお返しとして海へと連れて行くのは決して悪い選択肢じゃないかもしれない。それに彼女たちをミッドの外へと連れて行ったことはない。―――今、外へと連れ出しても安全だという事は既に確認が取れている。だから問題はない、ないのだが……。

 

「そのチケットはなんだ」

 

「コネで引っ張ってきたリゾートホテルの無料宿泊券」

 

「マジでか」

 

 なのはがチケットを此方へと押し付けてくる。それを受けとりながらチケットの内容を確認すると、確かにどこかで聞いたことのあるリゾートホテルの無料宿泊券だ。場所はこの世界のリゾート地域で、一泊二日の朝、昼、晩御飯付のチケット。これ、出す所出せば相当高額で売れるんじゃないかと思う。とりあえず、

 

「いや、普通に嬉しい話だけどさ―――俺に惚れた?」

 

「寝言は寝てから言って欲しいなぁ」

 

 レイジングハートに手を伸ばさず、笑顔で言える様になったのだから成長したなぁ、となのはの変貌ぶりに感心する。少しずつだが交渉術や腹芸等、そういった付き合いで必要な事をなのはも覚えていっている。最初ここへとやってきた無知な少女は何時の間にやらどこへ行ったのか、今ではこうやって相手の心配をする余裕すら見せてくれる。やはり、あの日以来自分が見せた変化はなのはとしてはティーダの死を引きずっているように見えるのだろうか。

 

「ま、露骨に俺の心配をしているのはいいさ。べつに引きずっているわけでもないし。チケットはありがたく使わせてもらうさ」

 

「心配しているって解っているなら大丈夫だって口で言ってほしいかな」

 

 そう言うなのはに向けて笑みを浮かべる。

 

「なんだ、平気だって言えば信じてくれるのか」

 

「似合わないサングラスやめたしどっか吹っ切れたようにも見えるし、一応仕事上のパートナーとして信頼も信用もしているし。だから信じてあげる事にしてあげる」

 

 この少女、ナチュラルに上から目線になってきていて、軽く増長しているようにも思えるが、それも此方の事を信用か信頼してくれているからだろう。身内と認められたのか、そうではないのかはこの際置いておく。ただチケットは貰った。そして有難いことに休みは取れる。なら有難くこのチャンスを無駄にするわけにはいかないだろう。ともなれば行動は早い方がいい。

 

「副隊長ー」

 

「おー」

 

 デスクに暇そうに倒れている副隊長の姿が見える。殺人事件がティーダの死によって終結したので、それ以降仕事の無い6隊は基本訓練か暇つぶししかない。故に―――仕事なんて放り投げて仮眠タイムの副隊長。その副隊長に向かって手を上げて宣言する。

 

「お腹が痛いので早退します」

 

「もっとましな言い訳見つけて帰れ」

 

「じゃあペットが車を轢き殺したという事で」

 

「帰って良し。ついでに頭の病院にも行って来い」

 

「ういーっす」

 

「あ、これでいいんだ」

 

 やるべき所はちゃんとやるが、それ以外の所では割と適当なのがここの隊だ。ベーオウルフに有給の申請をさせながら立ち上がり、軽く体を動かす。リゾートのチケットを貰ったのはいい―――だがその準備ができているか、と言われたらできてない。

 

 つまり、

 

 

                           ◆

 

 

「えー、本日は午後の予定を全てキャンセルしてクラナガンデパートへ買い物しに行きます」

 

 瞬間、四人が一斉に目を輝かせながら掴み、寄ってくる。若干鬱陶しいので寄ってきたのを片っ端からソファ目掛けて投げ捨てながら手の中に握られているチケットを見せると、それに視線が集中して四人が一斉に黙りだす。ある種の緊張感がリビングに漂う。それを正面から受け止めながら、口を開いて説明を始める。

 

「ここに、五人分のリゾート無料招待チケットがある。しかも軽く調べた所オープンしたばかりの―――貴様ら、超苦労してこれを手に入れた俺を崇めろ」

 

「イスト様ー!」

 

「素敵ー!」

 

「抱いてー!」

 

「結婚してー!」

 

「お前らノリがいいな」

 

 わぁ、と歓声を上げながらマテ娘達が抱き合ったり小躍りしている様子が目の前で繰り広げられている。軽くやる分にはいいが、あまり派手すぎると下の階へ迷惑が行くので黙らせようかと思ったがそこらへん弁えて小躍りで抑えているので許すとする。

 

「いえ、デパートへ行ける上にリゾートホテルご招待ときたらそれこそテンションあがらない理由もありませんよ」

 

「最近は行ける様になっても常に一人ずつというのが現状であったからなぁ……」

 

「正直皆と相談しながらお洋服見たいです」

 

 まあ、そこらへんの感性は十代女子、と言ったところだろう。いや、この感性で正しい。そして正確な日取りが解った今、もう警戒する必要はない。管理局側は興味を持っていないし、普通の少女の様な生活を送らせる事を今こそできる。これはその第一歩だ。まずはここから始めたい。

 

「さ、買うもんをリストアップしろ。その間にタクシー頼んでおくから」

 

「総員集合―――!」

 

 ディアーチェが命令した瞬間、シュテルとレヴィがメモとペンを持ってきて、そしてユーリがそれを受け取って買いたいものを一気にリストアップし始める。その光景に苦笑しながら部屋に備え付けの電話を取って無人タクシーの会社へと連絡を入れる。此方でその準備を進めている間に、彼女たちの会話に耳を傾ける。

 

「まずは水着だな」

 

 ディアーチェの言葉に全員そろって頷く。あぁ、そういえばこいつら用に水着を購入した事がないな、という事実を思い出す。人目が多くつく場所へと連れて行くことができないという事はプールへと連れて行くことができないという事だ。だから水着が必要な理由もないし、今まで放置していた。―――まぁ、まさかこんな日が訪れるとは思いもしなかったが。

 

「あとサンオイル」

 

「いや、待ってください。そもそもリゾートの位置は何処なんですか?」

 

 此方が受話器越しにオーダーの最中なので離れられないので、チケットを指に挟んで軽く揺らすとそれにレヴィが飛びかかり、チケットを回収する。それを再び女子の集いへと持って行くとシュテルがそれに書いてあるホテルの名前や位置、設備を調べてゆく。あぁ、我がデバイスベーオウルフよ、我が家にいるお前はまるで検索用の端末だ。

 

「あ、どうやら海辺のホテルらしいです」

 

「となればサンオイルは確定だが……パラソルやマットはどうなんだ?」

 

「あ、あとビーチで使えるボールとかも必要ですよ」

 

「あと多分僕たち、水泳経験ないし一応浮き輪を持って来た方がいいんじゃないかなぁ」

 

 受話器を戻し、タクシーを呼び終わる。そしてそこで視線が此方に向いている事に気が付く。そして、シュテルの指がゆっくりとお金のマークを形作る。つまり予算は幾らまでか、と確認してきているのだろう。……まぁ、折角の記念なのでここで抑えていっても仕方がない。サムズアップを向けて好きにやれとサインを送る。

 

「好きに殺れというサインが出ましたので自重はしません」

 

「じゃあ我ついでに家電が見たい。あとキッチンももうちょっとアップグレードしたいから―――」

 

 素早くディアーチェの背後へと回り込んでディアーチェの回収をする。ソファに座り、ディアチェの腹を太ももの上に乗せる。そこまで体勢を整えればディアーチェは次の瞬間やってくるものがなんであるかを悟る。

 

「今のは冗談―――」

 

「―――我が家にそこまでの余裕はねぇよばぁーか!」

 

 ディアーチェのケツを全力で叩いて地面にディアーチェを放置する。ディアーチェが若干すすり泣く声で床に倒れているがその姿を放置し、床でケツを抑えるディアーチェの姿を指さす。

 

「馬鹿を言えばああなるって解ったかな? うん?」

 

 シュテルがディアーチェの惨状を見て、静かに立ち上がり、

 

「すいません、叩かれるときは直がいいです」

 

「シュテルはもう駄目ですねー」

 

「流石の僕でもドン引きだよ」

 

「おかしいですね……ここは恥ずかしがられる場面ですのに……」

 

 おかしいのはお前の頭の中だ。ようやく復帰したディアーチェが床を這うように移動し、リビングのテーブルへと戻ってくると我が家一のイロモノの称号を得つつある、というか獲得してしまったシュテルやユーリに合流し、再びメモに必要なものをリストアップし始める。おそらく、というか確実にそこには必要以上のものが書かれているので後でいっぱい消す羽目になるんだろう。

 

「ま……時期的に見て最後かなぁ」

 

 軽く手を振るえば離れていてもベーオウルフが動作を読みとって此方の前にホロウィンドウを表示してくれる。そこからアクセスするのはメールプログラムで、フォルダの一つから保存してあるメールを再び読み上げる。その内容を数回確認し、そしてメールを削除する。内容は完全に覚えた為、もうメールが残っている必要はない。

 

 部屋の端から少女達の姿を眺める、笑い合って、明日を疑わず、そしてこの刹那を楽しんでいる彼女たちの姿を。その笑顔を何よりも尊いものだと思う。そして、守らなくてはいけないものだと思う。不思議な話だ。最初は消されたくない、そんな思いだったのに、こうやって生活を続けている内に段々と変わってきた自分がいる。

 

 才能には勝てないと諦めて上を目指そうとせず、仕事さえこなせればいい。そう思っていた頃の自分とはだいぶ違う。心の底から彼女たちの笑顔と日常を守りたいと思う。ここが俺の陽だまりで、此処が帰ってくる場所。だから絶対に帰ってこなくちゃいけない。そしてその為に今は―――。

 

「どうしたんですか似合わない笑顔を浮かべて」

 

「たぶん私達が可愛すぎるから頬を緩めていたんですよ」

 

「……かもな」

 

「―――デレた!?」

 

「あ、今のは私にデレたんですよ。私にです」

 

 彼女たちのやり取りに苦笑しながら早く支度する様に言って、急がせる。今はただ、この時だけを考えて―――。




 なのはちゃんも少しずつ成長している、という事ですね。前の章よりも少し落ちつきが増えてきたという事で。この章の日常は全体的に「ahih ashr ahih」みたいな静かで寂しい曲を聞きながら書いている感じですねー。戦闘はロックですが。

 何が決まっているの、という事でまた次回。そろそろ1章のあとがき消すかなぁ。意味なくなってきたし


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ビヨンド・ザ・バウンド

 タクシーが止まり、扉が開いた瞬間四人が一気に飛び出す。その光景に苦笑しながら無人タクシーに料金を払い、タクシーの外へと出る。そうやって到着するのはクラナガン中央デパートの駐車場。おそらくクラナガン一大きく、そして品揃え豊富なデパート。ミッドチルダで買いたいものがあるのであれば、とにかく一度はここへ来るといい、見つからないものはないと言われるほどに雑多に物を扱っている店で、様々な店舗が中にはある。値段に関してはやはりデパートというべきか、専門店で購入するよりは少しばかり高くなるが―――やっぱり品揃えでここは凄いと思う。まとめて買えば割引もきくため、なるべくならここで買い物は済ませたい。少なくとも一人暮らしで何かを大量に購入する場合はここでいい。

 

 基本、100個単位で購入するカートリッジも全部ここで購入している。管理局員であることを証明すればそこは割引が効くからだ。まあ、そんなわけで超大型デパートへと到着すると、初めて大人数―――いや、家族全員でミッドチルダ中央部まで外出というイベントの為、四人娘の目はこれでもか、というぐらいに輝いていた。そしてそのはしゃぎっぷりを見て軽く思う。―――最後まで俺の体力は持つのであろうか。

 

 だが、まあ、全力で付き合うのは悪くはない。

 

「ほらほら、見ているだけでいいのか?」

 

 シュテルとユーリの間を抜け、頭を撫でながら前へと進み、デパートの入り口へと向かう。それでやっと自分が固まっている事に気づき、追いつく様に娘達が走って追いかけてくる。

 

「待ってください!」

 

「行きますってばー!」

 

 背中に何かが飛び付いてくるのと同時に両手がふさがる。軽く振り返ればまたレヴィが背中に引っ付いて、両手をシュテルとユーリが独占しているのを見つける。そして一人だけ、飛びついてくるのが遅れたディアーチェが場所を寄越せと言っている。その光景に苦笑し、

 

「レヴィ、流石に14歳で飛びつくのはアウトだ。周りに対して恥ずかしいから離れなさい」

 

「セーフセーフ。だからもう少しだけ、あとちょっとだけ!」

 

「アウトつってんだろ……!」

 

 こいつ……少しずつ胸が出てきているぞ……! 14歳でこれはちょっと―――大きい……!

 

 

                           ◆

 

 

 レヴィを引きはがして手をつなぐのは交代制だと娘どもの中で決まると、まずは入り口で一旦足を止め、指の動きでホロウィンドウを出現させる。超大型デパートである為、迷子対策として店内ではどこでもホロウィンドウが出現させることができる様になっている―――言い換えればデパート全体が専用のデバイスによって管理されているのだ。

 

「ほほう、面白い発想だな」

 

 自分もそう思う。何より店内であれば誰でも、どこでもホロウィンドウを出現させることができるというのが面白い。それに出現させられるのはマップだけではない。

 

「いいか? ここ、マップ内の店舗をタップすると―――」

 

「ほうほう、なるほど、店舗内の状況や商品をチェックできるんですね。あ、商品検索や在庫状況もチェックできる。うーむ、やはり下調べした通りに優秀ですね、ここは。流石最新技術を無駄に惜しまず無駄な所で使うことで無駄に有名な……!」

 

 そこまで無駄な所へ掲げる執念とか聞いたことがないのだが。

 

「ともなれば……」

 

「えぇ、そうですね。まずは三階のスポーツウェアを見に行きましょう」

 

 おぉー、と声を揃えた娘達が此方の手を引っ張る様にしながら近くのエスカレーターまで進んで行く。なんでもエレベーターだと非常につまらないので、各フロアを見る事の出来るエスカレーターの方が買い物の時は楽しく過ごせるらしい。そういう買い物へと掲げる意気込みは女の子のものだなぁ、と誰に言うでもなく呟きながらエスカレーターに乗り、三階を目指す。途中何度かエスカレーターの端から乗り出そうとするアホの子を引っ張り戻しながら、そうしている内にあっさりと三階へと到着する。そして到着した瞬間、まるで弾丸のようにエスカレーターから飛び出してスポーツ用品のコーナーへと飛んでゆく。

 

「あ、コラ! お前ら走るな!」

 

「はーい!」

 

 とか言いつつも走る事を止めない。周りで買い物をしている客が此方を見て少しクス、っと笑うのが見える。どうもすみません、と軽く頭を下げてから走り去った四人のいる方向へ少しだけ急いで向かう。やはり、というかやっぱり、というか。まず最初に彼女たちがいたのは水着―――ではなくビーチで使える玩具コーナーだった。何時の間にかカートと籠を回収して、籠の中へ何やら詰め込んでいる。

 

「やっぱり普通の浮き輪とアレだ、ボード型の!」

 

「おぉ、やっぱアレは必須であるな」

 

「ですが忘れてはいけません、ボールを!」

 

「ポンプ必要です?」

 

「イストを使うので不要です」

 

「貴様ァ!」

 

 まあ、元々俺がやらされるんだろうなぁ、とメモのリストに空気ポンプの名前がなかった時点で悟っているのでリアクションだけだ。べつに浮き輪に空気を入れるぐらいは全く問題はない。……ただ染みついた隊の芸風として反射的に何かを言わなくちゃいけなくなってしまっただけなのだ。習慣というものほど怖いものもない。ともあれ、軽く確認すると全力でネタに走っているが、あまり困ったものを籠の中へ詰め込んでいるようではない。しっかりと家を出る前に書いたリスト通りに買い物をしている。

 

「あ、そこらへんはちゃんと我が見ているから無駄買いはせんぞ」

 

「あと一応此方で予算を立てていますし」

 

「その有能さを少しは脳へリソースとして分けてくれないかな」

 

 此方の言葉を無視して娘達が再び買うべき浮き輪の選別に入る。自分だけその様子を眺めているのも暇なので、娘達が浮き輪やビーチボール、パラソル等を見ている間に少し離れたコーナーへと移動する。最新のスポーツシューズが置いてあるコーナーへと移動する。服はディアーチェがどうにかしているが靴はそうもいかない。しばらく新しい靴を買っていないなぁ、と今自分が履いている靴のボロボロ具合を確認し、買う必要性を感じる。

 

 見た所ラインナップには最新型のモデルも出ている。どうせだしそっちも購入しようと、複数出ている最新型モデルに目をつける―――なにせ、地味に踏ん張りとかの問題で靴選びは重要だったりする。基本的には一番グリップが効くのを選んでいるのだが、同じ様なタイプなのが2種類あるのが問題だ。軽くネットへとアクセスし、そして評判をチェックする。……自分が使っているブランドの物がやっぱり人気で評判がいい。なら迷う必要はないだろうと、自分の足のサイズを思いだし、積み重ねられている靴の入った箱から自分のサイズのを探し、見つける。今日ばかりは少しお金がかかっても気にしない気にしない、と自分に言いつけながら箱を脇に抱え、娘達がいた方へ視線を移し、

 

「あれ」

 

 娘たちの姿がない事に気づく。

 

「どこに行ったんだあのバカ娘どもは……」

 

 目を離した隙にすぐいなくなる。買い物へ子どもを連れて行きたくない親の気持ちを理解しながら軽く見渡すと、少し離れた水着コーナーに娘達が移動しているのを見つける。意外と近くにいたその姿にほっとし、何を心配しているんだ、と軽く自分の心を叱咤する。そう、何も後ろめたいことはないのだ。こうやって堂々と一緒に買い物する事に何の問題もないのだ。

 

 思考が物騒になってきているなぁ……。

 

 チェンジチェンジ、と脳内でつぶやきながら水着コーナーへと向かい、籠の中に靴の入った箱を入れる。そこで娘達が水着にへばりついている光景があった。

 

「水着なんてどれも一緒だろ……」

 

「聞き捨てならんなぁ……!」

 

 珍しくディアーチェが真っ先に反応し、指を突き立ててきた。

 

「いいかイストよ! 水着とはただ泳ぐためだけの道具ではない! 貴様は水着をあまりにも軽んじている! いいか、水着は泳ぐために必要な装備だ。なぜならそれは普通の服装で泳ぐことは禁じられているからだ―――常識だな?」

 

「あぁ、常識だよ」

 

 とりあえずノリがいいので反論できず頷く。

 

「いいか? 良く聞くのだぞ? 水着は服装同様女子にとっては立派なおしゃれなのだが、これを選ぶスタンダードというのは普通の服装を選ぶよりも遥かにシビアだ。何故ならそう―――肌だ。水着は下着の如く肌を露出する。下着は愛しい相手にだけ見せる為、ソイツの事のみを考慮し購入すればいい。だが水着は違う。それは自分自身の魅力をちゃんと見せながらも、水着を選ぶセンスを周りへとアピールする事も考えなくてはならないのだ。いいか、つまり水着選びとは一種の戦争だ……!」

 

「お、おう」

 

 そうとしか言い返す事が出来なかった。女子のこの服装やらアイテムやらへの意気込みは男である自分にはよく理解できない領域の話なので話し始めて1秒目の所で理解する事は放棄した。周りで感銘を受けた客や他の娘達がディアーチェを称えるように拍手しているがディアーチェの顔が真っ赤になり始めているのでそろそろ救いの手を出した方がいいのだろうか。あ、いや、ベーオウルフにこの顔を保存しておこう。将来脅迫するのに使える。

 

「む、やはり赤にしますか……いえ、ここはパーソナルカラーの紫も……」

 

「我が家の品位が疑われるからお前はまずヒモから離れろよ」

 

 シュテルの頭を掴んで軽く締め付ける。シュテルの口からぐわぁ、と声が漏れるが、そうやって頭を押さえているうちにヒモにしか見えない水着をユーリに回収させて元の場所へと置かせる。だんだんとシュテルの声から楽しそうな声が漏れ始めてくるのでシュテルを解放し、

 

「こいつどうにかならんの」

 

「無理だ。我は諦めた」

 

「そろそろ私を受け入れましょうよ」

 

 あきらめたら最後、ずるずるどこまでも入り込んできそうなので断る。まだまだ子供なので余裕だ、ということを示すためにもデコピンを叩き込んでシュテルを突き放す。

 

「ほらほら、こういうの男には解らないんだから女達で相談して決めろよ。俺はここで待ってるからさ」

 

「ウロウロはしないんですか?」

 

 と、ニヤつきながらユーリが効いてくる。馬鹿な事を言ってくれるものだ。

 

「無意味でもそこにいて付き合ってやるのが男の特権だろ」

 

「解っているのなら遠慮する必要はないな? しっかり意見を聞いてもらうからちゃんと言葉を用意して待っていろよ。何せ貴様に見せる為に選んでいるのだからな」

 

「ディアーチェ、私達のボディでこの熟女好きの不能野郎をロリコンの道へと落としてやりましょう」

 

「ユーリお前口が汚いぞ」

 

 相変わらずこのチビっ子たちは発想が恐ろしい。一体自分はどこでこの子達の教育を間違えたのだろうか。軽くこうなってしまった事に後悔を感じつつあった。

 

 

                           ◆

 

 

 ―――そうやって娘達に振り回されていると一日はあっさりと過ぎ去った。相談して意見を求められたりで一時間ぐらい選ぶのに時間をかけたり、駄々をこねたディアーチェの為に家電コーナーで色々と新型家電をチェックしたり、お腹を鳴らすほどに空かせたレヴィの為に少し早めに上の階のレストランコーナーで昼食を取った事とか。そうこうしている内に日が暮れ始める。珍しい事にはしゃぎ疲れてしまったのはユーリで―――帰りのタクシーがマンションの前に到着する頃には完全に眠っていた。普段は一番大人しくしていたのだが、よほど楽しかったのだろうか。背中にユーリを背負いながら支払いを済ませ、タクシーから降りる。

 

 話をしながらマンションの中へと入る

 

「いやぁ、バーゲンは強敵でしたねぇ……」

 

「だが我らの敵ではなかったな。うむ、偶然とはいえ良い戦果だったな」

 

「僕ら! 最強! ダークマテリアルズ!」

 

「最近のバーゲンでは魔力弾飛んだりフラッシュムーブ使うんだな。俺は知らなかったよ」

 

 ワゴンに対魔力加工が地味に施されていたのを俺は見逃さなかった。デパートで行うバーゲンセールスとは修羅の国というか修羅の戦場だとは思わなかった。一時間前に遭遇した出来事を思いだし、苦笑しながらマンションのエレベーターへと乗り込む。

 

「うぅ、しかし最新型のキッチン予想よりも大分高かったなぁ……」

 

「我慢ですよ王。そのうちイストが金を回収してくれる筈です」

 

「俺はお前のサイフか」

 

 今日の出来事や欲しかったものを口にしながらエレベーターから降り、窓から差し込む夕日に軽く目を細める。そういえばサングラスをかける事は止めたんだっけ、と思い出しながらそのまま夕陽に染まるミッドの姿を眺め、

 

「来週だなぁ……」

 

 来週には海だ、と覚えておく。

 

 たっぷり、思い出をつくらなくてはいけない。チケットを用意してくれたなのはの為に、家族の為に、

 

 そして……自分の為に。




 マテ娘共初の家族でクラナガン。テンション天元突破。自重は置いてきた、ついてこれそうになかったからな……状態ですね。

 では、次回から海で。


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サマー・センセーション

「ガスの元栓閉めたか?」

 

「そこらへん抜かりはないぞ。他にもちゃんと全部確かめたし問題はない」

 

「オーケイオーケイ」

 

 再度部屋を見渡す様に確認する。電気製品の類は電線を抜いてあるし、ガスもちゃんとディアーチェが止めたと言っている。あとは他に忘れ物が無いかのチェックだが、それも他の子達が何度も何度も昨夜から繰り返してチェックしている。もう既にトランクを握って外へと出ちゃっている子もいるわけだし、これ以上家の中でゆっくりする必要もない。時間を確認すれば大体時刻は7時ぐらい、何時もなら珈琲を片手にゆっくりソファの上でくつろいでいる時間だ。だがチェックインが可能になる9時と同時に到着したいというほぼ全員共通の意見によりこんな朝早くに出かける事が決定している。もうそろそろ頼んでいたタクシーが下へと到着する頃だ。最後に一回だけ部屋を確認し、頷く。

 

「じゃ、行くか」

 

「うむ!」

 

 勢いよく頷くディアーチェの姿に苦笑しながら家を後にする。出る時にちゃんと鍵を閉め、片手に旅行に必要な着替えや色んな物を詰め込んだトランクを手に、エレベーターへと向かう。ここへと帰ってくるのは明日の夜遅くだ。それまでは一時的に完全に空になる。少し、誰もいない自分の家に寂しさを感じつつも、ロビーで待たせているシュテル達を放っておくわけにはいかない。彼女たちが待っている一階へと向かう。

 

 

                           ◆

 

 

 ミッドチルダ南部は第一管理世界ミッドチルダの中でもかなり自然が残っている地域であり、南部の暖かい気候もあってレジャー施設や自然をテーマにした施設が多い。全体的にミッドチルダという世界は開発が進んで都市部へといけば緑を見る事はほぼないのだが、過去の戦争やら争いでそういう自然の破壊に関しては既に理解のある世界であり、管理社会だ。今使っている魔導科学技術を使って空気や海を汚染しないクリーンなエネルギーを普及させたように、世界をクリーンに保つことに管理局は意識している。ミッド南部は自然を多く残す事を”意識”している地域であり、おかげでそういう施設は多くとも、自由に建設とかはできない様になっている。解りやすい形としての管理局の善性のアピールとも見えるかもしれない。

 

 そんな自分達がチケットを手に向かうのはミッドチルダ、第一大陸の端っこ、リゾート地帯だ。気候故に常に暖かいおかげで慰安や休暇で年中人気の地域。そこにある大型リゾートホテルが今回の目的地だった。あとからなのはに貰ったチケットを調べて、ホテルの規模と人気の高さには色々と驚かされて、彼女がどうやって手に入れたかも気になったが―――ここはそう言うことを素直に忘れて楽しむ事とする。

 

 大陸の端っこだからタクシーで迎えるわけもなく、空港から飛行機に乗って一時間。そこから更に空港からタクシーを拾って一時間の移動。ようやくリゾートホテルに到着する頃には9時半過ぎ、長旅、という程ではないがそこそこ時間のかかる移動だった。

 

「とうっ、ちゃぁ―――く!」

 

 テンションの高いレヴィが飛び出してロビーへと向かって走って行く。それに続く様に他の娘達も飛び出してゆく。

 

「あ、こら、待ちなさい。一番乗りは私です」

 

「私より先に付いたらマトリクスです」

 

「変な脅しは止めんか! あと貴様ら先に荷物を降ろさんか!」

 

 もうユーリ無双はネタ扱いされてるなぁ、と微笑ましく思いながら、ミッド中央では珍しい有人タクシーのドライバーに料金を支払う。ドライバーも今の光景を見ながら微笑んでいた。

 

「あんましにてねぇけど兄妹かなんかか?」

 

「あー……娘のようなもんですよ」

 

「おぉ、そうか。ならそりゃ大事にしなきゃなぁ。楽しんできな兄ちゃん」

 

「ありがとうございます」

 

 タクシーから降り、窮屈な空間から開放された事に少しだけ喜びを感じつつタクシーの裏側へと周り、溜息を吐きながら荷物を下ろすディアーチェに加わる。他の三人は既にロビーへと突貫してしまった。よほど楽しみにしているんだろうなぁ、と思いつつディアーチェへと視線を送る。

 

「俺が出しとくからお前もあの馬鹿に参加して来い」

 

「じゃあ参加してくる」

 

「全く迷わねぇ」

 

 わぁ、と声を上げながらディアーチェが馬鹿の宴に参加する。やっぱ子供だなぁ、と呟いていると近くにいたボーイがトランクや荷物を載せられるカートを持ってきて寄ってくる。タクシーから荷物を降ろしてカートの上に荷物を載せるのを手伝ってもらい、軽くありがとうと言い、ロビーの中へと足を進める。

 

 そこはかなり広い空間だった。受け付けは今の所誰もいないが、設置されているソファやここから見えるレストランにはそれなりに人がいる。こんな時期でも結構人がいるものだなと監視しつつ辺りを見れば馬鹿娘が集団でロビーを見学して回っているのが見える。

 

「迷惑かけなきゃいいんだけどなぁ」

 

『You shouldn't dream that』(そんな夢は見ちゃいけないと思います)

 

 軽くイラっとしたのでベーオウルフを近くの壁に叩きつけてから受付へと移動する。チケットやらパスポートやらを取り出すと受付側も此方の要件を察する。

 

「バサラで予約を入れていた者です」

 

「バサラ様ですね―――」

 

 ホテルでのチェックイン作業にはそう時間がかからなかった。流石ミッドというべきか、辺境の世界よりも数段早く必要な作業を終わらせた。普通なら十分かかる作業が半分以下の時間で終わる。部屋のカードキーを受けとり、カートを引くボーイを連れながらエレベーターへと向かい、

 

「おーい、部屋に行くぞー」

 

「待ってー!」

 

 すぐさま娘達が戻ってくる。エレベーターが下りてくるのを待っている間、その元気すぎる姿に辟易とする。

 

「お前らもうちょっと大人しくできないのか……?」

 

「無理ですよ。テンション上がりっぱなしなんですから。私でもまさかここまでテンション上がるとは思いませんでしたけど」

 

 確かにユーリの言うとおり、此処まではしゃげるものか、というぐらいはしゃいでいるが、

 

「まだ到着したばかりで本番はこれからだぞお前ら」

 

「三日ぐらいなら眠らずに遊び続けるだけの体力はあるよ!」

 

「俺が死ぬから止めてください」

 

 体力に自信はあるが、流石にそこまで体力化け物である自信はない。というかこのガキどもはそれだけ活動できるのか、と思うと軽く恐ろしく感じるものがある。もしこいつらが本気で遊び始めたら俺の体は持つのだろうか。いや、確実に途中でノックアウトされる。

 

 と、言っている間にエレベーターが動きを止める。先に降りて、そして渡されたカードキーに書かれている部屋の番号を再び確認し、近くのプレートに書いてある番号も確認する。軽く迷子になりそうなのでボーイへと見せると先導する様に案内をし始める。一応チップの用意をしておく。

 

「うーむ、何か空気の味が違うなぁ!」

 

「なんかバニラの匂いがする!」

 

「カーペットですよカーペット! ロビーは大理石でこの通路はカーペット!」

 

「あ、高そうな花瓶飾ってる」

 

 無駄にテンションが高く、はしゃいでいる娘共をなるべく視界から外し、しばらく進むと部屋の前へと到着する。カードキーを使ってロックを解除すると、すかさず扉を開けて娘共が中へなだれ込む。わーきゃーと声を上げて部屋の探索を始めている間にボーイと一緒に荷物の運び入れを初め、そしてそれをサクっと終わらせるとポケットから硬貨を取り出してボーイへと渡す。

 

「それではごゆっくり」

 

 頭を下げてからボーイがカートを引きながら部屋から出てゆく。さて、と呟き、

 

「おーい、トランクを開けるから自分の物を出して洗面所とかに置け。じゃねぇと俺が勝手に弄り回すぞ」

 

「あー! だめー!」

 

 すかさず娘共が部屋の探索から戻ってきて自分の荷物を出す事に取り掛かる。ここにいるのは今日と明日だけだが、それでも歯ブラシやらシャンプーやら、そういうモノは私物を持ち込んできている。あとシュテルは枕を変えると眠れなくなるらしいので枕を持ってきている。意外と変な所で柔いなぁ、と感想を抱きつつとりあえず必要なものをトランクからだし、到着直後の準備やらはすべて完了する。少し疲れを感じて体を伸ばし、備え付けの冷蔵庫に手を伸ばす。

 

「お、あったあった」

 

 そこからビールを取り出して開ける。やっぱりこういう場所で飲むのは気分として同じブランドでも味が変わってくる。

 

「はぁ、朝から飲めるのは最高だなぁ……」

 

「うわ、オッサン臭い」

 

「お前らの相手をしていると気苦労が絶えないんだよ……!」

 

 でも、とシュテルがニヤニヤと笑みを浮かべながら此方を見て口を開く。

 

「別に嫌いではないんでしょう?」

 

 答えない代わりに近くの椅子に座ってリモコンを手に取り、テレビをつける。

 

「あ、逃げた」

 

「おら、海はホテルのすぐ後ろなんだから行きたきゃあとっとと着替えろばぁーかばぁーか!」

 

 仕方がないなぁ、何て声が横から聞こえ、娘共がトランクから回収した水着に着替える為に別室へと向かう。

 

「あ、覗きたいなら別に覗いてもいいですよ?」

 

「とっと着替えろ」

 

「脈を感じない……これは挑戦と見ました」

 

 コイツは本当に残念になったなぁ、と昔を懐かしみながら窓の外を見る。そこからは地平線の向こう側まで続く青と、そして白い砂浜の姿が見える。砂浜にまばらに見えるカラフルなのはおそらくパラソルなのだろう、そしてそれを見る限り結構な数が今ビーチにいる様に感じられる。他にも茶色い建造物を見るに色々と屋台っぽい店もある。これは昼食をビーチの方で食べる為にサイフを持ち歩いた方がいいな、と旅行用に改めて硬貨や紙幣へと変換した電子マネーを淹れたサイフをポケットから取り出し確認する。

 

「……はぁ、ついでに今のうちに出しとくかぁ」

 

 自分のトランクへと移動し、そこに詰め込まれたしぼんだ浮き輪やビーチボールを取り出し、それを重ねておく。ついでにベーオウルフの圧縮空間にぶち込んでおいたビーチパラソルも取り出しておく。基本的に色々と突っ込んでおける圧縮空間にはアームドデバイスとしての本体部分が格納されているのだが―――そこに物をしまうと旅行の気分が薄れてしまうから実はあんまり使いたくない。

 

『Thick object penetrating me……』(太いものが私を貫通して……)

 

「お前までネタに走るなよ。お前の所有者だってバレると死にたくなるだろ。オラァ!」

 

 ベーオウルフを壁に叩付けて遊ぶ。激しく虚しい。しかし、自分一人だったり暇だと空気を読んで話しかけてくれるのだがこのデバイス、AIが少々おかしいのか、割と此方を責めるかネタに走るかのどちらかしか選べないっぽい。何時か修正しなくてはならない、と思いつつもやはり人生で一番長い付き合いの相棒にはおいそれと手を出す事が出来ない。

 

「終わったぞー!」

 

 そんな声がするので振り返ると、そこには水着姿のレヴィがいた。タイプはスタンダードなビキニ型で、柄はなく、レヴィが好きだと公言している水色だ。何でもかんでも水色で統一しようとするのでそのセンスをどうにかできないか若干困るものだが、ここまで来るともう十分に立派なものだ。

 

「どう?」

 

 首をかしげながら聞いてくるので、頷く。

 

「おぉ、似合ってる似合ってる。かっこいいぞ」

 

「ふふ、解ってるのならいいのさ!」

 

 そしてそれに続く様に、シュテルとユーリが飛び出してくる。

 

「あ、こら、抜け駆けは駄目ですよレヴィ」

 

 そう言って出てくるシュテルはタンクトップ型のセパレートの水着、色はシュテルらしい情熱的な赤だ。そしてその横のユーリは白のビキニ型の水着をつけている。ただし此方はレヴィと違ってパレオを装備してアクティブというよりは上品な感じにしている。シュテルはアクティブに、ユーリは上品な感じに出来上がっている。此方に明らかに評価待ちの視線を向けてくるのでサムズアップを向けてやると、

 

「こう、ムラムラしてくる感じとかないんですか?」

 

「お前、帰ったら少し真剣に話し合わないか。主に教育方針とキャラに関して。ま、俺を悩殺したいんだったらそんな貧相な体じゃあ駄目だ。もうちょい色々と大きくしてから勝負しに来い」

 

「む、つまりイスト、それは大きくなったら勝負になると言っているんですか?」

 

 それには答えたくないので黙る事としつつ、周りを見渡す。

 

「アレ、ディアーチェは?」

 

「着替えている途中であのテンションから我に返ったようで、着替え終わってから恥ずかしがっているようです。流石ディアーチェ、あざとい。実にあざとい」

 

「シュテるん達が色々と捨てすぎなんだと僕は思うんだけどなぁ……あ、王様ひっぱってくるね!」

 

 レヴィが頭のリボンをまるで動物の耳の様にピコピコ動かしながらディアーチェが着替えている部屋へと突貫し、

 

「王様ー! 早くいこーよー!」

 

「あ、こら、待て。我はまだ決心が……」

 

「とりゃあ!」

 

「ぬわぁっ!?」

 

 部屋から蹴りだされたディアーチェがバランスを崩しながらも出てくる。その恰好は上が柄の入った紫のタンクトップ型で、下はユーリ同様上と同じ色のパレオで隠しているスタイルとなっていた。若干顔を赤くしながら俯き、

 

「そ、その……変な所は……ないよな……?」

 

「我が王があざとい」

 

「可愛いです! ディアーチェ可愛いです!」

 

「ディアーチェ苛めは止めようよ。顔真っ赤だぞ」

 

 普通に似合っていると言ってやれば少しは落ち着く様子を見せて安心し、窓の外の風景を一回見てから振り返る。

 

「そんじゃ海へと行くか」

 

「―――ちょっと待ってください。イスト、着替えていませんよね?」

 

 そう言って浮き輪を拾って歩き出そうとするユーリが止める。だが大丈夫だ。なぜなら、

 

「下着の代わりに水着を着てきた」

 

「なんと用意周到……!」

 

「もしかして一番楽しみにしてたのお兄さん?」

 

 夏。

 

 海。

 

 水着。

 

 美女。

 

 そうきたらナンパしかないだろ貴様ら……!

 

「あ、何か邪な事考えている」

 

 そして―――楽しい時間が始まる。




 ゆっくり、ゆっくり、でも確実に進んでいるのよ。


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ホット・スポット

 海にいる間は1日1更新


「青い空! 白い砂浜! そして青い海! 海だ―――!」

 

「イスト? ものすごく響きが悪いです」

 

 ユーリにそんな事は言われなくても知っている。ただ言いたかっただけだという衝動がそこにはあったんだ。

 

 家から来てでてきたクォーターを脱げば、そのすぐ下はトランクス型の水着だ―――流石にブーメラン型を履く程の勇気はない。ともあれ、持って来たビーチパラソルを適当に開いている場所へと突き刺し、立てる。その横に直ぐ近くで貸し出しているビーチチェアを二つ設置し、その間に持って来た鞄やらの荷物を置く。そして終わった所で

 

「さあ、浮き輪を膨らませる作業の開始だよ!」

 

「はいはい」

 

 レヴィが既に浮き輪を持ってスタンバイしていた。ソレを受けとり、浮き輪やらボートやらを膨らませる作業を始める。息を吹き込む所のキャップを外し、大きく息を吸い込んでから浮き輪の中へと勢いよく吹き込む。全力で息を吹き込んだ結果、

 

「おぉ! 一気に4分の1も膨らみました」

 

「その調子ですよ」

 

「お前ら見ている余裕があったら少しは別のを膨らませてろ」

 

 息を思いっきり吸い込みながら文句を告げるとぶーぶー言われながらも娘達が頬を膨らませて浮き輪へと空気を送り始める。その光景を軽く眺めてから自分の分を終わらせるために一気に息を吹き込むが―――一瞬で終わる。やはり成人した男と、14の少女では肺活量に大きな差がある。こういう魔力とかまったく関係の無い所だと自分の方が圧倒的優位で……そして小さなことかもしれないがそうやって勝てるのはちょっとだけ気分がいい。ともあれ、一番近いのでユーリが膨らませているのを横から掠め取る。

 

「あ」

 

「俺の方が早いし貰うなー」

 

 言い訳を聞くまでもなく、ビーチチェアに座りながら浮き輪に一気に空気を送り込むと、ユーリが軽く頬を染めながら手を頬に当てる。

 

「私が舐めて唾液を絡めた浮き輪の吹き口にイストの口が―――濃厚な間接キッス成功です!」

 

「やっぱお前ががんばってろ」

 

 浮き輪をユーリの顔面へと叩きつける。この娘、確実に近くに陣取っていたのはこれを狙っての事に違いない。シュテルと違って油断も隙もない。黙っていると思って油断してはいけないタイプだ。たぶん虎視眈々と狙ってきている。実際コワイ。

 

 ともあれ、なんやかんやで浮き輪を膨らませ終わるとそれらを娘達が全部抱える。

 

「イストー!」

 

「泳ごうよー!」

 

「パス。だるい。お兄さんはまずはこの空間でゆっくりくつろぐの」

 

 手を振りながらそんな事を言うとディアーチェがあきれた表情を此方へと向けてくる。

 

「お前は少々老け込みすぎてないか。あとお前ら、崩したお金はカバン中淹れておくからお腹がすいたら適当に食え」

 

 そんな事を言ってマテリアルズを次から次へと持ち上げ、海へと投げ込む。放物線を描きながらばしゃ、と音を立てて海の中へと落ちた娘達の姿を眺めてから荷物の中に置いたサイフを確認し、そしてベーオウルフを拾い上げる。確か電子マネーは通じる筈だ、とパンフレットの内容を思い出しながら軽く見渡せば目的の店は見つかる。

 

 つまりは屋台。

 

 若干行列が出来上がっているが、それに並んで数分後、行列の先頭へと到着し、商品のリストを見る―――そして電子マネーを使って購入するのがソーダ。瓶の中に入ったソーダ。確かにビールを飲むのもいいかもしれないが、後で海に入る事になるのだろうしアルコールの摂取は控えておいた方がいい。ナンパする時に酒臭いと避けられるし。他の娘の分も買っておいてやろうと寛大な心で御代わり分を含めた10本ほど購入する。それだけ購入すれば普通は持ち歩くのが面倒になってくるが、指の間に一本ずつ挟み、二本を脇で抱えれば十本ぐらい軽く持ち運べる。少しだけ面白い恰好であることを無視すれば無理な格好ではない。さっさと購入したソーダを持って自分のパラソルまで持ってくると、あらかじめ用意しておいたクーラーボックスの中に九本いれて、そして一本だけ封を開けて中の液体を飲む。

 

 やっぱり甘い。

 

「甘い」

 

『Supposode to be sweet』(甘くなるようにできているんです)

 

「そう言ってもなぁ」

 

 元々そこまで甘いものには執着の無い人間だったのだが、十代女子と一緒に生活していると嫌でも飲んだり食べたりする生活へと変わった。本来の自分はもうチョイ辛いもの好きだったはずだ。いや、そこらへんディアーチェが意志を汲んでくれて夕飯とかに少し辛い物を出してくれるのは嬉しいのだが、やはり人間とは割と変わるものだなぁ、と実感している。

 

『But you do like the change』(ですがその変化を貴方は楽しんでいます)

 

「もちろん」

 

 変わらないものなんてない。この世に永遠はない。だから変わり続ける今を楽しむのが人間という生き物だ。だから、

 

「ナンパするか……!」

 

『……』

 

 左手にベーオウルフを装着して左手の火傷傷を隠し、サングラスを装着して顔の傷を隠す。全て隠せているわけではないが、問題ではないレベルだ。シャツも着ているので体についている傷跡も全く問題ではない。そう、見せられない部分を隠して、話術で惚れこませたら後は逃がさないだけ……!

 

「よし、お兄さん気合をだすぞ」

 

 ソーダを飲み干してクーラーボックスの横に落とす。柔らかな砂地に突き刺さって瓶はサク、と音を立てながら半分だけ埋まる。やる気が出たので娘共に見つかる前に行動に出る事とする。あの娘共、軽く海の方を見れば水泳勝負に興じているが、こっちがナンパに出たとすればまず間違いなく妨害してくる。

 

「社会で学んだ会議から逃げるための気配遮断スキルが今こそ活きる時」

 

『……』

 

 ベーオウルフが呆れて何も言えないのは解っている。だが問題は割と深刻なのだ。そう、生理現象とは自然の摂理―――人間として生きる上では必然的なもの。だがあの娘共が常時べっとりで風呂場にまで突撃してくるので割と一人になれる時間がない。

 

「一夜、一夜だけでもいいんだ、素敵な夜を……! バレなきゃわ、ワンチャン……!」

 

 そう言っている自分に若干自信がなくなって行く。なんだか直感的に無理じゃね、と感じ始めているがその予感に負けるわけにはいけない。未来の為。健全な生活の為、そしてちょっぴり自分の欲望の為に、ここで運命に負けるわけにはいかなかった。

 

「いざ行かん、海に来て開放的になっている女子を求めて……!」

 

 

                           ◆

 

 

「―――そもそも本気で僕の探知範囲から逃げられると思ってたの?」

 

 駄目だった。というか三人目に話しかけていい感じに入ったと思ったらレヴィに掴まった。良く考えたら人間センサーから逃れる事なんてできないのだ。とほほ、と声を漏らしながらパラソルまで戻ってくると、海水で濡れた少女達がプラスチックの容器から麺を啜って食べていた。時間を確認するともう昼なのか、と少しだけ早く感じる時間の経過に驚く。

 

 罰ゲームにレヴィを肩車しながらパラソルへと到着すると自分の分の麺っぽい食べ物が用意されていた。

 

「ほほう、失敗したか」

 

「嬉しそうに言うんじゃねぇよばぁーか! ばぁーか! サングラスを取り上げられてから誰も寄りつかねぇンだよばぁーか!」

 

「イエーイ」

 

「グッジョブですレヴィ」

 

 レヴィはやってくると即座にサングラスをパクった。それだけでもう女性は寄ってこない。確実にどっかの紛争地帯で戦っていたような顔をしているからだ。そりゃあ誰も進んで近寄ってくる事はしないだろう。そしてこれ、本気で将来まともな恋人作れるのかなぁ、と心配になってくるが―――あぁ、そういえばその心配をする必要もなかった。

 

 聖王教会との約束がそこらへんには絡んでいるし―――。

 

 ともあれ、

 

「うるせぇ。人の不幸を笑うんじゃねぇよ」

 

「家主の不幸でメシが美味いです」

 

 ユーリは絶対に泣かす。というか敬語組二人は確実に泣かしてやる。家に帰ったら地味な嫌がらせで涙目にしてやると誓いながら、受け取った昼食を口にしてみる。麺料理としては少々味の濃いものだ。たぶんソースを濃く絡めた料理で、美味しいかどうか、と問われれば……正直そこまで美味しくはない。だがぶっちゃけこんな場所で食べるものはこういうもんだと思う。

 

「あんまし美味しくはないけど雰囲気で食うもんだよなぁ、こういうのって」

 

「そうなの?」

 

「不味くてもみんなでワイワイやってりゃあ”あぁ不味かった!”って笑いながら思い出になるもんだろ? 大体そう言う感じなんだよ」

 

「ほうほうほう」

 

 興味深そうに話に耳を傾けるシュテルの姿を見て、どうでもいい知識に対して貪欲だなぁ、とその姿勢を評価する。まぁ、そうやって馬鹿をやっている分には確実に可愛いのだ。数年後、どういう姿勢かどうかはわからないが、いい方向へと進んでくれればいいのだが、とは思う。

 

 そこまで美味しくも不味くもない麺の食べ物を食べ終わるとクーラーボックスから二本目の瓶を取り出す。その様子にあー、と娘達が声をあげる。

 

「あれ、買っておいたって言わなかったっけ」

 

「言ってないよ!」

 

「喋るよりも先に奪います」

 

「ぺいっ」

 

「ぐわっ」

 

 クーラーボックスへと飛び付こうとしたシュテルをユーリが後ろから踏みつけて押し潰し、先に到着する。そうやってソーダを奪取する様子を眺め、仲がいいなぁ、と苦笑する。

 

「というかお兄さん次からは参加するんだよね?」

 

「何にだよ」

 

「もちろんビーチバレー。ちなみに僕とシュテるん、王様とユーリのタッグでお兄さんはソロで試合するの」

 

「ちょっと待ってそれ俺苛められてないかなぁ」

 

 一人だけ大人だからハンデとかこの少女達は言っているが、お前ら自分の分野においては俺を軽く超えるインフレっぷりを披露するのを忘れてないか。そんな事を言っても少女達は話を聞き入れてくれない。だから溜息を吐いて。ソーダを飲み終わったら最初の一本同様砂浜へと落とし、上半身を隠していたシャツを脱ぎ捨てる。

 

「ならば仕方あるまい―――保護者として、一人の男として、そしてナンパに失敗した怨念を背負った敗残者として本気を出さなくてはいけないようだな……!」

 

「キャー! イストサーン!」

 

「カッコイイー!」

 

「濡れるッ! 抱いてッ!」

 

「貴様らノリがいいよなぁ」

 

 ノリがいいのではなく、基本ノリだけで生きている様なものなのだ。だからこのノリが止まったら半分死んでいるような状態。というか正気に戻ったら羞恥心で死ねるからノリに乗ったら降りる事を許されない感じが正しい。だからやる時はとことんまでやらなきゃいけないのだ。

 

「一つ教えておこう。実はお兄さんビーチバレー初体験だぞ!」

 

「勝ちましたね」

 

「えぇ」

 

「容赦する気が欠片もねぇ」

 

 既に勝利を確信している少女達に目にものを見せてやらないといけないので素早くベーオウルフにネットへとアクセスさせ、ビーチバレーのルールや遊び方を把握してみる。だがどう調べたところで一人が不利なのは目に見えている事だった。こいつら、最初から勝たせる気がないというかガチだった。

 

「クソ、お前ら……!」

 

「うん? 何か文句あるんですか? あるんです? あ、ごめんなさい。今そういう類のを受け付けてないんですよ。だからすみませんね、ちょっと文句とかは聞いてあげられないんですよ。あ、でも全部終わった後にベッドの中であればゆっくり愚痴とかを聞いてあげなくとも―――」

 

 シュテルの頭を掴んで全力で海の方へと投げる。キャー、と声を上げながら楽しそうに海へと落ちてゆくシュテルの姿を多くの人が周りから見ている。もう人目は気にしない―――気にしたってどうにもならない事は解っているから。

 

「もういい! ところん付き合ってやるよ!」

 

「わぁー! お兄さんがキレた!」

 

「やった!」

 

「喜ぶなよ!」

 

 ―――結局、日が暮れるまでそうやって、全力ではしゃぎ続ける時間は続いた。




 海にいる間は1日1更新ですねー。ゆっくり感を出す為。というかこれ終わったら最終決戦なので、こう……ソッコーでラストバトル入るのって間違ってないかなぁ。という感じで。

 でも2更新しないと満足できないので適当に何かを更新している。シンフォでも書こう。


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イディオッツ

 馬鹿は馬鹿をやっているから馬鹿に見える。


「あー、疲れた」

 

 そんな声を漏らしながらばたり、と着替えとシャワーを終わらせベッドに倒れる頃には外は完全に暗くなっている時間だった。夏で暗くなっているのだからもちろん七時は過ぎている。すぐ横のリビングではまだ興奮冷めやらない娘達が着替え終わって色々と話し合っている。だが自分にそこまでの体力は残されていない―――一番体力自慢のはずなのに。何故かその事に物凄く理不尽を感じる。やはりアレか、年齢差なのか。二十歳が一番肉体的に優れていると思っているのだがそれは嘘なのだろうか。それとも俺が彼女たちの数倍は動きまわらされただけだろうか。たぶん、というか確実に後者だろう。何せビーチバレー勝負は俺にとって解りやすい地獄だったからだ。

 

 まるで最初から動きが見えているかのような連携プレー、右へと左へと容赦なく叩き込まれるスパイク、その度にダッシュする羽目になる俺、そして連戦する羽目になる俺。自分の出番が終わったと思ったら再び立ち上がらされて、その後罰ゲームとか言われて海に引きずり込まれる始末。ともあれ、疲れた。疲れたが、

 

「イスト、ご飯を食べに行きましょう」

 

「はぁい……」

 

「お兄さんが死んだ!」

 

「これは事件の気配ですね……!」

 

「犯人は間違いなくここにいますね」

 

「というか我らだろう」

 

 解ってるなら言わなくていい。というか追撃は止めてほしい。そしてレヴィ、背中の上でジャンプしない、地味に背中が痛むのでそれ。

 

「はぁ……」

 

 立ち上がろうとすると背中にレヴィがぶら下がり、引きはがすのも面倒なのでそのまま、ベッドサイドテーブルからカードキーとサングラスとベーオウルフを回収し、必要なものを装備する。軽く確認する自分の恰好はクォーターパンツにどっかで見た事のある様なプリントシャツ。髪の毛は……面倒なので纏めず適当なままでいい。レヴィを背負ったまま部屋の外を目指す。

 

「おら、メシ食いに行くぞ欠食児童共」

 

「肉だぁ―――!」

 

「蛮族か貴様は」

 

 がおー、と肉食獣をアピールするレヴィが飛び降りて扉の外へと向かう。一足先にエレベーターを呼びに行ったのだろう。遅れるわけにもいかないのでのそのそとエレベーターへと向けて歩き出す。

 

「それにしてもすごい消耗していますね」

 

 シュテルが此方を見てそんな事を言う。

 

「予想外にお前らの遊びがハードだったんだよ……!」

 

「少しテンション上がり過ぎたところはあります。だが反省も後悔もしません。なぜならそれは楽しかったからです……!」

 

 まぁ、そこでごめんなさいなんて言われても苦笑する以外には何もできないんで開き直ってくれた方がはるかにやりやすい。首を軽く押さえてそれを回し、凝った筋肉を軽くほぐしながらカーペットの敷き詰められた通路を進み、エレベーターへと向かう。既にエレベーターを呼んでおいたレヴィが扉を開けて待っている。

 

「レヴィ、エレベーターを止めるのは他の客へ迷惑だからやめんか貴様」

 

「来ちゃったから仕方がないんだよ王様」

 

 レヴィの言葉に呆れながらも待たせるわけにはいかないのでエレベーターへと乗り、レストランがある二階のボタンを押して下へと向かってゆく。幸い別に誰かがエレベーターに乗ってくる事はなく、少しだけ広いエレベーターの空間を五人で占領して二階へと到着する。降りたところで左右へと視線を移せばレストランが複数用意されているのが解る。

 

「で、どこで食べるかは決まっているのか?」

 

「もちろんです」

 

 ユーリがポーズを決めながらそんな事を言う。恥ずかしいのでそこまでテンションを上げてくれなくてもいいのに―――が、決まっているのなら早い。どこにするんだ、と問いかけるとあっちです、と指を指して答える。ユーリが指差した方向へと視線を向けて見つけられるのは、

 

「ベルカ式じゃねぇか」

 

 ベルカ料理のレストランだ。結構いいホテルなので入っている店もかなりいいもので、本来なら結構お金がかかる。自分たちの場合チケットでそこらへん無料なのだが。だがそれでも、ベルカ料理だったら俺も作れるし、ディアーチェだって俺から奪ったレシピでそれなりのレパートリーを持っているはずだ。正直にいえば家でも食えるものをここで食べる必要はあるのか、という疑問が頭の中にはある。

 

「いや、今はあるぞ? 食べて料理を覚えられるし、新しいアイデア湧くし、ベルカ料理好きだし」

 

「結構庶民派ですよね、旅行で他国へ行って自分の文化の食べ物を食べる人って」

 

「まぁ、お前らがそれで満足するなら俺はそれでいいよ」

 

「何を言うんですか。満足するグループの中にはあなたも入っているんですからしっかりしてくださいよ」

 

 そうかそうか、と誤魔化す様に頭を撫でられるようになった自分は、少しだけ卑怯になったなぁ、と思う。歳を取る度に嘘を突いたり、他人を騙したり、偽って行くのが少しずつ上手になって、色々と曖昧になる。……だが、まあ、この子達の前だけでは。

 

「仕方ねぇなぁ。俺もベルカ料理好きだし反対する理由はないなぁ」

 

「じゃ、席がまだ空いている内に入りましょう」

 

 手を引かれ店の中へと引きこまれる。少しだけ転びそうになりながら店の入り口、ウェイターに持ってきておいたディナーチケットを五人分渡し、自分たちが少しだけ特別である事を証明して支払をなしにする。そのままウェイターに案内されて窓際の席へと到着し、適当な場所に座る。その際誰がどこに座るかでちょっとした争いになるが、ステルスと暴力という点で一瞬でレヴィとユーリが勝利する。

 

「我一応王なんだが威厳が欠片も通じない件」

 

「ルシフェリオンが、ルシフェリオンがこの手にあれば……!」

 

 お前は砲撃でもぶち込む予定があったのか。

 

 そう言って俺の横ではなく対面側の席に座っている二人は少しだけ電撃でビリビリしている。いや、横のユーリも若干ビリビリしているのだが流石我が家最強、直撃していたはずなのにまるでノーダメージかのように振舞っている。

 

「根性と」

 

「愛の勝利だね!」

 

「電撃10割の勝利じゃないんですかね」

 

 確実に電撃10割だったのはもはや言わずともわかる事なのだが、付き合っていたら一生かかる。メニューを広げてその中に出ている物を確認してゆく。基本的に乗っているレシピは見た事のある様なものばかりだが、その中には見た事も聞いたことの無いものが混じっている。まぁ、こういうのを楽しむのが旅先での醍醐味だ。

 

「お前らじゃれあってるのもいいけど酒以外は好きなのを頼めー」

 

「じゃあ僕パフェから食べたい」

 

 迷うことなくレヴィに全力のデコピンを叩き込んでテーブルに倒す。その様子をシュテルが鼻で笑いながら見て、

 

「こういう時は―――イスト、貴方を―――」

 

「言わせんぞ」

 

 ディアーチェがシュテルの後頭部にチョップを叩き込んでテーブルに顔面をしばき倒す。倒れる直前にナイフやフォーク、皿といって危ないものや割れそうなものをさらっと回収する辺り、実に手馴れていると思う。その姿を微笑ましく思いながら眺め、全員分のメニューを聞いて、ウェイターを呼ぶ。そして、夕食を頼む。

 

 

                           ◆

 

 

「ふぅ、食った食った」

 

「初めて食べるものばっかり頼んだが色々と面白いものが出てきたな。まさか鶏肉にあんな使い方があったとは思わなんだ。味は覚えたし後は家で何度か試してみれば再現できるやもしれんな」

 

「流石我が王、その無駄に発揮される有能さと情熱は素晴らしいですね」

 

「無駄とか言うな」

 

 世の中無駄になってもいいというものは存在する。彼女たちの才能はそう言う部類のものだ。だからどうか無駄に終わってくれ。有能として認められるときは来ない方がいい。そんなことを考えつつ、自分が確保したベッドに靴を脱いで倒れる。メシを食べる前にシャワーを浴びたし、もうこのまま寝てもいいんじゃないのか、という感じだった。実際昼間に遊びに付き合って疲れたし、このまま寝ても全く問題ないように思える。そうと決まれば早い。

 

「俺はもう寝る。おやすみ」

 

 ベッドにうつぶせに倒れて目を閉じる。サングラスだけはとって、カードキーものそのそとテーブルの上へと放り投げる。戦った後よりも非常に疲れているのが実に解せない。ともあれ明日もどうせ全力で遊ぶことになるのだから今のうちに体力を回復しておかなくてはならない。その為にもそのまま顔を枕に埋めて寝ようとした所、

 

「えい」

 

 何かが横に倒れ込んでくっ付く。面倒なので顔を上げずにいるが、その声が誰の物かは解る。ユーリの声だ。だから横に倒れ込んできたのはユーリなのだろう。

 

「あ、じゃあ私も寝ますんで」

 

「あ、ズルイ! 僕も僕も!」

 

 そうしてレヴィも突入し、シュテルが参加し、恥ずかしがりながらディアーチェも参加する。結局部屋はたくさんあるのに全員が大きなベッド一つに集まって寝る事になった。普段なら引きはがして元のベッドへと運んでゆくのだが、それが面倒な上に体力も残っていないので、

 

「もう……好きにしてくれ……」

 

「ひゃっはー!」

 

「許可がでましたー!」

 

「ではじゃんけんで誰が横か勝負です」

 

「あ、電撃警戒されている」

 

「ちなみに私はちょきを出します」

 

「一番得意な心理戦仕掛けてくるガチっぷり……!」

 

 楽しそうにそうやってじゃんけんで何度もあいこを繰り出し、再び心理戦へと突入して互いに睨みあう姿を顔を少し横へとズラし、見る。いつもいつも楽しそうで本当にいい事だ。この笑顔を、守りたい。守らなきゃいけない。その為の手段は選べない。……いや、選ばなかった。そして本当に手段を選ばないからこそ―――きっと、これからいっぱい人が死ぬ。たぶんその責任の大部分は自分にある。本当に善性の強い人間であればあのティーダから受け取ったデータの全てを管理局へと提供しておくべきなのだ。それを管理局へと渡せば間違いなくスカリエッティは数ヶ月―――いや、数週間以内に捕縛されているか、処刑されているか、消されているだろう。だがそれはしない。俺は自分のエゴに負けた。自分の手でやりたいという意志があるからだ。ヤツなら間違いなく欲望と囁き肯定してくるそれに、俺は負けた。そうやって、自分の欲望のままに行動する生き物を人はこう呼んだはずだ。

 

 化け物(モンスター)、と。

 

 倒れない、蘇る、死なない、欲望のままに生きる。そんな自分には相応しい名だと思う。

 

 ぺしぺし、と頭が叩かれる事で思考から引き戻される。そうして目の前にあったのはシュテルの顔だった。

 

「何をまた暗い表情をしているんですか。折角こんな美少女に囲まれて眠るんですからもう少し嬉しそうな表情をする方が女冥利に尽きるものなんですよ?」

 

 顔に出ていた様だ。まだ自分も未熟だなぁ、と思いつつ答える。

 

「なんでも―――」

 

「―――ないわけがなかろう。阿呆。どれだけ貴様の事を見てきていると思う。少しでも様子が変われば何かを隠しているということぐらい解るし、その内容を察せられぬほど我らも愚かではない。言っておくが我らに感謝しろよ? 貴様の為だけに我らは無能で居続けるんだからな」

 

 ……そんな事知っている。俺だってお前らの事はよく見ている。だから本当は俺を助けたくて助けたくてしょうがないことぐらい知っている。

 

「本当ならずっと一緒に横にいてあげたいんですよ? 降りかかる脅威に一緒に戦って振り払いたいんですよ? ですけどイストってそれ、嫌がるでしょ? 私達を守るために戦っているのに私達が自分から気づいたりしたら本気で嫌がるぐらいに私達のこと大好きですよね?」

 

 そりゃあそうだ。今ではお前らの為、そして己自身の為だけが戦うための理由なんだ。だから、

 

「もっと笑ってよ兄さん。僕たちがバカでいられるように。僕たちが杖を握る事を考える事すら必要ないぐらいに笑っていてよ。それだけで僕たちは満足できるし、心の底から安らげるから。そして―――」

 

「―――疲れたらいつでも頼っていいんですよ? 助けが欲しいなら何時でも頼っていいんですよ? 私達は戦場に立てませんが、それだけが戦いではありません」

 

「最終決戦が近いのだろう? なら家内の事は任せろ―――我々の翼は貸してやる。こっちはこっちで馬鹿やって待っているから貴様はとっととすべてにケリをつけて帰って来い」

 

 何心配するな、とディアーチェの声がし、あぁ、と呟く。

 

 ―――やっぱ、女には勝てないなぁ。

 

 どう足掻いても。明日で最後だ。




 馬鹿でいられる事は実は幸福なんですよ。

 そんなわけで、次回で海は最後。

 そのあとは、ですなぁ。


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マイ・ドリーム

 あわただしい夜を超えて、朝を迎え―――そしてまたなんでもない一日が始まった。ビュッフェ式の朝食は初めてだけだっただけに自分も娘共も大騒ぎで取れるだけとって、そして食べた。その結果お腹がいっぱいでしばらくレストランから動けないなんて事態になったが、それでもやはり美味しいご飯をたくさん食べられたのだからそれぐらいは可愛い事だと思う。朝食を食べ終わって十分にお腹を落ち着かせたら再び遊びの時間に入る。

 

 今度海へ遊びに来れるのは何時か解らない。だから全力で遊ばなきゃいけなかった。

 

 また走って、大暴れして、少しだけ迷惑を周りにかけて、そうやって楽しめるだけまた海を楽しんだ。馬鹿の様に後の事を全く考えず、盛大にはしゃいで時を過ごした。もうこの後に何が来るのかは多分みんなわかっていたから。だから楽しまざるを得なかった。楽しむしかなかった。この一分一秒を全力感じ取りたかった。

 

 あぁ―――そしてまた空は夜の色に染まって行く。

 

 気づけば空は夕陽の色に染まっており、娘達は周りにはいない。おそらくどこかへ遊びに行ったのだろうか、少しセンチメンタルな気分になっている自分を気遣って離れて行ったのか、まぁ……どちらでもいい。一人になったのは丁度いい事だった。屋台でソーダを購入し、ビーチチェアに腰を下ろして、漠然と海の方向へと視線を向ける。やがて、そこで楽しそうに泳いで勝負をしているマテリアルズの姿を見つける。その姿に苦笑し、横に二つの物を置く。

 

 ベーオウルフ、

 

 そしてタスラム。

 

 ……結局ティアナにはタスラムを渡す事は出来てないし、渡す事も出来ない。そもそも残るかどうかあやしい。本来ならティーダの遺品として渡すべきなのだろうが―――この手でやらなくてはならない事がある。その為にはどうしてもタスラムが必要だ。だからこうやってずっと手元に残っている。……本当に、申し訳ない。あぁ、申し訳なさばかりが残る。後悔しない日なんてない。何故こうなってしまったのか。そうやって自問することは永遠に終わらない。たぶん、後悔しても前に進み続けるのが人間という生き物だから。

 

「付き合わせて悪いな」

 

『No worries. I understand what you are trying to do, and my master would have done the same if the position was the other way around』(気にする必要はありません。貴方がやろうとしている事は理解できます。それに主も同じことをしていたでしょう、もしも生き残っている側が逆であれば)

 

「そう言ってくれるのなら幸いだ」

 

 確実に恵まれていると断言できる。だからこそ自分勝手な行動に嫌気が走る。エゴの為に好意やら全てを利用している。そうしなければ同じ舞台にすら立てない自分の才能のなさを恨みたくなる。あぁ、だけどこれ以上才能を貰おうとするのは罰当たりだ。何せ自分は十分恵まれている。才能の無い人間と比べれば、十分すぎる程に能を得ている。だからこれでも生きる上では十分すぎる。だがそれでも、

 

 なのはが羨ましい。彼女の様な才能が欲しかった。そう嫉妬せざるを得ない。一緒に仕事する時は何時だって羨ましかった。豊富にある魔力と、そして魔導師として一番重要な適性で溢れている事を。自分の様に細かい小細工をしたり、限界があるから技量を限界まで鍛える事無く、あの若さであの境地へと到達した才女に。本当にうらやましい。今はまだ経験があるから俺は勝てている。だがそういう物すら彼女は自分から吸収してきている。あと数年もすれば自分の届かないような立派な魔導師として次元世界の平和―――は、似合わないか。鬼教官として新人魔導師をビシバシ鍛えるようになっているだろう。汚い言葉を吐きながら教官をしている彼女の姿が今でも思い浮かぶ。

 

 ……まぁ、

 

「潮時かなぁ」

 

 これが終わったら聖王教会との約束を果たさなくてはならなくなる。そうなればもう管理局へと在籍する事は出来ないし、色々と人生に妥協をする必要が出てくる。人生信用だけで渡っていける程甘くはないのだ。……信用だけで無限書庫、というかユーノ・スクライアを紹介してくれたなのはに関しては正直驚くほかなかった。お人好しにも程があるだろう、と。だが他の人物やつながりはそうもいかない。

 

「俺さ、こうやって無茶やってるだろ? 肉壁なんて回復魔法使ってても何時かボロが出るもんなんだよ。多分他の人間ほど長生きしないスタイルだからさ、適当に年取ったら管理局で働くのは止めようと思ってたんだよ。だって、ほら。何か問題起こすよりは自分から辞めた方が色々と都合がいいだろ? 経歴に何かがあったって別に残したくもないしさ。んで聞いてくれよベオ。俺ってさ、実はちょっとした夢があったんだよ」

 

『……』

 

 相棒は黙って話の続きを聞いていてくれる。その事に感謝しつつ、誰も言わなかった話を少しずつ零して行く。

 

「俺さ、昔は爺さんに憧れてたんだよ」

 

 祖父は自分にとっては永遠のヒーローだった。困っていた自分の所に現れて、そして様々な事を教えて勝手に満足して逝ってしまった祖父。彼が自分の人生に与えた影響は絶大だった。聖王に関する事のほとんどは祖父から教わって、人生の指針や今の自分の考えの根本だって彼が作り上げたものだ。祖父のおかげで今の自分があると言っても過言ではない。祖父の存在は自分にとってはそれだけ大きなものだった。……そんな彼の背中に自分は昔、憧れ、追いつこうとしていた。結局は祖父があの世へと逃げるという形で追いつく事はなかったが。だが教えの大半は今も守っているし、今でもあの背中を追いかけている部分があるのは否定しない。

 

「あんな大人になりたかった」

 

 誰かに指針を与えられるような大人に。誰かに道を説いてやれるような大人に。迷った時は手を出すんではなく背中で行き先を見せてやれるような大人に、なりたかった。そんな風になりたかった。歳を取るにつれてそんな自分が段々と歪んで行くのは見えたけど―――マテリアルズをあの研究所で保護してから、また、その道へと戻れたような気がする。見失いながら進んで、見つけて、色々と失って……そして今へと至る。

 

「教師になりたかったんだ。笑えるだろ、中退のクセに。仕事に使わない事のテストだったら中学生にすら負ける自信はあるね。それなのに教師とか笑えるだろ? あぁ、でもなぁ……大きくなったら若い連中に色々と教えたかったんだよ。俺が迷って荒れていた時の様に、ちょっとだけ前へと進む手伝いがしたかった。べつに教科は何でもよかったんだけど……ほら、俺馬鹿だしたぶん体育の教師とかになると思う。……ははは」

 

 ああ、今ではそんな些細な夢も叶うかどうかはわかりはしない。何せ、聖王教会は強敵だった。カリム・グラシアとの会合、何十回と話し合って、そしてその結果ようやく無限書庫からの持ち出しを可能としたのだ。はやての友達だから、何て理由で信用されるわけがない。人生は、世界まではそこまで甘くない。管理局が事実上次元世界を支配している中で、それに匹敵する巨大な信仰を作り上げている聖王教会、聖王信仰。その組織に所属する重要人物が友人の紹介なんて理由で甘えさせるわけがない。

 

 未来だ。

 

 俺の担保は……俺の未来だった。

 

 覇王の抹殺と覇王流の再現。

 

 それを成し遂げるという事を条件に俺は無限書庫からベルカ関連の書物を持ち出す許可を得たのだ。その具体的な内容は全て相手に一任する、という約束の下に。そしてその約束は半分完成している。覇王流に関しては創造者以上の実力を出す事は不可能だが、調べられる限りの全ては模倣と再現できる。あとは覇王さえ殺せば契約完遂だ。ベルカの騎士になるか、技術を消させない為の講師となるか、あぁ……確実に優秀な血を残す為にどこか、相性のいい人をあてがわれる可能性は高い。そこそこ、自分の事は優秀だと自負している。ともあれ、契約書にサインしてしまったため、そこらへんはもうどうにもならない。文字通り自分の全てを捨てて戦いに挑んでいる。

 

「ま、いいさ。最後にあいつらが笑えれば。満たされている人間なんてどこにもいない。誰もかれもが飢えている。もっと欲しい。もっと幸せになりたい。まだまだ足りない―――でも、そんな事を言っても本当に満たされる人間なんてこの世には存在しない。結局の所”足りない”って言うのが何より人間という種である事の証なんだから。足りてない事こそを誇りに思って生きなきゃいけないんだ、俺達は」

 

『Human seems to be very complicated to what I hear from you』(私が貴方から聞く分には人間とは物凄く複雑な生き物なんですね)

 

「俺を見てそう言える?」

 

『Sorry, my mistakes. Looks quite simple』(すみません、間違えました。ものすごく単純に見えます)

 

「そうだろ」

 

 苦笑しながらベーオウルフの言葉を受け入れる。そう、そんな難しい話じゃない。人生ってのは結局”何を受け入れ、何を受け入れないか”という事に集約されるのだ。そして、”何に妥協するか”で、全てだ。受け入れ、受け入れられず、そして妥協する。人生その程度だ。もしどうしようもない事で死んでしまったらそりゃ間が悪かった。あぁ、それだけの話だ―――でもそれで納得できるほど高尚な人物でもない。だから頑張って頑張って生き足掻くんだ。その足掻いた果ての結果が―――今の自分だ。いや、終わっていない。まだ終わってはいない。終わらせたく……ない。

 

「嫌な男だなぁ」

 

 こんな所へ来て死にたくないなんて思い始めている。この日常を永遠に味わいたいと思っている。ずっとこんな馬鹿みたいな日常が続けばいいと思っている。どっか適当な世界に逃げて、名前を変えて、つつましく暮らせば……何もかもから逃げて生きていけるんじゃないかと、そんな夢を見ている部分が自分にはある。そんな事ありえないのに、先の事を考えるとどうしても思い浮かべてしまう。……そんな未来があったとしても自分はどうせ、いられない。

 

 守りたいものは解っているから。

 

「ディアーチェは服飾関係の才能があるし、ユーリはあんな風に見えて割と読書家で小説を書きたいって言ってて、シュテルはプログラムとかに強くて、レヴィは保育園の先生とか似合ってそうだよなぁ……」

 

 彼女たちがそんな風に何でもない職業へと付けるようにするのが、自分の役割で役目だ。自分の人生そのものを盾にしてあの少女達を守りたい。心の底からそう思っている。あぁ、心の底から彼女たちの存在を愛している。それに関しては嘘偽りはない。そしてその為に一切合財を捨てて、こんな状態になってしまった。一人で強くなれる限界まで強くなった。おそらく自分一人ではここが限界というやつだ―――だから、負けられない。できる事は全てしてきた。用意も完了した。あとは自分だけだ。

 

「なぁ、ベオさんや。お前、全力に何発耐えられる?」

 

 あの一撃、ティーダをこの世から完全に解放した一撃。自分の全技術と考えられる限りの最悪の組み合わせで生み出した極大の一撃。触れた物質を消滅させるから同質量からそれ以上の質量をぶつけない限りは絶対に防ぐことの無いできない絶死の一撃―――それが代償なしに放てるわけがない。

 

『Three times would be the maximum I could obsorve the shock to your arm』(三回が貴方の腕への衝撃を吸収できる限界の回数です)

 

 それ以上は、

 

『My core won't be able to take, and will get completely destroyed. If you calculate that, I can take four hits』(コアが耐えきれずに完全破壊されます。それを考慮すれば四回いけます)

 

「―――つまり両腕の壊死を考慮すりゃあ最大六回か」

 

『Seven times』(七回です)

 

 そう言って付け足したのがタスラムだった。あぁ、そうだよなぁ。お前も負けたくないよなぁ。

 

 買ったのはいいが飲み忘れて大分温くなったソーダを口にしながら、水平線へ沈んで行く太陽に照らされる彼女たちの姿を見る。そこには守りたい日常がある。守らなきゃいけない陽だまりがある。この先、未来がどうなるなんて解る人間はいないんだ。だがそれでも持っているものでどうにかしなきゃいけない。足りない、届かない、満たされない。それでもどうにかして進むのが人間だ。俺達は永遠に満たされはしない。だけどそれでも自分以上存在になる事を望んじゃいけないんだ。自分以外の誰かになる事を、慣れる事を望んじゃいけないんだ。だって、それは、

 

「現実から逃げる事だもんな、爺さん」

 

 負けない。砕けない。死なない。倒れない。色々と遠回りしてしまったが、辿り着いた。

 

 あぁ、待っていろ。

 

「―――頼んだぞ、相棒共。俺達で、家族皆で勝つんだ」

 

 戦場へと連れて行けないが―――彼女たちの意志は持って行ける。俺達の戦争。

 

『Ofcourse』(もちろんです)

 

『We will win, and comeback』(我々は勝って帰ってくるのです)

 

 ―――覚悟、完了。




 1日1更新は本日で終了、明日から怒涛の最終章ラッシュで。

 ほのかに漂う絶望臭。


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キル・ミー・イフ・ユー・キャン

 ―――実は結構機嫌がいいかもしれない。

 

 着替え終わって空隊へと出勤する準備が完了するが時間的にはまだ少し余裕がある。今日の朝食は少しだけゆっくりしよう、とフライパンに準備の完了したフレンチトーストを乗せ、焼き始める。数秒もすればフライパンから甘い匂いが漂ってくる。メープルシロップよりは蜂蜜派なので冷蔵庫からハチミツを出して、あらかじめ溶かしておくのも忘れない。フライパンの上のフレンチトーストを焦がさないように気をつけながら胸元のレイジングハートへ指示を送る。

 

「テレビつけてー」

 

 ヴン、と音を立てて大型テレビの電源がつく。そのチャンネルはミッドのニュースチャンネルへと既にセットされている。昔は全く見なかったものだが、今ではニュースで手に入る情報や新聞で手に入る事件などを細かくチェックしている自分がいる。こういうのも少しずつ、大人になる事なんだろうなぁ、と前と変わってきている自分の意識に驚く。なぜなら、自分は驚くほどにあの人たち、第六隊の人たちに影響されてきている。昔の自分がどれほど内向的な性格の人物だったのか、数ヶ月前までの自分を軽く思い出すと驚く。

 

 が、将来的には戦技教導官を目指しているのだ。そう思うと少し不真面目な方が人としてはウケがいいと思うし、そういう事もあって少しずつ変わってきたつもりだ。まあ……そんな考えを抱かせてくれた張本人は最近不調、というか目に見える程損耗していた。肉体的ではなく、精神的に。やはり、

 

「……どう考えても昔のパートナーを殺しておいて平気ってわけがないよね」

 

 そんな事もあってあの肉壁には休みが必要だと思っていた。どうにかして休みを与える必要があった。だが普通に休め、と言っても休むはずがないのが自分の知っている馬鹿だ。だから少し卑怯かもしれないがチケットを用意して逃げられない状況を作ってみたのだが―――心配していたのは確実にバレているだろうなぁ、と思う。相手は大人で、自分はまだ成長中の子供なのだ。私の考えぐらい見抜けない人物でもあるまい。まぁ、だから、きっとたくさん遊んできたはずだ、と思う。あの人は何気に意図を察した上で乗っかってくるような馬鹿な所があるとこの数ヶ月の付き合いで解る。だからそこに迷いはなく、いい気分転換になれば嬉しいと思う。

 

「とと、これぐらいなぁ」

 

 フレンチトーストを裏返し、焦げ目を確認する。大体これぐらいだ、と確認して頷く。こうやって一人で料理するのも大分慣れたなぁ、と思いつつ耳をニュースの内容へと傾ける。

 

『第12管理世界において大規模なテロの発生を確認しております。幸いにも聖王教会中央教堂が近い為騎士もおり、制圧のために―――』

 

「朝から忙しそうだなぁ」

 

 第12管理世界と言えばカリムがいる世界ではなかったっけ。まぁ、あの世界における聖王教会、ベルカ勢力は管理局よりも大きなものだったはずだ。まぁ、ベルカ勢力が強い世界では基本聖王教会の方が管理局よりも強いのだが―――まぁ、少しだけ知り合いであるカリムの事が心配、という程度だ。ベルカの騎士の実力は身内が証明してくれている。あ、いや、メイン盾とかブレードハッピーとかサンドバッグ狼とかモツ抜きドクターとか色々基準としちゃいけないような極悪兵器が存在するけど、それでも全体的に騎士と呼ばれる人間は魔導師としてレベルが高い。だから心配する必要はない。

 

『第3管理世界でも大規模なテロリズムが確認されており―――』

 

「こっちは結構近いなぁ」

 

 第3管理世界、ヴァイゼンはミッドチルダに比較的近い次元世界だ。此方までやってくる事はないと思うが、それでもこうやってテロが身近な場所であると思うと若干不安になってくる。第12に続いて第3管理世界でも大規模なテロリズム、ちょっとテロリストがヒャッハーしすぎなんじゃないかなぁ、と思うが、

 

『続報です、第5、第14管理世界でも大規模なテロリズムが確認され、時空管理局本局から鎮圧のための部隊が―――』

 

「流石に多いかなぁ」

 

 丁度良く焼けてきたフレンチトーストを皿の上へと移しながら火を止め、蜂蜜をその上にかける。それをリビングへと運んでゆくと、テレビには現地の様子が映されていた。魔導師での陸戦や空戦が繰り広げられているのがテレビで見える。流石にその距離は危ないんじゃないのか? と思っていると案の定流れ弾が飛んできてニュースキャスターが逃走を開始する。頑張れ、と心の中で現地にいるニュースキャスターにエールを送ると、さっさとフレンチトーストを食べる事にする。

 

 ―――今日は、あんまりいい予感がしない。

 

 こう、……そう。言葉として表現すればあの時、ナハトヴァール、あの巨大なプログラムが出現した夜、あの時と同じような感じだ。何か身近な人が傷つきそうな、そんな予感だ。……あんまりいい感じではない。今日は、少しだけ気合を入れようと思う。とりあえず、

 

「いただきます」

 

 

                           ◆

 

 

 朝食から三十分後、職場へと到着する。自分の姿におかしなところはないと確認しつつ隊にあてがわれた部屋の扉を開け、中に入る。

 

「皆おはよう」

 

 まばらだが返事がちゃんと皆から帰ってくる。ここら辺は付き合いがいいなぁ、と思いつつ皆の恰好を確認すれば、一部がバリアジャケットを装着して待機している。その姿に軽い不安を覚え、軽くレイジングハートを握ると少しだけ皆が距離を取った。おかしい。私がここまで恐れられる理由はあっただろうか。とりあえずレイジングハートから手を放し、

 

「私の恐れられ方が尋常じゃない」

 

「レイジングハート取りだしたらやる事九割砲撃だし……」

 

「あ、でも最近近接こなせるようになって来たよね」

 

「砲撃纏って突進するんだっけ。流石エース・オブ・エースはキチガイさもエース級だった」

 

 迷うことなく顔面を殴って沈める。こう見えて体は鍛え始めているのでパンチにもそこそこ自信は出てきている。だから殴り倒してスッキリしたところで自分の相棒がまだ職場にやってきてない事を悟る。軽く見渡し、いないのを確認し、

 

「アレ、イストがいないんだけど……」

 

「うん? 今朝早く顔を出したらそのまま本局へ向かったぞ”ユーノきゅんの顔を眺めてくる!”とか言って」

 

「ユーノ君が危ない……!」

 

 何時からユーノ君はヒロイン扱いされ始めたのだろうか。しかしあの二人なんか仲がいいしこのまま二人っきりにさせておくと将来ユーノ君を貰いに行くとき非常に面倒な事になりそうな気配がある。場合によっては強硬手段を取る必要があるかもしれない。

 

「すいません、相棒を殺さなきゃいけないので本局に行ってきます」

 

「頑張れー」

 

 止める者はやはり誰もいない。が、そこでバリアジャケットを展開している姿を思い出す。少し気になるので足を止めて、本局―――無限書庫へと向かう前にバリアジャケットを装着している姿を問いただす。その言葉にあぁ、と答えたのはバリアジャケット装着済みのキャロルで、

 

「―――なんか今日は酷く荒れそうな予感がしてね。用意しておくことに越したことはないでしょ?」

 

 

                           ◆

 

 

 それはやってきた。何の脈絡もなく、何時も通り白衣姿と、少しだけ老けた顔を楽しそうにゆがめながら何の躊躇も迷いを見せる事もなく入り口から堂々と入り込んできた。その顔は既に指名手配犯として各地に送られているのにソイツはその一切を気にしない。到着と同時に、金属検知器を通る時に武器の所持を告げるアラームが鳴る。だがそれを気にすることなくソイツは懐から武器を取り出し、質問をしようと近寄ってきた管理局員の頭を銃で撃ち抜いた。本来ならプロテクションか何かでそれは貫通する事はなかったはずだが、

 

「試作型AMFはそこそこうまく機能しているようだね。重畳重畳。これで素人が質量兵器を握っても十分に魔導師を殺せるよ。うんうん―――いやぁ、バラまいて本当に良かったよ」

 

 カラカラと笑いながら男の背後から現れる二つの姿がある。だがすぐさま異常を知った他の管理局員が現場へと駆けつけ、連絡を入れながら非戦闘員の退去を進める。その間に白衣の怪物は動く。手に握っていた銃をもうどうでもいいものかの様に捨てると、片手で合図する。同時に二つの姿が、黒と緑が動く。緑は気配を感じさせない動きで、一瞬の内に前に出現していた。それを恐れた魔導師が魔力弾を放ってくる。だが緑は―――覇王だった存在はそれを片手で掴み、全力で投げ返す。そんな事を予想すらできなかった魔導師は自分の一撃を想定外の威力で受け、吹き飛ばされながら一瞬で意識を落とされる。

 

「殺さないとは優しいねぇ」

 

「弱者を殺したところで無駄な血が流れるだけです。無意味な死は実に”無価値”です。貴方のセンスからしても美しくはないでしょう」

 

「あぁ、そうだねぇ。じゃあ軽く掃除をお願いするよ」

 

「―――了解しました」

 

 瞬間覇王が駆ける。その名は捨ててもその存在がそうである事の否定にはつながらない。一瞬で接近と同時に攻撃を叩き込み、一撃で一人を沈めてゆく。それに対応する為に残された魔導師がやってくるが、それでも格が違う。経験が違う。年季が違う。戦場に生きて戦い続け、そして朽ち果てた戦士の記憶と経験を持った存在と、自衛と治安の為の技術では天と地ほどの差が存在する。経験の一つだけで攻撃は避けられ、利用され、そして凄まじい速度で残された魔導師たちが殲滅されて行く。本来ならここにエース級やストライカー級の魔導師が残っているはずだろうが、

 

「―――好き勝手やってくれているな」

 

「貴方に用はありません言葉を借りてこう言いましょう―――鏖殺します、と」

 

 出てくるストライカー級魔導師は一人だけ―――そのほかは全て出払っている。故に覇王は守護の為に残された一人との戦闘に入る。

 

「いやぁ、まさに計画通り、と言えばいいのかな。持っている技術と知っている管理局の警備情報等を全て、連絡の取れる犯罪組織やテロ組織に送り付けたからね。いやぁ、試作型のAMF発生装置が大いに役立ってくれていると助かるね。君たちは管理局とドンパチできて、私は魔導師を極限まで本局から引きはがす事が出来る。あぁ、実にすばらしい取引だ!」

 

 全ては白衣の怪物の策略。情報や必要なものを必要な所へと渡してやればどうなる? ―――もちろん行動に出る。次元世界各地で発生している同時発生のテロリズムは白衣の怪物にとってはただの陽動。ターゲットと心行くまでこの時空管理局本局という場所で戦いあうために巣から魔導師を引き出す餌だ。そして、

 

「―――転移装置のクラッキング完了―――システム改竄―――次元航行艦ポートの閉鎖―――完了しました。誰も本局へ侵入する事も脱出する事も出来ません」

 

「グッド。実にグッド。あぁ、実に恥ずかしい事だけど今の私は遊園地へ行く前日の少年の様に興奮している。何せ見たまえ、この惨状を、見たまえこの状況を、見たまえ私がしたことを! コスト! リターン! リスク! 全てがめちゃくちゃだ! 歴史史上初だぞ、ここまで大規模なテロリズムを成し遂げた真正の馬鹿は!」

 

 白衣の男がロビーの中央へと進むと同時にドス、と肉を叩き潰すような鈍い音がホールに鳴り響く。次の瞬間、ロビーの中央へ魔導師の姿が倒れ込む。その背中には穴が開いており、本人が即死であることを証明していた。それを成した張本人は傷一つない状態で死体の横に立っていた。

 

「やあ、結構簡単そうにやったけど愛しの彼もその調子で殺しちゃうんじゃないのかい?」

 

「空戦魔導師には少々戦いづらい地形です。地の利が此方にありました故」

 

「うーん、謙虚だねぇ」

 

 楽しそうにそう言う男は緑と黒を連れて先へと進む。”歓迎”を受けたロビーからホールへと到着し、無人の筈のホールの中央に一人だけ立っている姿を確認する。既にバリアジャケットを装着している事からその者が敵である事に疑いはない。だが管理局員でありながら、その存在は統一のバリアジャケットではなく、カスタムの入った個人仕様のバリアジャケットを装着していた。上半身は黒いボディスーツの様なもので上に茶のハーフジャケットを、そして下半身は青のジーンズと普段着と見間違えてしまいそうな格好だ。だが赤毛の男が発する敵意が間違いなく目の前の者こそが準備の整った敵である事を証明していた。

 

「やあ、待たせたね」

 

「……」

 

「色々大物と遊ぶことも考えたたんだけどやっぱ遊ぶ相手は身の丈に合わないといけないからね。君ぐらいが私としては丁度いい相手じゃないかと思うんだよ」

 

「……」

 

「君が何もしないせいで今、いろんな世界で人がいっぱい死んでいるよ?」

 

「……」

 

「君が何もしないせいですぐそこで同僚が死んだかもしれないよ?

 

「……」

 

「―――あぁ、なるほど。なら言葉はいらないね。じゃあ最終ゲームだ。ここには管理局最高評議会の三人がいるんだ―――これからその三人をそこの緑色のと一緒に正面から殺しに行くから、早く追いついてきてよ。少し寄り道しながら進んでいるからさ―――あ、所で」

 

 白衣の怪物は赤毛の怪物を見る。

 

「一対三だけど卑怯とは言わないよね?」

 

「―――あ? 何を言ってんだてめぇ」

 

 赤毛の怪物は獰猛な笑みを浮かべて答えた。両腕を覆う鉄腕となったデバイスを構え、身体に軽く電撃と火花を纏わせ、戦闘態勢を取る。その魔力は本来その男が持てるはずの量を優に超えている。そう―――それはまるで誰かの力を分けてもらったかのような魔力のインフレーションだった。

 

「デバイスいれて七対三だ馬ぁ鹿。研究者の癖に計算もできない程に脳味噌狂ったかモンスター」

 

 狂っていてすまないね、と白衣の怪物は笑みを浮かべ答え、

 

「じゃあ、ラスト・ゲームだ怪物君。さあ、出番だナル君―――君の本懐を遂げるといい。自分が無価値だと思うならその生き方で無価値ではない事を証明するといい。それが道具としての君であれば本望だろう? ―――さあ、存分に暴れ狂うといい。今日は無礼講だ、犯罪者たちが歓喜の声で宴を開く日だ。存分に殺戮を楽しむといい」

 

 黒が―――リインフォース・ナルと自らを名づけた道具が出て、魔力の短剣を数百以上生み出し、構える。その背後を通る様に白衣と緑は歩き、奥へと向かって抜けて行く。覇王は去る直前に一瞬だけ名残惜しそうに赤毛の怪物を眺め、そして奥へと付いて行く。

 

「―――闇に沈み、果てよ」

 

 ナルの言葉に、イスト・バサラは挑発するように答える。

 

「―――Kill me if you can」

 

 数百を超える短剣が降り注ぎ―――戦争が始まった。




 そんなわけで三色モード、保護者版。あ、英語なのはデバイスが何時もそうだし別に違和感はないかなぁと。ともあれ、何人死んだんだろうなぁ、と。

 ともあれ、スケールのデカイ馬鹿な事をさせたかった。反省はない。


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ナル

 降り注ぐ刃の内、イストは己に一番近いものを掴み、そして投げ返す。優に三桁を超える弾幕量の中から己にだけ降りかかる災禍を選び、そして投げ返す。だが魔力の精密操作に置いてユニゾンデバイスを超える事の出来る存在はいない。投げ返され、勢いをつけて返されるブラッディーダガーは同じく自分のブラッディーダガーと相殺され、空中で砕ける。そうして数百あったブラッディーダガーは全て外すか相殺し合い、意味を無くす。その光景を中空に浮かび上がりつつリインフォース・ナルは眺める。そして、浮かび上がっている敵をイストは眺める。だが眺めるのは一瞬。次の瞬間にはイストが踏み出していた。黒、赤、青の三色を軽く纏いながら本来出せる以上の速度で一気にナルへと飛びかかる。その拳は既に振り抜かれていた。

 

「―――」

 

 ナルの姿が喪失する。拳は振り抜かれ、そしてナルが存在した空間の背後を打撃し、その奥にある壁を破砕する。

 

「チッ」

 

「温い」

 

 そう言ったナルの姿は中央ホールの天井付近に存在していた。その周りには黒い魔力機雷が大量に出現しており、そして手には黒い魔法陣が存在していた。そこから吐き出されるのは素早い砲撃であり、動きを模倣する様に作られた魔力機雷もその姿を砲撃へと変換し、豪雨の様に天井から床へと向け、イストへと向けて砲撃を降り注がせる。

 

『Lightning』

 

 イストの姿が砲撃を正面から貫き、雷光を纏いながら一直線に進んできた。その速度は雷刃の魔力を得て本来以上の加速を得ている。そのスパークでホール全体を照らし、黒い砲撃を中心から突き破りながらナルの正面へと到着し―――打撃する。

 

「っ!」

 

「―――!!」

 

 漏らす声は吐息だけ。それ以上を吐き出す余裕は無い。打撃と共に黒いプロテクションが展開され、拳を阻む。そして同時に体にバインドによる拘束が襲い掛かる。しかし、バインドもプロテクションも熟練された技巧の前では意味をなさない。バインドはあっさりと砕け、そしてプロテクションを貫通して衝撃はナルへと叩き込まれる。ナルの腹が衝撃によってへこみ、そして後ろへと抜けて行く。二撃目の挙動にイストが入る。が、その瞬間にはナルの姿が消失、機雷を再び浮かべたナルの姿がホールの反対側に出現していた。イストはそのまま床へと落ち、着地する。

 

 そして、互いに動きを止める。互いに今の結果を眺め合ってお互いの損傷や消耗具合を確かめる。そして次にするべき動きを高速で思考する。時間、空間、武器、能力、技巧、経験、その全てを飲み込み把握し、そして思考する。

 

 ―――不利か。

 

 

                           ◆

 

 

 己の不利を悟っていた。相手が悪いのではない。状況が悪い。自分という存在はデバイス、ユニゾンデバイスだ。本来はユニゾンして運用するのが通常である。故に単体としての戦闘力は求めておらず、本来はユニゾンした際の適性への強化、魔力の強化、そして演算能力の強化が目的だ。だから単体としては本来はそこまで期待されていない―――とはいえ、自分は特別だと自負している。有能な道具だと理解している。コピーベースとなった夜天の書の統制人格、リインフォース・アインスは単体でも広域殲滅と収束砲撃の両方を行える広域殲滅型のユニゾンデバイスだ。その性能の全ては己も得ているので客観的に見て己は優秀だ。

 

 なら適性も魔力も相手に劣っている?

 

 答えは簡単だ。―――状況だ。相手は互角へと自分を押し上げている。一つ目はトリニティ状態が原因だ。ロード・ディアーチェに備えられた魔導統合状態。己の臣下であるシュテル・ザ・デストラクターとレヴィ・ザ・スラッシャーの魔力を吸収し、己を大幅に強化するプログラム。ベースとなったマテリアルズはプログラム生命体である為に存在そのものを預ける事が出来たそうだが―――そのプログラムをあの男用にカスタマイズされたのが今の状態だろう。”四人”分の魔力が体内でオーバーフロー寸前に抑え込まれている。砲撃を正面から突き進み、そして異常なスピードを見せているのは間違いなくその効果だろう。

 

 二つ目の理由は相手が躊躇しない事―――つまり迷うことなく接近戦を選んでくる事にある。この空間が狭いということにも起因するが、近い。開けられる距離に制限がある。己は広域殲滅型の魔法に秀でている。そういう風にできている。だからこの状況はよろしくない。なぜなら全力で攻撃を放てばまず間違いなく己を巻き込む。そして小さな傷は、まず間違いなく己を苦しめる結果となる。この相手は己の正体を知っている。故にそれに対抗して完全な死を叩き込んでくるだろう。故に、手段は選ばず、選ぶ必要もない。

 

 思考する時間は一秒以下。

 

 場所は把握した。

 

 再びナイトメアを放つ。

 

 

                           ◆

 

 

『Lightning』

 

 喉をせり上がってくる吐き気を抑え込みながら限界を大きく超えるスピードで一気に加速する。体が軽い雷光に包まれ、口から息とともに軽いスパークが漏れ出ているのを自覚する。本来自分のものではない魔力をデバイスさえも使わず直接体にぶち込んで溜めこんできたのだ。それも自分用ではないプログラムを使って。戦う前から既に全身は焼かれる様な痛みと、電撃に貫かれる様な痛みと、そして蝕まれる様な激痛が走っている。だがこれは―――彼女たちの魂だ。ここへ来ることは出来なくても共に戦いたいという彼女たちの意志だ。この激痛を歓迎する理由はあっても、否定する理由はない。だから、笑みを浮かべて、

 

「シュテル……!」

 

 降り注ぐ砲撃を直進しながら―――打撃する。肌を焼く炎が打撃と共に発生し、黒い砲撃を正面から粉砕しつつ体を一気に相手の下へと運ぶ。相手が転移した場合はそれに追いつけるような跳躍術式が自分にはない。故に相手が逃げるよりも早く追いつかなくてはならない。故にダメージを全て魔力任せの防御で凌いで直進する。砲撃が豪雨の様に叩きつけてくるが、殲滅者の炎を砕ける程ではない。あぁ、お前の情熱に砕けないものはない。

 

 降りかかる砲撃を全て正面から粉砕して到達し、敵の姿が、リインフォース・ナルの姿が消失する。そして次の瞬間感じるのは視線と敵意、そして魔力の収束。背後を振り返れば再びホールの反対側にナルの存在がある。その手には黒色の魔力が魔法陣を広げながら収束していた。即座にその術式が見た事のある人物の魔法であることを悟る。

 

「集え星光よ―――」

 

「トラウマ砲撃……!」

 

 スターライト・ブレイカーの術式だった。その破壊力は良く知っている。

 

「レヴィ!」

 

 それを止めるための動きに入る。名を口にした瞬間、全身に溜め込まれたレヴィの魔力が鳴動する。雷光をまき散らしながら体は一気に加速し、砲撃の発射体勢に入った敵に向かって一直線に突き進む。再び設置された機雷が砲撃へと変換されて襲い掛かってくるが、雷光を纏った体はそれよりも早く動き、砲撃を掻い潜ってスターライト・ブレイカーを展開するナルへと向かって雷光を纏ったまま腕を振るう。

 

「空破断!」

 

 雷撃が衝撃となって空気を振動させながら一直線にナルを貫通する。だがその姿は攻撃を受けた瞬間忽然と消失する。空気が揺らぐように消えるその独特の消失の仕方は見覚えのある消え方で、自分の身近な人物が好んで使っていた手段だ。

 

 即ち―――幻影。だが残されている術も魔力も本物のそれは乱れようもなくそこにちゃんと存在していた。即ち、魔法の遠隔操作と、

 

 ―――破棄。

 

 術式が破棄されたことにより収束された魔力が方向性を失って暴走を開始する。収束は反発を生み、溜め込まれた魔力は一瞬で広がりながらホールという狭い空間に広がり、そこにある人間も椅子も、全ての物質を等しく飲み込みながら破壊し始める。全身に纏う魔力を引き上げながら腕を交差させ、体を丸める。襲い掛かってくる衝撃に耐える。

 

「―――かっ」

 

 黒色の波動と暴威が体を一気に壁に叩きつけ、衝撃を浴びせ続ける。だがその中で目を開いてみる。調べる。探す。確認する。そして―――見つける。

 

「そこかぁぁぁぁああああ―――!!」

 

 雄たけびを上げながら魔力を放出し、蹂躙してくる暴威に逆らう。そうして確認したのはナルの位置。相手の居場所。それを睨んで、放出する魔力に暴威の相手を任せて、ダメージを無視して直進する。

 

「なっ―――」

 

 流石にそこまでするのは敵としても予想外だったらしい。その表情には驚愕の色が濃く映っていた。あぁ、そうだ。普通ならあそこで耐えてから攻勢に出る。でなければ負担が大きい。ロスが多すぎる。何よりも常識的な考え方ではない。

 

「見つけたぜぇ……!」

 

 見つけた。いた。転移で少し離れた位置にいたが、その場所は把握した。

 

 そして、そうだ。

 

 ―――俺は正気じゃない。正気は捨ててきた。ここにあるのは狂気だ。狂気しか残していない。こんな姿勢で挑む奴が正気なわけがないだろう。ティアナが泣いているのを見たあの日、自分の中には欠片も正気が残されていない事に気づいた。俺は狂人だ―――人間で居たかった狂人だ。心だけは人間であり続けたい狂人だ。狂っている。こんな事が許容できる人間なんて狂っている。狂っているから、

 

「頼む、力を貸してくれ……!」

 

 預けてくれた少女の術式を発動させる。近くにあった管理局員、気絶している間に攻撃の余波を受けて死んでしまった者の胸に手を当て、そしてその中から刃を、ブラッドフレイムソードを引き抜く。極大の杭の様な剣。その破壊力を証明するためにも―――それを全力で投擲する。

 

「エンシェント……!」

 

 力の限り投擲された刃があらかじめ用意されておいたユーリの分の魔力を吸い上げて全てを貫通する。壁を、構造体を、プロテクションを、その全てを貫通して己を無と呼ぶリインフォースの体に突き刺さり―――そしてその体が壁へと衝突し、突き抜けて更に直進する。

 

「行くぜ」

 

 ナルが吹き飛んだ方向へと向かって再び雷光を纏って向かって行く。加速はあっさりと壁を破壊しながら貫通したリインフォースへと到達し、そして雷光と炎を纏った拳を全力で、叩き込める最大限の力を込めて剣の柄を殴る。

 

「マトリクス―――!!」

 

 更に敵の体が吹き飛ばされて進むのが見えた、刃は完全に体を貫通した。その衝撃で大気が焼ける様な感覚を得る。そして鼻に付くの血の臭いと、濃厚な死の臭い。吹き飛ばして本局内に出来上がった穴の先からまだ魔力を感じる。その先に相手がいる事を把握し、相手の居場所へと向かって進む。短い移動。

 

 そうして貫通痕から生み出されたトンネルを通りぬけて到着するのは―――かなり広い空間だった。障害物も人も何もない、球状の広い空間。どんな魔法も十全に使えるように想定して生み出された空間。即ち訓練場。直感的にここへと誘い出された事を理解し、軽く舌打ちする。リインフォース・ナルは傷だらけの姿を訓練場の中央で浮かぶように見せている。その体からは血が流れている……といっても普通の人間と比べれば明らかに少ない量だ。だがその傷口―――体にできている貫通痕も少しずつだが目の前で塞がって行くのが見えてゆく。どうやら相手は回復魔法まで得意らしい。

 

 飛行魔法を発動させて虚空に立ちながら、自分に回復魔法を発動させながら虚空に立つ敵を見る。こいつはティーダの仇だ。ティーダを殺した女だ。こいつを殺せばティーダの仇を取れる。だから、最低でも勝たなきゃいけない。この後もあるのだから。だが、それを抜きにこの女に関しては非常に気に入らない事がある。だから、この女に負ける事だけは俺のプライドが許さない。

 

「―――侮っていた、とは言わない。融合機として、ユニゾンしない状態で戦っても十全に実力が発揮できないなどとは決して言わない。これが己の性能だ。性能以上の事は出来ない。故に私は判断する―――その性能故に私は勝てると」

 

「ほざけ道具―――貴様にだけは負けない。ティーダの仇とかどうとか、そういう事じゃねぇ。貴様の様な愚図に負ける事は俺の矜持が許しはしない。いいか、良く聞けよ道具―――現実から目を逸らして生きる様なクソに俺は負けたりしない」

 

 互いに睨みあい、そして、発動させる。

 

「―――フルドライブモード」

 

 同時に限界起動に入る。状況は”相手が”有利。環境も相手が有利。精神的には―――負けはしない。

 

 あぁ、そうだよなぁ。覚悟してくれベーオウルフ、タスラム。ここからが本番だ。ここからが戦いの全てだ。

 

「広がれ夜天の闇よ、世界を覆え―――」

 

 リインフォース・ナルが夜を招来する。球状の訓練場の壁が全て暗雲とその中をとどろく雷鳴によって覆い尽くされる。一瞬で戦場が全て敵によって支配される空間と化す。複数の広域殲滅魔法を展開し、君臨する敵を前に、宣言する。

 

「俺は―――俺達はもう負けない。そう誓ったんだ」

 

「―――降り注げ絶望。デアボリック・エミッション」

 

 デアボリック・エミッション―――広域殲滅の闇が複数、降り注ぐ。




 己を人間とする定義とはなんですか? という事が重要ですよ今回は。

 なんでもあのユニゾンした暴走アインスは聖王ヴィヴィオと同じ強さらしいですね。なんたるインフレ。話し合った結果Stsなのはさんはヴィヴィオ倒せたしあの時のアインスも倒せるという結果に。パネェ。

 今更だけどイストのモデルはあの人


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バレット・オブ・ランスター

 世界が全て暗雲に覆われ、そしてその世界の中心に黒の球体が生まれる。広域殲滅魔法デアボリック・エミッション。一撃で街を半分飲み込むほどの巨大で、強力な術式。それが複数という凄まじい規模で密集して放たれる。訓練場の中央で爆裂する闇塊は互いにぶつかり合い、そして互いに吸収しあいながら破裂を繰り返す。それは間違いなく魔法という形にはめ込まれた死の空間だった。その中は絶死の世界。その中に放り込まれて死なない生物はほぼ存在しない。しない筈だが―――その空間を耐えられる存在もいる。それがただ単にそういう方向性に特化していた、という事実もある。だが、

 

「まだまぁだ……!」

 

 ―――イストからすれば意地の問題でしかなかった。

 

 デアボリック・エミッションという死の空間の中を、突き進む。真直ぐ、リインフォース・ナルという存在へと向けて踏み出す様に接近してゆく。その姿は本来で言えばありえないと言っても過言ではない状況だ。だがフルドライブモードである事、リインフォースがユニゾンしていない事実、そして限定的だが魔力ブーストを受けているトリニティ状態であるが故、耐えられている。体が外側からも内側からも引きちぎられそうな激痛の中でイストは両目を見開いて敵を睨み、そして確実に一歩一歩前へと向かって進む。だが、

 

「―――咎人達に、滅びの光を。星よ集え、全てを撃ち抜く光となれ」

 

 デアボリック・エミッションの背後から魔法陣を三つ展開する。全てが同一の魔法であり、先ほどはキャンセルして爆弾として使用したスターライト・ブレイカーの術式。機械の演算力だからこそ許される収束砲撃の多重展開。常識を逸脱した規模の魔法に広域殲滅という属性が付与される―――が、収束技術が高くはないナルではその発動にワンテンポ遅れる。故にその瞬間、

 

「貫けシュテル、レヴィ!!」

 

 急速に消費されつつあるトリニティ状態の魔力をつぎ込んで打撃する。空破断。奥義としてはただの遠当て、難易度自体は低い。だがそこに殲滅者と雷刃の属性を付与すればそれは炎と雷光の乗った兵器となる。一点に集約された力は閃光となってピンポイントに貫く。それはデアボリック・エミッションを突き抜けてリインフォース・ナルへと到達する。しかし、

 

「―――貫け閃光! スターライト・ブレイカー!」

 

 フルドライブモードの演算力に任せた結果、本来の半分の速度で術を完成させる。広域殲滅という属性を乗せてスターライト・ブレイカー―――高町なのはを代表する最強の術式が放たれる。今では更に改良が重ねられ、放たれるバージョンはかなり古いものだが、それでもそれが殺人的威力を超越した領域にあるという事は疑いようもない。それがデアボリック・エミッションを飲み込み、吹き飛ばす勢いで放たれる。それを防御のみで乗り越えられる生物など存在はしない。いや、性能そのものを生存、防衛特化にした高魔導師レベル魔導師であれば可能かもしれない。だがそれと比べてイストは防御力は劣っている。その本質は死なない事だ。故に―――耐えきれない。だからこそ、

 

 一撃目を放つ。

 

「―――自分が道具だと思い込んでいるような馬鹿には負けねぇ。なぁ、そうだよなぁ……!」

 

『Ofcourse』(勿論ですとも)

 

 そしてスターライト・ブレイカーが打撃される。モーションとしては若干ゆっくり。だが体に着弾する直前に拳を闇を突き抜ける星光とぶつかる。質量で言えば星光の方が圧倒的だった。だが砲撃と、そして究極技巧、その中身は極限まで違っている。触れたものを完全に消し去る消失の拳と全てを飲み込んで吹き飛ばす星光。ぶつかり合うのは一瞬で、消し去るのも一瞬。

 

「ブっ散れぇ―――!」

 

「馬鹿な……!」

 

 カキ、と何かに罅が入る音とともにスターライト・ブレイカー。その半分が一撃で吹き飛ぶ。全力の拳、必殺の境地、それは相殺という結果で拮抗を終わらせる。そしてその瞬間にイストが虚空を駆け抜ける。できる事は拳を振るう事だけ、そして死なないという事だけ。だからそのできる範囲を全力で成し遂げる為に行動を開始する。後先の事を考えず、自分の持っている魔力、渡された魔力、それをフルブーストで全力の移動を行う。常時雷刃のフラッシュムーブという己の限界を超える速度で動く結果は凄まじい反動と口からの吐血。だがそれに耐え、残ったスターライト・ブレイカーを正面から炎と共に突き破りながら接敵する。

 

「無駄だ、堕ちろ」

 

「がっ」

 

 全方位から雷が降り注ぐ。考えるまでもなく暗雲から伸びた雷だった。雷速の槍は暗雲から出現するのと同時に人体には越えられない速度で突き刺し、神経に直接痛みを注ぎ込む。そしてそれが突き刺さった瞬間リインフォースがその手に巨大な刃を出現させる。

 

「私が道具だと思い込んでいる? 私が現実から逃げているだと? ―――何を言っているんだ貴様は。私は道具だ。それも存在自体が許されない。私はそこに存在しているだけで罪だ。だが私は道具だ。故に道具としての機能を、そして本分を果たす。創造者と主の命令を聞く。私の全てはそこへ集約される―――故に再び言おう。貴様は堕ちろ」

 

 過去に、フェイト・T・ハラオウンから収集したデータをこのコピーは保持していた。”完璧”と主張する科学者は間違えない。己の力量の範囲を超えるものですら再現する。故に、ナルに握られた刃は雷光によって固められた大剣―――本来の名をバルディッシュ・ザンバーと呼ぶ。魔力によって再現された純粋に魔力によって固められた際限の存在しない凶器。突き刺せばそれだけで全身を焼き殺す兵器。

 

「くだらん。消えろ」

 

 それを投擲した。全身を雷鳴に貫かれるイストへと一瞬で加速した刃は到達し、

 

「っお……!」

 

 ギリギリで迎撃の打撃に入った拳と衝突する。一瞬のスパークにより世界が白く染まる。だが雷鳴と刃を同時に受け取って高くもない空戦適性で耐えられるはずもなく、その体は一瞬で球状の訓練場の床へと向かって叩きつけられる。大地を得た事でようやく足をつけて踏ん張る事を可能とし、そして、

 

「鏖、殺……!」

 

 剣を粉砕した。暗雲に直ぐに入った事で空間そのものが雷鳴によって満たされている。それが直接神経に激痛を流し込む。だが痛みを受け続ければ―――人間はそれに対して鈍感になる。

 

 即ち、

 

「慣れた……!」

 

 暗雲の中を全力駆ける。暗雲の中、激痛に蝕まれながら全力で駆ける敵をリインフォースは見逃さない。相手が必殺の筈の一撃を受けて生き残った事はまだ記憶に新しい。ならばこの程度で死ぬ相手ではない―――己の持つ性能で完全に圧殺する事が最良だと判断する。故に、

 

「生きたまま固まって行く恐怖を感じろ」

 

 浮かぶのは五十を超える光槍。その全てが石化という生物を即死させる概念を得た死の槍。避ける事でのみ逃れる事の出来るその槍は防御を主眼として置くイストのスタイルとは圧倒的に相性が悪い。

 

「行け、ミストルティン」

 

 機関銃のように暗雲を駆け、壁を垂直に走る。イストへと目掛けてミストルティンが放たれる。突き刺さった箇所から侵食する様に石化が襲い掛かってくる。

 

『Lightning』

 

 着弾の轟音の中からデバイスの機械音声が静かに響く。暗雲の中でスパークしながら駆ける姿が見える。既に全身を雷による痛みと火傷が存在するであろうに、それを全く感じさせない程の速度と光を見せる。本当に痛覚が正常に稼働しているかさえ怪しい状況、ナルの頭上へと到達したイストが天井を蹴り、全力で下へと向けて重力を得た加速を見せる。

 

「―――気にいらねぇ……!」

 

「―――知った事ではないな」

 

 ナルは動かない。その必要性が存在しない。敵は容易に迎撃可能だ。ミストルティンを多重展開しつつ、スターライト・ブレイカーを再び展開する。スターライト・ブレイカーの発射時間をミストルティンでカバーするというシンプル故に厄介過ぎる組み合わせ。そのまま回避するのが王道―――いや、必須。ここで避けなければ確実に石化する。それを覆す事が出来る手は一手。

 

「消しとべぇ―――!!」

 

 落下と同時にミストルティンへと全力の拳が叩き込まれる。まだ名もない必殺の最終奥義。触れたものは触れる前に消しとぶ必殺の拳撃。デバイスに超負荷を科すその一撃は本来使うことを躊躇しなくてはならないものだが、元より狂人。それを抑え込むだけのリミッターが脳には存在しない。迷うことなく道を開ける為に必殺を叩き込む。ミストルティンが根本から消え去り、道ができる。これで二回目。凶悪な反動を受け止める結果、デバイスだけではなくコアにさえ罅は届く。

 

「対消滅、魔力分解、防護貫通、魔力収束、魔力付与……多くの技術が集約された確かにすばらしい技だが、あと何発それを放てる? ―――これにどう耐える」

 

 必殺の特性を既にリインフォース・ナルは見抜いていた。それがデバイスへの過度な負荷を敷いている事を。そう何度も打てることではない事を。故に魔力を絞って素早くスターライト・ブレイカーを完成させていた。威力は多少落ちるが、五個同時であれば多少威力が落ちても関係はない。触れた瞬間人間を紙切れの様にバラバラに引き裂くぐらい容易にできる。

 

「甘ぇんだよ……!」

 

 迷うことなくイストは放った。

 

 三度目。

 

 ベーオウルフのコアに亀裂が走る。その処理、演算速度がダメージから圧倒的に低下する。だがそれを気にすることなく、スターライト・ブレイカーを正面から打撃し、突破した。完全に消し去ったわけではない。二度の使用からベーオウルフは壊れかけている。故に十全なスペックは果たせず本来発揮される以下の力で発動している。その結果スターライト・ブレイカーを完全に消し去る事は出来ずに、残された魔力が砲撃として体を飲み込む。だがそれを気にすることなく―――ようやくリインフォース・ナルを掴めた。

 

「気にいらねぇんだよぉ―――!!」

 

 雷光と炎熱を乗せた全力の拳で殴り飛ばした。プロテクションを無視する一撃である為、一撃でデバイスフレームに凄まじい衝撃とダメージが発生する。それによって殴り飛ばされながらも、その手は一番得意な魔法を発動させている。

 

「デアボリック・エミッション……!」

 

 殴り飛ばしたイストが球状の闇にぶつけられ、体をくの字に曲げながら一気に床まで叩き落され、そして闇が炸裂する。だがそれもそう長くはなく、残されたトリニティの魔力を全て使用して内側からスパークと火花の爆発で闇を叩き割り、自分の墜落した周りの暗雲を吹き飛ばす。全身のありとあらゆる箇所から血を流し、火傷を見せ、ボロボロのバリアジャケット姿をイストは晒す。それに対してリインフォース・ナルの体には最初に見せていた貫通の痕はなくなっている。最初から存在しなかったようにバリアジャケットまで修復し、姿を戦闘前と同じ様子へと戻していた。

 

「―――無駄な足掻きだな」

 

 無駄だとナルがその光景を見下して宣言する。勝ち目は存在しない。相手は強く、そして凶悪だ。ここまで攻撃を受け止めても死なない者なんてそうそう存在しないものだ。だがそれも限界に近いだろう。もうアレだけの速度を出す事は出来ないし、打撃に炎の突破力を付与する事も出来ない。所詮は”秀才程度”の敵だ。此方の様にS級の魔力がない。消耗するだけして魔力を回復できない相手では話にならない。故に己の勝利は盤石だ。

 

「貴様の拳は私には届かない。絶対に。永遠に」

 

 なら、

 

「そういうお前は何様だ。あぁ? 上から見下しやがって。さぞやいい気分だろうなテメェ……あぁ……アインス、だったか?」

 

「―――ナル、リインフォース・ナルだ。間違えるな」

 

 null、即ち無であると。自分は存在しない”物”であると主張していた。そしてそれを聞いてイストは笑い声を上げる。馬鹿みたいに、場違いな笑い声をあげてそして己を無であると主張した”女”へと向かって気にいらない、と叫んで宣言する。

 

「テメェが無だと。ざけんな、そんな自己主張の激しい道具俺は見た事がないぜ。あぁ、マジふざけんなよ。そんな風に自分を、現実を見ないで目を逸らして言い聞かせているようなやつに俺も俺のダチも負けるわけがねぇだろ! あぁ!? 舐めるなよ、舐めるなよクソが!」

 

 

                           ◆

 

 

 認めない。認めたくはない。そんな後ろ向きに生きている奴がティーダ・ランスターを殺したなんて認めない。いや、認めてないこの程度の相手にアイツが負けるはずがない。どんな現実であろうと受け入れなきゃいけない。認めなきゃいけない。蘇った事に絶望して死にたがるのは結構。死者は死んでなくちゃいけない。だからその場合は速やかに殺してやる。殺して―――助けてやる。だが目の前のはなんだ。道具? 道具と自分を宣言している。自分に名をつけるぐらいはできているのに。解っているのに目を逸らしている。そんな臆病者に負けるわけがない。

 

「決めるぜ相棒……!」

 

『Lets go and win』(勝ちに行きましょう)

 

「くだらない感傷だ。そうやって息巻いたところで戦力差は圧倒的だ―――お前では絶対に私には届かない」

 

「そりゃあ―――どうかなぁ!」

 

 地を蹴って加速する。相手は動かない。リインフォース・ナルと名乗った彼女は動かなくても勝てると判断したのだろうか、もしくは動かない方がいいと判断したのだろうか。それは己には解らない。

 だが結果として自分には好都合だ。なぜなら俺は馬鹿だ。できる事と言ったら痩せ我慢と殴る事だけだからだ。だから相手が動かないでいてくれるのは非常に助かる。

 

 あぁ、だからこれで決めよう。

 

「ミストルティン」

 

 触れれば石化する光槍が放たれる。が、それは既に何度と目撃し、打撃に成功している。ボロボロのベーオウルフで見たばかりの事は忘れない。絶対に忘れない。長年戦い続けてくれた相棒は絶対に裏切らない。それを信じて、

 

「鏖殺拳ヘアルフデネ……!」

 

 打撃した。触れた瞬間石化プログラムが肉体を侵食し始める。だが、それに抗うようにベーウルフの声が響く。

 

『Hrunting』

 

 フルンディング―――猟犬の牙はその石化侵食プログラムを記憶していた。石化の侵食を食んで噛み千切る。拳で打撃する限りは光槍の影響を跳ねのけて打撃できる。それを自覚し打撃する。打撃する。打撃を繰り返す、十数あったミストルティンを全て鏖殺の拳で破壊し突き進む。だがそのに瞬間には次の術が完成していた。

 

「響け終焉の笛―――ラグナロク」

 

 一瞬で放たれてくる三つの砲撃はそれぞれが性質の異なる砲撃だ。常時発動させてあるフルンディングでも食わせた事のない三種の砲撃。普通の打撃で通り抜ける事は不可能だ。故にここで切るしかない。四度目の打撃を使用するしか状況を切る事は出来ない。

 

 だから起動する。

 

 構える。

 

 ベーオウルフが応える。

 

『Ita was a nice time fighting with you』(貴方と一緒に戦う日々は楽しかったですよ)

 

「おう、逝け」

 

『Good bye』(さようなら)

 

 漏れそうになる言葉や感情を全てのみ込んで―――ここで必滅の拳の名をようやく決める。それを振るい、ラグナロクの同時着弾地点へと拳を叩き込みながら叫ぶ。

 

「―――魔拳ベオウルフ……!」

 

 そして、生来の相棒だったデバイスは完全に砕け散った。そのフレームだけではなくコアまでが反動による負荷吸収で破壊される。コアが無事であれば再生は可能だが、それが破壊されてしまえばもはや再生は不可能だ。デバイスであるベーオウルフは永遠に失われた。その事実を飲み込みながら、ラグナロクを突破して接近する。代わりにポケットにしまっておいた待機状態のモノを取り出す。

 

「無駄だ。お前の拳は届かない。デバイスが無くなった今では不可能だ」

 

 そしてナルの手の平に生み出されるデアボリック・エミッション。ベーオウルフが健在であればフルンディングによる解析で打撃し、突破できたかもしれないだろう。だがベーオウルフが失われた今では永遠にたどり着けない方法になってしまった。だからやる事は一つ。届かないのなら―――届くものを使うしかない。

 

 準備は完了している。

 

 今こそ証明する時だ。

 

「―――至高の魔弾」

 

 手に持ったモノが変形する。最も貫く形に適した姿へ、空間を飛び越えて飛翔するための形へ、一撃で相手を葬る為の形へと。本来の主が残したプログラムを全力で稼働させ、そして魔力を吸い上げる。―――タスラムが稼働する。それに投擲の動作は存在しない。握り、そして終わった瞬間、それは空間を飛び越えて心臓に突き刺さる。一撃必殺。

 

「―――ランスター」

 

 だが敵に心臓はない。心臓を潰してもコアを破壊しない限りは即死しない。故にまだ勝ててはいない。弾丸は通じていない。だから―――通じさせる。

 

『Break』

 

「がっ―――」

 

 タスラムの格納空間に格納されていたタスラムの全パーツ、全拡張が発動する。パーツがタスラムへと無差別に付き、生え、リインフォース・ナルを内部から食い破る様に体を突き破ってパーツが姿を見せる。変形機構の多いタスラム故に凄まじくグロテスクな光景が生まれる。だがそれでもコアを破壊出来ていない。

 

「それで終わりか」

 

 コアを破壊しない限りは負けない。だからこの程度のダメージ、彼女にとっては些事だ。死ななければ問題はない。そう思っているだろう。だが―――ティーダは俺が知る以上に悪辣だった。俺が思っているよりも先を考えていた。俺よりも頭がよかった。ただ、それだけだった。

 

「―――……っ!?」

 

 ナルが驚愕に身を固め、飛行魔法を消失して地に向かって落ちる。訓練場を覆っていた暗雲が消え去る。その姿を空から眺める。

 

「―――ティーダがタスラムに組み込んだのはハッキングプログラムと1000種類を超えるウィルスの類だ。必要最低限のプログラムを残して術式拡張領域に込められるだけのウィルスが込めてある。デバイスってのは結局の所AIで、それの発展形であるユニゾンデバイスってのは情報生命体らしいな。―――あぁ、つまりなんだ。俺の勝ちじゃねぇ」

 

 ―――ティーダの勝利だ。

 

 ウィルスに全身を犯され、動く事が出来ずに床に倒れるナルの姿を眺め、友の勝利を宣言する。




 結局、死んだあとでも対策を止めなかったティーダさんの勝利でした。ティアナにデバイス回収させたのはこのための伏線でした。まぁ、そんなわけでvsナル戦は主人公が数発しか殴れず終了。

 もうすぐ旦那さんがそっちに行きますよ。


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アイ・アム

 荒い息を吐き出しながらリインフォース・ナルが苦しみ蹲っている床の上へと立つ。体を内部から殺しにかかる様な痛みはない。ここへ来る前に施してきたトリニティプログラムが魔力を失った事で完全に停止していた。術や魔力を全て此方に施してくれた彼女たちに感謝する。彼女たちの献身が無ければ今、此処で立っている事はなかっただろう。かなり無理をして体の内部がガタガタになっているが、それはもう問題ない。覇王……いや、イングとの勝負は結局の所一撃必殺―――先に一撃を決めた方が勝利するのだから。だから体が動くのであれば一撃で吹き飛ぶ状態であろうと関係ない。だから、

 

 床に倒れ伏す姿を見る。

 

「かぁ―――ぺっ」

 

 横を見て口の中に溜まった血を吐き捨てる。そして近づいて敵の様子を見る。胸にはタスラムが突き刺さったままだ。そして俺が上から降りてきたせいか、俺の血に濡れて、美しい髪の色に赤が混じっている。体のいたるところからタスラムのパーツを枝のように生やし、動く事も出来ずにいる。倒れ伏している状態では会話すらできない。ナルと己を呼んだ阿呆を足で転がして仰向け。そして苦しそうにするその表情へ笑みを向ける。

 

「よぉ―――俺達の勝ちだぁ。あぁ? なぁ、どんな気持ちだよ今。なぁ、どんな気持ち? 勝てない! お前の拳は届かない! キリッ、とか言いながら思いっきり負けた気分はどうよ。あぁ?」

 

 ポケットからタバコの箱を取り出し、もはや意味の無くなったカートリッジを取り出す。シュテルの魔力の込められたそれを握りつぶす事で炎を発生させ、手を燃やす。口に咥えたタバコにそれを近づけ、そしてタバコに火をつける。煙を吸う。

 

 まずい。

 

「まっず。おえっ」

 

 タバコを握りつぶして全力で壁に叩きつける。こんな物をゲンヤは喜んで吸っていたのか。マジ信じられねぇ、と呟きながら答えを言わないリインフォース・ナルへと視線を向ける。目の前で己を道具と呼んだ女はその呟きには答えない。あぁ、と呟いて気づく。そういえばタスラムに絶賛ハッキングされ中だったな、と現状を思い出す。だからマウントポジションを取って、両手を使えない様に足で踏む、リインフォースの腹の上に座る。と言っても、

 

「お前にも敗者の矜持があるんだろ? こんなことしなくても暴れねぇよな」

 

 苦笑しながら手を伸ばし、タスラムを2回ほど叩く。するとリインフォースの全身を貫いていた枝の様なパーツ群はその姿を縮小して拡張領域の中へと戻って行き、そしてやがて一本の銃剣の姿へと変更する。依然、それは心臓に突き刺さったままの状態だ。だが喉を突き破るパーツもなくなった。そこに手を当て、喋れる程度に魔力を使って回復させる。そして、リインフォース・ナルの第一声は、

 

「殺せ」

 

 だった。考えてみればあまりにも当たり前な話だった。殺し合って、戦いは終わって、自分が勝利した。なら敗北者はどうなる? 殺すしかない。お互いに死んでもいい様に戦い続けてきたのだ。だから戦闘の後に殺すという目標があるのだから簡潔にそれを求めるのは間違ってはいない。だがこうやってリインフォースを無力化して、そしてこうやって抑え込んでいると―――実にそそるものがある。あぁ、こうやって美人を組み伏すのは中々経験できない事だ。ま、ここから先に発展する事は良心が痛むのでありえないが―――嗜虐心が疼く。このまま目の前にいる女は許せない気持ち、友の力によって勝利した事から清算された事実と、そして―――こいつのスタンスが気に入らないって事実がある。

 

 だから組み伏して、手も足も動かせないリインフォースの顔に自分の顔を寄せて、言葉を吐く。

 

「―――お前、本当にそれでいいのか」

 

「何を言っているんだ貴様は」

 

 リインフォースは表情を変えずに応えた。それが当たり前のように。それが常識であると宣言する様に、己の考えを吐き出す。

 

「私は敵で、お前が勝った。敗者の殺害は当然の権利で、当たり前の行動だ。貴様も私を殺して前へ進まなければ私と王が合流し、ユニゾンする危険性を考慮しているはずだ―――そして私はこの場を生き延びればまず間違いなく合流し、ユニゾン状態で迎撃する。お前は生かしておけない。敵対して初めて解る。お前は―――お前は死んでも目的だけは果たすタイプだ。その気になれば自身の負傷を無視して動けるだろう」

 

「正解」

 

 もちろんできる。同僚にアンデッドやらゾンビとも呼ばれる所以だ。全身に魔力の糸を通し、それで自分の体を意識で操る。体がダメージを受けていたり、物理的に動く事が不可能でも無理やり操って体を動かす。ある種のリモートコントロール状態。そうやって戦闘不能の体であっても無理やり動かす事は出来る―――だから致命傷を受けても、意識が残っている内は相討ち覚悟で必殺技を叩き込める。それが対イングの最終手段。肉を切らせて骨を断つ。此方を殺される代わりに相手を消し殺す。その後でタスラムにセットしておいたプログラムルーチンで体を操らせてスカリエッティを殺す。これで死んでも目的を果たす事は出来る。

 

 あくまでも、最終手段なのだが。

 

「だから、敵の道具であるお前を殺す事に異存はない。あぁ、そりゃあもう異存はないさ。だから質問しているんだよ”アインス”」

 

 あえてオリジナルの名で呼ぶと、苛立ったような表情をリインフォースは浮かべ、そして此方を睨んで来る。此方に対して怒りと苛立ちを込めた視線を送り、全身を駆け巡るウィルスに抗っているのだろう、歯を強く食いしばりながら、

 

「その名で私を呼ぶな……!」

 

 威嚇する様な声で此方に対して言葉を放つ。それを受け、笑ってやる。

 

「何をそんなに苛立ってんだよお前。無関係なんだろ? 道具なんだろ? 自分の事無って名付けちゃうぐらいナッシングな子なんだろお前? 何をイラついているんだよ。所詮コピーで道具なんだから別にオリジナルの事なんてどうもでもいい―――違うか?」

 

 その言葉にリインフォース・ナルが噛みつく。

 

「ふざけるな!」

 

 此方へと叫んでくる。ふざけるな、と。オリジナルを侮辱するな、と。あぁ、そうだ、侮辱しちゃあいけない。それは解るし、共感もできる。だけど、気に入らないのはそこじゃない。

 

「その感傷があって何が道具なんだよテメェ。ふざけるんじゃねぇぞ」

 

「……っ」

 

 そう、結局の所ティーダ・クローンがティーダ・ランスターを思って死を求めるのも、イングが覇王イングヴァルトの名を捨てて死を願うのも全ては感傷からだ。彼らの生を汚したくはない。そう願ったから彼らは死を願っている。終わりを欲しがっている。ティーダもイングも、二人とも現実を受け入れていた。二人とも逃げる為に死を選んだのではなく、死という結末を持って終わりを迎える為に死を選んだのだ。だからこそ、目の前のこの女が許せない。

 

「自分を道具って呼んで目を逸らして”あぁ、そうですね解りました”って答えてりゃあ楽な人生だよなぁ、おい!」

 

 段々と叫ぶ声に熱がこもってくるのが解る。最初は少しだけ言おうと思っていただけなのに、相手に掴みかかっている内に少しずつだが感情が漏れ出す。こいつが、こいつのスタンスが許せない。

 

「ふざけんなよリインフォース、道具だって言い張って存在している方が迷惑なんだよテメェ。んだよテメェ、ハッキリ言えよ。”私は怖かったので道具のフリをしてました”ってよ! 中途半端に覚悟した状態で戦場へと出てきてるんじゃねぇ……!」

 

「―――中途半端? 中途半端だと? ふざけるなと言いたいのは此方だ!」

 

 ほとんど悲鳴に近い声で彼女が叫んだ。

 

 

                           ◆

 

 

 道具として思い込もうとしている? 現実を見ていない? ―――自分にどうしろというのだ。

 

 自分にある記憶はシステムU-Dへ勝負を挑んだところで終わり―――そして研究所で目覚めるところから始まる。もうしばらくすれば主に看取られながら消える筈だった運命はコピーという存在になったおかげで解放された。だがオリジナルは既に世から消え去り、そして主もその死を乗り越えて新たな愛機を手にしたという。

 

 そんな私にどうしろというのだ。

 

 本来の主の所へ戻ればいいのか? 目の前の研究者を殺せばよかったのか? それとも自殺すればよかったのか? 解らない、解らなかった。自分はデバイスで、与えられた記憶は”記録”というのがデバイスとしての判断。デバイスの判断は論理的思考に基づくから”絶対に正しい”判断なのだ。だからリインフォース・アインスであってアインスではない己はどういう存在なのだ。解らない。

 

 何も解らない。

 

 完璧に再現した。完璧に動ける。全てがオリジナルと遜色ない。ただオリジナルではなくコピーなだけ。―――だからどうした。己がどういう存在であるかは機能として把握した。だが己はリインフォース・アインスではない―――全く別のおぞましい何かだ。解っているのは存在してしまった事が間違いであるという事だ。だから解らなかった。自分はどうすればよかったのだ。縋りつく相手がいない中で判断できたのは―――機能だ。己はデバイス。なら道具として振舞うのが”妥当”であるはずだと。

 

 そう判断した。

 

 それが逃げているのだと、目を逸らしているのだと解っていた。それでもそうしなきゃ自己肯定できずにそのまま崩壊しそうだった。助けなんて求められず、自分が壊れそうだった。あぁ―――だから、こうしか言えない。それ以外の回答を私は持たないから。持てないから。

 

「私は道具で―――」

 

「っ、これでもまだ言えるか!」

 

 相手が、勝者が、イスト・バサラが腕を伸ばし、胸倉をつかむ。そして―――そのまま服を引きちぎって胸部を露出させた。下着ごと引きちぎられたのでそのまま胸が露出し、一瞬で顔が赤くなるのを自覚する。胸を隠そうと手を動かそうとするが、そもそも相手にマウントポジションを取られ、そして両手も踏まれるように封じられている状態だと悟る。魔力を使おうにも演算領域をウィルスの対処とハッキングの対処にフル稼働していて魔力を使う余裕がない。自分には反撃も抵抗する事も出来ない。

 

「道具のクセしていい胸してるんじゃねぇか」

 

 その言葉を聞いて、少しずつ、心に恐怖が差し込んでくる。いや、まさか―――犯されるのか。自分は。こんな状態で、敵に。今から、抵抗も何もできない状態で。

 

 イストは此方へと向けて手を伸ばす。その姿に恐怖を覚え、目を閉じる。軽く体が震えるのを自覚する。この先あり得る事態を想像すると恐怖を感じて仕方がない。

 

 なのに、

 

 ―――その時が来ない。

 

「っち」

 

 重みがなくなるのと同時に何かが自分にかかるのを自覚する。ウィルスに侵食されているためか、身体が上手く動かない。それでも目を開けて、軽く体を動かすと、横で背中を向けたイスト・バサラの姿がある。ボロボロの上着であるバリアジャケットは此方の胸を隠すように覆いかぶさっていた。

 

「……涙流して震えていて私は道具ですつっても説得力ねぇんだよ馬鹿」

 

「あっ……」

 

 己の頬に軽く触れると、それは濡れていた。それを辿れば己の目へと辿り着き―――泣いていたという事に気づく。おかしい。自分は悲しくなんてない。そんなもの、道具である己は感じない筈だ。いや、そう言い聞かせたい。そうすれば自分は自分に関してひたすら考えなくていい―――己が壊れる様なあの恐怖を感じなくて済む。

 

 あぁ、でも。

 

 いやらしい程にあの狂人は”完璧”に己を作りあげてしまった。感情を学び、日常を愛したリインフォースならどうするか。彼女、いや、自分なら―――こうする。

 

「なら、私はどうすれば良かったのだ!? 私は何なのだ!? 何のために生まれてきたのだ!? 完璧性を証明するためだけに作られた私は完成した時点で用がない―――無用だと宣言されたのだぞ!? 私は……私はどうすれば良かったんだ!? 私はどうすればいいんだ、答えろイスト・バサラ!!」

 

 それに、背中を向けたまま、イストは答える。

 

「―――愛に溺れればいいんじゃないのか?」

 

「貴様……!」

 

 この期に及んでまだふざけるのか、そう言おうとするが、彼の声は真剣そのものだった。一切の虚構は感じられず、正気を疑うことに嘘をついていないという事を判断できた。そして、

 

「そもそも誰かにどう生きたらいいとか説教する程俺は長く生きてねぇよ。ただ”気に入らないから気にいらないって言う”とか、それぐらいしかできねぇよ。だからお前が現実から目を逸らして自分を道具が言い張るってのは気に入らなかった。だってお前どこからどう見ても感傷挟んでるし。私情挟んでるし。個人的な色々いれまくってるじゃねぇか。だからそうやって自分を偽って不真面目なお前が認められない」

 

「なら……私はどうしたらよかったんだ。こんな風に私は生まれたくなかった。生まれたくはなかった―――!」

 

 心の底からそう思う。生まれたくなんかなかった。存在しているだけで辛かった。だから目を逸らして逃げた。それ以外にできる事が思いつかなかったし、解らなかったから。だから己はどうすれば良かったのだ。

 

「曰く―――人は己の生まれを決める事は出来ない。だから現状で満足するしかない。ティーダは己の生に満足したから死を望んだ。ティーダ・ランスターの物語はあそこで終わりだから、少しだけプレゼントを残して消えた。イングヴァルト・クラウスは己の終焉を望む。己が駆け抜けた世界は終わった。名を捨て去っても己が過去の遺物である事実には変わらない。だから覇王という存在の誇りの為に、勇者に討たれる事を待ち望んでいる。生まれは選べないんだ。それでも……生き方は選べる」

 

 ―――生まれは選べなくとも、生き方は選べる。

 

「ティーダやイングの様に死を望めば、マテリアルズの様に生を望むことだってできる。死者は蘇っちゃいけない。彼らの生を穢しちゃいけない。それでも……それでも―――どう生きるかは自由なんだ。だからお前も現実から目を逸らせずに生きようと思えばよかったし、死のうとも思えばよかった。ただ俺からすれば」

 

 イスト・バサラからすれば、

 

「―――アンタの様な美人殺すのは俺にゃあ荷が重いよ。愛にでも溺れておいてくれ。曰く、愛に狂った女と言うやつは何時の時代も好き勝手生きているもん、てな。愛する相手が見つからないのならそうだな」

 

 イストは振り返り、そして体に残されている力をかき集め、そして此方を見た。

 

「―――俺に惚れろ」

 

 さあ、

 

「決めろナル。―――死か、生か」

 

 

                           ◆

 

 

「―――おえぇっ」

 

 口から胃の中身と血を一緒に吐きだす。頭の中がぐわんぐわんとする。痛みだけではなく精神的に辛い。正直な話、休みたい所だが、立ち止まる事も出来ない。吐瀉物を吐ききってから訓練場に開いた穴から再び広いホールへと戻ってくる。そこにはやはり人の姿はない。巻き込まれた人間は逃げ切れたのだろうか? ……自分とナルの戦いの余波で死んだのがいるかもしれない。

 

 休みたい。

 

 止まりたい。

 

 帰りたい。

 

 今すぐ家に帰って少女達を抱きしめたい。けど、ここで足を止める事はイスト・バサラとしては許されない事だ。追われない。終わらせなくてはならない。待っている。一番の強敵が、俺の到着と勝利をたぶん、誰よりも待ち望んでいる死神が。

 

 殺さなくちゃいけない。

 

 相手が歩いて行った方向は覚えている。だから訓練場へと視線を向けずに、再び歩き出す。

 

 数歩前へと踏み出したところで、

 

「―――チェーンバインド」

 

「なっ」

 

 体が緑色の鎖に掴まった。その魔法を発動させた主がホールへと続いているエレベータから姿を現した。よほど慌てていたのか、少しだけ服装が乱れている。だがその姿は疑いようもなく、ユーノ・スクライアのものだ。

 

「全く、無茶しすぎだよ。そんな状態で行っても死ぬだけだから少しは休んでみない?」

 

 そう言ってユーノは此方へと寄ってくると、バインドを解除して回復魔法を発動させてくる。唐突に現れたユーノの存在に驚くが、問わずにはいられない。そして止まる訳にもいかない。だからユーノにありがとうと告げ、歩き出そうとする。

 

「悪い、客を待たせてるんだよ」

 

「テロリストでしょ? 大丈夫大丈夫」

 

 ユーノは状況をある程度把握しているのだろうか、気楽に答える。ただこちらを見て、ユーノは言う。

 

「―――惚れた弱みってやつかなぁ? たぶん僕が最強って思う子が今、お客さんの歓迎をしてくれているよ。少しぐらい挨拶に遅れても大丈夫なんじゃないかな?」

 

 ユーノが何を言ったのかを朦朧とする意識で理解し、頭を押さえる。

 

「―――あの馬鹿が……!」

 

 

                           ◆

 

 

「―――止まらなきゃ撃ちます! あ、でも止まってもどうせやっぱり撃ちますので、とりあえず―――ハイペリオン・スマッシャー!」

 

 話に聞いていた覇王を目撃した瞬間、なのはは迷うことなく砲撃していた。




 涙目のリインフォースprpr。

 さてさて、どこまで、と言うお話ですな。


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ライク・ディス・ウェイ

 ハイペリオン・スマッシャーが通路を埋め尽くし、標的へと命中した姿を視認し、確信する―――相手は倒れていないどころかほとんどダメージを受けていないだろうと。相手は自分の予想を超えて強いはずだ。なぜなら同じ格闘という領域であのモンスターが勝利できないのだ。一度敗北し、死にかけたという事実は自分にとっては最大限警戒するには十分すぎる理由だ。―――近接距離、閉鎖空間。狭い空間における戦闘で自分とイストの戦闘記録、それはイストの勝利で九割方終わっている。残りの一割はイストが近づく前にスターライト・ブレイカーを叩き込んでから更にフルドライブモードでスターライト・ブレイカーを叩き込んだ半分反則の状況だった場合だ。アレは挑発しまくったイストが悪かったので絶対に謝らない。

 

 ともあれ、

 

「……私は高町なのははもう少々話し合いの通じる相手だと思っていたんだが」

 

 覇王に、イングと自分に対して名乗った女の背後に白衣の男がいる。話によればジェイル・スカリエッティだろう。この男が全ての黒幕だ。この男が多くの人間の人生を狂わせている。だからエクセリオンモードのレイジングハートをスカリエッティへと向かって突きつける。

 

「話を聞くならボコして捕まえた方が安全だって先輩から習った」

 

「あぁ、確かに君の先輩ならそうしそうだねぇ」

 

 頭の中でダブルピースを決める6隊の面々の顔が思い浮かんでくる。激しくウザイので脳内で砲撃を叩き込んで、頭から彼らの姿を追いだす。まあ、なんだ、自分は本当はイストを追いかけてユーノ君の貞操と処女がまだ大丈夫なのか確認しにきたのだが、いっぱい人死んでいるし、めちゃくちゃ激しく戦っている馬鹿がいるし、なんだか覚悟決めた顔をしているやつらばかりだし。

 

「気に入らない」

 

 どいつもこいつも死ぬ覚悟ができている。訓練場で戦っていたイストとリインのコピーも、目の前のイングも、皆死ぬつもりで戦っている。殺すつもりで戦っている。そうじゃないでしょう。生き残りたいから戦っているのだ。そんな、後ろ向きに進むのは嫌だ。誰かが失われるのは嫌だ。だって、そうでしょう?

 

 誰かがいなくなった分だけ世界は寂しくなるから。

 

 だから容赦はしない。魔王と呼ばれてもいい。悪魔と呼ばれてもいい。外道でも鬼畜でも思いを踏みにじってもいい。寂しい世界は嫌だ。悲しいエンディングは認めない。私はハッピーエンド主義者なんだ。だから砲撃叩き込んで、気絶させて、捕まえて、話し合って、更生するまで砲撃叩き込む。そんでもってみんなに馬鹿な考えは止めさせる。その為なら私は鬼になれる。失う悲しみを感じるのは一度で十分。それ以上の喪失は―――過剰だ。

 

「気に入らない。喪失を強いるやり方も許容するやり方も。私はそんな結末を見てない。皆で笑い合ってあの頃は無茶したなぁ、何て馬鹿を言える未来を望む。だから容赦はしない。ここで沈んで。今は悲しくても未来では笑えるはずだから」

 

 ―――フルドライブモード。

 

『Fulldrive mode』

 

 本気の体勢へと入る。相手は己が知る中では間違いなく最強に入る部類の存在だ。おそらく―――いや、確実にあの時はやてとユニゾンして暴走していたリインフォース並の戦闘力を持っているに違いない。そう思って戦わなくてはならない。それだけ警戒すべき相手だ。覇王イングヴァルトのクローン。その人物が正面で此方を見る。

 

「……若いですね。確かにそれは理想でしょう。ですが理想は理想―――叶わず散るものです。私の終焉は貴女ではありません。貴女では私に絶対勝てません。実力以前にこの状況では本気で戦う事も出来ないでしょう。むやみに命を奪う必要ありません。警告します―――去りなさい」

 

「ハイペリオン・スマッシャ―――!」

 

 答えの代わりに砲撃した。

 

 

                           ◆

 

 

 瞬間、イングは瞬発しながら砲撃を打撃した。覇王流の奥義は戦場で命を奪う奥義。故にそこには質量兵器や様々な生物への対処が多く存在している。魔力を使用せずに魔法へと対応するための技も多く存在する。その中にはもちろん―――術ではなく技巧で砲撃に対応するための方法も存在する。故に打撃する。己の技巧が覇王のものであると認識し、打撃した。ハイペリオン・スマッシャーを打撃し、その威力を減衰させる。打撃点を中心に砲撃は拡散し、大きく威力を弱める。登場とともに放たれた一撃目の砲撃も全く同じ方法で防いだ。そしてこの距離は己の距離だ。そのまま素早く接近する。イングとなのは、スカリエッティの存在する空間は細長い通路で逢って、決して広い空間ではない。

 

 だから、なのはは全力で後ろへ加速し、飛ぶ。最初からなのはの逃げ場は一箇所しかない。接近された時点で詰むなんて事実は目に見えている。そしてなのはができるのは砲撃のみ。既にイングの情報は搾り取れるだけ同僚から搾り取られている。相手が誘導弾を掴んで投げ返す事が出来る事は把握しているのだから迂闊に誘導弾を放つことはできない。だからなのははフライヤーフィンで後ろへと向かって飛行しつつ、

 

「ディバイン・バスター……!」

 

 全力で砲撃した。だが、

 

「無駄です」

 

 打撃した。

 

 イストがフルンディングを通して完成させる術に対する打撃破壊をイングは超絶技巧のみで成し遂げる。書物には書かれていない消失された奥義の数々を全て記憶と記録、そして経験という形で完璧な状態でイングは保持している。故に無駄だと宣言する。

 

「砲撃魔導師としては確かに優秀でしょう。素晴らしい才能です。素晴らしい技術でしょう―――ですが戦乱のベルカであればこの程度の魔導師腐るほどいました。―――そしてそれらを全て私達は撃破してきました。故に断言します、無駄ですと」

 

 打撃と共にディバイン・バスターは打撃点を中心に拡散した。桜色の砲撃を散らしながらイングは前進する。だがその程度、なのはも理解している。相手は文字通り”兵器”といえる様な存在。己はフルドライブモードでの砲撃を叩き込んでいるのに、それを最小限のダメージに抑えながら距離を詰めてきている。恐ろしすぎて涙を流したくなるほどに強い。何よりここが狭いというのがいけない。十分に距離を作って溜めの時間を作れない。それに周りへの被害を考えて本気で攻撃する事も出来ない。何せ、一つ間違えてどっかの機器を破壊すれば時空管理局本局内の空調システムが壊れてしまうかもしれない。その場合は窒息必須だ。

 

 だけど、抑え込んでいて勝てる相手でもない。

 

 判断は早い。

 

「ハイペリオン・スマッシャー……!」

 

 再び砲撃が放たれる。それをイングが打撃し、接近を試みる。だが砲撃は一度の打撃では消えない。魔力を放出し続けた状態でイングの動きを抑え込む。魔力の消費が著しいが、それは有効な手段でもある。避けられない以上、耐えて進むしかない。

 

「必要経費と判断します」

 

『Cartridge load』

 

 カートリッジがロードされるのと同時にイングが打撃をしながら突き進む。砲撃の威力を打撃で減衰させながらなのはとの距離を詰めようとする。その姿を凄まじいと評価するほかない。並の魔導師であればなのはの魔力量に抗う事が出来ず、此処まで抵抗する事も出来ず、一歩も動けないまま終わるのが通常だ。だがイングは完全に逆らって直進する事まで果たしている。やはり状況はイングに対して優勢であることに変わりはない。

 

 だから、

 

「ブラスター1、シュート……!」

 

 火力を増強した。

 

「くっ」

 

 流石のイングも一気に勢いを増した火力の前に一瞬だけ足を止める。その瞬間なのはが砲撃を放った状態から体を抑えるのを止め、体を一気に後ろへと飛ばす。狭い空間であることを無視して巨大な魔法陣を出現させる。そうして一気に溜めこんだ魔力の収束を始める。一瞬だけ足を止めたイングであったが、復帰は早い。なのはが砲撃を止めて収束態勢に入った瞬間に瞬発を始める。だがそれを阻むようにレイジングハートのコアが煌き、魔法弾を複数生み出す。時間を僅かでも稼ぐようにそれがイングへと向かって飛ぶ。

 

「覇王流にその程度は通じません」

 

 イングが魔力弾に手を伸ばし、掴もうとした瞬間、手の中で魔力弾が破裂し―――鎖となってイングの全身を縛り付ける。

 

「これは―――」

 

『You look better now』(今の方がいい恰好ですよ)

 

「ありがとうレイジングハート」

 

 魔力弾は圧縮されたバインドであり、イングがふれた瞬間には本来の姿へと戻ってイングの体を締め付ける。だがバインドを突破する奥義はもはや呼吸と同然の動きだ。引きちぎるまでもなく、技巧で拘束から抜け出す。だがその為に要した時間、僅かに数秒程度の時間だがそれはフルドライブモードのなのはが術を完成させるには十分すぎる時間だ。

 

「スターライト・ブレイカー―――」

 

「撃たせません」

 

 今までとは次元の違う速度で一気にイングが加速する。一瞬でなのはへと到達する。そこからなのはが砲撃を放っても距離が近すぎる―――最大に力を発揮する事は出来ないだろう。だがそれをなのはを理解していた。これだけの相手なら絶対に己へと届くだろう―――いや、そもそもこの状況で勝利する事は難しい。だったらどこかの馬鹿にこのステージを譲る前に、最低限のウォーミングアップをさせておかなくてはならない。

 

 ―――負けるつもりは最初からないのだが。

 

 そして、イングはその距離で気づく。

 

「形が……!」

 

「A.C.Sモード……! ブラスター1! フルファイア―――!」

 

 貫通力に優れたストライクフレームモードへと変化したレイジングハートを突撃槍に、スターライト・ブレイカーをゼロ距離から叩き込む反動を恐れない狂気のモード。まだ限界まで収束をした星光の閃光は一線となったどんなものでも貫くと信じている。故に、ほぼゼロ距離へと迫っているイングの存在は問題ではなかった―――初めからゼロ距離で放てる砲撃を準備していたのだから。

 

 故に直撃する。

 

 レイジングハートの穂先がイングの拳と衝突を果たす。こんな状況でも確実に武を振るう相手に対してなのはは驚愕するしかない。勝利への執着が凄まじい。だがそれはなのはに取って敗北してやる理由にはならない。前哨戦扱いは実に気に入らない。私だって私の人生の主役だ、そう思っている。故に、これ以上の戦闘は不利にしかならない。ここで落とす気概で、

 

「―――堕ちて……!」

 

 根元から砲撃を全てイングへと叩き込んだ。砲撃を受けて稼いだ距離の全てをイングが吹き飛ばされる事で後退してゆくのを確認する。そうやって砲撃に飲み込まれて吹き飛んでゆく強敵の姿に軽い快感を感じながら敵を砲撃する姿を眺め―――体を硬直させる。

 

「覇王―――」

 

 相手は砲撃の中、防御する事を完全に捨て去って、体で砲撃を受け止めていた。そのまま拳を構える体勢へと入り、自身のバリアジャケットがスターライト・ブレイカーによって破壊されているのも、非殺傷設定が付いている故に全身の魔力を叩きだされている事実にも頓着することなく、必殺を全身で受け止めながら、イングは放つ。知覚した瞬間非殺傷設定を解除してイングの体に残せるだけのダメージを残すための準備に入る。だがそのアクションには少し遅かった。非殺傷設定が解除されるのとほぼ同時に流れに逆らってイングは動いていた。

 

「―――断空拳」

 

「―――うぐっ」

 

 気が付いた瞬間には既にイングの拳が腹に叩き込まれていた。全身を貫くような衝撃を受けながらスターライト・ブレイカーが解除される。口から血を吐き出しながら、連撃のモーションに入ったイングの姿を確認する。この距離はイングの距離だ―――このままにしておけばまず間違いなく抵抗できずに殺される。故に判断は素早くする。バリアジャケットの一部をパージと共に爆破させつつ、レイジングハートを振るう。

 

「ディヴァイン・ブレイカァ―――!」

 

「破ッ!」

 

 瓦礫が散乱している通路でなのはが砲撃の剣を振るう。ここが本局の内側で助かった、と位置を思い出しながらなのはが攻撃を振るう―――うっかり穴が開いて時空のはざまへと落ちてゆく心配がないからだ。砲撃の剣をイングに叩きつぶされながらも、爆破の衝撃で大きく距離を生む。片膝を床に付き、口から血を吐く。

 

「これ以上の戦闘は死へと直結します―――降伏を」

 

「うーん、どうしよっかなぁ」

 

 なのはが己の状況とイングの状況を解析する。状況は圧倒的になのはが不利だ。バリアジャケットの破壊、吐血、おそらく肋骨も折れている。それに対してイングは顔と全身に傷と魔力に対する大ダメージを受けているが―――そもそも魔力自体が”飾り”でしかない相手だ。バリアジャケットを思い切り破壊したが、イングは既にそれを修復している。悔しいがここは引き時だと判断する。

 

 それに対してイングは予想外の負傷と苦戦に対して少なくない驚愕を得ていた。空戦魔導師という存在は己の実力と有利故に陸戦ベースの相手に慢心しやすい。―――故に飛んでいる相手を地に落とし、殺すのは容易だ。流石訓練されているだけはある、と思い、痛みを心地よいと思った。―――こういう痛みを毎回彼は受けているのか、とも。

 

「―――迷うんだったら交代しろよ。ユーノから癒しオーラ吸収してこちとら元気になってんだから」

 

 なのはが後ろからする声に振り替える事無く笑みを浮かべる。そして言葉を口にする。

 

「じゃあ奢り」

 

「何を?」

 

「これ終わったらクレミィのレアチーズケーキ1ホール」

 

「あいよ」

 

「じゃあ私もユーノ君に癒されてこよっかなぁ」

 

 なのはの言葉に満身創痍の姿で現れたイストは苦笑し、デバイスを持たず、託された魔力を全て失い、己のみの状態でやってきた姿を晒しながらイングへと視線を向ける。なのはもやはり苦笑し、そしてレイジングハートを支えに立ちあがると、ゆっくりと後ろへと歩き、少し離れた位置に到着するとそこで腰を下ろす。そしてイストの方へ視線を向け、

 

「美少女が応援するんだからモツ抜きとか禁止」

 

「黙ってろばぁーか」

 

 激しく何時も通り。そもそも後なんてない。後なんかないからこそイストもなのはも笑っている。そう、人生一度きりなのが普通であり、常識であり、そうであるべきなのだ。だから後がないのであれば不安になっていてもしょうがない。笑うしかない。笑って、笑って、笑い飛ばして、馬鹿をやって楽しむしかない。だから、何時も馬鹿をやっている。そんな調子で場所を変えてもそのまま。後輩を背中に、宿敵二人を前に、イストは宣言する。

 

「―――ふっ……! ごめん、ちょっと今のノリでいろいろ忘れちゃったから作戦タイムいいっすか」




 なのはさんが若干かませっぽいのが少しだけ心残り。もう少しうまく表現できなかったのか。

 あと明日から大学なので更新ペース一気に落ちます。たぶん1日1更新レベルに。


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ビギニング・ザ・ラスト

 スカリエッティもイングも硬直したように動きを止めている。おそらくタイム発言を受け取ってくれたのだろう。まぁ、ウチの隊での基本スキルなので通じなかったら非常に困ったのだが。まぁいい、と思って振り返り、なのはへと駆け寄って、しゃがむ。ふたりで頭を下げて、二人だけの円陣を組み、ひそひそと喋る始める。

 

「で、どうだった」

 

「スターライト・ブレイカー一発当てる事は出来た」

 

「この環境で良く叩きこめたな。軽く尊敬するよ」

 

 実際この閉鎖空間で、良くあんな大技を叩き込んだな、という驚きはある。リインフォースとの戦いでスターライト・ブレイカーの準備の難しさは把握しているし、何よりこいつとの模擬戦は何百回も行ってきている。大技なだけにこの状況でまず出させないというのが誰にとっても共通の認識だ。それを成し遂げたのだからこそ、尊敬できる。そしてこの通路が何故今も崩壊寸前の状況なのか把握できる。幸いここは本局内でも比較的内側の位置、此処が崩壊しても下のフロアやら部屋へと突撃できる。

 

「どんな感じで戦ってた?」

 

「近づいて物理で殴ればいい」

 

「把握。役立たずめ」

 

「さっさと死んで」

 

「君たちは本当に仲間なのかい?」

 

 スカリエッティにどうやら会話が聞かれていたらしい。俺となのはの友情の形を理解しないとは可哀想な奴め、と憐みの視線をスカリエッティへと向けて送ってやる。向こうはその意味を理解しないのか特にリアクションを見せない。そこに溜息を吐き、遊び心の足りないやつだなぁ、と呟いてなのはと握手を交わす。言葉でこれ以上語り合う必要はない。まあ……自分にはなのはをこっちの事情に巻き込んでしまったという負い目がある。だからここで動かないでいてくれるのなら十分だ。俺が―――ケリをつけられる。

 

 歩き。イングとの間にそれなりの距離を置く。と言っても自分でもイングでも、一歩の跳躍で十分踏み込める距離だ。つまり自分たちにとっては結構近い位置にある。その距離へと立ち、スカリエッティから視線を外し、なのはの存在を完全に脳から消し去り―――イングの存在のみを脳へ叩き込む。こいつはもう、殺すしかない。相手も己も納得している。ナルの様に悩む余地はない。もう、完結している。故に幕を引いてやらなくてはならない。

 

「―――イスト・バサラ」

 

 向き合い、構える中、イングは胸を抑えるようにして立ち、此方を見ている。その動作は戦闘用の物ではない。だが此方の名を呼んだ。ならそれに応えなくてはならない。

 

「おう」

 

「私は―――」

 

 イングは此方の目を見て、言う。

 

「―――貴方に恋をしました」

 

「―――うん? ん? んん?」

 

 構えを一旦解いて、そしてスカリエッティを見る。両手を広げて楽しそうな表情を浮かべている。これが終わったら殴るのは確定としておいて、再びイングへと視線を向けるとえぇ、とイングは呟いてから少し、艶っぽい動きで己の唇に触れて、

 

「貴方に対して異性としての愛を感じています」

 

 ちょっと理解の範疇を超えていた。ちょっとというか流石に敵に惚れられるなんて経験はない。なので困った。困ったというか怖い。なんだアレ。表情が完全に恋するアレである。助けを求めて後ろへと振り返ると、スカリエッティ並にいい表情を浮かべたなのはがいて、サムズアップを向けながらニヤニヤしている。アイツ、今の脳内でいろいろよからぬ妄想をしているに違いない。終わったらユーノにチクってやる。ともあれ、イングへと視線を向け、声を震わせながらつぶやく。

 

「ま、マジですか……?」

 

「大マジです」

 

「薄い本が厚くなる……って言えばいいのかな」

 

「なのはさん後でマジでお話しような」

 

「あぁ、安心してください―――肉体も意識も完全に女性ですので。心配した方向性はないかと」

 

 覇王様に腐った知識があった。軽く死にたい。そもそも古代ベルカにそういう文化はあったのだろうが。いや、そういう問題ではない。現実逃避はヤメロ、イスト・バサラ。目の前の覇王的存在は腐った知識を持って理解ある上に多分即売会とかまで知っているのだ。凄い身近に感じる反面歴史家に知らせたら泡を吹いて気絶しそうだ。これは歴史の闇へ葬らなくてはならない。

 

「―――そもそも」

 

 イングは口を開く。

 

「私はクラウス・G・S・イングヴァルトのDNAから生み出されたクローンではありません」

 

「……?」

 

 それは理解している。だがこうやって覇王イングヴァルトの記憶を持っている以上、本人と言っても全く遜色のない存在ではないのだろうか。だからこそ覇王の技術、経験、そして実力を発揮しているのではないのだろうか。

 

「―――正確には違うね」

 

 スカリエッティが補足を挟み込む。

 

「それは数年前の海鳴市で発生したある事件の際に採取されたDNAと記憶情報をベースに作られた私の作品だよ。覇王の聖遺物は残念ながら存在しないが、彼の子孫ならいるんだよ。この時間軸だとまだ若すぎて話にならないが、その時に現れた彼女は既に中学生だからね。ベースとしては十分すぎる。あとはその記憶データの少女と覇王、どちらに比率を置くか、と言うのと肉体的構造を性別をそのままどれだけオリジナルの能力を再現できるか色々とやって―――まあ、こんな風に面白い結果になるんだから研究者は止められない。まさかアインハルト・ストラトスとしての”女”の本能が覇王イングヴァルトの記憶に勝るとはね。いやぁ、実に面白い」

 

 言葉が早く、そして詰まっているから良く解らないが、今少し聞き捨てならぬ言葉が聞こえた気がした。だがそれをなのはも自分も追及が出来る前にイングは邪魔をする様に口を開く。

 

「えぇ、ですから執着です。私を女として目覚めさせてしまった貴方にはそれを断ち切る義務があります。世で生き続ける事に幻想を抱いてしまいました。それは本来のこの姿の持ち主と、そして本来の覇王に対してあまりにも不誠実です。既にこの姿を借りて両手を血に染めてしまって、手遅れなのかもしれません。ですが、それでもこれ以上この世を穢したくはありません。故に終わらせてください。祝う様に殺し合ってください。愛し合う様にその拳で語り合ってください。呪いの様に続くこの命に終焉をください」

 

「あー……」

 

 話がややこしい。考えるのが面倒だ。考えるのは俺の仕事じゃない。そういう情報とか整理して理解するのはティーダの仕事だったのだ。厄介な事を全部置いて押しつけやがって。面倒だ。考える事を放棄する。止めた。結局の所やる事は変わらないのだ。だったら自分はその一点のみを見失わなければいい。そう、イスト・バサラの根幹は決して変わらない。最初から最後までその目的は変わらない。

 

「……めんどくさい考えはなしだ」

 

 そんなに欲しいのなら。

 

「終わらせてやる」

 

「感謝を」

 

 もはやスカリエッティもなのはも見えない聞こえない感じないどうでもいい。この世界でただ認識できるのはイング―――即ち敵のみ。脳を切り替えれば後は簡単だ。バリアジャケットの上着を捨てる。脳の中で殺せ、と叫ぶ声がする。その欲求に忠実に応える。

 

 応、と。

 

 次の瞬間、瞬発したイングの拳が迫ってくる。だがそれに対して防御なんてせず、あえて体で受け止める。激痛が体に走る。だが、耐えられない一撃ではない。そしてこの痛みは自分が生きているという事を証明する痛みでもある。あぁ、そうだ。俺は生きている。そして―――これでいい。馬鹿は考えるな。事実だけを理解すればいい。イングは女の意識で、俺に惚れているらしく、死にたがっている。そして、敵だ。

 

 敵だ。

 

 殺せ。

 

「ヘアルフデネ……!」

 

 全力で拳をイングへと叩き込む、拳が深くイングの体へと突き刺さる。衝撃がそのままイングの体から抜けて行くのが感じる。脱力で衝撃を逃がして致命的なダメージを抜いているに違いない。故に―――拳を突き刺したまま走る。そのまま一番近くの壁へと向かって運ぶように走り、そして拳に突き刺さったイングの体をそのまま壁へ叩きつける。衝撃が壁へと叩きつけられ、そして拡散が最低限で抑えられる。

 

「ふっ!」

 

 壁へと叩きつけられたイングが両手で腕をつかみ、足を首に絡める。それが組技の体勢だと理解した瞬間には体はイングの狙いに従って地面への落下を始めていた。あっさりと崩される重心を放置し、大地へと叩きつけられる。そこから腕を折る動きへとイングが入る。故にそれを阻むために、空いている左腕を床へと突き刺す。

 

 そして、全身を支え、それを壁へと叩きつける。

 

 既に何度もなのはの砲撃を受けていたのだろう、脆かった壁はそれを受けると一気に崩壊し、バラバラの金属片となって砕ける。そのまま散って行く一つの金属片を見つけ、それ目掛けて全身を投げ出す。腕が折れるよりも早く、首が折られるよりも早くそれを腕に絡みついたイングへと突き刺す為に動く。だが相手もそれを察知して、素早く離れる。同時に相手から離れる様に破壊した壁の向こう側へと自分の体を投げて、体勢を整える。

 

 だがやはり相手の方が細かい技術に関しては秀でている。体勢を整え直して攻撃に入るアクションが此方の半分以下の速度だ。微笑みなんかを浮かべ、彼女は拳を振るってくる。

 

「あぁ―――今、私は生を実感しています」

 

「ならお望みの死を感じなぁ!」

 

 攻撃を五発、一瞬で叩き込まれるが、それに耐えつつ一撃叩き込む。それをいなす様に動きイングが更に攻撃を叩き込んでくる。それに耐えつつ更に接近し、零距離へと到達したところで更に再び拳を叩き込む。それをすり抜けるようにイングは回避する。故に再び攻撃を耐え、服を掴む。逃れようとイングの服が破れそうになるが、その前に拳を振り抜く。

 

「ぉ、お……!」

 

 掴んだ部分をちぎりながらイングの体が吹き飛んでゆく。もはやバリアジャケットやプロテクションは頼りにならない完全な泥仕合。お互いに叩き込むのはそういう防護を完全に無視した鎧通しの奥義。故に防御は関係なく、できるのは迎撃だけだ。故に、殴る。

 

 耐えて、殴る。

 

 相手が女の体である以上、必然的に筋力は己よりも劣る。なのはがスターライト・ブレイカーで魔力を吹き飛ばしてくれたおかげで相手の強化魔法が”緩い”状態になっている。おかげで即死する威力はまだ出ていない。だが条件としては此方も同じぐらいに損耗している。ユーノによる回復支援があるからまだ耐えられている。

 

 殴り飛ばしたイングが衝撃から復帰し、着地しながら構える。

 

「覇王……!」

 

「鏖殺拳……!」

 

 互いに遠慮することなく全力で加速し、迎撃も防御もなしに必殺一撃を叩き込みあう。

 

「断空拳!!」

 

「ヘアルフデネ!!」

 

 強く踏み込んだ床は砕け、そして命中の衝撃で互いに吹き飛ばされる。互いに血反吐を吐きながらも、まだ決戦は始まったばかりだと認識し、壁から体を引きはがしながら立ち上がる。

 

「帰るためにも、お前は……!」

 

「貴方のその拳で私を……!」

 

 

                           ◆

 

 

「なんか蚊帳の外だなぁ……」

 

 そうやって壁の向こう側へと抜けて行った二人を見送った。まだ殴打の音は聞こえるが、段々と遠くへと移動して行っている。段々と離れている辺り、結構派手になぐり合いながら壊しまくっているっぽい。アレがどっかで読んだことのある殺し愛、というやつだろうか。凄まじいヤンデレだ。流石自称イケメン、自称だと引っかかる女が地雷ばっかりだなぁ、と軽く心の中で見下し、視線をスカリエッティへと向ける。

 

「捕まえていいですか」

 

「空気は読めるほうかね?」

 

「一応」

 

「じゃああの二人の勝負を待った方がいいのではないのかな。私個人としても恋愛方面に目覚めさせたアレがどれだけやれるのかは結構気になるところだ。いやぁ、実に面白いものが見れた」

 

 たぶんこの男、犯罪者ではなくて違法じゃない研究でクレイジーなままだったら、結構みんなと意見があったのではないかと思う。ただもう、駄目だ。自分とこいつは敵だ。倒すか倒されるかしか選択肢は残されていないのだ。このまま戦闘へ持ち込むのが最良のはずだが―――まだ何か隠し持っている様に思える。このまま襲い掛かっていいのか、という疑問がある。だからユーノが増援としてやってくるのを期待して、

 

「ねえ、さっき海鳴で何かあったって言ったけど答えてくれないかなぁ」

 

 情報を引き出せないか試みてみる。そして、そう話しかければ嬉しそうに笑みを浮かべるスカリエッティが見える。やはり、というかこういう研究者、学者、オタクタイプの人間は己の趣味とか好きなものをやたらと解説したがる。だから話題を与えればすぐに引っかかってくれる。

 

「あぁ、構わないさ。元々忘れているだけなのだから説明する事に全く持って異存はないよ―――ただ最後のゲストが到着したようだ。彼を交えて話そうじゃないか」

 

 そう言って、スカリエッティの視線の先を見る。そこからやってきたのは紫色の髪をした、白衣姿の男だった。何やらボディスーツを来た女を後ろに二人ほど連れてきているが、その白衣の男の姿を間違える事は出来ない。その顔はまず間違いなく、

 

「ジェイル・スカリエッティ!?」

 

「やあ私」

 

「やあ私」

 

 まるで友人の様に挨拶をすると、女を連れたスカリエッティの方が言う。

 

「老人共が私まで疑いだすんだ。だからさ―――私の保身の為に死んでくれないかなぁ」

 

 笑みを浮かべ、己に対して死ねと言ってきた。




 イングさんが純愛()枠でした。何故か覇王様が勝利する光景しか思い浮かばない。そうなったら拉致されて辺境で結婚式だぁ……!


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イングヴァルト

 二人のスカリエッティ、二人の女と、そして自分。おそらくスカリエッティの背後の女性は護衛だろうと判断する。その実力は未知数だが―――まず間違いなく今の状態の自分でどうにかなるとは思えない。突然の来訪者に対して自分が取れるのは黙る事のみだが……レイジングハートを握る手だけは常に最良の状態にしておく。

 

「あぁ、待ってくれ私。ちょっとこれから不屈のエース・オブ・エースにネタバラしをする所なんだ。君から全部説明するのもいいだろうけどこれぐらい私の口から言ってもいいだろう? 今ちょっといい所で興奮している所なんだよ」

 

「あぁ、いいんじゃないかな私。その気持ちは実に理解できるし。それぐらい待つ寛容さと余裕を私は持っているよ? だから好きに語ればいいさ。結局の所私達の価値と言うのはどれだけ知識を振りまけるかという一点に集約するからね。いやはや、そういう意味では今回の件は完全に油断してたし羨ましく思うよ。いや、嫉妬するね。こんな風に派手に暴れるなんて思いもしなかったよ。流石私だ」

 

 そうやって褒め合うスカリエッティの姿を見るのは異様な光景だった。そして、そんなスカリエッティはお互いを褒めることに満足すると、此方へと視線を向けてくる。忘れていてごめんね、と言うとスカリエッティは笑みを浮かべじゃあ話を始めようと言いだす。

 

「―――全ての始まりは四、五年前に海鳴で発生したある事件が原因だ」

 

 

                           ◆

 

 

「ぉ、ぉおお―――!」

 

「はぁぁぁあ―――!」

 

 接近と同時に攻撃を繰り出す。だが相手はそれを掻い潜り、此方の腕を取って素早く投げる。投げられたとたんに体を丸めて重心を流されぬように整える。だがイングの技量はそれを超えて此方の体を崩す。故に体を上手く整える事が出来なく、身体は壁へと激突し、貫通する。壁の向こう側にいるイングの存在を見なくとも感じつつ、体を立ち上がらせ、壁へと向かって一直線に跳躍し、そして全力で壁を打撃する。

 

「くっ」

 

 壁を粉砕するのと同時に破壊された壁の破片がナイフとなってイングの体を傷つける。だがその中をイングは逆らうように避けながら突き進み、まるで柳の様に揺れながら進んでくる。そのまま接近すると同時に拳を素早く叩き込んでくる。それを受け止めつつ、

 

「甘いぞぉ―――!!」

 

 イングの体へと拳を叩き込む。受け流せる威力の上限を超えた破壊力、自分が込められる全霊を拳に込める。必殺の拳のみで戦っている。死ぬその瞬間まで一切止まる事はない。止まるつもりもない。できる事は前進鏖殺のみ。相手が終わるまで、自分を止められることはもう自分でもできない。殺す事にしか意識は向かない。文字通り、殴殺するためだけの怪物になってきている。心をそうにでも染めなきゃ倒れてしまいそうな敵だ。

 

「滅べぇ!!」

 

 殴り飛ばしたイングへと追いつく様に再び拳を振るう。もはや魔力切れだとかリンカーコアの酷使とかは感じられない。そういう警告してくれる生来の相棒はいなくなった。だから止めてくれる存在はない。追いつくのと同時にイングに拳を叩き込み、更にその体を吹き飛ばして壁を貫通させる。それに追いつこうとした瞬間、閃光のように壁の向こう側からイングが出現し、

 

「断、空、拳……!」

 

「がっ」

 

 奥義が体へと叩き込まれる。幾度となく叩き込まれた必殺の拳、全身の骨を砕くような激痛を与えてくれるが、それを受け止めながら思考する―――俺は生きていると。この激痛が、痛みが自分が生きているという事の証だと。痛いからまだ生きていると理解できる。そして生きていると理解できるのであればまだ戦える。そして痛みを感じているという事は相手が死んでいない事だ。

 

「吹き飛べ……!」

 

 断空拳を叩き込んで硬直しているイングの体に拳を叩き込む。もはや何度と叩き込んだのかは解らない。何度攻撃を叩き込まれたのかもわからない。ただ感謝しなきゃいけないのはなのはの存在だ。まだ死んでいないのは確実にイングがその腕を痛めているからだろうからだ。おそらくスターライト・ブレイカー。その一撃を受けた事で拳士としては一番重要な武器である拳を、腕を痛めたのだろう。回復魔法を使う光景は見ていない。ならば回復していない。もし十全であれば最初の一撃で即死していた可能性が高い。

 

 殺せるのは今の状況だけだ。

 

「イング―――!!」

 

「私の名を呼んでください。その拳で私に傷を刻んでください―――それでこそ睦みあうよりも情熱的な語らいであるというものでしょうから」

 

 イングは拳を踏ん張って耐えながら此方の胸に当てた拳を開き、それを手の平として当ててくる。次の瞬間短い動作と共に心臓を衝撃が貫き―――停止する。一気に息が苦しくなるが、何かをする前に拳を振るい、イングの体を吹き飛ばす。―――そして、魔力で心臓を捕まえ、止まっていた心臓を無理やり動かす。一度止められたことがあるのであれば、もちろん対策は施す―――此方の必殺の拳が、ヘアルフデネが全く通じていないのもそれが原因だろう。普通に殴ったらおそらくほぼノーダメージだ。ヘアルフデネだからこそ、ダメージが出ている。やはり、

 

 殺すには腕を犠牲にするしかない。

 

「らぁぁああ―――!」

 

 品性の欠片も見せない声でイングへと接近しながら拳を振るう。やはり大振り過ぎたのかイングはしゃがんで回避する。振り抜かれた拳はそのまま振るわれ、後ろの壁へと激突し、完全にそれを粉砕する。そうして回避したイングは横へ回り込むと脇へと蹴りを繰り出し、此方が僅かによろめいた瞬間に拳を強く叩き込んで、

 

「破ァッ!!」

 

「がっ」

 

 体を吹き飛ばしてきた。吹き飛ばされた先で瓦礫の中へと突っ込み、そこから身を起こし、血を吐く。流石に相手が少しは弱体化しているとはいえ、攻撃を受け過ぎた。肉体面はかなりボロボロになっている―――長くは戦えない。デバイスはないから魔法によるサポートは期待できない。だとすればもう、残された時間を限界を超えて戦うしかない。瓦礫を吹き飛ばしながら、叫ぶ。

 

「フルドライブ!!」

 

 残されたシャツ部分を破り脱いで、完全に上半身を晒しながら首を軽く回し、近くの瓦礫を握りつぶす。フルドライブモードは一種のオーバーロード状態、過剰強化状態であると考えればいい。そしてデバイスはそれを制御する機械―――制御するデバイスが無ければ後はぶっ壊れるまで限界を超えるのみ。最初から無事に帰れるとは思っていない。だから最初から自爆するようなやり方で戦ってきた。

 

「フルドライブ……!」

 

 だが相手も同じことをする。リンカーコアの過剰酷使。限界を超えた強化。限界を超えた思考加速。限界を超えた術の使用。それをお互いに全て打撃の補助に注ぎ込む。相手はフルドライブの証に緑色の魔力光を燐光に散らし、此方は青を散らす。お互い睨むのは一瞬。踏み出すのは刹那以下。

 

 

                           ◆

 

 

「ぉぉおおおおお―――!!」

 

 もはやイングとイスト、それがどちらの声だかは判別できないぐらいに叫びあっていた。踏み出した次の瞬間に床が壊れ、下の階へと落ちて行くのもどうでもよかった。ただ殴り、打撃する。それしか二人の脳には残されていなかった。破砕されて砕ける床を足場に、八艘跳びの如く瓦礫から瓦礫へと飛び移り、そして中空で接敵する。互いに接触と同時に避ける事もせずに必殺の一撃を叩き込む。フルドライブモード故の威力の強化―――だがそれ以上に防御能力への強化が互いに大きく出ている。必殺であってもそれが限界を超えた強化によって阻まれている。致命傷には程遠く、互いに崩壊する足場で全力で拳を叩き込んで行く。

 

「おぉ―――!」

 

「はぁ―――!」

 

 殴る度に血飛沫が飛ぶ。それが相手にかかり、己にかかり、イストとイングの間で血液の交換が行われているような光景だった。だがそこには互いに、殺意しかなかった。本気で殺す、その意志が限りなく込められていた。妥協も許しもなく、本気でなぐり合う。拳がイングの顔面へと直撃し、脳を揺らす。だがそれを抑え込みながらイングが食らいだす拳は斬撃となってイストの脇腹を斬り抉る。

 

 その全てに苦悶を漏らすことなく、ただ吠えながらゼロレンジでなぐり合う。野蛮にも見えるその光景に込められた数々の技術は失われた物や極限まで鍛えられたものを多く含み、理解する物があればそれを一つの芸術として理解できただろう。だがそれを理解される事もなければ、二人にそんな事はどうでもいい。あるのは撃滅必殺の意志のみ。

 

 相手を絶対に倒す。

 

 朦朧としてくる意識の中で思考できるのはそれだけで。それしか考えられない故に動きはさらに凶悪となり、数十という打撃を繰り返してから体はようやく下の階へと落ちる。瓦礫が降り注ぐ中で、中央から互いを弾き飛ばす様に殴り飛ばし、距離を作り、相手を睨む。

 

「貴方に恋をしてよかった。貴方を愛せて良かった。貴方になら全力で殺される」

 

「うるせぇメンヘラ。食わせなきゃいけねぇガキどもがいるんだよ―――決めるぜ」

 

 それは確認だった。互いに次で決めるという必殺の意志。それは言葉としてではなく、動きとして答えになった。獣の様な咆哮を轟かせながら互いに全力、最終と呼べる奥義を握り、それを手に瓦礫を吹き飛ばしながら接敵する。その動きに先に到達したのは―――イストだった。

 

「ベオ、ウルフ―――!!!」

 

 魔拳ベオウルフ。あらゆる物質を消し飛ばす死の拳撃。それはイングへと到達しそうになる。だがイングは直感的にその脅威を理解する。理解する故に―――必殺を放たない左の拳を魔拳へと叩きつける。ノーモーションから全力の加速と技術。一瞬に体に命中する前の拳へと打撃する事ができたイングの拳はベオウルフを逸らし、不発に終わらせる―――イングの右腕とその横の空間の完全な喪失と引き換えに。

 

「■■―――!!」

 

 痛みと、興奮と、そして古代ベルカの言葉―――もはや言語としては認識できない古すぎる言葉がイングの口から零れ、そして必殺が不発として終わったイストの体へと向かう。その必殺を放った拳、左拳は負荷に耐えきれず、拳どころか腕のほぼ全箇所から出血しながら亀裂を広げている。だが、

 

 イスト・バサラは砕けない。

 

 イストが振り回すのは右拳、本命の右拳。もとより左腕は完全な囮として捨てた。残された右腕と、そしてイングの左腕。残された互いの手には敵を一撃で完全に粉砕し、そして消し飛ばす同系統の必殺が存在していた。奇しくも、究極を求めた結果―――その終着点は完全に一緒だった。即ち一撃必殺。どれだけ効率的に相手を葬れるか。その一点に集約した結果、どんな敵ですら滅ぼせる手段がこれだ。だからイストにもイングにも驚きはなく、全力で放たれる拳が互いにぶつかり合い、完全に相殺しあって弾き飛ばされ、

 

「俺のぉ!」

 

 互いのフルドライブモードが解除される。イングもイストも全身から完全に魔力が消失する。そうとなれば残されたのは本来の肉体の力のみ。その場合女と男、有利であるのは誰か、と言う問いかけに対して応える必要は一切ない。

 

 ―――そこに終着点はあった。

 

「―――あぁ、これが私の」

 

「勝ちだぁぁぁあああ―――!!」

 

 腕は両方とも使い物にならない。蹴りでは遅い。ならどうするか。

 

 ―――爪と牙こそが人間に与えられた最も原始的な武器。

 

 故にイストはイングの首へと噛みついた。イングの体を持ち上げる程の強さで噛み持ち上げ、そして、噛んだまま全力で吠えた。最初はわずかに動くイングだったが、やがて少しずつ動きが小さくなってゆく。表情に笑みを浮かべながら、全身から力を抜いて行き、そして最後に言葉を残し―――

 

「愛に……答えて……ありが―――」

 

 覇王の言葉と動きが完全に停止した。

 

 イストは勝利をその舌で味わった。

 

 ―――魔力も技巧も存在しない最も原始的な武器に覇王は敗北した。




 この状況でイングにとって許されるコミュニケーションが戦闘のみで、本気の殺し合いこそが彼女が唯一愛情と思いを伝えられると状況でした。それ以上は本来の姿の持ち主と、覇王という存在に泥を塗られるので、殺し殺されている空間でしか全力で触れ合うことはできません。

 登場人物の中で一番純情で純粋で一途。


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イスト・バサラ

 噛みついたイングの首を解放し、その体がどさり、と音を立てながら床へと落ちる。その姿を眺める事無く目を閉じて天井へと視線を上げたまま、身体の動きを止める。噛みついた首から大量の血がしたたって口と顔を濡らしていた。それが喉を通り、何故か甘く感じられた。血の味を舌の上で味わうとどうしてか、この状況が面白くて、達成感などの前に笑いが込み上げてくる。

 

「ははは―――」

 

 おかしい。何かがおかしい。良く解らないが、この状況が堪らなく愉快だった。笑うしかなかった。笑い声しかなかった。それが半分嗚咽に似た様な笑い声だったなんて、慟哭の様な笑い声だったなんて知らない。何故か目から涙が流れているのかもわからない。ただ、ただただおかしかった。この状況が、自分がやったことが、そして成し遂げた事に対して笑うしかなかった。もう、それしか出てこなかった魔力も、体力も、精神力をも使い果たした。本当にイングを殺せたのかは解らない。もう彼女の生死を確認する手段はないのだ。

 

 ―――何せ、手が動かないので。

 

 1ミリたりとも。ピクリとも。全く反応しない。完全に二の腕辺りから神経がぐちゃぐちゃにちぎれている。もうこれほどなく致命傷だった。どうしようもなく両腕は言う事を聞かず、そして永遠にこの手が動く事はないだろう。おそらく再生治療でもほぼ不可能なレベルかもしれない。色々と終わったな、と自覚する。最強の格闘家との決戦、そして勝利。その後に残されたのはなんだ。格闘家としてのアイデンティティは消失し、浴びる血に酔って、そして高笑いを上げている。俺はあとどれだけぶっ壊れればいいんだ。今すぐにでも家に帰ってあの少女達を抱きしめたい。日常に戻りたい。あの陽だまりで平和な日々をずっと過ごしたい。

 

「帰りたいよ、皆……」

 

 顔を振ってついた血を掃う。動かないイングの体に対して小さくごめんと呟く。ああも殴り合えば彼女の言葉が偽りではなかった事なんて伝わってくる。拳を通してどんな思いでいたのかなんて理解してしまう。嫌でも理解できてしまう。そのストレートで虚実の無い拳は的確に此方の心にその思いを叩き込んできていた。あぁ、クソがと呟くしかなかった。これが普通の敵だったら倒しても別に心を痛めなかった。ただこいつは女の子だった。ただの女だったんだ―――。

 

「クソがぁぁぁぁあああ―――!!」

 

 叫んでもどうしようもない。胸の内が晴れるわけでもない。戦いはあと、もう少しで終わりだ。そう終わらせなくてはならない。始まったのであれば終わりがある。そしてそれは絶対に永遠にならない。なぜなら永遠とは幻想であり、幻想とは届かないからこそ幻想であり続けるのだ。それを夢見るのは人間の勝手だが、そこに到達する事はない。永遠に。だから終わらせなくてはならない。屍の上に築かれてきたこのくだらない馬鹿騒ぎを、最後の一戦を終えて、そして首領の終焉を持って決着をつけなくてはならない。

 

「スカリエッティ……!」

 

 怨敵の名を口にして転がす。そう、やつだ。奴だけが本当の敵だ。奴だけが怨敵と言えるだけの敵だ。許せない。許さない。殺す。絶対に殺す。法になんか裁かせない。他の誰にもあの命は渡さない。もう手は動かない。だが足も牙も残っている。まだ踏み殺せる。まだ噛み千切れる。あの男への殺意と執念だけが疲れ切って倒れそうな体を支える。溢れ出しそうな血を無理やり体の中へと押し込んで体を保っている。朦朧としている意識をしっかりと鎖のように繋ぎ止めている。

 

「殺してやる……それで、終わりだ……!」

 

 呟きながら歩きはじめる。目指す所は一つ、スカリエッティのみ。まだなのはがスカリエッティを殺していない事に期待しつつ、崩れた瓦礫を足と上半身の力だけで登って行く。跳躍するだけの力が残されていないのでほとんど上へと登るときは這うような恰好になるが、そんな事を気にせず荒い息を吐きながら上へと向かい、崩壊した上の階へと戻ってくる。既に体力をほとんど使い果たしているせいか、本来ならジャンプで上がれる距離さえも息を整えなくては先へと進め無いぐらいに疲労だった―――予想外に両腕を失ったのは大きい。腕が使えない事がこれほどまでに苦痛だとは思いもしなかった。

 

「格闘家廃業だなぁ」

 

 自虐的な事を呟き、やっとの思いで立ち上がる。こうなってしまっては聖王教会との約束もどうなるのかは解らない。両腕の使えない男に価値はあるのか。いや、そもそもこれだけしでかした―――いや、違う。女一人殺して悦に浸っていた男に価値など存在するものか、存在してなるものか。そんな外道、狂人、邪悪の類―――消えちゃえばいいのだ。

 

「はぁ、はぁ」

 

 荒い息を吐きながら体をゆらゆらと揺らし、そしてようやく目的地の近くへと到着する。声と気配が増えている様に感じる。まさかスカリエッティが捕まってないよな、と焦り、少しだけ歩みを速めて最初の位置へと、スカリエッティのいた位置の後方から現れる。

 

「おや、その様子だと勝者は君か」

 

 そして見た光景は異様なものだった。

 

 そこには二人のスカリエッティがいた。一人は劣化したように白い髪と罅割れた姿を晒し、もう片方は若々しさに溢れているスカリエッティだ。区別するなら老スカリエッティと若スカリエッティだろうか、若スカリエッティの背後にはボディスーツに身を包んだ赤毛と紫髪の女の二人がいる。それが若スカリエッティの護衛だと気づくにはそう時間は必要なかった。敵がそこにいると認識した時点で牙をむく―――なのはが倒れている姿を見ればこいつら全員が敵だと認識できる。

 

「あぁ、高町なのはだっけ? 安心したまえ、麻酔銃で眠らせているだけだ―――ここで殺すにしては少々惜しいからね」

 

 そう言われ、なのはを確認すればその胸が僅かながらだが上下しているのが確認できる。どうやら本当に眠っているらしい。その姿に安堵を覚えるが、それでも牙を向ける事は止めない。

 

「で、スカリエッティが二人いるって事は片方俺に殺されてもいいって事だよなぁ」

 

「うん? あぁ、それが君のモチベーションの一端でもあったのか。なるほど」

 

 そう言って老スカリエッティは若スカリエッティの横へと行くと、老スカリエッティは若スカリエッティの肩をたたいて、あとはよろしく頼むよ、そう言って若スカリエッティの前に立つ。それから此方へと振り返り、両手を広げる。

 

「だが残念。君はしくじった」

 

 そう言って腕を広げた老スカリエッティは此方を見ている。その姿に激しく嫌な予感を感じる。次の瞬間、若スカリエッティが銃を取り出した事で何をするのかを理解できた。体はそれを止める為に動き出す。だがリインフォース、そしてイングと続いて酷使し続けた体はここでついに限界を迎えて膝から先に崩れ落ちる。やめろ、と言葉を吐き出そうとするが血が喉から込み上げてきてその言葉を吐き出すのを邪魔する。

 

「―――私の勝ちだ」

 

 血を吐き出して喉をクリアにする。

 

「やめろぉぉぉおおおおおおおお―――!!」

 

 若スカリエッティが老スカリエッティの頭を撃ち抜いた。

 

 どさり、と音を立てて脳に穴をあけた老スカリエッティの体が床に倒れる。その光景をまるでスローモーションの様に眺めるしかなかった。ゆっくりと、ゆっくりと倒れる姿を見て、自分の宿敵が、怨敵が、復讐の全ての矛先が目の前で何もできずに散るのを見る。何をふざけているんだと心が叫ぶ。ソイツは俺のだ、と。俺が殺すべきだったんだ、と。お前にその権利はないのに。そいつを殺すのは俺の特権なのに。俺が復讐しなきゃいけなかったのに。

 

 殺意が全身を満たす。

 

 力が四肢に漲る。

 

「スカリエッティいいいいいいいいい―――!!」

 

 若スカリエッティへと向けて吠えながら牙をむいて床から跳ね、男の首に噛みつくべく行動を開始する。だがそれよりも赤毛の女が割り込む。凄まじい速度で割り込んできた女は一瞬で此方へと接近すると、脇腹に蹴りを叩き込んで此方の体を通路の奥へと蹴り飛ばしてきた。それに抗うだけの力はなく、何度か床を跳ね、転がりながらようやく体の動きを停止させる。血を吐きながらむせていると、近寄ってくる姿がある。目の前で白衣を着た男―――スカリエッティがしゃがみ、此方に視線を合わせてくる。背中に感じる感触と重みは両腕を塞ぎに来ている。

 

 完全に捕えられたと認識するが、それでも体に殺意は残っている。目の前の男を殺さなきゃどうしようもない事実だった。だから殺させろ、そう心の底から叫ぶ。そしてスカリエッティはそれに応える。

 

「―――いいよ。私を殺したいんだろう? 構わないさ」

 

「ドクター」

 

 紫髪の女がスカリエッティのその発言に不安を覚えるが、スカリエッティはまあまあ、と彼女を宥める。そしてスカリエッティは楽しそうに口を開く。

 

「技術や情報の引き継ぎは全て終わらせているからね、私は。パーフェクトスカリエッティって呼んでもいいのだよ?」

 

「くたばれクソ虫」

 

 そう言ってやるとスカリエッティは笑みを浮かべる。嫌な笑みを。そして自分に向けてこう告げてくる。

 

「これから君に新たな情報を二つ告げる。それはあそこで死んでいるスカリエッティが完成させたプロジェクトFに関する情報の根幹にかかわる事だ。その二つの情報に関して君に順番に教えよう―――私を殺すかどうかはその後に判断したまえ。いいかね?」

 

 何がどうであれ、絶対殺す、そういう殺人の意志を込めてスカリエッティを睨む。だが次の瞬間、スカリエッティが吐いた言葉にその意思はいとも簡単に崩れそうになる。

 

「―――このプロジェクトFによるクローンは寿命が精々10年程度だ」

 

「―――……あ……は……ぁ?」

 

 全身から力が抜けてゆく。待て、待てよ。十年。たったの十年。十年しか生きられないだと。人生の絶頂期を迎えてそれで終わり。短い。それは人生にしてはあまりにも短すぎる。そんな事を彼女たちに伝えられるはずがない。それは、あまりにも……無慈悲というものだ。だが、それが現実というのであれば……!

 

「君はそれを現実として受け入れて、彼女たちに残された時間を全力で過ごそうとするだろう。あぁ、そう言うぐらいには君の事はよく知っているつもりだよ。だからね、あっちで死んでしまっているから最後のテストだ。代理試験官で悪いが個人的にも少々気になるところだからね―――いいかね?」

 

 スカリエッティは笑みを浮かべて言う。

 

「―――彼には無理だが私になら助けられる」

 

「……あ、ぁあぁ……」

 

「さあ、質問だイスト・バサラ。どうする。君が守りたいと、そう思って愛している娘達はあと九年程度しか生きられない。それだけだったら諦められただろうが、この世で彼女たちを救える技術を持っているのは私だけ―――私なら彼女たちを救える。君はどうする? 復讐を果たすかね? 彼女たちを救うために頭を下げるかね? もしくは考える事を放棄するかね? あぁ、高町なのはに関しては気にする必要はない。彼女は老人共のお気に入りだからね、私としても手を出さない方針だからね。さ、言い訳に使えるものはなくなったぞ―――答えろ怪物(モンスター)。君は善性を犠牲にするのか。それとも家族を救う手段を捨てて見殺しの道を選ぶのか。じっくりと考えて選びたまえ」

 

 スカリエッティの言葉がまるで呪いの様にしみこんでくる。どちらを選べか、だと。どちらを選ぶか。家族か、復讐か。そんなものを自分に選べと。狂っている。自分の死を最後の最後まで利用して此方を試しに来ているのなんて徹底的に狂っている。そうとしか表現できない。だが、こんな状況に追い詰められても普通に答えを導こうとしている俺も狂っている。

 

 俺も、こいつも狂っている。そこに違いなんてあるのだろうか。狂い方は違っていても結局は行きつく場所は同じなのではないか?

 

 結局、狂人に居場所なんて―――。

 

「は、あはは……ははははは―――ハハハハハハハハハハ!!」

 

 笑い声しか出てこない。

 

 プレシアのクローンが自爆した。

 

 ティーダが死んだ。

 

 家族のクローンを殺した。

 

 ティーダのクローンを殺した。

 

 リインフォースとの因縁にケリをつけた。

 

 イングを噛み殺した。

 

 そして、その結末が、果てがこれだ。

 

 ―――あぁ、何て素晴らしく、美しくもクソなんだこの世界は。

 

 それでも奇跡はいらない。ここで全ての問題を解決できるような奇跡は求めない。そんな安っぽいものに俺の人生を台無しにしてもらっても困るし、俺の努力を全て無にしても貰って困る。そう、俺達は飢えているし満たされもしないし、うまくいかない事だっていっぱいある。でもそれが現実に生きるって事なんだ。

 

 神様に奇跡を求めちゃいけない。奇跡なんてもので俺達の人生を馬鹿にされちゃいけない。だから―――だから俺達は人間でいられるんだ。

 

 奇跡に逃げず、現実を見て、結果を受け入れて……自分で選ぶ。それが現在を生きるって事なんだろう。

 

 だから、

 

「俺は―――」

 

 選ぶ。

 

 後悔は絶対にしないと誓って。




 これにて第1部完結です。今までお付き合いありがとうございました。

 閑話を幾つか挟んだらSts時期へと突入する事になります。


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Interlude 3 ~Epilogue and Prologue~
エピローグ


 開け放たれた窓から涼しい風が入り込んでくる。夏真っ盛りのはずだが、この時間になると気持ちのいい風が入ってくるので冷房をつけているよりは遥かに良い感じだと思う。だから窓から入り込んでくる風を頬で感じつつ、ベッドの横の椅子に座っている彼女の姿に苦笑する。その手に握られているのは皿と、そしてスプーンだ。そのスプーンの中にあるのは粥だ。それもただの粥ではなく、極限まで柔らかくし、ほとんど液体の様などろどろの状態のそれ。内臓を刺激しないように味付けは極限までシンプルな状態へと抑え込まれ、食べている気が全くしないという代物。はっきりいって美味しくない。激しく美味しくない。だが食べたくない、というと怒ったような表情と困ったような表情を作る。

 

 そしてそれを作っているのは間違いなく自分だ。そう思うと否定し続ける事も出来ない。溜息を吐いて、すまんと謝って、そして口を開くしか道は残されていない。そして再び口の中に粥が運ばれる。それを咀嚼し、飲み込む。やっぱりまずい。味がしない。できる事ならあんまり食べたくはないが、それでも最低限食べて栄養を取らなきゃいけないのだ。ただの粥に見えるが、摂取しなきゃいけない栄養はこの中に入ってるようにできている。だから食べれば栄養失調にならない事は確約されている。だがそれを思うと若干重い。あぁ、家で食べるベルカ料理の数々が懐かしい。溜息を吐いて次に運ばれてくる料理を受け入れる。もぐもぐ、と食べていると病室のドアにコンコン、とノックの音が響く。視線でストップ、と伝え、口の中の粥を飲み込む。

 

「どうぞ」

 

「―――失礼するで」

 

 そろそろ頃合だなぁ、と思っていた人物が扉を開けてやってくる。ショートの茶髪にミニスカートとプリントシャツ。ものすごい私服っぽさのある恰好はつまり自分は公人ではなく個人としてここへとやってきているという事だろう。まぁ、それ以外にも友達からであれば持ってくるんだろうが―――ともあれ、病室へとやってきた彼女は他には誰もつれていない様子だった。その姿を確認し軽くよ、と挨拶する。

 

「派手にやったようやなぁ、二等空尉」

 

 二等空尉。それが、俺に対して世間が、管理局が騒動を収めた功労者として与えた評価だった。昇進する事はなにもよい事ばかりではない。年の若い人間が異例の速さで出世してゆくという事はそれだけ上の人間が足りないという事実でもある。……それは組織を運営するのに必要な人材が足りてないという証でもある。故に喜ぶべきよりも恐怖するべきなのだ、昇進は。それは下の者の命を預かる立場にもなりえるという事なのだから。だから見舞いにやってきた彼女―――八神はやての言葉に苦笑して答える。

 

「ま、どうせ近いうちに飾りだけになるさ」

 

 そう答えると何とも言えない表情をはやてを浮かべる。流石に自虐的過ぎたか、と少しだけ反省すると、はやてが意識して話題を変える為に視線をベッドの横の彼女へと向ける。彼女に向ける視線には様々な感情が込められているのが解る。だがはやてはそれを飲み込みつつ、彼女へと向けて口を開く。

 

「……”初めまして”……やな」

 

「あぁ、”初めまして”だ―――」

 

 粥を乗せた皿を持っていた彼女はその皿を横のテーブルに置くと、風に揺れる銀髪を片手で抑えながら少しだけ、ほんの少しだけ困ったと解る様な表情を浮かべてから名乗る。

 

「―――リインフォース・ナルだ。よろしく頼む……八神はやて」

 

 ―――さて、何処から思い出すべきなのだろうか。

 

 

                           ◆

 

 

 馬鹿騒ぎには何時か終わりが来る。人間はずっとはしゃいでいられるほど頑丈にできてはいない。だから時空管理局本局で発生した大規模な事件は周辺世界でのテロの終了とともに終わりを告げた。世間を賑わせたスカリエッティとその部下たちは全滅と捕縛と殲滅が確認され、それを察知して止めた二人の管理局員が危機を救った―――そういうふれこみになっている。そして自分の周りでも色々と動きがあるのも知っている。だがそれに対してあまり興味はない。真実が公表される事はないし、何時だって都合がいい様に真実は変わって行くのだから。

 

 そう、たとえばリインフォースの存在の様に。

 

 敵の道具として使われていたが、己の意志で裏切った故に”保持者”に監視させ、管理局と保持者への奉公を持って罪を償う事とする。それはやらかした事に対してはあまりにも小さすぎて、そして真実を見せない罰であった。―――都合がよすぎる展開は何時だって悲劇しか生まないと誰だって解っているのに。

 

 紆余曲折を経てリインフォース・ナルの預かりは自分となった。その裏にある事は……もう……―――今はいい。ともあれ、今は今こうやって横で此方の世話を焼いてくる彼女の存在に関してはやてに”紹介”しなくてはならない。

 

「話には聞いとったが……別嬪さんやな」

 

「ふふ、そう言ってくれるのなら幸いだ。あまりそう言う事に関して得意であるつもりはない、からな……」

 

 そう言うとリインフォースとはやての会話が止まる。

 

 ―――あかん。

 

 ここで思い出すべきなのはリインフォース・ナルという女がオリジナルであるリインフォース・アインスと全く同じ姿、スペックであるが、”別人”であるという事なのだ。それを理解し、リインフォース・ツヴァイという二代目がいるからこそはやては何も言わずにいられるのだ。ナルに対してアインスと同じ様に接するのはアインス本人に対して、そして彼女と己は別物であると考えているナルに対して失礼だから。だからといってナルもアインスの記憶を、八神の家で平和に過ごした記憶を持っている。

 

 だからのこの気まずい空気。

 

 非常にあかん。そろそろ会わせなきゃいけないとは思っていたのだが、突然の事なのでどちらも対応できてはいない。最低限の情報だけ先に渡しておいてよかった。

 

「そ、そうだ」

 

 見舞いされているのは俺のはずなのに何故気を使わなきゃいけないのか。若干戸惑いつつ、話題を変えてみる。

 

「なのは退院してからあんまし話を聞かないんだけどさ、アイツ今どうしてるんだよ」

 

「あぁ、なのはちゃんな」

 

 はやて自身も少しだけ話題に困っていたのか、すぐさまなのはの話題に飛びついてくる。高町なのは、自分の様に事件における功績で昇進したのはいいが―――ダメージは自分よりも遥かに軽いので入院一週間ほどで骨折を治し、退院してしまった。骨折の仕方から後二週間、いや、一ヶ月ぐらいは入院していてもおかしくはないのにそれをたった一週間で退院してしまったなのはの生命力には感服するしかない。

 

「退院してからは結構はりきってるで? 近接距離でも問題なく砲撃を叩き込める訓練をする為に同僚巻き込んで解りやすい地獄絵図を築いているらしいで。あ、近づいたら巻き込まれそうなんでフェイトちゃん送り込んで近づかないようにしているわ。あ、あとユーノ君が無限書庫で死にかけてるから拉致って書庫のスタッフを作業量的に殺しかけた」

 

「鬼か貴様ら」

 

 なのはのブレなさとはやての鬼畜っぷりに軽く恐れていると、はやてがそっちはどうなん、と聞いてくる。そうして眺めてしまうのは数日前までは包帯に包まれていた両手で、腕を持ち上げる。それを目にしたはやてが軽く首をかしげるので手を出す様に催促すると、はやてが手を前に出す。握手する様に手を握る。あまりにも力がこもってない握手にはやては首をかしげている。まぁ、ほとんど手を合わせている、という状況だからそんな表情でも仕方がないだろう。

 

「美少女の手を触りたいんは解るけどなぁ」

 

「いや、違ぇよ馬鹿。―――今、全力でお前の手を握ってんだよ」

 

「……は?」

 

 持てる限りの全力を手に込めてはやての手を握る。だがびくりともはやての手が動く事はないし、締め付けられる事もない。限界を感じて手を解放すると、はやてが素早く此方の手を握ってきて、それを確認する。それを振り払うだけの力が手には入らないので、成すがまま、手を握られたまま話を続ける。

 

「腕はギリギリ何とかなったんだけどよ、握力だけは駄目だったわ。完全に切れちまってボロボロで固定、リハビリで少しは良くなるかもしれないけど基本的に軽いもんを握る程度にしかもう握力は戻らないってよ」

 

 そう言ってそれを証明するために、サイドテーブルの上に置いてある粥に使っているスプーンを握ろうとして見せるが、スプーンを握った所で手が震え、上手くつかむ事が出来ず、ぽちゃり、と音を立ててスプーンが粥の上へと落下する。その姿をはやてへと見せると軽く溜息を吐く。

 

「まぁ、そんなわけでグラップラー・イストさんは完全に廃業。ほんと、二等空尉ってのも飾りになりそうなもんだよ。医者の見解じゃ腕を切り落として義手にでもしない限り昔のようにぶん回す事は不可能だってよ―――まぁ、確実に今までの職場に復帰すんのは無理だわな」

 

「……そう言う割にはそんな悲観的やなさそうやな?」

 

「まあ、隣に美人を侍らせていい思いをしているからな?」

 

「ふふ」

 

 そう言って隣で笑ってくれるからナルの存在には助かる……いや、本当に助けられた。一人殺さないで済んだというのはあの時の精神的にはかなり重い意味があった。こうやって笑い合って時を過ごせるのであれば、あの時突きつけた選択肢が間違いではない事を証明できる。まぁ、

 

「最低一年は車椅子生活だよ。もう頼ってばかりで男としちゃあ情けない限りなんだけどな」

 

 その言葉に反応するのはナルで、

 

「安心しろ、その為に私がいる。お前は私の全てを受け入れて抱擁してくれたのだ。なら私もその全てに応えよう」

 

 リインフォースのその言葉にはやてがパタパタと手で己を扇ぐ様な動作を取り、暑いなぁ、と露骨なリアクションを決めながら此方をおちょくりに来るが、ナルはそれを見て軽く苦笑し、そして胸を張る。

 

「何、そう難しい話じゃない―――惚れろと言われたので惚れる事にした。愛は女を狂わすのだろう? なら私が生きるにはそれだけで十分すぎる―――まあ、競争相手を蹴落とす事が一番大変だったが」

 

 我が家は大丈夫なのだろうか。あの娘達とこの子は上手くやっていけているのだろうか。いや、そもそも我が家の原型は残ってるのか。こいつを家へ送った時に真っ先に戦争仕掛けそうな奴らが四人―――あ、全員だ。たぶん我が家大丈夫じゃないな、と少しだけ退院時の事を不安に思いながら玉を悩ませると、はやてが安心したように息を吐く。

 

「なんや、あんまり自棄になっとらんようで安心したわ」

 

 あぁ、心配されてたんだな、と思う。そうだった……家族以外にも己の身を案じてくれる者がいる、そんな環境に自分はいるのだ。これは退院したら一度隊の方に顔を出して安心させた方がいいかもしれない―――除隊届と一緒に。

 

「生きているだけ儲けもんだからな。正直な話デバイスなしでのフルドライブモードなんて自殺以外の何物でもないからな。最低一年は車椅子生活で済むって言われるならそれでいいもんさ。それにカリムの方からも色々と連絡が来たよ。聖王教会との契約のアレコレ、結構予想外の形に落ち着いたよ」

 

「そうなんか?」

 

「あぁ。条件は完全にあちら側に指定させたからもっとエグイもんでくるかと思ってたんだけどなぁ……所属を聖王教会へと変更、騎士への就任と居住地をベルカ自治領へと変更、動けるようになり次第聖王教会で格闘の講師として此方に就職してもらいます、ってさ。ちなみに恋愛自由らしい」

 

 意外とそこらへん管理されるかと思ったが、そんな事はなかった。それに教えるだけなら別に自分が殴らなくても指導できるだけ動ければ十分だ。確かにこんな状態でも問題はない。……少しは同情されたかもしれないけど。

 

「ハニトラに気をつかわんといかんなぁ」

 

「安心しろ―――それは私が許さない」

 

「愛の重い家族が増えて良かったな」

 

「うるせぇ」

 

 ま、犠牲は多く払ったが、スカリエッティの始めた一連の大騒動はこうやって幕を閉じた。後に残される者はかなり少なく、そしてそれを幸福と受け取るか、もしくは不幸と受け取るかなんて個人の自由だ。それを誰かが不幸と呼んでも、自分が幸福だと主張すればそれは己にとっての幸福になるんだ。だからこの時間を得られた己は間違いなく不幸ではないと断言する。

 

「ま、結果として人生台無しになったっぽいけど保険金がっぽり入って来たし、数年ぐらいは余裕で暮らせるだけのお金はあるよ。ま、俺のプライドやら自尊心やらがガリガリ削れている現状を無視するならそれなりにいい人生だよ―――プロジェクトFに関する流れは終わったんだよはやて。黒幕は死んで、美女は改心して、そしてハッピーエンドだ」

 

「そう言うんならそういう事にしておいてやるわ」

 

「おい、俺年上だし階級上なんだぞ。少しは生意気な態度なくせよ」

 

「年だけ取ったガキを大人とは言わへんのや」

 

「お前何時かマジで泣かすから覚悟しろよ」

 

 密かにはやてへの復讐を考えていると、あぁ、と呟く。もう彼女たちを隠している意味も、隠す理由もない。既に報告書やら話としては伝えているが、やっぱり一度は直に会わせなきゃいけないだろう。

 

「ま、俺が退院したらウチの馬鹿娘共に合わせてやるから、楽しみにしてろ」

 

「そん時はなのはちゃんやフェイトちゃんもつれてくるわ。その方が楽しいやろしな」

 

 そうだなぁ、とこれからあり得る未来に関して想像する。あぁ、レヴィは間違いなくフェイトとあらゆる面において張り合いそうで、シュテルとなのはは意気投合しそうで、そしてディアーチェは……なんかはやてにダメだししてそうだなぁ、と彼女たちがあった場合の未来を想像する。あぁ、悪くはないと思う。……少なくともナルと会っても平気だったはやてなら安心できる。

 

 ―――こうやって、陽だまりへと俺は戻ってきた。

 

 少しだけ、前よりも騒がしく。




 閑話ですよー。皆さんお待たせナル子さん。何か這いよりそう。銀髪だし。


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ムーヴィング

 きこきこ音を鳴らしながら車椅子が動く。油はちゃんと差しているはずなのにこうやって音が鳴るのは、根本的に車椅子が古すぎるから、なのだろうか。まぁ、そんな悪い響きではないと思う。少しだけこの古い感じが逆に自分にとってはそこそこ懐かしく、そして昔を思い出させる音だ。実家の方では乗っていた自転車がこんな感じに音を鳴らしながら前へ進んでいたような気がする。そうして周りを見て認識するのは多くの人だ。やはり車椅子に乗っている人間は珍しいのか、若干好奇の視線を周りから集めているのを認識する。まぁ、今の時代医療がかなり発達している。だからこうやって車椅子に乗っている人間なんてほぼ見ない。それが珍しいのだろう。もしくは―――後ろにいる彼女を見ているのかもしれない。確かに目立つ容姿ではある。

 

「どうしたんですか?」

 

「なんでもないよ、相変わらず一人で車椅子を動かす事が出来ない自分に辟易としているだけだよ」

 

 そう言って車椅子のハンドルを握って、押してくれているユーリに言う。実際に嫌になってくる。機械式の車椅子には車椅子を動かすためのスティックが付いているが、それを十全に握るだけの握力が存在しないので一人で操縦する事さえもできない。故に外へと出るには常に誰かの助けが必要なのだ。

 

「気にする必要はないですよ。ハイパーじゃんけんで勝利した私の特権なのですから」

 

 そのハイパーじゃんけんとやらの詳細は聞かない事にする。聞いたら何か嫌な思い出が一つ増えそうな気がするのでその発言はなかったこととして自分の中で処理する。入院生活が三か月。そして退院してから一週間。季節が夏から秋へと変わり、紅葉が美しく見れるこの季節になってようやくベルカ自治領へと移動する準備が整い、自分とユーリは遅れて現地へと到着した。そう、遅れて。ついに一緒に暮らす人数が六人となるとタクシー1台じゃ足りなくなる。それに車椅子となると必然的に遅くなる。だから車椅子を押してもらっているユーリと、そして遅い自分は置いて、他の四人には一足先にトラックとタクシーに乗ってベルカ自治領、与えられた家に家具や色々と物を置いたりしてもらっている。

 

 ま、階級はそのまま管理局から聖王教会への移籍、と書類上では決まっている。ま……そんなに悪くはない話だろう、今の事考えると。職場に近い環境、マンションから一軒家へのグレードアップ、そしてベルカ人にとっては栄誉に近い騎士という称号の取得、綺麗な部分を見れば凄い良い話ではないか。まぁ……綺麗な部分だけを見れば。後ろ暗い部分に関してやら、聖王教会の思惑に関してはもう考えない。今の体では考えてもしょうがない話だ。

 

「ま、快適なドライブを保証しますから安心してください」

 

「頼んだぞドライバーさん」

 

 ユーリに車椅子を押してもらうのを任せ、そのままベルカ自治領にある聖王教会、おそらくこの自治領内で一番広い敷地を持つ場所へと到達する。宗教的意図を感じる門を抜ければ聖王教会の敷地内へと入る。本国と比べれば圧倒的に小さいが、それでも流石ミッド一の大きさを誇る聖王教会だ―――その敷地はかなり広く、多くのシスターや見習いの姿が見える。此方の聖王教会には仕事や練習の時でしか来なかったが、此処に所属する事で来ることになろうとは思いもしなかった。子供の頃に憧れ、そして無理だと判断して諦めた道―――それが現在を諦める事によって手に入るなんて何とも皮肉な事だろうか。

 

「イスト?」

 

「さ、進もうぜ」

 

「はい」

 

 少しでも自分の雰囲気を変えれば敏感にユーリが察してくる。この子は自分の変化に対して物凄い敏感らしい―――そう簡単に落ち込む暇もないな、と心の中で呟きながら敷地内を進んで行く。聖王教会、聖王信仰は他の宗教と違って縛りがかなり緩い。その為信者が多いとも言われている。飲める日は指定されるが、酒が飲めるというのも魅力的な部分かもしれない―――まあ、そこらへん、実家を飛び出して好き勝手生きている自分はまず間違いなく信者失格なのだろうが。

 

 教会の敷地内をユーリに車椅子を押してもらいながら進んでいると、前方からカソック姿のシスターが此方へと向かって歩いてくるのが見える。赤髪の短髪の彼女は確かカリムの傍にいる女性で、その名は―――

 

「―――シスター・シャッハ」

 

「お待ちしていました騎士イスト」

 

「止めてください、まだ就任していないしそういうガラではないので」

 

 そう言うとシャッハが軽くだが笑う。今のは少しからわかれたなぁ、と思っているとシャッハが背後のユーリにも頭を下げて挨拶をする。礼儀の出来ている人物だと思う。ここからは彼女が案内してくれる。若干複雑になっている教会の敷地を、シャッハが案内してくれる。

 

「話には聞いていましたがその様子を見る限り受けていた報告は本当のようですね」

 

 あぁ、と呟く。この車椅子に乗っている自分の惨状の事だろう。まぁ、確かにこのありさま、と言える状態だ。……正直な話話題を避けられた方が逆に気を使われているようで心苦しい。だから逆に触れられる方が楽なものだ。―――まぁ、我が家の馬鹿どもは逆にネタにしたり弱みとして攻めてくるのが困った所だ。

 

「まぁ、そんな悲観するもんでもないんですけどね。義手にすれば従来通り活躍できますし、リハビリすりゃあペンを持つことだってできる。今はスプーンを手に取る事が限界ですがね。あ。ちなみにフォークは無理です。握れても食べ物に突き刺すだけの力が出ないんで」

 

「―――でも義手にする予定はないのでしょう?」

 

「まぁ、今の所は。カリムに細かい話は聞いていないですけど俺自身が振るえなくても技術を伝承する分には十分らしいですし、教えるだけなら……まあ、なんとかなりますし。昔から夢だったんですよね。何かを子供に教えるってのは」

 

「そう考えると今回の話はそんなに悪くない事でもあったのでは?」

 

「まぁ、そうなんでしょうね」

 

「イストが大人っぽい会話をしている、驚きです」

 

「お前少し顔を前にだせ」

 

「お、キスですか。やっぱ苦労には報いられないといけませんよね!」

 

 ユーリが顔を前に出してくるので頭突きを顔面に叩き込む。

 

 ぐわぁ、と乙女にあるまじき声を出しながらユーリが顔を抑える。その光景をシャッハは苦笑しながら見て、建物へと入る為の扉を開ける。ユーリと協力しながら車椅子を持ち上げてもらい、建物の中、おそらく執務などを執り行っている建物の中へと入れてもらう。あぁ、なんというか……数ヶ月前まで何でもなかった事が他人に面倒をかけてまでやるようなことになると物凄く死にたくなってくる。女の手を借りなきゃ普通の生活ができないのは男として非常に死にたくなる。

 

 まぁ、そこらへんは……家族なので……飲み込む……。

 

 飲み込めなくちゃいけないのだ……!

 

 ともあれ、シャッハと軽く話をしながら道を進めば、そう時間も書けずに目的地へと到着する。シャッハが確認してから扉を開ければ、その向こう側は執務室となっており、そこには金髪長髪、カソック姿の彼女の姿があった。片手を持ち上げて挨拶をすれば彼女も微笑んで挨拶を返してくる。

 

「やあカリム」

 

「こんにちわイスト」

 

「ガッデム金髪巨乳シスターめ。やはり大きい。あ、イストは数年後の私を待っていてください」

 

 貴様は少し黙ってろ。あと対抗心を燃やすな。

 

 

                           ◆

 

 

 最初の頃と比べてだいぶ気安い仲になったなぁ、と最初の頃を思い出す。手を伸ばしてテーブルの上のバスケットのクッキーに手を伸ばし、クッキーをつまむ。手は震えているが―――軽い。スプーンよりも軽いから持てる。手を少しだけ震えさせながらクッキーを口へと運び、歯で噛んで銜える。もう手で握る必要はない。そのまま一口に食べる。ほのかなビターな味と甘さが残る、明らかに手作りと解るこれは、

 

「手作りか?」

 

「えぇ、少し時間が空いたので作ってみたんですけどどうでした?」

 

「あぁ、ウチのシェフには劣るけど十分美味い」

 

「あら、そうなんですか?」

 

 あぁ、と頷くとユーリが自慢げに胸を張る。

 

「ディアーチェの趣味ですからね料理は。レパートリーは毎日料理するたびに増えますし、研鑽と努力は忘れませんし。本人曰くまだまだ未熟で上手になるって言ってますけど―――アレ以上上手になったら逆にディアーチェの料理無しでは生きて行けそうになくなって怖いんですけど」

 

「それだけ絶賛するシェフなんだからユーリ同様、一度会ってみたいものですね」

 

「ま、もう隠す必要も守る必要もなくなったし暇な時にでも連れてくるよ」

 

 ユーリとカリムの面識はある。というか事件が終わってから一度カリムは会いに来ている。その際に一緒だったのがユーリ―――我が家で一番実力のある者だ。やはりあの時は聖王教会側からの通達に対して警戒していたんだと思う。だからこそ無意識にユーリと一緒で通達を迎える事を選んでしまったのだろう。……まあ、その後に聞かされた驚愕の内容と、悪戯っぽく笑うカリムの表情に全てを持っていかれてしまったのだが。

 

「遅れましてけど、退院おめでとうございますイスト。生きていて嬉しく思いますよ」

 

「ありがとよカリム。ま、ほとんどぼろ屑同然の身だがね」

 

「それでも聖王教会からすれば貴方の身は、才能と成果は非常に重要なものです」

 

 隠さないなぁ、と呟くと隠す必要がありませんから、とカリムが微笑みながら言ってくれる。そう、聖王教会が何を重要視しているのかは解っている。即ち俺が所有している覇王流に関する全知識と、その技だ。この世でおそらく唯一本物に匹敵する腕前を持っているのに戦闘し、経験し、そして勝利したのが己だ。―――肉体が女である以上、本人よりは確実に劣るが。ほぼ本人と言ってもいいような存在だ。

 

「たしかイングヴァルトに子孫はいたはずだが」

 

「ストラトス家ですね。たしかに覇王流を継承してはいますが、ここ数代、血がかなり薄くなってきているようでして覇王流そのものがほぼ失伝の危機にありますね―――ただ一番若い子がここ数代で最も色濃く継承しているそうですが、まだほとんど幼児ですし」

 

「ま、メインプランとサブプランはしっかり用意して、無くならないように管理しておきたいよな」

 

 ま、そういうわけで己の価値というのは本人から食らって覚えた覇王流というものだ。デバイスが破壊されてしまった今、ほぼ完全な形で再現できるのはぼろぼろの俺のみだが―――この体ではリハビリが終わった後に見せる程度しかできない。実践する事は不可能だ。まあ、そこまでは求められていないのだろうが。とりあえずこれを誰かへ教えられる程度に回復させればいい、それが当座の目的だ。

 

 まぁ、最低1年はかかると医者に断言されているだろうからキツイのだが。

 

「ま、全部は最低でも歩けるようになってフォークで肉を刺せるようになる頃さ」

 

「一年……短い様で長いですね」

 

「あぁ、俺の心がへし折れるには十分すぎる長さだよ」

 

 イエーイと、言ってユーリがピースサインを決める。コイツら本当に要らん所まで迫ってくるから困る。食事とかフロは解る。実際無理だし。ほとんど介護の様な状況だし。だが流石にトイレとか着替えは止めてほしい。追い出すのに毎回苦労させられてしまう。あと特にナルは本当に勘弁して欲しい。他の連中のノリに合わせられると理性が持たない。冗談ではなく理性が持たない。

 

 本当に冗談ではなく理性が持たない……。

 

 その為にも早いうちにリハビリを何とかしないと。あとユーリの口にクッキーを詰め込んで黙らせておく。

 

「ともあれ、結構重い感じの話になってきたけど今日は引っ越しの挨拶にやって来ただけだから」

 

「あぁ、今日からでしたっけ。良き隣人として共に在れる事を期待しております」

 

 カリムと力の無い握手を交わす事しかできない事に少しだけ歯痒さを感じつつ、引っ越しを済ませたらまたとんでもない日常が俺の事を待ってくれているのだろうなぁ、とほぼ確信できることを予感する。溜息を吐き、静かに呟く。

 

「やれやれ、少しばかり騒がしい休暇になりそうだ」




 就職先決まってていいなぁ……。

 あと確実に理性はどっかで死ぬ(断言


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ニュー・ホーム

 若干涼しくなくなってきた風を感じながらベルカ自治領の中、比較的に聖王教会に近い住宅地をユーリに車椅子を押してもらいながら進む。既にユーリが念話でもうすぐ帰宅……というべきなのだろうか、引っ越し先に到着すると伝えてくれている。ユーリが言うには既に荷解きやら家具の配置やらは完了しているらしい。となると、家に到着する頃には既に色々と準備は終わっているのだろう……新しい家の中を見るのが楽しみだ。何せ前のマンションも住み慣れていたが、流石に6人でずっと暮らすというのであれば少々キツイ。新しい家は前のマンションよりも広く、大きいと話には聞いている。まぁ、写真でも見ているが実際に行ってみるのは初めてだ。何せこんな体だと外出が一々面倒になる。だから詳しそうなディアーチェとシュテルに任せたが、文句なしだったのできっと、いい場所なんだと思う。

 

「イスト、ちょっとウキウキしてません?」

 

「分かる?」

 

「何時も見ていますから」

 

 そう言われてしまうとあぁ、見られているんだなぁ、と予想外に自分にべったりなこの子達の事を考えてしまう。スカリエッティの死後からめちゃくちゃ自分にべったりなこの少女達は自分がいなくなった時、どうなるのだろうか。いや、その前に彼女たちの寿命が確実に先に来るのだろうが、それは―――。

 

「イスト?」

 

「なんでもない。お前ら馬鹿だよなぁ、って話だよ」

 

「む、それは聞き捨てなりませんね」

 

 ユーリがむっとした表情を浮かべながら文句を言ってくる。それを軽く聞き流しながらしばらく進むと、やがて目的地が見えてくる。簡素な住宅街に少しだけ、目立っているのは三階建ての家だ。周りが二階建ての中、そこだけが三階建てなので少しだけ目立って見える。壁の色は白で、基本的な近代ベルカ風の建築様式だ。フェンスもちょっと洒落たもので、結構……いや、かなりいい感じの場所かと思う。うーん、流石にここまで来ると厚遇のし過ぎではないか、という考えも出てくるが……必要なものでもある。有難く好意は受け取っておく。ユーリが門を開けて、そして車椅子を中に進める。少しだけ庭のスペースがあるようだ。そこまで広くはないが、裏へと続く道を見るに裏庭はあるようだ。まぁ、それの確認はまた後でいい。車椅子を扉の前まで進めるとそこで一旦車椅子を止める。だが、

 

「―――あぁ、来たか」

 

「ナルか」

 

「あぁ、待っていろ。今鍵を開ける」

 

 扉の向こう側から聞こえてきたのはナルの声だった。車椅子をユーリに握られたまま、座って待っていると扉からカチリ、と鍵の外れる音が聞こえる。それから扉が開くのを待つが、扉が開く様子はない。

 

「なんだ、入ってこないのか?」

 

「いや、普通は鍵外したらついでに開けてくれるものだと思うんですけど……」

 

 そうなのか? とナルが聞いてくる。普通はそんなものだ。鍵だけ開けて向こう側で待機するのは普通はない。ないのだが―――開けてくる気配がない。ユーリが若干ジト目になりながら扉へ視線を向け、そして近づく。鍵は開いているので開ける事に問題はない。一息でユーリが扉を開けると、その向こう側には最近では割と見慣れた銀髪、そして黒い私服姿のリインフォース・ナルの姿があった。ただ先ほどまで働いていたのか、猫のプリントがでているエプロンを装着したままで、

 

 アイドルが取る様な可愛らしいポーズをとっている。可愛い。実に可愛い。だけどこう―――見ている方が可愛さで恥ずかしくなってくる。思わずユーリまで動きを停止している。いや……何というか、この場合はどうリアクションすればいいのだろうか。とりあえず動く事も出来ないので光景をガン見しておく。すると、少しだけ困った様子のナルが姿勢を正して首をかしげる。

 

「む? 愛しい者が家に帰ってくる時はこうするのではないのか?」

 

「あ、今理解しました。この人ガチの天然さんなんですね」

 

 貴様アインスの記憶があるならそれから日常を学べよ、と言いたい所だがおそらく知識情報しか共有していないのだろう。ともあれ、ナルの背後、廊下の角から窺うように此方を見る二人がいるのが目撃できる。その二人がナルの背中を見ながら体を半分隠し、呟くのが聞こえる。

 

「どうするのシュテるん。ナル子マジでやっちゃったよ」

 

「流石にガチで実行するとはこの殲滅者のシュテルの目でも見えなかったです。まさかナルがここまでのガチ天然属性の保持者だったとは。しかもあのスタイルと無垢っぽさ、これはバサラ家一の清純派である私のポジションがガリガリ削れて行く気がしますね」

 

「ハ」

 

「待ってくださいレヴィ、今ちょっと本気で私の事を鼻で笑いませんでしたか?」

 

「うん? 僕がそんなことするわけないじゃないか! 家族を疑うなんて節穴のシュテるんは酷いなぁ」

 

「よっしゃ、裏庭に出ろよレヴィ、久しぶりにキレちゃいましたよ……」

 

「その前にキレるのは俺だがな」

 

 わあ、と声を上げながらシュテルとレヴィが逃走開始するので迷わずユーリにゴーサインをだす。ここら辺はクラナガンとは違って魔法の使用許可の出ている地域なので、ユーリが魔力で巨大な腕を二つ生み出し、そしてそれで素早くシュテルとレヴィを捕獲する。何気に物理透過をしているのか壁や扉を一切傷つけていない。二人を捕獲したユーリは此方に向かって視線を向けてくる。瞬間、シュテルとレヴィが口をそろえる。

 

「助けてー! マトリクスはいやぁ―――! 何でもしますから! 何でもしますから!」

 

 あ、これ面白がってネタに走っているな、と理解できるので判決は残酷にする。

 

「だがマトリクスである」

 

「わぁーい!」

 

「ぎゃあ―――」

 

 ユーリが二人を連れて裏庭へと向かう。……たぶん、ナルに俺の事を任せるのはユーリなりのナルへの信頼感の表れだと思う。何せ、連れて来た当初はかなり警戒して戦争でも始まりそうな様子だったからだ。大分軟化してきた態度にほっとしつつ、裏庭から聞こえるザクリ、という音と少女達の悲鳴を無視し、ナルに車椅子を玄関まで寄せる事を頼む。

 

「あぁ、それぐらいは任せろ」

 

 そう言うとナルは背後へと回ってくると車椅子を押し、魔法を使ってそれを家の中へと上げてくれる。そのついでに車椅子のホイールの泥を軽く落とす様に頼み、それも魔法でどうにかしてもらう。ナルが魔法で此方を家の中へと入れてくれると、奥の方からディアーチェの姿が現れる。

 

「何やら騒がしいと思ったがやはり帰ってきてたか。我が槍達は―――あぁ、裏庭でおしおき中。やつらには学習能力というものが全く見えないが何時になったら覚えてくれるのだろうか。我、あ奴らの将来に少しだが不安を覚えるぞ」

 

「流石皆のオカン、達観してやがるぜ……」

 

 何を馬鹿な事を言っているのだ。そう言ってディアーチェは呆れの溜息を吐き出すが、気づけばその手には色々とパッケージングされたものが握られている。それをディアーチェが持ち上げて、軽く振る。

 

「では我はご近所への挨拶周りをしてくるから他の三人の事は頼んだぞ。ナルもそこの無茶してばかりの馬鹿を好き勝手やらせないようにしっかりと見張っておいてもらうぞ」

 

「あぁ、任せてもらう」

 

 俺って信用ないのね、という寂しい呟きは全く無視され、ディアーチェが家の外へと向かう。しかしディアーチェ、ご近所の挨拶にお土産を持参したりと色々と社会系スキルが出来上がっている。もしかしなくとも俺よりも頼りになっているんではないだろうかあの娘。現状を合わせて俺が激しく要らない子になりつつあるような気がする。わ、我が家での何か重要なポジションを確立しないとヒモ扱いされそうな予感がする。

 

「だが負けない、イストさんは負けない。なぜなら住居を提供しているのは俺だからだ」

 

「一体何を言っているんだ。やはり狂っていたか」

 

「やはりって言う辺りお前も相当口が悪いよな」

 

 流石に二階やら三階へと上がるのは手間なので今は遠慮するとして、ナルに家内を少し連れ回してもらう。まずは玄関から始め、そこから繋がるリビングやゲストルームへ、次にトイレやら風呂場を確認し、そしてダイニングやキッチンを確認する。今のこの車椅子生活を想定して俺のベッドルームはどうやら一階にある部屋に決定したらしい―――ちょっと三階の部屋にも興味はあったので残念だ。やっぱ三階建てとか二階建ての家に住むときは上の方の部屋を選ぶのがマンション住まいとしてはロマンの一種だったのだが……まぁ、こうなってはしょーもない。自分一人でどうにかなる事ではないので潔く諦めるしかない。そのまま車椅子を押してリビングへと戻ってくると、家具やらテレビやら、既にそこには見覚えのあるアイテムが置かれている様子があった。引っ越しても結局そう大きく光景が変わるものではない。ただ新鮮な感じはしている。壁紙も真っ白で綺麗な白だ。まだ汚れなどが無い証拠だろう。生活感と共に少しずつこれから汚れるのだろうなぁ、と思い、リビング、テレビに向く様に配置したソファの横で車椅子を止めてもらう。

 

「ソファへ今移すな」

 

「まぁ、待て。これぐらいは流石にできるだろう」

 

 片手でナルを押し留めて何とか自分の力だけで体を持ち上げてみる。実際病院の方では歩くためのリハビリは始めていいと言ったのだ……一日数十分だけだが。だからその要領だ。体を前に傾かせて、足に力を込める。車椅子から降りようとする体の体重は両足にかかり、体を持ち上げる。不安そうに見るナルが後ろ側で車椅子を抑えるのを止めて、前側へと回り込んでくる。大丈夫大丈夫、そう言いたかったがその時点で足が震える。やはり支え無しで立つのはまだきついらしい。そのまま体が横へ倒れそうになるのを即座にナルが抱きしめる事で止めてくれる。

 

 うわぁ、情けない。

 

 女に抱きつかなきゃまともに立つことすらできない現状。ほんと、情けなくて涙が出そうになる。もう残されている涙なんてないのだが。

 

「言っている傍から失敗しているではないか」

 

「うるせぇ。しっとるわ」

 

「降ろすぞ」

 

「あいよ」

 

 ナルが此方の体を抱きしめたままゆっくりとソファへと降ろしてくれる。そして座った所でようやく一息つける。あぁ、今の自分の状況が激しく憂鬱で、そして恥ずかしい。これが勝利の代償だとしたらもう少しどうにかならなかったのだろうか。呪いにしてはちょっと此方の精神をごりごり削り過ぎだ。まぁ、ともあれ、

 

「ありがとよ」

 

「気にするな。受け入れられた家族の一員として、そして何よりお前に惚れると宣言した私個人としてこうやって助けになれる事は幸いだ。あぁ、前よりも遥かに己を感じる事が出来る様に感じているよ」

 

 それは重畳。あの時無茶を言っただけの事はある。ただ、

 

「お前、別に本気で惚れているわけでもなかろうに」

 

「さて、な。私個人からすれば恋愛感情というものと愛する者への接し方というものが良く解らないからな。リインフォース・アインスの知識データはそのままだが、”記憶”データに関しては完全に己の中から削除した。故に解る事はあるが、それが正しいかどうか、そういう判別は一切つかない。故にどう接するか、どう行動するのか、それを自分よりも詳しい者に聞いて判断しているのだが」

 

 その結果がおかえりのポーズであったか。とりあえず念話をユーリへと送ると裏庭から聞こえるシュテルとレヴィの悲鳴のレベルが上がった。実に良い叫びっぷりである。貴様らは少しそこで反省していろ。

 

「デバイス、機械としての私は判断を間違えない。故に自己定義として己をリインフォース・ナル、お前の家族であると言う事でアイデンティティクライシスは回避できる。己の不要性を理解して計算する必要もない」

 

 ならば、

 

「そこに惚れる必要なんてないんじゃないのか?」

 

 ソファの前のテーブルの上にリモコンが乗っていた。それを手に取り、テレビの電源をつける。時間はまだ5時ぐらい、テレビではそろそろドラマが放送される時間帯だろう。たしか”暴れん坊☆ナイト”の放送時間だ。たしか騎士が街のチンピラを片っ端から斬り捨てながら次元世界を渡り歩く話だったか。

 

「ふ」

 

「あん?」

 

 ナルが軽く苦笑する様子に眉を寄せて、その顔を見る。困ったような表情から笑みを浮かべると、ナルは真直ぐこっちを見る。

 

「私が惚れたいと思ったんだ。悪いか?」

 

「やだイケメン」

 

「ぐぎぎぎぎ―――清純派ポジションが」

 

 何時の間にか部屋の入り口から中を覗いているシュテルがいるがお前はもうそれを諦めろ。最初からそんな路線は全くなかったのだから。

 

 まぁ、ともあれ。

 

 引っ越しも終わらせたことだし―――そろそろ会わせなきゃ駄目だろうなぁ、と放送を開始するテレビを見ながら思う。




 やだイケメン。


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ショート・パーティー

 ピンポーン、と呼び鈴の音が家の中に響く。壁にかけてある時計を確認すればもうそんな時間かと、軽く時の流れの速さに驚く。最近は特にごろごろまったり過ごしているので時間の経過がかなり早く感じる。どうも楽しい時間は早く進むようだ。今日一日は少し姦しくなるだろうなぁ、と思いつつユーリに扉を開けるように頼む。二つ返事でユーリが玄関へと向かい、その間にリビングを確認する。しっかり掃除されているし、テーブルの上にはお菓子やら飲み物も用意してある。まぁ、軽く人数が集まる訳だしこれぐらいは用意しておいた方がいいだろう。振り返ればシュテルは何時も通りだが、少しだけワクワクした様子のレヴィと、そしてキッチンに立つディアーチェの姿が見える。口数少なく、若干そわそわしているようにも見える。唯一、ナルだけが落ち着いた様子を見せていた。流石自分を除いた最年長というべきなのだろうか。―――あ、待て、記憶情報は全て破却しているからコイツ一番記憶年齢は最低だ。駄目だ、他の娘共が末っ子に負けている。

 

「はーい、今開けますよー」

 

 ユーリの声が玄関の方から聞こえる。カチリ、と鍵の開く音が静かなリビングにまでも響いて来て、そして扉の開く音がする。予想していた人物たちが来たのだ。直ぐにその騒がしい気配が家の中へと入ってくるのを感じて、少しだけ頬を緩めてしまう。見知った気配と声だ。

 

「ういーっす、遊びに来たよヒモ先輩ー」

 

「なのはちゃん、真実でも言っちゃあかん事があるで」

 

「なのはもはやてもいくらなんでも遠慮なさすぎないかな……?」

 

 そう言って聞きなれない声が混じってくる。今のは一度だけ会った事がある―――フェイト・T・ハラオウンの声だろう。そしてそれに続く様に喋るのが、

 

「そうですよはやてちゃん! 親しき仲にも礼儀あり、ですからね!」

 

 リンフォース・ツヴァイ、”正式”なリインフォース・アインスの後続だ。本当の意味での夜天の書の統制人格で、ナルの様に書とは別物にされていない、正しく夜天の書の統制人格としての後継。ちらりとナルの方を見るが、そう……彼女にはアインスとしての記憶は一切存在してはいない。あるのは知識だけだ。だがそれを見せるような仕草はない。まぁ……大丈夫だとは思う。少なくとも一番大丈夫じゃないのは自分だ。この数ヶ月、退院してからはなのはにあってなかった。だから、

 

「あ、先輩どうも」

 

「よっ、なのは」

 

 片手を持ち上げて挨拶すると、遠慮なくなのはが近寄って手を握り、そしてにぎにぎと握力を確かめてくる。本当に遠慮のない様子にリビングへとやってきたフェイトはぽかーん、とした様子を見せ、はやては見守っている。ツヴァイは―――小さくて姿が見えない。

 

「ちょっと全力で握ってみてよ。ほら、握力ないんでしょ? 先輩、ちょっと全力で私の手を握ってみてよ。ほらほら」

 

「お前死体蹴りやめろよ。俺の繊細な心が折れたらどうするんだ」

 

 そう言うとなのはが笑みを浮かべる。

 

「大丈夫、心が折れた場合のサポートはそこの肉食獣に放り投げるから。私のクローンならたぶん想像通りの行動に出るかなぁ、と思うんだ。遺伝子的には私と似た様なものだし」

 

 振り返ると全力でサムズアップを向けるシュテルがそこにはいた。本来なら全力でデコピンでも叩き込みたい所だが、横に立っているレヴィが軽くシュテルに電気を流し込んでいるのでそれでいい事とする。少しぎこちなく、遠慮した様子でフェイトがリビングに入ってくる。車椅子を動かす事は出来ないのでなのはが退いて、前にフェイトが立つ。

 

「えっと、覚えているかどうかは解りませんけどお久しぶりです」

 

「なのはのダチならプライベートだし言葉に気を使う必要はないよ。気軽にイストって呼んでくれ。まあ、こんなナリだがよろしく頼むわフェイト」

 

「はい……いや、うん。よろしく」

 

 手を伸ばしてフェイトと握手する。そして次にやってくるのがはやてで、別に握手する必要などなく、手を上げて互いにそれを叩きあう。いえーい、とついでに言ってしまう辺り、俺達は結構キャラ的に相性がいいんだろうと思う。そしての後ろからやってくるのは一人だけ姿が小さい、ユニゾンデバイスのリインフォース・ツヴァイだ。その小さな体でちょこっと此方の指先を握り、

 

「はやてちゃんが何時も世話になっています」

 

「いやいや、気にするな。悪友が増えたようなもんで楽しいよ」

 

 はやてが”アレ”なのにこっちは割と真面目なのはリインフォース共通の所なのだろうか。ともあれ、此処に来てもらったのは勿論彼女たちを対面させるためだ。―――まあ、まずは一歩ずつ、という所だろう。焦ってもしょうがない。

 

「それぞれ話し合いたい相手もいるだろうし、好き勝手やってくれ。その方がお互いに色々と楽だろうしな?」

 

 クローンとオリジナルの交流会が開かれる。

 

 

                           ◆

 

 

 と、いう事になると普通に一般人である自分は弾かれる。予想通りなのははシュテルへ、フェイトはレヴィへ、そしてはやてはディアーチェへ、リインフォースはお互いで交流し合っている。そこでなんでもなく、ぼっちになるのがユーリである。故に部屋の隅っこで邪魔にならない様に何時の間にか俺とユーリは存在した。他の四組が楽しそうに談笑する中、何故か俺達だけが疎外感を感じている。

 

「解せぬ」

 

「解せません。一応私だってなんとなくそんな感じに暗い過去を背負ったマテリアルズの一員というか、唯一デバイスなしでも焦土作戦を行える最強設定のはずなんですが。あ、ちなみに自爆すると中身がハッスルしすぎて凄い吹き飛びます」

 

「ツッコミを入れるのが面倒だから簡潔に言うけどさ、運が悪かったと思って諦めようぜ」

 

「解せません」

 

 むーん、と少し寂しく感じながら端っこで二人で過ごしていると、此方に気づいてやってくる二人組がいる。おそらくこの場で最も残念でもっとも容赦がなく、そして最も遠慮のない二人組―――つまりシュテルとなのはのコンビ。その手に飲み物を握り、こっちへと接触してくる。ちーっす、と言って近づいてくる辺り、なのはも大分隊の芸風に慣れたなぁ、というか染まったと思う。

 

「まあ、お前ら元々顔見知りだもんな」

 

「ですね。オリジナル……いえ、なのはとは個人的に話し合ってみると色々と話の合うところがありますし、個人的にクローンのあーだこーだは激しくどうでもいいんですよね。クローンだから子供産めないとか言われたら今すぐブチギレて自己改造する所なんですが」

 

「やだなんて男らしいのこの子」

 

「ふふ、惚れてもいいんですよ」

 

「あ、それとこれとでは話が別なんで」

 

 シュテルが舌打ちをしながらこっちを睨む。そんな事をしているからイロモノ扱いされているとこの少女はちゃんと理解できているのだろうか。……いや、たぶん理解してやっているんだろう。ただ引っ込みがつかなくなっただけで。キャラ転換は数ヶ月、ゆっくりやれば無理ではないぞ、とシュテルに視線で知らせるが、

 

「今更悔い改める気はありません」

 

「だからシュテルは駄目なんですよ」

 

 ユーリとシュテルの戦争勃発。なのはが苦笑しながら背後へと回ると車椅子を押して紛争地帯から退去する。頬を引っ張りと可愛らしい戦いを繰り広げている二人から離れて、別のグループへ、フェイトのグループへと向かっているのが解る。まあ、否定する理由もないのでそのまま動かされていると、やがてレヴィとフェイトの会話が聞こえてくる。

 

「で、フェイトは執務官試験落ちちゃったんだ」

 

「うん、去年の事なんだけどね。これで二度目だから物凄く落ち込んじゃって一時は執務官諦めようかなぁ、なんて思ってたりもしたんだけどそれじゃあ駄目だってみんなに言われてもう一度勉強し直しているんだ」

 

「うんうん、僕のオリジナルが執務官試験程度で諦める筈がないよ。僕らの人生の難易度と比べれば明らかにヌルゲーってレベルなんだろうし!」

 

「そ、それを言われちゃうと何も言い返せないよ私……」

 

 レヴィ、笑顔でフェイトを援護しているように見えるが地味に攻撃している。やり方が物凄く陰湿だ。近づきながらレヴィの小さなジャブに苦笑し、思う。この子はシュテルとは違ってオリジナル……フェイトに対する軽い対抗心、みたいな意識を持っているのかもしれない。

 

「フェイトちゃん、駄目だよ」

 

「なのは」

 

 味方を得た、そんな表情でフェイトは振り返るが、

 

「そこは”知った事か”って答えなきゃ」

 

「そうやってどうでもいいって言っちゃ駄目だよなのは! それは流石に酷すぎるよ!」

 

 なのはに対して必死にツッコミを入れるフェイトの姿があった。これがあの金色やら、閃光やら、死神と呼ばれている魔導師の普段……いや、友達に見せる姿なのだろう。何やらものすごく情けなく感じる。いや、なのはのキャラが濃すぎるというのが原因なんだろうが。

 

「なんか私生活が壊滅しているタイプだと見た」

 

「ほぼ初対面なのに容赦ないですね!」

 

「あ、でもフェイトちゃん私生活は基本的に駄目なんだよ」

 

「なんでそれを言っちゃうの―――!?」

 

 フェイトがうわぁ、と声を上げながらなのはの口を止めようと慌てるが、まあまあ、とレヴィが後ろからフェイトを捕縛する。というか何気に綺麗に俺の関節技を決めている。それでもフェイトが若干焦った様子でじたばたしているのでその様子は面白い。流石親友、フェイトの弱点は知っているし、それを容赦なくバラすようだ。あの純粋無垢でツッコミをいれてたなのはちゃんの面影はもう完全に死んでいた。

 

「フェイトちゃん下着結構脱ぎっぱなしだし料理は出来ないからアルフ任せだし、ベッドには着替えないまま―――」

 

「うわあああああ―――!!」

 

「これは憧れの魔導師像一気に崩れるな」

 

「というかガチで容赦ないなぁ」

 

 そう思うんだったらレヴィは関節技からフェイトを解放してやるべきだ。その後もなのはの口から語られるフェイトに関する驚愕の真実の前に、軽くドンビキしているとフェイトが轟沈し、静かに床に沈む。そうなってからようやく解放したレヴィはツンツン、とフェイトを突く。

 

「そっとしておこう」

 

「お前は親友に恨みでもあるのか」

 

「特にないから楽しいの」

 

 コイツ本気で嫌な進化の仕方したなぁ、とは思うが矛先が此方へと向かない内はまぁいいやと思う。基本的にコイツがこうなる様に色々と教えたのは俺だ。だとしたらもうこんな感じの少し鬼畜でいいんじゃないかなぁ、と思ったりもする。まあ、レヴィがフェイトのフォローに回り始めているのでなのはがこっちを押してそっと離れてゆく。

 

「反省はしない」

 

「もうそれでいいよ」

 

 なのはに関してはこれでいいとして次に近寄ろうと思うのはリインフォース達だ。位置的にも近いが、

 

「流石に野暮だよね、こっちは」

 

「だろうな」

 

 ナルとツヴァイで語り合っているのはたぶん、己の事だろう。そしてそれはたぶん、俺達が土足で踏み込んでいいような領分ではない。静かに、だけど笑みを浮かべて話し合っている二人の様子は……そう、どこか救いがあるようにも思える。違う、とはいえ本来は出会わなかったはずの二人だ。だから、

 

「キッチン邪魔しようぜー!」

 

「おー! つっまみぐい! つっまみぐい!」

 

「貴様ら堂々とそう言いながらやってくるのは止めんか」

 

「あ、ちなみにこれサンプルな」

 

 はやてがキッチンの上に置いてある皿の上から何かを取ると、それを此方となのはの口の中へと入れてくる。スライスされたトマトの上にチーズと、そして……あー……駄目だ。長い間台所から離れすぎて分析が甘くなっている。

 

「これ、地球の料理でカプレーゼっていうんよ」

 

「軽く話し合ってみたら材料もあるし、趣味も合うし、話も合うからな。軽く作ってみたぞ」

 

「このできる女感と比べてあのフェイトである」

 

「フェイトちゃんを苛めるの止めてあげようよ! 始めたのは私だけどね!」

 

「何故その様子で貴様らの間に友情があるのかは―――あ、いや、大体ウチと似た感じか。うむ、そうとなると実に良く理解できる。今までただのキチガイだと思っていたがそうでもなかったようだ。失礼だったな」

 

「ホントにな!」

 

「仲がええなぁ」

 

 そう言うはやてに頷いておく。仲が良くなきゃ今まで暮らしていけてないと。……まあ、そこにはここの思惑やら色々あるんだろうが、何とかこの六人で家族としてやっている、やっていけているのだ。もう、隠れてこそこそする必要はない。これはまだ小さな一歩だが、少しずつ友人や知り合い、仕事仲間を増やせばいい。

 

 少しずつ、狭かった世界を広げて行けばいい。

 

 だから、

 

「……ありがとう」

 

「うん? なにか言った?」

 

 なんでもない、と言って笑う。やっと、こうやってクローンとかオリジナルとか、そういう垣根を越えて笑えるようになったこの時に幸いを感じながら。




 オリジナルと会いました、それだけの話。


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ユニゾン

 紅葉していた葉が散り、空が明らかに冬の色をし始める頃の裏庭の中央に自分とナルの姿がある。他の連中は家の中から眺めていたりテレビを見ていたりと、結構好き勝手にやっている―――まあ、それでいいのだが。ともあれ、この時間になって裏庭でやる事は一つしかない。何時も通り車椅子のアームレストに乗せていた腕に少しだけ力を込める。と言っても、もうこの腕に力が入る事はない。だから一種のポーズだ。これから頑張るぞ、という。本当に力を入れるのは上半身ではなく下半身の方だ。もう両腕に関しては切り落として義手にでもしない限りどうにかなる見込みはない。それは医者の判断であり、そして多少の医学的知識を持っている自分の見解でもあった。だが体の他の部分は無理をしただけだ。そしてその負荷が体を多少ボロボロにしているだけだ。だからこっちはまだ治療できる。回復魔法と併用すればたぶん、予定よりも大幅に早く。

 

 だが結局の所人間の持っている生きるための、回復の力と言うものは凄い。そして魔法はそれを無理やり加速させているようなものだ、自然とは言えない状況だそれは。故に、できる事であれば魔法を使わず、本来の治癒の力で自然に体を直した方が何倍も健康のためにはいいのだ。折角の長期休暇の様なものだ―――娘達と平和な時間を過ごすためにも急いで治す事は完全に止めている。

 

 だから、この一日一回のリハビリ時間も体に無理をしない様にそう長いものではない、無理をやっているわけではない。毎日少しずつ、少しずつ前進するためにやっている。こっちへと引っ越してきた数ヶ月、このルーティーンにはもう完全になれた。下半身に力を込めて両足を地面につける。そこで体が倒れないように気をつけながらバランスを取り、両足で大地に立つ。少しだけ心配そうに前方でナルが此方の様子を見ているが、片手を出して大丈夫だ、こっちへ来るなと示す。それを受け取ったナルが動かず、ゴール地点で此方の事を待ってくれている。だからまず、ゆっくりと、牛歩の如く一歩、ゆっくりと前へ踏み出す。

 

 まだ園児の方が早く歩ける。そんな速度だ。だがそれでもちゃんと一歩前へ進めるのは数ヶ月前までとは大きな違いだ。なぜなら立つことすらできなかった時期と、そして歩く事が出来なかった時期が存在するからだ。今でも別に自由に歩き回れるわけではない。それでもこれは意味ある一歩だと思う。だから二歩目を踏み出す。まだ大丈夫。バランス感覚は全く衰えてはいない。足の筋肉は……少しだけ、自堕落な生活を送っているので落ちてきている。だけどこれぐらいならまた鍛え直せば追いつく範囲だ。魔法は本当に便利だ―――その魔法の力に頼り切らず、溺れず、そう生きて行くのが今の時代の課題なのかもしれない。

 

 ともあれ、三歩目を踏み出す。ゆっくりとだが、ようやく普通に歩けているなぁ、と軽い達成感が自分の中にはある。これは普通に歩ける人間には決してわかるものではないだろう。当たり前の事が出来ないストレス、そしてそれをできる人間に対して感じる苛立ちというものは誰にだってある―――まあ、大人を自称しているのでそこらへんは絶対に見せないし感じさせることもない。

 

 だから四歩目を踏み出し、五歩目を踏む。一気に二歩歩けた。楽しい。普通に歩けることが楽しい。この調子では走る事にはまた時間がかかりそうな予感がするが、それでも少しずつだけ前進すればそれでいいのだ。無理をする理由なんてどこにもない。だから、もう少し甘えていよう。

 

 そんな事を考えながら六歩目を踏み出す。

 

「大分冷えてきたなぁ」

 

「寒いなら私が体で温めますよ」

 

 裏庭の横から歩行練習を見ているシュテルがニヤリ、と笑みを浮かべながらそんな事を言う。

 

「そんなものはいらないからお茶でも淹れてろ」

 

「あと何年その強がりが持つのか実に私は楽しみです」

 

 襲い掛かってくるのではなく襲い掛かられる事を待っているからこいつら怖い。逃がす気は欠片もないという事を感じる。まあ、拾ってきたお父さん的心境としては正直な話、もっと外側へと視線を向けてほしい。今の状態だと内側へ、身内にしか視線を全く向けないところがある。正直な話で言えばその好意は嬉しい。そりゃあ可愛い女の子に好かれて嫌がる様な男はホモでもなければいない。だが自分からすれば相手は幼いし、そして外にはもっと出会いがある。そういうあり得る可能性を無視して此方だけ見続けるのは人生を勿体なく過ごしているのではないか、と思う。

 

「よ、っと」

 

 少しだけ崩れたバランスを整えようとしながら次の一歩、七歩目を踏み出す。ここまで来るのに大分時間がかかったなぁ、と既に戦いが終わってから経過している数ヶ月を思い返してみる。入院生活に引っ越しに新しい職業の説明に交流会……ほんと、たった数ヶ月色々と会ったものだと思う。

 

「お、っと」

 

 バランスを整えようとした端から再びバランスが崩れる。どうやら体が前の方へと傾き始める。だがゴールはもう目前だ。少しだけ気合を込めて、大股で前へと踏み出す。バランスが余計に崩れるが、それでも前へと進む事は出来た。前に向かって倒れそうになるが、そのまま急いで次の一歩を踏み出す。十歩目、つまりゴールだ。目の前にはナルが立っている。だからそのまま彼女に倒れ込む様に力を抜いて、ゴールだ。倒れそうになる此方を正面から抱いて受け止めて、ゴール。

 

「ぐぬぬぬぬ、私もあんなポジションでおっぱいゴールとかしたいです」

 

「その為にはもうちょっと背と胸が必要なんじゃないかなぁ、シュテるんは」

 

 ナルの胸から顔を持ち上げて視線を横へと逸らせば胸を張るレヴィの姿と、そして己の胸を見比べるシュテルの様子がある。そしてそれから視線を此方側、ナルへと向けてから再びシュテルへレヴィの方へと視線を向ける。

 

「しょ、将来性ありますし……!」

 

「声が震えてるねシュテるん! あ、僕はバストアップ体操をユーリや王様と一緒に毎朝やってるから」

 

「裏切りましたねレヴィ―――!!」

 

 譲れない戦いがそこにあるらしい。レヴィが逃げ出し、シュテルがそれを追いかける。レヴィもシュテルも割とガチな表情で走り回っているが、その光景が微笑ましく感じるから嫌だ。―――つまり微笑ましく感じるぐらいには日常的な光景なのだ。相変わらずあの赤と青は仲がいい。今日はどこまで走るのだろうか、何て思いつつも今の状況を思い出す。……そういえばナルに抱きしめられたままだな、と。

 

「そろそろ車椅子まで運んでくれないか?」

 

「これでも私なりに精一杯勇気を出して誘惑しているつもりなのだがそっけないな」

 

 そう言ってナルは少しだけ力を込めて、体を寄せてくる。ぐいぐい、と自分の体のそれが凶器であることを理解して見せつけるように押し付ける。おぉ、柔らかい、何て言葉が喉にまで浮かび上がるが、即座に頭から追い払う。それを認めて口に出してしまえば何か色々と抑えきれなくなりそうな気がする。だから鋼の精神を持って理性を保つ。少しだけ困ったような声を出しながら、

 

「いや、お前少しストレートすぎないか?」

 

「言っただろう? お前に惚れたいと。だから、ただの女として持てる愛情の全てをお前へ向けて、捧げているんだ。お前から感じるこの温もりを感じ続けたいと思う事は悪い事なのか?」

 

 そう言われてしまうと本当に何も言えない。あの時、こいつにこんな逃げ道を与えてしまったのは自分だ。まぁ、正直に言えば美人にここまで情熱的な言葉を貰うのは男としてはやぶさかではない―――ただこんな風に彼女を少し、歪めてしまった事に対する責任は感じている。普通に見れば真直ぐ恋に、愛に生きている女性のように見えるだろう……だがその本質は違う。第一の前提としてリインフォース・ナルが人の姿であるが、デバイスであることを忘れてはいけない。

 

 まあ……他の誰かにはどうでもいい話だ。自分にだけは意味のある話だ。だから、ナルに関しては軽いが、それでも負い目がある。そんな事もあっておいそれと簡単に思いに応える事は出来ない。まあ、簡単に行ってしまえば言葉を選んで、それを理由にヘタレているのだ。そんな事を言っていられる環境でもないのに。だから、まあ、これぐらいはサービスで黙っている事にする。そうしているとナルが機嫌良さそうにふふ、と声を零しながら微笑む。

 

「だがそこまでです」

 

 裏庭へと通じる窓を大きく開けて、腕を組んで立つのはユーリだった。その状態から両手を持ち上げる様な自称・砕けないかもしれない闇のポーズを決めながらユーリが宣言した。何気にその背後には炎の翼の様なものまで出現している。それは明らかにユーリ・エーベルヴァインが戦闘態勢を示すためのものだ。だからそれを眺め、言う。

 

「ご近所の迷惑になるのでそれはしまいなさい」

 

「あ、はい」

 

 ポーズを解除しないまま、ユーリが背後の翼だけを消す。そのポーズ気に入ってるのかなぁ、なんて思った直後にユーリがポーズを解除し、ナルへと向かってビシ、何て擬音が付きそうな勢いで指をさす。

 

「羨ましいです!!」

 

「ナル、そろそろ車椅子へと戻してくれよ。リハビリ続けたいし」

 

「仕方がないな。名残惜しいが一旦放すとしよう。まあ、私の抱擁が頑張ったご褒美だと思えば多少やる気も増すだろう」

 

「あ、軽く無視された。ちょっとショックだけど大体こんな感じですよ、我が家での流れって」

 

 解っているならお前なんでネタを振ってきたんだ―――と聞くのは野暮だろう。というか大体の行動がノリとテンションとネタが原因なので何故やった、と言っても確実にノリで、という答えしか返ってこない。だから追及するだけ無駄なのは自分も割と同じ性質なのでしない。

 

「では戻すぞ」

 

 等と言いながらこっちを持ち上げて運ぶ形はお姫様抱っこだ。実に男らしい。シチュエーションがこれはやはり逆ではないだろうか。こう、男がやってもらうのではなく女がやってもらうから良い絵になる訳で―――あぁ、またヒロイン属性があがって行くような気がする。バレたらまたなのはにからかわれる。いい加減休みの日にネタを振る為だけに来るの止めないかアレ。

 

 ともあれ、車椅子の上へと戻される。大分使っているせいかこの車椅子も結構座り慣れたものだと思う。この背中と腰への安心感、間違いなく自分の車椅子だと解る。アームレスト部分のコントロールもスプーンが震えずに持てるぐらいには握力が戻ってきているので、ギリギリ動かす事が出来つつある様になっている。あと少し、あと少しリハビリを進めれば一人での外出も可能になってくる。そう思うと心が少しウキウキしてくる。

 

「そう言えば」

 

 と、ナルが離れようとしたところでユーリが首をかしげる。

 

「ユニゾンしてみました?」

 

「……あ」

 

 そういえばユニゾンデバイスだった。その事実をすっかり忘れていた。デバイスであることは覚えていたがユニゾンができるという事実はすっかり忘れていた。何せ、戦闘でユニゾンする機会を一度も目撃してないからだ。それ、ユニゾンデバイスとして正しいのか、何て考えが浮かび上がってくる。

 

「そういえばユニゾンできるのお前? イングとユニゾンする所は一回も見なかったけど」

 

「出来るぞ。適性は高かった方だしな。ただお前には披露しなかっただけでユニゾンして追手を迎撃した事は何度もあったぞ」

 

「なんという解りやすい悪夢」

 

 勝てるビジョンが全くと言っていいほど思い浮かばない。イングは最初から最後までデバイスなしの状態で戦っていたのだ。それでなのはを戦闘不能にさせていたのだからかなり頭がおかしい。それにユニゾンのできるユニゾンデバイスを追加したら色んな意味で頭がおかしくなる。つまり全体的に見て頭がおかしい。

 

 ナルが腕を組む。

 

「というか一通り全員の適性を調べているぞ」

 

「おぉ」

 

 ユーリと共に声を揃える。ユニゾンデバイス。それは一種のロマン、そして憧れ。どんなデバイスでも手に入るのであれば何が欲しい? そう問われれば間違いなく返ってくるのがユニゾンデバイス。人間よりも優れた思考能力を持っているのにほとんど人間と変わらない内面、そして主を一気にブーストするユニゾン能力、様々な方面、分野で役立つユニゾン! ……美少女の姿で作れるんなら誰だって欲しいわそりゃ。故にユニゾンできる事実をすっかり忘れていたユーリと共に声を漏らす。

 

「ちなみにダントツで相性による適性が低いのはユーリだ」

 

「あー、私体内にロストロギアありますし、たぶんそれが原因だと思います」

 

「そういやぁそれ、管理局に報告してねぇ」

 

「面倒ですしこのままでいいですよ」

 

 そうだな、と納得すると次にレヴィとシュテルが適性が低いとナルが言う。この二人とは何かが阻害しているとかではなく、純粋に相性や適性が悪いらしい。これをあの二人が聞いたら落ち込みそうだなぁ、何て思っていると未だに己の名が呼ばれていない事に気づく。

 

「アレ、俺意外と適性高い?」

 

「いや、最高値だ。まるで”そういう風に作り出された”かのように最高をマークしている。次点で来るのはかなり高い適性でディアーチェだ。此方は八神はやての細胞をモデルにして作られているのだから当然と言えば当然、というのが感想だがな」

 

「良かったですねイスト、愛されている才能もあったようですよ?」

 

「こんな体になってから発覚するというのもまたものすごく皮肉なもんだと思うけどな」

 

 ……才能にギリギリの所で嫌われたのかと思っていたが、そうでもなかったらしい。まだ魔導師らしい才能はあったようだ。その事にちょっとだけ喜びを感じるが、同時に悲しさをも感じる―――何かがあればナルを巻き込む理由になってしまうからだこれは。

 

「ためしにユニゾンしてみるか? 適性が高すぎる故にユニゾン中に色々あるが」

 

 たしかにユニゾンは一度は経験してみたい事だが、

 

「今色々あるって……」

 

「魔導師とデバイスが融合しているのだぞ? 適性が低ければ上手くいかず、高ければ上手くいき”すぎる”。そうなった場合発生するのは融合事故時の被害緩和やユニゾン中の思考、感情の共有、デバイス側の特徴がロード側に濃く出る……まあ、それぐらいであろうか」

 

 それを聞いて少し安心する。まあ、それぐらいなら全く問題ない。何せ読み取られる思考も感情も何も恥ずかしいものはない。車椅子から起き上がれないのは非常にアレだが。ともあれ、そうと決まれば早い。

 

「いっちょ試してみっか!」

 

「おぉ! ちょっと待っててください、今タスラム持ってきて録画させますので!」

 

 ユーリが凄まじい速度で家の中へと戻って行くと、リビングのテーブルの上に置いてあるタスラムを回収し、そして録画モードを起動させる。正直そこまでするイベントなのだろうか、と思いつつも少しだけ緊張し、ナルを見る。

 

「さ、さあ、やるぞ!」

 

「緊張しているのか? 安心しろカラダの相性がいいのは解っている、緊張せずにそこに座っていればいい」

 

 何故こんなにも発言が乙女らしくないのだろうか我が家の連中は。まともな乙女とはいったいなんだったのだろうか。ともあれ、ナルにそう言われたので短く息を吐き出し、ナルを見る。タイミングを確認する必要もなく、言葉は不思議と重なった。

 

「―――ユニゾン・イン」

 

 ナルの姿が此方の中へと溶け込んでくる。その存在を受け入れながら目を瞑ると―――自然と彼女の思考が此方へと流れ込んできた。それはシンプルに、そして強烈に強い感情と共に此方へと流れ込んできた。

 

 ―――愛している。

 

 そして、

 

 愛している。好きだ。貴方を愛している。貴方の全てに恋をしている。貴方の全てに惚れている。貴方に私の全てを捧げたい。貴方と一つになりたい。貴方の為に生きたい。貴方を愛している。愛している。愛している。愛している。愛している。愛している。愛している。愛している。愛している。愛している。愛している。愛している。―――私の血肉の全てで、貴方を愛している。

 

 彼女の思考の中身を覗き込んで理解した。彼女は間違いなく本気で、デバイスの全機能としてそう思い、そう判断し、そう信じている―――狂う程に一途。故に思考できる事はこれだけ。

 

 ―――どうしようこれ。凄い恥ずかしい。

 

 頭にはそれしか言葉が思い浮かばなかった。




 純愛枠その2。ナルさん。イケメンに見えたデレデレ。かわいい。ユニゾンで一つになれるので圧倒的勝ち組。ユーリ+ナルという究極生物はなかったんや……。


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フォー・ラヴ

「―――おかしい」

 

 その声の主へと視線を向ける。リビングの中央で掃除機を手に動きを止めている銀髪姿の女性がいる。現在イスト・バサラのデバイスとして登録されている融合機、リインフォース・ナルだ。様々な過去と経歴があるが、それでもここへ、この家族へと最近おさまったのが彼女だ。最初は警戒していたりもしたが、それでも必要ないと判断してからは割と馴染んできていると思う。そんな彼女が掃除機の手を止めて立っている。彼女がそうやって悩むような様子を見せるのは初めてだ。何せ、彼女は女、人間としての理性と知性を持っているが、その判断能力はデバイスをベースにした珍しい存在だ。故にリインフォース・ナルの判断は絶対的に正しい。間違えない。それ故に奇策の類に弱かったりもするが、日常生活ではまずありえない言葉だと思う。だから悩む様に立っている彼女の姿を見て純粋に驚かされる。

 

 キッチンからリビングにいるナルへと声をかける。

 

「どうしたナル」

 

「あぁ、ディアーチェ。少々……いえ、どうにも腑に落ちないところがある。おかしいと断言できる事があるのだ」

 

「ほう、貴様がそう言うとは」

 

 中々面白い事になっていると思う。本来こういう事は自分ではなくイストの領分だと思う。あの男、ああ見えてかなり話術は高い。話を誘導したり上手く聞いたり、そういうスキルが発達している。やはりそこらへんは年齢や経験の差、そしてそういう事に長けた人物が傍にいたのが大きいと思う。だから本来はイストの役割だと思う。だが、その本人は現在、家の中にはいない。誰かを連れて外へと出たわけでもない―――イストは一人で出かけているのだ。ついに一人で車椅子を操作できるだけの握力の回復に成功したイストは最近良く外へと一人で出かけている。そして今日もまた、そういう事で外へと出かけていて家にいない。だから本来任せるべき人物がここにはいない。

 

 だから……まあ、此処は普通に自分の出番じゃないかなぁ、と思う。平時だと家の家事やっているだけの娘だが、こう見えても自分は王だ。そして”王”という事は普通の人間である事とは違う。エグザミアを効率よく運用する事や軍事、政治、経済に関する知識は基本、”王”という存在に対して必要な知識は全て揃っている。他の人間ができる様な事であれば大抵何でもできる。上に立つ者は下の者を理解しなくてはならない。されど、人間であってはならない。王とはまた別の種族だ。……まあ、平時だと今の様に投げ捨ててしまっているのだが。

 

 ともあれ、我が家のアイドルというか大人気ヒロインが外出中の今、まともに話を聞いていられるのは自分だけだ。シュテルもレヴィもユーリも割とハメを外している感が強い。というかスカリエッティの死亡を確認してからハメを外しまくっている。だからあの連中に相談だけはいけない。

 

「いいだろう。この我が話を聞いてやろう」

 

 磨いていたグラスを棚へ戻し、こいつでも判断のつかない事はあるのだなぁ、と思考しながらリビングで立ち尽くすナルを見る。悩んだ様子で、ナルは腕を組んで胸を支え、そして軽く首をかしげる。

 

「―――私、イストに避けられているような気がするのだが……勘違いか?」

 

「あかん……!」

 

 即座に自分一人ではどうにもならない問題だと把握した。あぁ、うん。駄目だこいつ。そんな感想が今の発言で思い浮かぶ。本当にこいつ駄目だ。即座に念話で家内のあちらこちらでくつろいでいた他の家族の面々を招集する。今回は緊急事態だった。これは完全に自分一人の手には余る事だった。たとえ他の三人が全くのダメダメであったとしてもこの状況では彼女たちの存在が必須だった。

 

「雷刃の襲撃者、参上!」

 

 ソファを飛び越えるようにレヴィが出現し、

 

「星光の殲滅者、参上しました……!」

 

 何時の間にか天井に張り付いていたシュテルがシュタッ、と華麗に着地し、

 

「あ、ディアーチェ呼びましたー?」

 

 階段からとことことユーリが下りてきて登場する。激しく何時も通りのオチだなぁ、と納得しながら三人を見渡し、そして頷く。視線をナルへと戻し、再び自分へと言った事を言う様に催促する。ナルはその言葉に首をかしげるが、再び口を開く。

 

「―――私、イストに避けられているような気がするのだが……勘違いか?」

 

 本当に声の感じそのまままでリプレイした事実はこの際どうでもいい。問題なのは彼女の発言と彼女の無自覚さ。シュテル、レヴィ、ユーリと三人の顔を見て、そして頷く。

 

「一、二の……三、はい」

 

「あかん」

 

 声が揃った。―――ものすごい久々となるが、バサラ家緊急会議の出番であった。

 

 

                           ◆

 

 

 ダイニングテーブルの周りに全員が着席していた。良く状況を理解していないナルだけが困惑した様子だったが、自分を含めたそれ以外の全員が神妙な面持ちで座っている。このデバイス―――いや、この女は自分のやった事と、そしてその結果を把握していない。理解していない。その為にこんな事が起きているのだ。鈍感、ではなく思考の違いだ。だからこれは教えなくてはならない。だから、

 

「ではナル、改めて問題を言うのだ」

 

「……? だからイストが最近私を避けている様に感じるかもしれないのだが」

 

「ギルティ」

 

「お静かに」

 

 シュテルの素早いギルティ宣言にレヴィがツッコミを入れる。最近ユーリかレヴィじゃなければシュテルの抑えが利かなくなっている。自分も少々ツッコミ技術を研鑽した方がいいのかもしれない―――いや、そういう事ではないだろう。それよりも大事なことがある。とりあえず、

 

「いいか、ナルよ。我がまずは答えを出してやろう―――良く聞け」

 

 一息ついてから”まず”はナルに対して答えを言い渡す。

 

「―――イスト・バサラはお前を意識しだしている」

 

「ぐぎぎぎぎぎ」

 

「お静かに」

 

 シュテルの芸人根性はこの際無視するとして、そう。問題は実にシンプルなのだ。イストがナルをちゃんと異性として意識している。それだけなのだ。それだけなのだが、それを認識しない事が問題なのだ。つまり思考形態の違いなのだ、この問題は。だからそれをナルへと指摘したとして、今のナルは首をかしげる事しかできない。

 

「……? それの何が問題なのだ? 私は彼を愛している、全力で愛すると決めた。故にその結果として此方を見てくれたのだ―――それで十分なのではないのか?」

 

 だからあかんということになっている。そう、デバイス。デバイスと言う部分がリインフォース・ナルという存在の根幹である事に間違いはないのだ。アインスの記憶を消してしまったから覚えていない、学習していない、機械としての判断なのだ。いうなれば人間としての判断ではありえない判断だ。デバイスとは”仕える”存在なのだ。己の全機能で主を助け、そして支えるのがデバイスという存在だ。ナルは融合機、ユニゾンデバイスだ。故に大量の知識と”経験”から学習したリインフォース・アインスと違って、”経験”の存在しないナルはデバイスとしての機能で判断しなければならない―――人間として判断するには経験が足りな過ぎるのだ。故にナルの判断は”献身”である。

 

 捧げる愛。見返りを求めない愛。ただ捧げるだけ。捧げて捧げて捧げて捧げるだけ。己という存在の全機能を相手の為に捧げる事。相手と一つになってそれを動かす歯車となる事。それがリンフォース・ナルが機能として判断してしまった事だ。

 

 ―――子供の恋愛だ。

 

 それがイストを困らせている。

 

 スタイルはいい、性格良し、家事万能。女としては羨ましいばかりの人物だろう。だがナルの恋愛とは捧げるだけの一方的なものだ。見返りを一切求めていない。それは純粋無垢な子供が一方的に親を慕うのと一切変わらないものなのだ。故に、イストは困って、そして避けている。まず間違いなく事件の発端はあのユニゾンだ。ナルの思考の中身がイストへと流れ込んでしまった。それが原因に違いない。

 

「結局の所”愛してはいるけど恋愛ではない”という感じなんですよねー」

 

「……? どう違うのだ?」

 

 つまり、とシュテルが言う。

 

「非常にうらやまけしからんことに貴女は見事裏ワザで直接感情と思いをぶち込むことに成功しました。そしてそれをその凶悪なスタイルと献身具合から若干、若干ですよ? 誘惑っぽい事をされていたイストのメンタルはゴリゴリ削れて例の件でほぼロストして異性として嫌でも認識しているわけですが、イストはそれに応えようとも応える事ができません―――だって相手は求めていないんですもの。求めていない相手に一方的に与える様な独善的な男にはなりたくない―――馬鹿な男ですねぇ、今頃何をしているんでしょうか」

 

 

                           ◆

 

 

「ユーノきゅんユーノきゅん」

 

「気持ちの悪い呼び方をしないでよ。それよりもなんだい急にここへ来て」

 

「俺の下のベオウルフが最近良く末っ子に反応するんだけどあの子アレだからさぁ……なんか……こうね? 解らないかなぁ……あぁ……」

 

「うん……。うん……? ごめん、ちょっと待って話が良く解らない。とりあえず有給取ってくるからゆっくり話し合おうか。うん、目が虚ろだよ? 大丈夫? いや、本当に大丈夫? え、僕? 大丈夫大丈夫。偶には皆デスマーチさせた方がいいんだよ。ハイ、皆デスマーチ頑張って。今夜は飲もう」

 

 

                           ◆

 

 

 どっかで修羅場が生まれた様な気もするが、どうせまたどっかで誰かがネタに走っているだけだろう。ともあれ、そういう事だ。ナルは見返りを求めない、だからイストは意識していても何もできず、我慢するしかない。倫理的に自分たちに手を出す事も出来ないし、ナルを見れば思い出してしまいそうだから家を出る回数や避けているような時間が増えているのだ。アレは悪ぶっているように見えるが、実の所というか見てわかる様にかなり純粋で純情な男だ。大人ぶってはいるが、それほど歳を取っているわけではない―――環境が大人にしたようなものだ。だから大人として、という考えを念頭に置いているのだろう。

 

 面倒な奴め。もう少し楽に生きていればそんな事に悩まず適当にナルを押し倒せただろうに。そうすればこいつも喜んで受け入れただろう。そしてハッピーエンドだ。そこで何事もなく、普通の日々が戻ってくるのだろう。……だが責任感故にその”楽”をアレは良しとしない。面倒だ。間違いなく面倒だが―――そういう面倒事をしょい込むアホにだからこそ我々は心を許し、愛しているのだ。……なんだ、面倒なのは我々もではないか。

 

「故にナルよ―――今のお前はぶっちゃけ良くない。我ら羨ましいので貴様にちょっと教育してやろうかと思う」

 

「王様王様! ぶっちゃけこれ塩を送ってるよね! シュテるんの顔が放送できない感じになっているよ!」

 

 レヴィがそう言うので自分はシュテルの顔を見ない。見たら最後、何か後悔しそうな気がするので。ともあれ、そう、心構えというか、考え方だ。自分たちは後数年は経過しないと同じ領域に立つことができない。だから非常に悔しい話だが、まあ―――しばらくは預けてやるよ、という心境なのが今の気持ちだ。

 

 その話を聞いてナルは考える様な姿勢を取り、

 

「与える……だけでは駄目なのか? それではいけないのか? 愛とはそういうものではないのか?」

 

「然り。与えるだけでは独善的な愛だ。そこに心の交換はない。一方通行の片思いだけだ。故に求めるのが人の心よ。貴様がアインスの記憶を消したのは確かに美しい話だ。だがそれは同時に己の判断基準から経験を抹消する愚かな行為でもある。学ぶが良い、助け合えるために我らは決して万能ではないのだから。……何時か壊れるとも解らぬ家族だ。せめて全力で学び、全力で遊び、全力で笑い、全力で恋をして―――そして全力で生きる事が生まれた事に対する最大の感謝方法であろう。故に求めろ。与えるだけのものを求めよ。それでこそ正しく健全な愛というものであろう」

 

 ドン、とテーブルをシュテルが叩く。

 

「というか妥協を私は許しません……!」

 

「シュテるんシュテるん、それって半分やけくそだよね! あ、顔怖いからこっち見ないで」

 

 それを聞いていたナルがなるほど、と答えてから目を閉じ、数秒黙る。それからゆっくり目を開き、

 

「与えられる事、か。私はそれを幸いとして受け入れられるだろうか?」

 

 さて、それを判断するのは個人だ。だが、―――精々一生消える事の無い傷をつけてもらう事だ。それを幸いかどうかは終わった後で勝手に判断していろ。どうせ今の自分達には教えるぐらいしかできないし。




 たぶん今までの中で一番ハーレムらしい会話だったんじゃないかなぁ。謎理論展開中。

 ツイッター確認している人は解っていると思いますけど土日は全力例のアレを書いていますので2話目更新とか期待しない様に。あと18禁専用で投稿しますのでユザ更新の方を見てた方がいいかも。とりあえずこれ土曜日分ですので。


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ブライト・モーニング

 少しずつ眠気が覚めてゆく。体には軽い倦怠感がある。横に暖かい感触があるな、と眠気を振り払いながら視線を横へと向ければ―――そこには同じシーツを被ったナルの姿が見え、何事かと一瞬思うが……昨夜の情事を色濃く思い出してしまう。そしてテンションとか勢いとか、初めてなのに色々とやったなぁ、軽くだが自分のやった事に対する惨状に頭痛を覚える。弐ラウンド目までは覚えているがその先は記憶がない。一体どれだけやってたのだろうか、と後半はたぶん本能だけだったと思い、彼女の寝顔を見る。

 

「……」

 

 まるで息をしていないかのように思えるほど静かに眠っている。どうなのだろうか、彼女は。こうやって無防備に目を瞑っている彼女は人間なのか、もしくはデバイスなのか。シャットダウンしているのか、眠っているのか。その判別はつかないが……もう寝顔が可愛いのでどっちでもいいんじゃね、と思っている自分がいる。いや、だってそうだろ。可愛いは正義だと言うし。と、昨夜の出来事に関しては軽いあきらめの境地に達する。

 

 うん……実に情けない。惚れろとかっこつけておいて結局この結末。ティーダなら絶対隠すことなく指さして笑うだろう。あぁ、でもそういう話のタネになるんだったら別にいいんじゃないかなぁ、とも。まあ、やってしまった事はやってしまったのだ。リインフォース・ナルと情熱的な一夜を過ごしてしまった事実はどうにもならないんだ。だからそれは諦めよう問題なのはこれからだ。

 

「ん……」

 

 ナルの寝顔を眺めていると、彼女が少し声を漏らしてから目を開けてくる。そして此方の顔を確認すると、微笑む。

 

「おはようございますイスト」

 

 そう、問題は彼女だ。どうしようも何も、関係があるのはもはや否定できない事なのだから彼女にどうやって接すればいいのだろう。彼女はいたがここまで深い関係になった事なんて今まで一度もない。正直頭の中はパニックしまくっているが、それをなるべく顔に出さないようにし、

 

「好きなように話してもいいんだぜ? ロードとか、所有者とか、主とか。そんな事を気にする必要ない。お前らしいお前でいてほしい」

 

「……そう、なのか? なら―――おはよう、イスト」

 

 そう言って微笑んだナルはすり寄ってくると此方の胸に顔を押し付けてくる。幸せそうに声を漏らす。

 

「貴方に逢えて良かった」

 

 こうやって幸せな姿を見るに、たぶん……自分の取った選択肢は間違いではなかったのだと思える。あの時、助かる道を示した事を、教えた事を、与えた事を、それが間違いではないと思える。歪んでいるかもしれないし、押し付けかもしれないが……それでも笑えているのであればこれは間違いなく良い結果なんだと思う。だから幸せそうにしているナルの事はいいとして、問題は別だ。

 

「……」

 

「……」

 

「……あ、続けてどうぞ」

 

 ディアーチェ以外の娘がドアの外側に張り付いて室内の様子を眺めていた。確実にナルはそれを察しているだろうに無視して此方に寄り添っている辺り、実は性格が超大物なのではないかと思う。が、ま……とりあえずは、理由と言い訳と、そしてこの娘共を部屋から追い出すのが先決だ。―――なんて言えばいいんだろうこれ……!

 

 

                           ◆

 

 

 いつも通りのダイニングテーブル、何時も通りの朝食。だがそこには少しだけ何時もとは違う光景があった。何時も通りテーブルの上にはディアーチェが作った朝食が並んでいる。トーストとエッグとサラダ、様々な種類のジャムが置いてあり、飲み物は健やかな成長を願って牛乳が置いてある。それが終われば中央に置いてあるフルーツを好き勝手にとって食べるのが我が家のスタイルで、何時も葡萄が品薄状態になっている。ここまではいい。テーブルの上に置いてあるものに変化はない。変化があるのは一箇所だ。それも自分の横。

 

 テーブルも割と誰がどこに座るか、というのは決まっている。円状のテーブルに全員で向かい合う様に座るのが通例だ。そしてそれは今もそうだ。基本的に自分の横にはシュテルかレヴィ、日にちによってはユーリで、対面側にディアーチェが座っている。デバイスであるがゆえに食べる必要のないナルは必要最低限のエネルギーしか摂取しないのでほとんど食べない。食べる事があってもキッチンでトーストをさっと一枚食べる程度で朝食は終わる。それが本来の風景。

 

「む、少しだけ口周りが汚れている。待て……ん、いいぞ」

 

「お、おう」

 

 接触する程近くまで椅子を寄せてきたナルがすぐ横にいた。シュテルとの間に挟まる様に。そしてティッシュを片手に此方の口周りを軽く拭う。どうやらパンに塗ったジャムが食べる時に少しだけついていたらしい。まあ、それぐらい自分でもできるので断ろうと思ったが、それを言おうとナルへと視線を向ければ、

 

「うん、どうしたんだイスト? 新たにトーストを用意するか? それとも別の用事か? 何も遠慮する必要はないぞ」

 

 純粋な笑みと共に此方を迎えてくるので何も言えなくなる。昨夜、ナルを男を堕落させる女だと言ったが、まさにそうだ。つくしんぼうって言ってもいい。理解して人間性が増した分、”役目や目的”からではなく”喜び”から尽くす事を覚えてしまった。ほぼ確実に昨夜を原因に。その結果、こんな風に楽しそうにべったりな女になった。あぁ、で、こんな事態を起こす事となった主犯たちとなると―――。

 

「ルシフェリオンはどこですか」

 

「ないわ阿呆」

 

「じゃあタスラムでいいですよ。射撃型デバイスですし。実は結構相性いいんですよ。その気になれば真・ルシフェリオンブレイカーも……あ、タスラムなので真・タスラムブレイカーですね」

 

『That sounds as though you are going to destroy me』(それではまるで私を破壊するかのような名前です)

 

「あ、ルシフェリオンは特別性のデバイスなのでもちろん普通のデバイスでぶっ放そうとすれば魔力に耐えきれずベーオウルフします。ベーオウルフ、つまりぱりぃーんとなりますね」

 

「破壊の事をベーオウルフって言うの止めようよぉ!! 一応殺した事に罪悪感感じているんだよ俺! だからこう、間接的に俺を責める様な会話を止めようよ!」

 

 頭を抱えてテーブルに突っ伏す。そこに横から、レヴィが肩に手を置く。その方向へと視線を向けるとレヴィは笑顔と共に大丈夫だよ、と声をかけてきてくれる。何が大丈夫だが解らないのでその内容を問い返してみると、

 

「助かる方法はあるんだよ―――ねえ、お兄さんってロリコン趣味ないかな」

 

「言っておくけど基本的に肉体的に18歳以下のもんには勃たねぇから何を提案しようが無駄だぞ」

 

「じゃあ諦めようよお兄さん」

 

 諦めの言葉が早いよ。そうツッコミを入れようとするがレヴィは既にパンにジャムを塗る作業へと戻っていた。この状況で自分にどうしろというんだ。軽く頭を抱えたくなる事態、視線を今度はユーリへと向けると、ユーリがサムズアップを向けてくる。地味にうぜぇと感じるがそれは黙っておく事とする。

 

「あ、私の助けが欲しかったら別に構いませんけど貸し一という形でカウントされます。それでも助けられたかったらどうぞ言ってください。一瞬でケリをつけますので」

 

「その貸し一とかってのが一番怖いってのは経験上知っているんだよ……!」

 

 何せ貸し一、つまり相手の意見が大体通るという状況になるのだそれは。貸し一でうなずくのはめちゃくちゃ危ないと既に習っているからこの条件にだけは絶対に頷けない。もうこいつら最初から手を組んでいるだろうという感じの会話の進め方に改めて頭を痛めると、もういいだろう、とディアーチェが言う。

 

「大体焚き付けたのは我らであろう。祝福する理由はあれど醜く嫉妬とは何事か貴様ら。それでも誇り高き紫天のマテリアルズか。そこで祝福するのが器量の示し方であろう。なのに揃いも揃って貴様らときたら罠へとはめる様な手段を取りおって。良いか、その様な手段を我らが取る必要はない」

 

 何故なら、

 

「このディアーチェ、己に恥じるところも臆する所もない。故に今勃たぬと言われても良かろう、許してやる。あぁ、我は発展途上だからな。今の我に魅力を感じなくとも仕方があるまい。ならばこそ、我らは己を磨き、そして見せつければいい―――その時になって再びこの愚か者を誘惑して言わせてやるのだ”あぁ、いい女になってしまって。なんであの時から手を出さなかったんだ”と」

 

「相変わらずディアーチェはイケメンですねぇ」

 

「あとあざといよね、王様」

 

「許せません」

 

「もう我にこいつらを統率するのは無理だ。今日限りで王様やめようかなぁ……」

 

 割とガチな声でディアーチェがそんな事を言い出すので流石に全員で焦ってディアーチェのフォローに入る。何気にディアーチェが我が家の主柱である事実に変わりはない。彼女がストライキとか何か問題が起きたら我が家の食糧事情が一気に崩壊する。べつに他の連中が料理できないわけでもないがディアーチェ級は完全に無理で、ディアーチェの手料理を食べてきた自分たちにもうコンビニや普通に自分で作れるレベルの料理ではあんまり満足できなくなってきている―――つまり胃袋を完全に握られているのだ。

 

「か、考え直そうディアーチェ? ね?」

 

「うんうん、王様がいなきゃ僕達の希少価値が消えちゃうからさ!!」

 

「落ち着きましょうディアーチェ。落ち着いて―――今日のおやつマドレーヌとか大丈夫ですか?」

 

「挑戦してみる」

 

 どうやら料理の話で持ち直した駄目らしい。もう王様と言うアイデンティティは駄目かもしれないが……まあ、戦う必要がないのであればそれでもいいんじゃないかなぁ、とも思う。まあ、とりあえずは、ナルとどう付き合っていくかが問題だ。そもそも昨夜に手を出したのと、この馬鹿娘達が煽ったのが問題なのだ。溜息を吐いて改めて自分の状況を理解する。

 

 愛が重い。情が深すぎる。何時からこうなったんだ。

 

 この小娘たちが自分に対して深い愛情を向けているのは理解している。だが何故だ。何故ここまで自分に依存する様な愛情を見せてくる。その理由が全く思いつかない。だって自分がやった事は誰もがやる事だ。家族を守る。それは己の身を以て証明しただけなのだ。だから当たり前の行動に受けるこの深い情愛。若干理不尽ではないかなぁ、何て思う。

 

 まあ―――シュテルが告白してきた辺りから”これ、普通の恋愛とか無理そうだなぁ”とか段々と悟り始めてきた部分もあるのでこの件に関しては完全に諦めている。もう完全になるようになれ、何て心境になっている。だから、

 

「どうすんだよ」

 

「ん? 私か?」

 

 あぁそうだよ、とナルを見る。一応問題の中心点だ。だからこいつの意見を聞いておかないとならない。だからそうだなぁ、と言ってナルが一瞬だけ悩むような動作をしたときは緊張する。

 

「……特にこれと言った事は求めない。もう既に私は貴方の愛で満たされていると知れたから。だが……偶にでいいから、私の体を貴方の愛で満たしてくれると嬉しい」

 

「ぐぎぎぎ、なんという正ヒロイン臭。これは断然許せませんね。いや、ほんとちょっとでいいから働きませんかタスラム。さきっちょ、さきっちょだけでいいので少しだけ私に力を……!」

 

「止めんか!」

 

 ディアーチェのゲンコツがシュテルの頭へと叩き込まれ、そしてその顔面が皿の上のジャムの塗られたトーストへと叩き込まれる。その光景を見て、わいわいがやがやと騒ぐ娘達を見てやっと気づいた。―――あぁ、そんな大きなもんでもないな、と。

 

 日常は関係が少し変わろうが、変わらず続いて行くのだ。




 それでも日常は続くんです。

 話が一個飛んでいると思った貴方、てんぞーの小説を確かめるとR-18が増えているのでそこを見ましょう。ソレです。


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イン・ザ・スノウ

 ―――寒い。

 

 12月にもなると大分寒くなってくる。べつにクラナガンは温暖な気候ではないのだ。そりゃあ冬は寒い。少なくともマフラーは必須の装備になってくる。車椅子をレバーで操作しながらなんとか雪で滑らない様に進めつつ、雪の降る空を見る。まさか雪が降るとは思わなかった。車椅子で雪の中を一人……オツであるかもしれないが、同時に結構厳しい。何せ車椅子の前進も後退も全て機械のモーター任せで、それが溝にでもはまってしまえば自分にはそこから脱出する手段がないのだ。だから到着前に降り出して順調に積もっている雪を前に白い息を溜息として吐き出す。せめて雪でも降らなければもう少し楽だったのだろう。ここは見栄でも張らずに誰かの力を借りればよかったのかもしれない。

 

 そう思いつつも大分人通りが少なくなった夜の道路を行く。通り過ぎる誰かはしっかりと防寒具に身を包み、此方に気にする様子を見せる事無くどこかへと消えてゆく。そうやって誰かとすれ違うたびに人通りが少なくなり、寂しくなってゆく。やはり雪の降っている夜には誰も外には歩きたがらないものなんだと思う。面倒だし、寒いし、歩き回る理由はないし。自分の様に何か約束でもなければ外に出る者はいないだろう。ま、自分の場合はいいのだ。この後の事を考えると結構楽しみだし。ともあれ、目的はもう既に目と鼻ほど先だ。……タクシーを手前で降りて、景色を楽しみたいなんてことを考えなければよかった。

 

「あっ」

 

 がこん、と音を鳴らして車椅子が大きく揺れた。雪で見えなかった溝にはまったらしい。溜息を吐きながら車椅子のレバーをがしゃり、と弄るが車椅子のホイールは回転するだけで雪で滑り、前へと進む事はない。どうやら面倒な事に座っていては進まないようだ。困った事になってしまった。立ち上がって車椅子を引き上げればいいのだろうが、立つことはできても車椅子を持ち上げるだけの力が手には入らないし、たぶんそんな事をしようとしたら今の体では確実に滑って転ぶ。そして滑って転べば最近異常に心配性になったあいつが普段以上にべったりとなる。うん、それはちょっとだけメンドクサイ。だからとりあえず助けを求めようと視線を周りへと向けると、背後に気配を感じる。

 

「大丈夫かい?」

 

 視線を背後へと向けると黒髪、マフラーコート姿の青年が此方の車椅子のハンドルを握っていた。その姿が何度か資料やらデータやらで確認させてもらっている。彼の名前は確か、そう。

 

「クロノ・ハラオウン提督?」

 

「うん? ……あぁ! と言う事は君が騎士イストか」

 

「すんません、背中が痒くなるんでそういう呼び方はやめて」

 

「ははは、済まない。今車椅子を上げるからちょっと待っていてくれ」

 

 そう言うとクロノが一気に車椅子を溝から引き揚げてくれる。そしてそのまま車椅子を後ろから押してくれる。若干申し訳のない気持ちになるが、正直な話押してもらうのは非常に助かる。何せ雪で道が隠れているとなると一人で進むのは凄い面倒になるのだ。

 

「えーとイスト、でいいかい?」

 

「じゃあこっちもクロノって呼ばせてもらうけど?」

 

「うん、仕事抜きにして来ているしその方がいいね」

 

 クロノ・ハラオウン、フェイト・T・ハラオウンの義理の兄だったか、と彼に関する情報を頭の中で思い出しておく。確か一線級の魔導師でもあったはずだけど、また偉い人物に対して知り合いだよなユーノも、と友人の持っているコネに対して少なからず驚きを得る。まあいいや。今回は完全に仕事等を抜きにして来ているのだ。クロノに車椅子を押されて十数メートルほど進むと小さな店にやってくる。前にも来た事のある店だ。この店が再び指定された辺り人気の店なのかもしれない。ともあれ、クロノに手伝ってもらいながら車椅子を店内へと入れると早速接客の者がやってくる。そこへ予約と待ち合わせの件を伝えると、そそくさと奥へと案内される。そこには既に集まっている二人の姿があった。

 

「やぁ」

 

「悪いと思ったが既に始めさせてもらったぞ」

 

 そこにいたのはユーノとザフィーラの姿だった。既にその前にコップが置かれており、ザフィーラには酒が、そしてユーノには何か別のドリンクが置かれていた。そして此方へと視線を向けてから背後のクロノへと視線を向ける。

 

「アレ、君達顔見知りだっけ?」

 

「いや、直ぐそこで困っている所をバッタリとね」

 

「あぁ、今日は午後から雪が降り出しちゃったもんね」

 

 大体察してくれたらしい。苦笑するとクロノが予約したスペースの前に車椅子を止めてくれた。手伝おうか、と問われるがその必要はない。これぐらいなら、と軽く言って、車椅子から降りて立ち上がり、そして予約したスペースに上がる。完全にダメになったような思われ方をしているが、別段足の方は駄目になったわけではないのだ。リハビリさえちゃんとやっていれば大丈夫なのだ。だから予約したスペースへ靴を脱いで上がり、大丈夫アピールしておく。

 

「まあ、相変わらず手は死んでるんだがな!」

 

「実に惜しいものだ……」

 

 そう言って惜しんでくれるのはザフィーラだ。何せ武技に関して誰よりも親身になって相談や訓練に付き合ってくれたのはザフィーラだ。ともなれば惜しんでくれる気持ちは分からなくもない。だが、個人としては家族を守れたのであれば妥当な代償ではないかと思う。まあ、世の中対価も払わずに何かを貰おうなんて傲慢すぎるという話だ。

 

 誇りであれ、プライドであれ、信念であれ、己の身であれ―――何事にも代償は必要なのだ。

 

「まあ、祝いの席に暗くなってもしゃーないというか主役はあっち、あっち」

 

 ユーノへと視線を向けさせると、ユーノが照れたような表情を見せる。もうちょっとそういうのをなのはへと見せれば一瞬で人生の墓場行き―――なのだが良く考えたらお前らまだ14歳だったよな、と驚愕の事実を思い出す。ともあれ、店員がビールを持ってくるので自分とクロノの分を注ぎ、それで全員に飲み物がいきわたる。それをクロノが確認すると、

 

「それじゃ全員持ったね? ―――ユーノの無限書庫司書長就任に乾杯!」

 

 グラスを叩きつけて乾杯する。

 

 

                           ◆

 

 

「最年少での司書長就任だよ。ホントマジパネェな。流石ユーノきゅん。マジ有能」

 

「僕をユーノきゅんって呼ぶの止めない? 最近同僚までが同じように呼んできて背筋が凍るんだけど」

 

「ははは、愛されているようじゃないかユーノきゅん」

 

「目にビールを注ぐよクロノ」

 

「君、昔から僕に対してだけは割と辛辣じゃないかなぁ」

 

 ギギギギ、と音と立ててユーノが若干威圧している様にも見えるその光景、普段のユーノからすればあまり見られないような姿だ。何事か、と思うとザフィーラがちょんちょん、と軽く肩をたたいて二人から少しだけ距離を開ける様に催促してくる。故にザフィーラの方へと寄ると、

 

「ユーノは前々からクロノに色々と対抗心を燃やしているのだ。まあ、歳の近い人物で格上というポジションが男として負けたくない気持ちに発破をかけているのだろう」

 

 流石ユーノきゅん、可愛さの中にかっこよさも忘れていない―――なんて馬鹿な事を言ってザフィーラと共に笑う。クロノとユーノの様子を見る限り、二人とも割と何時もの事らしく楽しそうにお互いを罵り合っている。ユーノはまだ流石に無理だから酒を渡してない筈なんだが―――アレは状況に酔っているなぁ、とその姿を見ながら思う。まあ、楽しそうにやっているんだしそれでいいんではないか、という意志もないわけではないのだが。

 

「そういえば最近はどうなんだ?」

 

 ザフィーラがユーノとクロノの楽しげな罵り合いを完全に無視してこちらへとどうか聞いてくる。それに対してそうだなぁ、と最近の自分の出来事を思い返しながら考える。どこまで話してもいいものか、そう思考したところでまず日常的なことを口にすればそれでいいのだと気づく。われながら隠し事ばかり慣れすぎて難儀な思考をしているなぁ、と軽く嘆き、

 

「まあ、いつもどおりリハビリを進めてるよ。指を動かして色々と掴んだりして運動したりさ、体も適度に動かして運動させているよ。まあ、体の方に関しては足場が不安定だったりしなきゃ普通に歩けるんだぜ? ……うちの連中がこれ、心配しすぎて最低でも杖が持てるぐらい握力が回復しなきゃ車椅子生活は続行だって脅してくるんだけどね」

 

「愛されているのは無関心でいられるよりもいいぞ?」

 

 そりゃあ愛が普通の連中の言葉だ。こちとら肉食獣一歩手前の集団を躾けているんだ。どうしてこうなったって日ごろから嘆いていてもしょうがないぐらいだ。まあ、彼女たちの心配も献身の意味も理解しているのだが。だけど、だけどいいから風呂はやめろ。目つきが本気すぎるんだよ特にシュテル。唯一の清涼剤がディアーチェだ。彼女は何時か振り向かせると公言しておきながらまだ時ではないと迷惑かけないように気を使うどころか心配してくれる。本当にいい子だ……どこで他の連中とはこんなに差がついてしまったのだろうか。

 

 まあ、と答える。

 

「念願の教職を手に入れたわけだし、そこそこ充実した生活だよ。まだリハビリ中だから仕事ができないけど隠す必要のなくなった連中に襲撃に怯えなくていい毎日、ほんと日常生活って最高だね!」

 

「イストだけ人生ハードモード突入してたもんね、数ヶ月前まで」

 

 そう言ってユーノがクロノと共にこちら側の世界へと戻ってくる。軽くお帰り、って言うとただいまと言い返された。もう少しそこでツッコミかボケを入れてもらいたかったけど、どちらかというと天然系なので流石にそこは狙いすぎか。まぁいいやと結論付ける。

 

「現在進行形でハードモードというかエクストリーム入ってるのはユーノきゅんだろ」

 

「もうユーノきゅんでいいよ―――後それに関しては否定しない。というか僕が司書長になったのはそれが無限書庫という空間を効率的に運用するために一番だと判断されたからでしょ? 功績が認められたのはうれしいけどそれ以上に管理局が無限書庫を便利な場所だと思って本格的運用の前触れのための人事だと思うと正直恐ろしくて震えがとまらないんだけど……」

 

 ユーノの目線からハイライトが消えてゆくのが見える。やばい、このままではなのはに襲われた後のユーノみたいな光景が出来上がってしまう。その前に会話を変えるべきだ、と視線をクロノとザフィーラへと向ける。同じことを考えていたのか二人も即座に頷きを返答として此方へ返してくれる。どうやら我々の意思は同じだった。クロノに関してはあまり時間を過ごしていないどころか今日初見のはずなんだが割りとノリのいい人物らしい。だから口を開く。

 

「恋愛事情を暴露しよう」

 

「男でか!?」

 

「それって女子会でやることじゃないのか!?」

 

 ナイスツッコミと二人のキレのある即答に対して内心賛辞を送る。でもさ、気になるじゃないか。自分以外の連中は基本的にどういう恋愛事情を送っているのか。だから、

 

「将来的になのはに食われて結婚しそうなユーノは除外な」

 

「否定できない悔しさがそこにはあった」

 

 なのはが俺の予想を超える成長を見せてしまった。もはや俺でもあの娘がどこへ向かうかはわからない。ただ”なのは、なのはなら……!”と言っておくとなぜか信憑性が出てくるのが最近のなのはの怖さだ。そろそろ痛い目にあわせる必要がある。アレ、絶対に調子に乗っている。そしてクロノとザフィーラが黙っている。なので、

 

「じゃあ俺から行くな。理性が持たなかったので同居人とヤっちゃった。はい、次」

 

「待ったぁ―――! 待て、僕が調べた情報が正しければ君のところにいるのはフェイト達のクローンとデバイス、リインフォースのコピーなんだけど……!」

 

「誘惑には勝てなかったよぉ」

 

「うざっ」

 

 そりゃあわざとうざい風に、というか深刻に聞こえないように話をしているんだからそう聞こえるのは当たり前である。

 

「……ところで誰とだ?」

 

 意外にも食いついたザフィーラに全員の視線が向かうが、特に隠すことはないので教える。

 

「リインフォース・ナル。向こうが口移しでお酒飲ませてきたのが原因に理性が吹き飛びました」

 

「……」

 

「あ、予想外の答えにザフィーラフリーズしてるなこれ」

 

 ザフィーラが若干フリーズしている様子なのでザフィーラアウト、ということを満場一致で決定し、ターゲットを狼から若い提督へと向ける。と言ってもクロノの年齢は確か21、自分より一つ上の年齢のはずだ。だから何もないと言うわけはないだろう。

 

「あー……クロノには―――」

 

「そこまでだユーノ。それ以上しゃべると言うのなら僕はデバイスを抜かなくちゃいけなくなる」

 

「出禁食らうからマジでやめようぜ」

 

 チラっとザフィーラの方を見るがいまだにフリーズ状態から復帰する様子を見せない。やはり元同僚か、元仲間っぽい姿の存在がアグレッシブなことをするのを知ったらそれはショッキングか。知ってて言ったのだが。

 

「イストー! イストー! 顔がゲスいよー!」

 

「知ってる」

 

 ―――こうやって男だけのユーノの就任祝いの会は続いた。




 大学で執筆、更新するのは何気に始めてやなぁ……


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スロウリィ・スターティング

 最近思う事がある。それは自分の立ち位置についてだ。……いや、それは聞こえの良い言い方だ。言い直そう。私―――シュテル・B・スタークスのカースト位置だ。そう、最近ネタに走り過ぎたせいか異様に扱いが悪い。色々と終わったテンションのまま突っ走ってきたのが悪かったのだろうか―――まあ、そこにそこまでの後悔はない。ただちょっと自分が軽んじられている現状に対して軽い不満はある。自分もこう見えて一応乙女なのだ。恥ずかしい事は恥ずかしい……表情に見せていないだけで。だからここら辺からそろそろヒロイン力を取り戻すべきなのだ。

 

「そう思うんですがどうでしょうレヴィ」

 

「手遅れなんじゃないかなぁ」

 

 何を言っているのだこの相棒は。雷刃の襲撃者といえば星光の殲滅者である私のパートナー、そして出来の悪い義妹の様な存在ではないか。色的にも私が赤で、レヴィが水色。メジャー派とマイナー派。ここは舎弟として是非ともレヴィが何らかの意見を出すべきなのだ。そう、だからレヴィよ、

 

「あの熟女スキーを振り向かせる秘策を思いつくのです」

 

「別にお兄さん熟女スキーなんじゃなくてロリコンじゃないだけだからね? というかそっちの方が精神的に健全なんだし一般的には問題ないんじゃないかな」

 

「レヴィ、貴女は味方なんですか、敵なんですか!?」

 

「どちらかと言うと逃げたい」

 

 がおーと、両手を上げて威嚇するときゃー、とレヴィが声を上げながら逃げてゆく。レヴィは何とも使えない相棒だ。やはりレヴィの様に脳筋魔導師では全く話にならない。怨敵ナルの誘惑から何とか此方へとイストを振り向かせなくてはならない。王は格好つけてあと数年待てばいいとか言っているが、男と言う生き物は大体が下半身と直結している。あんな銀髪巨乳を横にずっと置いておくとか正気か。

 

 と、そこで階段を下りてくるイストの姿を見かける。片手は手すりを握っており、もう片手は杖を握っている。ゆっくりと階段から降りてくるその姿を何もせず見守る―――男のプライドというものは真に面倒なものだ。だから降りてくるまで一切手を出すことなく眺め、そして降りきってから近づく。何て言おうか、かける言葉を数百程思い浮かべてから―――、

 

「あ、シュテル、これから出かけるけど来るか?」

 

「はい、いっきまぁーす!」

 

 解ってはいたが私って実はかなりチョロイ。

 

 

                           ◆

 

 

 二月半ばになると寒さのピークは抜けたばかりになる。それでもベルカ自治領の位置はミッドチルダの北部、この時期はまだまだ寒い。そして雪はもう振ってはないとは言え、十分に足首程度までは積もっている。気をつけなければ足を取られて転んでしまう程度には少しだけ、外を歩くのは危ない。特に体の不自由な人物であればなおさらだ。大丈夫だとは言うが、それでも何時イストが転ぶのかは解らない。だから杖を握っていない逆側の手は握って、此方で支えている。と言っても新年を迎えてからもイストのリハビリは上手くいっている。車椅子は必要なくなったし、杖を握る事も出来る。ちゃんと鉛筆やペンを持って文字を書く事だってできる―――ただ、もうこれ以上イストが握力を発揮する事はないだろう。手に関しては治せるところまでは完治したと言っていい。体の方もあと数ヶ月あれば完全に元通りだろう。

 

 鼻歌何かを歌いながら歩く男の横で、手をつないで歩きながらも、少しだけ悩んでから質問する事にした。今までは黙ってはいたが、少々気になる事もある。だから思いきる。

 

「腕、義手にしないんですか?」

 

「だって腕を切る必要もないしなあ……」

 

 必要性を感じないのが真実なのだろうか。まぁ、そこらへんはいい。そう言うのであればそう信じてあげるのが家族としての務めだ。だから手を少しだけ強く握って、そういう事にしてあげると、言葉で伝えずに教える。騙されたり信じたのではなく信じてあげるのだ。

 

「で、どこに行くんですか?」

 

「聖王教会」

 

 あぁ、確かにこんな時間に出かける場所と言えばそれぐらいだろう……クラナガンへと行くのであればタクシーを呼ぶだろうし。しかしいい加減タクシーを呼ぶのも面倒だし年齢になったら自動車免許や二輪免許やら、色々と免許の取得を考えた方がいいかもしれない。

 

「あぁ、あの女のハウスですね」

 

「お前……別に何もない相手なんだからそんな警戒心を見せるなよ。仕事上の取引相手だよ取引相手。まあ、本当に色々優遇されちゃって個人的には心苦しい状況なんだけどな。何とかして溜まっている借りを返さなきゃならんよなぁ……」

 

 カリム・グラシア―――若干先が読めない。面倒な相手だと思う。年齢はイストよりも一、二年ほど上と言った程度だろう。だが問題なのは彼女の卓越した手腕だ。ここまで見事に個人の評価をし、そして拘束している。その上で本当の意図が見えない。身内の贔屓目だが、この男はかなり優秀だ。リハビリが完了すれば教職以外にも色々とできる事はあるはずだが、まるで温存する様な、恩を売る様な方法でキープしている―――それが不気味だ。だから面倒な相手だ。此方に対して判断できうる材料を寄越さない相手だ。間違いなく自分の様にロジックをパズルの様に組み立てるタイプの人間だと思う。一体どこの馬鹿だ、イストと一対一であの女を相対させたのは。

 

「まあ、甘えられるうちは甘えましょう。恋愛自由は確約されていますので」

 

「お前ホントそれだけだよな。もうちょっと違うことは言えないのか」

 

 此方の事を理解していてそう言うのだからこの男の諦めが悪い。ああ、それも時間の問題だとも誰もが理解しているのでこれはあくまでも口に出しているだけだ。何せ、中々面白いのだ。少しだけ苦悩しているこの男の様子は。我ながら悪趣味だと思ってはいるが、性分なので仕方がない。オリジナルのハッチャケ具合を見るからに間違いなく遺伝子が仕事をしている。

 

「では話題を変えまして……ホイホイついてきちゃいましたけど教会へ何しに行くんですか?」

 

「あぁ、教室とか、生徒とか、今教えている人とか……ほら、最近大分動けるようになっただろ? 車椅子に乗っている間は無理だったけどよ、こうやって歩けるなら階段とかも一人でどうにかなるしな。もう終わったから七ヶ月経過しているし、本格的に働きだす前準備ってやつだなぁ……」

 

「社会人は大変ですねー」

 

「テメェ何他人事の様に言ってんだよ。お前も将来バイトだか就職して働くんだよ。一生ニートやってんならマジでキレるぞオラ」

 

「永久就職予定なので問題ないですね」

 

「我が家にはディアーチェという超便利な家事の達人がいるから家にディアーチェ残してればいいんだよ!」

 

「王の好感度が一番高いっぽくて嫉妬した。だけど働きたくないです」

 

「こいつ……!」

 

 雪の中、馬鹿な話をしながら進む。結局の所未来がどうなるかなんて良く解らないのだ。だから冗談半分に将来の話をしながらゆっくりと歩く。足元に気を付けて、転ばない様に、滑らない様に歩いて教会を目指す。心配してもしょうがない事はしょうがないとキッパリ諦め、解る事を片付けるしかない。だから、まずは―――職だ。

 

「収入ないと危ないですからねぇ」

 

「そうだなぁ、保険とか手当やらでいっぱい入ったけど一生食っていけるわけでもないからなぁ……」

 

 そう思うと途端に未来が真っ暗に見えるのは何故だろう。ミッドチルダ、物価が高い。もう少しどうにかならないものか。

 

 

                           ◆

 

 

 冬場となってもベルカの聖王教会の人の出入りは変わらない。寒さでマフラーやら防寒具を増やしている人の姿はあるが、協会所属のシスターや騎士達の恰好は変わらずカソックやらの服装のままだ。そのままでは寒くないのか、なんて思いもするが―――騎士甲冑の方はバリアジャケットらしい。つまり温度調整が利いていて見た目よりも遥かに快適らしい。問題なのはカソックの方だけでそっちだけはどうしようもないらしいと、元教会関係者で現関係者であるイストがこっそりと不思議がる此方へと教えてくれる。しかし、

 

「今更ですけど教会へ行くのであればナルの方がよかったのでは?」

 

「別に誰を連れてきても同じだろ?」

 

 心の底からそう思っているのでコイツは馬鹿だと思う。だけど、そういう馬鹿さは嫌いではない。いや、むしろ好きだ。だから何も言わず手を握っておく。そしてそのまま雪の積もっている教会内へと入って行く。イストだけは騎士甲冑でもなんでもなくコート姿で普段着なので場所的に若干の違和感があるが、自分も普段着だし、何も言われないのであれば問題ないだろう。そしてイストに案内されながら建物内へと進んでいると、目的地へと到着したのか、扉の前で動きを止める。軽くコンコン、と二回ほどノックすると向こう側からはい、と声が返ってくる。そして、扉が開く。

 

「どうも、どちら様でしょうか?」

 

 出てきたのはカソック姿の男だった。メガネをかけた、金髪の少し、頼りなさそうな姿の男だ。たぶん司祭か何らかの役職についている人物なのだろうか、此方と相対する様子に落ち着きを感じる所がある。

 

「どうも、イスト・バサラです。シスターシャッハと騎士カリムが本国の方へと戻った際に用事がある場合はエラン神父を頼れと言伝を預かっていますので」

 

「あー、はいはい。私です。そろそろではないかとお待ちしておりました騎士イスト。本日の目的は確か見学や確認でしたよね? まだ授業までは少し時間がありますので教室の見学をしましょうか。たしか訓練場はご利用されてましたね。えーと、そちらの……」

 

 エラン神父なる人物が此方に視線を向けるので答える。

 

「あぁ、一人ではまだ危ないので」

 

「なるほど、出来た妹さんをお持ちなのですね」

 

「嫁―――」

 

「えぇ、本当にできた妹の様なもんですよ」

 

 イストの顔がこっちに向いて言わせねぇぞ、と視線で伝えてくるのが解る。他人がいる手前、舌打ちするわけにもいかないので心の中でそっと惜しいと呟いて我慢しておく。

 

「ははは、兄妹仲がいいのは素晴らしい事です。私は一人っ子でしてね、やはり兄妹などを見ると羨ましいものがありますね……と、これはどうでもいい事でしたね。ともあれ、まずは教室の方に案内します。そう離れてはいないので迷う事もないと思いますよ」

 

 そう言って神父が案内し始めるが少し待て、と心の中でつぶやく。教室―――という事はつまりこの無学脳筋が子供に勉強を教えると言う事だろう。それは少々ヤバイのではなかろうか。本人中退宣言しているし、量産型イストとか悪夢以外でも何物でもない。馬鹿がベルカに増えるだけだ。……と、そこまで思ったところで座学も立派な仕事だったなぁ、と思い出して言おうとしたことを黙っておく。

 

「いやはや、実に参りましたよ」

 

 エランが歩きながら語りかけてくる。少しだけ、困ったような声色だった。

 

「騎士カリムには執務などで色々と世話になっていて、彼女のおかげで仕事が捗っていたのですが……こうやって本国の方へと戻られてしまうとどれだけ頼りになっていたのか解ってしまいますね。事務関係の者達がカムバックと偶に叫んでいる光景が目撃できまして」

 

「あぁ、何よりカリム程の美人を見れないのは辛いでしょう」

 

「えぇ、やはり皆そこでして、どうやってシスターシャッハを突破して近づくのか、それを無駄に論議して熱くなっていたおかげで活気があったのですが、本国に帰ってから皆死んだようになってしまいまして」

 

「なんでこう、ベルカ関係者は揃いも揃って頭がおかしいのが多いんでしょうね」

 

 覇王然り、イスト然り、腹黒系金髪巨乳然り、何故こうも頭のおかしい連中ばかりなのだろうかベルカ文化は。ベルカ人の遺伝子の中には確実にミッドとは別ベクトルで人を進化させる遺伝子が存在しているに違いない―――あ、あと地球人。

 

「本国の方で何かを発見したとか何とかで、どういう関わりがあるのかどうかわかりませんがその確保と確認のために動き出したそうですよ」

 

「ほぉ……そのロストロギアの名前何かわかりますか?」

 

 ―――アレ?

 

 今なんか軽い違和感があった。いや、なんだと言う程ではないが、何か今の発言はおかしかった、……―――あ。

 

 エラン神父は確か、と歩きながら呟く。

 

「―――レリック、でしたっけ」




 ピコン!


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スプリング・タイムズ

 ―――ベンチの上からその光景を眺める。

 

 季節は冬を過ぎて春となっている。五月ともなればミッドの北部であるベルカ自治領も十分に季節の恩恵を受けて暖かくなってくる。具体的に言うと四月には衣替えをしておけばいい感覚だ。この辺に関してはご近所付き合いもあって周りの家の奥様方から話を聞いていたためにスムーズに事を運ぶことができた。だから服装も完全に春物へと変わって、大分過ごしやすくなっている気がする。冬に見る空の色は澄んでいて美しいと思う。だがコートやらマフラーやら手袋やら、冬は着るものが増えてしまったのはしょうがない。だから空の色は好きだが……季節自体はそう好きでもない。やっぱり自分の服装は軽いのが一番いい。それが過ごしやすいというものだ。

 

 だが、春は別に意味でも心を軽くする。何故なら春とは―――私達が出会えた日だからだ。出会ってから既に二年が経過した。あの日拾われた日から肉体的に十三歳だとして、現在で十五歳―――まさかここまで平和に暮らせるなんて当初は思いもしなかった。だが気づけば家族ごっこが本当の意味での家族になっていた。時間とは不思議なものだと思う。経過すればする程段々と絆が強まって行くのを感じる。なんでもない日常が、ありえないと思っていたものが何よりも美しいものだと思えるようになった。―――正直に言ってしまえば最初は期待なんてしてなかった。だがそれも、今ではこうだ。本当に一体何があるのか良く解ったものでもない。

 

 そんな事を思いつつも視線を向けるのは訓練場にいる家主、保護者、思い人のイスト。イスト・バサラ―――数奇過ぎる運命に捉えられた可哀想で……そして愛しい人。馬鹿な男。楽に生きたければそういう道もあるだろうに、辛い道ばかりを選んでしまう本当の愚か者。彼の前には子供たちがいる。どれもまだ年齢でいえば十歳前後の子供たちだ。リハビリによって大分動けるようになってきたイストはもう杖が無くても日常生活には問題が無いようになってきた。だからこうやって教職の役目を果たせるようになってきている。と言っても完治するまでは教えるのは子供相手だけらしい。体が完治してからは騎士見習い等も他の教官と混じって技術指導をさせられるらしい。

 

 ……両腕が使えなくても戦えないわけではない。陸戦AAA、いや、それよりもランクは確実に下がっているだろうが、それでも魔力や魔法自体には全く問題ない。その証拠に、

 

「うわああ―――……」

 

 ヤクザキックで子供が一人屋根を超えて飛んで行った。それを他の子どもたちが笑ってみているのでベルカの標準は一体どうなってるという話だ。……まあ、基本的に我が家のノリもこんな感じだからここでの標準なのかなぁ、と思うところがある。自分も割とネタに走っているし。……つまり平常運転ではないか。

 

 何も問題はなかったか。危ない。危うく狂うところだった。

 

「俺も空を飛びたい!」

 

「私も私も!」

 

 そう言って飛行魔法の出来ない生徒たちが志願するとそれをヤクザキックで蹴り飛ばすイストの姿をベンチの上から眺める。実に何時も通りの光景なんだろうなぁ、と思いながらその光景を見ていると、予想通りの人物、エラン神父が訓練場の敷地内へと入ってきて、屋根を超えて飛んでゆく子供たちの姿を見る。

 

「何をやっているんですか!?」

 

「かいさぁ―――ん!」

 

 時間を確認する。確かに時間は授業終了の時間だ。タイミングがいいと言うか、狙っていたのかと呆れるべきなのか。まあ、これで本日分の仕事は完了したのだ。今のはっちゃけ具合はたぶん計算していたのだろう。ベンチから立ち上がり出口へと向かって歩き出すとすぐさまイストが追いついてくる。

 

「エラン神父は」

 

「残像だ」

 

「何時の間に抜かれて……!?」

 

「そんじゃまた次の授業日までお疲れ様です神父様」

 

「ちょっと待って―――」

 

 次の展開は予想できるので。走り出そうとした瞬間、イストも走り出す。エラン神父も追いかけようとしてくるがいかんせん、カソックだ。三歩目で転んで芝生の大地へと顔面から突っ込む。その光景に軽く笑いだしながらもイストは楽しそうに走る―――簡単に言えばイストはようやくここまで動く様になってきた己の体に対してテンションを上げていたのだ。

 

 

                           ◆

 

 

 そして場所は変わって近くの商店街にあるカフェ。二人で適当に時間を過ごしたいと言ったら仕事の後しか無いと言われた為、ようやくこうやって二人きりの時間を得た―――家内ではディアーチェやナルの影響力が高すぎる。外へ連れ出さなければデートもままならない。

 

 ともあれ、

 

「やりすぎたかも……」

 

「家に帰ってから後悔するんだったら最初から止めましょうよ」

 

「いや、だって……こう、動けるようになった時の喜びってもんがあるだろ。新しくおもちゃを手に入れた子供然り、行列に並んで手に入れたケーキを食べる前の女子中学生然り、今まで出来なかった事や我慢してたことが解放された喜びってもんは全身を持って表したくならないか!?」

 

「だからって”今日は空を飛ぶ練習するぞ―――物理的にな”という意味不明な理論でヤクザキックで飛行練習と言う発想はなかった。というかその発想は一体どこからやってきたんですか。軽く言ってキチガイの理論ですよ」

 

「爺さんからこう教わったんだけどなぁ……」

 

「家系ですか。もはや修復不能ですね―――いえ、こうやって私達までネタに走っている始末、汚染力は凄まじいと評価すべきなんでしょうね、とりあえず」

 

 ここはこういうべきなんだろう。

 

「貴方色に……染められちゃいました」

 

「あ、ウェイターさん、アイスモカ二人分で」

 

「こっちを見てください」

 

 歩いている間にスっておいたタスラムを突きつけると迷うことなくイストが両手を上げて降参の意を示す。が、それだけでは若干満足できないので迷わずトリガーを引く。タスラムの銃口から魔力弾が放たれる。それをイストは必死の形相で上半身を動かして回避する。もちろん、魔力弾は周りに迷惑をかけない様にイストを外した時点で消滅している。

 

「ちっ」

 

「お兄さんお前さんの将来に激しく不安だよ」

 

 その言葉に少しだけ微笑む―――お兄さん。今までイストは己の事を”お父さん”と私達に向かって言っていた。それがお兄さんへとシフトしている。そう考えると目の前の男の意識は確実に変化して行っている。ゆっくり、ゆっくりと、水瓶の中に黒いインクを一滴ずつ垂らす様な作業だが、その効果は確実に見えてきている。少しずつ、拾ってきた子供という認識から同居人という認識へと変わってきている。まだだ、まだ、今ではない。もう少し、あと数年。そうすればまず間違いなく無視できなくなる。

 

「おい、何ニヤニヤしてるんだよ」

 

 どうやらにやにやと笑みを浮かべていたらしい。いけないいけない、と少しだけ慌てる……内心だけで。少なくともそれを表面上へと見せる様な愚行は絶対にしない。だから”何時も通り”の自分へと戻り、そして、

 

「こうやってデートで来ている事実にほっこりしているんですよ。だってほら、他の皆とデレデレ銀髪巨乳を出し抜いて二人っきりでカフェに来ているんですよ? これはもうシュテル超勝ち組ってやつですよ。この後どうします? やっぱりホテルですか」

 

「シャラップ」

 

 イストが隣のテーブルから驚愕する客を無視してストローを強奪するとそれを開封し、片側だけ付けたままにすると、それを此方へと向け―――息を吹き込んだ。紙の部分が飛んできてデコに衝突する。ストローを未だに驚愕する隣のテーブルへと返すと、何故かふつふつと言いも知れない敗北感と怒りが湧いてくる。

 

「おかしい、デコピンの方が明らかに脅威なのに」

 

「どうだ、屈辱だろう」

 

 ドヤ顔がムカツクので再びタスラムを構えると今度こそ両手を上げてイストが降参と、言ってくる。なので今回はその言葉で許しておく。タスラムをこれ以上持っておく理由もないしテーブルの上に乗せて解放してあげる事とする。それをイストは回収し、少しだけほっとしたような表情を見せる。

 

「お前、これティアナに返さなきゃいけないんだからもうチョイちゃんとした扱いしてくれよ……」

 

「じゃあ何でまだ持ってるんですか」

 

 そこでやっぱり、困ったような様子をイストは浮かべた。まあ、大体の理由は解っている。自分の手で直接渡しに行きたいのだろう、タスラムを。だがそうとなるとティアナと会う必要が出てくる。だがまだティアナが恨んでいるかどうかはわからないし、ティアナ・ランスターの兄、ティーダ・ランスターを殺した犯人―――デバイスであるナルがまだ生きているどころか家族なんてやっているのだ。私だったらまず間違いなくガチギレする。”お前マジなにそれぶち殺すぞ”的なテンションに突入する事は間違いない。つまり時間が必要なのだ。

 

 理解されなくとも落ち着いて話せるようになるまでの時間が。

 

「はぁ、まあ、いいですよ。どうせ私の問題ではなくそれはイストの問題ですから。コツコツためているお小遣いをこっそりとタスラムのパワーアップに使っているとか私知りませんから」

 

「バレてたぁ……」

 

 ゴツン、と音を鳴らしてテーブルに頭を乗せるイスト。そりゃあ家の中で回っているお金の管理は全て自分がやっている。だからもちろんイストがどんなことにやっているのかも把握している。大方タスラムをティアナに使いやすい様にカスタムして、データとかを整えてから渡すつもりなのだろう―――馬鹿な男だ。そしてそれに惚れているのだから自分は馬鹿な男よりも馬鹿な女だ。馬鹿同士超お似合いのはず。

 

「ま、お小遣いの範囲内でやっているから文句はないんですけどね。そこらへんは流石社会人のセンスと言ったところでしょうか。……そこでお小遣いの範囲を超える使い込みが発覚すれば問答無用で夜のおしおきでベッドインまで直行するんですが」

 

「ここまでほんとお小遣いの範囲内でやっててよかったと思ったの初めてだ」

 

 イストの言葉に軽く苦笑する。そうやって笑った自分をイストは怪訝な視線を向ける。あぁ、確かに変な子のように思われるだろうが、如何か誤解しないでほしい。

 

「愛していますよイスト?」

 

「知ってるよ」

 

 知っているよ、何てものすごく軽い響きの言葉だ。あぁ、だけどこの男はたぶん本当に解っていて使っている。理解しているから使っている―――私の中身がどういうものかを知っていて使っている。だから笑みがこぼれる。どうしようもなく嬉しくなってきてしまう。恋をしたという選択肢が間違いではなかったと確信できる。私達なんかの為に人生を捨てている彼の為なら迷う必要はないと断言できる。

 

「つか女って生き物は結構面倒なんだな。愛しているとかすり寄ったりとか、そういうアクションしなきゃちゃんとそういう気持ちはあるって伝えられないんかねぇ」

 

「それとは別に求める心があるんですよ、女には」

 

 そんなもんだと思う。言葉が欲しいのは別に確かめる必要があるからではない。それとは別に、相手を感じていたいからだ。男とは違って女の心はもう少しだけ複雑で、愛している、愛されていると解っていても相手を求めてしまうのだ。そういう面倒な生き物なのだ。

 

「ま、私は女の中でも飛びっきり面倒な部類ですよ。それでも……見てあげないフリぐらいはしてあげられますし、何がどんな理由であっても絶対に貴方を裏切らない程度には情深いつもりでもありますので、適度に餌を与えてください。偶にでいいですから構ってくれると惚れ直しますので」

 

「……おう」

 

 イストは少しだけ困ったような様子を浮かべてから頬を掻く。

 

「敵わないなぁ」

 

「何時の時代だって女の方が男よりも強いものですよ、ダーリン」

 

「そんなもんかねぇ、ハニー」

 

 じゃあそうですね、と前置きをする。一番出したくない例だが、たぶんこれが一番しっくりくるだろう。

 

「もしも、イングと結婚した場合勝てる未来が見えますか」

 

「無理っす。超無理っす。やだ、尻に敷かれる未来しか見えない」

 

 そう言ってげっそりとした表情を浮かべるイストの姿に笑い、穏やかな午後を一緒に過ごした。

 

 確かな予感を、

 

 凍った時計の針が再び動き出した始めた様な、

 

 チクタクチクタクと不吉な音を鳴らしながら時計の針が次の物語の時へ進もうとしている。

 

 そんな予感を感じながら。



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グラジュエーション

 そろそろかなぁ……。

 

 リビングのソファの上でソーダ味のアイスキャンディを食べながらそんな事を思う。ディアーチェとシュテルは買い物、だから家に残っているのは自分と、ユーリと、イストとナル。割と色々と欠落しているメンバーというか一番の良識が存在していないメンバーだ。ディアーチェが最大の害悪を連れて行ったのが一番功を奏している。これで問題児はユーリ一人になった……いや、ナルもナルで十分問題児なんだが。まあ、ユーリもナルもシュテルも家族なんでもうどれだけ暴れようがじゃれ合いの様なもんだと自分は判断しているのだが。まあ、みんな忙しそうだ、

 

 本当の自分隠したり、なりたい自分であろうとしたり。

 

 でも、そんな事で悩めるのだから僕らは幸せだと思う。少なくともどういう自分になりたいのか、そんな事を考えられるのは間違いなく贅沢だ。だから皆悩むだけ悩むべきで、そして目指したい自分を目指すべきだ。自分のスタンスは最初から一切、欠片たりとも変わってはいない。ただ少しだけ、増えているというだけだ。自分に悩む余地はない。だから自分のセンサーに軽く引っかかる感覚にそろそろだな、と確信する。先ほどの様な疑問ではなく、見知った気配と感覚の接近に間違いがない事を確信する。だからアイスキャンディを口に咥えたまま玄関へと向かう。ダイニングテーブルの方で新聞を広げていたイストが此方へと振り返る。

 

「あん? 誰だー?」

 

「にゃのはとフェイトそん」

 

「お前フェイトの事をフェイトそんって言うの止めなよぉ!」

 

「いいじゃん! あだ名だよあだ名! とりあえず思いつかなかったから適当に付けたんだけどさ」

 

「もうちょっとまじめに考えてあげようよ! クソ、職場なら間違いなく俺が問題児の方なのに家に帰ったらまずツッコミだ。こんな環境絶対おかしい!」

 

「それよりネタを挟まないの?」

 

「今行く」

 

 そこで迷うことなくネタに走るから安心して家族だなぁ、と認識できる。まあ、悪そうな顔をしているが―――この時点でオチは見えている。いやぁ、今日も素敵な(笑)を提供してくれるんだろうなぁ、と半ば確信しつつもイストを追って玄関へと向かう。それを見かけたユーリが途中から合流して、静かに、一緒にイストの背後へと回り込む。ユーリへとアイコンタクトを向け、瞼の瞬きで会話する。

 

『ナルは』

 

『三階で洗濯物干してる』

 

 アイコンタクト完了。これでオチは完全に見えた。ユーリと共に少しだけ後ろへと下がり、リビングから玄関へと繋がる扉から顔だけを出す形で玄関を、イストの様子をユーリと共に眺める。玄関へと向かったイストが動きを止める。静かに、待機する様に、奇襲するかのように息を潜め―――そして家のベルが鳴る。イストが振り返ってくる。ニヤリ、と笑みを浮かべている。その意味は解る。

 

「あいあい、今開けるよー」

 

 そう言ってイストはわざとらしく数秒経過するのを待ってから扉にチェーンをかけ、そしてチェーンが許す分だけ扉を開けた。そしてそこから外へと向かって、

 

「新聞は―――」

 

「えい」

 

 そのわずかな隙間にレイジングハートを挟み込んでくる。レイジングハートが不本意な使われ方に抗議のシグナルを発しているが全力でなのはは無視し、レイジングハートで閉める事を防いだ扉の向こう側へとアクセルシューターを数個浮かべ、待機させる。

 

「せんぱーい! いーれーてー!」

 

「こうはーい! いーいーよ! クソがぁ!」

 

「なのは、本当にそんな芸風でいいの……?」

 

「予想していた砲撃がなかったですね」

 

「ちょっと残念」

 

「そこの二人組は私の事を無差別砲撃マシーンと勘違いしないでほしいんだけど」

 

 ともあれ、扉の向こう側にいたのはフェイト・T・ハラオウンと高町なのはだ―――その図式から見て確実になのはが遊びに来るときフェイトを引きずってきたという感じなのだろうが……フェイトからは若干疲れているような気配がするだけじゃなくて、体の”流れ”が少し淀んでいる様に感じる。察するにフェイトの疲れを感じ取ったなのはが息抜きに自分が遊ぶのと一緒にフェイトを引っ張ったのが正解……なんだと思う。表面上は狂っている様に見えていて根本と性格は全く変わらないタイプの女だ、なのはは。この性格がマジであるところが一番頭がおかしいが、それでも根本が変わってないというのも十分頭がおかしい。

 

 こんな存在を生み出すんだから地球は本当に修羅の世界。マテリアルズ事件、闇の書事件、PT事件、ギアーズ―――一体あと何回滅亡の危機やら高レベル魔導師を生み出せば気が済むんだあの世界は。まあ、たぶんもうあの世界と関わる事は永遠にないだろうし気にする事は止める。別にあそこは故郷でもないし。

 

「お前また犠牲者連れてきて何やってきてんだよ……」

 

 イストの呆れたような目に、なのははわざと、あざとくにゃはははと笑い、そして今までのふざけていた気配を完全に払拭していた。その気配に驚くのは自分だけではなく、フェイトとイストもそうだった。予想外に今日に関しては真面目な内容だったらしい。ほむ、と声を漏らしながらリビングへと戻る。

 

「では来客用のケーキでもだしますね」

 

「毎週襲来するからケーキを買い置くクセがついちゃったよねぇ」

 

「……む、もうやっていたか」

 

 階段から降りてきたナルが合流する。これで今我が家にいる面子は全員そろった。とりあえずは来客の準備だ。何の用事かはその後で知ればいい。”中途半端にもてなしたのであれば我が家の品格が疑われる、しっかりやるが良い”と言ったのは王の言葉だ。それを守るためにも準備を進める。

 

 

                           ◆

 

 

 リビングのソファでくつろぐように座る。フェイトにはまだだいぶ遠慮が見えるが私服姿で、それもめちゃくちゃくつろいでいる様に見えるなのはの場合は完全に見た目通りだろう。くつろぎに来ている。片手でケーキの乗った皿を持ちながら遠慮することなくケーキを食べている姿は図々しいなんて言葉がピッタリと似合う。

 

「いやぁ、私の為にいつもいつもケーキ用意してもらって悪いね」

 

「そう思うなら来るなよ」

 

「用意してくれるなら行かなきゃって使命感が出てくるの」

 

「誰かこいつ殴れよ」

 

「ごめんなさい、ごめんなさい……!」

 

 唯我独尊のなのはに対してフェイトはそのなのはの行動に対して謝る。もう、なんだか見ていて可哀想になる光景だ。こういうのは大体パターン化されている。自分の経験を含めた予想であればこの先、フェイトはなのはの横暴によってストレスが溜まりに溜まって、一点でそれが爆発してはっちゃける。……うん、自分がこうなのでフェイトも大分そっち系の資質はあると思う。まあ、そんな事はともかく、

 

「で、二人は今日は何をしに来たの?」

 

 そこでフェイトはなのはへ視線を向ける。

 

「なんで私連れてこられたの?」

 

「無駄に美少女率を上げて家主一人だけが男という状況で精神的に追い詰めようかなぁ、何て」

 

「どこの馬鹿だこいつをこんなにしたのは!」

 

「貴方ですよ」

 

 ユーリの的確なツッコミにイストがそうだったなぁ、と呟いて項垂れる。管理局のエースオブ・エースがこんな風になるとは一体誰が想像できたのだろうか。少なくとも自分が持っているデータでは高町なのはは正義感が強く、そして真面目な人物だった。そして同時に、それを体現する様な人格の持ち主でもあったはずだ。だが今はどうだろう。ただのヤンキー化しているような気もする。この様子を両親へと送ったら多分嘆き苦しむどころか発狂するんではなかろうか―――あ、悪戯になりそう。今度可能かどうか考えてみよう。

 

「で、にゃのは……めんどくさいからなのはでいいや」

 

「あだ名で呼ぶことはアイデンティティじゃなかったの!?」

 

「僕も本来のオリジナルの様にへーととかって呼ぼうかと思ったけどキャラ被るしあだ名設定は適度に使うことにしたんだ」

 

「そこ絶対設定とかって言っちゃ駄目だと思うんだ!」

 

「大丈夫大丈夫―――ほら、僕達って割と自由にやってるから芸風変わっても違和感ない」

 

「芸風って言っちゃうんだ……!」

 

 フェイトのツッコミが激しくて少しだけ楽しくなってくる。基本我が家ではボケは垂れ流し状態でイストでもなければツッコミが来ない。だからネタに走るのはいいが扱いは割と辛辣だ。こうやってリアクションを即座に叩き込んでくるタイプの人間はいいなぁ、と思う。我が家の新人ナルはボケを殺してくるのでいけない。ボケの解説を求められた時には激しく死にたくなってくるのでナルの前でのボケはかなり危険な行為だ。

 

「で、何の用でここへ来ているんだ。何か用事があって来ているのだろう?」

 

 ナルの言葉にそうだよなのは、とフェイトがいってなのはの方に視線を向ける。それに倣う様に視線がなのはへと集まりなのはがケーキの乗った皿をテーブルの上へと置く。そうすると再び玄関で見せた様な真剣な雰囲気を纏い、そしてゆっくりとイストへと向けて頭を下げた。

 

「―――短い間でしたがお世話になりました。教わった事絶対に忘れません」

 

「……あぁ、ついに行くのかぁ……もう、そんな季節かぁ……」

 

 主題が抜けている。イストとなのは以外が何の事かは解っていない。だがそれが二人にとっては意味のある短いやり取りであるという事は容易に想像できた。なのはの珍しく真剣な表情を見ればそれは解ってしまう。……ただ、ある程度は予想がつく。それは、

 

「戦技教導隊ですか」

 

 ユーリが見抜き、なのはが頷いて肯定する。

 

 戦技教導隊への異動はなのはの本来の目的だ。その為に空隊へ、イストと同じ隊へと所属したのだ。……本来はキャリアの為だけの入隊だったが、それがズルズルとここまで伸びているのだ。なのはも割と長く所属した方ではないかな、と思う。それをイストがどう判断するかは解らないが、本来の目的へと戻るのであれば丁度いい頃なのではないかと思う。個人的な意見だが、若すぎる娘が他人への教導を目的とする教導隊へと入っても邪魔になるだけだと思う。

 

「まあ、本来の目的から離れてすっごい楽しんじゃったけど、いい加減本来の目的を思い出して教導隊へと移った方がいいのかなぁ、何て思い始めたんだ」

 

「推薦は?」

 

「隊長から貰ったよ。今までの功績と合わせて文句なしだって。教導資格もこの前取得したし、本当に6隊でやる事なくなっちゃったんだ。気持ちのいい場所だったけど、やっぱり夢は叶えたいし……私、前に進むことにしたよ」

 

「そうかぁ……」

 

 感慨深げにそれを言うイストの姿を見て、軽く自分たちが蚊帳の外である事に気づく。まあ、少しだけ悔しいが別に取られるわけでもないし、一緒に相棒として働いていた二人なのだ。苦境をともに乗り越えてきただけに思う所はあるのだろう。ここは二人っきりにした方がいいんだろうなぁ、と思い、ソファから立ち上がる。

 

「話を聞くのに飽きたからゲームで遊んでくる!」

 

「高町なのはに興味がないんで混ざってきます!」

 

「少しはオブラートに包めよ貴様らぁ!!」

 

 やれやれ、とナルが呟いて立ち上がる。別のテレビとゲームは二階に置いてある。だから上に上がろうとすると、笑顔でうん、と呟いて首をかしげるフェイトがいる。

 

「そこで察すことができないから……」

 

「アレ、何で私物凄く微笑ましい視線で見られているの……?」

 

「回収しまーす」

 

 ユーリがフェイトの横へと回り込むとフェイトをソファから持ち上げてそのまま運んでゆく。

 

「え、私持ち上げられていうか力強っ!」

 

「最終兵器ですから」

 

 ものすごく最終兵器と言う言葉が安い気がする。ともあれ、イストとなのはの方を見れば此方の意図を察してくれてありがとう、と唇の動きだけで伝えてきてくれる。別にどうと言う事でもない。なのはの為ではなく、イストの為なのだから。彼が後悔の無い生き方を、楽しい生き方をできるのであればそれでいいのだ。

 

 というかそもそもなのはもフェイトも最初から今まで欠片も信用してはいない。信頼もしてはいない。

 

 この女二人は身内や味方、家族よりも己の”信念”を絶対に選んでくるタイプの人間だ。極限の状態で味方が敵へと回った場合、己の信念と正義へと照らし合わせ、それに反するものであれば打倒し、そして自らの意見を通すタイプの人間だ。

 

 僕たちの様に家族の為であれば主義主張を捨てる事のできるタイプの人間ではない。

 

 だから絶対に信用できない。

 

 言葉を言い換えれば―――彼女たちは敵になる可能性が存在する。それが欠片でも存在しているのであればそいつは絶対に信用も信頼も出来ない。時が来たら笑顔で斬り捨てられるようにならなければいけない―――それが力のマテリアルだ。

 

「レヴィ? どうしたんですか?」

 

「うん? なんでもないユーリ。それよりもレーシングゲームやろうよ! 僕フェイトそんをバグ技で苦しめたいから!」

 

「ゲス顔を披露してないで正々堂々と戦え」

 

 僕は変わってない。僕は変わらない。大事な事は忘れないし何も違わない。だから今はこれでいい。平和で、問題が無くて、そして遊んでいる時はこのままでいい。僕は馬鹿でアホでいられるから。……こんな時間が永遠に続けばいいのに。

 

 ありえないと解っていても願わずにはいられなかった。

 

 誰よりも、自分自身がありえないって理解していたから。




 家族以外はどうでもいい。可能性があるなら十分。レヴィの理論ですな。そしてなのは=サンついに卒業おめでとう。キチガイ、人を教える座につく。


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クローザー・バイ

 ―――運命と言う言葉は人が思うよりも遥かに重い。

 

 運命を戯言や、ロマンチズムで語る人間は多い。何せ運命という言葉は聞こえがいいからだ。それを口にしたら大抵の出来事に対して説明がついてしまう。考える必要はない。何よりも運命とは理不尽だ。誰よりも無情であり続けると人間は思考する。そしてそれはある意味正しい―――何故なら運命というものは存在する。そこに、確かに存在するのだ。それをはっきりと認識できる人間はおそらくこの世には正しく存在しない―――私を抜いては。

 

 だから運命という言葉を私は信じている。おそらくこの世界―――次元世界全てを回っても私以上に運命と時が生み出す残酷さを信じている存在はいないと断言できる。何せ私は運命を理解している。それがどういうものであるかを解っている。だから誰よりも運命という言葉を信じているし、それがどうしようもない幸運と悪意の塊である事を知っている。

 

 ―――そんな事を思いつつ夢を見る。

 

 浮かんでいる。沈んでいる。沈められている。漂っている。その表現に意味はない。ただそこで存在していた。気づいた時にはそこに存在した。多くの情報と記憶と共に。存在していた。自分が何であるのか、どういう機能を持っているのか、どういう存在で何のために生まれてきたのか―――それらが全て記録されていた。そうして己を満たしていたのは虚無だった。

 

 なんだ、その程度か。こんな存在だったのか。

 

 落胆と諦めと絶望と虚無。夢は何時もそれで始まる。失敗作。他の三人と比べて自分は失敗し、そして未完成品―――本物の劣化というレッテルが常に張り続けられている存在だ。故に夢は絶対にここから始まる。調整槽の中で姿を隠す事も動く事も出来ず、ただ調整と仕上げを行われ放置される日々。故に感じるのは虚無。得るのも虚無。そこにはマテリアルズの一員としての自覚も誇りもあるが―――繋がりはない。調整槽の中では限りなく孤独で、無だ。

 

 だから、貴方に恋をした。一目惚れをした。そこに運命を知った。その先の運命を知った。修羅の道であると、いばらの道であると知った。それでもそれが絶対的に必要なものだと、満たされるものだと、絶対不変の価値であると理解した。それだけは絶対に手放せないと理解してしまった。全細胞が見られただけで熱くなる。―――あの出会いは、運命だった。

 

 見つけて貰ったあの瞬間から―――七年前に仕込まれた全ての歯車が動き出した。

 

 

                           ◆

 

 

 そして夢から目覚める。目の端には少しだけ涙があるのを自覚する。それを左手で拭おうとして、左手が何かを掴んでいる事に気づく。起きた瞬間には眠気が消えているので確認は早い。そうやって確認する左手は暖かなものを握っている。―――手だ。硬くて、大きくて、そして大好きな手だ。視線をそのまま動かしてゆけばその主、イストがベッドの横で開いているもう片手を上げてくるのが見える。

 

「おはよ」

 

「……おはようございます」

 

 朝一番に彼の顔が見れた。今日は素晴らしい日になりそうだと確信しつつ、手を離さない。

 

「お前、起きるのが遅かったから起こしに来たんだけどいきなりガバっと手を掴むからどうしたもんかと思ったぞ。なんだ、嫌な夢でも見たのか?」

 

 そう言ってイストが指で目の端の涙をぬぐってくれる。計画通り、と心の中でガッツポーズを取る。それと同時に心を歓喜が満たしていた。見られている、触れられている。今、この瞬間だけは私が彼の存在を独占していると。それを認識して笑い声が漏れそうだった。この程度で幸せを覚えるのだから自分は安い―――今はまだ。

 

「大丈夫か?」

 

「あ、はい、問題ないです」

 

 少し悶えていただけなので全く問題はない。それを表面上に表わす事は全くないが。ともあれ、イストは振り払うだけの力がないので此方から手を離さない限りは離れる事も出来ないのだ。それを思い出すとなると少しだけ悪戯心が湧いてくる。イストの手を解放せずに、そのまま近くへと寄せる。

 

「ゆ、ユーリちゃーん」

 

「ぐいぐい」

 

 イストのバランスが崩れて前のめりに、上半身をベッドに乗せる形でゆっくりと倒れてくる。そして倒れてきたイストの両腕をもっと深く抱く。具体的に言うと”胸と両足に挟む様な形”で挟み込む。その為に体が少し方向転換するが、それは些細な問題だ。とりあえず最近自己主張が少しずつ激しくなってきた胸と、そして若さたっぷりの両腿で挟む様に腕を捕獲する。作業完了。イストがベッドから持ち上げる頃には完全に腕の捕獲が完了している。

 

「ユーリさぁーん」

 

「ちょっと攻勢に出てみました」

 

「自分の服装を見てから行動してよ!」

 

 自分の服装を見る。それはもちろんパジャマではない。何せ最近の夜は暑いのだ、八月にでもなればそんなものだ。だけど自分はエアコン派ではないので基本的に窓を開けっぱなしにして、上に何もかけないで寝るのが就寝時のスタイルだ。ただこれだとまだ寝汗を掻く事も多いので―――寝る時は下着姿で寝ている。レヴィ辺りが割と容赦なく下着姿で廊下を歩き回る姿が多々目撃されているのでこの元保護者、現狙われ中の男も見るのは慣れているだろう……だが接触はどうだ。最近体が育ってきていて胸も自己主張する様になってきた。軽く挟む程度であれば十分にある。

 

「あー……」

 

 少し困った様子から、

 

「ユーリー、はーなーせーよー」

 

「ちっ、まだ悩殺には程遠いようです」

 

「まだ考えるには早いっての」

 

 イストを解放する。もう完全に目が覚めているのでそのまま体を持ち上げると、部屋の扉の向こう側に今回の作戦が通じなかった戦犯が―――ナルが立っている。それも体を半分だけ隠す様なポーズで、部屋の中を窺うようにしている。それで一回振り返って、廊下の奥を確認する様にしてから再び部屋の中へと振り返り、

 

「―――この泥棒ネコ!」

 

「お母様!」

 

「ノリがいいなぁ、お前ら」

 

 廊下の奥からシュテルとレヴィがイエーイ、と言う声がする。まず間違いなくナルに要らない芸を仕込んだのはあの馬鹿二人だ。でも自分もあの二人並に馬鹿なので実際はそう強く馬鹿って言えるわけではない。というかナルに学習能力と言う機能は存在してないのだろうか。ネットへと接続して検索すれば一瞬でどういう事をしているか解るだろうに、完全にデバイスとしての機能が活躍していない。唯一思考能力と演算力が色ボケ方面でフル稼働してデレデレになっている。……そのせいで全くこっちが通用しない。

 

 スタイル差が絶望的過ぎる。せめてあと数年成熟に必要だなぁ、と改めて自分とナルの姿を確認して確信する。

 

「まぁいいや。それよりも―――」

 

 イストがそこまで言ったところで、一階から声が聞こえる。

 

「―――貴様ら何時まで遊んでいるのだ!! いい加減降りてこないとメシをしまうぞ!」

 

 ディアーチェを怒らせる事だけは駄目だ。さっさと起きる事にする。

 

 

                           ◆

 

 

「御馳走様でした」

 

「お粗末様でした」

 

 食べ終わるとディアーチェが食器を片づけ始めるので、それを手伝うために食べ終わった食器を集め、重ね、そして台所へと運んでゆく。それをシンクへと降ろすと、ディアーチェがありがとう、と言って洗い物を始める。ここで逆に手伝うと効率が下がるから一人でやっていた方が圧倒的に良いらしい。少し寂しい話だ。が、台所の支配者の言葉なので従わないわけにはいかない。手を軽く洗って拭いてから、台所からでる。

 

 こうなると少々暇になってくる。実の所我々の立ち位置は結構微妙な所だ。保護者としては間違いなくイスト名義なのだが、年齢がそう違わない上に戦闘能力は非常に高い。だから職に安易につかせるわけにはいかないと、アルバイトさえも今は出来ない。だから基本的に一日を遊んですごすか、イストの手伝いをするしかないので暇が多い。シュテルなど最近は14歳の少女と19歳の青年の恋愛小説を書いてネットにアップしている。個人的に面白いと感じるがどう考えてもシュテル自身がモデルになっているのは気に食わない。後で絶対に荒してやろうと思いつつも、リビングのソファへと座る。もちろんイストの隣だ。

 

「今日は仕事があるんですか?」

 

「そりゃああるよ。一応社会人だし」

 

「むう、残念ですね」

 

 仕事がないのであれば一日中引っ付いているのだが、それは叶わないらしい。というかできたら本当に一日中引っ付いていたいものだ。そう思うと仕事の関係でよく連れ出されるナルの存在が羨ましい。

 

「ディアーチェ、洗濯物終わったぞ」

 

「む、では三階から掃除機をかけておいてくれ」

 

「解った」

 

 すっかり家事をやっている光景がにあって来ているというか、エプロンの似合う人物になってきたような気がする。あざとい係は割とディアーチェの領分だった気がするが、段々と夜の相手をしてもらえているナルが優勢になってきている、これはこれでヤバイのではなかろうか。何というか、一人だけ好感度がドンドンあげられている感覚だ。

 

「むー」

 

「おいおい、如何したんだよ」

 

 イストが此方の唸り声に心配して視線を向けてきてくれている。こんな細かい所で一々気を使ってくるのだから嬉しい。それを表現するためにももう少しだけすり寄って、そして体を預ける。イストのリハビリ自体はつい先日完了して、そして両腕以外であれば完治している状態になっている―――前の様に動くにはやはり運動は必要だが。

 

「別に、何でもありませんよ。ただこうやって一緒にいられる時がやはり幸せですから」

 

「うんうん、そうそう!」

 

 ポン、とレヴィが新聞を広げていたイストの股の間に座り、新聞の邪魔をしてくる。若干困ったように両手を上げて新聞を避難させていると、逆にシュテルが座り、自分と同じように寄り添うように座ってくる。座る前に此方を見てニヤリ、と笑みを浮かべたのは間違いなく牽制行為だ。あとで小説の感想を荒す事を使命として認識しつつ、

 

「どうですか、世間一般では物凄い魅力的な美少女達に囲まれていますよ?」

 

「ネットへといけば需要たっぷりのお年頃です」

 

「勃たないのでアウト」

 

「ホントだ」

 

「確かめようとするな……!」

 

 股の間に座るレヴィの頭を掴んでぐりぐりとイストが拳を突きつける。その痛みにレヴィが軽い悲鳴を上げている間に思う。こんな時間が大好きだ。こうやってイストといられる時間が愛しい。毎日馬鹿で居られる時間が楽しい。この時間が永遠に続かないと思うと悲しい。そう、永遠はない。この世に絶対は無いように永遠なんてありえない。望んでもいけない。

 

「……ユーリ? 泣いてるの?」

 

 真っ先に気づいたのはレヴィだった。降りて立ち上がると心配そうに此方を見てくる。何時の間に自分はこんなに感情豊かになったのだろうか。何時の間にこうやって悲しみを我慢出来ない様になったのだろうか―――あぁ、私は変わってきている。確実に、少しずつ。それが理解できるし、自覚しているし、恐ろしくもある。私は兵器。未完の兵器。そもそも心を持たせてはいけなかった存在。エグザミア、その試作で未完成品で、そして凶悪な兵器を宿した存在。

 

 何よりもこの空間を守りたいと他の皆同様思っている。それが壊されるのであれば間違いなく本気で持てる全てを使うだろう―――あの時の様に。

 

「なんでもないですよ。ちょっと目に髪の毛がはいっちゃって、それだけですよ」

 

「お前髪の毛長いからなぁ……」

 

「だってイスト前こっそり言ったじゃないですか―――髪の長い女性がタイプだって」

 

 瞬間、その場にいる全員が動きを止めた。キッチンで洗い物をしているディアーチェでさえ動きを止めた。そしてシュテルもディアーチェもショートカットの己の髪に手を伸ばし、そして軽く触れる。レヴィに関しては勝ち誇った勝利と共にポニーテールにしている髪をイストの前で揺らしている。今にも逃げたそうな表情をしているイストの表情に軽く苦笑しながら、

 

 あぁ、と悟る。

 

 ―――長くないなぁ。

 

 明確に何が、と理解できているわけではない。ただ漠然とした認識でもう長くはない、ということが理解できた。そしてその時が来たら―――ついに始まってしまうのだろう。始まるのだろう。始めるのだ。

 

 愛という免罪符の下に狂う少女達の話が。




 キチろうと思ったけど本番前だしピコンピコンさせる程度で許したる


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ゲティング・トゥ・ザ・エンド

 ふむ、と軽く自分の手の中にあるものの感触を感じ取る。大分慣れてきたこの編み物にも熟練の技術というものが少しずつに滲みだしているな、と軽く自画自賛しておく。何せ家族には店の商品と全く見分けがつかないと褒められている。誇らないで一体何を誇るというのだ。家族の声があればそれだけやる気が出るというものだ。だから今回も割と上手くできたと自負している。今回はレヴィ用のマフラーだ。冬場でも遠慮なく動き回るから長いと逆に邪魔になる。だからその為に短めに作ってある。そして色はもちろん水色。違う色で編むと地味にぶーたれるので面倒な事この上ないが、受け取った時の表情が物凄く良いものなので苦にはならない。

 

「さて、これぐらいか」

 

 丁度水色の毛糸を使い終わった形だ。レヴィのマフラーは水色一色。おかげで使う毛糸の量は多いが、もう何年もやっているとその量も覚えてしまう。まあ、身体の方が成長してきているのでそれに合わせてマフラーも少しずつ長くしてはいるのだが。まあ、これでレヴィの分は完成だ。周りを見ればレヴィの姿はない。が、探そうと思えば、

 

「王様、僕を探したー?」

 

「うむ、丁度終わったぞ」

 

 察しがいいというか家内の事を完全に把握しているのか、気配だけでこっちを察して何時の間にか現れてくる。相変わらず神出鬼没ながら頼もしい臣下であると思う。ともあれ、レヴィを手で近寄る様に示すとマフラーを手に取り、それをレヴィの首に巻く。シンプルに水色だけなのはつまらないのでデザインは水色が全体のベースに白で地球の英語でレヴィ・B・ラッセルと書いてみた。他にも細かいデザインとかいろいろやっているのだが、それをレヴィに見せるだけ無駄だろう。服装に関しては、そういう細かい所は気にしないやつだ。だから首に巻き終えると、レヴィは顔を輝かせて、此方に抱きついてくる。

 

「ありがとう王様!」

 

「うむうむ、外で遊ぶのなら風邪を引かぬように気を付けるのだぞ」

 

「はぁ―――い!」

 

 そのままレヴィが玄関へと走って行く姿を見る。テンションが上がったのでそのまま庭で雪だるまでも作るのだろう、と外で振り続ける雪を見ながら思う。また雪の降る季節になったな、と。少し前までまだ十月だったと思っていたのに―――気が付けばもう既に十二月で、年末が直ぐそこへ迫っている。これが地球だったらクリスマスやらで色々と準備しているのだが、クリスマス文化はミッドチルダにもベルカにも存在しない。だから特にお祝いする事はないのだが……流石に新年を迎える時は盛大に派手にやっている。まあ、それもまだ数日あるので買いこんだものを使う機会はその時だ。

 

 と、リビングから裏庭を見るとマフラーとコート姿のレヴィが早速雪を集め、そして転がし始めている。テンションが高い所を見ると十分に喜んでもらえているらしい。そうと解ると製作者としては嬉しいものだ。次に作る編み物にも熱意が注がれるというものだ。だからテーブルの上に置いてある毛糸の玉を見て、どの色を使うか悩む。次に作る、というか最後に回ってきたのがイストの分だ。一人だけ成長がないので去年のものを使えばそれで済むのだ。

 

 それに結構物は丁寧に扱うタイプなのだ、アレは。ああ見えて自分の使う道具はメンテするし、直ぐに捨てるのは勿体ないとかで新聞を溜め込んでおくクセがあるし。その度に要らないものを判別して捨てる此方の身にもなってほしい。まあ、こうやって作った物を大事に扱われ続けるのは素直に喜ばしい事だ。だが、これとそれとでは問題になってくる。マフラーもニットキャップも手袋もセーターも作ってしまった。となると次に作る物がなくなってしまった。困った。実に困った。何も作らないのはというのは不公平であって個人的には許せない事だ。となると意地でも何か作らないと気が済まない。とはいえパっと思いつくものがない。

 

「イス―――」

 

 と、そこまで口にしたところで思い出した。

 

「ダーリンならいませんよ」

 

 ひょこり、と現れたシュテルがキッチンへと向かいながらそんな事を言う。ダーリンと呼ぶそのセンスはひとまず置いて、そういえば今朝は早めに出かけてしまった事を思い出す。無論、本日も仕事だ。仕事の都合上ナルと二人で出かけたのだ……あそこへと。

 

「ストラトスなぁ……」

 

「覇王イングヴァルトのクローンの”オリジナル”でしたっけ」

 

「であったな」

 

 アインハルト・ストラトスという少女は幼いながら高い知性と才能を見せているらしい。まだ年齢は六歳であるのに、そんなレベルは飛び越えている、というのがイストの談だった。廃れつつある覇王流の奥義や動きの数々を本流の人間に教え、そしてそれを維持するのが再現に成功した人間としての役目であり、そして聖王教会へと所属し、騎士となった本当の役割らしい。イストもアインハルトという少女も伝承を伝えるための道具として認識されているのは純粋にかわいそうだと思うが……まあ、それ以外は自由だし別にどうでもいいという考えもある。

 

「ま、どうでもいい話ですよ。薬にも毒にもならない存在です。覚える必要がありませんね」

 

「貴様は両極端だなぁ」

 

「私の世界は私の周りだけなんですよ。それ以外の有象無象は正直どうでもいいんですよ。この生活さえ壊さなければ私は幸福で居続けられますから。ですからアインハルトなる塵芥が別にダーリンに師事していようとも、此方にそれ以外で関わる気が無ければどうでもいいんですよ。所詮はその他大勢の他人なんですから」

 

「お前はなぁ」

 

 もうちょっと協調性という言葉の意味を理解できないのか、と言いたい所だがどうにかなるものでもないし、強制するものでもない。自分も割と視野が狭いので人の事は言えないが、表面上の付き合いさえ拒絶するのは流石にヒッキー過ぎるのではないだろうか。というか我が家の面子がどいつもこいつも家族は家族、その他は他人という認識をしてしまっている。元々はこんな感じじゃなかったんだが……一体どこで狂ったんだろうなぁ、と軽く思考する。確実にどこかに”分岐点”は存在しているはずなのだ。……まあ、困るものでもないし良い環境だし、文句を言う必要を欠片も感じないのでこのままなのだが。

 

 ま、未来の覇王に関しては完全放置だ。どうにかするってわけでもないし、その部分に関してはシュテルと同意見だ。だが最低でもご近所へはもう少しだけオープンになってほしい。何せご近所付き合いで何気に助けられる事は多いのだから。……まあ自分が頑張っているのだからいいやって、部分もある。こいつらにコミュ能力を期待するの方が間違っているのだろうと最近では結論付けている。

 

 窓から裏庭を見る。レヴィが二つ目の雪玉を作り始めていた。それを眺めながら思う。これでもう三度目の冬だと。一年目の冬は馴染もうと頑張って……二度目の冬は愛しくて……そして、三度目の冬は手放せない。時が経過するごとに深まって行く愛情と絆。体を縛る鎖の様に己の身を縛り続けている。何が最善なのか、何が正しいのか。それを自分は理解している。だがそれとは別にこの環境と状況に縛られる己はそれを喜んでいる。頼られる事を望んでいる。

 

 ……すっかり乙女になったなぁ、我も。

 

 当初はこんな風になるとは全く思いもしなかった。

 

「あ、シュテル、それ以上クッキー食べるのならおやつは抜きぞ」

 

「我が王、ちょっと交渉しませんか」

 

 シュテルの声が震えているが交渉の余地はなしと断じるとシュテルが絶望した表情で食べ続けようとしていたクッキーを戸棚に戻す。全く油断も隙もありゃしない。これ以上食べるのであればおやつ抜きを真面目にやるつもりだったが、シュテルはそこらへん聞き分けがいいので実に助かる。これがレヴィやユーリだと見てない隙にフラッシュムーブとかで盗む食いするから面倒だ。その場合は容赦のないバインドが襲ったうえで家主にベルカ式スパンキングという悪夢の一ページが再び開かれるのだが。

 

「ふふふ」

 

「王?」

 

「いやな」

 

 楽しいなぁ、と思う。馬鹿やって、未来の心配をせずに騒げるこの日常が何よりも愛おしくて、そして美しく見える。だから楽しい、嬉しい、そして幸せだ。その事に疑いはない。だが空気に感じさせるこの感じは―――間違いなく何かの終焉だ。いや、己を騙すのは駄目だディアーチェ。貴様には解っているはずだ、と己に言う。この空気に漂っている感じの正体がなんであるかを、知っている。前にも感じた事のあるこれは”終焉”の匂いだ。

 

「楽しいなぁ、シュテル」

 

「そうですね、王。毎日が楽しいですね」

 

 だから胸を寂しさと苦しみが襲う。この時間が永遠に続けばいいと願っても、そんな事は不可能だと解っている。そういう運命の下に生まれてしまった故として、完全な平穏は諦めなくてはならない……それでもこんな平和な時間が過ごせただけ我々は幸福だったのかもしれない。いや、間違いなく幸福だった。たとえこの先何があろうとも、そして今までの事を見て、我々が幸福であった事実は何者にも覆せない。だから……我らはこれでいいのだ、と断じる。幸せだった。……あぁ、幸せだったんだ。もう、十分に幸せでいたんじゃないだろうか。

 

「我なぁ、空気は読めないけど結構人の心は読めるんだぞ?」

 

「前半が軽く致命的なんですが大丈夫ですか王」

 

「というかディアーチェが空気読めないとか我々の地雷属性っぷりと比べると遥かに良い方じゃないんですか? 愛が重いし、地雷だし、いつ爆発してもいい様にスタンバイしているし。これでもか、って位に地雷女ですよ私達」

 

 そう言いつつユーリがよいしょ、と言いながらソファの開いている所に座ってテレビをつける。昼のワイドショーがテレビに映し出され、そしてそこに出ている時間は既に二時過ぎを伝えていた。もうそんな時間なのかぁ、と呟いたところで、テレビに見た事のある人物が映し出されていた。

 

 高町なのはだ。

 

「お、教導隊の特集のようですね」

 

 他にも教導官の姿がテレビには映し出されている。知り合いの登場に一旦口を閉じてテレビの方へと視線を向けていると、レポーターがなのはにインタビューを初め、指導される側は一体どういう気持ちなのかをレポートしている途中でレポーターがなのはに掴まり、そして無理やり訓練に参加させられ―――そして桜色の砲撃を叩き込まれていた。いやぁ、良いものを見ましたとユーリが言いながらチャンネルを変えた。相変わらずキャラが濃いなぁ、と思っていると。

 

「甘いですねなのはは。あそこはすかさず二発目を叩き込んでも許される流れです」

 

「教導官がレポーターをリンチしてどうするんだ貴様」

 

「私に、私にルシフェリオンがあればお手本を披露できるのですが……」

 

「残念そうな事を言っても貴様が残念である事実に変わりはないぞ」

 

「ディアーチェ、座布団一枚進呈です」

 

 五月蠅いわと言い返し、軽く溜息を吐く。まあ、こんなばかなノリはずっと続いて行くのだろう。それこそ場所や時が変わっても。この形が理想で、そして立場が変わっても守り続けたいものだと思うから。だからそれが薄氷の上で行っている茶番だと解っていても、砕けるその日まで全力で自分たちは、道化を演じ続けるに違いない。……それが、我々流の愛の示し方なのだから。何も愛を語ったり、触れ合ったり、睦みあったり―――それだけが愛の示し方ではない。これもまた、一つの愛の示し方なのだ。

 

 だからなぁ―――。

 

 溜息を吐いて、そして座っているユーリへと視線を向ける。

 

「ユーリよ」

 

「なんですか王」

 

「あと何か月ぐらい持つと思う?」

 

 そうですねぇ、とユーリは呟くようにして軽く首を捻る。何かを思い出すかのように少しだけ目を閉じて、そして再び開き、此方を見ずに、テレビへと視線を向けたまま答える。

 

「あと五か月……いえ、四か月と言ったところでしょうか」

 

 短いなぁ。

 

「短いなぁ……」

 

「ディアーチェ……」

 

 何が原因なのか、何が来るのか、それは解らないが―――この生活を終わらせるような何かが近いうちに起きる事だけは解っている。だから終わりの近い事実に嘆くしかない―――そして、また進むのだろう。何処かへ。何かの為に。何かを成す為に。しかし、見くびらないでほしい。黙って受け入れる程我々は決して甘えさせてやらない。……なにかをやるなら一緒だ。

 

「今度ばかしは混ぜて貰うか」

 

「お留守番は辛いですもんね」

 

「ついにエンシェント無双ですか」

 

「引っ込んでろ」

 

 苦笑しながら来る未来の事を思い、そして覚悟する。笑いあえる未来である事を切に願って。

 

 と、そこでコンコン、と窓が叩かれる。外へと視線を向ければレヴィが雪だるまを重ね終わり、そしてそれを装飾しようとしていたところだった。それを見て適当なものでも渡しておくか、と編み物セットを置いてキッチンへとにんじんやら何やら、雪だるまに使えそうなものを探す。

 

 ……あぁ。

 

 便利な女でいてあげるつもりは一切ない。

 

「そろそろかなぁ」

 

 家族で話し合う必要があるなぁ、と思いつつ今日もまた、くだらない日常で幸福を感じる。




 おかしい。王様だけ地雷の気配がしねぇ。


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リアライゼーション

「―――旅行?」

 

「おう、そうだ。旅行だよ旅行。」

 

 そう言ってゲンヤ・ナカジマが手に握って見せるのは数枚のチケットだった。水色のそれはゲンヤの手の中でヒラヒラとしているが、軽く数えればそれが四枚、人数分ある事が確認できる。そして旅行と言われると……それが海外―――世界外旅行用のチケットである事が理解できる。民間での次元航行船、ひいてはリゾート用世界への旅行というのはそう珍しい話ではない。だがそれなりにお金がかかるのだ、旅行というものは。だからボーナスが入る訳でもないこの時期に、四月にいきなりチケットを持ち出して旅行、何て言うのは軽くおかしな事態だ。すぐ横で目を輝かせているスバルは、そんな事を全く気にしていないようだ。

 

「旅行!? 本当に!?」

 

「おう、マジだぞ! それに―――」

 

「―――懐は一切痛んでないから気にするな、ですよね」

 

「む」

 

 ゲンヤのリアクションで大体察した。このチケットはゲンヤが購入してきたものではない。貰ったものだろう。そしてそうやって世話を焼いてくる人物が誰かわかっている。チケットの出所を把握されたゲンヤが表情をしまった、何て解りやすく変えてくる。その表情を見るに、このチケットの出所は間違いなく”あいつ”で、そしてあいつの差し金なんだろう。そう思うと―――。

 

「っ!」

 

「あ、おい」

 

 次の言葉が聞こえる前に体は自室へと向かって走っていた。

 

 

                           ◆

 

 

「あー……」

 

「ティア……」

 

 娘がそう言って走って行った娘の親友の後を見る。スバルは本来もっと内向的な少女だったのだが、色々と出会いを重ねた結果いい感じに明るい少女になった。始まりはティーダやイストの馬鹿どもだが―――間違いなくこうやって他人を思いやれる少女になったのにはティアナの影響がある。だからできる事ならティアナにも元気になってもらいたいものだが、いまいち踏み出せないか、と小さくつぶやく。

 

 と、そこでティアナの後を追おうとするスバルの姿を見つける。優しくその肩を掴んで、そして頭を横に振る。

 

「もうチョイ待ってなスバル」

 

「でもティアが」

 

「誰だって一人で考えたいときがあるのは知っているだろう? もうちょい待ってやれ―――お前の出番はもう少しだけ後だよ」

 

「……うん」

 

 聞き分けのいい娘でよかったなぁ、と思う。スバルもギンガも、クイントがいないのにちゃんと育ってくれた。スバルなんかは一時期物凄い勢いで引きこもっていたが……それでも変わる事が出来た。だからティアナも不可能ではない。いや、もう既に変わってきている。それはハッキリと見えている。ただ―――

 

 

                           ◆

 

 

「―――理性と感情は別物よ」

 

 そう言ってベッドに倒れ込む。嫌だ嫌だ嫌だ。

 

 今の私―――嫌な女だ。

 

 日頃から兄にメンドクサイ女になるな、と言われていてめんどくさい女とはいったいなんだろうと迷いもしたが、今になってその言葉の意味が理解できるようになってきた。そして若干手遅れなのでごめんなさい、と心の中で兄に謝っておく。どう足掻いても今の自分は面倒な女だ。理性ではどうやっても理解しているのだ―――彼の活躍を、そして何が必要だったのかを。……もう既に一年が経過しているのだ。これだけ時間が経過していれば馬鹿でも落ち着く時間は出来る。

 

 あの時の兄を見れば……兄が満足していたのは明白だ。そしてあそこで兄を生き残らせると言う事は”アイツ”を殺すという事だ。それはそれで……たぶん、というか確実にいけなかった事だ。あの頃は色々と動き回る状況に追いつけなかったし、考えようともしなかった。だから感情任せに色々叫んでいたが、終わってから気づいたことがいろいろある。その中でも一番衝撃だったのは、

 

 兄の死だ。

 

 兄は死んでいる。死んでいた。もう蘇らない……当たり前で、そして間違いのない事なのに、それが認められなくて、認められなくて……色々傷つけてしまった。後から聞いた話だと兄はたくさん人を殺したらしい。世間一般を騒がせていた魔導師連続殺人事件、その犯人はクローンとして蘇った兄だったらしい。ばかげた話だ。三流小説の内容だ。だけど馬鹿に出来ない。なぜなら実際に経験した事なのだから。

 

「あー……」

 

 嫌だなぁ。

 

 クッションに顔を埋めながらそう呟く。……アイツは、兄の仇を取ったのだ。そこはいい。それだけだったら許せる。だがなんだか知らない内に殺した張本人を保護してたりするのがちょっと怒りに触れる。いや、兄だったら確実に同じような事をやっているだろう、と想像できるだけに性質が悪い。いつもいつも、真面目にこのことを考えようとすると脳内がぐちゃぐちゃになって上手く考えられない。だから今日こそは、と思って頭の中を整理する。

 

 兄は殺された。

 

 生き残ったのはアイツだった。

 

 兄はクローンとして蘇って、アイツは兄のクローンを殺した。

 

 アイツは黒幕を倒して、そして被害者だったらしい兄の仇を保護してきた。

 

 波乱万丈だなぁ……と思えるぐらいには冷静になっている。そして並べて考えれば、アイツもまた相棒という立場を失った一人の犠牲者なんだって解る。そう、解っているのだ。……仕方がない話だ。

 

 こうやって考えれば考える程”仕方がない”というのはどうしてもわかってしまう。そしてそれが解ってしまう自分が嫌なのだ。それでは初めから兄を諦めるべきだった、そんな気がしてしまうのだ。それに感情に任せて言った言葉は少し、いや……かなり酷い。思い出すだけで自分の事が恥ずかしくなってくる。死ねとか、何でそう簡単に言えたのだろう。

 

「今はもう……怒ってないんだよね……」

 

 それが嫌になる理由の一つなのだ。そこまで、アイツの事を嫌ってはいないし、怒ってもいない。時間が経つに連れて落ち着いて、やった事も少しずつ意味が解ってきて、そして気づけば怒っていないのだ。だからこそ過敏に反応してしまう。許している、という事実を簡単に認めたくない。だって、だってそれでは、

 

 ―――偽物とはいえ、兄を殺した事を認めているじゃないか。

 

「いやだなぁ……」

 

 なんて面倒で嫌な女なのだろう自分は。働く意思を見せず、アイツが此方で暮らしている生活費や学費を出している事を知っているのに気付かないフリをして、現状に甘えている。何も考えないで過ごす時間が心地よいから何も考えずに過ごそうとしている。それじゃあいけないって毎回解っているのに。許せないままなら人生、どれだけ楽だったんだろうか。

 

「なんて無様……」

 

 クッションから顔を持ち上げて、両手でクッションを抱く。結局は気持ちをどう整理するかが問題なのだ。一年という平和な時間は間違いなくあの時の怒りを抑え込むのには十分すぎる時間だった。そしてその平和は甘えを生むには十分すぎる時間でもあった。嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。結論は出ているのにそれを素直に認められない。そんな自分が激しく面倒で嫌い。大っ嫌い。誰もかれもが生きる事に必死で、頑張って、そしてその結果が今だって解っているのに、自分だけ子供のままで居続けようとするのが激しく嫌だ。

 

 もう、12歳だ。

 

 12歳と言えば管理局では”大人”扱いされる年齢だ。12歳での執務官は存在するし、前線で戦っている魔導師も存在している。そう考えると自分は大分甘えてしまっている。12歳で既に自立できるような人がいるのに、何時までもずっと同じところで行き詰っている自分は何なのだ。情けない……どうにかしなきゃいけないと解っているのに。

 

 と、そこでコンコン、と扉を叩くような音がする。間違いなくこのデリカシーのなさはスバルだ。今更疑う必要も考える必要もない。明らかに触れるなオーラを発しているのに近づいてこれるのはスバルだけなのだから。

 

「ティア……いる?」

 

 一瞬応えるかどうかを迷うが、答えた方がいいのだろうな、と思い口を開く。

 

「……いるわよ」

 

「あ、良かった。……中に入っちゃ駄目って言われてるからドアの前に座るね? あ、ポテチ持って来たけどティア食べる?」

 

 何だろう、この……スバルの残念具合は。ここに来る前に相談した事を一瞬でばらしたり、お菓子を持ってくるこの豪快さ。なんか色々とどうでもよくなってくる。今まで一体何の事で悩んでいたのだろう、と思ってから頭を振る。とりあえず、

 

「何やってんのよ」

 

「今? 袋を開けてるの」

 

 違う、そうじゃない……!

 

 もう素直に黙ってスバルが話しかけてくるのを待つことにする。会った当初はもうちょっと大人しい感じだと思っていたが、一緒に暮らしている間にドンドン明るくなったなぁ、と前のスバルと今のスバルを思い出しながら比べてみる。一体何がスバルをここまで変えたのだろう、とうらやむ事は多々ある。

 

「ねぇねぇ、ティア」

 

「何よ」

 

「師匠の事嫌い?」

 

 お前しばらくアレと会ってないのにその名称は続けていたのか、と軽くスバルのネーミングセンスを疑いながらもそうねぇ、と素直に思っている事を口にしてみる。

 

「嫌い……じゃないわね」

 

 意外とすんなりとその言葉は口から出てきた。そう、嫌いではない。むしろ兄友人として、仕事のパートナーとして、代えがたい相棒として、……そうやって家に遊びに来てくれていた頃はもう一人兄が増えたように思っていた。家族が兄以外にはいないから、友達もいなかったから……年上だったけどやっぱり、嬉しかった。

 

「じゃあ師匠の事許せないの?」

 

 ドアの向こう側からぼりぼりとポテチを噛んでいるような音がする。後で顔面に一発叩き込んでやろうか、と軽く誓ったところで、怒りと共に思い浮かんできた言葉をそのままストレートにスバルに向かって投げつけてみる。この言葉もやっぱり、一人で考えていた時よりもすっきりと出てきていた。

 

「私だって馬鹿じゃないわよ……必死だってのは解ってたんだし、頑張ってたのも解ってたんだし、許せないことは……ないわ」

 

 そう、許せないわけじゃない。冷静になって分析するとどう足掻いても仕方がないとしか言えないのだ。あそこでアイツが……彼が兄を殺していなかったら、間違いなく他の魔導師が同じことをしていた。いや、更に酷い事になっていたかもしれない。ゲンヤは死体は”解剖”されていたかもしれない、と言っていた。ならああやって姿も残さず消された事が救いだったのかもしれない―――それを目の前で見ていた人物としては、家族としては納得できないけど。

 

「じゃあ会えばいいんじゃないかな」

 

 それができたらどんなに簡単なのだろうか。

 

「だってティアも師匠も結局の所、お互いを怖がってばっかりだもん。ティアもさ、こうやって少し話しただけでいっぱい話せたんだよ? だったら師匠と話し合ってもきっと大丈夫だって。ほら、ティアって私よりも全然頭がいいし。それにこの旅行―――師匠達と一緒らしいよ?」

 

「え……」

 

 それはつまり、嫌でも顔を合わせるという事だ。今まで会う事をお互いに回避していたのに、どう足掻いても顔を合わせる必要のある状況を生み出すという事だ。

 

 相手が、アイツが、彼が、此方に会うという意志を見せている事だ。

 

「……」

 

「ねえ、どうするのティア? 私さ、ティアが落ち込んでいたりするの見たくないなぁ、なんて」

 

 好き勝手言ってくれる奴だと思う。良く考えてはいないのだろうけど、確実にこっちの事を思ってくれているのだろうという事は解る。……忘れられていたわけじゃなかった。逃げられていたわけでもなかった。なら、いいのかもしれない。それに、

 

「……兄さんの事、話したいなぁ……」

 

 思い出になって消えてしまう前に、兄の事を話し合いたいと思った。なら―――。

 

「旅行の日程は……四月二十九日、か」




 普段キチガイばっか描写してるから常人の思考描写が辛すぎる……。おかしい、こんなはずじゃ……。


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ラスト・ヴァケーション

 幸いな事に旅行の日である四月二十九日は晴れた日になっていた。使えるのが臨界第8空港である為、そこへタクシーで向かって到着してもまだ朝早い時間であった。朝食もそこそこしか食べてなかったが、それでも既にスバルのテンションは天元突破していた。そういえば今までスバルやギンガ、ナカジマ家が旅行したという話を聞いてなかった―――この旅行の主催者としてはある意味恩返しでもあったのかもしれないと思う。ともあれ、テンション高くタクシーの裏から荷物を引っ張り出すスバルの姿は見ていてこっちが疲れそうな光景だった。一緒に荷物を下ろすゲンヤが苦笑し、そしてギンガが呆れていた。自分も荷物をスバルから受け取り、トランクを段差の上へと持ち上げる。

 

「もうちょっとそのテンションどうにかしなさいよ……」

 

「何を言ってるんだよティア! 旅行だよ旅行! 次元航行船に乗った事ないんだよ? これはクラスの皆に自慢できるよ!」

 

 はぁ、と露骨に溜息を吐く。テンションでちょっとだけ言語がおかしかったような気もする。ギンガへと視線を向ければどうしようもない、という視線が帰ってきて、完全に同意見だった。ただそれがちょっとだけおかしくて、ギンガと共に顔を見ながら軽く笑ってしまう。その光景を見ていたスバルが首をひねる。

 

「あれ、何か面白い事でもあったの?」

 

「ううん、何でもないのよ」

 

「アンタはそれでいいのよ」

 

「うん? まあ、いいや! お父さんお父さん」

 

「おう、なんだ残念な我が子」

 

 親がそれでいいのか。まあ、スバルも笑っているから特に問題はないのだろう、と自分の中で結論付ける。それよりも―――問題は別にある。空港の中へと視線を向ければ、その先に既に見える姿がある。大と小の幾つかの姿、それはここからでもすぐに解るシルエットだ。……長い間見ていなかったとしても、すぐさまわかるのは相手の事を考えていただろうか、単に忘れられなかっただろうからか。トランクを片手に体が硬直する。空港の入り口に立った所で体は動きを止め、前へと進もうとしない。

 

 ……昨夜進むと決めたのになぁ。

 

 そう簡単なものではないのかもしれない。

 

 体が意志に反して動こうとしない所、背中に軽い衝撃を感じる。横を見れば大きなトランクケースを片手にスバルがもう片手で、此方の背中を叩いてきていた。笑顔を表情に乗せて、立ち止まる此方の手を握ってくる。

 

「さ、行こうティア」

 

「ちょ、ちょっと!」

 

 少しだけ戸惑う。だが不思議とスバルに引っ張られると足は止まらず、そのまま歩き出す。そこには言葉には出来ない安心感があり、先へと進む事に忌避感を一切感じられなかった。結局の所、馬鹿にしつつも結構頼りにしているんだなぁ、と気付かされる。今度からもう少しだけ頼らせてもらおうと思いつつ、空港内へ踏み入る。

 

 何気にスバル達だけではなく、自分も空港へと入るのは初めてだ。両親が死ぬ前の記憶はおぼろげだし、両親が死んで兄だけになった時はお金がなかった。そして兄が死んでからは考える暇すらない。そんなわけで、初めて見る空港は清潔に保たれ、床が輝いて見えた。かなり広く、そして人も多い。今の時期は特に何か特別な休みがあったわけでもないと思うが……まあ、そういう時期なのかもしれない。ともあれ、空港内へと進めば近くに立つ集団が見える。その姿を見間違えるはずがなく、そこにいる集団が誰なのかを認識する。

 

「お久しぶりです師匠!」

 

「師匠やめい」

 

 スバルの遠慮のない挨拶にアイツが……イストが苦笑する。だがスバルが先に言ってくれたので此方は大分楽になった。スバルの後から、流れに乗る様に軽く手を上げて、そして挨拶をする。

 

「こ、こんにちわ……久しぶり、です」

 

「……おう、久しぶり」

 

 やっぱりはっきりとお互いに言葉が口に出せず、若干もどかしい。その間にギンガとゲンヤがやってくる。フリーズしている自分とイストを見て大体状況を察してくれたらしい。

 

「おっひさー」

 

「いえーい」

 

 スバルとレヴィがハイタッチで挨拶を交わしている。お前らそんなに仲が良かった以前に会ったことあったっけと思考する自分がいる。いや、たぶん自分の知らないところで会っていたのかもしれないけど。少しだけ裏切られた気分になる。ゲンヤとギンガも軽く挨拶と自己紹介をしているが、その中で一人だけ、集団の中で少し離れて背中を向けている人物を見つける。

 

 銀髪の女性だ。

 

 彼女が、何であるかを思い出す必要はない。

 

 ……だが、不思議と何も胸には何も湧き上がってこない。気まずそうに背中を向けている女性に向けて、感じる感覚は何もない。もう少し怒ったり泣いたり、醜い感じになるかと思ったが―――時間が自分を冷静にしてしまったらしい。心の整理はついていたらしい。だから近づき、軽く手の甲を叩いて此方に注意をひきつける。そして手を出す。

 

「初めまして、ティアナ・ランスターです」

 

「……いいのか?」

 

「……はい。たぶん、誰にとってもどうしようもない話だったんです」

 

 兄だったら―――まず間違いなく美人の死は世の損失だ、って言うだろうし。うん。だとしたら……こんな結末でいいんじゃないだろうか。本音を言えば引きずるのに少し、疲れてしまったのかもしれないという所もある。だから差し出してきたナルの手を掴む。リインフォース・ナル、兄の仇である人物と。

 

「ありがとう」

 

「いえ、何時までも誰かを憎んでいたりするのは……悲しいですから」

 

「あぁ、そうだな……よろしく頼むティアナ」

 

「はい」

 

 握手を交わし終わったところで、周りの視線が此方に集中していた事が解る。なんだかものすごい微笑ましい視線を送られているようだった。ギンガに至っては少しだけ涙を浮かべている。そしてシュテルはやはり、というか予想通りカメラを手にしていた。いけない、バサラ家は油断を見せた瞬間食いにかかってくると即座に思い出す。身内にも他人にも―――というか誰に対しても自重せず容赦のない連中だったと思いだす。

 

「貴様らに慈悲はないのか」

 

「王よ―――ネタには全力でなくてはありません」

 

「そうですよディアーチェ」

 

「お前ん家の教育方針はどうなってんだ」

 

「俺には無理だった。俺には無理だったんだ……!」

 

「なんとなく解ってた。とりあえず頑張れ。アドバイスだけはしてやるから―――あ、巻き込むなよ」

 

 男の麗しい友情というべきか。ゲンヤが間違いなく被害回避の方向で動く事を誓っている。なんだかんだでゲンヤも結構いい性格しているよなぁ、と思ったところでイストが少しだけ、真面目な表情で此方へと向かってきている。今度は先ほどの様に固まる事はない。ちゃんと正面からイストの顔を見る事が出来る。……ナルとの会話が少しだけ心をほぐしたようだった。だから前に立つイストの、

 

「……ちょっとだけ、向こうで話し合わないか?」

 

「……はい」

 

 その言葉に頷いた。

 

 

                           ◆

 

 

 他の皆が見えなくなる場所、空港の二階ベランダの様な部分。ガラス張りの壁の向こう側では飛行船やら次元航行船の姿見える。自分はともかくスバルやレヴィは喜びそうだなぁ、と思う空間、イストに奢ってもらったジュースを片手に、ガラスに背中を預けるようにイストを見る。相手はその、あの、等と言葉を作って間を取っている。……まあ、こんな様子を見てしまうと純粋にどうやって接すればいいのか解らないというのは嫌でも解ってしまう。でもそれは自分も一緒で、積極的に話しかけるとなると……少しだけ言葉に困る。だから、此処でも若干気まずい空気が流れそうになって―――。

 

「うし」

 

 イストがそう言って何かを取り出す。それは良く見た事のあるものだった。数年前までは毎日見かける程のものであり、そして良く自分も触れていたものだ。―――デバイス、タスラムだ。だが自分が知っている物よりもフレームは綺麗だし、細部のデザインが変化しているように見える。それを、イストは此方へと渡してくる。

 

「まずはすまん。これはもっと早い段階でお前に返すべきだったんだけどなぁ……ズルズル引き延ばしちまった。すまん」

 

「あ、……はい」

 

 そう言われ、タスラムを受け取る。グリップ周りも自分が握りやすい様なサイズになっている。イストが此方の視線に合わせるように軽くしゃがみ、そしてタスラムを指さしてくる。

 

「そいつには俺が手に入れられるだけのティーダの戦闘記録を纏めて整理したのを入れてある。あとアイツの友人の連絡先とか、使ってた魔法とか……兎に角そういうの、必要だった場合使いそうなもんを片っ端から纏めていれておいたから。お前が将来、どの道を選ぶことにしたとしても不自由にならないから。まあ、個人的には管理局員にだけはなってほしくないんだけど……たぶん、なる時は一番役立つと思うぞ」

 

 イストの発言に驚かされる。決して忘れていたわけではないが……こうやってそれだけのものを揃えるのにどれだけの時間とお金をかけたのだろうか。渡されたものの大きさに軽く戸惑っていると、再びすまない、とイストが頭を下げる。

 

「本当はもっと早く話すべきだったんだろうけどなぁ……だけど……いや、これは言い訳だな。色々と時間をかけたりしてすまなかった。たとえ本人じゃなくても、そりゃあ同じ姿してるんだ……嬉しかったよな……悪い」

 

「……ううん、いいんです」

 

 これでなにも思わない人間だったらまだ話は違うだろうが、目の前の人物があの件に関してどう思っているのか、こうやって目の前に立ってようやく理解できた。……後悔はしていないが、悼んではいるのだ。兄の死を忘れない、その意味を忘れない。殺ったことを、怒ってしまった事から逃げない様にするためにタスラムをこんな風にしたり、今まで持っていたのだろう。

 

「……うん、いいんです。なんか、こうやって実際に会って話してみると今まで何で避けてきたのかなぁ、ってちょっと馬鹿みたいになってきちゃった」

 

 この人も結局は自分とそう変わりはしない人間だったのだな、と思うとわだかまりもなくなって今まで避けていたのが馬鹿らしくなってくる。うん、今までの事を完全に忘れるなんて事は不可能だ。だけど、それでも、残ったものはあるんだ。だったらせめてそれを拾い集めて進むのが兄の言っていた事ではないのだろうか?

 

「……許してくれるのか?」

 

「うーん」

 

 チラ、っと近くにでているチュロスのお店へと視線を向ける。その視線をイストが追い、そして視線を戻してくる。

 

「買ってくれたら赦しちゃおう……かな?」

 

「逞しくなったなぁ……」

 

 逞しくなったと思うのであればそれは間違いなくナカジマ家へと自分を預けたイストのおかげだ。だから勇気を振り絞って、精一杯の笑顔を浮かべて、これからもう少しだけ頑張ろう、前を向いて進もうと思って―――笑顔をイストへと向ける。

 

「―――ありがとう、イスト兄さん」

 

 兄との約束を果たす為に私を、私の生活を守ろうとしてくれている人に言葉を送り―――

 

 ―――空港が激震した。

 

「きゃっ!」

 

「ティアナ!」

 

 ガラスの向こう側で飛行船が爆発する姿が見えた。一瞬で滑走路が炎に包まれ、そして地獄が生み出されて行く。それとほぼ同時にイストが此方へと接近し、覆いかぶさるように体を倒してくる。次の瞬間に爆破は外だけではなく此方へと伝わる。ガラスの割れる音と空港が揺れる様な轟音が響き、耳を炎の音が満たす。必死に守ってくれる人の胸にしがみ付く。そうやって押し倒される事数秒、肌に熱を感じ始める。

 

「大丈夫か?」

 

「う、うん……はい」

 

 敬語を付ける事が出来る程度にはまだ冷静だったのは幸いだったかもしれない。ゆっくりとイストが退いてくれるので、此方も立ち上がる。―――そうして視界に入ってくるのは火の海だった。ガラス張りの壁は完全に割れ砕け、空港の滑走路は地獄の様な光景を写し、此処から見える通路も崩れ、炎で満たされていた。少し前まで平和だったはずが、急な変貌を研げた空間に戸惑いは隠せなかった。だがイストは冷静だった。

 

「テロか……クソ、魔法が使えないな」

 

「え?」

 

 即座に魔力を使おうと試し見るが、魔法が上手く使えない。その事実に軽く恐怖を感じ始める。非力な人間でも魔力さえあればこの状況から脱出するのは難しくはない―――だが魔力が使えないとただの人間になる。状況はより一層絶望的になる。その事実に気づき軽いパニックを起こしそうになるが、イストが頭を撫でてくる。

 

「大丈夫大丈夫、何とかなるって。えーと……タスラム」

 

『Reporting AMF in power. Seems as though at least 20 units in work』(AMFを確認。最低でも20ユニット確認できます)

 

「AMF……?」

 

「つまり魔法使えなくなるフィールドって事だ。砲戦魔導師の天敵だな」

 

 が、と人差し指をタスラムへと向けてイストは得意げな表情を見せる。

 

「全く使えないってわけじゃない。一時的に相手のフィールドを超越するだけの魔力を演算力を使用すれば力技で突破する事が出来るはずだ。だから安心しろ、お前だけでも無事に外へと送り出す事は出来るから」

 

 言っている意味を理解できた。だがそれは許せない事だ。

 

「待って、そうしたら―――」

 

 反論をしようとするも、イストは此方の頭を強引に撫でて言葉を中断させる。その間にも自分の足元には青色の魔法陣が―――イストの魔力によって構成された転移用魔法陣が出現していた。どうやら彼の言葉は真実だったらしい。だからといってこんな行動は、

 

「お兄さんは頑丈だから平気だよ。それにほら、ウチの馬鹿娘共を探さなきゃいけないし。迷子になって泣いているかもしれないだろ?」

 

 そう言ってイストが笑わせようと微笑んだ瞬間、

 

 顔に赤い液体がかかる。

 

「―――その必要はありません。残りは貴方一人ですから」

 

「―――」

 

 ゆっくりと顔に触れる。ぬちゃり、と音を立てて顔にかかった液体が手にも移る。赤く濡れる手を眼前へと持って行く事で―――初めてそれが血だと気づく。震える両手を何とか抑え、そして視線を前へと向ければ、

 

 そこには胸から腕を生やした彼の姿があった。驚愕したような表情を浮かべ、何かを確認する前に、力のこもっていない……籠らない手で此方の体を押す。

 

「飛べ……」

 

『―――Transport』

 

 体が魔法によって外へと飛ばされると理解した瞬間、喉の底から絶叫が響きあがる。青く染まりだす視界の中で口を開こうとしたイストの体から腕が引き抜かれ、そして背後からの襲撃者が彼の体を抱きしめるのが見えた。

 

「―――逢いたかった」

 

 それはまるで恋人が愛を語る様な声で、そして動かない男の体を抱いていた。此方には興味がないのか、一度も視線を向けたりはしなかった。此方が響かせる絶叫をまるで聞こえないかのように扱い、ただ貫いた男の体を抱きしめていた。

 

 凄惨な光景の中で体は恐怖とショックに凍りつき、何もできずにいた。目の前で大事な人を失うという光景で指一本さえ動けずに、ただ凌辱されるその光景を眺めつつ、転移の前に意識を失いつつあった。その光景は―――緑髪の女が男を炎の中で抱きしめる光景は、

 

 どうしようもなく心に刻み込まれた。




 おら、喜べよ。生きてたぞ。


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セイ・グッドバイ

 何か、柔らかい感触を背中に感じる。軽く体を動かせば背中だけではなく、何かが上にかけられているのだと気づく。少しずつ、少しずつ意識のピントが合わされて行く。そうして真っ先に思い出すのは悪夢。炎の中で血を受けて赤く染まる緑色。やっと大事だって認められた次の瞬間に殺されてしまった人と、その体を大事そうに抱きしめる悪魔。

 

「―――!!」

 

 顔と押さえて体を置きあがらせる。顔は濡れていない。手を見る―――赤く濡れていない。そこに血の跡はない。その事に少しだけ安心を覚え、そしてようやく自分の今いる状況に理解が追いつく。今自分はベッドの中にいるのだ。しかも良く知るベッド―――自分の部屋のベッドだ。周りを見れば間違いなく自分の良く知る内装だ。目覚まし時計、ポスター、タンス……それらは間違いなく自分の日常を証明するもので、そしてそこには旅行に持っていくはずのトランクケースの姿もあった。

 

「……はぁ、はぁ……夢……?」

 

 ―――なんて訳はない。夢であるか。夢であるものか。思い出せる。思いだせてしまう。あの女の笑顔を、蕩けるように酔った笑みを。私を逃がそうとしてくれた彼の表情を、……互いに話し合って、そして和解する事に成功した彼の表情を忘れる事なんてできるか。本当に本当に回り道だったが、もう一人の兄だと認められたのだ。なのに、なのに―――そして思い出す。あの現場を。

 

「ぐっ、うぇ」

 

 胸に一気に込み上げてくるものがある。それを堪える事が出来ずに、ベッドから床へと落ちるのと同時に吐きだす。吐瀉物が床に広がり、匂いが充満するが、初めて明確に認識できる死の現場に、身体も脳も心もそこまで丈夫じゃなかった―――あの時、一撃で消し去ったのは此方に配慮してたのもあったのかもしれない。

 

「ぐぇっおえっ……」

 

 再び我慢できずに吐き出す。だがその音を聞きつけたのか、凄まじい勢いで近づいてくる足音がする。ドアが叩き壊されるのではないかと疑う程の衝撃と音と共に、誰かが部屋に入ってくる。

 

「ティアナ! 無事か? クソっ」

 

 この声は……ゲンヤのものだった。此方に近づいてくるとバケツを置いて、そして上半身を持ち上げて背中を撫でてくる。情けないと解っていても、込み上げてくる吐き気と涙は止まらない。歯を食いしばって我慢しようとするが、ゲンヤが背中を撫でてくる。

 

「我慢すんじゃねぇ。吐きだせるもんは全部吐き出しちまえ。……その方が楽になるぞ」

 

 我慢は出来なかった。ここ数日食べたものを全て吐き出す勢いでバケツの中へと吐きだせるものを全部吐き出す。

 

 

                           ◆

 

 

「すみません、床を汚しちゃって」

 

「気にするんじゃねぇよ。暫くの間自分の部屋がゲロ臭いだけだから」

 

 ぐわぁ、と心の中で我慢しておけばよかったと激しく後悔する。

 

 リビング、ホットココアの注がれたマグカップを手に、若干俯きがちにソファに座っている。普段は座り慣れたはずの場所なのになぜか今だけは遠い異次元に思えた。心を落ち着けるためにも少しだけ震える手でマグカップの中身に口をつける。甘く苦い液体が口の中を満たしてから喉を通り、体を内側から温める様な気がする。吐き出しきって大分空っぽになった腹と、冷え切った体にココアが染み渡る気がする。ここまで来ると大分頭はまともに動き出す。そして、求める。

 

「あの……」

 

「おう、どうした」

 

「その、タスラム、どこですか?」

 

「……」

 

 ゲンヤは困ったような表情を浮かべ、とぼけるように視線を明後日の方向へと向ける。だがここで負ける気はない。ただゲンヤを無言で見つめ続ける。タスラムは、どうしても必要なものなのだ。だからただただ無言で、ゲンヤの姿を数分間、何もなしにただ見つめ続ける。やがてゲンヤが諦めたように溜息を吐き、キッチンへと向かう。数秒後、戻ってきたゲンヤの手にはタスラムが握られていた。こっちへ渡し渋る様な様子に、容赦なく立ちあがってタスラムを奪う。

 

「おい、予想以上に元気じゃないか」

 

「……くよくよしてはいられませんからね」

 

 そう、くよくよはしてはいられない。もう、大体意志は固まっている。今はその確認中だ。マグカップの中身を一気に飲み干し、そしてタスラムを弄り始める。広げるホロウィンドウの中にはタスラムの中に保存されたデータや記録、メッセージなどが入っている。それを確認し、タスラムを一旦横へ置く。……聞かなくてはいけない事は複数ある。

 

「ゲンヤさん」

 

「ティアナ、お前」

 

「―――バサラ家の皆がどうなったか教えてください」

 

「―――」

 

 そのリアクションで何が起きたのか大体察せる。おそらく……いや、確実に最悪の可能性が現実になっているのだろう。だからこそ問わなくてはならない。

 

「何があったんですか―――イスト兄さんが殺された時、そっちでは何が起きていたんですか」

 

「……」

 

 ゲンヤは此方の言葉に対して手で顔を覆ってから、そして何か言葉を呟く。そして此方に聞こえる声で溜息を吐き、

 

「言いたくないんだが」

 

「言ってください」

 

「思い出したくないんだが」

 

「嘘ですね。兄さんたちが信頼して信用したゲンヤさんが忘れたいなんて思って逃げる卑怯な人であるわけがないじゃないですか」

 

「クソォ、馬鹿どもが変なハイブリッドを育て上げやがって……!」

 

 そう言ってゲンヤはソファの対面側へとドカ、と音を立てて座り込む。そうやって露骨に疲れを見せるゲンヤ・ナカジマの姿は中々―――いや、確実に初めて見るものだった。仕事から帰ってきたときとか疲れた、等と口にして笑ったりはするが、それでもここまで年齢を感じさせるような疲れた姿は見た事がなかった。そんな初めて見るゲンヤの姿を前にしながら、耳を傾ける。

 

「―――爆破と同時に目を俺は閉じたんだがよ、次の瞬間に聞こえたのは悲鳴じゃなくて声だったよ。”避けろ”ってレヴィのな」

 

 そこから淡々と、感情を乗せずにゲンヤは語る。

 

「目を開けた次の瞬間気付いたのは両手足をちぎられた銀髪の姿だ。体はそのまま蹴り飛ばされてどっかへ行った。それに反応してレヴィが飛び付いたけどカウンター食らって逆に吹き飛んだ。その瞬間にシュテルとディアーチェで何をしたかはよく見えなかったが攻撃をしたが―――ま、俺がちゃんと見えていたのはここまでだ。ここで余波に巻き込まれて外へと吹き飛ばされちまったからその先は知らねぇ。ただこの時スバルやギンガとは分断されちまったなぁ……あぁ、あの二人なら上で寝てるから安心してな」

 

 あの二人が無事なのはゲンヤが自分の相手をしているのを見れば理解できる。だからスバルとギンガが無事か、なんて聞く必要も確認する必要もなかった。―――あぁ、だがそうか。今の話で理解できた。

 

「死体、見つかってないんですね」

 

「生きてるって思わないんだな」

 

「たぶん……というか確実にイスト兄さんを殺した襲撃者と同じ襲撃者でしょうから。それを確認するためにタスラム預かっていたんでしょ? タスラムの中にある映像データと自分の記憶を確かめる為に―――」

 

「ティアナ」

 

 ゲンヤの声が此方の言葉を遮ってくる。真剣な表情で此方を見て、そして語りかけてくる。

 

「休め」

 

 解っている。おかしい。今の自分は……酷く冷静だ。驚くほどに冷静だ。死んだと解ったのに涙一つ出てこない。いや、そもそもシュテル達が死んでいるのだって彼女の言葉を思い出せば容易に解っている。ゆっくりとタスラムから手を放し、そして自分の顔に触れる。そこには何の表情の変化もない。笑っても、泣いても、怒りも感じない。テーブルに反射し、そこに映し出される自分の顔は恐ろしい程に無表情だった。

 

「色々とあって疲れてるんだよ。休め。もう一眠りして、起きる頃にはちゃんと泣けるようになっているさ―――だから今は休め」

 

「休む……」

 

 嫌だ。

 

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。

 

 休んで今は忘れて、また後で悲しめ―――そんな楽に逃げたくない。

 

 ギリ、と歯を強く噛んで感じるものがある。

 

 ―――そう、怒りだ。これが怒りだ。ふざけるな。ふざけるなよ、一体誰の許しを得て、家族を、大事な人を私から奪ってゆくんだ。頑張って頑張って、それでようやく話し合えたのに。その終わりがこれだなんて絶対に認めない。断じて許せるものか。そう、彼には誰よりも幸せになる権利があったはずなんだ。あんなことがあって、そして今があって―――もう十分頑張ったではないか。それなのに次元犯罪者に、テロに襲われて終わり。

 

「そんなもの認められるわけないでしょ!!」

 

 拳をテーブルに叩きつける。知っている。そう、話し合って分かったから、知っているのだ。彼は頑張ってきた。正面から、話し合えるように……真直ぐ生きてきたのだ。そしてそれに対する仕打ちがこれなのだ。

 

「認められるわけないわよ……」

 

 両目からやっと涙が流れ出す。だが悲しみよりも心を怒りが満たす。復讐心が満たす。それが絶対にいけないものだと理解しつつも、決して喜ばれるものではないと理解しながらも、頭の中で出来上がっていたものが確実な感性の形を得ようとしていた。限界まで強く拳を握りしめて、そして握り拳を解く。今の自分の状況を思い出してタスラムを両手で握り、そして頭を下げる。

 

「もう少し寝ていますね」

 

「あぁ、消臭剤まいといたから気にならないし眠っておけ」

 

 ……やる事は決まった。―――故に、今は寝る。だけど。

 

 ―――顔は、覚えた。絶対に許さない。

 

 貴様は絶対に―――。

 

 

                           ◆

 

 

 ティアナが奥へ、自分の部屋へと戻って行く姿を見て内心でクソ、と叫ぶ。改めて思い出すのは馬鹿二人だ。自分と仲の良かった馬鹿二人―――まだまだ若いくせに、家族の為に大人になろうと足掻いていた二人だ。このまま時間が経過してゆけば望んだものにでもなれただろうに、運命は彼らにそれを許しはしなかった。テロから既に数時間が経過しており、鎮火は終了している―――既に遺体の方は見つかっている。DNA照合からしてまず間違いがない、というのが検死の結果だった。

 

「クソっ」

 

 酒を飲まずにはやってられなかった。キッチンへと向かい、棚からボトルを取り、グラスに注ぐのも面倒なのでそのまま蓋を開けて飲む。キツイが、これぐらいキツクもないとやってられない状況だった。

 

「どうして若いやつから消えてくんだよ……!」

 

 若い人間を十全に育成することなく現場へと送り出してしまう管理局のシステムに、そして肥大化しすぎてしまったために身近な場所を守れなくなってしまった管理局のシステムを今回ばかりは恨むしかなかった。ティーダもイストも、どちらも将来有望な男たちだった。ティーダはまず間違いなく執務官として大成しただろうし、イストも腕がダメになっていたが教官としては優秀だって聞いていた。どっちもまだ未来があっただろうに、こうだ。

 

「そして今度はティアナを奪ってくつもりか……」

 

 ティアナの目を見てしまえば解る。アレは覚悟を決めた部類の人間の目だ。あの馬鹿二人に非常に良く似ている。非常に面倒だけど―――きっと、正しい形であの二人の考えや意志を受け継いでしまった。それを自分の言葉で止める事は出来ない。まず間違いなくティアナは空士か陸士、どちらかになる事を望む。―――正直な感想、ティアナの才能はティーダを軽く凌駕している。育てればまず間違いなく優秀な魔導師となるだろう。

 

 だが早い、まだ早すぎる。そしてそれを止める事は出来ない―――が、遅らせることはできる。

 

「面倒事ばかり置いていきやがって……あぁ、こういう時ばかり戦闘のできる魔導師じゃないってのが恨めしいなぁ!」

 

 根回しを行えばティアナを”意図的に”試験に落とす事は可能だ。それを利用して困ってきたところをスバルが行く予定の陸士校へと叩き込めばいい。少なくともそうすれば数年間、ティアナに冷静になって鍛える時間を与える事が出来る。……これで自分からも色々と教えられる時間ができる。たった数年しかないその事実に毒づくしかない。

 

「一緒に飲もうと思ってたのを一人で飲ませやがって……」

 

 少なくともティアナが壊れていなかったし、スバルもギンガも無事だった……それだけは神に感謝しなきゃいけない、と思いつつも神を呪う事しか頭にはなかった。

 

 何故、何故こうも無情な仕打ちをするんだ。

 

 答えが返ってくるわけもなく、一人で、酒を飲む続ける。

 

 もう、あの頃の光景は二度と帰ってこないんだと昔を思い出しながら。




 ティアナちゃん覚悟完了、次回から早速Sts編ですなぁ。

 まあ、あの試験からの開始ですな。


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Chapter 6 ―The New Age Rising―
ニュー・エイジ


 ―――新暦七十五年四月。

 

 軽く動かす体に全く問題はない。少しばかり颶風を強く感じるがこの程度は既に予測済みだ―――故に問題はない。既に展開済みのバリアジャケットは体にフィットし、最大限のパフォーマンスを発揮してくれるようになっている。爽やかな朝の風を顔と体で感じつつも、右手で握る、己の命を預けるに足る一つ目の相棒を目視する。全体的に白いがオレンジ色の装飾を施されているそれはここ数年、自分を戦いと訓練で支えてきたデバイスだ。それを軽く片手で握り、時間を確認する。少しずつだが、指定された時刻は迫っている。だが、別に今更不安になる訳でもない。既に情報は集め終っているし、それで分析も完了している。その結果、今の自分達であれば問題ないということが解っている。だからここ、廃棄都市区間で行われる魔導師試験に一緒に参加するパートナーに視線を向ける。

 

 短い濃紺の髪に長く大きなリボン、片腕にリボルバーナックルとローラーブレードと中々珍妙な組み合わせな姿のパートナーだ。彼女も既に白と黒のバリアジャケットを展開済みの状態で軽く体を動かしていた。試験前に体を温めるように拳を左右交互に繰り出してから歩きにくいはずのローラーブレードでステップを取っていた。相変わらず器用な事だと思う。確かに機動力はあるが、アレを履いて歩いたりすることは自分には無理だと思う。ともあれ、

 

「そこらへんにしておきなさいよスバル。元々オンボロなんだからそれ、壊れるわよ」

 

「ちょ、そんな不吉な事を言わないでよー! 来る前にメンテしてきたから試験終了までは保つよきっと!」

 

「アンタそれぶっこわす前提だって気づきなさいよ」

 

 まあ、訓練校の入学前から使っている道具なのだ、スバルのローラーブレードは。機械式である手前自分達では技術力不足で大規模なオーバーホールができないし、そんな事をデバイス工房に頼むお金もない。だからお小遣いで細かいパーツを交換するぐらいしかできずに使っている―――タスラムが自動修復機能の搭載されているデバイスでよかった。おかげでメンテ少しぐらいサボっても半永久的に動き続けていられる。

 

「いけるわね?」

 

「もっちろんっ!」

 

『No problems』(問題はありませんね)

 

 スバルもコンディションを整えてきたので調子は良さそうだ。だとすれば―――問題は一切ない。軽く体を捻ったり伸ばしたりし、ビルの屋上からスバルのいる中央部分へと移動する。晴天のおかげで廃棄都市区間の端までが見える。そしてそこで、少しずつ都市の中へと紛れ込んで行くオートマタの姿が確認できる。今回の試験の為に使用されているターゲットだ。それに対して自分が与える評価は―――。

 

『―――はい、時間となりました』

 

 空にホロウィンドウが出現し、そしてその中に小さい人物が映し出される。非常に良く似ている姿だと思う。銀髪にその顔立ち―――今はもういない人に良く似ている。ただ圧倒的に身長が、身体が小さい。彼女の背後に移っている椅子の大きさからホロウィンドウに移っている人物の小ささが窺い知れる。

 

『初めまして、今回の試験の試験官をやらせていただくリインフォース・ツヴァイ空曹長です。貴方達をティアナ・ランスター二等陸士とスバル・ナカジマ二等陸士と確認しますが宜しいですね?』

 

 スバルの横へと並び、ホロウィンドウを見上げながら声を合わせて答える。

 

「はい! よろしくお願いします」

 

『はい、では現在貴方達の魔導師ランクはCでこれは魔導師Bランク昇格試験試験です。これで昇格を果たした場合貴方達のランクはCからBへと上がります。では試験内容を発表します』

 

 ツヴァイがホロウィンドウを更に出現させ、そこに様々なターゲットを表示させる。小型の浮遊砲台型ターゲット、そして攻撃能力の無いエネミーマークのついた人型ターゲット、姿だけは一緒で攻撃してはいけないダミーターゲット、そして最後に中型浮遊砲台型ターゲット。それが廃棄都市の試験用区間に設置されている。敵性ターゲットを破壊する事で点数が入り、ゴール時の残りタイムで点数が加算される。その間にどれだけ優秀な働きを見せられたかで試験から追加得点、と。予め調べていた情報とツヴァイからの話を聞いて試験のルールを確認し直す。ゴール地点も前々から確認しておいた場所だ。そこに齟齬はないので問題ない。

 

『では説明を終了します。カウント終了後に試験が開始します。頑張ってください!』

 

 そう言ってツヴァイを映していたホロウィンドウは消失し、他のホロウィンドウも消える。そして代わりに出現するのはカウントダウンを示すタイマーだった。3秒前を示すそれが出現した瞬間、思考が全てこれから行う事を最適化する為にスイッチする。

 

『3』

 

 横のスバルが自分と全く同じタイミングで片手を持ち上げる。此方は右手、相手は左手。互いに拳を作るとそれを軽くコツン、と叩き合わせて気合を互いに入れ直す。軽く横を盗み見ればスバルが頼もしく微笑んでいるのが解る。

 

『2』

 

 タスラムを握る手を軽くほぐす。無駄に力を入れてはいけないし、力を抜きすぎてもいけない。重要なのはバランスだとゲンヤは言っていた。どんな状況でも精神は常にフラットに置く事が重要で、常にマイペースを維持する事が重要だと。絶対にメンタルを己の領域から外してはいけない。

 

『1』

 

 術式を脳内で演算を開始し、そして同時にタスラムに魔力を注ぎ込む。横を見ればスバルも既に魔力を使用する直前へと持って言っているのが解る。いわゆるスタートダッシュ状態―――彼女もやる気は十分すぎる程にある。なら、

 

『―――Start』

 

 負けはない。

 

「ティア!」

 

「行くわよ!」

 

 迷うことなくビルから先に飛び降りると、それを追う様にスバルがビルから飛び降りる。その間にタスラムの姿をハンドガン姿からもっと大きな、ライフル姿へと変形させる。中空に落ちる自分と違ってスバルは壁際ギリギリ落ちる。既にやる事は相談済みだし、そしてターゲットの場所も確認済みだ。―――ここから狙えるターゲットは計十四程ある。その全ての位置をマルチタスクで分割している思考を使って把握し、

 

「鈍いのよ」

 

 狙い撃つ。ターゲットには接近しなければ魔導障壁を展開しないという特性を持っている。それは相手が機械式であり、そして事前に魔力を込められていた為、それを節約するために作られているからだ。―――故に遠距離から狙撃する場合、障壁を無視して破壊する事が出来る。魔力の消耗は最小で済む。用意しておいた遠距離狙撃用の術式を起動させ、破壊の出来るターゲトを連射で一気に破壊する。その反動によって体が僅かに流れる。だが、壁際ギリギリで落ちていたスバルが此方の狙撃が終わったのを察して壁を蹴って体を抱きとめる。

 

「じゃあ、また後でね!」

 

「遅れるんじゃないわよ」

 

 壁際ギリギリの所でスバルが此方を解放し、彼女はそのままガラスをぶち抜いてビルの中のターゲットを破壊するために移動する。此方もビルのでっぱりを足場に着地し、タスラムを両手で握ってサーチ用スフィア三つ生み出し、それをターゲットのある方向へとそれぞれ解放する。

 

「さて、この程度で躓く理由が私達にはないんだから、さっさと終わらせて帰りにパフェでも食べさせてもらうわ」

 

 

                           ◆

 

 

「ふふっ」

 

 笑い声が漏れ出る。ティアナ・ランスターの声は試験会場内に放ったサーチャーを通してちゃんと拾っているし、彼女たちの動きも把握している。だからこそ笑い声が漏れてしまう。この試験はまだ内容がある程度公開されている試験だ。Bランクの試験内容はターゲットの破壊をどれだけ効率的に行えるか、という所にある。だからこそ試験内容の開示も行われているのだ―――つまり情報収集によって試験内容を、その中身を把握するのも立派な評価対象なのだ。だからティアナとスバルの姿を見れば、彼女たちがどれだけ調べてきたのかは解っている。しかもかなりの精度でだ。でなければここまで詳細にターゲットの位置を把握してはいない。まるで容赦の欠片も見せないその姿勢は個人的には高評価だ。

 

「懐かしいなぁ」

 

 浮かぶ複数のホロウィンドウには周りの状況と、そして二人の少女の活躍が映し出されている。ティアナ・ランスターは高所から狙い撃てる限りのターゲットを無抵抗のままに破壊している。賢いやり方だ。廃ビルが多く並ぶ廃棄都市区間での狙撃は不利に見えるが、あらかじめマップと狙撃箇所を把握しているのだったらこれほど楽な作業もないだろう。場所を位置取り、狙い、そして撃つ。試験内容を把握しているからこそ取れるシンプルな行動だ。

 

「試験内容、もう少しバリエーション増やした方がいいんじゃないかなぁ」

 

『40 down』(40撃破)

 

「あ、早い」

 

 少なくとも二人でこのペースというのはかなり優秀なスピードだ。まだ成長途中であることを考えれば中々凄まじいポテンシャルの持ち主たちだ。そう思いつつ視点をティアナからスバルへと移す。空港火災の時に助けた子とここで縁があるとはなぁ、と思うが……もう一人を、ティアナを見ると世間は意外と狭いと思い知らされる。

 

「ちゃんと後続は育っているようだね、先輩」

 

 ホロウィンドウの中でスバルが素早く通路の中を進んでいる。迫りくる弾幕は避けず、拳で迎撃しながら接近し、そしてすれ違いざまに攻撃を叩き込んでタイムロスを最小限に留めている。そしてそこから次の目標へと移動するのにそのまま階段まで移動するわけではなく、壁や床を破壊して素早く接近する事を選んでいる。……確かに試験内容には環境の破壊は減点対象にならないと出ているのでこれは責める事は出来ない。資質を見るに確実にティアナの入れ知恵なのだろうこれは。

 

「これなら問題なさそうだね、レイジングハート」

 

『Probably more dangerous to let them stay at C rank』(このままCランクにしていた方が危険でしょう)

 

 そうだね、と答えながら自分の見立てをリインフォース・ツヴァイと、そしてこの試験をスカウトの為に見守っているはやて達へと送信する。心の中で小さく、頑張って―――入隊したら地獄を味わわせてあげるからね、と応援する。

 

 

                           ◆

 

 

「なんかゾクって来た……!」

 

「不思議ね、私もよ」

 

 何か不吉なものにロックオンされた様な、大体そんな感じの予感。それを拭い去りながらスバルと共に高速道路の下を駆ける。機動力に優れるスバルが前面で敵の攻撃を迎撃しながら進み、その後ろから歩みを止める事無く魔力弾を放つ。此方は体を僅かに揺らせばそれだけで回避できる故、攻撃を避ける事も迎撃する事も簡単だ。相手は機械だ―――照準はブレないから対処は簡単すぎる。

 

 素早く接近したスバルを囮に一気にターゲットを鉄塊に変えてゆく。崩れた道路などを遮蔽物に一気に殲滅し、そしてホロウィンドウを出現させる。そこにでている時間にはまだ余裕がある―――だからといってゆっくりするつもりはない。視線を先へと向ければ、高速道路の上部へと続く穴がある。そこには既にターゲットが十数ほど潜んでいる。普通に進めば囲まれて蜂の巣になる。

 

「さ、作業を進めるわよスバル」

 

「ティアは頼もしいなぁ」

 

「客観的に見て楽勝って話よ」

 

「ティアがそう言うんだったら間違いないね」

 

 そうよ、と答えてポケットから詰め替え用のカートリッジを二本ほど取り出す。一本をタスラムへと使用しカートリッジを取り換え、もう一つを握ったまま穴の下へ移動し―――それを上へ放り投げる。そしてそれに向けて迷うことなく魔力弾を放つ。魔力弾に衝突したカートリッジは一瞬で爆発を起こし―――内部に込められていた”電気属性”の魔力を周辺へと振りまく。既にディフェンサーを発動させていたスバルが素早くこっちのガードに入り、こっちへと届く分の電撃を弾いてくれる。

 

 数秒後、軽い跳躍で上へと上がれば爆発したカートリッジの電撃により、ショートして使い物にならなくなっているオートマタがそこらかしこに倒れている。痺れて動けないだけの物も残っているはずだ。見逃さない様にスバルと共に一つ一つ数えながら破壊し、キルカウントをチェックする。ちゃんと全て破壊してきたのでこれで98体。

 

「残りはボスとゴール前のだけだね」

 

「解ってるなら言わなくていいわ」

 

 足に少し強めに強化魔法をかけて、スバルと共に高速道路を全力で駆ける。タイムには余裕がある。だがそれは一切手を緩める理由にはならない。何事も己の全力で、成せる事を成す。役目を、役割を理解してそれを果たす事だけを考えろ。己の領分を知れ。ちゃんと理解している。そして思う。

 

 少しデカイぐらいの鉄屑に潰される私達ではないと。

 

 高速道路を進んでいると近くのビルから巨大な砲撃が飛んでくる。だが即座にスバルが前に出て、そして砲撃を打撃する。スバルの打撃と相殺する様に砲撃は消える。機械の性能を考えれば次の砲撃が放たれてくるまで数秒のラグが存在する。

 

「邪魔よ」

 

 銃を今の砲撃で判明した中型オートマタの方向へと向ける。魔力弾を銃口に形成し―――そして弾丸を送り込む。結果を確認する間でもなく沈黙が標的の轟沈を伝えてくれる。タスラムをハンドガンの形状へと戻し、軽く手の中で回してから握り直す。そうしている間にも走っていると、やがて高速道路の終わりが見えてくる。ゴール近くに立っている最後のターゲット、ゴールライン、そして小さな空曹長。

 

「ラストは飾らせてあげるわ」

 

「よっしゃ! ティア愛している!」

 

「はいはい」

 

 スバルが加速し、一気に飛び上がる。空中で一回転する様にしてから、上からたたきつけるように踵落としを繰り出し、ターゲットを真っ二つにする。そしてそんなスバルに追いつき、二人で同時にゴールする。若干息を切らしながらもゴールへと到着する。そこには軽い感慨と達成感が存在していた。同時に到着したスバルとハイタッチを決めると、試験官が近寄ってくる。

 

「終了です! お疲れ様でしたー!」

 

「ちっさっ」

 

 小さいとは思っていたが予想外の小ささに思わず小声でツヴァイの姿を見て呟いてしまった。幸い相手には聞こえていなかったようだった。近づいてきた試験官へと向けて姿勢を正し、そして軽い緊張と共に見る。

 

「ふふ、本当にお疲れ様です。ターゲット全破壊、タイムも良好でした。私はまず間違いなく合格には十分すぎると思う結果です」

 

 その言葉にスバルが笑みを浮かべ、自分も少しだけにやけるのを感じる。ここがまだ通過点だと解っていてもどうしても成功は嬉しい。ただ横でガッツポーズしたり飛び跳ねそうなスバルの様子を見ているとどうしても冷静になってきてしまう。この馬鹿の手綱は私が握っておかないと、そんな思いが湧きあがってくる。

 

 と、そこでツヴァイが人差し指を持ち上げ、口を開く。

 

「と、私は思うんですが、どうでしょうか?」

 

「―――そうだね」

 

 返答が返ってきたのは背後だった。

 

 振り返り、視線を声の主へと向ければそこにいたのは―――。

 

「あっ……」

 

「うん、私も良くできていたと思うよ。合格はまず問題ないんじゃないかなぁ」

 

 白いバリアジャケット姿の女―――高町なのはの姿だった。




 Sts第1話相当の話ですね。原作前が違うので大分話が変わってきますよ。

 そしてさっそく頭がおかしい感じが。


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スティル・スモール

「―――いきなりで済まんなぁ」

 

 Bランク昇段試験を受けていたはずだった。いや、受けた。そして結果は考えられる限り最高の結果だった。ミスはしなかったし、問題は起こさなかった。終わった後でスバルのローラーブレードが火花を吹いたのはもう見えていた事なので泣きそうになっていた顔はこの際スルーした。問題なのは今の状況だ。ガラスのテーブルを挟んだスバルと共に相対するのは現在の管理局でもかなりの有名人、現在大活躍中のエースの三人とデバイスが一人なのだ。

 

 金髪で三人の中で一番スタイルが良いのがフェイト・T・ハラオウン。長い金髪は纏める事無く腰近くまで伸びている、ハラオウンの才女。己の目標である執務官である為、彼女の事は”彼女”との関係を含めて調べた事がある。その結果試験に三度も挑んだという話を見つけた時は大いに驚いたものだった。その横に座っているのが茶髪ショートの女、八神はやて。自分とスバルの事をスカウトしたいと言っている張本人だ。その実力と経歴は見る者を認めさせるしかないパワフルなものだ。彼女の肩の上の小さな存在がリインフォース・ツヴァイでユニゾン型のデバイス、今回の試験を受け持ったのが彼女だ。そして最後に―――高町なのは。彼女に関して語る事は多くはない。ただ、思う事はある。

 

「っと、そういうわけで私としては二人を私が設立する部隊に来てもらいたいと思ってるんよ。正式名称は古代遺物管理部機動六課……主な業務内容はロストロギアの探索と確保や。と言っても探索が任務内容やないんで見つかったら確保しに行く、ってのがスタイルや。入ると色々と特典あるで?」

 

 スカウト。それが今、己が受けている物。それも八神はやて程の人物が設立しようとしているものにだ。まず考えれば間違いなく多くの経験と昇格をするためのチャンスだ。それに関しては全く疑う必要はない。ただそこには色々と情報が抜けている。そして横で目を輝かせながらぐるぐると目を回すなどという器用な真似をしている相棒が心配だ。

 

『ティア、ティア!』

 

 あ、そろそろ来る頃だ、と思っていたところにスバルの念話が届いてきた。なによ、ともう慣れてしまった念話での会話に答える。まさか古代遺物の意味とかを聞いてくる程馬鹿じゃないわよね、と思いながらスバルの言葉を待っていると、

 

『ミッド語で話してるよね!?』

 

『そこからっ!?』

 

 ストレートを放ってくるのかと思ったらドロップキックだった気分だ。スバルの陸士校の卒業成績は覚えている。勉強だって付きっきりで自分が教えた。だから一緒にトップをワンツーで取って卒業したのはまだ二年前の話、記憶に新しい事だ。だからこの程度の会話でまずスバルが理解できない事なんてありえないと思うのだが。

 

『いやぁ、交渉事は全部ティアに任せようかなぁ、って思ってたら別言語に聞こえてきて』

 

『それ、私に丸投げしすぎじゃない。でも、いいわ。解りやすく説明してあげるわ―――あとで』

 

『だからティアの事を愛している』

 

 はいはい、と適当にスバルの事をあしらいながら目の前、はやてへと視線を向ける。とりあえず、今の話だけで飲み込めるほど自分は甘ちゃんではない。いろいろ話を濁している部分がある。だがそれに意識を向けさせない様に振舞っている。この女の感じ―――どこかゲンヤと同種の気配がする。つまり狸だ。油断すると全部持っていかれそうになる感じ。あとから契約書をチェックしたら相談してない事が勝手に決められていそうな感じだ―――あぁ、本当にスバル一人じゃなくて良かった。

 

「八神二等陸佐」

 

「なんや?」

 

 ふぅ、と軽く息を整え直し、そして口を開く。

 

「では質問させていただきます。古代遺物を確保するための部隊とお聞きしますが正直な話それに対して我々をスカウトする意味が解りません」

 

「意味が解らんって部隊の人員を私は揃え―――」

 

「いえ、その様子を見るにハラオウン執務官と高町一等空尉は既に所属する予定の様に思えます―――そしてそうなるとどうしても八神二等陸佐がヴォルケンリッターを己の部隊から外す理由が見つかりません。その時点で一部隊で保有できる戦力としては確実に”過剰”なレベルです。その上で試験を受けたばかりのヒヨッコ魔導師、言いかえれば将来性のある成長の出来る魔導師です」

 

 自分個人と、そしてスバルの評価をするのであれば―――才能溢れている、だ。その評価を間違える事は決してしない。それは何ができるのか、と認識するためにはまず大事な事だ。そして己にできる事が把握できれば、自然と守れるものと守れないもの、倒せるものと倒せないものが把握できる。だから自己評価は残酷なほどに冷静で正確でなければならない。自分もスバルもまだ発展途上の魔導師だ。―――部隊に引き込んだとすれば”所属中の成長”という方法で部隊の強化が行える。

 

 これは部隊の戦力上限を誤魔化すうえでの裏技の一種だ。

 

「高町一等空尉を教導官としても所属させているのは間違いなく私達を訓練、教育するためですよね? それだけの過剰戦力を保有し、そして裏技までも使って部隊に使える、”信用”の出来る戦力を集めようとしている理由が不明瞭です。ただのロストロギア捕獲部隊としてはそれでは説明不十分です、正確な任務・業務内容を伝えてくれませんとスカウトの件に関してはスバル共々お答えできません」

 

「あ、はい! そんな感じです!」

 

 無駄な事を口に出さない分、今回のスバルの返答の仕方は七十点―――もっと高い点数は実際に交渉などができるようになってからだ。とりあえずは軽いジャブだ。話を聞いた感じと自分が知っている情報から此方がバカではない、と示すための行動でもある。ゲンヤの教えだがとりあえず相手を優位に立たせていけないのはどの交渉であっても重要な事だ。こんな状況でも、スカウトされてもらっているのではなく、スカウトさせてやっているんだ、という気概で挑むべきなのだ。だから、言葉を出し切った所ではやてのリアクションを待ち―――相手の笑みを浮かべる姿に違和感を覚える。

 

「そうやな、済まんわぁ。ちょっとド忘れしてて大事な所を伝え忘れとったわ。そうやあ、確かに何でここまで戦力を集めているのかは気になるところやな」

 

 絶対に意図的に”言い忘れていたな”と彼女のリアクションから察する。おそらくこちらを確かめる為にやったのだろうな、と判断する。まあ、相手は部隊を指揮する立場なのだから部下になるかもしれない人間はテストしておきたいのだろうが。

 

「じゃあランスター二等陸士はこのロストロギアの名前聞いたことないかな?」

 

 この会話もまた試されているのだろうな、と思いつつはやての言葉に耳を傾ける。戦いでなら頼れるのだが……こういう事では一切頼れないスバルの存在がこういう時だけは若干恨めしい。まあ、その分己が頑張るしかない、と思いつつ耳を傾け―――

 

「レリックを知っているやろか?」

 

 ―――動きを凍らせる。

 

 

                           ◆

 

 

「少し卑怯だったんじゃないですか?」

 

「せやろか? 交渉事に私情を挟む方が悪いんや」

 

 嫌らしい笑みを浮かべるはやての姿にツヴァイとフェイトは疲れた様な溜息を吐くしかない。それに対して自分の意見は―――ティアナとそう変わりはしない。彼女たちが先ほどまで座っていた席へと目を向け、そして軽く苦笑する。勢いによる返事で、はやては確かに卑怯な手段を用いた。だが間違いなくどう足掻いても彼女たちはこの部隊に、”機動六課”に参加する事になっていたはずだ。それは確かに確信できることだった。

 

「ま、報告に聞いた通り優秀そうな子で助かったってのが正直な感想やね。ここで逃がすのは勿体ないと思うたし遠慮なく捕獲させてもらったわ。このまま普通の陸士部隊で運用させるよりはフェイトちゃんに執務官関係任せてなのはちゃんの砲撃浴びてれば立派に育つやろ」

 

「はやて、後半のは絶対におかしいと思うんだ」

 

 視線が自分に集まるのでサムズアップを向けると、フェイトが顔を手で覆う。たまに情緒不安定になるのがフェイトの悪い所だ。本当に大丈夫なのだろうか。まあ、フェイトがこうなのは何時もの事なので無視するとして、あと一週間、二週間ほどで部隊の発足だ―――ギリギリ滑り込む形で”自分の推薦である”彼女たちを部隊へと入れる事はできそうだった。

 

「なのはちゃん?」

 

「うん? 大丈夫大丈夫、今からでも砲撃撃てるよ!」

 

 反射的に答えるとはやてがあきれた表情を向けてくる。

 

「なのはちゃんって私を超える芸風もっとるよな。なのはちゃん、元教え子には見かけられたら”でたな魔王……!”とか言われて自動で対砲撃防御されているって話やないか。なのはちゃんもう少し教導に趣味を全力でぶっこむ事やめへん?」

 

「ごめん、ちょっと今仕事ができた。えーと、めんどくさいし片っ端から会いに行けばいいか」

 

「止めてあげようよなのはぁ!」

 

 もちろん冗談だ。冗談だ―――だけど見かけたらちょっとガン飛ばすぐらいはするかもしれない。それぐらいならたぶん問題ないはずだ。ともあれ、……今頃ティアナは後悔しているんだろうなぁ、と若人の苦悩を少しだけ羨む。自分は割と簡単に割り切れる大人になってしまったなぁと。

 

 

                           ◆

 

 

「うがぁ……」

 

「てぃ、ティアがゴロゴロ転がっている……! ちょっとかわいいし記録しておこう」

 

 あとで貴様の頭をかち割ってやると、とスバルに宣言しておきながらはやて達と話し合っていた施設の傍の原っぱで頭を抱え、唸りながら転がる。恥ずかしい。ものすごく恥ずかしい。あんなにかっこつけて自信満々だったのに、過去に触れられた瞬間感情任せにオーケイサインを出してしまった。明らかに怪しすぎる部隊だからもうちょっとちゃんと契約関係話し合わなきゃいけない筈だったのに……!

 

 自分の失態を思い出すたびに頭を抱えて転がる。ドヤ顔したんだぞ。ドヤ顔だ。自分の領域だと思ってドヤ顔で攻撃はじめたら2ターン目で一撃必殺技使われてKOされた気分だ。激しく死にたい。

 

「スバルの前で醜態晒した……スバル以下って思われたら死にたい」

 

「待ってティア、そこでどうして私が出てくるの」

 

 スバルをネタにすると少しだけ気分が晴れる。体を軽く伸ばして空を見上げる。そして思い出すのははやての言葉―――ロストロギア・レリックだ。彼女は古代遺物管理機動六課、通称機動六課が”レリックに関する問題専門”の部隊として設立したと説明した。そしてレリックは―――四年前、空港で起きた火災の原因でもある。話によればあの日、あの空港には別世界からミッドチルダへと管理と保護の為にレリックが運び込まれていたという話だった。そしてあのテロはそれを運び出すためが一つの目的でもあったと。

 

 あの事件を起こした犯人はまだ捕まっていないし判明もしていない。だがレリックへと関わるという事は、あの事件を起こした犯人へと間違いなく近づくための最良の手段になる。その結論だけが脳を支配して、反射的に契約書にサインしてしまった。

 

「うわぁ、超死にたい……」

 

「ティアー。お腹すいたー」

 

「帰りにメシ食わせてあげるから黙ってなさい」

 

 わぁい、とこの程度で喜んでくれるからスバルは好きだ。まあ、自己嫌悪もそこそこにしておく。ここ数年、墓参り以外では彼らの死に関しては一度も触れてはいないのだ。そんな状態にいきなりこんな劇物ぶっこんだら自分もこうなるんだろうなぁ、とどこか感心してしまう。うん、自分は未熟だ。

 

 ―――つまり、まだ成長できる。

 

「うっし、自己嫌悪と反省終了」

 

 立ち上がって軽く体を捻る。口にした通り自己嫌悪は終了。何時までも引きずっていてもかっこ悪いと笑われてしまうだけだ。

 

「食いに行くわよスバル」

 

「ティアの奢りだやったぁー!」

 

「ちょっと待て」

 

 奢りだとサイフへのクリティカルヒットというレベルでは済まない。

 

「わ、ワリカンで」

 

「おかわりするぞー!」

 

「ゲンヤさん仕込みの交渉術が今日は欠片も機能していない。苦労して習得した割には全く役に立たない。解せない。家に帰る事があったらゲンヤさんに訴訟も辞さない」

 

 この場合はお前の未熟が悪いって確実にゲンヤに怒られるのだろうが。

 

 ―――ともあれ、

 

 機動六課が怪しさ満点なのはもう完全に理解できている事だが、それでもレリックが関わっているのであれば参加しない理由にはならない。気持ちは完全に切り替え、少し前まで圧倒的な実力の三人と話し合っていた場所を見る。だがそれも一瞬だけの話だ。再び視線をスバルへと戻し、近寄ってから蹴りを入れる。

 

「ワリカンよ」

 

「ゴチに―――」

 

「ワリカンよ」

 

「はーい……」

 

 やっぱりこっちの方が効果がある。もうこの際ゲンヤ式交渉術は忘れた方がいいのかもしれない。




 機動六課発足・入隊までは若干駆け足気味ですねー。というかマテ子出したい。


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ビギン・アズ・ア・チーム

「ふぅ、そっちはどうスバル?」

 

「うん、こっちも終わったよ」

 

 額についた汗を軽く拭い、自分とスバルに与えられた新しい部屋を確認する。古代遺物管理機動六課。通称機動六課へと入隊のサインをしてしまった為に今まで使っていた寮を出る必要が出来た―――何故なら起動六課には専用の隊舎と寮が与えられるらしいからだ。驚くほどに金が使用されている。普通新設の部隊にそう簡単に隊舎が与えられる事なんてない。だが寮を変えると言う事は引っ越しする必要が出てくるという事だ。なら今使っている部屋を引き払う必要が出てくる。故に、スバルと共に荷物を全てダンボールに詰め込んでいた。いた、つまり過去形だ。今まで使っていた部屋は完全に寂しい状態となっていた。荷物は既にダンボールの中へと収納されており、そして持ち運ぶ準備は完了していた。

 

「じゃあスバルちょっと下がってて」

 

「あ、ついでに何か飲み物でも買ってくるよ」

 

「サンキュ」

 

 スバルが部屋から出てゆく。その方が自分も集中できるので助かる。

 

 スバルが部屋から出るとタスラムを取り出し、片手でタスラムを握りながらもう片手でホロウィンドウを出現させる。そうして必要な申請書などの項目をチェックし、ちゃんと己が許可を得ているのかと、そして回線が通じているのかを確認する。転移魔法による引っ越しサービス。実は結構値段がかかるので普通に車やトラックで運ぶのがメジャーなのだが、この費用も六課持ちだ。市街地内での魔法使用やら転移やら、結構な額がかかって普通ではできない事なだけに少しだけ心が躍る。

 

「タスラム」

 

 名を呼ぶのと同時に魔力を解放し、専用の魔法を発動させる。一回限りの消費式の魔法。それでこの場所と、そしてあちら側が繋がる。かかる魔力もDランクで済む超お手軽運送。タスラムからのゴーサインを待ち、変化してゆくホロウィンドウを眺める。やがてそれがすべて消え、ゴーサインを示すホロウィンドウが出現する。

 

『Set, ready. Any time is fine』(セット完了。何時でもいけます)

 

「アポート!」

 

 キーワードを口にした瞬間、部屋をオレンジ色の光が満たし、そして部屋の中にあった荷物が転送される。これで自分とスバルの荷物は機動六課の専用寮へと送られた。そう、専用という言葉が付く―――結構重いなぁ、と思う。段々とだが機動六課の規模と戦力の異常性を感じる。明らかにレリック専門にしては物々しすぎるのだ、機動六課は。

 

「怖いなぁ」

 

 未知こそが最大の脅威であり恐怖である。誰の言葉であるかは忘れたが、それでもその言葉は真実だと思う。純粋に理解できない事が自分に取っては一番の恐怖だ。だから高町なのはという人物に関してはそこまで恐怖を感じない―――彼女の存在は彼の葬式で知っているからだ。だからどんな乱暴な行動で、横暴な行動で接しようとも恐怖になる事はない。逆に行動の見えない、意図を見せないはやての様なタイプの人間が一番怖い。何をしてくるか解らないという部分があるからだ。なるべくなら相対したくはないタイプだが、

 

「味方だし、今はいいか」

 

 深く考えてもどうせ無駄だろう。レリック専門の部隊というのが明らかに”表向き”の理由である事は聡い管理局員であるならば明らかに解る事だ。そしてそれをどうせ部隊発足日―――つまり今日あたり、集めた人員に対して発表するのだろう。どういう思惑があるのかは解らないが、それを今は飲み込むしかないのだ。毒食らわば皿まで、というのがゲンヤの言葉だ。そしてやるなら容赦はするな……に、やるなら弱点を徹底的に暴いてから……が二人の兄の言葉だ。つまりとりあえず突っ込んで弱みを握って遠慮するな。相変わらず頭おかしいな、あの二人の言葉。

 

「ティア、終わった? はい」

 

「うん、ありがとう」

 

 戻ってきたスバルがスポーツドリンクを渡してくる。相変わらずのチョイスだなぁ、と思いつつもスポーツドリンクを飲む。一仕事を終えた後で飲むには十分美味しく感じる。飲み終わったところで自分とスバルの恰好を確認する。どちらも機動六課の制服へと陸士隊の制服から着替えている。つまる所、六課へと移動する前の準備は全部完了した。時間を確認する。隊長の挨拶やら色々と儀礼的なものも存在するだろう。予定外の事故を見越して十数分早く出ておくのは悪い選択肢じゃないだろう。

 

「じゃ、行きましょうか」

 

「うん。実は結構ワクワクしてるんだよね」

 

 スバルの目を輝かせる姿に苦笑する。そんなもの、

 

「見てりゃあ解るわよ」

 

 

                           ◆

 

 

 前の寮からタクシーに乗って一時間ほどでミッドチルダ南駐屯地に到着する。湾岸地区に当たるこの場所は少しだけ、交通が不便に感じられるが……すぐ裏手が海だ。開けているために水上で訓練を行う分には広くていいんじゃないかと思う。寮の位置も隊舎からそう離れていないから日常的な生活で困る事はまずないだろうし、ミッド中央という事で位置関係は最高だと思う。スバルと共にタクシーから降りて、これから一年世話になるであろう大きな隊舎を眺める。

 

「これが今日から私達はお世話になる場所だよ」

 

「知ってるわよ」

 

 テンション高いなぁ、とスバルの姿を若干微笑ましく感じつつ隊舎内に入ると、既にそこには多くのスタッフの姿が見えた。メガネをかけた薄い青色の髪の青年が此方を見かけると同時に近寄ってくる。即座に敬礼する。そのアクションにスバルが即座に反応するからただの脳筋ではない事は解る。

 

「スバル・ナカジマ二等陸士とティアナ・ランスター二等陸士ですね。お二人はスターズ分隊のフロントとして配属されています。コールサインの方はもう既に把握していますよね? ……その様子を見るに大丈夫そうですね。あちらの方に―――」

 

 と言って青年が隊舎、ロビーの一角を指し示す。そこには自分よりも遥かに小さい子供が二人ほどいた。予め聞かされていたとはいえ、改めて目撃するとなると少しだけ頭が痛くなりそうだ。―――が、こうやって参加しているという事はつまり”そういう事”なのだろう。気にするだけ馬鹿な話だ。大体、管理局全体から見てそう珍しい年齢でもあるまい。それに判断する事に個人の主観を判断に混ぜるのは悪手だし。

 

「ライトニング分隊の二人がいますので、課長の挨拶の前に少し話し合っておくといいと思いますよ」

 

「ありがとうございます」

 

「いえ、では」

 

 そう言うと男は去って行った。スバルへと視線を向ければサムズアップを向けられる。彼女の方に関しては特に抵抗感とかはないらしい―――あぁ、そう言えばスバルは結構若い頃から格闘術やら魔法やら教わっていたなぁ、と思いだす。自分の場合は危険だから、と兄が全くタスラムに触れさせてくれなかった事を思い出すが。そんな思い出が脳をよぎり、軽く苦笑しながらも自分達と同じ新人魔導師へと近づく。相手の階級は確か―――三等陸士だったはずだ。近づくと相手もこっちを察す。

 

「あ……」

 

「初めまして、スターズ分隊スターズ04のティアナ・ランスターよ。階級は二等陸士でセンターガード担当よ」

 

 赤毛の少年と、そしてピンク色の髪の少女へと手を伸ばすと、直ぐに応答と握手が返ってくる。

 

「え、エリオ・モンディアル三等陸士! ライトニング分隊のライトニング03です! ガードウィングを担当させていただきます!」

 

「キャロ・ル・ルシエ、同じくライトニング分隊でライトニング04、フルバックです!」

 

「あ、私スバル・ナカジマね。スターズのスターズ03でフロントアタッカー―――」

 

「ふんっ!」

 

 余りにもなれなれしいスバルに対して軽くローキックを叩き込んで床に倒す。エリオとキャロが軽く吹きだすが、それは無視して床に倒れたスバルのケツに一発ケリを叩き込む。周りから一瞬だけ視線が向くが、直ぐに自分の会話に戻る辺りここの人間も割とセメント寄りな芸風の持ち主たちなんだろうなぁ、と軽く把握できた。グッジョブスバル、その犠牲は忘れない。

 

「酷いよティア!」

 

「初対面でなれなれしすぎるのよアンタは。―――ほら、年下の子達が怯えちゃってるじゃない」

 

「いや、それ確実にティアが原因でしょ」

 

 エリオとキャロへと向けると子供のくせに苦笑いという高等なテクニックを使っている。器用なものだなぁ、と思うと同時に苦笑いができる程度には苦労しているんだろうなぁ、と判断する。まあ、彼らの過去に関しては、自分は興味も関係もないものだ。だから今はそれを思考から追いやっておく。床に座りこんでしまったスバルに手を隠して引き上げる。

 

「え、えーと、大丈夫ですか……?」

 

「え? あ、うん。平気平気。こう見えても頑丈だからティアが本気で蹴ってきてもダメージが来ないぐらいには体鍛えているから!」

 

「それはつまり私の制裁は全く通じてないって言いたいのかしら」

 

 少しだけ凄んでスバルを睨むと、スバルが困った様子を浮かべながら後ずさる。その光景を見ていたエリオとキャロが軽く笑い声を零す。その姿をスバルと共に見て、そして互いを見る。まだ遠慮は残っているが、普通に笑えるなら少しは距離が縮まっただろう。残りは追々詰めてゆくとして、これから共に機動六課で頑張って行く仲間だ……距離が詰まるのはいい事だろう。

 

「ま、こんな感じで結構二人でデコボココンビをやってたんだけど、これからは割と一緒みたいだしよろしくね?」

 

「ふふ。はい、よろしくお願いします」

 

 改めて握手を交わし合うと、ロビーの奥の方から現れてくる姿を見つける。―――八神はやてだ。となると挨拶が始まるに違いない。軽く服を整え直し、スバル達共に背筋を伸ばして真直ぐに並ぶ。ロビー中央、全員を見れる位置にはやてが立つと、その横にフェイトとなのはが、そしてそのさらに横にヴォルケンリッターが控えていた。何時みても凄まじい顔ぶれだとしか言いようがない。まさかともに仕事をする日が来るとは思いもしなかった。

 

 はやてが全体を見回すと、笑みを浮かべて頷く。

 

「こんにちわ、私がこの隊の総隊長で課長の八神はやてです」

 

 檀上に立ったはやてを機動六課に参加するメンバーが全員視線を向けている。誰もが一字一句逃さない様に視線をはやてへと注ぎ、その言葉へと集中している。それをおそらくはやては理解している。だからすぐに次の言葉をしゃべる訳でもなく、ゆっくりと考える時間を与える様に短い時間を置き、そして再び続ける。

 

「この隊の正式名称は古代遺物管理機動六課……私は通称機動六課って呼んでいるんですけど、この隊は名目上としては古代遺物、ロストロギアの確保を任務としています。特にその中でもひときわ最近危険性を示す物、レリックに関する事が専門になると思いますが、それ以外にも色々とこの隊には思惑があって、本局の意向もあり様々な設備を融通してもらいました」

 

 少しだけざわつく。だがそれもすぐに収まる。人望であればこの場において八神はやてに勝る人物はいないだろう。そしてそれが、はやてに対して後ろめたい疑いを持つことを遮る。そういう繋がりを、実績を、重要だと把握している人物だ彼女は―――ゲンヤに昔隊の運営や人の使い方を教えたと聞いた時、妙に納得できてしまった。

 

「だけどそういう上の思惑とか皆には気にしないでほしい。最高のバックにフロント、たった一年だけの夢の様な部隊……それが今の私達。たった一年の試験運用。でも、こうやって皆を前にして私は一年後に皆で”最高のチームだった”って言えることを確信しています。……さて、これ以上話してたら”話の長い課長さん”って思われてしまうし切り上げましょうか」

 

 その言葉に小さな笑い声が上がり、

 

「では―――これから一年、色々な事が起きると思います。涙を流すかもしれませんが、笑う時も多いでしょう。そういう事を一つ一つ幸いとして受け入れられるような所でいたいと思っています。では機動六課は本日より発足です、今日から頑張っていきましょう」

 

 応えは拍手と共にロビーに響く。はやてが壇上で頭を下げて降りると、周りがあわただしく動き始める。隊長の挨拶が終わったのでそれぞれが己の部署へ、役割を果たす為に動き始めているのだ。そしてそれは自分達もすべきことなのだろうが―――基本的に出動が無ければ訓練、というのが平時における自分たちの日常だ。だとすれば、

 

「おーい、新人さん達ー」

 

 声に呼ばれ、その主を見れば先ほどまではやての傍にいたなのはが機動六課の制服姿で近づいてくる。素早く敬礼をしようとすると、苦笑されながらいいよいいよ、と手をひらひら振ってくる。

 

「私そういう形式ばったのは苦手だから私の場合は基本的に楽にしていてね? あ、あとね、一時間後に裏で訓練を始めるから荷解きするなり訓練用の服装に着替えるなりポジションの確認するとか、いろいろ準備しておくといいよ」

 

 なのはが笑顔を浮かべる。

 

「うん、覚悟するといいよ」

 

 なのはの胸元のレイジングハートが光信号でメッセージを伝えてくるがその内容が不吉な様な予感がして到底確認する気はない。横で解読してしまったキャロが若干震えてしまっている様な気もするが、それは些細な問題だろう。……高町なのはの教導は苛烈という話も聞いているし、

 

「遺書でも書いておこうかなぁ」

 

「そ、そんなにひどいんですか!?」

 

「昔ニュースでレポーターが容赦なく砲撃三連発食らってたのを目撃したわ―――絶望的ね?」

 

「それって教導じゃなくてただのリンチですよね」

 

 あの女の頭では正当性があるらしいので恐ろしい。

 

 ともあれ、機動六課は部隊として機能を始めてしまった―――覚悟するしかない。




 エリキャロはフェイトそんに育てられたために割と普通のようです。脱ぐのかな。


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ゲット・オン・ザ・ライン

 訓練用の動きやすい服装に着替え終わり、隊舎の裏手―――湾岸方面に出る。細い通路が湾の上へと続いており、そこには人工島みたいな空間が見える。だだっ広い空間で、普通に訓練するには良さそうな場所が見える。ただ遮蔽物は何も無いように見えるので、そのままで訓練するわけではないのだろうな、と判断する。ある程度己の動きやらポジションに関して情報交換を終え、訓練場らしき場所の入り口で待っていると、なのはが教導官の制服姿で現れる。その腕の中には自分たちのデバイスが握られている。あの後すぐにやってきた技術官に預かられてしまったものだ。そしてやってくるなのはの横にはその技術官もいた。

 

 なのはは此方へとやってくると此方を見渡し、そして頷いてくる。

 

「皆いるみたいだね。もし遅れたらヤキいれなきゃいけない所だったよ」

 

「やだアグレッシブ」

 

 もちろん聞こえない様に呟く。聞かれたら何か地獄を見るハメになりそうなのは予感というよりは確信として解っている事だ。ともあれ、なのはは嬉しそうに此方の姿を見ると腕の中に持っていたデバイスを此方に返してくる。離れて数十分だけな筈なのに、手に馴染むタスラムの感触は実に懐かしく感じられた。そういえば日常生活ではほぼまったく手放さないなぁ、と思い出す。

 

「とりあえず色々と始める前に紹介するね、此方は君たちのデバイスのメンテやデータ取りをしてくれるシャーリーだよ」

 

 そう言われ茶髪ロングでメガネが特徴の女が笑顔と共に挨拶してくる。

 

「通信士とメカニックを兼任しているシャリオ・フィーニ一等陸士です。皆からはシャーリーって呼ばれているので皆さんもそうお願いしますね」

 

 そう言ってウィンクを送ってくる彼女は結構テンション高い系だなぁ、と思いつつも視線をなのはへと移す。余り畏まる必要はないと言われても、相手は文字通り次元の違う相手だ。歳も実力も階級も、全てにおいて格上の人物。内心少しだけ緊張しているという事実はぬぐえない。

 

「君達に返したデバイスの中にはこっちでデータが取れる様に少しだけ弄ってるから事後承諾だけど了承してね。機能そのものを損なうことはないし」

 

「そこらへんは自信を持っているので安心してください」

 

 軽くタスラムの内部チェックを行えば、タスラム内にデータ収集用データチップが追加されているのを発見する。特に問題も存在しないのでそのままにしておく。タスラムを腰のホルスターへと戻し、背筋を伸ばしてなのはの言葉を待つ。

 

「うん、みんなやる気十分のようで安心したよ。じゃあシャーリー、お願い」

 

 そう言うとシャーリーがホロウィンドウを複数表示させ、素早くそこに様々な数字や文字を入力し、操作を始める。そのスピードが自分のよりも遥かに早いのを確認できる辺り、やはり彼女もこの分野においては一流の人物なのだろうと思える。

 

「ふふふ、機動六課自慢の空間シミュレーター、ご覧あれ!」

 

 そう言ってシャーリーが入力を完了させた瞬間、湾上に浮かび上がる光景があった。

 

 ―――廃棄都市だ。

 

 平らで、何もなかった湾上の訓練空間。そこに突如として廃棄都市群が出現する。ゆっくりと出現し、そして確かな形を生み出すそれは完全に普通のシミュレーターの範囲を逸脱した現象だった。馬鹿の様に口を開けない様に気をつけながら驚いていると、横でスバルが馬鹿の様に口を開けていて、その姿にどこか安心感を覚えた。

 

「なのはさんと私で隊の予算を見る事無く強引に素敵仕様で作り上げた空間シミュレーターです! 無限書庫のユーノ・スクライア司書長に頭を下げて書庫から資料を持ってきたりしてものすごぉーい怒られそうなレベルでの建設を完了しました。いやぁ、いい仕事しましたねなのはさん」

 

「うん、他の隊から確実に文句が来そうだけどそこらへんは全部はやてちゃんやフェイトちゃんに丸投げするから私達は仕事をしたって言い張ればいいんだよシャーリー。私も何度破壊してもボタン一つで何度も再生する素敵仕様な訓練場が手に入って大満足だよ」

 

 あ。やはりお金かかってるんだなぁ、と現実逃避気味に思考する。なのはが水の上に浮かぶ通路を歩いてシミュレーターへと向かうので、その後を追いながら横のスバルへと話しかける。

 

「憧れのなのはさんから教導を受ける事の出来る現在の気持ちを一言」

 

「物凄い嬉しいけど―――嫌な予感しかしない」

 

 スバルがそういうのだからたぶん酷い事になるんじゃないかなぁ、と思う。スバルの持つ直感というか、野性的な勘は実際の所結構役立つ。前線というか、武装隊等の戦闘回数の多い魔導師ではそういう勘を信仰する者がいる程だ。そういう勘は結局経験から来る統計的なものなのだが……楽しそうに先を歩くなのはを見るとどう足掻いても絶望という言葉しか浮かび上がってこないのは何故だろうか。

 

 

                           ◆

 

 

「……すご」

 

 到着したシミュレーター空間、軽く床やビルに触れるが、そこにはちゃんと感触などが存在していた。ビルの壁を軽く殴れば相応の強度を感じるし、破片を取って軽く舐めてみれば―――普通に味覚としても感じる。舐めて口の中に入った物を吐き捨てながら、本当に途方もない金額が使用されている感覚に頭が狂いそうになる。考えれば考える程見えてこない。機動六課とは一体何を想定して新設された部隊なのだろうか。

 

「うん、じゃあとりあえず基本的に私の目標としては君達をこの一年の間に最低でもAAランク、もしくはAAAランク魔導師まで引き上げる事が目標かな。最低でもそれぐらいのランクがないと安心する事が出来ないし、君達にも死ぬ気でそれだけの実力をつけて貰うつもりだけどオッケイ?」

 

 なのはが此方から十歩ほど離れた位置でそう問いかけてくる。四人全員で息を合わせ、答える。

 

「はい!」

 

 返答になのはは頷く。

 

「うんうん、返事だけなら誰だってできるんだよ。重要なのは結果を残す事と過程にどれだけ力を入れられるか、だよ。少なくとも私は過程と結果を両方見る優良タイプでよかったね? ―――今のは賛同する所だよ?」

 

 なのはのその言葉にフリーズする。横のエリオとキャロ、それからスバルを確認して、同様に固まっているのを確認してから、

 

「な、なのはさんは優良ですねー!」

 

「わ、わぁー!」

 

「うんうん」

 

 満足げに頷いている。なんだろうこの茶番は、と思ってしまうがこれが社会に出るという事なのだろうか。割と前の陸士隊にいる時にごますりとかも覚えてしまったし、社会に出ると気遣いが必要で疲れると思う。

 

「ま、やる事はいっぱいあるし無駄話はここまでにしよっか。シャーリー」

 

 なのはがそう言った瞬間。床に、道路に魔法陣の様な文様が浮かび上がり、そしてそこから卵型の金属が出てくる。卵のような形をしたその機械を目にして、一瞬でそれが何なのかを自分は把握する。徹底的に調べるタイプの自分と違って他の三人は軽く首をひねっている様子を見せている。

 

「……?」

 

 ……なのはが此方に視線を集中させたような気がした。が、勘違いだろう。確認する彼女は出現した機械のうち一体に近づき、それを軽く手で叩く。

 

「私達が任務の都合上一番よく敵対する事になるのがこの機械で、私達は”ガジェット・ドローン”っていう風に呼んでいるんだ。普通に戦う分には物凄く厄介な特徴を持っているんだけど―――」

 

 なのはがガジェットから離れると、なのはの足元にピンク色の魔法陣が出現する。次の瞬間にはなのはの姿が消失し、その代わりにホロウィンドウがその場には置かれていた。その中にはシャーリーの横に立つなのはの姿が映し出されている。

 

『とりあえずちゃんと予習してきたか、どれだけ戦えるのか目で見たいから抜き打ちテスト行くよ。この程度で躓くんだったら最初から適性なしって事ではやてちゃんに部隊から切る様に言うつもりでいるからちゃんと頑張ってね』

 

 やり口が若干悪辣すぎないか、何て思った瞬間、

 

『じゃ、基本的に逃げる様にAIは設定してあるから頑張ってね』

 

 なのはがそう言葉を放った瞬間、八機出現していたガジェットは一斉に動き出して四方八方へと向かって一斉に動き出す。その姿を見てエリオとキャロがあ、と声を漏らしながら動き出そうとするが、動き出そうとする二人の首根っこを掴んでその動きを止める。

 

「ハイ、ストップ」

 

「あ、え?」

 

「逃げたら追いかける、そんな事してたら子猫だって捕まえる事が出来ないわよ。冷静になりましょう。高町教官がヒントすらも教えてくれないのは此方が知っていると解っているからよ。落ち着いて動きとできる事を話し合いましょう。そうすればこれぐらい簡単なはずよ」

 

 まあ、スバルは元々コンビを組んでいるので動きを決めない限りは動きださないというスタンスを理解してくれている。だけどこの二人とは今日初めて会って、初めて組むことになる。だから改めて口にする。

 

「今日からチームよ、よろしくねエリオ、キャロ」

 

 

                           ◆

 

 

「ふむ、どうですかなのはさん?」

 

「そうだね、たぶん問題にすらしないんじゃないかな」

 

「予想通りですか?」

 

「そうだね」

 

 ホロウィンドウを通して新人四人の姿を確認する。既に相談や情報の交換は終えているのだろう、三人と一人という別れ方をしてチームが動き出している。機動力の足りないキャロを補う様に彼女をスバルが運び、素早く動けるエリオが並走し、そしてティアナが一人だけビルの上へと跳躍を繰り返して登って行く。司令塔に三人の兵士、という基本的な形だが、この状況においては何よりも正しい。本来なら一人だけ残るというのは悪手だが、この場合此方はAIを逃走用と指定してしまっている。これなら奇襲を受ける心配も必要なく指揮に集中できる。

 

「AMFの事もやっぱり知っていたみたいですね」

 

「説明の必要がなくなるし、ちゃんと対処法も解っているって事だから少しだけ安心かなぁ」

 

 ガジェットに回り込む様な形でスバルとエリオが接近し、スバルの背中から飛び降りたキャロが魔法を行使する。データベースを探り、キャロの使用魔法のデータを表示させればそれは武装に対して障壁突破の力を与えるものだというのが解る―――つまりAMF対策だ。このシミュレーターの場合はデバイスの性能を降下させることによってAMFを再現しているが、支援魔法で見事に再現された疑似AMFをエリオとスバルは突破し、物理的な攻撃でガジェットを破壊している。下位のガジェットであれば十分に戦闘は可能、と少しずつ自分の中で彼女たちの評価を固めてゆく。

 

「エリオとキャロが現状才能だけが先走っている、って感じかな。あの年齢で体を作ろうとしたら成長の仕方がおかしくなるからあまり無理はさせられないけど―――スバルとティアナの方は上手い感じに出来上がってるなぁ。それにあの二人の感じは……」

 

 ホロウィンドウを通してティアナとスバルへと視線を集中する。体の動かし方、武器の握り方、非常に懐かしいものを感じさせる。その事が少しだけ嬉しくて思わずこぼれそうになる笑みを我慢して、とりあえず彼女たちに何が必要なのか頭の中でプランを固めてゆく。

 

「模擬戦ばかり重ねて”後のある”戦い方に慣れられても困るからそこらへんは調整しつつちょいちょいやるとして、圧倒的に実戦経験不足だからまずは覚える所からかなぁ、やっぱり。実戦経験のない魔導師が戦闘でダメージ受けた時に驚いたり痛がったりして凄い迷惑がかかる時があるんだよね。その前に痛みになれるのと魔力ダメージを受けても気絶しない様に育てないとなぁ」

 

「なのはさん、そう言いながら楽しそうにレイジングハート振り回してますよね」

 

「こればかりは慣れるまで叩き込んで覚えるしかないからね。今のうちにスターライト・ブレイカーあたり経験しておけば同レベルの攻撃が来ない限りは割と冷静に戦えるようになるし」

 

「それを本気で行って実現しているからなのはさんって凄いですよねー」

 

 そう褒められても全部真実なので別段思う事はそんなにないよシャーリー、と言って、再び視線をホロウィンドウの向こう側へと向ける。魔力量的にこの中で一番劣っているのはティアナだが、この中で一番恐ろしいのも彼女だ。試験を見ればスタイルと思考的には大体”完成”されているのが解る。寧ろ問題なのはまだ肉体が発展途上のエリオとキャロで、格闘術に関しては良く知っているとはいえ技術的指導をすることができないスバルだ。スバルに関しては後でザフィーラや彼のデータを参考に引っ張り出してくるとして、

 

「忙しくなってくるね、レイジングハート」

 

『As usual』(何時も通りですね)

 

 慣れたレイジングハートの返答に苦笑を感じつつも、確かに感じる新世代の風に懐かしさを感じていた。




 支援絵貰って割とテンション高いので気が付いたら書き終わってたよ。

 クッキーもついに秒間30億だぁ


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リメンバー・ザ・パスト

「あり……なの……これ……」

 

「てぃ、ティアが死んだ!」

 

 五月蠅いって言いたい所だが自分にそれだけの力はなかった。

 

 初日の演習が終了すると他に何かをする余裕もなく、自分の部屋のベッドに倒れ込む事しかできなかった。今の自分に食堂へと行くだけの余裕は無かった。何せ昼食でさえ何を食べたのかちゃんと覚えているかが怪しいのだ。相当な疲労―――ではない。完全に魔力ダメージによるショックが体に残っているのだ。午後からの演習内容は思い出すだけで怖気の走る内容だった。できる事ならもう二度と経験したくはなかった。

 

 あの女、高町なのはが此方の実力を調べる為に戦闘訓練を行ったのはいい。此方がチームとして動けるのかを調べたのもまだいい。だがその後が問題だった。なのはの話によれば痛みへの耐性をつける事と、戦闘中に意識を落とさない様に魔力ダメージをある程度受け慣れておく必要があると言った。そうして浮かべてくるのがアクセルシューターという誘導魔力弾の魔法。それを浮かべてなのはは笑った後、

 

 それを消した。

 

「何が心を折る為だけよ……」

 

 ”今のアクセルシューターは心を折る為だけにだした”と言ってやっぱり繰り出されたのは砲撃だった。心を折るつもりでやったのなら正解だ。あの時エリオとキャロが浮かべた絶望的表情は今でも思い出せる。そして次の瞬間放たれた砲撃が収束砲撃だったと理解した時の二人の表情も忘れられない―――たぶん自分と同じ表情をしていただろうから。

 

 一撃目はいい。経験は何事にも代えがたいものだから、覚えるためには必要だ。理論は解る。ただ即座に放ってくる二射目は一体どうなんだ。そして気絶している二人をバインドで拘束してまで砲撃をぶち込むのは何事か。アレが本当に戦技教導官の正しい姿なのだろうか。アレでマジで結果を出しているのだから管理局の魔導師は頭がおかしいとしか言いようがない。何故あんな訓練でちゃんとした魔導師が育つんだ。というか、

 

「スバルが元気なのが解せない……」

 

「え、私そこまで元気じゃないよ……?」

 

 そう言いながらも両足で立って動く事が出来る程度にはスバルが元気だ。改めて近距離パワーファイターの意地というか、底力というものを見せつけられて羨ましく思う。彼女の魔力量やインファイトにおける才能、身体能力は確実に自分にはないものだ。だからと言って欲しいものでもない。ランスター流の戦い方であれば今の自分が一番適しているということを解るぐらいには大人になったつもりではいる。

 

 でもやっぱりまだ動けるスバルが羨ましい。

 

「夕食、食えそうにないわねー……」

 

「えー、一緒に食べに行こうよー!」

 

「食えるんかい貴様」

 

「うん? そりゃあお腹すいてたら食べられるでしょ?」

 

「ないわぁー……」

 

 そう言ってバタリとベッドに突っ伏す。幸いな事に部屋の片づけとかは寮長がやっておいてくれたらしく、大分スッキリした感じでまとまっている。元気が出たら探して感謝を告げておくべきなんだなぁ、と思いながらベッドから手をバッグへと向けて手を伸ばす。だがバッグには手が届かない。体を動かすのが面倒だからヴんヴんと腕を振るがもちろん届く気配はない。

 

「ティア、大丈夫なの?」

 

「うっさい」

 

 苦笑しながらスバルがバッグを開けて、その中からスポーツドリンクと携帯スナックを取り出してくれる。歩いていたり、どっかでお腹が空いた時用に購入しておいたスナックがこの時になって活躍するとは思いもしなかった。スバルから受け取ったシリアルバーの封を解いて、それにむしゃむしゃとかぶりつく。全身に残る砲撃のダメージが抜けきらず食べるのがキツイ。ものすごくキツイ。基本的に全くダメージを受けないポジションなのでここまで重いダメージを受けたのは初めてだ。

 

「じゃあ私晩御飯食べてくるね」

 

「いってらっしゃいー……」

 

 流石参考にしているのがメイン肉壁なだけあって強いなぁ、と思う。アレ、というか彼であればたぶん……もう普通に飛んだり跳ねたりできたりする程度には回復しているんだろうなぁ、と過去を思いだし―――止める。いなくなった人間を考えるのは今はいい。そんな時間はない。体を起き上がらせ、ベッドの淵に座り、シリアルバーをもうちょっと良く噛んで食べる。流石に今夜はこれとスポーツドリンクしか喉を通りそうにないが、明日の朝の演習の事を考えるならしっかり食べた方がよさそうだと判断する。

 

「んぐっ」

 

 シリアルバーを一気に食べ終わってスポーツドリンクの中身を飲む。流石に温くなっているが、それでも疲れた体に一気に染み渡る。ここまで激しく攻撃受けたのも初めてだなぁ、と思いつつようやくまともに動き始めてくる体を少しずつ動く。関節の各所には疲労が熱として溜まっているのを感じる。冷却術式で冷やすのもいいが、そんな風に誤魔化す必要はない。たしか、

 

「大浴場があったんだっけ」

 

 だとしたら遠慮なく使わせてもらおうとしよう。着替えとか風呂場用品どうしたっけなぁ、と思いだしながらカバンやクローゼットの中を探し始める。綺麗に収納されている自分の荷物を見て、寮長にやはり感謝しなくてはなぁ、と再度確認する。

 

 

                           ◆

 

 

「結構広いわねぇ……」

 

 脱衣所から確認する風呂場は結構広いものだった。中には誰かの気配も姿もないし、どうやら一番風呂は自分が貰ったらしい。……この大浴場という文化、元々ミッドにはなくて地球の文化らしいが、こういうのを寮の施設に捻じ込んでくる辺りはやてもはやてで、結構趣味をぶち込んでいるなぁ、と言うのが解る。まあ、実家近くの銭湯へとスバルに連れていかれた事は何度かある。地球ブームの時に出来た施設の一つだ。本当に地球は人気だなぁ、と思いつつ服を脱ぎ始める。脱いだ服をロッカーの中へと投げ入れて、タスラムもロッカーの中へと置く。

 

「大人しくしてなさいよ」

 

 ホロウィンドウにしょぼーんとした表情の顔文字をタスラムが表示させるが、それをガン無視してロッカーの扉を閉める。服も脱ぎ終わってモタモタする理由もないのでさっさと大浴場へと入る。最初の数秒は煙で視界が全く見えないが、数秒でそれにも慣れる。

 

「えーと」

 

 たしか、と声を漏らしながら近くのシャワーのある場所へと移動し、前はどうやって利用したのかを思い出す。確か作法があったのよねぇ、と声を漏らしながらさっさと髪や体を洗ってしまう。そこまで美容に関しては気を使ってもいないので洗い終わると、軽く髪の毛を纏めてからそのまま浴槽へと入る。

 

「はぁ……生き返るー……」

 

 やはり風呂はいい。遠慮なく足を伸ばせると尚のこと良い。一日の訓練で溜まった疲労が体から抜けて行く様な感じがして、実に心が安らぐ。周りには他に誰も利用者がいないようだし、こうやって一人で独占できる状況は非常に素晴らしい。暫くはこのまま一人でこの風呂場を独占できるかもしれない。

 

 と、そう思った瞬間浴場の扉が開く。

 

「いっちばーん、と思ったらありゃ、もう先に誰か入ってたみたいだね。ちょっと残念」

 

 そう言って浴場に増える茶髪長髪の姿は高町なのは、本日新人四人に容赦のない砲撃を叩き込んだ人である。此方を見かけると軽く手を振って挨拶をしてくるので、片手を風呂から持ち上げて振りかえす。それで満足したのかなのは体や髪を洗い始める。特にする事もないのでなのはから視線を外し、浴場の天井を眺める。意外と天井が高いなぁ、と思いつつ背中を浴場の淵に預けて肩までを風呂に沈める。そのまま目を閉じて風呂に浸かっていると、

 

「あ、海とかよりもお風呂での方が死亡率高いっての知ってる? お風呂で眠ったまま誰にも起こされることなく沈んでどろん、だって」

 

「今ので一気に目が覚めました」

 

 そんな事を言うのだから良い気分だったのに一気に目が覚めてしまった。今の話はほんとっぽいし、今度からは風呂の中で寝るのは極力止めよう。そう思ったところで失礼、という声とともになのはが浴槽、すぐ横に入ってくるのが見える。その時確認する女性的な体のスタイルが結構羨ましい。

 

「ふぅ、やっぱお風呂はこう、広くないとねー」

 

 そう言って思いっきりなのはは腕を伸ばしてから、背中を此方みたいに浴槽の淵に預け、そして視線を此方へと向けてくる。

 

「ゆっくり話す機会もなかったし、今まで仕事中だったし言えなかったけど―――久しぶりだね、ティアナ」

 

「……お久しぶりです、なのはさん」

 

 改めて挨拶をする。自分たちの出会いはあの時、Bランク魔導師試験の時ではなく、その四年前になる。誰よりも身近だった人物が死んでしまった年に、葬儀場という場でなのはとは顔を合わせて、個人的に色々と話し合ったりもした。あの時は自分もなのはもわんわん泣いてて、誰かが酒を飲んで暴れてたなぁ、と思いだす。あの時に自分となのはは出会っていたのだ。少しだけ、遠い関係だがイストの事を話し合える丁度いい相手だった。

 

「ティアナも大分大きくなったねぇ」

 

「一応これでも前へ進んでいるつもりですからね。全く成長しなかったらしなかったで示しがつきませんから」

 

「やっぱり色々と諦めてないんだね、ティアナは」

 

 諦めてないのは当たり前だ。彼らが私の原点なのだ。あの背中を永遠に追い続けているのだ。絶対に追いつけないと理解していても追い続けるしかない。自分にはそれ以外の道しか残されていない。なぜなら目撃して、経験して、そして生き延びてしまった人物として自分には義務が課せられているのだ。―――兄たちの出来なかった事を成す事、彼らの分も全力生き続ける事。そして”人間”という道から絶対に踏み外さない事。それが今の自分を作り上げているファクターだ。

 

「なのはさんは諦めたんですか?」

 

「どうだろうなぁ……」

 

 そう言って悩むなのはの姿はとても身近に感じられた。高町なのはと言えば管理局不屈のエース・オブ・エース。圧倒的な砲撃適性と魔力を保有した超要塞型パワーファイター、一部では管理局の白い魔王と呼ばれるほどに恐れられている魔導師だ。ここにいる彼女にはそんな姿は見えない。

 

「……そうだねー、復讐とかを言うにはちょっとだけ歳を取りすぎたかな。別にどうでもいいって訳じゃないんだよ? ただ昔の出来事は昔の出来事、それを”しょうがない、間が悪かったんだ”って思って諦めるぐらいには大人になった、って感じなのかな」

 

 その基準で行けば、

 

「間が悪かったで済ませられない私は確実にまだ子供なんでしょうね」

 

「私よりはね」

 

 そこで臆することなく自分以下だとこの女は言ってくるので凄まじい。まるで自信の塊を見ているかのようなものだ。だが彼女の言葉が決して適当ではない事は彼女の体を見れば一目瞭然だ。普段は長袖の制服やらバリアジャケットに隠れていて解らないものだが、彼女の体をこうやって見れば、そこには多くの傷が残っているのが見える。背中に大きなものが、全面にも細かかったり大きな傷が結構残っている。

 

「マジマジと見られると少し恥ずかしいかな」

 

「傷、消さないんですか?」

 

「踏み込んでくるなぁ……まぁ、こういう傷の一つ一つは自分が未熟だった証だったり、力が及ばなかった証だったり……消すには少し勿体ないからね。治療する時に気にして消す人も多いけど、私は消したくないな。べつに醜いとは思わないし」

 

「思わないし?」

 

 なのはは此方を見てニコリ、と笑みを浮かべる。

 

「ユーノ君は綺麗だって言ってくれたから消す気はないなぁ」

 

「御馳走様でした」

 

 ははは、となのはが笑うので此方もそれにつられて笑い声を零してしまう。不思議と遠かった人物が今では身近に感じるのはやはり裸の付き合いによる効果なのだろうか。それとも共通点を通して互いに感傷に浸っているのだろうからか。ともあれ、この時間がそう悪い事ではない様に感じるので、それでいいんじゃないかと思う。

 

「ま、未熟で子供なティアナちゃんはしばらく訓練や演習で地獄を見せ続けるつもりだから頑張ってね」

 

「ぐぇ……ちょっとは手加減してください」

 

「甘えは為にならないからね。ネタとお仕事は常に全力でやるつもりだよ」

 

「すいません、演習を兄たちと同じ様なノリでやらないでください。エリオとキャロが死にます」

 

「フェイトちゃんにエリオとキャロの目が死んでるって言われちゃったんだよねぇー……改める気はないけど」

 

 正真正銘の鬼畜だと確信する。兄達のノリを割とというかほとんど継承しているので油断できないのは解っている。ただそれを初心者にまで押し付けてもいいのだろうか―――言ったところで黙殺されるのだろうが。

 

「ま、頑張ってねティアナ。チームの一番のお姉ちゃんでキーマンなんだから」

 

「解っていますよ。だから手加減してください」

 

「だけど全力だすよ。楽しいし」

 

 ごめんなさいエリオとキャロ、交渉は無理だった。

 

 教導官は教え子を砲撃する事に快感を覚える変態だった。世の中やっぱり狂ってるな、と再確認したところで、もう少しだけなのはと話すのも楽しいかもしれない、と思い、

 

 風呂から上がるそう長くない時間の間、なのはと”彼”の知り合いという懐かしい関係で語り合った。




 実は割と仲がいい。


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チーム・プレパレーション

 やはり昨晩は何も食べなかったせいかお腹がかなり空いている。寮の食堂で頼む朝食は普段よりも多めに頼んでしまった。目の前に重ねられている数枚のホットケーキを見ていると自分としては結構な量のつもりだが、すぐ横に座っているスバルのと比べると些事に思えてくるからナカジマ家の消費数は凄まじいと思う。……まあ、スバルとギンガには体質的部分が大きいのだと思う、この暴食とも言える量の摂取は。まあ、自分はある程度知っているからそこまで違和感を覚えることもなくなった。が、周りはそうもいかない。朝から山盛りのスパゲティをズルズルと掃除機の如く吸い込んで行くスバルの姿に恐怖に似た感情を抱いているように思える。その姿に軽く苦笑しつつ自分もホットケーキの中にフォークとナイフを沈める。切るのと同時に甘い匂いが広がって、食欲を誘ってくる。やはり朝はこれとミルクが一番だなぁ、と確信しつつ、お腹を満たす為にホットケーキを食べ始める。

 

 と、そこに、

 

「おはようございます……」

 

 エリオとキャロの姿が食堂に現れる。その背後でおろおろと右往左往するフェイトの姿がある。あぁ、この人結構過保護系なんだなぁ、と思いつつ同じテーブルにエリオとキャロが座る。フェイトが何か言おうと口を開くが、その瞬間には何かが背後から現れてフェイトを掴む。

 

「フェイトちゃーん」

 

「な、なのは……!」

 

「こっちおいでー」

 

「ちょ、ちょっと待って私にはエリオとキャロの―――」

 

 フェイトが全てを言いきる前になのはにフェイトが拉致されてどこかへと消えて行ってしまった。最後まで何も言う事が出来ずに引きずられていった辺りに凄い憐れな感じがある。フェイトにだけは少しだけ、優しくした方がいいのかもしれない。なんだか物凄い苦労している気配を感じる様な気がしないでもない。とりあえず、

 

「おはようエリオ、キャロ、あとフリード」

 

「きゅくるー」

 

 エリオとキャロの返事が薄い中、唯一フリードだけが元気な返事を返してきた。一応フリードもハイパー桃色デスビームに巻き込まれていた記憶があるのだが、やはりそこらへんは小さくても竜種という事なのだろう、もう昨日の気絶した姿を思い出させない元気さを見せている。まあ、動物やらの生き物は結構楽な感じでいいなぁ、と少しだけ羨ましくなる。

 

「アンタ達元気ないわねぇ」

 

「むしろスバルさんとティアナさんが元気過ぎなんですよ」

 

「私をこっちの元気馬鹿と一緒にしないでよ。失礼ね」

 

「ティアナの私に対する扱いが激しく何時も通りで安心する」

 

 お前そこは心配しておけよって言いたいがスバルが満足げな表情を浮かべているので何も言えない。相変わらずこいつの頭の中は幸せそうだなあと思いつつもホットケーキを食べる。目の前で何も食べたくなさそうな顔をしているエリオとキャロを見て、一応言っておかなきゃいけないと思い、口を開く。

 

「言っておくけど何も食べないでおくと本当に辛くなるからね? 少しは無理してでも食べておかないと午後に響くわよ。というか初日からあのペースなのに何も食べないまま朝の演習始めたらまず間違いなく沈むわよ貴方達」

 

「う……確かにそうですね、何かもらってきます」

 

「私も頑張る……」

 

 ロリっ子二人組にはそこまで力がないなぁ、と思考するが当たり前の話か、と思う。よく考えればエリオとキャロは年齢でいえばまだ10歳前後の子供なのだ。あの頃の自分はまだこんな無茶をしていなかったし、相当凄い状況で育っているのだと思う。まあ、管理局全体からみると8歳が最前線で活躍してしまうのでそこまで珍しい、という話でもないが―――あの人は大人として、子供を戦わせるのは嫌がるだろうなぁ、と思う。

 

「ティアー?」

 

「スバルはもうちょい自重しよう」

 

「うん?」

 

 何時の間にか二枚目の山盛りスパゲティを食べているスバルの姿には苦笑する以外に選択肢を得る事が出来なかった。環境や状況が変わってもマイペースに何時も通りの事をしていそうだが―――そういう所に救われるのが自分という生き物なんだろうな、と。こんな所まで迷うことなく一緒についてきてくれている相棒の存在に感謝しつつ、ミルクを口の中に流しこんで食べるペースを上げる。今日もやることは一緒だ。食べて、鍛えて、休んで、そして明日を迎える。

 

 

                           ◆

 

 

「はーい皆、とりあえずいい感じに昨日はトラウマ叩き込まれた感じかなー? とりあえず”アレ”クラスを受け慣れて置けば同じクラスが来たとき”あぁ、アレか”って結構納得できちゃうから受けること自体は悪くないんだよね。というわけで定期的にぶち込んでいくから心の覚悟だけはしておいてねー。あ、フェイトちゃんから救いがあるとは思わないでね。フェイトちゃんの弱みは握って黙らせているから。ほら、この間なんて―――」

 

『なのはぁ―――!!』

 

 廃棄都市を再現した空間シミュレーターの上で、バリアジャケット姿のなのはが説明を始める。即座に現れたフェイトの顔を映したホロウィンドウをチョップで叩き割りながら、笑顔をなのはは向けてくる。唯一の救いが一瞬で敗北した事にロリショタが恐怖から震えているが、大丈夫大丈夫、絶対に死なないとなのはが恐怖を煽る様に言ってくる。おかしい、昨日の夜お風呂の中で話し合った時は凄まじく常識的な気がしたのだが、これが公私のチェンジというか、プライベートと仕事モードの違いなのか。こんな芸風を使い分けなきゃいけない戦技教導隊という組織は絶対にどこか間違っている。

 

「ま、ふざけるのはここら辺で止めるとして、暫くはコンビネーション訓練のみを追求するからね? ……じゃあまず簡単に何でコンビネーション訓練をするのか説明してもらおうかな。うーん、ティアナにやらせたら簡単すぎるだろうしキャロにお願いしようかな」

 

 そこで自分の名前を出してくる辺り、少しだけなのはの手段が嫌らしいと思った。”君の仲間には解っている奴がいるよ”とある程度追い込みをかけているのだ、今の一言で。キャロの心には今”ティアナが解っているのだから、自分が解らなきゃおかしい”という考えも生まれているはずだ。徹底してスパルタだなぁ、となのはの方針を思うが、そういえばこの隊の戦闘要員で自分たちは唯一Bランクと全く別次元の”弱さ”にあるのだ。ハードにいかなきゃ”ナニカ”に追いつかない、と言ったところなのだろうか。

 

「え、えーと」

 

 キャロが少しだけ焦りながらも、言葉を口にしてゆく。

 

「私達が新人で、一緒に行動する回数が多いから……ですか?」

 

 キャロの答えにそうだね、となのはが答え、そして視線をスバルへと向ける。

 

「じゃあスバルはどう思う?」

 

 なのはの視線を受けたスバルはえっと、と声を零し、

 

「機動六課のフォワード陣の中で唯一お互いに面識がなくて、そして練度が低いのが私達です。ですから、えーと、キャロの言った通り一緒に行動させる回数が多いのも一つの要因なんでしょうけど、たぶん本当の目的はそれとは別に”団体での行動の仕方”を覚える事が本命じゃないかな、と思います。話を聞いた感じエリオとキャロも団体での戦闘経験はないようですし、私とティアも基本はコンビ活動で大人数での活動・戦闘経験はないので」

 

「うん。ほとんど正解だね」

 

 なのはがスバルの正解を褒めると、おぉ、とエリオとキャロが声を零す。……スバルは決してバカではないのだ。ちゃんと考えて行動する事も出来る―――そうじゃなきゃワンツーで主席卒業なんてできなかったのだから。ただスバルはそこらへん、考える事や悩む事は完全に此方の仕事だと割り切っている。思考放棄でも思考停止でもなく、全幅の信頼を此方へと預けているのだ。

 

「正確に言うと集団戦の回数が圧倒的に増える予定ではあるんだよ。一度に戦場には最大で11人も出る可能性があるんだよ? 今までの経歴を確認する限りコンビでの活動まではあるみたいだけど、これからは仲間を入れ替え、合流したり数を減らしたり変則的なチームの組み方が十分にあり得るからね。だからまずはチームとしての戦い方を徹底的に叩き込んで集団戦のキモを教えるつもりだから」

 

 そういえばそういう集団戦の経験は全くなかったな、と軽く声を零す。なのはがちゃんと此方を見て教導のプランを組み立てているのだなぁ、と解った所でなのはが腕を振るうと、先日と同様床からガジェットが出現する。今回は前回の倍以上出現している。その数は二十近く出現している。これ全部を倒さなくてはいけないと思うと少々キツイのではないかと思う。

 

「基本的に君達はまだ限界を知らないだろうし、まずは軽く損耗仕切るまで戦い続けて貰うよ。と言っても、まあ、このぐらいの数ならギリギリ捌けるかなぁ、って目安なんだけどね。さ、チーム演習始めるよ」

 

 そう言うとなのはが空へと浮かび上がり、見下せる位置へと浮かび上がると、ホロウィンドウを出現させる。魔法による視力強化でホロウィンドウの内容を盗み見る。

 

 ―――ガジェット・ドローンプラグラムAIレベルB、攻撃レベルC。

 

 確か昨日相手にしたガジェットの設定がどちらもGだったはずだ。

 

「AIレベルBとかばっかじゃないの……!?」

 

 やっぱりまともに見えて高町なのはの頭の中はおかしい。楽しそうな表情を浮かべながら空から見下ろしている。こいつ、絶対にこうやってこっちが苦しむ姿に楽しみを覚えているサディストだ。今決めた。そう決めた。絶対にそうに違いない。教導隊にいる教導官は絶対にどいつもこいつもサディストに違いない。そうじゃなきゃあんな笑顔を浮かべる事が出来る筈がない。

 

「僕、来るところ間違えたかなぁ」

 

「助けてフリード」

 

「きゅくるー」

 

「はいそこ現実逃避は止めましょうねー。私達は精神的に強くなることを求められているのよきっと」

 

 たぶん自分の声も震えているが、それは今は忘れておこう。問題はこの難易度が一気に高くなった状況にどうやって対応するか、だ。とりあえずエリオとキャロも戸惑ってはいるが、ちゃんと構えている所を見ると戦意は失っていない。スバルは―――確認するまでもない。既に拳を構えて戦闘態勢に入っている。彼女が何も言わず、動かずにいるのは私の言葉を待っているからだ。だからタスラムを何時も通り構え、口を開く。

 

「私がチームのブレインでいいのよね?」

 

「お願いします」

 

「ティアナさんが一番適任でしょうから」

 

「ティアー、如何すればいいの?」

 

 うっし、と気合を入れ直す。昨日は流れで自分が指揮をとったが、ちゃんとそのポジションを確立させる。やる事は解っているし、出来る事も解っている。だとすれば―――勝てない事はない。頭の中でそれぞれの得意分野、苦手分野を把握しつつ素早くプランを組み立ててゆく。

 

「よし、行くわよ」

 

「おー!」

 

 勢いのいい返事と共に動き出す。

 

 

                           ◆

 

 

「ヴィータ?」

 

「ん? あぁ、シグナムか」

 

 機動六課の隊舎から、空間シミュレーターで戦う新人たちの姿を眺めているとシグナムがやってくる。基本的に自分とシグナムの役割は戦う事だ。隊長ではなく副隊長なので必要な書類仕事も少なく、現状はやる事はなく手持無沙汰だ。まだ新人たちに対して自分やシグナムが出っ張って教導に混ざるのも早いし、出動が無ければもうしばらくはこの状況が続く事となる。まあ、それもそれでいい事ではあるのかもしれない。それはつまり争いがないと言う事だ。隊の目的からしたら残念だろうが、何もない方が良いに決まっている。

 

「新人たちの様子はどうだ」

 

「まだまだヒヨッコだな。アタシらが手を出すのもまあ、後の話だろうけど―――羨ましい話だな」

 

「あぁ、そうだな」

 

 ヒヨッコという事はつまり未来が定まっていないという事だ。まだ先がある。まだ成長の余地が残されている。ヴォルケンリッターは生まれた時から完成されたプログラム生命体だ。肉体的に完成された存在であるがゆえにこれ以上の成長はプログラム的アップデートか装備品の質の向上、技量を鍛える以外では存在しないのだ。技量にしたって大体完成してしまっている。これ以上高めるのは正直難しい話になってくる。だから羨ましい。

 

「選択肢が残された連中、一体どういう風になるやら」

 

「悪くはならないさ」

 

「あぁ、その為の―――」

 

 自分達だ。選択肢はもう間違えないと。そう誓いながら訓練を続ける姿を見る。




 まだ平和。


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プラクティス・オン

「こんちくしょおおおおおおお―――!!」

 

 叫ぶしかなかった。もうホント、叫ぶしかない。なんだアレ。なんなんだアレ。全力で走りながらそう叫ぶしかなかった、魔導要塞。相手の事を評価するのであればそれが正しい。それこそ頭がおかしいと言う事は教導を見ていれば容易に解る事だったはずだ。それでもまだ、相手を己の尺度で測っていたのかもしれない。それがいけなかったのだと完全に反省する。反省はここまで。次は反省を生かして次の成功へと繋げる事が大事だ―――成功する可能性があるのであれば。

 

 背後、ビルが桜色の砲撃を受けて穴を生みながら吹き飛んでゆく。貫通したビームの残りでその先のビルさえも吹き飛ばすのだからやはり規模も頭もおかしい。その桜色のビームの中に何か見覚えのある馬鹿が混じっているような気がするが、彼女を心配する様な暇は自分にない。収束の技能をフル回転させながらフェイクシルエットに使った魔力を回収できるだけ回収してみる。その感触からしてフェイクシルエットは全て破壊されてしまっているらしい。まだ展開してから二十秒も経過してないのに正確にシルエットだけを破壊している現状に彼女が完全に手を抜いているのが解る。もうここまで圧倒的過ぎるとふざけるな、何て言う事も出来なくなって逆に感心してしまう。

 

 そして、出た。

 

「ティアナみーっけ。駄目だよスバルを盾にしちゃあ。スバルは適性的にそっち方面は似合わないんだから―――だからティアナも一緒に罰ゲーム受けようね?」

 

「来たなラスボス……!」

 

 その様子からして本命であるエリオとキャロはまだ見つかっていないようだ。だがこの砲撃の乱舞具合を見るからにここそのものが更地になるのもそう遠くない話なのかもしれない。いや、更地になる前に多分全滅するのだろうが。

 

 こんなシューティング・イベイションが存在してたまるか。

 

「はい、ドーン!」

 

 予備動作無しでなのはが砲撃魔法を叩き込んでくる。太い桜色の砲撃が此方を飲み込まんと迫ろうとした瞬間、素早く転移魔法を発動させて砲撃の範囲外へと体を飛ばす。自分の実力では普通になのはの砲撃を回避するのは不可能だと理解しきっているので、あらかじめ設置していたマーカーを頼りに体を転移させる事にしている。視線を転移前の方向へと向ければ桜色のビームが道路を薙ぎ払うのが見えた。

 

「ティア!」

 

 足元にウィングロードが出現し、そこに着地するのと同時にフェイクシルエットで自分の姿と近寄ってきたボロボロのスバルの姿を隠す。素早くこっちまで追いついてきたスバルはこっちの腰を掴むと、そのまま体を持ち上げて全力で加速し始める。次の瞬間には先ほどまで立っていた場所をビームが貫いていた。

 

「魔力の流れが見え見えで姿を隠しても意味がないなぁ」

 

「ちょっとガチすぎやしませんかね!」

 

「ガチだったら開始数秒で終わってるって」

 

 ですよねー、と呟くと同時に再びビームが放たれてくる。スバルが更にスピードをいれて加速を開始する。いい感じにスバルの足元、ローラーブレードから異音が鳴り響くが、これが途中で壊れたりしたら今すぐ死ぬ。なので爆発してもいいから壊れるのは最低でもこの訓練を突破してからにしてほしい。もはや突破できるのは全てエリオとキャロからどれだけ意識を逸らせるかの問題なのだが―――。

 

「ティアナとスバルが相手してくれなくてつまらないしエリオとキャロを潰しに行こうかなぁ」

 

「スバル特攻よ……!」

 

「ティアヤケになってるなぁ……」

 

 これでヤケにならない理由がどこにある。あったら教えてほしい。

 

 だがスバルは忠実に此方の言葉に従ってくれる。スバルに解放してもらい、体をウィングロードから落とす。落ちた所で適性が低く、あまり意味もない飛行魔法を一瞬だけ発動させる。ほんの一瞬だけ、空に浮く事も出来ないが、速度を殺す事は十分にできる。そこへ着地するのと同時にタスラムをハンドガン状態のまま、素早く魔力弾を三連射する。何時の間にか自分に接近していたアクセルシューターを迎撃しながら壁の出っ張りを掴み、体を上へと、屋上へと向かって投げる。

 

「―――はい、これで5分リセット!」

 

 開いたホロウィンドウからはスバルが吹き飛ばされる光景が映っていた。しかも今回は完全にノックアウト、目を回しながら屋上へと落下する姿が見える。その姿にお疲れ様と心の中で告げながら、演算と魔法陣の展開を完了する。中空に身を飛ばしながらなのはへと視線を向ける。この相手に手加減とか考えて居られない。非殺傷設定オンにしていればセーフだよね、と心の中でつぶやき、

 

「なのはさん、覚悟!!」

 

 回避、防御不可能な弾丸―――一撃必殺の弾丸をなのはの体の内側へと叩き込む。非殺傷だからセーフ、セーフと脳内で叫びながらその結果を見ると、なのはの体が弾丸を放った次の瞬間には横へとブレて、腕が中空に現れたオレンジ色の魔力弾を掴んでいた。それはまず間違いなく自分が放った魔力弾だった。

 

「嘘ぉー……」

 

 直接習ったわけではないが、何年も前の事件ではバリバリエースクラスを暗殺しまくった最終奥義をなのはは片手で掴んで握りつぶしていた。もうこれは人間を止めていると言われてもしょうがないレベルの様な気もしてきた。

 

「これなら四年前に対策済み―――純粋にデバイスなしで私との演算勝負に勝てなきゃ成功しないよ」

 

「まさに魔王」

 

「魔王って最近じゃヒロインって意味なんでしょ? ありがとう、褒め言葉だよ」

 

 褒めてない。そんな言葉が口から吐き出せる前に、目の前には桜色の壁が存在していた。それが砲撃だと気づくのは体に命中して、大地へと叩きつけられる途中だった。シミュレーターの保護機能のおかげで肉体的なダメージは全くないが、それでも大地へと落ちた衝撃と魔力ダメージで全身は痺れる。治療を受けるまでは動けそうにないなぁ、と思いつつも出現しているホロウィンドウを見て確認を完了する。

 

 役目は果たした。

 

「―――役割は―――」

 

 ホロウィンドウ越しに見えた。

 

 考えられる限りの支援魔法を全て受け取った限界まで強化されたエリオの姿が。もはや自分の視界では正しくとらえられない程の速度を持って一直線になのはへと接敵する。それに笑って反応するのがなのはだ。片手を持ち上げ、シールドを展開してエリオの突撃を止める。なのはがレイジングハートを握ったもう片手を動かしてエリオへの迎撃を行おうとした瞬間、再びエリオが姿が加速する。自分が捉えられないそれをなのはの視線は確実に捉えられているという事実を伝えてくる。

 

「流石にフェイトちゃんが連れてきただけあって早いね。けど体も技量もそれに追いついていないね。無茶推奨派としてはこう問うておこうかな―――いけるの?」

 

 それにエリオが答える。

 

「―――果たします!」

 

 再びエリオとなのはが衝突する。だがなのはの方が上手だ。再び槍の一撃を弾き、エリオと間に距離を生む。そしてその瞬間には既にアクセルシューターを十数個ほど浮かべる。その全てをエリオへと向けて一秒ほど動きを静止し、そして放つ。桜色の尾を引きながら魔力弾はエリオへと向かって殺到する。飛行魔法ではなく、アームドデバイスが放っている魔力のジェット噴射を推進力にエリオが弧を描くような動きで大きく回避しつつ再び正面になのはを捉える。正面から全力の加速をエリオが叩き込みに行く。

 

「だけど正面はあまり良い選択肢じゃないかな」

 

 レイジングハートを構えたなのはは正面から襲い掛かってきたエリオを迷うことなく迎撃した。だがそれは間違いなく両手の動作。レイジングハートを二本の腕で握って、そして支えている。エリオが撃墜されるのはいい。なぜなら本命は、

 

「―――フリード!!」

 

 なのはの頭上からフリードが炎をなのはへと向けて吐き出す。エリオを叩き落としたなのはがレイジングハートをそのまま上へと向けて、素早い砲撃を繰り出して炎をまき散らす。だがその瞬間にはなのはの下から伸びる銀色が存在する。

 

 アルケミックチェーン、キャロが保有する数少ない攻撃にも使える魔法。なのははそれが足元から伸びてくるのを認識しながらも動けない。いや、動けるのかもしれないが、避ける動きを作ってない。故に素早く迫った銀色の鎖がなのはへと接近し―――そしてそのバリアジャケットに叩き込まれる。

 

「うん、命中したしこれで終了かな」

 

 太い鎖が叩きつけられたのになのはのバリアジャケットには傷らしい傷が全く見えなかった。それどころか汚れすらあまりない。本当に人間か疑わしく思えてくる教官の姿に、若干の恐怖と疑いを覚えながらも、これだけは絶対に言っておかないと後悔すると思い、口を開く。

 

「シューティング・イベイションって絶対こんなんじゃない……!」

 

 昔、陸士隊でやった時はもっと、こう……平和だった気がする。

 

 

                           ◆

 

 

「はい、お疲れ様。皆いい感じに死線を彷徨ったかな?」

 

「彷徨い過ぎて答えられない状況ですよー?」

 

 シューティング・イベイションという名目の地獄を乗り越えると空間シミュレーターの中央へと集められる。そこにはあそこまでハッスルしていたのに汗一つかいていないなのはの姿、そしてニコニコと笑みを浮かべるシャーリーの姿があった。ツッコミが適切過ぎるがなのははそれを気にすることはないらしい。無敵かこの女。キャロ以外は自分含めて全員床に倒れて何とか体力を整え直している。

 

「流石にこの状態はちょっと辛いか」

 

 そう言うとなのはは片手を持ち上げると、此方に向けて魔法を放った。少しずつだが疲労の熱がからだから抜けて行くこの感じ、回復魔法をなのはは此方へと使っていた。おかげで数秒後には普通に立つ程度には全く問題の無いレベルには回復していた。

 

「まあ、回復魔法なんてものは自然の摂理に逆らう回復だから後で色々と皺寄せが来るんだけどね。だからあんまり回復魔法に頼っちゃ駄目だよ君たちは? 学会では回復魔法は細胞の再生速度を促進させているなんて論文もあって早く歳を取るなんて話もあるからねー、まあ本当か解らないんだけど」

 

 回復魔法をかけつつそんなおぞましい事を言わないでほしい。キャロがガチで引いてる。この高町なのはという女はやる事やる事で人間を恐怖に陥れなきゃ気が済まないのか。

 

「ま、激しくムリゲーだと思ったけど結構気合込めれば何とかなるでしょ? 基本的に誰かを犠牲にして勝利する事は敬遠されるというか、凄い嫌がられるんだけど―――最終手段の一つとして覚えておくのは決して悪い事じゃないよ? やったら超怒るけど」

 

 怒るのなら教えるなよ、と言いたい事だが―――犠牲にしてまで勝利しなきゃいけない時があるんだろうな、と思う。そしてその手段を知らなければ全滅する。一人を生き残らすのと、全員が死ぬ。その選択肢を取れるような教育をすることもまたなのはの仕事なのだろう。だとしたら―――犠牲を強いる事を教えるのはまた、辛いのかもしれない。

 

「ま、私みたいに超強くて超可愛い教導官と実戦に近い環境で戦闘する事は経験を積むって意味では物凄く良い事だからこれからもちょくちょくやるよー。あぁ、その代わりに耐久訓練はなしにするから安心してね」

 

「先生、それ訓練内容がパワーアップしたっていいません?」

 

 そこでサムズアップを返してくるのでちょっとというか滅茶苦茶困る。まあ、今の所チームワークや集団戦闘の仕方とか基本的な部分ばかりだが、ちゃんと自分の成長を肌で実感しているので文句は一切ない。彼女が言っている事の意味も理解しているし。

 

「うんじゃ、そろそろかな」

 

「お、やっちゃいますか」

 

 そう言ってなのはに頷くシャーリーを見て、キャロが片手を上げながら質問する。

 

「―――まだ何か吹き飛ばすんですか?」

 

 キャロの中でなのはのイメージが固まったなぁ、と思っているとなのははキャロの発言を無視して背中を向けた。シャーリーも同時に背中を向け、そして背後を向けた二人が何か、魔法を発動させる。その内容は見た事のある術式から転移だと気づけるが、その細かい所までは把握できない。だから次の瞬間、

 

 手に大量のデバイスを握る二人の姿を見て驚いた。

 

「じゃんじゃじゃーん、私がここ数週間、徹夜しながら作ったデバイスです! ファンデーションで隠していますが実は目の下に隈ができています! 超眠いですよ!」

 

「寝ようよ!」

 

 反射的にツッコミを入れるがシャーリーは満足そうな表情を浮かべている。この人仕事で充実感を得るタイプなんだろうなぁ、と確信した所で、なのはがデバイスを此方へと渡してくる。

 

「エリオのがストラーダ、キャロのがケリュケイオン、スバルのがマッハキャリバーで、ティアナのがクロスミラージュ。それぞれの特性とか機能は口で説明するより自分で実際に調べた方が早いと思うから、今から一時間あげるから休憩ついでに把握しておいてね」

 

「あ、あと一応デバイスには皆さんの実力に合わせてリミッターをかけてありますので、みなさんが相応の実力を発揮できるようになったらこっちから外す形で段階的に解放します―――なんかRPGっぽいですよね?」

 

 人が言わない事をこのデバイスマスターと教官はズバズバ言うなあ、と思ったところで銃型のデバイスのクロスミラージュに触れる。ホロウィンドウを出現させてその内容を確かめると、アームドデバイスとしての役割がかなり強いタスラムとは違って、使用者のサポートを目的とするインテリジェンスデバイスとしての役割に特化しているデバイスだ。……これならば魔力運用や演算代理がもっと楽になるだろう。率直に言って有難いものだった。

 

「あ、ちなみにこれの制作費の一部は給料からマイナスです」

 

「嘘ぉ!?」

 

「ちょ、ちょっと待ってください」

 

「冗談です」

 

 シャーリーが舌をだしてかわいい子ちゃんぶっているが今の発言には心臓が止まるかと思った。このクラスのデバイスを作るのには1個十数万ではなく、数百万、数千万レベルもかかるのだ。それが給料からマイナスされるとしたら一体何年タダ働きをしなくてはいけないのか計算する所だった。

 

「最悪タスラム売り飛ばそうかと思ったわ……」

 

『What!?』

 

 タスラムの浮かべるホロウィンドウを迷うことなく叩き折る。そうした後で自分のチームの他の面子を確認する。エリオは新しく手に入れた槍型のデバイスを振るってたしかめ、キャロは手袋型のデバイスを装着し、そしてスバルは既に装着してそこらへんを既に爆走していた。ヒャッホー、と奇声を上げながら加速している辺りかなり嬉しかったらしい。

 

 単純だなぁ……。

 

 先ほどまでの疲れは一体どこへ消えたんだ、と言いたい所だが、自分もこれだけのデバイスを貰って嬉しい事に間違いはない。まあ……数日は微調整と機能把握かなぁ、と思ったところで、目の前、なのはの表情が変化するのが見えた。楽しむ様な表情から―――何か嫌な予感を感じさせるような笑顔へ。

 

「じゃあ、折角デバイスを手に入れたんだし―――」

 

 なのはがサムズアップを向けてくる。

 

「―――ちょっと実戦で使ってみようか」

 

「……は?」

 

 なのはのスマイルに嫌な予感を感じ、誰もが動きを止めた。―――ただ一人、少し離れた位置で爆走しているスバルを除いて。




 少しずつ全員頭おかしい。


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シャタリング・リアリティ

「―――それじゃあブリーフィングを始めるよ?」

 

 場所は機動六課隊舎から大きく離れ、ミッドでも外れの方へ。大型輸送ヘリ内部に自分たちは今、存在している。緊張でガチガチにエリオとキャロが固まっている姿が直ぐ近くに見えるが、それと打って変わって相棒のスバルは大分興奮した様子を見せている……あぁ、そう言えばこういう男っぽいもの、スバルは好きだったなぁ、と思い出す。他にこのヘリの乗船している面々、なのはをはじめとしてフェイト、リインフォース・ツヴァイ、そして操縦者のヴァイスは大分落ち着いた様子を見せている。ここら辺、年長組は流石だなぁ、と思う。やはりこれが経験差からくる余裕というものだろうか、少しだけ緊張している自分がいるだけに羨ましく感じる。

 

「さて、場所はミッド北部ベルカ自治領へと向かっている列車の一つが急に暴走を始めたって報告が入って来たのが約二十分前の話。今が現場へ向かっている最中で、到着までは後三分って所だね。今まで君たちが空間シミュレーターで相対してきたガジェットドローンのⅠ型が列車をハッキング、暴走させているって話だから私達の出番だね」

 

 既に資料は全員に渡されて、チェックも終わっている。ガジェットドローン、あの卵型の機械はレリックに引き寄せられる。そう言う性質を持って制作された機械なのだ。それ故にあの機械が現れるという事は―――あの列車にはレリックがある、ということになる。

 

「ここにヴィータ副隊長やシグナム副隊長がいないのは部隊長についてちょっと別世界へと向かっているのが原因でなるべく早く合流する予定だから、彼女たちが追いついてくるまでは前線は君達に任せるよ―――いいね?」

 

 それは確認ではなく命令だったのは明らかだった。だから自分たちにできるのは緊張と共に頷きはい、と口に出して答えるだけだった。何よりも対応できると思っているからこそなのはは自分達を前線に連れて行っているのだ。もしまだ早ければ流石に情けない姿しか見せていないフェイトであっても止めるに違いない。

 

「じゃあ作戦とかに関しては初出動と言う事もあるしトップに頑張ってもらおうかな」

 

『ういーっす、皆元気かー?』

 

 ホロウィンドウが出現し、そこにははやての姿が映し出されていた。その背景からどうやら次元航行船に乗船している様に見える。彼女も今、全力で此方へと戻ってこようとしているのだろう。

 

『そんじゃ高町一等空尉から引き継ぐな? スターズ分隊はガジェットの殲滅・ライトニング分隊はレリックの確保に動いてもらうで。ただ確認した感じ航空戦力型のガジェットも出ているっぽいんでまずはこっちの露払いを高町一尉とテスタロッサ執務官に任せるで。終わったら即合流って感じでまあ、大体は現場の判断に任せるけど私が命令だした場合は即座に従ってもらうで。ええな?』

 

 揃ってハイ、と答えるとはやては満足そうに頷いて、そしてホロウィンドウの方向がツヴァイの方へと向く。

 

『そんじゃそろそろ通信不可領域何で、次繋がるまで現場の判断は任せるで』

 

「お任せください! 思考模倣でちょちょい、とはやてちゃんの思考再現できちゃいますから!」

 

『ほほう―――じゃあちょっとやってみい』

 

「はい!」

 

 そう言ってツヴァイは目を閉じ、数秒間そのまま過ごしてから目を開き、そしてヘリ内を見渡、そしてフェイトへと視線を向ける。正確に言えばフェイトの胸へ。ツヴァイが何かを口にする前に、ホロウィンドウが消失しながら言葉を残す。

 

『終わったら説教やなリイン』

 

「え、完璧だったのに!?」

 

 がびーん、と音を鳴らしながらツヴァイが落ち込むような様子を見せている。そのコミカルな姿に思わず笑い声がこぼれてしまうのは自分だけではなく、他の皆も同様だったらしく、更にツヴァイが落ち込む姿を見せる。その姿を見て笑ったせいか、心に余裕が生まれる。……少しだけ、自分らしくない緊張をしていたらしい。

 

「姉さん方、笑っているのもいいですけどもうすぐ到着ですぜ」

 

 ヘリの扉が開き、そしてそこからミッド郊外の景色が視界に入ってくるのと同時に、暴走し、走り続ける列車の姿も見える。そこに張り付く様に見える金属の色―――それが間違いなくガジェットだろうと判断する。シミュレーターのとは違って攻撃をまともに食らえば死ぬ可能性のある相手。その考えに一瞬だけ思考が乱れ、そして整う。

 

 なのはよりも酷いもんは流石にないだろう。

 

「よっと」

 

 椅子から立ち上がるのと同時になのはの姿が一瞬でバリアジャケットを纏ったものへと変化する。それに倣う様にフェイト、そしてツヴァイも一瞬でバリアジャケット姿へと変化させる。それで今が纏うタイミングだと認識し、自分も素早くバリアジャケットを纏う。数秒後にはバリアジャケットを誰もが纏い終わっていた。

 

「じゃあ、屋根の上に降りれるように道を作るから合図を送ったら降りてね」

 

 フェイトは笑顔でそう言うとヘリの扉前に立ち―――そして次の瞬間には姿を消した。素早く視線を外の景色へと向けると、そこに移ったのは空を覆う十数というガジェットが一瞬で爆散し、空が赤く染まる光景だった。何時の間にかデバイスを握っていたフェイトはヘリの進路上のガジェットをあっさりと薙ぎ払っていた。その実力に驚愕し、軽く惚けていると、なのはが前に出る。

 

「うーん、フェイトちゃん張り切ってるなあ。これは私も負けてられないかな」

 

 そう言ってなのははヘリから飛びだそうとして―――そして動きを止める。

 

「あぁ、そうだった。大事な事を言い忘れてた」

 

 そう言ってなのはは最後に付け加える。

 

「―――敵対する”人型の存在”が現れたら戦おうとせずに全力で逃げてね?」

 

 なのはもそう言葉を残してヘリから飛び降り―――次の瞬間、空を桜色に染めた。

 

 

                           ◆

 

 

 ……でなきゃいいんだけどね。

 

 レイジングハートを振るい、接近してきた飛行型ガジェットにその穂先を突き刺す。ストライクフレームモードのレイジングハートの先端が突き刺さった所で、内部へとショートバスターを叩き込んでAMFを完全に無視した攻撃を成立させる。次の瞬間に射撃しながら接近してくるガジェットを残骸を盾にすることで防御しつつ、

 

「ハイペリオン」

 

 砲撃魔法をそのまま叩き込む。頭の悪いやり方だがAMFを上回る量の魔力で攻撃すればAMFは関係なく貫通できる。ただ非現実的である為に教えはしないし、普通は使うこともない―――自分の様に魔力に恵まれている人間にしかできない方法だ。腕を振るいアクセルシューターを三十程、全て二重構造のものを生み出し、それを一気にガジェットの群れへと叩き込む。この状況は新人たちの初陣としては丁度いい。実戦経験は積めるのであれば早ければ早い方が何事も都合がいい故に、この状況は願ったりかなったり、というのが自分の意見だ。

 

 と、念話で会話をする。

 

『フェイトちゃん、暴れすぎちゃ駄目だよ』

 

『解ってるよ』

 

 閃光の異名を体現する様にその姿が動く。空を覆う大量のガジェットを間引く。だがそれでも列車の上に存在するレベルの低いガジェットには触れてはいない。あの程度が新人たちの実力を計り、そして実戦経験を積む相手としては丁度いいのはフェイトも理解してはいる。だが、

 

『都合がよすぎるよね』

 

『そうだね』

 

 ―――都合がよすぎる。その一言に尽きる。隊長陣を引き付けるための航空戦力。新人を相手させるための簡易戦力、トップが不在の状況、そして”未だに終了していない状況”、この全てがあまりにも都合がよすぎた。状況を認識し、そして理解する。これは十中八九、

 

 

                           ◆

 

 

「―――罠ね」

 

「ティアナさん?」

 

「隊長達がそれでも動くて決めたんだからどうにもならないわね。まぁ、いいわ―――エリオとキャロの侵入をバックアップするわよスバル」

 

「了解! いっちょに派手にやるよ!」

 

 左手にクロスミラージュを、右手にタスラムを握る。既にどちらも作動を開始して機能の同調を行っている。それによるラグはコンマ1以下になっているが、それでもまだ隊長陣にとっては大きすぎるんだろうなぁ、と後方で湧き出るガジェットとを軽々と蹴散らす二人の姿を確認しながら思う。だが自分たちに求められるのはアレぐらいの働きではない、だから今は気にする必要はないと思う。気持ちを軽くして、口に出す。

 

「ゴー」

 

 それに反応する様にスバルとエリオが前に出る。キャロによるAMF貫通支援魔法は既に付与されている。屋根の上に配置されているガジェットが一斉に此方を向く。自分の立ち位置をキャロの前へと持って行き、庇える位置に立つ。

 

「行きます!」

 

「必倒ッ!」

 

 一番近くのガジェットが反応できる前にスバルとエリオが接近、一撃で一機ずつスクラップにする。それもただスクラップにするのではなく、そのまま上半分を完全に消し飛ばす形でだ。そのままスバルとエリオは動きを止めず、敵陣へと踏み込んで行く。素早く、短く、動きを小さく。この数週間で覚えた事を確実に動きに取り入れながら、受け取ったばかりのデバイスを慣らす様に踏み込んで行く。そのまま素早くガジェットを撃破し、再び踏み込む。その動作は機動六課の空間シミュレーターでやっている演習の時と全く変わらない。ただ、その光景を見てキャロが言葉を零す。

 

「脆……い?」

 

 いや、違う。敵が脆いのではない。

 

「演習内容がハード過ぎるだけよ」

 

 なのはなんて化け物と日常的に相対しているからこそ目の前の兵器が鉄屑の様に思えてしまうのだ。レベルの高い状況に慣れているからレベルの低い相手に違和感を感じてしまう、肩透かしを感じてしまっているのだ。だが今はそんな事よりも、前に出る事だ。前へと踏み出せばその動きにキャロがついてくる。エリオとスバルが避けたガジェットの攻撃が此方へと流れてくる。それを素早くタスラムとクロスミラージュで放つ魔力弾で撃ち落とし、キャロを護衛する様に前へと進む。

 

 アタッカー二人が車両の境目へと到着するのを確認する。

 

「ストップ! そこ、お願い!」

 

 指示を出せばそこでエリオとスバルが動きを停止し、その周辺をクリアしようと近寄ってくるガジェットの迎撃だけを始める。短い言葉で此方の意図を察してくれるのはやはり少しは集団で戦うことに慣れてきた証、と言う事なのだろうか。走り、スバルとエリオに追いつくと、クロスミラージュとタスラムをガジェットへと向けて構え、動きを止める。

 

「ここから侵入できるからそのまま目標のある先頭車両へ向かって。こっちはなるべく派手に動いてひきつけるから。それに車両内の方が―――」

 

「狭くて突破力があるから僕の領域ですね」

 

「ナイトを気取るなら傷一つつけるんじゃないわよ」

 

「勿論です!」

 

「え、エリオ君!」

 

 少しだけ笑いながらも、車両と車両の間の隙間から車内に入れるようにスバルがエリオとキャロに手を貸し、下へと降ろす。エリオとキャロが下へと降りたのを確認し、そして視線を持ち上げる。周りには自分とスバルを書くむ様にガジェットの姿がある。それはまるで此方の行動を待っているようで、実に気味が悪い。それが自分の考えに信憑性を持たせてくれる。

 

「……スバル、適度に流して私達は上からエリオとキャロを追いかけるわよ」

 

「ティアがそう言うなら正しいんだけど―――どうして?」

 

「一、相手の動きがおかしい。二、隊長達が派手に暴れている割にまだ追いついていない。三、ガジェットの数が減っているように見えない。四、視線を感じる」

 

 スバルに難しい事を言っても仕方がない。伝える言葉は完結的に、シンプルにする。つまり、

 

「先頭車両へと向かって真っすぐぶち抜いていけばいいのよ! 下の二人に遅れない様に!」

 

「了解!」

 

 言葉にした瞬間スバルが先頭車両へと向かって動き始める。そしてそれと同時にガジェットが動き始める。その動きに遅れないように全力で前進を始める。それと同時にスバルを援護する為に二つの銃口に魔力弾を形成し、それをガジェットの内部へと叩き込む。なのはレベル相手には全く無意味だと把握したが、相手が木偶であれば全くの問題はない。スバルへと襲い掛かろうとしたガジェットを迷うことなく破壊し、前へ進むのと同時、ほぼ二倍の速度でスバルが拳を振るってガジェットを叩き壊す。

 

 相変わらず惚れ惚れする活躍だと思う。だからこそ、それには負けていられない。

 

 次の車両へと飛び移りながらホロウィンドウで下の車両、エリオ達の動きを追いかける。彼らはどうやら自分やスバルも早く、前へと進んでいるらしい。それに追いつくために更に走るペースを上げ、体を止める瞬間を生まない様に気をつけながら射撃を行う。そうして行うのは完全にスバルのサポート、自分で撃墜する事にはこだわらず、スバルの攻撃後の硬直をカバーする事と、自分の回避だけを考えて行動する。無理をする必要がないのであればなるべく余裕を持つ。それが正しい選択肢だ。

 

 なぜなら―――

 

「鏖殺する」

 

 ―――次の瞬間には黄色のウィングロードが壁の様に立ちはだかるのが見えた。

 

 

                           ◆

 

 

 爆発をストラーダを盾にすることで防御する。それでも衝撃はストラーダを超えて体へと伝わってくる。防御する、という事は最悪の選択肢であるとフェイトには教わっている。スピードタイプにとって防御は考えられる限り最悪の選択肢であり、最大の持ち味であるスピードによる回避が不可能である事を示す為だ。だから一瞬で脳にレッドアラートが鳴り響く。

 

「私の一撃を防ぐ、か。なるほど未熟だな。が……仕方のない事か」

 

 声の主が煙に紛れてその姿を確認する事が出来ない。だが煙の中で煌くものが見える。金属だ。そしてそれは間違いなく己に回避と言う選択肢を与えなかった得物だ。だから口に言葉を出しながら体を動かす。

 

「隠れてっ!」

 

「は、はい!」

 

 小さい、鉄色の刃が煙から放たれる。それを横へ飛ぶように回避しようとし、熱を感じる。

 

「ドクター曰く”ステージ2”、だそうだ。嬲るような形になるが悪く思うな」

 

 そして鉄のナイフが爆ぜた。

 

 

                           ◆

 

 

 戦場全体を見て一つの停滞が生まれていた。先ほどまで空気を揺らしていた魔法の轟音は姿を潜め、そして一つの静けさを生み出した。そして戦場全体を支配していたのは緊張感だった。状況が確実に、そして足速く進行しているという緊張感。同時に、この状況が作り上げられ、操作されているという理解。故に戦場は相対の瞬間に静かさを得ている。

 

 それだけの理由があるから。

 

「……」

 

「……」

 

 黙るしかない。目の前、現れた存在に、口を閉ざすしかなかった。恥じる様子もなく、隠れようとする様子も、偽る様子もなく。ただそこに己の存在を証明する様にその人物は立っていた。

 

 まるで自分の鏡写しの様だ、と思う。

 

 自分が昔使っていたロングスカート型のバリアジャケットのデザインをそのまま発展させたような形、色は紫で、正直な話その姿には軽い懐かしさを覚えた。髪の色は茶、だがそれは機能性を重視しているのか適度な短さで揃えられており、そのまま大きくした、という形が似合っている。だから見れば解る、あの頃から一切変わっていないのだろうと。だが右手に杖を握り、そして肩の上に赤髪の小さな存在を浮かべる彼女は口を開く。

 

「お久しぶりです」

 

 あぁ、懐かしいという感慨を得る前に、既に自分は念話でフェイトとどうやって突破し、新人へと接触するかを話し合っていた。素直に喜べなくなってしまったのは純粋に悲しいと思いつつも、レイジングハートを構え、少しだけ目を閉じてあの頃を思い出し、言葉を引っ張り出す。

 

「……久しぶりシュテル」

 

「えぇ、そしてさようならです」

 

 変わらないものがあれば、変わるものもある。

 

 どんなに残酷であろうと―――現実からは逃げられない。




 少しだけ展開圧縮。そろそろタイトルを回収しよう。


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ブレイキング・モーメント

「―――待って」

 

 戦闘に入りそうだったシュテルの動きを声で止める。なのはの方へとチラリ、と視線を向ければレイジングハートを握っていない方の手が強く拳を作る様に握られ、血が出ているのが見える。……時間が必要だと直感的に理解する。表面上は責任と信念で平静を装っているが、知り合いが敵として出現している状況はあまりにもダメージが大きい。幸い、自分は知り合いだが親しくはない。相手を知っている仲、という程度のレベルだからそこまで精神的にはキツくはない。だから時間を稼ぐ意味でも、

 

「生きていたんだね」

 

 話しかける。目的としては時間を稼ぐ意味と情報を引き出す意味がある。だから相手が乗っかってくる事を期待し、シュテルを眺めていると―――彼女は此方へと視線を向け、そして口を開いた。かかった、もしくはかかってくれたという事を認識する。

 

「えぇ、まあ、それなりに派手にやりましたが一応の死亡偽装でしたからね。あの程度の火災で死ぬとか非常に心外ですね。近くにデバイスが存在しているというのに、我々が全員そろっている状況で死ぬわけがないでしょう。完全戦闘用に調整されている人造魔導師を甘く見過ぎです」

 

「おい、姐御」

 

 肩に乗っているのはサイズとその感覚からしておそらくユニゾンデバイスの類だろうか、彼女がシュテルに対して注意を入れるが、シュテルは片手で彼女の言葉を制す。そして笑みを浮かべ、話を続ける。

 

「いいんですよアギト。私達の目的は時間稼ぎで仕事をキッチリやれば対価が貰える。おしゃべりして時間が稼げるならそれだけ上等って話ですよ。まあ―――」

 

 シュテルがパチ、と指を鳴らす。瞬間自分となのは、そしてシュテルを囲う様に大量の火の粉が現れる。一つ一つは魔力弾よりも小さい炎の塊だが、それは巨大な炎のケージを作る様に囲い込み、逃げ場をなくす。少なくとも成人女性が抜けられるようなサイズの隙間は存在しない。

 

「逃がす気はさらさらありませんけど。で、何か質問があるのならゆっくりどうぞ? 結局の所それは自分の首を絞めるだけの結果を生みますから。情報か、もしくは新人たちの命か。好きな方をお選びください」

 

 そう言ってシュテルは杖を持ち上げ、構える。面倒な手合いだと思う。彼女はなのはとほぼ同質の存在だ。だとすれば彼女の能力はなのはに近いはずだ―――そしてなのはの厄介さを一番知っているのは自分だ。だからこそ強敵だと理解している。それに、相手はそこに炎の変換資質を所持している。純粋な破壊力でいえばなのはを上回っているかもしれない。とすれば―――相手が実力を発揮する前にクロスレンジに引き込んで切り伏せるしか方法はない。砲撃戦型魔導師を相手にする場合はそれが最善だ。

 

「……ねえ、シュテル」

 

 バルディッシュを握り直したところでなのはが口を開く。

 

「なんでそっち側にいるの? 凄く悲しんだよ?」

 

 それに対してシュテルの返答は簡単だった。

 

「―――そんな事今更過ぎて遅いんですよ。アギト」

 

「おう、待ってました!」

 

 アギトと呼ばれたユニゾンデバイスがシュテルの中へと消えてゆく。次の瞬間、シュテルのバリアジャケットの色が紫から赤へと変質し、そしてノースリーブ、装飾を減らしたものへと変化する。そして、杖型のデバイスを握っていない左手は炎に覆われる。その姿は色濃くデバイスの影響を受けている姿だった―――つまりユニゾンデバイスもまた炎に対する高レベルの親和性を持った炎属性のユニゾンデバイス。炎の変換資質を保有しているシュテルとは最大レベルの相性を発揮している。シュテルがユニゾンした瞬間に体は動き出す。一秒も与えず背後へと回り込み、

 

「さて―――」

 

 バルディッシュを振るう。だがそれは突き出されたプロテクションによって防がれる。炎の盾が防御するのと同時に爆発し、炎の衝撃波を放ってくる。だがそれが体へと届く前に回避運動に入っている。

 

「Sランク魔導師相手に二対一ですか」

 

 次の瞬間桜色の砲撃がシュテルを薙ぎ払う。だが火の粉を残しながらシュテルは最小限の動きで回避し、掠らせることなく砲撃を回避すると、炎に覆われた腕を振るう。ワンアクションで数十の火球を生み出すと、それを此方となのはへと向けて振るう。

 

「とはいえ、リミッターによって大幅弱体化していれば”この程度”ですか。話になりませんね」

 

 火球を切り払い、なのははアクセルシューターで迎撃する。その瞬間には杖の形をなのはの使うストライクフレームモードへと似た様な形へと変形させたシュテルがノーモーションで砲撃を繰り出す。自分となのはを両方纏めて飲み込む様な砲撃、それを左右へと別れる事で回避し、再び接近する。バルディッシュの形態を一瞬でザンバーへと切り替え切りかかる。だがそれをシュテルはデバイスを槍の様に振るい、弾く。

 

 ……上手い!

 

 こう見えて執務官になってもバルディッシュを、刃を振るう事は止めていない。だから防ぎ難いやり方で切りかかったつもりだが、それをあっさりと弾かれた。それだけの技巧が相手にはあるという事の証拠だ。此方を”その程度”と評価するだけのことはあると判断する。リミッターを外せればまた違う結果だったかもしれないが、それだけはどうにもならない。

 

 弾かれるのと同時に熱波が襲い掛かってくる。完全に避けられる類の攻撃ではないと理解しつつ全速で動き、身体に降りかかる炎の波による被害を最小限で食い止める。瞬間、

 

「ハイペリオンスマッシャー!」

 

 なのはが砲撃を叩き込む。それと合わせる様に、

 

「ディザスターヒート」

 

 炎の砲撃が正面から衝突し、なのはの砲撃をうち破る。それはリミッターによって制限されている此方と、そしてユニゾンによって強化されているあちらとの差だ。うち破られた瞬間になのはが回避動作に入り、攻撃を避ける。そしてシュテルとの間に微妙な距離が開いた時、シュテルが杖を構えながら言う。

 

「―――我が愛は情熱の炎。愛によって身を焦がし滅ぼすもの。我が愛の前に散れ、有象無象よ。我が焔は常に我が愛しきを焼き続ける情熱に過ぎぬから。―――燃え散れ、卿らは勝利すべき者にあらず」

 

 そして焔が空を薙いだ。

 

 

                           ◆

 

 

「チッ」

 

 恐ろしい程に素早い動きで敵が懐に入り込んでくる。自分には決して届かない領域だと相手の動きを見て、理解する。だから体は回避の動きをしない。それよりも遥かに効率的なのが―――転移だ。体が動くよりも早くクロスミラージュが演算を完了させ、一瞬で魔法陣は出現し、魔力が消費される。次の瞬間には体が後方へと飛んでいる。そして前方には攻撃を空ぶった敵の姿が見える。

 

 赤髪の女だ。全身をボディスーツの様な服装に身を包み、各所にプロテクターを装着している。体のラインがハッキリと浮かび上がる様な服装だが、その服装が活動する上では非常に優秀なのは相手の動きを見ていれば解る。行動を阻害する要素が存在しないから羞恥心にさえ勝てれば最良の服装なのではないかと。まあ、羞恥心に打ち勝つなんて不可能なので却下なのだが、

 

 ……これが。

 

 なのはの言っていた逃げるべき相手だ。だからその判断に従う。逃げるべきだと思考を形作る。素早く離脱の為の手順を整えようとして、だがその動きは不発に終わる。

 

 黄色いウィングロードが檻の様に展開される。逃がさない様に、狭くも広くもない戦闘フィールドが生み出される。

 

「ティアッ!」

 

「解ってるわよ!」

 

 此方の横へとスバルがやってくる。彼女が名前を呼んだ意味は理解できている。だが、この状況は不味い。なのはが逃げろと言った言葉の意味が理解できる―――無茶と自殺はまた違う事だ、という意味なのだ。

 

「どうしたハチマキ、オレンジ。臆したか?」

 

「は、ハチマキじゃないよ! リボンだよ!!」

 

「どう見てもハチマキだろそれ」

 

「違うよ! あと私の名前スバルだよ!」

 

 スバルが名を訂正させようとしたことで、相手が構える。良く見れば相手が腕と足に装着している装備はデザインや細かい所では違うが、スバルと同じ様な装備に見える。つまりインファイターだ。―――それもおそらくスバルよりも優秀な。彼女の構えはスバルから感じないような凄みを感じる。そしてそれを自分よりも敏感に感じ取ったスバルは顔から困った様子を完全に消し去り、警戒した様子で構え直す。

 

「反応は悪くない、か。―――ノーヴェだ、今からお前らを泣かす相手の名前だ、覚えておけ」

 

 そして、ノーヴェが踏み込んで来る。その動きは速い。相手が何であるかを把握する前に、此処から逃げ延びるには確実に生き残る事が条件だ。だからこそスバルは前に出る。そして自分も、迷うことなく引き金を引く。スバルに攻撃の機会を与える為に、一瞬でも多くの隙を作るために弾丸を放つ。しかし、

 

 魔力弾をノーヴェは壊すことなく掴み、そして投げ返してきた。

 

「んなっ!?」

 

 アホな、何て言葉が出る前にクイックドロウで投げ返されてきた魔力弾を撃ち落とす。収束技能で消費した魔力を回収しようとするが、辺りに展開されるAMFがそれを阻害して、魔力の吸収回復を許してはくれない。AMFが展開しているこの状況では正確な長距離や複数人数転移は難しいし、支援行動も難しい。

 

「チ」

 

 此方はダメージを出す事が出来ない。なら―――別のやり方へと脳をシフトさせる。第一目標は生存する事だ。

 

「おぉ―――!」

 

「来な」

 

 そう言ってノーヴェとスバルが衝突する。先に動いたのはスバルだった。拳をノーヴェへと向けて叩き込む。それをノーヴェは避ける事無く、身体で受け止める。その瞬間に一瞬だけスバルの動きが止まる。技後硬直だ。その瞬間にはノーヴェの腕が振るわれ、拳がスバルの腹へと叩き込まれ、スバルの体がくの字に曲がる。

 

 そして、身体が此方へと向かって吹き飛んでくる。

 

 迷うことなくスバルの背後へと体を動かし、そして飛んでくるスバルの体を自分の体を使って受け止める。次の瞬間ノーヴェが足のローラーを稼働させながら一気に接近してくる。故に迷うことなく自分達二人を幻影で隠す動作と、全く同じ姿のフェイクシルエットを出現させることを同時に行う。AMF影響下もあって魔力の消耗は激しい。だが無視できないレベルではない。

 

 回避動作が完了するのと同時にノーヴェがフェイクシルエットを殴り壊す。だが透明になっているはずの此方側へとノーヴェは視線を向けてくる。

 

「そこか」

 

「なんで解るのよ!? アンタちょっと私に対してメタ張り過ぎていない!?」

 

「正解か」

 

 しまった……!

 

 そう思っている暇もない。迷うことなく攻撃してくるノーヴェの攻撃をスバルと別れるように回避すると、幻影により姿を消す効力が消え、自分とスバルの姿が相手に晒される。短距離転移で素早くノーヴェから距離を離した瞬間、スバルが再びノーヴェへと攻撃を、拳を叩き込む姿が見えた。それをノーヴェは回避する。片手で拳の横を押しのけるようにスバルを横へと流す様に力の流れを変えていた。

 

「くっ!」

 

 それをスバルは前へ倒れる事で強引に流れを変えた。前へ倒れ、両手で屋根に触れる。そしてそのまま両手で体を支えて蹴りを繰り出す。流石のノーヴェもそれは予想外だったのか、腹にスバルの蹴りが決まる。そしてノーヴェの体が僅かにだが後退する。アクロバット染みた動きでスバルが体勢を整え直すと、素早くノーヴェが踏み込んでくる。接近と同時に繰り出される拳をスバルがダッキングで回避し、そっからリバーブロウを繰り出す。それをスウェイによる回避から回し蹴りをノーヴェは繰り出し、スバルはバックステップでそれを回避する。

 

 ……介入する余地がないわね!

 

 二人の戦いはスタイルがかみ合いすぎて介入する暇がない。だったら自分がやる事はそれとは別。この檻―――相手が張ったウィングロードらしきものを解析するべきなんだろう。調べようと近づいた瞬間、

 

「必殺!」

 

 スバルの声が響く。その声に引かれ、スバルの方へと視線を向けると、リボルバーナックルを回転させたスバルが踏み込みながら拳を振るう姿が見えた。だがそのモーションは―――ノーヴェと全く一緒だった。そして次の瞬間、二人が口にした名も、

 

「―――ヘアルフデネ」

 

 衝突した。全く同じモーション、全く同じ技。その光景に思わず口から言葉が漏れる。

 

「……嘘」

 

 結果はスバルの敗北だった。ノーヴェの一撃がスバルを押し切る様にその体を吹き飛ばす。そして吹き飛ばしたスバルを見下す様にノーヴェが視線を向ける。

 

「ま、ちゃんと教わってないし師もなければこの程度か」

 

「なんで……!?」

 

 今の動き、技は、スバルが彼から教わり、不完全ながら再現させたものだ。自分みたいに、完全に教わる事が出来なかったから一緒に頑張って再現したものだ。だがノーヴェが放ったのは完全版だった。だからこそ全く同じ動きのように見えてもスバルを吹き飛ばす程の威力を持っていた。

 

 そして、最悪の考えが脳裏をよぎる。

 

「かかって来いよ。短期間とはいえハチマキ、お前も同じ師で学んだろ? ―――お前もオレンジ頭も殺る時は痛くしないでやるよ」

 

 確信を取れそうな相手の言葉に心は―――。




 数の子で顔を覚えているの5人ぐらいだなぁ。

 シュテるん+アギトvsなのフェイ
 ノーヴェvsティアスバ
 眼帯チビvsロリショタ


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アンダー・アタック

「―――なるほどね」

 

 怖い。

 

 直感的にティアナの声をそう判断した。声の色ではなく、ティアナがこの声を出す時、どういう感情を抱いているのか。それを思った場合に怖いと思うのだ。まるで憎しみを詰め込んだような声の色だ。ティアナが前これと同じ色を、感情を抱いたことは一度だけあった。それは前に所属していた陸士隊でティアナの活躍を、才能を妬んだやつがあの人たちの事を馬鹿にした時の事だった。その時、殺意にも似た感情をティアナは抱いていた。その件の結果は思いだすまでもない。ただ自分に理解できるのは―――これがティアナの逆鱗という事だ。

 

「あぁ、なるほどなるほど……こういう気分だったわけね」

 

 そう言うティアナは憎しみの籠った目をノーヴェへと向けた。そして言う。

 

「―――兄さんを殺したときはつまりこういう気分だったわけね」

 

 ゾクリ、と背中を悪寒が撫でる。ティアナと一緒に暮らしていたから自分も事件の顛末は聞いている。だから今ティアナが誰の事と、何のことを言ったのかを理解している。だからこそ今、ティアナが考えている事を理解できる。そして、それをいけないとティアナを止める権利が自分にはない事も理解する。幸せな家族を持って、平和に育った自分にはティアナを止める権利なんて一つもない。だから、昔からティアナを見ていて決めている事がある。

 

 ティアナを支え、守る。

 

 姉妹の様に一緒に育ってきた。ティアナを本当の家族だと思っている。だけど危ないのだ。ティアナは冷静に見えて、誰よりも危ういものを持っているように思える。どっかで”擦り切れている”、もしくは”振り切れている”様に感じるのだ。だから危うい。誰かがティアナの横に立って支えてあげなくちゃいけない。そしてそれはたぶんコンビである自分にしかできない。

 

「ティアナ」

 

「解ってるわよ。感情に任せて特攻かます程に馬鹿じゃないわよ。ただ―――容赦は無くすわよ」

 

「うん、解った」

 

 仕方がない、で済ませたくはない。だけどティアナの考えは大体わかっている。昔、師匠がやった事と同じことをやるつもりだ。無理やり蘇らされて働かされているのなら―――殺して楽にしてあげなきゃいけない。たぶんそれがティアナの考えだ。空港の火災で何があったのかは知っている。胸を貫かれて普通の人間だったら生きてはいない。

 

 うーん、師匠だったらなんか気合で生き残りそうな気もしないんでもないんだよなぁ……。

 

 まぁ、普通なら死んでる。そしてティアナのお兄さんも昔殺され、再利用されている。その時終わらせたのは師匠だ。だから今度は―――という事なのだろう。だとするのであれば全くもって救われない。ランスター家はどれだけ呪われているのだ。そしてどれだけ救いが無きゃいいのだろうか。こんなのはあまりにもひどすぎる。

 

 だからせめて、自分だけは変わらず、ティアナの心を守り続けないと。

 

「行くわよ」

 

「うん……!」

 

「相談は終わったか?」

 

 前に出る。結局の所、それしか自分には出来ないのだから。接近と同時に蹴りをノーヴェへと向かって放つ。ノーヴェはそれを片腕でガードしつつ、空いている右手でジャブを繰り出してくる。自分であれば全く同じ動きを取っているだろうから、相手がガードしている左手に更に足を込め、そこを軸に体を持ち上げる様に回転させ、踵落としを繰り出す為に持ち上げる。瞬間、ショートジャブを途中で止めたノーヴェがスウェイで後ろへと軽く移動する。それで踵落としは不発に終わり、身体が屋根の上へと着地する。

 

「そこっ」

 

「っ!」

 

 スウェイで後退したノーヴェの顔に驚愕の表情が浮かび上がり、そして胸を抑える。非殺傷設定でおそらく弾丸を内部へと叩き込んだのだ。殺傷設定は六課によって封印されている為、使用はできない。本当なら迷うことなく解除していただろう。だから、

 

「痛覚カット―――これで行けるな」

 

 ノーヴェがそう言って胸を抑えるのを止め、ティアナの舌打ちの音が響く。一撃必殺の奥義も殺せない状態へと持ち込まれているのであれば無意味に近い。一番の敵は非殺傷設定だなぁ、と思いつつ拳を構える。なのはにタンクファイターとしての適性が低いと言われて正直落ち込んだが―――まぁ、自分の持ち味を生かした方がここではいいのだろう。そう簡単に割り切れるものでもないが。ともあれ、なのはに言わせれば自分の領分はパワー型のスピードファイター。素早く打撃を叩き込む事が一番合っているスタイルらしい。近接での打ち合いの場合は技術よりも多少強引に迫った方がスタイルとしては正しいらしい。

 

 なら、キャロの支援が体から消える前に多少強引にでも打数を稼いだ方がいいのかもしれない。

 

 踏み出すのと同時に体がティアナの支援により姿を消失するのを理解する。有難いと思う反面、相手にこれがどれだけ通じるか怪しい。既に相手がこれを破れるというのは先ほどの交戦経験から理解している。だがそれとは別に、意味もあると思う。だからティアナが満足に戦えない分、それを拳に込めて、

 

 ダッキングからのステップで踏み込む。

 

「っ」

 

 ノーヴェの拳が空ぶる。接近は解っていても流石に詳細な位置は解らない、という感じだと把握する。だとすればこの幻影による保護はもっと意味を持つと理解する。だから踏み込みに成功するのと同時に拳を振りかぶり、

 

「必滅ッ!」

 

 奥義を叩き込む。師匠の謳い文句は竜の頭さえ吹っ飛ばす一撃、だった。自分の未熟な拳ではそこまでは出来ないし、完全に再現も出来ていないが、それでも十分な威力は出せている。命中と同時にノーヴェの体は吹き飛ぶ。そしてノーヴェが吹き飛んだ瞬間、念話を通してティアナの指示が飛んでくる。それに従う様に自然と体は動く。

 

 ノーヴェの背後にウィングロードを出現させ、それを壁の様にしてノーヴェの体を止める。そのまま前進から跳躍、正面からの攻撃を警戒してガードに入ったノーヴェの頭上へと移動し、縦に回転しながら踵落としを繰り出し、列車の屋根へと体を叩きつける。そうして跳ね上がったノーヴェの体を掴み、ティアナへと向けて投げる。

 

「そーれっ!」

 

「コンタクト!」

 

 そこに、ライフル型に変形済みの、そしてチャージ済みのタスラムをティアナが突き当て、零距離から砲撃魔法を叩き込む。コンビネーションが決まったノーヴェの体が砲撃に吹き飛ばされ、屋根を跳ねながら転がり、止まる。

 

 そして―――立ち上がった。

 

 体にダメージの様子はある。血も少しだけだが流している様子だった。だがそれをものともせずに、軽く肩を回しながら首を横へと傾けて音を鳴らし、視線を真直ぐ此方へと向けてくる。

 

「はっ、所詮この程度かよ。当たって来いって言われて少しは期待したがなぁ」

 

 ダメージを全く見せない様子でノーヴェは拳を構えた。

 

「これ以上見せるものが無いなら死ぬぜお前ら」

 

 

                           ◆

 

 

 爆発する。

 

 それを最速の動きで回避する。狭い車内ではあったが、何度も爆破が発生するたびに列車内の障害物はクリアされて行く。ある意味、それは結果としてよかったのかもしれない。最初は全く回避のために動けなかった空間も爆破によって大分広くなったので、今では十全に槍を振り回し、そして動き回れる空間となっている。唯一の幸いがそれであろう。だからと言って状況が好転している訳ではない。

 

「IS”ランブルデトネイター”。能力自体はそう強くはない。シンプルに金属を爆破させる。それだけだ」

 

 知っている。

 

 だからこそ金属に触れる時間を最小限にまで減らしている。壁を、天井を、床を、全てに触れている時間を一秒以下にして飛び跳ねる様に空間を跳躍し続ける。跳躍した次の瞬間には爆破が発生し、爆炎が背中を焼いているのが解る。戦闘が開始してからキャロが常に回復魔法をかけ続けているおかげでダメージは少しずつだが回復と蓄積を繰り返し、一定の位置から変化がない―――とはいえ、集中力は無限に続かない。どこかで絶対に途切れてしまう。故に、勝負はその前だ。此方がまだ回避できている間に勝負をつけないといけない。だからこそ思考する。

 

 攻めなきゃ……!

 

「来るか」

 

 此方の意識の変化に相手が敏感に反応する。こう狭い空間ではフリードは動かせないし、キャロもアルケミックチェーンでの支援はできない。だから支援を抜けば実質一対一になる。相手は自分の技量を上回っている。行けるか? いいや、

 

「通します」

 

 跳躍と同時に接近する。爆風が肌を焼くのと同時に癒えてゆく。それが痛みだと知りながらも止まる訳にはいかない。初陣で無様を晒したくはない。―――男の子なのだから女の子の前ではかっこつけたい。

 

「通します」

 

 再び宣言して意志を確固にする。そうして正面から相手へと向かってゆく。それに相対する様に敵はナイフを投擲してくる。危険だと判断する。なぜならこれは突き刺さるし、切り裂くし、そして何より爆破する。ナイフという武器自体が近接戦闘における一、二を争う凶悪な武器だ。それに爆破能力を付与する事はシンプルながら厄介だ。だが、未熟な己に何ができるのだろうか。早く動く事は出来る。だがフェイトと比べれば圧倒的に劣る。敵を貫く事は出来る。だがその爆発力はスバルと比べれば低い。

 

 なら何ができるのか。

 

「―――通します」

 

 ナイフが体に突き刺さった。

 

 槍を通した。

 

「ほぉ」

 

 自身の体に届いた槍を興味深そうに眼帯の相手は見ている。届いた、と言っても切っ先が僅かに突き刺さった程度だ。大きなダメージではない。だがこの戦闘を始めて初のダメージを与えることに成功した。この新人フォワード勢の中で唯一の男は自分だ。

 

 だったら張りたい意地というものがある。

 

「多少の被弾覚悟でも……!」

 

 接近すれば爆発は使えない。至近距離での爆破は己を巻きこむ。だからこそ使うことはできない。そう判断して被弾覚悟で相手へと一気に接近し、そして一撃を叩き込む。それが己の判断だ。そして爆破できない距離へ接近したのであれば、あとは槍を振るうだけ。相手の肩に浅く突き刺さったストラーダを引き抜き、踏み込みつつ回転で薙ぎ払う。その動きに反応する様に相手はバックステップを取る。だが距離を生まれれば爆破を繰り出されてしまう。故に相手の動きに合わせて踏み込む。絶対にクロスレンジから相手を引き離さないように。

 

 が、

 

「エリオ君!!」

 

 衝撃を感じる。気づけば体が爆炎に包まれ吹き飛ばされていた。馬鹿な、と口から言葉が漏れる。自分の位置は間違いなく敵の目の前だった。であるのに相手は迷うことなくナイフを爆破させた―――それは間違いなく自分自身を攻撃範囲内に巻き込む行動だ。常識的に考えればやらない事だ。だが、爆炎に巻き込まれる己の視界の中で、相手は片目で此方を見る。

 

「その程度の対策をしないわけがないだろう」

 

 少しだけ傷がついてはいるが、あまりダメージを見せない相手の姿がいた。相手に至近距離での爆破に対する防御方法があるらしい。であるならば、至近距離での爆破も可能という事だ。自分の判断があっさりと覆された事に対する憤りがあるが、それよりも悔しさが先立つ。

 

 ―――負けたくない。

 

 爆炎と爆破が体を焼くが、キャロが必死に回復魔法を使ってくれているおかげでまだ体は問題なく動く。だから吹き飛ばされながらも体勢を整え、壁に着地する。次の瞬間には眼前へとナイフが迫っていた。気づけば相手は先ほどまで一歩も開始地点から動いてはいない事に気づく。悔しいとは思うが、彼我の戦力差は絶大だ。それでもあきらめるわけにはいかない。避けようと動きに入った瞬間、

 

『―――そこは右ですねー』

 

 どこか能天気にも思える声が頭の中に響いてきた。だが知っている声だ。だから体は反射的に右へと避けた。そして、

 

『左、下、そこで薙ぎ払ってからダッキングで接近してみましょう!』

 

 体は声に従って動く。

 

「ほう」

 

 迫ったナイフを回避しつつ、薙ぎ払いで相手の攻撃を叩き落とし、その背後に隠れるように迫ってきたいた刃を潜り抜け―――敵の前へと到達した。それと同時に槍を前へと付きだすが、それをバックステップで相手はあっさりと回避した。驚くほどあっさりと出来た動きに驚愕していると、その声の主が誰かを思い出す。

 

『空曹長ですか!?』

 

『はぁーい、私ですよー』

 

 姿は見えないが、彼女は此方の事を把握しているようだった。ストラーダを構え、相手を睨みつつ意識を一部、念話へと傾ける。

 

『ちょっとガジェットさんの相手で忙しくてそっちは行けませんけど、やっている事は把握しているのでご心配なく。お姉さんがちょっとだけアドバイスしますので―――えぇ、男の子の意地、見せてもらいましょうか?』

 

「……はい!」

 

 此方の変化に相手が目を細める。おそらくこちら側の変化を察したに違いないのだろうが、

 

 ここからが本番だ、とツヴァイの言葉を聞きながら思考する。




 ピンチになるのは主人公の基本スキル。


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ターン・ザ・テーブル

 動きの中で見る。

 

 相手の動きが変わった。

 

 自分が敵対するのはエリオ・モンディアルとキャロ・ル・ルシエ、双方共にまだ子供だ。自分を害する事は出来ても、自分を倒す事には至らない少年と少女だと判断している。なぜなら彼らは圧倒的に未熟だからだ。昔打倒したゼストと比べると同じ得物を使っているというのに遥かに技量で劣っている。地力でも負けているし、全てにおいて劣っている。唯一勝っているのは速度だが、それも一流ではなく二流という範囲で収まっている。相手がまだ成長途中であると考えるのであれば十分すぎる戦闘力だが―――一流、超一流と相対するのであれば圧倒的に不足している相手であると判断する。自己を高く評価するのはそこまで好きではないが、最低でも己がストライカー級である事は自覚している。故にその判断から思考する―――自分に負けはない。

 

 そう、自分に負けはない。自分が相手を圧倒する戦場。言い換えれば弱者を嬲るだけの戦場がここにはあると判断している。いや、だからこそ相手の動きの変化に違和感を覚える。今しがた己の攻撃を回避した動きは正しい選択肢だった。いや正しい、ではない。正確に言えば最善の動きだ。攻撃を回避して相手へと攻め込むために置いて状況に対して一番正しい判断だ。それを相手を取ってきた。それ自体は何の問題もない。

 

 だが問題は相手がそれを未熟な体術のまま行ってきた事だ。

 

 それで判断できるのは―――助言者が付いたか。

 

 

                           ◆

 

 

『はい、右へステップステップ、下にダック、前へロール、上へジャンプ!』

 

 段々動きにアクセントが付き始めている気がしないでもないが、それでも驚くほど動きが軽い。相手が放ってくるナイフを回避し、爆発を回避し、そして少しずつだが確実に距離を詰めているのを感じられる。先ほどまで回避一辺倒だけだったのが信じられないぐらいだ。ツヴァイの指示通りに体を動かせば確実に相手へと接近するのを感じる。これは、

 

『先への見通しと経験の差ですね。モンディアル三等陸士はまだまだ子供です。残念ですがこればかりはどうしようもありません。戦闘に関しては高いセンスを持っていますが経験が足りません。ですので”次へと繋げる動き”をできていません。ここら辺は訓練と実践を繰り返す事で覚えるのですが、高町一尉のスパルタのおかげで中途半端ながら身についています―――ですがそれだけでは足りません。リインがモンディアル三等陸士に伝えているのはその”次のステップ”です。その次のステップを高町一尉が教える前に本格的な戦場へと出てきました』

 

 理解している。自分は未熟だ。誰かの助けがなければまともに動けないぐらいには未熟だ。ティアナの指示が無ければまともな作戦行動は出来ないし、スバルの様な爆発力を持ってはいない。だからと言ってキャロの様に特殊な能力を備えているわけではない。少し希少かもしれないが、雷の変換資質は存在するものだ。だから今の自分を評価するのであればフェイト・T・ハラオウンの劣化。それもただの劣化ではなく超劣化。一流相手であれば一方的に嬲られる弱者側だ。

 

 だから、

 

 頑張ります……!

 

 それだけが今の自分の価値だから。それだけが今の自分にできる事だろうから。後ろにはキャロがいる。自分を置いていかずに残ってくれている。逃げようと思えば一人だけでも逃げられるのに。外へ出て戦った方がもっと有利であるだろうに、此方を心配して残っていてくれている。だとしたら一人の男として、無様を晒す事だけは絶対にできない。してはいけない。

 

「頑張ります!」

 

「良い遠吠えだ」

 

 そう言って此方を見て、そして笑う相手はたぶん身内には優しいタイプなんだろうな、と思う。言葉の端に優しさが見える。だが敵であれば容赦はしない―――シグナムの様な武人タイプであると判断する。だから行く。己の道を信じる。

 

『いいですね―――』

 

 通します。

 

 ツヴァイの声に従って動く。体は指示に従って素早く動く。日ごろからティアナの声を聴いて動く事に慣れているからかもしれない。格上の相手に、指示通り動くという行動が自然にできる。それに従って体は相手の攻撃をかわしながら前進する。相手へと接近するための動きを形作って行く。相手を追い込むための状況を生み出して行く。リーチも火力も相手が上だ。だからと言って此方が負ける要素は一切ないと断じる。負けてはいけない。

 

「通します!!」

 

「来い!」

 

 相手のナイフが目の前に迫っているツヴァイの声が聞こえる。加速術式と強化術式が稼働している。最善が何であるかをツヴァイが伝えてくる。だから体は前進する。速度は乗っている。だから問題はないと判断する。通すと宣言した。だから前に出るのと同時に足は相手のナイフを踏む。体は軽い、軽くしている。だからナイフが沈む前に踏み越える事が出来る。踏み越えて沈む。そこでナイフが爆発する。だが既に前進し終わった後での爆発だ、影響はない。だから口に出す。

 

「貫け―――ストラーダ」

 

『I shall make your path』

 

 雷刃となったストラーダを振るいながら相手へと向かって突き進む。スパークしながら振る刃を相手が回避する。回避した―――故にこの瞬間が自分のタイミングだ。相手が回避動作へと入った瞬間からが勝負。

 

『頑張ってくださいねモンディアル三等陸士―――』

 

 そこでツヴァイの念話が切れる。おそらくこちらを気にするだけの余裕がなくなったのだろうと判断する。だがツヴァイの指示から必要な”ライン”は見えた。あとはそこまでどれだけ自分が追いつけるかの勝負だ。そして速度に関してはフェイトに劣っていても―――いつかは追いつく。その気持ちで常に槍を振るい続けてきた。だから見えたラインへは到達する。早く、誰よりも早く。邪魔にならない様に、並んで走れるように、

 

「早く……!」

 

『Sonic move』

 

 スパークを残しながら加速し、相手へ追いつく。そうして振るう刃が中空を切る。相手が空中で体を捻る事で回避するのが見えた。それで攻撃は回避される。体は熱を持っている。相手がナイフを放っている。それが自分の目の当たる位置へと既に設置されているのは確認できる。あと三センチ前へと進めばそれが目に突き刺さる。であるなら横か、後ろへと下がるべきだ。

 

 加速する。

 

『Sonic move』

 

「連続加速かっ!」

 

「無理、無茶、無謀は承知の上です!」

 

 そもそもソニックムーヴという魔法が連続で使用されないのはそれが人体の限界を超える加速魔法だからだ。一流の魔導師であれば連続で使えるし、加速時間も増える。だがそれは一流の魔導師の話であれば、という話だ。自分の様な未熟の魔導師であれば体が悲鳴を上げるのが道理。だがそこはキャロが全力で支援してくれた力がある。ある程度の無茶をするのは可能だ。この無茶を自殺へと変えないのがなのはの教導だ。

 

 ここで勝利すれば自殺ではなく無茶になる。

 

 加速から回避と前進の動きを同時に果たす。背後でナイフが爆破するのを感じつつ相手へと接近し、そしてストラーダを突き立てる。穂先が刺さるのは相手のコート、そしてその上から電流を流し込みつつストラーダを全力で振り抜く。ようやく命中した全力の一撃。それで相手を吹き飛ばし、身体が崩れるのを感じる。

 

「―――任せました」

 

「うん―――!」

 

 次の瞬間、窓の外から巨大な炎が列車内を焼き―――そして同時に爆炎が車両を爆砕した。その衝撃に吹き飛ばされ、後ろへと流されながらも確認する。

 

 軽傷でダメージを済ませ、立つ相手の姿を。

 

「流石に少々焦ったが―――続けるぞ?」

 

 

                           ◆

 

 

 熱線が伸びる。それが放ったハーケンセイバーを飲み込んで一瞬で融解、爆散させる。一瞬で出力の違いを自覚させられ、己の領分以外で敵わない事を把握する。バルディッシュを迷うことなくザンバーモードへと変化させる。遠距離は、中距離は、

 

『大丈夫なのは?』

 

『大丈夫―――間違った仲間は殴って黙らせて反省させろ、って習ったから』

 

 怖いような頼もしいような―――この状況であれば間違いなく心強いと思える。だから遠距離の攻撃手段は全て捨てる。その代わりに自分は自分のなせる事、即ち接近戦に全てを込める。この火の粉の檻を突破しようとすれば強引にできるだろうが、あまり現実的な手段ではない。だからシュテルに接近する。フラッシュムーブは既に発動済み。動きの全てを常に加速させる。そしてシュテルの死角へと回り込む。それにシュテルは敏感に反応する。

 

「ルシフェリオン」

 

 デバイスが再び槍の形を取る。それがバルディッシュ・アサルトと一度だけ切り合った瞬間に体を離す。次の瞬間なのはがアクセルシューターを五十程浮かべ、それを一斉にシュテルへと向けて放つ。それに対してシュテルが火球を三十程浮かべ、ぶつけ合う。閃光と爆炎が空を覆う。瞬間、バルディッシュと自分に使用している魔力を極限まで減らし、飛行と加速に必要な魔力をギリギリの出力へと落とし、シュテルの頭上へと飛び上がり、落下、加速する。音を殺し衝突によって生まれた煙の中で再びバルディッシュに魔力を流し込み、刹那の隠密からの奇襲を繰り出す。

 

 が、

 

「っ!」

 

「使い古された戦術ですね」

 

 此方へと向かって寸分の砲撃が叩き込まれる。反射的にバルディッシュを振るい、放たれた砲撃を両断する様に斬撃を放つ。砲撃とザンバーによる斬撃が拮抗するのは一瞬、出力は相手の方が上回っているのでそれ以上は完全に飲まれる。故に拮抗した瞬間に雷光の加速を持って脱出し、回転しながら雷刃を飛ばす。軽い飛行行動でシュテルが回避した先、なのはがレイジングハートでのチャージを済ませている姿があった。

 

「エクセリオンバスタァ―――!!」

 

 軽度の収束砲撃が放たれる。それをシュテルは片手で握ったデバイス―――ルシフェリオンを向けて、そしてそこに一瞬で収束させた砲撃をぶつけ合わせる。

 

「粉砕!」

 

 砲撃がエクセリオンバスターと衝突し、その勢いを削ぐ。だがその程度で全体は消えない。だが素早く二射目は放たれていた。それもまた炎の赤い砲撃。

 

「滅砕!」

 

 エクセリオンバスターの大半を二射目の砲撃が削ぐ。そうやって連続で砲撃を繰り出す能力はなのはにはない。なのはとシュテル、その両者は似ているようで違う。その進化した方向性、スタート位置は同じでも終点は違っていたらしい。なのはにはない技術で、なのはをシュテルが追いつめる。

 

「ブラストファイアー!」

 

 エクセリオンバスターを貫きながら三射目がなのはに命中する。その瞬間を見逃さずにシュテルの横へと素早く、砲撃のモーションが終了する前に到達する。砲撃が終了した直前、振り向きも攻撃も出来ないその瞬間は完全に無防備だ。砲撃を行ってデバイスフレームも放熱を必要としていた最低でも一秒のラグが必要であるというのはなのはから得ている知識だ。故に躊躇する鳴く、目の前の障害を切り払おうとし、

 

「リミッターが無ければ届いていたでしょうね」

 

 爆炎が生じた。とっさの判断でバルディッシュを盾の様に構えると体が後ろへと押し出されるのを自覚する。そして悟ったのは攻撃の失敗だった。気が付いたのは炎を纏った腕、その纏わりついた炎を放った事だけだった。だがそれは散弾の様に此方を焼こうとしてくる。一撃一撃は威力は低いのだろうが―――ユニゾンしている今、その出力はけた違いだ。単純に言って散弾一発が低出力の砲撃並みの威力を放っている。受け止めるだけでも一苦労だ。最善は回避する事だ。だが、相手の様子―――隙が無さすぎる。

 

『慢心も油断もないね』

 

『うん』

 

 返答と同時に炎の中からなのはが出現する。砲撃の直撃を受けたというのにダメージを受けているような姿は見せず、垂直にレイジングハートを振り下ろしていた。

 

「ディヴァインブレイカー……!」

 

「温いッ!!」

 

 シュテルが迎撃の為に砲撃を放ち、そしてそれがディヴァインブレイカーの中央を穿つ。砲撃の剣はその一撃によって砕かれ、魔力が―――

 

「バーストッ!!」

 

 拡散せず爆破した。収束技能を応用した使用済み魔力の遠距離爆破。拡散を収束で防ぎ、再コントロールを得てからの爆破。威力は中々の物だと理解しているが、オーバーS級を倒すのであれば明らかに不足している。だからこそ結果を確認する前に、なのはの一撃が命中したのを確信した瞬間にカートリッジを消費しつつザンバーを振り回す

 

「雷光、一閃!」

 

 極大の雷光を刃として放つ。それが爆破の発生した空間を薙ぎ払い、そして爆破によって発生した煙を吹き飛ばしながらシュテルへと命中するのを見た。だがその空間の中で彼女はルシフェリオンを両手で構えていた。反射的に相手の放つ次の動きの規模を察し逃げ道を考える―――だがこの空間では狭すぎる。迷うことなく持ち込んできたカートリッジの半分を消費する。

 

『なのは、溜めて!』

 

『了解!』

 

 そう告げると同時になのはの前へ移動する。瞬間、シュテルから膨大な魔法を検知する。レッドアラートをバルディッシュが告げるが、逃れられないのは理解している。その代わりにバルディッシュのザンバーモードに魔力を込め、それを振るう。

 

「集え明星、全てを焼く焔と化せ……!」

 

 極大の熱線が放たれる。だがそれが本番の前の前座である事を察する。放たれる砲撃はデカイが、それでも感じる魔力と収束に対してあまりにも弱すぎる。だがそれでも全力を振るう事に躊躇はない。

 

「薙ぎ払え、ジェットザンバー!!」

 

 雷刃を振り回すのと同時に熱線がぶつかる。高速の二連射の熱線。それとジェットザンバーがぶつかり合って消え去る。だがその瞬間、相手側も此方側も―――魔力の収束は完了している。なのは自身も相手が収束を始めるのを感じた瞬間には収束を始めていたのは天性の勘か、あるいは経験から来る行動だろうか。素早くなのはの背後へと移動した瞬間、

 

「真・ルシフェリオンブレイカァアアッ!!」

 

「スターライト・ブレイカ―――!!」

 

 最高レベルの収束砲撃が真っ向から衝突を果たし、そして中央で一瞬の拮抗が生まれる。どちらも砲撃戦魔導師としては最高レベルにある事を把握している。技量的には相手が上と言ったところだろうが、収束の純度ではなのはの方が上に見える。それが技量差を互角に追い込むのであれば―――勝負は出力差によって決まる。

 

「ちょいヤバかも……!」

 

 出力の勝負であれば話にならない。リミッターがなく、そしてユニゾンで強化を施されているシュテルの方が圧倒的だ。故にスターライト・ブレイカーが押され始める。それに堪える様になのはが込める魔力を増やそうとする、が、

 

「押し切らせてもらいます」

 

 宣言通りそれを気にすることなく真・ルシフェリオンブレイカーがスターライトブレイカーを飲み込み、焼き払い始める。巨大な熱が接近するのを感じる。更にカートリッジの消費とオーバードライブモードを思考した瞬間―――馴染み深い魔力を感じ、安堵する。

 

 ―――間に合った。

 

『―――お疲れさん』

 

 三種の砲撃がスターライト・ブレイカーに合流し、一気に勢いを巻き返す。そのまま相手の砲撃を食い破り、その勢いで一撃をシュテルへと到達させる。その結果、少しだけダメージを受けたシュテルの姿を確認しつつ、檻の外側から砲撃した存在に視線を向ける。少し距離があって直接の声は聞こえないが、念話を通して彼女の声は聞こえる。

 

『フォワード陣の皆お疲れ様な。援軍連れてきたし―――巻き返すで』




 ガンバレ男の子。かっこよくなれ男の子。そのチビはセメント化するぞたぶん。


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ベター・レイター

「―――巻き返すと来ましたか」

 

 此方の会話が盗聴された、と思い、相手を見る。だがシュテルの方へと視線を向けるが、シュテルの周りにはそういう術式の形跡は存在しない。つまり―――はやてが意図的に音声を相手側へと漏らしたという事だ。そしてそれが意味する事が何であるかを、即座に理解する。長年の友人が年々その手段が段々悪辣になって行く様子を見ている。戦闘であれば細かい類の調整が利かないから自分やなのはと戦って敗北するのは間違いなくはやてだ。―――だけど交渉事、舌戦、その類でははやてが私達の中ではズバ抜けている。

 

 だからシュテルが話に乗り、そして檻の外側にはやての姿が現れるのを確認し、もう既に戦いが始まっている事を認識する。

 

 

                           ◆

 

 

 ……さて、どうすっかなぁ。

 

 シュテルが言葉に反応した。今は昔の友人との再会を祝福する前に機動六課の部隊長として、部下の命の安全を守る者として果たすべき義務がある。だから生きていた事を喜ぶのは後の話だ。今はその前に責務を果たさなくてはいけない。だからこその会話であり、誘いだ。そしてシュテルが迷うことなくそれに乗っかってきた意味を把握する。

 

 相手の目的はズバリ―――撤退だ。

 

 さて、ここから持っているもんでどう判断するか、という所やな。

 

 リスクマネジメントは当然の事だ。手札と状況を照らし合わせて状況が続行可能かどうかを判断するのは重要なスキルであり、指揮官であるならば当然の技能だ。だから自分の望みを把握し、そして相手が望む事を憶測する。その上でその二つを天秤に乗せて測る。交渉はまずそれを行ってから始まる。この状況、相手が望みを口にしないのであれば状況から証拠として憶測するしかない。だからそこから相手の望みを憶測する。

 

 つまり撤退と判断する。

 

 理由はシンプルに―――これ以上の戦闘理由が存在しないからだ。この戦闘の目的はレリックの確保だ。そしてそれを確保する為にこんな戦闘を派手に行っているのだ。だったらまず疑問が浮かぶ。

 

 ―――何故ここまで派手な戦闘を行う必要がある?

 

 その理由と、そして相手の背後関係を繋げて行けば自然と犯人が、黒幕の思惑が理解出来る様になってくる。いや、正確に言えば理解なんてできない。理解できるような相手ではない。ただシュテルが敵であり、緑髪の拳士があの火災現場にいた事実―――彼女たちを結びつける人物は一人しかいない。そして、こういう趣向は間違いなくあの外道の好む所だと思う。故に間違いなくここからの目的は撤退であると判断する。そうでなければそもそもからして話に乗ってこない。

 

 シュテルが話に乗って来た時点で自分の仮説の正しさが証明されているようなものだ。故にここから自分の口の中で転がす言葉は”さて”という言葉になる。どれだけ相手から搾り取れる。どこを妥協ラインとするか。どこまでを相手が想定しているのか―――全く、これほど頭を使うハメになるとは当初は思いもしなかった。ただの小娘もここまでくれば立派になったものだなぁ、と思い、口を開く。

 

「―――久しぶりの所悪いけど大人しく掴まってもらうでシュテル」

 

「出来るとお思いですか?」

 

 できるかどうかで問われれば”できる”と答える。だがそれは確実に犠牲と共に発生する。そしてそのメリットデメリットを考えると確実にデメリットの方が大きい。だからこれは所詮ハッタリだ。自分も相手も本気ではない。だがこういうところから会話は始まる。

 

「言っておくが私には隊長陣のリミッター解除の権限があるで―――Sランク魔導師三対一でどうにかなると思ってんか?」

 

「じゃあ言いましょう―――その程度で我々を止められると思っているんですか?」

 

 戦力比較だ。相手側と自分側の戦力を比較してどれだけ拮抗しているかを測る。

 

「言っておきますが私はSオーバー魔導師ですよ? それに相性の良いユニゾン状態、他の二組を襲撃している二人だって実力的には最低限Sオーバーはあります。この状況で貴方達は本気を出さずに倒す事が出来るというのですか? 先の事を見据えても?」

 

「できるで。言ったやろ”リミッターは解除できる”って。つまり嘘でも何でもあらへんよ。ここでシュテルちゃん程の魔導師を落として捕縛できるんなら払うコストは決して高すぎるとは思わないで? なのはちゃんもフェイトちゃんもそこらへんは部下である以上命令には絶対逆らえへん―――この意味、解らんことはないよな?」

 

 もちろんブラフだ。フェイトはともかくなのはは笑顔で”え、何か言った?”とか言って普通に聞き流すので怖い。それに部下に犠牲を強いるやり方は己のスタイルではない。だが言葉として利用するのであれば良い抑止力となる。自分はそういう手段を視野に入れて活用できる、というサインにもなるのだ。実際、ヴァルケンリッターの皆であれば迷うことなく実行してくれるだろうし、躊躇する事も迷うことも疑うこともあるまい。だからこそそんな手段は強いる事が出来ない。

 

「詰んでるでシュテル」

 

 そう言うと、シュテルは笑みを浮かべる。此方を見て、少しだけ懐かしむ様な表情を一瞬だけ見せる。だがそれは次の瞬間には消えて先ほどと変わらぬ無表情の殲滅者の姿があった。彼女はルシフェリオンを突き付けてくる。

 

「大分悪辣な手段を取りますね。では言わせていただきましょう―――我々は契約関係で仲間意識はない。その気になれば今から砲撃を叩き込んでもいいんですし、あの二人を囮にすればいいだけの話です。合流すれば足手まといがいる分不利になるのはそちらですよ」

 

 シュテルのその発言に反応したのはフェイトだった。妙に納得した表情で、

 

「あ、やっぱり同じDNAなんだ」

 

「フェイトちゃん、後で”お話”しよっか。私の部屋で二人っきりでゆっくりね……?」

 

「あっ」

 

 フェイトがひっそりと勝手に死亡フラグを建設したがそれを無視して話を進める。シュテルの言っている事は絶対にかなわない。なぜならそれを無理にする手段……いや、状況が既に完成している。それを証明するためにもホロウィンドウを二つ表示させる。戦場の状況はマルチタスクの一部を分割して常に把握している。そうして映し出される状況は二つだ。一つは車両の中で向かい合う眼帯の女とシグナムの姿、もう一つが屋根の上で向き合う拳士の相手とヴィータの姿。

 

「一応まだ交戦は控えさせてるけどこのまま衝突すれば確実に止められなくなるで」

 

 何が止まらなくなるかは言うまでもないだろう。

 

 この状況での一番の懸念は相手の援軍だ。それが一番不安だからこそ無理に攻める事ができない。ここで負傷して倒しても、相手に控えが存在したのであればそれは一気にこっちを追いこむ事となる。いや、シュテルには他に三人の仲間がいた。アレが生きているか死んでいるかは別として、最低限デバイスを含めた四人が控えに存在すると計算しても間違いではないはずだ。しかも全員がオーバーS―――酷く解りやすい地獄だ。今はそれを回避する事に全力を尽くす。

 

「……なるほど、解りました」

 

 そう言ってシュテルは悪辣な笑みを浮かべ、此方を見る。

 

「―――そこまでいうのなら仕方がありません。見逃してあげましょう」

 

 見逃してあげましょう。どこまでも上から目線の発言だ。それは状況の優位性がどちらかにあるのを理解しての発言だ。相手は確実に此方が何を恐れ、回避しようとしているのかを解っていての発言だ。だからこその、その発言だ。そしてそれを否定する要素はない。だが、

 

「ほぉ、言ってくれるなぁ」

 

「えぇ、まあ、今回はこの程度でいいとの指示も出ていますし、私達はこれで引き上げますよ」

 

 そう言った瞬間シュテルが杖を振るう。そのアクションと共に体にかかっていたAMFによる軽い負荷が消えるのを感じる。そして同時にヘリ内のリインフォース・ツヴァイから素早く念話が届き、ここら一帯に存在していた全ガジェットのAMFの解除、そして転移離脱が確認された。転移先はロングアーチの方が割り出してくれるとして、シュテルの足元に転移用の魔法陣が出現する。

 

「あぁ、そうそう。レリックはどうぞ持って行ってください。此方もあちらも必要のないやつでしたので―――ではお仕事お疲れ様でした」

 

 そう言ってシュテルの姿が消失する。その姿を何も言わずに見送り、そして領域から完全に全ての敵が消えたという報告を受けるまでそのまま動かず待機する。数秒後、今度はツヴァイから敵の完全離脱、そして列車の停止とレリックの確保の報告を受ける。相手に伏兵やら控えがいたかどうかは判断がつかないが、今の会話で色々と掴めた事はある。

 

「面倒な敗北やったけど、代わりに色々とリップサービスは貰ったな。面倒な話になってきたのぉ」

 

 頭を掻きながら近づいてくるヘリのローター音を聞く。フェイトもなのはもどちらも自分の隊の子達を迎えに行くように指示してからヘリの到着を待つ間、思考を巡らせる。今の会話は短かったが、色々と面白い情報を手に入れる事が出来た。いや、改めて戦闘ログを確認しながら発言を再び確かめる必要が出てくるが、あの発言は間違いなく、

 

「面倒な話やなぁ」

 

 シュテルは此方側とあちら側、とレリックの必要な陣営を分けていた。つまり相手は一枚岩というわけではなく、最低限でも二つの陣営に分かれているという事だ。そして元々このレリックに関する件の黒幕、候補としては一番可能性の高かった男が今回の件で確信へと至った。相手の戦力もある程度は把握できて実りのある一件だったと判断するが、同時に厄介な事にもなったと思う。

 

「はやてちゃーん!」

 

「お仕事中は部隊長やでリイン」

 

「はわわ、しまったです!」

 

「リインは可愛いなぁ!」

 

 近づいてきたヘリに乗り移るのと同時にバリアジャケットを解除して報告と確認用のホロウィンドウを五枚ほど浮かべる。そして手を振って操縦しているヴァイスに作業を続行する様に指示を送る。ヴァイスが他の面子を回収するための動きを始めている間に、ツヴァイのサポートを得て素早く思考を加速させ、この先どうするかを考える。もし自分の考えが正しいのであれば、敵はかなり面倒な存在なのだ。いや、面倒ってレベルじゃない。―――この件が四年前、もっと前から続いている事件の流れだとしたら、

 

「根が深いってレベルやないな」

 

 まあ、そこらへんの考案などはまた後の話だ。それよりも自分が考えるべきはどう説明するかだ。控えめに言って機動六課は味方が多い部隊であるとは言えない。最新の設備、潤沢な資産、身内で固められた隊員達、各方面に挑発しているようにしか取れないのが機動六課の状態だ。そして一つでもミスを起こせば潰そうと躍起になっている連中が責めてくるのは目に見える事だ。今回の戦い、賢い人間であればどう見るのか―――考えなくても解るだろう。

 

「こうならんように気を付けてたんやけどなぁ」

 

「ファイトですよ八神部隊長」

 

 指の先で生意気な事を言うツヴァイの事を小突きながら、確実に管理局、それも機動六課に関して詳細な情報を得られる立場の人間にスパイが混じっているのを自覚する。今回は計算された動きだ。隊が駆けつけるまでにかかる時間、戦力、そして”自分達が増援として駆けつけるまでの時間”をも計算に入れた作戦だったのだ。機動六課の詳細なデータを掴める立場の人間なんて限られている。

 

 借りになるんやろうなぁ、これも。

 

 動かせる手札は限られていて、この状況で頼めるのは外部から此方を見る事の出来る人間だ。となると必然的にカリム等の聖王教会組―――もしくはアコースか。味方だと解っていても”アラ”を探すのがあの仕事の内容なので出来る事なら機動六課の内部は探ってほしくない……結構ズルしているし。まあ、それも一旦考える事を止めておこう。

 

 それよりも、

 

「新人共はどうやねぇ」

 

 初めての出動、初めての実戦、初めての敗北。彼らはその経験に対してどういう答えを拾ってゆくのか。そしてここからどうやって進んで行くのか。彼らのこれからが楽しみだ、と列車に近づく光景を目にしながら思う。




 そのまま戦闘かと思ったか。偶には頭も使おう。

 交渉戦が書きたいなぁ。


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アフター・ザ・メス

 ぐでり、とテーブルに突っ伏すのは自分だけではない。機動六課隊員寮、四人で占領している食堂の一角にあるテーブル。初の出動から帰ってきて軽く反省会を終わらせると、そのまま会議の為にどこかへと向かってしまった。そうやって直ぐに次の仕事へと迎える精神力や体力が羨ましいと思いつつも、今は声が出ない。疲れたとしか言葉が頭の中に思い浮かばない。そしてそれはたぶん、一緒にテーブルに倒れている他の三人も全く同じ思いだと思う。そして全く動きも返事がないから同じ思いである事を確信する。あのスバルでさえ全く動かないのだ。

 

「はぁ……疲れた……。皆、お疲れ様ー」

 

「お疲れ様ー……」

 

 返事には全く覇気が感じられない。それもそうだ。あんな物を経験してまだ元気そうな隊長達が底なしの化け物なのだ。正直な話何故まだ元気なのか、と思う。回復魔法で傷や体力は回復したが、それとは別に物凄い精神的疲労が誰にもあったはずだ。特になのはとフェイト、そしてはやてはかなり強い魔導師を相手にしたらしいので、自分達よりも疲れているはずなのに良くあんなに動けると思う。やはり精神構造からしてキチガイの領域にあるんだろうなぁ、と改めて自分たちの差を思い知られる。アレがSランク級である事の証明なんだろうか。

 

「しかし」

 

 声を放ったのはエリオだった。疲れている感じはするが、それでもはっきりとした声を響かせてくる。元気だなぁ、とは思うが自分もそれに応対する程度の元気は残っているし、回復している。顔を持ち上げるとエリオが困った様子を浮かべている。

 

「思いもしませんでした―――ミッドチルダではこのレベルの事件が日常茶飯事なんですね」

 

「いや、おい、待っ」

 

 ミッドチルダはそんな修羅の国ではない。確かに犯罪率は若干高いってか発生していないだけで犯罪者がアホの様に多い環境だが、あんな連中がゴロゴロいてたまるか。ミッドをそんなベルカの様な修羅の国扱いされるなんてひどい。あまりにも心外だ。というかそんな修羅の国だったら今頃ミッドは炎に沈んでネオ・ミッドとかなんか新しい姿にリフォームしている。だから否定しようとして口を開こうとすると、

 

「ミッドチルダの犯罪の標準レベルって高いんですねエリオ君」

 

 ピンクロリが何故かエリオに同意してしまった。そういえば初出動、初実戦だったかこの二人は。だからと言って誤解する理由にはならない。

 

「僕達も早くフェイトさんみたいな立派な魔導師になってミッドチルダを守らないといけませんね」

 

「そうだね。私もエリオ君と一緒に頑張ろうと思うよ」

 

「なんでいい話になりそうなの……!」

 

 この二人恐ろしく相性がいいのではないか。もちろんカップル的な意味で。というか心なしかキャロがエリオへと送る視線が―――まあ、別段子供だしまぁいいか、と判断する。最近の子供は色々とませているなぁ、と思いつつ自分の子供時代を思い出す。今でも十分に子供なのだが、思い出すのはもっと昔の事だ。自分がこれぐらいの年齢の頃はなぁ、と思い出しているとコトン、という音がする。

 

「食堂のおばさんにいいもの貰ってきちゃった」

 

 そう言ってスバルが椅子に座りながら、トレーの上に運んできたものを置く。スバルがそうやってテーブルの上に置くのは四つのマグカップだ。それぞれ私達をイメージしてからなのか、ピンク、オレンジ、黄色、そして青色のマグカップだ。だがその中に注がれているのは白い液体で、湯気が出ているように思える。これの中身が何であるかをスバルへと確認する必要はなかった。実際、これを見ると若干懐かしいと思える気持ちが蘇る。昔もこんな感じのマグカップで温めて飲んだなぁ、と思っているとスバルがエリオとキャロに説明する。

 

「ホットミルクだよ。中にハチミツが混ぜてあるから飲みやすくなっているし……ね?」

 

 そう言ってスバルが此方へとウィンクを送ってくる。その姿に苦笑してしまう。ホットミルクは陸士校で訓練生をやっている頃、徹夜のお供として何時も飲んでいた。これを飲むと色々と脳が動き回るし、疲れにも効くので色々と重宝したものだ。それを知ってか知らずか、エリオとキャロがふーふー、と息を吹かせてからホットミルクに口をつける。その後に笑顔が生まれるのでその感想がどういうものかは聞く必要はない。その代わりに自分もマグカップを手に取って、少しだけホットミルクを飲む。それだけで自分が飲んでいたホットミルクとは全く出来が違うな、と思う。

 

「いい牛乳と蜂蜜使っているじゃない」

 

「そんなこと解るんですか?」

 

「ギンガさんと一緒に台所に立っていたのは私よ。買い物とかするんだから色々覚えるのよねぇ、味の違いとか。味が薄いとか、触感ザラザラしているとか、結構覚えるものよそういうの。まあ、料理も買い物もしてなきゃ全く覚えないものだけど、結構いいもの使ってるわねぇちくしょう。今度から夜中起きている間は遠慮なく頼むわ。どうせ隊の方の予算に組み込まれているんだろうし食費は遠慮はいらないわよね」

 

「す、少しは遠慮してもいいんじゃないかな?」

 

 貴様にだけは言われたくなかったぞスバル。

 

 と、いう言葉をギリギリのところで飲み込んで我慢する。あぁ、解っている。この娘、自分の食べる量を普通だと思って、周りの量を少ないと判断しているのだ。そこらへんゲンヤが教える事を諦めたのと、教育係だったギンガが全く同じ量を食べていたのが原因だ。あの頃自分もスバルに教えるのに参加しておけば良かったなぁ、と今更になって激しく後悔する。この女の体は色々と燃費が悪すぎるのだ。何時か家計の為にもう少し暴食を抑えてほしい。あ、此処にいる間はもちろんどうでもいい。

 

「それにしてもティアナさんとスバルさんって仲がいいですけど前から知り合いでしたんだっけ?」

 

 キャロのその言葉にそうだよ、と家の事を語れるのが嬉しいのかスバルが笑顔を浮かべながら胸を張る。

 

「何を隠そう、ティアナと同じ家に住んでるんだよ!」

 

「え、それって同棲ですか!?」

 

「なんでそっち!?」

 

 キャロの発言にエリオが軽くビビって口から少しホットミルクを漏らしている。ピンクは淫乱等という不思議な発言を昔、馬鹿な水色が発言していたのを覚えている。その後すぐに王様に追いかけられて逃げてしまったが、この子の将来が激しく心配になってきた―――いや、待てピンクが淫乱という事はシグナムも―――……いや、これはおそらく考えてはいけない事の類なのだろう。一瞬愉快な事を思いついたが考えたら最後、ターミネイターシグナムに追われそうな気配がしてきた。忘れよう。

 

「私家族って言える人が皆死んじゃったからスバルの家に住んでるのよ。もう何年も前の話なんだけどねー……」

 

 あ、と声を漏らしてキャロが申し訳なさそうな表情をする。そんな表情をされても彼らが死んでしまったのはもう四年前の出来事。そしてつい最近、今日、生存の可能性……いや、存在の可能性を見せられてしまった。だから悲しみを感じる前に話をして出てくるのはもっと別の感情だ。ただ、それを語る必要も見せる必要もない。思いはちゃんと理解しているのであれば言わなくていいと自分は思っている。

 

「ま、気にする必要はないわ。皆死んでしまったけど大事な事は忘れないし変わりはしないわ。だからほら、そんな感じに悲しい顔をしないでよ。死んだ連中てのは厄介で悲しんだ顔をしていると叱りにやって来るらしいわよ?」

 

 そう冗談めかすと、

 

「そう、ですね。うん、解りました」

 

 キャロがそう言って気持ちを切り替えてきてくれる。ちょっとおかしな部分はあるのだろうけど、やっぱり基本的にはいい子なんだろうと判断する。まあ、エリオもキャロも大事なチームメイトだ。これからも仲良くできればなぁ、と思う。ホットミルクをもう少し多く口へと運びながら今日の出来事を振り返る。

 

 何年も前に起きた時空管理局本局襲撃事件。あの事件の顛末を、そして大体を把握している。それはゲンヤが教えてくれたからだ。そしてスバルの正体を、マテリアルズの正体を知っている。どんな研究が行われていたのかを知っている。だから、彼女の、相手の言葉が何であるかを大体、察せる。

 

 もし、もしそれが真実だとしたら―――今度は自分の番、なのだろう。

 

 

                           ◆

 

 

「―――さて、どうするの?」

 

「具体的な案はヘリの中でもう既に固めてるで。まず第一にウチの情報がどこから漏れているか調べる為にヴェロッサを”陸の手回し”っつー事にしてアラ探しをさせるで。まぁ、これも確認や。スタッフに関しては一人一人自分でチェックしたからありえない、って断言したいんやけどそうも言っておれん状況やしな。そんなわけで今日から数日はちぃとゴタゴタすっで」

 

「気にしなくていいよ。スパイがいるのならこれ以上情報が漏れる前にどうにかしなきゃいけないんだし。実際に思考調査の使えるヴェロッサはこういう捜査にはうってつけの人物なんじゃないかな?」

 

「身内だから怖いんよ」

 

 そう言ってはやてが苦笑する姿を見る。機動六課隊舎会議室、手元の珈琲に一度も手を付ける事無く会話は続いている。この場にいるのは自分を含めたフォワード陣の隊長、そしてはやてとツヴァイだけだ。他に関しては後で情報を共有すればいい。

 

 ともあれ、レイジングハートにホロウィンドウを出現させ、その中にはやての発言を書きこんだり纏めたりして、状況の整理を行う。昔は苦手だった書類作業もコツを教えて貰ったりで大分慣れたものだと思う。自分の教え子たちも近いうちに書類仕事の仕方を教えなきゃいけないなぁ、と教える項目を脳内で増やしながら作業を進める。

 

「なのはちゃん?」

 

 はやてが此方へと話しを振ってくる。そしてその意味が何であるのかを自分は理解している。

 

「ん、シュテルの事かな?」

 

「せや」

 

 はやての肯定を得たので口にする。

 

「リミッターなしで互角、って言ったら自惚れているのかな」

 

 シュテルと今の己が同格かどうかは、正直判断し辛い。なにせリミッターによる制限はかなり大きい。基本的な能力や魔法の出力まで、多くの部分で制限が出てきてしまう。それが解除された自分のフルスペックの状態でどこまで行けるかを想定して考えるとシュテルと同格……であればいいと思う。少なくともあのユニゾン前の状態であればまだ届くような気がする。だが相手も十分隠し玉を持っているだろうし、それに恐ろしいのは、

 

「シュテル一人じゃないって事が一番怖いかな。彼女は昔私に”チームとしての活動を想定した兵器”って自称してたしまず間違いなく彼女が生きているなら―――」

 

「―――他もそうって事やな。かぁ、調べ物が増えるでこれは。戦闘機人にマテリアルズ、そして―――ジェイル・スカリエッティやな」

 

 もはやこの男が黒幕である事に間違いはない。というか数年前に殺した、という発言を元先輩から聞いていたのだが違っていたのだろうか? それとも―――今回の件を考えるにあの頃から偽っていた? 繋がっていた? 疑問は多く残るが、こんな面倒で愉快でゲスい手段を取るのはまず間違いなくあの男しかいないというのがはやてとの間の共通見解だ。それにその確証はガジェットの残骸から入手した証拠から得られている。

 

 ジェイル・スカリエッティ、と丁寧にガジェットに地球語で書かれていた。

 

 挑発プレイのしすぎではないか、とは思うが昔戦った時も大体そんなスタイルの相手だったなぁ、とあの頃の悪夢を思い出す。あの喪失を強いるやり方は何時思い出しても腹が立つ。今でもその思いは変わらない。無茶はいい。無理もいい。無謀も、まあ、偶にはいい。だがそれは喪失をなくすための手段だ。断じて喪失を強要するためではない。

 

「正直な話戦力が足りないって感じだね。もうちょい外部の戦力をどうにかしてアテにしてほしいってのが相対した者としての意見、過去に戦った個人としての意見、そして教え子を守りたい教官としての意見だね」

 

「戦力の強化に関してはある程度見通し出来ているで。そこらへんは安心して欲しいわ」

 

 ただ、と、そう言ってはやては笑みを浮かべる。どこかで見たことのある挑発的な笑みだが、それをはやては敵へと向けているような気がする。

 

「―――宣戦布告受け取ったで? うちの新人良くもボコってくれたなあの連中。泣かすだけじゃ許さへんで」

 

 その発言を聞いてまたはやてらしいなあ、と思いつつ自分も少し、新人の教育メニューに修正を加えるべきだろうと判断し、再び会議の様子をメモる作業へと戻る。

 

 まだ最初の出動なのだ。だからやる事、修正すべき事は多くある。

 

 だが、さて、

 

 ―――シュテルは私達と久しぶりに会って、一体どんな気持ちなのだろうか。




 そしてSts1章目完了。つまり次回から1章の間は逆側という事でして。


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Chapter 7 ―Bad Boys Bad Girls―
アナザー・サイド


 良くやるものだと思う。

 

 追跡を撒く為に十数を超える回数異世界への転移を繰り返してから再びミッドチルダへと戻ってくる。スカリエッティが所有するアジトは管理局の目鼻先、つまりクラナガンから見て東、ミッドチルダ東部の森林の中に存在する。これだけ管理局に近くてアジトが管理局側に発見されないのはスカリエッティが陸・海・そして空の三部隊の管理局のトップに守られているからだ。スカリエッティの関連情報が流出しない様に認識され、なおかつこの森林地帯は普通の人間が入ってこれない様に自然保護区となっている。故に調査の為の許可をもぎ取る事さえ難しい状況になっている。それに自然の多い場所にはリンカーコア保有の魔法生物も存在するため、魔法を少し使ったところで魔法生物が使用したとカモフラージュができる。隠れ家としては非常に優秀な所だ。

 

 森林地帯の一角、洞窟に偽装されている入り口を他の二人と一切会話をすることなく入り、そのまま奥へと進んで行く。暗い洞窟の中を明かりもつける事無くしばらく進んでいると、急に空間が切り替わって明るくなってくる。そうして見えてくるのは自分が立つ壁と床、そして奥のエレベーターだ。迷う事も止まる事もなくエレベーターに乗り、そして研究区が存在しているフロアへと向かうボタンを押す。音も振動もなくエレベーターが動きだし、上部の倉庫エリアを抜けてその下に存在する研究区へと到着する。

 

 エレベーターの扉が開くと、そこから降りる。ここまで来るとようやくアジトへと戻ってきた、という感じはする。報告をさっさと済ませるためにも研究区、その奥のスカリエッティがいるであろうモニタールームへと三人で向かう。別段とチンクともノーヴェとも仲が悪いだけではない。ただこの二人とは必要以上に会話する必要性を感じない。だからやはり無言のままモニタールームへと到着すると、そこは爆音と光で溢れていた。

 

 壁には壁全体を覆うようなモニターが、床にはお菓子が散乱し、そして灰皿の上には潰されたタバコが捨てられていた。他にもジュースやら飲み物が放置されており、モニターの前には数人が集まっていた。

 

 そうやって注目されているモニターに映っているのは二人の魔導師の姿だった―――ただしCGで。ワイヤレスのコントローラを集団の中心人物、紫色の髪の男が握りながらモニターの中の存在を操作している。

 

 つまりコイツ、スカリエッティは今はゲームをして遊んでいる。

 

 横にホロウィンドウを浮かべ、その向こう側の人物と連携を取っているように見える。

 

「あ、ゲージ! ゲージ空になった!」

 

『秒間20連打でゲージ溜め! どう? いける? いける!?』

 

「来た! ゲージキタァ―――!!」

 

「ドクターそこ! そこッスよ!」

 

 良く見るとスクリーンの中に映っている二人の魔導師の内一人はなのはだ。そしてもう一人は……昔、難事件を解決した魔導師だったはずだ。そしてその視線の先にいるのはスカリエッティの人相を更に極悪化させたようなキャラクターだった。何やらなのはが一気にゲージ吸い上げて砲撃をスカリエッティへと叩き込んでいる。そしてその光景を周りの娘達は興奮した様子で見ている。それに対して任務から帰ってきた我々三人は心底呆れているとしか言いようがなかった。

 

 軽く溜息を吐いて存在感をアピールしても、相手は全く気がつかない。それどころか白衣姿のスカリエッティは大分テンションあがって来たのか、立ち上がると白衣を脱ぎ、投げ捨て、そして近くのジュースのボトルを掴むとそれをラッパ飲みする。

 

「あと少し! あと少しで私撃破!」

 

「頑張ってスカリエッティをぶっ殺せ!」

 

「DLCで僕追加されてない!?」

 

 声でやっと我が家の馬鹿担当が混じっているのに気が付いた。こいつ、お菓子とジュースに絶対つられて参加しているな、と気づいたところで後ろへと向き直り、チンクとノーヴェと視線を合わせる。チンクも自分もノーヴェも少なからずダメージは存在している。それもそうだ、危険な任務から帰ってきたのだ、帰ってきて労われる事をある程度予想しているのだ。なのに任務から帰ってきたらオンラインゲームで協力プレイ中のスカリエッティがゲームの中の自分をリンチしていた。

 

 よし、うん、と頷く。チンクもノーヴェも何をするか察したのか一歩後ろへと下がる。

 

「3……2……」

 

 レヴィがこっちを察知して逃げ出すのと同時に周りにいたナンバーズを回収する様に水色の髪の”ナンバーズ”、セインがその特殊能力で他のナンバーズを掴んで床の中へと潜る。ゲームに夢中のスカリエッティはそれに全く気付かない。だからゆっくりとルシフェリオンを構える。カチャ、と音を鳴らしてルシフェリオンが変形し、その音に気付いたのかスカリエッティがゲームの画面から此方へと振り返る。

 

「あ、おかえり」

 

「ただいま戻りました」

 

 迷うことなく非殺傷設定で可能な限り手加減したブラストファイアーを目の前の男に叩き込む。

 

 

                           ◆

 

 

「―――あぁ、お疲れ様。良く頑張ったね。期待通りの働きだよ、やはり君たちに任せてよかった」

 

 そう言って少しだけ服を焦げさせているスカリエッティが楽しそうな表情で言ってくれるが、ギャグにしか見えない。火力調整を誤ったのかと思うが、この程度では懲りない男である事を自分は把握している。何気に魔力もたくさん保有しているし、その気になれば防御できたのだろうから問題はなかったと判断する。だからバリアジャケットも武装も解除して普段着へと姿を戻した状態で、腕を組む。自分の意志を察してか、ホロウィンドウが自分の代わりに声を放つ。

 

『―――で、駄目なのか?』

 

「駄目だねぇ」

 

『死ねばいいのに』

 

「酷いなぁ、私程善意に満ちた犯罪者も少ないと思うよ? 何せ本来は不可能な事をささやかな対価と引き換えにやってあげているのだから。まあ、私から言わせれば奇跡なんて所詮その程度だ、というだけの話なんだがね」

 

 モニタールームに存在するのは己と、チンクと、ノーヴェ、そしてスカリエッティとホロウィンドウだけだ。他の者は蜘蛛の子を散らす様に逃げてしまった。だから前よりも大分静かになった部屋で、スカリエッティを睨む。その視線をスカリエッティはおどける様に怖がりながら、口を開く。

 

「私と君たちの契約はシンプルだ。寿命を延長して欲しかったらレリックを持ってきたまえ。適合するレリックであれば延命処置を行おう。その代わりに”マテリアルズ”は傭兵として私が利用する。君も君のデバイスも覇王だって自由に動き回れる。契約としては抜け道も多くて双方満足する内容じゃないのか? コツコツ仕事したって君たちがレリックを見つけてこなければ私は何もしない―――そういう契約内容だ」

 

 それがこの四年間の契約内容。スカリエッティの傭兵として自分たちが活動する代わりに、イストを初めとする残った人員は自由にレリック探索に動き回る。そのサポートもスカリエッティはやってくれる、何故なら我々に適合しなかったレリックを買い取ってくれるからだ。もちろん金銭でのやり取りではなく”権利”や”行動”をレリックと引き換えにしているのだ。この二年間で自分、レヴィ、そしてディアーチェの延命処置は完了した。―――だがユーリだけは完了していない。この二年間彼女を救うために適合するレリックだけが見つからない。体内にロストロギアが存在する為により繊細なチョイスだとこの男は言っているが、真実はきっと―――。

 

『知ってるよ』

 

 そう言って答えるホロウィンドウには一人の男の姿が映し出されている。長く伸びた赤毛を首の後ろ辺りで纏め、顔に傷を残す男の姿だ。何故だかわからないが上半身裸だ。という事は半裸で先ほどまでゲーム遊んでいたのかあの男。スカリエッティに対してどうしようもないやつだな、何て言葉が聞こえてきそうな視線を送るがそれは貴様だ。

 

 そして、ホロウィンドウが此方へと向けられる。

 

『まあ、こっちはこっちでお嬢ちゃんとおっさんと次元世界渡り歩いてレリック探し回ってるから』

 

「王と馬鹿の面倒はお任せください。あと髭剃りサボっていますね? ちょっと伸びているので面倒になる前にしっかりと剃っておいてください。そこらへん彼女たち大分甘いので見逃してしまうので気を付けてください。あぁ、あと熱いからって理由で簡単に上を脱がないでください。いいですか? 貴方は一家の長なんですから―――」

 

『スカ君、後は任せた』

 

「あ、待ちたまえ」

 

 そういう間にもホロウィンドウはその表示を”通信拒否”という状態へと変化させている。それを眺めた後、スカリエッティが此方へと視線を向けてくる。そして気まずそうに視線を漂わせてから、横のチンクとノーヴェへと視線を受ける。

 

「おかえり、良く頑張ったね!」

 

「ドクター、話を振るのが遅いです」

 

 そしてバッサリと切られる。ノーヴェもチンクもどちらかと言えば武人肌で気の長い方だが、流石に自分のトップが任務中にゲームやっている姿を見てしまうと少し、というか結構イラっと来る。これで相手のトップは直接前線指揮をしてくるという光景を見ているのだから余計に苛立ちはあるだろう。気のせいか若干青筋が浮かんでいる様にさえ見える。

 

「では」

 

 まあ、此処からは自分には関係の無い事だ。次の任務があるまでは待機だろうから部屋から出ることにする。撤退時に分かれて向こう側へと向かったアギトはちゃんと合流できたのかなぁ、と軽く考えながらもモニター室に背を向けて部屋から出る。

 

 モニター室から出ると見慣れた面子が揃っていた。水色の髪の少女がセイン、そのまた横にいる水色がレヴィ―――この二人は水色繋がりとアホな事から割と仲がいい。その横にいる特徴的な語尾のがウェンディで、ナンバーズの中でも割とノリがいい方だ。というかこの二人がナンバーズの中では圧倒的にノリがよすぎるのだ。騒動の中心には毎回混じっている気がするが、まぁいい。

 

「ドクターどうなってるんか解るッス?」

 

「たぶん折檻されているんじゃないでしょうか」

 

「うわぁ、悲惨」

 

 等と言いつつもその表情には憐れむ様子は全くないどころか笑顔が浮かんでいる。いい感じに楽しんでいるなぁ、と思っていると、レヴィが近づいてくる。この四年間で彼女も自分と同様、色々と大きく育ったなぁ、と思う。基本的に髪型はロングのポニーテール、普段着は何時も通り動きやすい水色のシャツとホットパンツで、自分よりも遥かに大きい胸が少しだけ、羨ましい。そこらへんで差別してくる人ではないと解っているのであんまりというか全く気にしないが。

 

「ところでシュテるん無事?」

 

「一撃貰いましたがユニゾン中でしたからね、問題ではなかったですね」

 

「シュテるんがそう言うなら全く問題なかったんだろうね。良かった良かった」

 

 そう言って笑いながら背中をたたいてくるレヴィは姿は成長しても全く中身は変わらないものだと思う。まあ、この数年で変化したのは関係と、外見ぐらいで、中身に変化は一切ない。それだけ自分たちが確固たるもので出来上がっているのだ。だからどこに所属しようが結局変わる事なんてなく、何時も通り続く。

 

『おーい、貴様ら菓子を焼いてやったから早く来ないとなくなるぞ』

 

 ディアーチェの声が研究区に響き、そしてモニター室を盗み見ようとしていたウェンディとセインの姿が止まる。そして声がした瞬間には既にレヴィの姿は水色の線となって消えていた。そしてその次の瞬間にはウェンディを置いて一人だけ床を抜けて下へセインが床抜けをするのだからこいつらも結構芸風決まっている感じだなぁ、と思う。まあ、ディアーチェの事だ。どうせ遅れた人用にキープぐらいはしてくれているだろう。無駄に急ぐ必要もない。

 

 それよりも、と、

 

 研究区の奥を目指す。

 

 ナンバーズの生まれ場所であり、そしてスカリエッティの狂気が渦巻く場所。その奥へと歩きなれた通路を進み、そして到達する。いくつもの調整槽の中に、稼働しているのが二つだけ存在する。液体で満たされている二つの中には裸の女性が浮かんでいるのが見える。片方には紫色の髪の女性が浮かび、もう片方には金髪の女の姿が浮かんでいる。ここ最近はこの中に浮かんでいる時間も増えてきたな、と思う。ま、それも仕方のない事なのだろう。

 

「ただいま、ユーリ」

 

 意識は落ちているので返答はない。唯一延命処置を受けられないユーリだけは寿命が近づいている。メンテナンスもなしに数年間活動していたツケが回ってきているようで、最近はここにはいって誤魔化す回数が増えてきている。どうにかして適合するレリックを見つけなくては、と思う。だがスカリエッティも馬鹿じゃない。これは―――人質なのだろう。

 

「ダーリンの活躍に期待するしかありませんね……」

 

 溜息を吐き、ユーリが浮かぶ調整槽をしばらく、眺め続ける。

 

 思い通りにいかないのは―――実にもどかしいものだ。




 若干説明臭くなってるかも。

 貴様らは徹底的な鬱を期待してたのだろう。

 だがそこにいるのは半裸ゲーマーと白衣ゲーマーだ。遊んでるのはたぶん協力プレイできる無双ゲーっぽいの。管理局というか次元世界版。


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セット・バイ

 閃光となって二色の青が広い空間を駆ける。正面から接触する二つの青はそれぞれに色の濃さが違っている。片方は全身を覆うような濃い青の色、もう片方は発光する、魔力の明るい青―――水色だ。それが正面から衝突した次の瞬間には既に跳ねるように進路を変更していた。だがその動きが圧倒的に速いのは水色の方、即ちレヴィの存在だ。衝突から変更、次のモーションまでの入りが完璧と言える領域で出来上がっている。無駄がない動きで即座に相手の背後へと回り込む。両手で握るデスサイスの形態のバルフィニカスを死神の鎌の振り上げ、首を刈り取る様な動きでレヴィがそれを振るう。

 

 次の瞬間二刀を握った相手が、ディードの姿が瞬間的に加速する。

 

「ッ」

 

 短い、吐息を漏らすような声が木霊するのと同時に床が光速のステップを踏んだ事から火花を散らすのが見える。どれだけ強く踏み込み、そして加速したのかがその現象から窺える。そうしてディードの姿がバルフィニカスの射程の外へと逃れる。赤い刀身の二刀、武装のツインブレイズをレヴィへと叩きつける為に動きを作る。レヴィの左側面へと、レヴィがバルフィニカスを振り上げた側へと抜ける事で僅かにでもレヴィがバルフィニカスを狙う時間を稼ぎつつの攻撃だ。判断を考慮するのであれば間違いなく最善の行動として認める事が出来る。

 

 だが、

 

「よっ」

 

 レヴィはバルフィニカスを両手で振り上げたまま、体をディードへと押し付けてきた。武装が役割を果たせる事の出来るキルゾーンの内側へ。だがそこでレヴィの動きは終わることなく、そのまま体を押し付けてから、後ろ向きにステップを取る様に攻撃の為に振るモーションの最中の腕を踏む。そのままディードの攻撃モーションと合わせて逆向きに歩く様に腕を、肩を渡って行き、そうやってディードの背後に再び回り込む。そして、

 

「はい、僕の勝ちー」

 

 バルフィニカスをディードの首に押し当て、彼女の敗北を伝える。ツインブレイズを振り抜いた形で構えるディードはその動きで体を停止すると、ゆっくりとした動きでツインブレイズのエネルギー状の刀身を収納し、

 

「……参りました」

 

 両手を上げる事で敗北を認めた。レヴィがバルフィニカスをディードの首から外し、その体を解放する。勝利できたことがうれしいのか、レヴィはバルフィニカスを片手でクルクルとバトンの様に回すとそれを空中へと投げて、掴み、そしてポーズを決める。その姿を見ているとレヴィが本当に”変わる気のない”人物である事が解る。レヴィのそこらへんの変わらなさが他人にとっての付き合いやすさ、なのでもあるのだろう。ともあれ、ディードの敗北で教育は終わった。自分の分の本日の教育は完了させているのでルシフェリオンを特にする事なく弄ったりして時間を潰していたが、

 

「相変わらずクローズコンバットにおいては鬼の様ですね、レヴィは」

 

「―――身内からもそういう評価か」

 

 そう言って此方の言葉に反応するのは濃い紫色の髪のショートヘアーの女性、トーレだ。ナンバーズの戦闘班の実質的リーダーでナンバーズ最強の人物。この時間は確かセッテの教育を彼女が担当していたはずだが、此処にいるという事はもう終わっているという事だろう。まあ、それよりも返事しなければ礼儀に欠くだろう。

 

「実質マテリアルズの中で近接最強はレヴィでしょうからね。個人的には一番相手をしたくないタイプです」

 

 自分とレヴィが争った場合、圧倒的に相性が悪い。レヴィでは此方の攻撃を回避するだろうし、懐に入り込まれたら逃れる手段がない。逆に言うと広域を攻撃できるディアーチェとレヴィが相性が悪く、そして一点突破で広域魔法を貫通し、ある程度なら耐える事が出来るディアーチェは自分に対して相性が悪い。マテリアルズのこの三人組は完全に相性で出来上がっている。もしオリジナルと戦うことがあるのであればこの相性を考慮して戦うのがベストだ。

 

 激しくどうでもいい事だがユーリだけは別格で相性とかそういう次元には存在しない。

 

「ういーっす、お疲れ様ー。やっぱ僕最強」

 

「王に勝てる様になってから言いましょう」

 

「わ、ワンチャンあるし」

 

 レヴィがそうやって声を軽く震わせながら答えていると、装備や体のチェックを終わらせたディードが此方へとやってくる。此方とトーレに対して頭を下げてくるのは此方が己よりも上の立場からだと思っているのだろうか、もしくは純粋に生真面目な性格だろうからか。自分が参入してから目覚めた”後発組”の少女達にとってはあまり、外様である自分たちの立ち位置は関係ないのかもしれない。

 

「すみませんレヴィ」

 

 ディードがレヴィへと話しかけてくる。本来はレヴィの事を他のナンバーズや自分の様に丁寧語で”お姉さま”等と呼んでいたのだが、双子のオットーや堅苦しいのを嫌うウェンディ同様、そう呼ぶ事をやめさせている。それでもまだ言葉が丁寧なのは教育者に対する礼儀なのだろう。キチガイが生んだにしてはいい性格をしているものだと思う。

 

「―――戦闘中に見せたあれは一体何なのですか? データには存在しない動き、感覚でしたが」

 

 ディードが言っているのはおそらくレヴィが後ろ向きにディードの体を登った動きの事だろう。確かに初見であればあの動きも意味不明な曲芸にしか見えないだろうが、アレも立派な技術だ。というより近接戦を仕掛けるのであれば一定以上のレベルには必須とされる類の技術だ。

 

「あれ? 動きを見切ってそれに沿って動いただけだよ」

 

 その言葉にディードが首をかしげる。故に、補足する様にトーレが言葉を繋げる。流石にレヴィの説明では言葉が足りなさすぎるのだ。

 

「正確に言えば見切りという技能はただ単純にデータを読み取ってそれに対応する動きではない。相手の動きを見た上でそれに反応し、回避しつつ次の動きと混ぜる一連の動作全体の事を言う。こればかりは努力などではどうにもならずセンスの問題だ。できる様になれば確実に”怪物”と言える領域に入る様なものだからお前も目指せ」

 

「はいトーレ姉さま」

 

「ちなみに六課の隊長陣とやり合うのであれば近接であれば”最低限”の技能ですね。フェイト・T・ハラオウン辺りは確実に呼吸と同時にできる技能でしょうに。少なくともISツインブレイズを”動きを止めたまま使い続ける”事が出来なきゃ同じ領域には立てませんよ―――あ、ちなみに私もディアーチェも完全にはできません、ジャンルが違うので」

 

「ふ……つまり僕が最強なのである」

 

 そう言ってレヴィがピースサインをディードに向ける。ディードが感心したような、困惑したような表情を浮かべる。まあ、お世辞にもレヴィが優秀な師であるとは言えない。何せレヴィはどちらかというと直感的な部分が多い。とりあえず今はここにいないグラップラー二人もレヴィと同じレベルで出来たなぁ、と思うと此方の戦力としては申し分ないのだろう。

 

「まあ、お前はしばらく戦闘の事は気にせずひたすら強くなる事だけを気にしていろ。ディード、オットー、セッテ、後発組の出番は最低でも夏からになる。それまでの数か月間は最終調整を合わせてゆっくりと腕を磨け……いいな?」

 

「はい」

 

 そう言ってディードが頷くのを見て、トーレがちゃんと姉としての役割をしているなぁ、と思い、今日はこれまでだろうと判断する。

 

 

                           ◆

 

 

 スカリエッティのアジトの生活区は研究区の一個下のフロアに設置されている。研究区と生産区の下に設置されているこのフロアは意外と充実されており、寝泊りする部屋の他にも浴場やら遊戯室、結構な規模で設備を保有している。スカリエッティ曰く”金はある”ので趣味につぎ込むのは常識らしい。そんなわけでディアーチェの奮闘もあってキッチンもそれなりの規模がある。

 

 最下層の訓練用のフロアから生活区へとエレベーターを使って上がってくると、エレベーターの前に管理局の制服姿の女があった。その横にはナンバーズの最年長、ウーノの姿もあり、エレベーターが開くのと同時にアラ、と声を零してくる。

 

「本日分終了って所かしら」

 

「あぁ」

 

「こんにちわドゥーエ姉さま、ウーノ姉さま」

 

「そのぼろぼろの姿を見る感じしっかりと頑張っているようね」

 

 軽く言葉を交わして自分とレヴィが彼女たちと位置を交換する。トーレとディードはそのままエレベーターに、行く場所は彼女用の調整槽だろう。まあ、そこらへんの知識に関しては一応覚えてあるし、把握もしている―――でなければユーリに対して何かがあった場合、把握する事が出来ない。ブレイン役はいつだって苦労を強いられる。だから、迷うことなく生活区の共同エリアのキッチンへと向かい、扉を開けるのと同時に宣言する。

 

「糖分を所望します」

 

「お菓子を寄越せ。全部だ。全部だ!!」

 

「貴様ら元気だな」

 

「ちーっす」

 

「ういーっす」

 

「どうもー」

 

 リビングに当たる部分ではテーブルにぐったりと倒れるセインの姿、ぼりぼりとチップスを食べながら携帯ゲーム機で遊ぶウェンディと性別不明を売りとしている、若干ボーイッシュな後発組、オットーと、そしてキッチンに何時も通りディアーチェの姿があった。ディアーチェも体が成長してきたせいで無駄にエプロンが似合う姿になってしまって……一度間違ってお母さんと呼ばれたときはなんだかうれしそうにしていた記憶がある。

 

 レヴィが即座にゲームを遊んでいるウェンディとオットーに合流している間にキッチンへと向かうと、既に両手に皿を持ったディアーチェの姿がある。皿の上に乗っているのはショートケーキに見える。

 

「ドゥーエが帰りに買って来たものだ。しっかりと味わって食うんだぞ」

 

「後で見かけたら感謝ですね」

 

 まあ、おそらくドゥーエは職場に戻ってしまったので感謝するのは今度アジトへと戻ってきたときか、ホロウィンドウで連絡を取る時あたりだろう。レヴィの分も受け取って、テーブルの方へと戻るとそれをレヴィの前に置く。何時の間に部屋まで戻ったのかは解らないが、レヴィがナンバーズの二人に混じって携帯ゲーム機で遊び始めている。もちろんヘッドホンなんて使ったりはしないので音楽がゲーム機から流れっぱなしなのだが、妙に広くて静かなこの研究所にはちょうどいいぐらいの騒がしさだ。

 

 ともあれ、適当に座って、ケーキを食べながらぐったり、とするセインの姿を見る。

 

「また任務ですか?」

 

「地中移動でセンサー類に引っかからないからって酷使し過ぎだよあの人達……」

 

 セインの言葉で一体何の事を離しているのか大体察する事が出来た。セインの保有能力、ディープダイバーは確か物質を透過して移動する事が出来る能力だ。それはつまりほぼ誰かに見つかることなく、センサーに引っかかる事もなく移動する事が出来るという貴重な技能に他ならない。故にセインには隠密の心得と技術が徹底的に教え込まれ、探索任務などでは存在が重宝されている。だから、このぐたりとする感じは理解できている。

 

「お疲れ様です」

 

「そう思うなら―――」

 

「殺しますよ」

 

「ケーキ一つにガチすぎないかなぁ!」

 

 セインがそう言うと、此処へ通じる扉が開く。反射的に其方へと視線を向けると、そこにはスカリエッティの姿があった。

 

「ちーっす! 私だよ―――」

 

「―――ではさようなら」

 

 次の瞬間背後に現れたウーノがスカリエッティの首根っこを掴んでそのままどこかへと去って行った。あぁ、何時もの事か、と興味をなくしてケーキの攻略へと戻る。食べていると思う、このシンプルながら上品な感じ、流石社会人として働いているドゥーエ、チョイスが中々に素晴らしい。が、やはり身内に甘いというか、慣れてしまったというか、ディアーチェの作る菓子類の方が個人的には好みだなぁ、と思う。そっちの方が市販の物よりも色々と凝っているし、食べ慣れている味だ。

 

「まあ、一応お疲れ様と言っておきましょうか。管理局……いえ、機動六課との対立が更に激しいものとなれば今以上に仕事が増えるでしょうし、今からぐったりしていると死にますよ」

 

「私あんまり戦うの好きじゃないんだけどなぁ。痛いし、汚れるし、面倒だし。家でごろごろしながらゲーム遊びたい」

 

 そう言うとウェンディが無言でセインへと視線を向け、そして無言で片手を動かしておいで、おいで、と手招きしてくる。その光景をセインはゴクリと、音を立てて飲み込み、

 

「遊ばなきゃいけないという使命感……!」

 

「元気そうですね」

 

 四人でゲームを遊ぶ光景を見てこっちは一部を抜けば割と平和だなぁ、と認識を抱きつつ気になるのは―――愛しい彼の事だ。おそらく今頃、

 

「遺跡でしょうかね……」

 

 まだ未発掘のレリックの探索でも行っているのではないか、とでも予想をつけてみる。




 管理局側と比べてこの平和さである。


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ワイルド・イン・ワイルド

 闇の中で道を照らすのは手元のランタンだけだ。

 

 埃臭い廊下を二人で歩きながら進んで行く。通路はそこまで広くはなく、大人が三人横に並んで歩けば簡単に塞がり、手を伸ばせば天井に届きそうになるぐらいには天井も低い。その中でガタイのいい男が二人で並んで歩くのはそこまで楽しくはない。むしろ窮屈な感じだ。だがこの感じも何度も繰り返していれば慣れてしまって思う程嫌でもないと思える様になってくる。

 

 ランタンから漏れる電気の光が足元と先の闇を照らしてくれる。それによってしばらく進んだ先に行き止まりがあるのが見えている。だからと言って止まる事は出来ない。音を反響させない様に、埃を吸い込まない様に、呼吸は小さく、そして常に足音を殺しながら通路の一番奥へとやってくる。そこでランタンを一旦床へと置き、崩落して封鎖されている部分に触れる前に横の壁に分かれて触れて行く。とんとん、と軽く音を立てながらその音の反響を確認する。ぼろ、と叩いたところが崩れるのを確認して、あんまり耐久度が高くない事を察する。振り返り、逆側を見れば茶髪、壮年の男がいる。彼はこちらへと視線を向けて頭を横へ振り、此方と同じ状況である事を知らせる。此方の結果を知らせる為に人差し指で軽く壁をひっかき、ぼろぼろと崩れるその惨状をしめす。

 

 それから、崩落の方へと視線を向ける。此方も軽く触れただけでぼろぼろと崩れそうな姿を見せてくれる。正直な話、あまり長くいてはいけないような場所だ。あまり強く刺激してしまえば確実に崩れるだろう。だからと、代わりにナイフを取り出し床に突き刺す。体を床に倒して耳をナイフに当てる。これで近くに何か振動の元となる音があれば、近くに何かがいる、もしくはあると把握できるが―――全く何も聞こえない。つまり完全な外れルートとなる。

 

 ナイフを抜いてベルトの後ろ側のホルダーに入れて立ち上がる。軽く体についた埃を振り払い、ハンドサインで外れである事を伝える。その意味を読み取った相手が―――ゼストがハンドサインで了承を伝えてくる。また駄目だったか、と軽く溜息を吐きながら下に置いてあるランタンを再び手に取り、歩いてきた道を引き返す。

 

 

                           ◆

 

 

 そうして、ゼストと共に遺跡の外へと戻ってこれたのは埃っぽい通路を歩く事一時間後の話だ。漸く開けた空間……とはいえ森の中だがそれは、狭苦しい遺跡の通路と比べれば数百倍解放感に満ちている場所だ。体を大きく伸ばし、バリアジャケットを揺らす。魔力で編んでいるバリアジャケットだが、物質化させた後では魔力を抜いてただの服にする、何て技術も最近では発見されているから便利だと思う。まぁ、それも魔力を持っている人間向けの贅沢だ。自分は……贅沢できる部類に入るだろう。

 

 空は既に日が落ちて暗くなっている。遺跡内で時間は確認していたが、もうこんな時間なのか、と少しだけ時の流れの速さを感じる。

 

「結局ここもダメか」

 

「気にする必要はあるまい」

 

「ま、複数ある入り口のうちの一つだからなぁ。元々外れが多いのは解っている事だし……」

 

「と、言う割には不満そうだなイスト」

 

「面倒は嫌いだからな。……魔法生物を刺激しないために魔法は使えない、魔力は押さえなきゃいけない、崩落の危険性を考慮して音を立てない様に慎重に進んで一時間、その結果結局は脆くて先に進めない外れ通路だってことが発覚。最近のRPGだって崩れた通路ぐらい吹き飛ばして進める様にするぞ」

 

「人生はゲーム程楽にはならんという事だ」

 

「そりゃまた真理で」

 

 苦笑しながら互いに狭い通路から出られた喜びを十分に感じ取ったので、空へと浮かび上がる。遺跡の中であれば問題だが、外へと出たのであれば問題ない。ある程度飛行魔法で高度を取れば地上で幾ら魔法生物が荒れ狂おうとも関係なく移動ができる。一番は転移魔法を使う事だが、あれは使用する魔力が多すぎて無駄に刺激しかねない。だから管理外世界での活動は相変わらず面倒な事ばかりだ、と思う。それを差し引いても今はかなりいい生活をしているのだと自覚しているが。

 

 空へと浮かび上がると他の面子を待機させている場所へと向かって高度を確保してから移動を開始する。雲を超えて、夜空を背におっさんが二人空を飛ぶと言う中々ファンタジーぶち壊しな光景を生み出しながら、素早く飛行で移動し数分ほど、目的地へと到着するので高度を下げてゆく。管理外の無人世界であるはずのに、開けた高台には炎の色が見える。近くにはキャンプテントも存在し、炎を囲む数人の姿が見える。そのうちの一人、小さな姿が此方に気づき、手を振りながら声を張る。

 

「旦那―――! 兄貴―――!」

 

 アギトの声だ。ゼストと二人で遺跡の調査に乗り出している間にどうやら合流してきたようだ。ゼスト共に他の皆がいるキャンプ地へと着地する。真っ先にアギトがゼストへと駆け寄る辺り、アギトのオヤジ趣味が良く見えている。まあ、どうでもいい話だ。紫、長髪の少女が立ちあがろうとするが、首を横に振ると、そのままキャンプファイアの近くへと座り込む。

 

「ルールーはもうちょっと元気よくなろうよ!」

 

「めんど……くさい」

 

 そう言って本当にめんどくさそうに少女が、ルーテシアが炎の上の鍋を見ている。その横で、緑髪の彼女が、イングが子供をしかる母の様な声でルーテシアに声を飛ばす。

 

「駄目ですよ。ゼストも、イストもどちらもお互いの目的のために尽力しているんですから。彼らの苦労は労うべきであり、邪険にするべきではありません。そうやって何事も邪険にする人間は結局の所何者にも馴染めず―――」

 

 無言でイングの説教から逃れようとルーテシアが耳を手へと持って行こうとするが、それが中空で止められる。ルーテシアがハッとした様子で腕を見ると、その手首にはバインドが施されており、それ以上は動かない様になっていた。しかも丁寧な事に逃げられない様に足首にまでバインドがかかっており、イングの折檻から逃れられない仕様になっていた。なお、その犯人は、

 

「ちょ」

 

「お帰りなさい。貴方の帰りを心待ちにしていた」

 

 そう言って片手でバインドを設置した銀髪のユニゾンデバイス―――ナルが近づいてくる。何やら若干物欲しそうな顔をしているが、軽く額にデコピンを叩き込んでおく。お前は数年で甘える事を覚え過ぎだ、と何故か妙な方向へと進化してしまう我が家族の事に少しだけ頭を痛くしながら、キャンプファイア近くの椅子に座る。ゼストもゼストで疲れていないというわけではないだろう、同じくキャンプ用の椅子に座って、ようやく一息を入れる事が出来る。

 

「あー、疲れた」

 

「お疲れ様。肩でも揉むか?」

 

「止めてくれよ……」

 

 そう言うと横で此方を見てクスリ、と笑うアギトの姿、笑顔を向けてくるゼストの姿がある。だからとりあえず腕の動きでナルに例のものを持ってくるように伝えると、仕事を貰えてうれしいのか、クーラーボックスへとふよふよと浮かび上がりながら向かって行く。ともあれ、本日の成果は先に報告した方がいいだろう。

 

「イング、そこまでに」

 

「いえ、最近のこの子の怠惰ぶりは目に余ります。この子の母が目を覚ました時に悲しませないためにも、今の内に矯正出来る所はさせておかないといけません。これも日ごろから貴方とゼストが二人揃って甘やかしているのが原因です」

 

「どうぞ。そちらも」

 

「かたじけない」

 

 ナルからビールの缶を貰い、それを開け、横に座っているゼストと缶を叩きあう。それから一気に苦い液体を喉へと流し込む。こうやってビールを飲むたびに段々とだがオッサンへと近づいているような気がするから嫌だと思う。まあ、歳を取るならかっこよく歳を取りたいと思って―――それでもう二四歳だ。大分歳を取ったもんだなぁ、と納得してしまう。

 

 あと数年もすれば三十路突入だなぁ、とも思うと軽く鬱になれる。まあ、幸せな家庭をなんだかんだで築いてしまっているので文句は出ないのだが。あとはユーリさえどうにかなれば辺境の世界でひっそりと暮らして人生終らせればそれでいい。それ以上は望まないささやかな生活を人は送れないのはなんでだろう―――と、考えてはいけないのだろう。この状況も、この展開も、全ては何年も前に自分がやらかした事のツケが回っているだけだ。

 

 何度繰り返そうが同じ選択肢を辿るだろうし。

 

「とりあえず今日回った所を共有するぞ」

 

「もう」

 

 活動の話となればイングも話を切り上げるしかない。少しだけ不満を示す様にぷくり、と頬を膨らませているので後が面倒だなぁ、と思いつつホロウィンドウを出現させる。それをナルに複製させ、そしてデータが共有されるようにさせると、ホロウィンドウの中に出現しているこの世界の地図に次々とバッテンをつけてゆく。

 

「今日我々で回ったのが大体六ヶ所、ここと、ここと……ここらのだな。やけに入り口が多いと思うがどうやら地下にアリの巣状に構造体が広がっているタイプの遺跡だ。ただ建築様式から把握するのに遺跡は本来古代ベルカ時代に建設されたのがのちの時代に改修を加えられて今の規模になっている……まあ、学者でもなければその理由は解らんが」

 

 そこからは此方が引き継ぐ。

 

「どうやらこいつ、途中で地下水脈とぶつかっちまっているらしく一部が侵食受けてかなり脆くなっているわ。おかげであちらこちらの通路で崩落、壊して進もうにも壊せば通路自体が落っこちそうでまあ無理だ、って状態だな。幸い全ルート調べたわけじゃないし魔力ソナーで軽く調べた感じちゃんとアタリクジは存在するっぽいし、こればかりは面倒だけど根気との勝負だな」

 

 そう言うとバインドから解放されたルーテシアが頭を横に振る。

 

「大丈夫。そこらへんの努力は惜しまない」

 

 適合するレリックで母を蘇らせようとするルーテシア。本来なら大人としてそういう事を止めなくちゃいけないのだろうけど―――今更同じような事をしている男が誰かを説教する様な資格を持ち合わせているわけでもない。そういう資格は此方側へとやってきたときに全て無くしてしまった。……誰かが、この娘を引っ張り上げてくれたらいいんだろうけどな、とは思う。

 

 が、さてさて、と声を漏らす。ホロウィンドウの中の地図、バッテンをつけた遺跡の入り口を除外して行き、そして残った二か所の遺跡の入り口に対して赤丸をつけ、まだそこが自分とゼストの調査していない入り口である事を示す。

 

「ここが俺達がまだ調べていない二か所の入り口で、此方のどちらかか両方がおそらく遺跡の深部へと繋がっているから―――」

 

「という事は二手に分かれて進むのか?」

 

 アギトの言葉にそう、と答える。ゼストがそれに頷き、

 

「今日は行き止まりまで進んで軽く調査して戻ってくるだけだった。だがこれだけで最短で二時間というペースだ。遺跡内に入り込んでしまっている魔法生物を刺激しない様に進むとなるとそれぐらいの時間はかかってしまう。故に二手に分かれて同時進行する」

 

「ま、チームをどう分けるかはまた明日決めればいいとして、とりあえず問題や質問はあるか? あと不満とか文句とか愚痴とか」

 

 ビールを飲みながら他の面子を見渡せば返答がなく、誰も異論がないと察せる。まあ、このメンバーでの活動はここ数ヶ月始まったというわけでもない。結構長く一緒に活動してレリック集めているのだからこういう会話も今更、って形なのだが。ともあれ、反論はないらしいのでビール缶の淵を軽く噛んで持ち上げると、開いた両手でパンパン、と手を叩く。それで出現していたホロウィンドウはすべて消失して軽い会議時間が終了する。再びビール缶を手に握り戻す頃には和やかな時間が戻っていた。ここら辺の切り替えも慣れたもんだなぁ、と思う。

 

「あぁ、そう言えば貴方向けにメールが来ていたので……」

 

「あ、展開頼む」

 

 と、ナルがメールが来ていた事を教えてくれるのでその展開を頼む。即座にメールシステムがホロウィンドウと共に出現する。その中に来ている既読のメールのほとんどはシュテルからのスカリエッティアジトでの活動や変化、ユーリに関する報告やレポート、日常での愚痴だ。だが今回一番上に来ているのはスカリエッティからのメールだった。

 

「すげぇ」

 

「どうした」

 

「スカリエッティからのメールの一行目が”そろそろ服が脱ぎたくなる季節、春ですね”で始まってやがる……流石の俺もこの事実に対しては戦慄を隠さずにはいられない」

 

「毎回思うが会話やメールをコークスクリューからはじめないと満足できないクセでもあるのかお前たちは」

 

「この俺がスカリエッティと一緒にされるとは」

 

「方向性が違うだけで割と似ているぞ」

 

 実に心外である。俺ほど愚かなほどに真直ぐで変わろうとしない人間もまた珍しいと思うのに。と、そんな事を思っているとイングがボウルの中に大鍋の中身を移し始める。それを合図に、皆がキャンプファイアの周りにもう少しだけ寄り始める。

 

「シチューが出来ましたのでどうぞ」

 

「感謝する」

 

「ありがとよ」

 

「ういっす」

 

「ルールーって歳を取るごとにグレてくよな……」

 

 この幼女の言葉使いに関しては本当に同意だ。母親が、メガーヌが目覚める前になんとかして五ミリぐらいは修正しておかないとポッドから出た瞬間ポッドへと逆戻りというコンボが発生しかねない。それはそれで見てみたいな、等と思いつつも、メールを表示しているホロウィンドウを消去し、イングから受け取ったボウルとスプーンを手に溜息を吐く。思い出すのは読んだばかりの内容で、

 

 ―――機動六課との衝突。

 

「やれやれ、今度は俺の番か」

 

 シチューを食べる前に軽くだけ呟いてしまう。

 

「救いがある事が幸いなのかねぇ……」




 子供の頃インディにハマってムチの練習をしたのは俺だけじゃない筈。


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チェイシング・トゥモロー

 ゆっくりと、左右から挟み込まれるように温もりを感じつつ目を覚ます。両側から柔らかく、そして暖かい存在に挟み込まれるように抱かれている。そしてそれに抱かれている事に安堵を得ている自分がいるのを感じる。ゆっくりと目を開けながらテントの布越しに差し込んでくる光を受け入れ、意識を覚醒して行く。抱きついてくる二人を抱き返そうとしても―――二の腕の半ばからは腕がない。寝る時は外しているので抱き返す事も出来ない。自由に抱き返せないのは少しだけ辛いな、などとと思いつつ、脳裏をある人物の笑顔が影として一瞬だけ、映る。

 

「ッ」

 

 その影を追い払い、自分も割と無茶しているものだと口に出さず思う。動こうとすれば横の二人が更に抱きついてくる。まるで今の自分の環境を表してるようで、どうしようもない連中だと思う。たぶん……この束縛を心地よいと思っている時点で俺も駄目だ。溜息を吐き出して、小さくつぶやく。

 

 なるようになる、と。

 

 結局の所、世の中というものは流れだ。どんなに計画しようが、どっかの誰かが起こした小さな努力が全体を覆してしまう事がある。そうやって小さな積み重ねで出来上がる世の中の流れに逆らう方法は少ない。だから、流れだ。なるべくは計画したように動くが、流れが変われば動きも変わる。故にこそ流れに沿って、なるようになる。そうとしか言えない。だけどそれとはまた別に、頑張りたいという気持ちはある。だから横の二人の意識が覚醒しつつあることに気が付きながら、最後に一言だけ漏らし、起き上がる事にする。

 

「……俺、頑張るよオリヴィエ」

 

 

                           ◆

 

 

 ホロウィンドウを通して周辺の地図を確認しつつ、別にウィンドウをチャットモードにしておく。魔力ではなく電気式のホロウィンドウだ。使用する為にはデバイスとは別に電気式の端末を所持しておく必要があるため基本的に魔力に頼る魔導師には人気がない。だがこういう魔法生物の多い世界や、魔力のない人間相手にはかなり普及しているアイテムだ―――それもまあ、電波が届く距離でしか意味がないので地下へと降りると意味を無くす。故にこれを使って連絡が取り合えるのは地上にいる間だけだ。

 

『此方の準備は完了している』

 

『此方も大丈夫です』

 

 向こう側にこれから探索を開始する事を伝え、ある程度お互いの共有情報と状況を再確認してから端末をオフにする。そして振り返る。遺跡の入り口の前にはルーテシアとナルの姿がある。この二人が此方側のチームの人員だ。探索技能持ちが己とゼストである事を考えるとチームは必然的にこういう風に組まれてしまうのが問題だ。もうちょっと探索技能を覚えてもらってもいいのではないか、等とは思うが無駄か、と諦めを作る。

 

「んじゃ潜るぞー」

 

「肩車ー」

 

「あいよ」

 

 しゃがむとルーテシアが肩に乗っかってくる。ナルが無言で此方を見てくるので片手でまあまあ、と伝え、ルーテシアが頭を掴んだところで歩きだし―――低い遺跡の天井にルーテシアのデコをぶつけて、後ろ側へとルーテシアを落とす。

 

「……痛い」

 

「そうと理解できたらしっかり両足で歩こう」

 

「おんぶ」

 

 そう言ってルーテシアは手を伸ばしてくる。どうしたもんだこれ、とナルの方へと視線を向けると、

 

「この姿は間違いなくゼストと一緒に甘やかしたツケだぞ」

 

 そりゃあだって、仕方がないだろう。俺もゼストも基本的に子供には苦労をさせたくないと思うタイプの大人だ。だったらルーテシアには苦労を強いない様に一緒に行動してきたら―――何時のん間にか化学変化を受けてこの様なダメダメ娘になってしまっていた。ホント一体どこで教育を間違えたのだろうか。メガーヌが目覚めた時にはゼストと二人揃って土下座するハメになりそうで怖い。

 

「ブレインハックするか?」

 

「おいやめろ」

 

「ドクター並のマッドな発言がでてきた」

 

 その発想はなかったなぁ、と呟きながら軽く空気が和やかになってきたところでナルが手の平サイズまで小型化するとそのまま浮かんで肩の上に乗ってくる。少し羨ましそうにするルーテシアの視線に苦笑し、ランタンを持ち上げてその中の電気を付け、自分を先頭に遺跡の中へと入る。後ろからルーテシアがちゃんと追ってきているのを確認しつつ暗い道を歩き出す。他のルートと同様かなり埃くさい。が、歩き出し、床を踏むのと同時に得る感想が自分の中にはある。

 

「硬いな」

 

「うん?」

 

「崩落部分が少ない。つまり他よりも頑丈にできているって事だよ」

 

 もう少し中ほどに進んでから壁を指でガリガリ、と削ってみる。だが前調べたルートとは違って、かなり固い感触が返ってくる。まだ地表に近い部分だから、というわけではないと思う。魔力を使って調べる事ができれば楽なのだろうが、まだ朝早いこの時間帯でも起きている生き物は起きている。魔力を感じると暴れだす生物というのはかなり多いのだ。それに血の匂いに敏感な生物もまた、多い。だから殺して進む、という選択肢を取ると後から後へと続いてきてキリがないのだ。

 

「期待できそう?」

 

「ある程度は」

 

「ならば良し」

 

 偉そうにない胸を張る娘はどうしたものかなぁ、等と思いつつ先が闇に閉ざされた通路を進んで行く。ランタンで照らせる空間はごく限定されたものだ。そして通路が一本道である事はない。通路へと差し掛かる度に電気式の端末を取り出し、それでマッピングしつつ、分岐を記録して先へと進む。迷わない様に自分が通ってきた道に一応と、一定間隔で空のカートリッジ薬莢を設置しながら進む。そうやってアリの巣状の構造体となっているこの遺跡の深部を目指して進む。既にもう片方のチームと連絡は深く潜っているために届きようもない。ただ、大丈夫だという安心感はある。本当に最終手段だが向こう側の戦闘力を考えれば地中から地表まで吹き飛ばしながら進む、という事も出来ないではない。もちろん転移というスマートな方法もないわけではないが、この中で転移を得意としているのはナルとルーテシアだけでそれは此方側にいる。

 

 だから問題とするのは酸素が切れる事だが、それもそこまで心配するようなことではない。一応それ対策用に酸素のはいった缶を購入し、持ってきてもいる。苦しくなればそれを使用すればいいだけの話だが―――この遺跡、何故だかそういう息苦しさだけは感じない。地下水脈とぶち当たっているのは確実だが、それとはまた別にどこかで空気を取り入れるシステムが生きているのかもしれない、と昨日の調査を合わせて思う。

 

 ともあれ、それはそれで厄介なものだと思考する。システムが生きているという事は遺跡の機能が稼働しているという事で、大体は侵入者対策にトラップが仕掛けていたりする。今はまだ岩壁だが、これが奥へと、古代ベルカ時代の物へと変化すれば金属の壁や床になるだろう。そしてそうなった場合出てくる侵入者対策はセントリーガンや電気床だ。俺なら平気だが、ルーテシアならまず即死モノだろう。何時ものことながら遺跡調査やら発掘は面倒な作業で、セインの様に壁を透過して移動できる能力持ちが此方側にいれば物凄い作業効率が捗るのだろうなぁ、等と思って足を前へと踏み出したところ、

 

 ちゃぷん、という感触を足元に得る。

 

 ハンドサインでルーテシアに止まる様に指示し、そして足元をランタンで照らす。薄くだが、足元を水が濡らしているのが解った。軽く頭を掻き、如何したものか、と思うとホロウィンドウが浮かび上がる。

 

『どうしたの?』

 

 チャット式のホロウィンドウだ。ホロボードを出現させて素早く返信を書きこむ。

 

『浸水している。ちょっと耐久度調べる』

 

『了解っす』

 

 この子の芸風が若干心配だが、その事は置いて、壁へと寄り、軽く叩きつつ削ったりと、再びその耐久力を調べてゆく。だが触れて感じる壁の感触はやはり硬く、他の所よりも遥かに頑丈な感触を得る事が出来る。それを感じて、見ずに触れて侵食されているのに強度―――アタリだな、と判断し、サムズアップをルーテシアへと向ける。

 

『ぐっじょぶ』

 

『変換ぐらいしろよテメェ』

 

『撒いた種、撒いた種』

 

『助けてナル』

 

『後で慰めます』

 

 そしてこの扱いである。一応一家の大黒柱で頑張っているのに解せない。何故世の中はこうも男に対して理不尽なのだ。もう少し待遇の改善を要求するが、要求したらしたで駄目、と言われそうなので甘んじて今のポジションに収まっておく。待っていろよ貴様ら、何時か下剋上を果たすから。これも全部女子型の戦闘要員を作ってしまうスカリエッティとか言う頭がアッパッパーな奴が悪い。

 

 ”やっぱオッパイだよね!” とか言いつつナンバーズを作成してたんだから泣ける。

 

 ちなみにチンクやらの貧乳組作成時は舌打ちしていたらしい。アイツマジで死なねぇかなあ、と言葉を漏らしていたのは貧乳組の怨嗟の声。

 

 ともあれ、このルートは大当たりである可能性は高くなってきた。それをルーテシアに告げると、少しだけルーテシアがうれしそうな表情を浮かべた。まあ、レリックが見つかった、からと言って別に目的達成というわけでもない。目的の第一段階達成、という所だ。だから目的を達成させるためにもちゃぷちゃぷと、音を立てながら通路を奥へと進んで行く。水量が増える事はないが、それでも水の揺らぎは感じる―――おそらく、この先は大きな水の塊へと通じているのだと思う。だとすれば面倒かもしれない。そんな事を思っていると、ホロウィンドウが出現する。

 

『ねえ』

 

 ホロボードを出現させ、返答する。

 

『んだよ』

 

 カタカタ、と音を鳴らしながらルーテシアがホロウィンドウに文字を叩き込んで行く。使い慣れているのかルーテシアのその指動きは結構速いものだと評価する。そして、出てくる文字は、

 

『―――何時になったらドクターを裏切るの?』

 

『―――を入れる辺りお前結構いい性格してるよな、というかノリがいいよな』

 

『それ程でもない』

 

 そう言ってルーテシアがドヤ顔を浮かべているのが見える。ホントこの娘はいい性格する様になってきたなぁ、と思うがたぶんそこらは自分が原因なんだろうなぁ、と思う。が、まあ、ルーテシアの言葉は間違ってはいない。なるべく裏切るタイミングはこっちで見計らっている。シュテルも延命治療に関するデータやら方法をスカリエッティから盗もうとタイミングを見計らっていると言っているが―――まあ、スカリエッティが此方を100%信用していないのは解りきった事だ。

 

『まずはメガーヌをどうにかする。どうにかなったらお前はまず迷うことなく離脱しろ』

 

『いいの?』

 

『子供は黙って大人を利用してればいいんだよ。お前らを守り育てるのが俺達の仕事なんだよ』

 

『うん、解った』

 

『まぁ、これも所詮”可能であれば”って話なんだけどな。適合レリック見つけなきゃ全く持って無意味な話なんだよな、これが。……まあ、だからこそ見つけようと俺達は頑張っているんだけどな』

 

『敵対したら容赦なく潰すね』

 

『この幼女容赦がねぇぞオイ』

 

『100%貴方の背を見て育っている』

 

 おかしい、俺にいったいこんなセメント要素がどこに存在するというのだ。セメントはむしろシュテルの方だろ。割と仲もいいし、絶対シュテル経由でこうなったな。流石シュテル、やる事成す事が汚い。

 

『その思考、記録した。シュテルに伝えた時が楽しみだ』

 

『待ってください。待ってください。ま、待ってください。な、何でもしますから!』

 

『……今なんでも、と言ったな? うん?』

 

『こうして私は男のヒエラルキーが最低である事をちゃんと覚える』

 

 絶対環境が悪い。そう確信する。早くこの幼女をもっとちゃんとした環境へ送り出さないと後々面倒な女に成長しかねない、というか九割方面倒な女ルートを驀進しているような気がしないでもない。これ、マジでメガーヌに土下座するべき事態になりそうだなぁ、等と思っていると、ランタンが先の空間を照らし、それを見せてくる。そうやってランタンが見せるのは広い空間だ。縦に横に、そして奥に広がるホールだった。その先は闇に包まれて見えないが、確実に奥行きのある空間である事は把握できる。だがそのホールには大きな穴が開いており、そこがおそらく地下水脈か地底湖と繋がっていたのだろう―――部屋が水没していた。幸いこの通路部分はホールの2階、バルコニー部分に繋がっている通路である為、足裏までしか浸水していない。

 

 だが、

 

 ランタンが照らす地下の空間、光を水面に反射させているとその光が水中に紛れる巨大な姿を照らす。巨大な鱗に光を反射させる生物はホールを悠々と泳ぐ。これは避けられそうにないなぁ、と別のルートを探して視線を巡らせながら思う。

 

『ルールーお兄ちゃんのちょっといい所みたいな!』

 

『今更可愛い子ぶってもおせぇよ』

 

『ぺっ』

 

 そうだ、後で説教しよう。もちろん正座させて。じゃなきゃ本格的に駄目だこいつ。

 

 そんな事を思いつつも少し後ろに下がり、ランタンを置く。さて、と口に出さず呟きながら腕を回す。

 

「―――じゃ、いっちょお兄さんのかっこいい所を見せますか」




 インディごっこしている人間が多くてワロタ。やっぱするよな。

 今思い出すと黒歴史だぁ……!


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タッチ・ダウン

 口に声を出すのと同時に水底の影が大きく震える。やはり思った通りに目は退化していて、その代わりに音に敏感に反応する様になっている。だから声を出せば即座に相手が此方の位置を把握してくる。そのまま入り口から遠ざかるようにわざと大きく足音を立てながら走り始める。水底で闇に紛れる姿が此方に狙いを定め、息を潜め始める。それは間違いなく此方を狙っている。

 

『ユニゾンの必要は』

 

「いらねぇ!」

 

 ナルが送ってきてくれたホロウィンドウを置き去りにしながら魔力を使わず、大きく跳躍する。ホ-ルの反対側を目掛けてのジャンプ。もちろん、魔力や魔法による強化無しで飛び越える事などできない。体は中間で失速し、水面へと向って落ちてゆく。その瞬間を狙ったかのように沈んだホールの底に潜んでいた存在が食おうと一気に水を裂き、水面から飛び上がって姿を現してくる。闇に姿を隠す様な真っ黒な鱗の蛇の様な魚だ。前、水族館で見た海蛇の様だと思った―――ただそれにしては人間を丸呑みにできてしまう程の異常なサイズだが。

 

 飲み込もうと全力で口を開いた蛇魚の口の上部、完全に口が開ききる前に自分の意志で重心をズラし、そして急降下を開始する。そうして相手が飲み込むために口を開く前に足を鼻の先へと着地させ、強く踏み込む。鼻を通して衝撃が水面へと伝わる様子が激しく発生する波紋から見て取れる。軽く口笛でヒュッ、と此方に引き付ける様に挑発する。跳躍し、反対側へと到着するのと同時に蛇魚が再び下へと潜る。コンコンコン、とバルコニーの床を叩き水の中へと音を流すと同時に横にホロウィンドウが出現する。紫色の文字で表示されるのはルーテシアのものだ。

 

『殺さないで屈服させれば操れるかも』

 

「あいよ」

 

 跳躍して壁に出っ張りを片手でつかむのと同時に水中から飛び出してきた蛇魚が……仮称黒いサーペントがバルコニーを噛み砕くように飛びついてきた。素早くその頭の上に着地すると同時に拳を一撃、素の状態で叩き込む。音と衝撃が響き、腕に軽い反応を感じる。それを受けてサーペントが動きを止めるが、その退化し役割を果たさない両目が此方へと向けられる。確実に敵意を持って此方を睨んでいる事は理解しているが、

 

「嫁達の方が怖い」

 

 もう一発頭に叩き込む。前よりも少しだけ強く、殺さない様に手加減して殴打する。だがそれでも相手は怒りの声の様な音を発し、水の中へと潜ろうとする。また潜られると距離を開けられてしまって面倒だと思うので、迷うことなく左手を軽く相手の頭に突き刺して、そしてもう片手で拳を作る。

 

 そのまま自分ごと水の中へと引きずり込まれる。

 

 ランタンは最初に置いてきたから水の中は冷たく、そして暗い。このサーペント以外にも他の生物がいる様に感じる……だがこいつが生態系のトップなのだろうか、他に何かが近づくような気配はない。だから気にすることなく、水中でも腕を振るって頭を殴る。その動作と共にサーペントが壁へと向かって突進し、此方を壁へと叩き込む。水というフィールドの中で勢いの乗った加速での衝突は間違いなく人体を砕くだけの威力を持っているが、それよりも硬い体だと自負し、信仰している。

 

 この程度じゃ息すら漏らさない。

 

 だからと、その代わりに拳をサーペントの頭へと叩き込む。そしてそれに反応する様に再び距離を取って壁へと突進する。それがそうであると理解できるのは壁に衝撃が伝わるからだ。だがそれよりも早く、そして強く、何度も何度も拳を叩き込んで行く。問題はない。この程度、本当にキレたあの連中よりは全然問題ない……うん。

 

 問題ない!

 

 今更な話だけど、俺の人生は色々と間違っている気がする。というか巨大な魔法生物よりも嫁が物理的に怖いって家庭は実際どれぐらいあるのだろうか。

 

『ここにある。そしてそれで十分だ』

 

 思考を把握されていた死にたい。何時から女が強い時代になったのだ。昔はもっと、こう、男が家を守って、そしてそれを尊重されて、色々と……まあ、そんな感じの時代だと思っていたのだが、今更ながらそんな考えは古いのだろうか。

 

 と、何時からか背中への衝突を感じなくなっていた。拳を叩きつける事を止めるとゆっくりとサーペントの体が水面へと向かって浮かび上がって行く。もしかしなくても殺してしまったかもしれないので、不安が浮かび上がってくる。殺したら殺したらで面倒なのだ。死体となればそれを食べるための生物たちがやってくるというのが自然である為、なるべく殺さない様にするのが理想なのだ。

 

「っくはぁ! 殺っちまった?」

 

 水面へと浮かび上がった事で息を求めながら、動かなくなったサーペントの姿を見る。バルコニーまで進んできたルーテシアがおーい、と手を振っている。と、人形サイズのナルが近寄ってきてサーペントの頭に触れる。

 

「……大丈夫、死んではいないな。脳が揺れているだけだ」

 

「マジか……あー……良かった。流石に意味もなく殺すのはかわいそうだし手加減がこういう生き物って微妙なんだよなぁ」

 

 殺すだけであれば楽なのだ、殺すだけであれば。だけど殺さない様に手加減をするのが難しいのだ。そこらへん、魔力ダメージでノックアウトさせることのできる普通の管理局員は解らないだろう。派手に動いたら見つかってしまうというハンデを背負っている違法トレジャハンターや犯罪者でしか共有できないこの価値観、なんだか無性に悲しくなってくる。まぁ、それはいい。何時か日の当たる場所へと戻れればいいし。

 

 ともあれ、

 

 サーペントの頭に食い込んだ腕をそのまま、その巨体をバルコニーヘと引きずる。既にホロウィンドウやら魔法陣を展開したルーテシアがスタンバイ済みだった。サーペントを引きずって近寄り、頭を崩れたバルコニーの上へと引っ掛けると、軽くバルコニーへと飛び乗る。

 

「悪いけど―――」

 

「高速で乾かす術だな」

 

「うん」

 

 言わなくても解っている、という風にナルが既に術式を展開して行使していた。これだけ派手にやれば流石に音を殺して進んでいた意味も、魔力を使っていなかった意味も大分なくなってくる。……まあ、それでも使用魔力が控えめである事に変わりはない。ともあれ、此処からはもはや声を殺す意味もないので普通に会話解禁、と素早く乾いて行く自分の体と服を確認しつつ、ルーテシアへと視線を向ける。

 

「行けそうか?」

 

「うん、いい感じに頭がシェイクされているから洗脳しやすい。これでまた下僕が増える。この子の名前は蛇っぽいしシャーク君で」

 

「蛇と鮫に一切の繋がりがないんだけどそこらへんの弁解は」

 

「ガリューが呟いてきたの」

 

 たぶんガリューが何故だ、何て表情を浮かべていると思うから責任転嫁は止めさせないといけないと思う。俺も今度からイングと混ざってこのどうしようもないロリっ子を説教するべきだと心に決める。その時こそゼストと共に心を鬼にして、街中で見かけた甘味を購入してあげる事を止めよう、そう心に誓う。

 

「ん、完了」

 

 ルーテシアの下に広がっていた魔法陣が消える。それと同時に今の影響を調べてくれ、とナルへ伝えようとするとその動作に既にナルが入っており、調査報告がホロウィンドウとして出現する。ユニゾンを繰り返すたびに俺の人格と思考データを蓄積してるなぁ、と思いつつもホロウィンドウに浮かぶ報告を見る。そこに映し出される状況はそうたいしたことではない。動体反応はあるが、大したものではない。余裕だな、と状況を判断していると、ルーテシアの前でサーペントがゆっくりと動き出す。もうその体から敵意を感じる事はない。ルーテシアの従順な召喚獣としての生物が出来上がった。

 

「まあ、昆虫フェチだから今回限りでリストラなんだけど。あ、また皆で捕まえてきて―――白天王クラス」

 

「いや、もう……無理。やめて。やめてください。リアル怪獣決戦はもういいんです。お願いします。もうこりごりなんだ……」

 

「チッ」

 

 白天王、ルーテシアが召喚し、使役できる召喚獣、いや、正確に言えば召喚虫の中では最強の虫だ。だがもちろん最初から彼女は召喚できたわけではなく―――武力で屈服させて納得させて、そして召喚を許されるようになったのだ。正直ストライカー級魔導師一人ではどうにもならないようなクラスの化け物なのだ、アレは。

 

 二人がユニゾンした状態での三対一で何とか交渉へと持ち込むことに成功した……それがルーテシアが誇る最強の召喚虫、白天王。アレとはもう二度と会わない事を祈るばかりなのだ、本当の話では。久しぶりに身近な理不尽を超える理不尽を目撃した瞬間であったあれは。

 

 まあ、今はそれを頭の中から綺麗さっぱり排除しておく。ルーテシアがコクリと頷くと、小さくジャンプしてサーペントの頭へと飛び移る。ナルが運んできたランタンを受けとり、ナルを肩に乗せてサーペントの頭へと飛び乗る。ルーテシアによる洗脳が完全なのか、先ほどまで殴り合っていた相手の事を気にすることなくサーペントは受け入れ、そして奥へと向かって動き出す。

 

「方向解ってるのか?」

 

「ん、この子が赤い宝石なら見た事あるって言うからそっちへ進ませている」

 

「なら問題なし」

 

 召喚術や魔法生物への会話に関しては自分は完全に門外漢だ。ルーテシアを信じる以外にできる事はない。故に自信を持ってルーテシアがそういうのであれば、そういう事なのだろう。それが完全にレリックであるとは決まったわけではないが、それでも大分可能性は高まってきている。

 

「ねえ」

 

 水の上を進みながら、ルーテシアが振り返ることなく此方に質問してくる。まだまだホールの先は見えない。だから腰をサーペントの頭の上に落ち着け、冷たい遺跡の空気を頬に浴びながらなんだ、とルーテシアに応える。

 

「……なんでもない」

 

 そう言ってルーテシアが黙る。言葉を発する事もなく、再び無言になって先の空間を眺める。ランタンが照らす空間、壁には色々と描かれている様に見えるが―――それには特に興味を持たない。そして俺が興味を持たない事にナルは興味を持たず、ルーテシアも芸術を楽しむ人間でもないので誰も見ない。こういう事に対して価値や意味を見いだせる人間であればもう少し変わったのだろうと思うのが、少しだけ残念に思える。

 

 ま、自分達には関係のない話だ。

 

 サーペントの頭の上に揺られて十数分という時間を一つのホールの端を目指すのに費やす。これを現地調達の乗り物で行っているというのだから凄まじい距離である事が理解できる。が……それもようやくだが終わりを迎えつつある。ランタンがようやくホールの終わりを照らす事に成功する。そこに安堵するのと同時に、サーペントが動きを止める。

 

「スネーク太郎がここだって」

 

「名前を統一しろよオラ」

 

 そう言ってルーテシアが水面下を指さす。そこへと向けてランタンを持ち上げてみれば、水没した台座の上に浮かぶ、赤い宝石の姿見える。その宝石も完全に水没しているが、その空間だけがまるで時間から切り取られたかのように綺麗な姿をしていた。はやる心を押さえつけ、右肩の上に浮かんでいるナルへと視線を向ける。

 

「レリックだ」

 

「うしっ!」

 

「やたっ!」

 

 ルーテシアが此方に体を向け、そして片手を上げてくる。それの意味が何であるかを即座に理解して、手を前にだし、軽くタッチを交わす。小躍りしそうな心を抑え、立ち上がる。軽く腕を回して肩の調子を確かめ、そして魔力使用して術式を展開する。

 

「イング達に目標発見を魔力通信でよろしく頼む。見つけたんなら長居する必要はないし回収したら転移で一気に脱出するぞ」

 

「あぁ、解っている」

 

 ランタンをルーテシアへと渡すと、そのまま水底へと向かって一気に飛び降り、沈んで行く。体をそのまま床を踏めるように沈むと、そのまま前へと進む。台座へと手を伸ばせば一瞬バチ、と衝撃と閃光が水の中で響く。その驚きで一瞬、手を引っ込めてしまうが―――保護の為に張られているシールドを強引に素手で突破し、台座の上に安置されていたレリックを掴んで回収する。即座に封印術式を発動させ、最新の封印術式へとレリックに掛かっている封印形態を強化させ、処理を完了させる。

 

 床を軽く蹴って水面へと浮上し、成果を掲げる。

 

「レリック回収!」

 

「ナンバーは?」

 

 確認する。

 

「七番」

 

「ゴミめ」

 

 やっぱコイツ矯正が必要だ。ルーテシアが舌打ちをしながらそう言った光景を眺め、切実にそう思った。そうでなきゃ確実にメガーヌに顔を見せる事が出来ない。




 こう、白天王にはゼットン的イメージ持ってる。


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トゥ・ザ・ネクスト

 辺りは活気で満ちている。

 

 イングと腕を組みながら進めば周りからは普通の夫婦にしか見られず、活動はしやすい。とはいえ籍を入れていないだけでもはや事実婚状態である事に疑いようはない。……悲しい事にそれを認めているのが身内とスカリエッティだけなのが非常に惜しい所なのだが。まあ、こんなものは自分と身内さえ認めていれば十分である、という考えでもなくはないが。

 

 ともあれ、

 

 サングラスをしたり髪型を変えたり、軽い変装程度でも意外と周りは此方へと視線を向けない。それはいくつかの理由があるが、間違いなく最大の理由は俺達が指名手配されていないという事実にあるだろう。これで一回大規模な衝突を起こして俺の生存が確認されれば間違いなくアウトだが、俺もイングも四年前から一度も姿は現していない。管理局員に見つかっても確実に殺して証拠を消しているので生きている、関わっているという直接的な証拠は存在しないのだ。シュテルが露見した程度で指名手配はないのだ。だから軽い変装程度で街中を歩ける。―――とはいえやっぱり魔法で髪色を変えるぐらいはやっている。自分の赤髪は魔力と同じ青色へ、そしてイングの緑髪は金髪へ。これだけでも大分別人に見えてくるので、色を変えるのは侮れない。最後にカラーコンタクトをつければもはや同一人物には見えない。指名手配されてないとはいえ、知る人物に見られれば確実にバレてしまう。知り合いは基本的に六課に集まっているから心配はないと思うが―――それでも万が一は存在する。そのリスクを背負うわけにはいかない。

 

 まぁ、それを考慮していても辺境の管理世界というのは大分警戒網が緩い。ここら辺は管理局の無駄に広大な支配体制のおかげ、自分たちの様な犯罪者には動きやすい環境だ。ここにも管理局がいるとはいえ、自分たちが彼らの目に留まる事はまずない。だからこそこうやって堂々と二人で外を歩く事なんてできる。

 

「二人で歩くのは久しぶりですね」

 

 此方の腕に自分を腕を絡める彼女がそう言ってくる。幸いこの義手は人工皮膚で覆われているから触っていても寒くないのがいい事だな、と寄せられている体から温もりを感じつつ答える。

 

「そうだっけ」

 

 えぇ、と彼女が答える。

 

「此処暫くはゼストかルーテシアばかりと行動していましたからね」

 

「悪いな。足りない技能を埋める事を考えると必然的にチームがそうなっちまうんだ」

 

「解っていますよ」

 

 寄り添う彼女と共に街の市場を急ぐ理由もなく、ゆっくりと歩く。名目としては食糧調達なのだが―――まあ、暫くイングに構ってあげられなかった自分としてはちょっとしたデートのつもり、とは口が裂けても言えない。男としての矜持がそこらへんにあるから口で彼女にデートに誘った、何て言えるわけがない。ただ、まあ……彼女の全てを知っている俺からすればこれも”ささやか”なもんだと思う。百パーセント此方の考えは彼女に筒抜けだと思うからこそ、彼女たちには絶対に勝てないな、と思う。

 

「えぇ、解っておりますとも」

 

 そう言って笑顔を向けてくる彼女の笑みは実に可愛いものだと思う。もっとこういう平和な時間を過ごしたいものだが、そうもいかないのが己の立場だ。早めにユーリをどうにかして、犯罪歴の抹消か逃亡か、もしくは償うのか……どの手段を取るにしたって家族で平和に暮らせるような環境をこれを終わらせてから作らなくてはならない。それだけが今、自分を支える夢だ。

 

 それ以外の夢は全部諦めてしまった。

 

 一瞬―――の笑顔が脳裏を駆け、そして消える。

 

 開いた片手で軽く頭を掻くように誤魔化そうとするが、一瞬でも顔をゆがめたのだろうか、イングが少しだけ、不安そうな表情を此方へと向けてきている。だから大丈夫だ、と言葉ではなく行動で伝える為に絡めた腕をほどき、恋人繋ぎで手を握る。それで安心されたのかは解らないが、何も言ってこないのは助かる。

 

 そのまま手を握ったまま、話を続ける。

 

「昼飯どうする?」

 

「出来たらホテルの食堂とかで食べたいものですけど」

 

「流石に全員で食ったら違和感あるからな、変装すりゃあいいって話じゃないし」

 

「では屋台で何かを買いましょう。この生活での楽しみなんですよ? 色々な世界の料理を食べ比べて味を覚えて行くことが。そこからレシピを解析しようとして、それをディアーチェと一緒に作ってみたりとか」

 

「そりゃ楽しみだ。俺もそういう現地の料理を食べるのは嫌いじゃないし」

 

 そのまま近くの屋台を見回り、時折足を止めると試食を、と差し出されてくるのを食べて回り、そして気に入った所で待機している仲間の分を合わせて人数分購入する。それにこっそりとバレ無いように保存魔法を施して冷めないようにしておくと、イングと手をつないだままもう少しだけ、市場や屋台を見て回ってゆっくりとした時間を過ごす。

 

 

                           ◆

 

 

「遅い」

 

「あははは……」

 

「すみません、少し浮かれていましたね」

 

 結局少しだけ、遊び回り過ぎたせいで帰りが遅くなった。返ってきて出迎えたのはガリューを召喚して嗾けようとしてきたルーテシアの姿と、それを必死に止めるゼストの姿だった。謝罪をする前に買ってきたランチとデザートを取り出した瞬間、ガリューを放り投げてそれにかぶりつく辺り性格がよく出てきているなぁ、と思う。ともあれ、

 

 一時的な拠点であるホテルの一室で先に食べ終わった自分とイング以外の全員が買ってきた料理を食べている。特にルーテシアとアギトは食べる勢いに遠慮が無く、その光景を食べながら見ていたゼストが軽く苦笑してしまう程だ。まあ、今はそれよりも、

 

「元気出せよ、な?」

 

「……」

 

 雰囲気的に若干落ち込んでいると解ったガリューの慰めが先決だった。少しいじけているのか床を軽くだがつま先で蹴っている様子が哀愁漂いすぎて悲しかった。お前は絶対に就職先を間違えた、と言ってやりたかったが、このガリューはルーテシアの守護者としての自覚を強く持ち、そして誇りを持っている。

 

 たぶん悪いのはガリューが就職した後で急変したルーテシアに違いない。俺には何も聞こえないし何も見えない。文句はマッド白衣の方へ。

 

「うめぇ―――!! なんだこれ!? 超うめぇ!」

 

 そう言ってアギトがルーテシアと競い合う光景に微笑ましさを感じる。その間に此方は此方でやる事をやっておこうと思った瞬間、ホロウィンドウが出現する。誰がサポートしているのか、なんて思考する必要もない。

 

 尽くされてるなぁ、俺!

 

 未来さえどうにかなれば幸せで退屈な日常が待っているのになぁ、とまだ見えない未来を切望しながらもホロウィンドウを出したナルに感謝し、操作を開始する。リビングルームの椅子に座り、その上でまず開くのはメールシステム。昔は有名なソフトを使っていたが、今でもそれに変わりはない―――アカウントは変わっているが。サーバー元が管理局の裏と繋がっていると思うと安心して使用できると思う。

 

「ん、来てるな」

 

「どうだ?」

 

 ゼストがスプーンで器からひき肉の混じったご飯を食べながら、此方へと視線を向けてくる。しかしゼストよ、お前が視線を此方へと向けている間にアギトとルーテシアが素早く器の中身を食い殺しにかかっているぞ。まあ子供好きのゼストさんにとっては本望だろう。何時かロリコンの称号が与えられないか若干不安だが心配する事はないのでスルーしておく。

 

「スカリエッティがこっちを回収する人員を送ってきてくれるとよ」

 

「つまり一旦アジトへと戻るのか?」

 

 いいや、と答える。アジトへは戻らない。スカリエッティは俺達が、自分と敵対する可能性のある存在が一箇所に固まるのを嫌がっている。だからこそマテリアルズと自分達と、チームを強引に分けているので、そしてそれに従っている。だから今、この逃げられるタイミングでアジトへと向かうのは駄目だ。無駄にスカリエッティを警戒させるだけになってしまう。最低でもスカリエッティのアジトへと入れるようになるのは”逃げ”が無くなってからのタイミングではならないといけない。

 

 つまり、最低の条件としてこっちの顔が管理局、つまり機動六課へと割れる必要があるのだ。そうからではないとスカリエッティはある程度の安心を持って戦力を集中させることができないだろう。しかしそうなった場合色々と問題になってくるのは此方側の立ち回りだ。レリックがミッドチルダへと密輸された、という報告は既に受けている。だから次は久しぶりにミッドチルダ―――昔と比べて大分動きにくくなったあの世界へと行く必要が出てくる。いや、別に回収はスカリエッティに任せてもいいのだが、此方が能動的に動く事でスカリエッティの動きを止められるのと、そして恩を売る事が出来るのだ。これでレリックが確保できれば更に交渉手段が、という風に。

 

 スカリエッティは持つべきものを多く持っている、立場で言えばメガーヌとユーリという人質を取られ、取り返す事さえできない此方が圧倒的に不利なのは自明の理だ。だからこそ少しでも有利にするための手段が必要だ。レリックはそれをわかりやすく証明するものだ。今回手に入れたレリックは七番、自分達が必要とするものではない。ルーテシアが必要とするメガーヌ治療用のレリックは十一番だし、自分が必要としているのは六番だ。つまり今回の七番はニアミスで、ルーテシアではないが舌打ちをしてから唾を吐きたい気分だった。とことん運命はハードモードを俺達に強要するようで面倒だった。

 

 しかしここまで探してまだメガーヌとユーリのレリックが見つからない。

 

 ―――これは既に機動六課発足前に管理局で確保したレリックが存在する可能性があるかもしれない。

 

 そうなると色々と面倒だなぁ、と思う。まあ……それはまた後で考えればいい。まだそこまで切迫した状況ではない。いや、状況次第では強奪の為に動く必要はあるのだが―――その場合はたぶんゼストの方の目的と重ねて行動するべきなんだろうな、と判断する。正直な話で言えば今すぐ考えていてもどうにもならない部分だこれは。だからホロウィンドウで確認と了承の返事をメールで送る。確認する時間は約数時間後の話だ。数時間後には自分達を秘密裏にミッドチルダへと運ぶ連中がやってきてくれる。

 

 相変わらず危険な綱渡りをしているなぁと思うが、それでもこれも全て未来へ、未来を獲得するために必要な行動だ。地味で面倒で辛くて大変だけど、それでも誰かがやらなくてはいけない事だ。何時になったら終わるのやら、と呟こうとして―――終わる流れが来ているな、と思考する。まず間違いなく終わる流れが来ている。管理局との、機動六課との衝突はまず間違いなくその一戦目だ。アレが始まりであれば、おそらく続き、そして終わりが来る。

 

「やれやれ、人生何でこうも面倒な事ばかりなのかねぇ。もう少しストレートに、解りやすく起伏の無い時間を過ごせるのであれば楽でいいと思うんだけどなぁ……」

 

「だが」

 

 ゼストは空っぽになった自分の飯の入っていた器から顔を上げつつも、此方へと視線を向けてくる。

 

「それでは楽しくない、と言うのだろう?」

 

 そう、それでは刺激が足りない。人生には小さな不幸と幸運があるからこそ起伏が生まれ、楽しいと解るのだ。その起伏の無い平坦な人生は幸福でも不幸でもなく、ただただ平和な”だけ”なのだ。真に生きるという事はつまりそういう不幸や幸福をありのまま受け入れながら生きる事であると思っている。だから……まあ、言う程別に現状を嘆いているわけではない。間違いなく不幸だし、常人からすれば発狂しそうなほど詰んでいる状況だと言われてもしょうがない状態だ。

 

 だけど、

 

 ―――そもそも発狂程度元々からしているしなぁ。

 

 彼女の感じる孤独を理解しようとした時から、全てを受け入れると決めた時から、一線を超えると決めてから、関係を進めようと決めてから、受け入れようと決めてから、その時点でマトモである事は捨てて本当の意味で化け物になったと自覚している。だから、もう、このままでもいいんじゃないかな、と自分の事は思っている。

 

 まぁ、今更ながら一人を愛する事さえ難しいと言うのに、全員を平等に愛そうとする行為はまず間違いなく狂気だよな、と自分の評価をしつつホロウィンドウを消去する。違いない、と苦笑と共にゼストに応えると、ミッドチルダに入ってからの事を考えてそのまま眠る事にする。

 

 おそらく……いや、ミッドチルダへと到着したら確実に一悶着ある。それはもう予見の出来る事だ。

 

 そして、それはたぶん―――機動六課との衝突になりそうだ。

 

 少しずつだが、スカリエッティが全体をどうやって動かしているのか、理解してきている自分が嫌だ。

 

 吐きそうだ。




 そんなわけでミッドへ帰還しようとする一行。

 身内で争うことほど面倒な事はない。


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リターニング

 密入国が成功した事で軽く体を伸ばす。

 

 周りを見渡して見えてくるのは一面の瓦礫と廃墟。それが延々と存在、広がっている光景。ミッドチルダでそんな光景を見る事が出来るのは一箇所だけで、その広大なエリアを説明する言葉は一つ、廃棄都市区間だ。広大過ぎる元街だった場所は場所によっては管理局の魔導師に利用されたり、他の場所は犯罪者の巣窟になっていたりする。

 

 そう、たとえば自分たちの様な犯罪者に利用される。

 

 転移が完了して全員が到着すると、長距離転移技能持ちの魔導師が軽く頭を下げてから姿を消す。そうやって関わらず、静かに、そして興味をもたれないようにしているからこそこのビジネスは続いているのだろうなぁ、と思いつつ軽く体を捻る。数ヶ月ぶりのミッドの空気だが―――別段美味しい何てことはなく、むしろ前にいた世界の方が汚染は少なくて空気は美味かった。この微妙に淀んだ感じの空気を感じるとあぁ、ミッドに戻ってきたなぁ、と感じさせられる。ベルカの本国よりもこの淀んだ空気を感じて安心する辺り、自分はたぶんミッドチルダの方を強く居場所として認識しているのだろう。

 

 あー……そういえば両親が俺の事死んでるって思っているんだろうなぁ。

 

 まあ、悪い事はしているが反省する気はさらさらないのでこれでいいと思う。ともあれ、後ろを見れば他の皆がちゃんと存在している事は確認しているし、荷物なども消えていない。ともなれば転移に問題はなかった、という事だ。ごくわずかながら転移に失敗する可能性もあるので、やはり非合法にはそれなりの理由がつく事が察せられる。

 

 ともあれ、

 

 移動が終わったのであれば何時までもここに留まっているわけにはいかない。廃棄都市区間の中でも安全なエリアと、危ないエリアの区分けは出来ている。そして同時に人の寄ってこないエリアというものも存在している。体を軽く動かしながら辺りを警戒していると、転移後の確認を全員終らせたようだ。バリアジャケット機能を使い、全員がフードつきのマントを装着する―――もちろん身を隠すためだ。ミッドで見つかる可能性は他の世界でよりも遥かに高い、今までの様に気軽に外を歩ける事もなくなる。

 

 目指すのはスカリエッティが所有するセーフハウスだ。

 

 

                           ◆

 

 

 ここもまた、廃棄都市区間に存在する。一体どれだけのセーフハウスやらシェルター、犯罪者の巣がこの広大な廃墟に存在するかは解らない。それだけの人員もお金もない、と言うのが管理局側の建前と本音だろう。廃棄都市区間を調べたいと思うのは本音だが、その金と人員は圧倒的に不足しているだろうし、触ってはならない所もある。故に廃棄都市区間はどうしようもなくそのままの状態で、犯罪者の巣窟になっている。同じ場所へと降りればこそ、どういう場所なのか更に解るようになった。

 

 そんなスカリエッティのセーフハウスは廃棄都市区間の西部に存在する。昔はデパートとして機能していたであろう建造物、そのエレベーターはまだ稼働中で、それに乗って地下へと進むことができる。三十秒間ほど地下へと落下を続け、扉が開くと、掃除用ロボットによって綺麗に保たれているセーフルームに到着する。到着と同時に持っていた荷物を床へと投げ捨てて、ソファへとダイブするルーテシアの光景に苦笑し、壁際まで彼女が投げた荷物を運ぶ。

 

「そこで拾わせないから駄目だと思うんだけどなぁ」

 

「そうなのか?」

 

 ゼストへと視線を向けると、ゼストが首を横に振って解らないと答える。

 

「いや、旦那も兄貴も甘やかしすぎなんだよ。もっとほら、あっちみたいに」

 

 見ると何時の間にかルーテシアを確保したイングがルーテシアの腹を膝に乗せて手を振り上げていた。あぁ、何か懐かしい光景だなぁ、とスパン、と響く音を耳にしながら思う。昔はやったもんだけど忙しくて相手したりできなくなってツッコミやら罰はもっと物理的なものへと進化していった事を思い出すと、ケツ叩きは中々に懐かしい光景だ。

 

「鎧通しでバリアジャケットを貫通しているな」

 

「バリアジャケットでケツを守ろうとするルーテシアも何気にセコイがな」

 

「ルールーをどうにかしなきゃいけないって思ったけど何で旦那たちも姐さんもやることが両極端なんだよ……」

 

 まぁ、平和な光景だ。ルーテシアを甘やかしているって解っているんだけど、我が家のマテリアルズを見れば自分の教育方針がどういうものなのかは大体見えてきてしまっている。なので間違っているとはわかっていても、如何直せばいいのか解らないので対応のしようがない。ゼストも同じく子育て経験がないのでそこらへんは駄目だ。

 

「女に任せるしかないな」

 

「あぁ、男には無理だ」

 

「旦那たちが諦めた!」

 

 アギトがふよふよ浮かびながらがくり、と項垂れていると、スパン、と音が響くのが停止し、屍の様に動かなくなったルーテシアをイングが持ち上げる。小脇に抱える様に軽々とルーテシアを持ち上げると、マントを消して此方へと向く。彼女が求めているものは大体わかっているので、荷物から彼女たちの分の着替えを出し、タオルを出して、それを放り投げる。

 

「では動かない内に風呂で洗ってきますので」

 

「容赦ねぇ」

 

「アギト、容赦がないのではない―――相手を思って行動しているのだ」

 

「言葉を変えれば綺麗に聞こえるよなぁ!」

 

 そしてナルがアギトへとドヤ顔を向けている。その光景を見てまた平和だなぁとしか思わない。アギトがナルへと突っかかる光景を無視して、イングがルーテシアと風呂から出たら今度は自分が借りるか、と思いつつ荷物を適当に置き、マントを解除して上着を脱ぐ。先ほどまでルーテシアの処刑が行われていたソファに座ると、視線の先にテレビがあるのが見える。ここ、電波通じているのか、と軽い驚きと共に近くにリモコンが置いてあるのを確認し、それでテレビをつける。

 

『マドウシ死すべし……!』

 

「あ、マドウシスレイヤーの再放送か、懐かしい。これ、シュテルとかレヴィが毎回見てたなぁ……」

 

 テレビの中ではモツ抜きを決めている主人公の姿があった。相変わらずアクションがダイナミック過ぎて何故お昼の時間で放送出来ていたのかさえ謎の番組だ。面白い事には面白いのだが、それでも……こう、確実に我が家の娘達の教育に悪かったな、と今更ながら認識させられる。面白いには面白いが、それでも今更興味がある訳ではない―――あの中でやれることは大体できるようになったし。

 

 チャンネルを変える時にアギトがあっ、と声を漏らすのは興味を持っていたからだろうか。まあ、アニメよりも大事なものがある―――ニュースだ。スカリエッティ側から最新のニュースや情報を送ってもらっているが、それでもテレビで確認した方が早い時なんてザラにある。だからなるべく余裕があるのであれば、テレビをつけて流しっぱなしにするのが良かったりする。そういう意味でもテレビをニュースチャンネルに変えると、見た事のある姿がテレビに映し出されていた。

 

『―――私はそこで強く、質量兵器の使用と所持許可を推進したい!!』

 

 強い感情と、そして思いを感じる声で主張するのはかなり歳を取った男の姿だった。だが”陸”の超重要人物である彼を見間違える人間はおそらくこのミッドチルダには存在しないだろう―――レジアス・ゲイズ、地上本部の防衛長官だ。地上の守護神とも言われる人物だが―――その背景は黒い噂が絶えない。そしてその一部が真実であるとは自分達は知っている。

 

 何故ならレジアス・ゲイズはスカリエッティと繋がっているのだから。

 

 元レジアスの部下―――ゼストとしては複雑な心境だろうと思う。

 

「……レジアス」

 

 ゼストは黙って昔の上司を―――レジアスを見る。その瞳には強い決意の様なものを感じられ、そして覚悟も感じられる。が……そこにレジアスへの殺意や悪意などは一切感じない。純粋に何かをすべきだと、高潔な精神から感じさせるものがゼストの表情にはあり、その視線がテレビに向けられているために何も言えなくなる。そのまま数秒だけ、無言の時を過ごしてから、ゼストが溜息を吐く。この男がこうやって露骨に疲れを見せるのは中々珍しいものだと思う。

 

「私は……」

 

 テレビを立ったまま眺め、ゼストはテレビの中で熱弁するレジアスの姿を見ながらつぶやく。

 

「……レジアスに問い質さないといけない。それが俺の唯一の目的で願いだ。あの日の真意はもういい……が、友が道を外しているのであればそれを正すのは外側にいる俺の役目だ。もし、レジアスが間違っているのであれば俺がレジアスを正さなくてはならない……俺だけができる事だ。この」

 

 ゼストが胸を、心臓が”あった”場所を抑える。そこにはもう心臓は存在しない。その代わり、とあるものが心臓の代わりとなって死んだゼストの体を動かし、活力を注ぎ込み続けている。一度死んで、そして動かなくなったゼストの心臓の代わりに鼓動を続ける物こそが、発掘してきたばかりのロストロギア―――即ちゼストの体はレリックを動力源に動いている。それをスカリエッティはレリックを応用した兵器、レリックウェポンと呼んでいた。ウェポン、即ち兵器。

 

 それがゼストが蘇らせられた理由であり、失敗作という烙印を受けて……今の現状へと至る。諸々の苦悩や経験はゼストの物だからこそ簡単に察する事も考える事も出来ないが……ゼストもゼストで苦労し、果たしたい願いがあるという事だ。それは尊重すべきものだが、テレビに映るテロップに視線を取られる。

 

「九月に地上本部の公開意見陳述会、か。おい、ゼスト」

 

「あぁ、俺にとってのチャンスになるだろうな、これは」

 

 普通に考えて警備の人員が増しているだろうし、厳重になっているに違いない。だがそれは同時にチャンスである事に変わりはない。そういう大きなシフトの変化には絶対に警備の穴が生まれる。それを利用して警備員の一人としてでも紛れ込めば―――レジアスと平和的に対面する事が可能になるかもしれない。普段の地上本部であれば無理な事も、このタイミングであれば可能になる。

 

「だが、まあ……あまりそこまで必死になって俺に付き合わなくてはいい。所詮亡者の声だ。本来は俺一人でやって終わらせるべき事だ」

 

「それを言うなら旦那はルールーや兄貴の手伝いをせずにいても良かったんだぜ?」

 

 アギトにそう言われ、ゼストは少しだけ困った様子で頬を掻く。この男が自分で主張しているほど”死んでいる”訳ではない。……体に関してだけはスカリエッティ側からのメンテナンスは完全に受け付けていないので確実に死に向かってはいるだろうが、それもまだ様子からして一年……二年程持つかもしれない。まぁ、それも安静にしていれば、という注釈がつくのはナルの診断結果だ。レリックのエネルギー量だって限界は存在する故、それを超える活動をすればゼストは死ぬだけだ。

 

 改めて詰んでいるとは思えるが、それでもまだ完全にゲームセットではない事だけは確かだ。現に、

 

「ロストロギアの動き関連の情報を入手したぞ」

 

「サンキュ」

 

「家族の為であれば苦にはならないさ」

 

 そう言ってナルが笑顔を向けてくる。何か今度精神的にサービスしなきゃなぁ、と思いつつもナルがデータを共有設定で全員へと回してくるそこには様々なロストロギアの流れが表示されており、ミッドチルダにおける密輸品の流れを把握できる。が、おそらくはただの一部、必要最低限の分だろう。ともあれ、それを見て確認できる最近の動き、目当てのものと思しき品物は―――

 

「―――ミッド中央か」

 

「クラナガンの南東辺りだな。ここには何があった?」

 

「そいつはもう調べたけど、そこにはホテルがあるぜ」

 

 ホテル、と言う言葉に少しだけ首をひねる。が、次にナルがすべり込ませてくるイベントの広告を見てホテルに集まる意味を把握する。

 

「オークション……」

 

 おそらくロストロギアを秘密裏に販売する裏オークションでも開催されているのかもしれない。純粋に骨董品の中に混ざっているということもあるかもしれないが……まあ、ここまで量が揃っているのにそれはないと思う。ともあれ、場所を、そして日時を確認する。オークションは約四日後の出来事だ。スカリエッティに連絡する時間と交渉する時間、準備をする時間を考えて―――ギリギリ、と言ったところだろうか。

 

「場所は―――ホテル・アグスタか」

 

 ミッド中央―――クラナガン―――即ち管理局とは近い位置だという事だ。

 

 これは確実に一波乱来るな、と確信を感じる。




 この中でレリウェポなのはゼストっつぁんだけッスよ。

 しかし一人だけシリアスキャラってのは許せんよなぁ……!


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ニュー・プラン

「―――おい、こっちだ」

 

「あ、はい」

 

 ぺこぺこと頭を下げながら少しだけイライラしている先輩の後ろについて行く。偉そうにしているのは仕事に誇りを持っているからではなく、権威を振りかざしたい典型的小物タイプの人間だからだろうなぁ、と思考をする。だが、まあ、扱い方次第では便利なタイプだと思う。そこまで付き合うつもりはないのだが。

 

 ともあれ、ホテルマンの姿をした自分と、短い間だが先輩がいる。連れられ後ろをついて行くと、一つの広いホールへと出る。多くの席が扇状に並べられ、ステージを中心に広がっている場所だ。そこには自分以外にも複数人働いている人の姿が見え、せわしなく色々と掃除やら設置やら確認している。

 

「お前もここで他の連中を手伝うんだ、いいな?」

 

「おっす」

 

「じゃあ俺は行くからな」

 

 何をするべきか説明をすることもなく先輩は去って行った。酷いやつだなぁ、と思うがもう関わる事もないだろう、と結論付けて動き出す。

 

「どもっす」

 

「おう」

 

 やる気のない返事が通り過ぎる作業員から返ってくるがまあ、これが有名ホテルの実態だろうなぁ、とホテル・アグスタで働いている従業員の質を考える。客の前ではちゃんとしていればいい、と言うわけでもないと個人的には思う。接客業だからこそ見えない所での気配り! ―――なんて風に思うのは本職じゃない、関係のない人間が思う事だと判断し、どうでもいいと思考を斬り捨てて、そしてどうするか、と軽くつぶやく。

 

 まあ、やる事なんて決まっている。

 

 工作しかないだろう。

 

 ”銀色”に染まった髪の毛を揺らしながら思考する。ここからどう動きべきか、と。まあもちろん魔法なんて使えば一瞬でバレてしまうので、一歩目を踏み出すのと同時に気配を殺して、存在感を消して、そして従業員たちの死角を歩きはじめる。まだ一言しか喋ってないので印象には残っていない。

 

 今のうちに好き勝手動かさせて貰おう。

 

「さて、ゼスト達は何をしているかなぁ……」

 

 呟きつつも行動を開始する。

 

 

                           ◆

 

 

「破壊工作、か」

 

「旦那?」

 

 いや、必要な事だとは理解している。だがまさかやる側へと回る事が来る事があろうとは思考さえしなかった。スカリエッティに蘇生されて以来非合法な手段に色々と手を伸ばし、法を壊し、そして生き恥を晒してきている。だが犯罪者の代名詞とも言えることを自分がやる側に回るとは予想できなかった。マント姿、廃墟都市区間を歩きながらそう思う。

 

「なんでもない」

 

「ならいいんだけどよぉ……」

 

 そうは言うが、アギトが己を心配しているのは態度に解りやすく出ている。助けた義理しかない筈なのに、それでもここまでついてきてくれている小さな存在は正直有難い。レリックの力で蘇ったのはいいが、アギトのサポートなしでは全盛期ほどの力を出す事は出来ないのだ。戦う時は非常に頼っている所申し訳ない。だが、それを己は出してはならない。なぜなら、己は大人だからだ。イストら三人はまだいい。大分こちらよりだから理解してくれている。ただルーテシアとアギトはかなり幼い。彼女たちの前で弱音を吐いては不安にさせてしまうだろう。……たとえそう見えていなくても、まだ未熟な彼女たちの心は手に取るようにわかる。

 

 ただあまり、交流する方の者でもないのだ、己は。だからこういう時、どういう言葉をかければいいのかが良く解らない。こういう場合はどうすればいいのだろうか……。

 

「旦那?」

 

「む」

 

 少し考えていただけだ、と言おうとして止める。このままでは何時も通りだ。それはそれでいいかもしれないが、少しばかりいつも以上を狙うのも悪くはないかもしれない。武芸において鍛錬とは常に存在するものだ。一日でも手を緩めば取り返しがつかなくなるが、ちゃんと毎日やれば前進するのは解っている。だからここは、もう少しだけ頑張ってみた方がいいのかもしれない。そう思い、誰を参考にすべきか、と思ってから頭を横に振る。自分が友人と言える様な人物の中で、常に前向きなのは一人しかいない。

 

 イストならこの状況でなんていうのだろうか。短くそう思考し、そしてアギトへなんていうのかを決める。これなら大丈夫だ、と、アギトへと視線を向け、

 

「―――全く問題ない、大丈夫だ」

 

「旦那! そ、それ次のコマで死亡したキャラのセリフ―――!!」

 

 笑顔とサムズアップを付けたのだが何かが悪かったらしい。アギトは逆に焦っている。

 

 解せない。

 

 

                           ◆

 

 

『アギトから秘匿回線(チャント)が入っている』

 

 どうした、と思考を生み出した瞬間、ナルがそれに対して答える為に意志を伝えてくれる。

 

『犯人はお前か、と』

 

「アイツは一体何が言いたいんだ」

 

『さあ?』

 

 実に謎だ。ゼストとアギトの方はちゃんと作業進めているのだろうか、と少しだけ不安になりながらも口の中で噛んでいたガムを手に取り、ポケットから小型の爆弾を取り出す。そのサイズは親指ほどしかなく、威力も相応のものしか出ない。だがそれをガムでブレーカーの下に、陰に隠れていて見えにくい場所へと貼り付ければ十分だ。一時的にこれで電力をダウンさせることができる。まあ、それも些細な工作だ。何せサブ電源がこういう大きなホテルには用意されているだろう。だから精々ダウンさせられたとしても数秒程度だ―――だがするとしないとで明確に状況を分ける場合がある。できる小細工は可能な限りしておいた方がいい。

 

 さて、これで小型爆弾の設置は終わった。確か、

 

『ネットワークへのワーム等の設置も完了している』

 

 と、ユニゾン中のナルが伝えてくれているのでこれ以上やる事はないと判断する。破壊工作と言ってもそう大きなことではなく、つつましいものだ。派手なものになると金も時間もかかる為、今の自分達には無理だ。だからこの程度だろうな、と思い、引き上げる事とする。

 

『周りに気配は感じない』

 

 ありがとう、と思考する必要もない。思いだけでも彼女は察してくれるから。だからそのままブレーカーのある部屋から外へと出る為に、階段を上って行く。暖かい空気を送り出しているジェネレーターの横を抜けて行き、扉の前で一旦動きを止める。再びドアの向こう側の気配を軽く探り……なにもない事を確かめてから扉を開け、素早く廊下に出る。脱出経路は入ってきたときと同様、従業員用の裏口から。変装して姿を変えているとはいえ、それでもなるべく長く自分の姿は晒したくはない。自分が存在していたという情報は、必要以上に残すのは二流の仕事だ。

 

「……ま、工作員じゃないんだけどな」

 

 何が悲しくて前衛がこんな技術を身に付けなくてはいけないのだ。

 

 まぁ、己のこういう工作技術はレヴィに教わったものだからレヴィにやらせればもっとあっさりといろいろやってくれそうだなぁ、と思いつつ帰りの道を急ぐ。なるべく急がず、普通のホテルマンのフリをしながらとおりすがる客や従業員たちに違和感を持たれない様に歩き、そして一階のロビーへとやってくる。

 

「どうも」

 

「あ、はい」

 

 ロビーのカウンターの裏、そこには扉があり、従業員用の通路が存在している。そこを抜ければ少しぐらい駆け足になっても問題はない。だからそれを目視したからこそ焦らず、歩く。帰ったら作戦行動に備えて少し寝るべきか、と思考を生み出すとナルの考えがなだれ込み、それで苦笑を漏らしそうになる。それを何とか堪えながらもロビーの裏へと到着する。受付嬢が此方へと視線を向けてくる。

 

「あ、先にあがります」

 

「お疲れ様ですー。羨ましいなぁ」

 

「あはは、頑張ってください」

 

「はい」

 

 軽く挨拶をし、そして扉に手をかけた所で―――動きが止まる。

 

「ここが、かな?」

 

 背後で聞こえた声が一瞬で誰のものか解った。そして一瞬硬直してしまった自分のアホさ加減を呪いたかった。硬直するのが一瞬であれば復帰するのもまた一瞬。耳にした声を懐かしいと思いながら扉を開けてその向こう側へと抜ける。少しだけ、心臓が早鐘を打っているような気がする。どうなのだろうか。胸に触れればそこには何時も通り、一定のリズムで刻んでいる心臓の鼓動を感じられる。いや、本来の自分であればここまで平静ではいられない。混ざっているからこそこうやって落ち着いていられるのだ。

 

『気にするな。妻として支えるのは当然の事だ』

 

 その言葉に笑みを作り、歩き出す。あぁ、そういえばそうだった。数日後にはオークションで―――そしてそこへと解説のためにやってくる人物の名前がそこにはあった。まさか下見のための時間と此方が工作の為に潜入していた時間でぶつかるとは予想外にもすぎる。

 

 従業員通路を足速く進みながら、ホテルの制服に姿を設定していたバリアジャケットを解除し、何時も通りの姿へと服装を戻す。魔力隠蔽用の指輪とユニゾン状態はそのまま、後ろにいる存在から少しだけ逃げる様に、足のペースを速めてホテルの上へと通じる通路を抜け、外へ出る。外へと出た所で周りの気配を気にしつつ、一気に加速し、アグスタ周辺の森へと飛び込む様に移動する。

 

 そして自身が安全と認識できる距離へとやってきたところで、ようやく足を止め、そしてユニゾン状態を解除する。目の色と髪の色が大きく変化するユニゾン状態はウィッグやらコンタクトやらを使わなくて済むので非常に便利な変装手段だ―――魔力を隠す方法さえあれば。

 

「あー、死ぬかと思ったぁ!!」

 

 息を吐き出しながらそう言う。変装と言ってもプロフェッショナルではないので知り合いに会えばまず間違いなくバレる。背中姿ならまだしも、顔を見られたらヤバイ。なので彼の―――ユーノの声が聞こえた瞬間、背筋が凍る思いだった。思わず動きを停止してしまったのは懐かしさと、驚きと、そしてちょっとだけ、悔しかったからだ。だからあの空間、ユーノがいない空間へと出られたおかげで一息を付く事が出来る。

 

「あー……焦った」

 

「大丈夫か?」

 

 寄ってくるナルが背中を撫でてくれる事で少しだけ落ち着きを取り戻す。いや、本当に焦った。個人的に一番敵対したくないタイプだ、ユーノ・スクライアは。努力の鬼と言っても過言ではない。あの年齢で司書長に、自分よりも格上に対してバインドやシールドをメインとして戦闘術の確立、どれをとっても才能と評価したくなるようなことを秀才クラスで成しているのだ。考えて行動するタイプの人間は何時だって考えない側からすれば恐ろしい存在なのだ。

 

 シュテルは既にバレているんだし、おそらく俺が生きているって予測も出来上がっているだろう。そこで俺の存在のヒントなんて残してしまえば絶対に対策組まれる……いや、なのは辺りは確実に対策組み終わっているだろうが。前から負けず嫌いな所があるしあの娘は。

 

「ふぅ……しかしそうか、ユーノがいたんだな」

 

「……?」

 

「いや、ユーノがいるのなら少しだけ、話は変わってくる」

 

 そう、ユーノがいるのであれば話は変わってくる。俺と融合していたナルであれば解るはずなのだ、俺がどれだけユーノに対して高評価を与えているのかを。というかあのヒロイン属性男子にはどこかシンパシーめいたものを感じる。嫁に狙われていた状況とか、結局のところ抗えなかったところとか。若干同類視していると言ってもいいかもしれないが、

 

「よし、計画に少しだけ加えよう」

 

「どうするんだ?」

 

 拳を握って固め、それを持ち上げ、見せ、

 

「―――ユーノ・スクライアを拉致しよう」




 割と理論とか思考ってこじつけだったり強引だったりする。

 ちょっと短めですが次回からやっと本番、と。


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アット・ボトム

 空を音を立てながら進んで行くヘリの姿を目撃する。普通なら飛行と同時に騒音を立てているのだろうが、そのヘリにはそういった騒音は存在しなかった。消音機能とは中々豪勢な機能を持ったヘリだと思う。軽く見上げて確認できるヘリは大きく、そして風を切る音以外には駆動音をさせない。その大きさから鉄の塊が輸送ヘリである事を判断し、そして現在、このような場所へそんな移動手段で出動の出来る財力と権力を持った相手が何であるのかを把握し、そして結論付ける。―――即ちアレに乗っているのが自分たちの敵であると、そう判断する。

 

「本来であれば敵が到着する前に終わらせるのが最良であるのだろうが―――」

 

 ゼストのその言葉に全面的に同意する。ホテル・アグスタから少し離れた森の中、姿を潜ませながら思う。戦わず勝利する事こそが兵法としては正しく、戦果としては最上の結果であると。故に最高の結果を得るのであればまず間違いなくあのヘリがホテルに到着する前に終わらせるのが正しい。だが世の中、そう簡単には出来ていない。

 

「それが不可能である、と考えると少々厄介ですね。相対が必須である事ですから」

 

「あぁ」

 

 ホテル・アグスタには二種類のオークションが存在する。表向き、骨董品やレベルの低い、危険性のないロストロギアのオークションがまず一つ。此方は一般開放されており、そして誰でも内容を得る事の出来るオークション。上限額も設定されており、気軽に楽しめるホテルとしての売りだが―――もう一つのオークションは違う。此方はホテル・アグスタの”裏”のオークションだ。密輸品売買、危険指定ロストロギアの売買、上限額なし、等とかなりぶっ飛んでいる内容となっている。それに惹かれてやってくる人間もかなり大物だったりと、この裏オークションの方が自分達にとっては本命だ。此方の商品にレリックが混じっている、というのが得た情報だ。

 

 この表の商品、そして裏の商品、搬入タイミングが同時なのだ。バレない様にするのであれば別々に時間とルートを分けるのが良いのだろうが、ここはあえて、というべきか一緒に運び込んできている。普通ならそのまま摘発でもして、あとから襲撃すればいいのだが―――今回に限ってはヘリと同時にレリックを運んでいるトラック群が来ている。つまりヘリと、それに乗っている戦力に護衛されている形で入ってきている。それでも襲撃すれば強奪はできるかもしれないが―――後へと続かない事を考えるともっとスマートな手段が好ましい。

 

「機動六課……厄介ですね」

 

「戦力的にであれば此方の方が総合的には上だ」

 

 ナルの言葉に頷く。だがそれはマテリアルズをいれての計算だ。実質、此方の戦力は現状五人だ。ゼストはアギトとユニゾンした状態ではないと長時間の戦闘は絶えられない体だ。ナルやイストが少しずつ体にメンテナンス処理を行っているが、スカリエッティの研究所で本格的なメンテナンスを行わない分、完全に気休め程度だ。故に自分、ナル、ルーテシア、ゼスト、そしてイストで五人が問題なく動かせる戦力だ。マテリアルズの召喚は最終手段だ。故に今は戦力として考えない。

 

 対する相手、機動六課の戦力を比較する。

 

 まず隊長クラス、技量的にオーバーSのまま魔力リミッターでランクを下げている魔導師が三人、歴戦のベルカの騎士が二人、守護獣が一人。それにBからAランク相当の新人魔導師が四人―――あぁ、そしてユニゾンデバイスが独立戦力として活躍できた。合計で相手の戦力は十人に上る。それにホテル側の護衛やガードマンなどを考えると此方の軽く此方の数倍差の戦力差である事が理解できるが、

 

「―――問題ありませんね」

 

「だな」

 

「この程度で止められると思われては心外だな」

 

「偶に大人たちが怖くなる」

 

「じゃあルールーは素直になろうよ」

 

 アギトの言葉をルーテシアが軽く受け流す様子を目にしながら、各々が武装を構える姿を見る。スカリエッティの方から安くはない値段で警備状況やら人員配置に関しては調べ終わった。機動六課に関しては情報へのガードが強くなったせいで情報の閲覧ができなくなったことが辛いが―――まあ、所詮その程度だ、と判断する。

 

 ゼストが槍を構え、ナルが左腕に盾とパイルバンカーを融合したような武装を装備し、己は拳を握りしめ、腕の具合を確かめる。問題はない。そう、何一つ問題はない。この場にイストはいないが、彼には彼の役割がある。だからそれを果たすまでは、

 

「騎士ゼスト、よろしくお願いします」

 

 彼が要となる。それに対して頷きが返ってくる。そしてアギトがゼストへと接近し

 

「行くぞアギト」

 

「おう! ユニゾン!」

 

 アギトがゼストとユニゾンし、ゼストの髪色が変化する。そして同時にルーテシアの足元に魔法陣が出現し、空間に複数の魔法陣が浮かび上がる。それはルーテシアが”ストック”している魔法生物、特に昆虫をベースにしたものの召喚陣だ。大規模な作戦の場合物量がものを言う場合が多い。その為、簡単に召喚で来て攪乱に向いている昆虫を予めルーテシアにはストックさせてある。

 

「ふふふ、ついに私が世間に恐怖の魔王として脚光を浴びる時……!」

 

『ルールー、方向性大丈夫か』

 

 ルーテシアがそう言うとすかさずアギトが言葉を挟み込むが、この二人はこの数年で中々面白いパートナー関係を築きあげているな、と判断したところで魔法陣から出現してくる姿を見る。紫色の魔法陣から姿を表すのは―――鉄色の姿だ。だがその姿は望んでいた召喚物とは違う。それをルーテシアの驚愕の表情が教えてくれる。魔法陣の中から姿を現したのは昆虫ではなく、鉄色の機械、管理局名称ガジェットだった。

 

「私こんなの知らない!」

 

 知っている、ルーテシアがこんなばかな真似をするはずがない。ガジェットの出現によってAMFが発生し、隠密行動が破壊される。ガジェットは電気式の機械だ。出現すればその瞬間から電力の消費とエネルギーの発生が確認できる―――つまり相手に察知されるという事だ。こんな事をする者はこの世で一人しかいない。

 

「スカリエッティ!!」

 

 ホロウィンドウが出現する

 

『あ、ごめんごめん。丁度欲しかった実験材料だから召喚の中身を此方で入れ替えさせてもらったよ。代わりにガジェットを入れて置いたし問題ない問題ない。ほら、空っぽよりも全然いい! 友好結んでいる相手にこんなサービスしちゃうスカさん超天使!』

 

 露骨に足を引っ張りに来ているのだ、こいつは。

 

「貴様ァ―――!!」

 

 ホテル・アグスタから動き出す気配を察知する。

 

 

                           ◆

 

 

「―――始まったか」

 

 騒がしくなる周りを認識し、始まったのだと理解する。少し忙しそうに走り回る従業員の横を抜けて、ゆっくりと目標を探しながら歩く。恰好はタキシード姿、髪色は黒のウィッグで誤魔化すとして、ここでは仮面姿も特に珍しくもないので仮面を被って顔を隠す事とする。……仮面はこういうホテル、しかもイベントの日にしか使えないのが残念だ。顔を隠すには優秀なんだがなぁ、と思いつつあるく。

 

 己の役割は簡単だ。

 

 ユーノの誘拐、それだけだ。

 

 レリックの確保はルーテシアとゼストが役割を担っている。もちろんそちらの方が本命だ。だがユーノの誘拐には大きく分けて二つの目的がある。だからまずはユーノを誘拐するというアクションへと移行しなくてはならない。予定よりも騒ぎが大きくなるのが早い気がするが―――まあ、少しぐらいイレギュラーがあったとしてもそれをどうにかできるチームだとは思っている。だから従業員の誘導に従っているフリをして、そのままホテル内を歩く。オークション会場はホテルの二階部分にある為、必然的に歩き回るのもホテルの二階部分だ。フロアにまばらに残る人の気配を探って探す。まずは近くから探そう。そうして感じる気配に近づく。

 

 だがそこには、

 

「おい、貴様。ここは危ないぞ」

 

 ピンク色の髪の魔導師―――シグナムの姿があった。まだ此方が誰だか認識していないのか、変装が上手くいっているのか此方を此方として認識していない。今なら不意打ちで沈められるかもしれないが……それは欲張り過ぎだ。人生欲張り過ぎると身を滅ぼすのは良くある話だからこそ、シグナムの言葉にコクリ、と頷く。

 

「避難するのであればあちらの方だ。他の従業員の避難誘導に従って動くんだ、いいな?」

 

 そう言うとシグナムは此方から視線を外し、デバイスを握りしめた状態で別方向へ歩いて行く。その背中姿を少しだけ見た後、再び歩き出す。ホテル内にシグナムを配置した、と言う事は隊長等権力のある人員ではなく動ける人間を配置した、という判断だろう。こういう場合は隊長などの地位の高い人間を置いた方が高官などがいた場合印象を良くできるのだが、最大戦力の展開を選んだ、と言う事だろうか。

 

「まぁ、いい」

 

 評価は今はほとんどどうでもいい話だ。そういうのは全て捨て去った後だし。だから、足で再び探し始める。気配を探り、先ほどの失敗を反省する。ユーノは学者、それも地位的にはかなり偉い地位にある。そんな要人を一人にしておくことはないだろうなぁ、と思考をしながら歩き出す。今度は一人ではなく最低二人のグループへと向かって歩きはじめる。

 

 そして、十数メートル先の廊下を曲ったところで目標を見つける。

 

 別の廊下では焦ることなく二人の男の姿を見かける。片方は茶のスーツ姿、自分と似た様な髪型をしている、小さな眼鏡をかけた男の姿だ。必要以上に着飾る事をしない、質素なイメージの男だ。だがその横にいる白いスーツ、緑髪の男はもう一人と比べて白いスーツ姿と、かなり派手な格好となっている。どちらも、自分には見覚えのある人物だ。茶のスーツが目標であるユーノ・スクライア、そしてもう片方がヴェロッサ・アコース―――査察官だ。

 

「面倒だな」

 

 そう言いつつも足は既に二人へと向かって音もなく、歩いている。気配も断っている為に気付く事も出来ない。だがそうしなきゃいけない面倒がある、と思考する。ヴェロッサが査察官として非常に優秀なのは彼が二つのレアスキルを保持しているからだ。無限の猟犬という魔力により猟犬を生み出し操作する能力、そしてもう一つが思考捜査。何よりも後者が面倒で、此方に触れる時間を与えてしまえば思考を読まれる。

 

 故に、

 

「覇王断空拳」

 

「えっ?」

 

 ユーノとヴェロッサの背後から到着するのと同時に、短い踏み込みからヴェロッサの背へと拳を叩き込む。衝撃が拳を伝ってヴェロッサを貫通し、そして広がって行く。次の瞬間に白いスーツ姿のヴェロッサの体が吹き飛び、廊下の奥へ壁を貫通しながら吹き飛び―――そのままホテルの外へと吹き飛ばされるのを確認する。これで此方も捕捉されたな、と思いながら振るった拳を下す。

 

「君は―――」

 

 ユーノがそう言いながらステップを後ろへと取る。既に魔法陣は出現しており、此方を拘束するためのバインドが三種類放たれる。だがバインドが体を掴んだ瞬間、それをすり抜け、破壊しながら前へと進み、左手で一気にユーノの首を掴み壁へと叩きつける。少しだけ首を強く締め、ユーノが魔法陣を展開できない程度に呼吸を辛くさせる。

 

「黙って掴まってもらおうか」

 

「その、声……イストか……!」

 

 軽く驚く。もう何年も経過しているのに声だけで此方の事を把握したのか、と。少し失敗したか、と思う反面嬉しくもあった。自分の事を忘れていなかった人物はいるのだ、と。だから左手でユーノの首を絞めたまま、右手で仮面とウィッグを取り、そして服装をバリアジャケット姿へと戻す。その姿を見てユーノは少しだけ、悲しみの表情を浮かべ、そして苦しいであろうに、口を開く。

 

「君は、どっちだ……!?」

 

 どっちだ。本物か、クローンか。なるほど、六課には確かなのはが参加していた。そしてなのはを通して情報を得たのか、相談されたのか……ただ情報として相手が自分の事を本物かクローンか、判断はついていないようだ。だったらこそ、これはブラフに使える。が、そんなものは自分のやり方ではないので、迷うことなくユーノに教える。

 

「本人だよユーノ。ここにいるのはイスト・バサラって一つの心無い怪物だ」

 

 ユーノからの返答はいらない。ユーノを黙らせるために意識を落とそうと、首を絞める強さを上げる。それにユーノが苦しむように酸素を求め、両手で腕をつかむ。だがその程度で拘束が緩まるはずがなく、ユーノの抵抗が少しずつ弱まって行く。

 

 あと少し、という所で、

 

 腕に感触を得る。

 

 それは牙だった。

 

 牙が、緑色の猟犬が腕に噛みついている。が、腕には食い込んでいない。それもそうだ、この腕は義手で出来ているのだ。そして俺の腕である以上、硬くなくては困る。

 

「―――やれやれ、その腕は一体何で出来ているんだ」

 

 口から零した血で白いスーツを軽く赤く染めながらも、ヴェロッサ・アコースが両足で立ち、此方を見ていた。その周りには緑色の魔力で生み出された猟犬が出来上がっている。ユーノを壁から引きはがし、ヴェロッサに背を向けて走り出した瞬間、ヴェロッサの声が響く。

 

 ……数秒か。

 

「行け、無限の猟犬(ウンエントリヒ・ヤークト)」

 

 十数を超える猟犬が一斉に襲い掛かってきた。




 ヴェロッサさん活躍少ないよな。恐ろしい技能持ってるのに。

 なんかドッグブリーダーの資格持ってそう


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スリップ・アンド・スライド

 背を向け走り出しながら猟犬の噛みついた腕を壁へと叩きつける。腕と壁に挟まれた猟犬の頭が破裂し、消滅する。だがそれはたった一匹の話だ。全力で床を蹴っても、すぐ背後から食らいつこうとする猟犬が存在するのを認識する。逃げ切れるか、と己に問うと無理だな、と経験が伝えてくれる。相手の数が多いのと、基本的に自分は速力はそこまで高くはないのだ。瞬間的にであれば地を蹴れば早いかもしれないが、レヴィやトーレの様に常時加速した状態でいられるわけではない。だが、その代わりに―――自分には頑強さがある。そして機能こそが戦闘における自分の信頼の置けるものの一つだ。だから速力が落ちた所に無数の猟犬が体や腕に噛みついてきた事を理解しつつも、足を止めず、

 

 前進する。

 

「騎士イスト!」

 

「騎士は死んださ、残ったのは怪物だ」

 

 そう、ヴェロッサは厄介な相手だが同時に戦闘員と言うわけではない。あくまでも、査察官だ。ストライカー級と比べればその戦闘力は落ちる。ましてや俺はタンクタイプのグラップラー。この程度のダメージ、猟犬が十数噛みついたところで、

 

 それは全くダメージにならない。

 

「止まらないか」

 

 止まらない。ここまでの道程を全力で走り続けてきたのだ。たったの一度も、足を止める事無く。だからこの程度で折れる人間だと侮ってほしくはない。

 

「相性が悪い、けど」

 

 後ろに足音が追加される。四足獣が床を蹴る音と、若干引きずる様な足音だ。ヴェロッサ自身はもはや脅威ではない。だがあの猟犬は厄介だ。そう思考するのと同時に更に数匹体に噛みついてくる猟犬が増える。左手で抱えるユーノを逃がそうと腕に、足に、肩に、背中に噛みついてくるが、それは全く成果を上げない。ヴェロッサの言葉通り相性が悪いのだ。火力に欠けるあの男では此方の速度を落とすぐらいしかできる事はない。接近して思考を読みとるにも開幕での一撃が確実に尾を引いている。そこまで近づいてくるだけの力がヴェロッサには残ってはいない。

 

 それでも体に噛みついてくる猟犬の数は増え、そして此方の動きをなるべく遅延させようと動いてきている。

 

 それは何故か。

 

 相手の思考で考えれば答えは簡単だ。

 

「―――そこか」

 

 踏みとどまり、蹴りを上へと向かって放った瞬間、天井を突き破ってシグナムの姿が現れた。その表情には迷いはなかった。両手でレヴァンティンを握り、此方へと攻撃を叩き込んでくる。それを蹴りと衝突させることで相殺しつつ、そのまま回転げりへと持って行き、シグナムを蹴り飛ばす。それを彼女は短いバックステップを数度繰り返す事で距離を開ける。

 

 来るな、と口に出さず呟いた瞬間、ユーノを手放し、両足を床に固定する様に踏みとどまり、そして左半身をシグナムへ、右半身を背後だった位置へ―――ヴェロッサの方へと向ける。そしてそれと同時に両側へと向けて拳を放つ。その瞬間、体に噛みついていた猟犬が全て消え去り、狭まっていた視界が広がる。同時に両腕に感じるのは重度の衝撃だった。全身を貫く様に発生する魔力付与の衝撃を体を通して床へ流し、足元を砕きながら耐え抜く。そして目撃するのは両側を挟む烈火の将と、そして赤色のバリアジャケットで少女の姿をしている―――鉄槌の騎士。

 

「久しいな」

 

「かもな」

 

 そう言って力を込めてシグナムと鉄槌の騎士ヴィータのデバイスを少しだけ弾く。その隙にユーノを回収しようとしていた猟犬を蹴り飛ばしてユーノを掴み、左腕で抱えて右拳で構える。両側から挟み込むように武器を構え、向けてくる騎士を確認し、ここからどう動くか、と思考する。―――未だゼストから連絡が来ない限り、自分のやっている事を放棄するわけにもいかない。ともなれば続行しかあるまい。

 

「おい、テメェ答えろ」

 

 ヴィータがデバイスを此方へと向けながら語りかけてくる。それを正直有難いと思いながら聞く。

 

「投降する気はあるか」

 

「ない。あと俺からも質問だ」

 

 ニンマリと、笑みを浮かべる。

 

「ベルカの騎士は一対一を誇りとするんじゃないのか?」

 

 そう言うと、ヴィータがデバイスを構える。

 

「悪ぃな。そうしてやりたいけどはやてに言われてんだよ―――”馬鹿はボコれ”ってな」

 

「相変わらずだなぁ……」

 

 そう答えるのと同時にシグナムとヴィータが突貫してくる。迷う事無く二人で襲い掛かってくる二人の行動に軽く舌打ちをしたかった。だがそんな事が出来る筈もなく、ユーノを上へ放り投げる。そしてその瞬間に振り下ろされたヴィータのデバイスを左腕で受け拳を顔面へと叩き込もうとする。瞬間、ヴィータが体格差を利用してしゃがむ事で回避し、横から首を狙って放たれる斬撃を目視する。ガードに出した腕を素早く戻し、手の平で張り手を繰り出す様にシグナムの一撃を受け、ヴィータへと向かって蹴りを繰り出す。

 

 ヴィータがバックステップし、デバイスにカートリッジをロードするのを目撃した瞬間、シグナムが剣を引きながらバックステップする。

 

「その感触、義手か」

 

「解ってるなら言わなくてもいいんじゃないか」

 

「最近、口に出さねば伝わらないということが解ってな」

 

 なるほど、それもまた真理だろう。その言葉に納得しつつ落ちてきたユーノを掴み、跳躍する。向かうのはシグナムが登場する時に開けた穴、そこへ飛びこんで一つ上のフロアへと移動する。チラリ、と肩に担ぐ意識の無いユーノの姿を確認し、心の中で最低限の謝罪をしておく。それにほとんど意味はない―――謝っても改める気がないのであれば反省するだけ無駄なのだ。だから本当に形だけの謝罪を心の中で済まし、そして思考する。

 

 これだけやれば十分だろう。

 

 ユーノは床に降ろし、解放する。既に仕込みは終わった。あとは状況を動かすだけだが―――依然、ゼストから何もないのが怖い。おそらく作戦が早く始まった事もあって、何かが上手くいっていない気がする。だがそれでもやるべき事を殺るだけだと判断し、

 

 目を閉じ、そして動く。

 

 ……ここ、来るな。

 

 確信にも似た経験が体を動かす。目を開く。そして、次の瞬間には加速術式で出現したシグナムの姿が存在した。言葉を漏らす事はなく、滑るように移動、接近と同時にレヴァンティンが振るわれてくる。それを左腕でガードした瞬間レヴァンティンが解れる。そのもう一つの形である連接剣へと姿を変貌させ、腕と顔に巻きつく。そしてそれと同時に床を抉りながら巨大な鉄槌が打撃せんと迫っていた。

 

 それを防御することなく体で受け止めながら右手でシグナムの顔面を掴む。背中から重い衝撃が体を貫くような感触を得る。だが、まだ制限された、フルドライブでもないこの程度の一撃ではまだまだ沈まない。だから健在であると証明する為に掴んだシグナムの後頭部をそのまま、

 

 全力で床へと叩きつける。

 

 バキリ、と掴んだ頭の裏側から砕ける床の音が響く。だが頭蓋骨の音ではない。と言う事はまだ生きている事だ。ならまだ全然余裕と言う事で。自分をスタンダードにするわけではないが、ベルカ人、特に古代の将ベースにしているのであればこのぐらい余裕だろう。

 

 故に叩きつける。再び叩きつける。三度叩きつける。四度目でシグナムが血を吐いた。だが止めない。五度目を叩き込んだところでシグナムがレヴァンティンを手放す。左腕と顔を拘束していたレヴァンティンが取れる。

 

「退けぇ―――!!」

 

 横殴りの衝撃が体を吹き飛ばし、壁を貫通させながら衝撃を伝えさせる。貫通した壁の先、衝突した勢いで真っ二つに破壊してしまったベッドから降り、直撃を受けた脇腹を軽く擦る。砕かれた壁の向こう側で既にシグナムは立ち上がっていた。レヴァンティンは既に姿を変え、弓の姿へ―――矢は構えられている。髪留めは切れて髪が降ろした状態になっていたが、その視線は更に鋭いものになっている。

 

 懐かしい、目に、なっている。

 

「―――駆けろ」

 

 次の瞬間、矢が胸に突き刺さる。だがそれは非殺傷設定だ。心臓に突き刺さっても非殺傷設定では意識を失いそうなほどの魔力的ショックダメージが心臓へと流し込まれ、受けたものの意識を奪おうとする。だがその程度で意識を失うわけがなく、片手で矢を胸から引き抜き、折る。視線の先、猟犬に運ばれて行くユーノを確認しつつ、笑みを浮かべる。

 

「は、はは、ははは……」

 

「チ、狂ってやがるな、テメェ!」

 

 すかさず迫ってきたヴィータが鉄槌を振るう。それをノーガードで受け止め、逃げられない様に左手でヴィータの顔面を掴む。そして、

 

「覇王断空―――ッ」

 

 拳を叩き込もうとして次の瞬間、余分なバリアジェケットのパーツをパージした衝撃でヴィータが拘束から抜け出し、攻撃を空ぶる。そしてその隙を埋める様にシグナムが飛び込んでくる。相手の動きに遠慮も隙もないな、と苦笑を軽く漏らしながらもシグナムの動きの迎撃に入る。

 

「狂っている? 寧ろ愛と狂気しか残ってねぇよ」

 

 寧ろそれ以外の何があるのだと言ってやりたい。それ以外の何があればこんな風になるのだ。

 

 だから、踏み込みと同時に放たれる上段斬りに対応する。刃の表面を撫でる様に左腕を滑らせ、人工皮膚の表面を抉れさせつつ左拳を繰り出す。それがシグナムが右へと動いた事で回避された事を確認しつつ、後ろへとスウェーする様に動く。次の瞬間、バリアジャケットがパージされ、少しだけ軽装のヴィータが頭の位置に鉄槌を振り下ろしていた。面倒な相手だと判断する。お互いに動きを熟知しているからコンビネーションが”ハマリ”だすと付け入る隙が少ない。ただの数年ではなく、十数年、もしかして”闇の書”の守護プログラムとして活動した数百年分の経験がこの二人に存在しているのかもしれない。だとしたらこの世でもっとも戦いたくない部類の存在に入る。

 

 が、経験の濃さではまず間違いなくこの二人には負けない領域にあると自信できる。

 

 何故なら、

 

「―――オリヴィエよりは弱い」

 

「その名は―――!!」

 

「は、はは、ははははは……!」

 

 何も言わず、笑って答えて殴りかかる。もちろんヴィータとシグナムはその動きに合わせて回避を選択する。そして回避と同時に、スウェーバックの一撃が体へと向かって振るわれる。それの回避を放棄して、身体に叩きつけられるデバイスを掴む。この数年で成長しているのは決してアイツらでもコイツらだけでもなく、

 

 家族以外の全てを捨て去ると決意した結果、俺も変わった。

 

 ―――スカリエッティでさえ認めるストライカー判定だ。

 

「おおおおぉぉぉぉ―――!!」

 

「なっ」

 

「くっ」

 

 デバイスを握った女を二人、そのまま振り回す。意識が遠ざからない限り、この二人はデバイスを自分の手から離す事などない。その瞬間こっちがデバイスを壊しに来るのは見えている事だから。だから武器を失わない為にも此方が何をやるのか解っているにもかかわらず、武器を手放せない。そして、そのままデバイスを手放しつつシグナムとヴィータを壁へと叩きつける。左右の壁へと叩きつけられて半分埋まる様な状態の二人へ、部屋の中央から足を床へと叩き込み、半分埋める様に固定してから腕を交差させるように掌底を双方へ、掌を叩きつけるように勢いよく突き出す。

 

「ヘアルフデネ―――覇王双掌!」

 

 壁を貫通して二人の姿が遠ざかって行くのを感じ、そしてそれに違和感を覚える。今の行動、二人は被害を避ける事よりも受け止め、吹き飛ばされたように思えた。自分から遠くへと移動する為にわざとうけきる様な、そんな手応え。それを認識した途端、理解する。

 

 呼んだかヴェロッサ。

 

 そして、

 

 釣れたな。

 

 ―――次の瞬間、桜色の光が空間全てを満たした。

 

 全身を焼き、そして貫く砲撃。それが壁や家具を粉々に砕きながらありとあらゆるものを飲み込み、滅ぼして行く。リミッターがついているだろうに昔食らった時よりも威力は確実に上がっていると思える。その衝撃を懐かしく思いながら、対処法は昔と全く変わらない。いつぞやの時と同じく桜色の奔流の中で、全身が焼かれている事も構わず、前へと踏み出しつつ、右拳を振るう。

 

「ベオウルフ」

 

 瞬間魔力が消え去る。空間が弾ける。桜色の奔流が消え去り、そして荒れ果てたホテルの惨状が映し出される。だがそんなものには欠片の興味もなく、向けるのは先の光景だ。砲撃が叩き込まれた場所には大穴があき、此処まで届いている。外まで続く大穴の先、そこには白いバリアジャケットに身を包んだ一人の魔導師の姿があった。既に次の砲撃を発射する為に収束は始まっており、終わりを迎えようとしていた。だが砲撃を放とうする前に、少女だった魔導師は笑顔と共に口を開いてくる。

 

「久しぶり元先輩」

 

「よぉ元後輩」

 

 久しぶりの挨拶。

 

 そして、

 

「お前さ、元気―――」

 

「何を人の嫁に手を出してるの。超ぶち殺すっていうか死ね」

 

 ―――もはや懐かしい何時も通りの流れで収束砲撃が叩き込まれた。




 ドッグブリーダーの出番はやはり短かった。

 そして管理局側のラスボス登場。殺意高すぎませんかね。


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コンティニュー・シチュエーション

 火花が散る。腕に握った得物を一回転させながらそれを前へと付きだす。前に見えるのは金髪、黒のバリアジャケット姿の女―――鎌の形をしたデバイスを握る女を知らぬ魔導師は存在しないだろう。

 

「……!」

 

 突き出された槍をフェイト・T・ハラオウンが踏む。穂先が体へと到達するよりも早い動きだ。いや、全体的に相手の動きは軽く、そして早いと認識する。戦った事のない相手だが、迷わず踏み込んでくる姿勢を通していい戦士だと判断する。前進する姿勢は既に次の攻撃へと繋がる為の一歩だ。何度も何度も繰り返して行っているために意識せずとも体が反射的にそう動く領域の動き。よほど鍛錬しているのだろうと解る。

 

 故に、槍を手放す。

 

「ッ!」

 

 瞬間に前へ踏み出そうとするフェイトの体が沈む。それと同時に足を柄を蹴るように持ち上げる。前へと進もうとしたフェイトの体は蹴りあげられた槍に従って垂直に向きが変わる。だがそこで動きを止める事無く、フェイトは柄を頂点とする状態の槍を登りきる。まだ前進するか、と少しだけ驚きを得る。普通なら一旦距離を取る所だが、よほど己の動きに自信があるのか、愚かなのか、もしくは策があるのだろうか。

 

『ゼストの旦那!』

 

 承知している。

 

 フェイトが前へと踏み込もうとするのと同時に穂先を蹴り、柄に足を乗せたフェイトを落とそうとする。が、フェイトはそのまま此方へと落ちてくる柄へと足を張りつかせたまま落ちてくる。おそらく体重移動、重心の移動で足と体をそのまま張り付かせているのだろう。落ちてくるのと同時に素早く鎌が振るわれる。だがそれよりも早く前へと出て、

 

「―――!」

 

 拳を振るう。フェイトがそれに反応し、攻撃の動作を動きへと即座に変化させる。柄と穂先の位置が完全に入れ替わり、槍へと手を伸ばす頃には既に横を抜け、バックハンドで斬撃を繰り出すフェイトの姿があった。これが”閃光”と称される魔導師の実力か、と少しだけ武威に踊る己の心を押さえつける。こんな歳になっても強者との戦いはこれほどまでに心を躍らせる。―――だが割り切らなくてはならないのが立場の辛い所だ。だから槍を素早くつかみ、刃が首に到達する前にそれを阻む。相手が両手で握る刃と、此方が片手で遮る刃……速度は相手が圧倒しているが此方の方が力が上か、と判断する。

 

 まあ、問題はないと判断する。これが二対一なら体の事を考えて危ない事もあったが、一対一である以上、

 

「男に敗北はない」

 

「投降を」

 

 相手も無駄だと解っているだろうに投降を呼びかけてくる。優しい娘だ。此方を一撃で屠る事で苦しむ事無く終わらせようとしている事ぐらい、動きを見れば理解できる。少なくともそれを理解できる程度の年月戦い続けて来たし、他人を眺めてきた。故に経験からくる判断で思考する。勝てない相手ではないと。少なくとも此方はまだ”理解できる”領域にある。あの二人よりも遥かに中身を見通せる。であれば、”底”が窺えるというものだ。

 

「ゼストだ」

 

 開戦の証として名を告げ、戦意を体に滾らせる。槍を振るって相手の鎌を弾いた瞬間、相手が残像を残す動きで回り込んでくる。その動きをあらかじめ予想していたように、相手へと向かって後ろへと踏む様に距離を詰める。相手の武器のキルゾーンの内側へと。本来であれば槍にとっても攻撃の届かない領域になるのであろうが―――それを覆す程度の技量は持ち合わせている。そもそも相手の内側へと踏み込むという行為は一定以上の実力者であれば割と好まれる回避方法だ。

 

 相手も己も、それに対する対処方法を持ち合わせていないわけがない。

 

 バックステップするのと同時に素早く相手の姿が遠ざかって行く。なるほど、シンプルな選択だと判断する。相手が速度に自信を持っているから、此方が到達するよりも早く動けるから取れる手段だ。だからそれに対応する様に槍を両腕に絡め、体を回転する様に槍を振るう。最小限、武器を振るえる範囲にまで下がったフェイトが振るってきたデバイスと衝突し、魔力の火花が散る。そのまま槍を動かす。突きこむのではなく短く握り、刃の平を打撃として正面から叩き込む様に振るう。それに反応しフェイトが鎌で切り払う。

 

 そしてフェイトが踏み込む。

 

 反応する様に後ろへ倒れる。

 

「なっ!?」

 

「未熟」

 

 倒れる体の上部を鎌の形をしたデバイスが薙ぎ払い、空ぶる。倒れる体を槍で支え、そのまま片手で全身を持ち上げる。そして、そのままサマーソルトを放つように蹴りを繰り出し、フェイトの体に一撃を叩き込む。その姿が蹴りの衝撃を殺す為に少し高く、強く吹き飛び、回転しながら着地する。それと同時に此方も一回転し、両足で着地する。そこで言葉を発さず、デバイスを剣状に変形し、構える姿を見て改めて評価する。

 

 ……なるほど、戦士だな。

 

 若手の管理局員の中には相手を傷つけたくない、説得が通じる、話し合いは重要だと判断し、実行する者が割と多い。そのせいで不意打ちを受けたりして命を落とす者だっている。目の前の女、フェイトは自分からすればまだまだ若い娘だが……それでも戦士として相対する相手に言葉ではなく刃で相対する礼儀は存在していた。故にこの時間はお互いに次の動きを考えるための時間だ。その中で判断する―――押し勝てるな、と。相手が機動六課の隊長格である事は理解したし、相応の実力も持っている。だがリミッターのせいで全体的な実力が落ちている。この状態であれば能力的には己と互角だ。

 

『旦那の方が経験差で押し潰せるぜ』

 

 そういう事だ。

 

 そう思考したところで大きな揺れを感じる。地上か、もしくはホテルで今、激しい戦闘が発生しているのだろう。その衝撃はここ、ホテルの地下駐車場にまで響いてくる。レリックの奪取を目的とするのは己の役目だ―――護衛戦力がいた場合として、撃破できる戦力である故だ。だがそれも逃亡時の事を考慮してのチョイスだ。本来は地上で暴れる組が敵を可能な限りひきつけ、そしてそのうちにレリックを奪取する予定だった。だが、それはスカリエッティの横やりで失敗している。問題はそのせいで此方の隠密が完全に破られ、レリックの強奪を目的としている事が登場と同時にバレてしまった事だ。

 

 現状、時間をかければフェイトは倒せない事はない―――リミッターがついている事が前提だが。

 

 だがそれはあまりにも時間をかけすぎる。この状況からして強引な方法に出なければレリックの強奪はありえない。とすれば―――強引にでも進まなくてはならないという事だろう。

 

『駐車場内のスキャン七割終了したぜ!』

 

 ありがたいと思う。アギトの全機能は自分の肉体のサポートと、そしてこの駐車場のトラックのどれかに運び込まれているレリックの探索に向けられている。フェイトを倒す、ではなく正確には削りきる事が自分の得られる成果。いや、多少は無理をすれば突破する事も不可能ではない。負担は大きいが、できなくはない。一人一人の戦力であれば間違いなく此方が現状、相手がリミッター影響下という状況もあって有利だ。ならば倒して探せばいい。割とノリでやる、というのがこういう事だろう。ともあれ、

 

「―――狂気が足りん」

 

「……狂気?」

 

 何かを成す。悪に染まっても正す。手段を選ばず救う。それは全て一途な狂気だ。妄念や執念を超えて狂信とも呼べるほどの狂気。その領域に至れば人間の精神というものは”超人”と呼べる部類に入り、精神に影響され肉体は容易く限界を超える。故に、狂気が足りない。相手からは此方を止める意志や覚悟は感じる。立派な物であり、かなり強いものだとも感じる。だがそれは脅迫概念や狂気のクラスへとは至ってはいない。

 

「―――貴様らでは決して勝てない。そもそも狂気の度合いが違う」

 

「貴方は―――」

 

 フェイトが口を開くが、それを聞き入れない。成すべき事がある。果たすべき事がある。確かめなくてはならない事がある。友よ、お前は今何を思って何をしている。人生を、誇りを、今までの全てを捨てて家族を選び取った狂気。死を超えても生き恥を晒し、レジアスを正そうとする己の狂気はそれにまず間違いなく負けてないと断言する。故に、

 

「フルドライブモード」

 

 一瞬で落とす。

 

 

                           ◆

 

 

「そーれっ」

 

 空に浮かび上がる巨大な魔法陣から巨大な腕が出現し、それが大地に叩きつけられる。軽い悲鳴が発生するがそれが心地よい。たぶんそれは私への評価であり、そして称賛の声だからだ。何てことをしやがるんだ、という声は間違いなく己への評価だ―――えっへん、と胸を張り、上がってテンションに任せてもう一度手を振るう。

 

「ごーごー白天王! やっちゃえやっちゃえ白天王!」

 

 魔法陣が再び出現し、大地を薙ぎ払う様に腕だけが出現し薙ぎ払う。今度は足が別の魔法陣から出現し大地を踏み砕き、別の腕が大地に叩きつけられる。そうして逃げ惑う敵の姿を見て思う―――快感、と。なんだかこうやって逃げ惑う姿を見ていると非常にテンションが上がってくる。普段は後方から支援ばかりやらされているものだが、これがキチガイダブル覇王の見ている光景なのかと思うとあの二人がキチガイな理由が大分見えてきた。確かに楽しいこれは。

 

「楽しい」

 

「こっちは楽しくないわよ―――!!」

 

「なんですかこれぇ―――!!」

 

「こっちにくるなぁ―――!!」

 

 視線を前へと向ければ姿が四つほどある。どれもバリアジャケットは白をベースとして、自分よりも年上だが、全体的に見て歳の低い連中だ。データは確認している。ブレインのティアナ・ランスター、脳筋のスバル・ナカジマ、桃色チビのキャロ・ル・ルシエ、そしてハァハァせざるを得ない短パンショタのエリオ・モンディアルだ。短パンショタって何か素晴らしい響きがある気がする。

 

「右、右、左、下、上、そぉーれ」

 

 命令通りに魔法陣が展開され、順番通りに究極の召喚蟲、白天王の体の一部が召喚される。召喚された一部分は命令に従って動き、召喚された一帯を一回だけ薙ぎ払う様に攻撃してから消える。それを機動六課新人フォワード勢は必死の形相で回避している。なんだか前遊んだダンスゲームを遊んでいるようで結構テンションが上がってきている。これはもう少し遊んでもいいんじゃないかなぁ、とホテルの上階でこれでもか、ってぐらいに連続でフラッシュしまくっている桜色の光をなんとか見ないようにしながら思う。

 

『イスト先輩ホントお疲れ様でーす。その砲撃兵器をこっちへ絶対に連れてこないでくださいー』

 

『テメェこのロリっ子……! あ、ヒロインが戻ってきた、あ、あ、ヒロイン参戦だぁ―――!!』

 

 悲鳴を上げているが結構楽しそうだなぁ、と思う。緑色の光が上では混ざって、そして二つの姿が後方へと飛んでゆく。流石にこれはプランにないし、予想外の部分かなぁ、と判断しておく。

 

 すぐ近くのガジェットを引っ張ってきて、蹴り、大地に倒すとその上に座る。金属が少しひんやりしていてお尻に冷たさが伝わってくる。まあ、座っていればそのうち何とかなるだろうと判断する。

 

 まあ、

 

 壁が犠牲になっている間に自分は自分の仕事をしよう、と思った直後、ダンスゲーム途中だったティアナが此方へと銃弾を放つ。だがそれは自分の前に現れるガリューによって阻まれ、消える。あぁ、そういえばただの雑魚集団ではない、と言われていた気がする。まぁ、正直どうでもいい連中だ。母の復活を邪魔させるのであればまず間違いなく敵で、そして踏み潰すべき存在だ。だから終始ワンサイドゲームで進める。

 

 守り、護衛にガリューを配置し、攻撃に白天王の部分召喚で徹底的に攻め続けて相手に反撃する時間を与えない。ガジェットの上に座っているのでAMFも発生している。抜け道を知り、召喚術士である自分には関係のない事だ。だが相手にとっては脅威だ。訓練を受けているとはいえ、上手く魔法を行使する事も出来ないだろう。

 

 と、

 

「シッ―――!」

 

 一人、閃光の如く動き、ダンスゲームから脱出する姿がある。一直線に此方へと向かって接近してくると槍を振るって攻撃を放ってくる。だがそれは此方の護衛についているガリューが片手で受け止め、そしてカウンターを叩き込んでその姿を吹き飛ばす。ゼストの槍術を見ているだけに物凄い未熟だと解る。それでも頑張りが伝わるし短パンショタ属性なので、

 

「70点、ガリュー」

 

「―――」

 

 残りを口にする必要はない。ガリューが次の瞬間には地を疾走して四人へと襲い掛かる。白天王の部分召喚は割と魔力が消耗するし、楽ではないのだが―――まあ、この状況を見て判断する。おそらく相手側も此方側と同じ様な指示を出されているのだなぁ、と。

 

「未熟者は未熟者で、他を邪魔しない様に、と」

 

 これで隠密奇襲が成功していればまた役割は違ったのだろうが、と思う。が、まあ―――割と楽しいしいっか、と思う。ただ、まあ、

 

「古代ベルカコンビは間違いなく激戦だろうなぁ」

 

 背後から聞こえる轟音と爆撃の様な衝撃を流しつつ、暇だな、と思考する。

 

 ―――味方が強すぎるのも問題だ、とも。




 他の組がマジなところでこのロリのこの空気である。

 エリオきゅんが本格的にヤバイ(


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バトル・フィールド

 轟音が響く。それに気にすることなく左腕を引く。そこに魔力が収束し、それを一直線に振るう。

 

「貫け」

 

「ブリューナク!」

 

 メカニズムが魔力の杭を叩きだし、それが光槍と衝突し、双方に砕ける。だが既に右手で別の術を組み上げている。人間では届かない領域の思考速度とマルチタスクの数―――それこそがデバイスに、主と共に戦う事を許されたユニゾンデバイスに与えられた特権。故に相手が思考するよりも早く魔法を完成させて放つ。魔法陣を空に何十と浮かべ、そこから出現させるのは黒と赤の短剣群。迷う事無くそれを放ち、それが相手と、そして相手の味方を薙ぎ払おうと降り注ぐ。その前に杖と本を握る姿―――八神はやてがいる。短剣群、ブラッディダガーは彼女を貫こうとするが、その前に一つの姿が現れる。

 

「通しません!」

 

 小さなユニゾンデバイスの姿が氷の短剣を生み出し、それを迎撃のために放ってくる。その速度は此方とほぼ同等だ。故に相手へと到達する前に短剣はぶつかり合い、氷り、砕け、そして魔力の破片となって輝きながら散って行く。その瞬間に再び左腕の武装を―――ナハトヴァールと呼ばれていたものを形だけ再現した兵装のアクションを起動させる。ステークが素早く後ろへと引かれ、魔力が収束し、そして杭となって射出される。

 

「溜める時間さえくれへんなぁ!!」

 

「”チャージ等させるものか!”と彼なら言うだろうな」

 

 少しだけ口調を真似て話してみる。そうすればウンザリとした顔を見せながらはやてが同意してくる。

 

「正しいだけに厄介やなぁ」

 

「はやてちゃん! ユニゾンする暇がありません!」

 

「解っとる……!」

 

 ユニゾンをさせるだけの暇を絶対に与えない。AAの魔導師が二人存在するよりも、Sランクの魔導師が一人存在している方が圧倒的に厄介なのは経験が伝えてくれることだ。たしかに管理局は一つの隊に保有できる戦力の上限が決まっている―――だがユニゾンによる一時的なブーストはその制限の限りではない。此方の隠密や奇襲が突破された中で、はやてがユニゾン状態で戦場に登場しなかったのが最大の戦果だったかもしれない。イストも己の役割の最後の一つを果たしている最中だ。あとはゼストだけ―――ともなればここは己の領分を果たさなくてはなるまい。

 

「デアボリックエミッション」

 

「うわぁ」

 

 露骨に嫌そうな顔をはやてが浮かべるのと同時に闇の球体が辺りを飲み込む様に広がって行く。地上で戦うイングの存在を考慮する必要は一切ない―――彼女は己よりも強いのだ。であれば巻き込むことなど気遣わず戦えばいい。故に全てを飲み込む勢いで魔導を放つ。そこに遠慮や考慮は一切存在せず、気にすることもない。そして、再び相手が魔導を放つ気配を感じ、マルチタスクに待機させておいた魔法を起動させる。

 

「だらっしゃああ―――!!」

 

 砕ける様に球体が内側から崩壊する。そこには先ほどまでなかった鉄槌の騎士、ヴィータの姿がある。地上では烈火の将シグナムが守護獣のザフィーラに混じり、イングと戦う姿が見える。隙を狙って襲い掛かる緑色の猟犬は―――データによればヴェロッサ・アコース査察官の技能だ。なるほど、自分が活躍できる戦場に出てきたか、と判断し、

 

「どこを見てんだよッ!」

 

 正面から迫ってくるヴィータの姿を確認する。その目的はまず間違いなく背後にいるはやてとリインフォース・ツヴァイのユニゾン時間を稼ぐことだろう。故にやる事は変わらない。迫ってくるヴィータに対して左手のシールドを構え、パイルバンカー機構を稼働させる。それを確認しても、ヴィータは正面から突撃し―――空にて此方と衝突する。それを左手で受け止めつつ、右手で再び魔法を放つ。

 

「デアボリックエミッション」

 

「遠慮なさすぎやない!?」

 

「気のせいだ」

 

「いい性格しやがってコンチクショ―――!!」

 

 デアボリックエミッションに魔法が叩き込まれるのを感じつつも、左手を弾く。そうして弾かれたグラーフアイゼンをヴィータが凄まじい速度で振るってくる。再びそれを左腕で防御する。だがそれを貫通して衝撃が体へと伝わってくる。左腕がしびれる様な感覚を得、それでこれが俗に言う”鎧通し”である事に気づく。素手で放つところは何度も見た事があるが、武器で目撃するのは初めてであったためにワンアクション遅れてしまった。

 

 が、問題はない。

 

 所詮デバイスの体だ―――もし千切れていても問題なく動くのが非常に優秀な所だ。

 

 故に、命令を与えればあまりにもあっさりと体はそれに従う。自分の中に存在する最も近しく、そして長く接している人の動きをアレンジして再現する。左腕とシールドを盾にだし、右手でヴィータに打撃する。その表情には驚愕が浮かんでいるが素早く回避動作に入っている辺り、流石だと評価するしかない。

 

 だが回避動作で距離が広がった。

 

「デアボリックエミッション」

 

「いい加減にせぇぇぇやぁああ―――!!」

 

 デアボリックエミッションを相殺した瞬間に次の物を放つ。魔力が続く限りはこのイタチごっこを続けるのが理想の状態だが―――今度ははやては相殺する事もなくそのまま攻撃を受け入れる。ヴィータがそれに焦ることなく此方へと叩き込むという事は、

 

『通された』

 

『把握しました』

 

 それだけで言葉の意味は通じる。相手が被弾覚悟でユニゾンするとは思いもしなかった―――ここは殺傷設定で攻撃するべきだったのかもしれない。

 

 過ぎた事は思考していてもしょうがない。

 

「待たせたのぉ!」

 

「待ってもいなければ望んでもいない」

 

 はやてが魔法を行使する。その速度はまず間違いなく此方と同じ速度だ。魔力量に関してはユニゾンの影響もあって此方を超越している―――厄介だと判断するが、一対一であればまあ、なんとかなるだろうというのが評価だ。だがその前に自分とはやての間にいるヴィータの存在が厄介だ。彼女がいる限り直接的にはやてへ迎撃行動を叩き込むどころか、アクション自体がワンテンポ遅れる。

 

 だから、ヴィータを無視して魔法を行使する。

 

「デアボリックエミッション」

 

「デアボリックエミッション!」

 

「アイゼン―――」

 

 もちろん、といった風にヴィータがカートリッジを消費しながら巨大化したグラーフアイゼンを振りかぶる。その目標は魔法を放ったばかりの此方への必殺行動だ。だがそれを完璧に無視し、左腕の兵装に魔力を収束させ、デアボリックエミッションの衝突地点―――その向こう側のはやてへと狙いを定める。

 

「―――貴女は此方です」

 

「ちょっ」

 

 地上から飛び上がったイングがヴィータの足を掴み、そのまま大地へと落下しながら彼女の体を叩きつける。正直有難い話だ。だから終わったら感謝の言葉を告げる事で結論し、漆黒の魔力の杭をデアボリックエミッションの向こう側へと放つ。デアボリックエミッションとデアボリックエミッションがぶつかり合い、相殺した空間の向こう側、はやても既にほぼ同じ速度で魔法を放っていた。

 

「行くで、ブリューナク!」

 

 光槍が漆黒の杭とぶつかり合い、爆発を起こす。完全な相殺現象―――いや、魔力量的にやや此方が押されている。だがそれはどうとでもなると判断する。そこから一歩も動くことなく、素早く、そして数の多い魔法を生成し、互いに放ちあう。弾幕として放たれた魔法が空中でぶつかり合い、空に魔法の花を咲かせて次から次へと散って行く。その光景を美しく思う者もいるが、今の自分には違う意味がある。

 

「千日手だな」

 

「千日手やな」

 

 はやてと同じ言葉が漏れる。それは互いに認識し合う状況だ。はやて魔法の組む速度はユニゾンによって加速しているが―――それは此方とさほど変わらないレベルだ。故に魔法を同威力で放てば相殺しあう事になる。そしてこの状況はまず間違いなく自分達―――ではなく相手の有利となる状況だ。千日手、つまりは次へと進めない、此処に停滞している状態だ。時間が経過すればするほど援軍が到着する可能性がある。もちろん、到着しない可能性だって存在するが、この状況、ストライカー級が乱立する戦場で援軍を呼ばない手があるのだろうか。

 

「ええんか?」

 

 それを相手は示唆してくるが、

 

「無駄だな」

 

 無駄だと断じる。

 

「我々には負けられない理由がある。そちら同様……な。故に、この虚無を埋め尽くすあの人の光と存在が貴様ら程度に劣っているなどとは断じて認めん。私に付き合ってこのまま部下の敗北を見届けろ―――ベルカの伝説とは言葉以上のものであるとそこから眺めろ」

 

 そして眼下、一つの影が無数の姿を蹂躙していた。

 

 

                           ◆

 

 

 震脚。

 

 大地が揺れる。それによって振動が発生する。必然的に大地に足をつけていた存在は―――破裂する。大地を通して発生させる衝撃にはそれだけの威力があるそれを理解できずに食らうのは緑色の猟犬だ。学習能力はあれど、所詮は獣。少しだけテンポをズラせば面白い様に弾ける。故に猟犬は雑魚だと判断した……それでも鬱陶しいが。大昔、味方側にこの希少技能が存在した時は非常に便利だった。単純に数を用意できるだけではなく、捨て駒だと認識すれば盾や遮蔽物、囮などに仕える優秀な駒だ。

 

 今の様に。

 

「テオオアァァァ!!」

 

 緑の猟犬に隠れていた守護獣が姿を現す……名前は何だったか……どうでもいいと判断し、現れた守護獣が防御の姿勢に入れる前に打撃する。震脚の対策として浮遊魔法を地面の上、スレスレで使用する事はまあ、いいだろう。だがその後が温い。温すぎる。なんだその動きは、

 

「生温い」

 

「レヴァンティン!」

 

「アイゼン!」

 

『Cartridge load』

 

 守護獣を打撃した瞬間、此方の硬直の合間を縫うように二人の騎士が攻め込んでくる。仲間を犠牲にした誘導、実に懐かしい手段だ。涙で頬を濡らしながら砕けた遠い昔の仲間を思い出す。だがそういう感傷の心は捨てている。美しいのだろうが一切心に響く事はない。故に硬直していると思っている愚鈍な騎士達の目を覚まさせる。相手の得物が此方へと到着する前に空破衝を繰り出す。それを受けても未だに全身を止めない二人の姿を見て、嘲笑する。

 

「透けて見えますね」

 

 背後から接近していた駄犬を蹴り飛ばし、同時に飛来してきた魔力弾を掴み、握りつぶす。そのまま足を捻り、接近してきた騎士を二人とも蹴り飛ばし距離を生む。これが現代のベルカの騎士か、全く持って嘆かわしい……とは思わない。非殺傷等というものが布教しているこの世界で、それを使用して戦い続けるのであれば……まあ、こんな風になるのではないかと思う。

 

「立てるかザフィーラ?」

 

「なんとか……な」

 

 次があると思うから安易に有限の命をすり減らそうとする。非殺傷設定等というものがあるから甘える。次があると思ってしまう。広めた人間が弱体化を狙っているのであれば今頃死の世界で高笑いを上げているだろう。その光景が想像できる。まあ、正直どうでもいい話だ。そう、自分には彼がいる。全力でぶつかって、全力で応えて、全力で愛してくれた彼がいる。その事実だけで満たされている。故に、有象無象などどうでもいい。彼と彼の世界さえ守れればそれで十分だ。

 

「木偶の剣に罅割れた鎧に玩具の鉄槌に駄犬。どれもこれも雑魚ばかりですね」

 

「言ってくれるじゃねぇか!」

 

 激情を見せるが相手は踏み込んでこない。感情を制御し、冷静に戦うだけの知性はあるらしい。まあ、どうせ彼女たちが己に勝つことなどありえない。現世において自分を倒す事を許しているのはただ一人だけ。そしてそれ以外の誰にも負けはしない。右足を前へ強くだし、大地を踏み抜く。その衝撃で大地が砕け、地割れが起きる。そしてそのまま構える。

 

「そもそも、その程度で私を倒そうというのが気に入りませんね。来るなら最低限死兵とでもなってください―――あぁ、別段期待している訳じゃりませんけど。そもそも飼い主に尻尾振っている犬が騎士を名乗っているなど失笑ものですから、騎士道ごっこを好きなまでやるといいですよ。えぇ、出来たら此方に関わらない所で」

 

 それでも相手は動いてこない。挑発は無意味か、と把握したところでまあ成功するしないは正直どうでもいいな、と思い出す。

 

 天地がひっくり返ってもこの程度じゃ自分を倒す事はありえない。

 

 故に相手が瞬きした瞬間、無拍で踏み込み、守護獣の腕を掴んで大地へと叩きつけ、背後からの斬撃を横へと流れて回避する。そのまま相手の脇腹に拳を叩きつけて吹き飛ばし、迫ってくる鉄槌を掻い潜って鉄槌の騎士の顔面を掴み、瞬きをする前に大地へと叩きつけ、

 

 踏む。

 

「イング・バサラ、夫の言葉を借りて宣言させていただきます―――鏖殺する」

 

 純然たる力の差は絶対に、覆らない。




 38度の熱の中で執筆、皆さんも風邪や病気には気を付けましょう。

 それにしてもはおー様のラスボス感。


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エンド・ビート

 殴る。進む。殴る。進む。殴る。

 

 どこかの再現に思える様な行動でなのはへと接近する。

 

 桜色の砲撃は打撃によって散り砕ける。もはやホテルの廊下は連続で繰り出されるバスターによって完膚なきまでに破壊されているが……まあ、自分には関係のない話だな、とどこかズレたことを考えながらステップで移動する。そうやって素早いステップで砲撃を打撃し進めば、レイジングハートの姿を変えたなのはが向こう側から接近していた。

 

「まるでいつかの焼き増しだな元後輩」

 

 その言葉になのはは驚くような表情を浮かべ、そして至近距離からの砲撃を叩き込んでくる。その迎撃のために拳を振るう。だがその瞬間首に巻きつく鎖が出現し、一瞬だけ体を後ろへと引く。それによってタイミングがズレ、打撃が完全に砲撃を相殺しきれず半分ほど受ける。

 

「僕の事を忘れてもらっても困るんだけど」

 

 姿は見えないが、ユーノの声が響いてくる。その声に向かって叫ぶ。

 

「だったら姿を現そうぜ」

 

「やだよ、怖いし」

 

 こんちくしょう、と呟く次の瞬間に首に巻き付いた鎖―――バインドを引きちぎって前方へと床を砕くように蹴って加速する。その瞬間になのはが後ろへと向かって加速し、一気にホテルの外へと開いた穴から脱出する。それを見て軽く舌打ちをし、横の壁を突き抜ける様に粉砕し、なのはの射線から外れる。だが次の瞬間には薙ぎ払う様に砲撃が繰り出され、ホテルの損害等知ったものか、等という気概の感じられる砲撃が繰り出される。

 

「お前いいのかよ!?」

 

 横から迫る砲撃を打撃する。砲撃を殺すが、外から移動した部屋までが貫通していて見える状態となっている。ホテルの外でレイジングハートを構えるなのはが笑みを浮かべる。

 

「ホテルは悪いわるーい襲撃犯がぶっ壊した。あと密輸品持ってる方が悪い。こう、没収しようとしたら抵抗されたんで暴力は仕方がないよね!」

 

「反省する気がねぇぞこいつ……!」

 

 まあ、なのはがやろうとしている事は解る。自分が得意とする広い空間へと此方を引きこもうとしているのだ。ホテルの狭い空間では十分にレイジングハートの取り回しができないだろう、だから態々外から砲撃を繰り出すなんて面倒な事をやっている。それが解っているから態々ホテルに引きこもってなのはを此方へ引き込もうとしている。だが互いにそれを理解しているから行動は消極的になる。

 

 そこで状況を動かすのが、

 

 緑色の鎖―――チェーンバインドだ。

 

 それが絡みつこうと狙ってくるのは腕や足ではなく、首や胴体、肩等といったバインドブレイク、バインド突破が難しいとされる場所だ。やろうとすればできないわけではないが、腕や足と比べればワンテンポ遅れることは認めざるを得ない。故に受ける事を良しとせず回避動作に移る。それを追いこむ様に虚空から鎖が幾重にも出現し、此方を捕まえようと追い込んでくる。厄介だと思いながら回避すれば、

 

「―――ハイペリオンスマッシャー!」

 

「温い」

 

 拳を繰り出す。拳の先でハイペリオンスマッシャーが砕ける感触を得る。なのはは既に二射目に準備に入っているだろう、その姿が見える。なのはと己の間の距離を測る―――それが十分だと判断し、

 

「ヘアルフデネ・断空拳」

 

「―――」

 

 なのはの意識の間を読み取り、認識できる前に拳を叩き込む。驚く表情はないが、歯を強く食いしばる様子は見える。拳を伝ってなのはの骨を折る感触を得るが、吹き飛ぶ代わりになのはがレイジングハート・エクセリオンの穂先を此方の肩に上から両手で握る様にして突き刺してくる。

 

「ディバインバスター……!」

 

 そのまま下方向へと向けて零距離バスターを叩き込んでくる。体はそれを受けて一気に沈みそうになるが、片膝をつくところで耐える。突き刺された痛みと魔力によるダメージが直接神経に叩き込まれるが―――痛みの前に笑い声が漏れそうになる。昔はあんなに貧弱だったなのはが、ここ数年でよくもこんなに強くなったなぁ、と。前であれば確実に一撃通しただけで倒れて動けなくなっていたはずだ。それが今ではどうだ。反撃してくるまでに成長している。たぶんだが、アレからかなり鍛えたんだろうな、と思う。昔とはまた違う種類の無茶だ。こう見えて一撃一撃の重さは理解しているつもりだ―――何せ防御を貫いて殺す気で殴っているんだ。

 

 ……子供の成長は結構早いものだなぁ……。

 

 だが、なのはには悪いが成長しているのはなのはだけじゃない。この数年で俺は変わり過ぎた。

 

「―――鏖殺完了」

 

 少しだけ人生の先輩として、―――立ちはだかる壁としてはそこまで楽に超えさせてやるつもりはない。

 

 なのはが血を吐きながら吹き飛ぶ。既に衝撃は体内に通していた。一撃でも触れれば後は弾けるだけ。故になのはの体内で衝撃は何度も繰り返す様に弾け、何度も跳ねるように体が吹き飛ぶ。俺にも容赦の出来ない理由はある、等とは決して口に出しはしない。言い訳など所詮逃避でしかない。進むと決めたのであれば、進むと決めたのであればもう振り返る事はあってはならない。

 

 たとえ相対するのが昔の仲間であろうと、何があってでも前に進むと決めたのであれば、やる事は決まっている。

 

「殺す」

 

 立ち上がろうとし、それが即座に不可能だと知る。

 

「物騒だね」

 

 体が上から押しつぶされ床に半分埋まる。重力的プレッシャーではなく、物理的に何かを押し付けられているような感覚。首を回して上へと視線を向ければ何時の間にかユーノが背中に乗っていた―――その足元に広がっているのはプロテクションだ。プロテクションを下へと向けて全力で押し付け、此方を圧殺しているのだ。やり方がかなりえぐい、何せ背中という位置は非常に手の出しにくい場所だ。抜け出すのは難しい。

 

「正直一発殴ったらミンチにしちまいそうだからここらで下がってくれた方がうれしいんだけど」

 

「いやいや、ほら、僕も君と色々と話し合いたい事があるしね? だからちょっと話し合わない?」

 

 ―――ただし、地上であれば、という言葉がつく。

 

 腕を下へ、床を抉るように動かし、そしてそのまま床を破壊する。瞬間、体を動かすスペースができる。即座体を持ち上げる様に蹴りを繰り出すが、その時には既にユーノの姿は下がっていた。だが足が床についている事を確認し、全力で床に震脚を叩き込む。衝撃が床を粉砕しつつも、床へ足を触れさせていたユーノに伝わり、体を吹き飛ばす。

 

 めんどくせぇ……!

 

 ここで下がってもらわないと困るが―――だとすれば下がらざるを得ない状況まで追い込むだけだ。崩れる床を疾走し、拳を振り上げながら一気にユーノに接近する。

 

 が、

 

「人の未来の旦那になにするのよ!」

 

 桜色の砲撃がユーノへ届く前に体を横殴りし、此方の体を吹き飛ばしてくる。とっさの出現に反応できず体がそのまま攻撃をまともに受けて壁に突き刺さる。だがこの程度であれば経験済みだ―――行動には全く支障が出ない。その証明の為にも動き出そうとし、身体に巻きつく緑色の鎖を目撃する。壁に縫いとめる様に出現する鎖は動きを束縛し、それを破ろうとする瞬間に、レイジングハートを構えるなのはの周囲に二つ、小さな姿が出現する。

 

「ブラスタービット展開―――ハイペリオンスマッシャーEX・ブラスターモード、ブラスター1! ブラスター2! 死ねぇ元先輩!!」

 

 こいつ殺意高すぎないか、等という感想を抱くのと同時に三発の砲撃が同時に体に叩き込まれる―――そのどれもが殺傷設定での砲撃だ。着弾と同時に体が砲撃の熱と光によって焼かれ、抉られる。本当に容赦のしないやつに育ったなぁ、とちょっとだけ、喜びが浮かび上がってくる。本当に、本当に成長したんだなぁ、と。本気で此方を潰しに来ているんだなぁ、と。そして……止めようとしてくれているんだな、と。言葉が凄いアレだが、たぶんそういう意志だと思う。言動は割とエキセントリックだが、中身はあの頃の、優しい少女のままである事は自分が知っている。

 

 だけど、

 

「止まらんなぁ」

 

 砲撃によって後ろの空間が全て吹き飛ぶ。だがそれは押さえつける先が無くなるという事でもある。それによって壁へと縫い付けていたバインドの効果も消え、体を動かす自由が生まれる。飛行魔法を発動し足場を作り、腕を後ろへ引く。体に新たに動きを止めようとバインドが出現する。だがそれを引きちぎりながら腕を振るう。

 

「ベオウルフ……!」

 

 砲撃を殴り消した。砲撃が一発、根元から完全に消失する。振るった右腕が熱を得るのを感じるが、まだ限界耐久までは程遠い。だがそれは相手も一緒だろうな、と判断する。そもそも潰すつもりで放った一撃を受けてもまだ立ち上がって必殺を叩き込んでくるようになった相手だ―――生半可な事では潰れまい。故に、相手もまだ動くと判断するのと同時に、

 

「フルドライブモード!」

 

 なのはが宣言し、ビットからの砲撃量が増え、レイジングハートから再び砲撃が放たれる。それに押し出されるように体は一気にホテルの外へと吹き飛ばされる。しまった、と反射的に思考する。素早くホテル内へ、遮蔽物のある空間へと戻ろうとした瞬間、体に絡みつく鎖がその動きを鈍らせる。とことん面倒なコンビネーションだと評価したところで、

 

『―――回収、完了した』

 

『撤退するぜ!』

 

 ゼストから任務完了の報告がする。その声には重い疲労があるのを感じられるのは……おそらくフルドライブモードを使用したからだろうからか。ホテルの外へと吹き飛ばされたのはこう考えると好都合だったかもしれない。

 

「逃げられる前に潰す!」

 

 相手にもレリック強奪の報告が入っているのだろう。ビットが砲撃を放ったまま、此方を追いかけてくる。飛行魔法で強引に自分を大地へと叩きつける。衝撃で大地が罅割れるが、身体の方へと問題はない。故に体の動きを一瞬だけ止め、わざと砲撃を体で受け止め、

 

「ふんっ」

 

 空破衝を繰り出す。ビットを二つ共破壊し、疾走を開始する。背後で魔力の高まりを感じる。そして周りから体を捉えようとバインドが出現するが、もう付き合う理由はない。その出現位置を経験に基づいた先読みを行い、全て回避し、そのまま一直線に合流地点へと向かって疾走する。その途中、ホテルの正面側で己の仕事を果たした姿を見る。

 

「あ、バサラ先輩ちーっす」

 

「逃げるぞロリ」

 

「ういーっす」

 

 ガジェットを椅子代わりにしているルーテシアを見つける。そのすぐ近くでなんだか倒れ伏している人間が四人ほど見えるが―――それを詳細に確認する余裕が今の自分にはない。会ったとしても既にルーテシアが何とかした後で、重要性はない。何より背後には魔力を収束させているフルドライブモードのなのはが存在している。ならば次の瞬間、何を放ってくるのかは解りきった事だ。ルーテシアが召喚蟲を全て帰すのと同時に、ルーテシアの腰を掴んでそのままアグスタの周囲に存在する森へと向かって疾走を続ける。だがそれを邪魔する様に、

 

「逃がさへんで―――アーテム・デス・アイセス!!」

 

 空から氷撃が降り注ぐ。大地を凍らせる広域殲滅魔法、それを上空にいるはやてが捕縛と足止めのために放つ。だがそれが届くよりも早く、

 

「エミュレイター・モード、コード・マテリアルズ―――真・ルシフェリオンブレイカー」

 

 シュテルの魔法を再現したナルが炎で一気に着弾前の収束状態で魔法を撃ち貫く。空に炎と雪の花を咲かせながら魔力が空間に満ちる、ルーテシアを前方へと軽く投擲し、ブレーキをかけながら振り返る。拳を引き、力を込める。ルーテシアも己の役割がなんだか知っている。くるり、と回転しながら着地し、転移魔法を起動させる。そして、

 

「スターライト・ブレイカーEX―――この馬鹿、レリック置いてけ……!」

 

 桜色の極大ビームが此方目掛けて一直線に放たれてくる。それと同時に横にイングの存在が現れ、全く同じ呼吸、タイミング。ただし鏡の様に反転させた動きで背中を合わせ、桜色の砲撃へと向かって同時に拳を振るう。口に出す必要はなく、全力の拳が砲撃と正面からぶつかり、その砲撃を根元まで一気に打ち枯らす。だがそれでもなのはの砲撃は止まらず、即座に魔力の奔流が襲い掛かってくる。だがその頃には足元にはルーテシアの魔法陣が出現している。それはつまり、

 

「全員射程内」

 

「我らの勝ちだな」

 

 転移魔法の発動が完全に完了したという事に他ならない。故に体は転移のプロセスとして逃亡場所その一へと送られ始める。相手も相手で追撃をかけるのではなく、転移座標の解析へと既に行動を映しているだろう。

 

「この馬鹿元先輩……!」

 

 そんななのはの声が転移で消える前に聞こえてくる。




 控えめな感じ? で。目的達成したらスタコラサッサ、とホテルの被害が増えただけで大体原作通りですね。え、誤射? 身内に対しては基本じゃないの?


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リターン・アンド・リターニング

 正直な話、あまりほめられた戦果ではなかった。レリックの回収は完了した―――だがそれと引き換えにしたものがあまりにも多すぎた。まず第一に素性。此方の存在が完全に明るみになり、そしてスカリエッティとのつながりがガジェットを通して完全にバレた。これで此方がスカリエッティ一味であるという見方が生まれ、そして固定されてしまう。第二にゼストの寿命が削れた。レリックを確保する為にゼストがフルドライブモードを使用し、その為にゼストの寿命が削れた。フルドライブモードとは即ちリミッターの解除や限界突破の事を表す―――これをゼストの様な半死人が使えばどうなるかなんてわかりやすい事だ。

 

 故に非常に不本意ながら―――行けるところは限定されてしまう。

 

 この状況でもはや別々に行動してレリックを集めるよりは素直に拠点を一つにして一つの脅威に対して対応しながら行動した方が遥かに効率的だ。その場合では各個撃破されない可能性が増える。いや、襲われたとしても負けないつもりではいる。が、それでもゼストや自分たちの状況を考えるに、これが選択肢としては最良の部類に入るだろう。何よりスカリエッティのアジトは隠れ家としても活動拠点としても最高の環境だ。行く場所がここだけとは、あまりにも皮肉が過ぎるかもしれないが、耐える事も必要だろうと判断し、……ゼストに肩を貸しながらスカリエッティのアジトが存在する洞窟へと踏み入る。

 

「すまんな」

 

「気にするな」

 

 結局、スカリエッティの保有する設備無しでゼストの完全なメンテナンスは無理なのだ。もちろんスカリエッティ本人にやらせるわけではない。知識がある自分とナル、そしてアジトにならいるシュテルが手伝ってくれるだろう。この三人とアジトの施設であれば、ある程度のメンテナンスをゼストに施せる。

 

 久しくここへと来てはいなかったが、数年ではそう変わりはしなかったようだ。暗い空間を抜ければ金属質の床の感覚と、そして設置されている光が見えてくる。白光の元へと辿り着くころには完全に金属質の空間へと周りは切り替わっている。足の歩みを緩める事無く先へと進めば突き当りのエレベータに到着する。全員が横並びに乗ってもスペースが余る程広いエレベーターに全員で乗り込み、生活区のあるフロアへ向かう様にボタンを押す。音を立てずにエレベーターが静かに扉を閉め、下へと向かって動き出す。

 

「此処までくれば一人で大丈夫だ」

 

「ん、解った」

 

 ゼストが一人で立つ。槍を支えにする必要がある程損耗しているわけではないようだが、それでも長く持たせるのであればメンテナンスが必要だろう。それだけフルドライブの反動はゼストには重い。それを表す様にアギトが不安そうにゼストの周りをうろうろと飛びまわっている。やはりこいつ、確実にオジン趣味を持っているな、と口に出さないで確信する。いや、別に口に出したところで痛くはないんだが。ただ今更面倒な事をするのもどうかな、と思うだけだ。疲れているのは間違いのない事実だし。

 

「イスト?」

 

「ん? あぁ、あの程度は既知の範疇だし問題ないよ」

 

 そう、既知の範疇だ。だから全く問題ない。あの砲撃だって、身体に突き刺さる刃も、肉を焼かれる感触も、体を侵食する死の感覚ですら全て既知だ。ほら、目を瞑って思い出そうとすれば直ぐに―――

 

「イスト」

 

 目を開く。イングの声だ。名を呼んでくれた。それだけだ。それだけで十分だ。当たり前すぎる事ゆえに返す言葉なんて必要なく、軽く苦笑してから軽く腕を動かし、修復機能によって義手が通常通りの状態へと戻っている事を確認する。そこでエレベーターが静かに動きを止める。扉が静かに開いて行き―――そしてその向こう側ではクラッカーを握っているスカリエッティの姿がある。扉が開き、此方を確認した瞬間にクラッカーのヒモを引っ張り、まるでグレネードを爆発させたような音を発生させながらキラキラと紙ふぶきを飛ばし、此方を紙ふぶきまみれにする。

 

「おかえりぃ―――へぶっ!」

 

 無言で近づいて顔面を殴る。もちろん本気で殴っている訳じゃない。本気で殴ったらその場でミンチだからだ。だから倒れる程度の強さで殴る。その程度だったらスカリエッティが付けている防護白衣でもダメージを完全に流せるからだ。そしてそのまま近づき、軽くスカリエッティを蹴る。

 

「ちょっ」

 

「あ、私も」

 

 ルーテシアも参加してスカリエッティを蹴る。というかこうやって軽く蹴らないと気が済まない。言いたい事は色々とあるがこいつの意図は解るし、追及しても建前と人質を理由にはぐらかされてしまう。だったら道化に付き合った方が遥かにマシだし気がまぎれる。だからスカリエッティが馬鹿なフリをしている間にとりあえず蹴りを叩き込んでおく。

 

「あちゃー……ありゃあ鬱憤たまってるっすねー……」

 

「ドクター……」

 

「憐れ」

 

「師父……」

 

「しかし地味に爪先で蹴りを入れているのはルーテシアお嬢様か。前見た時よりも遥かに容赦がなくなっているのは喜ぶべきなのか、嘆くべきなのであろうか」

 

 蹴り続けるのはルーテシアに任せて振り返ると、ナンバーズ達が半数、廊下の角から此方の事を窺っていた。彼女たちが若干隠れるようにして此方を窺っているのはやはり遠慮しているの……ではなく、ただ単純に面白がっているからだけだろう。お前らもお前らでルーテシアの事は何も言えないだろうな、と思ったところで、角から飛び出して此方へと素早く向かってくる姿がある。その走ってくる姿の”色”を見て誰か気づき、走ってくる姿へと腕を広げて身構えると、

 

「お帰り!」

 

 レヴィが腕の中へと飛び込んでくる。ただいま、と答えようとする前に少しだけ背伸びをして此方の唇に唇を合わせてくる。廊下の角に隠れていた一部のナンバーズが野次馬根性丸出しに口笛を吹いて煽っているが、そんな事超今更なので、苦笑しながら唇を離す。

 

「ただいま」

 

 レヴィを離し彼女の顔を見ながら答える。タンクトップにホットパンツと、いかにも彼女らしい動きやすい恰好なのは何時まで経っても変わらないな、と軽く彼女の髪に触れながら思う。さらさらと指の間を抜ける髪の感触が心地よい。

 

「おそーい! 遅すぎ! もう僕たちがどれだけ待ったんだと思うんだよ! で、今回のレリックは?」

 

 頭を横へ振れば少しだけレヴィが落胆した表情を見せてくる。そっか、と言葉を漏らすが、義手についた傷跡をレヴィが軽く撫でて、そして笑顔を此方へと向けてくる。大丈夫だよ、解っているからと呟いて手を握る。全く持って忌々しい事だが、スカリエッティの技術力は自分が知る限り次元世界一と言っても過言ではない―――こうやって握る手の向こうからはちゃんとレヴィの体温を感じる。

 

「シュテるんや王様待ってるよ?」

 

「あー」

 

 ナルとイングへ視線を向けると、彼女たちから苦笑が返ってくる。

 

「早く行ってあげてください」

 

「長く拘束していたからな、一緒に過ごすといい」

 

 お互いに理解のある身内だと本当に人生色々と楽だよなぁと思い、最後に手を振るゼストと、そしてスカリエッティを蹴り続けるルーテシアを止めようとするアギトの姿を見る。普段ならウーノあたりが止めに来るのだがアギトがいるのか、もしくは喧嘩中なのか来ない。ルーテシアの蹴りは自分のよりも三割増し容赦がない上に急所を狙っているので若干不安になってくるが……まあ、家族優先なのでスカリエッティには是非ともそこらへんでくたばってほしい。

 

「じゃ、いこっか」

 

「うん、こっちこっち」

 

 レヴィに手を引かれながら暫く開けて、来る事の無かったアジトにある自分たちの部屋へと引っ張られる。

 

 

                           ◆

 

 

「おや、ようやく来ましたか」

 

「無事……というわけではないが元気そうで安心した」

 

 生活区、自分達に与えられた部屋、その玄関へと扉を開けて到着すると、底には私服姿のシュテルとディアーチェがいた。シュテルはジーンズにブラウス姿で、ディアーチェはロングスカートにシャツという恰好だ。ただ二人とも少し前まで料理していたのかエプロンをつけっぱなしだ。ただ、彼女たちはどちらも元気そうで、傷一つない姿を見ると心の底から安心する。ただこの中に一人だけ混ざれていない子がいる。それだけを思うと心が痛む。何とか彼女を元気な、日の当たる場所へと連れ出せないかと思う。いや、今はその為だけに必死に戦っているのだから。

 

「ほら、何をやっているんですか。とっとと上がってください」

 

「ほらほら」

 

 後ろからレヴィが背中を押し、部屋の奥へと押し込む。相変わらずのせっかち具合に変わらないな、と思いつつ靴を履いたまま、部屋へと上がる。近づいたところで両側からシュテルとディアーチェが腕を抱いてきて頬にキスしてくる。その光景をちょっとだけ客観的に考えながら、恵まれすぎなんじゃないかなぁ、なんて思いもするが、得た者勝ちであるという事で、両手に花の状態を受け入れる。

 

「こうやって触れているとようやく帰ってきたのだと実感できるのだな。一時の休息かもしれぬが、こうやって触れ合えるのを我は嬉しく思うぞ」

 

 腕を抱くディアーチェが若干もじもじとしているが、こいつだけは昔から感性が結構一般より、というか一般の心情を理解できる子だよな、と思うと、シュテルがジト目でディアーチェを見て、小さくあざとい、等と呟く。

 

「わ、我あざとくないぞ!」

 

「そういう所があざといんですよ王は」

 

「ほんと変わらないな、お前ら」

 

「―――でも変わってなくて安心したでしょ?」

 

 後ろから抱きついてくるレヴィのその言葉は真実だ。変わってなくて安心した。変わってなくて安心するのは全く進歩がないとでも言うのだろうか。……いや、そういう事じゃない。変わらない事に安堵もするが、変わる事もある。関係とか、状況とか。だからこそ変わらないものがあると解って安堵できるのだと思う。

 

 シュテルとディアーチェが腕を両側から引っ張り、そのまま部屋の奥へと、リビングの方へと引っ張って行く。その顔に張り付く笑みから何か用意しているな、とは察しが付く。こう言う悪戯気質は何時まで経っても変わりはしない連中だと思ったところで、リビングへと到着すると、両腕を二人が解放し、背中を三人で押してくる。

 

 そこで待っていたのは、予想外過ぎる姿だった。

 

「お帰りなさい、イスト」

 

「……ただいま、ユーリ」

 

 ユーリ・エーベルヴァインの姿があった。普段はほとんど調整槽の中でメンテナンスと肉体の維持に努めている彼女だが、普通のズボンとシャツ姿で彼女はそこにいた。長い金髪に凹凸のあるスタイル、笑顔を此方へと向けてくる彼女は元気そのものだったが―――それが表面上のものだけだというのは自分がよく知っている。ただ彼女がどんな思いでここにいるかぐらいは察せる。だから心配をすることもなく、近づいて抱きしめる。

 

「ごめんね、また見つからなかったよ」

 

「いえ、いいんですよ。貴方さえ無事なら別にそれぐらいは。それよりも私をあまり心配させないでくださいよ? 大怪我したとか聞いた日にはちょっと本気出しちゃうかもしれないので」

 

 こいつが本気を出したら今の所対抗策が白天王を召喚する事以外に思いつかないのが本当に酷い事実だ。むしろ白天王で止まるのかさえ怪しい所なのだがこの娘は。そう考えると機動六課と此方では割とバランス取れているのかもしれないな、と思ったりもするが―――

 

「イスト、本当に大丈夫ですか?」

 

 ユーリが両手を此方の頬へと添えて、此方の視線を彼女へと向ける。大丈夫、と答えようとするが、それを遮るようにユーリが話を続ける。

 

「オリヴィエ、と呟いたそうですね」

 

 大丈夫、と答えようとしてそうやって遮られてしまうと本当に何も言えなくなってしまう。ここで嘘をつくのは簡単だが、ユーリの言葉が純粋に此方を案じているのと、彼女に対して嘘をつくのは誠実ではないという考えがはぐらかす事を選択肢から排除させている。だから、

 

「偶にフラッシュバックしたりする程度だよ、まだ……あぁ、大丈夫」

 

「イスト……」

 

 言いたい事は解る。だがこれはどうしても周りについて行くため、君達の横では走り続ける男で居続ける為に必要な行為だった。何よりも彼女を完全に理解し、全てを受け入れるために必要な行為だった。そこに一切の後悔はないし、これからも後悔をすることはないと断言できる。だからユーリにはそんな悲しげな表情を浮かべないでほしい。折角帰ってきてこうやって会えたのだから、泣いていてもいいから笑っていて欲しい。君たちの笑顔の為だけに俺は戦っているのだから。その笑顔の為だけに戦う価値を見出しているのだから。

 

「イングの全記憶―――覇王イングヴァルトの記憶、彼女を理解するため、受け入れる為、強くなる為……それを自分に植え込んだことを俺は後悔しないし、壊れたりもしないよ。あぁ、だから信じてくれ―――また、皆で平和に暮らせる日が来るって事を」

 

 頬に添えられるユーリの両手を握って温もりを感じ、まだ俺は俺でいる、問題はないと断言し、

 

 ―――決して負けない事を誓う。

 

 もう、負けられない。




 イスト君のインフレ理由。足りないならあるところから引っ張ってくればいい。

 じゃあはおー様の記憶ぶっこめば彼女を理解できるし色々と覚えられる。

 そういうアホな発想。はおー様理解者現れてでれでれ!


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Chapter 8 ―King's Return―
ノット・イェット


「うーん」

 

 立ち上がり、体を軽く動かしてみる。右へ左へと体を捻ってから屈伸し、そして今度は天井目指して体を伸ばす。それから手首の様子を確かめ、足首、肘、膝、首と、身体の各所がちゃんと機能するかどうかを少しずつ、一つ一つ段階的に調べてゆく。

 

「なのはちゃん、せめて上は着た方がいいんじゃないかしら?」

 

「うーん……あ、傷痕増えてる」

 

 一応スカートは履いているし、ブラジャーもつけてはいるのだが、上半身は服を着ていない方がチェックしやすい。まあ、軽く動かす程度なのですぐに上の方もベッドの上から取って着る事にする。何せシャマルは普段は静かだが、怒ると結構怖いのだ。故にあまり逆らいたくなく、さっさと上を着て、上着を―――機動六課の茶色い制服の上着を着る。これで着替えは完了する。待機状態のレイジングハートを首から下げ、そしてやはり、体を軽く動かす。

 

『Not good』(良くありませんね)

 

「そうだね、ちょっとだけ引きずるかも」

 

 とりあえず動けるし、戦えるようにはなった。だが完全な本調子とは行かない。

 

 ―――ホテル・アグスタでの敗北から三日、色々ともみ消してから三日。

 

 ようやく医療室から退院、というか出られるような状態となった。今更になってメイン盾が前に立って攻撃を全て受けきってくれている安心感というものを思い出す。あの時代は肉壁がいてくれたおかげでだいぶ戦いやすかったなぁ、と今更に思う。まあ、敵にまわってしまったのは誤算というか苦いというか、元パートナーであり元後輩としては色々と複雑な気分だ。……ティアナにだけは絶対に言えないし。

 

「ほんと面倒な先輩を持ったものよねぇ」

 

「あらあら」

 

 そう言う此方をシャマルはあらあらと言って笑ってくれる。その笑みの意味は解っている。ユーノにも確認して解った事なのだ―――あの馬鹿が本人である事は。だったら黙らせて連れ戻して、そしてそれから話を聞いてやらなくてはならない。なんでこんな馬鹿な事をやっているのかを。ただ、まさかあそこまで強くなっているとは思いもしなかった。……三日も経過しているのに、魔法を使った治療法を使用しているのに、まだ完全に治らないとか一体どんな攻撃方法を使ってきたのだイストは。それに―――いや、考える事は多いけど、まず一つずつだ。

 

「んー、とりあえず世話になったね、シャマル先生」

 

「世話にならないのが一番なんだけどね」

 

 その言葉には苦笑いするしかない。シャマルに世話になった事に対して感謝の言葉を伝えると、医務室からしばらくぶりに制服で出て、想いっきり体を伸ばす。まだ完治していないので通常通りの業務に戻れないのはキツイが、それでもやる事は山積みだ。相手の戦力が大体見えて来た今―――機動六課は今以上に忙しくなってくるんだろうなぁ、と外回りで一日中外を走り回っているはやての姿を思い浮かべながら苦笑する。誰もが敗北を一度経験し、そしてそれではいけない事を痛感している。誰もが負けたままでは許せない負けず嫌いの集団だ。

 

 だから皆、強くなろうと足掻くはずだ。

 

「新人の皆が己の道を見つけられるように私達も頑張らなきゃねレイジングハート」

 

『Lets do our best Master』(我らの全力でやりましょう)

 

 もちろん自分もこのままでいるわけにはいかない。シャーリーの方に色々と注文したし、リミッター抜きで考えられる事はこの三日の間に考えた。ただ―――自分の考えがもしも、当たっているようなら、相手は非常に面倒くさい事になっているかもしれない。だがそれに勝てる様にするのが自分の仕事だ。

 

 ……またどうせ家族や身内の為に命を張っているんだろうけど、此方に戻ってきてもらうよ。

 

 

                           ◆

 

 

 ―――持ち上げる体から汗が地へと落ちる。それでも体を持ち上げる事を止めず、完全に手がまっすぐ伸びた所でカウンターを1個だけ増やす。百九十八、と。そして再びゆっくりと腕を曲げて、体を地面すれすれの所まで落としてからゆっくりと、震える腕に何とか力を込めてゆっくりと伸ばして行き……百九十九。最後に一回、これがラストだと思うと結構力が湧いてくる。さっさと終わらせたいという気持ちが生まれてきて、体を沈めてから一気に押し上げて―――二百回。

 

「終わり!」

 

 そう叫んで大地に倒れ、転がして寝転がる。荒く息を吐き出しながら汗が顔から、身体から大地へと滴る。魔力を、魔法を使わないでする腕立て伏せがこんなに辛いなんて久しぶりに実感した。流石なのは、医務室にこもりっぱなしでも鬼の様なトレーニングメニューを組んでくれる。そしてそれを自分の半分以下の時間で終わらせるスバルは根本的基礎能力が違うな、と今更ながら羨ましくもう。ちなみに当の本人はお腹が空いた、等と言って既に食堂へとダッシュしている。あいつには親友の汗を流す姿を応援するという概念がないのだろうか。

 

 いや、食欲が友情を上回るだけか。

 

 それはそれで恐ろしい。何時か高級ステーキの為に裏切ったりは……しないか、流石に。

 

 まあ、これでやっと自分もノルマ分を終了させた。横を振り返れば基礎能力で足りていない新人フォワード年少組が少しだけ量が少ない同じようなトレーニングをしているはずなのだが―――目の前では全く違う光景が発生していた。まず、何時の間にか召喚魔法で強化され、巨大化したフリードが存在し、その上にキャロが乗っていた。そしてフリードは何かスクワットの様な動きをしていた。それをエリオはぽかーん、として様子で眺めていた。

 

「なにをやってんのアレ」

 

「”動くのは私じゃなくてフリードで盾になるのもフリードだからフリードが運動すべき”だって」

 

 視線をフリードの上にキャロへと向ける。いい笑顔とブイサインを送ってくるので迷う事無くタスラムを構えて楽をしている桃チビを撃墜する。フリードが驚くことなく納得した表情をしているんで間違った事はしていないんだな、と確信する。何気にエリオもエリオでうんうんと頷いているしこれで悪は滅びた。目を回して大地に倒れるキャロをどう始末しようかなぁ、と思ったところで、

 

「お、頑張って……るのかこの状況は……?」

 

「あ、ヴァイス陸曹」

 

 よ、と言いながら片手を上げてやってくるのがヘリのパイロット、ヴァイス・グランセニックだ。アグスタと列車の出撃で二度ほど彼には世話になっているので、既にフォワード陣で彼と面識のない人間はいない。冗談は言うし、知っている事も広く浅く、射撃に関しては元武装隊らしいので色々と参考やアドバイスがもらえたりと自分の中ではなかなか高評価な人物だ。その片手に握られているのは三つのドリンクボトルだ。……此方の事を見て差し入れに来てくれたのであれば感謝すべきなんだろう。

 

「まあ、頑張っているようだしほら、飲んどけ。終わった所か?」

 

 ヴァイスから目を回しているキャロ以外がスポーツドリンクを受けとり、感謝の言葉を伝える。

 

「あ、一応私とスバルは」

 

「僕達がまだで……」

 

 ヴァイスがキャロの方を見て、フリードを見て、あぁ、そうだな、と呟いた納得の表情を見せる。何というか、納得せざるを得ない様子というか。これを見たら大体何が起きていたのか察しが付くから嫌だ。

 

「なんだかなのはさんに近づいて来ているなぁ……」

 

「やめてください。やめてください」

 

 エリオが真顔でヴァイスにそういう。若干ドンビキしながらもお、おう、と答え、確かにキャロって結構なのは系のキャラをしているよなぁ、と思う。何というか……自分に正直な所とか、欲望フルオープンな所とか、自重を全くしない所とか。正直このままではセカンドなのはが生まれそうで怖いのだが。いや、一番怖がっているのはコンビ組んでいるエリオなのだろうが。敵にまで短パンショタとか言われたりハァハァされたりとこの少年は不幸の道をどれだけの爆走し続ければ気が済むのだろうか。不憫でちゃんと見られない時がある。

 

「ティアナさん、ちょっと憐れむような視線をこっちへ向けないでくださいよ―――意味は解りますけど」

 

「お前ら仲がいいな」

 

「チームですからね。仲良くやる理由はあっても仲を悪くする理由はありませんよ」

 

「それが解ってるんならいいのさ。世の中変なこだわりを持ってチームメンバーに嫉妬したり難癖つけて足を引っ張ろうとする連中多いからな? お互いを尊重し、理解してくれる仲間は貴重だから大事にしろ……ってお前らなら言われるまでもないか。ふぅ……」

 

 そう言うとヴァイスは肩や首を回す。どうやら少し疲れている様子だ。貰ったドリンクを遠慮なく飲みながら、少し気になったのでヴァイスに聞く事とする。

 

「お仕事が終わった所ですか?」

 

「うん? あぁ、ちょっと隊長達を西へ東へ、な。車とか使った方がいいのかもしれないけどヘリで行けば早いし、それだけの力があるってアピールになるからな。色んな所の視線を”表側”へ釘付けにできるって意味もあるしちょっくら仕事してきたんだよ。あぁ、あまり政治とか交渉関係は気にするなよ? そっちは隊長達の仕事だから」

 

「安心してください。何が何だかまったくわからないので」

 

 エリオの言葉にヴァイスと共に苦笑する。まぁ、機動六課の規模や設備を見れば嫉妬する連中が多い事や、敵が多い事もまたうなずける。身内で固めている部隊にバックには大物、明らかに何かを隠している様にしか見えない。だとすればパフォーマンスやら色々とやる必要はあるんだろうな、と思う。まぁ詳しい事はまだ未熟な自分には良く解らないのだろう、自分もはやてに踊らされた一人だし。

 

「ま、頑張っているって事はリベンジする気はあるって事か」

 

「もちろん!」

 

「次は負けませんよ」

 

 ホテル・アグスタで自分たちに与えられた任務はホテル正面入り口にてガジェットの殲滅、および侵入阻止だった。相手にはベテラン級の魔導師多数という状況であったため、それ以上の働きは認められないし、期待されてもいなかった。……だけど自分よりも歳が下の魔導師相手にああも遊ばれるとは思いもしなかった。

 

 究極召喚の部分召喚だったか。話によればキャロも”私も究極で、できますし”とかドヤ顔しつつ声を震わせながら言っていたからあの変態スキルを習得するんだろうなぁ、と思うと胃が痛くなる思いだ。この桃色チビが日に日に危険物へと進化しているのは朝、青ざめた表情で悲鳴を上げるエリオの様子を見ていれば解る。八年後が地味に楽しみだ。

 

「ま、俺は戦っちゃいねぇが全員が腐らず向上心を持っているのはいい環境だな。皆ステップアップを狙っているしさ。こういう敗北には必ず一人ぐらい腐っている奴がいるもんだけどこの隊だと一人もそう言うのがいないどころかネタに走り出すやつまでいるから驚きだな」

 

 あぁ、この機動六課の空気の良さは良く解る。たぶん身内で固めているから、というだけじゃないだろう。キャロみたいに此方側に来てから”染まった”という感じの隊員は少なからず目撃しているし。濃いキャラが増えるのはどこか懐かしさがあって……嫌いじゃない。うん、嫌いじゃないと思う。いや、だからこそスバルという強烈な個性の塊とコンビを組んでいられるのだが。

 

「と、皆という事は隊長達も?」

 

 おう、とヴァイスが頷きながら答える。

 

「隊長達もそれぞれ色々とやるらしいな。なのはさんやフェイトさんはシャーリーに追加パーツ発注したり、”禁じ手”をいくつ解禁したりで、八神部隊長もようやく他の隊とも連携が取れそうだとか。旦那やシグナム姐さん方ヴォルケンリッターは何だっけなぁ―――”忘れていたものを思い出す”つってたっけなぁ……まぁ、意味はよく解らないけどリミッターに触れない部分で自重を外し始めている感じだな」

 

「正直”あの”隊長陣が戦術的敗北を得た相手ってのが恐ろしいけど自重して今までの状態だったらこれからが恐ろしいわ……」

 

「その姿勢がキャロに移らない事だけが僕の願いです」

 

 エリオの声が切実過ぎてヴァイスと共に何も言えなかった。―――キャロがあの紫髪の召喚魔導師と同じ様なスキルを習得し始めたら本格的にエリオも詰みだなぁ、というのが自分の正直な感想だ。それまでにエリオもそれレベルの何かを習得できなかったら……うん、結婚式ぐらいには参加してあげてもいいんじゃないかと思う。その時の仲人は是非とも任せてほしい。地味に面白いので悲鳴の映像はクロスミラージュに記録している。

 

「んじゃ、俺はヘリ動かしたから色々と書かなきゃいけないんで」

 

「あ、お疲れ様です」

 

「色々とありがとうございました」

 

「気にすんな、しっかり追いつけよ!」

 

 追いつけ、とはまた無茶な事を言ってくれる先輩だが―――いい人である事には変わりはない。多分短い休憩時間をこっちを見かけたから割いてくれたのだろう。たぶん、お人好しの部類に入る人物だが……そうやって応援されてしまったのではしょうがない。

 

「さ、キャロ起こしたら私が見ててあげるからラストまで頑張んなさい」

 

「こ、このまま寝かしてちゃ駄目ですか」

 

「きゅくるー……」

 

 エリオの割と切実な声にフリードの悲しそうに声を響かせた。

 

 現実は残酷である。




 敗北した結果リミッター以外で自重外せる場所は完全に外す事決定した六課。

 だけどそれ以上にキャロのトランスフォームがやばい。どうなるエリオ。


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イン・ザ・ナイト

「あ、なのはさん」

 

「やっほーティアナ」

 

 ホロウィンドウを浮かべ、なのはが六課の制服を着た状態で機動六課の隊寮、ロビーにある椅子に座っていた。その服装を見ればまだ教導官としての職務は禁止されている、というのはよくわかる事だ。だがこうやって医務室から出て座っているという事はもう大丈夫なんだろうな、と思うので”大丈夫ですか”等と態々聞く必要はない。ただ割とフランクに接してくるところを見ると今のなのはは、

 

「仕事……じゃ、ないですよね」

 

「うん、医務室にいる間凄い暇だったからね。必要な書類とかプランの修正とかいろいろ終わらせちゃってお仕事ないかなぁ、と思ってたんだけど今の所完全に手ぶらでねー……こういう姿部下に見せると部下がだらけちゃうから本当は見せるのはいけないんだけど……ティアナはそんな事もないし秘密だよ?」

 

「あはは……」

 

 苦笑するとなのはが横の椅子を引っ張ってくれる。座れ、という事なのだろう。特に遠慮する事もないのでなのはの横の椅子に座る。本当に暇だったのか、なのはが浮かべるホロウィンドウは普通にブログを映し出していた。なのはがそれを覗き込んだ自分を見ると、ホロウィンドウを近くへと引っ張り、そして少しだけ巨大化させてくる。

 

「これって」

 

「うん、フェイトちゃんのブログ。―――最近煽って炎上させて遊んでるの」

 

「止めましょうよぉ!」

 

 もちろん冗談だよ、となのはが言っているがホロウィンドウのコメント入力欄、そこに煽るような内容のコメントが途中まで書かれているのは見逃せない事実だ。この女というか外道、身内に対して容赦なさすぎなんじゃないかと思うが……思い返せば自分の兄もこれぐらいストレートに容赦のない外道だったのでこれ、あの部隊の基本レベルなのかなぁ、と思い始める。これが六課のスタンダードになり始めたら転職先を考えよう。正直自分も割と手遅れな部分が客観的に見ればあると思うのでこれ以上が怖い。芸風って言っちゃえばそれでおしまいな様な気もするが。

 

「あ、そうそう、これ見る?」

 

 そう言ってなのはがホロウィンドウの中身を変える。今度は掲示板形式の内容で、管理局での噂話や最新のニュースに関する話が載っている掲示板だ。割とボロクソ叩きあっている所で……あまり長く見ていると気が滅入ってきそうだ。ただなのははそれを見ていて割と楽しそうにしている。

 

「あ、ほらほら、見てよティアナこれ」

 

「えーと……」

 

 なのはが見せてくれるホロウィンドウ、掲示板の数千番目の人物がホテル・アグスタについて話している。流石三日目ともなれば情報は拡散しているんだなぁ、と認識する。確か隊長陣の話ではホテルの損害は全て犯罪者側―――つまりスカリエッティが悪いって事になったらしいが、この掲示板に書かれている内容は全て違う。ここに書いてある書き込みはそれを真っ向から否定している。

 

「……”あの抉れ方は砲撃魔法の抉れ方で、絶対魔王なのは様がぶっぱした”……ですって」

 

「うん、何て酷い誤解何だろう。私がそんな事をできるわけないじゃないねー?」

 

 もしかしてそれはギャグで言っているのだろうか……? いや、なのはの目が笑っていない。これはガチだ。ガチで言ってきている。ガチでもみ消しに来ている。無駄にそこで上位魔導師としての風格を表さなくてもいいんじゃなかろうか。これ、なのはに憧れる魔導師が見たり聞いたりしたら確実に泣くような内容だ。というか自分も直接本人に会うまでは”高町なのは”がこんな人物だとは思いもしなかったなぁ、と思う。何気に本になったり、雑誌になったり、ドラマに出演した事もあった気がする―――まあ、これは有名どころのストライカー魔導師なら誰にも回ってくる様なものらしいが。まあ、そんな有名人が控えめに言ってこんな人格破綻者、オブラートを月の方へ投げ捨てて言えばキチガイ女王だとはだれが思ったであろうか。

 

「あ、でも私が今こうなってるのって大分というか元凶の仕業だよ」

 

「死を覚悟するので考えを読まないでください」

 

「なんで皆私をそんなに怖がるのかなぁ……」

 

 少しだけ落ち込んだ様子でなのはが俯いていると寮の管理人、アイナがやってくる此方に頑張ってくださいね、と視線だけを送ると箒を片手に、寮の入り口へと向かう。管理人はどの時間になっても忙しそうだけど、それはそれでまた楽しそうだなぁ、と窓の外の景色を見ながら思う。既に空は暗くなっている―――夜だ。クラナガンの空は少しだけスモッグやら汚染やらで濁っているが、此方はそこらへん、少し環境への意識があるのか解らないが、クラナガンで見る空よりは綺麗に見える……ちょっとだけ、故郷のエルセアを思い出す。

 

「こんな夜の空を思いっきり飛べたら気持ちいいんだろうなぁ……」

 

「ティアナは空戦適性無いからキツイねー……まぁ、でも努力で飛べるようになった人を何人か知っているしできなくもないよ? 結局は魔導師なんて才能よりも努力でどうにかする様な人種だから。まあ、ティアナは才能溢れているしコツを掴めば早いと思うよ」

 

「才能ですか……」

 

 才能、か。どうなんだろう。自分にそれはあるのだろうか。昔自分を天才だと評価し、太鼓判を押してくれる人はいた。だが自分は別段才能があるとか、ないとか、そういうのはどうでもいい様に感じている。なのはが言った通り、結局は努力が一番重要なのだから。どんなに才能があっても努力を怠れば腐ってしまう。その程度のものなんじゃなかろうか、才能なんて。それに才能なんて見えないし感じられないものに頼るのはどうもむず痒いというか……何か信じられない。

 

「ま、解らない事はゆっくり理解して行けばいいよ。ティアナ達新人はゆっくりついてくればいいから。相手が多少強くてもほら、私達自重止めたから何とかなる何とかなる」

 

「物凄い不安覚えるのでいい笑顔でそれ言うの止めませんか」

 

「うーん? 私間違った事は言ってないつもりなんだけどなぁ……おかしいなぁ……」

 

 なのはは普段からエキセントリックに飛ばし過ぎているのが原因で普通に真面目になってても飛ばしている感が残ってしまうのが悪いんだと思う。……まあ、それが解る程度には自分も高町なのはという人物と交流しているなぁ、と思う。まあ、最初の頃よりも大分気安い感じに話しかけて、話し合っているというのは結構ある。何故だかわからないが、自分の上司にあたるこの人物とは何か、こう、波長、というのだろうか。普通に喋っている分には結構話題が続く。割と話しやすい上司だと思う。ただ、まあ、これが相手が合わせてくれているのであれば自分にとっては少しだけ、恥ずかしい話だ。

 

「あ、そうだそうだ。ティアナ、明日でいいからシャーリーの所に行っておいてくれない? 皆ちゃんとやっているし順調にステップアップしているからデバイスに付けたリミッターを外すから……まあ、ティアナは元からリミッターなしでタスラムを持っているからあまり意味の無い話なんだけど。クロスミラージュの機能を解放しておきたいから。できたら他の子にも」

 

「あ、はい」

 

「私が復帰したら模擬戦するから」

 

「遺書を書くのって普通の紙でいいんでしたっけ」

 

「ネタに走っても手加減はしないよ」

 

「手加減はしましょうよぉ!」

 

 えぇ、どうしよっかなぁ、とか言いつつこっちをなのはをしきりにチラ見する。この教官、露骨にワイロを求めてきている。しかしなのはに上げられるようなワイロは何もな―――あった。一つだけなのはを満足させられるようなネタがあった。しかしこれを言っていいのだろうかという葛藤は少なからずあるが、私の命の為であれば本望だろう。なので容赦なくばらす事にする。

 

「い、イスト兄さんの面白ネタなら……!」

 

「弱みを寄越すんだ、さあ、早く」

 

 物凄いアグレッシブな上司に苦笑するしかない。この人、絶対弱みを握る事に楽しみを感じているだろうなぁ、と苦笑し、伝えようと思ったところで、なのはが溜息をつき、頬杖をつく。先ほどまで開けていたホロウィンドウはすべて消えて、此方ではなくて寮の入り口の方を特に見るわけでもなく、視線を彷徨わせている。

 

「……どうしよっかなぁ」

 

 その様子は……悩んでいるようだった。意外な姿だった、なにせ決めたら真直ぐ、心のままに―――それが高町なのはという人物のスタイルだと自分は思っていた。だから困ったような、悩む様な姿を見せるなのはの姿は新鮮というよりは軽いショックだった。接すれば接するほど常人離れした思考力と能力の持ち主なのに。何故こんなにも急に、と思った時、なのはが此方へと視線を向ける。

 

「正直ね、ティアナ。私はまだまだ大人って言える様な年齢じゃないんだよ」

 

「そう……なんですか? なのはさんってたしか十八、十九でしたよね? だとすれば十分に大人なんじゃないですか?」

 

 ミッドでは十分に大人と言える年齢だと思う。何せ10歳で前線に出て、そしてそれで”立派”と呼べるような魔導師さえ存在するのだから。それからすれば十八、十九歳の魔導師はかなりの大人、ベテランという言葉さえ似合ってくるのがミッドチルダにおける年齢への認識だ。二十三を過ぎて結婚をしていなければ遅すぎるという認識が存在する程度には。

 

「ミッドではね。私の出身世界だと二十歳で成人、それでもまだまだ子供扱いで、二十代後半に入ってからようやく大人って認められる感じなんだよね。……だから、まあ……本当は私みたいに若くて未熟なのが人に教える立場でいいの? もっとどこかで学び、覚えるべき事は多いんじゃないの? って考える事は良くあるんだ」

 

「なのはさんも人間だったんですね」

 

「ちょっと六課で皆が私をどんな風に思っているかアンケートとろうかなぁ」

 

 たぶんその他欄に種別”砲撃魔”か”魔王”でマークされるんじゃないだろうかそれ。なのはって割と意味の無い事をすることが好きな人なのかもしれない。ちなみに全員整列、横からディバインバスターまではオチが見えた。

 

「まあ、つまり私も迷う時は迷う、って言いたいんだ」

 

「人間アピール……」

 

「そろそろ怒るよ」

 

 ちょっとしたお茶目のつもりだったのだが、まあ、そこそこ真面目な話の様なのでなのはの言葉に頷く。……まあ、人間だったら迷う、迷ってしまう生き物だ。完全に覚悟を決めた―――そう言って本当に覚悟を決めていられる生物とはどれほどいるのだろうか。少なくとも、本当にそう言って実行できるやつはまず間違いなく……人間じゃない。恐ろしく、おぞましい何かだ。

 

「最初は隠そうかと思っていたんだけどねー……やっぱり隠し事はいけないだろうし、うん―――たぶんこれがティアナのハートに火をつけるんじゃないかな、って思うんだ」

 

「火をつけるって、今でも私結構頑張っているつもりなんですけど」

 

「うん、知っているよ? 私の予想通りに成長しているけどさ、ほら―――何で機動六課にいるの?」

 

「それは……」

 

 ……事件の真相を知る為、というのが一番大きな点だと思う。あの時何でああなったのか、今スカリエッティ側にいるのは何なのか、何が起きているのか等と―――そういう事件に対する真実が知りたい。そしてできたら解決したい、というのが気持ちだ。―――その上で元凶の顔面に一撃ぶち込む事ができれば最高であるに違いない。それが今の、自分の意志だ。ただ情報が何も来ないので若干くすぶっている感があるのは否定できない。

 

「でしょ? だから本当は黙っておくつもりだったんだけどね―――条件付きだけどティアナが一番知りたい事を答えてあげようと思うんだ」

 

「―――ッ」

 

「表情変わったね?」

 

 なのはは此方の変化を敏感に察してくると、笑みを浮かべる。何が未熟者だ―――この会話の流れ、最初からずっと狙ってやっただろ、と言いたくなる。指摘されたところではぐらかされるし、確実に論破されるというか……戦闘技能型の魔導師でこれだけ知恵が回るとか色々と恐ろしい。

 

 だから、となのはが指を一本持ち上げてくる。

 

「一本」

 

「一本、ですか」

 

「うん。あと三日……いや、二日で完全回復させておくから、その時に隊別に新人で模擬戦を私とやるから。ティアナとスバルの二人で私から一本取る事が出来たら今、ティアナが一番欲しがっている情報を教えてあげる。……どう、少しはやる気出た?」

 

「餌が露骨すぎですよ」

 

 だけどやる気が出てきたという事は間違いはない。なのはが持っていて此方が持っていないという事は隊長だけが知る事の出来る秘匿性の高い情報である事に違いない。そこからある程度予想は出来るが、だとすれば―――。

 

 立ち上がり、

 

「すいませんなのはさん、今からスバル捕まえて話し合ってきます!」

 

「頑張ってー。言った通り手加減なんてしないから」

 

「そこはしてください。お願いしますから」

 

 敵にも仲間にも負けられないとはつくづく、ハードで充実した職場へとやってきたものだと思う。




 ちょっとスランプ気味


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リトル・ビット・ハード

 頭を抱えていた。超頭を抱えていた。ついでにちょっとだけ震えていた。ヤバイ。少し侮っていたかもしれない。……いや、ごめん、間違えた。超侮っていた。アホみたいに侮っていた。もう嫌だ。こんな職場嫌だ。帰りたい。実家に帰りたい―――帰った所で無駄なんだろうけどさ。それでも今、ガチに、生命の危機を感じていた。相棒のスバルでさえ若干余裕がない。横を見ればおろおろする姿が見える。その原因はここ、空間シミュレーターの屋上から見える、空に浮かぶなのはが原因だ。予定通りというか、宣言通り僅か二日で大けがを完治させたなのはは模擬戦を今までの成果の確認のために行う予定だった。

 

 ただ病み上がりというか、復帰戦というか、なのはのテンションが異様に高い。

 

 なんか魔法も使わず壁のでっぱりを足場にジャンプしながら空へと飛びあがるとノーアクションで空へと砲撃を放って海に空から砲撃を落としてみたりとめちゃくちゃアクティブな上に、デモンストレーションをしたら此方をチラリと見てくる。これ、もしかしなくてもゲームセンターでやる様な戦闘前の煽りとかの部分なんだろうか。挑発のつもりなんだろうか。馬鹿が、それ挑発や煽りじゃなくて処刑宣告だ。

 

 なのはさんが予想以上にガチで泣きたい。そういう無駄に細かいパフォーマンスにやる気出さなくていいんですよ。やる気が殺る気に直結しているので貴方は。というか高町なのはは砲撃戦を得意としているのではなかったのか。あの身のこなし、ステップ、レイジングハートの振り回し方、どこからどう見ても近接戦もエース級にしか見えない。キチガイ距離を選ばず。あのクイーン・オブ・キチガイに距離や得手不得手は意味をなさないのか―――うん、たぶんあんまり意味がない。

 

「ティア……どうしよう……殺される」

 

「奇遇ね。私も遺書を書いたか今思い出している所よ」

 

 視線をなのはへと向ければ砲撃を空に撃ち過ぎだ、とはやてに叱られるなのはの姿があった。若干落ち込んでいるように見えて、俯いている顔の表情は笑っていた。駄目だあいつ、全く反省してない。何か人間的無敵属性が付与されていない気がしないでもない。……いや、元から無敵属性の塊のような人だったな、そういえば。というか少し前まで医務室に籠りっきりだというのが信じられない。フェイトによればなのはとユーノ司書長のコンビは最強タッグらしいのに、それを振り切って勝利するとかどこの宇宙怪獣が相手だったのだろうか。

 

「ま、まあ、私達の勝利条件は明確よ。それだけを狙えば……なんとか行けるんじゃないかしら」

 

「流石ティア!」

 

「なのはさんがマジで全力で来る事前提なんだけどね……」

 

 一撃。一撃さえ通せればいいのだ。一撃なのはへ通す事に成功すればその時点で此方の勝利が確定する、というか欲しい情報を教えてもらえる。だから此方は全力でその一撃を通す事だけを考えればいい。となると―――全ての動きを一度のチャンスの為にぶっこむのが一番現実的なプランじゃないかと思う。というかいつもながらそれ以外に方法が思い浮かばない。前、シューティングイベイションでやった事と一緒だ……ただ今回は人数が少ない、という条件で。ただあの頃よりは手札も能力も上がっている。前よりもなのはの事を理解できているし、悪い勝負にはならないと思う。だから、

 

「私の言うとおり動いてよ、スバル」

 

「うん、任せて。そこは超得意だから」

 

 知ってる。何時も付き合ってくれている相棒だから。だから迷う事無くこの日の為に考え付いた、用意したプランをスバルに告げ、そして細かい部分を相談し、詰めて行く。やる事は簡単で、”限界行動”までなのはを追い込むことが目標だ。人体の動きの限界、絶対に硬直が発生する瞬間と、そして思考にできる僅かな空白、それを意図的に生み出す状況を用意する。前々から格上相手に通用する手段としては考えていた必殺手段だ。殺傷設定であれば絶対に誰をも殺せる手段。……まあ、”善”である限りは絶対に必殺する事が出来ないという何とも悲しい事だが。

 

「オーケイ?」

 

「うん、解った!」

 

 スバルがそう答え、そして共に空に立つなのはの姿を見る。もう挑発アピールは止めたのか此方に手を振ってくるので手を振りかえす。左手にクロスミラージュ、右手にタスラムを握り、セットアップ済みのバリアジャケットのデータをもう一度だけ確かめておく―――うん、問題はない。スバルへと視線を向ければ向こうもチェックを終わらせて頷く。共に準備は完了しているという事だ。再びなのはへと視線を向け直し、頷きを送るとなのはがレイジングハートを掲げる。それと同時にカウントダウンのホロウィンドウが出現し、自分もスバルもなのはも魔法陣を出現させる。カウントに表示されている数字は三だが、それよりも、

 

「ちょっと待ったぁ―――!!」

 

 なのはの出現させた魔法陣だけが超巨大―――というか見覚えのあるそれはスターライト・ブレイカーのそれだ。チャージには最低10秒かかる大技故に誰かが隙を作るか、動きの鈍い相手ではないと当てられないのだが、なのはは自分の顔を映すホロウィンドウを此方の横に出現させる。

 

『話し合いが長いから待っている間にチャージは終わらせたの』

 

「卑怯じゃありません!?」

 

『チャージしない方が悪い』

 

 カウントがゼロになるのと同時になのはがレイジングハートを振るい、スターライト・ブレイカーが発射された。迷う事無くスバルが抱きついてきて、転移魔法で射線から逃れる様に大きく跳躍する。次の瞬間少し離れた位置に出現し、先ほどまでいた位置を桜色の砲撃が完全に跡形もなく吹き飛ばす光景を見る。

 

「ガチじゃない……!」

 

『手加減なしだって言ったよ?』

 

 そう言ってホロウィンドウは姿を消す。手加減はしない―――だが本気でもない、そういう匙加減なんだと思う。思っておかないとやってらんない。

 

 スバルが足元にウィングロードを生み出し、そして同時にウィングロードを少し離して横並びに三つ生み出す。スバルはその上に着地すると、そのまま真直ぐウィングロードを進みだす―――他のウィングロードを走る幻影と共に。一斉にはなった幻影がスバルと共になのはへと向かって一直線に進んで行く。そこで自分が更に魔法を発動させ、そしてなのはが此方の光景を認識する。

 

 それをなのはは一撃の薙ぎ払いですべて吹き飛ばす。恐ろしいまでの火力と、そして強引さだが、顔色を変えずにやり遂げるのだから凄まじいと評価できる。だが、スバルの姿はそこにはない。横並びにしたのはなのはの砲撃を誘うためだ。―――本当のスバルは地を走り、そして自分はもっと高く飛んでいる。

 

 それをなのはは察知し、口を笑みに歪めるのが解る。

 

 次の瞬間なのはの姿が空から下へと向かって落ちてゆくのが見える。意表をついた動きに一瞬思考が乱れるが―――問題はない。それは此方としては望む展開だ。レイジングハートは槍の様な姿へと代え、地を走るスバルへと向かって一直線に振るわれる。なのはが自分から近接戦を挑むとは思いもしなかったが、元々のプラン通りだ。

 

「スバル!」

 

『コンタクトッ!』

 

 次の瞬間スバルの拳となのはの槍―――の様な杖がぶつかる。そしてスバルが押し負ける。マジか、と思わず言葉が出そうになるが、高町なのはならありえなくはない、と断じて自分も一気に空から落下を開始する。不得意な飛行魔法で落下の速度を着地寸前に殺し、大地に立つ。廃棄区間都市を再現した空間シミュレーターのこの空間で、なのはに対抗するために選んだ手段は―――接近戦。満足に性能を発揮できない距離にてなのはの動きを制限し、追いつめる。それが、

 

「最善の手、だよね」

 

 スバルが踏み込み、拳を振るう。それをなのはが再度ステップで回避しながらレイジングハートを振るう。スバルがそれに敏感に反応しバックステップを取るが、その瞬間スバルの姿が横へ吹き飛ぶ。瞬間、なのはの周囲に浮かび上がる桜色の球体がある―――誘導型の魔力弾だ。

 

「弱点潰しは基本だよ? どう来るのかな?」

 

 そう言いつつもさりげなく吹き飛んだスバルの方向へショートバスターを叩き込んでいるからこの女根っからの外道だと確信できる。そこ、普通は立て直しのチャンスを与える為に見逃す所だろう、と思いつつもようやくなのはへと接近する事に成功する。タスラムもクロスミラージュも接近戦用の拳銃型の姿のまま、数メートルの距離から引き金を引く。なのはは振り返ることなく撃った弾丸をアクセルシューターで迎撃する。だがそうなる事は解っている。

 

「一撃必倒ッ―――!」

 

 スバルが吹き飛んだ方向から砲撃がなのはへと向けて放たれる。流石に驚いたのか、少しだけなのはが表情を変えるが、レイジングハートを両手で握り、そして砲撃を放つことで相殺し、ダメージを受けない様にしている。構え、魔法陣展開、砲撃。このスリーアクションを一秒以下の速度でなのはは行っている。相変わらずえげつない技量だと思う。だが物理的に、此処から此方へと振り返るのは面倒であるという事は理解できている。それになのはが加速術式の類を使用しないのも十分知っている。

 

 故に射撃する。射撃しながら接近する。すかさずアクセルシューターが妨害に入ってくる。それを撃墜しながら接近し、近づくのと同時に蹴りを繰り出す。

 

「ふむ」

 

 それをなのはスウェーしつつ回避し、レイジングハートを此方へと向けてくる。次の瞬間には横からスバルが殴りかかる為に飛び出してくるが。だがそれすらあっさりと回避し、射線が重なった此方へと向けて砲撃魔法を即座に放ってくる。横へと跳ぶことで回避した瞬間、何時の間にかなのはが接近していた。アレ、こんなに早く動けたっけ。そんな事を思っていると、なのはが呟く。

 

「うん、駄目だねこれは」

 

 此方の頭を掴んだ。

 

「え……?」

 

「ティア!!」

 

 次の瞬間、顔は大地に叩きつけられていた。痛みと同時にローラーが地を滑る音が聞こえる。だがそれが接近するのと同時に体は引き上げられる。逃げようと動かすが体には何時の間にかバインドが施され、動けなくなっている。そのまま体は勝手に動かされ、迫る拳の前に突き出される。

 

「ちょっ」

 

「うぉ、っと、っと!?」

 

 攻撃するスバルの前に体が突きだされ、動きが止まる。そして同時にスバルも動きを止め、その瞬間にバインドがスバルを拘束する。そしてなのはが自分とスバルの頭をレイジングハートで軽くとんとん、と叩き、

 

「はい、終了」

 

「全く歯が立たない……」

 

「一撃通すってレベルじゃない……砲戦得意で近接もできるってスペック軽くおかしくないですか」

 

 そんなことないよ、となのはが首をかしげながら言う。

 

「充分不得手だよ? だってフェイトちゃんに射程内に入り込まれたら防戦一方になって詰むし、シグナムやヴィータちゃんとも相性は悪いし、基本的に接近されたら私詰むんだけどなぁ。まあ、特にバインドが利かない相手だと時間稼ぎすらできないからそのままフィニッシュ食らっちゃうんだけど。まあ、”私達レベル”での不得手、というのは認めるけど」

 

 次元が違い過ぎて嫉妬すらできないとはこれ、如何なのだろうか。バインドが解除され、自由になると短い窮屈な感じから解放され、今更ながら痛みを強く感じ始める。顔面から大地へと叩きつけられたが、もしかして鼻でも折れていないのだろうか。自分の鼻に触れて大丈夫かどうかを確かめる。

 

「あ、大丈夫だよ。そこらへんはキッチリ手加減したし。うーん、だけどなぁ……」

 

 そう言うとなのはは腕を組んで此方を見る。それは間違いなく此方を評価するためだ。だから自分の体を調べるのは止めて背筋を伸ばして立つ。スバルも同じような姿勢で真直ぐと、背中を伸ばして立つ。それを見ながらなのはうん、と頷きつつ呟く。

 

「ま、個人技能に関しては普段からよく見ているし及第点、作戦立案は少々甘いところあるけどちゃんと分析はできている、スバルはもう少し考えようね、って所かな」

 

「はーい……」

 

 意外と甘いなのはの採点に驚くが、なのはがここからが本番だよ、と指を上げる。

 

「君たちは何で機動六課に参加したのかな」

 

 何故機動六課に参加したのか。それはもちろんあの事件の真相を探す為だ。事件の真相を暴いて、そしてなぜこんな風になってしまったのかを調べるためだ。それをなのはは知っているはずだ。そしてスバルは、そんな自分を支えたいという願いでここまでついてきてくれている。もちろん、そこには一切の迷いの類はない。だからその思いをなのはへと伝える。

 

 と、

 

「―――うん、それだけ?」

 

 此方の願いを聞いて、なのははそれを一刀両断した。

 

「その程度なんだね、君達の思いは。だとしたら圧倒的に足りてないよ。あ、私との模擬戦は終了。次はロリショタの番だからとりあえずここから出ようか? んじゃかいさーん」

 

「まっ―――」

 

 何かを言える前になのはの姿は転移魔法と共に消え去った。

 

 足りない。

 

 ―――これで……? 何が……?

 

 なのはの言葉が理解できず、立ち尽くすしかできる事はなかった。




 やっぱなのはさんは強かった。原作の名シーンがない悲しみ。


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アンド・ゼン

 夜空へと浮かび上がり、現場へと向かってゆくヘリコプターの姿を視線だけで追いかける。あそこに乗っていないのは新人フォワードだけだ―――と言うのも今回の出動は、自分達は見送らされたのだ。模擬戦でなのはに負けた事をショックだとでも思われたのだろうか? ……いや、正直に言えばあそこまで何もできずに負けたのはショックだった。もう少しうまくやれるとは思っていた。圧倒的過ぎてただ現実感はないが。でも、それでも最後のなのはの言葉に色々と思う事はある。そしてそれを考える時間を隊長陣は自分たちにくれるつもりなのだろう。まあ、現状自分達の戦闘力は”いてもいなくても変わらない”という所が正直な評価で、一緒に出動するよりはこうやってメンタルを整えるのに時間を使った方が有意義かもしれない。

 

 そんな事を機動六課の周りにある森の中から夜空を見上げ、思う。もうヘリコプターの姿は見えない。現場へと急行してしまった。キャッチした反応がガジェットだけだったからたぶん、小規模な戦いだ。もしこれで魔導師の反応があればまず間違いなく自分達までも駆り出される。列車での事件以来、こういう小規模な衝突は何度か発生している。だから多分今回もまた、それだ。ただ、まあ、それはどうでもいいとして問題は自分自身だ。実際の所なのはに”その程度”で自分の願いが一蹴されてしまった事は結構なショックなのだ。自分は真剣だし、そして本気のつもりだ。

 

「どうしろってのよ」

 

 そう言うが答えが返ってくるわけでもない。……期待も別にしてはいないが。ま、新人フォワードも模擬戦を通してそれぞれ課題が見えてきた、といったところだろう。特にエリオとキャロに関しては課題が多い、というのがフェイトの言葉だった。皆大変そうだなぁ、と改めて思う。スバルはスバルでなのはに全否定されたような状況だし、自分に関しては甘いと言われて、エリオとキャロはそもそも問題外。それでも今の自分が確実にB+級魔導師の実力をこんなにも早く身に着けているのはなのはの教導によるものだ。普通はこんなに早くステップアップすることなど不可能なのだ。だからなのは、というか教導隊の人間につきっきりで指導されるという事の効果を改めて実感する。普通、教導隊の人間がここまで長期で付きっきりでどこかを指導するという事はない、何せ教導隊は何処にも人気のある隊で、仕事は腐るほど存在するのだから。

 

「その程度、ねぇ……」

 

 自分の動機を全否定されて流石にいい気分ではいられない。ただ、まあ、やる事をやるだけだ、とは思う。未熟なせいか、何が足りないのかは判断がつかない。それを丁寧に教えてくれる程なのはは甘えを許してもくれない。となれば、自分がどうにかして独力で見つけ出さなければならない。まあ、焦る必要はない―――本当の目的は若干違うし。あの列車の事件、イストに繋がるヒントを得て、やらなくてはならない事を決めている。

 

「殺さなくちゃ……今度は……私が」

 

 イストがティーダを殺したように、次は自分がやる番だと認識する。

 

 

                           ◆

 

 

「―――なのは?」

 

「うん? ごめんごめん。ちょっと、ね。フェイトちゃんのブログ炎上させたしどうやってドMなフェイトちゃんを楽しませようかなぁ、って考えてたの」

 

「ごめんなのは、まず最初に言っておくけど私ドMじゃないよ……?」

 

「え、嘘だろ」

 

 その言葉に反応したのはヴィータだった。視線がヴィータへと集まり、そしてそれから自分へと移る。だからサムズアップと笑顔と頷きを送ると、フェイトが頭を抱え始める。いや、だってフェイトは何処からどう見てもドMでしょ、と思う。だって楽しんでいる部分があるというか文句は言っても改善しようとは思ってないし。

 

「改善は無理だって諦めてるんだよ……?」

 

「金髪の子可哀想」

 

 操縦席から何かボソリ、と声が聞こえてきたので小さく笑っておく。フェイトが苦労人なのは今に始まった事ではない。というか大体皆が好き勝手やった時の被害がフェイトに集中しているような気がするが決して気にしてはいけない。フェイトも皆の為なら、とか言って受け入れちゃうのがいけないのだ。今度風呂場で何か悪戯しよう、そう決意したところで、やっぱりなあ、と呟く。

 

「どうなんだろう。解るかなぁ」

 

「流石に助言無しではキツイのではないのか」

 

 シグナムはそんな事を言ってくる。だがそんな事はないと思う。日常的に、そして最後にも結構ヒントを出しているつもりはある。

 

「結構出してるつもりなんだけどなぁ」

 

 ただ、やはり色々と教官としては不安が存在する。彼女たちの未来を形作るのは自分の仕事であり、役目なのだから。だから、自分の悩みの上位に彼女たちの事が入るのは当たり前の話だ。というか自分の生徒の事で悩まなかった事はない。―――はたして私は先人たちの様に上手く教える事は出来ているのだろうか。かっこいい背中を見せる事が出来ているだろうか。彼女たちの憧れとして前に立ち続けていられているのだろうか。悩む事は多すぎるし、尽きはしない。だがそれでも自分は上手くやっていける。そう信じて全力で、成すべき事を成す事以外には出来ない。だから、まあ、

 

 ……教えられないなぁ。

 

 今のティアナには絶対に教える事は出来ない。もちろんイストの生存も、あの一家が敵側に回っている事も。……それがティアナにバレるとしてもおそらく時間の問題だろう。次の……もしくは次の戦闘で出動した場合そのままかち合う可能性が出てくる。その時、今のままのティアナではまず間違いなく暴走する。おそらくスバルは使い物にならない。エリオとキャロは動ける、だが”それだけ”なのだ。エリオとキャロも命を賭けてまで成したい事を持って機動六課に参加しているわけではない。寧ろフェイトに連れられてやってきた、という側面が大きい。だからエリオとキャロには行動の根幹となる基礎さえも出来上がっていないのだ。

 

 ティアナとスバルにはたとえ肉親が関わっていようが貫こうとする動機が、エリオとキャロは活動の根幹となる意志が必要だ。どちらも一朝一夕で生み出せるようなものではない。だからゆっくりと教えたり、探す手伝いをしてあげたいものだ。その時間がないのが本当に悔しい。手っ取り早くそういうものを探す方法はないのだろうか。精神を鍛えるのがやっぱり近道だろうか。

 

「やっぱ磔にして砲撃あてまくれば心強くなるかなぁ……」

 

「それで心が強くなるのはテスタロッサの様な一部の人間だけだ」

 

「ごめん、何でシグナムにまでドM扱いされているか解らないんだけど―――あ、そこで訳が解らないような表情しないで。少しだけイラッと来た」

 

 まあまあ、とフェイトを宥めているとヘリコプターの外に炎に燃える街が見えてくる。そこで暴れているのはガジェットのみだ。ロングアーチから情報をレイジングハートに処理させながら、既に展開済みのバリアジャケットを揺らし、立ち上がる。相手がガジェットのみであるのは少しだけ……残念だ。もしかしてあの馬鹿な元先輩に会えたかもしれないからだ。そして会ったら―――今度はリミッターを無理やり破壊してでも止める。あの目は気に入らない。放っておけばそのまま自滅しそうな目をしていた。だから、誰かが……止めなくては。

 

 たとえ彼が自分の知らない存在に変質していたとしても。

 

「……ま、先輩が先輩なら後輩も後輩という事で」

 

 ヘリコプターの淵に立つ。

 

「―――スターズ1、高町なのは。標的を殲滅します」

 

 どいつもこいつも救いようがない。

 

 

                           ◆

 

 

「ふぁーあ……ちょっと眠い」

 

「持って来たよー」

 

「あぁ、悪いわね」

 

「ありがとうございます」

 

「ぐっじょぶ」

 

 何時も通り、夜中には蜂蜜入りのホットミルクを飲む。それを食堂のカウンターからテーブルへとスバルが運んできてくれる。自分のマグカップの中にはなみなみと暖かいミルクが注がれており、眠気を晴らすには丁度いいものだと思う。何せ隊長達が出動中なのだから自分たちは寝るわけにはいかない。もしかして誘導で本部が……なんてこともあり得るのだ。まあ、ザフィーラとはやてが残ってくれているのでそこまで心配する必要も緊張もしている必要はない。要は心構えの話で、そして模擬戦の敗者の集まりだ、これは。

 

「フェイトさん強かったです……」

 

「フリードを肉壁にしたのにあっさり負けたー」

 

「あぁ、流石の私もアレにはドンビキだったわ」

 

 エリオとキャロの模擬戦相手はフェイトだった。かなり二人に甘いフェイトだから手加減するのではないか、と疑いもしたが、そんな事はなかった。なのはと全く同レベルの本気具合をフェイトは発揮し、エリオとキャロに襲い掛かった。全行動、速度に置いてエリオを超越し、火力もあっさりと最大火力であるフリードを超える化け物っぷりを発揮した。それに対抗する様にキャロは超外道戦法を採用した。フェイトが接近して攻撃する時、竜魂召喚で巨大化したフリードを強制召喚術で手元に召喚し、攻撃と同時に壁にしたのだ。一切の迷いもなく。しかも一度ではなく何度も。そうやってフェイトの攻撃を防いでいたために実は戦闘時間は私とスバルのペアよりも長い―――フリードが処刑され続けるだけの光景だったのだが。

 

「きゅ、きゅ、きゅくるぅー……」

 

 そんなフリードは今、キャロに本能的恐怖を覚えているのかエリオの座る椅子の裏に丸まって隠れて、キャロに近づこうとしない。フリードは優しいなあ、と思う。―――私だったら半径十メートル以内は金輪際近づくのを止めるぐらいにはトラウマになると思う。フリードは頑張ったし今度給料でちょっといいお肉でもプレゼントした方がいいかもしれない、新人のリーダーとして。

 

「え、でも普通じゃないですか? なのはさん言ってましたよ”男の子は女の壁になるものだ”って」

 

 それって本当に一部の男の事を示しているというか自分の経験を間違った桃色チビに教えるのを止めてくれないだろうか。おかげで化学反応を起こしている。そしてその横でエリオがもしかして僕も、とか言いだして震えているので本当にやめてほしい。次の出動の前にエリオの心が折れるぞこれは。

 

「はぁ、ホットミルクが美味しい」

 

「ティア、逃げてない?」

 

「うっさいわボケ」

 

 少しぐらい逃げたっていいだろう。だって私、頑張っているじゃない。このまとまりのないグループのリーダーっぽいポジションを。スバルは馬鹿だし。エリオは胃が死んでるし。キャロは桃色天然チビだし。……最後の劇薬だけどうにかすれば平和なんじゃね、と一瞬思いもするがああいうキチガイに限って状況を動かしたりするので死にたくなる。アレだろうか、なのはがこれだけ、とか言った答えって”キチガイ感”が足りない―――とかじゃないよなぁ。

 

「で、エリオ達も」

 

「あ、はい。フェイトさんに技量とかは及第点ですが、しっかり考えて、と」

 

「何がいけなかったんだろう……もっと数が必要……?」

 

「きゅ!?」

 

「そこ、ペットを犠牲にして押し進めるような方向性は止めなさい」

 

 この桃チビ、全く持って油断も隙もない。少し目を離せば異次元へと思考を飛ばしそうになるから全く目が離せない。それさえなきゃ頼りになるし大分まともになるんだが……たぶん、この子が一番なのはの”芸風”に影響されているなあ、と思う。まあ、芸風とか言っちゃう時点で手遅れなのはもはや周知の事実なのだが。たぶん機動六課を外側から眺めている人間からすれば五十歩百歩……だったか? そんな状況なのではないかと思う。まあ、自分も結構頭のおかしい部類に入るけど機動六課のスタンダードはちょっとレベルが高い。はやても凄まじい勢いで色々とやってほくほく顔で交渉から返ってくるし、そろそろ隊の名前を外道六課に進化させた方がいいんではなかろうか。

 

 あぁ、ホットミルク美味しい。

 

 平和過ぎる程に平和だ。……まあ、こんな平和が長く続かない事ぐらい十分に理解している。そういう職場にいるわけだし。それに今だって隊長達が働いているからこその平和だ。犯罪者に待ったなし、彼らが起きている間が我らの勤務時間。何時になったらこのエンドレスなイタチごっこは終わるのだろうか。

 

 ……まあ、少なくとも管理局がある間は永遠ね。

 

 犯罪者を飼っている意味でも、追い続ける意味でも、反抗勢力がいる意味でも、管理局が存在し続ける限りは永遠にそういう時代が来ることはないだろうと思う。まあ、確実に自分が生きている間に恒久的平和が訪れる事は絶対にありえない。ラブ&ピースなんて馬鹿が見る夢だ。現実に救いなんてものはない。

 

「悩ましいわねぇ」

 

「そうなの?」

 

「むしろ悩みしかないです」

 

「大丈夫エリオ君? 私が手伝う?」

 

「全力で遠慮させてください。お願いします。お願いですから」

 

 エリオの生き残れる未来が想像できない。マルチタスクを全開にしても未来が見えない―――。




 アレですね、原作での頭冷やした後の夜。ようやっとここまで来たか、って感じで。というかここに来るまで120話を軽く超えているなぁ、と今更ながら。


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ファニー・デイ

 どんなに普通であろうと望もうと、否応なしに人間という生き物は変化を強いられる。そうやって時と共に変化する人間はその変化を楽しめる希少な生き物だとどこかで教わった。多分、凄く馬鹿な人がそう言って教えてくれた気がする。どっちかは覚えていないがそれ以来変化は楽しもうと、そう決めている。ただその中にも祝福すべきと、そして逃げるべき変化というものがあると自分は思っている。その逃げるべき、とは一体何か。それを答えるのであれば我が隊の同僚を見ればいいと思う。

 

 模擬戦終了から何日か経過した日―――朝の訓練が終わると昼食の時間になり、昼食のための時間がしばらくの間用意されている。その間に食べたり休んだりと色々するわけだが、そう長くもないが短くもない訓練の合間の休み時間、食堂で何時も通り四人―――ではなくここには三人が集まっていた。自分と、スバルと、そしてキャロ。女子三人。新人フォワード女子組、という事で割と寮の方では一緒の割合が大きかったりする。まあ、唯一の男子であるエリオがハブられるのはこの際仕方がない。

 

 まあ、今回エリオがここにいないのは意図してからだ。非常に嫌な予感しか抱いていないのはキャロ以外の全員だと思う。なぜなら他のテーブルでは皆楽しそうに昼食を取っているのに、誰一人として此方に視線を向けようとしないからだ。ちなみにフリードは逃げる様にエリオについていった。もうこの桃色チビ本当にどうしようもねぇな、と言いたい所を全力で頑張って黙る。そして、その代わりにキャロが口を開く。

 

「エリオ君が襲ってこないんです」

 

「ハイ、終了で!」

 

 立ち上がって手を振る。だよなぁ、と声が周りのテーブルからもしてくる。貴様らやっぱり聞いていたな、と口に出して言うが返事は帰ってこない。この機動六課、本格的に外道六課というか身内に対して厳しい芸風を覚えつつある。何なんだろうこの一体感は。出動の時でさえここまでの一体感はなかったと思う。まあまあ、と言ってキャロが此方を椅子に座らせてくる。もうどうしよっか、と思ったところで横へ視線を向けると、いつの間にかスバルの姿が消えていた。

 

 逃げた……!

 

 我が親友よ、相棒なら最後まで付き合ってくれと言いたい所だが、やっぱりこいつの相手はハードルが高い。というか私でも普通に逃げ出すので良く頑張った方だと思う。さあ、生贄は私一人だ。かかって来いキャロ・ル・ルシエ、胃を壊す覚悟は完了している。

 

「えーと、でなんだっけ?」

 

「エリオ君は夜這いに来てくれないんです」

 

「まずはその言葉をどこで覚えたのかを話し合おうか? うん?」

 

 ヤバイってレベルじゃない。この幼女は一体どこでそんな言葉を覚えてきた。軽く頭が痛くなる思いだ。確実にフェイトじゃなくて砲撃魔王の影響が強い様に思える、というかあの砲撃魔王の影響じゃなかったら誰の影響何だろうか一体。とりあえず片手を前にだし、キャロを止める事から始めるのをファーストステップにする。いいか、と言ってキャロの動きを止めて此方に意識を向けさせる。

 

「―――第一にアンタ十歳よ」

 

「愛があれば関係ありませんよね!」

 

「そうね、犯罪者の常套句ね」

 

 本当にな。犯罪者はよく言ったものだよ、目的の為であれば手段はどうでもいいと。キャロの理論は究極的に言うとそうだし、スカリエッティの言っている事とそう変わらない……のだと思う。スカリエッティの主張は知らないし解らないけど、たぶんそんな感じだと思っている。まあ、本来は一生関わらない、というか関わりたくない部類の生き物だよなぁ、とスカリエッティの事は思う。

 

「で、エリオ君が誘いに乗らないんですよ」

 

「私は褒めてやりたいわよ」

 

「でもそれじゃあ私の勝利じゃないんです」

 

「うん、そうね」

 

 どうでもいいと叫んであげたかったがキャロの表情が真剣なのでそんな事は言えなかった。拳が白くなるほどに強く拳を握り、力強くエリオの存在を主張している。あの少年は人生本当に詰んでいるよなぁ、となのはと同じようなキチガイ生物を見ながら思う。これ、大きくなったら確実にキチガイウェポン化する様な気がする。確か究極召喚なんて事が出来るってドヤ顔で言ってたっけこの桃チビ。エリオの将来ブラック化待ったなし。

 

「だから私思ったんです……もしかしてエリオ君側で受け入れる準備ができてないんじゃないのか、って」

 

「今更それに気づいたのね。というか寧ろ好感度のパラメーターが存在する事に私は驚きよ。貴方今まで好感度上げる様なイベントをこなしてきたのかしら? 魚は釣った後に餌を上げなきゃ意味がないわよ」

 

「美少女と一緒に居るだけで好感度って上がるもんじゃないですか?」

 

 助けを求めて視線を巡らせるけど、どのテーブルの人間も食べることに必死で此方に視線を向けてくれない。というか先ほどまで貴様ら全員食べないで此方に耳を傾けていたんだから少しは力を貸せよと言いたいが、たぶん全力で逃げられるのでやめておく。クソ、こいつら慣れてやがるな、とリアクションに対して判断する。何時か絶対この恨みは晴らさせてもらおう。

 

「いいキャロ? ―――エリオはあんたと違ってキチガイじゃないのよ?」

 

「ッ!?」

 

 まるで世界の真理を言われた様な表情でキャロの表情がゆっくりと氷結する。いや、あるいは残酷な真実なのかもしれないけど。それでもキャロの表情は固まり、まるで世界の終末を迎えるような感じだった。そのまま、キャロは固まり、ゆっくりと口を動かす。

 

「え……いや、だって……エリオ君短パン美少年だし……フェイトさんが連れて来たし……」

 

「アンタの基準で人をおかしくするには一体何が必要なのか大体見えて来たわ―――ともあれ、いいキャロ? これは釣りと一緒よ。エリオはあんたの様な超奇天烈異次元ワンダーランドな脳味噌していないから恋愛観とかは一般人と一緒よ。ここは不利でもいいから最低限普通の方法で攻めるのよ。十歳が体ネタなんて汚れに走っちゃ駄目よ、手遅れになるから」

 

 うんうん、と周りの人間が言っているのがちょっと腹が立ったので魔力弾を数発乱射する。それに悲鳴を上げながら食堂内が一気に混沌に包まれるが、お前らいい加減にしろよ、という気持ちの方が上なので特に気にしない。やっぱりこれは芸風に染まったんだろうなぁ、とは思うが一切後悔はないというか最低限これぐらい出来なきゃ胃が死にそうな事を確信する。

 

 ともあれ、

 

「ここで普通の恋愛ならどうするか解る?」

 

「……部屋に誘って襲う?」

 

「すいません、誰かお酒のキツイやつください」

 

 こいつ本当にどうかなるの……?

 

 そんな思いが胸を見たし、頭を抱えながら椅子に座り、テーブルに突っ伏す。軽く言って無理だろこれ。一体どこでこんな化学変化をしたか解らないが、こんな生き物に普通の恋愛観を叩き込むっていったいどうすればいいんだよ。少なくとも自分には無理だ。普通って言ったのにこの超肉食発想。いや、エリオが草食過ぎるのか。いや、そこは違うだろう。この少年少女はまだ十歳だぞ。それを考えたら色々早すぎるだろう。恋愛とかまだごっこレベルの年代のはずなんだけどなぁ、普通は微笑ましい光景のはずなんだけどなぁ―――どうしてこんなに頭を痛めなきゃいけないのだろう。

 

「ティアナさん? 頭痛いんですか? 大丈夫ですか?」

 

「あんたが原因だよ……!」

 

 落ち着け―――落ち着け。キャロに自覚はないのだ……いや、つまりはもっとひどい事なんだがそれは。だけど、まあ、落ち着け。年長者としての余裕を見せろティアナ。そう、お前は賢い子。お前は強い子なんだティアナ、頑張れ。スバルに勉強を教えた時よりはイージーだろ。だから何とか頑張るんだティアナ……頑張ればきっといい事はあるから。良し、少しだけ気合が入った。改めてキャロへと向き直り、そして口を開く。

 

「いい、キャロ? つまり大前提としてエリオの好感度が低いって可能性を考慮しなさい」

 

「え、カンストさせたつもりなんですけど」

 

「クソォ―――!!」

 

「アレは発狂してもおかしくない」

 

「だよな、俺もそう思う」

 

「良く頑張るわぁ、ティアナちゃん……」

 

 そう言ってるなら手伝えよ貴様ら。頭をガンガンとテーブルに叩きつける。変なものを見る様な目でキャロが此方へと視線を送ってくるが、原因はお前だよ。お前が私の脳味噌をいい感じに破壊してくれているんだよと言ってやりたい。だけど相手は自分よりも遥かに年下だ。そんな相手に一々怒っていては年上の同輩としては失敗だろう。そう、年上……年上の余裕を見せるのだ。そうしなければいけない。この際エリオの無事は二の次にして、自分さえ助かればいい。ごめんエリオ、守れそうにないよ。

 

「まずはエリオの好感度を稼がなくちゃ駄目よキャロ」

 

「あ、はやて部隊長に借りたギャルゲーで学びました! 毎朝起こして、料理して、あの女の匂いがする……! をやればいいんですよね」

 

「これはアレね、部隊長と少しお話しなきゃいけないわね」

 

 主犯は貴様だったか部隊長。何故か激しく納得できる犯人。というかあの人、実務はちゃんとやる癖にそのほかの私生活とかは全部投げっぱなしらしい。しきりにネタに走りたがったりしていつもその被害をフェイトが受けているというか押し付けている、と前なのはが言っていた気がする。そろそろ泣いてもいい気がするけどどうなんだろうか、フェイトドM説。真実なら同情の余地なし。

 

「良く考えなさいキャロ。好感度にカンストなんてないわ。これをこつこつためてエリオから振り向いて攻略してくるように仕向けるのよ。肉食系乙女ゲー状態から攻略系ギャルゲー状態へとシフトさせるのよ」

 

「ティアナさんってもしかして天才ですか……?」

 

 お前よりは確実に頭がいいけど頭痛で悩まされているよ。結局エリオを犠牲にする方向性でしか話を進められなかった―――無理。自分にこの桃色チビの更生は無理だ。完全に諦める。さらばフリード、さらばエリオ、お前らはいいチームメイトだった無茶しやがって……。

 

「と、なれば私はどうしたらいいんでしょうか」

 

「―――デートですよ! やっぱりデート! 好感度を稼ぐのならやっぱりデートしかありませんね! こりゃあもう二人の仲は大進展、エリオきゅんエロメロ! ってなっちゃいますね!」

 

「エロメロですか!」

 

 何時の間にかシャーリーが登場して、キャロに味方していた。もうこれはどうにもなりませんわ。そう思ってそっと、頭を抱える。デートというのはいいけど、エロメロっていったいなんなんだ……そんな言葉聞いたこともないし使われるのが見た事もないというかシャーリーがノリノリすぎてガチでビビる。というか、

 

「シャーリーさん何時の間に」

 

「恋バナの気配したらそりゃあもう登場するしかないでしょう」

 

「やだ、なのはさんと同じ気配の生物……」

 

 何気に楽しんでいるから厄介だ。自分も楽しもうとすればこの状況を楽しめ―――るわけないか。うん、自分はこの二人と違って割とまともな感性を持っているからまず無理だ。ともあれ、シャーリーの登場でこの事態は完全に自分の手からコントロールを失って暴走し始めている。キャロの暴走っぷりとシャーリーの愉快犯っぷりが合わさって最悪に見える。実際食堂は先ほどまで人で溢れていたのに今では避難してかなり数が減っている。皆、自分に正直だなぁ、と思いつつ、同じテーブルなので完全に逃げる機会を失った自分に対して少しだけ嫌気を感じる。お願いだからスバルに帰ってきてほしい。そう思って食堂のガラス張りの窓の外側を見ると、

 

 心配そうに遠くから見つめるスバルの様子があった。ただ此方と視線が合った瞬間、即行で森の中へとローラーを走らせて逃げ込んだ。あやつめ、今夜徹底的に復讐してくれるわと思ったところで、キャロが目を輝かせながらシャーリーを見る。

 

「クラナガンでデート……!」

 

「えぇ、そうですよ! デートですよキャロちゃん! デートでエリオ君のハートをゲットして首輪を繋げておきましょう! 世の中には寝取り趣味の人もいますから、それになびかないぐらいの好感度を稼がなくちゃいけません!」

 

「もう……助けて……」

 

 そんな声が聞き届けられるわけもなく、キャロとシャーリーの熱狂に囚われて救いの声はかき消された。




 桃色チビが順調に無敵属性を付与している件。


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エンド・アンド・スタート

 絶望という物は容易く訪れる。それは別段遠いものでも珍しいものでもない、そこにある、そう感じ取れればいつだって存在するものなのだ。故に絶望するにはそう難しい手順は必要ない―――希望を踏みにじられれば、それだけで絶望は出来る。故に絶望する。未来を感じられない。後がない。次へと続かない。それこそが絶望だ。故に今、この瞬間、明確な絶望を感じる。絶望を感じずにはいられなかった。絶望という言葉をそのまま辞書で調べた様な感じだった。つまりなんというか、回りくどい言い方を止めてストレートに言うのであれば、

 

 エリオ・モンディアルに明日はないかもしれない。

 

「……で、で、でで、デートですか」

 

「やだ、話を始めただけなのにエリオの目から光が消えてるよ……」

 

 そりゃあ目から光も消えるよフェイトさん。

 

 機動六課の隊舎、ロビーでフェイトと正面から向き合いながら座る。最近はこうやってフェイトと話し合う時間も大分減ったなあ、と思う。その代わりに新人フォワードと一緒に過ごす時間が圧倒的に増えた。何というか、見た目通りというか、フェイトはかなり身内に甘い人間だ。べったり、と言ってもいいぐらいに。だから機動六課へと来る前は仕事はちゃんとするが、それ以外の時間は良く面倒を見られたものだ。だがこっちへ来てからは一人で、一人の隊員として活動する様になったので練習やら相談やらを含めて、別行動が一気に増えた。だから、こうやってフェイトと話す時間は本当に久しぶりだと思う。ただのその内容は精神的レイプに近い事だけど。

 

「フェイトさん、僕キャロに狙われているんですよね……?」

 

「うん、なのはとはやての弟子って感じだよね。悪い子じゃなかったはずなのに……」

 

 少なくとも機動六課へとやってきた頃は確実に”あんな”感じじゃなかったはずだ。少なくとも普通だったのは覚えている。なのにこの数ヶ月でこんな、こんな風になってしまった。一体何が原因―――と言われたらやっぱりなのはとはやてしか見つからない。確実にあることない事吹き込んだな、というのは納得できる。おかげで今ではティアナは桃色淫乱チビという称号をキャロに与えている。ちなみにスバルが脳筋特攻娘で自分がビリビリ短パンショタ少年。意外とティアナってネーミングセンスが死んでいるのかもしれない。

 

 ともあれ、

 

「キャロが悪くないというのは解っていますが、それでも恐怖しか感じないんですけど。それも根源的な恐怖を。何か……こう、油断してたらぱっくり食べられちゃう的な恐怖を。フェイトさん、キャンセルは不可能なんですか」

 

「それがなのはが”面白そうだからその日は休みにしよう”なんて言っちゃって、もう私一人の力じゃどうにもならないんだ……ごめんね……ごめんね……ごめんね……!」

 

 本当に心の底から謝っているフェイトの姿を見ているとどうしようもなく申し訳ない気持ちになってくる。この人は一体普段からどれだけなのはとはやてに振り回されているのだろうか。いや、振り回されていても割と楽しそうな表情をしているのでどうこう言えないのだが、割とMっけがあるという説は当たっていると思う。というか何年も一緒の仲間がそう言っているんだし割と当たってるんじゃないかと思う。あとフェイトさん、いい加減一緒にお風呂入ろうとするの止めてください。流石に十歳ではキツイです。

 

 ヴァイスがしきりに感想を求めてきて更に辛いです。あのパイロット、煩悩というか欲望に忠実すぎて割とエロな話にオープンだから新境地というか、結構新鮮なキャラだったりする。今まで周りには女ばかりでそういう話ができる男がいなかった分、少しだけ楽しいのだが……身内のエロ話だけは勘弁してほしい。

 

「え、えーと……それでデートの日は何時なんですか」

 

「明日」

 

「……」

 

「明日」

 

「ほぁっ!?」

 

「明日なんだよ……エリオ……」

 

 逃げ場等なかった。あぁ、逃げ場などなかった。頭の中でサムズアップ決めたなのはが”魔王から逃げられない”なんていい笑顔で言っているイメージが湧きあがるが、一体あの砲撃魔は何を育て上げようとしているのか心底気になる時がある。まあ、それはいいから―――助けて神様聖王様。

 

 

                           ◆

 

 

「いい、スバル? ―――アレを見なさい」

 

 久しぶり、というか機動六課へと来てから初めての休暇だった。その日、制服ではなく私服へと着替えた状態で機動六課の隊舎、ロビーのソファから入り口近くのエリオとキャロを見る。シャーリーに見送られながら機動六課のビルの外へと出て行く二人、エリオとキャロは手を繋いで外へと出ようとしている。だが良く見れば解る。エリオはレイプ目だ。この少年は一体あとどれだけ苦労をすることになるのだろうか―――被害が来ない限りは見守っているから頑張ってくれサンダーボーイ。

 

「アレが人生の墓場に片足突っ込んだ男の顔よ」

 

「そう言えば師匠もなんだか偶にあんな顔をしていた気がする」

 

「あぁ……そう言えばそんな気もするわね……」

 

 となるとどっかの肉壁兄貴は色んな意味でエリオにとっては先輩なのかもしれない。本人がまだ生きていたら……オリジナルが生きていればエリオに是非ともアドバイスを送ってほしい。いや、まあ、本人の事だし絶対に”諦めて受け入れろ”とかそんな感じのアドバイスなんだろうけど。ともあれ、エリオとキャロは今日二人っきりでクラナガンでデートだ。既に魔導師のランクもB+級扱いなので二人で街中を歩かせても全く問題はない。

 

 何よりも、

 

 全力でステルス状態のフェイトが二人の後ろを気配を殺しながら付いて行っているので問題は起きても一瞬で滅び去りそうだなぁ、とかは思っている。フェイトは過保護だなぁ、と思いつつもアレが親心だろうか、とは思う。まあ、あの二人の……いや、キャロの平和なデートは約束されているのでエリオには存分に頑張ってほしい。ほら、エリオが頑張れば頑張る程キャロが道を外れるけど戦力的な意味では人道から外れれば外れる程なんかインフレーション起こすし。フリードシールドとかまず昔は思いつかなかった戦法だし、ドラゴンって人間の数倍の生命力と防御力持っているし、意外と悪くはないんじゃないかと思う。

 

 ともあれ、エリオに合掌。

 

 足元で嬉しそうにエリオを見送るミニドラゴンを捕獲する。きゅくるー、等と鳴き声を漏らしながら困惑しているドラゴンを掴んで、頭の上に乗せる。まあ、折角の休暇なのだ、自分達も街の方へ遊びに行く予定なのだが、そこに普段からお世話になっているペットを連れて行っても問題はないだろうと思う。フリードを両腕で抱きエリオとキャロと、そしてニンジャごっこしているフェイトを見送りつつスバルと移動を開始する。

 

「うーん、それにしても久しぶりの休暇ねー」

 

「そうだね。久しぶりの休暇だから今まで休暇は何をしてたのか忘れちゃったよ」

 

「あははは」

 

 スバルの言葉に笑いつつ、クラナガンへ着いたら何をするか話し合い、そして向かうのは機動六課のガレージだ。複数あるガレージの内の一つに入ると、大型バイクをチェック中のヴァイスの姿がある。近づきつつ片手を上げて挨拶すると”お”、と声を漏らしながらヴァイスが此方に視線を向けてくる。

 

「よ、お望みのもんだ。言っておくけどこれ、俺の私物だから傷つけないでくれよ」

 

「解ってますって。大型二輪の免許はちゃんととってるので心配ありませんよ」

 

「お、んじゃあ任せても大丈夫か」

 

 フリードをスバルに預け、バイクのシートに格納されているヘルメットを二つ取り出す。一つを被り、もう一つをフリードを抱えて両腕が塞がっているスバルの為に被らせる。ヘルメットがしっかりと脱げない事を確認してから二人でバイクに乗る。もちろん運転する自分が前で、その後ろにフリードを挟むようにスバルが座る。バイクに命を吹き込み、そして軽くエンジンの音を唸らせると、ガレージのシャッターが開く。ヴァイスがサムズアップを此方へと向け、

 

「楽しんで来いよ!」

 

 その言葉にサムズアップで返答し、バイクを発進させる。最初は緩く加速させ、車道に出て直線になった所でスピードを上げて行く。もちろん法定速度は守るスピードでバイクを走らせる。機動六課の周りの自然が流れて行くような景色を見つつも風を感じ、バイクを走らせる。後ろからきゅきゅきゅとミニドラゴンが若干五月蠅いが、楽しんでいるようで結構―――久々の休暇で少し遊びたい気分なのだ、サイフの中身も凄い溜まっているので思いっきりハメを外させてもらうことにする。

 

 一気にアクセルを踏み込んでバイクを加速させ、クラナガンへと向けてバイクを走らせる。久しぶりに見るバイクでの風景を楽しみつつ、人通りの少なかった道から少しずつクラナガンへと入って来る事で他の車などに気を付ける為に若干スピードを落として行く。

 

「スバル! どっから回る!」

 

 ヘルメット越しだと声が通りにくいので叫ぶように声をだす。少しだけ、声がヘルメットの中で反響していて五月蠅く感じるが、これも結構慣れたものだと思う。

 

「ティアに任せる!」

 

「それが困るのよバカ!」

 

 スバルの返答も何時も通りだなぁ、と思いつつ苦笑する。もう少し自主性を持ってくれた方が友人としては嬉しい所なのだが、なんというか、こういう小動物っぽさもそれはそれでスバルの魅力なのかもしれないなぁ、と思う。

 

 クラナガンへと到着する頃にはバイクのスピードを大分落として、少しだけウロウロする。こうやって友人と外へ遊びに行くときは明確に”どこへ”と決めずに街をぶらぶらするのが楽しいのではないかと思う。どうしよっか、と思うが、中央よりは東部の方がそう言えば娯楽施設多いなぁ、という事実を思い出す。

 

「パーク・ロードでいい?」

 

「任せるー!」

 

「少しは考えなさいよ!」

 

「私! ティアの背中に抱きつくので今忙しいから! キャー! ティアの背中あったかぁーい!」

 

「レズか貴様ぁ!」

 

 二人して笑いながらバイクを再び走らせる。今度はミッドチルダ、というよりはクラナガンの東部へと向かって。距離自体は別段クラナガンから遠いわけではない。バイクでの移動で十数分ほどの距離だ……信号が緑だった場合を想定して。ただ東部にはパーク・ロードという娯楽エリアが存在していて、遊んだり、食べたり、休暇を過ごすにはうってつけの場所だったことを思い出す。まあ、特に目的もないんだったら思い付きだがそこで時間を過ごすのが結構いい感じなんじゃないかなぁ、と思う。

 

 だからバイクをパーク・ロードへと向けて走らせながら、どうするかを考える。機動六課では結構な金額が支給される―――今までの戦いの規模や相手の強さを考えたら結構妥当な金額だ。だがそれが今まで勤めていた陸士隊よりもかなり高額な事を考えると、若干複雑な気持ちになる。だが、まあ、そのおかげで結構な金額がある―――新作の服とか、結構いい感じに買えるんじゃないかなぁ、と思う。

 

 ま、色々あるがともかくはパーク・ロードだ。其処が自分たちにとっての休暇の場になる……と思う。まあ、気に入らなかったら気に入らないでバイクがあるのだから場所を変えればいいだけの話だ。今日一日、存分に遊ぼう。そう思ってバイクのアクセルを更に力を込める。

 

 

                           ◆

 

 

 ―――薄暗い闇の中を行く。

 

 重くのしかかる疲れと痛みをこらえながらも闇の中をひたすら進み続ける。何かを引きずっているという感覚が”それ”には存在してはいるが、正しく理解できているとは言えないだろう。そもそも正気かどうかさえ怪しい。ただ目覚めてしまった。目覚めてしまったのであれば―――止まる事は許されない。それはそんな脅迫概念にも似た思いを抱き、動き続ける。歩き出したのであれば止まってはいけない。頑張らないと、頑張らないと。頑張らないと駄目なんだ。そんな強い思いを抱いてただ歩き続ける、闇の中を。

 

 それ以外は全くと言っていいほどわからない。どこが始まりでどこが出口なんて、そもそも考えも出来ない。ただどこかへと向かっている事と、そして何かを求めているという事だけは理解できている。それでも漏れるのは不安の声と、恐怖を晴らそうとする声で、

 

「ぱぱぁ……ままぁ……」

 

 少し、疲労でかすれたような声がその子供の口から漏れ出る。助けを求める声を聞く事の出来る存在は其処にはいない。故にそれは自力で、助けてくれる存在の所へと向かわなくてはならない。それは険しいが、それでも―――少女は訳も解らない思いに突き動かされて歩き続ける。自分が零す言葉の意味も解らず。

 

「ぱぱぁ……ままぁ……くらうすぅ……」

 

 ―――少女の努力が報われるのはあと少しだけ、先の事だ。




 フェイトそんが順調にダメになっている気がする。ともあれ、いよいよあの子登場。読者から恐怖されつつ超次元世界ベルカラスボス登場ですなぁ。


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ビースト

 たぶん今世紀最大の驚愕を受けている。今でさえ自分が経験している事の全てを言葉で表現する事は出来ない。というかこの先できるかどうか怪しい。まず口からありえないという言葉が漏れてしまう。そしてどうして、って言葉が漏れてしまう。そう、それぐらいには現状がショックなのだ。普通に考えてまずおかしいと思ってしまう程に。現実を軽く疑っている自分がいる。だけど、そう、認めるしかないのだ。現状を。現実を認めなくてはいけないのだ、それがどんなに奇怪であろうとも。だから唾を飲み込んで、そして認める。現在を。

 

 普通のデートだという事を。その事実に衝撃を受けざるを得ない。だってそう、あのキャロだ。キャロ・ル・ルシエが、普通にデートをしているのだ。今だって手を繋いで、普通に笑って話して、あの訓練は辛かったね、とかアレは面白かったね、とかまるで普通の女の子の様に振舞っているのだ。普段のアレっぷりとのギャップが多すぎてかなり最初は困ったが―――悪くはない。むしろいい。普通に可愛い。ここまで普通なキャロが可愛いとは思いもしなかった。

 

 ―――聖王様、キャロを普通の女の子にしてくださったのですか、ありがとうございます。

 

 思わず暫定的な信仰対象に祈るぐらいにはショッキングだった。だがこれは決して悪くはない。だから笑顔でキャロと共にクラナガンの街を歩き進む。シャーリーがデートスケジュールとかいうものを渡してきたが、クラナガンへと到着すると同時にキャロがゴミ箱へとそれを捨てていたのでたぶん、キャロにはプランがあるのだろう。本当はここで自分がエスコートするべきなのだろうか、正直恐怖でいっぱいだったのでプランもクソも考えられるわけがなかった。

 

 だから、こうやって手を繋いで、キャロと談笑し合いながら進むクラナガンの街は新鮮に感じる。と言っても、別にクラナガンへ何度も来た事ある訳ではないのだが。ただこうやって二人で進む光景はかなり新鮮に感じる。微笑んでくるキャロに対して微笑み返す。

 

「どこへ行く?」

 

「うーん、実はあんまりどこへ行く、とか決めてないんだ。ただエリオ君と一緒にブラブラしたいなぁ、って。ほら、普段は何時もキッチリやっているわけだし今日ぐらいはゆるくやりたいなぁ、何て」

 

 この六課新人勢で一番頭の緩いお前が何を言っているんだ、と言いたくなるところだったが、というかそろそろキャロへの容赦を完全にゼロにするつもりだったが、本日のキャロは可愛い。ものすごくかわいい。普段の姿と比べると何故か許せてしまう可愛さがあるのでもうこれでいいんじゃないかなぁ、と思う。何か騙されている様な気もするが、これでいいんじゃないかなぁ。

 

「じゃあ適当にブラブラしよっか?」

 

「うん! えへへ」

 

 うん、可愛い。もうこれでいいや。

 

 

                           ◆

 

 

「……うん?」

 

「どうしたのスバル」

 

「いや、フリードが凄い怯えた表情しているから」

 

「たぶん飼い主が恐ろしい事でも考えているんでしょ」

 

「把握」

 

 

                           ◆

 

 

 思惑はどうあれ、キャロとの時間は予想外に穏やかな物だった。まずは適当なクレープ屋によって二人で違うクレープを買ったら、それぞれの味を食べ比べ、その後街で見かけたデバイスショップに入ってみる。最初は店員に止められそうになるが身分証明書を見せた瞬間畏まるのは何時見ても慣れない光景だが、販売されているパーツなどを見て結構楽しんだりした。ストラーダにはこんなパーツを付けたらかっこ良さそうとか、こういうアクセサリーをケリュケイオンに付けてもいいんじゃないかと、実用性の無いアレコレを話し合って時間を過ごしたりして、歩き回った。

 

 最初に言ったようにプランなんてなかった。だから二人でブラブラと、当てもなく回っては目についたお店に入り、そして軽くウィンドウショッピングしたりして緩く時間を過ごす。ランチも予約なんかせずに、適当なお店を見つけて、中に入る。

 

 メニューには見た事のない料理しか乗ってないが、

 

「オススメにする?」

 

「エリオ君と一緒のにする」

 

 そう言って二人で頼んだオススメのスパゲッティはイカスミのスパゲッティで、食べたら口の中が真っ黒になって、互いに口を見せ合って笑い合って、そして楽しい時間を過ごしていると確信できた。まるで夢のような時間だった。あのキャロが、キャロ・ル・ルシエという暴君が、まるで普通の少女の様に笑って、振舞っていた見た目は可愛いし、大人しければ正直タイプの女の子だ。だからこうやって普通に振舞っているキャロの姿は最初の頃を思い出して、新鮮であると同時に胸をときめかす所があった。

 

 正直に言えば―――恋をしたのかもしれない。

 

 そう思えるぐらいにはキャロとのデートには浮かれていた。何せ、今までにはない経験だし、純粋に楽しいと、心の底からそう思える光景だったから。通り過ぎる人々の恰好を見て評価したり、変わる景色と時間を楽しみながら二人でクラナガンの街を歩く……今までにはなかった不思議な感覚だった。

 

 こんな時間が続けばいいのに。

 

 そう願っていた時、

 

 それは見つかった。

 

                           ◆

 

 

 次は一緒に映画でも見に行こうと、そう言ってストラーダにマップを表示させると、近くのビルの間の細い道を通って行けば目的地へのショートカットになると教えてくれる。ショートカットという言葉にはなかなか心を浮かれさせる響きがある。キャロと顔を見合わせながらクスッと笑い、

 

「これでいいかな?」

 

「うん、なんだか楽しいよね、近道とか秘密の道とかって」

 

「だよね」

 

 くだらない事に共感しながらビルとビルの間にある細い道へと入り込み―――そしてその中央で、マンホールが動くのを確認する。軽くビビり、足を止める。すると次の瞬間にはマンホールから自分よりも一回り小さな女の子がボロボロの服で、そして足枷の様なものをつけてでてくる。大丈夫か、と声をかけようとした瞬間少女が倒れる。明らかに大丈夫といった様子ではない。

 

「キャロ!」

 

「ケッ、折角のデートだったのに」

 

 ―――あぁ、うん。ですよね。

 

 幻想だよなぁ、といつも通りのキャロに安心感を何故か覚えつつ、ストラーダに通信を繋げさせる。キャロは即座に倒れた少女に近づく。少女は見た感じ年齢……五歳、六歳ぐらいだろうか、金髪の少女だ。それ以外は服装がボロボロで良く解らない。ただ、どこか衰弱している様子はある。

 

「折角エリオ君を攻略している最中だったのにこのガキめ……」

 

「キャロ、キャロ、聞こえてるよ」

 

「えー、何かなぁ?」

 

 今更猫被っても遅いんですよルシエさん。

 

 幻想だよなぁ、と再び呟きながらつながった通信に現在の状況を伝えようとした瞬間、別の声が邪魔してくる。

 

「―――ロングアーチ、此方ライトニング1。クラナガンにて子供を発見、服装からしてどこかの施設から逃げ出したような様子があります。近くに陸士隊も隊舎も発見できないので此方から六課の隊舎へ運んだ方が早いと思われますので至急車両かヘリの急行をお願いします。対象は五、六歳程の少女で衰弱している様子がありますので―――」

 

「フェイトさん……」

 

 何時の間にか横にフェイトが立っていた。しかも即座に状況を飲み込んで報告している辺り、たぶん、というか確実にこの人は最初から覗き見してたんじゃないかなぁ、という疑いがある。まあ、正直に言えばこういう遭遇した状況でフェイトの様な頼れる存在がいるのは圧倒的に安心感があるけど―――流石に過保護なのではないかと思う。あ、笑顔で手を振っても無駄です。

 

 溜息を吐いて、自分もキャロの傍による。改めて少女を見ると驚く事にそこまで汚れていない事が解る。……そこに軽い違和感を覚える。何か、というわけでは何かがおかしい、と軽くだが覚える。と、そこでキャロが手を下す。

 

「チェック完了しました。プロじゃないので詳しい事は解りませんけど、怪我をしているようではないです。ただ少し体調は悪い、ってだけですね。それ以上は流石に解らないのでシャマル先生じゃなきゃどうも……」

 

「ううん、それだけ解れば十分だよ? お疲れ様キャロ。今ティアナとスバルが割と近い場所にいるから応援に呼んだから……皆、休暇返上で悪いけど働いてもらうよ?」

 

「ガッデム」

 

「キャロォ……」

 

 もはや取り繕う事のないキャロの素の言葉に嘆くしかなかった。何だろう、この胸に湧き上がってくる悲しみは。午前中のキャロのあの姿を見ているだけに今のこの惨状が悲しすぎて言葉にならない。いや、今の姿を見ているとアレが猫を被っているというのは解っている。だけど男子として、一人の健全な少年として、少しぐらい夢を見ても許されるのではなかろうか。というか夢を見せてくれたって良かったんじゃなかろうか。夢が見たかったです。

 

 無残に終わった初恋、その気持ちはかなり重く、もう女は信じられないなぁ、という気持ちになる。それを知ってか知らずか、フェイトは非常に同情する様な、悲しそうな表情を向けてくる。だが個人的にはそう言う表情を止めてほしい。なんというか……凄いみじめになる。うん、何か負けた後の男の様な感じで。うん、だから下手に慰めるのはやめてほしい―――と、女に言っても理解はされない、というのがヴァイスの言葉だっけ。

 

 まあ、

 

「また今度休みの日にキャロと出かけるのでそれで」

 

「攻略完了」

 

「すいません、キャンセルで」

 

 途端にキャロが焦ってちょっと手をパタパタとさせる。その仕草を可愛いなぁ、と思いつつも軽く待機状態のストラーダに触れておく。良く見れば既にバルディッシュを何時の間にか取り出し、バリアジャケット姿のフェイトがいる。自分が気づかない、本当に自然なうちにその変身は完了していて、焦ってストラーダを取り出す。その姿を見て、フェイトが苦笑する。

 

「嫌な予感がするからね―――」

 

 そう言ってフェイトが動こうとした瞬間―――その姿が消える。それと同時に粉砕の音が響く。遅れて衝撃と風が振動し、頬に伝わってくる。目だけを動かし、視線を動かせばフェイトが吹き飛ばされ、壁へと半分埋もれる様に叩き込まれた姿があった。自分の目にはかすかにしかその動きが映らなかった。明確に感じる殺意と死の気配に体が反応しない。いや、反応できない。本能が不用意に動けば死ぬという事を伝えてくる。だからこそ動けない。動かない間は敵対されない、それが確信できてしまう程の暴威が直ぐ傍にいた。

 

 意を決し、視線をフェイトから外し、敵を見る。

 

 それは銀髪の男だった。長い髪は尻尾の様に整えられており、顔には傷がついている。バリアジャケットは上が黒でインナーが白く、ズボンも黒く染まっている。―――瞳は赤く染まっており、化け物を思わせる様な威圧感が存在した。だがそれよりもその瞳からは狂気しか感じられない。一切の理性を感じさせなかった。ほぼ直感として、この男が暴走しているという事だけが理解できた。

 

「あ……」

 

「くっ……」

 

 男に睨まれ、ストラーダを握る手が震える。たぶん、この男がホテル襲撃時間に混ざっていた、隊長達が相手した者の一人だ。だがここまで次元が違う相手に戦っていたとは信じられない。この男の放つ空気は明らかに自分が知っている人間が纏っているような雰囲気のそれではない。修羅だとか、怪物だとか、明らかに人外の存在が纏うようなそれだ。自分が知っている中で一番似た様な雰囲気を放てるのはおそらくシグナムだろうが―――ここまで純粋な狂気を、恐怖をシグナムでは感じさせられない。その空間にいるだけで男の、怪物の空気に飲まれて行く感覚がする。だが、それでも、自分は男の子なのだ。

 

 どうにかしなくては。

 

 最低でもキャロと少女を逃がさなくては。フェイトはたぶん……まだ無事だ。隊長が一撃で負けるわけがないと信じる。故にアクションへと移らなくてはいけない、そう思った時に、男の視線が自分からフェイトから、キャロへ、そして、

 

 ―――金髪の少女へと向けられる。

 

「―――オリヴィエ」

 

 少女を見て男はそう言った。それは聖王の名だ。誰だって知っている名前。だがそれを怪物は少女へと向けて言った。その意味を察せない程自分は愚かではない。そして、

 

「オリヴィエ、オリヴィエ……オリヴィェェエエエ―――!!」

 

 叫んだ。聖王のその名を。殺意を込めて、殺してやる、絶対に殺す、という意志を込めて。

 

 オリヴィエ、殺意を意志を込めてその名を銀髪の怪物は叫んだ。




 ラスボス系主人公。最初から狂っているけど何があったんだろう(

 ともあれ、次回から色々と開始ですな


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ストーキング・アンダー

 痛みを感じながらも状況の把握に努める。感情とは別に思考が冷静に動く。どこまでも思考の時間はマルチタスクによって分割され、計算され、加速され、そして状況がゆっくりと眺める様になってゆく。ある種の超演算時間の中で素早く思考する。視界に映るのは銀色に髪を染めた人物だ。

 

 イスト・バサラ。

 

 懐かしい人物とも、少し困った人物でもある。自分にとっては少し困った知り合い。はやてにとっては古い友人。そしてなのはにとって―――道しるべになった人。自分にとってはそこまで深い人物ではないが、なのはにとってはコンビを結成していたぐらいには深い、というよりは重要な人物だ。昔、大変世話になって教育方針やら色々と、教わったらしい。話によれば普段はアホみたいにふざけるが、色々と教わる事の出来る立派な人で……少しだけ、尊敬の出来る人だった。人間らしく、誇り高く、そういう事をモットーに生きる人。

 

 それが今の姿はなんだ。今では人間じゃなくてただの怪物だ。理性の欠片もない。銀髪なのはおそらくユニゾンによる影響。理性がないのは……スカリエッティの仕業か? 調べた結果動きが酷似ではなく一致というレベルで覇王のクローンと一緒だった。確実に何かされているというのは間違いない。話したのは数回だけだけどいい人だってのは知っている。だからどんな人だったかも、少しだけ知っている。そしてそれから思う。

 

 ―――見るに堪えない。

 

 そう、見るに堪えない。何がどうなってそこへと言ったのかは解らない。だがそこには昔、見た様な姿を一切感じられない。それが耐えられない。今の一撃も、なのはに叩き込んだ一撃も、間違いなく殺す気だった。……昔は仲間だったのに、迷う事無く殺すつもりだった。今のもとっさに回避と衝撃逃がしを行っていなければ確実に死んでいたと言ってもいい。

 

 何が、

 

「何がそこまで貴方を追い込んだ……!」

 

 めり込んだ壁から体を引きはがす。視線の先、イストは理性のない目であの少女を、保護しようとしていた少女を睨んでいる。声は聞こえた。オリヴィエ、彼はそう叫んだ。つまり―――また命が冒涜されたという事だ。また生み出されたというわけだ。そして、……また殺そうとしているのだろうか。いや、解らない。調べなきゃ解らない。ただ今解るのは、

 

 私が時空管理局の執務官で、機動六課の人間だという事だ。

 

「フルドライブッ!!」

 

『Full drive mode』

 

 バルディッシュが答える。バリアジャケットは最低限の防御機能を残し、余分な装飾をパージし、そしてバルディッシュの姿が二刀の姿へと変化する。ライオットザンバーフォーム。フルドライブモードを迷う事無く発動させ、全速力で壁から体を引きはがし、一歩を踏み出そうとしたイストの姿へと加速する。殺意を無造作にばらまくこの怪物を絶対にエリオやキャロと―――絶対にティアナとスバルと会わせてはいけない。今更ながらなのはがティアナへと語らなかった理由が理解できる。

 

 こいつは殺してくる。

 

 容赦の欠片もなく、殺しに来る。だから、心が折れる前に遠くへ引き離さなきゃ駄目だ。それだけは絶対だ。子供に道をつけて導くのが大人の役目であるのならば、

 

「付き合ってもらうぞイスト・バサラ」

 

「オリヴィエ―――殺すッ!!」

 

 ライオットザンバーの二刀を交差させるようにイストの体へと叩きつける。瞬間的に感じるのは圧倒的強度―――硬い。ダメージがまったく通る様な気がしない。だが相手を地面から引きはがす事には成功する。だからその勢いのまま、全速全力でそのままイストの体を己の姿毎、前方へと運ぶ。目の前にビルが見えるが、それを気にする余裕は無い。

 

 イストと己ごと壁を貫通し、そのままビルの中へと姿を叩き込み、吹き飛ばす。両足で着地し、ビルの……デパートのショウケースを破壊しながら立つ姿を確認する。イストが此方を睨んだ、此方を敵として認識している。だから、少女の姿を見た時見かけたものを思い出しながらエリオとキャロへと素早く声を投げる。

 

「エリオ! キャロ、早くその子を連れて下水道へと潜って―――たぶんレリックが落ちている!」

 

 返事は聞こえないし、確認する余裕もない。ただ此方の状況はロングアーチへと通じる様に先ほどから回線を開きっぱなしにしている。そのおかげかこのビルからは人の姿が消えているし、周りも逃げ惑う人の声でかなり騒がしい事になっている。ライオットザンバーを構えつつ、イストへと視線を向けたまま、口を開く。

 

「イストさん、やめてください。何故そちら側にいるかは解りませんが、此処で戦えば―――」

 

「―――知った事じゃねぇよ女。黙ってろ。お前には解らない。絶対に解らない。それが間違っている事だと理解していても現実に抗うために全てを捨てる事の意味が。立場を、友人を、居場所を、全て捨てた。家族を捨てて友と居場所を選んだお前にだけは一生理解できないだろうよ―――狂気に身を落としても家族を救おうとする気持ちはなぁ!」

 

「ッ!」

 

 間違いなく十年前の―――PT事件の話をしている。母を捨てて、なのはを、ハラオウンを、此方側に来ることを選んだと言っている。だがそれは違う。

 

「私だって……!」

 

 ―――母を救いたかった。

 

 叫びながらイストへと接近する。フルドライブモードを外して戦える限界がどこまでかは知らない。だがこの男を野放しにすることはできない。危険すぎる―――ここで落とすか殺す必要がある。殺傷設定へとバルディッシュの設定を変更させる。殺す気でやらなきゃ絶対に殺される、という確信がある―――だからある程度安心できる。殺す気で本気を出す事なんて久しぶりだ。シャーリーから追加パーツやらも受け取った。危険だから自分から封じていた一部の技能も使う決意をしている。

 

 それらを全て駆使して闘わなきゃいけない相手だ。

 

「殺す、目覚める前にオリヴィエを殺す。殺さなきゃいけない。死の安息は保たれていなきゃいけない。だから殺す。絶対に、殺す」

 

「……悲しむ前に、貴方を止めます―――たぶん、皆の中で一番相性がいいのは私で、可能性を持っているのも私だろうから」

 

 移動系魔法を常時発動状態へと変更させ、刹那でイスト背後へ回り込み、首へと目掛けて刃を振るう。―――一切の躊躇もなく、その首を切り落とす為に。

 

 

                           ◆

 

 

「くっ」

 

 揺れた。地上で凄まじい衝撃が発生し、そしてそれで地下の下水道が揺れたように感じる。いや、実際に揺れたのだ。地上では銀髪の化け物とフェイトが戦闘しているのだろう。彼女の実力の一端は知っている―――それでもまだ、本当に勝てるかどうか確信できない。それだけにあの存在は”怖かった”と表現するのが正しい。強い、ではなく怖い。勝てる勝てないのイメージではなく、ひたすら恐怖を叩き込んでくるイメージだ。……六課の隊長陣とはまた別の強さの種類だと思う。……こう、理性そのものがまるで最初から存在しないような、そんな印象だった。

 

「エリオ君、ティアナさん達も下水道に入ったって!」

 

「よし、合流しよう!」

 

「うん、スバルさんのお姉さんも合流して向かってくるって。隊長達はもう少し後!」

 

 それは非常に頼りになる。スバルが前、姉は自分よりも非常に優秀なグラップラーだって言っていたのを思い出す。たしか……所属は陸士隊だったか。この状況で一人でも多く合流できるのは心強い。と、思考を戻す。下水へと降りる直前にフェイトは言っていた、レリックがあるはずだと。その根拠は何か、と問われると―――この少女、今自分が背中に背負っている少女の足、そこには鎖がつながっており、そこに箱がくっ付いている。その中身は空っぽだが、

 

「レリック保存用のケースだよこれ。何度か見た事がある」

 

「うん」

 

 少女の体の下敷きになっていて見えなかったが、そういうケースだ。ただ中身が空っぽの所を見るとどこかで落としたのだろう。少女を、オリヴィエと呼ばれた少女を背負い直しながら、如何するべきか、そう悩んでいると、キャロがホロウィンドウを消す。

 

「エリオ君、他の皆が追いかけてこれるようにマーカーを表示させて、この子が通ってきた道を軽く探知したよ」

 

「ナイス」

 

「えへへ」

 

 少女を背負った状態で、キャロと共に少女が辿ってきた道を歩き出す。ティアナさえ合流してくれればあとは結構どうにかなると思う。何気にティアナは転移魔法を使う事が出来る。緊急時だし長距離転移は許可されるだろうから、これで少女を安全な場所へと飛ばせれば十全に探索を開始する事が出来る。流石に少女を背負った状態でレリックの捜索とかは無理だ。……しかし、懸念する事はレリックとかじゃなくて、やっぱりこの少女の事だ。

 

「ねえ、キャロ」

 

「うん?」

 

「……オリヴィエ様って本当かな?」

 

 そこだ。この子が本当に聖王オリヴィエのクローンだとしたら色々とヤバイ問題に首を突っ込んでいる事になる。そこまで知識が広い訳ではないが、聖王教会と管理局等と、物凄い所を巻き込む大騒ぎになるという事は理解できる。そしてオリヴィエだからこそ殺そうとするあの男の姿、訳の解らないことだらけだ。もし、今回を生きて終える事ができれば色々と説明はしてもらえるのだろうか。……いや、してもらわなきゃ困るのだが。

 

 キャロと一緒に歩きながら、そんな事を考える。走る事は出来ず、割とゆっくりと警戒しながら歩いているので、そうやってくだらない事も真面目な事も考える時間だけは存在する。だからそう得意でもないけど、考える時間だけは存在する。そして、だからこそ考える。これからどうすればいいのだろうか、如何すれば追いつけるのだろうか。どうすれば、勝てるようになるのだろうか。和解、という一言で終わらせてしまうのは簡単だ。でもこの前、皆でビデオを見た。なんだかなのはが酔った勢いで自慢大会を始めた感じだったが―――九歳の時点でなのはは既にエース級、ストライカー級の実力を持っていた。それを見てしまうと年齢なんてものでは言い訳できないような気がする。

 

「悔しいなぁ」

 

「エリオ君?」

 

「何で、僕達ってこんなに弱いんだろうね」

 

 フェイトが一撃を受けて襲われた時、動く事さえできなかった。フェイトが吹き飛ばしてくれるまで逃げるという事さえできなかった。心の底から恐怖を感じて動きが凍っていた。今、こうやって冷静になると恥ずかしいばかりだ。真っ先にキャロを守らなきゃいけないのは騎士の心得を、その手ほどきを受けている自分なのに。なのにフェイトがあの男を吹き飛ばして運んだ時―――安心してしまった。

 

 最悪だ。

 

 男としてあまりにもかっこ悪いとしか言いようがない。

 

「エリオ君? 何か落ち込んでる? 慰めてほしい? 慰めてほしいよね? 今日は勝負下着だし大丈夫だよ。後ろの荷物は捨てて抱きついてきてもいいんだよ?」

 

「色々と台無しだよ」

 

 あぁ、ティアナがツッコミいれている時って大体こういうノリとか気持ちなんだろうなぁ、とどこか納得してきてしまったのが嫌だ。しかしこの苦労を毎回一人で受け持っていたのか、彼女は。そりゃあストレス感じてそうだ。今度からは自分もコツをつかんだし一緒にツッコミに参加するべきなんじゃなかろうか。……うん、生き残れたのならそれを考えるべきなのかもしれない。

 

 背中に背負った少女を下ろしながら、ストラーダを手に取って構える。同時にキャロも口を閉じて自分の後ろへと下がる。魔法陣だけを互いに展開させ、そして無言で前方へと視線を向ける。そこからは隠しようもない気配を感じる。息をのみ、つばを飲み込み、感じたばかりの気配を緊張と共に待つと、前方から一つの姿が現れる。

 

 一言で言えば、フェイト。

 

 それに少し付け加えるなら、フェイトに良く似た人物。

 

 雰囲気はもっと明るく、活発に思え、髪の色は金ではなく、水色だ。此方を見かけるのと同時に困ったような笑みを浮かべる。バリアジャケットはフェイトの物に似ている。ただ細部のデザインが少々違うだけだ。ただ相手はデバイスを片手に握り、此方を見ている。

 

「ありゃ、レリック探してたら先にちっこい王様見つけちゃった。これ、どうしよっかなぁ……うーん、あんまり子供殺すの好きじゃないんだよなぁ、僕」

 

 その言葉に武器を構える。

 

『詰んだよエリオ君! 超詰んだ!』

 

『お静かに』

 

 九割方詰んでいるのは解っているけど、それでも諦めるわけにはいかない。先ほどは醜態を晒したが、今度こそは、

 

「まぁいいや。三人纏めて捕まえて、後で話を聞けばいいか」

 

 そう言ってバルディッシュに良く似たデバイスをフェイトに良く似た人物が構えた瞬間、

 

 ―――相手の姿が消え、自分の意識が喪失した。




 ぴーんちっ!


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イン・ザ・ヘル

 薄暗い下水道の中をバイクで高速で抜けて行く―――このバイクが破壊されてもヴァイスにはお金が隊の方から支払われるのでヴァイスには諦めろと隊長から無慈悲な言葉が出ている。ものすごく憐れだが、余裕でいられる時間はない。なぜなら―――六課の一部の隊長陣が敵と交戦に入り、尚且つエリオとキャロとの連絡が途切れたのだ。此方の見立てでは相手の隊長格との接触、敗北があったとみている。……街中に現れた少女の救助、エリオとキャロの回収、そしてレリックの確保。

 

 やる事は多い。だがその中で自分たちに与えられた任務は”レリックの確保”だけだった。だからキャロが作ったナビゲーションでレリックが存在している可能性の高い道をバイクで走りながら高速で捜索する。私とスバルとフリードがバイクに乗っている。本当は途中からギンガが合流し、一緒にキャロ達と合流する予定だったが―――エリオとキャロが捕まった事により予定は変わった。ギンガは此方ではなく、他の隊長と合流して救出にあたるらしい。それまでにレリックを見つけ、確保するのが自分たちの役目だ。……レリックの確保だけを命じられているのはまず間違いなくエリオとキャロでもどうにもならない相手じゃ自分達もどうにもならない、という判断なのだろう。

 

 悔しいが正しい。

 

 何故、こうも実力が何時も、足りないのだろうか。悔やんでも悔やんでも常に足りない状態だ。この悔しさを、感情を、想いを少しでも力へと変える事ができれば、それだけでもかなり強くなれそうなのに。だけど人生そんな都合のいい事は起こらない。誰だって奇跡を欲しがっているが、奇跡は起きない。だって、簡単に起きるそれは奇跡じゃなくて現象であって―――簡単な奇跡は求めちゃ駄目だから。苦労して苦労して、苦労してようやく手に入れた結果にこそ黄金の価値は宿るのだ。安い奇跡なんて消えてしまえ。私は私の力で奇跡を生み出すから。

 

 ねえ、兄さん。

 

「ティア! 見えたよ!」

 

「解った」

 

 バイクのスピードを緩め、少しずつスピードを落として行く。―――スバルは戦闘機人だ。それは前に知らされた事で、自分が知っている事実だ。たぶん……隊長達も知らない事実だ。故にスバルは色々と普通の人間よりも機能的に優秀な所がある。身体能力とか、視力とか……その代わりに燃費が壊滅的に死んでいるわけだが。だがこういう暗い空間、先を見通しにくいこの下水道で、スバルの目は良く”届く”ものなのだ。スバルがそういうのであれば、あるのだろう。バイクのスピードをほとんど歩く速度と同じ速度にし、そしてスバルが指差すポイントで動きを止める。バイクからスバルが飛び降り、

 

「これこれ」

 

 通路のど真ん中に無造作に落ちていたレリックを拾い上げる。レリックの回収完了―――こんな簡単でいいのだろうか。

 

「いやぁ、簡単で良かったね、ティア」

 

「簡単なんだから怖いのよスバル。ねぇ、フリード」

 

「きゅくるー!」

 

 このミニドラゴン、主から離れているせいか物凄い元気だ。そんなに辛かったら逃げればいいのに、とは思うがなんだかんだで一緒に居るからやっぱりキャロの事が好きなんだろうなぁ、とミニドラゴンの事を再評価しておく。こいつ駄目な奴だな、と。ともあれ、

 

「此方スターズ3、スターズ4です。レリックの回収完了しました。長距離転移による運び出しの許可をお願いします」

 

 ホロウィンドウを出現させ、ロングアーチへ連絡を行う。だがその代わりにやってきたのは砂嵐で、通信を妨害するサインだった。何度かホロウィンドウをタップするが反応はない。完全に妨害されている証だった。この状態で無理やり長距離転移でもやろうものなら途中から座標を書き換えられて相手のアジトへ直行、何て難易度ウルトラハードな状況が生み出される事もあり得る。

 

「スバル、バイクに乗って。通信とか妨害されてるっぽいから素早く離脱して隊長達にレリック届けるわよ。何か予想以上にヤバげな雰囲気だし、あまり長くここに居たくはないわ」

 

「うーん、二人とも大丈夫かなぁ……?」

 

 大丈夫か、と問われたらめちゃくちゃ大丈夫じゃない、としか答える事は出来ない。何せあの二人が一瞬で敗北する、と言ったら最低でもSランク級魔導師が相手になる。相手がA+やAAAだとしてもしばらく持ちこたえる事が出来る程度に私達は強い。決して自惚れではなく、それだけの実力がある事は把握しているのだ。だからこそ相手が恐ろしいし、そして隊長陣のレベルの高さが理解できる。自分たちは管理局でも割と強い方だ―――それを一瞬で倒す相手とある程度互角に斬り合える……しかもリミッターを付けた状態で。

 

 これがどういう事か理解できるのであれば、どれだけ恐ろしい事なのかが解る。まあ、自分もここで腐って足を引っ張り続けるつもりはない。何時か、とは言わない。今年中に最低でも入り口には立っておきたいという気持ちはある。そうしなければどこにも行けない、どこにも届かないと思うから。だからこそやっておけることはしておかなくてはならない。

 

「ま、隊長達を信じるしかないわ」

 

 スバルを後ろに乗せ、バイクを走らせる。何やらスバルがレリックを胸の間に隠すという凄まじいことをやってのけて軽く戦慄しているが、別に真似ができないから戦慄している訳じゃない。……うん、需要はそれなりにあると思うし。ともあれ、そういう考えは今は頭の中から追い払い、バイクのアクセルを踏み込む。再びエンジンが唸りを上げ、バイクが音をたてはじめる。間違いなく移動手段としては最も優秀な部類に入るであろうバイクに追いつくのは難しいから、一度走り出せばこのままレリックを持って逃げ切れるはずだ。

 

 バイクを走らせ始める。目指すのは自分たちが侵入するのに使った入り口だ―――そこには丁度現場にいた陸士隊が周りを確保しているので近くまで行ければ逃げ切ったも同然だ。だから残りは隊長に任せるとし、バイクを走らせようとして―――閃光が見えた。

 

「―――今日の僕ってツイてるのかな」

 

「ッ!」

 

 声が何であるかを把握し、口に出す前に―――バイクが爆破した。

 

 

                           ◆

 

 

「言葉だけじゃ届かない、かッ!」

 

 ライオットザンバーを振るう。殺傷設定で首を狙った一撃はイストの首へと命中する。だがそれを不完全なヒットにするものがある―――魔力だ。本来のイストにはない濃密な魔力が物理的な壁として刃を僅かに鈍らせる。それを技巧で切り裂きながら首へと刃を到達すれば、それはわずかな切れ込みしか首に生まない。純粋に”硬い”と相手が評価できる。

 

「あぁ、……言葉で解り合えるなら俺も、スカリエッティも、管理局も……オリヴィエも苦労はしなかったさ」

 

 裏拳が凄まじい速度で振るわれる。だがそれは此方の速度と比べれば圧倒的に遅い。後ろへと一歩下がるころにはまだ拳は振るわれている途中だ。だから前進し、ライオットザンバーを束ね、一つの巨大な刃にしながら振るわれる右裏拳を既に通った軌跡の部分へと体を潜りこませながら振るう。既に勢いがついて振るわれる拳は引き戻せないとの判断だが―――それをイストは軽々と乗り越えてくる。まるでスイッチを入れたかのように逆に拳を戻してくる。だが、やはり速度は此方が早い。後ろへと飛び退いて距離を取る。背中がビルの壁へとぶつかるが、問題はない。追撃でイストの拳が迫る。それを紙一重で回避する。拳は背後の壁を粉砕し、欠片ではなく―――完全に壁を消し去っていた。それも着弾箇所だけではなく、半径十五メートルほどの巨大な穴を一撃で、後も残さず消し去っていた。

 

 データとしては知っていたけど、これが拳撃の奥義―――!

 

 ザフィーラにして対処法は同じものをぶつけるか、威力と同等の質量をぶつけるしかないという答えで、なのはとはやて以外には相殺は不可能という答えが出ている。しかし、

 

「オリヴィエって」

 

「わざとらしく質問する必要はないだろ? アレはお前と同じ研究で生み出されたオリヴィエのクローンだよ。どこの研究所かは知らんがな。まだポッドから目覚めて間もない。自我があるかさえ疑わしい。記憶の整理は終わってないのなら―――今が何もかもを知る前に殺せるチャンスだ。後悔が生まれる前に彼女を静寂に帰す」

 

「それは勝手な言い分だ! 誰にだって生きる権利があるはずだッ!」

 

「あぁ、誰にだってある―――そして誰にだって死に続ける権利だってある。そうさ、イングもナルもマテリアルズもオリヴィエも全員死に続けなきゃいけないもんだったさ。生を選ぶのならいい。過去を決別し未来に生きる。それは素晴らしい事だ。全力で応援する。抱きしめてやるさ。だけどな、オリヴィエは違うんだよ。アイツは違う。アイツだけは蘇らせちゃいけないんだよ。解るか? 解らないよな? 解る訳ないよなぁ―――! は、ははは、はははははぁ―――!!」

 

 壊れてる……!

 

 言葉がおかしい。支離滅裂というか、どこかおかしい。暴走しているというのはまず間違いないが―――何故だ。それを判断する前に拳が振るわれる。前以上に鋭く、素早く、そして殺しに来ている拳だ。それをバク転で回避し、道路へと逃げる。空間が一気に広がり、此方にとって逃げ場が増える。ここでイストはそのままビルへと籠っているべきなのだろうが―――前へと出てきた。拳を振るい、此方へと正確に叩き込んで来ようとする。その拳速は前よりも早く、一撃一撃繰り出すたびに加速しているように思える。だがそれは此方と比べれば―――

 

「―――遅い」

 

 飛び上がるように回避する。そのままビルの外壁へと着地する。飛行魔法……ではなく、技巧で壁へと足だけで張り付く。回避した先、イストが此方を睨んでくる。聞いていた話では結構センスはある方らしいが……なんだろう、今の姿は酷く稚拙にも見える。いや、極悪極まりない事に変わりはない。一撃でも触れればアウトだ。だがそれでも、今の彼には全く負ける気がしない。

 

 故に勝利を生み出す為に動く。

 

 イストが地を蹴って一気に飛び上がる。その背後に見た事のある魔法―――ブラッディダガーが多数出現する。それを弾幕に体を隠しつつイストがビルの外壁を駆け上がってくる。それを左右へと回避しながら逃げる様に壁を走り上がり、跳躍する。そのまま別のビルへと飛び移る。背後で轟音が生じ、軽く振り返れば壁を消滅させたイストの姿がある。その姿が素早く此方を追ってくる。故に外壁の出っ張りに足を引っ掛け、ライオットザンバーを二刀の状態へと戻し、

 

 接敵する。

 

 接近するイストの右拳を回避しつつすれ違いざまに”本気”の刃を叩き込む。本気―――即ち殺すつもりで刃を放つ。極限まで鋭さと素早さを追求する自分の刃は強度を無視してすれ違いざまに六度の斬撃を体に刻み込む。鮮血をまき散らしながら交差したイストの体が後方でビルにぶつかるような音が聞こえる。再び最初のビルの外壁へと足をつけ、横向きに立ち、イストが突っ込んだ方向へと視線を受ける。土煙に覆われて良く見えなくなっているが、確かにいい感じのを叩き込んだ。これで、

 

「……立ち上がらないわけがないか」

 

「―――デアボリックエミッション」

 

 瞬間、黒い球体が襲い掛かってくる。一気に飛び上がってそれを回避する。そして黒い球体の中から追いかけてくるようにイストが飛び上がってくる。此方を追いかけてくるように空を駆けるイストの姿は予想よりも早い。が、それでも此方には全然追いつけない。速度という一点においてはどんな存在にも負けるつもりはないから当然だが―――追いつけないイストのその拳は既に限界まで引き絞られ、

 

「覇王震撃」

 

 空間を打撃した。

 

 そして、震えた。

 

「……!?」

 

 気が付いた瞬間には衝撃が体を激震していた。見れば何をやったのかは解る。空間を打撃して、”空間に地震を起こした”のだ。ただその原理やどうやってやったのかは全くと言っていいほどに理解できない。軽く自分の想像を超える事だ。しかもこれは、

 

 ……避けられない……!

 

 口から血が吐き出される。大きく動いてもこれでは避ける事が出来ない。空間そのものを打撃しているとか卑怯だが―――避ける事に対するメリットが消えたのなら、まだ速度が残っている。だとすれば自分ができることは限られている。

 

 超接近戦を仕掛け、見切り、一気に沈める。

 

「カートリッジロード」

 

「頼むから沈んでおくれ。元同僚を殺すのは少しだけ後味が悪い」

 

 だが言い換えれば後味が悪い程度だ。

 

「何が、何が貴方をそこまで駆り立てる!」

 

 カートリッジをロードし、一気にイストへと向かって落ちる様に加速しながら接近する。その短い時間の間で、イストが答えてくれる。

 

「―――誰だって最後には勝ちたい。そうだろ?」

 

 拳が振るわれるよりも早く、十を超える斬撃を叩き込む。

 

 相手は―――沈まない。




 水色の子が地下で無双している予感


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ドント・セイ・ソーリー

 ―――痛みを感じる前に安堵を覚える。

 

 助かった、と。

 

『ごめんスバル!』

 

『大丈夫……慣れてるから』

 

 そうは言うが、スバルの声は若干苦しそうだ。それもそうだ。あの爆発の瞬間、シルエットと黒霧を生み出したのはいい。だがその瞬間襲い掛かってきた”敵”から自分を庇って、距離を稼いだのはスバルだ。そこらへんはもう阿吽の呼吸で、此方を抱きながらローラーを全開に、全力でダッシュして逃げてきた。それなりの距離を敵との間に開けてきたつもりだ。

 

 それなのに逃げ切れたという気分にはならないし、身体には悪寒が残っている。何よりも頭に聞こえてきた声がこびり付いて剥がれない。だがそれを今は、友人の無事を確かめる為だけに追いだす。脳裏にへばりつく声を無視しながら、スバルの体を見る。そこには綺麗な赤い線があった―――つまりは斬られた、という事だ。それもかなり綺麗に。血が滲んでいるのは見えるが、それが少ない。皮膚と皮膚の切れ目が綺麗過ぎて、動いた後でもまた切れ目が合わさって繋がっている様になっているのだ。簡易的だが回復魔法を使う事で簡単に治療できる。少なくとも出血は止められる。幸いレリックは無傷だし、喪失してもいない。これは確実に成果だ。ただフリードは爆破の衝撃で目を回している。キャロ以外には全く利用価値の無いダメドラゴンだと思う。

 

『ティアだけ逃げられない?』

 

『逃げないし逃げられない』

 

 念話でスバルに答える。無理だって。バイクへと接近する瞬間を見ることも感じる事も出来なかった上にスバルは斬られたという事を傷口が開くまで理解できなかった。そんな相手にどうやって勝てるというのだし、どうやって逃げるというのだ。立ち向かうしかないのだろう。

 

 相手が、相手が、……相手がたとえ……。

 

『ティア?』

 

『任せなさいスバル―――今度は私の番よ』

 

 色んな意味で、己の番だ。そう思って立つ。息を殺して耳を澄ませば聞こえてくる。こつ、こつ、こつ、と足音を響かせながら近づいてくる存在が。強烈な存在感を放ってくる存在が。左手にクロスミラージュを、右手にタスラムを握り、短くホロウィンドウを出現させてから消す。その内容はもちろん全周波数で居場所を送信する事だ。敵に既に見つかっているので後は味方に見つかるだけ―――妨害をどれだけ突破できるかは解らないが、やらないよりはいい。警戒を最大限に、怪我をしたスバルの前に立つ。今の自分にできることを再び思考し、そして決める。

 

 この状態でもできることはある。その為に魔力を全て放棄し、構えた両手のデバイスをだらり、と下げる。そうする事で戦意がない事を証明し、そして相手の奇襲や攻撃を防ぐ―――相手に対して此方に興味を持たせる。これが全く関係のない相手やらなのはなら全く意にも介さず襲ってくるだろうが、近づいてくる姿にそれだけはないと思う。いや、彼女はなんだかんだで他人に甘い所がある。だから絶対に引っかかってくると思う。

 

「アレ、逃げないんだ。もう少し意地が悪いと思ってたんだけどなぁ」

 

 そう言って、下水道の奥から一つの姿が複数の姿を連れてやってくる。先頭を歩く女の髪色は水色だ。だらりと伸びるポニーテールにまとめられ、バリアジャケットは黒く、露出部分が多い様になっている。……それは非常に良く知っている人物に、フェイト・T・ハラオウンに似ている人物であり、印象と髪色さえ変えれば全くの同一人物だと言ってもいい。なぜなら喋り方が違うだけで声は一緒なのだ。それほどまでにフェイトに似た人物、その背後には水色のバインドで縛られ、浮遊する三つの姿がある。エリオ、キャロ、そして救助対象だ。三人とも意識が無いように見える。ただ怪我をしていない所を見ると無駄な暴力などは加えられていないように見えるから安心できる。軽く安心したところで問題は一切解決はしていない。ここね、と心の中でつぶやきつつ、答える。

 

「合理的に生きているだけですよ―――レヴィさん」

 

 レヴィ・B・ラッセルの姿がそこにいた。良く世話になっていた人物の娘的ポジションだった人物だ。大事な人の家族だった。大きくなって、もう子供ではないと解る。いや、元から自分よりも年上だったが、昔の子供っぽい雰囲気は完全に消え去って、大人としてのレヴィがそこにいた。彼女は此方を見ながら懐かしそうに微笑むが、剣呑な気配を一切消す事はない。完全に此方を敵として見ている事の証拠だ。だから口を開く。

 

「ほんと、本当に……久しぶりです」

 

「うん、久しぶりティアナ。胸以外は色々と大きくなったみたいだね。何というか、僕も結構君に会えてうれしいよ? こんな状況じゃなきゃ一緒に映画館にでもいってポップコーンの一つでも買ってあげたい気分だよ。今まで良く頑張りました、ってね」

 

「だったら……今からでも遅くはない時間ですし一緒に映画見に行きましょうよ。最近雑誌を見たんですけど結構面白いアクション映画やっているらしいですよ? 古代ベルカの超兵器が目覚めてそれと戦う管理局のお話なんですけど物凄いB級感があって逆に面白そうなんですよ」

 

「うーん、全部終わったら、かなぁ。今の僕ってホラ、見ての通り凄く忙しいし。シュテるんも王様も結構忙しいんだよねぇ……あ、もちろんそこにははおー様やナルるんやイストもいるわけなんだけど。だから全部終わったらみんなでポップコーンとコーラを手に持って見に行こうよ。その時になれば僕達全員暇だし。え? ユーリ? アレは働いちゃいけない類だから」

 

「一人だけ仲間外れは良くないです」

 

 そう言って、レヴィの言葉に軽く笑ってしまう。何とも普通過ぎる会話に。依然とレヴィからは剣呑な気配が―――殺気を感じる。だけど和やか過ぎる会話に、昔通りの会話に笑うしかなかった。そして出てきた懐かしい名前や敵だった名前に、あぁ、本当にこの人たちは何時も通りなんだ、と納得してしまう。誰よりも、何よりも聞きたくて聞きたくなかった名前。それが普通に彼女の口から出て来た事に納得と安心を感じてしまう。

 

「レヴィさん達……生きてたんですか?」

 

「うん、そうだよ。あの頃には既にスパゲッティと取引していたから死亡偽装する為とレリックの奪取の為に空港は焼き払ったんだよ。だから一人も欠ける事無く、皆生きているよ」

 

『私スパゲッティじゃなくてスカリエッティなんだけど!!』

 

 出てきたホロウィンドウをレヴィが笑顔のままチョップで叩き割った。その反応を見るに割とあちらの芸風って機動六課とそう変わらないんじゃないかなぁ、と思う。ただそうやって向こうが此方側と対して変わらないと考えてしまうと―――

 

「―――ティアナ? 泣いているの?」

 

「あ」

 

 涙が流れていた。頬に触れると涙が頬を濡らしていた。どうしてだろう、と思う。今は涙を流すよりもやらなくちゃいけない事がある。なのに何もやる気がしなかった。ただ最も聞きたかったことが、それが聞けて、そして充実感と敗北感がそこには存在した。彼が生きていた。そして、彼が裏切っていた。何故スカリエッティ側と繋がっていたのか。何故スカリエッティ側へと行ったのか。……何故私を頼ってくれなかったのか。私達は家族じゃなかったのか。そう思ったのは私だけだったのか。様々な感情がごちゃ混ぜになって、涙となって頬を伝う。

 

「悲しい?」

 

 そう聞いてくるレヴィに多分違う、と答える。悲しいのではない。

 

「たぶん……嬉しいのと、結構怒っています。なんで……なんで教えてくれなかったんだ、って」

 

「それは簡単だよ」

 

 レヴィは笑顔のままその答えは実に簡単だよ、って言ってくる。その言葉はとても残酷なものだと理解している。マルチタスクによって割き、冷静に考える脳がいくつかの答えを予想している。頭がいいと先に残酷な真実にたどり着く事がある―――だから私は、賢い自分が嫌いだ。スバルの様になりたかった。もっと体当たりでぶつかれて、自分の体で誰かを守れて、そして馬鹿だから深く考えなくてすんで……スバルのような馬鹿になりたかった。

 

「―――本当はティアナの事はどうでもいいからだよ。僕達は僕達だけで十分で、そして精一杯なんだ。これ以上手を広げたら零れ落ちちゃうし、今だって頑張って手を繋いで生きているんだ。だからこれ以上誰かに構ってあげられる時間も暇も余裕もない。あと少しなんだよティアナ」

 

 そう言って残酷な言葉を発しながら、レヴィは鎌の形をしているデバイスを―――バルニフィカスを此方へと向けてくる。

 

「レリックの六番。それがアレば全部終わるんだ。ドクターの思惑とか、管理局の狙いとか、そういうのは全部どうにでもいいんだ。僕達は僕達で一緒に、幸せに、平和に暮らしたいそれだけなんだ。争いはもういい。勝手に他の人たちで勝手に殺し合っていてくれ。僕達はそんな事どうでもいい、ただ当たり前の日常が欲しいんだ。プライドも立場も友達も全部かなぐり捨てて欲しいんだよ、ティアナ」

 

 レヴィはそれを淡々と言うが、それには物凄い切ない響きが存在した。心の底から渇望する様な、叫び声の様な感覚がレヴィのその言葉にはあった。たぶん、いや―――自分には理解してない事が多いのだろう。そしてその中にレヴィ達が求める答えや望みがあるのだ。今までの全てを捨ててまで、

 

「何をしようと言うんですか……!」

 

「自由を。自由を欲しいんだよ、ティアナ。当たり前の自由を。普通に生きて暮らせる自由を。愛している人と隣で笑って生きていける自由を。愛している人の子供を身ごもる自由を。子供を産んで育てる自由を。普通に暮らし、普通に死ぬ自由を。今の僕達にはそれすら許されない。皆で笑って生きることができない。だったらそれを勝ち取るしかないんだよティアナ。当たり前の様に生まれて育って生きてきた君には永遠に理解できないかもしれない。だけどこれは僕達の悲願なんだ」

 

 もう後戻りはない、レヴィはそう言って、バルニフィカスを此方へと向けたまま、魔力刃を形成する。魔力光と同じく水色の刃だ。それが出現するのと同時に会話の間にも途切れることなかったレヴィの殺意がある種のプレッシャーを得る。この人は間違いなく本気だ。最初から最後まで此方を排除の対象として、ただの単なる障害としか見ていなかった。ティアナ・ランスターなんかじゃなくて、”管理局の局員”という風にしか見てなかった。……本当に私達は敵だったんだな、と理解してしまった。

 

 ……無理だ。

 

 クロスミラージュとタスラムを握る手に力を込める。

 

 ……戦えない。

 

 両銃を構える手は持ち上がって構えられる。魔力は通されていないが、引き金を引けばカートリッジが消費されて魔力弾が放たれる。

 

 …………この人とは戦えない。

 

 戦闘態勢を取る。何百回、何千回と繰り返されてきたコンバットスタイル、戦闘前体勢、戦闘をするための構えを取る。引き金にかける指は震える事無く、正面にいる敵を真直ぐと見据える。

 

 ―――それでも心は折れない。

 

「イスト……イスト兄さんはどうしているんですか。何を思っているんですか。何をしたいんですか。……平気、なんですか?」

 

「知りたい? ―――だけど残念、教えられないよ。彼は僕達の王子様なんだ。そう簡単にどこにいるのか、どう思っているのかは教えられないよ。彼は僕達だけの宝で、光で、愛しい人なんだ。誰にも渡さないし誰にも分けてあげない。聞きたい事があるなら僕達を倒して聞きだしてみなよ―――ま、多少してやられたって気分だけど」

 

 レヴィが少しだけ毒づくと、次の瞬間にはレヴィの姿が消え、そして斬撃が下水の中で連続して発生する。目にも止まらない―――ではない。”目には映らない”斬撃を繰り出し、レヴィが迎撃したように……見える。それを追える程自分の目は優秀ではない。ただ数秒の間に重なるように発生した斬撃と、そして迎撃。それによって下水の中の空間自体が振動し、震えるような感触を得る。頬を撫でる風を認識した次の瞬間には破砕の音が消え、少し離れた位置にレヴィの姿を確認できた。

 

 何時の間にかバインドが破壊されてエリオ達が解放され、そして少し離れた位置でレヴィが鍔競り合いをしていた。レヴィの向こう側にいるのは長剣を構えた騎士の姿だ。ピンク色の髪で、騎士甲冑を装着し、視覚できない剣戟に対応した烈火の将、シグナムの姿だった。

 

 その姿は何時も通りなのに、彼女に感じる剣呑な気配はレヴィに匹敵するも負けることはなかった。

 

「―――良く時間を稼いだランスター。お前は直ちに撤退しろ。長距離は無理だが短距離転移であれば影響を受けずに離脱できる。ショートジャンプを繰り返して迅速に離脱しろ。ここは」

 

 レヴィの姿が消える。だが次の瞬間シグナムは目を閉じたまま、片手でレヴァンティンを振るう。虚空から発生する斬撃をレヴァンティンで切り払いつつも、突如襲ってくる刃に対応し、そして再びレヴィとの鍔競り合いを発生させる。

 

「―――私に任せろ。ベルカの戦乱を生き抜いた烈火の将の”真”の実力を披露しよう」

 

 古代の記憶を呼び覚ませた烈火の将の姿がそこにはあった。




 奥義古代ベルカインストール。キャラはキチガイになる。

 なんかヴォルケンって古代ベルカ時代に存在した人のコピーって感じがするし、その頃の記憶呼び覚ましたら強くなるんじゃね、という発想でヴォルケンズがかませからラスボス枠にアップを開始しました。

 なんでなのはって古代ベルカってだけでラスボスっぽくなるんだろう。


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リバース・シチュエーション

「ッチ」

 

 舌打ちをしながらも空を閃光が焼き貫く光景を見る。真直ぐ自分へと向かってくるのは砲撃だ。魔力が収束され、破壊する為に特化されている光。自分の良く知っている光だ。先達としてはその光を甘いとして評価せざるを得ない。真直ぐ自分を―――自分を乗せるヘリを狙ってくるのは悪くはない。だけど、自分が乗っているという時点でそれは成功しないと悟るべきだ。シュテルならまだしも、

 

「この程度で私を落とす気とか笑っちゃうなあ」

 

 レイジングハートを構え、自分とヘリを撃ち落とそうとする砲撃を全く同じ威力の砲撃で即座に相殺し、脅威を消し去る。視線を砲撃の先へと向けると大量のガジェットが飛行している姿が見える―――明らかに時間稼ぎと消耗を狙った布陣だ。面倒ながら此方の足止めを狙っているというのは解る。視線をヘリの先頭へと向けるとヴァイスが頷いてくる。強引に突破しようとすれば突破できる数だ。だがそれは自分をここに置いた場合だ。ヘリに全員乗せた状態でこのまま逃げようとすればガジェットが追ってくる。これから新人フォワード達と合流する時、無駄なウェイトは欲しくはないのだ。

 

『なのはちゃんはそのままでええで―――此方で捉えたわ』

 

 次の瞬間空に闇が咲いた。広域殲滅魔法・デアボリックエミッションだ。八神はやてとリインフォース・ツヴァイが得意とする魔法。それが遠くから発生し、空に咲く事で一気にガジェットを巻き込んで消し去る。横にホロウィンドウが表示される。

 

『無事かなのはちゃん、シャマル』

 

 軽く後ろへ振り替える、サムズアップを向けるシャマルを確認してからホロウィンドウへと向けてサムズアップを向ける。それを見たはやてが頷く。

 

『雑魚はまかせてーな。限定解除したんでちょいとベルカ無双するで』

 

『はやてちゃんとリインにお任せするのです!』

 

 リインの姿はホロウィンドウには映ってはいないが、白く染まったはやての髪色を見れば彼女たちが現在ユニゾン状態にある事は理解できる。しかしそこまでする程の状況か、と問われればどうかは解らない。ただ解っている事は、

 

「ごめんはやてちゃん、結局は降りる必要があるみたい」

 

『私もそっちへ行くからそれまで頼むで!』

 

 ホロウィンドウが消失し、そしてヘリから外へと踏み出しつつアクセルシューターを三十程生み出す。飛行魔法を同時に制御し、ヘリの外に立つのと同時にアクセルシュターを放つ。それがヘリへと向かって放たれた短刀群と空中で衝突し、爆発を起こす。その爆発の合間を抜けて迫ってくる砲撃が存在する。それに向かって、

 

「じゃ、シャマル先生のエスコートを頼んだよ」

 

「了解ですよなのはさん。VIP待遇で頑張らせていただきますよ」

 

 拳を叩き込む。勿論ただの拳ではなく。打撃と同時に拳から砲撃を放つ、見栄えだけの実用性のない打撃だ。―――まあ、今度新人たちの心を折る為にこっそりと練習していた小さな芸だ。瞬間的にインパクトを殺して相手の攻撃を無力化する、ぶっちゃけディフェンサーやプロテクション、相殺に砲撃放った方が遥かに効率がいい。

 

 結果は予想通り砲撃の破砕。ヘリは無傷のままこのまま後方へと合流のために進んで行く。それを背に、空を駆ける青い弾丸が横切り、前方に存在する残りのガジェット集団を薙ぎ払う。はやてが此方へと合流しようとしながら援護射撃をしてくれているのだろう。ならば、さて、

 

「ま、勝てる戦いだよね」

 

「―――ほう、我に対してその尊大な物言い、良い。良い、許そう。傲慢であって結構。尊大であって結構。所詮は我以下の塵芥の囀りに過ぎん。我が掌の上で鳴くのであれば愛でるには十分な可愛さよなぁ」

 

 片手に本を握った王の姿があった。黒いバリアジャケット―――デアボリカに身を包んだ彼女は背中の黒翼を羽ばたかせながら片手に握る杖を振るう。それと同時に逆の手に握られている。紫色の本からページが抜け出、それがまるで意志を持っているかのように闇統べる王の―――ディアーチェ・K・B・クローディアの周囲を回る。

 

 やはり出て来たか。そう思った直後にレイジングハートを使い砲撃を叩き込み、ディアーチェの周囲のページが防壁の様に重なり砲撃を完全に防ぐ。頭上から感じる不吉に対して視線を向けるまでもなく横へと加速しながらレイジングハートを振るう。ディアーチェの後方から放たれた砲撃をその薙ぎ払いによって吹き飛ばしつつ頭上から出現した杭を回避する。

 

「ま、元先輩を相手する前の前哨戦には丁度いいかなッ!!」

 

「そうやって言葉ではなく武をもって通そうとする姿、実に好ましいな高町なのは―――あぁ、だが残念だな。単純に我の方が強い」

 

 閃光と闇と氷が空を砕く。

 

 

                           ◆

 

 

 そして衝撃が空間を貫く。その原理を理解してしまえば簡単すぎる話だ。原理は受け身と変わらない。衝撃を逃がす事だ。衝撃を叩きつけて、逃がす事で衝撃を周りへと伝えているのだ。ただこの場合、規模と場所が違う。高速で殴る事で空間に存在する塵等を打撃する事を可能とし、そこからさらに空間へ威力を拡散させている。原理は解るし、地面の上であれば自分にだってできる。だが、

 

 滅茶苦茶な……!

 

 空間を殴るという原理は理解できるが普通に考えて滅茶苦茶だ。空気中に存在する塵を殴るなんて無茶、普通の人間には出来ない。それは普通目に映る事もなければ触れる事だって。呼吸と共に散ってしまうような儚いものなのだ。なのにそれを殴って威力を空間へ浸透させている。頭がおかしいと評価するしかないだろう。だがそれは、

 

 此方の味方にも言える事だ。

 

「砕け散れ」

 

「ごめんザフィーラ!」

 

「任せろ―――!」

 

 イストの拳が振るわれる。一撃だけで血反吐を吐かせる衝撃を繰り出す空間への打撃が繰り出される。空にて中空へ打撃し、人体をバラバラに引き裂くだけの衝撃を空間へ浸透して行く。だがその前に立つのは青く、褐色の盾の守護獣―――ザフィーラだ。正面からその衝撃を受ける為に入る―――そして激震する。だがそれを受けてもなおザフィーラは痛みを受ける様な姿を見せない。硬い、それも多分イスト以上に。なぜならザフィーラの背後へとだけ衝撃は広がっていないから。故にそれは好機と見る。

 

「雷鳴!」

 

 束ねたライオットザンバーに雷撃を”組み込んで”空から落下する様にイストへと接近し、相手が呼吸するよりも早くライオットザンバーをすれ違いざまに叩き込む。雷の斬撃は鋭く、切っ先は極限まで切れ味を優先している。それこそ少しでも角度を間違えれば魔力刃が砕けてしまう程に。だがその極限の鋭さで得られるのは強度の無視。対イスト用の攻撃手段―――硬いのであれば防御力を無視するという戦闘方法。

 

「震えろッ!」

 

「がっ―――」

 

 食らわせた斬撃痕、そこからライオットザンバーに貯め込んだ電流を移し、体内へと流す。自分の魔力によって生み出された電撃は拡散しない限りは永遠に指揮権が残る。故に魔力が消えるその瞬間まで魔力に一つの命令を送る―――神経を刺激し続けろ。つまり体内から拡散することなく、常に神経を刺激し、震わせ続けろ。常に体内で暴れ続けろ。永遠に終わらない、防ぐことのできない激痛を体内に流し続けろ。

 

「がぁぁああああ―――!!」

 

 吠えた。イストの姿が霞む。その速度は今までと比べて遥かに早い。それこそタンク型らしからぬ速度だ。霞んだ姿は加速し、此方へと一瞬で落下し、接近してくる。腕を振り上げて振るう姿を回転を加えることで掠らせない様にして回避する。完全な回避が完了するとそのままイストの体が大地へと落下して行き―――大地を打撃する。その衝撃で拳が触れた一帯がそのまま消滅し巨大なクレーターが出来上がる。

 

 ……掠っていたら、そう思うとゾッとするね、これは。

 

 ライオットザンバーを再び二刀の状態へと戻し、両側の刃に雷を溜めて行く。―――イストに対する対策、というか専用戦術というのは既に出来上がっている、作り上げている。この場にいるのが自分で本当に良かった。自分以外であれば相性の問題でまず追い込む事さえ難しい。これにザフィーラが加われば、

 

「勝って止めるよザフィーラ―――この人は助けなくちゃ」

 

「優しいのだな」

 

 眼下、体内に激痛が走り続けるイストをザフィーラが横に並んで睨む。イストが吠えたのは一回だけだ。それ以上は口を開かない。振るった拳を戻し、此方を見上げてくる。その姿をザフィーラと共に見下ろしながらザフィーラに言葉を返す。

 

「うん、だってさ―――誰かを殺した分だけ世界は寂しくなるんだから。賑やかな方が楽しいでしょ?」

 

「ふっ、それもそうだなッ!!」

 

 前よりも早く、前よりも鋭く―――此方の動きに追いつかんとするイストの姿が追ってきた。正直恐ろしい。一体何がこの男をここまで駆り立てているのだろうか。知りたいとは思うが、言葉だけではどうにもならないのはもう理解できている。ただ結果として殺す気で戦い、助けるという事しか己には出来ない。だからそうやって答えるしかない。言葉だけじゃ力だけじゃ届かない。両方揃って初めて届くのだ。ならば、

 

「届かせるしかないッ!」

 

 後ろへと下がるのと同時に拳が炸裂する。正面、ザフィーラが衝撃を拡散させながらイストの拳を受けきっていた。自分がまともに受ければ腕が千切れそうなほどの一撃だと思う。それを受けて平気な顔をしているんだからザフィーラは凄い。頼もしいと前にいる姿を思いながら、二刀に込めた雷撃を解放しながらイストの背後へと常時発動させている加速魔法で一瞬で回り込む。

 

 だがそこには既に”振り抜かれた”足が存在していた。

 

 思考するよりも早く、反射的に体は回避の動きに入っていた。相手は前を向いてザフィーラに拳打を食らわせている。だが此方に対応しながら見ずに行動を予測して動いている―――まだ神経を電撃が刺激し続けているはずなのに。それだけの精神力を一体どこからひねり出しているのだこの化け物は。

 

「油断するな」

 

「そちらもね」

 

「待っていてくれオリヴィエ―――」

 

 ザフィーラへと拳を放ったイストがその衝撃で僅かに動きが下がる。その動きでイストがザフィーラから離れた瞬間、僅かな間が生じる。その瞬間に誰よりも早くライオットを合一させ、カートリッジを三つ消費しながら超巨大化した刃を一回転させつつ振るう。

 

「ジェットザンバァ―――!!」

 

 合一された雷撃と斬撃がイストの体を貫通する。だがその体は不屈を証明する様にまだ立っている。バリアジャケットは破れ、身体の至る所に傷を作り、それを再生させた証に傷跡を残して赤く染まり、それでも全く痛みも疲れもない、狂気を感じさせる目で此方を睨む。恐怖を感じる前に憐れみを感じる。それはいけない感情だと理解しつつも、こうなってしまった事に憐れみは感じずにはいられなかった。

 

「テオァァァツ!!」

 

 同時に線が空に伸びる。

 

「ッ!!」

 

 それを―――イストは避けた。

 

「”やはり”避けたか!」

 

 鋼色の線が空に生まれる。それをイストは迷う事無く回避し、そして打撃した。鋼色の線は拳に触れた瞬間空間を消失させ、完全に消え去る。だがザフィーラは腕を動かし複数の線を生み出す。それは先ほど生み出した量の数倍あり、

 

「鋼の糸よ!!」

 

 イストへと襲い掛かった。

 

「また面倒な物を盾の守護獣……!」

 

「やはりその動き、此方のを把握している様、それは、しかし!」

 

「―――ナル、やれ」

 

 イストの正面に黒い球体が出現する。反射的にそれが何なのかを悟ると、鋼の糸が防御的な行動へと移る。それを悟るのと同時に体はザフィーラを盾にする様に動く。既に本人も防御態勢に入っており、間に合うのと同時に世界に黒が咲き誇る。

 

「デアボリックエミッション」

 

 イストの声ではなく、女の声だった。空間を塗りつぶす黒と衝撃、それをザフィーラを盾にしながら受ける瞬間、再びカートリッジを消費する。

 

「―――リバースコード……ブレイク」

 

「砕け散れぇ―――!!」

 

 バルディッシュを振るう。空間に十数を超える斬撃を叩き込む、片っ端からデアボリックエミッションに飲まれて消えて行くその斬撃が完全に飲み込まれる前に、雷撃へと変換させ爆裂させる。黒い空間その物に負荷と衝撃を食らわせ、内部から破壊する。閃光が闇を撃ち砕き、再び世界が空の青色に戻る。

 

 だがその空間に存在したのは銀髪の男ではなく、

 

 赤毛の女だった。

 

「―――反転完了」

 

 その姿は間違いなくリインフォース・ナルと呼ばれる女性の物だった。ただその髪もバリアジャケットも赤く染まり、まるで主の色を色濃く反映するかのようだった。瞳の色もイストの琥珀色へと変貌し、ユニゾンというよりは”融合事故”で取りこんだような姿へと変化している。その状態でナルは腕を振るい、黒い球体を生み出し、それを握りつぶす。握り潰した黒が弾け、左手に纏われ―――盾とパイルバンカーを合一させた、赤い武器へと変化する。

 

「主が、夫が世話になったな―――なら私からはお礼をくれてやらぬばならんな」

 

「け、結婚おめでとうございます……!」

 

 何とか言葉を絞り出しつつザフィーラを盾にする為に動くと。

 

「―――愚者は天に届かず、英雄は地へ落ちる」

 

 瞬間的に飛行魔法が消失し、身体が落下を回避する。突然の事態に驚愕するが、反射的に体の重心を整え、体術の応用で体をビルの外壁へと流し、壁を走り降りる事で大地へと着地する。

 

「希望は死した―――カースドランド」

 

 大地へと着地するのと同時に飛行魔法を再び発動させようとするが、それだけが阻害されていて発動しない。飛行魔法だけがまるでロックされたかのように反応を示さなくなる。発動の為の魔力と術式まではいい―――だがそれ以上プロセスが進まない。

 

 空に浮かぶナルの姿を見上げる。

 

「嬲ってくれた礼だ―――地を這い果てろ罪人」

 

 空から黒が降り注いだ。




 ナルちゃん反転たーいむ。

 つまりAsリインボス仕様とかそんな感じ。いい感じに戦場が混沌としてきた。はたしてザッフィーはこのままサンドバッグなのだろうか。


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ベルカン・ウォー

 刃を振るう。それが突如として現れた刃と衝突を果たし、魔力の火花を起こす。薄暗い下水道に一瞬の光を生み出してから消える。だがそれが連続で発生する。リズムもテンポも存在しやしない。魔力刃は出現すると迷う事無く殺すための動きを繰り出す。そしてそれに反応するよりも早くレヴァンティンは迎撃のための動きを生み出す。そして連続でレヴァンティンと魔力刃―――バルニフィカスを衝突を果たす事で暗いはずの空間が火花で明るく染まり続ける。それだけのハイペースで魔力刃とアームドデバイスの実体剣がぶつかり合う。

 

 ―――懐かしき闘争の熱。

 

 頬を撫でる魔力刃の破片を感じつつもそんな感想を得る。懐かしい。あぁ、ひたすら懐かしい―――何百年前だったか。こうやって己は戦った。戦ってきた。その多くを失いながら、忘れながら、生まれ変わりながら戦ってきた。経験とは技術の血肉。それを忘却すれば己が弱体化するのも納得の道理だ―――ただ平和に暮らすのであればこんな記憶も経験も必要なかった。主と……はやてと一緒に暮らすのであれば必要のない記憶だった。忘れてもいい記憶だった。血に汚れ過ぎて、前が霞んで、何も見えなくなる位に呪われた記憶だ。過去を背負って生きるというのも一つだ。だが一緒に生きたい―――その願いをかなえるにはこの記憶はあまりにも重すぎた。

 

 だが、

 

「所詮、修羅は死ぬまで修羅か」

 

 拭えぬ過去の所業を思い出す。オリジナルがベルカの戦乱を駆けた記憶が。闇の書の守護騎士として戦い、犯罪を犯し、朽ちて行った記憶が。レヴァンティンを振るう手にぬるりと、血の感触を感じる―――そんなものはないと解っている。ただ思い出すとはそういう事だ。忘れていれば幸せでいられる。ただそうやっている事は許されない……世の中ままならないものだ。

 

「死狂うか?」

 

 それは問いだ。相手への問い。死へ狂う準備はできているか。死ぬまで付き合ってやると。お前は出来るか。殺して殺される準備が。こうなってしまっては何もかも遅い。手加減なんてできないし、出来る筈もない。烈火の将としての、本当の実力が発揮できてしまう―――リミッターがついていてよかった。

 

「これなら殺さないで済むかもしれない」

 

 見えない斬撃を回避する。その発生の瞬間は見切った。これは”経験済み”の範疇だ。思い出した今となっては簡単なもので、厄介程度のものでしかない。相手がやっている事は解っている。超高速で移動し、意識と視界の死角を取り続けているだけだ。相手の姿が見えないのは視界の死角にいるから。正面から攻撃が来るのに相手の攻撃が見えないのは思考の死角を見切って襲い掛かってきているから。気づかなければ知覚できる前に殺される、極悪な戦闘方法だ。速さも早い―――が、

 

「テスタロッサよりは劣るな」

 

 フェイト・T・ハラオウンよりは遅い。彼女の斬撃は嵐の如く襲い掛かってくる。速度を繋げて暴力とするタイプの戦闘スタイルだ、フェイトは。だがこの剣とは違う。そう判断し、

 

 バルニフィカスをレヴァンティンで押さえつける。見えなかったはずのレヴィの姿が目視できるようになる。フェイトに良く似た水色の髪の女。その表情には―――驚きはなくて、挑発的な笑みが浮かんでいた。此方が相手の動きを破ってもなお笑みを浮かべる様子。懐かしく、そして血液を沸騰させる。奥底へと抑え込んでいた魔性を蘇らせる。そう―――長い時を経てひたすら戦い続けてきた存在なのだ。自分は烈火の将なんて生易しいものではなく、血を求め剣に狂うのこの本性は―――魔将の名にふさわしい。

 

「イメチェンでもした?」

 

「気に入らないか?」

 

「ううん、今の方が今までよりも活き活きしてて”生きてる”って感じがするよ。良く今まで我慢して生きてこれたね。僕は我慢のできない方だからちょっと驚いてるよ」

 

「あぁ―――貴様らが”我々”を目覚めさせた。なるべく後悔してくれ。そうでもしなければ恰好がつかない。私達が主へと献上する首級となってくれ」

 

 無拍で水平にレヴァンティンの刃をレヴィの首へと向けて振るう。非殺傷設定なんてそもそもつけていても魔力付与系列のアームドデバイスにはほとんど意味がない。全力で、殺すつもりで振るった刃はレヴィの首へと接触し―――抉りこみ―――両断する様に―――向こう側へと抜けた。

 

 ただそれは斬り飛ばすのと同時に電撃の塊となって弾け散る。弾けるのと同時に発生する電撃を体に浴びる。だが高揚感が心を包む。いけないと解っていても興奮する。口から楽しさで声が漏れそうになる。精神が肉体を凌駕し、痛みを忘却させる。この感覚が、闘争の感覚。

 

「―――」

 

 刃のギリギリ範囲の外にレヴィがいる。その表情からは笑みが消え去っている。此方が殺意を受けている様に、相手も此方へ殺意を向けている。―――遊びはない。踏み込んでくるのと同時に鎌の姿をしているデバイス、バルニフィカスが振るわれる。此方はレヴァンティンを振り抜いたばかりで片腕と刃を動かせない。

 

 故に踏み込む。

 

 相手の横へ抜ける様に踏み込みつつレヴァンティンの鞘を逆の手、右手で握る。相手の横へと抜けて行く動作と共に鞘を顔面に叩きつける為に動く。だがそれは感触を得ることはない。気付けば相手が後ろへと回り込んでいる―――見切りだ。動きを見切られている。背後から凶刃が迫る。それに対して自分が取る行動もまた、見切りだ。横へ体を滑らせながらも、それに捻りを加える。振り向くのと同時に相手の振り抜いた刃を超える様に腕を伸ばし、レヴァンティンを振るう。それが軽いダッキングで回避される。レヴァンティンを握る左手は伸びきっている。右手の鞘で斬撃を受け流しながら、

 

 蹴りを叩き込む。

 

 それに相手は膝を合わせてきた。

 

 が、此方の方が力は強い。

 

「―――抜いた」

 

 言葉通り蹴り抜いた。相手の体勢が崩れるのを感じる。それに合わせてレヴァンティンを振る。一撃で首を狩り落とす動きだ。前方へと向かって倒れる敵の動きが加速する。それに合わせてレヴァンティンを振り下ろす。

 

 だがそこに敵の姿はない。

 

「スプライトフォーム」

 

 装甲を削り、大剣へと姿を変えたデバイスを握るレヴィの姿があった。それでもフェイトの最高速度には追い付かないが、別種の”速度”がこの存在にはあると一瞬で知覚する。

 

「はい、どーん!!」

 

 もっと攻撃的な速度だ。フェイトの様に体に速度を乗せるのではなく、動きに速度を乗せている。移動速度で言えばフェイトが圧倒するが、斬撃を繰り出すスピード、細かい動き、それにおいてはレヴィは極限的とも言える速度を放っている。そしてそれを乗せた刃が、一気に迫ってくる。無拍やら意識の合間など狙う必要はない。攻撃する速度だけでその領域へと踏み込める斬撃だ。

 

「ふ―――はは」

 

 それに正面からレヴァンティンをぶつける。そこにはもちろんすべての力を込められるわけではない。威力が頂点に乗る前に相手の大剣形態のバルニフィカスとぶつかり、衝撃が此方を焼く。バリアジャケットが衝撃によって引き裂かれ、左袖部分が完全に消し飛ぶ。他にも所々切れ目が生まれ、少々はしたない姿になっているかもしれないが―――沸騰しそうな程に熱気の込められた血液が流れるこの体には興味のない事だった。

 

『Cartridge load』

 

 魔力が注ぎ込まれるのと同時に炎熱反感で自分を中心に爆発を発生させる。強引に爆炎を推進力に、レヴィの刃を押し込む。押され気味だったレヴァンティンを中間点へとまで押し返しながら一歩前へと踏み出す。純粋な腕力であれば己の方が強いのはこうやって鍔競り合う感覚で理解できる。だから強引に押し切る前に、装甲を減らし、爆炎によって少し姿を傷つけたレヴィへと向けて口を開く。

 

「最後に聞いておく―――」

 

「―――有利に思えて来たから今更警告? 遅いよ。本当に、遅いよ。もう計画は止まらない所に来ているんだ。どうあっても止まらないよ。チェスで言う今は”チェック”の状態。ここで僕が勝っても負けてももう戦術的勝利は取らせて貰っているから」

 

 遮るようにレヴィはそう言って、

 

「―――そのまま溺れるといいよ烈火の将。君は実に憐れだ。憐れだからこそ僕達と同類なんだろうね。少しだけシンパシーを感じるよ。うん、”家族”という形に縛られている辺り凄い似ていると思うよ―――だから手加減してあげるって訳じゃないんだけど」

 

 斬撃が体に叩き込まれ、鮮血が空間に舞う。今度こそ、本当に何があったのかを知覚できなかった。前のめりに倒れそうな中、視線を彷徨わせる。そして見つける。大剣の姿をしていたデバイスの姿がもっと細く、そして長い形をしている。そう、それは形で言えば―――刀に近い。芸術と称され、そして何よりも扱う事に技術が求められる得物。それが振り抜かれた状態であるのを目視し、己が斬られたという事を自覚し、

 

 前へと踏み込んでレヴァンティンを薙ぎ払った。手ごたえは返ってこない。だが軽く叩きこんだという確信が存在した。そのままレヴァンティンを振るう腕を止めず、魔力をレヴァンティンから発する。この閉鎖空間で行えばどうなるかは解っているが―――どうにかなるという確信が存在する。

 

「地を燃やせ、悲鳴を生み出せレヴァンティン」

 

 レヴァンティンから炎が振るわれる。それが一気に下水道を埋め尽くし、広い範囲に狭い空間を炎で埋める。もちろんまともな空調がこんな所で作動しているわけではない。ここにいればいるだけでどんどん酸素が奪われて行く、そういう空間へと一瞬で変貌するが―――この体はプログラム生命体と人間の中間の存在だ。昔と比べてだいぶ人間よりにはなったが、それでも酸素が吸えない程度では死ぬほど苦しい程度だ。

 

 問題なく戦える。

 

「レヴィ・B・ラッセル、貴様は酸欠と戦えるか」

 

「悪いけど僕は最強だからね、水中でも、空中でも、もちろん火の中でも戦えるようにできているよ……それが”力”のマテリアルである事の証明でもあるんだ。だから、この程度じゃ負けてあげられないなぁ」

 

 水色の閃光が炎を突き抜けながら現れる。右手に握った刀の姿をしたバルニフィカスを左肩まで振るい上げ、両手で握っている。それに対応する様に一歩後ろへと下がり、踏みとどまる。来る。そう経験が直感し、レヴィが動き出す前にレヴァンティンを振るう。全力で、炎を纏った一撃。それをレヴィは、バルニフィカスは両断した。真っ二つに、自分へと向かって放たれた必殺の一撃を発生した後で自分の両脇へと逃れる様に完全に両断した。とはいえ、その余波は間違いなくレヴィの肌を焼き焦がす。が、それを気にすることなく刃は振るわれ、

 

 深い斬撃を体に刻む。

 

 肉に刃が沈む。

 

 ―――掴んだ。

 

『Explosion』

 

「はぁ―――っ!」

 

 肉に刃が沈むのを感じた瞬間にはレヴァンティンで最大の一撃を放っている。レヴィの動きが霞む。その動きは見えるものではない。回避されるかもしれないが―――このタイミングであれば完全な回避は不可能だと判断し、攻撃を止めない。リミッターで制限されている範囲内で込められる魔力を込め、それをレヴィへと向けて空ぶりつつ、レヴァンティンを床へと突き刺す。そのまま魔力を全て炎へと変換させ、自分の出せる最高温を発生させ、大地を砕きつつ、下水を沸騰させつつ、それを全力で放つ。

 

「焦土を生み出せスルト……!」

 

 視界と空間の全てが炎に包まれる。空間を破壊しつつ全てを炎が埋める。この空間へと入り込んだ時点でこれから逃れる方法などない。一瞬で炎の海と化す空間の中で、相手が次にとる選択肢が何なのかが理解できる。

 

「―――切り裂け」

 

 何十メートルという地下に存在する筈の下水に青い天井が生まれる。瞬間的に発生した雷鳴が無数の斬撃となって範囲内の空間全てを両断した。雷鳴の刃。文字通り通り道全てを切断して発生した間違いなく相手の切り札、相手の大手札。それを目視する事が出来た。降り注ぐ雷鳴が握る刃と呼応してその通り道全てを切断するという内容。見て、聞いて、覚えた。

 

 故に、

 

 迷う事無く前に出た。レヴィは無傷ではない。回避特化の状態、スプライトモードが解除されているのを見れば一目瞭然だ。回避が不能なために耐えきったのだが―――防御方面でもレヴィはフェイトよりも優秀らしく、バリアジャケットの装飾が増えている。おそらくこれがレヴィの防御的形態なのだろうと判断する。だがそれは悪手だ。それは相手も理解しているだろう。なぜならこの距離、相手から二十歩ほどの距離、

 

「一歩と変わらん」

 

 レヴィへと攻撃を叩き込める距離だ。

 

 故に前に出た。

 

 レヴァンティンを握る手は今度こそ自分の血で濡れている。

 

 血が流れた。

 

 目に血が入る。

 

 視界が赤く染まる。

 

 笑みが浮かぶ。

 

 レヴィが防御する。

 

 刃を叩きつけた。

 

 ―――赤が増えた。




 シグナムさんがキチった(歓喜

 これでリミッター装備中。もうチョイ派手目でもいいかなぁ、と思いつつもリミッターの存在を思い出して自制する感じに。どちらも本気を出せないってのはある意味辛いだろうなぁ。


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マッドネス・アンド・コンフリクト

「―――チェックメイトですね」

 

 ゆっくりと手をあげる。それは降伏の意志を見せる為だ。下水道を抜けてミッド中央の端へ、下水道の外へと出てきたのはいいが―――出口は壊滅していた。まるで高温で何もかもを薙ぎ払ったかのような、片っ端から蒸発させたかの様な焦土が姿が見せていた。思わずバインドの応用で運んできていたエリオとキャロを解放し、後ろの大地へと落としてしまう。

 

 生きている人間の姿は一つもなかった

 

 たった一人、紫色のバリアジャケット姿の魔導師の存在を除いて。

 

「シュテル……」

 

「えぇ、どうも。貴方の知り合いのシュテルです。あだ名はシュテるんで特技は炎熱変換した砲撃で相手を蒸発させる事と家計簿をつける事です。あ、あと最近少し通販にもハマってます」

 

 どこの主婦だ。

 

 そんな事を言ってふざけたいが―――そんな事も出来ない。ここで待機していたはずの陸士隊はシュテルに全員殺された。ヘリの合流ポイントであったはず場所はもう少し離れている。自分はまだいい。だがスバルは怪我をしている。エリオとキャロはまだ気絶している。唯一元気なフリードは全てにおいてシュテルに劣っている。この状況でシュテルとぶつかってしまったのは最悪の一言に尽きる。ルシフォリオンを片手で握り、それを大地へ突き立てる堂々としたシュテルの姿には一切の気負いも油断も慢心もない。おそらく正確に此方の状況と戦力を計り、そしてどう足掻いてもシュテルには敗北がない事を理解している。

 

 どうする?

 

 タスラムなら強引に非殺傷設定を解除できる。殺傷設定で戦う事も出来る。自分達新人に殺傷設定が使用できないようになっているのは、殺傷設定を使った場合相手が”絶対に殺しに来る”からだ。非殺傷で戦えばまだ見逃してもらえる可能性が存在するが殺し合いになればその可能性がまず消える。だからこそ非殺傷設定でしか戦えない様になっているが―――タスラムはクラスの高いデバイスだ。熟成されたAIと経験が存在し、仕掛けられたプログラム程度解体できると自覚している。だから殺傷設定で魔弾を叩き込めば……一撃で倒せるかもしれない。あくまでも可能性。前、なのはが回避した上で握りつぶした光景を思い出すと、この相手が同じことをできてもおかしくないようには思える。そしてそれが可能であった場合、まず間違いなく死ぬ。殺される。だって、

 

「―――私は絶対に手加減しない。私達の芯はブレない。だから元友人であろうと絶対に手加減はしませんし邪魔であれば普通に殺します。だから殺傷設定を解除して戦った場合、絶対に殺される―――思考しているのはそれぐらいですか?」

 

「ッ」

 

 思考している事をあっさりと読まれたが、シュテルは呆れた表情で何を言っているんですか、と溜息を吐きつつ言う。

 

「指揮官が読まれる様な思考をしてどうするんですか。読まれるんだったら読まれる事を前提に行動してください。未熟なんですから戦術も戦略も上回られる事を前提にしてから初めてスタートラインに立てますよ? まあ、私は王やレヴィと比べると比較的に優しいので忠告はしておきますし慈悲は与えます。ウチの旦那は一度決めたら突っ走りますけど悲しむぐらいの人情は残っています。ですので強引な方法に出る前に実に文明的な方法でこの問題を解決しましょうか」

 

 そう言ってシュテルは”文明的”解決方法を口にした。

 

「エリオ・モンディアルとキャロ・ル・ルシエは見逃してあげます。隠し持っている六番目のレリックと聖王のクローンを置いて行きなさい。大人しく従えば生きて帰る事も、これ以上追撃しない事も約束します。その二つが手に入ればもう撤退しますので」

 

 そう簡単に言ってくれるが、それを飲むわけにはいかない。何せこの二つが管理局員として、機動六課の隊員として確保しなくてはいけないものでもあるのだ。それをみすみすシュテルに渡したらまず間違いなく無能の烙印を押される。だが現状、状況はやっぱり詰んでいる。逃げようとしてもできない。幻影を使ってもおそらくシュテルはそれを一発で見抜いて突破してくる。”そういう”魔導師だと彼女の事は思っている。というかなのはと同DNAってだけで凄まじい絶望感が漂ってくる。勝てないという考えが脳を支配する。あの砲撃魔のDNAが存在する相手……やはりけた違いだ。絶対にラスボス枠に違いない。こんな化け物に勝てるわけがない。

 

「何か物凄く失礼なこと考えていませんか」

 

「実は結構」

 

「ぶち殺しますよ」

 

 実際戦闘したら確実に殺される事で決着するだろう。というよりそれ以外の未来がこの戦力差では存在しない。なるべく会話して時間を引き延ばそうとしているが―――シュテルもそれすら考慮しているだろう。というよりシュテルは確実に増援がやってくる前に此方を片付けてほしいものを奪ってゆく。だから今だ、今しかない。今ここにあるもので何ができるかを考えるしかない。隊長達の到着前に確実に此方を葬って来るであろう相手にどうやってレリックを、そして少女を確保したまま勝利するか。

 

 横目でスバルを、フリードを、気絶しているエリオとキャロを見る。スバルは……黙っているが動けるのは解っている。此方がスムーズに話を進められるように黙ってくれているのだ―――この忠犬属性め。フリードは盾になるという事はキャロがフェイト相手に実証していたが、肝心のキャロとエリオは気絶したままだ。割と粗っぽく運んできたのでもうそろそろ起きてもいいのだが、まだ起きる気配はない。自分の手札はタスラムとクロスミラージュを合わせて少々、スバルを無理やり動かす事を考えれば……まあ、戦えない事はない。

 

 絶望的に未来が存在しないが。

 

「で、あと30秒ほどで決断しなければ跡形も残らなく蒸発させますが遺言か降参の意志があるのであれば早めに」

 

 声に一切嘘の色がない。シュテルはこっちを本気で殺そうと考えている。その事に恐怖を感じはしない―――おそらくレヴィの時にこの人たちはあの時から一切変わっていないと理解してしまったから。目的の為にブレない、変わらない、信じる。自分の選ぶ道が間違っていても最後の最後の瞬間まで信じ続けて全力で走り抜く。そういう狂気にも通じる、信仰にも通じる精神力。精神的超人達。

 

 ―――この状況で何故か先日の模擬戦を思い出す。

 

 スバルと二人でなのはに挑んであっさりと敗北してしまった件。あの時いったい自分には足りなかったのか―――それをなのはや、そしてレヴィやシュテルを見ているとなんだか見えてくる気がする。だから、決める。

 

『スバル』

 

『決めた? どう動けばいいの?』

 

 親友が迷う事無く此方が応戦すると言う意志を汲み取ってくれる。さっきから背中しか見せていないのに。なのに此方が諦めないと最初から信じている。……その純粋さが羨ましい。だけどそれぐらいのストイックさが必要なら……うん、少しだけ頑張ってみようと思う。念話をスバルへと届ける軽く考えたプランをスバルへと語りながら確固たるものへと変え、

 

 クロスミラージュを背後へと投げる。

 

「抗いますか」

 

 迷う事無く、初めて使うその機能を作動させる。

 

「―――フルドライブモード……!」

 

 瞬間全身を激痛が走る。まだ耐えきる事の出来ない負荷に体が悲鳴を上げるが―――これぐらいやらなくては少しの間、持つことすらできない。だからフルドライブモードを発動させ、タスラムを銃剣型の姿へと変化させ―――そして前へ踏み出す。真直ぐ正面、シュテルへと向かって。その様子にシュテルは驚愕を浮かべる事無く、此方の動きよりも早くデバイス、ルシフェリオンを向ける。

 

「ディザスターヒート」

 

「行くよティアッ!」

 

 ノータイムで放たれてくる砲撃、それと自分の間に遮る姿が出現する。

 

「―――きゅ!?」

 

 スバルが投げたフリードだ。ドラゴンなんだし火耐性はあるんじゃないかという発想。是非とも頑張ってほしい。たぶん大丈夫。たぶん。今も目の前でシュテルの熱砲を受けて無事でいるし問題はないと判断する。だから、フリードを盾に、左手でフリードを掴み、それを押し込む様に前へと突き進む。

 

「案外外道ですね」

 

「そっちに、言われたく、ないです……!」

 

 砲撃が切れる。その瞬間に目を回しているフリードを投げ捨てて更に前へと出る。銃剣をコンパクトな動きでシュテルへと向かって突き出す。フルドライブモードで強化された身体能力、知覚能力、それがこの先の展開を一足早く予測させてくれる。―――即ちシュテルの回避。僅かに体を動かす事で回避し、シュテルがルシフェリオンを振るう。

 

「後ろからですね」

 

 砲撃が放たれると同時に幻影で隠したスバルが背後から奇襲する事をシュテルは完全に見抜き、そして此方には対応せずにルシフェリオンの石突を背後へと叩きつける。スバルが反応できる速度よりも早くそれは叩き込まれ、幻影をうち破りながらスバルの体を飛ばす。だがその瞬間には自分が前に出る。もはやなりふり構わない、と言う動きで、

 

 シュテルへと跳びかかる。

 

 流石にそれは予想外だったのか、シュテルが驚愕の表情を浮かべる。だがその後の判断は早く、素早い動きで体を捻りながらルシフェリオンを振るおうとしてくる。だがその動きが途中で止まる。シュテルが振り返り―――そしてシュテルがルシフェリオンにしがみ付く存在を目撃する。

 

「ど根性ぉ―――!」

 

「本当になりふり構っていませんね」

 

「そりゃあもう!」

 

 スバルが血反吐吐きながらルシフェリオンを鈍らせたおかげで一瞬だけ、シュテルへと接近する瞬間がある。死兵戦法。仲間を犠牲にすることが前提の戦略。戦力的に見ればどう足掻いても戦闘をこなせるコンディションではないスバルと元々存在するだけ無駄だったフリードが活躍出来たので上々、と言ったところだ。友人としてはスバルを使い捨てる様な方法に少しだけ心が痛む。

 

『ごめん!!』

 

『何時も通ーり!』

 

 ―――だがこれを乗り越えさえすれば確実に勝てる。そう確信している。いや、そう信じなくてはならない。そう信じて実行している。

 

「これは、ショックの分とか諸々―――!!」

 

 タスラムを握ってない左手で拳を作り、それをシュテルの顔面へと叩き込む。それをシュテルは避けなかった。頬を打撃し、シュテルは受け入れ、そして軽く血の混じった唾を吐きだし、ルシフェリオンを振るう。それにしがみ付くスバルを軽々と吹き飛ばし、そしてその動きのままルシフェリオンの薙ぎ払いを胴体へと叩き込んでくる。それを踏ん張って耐える。その状態から銃剣を叩き込もうとし、

 

「今の一撃は義理で受けてました。なので、遊びはここまでです」

 

「がっ―――」

 

 そのまま薙ぎ払われ、吹き飛ばされる。大きく吹き飛ばされ、そして大地を転がり、そこから体勢を整え直す。吹き飛ばされた衝撃でフルドライブモードは解除される。あの連中は何故こんなむちゃくちゃなモードを長時間続けられるんだ。立ち上がる頃には既にシュテルの姿が目の前にあった。蹴りが腹に叩き込まれ、悶絶しそうになるのを堪えようとした瞬間、髪を掴まれ体が硬直し、そのまま顔面から大地へと叩きつけられる。そして、そこで素早く頭を踏みつけられる感触を得る。顔を動かす事も出来なく、大地の冷たい感触を感じる。

 

「残念です」

 

「心にもないクセに」

 

「おや、解っちゃいますか」

 

 大地に頭を押し付けられながらも―――勝利を確信する。視線は真直ぐと放り投げられたクロスミラージュの方へと向いている。そして、そのクロスミラージュにはある指令を送らせている。実に簡単な事で、それが成果を生んでいる事は見えている。べつに隊長を呼ぼうとしているわけではない。先ほどみたいにタイミングよく登場してくれることには期待していない。ただ勝てる切り札があるなら全力で使わせてもらう。それだけだ。

 

「―――ひっく」

 

 キャロが気を失っていた状態から起きる。その両目端には涙が溜まっている。

 

 これだけなら大丈夫だ。何も問題はない。無い……筈なのだ。

 

 だが問題なのはその涙が溜まって行くのと同時に空間へ凄まじいプレッシャーと魔力の高まりが発生している事だ。目に見える程この場が歪んできている。シュテルでさえ、動きを完全に停止する程だ。―――ここまで来れば勝ち確定。それはもう揺るがない。だって最大級の賭けにアホらしい方法で勝利したのだから。

 

 まあ、自分がどうなるかまでは考えていないけど。

 

 恐る恐ると言った様子でシュテルが口を開く……そんな気配を頭上から感じる。

 

「……一体何をしたんですか」

 

「クロスミラージュにひたすらキャロの傍でシュテルさんに寝取られたエリオの様子を呟かせた」

 

「その発想へはどう至ったんですか」

 

 なのはとシュテルを見ていると外道力足りないかなぁ、とか思ってたのだが違うのだろうか。やっぱり違うか。どう見てもそんなものじゃないし。ただ、目論見は完全に成功している。目の端に涙をためているキャロの様子は限りなくレイプ目のそれに近い。横にエリオがいると言うのにまるで見えている様子はない。これは完全にやったな、と確信を抱き、

 

「―――ヴォルテェェェェェェェ―――ル!! 寝取りは嫌だぁ―――!! 寝取り女ぶち殺してぇ―――!!」

 

「あの幼女ぶち殺すとか言ってるんですが」

 

「アレで激しく平常運転です」

 

「ウチの幼女並みにエキセントリックな幼女ですねー……」

 

 あぁ、アレか、と紫髪の少女の姿を思い出す。

 

 召喚陣を完全に無視し、空間の壁を粉砕しながら黒い巨影が出現する。シュテルに踏まれたままキャロの背後に出現するその巨大な姿を見て、なんだか非常に申し訳ない召喚方法というか、召喚理由というか、

 

 物凄い申し訳ない気分になった。

 

 ただ、

 

 ―――勝った。

 

 自分が知る限り、最強の暴威をこの場へ呼び出した事への達成感があった。




 俺はシリアス路線で行こうと思ったんだ。この状況ならまず間違いなくシュテルが先回りしているし、ここでまた隊長をだすのは展開の繰り返しで萎える。だったらヴォルテールを投入した方が面白くなる。じゃあティアナのちょこっと覚醒させつつキャロを暴れさせよう。そう思ったんだ。

 その結果がこれだった。割と満足である


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シフティング・モーメント

「ちぃ」

 

 グラーフアイゼンを振るう。鎚の部分に付着していた大量の血液をそれで吹き飛ばす。それでもデバイスの細かい部分には間違いなく血が入り込んでいる。これは戦闘が終わったら一度分解してメンテナンスする必要があるな、と思考し、振り返る。横にホロウィンドウが出現し、ギンガの姿を映し出す。彼女もスバルと同じ、空に床を生み出す技能を持って全速力で少し離れた場所へと移動している。間に合うかどうかは彼女の頑張り次第だが―――まあ、間に合うのではないかと思う。間に合わなくなる程に自分たちの仲間はあっさりと負けない、弱くはない。ホロウィンドウを閉じ、ギンガが向かう先に幸運がある事を祈りつつ、

 

「さて、どうすっかなぁ」

 

 周りはビルだった場所だ。もう何度もグラーフアイゼンを叩き込んだせいで完全に倒壊し、辺りが見渡せる空間となってしまった。それだけやって得た成果は―――相手の腕一本だ。ここまでやっておいて腕一本。実に面倒な相手だと評価する。足で踏んで転がす相手の血で染まった真っ赤な腕を、どうするか、と考える。正直腕からデータベースにアクセスとかをしても知っている情報は増えないだろう。

 

「どうせなら頭の一つでも置いていきゃあ楽だったんだがなぁ……」

 

 その場合はシャマルが脳味噌の中身を調べてくれたに違いない。瓦礫の中で転がす腕を持ち上げ、それをデバイスの格納空間へと投げ入れておく。証拠が何もないのよりはこうやって腕の一本でも手に入れた方が断然ましだろう。だがしかし、何というか、

 

「たったの5対1でここまで手こずるとは昔と比べてあたしも結構鈍ったもんだなぁ……」

 

 明らかに人間の動きの範疇を超えていたとか、そういうのは正直どうでもいい。守護騎士として果たすべき任務は果たす。体がプログラムから人間よりになって来たから、死んでも蘇って再び殺しに行くって戦法も取れなくなっている。……ただまあ、それは願いなのだ。人間として生きて死ぬのは。だからそういう戦法も二度と取れないなぁ、と少しだけ、嬉しく思う。こうやってありのままの己の本性を取り戻しても、帰りたいと思える今の環境は素敵だ。だからこそ、はやての指示は、命令はちゃんと果たしたかった。裏側でこそこそと活動しているであろうスカリエッティの手勢を一人でもいいから捕まえておきたかった。それで捕まえられたのは腕一本だけだ。実に泣けてくる話だ。

 

「まあ、今はアレだよな」

 

 空気が震え、大地が砕け、そして炎が舞う。振動を体全体で感じつつも振り返れば、少し離れた場所で巨大な黒い姿が見える。竜―――真竜クラスの竜、ヴォルテールだ。データとして情報としても知っている。ただアレクラスの生物を見るのは本当に久しぶり、というか見たくはなかった類だ。ヴォルケン四人揃ってどっこい、というクラスだろうか見えるアレは。味方で良かったと思った瞬間、大気が震えた。

 

 巨大な熱線が空から垂直にヴォルテールの姿を飲み込む。それがそのまま火柱となって巨大な黒竜の姿を飲み込む。だがそれを内側から黒竜が粉砕し、出現するのと同時に口から巨大な熱線を吐き出す。場所は比較的にミッドの郊外近くだったのが幸いだった。ビルは今、自分が砕いたのを除けばほとんどない……が、

 

 熱線は森を一瞬で炎に包み、ビルを融解させ、そして空を赤く染める。熱線―――いや、砲撃が更にヴォルテールへと五連射で叩き込まれる様子から相手は避けて、そしてまだ戦える状態の様だ。軽く凄まじいと思う。だって自分一人だったらまず間違いなく自分は逃げているだろう。それだけ真竜クラスは魔導師から逸脱した超化け物級の生物だ。戦う事が馬鹿らしい存在。それ相手に戦っているのだから、

 

「負ける事ができねぇってか」

 

 空の赤に水色の閃光が混じる―――今度は雷鳴だ。これで誰があの現場にいるのかは大体把握できて来た。しかし、そうなるとシグナムの存在が若干―――いや、心配する必要はないか。何せあのシグナムなのだから、

 

『ヴィータちゃん』

 

「おぉ、シャマルか」

 

『シグナムをこっちで回収したわ。足を狙われたようで動けないけど逆に片腕を一ヶ月は使えないようにした、だって。そっちはどうだった?』

 

「もぎ取れたのは腕の一本だけだった。すまねぇ」

 

『うん、解った。はやてちゃんも今ちょっと手を出せない状態だから、私からデータ送るね。それじゃあ宜しくね』

 

「あいよ」

 

 グラーフアイゼンを肩に乗せ、軽くトントンと叩く。シャマルの声と同時に出現した彼女を映すホロウィンドウは姿を消し、その代わりに戦場に関する最新の情報がホロウィンドウに映されるように出現する。その様子を見てもう一度、トントンと肩をグラーフアイゼンで叩く。戦力差は―――うむ、悪くはない。特にヴォルテールがどんな理由であれ出現したのがプラスになっている。いや、間違いなく地上本部から嫌味を言われるんだろうけど、それはフェイトやはやてに任せる。

 

 よろしく、と言う意味は、

 

「ガキ共のケツを持つか―――しかし一体どんな馬鹿な理由で今回はやらかしたんだアイツら」

 

 飛行魔法を発動させ、そして空を飛び、新人達がまだ無事かどうかを調べる為に通信のホロウィンドウを出現させる。通信妨害はもう完全に解けているようで、直ぐに新人達の光景が映るが―――そこには全力で頭を下げるエリオとティアナの姿、死にそうなスバルの姿と見知らぬ少女、そして泣きながらレイプ目のキャロが竜の肩に乗っていた。

 

「なんだこれ」

 

 そんな感想しか口に出すしかできなかった。

 

 はやてと闇統べる王の戦いは千日手。

 

 シグナムは相討ち。

 

 新人共は―――なんか良く解らない。だけどとりあえず良い空気吸っているのは解った。

 

 あとは―――フェイトとザフィーラ、

 

 本命だ。

 

 

                           ◆

 

 

「ブラッディダガー・レギオンズ」

 

 空を刃が覆う。百を超える短剣の群体は見える範囲の空を覆い尽くす。空へと逃げる事が出来ないと解っていて、相手は足場になりそうなビルを片っ端から破壊し、そして制圧する様に広域殲滅魔法叩き落としてくる。赤く染まったリインフォース・ナル。いや、それは彼女のかつての名前だろう。結婚したし、ナル・バサラとか、たぶんそんな感じの名前じゃないだろうか。……好きな人と同じ名字になる事、少しだけ女性として、憧れないものではない。

 

「何をやっているんだッ!」

 

「あ、ごめん!!」

 

 ザフィーラの背後へと一瞬で回り込む、ザフィーラが腕を振るう。細く、そして強固な鋼の糸が隙間の大きなネットを編み、生み出す。そのまま腕を交差させ、防御する様に姿勢を取ると空から広範囲に短剣が降り注ぐ。糸に触れる短剣は真っ二つに割けて砕け、その網を抜けてくるのはザフィーラへと向かってぶつかり―――砕ける。そんなザフィーラと背中を合わせ、ライオットザンバーの二刀を高速で乱舞させる。背後から来るものを完全にザフィーラへと、真下へと、自分へと降りかかってくるものを全てきり落とす事に集中する。

 

 それでも自分は完璧ではない。

 

 二三本、防御を抜けて体を掠る。殺傷設定の魔法は体に掠るのと同時に痛みを感じさせ、赤い線を体に刻む。特に今はライオットの使用にフルドライブモードで装甲を削っている―――バリアジャケットの防御力なんてほとんど存在していないのと同じような状況だ。ここでまともに一撃を食らえば即死は免れない。イストの場合は衝撃を体から逃せるからまだいい。ナルの攻撃は、

 

「―――逃がさない」

 

「耐えれるか!?」

 

「無理!」

 

「だろうな」

 

 解ってるなら言わないで欲しい。少しだけプライドが傷つくのだから―――なんて言っている暇はない。空に黒い雷が光る。それが新たな魔法だと認識するのと同時に、ザフィーラが足を振り上げ、それを大地へと叩きつける。大地から鋼の棘が突きだし、壁の様に複雑に組みあいながら自分を守る様に出現する。

 

「ザフィーラ!」

 

「こういう役割だッ!」

 

 ザフィーラがドームの様に組み合わさった棘の頂点に乗るのが理解できる。そして何が起きるのかも理解できた。だから次の瞬間、防御域の外で煌く黒い電を視界に入れながらも、ライオットザンバーを一つに束ねる。カートリッジを消費しながら、前へ体を回転しながら出す。鋼の棘が砕け散り、黒に煌いていた世界は元の色を取り戻す。それと同時に回転させた刃を振るう。

 

「震えろォ!!」

 

 刃を薙ぎ払い、魔力の刃を最高速で放つ。雷刃は一瞬で加速すると最高速でナルへと衝突しようとし―――左手の盾で防御される。それと同時に左腕の赤い盾が資料で見た事のあるメカニズムを、パイルのコッキングを開始する。次の瞬間に放たれてくるものが何かを悟る。だがその前にザフィーラが飛び出す。

 

「ふんっ」

 

「硬いな」

 

 漆黒の杭が飛びあがったザフィーラへと突き刺さる。が、ザフィーラは堪える様子を見せる事もなく下へと向けて吹き飛ばされる。衝撃を巻き起こしながら着地するその姿を、ナルの姿と見比べ、どちらも異様に硬いと思う。放った雷刃だって盾だけで防御できる物ではないし、ザフィーラにしても頭のおかしいぐらいに攻撃を受けているのに、傷の増え方が少なすぎる。まあ、ザフィーラは今は頼りになるって解っていればいい、聞くのは後だ。それよりも、

 

「その程度か」

 

「空を奪っておいてそれはないんじゃないかな」

 

「それを含めて”その程度”と判断しているのだ―――デアボリックエミッション」

 

 放たれてくる黒い球体、そしてナルの発言―――少しだけカチンと来る。束ねたライオットザンバーに本日何度目ともわからないカートリッジを消費しながら極大の雷刃を振り回す様に繰り出す。完全に広がりきる前にデアボリックエミッションを両断し、そのまま雷刃がナルへと向かう。それが彼女の体へと衝突し、バリアジャケットと体を割くが……その威力のほとんどはデアボリックエミッションの突破に大分消費されていた。

 

「ならこれでどうだッ」

 

「確かにそれは脅威だが―――」

 

 ザフィーラが手を動かすのと同時に宙を何かが光る。それが素早く動くのは見えるが、ナルの姿が消え、更に高い位置へ再出現する。次の瞬間には炎が舞い、先ほどまでナルが存在した空間を焼いていた。炎は中空に浮かび上がる糸の姿を照らし、そして燃やしてザフィーラの攻撃手段を表していた。

 

「変わらん手品だな盾の守護獣。が、その狡猾さと慎重さ、頑強さは俺を超える所だ。私としては真っ先に潰したい所ではあるが……貴様の対処方法は既に知っている。そこで少しずつ削られながら朽ち果てろ。盾は盾らしく途中で捨てられ、忘れられ、朽ちろ」

 

 ナルの口調が今一瞬、混ざったような気がする。いや、そもそもナルとイストの相性ははやてとツヴァイを超える程の、専用に生み出されたと言ってもいい程のレベルだ。ほとんど常時融合事故のような状況、考えている事も思っている事も全てが一緒。だとしたらそもそも―――二人の境界線なんてものはこの状態で存在しているのだろうか。彼/彼女には違いが存在しているのだろうか。

 

「……やはり―――」

 

 だがそんな考えをかき消すようにザフィーラが”恐れる”様に―――そう、恐れる様に言葉を放っていた。だがザフィーラの言葉に応える事無く、背中の翼を広げながらナルが空から此方を見下ろしてくる。数時間前までは人々でにぎわい、多くあったビルもナルの広域殲滅魔法によってすっかり破壊しつくされてしまっている。隠れる場所はなく、逃げる場所は多いが……相手の攻撃範囲の方が広い。率直に言えば半分詰んでいるような状況だ。アグスタでは見事に醜態をさらしてしまったのでここら辺で一つ、駄目な子じゃない所を証明したいのだが、

 

「どうしようザフィーラ」

 

 最近色々と強くなったヴォルケンとして、ザフィーラには今までの活躍共々期待しているし、頼りにしている。何かこの状況を覆す事が出来る手段を持っているのではないのか、それを期待しての言葉だった。ただ返ってきた返答は予想外過ぎるもので、

 

「……俺では役に立たないかもしれない」

 

「え?」

 

「だがその代わりと言ってはなんだが―――希望がやって来たぞ」

 

 そう言った途端、空に道が生まれる。深い青色の道は飛行魔法が制限されているのにもかかわらず、関係なく道を生み出す。そしてその道を全力で駆けながら出現するのが、

 

「―――ギンガ・ナカジマ陸曹、空を届けに参りました!!」

 

 空、この状況で最も渇望し、そしてそれを運んでくれる味方の到着だった。




 中間点を抜けて、こっから状況が動くって感じですね。あと新人たちはそろそろ真面目になれよオラァ。

 王様同士は能力噛みあっているので千日手、新人はカオス、そしてここは大戦場。

 じゃあ残りは何を、という事で。


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ターニング・ザ・テーブル

「刻め、ディストート―――」

 

 空に生まれた光の道―――闇を刃の形にしながらナルがウイングロードを、そしてギンガを刻もうとする。だがその瞬間には体が動いていた。魔法が発動するまでの短い詠唱時間の間に体はウイングロードへと向けてソニックムーヴを発動させたまま一気に地を蹴り、ウイングロードへと一足で着地する。次の瞬間にはギンガの首根っこで掴む。

 

「うわっ」

 

「口を閉じて」

 

「―――エンド」

 

 闇の刃が空間を切り裂く。だがその瞬間には既に跳躍し、ウイングロードから離れている。短く滞空していると、ギンガが落下先にウイングロードを生み出す。そこに着地し、ギンガを下すのと同時に、ライオットザンバーを両手で、合一させた状態で握る。

 

「ギンガ、なるべく滅茶苦茶でぐちゃぐちゃにウイングロードをあの子の周りに出して」

 

「了解しました!」

 

 ここで理由を聞かず、素直に従ってくれるのが優秀な人員の証だと思う。次の瞬間空間に多重に描かれるウイングロードの姿に内心ガッツポーズを作る―――これでなら十全に戦える。そう理解した瞬間には体が全力でウイングロードを足場にして走っていた。ギンガが逆方向へと動きだし、先ほどまでいた場所を闇が薙ぎ払う。

 

「ならば纏めて潰すまで」

 

「させはしない!」

 

 ザフィーラがウイングロードを足場に一気にナルへと接近する。それを受けてナルが後ろへと後退しだす。その動きに合わせ、一気に背後へ回り込み、ライオットザンバーを振り回す。それをナルが横への跳躍と盾を持って回避と防御の動作に入るが、その先へと移動したところでナルの動きが止まる。

 

 頬に赤い線が生まれる。

 

 ―――鋼の糸だ。

 

「なるほど」

 

 そう言うのと同時に魔力が衝撃としてナルから放たれる。一瞬で同じ量を正面へと放ち魔力の衝撃をザフィーラと共に耐えきる。だがその瞬間にはザフィーラが音もなく張った糸が全て緩み、一瞬だけナルに自由な時間を与える。その瞬間にナルが両手を広げ、魔法陣を出現させる。瞬間的にそれが何かを理解するも、引く事は出来ない。故に復帰と同時にライオットを、そしてザフィーラが拳を叩き込む。だがそれを魔法陣から放たれる魔法が阻む。

 

「ディザスターヒート」

 

「くっ」

 

 魔法陣から放たれる二撃の熱線、シュテルの魔法が真直ぐ此方へと叩き込まれる。それを回避する事は出来るが、防御する事は出来ない。故に出来る事はザフィーラの様に耐えながら前進する事ではなく、切り払いながら前進する事。それを魔力任せではなく技量で行う。故に割く。砲撃を、炎熱の力へと変換された砲撃を真っ二つに、衝撃として切り払いながら進む。最低限この程度出来なければ前へと進むことが許されない敵だから。

 

 だが砲撃を受ける事、切り払う事は硬直を生む。

 

 その瞬間にはナルの左腕の盾は形を変えていた。二本のパイルバンカーの杭は溶け合うように消えて、それは肘の方へと延びる棘の様に変化していた。だがそれも隙間を作り、解け、そして鋼がくっついた鞭の様な―――シグナムのレヴァンティンの連接剣の姿を思い出させる、”尻尾”が盾に生まれた。

 

「薙ぎ払え、ナハトの尾よ」

 

 そして尾が振るわれる。硬直を体術によって”消化”しながらライオットザンバーをコンマ五秒以下で二刀へと戻し、受け流す様に斬る。だがそれでも尻尾の強烈な衝撃は体を後ろへと流す。そして同時に、

 

「爆裂」

 

 間の空間が文字通り爆裂した。更に体を後ろへと押し出され、ナルの有利な空間が生まれる。だがその衝撃に抗う者はいる。

 

「テァッ―――!」

 

 ザフィーラだ。そもそも初めから防御などせず、前進していたザフィーラの体には傷が刻まれている。だがそれでも前へと進む事を、接近を止めなかった事からザフィーラだけは追い出される事もなくナルへ拳を振るう。素早くコンパクトに、そしてだが強力に。その動きに強引さはなく、拳を振るうという事に対して基本を忠実に守っている動きだ。だからこそこのレベルでそのままを保てているザフィーラが凄く、

 

 拳は避けられずにナルの腹へと突き刺さる。

 

「効かないな」

 

 尾が再び振るわれる。その槍の様に鋭くとがった先端がザフィーラへと向かって振るわれる。だがそれよりも先に、自分の体を前へと押し出す。ナルの全行動よりも早く、無拍にて斬撃を八度、背後から叩き込む。雷撃を炸裂させながらナルの前方へと一気に抜け、ザフィーラの背後のウイングロードへと着地する。

 

「あぁ、だが此方にも通用はしない!」

 

 背後で鋼が鋼を弾く音がする。それがどんな成果を発揮したのかを把握する前にライオットザンバーを束ねて一つにする。振り返りながらライオットザンバーを振り上げる。視線の先、真直ぐに並んだザフィーラとナルの姿が見える。

 

「ザフィーラッ!!」

 

「心得た!」

 

 ナルが離脱の為の動きに入る。だがそれを阻む様にザフィーラがナルの左脇へと飛び入り、盾と鞭が合一したような武器とは逆側へ入り、ナルの腕を掴む。それに反射的にナルが反応しザフィーラを投げる―――ここら辺のスキルは思考を共有しているイストのものかもしれない。あの体格で、体術に対して深い理解を収めているザフィーラを片手で、しかも一瞬でするとは恐ろしいが、その瞬間には此方に動く時間と、完全な射線ができる。

 

「テラブレイク」

 

 魔力を込めた斬撃を繰り出す。ナルへと続いて行くウイングロードが真っ二つに割けながら空気を感電させ、ナルを消滅させんと超重撃がナルへと迫る。即座にそれを防ぐためにナルが鞭を収納し盾を構える。だが盾にぶつかっても大斬撃は消滅せず、そのままナルの姿を後方へと向かって押し込む。其処で攻撃を止めず、身体を一回転し、魔力をカートリッジと共に再び大量に消費しながら、ザンバーを振るう。

 

「二撃!」

 

 横でザンバーを振るって黄色い大斬撃を十字にし、重ねてナルへと放つ。元々広域殲滅に特化している存在であるが故に、近接戦に複数で持ち込まれれば耐えきれなくなる。それは解りきっている事。だからこそ飛行魔法を封じて絨緞爆撃という手段に手を出していた。それでもこれだけ接近戦でも戦えるから恐ろしい。ただ、

 

「ここは私の距離だ」

 

「―――」

 

 ナルが吹き飛ばされる。体に十字状の斬撃が雷撃と共に叩き込まれ、その体が吹き飛ぶ。すぐさま盾に装備されている尾が伸び、それに雷撃が付随している―――それを振るってくる。周りにあるウイングロードを破壊しながらその周囲に一瞬で赤い短剣を数十と浮かべる。一瞬で此方へと短剣を飛ばしながらも、尾は前ではなく―――背後へと延びてきたウイングロードと、そこを走るギンガへと向けられている。

 

「行きます!」

 

「貴様を落とせば楽に終わりそうだな」

 

「させると思っているのか」

 

 投げられたザフィーラが空中で回転する様に体勢を整え、足元に出現したウイングロードを足場に一気にギンガの前へと跳躍する。振るわれる尾がギンガではなく、ザフィーラの肩へと突き刺さる。其処から流れる雷撃がザフィーラを貫き―――その瞬間にギンガがザフィーラの横を抜け、逆側からナルを落とす為に動く。

 

「必殺!」

 

「これで……!」

 

 ギンガの腕が振るわれ、ザンバーを振るう。距離を詰めない事こそが最良の選択肢。故に反撃の暇を与える事無く一気に潰しにかかる。

 

 それを実行し、

 

 拳と刃が握られる。

 

「―――バトンタッチだ」

 

 赤髪の女の姿が銀髪の男の姿へ―――イストの姿へと変わる。ウイングロードの上に立ち、両側から圧殺するように放たれた拳と刃を掴むその姿を見て、誘い込まれたと瞬時に理解する。離脱しようにも武器は掴まれている。そして、

 

 手をバルディッシュから離す事が出来ない。

 

「本家本元―――」

 

 気付いた瞬間には体を手繰り寄せられていた。ギンガと共に引き寄せられる形で一気に接近し―――イストの拳が一瞬で体へと叩きこまれていた。

 

「鏖殺拳ヘアルフデネ。釣りはいらねぇよ、とっとけ」

 

「がぁっ」

 

 口から溢れ出しそうな血反吐を堪えながら体が吹き飛び、一瞬でウイングロードがすべて消失する。反射的に飛行魔法を発動させ―――それが通じることを理解する。空中で回転しながら体勢を整え直し、ペインキラーの魔法を発動させて痛みを肉体から消失させる。それと同時にイストは動いていた―――ザフィーラへと向かって。

 

「お前から落とさせてもらうぜザッフィー」

 

「ザッフィーはやめろ」

 

 ザフィーラとイストの拳が衝突を果たし、イストの体に赤い線が刻まれる―――鋼の糸だろう。だがそれに気にすることはなく、イストが拳を振るう。体に線は増えるが、それは増えるのと同時に回復を始めている。防御に入るザフィーラの姿や自身へのダメージは気にすることなく、そのまま拳をザフィーラへと叩き込む。

 

「ナル、出せ!」

 

 ザフィーラへと蹴りを叩き込むのと同時にザフィーラが軽く吹き飛び、距離が空く。その瞬間にザンバーを振るいながら一気に接近する。だがイストの正面に現れる物を見て動きは止まり、カートリッジを消費させる。イストの正面に現れる黒い球体は―――デアボリックエミッションのものだ。

 

『デアボリックエミッション、セット』

 

「覇王流ってのはこういう事もできるって”覚えてるか”ザッフィー」

 

「イスト、やはり貴様覇王の記憶を」

 

「あぁ、叩き込んでるさ! おかげでお前らヴォルケンの動きは良く知ってるさ! プロジェクトFの応用ってのは本当にすごいもんだな―――おかげで最初の方は今か昔か、俺かアイツか、前も後ろも解らなかったもんさ!」

 

 恐ろしい事を言いながらもイストは肥大化する前のデアボリックエミッションを掴み、そして此方が到達する前にザフィーラへと接近してデアボリックエミッションを拳で握りつぶす形のまま、ザフィーラへと叩きつけた。ザフィーラを完全に飲み込んで吹き飛ばす形で闇の球体は街へと落下し、爆発とともに炸裂する。それを放って硬直するイストの体へと接近する。だがまるで背中に目がある様に此方が”到達する場所”へと視線を向ける。

 

「読まれた!?」

 

「こんだけ戦ってりゃあクセを覚えるだろ! レヴィ並に隠さなきゃ俺は勝手に覚えるぜ」

 

 そして右拳を振るわれる。それを紙一重で回避し、イストと共に下へと向かって落下しながら戦闘する。振るわれる拳を体に掠らせずに回避し、その返しの動作で二刀へと分離したライオットを叩き込む。既に長時間のフルドライブとソニックムーヴの同時仕様から体は悲鳴を上げている。だが軋む体を押して、斬撃を叩き込みつつイストの体に電流を流し込む。

 

 全身に激痛が走るであろう状況でも、笑みに顔を歪める。

 

 ―――何かが、こいつはおかしい。

 

 そう思った瞬間、イストが横から殴り飛ばされる。

 

「蚊帳の外は酷いですよイストさん!」

 

「おっと、悪いな」

 

 ウイングロードの上を走りながらギンガが必殺の一撃を叩き込みイストを吹き飛ばしていた。だがそれを一回転しながら空に立つと、まるでダメージを見せない姿をイストは見せる。いや、ダメージは確実に存在している。バリアジャケットはボロボロだし、身体も傷だらけだ―――ただのこの男は力尽きて倒れるその瞬間までは全力で動き続けていられるだけで……おそらく、ユニゾンしている影響かもしれない。

 

「イスト、貴様は何をやっているのか解るのか!」

 

 大地からザフィーラがイストへと向けて叫ぶ。だがイストは笑みを見せ―――右腕を振り上げる。人の腕であったはずのそれは皮膚が剥がれ、その下に隠されていた金属が露出する。もう隠す必要はないと悟ったのか、右腕の金属が肘までを覆う様に展開され、まるでガントレットを装着しているような様子へと変化する。

 

「鉄腕展開―――行くぞ」

 

 そう言ってイストが拳を振るう。

 

「覇王震撃」

 

 極大の衝撃が空間へと染み渡り、震わせる。反射的に体を防御のために動かすが、そんなものにお構いなく攻撃は防御を貫通して体の芯へと響いてくる。耐えきれずにうめき声を漏らすも、口の端から血を流しながらイストへと視線を向ければ、ザフィーラが拳を振り上げながら殴りかかる姿が見えた。

 

「だからか……!」

 

「納得したなら死ねザフィーラ……!」

 

 ザフィーラの拳を避ける事もなく体で受けたイストはザフィーラの顔面を左手で掴み、自分に繰り出される全てのダメージを受け止め、癒しながらもそのまま高速で大地へと向かって落下し、ザフィーラを大地へと叩きつける。次の瞬間イストの横に浮かび上がった黒い球体に嫌な予感を感じ、それを止める為に全力の移動から踏み込みの斬撃を球体へと叩き込む。

 

 だがそれは予想していたものよりもあっさりすぎる程に手応えはなかった。そしてザフィーラの頭を大地へと叩きつけたままの姿勢で、右腕が振り上げられている様子から何が来るのかを悟る。次の来る攻撃に備えて体が硬直する。だがそれよりも早く、

 

「させません―――!」

 

 イストへと突撃し、自分ごと相手を吹き飛ばす姿が現れる。

 

 ギンガだ。その行動でイストがザフィーラから引きはがされ、共に大地を転がる。だがイストがそうやって転がるのは一回だけで、次の瞬間には片手を大地に、もう片手をギンガの腕にかけていた。

 

「大きくなったなぁ……」

 

 そう言いつつも片腕で体の動きを止め、もう片手でギンガを振るい、そのまま大地へと投げ、叩きつけた。ギンガの口から血が出る。容赦のない一撃だというのがそれだけで解る。背後でザフィーラが起き上がる音を耳にしながらも体を前に出し、

 

『―――準備完了』

 

 知っているその声が念話として聞こえた瞬間、イストへの接近の動きをギンガの回収の動きへと変える。大地へと叩きつけられたギンガを掴んだ瞬間、全速力で離れる。

 

「立ち向かわなきゃ勝てないぜ」

 

 その声に応えたのは、

 

『―――うん、だから』

 

 念話でなのはが言う。

 

『勝たせてもらうよ元先輩』

 

 ―――瞬間、比喩でもなんでもなく、桜色が世界を染め上げた。




 反転できるのなら反転し戻せる。やっぱり複数人対1ってのが戦闘描写する上では一番面倒な部類だと思っている。集団戦だとある程度ボカせるけど、3対1ぐらいだと全員描写しないといけないから色々とハードルがががが。


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オーバー・ザ・パスト

 ―――高町なのはが放つスターライトブレイカーは機動六課の全魔導師が保有する魔法の中で一番制限が重く、一番制限が緩く、そして一番攻撃力の高い魔法だ。スターライトブレイカーは収束砲撃というカテゴリーに分類される。これは砲撃、魔法全体を見ても少々特殊なカテゴリーに入る。なぜならその魔砲の運用に対して必要とされる魔力、その九割以上は自分自身をソースとして使用せずに発動ができる魔法だからだ。それだけであれば物凄い便利な魔法に思えるが、そうではない。そもそも収束砲撃は高度な技術を必要とし、見様見真似で出来る様なものではない。それに収束技能によって魔力を集め、そしてそれを自分の術式で固定するのにはそれなりの訓練が必要となる。ここが収束砲撃の難しい部分となる。

 

 なら収束砲撃の、スターライトブレイカーの何が緩いのか。

 

 それは対価だ。

 

 スターライトブレイカーは、収束砲撃は魔力を集めて放つものだ。自分の、そして―――戦場に漂う魔力を。故に収束砲撃は収束技能さえ存在すれば理論上、Sランクオーバーの砲撃さえ放つことができる。その為には大量の魔力が消費され、大きなぶつかり合いが発生している戦場の存在が不可欠だが、長時間溜めることにだけ集中し、そして魔力をかき集めることができれば、それは攻撃と表現する事もおこがましいレベルの大砲撃を放つことができる。

 

 たとえば王と呼ばれる様な魔力Sランクオーバーが戦っている所の魔力等、

 

 真竜なんて呼ばれる存在が消費している魔力等、

 

 烈火の将と雷刃の襲撃者がぶつかって生まれた魔力等、

 

 それに合わせてリミッター付とはいえ、AAランク以上の魔力を一気に消費できる魔導師がカートリッジを消費しながらフルドライブモードで最大級の一撃を状況が整ってから狙っていた場合―――それはもう砲撃とは呼べず、

 

 災害と呼ぶしかできない様な一撃になる。

 

 

                           ◆

 

 

「―――スターライトブレイカーEX-fb……一応非殺傷だけど効果があるかは知らないよ……!」

 

 ―――本音を言えば、此処まで限界収束させた砲撃は自分でさえ放つのが初めてという異常事態。試射すらしたことがないと言うとっておき仕様。レイジングハート一本では砲口が足りないからブラスタービットを展開するだけではなく、シャーリーから頑丈なストレージデバイスを複数借り。それを浮かべて砲口にするという状況。それでもまだ、収束させた砲撃は絶大で、レイジングハートと、そしてストレージデバイスに罅を入れる。反動で体が後ろへと押し出されるのを全力で止めようとしてもまだ後ろへと少しずつ流されて行く。間違いなく人生で最強最高の一撃。非殺傷設定が正しく機能するかどうかさえ怪しい一撃。集中力を限界まで振り絞り放ったのは八つの砲撃。

 

 八つの、限界まで収束させた結果それは細く、幅五メートルまでに収束させられた砲撃。かつてないほどまでの反動と衝撃と、そして光の中で確信する―――これならあの馬鹿で阿呆でどうしようもなく救いのない元先輩を一撃でぶち倒せることができると。

 

 そもそもイスト・バサラという男の人生は破滅へまっしぐらだと理解している。彼の行動理念は昔から一切変わってないと戦って理解できた。だから打倒しない限りは絶対に止まれない。だからこそ同じステージに立つ必要がある。アグスタで入手した行動データを見れば解る。イングと直接たたかったからこそ、イングとイストの動きが全く一緒だったと理解できる。―――砲撃を叩きながら前進したところなんてリプレイした様な感じさえあった。だからこそ、彼がやっている事と同じレベルで頭をおかしくしなきゃ勝てない。それだけは理解できた。

 

 ―――元々最初から狙っていた事だ。

 

 前々からあの元先輩をぶちのめす方法は考えていた。だからその手段として最終的に思いついたのは囮作戦―――仲間全員を囮にして、そしてそれで生まれた魔力を収束砲撃に全てを叩き込む。つまり叩き込むのはその戦闘に置いて消費された魔力の全て。少し遠い所で戦っていたりするから魔力をかき集めるのには時間がかかってしまった。

 

 だが今自分のやっている事はあの男並みにキチガイだ。だから、

 

「―――いい加減幼女の名前を叫びながらぶち殺そうなんて犯罪臭い事やってるんじゃないのよ―――!!」

 

 砲撃がイストの姿を飲み込む姿を見て、笑い声が漏れそうになる。そして光の中で体を倒さず、動こうとする元先輩の姿を見て更に笑みを深める。そう、自分の知っている人はまず諦めない。そんな人だから昔一緒にコンビを組んでいて、そしてそのままコンビでいられた。あの広い背中にお世話になって、色々と教わった。だけど、此方にも貫き通したい意地と正義がある。立場とかはこの際忘れておく。ただ何でそちら側にいるかは解らないが、間違った事をしているなら、

 

 殴って引っ張り戻すのが友情だと教わっている。

 

「ぶち込むよレイジングハート……!」

 

『Lets rock master』(ロックに行きましょうマスター)

 

 リンカーコアからリミッターが許せる範囲で魔力を限界まで絞り出す。飛行魔法を限界出力まで引出、後退する動きから前進へと一気にモーションを変える。ここが勝負だ。どう足掻いてもこれがイストを撃破するための最初で最後のチャンスだと悟る。不意打ちで開幕からベオウルフ、あの必殺で砲撃を消される事はなかった。だが、自分の知っているあの男なら……絶対に、

 

「ベオウルフ―――」

 

 砲撃が一つ砕け散るのと同時にストーレージデバイスも一つ砕け散る。それによって砲撃数が一つ減るが―――それを即座に収束し、他の砲口へ、砲撃に混ぜ込んで砲撃を強化する。桜色を内側から打ち破ろうとした姿が大地へと叩きつけられるのを見る。それでも油断はできない。なぜなら相手はまだ動こうとしているから。

 

 し、ぶとい……!

 

 痛みと辛さに耐え、更に接近する。百数十メートルから九十メートル圏内へと接近するのと同時に接近した事でレイジングハート等から発射されるスターライトブレイカーの圧力が増す。ピンポイントに穿たれると、彼の体と共に大地が軋む音を生み、大地が急速にクレーターを広げ、その規模を深めて行く。砲が穿つ破壊の中心で相手の体が少しずつ大地に埋まる様に沈んで行く。このまま押し切れば、そう思う自分がいる。

 

 戦場にイストが出てきたと聞いた時からずっと狙っていたこれを、失敗させるわけにはいかない。イストの耐久力はおろか、もし彼が本当にあの”覇王”と同等の存在へと己を変質させていたのであれば、二度も同じ手段には引っかからない、二度も同じ状況へは追い込まれない、二度も同じ技は通用しない。この一回チャンスが全てなのだ。

 

「な、め、る―――」

 

 だがそれでも相手にも思いや願い、信念が存在する筈なのだ。戦いとはつまりそれを踏みにじって自分の思いを貫き通す行動。勝者は常に敗者の思いを捻り潰すのだ。

 

「んじゃねぇよ小娘……!」

 

 砲撃がストレージデバイスと共に一気に三つほど砕け散る。拳の一撃でここまで威力を通す。確かに凄まじい。だがこの砲撃というカテゴリーでは自分以上の魔導師、そしてこれ以上のものは捻りだせないと自負している―――そして何より今まで戦いを全て仲間に押し付けてこの準備してたのだ。

 

 成功させなきゃ申し訳ない。成功させなきゃ恥ずかしい。成功させなきゃ隊長として、隊の教え子たちに顔を向ける事が出来ない。ティアナには今回の件で色々とバレてしまっているし、この馬鹿な先輩を引っ張って戻して、せめて会わせてあげないと。故に、レイジングハートを握る手が汗ばんで、衝撃で震えても、絶対に離さない、逸らさない、

 

「落とす……!」

 

「落ちるか……!」

 

 距離が五十メートルまで迫る。砲撃の圧力が暴風を生み出す。それでも溜まりに溜まった魔力は吐き出しきれていない。ストレージデバイスが全て砕けた事によって一度に放射できる魔力の量は減ったが、一つ一つの砲撃は強化され、吐き出し続ける時間も増えた。ただそれは相手にとってプレッシャーが減ったという事実でしかない。最大のプレッシャーで何もせずにノックアウトするのが理想だが―――。

 

「うおおぉ―――!!」

 

 その砲撃の中へと飛び込んで行く姿がある。

 

 ―――ザフィーラだ。

 

「ははっ」

 

「黙って落ちろォ―――!」

 

 砲撃の中へと進みこんだザフィーラがイストへと跳びかかり、その体を地面へと倒そうとする。だが飛びかかってくるザフィーラへと向けてイストは拳を放った。それを受けてザフィーラがはじき出されるが、無理な体勢で拳を放ったためにその体が崩れ落ちそうになる。

 

 ―――ここだ。

 

 そう確信し、レイジングハートにカートリッジを一気に十個消費させ、

 

「ブラスター、シュート!」

 

 トドメにスターライトブレイカーを最終強化し、放つ。残された魔力を一気に注ぎ、それを太くしながら全力をイストの体へと叩き込む。砕けた大地がその反動で宙へと打ち上げられ、破壊の痕跡が広がる。そこでようやくイストが片膝を大地につき、倒れそうな姿を取る。だがその瞬間に、その中の姿が変わる。

 

「―――ッ」

 

 ユニゾンを解除し、イストとナルの二人に別れる。そしてその衝撃で無理やり体を横へと弾き飛ばす。砲撃の中から出現したイストの体はボロボロだが、ナルの体には一つも傷がなかった―――ナルの分のダメージをイストが引き受ける形でユニゾンを解除してしまったらしい。これがもし二人に均等に、そうだったら本当に危なかった。

 

 ―――勝った。

 

 スターライトブレイカーの発動が終了し、フルドライブモードが解除される。そして同時に全身から力が抜けるのを感じるも、イストやナルが動ける前に素早く動き、巨大化した刃を振るう姿がある。

 

「―――ジェットザンバーEX、いくよ」

 

 雷撃を刃そのものから爆発する様に発生させつつも、全力のそれをイストの正面から叩き込んで行く。防御も、回避もできない意識と意識の間の狭間、それを叩き込まれたイストの体は一度地面へと叩きつけられてから跳ねる。そのまま吹き飛ばされる体をナルが背後へと回り込んで捕まえる。その足元に黒い魔法陣が出現する。不利な状況で発動する魔法陣と言えば一つしかない。

 

「転移!」

 

「ハァァァァ―――!!」

 

 虎視眈々と介入のタイミングを狙っていたギンガが拳を振るうが、それはナルの魔法発動タイミングを邪魔するのには届かない。だから、と言うべきか、それは来た。

 

 一瞬で空間を巨大な半透明なドームで覆い、そして転移という魔法を封じる空間が生み出される。

 

『転移魔法用ジャミング張ったよ! 即席だから殴られたら壊れるけど!』

 

「シャマル先生ナイス!」

 

 十数メートル離れた空に見えるヘリの中からシグナムを横に、シャマルが手を振っている。ナイスタイミングと、そう思うのと同時にブラスタービットが全て爆砕する。それに気にする事なくレイジングハートを振るい、魔力をかき集める。

 

「―――バックアップ完了、イレイス終了」

 

 ナルの声と共に魔法陣が消え、ギンガの拳が届く。それをナルは受け入れ、殴り飛ばされる。力の抜けたイストの体はその場に崩れ、そして吹き飛んだナルは―――吹き飛びながら体勢を崩し、そのまま飛行魔法で離脱を始める。

 

「置いて逃げた!?」

 

 バインドをイストに当て、その体を大地へと縫い付ける。反応がない事から完全にノックアウトしているのかもしれない。いや、だとしたら好都合だ。フェイトが素早くナルの姿を追おうと体を加速させる。だがナルはその瞬間には結界を片手で粉砕し、外へと脱出する。その足元には魔法陣が出現している。まさか本当にイストを置いて逃げる気なのか、と彼女の彼への依存具合を知っているからこそ驚愕するが、

 

 ナルは見せた事のないような意地悪な笑みを見せてくれる。

 

「―――この戦い、最終的に勝つのは私達だ。”チェック”だ」

 

 魔法陣から転移魔法を発動させたナルの姿が一瞬で消える。同時に、ホロウィンドウが複数出現する。

 

『がぁ!! ディア子に逃げられたぁ!』

 

『こっちも今シュテルとレヴィを逃がした。どうやら本気で戦ってたんじゃなくて時間稼いでいたみてぇだな』

 

 ……イストだけを置いて全員逃げた?

 

 その事に関して激しく不安を覚える。だが、勝利は勝利だ。消化不良、というよりは不安要素が残っているからまず間違いなく先が少し怖いが、それでも勝利は勝利だ。……これで少しは彼らの状況の事も解るかもしれない。故に、

 

「私達の勝利だね」

 

 ―――クラナガンの惨状を見ない様にしながらなんとかその言葉を絞り出す。



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Chapter 9 ―How To Live Today―
グッド・バイ・セイズ・ザ・バッド・ガイ


「―――やあ、数日ぶりだね」

 

 両手を広げてスカリエッティは帰りを歓迎する。相変わらずふざけた様子を見せているがそういう”キャラクター”をわざと作り上げている辺り、狡猾だと理解できる。タイプとしては道化でいるレヴィよりはシュテルと似ているタイプだと思う。全て計算して行動しているだけじゃなく、意識的に”本性”を隠蔽するための仮面を被っている。自分の本質を、本来がどんな存在であるかを客観的にみることができて、そしてそれを理解するからこそ仮面を被るタイプだ。無意識な連中よりも遥かに厄介で―――そして憐れだ。

 

 故にこの憐れな道化に付き合ってやるのもまた王の務めだと思う。

 

 スカリエッティのアジトの生活区、ここ数年で完全に自分の私物で染まってしまったダイニングとキッチン、そのダイニングテーブルの自分の位置にスカリエッティはいた。最初の頃は怪しげなゲルかポテトチップスしか食っていなかったが、このマッドに料理の美味しさを叩き込んだのが人生における最大の功績だったのではないかと思うぐらいの格闘だった。あの頃は色んな意味で大変だったなぁ、と振り返り、キッチンへと向かう。

 

「貴様だけか?」

 

「此処はそのままただいま、って言うべき所じゃないかなぁ」

 

「必要以上に我が慣れ合う必要はないからな」

 

「今更それはない」

 

 それもそうだ。面倒だから適当な事を言っているだけだ。キッチンの棚の中にはいろんな物が収納されている。万能包丁だとか、マグカップとか、砂糖とか塩とか、……クッキーの入ったツボが三ミリ程横にずれている。これはこの数日で絶対に誰かが中身を開けて食べたなぁ、と相変わらず言いつけを守らない連中に軽く呆れる。ともあれ、それ以外には棚の方はそのままの様だ。料理をしない連中だと思う。少しばかりネットへと繋がれば簡単に料理の仕方やら情報を覚えることのできる便利な体なのでやはり、そこらへんは怠惰な連中だと思う。

 

 ついぞ、自分ではこいつらの怠惰な習慣を変えるには至らなかった―――もちろん、一部を除いての話だが。

 

 ともあれ、包丁やらフライパン、皿とかも綺麗にしまわれている。ここ数日でキッチンが使われた形跡はなく、ゴミ箱を軽く確かめればお菓子やインスタント食品の包み紙やら塵で溢れている。そしてゴミ箱に入っている野菜を見ればナンバーズ年少組がまた野菜だけを捨てたな、と好き嫌いの激しい彼女たちの好みに少しだけ頭を抱える。

 

「貴様らちゃんと食ってないな」

 

「インスタント食品って文明の生んだ最高の知恵だよね! 私はもうカップ麺の開発者を神として崇めているよ。よくぞこんな発想を生み出してくれた! ライスとでも良し、牛乳を混ぜてもよし、腐らせて悪戯にも使える! 最高だよ、カップ麺とは」

 

 迷う事無く紫天の書を取り出すとスカリエッティがテーブルの下へと隠れる。そのまま無言でスカリエッティを睨んでいると、おずおずといった様子でテーブルの下から出てくる。そして軽く、恐れる様な姿でこっちを見て、ゴクリ、と音を立ててつばを飲み込んでくる。何故こいつはこんなにもネタに走らなきゃ気が済まないのだ。いや、芸がナンバーズとルーテシアに対して割と評判がいいのは知っているのだが。いや、ルーテシアは少し違うか。アレはボケたスカリエッティに対して物理的ツッコミ入れたいだけだ。つまりスカリエッティの事をサンドバッグ程度にしか考えていない。つまりあの幼女は駄目だ、いろんな意味で。深く考えてはいけない。

 

 ともあれ紫天の書をしまい、キッチンにしまってあるクッキーを数枚取り、そして椅子をダイニングまで引っ張って、足を組んで座る。ここ数日は常に働きっぱなしだったので本当に疲れた。こうやってゆっくりな時間を得られるのは実に得難い事だ。まあ、そんな時間も長く続かない事は誰もが理解している事だ。だから最後の休息を味わうためにもクッキを一枚かじる。自分が暇つぶしにと作ったものだ……うん、普通に美味しいと思う。まあ、”作れて当たり前”なのでそこに達成感は存在しない。

 

 何でもできる故に出来ない事に憧れを抱くとは何とも矛盾する生き物だ、人間とは。

 

「で」

 

 スカリエッティがテーブルの下から出てきて元の位置、椅子に座ると手を足を組み、此方へと視線を向けてくる。

 

「―――イスト君を管理局へと渡してしまったけどいいのかい?」

 

「良いわけがなからう。第一我はあの方法に関しては反対だった。成功すること自体は疑ってはいないが、それでも敗北させてやる事を前提にするなど面倒にもほどがある。というか我の男が敗北する姿を見るのが嫌だ。うん、その理由が一番だな」

 

 誰が好んで夫(ヒーロー)の敗北姿を見たいと言うのか。ちょっとアレな性癖持ちだったら納得できるところだが、自分は結構ノーマルな性癖のつもりだ。というか身内では一番ノーマルでいようと頑張っている。その苦労は今は忘れておくとして、敗北を前提として機動六課側に、そしてこの”状況”に対してチェックメイトをかける。それが今回の勝負の全てだ。

 

「んじゃあアレはわざとやったのかい」

 

「知りたいか?」

 

「理解ある良き隣人としては是非とも欲しいねえ、何故君達があの聖王の娘を見逃したのか。何故一番欲しがっていた六番のレリックを見逃したのか―――何故態々こんな面倒な手段を取って来るのか」

 

 そう言ってスカリエッティが笑みを浮かべてくる。その笑顔を見て改めて認識する―――こいつは敵だ。決して味方ではない。良き隣人、何て評価はしているが隣人は友人であるという事にはならない。そもそも一度も心の底からこいつを信頼した事も信頼された事もない。あるのは目的達成のために互いの力が必要であり、そして利用し合っている利害関係。こいつの見せる笑みというものは仲良くする為のものではなく、”意味のない”笑みなのだ。まるで中身がない、空っぽの笑み。それがこいつの浮かべる笑みだ。

 

「―――ドゥーエでさえ進入できない機動六課に我々は身内を置く事が出来たぞ?」

 

「あぁ、なるほど」

 

 そう言ってスカリエッティは笑みを深め、肘をテーブルの上に乗せ、頷く。

 

「なるほどなるほど、そういう事かね。あぁ、なるほどね。君たちがやりたい事は実に良く解った。あぁ、この”無限の欲望”と呼ばれるスカリエッティの目をここまで欺くとは流石私の盟友と言っておくべきなのだろうか、だがしかし、そう、やっぱりそうなのだ!」

 

「解らないなら素直に言った方がいいぞ」

 

「すいません、解りません。この愚民に王様の考えを教えてください」

 

 そう言ってスカリエッティが頭を下げる。だがいう言葉は最初から決まっている。クッキーを噛んで、それをゆっくりと食べ、手に握っていたクッキーを全部食べ終わり、指を一本一本舐めて、それでようやく指が綺麗になった所で、スカリエッティへと視線を向け、

 

「え、やだ」

 

「まさかの素」

 

「いや、我はこれがこれで素であるぞ? ただ単にお前の様な変態に我らの考えを教えるのが自殺したくなるほど嫌で。という訳で貴様、自分で頑張って考えてみよう。ちなみに正解の商品はシュテルが年末の祭典で購入してきたBL本で内容は少々おぞましすぎてシュテルでさえ買う事を一瞬ためらった代物だ」

 

「それを買ってくる辺り物凄く感じるよ、君達の事」

 

「我もあの時はちょっとドン引きした……が、まあ、これをナンバーズ共に投げてリアクションを見るのはなかなか楽しかった」

 

 何というか、割と頼りにされているというか、それはそれでいいのだか結構疲れもストレスも溜まる。それを理解して労ってくれるが、偶には派手に遊びたかったり暴れたいときもある。まあ、そういう時にあの存在自体が発禁の様なものを投げつけているのだが。

 

 と、そこで話題が逸れてしまった。割とこいつと喋っていると本題からズレてしまう自分を理解する。存在としては嫌いの一言に尽きるが、話し相手としては飽きることのないユニークな相手だ、そこまで悪くはないと思う。まあ、そこまで使う事の出来る人間というのがまずほぼ存在しないのだろうが。こいつと付き合うという事は最初に悪意と狂気をごったまぜにした様な感覚を耐えきってから接するという事だ。面倒というレベルでは済まされない事だ。だから、自分たちの様に仕方なく居ついている連中しか話せるような人間はいない。

 

「で、解るか?」

 

「―――それがメガーヌやユーリ達を運び出した理由なんだろう?」

 

「正解だ」

 

 笑みを浮かべる。そしてそれに対応する様に、スカリエッティがやれやれと、露骨に肩を、頭を振って疲れたような様子を見せる。そして意地悪な笑みを相手も浮かべてくる。さて、ここまでか、と少しだけ名残惜しさを感じる。その程度にはこのダイニングとキッチンには思い入れが存在していたのだ。

 

「いやぁ、見つけたのは昨日の午後何だけどね? 人妻の裸を観察しようかなぁ、と思って調整槽の方を見に言ったら設備ごといなくなってたから驚いたよ。いや、これ本当に驚いた。中身だけならあるかなぁ、とか思ってたけどまさか設備ごと引っこ抜いてくとは思いもしなかったよ。アレはルーテシアの召喚術の応用かい?」

 

「正解だ。アレだけの設備用意するのが面倒なのでそのままパクらせて貰ったぞ」

 

「あぁ、別に一部だけだしもうほとんど利用する事もないから別に困ってはないんだ。ただね、こうやっていきなり持ってかれるとね―――実に理由が気になるじゃないか。あー、一応この世で彼女たちを救えるのは私だけって話だったはずなんだけど?」

 

「馬鹿め―――何時までもそのままでいると思っているのか貴様」

 

 相手の笑みに対して笑みを返し、互いに挑発する様な笑みを浮かべる空間を生み出す。さて、と片目を閉じて少しだけ気配を察する為に辺りを窺う。扉の向こう側に数人、壁の中から一人―――これはおそらくセインだろう。流石スカリエッティ、会話の間に最初は離れていたナンバーズを素早く戻してきたか。なるほど、解らないと言っている癖には既にこっちがどういう状況なのか、何をやろうとしているのかを把握してきている。

 

 相変わらず殺したくなる程憎たらしい。味方として存在しているのであれば有益だが、敵となればこれ以上なく害悪な存在もいないだろう。

 

「覚えられるものは覚えさせて貰ったぞ」

 

「見られても理解できない様に方法を暗号化していたはずなんだけどね」

 

「あぁ、確かに難解だったらしいがな、我が槍には関係のない事だ、無限の欲望よ。たしかに我らに貴様のような発想や考えへと至る事は出来ぬが、その代わりにこの体と、頭脳と、そして知識は”貴様”が最高の存在として生み出したものだぞ―――その中で”理”を象徴する為に生まれてきた我が槍がどうして出来ぬと思うか」

 

 その言葉にスカリエッティは一瞬ポカン、とした表情を浮かべ、

 

「全くだ! それはそうだ!」

 

 そう言って腹を抱えて笑いだす。それもそうだ、”自分”が作った物に今、自分がしてやられたのだ。それが別人である事には変わりはないが、間違いなく”スカリエッティ”なのだ。故にこれでスカリエッティが笑わない理由がない。この男は実際の所―――勝敗なんてどうでもいい。

 

 過程に、どれだけの楽しみを、”欲望”を感じられたかが全てだ。彼を出し抜くきっかけとなったのが同じ”無限の欲望”であるというのなら、面白くない筈がない。なぜなら、

 

「あぁ、そうか―――今、私はほとんど”私”と戦っている様なものなのか」

 

 マテリアルズも、イングも、そしてナルも。イストは違うが、彼の義手はスカリエッティ自身が作った。だから、現状のスカリエッティは―――彼自身に刃を向けられているようなの状態なのだ。そもそもナルにしたってイスト専用に作られたところがあり過ぎる―――死んでいる方のスカリエッティがこんな状況を見越して作った、そうとしか思えないようなところがある。

 

「はははは―――はぁ、気付いてしまえばこれは愉快で仕方がない……あぁ、何て世の中はふざけているんだ。いや、だがこれがいい。これが楽しい」

 

「楽しいか?」

 

「あぁ、実に」

 

「―――ならばこの辺で良かろう」

 

 立ち上がり、紫天の書とシュベルトクロイツを取り出す。一瞬でバリアジャケットは戦闘用のそれに切り替わり、背中に羽が出現する。紫天の書を開き、自動的にページがめくれ始める。

 

「あぁ、つまりなんだ。レリック入手の算段は付いたのだ、スカリエッティ。だからな、貴様には前々から言いたかった言葉がある―――貴様はもう用無しだ。今までご苦労、そしてコキ使ってくれてありがとう。我々の生きる世界に貴様は必要ない……といってもまあ、別に関わらないのであれば死んでる死んでないはどうでもいいのだがな。あぁ、ただお前は面倒だ。―――用済みの役者には退場して貰おうか」

 

「ははは! やはりそう来るかね? あぁ、知っていたともさ」

 

 シュベルトクロイツを掲げた瞬間、壁から、扉の向こうから、天井から、様々な所から襲い掛かってくる姿がある。その全てを認める。

 

 良い。

 

 良いぞ。

 

 良い闘争心だ。数日前までは一緒に笑い合っていた者に対して容赦なく、遠慮なく刃を、砲口を、拳を向けられるその闘争心は実にすばらしい。故に、

 

「―――受け取れ、別れの駄賃としては上等すぎるであろうがなぁ―――!!」

 

 全力の一撃を自分を中心に叩き込む。

 

 そして、此処に一つの終わりが穿たれた。




 そんなわけで新章突入です。

 ヴィヴィオ争奪戦から次のイベントまでは何気に2か月程あるので少し、長い平和な時間になる感じでしょうかねぇ……水面下では色々と状況が動いているでしょうか。


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ウェイク・アップ

 ―――幼い頃はそこまで酷かったわけじゃない。いや……ただ単に世間を知らなかっただけかもしれない。なぜなら自分の周りの、シュトゥラの空は何時も青かったから。だから幼い頃はそれなりに平和な時を過ごして育ってきた。恵まれた環境に、才能にも恵まれていた。だから何も心配する事も、不安に案る事もなく幼少の頃は過ごしていた。勉強は大変だったが父と母の期待に応える事は楽しかった。何よりも自分自身の限界を確かめるという感覚が楽しかった。小さなころは何もかもが新鮮で、何をやっても未知が広がっていた。だからこそすべてが、世界が輝いて見えた。

 

 世界は広く、できる事は多く、そしてだからこそどこまでも美しい。そう感じて庭を駆けまわり、遊び回り、そして義務を果たそうとした。勉学をしっかりやり、しっかり体を鍛え、両親に誇れる人間になろうと思った。上に立つ者の義務として清廉潔白な人間を目指そうと思った。元々才能はあったのだ、あとは心構えの問題。そしてそれもまた、少しずつ育つのと共に身に付いて行った。

 

 そうやって自分は育った。大地に愛され、空に抱かれ、両親と環境に恵まれて真直ぐ、力強く、しっかりと自分の成りたい姿へと。そうやって大人になって行く自分を感じて行くのは楽しかった。期待され、そしてそこに応え、そして確かに感じていた―――日常を。

 

 学院に通って―――留学で来た彼女と出会って―――彼がやってきて―――彼女が増えて―――そして満ち足りた日々が永遠に続くと思っていた。

 

 ただそれは幻想で、現実はそんなに甘くはなく、平穏はあっさりと裏切られる。国土は炎に包まれ、蹂躙され、侵略される。燃え盛る大地の上に立って自分に何ができるのか、誰かの為に一体どんなことをしてやれるのか。そんな事を考える暇もなく世界は変化を強要する。

 

 そして、それは僕も彼女も一緒で。

 

 彼女を止める事は僕には出来なくて。

 

 ―――後悔は常に遅い。遅いからこそ後悔に成り得る。彼女は去った、彼女は乗った。彼女は―――その果てに終焉を迎えた。ただひたすらその結果に後悔を抱いた。何故、何故なのだと。誰よりも楽しそうに笑っていた彼女が、誰よりも平穏を望んでいた彼女が、何故死ななくてはならなかった。何故あの時負けてしまったのだ。

 

 技術を教え、義手を与えた者が悪かったのか。いや、違う。それは責任を放棄しているだけだ。負けたという事実に変わりはない。敗北したという事は死んでしまっては絶対に覆らない。あの敗北は永遠となって―――苦しめてくる。結果からもその結末からも逃げる事は出来ない。ずっと、自分が犯してしまった罪と向き合わなくてはならない。

 

 黒のエレミアも魔女も去ってしまってもひたすら拳を振り続けた。ひたすら届かない永遠にへと向けて振り続けた。決してそれが届かないというのは解りきっているのに、ひたすら拳を振るう事しかできない。ゆりかごは没して、そして世界は壊れても戦争は終わらない。世界は愚かにも争い続ける。新たな戦乱は新たな兵器を生み出し、戦場には血と死体が蔓延する。

 

 烈火を操る将が歿せば触れた者を腐敗させる兵器が生み出され、更に死人が増える。地獄は収まる事を知らず広がり続け、新たな兵器が新たな地獄を生み出し続けて行った。その中でも振るうものは決して変わらず、あの時止められなかった彼女の姿にただひたすら追いつきたくて―――追いつこうとして、そして……気づけば戦争は終わっていた。

 

 終わった時になってやっと自分が一騎当千の英雄となった事を知った。どんな状況でも、どんな相手も殺せる拳を作り上げた。だがそんなものを作り上げた所で意味なんてない。本当に欲しかったものは、救いたかった人は、好きだった人はもう二度と戻らないし、手に入らない。彼女は永遠となってしまった―――だからもう、二度と届かない。

 

 そう理解してしまった時に覇王と呼ばれ、聖王と呼ばれる彼女の横に並んだのだからこそ世の中は呪われている。

 

 

                           ◆

 

「ッァ……」

 

 ズキリ、と頭に痛みが走る。まるで痛みが起きろと、そう語りかけてくるような感覚に体を持ち上げようとして―――違和感を感じる。その違和感は複数から来るもので混ざり合い、一つの大きな違和感へと繋がる。感じるのは両腕への違和感だった。

 

 そこにはあるべきのはずの物がない。

 

 両腕がない。

 

「あー……?」

 

 軽く混乱する。何故そこに腕がないのだ。腕は二の腕半ばから先が無いようになっている。しかもその断面を見る限り、義手化の手術はしており、義手を装着できる状態になっている。だが”自分の記憶を調べる限り、義手化の手術を受けた覚えはない”のだ。だから軽く困惑する。俺の腕はこんな風ではなかったはずだ、と。指を動かそうとするが、腕の感覚は存在しない。予想以上に冷静な頭ではて、と心の中でつぶやく。なんだこれ、と。他の違和感を今は無視しながら周りを見る。

 

 そこは知らない空間だった。白いベッドシーツの下に隠れているのは自分の体だが、その姿にも違和感を覚えつつ―――周りを見て、部屋が自分の知らない所だと知る。他にも同じようなベッドが横に並んでいるし、見える棚に並んでいるのは医薬品だ。鉄製のワークデスクには書類が置いてあるし、部屋の端に見える機械は間違いなく医療機器だ。それからここが医務室だという事が解る。ただ見覚えのない医務室だ。

 

 いや、そもそも自分が医務室に世話になる様な状況になったのか?

 

 ―――目を閉じて思い出そうとして見る。

 

 思い浮かぶ最後の光景は―――そう、旅行。旅行へと行こうとしたのだ。ウチの馬鹿連中と、一緒に旅行しようという話だったはずだ。えーと、と声を出してその理由を思い出そうとするが……思い出せない。だからたぶん、その理由は重要じゃない……のだと思う。少し歯切れが悪くなっているのは記憶を上手く思い出す事が出来ないからだ。ただナカジマ家と、そしてバサラ家で一緒に旅行に行こうと思ったのは思い出す。そして……そう、これでティアナと少しでも仲直りするのも目的だったはずだ。

 

「んで話し合って―――」

 

 ティアナと話し合って、それで少しは和解しあったと思う。そして……その後が酷い記憶が曖昧だ。それでも思い出すべきだと判断し目を閉じ、そしてゆっくりと思考を巡らせる。簡単な思考訓練だ。マルチタスクで軽く脳内の記憶を探ろうとして―――痛みと共に知らない光景が脳裏に焼きつく様に映し出される。

 

 最初に見えたのは青い空を見上げ、そこを飛ぶ鳥の様子。

 

 次に見えたのは知りもしないが、此方を見て微笑んでくる壮年の男女の姿。

 

 その光景が次の瞬間には消え、海で泳ぐマテリアルズの姿が見える。

 

 それが終われば巻き藁へと向かって拳を振るう己の姿が見える。

 

 唐突に景色は切り替わり、荒れ果てた荒野と負傷者で溢れる空間が見える。

 

 そして、その次に見えてくるのが―――、

 

「あ!」

 

 声に振り向く。メタリックカラーの扉を開けて入ってくるのは茶色の制服の上から白衣を着た、金髪の女の姿だ。その顔の形と、体の”揺れ”と、そしてその雰囲気から相手が誰であると即座に察する。久しぶりに見るなぁ、と脳内で言葉を形作りながらどう話しかけようか、と今の状況の事を考えながら口を開いたところで、

 

「―――状況はどうなっている湖の騎士。シュトゥラ南西で……あぁ? 何言ってんだ俺。あー、うん、そのいきなりで申し訳ないシャマルさん。その何というか……」

 

 口が滑ったってレベルじゃない。いきなり顔を合わせて状況はどうなっているとか一体何事だ。失礼にもほどがあるしやらかした、というレベルじゃない。できる事なら今すぐ頭を抱えたい所だが、頭を抱えるにしたって両腕が存在しない。これでは伝家の宝刀リアクション芸が激しく取りにくいではないか。……いや、本当にどうなっているのだ。冷静なまま混乱している、という酷く矛盾した自分が存在しているのを自覚しているし、理解している。それをどう説明すべきかと、何を聞くべきなのかと、それを軽く悩ませながら口をぱくぱくと、それを白衣姿のシャマルへと向けて、

 

「大丈夫です、此方の方でイストさんの状態に関してはキチンと把握していますので、失礼だとか気にしないでください。安心してそこで座っていてください今説明しますので」

 

「あ、はい。どうも」

 

 どうやら此方の状態を把握しているようだった。軽く息を吐き出しながら良かった、と息をつく。何というか予想外に自分の事を把握できずにいて少しだけ、不安な部分もあったのだ。だからこうやって解っていると、そう言ってくれる存在は正直有難い。―――湖の騎士程医療とサポートに長けた存在が此方の事を把握しているのであれば恐れることはない。信頼に足るだけの実績が―――。

 

「またか」

 

 今度はシャマルに聞こえない様に小さく呟く。どうもおかしい。何故かおかしな言葉が口から漏れる。見た事のない光景が浮かび上がる。そこまでシャマルとは親しくないのに背中を預けることができる程の信頼感を彼女に感じる。いや、そもそも知ってない筈の事さえまでも脳に浮かび上がって来るのに、それに対して違和感を感じない。最初から知っているような、そんな馴染む感覚がある。

 

 そんな事で悶々としていると、白衣姿のシャマルがキャスター付きの椅子をベッドの横まで引っ張って、そしてホロウィンドウを出現させてくる。その指に装着されているのは四つのリング―――クラールヴィントだ。湖の騎士、ヴォルケンリッターでのサポート役を務める彼女のデバイスだ。

 

「軽くチェックプログラムを走らせます」

 

「よろしく頼みます」

 

「はい、お任せください」

 

 四つのリングを装着した手を此方へと向け、もう片手でホロウィンドウをシャマルがチェックする。その表情は真剣そのもので、プロ意識を感じる―――その姿が騎士甲冑姿の彼女の姿と一瞬だけ被り、そして消える。軽く頭を横に振って幻影を追いだそうとし、疲れているのかと思う。特に疲れる様な事をした覚えはないのだがなぁ、と心の中で呟いているとシャマルがホロウィンドウを消し、手を下す。

 

「体のどこにも異常はありませんね」

 

「先生、腕がないんですけどこれで異常なしとかヤブってレベルじゃねーです」

 

 シャマルの表情に一瞬青筋が浮かぶが、それを飲み込んで笑顔を向けてくる。おぉ、身内だったら確実に今のでボディブローだったなぁ、と今更な話だが身内のツッコミへの理解と対応の速さに嘆いていると、シャマルが溜息を吐く。長く、そしてある種のポーズだ。これから物凄く話し難い事を話しますよ、というシャマルなりのサインだ。だからふざけるのもここまでだ、と決め、

 

「割と冷静なのでズバズバ斬りこんでも大丈夫ですよ?」

 

「冷静なのが深刻なんです……」

 

 シャマルはそういうと背筋を伸ばし、そして真剣な表情で真直ぐ此方の視線を捉えてくる。それを前に自然に背中を伸ばし、視線をシャマルと合わせる。

 

「まず第一に―――今は新暦75年六月です」

 

「ちょっと待った、今は新暦71年だろ?」

 

「いいえ、新暦75年です。どうぞ」

 

 そう言ってシャマルが正面にホロウィンドウを出現させてくれる。腕がないので触れることはできないが、魔力を使ってホロウィンドウへとアクセスし、その中に情報を表示させる。まずは簡単なニュースサイトへとアクセスし、そしてそこに書かれている日付を確認してから他のニュースサイトで日付を調べる。だがどのサイトで確かめても日付は新暦75年と出る。

 

 つまり俺が知っている時代よりも四年先の未来だここは。なんじゃそりゃあ、と混乱しようとしても精神は極めて冷静にその状況を受け入れていた。脳の一部が”今更この程度”と自分に言い聞かせて落ち着かせているような感覚であった。それは酷く違和感を持っていながら自然な感覚だった。言い換えれば自分の中にもう一人誰かが存在し、内側から心を落ち着かせている、そういう感覚だった。不思議とそれが他人には全く思えなく、心が落ち着く。

 

「―――やはり」

 

 その様子を見てシャマルはやはり、と言葉を漏らし、

 

「最初に謝らせてください」

 

 そう言ってシャマルは唐突に頭を下げる。その行動が自分にとっては急な行動過ぎて流石に焦るが、彼女を止めるための両腕は存在しない。だから彼女が頭を下げて謝罪する様子は黙って受け入れる事しか此方には出来ず、彼女が頭を上げて告げてくる言葉には更に重い衝撃があった。

 

「イストさんには寝ている間に”思考調査”を行わせてもらいました」

 

 ―――それは味方ではなく、犯罪者から情報を引き出すための手段だ。

 

 今度こそ心は乱されそうで―――揺るがなかった。




 9章は覇王イングヴァルト周りの事やら管理局でのお話ですね。エンディングへと向けての伏線回収や昔の話の補完? って感じでしょうか。古代ベルカ周りの設定は本当に少ないのでここら辺は基本的に捏造で進める予定です。


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ウェルカム・バック・イディオット

「―――大丈夫ですか?」

 

「あー……うん、大丈夫大丈夫。大丈夫ですよ?」

 

 予想外にショックを受けていない自分がいる。”思考調査”と言えばレアな技能だ。相手の意志に関係なく直接脳内の情報を閲覧する事が出来、調べることのできる技能。それはつまり俺の脳内が見られたという事だ。言葉を話さない相手や、黙り続ける犯罪者相手に対して行使される最終手段としても認識されており、犯罪者は誰だってそれの行使を恐れる。なぜなら自分の意志と関係なく情報が引き出されるのだ。どれだけ黙ろうとも、逃れることはできない。

 

 ―――だが俺は清廉潔白だ。何も嘘をついていない。

 

 時空管理局本拠での事件も、それ以前の出来事も全て報告書にして提出したし、語った。だからやましい事なんて一切ない。胸を張って自分に隠す事はないと断言できる―――少なくとも新暦71年の自分は。ホロウィンドウを確認して”現在”が新暦75年である事は確認したし、それを疑う事は出来ない。だから……思考調査を施されるとは、

 

「この四年の間に何かやらかしましたか」

 

「過失致死・器物損害・違法研究に加担・テロリズム・誘拐」

 

「タンマ。……タンマ。ちょ、ちょっとタイムいいですかねぇ」

 

「声が思いっきり震えてますけど」

 

「芸風です」

 

 なら安心ね、等と言ってホロウィンドウに書きこむのはやめてくれないだろうか。ともあれ―――この四年間、空白の期間、俺は一体何をやってたんだ。軽く頭が痛くなる思いだ。頭を押さえようとしてやはり、腕がないのは不便だなぁ、と今更ながらない事の不便さに認識させられる。この四年間の間に義手になったのであればどこかにあるはずだが……あぁ、そうか。犯罪者相手に一番の武器を持たせておく道理もないだろう。

 

「ちなみに罪の内容は?」

 

「此方で把握しているのはありますが―――イストさんの中からその情報が記憶が消えているので確認できません」

 

 

                           ◆

 

 

「……ふぅ」

 

 シャマルがいなくなった病室で改めてベッドに横になり、体を休ませる。いや、身体ではなく心、というのが正確な話だ。簡単に情報を整理する。

 

 ……えーと、まずは今は新暦71年ではなく、新暦75年。俺の記憶は新暦71年の空港で終わっていて。その後に火災があったらしくて―――そこから今までの記憶がない。だけどその間に俺は重犯罪を働いたらしく、約五日ほど前の戦闘で管理局と交戦の末に捕まった。

 

 ここまではいい。全く問題はない。問題なのはこの先で―――馬鹿娘共もがそれに加担していたという話だ。レヴィ、シュテル、ディアーチェ、ユーリ、そしてナル。家族たちが全員関わっていただけじゃなくて、時空管理局本局で殺したはずの”シュトゥラの覇王”イングヴァルトのクローン、イングまで生きていて加担していたという話だ。頭が痛くなりそうな話だ。というか頭が痛くなる話だ。実際に考えただけで頭が痛くなる。馬鹿娘共はいい、アイツらは絶対に付いてくるだろうから。ただその中にイングが加わっているのと、そして更に共謀相手がスカリエッティとなると物凄く頭が痛くなる。

 

 ―――記憶も穴だらけで頼りにならない。

 

 特にスカリエッティ周りの記憶に関係する事は酷く穴だらけで頼りにならない。思い出そうとすれば記憶に空白があるのを感じられて、酷く不愉快な気分になる。他にも思い出さなきゃいけない事はあるのに、それを思い出せないイライラも存在する。……ただそのイライラや焦りを感じた瞬間、それをかき消すように冷静に落ち着く自分がいる。そしてその奥を探れば―――出てくるのは覇王イングヴァルトの記憶。

 

 ―――転写された覇王の記憶。

 

 それもまた、問題だ。

 

 この頭の中には自分の物とはまた別人の、戦乱の時代を生き抜いた覇王の生涯の記憶が存在している。それがこの捕縛から五日間ひたすら昏倒し続けていた理由で、そして脳はその整理を行っていたから起きる事が出来なかった、とはシャマルの言葉だ。なら夢で見た、見覚えのないあの景色や経験した事のないあの光景が当時、戦乱のベルカを生きぬいた覇王の物だったというのか。だとしたらそれは、何というか、

 

「……すっげぇ普通だったなぁ」

 

 確かに感じる感情やら思い、願いとかは確実に普通と呼べる領域を軽く超越したところにあった。夢で見ているのに、まるで自分で狂おしい程の感情を感じられた。目を閉じて思い出そうとすれば彼が感じたオリヴィエへの思いを自分の物として感じることができる。だけど―――何というか、それはあくまでも普通の人間の延長線で、別段特別に生まれてきた訳でもなんでもない、ただの戦争の被害者というだけだった。

 

「結局今も昔も戦争に泣かされたのは一緒だった、て訳か」

 

 学説によれば覇王と聖王が別々の時代の生まれ……なんて話もあったが、この記憶を見る限りは完全に否定できる。厄介なもんを抱きこんだとは思うが……まあ、四年間の間の自分は相当無茶や手段を選ばなかったようだ。

 

 一体何を見て、何を思って、こんな”地獄”を受け入れたのだろうか。

 

 それは、覇王が思った事を知りたいと思う共々、知ってみたい事だ。

 

 まあ、それは優先事項としては低い方の事だ。シャマルの話では脳が記憶の整理を終わらせたから目覚めたと言っている。だから後はそれを思いだし、そして馴染ませるだけ。偶に白昼夢やフラッシュバック、そういった形で記憶がよみがえり馴染もうとするから注意しろ、という話だから自分ではどうしようもない。それよりも問題なのは今の自分の身柄だ。

 

 ”記録的”には犯罪者なのだ。間違いなくデータとしても、そしてそれは管理局のデータベースに、この……機動六課という部隊の人々の記憶にも残っている。というか交戦したのだから俺は犯罪者で確定なのだが―――記憶がない事が逮捕へと踏み切らせる事を鈍らせている。

 

 精神は犯罪を犯す前の健全な状態。だけど記録としては犯罪者となっている。だがここで犯罪を犯した事もない人間の精神が急に逮捕されて罰せられたところでどうなる?

 

 ……この四年間の記憶を保持しない事が保身に繋がるとはなぁ……。

 

 何とも奇妙な世の中だ。その上に覇王の記憶を保持しているのだから簡単に犯罪者扱いする事は出来ない。覇王と言えばベルカの英雄で、聖王程信仰されているわけではないが、それでもマイナー派の宗派としては立派に存在するのだ。……まあ、聖王教会がそんな重要な記憶を持った人間が逮捕された、なんて聞いたらそれはもうリアクションが想像しやすい事になる。正直な話、そういう争いに巻き込まれるのはごめんだ。

 

 ホント、四年前の俺は一体何を思っていたのだ。

 

 念入りにスカリエッティに関する記憶を消去させて、

 

 ”こんな所に送り込んで”一体、如何して欲しいのだろうか。

 

「そのうち思い出すって信頼されてるか、思い出させられるか、そのどちらかを疑ってねぇな、俺。まったく今も昔も未来も成長しねぇったらありゃしねぇ」

 

 必要な事なら絶対に思い出す。時が来れば理解する。その確信が何故か自分の中にはある。はたしてこれがクラウスのものか、はたまた俺のものなのか、それは判別はつかないが、確信を抱いているのであれば問題ない。自分はそういう人間だし、疑いを抱くのは他の連中のやる事だ。自分が信じたのであれば愚直なまま突き進めばいい。実に楽な事だ。とりあえず、

 

 ……身柄は機動六課預かり、自由じゃねぇけど仕方がないか。

 

 これから身の振り方をどうするべきか、そう思ったところで扉が静かに音を立てながら開く。またシャマルか、と思って扉の方へと視線を向ければ―――そこに立っていたのは見た事のない女だった。服装はシャマルと同じ茶色の管理局員制服。茶髪のサイドテールを長く伸ばし、どこかで見た事があるようで、ない感じの女だ。体の”揺れ”で判断しようとするが、見た事のない揺れだ。似ているようで……違う。が、首から下げている物を見て誰か判別がつく。

 

「お前……なのはか?」

 

「元先輩ちーっす」

 

「うわぁ……」

 

 大きくなったなのはの姿に声を漏らし、その姿に苦笑する。記憶がないために俺が知っているなのはは四年以上も前の姿だが、その時の姿と比べて今のなのはの姿は何というか、すっかり大人の姿をしていた。あの頃、管理局へと本所属したころの自分の姿を見ているようで、どこか懐かしい感じがしながら新鮮な姿がそこにはあった。それを見て、冗談でもなんでもなく、今が自分の知る四年先である事を理解する。

 

「お前本当に俺の元後輩かよ。俺が知ってる元後輩つったら……こう、もっと目に入らないぐらいチビで貧乳でなぁ……」

 

「今では巨乳防御できる程度になったから今のは聞き流すけど、ツーストライクでピッチャーにホームラン叩き込むのが流儀だからね?」

 

「あぁ、お前俺の元後輩だわ」

 

 全く変わってないなのはの様子に安堵し、二人でくすくすと笑う。なのはがシャマルのデスクから椅子を引っ張ってくると、その手に握られている物を見せてくる―――人の腕、義手だ。それを振りながらなのはがベッドの横まで移動してくる。上半身を起き上がらせ、なのはを迎える。

 

「これ、元先輩の義手ね」

 

「武器を俺に返していいのか?」

 

「思考調査で白だって出ちゃってるしヴェロッサが聖王教会というかカリムさんにもう話を流しちゃってるだろうしあのコウモリ、無駄に警戒して拘束しているだけ無駄無駄。馬鹿元先輩じゃなくて元先輩だし今はそれでいいよ」

 

 なのはが左腕の義手を此方の左腕のあるべき場所へと持ってきて、ジョイントに合わせてくる。機械と神経がつながる一瞬に全身がしびれるが、その痛みを何故か既知として感じた。もう何度も何度も繰り返してきたような、体が慣れてしまったような、そんな感覚だった。

 

「ちなみに馬鹿元先輩と元先輩の違いとは」

 

「馬鹿は殴って正す」

 

「なるほど、正論だなぁ」

 

 やっぱり変わらないな、この娘は。そう思って軽く笑い、なのはから右腕の義手を受け取る。記憶にはなくても、体が覚えている。右腕を左腕で掴み、それを右二の腕のジョイントへと持って行くと見なくともそれがはまり、右腕がつながる。そうして得た左腕と右腕を動かしてみる。

 

 どちらも見た目は普通の腕そのものだ。指を、手首を、肘を曲げても義手特有の駆動音は一切感じない。腕の表面に触れて感じるのは人間の皮膚と、人肌の暖かさだ。それを強く握れば、その下に金属が存在しているのが解るが、接合部分を見ない限りはこれが義手である事に気づく事はほぼ不可能だ。触覚があって、限りなく本物の腕に近く、そして体温までついている。義手としてはまず間違いなく最高峰の作品だ。―――これ、一体何年ローンで購入したんだろう。貯金は大丈夫か、我が家。

 

 と、そこでなのはの視線が此方へと向いているのに気付いた。

 

「んだよ」

 

「いや、元先輩戻ってきてくれたんだなぁ、って」

 

「何を言ってんだテメェ……」

 

 そう言って嬉しそうに笑みを浮かべてくるので何も言えない。もしかして予想以上に激しく戦っていたのだろうか。いや、まあ、それにしても今更ながらなのはのスターライトブレイカーには抗えるとは思えないので一発で決着がつきそうなものだが。義手にしたってベオウルフ打てばぶっ壊れそうなものだ。一発相殺出来たって次が来たらアウトだし。

 

 まあ、どうでもいい思考だ。

 

「んで俺の生活ってどうなるの?」

 

「シュテルちゃん達が捕まるまではここで監視という名目で適当に過ごしてて。欲しいものは大体なんでも揃うから問題はないよ。ただね、今聖王教会の人間に渡すと物凄い面倒な事になるから、なるべくなら六課にいてほしいな。あ。外に出る時は誰か監視つけるから一言だけ言ってね、面倒だし」

 

「お前ホント成長したなぁ、高町なのは元後輩」

 

「見て育ったのがいい人だったんじゃないのかなぁ、イスト・バサラ元先輩」

 

 このノリ、実に懐かしい。職場が変わってからはこういう馬鹿な絡みも結構減った感覚だ。だから軽く右手を出そうとすれば、相手が同じタイミングで右手を持ってきて、それで硬い握手を交わす。タイミングもばっちし。

 

「ホント、大きくなったなぁ……俺ももう23歳か? 来月で24だからそう考えるともうオッサンの領域に片足突っ込んでるなぁ……」

 

「六課で暇をさせているつもりはないから起き上がれるようになったら働いてもらうよ」

 

 俺の扱いは監視か保護じゃないのか、と軽く戦慄を感じていると、部屋に近づく気配を感じる。また誰か部屋にやって来るのか、と今度は誰の大きくなった姿を見れるのか、と期待を込めて扉の方へと視線を向ける。

 

「ままぁー?」

 

 小さく、母親を求める様な声を発するのはウサギの人形を抱いた幼い少女の姿だった。まだおそらく九歳未満の少女。金髪で、可愛い服を着ていて―――そして、彼女と、同じような、瞳の、色を、していて、それは、どうしても、頭痛と、記憶と―――彼女の名を呼び覚ます。

 

「ヴィヴィオ!」

 

 なのはが焦ったような、怒る様な声を発すが、自分の視線は少女に向けられ、彼女の視線も此方へと向けられている。肥大化する頭痛を無視しながら、彼女を見て、そして浮かび上がった言葉を、名前を口にしようとして、

 

「―――くらうす……?」

 

 ぷつり、と視界が黒に染まった。

 

 その中でひたすら反響するのは彼女の声。

 

 シュトゥラの学院で笑みを向けながら、こっちを見て、

 

 ―――クラウス。

 

 その声が耳から離れず、脳に張り付いて痛みを引き起こして、

 

 意識が落ちた。




 ラ ス ボ ス 登 場 

 ヴィヴィオがラスボスなのは確定的に明らか。真のベルカというものの恐ろしさを貴様らは何時か知るだろう。


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リメンバー・ワン

 ―――二人で廊下を歩く。次の講義までは十分に時間がある。そこまで焦る必要はない。横に並んで歩く彼女が今ではしっかりと自分の横に並んで歩いている―――数年前は運動音痴で、小走りで横に並ぼうとしていた光景が少しだけ懐かしい。だからそれを思い出して軽く苦笑してしまうと、横から彼女―――オリヴィエが不思議そうに首をかしげながら此方へと視線を向けてくる。

 

「どうしたのですかクラウス?」

 

「いえ、少し懐かしい事を思い出してしまいました。数年前までは運動音痴だったオリヴィエが今ではヴィルフレッドから武道を学び、投げたり殴ったりとできる様子を見ていると少しだけ複雑な所がありまして。でもそれでもそれが懐かしい、とも思えて」

 

「クラウスは”男は女を守るもの”、という考えの持ち主ですか?」

 

 そうですね、と一呼吸間を開けてからオリヴィエの言葉に返答する。

 

「義務だとは思っていませんが、そうやって誰かを守れる男である事は非常に”かっこいい”と、僕はそう思っています」

 

 その言葉にオリヴィエは笑みを浮かべる。その両腕についているのは女子らしからぬ少々堅苦しいガントレットだが―――それはガントレットではなくオリヴィエの義手だ。”鉄腕”と呼ばれるエレミアが作った義手。元々オリヴィエの腕は不自由だった。それこそ日常の生活が厳しい程に。だがこうやって、鉄腕を得てからの彼女は日に日に強く、そして逞しくなっている。それとともに彼女の笑顔が増えるのは喜ばしい事だ。

 

 魔法を見てはそれを覚え、動きを指示されればそれをすぐさま覚え、難題も一度解けば二度と間違えることはない。聖王家の中でも彼女は飛びきり優秀で、楽しそうにしているのはいいが、

 

 ―――ふと、何時か遠い所へと去ってしまうのではないのか。

 

 手の届かないどこかへと消えてしまうのではないか。

 

 そんな否定の出来ない不安が常にそこにはあった。

 

 

                           ◆

 

 

 目覚めは唐突に訪れる。目が起きるのと同時に吐きだす言葉は決まっている。

 

「―――イチャイチャしてんじゃねぇよ。ケッ」

 

 ……と、言ったところで今はどうか知らないが、ナルに手を出していた俺が言えたことじゃないよな、と軽く反省しておく。しかし今の夢、というべきなのだろうか。凄い厄介だ。―――何故ならそれが自分の経験した事の様に感じる体。これが自分の、ではなく覇王の記憶であると解っていても、この胸には確かに、イングヴァルトが―――いや、クラウスがオリヴィエへと向けていた恋慕の情と、そして彼女が変わって行くことへの不安が存在している。なるほど、これは……辛い。自分が感じているという事実と一切変わりがない。こんな事がこれから何度と繰り返されると思うと軽く鬱になる。

 

「クソがッ」

 

 本当に、何で俺はこんな事をしてるんだ。両手をベッドシーツの中から出して、顔を覆う。チラリと見た空間は前と何も変わらない病室だった。ただ、今は太ももの辺りに軽い感触がある。それが何であるのかは、大体察しがついている。それをなるべく刺激しない様に、上半身を持ち上げる。そして持ち上げたところで横へと視線を向ければ、足と腕を組んだなのはの姿が見えた。片手を上げると、彼女も片手で挨拶してくる。

 

「どれぐらい寝てた? あ、あと子持ちおめでとうございます。まさか元後輩に先こされるとはこのバサラ兄貴の目をもってしても解らんことだった」

 

「二時間ぐらいだよ。あと馬鹿な事を言っている辺り大丈夫だって判断して方がいいのかな」

 

「少なくとも幼女をぶち殺そうとは思わねぇよ」

 

「あ、解るんだ?」

 

「解らいでか」

 

 ベッドのすぐ横に座っているなのはが心配なのかは解っている。過去に俺はティーダのクローンを”クローンだから”という理由で殺している。そして今、自分の自分の太ももで寝息を立てている少女は見間違えるはずがない―――オリヴィエのクローンだ。その目の色が何よりも特徴的だ。ヘテロクロミア、それは聖王家に連なる者の証であり、この少女の姿はオリヴィエを幼くした姿に似すぎている。……イストであり、そしてクラウスである己が見間違えるはずがない。

 

 優しく、そっと、右手を伸ばして太ももを枕代わりにしている少女の、オリヴィエの頭を撫でる。優しく、優しく、髪を梳く様に撫でて、そして手を離す。小さく寝息を立てている少女の方へと視線を向けたまま、なのはを見る必要はない。

 

「レイジングハートを出さないのか?」

 

「なんとなく今の元先輩なら殺さないだろうなぁ、って。所で時を超えた邂逅の気分は?」

 

「……さてな」

 

 髪から今度はオリヴィエのクローンの頬に触れる。確か……そう、なのはは彼女の事をヴィヴィオ、そう呼んでいた。だからたぶん彼女はヴィヴィオなのだろうか。……あぁ、ヴィヴィオって名には聞き覚えがある。それを思いだしてしまい、少しだけ笑い声を零してしまう。それをなのはに見られ、なのはが首をかしげるような気配がする。だから笑い声混じりに教える。

 

「いやな、そう言えばオリヴィエは周りに”ヴィヴィ様”って呼ばれていた事を思い出したなぁ……ヴィヴィオ、って名前を聞くとどうしてもそこらへんを思い出しちゃってさ」

 

「大丈夫元先輩?」

 

「おう、大丈夫さ。俺は俺だよ。ちゃんとそこは間違えないからドンと大人に頼れよ元後輩。お兄さんは何時だって先を歩いてるんだぜ?」

 

「記憶を抜かれて前後不覚のくせに偉そうなことを言うんだね」

 

 それは言わないでもらいたいと、そう言おうとすると、太ももを枕代わりにしていた少女、ヴィヴィオが目を覚ます。それは顔を上げて、此方を見て、そしてなのはの方を見る。少しだけ、困ったような様子を見せるので、ヴィヴィオを腋の下で持ち上げ、それをなのはの方へと渡す。少しだけ驚いた様子だったが、なのははヴィヴィオを受けとり、そして此方からヴィヴィオの頭を撫でる。それに、彼女は目を細めて、笑みを浮かべる。片手でなのはの制服を掴み、もう片手で此方の服の袖をつかむ。

 

「くらうす!」

 

「……えぇ、そうですよ、オリヴィエ」

 

「ちがうのー。ヴィヴィオー!」

 

「すみませんね、ヴィヴィオ」

 

「ん。くらうす」

 

 そう言うとオリヴィエ/ヴィヴィオは微笑んでくる。名前を呼ばれて嬉しそうに。それでも俺の事をクラウスと呼んで。はたしてこの少女に俺の事がどんなふうに映っているのだろうか……それは解らないが、少なくとも俺の方はヤバイ。どこからどう見ても彼女の事がオリヴィエにしか見えない。見えてこない。だから非常に困った話だが……ここら辺無理やり精神力で抑え込めば口に出さないし、態度に出さなくても行ける。とんだ爆弾を残してくれたものだ、未来の俺は。

 

「さて、何時までものんびりしている訳にはいかねぇよなぁ……どうせやる事あるんだろ? 俺にも」

 

「まあねー。働かざる者食うべからず、ヒモに生きる価値はないからね」

 

「ままー?」

 

「ヒモは生き残る事の出来ないって時代、って事なだけだよヴィヴィオー?」

 

 この女とんでもない事を言いやがった。いや、ヒモはヒモでいけない事だって解っているし結構最低な感じだとは解ってるが、それを六歳か五歳ぐらいの少女に言って教えるのは正直どうかと思うが―――いや、シュテルとかの教育方針を確実に間違えた人間としてはかける言葉が見つからない。妙にヴィヴィオに懐かれているなのはだが母性は胸だけにしておいてくれと思っておく。

 

 ともあれ、ベッドから抜けて体を起き上がらせる。五日ぶりの床の感覚らしいが、そんなものお構いなしに体は好調だ。寝ている間に魔法による状態維持が施されていたのだと思う。服装は病院に寝泊まりしている人が着る様な患者服―――これにも大分慣れたもんだと思う。軽く右肩を回し、左肩を回し、そして首をゴキ、ゴキ、と音を鳴らしながら左右へと倒す。

 

「おー!」

 

 ヴィヴィオがその様子を楽しげに見ている。うーん、若干やり辛さを感じてガク、っと両肩を落とす。だがそれに続く様になのはから声がかかって来る。

 

「よっ、覇王様!」

 

「くらうすがんばってー!」

 

 俺は一体何と戦っているんだ。軽く体の調子を確かめるつもりが何故か何かを要求される形になってきた。なのはは別にどうでもいい。アイツが煽ってくるのはかなりしょっちゅうある事だ。だけど問題はオリヴィエ/ヴィヴィオだ。彼女の前で無様を働く事は一人の男として、そして元聖王信仰者として、決して許されない事だ。どうしたものか、と悩むのは一瞬の事だ。魔力が封じられてはいないので、魔力を使ってバリアジャケットを生み出し、着慣れた姿へと姿を変える。髪を魔力で出来た紐で後ろで縛り、ベッドの横、少しだけ広い空間で、

 

 バク転する。そのまま一回転せず、逆さまに、両手で体を支えるように倒立して立つのだが―――そうやって本来は両腕に負荷を与える筈なのに、恐ろしい事にそういう負荷を両腕は感じさせなかった。魔力の運用無しでの軽い動きで、体を支えているのに、腕には一切の無理もなく、軽々と体を支えていた。こりゃあ凄いと、そう思ったのもつかの間、逆立ちしているだけでは見ている方も暇だろうと、軽く体を上へと飛ばし、足で着地する。

 

 そこから軽い拳を繰り出す。

 

 ―――姿が重なる。

 

 腕を引いて蹴り、肘、肩を前に出して引きながら回し蹴り、踏み込みながら掌底を繰り出して後ろへ滑るように体を戻し、動きを止める。再び拳を繰り出す。だがこれは自分の知らない動きだ。そしてそこから知らない動きへと繋がり―――己の動きに繋がってから知らない動きへと繋がる。右腕を突きだした状態で動きを止めると、横からヴィヴィオが嬉しそうに両手を叩く音がする。ただそれよりも恐ろしい事があった。

 

「―――それは間違いなく元先輩の動きだよ」

 

 振り返り、なのはを見る。なのはは此方へと真剣な表情を向けてくる。

 

「それ、元先輩の動きだよ。戦闘での音声記録を再生したら”強くなるために覚えた”とか、そんな感じの理由で覇王の記憶を叩き込んだらしいよ。おかげで先輩、イングさんみたいにというか……イングさんと全く同じように動いてたし、話さなくても呼吸ピッタリだったよ?」

 

 なのはの言葉に頭を抱え、そして納得する。あぁ、そうだな、とどうしようもなく納得できる。そりゃあそうだ。覇王の、クラウスの記憶と言えば永遠に続く戦場の記録。一騎当千へと捧げた人生の記録だ。それを取り込むという事は彼の一生を抱え込む代わりに彼の技術と経験をそのまま飲み込むという事だ。時間をかけずに一気に強化ができる、という事だ―――その弊害を考えさえしなければ。

 

 まあ、理由を聞いてしまえば実に”俺らしい”方法だな、と納得するしかないのが非常に困った事だ。たしかに危険だし、リスクがおかしいぐらいに高い。覇王という男の人格はまず間違いなく”超人”と呼べるクラスの精神力の持ち主で、その記憶を持つという事はその精神力とせめぎ合う事だ。

 

 アインハルトやイングは良い。彼女たちは生まれた時から飲まれている状態が普通なのだから。だが俺はそうじゃない。不自然な状態でぶち込まれたのだろう、打ち勝つ必要か飲まれて人格を変革させられる必要がある。それでも負けないと信じて、確信して、この方法を選んだ俺は……実に俺らしい。

 

 うん―――四年たっても俺ってば全く進歩がねぇ。

 

 そんな事を思いながら振り返り、軽く体をほぐしたところで、ヴィヴィオが手を振っているので手を振りかえす。ただそうやって構いすぎると興奮しすぎて色々とやらかしそうなので、距離感は程々にしておいた方がまだ、不安定な自分としては良い方なんじゃないかと思っている。

 

 まあ、やる事は決まっている。

 

 思い出して、聞きだして、そして助ける。

 

 それが向こう側でなのか、此方側でなのかは判断がつかない。ただやる事に、目標に変わりはない。欲しいものは平穏で、家族と共にゆっくりと生きる事。戦うばかりの人生にはもう……疲れた。それは俺もクラウスも同じ意見だ。だから今のこれが一つの大きな事件だというのだれば、それをさっさと終わらせて、助けるやつを助けちゃって、

 

 そしてまた。皆でテーブルを囲んで馬鹿な話をしながらメシを食べる。

 

 そんな日々を取り戻したい。

 

 そんな日々を謳歌したい。

 

 その為に躊躇する事は―――一切ないと断言できる。

 

 戦乱のベルカに名を轟かせた覇王すらその為の踏み台にしてくれる。




 そんなわけで9章の導入部分、状況解説部分ですね。現在新暦75年6月中旬といった感じです。


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ストラング

 ―――結局の所、医務室からでる事が出来るようになったのはそれからさらに次の日だった。検査に検査を重ね、思考力テストを行い、そしてほぼ常に誰かに監視されつつも、漸く医務室の外へと出る許可を得る。なのはに渡された服装を医務室の中で抱きかかえ、それを見る。茶色のそれは管理局員の制服―――機動六課の制服だ。べつに所属するわけでもないのにこれを渡されるという事は、暫くは機動六課の預かりでいろ、機動六課が預かっていますよ、というサインだろうか。いや、考えるの面倒だ。どうせはやての事だ―――制服着ているのでウチの人間です、なので動かせます、とかなんとか、そんな理論を持っているに違いない。

 

 まあ、ここ数日、というより機動六課へとやって来てからあの狸少女の姿は見ていない……どういう風に育ったのかを見るのは少々楽しみだ。だからさっさと機動六課の制服に袖を通し、着替える。今まで着ていた患者服はたたんでベッドの上に乗せ、少しだけ綺麗に整えておく。ぐちゃぐちゃにしておく必要もないし。窓を鏡代わりに自分の姿を確認する。髭は剃った、髪型も整えてある。サングラスで傷のついている目元は隠している……少しマフィアっぽく見えるが、それでも顔をそのまま見せるよりはマシ……だと思いたい。特に問題はないのでこれで大丈夫と判断する。

 

「そんじゃ、世話になったな」

 

 この一週間ほど世話になったベッドに背を向けて医務室の入り口の方へと向かうまあ、正直そこまで名残惜しさは感じない。医務室の扉を開けて、そして抜ける。そこに広がるのは変哲もない廊下だが―――何故か医務室から抜け出せたことが大いなる一歩の様に感じれて、妙な解放感が今の自分にはあった。体を伸ばし、どうしようか、そう思った時に軽く腹に衝撃が走る。

 

「くらうす!」

 

「おうふ。ヴィヴィオ、もう少しレディならこう……ソフトと言いますか、優しくしませんか」

 

「んー!」

 

 話を聞かずに小さな存在が腹に抱きついてくる。視線を下へと向ければ腹に顔をうずめる様にヴィヴィオが抱きついている姿が確認できる。そして視線を持ち上げれば、その奥になのはと、そして金髪の女―――おそらく、大きくなったフェイト・T・ハラオウンの姿を確認できる。なのはと横に並べるからこそ一瞬でフェイトだと解った。雰囲気的にちょっと落ち着いたかもしれないなぁ、とは思うがこんなもんだろうと思い、腹に抱きついてくるヴィヴィオを持ち上げ、肩の上に乗せる。

 

「おぉ?」

 

「ちーっす元後輩」

 

「ちーっす元先輩」

 

「なのは、その挨拶でいいの……? あ、あとお久しぶりですイストさん……此方からすれば数日前に戦ったばかりなのですが」

 

「ま、覚えてないもんはしゃーないさ。人生前向きに生きなきゃ面倒ばかりだよ……そうですよね、ヴィヴィオ?」

 

「だよー!」

 

「この男、完全にヴィヴィオを手なずけおったな」

 

 と言うよりは此方が一方的にヴィヴィオに懐かれているだけだが。彼女が一体何を俺に対して感じているのは解らないが、中の”クラウス”を感じ取っているのだろうか。まあ、子供は元気の内に遊ばせておくべきだというのが自分の意見だ―――たとえそれが聖王の再誕とも呼べる存在であろうとも。まあ、子守には慣れているもので、肩の上に乗せて少し揺らせば楽しそうに頭にしがみついてくる。

 

『少し真面目な話、いいかな?』

 

「ヒャッハー!」

 

「ひゃっはー!」

 

『どうぞ』

 

「ごめん、念話だけ真面目で顔は世紀末って止めない? あとヴィヴィオが真似しちゃってるから切実に止めてください。顔芸もやめてください。真似する前にホント、お願いしますからやめてください」

 

 ツッコミに回ってくれる奴がいるとホント楽しくなるな、と思いながら意識を半分念話へ、もう半分をヴィヴィオへと向ける。右肩の上に乗せる彼女の姿を小さくだが右へ左へ、と揺らしながら飽きさせない様にしつつ念話で会話する。

 

『なんか私より慣れてる』

 

『当方に子育て経験あり』

 

『お仕事の話をしようよ……』

 

『解ってる解ってるって―――そんなわけで元先輩にはこの機動六課に暫くの間保護って感じで監視されてもらうつもりだけどこれは了承してもらっているし問題ないよね? ただ此方としてはあんまり勝手に街にでたり、聖王教会の人間に接触しないでくれると助かるかなぁ、って思ったりするの。ホラ、ルール破った元先輩を追いかけてブラスターモードで叩き込むのって結構しんどいし』

 

 そこでフルドライブ前提で話を進めているからこの後輩は軽く頭がおかしいと思う。俺でさえそう言うのに対しては腹パン程度で済ませるのに。まあ、元後輩らしい個性なのでそれはそれでアリなんじゃないか、とは思う。何せエキセントリックなのは我が家もその規模においては負けていない筈だから。

 

「ですよね、ヴィヴィオ様」

 

「ねー」

 

「本当に懐かれてますね……」

 

 なんだかフェイトが悔しがっているが知った事ではない。恨むならベルカ人ではない事を恨んでほしい。ともあれ、なのはに話に対して了承の意志を伝える。逆らう理由もないし、まあ、なのはが言っている事は理解できる。古代ベルカ関連のものは何であれ、聖王教会に対しては劇薬だ。

 

『んで先輩はしばらくの間一部の人間しか会えない状態で、私達が仕事している間ヴィヴィオの子守を寮母のアイナさんと一緒にしていて貰うけどそれでいいかな? 本当は新人の練習とかに投げ込みたい所だけど―――』

 

『―――ティアナか』

 

『うん、まだちょっと不安だし後数日はこっちで様子を見てから許可を出すから』

 

 さて、この場合不安なのは俺の方なのか、もしくはティアナの方なのか―――さて、それに関しては確実に議論する必要はない。確実に心配されているのは俺だ。昨日からまた二度三度と、脳が記憶の整理を行うために白昼夢という形でクラウスの記憶を追体験している。その度にぼーっとしたりしているし、若干不安定と言えば不安定だ。……まあ、色々あるんだろうし正直こういう扱いなのはべつにかまわない。自分でも自分の地雷っぷりは解っているし。

 

『ま、子守が仕事ってのも平和で別にかまいやしないさ。俺なんて戦わない方が丁度いいぐらいなんだし』

 

『ごめんね、元先輩』

 

『謝られる必要は感じないな元後輩。好きなようにやって感じたままにやりな。大義じゃなくて自分の信念に従ってバカスカやるのが俺達の流儀だぜ』

 

『うん、言われなくても解ってるよ元先輩―――だからしばらくヒモ生活な』

 

「オォゥ……」

 

「おぉぅ?」

 

「イストさん、お願いですからヴィヴィオの教育に悪そうな事は止めてください」

 

 フェイト、意外と教育肌というか……なんというか、愛が深いタイプか。まあ、母性の強そうな女性ではあるが。いや、ここら辺は正直どうでもいい。それに俺もある程度は自重した方がいいだろう。ヴィヴィオが俺を通して変な事を覚えたりしたら首を吊る必要がリアルに出てくる可能性がある。……しかし現代に覇王に聖王、これで冥王でも揃えばベルカの戦乱再開しそうで非常に恐ろしいラインナップだ。

 

 と、

 

「おーっす、元気そうやなロリコン」

 

「ぶち殺すぞ豆狸」

 

 後ろからの声に振りかえればそこには姿だけを大きくした、少しだけ威厳の増えた女性の姿があった。髪型と顔が変わらないから彼女が即座に八神はやてである事に気づき、そしてなのはとフェイトが即座に敬礼を取る辺り、隊内での風紀というか規律はしっかりと守られている事を認識する。ここら辺は意外としっかりしてんだなぁ、と彼女たちの変わらなさにも苦笑し、

 

「おーっす?」

 

「ヴィヴィオ、それは真似しなくていいです」

 

「そうなの?」

 

「えぇ」

 

 後ろから物凄い視線で睨んでくるフェイトが怖いので絶対に振りかえらない。そのまま少しだけ冷や汗を感じつつも、視線をはやてへと向けていると彼女が口元を抑え、軽く笑っている姿が見られた。こいつ、他人事だと思って笑っているなぁ、と少しだけ睨んでやると、いやいや、と腕を振られる。

 

「無敵の鉄腕王も聖王様には形無しって所やなぁ」

 

「んだよ鉄腕王って」

 

 ほら、と言ってはやてが腕を指さしてくる。その先にはヴィヴィオを右肩から落ちない様に抑える自分の腕がある。何処からどう見ても人間のものにしか見えないそれはなのは曰く、”恐ろしい程に頑丈で、耐久性に特化した”義手だ。自己再生能力以外は普通の腕にしか見えない、それ以上の特別と言えるほどの機能は存在しない義手らしい。ただ、一度ガントレットの様な姿へと姿を変えたとなのはは言っていた……様な気もする。

 

「ほら、折角王様の記憶があんねんで? それだけの実力が発揮できるならそりゃあ王様の一つでも名乗ってもええ気がするんけどな―――そんなわけで名乗ってみない!? 鉄腕王!?」

 

 こいつ、一体何を言ってんだ。……まあ、ノリが激しく何時も通りなので、結構人間って変わらないものなんだなぁ、と納得し、はやてに近づいて迷う事無くデコピンをその額に叩き込む。いたぁ、と声を漏らしながらはやてが額を抑えて蹲る。

 

「あ、頭取れるかと思うたわ……!」

 

「もっと優秀な頭に取り替えろよ」

 

「スカリエッティ辺りなら実際やってくれそう」

 

「なのは、目がマジだからやめようね? こんなでも部隊長で親友なんだから」

 

「お前ら給料楽しみにしてろよ」

 

 はやての軽く脅迫を込めた声にフェイトとなのはが後ろで震え始める。ヴィヴィオが肩の上で首をかしげているが、彼女にはまだ早すぎる世界だ。こういう真っ黒な部分は気にしなくていいんだよ、と頭を軽く撫でてから、改めてはやての姿を見る。背は……そんなに大きくなったわけではないが、その物腰や雰囲気は他の二人同様に変化が出てきている。あの頃―――初めて彼女たちを拾ってきた頃の自分の雰囲気に似ているなぁ、と見て思い、

 

 ―――はやての姿がディアーチェとダブる。

 

「……」

 

「くらうす?」

 

「大丈夫ですよヴィヴィオ。寂しいのは少しの間だけですから」

 

 ぽんぽん、と肩の上のヴィヴィオを叩いて、そして口を開く。

 

「んで、俺はそれだけか?」

 

「あぁ、チョイ待ちぃや」

 

 はやてがホロウィンドウを浮かべるとそれを此方へと投げてくる。目の前で止まったそれを左手で掴んで確認する。そこには機動六課内での扱いを文章化させたもののほかに、機動六課内の施設をアクセスする為のアクセスキー、そして自分の利用する部屋や建物の地図が入っていた。あぁ、そっか、とホロウィンドウを受けとりながら思う。自分には今、デバイスやデバイスの機能の代わりをしてくれる彼女がいないのだ。こうやって誰かにホロウィンドウを出してもらわなくては出す事も出来ない、若干不便な事になっている。

 

「六課内は完全に整備できているからどこでも自由にホロウィンドウは出せるで。困ったことがあったらアイナさんに頼むか自己解決で。基本的にウチらは仕事があるんであんまりかまってやれへんけどちゃぁーんと監視は付いているからナンパしてシケこむとかはなしやからな。私、”シグナムって恋愛経験なさそうでチョロそうやな”って発言忘れへんからな」

 

「それテメーの発言だよボケ狸」

 

「たぬき!」

 

「あ、今の結構グサっとささった」

 

 視線を持ち上げてヴィヴィオへと視線を向けると、左手でサムズアップを向ける。それに応える様にこっちを見たヴィヴィオが笑顔と、そしてサムズアップを真似してくる。うむ、実に可愛らしく、そして愛らしい。ただ今やっている事を聖王教会の人間か、信者にでも見られたら確実に卒倒されるのでもう少し自重した方がいいんだろうか。

 

 ……いや、まあ、クラウスが黙ってるしいっか。

 

 中の人が過剰反応してないって事はおそらくこれで正しいはずだ。ホロウィンドウで軽く隊舎や寮の地図やら構造を頭の中へと叩き込み、そしてホロウィンドウを消す。とりあえずは、これからお世話になる寮母への挨拶をするのがベストなのかもしれない。

 

「んじゃ俺は素晴らしきヒモ生活をこれから始めることとするけどその前に地球出身修羅の三人娘達、この世界で一番イケメンな元先輩に対して一言」

 

「くたばれ」

 

「ロリコン」

 

「えーと、その―――」

 

「じゃあ、行きましょうかヴィヴィオ」

 

「最後まで言わせてくれないんですか!?」

 

 フェイトが後ろで何かを言っているようだが、それを軽く無視して歩き出す。相変わらず特に何かをしているわけでもないのにヴィヴィオが嬉しそうで何よりだが、

 

 まあ、なんだ。

 

 ―――それでもやっぱり、寂しく感じてしまうのは彼女たちを己の一部として考えていたからだろうか。




 ヴィヴィオちゃんが可愛い。えぇ、特にオチなしですよ。

 しばらくはこんな感じで。


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デイズ

 座っている。

 

 床にはカーペットが敷いてあって意外と快適だ。多分だが隊のものではなく、少し高そうな感じからして私物なのではないかと思う。部屋からしても少し予想していたよりも広く、家具もしっかりと揃っている……誰かの部屋だったのを今、自分が利用している形なのだろうと思う。そんな広い部屋の中央、リビングルームにはテレビが置いてある。それもそれなりにワイドなタイプだ。ファミリーサイズとも言えるタイプのテレビ。そしてそのスクリーン数メートルから離れて、カーペットの上からテレビを見る姿が自分を含めて数人存在する。

 

 まずは自分だ。管理局制服はそのままだが、そのまま綺麗に来ている必要はなくなったので上着は脱ぎ、シャツをズボンから出して上のボタンを外して着崩して、袖を無造作にまくっている状態でネクタイもかなり緩めている。サングラスも必要ないのが解ってしまったのでダイニングのテーブルに置いている。胡坐をかいて座る此方の股の間に体を置いて、背中を此方の胸に預けてくる小さな姿が―――ヴィヴィオだ。ピンクのスカートにピンクと白のパーカー姿で、楽しそうにテレビのスクリーンを見つめている。

 

 そして、そんな俺らの横で丸まって伏せている青い犬の姿が―――ザフィーラだ。人ではなく犬の姿で自分とヴィヴィオの横に丸まって座り、特にテレビを見るわけでもなく片目を閉じて、もう片目をヴィヴィオへと向けている。そんなヴィヴィオはザフィーラからの視線には気づくことなく、テレビの中でチェーンソウを振り回す青年の姿に夢中だ。割とスプラッターな内容のアニメだが、流石ベルカ遺伝子。これを見て笑っているのだから何も問題はないな、と確信しておく。

 

『少しは躊躇しろ』

 

 そんな様子を、ザフィーラは念話で呆れた声で言ってくる。だがそれでも決して止めることはない。止めない辺り実にザフィーラらしいと思う。数年ぶりらしいザフィーラの姿には変化が無くて安心したどころか犬っぽさが増えていてどこか嘆かわしかった。やはり女ばかりの家だとヒエラルキーが低いのだろうか―――犬は。いや、犬だと言ったら確実にこの守護獣は怒るので最低でも狼と認識を改めておこう。まあ―――古くも古くない戦友がこうやって普通に平和な時間を過ごせているのを見ると嬉しいやら、複雑な気分やらで、少し自分の中がごちゃごちゃだ。

 

『何に?』

 

『ヴィヴィオに変な影響を与えて一番困るのはお前だぞ―――高町やテスタロッサが生かして帰すといいな』

 

『お前もこの数年で割と容赦なくなったみたいだな』

 

「くくく」

 

 思わず口に出して笑い声を零してしまうが、ヴィヴィオはテレビの方に夢中だ。両手を振って、テレビの中のヒーローを応援している。よほど楽しんでいるのか、結構な熱中のしようだ。ただその視線がチェーンソウに向けられている事だけは自分の力ではどうしようもない。ヴィヴィオが変な事を言ったら甘んじて砲殺されよう。―――後悔は……ある。

 

 あり過ぎて困る。だけどヴィヴィオが幸せそうなので何よりだ。……いい加減子供に対して甘いこの姿勢をどうにかしなくちゃいけないというのは解っているのだが、明らかに中の人にも引っ張られている状態なので倍ドンでどうしようもないと思う。

 

『それにしても監視がお前とはな。もはや監視じゃなくてVIP待遇で護衛って感じだよな、これ』

 

『致し方あるまい。そもそも我々は非常に面倒な事に身内には馬鹿の様に甘い。故に疑った、調べて、問題はなかった―――ならそれで終わりだ。我々にはもう疑う理由はなくても、歓迎する理由だけが残っている。たったそれだけの話だ。だから甘いと思うのであればそんな連中と友好を重ねてしまったお前自身を呪うんだな鉄腕王』

 

『フリスビー投げるぞオラ』

 

『や、やめろ!』

 

 視線を軽くザフィーラへと向けると、ザフィーラが勢いよく尻尾を振っていた。ヴィヴィオに気取られない様に魔力を使って、それを固め、フリスビー状の形に固定する。ザフィーラの目がそれを追いかけ、そして尻尾がパタパタと揺れて動く。

 

『や、止めてくれ! 主はやてに蘇らせられた獣の本能には逆らえないんだ……』

 

『調教されやがって……』

 

 何というか物凄くザフィーラが憐れに見えた。目を瞑ればザフィーラが戦場に立って、相手の砲弾を体で受け止め、砲撃を受け止め、そして鋼の糸で誘ってから解体する……そんな光景を思い出せる。そしてその光景を今のザフィーラの姿と当てはめる。どこからどう見ても狼じゃなくてフリスビーが気になる飼い犬の姿だ。戦場で盾として守護していたあの勇ましさはどこへ消えたのだろうか。なんだか泣けてきた。お前もお前でいろいろ大変だったんだな、ザフィーラ……そう思ったところで、抗議の声が念話を通してやってくる。それをうんうん、と頷いて聞き流し、フリスビー型魔力弾をザフィーラの上で揺らす。

 

 ザフィーラの尻尾がバタバタ動く。

 

「ザッフィー……」

 

「おい、ザッフィーは止めろ」

 

「え?」

 

 ザフィーラの声にヴィヴィオがテレビから視線を外してザフィーラへと視線を向ける。え、と声を零して、ヴィヴィオがじ、っとザフィーラを見始める。無言で見つめてくるヴィヴィオの姿に軽いプレッシャーを感じているのか、ザフィーラが黙って尻尾の動きを止め、そして完全に目を閉じた眠ったふり状態でヴィヴィオの視線から目を逸らそうとしている。都合のいい奴め、お前は今一人の幼女の夢を奪おうとしているのだぞ。

 

「くらうす」

 

「うん?」

 

「しゃべった?」

 

 ヴィヴィオがザフィーラが喋ったのかどうかを確かめてくる。ここで子供の夢を守る大人としては、実はこの犬っぽい狼さん、筋肉モリモリの褐色系にトランスフォームするよって教えない方がいいんだろうが、それはそれで激しくつまらない気がする。どんどんデスゲージというかなのはの砲撃ゲージが見えてない所でカウントされている様な気もするが、ベルカ男子たるものネタに躊躇していてはいけない気がする。

 

「んっんー、すみませんねヴィヴィオ。お兄さんヴィヴィオと一緒にテレビを見ていましたからね、ちょっと集中していたせいかザッフィーの方に集中していなかったんですよねー……ですけどもしヴィヴィオが何かを感じたのであれば、きっとそれには理由があるのでしょう。ヴィヴィオは自分の事を信じて、納得がいくまで全力で取り組むといいんじゃないかと思います。あ、つまり迷ったら確かめようって事です」

 

 内心、大笑いしながら納得した様子のヴィヴィオが頷く。そして、

 

『イスト貴様ァァァ―――!!』

 

 ザフィーラの絶叫が念話で此方に響いてくる。ヴィヴィオが股の間から体を伸ばしてザフィーラのふさふさな体に触れようとしているので、此方を見てない内に片目を開けたザフィーラへと向けて、物凄い挑発的な表情を向け、数秒間だけ考えて選んだ言葉を放ってみる。

 

『ザッフィーやぁーい! んっんー? どうしたんですかなぁ? おやぁ? もしかして怒ってる? 怒ってるんですか? んっんー、これはいけませんなぁ、盾の守護獣たるもの挑発や煽り程度簡単に流せるようでありませんと。おや、それとも体は守れて心は守れないというアレですか? んー、流石ザッフィー殿、調教されきっている様子ですなぁ』

 

『後で絶対に尻に噛みついて引きちぎってやるからな』

 

『ヒギィ』

 

 だが後悔はない。後悔だけはしない。全力で怒らせながらも冷や汗を大量にかかせているのでそこらへんおあいこだと思っている。ともあれ、ついにザフィーラに完全な興味を持ったのか、這う感じにザフィーラへと向かったヴィヴィオが丸まっているザフィーラの姿、その顔の前まで移動する。そしてそこからザフィーラの顔を眺める。興味深そうにヴィヴィオはザフィーラを見るが―――当の本人の目が泳ぎまくっている。やはり流石のザフィーラもこの状況は焦るか。

 

 そして、ヴィヴィオがザフィーラの額に触れ、

 

「ザッフィー」

 

『おめでとうザッフィー、聖王様にザッフィー認定だよ。いやぁ、実に喜ばしい事だねザッフィー』

 

「―――」

 

 ザフィーラが言葉にならない言葉を噛み殺してるように見える。特に今、両頬をヴィヴィオに抑え込まれている状況だし。やはりザフィーラもどちらかというと”此方側”な者らしい。主が存在するとはいえ、オリヴィエ本人ではないとはいえ、それでも彼女の再誕した様な存在であるならば、無碍にはできないし敬ってしまう。それが態度に自然に出てきている。だから頬に触れてむにむにと弄り始めるヴィヴィオに対して成すがまま、反撃する事も何もできない。まあ、子供は好き勝手にさせるのが割と常識なのだが。

 

「くらうす?」

 

「うん?」

 

「ザッフィーもふもふー」

 

「うん、そうですね」

 

『ザッフィーモフモフだってよ! だってよ!!』

 

『貴様本気で待ってろよ、俺は忘れないからな』

 

 ザフィーラが恨めしげな意志を此方へと向かって念話を通して送ってくるが、煽れる間に煽れるだけ煽るのが流儀というものだ。後の事は一切考えず、ザフィーラを煽り、そしてヴィヴィオがザフィーラの顔から体の横へと移動するのを見る。まるで確かめる様にパンパン、とザフィーラの体の横へと移動し、ふさふさの体毛を確かめ、何かひらめいたような表情をしてから―――一気にザフィーラの体へと飛びかかった。

 

「もふもふ!」

 

「そうですねー、ザッフィー君結構紳士で毛並にはこだわる派ですからねー」

 

『ブラッシングは欠かさない』

 

 お前そんなだから犬臭いんだよ。メシもドッグフードで安く済んでるって昔―――いや、四年前にはやてが言ってたし。お前は本当にそれでいいのか盾の守護獣よ。

 

 そんな事を思うが、困った顔をしつつも横腹へしがみ付いてくるヴィヴィオの姿を少し微笑ましそうに見ている辺り、実のところはそこそこ楽しんでいるというか、こいつもコイツで子供好きっぽいので問題は無いように見える。だからザフィーラにじゃれついているヴィヴィオの姿を見て、それが平穏の証だという事を理解して、

 

「くらうす? いたいの?」

 

「え?」

 

 ヴィヴィオがこっちへ振りかえって此方を見る。彼女が手を伸ばす先は此方の頬だ。そして伸ばした手が、一体何に触れるのかを理解した。―――涙だ。涙を流していた。強くなく、小さく、弱くだ。だがそれでも確かに涙を流していた。その理由は理解できるし、胸に強く感じる安堵と後悔の感情が誰の物かも理解できる―――己自身のだ。

 

『大丈夫か?』

 

『あぁ、大丈夫だ。涙を流しているだけ、だからな』

 

 悲しんでいる訳じゃない。だから平気だ。そう伝えて、頬に触れてくれるヴィヴィオの頭を軽く撫でて、大丈夫だよ、と言葉を伝える。大丈夫。中の人とは上手く付き合えている。偶に自己主張が激しいが、だがそれでも大丈夫だ。これは俺が飲まれるか飲み込むまで永遠に続くのだろうけど、それも最近では楽しめる様になってきた。まあ―――十中八九このペースなら俺が飲まれてしまうんだろうけど、別に俺であるならそれもいいんじゃないかと思う。どうせ、どうなろうとも結果は変わらないし、やる事にも変わりはしないのだろうから。

 

「ヴィヴィオ」

 

「ん?」

 

「いえ、何でもありません。それよりもザッフィーって実は大型犬なので頭を撫でたりブラッシングしてあげるとすごい喜びますので後で手入れでもしてあげましょう」

 

「うん!」

 

『貴様ァ―――!』

 

 そう言ってザフィーラは怒ったような声を念話で殴りつけてくるが、尻尾を振っているので本能に勝てている様子は存在しない。相変わらず動物ベースだと本能に逆らうのが難しいのだろうか、とザフィーラの姿を見て思い、視線を部屋の住人たちからテレビの方へと向ける。

 

 そこではクライマックスへ入った物語の中で、地面に倒れた敵に向かってチェーンソウを滅多振りしている主人公の姿がいる。これはあかんと、即座に判断してチャンネルを切り替えると、それはニュースチャンネルだった。しかもライブ中継でどうやら現場の放送をしているらしい。そこに映し出されるのは、

 

「あ、まま!」

 

 なのはの姿だった。少し前にまたミッドで犯罪者を捉えるのにエース・オブ・エース大活躍、とニュースでは流れている。相変わらずミッドにおける英雄扱いに以前変化はなし、とそのニュースを見ながら思い、そして改めて悩む。

 

 ―――さて、俺達は本当に進歩しているのだろうか。

 

 前に進むどころか過去の遺物や成果を掘り返して運用しようとしている俺達は本当に前に進んでいるのか、実に疑わしい事だ。

 

 ヴィヴィオとザフィーラと平和な午後を過ごしながらそんな事を思い―――視界が白に染まる。




 ザッフィーも割と弄れる方のキャラだった。それにしてもヴィヴィオがちゃくちゃくと可愛さを稼いでいる。

 まだ日常序盤なんだぜこれ


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ウィザウト・ユー

 ―――。

 

「―――い」

 

「……っぁ」

 

 意識が唐突に覚醒する。感じる事柄に感覚が生まれる。意識がなぞる事から動く事へと変動する。広がった白が段々と消えて、目の前に見に覚えのある光景が広がる。テーブルでスプーンを握ったまま、動きを止めている自分の姿がある。手の中にはスプーンが存在し、そしてそれは手に握られたまま動きを止めている。そのスプーンの下にあるはずのあったかいスープはもう湯気を立てている様子を見せていない。普通なら重力のままに下へと落ちる筈の腕は義手である為、命令がない限りは動きを停止させ、固まっている。スプーンを落としてしまえば軽く自分のズボンが悲劇になるだろうし、有難く感じる。

 

「イスト」

 

「大丈夫、少し夢を見ていただけだから」

 

「……そうか」

 

 ザフィーラが椅子の横で心配そうな声を出してくれる。俺はそこ、警戒しておくべきだと思うのだが……”昔”と比べてだいぶ甘くなったな、この男は、と思う。スプーンをスープの中へと淹れて、スープを掬いあげて口に運ぶが―――冷たく、大分味が失われている。正直に言えばそこまで美味しくなくなっている。トマトを使ったチリのスープだったのだが……ここまで冷たくなってしまうとあまり、飲みたくないものではある。本来は好きだが。

 

「……すぅ……すぅ」

 

 向かい側の椅子を見ればヴィヴィオが小さく寝息を立てている。まだ時間が早いのに寝ている事から多分、遊び疲れじゃないかと思う。それなりに遊んでいたし今日は。途中からは寮母のアイナも混ざってフリスビーでザフィーラを苛めたりと、割と充実した一日だった。……少なくとも子供には。大人の自分はいい休暇を過ごした、という程度の認識だ。まあ、その程度だろうと思う。ともあれ、

 

「温め直すか」

 

 スープの入ったボウルを持ち上げて、それを部屋に備え付けのキッチンへと持っていく。そこにはスープの入った鍋が存在する。そこにまだ一度しか口を付けていないスープを戻し、そしてコンロの火をつける。強火でやってはいけない、……なんてことをディアーチェが言っていたのを思いだし、強くしそうだった火を少し抑え気味にして、あくびが漏れそうな口の前に手を置く。

 

「イスト……どんな夢を見ていた」

 

「そうさなぁ……」

 

 コンロの前でスープが温まるのを待ちながら、軽く時計を見る。時刻は既に七時半過ぎだ。七時ごろに夕食を始めた事を考えれば大体三十分ほど白昼夢にとらわれていた、という事だろうが。もう少し空気を読んで時間を飛ばしてくれればうれしいのだが……そこらへんは完全に自分の意志から逸脱しているのでどうにもならない。溜息を吐いて諦めるしかないのだ。

 

 あー、なんだっけ、確か―――そう、今回のは戦争の夢だった。目を閉じて、その経験を思い出そうとすれば、鮮明にその時の記憶が蘇ってくる。

 

「ゆりかごが没した後にベルカを守るために戦った頃の記憶だったな……ほら、みんなで集まって、守ろうと言って、手段を選ばない戦いから意見を通す為に手段を選び始めた頃―――覚えてるか? ほら、極悪過ぎる兵器は封印したころの話だよ」

 

 言葉にザフィーラは目を閉じて、そして静かにそれを縦に振る。戦乱時代のベルカはゆりかごの活躍にほとんど終止符を打ったが―――それですべてが終わったわけではない。その後の戦いや活動があって初めて今の状態が存在する。だから意見を通すための政治的な活動やらも多く行われた―――と、クラウスの記憶は訴えかけている。もはや半ば俺の記憶となっているが。もう、別人とは感じられない。

 

 このころの記憶の中のクラウスは若干自暴自棄というか、なりふり構わない所がある……まあ、こんな喪失感にクラウスは襲われていたのだ。それなら納得も出来ると、同一人物になりそうな自分からすればそう答える。まあ、俺の精神とクラウスの記憶で常時主権をせめぎ合っているような状況だ。この果てにどうなるかなんか四年後の俺に聞きたい所だが……まあ、究極的に言えば、

 

「どうでもいいな」

 

「何がだ?」

 

「俺が勝つか、それとも俺が負けるかって話」

 

「……貴様、それは本気か」

 

 ザフィーラが起き上がり、テーブルからキッチンの方へとやってくる。姿は狼の姿のままだが、その視線は確実に此方を睨んでいる。何故だ、と思考してからあぁ、と納得する。そうか―――ザフィーラ的にはクラウスよりも俺のままでいてほしい、つまり俺の心配をしているのか。変わってしまう事に恐怖を感じてくれているのか―――だとすればそれはとんでもなく的外れな事だとザフィーラに伝えなくてはならない。だからまだ暖かくならないスープを見てから、キッチンに並べられている調味料を見て―――そしてバイオウェポンを見つける。

 

「ザッフィーザッフィー、こっちへ」

 

「なんだ」

 

 ザッフィー呼ばわりには既に慣れているのか諦めているのか、普通に対応してしまったザフィーラの姿が少しだけ寂しい。ここはやめろ、とツッコミを入れて欲しかったところなのだが。そんな寂しさを紛らわす為にバイオウェポン―――醤油をカウンターの上から取って、近づいてきて喋ろうと口を開けたザフィーラの口の中へと流し込む。一瞬でむせた。

 

「ぼふぅっ、ごふっ、き、きさまっ、おふっ」

 

「すげぇ、醤油飲ますとこうなるんだ」

 

「殴るぞ貴様ァ―――!!」

 

 即座に人間の姿へと変身したザフィーラが片手で胸倉掴んでくるので即座に視線を外して横の方へと顔を向ける。軽く口をすぼめて口笛を吹いてみたりすると横目でザフィーラの額に青筋が浮かぶのを確認できる。心なしか胸倉を掴むザフィーラの手が強くなっている気がする。

 

「ごめんねー」

 

「そろそろ殴ってもいいか」

 

「冗談だよ冗談」

 

「……はぁ」

 

 ザフィーラが解放してくれる。口の中が塩分で凄まじいであろうからコップを渡すと、そのままシンクへ水を入れる為にザフィーラが動く。だからその間に鍋の前へと戻り、おたまで鍋の中身を軽くかき回す。湯気が出ているが、そこまで温まってはいない。もう少し、といったところだろうか。

 

「まあ、ぶっちゃけると感覚的に言えば”どっちであろうと変わらない”ってのが正しい結論なんだよザッフィー。アッチ寄りなのか、もしくはコッチ寄りなのか、基準がそれだけで俺という存在自身は変わりはないよ。まあ、俺が俺であるという事に総じて変化は訪れない―――ただ女々しいか、女々しくないか、それだけの差だよ。ま、個人的にゃあ女々しいのはかっこ悪いから嫌だね。だけど総じて言えば”どちらでも変わらない”って話さ。俺は俺で。アイツはアイツ。引っ張られて影響されようとも俺の芯は変わらず俺のまま、ってやつさ」

 

 俺の言葉にザフィーラは水を飲みながら聞き、飲み終わったところで狼の姿へと戻る。別にヴィヴィオは寝ているのでこれ以上狼の姿で過ごさなくても問題ないように思えるのだが……まあ、ザフィーラが慣れちゃっている所もあるのかもしれない―――こいつのメシはドッグフードで、何の疑いもなくドッグフードを食べていたし。……誇り高きベルカの守護獣としての姿はもうない。

 

「……貴様がそういうのであればそういう事にしておこう。ただ、私は貴様が”あのように”変わり果てる姿を見るのは嫌だぞ」

 

「ならねぇから大丈夫さ。誰が好き好んで覇王の終わりを再現するのさ。馬鹿みてぇ」

 

 本当にな。

 

 そう呟いたところでスープが十分温まったか確かめる。ボウルに一口分だけ掬って、口へと運んで、十分温まっている事を確かめる。少しだけピリっと口の中に来るスープの味が昔、まだこうなる前に飲んだことのあるスープの味を思い出させる。ふと、懐かしさが彼女たちに会いたいという気持ちを呼び覚まし―――彼女達を信じているのでその気持ちを抑え込む。彼女たちが何かを成そうと、そして俺をここへ置いたのには間違いなく目的があるはずだ。だとしたら自分にできるのはそれを信じるだけの事。

 

 だから特にやる事もなく、スープをボウルへと移し、それを元のダイニングテーブルへと運ぶ。ダイニングテーブルには目を閉じてテーブルを支えに、眠っているヴィヴィオの姿がある。季節は夏へと入ろうとしている六月中旬、風邪を引く事を心配しなくて良い季節だと思う。彼女の姿を前に、テーブルにスープを置いて、そして元の席でスープを飲み始める。テレビは付いていないし、音楽もつけていない。静かにスプーンでスープを飲む音が響く、そんな空間だ。……別に、居辛さは感じない。自分の立場はよく理解しているからだ。静かに眠っているヴィヴィオの姿を眺めながら、温め直したスープを飲む。

 

 ……少し、寂しいな。

 

 自分の記憶にある食卓風景には何時もメシを飲み込む様に食べるレヴィと、それを止めようとするディアーチェ、場を混沌とさせる二人がいて、何かと献身的なナルがいて―――そんな光景があった。早く、あの光景に戻りたい。

 

 そう思った時、

 

「ちーっす」

 

 部屋の扉が開いて、白い制服―――教導官用制服姿のなのはが出現する。最初に発した声は大きかったが、ダイニングテーブルで寝ているヴィヴィオの姿を見つけたとたんに声が小さくなる。足音を殺してなのはが近づいてくると、ザフィーラが顔を上げて挨拶し、自分も片手でなのはへと挨拶する。

 

「子守の一日はどうだった?」

 

「すっげぇ怠惰。超ゆるゆる。毎日こんな風にだらだらして過ごしてぇ」

 

「流石のダメ人間発言。聞きましたかザッフィーさん、これが人間の屑の言葉ですよ」

 

「お前はお前で人間として持ってちゃ駄目な部分を保有しているように見えるがな」

 

 ザフィーラの鋭いブロウになのはが一瞬たたらを踏むが、何とか持ち直す様に見えた。というか実際によろめいた。この元後輩はノリがいいなぁ……と思って、その原因となったのが自分だと思いだす。あぁ、だとしたら何か凄い納得。とりあえず、暇な時間にぽつぽつと打っておいた報告書をホロウィンドウという形で出現させ、それをなのはへと投げる。それをなのはは少し困ったような笑みで受け取る。

 

「ヴィヴィオの様子と俺の様子。最後の方が切れてるのは勘弁してくれ、トリップしてたから付け忘れてたんだ。おかげでスープが冷えちまった」

 

「正直元先輩がここまで真面目にやるとは思わなかった」

 

「腹パンするぞテメェ」

 

 なるほど、殺人予告、等とのたまうザフィーラの鼻にはこのチリスープを進呈する。嗅覚が凄まじいらしいのでしばらくの間はひたすらヒリヒリする感触と匂いで地獄を彷徨うだろう。そしてその姿に対して心の底から思おう―――ざまぁ、と。

 

 ともあれ、ヴィヴィオの横まで行くと眠っているヴィヴィオをなのはが抱き上げる。それで目を覚ましたのか、ヴィヴィオが眠そうに眼をこすり、なのはを見上げる。その視線を笑顔と共に受け止めながらなのははヴィヴィオを片腕で抱いて、身体に寄せる。

 

「ままぁ……?」

 

「ん、ただいまヴィヴィオ。もう部屋に戻って寝ましょうねー? ほら、バサラおじさんにおやすみ言ってねー」

 

「お前マジで腹パンするぞ。誰がオジサンだ誰が。一応まだ二十代だぞ俺は。ったく……」

 

 眠そうにヴィヴィオが此方へとなのはの胸から顔を上げて、そして片手を振ってくる。

 

「くらうす、おやすみー……」

 

「……えぇ、おやすみなさい、ヴィヴィオ」

 

 それを聞き届けたヴィヴィオは再び眠そうに顔をなのはの胸に埋めて、そして完全に眠ってしまう。その光景を微笑ましく眺めていると、不意になのはが此方に視線を向けているのが解った、スプーンをボウルの中へと戻し、肩肘をテーブルに乗せて頬杖をする。

 

「んだよ」

 

「ヴィヴィオに敬語で接してるのって―――」

 

「あぁ、クラウスがそうだったから。意識してないと自然とそうなる」

 

 オリヴィエとクラウスは互いに敬語で接していた。お互いにオリヴィエ、クラウスと呼び合う仲ではあったが、それでも王族だからか、互いには敬語で常に接していた。親しき仲にも礼儀を、というスタイルの二人だ。それに引っ張られているのかヴィヴィオを見る時はどうしてもオリヴィエと接していたように行動してしまう―――それ以外の所で素なのはキャラの濃さが完全に覇王を塗り潰しているからだろうか。

 

 芸風って凄いなぁ。

 

「ま、俺がヴィヴィオを相手に普通に喋れるようになるのは最低でも俺が完全に記憶を整理できてからになるから、一々敬語で話すたびに鳥肌になって嫌そうな表情浮かべるの止めてくれないかなぁ。俺そんなに敬語似合わないのかちょっと落ち込んでくる」

 

「だって先輩どちらかというとヒャッハー畑の人間だからモヒカンになってバイク乗り回しているのは似合っても敬語でスーツ姿はキモイってしか……」

 

「お前裏に訓練場あるんだったろ? ツラ貸せよ。ぶち殺してやる」

 

「落ち着け。落ち着け―――私がお前に噛みつくのが先だ」

 

 なんだここは、敵しかいないのか。そんな事を思い三人で軽く笑いあい、改めてお休み、と告げる。なんだかんだでザフィーラは監視のためにしばらくは同じこの部屋で生活するらしいし、完全に寂しいという事もなさそうだ。

 

 ただ、

 

 大事な事を忘れている、そんな思いが胸の中で燻っている。




 へいわだなぁ(目逸らし


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ソフトリー・シフティング

 ―――一週間も経過すれば機動六課での生活のサイクルも大分慣れてくる。とはいえ、今までの生活サイクルとは勿論違っている。他の一般的な隊員とは少しズレているのが自分の生活リズムだ。と、くるのもそれは自分の生活には重い制限は存在しない。それを信頼と、そして思惑からの理由だと自分は見ている。だがそれとは別に、合わせる事の出来ない人間は存在する。だから半ば隔離気味になるが、時間帯をズラして活動する事を義務付けられている。食堂で取る朝食や昼食はまず間違いなく他の隊員が終わった後、最低一時間後とかになっているし、人通りの多い場所を歩くのも遠慮されている。まあ……昔馴染みは平気でも、機動六課の中には俺に殺された人間の知り合いが混じっているのかもしれない。そう考えたら簡単に合わせられないのも納得できる。まあ、だが、

 

 そんな生活も一週間ほど続いて、やっとというべきなのか、

 

「もう良いそうだ」

 

「あん?」

 

「好きにすればいい、だそうだ」

 

 ―――本当に自由に機動六課内を歩き回る許可が得られた。それは一種のサインだ、隊長であるはやてから俺への。自由に歩いて、会って話していいよ―――ティアナに、という事なんだろう。そんな事をこの一週間ヒモ生活を続けている部屋のリビング、ソファの座りながら思う。ソファの横で丸まっているザフィーラは眠そうにそんな事を伝えてくる。そうか、とその姿に返答し、ソファに背中を預ける。そしてそこで天井に視線を向ける。

 

「どうすっかなぁ……」

 

「ヴィヴィオはアイナが見ていてくれるらしいぞ」

 

「逃げ道を塞がないでくれるかなぁ」

 

 それにザフィーラは答えを言ってくれない。暗にティアナに会えって言っているのは解っているが……こう、ティーダの事もあって色々とティアナには昔から顔を合わせづらい所があるのだ。だから直ぐに会いに行く、というのはちょっと心情的に難しい。というかできるのであれば後回しにしたい事だ。何せティアナの目的と言ったら自分が失踪した原因を探す事ではなかったか。そんな失踪の原因の張本人が記憶を失っているとはいえ、どんな顔をして会えばいいんだ。

 

 しかも逃げ道であるヴィヴィオはアイナ、寮母がいるのでどうとでもなる。中の人を言い訳に使いたくても、記憶のフラッシュバックなどは全く予測できないし、勝手に発生するもんで、その時はその時という結論に至って納得しているのでどうしようもない。あぁ、と声とともに溜息をもらす。

 

 ―――人間関係って……なんで、こうも……なぁ……。

 

「とりあえず遠くから眺めることから始めたらどうだ? 別段今すぐ声をかけるだけじゃなくて、少し離れた場所から見ればよかろう。今なら演習の最中だ―――気づかれる事なく様子を見ることも可能だろう。……そんなに怯えているのであれば今日は様子を見るのにとどめて、また今度話しかければいいだろう」

 

「お、恐れてねぇし! お、お、臆病なんかじゃねぇからな!」

 

「そこは声が震えているってツッコムべきなのか」

 

 ネタは素直に拾っておけ、とザフィーラに伝えて、そうだなぁ、と答える。それもそうだ。見るだけ……見るだけなら何の問題もないはず。いや、やっぱり人間関係に関しては少しだけ、自分は臆病なのかもしれない。戦いだったら即座に踏み出せるのに―――はたしてこうやって臆病になっているのは、

 

 家族が一人もいなくなって寂しくなっている俺の心なのか、

 

 はたまたオリヴィエを失って人に接する事が怖くなった覇王のものなのか、

 

 もしくは―――混ざり合ったものなのか。

 

 

                           ◆

 

 

 機動六課には巨大な空間シミュレーターが存在する。本局でも採用されているようなタイプだ。一つの部隊には勿体ない程に優秀な奴であるのは暇な時間に機動六課のデータを見ているから知っている。機動六課の背後の巨大な湾の上に立つ空間シミュレーターは空間に対して物質を生み出して街や場所を再現できる、という凄まじいものだが―――それが一部隊の訓練や演習のために使われていると知ったら憤慨する連中は多いんじゃなかろうか。それでもまだ、こうやって機動六課は活動して、そしてシミュレーターを保有している。それはバックボーンの強さと、そして隊長の優秀さを表している。

 

 世の中、誰もが頑張っている、という事だ。

 

 湾上のシミュレーターの様子を陸の上、ガードレールの前から見る。下にはシミュレーターへと続く道が存在するが、それを渡って向こう側へと向かう勇気は自分にはない。ただ空間シミュレーターを見渡せるこの場所からは色んな姿を見ることができる。まず一つは空に浮かび上がり、バリアジャケット姿で技能教導をしているなのはの姿だ。少し離れているここからでも良く栄えて見える。遠くからでも見られている事を意識して”見えやすい”動きをしている辺り、ちゃんと教導官として育っているんだなぁ、と自分が知っていたなのはとは変わっている事に少し寂しさを感じながら思う。

 

 その周りには他にも動きがある。

 

 空を素早く飛び回り、槍を握った少年と相対するように技能教導をしているのは、おそらくシグナムだ。彼女の姿はザフィーラ同様変化がない。プログラムだから当たり前と言ってしまえば当たり前だが、そこには別種の懐かしさもまた存在してしまう。軽く瞬きをすれば瞼の裏に、荒野の大地に立つシグナムの姿を思い出せる。

 

「……駄目だな、感傷的だわ」

 

 女々しいぜ覇王さんよ。

 

 心の中でそう呟いても返事が返ってくるわけではない。覇王は過去になった存在だ。つまり過ぎ去った存在、過去が言葉を語りかけて来る事はありえないのだから……答えはない。ただ強い、執念が、記憶として残っていて、それが俺の意志とせめぎ合っている。この数日で心を常に強く持たなくてはどんどん飲まれるだけだと理解してからは寝ている間も決して完全には意識を落とさず、常に身構えている。自分を真に理解してくれる人がいないこの場所では―――本当に安らげる時間なんてないのかもしれない。

 

 いかんなぁ……俺も感傷的になってる。

 

 これも全部覇王ってやつが悪いんだ……とは言えない。その道を選んでしまったのは理由は解らないが、俺なのだろうから。だとしたら選択に対して責任を持つべきなのも俺だ。面倒臭い。何時からこんな面倒な男になったんだ俺は、と溜息を吐きたくなる。もっと軽く、そしてスマートな人生じゃなかったっけ。……まあ、理由は解っているし、始まりが何であるかも理解しているから何も言えないのだが。

 

「おい」

 

 声がする。横へと視線を向ければ、何時の間にか動きやすい服装の鉄槌の騎士……いや、ヴィータが存在していた。デバイスのグラーフアイゼンを肩に乗せて、睨むように此方を見上げる。

 

「ザフィーラやシャマルから話は聞いてるけどマジっぽいな、お前」

 

「あん?」

 

 ヴィータは此方を睨む視線を外して、視線を空間シミュレーターの方へと向ける。その様子から少し前まで彼女もあちら側で教導に混じっていたのだと見えるが、此方側へとやってきたのは態々俺を見かけてくれたからだろうか。……どうなんだろう、それを自惚れとして処理するのは簡単だ。ただ鉄槌の騎士ヴィータは……凄く、面倒見の良い心優しい女だったと記憶している。躊躇はしない。ただ静かに心を痛める、そういうタイプだった気がする。……少なくとも最初は。空間シミュレーターの方を眺めながら、繰り広げられる光景を見る。

 

 空に生まれる道、ウイングロードを走っているのは……スバルとギンガだろうか? 自分が知っているよりも大きく成長した彼女たちは自分が知っている姿よりもかなり変わって来ていて、それだけ自分が忘れてしまった時間の長さを感じさせる。少し離れすぎて詳細は掴めないが、二人が繰り出す格闘の技術も昔よりも遥かに磨かれている。その基礎や基本を自分が教えて人生の指針にしたと思うと少しだけ、誇れる。

 

「なあ、イスト」

 

「んだよヴィータ」

 

 そこまでヴィータとは交流があったわけじゃない。少なくともイストは。だけど何故か、別にこうやって呼び捨てするのには躊躇はなかった。遠慮がいらない……なのはに相対するのと同じような感覚だった。だからヴィータに対して名前で呼び返す。そして、

 

「お前、今日は会うのやめとけ」

 

 ヴィータがこっちを見ずにそう言っている。そしてそれを聞いて、やっぱり不器用な奴だなぁ、と。彼女の様子にそんな事を思う。

 

「駄目か」

 

「あぁ、今のお前をアイツらに合わせることはできねぇな。なんだよその雰囲気、一体誰を相手に戦うつもりなんだよお前。常時戦闘態勢って感じだぞ。いいか? あっちをよく見ろよ」

 

 そう言ってヴィータがグラーフアイゼンをシミュレーターの方向へ―――そこで槍を持つ少年と相対するシグナムへと向ける。その様子をよく見る。シグナムがレヴァンティンを振るいながら技術指導しているのは見える。言葉は聞こえないが、動きがそういう動きだってのは同じ教育者の立場から理解できる。ただそのシグナムはちょくちょく視線を外しては、此方へと思いっきりチラチラと向けている。

 

 なんだアイツ。仕事真面目にやれよ。

 

「お前に反応して少し興奮してる」

 

「アレは修羅か……いや、間違ってはないんだけどさ」

 

「そう思うんだったらその剣呑な気配をどうにかしろよ」

 

 シグナムが槍の少年を百メートル程殴り飛ばす光景を見ながら、軽く頭を掻く。剣呑な気配、と言われても正直困る。自分としては割と普通に生活しているつもりだったが―――やはり抗って生きようとしているとそんな風に周りに映ってしまうのだろうか。最近日に日に自分のキャラがもっと暗鬱としたものになってきているようでいけない。軽く頭を掻いて、サングラスを取って顔を少し叩いてから再びサングラスをかけ直す。そしてキチガイを思わせる様なスマイルを浮かべてみる。

 

「どう!?」

 

「救急車必要か?」

 

「お前相手にボケは通じないってイスト君覚えた」

 

 はぁ、と溜息を吐く。いや、まあ、解っていた事だ。ザフィーラが部屋から追い出したのも再確認の為じゃなかろうか。アレらと比べてしまえば俺が若造だというのはぬぐえぬ事実だし。だからとりあえず、少しだけ気を楽にする。何も気負う必要はない、心のガードを少しだけ、深呼吸と共に降ろしてみる。要は心を落ち着かせているだけだ。たったそれだけでどうという訳ではないが、ヴィータは此方を片目で見て、軽く頷く。

 

「今は大分マシだな」

 

「何時食うか食われるか解ったもんじゃないから気合入れてるだけなんだけどな」

 

「あぁ、だからか」

 

 そう言ってヴィータはデバイスを肩に担ぎ直しながら、此方へと視線を向けてくる。

 

「お前、なんて言うかよ……すげぇ似てた」

 

 あちゃぁ、と声を漏らして額を抑える。誰に、という必要はない。その言葉の意味は理解できる。だからこそ俺、どうなのかねぇ、と思うところはある。ただ自分にできる事と言えば気合を入れて馬鹿をやるだけだ。今、この機動六課で自分ができることはそれだけだ―――はやてが何かを持ってこない限りは。いや、今日このシミュレーターを見て大体何をやらせたいかは解ったが、まあ……無理だな、とは思う。

 

「世の中ままならないね、ヴィータ」

 

「ハッ、今更だろそんな事。どうしようもない事ばかりで世の中は溢れている癖にひょんなことからどうにかなっちまうんだよ。絶望して、絶望して、そして絶望してたら何時の間にか希望を見つけちまうんだよ。ホント、神様ってやつは残酷だね。なんでもっと早く助けてくれないんだ、なんでもっと早く希望をくれなかったんだ。そんな事ばっかり救われた後に考えちまう。それが言いがかりで、神様なんてどこにも存在してないのに、それでも恨む対象を、救いを求める偶然を求めちまうのが人生ってやつさ」

 

「……」

 

「おい」

 

「いや、その通りだなぁ、って思ってただけさ」

 

 ……あぁ、そうだよなぁ……お前もそう思うよなぁ、クラウス……。

 

 どうして、どうして、どうして。世の中そればかりだ。タイミングが悪かった。それ一つですべて済ませられるほど人間は上手くできていない。そして、覇王クラウス・G・S・イングヴァルトは間違いなく納得できない側の人間だ。彼はオリヴィエを愛して、そしてその結末に納得がいかないからこそ死して記憶だけになっても、執念が人格を歪ませるほどに強い。俺とクラウスが唯一相容れない所はそこだ。

 

 救えるなら救う。其処だけは俺達は全力だ。

 

 ただ俺は諦められる。

 

 死んで、失ってしまったらそれは悲しい事だと認めて前へと進んで、死ねる。

 

 クラウスはたった一度の恋に永遠にしがみ付いている。

 

「センチメンタリスト? ロマンチスト? 行き過ぎた想いや願いは呪いになるってやつだなぁ……あぁ怖いなぁ……、英雄って人種は」

 

「英雄ってのはそもそも千人単位ぶっ殺して生まれるもんだからまともなワケねぇだろ。頭がイカレてるから英雄って呼ばれる事が出来るんだよ」

 

 ヴィータの言葉に苦笑して、シミュレーターの方を見る。だとしたらなのははまだまだまともな人間で、英雄って呼ぶことはできないんだろうなぁ、と俺達の基準で考えてみる。まあ、所詮は戯言だ。英雄の定義なんて辞書にやらせてればいい。所詮は興味のない事だ。

 

 それよりも、

 

 先ほどから探している姿が見つからない。

 

 彼女もまず間違いなくこの空間シミュレーターにいる筈なのだが―――と、その姿をシミュレーター内部に再現された廃墟で探していると、その姿を見つけた。白いバリアジャケット姿にオレンジ色の髪、成長した姿は自分が知っている子供の姿とは大きく違っており、懐かしさの中に寂しさを感じていた。やはり、少しだけ”置いて行かれた”という感覚がある。両手にデバイスを握り、屋根からへと飛び移るその姿を見て、やはり管理局員になったんだなぁ、と少しだけティーダの姿を思い出して浸り、

 

「あ、やべぇ」

 

「どうした」

 

 満足したので返ってヴィヴィオの相手でもしてようかと思ったが、

 

「―――ティアナに見つかった」

 

「おい」

 

 シミュレーターにいる彼女が此方へと視線を向けているのを見つけた。




 サブタイのネタがドンドンなくなって行く。140話以上もかいてりゃあそうなるか……


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リメインニング

 人生、何事にも面倒は付き纏う。だけどそれに付き合うのが人間って生き物だと思う。面倒事を回避すればするほど人間は自分の首を絞める社会を形成している。つまりは面倒事から逃げれば自滅する、そういう生き物に自分を追い込んでいるのが人間だ。アレはやりたくない。コレがやりたくない。嫌がるような事にこそやらなくてはならない事が多く存在している。嫌がっていてもいつかはやらなきゃ前へ進む事が出来ない。だからこそ進んでやらなくてはいけない。そんなストレスばかりを生むのが現代社会の一つの側面。誰かが何時かやらなきゃいけない。

 

 それが今ってだけの話だ。

 

 食堂のテーブルを挟んで無言で俯く。何て言葉を発せばいいのか解らない。だが声がないって事はそれは向こう側も一緒だ。俯かせたまま、少しだけ視線を持ち上げて、前方へと視線を向ければ少しだけ大人になった、ティアナ・ランスターの姿が見える。彼女も言葉が見つからないようで俯いて、言葉を探しているように見える。この体勢のまま、既に五分が経過している。しかも空気は意外と悪い、というかこの空気は、

 

『元先輩、空気死んでるよ』

 

『テメェは仕事してろ元後輩』

 

『こっち来るために砲撃叩き込んでノックアウトしておいた』

 

『貴様ァ!!』

 

 大体俺が”貴様ァ”と言う所までがワンセット。念話だけでのやり取りだが大分心の余裕が出てきた。念話の発信源を求めて少し視線を動かせば、食堂の入り口、扉の向こう側に体を半分隠すなのはの姿が見える。此方が視線を向けているという事を理解してサムズアップを向けるが、その直後に背後からヴィータが現れ、グラーフアイゼンでなのはを叩きつけてから引きずって去って行く。ヴィータも割となのはの扱いに慣れているなぁ、とその風景を見ながら思って、

 

 そして思い出す。

 

「ふふ」

 

「……?」

 

 苦笑した此方にティアナが顔を上げて視線を向けてくる。急に笑い出せばそうもするか、しかし、妙になんというか……自分の目からすれば少し前の話なのだ。こんな風に、お互いに困りながら話す様にするのは。彼女からすれば数年振りだろうが……だとしたら流れは一緒なのではないかと思う。あの時も若干、困りながら話したよなぁ、と思う。だから今回もまたリードするのは此方の役割りなんじゃないかと思って、口を開こうとして、

 

「―――ご、ご結婚おめでとうございます!!」

 

「ぶふぅっ」

 

 顔面を思いっきりテーブルへと叩きつける。

 

 どこかで誰かがむせるような声がする。厨房の方で皿が割れる音がする。廊下の方で誰かが倒れる様な音がする。どうでもいいけど貴様ら仕事はどうした。デバガメしている暇は―――あるのか、どこからどう見ても平時だし、食堂利用のピークは過ぎている。ただ廊下からの気配はこれ、なのはとヴィータではなかろうか。お前らさっき去って行ったはずじゃなかったっけ。とりあえず、

 

「ま、まてティアナ、俺は結婚してない。俺は素敵な独身ライフを送っているはず……!」

 

「で、でも嫁を自称している人がいるよ……?」

 

「マジか」

 

 ティアナがホロウィンドウで映像データを此方へと投げてくる。そこには大きくなったシュテルやら、イングやら、ナルの姿と自分の姿が映っている。こうやって戦闘映像を見せられると本当に敵対してたんだなぁ、と実感してしまうわけだが、そこでいろいろ口走っている我が家の娘共や、そして背中を並べるイングを見て、頭を抱えるしかない。

 

「この数年間に何があったんだ……!」

 

「私が聞きたいですよ。ミッドに一夫多妻制ありましたっけ」

 

「ベルカにはある」

 

「前から思ってたんですけどベルカって割と頭おかしくないですか。こう―――ベルカ、って言っちゃうと納得しちゃう不思議な感じがある程度にはデフォルトで頭のおかしい感じがするんですけどそれってどうなんでしょうね」

 

「お前は俺がキチガイって言いたいのか―――あんまり間違ってないから言いかえせねぇ」

 

 そこで軽く笑い声を漏らしてティアナの顔を見る。彼女も今の会話が面白かったのか、軽く笑い声をだしてこっちを見て、そして顔を合わせて笑いあう。何というか……凄く安心した。こうやって馬鹿を言える程度にはティアナは元気だった。ちゃんと育っていた。何か俺がやらかしたらしいのでそれで不安になったりもしたが、ちゃんと真直ぐに育ってくれた。その事実に安堵を覚える。少なからず、俺だって罪悪感を覚えることはある。特にそれが親友の妹に関する事であればなおさらだ。―――ただそれが優先順位の一番上に来るのか? と問われれば違う、としか言う事が出来ない。

 

 俺の優先順位で一番上に来るものは確定しているから。

 

 だから、まあ―――何故かはわからないが、どうしてかは解るのだ。俺が彼女たちについて機動六課に敵対した気持ちは。

 

「まあ、元気そうで嬉しいよティアナ……俺からしたらほんの数日の出来事なんだけどさ。何か苦労させちまったみたいで悪いな」

 

「ほんと、ほんと苦労したわよ。この馬鹿兄」

 

 そう言ってティアナは少しだけ、涙目になりながらテーブルの向こう側から拳をゆっくりと頭に叩きつけてくる。大して力も入ってないそれを頭で受け止め、本当にティアナを心配させたんだなぁ、とその姿を見ながら思う。ほんと、俺が離反していた理由というのが気になるところだが、

 

「元先輩! ティアナ! 展開的につまらない! そこはティアナが”この泥棒猫にたぶらかされて……!”ってレイプ目で迫りながら包丁を取り出すべき所だよ!!」

 

「お前はドラマの見過ぎだ」

 

 ヴィータがなのはのサイドポニーを握って引っ張って、食堂へと入り込んできたなのはをそのまま外へ引っさらってゆく。なのはもなのはだが、食堂に入るまで止めないヴィータも中々にヴィータだと思う。ともあれ、ティアナが若干ぽかーんと、惚けた様な表情をしているので、手を彼女の前に振って意識を引き戻す。その姿に苦笑しながら、

 

「俺は覚えてないんだけどさ、この数年どうだった訳よ。ほら、陸士校に入ったり、管理局員に成ったりしたんだろ? だったらほら、お兄さんに色々と言いたい事あるんじゃないのか? ほら、数年の溜まっている分、吐き出してもいいんだぜ?」

 

 その言葉にティアナは呆れた様な表情を浮かべ、

 

「今更兄面って一体何様のつもりよ―――でも、まあ、なのはさんから今日は自由にしていいって許可貰っているし……うん、暇な時間が出来ちゃったなら仕方がないわよね。賢妹の面倒を見るのは愚兄の仕事よね? あぁ、ホント学のない愚兄を持つと苦労するわね」

 

「ははは、……いや、ホント高校行かなくてごめんなさい。若さだったんです。全ては若さの奴が悪かったんです」

 

 割と心臓に突き刺さる。学歴が中途半端に終わっているのでやっぱり殴ったり殴られてたりする環境にしか自分を置く事ができなかった。だからティアナが立派に卒業したと聞いて、安心した。自分は社会に出て最初は滅茶苦茶苦労したが、失敗しながらいっぱい学んでいった。だがそう言うのは学校で教わるはずだったものだ。だとすればちゃんとした場所で学んでおいた方が何倍も良いに決まっている。……うん、子供ができたら普通に学校に通わせておきたい。その方が何倍も人生のためになる。

 

「ふふふ、じゃあ私がスバルと一緒に入学した時の事から話すわよ」

 

「おう、来いよ。どうせ今の俺は暇で暇でしょうがないヒモ男なんだから。しかもあからさまに地雷属性が複数付いちゃって人間爆弾だぞ! しかも喋るぞぉ!!」

 

「ネタ終わった?」

 

「うん」

 

 ティアナ、大分成長したなぁ、等と思いつつティアナが語りだす彼女のスバルとのここまでの道のり、楽しそうに語るそれに耳を傾けながら目を閉じる。懐かしい声に、懐かしい姿を幻視しながら、ティアナが語る話に耳を傾ける。今はこれでいい。このままでいいのだ。自分がどうなるかはよくわからないが―――思い出した場合はどうなるかは理解できている。

 

 せめて今ばかりは自分の過去に浸る。

 

 それも悪くはない事だと思う。

 

 ティアナの話に耳を傾け、楽しそうに語る彼女の姿を見ながら思う事はもう一つある。それは彼女たちの事だ。こうやって俺が安寧の日々を過ごしている中で、

 

 彼女達は今をどう過ごしているのだろう。

 

 

                           ◆

 

 

「―――私の勝ちだな」

 

「ぬぅぅ……!」

 

「負けた」

 

「何でこんなに強いの!?」

 

「楽しそうだなぁ、貴様ら」

 

 窓の無い部屋の中央にはテーブルが存在し、それを囲む様に四人が座っている。ルーテシア、ゼスト、レヴィ、シュテルが座っている。それを腕を組みながらあきれた様子で見る。テーブルの上に並んでいるのはカードで、そしてそれぞれの前に置いてあるのはお金代わりのチップだ。そしてたった今、他のプレイヤーたちのチップを全てゼストが奪ったところだった。そこでニヒルな笑みを浮かべる所が憎たらしい。

 

「これが歳の差というものだ」

 

「だったらもうちょっと手加減するべき」

 

「そーだそーだ! という事でもう一勝負!」

 

「いいだろう、レジアスと共に磨いたギャンブルの技術を披露する日が来るとは。好きなだけ味わって行け」

 

 そこで得意げな表情を浮かべるゼストもゼストでだいぶこっちの空気に馴染んだと思う……まあ、依然として体の方がオンボロで目的には変わりがないが。ともあれ、カードで遊べる程度にははっちゃけられている槍の騎士を成長したと見るべきか、打ち解けたと見るべきなのか。それはとりあえず判別がつかない。だがとりあえず空気はこれで良いのだと思う。

 

「王様も参加しないのー?」

 

「誰かがイカサマを見張らなくてはいかんだろう―――おい、小娘そこで召喚術使ってカードを入れ替えるな。レヴィ、貴様もこっそり入れ替えようとするな。シュテルを見習えシュテルを」

 

「私はカードの順番とシャッフルで入れ替わったカードの順番を暗記してますから―――逆に言えばそれだけやっているのに何でゼストに勝てないんですか。このジジイ何でここまでギャンブルに強いんですか。ちょっと意味が解らないんですけど」

 

 その言葉にゼストは視線を受け止め、少し格好つけて笑う。

 

「実力だ」

 

「絶対破産させてやる」

 

「右に同じく」

 

「異論なし」

 

「貴様らそう言って負けているから恥ずかしいよな」

 

 その言葉でカードゲームを遊んでいる三人娘が一斉に落ち込む。同じような行動を既に五回は繰り返しているのに一様に進歩がない連中だと思う。まあ、そこが楽しいし、面白くもある。軽く溜息を吐いたところで、軽く天井を見上げる。コツコツと時間をかけて地下アジトをスカリエッティに秘密で作ったのは良かった。計画も順調に運んでいる。

 

 あとは六課内のイストに記憶を戻せば全て此方の思惑通りにはこぶが、

 

「少々厄介か」

 

「スカリエッティの戦力ですか、それとも聖王の事ですか」

 

「両方だ。聖王の方はその気になればどうとでもなる。アレは究極的に言えばイングとそう変わりはせん。”どうとでもなる”のが正しい認識だが―――スカリエッティのやつが予想よりも狂気に侵されておったわ。アレの脳味噌は一体どうなっておる。流石の我でもアレは予想できなかったぞ」

 

 溜息を吐いて腕を見る。そこには包帯を巻かれている腕が存在する。油断したわけでも慢心したわけでもない。ただ純然たる事実として出し抜かれたという結果だけが残る。と言うよりもそもそも留意しておくべきだったのだ。

 

 何故究極の生命体を目指すスカリエッティが、ユニゾンデバイス等作ったのかを。

 

 ―――そもそもリインフォースの作成など”オマケ”にしか過ぎなかったのだ。

 

 本命は―――。

 

「ふぅ、考えれば考える程気が滅入りそうになるな……」

 

 こんな時だからこそ愛しい者に抱きしめられたいものだ―――そう思って、今は遠い場所にいる人を想う。今はまだ、こうやって離れてはいるが、近い将来絶対に共に手を取り合って一緒に居られるときは絶対に来る。その未来は絶対に存在している。だからこそ諦めない、くじけない、そして絶対に変わらない。記憶をなくしても貴方は貴方だから。それに絶対変わりはないと確信しているし、そして真実だ。

 

 この全てを終わらせてただただ平和に普通の女として、王と名乗る必要のない何もない日々へ―――そんな日々を手に入れる為に今は喜んで、現実を殺そう。その果てに絶対に待ち望んだ結末は存在しているのだろうから。




 久々のアイツら。まだまだのんびりは続きますよー。


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プリペアリング・フォア・レイター

「―――えー」

 

 空は遠くまで澄み渡って見える快晴。雲は見えているが薄く、そして曇る気配はないような良い天気。こんな日にこそ洗濯をするべきだとディアーチェは言うだろう。シュテルなら公園のベンチで読書でもしたいって言うだろう。レヴィなら一緒に散歩しようと言うだろう。そしてユーリ辺りならぶち壊してみたいとかラスボスっぽい事を言ってくれるに違いない、そんな美しい天気だ。俺はどちらかと言うと怠惰派だ。こんな気持ちのいい天気は木陰で一眠りして、気持ちよく過ごしたいと思う方だ。ナルは―――たぶん一緒にいたい、と言ってくるに違いないだろう。まあ、そんなこんなも自由のある人間だけが関係のある話だ。やるべき事が、責任がある人間はそう怠惰に生きることはできない、許されない。

 

 ちなみにクラウスの場合は天気のいい日は鍛錬に汗を流している。

 

 ともあれ、自由とは尊い対価から成り立っている―――たとえば労働とか。労働。それは現代社会で人間が屑扱いされない為には必要な事だ。労働を要求されない人間と言うのは屑か、一部の特権階級だけであって、ほとんどの人間は労働するために生きていると言っても過言ではない。故に、俺も生活する上では労働という対価は必然的にやってくる。それが俺がここにいる理由であり、そして与えられる価値なのだから。ティアナと話し合ってから更に一日が経過して、そして眺めるだけだった空間シミュレーターへと戻ってきている。服装は管理局員の、機動六課の制服のまま、袖をまくり、チンピラちっくなサングラスをかけたまま、軽く腕を回す。見える光景はティアナ達が訓練に使っていた廃墟空間と一緒だ。足の裏から感じる感触がこの廃墟がリアルに創造されたものだと感じさせ、金がかかってるなぁ、と感想を抱かせる。

 

 ともあれ、背後には監視役という名目をザフィーラからレヴァンティンを突き付けて奪ってきたシグナムが存在する。熱い視線を背中へと向けてきているが、彼女が自分の知っているシグナムよりもなんかキチっている事実に驚愕を隠しきれない。その様子は戦乱の頃に大分似ているような気がする。まあ、機動六課には俺以上に馴染んでいる様子だし、特に問題はない様に思える。まあ、いい、シグナムだし。

 

 そう思って軽く体を動かす。普通の体操だ。体を右へ左へと捻ってから屈伸運動、体の各部がどれだけ鈍っているのかをチェックする。魔法である程度の劣化は抑えられるが、それでも完全に抑えられるわけではない。実際、ここ数日は運動はしているが本格的な運動は出来ないでいる。その為に体を動かして違和感は感じないが、”強く”動けば体がついて来ないかもしれないと判断する。

 

 それ以前に脳裏をチラつくものもいる、

 

 それを振り払いながら軽く運動をした所で、身体の調子に問題ない事を確かめ終る。義手もメカニック、確かシャーリーと言った、彼女が問題ないと言ってくれた。……これでデバイス機能が付いていれば非常に楽だったのだろうが、この義手にはそんな便利な機能はない。あるのは鉄腕と、再生機能と、そして極限まで人間の腕に似せているという擬態機能だけだ。もう少し便利にならないかと思ったところで、バリアジャケットを纏う必要もないと気づく。まあ、だったら魔法もそこまで必要じゃないよな、と思いだし、

 

 一歩前に踏み出しながら拳を強く繰り出す。

 

 強く繰り出した拳が自分のイメージが覇王クラウスのイメージと重なる―――体格も顔も何もかも違うが、その基本的な動きは彼が生涯、続けてきた鍛錬と全く同じ動きだった。故にその動きと自分の動きが重なる事には違和感や忌避感よりも、ちょっとした歓喜の色が混じっていた。なぜなら覇王と言えばベルカ人であれば誰もが知る武の極みの一つ、その象徴。だとすればそんな人物が生涯続けて来た事の片鱗に己を届かせているのだ。その事に喜びを感じない筈がない。

 

 そこから更に動く。

 

 突き出した腕を戻しつつ今度は左足を繰り出し、そこから回し蹴りへと繋げる。右足が大地に触れるのと同時にそれで地を蹴りながら前方へと向かってムーンサルトを繰り出し、重心の移動で着地点を前方へと伸ばしながら、踵落としを繰り出す。空中で前転しながら放つ踵落としはさながら鎚の様に振り下ろされ、大地へと叩きつけられるのと同時に十字に大地を砕く。十字の傷跡を大地へと刻み、その状態から体を立てる。軽く体の各部位を振るい、脱力させてから、今度は構える。本当に基本的な構え。クラウスの物ではなく、己が自分用に色々とけずって作り上げた自分だけの構え。ただそれが自然と形へと持って行くとき、

 

「ん?」

 

 少しだけ形が違っていた。

 

「どうした」

 

「いや―――なんでもないッ!」

 

 自分の型が自分のでもなく、クラウスのものでもないものに変わっている。それを確かめる為に前へと滑るように動く。地を蹴るようにして前方へと移動するが跳躍ではなく、大地よりも指が一つ分の大きさだけ体を持ち上げて前へと飛ばす、故に滑る様に見える。そこで目の前に見えてくる建造物、シミュレーターによって生み出された廃墟の前で体が着地する。そのまま流れに任せ、足から力を通してそれを右腕へと通す。

 

「ヘアルフデネ」

 

 デバイスが無くともそれは繰り出せる。純粋格闘の奥義は魔力もデバイスもなくとも行使できるように出来上がっており、壁に拳が叩き込まれるのと同時に劇的な変化が廃墟に生まれる。壁が砕けるのではなく、細かく散り始める。拳の衝撃によって物質が細かく振動し、粉砕されて行く。それが完全に広がる前に、逆の手で二撃目を加える。二撃目のヘアルフデネが完全に廃墟へと浸透し、それを細かく破壊する。その中を突っ切り、降り注ぐ砂と瓦礫を抜けて次の廃墟へと到達する。それに力と、そして魔力を込めて回し蹴りを食らわせる。

 

「ふんッ!」

 

 廃墟を根元から回し蹴り両断し、体勢を整え直すのと同時に再び蹴りを、今度は縦へ蹴りあげる様に繰り出す。衝撃が縦に廃墟を割り、空を左右へと崩して行く。土煙を上げながら左右へと砕けられ、落ちて行く廃墟の向こう側、そこに立つ三つ目の廃墟を見る。それを見て、身体が反応する。イメージは少しだけ違う己。動きは勝手に出来上がる。前へと滑り出しながら力は練りこまれ、動きは自分の知っているようで、知らないものになって行く。ただ、それは名称として良く知っている。

 

「覇王―――」

 

 そう、こう動くクラウスはこう動いていた。イングもこう動いていた。その動きは自然に引き出された―――自分がよく知っている動きと混ざって。

 

「断空拳」

 

 拳がビルへと触れるのと同時に、逆側へと向かって貫通するような穴が発生する。ヘアルフデネと合わさった結果、まるで鋭利な刃でくりぬいたような、綺麗な円が廃墟を貫通して発生する。それを放った体勢で体の動きを止める。その向こう側の空間を見ながら、構えを解いて、そして手足をもう一回振り、軽くほぐす。

 

 次の瞬間、

 

「―――」

 

「―――!」

 

 次の瞬間、背後から強襲して来る姿に反応する。知覚するよりも前に体が敏感に察知する。背後からの強襲に反応して反転すれば、次の瞬間目にするのは目前に迫る鋼色の刃だ。だが体はそれに反応し、腕を刃と顔の間に滑らせる。体に織り込まれた経験が何よりも次に来ることを伝えてくる。思考する必要はない。内側にいる覇王がどう動くかを伝えてくる。だから刃を掴んで手を捻る。刃が軌跡を離れるのと同時にそこへ膝が迫るのが見える。それに左腕を使うまでもなく、前へと出れば膝が顔の左側へと抜けて行く。

 

「ふっ!」

 

 刃を頭上へと弾き、膝を左に流せば正面にシグナムの姿がある。飛びかかるように、今度は肘が放たれてくる。今度こそフリーの左腕を使ってシグナムの肘を掴む。

 

「だがそれは―――」

 

「―――刃を握っている腕だと言いたいんだろ」

 

 もう片手でシグナムが鞘を握っているのを理解する。それは目視しているからではない。クラウスの記憶が、経験が彼女ならこうすると”思い出させて”くれるからだ。故に左腕で肘を掴むとシグナムはすぐさま鞘を握っている左腕で殴りかかろうとする。だがそれよりも此方の動きが早い。肘を弾くことなく、そのままシグナムの方へと押し込む。

 

「ふふっ」

 

 シグナムのレヴァンティンを握った右手が左手の動きを邪魔する。それがシグナムの体を後ろへと押し込み、動きを全て停滞させる。なのにこのブレードハッピーは笑みを零す。だがそれは関係の無い事なのでそのままシグナムを全力で押して、その体を後ろへと向かって倒して行く。反応する様にシグナムが空中で体を捻って体勢を整え直す。

 

 このまま追撃の為に動くのが最善なのだろうが、

 

「何やってんだテメェ」

 

 若干呆れながら騎士甲冑姿のシグナムへと向けて言葉を放つ。満足した様子で彼女はレヴァンティンを鞘の中へと戻しながらそれを腰へと差す。着地も華麗なもので、ここまでの流れを予想していたかのように着地する。いや、実際彼女としてはこのぐらい当然という考えがあるのだろう。そして俺にも不思議とこれぐらいできて当然、そういう認識が存在する。つまりこれは盛大な茶番で、そして、

 

「だが運動には丁度良かっただろう? 廃墟を崩して瓦礫を増やしたところで確認できることなどたかが知れている。それよりは一度、実戦に近い形で襲われた方が色々と理解できるし、何よりも思い出せるのではないか?」

 

「キチガイの理論で語るんじゃねぇよばぁーか」

 

 溜息を吐いて、軽く俯く。シグナムの理論は狂人のものだが、それでもそれが自分へと適応してしまったのはしょうもない話だ。何せ自分の中にある覇王の記憶が完全に定着し、己の様に振るえることが確認できただけではなく、己の物として自然に体が動くのも確認できた。何よりも―――この四年間、血反吐を吐くほどに修練を重ねたのが拳を振るって伝わってきた。しかしまだ違和感が残る。大事な、中核部分が抜けているような、そんな感覚。ただ、まあ……体に染みついた動きという物はどうあっても落ちないらしい。

 

 構える。動く。拳を振るう。そしてそこから魔力を込めずに、頭をからっぽにして動く。ひたすら体の流れに従って、深く考えることもなく動きを作る。名前は動いてから浮かび上がってくる。

 

「そうは言うが、身体の方は大分素直なようだぞ? 観念したらどうだ―――お前は私を通して喜びを見つけたと」

 

「お前それ狙って言ってるだろう」

 

 動きを止めてシグナムの方を見ると、笑っている彼女の姿がある。既に騎士甲冑は解除され、機動六課の制服姿へと戻っている。その姿を見れば彼女が此方の様子に満足しているのが解る。だからとりあえず、ズレたサングラスの位置を戻し、被った埃を体を振るって落としておく。はぁ、と露骨に溜息を吐いて、シグナムに向き合う。

 

「で、評価はどうなんだい烈火の将さんや」

 

「そうだな」

 

 シグナムは腕を組んで、此方の目を見てくる。

 

「―――最近、白昼夢を見ることはあるか?」

 

 シグナムに問われ、そして最近は割と減ってきたな、と減ってきたクラウスの記憶のフラッシュバックに関して思う。ただ、

 

「見る事はなくなった代わりに、こう……ふと思い出そうとすると記憶が混じってたりするな」

 

「記憶の整理がついて、それを時系列順に整えられた証だ。そしてそれが今、落ち着いている状態だ。つまり”本棚に置いた”という状態だと言えるな。刺激してやれば刺激する程起きて、そして記憶を理解できるようになるはずだ。―――今さっき、私の動きを見ないでも理解できたはずだ。どう来るか、どこから来るのか。それは過去に重ねられる状況に対して脳が”本を取って読み、そして理解”をしたからだ。つまりどんどん体を動かせば”此方”に関してはどんどん整理がつく」

 

「得意げな顔でそんな事を言ってくれるけどさ、お前純粋に戦いたいだけだろ」

 

 その言葉にシグナムは一瞬動きを止め、両腕で体を抱いたまま若干体を捻る様にしてそっぽを向き、少しだけ頬を赤くしている。

 

「べ、別に再び覇王流と戦えるのか、等と期待して胸が高鳴っているわけではないぞ? 今度こそ覇王流に対して己の剣技が、数百年の研鑽が届くのかどうかを試せるかどうかで興奮してなどいないぞ? 本当だぞ?」

 

 はやて、お前の所のブレードハッピーだろ、コイツどうにかしろよ。―――いや、どうにもならないというかはやてはどうにかするつもりがないのだからこんな状態なのだろうが。

 

 ともあれ、だとしたら話は早い。

 

 再び左半身を前に出す様に構える。その姿を見て、シグナムは一瞬で騎士甲冑を纏う。

 

「覇王流―――にはちょいと余計なもんが混じり過ぎているけど、それでもいいなら少し勘を取り戻すのに付き合ってもらえるかな、烈火の将」

 

 構えながらそう言うと、レヴァンティンを抜き放ったシグナムが一歩前へと踏み出しながら答える。

 

「是非もないぞ鉄腕王」

 

 その名を止めろ、と言う暇もなく踏み込む。

 

 ―――世の中、ほんと、だらだらするだけで生きていけたらどんなに楽だろうか。




 これだけ動けるよ、ってだけのお話。

 次回か、それぐらいからかなぁ。キャラ増やすと描写難しいので地味に嫌いです。やっぱ少人数をシーン内で回すのが楽ー。


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ミー・アンド・マイセルフ

「―――ハイ、早朝訓練はここまで!」

 

「しっかり休んでおけよ貴様ら」

 

「午後からはさらに厳しくなるからな」

 

「はーい……」

 

 俺達のその声に弱々しくしか少年少女達は答えられていない。唯一元気……ではなくて、それを見せないでいられているのはギンガだけだ。一人だけ背筋をピッシリと伸ばし、敬礼を取っている。ここら辺は純粋に年齢からくる経験の差のたまものだろう。―――とはいえ、充分に未熟だと自分の視点からだとそう見える。

 

 機動六課の保有する湾上空間シミュレーター、そこにはなのはやヴィータといった教導官の中にに混じって自分の姿がある。そして死屍累々とした様子で大地にへばりつくのは機動六課フォワード、”新人”達で、彼らの教導に自分が混じっている。と言っても全体のプランなどはなのはが作ったりしているので、自分ができるのは技術指導ぐらいだ。不完全な形で拳の握り方を教えてしまったスバルとギンガへ、ちゃんとした殴り方を教えるのが自分のここでの仕事だ。教導官の編成を考えると、はやてとしてもちゃんとそういう格闘に通じている人員は欲しかったし俺の存在は有難かったに違いない。まあ、世話になっている分は働くべきだと俺自身思う。

 

 だからこうやって働く事で誠意を見せている。

 

 まあ、毎回倒れるぐらいに鍛えられている若者共には流石に同情を禁じ得ないが。まあ、それで苦労するのは何歳になっても変わりのない事だ。朝からこれだけ疲れてしまっているのであれば午後はもう少しだけ優しくしても意味がないか、と悟った所で若者たちが立ち上がり、のそのそとした様子で機動六課の食堂へと向かってゆく。その後ろを姿を見て、子供の頃―――祖父に殴り方を教わっている時もこういう感じだったのだろうか自分は、と懐かしい気持ちになる。

 

「それにしても」

 

 バリアジャケットを解除して茶色の制服姿になったなのはが此方を見ながら言う。

 

「元先輩、本当に人に教える事出来たんだね……」

 

「お前に社会での生き方を教えたのを誰だと思ってるんだよ。それに俺は管理局抜けてからは教会の方でセンセーやってるんだぞ。そりゃあできて当たり前だろうが」

 

「そういうヤクザな格好しているとどう見ても教育者には見えないから仕方ないね」

 

 何時も通り袖をまくって、着崩した機動六課の制服を着ている。運動には邪魔なのでサングラスは置いてきている。が、確かになのはの言うとおりどっかの不良がしそうな格好だ。というか規律が重視される隊の中でこういう恰好は正直な話、あまり歓迎されない。……まあ、俺に関しては給料もでない、所属もしていない、ボランティアの様な状況なので文句を言われる筋合いはない。

 

「うるせぇ、俺はチョイ悪系ファッションで攻めるんだい」

 

「既婚者が攻めてどうするんだよ。浮気は殺されるぞ」

 

「あー……うん。うん……」

 

 そうか、そう言えばこの四年間の間にそんな事があったらしい。気分としてはまだ独り身の気分なのだが。となるとかっこつけてもナンパに行けないのか―――それは少し寂しい。

 

 こう、街に出て新しい出会いを……いや、ないわ。今更ながらないわぁ。まあ、起きてしまったのなら真摯に向き合わなきゃいけないよなぁ。

 

 記憶が戻るか、もしくは会う事ができれば是非とも聞いておかなきゃいけない。一体誰に手を出したのか―――いや、恐ろしい返事が返ってきそうで非常に恐ろしいのが困るところなのだが。ともあれ、機動六課の制服、上着のポケットの中に捻じ込んでおいたタバコの箱を取り出し、そこから一本煙草を取り出して口に咥える。

 

「元先輩、喫煙家だっけ」

 

「差別化の為に吸ってる」

 

「……? あぁ、なるほど」

 

 魔力効率は良くないが、そこそこ魔力があれば魔法で炎を作る事も出来る、だからライター代わりに指先に炎を灯し、口に咥えたタバコに火をつける。タバコは本当は格闘家にとっては毒にしかならないが、吸った分は運動で体外へと吐きだしたり、今では便利な魔法が多く存在しているのでそこまで問題はない。……まあ、自分にとってタバコを吸う最大の理由はなのはへと言った通りに”差別化”という理由が一番大きいに変わりない。クラウスが生前していなかった事を習慣づける事によって明確に彼と自分の間に壁を作って意識の差別化を図っているのだ。

 

 アレは鍛錬の邪魔になるから、と酒やタバコの類はやらなかったし。

 

「それに比べて俺の不真面目さときたら泣かれるよなぁ」

 

「元先輩が不真面目なのは今更に始まった事じゃないよね?」

 

 なのはを見る。なのはが此方を見る。互いに微笑みながら互いを見てから、中指を向け合う。

 

「ゴートゥヘルなのは」

 

「ファックユーイスト」

 

「お前ら本当に仲がいいよな」

 

 元コンビだからこれぐらい当たり前の呼吸だと証明したところでなのはとハイタッチを決める。大体は芸風というか、こういうノリでなのはとは完成しているので怒っているように見えて実はふざけているというのは割とよくある。なのははなのはで行動は割とエキセントリックだが中身が善良なのが少しだけ俺と違う部分なのだが。

 

 ともあれ、

 

「んー、これで俺もヒモ脱却かぁ」

 

「元先輩を苛める要素が少なくなって私はとても悲しい……けど、けど、元先輩は生粋にダメ人間! だからなのは、次のネタで元先輩を苛めるの! 弄るの!」

 

「お前は本当に邪悪だな」

 

 三人で横並びに少しだけ、このシミュレーターで時間を潰しながらゆっくりと昼食を貰いに食堂へと向かう。食堂では今頃新人四人とギンガが必死に昼食を腹いっぱい詰め込もうとしている最中だろう。そこに地獄を見せた相手が混ざったら満足に食べる事も出来ないだろう、という判断から教官の方は少しだけ遅れて食堂へと行くことにしているらしい。―――ベルカ教会で教えている時は割とノリが男子校のそれに近いからそこまで意識した事はないが、女子と言うのは意外と繊細な生き物だと理解させられる。

 

 ともあれ、シミュレーターからなのはからネタ混じりに教導の方針やら話を聞く。やはり根が真面目なせいか、やっている事は割と頭がおかしいが、プラン自体はしっかり構築されており、それぞれの限界を見極めたうえで組まれている内容だった。ここら辺はブレる事がないなのはの芯だなぁ、と思っているとシミュレーターから岸までつながる橋を渡りきる。空間シミュレーターのコンソール前にはデバイスマイスターの女、シャーリーがいた。

 

「どうもです!」

 

「おう、シャーリーか。何か問題あったか?」

 

 手を上げて軽く挨拶する所、ヴィータが若干面倒そうにグラーフアイゼンを肩に乗せてシャーリーに何かあったのかを聞く。そういえばデバイスマイスターがこんな所へとやって来るなんて、デバイスの事以外ありえないよな。そう思ったところで、

 

「あ、ちょっと騎士イストの義手を見せてもらってもいいですか。片腕だけでもいいので、演習再開までにはお返ししますので。あ、ちなみにこれ業務とは全く関係のない、完全に趣味ですので」

 

「お前は仕事に戻れよ」

 

 鋭いヴィータのツッコミにめげる事無く、シャーリーが視線を此方へと向けてくる。別段腕が一本ない程度では問題ないので左腕を抜いて、それをシャーリーへと投げる。

 

「それ、重量結構あるから気を付けろよ」

 

「解ってます―――うがぁ!?」

 

 義手をキャッチしたシャーリーがそのまま義手を抱えて床に沈む。助ける気などないので、そのままヴィータを含めた含めた三人でシャーリーを置いて機動六課へと続く階段を上がり始める。背後からシャーリーがうがぁうがぁと声を漏らしている様な気もするが、気にする必要は一切感じないので完全に無視する。他の二人も軽くシャーリーを無視していることからこれが結構日常的な事であると悟る。まあ、それはそれでいいのだが。

 

「そう言えばお前、片腕だけじゃ不便じゃねぇのか」

 

 そう言ってヴィータは右腕だけとなった此方を指さしてくる。階段を上りつつそうだなぁ、と口に出して一旦間を置く。左腕はシャーリーに渡したために残っているのは右腕だけだ。普通はバランスを取るのが少し難しいのだが、流石に慣れているもんだ。口に咥えたタバコを右手に持ち、階段を上りきったところで手すりに背中を預ける。背後で浮かび上がっていた空間シミュレーターがヴン、と音を立てながらその起動を停止させ、廃墟が何もない空間へと戻る。その光景見届けて、再びそうだなぁ、と声を漏らす。

 

「不便、なはずなんだろうな」

 

「はっきりしねぇなぁ」

 

「頭じゃあ不便だって解ってんだよ。俺は気が付けば腕がないし、クラウスだってこんな経験ねぇよ。むしろ腕が不自由だったのはオリヴィエの方だ。彼女は子供の頃から両手が不自由で義手じゃなきゃまともに動かす事さえできなかったんだぞ? まあ、後からもっぱらエレミアの作った鉄腕を愛用していて―――」

 

「おい、馬鹿」

 

「あん?」

 

「タバコ、握りつぶしてるよ」

 

「あ」

 

 右手を見る。先ほどまで右手で握っていたタバコは何時の間にか強く握りしめられる拳によって握りつぶされ、その燃えていたであろう先端は掌の中に収納されている。その熱さを掌に感じるが、それは痛みに直結しない。右手を開いてみれば、そこには潰されたタバコの存在がある。このままポイ捨てすればまず間違いなくレイジングハートから砲撃が放たれてくる。それは耐えられなくもないかもしれないが、片腕だと死ねるのでやめてほしい。というか切実に無駄なダメージは回避したい。仕方がないから胸にしまってある携帯灰皿に吸いがらを捨てようと思ったが、片手が吸いがらで埋まっている。

 

「ちょっとヴィータ、胸ポケットに携帯灰皿あるから取ってくれよ」

 

「あいよ」

 

 ヴィータが近づいてきて、胸のポケットへと手を伸ばしてくる。だが自分は動かない―――故にヴィータが伸ばそうとする手は胸のポケットまで届かない。ヴィータは少しだけ体を伸ばしてくる。それでも自分は動かない。故にヴィータの手はまだ届かない。それでも律儀に取ってくれようとヴィータは軽く背伸びするが―――それでも胸にしまってある携帯灰皿には届かない。それはそうだ、自分の方が圧倒的に背が高いのだ。ヴィータ程度の背丈で届くわけがない。

 

 故に、

 

「ぶっ殺す……!」

 

「ははははは! 痛いからやめようぜ? な?」

 

 グラーフアイゼンを構えるヴィータの姿を見て右手を上に持ち上げて降参の意を示す。その光景になのはが軽く笑いながら、胸のポケットから携帯灰皿を取り出し、開けてくれる。

 

「サンキュ」

 

 携帯灰皿の中に吸殻を捨てて、灰皿を受け取る。それを再び閉めながらポケットにしまうと、またタバコを吸うかどうかを迷う。べつに好きなわけでも嫌いなわけでもない。いや、むしろどちらかと言えばクラウスの影響もあって嫌いな方が高い。吸っているとそれだけでストレスの原因になる。だからこそ吸って差別化を図っているのだが―――”気づけば握りつぶしている”事が偶にある。面倒な事だが無意識的な事だ。つまり無意識的な所で影響されている、という事だ。

 

 物凄く面倒な話だ。俺は俺だって自覚はあるのに、無意識的な部分でそれはそうなのかが解らない。まるで赤い絵の具と青色の絵の具を混ぜた中心点に立っているような感じ。もう一度非常に面倒くさいと思う。早い所どうにかしたいとも思う。

 

「あー……あの頃に戻りてぇ……」

 

 そりゃあ未来に対して不安がなかったわけじゃない。それでも学校へ行って子供や騎士達に教導して、家に帰ってくると彼女たちがいて、出迎えてくれて、そしてなんでもない普通の日常を過ごす。そういう平和な日々が欲しい。もうスリルやサスペンスなんてこりごりだ。とことん平和で何もない日常でもう十分だ―――これが終わったら。

 

「あ、じゃあお先にー」

 

「はいはい」

 

「壊すなよー」

 

 魔法で身体能力を強化すれば済む事に気づいたシャーリーが階段を上がって来て、そのまま通り過ぎてそう離れていない隊舎へ、入り口を通って入って行く。軽くスキップしているのはいい事があったからだろうか、もしくは仕事に充実感を得ているタイプからだろうか……確実に仕事が趣味、というタイプの人間には見える。

 

 ともあれまだ戻るには早い。そのまま三人で適当に手すりに寄り掛かりながら湾の方から吹いてくる風を感じ、軽く時間を潰す。早く行きすぎると食堂の方でばったりと遭遇して若人たちに食事中に要らぬ気遣いをさせてしまう―――そこらへん、少しは配慮してあげるのもまた年上としての仕事だ。だから軽く雑談でもして時間を潰そうと思ったところで、機動六課の隊舎へと通じる扉を開けて現れる姿がある。

 

 それは先ほど食堂へと向かったはずのギンガの姿だった。

 

「おい、まだ休憩時間は終わってないぞ」

 

 いやそれよりも問題なのは、そこにいるのはギンガだけではない事だ。ギンガの横には見覚えのある姿が存在している。緑髪の”少女”だ。年齢は―――四年後を考えるとすれば大体十歳ぐらいだろうか。あぁ、このぐらいの年齢は成長差が激しい。前見た時よりもはっきりと成長したと見てわかる。また、懐かしい気持ちになる。

 

「あ、イストさん、やっぱりここでしたか。実は―――」

 

 ギンガがこっちへ、少女を連れて近寄ってくる。ただ少女はギンガの言葉を遮るように前へ素早く動き出す。その動きににやり、と笑みを浮かべ、接近と同時に放ってくる拳を残っている右腕だけで掴む。目の前に現れた少女を見て、なのはが口を開く。

 

「何というかトラウマを呼び起こす物凄く見覚えのある姿なんだけど、元先輩この子は」

 

 なのはの言葉に、ブラウスとスカート姿の少女が拳を引き、そして一歩後ろへと下がってから置いてけぼりの周囲へ頭を下げてから挨拶をする。

 

「―――覇王流”正当後継者”のアインハルト・ストラトスです」

 

 そう言ってまだ幼い”本物”の覇王は珍しい笑みを浮かべる。

 

「壮健そうで何よりです、師父」

 

 この時代における唯一の本物がそこにはいた。ザワつく脳を無理やり沈めながらも、少しだけの喜びと、そして頭痛を感じる。

 

 懐かしいのはいい事なんだが―――やらかしたのは誰だこれ。

 

 そう思わざるを得なかった。




 でっでーん! 覇王っ子登場! 師父ー師父ーとか言いつつ追いかけてくるアインちゃんかわゆい。覇王っ子可愛い! うん。可愛いと思うんだ(メソラシ

 この時期だとアインハルト9~10歳ですね。意外とエリキャロと年齢変らないんです


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ユー・アー・ミー

 ―――手を伸ばしてアインハルトの頭に触れる。さらさらと指の中で流れる指の感触を感じられるのはやはりこの精巧に作られた義手のおかげなのだろう。自分の記憶にある通りの感触と、全く変わりがない事に寂しさを感じ、それを振り払う。頭に手を乗せた時は細めていた目を、アインハルトは開いて左腕へと向ける。そこには何もない。そこに視線を向けてアインハルトは―――別段、これといった表情の変化を見せない。彼女はこういう姿を見慣れているし、何より機動六課へとやってきているという事は聞かされているという事だ。だから彼女の頭を撫でてから、それをゆっくり離す。何故かその手に感じる感触を珍しいとは思わず、身近に感じる。何故だろうか。自分にとっても心地の良い感触だった。

 

「良く来たなアインハルト。その様子を見るとお前も元気そうだな、お兄さんは嬉しいぜ」

 

「師父こそ戻ってきてくれて嬉しく思います。次に会おうと約束したのが数週間後なのに、四年間も待たされて驚かされてしまいました」

 

「そうか、心配かけた様で悪いな。長期出張するかどうかは未定だったんだよ」

 

 そっと手を差し出し、アインハルトの頬に触れる。何かをするわけでもなく、アインハルトはそれを黙って受け入れる。何故だろう。彼女を見ていると自分が”自分”であると迷う事無く理解する事が出来る。いや、何故かは確信している。自分の様な”偽物”と違ってアインハルト・ストラトスこそがこの世で、唯一、本物として君臨できる覇王、覇王の後継者なのだ。だからこそ、彼女を見ていると自分のそれが後付で、”自分”というものを見直せる。だから彼女を見て落ち着く事が出来る。

 

「で、幼女と見つめ合っている元先輩はロリコン道を突っ走るのか。これはスレの立てがいがあるなぁ……」

 

「そこの魔王は殴り殺すぞ」

 

「やんのか保育園長」

 

 右腕を戻したらそれを即座になのはの胸倉を掴む為に持って行く。やんのかおら、と言いながらなのはが逆に此方の胸倉を掴みながらメンチを切ってくる。

 

「な、なのはさんもイストさんも!」

 

 焦ってギンガが仲裁に入ってくるが、その前にお互いを解放してハイタッチを交わす。止めようと走って寄ってきたギンガが途中でコケそうになるが、何とか持ち直して惚けた表情を向けてきている。大体なのはとのこういうのはノリとネタだといい加減にギンガは覚えるべきなのだ。まあ、根が善良過ぎるからこそあっさりと引っかかったり苦労するのだが。それはそれで間違いなく美徳だからそのままであってほしいものだが。

 

 ともあれ、ヴィータが溜息を吐く。

 

「ギンガ、お前今日の休み時間は少しだけ長引くって他の連中に伝えてゆっくりしとけ」

 

「あ、はい! 了解しました!」

 

 短く敬礼したギンガは隊舎の中へと戻って行く。そしてそうだなぁ、とヴィータの言葉に短く言葉を付ける。溜息を吐きながら、ここら辺は俺達じゃなくて―――いや、俺も確実に関わっているというか、騒動の中心だけど。”こういう事”に関しては適任の人物がいる。だから、

 

「はやてちゃんだね」

 

「だなぁ」

 

 間違いなくトップの仕事だ。

 

 

                           ◆

 

 

「―――改めて名乗らせていただきます」

 

 応接室、ソファに腰掛けるアインハルトに相対する様にはやては座り、その右隣に小さいリインフォースツヴァイの姿がある。自分の姿ははやての左隣―――ではなく、機動六課に所属しているわけでもないので、アインハルトの横だ。死亡扱いをされてはいたが、正式には聖王教会の騎士として登録されているのだ。故に立つべきサイドはあちら側ではなく此方側、という事になる。……まあ、やっぱり記憶やら死亡扱いやらでそこらへんごちゃごちゃしていて頭痛くなるのだが。

 

「覇王クラウス・G・S・イングヴァルトの子孫で覇王流(カイザーアーツ)の正統な後継者、アインハルト・ストラトスです。家名に関しては世代を隔てる過程で変わってしまっただけなので気にしないでください。歳は十で、一応聖王教会に所属という形になっています。宜しくお願いします」

 

 ぺこり、とはやてにアインハルトが座ったまま頭を下げる。そしてそれに対応する様にはやてが苦笑交じりで自分の紹介をする。やはり、少しだけアインハルトの生真面目さというか、”早熟”加減に驚いているのだろうか。精神的な観念で言えばアインハルトは間違いなく同年代よりも二~三歳程精神が成熟している。それはアインハルトが生まれた時から常にクラウスの記憶と共にある為だ。まあ、自我が生まれる前からその記憶があったからこそ、アインハルトは特に問題も苦しみもなく生活しているのだろう。

 

「んでここへ来たのはカリムの紹介やあらへんな」

 

「えぇ、別の司祭様でしたね。こっちへ行くと決めてから聞いたことでしたが、寧ろカリムさんの方は今は放っておいた方が何かと都合がいいと思っていたそうでして」

 

「あぁ、ウチとしてもその方が助かったんよなぁ……」

 

 聖王教会も決して中身は一枚岩ではない、という事だろう。昔シュテルに地球の宗教に関して話を聞かされたことがある。聖王教会にはプロテスタントやカトリックの様な大きな別れを生む様な考えの相違はない。それでも細かい所で派閥や個人が成りあがろうとすることで起きる敵対は存在する―――こればかりは英雄を崇めるのか、神を崇めるのか、対象が違っていても結局のところ人間が自分の地位を向上させようとする欲に変わりはない。

 

「なるほど、”仕事と所属を間違えるな”って警告やね、これは―――めんどくさっ」

 

「はやてちゃんはやてちゃん! 実際めんどくさいかもしれないですけど本人の前でめんどくさいって言うのは流石に失礼なんじゃないかと思うんです!」

 

「大丈夫やよリイン―――この園長先生は自分がものすごーく大きな爆弾だって自覚しているし、そのお弟子さんも自分が迷惑の塊やって理解しておいてこっちへ来とるんやから。そうじゃなきゃ態々カリムは止めようとしたなんてことも言いはせえへんやろ。つまりこっちのちっこいのはちっこいので確信犯や。うわぁ、何でこうも関係のない所で面倒を背負わなくちゃいけないんや……」

 

「はやてちゃん! 失礼です!」

 

 ツヴァイが浮かび上がると腕を両腰に当ててはやてを叱り始めるが、それを気にしない様に、げっそりとした表情をはやてが浮かびあがらせながらツヴァイを指で掴むと、それ後ろへと投げる。キャー、と軽い悲鳴を上げながらツヴァイは回転しながら後ろへと飛んでゆく。その光景をアインハルトはちょっとした驚きとともに見ている。―――これははやてのペースに状況がハマったかな、とその様子を見ながら思う。はやても決してわざと馬鹿をやっている訳じゃないのだ。

 

「あぁ、すまんすまん、ちょっとぐちぐちしてもうたな」

 

「あ、いえ、気にする必要はありません」

 

「いやいや、ええんよ好きな事を言っても。機動六課のバックは聖王教会やし。スポンサー様の御意向に逆らえんのが下の人間なんやで? アインハルトちゃんはそのスポンサー側の人間に自由にさせてもらっているという事は此方側でもそう縛れたものやないんのよ。だからほれほれ、言いたい事があったら存分に言っていいんやで?」

 

「はやて、お前割とキャラ変わってないな」

 

 イエス、と言いながらはやてがサムズアップを向けてくる。何故かその様子にイラっと来るのでデコピンでも叩きこんでやろうかと思ったが、近くに指ではじいて飛ばせる者はないし、はやてがいるのはテーブルの向こう側なので今回は諦めて置く事とする。ともあれ、

 

「で、アインハルト。べつにこの超ハンサムなお兄さんの顔を見に来た事が目的じゃないんだろ? 何か目的やらやりたい事があるのなら素直にゲロった方が楽だぞ」

 

 ゲロらなかったらどうするんですかねぇ、等と言いながらはやてがゲスな表情を浮かべてくるので、反射的に極小の空破断を指先で弾く様に生み出して、はやての額に叩き込む。それを打ち込んでからあぁ、そう言えばこの手段があったなぁ、と今更ながら額を抑えて悶絶するはやての姿を見ながら思う。

 

「私の目的は決まっています」

 

 アインハルトが此方へと一瞬視線を向けてから額を抑えるはやてへと視線を向ける。そして、それからゆっくりと口を開く。

 

「―――師父と一緒に暮らす事にしました」

 

 そして、

 

『やーいロリコン!』

 

『出て来いよなのは! 盗み聞きとかしてねぇで出て来いよなのはぁ!』

 

 返事が全くないというか、なのはの気配が遠ざかって行くのでたぶんそれが言いたかっただけなんだろう。あとで、なのはが忘れた頃に横を抜けながら腹パンを決めると心に誓う。あの外道後輩は最近調子に乗り過ぎている。ここは一人、年長者と元先輩として社会に出てからの年上との付き合い方に関して肉体言語で教える必要がある。あの女、最近ハッチャケすぎなのでどっちが上なのか改めて解らせなくては。

 

 ともあれ、

 

「あぁ、うん。ここら辺ネタ一切抜きで話す事にするけどアインハルトちゃんそれでええん?」

 

 はやての言葉にアインハルトが頷く。

 

「問題ありません。元々師父の事は本当の両親以上に身近に、本当の両親よりも慕っています。それに私が一緒に居る事が今は何よりも、師父の手伝いになるでしょうから―――それにこの世で現在、師父を誰よりも理解できるのは私です。だとすればこれ以上疑う必要もないでしょう。そこに私が存在する価値がある以上、そこへ行くことに私は意義を感じます。だとすれば行動へと移すのみです―――黙って傍に立ってやるのがかっこいい、でしたよね、師父」

 

「お、おう」

 

 この少女、四年間でイケメン力を磨いたのか、なんだか少しだけ輝いて見える。薄汚れた心を持っている自分には少しだけ眩しいような存在だ。しかもそのまま此方へと笑顔を向けてくるので少しだけ困る。ここはどうするべきなのだろうか……そう迷ったところで、片腕では特に何かができるわけでもないし、黙ってアインハルトの頭を撫でておくことにする。

 

『えらい懐かれてんな。聖王教会で教育何やらやってたってのは知っとったけど一体どんな危ない薬を飲ませたん? ん? 魔法の白いお薬か?』

 

『危ない話はやめろよ……。で、何をしたか―――草笛』

 

「は?」

 

 思わずはやてがなにそれ、といった表情で此方を見てくる。驚き、というよりは若干呆れた様な表情だった。別段隠すようなことも出ないし、口に出して答える事にする。

 

「教会側はアインハルトに色々教えてほしいって言ってたけどさ、常識的に考えて六歳の子供に拳の作り方を教える? 訓練させる? トレーニング? ばっかじゃねーの。やるわけねぇだろぉ!? ……っとまあ、常識フィルターが働いたイストさんはむしろそんなつまらない事で人生を潰すよりはもっと子供らしい遊びで暴れ回った方が楽しいと思ってだなぁ」

 

 あぁ、懐かしいですね、とアインハルトは目を閉じながら微笑む。

 

「草笛なんて初めてでしたし、泥団子なんて一度も作った事はなかったですし―――肩車なんて、一度も両親にしてもらった事はありませんでしたね。思い出せば毎日が新鮮な発見と経験ばかりで多く驚かされていました。クラウスの記憶を持っていて、それでなんでも知ったかのような気持ちでいましたが、それが一瞬で崩れる思いでした」

 

『―――ま、つまり年相応のガキとして扱ったって事だよ。親は家の意味ばかり考えて、教会は将来性と覇王の再来ばかりとしか見ないから誰かがガキとして扱う必要があった、ってだけだ。両親連中はアインハルトと違ってクラウスの血が薄くてな、アインハルトの様にクラウスの記憶を持たずに生まれたから』

 

『あぁ、そりゃあ懐くわけや』

 

 甘える事の出来ない環境で甘えられる相手を用意するからこうなる。解っていても誰かが子供を子供として扱わなきゃいけない。親も教会も無理、記憶のせいで友達は相手が幼稚に見えるから作れない。だったら誰か、上の人間がとことん甘えられるように、馬鹿ができる様に子どもとして扱ってあげなきゃいけなかったのだ。それが偶々俺だった、という話だ。―――まあ、イングとの衝突があったからこそ接し方が解ったという部分もあるが。

 

『ま、そんなわけでお兄さんは別に何かを教えたわけでもなく、ただ遊んであげている近所のお兄さん的ポジションなんですよ』

 

『その割には師父って呼ばれたりして偉い慕われているな』

 

「師父?」

 

「何でもないさ」

 

 誤魔化す様にアインハルトの頭を撫でる。彼女が自分を師父、と呼ぶのは彼女が此方を父の様に思ってくれている、という事の表れだ。それは信頼であり、愛情の証でもある。それ自体は問題はない。ただ問題なのは、彼女が俺と”同類”であると理解してしまった事だ。彼女は俺が理解者であり、彼女が理解者であると知ってしまった。

 

 今は欠片も見えないが、これが彼女を歪めなければ良いな、と思う。

 

 ―――それに。

 

 ヴィヴィオが問題だ。




 アインハルトちゃんに父性を感じさせちゃったんでこんな感じですなー。つまり与えられなかった子に与えてしまった、という事ですな。言い返せばパパーパパーってな状態なわけで。

 それにしても身内に引っ張り合いは何時みても醜い。そしてなのはさんへかまされる腹パンの行方は


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ウィークス

 目覚めは目覚ましのアラームと共に来る。

 

 既にアラームの音に慣れ切った体は音が鳴り始めるのと同時に目が覚める。義手のついた左腕を横へと伸ばせば四時を示すアラームクロックがピピピ、と五月蠅く音を鳴らしているのを止める事が出来る。―――何故かこうやって朝起きる時に義手を付けていると違和感を感じる。だが、まあ、義手を間違って両腕ともとってしまえば自分では付けられないのが非常に困った事だ。……誰か、俺の代わりに義手を付けでもしていたのだろうか。

 

 とりあえず覚えてもいない事を悩んでいてもしょうがないのは何時もの事だ。最近はめっきりと少なくなったフラッシュバック等をアインハルトに感謝しつつアラームクロックのアラームを消し、ベッドから抜け出る。閉じている窓の隙間からは既に日が弱くだが見えてきている。それでもまだ完全に日が昇っている訳ではない。それでも一日の事を考えるのであればこれぐらいの時間が自分の都合にはいい。ベッドから抜け出して温もりを手放しても、眠気は残っていない。寝起きはすんなり行けるタイプは人生が物凄く楽なものだと思う。ともあれ、

 

「―――アインハルトが来てから一週間か」

 

 平和なもんだ。

 

 そう思いながら朝の訓練が始まる前に自分の分の運動を終わらせるために服とタオルをクローゼットから探し、そしてシャワー室へと向かう事にする。

 

 

                           ◆

 

 

「よう、おはよう」

 

「おはよう」

 

 着替えやら髭剃り、身嗜みを整えてから食堂へと向かえば時刻は四時半だ―――それでも食堂は既に機能している。徹夜組がそこでは死屍累々とした表情で珈琲を飲んでいればテーブルに突っ伏している姿があり、起きたばかりのフェイトの姿がある。優雅にホロウィンドウを片手に、紅茶か何かを飲んでいる様子だった。片手をカウンターの方へと振るとカウンターの向こう側から手を振って挨拶が返ってくる。毎朝頼むものは一緒なのでここら辺は口にしなくても通じる。フェイトの向かい側の席に座って腰を落ち着ける。

 

「今朝のニュース来てるけど読む?」

 

「説明してくれ」

 

 フェイトにそう答えると少しだけ呆れた様な表情を向けてくるのでガンを飛ばしてみる。そこでフェイトは若干怯えてくれるのでやっぱ目つき悪いんだろうなぁ、と再認識する。胸ポケットにしまっておいたサングラスを取り出して、それをかけておく。両手足を組んで、店員が運んでくるブラックのコーヒーを前に置いてもらう。

 

「イストさん」

 

「何時も言ってる事だけどさんはいらねぇ。ガキならまだしもお前もう良い大人だろうに」

 

「大人だからだよ。ともあれ、イストさんはいい加減もう少しノリで物事を進めようとするのを止めない? ガン飛ばされるたびに心臓が潰れそうになるんだけど。イストさん普通に笑っている分には全く問題ないのになぁ……」

 

 俺から顔の悪さを抜いたらただの面倒な男だ。こういうパーソナリティがあるから俺のキャラが出来上がってるのではないか。というかそこらへん考えてほしい。この顔と、そしてこの境遇が無ければ俺なんか割とそこらへんにいるような人間ではないか。俺的にはもうちょっと押しが強くないとその他大勢にキャラを食われかねないと思っている。

 

 珈琲を飲みつつそう思っていると、モーニングセットが運ばれてくる。片手で運んできた店員に感謝しつつ、目の前の皿に盛られたクラブハウスサンドイッチとフライドポテトを見て、フェイトは少しだけ困ったように笑う。女性からしたら流石に量が多いが、割と燃費の悪い体なので結構たくさん食べなくては朝のエネルギーは持たないのだ。

 

「食べすぎじゃない?」

 

「燃費の悪い体なんだよ。実際これでも動いた後は足りないし」

 

 運動した後でもまた、何か食べなきゃやはり腹は減る。そう言ってもスバルやギンガ程、というわけではないが。ともあれ、クラブハウスサンドを食べ始めると背後からのそのそ、と動きを背後から感じる。苦笑しつつ振り返れば、ブラウスにスカート姿―――何時も通りだが、非常に眠そうなアインハルトの姿がそこにあった。若干眠そうにふらふらしている様子を見ると、やはり朝には強くないのだと思う。眠そうに眼を擦るその様子が年相応に思える。カウンターの方へと手を振り、ホットミルクを頼むと、アインハルトが近づいてくる。

 

「こらこら、別に同じ時間に起きなくてもいいんだぞ? 夜でもいいんだし」

 

「いえ……師父が朝にやるのであれば……私も朝がいいです……」

 

 そう言ってもアインハルトは眠そうな表情だ。このままでは椅子に座らせてもそのまま椅子から滑り落ちてしまいそうなので、アインハルトを手招きして近づけると、片手で彼女の軽い体を持ち上げて膝に乗せる。まだ眠いからか特に文句は言われないし、若干体を預けてくる様子がある。その姿にフェイトと顔を合わせて微笑みながら、

 

「平和だなぁ」

 

「こんな時間が続けばいいんだけどね」

 

 続くわけがないと解っているからこそフェイトにどうしても納得してしまう。店員が運んできたホットミルクを片手で押さえながら、それをアインハルトに握らせようとする。眠そうに首を揺らすその姿にやはり、小さく笑い声を漏らすしかなかった。

 

 

                           ◆

 

 

「んじゃ、軽く運動すっぞー」

 

「はい!」

 

 空間シミュレーター―――ではなく、寮の裏手の広場で、軽く体をほぐす様に運動する。体を左右へと曲げ、体をまっすぐ伸ばし、そして体を軽く温める。体を動かしつつも横のアインハルトを見やると、アインハルトも似たような運動をし、身体をほぐしている此方と同じ様なウォーミングアップ方法をこっちを盗み見て、行っている。ちょっとだけ悪戯心が湧いてくるところだが、まあ、そこらへんは押し込んでおく。

 

 時刻は五時十数分過ぎ。六時にもなればティアナやスバルが起きる。そして七時になれば演習を始める為、自由な時間―――自分の鍛錬に当てる時間はなくなる。体が鈍らない様に、型の練習や軽く運動はこういう時に反復しておかなくては割と忘れてしまうのだ。体に染みついた、と言ってもそれは日々の積み重ねから生まれるものだ。その研鑽を絶対に忘れてはいけない。それは”ある”者が絶対に忘れてはならない事だ。

 

「大丈夫か?」

 

「問題ありません師父」

 

「んじゃ軽く型だけのを通すぞ」

 

「はい!」

 

 何度も何度も練習し、発掘し、再現し、そして脳に刻まれた覇王流の基本的な動きを取る。構えはアインハルトも俺も違う。だがそこから始まる踏み出しての拳撃は全く同じ動きだ。そこから繋がる蹴り、肘、回し蹴り、その全てがスローモーションだが、横に並ぶ自分とアインハルトの動きに一切のブレも遅れもなく、まるで機械で遠隔操作しているかのような正確さで同じ動きを取る事が出来る。何度も何度も繰り返しているが、もはや思い出す必要もないぐらいに体に刻み込むのが理想だ―――そして記憶を失う前の俺は馬鹿律儀にこれを数えきれないほどにやっていた。そのおかげで記憶を失った今でも全く関係なく動ける。

 

 だから最低限アインハルトには求めるのはそういうレベルだ。……まあ、十歳の少女に特に何かを期待している、という訳でもないが。エリオとキャロに関してはなのはがしっかり”体を鍛えない様に”見張っている。どう足掻いても十代前半、というか入り立ての少年少女の体を鍛える事はメリットよりもデメリットが多い。教育者としてはそこらへん、筋肉を付けない様に導くのが難しい。いや、軽度なら別に問題はない。だが自分たちの様な戦闘に耐えうるための本格的な体作りはもう少し後からではないと危ない場合がある。

 

 折ったり、魔法が作用して変な方向に延びたりと、そういう事件は過去には何度もあった。だから万全を期すため、身体の筋肉等を鍛える事はさせていない―――まあ、そもそも今の立場で本格的にアインハルトに教えることなどできもしないのだが。

 

 だからできることは技術教導。それもアインハルトが最低でもあと四年は大きくならなくては完全に教える事は出来ないが、基本的な物であればそれまでに魂に刻む程度は出来る。

 

 だからゆっくり、ゆっくりと、まるで海の中を歩くような速度で体を動かす。自分一人であればこれに負荷を加える為に動きを魔法で縛るが、今はアインハルトがいる。彼女の見本となるために、見えやすい様に、付いて来やすい様に動く。それにしっかりと付いてくるアインハルトの姿はやはり才能が自分よりもある―――と、思ってはいけないのだろう。彼女が必死にこっちについて来ようと、必死に努力しているのはよく知っている。それにはまだまだ早いって言っているけども、彼女は此方の期待に応えるのが楽しいと答えてくれる。だったら前に立つ先陣として、相応の姿を見せ続けなければならない。

 

「大丈夫か?」

 

「問題ありません」

 

 なら問題ないか、と今までにはない動きを少しだけ加える。それにアインハルトが一瞬戸惑いを見せて、動きが少しだけ、ブレる。だが次の瞬間にはどの動きかを把握したのか、即座に此方の型に姿を合わせてくる。だからそれを少しだけ引き離す様に動きを変則的なものにする。肘を突きだしながら前へと踏み出したところで体を反転、滑るように蹴りを繰り出しながら少しだけ跳ねて逆の足で蹴りだす。そこから今度は拳へ―――そうやって動きを繋げて行き、繋がる動きと繋がらない動きを体で確認し、覚えて行く。

 

 何十、何百を超える覇王流の動き、一つ一つを繰り返して繰り出し、似たような組み合わせを流れで何度も繰り返し、そしてどの動きからどの動きへ、どれであれば隙が少ないのか、それを徹底的に体に刻み込む様に覚えさせて行く。アインハルトだけではなく、自分にも。これ以上気遣われるのはアインハルトも嫌がる。だから動きを偶に変則的にしつつ、今までアインハルトが繰り返した事の中に、少しずつ、日に日に新しい動きを増やして行く。

 

 今はこれだけでいい。

 

 それを三十分も続ければ魔法で強化されていないアインハルトの小さな体では体力の限界がやってくる。此方は汗を欠片も流していなくても、横へと視線を向ければ額に玉の様な汗を浮かべたアインハルトの姿がある。故にそこで一旦動きを止める。そこにアインハルトはケチをつけないし、文句を言わない。この子の良い所は己の限界を知っている所だ。だから決して、己を超える無茶をしようとしない。

 

 うん、そこは非常に俺の様じゃ無くて安心できる―――俺を参考にするのはちょっとおすすめできないから。

 

「疲れたか?」

 

「はい」

 

「んじゃあ休んでいていいぞ」

 

「解りました」

 

 そう言って、あらかじめタオルを持ってきていたアインハルトはそれを近くの木陰から取ってきて、自分の顔や手をふく。そんなアインハルトの様子を眺めながらも、此方は此方でまだ動けるし時間も残っているので動きを続ける。今度はアインハルトに合わせる必要はない。汗を拭き終わった彼女は此方の事を見ているが、それでも今度は此方のコンディションを整える為の動き。もっとゆっくり、全身の筋肉を酷使する様に、ゆっくりと型を進める。

 

「で、アイン」

 

 愛称で彼女の事を呼んでみると、アインハルトが視線を此方へと向けてくる。

 

「なんでしょうか師父」

 

 動きを続けながらも余裕はある。このまま無言でいるのはアインハルトには悪いであろうと、彼女がここへと来た翌日から始まったこのルーティーンに少し会話を挟み込んでみる。

 

「此処へ来てどうだ? なんか困ったりしているか? ハブられているとか。魔王がウザイとか」

 

「師父は本当に仲がいいですね、あの方と」

 

 アインハルトがくすり、としながら言ってくる。そりゃあそうだろう。彼女がどう思っているかは解らないが、少なくともなのはの事は悪友か親友だと俺は思っている。記憶を取り戻したらどうなるかは解らないが、俺から彼女への評価はそんなもんだ。あと自分と組む上で理想的な後衛要員も一応彼女の様なタイプの魔導師だと言っておく。

 

「んで、特に問題はないか?」

 

「えぇ、今の所少し気にかけて貰ったり、皆さん良い人で安心しています。こう、聞いた話ではかなりエキセントリックというか、個性的な人間の集まりと言いますか……えーと」

 

「あぁ、うん。正直にキチガイだって言ってもいいんだぞ? 間違ってはいないし。最近ではエリオが何時降参するかをヴァイスやはやてと賭けててなぁ……楽しいけど頭のおかしい連中だよ。あ、今のエリオに内緒な」

 

「ふふ、解ってますよ」

 

 まあ、知らない場所へ来て笑う事が出来るのであれば問題はないのだろう。ヴィヴィオに対しても割と好意的というか、別に俺の様なリアクションはでてないし。

 

 動きを止めながら思う。

 

 ―――ホント、平和だなぁ、と。

 

「さて、もうそろそろ時間だし。本日もお仕事頑張りますか」

 

 あとどれだけこれが続くのだろうか。そう思うたびに、

 

 ”期待”する自分がいた。




 ヤンデレじゃない、キチガイじゃないロリだっているんだ! 幼女を見たらキチガイだとか、号砲ロリだとか、キチガイ淫乱ピンクとか、キチガイ紫昆虫マニアとか、ラスボスベルカ地雷幼女とかお前ら酷すぎるだろ!! 可愛いアインハルトちゃんだっているんですよ!

 ロリを攻略しようとするロリコンでアリコンでベドなお前らを一回食わなきゃいけない気がしてきた


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レイニング・ダウン

「―――私の勝ちですね」

 

「―――っ」

 

 一分の隙もなく、それは敗北だった。ありえないという事は出来なかった。誰よりも彼女の努力と、そして才能を知っていて、認めていたのは自分なのだから。こうやって自分が地に膝をつき、動けなくするためには凄まじい労力と覚悟、それに時間が必要とされた。だがそれでも彼女は……オリヴィエはそれを成し遂げた。慢心はなかった。なぜなら誰よりも彼女の事を知っていたから。手加減はしなかった。なぜなら誰よりも彼女を愛していたから。出せる全力を尽くした。誰よりも何よりも止めたかったから。それでも勝つことはできずに、残されたのはこんな結果だった。

 

 即ち敗北。

 

「クラウス―――」

 

「―――謝らないでください、オリヴィエ。貴女は、王は、過ちを認めてはいけない。貴女は、間違ってはいない。間違ったという事になってはいけないんですオリヴィエ。それが―――」

 

「上に、立つ者の……王としての責務。そして……最後に、止まれる場所であった貴方を倒して超えてしまった私が絶対に譲ってはならない事。そうですよね、クラウス」

 

 そう言って見下ろしてくる彼女は―――泣いていた。

 

 

                           ◆

 

 

「いたっ」

 

「もう、しっかりしてよ」

 

 ぼやける視線で前方の姿をとらえれば、ぼんやりとしたティアナの姿を視界に捉える。その姿を見て、自分が今まで眠っていた事を認識する。つい先ほどまで起きていたように思いだせる記憶は夢の内容で、久しく見ていなかった内容だ。それもこれもアインハルトが傍にいてくれるからだ。あの存在は一種の精神安定剤だ。傍にいるだけで俺の自己を確立させてくれる。ただそれに頼り切るのは若干恥ずかしい所だ。頭を掻きながら少しずつぼやける視界のピントを合わせる。

 

 ……まさか寝落ちするとは。

 

 俺も疲れたのか歳を取ったのかねぇ、と口に出すわけでもなく呟く。寝落ちなんて今更経験するとは思ってもいなかった。体調管理などはちゃんとやっているし。となるとまたフラッシュバックか、と少しだけセンチメンタルな気分の己を反省する。現状の所アインハルトがいるおかげで自分とクラウスの心のせめぎ合いは5:5、といったところだ。もう少し気合を入れなきゃとは思うが―――まあ、それは今はいいだろう。時が来ればどうとでもなる、そんな気がする。

 

 視線をティアナから外して横の席へと向ければ、そこにはアインハルトの姿がある―――ただし此方はつい先ほどまでの自分の様に眠っており、そしてそんな彼女と同じ椅子に座っているヴィヴィオはアインハルトと椅子を半分ずっこしながらテーブルに寄り掛かる様に眠っている。その微笑ましい空気を見て、先ほどまで見ていた夢の、記憶の内容を思い出す。クラウスとオリヴィエはあんな風に分かれるしかなかったが……数百年の時を超え、生まれ変わりと言える二人の存在がここに会って、こうやって平和な時を過ごせるのであれば、それはそれでもういいのではなかろうか。

 

「ふぁーあ、何か眠っちまったな。面倒かけたな」

 

「いいわよ、どうせ今日暇だし」

 

 窓の外へティアナが視線を向けると、自分もそれにつられて視線を外へと向ける。ガラス張りの壁の、窓とも壁とも言える六課隊舎の食堂の外側では大雨が降っていた。空を暗雲が多い、雷を鳴らしながら大雨がドラムのような音を立てながら窓へと雨粒を叩きつけている。この様子を見る限り外で何かをするのはハードどころか推奨されない。空間シミュレーターであれば結界を張って雨を無視しながら何時も通り訓練やら演習ができるが、

 

「空間シミュレーターもメンテが必要って徹底的についてないわよね、というか日にちが重なっちゃった、というか」

 

「永遠に晴れているわけがないからどっかで雨は降らなきゃいけない。それが偶々今日だった、ってだけだよ」

 

 幸いソファ型の椅子に座っているのでアインハルトやヴィヴィオがずり落ちる事なんてない。ただそれでも心配なものは心配だ。椅子から二人の姿をそっと持ち上げて、刺激しない様に自分の太ももを枕代わりに横に寝かす。これで無駄に転がったりしない限りは落としたりしない筈だ。まあ、落ちようとしても受け止めるのでそこらへんは大丈夫なのだが。と、そこで若干呆れた様子のティアナの視線が此方へと向けられていた。なんだよ、ティアナへと言うと、

 

「何というかすっごい休日のお父さんというか、オッサンじみてきてるわよ」

 

「止めろよ。俺だって割と自覚してるってか、この隊、年長者がいねぇんだから俺が少し背伸びしてやんなきゃいけない所が所々あるんだからさあ……というかガキが多すぎるんだよここ。明確に年長者って言えるのはヴォルケンぐらいだけどアレは例外だし、それ抜けば寮母のアイナさんぐらいだからなぁ……戦闘班の方で歳食ったベテランいないのがキツイってか痛いな」

 

「だからって戦いもしない人が年上ぶったってしょうがないでしょ。まだえーと、二十四なんでしょ? だったらそこまで年上って言えるわけでもないじゃない。もうちょっと責任感とか肩から降ろしてもいいんじゃない?」

 

「英雄三人娘がそこらへん道しるべであろうと頑張っているのは解るんだけどな。いかせんあの三人娘もまだまだガキだ。道を間違えるかもしれないし、迷う事だってある。完璧な人間を生み出す事の出来ないこの世の中じゃ少しだけ道理を知っている奴が道を教えなきゃいけねぇんだよ。それは少しだけ人生を多く経験している先輩としての”義務”、つまり大人の義務なんだよティアナ。だからお兄さんはまだ若く見えても”オジサン”じゃなきゃいけないんだ……オーケイ?」

 

「全くオーケイじゃないわよ。めんどくさっ」

 

「言うなよ……」

 

 めんどくさい事は自覚しているのだから。誰よりもこの状況で一番面倒なのは自分なのだから。家族とは引き離されて、死亡扱いで、元管理局員で騎士で、変な記憶を持っている代わりに持っているはずの記憶をなくして、娘の様なもんがいて―――これだけ面倒で地雷臭い男なんて世の中早々現れはしない。俺が女だったらこんな奴とは付き合いたくないレベルだ。世の中もっとスマートでクリアにならないか、そう願わずにはいられない状況だ。並んで、眠るアインハルトとヴィヴィオの髪を片手で軽く梳きながら、雨降っていると本当に自由がなくなるのでどうするべきかを考えて、

 

「よし、此処は暇だしスレでも見るか」

 

「しょーもな」

 

「言うなよ。いや、マジで解っているんだから」

 

 ネット環境が整っているのでこれ以外にやる事がない。ホロウィンドウから”管理局員だけど問題ある?”が存在するスレにでも行こうとしたら、

 

「あ!」

 

 食堂の入り口の方から声がしたので出したばかりのホロウィンドウを消去する。声の主はエリオだった。どこか若干憔悴した様子だったが、またキャロと鬼ごっこでもしていたのだろうか。ともあれ、此方を見つけると少しだけ疲れた表情を見せながら片手を上げて挨拶してくる。

 

「すいません、大人の近くにいたら助かる確率が20%程上がるのでここに居させてください」

 

「ねえ、私この姿を見ていると泣きそうなんだけど」

 

「奇遇だな、俺もだ」

 

 ありがとうございます、ありがとうございますと繰り返しながらエリオがティアナの横に座る。その疲れた表情を見ると大体何があるのかを察せる。しかし口にしていいのかはまた別の話だ。とりあえず心の中でエリオにエールを送る事しかできない。しかし最近、ますます成長しているというか、魔法の扱い方が上手くなってきてスピードが段々と狂う様に早くなってきている。まだまだフェイトの領域には届かないが、それでも十分にAランク以上の速度は安定して出せるようになっている。こうやって才能のある子供を見ると追い抜かれる不安以前にどこかうれしくおもえてしまうのはやはり、自分は戦いから離れた方がいいんだろうと思う。

 

 いや、これが終わったら本当に前線から離れてゆっくりと田舎で暮らしたいと思っている。ただそれをこの環境が、状況が許してくれない。それが許されるように……少しずつ、状況を進められれば良い、のだと思う。ただ現状、はやては此方へ状況や情報を寄越すつもりは全くないらしく、何か情報が入ってくるわけでもない。ここら辺、なのはやフェイトもしっかりしていて何も漏らさないから流石社会人、と納得できる。

 

「僕、最近思うんです……どうやったらキャロに反撃できるんだ、って」

 

 疲れ切った表情のエリオが目に生気を宿すことなく呟く。非常に疲れている様子からも何か鬼気迫る感じを受けとるが、その姿に対して自分が言えるようなことは何もない。ティアナもエリオの雰囲気に圧されていてか、エリオに対して何も言わない。

 

「だからですね、僕考えたんですよ。どうやったら嫌われるか、って。割と真剣に。ほら、キャロの好意は割と通じてるというかあからさま過ぎて朴念仁装う隙間さえないんですよ。アレも戦略の一部だと思うと怖いです。しかも”10歳だから同じ風呂場に入るのは合法合法!”とか言って風呂場に突撃してくるおかげで無駄に死角に潜りこんで逃げ出す技術だけカンストしそうな勢いで鍛えられていますし」

 

 そこで顔を覆いながらエリオはふぅ、と溜息を吐く。余りに不憫なので食堂のカウンターの方へ視線を送ると、カウンターの向こう側で働いている者がコクリ、と頷き返してくれる。前々から思っていたがこの食堂、スタッフが非常に優秀だ。一体どこから連れてきたのだろうか。

 

「それでね、キャロに嫌われれば問題ないと僕思ったんですよ。ヴァイスさんとかザフィーラさんとかにオフの時に相談しましてね、やっぱり好みのタイプがいけないって結論に至りまして。えぇ…………だからこう、ちょっとキャロに酷い事言ったりもしてみたんですよ、ちょっと心が痛んだんですけど。チビとか、ペッタンコとか」

 

「アンタ良く生きているわね、女子に身体的特徴でけなしたらそりゃあ戦争よ」

 

 そう言われるとエリオが俯く。

 

「僕も……そうなったらいいなぁ、って願望程度には思っていたんです」

 

 何というか―――ここへ来た時点で大体オチは見えた。だからそっとエリオの肩に手を伸ばして、そして優しく触れてあげる。ティアナも大体悟ったのかあぁ、と声を漏らしながらエリオを優しい目で見始める。

 

「それでも……それでも……なんか割とハァハァとか息遣い荒くなったり此方を見る目が若干とろんとしてたりなんですかアレ! なんですかアレ!? なんか軽く無敵っぽいんですけどアレ!? フリードを盾にしなかったら即死でしたよ! 人生の墓場的意味で!!」

 

「フリードの扱いが何時も通り過ぎて安心するわねぇ……」

 

 あのミニドラゴン、初めて会ったときは驚いたので反射的に頭を砕きそうになったが、どうやら壁扱いされているらしい。竜種と言えばそれなりに尊敬される生物なのだが―――まあ、それがこういう扱いを受けているので機動六課はむしろ何時も通り外道六課というか、身内に厳しい芸風に変わりはないなぁ、と非常に安心できる。いや、安心してはいけない所なんだろうが。

 

「ぶっちゃけ一対一で置かれた場合、僕に勝ち目がないのでなるべく生き残る勝率の高い人の傍にいる様に行動することを心がけているんです。ヴィータ副隊長とかそこらへん非常に常識的で助かるんですけど―――なのはさんは何で見かける度にバインドを用意するんでしょうか」

 

 アレはネタと面白い事に対して全力であれという昔の隊のルールを守り続けているだけだから深く考えない方がいい。しかしぶっぱ系ロリにはこんな風にキチガイになる法則でもあるのか。アインハルトとヴィヴィオだけはそういう影響がない様に育ってほしいと切実に思う。とりあえずその第一歩としてはなのはやはやてから引き離す事なんだろうが。

 

「と、そういやぁ朝からフェイトそんを見ないなぁ」

 

「フェイトさんなら急な仕事が入って昨夜から数日いなくなるって話だった気がするけど」

 

「―――呼んだかな?」

 

「ひやっ!?」

 

「わぁっ!?」

 

 やっほー、と何時の間にかフェイトがエリオの背後に存在していた。音も気配もなくいきなり登場するものなので非常に心臓に悪い―――というか俺にさえ気づかれずに接近したとかこの女、一体何のつもりなんだ。なのはの悪戯、というかネタ属性がついにこの女にも付与されたのかと、軽く溜息で呆れを表現しながら吐く。

 

「そんなに驚かなくたっていいんじゃないかな? 折角ものを取りに来るついでに皆の顔を見に来たのに」

 

 何言ってんだこいつ。

 

「だったら少しはアピールしながら来いよ。ほら、私ここですよー、って」

 

「それじゃあ驚かせないでしょ」

 

「おまえなぁ……」

 

 そう言ってふふ、とフェイトが笑う。その姿を見てもういいや、と思う。なのはだったら割と真面目に出会いがしらでド突いてくるし。というか本日は朝になのはに腹パンを決める事が成功して非常に気持ちがいいのでこれぐらいは許しておく。なのはが壁に手を上げながら絶対やり返すと言いながら睨む姿は実に最高だった。さて、腹パン対策を忘れないようにしなければ。

 

「っと、イスト、横いいかな?」

 

 エリオとティアナ側は二人で埋まっていて場所がないし、となると自分の横しかないか、壁際だし。

 

「あいよ」

 

 特に問題はないし。少しだけヴィヴィオとアインハルトを押して、場所を提供するとフェイトがありがとう、と言いながら此方の横へ座ろうと近づいてくる。

 

 と、そこでふと気づいた。フェイトがイストさん、ではなくイストと呼び捨てで呼んだ事に。個人的にはさん付けだと物凄い背中がむず痒くなるのでこっちの方が助かるのだが、何故だろうとは少しだけ気になる。

 

「あ、フェイトさん足元」

 

 テーブルの出っ張りが、とエリオが言おうとした瞬間、フェイトの足がでっぱりに引っかかり、足が絡まる。

 

「あっ」

 

 そんな声とともにフェイトの体が此方へと向かって倒れてくる。自分の横にはアインハルトとヴィヴィオがいるので避け様にも避けられない。あぁ、これは受け止めるパターンだなぁ、と思って手を伸ばそうとしたところで、

 

「わ、わわぁ―――!?」

 

 フェイトがパニックでか軽くスパークした。その事に一瞬体がビクリと反応して硬直する。

 

 そして、その隙にフェイトが此方に倒れ込んだ。

 

 正面から。

 

 顔と顔を衝突させる感じに。

 

 ―――もっと具体的に言うと倒れた拍子に唇が重なっていた。

 

 そして―――、

 

「っ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――あ……」

 

 漏れだせたのはその声だけで、次の瞬間には彼女が体を引きはがしていた。頬を赤く紅潮させながら両手で頬を抑え、口をパクパクさせ手から一気に顔を赤くさせ、そして電光石火の勢いで後ろへと下がり、

 

「ご、ご、ごめんなさい―――!!」

 

 そのままどこかへと彼女が走り去って行く。エリオとティアナが呆然としてその光景を眺めている。そして自分も、ただ流れる感情と記憶を押さえつけて、何とか笑みを形作る。ズキズキと痛む頭を無視しながら、両手で顔を覆う。とりあえずどう言葉を作ればいい。どうリアクションすればいいか。それを短く考える。だが今の彼女は彼女だし、そうだなぁ、と一瞬悩んでから、

 

「御馳走様でした」

 

「最低」

 

「イストさん刺されそう」

 

「スターライトブレイカーなら刺さった事がある」

 

 知ってると言い返されながら、テーブルに突っ伏す。ティアナから向けられる侮蔑の視線を受け流しながら、小さくつぶやく。

 

「……何をして、どう動こうかなぁ……」

 

 相変わらず外の雨は酷く、空は晴れそうになかった。




 ちと他所で俺が勝手に降臨扱いされたりで困った事迷惑がかかってしまったのでもっかい言っておく、ってかハッキリ言っておく。

 他所の感想やスレとかで名前を出したりして迷惑かけないでね? 別に身内で話してワイワイやる分には構わないけど、それを別の人の所でやって雰囲気悪くしたり壊したりするのは非常に困る。正直評価はどうでもいいし、読者が増えるのも減るのもどうでもいい。ただ楽しくやっている所に迷惑をかけるのだけはいただけない。

 なので貴様ら、名前引っ張り出して迷惑かけんなよ。


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バースデイ・アラート

「―――ふぁーあ、眠い」

 

 フォワードは陸士108隊へと出向研修へとでて、非常に暇だ。つまり丸一日教導やらお仕事をする必要のない日が出来たという事になる。こんな日こそはアインハルトにゆっくり稽古をつけてやろう―――と言ったのだが、アインハルトはヴィヴィオと一緒にシャマル同伴の元、どこかへと去ってしまった。そうとなるとこのイスト・バサラは本格的にやる事がない。今まではヴィヴィオの面倒を見るか、アインハルトの面倒を見るかでこういう暇な日を乗り越えられたが、ロリっ子が二人ともいなくなってしまえば仕事の無いお兄さんになってしまう。

 

 即ちお荷物。

 

 もはや定位置となった食堂のテーブル横のソファに座り、テーブルに突っ伏す。特にやる事もないならナンパも悪くはないのだろうが―――結婚しているのでやめておく。妻に対しては真摯であるべきだと自分の価値観は言っている。だったらどうするべきか。体でも鍛えるべきなのだろうか。いや、それも駄目だ。ぶっちゃけ保護している立場の六課からすれば無駄にハッスルしないでくれた方が助かるに違いない。今はまだ六課に迷惑をかける予定はない。

 

 だからテーブル横で丸まっているザフィーラへ視線を向ける。

 

「おい、何か芸をやれよ」

 

「そうだな、ケツを噛み千切るのは得意だぞ」

 

「お前も大分このノリに慣れてきたせいでビックリした顔が見れないし、お兄さんちょっと不満。ほら、初期の頃のリアクションを見せようよ。こう、びっくりマークを浮かべるぐらいには良いリアクションをさあ」

 

 頭の上に魔力を使ったびっくりマークを形作る。それをザフィーラは見て、そしてあくびを噛み殺し、再び体を丸まらせて目を閉じる。このクソ犬、と一瞬自分の中で思い、ステイステイ、と落ち着かせる。まあ、今は許してやろう。そのうちヴィヴィオとアインハルトをけしかけてどうにもならない幼女パニックを食らわせてやるので。そうなった時に必死に助けを求めても笑顔で突き落としてやる。

 

「邪悪な事を考えているな」

 

「もちろん」

 

「お前が何時も通りで安心した」

 

 それはそれで安心していいのかという話にもなるが、一週間前に降った大雨の日とは違って今日はすこぶる快晴、暖かい日差しがガラス張りの窓から差し込んで体を温めてくれる。流石に八月ともなるとエアコンがきいている食堂でも日差しだけで結構熱く、暖かく感じるものだなぁ、と思う。こんな日は汗を思いっきりかくぐらいに体を動かすのが一番気持ちがいいのだが、それが許されないとなると非常に暇だ。

 

「ふぁーあ……ねみぃ」

 

「寝たらどうだ」

 

「冗談言うなよ。寝たら寝たで物凄い勿体ないじゃねぇかよ。動かせる体があるんだし、俺達は”持って生まれた”側の人間だぞ。そりゃあできるんならやるべきなんじゃないのかなぁ」

 

「だが不許可だ」

 

「世の中、立場と法律よなぁ……」

 

 まあ、ぐちった所でかっこ悪いだけなのでこれ以上いう事はない。テーブルから持ち上げていた顔を再びテーブルへと降ろし、ぐったりとする。結局の所これが今の自分にできる事だ。あぁ、何てつまらない事だろうか。外出禁止、派手なトレーニング禁止、そしてネタの禁止。これは間違いなくはやてが本気で俺を殺しに来ていると認識しても絶対に問題はないはずだ。そうでなくてはこんな制限が存在するわけがない。

 

「おのれはやてぇ……俺を殺しに来るか……!」

 

「だぁーれが殺人犯や」

 

「む、主よ」

 

「あぁ、ええって」

 

 食堂に入ってきたはやてが片手を上げながら此方へと近づいてくる。それに反応したザフィーラが顔を持ち上げるがはやてが必要ない、ともう片手でザフィーラを抑える。そうやって部下を使う姿は間違いなく昔の少女ではなく、隊長としての風格が出てきている。思えば最初はやてに会った頃からは大きく変わったものだと思う。上半身を持ち上げ、頬杖をついて近寄ってきて相対側に席を取るはやての姿を見ながらぼんやりとそんな事を思う。

 

「ん? なんや、私に見惚れたか」

 

「ぺっ」

 

「無言で唾を吐くとは殺したくなるリアクションを……!」

 

 実際に唾を吐いているわけではなくて形だけなのだが。まあ、ともあれ、

 

「……大きくなったなぁ、ってなぁ」

 

「なんや、急に老け込んで。まだまだ老け込むには若すぎるやろ。それにまだ二十五やろ? だとしたら全然前線で活躍できる年齢やないか。んな爺臭い顔しなくてもええやろ。むしろまだ三十前である事を喜ぶぐらいじゃなきゃあかんって」

 

 ―――二十五歳。そう言われてはじめて気づく。あぁ、そう言えば今は八月だ。忘れていたが誕生日が七月なので八月である現在、ぶっちぎりで誕生日を超えていたのだ。つまり二十四歳ではなく二十五歳。これでまた一歩三十路に、加齢臭が気になってくる年齢に近づいてくるとなると少し鬱になりそうなところもある。そっかぁ、と呟きながら頬杖を崩し、テーブルに横っ面を置く様にしてぐでり、と体から力を抜く。

 

「……やっぱり誕生日だって忘れてたん?」

 

「お前社会人になって一々誕生日とか覚えていると思ったら大間違いだぞ。二十代はいる前は祝い事で事あるごとに友人集めて誕生会とか誕生日祝ったりするぞ? だけどな? 二十代に入り始めると”歳を取った”って感覚が”老いちゃった……”っていう感じに変わってきてあぁ、また一年が過ぎちゃったという気持ちが重くのしかかってきてなぁ……」

 

「それ、心にぐっさり突き刺さり始めるの数年後だからやめーや。……やめーや」

 

 そんなわけで何時の間にか二十五歳。ついに二十代も半ば、という年齢になってしまった。少しずつ老いて行くなぁ、とは思うが後期のクラウスを見ている限りまだまだ余裕だってのは解る。ただ肉体的ピークは確実にもう終わっている。体を衰えない様に鍛えてはいるが、それでも肉体が一番輝いていた時代は二十歳前後の頃だ。今は体を鍛えていてもあの頃程の成長は体にはないし、少しずつ、ゆっくりとだが衰えるだろう―――技術的成長のせいで伸びているように見えるが。こうなってくるとまだ成長中の若者が非常に羨ましくなってくる。

 

「はぁ、二十歳の頃の我が肉体の輝きが羨ましい……あの頃に戻らねぇかなぁ……」

 

「若くて済まないなぁ!」

 

 キラ、とエフェクトが突きそうなポーズではやてがドヤ顔をするので反射的に握り拳を作って威嚇するが、はやては見下した視線を送ってくるので一応脅迫しておく。キャー、と可愛らしい悲鳴を上げるのでマジ殴ってやろうかと思うと、下の方でザフィーラが視線で諦めろと訴えてくる。あぁ、そう言えばお前が八神家被害者筆頭だったな、と思い出す。

 

「アインハルトもヴィヴィオもいねーとお兄さん暇で暇でしょうがないわ」

 

「あぁ、アインハルトで思い出したわ」

 

 ぽん、と音を立てながらはやてが手を叩く。

 

「今まであんまし時間作れなかったから聞けんかったけど―――アインハルトとヴィヴィオ、一緒にしても大丈夫なんか? いや、一緒に居る所を見ると平気なんやろうけど」

 

 アインハルトが自分みたいなリアクションをヴィヴィオへと向けないか、という事だろうか。だとすればそれを心配する必要はない。―――アインハルトがヴィヴィオに対して、ヴィヴィオの”過去”に対して向けるのは、

 

「無関心だよ」

 

「無関心っつーとヴィヴィオには興味がないんか?」

 

「いや、ヴィヴィオが子供過ぎて話にならねぇって事だよ。ヴィヴィオがアインハルトと同年齢で、普通に会話ができる年齢だとするだろ? それでしっかりと”オリヴィエ”として会話して、行動するんだったらアインハルトのリアクションも変わってくるさ。だけど現状ヴィヴィオはどちらかって言うと記憶に振り回されているっつーか、ほとんどうわごとって言うか……あー、これ、どう説明すればいいんだろうなぁ……こういう時は学が足りなくてボキャブラリーが少ないのが恨めしいな」

 

「ニュアンスは通じるから問題ないで」

 

 なら問題はないか、と思っておく。クラウスを飲み込んだ側からすればアインハルトの行動の意味はよく解っている。そういう関係含めて面倒を見なきゃいけないのが教師の辛い所だ。社会常識を教えるだけではなく、人間関係や精神的部分、そういう所をちゃんと面倒見れてこその教師だ。……少なくともそうなりたいとは思っていた。今でも同じ思いなのかは……どうなのだろうか。それを判断するのは少しだけ難しい。

 

 俺が教師……改めて考えると笑っちまうなぁ。

 

 そう思って溜息を吐こうとした所で、食堂に入ってくる三つの姿を見かける。朝から出かけていたはずのアインハルト、ヴィヴィオと、そしてシャマルだ。此方を見かけると手を振りながらアピールしてくるので苦笑交じりに手を振り返すと、少しだけそわそわしている娘共の姿がある。はて、何かあるのかね、と思ったところでテーブルの下から脛に蹴りが叩き込まれるのを感じる。視線を前へと向ける。

 

「ほら、行きぃや。待ってるで色男」

 

「はいはい、隊長さん……すっかり俺よりも偉くなりやがってこの豆狸は……お前、おっぱい大きく見えるのは背が低いおかげだって理解しておけよ」

 

「今からリインをここに召喚する。ユニゾンしてラグナロクをぶっぱする。私にはそういう選択肢がある」

 

「落ち着け主―――事実だ」

 

 ザフィーラが割とガチで蹴られているが、この二次被害に関しては完全に知った事ではないのでテーブルを横に抜けて、死体蹴りされているザフィーラに軽く武運を祈りながら此方へと向かってくる少女達に合流する。少しそわそわしながらも、両手を背後に回すアインハルトと、そして片手をシャマルに握られ、もう片手でウサギの人形を抱くヴィヴィオ。何事かとシャマルへと視線を向けるが、うふふ、と片手で口を隠す様に笑うしかリアクションは帰ってこない。

 

「あの……師父?」

 

「はいはい、大好きな師父ですよ?」

 

「えーと、その―――すみませんでした!」

 

 そう言ってアインハルトは背後に回していた手を前に出す―――包装された箱を手にしながら。それは間違いなく一般的にいってプレゼントの部類に入るものだが、

 

「その、先月誕生日である事を忘れててすみません! ヴィヴィオさんと一緒に選んできましたので、その、あの、ごめんなさい!」

 

 アインハルトは箱をこっちに押し付けると頭を下げ、そのまま走り去ってしまう。風の様に走り去って行ってしまった。その光景を呆然として眺めていると、シャマルが漸く口を開く。

 

「今朝アインハルトちゃんが誕生日を祝ってないって事を思い出してね、申し訳なさそうに保健室にプレゼント選びに付き合ってくれないか、って。そこをヴィヴィオちゃんにも見つかっちゃったから三人でプレゼント選びに出かけてきてたのよ。自分がどうでもいい、と思っている事って他人からすれば割と重要な事かもしれないわよ?」

 

 知っている。それは知っているが、予想外のパンチだったので久しぶりに効いた。意識外の事をやられると、何というか非常に心に響く。本当にウチの弟子は可愛いもんだなぁ、と思う。他の連中もあの子位可愛ければ世のなか平和なんだろうと思う。

 

「くらうすあけないの?」

 

「あぁ、今開けますよ」

 

 受け取ったプレゼントの箱をなるべく破らない様に開けると、その中から金色の懐中時計が現れた。ふたにはベルカの剣十字が掘られており、片手に収まるサイズのそれに同じ金色の鎖が通されている。まず間違いなく数千というレベルの品ではなく数万はするものだ。予想外に高級品が出て来た事に頬が若干ひきつる。

 

「くらうす……?」

 

「あ、いえ、もちろん嬉しいですよ? ありがとうございますヴィヴィオ―――でもこれちょっと高級すぎてお兄さん困ってるなあ……!」

 

「アインハルトちゃん、誕生日を忘れてたこと結構気にしてたらしいわよ? あ、お金の方はイストさんの口座から抜いているんで」

 

「ありがたみ半減だよ!!」

 

 はやての奴が年齢の話を出してきたのはこういう事の伏線だったのか、と今更ながら暇そうにテーブルからにやにやしているはやての姿を見る。サムズアップしながらザフィーラを踏むのはそろそろやめてあげてほしい。ザフィーラがリアクションに困っているどころか慣れた表情をしているのでこっちが困る。

 

「ありがとうございますヴィヴィオ、大切にしますね」

 

 しゃがんでヴィヴィオの頭を撫でるとヴィヴィオが嬉しそうに声を漏らす。まったく―――ここにいる連中は本当に平和で、馬鹿で、そしてお人よしだ。

 

「―――ッ」

 

 急に隊舎内にアラームが鳴り響く。背後に聞こえるホロウィンドウの出現音に振り向けば、はやての横にホロウィンドウが出現していた。それに二三はやてが頷くと、ホロウィンドウは姿を消し、はやてが椅子から立ち上がる。

 

「ガジェットや。行くでザフィーラ。シャマルは保健室で待機、馬鹿はヴィヴィオちゃんとアインハルトちゃんを頼んだで。こっちには来ないけど傷ついたらマジで私のクビが飛ぶんで」

 

「あいよ」

 

「了解しました」

 

「任せろ」

 

 食堂の中で暇そうにしていた隊員達やスタッフが一気に忙しく動き始める。はやて達が忙しそうにそれぞれの居場所へと向かおうとすると、懐中時計をポケットにしまい、そして箱をテーブルの上に乗せておく。そしてしゃがみ、ヴィヴィオの腰に手を回して一気に持ち上げる。

 

「それでは、あぁ、行こうかヴィヴィオ」

 

 持ち上げたヴィヴィオを肩に乗せて目的地へと向けて歩き出す。

 

「ままはー?」

 

「全部終わったら会えるさ。ほら、なのはだし。だからお前も不安そうな表情を見せるなヴィヴィオ。サクっと全部終わらせて何でもない日常が待ってくれているはずさ。だから少しだけ、今は我慢しようぜ。その後にはたのしいことが待っているはずさ」

 

「うん!」

 

 そう言って頭に抱きつくヴィヴィオを肩の上に乗せて、行くべき場所へと向けて歩く。




 大事な話があるので活動報告の確認をお願いします。

 簡単に言うのであれば【てんぞーの作品の許可のない宣伝を禁止しました】。

 重要な事ですので活動報告の確認をお願いします。

 あ、あとヴィヴィアインprpr。


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アイ・シャル・ゴー

 ―――結局の所、オリヴィエはクラウスを間違いなく愛していたのだと思う。少なくともクラウスを”飲み干した”者から見れば二人が愛し合っていて、それが一部の隙もない事実であったことは間違いない。ただ両者には立場があった。クラウスには騎士として、貴族としての立場が。そしてオリヴィエには聖王家の人間としての、国を守るための立場と義務が存在した。自分が知っている限りのベルカの状況は最悪だった。そしてオリヴィエにはそれに応えるだけの実力と義務があった。だから聖王家としての責務を果たす為にオリヴィエは戦った。ベルカは救われ、そして聖王教会が出来た。実に感動的な話だ。美談だと言ってもいいが。クラウスとの恋を考えるのであればまず間違いなく悲恋だ。だが民衆はそういう話が好きでたまらない。だからそういう話ばかり有名になってしまう。少なくともオリヴィエの話はドラマになる程有名で人気のある話だ。

 

 だがこれがそれだけで終わればただの悲恋で終わってくれた。世の中はそう簡単に終わってくれない。―――いや、正確に言えばクラウスもオリヴィエもそう簡単に終わらなかった、と言う方が正しい。クラウスを経験してからこそ理解した。アインハルトに流れるあのクラウスの記憶は、遺伝子に刻まれたクラウスの後悔だ。嘆いても嘆いても止まる事の無かったクラウスの悲しみ、後悔、それが魔力と合わさって遺伝子に刻み込まれてしまった。故に血が濃ければ濃い程、クラウスに近ければ近い程それは完全な記憶となって蝕んでくる。幸いと言っていいのはアインハルトが持って生まれた事だ。彼女は持って生まれた―――つまりはアインハルトの人格はあの強い、クラウスの記憶の上に建てられているのだ。俺の様に苦悩する必要も悩まされる必要も、打ち勝つ必要もない。最も自然な状態にあるのだ。

 

 なら、ヴィヴィオはどうなのだろうか。

 

 それは、見極め終った。答えは出た。夢からは覚めた―――現実は優しく迎えてくれない。何時だって優しいのは夢で、それを振り払うところから現実は始まる。左腕に抱くヴィヴィオの感覚に彼女が本物である事を認識し、迷う事無く機動六課の奥へと進む。音も気配も殺して、そして誰の視界にも、監視カメラにも止まらない様に動く。左腕に抱かれるヴィヴィオは察してくれているのか一切声を上げず、顔を胸に埋めて静かにしていてくれる。―――この子は子供のように見えていて、その実は物凄く賢い。本能的に悟って、そして覚えている。

 

 この子は―――オリヴィエだ。その原型。このまま育てば間違いなくオリヴィエになる。今はまだ幼い子供だからヴィヴィオなのだ。数年もしない内にオリヴィエになる。アインハルトとは違う。このヴィヴィオは”あの”スカリエッティが流出させたプロジェクトFの技術によって生み出されたほぼ完ぺきなクローンだ。今はこうであっても、段々とオリヴィエと変わって行くのはもう見えている。それは俺でも、そして……アインハルトでも感じられる事だ。

 

「ここだな」

 

 ヴィヴィオをおろし、扉の前に立って、今まで使っていた魔法を解除する。簡易型だがステルス術式―――隠密行動用のそれだ。それがこの機動六課内でどれだけ意味があるかは解らないが、使わないのよりはマシに決まっている。

 

 到着した場所は機動六課の奥、その地下。危険物保管庫―――つまりは機動六課の活動中に入手したロストロギアを保管する部屋。セキュリティはこの六課全体を通して一番高くなっている。道中カメラやセンサーを何度も確認している―――その全てを突破しているわけだが。

 

 鉄で出来て、物理と魔法の二種類の鍵によって扉は閉められている。これを突破するのであれば鍵が必要だが、それを自分が持っている訳がない。この一週間で鍵をそれとなく探してみたが見つかる事もなく、結局は何時も通りの方法となってしまった事に少しだけ、残念に感じている。もう少しスマートにやればこの後もクリーンに出て行くことができるのだろうが。が、無い物強請りはできない。”足りない”のは何時もの事だ。であればやる事は何時も通りシンプル。

 

 殴って耐えて進め。

 

 その為に拳を作り、

 

「―――探し物はこれか?」

 

 そして横、通路の奥から此方へと向けられる声を聞く。通路の入り口の方へと視線を向ければ、機動六課部隊長八神はやての姿がそこにはあった。六課制服のまま、両腕を組んで立つ彼女の手の中には赤い宝石が―――レリックが握られていた。振り上げた拳を降ろし、この時点で半分以上詰んでいる事実に気づく。やはり、俺は頭が悪い。

 

「泳がされてたか」

 

「正解や。なのはちゃんとかはマジで信じていたけどな。私は部隊長として、皆の命を預かる立場として一パーセントでも可能性が残ってるんなら疑わなきゃあかんのや。だから記憶が戻ったら―――なんて可能性が残っている間は常に監視させてもらったで」

 

 そう言うはやての肩の上にゆっくり、しかし悲しそうな表情を浮かべたリインフォース・ツヴァイの姿がある。彼女の姿を見て納得した。なるほど、と。ツヴァイとの遭遇回数が少なかったのは、彼女が此方を見えない所から監視していたからなのだろう。ザフィーラの監視はブラフ、本命はツヴァイ、もしくはサポートに慣れているシャマル……なのだと思う。そういやぁ昔から一番読めなかったのははやてだったことを今更ながら思い出す。

 

「さて」

 

 はやてがレリックを掴み、そして視線を此方へと真直ぐ向けてくる。

 

「言い逃れは出来へんで。ゲロってもらうで」

 

「―――他には誰もいねぇのにか?」

 

 素早く隊舎内の気配を探る。そこからは一切なのはやシグナム、フェイトといった超一線級魔導師の気配を感じない。感じられるのはザフィーラだけのだが、ザフィーラも少し離れた位置にいる。此方に来るには少なくとも十数秒必要とする。ザフィーラが動き出した瞬間に此方が動けば十分逃亡可能だと判断する。

 

「―――牽制とか腹の読みあいとかこの際抜きにしようや」

 

 頭の中で戦力を組み立てる此方に対して、はやては唯一の出口をふさぐように立ち、そして口を開く。

 

「―――場合によっちゃあこれ、渡してもいいと思うてるんやで?」

 

 そう言ってはやてが此方に見せるのはやはり、レリック。六番目のレリック―――即ちユーリの延命に必要なレリックだ。それを見せつけながらはやては渡しても良いと言ってくる。それは、なんと言うべきか。非常に困る。ぶっちゃけ交渉の類はシュテルやディアーチェが一瞬で俺の事を追い抜いたので全力で放り投げている。一番苦手な領域だ。

 

「くらうす……」

 

 足に後ろから抱きついてくるヴィヴィオには視線を向けず、視線をはやてに向ける。レリックが手に入るのであれば文句はない。ただ常にザフィーラの存在と、それ以外ここに近づく存在に対して常に気をはっておく。ただ、問題なのははやての声に偽りがない事だ。だから催促する様な視線を無言で送る。

 

「ズバリ言うで―――スカリエッティとは敵対しているな?」

 

「あぁ、そうだな。少し前に必要なもん全部奪ったからな。今は、敵対関係だ」

 

「ならここは妥協せえへんか? スカリエッティに対する協力的行動をとればこっちである程度もみ消せる。理由は解らへんけど、このレリックが必要なんやろ? ―――誰かを助ける為に。いや、おそらく家族の誰かを。そうじゃなきゃイストがここまでハッスルする意味はあらへんからな。此方側に就くんだったらこれ、やるで」

 

 その言い方はどうかと思うが、間違ってはいない。スカリエッティとは敵対している。レリックは欲しい。罪状が軽くなるのであれば悪くはない話だ。はやての口からこの提案がなされる事には正直驚いたが―――悪くはない話だ。だから、

 

「レリックを渡す代わりに下れ、と?」

 

「せやな」

 

「敵の敵は味方だって?」

 

「この状況ならそうやなぁ」

 

「―――残念だけどそうは行かないんだよはやて。確実にスカリエッティを仕留めなきゃお前らと組むことは不可能なんだよ。残念ながらな」

 

「ッ、……なんで言えるんや」

 

 それは此方だけが知っていて、そしてはやてが知らない事実だ。いや、知ってはならない類の事実だからこそ、彼女がそのままであれば知る事はなかった。迷う。これを本当に伝えて良いのか。はやてに伝えてしまってもいいのかを迷うが―――一瞬の事だけだ。結局の所六課と家族と、そして戦友との約束を天秤にかけると、どうしても六課の方が軽くなってしまう。だからこれは、言うべき事なんだろうと判断し、口を開く。

 

「はやて、お前スカリエッティのスポンサーがどこか知ってるか」

 

「管理局の高官やろうな。今ん所怪しいのは地上の―――」

 

「―――最高評議会だ」

 

「……は?」

 

「―――待ってください」

 

 声を漏らして呆然とするはやての代わりに声を漏らしたのはツヴァイだった。はやてが驚愕の表情を浮かべる隙にデバイスの能力と判断力で処理したのだろう、彼女は表情を素早く変えて此方へと視線を向けてきている。

 

「つまり管理局最高評議会がジェイル・スカリエッティのスポンサーだと言うんですか!? それは―――」

 

「あのスパゲッティ野郎は笑いながら教えてくれたぜ? 自分はあの狂った老人どもに生み出されたって。ま、全部じゃなくて一部だけどな。人間、脳味噌だけになっても欲だけは尽きないらしい。その姿勢を”無限の欲望”は尊敬していて何時か殺してやるって宣言してたさ―――あぁ、つまりなんだ。最高評議会、何とか出来なきゃ機動六課潰されて俺達捕まって処刑されておしまいだぜはやてちゃん。フェイトちゃん悲しむだろうなぁ、なのはちゃんエリートコースから転落だなぁ、はやてちゃんもヴォルケンと離ればなれになっちゃうなぁ。……まあ、土曜のワイドショー向けのニュースになるんじゃねぇか」

 

 スカリエッティが最高評議会に対して明確な背信を行っていない限り、彼らはスポンサーとしてスカリエッティを守ろうとする。それがスカリエッティが牙をむくまでの最強の武器だ―――即ち管理局そのもの。スカリエッティが一言、一言だけ最高評議会に言えばいい―――そうすれば脳味噌だけとなったあの老害共は本気で狩りに来る。そしてその場合は勝ち目は存在しない。管理局と言う強大過ぎる組織を相手にして勝てる存在などこの次元世界には存在しないのだ。

 

 だから今の俺達は綱渡りをしている状況だ。

 

 スカリエッティを本気にさせないように立ち回りつつ、スカリエッティから逃げる。少なくともスカリエッティが最高評議会を宣言通り始末するまでは、此方は自由に動く事も、逃げる事さえできない。逃げたとしても牙をむかない保証はない。そんな考えから相手は此方が死ぬまで追いかけてくるだろう。

 

 逃げ場なんてない。

 

 和平なんてありえない。

 

 アイツらか俺達か、どちらかが消えるまで誰かと組むなんてことはありえないのだ。

 

「―――敵の敵は敵だ」

 

「なら―――」

 

 はやては視線を持ち上げた。

 

「もう少し、もう少しだけここにいて貰えんか? あと少しでいいんやそれで此方も―――」

 

「悪いな。時間切れだよはやて」

 

 前へ素早く踏み出す。次の瞬間にはユニゾンし、バリアジャケットを纏ったはやての姿が出現する。その手には書と杖、二つの武器が出現する。だがそれを構え、魔法を発動させるよりも早くはやての腹に拳を叩き込む。その体が衝撃に曲り、それを逃がすわけでもなく離れそうな体をもう片手で掴み、吹き飛ぶのを無理やり抑え、衝撃も殺す。心臓を一瞬だけ圧迫し、はやてに魔法を準備する余裕を叩きだす。

 

「お前、俺を疑っている癖に最後の最後まで信じようとして甘すぎだろ」

 

「甘くて……何が悪いんや。信じていて何が悪いんや。馬鹿、身内なんやで……? 信じない方が馬鹿やろ……」

 

 殴られた衝撃でデバイスを両方とも手から落としつつも、はやてはそんな事を答える。その言葉は嬉しい。嘘ではない、嬉しく思っている。だが、それでも駄目なんだ。はやての事を思うのであれば、機動六課の事を思うのであればここにいてはいけない。俺も、ヴィヴィオも、だ。今までスカリエッティがちょっかいを掛けてこなかったのは忙しかったから―――もしくは遊んでいたからだ、だがこうやってガジェットを出してきた以上、本腰を入れる予定だろう。

 

 だとしたらここがリミットだ。

 

「悪いなはやて―――俺はスカリエッティに売ってオリヴィエを殺すよ」

 

 はやてが動く。

 

「ッ! リイ―――」

 

「ごめんな」

 

 はやてが言い切る前に素早く首を絞めてはやての意識を落とす。次の瞬間にユニゾン状態が解除され、リインフォース・ツヴァイが出現する。だが体が浮かびあってくるのと同時に、その首の裏に一撃を叩き込む。あっ、と短い声を零しながらツヴァイは何かをする暇もなく、そのまま床へと落ちて行く。その姿が床に落ちたのを確認してから、はやてのバリアジャケットのポケットを調べ、レリックを回収し、それが六番目である事を確認する。ゆっくりとはやての体を床へ降ろし、レリックをポケットにしまいこむ。

 

 ……これで、ようやく始められるな。

 

 ―――マテリアルズの再誕を。

 

「さ、行こうヴィヴィオ」

 

「うん」

 

 ヴィヴィオが後ろから走って追いついてくる。その姿を左腕で抱える。あと数分もすればザフィーラが異変に気づくだろう。その前にこのお人好しの隊長が率いる隊から離れなくてはいけない―――まあ、リップサービスは十分にした。ここからどう動くは、あとははやて次第だ。

 

 目には目を、歯には歯を。

 

 ヴィヴィオを抱えながら地下を抜けて、再び日の当たる六課の隊舎、地上部分へと戻ってくる。まだ警戒態勢なのか隊員達の姿はない。逃げるのであれば今の内だ。そう思い、入り口へと向かって踏み出そうとしたところで、見覚えのある姿が道を阻むように立っていた。

 

「―――師父どこへ、という問答は無粋になるのでしょうか」

 

 アインハルトが道を阻む様に立っていた。邪魔するわけではない。戦意も闘志もなく、ただそこへ立っていた。―――まあ、なんだかんだで彼女は俺の弟子、俺の愛弟子なのだ。だとしたら、

 

「どうやら馬鹿は死ななきゃ治らないらしい。記憶をなくした程度じゃどうにもならなかったよアイン」

 

「そのようですね師父。その姿を見ていると大体察せます」

 

 アインハルトはそう言うと一歩、二歩前へと出て―――そして抱きついてくる。

 

「今度は四年何か時間開けないでくださいね。全部、決着付けるつもりなんですよね? ご家族の事、自分の事―――覇王と聖王の事」

 

 この少女はおそらく、俺と同じものを見ている。俺と同じものが見えている。だから、俺の考えが大体わかっている。抱きついてくる姿の頭を撫でて、そして体を離す。そのまま振り替える事無く、アインハルトの横を抜けて先へと進む。

 

「さようなら師父。さようならヴィヴィオさん―――頑張ってください。今の私にはそれしか言えませんから。ここから全てが無事に終わって帰ってくるのをお待ちしています。その時はまた―――」

 

 さようならアインハルト―――また生きて逢えたらどんなに良い事なのだろうか。

 

 そんな事を思いつつ、機動六課から、その隊舎から出て、離れる。

 

 もう振り向く事はしない。それは未練になるのだろうから。

 

 もう、二度と来る事はない隊舎に背中で別れを告げて―――改めて生きるための道を始める。

 

 ここからが、本当の始まりだ。




 はやてちゃんは腹黒くて、先の事を考えていて、頭はいいんだけど―――その代わりに身内に対してはゲキ甘というか、若干依存している所とかあると思うのよね。ヴォルケンへの接し方とかA‘sあたりの背景を考えると。そんなわけで追い込むまではいい、だけど身内だから最後まで信じたいから、という感じかなぁ、と個人的には思ってたり。

 ともあれ、9章めちゃくちゃ長くなってきたから9章を全編後編で分割するべきか悩む。

 あ、あとアインハルトは綺麗な幼女です。どっかの汚い幼女とは違うんです。


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リヴィン・イエスタデイ

 廃墟に存在する砕けた石の上に腰掛けている。両腕の中にはヴィヴィオの小さな姿がある。今、彼女は元気な姿を見せずに、静かに寝息を立てながら眠っている。空を見上げれば青い空が廃墟の天井を抜いて見る事が出来る。この位置からは太陽を見る事が出来ない。だが砕けた廃墟の割れ目からは緑が伸び、廃墟の穴を通して天へと伸びる様に植物が生えている。どこか幻想的な感じがするこの空間、空から日が差し込んでいる為に、非常に気持ちよく、暖かくいられる。影と光が適量なのだ。故に夏でもウトウトしそうな程度に涼しい。待ち合わせにはもってこいの場所だ。……まあ、実際にヴィヴィオは陽気に耐えきれずに子供らしく眠ってしまった。それでいいと思う。膝の上に退かせる少女の頭を撫でて、起こさない様に注意を払いつつ、

 

 廃墟の入り口に感じる気配に視線を向ける。

 

「来たか」

 

「あぁ、受け取りに来たぞ」

 

 銀髪眼帯、背の低いコート姿―――スカリエッティが戦力として保持するナンバーズ、その一人であるチンクが廃墟の入り口に立っていた。その片目は真直ぐ此方へと向けられている。彼女が何を受け取りに来たのかはもはや語る必要はない―――スカリエッティ、いや、最高評議会が最終兵器として保持している聖王の”ゆりかご”を動かす為に、最高評議会から奪取する為にスカリエッティは聖王のクローンを欲しがっている。つまりスカリエッティの計画にヴィヴィオの存在は必要不可欠なのだ。ゆりかごと言う戦力を奪い、手に入れるのと同時に最高評議会の”三人”にチェックメイトをかける。そんなところだったとスカリエッティの話を思い出す。

 

「ま、妥当か」

 

「だろうな。私は確かに絶対服従だが―――それでも善悪の区別がある」

 

 だからこそチンクは信用できる。ナンバーズの中でも善悪の区別をつけておいて、それでいても行動するのが彼女だ。トーレはプロフェッショナルであろうとする意識が強すぎるし、クアットロは善悪をどうでもいいと思っている、後発組はそこまで大人ではないし、ディエチやウェンディ、セインは善悪に対して迷うようなところがある。全体的に見て一番精神が成熟しているのはチンクだ。故にこういう事で裏切らない事を期待できるのもチンクだ。

 

 唯一残された片目をチンクがヴィヴィオへと向けてくる。その小さな体は視線にさらされながらもくぅくぅと小さな寝息を立てながら寝ている。その平和過ぎる姿にチンクが少しだけ頬を緩める。暢気なものだと俺でさえ思う。

 

「この先どうなるか解っているのであればそう寝ていられるわけでもなかろう」

 

「いや、本能的にヴィヴィオはどうなるかを理解しているよ。その程度解らない聖王じゃない―――確実に見て、聞いて、覚えているさ。そしてそこから理解して、それでいてヴィヴィオはどうしようもないんだよチンク。まあ、正直ここら辺はどうでもいい話だろう」

 

「いや、別にどうでも良くはないぞ? なんだかんだで話している時間はそうつまらなくもなかった」

 

 そう言うとチンクは入り口近くに折れた柱を見つけると、そこに腰掛ける。近寄ってこないのは今自分とスカリエッティが敵対関係にある事を考慮しているからだ。だからこれが俺達の距離、これ以上は互いにキルゾーンとなる。不用意な戦闘を避ける為にこれ以上は絶対に近づかない。どうしたものか、そう思いながらヴィヴィオの頭を撫でると、チンクが口を開く。

 

「その腕はどうした」

 

 何の事かと思って自分の腕を見る―――義手は抉れていて、内部が見える様になっている。それを見てあぁ、と言葉を漏らす。そう言えばそうだった、と自分がやったことを今更ながら思い出す。

 

「六課に義手を預けている間に盗聴器と発信機を仕込まれてたから抉り取って捨てたんだよ。ほら、お互いに聞かせたい言葉と聞かせたくない言葉とかあるだろう? プライバシーは法律で守られているし。捨てても問題ないだろう」

 

「お前は犯罪者相手に何を言っているのだ―――まあ、無駄に自傷でもしたいのであればいいのだろう。地味に妹たちが心配しているぞ」

 

「お前らもうチョイ犯罪者らしく”げへへへ、ぶち殺してやらぁ!!”ぐらいの気迫で来いよ。正直困るんだけどそういうスタンスは」

 

「割と芸風が移ってるんだ。そこらへんは気にしないでほしい―――あぁ、あとクッキーが無くなったからまた欲しい、と」

 

「自分で作れよ」

 

 敵対関係にあるはずなのに、口から出てくるのはくだらない世間話だ。記憶をバックアップした際に最新の情報も得ている。だからどういう状況なのかは理解している。それでもこうやって馬鹿な風に話し合えるのはやはり相互に理解ができているからだろうからか。まあ、この関係も結局長続きしない事は双方ともに理解している。何せ、最終的には雌雄を決すために戦わなくてはならないのだから。ただこの関係の間に一切の憎しみが存在しない事が救いなのだろうか。少なくともナンバーズを恨む理由なんて自分には存在しない―――スカリエッティに関してだけは話は別だが。

 

 そこは大人さ、分別は出来る。殺すべきやつと殺しちゃいけないやつは解っている―――ただ全力で戦った結果殺してしまうのであればそれはもう”しょうがない”って話だ。

 

「聖王、か」

 

 ヴィヴィオを眺めながらチンクがそんな声を漏らす。その言葉に視線を向ける。視線を受けたチンクが溜息を吐きながら首を横に振る。そこには彼女なりの感情の色が感じられた。―――チンクはナンバーズの中でも珍しい程の世話焼き、責任感を持っている。それは特にゼストが蘇った後、その面倒を見ていたからこそ発生した成熟だ。故に彼女には他のナンバーズにはない苦悩がある程度見て取れる。それは……少しだけ、見てて面白い。

 

「ベルカ人として伝説に相対する気持ちはどうなんだ?」

 

「嫌に感傷的だなお前」

 

「そう言うな。私だって感傷的になりたいときはある。だから感想をくれないか? 今、一体どういう気分なんだ。一体どう感じて聖王のクローンを敵へ渡そうとしているんだ」

 

 そうだな、と一旦言葉を置いて止める。どんな気持ちか―――それを問われると正直困ってしまう。数週間前までだったら苦悩で満ちている、と答える事が出来ただろう。だが全てを思いだして、全てを飲み込んだイスト・バサラは前とは違う。ここにいるのは常人ではなく狂人の類だ。だから答えるべき事は一つで、

 

「特に何も感じないな」

 

 そう答えるしかなかった。

 

「あぁ、そりゃあ申し訳ないって気分は少なからず存在するさ。だけどぶっちゃけた話罪悪感はないさ。やらなきゃいけない事はやらなきゃいけないだろう? そこに罪悪感を持ち込んだりしてもしょうがない話なのさ。塵は塵に、灰は灰に、死者は死者として思い出の中でひっそりしていてくれって話だよ」

 

「では続けて質問だ―――その話がそうであるのなら、嫁は死んでおくべきではないのか?」

 

 チンクの言葉に自分の頭を掻いて、まず告げる。それは見当違いの話だよ、と。

 

「いいか? 世の中誰もが生きる権利っつーもんがある。だけどな、死んでおく権利ってのもあるんだよ。いいか? アイツらは生きたいって言ったんだ。偽物のままでもいいから生きたいって言ったなら生きればいい。ティーダは偽物である事が申し訳ないって言った。だからアイツの思いを尊重して殺した。だから生きたいつってるやつは生かす、関わっちまったらどうにかする。ただ耐えきれないなら殺す。それだけのシンプルな話だよチンク」

 

 なら、と言ってチンクが折れた柱から降りて、そして立ち上がる。真直ぐと再び此方へと視線を向けて、口を開く。

 

「オリヴィエ・クローンの場合はどうなる。それは生きたがっているのか? もしくは死を求めているのか? いったいどちらなんだ?」

 

 その言葉に対して笑みを浮かべる。そして答える。

 

「―――知らねぇ」

 

「……はぁ?」

 

 その声にチンクが呆れた様な溜息を吐いて、半眼で此方を見る。そんな事をされたって無駄だ。ヴィヴィオがどうしたい、と言わない限り解らない事だ。だから俺の予測で決着をつける事は出来ない。ただ一つだけ解っている事はある、と言うよりも解りきった事はある。

 

「何事も決着を付けなきゃいけないんだよ。昔からズルズル引きずってる事何時までもだらだらと続いていても仕方がないだろ? いい加減終わらせなきゃ平和に暮らせないだろう―――」

 

「―――イングが、か。なるほど。究極的に利己的というか、行動が一貫して”自身と身内の為だけ”という事で完結しているな。確かに”らしい”な、イスト。個人を尊重しておきながら結局やる事は自分勝手。間違っているかどうかが問題ではなく、自分の感じた事が正しいと信じれば破滅するまで突き進むか。愚者の理論だと罵倒する者もいれば、間違いなく正しく生きていると言う者もいるだろう。究極的に言えば―――」

 

「おいおい、何言ってんだよお前」

 

「……それもそうだな」

 

 チンクの言葉を中断させる。究極的に言えば―――その先の言葉は解っているので言わなくていい。自覚している事だ。いや、自覚させられた事だ。ずっと昔に、妹の様な存在に。だから言わなくていい、一度言われればそれで覚えるから。だから、と言う代わりに少しだけヴィヴィオを揺らして、そして起こす。気づけば青い空も段々と赤みがさしこんでくる時間となっていた。予想外に長く過ごしていたようだ。やる事は多いのに、いつもいつも無駄に時間を使っているな、と思う。

 

「くらうすー……?」

 

 眠そうに、目を擦りながらヴィヴィオが此方を見上げる。求めている答えは解っているが、

 

「いや、クラウスはもういないよヴィヴィオ」

 

 そう言うとヴィヴィオは此方の服にしがみ付いてくる。だがその手をほどき、ヴィヴィオを持ち上げ、そして膝の上から床へと立たせる。不安そうに此方を見るその姿を最後に一回だけ抱きしめてから、口を開く。

 

「しっかり恨んでくれよ」

 

「あっ―――」

 

 そのままヴィヴィオの意識を落とす。ヴィヴィオの体を再び持ち上げて、前へと一歩進むと代わりにチンクが後ろへと下がる。数歩、そうやって前に進んでからヴィヴィオを床に降ろし、今度は此方が後ろへと下がる。数秒後、ヴィヴィオまで到達したチンクがヴィヴィオを持ち上げて、肩に乗せる。その首に手を当て、

 

「本物だな。これで最後の契約成立だな。これより我々は一切の友好も交渉もなしに敵となる―――これでいいな?」

 

「ま、一度手を切っておきながら結局こうやって一回手を組んじまったのはかっこ悪いけどな」

 

「何を言ってるんだ。全て計画通りなんだろう? 受け取れ」

 

 チンクがヴィヴィオと引き換えに此方へと向けてデータディスクを投げ渡してくる。それを片腕で掴み、懐へとしまう。契約完了。スカリエッティが欲しかったヴィヴィオは此方から相手へと渡り、スカリエッティから欲しかった情報も此方へと渡った。これで本当にお互いに利用価値はなくなった。あとはお互いにけずり合い、滅ぼし合うだけだ。

 

 だが今のままでは駄目だ。

 

 聖王が復活し、ゆりかごが浮かんでからではないと本当の意味での勝利は掴めない。というよりも、レリックが揃った今、戦う理由はそれだけだ。どこからどう考えても無理無茶無謀の三拍子が綺麗に揃うセット。それと戦うために今は行動していると、そう言ったら正気を疑う人間はどれほどいるのだろうか。

 

 だけどそれは自分にとっては十分に大きな意味を持っている。

 

 少なくとも有象無象を犠牲にする程度には。

 

「解りやすく外道だな、お前は」

 

「知っているよ」

 

 そう言い、少しだけ自虐的な笑みを浮かべる。これでもし、”計画”を失敗させたら間違いなく歴史に名を残す犯罪者で―――成功したとしても犯罪者だ。だが、それでも聖王とゆりかごは滅びなきゃいけない。ゆりかごなんてものが残っているから聖王は蘇る。あんなものが残っている間は本当の意味ではクラウスの記憶から誰も解放されない。本当に自分勝手な話だが、後に来る平穏と家族の心の安らぎの為に、ゆりかごは壊して、そして聖王には消えてもらう。

 

 管理局を、六課を、そしてスカリエッティを全て利用する。一回もミスは許されない。細い綱を渡って歩くようなギャンブル。ここからは計画を全て成功させない限りは絶対に負けるけど―――それでもやるしかない。

 

 やるしかないのだ。

 

「さらばだイスト・バサラ。次は戦場で会おう。その時は」

 

「あぁ、死力を尽くして互いの信念を貫き通そうか」

 

 互いに戦った結果死ぬのであれば後悔はないと、そう告げてから背を向ける。結局の所この流れになる事に変わりはない。一番大事なものが変わらないのであれば、こうなるしかない。そして俺はそこらへん、非常に頑固だ。そして手が届く範囲も知っている。だからそれ以上手を広げようとはしない。ここが俺の限界だ。

 

 だからさようならヴィヴィオ―――こんにちはオリヴィエ。

 

 次に会う時は絶対に殺す。




 通称:オリヴィエ絶対に殺すマン。スカさんに渡さなきゃ早くオリヴィエにならないって事で交換。やだ外道、とか言いつつ襲撃ももうすぐですな。

 アステル遊んでたら執筆遅れた(


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バック・ヒア

 入り組んだ迷路の様な廃墟群をひたすら進んで行くと、普通であれば迷う。だがそこらには仲間内にしか通じない目印が存在する。記憶を通してそれが何であるかを確認し、目印に従って進んで行けば―――やがて、大きなビルへと到着する。電力が死んでいる様に見えるのは表向きだけだ。廃墟の中へと進み、そこから瓦礫を乗り越えながら向こう側へと進めば、通路へと到着する。その奥には階段が存在するのだが―――その前に立つ一つの姿がある。通路の闇によってその姿は見る事が出来ないが、瓦礫を乗り越えた此方の姿を確認すると前へと進んできて、抱きしめる。

 

「お帰りなさい……貴方の帰りをずっと待ってましたよ」

 

「出迎えなんかしなくてもいいのによ」

 

 そう言って抱きしめるのは自分よりも背の低い女の姿。ショートの茶髪―――見覚えのある紫色のバリアジャケット姿のシュテルだ。此方の背に手を回す様にしてしっかりと体を抱きしめ、胸に手を当てている。目を閉じて此方の体温を感じる様に、そのまま動かず、動きを止めている。

 

「シュテル?」

 

「いえ、あと少しだけこのままにさせておいてください。それで大体満足できますので。心配していなかった―――と言えば嘘です。何時きまぐれによって詰むか解りませんし、少しでも間違えれば真っ白に消え去っていたのは別の記憶だったかもしれませんし……そうやって不安を上げて行けばキリがないんです。だからあとちょっとだけ、ちょっとだけここで貴方の鼓動を感じさせてください」

 

 そう言うシュテルの事を振り払えるわけもなく、そのままにしておく。目を閉じて、そのままじっと抱きついてくるシュテルの姿を抱きしめながら、ふと昔の彼女の姿を思い出す。こんな風になったのは何時頃だろうか―――いや、昔から大体こんな感じというか……形にして心配するのは何時もシュテルだ。そしてディアーチェが決断して、レヴィが行動に移す。

 

 そしてユーリが全力でステイ。

 

 ユーリが動いちゃあかんのは全員共通の見解だった。

 

「イスト?」

 

「いや、あ、うん。ちょっと昔の事を思い出してただけだよ。ほら、昔のお前らって今よりも大分エキセントリックだったろ? だから、まあ、あの頃のお前らは色々派手だったなぁ、ってな……」

 

「アレはないものねだりしている子供の我が儘の様なものですよ。欲しいものが手に入らない。だから少し駄々をこねている。欲しいものが手に入って心が満たされば子供も大人も変わらないんです、それで幸せですからそこまでネタに走ったりする必要はないんですよ。私達が欲しいものはもうほとんど満たされていますからね」

 

 あぁ、と言ってシュテルは頷きながら体を離すと、此方の右腕を取って、歩きはじめる。もちろん彼女だけを歩かせるわけもなく、光がなく、完全に闇に包まれた通路の中を手をつないで歩く。そう時間をかけず、闇の空間で足が宙を踏む。そこから先が階段である事を悟ると、開いている片手を壁に当て、そのまま階段を下って行く。

 

 そう時間もかからずに、階段の奥へと到着すると、横にいるシュテルが動くのを感じる。きぃ、と鉄が軋む様な音がすると、シュテルが先導してくれる。それに従って進むと背後で扉の閉まる音がし、そして再び扉が開く―――今度は光と共に。

 

 そして、

 

 パン、と音が鳴る。

 

「お帰りなさい!!」

 

「お疲れ様!」

 

「良く帰って来たな」

 

「うおっ」

 

 続いて発生したのが紙吹雪とクラッカー音の炸裂。見ればよく知った顔がパーティークラッカーを此方に向けていた。飛び出した紙吹雪などが此方にかかって、視界を遮っている。それを取り、部屋を見渡すとスカリエッティから離反した皆がそこにいて、全員がクラッカーを手にしていた―――しかもガリューまで。

 

「お前断りたいなら断ってもいいんだぞ」

 

「―――」

 

 そう言うとガリューが手元のパーティークラッカーを眺めてから、ルーテシアへと視線を向ける。ルーテシアは無言でガリューへと視線を返し、ガリューはそこから手元のクラッカーへと視線を向ける。若干困ったような様な様子を浮かべると、ルーテシアが手に握っている使用済みのクラッカーを握りつぶす。瞬間、ガリューから迷いが消えた―――即ち無条件降伏。この幼女、無差別なあたりどっかのピンク色の幼女よりもかなり悪いかもしれない。ただガリューがサムズアップを向けてくるので存外この昆虫ヒーローは余裕なんじゃないかと思う。

 

「イーストッ!」

 

「おわっぷっ!」

 

 シュテルが手を離したかと思うと、次の瞬間には飛びついてくる姿がある。水色の髪にタンクトップとホットパンツと此方はシュテルと違って

 

「あはははー! 久しぶりー! って言っても僕は一週間前の潜入で顔を合わせたばかりだったけどね!」

 

 飛びついてくるように抱きついてきたレヴィは離れる。軽くターンを華麗に決めながら、

 

「まあ、僕は抜け駆けしたからここら辺で我慢しておこう―――あ、シュテるんも同罪だよ。上での際はしっかり把握しているから言い訳なしね」

 

「何でそこだけ急にガチなんですか貴女」

 

 レヴィがシュテルを捕まえるとあーうー言っているシュテルの姿を捕まえて、そのまま部屋の後ろ側へと引っ張って行く。その際にゼストの前を横切る為にゼストへと視線を向ければ、疲れ切った様子でパーティー用の三角帽子と、パーティークラッカーを持っている姿が見えた。その姿だけでこの数か月間、ゼストがどれだけ苦労したのか理解できたような気がする。というか何時ものロングコートにパーティーハットという異様な格好なので同情するしかない。これは今度、ゼストの為に酒の一本でも用意しなきゃどうにもできそうにないなぁ、

 

 あ、あそこで死んだように倒れているのアギトじゃね? と思ったところでぐいっと、ネクタイが引っ張られ、顔が下へと下げられる。

 

「んっ」

 

 次に感じたのは唇に対する軽いキスで、そしてそれが終わって視線を向けると、笑みを浮かべた、シャツとジーンズ姿のディアーチェの姿があった。エプロンを装備している辺り、本当に何時も通りの彼女の姿だと安心する。

 

「待たせおって馬鹿者め。帰って来るなら早くしなければメシが冷えるであろう、全く」

 

 そうは言いつつも嬉しそうに、軽い足取りで去って行く辺り、どう見ても喜びを隠しきれていない。まあ、自分一人の存在でこんなにも彼女たちが喜んでくれるのであれば、それは間違いなく幸いと呼べることのだろう。軽いお祭りムードの地下アジトの様子に苦笑していると、二人ほど姿が足りないのを理解する。

 

「あぁ、心配しないでください。ナルとイングでしたら二人揃って現在別行動ですよ。明日には戻ってくるはずですので。彼女たちに限って失敗する事はありえませんというかあの二人をコンビで倒せる生き物が地上にいるなら若干見てみたいって感じなので」

 

「そこの旦那さんがベッドで無双―――」

 

「ルーテシア、流石にそれは駄目だ。それ以上は言ってはいけない」

 

 ゼストがルーテシアにそれ以上言わせまいと口を手でふさぐ。間違いなくグッジョブというかこの幼女がもはやアレ以上のあかん生物である事はこの短い時間でしっかりと再認識できたのでこの幼女の扱いに関して改めて覚悟をしなくてはならない―――嫁に関してはシュテルの言っている通り、満たされているので本当に大人しいし、優しいし、自分には正直勿体なすぎる程いい嫁だ。ぶっちゃけこんなダメ人間のどこに惚れたのかね、と今でも思う程だ。だがここで”俺程度”と自分を評価すると、それは俺を評価して愛してくれる女が”その程度を愛した女”って事になってしまう。それだけはさせてはいけない。

 

 ただ、すみませんルーテシアさん。二対一だとキツイ所あるんですよ。

 

 男のプライドがそれを顔に出す事も口に出す事も許さないけど。なのでとりあえずこの話題に関しては一旦頭の中から追い出す。その代わりにポケットの中から赤い宝石を取り出し、それを指ではじいてシュテルの方向へと飛ばす。バリアジャケットを解除してハーフスリーブのシャツとパンツの私服姿に姿を変えたシュテルがそれを、レリックをキャッチする。

 

「お疲れ様ですイスト。これでようやく、って所ですね」

 

「あぁ、そうだな」

 

 本当にようやく、って感じだ。今までどこをどう探しても手に入らなかった、見つからなかったユーリを助ける為の適応レリック。それが手に入って、これで俺達家族としての問題は大体解決される。はやてにあんな事は言ったが、正直な話スカリエッティの事だ。アイツはそこまで俺達の事を嫌ってはいない。いや、むしろ好ましいと思っている。だから降伏すればひっそりと生きる事ぐらい問題なく見逃してくれるだろう。

 

 その選択肢が選べないのが人生の辛い所だろうが。

 

「では私は早速ユーリの方の作業に取り掛かります。先に食べ始めておいてください。そう時間のかかる作業ではないので。……改めて思いますけどこういう技術に触れているとスカリエッティが天才であると同時にどんなキチガイかを思い知らされますね。いや、本当にキチガイですけどアレ」

 

「二度も言わんでいい。アレがキチガイなのは多分ナンバーズ含めて全員理解しているから」

 

 それに少し笑うとシュテルがレリックを握って奥の部屋へと消えて行く。どれだけかかるのかは知らないが、それでも近いうちにユーリは寿命の問題を治して戻ってくる。明日イングとナルが戻ってくれば、それで全員そろう。ようやく、全員そろうのだ。―――この日の為に、全員で集まれる日の為に、一体何年間過ごしたのだろうか。五年か、六年か、たぶんそれぐらいだ。あの頃と比べて俺も大分歳を取ったものだと思う。

 

「ほらほら、そこで突っ立ってないで座って座って。お酒もあるんだよ?」

 

「あいよ」

 

 催促される様に部屋の中ほどまで進むと、テーブルを囲む様にソファが存在している。そこに座ると、横からグラスとボトルをレヴィが運んできて、グラスに並々とワインを注いでくれる。更に別の部屋からはディアーチェが両手に大皿を乗せてバランスを取りながらテーブルへと近づいてグラスを受け取りつつも、軽く後ろへと体を引いて大皿を避ける。

 

「せんせー。ガリューってお酒飲めるんでしょうか」

 

「ノリで何かを考えるのを止めなさいそこのキチロリ」

 

「チッ」

 

「将来に不安しか残らない」

 

 まあ、それでも面白い事には面白いので軽く笑っておく。グラスを片手に、大皿に運ばれてきた揚げ物などの小物料理をつまむ―――一応逃亡生活なのに物凄い豪勢な事をやっている気がしないでもないが、ここ……というよりは廃墟都市区間は犯罪者の巣窟、犯罪者の天国。お金さえ持っているのであれば基本的になんでも揃う。故にこうやって外で普通に暮らしている場合と同じようなものが揃えられる―――と言っても、やはり少々窮屈な事には変わりないが。

 

「あぁ、そうだゼスト」

 

 懐からデータを取りだし、それをゼストへと投げる。パーティーハットを取ったゼストが片手でデータディスクを掴むと、それを眺める。

 

「地上本部の襲撃スケジュールだってよ―――その時ならレジアスに接近できるだろうな」

 

「済まないな」

 

 ゼストはそう言って受け取ったデータをデバイスの槍へと突き刺すと、ホロウィンドウに情報を出力する。その様子を眺めてから、グラスに注がれたお酒を飲む。本当に久しぶりに飲むお酒の味で、懐かしさの前に何故か悲しみを感じる。そう言えば六課にいる間は一回も酒を飲む事はなかった、自由度で言えば意外と此方側の方が自由度高いのではないだろうか。お酒飲めるし、嫁といちゃいちゃできるし、好きなタイミングで外を歩けるし。やはり自由度は此方の方が高いかもしれない。これだから公僕は面倒なしがらみが多くていやだ。

 

「だけど」

 

 ルーテシアが口を開く。

 

「これで残りのレリックは母さんのだけ。それで色々終わりだと思うと少しだけ寂しいなあ……この生活、フィルムの様な生活で結構楽しかったのに……最後のレリック、一体どこなんだろう」

 

 名残惜しそうにそう言うルーテシアにゼストが答える。

 

「最後のレリックの場所ならどこにあるか把握している」

 

「おい、騎士」

 

 ディアーチェがゼストが言わんとしている事を理解して口を挟んでくる。だがゼストは首を横に振る。いや、確かにそうだ。ゼストの言いたい事は解るのだが。むしろ”そこしかない”とスカリエッティの性格を考慮するのであれば言い切れる。ただルーテシアは理解していないようだ。いや、理解していれば少しは苦悩する……とは思う。

 

 ゼストは自分の心臓を指さす。

 

「おそらくメガーヌに必要なレリックは―――俺に使われている」

 

 それに対してルーテシアは、

 

「殺してでも奪い取る」

 

 ノータイムでゼストにそう答えつつ、無表情のままゼストに襲い掛かっていた。ルーテシアのふざける様な、じゃれているような、紛らわすような行動を見て、

 

 あぁ、戻ってきたなぁ。

 

 と、今更ながら実感する。




 新作のゲームは怖い。気が付いたら時間が飛んでるワルタ。

 そんなわけでようやく合流です。いい加減マテ子達の可愛い姿が描きたい―――でも平和な話のリミット、5話だけなんすよ。尺的な意味で。本当なら六課でお風呂イベントとか色々挟み込みたかったし、ナンバーズとの絡みももっと書きたかった……。


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ミッドナイト

 再びかん、と鈍い音を立てながらビール缶をぶつけあう。その時に少しだけ缶からビールが飛んで零れるが、気にしたりはしない。上着は脱いで、少しだけシャツの胸元を開けて楽にして、ネクタイも完全に取って、週末のお父さん、何て言われかねない恰好で足をテーブルの上へと投げ出しながら一気に缶ビールを飲み、

 

「っかぁ! あー、やっぱりこれだよこれ。そりゃあワインみたいなものもいいけどさ、やっぱ上品なもんよりはさ、ビールの方がいいね、俺は」

 

「そうだな。高級品も悪くはないが、やはりこういう下品なものを飲んでいる方が遥かに俺達らしいと言うべきか―――此方の方が俺達にはあっている。やはりこのチープな味には敵わないな」

 

 ゼストとテーブルを挟んでくつろぎながらビールを片手に、ソファでゆっくりを体を休める。既に深夜へと時間は入り込み、マテリアルズの三人娘は寝かしているし、ルーテシアもずっと前にベッドで眠っている。アギトだけは平気平気だと言っていたがルーテシアに握りつぶされるように連行されたのでこの場にはいない。アギトには是非とも朝日を無事に迎えてほしいものだ。

 

 ともあれ、つまりこの時間、この部屋にはむさくるしい男が二人しか存在しない。手元には非常にオイリーなフライドチキンがバレルで横に置いてある。自分と、ゼストの横にだ。そして互いの手にはビール。テレビは残念ながら存在しない。電力のほとんどはディアーチェ達がスカリエッティの所から盗んだ機器を動かすために消費している。その為、必要最低限の電力しか他の所は回っていない。―――これも、レリックを使ってユーリが復活すれば少しは楽になる話だ。環境も、そして戦力も。

 

 片手でビール、片手でフライドチキン。六課で保護されている時は絶対に見せる事の出来ない姿、見せる事の出来ない醜態をここであれば迷う事無く、隠す事なくできる。ホームグラウンドにいると言う事はこういう事だ。実に心地が良い。

 

「しかし」

 

 ゼストがビールを飲みつつ、此方を見ながら口を開く。食べている時は口を開かない辺り、品の良さが見て取れている。まあ、騎士としての最低限のマナーとも言えることなのだろうが。

 

「いいのか? 今夜は相手をするものだと思っていたのだが」

 

「ルーテシアみたいな事言ってるんじゃねぇよ」

 

 それは酷いな、とゼストが言い、二人で軽く笑っておく。もはやルーテシアに関しては笑うしかないのでキッパリと諦めておく。その代わりにメガーヌが蘇った時はゼストの分も含めてメガーヌに頭を下げる予定だ。……まあ、メガーヌが蘇る時はまず確実にゼストは生き残ってはいないだろう。そう思うとこの数年間一緒に行動してきた同志なだけに、寂しい。だから……話を合わせる。

 

「触れたり一緒にいる事だけが愛情表現なだけじゃないだろ? そりゃあ手を繋いだり、一緒に寝たり、同じ時間を過ごす事は解りやすい愛情表現さ。互いに愛し合っているって解りやすく示す方法だけどさ、そんなもん人によっちゃ千差万別さ。世の中傷つけ合う事が愛情表現って思うやつもいれば、厳しく接する事を愛情表現だって思うやつもいる。極論、心で通じ合っていればセックスやらは必要ないと俺は思うぞ」

 

「若い騎士に聞かせてやりたい話だな。俺が現役の頃はそう言う話題になると真っ先に若い連中が彼女欲しい、結婚したら毎日子作りしたいとか言っていたなあ―――そういう連中に限って中々恋人の一人も出来ないものだから世の中上手くできているものだ。俺も結婚したころは色々とそう言う事に頭を悩ませたものだなぁ……」

 

 その発言に待ったをかける。少し待て、フライドチキンを食べている手を止めて、そしてそれをゼストへと向ける。

 

「ちょっと待て、俺お前が既婚だって初めて聞いたんだけど」

 

「ん? 言わなかったか? 二十歳頃に俺は一度結婚しているぞ―――まあ、その後に次元犯罪者に人質にされた挙句妻は殺されてな、それが原因で正義に燃えたものだ、昔は。レジアスとはその頃に出会ってなぁ……良く次元世界の平和について二十代前半の頃は語り合ったものだ。俺がトップだったらこうする、俺がストライカー級魔導師に成ったらこうする、と理想を語り合って……少しずつ大人になったものだ」

 

 そう言って懐かしそうに微笑むゼストの姿はどこか儚げだが懐かしそうに満足げで、彼を止める言葉を俺は持ち合わせていなかった。ただ先人としての経験や言葉を聞く興味はあり、

 

「んで?」

 

「俺やレジアスもただ理想を夢見るだけの大人じゃいられなくなって、現実を見る大人になったという事だ。歳を取るにつれてただ頑張っているだけでは駄目だと気づいて、互いに本当の正義を成す為に尽力したものだ。レジアスは陸のトップをめざし、学のない俺は槍で奴の法を守る。あの頃の俺はレジアスの為なら、俺達の正義の為なら殉じても良いとさえ思っていた。だから頑張ったものさ。鍛錬を怠ることなく、不正を許すことなく、妻の様な犠牲者を出さないためにも毎日毎日部下の面倒を見て、パトロールに出て―――あぁ、輝かしい日々だったさ……いかんな、酒が入るとどうしても愚痴っぽくなる」

 

「別に男同士の会話なんだからそれこそ気にするもんじゃねぇだろ。ほら、吐き出せるもんは吐き出しちまおうぜ。この際お互いに懐かし恥ずかしい事は酒の勢いに任せてこう、ドバーってさ。そうやって深めるもんもあれば見直せる事もあるんじゃねぇのか?」

 

 その言葉にゼストは一度目を閉じて、感じいる様に数秒、無言で過ごす。そのまま酒にも食べ物にも手を付けるわけでもなく、数秒間無言の時間を通り過ぎると、再び目を開けてから溜息を吐く。そこには本来の年齢よりも遥かに疲れた様な男の姿があった。考えればゼストという男は既に八年間表社会に出る事は出来ていないし、昔の友人と言えるような存在とも会えていない。それなら吐き出したくなることもあるだろう。

 

「そうだな……結局俺はどこか子供のまま、理想を信じて突き進んでいたのかもしれないな……そしてレジアスだけが決断できるようになっていた。多数を取って少数の犠牲を見過ごす事を。レジアスが何を思って違法研究に、次元犯罪者と手を組んだのかは解らないがアイツはそれが正義の為と信じていたのかもしれない。それでも……俺はアイツが間違えたと思っている」

 

 今でも覚えていると言ってゼストは壁にかけてある槍のアームドデバイスを見る。

 

「俺がチンクと戦っている間に殺されるクイントの姿が、倒れ目を覚まさないメガーヌが、心臓を穿たれ動かなくなった部下が―――一人、また一人と倒れて起き上がらなくなってゆく俺の部下たちの姿が。今から思えば素直にレジアスの言葉に従って捜査を打ち切りにしてまえばよかったのだろうが、それは誇りが許さなかった。法の守護者としての俺が許せなかった。何よりレジアスが裏で犯罪者と手を組んでいる事なんて想像もしていなかった―――俺一人の命で人々の安寧が守れるのが確約するのであれば喜んで差し出そう。だがクイントやメガーヌ達は、俺の部下は違う。彼らは俺の様に逝っても問題の無いような連中ではなかった。家へと帰れば待っている家族はいるし、理想の為に殉じる覚悟もなかった」

 

 ゼストがビール缶を握りつぶす。その中の液体が握りつぶされる事で溢れ出し、手にかかるがそれをゼストが気にすることはない。間違いなくその目にともっているのは意志の色だ。強い、覚悟と不退転の意志。貫くと決めたら最後まで絶対に貫くという絶対の意志。冥府に首までどっぷりと浸かっているというのにそれでも口だけでも食らいつくという意志を持っている辺り、この男も割とここにいる面子の一人だと認識できる。

 

「友として、理想に賛同した同志として、そして一人の男としてアレは確かめなくてはならない。いや、俺は納得したいのだ。俺はいいが、俺の部下が本当に死ぬ必要があったのか。レジアスがあの頃の約束を、理想を忘れていないのか。そして、忘れているのであれば俺がやつを正さねばならない……それが友として、この世を去る前にしてあげられる事なのではないだろうか……ん? しまった、力を入れすぎたか」

 

 そこでゼストが初めて、自分がビール缶を握りつぶした事に気づく。困った様子を浮かべるゼストの姿を軽く笑いながら立ち上がり、ちょっとだけ小走りで部屋の隅まで行くと、テーブルの上においてあるティッシュボックスを取って、それをゼストの方へと投げる。濡れてない方の手でゼストがそれをキャッチすると、ティッシュを何枚か抜いて、それを重ねて手や床を拭き始める。騎士系の魔導師がティッシュで床を拭くなんて若干コミカルな姿だと思っていると、感じる二つの気配の接近に動きを固まらせる。

 

「……ナルとイングか?」

 

「この感じは……そうだな、彼女達だ」

 

 一瞬で緊張を解き、溜息を吐く。今が何時であるかを調べる為に壁にかけてある時計を見れば、既に時刻は大きく深夜を抜けて早朝の時刻へと入っていた。その時間を確認してからうへぇ、と気の抜けた声を漏らす。飲み始めたのが十二時頃なのでかなりの時間飲みながら食いながら、そして話しながら過ごしていた事になる。割と時間が経過するの早いなぁ、と思っていると、床を拭き終ったゼストがそれをゴミ箱へと捨てながら、首をかしげてくる。

 

「そう言えば前々から気になっていた事があったのだが」

 

「なんだ?」

 

 ソファへと座り、ビールを飲もうとしながらゼストの言葉へと耳を傾ける。

 

「俺はお前の感性が一般寄りだと思っていた。いや、少なくとも理解はあるのだと思っているのだが―――重婚へと踏み出した理由はなんなんだ?」

 

 思わずビールを吹きだしそうになるが、それを堪えて飲み込む。この男は一体何を言っているのだろうか。そりゃあどちらかと言えば俺の感性は一般寄りだ―――少なくとも知り合い等と比べれば。ただ間違いなく俺の持論が展開されているというか、一般的じゃない考え方も持っているわけで、

 

「まあ、ウチの爺さんがこれに関しては主犯なんだけどな」

 

「祖父がか」

 

「あぁ。俺に大人の心構えや男としての心構えを伝授したのはウチの爺さんでなぁ……ガキの頃は両親よりも爺さんの背中を追っかけて育ったもんだよ。拳の握り方も爺さんが教えてくれたし。まあ、俺の若い頃に一番影響を与えてくれたのは爺さんで、今の俺のこの阿呆な考えは基本的に爺さんが主犯だと思ってくれてもいい」

 

 で、とゼストが言う。あぁ、やっぱり話題っから逃がしてくれないのね、と近づいてくる気配を感じつつどうするかな、と一瞬だけ迷ってから口を開く。

 

「いいか―――男には本気にさせた女の責任を取らなきゃいけねぇんだよ。それがどういう事であれ、良い男ってのはドンと構えてその”本気”を受け止めるもんなんだよ。戦いであれ、恋愛であれ、殺意であれ、女が本気で向けてくるものから逃れる様な野暮な事をしちゃいけねぇんだよ。だから俺は愛し返すのさ。愛されている分は愛し返さねぇと、それは彼女たちに対して不誠実だからな……うーん、ちょっとニュアンスが違うかもしれん。悪い、言葉で表現するのは難しい」

 

 こう、言葉にしてみるとうまく伝わらずに若干もやもやする。自分の根幹にかかわる感覚的部分だから上手く伝えたい所だが、そこが難しい。あえて言うのであれば”感覚的過ぎる”、という所だろう。理解から来るのではなくフィーリングから来ているのでいざ説明するとなると上手く他者に伝える事が出来ない。ただゼストはなるほどな、と感覚的に理解しているので大丈夫だ。ここら辺、騎士等の一本筋の人間であれば割と理解してくれると思う。

 

 と、

 

「―――なるほど、なら私が愛そうとすればそれだけ私を愛し返してくれるのですね」

 

「それは良い事を聞いた」

 

 きぃ、と音を鳴らしながら鉄の扉が開くと、その向こう側からバリアジャケット姿のイングと、そして姿が人形程のサイズとなってイングの肩に乗るナルの姿が現れた。ナルはイングの肩から降りると床に着地するのと同時に巨大化し、本来のサイズに姿を変える。ナルもイングもそうやってアジトに戻ってきて扉を閉めると。真直ぐこっちへと向かってきてソファの裏から首に手を回す様に抱きしめてくる。

 

「人気者だな。若い頃だったら羨んでいただろうが―――実態を知っていると同情するな。ルーテシア風に言えばヤンデレは勘弁……と言うやつか」

 

 ゼストらしからぬ、そしてルーテシアらしい言葉に軽く笑うと、視線を後ろへと倒し、背後から抱きしめてくる二人へと視線を向ける。

 

「ただいま二人とも。やっと帰ってこれたよ」

 

「お帰りなさい、ずっと帰還を心待ちにしていましたよ」

 

「……デバイスの使用、所持反応検出なし。どうやら私以外に浮気する事はなかったようだな」

 

 これだから愛の重い連中は若干扱いに困る―――まあ、そこを含めて全部まるっと愛するのが俺なのだが。長所も短所も全てを万遍なく愛せてこそ、彼女たちの愛に釣り合いが取れる。我ながら難儀な人生を送っているとは思うが、そこに一切の不満はない。寧ろかつてない程に人生は楽しく輝いていると言ってもいい。

 

 まあ、

 

「今夜の男子会は解散だな」

 

「そうだな、まだ時間はある。それまでもう一度ぐらいは二人で友好を温めよう」

 

 そう言ってゼストと笑い合っていると、首に抱きつく腕に少しだけ、力がこもる。その腕を軽く撫でて忘れてないよ、とアピールする。全く我が儘なお姫様だ、と苦笑しながら言ったところで考える。スカリエッティの計画している地上本部襲撃。それを互いに邪魔するメリットはない故―――お互いに罠を仕掛けるのであればそこが最後のチャンスだ。

 

 あぁ、これは忙しくなりそうだなぁ、と後ろの二人をどう相手するかを考えながら思う。




 つまり愛されている分は愛さないと誠実ではないってお話。それにしても原作のゼストさんは既婚だったのだろうか。

 あの様子だと結婚してない感じだったけど。


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アイム・バック

 ガラスの中身は空っぽだ。そこにあるべき姿はない。

 

 故に彼女は立つ。

 

 両足で床をしっかりと踏みしめて、そしてその存在が健在である事を証明していた。床に届きそうなほど長く、ふわふわとした量の多い金髪をポニーテールにする事で纏めている。服装は下が少し余裕のある青のスラックスで、上はノースリーブの白いシャツを着ている。その姿から軽く体を捻るように動かし、それから体を伸ばす。そうやって自分の体を此方へと散々見せつけてから、彼女が此方へと歯を見せる様な笑みを見せてくる。その姿にようやくか、と心の中で酷く安堵している自分がいる。目の前に立つ女がそうやって元気な姿を見せる為に一体どれだけの犠牲と、どれだけの苦労を背負ってきたのか。

 

 それらすべてが、一気に抜けて報われた気がする。

 

「―――ただいま」

 

「お帰り」

 

 そう言って、ユーリ・B・エーベルヴァインの体を抱きしめた。俺よりも遥かに華奢な体は抱きしめると壊れてしまいそうで、俺よりも軽くて、簡単に持ち上げられてしまう。ただそんな事はするわけなく、自分よりも背の低い彼女に合わせて少し体を下げながら彼女の体を抱きしめる。確かに、求められたからこそ愛した、何て部分は間違いなくある。だけど、間違いなく俺は彼女たちを愛している。自分の意志で、心の底から抱きしめたいと思える程に愛している。だからこうやって救えたことを何よりも嬉しく思う。

 

 うん、正直自分でもどうかと思うぐらいには舞い上がっている。なぜならようやく、ようやくなのだ。今まで見たかった光景の一つが、数年越しにようやくここに揃ったのだ。そう考えると胸に熱いものがこみあげてくるが、ここら辺は男なので頑張って飲み込んでおく。だけども、それでも此方の気持ちは伝わっているらしく、仕方がないですね、とユーリが溜息を吐きながら抱き返してくる―――その吐息が嬉しそうなものであるという事は見逃さない。

 

「これで命を助けられるのは二回目ですね、イスト。あの時、あの研究所で目を覚まして、貴方に助けを求めたのが間違いではないと確信しています。本当に、本当に貴方に会えてよかった。ありがとう」

 

「んな事言うなよ。ほら、俺って良い男だからさ、お前らの事が好きで大好きでしょうがないからさ、そりゃあ助けなきゃ駄目だろう。愛しているんだから」

 

 馬鹿ですね、とユーリは少しだけ笑いながら、腕の中から視線を上げて、此方の目を見る。俺と同じ琥珀色の瞳で此方の目をしっかりと見て、捉えながら、馬鹿ですね、と再び言ってくる。あぁ、確かに大ばか者だよ俺は。ユーリの言葉に同意するしかない。

 

「私達って物凄いどうしようもない女なんですよ? 基本的にデフォルト設定で愛が重いですし。無駄に強いから逃げる事はできませんし。意志も強いので諦める事も折れる事もありませんし。ぶっちゃけ適当な所で捨てちゃえばよかったのに。こうやって最後まで面倒を見ようとするから。ずっと一緒に居ようとするから。助けようとするから。大事にしてくれるからこんな風に見事にめんどくさい女になってしまいましたよ。どうしてくれるんですか……って責任取ってくれちゃったんですよね。そうですよね、そう言う人ですもの貴方は」

 

 だから好き、と言って唇を合わせてくる。

 

 後ろでもぞり、と気配を感じて、軽く振り返ればルーテシアが部屋の入り口から部屋の様子を眺めているのが見える。この娘、物おじしないなあ、と思いつつ、ルーテシアから視線を外して、ユーリへと視線を戻す。彼女も見られているという自覚はあるだろうに、それを一切気にすることはしない。……まあ、本当にこうやって心配する事もなく話し合えるのは数ヶ月ぶり以上の事なのだ。もう、今だけは少し見せつける感じでも許してほしい。

 

「友達、捨てましたね」

 

「昔の友達……何人か殺しちゃったな」

 

「たくさんたくさん裏切っちゃいましたね」

 

「外道の極みだな。ティアナとか泣いているだろうし、なのはも信じてたし、はやてもああ言って、最後まで俺が裏切らないって信じてたと思う。でも結局の所全部裏切っちゃったよ。古巣も、親友も、期待も全部」

 

「ほんと、馬鹿ですね。ですけどそう言う馬鹿に惚れた私はもっと馬鹿で、そしてどうしようもないんだと思います。友も居場所も全部捨てて女を、愛を取る様な人間の事を馬鹿って言うんでしょうが―――でもそれでいいんです。そんな貴方を愛していますから。そんな貴方を愛せてよかった。ありがとうございますイスト。私は私の命が助かった事よりも、貴方に救われたという事実に喜びを得ているんです。あぁ、何て罪な人。私をこんなに堕としちゃって。もう貴方なしでは生きていけないんです」

 

 ならどうするんだ。

 

「愛し返します。私が愛した分だけを返してくれると言うのであれば、その分を貴方に愛し返します。私の全てで、存在で、魂で、愛しますよ。貴方の敵が私の敵です。貴方を害する全てを私が粉砕します。だからただ、今までの様に、私を愛し続けてください。それだけで私は無敵でいられますから。馬鹿な女は馬鹿な男と一緒に居るしかないですからね―――これからの馬鹿には一生ついていきますよ」

 

 そいつは―――素敵だ。

 

 

                           ◆

 

 

 アジトのリビングルームには全員の姿が揃っている。テーブルを囲む様に設置されているソファにはシュテル以外の全員が集まり。その横に巨大なホロウィンドウを広げて、シュテルが立っている。やる気なのか珍しくシュテルは眼鏡をかけて知的アピールをしている。膝の上で抱きしめる様にユーリを乗せて、ホロウィンドウ前のシュテルへと視線を向ける。ソファに腰掛けている他の全員も同じく、視線をシュテルへと向けている。

 

「では皆さんこんにちわ、当陣営の参謀、および軍師役のシュテル・B・スタークスです。これより行うブリーフィング、会議の進行役をやらせていただきます―――と少々真面目にやってみたところで全員身内ですからそこまで真面目にやる必要はないんですよね。あ、この眼鏡はもちろん伊達メガネですから。どうですかイスト、そそりますか。あ、そんな顔をしないでくださいよ王、ちゃんとやりますから」

 

 ともあれ、とシュテルが言ってから手を振ると、空っぽだったホロウィンドウに新たな表示が出現する。それと同時に此方にも確認用にも小さなホロウィンドウが出現する。ユーリの肩越しにそれを眺めつつ、確認する。表示されているのはミッドチルダに住んでいる人間なら絶対に一度なら見た事のある建造物だ―――即ち地上本部だ。

 

「スカリエッティの次の行動は把握しています。と言っても概要だけですが。彼らの目的は”宣戦布告として地上本部を襲撃する”事です。同時に首都の防衛機能のマヒも狙っていますね、たぶん。これ以上はスカリエッティ本人に話を聞かなくてはどうにもなりませんが、地上本部へ何らかの目的をもって、”陸”の機能を停止させることが目標だと思われます。はい、では質問は?」

 

 ルーテシアが手を上げる。ゼストの肩の上に載っていたアギトがそれを見ただけでつぶやく。

 

「なんでルールーが元気良さそうだと嫌な予感しか感じないんだ」

 

「しいて言えば経験ではないじゃないでしょうか」

 

 イングの的を得た言葉にアギトは膝を抱えて丸まるしかなかった。ただルーテシアはそれを完全に無視して、

 

「先生、旦那さんはヤる事をヤ―――」

 

「はい、では話を進めますねー」

 

「お前は空気を読めルーテシア。頼む。頼むから」

 

 ゼストの切実過ぎる願いにルーテシアは首をかしげ、腕を組み、そして再び首をかしげる。こいつ絶対解ってるけどそれを表情に出そうとしない。どうすればいいんだこれ。

 

「私達の子供の頃を思い出させるようなキチガイパープルは無視するとしまして、まあ我々というかゼストの目的を果たす為にはこの日が一番都合がいいので、行動をすることとします。ゼストの目的はレジアスとの接触ですから私達は純粋にそれをサポートする事だけを考えればいいです。地上本部の意見交換会、この日は警備も厳重ですが、同時に管理局の要人が一箇所に集まっている日でもあります。ここの襲撃に成功した場合、それだけの実力がある存在として人々の目には移りますが、まあ、そこはどうでもいい話ですよね」

 

 ホロウィンドウの内容をシュテルは手の動きによって変化させながら、表示させるデータや写真、内容に変化を加えて、此方で話を把握しやすい様に変化させてゆく。

 

「私達の目的はゼストをレジアスの所へとぶち込む事です。これに関してはオーケイですね?」

 

 シュテルがゼストへと視線を向けると、ゼストがうむ、と言いながら頷く。そう、目的はとてもシンプルでゼストをレジアスの所へと送りつける事だ。それだけでゼストの目的は果たせる。普段通りの地上本部の時にレジアスの所へとゼストを送れば、まず間違いなく機動六課の横やりと、そして地上の防衛部隊が邪魔に入るが、

 

「私達はスカリエッティの動きを利用します。本来地上本部は何十何百もの魔導師が存在する超高難易度攻略スポットです。ストライカー級が全体の5%以下だとして、海や空に優秀な魔導師を引き抜かれているのも真実だとしまして、それでも数百を超えるBからAAランクの魔導師がゴロゴロと存在しています―――それを考えると隠密能力のないゼストをぶち込んでもソッコーで仏がリアル仏になってしまうので、オススメはできません」

 

「シュテるんシュテるん? オブラートに包もうよ」

 

 シュテルは事実なので無理ですと言いつつ、頭の上にわっかの描かれているゼストの絵をホロウィンドウに出現させる。何気にゼストがデフォルメ化されていいて、絵の完成度高いので呆れる前に少しだけ感心している自分がいるのが嫌だ。ともあれ、とシュテルが言って続ける。

 

「スカリエッティが襲撃をするという事は絶対に賭けではありません。アレはむしろ堅実性を取って”詰める”タイプの研究者ですから。ですからスカリエッティには本部を陥落させるだけの戦力があると仮定しまして、私達はスカリエッティの生み出した混乱に乗じて動きます。勿論少数で。目的を考えれば最大四人まで、といったところでしょうか。それ以上は目立ちすぎるので却下ですね」

 

 ふぅ、とシュテルが息を吐きながら言葉を一旦止める。その間に今までの話をホロウィンドウ内のデータを確かめながら確認する。つまりスカリエッティが地上本部を襲撃する。そしてスカリエッティはそれをする目的と戦力がある。故にそれに乗じてゼストの目的を達成する。シンプルに話を纏めればこうなる。ただそこに色々と不確定要素は出てくる。

 

 スカリエッティの戦力の正体、地上本部側の防衛戦力、そしてスカリエッティの目的だ。

 

 貰ったデータにはスカリエッティが何時、どこを襲撃するか、そして本部側のある程度のデータしかもらっていない。それ以上の義理も義務も相手には存在しないからだ。だからそれ以外の事に関しては此方で考える必要がある。ただ考慮すべきなのはレジアスが、地上のトップがスカリエッティのスポンサーの一人である、と言う事実だ。そこに何らかの事実が隠れているのだろうが。

 

「とりあえずルートとかの話はまた後日詰めて行きますが、まず我々の第一目標を忘れないために原則として戦闘行為は最低限にとどめます。戦う事よりも逃げる事を優先してください。ただ間違いなく逃げる事が不可能なレベルの相手が出現する場合がありますので―――」

 

 そこでシュテルは一旦区切りながら、邪悪な笑みを浮かべる。

 

「―――最強メンバーのイスト、イング、ユーリをゼストに付けます。あ、ナルとアギトは常時ユニゾンしておいてください。人数にはそれでカウントしないので」

 

 ルーテシアがはい、はい、と元気よく手を伸ばす。

 

「すいません、私の出番がないです。私も白天王を唐突に召喚して地上本部を踏み潰したい」

 

「滅ぼすのが目的じゃないつってんだろ」

 

「座ってろ」

 

「引っ込んでおれ貴様」

 

「お静かに」

 

「愛が痛い」

 

 バンバンとテーブルを叩いてアピールしてくるルーテシアを軽く宥めながらこいつマジでどうしようもねぇ、と溜息を吐く。ただ、シュテルの言った通りの三人であればどんな状況であれ、間違いなく最大の戦果を得る事が出来る。レヴィとディアーチェが完治していない事と、シュテルが閉鎖空間における戦闘に向いていない事を考えるとこの面子が最善の布陣だろう。

 

「復帰早々激しく運動の気配ですがユーリちゃんここに超復活と言う事を証明する為にラスボスっぽくフルドライブのエンシェント・マトリクスをレジアスにぶち込めば良いんですね?」

 

「レジアスが蒸発するから止めろ。あいつ、昔からダイエット失敗するぐらいに運動は苦手なんだぞ」

 

 激しくどうでもよく、そして知りたくもなかった事実だった。レジアス・ゲイズの肥満体である秘密ここに暴露―――うん、激しくどうでもいい。たぶんゼストも言っていてどうでもよかったに違いない。

 

「ともあれ、これが終わればメガーヌの復活に必要なレリックが入手できます」

 

 そして、うん、とルーテシアが頷く。

 

「―――私が”保護”されればいいんだよね?」




 復活のラスボスその1。復活しないと思っていた方々、ちゃんと復活しますよそりゃ。

 ともあれ、あと数話ですな、地上本部襲撃まで。


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デイ・バイ・デイ

 ホロウィンドウが出現している。そこには長々とミッドの言語と道具の名前と、そして小さな箱が表示されている―――つまりはチェックリストだ。日常生活に必要な品から武器や弾薬まで、その長々としたチェックリストがホロウィンドウの正体だ。もう既に生活品や溜め込んでいる食糧のチェックは終わっている。後二ヶ月は外へと買い物に行かなくても平気な事はお確認できている。故に今やっているのはそれよりも重要なもののチェック、武装や部品の確認だ。今までの軽いチェックと違ってこのチェックだけは少しだけ集中してやっている。その為にテーブルの上には大量の弾薬やら違法な質量兵器が転がっている。

 

「ホローポイント弾」

 

「チェック」

 

 ホロウィンドウの中を読み上げると、横に座っているシュテルが存在しているかどうかをチェックし、直ぐに返答してくれる。それを聞いてからホロウィンドウの中の項目をチェックし、リストに載っている次のアイテムを確認してゆく。何度もやっている為にかなり慣れてきているものだが、それでもここで適当にやってしまうと後々困る事はある。実際そこらへん、スカリエッティはナンバーズに丸投げしていたので偶に失敗する事はあった―――主にポンコツ組が当番の時だったが。ともあれ、一つ一つ持っている物を確認するのは重要な作業だ。それを適当にするわけもなく、特に面白みのない時間が確認しながら過ぎ去る。

 

「ふぁーあ……デバイス用カートリッジ」

 

「500個ありますね。あと眠いなら一人で全部やりますよ?」

 

「これ止めたら本格的にやる事がなくなっちまうから勘弁してくれよ……っと、炸裂弾、徹甲弾、散弾」

 

「三つともありますね。まあ、質量兵器なんて所詮は魔力が切れた場合、強力なAMF対策でほぼ使われる事はないんですが……まあ、人数分確保してもしもの場合に備えておくのは悪くはない話なんですよね。スカリエッティの事ですからどうせ魔法を徹底的に封じるように動くと思いますし」

 

 ホロウィンドウにチェックマークを書き込みながら同意する。スカリエッティの戦力は決してガジェットとナンバーズだけではない。それは既に昔、一人目のスカリエッティと相対した時に理解している。あの男は利用の出来る全てを利用して戦っていた。実際にマテリアルズだけではなく”闇の書”のデータやら色々と不穏なものをあの科学者は溜め込んでいる。そういうデータやら技術を兵器転用して使用した場合―――どうなるのかはあまり想像したくはない。ただまあ、それを乗り越えて勝利しなくてはならないのが自分たちの立場だ。管理局とスカリエッティを出し抜いてゆりかごと聖王を終わらせる。それだけが今の目的だ。

 

 俺の目的だ。

 

 そして俺の目的は彼女たちの目的だ。

 

 だから俺がやると決めたら彼女たちは疑わずついてくるだろうし、彼女たちがやるというのであれば迷わず俺もやる。だからゆりかごを復活させてから沈める、という行動に彼女たちは疑いを持たないし、ゼストとアギトもそこらへん、かなり理解があるので必要だと解ってくれている。ただこの集団で一人だけ、本当に理解できていないのはおそらく―――。

 

「ひまぁー……」

 

 ぐでぇ、とした様子でソファに倒れているのはルーテシアの姿だ。本当にやる事はなく、地上本部襲撃一週間前となると不用意な行動もとれなくなる。だからここ数日アジトの中にこもりっきりのルーテシアからしたら暇でしょうがないだろう。ルーテシアも実は外で遊び回りたいような年齢だろうし。そんな事を思いながらもホロウィンドウのチェックボードでの確認作業を進める。ルーテシアがごろごろと転がって構ってアピールはスルーしておく。構うとつけあがるのである程度は突き放しておかないといけないのが教育の辛い所だ。

 

「サブフレームFパーツ」

 

「……む、ないですね」

 

「おいおい」

 

 デバイスのサブフレームのパーツがチェックしたら不足している事が発覚する。自分が使うわけではないが、レヴィやシュテルはデバイスをかなり酷使する。自動再生機能があるとは言っても、損耗したパーツを交換した方が遥かに効率がいいのはきまりきっている。スペアパーツは常にストックしておきたいものの一つだ。

 

「Fパーツは少し前にレヴィのバルニフィカスの修復に使用しましたがそれ以外で使用しましたか? そこまで使用した記憶がないんですが」

 

「あーと……ログログ……あ、出た出た。スカリエッティの所から引き上げる時に回収してなかっただけだな。あっちのアジトに置いてあったから純粋な不注意だなこりゃ。あー、やっぱこうやってチェックしておくのは大事だなぁ」

 

「ですねぇ。今日中に補充しておく必要がありますね、これは。他に必要な物を考えまして欲しいものは―――」

 

 シュテルがホロウィンドウをサクサク、と生み出し必要な物をリストに書きこんで行く。それを此方へと投げ、受け取ったら縮小して保存しておく。この程度だったらデバイスが無くても脳の思考領域にコピーしておけば全く問題がない。立ち上がり、コートラックまで近づいてからジャケットを取るかどうかを迷う。気温的にはそこまで低くはない―――というか既に九月に入っているのだ、ぶっちゃけると暑い方だ。

 

 そして思い出す―――バリアジャケットなら温度調節できるから問題ないな、と。

 

 何時も通りのバリジャケットを装着する。ほとんど普段着と変わらないのでここら辺、自分のバリアジャケットのデザインはホント便利だと思っている。電子クレジットの残高を確認してからそれに余裕があるのを確認する。片手をシュテルへと上げる。

 

「んじゃちょっくら買い物して来るわ」

 

「了解しました」

 

「待つでごんす」

 

 ガバ、っと何かが背中に張り付いてくる。それがどんなキチガイ生物なのかは見なくても理解できるので、付いて来たいなら別にそれでもいいんじゃないかなぁ、と思って張り付かせたまま無視する。じゃあ、と言ってアジトの入り口へと向かおうとすると、

 

「うおっ、何やってんだルールー!?」

 

「セミごっこ」

 

 頭を抱えながら二の句を告げなくなるアギトを無視しながらアジトの外を目指す。

 

 

                           ◆

 

 

 廃棄都市区間には犯罪者のコミュニティが存在する。隠れて仕事を斡旋する場所や、非合法の物資を売る店、隠れ住むための住居や、そういう場所が集合しているエリアが存在する。基本的に管理局はそれを”ない”ものとして扱っている。間違いなくミッドチルダのバランスの為にそれが必要悪だからだ―――ただ偶に空気の読めない正義に燃える管理局員がこういうところを襲撃したり見つけちゃったりする時もある。

 

 ―――まあ、そんなわけで犯罪者の都市、と言うものは細々とだがしっかりと廃棄都市区間には存在している。

 

 フードで顔を隠している人や、マントで姿を隠している人が偶に裏路地を歩き、崩れそうな廃墟の中でマットを広げて商品を出している男や、地下への階段を下りれば意外としっかりとしたバーで非合法酒を売っているなんて事も存在する。管理局員で”飲み込める”様なやつであればこういう場所へは何度か足を運んでいる。表では手に入らないようなことや知りえない事がここには集まってくるからだ―――そしてそこにはもちろんデバイスのパーツや質量兵器なんてものも混ざっている。

 

 ルーテシアと並んで歩くのはそういうところだ。既にルーテシアはここへは何度も来ている。スラムの様な状況にもなっているこの犯罪都市では少し綺麗な格好をしていると目を付けられやすい。普通に歩いていると割と突っかかられる事が多い。

 

 この様に。

 

「っ、どこ見て歩いてるんだよ!」

 

「お前もな」

 

 小さな子供がぶつかってきて、そのまま走り去って行く。十中八九スリなのだが、腕前が未熟だ。此方は財布を持ち歩いていないというか、電子クレジットでやり取りをしているのでスリの被害に遭う事はない―――それ以前に手を叩き落とすが。

 

「前は気を付けて置けよルーテシア」

 

「ガリューがいるから大丈夫」

 

 振り返れば見える事はないが、ガリューもついてきているのだろう。気配だけは感じる。いつもいつもルーテシアの子守本当にお疲れ様、と全てが終わったら労ってやりたい所だ―――まあ、それは成功して、尚且つ自分たちが生き残っていた場合だ。現状俺が生き残るパーセンテージがぶっちぎりで低い。

 

「ねえ」

 

「あん?」

 

 入り組んだ廃墟を地図を確認しながら進んで行く。地形が変わる訳ではないが、延々と同じ光景が続いている。それ故に一度気を抜いてしまえば迷ってしまうのは良くある事だ。それを回避する為に廃墟には目印があるし、地図にもその目印がマーキングされている。それを追いながら移動すればここでは空を飛ばなくても移動できる……まあ、飛行なんて一瞬で注目を浴びるので本当の最終手段なのだが。

 

「本当に打算も何もなしで私を管理局に保護させちゃっていいの?」

 

「ん? だってお前の目的ってメガーヌの蘇生ってか復活だろ? だったらゼストからレリックを回収次第、お前が此方側に残っている理由なんてねぇじゃねぇか。こっちの情報適当に引っさげて向こう行けば安泰だぞ」

 

「いや、そうじゃなくて」

 

 ルーテシアが会話を念話へと切り替える。

 

『白天王召喚すれば大体誰にも負けないよ?』

 

『子供を戦力として見て組み込んで戦う大人はかっこ悪い。俺、かっこいい大人。だからお前、引っ込んでろ。オーケイ?』

 

『欠片もオーケイじゃないけど―――本当にそれでいいの?』

 

 良い訳がない。ルーテシアがどれだけ貴重な戦力であるかは理解している。だがそれとは別に此方にもプライドがある。なりふり構わなければそれこそ勝てる方法はいくらでもある。だがその手段を取れるかどうか、と言うのはまた別の話だ。俺も、ゼストも、子供を限界まで酷使させることは望まない、望んではいけないと思っている。だからルーテシアはここら辺で解放するべきなのだ。

 

『心配するな。メガーヌは助けるし、こっそり交番に届けておくからさ』

 

『母さん無駄にセクシーだから薄い本みたいな展開にならないか心配』

 

「おいやめろ」

 

 実の母親相手ですらこの調子なのだから、この娘は将来が心配になってくる……ただ、間違いなく彼女が此方を心配してくれているという事実は存在する。言動がエキセントリックで性根も結構ユニークというか言葉を濁したくなる惨状だが、それでも仲間意識はちゃんと存在しているらしい。自分が何かできないかを、探しているのかもしれない。だけど、

 

『子供は黙って馬鹿やってればいいんだよ。責任取ってやるのが大人の仕事なんだから。困ったら頼って、助けてくれるのが大人だろ?』

 

『えー。私も暴れたい。具体的に言うとあの変態マッドの作品を白天王でブチっと踏み潰してヘブン状態に入りたい。なるべくならあの変態の前で思いっきりぐちゃぐちゃにすると楽しそう』

 

 ルーテシアがルーテシア過ぎて激しく何も言えない。本当にどうしてこの子はこうなったんだ。スカリエッティの所へと来た時にはまだ普通だったはずだ。やはり初期の頃のマテリアル娘共の影響を受けてしまったのだろうか。来たばかりの頃はまだだいぶエキセントリックだった記憶がある。

 

「ただ、大丈夫、いい子にしててあげるよ」

 

 念話ではなくルーテシアは口を通してそう言ってくる。少しだけルーテシアの言葉の意味を飲み込むために無言になり、ルーテシアの姿を見る。バリアジャケット姿の彼女は此方の視線を受け止めるとサムズアップを向けてくる。はぁ、とその姿に溜息を吐いてから、前を見る。

 

『お母さんさえ戻ってくるのなら全く問題ないから良い子にしていてあげるよ。うん。だけどその後の事は知らぬ。知らぬと言ったら全く知らぬ。そう、急に発狂して白天王を脈絡もなく召喚して暴れはじめても全く問題ないのだ……』

 

「お前さ、一回更生施設にぶち込んで再教育受けた方がいいよな。いや、マジで」

 

「大丈夫。本気じゃないかもしれないから」

 

 間違いなく本気に聞こえるんだけどなぁ、と改めてルーテシアの発言に恐怖を感じつつも、目的の品を求めて店へと向かう。

 

 あと少しでこの少女とも、ゼストとも別れる事になる―――その時に俺ははたして悲しみを感じる事が出来るのだろうか。




 ルールーがよくわからない回。作者でも割とルールーは良く解らない。何なんだこいつ。


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ナイト・ビフォー・ザ・ラスト・デイ

 騒がしくやるのも嫌いではないが、一人で考える時は……多い。

 

 壁に寄りかかりながらアームドデバイスを抱いて、床に座り込む。バリアジャケットのおかげで寒さを感じる事はないが、それでも直接床に座ると床の冷たさを感じる。それを感じていると思う―――はたして俺の体もこの床の様に冷たいのだろうか。死人であった、死から奇跡の欠片で蘇った己ははたして人間であるのか否か。それは常々悩んできた事だが、同時に悩んでいても仕方がないという結論へと至っていた。やるべき事はやる。故にその達成に不必要な事を悩んでいてもしょうがない。それは此方を確実に鈍らせる要因となってしまうのだ。迷う事無く、ブレる事無く、そして曇ることなく。

 

「貫くべし。槍はかくあるべきである」

 

 騎士として、魔導師として、槍一本で自分の意地と信念を貫いてきた。そこに迷いはなかったし、慢心もない。それでも不幸が原因で自分は殺された―――たった一度の失敗が自分だけではなく多くの部下たちの命を散らせてしまった。そう、全てはあの時、自分がレジアスの意図を知ろうとしなかったから。自分の目が曇っていたから。レジアスがあの頃から全く変わらないとそう信じていたから―――いや、そこに後悔はない。レジアスの正義には殉じる事が出来る。その発言に偽りはなく、俺一人であればあの事件で死んでもよかった。

 

 ただ、クイント達は―――部下は違うのだ。

 

 今でもまだ死なせてしまった部下たちには申し訳が立たない。馬鹿な男を信じて付いて来させてしまったから、だから死なせてしまった。それだけは後悔しても後悔しても悔やみきれない。死ぬ直前の悲痛な叫びは今でも覚えている。

 

 死にたくない。家に帰りたい。戦うのはもう嫌だ。

 

 施設から脱出する時に一人一人、狩られるように削られながら結局全員倒された。運よく生き残ったのはメガーヌ一人だけで、彼女も結局は意識不明のまま何年も経過している。その間にルーテシアの保護には成功したが、結局は変な風に育ってしまった。アレは一体どんなワープ進化なのだろうか。宇宙の意志が直接語りかけてきたような感じがする。

 

 そうしてようやく、ようやくここまで来ることができた。

 

 協力者を得てレジアスへと接触できる機会も得た。死に場所を得る事が出来た。これがどうあれ、自分の最後だ。ゼスト・グランガイツという男の生涯に幕を引く為の最後の舞台だ―――これ以上なく豪華だと思う。今以上の状況を作り上げる事は無理だ。信頼できる、信用の出来る仲間たちを得られた。

 

「満足してしまうな、これでは」

 

 そう言って軽く笑う。いけない。自分は犯罪者なのだ。満たされては駄目だ。罪を背負った者として、それに潰されながら成すべき事を成さなくては。それぐらいが失敗した、馬鹿な男としては妥当な所なのではないかと。ずっとそう思っていた。そして今でも、そう思っている。ただ全力で助けてくれる馬鹿達がいる。その者達のおかげでだいぶ楽になった。そう思っている。だからこそこんな時になって、少しだけ怖くなるのだろう。

 

 失う事に対して恐怖を感じるのは充実している証なのだろう。

 

 ……犯罪者が充実を感じるのもまたおかしな話なのだろうが。

 

 少しだけ笑ってしまう。犯罪者が充実感を感じる日常とはなんなのだろう、と。まあ、実際に犯罪者のようには感じない。スカリエッティとは手を切った。べつに今はテロリズムに加担しているわけではない。まあ、質量兵器の保持とか色々と法に触れる様な事はやっているが……今は食べて、飲んで、体を鍛えて、そして笑って寝る。これが隠れ家でやっている、という事実を抜けばほとんど普通の生活と変わりはしない。それが救いであると同時に少しだけ心苦しい。はたして俺はこの状況を受けるだけの価値があるのだろうか、と自分を責めてしまう。

 

 そんな問いが無意味だと解っていながらも、責めずにはいられない。

 

 ―――果たして目覚めたメガーヌは俺の事を許してくれるのだろうか。

 

 その答えが得られる頃には自分は既に存在しない。おそらく、というよりも確実にレリックを抜き取って死んだ後の話だ。答えを聞けないのは残念だが―――自分がやっている事に関しては割と満足している。だから答えが聞けなくとも、別に大丈夫なのかもしれない。今の自分は充実している。だとしたら、それが答えなのかもしれない。

 

「旦那ー」

 

「ん、アギトか」

 

 扉の向こう側から自分を呼ぶ声がする。自分の様な死人を一々心配してくれる心の優しい子、デバイス、アギトだ。小さな姿のまま扉を開けると、ゆっくりと此方を覗き見て、見つけるといつもの笑顔を浮かべる。

 

 ……そうだな。

 

 唯一残る不安と言えば彼女の事だ。アギトは自分が死んだあと、ルーテシアと共に管理局に保護されるつもりはなく、そのまま戦力として此方側に残ってスカリエッティと戦うと言っている―――あの外道を一発殴らなくては気が済まない。それがアギトの言葉だ。頼もしく思うのと同時に、少しだけ寂しくも感じる。ユニゾンデバイスではあるが、彼女には戦闘は似合わない。できる事なら戦いから離れてほしい、と思うのは自分が老いたからだろうか。

 

 部屋へと入ってきたアギトは此方へと近づいてくると、そのまま服の裾を掴んで体を引っ張ろうとする。もちろん、姿は小さいままなので此方を持ち上げる事も引っ張る事も出来ない。

 

「何やってんだよ旦那。こんな寂しい所で一人ぼっちだとネクラになっちまうよ」

 

「そうは言われてもな、時には一人で落ち着く時間も大事だぞ。ルーテシアに振り回されているのなら割と解ると思うのだが」

 

「いや、それとこれとは別。アレは災害」

 

 もはやルーテシアの行動は人災ではなく完全な災害認定。特に破壊もまき散らしていないのにここまで恐怖される人間もまた珍しいものだと思う。というかメガーヌがかなりまともな部類に入るのに何故遺伝子は仕事しなかったのか。寧ろ隊で頭が緩いのはクイントの方だったが―――あっちはあっちで遺伝子があまり仕事をしなかった感じもする。一度、遺伝子工学はあの二つの親子を参考にしておくべきじゃないのだろうか、サンプルとして、遺伝子とは一体何なのかを調べるべきだ。……いや、クイントの方は産んだ訳ではなかったか。

 

「ほら、それよりも旦那立ってくれよ! もうみんな集まってるぜ?」

 

 集まってる、という言葉に何の事だと思う。地上本部の襲撃は今ではなく、明日だ。故にまだ集まる意味はないはずだ。ブリーフィングも済ませて装備のチェックも完了している為別段集まる理由はない。もしかしてまた宴会でもやるのか、とは思うが、扉の向こう側には特に気配を感じる事はない。故に更に頭を悩ませる。

 

「ほら、行こうぜ!」

 

「あぁ、解った解った……」

 

 苦笑しながらアギトに引っ張られるように立ち上がる。一体何があるのかは気になるが、楽しそうに笑うアギトの姿を見ていればそれが悪い事ではないと解る。故に少しぐらいはいいか、と引っ張られるままにリビングへと出て、

 

「こっちだよ旦那!」

 

「……?」

 

 アギトは己を外へと引っ張り出そうと、入り口へと引っ張っていた。

 

 

                           ◆

 

 

 アギトに連れられ、やってきたのはアジトの存在するアジトの廃墟、その屋上だった。アジトを準備する時に数度、周りの景色をチェックする為に何度か登っている場所だったが、そこは普段とは少しだけ違う様子があった。

 

「よお、遅かったじゃねぇか」

 

 バリアジャケットの上着部分を脱いでいるイストが肩にルーテシアを乗せながら両手に見慣れぬものを握っている。その足元にはその見慣れぬものとよく似たものをバケツに突っ込んでおり、バケツには水が並々と注がれている。

 

「ダブルエレクトリカルファイアー」

 

「オイコラキチロリ、顔の前で燃やすんじゃねぇ。熱い。超熱い。熱いからやめろって」

 

「あと火なのか電気なのか統一しましょうよ」

 

「たった一つの行動でツッコミどころが複数―――私って芸人として優秀ね」

 

 ルーテシアが何時も通りなのはこの際無視するとして、イストやルーテシアの手に握られているのは―――花火だ。大きいようなやつではなく、小さいタイプのだ。そしてよく見れば他にも屋上に集まっている面子が全員花火を手にしている。空を見上げれば満月の見える暗い夜であるのに、ここだけ花火のおかげでまるで昼間の様に明るい。アギトを抜いた女性たちは全員花火を手に、見慣れない服装で身を包んでいる。

 

「ほれ、お前も」

 

「お、おう?」

 

 イストが花火を渡してくる。それを握り、近くにろうそくがあるのでそれに花火の先端を付ける。数秒後に光がともる花火を持ちながら、正気へと戻る。作戦行動前の夜に何をやっているんだ。

 

「なんだこれは」

 

「夏の風物詩と言えば花火! スイカもあるよ!!」

 

 レヴィが真直ぐに答えてくれるが違う、そうじゃない。やっている事は解るしスイカがあるのはちょっとうれしい。だけど違う、そうじゃないんだ。そう言う問題ではないと指摘しようとすると、イストが片手でルーテシアを振り回しながら此方を見る―――当初は止めようかと思ったがこれぐらいやらないとルーテシアが懲りる事はないし、もうそのままにしているのは周知の事実だ。

 

「ほら、しんみりして明日を迎えるのって何かすっげぇつまらないじゃねぇか。こういうのは派手にぱぁーってやって楽しむもんだよ。なんかこれ、地球の文化らしいぜ。あと服も。ユカタ? とかなんとかって服らしいぞ」

 

 それにそうですね、とユーリが頷き、言葉を繋げる。

 

「ミッドチルダじゃ手に入らないのでバリアジャケットの設定弄って見た目を変えているだけなんですけどねー。あ、イストイスト。着物とかの下は伝統的にノーパンらしいんですがそこらへんどうなんでしょう」

 

 イングの目が怪しく輝く。この女も初めて会った頃よりは大分冗談が通じる様になったと思う。ただ何をするにしても全力なのが辛いのだろう。

 

「……ほう」

 

 迷う事無くイストがルーテシアと花火を捨ててビルから飛び降りた所でユーリとイングがその姿を即座に追いかける。見ての通り何に対しても全力だ―――こんな事にもなる。イストには無事を心の片隅で祈っておくとして、目の前で繰り広げられるちょっとした騒ぎに苦笑するしかなかった。こうやって騒いでいるのであればそもそも隠蔽とかバレがない様にちゃんとやっているのだろうが―――とことん馬鹿な連中だと思う。

 

 燃えて、そして輝く花火を見て、それがまるで今の自分の様に思う。燃えて、燃えて、輝いて―――そして最後に消えてしまう。短く儚く消えてしまう命。だからこそそれは美しく見えるのではないだろうか。あぁ、だとしたらセンチメンタルな気分になる必要はない。別段ロマンティストを気取る訳ではないが、此処での年長者は自分だ。そして自分の後ろから未来へと進んで行く者達に、美しい輝きを見せられたのであれば、頼れる背中を見せられたのであれば、それはどんなに良い事なのだろうか。

 

 これ以上なく、生きた意味を見いだせるのではないだろうか。

 

「フフフフ……」

 

「旦那?」

 

 声を出して軽く笑う自分の事をアギトが心配してくる。だからという代わりに、花火を握っている手とは逆の手を前に出して、そして花火を管理しているナルへと要求する。

 

「花火を渡せ―――一本や二本ではない、もっとだ……! 俺が元陸のストライカー魔導師として本気の花火を見せてやろう」

 

「ノリがいいなぁ!」

 

 黒い浴衣を着たディアーチェが反射的にそう言っているが、そうやって一つ一つの言葉に反応したりするお前が一番ノリがいいと思う。……まあ、こうやって、こんな催し物が自分の為に開かれると思うと、間違いなく自分は恵まれている。だからきっと、いや、確実に明日、俺はレジアスと相対する事が出来る。その確信が存在していた。これはもはや可能性等の問題ではなく、確実な未来だった。ここまでの馬鹿が揃って、本気で馬鹿ができて、それでいて迷うことなどしない。だとしたらここにいる馬鹿は全員無敵だ。

 

 ならばほら、負ける理由などない。

 

「どうぞ」

 

「うむ」

 

 ナルから受け取った花火を10本ほど一気に貰ったがどうしようか、と一瞬悩んでいるとルーテシアが迷う事無く花火を魔法で放火する。一瞬で光ることなく炎上し始める花火を全力で投げ捨てながら、とことんくだらないな、と楽しく思い、

 

「騎士ゼスト」

 

 ナルの声に振り返る。

 

「今の貴方はとても楽しそうですよ」

 

「―――ふふ、そうか」

 

 その言葉に、自分は笑みを浮かべる事以外、何もできなかった。




 ゼストさんが本気を出すようです。かっこいいおっさん枠、ゼストとレジアスだなぁ……。


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ムーヴメント・アンダー

 作戦の日、地上本部の様子が公開されるその日、行動は迅速に行われる。会そのものは午後からになるが、その前にスカリエッティが行動を開始するかもしれない。あの男の事だ―――急に気分次第で計画を変更する可能性がある。そこらへん本当に油断が出来ないのがスカリエッティだ。お互いに戦う理由は”まだ”存在しない。だがもし出会ったのであれば、敵として戦う事はある。

 

 だからその前に活動を開始しておかなくてはならない。

 

 ミッドチルダ全体に張り巡らされている下水道、その中へと六人で降りる……とは言うがナルはイストとユニゾンし、アギトは己とユニゾンしている。おかげで体はいつも以上に動く、というよりも”本来の動き”が取れるようになっている。レリックで体を動かしているとはいえ、本来は土の下で眠っているべき存在なのだ。体を動かしている事は摂理に反する事であり、今の状態が奇跡なのだ。

 

 イストも、イングも、ユーリもがバリアジャケットを纏った姿へと姿を変え、下水道へと降りるのと同時に口を閉ざす。既に思考は作戦遂行用に切り替わっている。これ以上の会話は念話で、という事になっている。ここら辺、真面目な所は真面目にやるというのは流石、といったところなのだろう。少し言葉がふざけていたとしても、一瞬も気配を揺るがせる事はなく、常に気配を察知し、鼻が曲がりそうなほど酷い臭いがする下水道を歩きはじめる。

 

 意外と、廃棄都市区画の地下には人の姿がある。表の廃墟よりも地下の下水道の方が安全だと思い、そこを根城にするボロボロの姿は歩きながらも確認できる。時折物乞いがお金や食べ物を狙って近づいてくるが、視線すら合わせずに通り過ぎて行くのが正しい選択であるのは何年も前に、犯罪者の烙印を受けてから覚えた事だ。

 

 ―――まだ管理局員であった頃は彼らの事を見逃さず、助けようとしただろう。

 

『ゼストさーん?』

 

『問題ない』

 

 ユーリが振り返りつつ手を振ってくる。気の抜けた仕草だが、それでいて攻め込めば一瞬で滅ぶのは自分だと理解できてしまうから自分もまだまだ錆びついてはいないと自覚できる。これで相手の技量を計れなくなれば最悪なのだが……あいにく、そこまで錆びる程己の鍛錬を怠るつもりは一切ない。

 

『半径数キロ圏内、高レベルの魔導師や強い気配を感じませんね』

 

『なら問題はないな』

 

 イングが歩きながらも常に感覚をとがらせ、それを広げる様にして敵とそうでないものを区別付けている。この集団の、いや、一家の戦闘力の過剰っぷりがこの二人だけで解る。普通の人間にはたとえ修練してもたどり着けないような領域だ。

 

 ただそれらの人員が自分の目的の為に使用されていると思うと少し、背中が痒くなる。申し訳ないと思うのと同時に頼もしく、嬉しく思う。自分何か放っておけばもっと簡単に事が進めるだろうに―――何ては思いやしない。彼らがそんな薄情な人間ではない事は自分が知っているし、そして何より彼らの好意を無視する様な言葉を放つことは自分には出来ない。

 

 故に黙って感謝の思いを胸に秘めて、廃墟の地下を抜けて行く。ミッドチルダからここまでは下水道が拡張と都市機能の移動の都合上、繋がっている。それが犯罪者たちの為のクラナガンへの安全な侵入ルートになっているのは此方側を”噛んでいる”管理局員や犯罪者であれば誰もが知っている事だ。故に自分たちが使っているルートも使い古されたそのルートだ。

 

 ただ、それは何時もとは少々違う。

 

『前方二キロ先に気配……魔導師ですね』

 

 イングの放つ言葉に進めるのを止めはしないが、足の動きを緩めはする。そのままイングが消灯設定のホロウィンドウを取り出し、気配を感知した場所にマーカーをセットする。それを確認してから再び下水道を歩く。勿論、そのまま見つかる程阿呆ではない。魔導師、という言葉の意味を理解できない自分ではない。下水道を進み、そしてイングが指定した場所を見れる距離へと移動したところで動きを止め、角から様子を窺う。

 

『―――いるな』

 

『ですねー』

 

 現在位置はクラナガンへと続く下水道の入り口―――そこに立っているのは管理局、陸のバリアジャケットを着た魔導師の姿だった。統一規格のバリアジャケット姿である為、非常に解りやすい。

 

『……面倒だな』

 

『あぁ―――俺達かスカリエッティを警戒してるな、こりゃあ』

 

 問題なのは管理局員がこの位置に立っている事ではない。この位置に”送られた”事が問題なのだ。それはつまりここからクラナガンに害をなす者の流入を防いでいる、という事なのだ。普段この道は封鎖されていない事を考えると、確実に警戒されている。今日が特別な日だから、何て理由で自分達をマークから外す事なんてしない。常に最悪を想定しておく。それが正しい判断だ。故にここで判断する―――アレは自分達を意識して用意された監視の目だと。

 

『どうする?』

 

『少し観察してみる』

 

 イストのその念話に反応する様に角に隠れ、そのまま魔導師の姿を観察する。そこにいるのは数人、三人ほどだ。どれも観察する所、そこまで強い様ではない―――が、その代わりに唇が動いている。声がここへと届かないのではなく、声を発していない。おそらく念話で会話しているのだろう。念話で話す者の中には唇を動かしてしまう人間は意外と多い。そして様子を見る感じ常に唇を動かしている様に見える。

 

『常に念話で喋ってるな』

 

『気絶させたらバレますねこれは』

 

『回り道を通りますか?』

 

『―――いや、この程度なら注意を逸らした隙に通ればいけるだろう』

 

 それでも要求する技量はかなりのものだ。それをあっさりとできると確信するのだからこの男は―――いや、失敗するわけがないと自分でも思っているので自分も同類だ。

 

『じゃ、サクサク進めちゃいますね』

 

 ユーリが火球を生み出すと、それから”色”を抜いた。無色透明の炎をユーリは振りかぶり、ポニーテールにまとめられた髪を揺らしながら炎を振るう。透明なそれは即座に目では追えなくなる―――だがそれがしばらく進んだところで、別の角で爆発し、爆炎を巻き上げる。瞬間、魔力と爆発に反応した魔導師が其方へと視線が向かう。

 

 その瞬間、死角が生まれる。

 

『ゴーッ』

 

 短い進軍の言葉。一瞬で地を蹴る。死角が解るのか、と問う必要はない。この集団はその程度ができて当たり前の集団なのだ。故に地を蹴って死角を通り抜けるのは一瞬。爆炎の方へと視線を向けた一瞬に音もなく背後へと抜けて、そして一気に抜けたところで角を曲がり壁に張り付く。通り過ぎた場所から魔導師達の声が響いてくる。少し焦っているようだが、動くような気配はない。優秀だ。己の役割を理解して、そしてそれに従事している。己の務めから外れる事なのだ、そこから動く事は―――ただ相手が悪かった、というだけだ。

 

 短く後ろを確認して相手の注意が此方へと向けられていない事を確認する。身を隠しながらも角から少しだけ乗り出して確認する分には相手の注意は此方へと向けられていない様に見える。後ろにハンドサインで安全を伝える。身を戻し、他の三人と共に再びクラナガンへ地下下水道を歩きはじめる。だがそのペースは最初のよりも遅くなっている。

 

『他にも魔導師の気配を感じますね。数キロ毎にペアで配置されているようです』

 

『意外と配置数が多いな』

 

 ミッドチルダの、クラナガンと廃棄都市を繋げる下水道の道がありの巣の様に入り組んでいても、通じるルート、”通らざるを得ない道”というものは決まっている。軽く目を閉じてから目を開けたイングがマップ上に指をさす場所はそこだ。歩きながらチェックしつつ、少しだけ困る。下水道でつながっているとはいえ、それでも数百キロは距離があるのだ。それでも魔法で体を強化して走れば一時間ぐらいで抜けられる計算だったが―――こうも邪魔をする様に魔導師が配置されていたのであればそうやって派手に行動することができない。

 

 全員で一旦足を止める。

 

『昨日調べた時にゃあいなかったよな?』

 

『おそらく転移魔法による人員配置でしょう。目的は止める事ではなく察知する事かと。優秀だが強くはない魔導師を配置したのは戦闘で勝つことよりも敵が迫っている事を伝えるための手段でしょう。陸の魔導師、弱くても優秀なのが揃っている、という事ですね』

 

『正直な話面倒ですねー。強硬突破できる相手なだけに本当に』

 

 そう、極論強行突破してしまえば全く問題ないのだ。所詮はその程度の相手なのだが、常に念話で話していたり、そして警戒している所を見れば、まず暴れたりすれば確実に見つかる。気絶させればそれが異常として広がる。既に警戒はされているが、これ以上、必要以上に警戒させないことが重要だ。スカリエッティ達とは違い、此方側は完全にスニーキングだけでもいいのだ。

 

 ……まあ、そう終わるようには全く思えないのだが。

 

『無理やり突破するか?』

 

『いや、バレるのが早すぎる。此方が露見するとしても最低でもスカリエッティが事を起こしてからの方が何かと都合がいい。こっちが先に動いたらこっちを隠れ蓑にされかねない。そうしたら逆に囮とかに利用されちまうぞ―――されたところで負ける気はしないけど』

 

 イストはそう言うが、管理局武装隊を追っ手に毎日数百人でも向けられでもしたら最終的にどうなるかは目に見える。故に強行突破の線はまず排除する。事前案として先ほどの様に視線を逸らしたり、死角を生み出してその瞬間に抜ける事だが、それももう使えたりはしない。同じ方法で抜けようとすればまず怪しまれる。というよりも二度も気を逸らす様な事をすれば流石に怪しいと疑われてしまう。故にそれも駄目だ。

 

『転移魔法で直接クラナガンへと飛ぶことはどうなんです?』

 

『管理局では転移魔法の発動のチェックをしている。特にクラナガンでのチェックは精密だ。誰かがクラナガンや近辺へと転移を行ったのであれば一瞬で解るはずだ。故に俺からは転移魔法を手段として利用するのは最後にしておけ、と言っておく。予め此方で待機しておいてスカリエッティが動いた際に転移魔法で乗り込む、という手段もある』

 

『その場合は完全に潜伏のアドバンテージが奪われるけどな』

 

『で、一体どうするんだよ。悩んでいてもいいけどそれじゃあ何もしてないのと一緒だぜ』

 

 アギトの言うとおりだ。そしてこの可能性は考えていなかったわけではない。スカリエッティがリークして此方の情報が相手へと渡った場合、こういう警戒網が生まれる可能性は存分にあった。そしてそれに対する案も既に出ている。故に見るのは先へと進む道ではなく、地上へと繋がる傍にある梯子だ。それを登れば外へと抜ける事が出来る。と言っても廃棄都市とクラナガンの間には廃墟と、高速道路と、森しか存在しない。

 

『仕方がない、地上から行くか』

 

『確実に見つかる地下よりはましなのでしょうが、地上は地上でまた別の意味で厄介ですね』

 

 地上であれば移動ルートを自由に選べる事も出来るが、それとは別に魔法の自由も出てくる。地下であれば絶対に通らなくてはいけない道で待ち構えていればいい。だが地上ではそんな場所は存在しない。空を飛んだり、大きく迂回するだけで視線をくぐり抜けることができる。故に地上での警戒は魔法が使用される。それを騙せるのなら地上を進んだ方が圧倒的にいい。

 

 ただ相手も馬鹿ではない。騙している事に気付ける魔導師だって存在する。それだけの人材が今の陸に残されているかどうかはわからないが―――クラナガンへと近づけばまず間違いなく”空”の魔導師が首都防衛のために配備されているであろう。彼らの目をごまかすのは難しい。そしてストライカー級が出てきたのであれば、自分以外の三人はともかく、半死人である自分がついて行けるとは思えない。だからこそ地下を選んで進んだが―――そうもいかないようだ。梯子を見上げ、そして他の三人へと視線を向ける。其処で帰ってくるのは頷きだ。

 

『ま、それしかないだろうな』

 

『魔法設定への介入は任せろ』

 

『こういうところはインテリジェントデバイスよりも優秀だからな、俺達』

 

『まあ、見つかったら鏖殺しながら進めばいいって事ですし。有象無象にやられるほど弱いわけじゃありませんし。夜のエクササイズで準備運動は終わらせてますし』

 

『やめて!! 俺が恥ずかしいからそういう話はやめて!』

 

『流石ヒロイン、辱められているぜ』

 

 どっちが旦那で、どっちが嫁なのかこの夫婦達の姿を見ていると偶に解らなくなってくるが、充実しているのであればそれはそれで問題ないのであろうと結論付ける。何事も楽しくなければ意味がない―――それは十分にこの数年で経験し、そして学んだことだ。どんな状況であれ、笑っていれば心持ちだけは何とかなる。故に、

 

『行こう、いや、一緒に来てくれ。俺は進みたい』

 

 その言葉に返答が返ってくる。

 

『おうさ』

 

『任せてください』

 

『借りは返しますよ』

 

『ならば、行きましょう』

 

『どこまでも一緒だぜ旦那』

 

 力強い返答に頷きを返してから近くの梯子へと手をかける。―――待っていろレジアス、と言葉を胸にしまいながら。




 バレる事前提で動くなら問題ないけど、こういう接触系で警戒網が存在していると物凄く面倒になるよね。ともあれそんなお話でした。

 そう言えば挿絵でも挟めないかとちょっとお絵かきしたら前衛的過ぎる者が出来上がったのでてんぞーは自分の事を画伯認定したよ。何故絵だけは練習しても上達しないんや。講義にもレッスンにもでたのに。


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ラスト・モーメント

 地上にも地下同様、定期的な警戒網が張り巡らされていた。下水道程絶対的なものではない。だが広範囲を少ない人員で埋められるように結界型の魔法でセンサーが敷かれていた。そのまま普通に入りこめば絶対に見つかる様なタイプの探知魔法。だが魔法は決して万能な技術ではない。理解すれば理解する程、修練を積めば積むほどできる事とできない事が見えてくる。そしてもちろん、この魔法にも穴は存在する。つまりは魔法を発動させる術者、デバイスを超える演算能力で常にハッキングをかけ、此方の情報を書き換え続ければそれで済む話なのだ。”その程度”とは言うが、まず間違いなく普通は取れる手段ではない。相手がストレージデバイスやアームドデバイスを所持しているのであればインテリジェンスデバイスで、相手がインテリジェントデバイスならそれを凌ぐユニゾンデバイス、が無ければできない芸当だ。

 

 だが幸い、此方にはユニゾンデバイスが二体も存在している。その処理能力は演算特化しているデバイスを抜いてトップに入る超高性能をしている。故に騙す事はそう難しいわけではないが―――人間的”過ぎる”為予想外の事があった場合、それに引っかかってしまう可能性は自分たち同様にナルとアギトには存在する。それだけが弱点だ。

 

 とはいえ、早々起きるわけでもない。

 

 クラナガンへと続く高速道路の横に広がる大森林を隠れ蓑に、上空からの監視から身を隠す様に先へ、先へと身を飛ばす。やはり地下のままではなく地上へと切り替えたの判断は間違っていなかったと確信できる。一時間が経過する頃にはクラナガンの郊外へと到着する事ができた。そこから更に監視の目を探りつつ、バリアジャケットの姿を一般的な服装へと姿だけを変化させ、クラナガンへと潜入する。

 

 ―――ここまで来てしまえばほとんど問題はもうない。

 

 クラナガンのサウス・ストリートへと到着し、漸く監視網を抜ける緊張感から解放された事から銀髪ユニゾン姿のまま、イストは体を伸ばしていた。魔力を隠して、そして少し変装さえすれば一般の管理局員にはまだ見つかる要素が存在しない今、こうやって気楽にできるのが救いなのかもしれない―――少なくとも機動六課はまだ此方の事を指名手配犯にはしていない。それが本当に今の行動を楽にしている。自分だって陸には知り合いが多く存在する。ただ彼らも老けてしまった自分に気づくにはよく見る必要があるだろう。

 

 パっと見て、直ぐに誰か等と、気付けることは中々ないのだ。

 

「セントラルへはここから歩いて十分か―――本気だしゃあ一分以下でいけるし、暫くはここでブラブラしている方がいいかもしれないな。なんかやりたい事とかリクエストあるか? なきゃ時間まで適当に行動って事で暫く解散だけど」

 

「いや、俺はない」

 

「デートしましょう」

 

「固まってたら怪しいつってんだろ貴様」

 

『んじゃ、何かあったら念話って事だな』

 

 短い言葉のやり取りを交わし、そして一旦面子を解散する。流石にユーリやイングの様な美人と一か所に四人で固まっていれば異様に目立つ。だとしたら固まって行動するよりは目だたない様に一人で行動している方が遥かに安全だ―――どこかで隠れる、という手段も存在するが、こんな日に限ってそう言う場所がマークされていないなんてことはないだろう、警戒網を見るに。下手に隠れ場所で隠れているよりは大衆に紛れている方が遥かに安全だと覚えたのは犯罪者になってからだ。

 

「どうもこういう知識が増えてしまった元管理局員としては中々複雑な部分があるな……」

 

『そこは気にしちゃいけないと思う。ほら、色々頑張ってきたんだし。知識が増えた分、それは頑張ってきた証拠なんだよ』

 

「そう言われると何も言い返せないな」

 

 あまりサウス・ストリートから離れられない事を念頭に置きながら特に目的もなくクラナガンを歩きはじめる。街中に溶け込む、という事で服装はハーフスリーブのポロシャツにスラックスと姿を変えて、ユニゾン状態である為に髪色は金髪だ―――最後、生きていた頃よりも死んだせいなのか、自分の姿はあの頃と比べて遥かに老けているように見える。ここまで姿を変えているともはや俺だ、と気づく存在は友人でもなければ気づかない―――そう、レジアスの様な。その事に少しだけ寂しさを感じる。

 

 自分を良く知っている友は……部下はほぼ全員死んでいる。そして唯一、親友と思えた人物は会う事すら困難な状態だ。己には人望があったのだろうか。いや、間違いなく部下に恵まれていたとは断言できるのだが、果たしてそれは人望へと繋がるのだろうか。

 

『旦那、メンタルがちょっと揺らいでる』

 

「そうは言われてもな、アギト。俺もこう見えて結構歳を食っているし、悩む事は多いのだ。少しぐらい悩んだりすることを許してはくれないのか」

 

『駄目だな。全然だめだな! 皆で助け合っているんだから心配する必要はないんだよ!』

 

 アギトの言葉に苦笑するしかなかった。確かにこれだけ豪華な面子に囲まれていて、人望やら友人やらを心配するのは少し馬鹿な話だったのかもしれない。元部下であるメガーヌの娘に、地球出身の”英雄”三人のクローンにして全く別系統の存在であるマテリアルズに、その盟主であり最強兵器である砕けぬ闇、闇として生み出されて愛に満たされた虚無の書と前世を乗り越えて進む元覇王、そして現代に新たに降臨した新たな形の王、といった所だろうか。豪華だ。豪華すぎるメンバーだ。確かに悩みとしては馬鹿馬鹿しい話だった。

 

 過去は解らないが、今の己には間違いなく仲間と友に恵まれている。贅沢過ぎる悩みだったかもしれない。

 

 懐に手を入れて取り出すのは一枚のホロウィンドウ。それにはデータや情報が表示されているのではなく、表示されるのは一枚の光景。昨夜、夜に花火大会をやった時、最後の花火を全員で握りながら、スイカを食べながら並んで取った絵だ。女性陣は浴衣という地球の民族衣装姿で、若干照れている己の姿と、そして楽しそうに笑っている皆の姿が映っている。―――一生モノの宝だこれは。墓へと持って行くには十分すぎる程の。

 

 しまいながら呟く。

 

「未練かもしれんな、アギト」

 

『旦那?』

 

「今更怖くなってきた……俺も所詮は人だった、という事なのだろう」

 

 ―――もし、もしこんな形ではなく別の形で出会えて友になれたとしたら、それはどんなに楽しかっただろうか。だがそれは幻想で、ありえない話だ。まず現実的ではない。何よりももしも、という話は結局の所現実から目をそらしているに過ぎない。特に俺の様な男は現実から目を逸らす権利など存在しない。それは部下の死から目を逸らすだけだ。認めなくてはならないのだ。死を、終わりを、結果を。それを全てのみ込んで進んでいるからこそ今が存在し、幸福を感じられているのだ。だから弱音を吐くのも考えるのもこれまでだ。

 

「恐れを感じない人間はいるだろう―――だが俺は恐れを感じられてよかったと思っている。それで俺はまだ人間だと、死人じゃないと確信できる。俺はまだ淵で立っている。闘志が残っている。信念はまだこの身に宿っている。そうそれでいい、それで己はまだ動けると確信できる。完全な死人ではないと確認さえできるのであれば十分すぎる成果だ―――俺はまだ戦える」

 

『旦那……本当に死ぬしかないのか?』

 

「ルーテシアを泣かす事は俺には出来ない―――アレは母親に飢えているよ」

 

 だからこそのあの言動、行動だと信じたい。というかそうじゃなきゃ困る。是非ともメガーヌが復活したら落ち着いてほしい。というか落ち着いてくれ。そうでは無ければ将来が危うい。主にミッドチルダの。この前は短パンショタハァハァ等という意味不明な事を食事中に言ってテーブルに沈黙の時間を生み出すという凄まじい事をやってのけたりと、進化に余念がない。これ以上手の付けられない存在となると今はまだ本気で叱るディアーチェやイングでもどうにもならなくなるかもしれない。あの二人でも手が付けられなくなったらいよいよルーテシアは無敵の存在だ。

 

 もう半分ほどどうにでもなれという気分だが既に。

 

『さっきから旦那のメンタル割とジェットコースターしてるけど大丈夫か……?』

 

「大丈夫じゃない、問題だ」

 

 これ以上ルーテシアの事を考えたり心配したらハゲに成りそうなのでとりあえずルーテシアの存在を全てが終わるその瞬間まで忘れておくことにする。精神衛生上、関係のないときはあの娘を忘れているのが一番宜しいという事には気が付いているが―――それをさせないだけのインパクトがあの娘にはある。何故だろう。ここにはいない筈なのにドヤ顔でダブルピース浮かべている姿が簡単に想像できる。

 

「俺はもうだめかもしれん」

 

『旦那って割と一人で完結するタイプだよな』

 

「良く言われるな」

 

 頭の中で考えた結果、自分の中で答えを見つけるタイプだ、自分は。故に良く自己完結してしまうと言われている。ただ、まあ、それを含めて自分という個性という事で許してほしいとは思っている。

 

 サウス・ストリートの中心部へとやってくる。管理局の目があるが、同時に人の数もおおい。ここにいる間は特定個人に視線を集中させることはないだろうと経験から確信し、ビルについている大型スクリーンから見せられている光景を眺める。そこで巨大なテロップと共に会議場の光景が映し出されていた。会議場には見た事のある顔がチラホラと存在し、そしてテロップには開始直前、と書かれている。

 

「……レジアス、少しやつれているな」

 

 巨大なスクリーンに映し出されるレジアスの姿を見て誰にも聞こえない様にそう呟く。いや、おそらく確実にアギトには通じているのだろうが。ただ自分の知るレジアスよりも少しだけ、疲れているような、少しだけやつれている姿がある。普通の人には気づかないであろう些細な変化だが―――それだけで表面上は何も見せない男が今、どういう風に感じているのかを理解できる。なるほど、やはり……保身に走る様な男の顔でも、腐った男の表情でもない。

 

「―――なあなあ、お前どう思う?」

 

 近くではスクリーンを同じように見上げながら友人と語らう者達が見える。

 

「質量兵器の事だろ? 陸の人にはお世話になってるけどやっぱりなぁ……だってほら、質量兵器が昔世界を壊したって言うと怖いじゃん? 学校の歴史の授業でもそう習ったし」

 

「そうなんだよなぁ、でも陸の友人から聞いた話だと陸の戦力不足はマジ深刻らしいぜ? 優秀な魔導師から引き抜かれちゃうから魔導戦力が何時も足りないって」

 

「でもさ、それでも質量兵器に頼るってのは違くね?」

 

 そうやって議論をしている若者の姿を見て、少しだけ笑みを零してしまう。自分とレジアスも、こうやって二人でよく話し合ったものだ。陸の現状をどうやって救うか、ミッドチルダにはどういう改革が必要なのか。それを一日中話し合って気が付いたら夜だった、何て日もあった。だからああやって質量兵器の有無について話し合う光景は非常に懐かしい―――俺達もああやって若者だった時があったんだ、と思い出させる。

 

『ちなみに旦那はどっち派なんだ?』

 

 アギトは質量兵器肯定か反対か、という話をしているのだろう。だとしたら、

 

「俺は肯定派だ。質量兵器といってもそれには色々と種類がある。銃や爆弾といった基本的な物から光学兵器や腐敗兵器といったもの、有名なのでは古代戦乱ベルカで使用された屍兵や機械兵といったものだな。まず間違いなく後者は封印されるべきだとして、銃であれば所持者をライセンスで管理すれば問題はない」

 

「おい、オッサン」

 

 横で先ほどまで議論を繰り広げていた声援が此方へと視線を向けてくる。いけない、アギトは他人へと見えていなかった事を今更思い出す。警戒網を抜けたから少し油断していたか、と少しだけ腑抜けていた自分を叱咤する。何か、と青年の方へと視線を向けると、

 

「でも銃って質量兵器の中じゃ誰でも使えるんだぜ? 魔法には非殺傷設定もある。どっちを使えばいいかなんて丸わかりじゃねぇか」

 

「ふむ」

 

 糾弾しているわけではない、と声のトーンから理解できる。どうやって答えるべきか、と思うがやはりここは思った事を返すべきなのが議論としては正しい形なのだろうと判断する。

 

「なら言わせて貰おう。魔法は何よりも資質を優先する。リンカーコアの有無は先天的な資質で後天的には取得できない”才能”だ。だが質量兵器、特に銃は汎用性に優れている。誰にでも使え、そしてカスタムすれば誰でも十分な戦闘能力を発揮する事が出来る。それに電磁スタン弾などの非殺傷用の弾丸だって既に存在している。使う者がそれを間違った方向で使用しない限りは銃も魔法も変わりはしない、どちらも等しく道具だ」

 

「う、うーん、確かにそうだけど、そうだけどなぁ……」

 

「ほら、やっぱり使い方次第なんだよ。魔法も質量兵器もそんな変らないんだって。あ、ツレがどうも失礼しました」

 

 そう言って青年は腕を組んで唸り、その友人は青年を引っ張りながら去って行く。微笑ましい光景、これもまた青春の一部だと思う。思い出せば何もかもが懐かしい。過去は何もかもが煌いて見えるのが非常に厄介だ。あぁ、自分の未来には暗雲しか存在していない。だからこそ、余計にだ。

 

 スクリーンを見上げる。キャスターが会議場の様子を映し出している。会議はもう間もなく始まる、という様子だった。椅子に座る参加者たちは誰もが準備ができている様子で、緊張の表情を欠片も見せる事無く待機していた。もうそろそろか、と心の中でつぶやくのと同時に、

 

『―――ッ』

 

「アギト?」

 

『セントラル! 空から来る!』

 

 スクリーンから目を離し、セントラル方面の空を見上げた。そこにメタリックな銀色の輝きを見る。それが何か、と判断するのと同時に体は動きだす。

 

『ゼスト!』

 

『応―――約束の時だ』

 

 ―――空から出現した無数のガジェットがセントラルへと落ち、爆砕し、そしてセントラルに存在する地上本部が、燃えた。




 ゼストさん、昔を思い出す。

 そして記憶の中ですらドヤ顔ダブルピースのキチロリ。お前は引っ込んでろ。

 そして空から降り注ぐ自爆特攻型使い捨てガジェットたん。スカさんは派手好き。

 あと最近誤字報告タイムアタックに利用されている感(


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アタック・グラウンド

 到着したクラナガン・セントラルの様子は凄まじいものだった。空から爆弾の様に降り注いできたガジェットが空中や建物、大地に触れると爆弾の様に爆裂したり、そのまま建造物へ破壊活動を行っていた。即座に出動した陸士がその迎撃に出現する。それをセントラルの入り口から目撃する。周りで湧きあがり、逃げ惑うクラナガンの住民達を無視しながら服装を何時もの姿へ変える。この状況になって姿を隠す意味などほとんどない―――いや、混乱が始まっている今がチャンスだ。

 

『魔導ジェネレーターが落ちた、地上本部D-3地点で合流するぞゼスト!』

 

『了解した!』

 

 ガジェットの残骸を飛び越えつつそのまま真直ぐ地上本部を目指して一気に疾走する。管理局地上本部はクラナガンのセントラル中央に、白い防壁に囲まれてそびえたっている。計三本の塔で出来上がっている姿の地上本部のうち、議事堂が存在するのは中央塔―――一番セキュリティが高いものだ。だがそれに忍び込むこと自体はもう既に難しい話ではなくなっている。魔導ジェネレイター、それが地上本部の電力のライフラインとなっている。それを落とせばサブ電源が活動開始するが―――バリアや防犯装置等を稼働させるほどの力はない。

 

「行くかアギト」

 

『おう、行くぜ旦那!!』

 

 百メートルほど先に見える巨大な白い防壁を前に、一瞬たりとも速度を緩める事無く疾走し、加速する。その光景を見た誰かがおい、と声をかけてくる。正面にはガジェットの初期型―――卵の様な形の一番古いタイプのが此方へとモノアイを向けてきている。次に出す行動は解る。そして魔導師が此方を気遣っているのも解る。ただ自分の姿を見ても反応しないのはまだ未熟な証だろうか。

 

 どうでもいいか、俺は何を考えているのだ。

 

「魂なき存在、我を阻むなかれ」

 

 抜き去りながら槍の一閃と共にガジェット三機を両断する。背後で感じる爆風の熱を背中に感じながらもそれを受けて更に体を加速させる。建造物が多く、人口密集地帯のセントラルはガジェットの自爆特攻によって地獄絵図の様な光景になっている。走るこの短い距離でもあちらこちらでAMFに苦戦しつつ戦う魔導師の姿が見える。―――それに地上本部その物からも火の手が上がっているように見える。

 

「ふんっ」

 

 防壁に衝突する前に一気に地を蹴って垂直に跳躍する。一気に十数メートルを跳躍してから魔力の消費を考え、飛行魔法の使用を始めず、そのまま再び壁を蹴る。本来ならバリアの一つでも発動していただろうが、魔導ジェネレーターが落ちている今、それは発動しない。跳躍の為に何度か壁を蹴りつつ体を上へ、上へと飛ばして行けばそのうち防壁の頂点へと到達する。一回転しながら左手を床に付ける様に頂点へと着地し、左右へと視線を向ける。

 

「侵入し―――!」

 

 最後まで言い終わる前に体を動かす、右側に立つ魔導師を飛び越えて槍を振るう。頭上から迫ってきていたガジェットを両断し、着する前に体を横へ回転しつつ槍を振るう。斬撃を発生させ、魔導師が目を離した隙に接近していたガジェットを五体ほど葬り去る。そこからようやく魔導師の反対側へと着地し、開いている左腕を軽く振るう。

 

「―――私服姿だが俺も管理局の魔導師だ。それよりも貴様、常に全方位に注意を向けろ。予想外の事で思考を乱すな精進が足らんぞ」

 

「あ、は、ハイ! すみませんでした!!」

 

 防壁から飛び降りるのと同時に背後で戦闘音が聞こえる。これが平時であればまず間違いなくIDの提出を求められただろうが、この状況であればその余裕はない。自分の正体が何であるかを相手に勝手に想像させるとして、ガジェットの相手を擦り付ける。

 

『エゲツねぇなぁ』

 

「犯罪者らしいやり方だと言ってくれ」

 

 ―――擦り付けた所でそれでも視界には十数機のガジェットの姿が目撃できるが。スカリエッティからすれば初期型のガジェットは”ゴミ”であって完全に使い捨ての道具だ。故に今、地上本部へと襲い掛かっているこのガジェットが全て作って、そして使用用途が無くなった後期型の”余り”でしかない。まだ本気ではないというのが理解できる。いや、温存していると思考するのが正しいのだろう。そしてその前のパフォーマンスか、ミッドチルダの防衛力を削る為の―――今回のテロだ。たぶん、おそらく。

 

 スカリエッティの真の目的を察せる存在なんて―――あの狂人と同じ視点で立てる存在なんて他には存在しないのだから、本当なのかどうかは永遠に理解できないが。

 

 素早く着地から身を屈ませ、そのまま近くの木の裏へと隠れる。そこから姿勢を低くしたまま辺りを窺えば、初期型のガジェットの姿と、

 

「潰せ潰せ潰せ!! これ以上好き勝手にやらせるな!」

 

「法の守護者が健在である事を示せ! 空の連中ばかりにいい所を見させるな!」

 

「野郎共、陸の魔導師ここに未だ健在と証明しろ……!」

 

 叫びながら武器を手にガジェットへと向かってゆく魔導師の姿が見える。カスタムタイプのバリアジャケットではない所を見ると一般の陸士魔導師だが、その意気込みだけで十分、彼らが腐ってはない事を理解できる。チームで行動しつつ、確実にガジェットを狩る姿は間違いなく訓練された者の動きだ。その動きを昔の自分に少しだけ重ね、音を出さずに唇の動きだけで、頑張れ、と彼らの背中へと向けて言葉を放つ。自分が彼らに送る事が出来るのはその程度だ。

 

 再び合流ポイントへと向かって走り出す。誰にも見つからない様に、周りで起きている戦闘で発生している瓦礫や壁を使って時折自分の身を隠し、炎の揺らめきの中に身を屈ませてやり過ごし、そうして予め決定していた合流ポイントへと向かうと、林の中に隠れる様に三人の姿を見つける。辺りを窺い、遮蔽物の無い短い空間を抜けてから林に入り、合流する。

 

「遅ぇぞ爺さん」

 

 冗談交じりにイストがそう言ってくる。なので此方も苦笑しつつ答えるとする。

 

「悪いな。俺ももうそろそろ歳でな。いい加減運動もキツイ年頃なんだ。だからそろそろ俺の目的を終わらせて楽な生活にしてくれ」

 

「は、なんだそれ」

 

 なんだろうな、と自分でも思ってしまうあたり、少しずつ俺も限界が近づいているのかもしれない。いや、今日一日ばかりは持ってくれるだろう。その為に最近は割と健康的な生活を心がけて来たし、極度な運動だって控えた。今日一日持ってくれれば―――それですべてが終わってくれるのだから。

 

「ま、ゼストがこの際悲壮な空気を漂わせている事はどうでもいいとしましょう。―――結局の所、借りは借りで、友情は友情です。与えられたものには返さなくてはならない―――そうですね、それが真摯であるということですから」

 

 イングがそう言って拳を握り、動けることを証明する。彼女がそうやって笑みをイスト以外の誰かへと向けるのは珍しい。思わず硬直してしまうぐらいには。そしてあぁ、そうだな、としか自分には答えられない。だが言葉で長々と感謝を告げるのは自分らしくはない。何時だって背中で、武威で語るのが己のやり方だ―――レジアス相手には通じなかったが。

 

 故に、

 

「行こう、友よ。今日は死ぬには良い日だ」

 

 長年の相棒であるアームドデバイスを握り、林から出る。正面に見えるのは高くそびえる黒い地上本部の姿だ―――だがそれも今は所々崩れ、剥がれ、そして燃えている。内部で爆発が生じ、爆炎が内側から塔を突き破る様に発生する。それを見上げていると、脳に声が響く。

 

『転移ジャマーがガジェットのAMFと一緒に張られているぜ』

 

『まず飛行以外の方法で逃げる事は不可能でしょう』

 

 ―――いや、そもそも俺の知っているレジアスであれば、こんな状況で逃げる様な骨なしではない。やつであればまず間違いなく正面から敵を切り払うために、指揮する為に己に立つべき戦場で命令を出し、処理し続けているに違いない。故に目指すべき場所は一箇所、レジアスの執務室だ。そこに絶対レジアスはいると確信を持っている。

 

 林から出て見える正面、地上本部の入り口の前には魔導師が隊列を組んで防衛陣を構築している。その前にガジェットの残骸が転がっているのを見れば彼らが役目を果たしている事は解るが―――此方を見て、ユーリを見て、イストを見て、イングを見て、闘志を向けてくる。流石にここまで怪しい集団が一箇所に固まって味方だという事は苦しすぎる。

 

 だとすれば邪魔だ。

 

「ま、リハビリ程度には丁度いいでしょう。アレは私が軽く蹴散らすので中へ皆さんどうぞ」

 

 そう言って自分たちの前へユーリが踏み出す―――両手に剣を握って、長い金髪をポニーテールにまとめて、だけどそのふわっとした姿とは裏腹に獰猛な笑みを浮かべながら、正面の集団へと笑みを向けている。右手に一本、左手に一本と何時の間に握られている剣の名は、

 

「ブラッドフレイムソード―――久しぶりの獲物です。雑魚ですが存分に食い散らかしますよ」

 

 そして加速した。

 

 踏み出しながら投擲された二本の剣はあっさりと防御陣を形成している隊のシールドを貫通し、一本に二人ほど突き刺し、大地へと縫い付ける。”牽制”だけで防御陣を破壊しながらもユーリは蹂躙を止めない。前へと進みながら空間に拳を叩き込めば、空間が砕ける。そこから新たに両手に剣を握らせ、それを投擲する。砲撃魔法を数秒は耐える事が出来るシールドプロテクションがまるでガラスの様に粉砕され、その背後に立っている魔導師を串刺しに、一瞬で意識を奪う。

 

「あぁ、安心してください。雑魚を殺す趣味はありませんので非殺傷設定ですよ。ってあぁ、威力が高すぎて意識が残っていませんか。強すぎるのも問題ですねー、挑発したり煽ったりする余裕もないなんて」

 

 そのまま一気に接近したユーリは淡々と処理した。

 

 背後から炎で生み出された巨大な手を二つ生み出してそれで薙ぎ払えば人が塵の様に吹き飛ばされ、ブラッドフレイムソードを投擲すれば防護は確実に粉砕され、そして串刺しになる人の姿が増えた。それが5秒ほど続けばもはや地上本部の入り口に立ち、ガジェットの地上からの進入を防ぐはずだった魔導師達の姿は完全に蹂躙され、気絶して動く事はなかった。蹂躙され、そして完全に無力化された集団の中央に立ち、ユーリは此方へとサムズアップを向けてくる。

 

「準備運動にすらなりませんねー」

 

「ディスりすぎだテメェ」

 

 近づいたイストが軽い拳骨をユーリに叩き込むとユーリが頭を抱えながら泣き真似をする。本当に真似だけで、ユーリはふざけているように見えるが―――今の活躍を見てしまえば誰もユーリを止める事が出来ないのは明白だ。今、ユーリが羽虫の様に扱って薙ぎ払った魔導師は全てがAランクかそれ以上の強力な魔導師だ。十を超えるそれだけの魔導師を薙ぎ払った実力はここにいる誰よりも高い―――これでいてまだ本調子ではないのだから恐ろしい。

 

「まあ、此処はお任せください。リハビリついでにここからの侵入者を全員火星までぶっ飛ばしますので」

 

 そう言いつつ既に虚空を割ってユーリはブラッドフレイムソードを取り出すと、それを薙ぎ払った。赤い剣の軌跡を炎が追いかけ、それが斬撃となってガジェットの鋼の体を一瞬で飲み込んで溶かし、爆砕する。薙ぎ払った刃をそのまま投擲すると空に浮かび上がるガジェットを十機ほど貫通しながら進み、空で盛大に爆砕しながら更に多くのガジェットを巻き込んで消し去る。

 

「野外の方が動きや魔法が制限されずに充分に動けますし。エグザミア・レプカの方もレリックちゃんもぐもぐしてかなりいい調子なので今は落ちる気がしませんしね―――お任せください、再誕した闇は永劫砕ける事無く共に在り続けます」

 

 と、そこでキィ、と音を立てながら此方へと向かって来る鉄の塊を見る―――ガジェットではない。ゴツゴツとしたそのフォルムはスカリエッティの誇る機械の形ではなく、車に装甲を増やしたもの、装甲車のものだ。その上部についている魔導砲台が此方へと向けられる。放たれてくる砲弾をユーリが大腕一本で受け止め、握りつぶしながら声を発してくる。

 

「さ、お任せください。手加減しても、あの程度は文字通り一捻りですから」

 

 爆砕音を響かせつつ背後に闘志を見せるユーリを置いて、地上本部の建造物内へと侵入する。外から壁を駆けあがるのも一つの手段だが―――その場合は所属員全員がエースである”空”の防衛部隊と正面から戦う必要が出てくる。所属の問題上、”空”が”陸”の本部へと戦闘の為に入り込むのには少しだけだが時間が必要となる。そこらへんがまた、管理局のしがらみというやつだろうが―――。

 

「此方シャークズ! テロリストを発見、これより交戦に移る! 増援を寄越せ!」

 

「行くぞテメェら、死亡フラグは立てたな? 生存フラグに変えろ!」

 

「対ストライカー級魔導師戦用意!」

 

 地上本部の破壊されたロビーに次々と魔導師の姿が現れる。心の中で応援しつつも、やる事に変わりはない。槍を構えればイストとイングも拳を構える。反応する様にロビーへと流れ込んできて三十を超える魔導師達が一斉に戦闘態勢に入り、

 

「これ以上好き勝手やらせるかよテロリストめ……!」

 

「―――違うな」

 

 テロリストではあるが、そうではないと否定する。得物を構えつつ、叫び、答える。

 

「元時空管理局陸戦魔導師、ゼスト・グランガイツ一等陸佐―――友と話に来た」

 

「はは、面白いじゃねぇか。ここらへんがグッドタイミングってやつか? いいぜ」

 

 イストも笑いながら名乗り上げる。

 

「元聖王教会所属騎士、”鉄腕王”イスト・バサラだ」

 

 それ聞いたイングが頷く

 

「イング・バサラ―――ただの主婦です」

 

『それはツッコミ所なのか』

 

『姐御姐御、たぶん本気じゃねこれ』

 

 イングの言葉に陸の魔導師達が軽く顔を見合わせてから口を開く。

 

「―――貴様の様な主婦がいるかぁぁぁ―――!!」

 

 次の瞬間、砲撃と魔力弾が一気に放たれてきた。

 

 本当の意味で、管理局との戦争が始まった瞬間だった。




 作業中は雰囲気を想像する為に碧の軌跡より『予兆』をBGMにしてました。アレですな、会議襲撃の時に流れてた。いい感じに緊張感があってテンションが上がってきますね。読み終わって2週目行く人がいたらBGMにしたらまた違う感じになるんじゃないかなぁ、と。

 ともあれ、頑張っているのは主人公たちやなのは達だけじゃなく、モブ一人一人も履歴書を書いて管理局へ所属しているんですよ? という話で。


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ブレイク・スルー

「覇王流」

 

「奥義」

 

「―――双震砕」

 

 イストとイングが同時に動いた。まるで鏡の様に動き、一回転してからイストが、そしてイングが、互いへと向けて拳を振り上げ、迷う事無く拳と拳をぶつけ合わせる。衝撃がそこを中心に広がり、一気にロビーホールを突き抜ける。それと同時に迫っていた魔力弾、砲撃の類はほとんどが散らされる。が、全てではない。大半は衝撃によって粉砕されるが、それでも魔力が強く込められたものはそのまま真直ぐ向かってくる。それを迎撃する為に動くのは―――己だ。

 

『任せろ旦那!』

 

 そう言って槍に炎がまとわりつく。アギトの支援で本来できない事が出来るようになる。故に昔は出来た事が今は出来ず、昔にできなかった事が……今は出来る。それを確信しつつ槍を振るう。炎撃がほとぼしり、迫りくる迎撃しきれなかった魔力弾や砲撃を燃やし、割く。空間に色取り取りの魔力光が砕けて散る。一種の幻想的な空間を生み出すが、それも一瞬だけだ。ランクの高い魔導師は既に接近戦に持ち込もうと踏み出し、動き始めている。それに対応するかの如く、神速の動きでイストとイングが動く。そのまま手を弾く様に互いを後ろへと押し出す様にして加速、そこから互いに一番近い魔導師へと接近し、

 

「失礼」

 

「歯を食いしばりな」

 

 全く同じタイミングで相手の頭を掴んだ。倒してそのまま片手で相手の体を一回振り回してからそれを次に近い相手へと投げ、叩きつける。二人が取っている動作は相談もなく行われ、そしてその結果鏡を合わせた様に、全く同じ動作で動いている。だがそれもそうだろう。彼と彼女は、半分は同じ人物で出来上がっているのだから。

 

 故にそれを考えれば、ストライカー級未満など木端でしかない。

 

「クソ、止められんか!」

 

 魔力弾や砲撃を意に介す事もなく一気に踏み込んで隊員達に拳を叩きつけ、床を踏み抜き、人を拳の一撃で複数吹き飛ばす姿を見ながら防衛隊長がそう呟く。そして、此方へと視線を向けられる。

 

「せめて一人だけでも落とせ!」

 

「俺も、甘く見られたものだな」

 

 槍を構え直すのと同時に三人ほど一斉に襲い掛かってくる。目で見る。一瞬でアギトが思考を加速させてくれ、そのおかげでこの鈍い体でも相手の動きが見える。相手の関節が、筋肉の動きが、経験からどのように動くのかを、それ一瞬で判断させる。三人ともまだ若い魔導師だ。故に放つ言葉は一つ。

 

「己の未熟さに悩むがいいさ、次があるのは悪い事ではない」

 

 動きの起点を潰す。

 

「くっ……!」

 

 動きの始まりを、そしてその起点を接近しつつ槍で軽く触れるだけで崩す。一瞬で一人目の動きが空中で崩れ落ちる。だがそれでもまだ二人残っている。獲物が槍であると慢心し、懐に入った事から勝利の表情を浮かべている。だからその考えが未熟であると覚えさせなければならない。

 

 槍を手放す。

 

「なっ!?」

 

「どれだけ共に過ごしたと思っている―――老いたとはいえ芸の一つや二つ、覚えるには十分すぎる」

 

 接近してきた二人の手を掴み、それを両側で捻る様に回転させながら床へと叩きつける。同時に足を振り上げばその下に炎が生まれる―――行動を読んでアギトが用意してくれたのだろう、それをそのまま踏み下ろせば炎の爆発が足元で発生し、三人を一気に吹き飛ばしつつも槍を吹き上げてくれる。それを回収し、回してから、

 

「行くぞ、我こそ法の守護者と言える者よ、かかって来るがいい!」

 

 その声に反応して更に多くが襲い掛かってくる―――だが総数は多く残されているわけではない。ユーリ程の強烈さはないが、それでも完全な蹂躙だった。この場にいる誰もが自分達に、イングにもイストにも決定打を通す事は出来ないし、まともに一撃を中てる事さえできなかった。そして完全に一方的な蹂躙を引き起こされながらも、彼らは彼らの目的のために戦っていた。それを俺は俺の願いの為に一方的に、踏みにじっている。

 

 だがそれが生きるという事であろう?

 

 突く、振るう、薙ぎ払う。殴る、引っ掛ける、進む、跳躍する、突く。何十年と続けてきた動きは自然に体を動かし、アギトのサポートもあって好調を示す。その動きのままに迫ってくる防衛隊を一方的に斬り―――そして五十以上がいた魔導師達を全て床に沈める。その全てが死んでいない事を見ればイストもイングも己も全く本気を出してはいない、というのが解る。

 

「クソ、クソ、クソ! チクショウ……!」

 

 動けなくなり、戦えない魔導師が己の非力さを悩む。その声が嫌でも耳に入ってくる。が、それに関わっている時間はない。早くしなければレジアスが殺されてしまう可能性が存在する。故にそれよりも早く、誰かがレジアスに到達するよりも早く、レジアスの所へ行かなくてはならない。

 

「ゼスト、どっちだ!」

 

「非常階段を上って行くぞ! サブ電源が動き出してはいるだろうがエレベーターは危険だ」

 

「では蹂躙鏖殺を続けましょうか」

 

 視線をロビーの隅へと向ければ、そこには災害時用の非常階段が存在しているのが見える。そちらへと向かう自分にすぐさま二人がついてきてくれる。確認するまでもなく扉にたどり着くと、それに蹴りを叩き込んで扉を吹き飛ばす。次の瞬間、扉の向こう側から赤い光が此方へと向かって放たれてくる。

 

「砕け、ヘアルフデネ!」

 

 一瞬で前へと出たイストが赤い光を―――砲撃を打撃して砕く。それと同時に向こう側から魔力弾が襲い掛かってくる。そこに反応するのはイングで、前へ出るのと同時に魔力弾を掴み、それを投擲し返す。それが使用してきた魔導師へと投げ返されるのと同時に、槍に炎を纏って最速で前進する。

 

「抜け、焔」

 

 一瞬で抜き去りながら槍を振るう。燃やすのと同時に斬撃を叩き込む。非常階段入り口裏に待機していた魔導師五人を一気に沈める。非殺傷設定故、倒れた魔導師達は折り重なるように呻き声を軽く漏らしつつ、床に倒れる。今まで殺人を厭わなかった俺が非殺傷で戦うなどと、どうか甘いと言わないで欲しい。―――将来、管理局を守るはずの者達が死んでゆく姿は見たくはないのだ。

 

「こっちだ!」

 

「シャッターを閉めろ! 中将閣下を守れぇ―――!!」

 

「非常階段を潰してバリケードを作れ! 絶対に奴らを通すな! 時間を稼いでミッド中に散らばった仲間が戻って来るのに耐えろ!」

 

「―――なら私の出番だな」

 

 イストの姿がナルへと変化する。ユニゾンしている証拠としてその髪の色と服装の色も変化している。その状態でナルは右掌に魔力を溜め、それを青く変質させる。頭上で破砕音を響かせる非常階段上層へと視線を向ける。

 

「絶対零度に染め上げろ―――アズール」

 

 そして、放たれたのは青の波動だった。壁に、床に、階段に、全てに浸透する様に青い波導は伝わりながら広がって行き、一気にこの場から上へと向かって全てを氷結しながら進んで行く。青に触れる者は例外なく全て凍らせ、動きを止め、そして熱を失ってゆく。パキパキ、と音を響かせ上層から短い悲鳴が聞こえ―――声が途絶える。完全に凍結し、動きを止められた故に声が発せなくなったのだろう。

 

「安心しろ、非殺傷だ」

 

「……そうか。済まない」

 

「気にするな。私はイストと一心同体だ―――彼の意志が私の意志だ」

 

 その言葉にイングが少しだけ視線をナルへと向け、ナルが少しだけ勝ち誇った笑みをイングへと向ける。意外とこの二人別の意味で仲がいいのかもしれない。まあ、女同士の戦いに首を突っ込む男は結果として良く泣く事になるので、ここは見なかった事にし、そのまま非常階段を軽く跳躍する様に登り始める。階段を飛び越える様にして向かい側の壁に着地し、それを蹴って上の階へと一気に跳躍する事で一気に距離を伸ばす。細かい調整はアギトと飛行魔法に任せるとして、そうやって何度も跳躍しながら軽く百階は存在するこの地上本部を高速に駆け上がって行く。

 

「うむ、上手い具合に凍っているな」

 

 非常階段を駆け上がりながらも、階段の踊り場で凍っている魔導師の姿を目撃する。非殺傷設定である故に生きてはいるが、行動の途中で動きを止めている姿はどう見ても若干間抜けだ。これで生きて、意識があるのだから屈辱的だろう……まあ、屈辱も時が来れば癒える。忘れたくない事ですら人は忘れてしまう時が来る、だから今屈辱を味わっている彼らも、絶対にいつかはこれを乗り越えるだろう。

 

「なげぇ!」

 

「む、戻ったか」

 

「ころころ姿が変わって案外見ていて面白いものですね、それ」

 

「遊びじゃないんだけどな」

 

 一瞬でナルの姿が再びイストの姿へと変わっている。依然としてユニゾン状態である事に変わりはないが、そこには負担も辛そうな所も見えない。寧ろこの一体化し、ほとんど融合に近いような状態が自然にすら見える―――イストとナルの適合率は百パーセントと聞いている。それはほとんど一人に融合する様な状態。普通の人間であれば発狂する様な状態をこの男は普通に利用している。そう思うと相変わらず頭がおかしい連中だとは解るが―――頼もしい仲間である事実に変わりはない。

 

「それにしても階段が長いな。飽きる」

 

『いや、飽きる飽きないの問題じゃないだろ兄貴』

 

「そうですね。飽きっぽいのはあまり良い事ではないですね」

 

『違う、そこじゃない』

 

「もっと、こう……非常階段の壁を塗装した方がいいんじゃないか? なんだっけ……こう、マドウシスレイヤーとかで」

 

「お前は地上本部をナメているのか」

 

 上で爆発音が聞こえる。それと同時に非常階段が大きく揺れ始める。迷う事無く次の踊り場へと到着するのと同時に扉を蹴破って、飛び込む様に抜ける。三人が抜けきった次の瞬間には非常階段が爆砕する様な音を響かせ、そして崩れ落ちる。

 

 そして扉を抜きながら出てくるのは、

 

 ガジェットだ。

 

「めんどくせぇなぁ!!」

 

 だがガジェットに向かう事無く避ける様に大きく後ろへとステップを取った瞬間、壁を貫通して魔力弾がガジェットを貫く。AMFを展開しているガジェットを魔力弾で撃破したのだ―――この壁の向こう側、空に浮かぶ魔導師の実力は大体察する事が出来る。

 

 ―――ストライカー級魔導師だ。

 

「気配察知……一……二……とAAAが一人、合計三人ほどですね。ここは私が残って派手に引きつけておきますので頑張ってください」

 

「了解した」

 

「傷つけられたら言えよ? 終わったら改めてその戦犯にお礼参りに行くから」

 

『兄貴達がこの事件の戦犯だよ』

 

 アギトの鋭いツッコミを見事にスルーしながら、イストはアッパーを繰り出すと、一撃で天井をぶち抜き、そのまま数フロア分の床と天井をぶち抜く。その衝撃でイストの足元が砕けるが、陥没する程度で完全な破壊には届かない。イングが蹴りの一撃で外と中を分ける壁を完全に吹き飛ばして吹き抜けにすると、サムズアップを送ってくる。

 

「武運を」

 

「貴方も騎士ゼスト」

 

 イングが空へと踏み出すのと同時に上のフロアへと上がる。

 

 確実に、着実に、一歩一歩、レジアスへと迫っていた。




 BGMは引き続き『予兆』で執筆してましたねー。

 ともあれ、やはりモブってのは一瞬で出番がなくなるからどうでもいいって訳じゃなくて、一人一人立派に頑張っているのだからたとえ蹂躙させる事前提で出しているんだとしても、かっこ悪くする理由は全くないんだと思います。

 というかモブが輝く作品は大体全体的に雰囲気とかいい感じだと思っている。


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チェイシング・ユア・バック

 イストと二人で床と天井を抜いてできた穴を抜け、上の階へと一気に跳躍する。穴を抜けた先はやはり少し汚れ、砕け、そして燃えていた。既に地上本部の至る所にはスカリエッティの手の者が、ガジェットが侵入しているのだろう。そしておそらくそれだけじゃない。魔導ジェネレーターをガジェットごときが落とせるはずがない―――間違いなくナンバーズがここへ来ている。彼女たちが来ているのであれば少々話は変わってくる。

 

 彼女たちが辿り着く前にレジアスへと辿り着かなくてはならない。

 

 その為にも一気に跳躍し、そのままぶち抜いた穴を飛ぶように抜けて行き、上層へと向かう。ここまで階段で登ってきたのは三十と数階、非常階段が破壊されてしまった今、上の階へと移動する方法はこれしか存在しない。だがこの方法はかなり目立つ。故に、

 

『接近を感知』

 

『ガジェット!』

 

 脳に声が響くのと同時に頭上からガジェットが狭い穴に流れ込んでくるのが見える。そして反応しようとする自分の前に、イストが出る。右手を此方へと向け、前に出るなと言うように。

 

「今日のオッサンはVIP待遇だ―――気を楽にしてなぁ、ナル!!」

 

『ナハトの尾よ』

 

 言葉を口にするのと同時にナルの所有する、生み出せる盾と鞭を合一させたような武装が生まれる。左腕を大きく振るい、しなる鞭の根元をイストが握ると、それを全力で前方へと向けて振るった。まるで意志が込められたように鞭は振るわれ、ガジェットを貫きながら爆発を引き起こし、頭上へと続く穴をふさぐ敵を爆散させる。初めて、ではないが久しぶりに武器を握るイストの姿を見て思い出す―――そう言えば基本的に武器であれば何でも使える男だったが、覇王の記憶で更に磨かれたな、と。

 

「チッ」

 

 軽くイストが舌打ちすると再び上層からガジェットが入り込んでくる。その数はまだ十数機、数としてはそこまで多くはないがこの穴を埋めるには十分すぎる程の数だ。先ほど爆散させたガジェットの残骸が降り注ぐ中、それが体に中って落ちてくるのを無視しながら再びイストが腕に繋がった鞭を振るう。有機物と無機物の中間の様なデザインの鞭は再び通路の壁を叩きながらガジェットを貫通し、壁へ叩きつけながら爆発を巻き起こす。再び残骸が降り注いでくる。それによって視界が狭まり、穴が抜けにくくなる。

 

 明らかだ―――此方の動きを止めに来てる。

 

「止められるかイスト!?」

 

「任せろ―――ナル、氷結ッ!!」

 

『―――アズール』

 

 鞭が青く染まり、それが空間を抜けるのと同時に壁が、穴と穴の間のフロアの隙間が、氷結し、壁となって塞がって行く。その向こう側から氷を砕こうとするガジェットの姿が見えるが、それが魔力で生み出された氷の壁を破壊するまでには数秒必要とするだろう。その前にイストと共に加速し、一気に穴を抜ける。背後で聞こえる破砕音が氷の破壊を知らせてくれるが、その時には既に遠く通り過ぎている。

 

「もう一発ッ!!」

 

 イストが右拳を振るい、再び天井と床をぶち抜き、上階へと突き抜ける穴をあける。そこから現れるのは次のガジェットの大群だ。背後から氷を割って出現してくるガジェット、そして正面から出現してくるガジェットが挟み込んでくるように迫ってくる。それを、

 

「しゃらくせぇ! めんどくさいから嫌だったけど突き抜ける!」

 

『ツッコミいれたい』

 

「ロックに行くぞ」

 

 アギトの声がする。全力で答えたい所だが、そこはグっと我慢して、そして武器を消し、拳を構えたイストの背後へと回る。次の瞬間にはイストが加速し、ガジェットへと正面からぶつかる。その拳はガジェットを貫きながら、止まることなく前進する。その動きに遅れる事無くついて行きながら、アギトがホロウィンドウを出現させる。

 

『順調に階を登って行ってるぜ!』

 

『あまり派手にやると壊れるので注意を』

 

「あいよ」

 

 ホロウィンドウに表示されているのは地上本部の構造だった。そこにはどんどんと上へと向かって突き進んで行く自分達の姿がアイコンで表示されていた。目の前で爆炎と瓦礫を正面から受け止めながらも突き進むイストの姿は一切緩む事もなく、特に堪える姿もなく、余裕の様子でガジェットの群れを粉砕しながら進んで行く。そうやって再び天井へとぶち中るが、

 

「ヤクザキーック!」

 

 蹴りでガジェットごと踏み潰しながら天井に穴をあけ、その向こう側へと道を作る。穴の向こう側へイストと共に抜けた瞬間、横から一瞬の閃光が見える。それに素早く反応し、槍を振るって迫ってきた閃光―――魔力弾を切り裂きながら床に着地する。イストも同様の動作で迎撃しており、そしてその視線の先を追えば―――オレンジ髪の少女が銃を二丁構え、此方へと向けていた。

 

「お―――」

 

 イストが口を開こうとした瞬間、少女が引き金を引く。銃口から魔力弾が発射され、それがイストと此方を狙う。それに対してイストが庇うように動き、前に出る。イングができる様に、イストが魔力弾を掴もうとし、魔力弾が掴もうとした瞬間に爆裂する。それでも動く要塞の様に硬いイストが傷つけられない。魔力弾を掴み損ねた所でイストの動きは止まり、此方の前に立ってオレンジ髪の少女と相対している。……イストの様子からして、知り合いだ。

 

「ティア―――」

 

「馬鹿。アホ。屑。屑屑屑―――屑」

 

「―――」

 

 口を開いた少女の口から飛び出してきた言葉にイストの動きが固まる。そしてイストが言おうとした名前で思い出す。ティアナ、とはたしか妹分の名前ではなかったか。そして確か……そう、機動六課の所属だったはずだ。レジアスが機動六課を煙たがっているのは解る。だから機動六課がここにいないのは理解できる。ただそれが彼女がここにいる理由にはならない。

 

「辞表叩きつけてID誤魔化して幻影使って乗り込んできたわよ馬鹿! キャリア台無し、周りには迷惑かけまくって、たぶんスバルは涙流して絶望してる! でももういい、解った。馬鹿は死んでも治らない。叩いて叩いて叩いて叩いて潰して潰して潰して追って這いつくばらせて泣いて! 謝らせて! それでやっと何とかなるのよね?」

 

 ドンビキだった。

 

『ティアナさんガチギレやん。ネタがはさめない雰囲気』

 

『寧ろこの空気でネタを挟めたら勇者確定』

 

『割と余裕だな』

 

 そうイストに伝えると、イストは曖昧な笑みしか浮かべてこない。その視線の先にはもちろんオレンジ髪の少女の姿がある。ただ彼女を見れば解る―――覚悟を決めた者の目だ。狂気にも通じる、手足が折れてでも果たすべき事を果たそうとする気概を持ったものの目をしている。こんな若さでそこまで追い詰めたのはまず間違いなく裏切ったこの男だろう。

 

「あー、ティアナ? 俺―――」

 

「ぶち殺す。立場とか、犯罪とか、もうどうでもいい。ガチでキレた。今度ばかりはどうでもいい。なのはさんを見て気づいた。私に足りなかったものが」

 

「才能持ってるぶん壁をぶち抜いたら妹分が明後日の方向へ進み始めた。ごめんティーダ、どうしようこれ……」

 

 死人に口なし。答えが返ってくるわけでもなく、イストは困ったような表情を浮かべてから溜息を吐いて、

 

「まあ、この程度なら10秒で終わるな」

 

「この……!」

 

 ティアナが銃を向けてくるがイストが拳を構える。その動きでティアナの動きが止まる。イストの言っている事は正しい―――この少女は良くて今はエース級だ。何もかも投げ捨てて戦ったとしても、同じことをしているイストには勝てない。それは確定している事実だ。イストの十秒という宣言は挑発でもなんでもなく、事実を語っているに過ぎない。

 

 が、

 

「―――ほう」

 

 声が増える。

 

 ティアナの背後、廊下の曲がり角から現れる姿がある。一つは背の低い白髪の女の姿。コート姿の下にはボディスーツを着用しており、それに続くのは両手に光の刃を握った、黒髪ボディスーツの女だ。その姿は何度も見た事があるので見間違えるはずもない。

 

「戦闘機人……!」

 

「なるほど、面白い状況だな―――レジアスかゼスト、イスト?」

 

「そう言うお前は新人の実地研修、といった所かチンク」

 

 チンクの言葉に答えるとチンクが少しだけ眉を歪める。何が問題だったのかを一瞬考えるが……あぁ、そう言えば自分の返答が少しだけ、軽いかもしれないと思う。が―――まあ、この状況も特に問題はないな、と判断する。

 

 ナルとイストがユニゾンを解除する。

 

「頼んだぜナル」

 

「任された。行こう、騎士ゼスト」

 

「あぁ、そうだな」

 

 イストに背を向けて歩きはじめる。何も迷う必要も疑う必要もない。

 

 ―――イスト・バサラの敗北はありえないのだから。

 

 

                           ◆

 

 

「―――で、余裕のつもり?」

 

 ティアナは一度も此方から視線を外さない。何やら完全に突き抜けてしまって兄貴分としては不安な部分もあるが、同時に少しだけ、嬉しい部分もある。ティアナが急激な速度でその才能を開花させ、強くなっているのは六課に世話になっていたころと、今の様子を比べれば一目瞭然だ。まず集中力が違う、執念が違う、覚悟が違う。そうやって此方の背中を追いかけてきてくれるのは嬉しい―――が、優先順位は家族の”次”だ。

 

「ユニゾン解除をか? 余裕っちゃあ余裕だな。俺負けないし」

 

 ギリ、と音を立ててティアナが強く歯を噛み合わせる。ティアナも解っている。彼女が圧倒的不利である事を。それでも抑える事は出来なかったのだからここへ来ているのだ。いや、だからこそティアナの成長がここで起きているのだから。そう、それでいいのだ。小利口にまとまり過ぎなんだ、ティアナは。人間、なのは程度ぶっ壊れなきゃ壁を突き抜ける事は出来ないのだ。

 

 どこのガキが九歳で世界一つを背負って戦えるんだばぁーか。

 

「しかし次会ったときは敵同士だと言ったがこんなに早く機会がやってくるとはな」

 

「……」

 

 チンクがティアナを間に挟むようにして此方へと声を投げてくる。その手には既にスティンガースナイプ、投擲用ナイフが握られている。その動作に合わせる様にディードも油断なく武装であるツインブレイズを装備している。その構えを見るからに、ほとんど教育は完了しているらしい。一番面倒見の良いチンクに付けるのは選択肢として間違ってはいない。

 

「さて、三つ巴か」

 

「チッ」

 

 そうやって舌打ちする感じ、ティアナは若干荒んだかもしれない、と思う。だがそうだな、お前の認識は間違っているとチンクには言わなくてはならない。笑みを浮かべて、そしてバリアジャケットの上着を脱ぎ捨てる。両手を合わせ、拳を、腕を確かめながら軽く肩を回す。

 

「―――あぁ? 何を勘違いしてるんだお前ら」

 

 その言葉に真っ先に反応するのはティアナで、半瞬遅れてチンクだ。唯一本気での相対経験がないディードが遅れるが、ここが実戦経験の差だろうが。そういう未熟さは実に”可愛い”ものだと思う。だから、まあ、許そう。ティアナの無謀も、チンクとの相対も、ディードの未熟も許そう。ただ勘違いしてはいけない。

 

「三つ巴? 何言ってるんだお前。お前ら二対一とか一対一とかでまさか俺に勝てるつもりでいるのか。舐めてるのかお前ら。それともなんだ、自殺する為にやって来たのか? おいおい、伊達や酔狂で”王”って名乗ってると思ってるのか? ―――あまりにも稚拙過ぎるぞお前ら」

 

 威圧する様に言葉を放ちながら右腕の鉄腕を展開し、拳を作る。足を振り上げ、そして強く踏み込む。その衝撃で廊下に罅が走り、壁が砕け、そしてフロア全体が脆くなるのを足から伝わる感覚で理解できる。震脚、その一撃でフロアを破壊する程度造作もない。

 

「あぁ、つまりなんだ。お前ら三対一で来い。まあ、それでも俺に勝つ事とか刹那程の可能性だけどな。ほら、来いよ―――じゃなきゃ一方的に蹂躙して終わりだぜお前ら」

 

 宣言するのと同時に、ティアナが迷う事無く発砲してきた。その動作にチンクが舌打ちし、そして銃撃に合わせる様に前へと進み出る。

 

「合わせろディード!」

 

「宜しいので」

 

「それ以外に勝機はない!」

 

 ティアナの放って来た魔力弾を殴る事で迎撃しつつ前へと踏み出す。動きにティアナがついてくる。その目は此方しか見ていない。それが駄目だと指摘するべき相手は俺ではなく、なのはの仕事だ。甘い女だ。これにティアナが敗北した後、絶対に叩きのめして抱きしめるだろうから、甘えさせるのは彼女に任せるとして、今の俺はどう足掻いてもヒールなのだから、ぶちのめす。どうせそれしかできる事はないし、それしかやるつもりはない。

 

 だってほら、俺悪役だし。

 

「シュトゥラの覇王を超える今時代の王、鉄腕王―――さ、鏖殺開始するぜ」

 

 宣言と同時に―――叩き潰した。




 ガチギレティアナちゃん。遅くなったが~頭冷やそうか~ティアナ砲撃コンテストが後日が開催されるでしょう。神速のハイペリオン10連射が見れるかもしれないなあ。まあ、静かで頭のよい子程キレたら怖いってお話で、

 主人公についにボスモード搭載って事で。武器なら何でも使えるって設定を多分ほとんどの人は忘れている(ニコリ

 次回はおっさん回ですなぁ……。


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ネヴァー・チェンジング

 動き出すのと同時に前進しつつ槍を振るう。その炎を纏った一閃でガジェットを真っ二つに割く。元々アームドデバイスは半分質量兵器の様な存在だ。AMFの干渉に関しては全く効果がないデバイスだ。その為、炎は減少しても威力自体はそう変わりはしない。故にアームドデバイスでの戦闘がガジェットに対しては一番有効的だ―――まあ、それもこれもこのガジェットが初期型で一番性能が低い事にある。後期型になれば性能が上昇し、飛行魔法すら維持できない程にAMFも強化されてくる。それを量産できるのだからスカリエッティの環境は恐ろしい。まあ、それも自分にはしょうがない話だ。

 

 背後で十数機を超えるガジェットの爆散を耳にしながらも地上本部の上層部、そのフロアを歩く。背後には自分が割り砕いてきたガジェットの残骸が積み重なってそろそろ天井へと届きそうな山となっていた。それを手ぬるいと感じつつも、時折下から震えを感じ、改めて自分が生かされて、そして背中を押してもらっているという事を認識する。

 

「すぐそこだ」

 

「あぁ、そうだな」

 

 パイルバンカーを装備したナルがホロウィンドウを広げつつ伝えてくれる。彼女もまた何十機と魔法で応戦しているはずなのに魔力の衰えを全く見せない辺り、凄まじい戦力だと思うが―――やはり、愛しの彼と離れるのは少しだけ嫌なのか何時もよりも若干無表情だ。その事に笑いそうになる。この女は見た目ややること以上に実は甘えん坊だ。それはこの数年の生活で理解している。べったりとくっついて離れたがらない。ただそれが迷惑になると解っているから自制している―――人間らしすぎるデバイスだ。

 

「どうしたゼスト」

 

「いや、気にするな。お前らは面白い……この数年間、悪くはなかった。あぁ、悪くはない生活だったってだけだ。お前も、アギトも、イストも、馬鹿ばかりだったが、それが逆に楽しかった」

 

『旦那……』

 

「寂しそうな声を出すな……土は土へ還る。この肉は元から朽ちている。それがあるべき場所へと帰るだけ―――それが少し時間がかかり過ぎていただけだ。恐れる事は何もない。死んだら終わり、それが自然の摂理で、受け入れなくてはならない事だったのだ、アギト」

 

 最後の数メートルを歩く。曲がり角を曲れば、レジアスの執務室が見えてくる。ただその前にはやはりガジェットの残骸と、そして魔導師の姿が複数見える。おそらく彼らがレジアスの護衛に他ならないだろう。言葉を発する事なく扉の前で武器を手に取り、構える魔導師へと視線を向ける。その周りに落ちているガジェットの残骸が彼らの実力を伝えてくれる。既に接近は気づかれている。であれば一瞬で終わらせるのみ。槍を構え、踏み出そうとしたところで、

 

「―――ゼスト・グランガイツですね」

 

 扉の前の魔導師が此方の名を口にし、そして扉の前から退く。怪しみながらも近づけば、魔導師のバリアジャケットはボロボロだという事が理解できた。それ自体は理解できるが、何故己の名を呼んで、そして扉の前から引いたのかが理解できない。その事に一瞬だけ思考を悩ませると、答えは魔導師の方から返ってきた。

 

「レジアス閣下が中でお待ちです。どうぞお通りください」

 

「……ッ」

 

 その言葉に息を詰まらせる。レジアスが、俺を待っている。その言葉には言葉以上の意味と、そして思いが含まれている。故に反射的に動きを止めてしまい、そして気づく―――この扉の前の魔導師に己は昔、あった事があると。まだ管理局員だったころ―――まだ生きていたころの話だ。その頃にたしか、槍の握り方を教えてやった魔導師ではないか、と。それを目の前の魔導師が覚えているかどうかは知らない。ただあまり迷惑をかけるものでもないだろう。ここは……待っているのであれば行くしかないだろう。

 

「おめでとう騎士ゼスト。私が入るのも野暮だろう。ここで待っている。存分に旧交を温めるといいだろう―――これは経験上のお話だが、歳を経て変わるものがあればまた、変わらないものも存在する。情熱の焔とは意外と消えないものだ」

 

「……あぁ、ありがとう」

 

 ナルの予想外の言葉に驚きつつも、魔導師が道を開けてくれる。最後に少しだけ視線を送ってから、扉に触れ、それを開ける。その向こう側に広がっていたのは清潔な執務室だった。ただ物は多い。壁には棚が並んでおり、全ての棚がほとんどが書類で埋まってる。その量は普通の執務室と比べてはるかに多い。その奥、木でできたデスクの向こう側に椅子が見える。背が此方に向けられている為、そこに座っている存在の顔を見る事は出来ないが、間違える筈もない。そこに感じる気配は間違いなく―――。

 

「失礼する」

 

「入れ」

 

 執務室に入りながら扉を閉める。

 

『旦那、大丈夫か?』

 

 頷く事でアギトへと返事をし、そしてそっと、目を閉じる。そのまま数歩前へと進んだところで足を止め、そして立つ。目を開けることはせずに、無言のまま、言葉を待つ。静寂が部屋を覆い、しばし無言の時間が流れる。こうやって目を閉じていれば昔の光景が思い出せるほどには、懐かしさを感じていた。ただそれを破る様に、声がする。

 

「―――久しぶりだな、ゼスト」

 

「あぁ……久しぶりだな、レジアス」

 

 目を開けば、此方へと視線を向けるレジアスの姿があった。レジアス・ゲイズ、地上本部、陸のトップ、管理局の重鎮であり質量兵器肯定派。魔導師ばかりが優遇される現状に不満を持ち、質量兵器による強化で治安を守ろうとする男。裏では管理局最高評議会や犯罪者と繋がりを持っている男。―――自分と自分の部下に死を命じた男。自分の親友、レジアス・ゲイズ。

 

 その姿は八年前からさほど変わっていない。少し太った体に同じ髪型と、そして髭―――上に立つ者には威厳が必要だ、等と言って生やした髭だ。懐かしい。

 

 あぁ、全てが懐かしい。

 

「懐かしいよ、レジアス」

 

「あぁ、私もだゼスト。何もかもが懐かしい。こうやってお前を前にしてなお、どうやって、何をしていたかを思い出せる。当時は色々と頑張った。無謀な事もたくさんやった。その一つ一つの積み重ねが今を形作っている。それを否定する事は出来ないが―――否定したい事もある。懐かしい、確かに便利な言葉だが―――」

 

「―――先へと進もうとする俺達には全く関係のない言葉だな」

 

「あぁ、そうだ。俺達はやがて過去になる。いや、過去になるべき者達だ。後進を見出し、育て、そしてその為の道を作って過去になる。そうやって出来上がった道を次へと譲るのがロートルの仕事だ。そうやって陸も、空も、海も、今まで機能してきた。だから何れ私も、お前も、過去になる。過去になっている」

 

「俺達は過去になったのかレジアス―――友よ」

 

「まだ友と呼んでくれるか」

 

「……その信念に偽りが無ければ。その心に迷いが無ければ。お前がお前のままでいてくれるのであれば、レジアス。俺はお前を信じよう。ここに来るまでに何度も俺の後輩達を見てきた。俺が過去に作った道を歩いてきた連中を見てきた。誰もがこんな状況であろうと恐れず前に出る勇者だった。それは間違いなくお前の功績だレジアス―――だからお前がそうと言うのであれば俺は信じよう。今も昔も、俺は俺で、お前はお前だ」

 

「本当に、変わらないな、お前は……」

 

 そう言ってレジアスは苦笑すると、近くの椅子を指さす。それは座れ、という事だろう。来客用の椅子を部屋の端から引っ張ってくると、いつの間にかデスクの上にレジアスが見覚えのある物体を置いてある―――酒だ。それもただの酒ではなく、ずっと昔、自分が勝手にレジアスの家に置いていったものだ。そんなものをまだ持っていたのか、そういう呆れと同時に、まだ持って―――忘れないでいてくれたのか、という妙な切なさが湧きあがってくる。

 

「飲めるか?」

 

「来る前に一杯やってきたばかりだ」

 

「飲酒運転はしてないだろうな、お前を捕まえる必要が出てくる」

 

「それ以前に俺の手は汚れきっているさ、レジアス」

 

「……そうか、そうだったな。そうさせたのだったな」

 

 レジアスが酒のボトル、その蓋を開けると、その中身を飲む。それをデスクの上へ降ろすと、此方へと回してくる。明らかに飲む様に催促してきている。レジアス自身が飲んだ事から毒が入っているわけでもない。そんな心配も疑いもいらず、酒に口を付ける。

 

「ゼスト、友よ。お前は恨んでいるだろうな」

 

「あぁ、聖人にはなれないからな―――俺はいいが部下の事は許せないな」

 

「……殺す気はなかったのか?」

 

 レジアスの言葉に笑う。何て事を言ったのだこいつは。殺す、何てこと言っている。俺が、レジアスを、友を殺す? 冗談も大概にしてほしい。これがあのイカレベルカ人であれば、まあ、友達を迷う事無く殺すだろう。だが自分はあそこまで突きぬけてないというか壊れてはいない。あそこまで精神的欠陥はない。だから俺がレジアスを殺す、とは非常に面白い発想だ。いや、それも勿論考えなかったと言えば嘘だ。レジアスが暴走していた場合、修正が望めぬ場合に、最終手段としてレジアスを止める為に―――というのはある。だが今のレジアスを見ればそんな事を考える必要がないのは解る。

 

 何故なら、

 

「お前は頑張っているのだろう? 必死にこの世界の治安を守ろうとしているのだろう? 守れるものを守ろうとして最善を選び続けているのだろう? ただそこに守れなかったものがあるだけ。あぁ、恨みはするさ。だけど納得もして、諦めもするさ。しょうがなかった。運が悪かった。俺はそう言って諦めるよ。言っただろ、お前の正義の為なら殉じる事が出来ると。ただ―――」

 

「あぁ、解っている。部下の家族の方への説明やら生活が苦しくならない様にと、そういう配慮などはちゃんとやった」

 

「ならいい。お前は暴走などしていなかった。お前は間違ってなかった―――お前は昔のまま、皆の為に正義を成そうとするレジアスのままだった。ただ、今は少しだけ悪い虫に憑かれているだけだ。それだけの話だった―――あぁ、良かった」

 

 こうやってレジアスと話せばわかる。変わっていない。この男の胸の中には昔と変わらない情熱と、そして信念がある。少しだけ疲れているようにも見えるが、それだけだ。良かった。本当に良かった。これでなら許せる事はなくとも、納得して逝くことができる。そして同時にレジアスの事を信じていて良かったと思える。これで本当に、

 

「困った、未練が無くなってしまった」

 

 生にしがみ付く理由が無くなってしまった。今までただレジアスが本当に裏切ったのかどうか、変わってないのかどうか、間違ってはいないのかを―――それを確認するためだけに生の法則を冒涜し続けてきたのだ。だがその目的を果たしてしまった故、もうしがみ付く理由もない。

 

 それを理解した途端、全身から力が抜ける様な気がする。今まで背負っていたものが全て抜け落ちて行くような感覚。今まで感じなかった疲れを体に感じ、椅子に深く座り込む。酒を再び口へと運び、ボトルをデスクの上へと置く。

 

 ―――もう、酒の味も解らない。

 

「ゼスト、少しだけ、話さないか」

 

「あぁ、俺もそんな気分だった……が、外では部下が戦っているというのにトップは犯罪者と一緒に酒を飲むか。ふ、ふふふ。これはスキャンダルだな」

 

「あぁ、マスコミ連中には絶対に見せられない光景だがな―――この鉄屑程度で崩壊する地上本部ではない。それにいるのだろう?」

 

「あぁ、いるさ」

 

 レジアスがボトルから酒を一気飲みし、その豪快な飲み方に少しだけ笑みを零す。そう、別に戦っているのは地上本部だけじゃないし、空の連中でも海の連中でもない―――自分の仲間も、同志が外では戦ってくれている。間違いなく自分が知る中で最強の存在だ。今はこうやって話す時間を作ってくれている。その事に感謝してもしきれないぐらい感謝している。

 

「おそらくこの地上本部は今、このミッドチルダで最も安全な場所になっているかもな」

 

「そうか」

 

 二人で軽く笑いあい、そして酒を飲みかわす。

 

 あぁ、そうだ。

 

 ここが俺の終点だ。短い時間だったが理解してしまったし、解ってしまった。だからあと少しだけ、本当に少しだけ、友と語り合う時間を欲しい。

 

 それが終われば、俺は帰るべき場所へ帰ろう。




 親友に言葉など不要。短いやり取りでも理解できることは理解できるのです。ゼストさんのゴールは直ぐそこですねー。

 さて、本番かな。


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アンブレイカブル

「温い」

 

 巨大な剣が片手で振るわれる。蹴りあげられた鋼の体は砕かれ宙を舞いながら回転する。その姿に一瞬で追いつきながら手加減することなく極大の剣が上から下へと向けて、突き落とされる。軽く5メートルの長さを超す剣―――ブラッドフレイムソードがガジェットの体を貫通し、大地に突き刺さる。まるで熱したナイフでバターを割くか如く、そんな軽さでガジェットを真っ二つにしつつ串刺しにし、新たな標本の様な状態を地上本部前の空間に生み出す。

 

 そんな光景が数百を超えていた。

 

「温い、温すぎます。いえ、―――弱い。所詮この程度ですか」

 

 だがその光景に混ざっているのはガジェットだけではない。五十を超える管理局魔導師が―――陸、空、海に関係なく地上本部へこの入り口から入ろうとした魔導師全てが串刺しの状態で飾られていた。壁に、大地に、木に、ブラッドフレイムソードは突き刺さっており、そしてそこには貫通されて気絶し、身動きの取れない魔導師の姿が存在する。所詮この程度。その言葉はもちろんガジェットにだけ送られたわけではない。

 

 己に襲い掛かってきた全ての存在に対して贈った言葉だ。

 

「ほらほら、どうしたんですか。管理局なんですよね? 魔導師なんですよね? エリートなんですよね? ご自慢の兵器なんですよねスカリエッティ? それがこの程度ですか。中途半端に作成されたロストロギア搭載型のクローン一体に傷一つつけられていませんよ。一体どこの無双ゲーですかこれ。接近してきたらブラッドフレイムソード投擲するだけで終わってるじゃないですかやだ。ホント弱すぎて話にならないですね。正義だとか、守らなきゃいけないとか、法とか、そういう言葉はまずそういうのを通せるようになってから言ってはどうですか? 口だけ立派でも……ねえ? あ、凝りませんねぇ」

 

 ガジェットが十機程此方へと向かって突き進んでくる。背後の魄翼の形態を変化させる。翼の形から刃の形へと。エターナルセイバー。名前とすれば大層な魔法だが、やる事はシンプルで、魔力で固めて作った翼を剣の形へと変化させ、それで―――薙ぎ払う。それだけの魔法。AMFの前では純魔法攻撃なんて意味を持たない筈、だがそんな法則自分には関係ない。永遠結晶エグザミア、そのレプリカであるエグザミア・レプカはレリックとジュエルシード等のエネルギー生成系ロストロギアを参考に作られた魔力の永久生成機関―――本物と比べれば数段効率や効力が落ちるのは仕方がない。それでもAMFごとき突破する力を持っている。

 

 故に純魔力的攻撃でもガジェットは薙ぎ払われ、砕け、爆散し、地上本部前の空間を彩る瓦礫となる。先ほどからこの程度なのだ。やるべき事は解っている。やらなくてはいけないなので、絶対に成し遂げる。そこには慢心も油断もない。本気だからこそ目視するのと同時に殲滅している。だからと言って楽しいわけでもない。言葉として表現すれば、そう。やりがいがない。何もかもが一撃で終わってしまう。何もかもが一瞬で崩れ去ってしまう。対等な存在がそこにはない。誰も私に届く事は出来ない。

 

「これが最強故の苦悩ですか。力が無くて、渇望している方がよほどマシなんでしょうね、精神的には。これは”腐り”もしますねー」

 

 ガジェットが防壁を超えようとするのが見える。その瞬間に横の空間を殴り、砕く。虚空の中に手を突っ込んで引き抜くのはブラッドフレイムソードだ。それを抜きながら、ガジェットが射程圏内に入るのと同時に投擲し、串刺しにする。勢いよく突き刺さった刃と共にガジェットは再び防壁の向こう側へと落下して行く。その光景を眺めながら気づく。

 

 新たな侵入者を。

 

「ふむ」

 

 防壁を飛び越える魔導師の姿へと向けて迷う事無くブラッドフレイムソードをもう一本ぬきだし、投擲する。防壁を飛び越えた姿は正面から迎えるその刃を、右腕を引き絞り、そしてその手に握られたクレイモア型のデバイスを叩きつける。一瞬の拮抗と停止。競り合いに勝利したのは魔導師の方だ。迫ってきた脅威をデバイスの一撃で真っ二つにすると、大地に着地し、此方へと刃を構えて向かってくる。間違いなく陸戦タイプの魔導師、握っているのはアームドデバイスで、ガジェットに対して有利な戦闘を行えるタイプの魔導師だ―――バリアジャケットが一般の統一タイプではなく、カスタムタイプの白いロングコート型だというのがそれが一般戦力ではない事を表している。

 

 つまりは特別な戦力、おそらくはストライカー。Aランクでは自分の一撃は受け止められないし、アレだけの力を発揮する事は出来ない。だから相手が一瞬で此方へと距離を詰めて来る事に違和感は持たない。一瞬で十数メートルの距離をゼロにして、叩きつけてくるクレイモアを魄翼で防御し、動きを停止させる。再び一瞬の停滞。

 

「砕けカラドボルグ!」

 

「温い」

 

 雷撃を発し始めたクレイモアを所持者ごともう一つの魄翼で吹き飛ばす。後方へ宙返りしながら着地する相手へと向かって魄翼を槍の姿へと変え、突きだす。それが防御されるのを自覚しながらも、もう一個の魄翼を剣の形へと変え、エターナルセイバーを再び防壁を超えてきたガジェットへと叩き込む。次々と爆砕するガジェットの姿を確認しつつも、溜息を吐く。

 

「はぁ、これで5人目ですね」

 

「何が、だ」

 

 決まっているではないか。

 

「―――ブラッドフレイムソードを砕いて得意げになっている馬鹿ですよ。貴方で五人目、って言ってるんですよ。ちなみに回避だったら15人ほど成功していますよ。一回突破した程度で破った気でいるんだから笑いものですよ。見ますか? 確かそこらへんに串刺しになって気絶していますよ。まあ、所詮有象無象なんて一々顔を覚えたりもしないので少しだけ歯ごたえのある雑魚程度しか認識がないんですけどね」

 

「貴様……」

 

 相手が怒気を見せる。なるほど、それは理解できる。確かに仲間や身内を傷つけられたり、馬鹿にされたのであれば怒りもするだろう。だが究極的に言えば自分は身内以外の他人はどうでもいいのだ。勝手に幸せになるのであれば幸せになって、勝手に不幸になるんであれば不幸になってほしい。自分が求めているのは好きな人と、好きな人たちと感じる安息、平和、愛と永遠―――そこに有象無象は必要ない。ディアーチェから言わせれば”塵芥”だ。

 

 そう、いらない。

 

 スカリエッティも、ナンバーズも、機動六課も、あの妹も、イストの両親も、いらない。私と私達だけで十分。それだけの世界で十分。それ以外は全てデッドウェイト、必要のない装飾だ。ユーリ・エーベルヴァインは―――いや、ユーリ・バサラはその有象無象と関わる事すら面倒だと思っている。それが自分だ。それが私と言う存在だ。傲慢で、愚かで、自己中心的で、そして愛に狂っている。自分なんかの為に何年も何年も耐え忍んで助けてくれた光景を見せられてしまえば惚れ直さないわけがない。愛しくならないわけがない。言葉では、行動では足りないぐらいに愛している。だからそれ以外が煩わしい。

 

「この数年間の空いた時間を私は隣にいて埋めて行きたいんですよ。その為には邪魔なんですよ、現在が」

 

 空から何かが”落ちて”くる。それに視線を受ける事無く反射的な行動で虚空から刃を引き抜き、投擲する。それは寸分の狂いもなく落ちてきた魔導師達を串刺しにし、そして大地へと縫いとめる―――その数は三人だ。そういえば頭上、かなり上の方からイングの戦いの気配を感じていたが、つまり倒したから落ちてきたのだろう。彼女も彼女でしっかりと頑張っている様子だ。まあ、自分位に狂っているのでアレは、いい感じで理解できる。

 

 ともあれ、

 

「有象無象が、私の前に立つな」

 

 魄翼を振るえばそれが形を変え、巨大な手となって相手へと向かって振るわれる。それを相手は刃で受け流しつつ、前進してくる。なるほど、中々の技巧だと判断し、懐に入られ、斬撃を叩き込まれる。同時に雷撃が発生し、常人ならこの一撃で吹き飛び、気絶するだろう。鍛えられたものであればある程度は辛いが、立ち上がるだろう。修羅とも言える領域に立っている者であれば即座に反撃するだろう。

 

 なら魔人の領域に立っている存在ならどう反応する。

 

 ―――答えは無だ。

 

「効きませんね」

 

 ダメージがない。比喩でも表現でもなく、ダメージは存在しない。斬撃を叩き込んで発生する斬れた痕も、雷撃によって痺れ、焼かれるはずの傷痕も存在しない。存在からして規格違い。生まれた時からして立っている存在のステージが違う。圧倒的力とはこういう事だ。そもそも防御する必要も回避する必要もない。存在として規格違いなので攻撃自体が通じない。

 

 そもそも戦うのであれば死滅の魔拳程度持ってこなくては話にならない。

 

「オーバーSの魔導師やストライカーと一緒にしないでください―――まあ、今日はかなり機嫌がいい方なのでその無礼な事は機嫌のよさに免じて許してあげましょう」

 

 何せ今日は戦い始めてからまだ一度もエンシェント・マトリクスを放ってないのだから。人も一人も殺していない。余計な痛みを感じない様に一撃で意識を刈り取る様に攻撃を叩き込んでいる。これだけをどうでもいい人間相手にやっているのだから今日の自分は聖母の様なものだ。セイント・ユーリと呼んじゃっても問題ない。そしてあとでこれ全部自分はやったんだと言って、頑張ったと言って、そして褒めてもらうのだ。うん、そして頭を撫でて貰ったりして―――うん、悪くない。

 

「故に―――邪魔です」

 

「くっ」

 

 魄翼を軽く振るえばそれだけで相手が吹き飛ぶ。だがそこで終わらないのが特級の魔導師だ。彼らだって己の願いを持って戦場に立ち、何年、何十年と技術と魔法を磨いてきた。吹き飛ばされたところから復帰までにコンマ五秒もかかりはしない。そこから反撃するのにはトータルで一秒も必要としないだろう。洗練された動きは反射的な行動を促し、そして確実に勝利へと道を付ける。だが、だからこそ、世の中は何よりも無常だ。

 

 才能も、努力も、経験も。それらを全て否定して踏み潰すのが圧倒的な実力、魔人という存在。

 

 だから相手が復帰するよりも早く相手へと到達し―――相手の胸に手を入れる。そのまま相手のリンカーコアを掴み、そしてその一部をベースに、無理やり巨大な刃を生成する―――ブラッドフレイムソード。相手の血肉より生み出すからこその名前で、何よりも、誰よりも相手の下へと戻ろうとする法則を利用する。相手を大地へと蹴りつけ、頭上からブラッドフレイムソードをリンカーコアへと突き刺し、体を貫通させる。

 

「エンシェント・マトリクス」

 

 シールドもプロテクションもバリアジャケットも触れた瞬間から消し飛ぶように破壊し、そして相手を貫通させる。ブラッドフレイムソードの突き刺さった姿のまま魔導師は硬直し、そして少し呻いてから―――動きを止める。突き刺さった刃の柄の上に着地しつつ、言葉を漏らす。

 

「所詮この程度。そう、所詮この程度ですか。弱い。弱すぎる。温いんですよ。装甲車でも、魔導師でも、ガジェットでも私を止める事はできませんよ。あぁ、もちろん戦闘機人で止まってやるつもりもないですけどね。私を止めるなら最低限戦艦程度用意して欲しいですねーそうじゃなきゃ一方的に蹂躙鏖殺してぽい、ですよ」

 

 軽く爪先でブラッドフレイムソードの柄を蹴るが、反応はない。リンカーコアを貫かれた足元の魔導師は完全に気絶している。そしてそれでいい。プライドやらを傷つけられることに間違いはないが、それでも死ぬ事よりははるかにマシだ。それを考えたら自分はまだまだ手緩い方かもしれない。

 

 ディアーチェはそこらへん即決即断だ。不要と判断したら手心を加える事はしない。邪魔だと判断したら”無力化”ではなく”消滅”させる事を選ぶ。そこらへん、王としての決断力の違いだろうか。可能性を残さない事が大事であると判断できる辺り、ディアーチェは精神的に言えば一番ぶっ飛んでいるのかもしれない。

 

 まあ、身内の連中の中で頭がぶっ飛んでいないやつなんて一人もいない、と言うのが真実だろうが。そしてその筆頭はまず間違いなく―――イストだ。あの男ほどぶっ飛んでいる存在もいないだろうが、ただ、

 

「―――そこが可愛くてかっこいいんですけどね」

 

 やん、と言いつつ頬に両手を当ててくねくねしていると、ガジェットが再び出現する。ノーアクションでそれを横に腕を薙ぎ払う事で破壊し、残骸を吹き飛ばす。いい加減煩わしくなってきたものだ。そろそろ止まらないか、

 

 そう思ったところで、ガジェットの残骸に変化が訪れる。

 

「……なるほど、失敗作ですか」

 

 ガジェットが黒く染まる。正確に言えば黒いオーラの様なものを出している。それが破壊された断面から出現し、そして破損個所を周りの残骸を引っ張って、そしてくっつけることによって再生している。それはまるで共食いの様な、生理的嫌悪感を感じる光景だった。ただガジェットは着実に残骸を食らい、再生進化を行っていた。

 

 知っている者はまるでどっかの悪夢が、闇を思い出すだろう。

 

「ナハトヴァール・プログラム、って所ですかね、呼び名は。まためんどくさいものを生み出しましたねあの屑は。ディアーチェにジャガーノートぶち込まれる程度では堪えなかった様ですね。……まあ、本体が登場したわけじゃないので今回は良しとしましょう」

 

 他のガジェットを食らい、巨大化する”屑鉄”を見上げながらユーリは笑みを浮かべる。

 

「所詮屑鉄は屑鉄。共食いしたってどうにもなりませんよ。あぁ、言い忘れてましたけどそれ、物凄く不快なんですよ、生まれる前の事を思い出すので。だから死ね。滅べ。蹂躙されろ。貴様のいる場所がこの地平には存在しない。一片も残さず滅びろ屑鉄……!」

 

 ―――魔人を、ユーリ・バサラを止められる存在はいない。




 ユーリ無双。

 おかしい、ユーリちゃん超可愛い回を作る予定が魔王ユーリ降臨って感じになっちゃった。これから地上本部前の庭を串刺しの森って呼んでもいいよ(

 そしてスカさん、禁忌に手を染めるpt2


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ウォー・ヘッド

 動く。正面から攻め込んでくるのは小さい銀髪の姿だ。その動きは恐ろしく早い。魔法を使用しないという戦闘機人の生身のスペックだけで魔法強化された肉体の動きへと付いてきている―――それも片目だけが機能している状況で。魔法がない分は人間の数倍は優れた肉体がある事で相殺されているのでいい―――だが片目というハンデは変わりはしない。それを女は、チンクは経験や技術を持って完全に潰している。決して忘れているわけではない。忘れられるわけがない。ナンバーズ・チンク、彼女こそが全盛期のゼストをまだ未熟な頃に殺した張本人なのだから。その失われ、再生を拒否している目はチンクの未熟の証であり、そして彼女が己を戒めるための証。

 

 少なくとも八年前には既にストライカー級魔導師を片目の犠牲のみで乗りきっているのだ。それから八年、それだけの時間をチンクは一切の慢心する事はなく、精神的にも成長している―――弱いはずがない。

 

 ただ此方は数年で、百年近くを飲み込んだのだ。経験や技術といった領域であれば、だれにも負けない。誰にも負けられない。誰にも負けてはいけない―――何故なら俺が殺さなくて誰が殺すのだ、彼女を。彼女をこの世で唯一殺しきれるのは己だけなのだから。この程度でつまずくわけにはいかない。

 

「かかって来い」

 

「あぁ、行くぞ。ディード、そしてティアナ・ランスター」

 

「五月蠅い黙れ。今は利用してやるから好きに動け……!」

 

 瓦礫に叩き込まれた体をティアナが引き抜きながらチンクへと言葉を返す。使えるものは何でも使う―――その姿勢は実に好ましい、そう個人的には思う。だから笑みを浮かべつつチンクの動きに相対する。その背の低さを利用して果敢に攻め込んでくるチンクの体術は殴りにくい。それを解っていて一番【攻撃】の当てづらい懐へと、身体の内側へと踏み込んでくる。その手にはスティンガーが、ナイフが握られており、心臓を狙って刃が振るわれる。だが自分よりも背の低い相手への対処方法なんて既に確立されている。それに対応する様に蹴りを繰り出しながら体を後方へと向けて滑らす。繰り出されるナイフに合わせた蹴りを重ね、ナイフを手から弾き飛ばす。

 

「ISツインブレイズ!」

 

 背後から動きに合わせてディードが出現する。背後から光で出来た二刀を握り、それで絶命の一撃を叩き込んで来ようとする。

 

「ガキでもできる戦法で戦ってどうするんだ。囮なんて腐るほど利用されてきた手段だ。最低でもその先を進め、先を。じゃなきゃ時間を稼ぐことすらできんぞ。まあ、相手が悪いだけなんだが。あ、あと名前とか口に出すときは確実に決まる時か、もしくは気を引くときだけにしておけ。じゃなきゃ声から方向とか動きとかバレるからな」

 

 背後から出現してくるディードの顔面を片腕で掴む。相手が意識するよりも早く、相手が攻撃を届かせるよりも早く、意識の合間を縫って手を届かせる。そのままディードの顔を掴んだ左腕を直ぐ近くの壁へと叩き込む。ぐき、と音を立てながら強度に劣る壁が破砕の音を鳴らしながら砕け、ディードの上半身を壁に陥没させる。それと同時に顔面に着弾する直前の魔力弾が現れる。反射的にそれを避けようとして、その狙いが何であるかを悟る。

 

「ならこれで文句ないでしょ!!」

 

「すまない!」

 

 顔面への攻撃に反射的に反応する事を利用したティアナの罠だ。熟練した人間は急所への攻撃を反射的に回避、ないしは防御する。それを理解しているからこそ、魔力弾を顔の前にティアナは浮かべた。

 

 その隙に投げ込まれたナイフが爆裂し、視界を防ぐ。その中を突き進んでくる姿を感じる。間違いなくチンクだ。彼女以外に上等な接近戦を仕掛けてこれる存在はいない。ディードは実戦経験が足りず、いまいち足りない。いや、これを生きて乗り越えられるのであれば十分な経験になるだろうが。まあ、正直どうでもいい。自分のターゲットではないのだから。

 

「シィ!!」

 

「俺も舐められたもんだなぁ!」

 

 斬りかかってくるチンクの手を払いながら掌底を繰り出す。それをチンクは体に捻りを加える事で体を回転させ、掌底を巻いて、避ける。次の瞬間に放たれてくるのは逆の手でのスティンガーの投擲。それを顔を動かす事で回避しつつ、宙で回転するチンクの体に自分から接近する。投擲の為に伸ばした腕を掴み、

 

「自爆は意味はないか、厄介な……!」

 

「お前さんとこの義手だから」

 

 振り回す。まるでおもちゃの様に振り回し、床へ、そして壁へと叩きつける。そのリアクションとして復帰したディードが言葉を殺して刃を振るってくる。が、目の前にチンクの姿が振るわれるのと同時に動きを一瞬、硬直させる。―――これがトーレやクアットロであればまず間違いなくチンクを裂いてでも攻撃を通していただろ。まあ、ノーヴェだったら遠当てを、といった所だろうが、この瞬間では、

 

「致命的だぜ」

 

「ぶちのめす!」

 

「お前はキレ過ぎだ」

 

 チンクをディードへと叩きつけた瞬間には二丁のデバイスを構えたティアナが懐へと入り込んでいた。二つ共グリップ下部か、もしくはその前に魔力による刃が形成されており、接近戦ができる様になっていた。それを利用し、ティアナは迷う事無く接近戦を選んできていた。それをただの接近じゃないと判断してティアナから距離を取るために動く。それにティアナが舌打ちを反応としてする。

 

「いいわ、もう仕掛けたから……!」

 

 接近しようとしていたティアナの動きが止まり、そしてそれと同時に体に軽い違和感を感じる。本当に軽い違和感だ。無視してもいいぐらいの。だがそれが何であるかを調べる為に軽く体を調べる為に一瞬だけ思考を其方へと回す。そして即座にそれが何であるかに気づく。

 

「強化魔法―――」

 

「―――ハイ、囮完了! 美人さんがいなくて助かったわ!」

 

 体に感じた違和感は接近と同時に賭けられた強化魔法だった。確かにナルがいれば考えるまでもなく強化魔法であったと理解できた。故に彼女がいない今、自分の脳で何を行われたか判断するしかないこの状況で、ティアナは仕掛けてきた。”脳”の動きを確実に鈍らせる方法を。

 

 それだけあればチンクにとっては十分だ。

 

「十分過ぎるな」

 

 一瞬だけ鈍った思考の合間に挟み込まれるようにチンクのスティンガーが思考の合間を抜けて、体に突き刺さる。真直ぐ、心臓へと向けて。胸へと突き刺さった瞬間にスティンガーを握る事でそれ以上体に突き刺さる事を防ぐ。だがその瞬間には次のスティンガーが放たれる。接近しつつも物量で圧倒する様に、小回りを行かしながら得たアドバンテージに食らいつく様にスティンガーを生身の部分へと突き刺して行く。

 

「痛ぇ」

 

「震えろ!」

 

 チンクの言葉と同時に体に突き刺さった刃が一斉に爆散する。体に爆発の熱と痛みを感じつつも、風を切る音が死角から迫ってくるのを聞こえる。爆砕によって体がよろめく一瞬に超高速で接近してきた姿は忠実に先ほど言った事を守り、無言のままにエネルギーの刃を二本とも、背中へと叩きつける。その衝撃に体が床を離れ、そして吹き飛ばされる。

 

「死ねぇ―――!!」

 

 その先で待ち構えていたのはティアナだ。デバイスを真直ぐ構え、そしてその先にいるのは己だ。二つの銃口の中心点には少し大きめの魔力弾が形成されており、そこから一歩も動くことなく、衝撃によって軽く吹き飛ばされ接近する自分へと向かってティアナは迷う事無く叫びながら放った。

 

「ファントムブレイザー!」

 

 そして砲撃が真直ぐと通路を埋めるように放たれた。それに再び体を吹き飛ばされながら通路の奥へと体を叩きつけられる。体を半分ほど壁の中へと陥没させながら数秒間砲撃は続き、そしてようやく止まる。砲撃が終わる頃にはチンクとディード、そしてティアナは向こう側で並んで立っていた。その様子を半分ほど埋まっている壁の中から眺め、

 

「お前ら敵なのに仲が良すぎだろ」

 

「戦闘機人の親友がいるんで」

 

「ぶっちゃければ別に機動六課に対しては個人的な恨みは存在しないからな」

 

「どうでもいい」

 

 意外とこいつらは相性がいいのかもしれない。少なくとも目的が一緒であれば迷う事無く共闘を選べる辺り、まず間違いなく頭脳派というか、割り切れる派の人間だ。まあ、今はそれは正直どうでもいい。予想外に即席のコンビネーションが成立しているのが厄介だ。おそらくコンビネーションで動いているのはチンクとディードだけで、ティアナは”最良”を考えて行動しているだけなのだろうが。

 

 これだから本当の才能の持ち主ってのは困る。

 

 まあ、この子もちゃんと努力しているから腐ってはいないのだろうけど―――。

 

「駄目だな。全然駄目だな。全く話にならねぇな」

 

 壁から体を引き抜くのと同時に、常時発動し続けていた回復魔法の効果によるツインブレイズのダメージも、ランブルデトネイターのダメージも、そしてファントムブレイザーのダメージも、外的部分の治療をすべて完了する。食らった魔力ダメージは全て意識で無理やり抑え込んだ。つまりほぼノーダメージの状態だ、今は。体を引き抜き、足を床に付けるのと同時に軽く体を動かし、その調子を確かめる。首を右へ、左へ、音を鳴らしながら回してから、再び拳を構える。

 

「んで、それだけか? ならとっとと終わらせるぞ。悪いが今日は予約でいっぱいなんだ」

 

「さっさと死ねばいいのに」

 

「マジでティーダに合わせる顔がなくなるからお前ちょっと黙っててくれよ。な? お兄さんとの約束だから」

 

 そう口にすると迷う事無く顔面狙って射撃してくる辺り、いい感じにティアナがキレていると思う。というか若干キレ過ぎな部分もあるが―――まあ、二回も目の前で裏切られた様な事があれば大体誰でも発狂ぐらいはするよなぁ、とティアナの様子を見ながら思う。結局の所それを反省するようなことは一切しないからこそ俺は屑の外道なんだろうが。そう、結局世の中は優先順位だ。

 

 何をしたい。

 

 何をしなきゃいけない。

 

 人生はそれで予約されっぱなしなのだ。誰もが自由に生きたい。だがそれは許されない。なぜなら人間は生きる上では絶対にしがらみと、そして義務が存在するからだ。それを全てどうにかしない限りは、完全な自由なんてありはしない。だからこそ人間という生き物はこの世で一番面倒でありながら、一番面白い―――それに関してはスカリエッティを肯定するしかない。人間と言う生物は誰もが”欲望”で溢れている。そしてその欲望は様々な形で表現されている。

 

 愛とか、性欲とか、食欲とか。その例題を上げて行けばキリがない。人間こそが欲望の権化で象徴、確かに間違ってはいない。そして少なくともスカリエッティと数年間、完全な衝突無しでやっていけたのは少なからず、彼の持論に対しては納得のできる部分が存在したからだ。人間の欲望は否定できない。たとえ全ての欲を捨て去った聖人がいたとして―――そこへと到達しようと思う願いは間違いなく欲望なのだから。

 

 全ては清算してから始まる。何もかもゼロにしてからようやく始める事が出来る。いや、正確に言えば違う。まだ生まれてもいなかった彼女たちはこれを全て終わらせることでようやく生まれる事が出来る。存在していなかった事を、未来がなかったことを否定できるようやくこの世界に本当の意味で存在する事が出来る。

 

「愛には愛を、献身には献身を、殺意には殺意を。―――敵意には敵意を」

 

「来るかッ!」

 

 動く。体が前に出る。いい加減本来のスタイルで戦う事にする。

 

 前に出るのと同時にチンクが動く。その動きは素早く、そして懐へと入ってきて攻撃を当てづらい様にする動きだ。だがそんなものを気にすることなく、前へと進む。チンクがそれを隙だと判断してスティンガーを迷う事無く心臓へと叩き込んでくる。だが強化魔法で強化された肉体と、そして鋼体法で固められた筋肉をチンクの筋力だけで突破するのは難しい。

 

 スティンガーは深く突き刺さらない。そして瞬間、チンクが悟ったような表情を浮かべる。

 

「避けろディード、お前もだ!」

 

 言葉に従ってディードが加速しようとし、ティアナが動く。だが経験から彼女たちがどちらへと動くかは容易に想像、予測できる。故に相手が動く方向へと体を動かし、

 

「―――覇王断空拳」

 

「がぁっ!?」

 

 無拍子での拳をディードへと叩き込んでその体を吹き飛ばす。次の瞬間にはティアナが距離を取ろうとする。だがその前に足を振り上げ、大地を踏む。床を通して振動をティアナへと通し、その動きを一瞬だけ硬直させる。

 

「嘘!?」

 

「ところがどっこい、これが現実だ」

 

 動けないティアナの顔面を掴んでそれを三度、床へと叩きつけるとティアナの体から力が抜ける。ぐったりとして動かなくなったティアナの体から手を離し、そして後ろで苦い表情を浮かべるチンクの方へと視線を向ける。

 

「流石今代、というより今世紀の”王”を名乗るだけはある、と言ったとこか。相討ちを狙ってどこまでいけるものか」

 

「まだやるってんなら一瞬で鏖殺してやるぜ?」

 

 拳を構えればチンクも構える。戦意は完全に萎えていないが―――勝機は既にないだろう。一対一で、そしてこういう狭い環境での戦闘で俺が負ける要素は存在しない。それはチンクも理解している筈だ。

 

 故に俺の勝利だと、戦う前からハッキリする。

 

 そしてそれを実現しようとして動こうとし―――、

 

『―――ハローハロー、ちーっす、私だよ』

 

 ヤツを映すホロウィンドウが出現した。




 主人公も間違いなくラスボスだった。

 ティアナ無双? 主人公ピンチ? なわけないない。純然たる実力差は覚醒なんて甘っちょろいシステムじゃどうにもならないのです。つまりどっかの虫が太極しても三つ目の人には勝てない。


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フォーリング・ヘヴン

『―――アレ、リアクションが薄いね? うん? 折角こう、満を持して登場したのだからもう少しリアクションは濃い目の方が喜ばれるぞ? んン? あぁ、なるほどなるほど、これは失敬。久しぶりに私のプリティな顔を見る事が出来たから嬉しさのあまり硬直しているのか。あぁ、それだったら納得だ実に納得だ! そう、何て言ったってこの私は美容健康にも割と気を使っていて―――あ、ウーノ君? 今から本題に入るのでそのフライパンを降ろして欲しい。それ、割と痛いのだよ』

 

 あぁ、そうだった、とホロウィンドウに映っている男は笑みを浮かべる。

 

『はぁーい! スカリエッティだよー!』

 

 迷う事無くホロウィンドウを叩き割り、そして拳を構える。無言でチンクもスティンガーを握り、そして戦闘を続ける為に構え直す。が、その瞬間再びホロウィンドウが出現する。それに対して舌打ちしたのは俺だけじゃなかった。まず間違いなく相対している小さな姿も露骨に舌打ちをしていた。

 

『チンクさんや、流石にそれは酷いんじゃないかな、博士の繊細なハート傷ついちゃうよ』

 

「スパゲッティ博士に傷つくようなハートあったんすか。へぇ、超意外っす。いやマジでマジで。流石スパゲッティ博士やわぁー。俺、人体実験とか逆立ちしながら挑戦する様なキチガイ大魔王がガラスのハートだって初めて知ったわあぁー。あ、スパゲッティ博士だしガラスのハートじゃなくてミートボールハートか。やべぇ、超意味わからなくなってきた。お前もうちょっと解りやすい名前にしろよオラ」

 

『流石の私もボール代わりに蹴られ続けた事を抜いてここまで理不尽に扱われた事はない―――新しい』

 

「二人が揃うと一向に話が進まないのがこれはいいのだろうか」

 

 どちらかと言えば完全にいけないんじゃないだろうか。スカリエッティはスカリエッティでふざけだすと全く歯止めがきかないというか、全力で乗っかってくるところがあるから面倒というか、面白いというか、抑えがきかないというか―――全力が許されるのは場合によってだ。紫色の髪の持ち主にはキチガイしかいない事が大体証明されている。たぶんギンガもそのうちキチガイに目覚めてくれるに違いない。

 

『うん? あぁ、すまないすまない。スポンサーの皆様方には私が一対誰と何を話しているか皆目見当がつかないね? じゃあ改めて言わせてもらおう―――このホロウィンドウは私と関係のあるもの、私と取引した事のあるもの、そういう人物全員に対して同時一斉通信だ。あぁ、もしかしてホロウィンドウを横から覗き込んでいる同僚諸君? もし、君の隣の友人がこのホロウィンドウを覗き込んでいるのであればおめでとう! 今、君は犯罪に加担する犯罪者を見つけた! 共謀罪か何かで捕まえてあげよう! やったね、仕事が増えるよ!』

 

 笑顔で狂気的な事を言ってのけた。物理的なテロは物理的損害だからまだいい。だがスカリエッティの今の発言は、行動は一気に管理局人間を物理的損害以上に削る行動だ。スポンサー、協力者、そういうのを恐れる事なく全て公開する。それはもちろん支援を受けられなくなるという事だが、同時に―――それを恐れる必要のない環境が出来上がった、というスカリエッティの宣言でもある。今までスポンサーから金をもらい、活動してきたスカリエッティがその必要がない。

 

 つまり、

 

 この男がついに枷から解き放たれた。

 

 スカリエッティは透明なガラスケースの上に座る様にして、笑みを浮かべている。それはまるで役者がステージの上でポーズを決める様に、大統領が壇上でスピーチを行うような動作だ。自分が今、大量の人間から視線を向けられている、全員が自分へと集中している男の姿だ。自分も戦闘態勢のままだが、ホロウィンドウの向こう側へと視線を向けているのが理解できる―――嫌な男だ。見たくないと解っていても引きつけるだけの魔力を持っている。

 

『うんうんうん、解っている。解っているともさ―――ついに裏切ったな? 血迷ったな? 最初から私を殺すべきだった? 何て陳腐な言葉なんだ。元々アンリミテッド・デザイアなんて大層な名前を付けて生み出された欲望の化身だぞ私は? 資金を豊富に渡されて半ばフリーダムに研究していたんだぞ私は? まあ、何かね、正直君達には感謝してもしきれないからあえて言わせてもらおう―――馬鹿かね、と。生成と同時に行った服従のインプリンティングで安心したかい? 残念、そんなものプロジェクトFの応用でどうにかなるのだよ。あぁ、最近あの技術の万能性に気づかされるよ。大体プロFだからって言っておけば納得出来ちゃいそうなぐらいには……あぁ、これは関係のない話だね』

 

「楽しそうだなあ……」

 

「身内の恥だ」

 

 実の親を身内の恥扱い―――ただチンクがスカリエッティを”身内”と認識している辺り、まず間違いなくチンクは敗北するその瞬間まで、スカリエッティの為に戦い続けるだろう。何せナンバーズにはスカリエッティを裏切る理由が存在しない。スカリエッティは間違いなくナンバーズを愛している。それは異性としてではないが、間違いなく自分の作品として、そして”子”としての情をある程度は向けている。故にナンバーズは絶対にスカリエッティを裏切らない。

 

 まあ、だからこそ命を懸けて戦っている訳なのだが。

 

「ぐっ」

 

 ディードが呻くような声を漏らしながら壁の中から復帰してくる。流石戦闘機人だけあって体力や耐久力、諸々は普通の人間よりも遥かに優秀らしい。もう復帰している事に少しだけ感心する。普通の人間だったらまず間違いなくあと三十分は気絶しているぐらいの威力で意識を落としたはずだったのだが……まあ、やはり面倒な相手だと思う。

 

 ただ、面倒であって難しいわけではない、のがポイントだ。所詮雑魚は雑魚に過ぎない。……残酷な話だが、半分人外へと踏み出している存在としてはこれでも不満を感じる程度の強さにしか感じられなくなっている。今の問題はそういう強さとかとは全く関係のない別の所に存在するのだが。

 

『さて、本当に君たちの甘さには感謝してもしきれないぐらいだ―――だからここは私からとっておきのプレゼントを用意してある。是非とも君達には見て貰わなきゃいけない素敵なショーだ。私はこれを三十パーセントの善意、五十パーセントの悪意、そしてに二十パーセントの悪戯心で計画したんだ。ほら、ちょっと私は腰を下ろすのに使っているこれを見てほしい』

 

 そう言ってスカリエッティは自分が椅子代わりに使っている透明なガラスケースを軽くけるように叩く。それを注視すればそれがガラスケースではなく大きなシリンダーで、そしてその中に肌色の何かが水と共に浮かんでいるのが見える。ホロウィンドウもそこを映せるように、スカリエッティの全体図を映す様にズームアウトする。

 

 そうして目撃できるのは―――脳髄だった。気の弱い人間だったら一瞬で吐き出す様な気持ちの悪い光景に、スカリエッティは楽しそうに鼻歌を歌いながらシリンダーから立ち上がり、そして片手で一メートルほどはあるであろうシリンダーを持ち上げる。それを楽しそうに手の中で回転してキャッチすると、

 

『はい、ご注目―――これが最高評議会、トップ三人の姿だ。実に醜いとは思わないかね?』

 

 最高評議会、管理局のトップに立つ組織、役職。そのうち絶対に姿を現さない三人が存在する―――それが今、スカリエッティが握っている存在の正体だ。姿を現さないのではなく、そもそも体を持っていないので姿を現す事さえできない。脳味噌だけとなっても百を超える年齢になり、いまだに生にしがみ付く亡者。それが最高評議会という存在の正体だ。これが完全に全世界生中継であれば暴動が起きただろうが、スカリエッティはこれを知り合いにしか届けていない。何が目的かは―――直ぐに解る。

 

『ドクター、準備完了しましたわ』

 

『うんうん、お疲れ様ウーノ。影が薄くて若干姉妹たちに忘れられてないか心配なドゥーエもクアットロと協力して良くここまで運んでくるの頑張ってくれたよ。―――え、後で殺す? ハハッ、このショーの後でならいくらでもいいよ。さて』

 

 スカリエッティはその脳味噌の入ったシリンダーを、後方へと投げた。それは見事な放物線を描きながらスカリエッティの姿によって隠れていた機械を映し出す。

 

 ―――巨大なミキサーだ。

 

 その中には脳味噌が二つ、既に入っていた。

 

 それを見ている誰もが、次の光景を想像は出来たが、理解はできなかった。

 

『お疲れ様老人方。貴方達の欲望は凄まじく素晴らしい、だが美学がない。全く美しくないからね、目障りだったし―――正直吐き気がするぐらい嫌いだったんだ。バイバイ』

 

 そして、処刑が始まった。

 

 

                           ◆

 

 

「イカレてる! なんだこれは」

 

 レジアスがホロウィンドウの中の光景を見ながらそう叫び、そして両拳をデスクへと叩きつける。もうそろそろ逝こうとした矢先にこれだ。全く持ってこの敵は平和な時間を作らせてくれないし、飽きる事もさせない。脳味噌が徹底的にミキサーによって液状化するまでの光景をスカリエッティは歌いながらライブ配信し、その光景に背中を向けて手を広げている。まるで幸福の絶頂を迎えているかのような、幸せな男の表情だった。

 

『私は! これで! 完全に! 自由だ! ふ、ははは―――ハハハハハ!』

 

 顔を覆いながら笑うスカリエッティの姿を眺め、改めて理解する。この男は絶対に生かしてはならない存在だ。この男は存在している事それ自体が害悪だと再び理解する―――口惜しいのはそれが自分の手によってなせる事ではない事だ。……酒も飲み終わった、そろそろだろう。そう”逝く”べきだと判断し、椅子から立ち上がろうとした時、

 

『あぁ、そうだレジアス中将閣下』

 

 スカリエッティの視線がホロウィンドウを通してレジアスへと向けられていた。

 

『貴方のオーダー、アインヘリアルでしたっけ。まあ、所詮あのー、えーと、なんだっけ……あぁ、ガジェットだガジェット、アレと一緒の鉄屑程度のおもちゃですけど、納品できなくて済みませんね。数百機程作ったんですけどね、アレ、ちょっと手を滑らせちゃって次元犯罪者の方々にバラまいちゃったんですよ』

 

「貴様ァ―――!!!」

 

『は、はははは、ハハハハハ―――!』

 

 どうしようもなく管理局は詰んでいるな、と今さながら状況を確認しつつ思う。ただ幸いなのがまだ、レジアスが生きているし、あの馬鹿達も一人欠ける事もなく生きているという事だ。これならばまだやりようはある―――そしてその為に渡りを付けるのは自分の仕事だ。

 

「アギト。ユニゾンを解除してくれ」

 

「……旦那」

 

 ユニゾンを解除すると、寂しそうなアギトの表情が見える。そんな表情を浮かべないでほしい。別れが悲しくなる。だからそれをかき消す様に口を開く。

 

「―――レジアス、我が友よ。俺の事を友と思っているのであればどうか、俺の願いを聞いてくれ」

 

 言った。

 

 

                           ◆

 

 

「……反応を感じませんね」

 

 ガジェットの動きが停止し、そして他のガジェットの気配も感じない。周りには細かい破片になるまで砕いたガジェットの残骸が存在する。空戦で敵を三体沈めたのはいい。その後ガジェットが襲ってきたのもいい。だがそれが吸収再生を行い始めたのには驚愕した。まさかここまで禁忌に手を出しているとは思いもしなかった。

 

「所詮は鉄屑でしたが」

 

 ”戦った事はある”、それだけで対処できる範疇内に相手は落ちている。故にナハトヴァールの能力を得た程度では”一撃で原型が無くなるまでに粉々に破砕”するだけで終わるのだ。つまり自分にとっては雑魚でしかない。―――そしてそんなものがスカリエッティの手札であるわけがない。

 

 味方の気配は下層からはユーリの気配、そして上層からはイスト、ナル、アギトの三人の気配のみを感じる。それはつまり、

 

「逝きましたかゼスト」

 

 ゼストの死を物語っている。彼は満足して死ぬ事が出来たのだろうか、どうなのだろうか一瞬だけ考えて止める。それを判断するのは自分ではない。解りもしない事で勝手に相手の気持ちを理解した風にするのは最低だ。自分はやるべき事だけをやればいい。ならばこれ以上ここに残る理由は存在しないし、素早く撤退するべきなのだろう。

 

 だが、

 

「この感じは、駄目ですね」

 

 聞きたくもない声だったので登場と同時に消音設定にしていたホロウィンドウの音声を復活させる。それと同時にスカリエッティの声がホロウィンドウから響いてくる。

 

『―――さ、派手にやろうじゃないか。私を縛る鎖はない。君達に私を潰すための鎖もなくなっている。海でも、空でも、陸でも、六課でも、王とそのゆかいな仲間たちでも構わない』

 

 崩れた壁より外へとでて、そして空を見上げる。先ほどまで明るかった空には大きな影が差し、世界を影で染め上げていた。ただその正体は雲なんて生易しいものではなく、この星の遥か上空で周回していたはずの巨大な鉄の塊だ。

 

『―――戦争を始めようか』

 

 空から人工衛星が落ちてきていた。

 

『さあ、さあ、さあ!』

 

 再びホロウィンドウの音声を消す。

 

「―――全く、耳障りな声ですね」

 

 迷う事無く落ちてきて地に影を見せる人工衛星へと向かって飛び―――打撃した。




 ファーストフード店スカリバーガーでは脳髄シェイクを販売中らしいです。

 コロニー落とし、ネタは古いけど好きなの。


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ゲーム・メイキング

 空で盛大に爆散する巨大な建造物が見える―――人工衛星だ。そう言えばウーノのISはハッキングやら情報へのアクセスとかが得意だったはずだ。だとすれば少しばかり計算を狂わせてやればあのように、人工衛星を地上へと落とすぐらいはやってのけるのだろう。目を閉じればイングが爆散地点付近にいるのを感覚として感じる。どうやら迷う事無く迎撃のために動いてくれたらしい―――あとでこれは労ってやらないといけない。

 

 目を開ける。

 

 目の前にはチンクとディードの姿があるが、戦意はない。スカリエッティがまだ話を続けているようだが、そこにもう”俺達”の関係は全くないだろう。もはや別の者の為の演説になっている。スカリエッティがこの場で語る言葉はもうない、という事だろうか。ホロウィンドウを通してみる事の出来るヤツの目はこっちを見ていない。故にこれはもう必要ないと判断し、手の動きで消す。そして正面、ディードに肩を貸すチンクに視線を向ける。

 

「で、だ」

 

 チンクに視線を向けて質問する。

 

「何機落とした」

 

「全部だ」

 

「おいおい……」

 

「―――と、言うのは嘘だ。魔導科学の発達によって次元間航行や次元通信の科学力が発達されたと言っても人工衛星の数が数千を超える事実に変わりはない。そう全部を落とす事は時間がかかり過ぎる上に面倒が多い。落としたのは半分以下―――三百三十八機だ」

 

 三桁の人工衛星がミッドチルダへと落ちてきている。Sランク級魔導師であれば破壊は難しくはない。そこそこ巨大な人工物ではあるが、それでもそれが機械である、鉄でできている事に変わりはない。対魔導シールドが張られているわけでもないし、砲撃を叩き込む事ができれば破壊できる。それでも、これだけの量に対処できるだけの魔導師が今、ミッドチルダに存在するのだろうか。ストライカー級魔導師は”管理局全体”を通して五パーセント以下しか存在しない。そしてそのほとんどが、約二十パーセントがクラナガンに空や陸といったポジションで拘束されている。クラナガンへの被害は抑えられるだろうが、

 

 それ以外の、ミッドチルダの街はどうなる。まず間違いなく惨劇の見える光景となっている―――それもこれも、どう足掻いても確認のしようがないが。興味があるないの問題ではなく、確認する事が難しい状況。簡単に言えば衛星が落とされた事によって”通信”という手段そのものが難しくなっているのだ。総数を見れば半数にも満たない量の衛星だが、

 

「知っているか? 数年前に起きた衛星のシステムエラー。とある事が原因で発生したそれは衛星の一つを一瞬だけだがシステムダウンするさせる事に追い詰めた。だがそれが原因で精密に組み上げられた衛星の相互間ネットワークが乱れた―――復旧までそれだけで半日必要としたそうだ。もちろんその間は長距離通信をすることはできないし、次元間通信も出来るわけがない。それを何百倍と言うスケールで行った」

 

「―――ミッドチルダは援軍を呼べない」

 

「正解だ」

 

「となると、お前ら囮か」

 

 その言葉にチンクが笑みを浮かべる。此方の目的を利用して、あえて此方に人員を送る事で囮そのものを確実とさせた―――予めゼストの目的を知っているからこそ出来た事だ。やはりスカリエッティという男は殺したくなる程に厄介だ。というか絶対に殺す。見つけた瞬間問答無用で殺す。それだけの理由と義務が今、自分には存在する。だから目の前のディードとチンク、二人を問答無用で魔拳ベオウルフで消し去るも可能だ。ただ、それは間違いなく許されない。

 

 構えていた拳を下げる。

 

「目的はなんだったんだ」

 

「ミッドチルダの陸の孤島化だ。今頃トーレと妹達がミッドチルダの空港を襲撃し終えている。空港を使った民間人の脱出も、また魔法の使えない一般戦闘員のミッドチルダへの移動もできない。次元航行艦、戦艦等がミッドチルダへとやって来る事は可能だが―――」

 

「―――許可を出せるトップがいない、か。大変だなぁ……公僕は。法律とか窺いがあって助けに行きたくても助けに行けない。そういう事を考えると犯罪者の方がずっと楽だな。好きな時に好きな場所へと向かって好きに助けられる。それができないから大きな組織ってやつは何時だってどっか馬鹿にされてるんだろうけど」

 

「けど?」

 

「でかくなきゃ守れないもんもある。レジアス・ゲイズはそれが解っている男だった、という訳だ。勝負には勝って戦いには負けた。だが戦争には勝つ。おいチンク。次は絶対に殺すつもりで殴るからな、それまで妹達と仲良くやっとけ」

 

 そうさせてもらう。そう言ってチンクが視線をディードへと向けると、ディードが此方へと視線を向け、そしてコクリ、と小さくだが頷く。

 

「ご指導ありがとうございます―――次は殺します」

 

「頑張れー」

 

 ひらひらと手を振ると、チンクがスティンガーとランブルデトネイターで壁に穴をあけ、そこから一気に地上本部の外へと飛び出し、落下してゆく。その姿を目で追う事無く、二人が去って行った空間で軽く溜息を吐く。彼女たちをこれ以上追いかける事も、追撃する事もない。いうなれば敗者としての矜持だ。この場での勝負は既に決まっている。これ以上追撃するのはただの恥の上塗りだ。恥じる事が出来るだけのプライドが残っているかどうかが怪しいが、それでも最低限守る事だけはある。

 

 だって男の子だし。

 

 軽く頭を掻きながら、さて、どうしたものかと思考する。ゼストの気配を感じられない事から少なからず……ゼストが逝ったのは明らかな事だ。上から破壊や爆破を長い間聞いてない事からかなり平和な時間が過ごせているのではないか、と少しだけ思っている。まあ、それよりも今が別の問題だ。

 

「……どうするかね、この眠り姫は」

 

 問題なのは目の前の床に倒れる様に気絶しているティアナ・ランスターをどうするか、という事だ。まず機動六課へと返す事は確実だ。ただ彼女がここまでやってきた迷惑や暴走は間違いなく記録として残る訳で、それが実に困る話だ。できたら自分様なダメ人間の犯罪者とは違って、綺麗な経歴を持って楽しい人生を送ってほしいものだが、どーにも、俺には身近な人間を不幸へと叩き落とす技能を持っているらしい。全く持って最悪だ。スカリエッティは生きて、そして動き回るから最悪なのに、俺は生きているだけで周りを最悪にする。

 

 はは、笑えない。

 

「はぁ、ヘイ、プリンセス。起きてるか?」

 

「……」

 

 返事はない。それもそうだ。ブチギレていたとはいえ、ティアナが人間である事実に変わりはない。戦闘機人を気絶させる勢いのままティアナを叩きつけたのだからそりゃあ目を覚まさなくても当然だ。寧ろ頭の打ち所が悪くて死んでいる可能性すらあるが―――小さく聞こえる呼吸音がティアナの存命をずっと前から知らせてくれているので、死んでいないかどうかは正直気にしていない。だが少々やり過ぎなのは否めない。声をかけてみるが起きる気配がない。

 

「おーい」

 

 近づいてしゃがみ、軽く揺らしてみるが起きる気配がない。困ったものだ。そう思っていると、チンクとディードが離脱に使った壁からイングが着地してくる。再び逢立ち上がりながら、片手を上げてそれをイングへと向ける。

 

「よ、お疲れ様。全長七十メートルの鉄塊を殴った感想はどうだったよ」

 

「ゆりかごを殴り壊す予定ですからいまいち物足りない感じでしたね。正直一回殴った程度であそこまでバラバラに砕けるとなると呆気なさすぎて、少々不完全燃焼です」

 

 そう言うとイングは近づいてくると、正面から体を寄せて、左手を腰に回し、そして右手を此方の胸に当ててくる。そのまま体を寄せてくるのだから彼女の体の柔らかさが伝わってくる。顔を持ち上げ、此方へと視線を彼女が向けてくる。

 

「やはり、私の全力を正面から受け止めて、それでいて立ち上がって返してくれるのは貴方だけです」

 

「俺も嬉しいけどまずはここが敵地だという事を思い出そう」

 

「見せつければいいじゃないですか」

 

「お前、もしかして若干ルーテシアかユーリの芸風に当てられてないか」

 

「かもしれませんけど、不完全燃焼で若干熱を持て余しているというのも事実なので―――」

 

「デッコピーン」

 

「あうっ」

 

 我慢を覚えろ。そう口にしながら額を抑えるイングの姿を無視して気絶させてしまったティアナを持ち上げて背中に背負う。自分を追いかけてこんな無謀な事をしたのであれば、せめて家まで届けるのが元保護者としての責任だと思う。何よりこんな所に置いておいたらまず間違いなく人生ジ・エンドという事になりかねない。それを見逃せないぐらいの良心は残っている。改めて溜息を吐き、こんな風に育ってくれない方が遥かにうれしかったのだが、と口に出すまでもなく胸中で呟いておく。

 

 やはり見せている人間の背中が悪いのかねぇ、そう思ってティアナが参考にしてきた大人を数えてみる。ゲンヤに、ティーダに、自分に、そしてやっぱりなのはだろうか。駄目だ。このリストの中で唯一まともなのは紫色の髪色の娘を持っているのにそれをまともに育てたゲンヤだけだ。ティーダは外道代表で、なのははキチガイ代表で、そして俺はダメ人間代表。どう足掻いても参考にしてはいけない人間トップスリーそろい踏みの状況でティアナは育ち、そして教わったのか。

 

 これは酷い。

 

「ん」

 

「どうしたんですか?」

 

「いや……昔ティアナを持ち上げたり背負ったりしたことがあってなぁ……そん時と比べてかなり重くなったのを感じるとやっぱり年取って成長してるんだなぁ、と改めて実感しているだけだよ。なんつーか、俺とかもう割と後は下降して行く年齢に入りつつあるじゃん? 肉体的には。だからそう考えると今から大きく、強く育って行くんだろうなぁ……って何言ってんだ俺は。あぁ忘れろ忘れろ」

 

 頭を振って馬鹿な考えを振り払う。こういう事を全て考えるのは全部終わってからだ。今考えるのは早すぎる。妙な所でセンチメンタルになるこの情緒不安定さをどうにかしたい。まあ、そのうち子供でも育て始めれば本格的に実感し始めるのだろうけど。

 

 ともあれ、

 

「まずはナルとアギトに合流するぞ」

 

 総意って軽くティアナを背負い直しながらイングと共に上のフロアへと向かおうとすると、通路の奥から声が返ってくる。

 

「その必要はないぜ兄貴!」

 

 お、と声を漏らし長前方へと視線を向ければ炎の融合機、アギトがふよふよと無傷の姿で此方へと向かって飛んできていた。そのすぐ後ろには武装を解除したナルの姿もあった。ただ困惑する事態の証拠として、ナルの背後には管理局員が二人ほど、護衛でも追跡するわけでもなく、付いてくるように動いていた。自分の記憶が正しければつい数分前まで管理局とは盛大な敵対関係に突入していたはずだ。

 

「説明は後ろの者がしてくれるそうだ」

 

「ナルなんで……って思考先読みされた」

 

 そこで若干得意げな表情をするから若干残念な気がしなくもないと思う。まあ、今はそれは良い。それよりもその背後の人物が問題だ。ナルとアギトの背後の管理局員のさらに背後、そこには決して健康的だとは言う事の出来ない体系の男がいた。かなり年齢の入った男だが、その目は疲れを感じるどころか年齢分の”飢え”を感じさせる様な闘志を持ち合わせていた。その手には二つ、握られているものがあった。赤い宝石と、そして見覚えのあるアームドデバイスだ。

 

 奥から出てきた男はデバイスと宝石を―――レリックを此方へと投げてよこしてくる。それをキャッチしつつ、闘志は見せるが敵意を見せない肥満体の男に、レジアス・ゲイズへと視線を向ける。言葉を先に発するべきは相手だ。故に無言でレジアスと視線を合わせていると、相手が口を開く。

 

「管理局に泥を塗るのも、儂の恥をかかせるのも別にかまいはしない―――だがやつは舐めた。地上本部を、”陸”という組織を、そしてこのクラナガンに、ミッドチルダに―――儂の庭を危険にさらした。解るか? 貴様ら犯罪者が犯罪を犯してでもやりたい事を、儂は半分悪事に手を染めてまで長年続けてきた。それをあの狂人は邪魔した、傷つけた、壊しに来た」

 

 レジアスが背中を向ける。

 

「儂は使えるものであれば無限の欲望も、最高評議会も、次元犯罪者だってさえ使う。ゼストの遺言だ―――ついて来い。スカリエッティを倒す為なら貴様らを利用してやる」

 

 執務室へと戻ろうとするレジアスの背中へ問いかける。

 

「おいおい、スキャンダルは大丈夫なのかよ中将閣下」

 

 その言葉にレジアスが足を止め、そして首だけを横へ向け、此方へと視線を送ってくる。

 

「幸い一番上が消えてくれた―――今のミッドに儂を止められる存在はおらん。行くぞ。まずは立て直す」

 

 レジアスが護衛の管理局員を引き連れて己の居場所へと戻って行く。その光景を見ながら思う。

 

 ―――全く、どいつもこいつも本当にイカレてる。

 

 その中に間違いなく自分が混じっていると思うと、笑いが堪えそうになかった。




 人工衛星って大体70m~100mぐらいらしいですな。

 レジアスさんはブチギレ。主人公は最初からブチギレ。敵はキチガイ。魔王は常時ブチギレ。皆頭おかしいミッドチルダ。世紀末大戦争もうすぐ始まるよー(

 世紀末ベルカ救世主伝説ってタイトル、何かアニメかドラマになりそう。


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Interlude 4
パブリック・エネミー


 手の中に握られている珈琲の中身を一気に飲み干す。別段そこまで熱いわけじゃないので一気飲みする分には全く問題がなかった。ただ砂糖は一掬い程も淹れていないので苦い。かなり苦い。場合によっては即座に吐き出す者もいる程苦く出来上がっている。だが個人的にはこれぐらいがちょうどいいぐらいに好みだ。これだけ苦いと珈琲豆の味の違いが解って来るからだ。砂糖やミルクを混ぜなきゃ飲めないような者はまだまだ子供、と言うのが昔数人で話し合って決めた結果だ。だからその決定に納得し、今も珈琲は完全なブラックしか口にしない。好みに対しても自分は妥協しないような人間だ。それを再認識し、うんうん、と虚空へと向かって頷く。

 

「ドクター、気持ちが悪いので一人で納得しないでください。衝動的に張り倒したくなります」

 

「君は何時だって暴力的だねぇ、ウーノ」

 

「原因の大半はドクターなので同情の余地はなしですね」

 

 そしてこの物言いだ。ウーノも初期の頃は振り回されたりあわあわしたり可愛い所が結構あったのだが、今を見るとその頃の面影が一つも見当たらない―――まあ、ただ仕事は仕事で真面目にやってくれる。何かに私情を挟むとしてもまずやることをやってから、役割を果たしてから、と言うタイプは基本的に好みだ。彼らは己の仕事に誇りをもって、そして確実に完遂しようとしてくれるからだ。仕事を一定以上のクオリティで、ブレる事無くこなしてくれる人材は本当に重要だ―――まあ、自分の場合は作ってしまえばそれで終わる話だ。

 

「ウーノ、えーと、ガジェット? の生産ラインはどうなってるかね」

 

「完全なオート化完了です。資源が持つ限りは私達が死んでも勝手に生産し続けるでしょう。自己判断と改修進化プログラムも組んであるので不備や弱点、そういったのを見つけ次第勝手にそれをカバーする様に完成品の生産を変えますよ」

 

「グッド、やっぱり兵器は手におえない位のを弄っているのが実に楽しい」

 

「その感性は理解しがたいですね」

 

「元から理解してもらおうとなって思っていないからねぇ」

 

 そう、自分は―――天才だ。おそらく科学という一分野において、この時代最高最強の天才だ。しかも気が狂っているというオマケつきだ。私は他人が十を求めようとすれば五十を生み出す事が出来る、思いつく事が出来る、実行する事が出来る。そう言う風にデザインされ、そう言う風に育てられ、そう言う風に求められた。欲望という言葉に従って、この人工的に生み出された才能を極限にまで利用してきた。まあ、結局は落ち着く所に落ち着いたという形だが。

 

 誰も自分を縛る事は出来ない。

 

 もちろん、それが管理局の支配者であっても。その程度の鎖は千切り捨てる。

 

 この才能は良く解る―――自分の身に余る。こんな物があって正気でいられる存在なんていない。だから最初から狂っていた。ジェイル・スカリエッティという存在はそういう生き物だ。生まれたその瞬間はおそらく正気だった。だが恐ろしいまでの欲望と才能を与えられて生み出された。だから生み出された瞬間にそれに全てのまれた。のまれるしかなかった。

 

 それがジェイル・スカリエッティが初めて被害者であった瞬間で、最後の瞬間だった。

 

 ようこそ世界へキチガイ、今日もここは美しい。

 

 何とも愉快な世界だと思う。誰も彼も必死に生きている。生きようとしている。だけど世の中には不真面目な奴が多い。どいつもこいつもズルばっかりしようとして生きようとしている。自分を生み出したような連中がその最たる例だ。ただ―――自分はそれでいいと思う。不真面目結構。欲望溢れる素敵な感じだ。自分好みに実に醜い。人間程醜い生物はこの世に存在しない。誰もが欲望にまみれて、それでいてそれを楽しんでいる。故に人間の本質とは欲望である事に他ならない。人間は欲望を抱き、認め、そしてそれを叶えようとする生き物だ。つまるところ、少々言葉を洒落させるのであれば、人間とはつまり”欲望の使徒”と言っても過言ではない生物だ。

 

 だとすればより強く、醜く、欲望を抱いている奴が強い。凄い。偉い。故に私はそこらへん超最強だ。

 

「何せ私の欲望は尽きないからね、ウーノ。全く持って終わりが見えない。素晴らしい。楽しい。実に楽しい! 味方だった者が敵に回る展開! 敵だった者同士が手を組んで強敵へと立ち向かって行く姿! 見てくれウーノ、私はそんな使い古された映画のシナリオを現代で再現しているんだ。二流小説や、三流映画。そんなもので出てくる様な展開を真面目に現実にしているんだ。楽しくならないかね? ワクワクしてこないかね? 私は今、人生で一番楽しい。遠足前の小学生の気分だよ」

 

「ドゥーエがチンク用に小学生の制服持っているのでお貸ししましょうか」

 

「色々とツッコミたい所はあるがまずそれって女物じゃないかね」

 

「何か問題でも?」

 

「あ、はい。なんでもないです」

 

 そう言えばどこぞの鉄腕王がパープルキチガイ理論なんて物を提唱していたが、良く考えたらウーノの髪色も紫色ではなかったか。だとしたら色々と納得できるところも出てくる。たとえば創造者に対する敬意とか、そういう感情の喪失の代わりにやってくるセメント対応とか諸々。まあ、どうでもいい話だ。ナンバーズはナンバーズで存分に楽しんでほしい。欲望の権化として、自分の子供たちには存分にはしゃいでほしい。楽しんでほしい。欲望のままに暴れ回ってほしい。それがおそらく、確実に、彼女たちを創造した自分が与えられ、教えられる全てだ。

 

「さて、マイ秘書のウーノ君、現在ミッド各地の様子はどうかな?」

 

 椅子に深く座り込みながらウーノに情報を求めると、ウーノが一気に十数ものホロウィンドウを出現させ、自分の前に浮かべてくる。それを適当にひっつかみ、自分の近くへと寄せながら特に読むわけでもなく、映し出されている火災の様子や被害の映像を眺める。ウーノは欲しい情報だけを抜き取って、そして口にしてくれる。

 

「まず想定通りにチンクとディードが囮になってくれたおかげであの一家を地上本部に釘付け、他のナンバーズでミッドチルダ各地の空港の襲撃に成功しました。民間・企業・局保有と関係なく三桁存在する空港の特定と破壊には苦労しましたがガジェットを利用した陽動や奇襲で全て破壊する事に成功しました」

 

「グッド、いい話だ。で、通信の方は?」

 

「衛星を三百機程落としました。おかげで次元通信システムは大打撃―――復旧するにしたって最低で一ヶ月は必要となります。現状のミッドチルダの食糧自給率を考えると空港等を破壊して外界と遮断されてもかなり余裕がありますね。今回の作戦行動でミッドが滅ぶ、なんてことは落とした人工衛星の被害を考えてもあり得ません」

 

「うんうん」

 

 一般の人間に死なれては困る。舞台という者には常に観客が必要だ。自分が道化だとすれば、管理局は役者だ―――そして機動六課とあの一家がこのステージにおける主役だ。この二つの陣営が存在して初めて自分の舞台は舞台でありえるのだ。それを目撃するための観客を殺すなんてとんでもない。何よりも、ただ虐殺するだけなんて実に芸がない、品がない、美学がない。パンピーを殺して喜ぶのはただの変態であって、全く美しさを感じない。故に、見届け人として、生き残ってもらわなくては困る。

 

「予想外なのは少々ミッドチルダの魔導師の戦闘力、でしょうか」

 

「ふむ?」

 

「落下してくる衛星に対して個人、ではなく集団で攻撃を重ねる事で半数の落下の被害をあらかじめ抑えることに成功しています。どうやら上が腐っていても、下の方は下の方で上手くやっていたようですよ」

 

「それはそれは」

 

 また別の楽しみだ。レジアス等を見てれば管理局と言う組織の全体が腐敗しているわけではなく、上の方に来ている一部が大きく腐敗しているのが解る。ただそれは不自然ではない。自然と組織が巨大化すれば腐敗するものだ。何故ならば人間は誰しもが鋼の様な精神をしているわけではない。自分やイストや、そして高町なのはの様に一切ブレる事無く最後まで信念を貫けるタイプの存在……”怪物”とさえ称する事が出来る精神的な超人はこの世には多く存在するわけではない。ストライカー級魔導師を見ればその数は多いかもしれないが、それでも、上に立つ者全てがそういうわけではない。

 

 楽を知ったらそこから抜け出せない。それが人間という生き物だ。そして愉悦を知ったら抜け出せない。それもまた人間の本質だ。だとしたらそれにとことん殉じる事がこの世で何よりも正しい。なぜならそれは本質に従う事だからだ。元から逆らえないのであれば逆らう必要はない、とことん溺れてしまえばいい。それを極限まで追求し、肯定し―――そして暴走した産物が自分だ。殊、欲望への執念と肯定に関して自分を超える存在は絶対にありえないと思っている。

 

 それだけ、欲に染まり、溺れる人類と言う愚かな生き物を愛している。

 

「さて、我らの怨敵その1、レジアス・ゲイズ殿はどうしているかな?」

 

 ウーノに対してレジアスの情報を出す様に催促すると、ウーノが半眼で軽く視線を送ってくる。

 

「とってつけた様に怨敵設定とかいらないです―――レジアス・ゲイズの方は”全く問題ない”というのが彼の現状ですね。彼を糾弾する存在は少なからずいます。ですが部下に慕われていて、クラナガンの治安を今まで守って来ていて、それでいて陸の現状を知っている人間は多いです。レジアスの功績を見ていればここでレジアスを何らかの形で処刑するよりは、この混乱に対して立たせて全てを押し付け、終わってから失敗の分含めて擦り付けて処理してしまえばいい、という形が上の方では出ているようです―――最もレジアスはそれだけで済ませるつもりはない様ですが」

 

「あぁ、現状管理局内で一番私が恐れているのは他の誰でもない―――レジアス・ゲイズの存在だからね。確かに機動六課も王様一家も怖いが、レジアスの恐怖と比べるとまだ可愛いものだ」

 

 何せ、レジアス最大の武器とは経験、そして組織力だ。レジアスが地上本部のトップであり続ける限り、彼の為に戦う魔導師は存在し、そしてレジアスは大人数を動かす事に対して非常に慣れている。それは時に優れている事よりも恐ろしい事だ。機動六課は強いが”若い”のが弱点だ。そして三種類の王のいるあの一家も強いが同時に戦術的行動しかとれない。集団として小規模なのが最大の弱点だ。

 

「ただどうやらバサラ一家はレジアスと合流したようです。存在は非公式、どうやら私達と同様。ギブ・アンド・テイクでひそかに手を組んでいるようです。廃棄都市区間にてアジトを発見しましたが既に引き払われた後だったようで、話がつき次第即座に地上本部へと合流したようです。つまり―――」

 

「―――あぁ、予想通りだろ? レジアスはアレで情に弱い部分がある。だからこそゼストが殺しに来たのであれば”それで良し”と認められる部分もある。おそらくゼストが遺言か何か何かで手伝う様に頼んだのか―――まあ、所詮は予想通り、無駄な願いなんだがね。全く優秀な頭脳が此方側にはいてくれるから本当に助かるよ」

 

「ありがとうございます」

 

 そう、此方も優秀だ。伊達や酔狂で管理局という百年以上続いている大組織相手に戦争を仕掛けている訳じゃない。それが間違いなく自分の目的を達成するための最大の方法であると確信しているからだ。いや、自分の目的はもう既に半分ほど達成されている。だがこれではまだだ、まだ足りないと語りかけてきている自分の心が言っている。そう、ジェイル・スカリエッティは心の無い、気狂いの研究者。自分が生み出した子供たちにすら真に理解できる存在はない、永遠に孤独な天災。アルハザードの残した災厄。それが自分だ。

 

 だったらそれでいい、目的は死んでても生きていても果たせる。

 

 それさえ果たせれば自分は満足だ―――もう、他には何もいらない。

 

「―――さて」

 

 心を入れ替える。ここからは遊びは一切抜きだ。

 

「ウーノ、ナンバーズの方はどうなっている」

 

「ドゥーエを戦闘用に再調整、チンクとディードが更に学習プログラムへと挑戦しています。ディエチの武装は腐敗弾、クラスター弾、次元震弾と多種の弾丸を用意、ISスローターアームズの最終調整と最終進化をアルハザードのサルベージデータから行っています。全体的に見てナンバーズの方はあと三日、四日程で完了します」

 

「次元犯罪者」

 

「コンタクトできる次元犯罪者との足並みは全て揃えられています。と言っても此方の襲撃タイミングを流しただけですが。これに関してはほぼ確実に乗って来るでしょう、その為にアインヘリアルを横流ししましたし」

 

「クローン」

 

「一番傷口を抉る様な人物を選出し、そして生成しました。まず間違いなく機動六課の隊長一人、最低でも足止めする事は可能でしょう」

 

「ナハトヴァール」

 

「それに関してはドクターの方が詳しいと思いますが、現状で言えばオリジナルには匹敵しませんが、それでも十分すぎる程のものが生産できています」

 

「ゆりかご」

 

「―――それに関しては私からお答えしましょう」

 

 声がする。背後、扉が開く音も、侵入する気配も、何もかも予兆もなく、その存在は背後に立っていた。それは何時でも殺せる、というサインではない。この相手はそもそもからしてそういう考えは抱かない。

 

「ナハトヴァールですか。少々醜いものですがまたゆりかごの性質を見るのであればそれもまた正しい組み合わせなのかもしれません―――えぇ、侵食に関しては全く問題ありませんよ、ドクター・スカリエッティ」

 

「そう貴女が言うのであれば信じよう」

 

 椅子から立ち上がり、振り返りつつ背後に予兆もなく出現した人物に視線を向ける。

 

 顔の形や体格は大きく変わるが、着用している服装、両手に付けている義手の様な”鉄腕”は文献通りの姿の彼女の姿へと向けて口を開く。

 

「―――聖王オリヴィエ」




 スカさんが本気でアップを始めたようです。

 文脈から伝わってくるスーパーアカン臭


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Final Chapter ―Materials Rebirth―
カミング・タイム


 屋上でフェンスに寄り掛かれば湾の方から流れてくる風が屋上を撫でる様に吹き抜けて行くのを感じる。今は九月。夏もようやく乗り越えて、これから少しずつだが涼しくなってくるのを感じる時期だ。十月が半ばになる頃にはスカートでは過ごし辛い時期になって来るだろう。そうなった時はまたポケットにこっそりとカイロを持ち歩く羽目になるのだろう。毎年毎年、冬になると大きなイベントがあるので正直、冬にはあまりいい記憶がない。闇の書やら、本局襲撃やら、他にも細かいイベント―――やはり冬には何か魔力でも宿っているのか、あの季節。

 

 まあ、そんな事を思ってもしょうがない。今回はこんな時期になったわけだし。これでまた十二月だったら本格的に冬を呪われた季節として個人的に認定している所だった。まあ、そんな事は正直今はどうでもいい。くだらない事を考え始めるのは自分の悪い癖だと思う。逃避、と言っても間違ってはないかもしれない。どちらにしろ思考を別の事に逸らして目の前の文章から逃げている事に変わりはない。どんな些細な事であれ、逃げるというのは正直好きな事ではない。何事も正面から受け止めて、そして進むというのが教わって今まで実践してきた事だ。

 

 ただ、まあ、自分にだって目を逸らしたい事は色々とある。そう言う事は多々ある。まあ……なんだかんだ言って、

 

「私も人の子なんだよねぇ……」

 

『I've noticed that master』(知ってましたよ)

 

 レイジングハートは良い子だねぇ、と改めて思う。最初拾った時はユーノの所持品だが、今では自分の命を唯一全面的に預けられる相棒だ。インテリジェントデバイスという仕様上、処理関係は完全に任せっぱなしなので、デバイスを変えたりした場合結構砲撃の為の溜め速度とかの処理に大幅な遅れが出る。やはりデバイスは優秀じゃないと人生―――特にストライカー級のそれは辛いと思う。

 

「はぁ……」

 

 視線を下へと向ければシミュレーターへと向かうフォワード陣の姿が見える。ティアナを抜いた新人フォワード陣―――と言ってももう既に彼らを新人と呼ぶことはできないだろう。エリオやキャロでさえも、この数ヶ月で連戦に連戦を重ねて、普通の環境では得られない莫大な経験と戦闘量を繰り返してきている。スバルも今回の件で結構自立してきた感じが出てきているし、もう新人って呼ぶことはできない。魔導師の卵でも雛鳥でもなく、立派なエース級魔導師だ。彼らをそのレベルまで自分は立派に育てる事は出来た。ギンガは元から完成されていた部分が多かったが―――それでも、自分の仕事は成した。その感覚はある。

 

 これ以上教える事は……まあ、実は結構ある。自分やフェイト、もちろん戦闘特化であるシグナム達と比べればまだまだ未熟だ。ただそれは自分たちが教える様なものではない。ここからは自分たちで探して、気付いて、そして磨くだけの状況になっている。だから今月に入ってから教導内容は模擬戦と、そして肉体のコンディション維持だ。特にそれ以上の事は現状、発展の方向性をこっちで定めてしまうので好ましくない、とは自分のスタイルだ。本当ならここで一気に方向性を話し合って決めちゃった方がいいのだろうが、それでは結局”量産型”魔導師を作っているだけなのだ。

 

 誰だって自分だけの物語の主役になりたい。だったらここはひとつ、自分で決めてもらうしかない。どういう風になりたいのか、どういう形を目指すのか。ある程度のヒントと知識は与えている。あとは彼らがそこからどれだけ発展できるのか、それだけの話なのだ。だからそう、大部分で言えば自分の仕事はおしまいだ。もう自分無しでも十分あの子達はやっていける。だからこれで肩の荷が大きく降りた感じだ。ここからはゆっくりと経験を積んで、そして戦い方を覚えればいい。

 

 教導官としての自分の役割は終わった。ならば残された役割はなんだ?

 

「決まっているよね。最初から悩んでなんかいないし。片付けるべき仕事は終わらせたし……これで漸く色々と身軽になったね。面倒を見る必要もなくなったし……うん、いい感じ、かな。今は」

 

 横に浮かび上がっているホロウィンドウを消去し、そこに書いてあったメッセージもレイジングハートに消去させる。この内容を知っているのは自分だけでいい。他の皆にはそこまで迷惑をかけられない―――まあ、何というか本当に何時も通りだなぁ、と思う。何時も通りというか五年、六年前の話だ。あの時も割と無茶やったりしたものだし。

 

 だからこれも、その続きなのだろうか―――いや、続きなのだろう、確実に。結局の所、あの事件でスカリエッティは完全に死んだというわけではない。今の状況を見れば解る。スカリエッティは結局の所今まで生き延びてきて、それを許してしまったのは自分とイストの存在なのだ。あの頃に今ほどの強さがあれば、たぶん自分とイストのコンビネーションで何とかスカリエッティを細胞のひとかけらも残さずに魂の一片まで蒸発させたに違いない。

 

 というか今からでも遅くない。見つけたら輪廻転生できない位にぶち殺す。別に仏教徒じゃないけど、転生って概念は便利だなぁ、とか思う。

 

 と、そこで背後に気配を感じて振り返る。そこにいるのは金髪の髪を真直ぐ伸ばしている自分の同僚、フェイトの姿だった。自分と同じく、六課の制服に身を包んだフェイトは片手であいさつしながら此方の横までやってくると、自分と同じく屋上の手すりにもたれ掛る様にして、湾の方へと、シミュレーターの方へと視線を向ける。その先に見えるのは模擬戦を繰り広げるエリオ、キャロ、スバル、そしてギンガの姿だ。相手をしているのはシグナムだが、彼女も動きで見てわかる。大分本気を出してきている。それだけ、成長しているのだ。

 

「強くなったね」

 

「うん。正直時間が足りないから難しいかもとは思ってたんだけどね、予想外に出動回数が多いのと、敵が強すぎたのが良かった。心が折れないおかげで何度も叩きのめされて、立ち上がって、叩きのめされて、そしてまた成長して立ち上がってくれた。きっと、今の彼女達なら間違いなくスカリエッティ側の戦闘機人とぶつかっても、一対一じゃない限りはどうにかなるかな。うん、出来る事なら常に二対一か三対一で数の優位を保ってほしいかな。二対一ならワンチャンで負けるけど、三対一なら安定って所かな?」

 

「なのは、採点厳しいね」

 

「お仕事だからね―――甘くやって甘く通して、そしてその結果死んだら私の責任なんだよフェイトちゃん。だから私は心を鬼の様にして採点しなきゃいけないんだよ。苦しくて、つらくて、大変で逃げたり諦めてくれるならそれで別にいいんだよ。それだけ魔導師は減るかもしれないけど、また傷つく人は減ってくれるんだから。他人の為に、幸せの為に―――そんな壊れた事を言って働き続ける馬鹿はほんの一握りだけでいいんだよ」

 

「でもその中にいるんでしょ? 私も、なのはも」

 

 フェイトの言葉に苦笑を漏らすしかなかった。そう、結局の所そうなんだ。自分がどれだけ道化を演じようと、魔王なんて名前で呼ばれる様な仮面を被ろうと、鬼の様に振舞っていても、根っからの善人であるという事実は隠しきれない。結局の所自分と言う、高町なのはという存在はずっと昔、海鳴でレイジングハートを拾った瞬間から変わっていないのだ、悲しい事に。いや、まあ、確かに少々エキセントリックになった、という自覚はある。楽しいから割とこのキャラは気に入っているし。

 

 だって辛いときに辛い辛いって言っているよりは馬鹿みたいなことやって、そして笑っている方が万倍楽しいに決まっている。そう、だから自分はこんな風なキャラクターが出来上がっている。出来上がってしまった。辛い事も、楽しい時も、悲しい時も、常に笑って前へと進みたいから。だから自分はこれでいいと思う。魔王って恐れられて、鬼の教官だって言われて、直ぐに砲撃を放ってくる砲撃中毒者……そんな感じのレッテルが軽くて丁度いいのだ。生真面目なキャラクターなんて似合わない。それは昔、あの部隊に所属していて覚えた事だった。

 

「ねえ、なのは。私達がこれからどうなるか話を聞いた?」

 

「うん」

 

 湾の向こう側へと、遠くへと視線を向ければ地上本部の姿が見える。ここからでは遠く、小さな姿でしか見えないが、それでもいつもよりは少々崩れている、黒い三本の塔の姿は十分に見える。先日、スカリエッティによって行われたテロによって多くの死傷者がでたが、地上本部は崩壊せずに、そして部隊機能を麻痺させずに運航している。テロからの持ち直し、そして復旧への動きは神がかり的なものがある、というのがはやての評価だ。レジアス・ゲイズという男の実力が今、いかんなく発揮されているという事だろう―――会った事はないがたぶん、優秀なんだろう。なんだかんだでこのどさくさに紛れて空の部隊を勝手に動かしている辺り、それが解る。

 

 そしてその動きに巻き込まれているのは六課も同様だ。

 

 機動六課は非常事態に備えて限定的に陸の指揮下におかれている、と言うのがはやての言っていた事だったか。遊ばせる余裕はないから反論は一切できなかった、と納得する事しかできない言葉だった。ただまず間違いなくこれはチャンスだ―――スカリエッティと戦う。この部隊は元々”この状況”の為に生み出された部隊で、この状況に対する手段も既にミッドに持ち込んでいる。あとはそれをはやてがどうにかレジアスか上の人間に見せて、ある程度の行動の自由を確保するだけだ。まあ、そこらへんは完全にはやての仕事だ。

 

 だからはやてに任せよう。ガンバレはやて。超頑張れはやて。自由行動がとれなかった場合ヴィヴィオ取り戻す為に私、辞表を叩きつける準備はできているから。というかティアナを見ていいアイデアだと地味に思ったので辞表を持ち歩く事にしたから。レイジングハートは止めるどころか書き方を教えてくれたよ。

 

「なのは、今凄い悪い笑顔を浮かべてた。ぶっちゃけると砲撃をゼロ距離から射撃する約一秒前の愉悦している表情」

 

「フェイトちゃんフェイトちゃん、それを笑顔で言ってのけるフェイトちゃんも結構大概だってこと理解してる?」

 

「なのはに鍛えられているから大丈夫」

 

 フェイトも大分鍛えられたなあ、と改めて思う。初期の頃だったらこんなノリ、絶対にフェイトには無理だったであろうし。ともなると、成長して、変わっているのは若い世代だけではなく、自分達もなのだろう。だとしたらまだ大丈夫。まだ負けない、負けていられない。まだ先があるはずだ―――ここが限界ではないはずだ。

 

「……フルドライブモードの発展系、か」

 

「なのは、あまり無茶して心配させないでね? なのはのやらかした事を後で後始末するのはいつも私なんだから」

 

「大丈夫大丈夫。うん、今回ばかりはね、フェイトちゃん。私も結構ガチなんだ、ネタ抜きに。けっこー怒ってる感じだし、本気でキレてる部分あるし。うん、だから心配しなくてもいいよ―――どんだけ傷ついてボロボロになっても、それでも笑って戻ってくるのが高町なのはなんだから」

 

 そう言って笑みをフェイトへと向けると、フェイトは呆れた様な、そんな感じの溜息を吐いて、

 

「結局なのははそうなっちゃうんだね……だけど、うん。そうじゃないなのははもう想像できないしこれでいいね。駄目な所は駄目な所で私が助ければいいんだし。何時も通り―――」

 

「助け、助けられて?」

 

「一緒に頑張る」

 

「流石私の嫁のフェイトちゃん」

 

「ゴメン、私一般人で彼氏捕まえてるから嫁とかはちょっと……」

 

「え、ちょっと待って、それガチで初耳なんですけど」

 

「あっ」

 

 フェイトの動きが固まる。そのままフェイトが数秒間動きを止めると、だらーり、と汗をかき始める。経験上、ここまでテンパっている時のフェイトはガチで何かをやらかしてしまった場合だ―――つまりクロ、ギルティ。今回のフェイトは割とガチで口を滑らせてしまったらしい。

 

 迷う事無くレイジングハートを武装の姿へと変化させ、そして構える。硬直フェイトへと突きつける。

 

「吐けよ親友。おい、早く吐けよ。またスターライト・ブレイカーぶち当てられてトラウマ再発させられたいのか。私にはね、フェイトちゃん。フェイトちゃんが彼氏ができない事を一生ネタにしたり、私とユーノ君との結婚式で盛大に馬鹿にしたり、そういう予定があったんだよ?」

 

「バルディッシュ」

 

『Lightning speed』

 

 迷う事無くフェイトが逃げた。ツッコミを放棄して逃げる辺りマジらしい。

 

「これは戦犯確定。ギルティ。超ギルティ」

 

 ホロウィンドウに今の会話ログを叩き込み、そしてそれをロングアーチにいる筈の面々へと送りつける。数秒後には機動六課内部でサイレンが鳴り始める。よくやった、これでフェイトに逃げ場はなくなった。

 

 さあ、

 

「何時も通り、”その時”が来るまで―――」

 

 何時も通り、馬鹿をやろう。




 そんそんェ……一般人の彼氏おめでとう! 結婚の最低条件はSLB食らって気絶しない事だよ!

 そんなわけでティアナちゃんは謹慎中でもみんな頑張ってますよ、ってお話。

 なおはちゃんはキチガイに見えて良い子。ただしキチガイである事を楽しんで気に入ってる。最悪だなこいつ。


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プリペア・アンド・ムーヴ

 スコップを握って、運んできた土を穴に埋める様に落とし、それを足で踏んで、整える姿がいくつか存在する。その誰もが陸士である事を表す管理局員の制服に身を包んではいるが―――大半は上着部分を脱いでいた。少しずつ季節は秋へと動き始めているが、それでもまだまだ太陽は熱く彼らを照らしている。汗を流しながらスコップを動かし、地上本部前の庭の穴を埋めて行く彼らの動きに魔法の使用形跡は存在しない。それもそうだ、彼らは魔法を使わないのではない―――魔法が使えないのだ。だから彼らに与えられる仕事はこれだ。残骸などは既に魔法が使えるものによって撤去された。故に危険も邪魔するものはない。元の歩きやすい、綺麗な前庭を取り戻す為に彼らはスコップで土を被せ、慣らし、そして再び平らな大地を作っている。

 

「 まあ、結局の所俺達ができるのってこれぐらいだからな」

 

「言うなよ、悲しくなってくる」

 

 談笑を混ぜながら、彼らは作業に没頭する。仕事はしっかりとやる。ただモチベーションの維持の為に語り合うのは効率が下がらないのであれば何ら問題はないはずなのだ、そういう判断を彼らはしている。地上本部がスカリエッティという犯罪者から大打撃を受けて一日、ミッドチルダが実質的に他の次元世界から孤立してから一日、そんな事は彼らを悩ます事はなかった。もちろん、孤立したという事実は既に伝わっている。理解をしているかどうかは怪しい、それでも、それは彼らの考える事ではない。難しい事は上の人間の考える事であって、末端の人間は命令に従っていればいい。それだけだ。だから彼らは悩むことなく、ただ作業に没頭していた。

 

「あーあ、俺もリンカーコアがあればなぁ」

 

「アレば?」

 

「……いや、やっぱねぇや。魔法戦とか怖すぎ。俺にはどう足掻いても無理だわ。それよりも魔法使って日常生活で楽したいわ。ほら、プラモデル組み上げてるときとかパーツ多すぎて手で持てないじゃねぇか? そういう時魔法がありゃあ必要なパーツを引き寄せる事が出来るんだろうなぁ、って毎回思ってすっげぇ魔法が羨ましくなるわ」

 

 しょーもない事に魔法を役立てようとするな、と言って再び笑いが起きる。そこにいるのは様々な年齢の男性、五人ほどだ。慣れた手つきでせっせと穴を埋める様子を見ると、それなりに長い間作業に没頭して、慣れている事が解る。スコップを握る彼らの手は何度も何度もマメができてはつぶれている為、かなりの重労働を成しているというのに一切傷つくような様子を見せない―――労働者の手だ。

 

「あー、でもやっぱ憧れるよなぁ、魔法」

 

「そりゃあやっぱなぁ」

 

 リンカーコアのない彼らからすれば魔法を使うことのできる魔導師という存在は少なからず、憧れる。現在の科学力であればリンカーコアが無くても魔法を使う方法は存在する。デバイスを使った中継使用だったり、カートリッジシステムを使った魔力の使い捨てや消費だったり、リンカーコアの一部を削り取る、何て方法も最近では生み出されているとニュースでは報道していた。だから魔法を使うことは不可能ではない―――ただ一般人からすればそれでも無理な部分がある。まともにそれを運用しようとすれば大量の金が必要となってくる。

 

 だからやはり、一般にとっては身近であっても、魔法は憧れる存在だ。魔力と科学的プロセスを経る事でほとんどどんなことでも現実にしてしまう魔法は今でもその研究には終わりがないと言われている。研究すればするほど魔力万能性が発見され、そして更に奥の術が開発される。それを生み出すリンカーコアの研究だってまだ半分も終わってないと言われている。資質変換なんて生み出す事は出来るが、それ自体に関してはまだ三十パーセントも理解していないのが現状だ。

 

 だからやはり、彼らにとっては魔法は”魔法”だ。適性や、魔力量なんて五十歩百歩の問題でしかない。使えないものからすれば魔法を使える存在が奇跡の担い手でしかないのだ。

 

「ま、カートリッジで使い捨てる事なんてできねぇし、俺達が魔法使う事なんてほぼ一生ありえないんじゃねぇか? 知ってるか? カートリッジシェルって1セット10個で数千もするんだぜ? そして基本的に使い捨てで一回の戦闘で使う量は十数セットを超えるってんだからマジやってらんねぇよ」

 

「生々しくなるから金の話はやめようぜ」

 

 そうだなぁ、と三人ほど呟き、若干目を細める。管理局に就職できたからと言って決して懐は肥えるわけではない―――一般の局員は、それなりにしかお金は稼げないつまり彼らの懐の中身もそれぐらいしかない。ただスコップを握っている彼らのうち一人が、動きを止めて、そして地上本部を見上げる。黒い巨塔はたった一日でかなら無残な姿を晒している。地上を見守る様に立っていた堅牢な塔は魔導ジェネレーターが破壊され、外装は剥がされ、そしてその周りの防壁は砕かれたりでかなりボロボロのありさまだ。その姿を見ながら彼は溜息を吐く。

 

「これって何億かかるんだ」

 

「そこはほら、俺達の仕事じゃないから」

 

「でもさ、俺達の仕事だから考えない、ってのは少しおかしくないか? 毎日使って、此処ではたらいて、そして守ろうと俺達も頑張ったんだぜ? だったら考えない事を止めて必要最低限の事は考えておこうぜ」

 

 じゃあ、たとえばどんなことをだ、と一人、動きを止めてソイツへと振り返る。話題を切り出した管理局員はそうだな、と腕を交差させ、少しだけ悩む様な姿を見せる。それからそうだな、ともう一回呟き、そして真直ぐと同僚達を見る。

 

「……俺達のこれからとか?」

 

「それこそ考えても仕方がないだろ」

 

「そうだよなぁ……中将閣下がそこらへん絶対考えていないわけがないんだからさ、俺達は安心して言われた事をやればいいんだよ。あ、言っておくが俺は中将派だぜ? 俺はあの人を信じるぜ? スキャンダルとか何とかって今ニュースが報道してるけどさ、今までミッドチルダを守ってきたのは中将だぜ? あの人なら信じられるな、俺は」

 

「当たり前の事言ってるんじゃねぇよばぁーか!」

 

「んだと!?」

 

 軽い蹴りが言い争いを始めそうだった二人の尻に叩き込まれる。その動きで倒れる二人を置いて、二人の背後に出現した人物に対して残りの作業員たちが軽い敬礼を取る。その腕に付いた腕章とか、そして周りの対応からその人物が上の立場の人間である事が簡単に理解できる。

 

「隊長」

 

「馬鹿な話を咎めはせんがやるなら作業を進めながらにしろ貴様ら」

 

「ういーっす」

 

 隊長もスコップを片手に部下たちに動きを指示し、そして参加しながらその会話に参加しつつも思う事は他の隊員達と一緒だ。昨日の地上本部に対するテロリスト、それは二組存在した。一つはスカリエッティという次元犯罪者が行ったミッド全体規模の同時多発テロ。空港、衛星、そして地上本部を同時に破壊した恐るべきテロリストだ。そしてもう一つが”存在しなかった”テロリストだ。地上本部で戦闘をしていたものであれば誰もが見ているし、そして等しく敗北を味合わされた。先日の戦いでは奇跡的に誰も、あの二組目のテロリストの襲撃で死にはしなかったが、その前に何人か殺されているという記録はある。

 

 その人物をレジアスが抱き込んだ、というのは本部で働いていれば周知の事実だ。地上本部で歩き回っていれば何度か目撃する事が出来る。故に彼ら彼女らが地上本部に敵対しない事は解っている―――いや、そもそもからして敵対していたこと自体がおかしいのだ。六年前のニュースを見た事のあるものであれば率いている者を即座に理解する筈だ。

 

「本局襲撃事件の功労者の片割れ、か」

 

「隊長? それってなんです?」

 

「数年前に会ったちょっとした事件だよ。あんまし話が広がらなかったから知っているやつは知っている、って程度だがな」

 

 アレはおそらく報道規制が入ったに違いないと、隊長はそう思考した。何かを隠したい事があって―――それが今へ続いている。だからこそ敵だったものが味方に、トップが死に、そして時代が新たな局面へと変わりつつある。それは確実に一般局員の考えられる範疇を超えつつあるとそう判断して、

 

「―――まあ、個人の感情と利益は別って話か、末端局員は辛いわな、この仕事」

 

「隊長?」

 

 隊長が隊員の輪に加わり、地上本部の修復作業が進められる―――着々と、その作業が確かに進められていた。

 

 

                           ◆

 

 

 地上本部が少しずつ修復されて行く、その姿を眺めていた。

 

「派手に壊れたなぁ」

 

「貴様らが壊したところもある。その修復にかかる金を別段貴様らから取っても構わないぞ」

 

「勘弁してくれ。これ以上借金したら返済生活がキツクなるんだから」

 

 会議室の窓から外を眺めるのを止め、壁に寄り掛かる。中央に円状のテーブルが置いてあるこの部屋の椅子の一つに髭を生やした男の姿がいる―――レジアス・ゲイズだ。手を組み、肘をテーブルに当て、手を顎の上に乗せて目を瞑っている。此方へと視線を送るつもりはなく、目を閉じたまま最後の一人がここへと到着するのを待っている。ただそのまま待っているのも暇故に話題は自分から降ったが、

 

「アンタ、俺の事が嫌いだろ」

 

「あぁ、嫌いだ。犯罪者は全員嫌いだぞ、儂は。吐き気がするな。たとえどんな理由があり、都合のいい言葉を吐こうが犯罪者は犯罪者だ。その罪が消えるわけではない―――貴様が殺した儂の部下を、一生忘れはしないぞ」

 

 そう言うと黙って頭の後ろを掻くしかなくなる。レジアスの言葉は正しい。どんな言葉を、どんな理由があろうが、犯罪とは犯罪であって、上の人間がそれをちゃんと示さなくてはならない。故に現状、戦力増強のためにこうやって俺や、マテリアルズ、我が家の連中の罪を”一時的”に不問しているのは不本意極まりないのだろう。

 

「だが、いい。今は個人の感情を優先している場合ではない。利用できる物は全て利用する。ゼストが信頼した貴様の腕と人柄―――そして貴様の立場、その全てを利用させてもらうぞ」

 

「あぁ、好きなだけ使え。俺も勝つ為に手段は択ばない。プライドも全部投げ捨てて勝つためだけに全力を注いでいる。……そういう所は非常に似ているのかもな」

 

「不本意ながらな」

 

 レジアスの肯定を受けて黙りこむ。俺達は実の所、似ている。レジアスも俺も必要なのであれば手段は択ばない。犯罪にだって手を染める。人だって殺す。1を捨てる事で9を得る事が出来るのであれば、迷う事無くその1を捨てる事が可能だ。ただレジアスの場合は、そんな自分に対して恐ろしく吐き気を感じているのだろう。究極的に自分を嫌っているのだ、この男は。俺の様に犯罪に身を染める事を全肯定する事が出来なく、犯罪に対する感情と理性が自分自身を追いつめている。簡単に言えば”犯罪に手を染めなきゃ守れない自分が嫌い”というとこだろう。

 

 いや、だからこそこの男には人がついてくるのだろうと思う。地上本部を軽く歩き回って部下のレジアスに対する評価を聞けば、似たような言葉が返ってくる―――安心して全てを任せられる人物だと。スキャンダルが真実だとしても信じられる、と。ある意味理想的な上司なのかもしれない。理解があり、モチベーションがあり、そしてそれを貫くだけの意志がある。ゼストの死を経験しても未だにこうやって地上本部のトップに立ち続けている事がその証拠だ。

 

「イスト・バサラ、貴様に率直に聞く」

 

 レジアスが目を開けながら此方へと視線だけを向けて、そして聞いてくる。

 

「―――聖王に勝てるか」

 

 それに対して、迷う事無く答える。

 

「俺一人じゃ勝てないな」

 

「無理か?」

 

「あぁ、無理だ。ユニゾンしてフルドライブして手段を選ばなくても俺一人じゃ無理だ。相討ちに持ち込めるかすら怪しい。後一人、二人、ウチのもんがいてくれりゃあまた話は少し変わって来るだろうけど、そもそもスカリエッティがそれを許すほどに状況を整えてくれるとは思えない。まあ、手段を考えていないわけではないんだけどな」

 

「そうか、ならいい。ゆりかごと聖王に関しては完全に貴様に任せる。その為だけに貴様らの存在を認めているのだ。だから気にすることなく戦闘機人と戦い、ゆりかごと戦い、そして聖王と戦え。その間に―――」

 

 扉がきぃ、と音を立てながら開く。その向こう側から姿を現すのは二つの姿だ。一つはバリアジャケット姿の赤毛の女、そしてもう一人はカソック姿の長髪の女だ。部屋に入るのと同時に、長髪の女はレジアスの言葉を引き継ぐように口を開く。

 

「―――我々が地を覆う災厄を祓いましょう」

 

 聖王教会の騎士にして―――管理局所属カリム・グラシア”少将”の姿がそこにあった。

 

「この日の為に我々は何年も前から備え、鍛え、そしてカードを揃えてきました。古代ベルカの遺産の復活、王の帰還、新たな王の誕生、法の守護者に訪れる危機―――お待たせしました。カリム・グラシア少将にシスター・シャッハ以下ミッドチルダ聖王教会所属騎士千と数名、戦列に加わる準備は既に完了しています」

 

 カリムの登場と言葉に笑みを浮かべるのは自分だけではない。

 

「共に鮮血の結末を超えられるよう、最善を尽くしましょう」

 

 スカリエッティの敵は管理局ではない。

 

 ミッドチルダだ。




 感想がそんの彼氏の葬式会場化してた。殺意高すぎて草不可避。

 そんなわけで、たぶん忘れられていた聖王教会の合流ですよ。機動六課のバックが誰かを思い出そう(

 上から見た現状と、一般からの現状ですな


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サプライズ・サプライズ

 りりりりり、と五月蠅く音を鳴らすアラームによってようやく今が何時であるのかを理解する。欠伸を口から思いっきり漏らしながら軽く体を伸ばす事によって何とか体から眠気を追いだそうとする。ただそれでも軽く眠気は残る。それも仕方のない話だ。何せ睡眠時間はたったの四時間―――それもこれも全部、夜遅くまでアニメを見ていたのが原因だからだ。

 

「まさか”世紀末ベルカ救世主伝説~神話お礼参り編~”を置いてあるとは侮れないわね機動六課……」

 

 一日の謹慎と半年の給料減額。それがテロのおこなわれていた地上本部へ向かった事と、忍び込んだ事に対して与えられた処分だった。除隊も反省文も書く必要はなかった―――まあ、そこは正直助かったと思いたい。個人的な感情で言えば反省なんて一切感じていなかったから。だから反省しろ、と言われたところで困った所だった。ただ、まあ、見る事は出来ないと思っていた激レア物のビデオというか教育委員会に発売禁止指定食らったものが見れたので個人的には大満足だった。

 

 これを持ち込んだのは確かなのはだったか、今度見つけたら同じシリーズのものを持っていないかきかなくてはいけない。あの砲撃キチガイは色んな意味でキチガイだがこのセンスだけは認めようと思う。面白かったし。最初は眉唾物だったが最後までモツ抜きや脳味噌スマッシュを無視してみていればストーリーラインはかなり練りこまれている良作だ。ただ、意外過ぎたのは主人公の目的が実は―――。

 

「ティアー? 起きてるー?」

 

 コンコンコン、と三度ドアが叩かれる事によって思考が途切れる。まあ、見ていたアニメの内容を思い出すのはまた今度でいい。それよりも今は、とベッドから降りて、再び体を伸ばしながら部屋の入口の方へと向かおうとする。だがその前に扉が開き、そこから制服姿のスバルが現れていた。

 

「ティア、起きているなら返事してよ」

 

「今からする所だったのよ……ふぁーぁ、眠い」

 

「ティア、完全にだらけきっているね……」

 

 そりゃあもう、久々の休暇という感じだったし。それに馬鹿の居場所は掴んだし。もう焦って探す必要はない。犯人は解った。―――自分に足りないものは見えた。ここからどうやって発展すればいいのかも理解できた。故に焦る必要はもうない。ここからは強くなってあの馬鹿な赤髪に本気の一撃叩き込んでピーピー泣かす事が人生の目標だ。それがハッキリと理解できたのでもうこれ以上気負う必要はないのだ。

 

「顔が怖い」

 

「失礼ね、何時も通りよ」

 

 スバルが浮かべている苦笑いからたぶん”毎日そんな顔だったら子供が泣いているよ”、何て事を思っているのだろうが、それに一々突っ込むのは疲れる話だというか、突っ込んでもループするだけなので、ここは1歳だけ大人な自分がぐっと我慢するべきだと思い、そして軽く欠伸を噛み殺す。先ほどは思いっきり出してしまったが、誰かがいる前では口を大きく開けているわけにもいかない。割と情けない所は見られているが、それでもこれ以上の醜態は駄目だと思い、

 

「謹慎処分解けた?」

 

「あ、うん。部隊長が朝ごはんを食べたら会いに来い、だって」

 

「ん、了解了解」

 

 手をひらひら振りながら部屋の中へと戻って行く。スバルの話を聞く限り本日も先日同様、備えるための軽めの演習があるはずだと思う。それを考慮して、デバイスは持ち歩いた方がいいし、先に制服に着替えておいた方が手間も少ないだろう。スバルを部屋から追い出しつつもハンガーにかけてある制服に手を伸ばし、寝間着を脱いで着替え始める。

 

 一日ぶりの制服は少しだけ、新鮮に感じられた。

 

 

                           ◆

 

 

 朝食を取ってから六課、部隊長の元へと向かおうとする途中でフォワードの仲間と会う。たった一日顔を合わせていなかっただけだが、それでも自分のことを心配してくれた同僚たちは確実に気のいい仲間たちだ。ギンガには無茶しては駄目だと怒られてしまったが、どうやらしばらくはギンガにいろいろ注意されそうだなぁ、と思いつつもまあ、心配されるのは悪い事じゃないと思う。どっかの馬鹿もそれを理解してくれれば状況は遥かに良くなるはずなんだけど、と思いつつあると、あっさりとはやての部屋の前まで到着する。扉の前で一旦足を止め、そして二度程ノックする。

 

「ティアナ・ランスターです」

 

「入ってええよ」

 

 扉を開けて、はやての執務室へと入れば、そこには大量の書類をデスクの上に乗せるはやての姿と、一斉に十数を超えるホロウィンドウを処理し続けるリインフォース・ツヴァイの姿があった。どこからどう見ても修羅場―――と、機動六課もテロの被害に関しては例外ではない事を思い出す。確かに機動六課は他の部隊と比べて若干独立した部分があるが、それでも一番ガジェットや戦闘機人に対する戦闘経験は多いのだ。敵が本格的にスカリエッティであると決まった今、資料やデータを求めて機動六課に大量の要求が来ることは目に見えている。……はやてとツヴァイが処理しているのはそういうものなのだろう。

 

「あぁ、死ぬ死ぬ。テロが始まったと思ったらずっとこれよ」

 

「はやてちゃん、第三空隊から第二十三空隊までが全て資料の要求をしてきています」

 

「既に閲覧用の書類は完成してる筈やでリイン。ちゃんと電子媒体でアップしてあるから適当に保管してある所へのアクセス方法を送ってやりぃ。あと合同演習と面談の方は全部キャンセルや。ウチらにそんな時間はないで。理由は……あー、生理痛で隊長が全員ダウンって事にしとき。流石にそれ以上は突っ込めへんだろうし」

 

 これは酷い、とはやての状況を眺めつつあると、数分後には書類を握っていたはやての動きが止まり、そして漸く一息を入れるように溜息を吐き、そしてデスクの上に散らばっている書類を集め、それを整える。はやてはそうしながらも此方へと視線を向け、そして話しかけてくる。

 

「すまんなぁ、ガジェットの交戦経験豊富って事がバレてるから最前線で戦う予定の連中からひっきりなしに説明とか資料求められているんよ。いや、ホント辛いわ。陸の連中も陸の連中で掌を返してニコニコしながら要求してくるから気持ち悪いし、空隊の方は”今までなのはに砲撃ぶち込まれた慰謝料”として資料要求して来るし。あかん、今はミッドにほとんどいない海だけが癒しや。援軍にアースラで駆けつけてくれんかなぁ……無理か。やっぱり無理か。無理よなぁ……クロノは命令違反する様なタイプじゃないしなぁ……でもなぁ―――やっぱロマンだと思わん? 戦艦で特攻ダイブ」

 

「八神部隊長、徹夜してません? 大分脳がアッパー入ってますよ」

 

「はやてちゃんこんな調子で資料整理しつつプランを構築しているんで結構危ない方向に入っているんだと思うんです。あ、此方の処理は終わらせたのでちょっと飲み物取ってきますね。はやてちゃんはもちろん珈琲のブラックで」

 

「あぁ、頼むわぁ。この調子だとマジで戦艦持ってきて戦艦落としやるかもしれへんし。昨日、人工衛星落とし見てちょっとロマン回路にキュンときてしまってなぁ……」

 

「正気に戻れよ管理局員」

 

 思わず敬語や立場を無視してツッコミを入れてしまったがはやてのほうはせやな、と言葉を置いてまずはデスクに突っ伏す。此方がオールナイトでアニメを見ていたところ、あちらはオールナイトで書類や案件の処理をしていたらしい。そう考えると激しく申し訳なくなってくる。ただ、まあ、反省する気は一切ないのでご愁傷様、という言葉しか浮かび上がってこない。なんだろうか―――ここへ来た時と比べて自分が物凄く擦り切れているような気がしてきてしょうがない。

 

「さて」

 

 はやてが復活しつつ、両手を組み、そしてそれを顎に当て、肘をデスクに乗せる。これからいかにも真面目な話をするぞ、というサインをはやてが見せてくるので此方も姿勢を正して、部下としての姿勢に自分を戻す。

 

「んじゃ改めてティアナ・ランスター二等陸士反省は―――してないから聞くまでもない話やな。流石キチガイコンビの後輩と言った所やな。ブチギレたら何するか解らへんな。と、そういうどうでもいい話は一旦忘れて、一応ウチらも組織として活動しているんや? 解っとるか? 辞表叩きつけて辞めます、って言って抜けられるもんでもないんや。―――なめとるんか?」

 

「ごめいわくをおかけしましたことにかんしては、まことに、もうしわけ、ありません」

 

「やっぱり舐めてるなコイツ」

 

 そう言うとはやては視線をデスクへと降ろす。そこには少しだけ、つらそうな表情があった。何というべきか、苦渋の決断をした様な、そんなはやての表情が何故か嫌な予感しか感じられなかった。なので今すぐにでも逃げようと思い、逃げ道を探し始める。その瞬間、扉が開く。

 

「あ、珈琲持ってきましたよー」

 

 ふよふよと浮かびながらツヴァイが魔法で珈琲を浮かべながら部屋の中へと入ってくる。これで更に逃げ辛くなったなぁ、と変な所で頑固なツヴァイの性格を思いながらどうするべきかを考えると、はやてが視線を持ち上げていた。

 

「これだけは……したくなかったんや。これだけは、これだけはいけない、そう思っていても人間はどうしてもやってしまう! ティアナに反省する気がないならこの手段を使わざるを得ない。悪いのはティアナちゃんなんやで?」

 

 そう言ってはやてが指でぱっちん、と音を立てる様にスナップする。妙な凄みを持ったはやての姿に一瞬気後れするが、魔法が発動する様な感じは受けない。それどころかそれ以外には平和だった。何も変化は起きない。だがそれが逆に不気味さを表していた。これから何かが、究極的に恐ろしい何かが起きる、それだけが確信できた。

 

 それが現実となったのは次の瞬間の事だった。

 

「これは―――音楽?」

 

 どっかで聞いたことのある重圧なクラシック。戦艦が発信しそうな、少しだけ絶望感漂う音のクラシックが少し薄いが、聞こえてきた。それは時と共に段々とボリュームを上げ、音源が近づいている事を表していた。嫌な予感が段々と体に突き刺さり、これなんかあかん感じだなぁ、と考え始めた頃に、はやての背後、そこにあった窓が開き、音楽が入り込んでくる。

 

 その外側にいたのは何か、巨大な蝶の背中に乗っている紫髪の少女だった。

 

 その横には”BGM再生中”と書かれたホロウィンドウが浮かんでおり、開いた窓から一気に跳躍して、紫髪の少女が部屋の中へと入りこんでくる。華麗に着地し、そして若干、どっかのスレイヤー風なポーズを取ると、魔法を使って光の演出を行い、

 

「どうも、ティアナ・ランスターさん。ルーテシア・アルピーノっていうバーサーク系職業幼女です。特技は地を這う人類っていう虫けらを圧倒的暴力で踏み潰す事です。趣味は地を這う人類と言う虫けらを圧倒的暴力で踏み潰す事です。好きなものは短パンショタです。宜しくお願いします」

 

 ドヤ顔で部屋の中へと登場したのは数ヶ月前に敵対した事のある少女だ。圧倒的エキセントリックさを放っているこの少女の存在が、明らかにキャロと同等か、それ以上の存在であると認識する。いや、そもそも彼女は敵だったはずだ。それがここにいるという事はもしかして―――。

 

「このバイオウェポンの世話係ティアナな」

 

「いやあああ―――!! いや、や、やだぁ―――! 殺される……!」

 

 だがその続きを考える暇など存在しなかった。そんな事よりも今は自分の命が大事だった。

 

「私の登場でこの扱い。解せない」

 

 

                           ◆

 

 

「―――僕、今この機動六課が確実に死地になった事を確信しました」

 

「お、おう」

 

 瞳から光を消したエリオの姿にヴァイスは頷き、隠れ場所を提供するほかできる事はなかった。

 

 

                           ◆

 

 

「またバーサーク系幼女が増える事はこの際無視するとして、そのバイオウェポンは地上本部の方から戦力としてこっちに送られてきたもんや。……よーく、送られてきた意味を考えて面倒を見いよ? んじゃ適度にエリオ君を追いつめない様にその幼女の手綱を握っておいてな、ハイ解散、私は忙しいから質問受け付けませーん」

 

「勝手な行動は謝りますから! 謝りますからどうかこれを他の人に! スバルでもギンガでもいいから!」

 

「残念、ルーテシアは呪われている」

 

 ドヤ顔でそう言ってのける幼女を今すぐ殴ってやりたいが、はやての言っている”送られた”という言葉の意味はある程度理解できる。ツヴァイからの同情的な視線を受け止めつつも、ルーテシアへと向き直る。こいつの存在の意味を、そして現状を良く考えれば応えは深く考えなくても出てくる。

 

「とりあえず、六課を案内するわ―――その後でゆっくり話し合いましょう」

 

「短パン―――」

 

「それはいい」

 

 やっぱり辞表叩きつけた方がいいんじゃないのかなぁ、と今の環境を見ながら改めて思う。

 

 幼女の相手はハードルが高すぎる。




 う、うわああ、お幼女だあああああ!!(六課一般職員のリアクション

 このあと何事もなかったかのように仕事へ戻ります。前回キチガイ成分足りないって言われて悔しかった(


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デスティネーション

 真直ぐ眼下の光景を眺める。そこに広がるのは遠くまで見えるのは背の低い店舗と住宅だ。いや、そこまでは実際低くはないのだろう。ただここが、この場所が高すぎる―――地上本部の屋上部分、ここまで高く空を飛ぶ必要はないし、上る必要もない。ここからの景色を眺めた事のある人間はどれほどいるだろうか。……少なくともここまでゆっくりと街を眺める機会は自分にはなかった。そもそもからして最初の数年は守られていたから外に自由に出る事は出来ず、それが終わった数年は家族での生活とこれからの準備でまた自由なんてなくて、そして逃亡犯罪者生活に安息なんて決してなくて、ずっと隠れる生活だった。

 

 だからこんな高みから街を眺める経験はたぶんはじめてなのかもしれない。

 

「思えばかなりの時が経ったものだ……。我らが実験場から助け出され、保護され、そしてついにこのような状況へと我々は進んだ。ただただ破滅を待つだけだった我らも遠くへ来て、そして良くも悪くも変わったものよ……」

 

 眼下では必死に整地し、防壁を修復し、そして警戒態勢に入っている魔導師達の姿が見えるもちろんそこには魔法の使えない普通の陸士の姿もある。誰もが必死に、今を生き抜こうとしている。その姿をいとおしいと思う自分がいる。そう、今の状況は実に理想的だ、と。誰もが頑張っている―――それは今を生きる為、そして来るかどうかわからない明日を創るための行動だ。一番上で腐らせていた存在はいなくなった。それによってレジアス・ゲイズという男の半ば独裁的状況がこのミッドチルダ、クラナガンでは完成しつつある。ただレジアスにはそこまで大規模な野望はない。レジアスは決して才能に恵まれている男ではない。その程度、

 

「才能に恵まれている者から見れば一目瞭然―――アレは凡夫だな」

 

 レジアスは決して才能のある人間ではないのだ。だからこそあの男の手腕には賛辞を送る事しかできない。良くぞ、良くぞそこまで高めた。才が無くとも信念と、覚悟と、そして長年の経験。それだけであの男は今の状況を生み出した。普通の人間なら百度は心が折れて挫折する様な道だ。その全てを乗り越え、そしてここまでやってきている。

 

 才がないからこそ理解される。努力により伸し上がってきたからこそ人がついてくるだけのカリスマが備わっている。故にレジアスという男は部下に裏切られる可能性は極僅かとなっている。レジアスを裏切るという事はつまり自分たちの理想を、成りうる可能性を裏切っている事に他ならないからだ。いや、それはあまりにも言葉を飾り過ぎているだろう。もっとシンプルにして見ればそう、

 

「かっこいい者は裏切れんか、真理だな」

 

 憧れた、付いて行きたい、そんな人間を裏切る事は出来ない。ただ単純に損得の話ではなく、そういう気持ちになれないだけだ。アレがそんな背中を見せ続けている限りは、自分の身を削ってまで地上の平和を守ろうとしている間は、そういう裏切りが局員から生まれる事はないと断言していい。それだけ陸の信頼と体制は盤石だ。だからこそ、危うい。今の陸はまず間違いなくレジアスが一人でまとめ上げているような状態だ。

 

 レジアスが消えればここはそのまま瓦解する。その時始まるであろうトップ争いを見たいという気持ちは一切ない。というよりもそもそもからして時空管理局という組織に対して興味は持っていないのだ。持っているのは精々邪魔と言う認識位のものだ。まあ、役割は大事だし、どう足掻いても必要な組織である事には間違いはないのだ。肥大化する次元犯罪者を相手に出来る組織は今では次元管理局なのだ。

 

 もし、此処で管理局がスカリエッティに敗北する様な事があれば―――リアル世紀末が始まる。冗談でもなんでもなく本当に世紀末になる。管理局が後ろ暗い事をやっているのは事実だが、同時に多くの平和を守っている事もまた真実だ。この組織を見るうえでその二つを切り離す事は出来ないのだ。まるで人間関係の様なものだと思う。誰かと繋がり、その人を通して誰かを知り、段々とそう言うつながりが増え―――そして誰かにつらく当たったり、別の誰かに優しかったりするのも全部含めてその人物なのだ。

 

 面倒だ。実に面倒だ。大きくなればなるほど人とのつながりが、関係が、そういうものが複雑に絡み合って一つの巨大なネットワークが完成する。人間と言う生き物はそういうネットワークに絡められて生きるものだ。ただそれが多すぎる事を嫌がる人種は存在する―――自分の様に。実に笑いものだ。元々統率役としての役割を与えられ、王として人を導くことを前提にして生み出された自分が多くの人間との関係を面倒だと思うとは。これこそ滑稽ではないのだろうか。製作者は―――いや、スカリエッティなら間違いなくこう言うだろう。

 

「―――それもまた良し、と。良く考えればあの男は善悪概念がないだけで個人の思想や信念に対しては自由であり、肯定的だったな。あぁ、アイツが立場であるという状況さえ抜けばまた理想の職場だったかもしれぬなぁ……遊べて、思想は自由で、そして善悪感がない。何をやっても自由、何をされても自由、故に究極的に肯定される。魅力的な話だ」

 

「―――ならば今から乗り換えますか?」

 

「イングか」

 

 振り返れば背後に何時の間にかイングの姿がそこにはあった。失礼します、と言われイングが横にやってくる。追い払う理由は存在しないし、彼女の存在は構わないので黙って受け入れる。そのまま眼下、広がるクラナガンの光景を眺めながら軽く気配を探ろうとし、そして感知する事に失敗する。

 

「この感じ……終わったか」

 

 何を、と言う必要はない。計画の一部だ。彼女も経験したばかりだろうから何の事であるかを説明することなく理解する筈だ。その証拠に、イングが軽く頷きを返し、えぇ、と答えて肯定してくる。

 

「―――リンカーコアを抜き取りました。これで私は魔法の使えないただの主婦ですね」

 

「貴様の様な主婦がいるか。まあ、我も言えた義理ではないが」

 

 これでイングはリンカーコアを失った。魔法と言う奇跡の力を使えなくなった代わりに、魔力やリンアーコアによる探知には引っかからなくなった。他の全員に必要な強化や準備は後数日ほどで完了する。問題なのはそれがスカリエッティの計画した進行に間に合うかどうかだ。スカリエッティが此方の予想よりも早く仕掛けてくれば、此方側の準備が整うよりも前に仕掛けて来たとすれば、まず間違いなく負ける。スカリエッティの元で活動していたから相手の生産力、技術力、そして資金力は理解しているつもりだ。

 

 それを自由に使えない様に押し込んでいた最高評議会もスカリエッティの手によって始末されてしまった。現状、スカリエッティを抑え込めるのは武力だけだ。その為には圧倒的戦力が必要だが―――はたして、今の管理局にそれだけの力はあるのだろうか? いや、戦力として見るべきなのは管理局全体ではなく、ミッドチルダの戦力だ。聖王教会が管理局と共に戦ってくれると宣言してくれたおかげで、AMFに関係なく実力を発揮できる騎士達を千人ほど用意してくれた。だが自分が記憶している限り、スカリエッティはそれを超える数を簡単に用意できる筈だ。

 

 戦艦や援軍が軒並み封印されているという状態が何よりもキツイ。管理局最大の武器はその組織力と人員の数にある。組織系統を乱して、移動を遮断して、そして数で封殺する。スカリエッティの戦力は確かに見事だが、

 

「負けるわけにはいかんな、この戦い」

 

「ですね。私達自身のためにも、負けることはできません。誰よりも何よりも率先して身を削っている人の為にも一切の妥協も油断も慢心も、できませんね」

 

「そうだな―――だが我々にできることは所詮戦う事だけだ。資金がある訳ではない。指揮権がある訳ではない。一時的に不問にされているだけで我々は犯罪者だ。この罪があるうちは一生、頭を高くして生きる事は出来ぬだろう。寧ろ本当の戦いはこれが全て終わってからかもしれんなあ」

 

 その言葉にイングが頷く。

 

「全てを清算し、その先で残るのは罪だけ、ですか。幸い彼も私達も決して一人ではなく一緒なんです。全員で分け合えば少しは軽くなるはずです」

 

「そうだなぁ……」

 

 今はまだ平和なクラナガンの姿を見ながらそう思う。一人じゃない、と言うだけでどれだけ自分たちは救われているのだろうか。少なくとも孤独であればここまでやって来る事は出来ず、どこかで折れていたに違いない。イストも、自分も、イングも、他の皆も全員、誰かに頼り、そして頼られる事で何とか成り立っている。その支えを失えば転落なんて簡単なものだ。だからこそ我々はここまでやってこれた、そういう自信がある。そしてみんなとのであればまた、負ける事はないと確信している。

 

 手段を選ばない此方に対してレジアスは使い捨ての駒としてサポートを与えてくれる。

 

 それでいい、と思う。

 

「さて」

 

 視線を向ける方角を変え、

 

「烏共はどうしているか」

 

 敵ではなく、間接的だが今は味方となっている機動六課が何をしているのか、それは若干気になるところだ。故に視線を其方の方向へと向け、軽くだが想像してみる―――たぶん今日もまた騒がしく、そして楽しくやっているに違いない。あの連中がふさぎ込んでいる光景というのは中々想像できるものではない。

 

 だから今日も何時もみたいに馬鹿をやっているんだろうなぁ……。

 

 

                           ◆

 

 

 そして空間シミュレーター内部の廃墟空間が桜色に光った。

 

「ハイペリオン!」

 

 その言葉と共に吹き飛ばされるのは紫髪の少女―――ルーテシアで、彼女が吹き飛ばされた瞬間、人型の昆虫が、ガリューが接近しようとしてくる。だがそれに合わせて前に出る。魔力を左拳に乗せて、それに砲撃術式を重ねる。ガリューが射程範囲内に入るのと同時に左拳をガリューへと叩きつける。殴るのと同時に砲撃を叩き込み、ガリューを近くのビルを超える高さまで打ち上げる。

 

「召―――」

 

「させ! ない!」

 

 吹き飛ばされたルーテシアが空中で体勢を整えながら召喚魔法を発動させようとするが、その前にレイジングハートそのものを全力で投擲する。ストライクフレームでもない、通常のセプター形体のレイジングハートでも魔力がこもっていれば手槍と変わらない性能を発揮してくれる。ルーテシアが召喚を完了させる前にルーテシアの鳩尾にレイジングハートが叩き込まれ、口が止まる。その瞬間にチェーンバインドを発動させ、レイジングハートとルーテシアを掴み、

 

「ふんっ」

 

 全力で引き寄せる。レイジングハートをキャッチするのと同時にルーテシアが口を開けない様に片手で口を押え、そしてルーテシアの胸にレイジングハートを当てる。この状況で既に詰みなのだが、教える事は教えなくてはならない。振り返り、後ろで戦況を眺めている教え子達に笑顔を向ける。

 

 えーと……なんだっけ……砲撃ぶっぱしている間に何で戦っているのか忘れそうになった。

 

 あぁ、そうだった。

 

「白天―――」

 

「ハイペリオン。もういっちょハイペリオン」

 

 桜色の砲撃を放ちながらあぁ、そうだった、と思い出す。

 

「えっとね? 上下関係ってのは凄く大事なんだよ皆? 上の指示にはちゃんと従う。組織において行動するならこれは原則、基本的な事なんだ。べつに管理局は軍隊って訳じゃないけど、こういう非常事態だからこそ混乱しない様に規律が求められるの。解るかな?」

 

 うんうんうん、と全力で頭を縦に振る教え子たちがいる。こうやって真剣に話を聞いている姿を見ると教官としては実にうれしくなってくる。あ、ガリューが落ちてきた。邪魔なのでサービスしなきゃ。

 

「もうちょっと飛んでて」

 

 ハイペリオンスマッシャーを片手で叩き込んでおいてガリューをもう一回空へと打ち上げる。ガリューが更に高く空へと飛びあがる。姿を見ながらもう一度ルーテシアにハイペリオンを叩き込んでおく。ぐったりとした感じが腕から感じてくるがこれはたぶん力を抜いて気絶しているフリをしているだけだ。だからハイペリオンをもう二発程叩き込んでおく。

 

「解るかな? 上の命令は絶対に従いましょう、ほう・れん・そうは超大事。無理無茶無謀は結構だけど、やるならまず上司に連絡を入れようね? 心配するから。あと無駄に反抗するのもやめましょう。基本的に上司が上司なのはより多くの功績を積み重ねてきたのか頭がおかしいぐらいに強いからです。ちょっと芸風で押し通せば大丈夫かなぁ……なんて思っていると容赦なく公開処刑されるのが最近の風潮なんで皆解ったかなぁ? うん? ティアナ震えてるけど大丈夫? 本当に? え、ルーテシアちゃん? 大丈夫大丈夫―――あと五発程気絶してから叩き込むだけだから」

 

 ちゃんと話を聞いてくれるいい教え子を持ったなあ、と思いつつ、レイジングハートを構える。

 

 ……時間がないなぁ。




 王様一家→シリアス 六課→ギャグ

 この差は何処で出来たんだ。そしてキチロリでも魔王には勝てなかったよぉ……

 P.S.感想で指摘されるまでサブタイ入れ忘れてたのに気付かなかった。超感謝


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ミッドナイト・ブルース

 花束を片手に歩く。

 

 恰好は上下黒のスーツ姿。ネクタイも黒、シャツは白、サングラスもかけて全身真っ黒と言う恰好―――地球という世界の文化においてこれは喪服に該当するらしい。目だたない格好だし、丁度いいと思い、恰好だけは真似させてもらっている。しかし偶に次元世界で、次元の壁を越えた向こう側でも同じ文化が存在すると驚く。喪服や、墓石を立てる事や、花を捧げる事や。だからこの状況で共同墓地へとやって来る事に違和感など存在はしない。実際前回の地上本部テロで少なくはない管理局員が死んでいる。故に心を慰める為に、死者を忘れないために、墓地へとやってくる存在は実際には多い。ただ今のミッドチルダ全域には安全のための戒厳令が敷かれている。故に家の外に出ているのは最低でもBランク以上の魔導師ばかりだ。

 

 夜中に墓地へとやってくるようなやつは今の所いない。管理人も勿論いない。だから勝手に壁を飛び越え、そして墓地へと侵入した。まあ、割と自由になった状況ではあるが、それでもまだ不自由は多い。故にこんな風にしのぶようにしなきゃ会いに来る事さえできないのは少しだけ恥ずかしい話だ。全てが終わったら……全てが終わったら―――その言葉で何かを約束できたら何て素晴らしい事なんだろうか。全てが終わったら、何て自分に言える事はない。何時だって全力で、死力を尽くして、死の一歩手間を何時もギリギリのところで歩いている。何時死んでもおかしくはないから終わった後の事だけは約束できない。

 

「俺もずいぶん狂っちまったなぁ」

 

 全ての原因は何処にあるのだろうか。そんな事を思いながら墓地を歩く。目的地は決まっているので迷う必要はない。だがそこまではしばらく距離はある。だから夜空に浮かぶ月をここから見上げながら歩く。まだ完全な満月とは行かないが、丸く見える月が夜空に浮かび上がり、世界をその光で照らしている。この月明かりのおかげでライトや魔法を使わなくても十分に夜が明るくなって、見え墓地の墓石に刻まれている名前でさえ確認する事が出来る。少しだけ、いい感じだと思う。いや、別に墓地にいる事ではない。月明かりを浴びながら散歩するという事だ。

 

 時間がないので今までそんな散歩をする余裕なんてなかったし、こうやってゆっくりと考え事をしながら歩く暇なんてなかった。だから月を見上げて歩く、何て事はちょっとしゃれた事なんではないかな、と柄にでもなく思ってしまう。まあ、所詮は戯言。意味のない思考だ。そんな事を考える暇があったら勝率ゼロパーセントのムリゲーラスボスの攻略の仕方でも考えた方がまだ有益だ。一対一だと何百回シミュレートしても勝利する事は出来ない、最大戦果で相討ちが今自分の出せる答えだ。まあ、それも、繰り出す技全てを覚えられ、そしてクリーンヒットを繰り出せることなく敗北してしまったクラウスよりはまだましなのかもしれない。

 

 スカリエッティが聖王核に手を出していれば―――。

 

「果たして勝機なんてあるのか。用意されているのか。怪しい所だなぁ。全員一緒に戦えればまた勝ち目はあるんだろうけど……それができないのが辛い所だな」

 

 そもそもスカリエッティからして今回ばかりは間違いなく”本気”だろうと思っている。今までの様に軽い遊びが入った状態ではなく、最初から最後まで勝利する事だけを目的とした行動をしてくる、という事だ。それがどれだけ恐ろしいかは自分たちが知っている。だけどそれに恐れるわけにもいかない。なぜなら、

 

「よぉ、待たせたな」

 

 花束を肩に乗せ、そして足の動きを止める。視線の先には墓が一つある。他の墓石同様そこそこのサイズがあって、鈍い色に月光を受けて輝いていて、そしてそこに刻まれた文字を此方へと向けてくる―――墓石にはティーダ・ランスターと刻まれている。持って来た花束をティーダの墓前に置いてから一息を付く。これで今夜の目的の半分は達成した。

 

「なあ、ティーダ……色々あって会いに来ることできなかったけどさ、やっとここまで来る事が出来たよ。なんつーか……親友をないがしろにしてて悪かったな。べつに忘れてたわけじゃないからさ、謝ってくれたら許してくれるよな?」

 

 墓石に語りかけても答えは返ってこない。それもそうだ、死人は喋らない。それが本来であり、正しい結果なのだ。だから死者から返ってくるわけがない。ティーダ・ランスターという男は死んでいて、もう二度と蘇るはずはないのだ―――その不条理は既に一度、覆されているが。だからこそスカリエッティは生かしておけない。あの男は発見次第殺さなくてはいけない。そうしなくては眠っているはずの友も、友達も安らかに眠り続けられない。だから改めて友の墓前で誓う。

 

「悪いな遅くなっちまって。だけど決めたぜ俺ぁ。戦うぜ。戦って戦って戦うぜ。んで戦って戦って戦って戦って戦って、終わるまで戦うぜ。つってっも俺が戦うのは一戦だけなんだけど、いろいろ計算して貰ったりズルしてみてるんだが、計算上それで体が持つのは一戦だけなんだってよ。人生そんなもんだよな。どうなるのかが解らないから未知ってのは怖いけどワクワクしてて……あぁ、古臭い連中には退場して貰って若いのにキッチリ道を作らないといけないよな」

 

 頭を掻きながらティーダの墓を見る。他の墓と比べてこれが綺麗なのは決してこれが新しいからではなく、定期的に誰かの手によって磨かれているからだ。キッチリ愛されてるなぁ、とその姿を見ながら重い、そして軽く苦笑する。そうだな、そんな事話し合うよりはこっちの方が話題的に好きだろうと、そう思う。

 

「知ってるかティーダ? ティアナ、凄く強くなったんだぜ。たぶん昔のお前と同じぐらい……いや、たぶん数日の間にはお前よりも強くなってると思うよ。あの子にある才能はマジモンで、俺やお前とは比べ物にならないよ。俺なんかドーピングやチートばっか使って何とか食らいついているけどほら、限界あるし。こういうの全部抜きにしたら6年後? いや、4年後にはなんか一人じゃ相手に出来なさそうだよ。もう完全にエース級。お前とコンビ組んでた頃はまだまだ小さいガキだったんだけどなぁ」

 

 あの頃のティアナの姿を思い出す。あの頃のティアナは可愛かった。ティーダもいつもいつもティアナの自慢ばっかりしてて五月蠅かったものだが、ああやって自慢してくる馬鹿がいなくなって、急に静かになった気がして、結構寂しかった。ただ、まあ、そんな事を考えている暇はなかったし、可愛い後輩もなんかはいったりして、色々とあの後が充実していたことも否定できない。

 

「ホント、世の中勝手なやつらばかりだよな……どんな悲しい事があっても、その後に楽しい事があれば笑って忘れちまいそうになる。時が癒してくれる、これって物凄い治療方法であると同時に物凄い残酷だと俺は思うぜ。だってほら、何もかも時間が経過すれば忘れちまうって事じゃないか。それは……いやだろ、なあ」

 

 首の後ろに冷たい鉄の感覚を感じる。

 

「ティアナ」

 

「……」

 

 振り返るまでもなく、そこにはティアナがいる。首に当てているのはクロスミラージュか、タスラムか、判断はつかないが、おそらく非殺傷は切ってあるだろう。ただ銃口からはティアナの殺意を一切感じない。であれば、ティアナも殺す気なんて微塵もないだろう。それに……銃口が少し、ブレている。震えている。

 

「……馬鹿、こんな所で何やってんのよ」

 

「お墓参り」

 

「真顔で言うな」

 

 振り返りつつよ、と手を上げて挨拶すればティアナが呆れた表情でタスラムの銃口を下げて、それを横のホルスターにしまう。その恰好は管理局員の制服だ。昔のティアナであれば確実に着させられている、と言う形だったろう。だが今のティアナは完全に服装に見合う風格を持っている。成長している、と言うのが一目瞭然だ。そんなティアナは呆れた表情を浮かべながら片手で顔を覆い、露骨に溜息を吐いてくる。

 

「アンタが腹パンしたせいで八神部隊長丸一日ベッドから動けなかったんだから」

 

「そうなる様に加減して殴ったんだよ。一日だけ行動不能にするように調整して殴るのって意外と難しいんだからな、アレ。お前も何時か脅迫とかの手段の有用性を覚え始めたらその難しさに頭を悩めるがいい」

 

「覚えたくないわよ」

 

 ティアナがそう言い終ると、互いに数秒間黙る。ティアナは間違いなく此方の行動を予測して、アタリをつけて追いかけているのだが、自分は本当に偶然とティアナと遭遇してしまっただけだ―――だから不本意な事に、言葉が見つからない戦いだったらテンションに任せればいい。敵だったら罵ればいい。味方だったら馬鹿をすればいい―――ティアナと俺の環境は非常に微妙なものだ。少し、話し辛い間柄だ。

 

「ルーテシア、呪ってたわよ。ヒエラルキーのトップに立とうとしたらバーサーカーが既に降臨していた、ってね。というか呪うって言ってマジで呪術的儀式を始める人を始めてみたわ。あるのね、手順」

 

「なんかマジで怖気感じ始めて来たからルールーの話はやめようぜ。アレって俺じゃあどうにもできないカテゴリーだし。いやぁ、やっぱキチガイ元後輩に任せて正解だったわ。俺信頼してるんだよなぁ、なんだかんだ言って。自慢げに言ってた高町式教育術、それが早速効果を表しているとはなぁー」

 

「確信犯か貴様」

 

 だってルーテシアの目的は果たされているし、地上本部なんて場所に置いておくよりは機動六課という”約束された”場所へと送っておいた方が遥かにいい。地上本部は襲撃を受ける可能性が高いし、ルーテシアは機動六課の所属にしておいた方が遥かに動きやすい話だ。もう十分にルーテシアは助けた。メガーヌも治療は完了して、今は病院にいる。あとはルーテシアの勝手な問題だ。このまま戦うか、戦わないかは。ただ選択肢の一つとして戦いやすい環境を用意し、そしてルーテシアはそれを選んだ。それだけの話だ。

 

「ま、元気そうにやってるならいいさ。俺もちょいとティーダに報告しに来ただけだし。ま、今の俺の立場はあんまり公式的なもんじゃないからカリムちゃんやらレジアスのおっさんの手を煩わせたくないし、見なかったふりして帰してくれると助かるわ。あ、あとフェイトそんにお前、いい加減バリジャケットを変えるかレヴィ並に開き直らないとキツイぞって言っておけよ。あとはやてちゃんもフェイトそんに彼氏できたのにおめーにはいねぇのな、って煽っておいて。なのは? 死ね」

 

 じゃあな、と言って去ろうとする。

 

「オイコラマテ」

 

 が、そそくさとそのまま去ろうとした所、ティアナが肩を掴んでくるので逃亡に失敗する。やっぱりノリで流せるような相手ではなかった。溜息を吐きながら振り返ると、タスラムを突きつけたティアナがそれを此方へとぐりぐりと押し付けてくる。

 

「ぶっ殺すわよ……!」

 

「お、お前も大分はっちゃけてきたなぁ、お兄さん悲しむぞー! ティーダ! ティーダさん! おたくの娘さん超グレてますよ!」

 

「大丈夫、兄さんシスコンだからどんな私でも受け入れる筈」

 

 否定できないのがティーダ・ランスターの恐ろしい所だ。アレはアレでかなりのシスコンである事を半ば公言していた。いやぁ、思うと本当に外道臭くて頭のおかしいやつだ。こういう時はなんと言うんだったか―――あぁ、そうだった。おかしいやつを亡くした。

 

「ねぇ、それよりもさ」

 

「あん?」

 

「―――生きて帰ってくるのよね?」

 

「……さてな。そればかりはオリヴィエに祈りな。今回の件で俺が死ぬのはオリヴィエに殺される時だけだからな。それ以外じゃ俺は殺せねぇよ。こういうのもアレだけど、たぶん今の俺超最強だぜ。言っておくけど俺は過去の覇王よりもぶっちぎりで強いぜ? だからほら―――」

 

「冗談を言って誤魔化さないで」

 

 ティアナが此方の服の袖を握って、引き留めてくる。それを振り払いながら、ティアナとティーダの墓に背中を向けて歩きはじめる。良かった、ティアナは元気そうだし……うん、良かった。少しだけ心配だった。本当に、本当に少しだけ。頭の片隅で少し引っかかる程度には。だがそれもなくなった。

 

「……俺だって死にたくはないよ」

 

 だけどさ、

 

「誰だって最後には勝ちたい。男の子ってそういうもんだろ。勝つためににゃあ手段選ばないぜ、俺は。あぁ、俺はここら辺マジだ。勝つ為だったら手段は選ばねえ。勝利の為だったら自殺するし、自爆するし、昔のダチだっていっぱい殺したさ。外道と罵りたければ罵りな―――勝たなきゃいけないんだよ、理屈でもなんでもなく。勝利しなきゃいけない事が世のなかにはあるんだよ、モラルとかを抜きにしてな。だから俺は勝つぜ。そこで俺が生きているか死んでいるかは別として。死ぬ気は欠片もねぇけどな。あぁ、これはマジでなのはに言っておいてくれ―――来るならお前も手段は択ぶなよ、ってな」

 

 じゃあな、と言葉を置いて帰路を歩み始める。それ以上はティアナの声はしない。する事もないだろう。道は完全に分かたれたわけではないが、それでもここで語る言葉はない。ただ申し訳ない、って気持ちはある。なぜなら、

 

「馬鹿ぁ―――!! 心配しているのに全部投げ捨てちゃって! 馬鹿ぁ―――!」

 

 ティアナはどうする事も出来ない。今は立場が違う。まだテロリストだった頃だったら無理やり連れ帰る事も出来たろうけど、今の俺の扱いは違う―――だからティアナではどうにもならない。心労ばかりかけてしまっているが……まあ、そういう人生だと思って諦めてもらおう。

 

「良いわよ良いわよ! 全部終わったら、しっかり全部謝ってもらうからね! 良いわね!」

 

「はいはい、生きてたらなー」

 

 たぶん事件が終わるまでティアナと会うことはもうないだろう。そして失敗したらこれが最後の別れだ。だからたっぷりと、今まで迷惑をかけてしまった分と、そしてティアナへと込められるだけの思いを込めて、振り返ることなく後ろへと軽く手を振る。

 

「じゃあな、ダチとは仲良くしろよ。良い男捕まえろよ」

 

 ―――さようなら。

 

 計らずとも心残りを一つ、清算できた。

 

 これで残されたのは―――。




 段々と終わり始める準備。段々と近づいてくる始まり。そんなわけで、あと1話ぐらいですかね。年内でマジで終わるのかこれ……。

 いや、ティアナちゃん好きなのよ? ただ長くし過ぎると読者も作者も飽きるっていう現象が発生するので、その前に終わりをつける事もまた必要な事の一つなので。その結果、一番プロット的に被害を受けているのがティアナちゃんでして……ごめんよ。


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ザ・ラスト・ディナー

 深く、深く溜息を吐く。前回休んでから果たして何十時間が経過したのだろうか。睡眠と食事は必要最低限しかとっていない。だがそのおかげもあって六日間で何とか必要な状況をそろえる事が出来た。聖王教会の介入は正直いけ好かない部分もあるが、この際文句を言っている暇はない。この事件をきっかけに自分の解任はほぼ確実な事となる。だからその前に残せる物は残しておかなくてはならない。マニュアル、ノウハウ、コネクション、後継者、そう言ったものを信頼できる次の者へと渡す。その準備は完了した―――引き継ぎの者も用意できたし、これで今回、何があろうと盤石の状態だ。

 

 そう思った瞬間全身から力が抜ける。長かった。こんな状態になるまで何年間管理局で働いてきた。何年間管理局のために働いてきた。その全てがあと少しで全部、自分の手から消えてなくなってしまう―――が、またそれもいいのかもしれない。自分はこの座に固執しすぎた。座り過ぎた。地上本部の膿み出しと共に自分も間違いなく消える必要がある。だから、これが自分の立つ最後の舞台だ。その為の妥協は一切しないが……こうやって準備を終わらせ、何時だって渡せる状態になると、少しだけ困ってしまう。

 

「儂の部屋は……こんなにも寂しいものだったか」

 

 書類などを全て処理し終わった自分の部屋を見る。六日間、六日間必要最低限の休みを抜いて強行軍した結果がこれだ。部屋に置いてあった必要な書類は纏められ、整理され、そして送られるべき場所へと送られた。その結果部屋に残されたものは筆記用具や棚、デスクを抜けばほとんど何もなかった。何十年間管理局で働いてきたのに、その積み重ねはどうやらモノとしては現れなかったらしい。

 

「ふ、それもそうか……」

 

 何を今更驚く必要があったのだろうか―――レジアス・ゲイズとはそういう男だっただろう。人生の全てを管理局と、そして地上の平和の維持のために捧げてきた。若い頃は結婚したし、子供だってできた。だが今を見てみろ。何が残っている。親友を死地に送って、その部下はほぼ全滅し、妻とは離婚して、娘とは親子とも呼べないような間柄だ。自分に残されたのは地上の平和への妄念と、執念と、この信念だけだ―――それだけが残っている。そしてそれも、此処が終わったしまえばもうなくなってしまう。レジアス・ゲイズ中将は、ただのレジアス・ゲイズになってしまう。

 

「が、それもそれでいいのだろう。長く……長くしがみ付きすぎたのだろう、儂も」

 

 柄にもなく弱気な言葉が出てくる。どうしてだろうか。自分の終わりが見えて来たからだろうか―――それとも生きて戦争の日を超えられる自信がないからだろうか。まあ、年々自分の衰えは感じてきた。ともなれば、ゼストにも会えた、そろそろが潮時なのかもしれない。これが終わったら潔く身を引く。そうしよう。誰かに追及されるのではなく、レジアス・ゲイズ自らの手で自らの終わらせるのだ。

 

「それなら少しは面白そうだな」

 

 態々マスコミにネタを提供するわけではないが、せめて最後ぐらいは地味だった人生、派手にやってもいいかもしれない。まあ、それもこれも全て、スカリエッティの後の話だ。故に現実的な話ではないし、所詮は戯言だ。どうにもならない妄想話だ。だから所詮これもまた自分の頭の中で終わるくだらない話だ。

 

 レジアス・ゲイズは徹底したリアリストだ。ロマンチシズムを必要としない。徹底したリアリスト思考が今の地上本部を、そして地上の平和を生み出してきたのだから。才能が無ければその分を努力で埋めて補ってきた。それでいい、それだけでいい。それだけが自分に必要で、すべき事だった。

 

「だが、そうやって儂は―――」

 

 こんこん、と思考を遮るように扉を叩く音がする。時間を確かめれば既に夜の八時過ぎだ、遅めに夕食を持ってくるように頼んでいたから、おそらく自分の夕食を持って来たオーリス辺りではないだろうか。必要な物はすべて片付けた……今日こそは少しだけゆっくりと、味わって夕食を食べる事が出来そうだ。自分の考えを肯定する様に入室を望む声はオーリスのものだ。

 

「入れ」

 

「はい」

 

 オーリスが入室してくる―――が、不思議な事にその手には最近よく見るトレイと、そして夕食の姿がない。その事を問うとして口を開く前に、オーリスが申し訳ありません、と頭を下げながら先に答えを出してくる。

 

「その、夕食の方をお持ちしようとしたんですけど……」

 

「けど?」

 

「……その、途中でディアーチェ・バサラが”そんなみみっちぃものでは体に悪い”と言って、取り上げた挙句夕食は会議室でやるからそっちへ降りて来い、と」

 

 盛大に頭を抱える。確かに地上本部内での自由を約束したのは自分だ。だがこんな形でそれが襲い掛かって来るとは思いもしなかった。いや、そもそも誰が夕食をストップさせられると思うだろうか。あぁ、そう言えばあの中には自分の事を主婦だと主張する緑色の鬼神がいたらしいが、たぶんそれと同類である事に違いない。

 

「あの……何か、持ってきましょうか……?」

 

「いや、いい。私自ら会いに行く」

 

 椅子から立ち上がり、軽く体を動かしながら執務室の外を目指す。一体何が目的で呼び出しているのかは解らないが、良く考えれば態々会議室へと呼びだすという事はそのまま”夕食”であるはずがない。勝手に動いている事だし、もしかしたら追加で何らかの情報を得たのかもしれない。だとすれば戦力を一から練り直す必要も出てくる可能性がある。

 

 仕事が終わればまた仕事。全く世の中、実にうまくできているものだ。

 

 

                           ◆

 

 

 そして、会議室のあるフロアに到着する。扉の向こう側には気配を多く感じる。いや、それだけではなく声も聞こえてきている。少々騒がしいのはそこにいる存在が一人ではなく複数、という事の証だろう。ともあれ、とすれば話し合う内容は重要な事である可能性が広がってくる。少し、覚悟を決めて会議室へと続く扉をあけ放つ。

 

 開けるのと同時に飛び込んでくるのは光、騒がしさと、そして―――匂いだった。食欲を誘う食べ物の匂い。焼いた肉にかけられたソースの匂い。スープから香り立つ野菜の匂い。まだ焼かれたばかりのパンの甘い匂い。そういう食べ物の匂いが湯気などと一緒になって、開けた扉から一気に顔に叩きつけてきていた。それに一瞬圧倒されるも、同時に会議室で起こっている光景に硬直する。

 

「あ、遅かったね」

 

「もう先に食ってるぞ」

 

「イング、それは私が狙っていた肉なんですが」

 

「ベルカには素晴らしい言葉が伝わっています―――食うか、先に食われるか。えぇ、つまり食べます。食べなかった方が悪なのです。つまりシュテル、貴女は手を出さなかった時点で敗北しているんです。つまり私が善で、貴女が悪です。アイム・ウィナー。正当性は私にあり」

 

「凄い謎理論が展開されている……」

 

 食事。夕食。ディナー。言葉として表現できる言葉は複数存在するが、それがこの状況を表す言葉だった。半ば呆然としながら部屋へと踏み入り、後ろで閉じる扉の音を聞きつつも両手で頭を押さえる。目の前の状況に軽く正気を失いそうだった。会議室の巨大な円形のテーブルは撤去されており、それよりも一段と小さな円形のテーブルが広い空間の中央に設置されていた。そしてそれを囲むように大小様々な姿が座って、テーブルの上に置かれた大量の料理に手を出していた。

 

「むう、来たかレジアス。遅いぞ貴様。何時までも待てぬから先に始めさせてもらったぞ」

 

 まだ半ば呆然とした状態で声の主、ディアーチェ・バサラの方向へと視線を向ける。彼女はテーブルの一角を指さす。そこには開いている席があった。まさかそこに座れ、そうこの女は言っているのだろうか。まさか本気で夕食にこの女は誘っただけだったのだろうか。それはありえない筈だ。いや、だってありえないに違いない。理性が状況を理解する事を拒んでいる。

 

「ごめん……ごめん……ごめんな……!」

 

 謝りながら、頭を下げながら食べている姿がある。赤毛の少女―――ゼストと共に戦ってくれていたユニゾンデバイス、アギトだ。ただ彼女は姿は小さいまま、テーブルの上に立ち、食べ物を美味しそうに食べながら此方に謝るという凄まじく矛盾した行動をしている。とりあえず反省したいけど食べるのを止められないという気持ちは伝わってきた。どうしよう、怒りたいのに素直に怒れない変な気持ちが出来上がっていた。怒りよりもこいつら正気か、と疑う気持ちの方が大きいからだろう、たぶん。

 

「まあまあ、落ち着いてください中将」

 

「……む」

 

 この正気を失いかねない状況で正気を取り戻せたのはその中に、物凄く見覚えのある偉い人物が―――早く言えばカリム・グラシアの姿が混ざっていたからだ。しかも物凄く自然に。しかもこの状況でありながら物凄い優雅な動作で食事している。驚異的な事だが、これを見ているとこの女、どう見てもこの状況に慣れている様にしか見えない。

 

「割と騎士団での食事というのは戦争の様なものですから、新米時代では結構こういう経験がありまして……あ、中将、横の席にどうぞ。早くしないと中将の分が無くなってしまいますよ?」

 

「いや、この状況はそもそも何なんだ」

 

「食事ですが?」

 

 それは解っている。それは見れば解る。だが一番大事な所を全く答えてはいない。欲しかったのはそういう答えではないのだ。軽く今の状況に頭を悩ませるが、いい加減に匂いが食欲を刺激しすぎる。断る理由も特に見つからないので、用意された席に座る。すると、

 

「で、貴様は何かアレルギーはあるか? 嫌いなものは? 好きなものは? まあ嫌いなものに関しては気にする必要はないな。嫌でも食わせて好きにさせてやるからな」

 

「な、ないが」

 

「ならば良し、好きに皿に移して食え。ゆっくりしているとそこの水色の掃除機に跡形も残さず食われる故な、さっさと食べる事をおすすめする」

 

「あぁ、手伝いましょうか中将?」

 

「いや、必要はない」

 

 正直に言えば混乱しっぱなしだが、手を借りる、という事に反射的に答えてしまった。吐いた唾は飲めない。前に置いてある皿にフォークやスプーンを使って適当に乗せて行く。その間にも自分は何をやっているのだ、本当は怒鳴って怒ってもいいのではないか、等と思うが、横で現在のミッドチルダにおける聖王教会のトップが笑顔で食べている様子を見ると、何故かこの状況が正しく思えてしまってしょうがない。

 

「いや、違う! なんだこの状況は!」

 

「食事中です、五月蠅すぎます」

 

「いや、何故儂はこんな所にいる!?」

 

「だから食事だってば」

 

「違うだろう!」

 

 頭を抱える。本気でこの連中、食事の為だけに呼び出したらしい。貴重な時間を……いや、終わったばかりなのだが、勝手に拘束して、しかも食事―――いや、待て、そもそも、

 

「騎士カリム、何故ここに……?」

 

「食事に誘われましたので」

 

「それだけか?」

 

「はい、それだけですが?」

 

 ゼストにベルカは頭がおかしいから気を付けろって昔言われた事を、今になってその意味を理解した気がする。改めて頭を抱え直すと、軽い笑い声が聞こえる。そちらの方へと視線を向けると、赤毛長髪の男が、イスト・バサラが小さく笑いながらすまない、と言葉を置いた。

 

「いやね、もう敬語とか面倒なんで割と素な感じで話すんだけど―――ほらね、俺達って後がないんだよ。失敗したらそこでおしまい。ワンコイン投入する事さえ許されないじゃない?」

 

 理解している。それは自分も同じだ。後がない。前に進むしか選択肢が存在しない。だからこそ全力で、慢心なく、油断なく、完璧にやるべきことをこなそうとしている。後がないからこそできること以上の全力を出さなくてはならない。

 

「そう、そうだ。俺達は常に全力だ。全力でやらなきゃ明日は俺達を迎えてくれないんだ―――」

 

「―――だからと言ってずっと真面目な顔をして眉間にしわを寄せて楽しい?」

 

 言葉を引き継いだのは水色の髪をストレートに降ろしている女、レヴィ・バサラだ。肉を一切れ口の中に頬張りつつ、

 

「少なくとも僕はそんなの全然楽しくないよ。全力で生きるのは悪くない事だよ。寧ろそれは褒められるべき所だと僕は思うよ。だけどそれとは別に真面目真面目でずーっと真剣な表情をしていて、そんな人生楽しめているの? そもそも生きている意味はあるの?」

 

「―――だからとびっきり馬鹿をやるんですよ、そう決めているんですよ。欲望に素直に、と」

 

 更にそこから言葉を引き継いだのが覇王イングヴァルトのクローンとして生み出されたはずだった女、イング・バサラだ。彼女は楽しそうに笑みを浮かべながら言葉を繋げてくる。

 

「やらなきゃいけない事を楽しんでやることはそんなに悪い事ですか? 少なくとも何事も楽しくやった方が生きている事にもっと意味は見いだせますよ? だからこそもっと楽しく、もっと素直に」

 

「―――我々はふざけるのだよ。後がないからこそ盛大にな。明日の無い我らに恐れるものなど最初から存在はしない。だったら終わりを迎えるにしろ、明日を迎えるにしろ、何事も愉快な方が楽しいではないか。刹那的と言ってしまえばそれはそれで簡単だが―――やはり、我は振り回すのも、振り回されるのも、つまらないのよりははるかに楽しくて好きだ」

 

 ディアーチェによって言葉は完結され、そしてその言葉には黙るしかなかった。ただ無意味な行動ではない事は理解できた。ただ、自分は―――。

 

「中将」

 

 カリムの声に視線を向ければ、カリムが此方の皿を指さしている。

 

「お腹も空いている事でしょうし、食べたらどうでしょうか? これは彼らの流儀であり、私達の流儀ではありませんが、出されたものを食べる事は客人としてのマナーではありますよ?」

 

「……一理あるな」

 

 一部おかしい所もあるが、カリムの言葉は強く否定できない。だからフォークとナイフを手に持ち、更にソースを乗せた肉を食べやすいサイズに切る。それを一口、口の中へと進ませ、そして食べる。

 

 久方に食べるまともな料理の味は、

 

「―――美味しい」

 

 何故か昔、”皆”で食べた風景を思い出させた。

 

「さ、食えよ、飲めよ、騒ぎたまえ―――命は短く儚い、ならばこそその間に全力である事こそが人の花よ。小難しい理屈は忘れて今は食欲に溺れるのが流儀だ」

 

 難しい事を言ってはいるが結局のところは馬鹿騒ぎしたい、というだけの話だ。

 

 全く。

 

「儂も決して忙しくはないが―――まあ、確かに飯が冷めてはいけないな」

 

 そしてフォークを次の料理に進める。騒がしさの中に自分の身を投げる。

 

 十数年ぶりの騒がしい食事をしながら。

 

 それでもう蘇る事のない過去の光景を思い出しながら。

 

 

                           ◆

 

 

 これより数時間の明朝近く、クラナガン北部、廃棄都市区間をまたぐようにガジェットの集結がゆっくりとだが、確実に行われている事が報告される。それはスカリエッティ側から最後の大戦の準備が完了したという合図であり、同時にこの世紀の大戦は廃棄都市区間で行おう、という提案でもあった。管理局にそれを断る理由も出撃しない理由も存在しなかった。

 

 早朝になる頃には廃棄都市区間を挟む様に両陣営の布陣は完了する。

 

 新暦七十五年九月十三日―――それは近代史における最も長い一日となりそうだった。




 本当は10話ぐらい平和な話を挟もうと思ったけど、既に12月に入った事を思い出して、”アレ、これしか進んでない……?”と予想外に話数が増える事にブルったてんぞーの図。あかん、伝家の宝刀【1日2回更新】を振るう必要が出て来ちまう。というかほぼ確定じゃないですかやだぁー!

 ともあれ、良くある最終戦前の食事シーンですよ! このあとレジアスさんはお酒飲まされてダウンしてオーリスに救出という事で。

 ではでは、次回から大戦、始まりますよー


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カミング・ウィズ・ザ・ドーン

 日の出が出てくるのと同時に、廃墟都市を挟む様に二つの陣営がその姿を並べていた。朝日を浴びながら鈍い鉄色に輝く機械的な姿を、管理局側のカメラやサーチャーは姿をとらえていた。一分ごとに更に数を増やし、地平を機械で埋めて行くガジェットと名付けられた彼らの姿に終わりはないように思えた。それだけ、ガジェットは大量に存在し、そしてその数を増やし続けていた。それに対応する様に管理局側も持てる人員と、そして導入できる人員全てを持って整列していた―――だがその数はガジェットの総数と比べてこの時点ではるかに少なかった。

 

 戦争とは人数である。故にこの時点での管理局の不利は避けられない事実だった。それ以前に管理局が人間を使って戦い、そして魔法を武器としているのに対して、スカリエッティが使っているのは機械と、そして魔法へのアンチとして存在するAMFだ。故に最初から不利だという事実は解りきっていた―――特に地上本部のテロに対して防衛を行っていた魔導師達は、その性能差を自身で感じ取っていた。

 

 だからと言って、そこに震えながら終わりを待つ者は一人として存在していなかった。戦えるものが全員その場には存在していた。ガジェットが集まりつつあるという報告を受けてから数時間後には空・陸、そして聖王教会騎士団の混成部隊が布陣してあった。確実に古代の戦乱以来の大戦以来の大規模な戦闘行為だった。今まで管理局がまさに恐れていたような状況だった。

 

 だからと言って諦める理由になりはしない。

 

 

                           ◆

 

 

「壮観ってやつやなぁ……」

 

 そんな言葉を零しながら前方に広がる光景を見る。そこには何十、何百人という武装局員の姿が存在していた。だがこの数の武装局員でも今現在管理局がミッドチルダで出撃させられる総数のうちの一割程度もない。それでも目の前には数百人の武装局員が―――全員が自分に従うと思うと改めて壮観だと思う。

 

「大隊指揮官資格はそりゃあ試験で取っておけば有利やし取っておいたよ? せやけど実際にこうやって数百人一度に指揮する時が来るとは思わんかったなぁ……」

 

『はやてちゃん大丈夫ですか?』

 

「へーきへーき。やる事はそう変わらんしある程度話は事前に通してもらったからぶっつけ本番って訳やないし、むしろ状況としてはこっちの方がある程度自由に動き回れるわ。こっちの事を配慮してくれた中将には感謝せんとなぁ……嫌われてるやろけど」

 

『はやてちゃん……』

 

 ユニゾン状態のツヴァイが呆れた様な視線と声を送ってきているのが解る。そんな事をされてもレジアスが此方を嫌っているという事実に変化はない。何せレジアスにとってこっちの存在は目の上のたんこぶだ―――まあ、それもある意味今の状況のおかげで改善されつつある。共通の敵が出現すれば人類は団結する。一体誰の小説のセリフだったろうか。そんなフィクションめいた言葉が現実になるとは思いもしなかったが。まあ、制約は確かに存在するがこの状況は好機だ。

 

「機動六課を含めて、陸士武装局員約二百三十二名私の指揮下で戦わせる事が機動六課を好きに動かす事の条件、か」

 

『これ、矛盾してません?』

 

「別に矛盾してへんよ。此方に好き勝手やる権利と同時にある程度の責任を押し付けてきたんよ」

 

 リインとの適性めっちゃ高いけど、どっかの馬鹿みたいに融合レベルじゃないからなぁ……。

 

 ツヴァイには口で説明する必要がある。これがイストであればユニゾン中、考えるだけで思考を共有できるので非常に楽なのだろうが、それとはまた別にどうして正気を保ったり、混ざったりしないのかも不思議な話だ。ユニゾンデバイスのロードとして、そこらへんの危険性は理解しているのだが、やはり真正のベルカには常識が通じないのだろうか。身内で言えばヴォルケンの様に。……ただなのはを見ているとベルカじゃなくて個人の問題じゃないかと思えてくる。昔は真面目な子だったんだけどなぁ、と思いつつも、

 

「ええかリイン。ぶっちゃけるとな、私達今首輪をつけられた状態なんやで?」

 

『そうなんですか?』

 

「せやで」

 

 実際やっている事は非常に解りやすい。

 

「機動六課は好き勝手やっていい。せやけど面倒を見させる大隊を此方に寄越す。つまり好き勝手やり過ぎて崩壊したら全部お前の責任だぞ、と。言葉では伝えないけど此方の良心を利用して動きを止めに来とるわ。どう理由をつけても与えられた部隊を壊滅なんかさせたら私の首が飛ぶわ。だから好き勝手はさせる、ただし陣営として被害が出ない分には―――つまり確実に私や一部の特級戦力を確実に戦陣に加えられるような手段やな、これは」

 

 大隊指揮官資格を機動六課で所持しているのは自分だけだし、与えられた部隊だけで運用するなんてことは絶対にできない。全体の生存率を上げるためにも此方の戦力と与えられた戦力を二つ共混ぜて上手く運用する事は必須だし。まあ、つまり自分が前方でズドンズドンする事は出来ず、後方からズドンズドンする機会が増えたと考えればいい。それに悪い事ばかりではない。そう、悪い事ばかりではないのだ。

 

『なんだか味方で足の引っ張り合いをしている気がします……』

 

 ツヴァイの言葉に思わず軽く笑いを零し、

 

「そんな事ないでリイン。ぶっちゃけた話、私らよりも階級が上の人って結構おんねんで? なのにまだ十八、十九の小娘に資格持ってるから言うて普通は大隊預けたりせんわ。ま、確実に直接交渉してくれた連中がおるんやけど……ま、まずはバックだとして―――それ以外は、な?」

 

『誰なんです?』

 

「そこは宿題や」

 

 えー、と声をツヴァイが漏らしてくるが、それを軽く聞き流しつつ脳内でプランをくみ上げる。いや、プラン自体は既に組み上がっている状態だ。ただそれが通じるかどうか、不備はないか、それを何回、何十回、何百回と脳内でシミュレートしている。ただそれはどれだけシミュレートしても意味のないものであるとは理解している。完璧にしようとすればするほど、スカリエッティの用意している不確定要素によって未知数が増えてしまう。だから作戦には臨機応変に動けるように柔軟性を残さないといけない―――めんどくさい。

 

 だがそれを差し引いても送られてきた大隊の、その中に混じっている魔導師の実力は嬉しい。エース級だけではなく半ストライカー級とも言える人材が送られてきた中には混じっていた。これであれば間違いなくなのはやフェイトを自由に動かす余裕が出来る。ライトニング分隊とスターズ分隊も配置してきたし、ギンガとルーテシアもいる。状況はむしろやりやすいと考えた方がいいだろう。戦力増えているし、自由に動かせる人員が増えたと、そう解釈していいのではなかろうか。ともあれ、なのはとフェイトには中隊を指揮する資格を持ってないので、代わりに入れた中隊長に連絡を入れなくてはならない。

 

 まずはライトニング分隊を配属した方の中隊へホロウィンドウを出現させ、そして通信を入れる。データやら何やらで姿は知っているが、こうやって合流したり顔を合わせるのは時間の都合上、初めてになる。ここは一発ガツン、と決めた方がいいのかもしれない。そう思い、ホロウィンドウを付けた瞬間、

 

『―――幼女様だぁ―――!!』

 

「……!?」

 

 ホロウィンドウの向こう側が盛大にお祭り状態だった。

 

 

                           ◆

 

 

「もう嫌だ、実家に帰りたい。助けてティアナさん、スバルさん、ギンガさん! フェイトさんじゃ役に立たないんだ!!」

 

 そう声に出して叫ぶが、声は届かない。それどころか周りは緊張感に包まれるどころか熱狂していた―――集団の先頭に立つルーテシアとキャロの存在に。アイドルを通り越して宗教的勢いに達しているキャロとルーテシアの幼女信仰的何かは二人を肩に乗せて担ぎ、盛大に見せるという崇める行為に及んでいる。頭が痛い。胃が痛い。

 

『何や平和そうやし大丈夫そうやからそっちはノータッチで良さそうやな』

 

 音源へと声を向ければ中隊長がはやての顔を映し出しているホロウィンドウに向かっていい笑顔でサムズアップを向けていた。中隊長の横へと迷う事無くダッシュし、ホロウィンドウを両手でつかむ。

 

「八神部隊長! 助けて! 助けてください! 今からでも遅くないから比較的に頭のおかしいティアナさんと僕を交換しましょうよ! ねえ!」

 

「問題ありませんよ八神部隊長!! 我ら一同、キャロ様とルーテシア様の為に命を捨てる所存!」

 

『うん、何というか本部の連中、問題児しか送らなかったという事は理解できたわぁ……。というか経歴欄がやけに空白多いな、と思っとったけど、確実にバレない様に隠しとったな。というか芸風的になのはちゃんの教え子……? まあええわ。では中隊の指示の方をお任せしますわ。此方は大局を眺めつつ指示出すので』

 

「お任せください八神部隊長殿、我ら美少女の為ならいつだって全力です」

 

『んじゃまた後で』

 

 ホロウィンドウが消えた。いや、そうじゃない。横で必死に助けを訴えている部下の事をまさか今の上司は無視したのではなかろうか。い、いや、そんな事はありえない。八神はやては身内に対しては激甘だってフェイトもなのはも言っていた。だったらここにいる未熟で憐れな部下を見捨てる筈がない。迷う事無くホロウィンドウを生み出すが、

 

『Connection failed. Negative』(通信拒否されています)

 

「嘘だぁ……!」

 

 まさかの部隊長からのブロック行為という見捨てるような行為に頭を抱えるしかなかった。いや、作戦が開始すればまず間違いなくこのブロックも解除されるのだろうが、それまでに行われる同僚からのハラスメント行為や蛮行を考えるだけで頭が痛くなってくる。横の中隊長は何故か物凄く羨ましそうな視線で此方を見て来るし。

 

「私もあと二十年若ければなぁ……ハンティング側に回っていたのだが」

 

「そっちですか」

 

 最近どんどん心が荒んで行く気がする。こう、最初はもっと平和だったはずだ。キャロとルーテシアが先頭に立ってポーズを決めた瞬間全員はっちゃけた気がする。ここは一瞬でここがキチガイのたまり場だったのを見抜いたキャロとルーテシアを称賛すべきなのか、それとも一瞬で彼女たちを教祖に仕立て上げた部隊の手腕をほめるべきなのだろうか。誰か切実に教えてほしい。頼りになるはずの隊長陣ははやてを除いて”全員”姿を見せていない。あ、だがフェイトはいい。あの人は基本的にオドオドしているばかりで駄目だ。あとついでになのはも除外だ。たぶんアレが諸悪の根源。アレが現れるとキャロとルーテシアが大人しくなるのはいいのだが、その後で今までの倍はアクティブになるので更にヤバイ。

 

 結論、ヴォルケンリッター助けて。

 

「……」

 

 ぽん、と肩に手を置かれる。その方向へと視線を向けると、虚空からステルスを解除しながら人型の黒い虫が出現する。その姿はルーテシアの召喚蟲のもの、ガリューだ。数日前にひたすらなのはによる”胴上げ”を食らっていた事が記憶に新しいが、ガリュー自体本来はかなり強く、スバルとギンガを同時に相手にできる程度には強い。

 

 何でもルーテシアによれば超ベルカ人に格闘を教わったからだと、か。

 

「ガリュー……さん?」

 

 ガリューが何やら疲れ切った様子を見せながらサムズアップを向けてくる。何故か、その動作に今までの、何年分ものガリューが味わってきた疲れを感じた。そうだ、自分とキャロの付き合いはたった数ヶ月だが、この召喚蟲はルーテシアと軽く数年以上の関係なのだ。だとしたらその苦労はたぶん、自分の想像を絶しているのではなかろうか。ともあれ、

 

「ありがとうございますガリューさん、僕、あと少しだけ頑張ってみますよ。ガリューさんが何年間も耐えてきたんです……僕にだってできない事はないはずですよ」

 

 笑顔をガリューへと向けてから、再びキャロとルーテシアの方へと視線を向ける。何時の間にかヒートアップしている宗教団体は何か近くのセメントブロックを削ってキャロとルーテシアの像を作ろうとしていた。ものすごく器用なのはいいが、その技術の使い所は絶対に間違っていると思う。その器用さはもっと専門職か、これからの戦いで披露して欲しい。

 

 とんとん、とガリューが肩を叩いてくる。励ましてくれる相手がいると助かるなぁ、と思いつつ振り返ると、

 

【甘くみてると死ぬよ】

 

「……」

 

【甘くみてると死ぬよ】

 

 ”甘くみてると死ぬよ”と書かれたホロウィンドウを何時の間にかガリューが握り、此方へと向けていた。何を甘く見ているって、誰の事か、それをガリューに教えてもらう必要はない。というか話の流れにそこで高笑いを上げているバーサーカーの片割れに違いない。

 

「家に帰りたいなぁ……」

 

 機動六課って実は身内が最大の敵だったんじゃないかなぁ、と思いつつも目を閉じる。

 

 こんな時、

 

 元、似たような境遇だった鉄腕王はどんな風なリアクションを取るのだろうか……?




 おかしい。俺は戦闘描写を書いている予定だったのに何故茶番が増えているんだろう。

 あとガリュー先輩に敬礼。


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アンド・ザ・ウォー・ビギン

 屋上の上から全体の様子を眺める。場所は管理局の大布陣の更に西側。管理局の右翼陣の更に西側に存在するビル群の屋上の上から眺めている。大きくざわつき、そしてある程度の落ち着きある集団は全員が武器を握って、そして反対側で相対するガジェットの姿を見えずとも、待ち構えている。その大きく広がっている布陣を確認する。管理局側の陣はシンプルだ。大きく陣を三つに分けている。

 

 右翼、左翼、そして中央という風に分かれている。その中でさらに細かく分岐しているが―――全体の総指揮をレジアスが、そこから指揮が取れる人間が大隊、中隊と、細かくなっている。基本的には上から下へと流れるシステム―――管理局の基本的な構造の様なシステムだ。シンプルなだけに臨機応変に動ける布陣だ。ただ一点が突破されればカバーしにくいという点もある。だが、その状況へと追い込まれた時点で管理局の敗北は決定している。第一レジアスも全体としての勝利を重視しているわけではない。

 

 管理局が、ミッドチルダが半ば本局から孤立しているこの状況で、管理局の最大の武器である”数”を投入できない時点で、スカリエッティに対する総力戦での勝利は見えないのだ。逆に言えば戦場全体としての戦闘は勝利出来なくても、局地的な戦闘での勝利なら取れる。スカリエッティは強いが―――一点に置ける突破力であれば管理局の方が人員が、その種類が”豊富”なのだ。突出した戦闘力を持っている人材がスカリエッティ側よりも遥かに多い。故にレジアスの戦力は簡単だ。

 

 極限までの遅延戦闘。

 

 ガジェットを極限まで削りながらその動きを留め、戦場を進ませない事が目的だ。そしてその間に特級戦力を持って相手の陣地へと侵入、必要最低限の敵を倒す事によって、強制的に戦場を終了させる。つまり戦術的勝利を戦略的勝利へと変えるのがレジアスの目的。唯一の勝利方法。それだけが数において劣っているレジアスがこの一戦で勝利できる唯一の方法だ。その為に自分の首を絞めるような交渉や準備を行ってきた筈だ。

 

「聖王教会騎士団の精鋭約千人、管理局所属武装隊ミッドチルダ駐屯全員で千五百人、武装陸士隊こいつは空港が使えないから車で飛ばして来るしかねぇから全員集まれずに千八百人、そして空のエリート魔導師が三百人ほど、最後に海の魔導師で偶然ミッドにいたのが二百人ほど―――合わせて約四千八百人。少ないな」

 

 流石管理局、流石慢性的人員不足。世界規模の大戦争をやらかすというのにまさか五千人も集まらないとは。いや、まず間違いなく人数を集めさせない為の空港潰しと衛星落としだ。それにしたって少なすぎる。五千人なんて二個連隊……ギリギリ旅団というレベルだ。師団に届くレベルではない。最低でも軍を名乗るのであればこの四倍、五倍の数は欲しい。

 

 改めて陸の魔導師の不便さと、そして管理局の次元世界を無差別に広げてしまっている体制の酷さがまさかここで露見する。レジアスとしては痛い話だろう。だが最高評議会にこの次元世界で逆らえる存在はいなかった―――いなかった、過去形。つまり過去の話だ。この話はスカリエッティがドゥーエを使って殺した事によって既に覆されている。最高評議会は存在せずに、今では本局の方で後釜を狙って争いが行われているだろう。それが確実に此方に対しての確認や援軍を送る行動を阻害している。

 

 詰んでいる。実に良く詰んでいる。

 

 個人での戦闘で勝利する―――つまりスカリエッティと聖王をぶっ潰せば勝利する。ついでにガジェットの制御装置もぶっ壊す。この三点以外は全て捨て駒の布陣なのだ、レジアスの作戦とは。ゆりかごは聖王がつぶれれば動かない木偶になる。スカリエッティがつぶれればナンバーズもガジェットも止まる。ガジェットの供給源を潰せば戦場が一気に有利になる。ただ一箇所、

 

 聖王攻略がムリゲーすぎる点を除けば何とかなる。

 

「準備完了ですね」

 

「僕達の方も準備は完了しているよ」

 

 大きく姿を変え、大剣の様な姿をしたフレームのルシフェリオンを握るシュテルと、そしてソード・ブレイバーフォームのバルニフィカスを”二つ”握るレヴィの姿がある。どちらもバリアジャケットに最終戦使用というべき、マイナーチェンジを施している。装飾が増えていたり、装甲が減っていたり―――バリアジャケットのカスタムっぷりは本人のやる気を計る為のいい導だ。

 

「ま、やる事をやるだけですし。そこまで心配する必要はありませんよ」

 

「然り、一人一人が己の役割を果たせば容易い事よ。そしてそれを成せぬ脆弱な者はここにはおらんわ」

 

 ユーリが纏うバリアジャケット―――紫天装束は白、ではなく攻撃的な赤色に染められ、そしてディアーチェの恰好も黄金の装飾が少々増えている。片手にエルシニアクロイツ、もう片手に紫天の書を握り、何時でも戦闘に臨める姿を見せている。

 

『正直負ける様な気がしないしな』

 

「えぇ……私達は無敵ですからね。必ず、目的は果たします」

 

 金色に髪を染めたイングがアギトの生み出した赤いバリアジャケット姿で、髪を全部降ろした状態で拳を作り、そして握りしめる。家族のその姿を眺めてから、頷く。ナルには言葉を聞く必要はない。彼女の全ての想いと全ての記憶はユニゾン中は常に自分と共有されている。故に思考する。

 

 行こうぜ―――ええ、生きましょう。

 

 全部終わらせて生きて帰ろう。故に行こう。

 

 視線の先で二つの陣営の動きが変わって行く。今までにらみ合うだけだった二つの陣営だったが、その両先端が動き始める。管理局側で動き始めるのは中央先端―――武装陸士隊によって構成された一番数の多い部隊。―――管理局陣営最弱の部隊。リンカーコアを持たない人間と、そしてリンカーコアを持っていても魔力の保有量の少ない人間の多くで構成されている部隊。AMF環境下であれば魔導師も、一般の武装局員も変わらない。つまりガジェット相手であれば圧倒的蹂躙される側になれる存在である、という事だ。

 

 そんな彼らが前へと出ていた。武器を手に、防具を体に、そして勇気と誇りを胸に。その姿を忘れぬように胸に刻みつつ、腕を組む。まだ出るには早い。まだ動くには早い。まだだ、まだ自分の出番ではない。だが―――ここは彼らの舞台だ。

 

「―――始まるぞ」

 

 廃墟の合間を抜け、朽ちた高速道路を走破し、武装局員とガジェットが正面からぶつかりに行く。一キロ、八百メートル、五百、三百―――二百―――百―――そして接敵した。

 

 

                           ◆

 

 

「前へ出ろ!」

 

 百を超え、千を超える姿が前進する。もちろんそれは小さな部隊が組み合わさって出来上がっている戦場だ。だがその場にいる彼らにとってはそれは余り違いなどなかった。ただ正面、廃墟から出現するガジェットが出てきている。それだけが全てだった。高速道路の上を走る武装局員が奥から来るガジェットの姿を視認。その鋼鉄の姿に誰もが息を飲む。其処は間違いなく彼らにとっては死地だった。そもそも末端で、特別な力もない彼らが生き残る可能性なんてスカリエッティ側で手加減が無ければありえない。そして相手は手加減してくるような存在ではない。だとすればこの使い捨てにされている自分達が生き残る可能性は少ないのではないか?

 

「恐れるな!」

 

 正体を率いる隊長達が声を張り上げる。前へと進みながらも大声で叫ぶ。恐怖心をかき消すように、自らに活を叩き込む様に。そうやって他の隊員達の一歩先を進み、盾とアームドデバイスを手に握り、真直ぐとガジェットへと進み向かう。ガジェットとの距離はもうほぼない。ガジェットには光学兵器が搭載されている。その真っ赤なモノアイが輝き、そしてレーザーが放たれる。

 

「俺達が何なのかを言ってみろ……!」

 

 放たれた。一番前に出た隊長―――雑魚と評価してもいい連中の中でも特に力のあるものが左手の統一規格の盾でレーザーを防ぐ。短い音とそして衝撃、レーザーは盾によって塞がれていた。その間にすらも前進し、彼らは距離を詰めていた。そして防壁をとなって攻撃を受け止める隊長の代わりに、武器を握った隊員達がそれを振り上げながら隊長の横を抜けて、それを振るう。

 

「我ら法の守護者! 秩序の守護者!」

 

 声を張り上げながらアームドデバイスが一斉にガジェットの後期型、一型よりも細長くなっているデザインの体に叩き込まれる。最前線で爆発が生じ、一気に多数のガジェットがアームドデバイスを叩き込まれた衝撃から爆散する。だがそれですら一握りにすら届かないごくわずかな敵の数だ。破壊した次の瞬間にはさらに多くのガジェットが群体となって迫ってくる。それを再び盾持ちの武装局員が前に出て盾になりつつ前進する。

 

「我ら人の安寧を守る者! 我ら杖を持って平和を成す者!」

 

 先ほどの倍の数のレーザーが一斉に放たれる。だがここまで来れば臆する者はいなかった。恐怖はある。だが誰もが足を止める事なく前進する。盾を前にだし、対光学兵器用装備、そういったガジェットとの戦闘を想定した装備を前面へと押し出し、確実にガジェットの攻撃を防ぎながら、ギャンブルに出る事もなく徹頭徹尾マニュアルに沿った動きでガジェットへと相対してゆく。機械じみた統制力はないが、それでもそこには全体が組織として動き統一感があった。

 

「今更管理局がブラックだとか、知った事じゃないんだよ。何年間働いてきたと思ってんだ。毎日汗をかいて働きながら頑張ってきたんだよ、平和のために! 魔導師の様に強くはないけどな、それでもなぁ、頑張ってきたんだよ俺らは! ただの雑魚陸士なめんじゃねぇぞ……!」

 

 接近し、そして打撃した。アームドデバイスが叩き込まれる。AMFは魔法に対してのみ効果的だ。だがそれも決して万能ではない。たとえばAMFが触れられない事や、物理法則に対しては全くの効果を生み出さない―――故に皮肉にも質量兵器に一番近いアームドデバイスがガジェットに対し、一番有効的な効力を発揮してしまう。ただそれに対して文句を言う存在は一人もいない。彼らはある一点に置いて意志は統一されていた。

 

「勝つぞお前ら!」

 

「何当たり前の事言ってんだよ馬鹿!」

 

「喋ってるヒマがあったら手を動かせよ! 俺これが終わったらミッドの田舎でレストランを開くって事にしてるから」

 

「はははは!」

 

 恐怖はしても、臆しはせずに彼らは前に出る。後ろにいるのは家族で、そして横にいるのは友。前にいるのは敵だ。後ろには下がれない。横を心配する必要はない。だから己の役割を通しに出る。一歩一歩、着実に前に進みながら攻撃を防ぎ、そして堅実に一体ずつ倒す。新たに爆発するガジェットの残骸を踏み越えながら、武装局員たちが前へと進む。

 

「お前ら、死亡フラグは立てたか?」

 

「もちろん!」

 

「忘れちゃあいないぜ!」

 

「主人公は私よ!」

 

「恋人への手紙は? 家族に帰ってくると約束したか? ちゃんと武器は整備したよな? 思いっきり思い出話もしたよな? じゃあ、フラグを折ろうぜ」

 

 迫りくる光線を防ぐ。それが降り注いでくる量は交戦時間十数分という短い時間にもかかわらず一気に数倍へと膨れ上がっていた。ただ純粋に千八百の武装局員と、数えきれないほど存在するガジェットでは総数が違う。ガジェットが攻勢に出るという事は蹂躙されるという事に他ならない。遠距離の武装が魔導以外に存在しない管理局ではガジェットのアウトレンジからのレーザーの連射を掻い潜り接近する方法はわずかだ。そしてそれを実行できるだけの実力の魔導師や局員は温存されている。

 

 叫ぶ。

 

「覚悟はいいなお前ら!」

 

 盾を一斉に大地に突き刺す。盾の機能が解放され、盾が横に広がる。盾だったものは防壁となってガジェットのレーザーから攻撃を防ぐようになり、その裏に隠れるように局員たちが隠れ、武器を握りながら、その向こう側からやってくるガジェットへと接近したものから応戦する。一斉に横にできた盾の壁、接近したガジェットを砕きつつ、それを大地から引き抜いて一歩前へと進んでから再び突き刺す。一歩だけ前進した陣地で再びガジェットを待ち構え、ガジェットのAIと、そして攻撃手段を利用して徹底的に戦闘そのものをゆっくりと、だが確実に進める。

 

「俺達ヒラの管理局員! 雑魚の陸士隊!」

 

「薄給で働かされて予算も何時もすっからかん!」

 

「それでも頑張ります街の平和の為に!」

 

 彼らは前進しつつガジェットを打撃する。確実にガジェットを破壊しているが―――追いつめられているのは武装局員たちの方だ。一体一体に全力過ぎる。疲労が全体を削るよりも酷い。故にゆっくりとだが自分の首を絞め、そして自滅している状況だった。回復魔法もほぼ意味のないこの空間で叫ぶ。

 

「さあ、俺達の意地を通すぜ!」

 

 そして通した。




 なのセント遊んで、Force勉強したのでちょこっとドライバー投入(

 ラスボス組のボスモードが強化されました。雑魚が雑魚の意地を見せてくれるようです。次回から最後までバトル、バトル、バトルですな。


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ウォー・クライム

 遠くから怒声と爆音が響いてくる。遠くとは言うが、それでも十数キロ先の出来事でしかない。全力で移動を開始すれば数分で接敵する程度の距離でしかない。中隊長から入ってくる情報では最前線は予定通り膠着している、という状況しか入ってこないのが逆に不安を煽って来るが、此方の勝機がそれ以外にない事は知っている。だから黙って、自分達が最前線に送られるその瞬間を待っているのだが―――横の相棒はそうでもないらしい。

 

「うーん……うーん……うん……」

 

 しきりに頷いては体を捻り、困ったような様子を浮かべては心配そうな表情を浮かべる。彼女が一対何に対して不安を覚えているのかは解っている―――スバルとギンガの父親、ゲンヤも中隊長としてこの作戦には参加しているのだ。ゲンヤも立派に隊を率いる事の出来る人材であり、魔力適性が無くとも長年地上の平和に貢献してきたベテラン、そんな人材は今の戦線を安定させるには欲しいはずだ。今現在最前線で、ガジェットを相手に部下と共に戦っているはずだ。その事が心配でスバルは若干落ち着かない様子を見せているのだ。

 

「はぁ」

 

「全くしょうがない子ね」

 

 此方の溜息と共に呆れの声を出すのはギンガだ。彼女も今は陸士ではなく機動六課預かり扱いとなっている為、こうやって同じ中隊で活躍する事が出来ている。―――まあ、中隊に所属していると言っても、はやてから自分たちは”スカリエッティ確保のための独立行動権限”等と言うものを得ている為、常に一緒に行動しなくてもいい。ただ現状、此方側にとってまず間違いなくスカリエッティを求めて探しに行くタイミングではない事を理解している。

 

「スバルったら、もう少し落ち着きなさいよ。そうやって落ち着いていない姿を見せていると変な目で見られるわよ? ほら、あそこを見てみなさい」

 

 ギンガが指差すと、陸士の一部が肩を組んで、スクラムを組んでいた。彼らは短くスバルへと視線を向けると、再びスクラムを組み、

 

「おへそ……」

 

「あぁ、ヘソだな……」

 

「やはりヘソは至高」

 

 ギンガやスバルがリアクションを入れる前にタスラムとクロスミラージュで射撃を馬鹿どもに叩き込んでおく。大きく馬鹿を五人ほど吹き飛ばし、廃墟にぶつかる姿を眺めながら、中隊長に視線を向ける。それに対し中隊長はグッジョブ、と言わんばかりにサムズアップを向けてくる。

 

「へそより脇派だぞ俺は!」

 

「そぉい!」

 

 中隊長に接近し、突きだされたサムズアップを掴んで背負い投げで馬鹿五人へと向けて中隊長を投げる。今更ながらキャロとルーテシア側の人員と同じ種類のキチガイが此方側にも紛れ込んでいるのだと理解する。ただ向こう側とは違って起爆剤が存在しないので比較的大人しいキチガイである事が救いだが。ともあれ、微妙な表情を浮かべるギンガとスバル相手に笑顔を向けて、デバイスをクルクル回す。

 

「ん? キチガイに人権ないからノーカンノーカン」

 

「ティア、日に日になのはさんに似てきてるよね」

 

「え……嘘……?」

 

 それって将来バインドで動けなくなった相手に向かって砲撃を十連射する様な鬼畜外道に似てきているという事だろう。そんなもの絶対嫌だ。あ、でもどっかの馬鹿を制裁する為にその程度のスキルは必要なのかもしれない。だとすれば若干悩みどころだが―――まあ、今の軽いやり取りでスバルも大分落ち着いてきたので良しとする。こういう馬鹿なやり取りは状況を忘れさせてくれるから助かる。だからだろうか、前よりもスバルは落ち着いた様子で、息を吐き。

 

「ふぅ……うん、お父さんなら大丈夫……だよね?」

 

「そうそう、お父さん戦えはしないけど指揮官としては凄い優秀よ? 何年間も部下を率いてきたんだから。だからそんな事が出来ないスバルが心配しても無駄よ。まあ、確かにパンチ一発で気絶しちゃうようなお父さんだけど……」

 

「そこが凄く不安なんだよギン姉。前ミット打ちの相手を頼んだら一発でお父さん倒れちゃうし」

 

「明らかに悪いのはスバルでしょそれ」

 

「ほえ?」

 

 スバルが頭上に疑問符を浮かべているが、この娘の怪力に関しては幼馴染である自分が良く知っている。子供の頃からでさえ戦闘機人の能力はいかんなく発揮されてきた―――つまり基本的に子供であってもゲンヤのスペックを上回っていたのだ。勿論そんなスーパーパワーを持ったロボ娘のパンチに絶えられるはずもなく、ゲンヤは一発ノックアウトだ。……まあ、それに対して一言言い訳するわけでもなく、頑張るのがあの親の凄い所なんだが。

 

 ともあれ、

 

「ゲンヤさん大丈夫かな」

 

「きっと大丈夫よ」

 

 ギンガは笑顔でそういう。

 

 

                           ◆

 

 

「ヤバイ、これマジで死ぬかも」

 

「隊長! 中央の攻勢が相手側に揺らいできました!」

 

 部下から聞こえてくる大声に対しておう、と答える。無線式の電子機器で現在の戦場、自分が担当している区画の地図を確認する。当初襲い掛かってきていた五倍の数にガジェットは膨れ上がっている。四倍までは人間特有の連携と、AIの隙をついて動く事で何とか対応してきた。だが流石に五倍となるとそれに出る時間すらない。故に下す判断は素早くする。

 

「1時間か、俺達雑魚にしちゃあ持った方か」

 

 魔力もなく、射撃武器もなく、接近戦を強いられる武装陸士としては十分な仕事をした方だと判断する。前線をこれ以上押し上げる事も、このラインのまま安定させている事もキツイ。だがレジアス中将の命令は戦闘行為をとことん遅らせる事だ。だとすれば、やりようはまだまだある。

 

「よし、お前らそろそろ”本番”に入るぞ。準備はできてるか?」

 

「完了しています!」

 

『此方も下がる準備はできています!』

 

 前線と、そして工作班からの声が聞こえる。無線通信で他の対へと確認すれば向こうの方でも準備は完了している。大隊長から許可と実行の指示が出てくる。だとすればこれ以上ここを維持している必要はない―――後ろへと下がりつつ、指示を出す。

 

「やれ」

 

 声と同時に爆発が発生する。一斉に発生する爆発の連鎖は広範囲で発生し、一気に空間を土煙で満たす。その空間で道を間違える事無く下がりつつ、目撃するのは瓦礫が崩れてくる音と、そして廃墟の倒壊する音―――それに巻き込まれて爆散するガジェットの音だ。目論見が達成された事によって笑みが浮かび上がる。元から崩れやすい廃墟の多い廃棄都市だ。邪魔になっているビルは多く、権利者も所有権を放棄している―――だったらそれを武器として利用した方が効率的だ。

 

 それにこうやって破壊すれば”後”の連中も動きやすいだろうしな。

 

「うーし、上からの指示はゆっくりと下がる事だ。ガジェットの野郎共をしっかりエスコートしてやるんだぞお前ら? ただ不作法だと火傷するかもしれないからな、ちゃんとマナーを覚えておけよ」

 

「徹夜で学んだ成果を見せてやりますぜ隊長」

 

 前線で盾を構え、武器を構える部下たちの姿が見えてくる。彼らが接近してくるのを確認しつつ、自分も後ろへと走って下がる。十メートルほど下がった所で盾を持った部下が再び防壁を展開し、待ち構える姿を確認する。自分はもうしばらく下がり、廃墟の影に隠れるようにして携帯端末でホロウィンドウを生み出す。それで確認するのは存在状況と、そして現状だ。現状は予定通り進んでいる。

 

 予定通り圧倒的な物量に潰され、そして撤退しつつの戦闘へと状況がシフトしている。管理局側の不利は小揺るぎもしないが、それでもどうにかしたかった、というのが指揮官としての願いだった。ともあれ、己にできる事を成すしかない。それによってのみ貢献する事が出来る。ホロウィンドウを通して指示を飛ばしながら砕かれ、動かなくなったガジェットの姿を確認する。

 

「……行けるか?」

 

 まだ爆発していないガジェットの姿を見て、悪魔的な発想を思いつく。これなら多少火力を増やせるかも知れない。そう思った瞬間、轟音が空間に響く。今までの爆破や廃墟の倒壊の音とは違う、打撃を繰り出し、そして空間に対して攻撃を行ったような音だ。それはこの最前線まで”響いて”くる様な音。それは後方の方で戦闘が発生している証拠だ。つまり、

 

「来たか……!」

 

 敵がアクションを起こしたという事だった。

 

 

                           ◆

 

 

 一撃。

 

 たった一撃。

 

 それだけで後方に存在していた中隊が吹き飛んだ。それには特別な大規模魔砲が使用されていたわけでもなく、何らかの奥義があったわけではない。出現し、拳を引き、そしてアッパーを繰り出す様に集団の中心で拳を振り上げる。それによって中心から轟音を響かせながら集団は吹き飛び、内部から崩れた。突如と”大地”から生えてくるように出現した存在は一瞬で最後方、司令部の防衛隊を崩壊させた。

 

 黒いドレスと甲冑を融合させたようなデザインの服装はベルカの意匠のものだ。色は全体的に黒く、鎧部分が鉄色に輝いている。顔を黒のバイザーで隠し、金髪をサイドポニーで纏めている。彼女は振り上げた拳を降ろし、一撃で粉砕した部隊の中央部で周りを見回し、そしてそれから真直ぐ先へ、テントで出来た仮設司令部へと視線を向けた。

 

 目的は一つ。

 

 大将の殺害の一点のみ。

 

 襲撃者が前に出る。拳を引き、一撃で司令部を破壊する動きだ。だがその姿が前に出るのと瞬間、その前に割り込んでくる姿がある。腕を交差する様にして防御に入るのは蒼と褐色、守護獣の姿だ。一瞬で呼吸を整えて防御に入った守護獣の姿に拳が叩き込まれる。その着弾と同時に砲撃を叩き込むような轟音が発生し、守護獣の姿が二歩、後ろへと押し出されるように大地を抉りながら後退する。だが動きが止まるのと同時に守護獣はダメージを受けた様子を見せる事無く両足で立ち、そして魔力を立ち上らせながらしっかりと襲撃者を睨む。

 

「―――最大戦力を持って司令部を襲撃、大将を暗殺する事で一気に戦いを終わらすか。なるほど、確かに道理だ。これ以上なく有効的な手段だ」

 

 言葉が空間に響く。それと同時に炎の一閃が襲撃者へと襲い掛かる。襲撃者はそれを避けるまでも無く、拳を引き、そして攻撃に合わせるように後出しで攻撃を叩き込む。拳に叩きつけられた炎は一瞬で砕け散り、周りの大地へと叩き込まれる―――その炎は大地へと叩き込まれた事によってそこにあった瓦礫や床を焦がし、そして溶かし始めている。それを見ても襲撃者はバイザーから見える顔の下半分だけで涼しい表情を崩さない。

 

「読んでたぜ、それ」

 

 言葉に続くように巨大な鉄槌が振るわれる。家一軒程の大きさにまで巨大化した鉄槌が襲撃者を頭上から叩き潰す様に振るわれる。どんな魔導師であれ、食らってしまえばただでは済まない必殺の粉砕撃。それを襲撃者は上を見上げる事で認識するのと同時に、右腕を持ち上げる。肘までが完全に鋼となっている武骨なガントレットか義手か、判別の突かないそれを上へと向ける。

 

 鉄槌と腕が接触する。

 

 悲鳴を上げるのは大地で、襲撃者の女は全く堪える様な姿を見せない。それどころか余裕なのか、片手で完全に鉄槌による一撃を抑え、その場で立っている。鉄槌の騎士はこれ以上の攻撃が無駄だと悟ると同時に武器を本来の大きさへと戻し、一回跳躍し、襲撃者との間に距離を作る。そうやって出来上がるのは襲撃者に対する小さい包囲網だった。烈火の騎士、守護獣、そして鉄槌の騎士。その三人が武器を、得物を構え、襲撃者の女に対してにらみを利かせていた。

 

 女がゆっくりと、口を開く。

 

「シグナム、ザフィーラ、それにヴィータですか。シャマルは今は医療班でしょうから参加できないとしまして、ヴォルケンリッターそろい踏みですね。リミッターは外れているようですし、みなぎっている魔力から考えて夜天の主から最大限の魔力供給も行われたようですね。ともすればなるほど、本気で来ていますね」

 

 口を開き、そして答えた女に対して三人は答えない。ただ無言で睨み、感情を消し、そして呼吸を数え、読む。覚える。一秒を、その刹那に行っている相手の全てを。それを脳へとインプットし、相手の予測を上回る事を目指す。

 

「ですが―――無駄ですね。残念です。なるべくなら昔馴染みには会いたくありませんでしたが仕方がありません。これも戦の常です、死んでもらいます。第一―――この”程度”の障害は予想通り、予定通りです」

 

 襲撃者が拳を構えた瞬間、爆発的な魔力が生み出され、一瞬だけ虹色が彼女の周囲に舞う。微動だにしないヴォルケンリッターの姿を見て、

 

 襲撃者は平坦な声で、感情を一切見せる事無く宣言した。

 

「さようならヴォルケンリッター、かつての戦友たち」




 ラスボスが何時アクティブになっちゃ駄目だと決めた。誰がダンジョンの奥で座ってるのが仕事だと決めた。

 初ボスがラスボス。そんな自由があってもいいんだ。


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ザ・ドミネイター

 先に動いたのは襲撃者だった。一瞬で姿を加速させると誰よりも早く前へと出る。そしてそれにヴォルケンリッターの三人が同時に反応する。一番最初に接触するのはザフィーラだ。襲撃者の直線上に存在するため、真正面から襲撃者に対して迎え撃つ。何より盾の守護獣としてのザフィーラのその判断にも行動にも誤りはない。それこそが正しく最善の、果たすべく役割だ。だがそれを行う前に、襲撃者が一歩先に到達する。

 

「ヴィヴィオ……!」

 

「ヴィヴィオ、ですか。いいえ、違いますね。少々訂正しましょう―――私は違います、と」

 

 襲撃者が拳を繰り出す。再び大砲を繰り出したような轟音が空間に響き、拳がザフィーラの体へと叩き込まれる。だがそれが接触する寸前、ザフィーラが防御に入る事で再び一撃目同様、ザフィーラの体は後ろへ後退する事によって攻撃を防ぐことに成功する。だがたった一撃で動きを終わらせるわけでもなく、襲撃者、ヴィヴィオと呼ばれた彼女が拳を振るう。絶技と呼べる領域に入っているその武は一撃を放った瞬間には既に次の一撃が放たれていた。しかも寸分も狂う事無く、全く同じ威力を大砲並の威力を細腕で再現していた。それが叩き込まれるたびにザフィーラの体が後ろへと、司令部の方向へと後退して行く。衝撃と音を空間に響かせながら、揺るぐことのないはずの守護獣が一方的に押し込まれていた。

 

「させん!」

 

 そこにカットする様に横からシグナムがレヴァンティンに炎を纏わせながら斬りこんでくる。襲撃者の動きをカットする様に割り込んでくる。ザフィーラと襲撃者の間に距離を生む様に繰り出された一撃を襲撃者は後ろへと体を滑らす事で回避する。振るわれた刃に付与されていた炎が動きと共に散り、襲撃者を焼こうと広がるが―――それは襲撃者へと届く前に虚空で壁にぶつかる様にして動きを止められ、消える。

 

「聖王の鎧か」

 

 

 

「えぇ―――ただの再現ではありませんよ?」

 

「グラーフアイゼン、ぶち抜け」

 

 その次の瞬間にはヴィータの一撃がヴィヴィオの姿へと叩き込まれる。それは再び聖王の鎧によって阻まれる。が、カートリッジをロードし、そしてグラーフアイゼンの鉄槌部分に杭が出現する。魔力のロードと共に引かれた杭が撃ち込まれ、一気に大地を陥没させ、吹き飛ばすだけの威力が放たれる。凄まじい衝撃が辺りを揺らし、ヴィータの体さえも後ろへと下げる。だがその激震の中で、ヴィヴィオは片手を攻撃方向へと向けるだけで、無傷で立っていた。

 

「ただの再現ではない、と言ったはずです。性能的に言えば本来の性能と遜色ありません。故にそんな小手先の技は通じませんし、何時までも非殺傷設定を付けた状態で戦っても私に一撃も通す事はできませんよ」

 

 ヴィータが着地するのと同時に、ヴォルケンリッターの三人が再び構えながら無言で立つ。ヴィヴィオの声に応える事無く、武器の設定を変える様な行動を見せるわけでもない。ただ単純にヴィヴィオの動きに対して待ち構える、という様子を見せていた。その姿にヴィヴィオは溜息を吐く。仕方ありません、そう言ってから口を開く。

 

「修正します。確かに私はヴィヴィオではありますが、正確に言えば違います。元々ヴィヴィオという存在はオリヴィエ・ゼーゲブレヒトの子供の姿であり、幼名の様なものです。つまり元々ヴィヴィオは”オリヴィエ”であり、最初から育てばオリヴィエになる可能性しか残されていませんでした―――もし心のどこかで私を倒せば、洗脳されているのでは、そんな淡い期待を抱いているのであればその希望を一切捨てなさい」

 

 ヴィヴィオだった存在が、今はオリヴィエである存在が拳を構える。ようやく戦う、というスタイルへと体勢を整えていた。そして同時に残酷な真実を機動六課の所属陣へと向けてはなっていた。それは自分を救う方法は存在しない。これが自然であって、そして最初からヴィヴィオはオリヴィエでもあったと、そう言っている。

 

「私は私の意志でこうなり、そして子供が大人になってヴィヴィオはオリヴィエになりました―――私がヴィヴィオであり、そしてオリヴィエです。取り戻す事は不可能です。故に遠慮する必要はありません。私は敵です。滅ぼすべき敵手です。憎むべき怨敵です。それを聞いてもなお甘えを残すのであれば」

 

 オリヴィエは口元で笑みを形作り、そして宣言する。

 

「鏖殺しますよ?」

 

 瞬間、オリヴィエが駆けた。反応した。オリヴィエの接近に対しやはりザフィーラが前に出てオリヴィエの拳を受け止める。だが拳が接触した瞬間、オリヴィエは拳が接触した事を気にせずそのまま前へと踏み込み、拳をザフィーラへと叩き込んだ状態のまま腕を振り回す。それを隙だと判断したザフィーラが腕を破壊する為に叩き込まれた腕を握るが、

 

「これは―――」

 

「―――腕を切り落として昔と同じような義手をつけています。関節技は通じませんよ」

 

「スカリ、エッティィィ―――!!」

 

 おこなわれた蛮行に対して、それを許した人物に対して言葉が放たれるが。だがそれを無視してオリヴィエの拳はザフィーラを吹き飛ばす様に放たれ、その姿が空へと吹き飛びあがる。それと同時にオリヴィエの足にジャラリ、と音を立てて巻きつくものがある。それが何であると判断した瞬間には小さい姿が懐に入り込んできていた。

 

「あんまりあたしら舐めんじゃねーぞ」

 

 ヴィータがすべり込む様に懐に入り込んでくるのと同時に体を動かす。だがそれよりも早く、小さい体の利点を生かしてヴィータが潜りこんでくる動きから攻撃を繰り出す。だがそれはオリヴィエへと向かってではなく、大地へと向かってだ。

 

 一瞬で大地は深いクレーターを生み出しながら砕け散り、足場が無くなる。その瞬間には連接剣となってオリヴィエの足に絡みついていたレヴァンティンが蛇の様に動く。掴んだオリヴィエを大きく振り回し、大地へと一回叩きつけてからその姿を空へと放り投げる。その先に存在したのはオリヴィエの一撃を受けて大きく吹き飛ばされたザフィーラだ。既に空中で復帰していたザフィーラは空中で投げ渡されるオリヴィエを掴み、

 

「ふんっ!」

 

 その掴んだ姿を全力の飛行魔法を下へと向け、全速力で大地へと叩きつける。バク転を決めながらザフィーラはオリヴィエから離れると、再び拳を構え、着弾位置を見る。そこには大地へと叩きつけられたオリヴィエの姿がある―――が、そこまで多くのダメージを受けているようには見えない。いや、服装は汚れている。つまり今の一撃は通った、という事だ。

 

「なるほど、掴み技ですか」

 

「聖王の鎧にも抜け道はいくつかあるからな。そいつに反応するのは直接的な攻撃や衝撃だ。だとしたらそれ以外の方法で攻めりゃあいいんだよ。掴み技とか投げ技とか絞め技とか」

 

「なるほど、確かに道理ですね。そういう接触までも聖王の鎧ではじきますと私自身まともに戦えませんからね」

 

 ですが、とオリヴィエは言うと、拳を構える。

 

「二度目はありません」

 

 オリヴィエが動く。再びレヴァンティンが振るわれる、それがオリヴィエに届くよりも早く、オリヴィエの手が超反応的速度でレヴァンティンの伸びきった刀身を掴む。続くように懐へと飛び込んでくるヴィータへと視線を向ける事無く蹴りを繰り出し、足元からシグナムとヴィータを援護するように放たれてくる鋼の棘を足で踏み砕く。目くらましにさえならない魔法をオリヴィエは踏み潰すと、レヴァンティンを引き、逆にシグナムを引き寄せる。レヴァンティンを握らない逆の手は魔力が集まり、虹色の魔力刃を生み出し、スパークを始める。

 

「ジェットザンバー」

 

「それは―――」

 

 続きの言葉を紡げる前にフェイトの奥義がシグナムの体に叩き込まれる。二メートルほどの大きさの魔力刃はシグナムに叩き込まれるのと同時に砕け散り、雷撃を放出しながら消える。すぐさまザフィーラが援護のためにやって来るが、その方向へとオリヴィエは手を出す。そこに巨大な魔力球が出現し、

 

「ハイペリオンスマッシャー」

 

 なのはの魔法が放たれる。一瞬でザフィーラを飲み込み、そしてその背後に存在した司令部を飲み込み、そしてその先の大地を抉り、破壊しながら光が全てを焼き尽くす。だがその中でも蒼い守護獣は決して動きを止める事無く、全身を非殺傷の魔導で焼かれながらも突き抜ける。この程度であれば、

 

「まだ経験済みだ!」

 

「―――ヘアルフデネ」

 

 そして接近してきたザフィーラに拳が叩き込まれる。何かを砕くような音が響くのと同時にザフィーラが吐血する。それを首の動きで自分にかかる事をオリヴィエは回避しながら殴ったザフィーラの体から素早く拳を引き、そして一歩後ろへ回転しながら下がり、そして足を振るう。ザフィーラに二撃目の必殺が叩き込まれる。その体が大地へと叩きつけられる、跳ねる。続く動きを止めさせるためにヴィータが潜りこんでくる。オリヴィエが放ってくる次の拳撃に合わせてグラーフアイゼンが叩き込まれ、拳と鉄槌がぶつかり合う。その衝突で発生する衝撃が大地を揺らすのと同時に、ヴィータが後ろへとザフィーラを掴みながら下がる。追撃しようとするオリヴィエの足元が赤く染まる。

 

 次の瞬間に発生するのは炎の大噴火。大地を溶かすほどの炎が吹き上がり、一瞬でオリヴィエの姿を飲み込んだ。普通の魔導師であれば一瞬で骨まで消し炭になる程の大火力。エース級やストライカー級であっても防御に特化しているスタイルでなければ相殺しなければ確実に落とされるほどの極悪な火力。それを、レヴァンティンを大地に付きだす様にして放つシグナムは本気で放っていた。

 

「おい、シグナム!」

 

「解っている!」

 

 それを放ったシグナムに対してヴィータが声を投げる。だがそれは決してシグナムを責める声ではない。そもそもからしてベルカの戦士には戦場での生き死にを敵であれ味方であれ、”仕方がない”と割り切れる所が存在する―――特にそれが元戦乱の生まれの存在であれば。故に生き残るためにこれが最善であると、非殺傷設定でフルドライブの一撃を叩き込んだシグナムをヴィータは責めない。これが過去を思い出す前であればまだ十分あり得た事だろうが、今ではありえない話だ。故にヴィータがシグナムに対して送ったのは警告だ。

 

「―――シュツルムファルケン」

 

 弓の姿へと変形させたレヴァンティンからシグナムが炎を纏った矢を放つ。真直ぐと空間を焼きながら火柱へと向かって放たれた必殺の矢はしかし、火柱へと衝突する寸前で火柱から伸びてくる腕によって掴まれ、そして折られた。次の瞬間に火柱を内側から粉砕しながら服装だけを汚して出現するのは無傷のオリヴィエの姿だった。

 

 その肌には傷が一筋たりとも刻まれていなかった。

 

「それでこそヴォルケンリッターです。なのですが―――あぁ、すみませんね。貴女方では絶対に私に勝てませんよ。えぇ、そしてその理由はもちろんご存知ですよね?」

 

「……ッチ」

 

 折った矢を大地へと落とし、捨てながらもシグナム達はオリヴィエの言葉を肯定し、そしてそれを飲み込む以外にはない。彼らではオリヴィエには絶対勝てない―――それはオリヴィエにとってヴォルケンリッターの全てが既知でしかないからだ。既にヴォルケンリッターの動きは、データは、その存在の全ては古代に確認済み。故にオリヴィエは動きを知っているし、呼吸を知っているし、そして考え方も把握している。これからどう動くのか、どういう動きが取れるのか、どういう技を繰り出すのか。その細分までをオリヴィエは一人で再現できる。故にこそ、ヴォルケンリッターは絶対に勝利する事が出来ない。オリヴィエはそう宣言している。

 

 だからと言ってヴォルケン以外にオリヴィエを足止めできる存在は現状、管理局にはほぼ存在しない。そもそもからして聖王の鎧という反則級の存在を貫通して服にヨゴレをつける事さえ並のストライカーには不可能だ。あらゆる制約から解き放たれ、そして人間という枠から外れているヴォルケンリッターだからこそ、ここまでオリヴィエの動きを止める事に成功している。

 

 それが救いになる訳ではないが。

 

「しかし、ダミーでしたか。いえ、予想していなかったわけではないのですが」

 

 オリヴィエが向ける視線の先、ザフィーラに向けて放ち、そして巻き込まれた司令部の姿があった。が、その内側にはなにも存在しない。最初からなにも存在していなかったのだ。オリヴィエの言うとおり、ダミーでしかなかった。ともなればオリヴィエの標的であったレジアスはまた別の場所だろうが、それを気にしない。

 

「ま、いいでしょう。貴女方では私を止める事はできませんから。このまま貴女方を倒してから、そして会いに行けばそれで済む話ですつまりは―――」

 

「―――それ以上人の夫のセリフを語るのはやめてもらえませんか」

 

 四人だけだった戦場に新たな声が混じる。おや、と声を漏らしながらオリヴィエが視線を廃墟の屋上へと向ける。そこには赤いバリアジャケット姿の金髪の女の姿があった。本来とは違う色であれ、その顔で相手が誰であるかは直ぐに解る。その名を口にしようとしたオリヴィエの声を、乱入者がかき消す。

 

「語りに来たわけじゃないんですよ、オリヴィエ。正直目障りなんですよ。魔力も奥義も元覇王なんて称号もクラウスの記憶も全部要らないんですよ。ただの女として生きたいのに……貴女も、貴女が残して行ったもの全部邪魔なんですよ。いい加減人の人生を邪魔してくれるの止めてさっさと墓場に帰ってください―――邪魔なんですよ、女狐。露骨に媚びちゃって」

 

 廃墟の上に立ち、イング・バサラが眼下の光景を眺めながら言う。

 

「―――えぇ、殺しますよ。殺しますとも。あの人の前に映る前にここで死ねオリヴィエ」

 

「……ふふ、ふふふ。ははは……」

 

 イングのその言葉にオリヴィエは軽く笑い声を零し、

 

「いいですよ。できるならどうぞ―――まあ、どうせ不可能ですが」

 

 オリヴィエのその言葉と同時にイングが廃墟から飛び降り、一直線にオリヴィエへと向かって飛ぶ。その姿をオリヴィエは正面から構えて迎え撃とうとし、

 

「―――覇王断空拳」

 

 オリヴィエに直撃が叩き込まれた。




 奇跡! 時を超えた戦い! ~首ポロリもあるよ!~

 とか大体そんな感じなんじゃないかな。それにしてもイングさん開幕ブチギレである。あと書けば書くほどせいおー様が病んでく。これはおかしい。当初はもっとピュアというか綺麗なせいおー様な予定だったんだけど。

 誰の仕業や。


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バトル・アーティスト

「―――ッ!?」

 

 それが自分の体に叩き込まれるまでオリヴィエは殴られた、という事実に気づく事さえできなかった。確かに全てを目で捉えていたはずだ。廃墟の上から見下ろしていたイングの姿を。ユニゾンの影響で髪色は金に染まり、そしてバリアジャケットも自分がデータとして知っている物が赤く染まっただけのシンプルなものだ。髪は全て下に降ろしている状態で、廃墟の上でふいていた風に揺れる姿が印象的だった。そこまではいい。そこからどうした、とオリヴィエが思考する。

 

 イングは早かったか。いや、むしろ遅い。その動きは本来知っていたデータのよりも圧倒的に遅かったはずだ―――であるのに、オリヴィエはイングの動きを察知する事が出来なかった。聖王の鎧を貫通し、直接オリヴィエの体へと拳を叩き込んでいた。しかもそれをオリヴィエは認識できていない為、覚える事すらできない。それはオリヴィエの体に一瞬の硬直を生み出し、そして笑みをイングの顔に浮かばせる。

 

「砕け散れオリヴィエ、クラウスの記憶なんて邪魔な塵ですが、それでも貴女を殺すための道具としてはこれ以上なく有効です。ならばこそ、有効活用させてもらいます―――願わくば理解できないまま滅びる事を聖王」

 

 そして再びイングの拳がオリヴィエの体に叩き込まれる。抉りこむ様に放たれた拳はオリヴィエの腹へと叩き込まれ、その体をくの字に折り曲げる。その状態からイングはオリヴィエを殴り飛ばす。その衝撃に逆らう事無くオリヴィエは吹き飛び、そして数メートル進んだところで回転しながら大地に着地する―――その体に攻撃は叩き込まれど、ダメージは少ない。イングはその様子を腕を振りながら確認し、言葉を漏らす。

 

「浅いですね」

 

 イングのその言葉は真実だ。イングは今までのスペックを”本来”と表現するのであれば、それに到達するレベルの能力を出せてはいない。イングには魔力が存在せず、そしてイングの魔力は全てアギトが補っている。故に本来は膨大な魔力を有しているイングはそれを失い、大幅なスペックダウンが行われているが―――それが逆にイングの動きを研ぎ澄ませていた。

 

 再びイングが前に出る。それに対応する様にオリヴィエも前へと出る。繰り出される踏み込みからの掌撃。それをオリヴィエは確実に遅いと感じる。実際に速度で言えば魔法によって強化されているシグナムやヴィータの攻撃と比べて一段と遅い。だがそれでも、

 

 オリヴィエはそれを認識する事が出来る事無く胸に打撃を食らった。

 

「―――何故です!?」

 

 それをシグナムは即座に看破した。

 

 

                           ◆

 

 

 ―――知覚外からの攻撃か……!

 

 オリヴィエの武技が完成された領域にあるのには間違いはない。戦士として、兵器としてこれ以上なく強い存在だ。これ以上人間という範疇を超えずに到達する事は不可能だと言えるレベルには完成されている。だから、だからこそ、オリヴィエはまだ人間の範疇内だ。人間を超えていないからこそ”ヒューマンエラー”が、人間特有のミスが生まれる。それこそ知覚外。意識の死角だ。本来は意識する事の出来ない所。オリヴィエのそれは此方から認識できない筈だが、そこだけを的確にイングは打撃してる。

 

 これは好機であると判断する。

 

「加勢する」

 

「どうぞ遠慮なく」

 

 イングが攻撃をオリヴィエに叩き込むのに合わせてオリヴィエへと向けてレヴァンティンを振るう。オリヴィエのバイザーの向こう側からの目が此方の動きを見抜く。そしてイングの拳を耐える動作を変えずに、此方の攻撃を、レヴァンティンを聖王の鎧で受け止めきる。イングが何故相手の知覚外を的確に突けるかは……ある程度予想できる。が、それよりも勝利の可能性が出た事の方が重要だ。

 

「あたしらを忘れてもらっては困るぞ」

 

 オリヴィエの背後からヴィータがグラーフアイゼンを振るう。それも再び鎧によって阻まれ、衝撃がオリヴィエへと届く事はない。だが聖王の鎧を、その発動を意識させることによってオリヴィエの動きの処理を重くし、そして明確にイングに動きやすい環境を生み出す。元々敵だった存在を利用し、助け、そして勝利する事に対して憤りや不満など存在しない。

 

 勝てばよろしい。それが戦争だった。

 

 故に、

 

「くっ」

 

「覇王鋼裂衝」

 

 確実に一撃を叩き込み、オリヴィエにダメージを通すイングをここで立てるのは決して間違いではないと、そう判断する。そしてそれを確実にするためにも動きを作る。レヴァンティンに炎を纏わせ、わざと大振りに振るう。隙だらけの動きにオリヴィエは反応し、即座に拳が返ってくる。だがその間を縫うように狼姿のザフィーラが飛び出し、攻撃を受け止める。その瞬間にヴィータと共に挟み込む様に大ぶりな一撃を叩き込む。聖王の鎧によって防がれるそれはしかし、土埃と炎を大きくまき散らす。そしてその中を突っ切る様にイングが動き、

 

「―――ッ!」

 

 再びオリヴィエへと一撃を叩き込む。その体が曲がるのを気にせず、イングが次の一撃を放つ。オリヴィエの体へ拳が突き刺さり、そして次の瞬間には蹴りが中っていた。その動きの連鎖は流れるように、そして止まることなく続き―――そしてオリヴィエの姿を最後の一撃で大きく吹き飛ばす。炎をまき散らしながら放たれた拳は周りの大地を砕き、そしてオリヴィエをその背後の廃墟へと強く叩きつける。拳を繰り出した体勢で動きを止めるイングの姿を眺めてから廃墟へと叩きつけられたオリヴィエの姿を眺め、そして言葉を漏らす。

 

「浅いか」

 

「ですね」

 

 本来なら今の一撃はもっと破壊力があったはずだ―――少なくとも食らった時はもっと威力があったように思えた。止められるとは思わないが、それでももっとダメージをたたき出せていたはずだ。その理由を聞くのは今は場違いだろうが、

 

「おい、アンタ、味方でいいんだよな」

 

「少なくとも敵対する意思はもうありません」

 

「ならいい―――久しぶりに背中を預けるぞ」

 

「私は彼とは別人ですが……いえ、いいでしょう。それは野暮というものでしょう」

 

 昔、ずっと昔。オリジナルだったか、自分だったのか、それはもう忘れてしまった。だが覇王と肩を並べて戦った事は何度もあった。お互いに戦友と呼べる関係だったと思っている。相手が相手のせいで喜ぶことはできないが、この状況に対して確かに感じるものはある。

 

 レヴァンティンを構えつつ、視線を真直ぐ、オリヴィエの方向へと向ける。立ち上る土煙の中から起き上がり、そして視線を此方側へと向けていた。そうして真直ぐ向ける視線の中で、オリヴィエが顔の上半分を隠すバイザーを掴み、そして取る。それを握りつぶしながら大地へと捨てると、口を開く。

 

「―――なるほど」

 

 オリヴィエが前に出た。

 

 

                           ◆

 

 

 一呼吸以下で一瞬で前へと追いつく。自分の前に立ちはだかるのはヴィータ、ザフィーラ、そしてシグナム。懐かしい、非常に懐かしい顔ぶれだ。懐かしいが―――敵だ。そして立ちはだかっている。故に倒さなくてはいけない。故に前に出てくる三人を倒す必要が出てくる。どうするべきか、そう悩むのは一瞬だ。ほんの一瞬だけの話。だが結論は既に出来上がっている―――殺すべきだ、と。だから遠慮も容赦もしない。なぜなら、

 

「少しだけ、本気にさせましたね」

 

 盾になろうと接近してきたザフィーラの姿を踏み砕く。足元で骨の折れる音を聞きながらヴィータのグーラフアイゼンと、シグナムのレヴァンティンを素手で掴む。それに全力の握撃を繰り出しデバイスを両方共砕こうと力を込める。結果は次の瞬間にデバイスに現れる罅として出現する。それを止める為にデバイスが引き戻され、その瞬間に拳を両者に同時に叩き込む。ヴォルケンリッターを蹂躙し、そして乗り越えた所でイングと正対する。

 

 放たれてくる拳は遅いが、恐ろしい程にキレがある。記憶の中にあるクラウスよりも強い。あの頃のクラウスよりも見事に完成された美しさが、完成された強さがある。遅いのは単純に魔力による強化が不十分な証拠だ。だがその点を抜けば拳闘士としては完成された存在と言っても過言ではない。故に遅いことなど関係なく、後出しからでも先手をこの存在は取れる。故に再び拳が振るわれる時に、それは捉えられなくなる。

 

 それを片手で受け止める。

 

「なっ!?」

 

「―――意識の死角からの攻撃ですか。なるほど、理にはかなっています。何よりクラウスの記憶を持っている貴方だからこそ私の全てを分析し、理解し、そして放てているのでしょう。ですがだったら簡単な話、”意識外や無意識を意識すればいい”、それだけの話です。さほど難しい事ではありません」

 

 拳を握られた状態で固まるイングが苦笑いを浮かべながら言葉を零す。

 

「……無意識を意識する。意識的死角を認識する。それはつまり”空気を見る”のと同じような事ですよ? 貴女は本当に同じ人類か疑わしい所ですね」

 

 それは酷い。自分だって立派な人間だ。そう、人間だからこそこういう感情を抱いて、想いを抱いて、そしてなせる事と成せない事がある。この程度はまだ簡単な部類だ。本当に難しい事と比べればこの程度、苦でもない。しかし反省しなくてはならない。少々高揚して慢心していたところがあるかもしれない。

 

 イングの拳を解放すると、イングが大きくバックステップする。その間に、意識的に”それ”を解除する。

 

「聖王の鎧―――必要ありませんね、これは」

 

 無類の防御力を与える自分だけの特権を解除する。これによって他の魔導師同様の防御力しか自分には存在しない。だがこれでいい。目の前、クラウスだった存在が、あの女が魔力の消失というデメリットを背負うことによって慢心や安心感を捨てて自身を追いつめる事で武技を一段階引き上げた様に、自分も慢心の元となる最強の防具を放棄する。

 

「さて、これで私は殺せますよ? ―――殺せるのなら、ですけど」

 

 イングが一瞬で瞬発する。自分へと向けられた拳を片手で受け止め、もう片手で拳撃を繰り出す。イングのもう片手がそれを受け流す動きに入るが、魔力量の違いでごり押し、受け流しの上からイングを潰して殴り飛ばす。廃墟へと向かって吹き飛ぶその体へと一瞬で追いつき、身体が廃墟へと叩きつけられるのと同時に膝蹴りを腹に叩き込む。背後にした廃墟が音と共に全壊するのを聞きつつ、崩れる廃墟の中へと落ちて行くイングの首を掴む。

 

「私の事、嫌いですか」

 

「殺したい程に」

 

「なるほど―――奇遇ですね。羨ましくて羨ましくて羨ましくて、私も嫉妬で殺したいぐらいですよ、貴女の事。ほんと、羨ましい。なんで貴女だけそうも幸せなんですか」

 

 大地へと向かってイングを殴り飛ばす。それと同時に背後から矢が廃墟を溶かしながら進んでくるのを感じる。瓦礫を蹴ってからだを上へと飛ばす事でそれを回避する。次の瞬間、横から脅威を感じる。視線を向ける事無く体を動かせば鉄槌が通り過ぎるのが視線の端に映る。ヴィータへと蹴りをカウンターとして回転しつつ放つもそれは避けられる。

 

 そのまま体を回転させ、拳を構え、下へと向かって落下する。

 

 下で既に拳を構えるイングに対して落下しつつ拳を当てる。迎撃として繰り出されるのは同じ拳だ。だが威力は此方の方が圧倒的に勝っている。魔力の有無はそれだけ差として現れている。ユニゾンデバイスの魔力を使って騙そうが、無駄なものは無駄だ。頭上から素早く一撃を繰り出し、イングを大地へと叩きつけ、踵落としをそのまま腹に当てて周りの大地を衝撃で粉砕する。彼女の口から吐き出される血反吐を軽く顔に浴びつつ、横から迫ってくる姿に対して体勢を整え直しながら拳を叩き込む。

 

「ぐっ、ぅ……!」

 

「温い。鈍い。脆い」

 

 飛び込んできた姿はシグナムのものだった。レヴァンティンで切りこんできた姿に対して拳を合わせ、完全に剣の威力を相殺してから武器では繰り出せない素早い連撃を右と左拳のコンビネーションで繰り出す。一瞬で打撃をシグナムの体へと意図的によろめかせる様に叩き込んでから、シグナムの頭を掴む。

 

「元々私に勝てるように造られてはいないんです。これが道理だと知りなさい」

 

「聞こえんな……!」

 

 頭を掴まれながらもシグナムが体を動かし、顔面へと向かって蹴りを放ってくる。それを開いている片腕でガードするのと同時に、シグナムがレヴァンティンの柄で逆側から殴りかかってくる。反射的にシグナムを手放しガードすると、足元で感触を得る。反射的に視線を素早く下へと向ければ、そこには両足を掴むイングの姿があった。

 

「おや、此方を見ていていいんですか?」

 

 その声に気づかされ、視線を横へと向ける瞬間、

 

 イングを巻き込む様に、避けられない距離にドリルの先端が存在した。

 

「……!!」

 

 聖王の鎧を呼び戻すか一瞬だけ思考し―――破棄する。

 

 少なくともこの一戦、それに頼るのは心の弱さだと断じる。

 

 故に大地に震脚を叩き込み、吹き飛ばしてイングから解放されるのと同時に拳をドリルの先端へと向ける。

 

「セイクリッドブレイザー」

 

 ヴィータの一撃と自身の必殺が一瞬だけ拮抗し、圧倒的魔力量で鉄槌を吹き飛ばす。降り注ぐ瓦礫を全てを吹き飛ばしつつその先にいたヴィータを薙ぎ払い、吹き飛ばしたイングの姿をとらえ、下がったシグナムの姿を確認し、そして構えるザフィーラの姿を確認する。強い、それは確かだ。まぎれもなく次元世界中トップクラスの実力者たちがここに集まっている。連携も取れているし、それぞれが無双の実力を発揮している。それでも自分と比べれば、あまりにも矮小だ。

 

 つけられた傷だって見て覚えた自己再生魔法によって既に完全に回復している。

 

「……所詮この程度、ですか」

 

 落胆と共に言葉を零し、そして期待する。

 

 ―――だからこそ、私は滅びるでしょう。




 タイトルには意味のある回とない回がある。意味がないときは大体ネタが思いつかなくなったとき。

 そんなわけで案の定六課にいる間に大体覚えたせいおー様。鎧がなくなってもオートリジェネ実装されているので、削り戦法は通じない。鎧剥ぎ取って慢心なくした王様に敗北はあるのどうか。


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ファースト・エンド

 圧倒的という言葉では足りない。聖王という存在の暴威を表すにはそれでは圧倒的に言葉が足りなかった。

 

 そもそも聖王という存在は存在自体が一つの完成された兵器だ。人間という形の兵器。同じ人類だと思ってはいけないような存在が聖王。その中でも特に才気に溢れ、そしてそれを発揮したのがオリヴィエという存在だった。ベルカ聖王家最後の一人にして究極の一人。それがオリヴィエ・ゼーゲブレヒト。生物として立っているステージが違う、なんて表現が恐ろしい事に似合う存在だ。だけど―――自分も似たような存在だった。

 

 鉄槌の騎士。

 

 オリジナルの、そして自分のその名に恐怖した存在は当時どれだけいただろうか。グラーフアイゼンが赤く染まり過ぎて黒く染まるまで殴り殺してきた数はどれだけだったか。敵から化け物の様に見られるようになったのは何時からだ。戦っても戦っても自分よりも弱いやつを潰して殺す様になったのは何時からだろうか。結局管理局に来ても格下相手に威張り散らしているだけだったような気もする。そして今、自分より圧倒的に強い相手が出てきてどうした。

 

 泣き寝入りするのか? 自分が? この鉄槌の騎士が? おいおい、冗談じゃないぞ。

 

 良く考えてみろ。どう考えても倒せない相手だ。どんだけ本気でぶち込んで、どんだけ無茶しても耐える相手だ。いや、耐えるってレベルじゃない。避けてカウンター叩き込んでくる。無効化して逆に必殺技を叩き込まれる事もあるかもしれない。いや、先ほどの交戦なんて間違いなくそんな状況だった。必殺を叩き込んだのにそれを完全に粉砕された上で必殺を叩き込まれた―――そんな経験を味わった事を自分はあるのか。

 

「はは、そう思うと燃えて来るな……不謹慎だけど」

 

 どれだけ頑張っても倒せない相手がいる。それはつまり、どれだけ本気を出しても殺す心配がいらないという事でもある。自分たちの目的がヴィヴィオの奪還、救出である事に変わりはない。だが今まで押しとどめていた分もある―――こうやって自分よりも圧倒的に強いのを感じ取ってしまうと嫌でも燃えてくる。これは非常に嫌な部分だ。日ごろからなのはに無茶するなよ、と言っている割には自分の本性はこうだ。好戦的で挑戦的。ホント、嫌になる。避けようとしている事が自分の本性なのだから。どう足掻いても逃げられないというのであれば、受け入れるしかない。

 

「あー……なんつったかなぁ、ブラスター……モードだっけ? リンカーコアに負担をかけて無理やり魔力を絞り出すモード。あたしらには別の使い方ができそうだな、アレ」

 

 瓦礫の中から体を引き抜きながら立ち上がるのと同時に念話を発動させる。相手はシグナムとザフィーラ―――そしてイングの三人だ。イングの乱入には多少驚かされたが、それでもそれもはやての予想の範疇内だ。あの一家がこの戦い、スカリエッティに敵対する形でかかわってくるのは理解してた。あとはそれがどこまでという話だったが、ここまで関わってくるというのであれば敵との関係は完全敵対。味方としてカウントしてもいいレベルだ。

 

 終わった後できっちりケジメはつけてもらうが。

 

『そっちの調子はどうだ』

 

『笑えてしまうぐらいに絶望的だな』

 

『だが不思議と良い気分だ』

 

『マゾですか』

 

 約一名セメントっぽいのがいるけどそれはこの際無視だ。問題なのはこの相手に対して現状、勝率が完全なゼロパーセントである事だ。小数点も一パーセントも存在しない。それは誰よりもヴォルケンリッターである自分たちが理解している。聖王オリヴィエに勝利できる存在は現状、いないと。ミッドタイプの魔導師では能力的相性で一方的に殺されるだけで、そしてベルカタイプの魔導師であっても実力差があり過ぎてロクに戦うことができない。

 

『お前ら何か案あるか?』

 

 現状は完全な無策だ。連携を取って行動してはいるが、それでも有効な手立てがない。イングが最初に直撃させた方法も今では聖王におぼえられてしまった。もう、有効な手段ではない。だとしたら見せた事のない動きだけで動きつつ、相手に隙を生み出し、今まで出した事のない攻撃を繰り出すしかない。それが未知であればある程聖王に対しては有効的だ。つまり未知、古代ベルカ時代になかった奥義や魔導の数々こそが最大の武器であり、最大の勝機。

 

『―――ありますよ、勝機』

 

 念話を通し、そう言葉を放ってくるイングに、乗る以外に方法はなかった。

 

 

                           ◆

 

 

 ―――雰囲気が変わりましたね。

 

 瓦礫から起き上がってくるヴィータを中心に、シグナムとザフィーラの雰囲気が大きく変わる。膨大な魔力の発露を感じ、そして同時に三人の存在が希薄になって行くのを感じる。

 

 ……身を削りましたか。

 

 守護騎士プログラム。それが今の彼らの正体。そう、プログラム生命体。魔力という食料を与えられ生きているのがヴォルケンリッターという存在であり、もはやはやてが死ねば一緒に死ぬしかない、そういう運命にある存在だ。彼らを形作っているのは膨大な魔力。フルドライブでも魔力が足りないのであれば―――身を削って、構成している魔力を使えばいい。

 

「ブラスター……モード……!」

 

「死中に活を見出しますか。それもまた良し。正面から無駄であると、貴方達の思いは届かない事を証明します」

 

 立ち上る魔力が体を覆い、魔力の色のオーラで現れる。そしてそれが発現するのと同時に、イングが虚空に手を伸ばし、そこへと手を入れる。数瞬後、そこから取り出すのは一本の武骨な槍だ。データ上の知識としてその存在は知っている。―――ゼスト・グランガイツの武器だ。死後は使い手がいなくなっていたはずだが、それがイングへと渡っていた。

 

「ファイナルユニゾン」

 

『いっくぜぇ―――!』

 

 イングが宣言し、融合機が叫ぶ。それと同時にイングの金髪が淡く輝きだし、その体の周囲に火の粉が舞い始める。ほんのりと赤みを帯び始める長髪―――ユニゾン状態のさらなる深化と強化を表していた。適合率を無理やり高め、反動と引き換えに強化する方法。四人全員が負担無視の必殺の構えに入っている。それから理解できるのは次が”最後”である事だ。

 

 ……来ますね。

 

 この四人は次の行動に全てをかけてくる。それが理解でき―――それを乗り越えれば自分の勝利である事も認識できる。だから油断することなく、慢心することなく、手を抜くことなく―――圧殺する。圧倒的力で、圧倒的実力差で、最初から希望などなかった。それを証明してみせる。それが王という存在だ。圧倒的にして絶対―――全ての人間の上に立ち、彼らを超える者。そうでなければいけない。そうであり続ける事が義務だ。

 

 王とは孤独であっても永遠に民の道具として機能し続けるものだ。

 

「来なさい。正面から踏み潰します」

 

 言葉を発するのと同時にシグナムとヴィータが構える。次の瞬間に必殺が来る。そう確信した瞬間に二人は足を前に、一歩を踏み出し―――そして到達した。

 

 雲耀の太刀、無拍子。刹那という感覚に対して呼吸以下の時間で切りこむ超絶技。ありとあらゆる戦闘術の奥義にして究極。防ぐ方法がないという絶対必中の超奥義。それが無拍子。タイミングが存在しない。割りこめる瞬間が存在しない。放てばその瞬間、攻撃は命中している。故にシグナムとヴィータの一撃は既に体に触れている。無拍子を避ける方法なんてこの地上には存在しないのだから。

 

 だが、

 

「既知の範疇です」

 

 体に武器が触れてから体を動かす。凄まじい魔力がこもっていることなど知った事ではない。正面から叩き込まれる最大奥義に対して正面から”抜けて”回避する。無拍子というのは体に触れ得る瞬間までは感じ取る事が出来ない―――であれば触れた瞬間に知覚し、回避すればその程度で終わる事なのだ。故にレヴァンティンとグラーフアイゼンは背後で炸裂し、

 

「覇王断空拳」

 

 両拳で放つ覇王断空拳がシグナムとヴィータに炸裂する。完全に身を削った一撃である為、シグナムとヴィータには防御をするだけの余力が存在しない。完全にフルで威力を受けながら二人の体が吹き飛ぶ。その瞬間と同時に、技の硬直を狙ってザフィーラが前から迫ってくる。タイミングとしては完璧だ。なぜなら此方は硬直した状態で動けないのだから。だが、

 

 肉体を魔法で操作すればそんなこと関係ない。

 

 魔法で自分の体を一時的に傀儡とし、そのまま前から迫ってきたザフィーラを大地へと叩きつけ、その背後からノータイムで自分に槍が突きつけられているのに気づく。シグナム、ヴィータ、ザフィーラを囮として―――本命はこの槍、イングだ。

 

「ですが!」

 

 ザフィーラを叩き潰しつつ、開いている片手でイングが繰り出す槍の一撃を掴む。魔力と熱の奔流によって掴んだ左手が焼ける。だが槍の動きは完全に止まり、そしてゼストの槍は砕ける。その破片が宙を舞う前に、目撃する。

 

 イングが既に拳を放っている姿を。

 

「―――正確に言えば槍、までが囮です」

 

 そして、イングの拳が振るわれる。彼女が口を開き口にするのは古い、ベルカの言葉だ。魔法の自動翻訳機能でさえ訳す事の出来ない言葉。その時代、その時を生きてきた人間にしか理解できない言葉。それをイングは口にする。

 

「”王殺”」

 

「ッ!」

 

 イングの拳が振るわれるのと同時に片腕での防御に成功する。体は吹き飛ばされ、衝撃は体を貫通する。が、腕一本で防御する事には成功した。軽く吹き飛ばされるも直ぐに着地、そして素早く踏み込む。相手がやったように、無拍で踏み込み、拳を放つ。

 

「……」

 

 イングはそれに反応することなく拳を受け入れ、そのまま抵抗なく吹き飛ばされ―――廃墟に衝突する。

 

 その場に動く存在はもういなかった。

 

 ヴィータは瓦礫の山に埋まり、シグナムは大地に転がり、ザフィーラはクレーターの中で倒れ、そしてイングは廃墟に叩きつけられてから大地へと落ちた。”鉄腕”に損傷がないかを確認する。が、確認したところ鉄腕にはそれほど大きな傷はない。機能を阻害する程でも、後で致命傷に成り得そうな傷もない。体の方に通った衝撃を軽く分析するが、それも内臓機能にダメージを与えたようではない。

 

「貴女は一体、何をしたんですか……?」

 

 大地へと落ちたイングへと視線を向ける。もう、彼女のユニゾン状態は解除されていた。ユニゾンしていた融合機もその横でぐったりと、動かずに気絶している。ただイングの方はまだ意識があるらしく。ボロボロの姿で顔だけを持ち上げ、此方へと視線を真直ぐ向ける。

 

「ふ……ふふふ……はははは……」

 

 イングは正気の瞳で此方を射抜いていた。

 

「馬鹿で可哀想なオリヴィエ。王手をかけられているなんて理解も出来ずに勝者だと思い込んでいればいい」

 

 そう、イングは間違いなく正気だった。狂ってはいない。どこまでも正気を保った状態で言葉を放っていた。―――決して負け惜しみなんかからではなく、心の底からそう信じている。

 

「予言しますよ―――貴女は負ける。確実に負ける。ふふふ……ははは……目的は果たしました。私の勝ち、です……。全部終わったら……」

 

 そこまで言葉を口にし、イングは気を失って倒れる。ファイナルユニゾン状態だったうえに攻撃をノーガードで受けてしまったのがいけなかったのだろう―――本来のスペックであればまだまだ戦えたかもしれない事を考えると少々惜しさは感じるが、さて。

 

「全部終わったら―――はたして貴女に残るものはあるのでしょうか?」

 

 気絶したイングに背を向け、そして遠く、ガジェット側が展開している空を見る。そこには巨大な黒い建造物が空を飛んでいるのが見える。

 

 ―――ゆりかごだ。

 

 もうそんな時間だったのか、と。予想以上にこの四人相手に時間をかけてしまった事に気づく。足止めが目的だとすればこれ以上ない結果のはずだ。本来ならゆりかごが飛ぶ前には戻っている筈なのだから。故にこの分は敗北として扱っていいだろうと思考し、鎧を纏う。イングの言葉は気になるが、それでもかまっている時間はない。

 

「セイン、ウェンディ。いるのでしょう出て来なさい」

 

 名を呼ぶのと同時に大地からそろーり、とセインとウェンディが姿を現す。二人は軽く辺りを眺め、そして四人全員が沈黙している事を確認すると地上に出てくる。

 

「うわぁ、キチガイレンジャー全員倒しちゃってる」

 

「初代ラスボスまで倒してるっすねー……」

 

「これよりゆりかごまで戻り客人の到着まで待ちます。戦場を通り、蹂躙しながら進むのも悪くはないでしょうがそれではスカリエッティの方が不都合でしょう」

 

 そう言えばウィエンディとセインが手を上げる。

 

「ハイハイ! 我ら運送コンビ!」

 

「運びます! 隠れます! 戦いません!」

 

「キチガイと戦わなくて済む!」

 

「つまり勝ち組!」

 

 無言で手を上げて笑顔を浮かべる二人を睨む。

 

「……」

 

「あ、はい、真面目にやります」

 

「ネタを挟まないと死んじゃう系なんスよウチら……」

 

 とぼとぼと運搬用の大きめのライディングボードを取り出すウェンディと、それに乗るセインの姿に追いつきながら、改めて空を見る。空に浮かぶゆりかごはスカリエッティ側の絶対的な制空権獲得を意味している。そしてゆりかごの投入と同時に行われるのはガジェットの三型から飛行型までのモデルの投入だ。ここから一気にスカリエッティ側の圧力が強くなる。管理局側が劣勢に立つのは目に見える。だが、それでも、

 

「貴方は私の前に立ってくれますよね? 私の期待を裏切りませんよね? ……届いてくれますよね」

 

 ―――この一分が、一秒が、何よりも待ち遠しく、愛おしい。




 書けば書くほどヤンデレる不思議。あれぇ、おかしいなぁ。何だろこれ。まぁ、いいや。せいおー様は今日も可愛いので許される。ともあれ、せいおー様は今日も可愛いですね。

 セイン&ウェンディ。戦闘力がついて行けないので運送してます。たぶん勝ち組。少なくともキチガイと戦わなくていいと言う時点で圧倒的勝ち組。


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フロウイング・ナウ

 空に浮かび上がる黒い船。それを見上げながら漏らせる言葉は一つだけだった。

 

「出やがったな……!」

 

「ナカジマ隊長アレは―――」

 

「うろたえるんじゃねぇ! 俺達は俺達の仕事をスマートにこなせ! いいか、雑魚の俺達ができる事を思い出せ、そして実行しろ! 大将が折角俺達でもできる事を見繕ってくれてるんだ、それさえできないなら俺達は雑魚以下の屑だぞ!」

 

「ハイッ!」

 

 前線へと駆けつける部下へと指示を投げながら再び空を見上げ、黒い巨大な船の姿を視認する。―――ゆりかご。それがあの兵器の名前。既に隊長格にはそれが古代ベルカの遺産であり、そしてスカリエッティの切り札であるという情報は公開されていた。末端にまで公開されなかったのは必要以上の混乱を避けるためだろう……少なくとも戦闘中に情報を受け取ったら考える事が多すぎて混乱する暇がない。だからそれはいい、だが、

 

「でかいな、アレは」

 

 巨大な三角形、形としては戦闘機を超巨大化したようなものだ。ただ明らかに戦艦よりも大きなサイズをゆりかごは誇っている。アレが本当に古代ベルカ時代に数々の次元世界を滅ぼした死の箱舟であるとすれば、戦艦や航空船での空からの支援がない今の状態、かなりきついというか無謀な相手になる。最初に空港を破壊されたのは飛行戦力を潰す為だというのは理解しているが、

 

「やっぱりかぁ」

 

 空を見上げれば飛行する鋼の塊が見える。相手側の航空戦力が本格的に出現し始めている。そして、

 

 爆発を感じる。舌打ちをしながら前方へと視線を向ければ部下が数人、倒れている。その先に存在しているのは新たな姿のガジェットだ。今度のは今までの様に小さい、スマートなタイプではない。もっと巨大で、数メートルほどの大きさを誇る巨大なタイプのガジェットだ。その横にはカマキリを思わせる様な鎌を装備したガジェットも存在し、その鎌にはべっとりと血が付着していた。良く見れば防壁だったものはその鎌によって切断されていた。

 

「作戦開始から2時間、ここが俺達の限界か……? 一旦下がるぞお前ら! まだ爆発してねぇやつをくれてやりな!」

 

 後ろに下がりながら指示を出す。命令通りに部下が戦闘を続けつつも後ろへ下がる。爆発が生じ瓦礫が吹き飛び―――しかしガジェットの歩みは止まらない。今回現れているものは今まで戦っていた物よりも遥かに頑丈で、そして優秀にできているらしい。体から出すコードで爆破と瓦礫をある程度防いでいるのが見える。これは完全に自分の手には負えないな、と判断する。

 

「―――その為の我々です」

 

 撤退を判断した次の瞬間、凄まじい速度で横を抜け、一瞬でガジェットまで到達した姿がある。その姿は巨大なガジェットの姿まで到達すると軽い跳躍をを行い、そこから一撃でガジェットを真っ二つに破壊する。爆炎を左腕で薙ぎ払いつつ、すぐ横の鎌を持ったガジェットに右腕で攻撃を叩き込み、そして襲い掛かってくる逆側のガジェットを蹴りで粉砕する。ノースリーブの”騎士甲冑”を身に纏うその姿は、

 

「聖王教会か!」

 

「肯定します! 聖王教会所属シャッハ・ヌエラ以下第一から第三騎士団中央に展開します! これより武装陸士隊の撤退の援護をしつつ敵陣へと斬りこみます! 以降現場での判断は小隊長へ譲渡、最低百体の撃破がノルマだと忘れずに!」

 

「―――了解ッ!!」

 

 背後から一気に騎士甲冑に身を包んだベルカの騎士達の姿が出現する。撤退行動に入る此方の姿を一眺めし、そして軽い頷きを送ってから前へと進み―――騎士剣で敵を一撃で両断する。そこにはほぼ魔力が込められていない、技量によって行われる斬鉄の技術だった。聖王教会騎士団精鋭。精鋭と言えば聞こえがいいだろうが、その実態は少し違う。精鋭という連中は”戦時”からの技術や考え、魔導、そういったものを色濃く残している家系連中が多く所属している。エリートの家からはエリートが、そういう風潮はベルカでは珍しくはないが、この場合は少しだけ話が違って、つまり、

 

「キチガイの騎士団……!」

 

 部下の一人がそう呟き、そしてガジェットを粉砕しつつ騎士団員たちが口々に叫ぶ。

 

「敵だ!」

 

「戦争だ!」

 

「手柄だ!」

 

「ぶち殺せぇ―――! 餌には困らないぜ!」

 

「流石ベルカだぜ。やっぱり安定しているなぁ……」

 

 つまりは騎士団の”精鋭”とは頭のおかしいウォーモンガー連中が大半であるという事だ。―――だが戦時からの技術等を色濃く受け継いでいる彼らに精鋭の名は相応しい。魔力だけではなく、技術などで延々と戦えるように彼らは育ち、訓練させられてきた。

 

「……まるでどっかの馬鹿を思い出すわな」

 

 空を見上げれば空戦魔導師が動き始めている。全体的に管理局の陣がスカリエッティとの全面戦争の状態へと入っているが、新登場のガジェットに陸士武装隊の方はボロボロにされている。戦うにしたって一度下がって、負傷者を運んだ方がいいかもしれない。……いや、継続的に戦う事を考えるのであれば下がるのがいいだろう。ホロウィンドウを出現させながら上へと許可を貰おうとすればすぐさま了承が返ってくる。あちらでも此方の状況はしっかりと把握しているらしい。

 

「んじゃ、一時撤退だ野郎共! 前線任せましたよ!」

 

 前線でトンファーを振るう騎士が振り返りつつ頷く。その瞬間背後から襲い掛かってくるガジェットを三機、一瞬で両断しつつ余裕を見せて言葉を返してくる。

 

「任せなさい―――あまり時間かけていると全て倒してしまいますがッ!」

 

 そのまま騎士は深く敵へと斬りこみ、姿を爆炎の中へと投じる。その姿が改めて頼もしく、そして羨ましく思う。結局戦場の主力なのは彼らエースの存在で、この戦場の勝敗を決めるのも彼らの存在だ。そう思うと少しだけ、魔力の無い人間として、それだけの戦闘力がない人間として悔しいものがある。……が、同時に彼らだけでは戦場を動かせないという事ぐらいは知っているし、理解できる程度には大人だ。

 

「うし、撤退だ」

 

 下がりつつ、最後に一度だけ空を見上げる。そこには見えたのは―――。

 

 

                           ◆

 

 

「―――フレースヴェルグ!」

 

 魔力弾が空に浮かぶ空戦型ガジェットを撃ち抜き爆散させ、そして空に道を作る。まるで数ヶ月前の様だと思う。ただ今回はガジェットの規模が凄まじいだけで、やっている事は何時も通りだ―――ただその数がシャレにならないだけで。

 

「あかん、キリがないでこれは」

 

 フレースヴェルグに前よりも魔力を込めてはなっている。AMFごと貫通して打ち抜く程度には強力なのを放ち、ガジェットを薙ぎ払っている。だがそれでもガジェットの数が減る事はない。それよりも増えている。視線を真直ぐ先へと向ければゆりかごからガジェットの姿が出現しているのが見える。つまりゆりかごにガジェットの生産施設が存在するという事だ。アレを潰せば下も上も戦局は大きく安定する筈だ。ただ、

 

「シグナム達がやられたんは大きいなぁ……」

 

『はやてちゃん、九時、十一時、二時から来ますよ!』

 

「ッ、フレースヴェルグ!」

 

 再び射撃魔法で一気に敵を薙ぎ払う。だがそれでもキリがない。他にも空戦魔導師は存在するが、それでも絶対数は圧倒的に少ない。故に一人一人にかかる負担が凄まじい。自分はまだツヴァイとのユニゾンがあるから負担が楽だが―――他の魔導師はそうもいかない。

 

「リイン、状況はどうや」

 

『武装陸士隊が撤退して、そのカバーに騎士団の方々が入りました。若干押され気味だった状況を逆に食い込む形で巻き返していますが、今度は空の方が一気に厳しくなってきて現在相手の進行率は60%という所です! ちなみに80%超えたらマジヤバって感じですよ』

 

「何か若干変な表現あるけどありがとうな。―――シグナム達がやられたのが痛いなぁ」

 

 勝てると思って配置したシグナム達だったが、まさか開幕聖王とは予想外にも程があった。来るにしてもナンバーズによる襲撃だと思っていたのだが。王自ら動いたのであれば勝てない理由も理解できる。それにもう一人、予想外の人物を保護できたし。

 

「ティアナ達はどうしてるん?」

 

『部隊と行動しています。他の二人も一緒ですね』

 

「んじゃティアナ達には自由に動いてええと言っといて。フェイトちゃんとなのはちゃんから何も来ないって事はたぶん通信できない場所にいるか、もしくは負けちゃったって事やから、最悪を想定して動くよ」

 

 なのはとフェイトには作戦開始前からある程度勝手に動かしている。バレたら間違いなく処罰ものだが、それをしてでもやるだけの価値はある。しかし開戦以降から返事がないのは確実に戦闘を行っているからだと思う。敗北して死んでいる可能性もあるが、どちらにしろあの二人がそのままただで死ぬはずがないし。死ぬにしたって解りやすいサインを出すに違いない。……いや、桜色の砲撃は見えない所を考えればなのははまだ隠密中だと判断する。

 

「さて、優先順位はどれが上や。指揮官としてであれば味方の生存と、そして勝利や。だけど個人としての目的はヴィヴィオちゃんの奪還や。だけど私は立場に縛られている。指揮官としての役割を放り出して前に出る事はできへんし、最低でも数人六課の人間を残しとかなあかん。一応シグナム達を出したおかげである程度の示しは付けたけど……むむむむ」

 

『指揮官は大変ですねー』

 

「せやなぁ……」

 

 何が辛いって、身内の死や敗北までを計算に入れなきゃいけないのが辛いのだ。死んだ場合を前提にしての分岐プラン等を作ったり、突破された場合を想定したり、そういう事まで考慮しなくてはいけない。だから正直、そういう類の事はあんまり周りの連中にさせたくはない。どう足掻いても向いていないし。ゲンヤからは自分でさえも優しすぎて向いてないって言われた事もあるが―――まあ、夢の為だし必要だと割り切っている。

 

 さて、

 

「こちらもいい加減攻勢にでよっか―――出すで、出したくなかった最終兵器……!」

 

『は、はやてちゃん……それはまさか……!』

 

 手の動きでホロウィンドウを出現させる。それで繋げるのはもう一つの部隊の様子だ。ここら辺はツヴァイのサポートがある為素早く情報が入ってくる。ホロウィンドウを通して見える映像ではフリードに乗ったキャロと、エリオ、そして巨大なムカデの背中に乗ったルーテシアとガリューのコンビがチームとなってガジェットの群れを潰しながら進んでいる。損耗の色は少なく、そして相乗りしているエリオに向かって殺意が隊から向けられている。これはツッコメと芸人としての血が騒ぐが、それを無理やり抑え込んで、そして小隊長、キャロ、ルーテシアにホロウィンドウを繋げる。

 

『あ、八神部隊長』

 

『おっす隊長! ガジェット潰し楽しいです』

 

『敵は皆殺しだ』

 

『助けてください隊長、生きている気がしません』

 

 主に味方からのヘイトでだろうかそれは。エリオはどの環境に居てもキャロかルーテシアがいれば面白いので安定しているなぁ、と思いつつも、サムズアップを幼女二人に向ける。

 

「キャロ、ルーテシア。やってもええで」

 

『ヴォルテール―――!』

 

『ヒャッハー! 白天王!』

 

「レスポンス早いな貴様ら」

 

 許可を出した瞬間、廃墟を吹き飛ばし、瓦礫の雨を降らせながら二体の巨大な姿が出現する。片方は黒い龍、キャロを守護する巨大な真竜と呼ばれる最強種の存在だ。もう一つの巨大な白い姿は蟲だ。それも真竜クラスの未判別種、無人世界の主クラスの大物。どちらにしろ二体ともストライカー級が何人も集まってようやく対等、というレベルの化け物だ。ストライカー級魔導師といえども一対一で挑めば回避優先にでもしなければ一瞬で蒸発できるほどの暴力の主たちが。

 

 それが出現するのと同時に空へと向かって吠える。

 

「さ、派手にぶっぱなして道を開けるでリイン」

 

『了解しました―――術式の展開を行います!』

 

 白い魔法陣が出現するのと同時に、背後で口を開く二つの巨体が口を開き、そこにエネルギーを溜める。それが臨界へと到達する頃には此方の魔法の準備も完全に完了し―――そして放つ。

 

「終焉の笛、ラグナロク!」

 

「―――!!!」

 

「グルァァッ―――!」

 

 二つのブレスと、そして三種の砲撃が一斉に放たれる。それが一直線に叩き込まれ、空を埋める銀色を一気に吹き飛ばす。足音で大地を震動させながら肩に主を乗せ、部隊と共にヴォルテールと白天王が動き出す。その姿は真直ぐ、最前線へと向かって。

 

 ただ、

 

「……やっぱ、この程度でどうにかしようって考えは甘かった、かな?」

 

 最強クラスの生物のブレス、そしてSランクオーバーの砲撃をガジェット越しとはいえ、受けとめたゆりかごの船体には傷など存在しなかった。黒いその姿はまるで生物的なデザインを所々に見せ、その色とデザインから思い出させるものがある。

 

「まさに悪夢って感じやな……頼んだで、皆」

 

 状況把握のためにホロウィンドウを一気に二十出現させつつ、次の射撃と牽制の準備に入る。此方は手札を切った。だが、まだだ。

 

 まだ此方も相手も、切り札を出してはいない。

 

 本当の勝負は―――これからだ。




 ゆりかごちゃんの姿がおかしいようです。

 戦争は第一フェーズから第二フェーズへと移行しました。つまり小手調べから衝突へとチェンジですな。そんなわけで夢のヴォル白さんタッグ結成、普通に考えたらこのタッグどうやって滅ぼすんだと思うのにせいおー様が相手だったりゆりかごmkⅡ相手だとそう思えない不思議。

 不思議!

 次回から本格化、ですねー。


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クレイジー・ジャスト・クレイジー

「―――全ては予想通り。全ては計画通り。言葉にしてみれば実にすばらしい言葉だ。何故ならばそれはつまりイレギュラーが起きずに全ての未知が既知へと変換されつつあるという証だ。だが、それは楽しいか? 未知を既知に変える、それが一生の作業であるかもしれない。なるほど、確かに未知を想像し、それを既知へと変える事で人間は、人類は今まで”未来”を創造してきた。だが結局の所それは想像できる範疇内の話でしかない。私から言わせてもらえれば―――まあ、何ともつまらない話だよ。データ通り、計画通り、予想通り、予測通り、言葉は何でもいい。結局は”既知”であるという事だ。何ともつまらない事だろうかそれは。私から言わせればそんなもの腐っているよ。予想通りのプログラムなんてつまらない。ドラマにしたって、やはりプログラム通り進んでいる事よりも間に少しアドリブが入っている方が圧倒的に楽しい。それがそのまま番狂わせに繋がってもいい。あぁ、そう……ドラマ化やアニメ化で良くある改変、改悪であれ改善であれ、アレに関しては私は完全な肯定派だ。何故か解るかね? ―――見た事がない、からだ。いいかい、私の欲望とはつまり強欲、欲しがる欲望、求める欲望、尽きる事のない欲望。故に完成された事には、知っている事には一寸の興味もないのだよ」

 

 腕を広げながらモニターに映る戦争の様子を眺める。先ほど”猟犬”の侵入がアジトに感知された。おそらくこの中央制御室へと至るルートも後半刻以内には発見されているだろう。態々奇を狙って戦場の真下にアジトを作ってそこから指示を出していたわけだが、それを看破されたようだ。流石レジアス、もしくは聖王教会だろうか? 自分の事をよく理解している。楽しければそれでいい。欲望に従順なのだから”一番楽しそうな場所”を探せば自分はそこにいる。深く考えるから自分の事を見つけられないのだ。

 

 さて、と一息を付く。ウーノが聞き上手なので少し熱をいれて一気に話し過ぎた。本当はもっと大きなオーディエンスに自分のこの気持ちや言葉を分けてあげたい所だが、ごみを投げつけられる光景しか思い浮かばないので実に困った話だ。割と真面目な話をしていても直ぐにネタ扱い。これだから悪人は愉快過ぎて泣ける。特に悪い事してなくても悪いやつ扱い。せめて責めるのは悪い事をやっている時にしてほしいものだ。

 

「―――まあ、私は番狂わせが欲しいのだよ。圧倒的な武力や生産力、どう考えても管理局が勝てない環境を用意した。もし、もしもだ―――これを管理局が覆す事が出来たら実に素敵だと思わないかね? 古の超兵器を破壊してガジェットの生産を止め、私を倒して我が娘達を諦めさせ、そして聖王を倒して完全に戦いを集結させる。どこからどう見てもムリゲークソゲーの類だ。だがそんな困難を突破できる人材は間違いなく存在するし、そして用意してあるはずだ。その手も打ってきているのだろう? だとしたらいい、それでいい。私の―――ジェイル・スカリエッティという名は永遠に忘れられない存在として歴史に刻まれた。ざまぁ見ろ脳味噌ども、私は超有名人だぞ。……ふふふははは……さて、そろそろ始めるかね」

 

 モニターに映る姿は二つの巨大生物だ。その二つが出現してから戦場は一気に管理局側へと揺らいでいる。地上はベルカの騎士団によって一気に斬りこまれ、そして空中はストライカー級と、そして化け物による砲撃で殲滅されている。進行率が六十から一気に四十台まで落ちてきている。それは相手が手札を切り始めて来た事を表している。さて、ここで頭のいい人間であれば適切なカードを敵に弱点に叩き込む戦いをするだろう。

 

 それが賢い人間の戦い方だ。

 

 だがこのジェイル・スカリエッティは戦術なんて知らない。世紀の馬鹿だ。そう、愚か者だと言っても良い。端的に言えば戦術なんて糞食らえ。

 

「そう、楽しければそれでいいともさ―――望むまま、欲望のままに。そう、それが私の信条だ。私のスタイルだ。それでこその私だ」

 

 椅子から立ち上がり、右腕を確認する。そこにはガントレットの様なデバイスが装着してある。稼働確認は済ませてあるし、テストも済ませてある。故に後は稼働だけだ。つまり―――自分も戦える。それは実に、未知的だ。楽しそう。まあ、その前にやるべき事はいくつかある。

 

「まずはアレだ。ヴォルテールと白天王。アレをそのままにしておくのは実にムカつく。私は今決めたんだけど科学論者なんだ。だから自然の産物に科学の力を超えられるのは実に心苦しいって事にしておいてくれウーノ君」

 

「割と頭の湧いている発言ですが了解しました―――ナハトヴァールをヴォルテールと白天王へと向けて放ちます。以降リミッターや制御装置は完全に利きません、制御不能です」

 

「あ、ごめんウーノ君、そこ私が言いたかったところなんでいい所で邪魔しないでくれるかな。地味にここら辺映像撮ってるからほら、後々捕まった場合に備えてかっこつけるための映像の準備とかさ……」

 

「面倒なのでオフにしました」

 

 軽くかっこつけた意味は何処にあったのだろうか。若干鬱に入りそうな気持ちを何とか堪える。自分にスカリエッティはできる子、と言い聞かせながら軽く体を捻り、動かし、そして準備を完了する。それでは、と前置きをし、そして通信を製造したクローンと、そしてナンバーズ、そして知っている犯罪者全員へと繋げる。

 

「―――それではこれより全員の自由行動を認める。各々、己の欲望の為に最大限の行動をするといい。以上解散! 皆様良き戦争を! 良き一日を!!」

 

 聖王も、ゆりかごも、ナハトヴァールも、完全に自分にも人類にも手に余る代物だ。過去にはアルカンシェルでなくては破壊できなかった化け物を、人類は戦艦の助力無しで超えられるのだろうか? 自分達を抑える為に全兵力を動員している管理局に兵器を持った犯罪者たちを抑えるだけの戦力が残されているのだろうか?

 

 考えれば考える程に愉快でしかない。

 

 さあ―――切り札全部一斉投入だ。どう対応する、管理局。

 

 

                           ◆

 

 

「やっぱ来たな……!」

 

 巨大な姿が一つ、大地を突き破りながら出現するのを目撃する。杖を、そして夜天の書を握る手が少しだけ強くなる。前方に出現した巨大な姿を表現する言葉は一番正しく”異形”だ。金属的であれば生物的であり、そして鉱物的な装甲を持っている。それでいて巨大な口を持っていると思えばそれが体で、と表現するには難しすぎる姿をその存在はしている。只一つ確かなのはそれが完全な異形であり、その姿に見合う醜悪さを兼ね備えた生き物である事だ。

 

「ナハトヴァール……また見る事になるとは思わんかったで……!」

 

 リインフォース・ナルの製造の本当の理由はおそらくこれだ。ユニゾンデバイスの方がオマケで、本命がその闇の再現だったに違いない。多種多様のフィールドで身を守り、そして無限に再生し続ける究極の生物。なるほど、確かに極悪だが―――まだ戦う方法はある。

 

「任せたでキチロリーズ! 報酬はエリオや!」

 

 ホロウィンドウから返答の声が上がってくる代わりに背後の地上でヴォルテールと白天王の咆哮が響く。エリオからの悲鳴は迷う事無く拒否設定にして無視する。昔、十年近く前にナハトヴァールには皆で挑んだ上で、最終的には火力が足りなかったからアルカンシェルで葬る、という手段しか取れなかった。だが今は違う。ヴォルテールと白天王の火力であれば、

 

「十分殲滅可能や」

 

 廃墟を吹き飛ばしながら二体の怪獣がナハトヴァールへと向かって直進する。その肩の上に乗る小さな主を落とさない様にしつつも全力で二体は直進し、通り道のガジェットを全て吹き飛ばしながら到達する。先に到達したヴォルテールが慣性の乗ったパンチをナハトヴァールへと叩き込む。その姿がヴォルテールの一撃を受けて大きく吹き飛ぶ。一気にガジェット側へ、最前に吹き飛んでゆく姿を眺め、ヴォルテールが咆哮を響かせる。それを抜く様に白天王が一気にナハトヴァールの姿へと追いつく。そして、倒れたナハトヴァールへと向けて足を振り下ろす。ナハトヴァールの巨体がズシリ、と音を立てながら大地へとめり込み、砕く。

 

「―――!!」

 

 ナハトヴァールから触手が伸びる。それが踏みつけてくる白天王の足を掴むと、そのまま白天王の姿を転ばせ、そしてそのまま投げる。

 

「どこの怪獣決戦や」

 

『ゴーサインだしたのははやてちゃんです―――あ、あと周りから抗議の文章が』

 

「幼女けしかけるって言っておき」

 

『全員黙りました』

 

 ほら、皆幼女が怖い。

 

 リカバリーする白天王と向かってくるヴォルテールへと向けてナハトヴァールが巨大な口を開く。四足をしっかり大地へと固定し、そして口の前に貯めるのは巨大な魔力の塊だ。次の瞬間に何が放たれるかは解る。

 

「総員あの怪獣大決戦の繰り広げられているエリアから退避! 並びにあの大決戦が終了するまで絶対近づくなぁ―――!!」

 

 次の瞬間にはナハトヴァールから巨大な砲が放たれていた。まるで先ほどのダメージが通じてないかのように、無傷の姿を見せながら放った砲をヴォルテールが正面から受け止める。一瞬その衝撃で揺らぐが、正面から砲を受けきったヴォルテールは多少の傷を見せるも、余裕の姿を見せながら一気にナハトヴァールへと掴みかかる。その背後から白天王が追いつき、空間を振るわせるようなパンチを掴まれたナハトヴァールへと繰り出す。その一撃で爆風が発生し、周りの瓦礫が宙に舞いあがることなどお構いなし、そのまま二撃目を叩き込み、ナハトヴァールの巨体を抉る。

 

「任せても良さそうやな。んじゃ―――」

 

 と言った次の瞬間、ヴォルテールと白天王が両方ともそろって吹き飛ぶ姿が見える。素早く視線を戻せば、そこにありえないものを目撃する。それはナハトヴァールの姿だ。まず先ほどまで拘束され、抉るように殴られていたナハトヴァールは既にその箇所を半分再生し終わらせている。だがそれとは別に、その横には新たな姿が出現している。

 

「……んな馬鹿な」

 

 目撃するのは”二体目”のナハトヴァールだった。それが一体目の横に、大地をかき分けながら登場していた。考えられない事ではなかったが、それにしても十分に頭のおかしい事だ。

 

『はやてちゃん、フェイトさんから交戦信号受信しました! 位置特定しました! 同時にスバル、ギンガ、ティアナの三名が交戦状態に入ったのを確認しました。魔力反応を察知しました。敵陣中心点にてデータベース登録されている魔力波形を探知しました……照合……シュテル・バサラとレヴィ・バサラのものです!』

 

「うわぁー、私ってモテモテやなぁー。報告いっぱいくるー」

 

『現実逃避してないでください!』

 

「解っとる……解っとる」

 

 混乱しそうな脳を無理やり落ち着ける。混乱している部分をマルチタスクで切り離して、冷静な部分だけで判断する。現状はどうしている。六課の大半が同時に戦闘状態に入った。これは―――間違いなく狙われているからだ。じゃあその目的はなんだ。六課の壊滅か? いや、スカリエッティがそんな小さな枠組みにとらわれる男には見えない。現状此方側はなのはを抜いた全員が交戦状態に入った、という所だろうか。

 

 ……なのはだけ戦闘に入っていないという状況に何か意味はあるのだろうか?

 

「あー、考えても解らへん!! リイン、突っかかってくるやつははっ倒せって伝えるんや。んでエリオ君にはしっかりお姫様を守る様にな。たぶん、やけどレヴィとシュテルの二人は囮や。わざと派手にやって引きつけてくれてる。目的は……いや、確実に―――ゆりかごや」

 

 空に浮かぶ黒い戦艦を見る。何百人という魔導師が破壊する為に動いているというのに、まだその姿は揺らぐことを見せない。これが古代ベルカの最終兵器、というやつだろうか。考えてみればアレが戦場に出現してから、まだ一歩も前へと進むようなことが無ければ武装を使用している姿を見せない。

 

「リイン、連絡つくんならなのはちゃんへゆりかごへ向かう様に伝えておいて。私は―――」

 

 夜天の書を開き、そして杖を振りかざす。二対二という状況になってヴォルテール達とナハトヴァールの勝負は一気に膠着状態へと持ち込まれた。生物的に同じレベルの存在だ、両者は。―――ただナハトヴァールの方が再生力を含め、持久戦となれば敗北する可能性が濃厚になってくる。それ以前にキャロとルーテシアの未熟な体ではどれだけ持つか解らない。ここは自分が援護しに行きたい所だが、そうなると確実に指揮を放棄する必要が出てくる。それだけは絶対にすることができない。前線から人員を回してもらいたい所だが、ストライカー級を一人増やしたところでは全く力にはならない、むしろ無駄に命を散らすだけだ。

 

「がぁぁぁ! もう! めんどやなぁ!!」

 

 スカリエッティ側が一気に攻勢に出たのは理解できた。ただピンポイントで此方を狙いに来るとは全くの予想外だったが。おかげで戦力が不足している。今シャマルがヴォルケンの治療に全力を尽くしているが、それまであの怪獣タッグが持つかもわからない。

 

 心底戦力が足りない、そう思った瞬間、声が響いた。

 

「―――ほう、何だ。助けてほしそうな顔をしているな?」

 

 声の方向へと視線を向ける。

 

「久しいな、夜天の主」

 

 腕を組み、背後の羽を三色に染め、バリアジャケット姿に身を包む紫天の王の姿がそこにはあった。




 スカさんが妙にウゼェ回。

 ナハトさんが何時一体だけだと決めた。スカさんのシャイニングブラックな脳細胞だったら数年あれば2体ぐらい余裕に違いない。そんなわけで超怪獣大決戦始動。もはやどう収集付けるんだこれ何て状態に更に王様参上。

 ミッドチルダに未来はあるのか。

 そして犯罪者達のイメージは世紀末モヒカンなイメージのてんぞー。脳内で何故かアインヘリヤルが火炎放射器に変換される……助けて……。


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ミクシング・イン

 腕を組みながら夜天の主、八神はやての前に降りたつ。その表情は大いに驚きが浮かんでいる。最後に会ったのは―――ヴィヴィオ争奪戦時だ。その時は敵だった。だが今は若干異なる立場だ。はやて一人の権限や判断では捕まえる事が出来ない。なぜなら今、自分は管理局側の信号を発している。管理局側の味方であるという信号だ。それをはやてがユニゾンしているデバイスは間違いなく受け取っているはずだ。だから不敵な笑みを浮かべてやる。そしてもう一度、声をかける。

 

「久しいな、八神はやて」

 

「……王様やんか、えらい久しぶりやな」

 

「何だ、我が味方として出てきて、解っていても驚いたか? ま、安心しろ。今回に限っては……いや、これが終われば我も我ら全員、邪魔されない限りは永劫味方であり続ける。その証拠にイングめが体張って頑張りおっただろう? であるから安心しろ。我は味方だ。少々五月蠅い悪夢を殴り飛ばしに来てやったぞ」

 

 その言葉にはやては一瞬驚きを見せてから飲み込む。良い顔だと思う。初めて会った時とはだいぶ変わっているとも思う。自分の知識にある八神はやてという少女は最初は闇の書、夜天の書の運命に流される小娘であった。それが偶然の積み重ねと奇跡によって救われた。それが少しずつ成長し、そして数年前に会った、頑張る娘になり―――そして今、このような形になった。人間という生き物は常に成長するものだが。

 

 全く進歩の無い我々とは違って。

 

「んじゃ、王様が頑張ってくれる、って言うなら……任せるで?」

 

 あぁ、とはやてに応える。

 

「元々白天王が何らかの理由で召喚できなかった場合、我一人で相手取る予定だったのだ。それと比べればオマケが一つ付いて遥かにやりやすい環境よ。任せろ、我は最強……とはいかんが、それでも恐ろしく強いぞ。というか負けるつもりはない」

 

「うん、なら王様信じるわ。馬鹿って言われてもいいけど身内の身内は身内や。後で折檻とかはやるとして、任せたで」

 

 別に登場して即ズドン、とやっても問題はないのだが混乱を避けるためと、一応誤射されない為にも話しかけておいたが、結果的に上手く行きそうだ―――そこらへんの配慮、我が家の面子だとちゃんと考える連中がいないので困る。シュテルは冷静なようで実は身内以外はどうでもいいと思っているし、レヴィはそもそも視界にほとんど入ってこない。ユーリもイングもアレはアレで価値観割と破綻しているのでこういう事が出来るのは己しかいない。まあ、自分だけができる事と、というと自分が彼に手伝える分野でそこを独占していると思うので悪い気はしない。

 

 ともあれ、

 

「任された」

 

 紫天の書を広げ、その中のページを解放する。それを周りに漂わせながらエルシニアクロイツに魔力を一瞬で充填し、背中の翼を広げる。トリニティモードの証にシュテルとレヴィの色を翼は持っており、同時にユーリの魔力によって体は満ちている。はやてから少し離れ、そしてナハトヴァールの姿を確認する。本来のナハトヴァールよりは劣化しているだろうからその再生力と、そして白天王二体分のポテンシャルを計算し―――完全殲滅まで三十分、という所だろうか。

 

 丁度いいリベンジだ。前アジトへ襲撃した時に貰った傷の分、此処で返そう。

 

「余計な言葉は飾るだけだな。ディアーチェ・バサラ、行くぞ」

 

 言葉と共に広域殲滅魔法が完全に二体のナハトヴァールを包んだ。

 

 

                           ◆

 

 

「―――始めましたか、ディアーチェ」

 

 ルシフェリオンドライバーを下げながら周囲に散乱する更地となったエリアを見る。そこには燃え盛る炎と、そして砕け散ったガジェットの姿しかない。半径二キロ圏内に見えるものは廃墟であろうと瓦礫であろうとガジェットであろうと、その全てを薙ぎ払い、燃やし、そして吹き飛ばした。その結果非常に見通しの良い空間ができた。砲撃するにも、されるにも絶好の空間だ。炎を撒いてあるし、空間へと踏み込んでくれば背後であろうが死角からであろうが、自動でセンサーに引っかかるようになっているキルゾーンと化している。これだけ状況を整えたのだからスカリエッティが、ナンバーズが襲い掛かってこない筈がない。

 

 ……何だかんだであの連中割とライバル意識が高いですし。

 

 ライバル意識が高い、というよりはあの連中もやはりスカリエッティの娘達というべきなのか―――己の証を、存在したという証を残したがる。どこか目立ちたがりなのだ、あの連中は。自分の立場を理解している、自分の存在を理解している、常に崖っぷちである事を解っているからこそ―――自分達と一緒で、己の存在を証明したがる。崖っぷちだから馬鹿のようにはしゃぐ。馬が合う筈だ、とくにセインとウェンディ辺り。アレは此方の芸風に染まった、というよりは共感している部分が多い。だからこそきっと、戦わないだろうなぁ、と思う。

 

 まあ、目立とうとはするんでしょうけど。

 

 センサー代わりの炎がキルゾーンの中に侵入する存在を感知する。魔力を押しのけるように入り込んでくる感覚は間違いなく”鉄屑”の存在だ。それに対して行う反射的な反撃は簡単だ。パイロシューターを生み出し、それを一直線にガラクタへと叩きつける。視界を向けるまでも無く命中し、燃え上がり、そしてただの残骸となってこの戦場を飾るものとなる。

 

「見ているのでしょう? 視線は感じます―――来なさい」

 

 ルシフェリオンドライバーを構える。ルシフェリオンに追加パーツを装着して出来上がる大剣の様な、腕に装着するこのルシフェリオンの姿は本来は”未来”の対AMF兵器だとスカリエッティは豪語していた。そのアイデアは”過去”から、そして技術の根幹は”企業”から盗んで、そして数年先に完成させたのは自分だ……と、自慢するのは良いがそれが現在自分へと牙をむいているのだからあのマッドドクターはどこか間抜けだ。

 

 まあ、自分とスペア分を盗めたのは幸いでしたね。正直AMFは面倒ですからね……。

 

 視線を察知しながらそう思う。二キロ範囲以内には相手の気配を感じないし、察知も出来ない。つまり自分の索敵範囲、二キロより先に相手が存在する。自分の平均的砲撃距離が五キロ、限界火力で七キロ、程度だろうか。次元跳躍砲であればある程度距離を無視する事が出来るが、準備には時間がかかる。故に百パーセントの命中率を誇れるのはこの二キロの範囲内で、それから離れれば離れる程段々と命中精度は下がる。相手がトーレやディードの近接型であれば正直な話”カモ”なのだが、そうもいかないだろう。自分に当たるのはおそらく、

 

「―――来ましたか」

 

 次の瞬間、周りに張っていた炎が一斉に消える。その代わりに大地に出現するのは緑色の光の柱だ。それが何本も先ほどまで炎が舞っていた空間へと突き刺さる。それが誰のISなのかすぐさま把握し、そして相手が一体何人で、そして誰なのかを悟る。

 

「なるほど、そういう組み合わせで来ましたか……!」

 

 次の瞬間、背後から接近する気配を感じる。体を振り回しつつバックハンドでルシフェリオンドライバーを振るう。一瞬で魔導リングがルシフェリオンの先端に形成され、そして溜め込まれた魔力が半分に割れたデバイスの砲口から細い熱線として吐き出される。背後から放たれてきた砲撃と一瞬で衝突し、そして熱線が中心点から砲撃を突き破る。そのまま砲撃を貫通しながら熱線が突き進んで行く。

 

「フェイクですね」

 

 砲撃を三キロ程穿つと同時にルシフェリオンを振るいつつ熱線を切り上げる。それと同時に襲い掛かってくる緑色の弾幕に対して開いてる左腕を振るう。即座にパイロシューターを形成し、それを弾幕に対して放つ。

 

 が―――パイロシューターは弾幕を突き抜けても消えず、そのまま体を抜けて行く。ダメージを生まずに。そしてそれが発生した次の瞬間には横から殴り飛ばされる様な爆発を受け、身体が吹き飛ぶ。飛行魔法で強引に飛ばされる体をせき止め、そして更に迫りくる目視できない弾丸へと向かってルシフェリオンを振るう。別れたパーツが合一すれば大剣としても使用できるルシフェリオンの新形態はそのまま見えない弾丸を粉砕し、両側の大地に爆破を生み出す。そのまま相手の動きを予測と計算し、素早く砲戦形態へとルシフェリオンを戻し、

 

「ルシフェリオンブレイカー」

 

 五キロ先までを焼き払う。そのまま動きを止める事無く、此処が敵の陣地のど真ん中である事を理解し、そのまま片足を前へと突きだし、

 

「薙ぎ払います―――!」

 

 そのまま三百六十度、砲撃をしたまま体を回転させる。周囲にある光景全てを薙ぎ払いつつ破壊し、燃やしつくし、そして更地へと変える。半径二キロのみを更地へと変えていたのには理由が大きく分けて二つある。一つはそれが探知できる距離の限界だからだ。それ以上は大まかな距離しかつかめなくなる。そして二つ目は、

 

 それより先に隠れれば安全だと相手に錯覚させ、おびき出す為。

 

「が、駄目ですか」

 

 手ごたえがない。攻撃に相手を薙ぎ払ったという感覚がない。やはり自分の攻撃レンジを測られていたか、という考えと共にルシフェリオンでの攻撃を止めて大地に立つ。遠くに聞こえる砲撃と爆発、そして怒声を耳にしつつも三百六十度、全方向から攻撃を感じる為に気配を巡らせる。だがそれを紛らわす様に再び大地に緑色の光の柱が立つ。それをまた薙ぎ払ったところで、次のが来るだけだろうと処理する事を諦める。ダメージのチェック、そしてユーリを通して供給される無尽蔵の魔力をルシフェリオンへと溜め込みながら思考する。

 

 ……レイストーム。ヘヴィバレル、そしてシルバーカーテンですか。

 

 クアットロ、ディエチ、そしてオットーの三人組だ。人格を見ればあまり付き合いがよさそうには見えない連中だが、その能力―――ISとしては極悪のコンビネーションであるという事を理解する。レイストームで束縛と阻害を行い、シルバーカーテンで隠蔽と錯乱、そしてヘヴィバレルで狙撃・砲撃。組み合わせとしてはこれ以上なく厄介だと、敵として判断する。何故ならレイストームで動きを止められているうえにシルバーカーテンで砲撃の位置を正常に把握できないのだ。これでまだヘヴィバレルによる砲撃能力を此方が上回っているから相手が積極的に攻めてこないのだ。

 

「では、どうしましょうか」

 

 一発で倒す事は可能だと判断する。自分の砲撃の威力は間違いなく最強クラスだ。ユーリからの魔力供給を含めてほぼ無尽蔵に最高クラスの砲撃は放てる。ただそれを当てるまでが、問題だ。敵が三人組だと仮定して、おそらく固まってはいるだろうが、場所は常に変えているだろう。率直に言えばやり辛い。なぜなら戦場のイニシアチブが自分には存在しないからだ。主導権は攻撃を仕掛ける相手に存在する。無理に移動すればレイストームで面倒な事になるのは解りきっている。

 

 故に攻略方法は簡単。

 

「撃たれたら本気で撃ち返す」

 

 冗談でもなんでもなく、それが最善の方法だ。攻撃を受ければ相手がどの方角にいるかは把握できる。故に攻撃を受けた瞬間に位置を把握し、そして全力で最速の一撃をその方角へと叩き込むのが攻略法だ。これがレヴィとイングであればレイストームを全て回避し、そして相手へと突破できる。ディアーチェであれば怪しい範囲を全て飲み込んで滅ぼす。ユーリであればそもそも正面から受け止めながら突破するだろう。つまりこの組み合わせは明らかに此方対策、此方を意識しての行動だ。

 

「超えるべき対象……そういう評価だと自惚れるべきでしょうか? いや、どうでもいいですか。所詮敵ですし。殺してしまえばその程度ですからね」

 

 まあ、次で決めるという考えに変更はない。別段ナンバーズにこれといった執着は自分には存在しないし。

 

 ルシフェリオンを構え、不動のまま立つこと数秒後―――僅かに空気が震えるのを感じる。次に感じるのは足元に突き刺さる緑色の光―――それは足の自由を拘束していた。そしてそれと同時に体に中るのは爆破と衝撃。それを体で受け止めつつ、それを良しと判断する。バリアジャケットを裂き、皮膚を裂き、血が宙に舞う。同時にルシフェリオンを握らない手を振るい、炎を散らす。

 

 それを押しのけるように透明の空間が迫ってきた。

 

「―――そこっ!」

 

 そのまま左腕を砲撃へと突きだし、プロテクションを一瞬だけ張る。プロテクションは一瞬だけ機能するが、次の瞬間には砲撃に飲み込まれる。だがそのワンアクションの隙はルシフェリオンを構え、そして放つ為の時間には多すぎた。ルシフェリオンを構え―――そして左腕の異変に気づく。

 

「……くっ」

 

 それを気にする前にルシフェリオンから砲撃を放つ。それは一瞬で砲撃を飲み込みながら熱線が大地を溶かし突き進む。だが一瞬だけ左腕に思考を囚われたためにそのアクションは遅れた。遠くで炎の爆発が発生するが、そこに敵の気配は感じない。確実に逃した。

 

「……しくじりましたね」

 

 左腕へと視線を向ける。

 

 それは、肘のあたりまで完全に腐り、そしてそれは尚も広がっていた。

 

「仕方がありませんね―――う、ぐっ、あぁぁぁぁっ!」

 

 左腕を根元から引きちぎる。それを投げ捨て、パイロシューターを傷口に当てて焼き、無理やり止める。激痛が体に走る事を無理やり意志の力で抑え込み、虚空を睨む。

 

「はぁ……はぁ……第二ラウンド。宣言します―――次の一撃で殺す」





 更新できたぁ! そんなわけでマテ子達もどんどん参戦。どんどん戦ってどんどんミッドは炎に沈む(


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レイジング・サンダー

 遠くで爆音が響く音がする。僅かに空気に混じる焦げるようなにおい―――熱線だ。誰かがそう遠くない場所で、炎を使って戦っている。もしかしてシグナムかもしれない、とバルディッシュを握りながら思う。ただシグナムをここまで前線に投入する事はないだろうから違うだろうとも同時に思う。だから多分別人だ。かなり敵陣に踏み込んだ位置に今はいるし、ここまで誰かが踏み込んでくるのは……管理局の人間ではいないと思う。だとしたらこの原因はまた別人だろうから……まあ、そうなると希望的観測が大きく入るが、この攻撃の主が誰であるかは特定できる。

 

 まあ、今はそんな事どうでもいいのだが。

 

「見つかっちゃった、かな?」

 

 すぐ近くには斬り伏せて真っ二つになったガジェットの姿がある。色々やる事があって姿を隠しながら敵陣に潜りこんでいたが―――偶然見つかってしまった為止むを得ず斬り伏せてしまった。いや、敵も馬鹿じゃないのだからこれで自分の事を確実に感知したはずだ。まずった。物量的には相手の方が圧倒的に上なのだ。一体にバレたら次の数十体が来るのは目に見えている結果なのだ。嫌だなぁ、と溜息を吐く。こうなったら自分に目的を完全に集めるほかないだろう。軽く雷へと魔力を変換し、それをセンサー代わりに浸透させればガジェットの大群が自分の居場所を囲んでいるのが解る。まだなのはからの緊急信号は届いていない。つまりなのははまだバレてない―――もしくは。

 

「うーん、私よりも派手なスタイルのなのはがバレてない事に若干違和感を感じるなあ」

 

『Give up』(諦めましょう)

 

「バルディッシュって結構セメントだよね」

 

 ザンバーフォームのバルディッシュを担ぎ、そして自分が今いる、廃墟の中で一回転しながらザンバーを振るう。それと同時に雷刃を魔力として繰り出し、辺りの空間と囲んでいたガジェットを一気に薙ぎ払う。空へと向けて高く雷撃を発生させ、自分の位置が解りやすく見えるようにする。こうなってしまえば個人的な目標の達成は難しい。なのはの事だしたぶん、確実に完遂してくる。ともなれば自分は次善策に移る。

 

 つまり壊して壊して壊して壊して、壊す。

 

「それぐらいしか能がないのが悔しいかなッ!」

 

 一気に三十を超えるガジェットを吹き飛ばし、自分の位置を敵にも味方にも知らせる。それと同時に自陣へと向かって素早く移動を開始する。居場所がバレてないのであればまだ敵陣に残る意味はあったが、バレてしまってはもう完全に意味はなく、自分の命を危機に晒すだけだ。だとしたら素早く自陣に戻った方がいい。自陣へと向かって戻ろうと飛び上がろうとし、

 

 頭上から魔力の光輪が襲い掛かってくるのが見えた。

 

 即座にそれが敵のものであると断定し、ザンバーで真っ二つにして上空の確保へと行動を移そうとする。だがそれと同時に更に頭上を覆う様に巨大なガジェットが数機、行く手を阻む。それに斬りかかろうと接近したところで、その中に魔力反応が増大するのを感じる。

 

「まさか……!」

 

 爆発した。爆炎と衝撃が舞う空から素早く降下する事で逃れ、そのまま大地へと着地する。その瞬間には自身へと向けて放たれる閃光が見えてくる。対応する様にザンバーを振るい、それを真っ二つに割く事で対応し、そして攻撃の方向へと踏み込む。

 

 次の一歩には攻撃の発生地点へと到達する。

 

「遅い!」

 

 数百メートルの距離を一瞬で詰め、そしてセプターを握るローブ姿の敵を発見する。その姿は完全にローブとフードによって隠されている為に顔を確認できないが、魔力を使った攻撃を使用している為、ナンバーズではないのだろう。だがガジェットを使ってきたのを見れば、敵。おそらく次元犯罪者。容赦をする必要はない。いや、そもそも元から遠慮も容赦もする理由がない。振り上げたザンバーを一気に叩きつける為に振り下ろす。

 

 それをまるで知っていたかのように横へ一歩動くだけで相手は回避してくる。そこに一瞬の驚きが生まれるが―――それを見せる程に未熟ではない。斬り下ろしの動きから素早く切り上げの動きに雷撃を乗せる。

 

 だがそれは最後まで完遂される事なく、

 

 振り上げられるはずのザンバーの上には足が置かれていた。何時の間に、と口から言葉を漏らす前にセプターが殴りつけられるように振るわれていた。それをダッキングする様に最小限の動きで回避しつつ、ザンバーから左手を離す。そこに雷撃を乗せて相手の顔面へと向けてそれを伸ばす。そしてそれ相手はまた避ける。ザンバーから降りる様に、手の範囲外に逃げるように、後ろへとステップを取りながらセプターに魔力が纏うのが見える。

 

 それが剣の形を形成するのと同時にザンバーを両手で握る。

 

「ジェットザンバー」

 

「プラズマセイバー」

 

 互いに静かに必殺の一撃を叩き込む。ザンバーから放たれる魔力撃とセプターが形成した電の剣、それはぶつかり合うと中間点で一瞬の均衡を生んでから互いに砕け散る。二撃目を放つ前にザンバーを一回転させ、そしてその切っ先を相手へと真っ先に向ける。

 

「貴方は……誰ですか!?」

 

 相手の動きは”対応”の動きではなく此方を”知っている”からこそ、その一歩先に立つような動きだ。だからこそ此方の動きが読まれる、潰される、そして決まらない。そういう動きができるのは自分の事を良く知っている人間以外であれば、凄まじく経験を積んで、ありとあらゆる動きを既知の範疇内とした存在だけだ。故に自分の動きがここまで見事に対応されるのはおかしい。

 

「―――」

 

 無言でローブ姿が構える。

 

「言葉は不要、という事ですか。良いでしょう。誰であれ斬り伏せます」

 

 大凡の予測はできるが―――何も言わぬのであれば、ただの敵だ。

 

 斬る。斬るしかない。斬るしか、ないのだ。

 

 ―――リニス……!

 

 口にすることなく相手が誰であるのかを半ば確信しつつ再び切り込んでザンバーを振るう。その動きはやはり回避される。リニス―――昔、母の使い魔をしていた存在だ。既に死んでいるのでもういないのだが、自分の戦闘の基礎、根幹、考え方は大体リニスによって教育されたものだ。姉というか、オリジナルのアリシアは今思い出すと結構ヒャッハー系なのに自分がこうやって大人しく育ったのは、確実にリニスの初期の教育の賜物だと思う。

 

 おそらく……そんな彼女が敵だ。

 

 強く―――はない。

 

 だがやりにくい。

 

 

                           ◆

 

 

「うわぁ、皆いろんな所でドンパチはじめてるなぁ……あそこで派手にやってるのってシュテるんだよね? 君達側だと一体誰がシュテるんの相手をしているの?」

 

「ディエチが対抗意識を燃やしていたから一番役に立つオットーと、そしてクアットロが引きずられる形で合流していたな。ディエチとオットーは勝つために相当練習していたし、勝つ勝たないにしろ、確実に行動不能に追い込む程度はすると思うぞ」

 

「ほほう」

 

 缶珈琲を片手に、廃墟の上から発生する雷撃やら爆発やら宙へと投げ捨てられるガジェットの姿を目撃する。スカリエッティ、ガジェット側の陣地の中央近くの廃墟からは周囲がはっきりと見え、おかげでスカリエッティ側で起きているイベントをちゃんと認識できる。横で同じく缶珈琲を握るトーレは景色を眺め、その横でセッテとディードは正座している。良く教育されているというか、地球の文化に精通しているというか―――少しだけ、コメントに困るのは何時もの事だと思う。何時も通りならば、即ち正しいという事だ。問題は何もなかった。

 

「他の所はどうなってるの?」

 

「私が記憶している限りはチンクが竜騎士を試しに行って、セインとウェンディがなるべく死なない様に立ち回り、そしてドクターにドゥーエが付いていたな。ノーヴェが真っ先にタイプゼロへ勝負を決めに行ったな。アレはアレでタイプゼロに対して個人的に思う事があるらしいしな……あぁ、あとドクターはドクターで個人的に会いたい相手がいる、という事で戦場でピクニックをしてたな。ウーノはガジェットを指揮してドクターごと襲い掛かったりと割と状況は混沌としているな」

 

「混沌としているなら何時も通りだね」

 

「そうだな」

 

 崩れた廃墟の屋上に柵等ある訳もなく、そのまま床に座りこめば広がる景色が嫌でも視界に入ってくる。その中で軽く頭を掻きながら、どうしようっかなぁ、と口に出す事でもなく呟き、そして横のトーレの声を聞く。

 

「今クラナガン等の主要都市をアインヘリヤル装備の犯罪者たちが襲撃しているはずだがそっちの方はどうなっているんだ?」

 

「うーん、僕そっち方面は正直どうでもいいからあんまり詳しい事は知らないけど……なんでも聖王教会の騎士で見習いとかここに来れなかったのは全員各地に回されているらしいよ? あとこっちに来れなかった一般の局員とかもカートリッジ式デバイス持たせているとかどうとか。まあ、対策してないわけがないんだろうけど」

 

「そうか」

 

 そこでトーレとの間の言葉が途切れる。まず第一に自分とトーレは敵だ。そこに間違いはない。だから戦わない理由は存在しない。ただ、

 

 どう足掻いても勝負は一瞬でつく。

 

 時間で言えば一分以内に。文章として表現するならば五千文字程で。そこにセッテとディードが付こうが結果に変わりはない。勝負は一瞬で始まり、そして終わる。なのでそのまま直ぐにおっぱじめるのは勿体ないと思う自分と、そして相手がいる。会話する余裕、というよりも時間なんてお互いには存在しないだろうし。ならば今のうちに、話せる事は話そう。……そんな事を思っていると何時の間にかこんな状況になっていた。世の中は割と不思議でいっぱいだが、これも確実にそのジャンルの内に入るんじゃないかと思う。まあ、いいんじゃないかと思う。

 

「そっちの方はどうなっているんだ」

 

「僕達の方? うーん、王様がとりあえずナハトにかましてくるとか言ってるし、シュテるんはシュテるんでとりあえず派手に暴れておくっぽいし、イングちんはアレだ。とりあえず玉砕して来るって宣言してたなぁ……」

 

 まあ、我が家の連中は基本的に一発ズドンとやる事以外は出来ないし、それ以上の事をしようとは思わない。とりあえずナンバーズや主要戦力をズドンして足止めしたり倒しちゃえばそれで大いに満足だ。本命は夫の目的達成だし。

 

「ユーリはとりあえずゆりかごが無駄にかっこよくてウゼェって言ってたからアレを地上に叩き落としてやるって宣言してたよ―――ほら」

 

 視線を空に浮かぶゆりかごへと向けると、ビル程の大きさの巨大な剣が、ブラッドフレイムソードが丁度ゆりかごへと叩き込まれる瞬間だった。だがそれはゆりかごの周りにある見えない力場に衝突すると動きを止め、そのまま力場と切っ先の間で押し合いを始める。先に砕けたのが剣の方で、それが砕けるのと同時にゆりかごのハッチが開き、一斉に一箇所へと向けて大量のミサイルとレーザーが放たれる光景を見る。その光景を横のナンバーズと共におぉ、と軽く声を漏らしながら見る。

 

「アレって軽く次元が違いますよね」

 

「トーレ、普通は生身で挑むものですかアレ」

 

「私が知っている限り対アルカンシェルを想定してのシールドなんだがアレ」

 

「ユーリは軽く人知超えているからねぇー」

 

 それでもユーリと聖王オリヴィエ相手では相性の問題でユーリが確殺されるというのが検証結果なので聖王というのはとことん恐ろしい存在だ。アレが空に上がり過ぎると手が付けられなくなるので適度にぶっ壊して地に叩き落とすのがユーリの役目―――故に最終兵器対最終兵器という凄まじい絵が出来上がって、あの空間だけまるで別世界の様になっているが、それを気にしてはいけない。

 

 人にはそれぞれできる事とできない事がある。

 

 まあ、そんなわけで、

 

「十分ダベったしそろそろ終わらせよっか」

 

 立ち上がり、トーレ達から離れ、ツインブレイバーフォームのバルニフィカスを握る。正面から自分の速度を”超える”事が出来る戦闘機人が三人相手だ。相手に不足はない。自分への対策を行ってきているのからここへ来ているのだろうし。正面に揃う三人の姿を見て、笑顔と共に言う。

 

「君達って結構付き合いがいいよね」

 

「ドクターの娘ですから」

 

 ディードのその言葉に納得するしかなかった。セッテは首をかしげているがそう言えばこの子はどっちかというとセメント系だったなぁ、と思いだし、苦笑してから目を瞑る。その瞬間に動き出す三つの気配を感じ、

 

 目をつむったまま前へと踏み出す。

 

 始まるのが一瞬であれば終わるのも一瞬。

 

 速度を極めるという事は何ともあっけない勝負になる。

 

 だからそう、これも一瞬で終わる事になる。だから始まる前に、動き出した瞬間に言わなくてはならない。

 

「―――残念だったね。さようなら」

 

 まだ相手が聞こえるうちに。




 相変わらずユーリだけ次元が違う。そんなわけでレヴィも戦闘開始、こっちはあっさりと終わりますね。具体的に言うと1話ほどで。まあ、気付けばもうすぐ200話ですな。エロゲやってたせいで更新遅れたりもしますが、全員の戦闘現場を軽く描写して揃える所ですかね。まあ、いい加減個人戦終わらせてとっととせいおー様出さなきゃ年内完結怪しいってのは解ってるんだけどなぁ……。


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ヤングネス

 跳躍する。

 

 背後で発生する爆風に強く背中を押されながらも体は安定している。昔ならまず間違いなく地に足をつけて一旦整える必要があったであろう状況だったが、これも確実に自分が成長しているという証なのだろう。そう思うとどこか寂しさと嬉しさが入り混じる。既に教官たちからは自分で発展させる領域にあると言われている。だから教われない、という寂しさが来るとは思いもしなかった。

 

「どうした、来ないのか?」

 

「……!」

 

 正面百メートル先に眼帯姿のナンバーズ―――チンクが後ろ向きに跳躍しながらナイフを放ってくる。前、まだ六課が発足したばかりの頃に戦った事がある。あの時は今とは違って閉鎖空間で、自分も弱かった。今はキャロの支援がないが、ストラーダ一本で相手の攻撃を弾きながら直進する事が出来るぐらいには成長している。―――うん、成長している。そう確信する。

 

 跳躍から廃墟の屋上の上に着地するのと同時に、2軒先の廃墟の上にチンクが着地する。此方が前へと踏み出そうとする瞬間には再び逃げていた。既に気付かされている事だが、チンクは此方をあの怪獣大決戦から引き離す様に移動をしている。後ろを軽く振り返ってみれば、パイルドライバーをナハトヴァール等という巨大生物にかますヴォルテールの姿が見える。確実に楽しそうな顔をキャロが浮かべている辺り、確実にあのバーサーク娘の発案に違いない―――ただその距離はここから既に数キロ離れた地点だ。チンクを追うためにドンドン引き離されている。これ以上追いかけていいものか、と一瞬考えるが、

 

「くっ」

 

 投げつけてくるナイフをストラーダで薙ぎ払う。それが爆炎で視界を覆うのを無視しながら腹を決める。なあなあで追っていても追いつけないどころかどんどん引き離されるだけだ。自分に必要なのは踏み込む勇気。あの時はその後で直ぐに叩きのめされてしまったが、

 

「行きます……!」

 

 ストラーダの加速器を稼働させ、そして魔力のジェット噴射と共に一気に体を飛ばす。一瞬で爆炎を抜けた向こう側にはチンクの姿がある。それは跳躍途中である為、短く滞空している。この状況であれば普通は避けられはしないが。

 

「腹を決めたか? 来てみろ」

 

 爆炎を突き抜けた所でチンクがそこにいた。更に加速器に魔力を込めて加速する。そうして突きだす一撃をチンクは穂先に片足を乗せる事で無効化し、一撃に”乗った”。次の瞬間にはナイフが顔の前へ投擲されていた。が、

 

「ッァ!」

 

 首を動かして回避するのと同時に加速器を解除し、ストラーダで薙ぎ払いを繰り出す。軽く宙返りを繰り出すチンクはそれを回避し、カウンターにとナイフを投擲してくる。それを体を捻る事で回避しつつストラーダを返す動きで次の一撃を叩き込む。その一撃をチンクは蹴る事で威力を殺し、そして足をストラーダに絡めて体を寄せてくる。その手のナイフを此方の首に突き刺すような動きで。

 

「それは、予想していました」

 

 ストラーダから片手を解放し迷う事無くチンクのナイフを振るってくる手に動きを合わせる。チンクの繰り出すナイフの一撃が手を貫通し、手の甲から金属の姿を見せる。が、ここまでは予測通りだ。痛み止めの魔法を発動させつつ行うのは魔力の雷への変換―――そしてナイフが突き刺さり、握ったチンクの拳への変換魔力の発散。

 

「捕まえました!」

 

「さて、な」

 

 チンクの腕を通し全力の雷撃を体へと叩きこむ。全身が雷にスパークし始める状況でチンクはふむ、と落ち着いた様子もう片手でナイフを握り、それを振り上げてくる。

 

「その程度でいいのか? 温いな」

 

「がっ」

 

 脇腹にナイフを突き刺してくる。反射的に緩む握力。その瞬間にチンクが落ち続ける状況から脱出し、脇腹に突き刺さったナイフを蹴りながら体を後方へ飛ばし、廃墟の壁に着地する。その口が開くのを見て、次の瞬間に何をするのか悟る。瞬間的にストラーダを手放し、開いた手でナイフを引き抜く。

 

「ISランブルデトネイター」

 

 ナイフを捨てた瞬間それが左腕を飲み込む形で爆発する。左腕を包む激痛が発生するのと同時に体が吹き飛ばされ、廃墟の壁へと叩きつけられる。ストラーダを求めて右手を伸ばせば、ストラーダが右手へと飛んで戻ってきてくれる。それを掴みながら一回転し、大地に何とか着地する。痛み止めを使っているので痛みはないが、どれだけのダメージを今の短い時間に食らったのかは理解できる。ただそれでハッキリと理解できることがある。

 

 ―――ヤバイ、勝てない。

 

 それだけがハッキリしていた。今の短いやり取りで相手の防御力、攻撃力、そして動きがどれほどのものか、それを測る事が出来た。その結果、まるでフェイトを相手にしてるような気分だった。つまる所圧倒的に格上を相手にしているという事だ。……ただ、勝ち目がないわけではない、というのが隊長達の言葉だ。

 

 ……嘘ですよね、それ。

 

 この状況のどこに勝ち目があるんだ。……そう愚痴った所で問題は解決しない。

 

『Damage level high』

 

「解っていますけど……それでもどうにかできるのが自分だけなら何とかしないといけないんですよね。八神部隊長は忙しいですし、キャロやルーテシアは忙しいだろうし」

 

 これで逆側に展開していたもう片方の部隊―――スバルやティアナ達と合流できればまだ勝機が見えるのだろうが、と嘆く。一人ではどうにもならない相手だが、複数人数でかかればギリギリ何とかなりそう、という所はある。いや、ティアナには確か一撃必殺の超奥義があったはずだ。そういう必殺技は基本的に強敵相手には不発するのが戦闘モノのお約束だが、その法則はリアルには存在しない筈だ。つまりティアナさえ引っ張ってくれば勝確。足止めして、ティアナやってきて、一撃必殺。

 

 良し、これだ。

 

 そう思い動こうとした瞬間、空に青色と、そして黄色の二つの道が出来上がる。それが誰の技能であるかは知っている為、即座に視界を上へと持ち上げればその上を高速の姿が二つ滑って行くのが見える。その名を口にしようとした瞬間、

 

「ごめぇ―――ん!!」

 

「え?」

 

 横からスバルが飛んできた。

 

 

                           ◆

 

 

「はぁぁ―――!」

 

「せぁ―――!!」

 

 拳と拳がぶつかり合い、それを引いた瞬間には蹴りが繰り出されている。それに対応する様にダッキングしながら相手の懐へと潜りこむ。だがその間にも相手の足の装備、此方に似たローラーブレードの様な装備は動き、身体を後ろへと下げる。蹴りを繰り出しながらも体を動かし続ける事は非常に便利だが、相手にされると厄介だと思う。

 

 だが、

 

「姉妹で経験済み、よッ!」

 

 なら予め更に深く踏み込んでおけばいい、それだけの話だ。そしてそれを実行する。コークスクリューを放ちながら踏み込めば相手が対応してくる。防御ではなく避ける動きだ。それも腕を見るのではなく常に動き全体を把握する様に。初心者であればある様なミスや動きが相手には一切存在せず、それどころか”知っている”動きで相手は対応してくる。解ってはいたが、

 

「余計なもんを育てて……!」

 

「余計とは失礼な事を言ってくれるな!」

 

 拳を横から殴られる事によってその軌道をズラされる。一撃が不発に終わるが、互いにそれは承知の上だ。そもそも格闘による接近戦で殴り、殴り返すというのはその九割がフェイクであって、本命はごくわずか。そもそも相手に回避される事が前提で繰り出しているのだ―――相手の攻撃を受け止める代わりに全部全力で殴るなんてタイプは一部の特殊過ぎる者の話だ。スバルがそれを気付かされたのは割と遅くなってからだが、自分は割と早い段階で気付けたのでどちらかというとオーソドックスな格闘スタイルにはまっている。

 

 即ちフェイントとラッシュ。

 

 攻撃に虚を混ぜ込み、それで確実に隙を生み出してから必殺を叩き込む。技量、速度、筋力、魔力。どれでもいい。それで相手を一瞬でも圧倒すれば攻撃を叩き込む隙が生まれる。そしてその瞬間に必殺を叩き込むのが正しいスタイルだ。ただ、相手が自分よりも格上の場合はこれが少々辛くなってくる。

 

「若干、辛いわね……!」

 

「一人でどうにかなるって思ってるなら甘いなッ!」

 

 ウィングロードが相手の生み出す同じような道と何度も衝突し、砕けながら、そして並びながら道を作って行く。その上を一度も止まることなく動き続けながら打撃戦を繰り出し続ける。戦っている感触、相手は確実に自分と同じタイプの格闘家。

 

「もう少し博打に出てくれてもいいのよ?」

 

「そういうタイプじゃないんだよ!」

 

 敵が、ノーヴェと名乗った彼女が蹴りを繰り出す。それに合わせて後ろへと跳躍し、自分の失策を悟る。その瞬間には既に遅く、ノーヴェが腕のナックルに付いている銃口を此方へと向けていた。ここで回避、という選択肢が頭の中に浮かぶが、それは更に状況を悪化させるだけだと自分に言い聞かせ、前へと体を出す。両腕で防御する様に構え、前進する体に正面から弾丸が突き刺さってくる。その大半はバリアジャケットの形成するフィールドやそのものによって防がれるが、身体を抉る弾丸の痛みは響く。

 

「だけど……!」

 

 弾幕を突破して拳を振り上げる。痛みを無視しながら呼吸を一瞬で整え、相手へと向かって拳を振り下ろす。回避のアクションは銃撃していた事で僅かに遅れている。故に振り下ろした拳は回避され、そこから続くローキックもバックステップで回避されるまでは計算の内だ―――だがそこからの大技には対応できないだろうと確信する。その証拠に相手の表情には一瞬だけだが、苦虫を噛み潰すような表情になっていた。だからこそ殺すつもりで必殺技を放つ。魔力を左拳へと溜め込み、それに体重を乗せ、そして最速で技量を乗せ、相手の体へと叩き込む。バックステップ中だった体に左拳はあっさりと叩き込まれ、そしてノーヴェの体がくの字に折れ曲がる。その感触に―――クリーンヒットした感覚はなかった。

 

「殴り方が温い。おい、師に教わらなかったか? ―――竜はこうやって殴り殺すんだ、と」

 

 腹に叩き込んだ腕を片手で掴まれ、そしてノーヴェが右腕を振り上げる。次の瞬間に何が繰り出されるのかは解っていても、それを回避する方法なんてなかった。

 

「―――鏖殺拳ヘアルフデネ」

 

 衝撃が体を貫く。全身が内部からぐちゃまぜになって、砕かれる様な、そんな激痛だが―――なのはの方針のおかげで体は反射的に動く。必殺を叩き込んだ相手はそのせいで一瞬だけ動きが硬直する。故にまだ空いている右拳を振り上げる、

 

「食らうだけだったら数百回ぶち込まれてるのよ―――!!」

 

 流石高町式教育―――ただ遠慮なく殺人ギリギリ手前の一撃を叩き込んでいたのはあの鉄腕先生だ。

 

「ぐっ」

 

 相手の顔面に全く同じ必殺技を叩き込む。拳の先で鼻が折れてぐきぃ、と嫌な感触が拳を通して感じられる。だがそこで動きを止めるわけにはいかない。相手に左腕を解放され、そして相手も攻撃のおかげで僅かに後ろへ下がる為、踏み込みの為の距離が出来上がる。その距離を互いに踏み込んで腕を振るう。

 

「結局は―――」

 

「―――こうなるのね!」

 

 踏み込みつつ拳が振るわれ―――そして互いの頬に叩き込まれる。その一撃に軽く脳が揺さぶられるが、踏みとどまりつつ素早く二撃目を相手へと叩き込む。それが相手の腹へと叩き込まれるのと同時に、相手が此方の顔を掴んでくる。

 

「おらよっ!」

 

「がぁっ」

 

 頭突きだった。額から流れる血が目に入る。目を閉じてはいけないとはわかっているが―――それでも反射的に目が閉じてしまう。そしてその瞬間には再び拳が腹に叩き込まれ、続いて顔面、肩、そして再び腹に叩き込まれてから、ようやく目が開く。だがその時には、

 

「吹き飛べッ!」

 

「くぅっ……!」

 

 ギリギリで腕を挟み込む、ノーヴェの回し蹴りに体を吹き飛ばされる。数メートル体が吹き飛んだところで、後ろから吹き飛ぶ体を抑える姿を感じる。

 

「ギン姉、ごめん!」

 

「合流します!」

 

 背後から聞こえるのはスバルと、そしてエリオの声だ。そして、

 

「―――ま、そういうわけだ。邪魔するぞノーヴェ」

 

 前方、ノーヴェの横に並ぶように新たな姿が出現する。彼女の姿はデータベースを通して確認している。スカリエッティの産んだ戦闘機人、そのうちの一人……チンクだ。ただその頬が切れ、そしてコートがちぎれている所を見るとスバルとエリオの方であちらの方に対応していたらしい。

 

「これで二対三、ね」

 

 此方の人数が増えたが、相手側も人数が増えた。それがまず問題だ。だとしたらやる事は―――。

 

 ……いえ、出来る事は、ね。

 

 それは―――前に出る事だけだ。




 フルハウスや。

 全部フルハウスが悪いんや。ミッシェル可愛い。

 ともあれ、そろそろサクサク戦闘終わらせて最終決戦進めましょうか(願望


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ゲーミング・タイム

 ラスボス―――それはつまり最終的な相手を示す言葉だ。最後の敵。最後に倒すべき敵。最後に全てを計算し、操り、そして計画している敵。RPG的ゲームで言えば一番最後に出てきて”私が犯人です”と偉そうに言う相手で、シューティングで言えば詰み弾幕を放ってきそうなやつだ。基本的に最後の最後に登場し、ネタバラシをするのがラスボスという生き物だ。大体の場合で、ダンジョンとかそういうっぽい場所の一番奥で待ち構えているのが基本。

 

 そう、あくまで基本。基本知識だ。

 

「―――いやね、実は私ね、ピクニック経験がないって事に気づいたんだ。いや、そういうと凄まじく寂しい男のように聞こえるだろうから一応訂正しておこう。うん。だって、ほら、私って研究者じゃない。だから基本的にアウトドアする必要はないんだと思うんだよね! 私の仕事はジメジメした研究室で毎日研究、開発、そして作成! 基本的にそんな生活でそれに満足していたから……まあ、私もあんまり外に出る事はなかったんだ。研究室から出る事があっても基本的に私はアジトの一歩外で朝の体操をするぐらいか、もしくはウーノかドゥーエに掴まって木に縛られてミノムシごっこを強要させられている時だけだから。あ、そこで笑顔で鞭をブンブン振るっているのがドゥーエだよ―――あ、ドゥーエ? 大丈夫大丈夫、イメージダウンさせるような事は言わないからだからその鞭は仕舞ってくれないかな? あぁ、ありがとう。えーとそうだ、ピクニックだピクニックだ。そう、ちょっと自由な時間が出来たからね、俗世のアレコレから解放されて。だから思ったんだ―――ピクニックしよう。うん、どっかのコマーシャルを思い出すノリだけどこの天才的な脳味噌に神のお告げの如く舞い降りたんだ、今すぐピクニックすべきなのだと。間違いなく神的なサムシングなお告げというよりはキチガイの妄想に近い領域にあるのは確定的に明らかなんだけどほら、私って大分狂ってるでしょ? 何時もフィーリングで行動してるからフィーリング的に正しいんじゃないかなぁ、と思ったらそう行動する事にしているんだ。だからアジトに出る前にウーノにちょっとピクニックバスケットとその中身を用意して貰ったんだ。ピクニックシートも結構気合を入れて用意したんだ―――一から作ったよもちろん! スカリエッティは決して妥協しない! まあ十分もかからなかったんだけどね! あ、ここはどうでもいいか。そんなわけで私はピクニックシートとバスケットを片手に、そしてケツをドゥーエに蹴られながらルンルン気分で戦場に出たんだ―――君に会うために!」

 

 そう言って、白衣姿で靴を脱ぎ、ルンルンと言いながらピクニックバスケットを膝に乗せるラスボスと、そしてその横の空間で鞭をフルスイングしている人間の姿がある。自分の記憶に間違いがなければ白衣姿のキチガイがスカリエッティで、そして横にいる女がドゥーエと呼ばれているはずだ。腕を広げている姿が激しくムカつくのはどうしようかと一瞬悩むが、

 

「喋り過ぎで疲れない?」

 

「実はちょっと舌噛んだ」

 

 ジェイル・スカリエッティ。次元犯罪者―――この戦争の主犯、黒幕。そういう立場に当たる人物が今、ピクニックシートの上で、無防備に姿をさらしている。

 

 ―――どうするティアナ・ランスター……!

 

 たぶん今、人生で一番混乱している。スカリエッティを探すための行動を開始したらスカリエッティがピクニックしてた。たぶんそんなノリでターゲットを見つけた人間というのは歴史上自分が初なのではないかと思う。いや、確実に自分が初だろう。こんな経験した人間が複数いてもリアクションに困るだけだ。―――旧ティアナ・ランスターであれば。

 

 とりあえずピクニックシートを広げるスカリエッティの姿を確認してから、ピクニックシートの上に座る。もちろん靴を脱ぐことは忘れない。これはマナーとして基本中の基本だ。そしてそこから流れるような動作でホロウィンドウを表示するが、そこにはやはり、というべきか砂嵐しか浮かび上がってこなかった。

 

「あぁ、もちろん通信は妨害させてもらっているよ。君達が使っている位置特定マーカーも別の所で綺麗に輝いているはずだよ。邪魔が入ると何というか実に面倒になるからね。そこらへんは君にも実に心苦しいが了承してもらいたい」

 

「良く言うわ。ま、態々恨みをたくさん持ってそうな私の前に現れたんだからそれなりに話したい所があるのよね」

 

「もちろんともさ! いやぁ、実に良かった。君の性格を考慮すると実は出会いがしらに収束砲撃でもぶっぱされないか心配だったんだけどね! だからこうやって普通に話し合えることには少なからず不思議と同時に感謝の気持ちがあるんだよ。じゃあとりあえずまだ挨拶はしてないからね、ティアナ・ランスター君。私の名前はジェイル・スカリエッティで君の兄を製造したスカリエッティのもう一人、というかもう一つのクローンだ。職業は次元犯罪者にしてマッドドクター。夢は歴史に永遠に刻まれるキチガイになる事なんだけど―――さあ、君は?」

 

 スカリエッティの言葉に対してタスラムを突きつける。反射的にドゥーエが動くが、それをスカリエッティが片手で制す。

 

「ティアナ・ランスター、アンタをぶっ殺したくて堪らないただの少女よ」

 

 そうかい、とスカリエッティは答え、そしてすぐ横に置いてあるピクニックバスケットを取る。其処を開き、取り出してくるのはサンドイッチや水筒、本当にピクニックに持ってくる様なものだ。周りから聞こえる爆音や悲鳴、怒号の全てを無視しながらスカリエッティはサンドイッチや水筒の中身をコップへとそそいだりして、普通のピクニック空間を作り上げる。

 

「アレルギーはあるかい?」

 

「キチガイアレルギーなら」

 

「それは死に至る可能性があるね……」

 

「ドクター、何でそこで真顔なのよ貴方」

 

 これ、たぶん味方だったら心強い上に結構愉快な奴として見れるのだろうが、敵として出会ってしまえばこの上なくウザく、そして殺したくなるタイプだなぁ、と改めて認識しつついると、スカリエッティがサンドイッチを1個握り、それを此方へと向けてきている。それを断る理由は腐るほどあるが、黙って受け取らないと話が進まないのを感じて、

 

「―――さて、私はね、天才だ。超天才だ。理解されない天才だ。だからそういう人間は匂いで解る。だから実を言うと同レベルで語り合える相手がいない事が問題でね? 非常に暇なんだ。そんなわけでティアナ・ランスター君、私と少々お話をしよう。何、そう難しい話じゃない。ドゥーエは私の護衛だし私も戦えるように武装してきている―――だけどこんなもの、所詮飾りでしかない。いいかい、私の武器はこの頭脳とこの二枚舌と、そして狂気だ」

 

 そして、勿体付けながらスカリエッティは言う。

 

「話し合おうかティアナ・ランスター君。場合によっては私は無条件降伏してもいいぞ?」

 

 ―――そして爆弾を落とした。

 

 

                           ◆

 

 

「面倒です、ねッ!」

 

 魄翼の姿を剣へと変換させる。スピリットフレアの出力そのものを上昇させることで魄翼を強固にし、そして威力を高める。体を回転させながら剣となった魄翼を振るい、それを上からゆりかごへと叩きつける。五メートルほどの長さになった剣はそれでもゆりかご全体と比べればかなり小さい。それでも気にせずゆりかごの上部へと叩きつけようとすれば、中空で剣の動きが止められる。切っ先を見ればそれがエネルギーとぶつかり合い、動きを止めているのが見える。

 

「シールド、バリアとは古典的ですが有効な手段ですね。実に面倒です」

 

 バリアに弾かれた勢いで剣を元の魄翼の姿へと戻す。それと同時にゆりかごのハッチが開き、そこから大量のミサイル、砲台からレーザーが放たれてくる。片手の動きで魄翼を前へと広げれば正面から大量のミサイルとレーザーが魄翼と衝突し、辺りに爆風と爆散した鋼鉄の雨が降り注ぐ。レーザーの熱を魄翼越しに感じながら考える。まずはゆりかごのバリアをどうにかしなくてはならない。ただ現状、本気でぶっぱしたとなればその被害で周辺が吹き飛びかねない。そうなると下でスタンバイしている人たちがまず被害を受けるのでそれはどうにかしなくてはならない。

 

「とりあえず―――邪魔ですよ?」

 

 魄翼を振るい、迫ってきていた攻撃を全て薙ぎ払う。その動きと共にヴェスパーリングを、炎のリングを生み出して放つ。それが迫ってくるミサイルに触れ、触れた端から連鎖爆発を起こしながら大量の炎を空にまき散らす。その陰に隠れ、飛行型のガジェットが此方を撃墜しようと迫ってくる。だがその程度に此方が傷つくはずもなく、そもそも届くはずもなく、

 

「スピリットフレア出力上昇。ヴェスパーモード・レッド出力上昇―――魄翼巨大化展開」

 

 魄翼を巨大化させ、翼そのものを武器として、薙ぎ払う。半径百メートル以内の空間全てを魄翼の薙ぎ払いで破壊させるのと同時に、そこからスピリットフレアの風を生み出す。赤い炎の様な、魂の炎の風は吹き荒れながら広がって行き、敵に触れるのと同時に爆発し、空のガジェットを飲み込む。その瞬間、ゆりかごから再びレーザーが放たれてくる。それを煩わしいと思う。が、バリアを突破できるまではそのレーザー攻撃でちくちくと攻撃してくるだけだ、相手は。

 

「んじゃ、もういっちょ行きましょうか」

 

 空間を殴って砕き、そこからブラッドフレイムソードを引き抜く。今度のは何時もの様なサイズのものではなく、対艦を想定した一本二十メートルはあるものだ。それを一本ではなく同時に五本ほど取り出し、回転する動作でそれを魔法で操る。取り出す動きでレーザーを薙ぎ払いつつ、それを全力でゆりかごの方へ投擲する。加速の乗った剣が勢いよくバリアへと衝突するが―――バリアは揺るぐような姿を見せない。光り輝くバリアの中には虹色が時々見え隠れしている。それを見て判断する。このバリアはおそらく聖王の魔力によって維持されている。聖王の力によって強化されている。聖王の鎧程は威力が無くても、純魔力撃では分が悪い。故に最善策はバリアそのものの突破ではないと判断する。そう、別にバリアを自分が破壊する必要はないのだ。それを改めて思いだし、

 

「だとしたら話は簡単ですね」

 

 ブラッドフレイムソードがバリアに弾かれ砕け散る。既にそれは想定内の話だったので興味はない。直後にやってくる敵の迎撃攻撃も無視し、

 

「ヴェスパーモード・ホワイト―――防御特化ですよ?」

 

 体で迎撃の攻撃を受け止める。が、その程度の質量兵器で体に傷ができるわけがなく、服装に汚れをつける事さえできない。故にそのまま自分の中で力を高めて行く。エグザミア・レプカ。無限結晶エグザミアの良くできたレプリカ。本物の様に永久的な無限魔力の供給など不可能だが、今日一日フルドライブしても余る程度の魔力供給だったら余裕だ。

 

「エグザミア・レプカ、出力上昇―――スピリットフレア出力上昇……!」

 

 スピリットフレア、魂の変換資質とも言えるスキル。魔力を通し、魂の色を炎に反映し、それを操るスキル。その出力は魔力と、そして自身の魂の強さによって大きく変わる。故にエグザミアから魔力を引き出した後は―――どれだけ強く”想える”かが問題だ。そして自覚している。自分の想いは、狂気は、愛はこんな物ではないと。

 

「さあさ、おいでなさい見てらっしゃい。これが圧倒的力って言葉の意味です。さあ―――落ちろ羽虫」

 

 魄翼を巨大な腕へとそれぞれの姿を変える。それこそそこらの廃墟を掴み、持ち上げられるほどの大きさに。ただそれでやるのは攻撃でも【防御】でもなく―――ゆりかごを掴む事だ。もちろんそれはバリアによって阻まれるが、膨大な魔力と魂の強度に任せて無理やり崩壊を抑え込み、そしてバリアそのものを掴む。

 

「だっ、らっしゃああ―――!!」

 

 バリアはそもそも相手の一部だ―――それを掴み、無理やりゆりかごを空から大地へと引き摺り下ろす。下へと下がってくるバリアに合わせるようにゆりかごの姿が下へと落ち、そしてゆりかごが

 目的を理解して上昇を図ろうとしても遅い。その頃にはゆりかごの位置は地上の近くまで落ちている。

 

『―――お疲れさん。あとはワンパンの問題さ』

 

 愛しい声が念話で響いてくる。腕を魄翼へと戻すのと同時に声が聞こえなくても、誰が何て言ったかは理解している。故に次の瞬間発生する出来事に対する驚きは一切ない。

 

 バリアが完全に消滅した。音もなく、静かに、まるで最初から存在していなかったかのように。

 

 そしてバリアが消えるのと同時に、桜色の閃光がゆりかごを横に貫通する。その数秒後にゆりかごに出来た穴は消え、そしてバリアも復活する。そして再びゆりかごはその船体を浮かび上げ始めるが―――目的は半分達した。ゆりかごの先端に見える人間的な、異形の姿へと両手にブラッドフレイムソードを握りしめながら睨む。

 

「さて、これで目的は半分達成。あとは宇宙へ逃げられない様に地上へ釘付けするだけですね」

 

 ま、と呟き、

 

「―――イストのハートを落とすよりは簡単ですね」

 

 凶器を振るった。




 スカさんは何時も楽しそうだなぁ……そしてハッチャケたティアナちゃん。尺ってやつが何もかも悪いんだ。

 次回辺りからそろそろ簡単な奴から決着付けて行きますよー


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ルーザー

「―――さて、話し合いを始める前に少々現状の戦力を軽く話し合おうか? もちろん君達管理局側の人間と僕ら犯罪者側の戦力の話だ。簡単に言えば状況は二つに分けられる。大規模な戦力による正面衝突と、そして超特級戦力によるぶつかり合いによる小規模な戦いだ。この大規模な戦力はトップを現状、ミッドの支配者にのし上がっているレジアス中将がやっている。その下に指揮に秀でている人材が分隊等の指示をしている。君達六課はその中でも特別に自由な行動を許されていて、そして私達とはそれなりの因縁がある。だから私の娘達も自由にしていいと言ったら真っ先に君達を狙いに行った。オーケイ?」

 

「オーケイ。ただアンタはムカつくから存在はオーケイじゃない」

 

 傷つくなぁ、とスカリエッティは苦笑しながら言うと、バスケットの中からサンドイッチを取り出す。それをとりあえず二つに分けたスカリエッティは、その中身を確かめてからそれにかぶりつく。そしてそれを食べてからスカリエッティは顔をしかめる。

 

「見た目が普通のハムサンドだから食べてみたけどなんだいこれは」

 

 その言葉にドゥーエが答える。

 

「セッテが森で名状しがたい生物を捕獲してきたのでその生物の肉よ」

 

「そっかぁ、名状しがたい生物かぁ……娘の手料理だしなぁ……」

 

 そう言って納得しながら食べる目の前の男の神経が良く理解できないが、とりあえず此方側に差し出してくるサンドイッチは返しておく。何の生物かもわからないのによく食えたもんだと思う。まあ、被害が来ない内は別にどんなにユニークでも気にしないどころかそれを喉に詰まらせて死んでしまえ。

 

 まあ、論点はそこではないのだが。で、結局、と此方から切り出すとする。そう言葉を置いてからスカリエッティの視線を此方へと集中させる。

 

「何が言いたいわけ?」

 

「あぁ、そうだね」

 

 スカリエッティは一つ目のサンドイッチを食べ終わり、指を舐めて、そして邪魔だと言いながら腕に付けたガントレットの様なものを後ろへと投げ捨てる。たぶん武器なんじゃないかなぁ、と思うのだがスカリエッティはそれに興味を持ってなさそうだ。

 

「―――ぶっちゃけ、私の娘達じゃ勝てないってのは解っているんだよね、君達に」

 

 

                           ◆

 

 

 ―――踏み込んだ。瞬間的に気配を全て殺して相手の意識の死角へと自分の存在そのものを潜りこませる。正面から動いていたトーレ、セッテ、ディードは既に散開する様に動いている。早い。確実に自分よりも。速度で自分を超えるのは正直な話オリジナル、フェイトぐらいだと思っていたので驚きだ。だから少しだけ笑みを浮かべてしまう。力を司るマテリアル。それが自分の本来の役割、役目、存在。こんな風になってそういう部分から大きく逸脱してしまったが、それでも一分野であれ、自分を超える敵ってものには惹かれる。根本的な部分に闘争本能が強く練りこまれている。だからこれはいいと思う。そう思い、そしてだからこそ絶対に叩き潰すという意志を込める。両手に握るツインブレイバー・フォームのバルニフィカスに力を込める。一歩目から相手の動きを全て把握する。相手がどんな速度で動いているであろうかなんて関係ない。単純な速度で自分を超える事は出来ないし、捉える事も出来ない。

 

 言葉を発する事さえできない高速の動きの中で、トーレが正面から襲い掛かってくる。認識外にあっても相手が正確に此方を捉えてくるのは―――戦闘機人としての”機”の部分のおかげだろう。サーモ、レーダー、音波反響、方法は何だっていい。機械の体をしているのであれば人間には無理な事も出来るだろう。トーレのISが発動し、高速で迫っている。その腕に生えているエネルギーの刃は自分の防御力を考えたらあまり触りたくないものだ。シュテルやディアーチェであればまだ食らっても余裕なのだろうが、

 

 ……僕、濡れティッシュ並に脆いからなぁ……。

 

 正面から迫るトーレの一撃を回避しつつその動きに右手のバルニフィカスを乗せる。確実にヒットする筈の動きを、流れを、トーレは更に加速する事で回避しつつ、後ろへと回り込もうとする。そしてその動きに合わせるように、横から挟み打つ動きが来る―――ディードとセッテだ。エネルギーの刃、ツインブレイズと、そしてセッテが斧のような武器を持っている。セッテの方は初見だ。前見た時はスローターアームズは調整中だった。その能力は武器のコントロールという筈だったが―――となるとあの斧がペアとなる武器であろうか。

 

 まあ、やる事は変わらない。

 

 口に出すまでも無く相手の動きは見えている。だからトーレに当たらなかった右のブレイバーをディードへ、左のをセッテへと向ければいい。挟み撃ちにしてくる動きを読み切り、相手の攻撃から避ける様に身を動かしつつ、斬撃を体へと叩き込もうとする。

 

 そして、

 

「―――ISスローターアームズ」

 

「―――!?」

 

 バルニフィカスから魔力刃が消滅し、そして急激に体が重くなった。いや、これは―――。

 

 

                           ◆

 

 

 ―――ISスローターアームズ、その能力は武器の統制能力。そこに敵か味方の判別などない。特にデバイスに対する驚異的な統制、制御能力―――インテリジェントデバイス相手には驚異的な能力だ。

 

 セッテがレヴィのデバイス、バルニフィカスの戦闘モードを強制解除し、待機状態へとそれを戻す光景を見る。その動作と同時に行われるのは武器の召喚だ。剣、斧、槍、弓、種類も種別も関係なく、節操の無い数とバリエーションをセッテは取り出し、それを腕の動きで振っている。逆側から挟み込むディードの動きも調整前と比べればはるかに鋭く、そして早い。だがそれでもレヴィの様に”完成されきった”存在と比べれば見劣りする。だがそれもデバイスを持った状態での話だ。バルニフィカスによるサポートが消えたとなれば―――レヴィ自身はストライカー級に実力は届かない。

 

「さようならだ、レヴィ・ザ・スラッシャー」

 

 ディードの二刀が動きの鈍くなったレヴィの体に突き刺さる。鮮血が肩口から吹きだすのと同時に二撃目が叩き込まれ、レヴィの脇腹を焼き、そして抉る。その状態でレヴィの体は軽く吹き飛びそうになるが、背後からセッテが追撃する。浮かべたアームドデバイスを一斉に放ち、それをレヴィへと叩きつける。武器の弾丸に叩きつけられまるでボールの様に跳ねるその姿に、トドメを刺す為に前に出る。背後から腕のインパルスブレードで確実に殺す為に吹き飛ぶレヴィの体に追いつき、その首へと向けて一閃を放つ。

 

 勢いよく血が舞う。

 

 が、

 

「―――!?」

 

 感触が鈍い。振り抜いた状態で視線だけをレヴィへと向ける。その中で確かにレヴィの喉を切り裂いたという感触はあり、レヴィの喉は赤く染まっている。傷もちゃんとできているが―――だがそれが自分の想像よりも遥かに浅い事に気づく。何より断ち切った、という感触が自分の腕にないのが証拠だ。故にレヴィは、レヴィ・バサラは生きている。

 

 何故……!?

 

 確実に殺せるはずだったのに、結果として殺せなかった。その戸惑いからか体の動きは一瞬硬直し、その間に吹き飛んだレヴィの体は少しだけ飛び、空中で回転しながら着地する。肩、首、そして背中に酷い傷を追っているが、それを気にすることなくレヴィは傷口を軽く拭い、バリアジャケットを張り直す事で無理やり止血する。切り傷であればバリアジャケットを再生成し、それに無理やり傷口を塞がせた方が遥かに効率的なのは知っているが―――。

 

「何故―――」

 

「―――生きているかって? なんだかなぁ……」

 

 レヴィは爪先でトントン、と屋上を蹴ると右手で頭の後ろを掻く。待機状態のバルニフィカスを横へ投げ捨てて屋上の上に放置すると、何時も通りの変わらない笑顔を向けて来る。

 

「ま、いいや」

 

 レヴィが踏み出した一歩目に対して反応する。即座に動くのは自分とディードの組み合わせで、このグループで間違いなく最速で動けるタッグだ。デバイスによる補助の無い、武器の無い、そして負傷のあるレヴィでは絶対に届かない速度が出せる。それが絶対的だとは言わない。だがそれでも、この差は絶望的だ。絶望的に埋められない。故に叩き潰す。速度という圧倒的な武器でレヴィを潰す。相手はデバイス無しでの強化での動き―――バルニフィカスはインテリジェントデバイス、故にそのサポートがないレヴィの速度も、強化具合も一段と落ちている。事実、レヴィが三歩目を踏み出す前には既にレヴィへと到達している。バリアジャケットの余分な装飾をそぎ落としながらレヴィが前へと進もうとする動きを高速の攻撃で阻む。

 

「ISライドインパルス」

 

「ISツインブレイズ」

 

 それに対してレヴィは笑みを崩さないまま前進した。

 

「―――甘い。甘いなぁ。甘すぎる。笑えるぐらいに甘いよ」

 

 振り下ろしたインパルスブレードとツインブレイズの間を何時の間に抜けていた。瞬きさえもしていなかった。センサーだって全て正常に稼働していた。なのに満身創痍の、そしてデバイスを手に持っていないレヴィを捉える事が出来なかった。それは先ほど、トドメをレヴィへと叩き込もうとする光景と重なる。自分の理解の外側でこの女は動いた。故に今も、先ほどと全く同じ法則で動いたに違いない―――だがそれを一片も理解できない事が更に混乱させる。

 

 だがそれでも動くしかない。レヴィに追いすがる様に動く。レヴィの目標であるセッテは既に迎撃の動きでISを発動させ、バックステップを取りながら武器を振るっている。その中にはレヴィのバルニフィカスも混じっている。それを弾丸の様に放ち、レヴィを圧殺しにセッテは動く。だがそれを速度を見せない動きでレヴィはすり抜け、そしてあまりにもあっさりとした動きでセッテへと到達する。それも自分たちがレヴィに届く前に。

 

 おかしい。明らかにおかしい。

 

 ―――速度で勝り、追われる筈の自分たちがレヴィの背中を追っている。何故だ!?

 

「発想は良いよ。人間って生き物は基本的に突発的な事に対する対応が結構雑だし。どんなに鍛えていても人間でいる限りそこらへん、対応の時間をゼロにすることはできないんだ。だから悪くはない。だけど僕から言わせればそれはセオリーどおりで発想が貧弱ってしか言いようがないね。教科書通りの戦術をありがとう―――って、イストならまず間違いなく言うね」

 

 その言葉にディードが息をのみ、セッテがレヴィから距離を取ろうとし、そしてレヴィの手がセッテの顔を掴む。次の瞬間に発生するのは水色の雷のスパークであり、セッテの悲鳴だった。セッテの顔面、脳から全神経へと雷撃が叩き込まれるのが見える。レヴィへと到達し、攻撃を繰り出す頃にはそれは既に完了していた。

 

「その程度で倒す? 僕を? 力のマテリアルを? 速度で圧倒して武器を封じて多対一って状況にしただけで? ―――甘ぇよ」

 

 セッテが倒れるのと同時にレヴィの手にバルニフィカスが握られる。まだ速度で此方は上回っている。故に振り向きと同時に振るわれるバルニフィカス・ブレイバーの一撃を乗り越える様に回避しつつ急所目掛けてインパルスブレードを一閃する。

 

 だが腕部のブレードを振るう頃には既にレヴィの動作は回避動作を完了しており、まず間違いなくこちらの攻撃の軌道を知っている動きだった。しゃがむ事でレヴィは首への一撃を回避しつつ、横から迫るツインブレイズをスライドする事で回避しつつ、すれ違いざまにディードの足を掴んでいた。

 

「逃げろディード!」

 

「遅い」

 

 次の瞬間にはディードの許容量を遥かに超える電撃が直接ディードの体の中へと叩き込まれ、そして一瞬でディードが倒れていた。立ち上がるレヴィはディードを投げ捨て、セッテと共に横へ退けると、此方へと視線を向けながらバルニフィカスの切っ先を真直ぐ向けて来る。

 

「全然駄目。烈火の将よりも弱い。どこからどう見ても零点だよ。良くその程度で僕の前に顔を出せたもんだね? フルドライブする必要すらないじゃないか。ホント、ガッカリ以前のレベルだよ。少しだけ期待しちゃった僕が悪いんだろうけどさ。まあ、これで―――」

 

「勝手な事を……!」

 

 生まれて初めて感じる相手からの得体の無さに体は硬直する以前に、闘志が湧きあがる。これだけ言われてこのまま引き下がる程安っぽいプライドは持ち合わせていない。ナンバーズ戦闘型の長女として、見せるべき意地がある。

 

 だがそんな事レヴィには関係ない。此方が一歩目を踏み出す瞬間には既にレヴィが到達していた。何故だ、理解できない。何故勝てない、何故通じない、何故―――。

 

「永遠にお休み」

 

 青い閃光が見えた。

 

 

                           ◆

 

 

「―――だってほら、勝つつもりないもん。だったら勝てるわけがないでしょ?」




 スカさんって性格的に極悪ってか敵味方関係なく不幸もたらしそうで素敵。実に素敵!!!


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フリー・チョイス

 スカリエッティの発言に怒りを抑え込む。流石に今の一言には我を忘れそうだったが―――スカリエッティは条件さえ満たせば無条件降伏してくれると言っている。それを態々蹴る必要はない。ここは感情をそっと押し殺し、そして何とか笑顔を浮かべ、そしてスカリエッティへと話題を続けるように言葉を発そう。そう思い、

 

「このキチガイ変態野郎」

 

「ありがとうございます!」

 

「何やってんのよ……」

 

 口から出てきたのは全く違う言葉だった。しかもオートで蔑んだ視線まで付けてしまった。おかしい、自分のキャラは―――いや、この状況はむしろ高町なのは式交渉術の方が上手く行くのではなかろうか。キチガイとキチガイの親和性的意味で。だとしたらもう自分このままのキャラでいいや、と思う。たぶんここで諦めるのと諦めないのが一般とキチガイの境界線だと思うのだが。

 

「とりあえず話は聞いててあげるから言いたい事を言いなさい。無駄に勿体ぶる奴ってのは基本的に好かれないわよ」

 

「じゃあ私って基本的に超嫌われまくってるのか。しょんぼりだよ! じゃあ思いっきり話すね! ―――ぶっちゃけた話勝利イコール私の目的ではないのだよ。私の第一目標は私の名前を歴史に永遠の物として刻む事だ。……まあ、これは最高評議会の老人方への意趣返しの一種なんだがね。ほら見ろ、お前らが必死に隠してきた私はこんなにも有名人になったよ、と。もう一人の私もそうやって盛大に暴れたがいかんせん、本局で目撃者を”消し過ぎた”のが災いだったね。そのせいで黙らせる口が減ってしまったからあっちはそれほど大きい話題にはならなかったよ。それと比べて私は大いに反省しているのでパンピーには全く手を出さない! 大々的にスカリエッティちゃんアピールもしているので絶対に無視できない! ……っとまあ、そんな感じで私の存在をアピールするのが私の目的の一つだ。これに関してはホント、勝ち負けなんてどうでもいい。やるからには徹底的にやるってのがモットーなだけだよ、私は」

 

 そこでスカリエッティは水筒に手を伸ばし、その中身をコップに入れる。長く話しているせいか喉が渇いているらしく、一飲みでコップの中身を飲み、そして一気にむせる、喉を抑えるスカリエッティは視線をドゥーエへと向けると、ドゥーエがやっぱりね、と声を零す。

 

「冷蔵庫からウェンディがネタで作った超強力栄養ドリンクをとりあえずぶち込んでみたんだけどやっぱり駄目だったのね。それ、見た目はただのリンゴジュースなのに中身は精力剤30種類と栄養ドリンク50種類混ぜたバイオテロだものね」

 

「心なしか体がほかほかしてきたよ」

 

「こっち見んな変態」

 

 タスラムのグリップでスカリエッティの頭をガンガン叩くとタスラムが嫌そうな声を漏らす。流石兄達の手を渡り歩いてきたデバイス、感情表現が豊かだ。これを学習する様にクロスミラージュに伝えると、クロスミラージュが自閉モードに突入する。そんなに嫌なのか。

 

「まあ、そんなわけで話を元に戻すけど私の目的は勝利ではないのだ。故に我が娘達は勝利できない。何故かって? そりゃあシンプルな話だ。そこまで必死になって勝利する意味がないからね。所詮子供のお遊びと一緒だよこれは。私は特に強い意味を与えず、彼女たちのモチベーションに任せて戦わせているんだ。命令している訳じゃない。だったらやっぱり、最後で決め手になるのは”どれだけ対策したか”でもなくて、”どれだけ準備したか”でもない。最終的には全て”モチベーション”なんだよ。動機とモチベーション。これを軽視する科学者は割と多い。ただ私はここら辺、物凄い重要視している。何故かって? そりゃあ決まっているだろう―――だってほら、私はたったの一度も”命令されたから”なんて理由で適当な仕事をしないからだよ。だから私は職場環境としては最上級な物を用意するよ? ―――そこにモチベーションを見出せるかはそれぞれに任せるけどね」

 

 

                           ◆

 

 

 身内相手、というのは割と慣れている。お互いに動きを知っているし、改善点が見いだせる。ただこれが一方的に知られ尽くしている、という状況になると全く違う。こっちの動きは筒抜けなのに相手の動きは解らない。対処はされるが自分から対処は出来ない。そんな状況が出来上がってしまう。戦闘する者として、それは一つの命題だ。如何に己の動きを読まれないか。同じ敵を相手にしてでも見切られずいられるか。シグナムはそういう事に対しては見切られない様に攻撃すればいい、と言った。そういうのも技術の一つだと言っている。なのははそんな事気にせず巻き込む様にぶっ放せば良いと言う。はやてはそもそも超広範囲殲滅型なので見切る見切られるが存在しない。だから、人にはそれぞれの対策方法がある。なのはやシグナム向けのはもちろん用意してある。戦いで”メタ”を張るのは決して珍しい事ではないからだ。

 

 ……やりにくいと感じるのは二つからの理由……!

 

 そう思いながら動く。自分の得意である小さく、素早い動きから離れる。もっと大きく、空へと浮かび上がり、無駄に大きく旋回する様に動く。自分の根底にあるスマートな動きから離れる。それは少なからず相手に対して有効では―――ない。結局の所接近した時に使う動きは自分が慣れ親しんだものだ。つまり最終的に変化はなくなってきているのだ。それでも、

 

「一気に……!」

 

 空に浮かび動きを止めた相手に対してゼロから最大の加速に体を叩き込む。迷う事無くザンバーを加速とともにローブ姿へと叩きつける。誰よりも、何よりも早く動ける事を目指した一撃は不動の相手の反応を許すことなく叩き込まれそうになり―――プロテクションに阻まれる。それによってザンバーが動きを止めるのは刹那程。

 

 だが防御するには十分すぎる時間となった。

 

 ザンバーとセプターがぶつかり合う。このまま強引に抜くかどうかを一瞬で判断する。

 

「ジェットザンバー……!」

 

 雷撃と魔力撃を刃に乗せてそのままザンバーを振り回す。相手の体が後方へと弾き飛ばす。相手が本当にリニスであればベルカ式カートリッジデバイスを所持していない―――魔力でごり押しの通じる相手だ。故にスピードからパワーへと一気にスタイルを変える事を決意する。衝撃のまま吹き飛ぶ相手の姿を確認し、前へと踏み出しつつカートリッジをロードして魔力をザンバーに込める。前進しつつ再びザンバーの強化された一撃を叩き込もうとし、

 

「―――」

 

 相手が雷撃の織り交ざった魔力剣をセプターから生成し、それを刃の動きに合わせてくる。

 

「それは知っている!」

 

 故に魔力を更に込めて無理やり此方の攻撃で相手の攻撃を押し切る。相手の魔力刃だけを破壊しつつ、その余波で相手の体を雷撃で焼く。素早く展開されたプロテクションにより相手は直撃を防ぐが―――体を隠していたローブは雷撃によって焼かれ、吹き飛ばされる。そこから出現してくるのは懐かしい魔導師服姿、栗色の髪の女の姿だった。思わず下がりそうになったバルディッシュを握る手をそのままにして、刃を構える。

 

「リニス……!」

 

 名前を呼べば姿を現したリニスは申し訳なさそうな表情を浮かべる。彼女の姿は自分が知っている彼女の姿だ。まだ母が生きていた頃の、まだ自分が幼かった頃のリニスの姿だーーまだ生きていた頃のリニスの姿。

 

「やはり、と言いますか。私だと確信して今、少しだけ戦い辛さを感じましたね、フェイト」

 

「……ッ」

 

 考えた事をリニスに的中され、内心で少しだけ焦る。そう、リニスの言っている事は間違いない。リニスは幼い自分の恩人なのだ。正直な話戦い辛いってレベルではない。今すぐ刃を降ろして抱きしめたい所ではある。だがそれを執務官としての経験と、そして立場がそれを押しとどめている。衝動的な行動ではなく、理性的な行動を自分に取らせている。そしてそれを見て、リニスは少しだけ、寂しそうな表情を浮かべる。

 

「リニス……お願い、戦う事を止めて。邪魔をしないで。出来たらリニスとは戦いたくないの。たとえ―――」

 

「―――たとえ私が偽物であっても、ですか。やはり優しい子に育ってくれたようで嬉しいような、少し複雑な気分です、ねっ!」

 

「リニス!」

 

 リニスが接近してくる。振るわれてくるセプターを回避しつつ、反射的に反撃を行う。だが先ほどまでローブを被っていた姿とは違い、完全にリニスが姿を現し、存在が確定してしまった今、切っ先が僅かに鈍る。それを自覚している。原因も理解している。だがそれはどうしようもない事だ。自分が人の子である以上―――そしてあの連中ほど脳がぶっ飛んでない以上、どうしようもない事だ。

 

 リニスは的確にその隙を突いてくる。

 

 紙一重で回避しながら接近し、そしてバックハンドでセプターで殴りつけてくる。その動きは覚えのある―――いや、それは間違いなく自分の動きだ。正確に言えば自分がベースとした動き。自分が今の動きを形作るうえで参考にし、そして発展させた動きだ。基本的と言ってしまえばそれだけだから、高いレベルで基礎を守れることはある種の恐ろしさがある。

 

「私を倒さなければ先へは進めませんよフェイト?」

 

 セプターで殴り飛ばされながらも、空中で一回転し体勢を整える。そのまま縦にザンバーを構え、回転する動きで救い上げる様に切り上げる。その動きで軽めのジェットザンバーを繰り出し、魔力刃を飛ばす。魔力任せの大ぶりな一撃だが、それでもそれが相手に対しては一番有効的な手段となる―――使い魔の魔力は結局の所主任せの所があり、独立した存在としてよみがえったリニスであれば、自己の物に頼るしかない。故に魔力差による圧殺が一番効果的だが、

 

 リニスを吹き飛ばしたところで動きを止める。バルディッシュは相変わらず構えたままだが、それでも動きを止め、素早く復帰してくる姿のリニスを眺める。

 

 ……変わらないなぁ、私達。

 

 馬鹿なほどに甘いという自覚は存在する。はやてが腹パン食らって沈んだ話は隊の皆が知っているし。そしてその原因となった人の事も良く知っている。敵対するって解ってたのに助けようとしたはやてや、そしてそれでも味方だと信じたなのはを甘いって忠告したのは自分だ―――でもそんな自分も結局はこのザマだ。六課は基本的に身内に対して甘すぎるなぁ、と改めて思う。

 

「……リニス、降伏して。リニスじゃ私には勝てない。確かに戦い辛さは存在するよ。それでもその程度なの。その程度だったらごり押しで封殺できるし、その程度には強くなった。それにこう見えて私って結構偉いんだよ? ……リニス一人ぐらいなら助けてあげられるぐらいには」

 

 復帰したリニスはやれやれ、と言葉を零しながら帽子を取り、それに付いた埃を叩き落としてから被り直す。そこには呆れの表情というよりはやはり、と何かを確信する様な表情があった。

 

「プレシアみたいに情が深いですね、フェイトは。これを微笑ましいと見るべきか、もしくは将来プレシアの再来があるのか懸念すべきかは周りに任せるとしまして―――構えてくださいフェイト。私は私の意志でここにいます。べつに洗脳されているわけではありません。他の子と違って聊か命が短いと言う事実はありますが、別段それだけに縛られているわけではありませんよ? それに、そう言う余裕はあまりないと思いますよ」

 

 そう言ってリニスが浮かび上がらせるのは一枚のホロウィンドウだった。規格的には特にめずらしくはない普通のホロウィンドウ。それはどこかの光景を中継しているようで、右上に小さく通信状態と書かれている。そこに映し出される光景はここからそう遠くない場所だ。魔力によって生み出された道の上で激突する姿―――ギンガと、格闘型の戦闘機人の姿が見える。どちらもダメージは大きく見えるが、ギンガの方が損耗色が強い。

 

「あっ」

 

 次の瞬間、吹き飛ばされるギンガの姿が現れ、その横から眼帯の女が出現する。それに追いつく様にスバルとエリオが出現するが、軽々と眼帯の女が二人を掴み、それを投げながらナイフを投擲し―――そこでホロウィンドウが消える。

 

「断言します―――この三人ではこの二人には勝てません」

 

「くっ!」

 

 リニスがそう言った瞬間、三人の下へ駆けつける為に一気に加速しようとし、リニスが邪魔をする為に回り込むのを見る。それを強引に突破しようと前へと進もうとした瞬間、体が動かない事を理解する。視線を素早く足元へと向ければ、そこにはバインドが存在している。

 

「バインド程度!」

 

「抜けられますよね?」

 

 抜けた―――だがその瞬間には相手が再びプラズマセイバーを放っている。それをプロテクションとザンバーを重ね合せる事で防御する。が、とっさの動きでは防御が不完全故に体が後ろへと押し出される。軽くダメージを堪えながら視線をリニスへと向けると、リニスがセプターを此方へと向けていた。

 

「助けに行きたければ私を倒してからにしなさい。いい機会です、貴女の成長を見極めさせてもらいます」

 

「そんなふざけた事を……!」

 

 ―――ふざけた事を、リニスは本気で言っていた。




 そんはそんを卒業できるかもそんそん卒業試験をリニスさんが開催してくれるそうですそん。

 そんそんは活躍してそんを卒業できるのそんか。


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ワン・タイアリング・デイ

 ―――ヤバイ、これ死ぬ。

 

 ノーヴェの繰り出す打撃を片腕で流しながら逆の腕で拳を叩き込む。それを同じようにノーヴェが受け流しからのフェイントを織り交ぜた攻撃へと移る。だがそこには完全な力は乗っていない。戦闘の初めの頃と一緒―――イニシアチブを握る為の打撃戦になっている。ノーヴェとの一対一の状況、実力を見るのであれば……五分だと思う。

 

 少なくとも戦闘機人としての機能を活動させてからは魔力切れの心配もなくなって思う存分全力で戦い続けられている。

 

「この……!」

 

「温い!」

 

 カウンターで叩き込まれてくる拳を大きくバックステップで回避しつつ、呼吸を整えて拳を構える。それに対してノーヴェは若干後ろへと下がりつつ拳を構え直す―――悔しい話だが強い。それもかなり練度が高く。純粋な身体能力では此方を完全に上回っており、そして技術的な部分でも相手が上回っている。だったら何故五分の実力かと言えば―――相手の動きが己の知っている者の物、だからだ。今思えばイストという男は馬鹿だが教育者としては優秀だったのかもしれない。基本的な武術に関しては精通しており、どれも人並み以上にこなす事は出来る。それでいて遺失された武道も覚えている。故にその傾向と対策をくみ上げる事は容易い。機動六課にイストがいた時間は短いが、それでも昔の様にちょくちょくと教えてもらった。その大半はなのはの方針に従ってか戦い方ではないが―――対処の方の類に関してはかなり教えてもらった。

 

 そしてそれにはもちろん、イスト自身が多用する動きや覇王流なんて超レア武術一体どこで相手するんだ、なんてものへの対処法もあった。役に立つかどうかは怪しい感じだったが、まさかこうやって役に立つとは思いもしなかった。人生、何事も選択肢を多く用意しておくに越したことはないと思う。本当に。

 

「へい、カモン」

 

 ノーヴェがちょいちょい、と指先で挑発してくる。相手の態度に少々乗りそうになるが、無理やり自分を抑え込む。ここで怒りに任せても自滅するだけだ―――ノーヴェを退けた所でまだチンクが残っている。エリオとスバル二人で相手をしてもらっているが、おそらく無理だ。力量差が大きすぎる。自分でさえやや不利、と言ったところだろう。こういう場合は本当に自分の力不足が悔しくなってくる。隊長クラスの人間であれば―――フェイトかなのはであれば間違いなくノーヴェを倒せるだろうし、あちらのチンク、だったか……彼女も倒せるに違いない。ただどちらもこの場にはいないのだ。だとしたら今動ける最強の一手は自分だけだ。

 

 どうにかしてノーヴェを倒し、スバル達に合流しなくてはならない。

 

 キャロはルーテシアと一緒に怪獣決戦、ガリューはその護衛、ティアナは音信不通で他の隊長クラスも忙しい。完全に自分頼みだ、この場では。故に、守ってばかりでは駄目だ。チンクを引きはがせている間に此方がアクションを起こさなくてはならない。

 

「行くわよ」

 

「一々言わなくていいんだよ。殺す気で来いよタイプゼロ」

 

 踏み込みと同時に拳を繰り出し、それがノーヴェの拳をぶつかり合う。予想通りだ。そしてそれは相手にとっても予想通りだろう。故に打撃は打撃と命中する。だからこそ開いている拳で次の打撃を繰り出し―――再び相手の打撃と命中する。その結果に相手は眉をしかめる。だが逆に此方の唇の端が上がって行く。そう、あと少しだ、あと少しで確信が取れる。自分の今までの守勢は決して無駄にならない。それが確信できつつある。故にそれを無駄にしない為にも、

 

 動く。

 

 距離を開ける事無く。再び相手に対して打撃を繰り出す、右拳で繰り出す打撃を相手に払われるが、それは元々払われるための一撃である為に気にしない。その代わりに返しに蹴りを繰り出す。それがガードされるのと同時に半歩後ろへと下がりながら拳―――ではなく掌底を繰り出す。だがそれに対してノーヴェは同じく掌底を繰り出し、それを横へと弾く事で衝撃を回避する。そのカウンターに繰り出されるローキックをバックステップで回避し、膝をつくように着地する。

 

「おいおい、まだ余裕だろ?」

 

「……そうね、見えたわ攻略法が」

 

「ん?」

 

 ノーヴェが言葉を首をかしげるのと同時に前に出る。少しだけ距離が存在する、故に繰り出すのは飛び膝蹴り。それをもちろん、余裕という表情でノーヴェはガードに入る。そのガードは間に合い、そしてノーヴェは返しに拳を繰り出そうとし、

 

 そして首に両足を絡められる。

 

「なっ―――」

 

「うぉっらっしゃああ―――!!」

 

 そのまま後ろへと全力で体を傾け、一気に相手を投げる様にウィングロードの上へ叩きつける。素早く解放し体を整え直せば相手の体勢も整っている。故にやる事は変わらない。ノーヴェへと向かって正面から接近する。必殺の一撃を叩き込む時間を与えず、接近する。相手はそれに対応する様に片手をガードに、もう片手を攻撃用に構える。故に―――正面からガード側の方へと回り込む。少なからずノーヴェはその動きには慣れておらず、反応が一瞬送れる。

 

 なるほど。

 

 ……機械的に判断するのもちょっと考えものよね……!

 

 一瞬だけ出来た隙にノーヴェへと拳を叩き込みながら思考する―――戦闘機人としての思考能力はデバイスに近いものがある、と。故に何事も完璧に覚えられるとする、もちろん対処法も覚える。だからこそ知っているものが同じであればより深く理解している方が勝つ―――しかし、最善を求めているのであれば、そこから外れれば一瞬だけでも混乱させられるはず。

 

 ……そこを回避するための人間的部分なんだから……!

 

 この方法が二度も三度も通じるとは思えない。だから今、一撃を叩き込んだこの瞬間がチャンスだ。

 

「一気に終わらせる! 発ッ!」

 

「ぐぁっ……!」

 

 ノーヴェに叩きんだ拳に魔力を込めて内側から発散させる。威力自体はそれほどもない一撃だが―――グラップラーには相手の体を一瞬だけでもスタンさせるための貴重な技術。それを使ってノーヴェが体を動かせなくなったところで、

 

「必殺……!」

 

 全力の拳をノーヴェへと叩き込む。その一撃によって吹き飛びそうになるノーヴェの顔面を右腕で掴み、そしてウィングロードを壁の様に展開する。それを何重にも重ね、そしてノーヴェの体をそこへ叩きつけ、そして再び必殺の左拳をノーヴェへと叩き込む。その背中を叩きつけるウィングロードが粉砕するのを確認しつつノーヴェがまだ動けないのを確認し、

 

「本家直伝ヘアルフデネ……!」

 

 ノーヴェに拳を叩き込むのと同時に腕に突き刺さる痛みを感じる。それが何であるかを理解する瞬間には爆炎の音が耳を満たしていた。

 

「おっと、姉として妹のピンチは見過ごせないな」

 

 ぐっ、と痛みを堪えながら左腕を見ればデバイスに破損と、そして左腕の皮膚の下―――そこにある機械部分が少々むき出しになっている。いや、その機械としての頑強さがあるから左腕の被害だけで済んだと吹き飛んだ状態からリカバリしつつ思う。

 

「良くもギン姉を!!」

 

 ウィングロードに着地する頃にはスバルがチンクへと殴りかかっていた。それは駄目だ、と口に出そうとしたところで復帰したノーヴェがスバルを殴り飛ばす光景が目に入る。

 

 ……決定力に欠けるわね……!

 

 隊長級の高威力が出せる必殺技がないのが現状の問題だ。それがあれば相討ち覚悟で一人ぐらい沈める事は出来る。自分も相手も戦闘機人である事を考慮すれば”機能停止”で済むのだ。スバルはそこまで器用じゃないし、それで最悪ノーヴェかチンクを持っていけるのが理想だ。ただ、

 

「隙ありです……!」

 

「これは隙とは言わない、余裕だ」

 

 スバルの陰に隠れていたエリオがストラーダを手に影から飛び出し、それを真直ぐチンクへと向けて振るう。だがチンクは避けるそぶりを見せず、迫ってきた槍の先端を蹴りあげる―――それだけでストラーダの軌跡は変わった。エリオが方向修正をしようと試みる頃には既にノーヴェが懐へと入り込み、そしてエリオを殴り飛ばしていた。半歩踏み込んでからの右ストレート―――威力はそこまで無いにしろ、エリオの体はまだ出来上がってはいない。まともに食らう事そのものが危ないのだ。

 

「う……ぐぅ……」

 

 左腕の損傷をバリアジャケットを伸ばし、無理やり傷口を締める事で無視する。神経から伝わってくる痛覚を一時的に遮断する事で体を動かす。スバルもエリオも立ち上がっているが―――やはり辛い。戦えば戦う程ドンドンじり貧に追い詰められていくのが解る。これでガリューが合流さえしてくれればまだ勝機は十分にあったが、これだけダメージを食らえば段々辛くなってきているどころか、撤退した方がまだマシという風になってきている。

 

「まだ立つか、気丈だな。だが無駄だと解っているだろうに」

 

「諦めて寝るか撤退しろ。その方が楽だぞ」

 

 ―――確かにその方が楽よねぇ……。

 

 ただそれには従えない。管理局員として、何より同じ師を持った一人として、そう言う事は絶対に飲めない。ここで諦めてしまえば結局何もかも駄目だった、という訳になるし。それに……負けるってのは凄いかっこ悪い。そして妹の前では常に姉はかっこいい存在でなければならないのだ。だとしたら、ここで、

 

「倒れるわけにはいかないのよね……」

 

 その言葉にチンクは苦笑しながらなるほど、と同意してくれる。こういう所で気が合うのだったら敵味方とか関係なしに妹の事とかで盛り上がれそうなところもあるんだけどなあ……と思う。ただ口に出すと色々と鈍りそうなのでやめない。とりあえずは負けない。それだけを考える。そして少しずつ、主戦場へとこの二組を引き連れる事を考える。少々卑怯かもしれないが、質に対して量をぶつけるのは、このレベルであればまだ問題ないはずだ。

 

 であるならば、

 

「スバル、エリオ君?」

 

「大丈夫……だよ!」

 

「行けます!」

 

 スバルもエリオも立ち上がってくれる。状況が最悪である事に以前変わりはない。それでもまだ立てるのであればまだ動けるという事だ。

 

「じゃ―――」

 

 勝とう、そう言おうと口を開けた瞬間、一番早く反応したのはチンクだった。口を開く事もなく、全力でノーヴェに蹴りを叩き込み、その姿を大きく蹴り飛ばす。その姿にノーヴェが困惑の表情を浮かべたその瞬間、

 

 ―――一直線に超巨大な雷撃が走った。

 

 ビルだった廃墟を、高速道路を、大地を、その進路上の一切合財を粉砕しながら一直線に雷撃は駆け抜けていた。その進路の上に存在していたのはそれだけではなく、ノーヴェの生み出したウィングロードと、そして戦闘機人の二体だった。ただチンクの一撃によりノーヴェは回避できたが―――チンクは違った。一直線に大地を引き裂いた黄色い電に全身を貫かれ、それを受けて無事であるはずもなく、そのまま言葉を発する事はなくチンクは大地へと落ちた。その姿を素早く回収しに行こうとするノーヴェの姿に追いつく一つの姿がある。

 

「―――ごめん、待たせちゃったね」

 

 黄色の魔力刃をノーヴェの首に当て、一瞬でその場を制圧したのはバリアジャケットから余分な装飾を全て取り払った良く知る人物の姿だった。ライトニング分隊フェイト・T・ハラオウンのフルドライブモードの姿だ。ただその姿は何時もと違って、

 

「ほんと、ごめんね、待たせちゃって」

 

 酷く疲れているようにも思えた。




 そんは結局どんな選択肢を取ったのでそんね?

 あとはシュテ子やって最終決戦周りですかなぁ、黒幕の実況解説付きで


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ハーキュリー

「まあ、そんなわけで私は何時だって本気だよ。何をするにしたって徹底的にするさ。ただその結果にこだわってはいないだけさ。今回に限った話であればそもそも勝つためだけを目指すのであれば私はこんな回りくどい戦を仕掛けなくても良かったんだよ。クアットロのIS、シルバーカーテンは既にデータが存在しているし、それを応用して作ったステルス付きのガジェットだって存在する。それだけを量産して街に解き放てばそれだけで地獄を生み出せる。他に細菌兵器や、腐敗兵器だって無差別に散布していれば私は圧勝できるんだよ。こう言ってもらえれば解るよね―――私は決して管理局に勝利する事が目的じゃないって」

 

 スカリエッティはこんな地獄をまだまだと表現し、そしてそれが目的ではないと言う。いや、正しく解釈するのであれば、この戦争そのものがスカリエッティの目的を達成するための手段でしかないとなる。しかしここまで壮大な事をしておいてそれがまだ”手段”とくると、その目的は増々解り辛くなってくる。そもそもからしてスカリエッティの頭脳、思想は常人から逸脱しすぎている。この男を理解できるのは同じレベルで頭がイってしまっている人間のみだ。流石にそこまで自分の脳はぶっ飛んではいないのでこの男を理解するのは難しい。じゃあ、と言葉を形作る。

 

「アンタは一体何が目的なのよ。これ全部が手段って事は、この状況で生み出せる”何か”が目的なのよね? この衝突自体に意味がないって事は……この衝突の中で発生する何か、が目的なんでしょう?」

 

 その言葉にスカリエッティは笑みを浮かべ、そして喜ぶように両手を広げるジェスチャーをする。演技でもなんでもなく、本気で喜んでいる様にその姿は思えた。

 

「イエス! そう、そうなんだ。あぁ、解ってくれるか! 誰も衝突に意味はないって言っても信じてくれないんだよなぁ……大体の人間は私がこんな事をしても科学の有用性を証明するとか、管理局を滅ぼすとか、そんな実につまらない事にしか目を向けてくれない。私は科学者だぞ? 超欲望マンだぞ? 管理局を倒したりする所のどこが私らしいんだ」

 

 あ、いや、脳味噌シェイクは実に楽しかったけど、と言ってからスカリエッティは水筒の中身を見て、そして静かにそれをしまった、確かにシェイクの話をした後ではどんな飲み物も飲みにくいだろう。というかそこで躊躇する辺り少しだけ人間的感性が残ってるんだなぁ、と思ってしまったのは嫌だ。

 

「というか捕まえていい?」

 

「もうちょっと待っててくれたまえ。今ちょっと解説で若干テンションあがってアチョーはいってるので。終わったら存分にバインドしていいから」

 

「その時は私も協力するわ」

 

「ドゥーエ、君は私の味方のはずなんだけどなぁ……」

 

 首をかしげ、部下とはなんだったのか、それを悩んでいるスカリエッティとは裏腹に、若干この男との会話に疲れている自分がいる。穏便に事を澄ます為にこうやって大人しく話を聞いているが、それもそろそろ限界に近付きつつある。幾ら仕事のためとはいえ、自分が超優しくて愛に溢れている少女だとはいえ、限界は存在するのだ。

 

「ふむ」

 

 何よりそれを察せるこの男が嫌だ。

 

「まあ、待ちたまえ。そろそろ最後の戦いに決着がつくはずだ。ナハトヴァールやゆりかごの方はもうしばらくかかるだろうが、此方は直ぐに終わる―――これが終わったら公開しようか、私の目的。そしてこの戦いの意味を」

 

 

                           ◆

 

 

「動きませんわねぇ……」

 

 一箇所に立ち、全く動く事のない標的を、シュテル・バサラを眺める。シルバーカーテンで此方の姿は完全に隠し、レイストームによる結界も隠している。ヘヴィバレルの効果も隠しているので割とシルバーカーテンの処理負担は大きい、だがこれぐらいならまだいけると性能テストから把握している。それよりも問題なのはまだシュテルを仕留めきれていない事だ。

 

「何発腐敗弾を撃ち込みましたっけ」

 

「二十四」

 

 ディエチが完結的に伝えてくる言葉に眉を歪める。二十四。二十四発も腐敗弾を撃ち込んだ。古代ベルカの戦場で活躍し、その残酷性故に封印される事となった腐敗弾だ。その対処法は思いつく限りかなり少なく、僅かでも触れてしまえばその瞬間から肉体が急速に腐りはじめ、直ぐに死にいたるという内容の弾丸だ。致死性がかなり高い故に使えばほぼ相手を殺せる。そういうものを使っているはずなのだが、シュテルは未だに死んでいない。一発目は左腕を引きちぎって広がる事を防いだのは理解している。問題なのは二発目以降だ。

 

 何故全て防げているのだ。

 

 それが不思議でしょうがない。いや、ある程度タネは見破っている。シュテルの周りにはパイロシューターがまるで渦巻く炎の様に回転し、薄く広がっている。それが直撃する前にシュテルとの間に割り込み、プロテクションと合わせて腐敗弾を完全に防いでいる。そこまではいい。原理も理解出来る。砲撃の威力を分散させ、拡散させ、そして炎によって燃焼させて腐敗の効力を超高温で焼きつくしているのだ。

 

「それを二十三回も連続で……?」

 

 そこまで来るともはや話が変わってくる。勘任せで二、三回は方向が解ったとして、対応しても良しとしよう。だがそれがこれ以上続くとどうなる―――距離はばれていなくとも、砲撃がどのタイミングで来るかは把握しているのではないだろうか。いや、それはありえない。今、自分がいる距離は、

 

「―――10キロ先から撃っているのよ? 隠しているのよ? ……オットー」

 

「いえ、探知魔法は使われていないです、ね」

 

 歯切れが悪いのは此方も同じだ。解っていた事だがバサラ一家の戦闘力は執念合せて凄まじいものがある―――此方の理解の範疇を超えて。腕を千切った事に関しても完全に常軌を逸脱した行動だ。再生治療で腕のクローンを作り、移植すればいいのは解っている。簡単な話でもある。だからと言って即座に引きちぎる事に迷いがないのはどう考えてもおかしい。此方がでもそこまでストレートな判断ができるのはトーレ、あるいは目の再生を拒否したチンクぐらいだろうか。……どちらにしろ、

 

「ISヘヴィバレル」

 

「ISレイストーム」

 

「ISシルバーカーテン―――このまま疲弊させて倒すわよ」

 

 ディエチに次のを腐敗弾をセットする様に指示する。シュテルは見てわかるように疲弊している。片腕が無くなっている時点でヤバイのは目に見えている事だ。故にここは焦らない。焦ってはいけない。焦らずじっくりと、相手の魔力と体力を削って行く。そうやって確実に相手を殺す。ここで次元震弾を使って一気に決めようとすれば逆に足元を掬われかねない。故に慢心も油断もなく、少しずつ、削り殺す。

 

 

                           ◆

 

 

「―――削り殺す、そんな考えが透けて見えますねクアットロ。だから貴女はダメメガネなんですよ」

 

 たぶん聞こえる事はないだろうが口に出して言ってみる。それで多少左腕に関してはスッキリする。しかしクアットロも相変わらず学習しないダメメガネだな、と思考する。そんなチマチマやっているから殺しきれないのだ、と。いや、実際その考え方は悪くはない。堅実な攻め方だ。時間を稼げるし、自分の優位性を殺さない方法だ。大技を使うとすれば相応の反動が来るものだ。故に判断は悪くはないが、

 

「流石に時間をかけすぎましたね。仕掛けを理解してしまいましたよ?」

 

 声が届くなんて思ってはいないが、苦労させられた分、思いっきりぶち壊す気ではいる。まずは、とルシフェリオンを振り回す。大剣としても使える頑丈なフレームで無色のレイストームの弾丸を砕きつつ、次の瞬間、”センサー”に反応した方角へと向けてルシフェリオンを構え、そして放つ。それは数メートル先の空間で透明な砲撃とぶつかり合い、そして爆発を起こす。その結果を見ながら、自分の予想は確信である事へと変わり、ルシフェリオンを砲撃モードで構え直す。

 

「シルバーカーテンは確かに優秀ですが―――結局の所幻影魔法の弱点が残ったままなんですよね。即ち匂いとか音とか、接触とか、そういうのを誤魔化せないんですよ。まあ科学の限界ってやつですね。そこらへんをごまかすのはどうしても現段階だと魔力が必要だそうで」

 

 故に砲撃で放つ炎は、それによって舞う火の粉は自分だけが理解できるセンサーだ。それに触れればどこから来るのか解る、それが消えればどこを通っているのかが理解できる。魔力を通わせていなくても、炎は自分の一部の様なものだ。それが火の粉であろうとどうかなれば、即座に理解できる。そしてその結果、相手の砲撃の軌道は理解した。

 

「……まさか常に一箇所から、砲撃を”曲げて”襲い掛かってきているとは予想していませんでしたね」

 

 逆の発想だ。狙撃、砲撃は一箇所に留まっていると狙われやすい。というよりは確実に落とされる。故に常に移動しなくてはならない。そのセオリーをこのレベルの戦いで裏切るとは……基本を守っているようで守っていない、その部分をもうちょっと変えていれば自分を殺せたかもしれないのに、そう思うと少しだけ、いや相手が残念に思える。まあ、慎重なのはクアットロらしさ、なのだろう。

 

 砲撃を放ち、レイストームで砲撃を曲げ、シルバーカーテンで全ての工程を隠す。それでまるで移動しながら砲撃しているように見せている。タネが割れてしまえば簡単な話だ。相手にするのが馬鹿らしいほどに。相手の居場所はこれで見当がついた―――あとは砲撃を届かせるだけだ。それを考慮して相手の位置はおそらく……10キロ程。理由は此方の最大射程が7キロであり、それ以上の安全性と、そしてヘヴィバレルの能力補正が利く限界の距離であるから。うむ、そう思えばそれで正しく思える。攻撃が命中すればそれで正しいと判断しよう。

 

 ともあれ、

 

「もしかしてその程度だと思われているならば心外ですね」

 

 トリニティとは決して”一方通行”のプログラムではない。場合によっては王が動けない時に、臣下が役目を果たす為に逆方向に力を受けられるようなシステムとなっている。故に自分の紫色のバリアジャケットを染めるのは青色だ。バリアジャケットを青く染め上げ、そして周りに散る炎の色も青く染め上げる。やがてそれをどんどん性質の変化を受け―――火の粉からスパークへと変化してゆく。完全に青色に染まった魔力光を纏い、ルシフェリオンドライバーを敵の方角へと一直線に向ける。

 

「バレル展開……魔力充填収束開始―――トリニティLプログラム起動。レヴィより雷の魔力を借ります」

 

 スパークし始める空間と己自身を無視し、そして構える。確かに普通の砲撃では届かない。だったら簡単な話だ。属性を届く様に変換すればいい。そう、たとえば雷の様にもっと早く、もっと遠くへ届く様な属性へと。

 

「―――ハーキュリーブレイカー」

 

 青い奔流がルシフェリオンより放たれる。それが一直線に収束砲撃として、AMFの干渉を貫通しながら進んで行く。空間に隠れているレイストームの干渉やその存在を全て飲み込み破壊し、それはあっさりと7キロ地点を突破し―――そしてその向こう側も一気に貫く。青色にその軌跡を染めながら、射線上の空間を全て雷撃し、そして同時に織り交ぜられた少量の炎によって燃やされながら突き進んで行く。その破壊が生み出す痕跡がある一点で進まず、強い手ごたえを得るのを感じる。

 

「そこですね。あぁ、別に遺言とかいらないですね? じゃあ―――潰れろ」

 

 宣言するのと同時に込める魔力を一気に二倍にまで引き上げる。それと同時に砲撃先が爆発を起こし、広範囲に炎と雷をまき散らすのを目撃する。周りに発生していたレイストームの結界と、そしてシルバーカーテンの隠蔽が消える。更地だった空間が一瞬、光の結界を見せた次の瞬間には完全に消失していた。試しにパイロシューターを生み出し、それを振るう。だがもう反応はない。完全に決着がついた。

 

「そう判断してもいいでしょうね。まあ、私自身結構悪いクセが出てしまった感じですが結局は倒せましたし問題なし、と判断しましょうか」

 

 ふぅ、と溜息をついて戦場に背中を向ける。そして見上げるのは空に浮かぶ巨大なゆりかごの姿だ。その中に突入した二人の事を考えてから、外側でゆりかごを成層圏まで上げない様に戦っているユーリの姿を見る。そろそろ自分もユーリの援護の為に動く頃合いだろうか。いや、その前に左腕に何らかのまともな治療をしておいた方がいいだろうか。

 

「今頃ディアーチェが管理局側と話をつけているだろうし、そちらの医療施設を利用させてもらいましょうか……ふむ?」

 

 自然とディアーチェと、王ではなく彼女を名前で呼んでいる。そうやって彼女を段々と名前で呼ぶ回数が増えてきて、一体どれぐらい時が経ったのだろうか。自分達も、マテリアルズの関係もそのままではない……という事だろうか。まあ、

 

「全てはこの戦いが終わってからですね。期待していますよ、ダーリン」

 

 もう一度だけゆりかごへと視線を向けてから空へと飛びあがる。

 

 ―――最後の決戦はもうすぐだと、確信しながら。




 いよいよ次回からラストダンジョンかなぁ、と。これで個人戦は終了。あとは怪獣決戦と超兵器対決だけどそれはもはや消化試合なので描写するまでもない。

 そろそろ、真ラスボスですな。


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ジョーキング・ジョーカー

「―――さて、無駄に長々と話してしまったね、ティアナ・ランスター君。私の娘達はセインとウェンディ、あとはガジェットを指揮しているウーノにここにいるドゥーエを除いて全員撃破され、捕まったころだろう。うーむ、こう見るとなんてあっけないもんだろうなぁ、私も我が娘も。結局は自分が一から作ったものが先に負けて、まだ立っているのが模倣品や贋作だと考えると、結局の所私個人の能力は管理局を超える事は出来なかったのだろう。あぁ、しかし娘達には悪い事をしてしまったかもしれないね。彼女たちは間違いなく勝つつもりだったのだろうし、そこを裏切ったのは間違いなく私のスタンスだ」

 

 そんな事をスカリエッティは言ってからさて、と言葉を置く。ピクニックバスケットや水筒をしまいはじめ、シートの上でゆっくりと立ち上がり、そして体を伸ばす。頭上に輝く太陽の日差しをしっかりと受け止めながら、スカリエッティはゆっくりと此方へと振り返ってくる。次元世界で今一番凶悪と言われるはずのジェイル・スカリエッティ。その男には狂気がある。だが何かに怒る様な、憎悪をするような、そういうマイナスな感情を目の前の男から感じる事は一切できなかった。ただ見る分には夢に挑む科学者、そんな風にしか見えない。

 

「―――私はね、結局の所自分の業から逃れぬことはできないのだよ。最高評議会の老人方が私に求めたのは人類生命の追及と、そして生成だ。彼らは新たな肉体を求め、私はそれを作る事となった。私はその一点から外れていなかった。プロジェクトFも戦闘機人も結局はその延長線の事でしかないのだよ。私は最初に与えられた職務を結局の所ずっと全うしていただけなのだ。そう、最初から究極の生命というものを求めていたんだ。で、結局私は何に行きついた?」

 

 スカリエッティはホロウィンドウを表示させる。そこにはヴォルテール、白天王、ディアーチェ、そしてボロボロのナハトヴァールの姿が映し出されている。ホロウィンドウの中で巨大な剣に貫かれ、動きを縫いとめられたナハトヴァールは真竜の繰り出すブレスに正面から直撃され、そしてその上半身を吹き飛ばされる。それを再生して元に戻ろうとするところに白天王が上から押しつぶす様に攻撃を繰り出し、そのままナハトヴァールを消し飛ばす。そんな、常識では想像もできない超決戦の姿をスカリエッティは少しだけ悲しそうに眺める。

 

「これはどうだ? 闇の書の闇、ナハトヴァール。バグと害悪の概念が融合したような存在で、再生能力等を合わせ持った究極の生命体か? 否、最初はこれもそうかと思っていたが違った。結局の所真竜と戦えば負けるし、ああやって負けている姿を見ればアレは絶対に違うと断言できる。だったら究極の生命体とは、一体なんなんだ? 私はね、それを求める事から自分の目的を決めたんだ。何が究極。何を求めるべきなのかと。それはとてもとても興味深い事だったんだよ、少なくとも私にとっては」

 

 スカリエッティはそこで一旦言葉を置くと、深呼吸をした。

 

「そして結論へと至った―――究極とは即ち完成された存在。歴史を探してもそんな存在は一人だ。たったの一人しか存在しない……即ち聖王家”最高傑作”にして”最終”な存在、聖王オリヴィエ・ゼーゲブレヒトその人しかない、と。ま、そこから私の研究は新たなフェイズを迎えたのだよ。探究から製作へと。ナンバーズを作ったりナハトヴァールを解析したり色々とやって、人間の仕組みや構造、そういうのを私は色々と探して……そして聖王オリヴィエを完成させるためのシステムを生み出した。聖王の体を生み出すためのシステムは既に外部へと何年も前に流出してある。メモリーの方も用意してある、聖王核だって、義手だって、全てが用意してあった」

 

 そうやって己の事を語るスカリエッティの声には段々と熱がこもり始めていた。今までの上っ面の楽しさではなく、スカリエッティは自分の願いを伝える事に楽しみを覚えていた。それがその態度と、そして声から理解できた。そしてなんとなく、何故スカリエッティが自分を話し相手に選んだのか、それを理解してきた。……おそらく自分以外の人間であれば、ここまでまともにスカリエッティの話を聞く事はなかっただろう。……たぶん、それだけの理由だと思う。

 

「―――だがね、私は最後の最後で欲を出してしまった! そう、”無限の欲望”らしく! このままでいいのか? 聖王オリヴィエ、それは確かに人類の究極的存在だとも言えるかもしれない。だがそれは所詮ただの再現ではないのかね!? 私はただ過去の存在を蘇らせているだけだ、ナハトヴァールも! ゆりかごも! 聖王も! 結局は全て過去の遺物ではないか! そう、そうだ、私は気づいてしまったのだよ、私は何一つ成し遂げていない! 何一つとして成し遂げてはいないのだ! そして私は目標を改めたのだ―――私が手を貸し、強くした存在が、蘇った過去に、最強に、究極に打ち勝てるのかどうか」

 

 そこまで言われてしまえば解る。つまりスカリエッティの計画とは”あの”二組をぶつける事にあったのだ。―――イストと、そしてオリヴィエをぶつけ合わせ、そして尚且つイストを勝利させることにあったのだ。

 

「解るだろ? この目的が。そうだ、その為に私は途中から色々と苦労したのだぞ? わざと見逃したり盗みやすい所に強化パーツを置いてやったり―――まあ、そのおかげで非常に思ったように事が運んだよ。いやぁ、実に上手くいくものだね。私が、私”達”が苦境に追い込んだ男が、成長しながら、少しずつ此方の力を取りこみ、育った存在が、再現された過去の最強に挑む。ハハ、どちらも私が生み出してやった様なものだが―――これであの男が勝てばほら、私が、科学が勝ったって事になるんじゃないか?」

 

 こいつは一体何を言っているんだ。

 

 言っている意味がよくわからない―――ただ満足そうなのでよし、と頷いておく。そうするとスカリエッティが理解されたと思ったのかサムズアップを向けて来る。ムカつくのでその親指を掴んで折りにかかる。

 

「あた、あたたたた、痛い!! 超痛い! 助けてドゥーエ!」

 

「折らないように気を付けるのがコツよ」

 

「私の味方がいない!! 何時も通りだ!」

 

 とりあえずスカリエッティを解放し、そしてバーサークロリの姿を映しているホロウィンドウをチョップで叩き割る。それからクロスミラージュとタスラムを握り直し、そしてそのグリップでごんごん、とスカリエッティの頭を叩きはじめる。ドゥーエはその光景を楽しそうに見ているがこの女は本当にこの男の味方なのだろうか。まあ、とりあえず。

 

「いい加減捕まえたいんだけど」

 

「あ、すいません、すいません、ほんの少しだけなんで。あとほんの少しだけなんで……ってなんで私がこんな下手に出ているんだ。こういう場合は私が―――あ、痛い、痛い。ガンガン響くのでやめてください。体は貧弱なので暴力反対! はんたーい!」

 

 反対、と言いつつスカリエッティはホロウィンドウを広げ、そしてポーズを取る。片手を真直ぐ此方へと向け、そして真剣な表情を見せてくる。

 

「すいません、これ終わったらバインドで簀巻きにしてもいいんで」

 

 スカリエッティからの許可は出たのでとりあえずバインドの準備だけはしておく。そんな状況の中で、スカリエッティはホロウィンドウをドンドン増やす。その数はスカリエッティを全方位から囲む数となり、その中心でスカリエッティは腕を広げる。スカリエッティが此方をその光景に巻き込まないのは最低限の配慮なのだろうが―――何故、そんな配慮をするのだろうか、という疑問は残る。

 

「やあ、皆さん。戦争、しているかね? あぁ、そのブーイングは納得がいくものだよ。実にすばらしい、そうやって怒りに狂っている君たちは現在進行形で生を実感しているのだろう。故に再び言わせてもらおう―――実にすばらしいと。そして君たちは今困惑している事だろう、何故私が今になって姿を現すか。いや、何、そうたいしたことではないのだよ。君達には是非とも知りたいと思うだろうからね―――あのゆりかごの中で起きている事を。これから起きる世紀の戦いを」

 

 スカリエッティの言葉は見事にホロウィンドウに映し出される人々の視線と、そして意識を奪っていた。最前線から響いてくる轟音に変更はない。だがそれでも、誰もがスカリエッティの言葉に耳を傾けていた。それを理解しているスカリエッティは腕をまるで指揮者の様に振るいながら、新たなホロウィンドウを生み出す。おそらく全ての人間か、それに近しい人数に対して贈られているホロウィンドウだ。そこには今、何も映し出されてはいない。

 

 が、

 

「括目せよ―――これが私の目的、この戦いの真意だ……!」

 

 そして、ホロウィンドウが映し出す。

 

 ゆりかごの内を、

 

 ―――じゃんけんをしている二人の姿を。

 

『あいこで』

 

『っしょ! っしょ! っしょ! っしょ! っしゃあ!! 勝ったぁ! いえーい、元先輩ざまぁ!』

 

『はぁ? 何言ってんのお前。今のはアレだよ、ほら、超小物のお前に花を持たせてやろうとしてちょっと手を抜いたんだよ。お前アレだぞ、俺のグーなんかワンパンでパーを消滅させられるんだからな。そこらへんいい気になるなよ』

 

『えー、何か元先輩が超負け惜しみしてる。なんか面白いんですけど。まあ私が勝ったし今度は左に曲がろうか。次の曲がり角までガジェット壊すのは元先輩の番で』

 

『クッソォ……』

 

 そう言って白いバリアジャケット姿のなのはと、そして普段着に見えなくもないハーフコート姿のイストがゆりかごの中を歩いていた。虚空へと向かってイストが拳を振るうと鋼が砕けるような音が響き、次の瞬間にはステルスの消えたガジェットが前方へと向かって回転しながら吹き飛んでゆく。銀髪のイストと、そしてサイドテール姿のなのははそのまま無人の野を行くようにガジェットをあっさりと撃退しつつゆりかごの中を歩いていた。

 

 次の瞬間に視線が集まる先はスカリエッティだった。

 

「す、すみません、ちょ、ちょっとタンマ。ねぇねぇ、イスト君イスト君! なのは君なのは君!」

 

 ホロウィンドウの中でうん、と言葉を零しながらイストとなのはが辺りを見回すと、二人の前にホロウィンドウが出現する。おぉ、となのはが声を零すそのホロウィンドウはスカリエッティの顔を映している事から、スカリエッティが必死に対応しているのは解る。

 

「君たち何やってるの?」

 

『え、迷子』

 

『せんせー! 私達ヴィヴィオを探しに来たんですけど道が解りません!』

 

「案内用のガジェットを内部に用意させて待機させたはずなんだけどなぁ……」

 

 スカリエッティの言葉になのはとイストは顔を見合わせてから首をかしげると、思い出したかのような表情をしてから目線を逸らした。直感的にあ、こいつら特に考えもせずに壊したな、と身内の蛮行に対して即座に理解する。流石キチガイ教官とキチガイ騎士。たぶんとくによく考えずにこの二人、見えるものすべて殴り飛ばしたな。

 

「ご、ごめんね? その、私にもスケジュールってものがあってね?」

 

『はよ行きたいから地図寄越せ』

 

「あ、はい」

 

 スカリエッティが地図をゆりかご内部へと送り込んだタイミングを見計らって魔法を発動させる。チェーンバインドを一気に放出し、それで一気にスカリエッティをぐるぐる巻きにし、床に倒す。その姿を足で踏みつけ、そして額の汗を拭う。

 

「ふぅ……ティアナ・ランスター二等陸士、ジェイル・スカリエッティを確保しました」

 

 ホロウィンドウから一気に響いてくる歓声の声を浴びながら足の下で芋虫、等と言ってくるスカリエッティを完全に無視し、そして視線をドゥーエへと受ける。

 

「私に抵抗する気はないわ。戦闘用に再調整を施されたのは一応だったし……それに私自身そこまで戦いとかは好きじゃないし、それよりも色々喋るから妹達の安全を保障して欲しいわ」

 

「忠誠心皆無で欲望に素直だなぁドゥーエは!」

 

 そこで何で嬉しそうにしているかなぁ……。

 

 この男の頭のおかしさに改めて気付かされながら溜息を吐くと、スカリエッティが足の下でまぁ、と声を零す。

 

「私が捕まった所で問題は何一つ変わりはしないのだけどね。何しろ私がこうやって用意した戦力の全てを集結しても結局の所聖王には傷一つ付けることができないからね!」

 

 改めて恐怖を覚える様な言葉を残してからスカリエッティ楽しそうに口笛を吹き始める。……この状況が出来上がっている時点でスカリエッティのもくろみは九割がたは完成しているようなものだ。

 

 しかし、

 

「結局何でアンタは私と会話がしたかったわけ」

 

 その問いを足元の芋虫に投げつける。返答はシンプルなものだった。

 

「うん? それは戦いが終わってからわかる事さ。何、ちょっとした嫌がらせだよ。ま、今はそんな事よりも別の事を気にしたまえ。ほら、戦うのは君の敬愛する上官と義兄だよ?」

 

 スカリエッティの言葉に若干の不安を覚えながらも、今できることはドゥーエとスカリエッティを本陣へと運ぶことだけだった。その事に若干の歯痒さを感じながらも、溜息を吐く。

 

 ……結局、どういう事なのよ……。

 

 凡人は辛い。




 スカリエッティというキャラクターを設定で見るとまず”天才”である事があります。ですがてんぞーちゃんはバリバリの凡人タイプなので少しエキセントリックでも天才という種別の人間の事を理解はできませんし、おそらく書く事も出来ません。じゃあ、どうするか、という事になるので。

 理解できないし、理解されないキャラを作ろう、という事になります。

 スカリエッティを書くときは常に”作者にも読者にも理解できないキャラ”というスタンスを目指して書いていました。どっかで会話が壊れてたり、おかしかったりしても、既に狂っている人なので人語が通じている方が奇跡、って感じにしたかった。まあ、結局のところは芸風に飲まれてこんな感じでしたが。

 ともあれ、次回からラッシュです。


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キングズ・ゲーム

 コツコツと歩く音が空間に響いて行く。奥へ、奥へと進む毎に自分が目的地へと進んで行くのが解る。先ほどまでは襲撃してきていたガジェットも今となってはその姿を全く現さず、その道を此方へと譲ったかのような状態になっている―――あるいは此方を招いているのかもしれない。そう考えると少々複雑な気分だが、まあ、いいか、と思う自分がいるのもまた真実だ。地図の内容は完全に覚えた。故にもう迷うことはない。真直ぐに最深部へ、ゆりかご内の玉座の間を目指して進む。

 

 そして進めば進むほど口数は減って行く。奥へと進めば無視できない程の巨大な気配が待ち構えるようにしているのが感じられる。そしてそれは間違いなく、聖王として覚醒したヴィヴィオ―――オリヴィエの存在なのだろう。もはや彼女の事を今は、ヴィヴィオと呼ぶことは自分には出来ない。オリヴィエとして覚醒してしまった今、ヴィヴィオという存在は完全にオリヴィエに飲まれてしまっている。それを覆す事の難しさは誰よりも自分が知っている。だからそれを素直に受け取って、そして一緒に歩くなのはには正直な話、驚かされた。

 

 ……ビンタ一発だもんなぁ。

 

 ビンタ一発と後で頭を下げる。それで許してくれるのだからこの女は凄いというか甘いというか、正直な評価に困る。それでもまあ―――背中を任せるには十分すぎる存在なので信頼も信用もしている。おそらくオリヴィエ討伐においてこれ以上心強いパートナーもいないと思うが……本当の所は一体どう思っているのだろうか? ビンタ一発程度で済む問題ではないし。まあ……全てが終わってまだ生きているのであれば十分に迷惑かけた人々には償うつもりではある。なので今はその気持ちだけを抱いて、横にいる相棒へと視線を向ける。

 

 何年も前に一緒に戦っていた頃よりも遥かに成長した姿だ。大人らしい雰囲気が出ていて、髪型は何時ものツインテールからサイドポニーになっている。バリアジャケットも何時ものミニスカートではなく、ロングスカートの少し大人っぽい雰囲気を思わせるデザインだが―――どこか昔のバリアジャケットを思わせるデザインだ。バリアジャケットも最終戦仕様。割と気合入ってるなぁ、とは思うが……それは自分も一緒だ。

 

「うん? どうしたの元先輩」

 

 此方の視線に気づいたのかなのはが首をかしげる。確かに少し黙ってジロジロ見過ぎていたかもしれない。女は視線に敏感―――という訳じゃなく純粋に解りやすかっただけだな、と結論付ける。そこらへんナルは全く意見を出してこないので寂しいと思いつつ、

 

「いやな、お前もずいぶん大きくなったもんだよなぁ、って話よ。お前の元先輩としちゃあ元後輩の成長に対して色々と思うところがあってな? 始末書や報告書の書き方さえよくわからなかった小娘がよくもまあ他人を指導できるだけの所に来たよなぁ、って話だ。ほら、懐かしい話だろ? お前が空隊で活躍してた頃の話だよ」

 

 あぁ、となのはは懐かしそうな表情を浮かべながら頷く。

 

「うんうんまだ犯罪者は人類だって勘違いしてた頃の話だよね?」

 

 そう言って左手に装着されたストライクカノン―――レイジングハートドライバー、とでもいうのだろうか。ルシフェリオンドライバーのスペアパーツを組み込んで出来上がった二個目のストライクカノンを装備している。青いフレームのレイジングハートをなのはは持ち上げると、それで何かを叩き割る様なモーションを取る。

 

「うん、敵は殺さなきゃね」

 

「俺はその笑顔を当時のお前に見せてやりたいよ」

 

『軽いシミュレーションはできるぞ』

 

 ホロウィンドウが浮かび上がり、ナルがそれを通して当時のなのはの姿を映し出す。そこに現在のなのはの姿が映し出される。足を止めてホロウィンドウの中身を見ていると、現在のなのはが缶ビールを取り出して飲み始め、そして幼少のなのはがそれを見て頭を抱え、そして両手を上げて大人なのはを叱ろうとする。

 

「お、お前らしいな」

 

「待って、私ビール派じゃないの」

 

 そこかよ、とツッコミを入れようとすると叱るのが無駄だと悟った幼少なのはがレイジングハートを構え、それを察した大人なのはが素早くレイジングハートを構え、幼少なのはが何かをする前に砲撃で幼少なのはを消し飛ばす。消し飛ばした顔でなのははガッツポーズとサムズアップを決めていた。

 

「これは酷い」

 

「ナル子さん多分故障してる。どっか壊れている」

 

『私は何時だって愛に壊れている』

 

 一本、となのはが言って満足したところで再び歩き出す。機械的な中に偶に有機的なデザインを見せているゆりかごの姿は自分の知っているゆりかごの姿とはもはや大きく離れている。自分が知っているゆりかごはもっと黄色い壁の、美しく装飾された通路であったはずだが―――うごめく肉塊の様なデザインが時折、壁に見えている。これはやはりナハトヴァールを侵食させたための物だろうか。時折船体が大きく揺れるのは外でユーリが戦っているからに違いない。外にいる者は全員頑張っているんだろうなぁ、等と思いつつ、歩き進めれば、

 

 ―――長いホールの終わりが見える。

 

 まるで聖堂の入り口の様な扉が存在している。その向こう側に何があるかは確認するまでもなく解っている。歩き、扉の前にまで到達し、足を止める。扉の前で横のなのはへと視線を向ければ、なのはが静かにコクリ、と頷いてくる。なのはの確認が取れた所で、足を持ち上げる。横のなのはも全く同じ様に片足を持ち上げ、

 

 そして全力で扉を蹴る。

 

 魔力によって強化された足により繰り出される蹴りが一撃で扉を吹き飛ばし、そして粉々に吹き飛ばす。それは派手に飛び散りながら部屋の中へと―――玉座の間の中へと飛んでゆく。かつては多くの臣下を並べたであろうその間にはもはや誰一人として人の姿はおらず、孤独の玉座に一人だけ、足を組んで座る女の姿があった。

 

 大きく肩を見せるドレスの様な戦闘装束に金髪とヘテロクロミア。両腕が義手である所まで完全に再現されていた。その体格や髪型に違いはあるが、それでも間違いなく、玉座に座る彼女こそが疑いようもなくオリヴィエ・ゼーゲブレヒトだった。飛んでくる鉄製の扉の破片を身動ぎもせず”鎧”で全て弾き飛ばし、玉座から立ち上がる。その動きに合わせて此方も部屋の中へと進み入る。互いに無言である程度歩み寄った所で―――動きを止める。

 

「ようこそ、とここは歓迎すべきなのでしょうか。実際の所自分でも今の気持ちは微妙なんですよ。来てくれたことが嬉しくて嬉しくてしょうがない事と、そしてこうやって会ってしまえばクラウスがもういなくて、そして私達がどうしようもなく終わってしまっている時代だと理解してしまうことが悲しくて怖くて、ちょっと感情的に複雑な所です」

 

「……ヴィヴィオ」

 

 そんなオリヴィエの姿を眺め、なのははぽつりとヴィヴィオの名を呼ぶと、

 

「お母さんヴィヴィオちゃんをこんな風になる様に教育していません。ほら、今すぐ土下座して元に戻るんだったらハイペリオン尻叩きで許してあげるから」

 

「それって即死じゃねぇかなぁ……」

 

 RH(レイジングハート)ドライバーを残像が残る様なスピードでスイングするなのはの姿に対して軽く溜息を吐き、どんな状態でも自分らしさを維持できるのは何気に難しい事だよなぁ、と思う。そう思うとナルもナルで俺は何時も俺らしくやっていけていると言ってくれるのが嬉しい。さて、自分は一体どうするべきなのだろう、と一旦考えてみる。……自分の目的は目的で、達成しなきゃいけないものだ。だから結局やる事は一つなのだが―――。

 

「なあ、オリヴィエ」

 

「何でしょうかイスト」

 

 クラウスではなく、イスト。しっかりと此方の目を見ている。ちゃんと過去ではなく現実を彼女は見据えている。だからこそ理解できない。何故こんな事をしているのか。何故こんな惨状を許すのか。いや、あるいは―――やはり前のイングの様に決定的な終焉を望んでいるのだろうか。それとも本当にオリヴィエは蘇り、狂ってしまったのだろうか。動きは読めても人の心は読めない。こうやって一つにならなきゃ何を考えてるか、何を思っているのか、口に出さなきゃ伝わらない。

 

「なあ……お前さ……いや、何でもないや。あぁ、うん。やっぱり何でもないや。今更理由を聞くだけ野暮ってやつか。そうだよな、どうせどんな理由にしろやる事は一つだって決まってるんだし。あとおい、そこの元後輩、お前何時までスイングしてるつもりなんだよ」

 

「ツッコミ待ち」

 

 しれっとそんな事を言い切るなのはに何時も通りだなぁ、と改めて思いながら頭の後ろを軽く掻く。オリヴィエ・ゼーゲブレヒト、聖王オリヴィエ―――おそらく過去最強の存在。そんな存在に挑むとなると実に心が躍るのだが、どうしても不吉な予感を胸から拭う事が出来ない。ただ……そんなのは何時もの事だ。何時だってデッドエンドと正面から殴り合うような道だった。そしてそれは今回も変わりはない。今回もまた、無理無茶無謀に挑戦するだけの話だ。何だかスカリエッティが無駄に中継しているような感じだし、あんまし我が家の醜態をさらすわけにもいきやしねーよなぁ、と思ったところで、

 

「うし―――んじゃ、気合入れるか」

 

 軽く踏み込んでからバリアジャケットのプログラムを走り直させる。

 

「武装形態」

 

 バリアジャケットの姿が変わって行く。まるで貴族の着るようなスーツの様なバリアジャケット、腰にはベルトが三つほど巻かれ、ノースリーブである事と色が完全に黒く染まっている事をを除けば―――それを知っている存在は、”覇王”の着ていた服装にそっくりだと知る。

 

 相応しき舞台には相応の服装。

 

『トリニティIプログラムを起動させます―――イング・バサラより獲得したリンカーコアの稼働を開始します』

 

「っ……鉄腕展開」

 

 二の腕までを鋼鉄が覆う。文字通り鉄腕そのものとなった片腕で拳を形作り、右拳を真直ぐオリヴィエへと向ける。その頃にはなのはも完全に武装の展開を完了していた。周りに八つのビットを浮かべるのと同時に、バリアジャケットの上着部分を消し、防御に回すべき魔力を全て攻撃へと注ぎ込む、超攻撃型形態へと姿を変えていた。RHドライバーによりなのはにはAMF干渉が通じない。そして己も、使うのはこの肉体だ。AMFなんて最初からあってないようなものだ。

 

 オリヴィエも前へと一歩踏み出し、そして拳を構えていた。それはよく知っていて、そして覚えのある構え方だった。オリヴィエ自身も二の腕まである鉄腕の義手を構え、”鎧”で身を守り、そして真直ぐ―――敵に向ける純粋な殺意を拳と、虹色の魔力に乗せていた。そこまで揃えばもうやる事は決まっている。

 

「時空管理局機動六課所属―――高町なのは」

 

「元聖王教会所属騎士―――イスト・バサラ」

 

「―――ベルカ聖王、オリヴィエ・ゼーゲブレヒト」

 

 それ以上の言葉は必要ない。名乗りが終わるのと同時に全力で前に踏み出す。なのはが一瞬で後ろへと距離を取り、そしてオリヴィエが迫ってくる。拳を振り上げて迫ってくるオリヴィエの前で強く足を床へと押し付け、大地を砕きながら前進を止める。その瞬間にオリヴィエが目の前へと出現する。ほぼ出現と同時にノータイムで放たれる拳を体で受け止める。全身を貫く様な痛みと衝撃の前に、笑みを浮かべる。そのまま手を前へと、真っ直ぐ伸ばし、

の前に、笑みを浮かべる。そのまま手を前へと、真直ぐ伸ばし、

 

 ―――オリヴィエの顔を掴む。

 

「鎧を―――」

 

「鎧は基本的に敵意ある行動に対して防衛的効果をだすもんだろ? あぁ、つまり敵意がなけりゃあ殴れるわけだ。まあ、そんなわけで、超次元系聖王オリヴィエちゃん―――これが数百年分の研鑽の重みだ」

 

 迷う事無く逆の手でオリヴィエの顔面を殴り飛ばす。その時、最後の一瞬に感じたのは軽い拳への抵抗感だった。おそらくオリヴィエが直前に聖王の鎧の効果を”改造”したのだろうか。だがとりあえずの成果として―――オリヴィエは吹き飛び、玉座を砕きながら奥の壁へと叩きつけられる。そこにノータイムで、八つの砲撃が叩き込まれる。一瞬で桜色の光が満ちる空間へと変貌した事に気にせず、拳をオリヴィエへと叩き込みに行く。

 

 容赦するわけでもなく、無拍子で放った拳を―――オリヴィエは正面から掴んだ。

 

 聖王の鎧で砲撃を全て弾きながら、彼女は笑顔を浮かべる。

 

「なるほど、御忠告ありがとうございますイスト。おかげで聖王の鎧の設定を少々改良させていただきました。では、貰うだけでは悪いのでお返しします―――!」

 

 背後の壁すらも粉砕する様な衝撃の拳をオリヴィエは放ってくる。それを体で受け止めながら、後ろへと飛ぶことによって衝撃を吸収しつつ一回転し、着地する。体を軽く揺らして衝撃を逃がしつつ、身体の調子を確かめ、そしてくいくい、とこっちへ来るように促す。

 

「カモンリトルガール。お兄さんとママが悪夢から覚ませてやるぜ」

 

「ごめん元先輩、死ぬほどダサイ」

 

「うっせぇ!」

 

 なのはに叫び返しながら再び大地を蹴る。

 

「行くぞなのは……!」

 

「解ってるよイスト……!」

 

 同時に踏み込む姿に対してオリヴィエは微笑浮かべ、

 

「―――無駄ですね」

 

 しかし、全ては無駄だと断じた。




 次元世界キチガイ王決定戦開始。ラスボス戦とも言う。

 反省を生かして、成長して、進化し続けるラスボス。勝てるのかこれ(

 執筆中は波旬戦のBGMをかけっぱなしだったなぁ……。


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カースド・バトル

 空を見上げれば巨大な船が存在する。それはたった一人によって抑えつけられてはいるが―――状況は好転しているわけではなかった。抑えられているとはいえ、無尽蔵にガジェットは生み出され、戦場に増え、そして常にその数によって管理局員や騎士達を圧倒していた。疲労を知らないガジェットたちはステルスや機能に頼った戦術で地上を一気に覆い尽くさんと侵攻していた。その侵攻をベルカの騎士団が正面から受け、そして切り裂きながら吹き飛ばしていたのは真実だ。

 

 ―――だがその勢いも、僅かに揺らぐ。

 

「オリヴィエ様ですか……!」

 

 シャッハは空に浮かび上がるホロウィンドウのスクリーンを見上げながらゆりかご内の光景を見ていた。まるでわざと公開するかのように浮かび上がっているスクリーンは戦場の各所に存在している。スカリエッティが捕まった今、スカリエッティにそれを解除させようと幾人かが試みているが、こうやって消えないところを見ると成功していないようだ。しかしこの状況は良くない。自分の様に過去と現在を別人として切り離して考えられる騎士は一体どれぐらいいるのだろうか。オリヴィエが間違っていると解っていてもそれを納得し、そして聖王に逆らう事が出来る騎士はどれだけいるのだろうか。

 

「あまり、状況はよくありませんね。しかし―――何とかしてくれますよね」

 

 視線は真直ぐ、スクリーンの向こう側で激しく破壊をまき散らす姿へと向けられている。

 

 

                           ◆

 

 

「ハイペリオンカウンター―――ワン、ツー、スリー!」

 

 なのはが宣言するのと同時にビットの前に収束された砲撃がそのまま縮小し、ビットの内部へと吸収されて蓄えられる。なのはは完全に砲撃を温存し、収束し、溜め込んでいる。それでいい。それが今のなのはのやるべき事だ。それが活躍するまでの道を突けるのが俺の仕事。つまりファーストステップ。最強無敵の防具を引きはがす事だ。

 

「ステップワン―――鎧を引っぺがして丸裸にしろ!」

 

『卑猥だ』

 

「破廉恥です」

 

「実はちょっと意識しました」

 

 馬鹿な事を言うのと同時に拳を繰り出す。それをサイドステップの動きでオリヴィエは回避しながら横から拳打を放ってくる。右手でガードしつつ、右側へと入り込んだオリヴィエへと向かって一歩踏み込む。その動きにオリヴィエは素早く後退の動きに入る。何を警戒しているのかは理解している。ただそれはまだ、出せない。

 

「うぉらァッ!」

 

 踏み込みと同時にオリヴィエよりも早く右側面を利用した面の打撃を繰り出す。だがそれはオリヴィエとの間の虚空の壁によって―――聖王の鎧によって防がれる。故に放った一瞬で硬直する此方に対してオリヴィエは再び踏み込み、そして膝蹴りを腹に叩き込んでくる。その痛みを無視しながら腹に叩き込まれたオリヴィエの足を掴む。

 

「ナル―――!」

 

『ナハトの尾よ……!』

 

 オリヴィエが反応する前に掴んだ脚を振り回す。掴んだ腕に出現するのは鞭と盾の融合した武装。そこから鞭が伸び、オリヴィエの足に絡みつき、そして振り回すオリヴィエを握る手に力を込める。握撃でこのまま足を折れないかと力を込めるが、返ってくるのは堅い鎧の感触のみ、であるならば、できることは、

 

「ぶん回すぜ! ヒャッホォー!」

 

 振り回すオリヴィエを壁や床へと叩きつけ、無理やり行動を封じる。その体が何らかのアクションに入るのを悟った瞬間手を足から放す。それと同時にその手で鞭を掴み、全力でオリヴィエを引き寄せる。鞭の先端の様にしなってオリヴィエが戻ってくる。その動きに合わせて大地を踏み砕きつつ拳を振り上げる。

 

「ヘアルフ―――」

 

「―――デネ」

 

 繰り出した拳がオリヴィエの拳とぶつかり合う。振り回されている状況だと言うのにこの女は必殺の一撃を繰り出してくる。その技巧にはもはや驚かされるしかない。が―――実際の所、そこまで大きな驚きはなかった。ヘアルフデネ自体は既にヴィヴィオの前で不用心ながら使ってしまっている。故にこれが習得されている事に違和感はない。だからなんだ、と言わざるを得ない。習得されていることなど最初構えを見た時からご存じだ。―――アレは、俺の構えだった。

 

 たとえ全ての技が見切られようとも―――、

 

 ―――やる事も出来る事もはやたった一つ、変わりはしない。そうだろ?

 

「おうさ、ナル。……結局イスト・バサラって男はこれしかできねぇからな」

 

 武装を解除しつつ拳を振り上げる。それと同時にオリヴィエが素早く拳を叩き込んでくる。ホール全体に響いてくる音を無視し、身体に発生するダメージも無視して拳を振り下ろす。やはり、それは聖王の鎧によって防がれる。だがそれで諦めるわけでもなく、逆の拳を繰り出す。その間に更に一撃が叩き込まれる。それで骨が砕けるような音がする。いや、ナルがあばら骨が砕けた事を伝えてくれる―――だからそれを体内にバインドを使って骨を繋ぎ合わせる事でなかった事に、そしてそのまま二撃目を鎧へと叩き込む。帰ってくるのは虚しい衝撃だけだ。だからこそ笑みを浮かべ、

 

「さあ、食事の時間だ猟犬」

 

「無駄、です!」

 

 振るう拳よりも早くオリヴィエの拳が叩き込まれる。だがそんな痛み今更くらい慣れている。それを証明する為に拳をオリヴィエへと叩き込み、そして二撃目を素早く叩き込む。誰でもなく、俺以外の人間だったらまず粉々に砕けているであろうこの状況、イングからリンカーコアを移植しておいてよかったと改めて思う。そうでなければたぶん俺でさえヤバかっただろう。

 

「フルンディング!」

 

「砕け散れ!」

 

 オリヴィエが拳を叩き込むのと同時に、その拳に対して拳を叩き込む。解析拳と鏖殺拳がぶつかり合い―――悲鳴を上げるのは此方の体だ。だが同時に発生するのはオリヴィエの鉄腕へのダメージ。打撃を繰り出すその瞬間は鎧が最も邪魔なものへと変化するゆえだろう。……だからこそ蹴った時に、足を掴む事が出来たのだろう。だとすれば、インパクトの瞬間がチャンスとなる。故にそれを掴みに行く。後ろへと一歩、揺らめきながら下がる。あえて隙を作る。それを見切ったオリヴィエが踏み込んでくる。その動きに合わせて拳を作る。

 

「罠だよ!」

 

「知っていました」

 

 知っていてなお、オリヴィエは踏み込んでくる。そして踏み込みと同時に放ってくる拳に合わせて此方も全力の拳を放つ。拳と拳がぶつかり合い、空間を衝撃が揺らし、爆音が響く。髪が一瞬オールバックになる程の衝撃を受け止めつつ、感じるのは―――鎧の堅さだった。

 

「もしかして殴る瞬間にだけは鎧を解除していたとかでも思っていましたか? それで隙になると? 本当に? イスト、貴方はそんな残念な事しませんよね? 私をその程度で裏切ったりしませんよね?」

 

「ちくしょお―――!」

 

 オリヴィエは鎧を肌に密着させるように纏っていた。それであっさりと拳を無効化し、オリヴィエが一撃を放つ。脱力した一瞬を狙って放たれた拳は体に深くめり込み、そして体を吹き飛ばす。拳によって殴り飛ばされ、宙を舞うと言うのは本当に久方ぶりに感じる感覚だ―――俺の様なタンクタイプの魔導師を吹き飛ばせるのはと言えばなのはやシュテル、イングぐらいなものだと思っていた。軽い驚きとともに体が壁へと叩きつけられる。

 

 その次の瞬間にはオリヴィエの姿が眼前にあった。

 

「これで、眠ってください」

 

 背後の壁に激突するのと同時にオリヴィエの拳が叩き込まれる。前進すべきだ。そう判断して体を動かそうとするが、その意志に反して体は動かない。ナルから即座に原因が送られてくる。打撃と同時に神経に微弱の電流を流しこまれ、無理やり動きを固められている。スタン技よりも持続させるように造られているこれは―――厄介だ。そう判断した瞬間には次の拳が放たれる。避ける事も防御する事も出来ず、叩き込まれ、膝が次に叩き込まれ―――そしてラッシュが始まる。

 

 高速で拳を叩き込み、それを流れるような動きで次へと繋げる。衝撃の一発一発が背後の壁を粉砕する程の一撃、体を貫通しながら背にした壁にクレーターを生み出し、その中へと体を叩き込んで行く。それでも意識を失わず、痛みを無視し、そして魔法を発動させる。

 

『肉体操作魔法グレンデル発動』

 

「あんまり調子こいてんじゃねぇ……!」

 

「動いた……?」

 

 魔力の鎖を体内に通し、それを神経代わりに肉体を動かす。無理やり体を動かす為に負担は大きいが―――スタンが切れるまでの間であればそこまでの問題ではない。意志の力で無理やり衝撃や痺れを振り払い、殴りかかってくるオリヴィエに殴られながらも殴り返す。その拳はやはり鎧に阻まれてオリヴィエ自身には届かない。ただ、

 

「―――ここだ」

 

 次の一撃に口に血が口の中まで込み上がてくるのを認識しつつも、オリヴィエの胸を殴る。そこに感じるのは鎧の鈍い感触で―――そして力が鎧の向こう側へと抜ける感覚だ。

 

「なっ―――」

 

「普通に鎧貫き放つだけじゃ駄目っぽいから感触を確かめさせてもらったぜ……!」

 

 一瞬の戸惑いの間を抜けるようにオリヴィエに二撃目を叩き込む。フルンディングによって解析した結果で鎧貫きの奥義を対聖王の鎧専用に組み上げたもの、それでオリヴィエへと全力で殴り、飛ばす。口の中にたまった血を横へ吐き捨てながら衝撃で揺らめいたオリヴィエの体へと三撃目を叩き込み、そしてその体を大きく吹き飛ばす。

 

「エンジンが入るの遅いよ!」

 

「その代わりに溜める時間はたっぷりやっただろ?」

 

 その言葉の返答の代わりに吹き飛んだオリヴィエへと向かって、なのはがRHドライバーを向ける。確かに聖王の鎧は最高の防具ではあるが、減衰率は決して百パーセントではない。極端な話、鎧がダメージカットする量以上をぶち込み続けるという究極的な脳筋戦法だって存在する。そしてそれができるのは超砲撃特化の魔導師―――シュテル、もしくはなのはぐらいだ。

 

 故に、

 

「チャージ時間三十五秒、十分過ぎる……!」

 

 なのはは余裕を持ってレイジングハートを吹き飛ぶオリヴィエの側面へと向け、そして迷う事無くそのトリガーを引く。

 

「シックスティーンカウント―――フルスロットル・バスタードライブ」

 

 十六発分のチャージをなのはが放つ。砲撃が空間そのものを埋め尽くす強大な暴威となって玉座の間を、そしてオリヴィエを飲み込む。オリヴィエを飲み込めど、砲撃はそれで収まる事を知らず、玉座のあった位置を貫通し―――そしてその背後の壁をも貫通し、そしてその奥へと抜けて行く。オリヴィエもその例外にもれず、光と共に玉座の間から外へと押し出される―――が、その瞬間に見えるのは鎧によってある程度力を分散させているオリヴィエの姿だ。まず間違いなくオリヴィエはこれだけでは負ける事はない。それを確信して動く。オリヴィエの後を追うように床を一気に蹴り、吹き飛んだオリヴィエの方へと向かう。拳を構え、姿勢を整え、そして呼吸を整える。そのまま吹き飛ばされるオリヴィエに追いつき―――その姿が砲撃から叩きだされる瞬間を狙って一気に踏み込む。

 

「ヘアルフデネ―――断空拳」

 

 鈍い音とともに衝撃がオリヴィエの体を貫通し、そしてその体がくの字に折れ曲がる。その時顔にかかる赤い液体が、それが無駄ではない事を―――勝利へと前進している事を告げる。故に動きは止めない。全ての拳を鏖殺の拳として、吹き飛ぶオリヴィエの体に追いつき叩き込む。咆哮を上げながら次の拳をオリヴィエへと叩き込み―――されたように、やり返す。やがて吹き飛んだオリヴィエの体が壁へと届き、叩きつけられるがその体に拳を振り下ろす。顔面、腹、肩、場所問わずに全身へと一撃一撃が致死性を持っている必殺の一撃を叩き込む。叩き込まれるたびに跳ねあがるその姿を無視し、

 

「覇王墳裂牙!」

 

 零距離の寸勁を放つのと同時に再び壁が砕け散る。その向こう側にオリヴィエが倒れそうになり―――睨んだ。

 

「―――動きを、やっと止めてくれましたね?」

 

「イスト!!」

 

 不吉な予感がする。それをなのはも察知したが―――俺もなのはも動けない。大技というものには得てして反動がある。故に放つタイミングは限られている。そしてそれが生死を決める。故にオリヴィエの選択肢は簡単だった。耐えきって動けなくなった瞬間に動く。

 

 故にオリヴィエは動いた。

 

 こっちが動けない刹那の時間に潜りこむように、まだ崩れる壁の中から体を動かして、口の端から垂れる血を気にすることもなく、近づいて、そして硬直から復帰する前に近づいてきたオリヴィエは顔を寄せ、

 

「―――いただきます」

 

 俺の目を抉った。




 勝機はベガスへ休暇に行ったよ。


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デッドライン

「がっ―――」

 

 イストがよろめきながら後ろへと倒れて行く。口に赤いものを咥えたヴィヴィオが―――オリヴィエがその前で立っている。イストの左眼窩からは赤い液体が流れ、そしてそれは間違いなく、そこにあったものは間違いなく今、オリヴィエの口に咥えられている。その光景を呆然と眺める事しかできず、そしてその次の光景もゆっくり眺める事しかできなかった。オリヴィエが口に咥えるその丸く赤いものを、ゆっくりと舌の上に乗せて、そして開けた口の中へといれ―――飲み込んだ。口の端から血を流すオリヴィエはイスト・バサラの目玉を飲み込んでからぺろり、と唇についた血を舐めとった。

 

「ぐぅ、らぁ―――!」

 

 それに真っ先に反応したのは誰でもない―――イストだった。痛みの様な、獣の様な叫び声を上げながら右目から血を流しつつ笑みを浮かべるオリヴィエへと拳を叩き込む。それを受けるオリヴィエは吹き飛びつつも空中で一回転し、体勢を整え、着地する。その拳撃で戦闘装束の鉄部分が一気に砕け散るが、ダメージ自体は少ないように見える。いや、そもそもオリヴィエの体にはかすり傷やひっかき傷の様なものは多く存在しているが、鏖殺拳や砲撃が叩き込まれた事から発生する打撲痕などが全く存在していなかった。オリヴィエの体にできている傷でさえ少しずつ再生している様に見える。

 

「ふふ、御馳走様でした」

 

 そう言ってのけるオリヴィエに対して、イストはよろめく体を強引に立たせ、若干前のめりになりながら残った片目でオリヴィエを睨み、そして声を発する。

 

「なぁーのぉーはぁー! てめぇ娘の教育どうしてんだよ!! おい、カニバリズムは究極の愛であるとか頭の狂った教育してないよな? 俺は愛は少し重い方がいいとしか言ってねぇぞ!!」

 

「私だって偶にユーノ君食べちゃいたいぐらいに可愛いとしか言ってないよ! あとあとちょっとだけドロドロ系昼ドラ見せてただけだよ!!」

 

『貴様ら両方だぁ―――!!』

 

 横に一枚のホロウィンドウが出現する。そこに姿を映し出されるのは壮年の男の姿―――レジアス・ゲイズだった。今まで連絡がなかったのが不思議だったが、ホロウィンドウが時折消えそうに明滅している。おそらくゆりかご内にまでホロウィンドウで通信を繋げること自体が難しいのかもしれない。若干息荒くこっちを見るレジアスは指を向けてきて、そして口を開く。

 

『いいか、高町一等空尉。スカリエッティは捕まえた、やつの娘も全て捕まえた―――あとはそこの馬鹿な娘に世界の広さを伝えるだけだ。戦って勝て。そして戦乱は終わったと馬鹿な娘に伝えてやれ―――ここは我々の時代だと、いいな?』

 

「了解」

 

 それを告げるとホロウィンドウは強制終了させられ、消える。ゆりかごからかかるAMFのプレッシャーが一段と上がる。それを飛行魔法への干渉という形で感じる。おそらくイストから受け取ったこのドライバー装備が無ければ今頃、まともに飛べなかったのではなかろうか。そう思うと何時も余計な事ばっかりやっているイストに少しぐらいは感謝してもいいのではないかと思う。

 

 とりあえず、

 

「目は」

 

「見えなくても拳は握れる……!」

 

「なら問題なし」

 

「まだ心が折れませんか。いえ、此処まで来るともはやそういう言葉も野暮でしょう。イスト、母上、さあ、来てください。その全力受け止め、そして抱きしめましょう。そしてもう一度、この甘美な味に私を酔わせてください。どうせ全てが無駄でしょうから」

 

 言ってくれる……!

 

 確かに、聖王の鎧と自分の相性は最悪だ。武術の類であればまだ貫通攻撃ができる。だが魔法に関しては聖王の鎧は強大な防御力を誇っている。イストは前に言っていた―――覇王流というものはそもそも聖王の死後に完成したものであり、そして”聖王を倒すためだけに生み出された存在”であることを。覇王自身の後悔と絶望の塊がこの流派である、と。故に繰り出す技は大振り、破壊力抜群、それでいて全てが洗練されていて隙がない。その言葉が本物であれば、鎧への対抗策―いや、聖王自身への対抗策が存在する筈なのだ。

 

 自分の”本番”はまずイストが聖王の鎧を剥がしてからだ。それまでは自分の攻撃はほとんど防がれて魔力の無駄な損耗になってしまう。故に自分がやるべき事は決まっている。なるべく損耗を抑えて自分のターンが来るまで耐える事だが―――。

 

「そうもいかないよね……!」

 

 オリヴィエが動き、イストと正面から衝突した―――そう思った瞬間にはイストの横を抜け、一撃を受けながらも一気にこっちへと飛んでくる。空に浮かび上がる此方を軽々と飛び越え、天井に逆さまに着地する。

 

「なのは!」

 

 オリヴィエが天井を蹴って加速してくる。そして繰り出してくる蹴りに対して―――真正面から突撃槍へと変形させたレイジングハートの先端を叩きつける。そのインパクトをオリヴィエがズラすのを感じた次の瞬間にはその反動を利用して回し蹴りを放ってくる。それを返しの動きで弾き飛ばしながら逆の手を動かす。オリヴィエが同時に放ってくる拳に対して、自分の拳を合わせる。

 

「うん、舐めすぎじゃないかな?」

 

 オリヴィエと自分の拳がぶつかり合い―――そしてそこを起点に砲撃を叩き込む。桜色の爆発が間に発生し、オリヴィエとの間の距離が一瞬だけ開く。その瞬間にレイジングハートを剣の様に握り、そしてオリヴィエへと叩きつける。軽いバックステップで回避するオリヴィエの動きに合わせ―――背後からイストが出現する。穴だけとなった目から血を流しながら、それでも手を伸ばし、オリヴィエを掴む。

 

「時間をかけすぎ、だっ!」

 

 イストとオリヴィエが高速で床へと落下し、そのままイストがオリヴィエを床へと叩きつける。その衝撃で床が砕けるが、それを気にすることなく、ノータイムでレイジングハートを下へと向け、圧縮魔力をそのまま魔下へと向けて放つ。

 

「ぶっ散れ」

 

 砲撃がイスト諸共オリヴィエを飲み込んで下のフロアへと貫通し、二人を下へと落とす。その姿を追って下へと降りれば、そこには既に復帰、拳を叩き合わせる二人の姿がある。しかし、それは―――。

 

 

                           ◆

 

 

「―――!」

 

「ふ、ふふふ」

 

 拳を叩き込む。その動きに合わせてオリヴィエが懐へと潜りこんで、拳を放ってくる。クロスカウンター気味に放たれた拳を受け止めながらも、逃がさないようにオリヴィエの足を踏み砕くつもりで踏む。だが踏み砕けるわけもなく、オリヴィエの動きを抑えるだけで終わる。そのまま拳を放つがオリヴィエはまるですり抜けるように攻撃を回避する。だがそれは元々予想済みで―――回避から絶対回避できない動きを混ぜ込み、二撃目を必中としてオリヴィエの体に叩き込む。強力なボディブローを鎧貫きと合わせてオリヴィエの体へと放つが、オリヴィエがそれによって身を揺らすのはほんの少しだけの事だ。一撃目を受けた時よりもオリヴィエが攻撃を受けて揺らめく動作が少なくなってきている。

 

「っ、おぉ―――!!」

 

「ふ、はは、ははは」

 

 オリヴィエの一撃が叩き込まれるのと同時に攻撃を繰り出し、オリヴィエを殴り返す。だがその動きによって僅かに後ろへと押し出されるのは自分の方だった。フルンディングを常時起動しているが、もはや聖王の鎧の変貌には追い付けない状態にあった。間違いなく、オリヴィエは戦いながら自身の能力を強化、改造していた。元々付いていけたのが聖王の鎧が”クラウス”の時代の物だったからだ。それが現在の魔法概念を取り入れた事により―――更に凶悪な物へと進化させている。聖王の鎧唯一の対処法である鎧貫きさえも通じないような構造へと変化しつつある。これはもはや解析すら意味ないな。そう判断し解析拳を放棄した瞬間、

 

「サンダーレイジとヘアルフデネを連結融合―――サンダーアーム」

 

 あっさりと恐ろしい事をオリヴィエが言ってのける。その腕は雷を纏っている。反射的にそれに対抗するための手段を呼び出す。

 

『レヴィより雷の変換資質を取得』

 

「極光拳……!」

 

 拳と拳がぶつかり合い、ゆりかご内を電流が照らす。スパークするのと同時に互いに距離を放し、地を蹴って軽く距離を開けてから、再び助走をつけて接近する。雷撃を纏った拳に対して、オリヴィエは正面から同じく、雷撃を纏った拳で襲い掛かってくる。黄色と青色の雷で何度もぶつかり合いながらスパークしていると、オリヴィエが離れ、そして片腕を前に突きだし、

 

 雷を纏った炎の弓と矢を生み出す。

 

「シュツルムファルケンとサンダーレイジを連結融合―――サンダーバード」

 

 マジかよ、なんてことを吐き出せる前に鳥の姿をした矢が放たれる。それに正面から雷拳を叩きつける。接触は一瞬―――サンダーバードと言われたそれが弾け、雷撃と炎が同時に爆発として一瞬で体を襲う。それによって体を後ろへと押される事を否定する。否定して前進する。スパーク量を増やし、前進し、拳を振り上げ、弓を消すオリヴィエの姿へと叩きつける。鎧貫きに雷撃という属性を乗せる事によって貫通の”式”に変化を与える。貫通された威力と雷が鎧の向こう側のオリヴィエへと届くが―――そのほとんどは既に死んでいた。オリヴィエの体を貫く衝撃も、そして雷ももはやオリヴィエを傷つける程にはない。

 

「ハイペリオンスマッシャーと覇王断空拳を連結融合―――セイクリッドブレイザー」

 

「く、そ―――」

 

 オリヴィエの姿が無くなった。食われた目によって生まれたその死角からやってくるのは解っていた。だがオリヴィエが正面に現れた時はまるで瞬間移動をしたかの様な感覚だった。オリヴィエは微笑みながら近づき―――そして砲撃と拳撃を織り交ぜた破壊を叩き込んできた。そこに一切の痛みなど存在せず、攻撃を受けたという感覚だけが残った。体は吹き飛ばされ、何度も床を転がり、跳ね、そして漸く止まる。口から血を吐きだし、荒く息を求める。

 

 ……痛ぇ……。

 

 今の一撃は自分と、そしてなのはの魔法の融合だ。どっちも破壊力に特化した奥義。そりゃあ強いものと強いものを混ぜれば凄い強い物が作れそう、という頭の悪い発想は解る。だがこの世でそれを実行する馬鹿が存在するとは思わなかった。

 

 床に倒れ伏しながらどうするべきか思考し―――一瞬で決断する。困った事にユニゾンしている時は自分とナルの意識に差なんて存在しない。思考すればナルがその結論を即座に出してくれる。便利だと思う反面甘えてないかと思うが―――俺と彼女に差がないのであればそれはもはや自分で思考しているのではないかと思い始めているのでもうこれでいいやと思う。まあ、やりたくはない手段だったが。

 

 利用できるものは何でも利用する。勝つためには手段を選ばない。最後までその方針で進むだけだ。

 

「なのは……聞こえてるか? 隙を窺ってるか? んじゃ軽く説明してやる。聖王の鎧、つってもそこには二つのモードがある。意識的に張っているモードと、無意識的に発動しているモードだ。これはもちろん戦闘用に意識して張っている奴の方が遥かに強力だ。いいか? ―――今からそれを無意識レベルに落としてやる。見誤んなよ」

 

 立ち上がる。痛い。全身が痛みで悲鳴を上げている。それを無視する。バリアジャケットも最終決戦というから結構気合を入れたのだが完全にボロボロになってしまっている。なんか中継されているっぽいし、今たぶん、超情けない姿が公開されているんだろうなぁ―――そう思うと少しはやる気が出てくる。外では頑張っている人間もいるのだが、心配させたくない連中がいるのだ。故にここで敗北を認めるわけにはいかない。だから立ち上がり―――前方、静かに構えるオリヴィエの姿を見る。

 

「……オリヴィエ、俺頑張ったよ」

 

「えぇ、知っています。……知っていますよ、貴方の苦労、苦悩、その全てを。故に諦めてください。その全てを愛し、私が抱きしめましょう。頑張る必要なんてありません。誰も貴方が諦めてしまっても責める事はできません。貴方以外にここまで私と渡り合える存在はいないでしょうから」

 

 そうだよなぁ……だがそうやって諦められたらどんなに楽だろうか。

 

 そんな事で諦められる人間だったら人生、どんなに楽だっただろうか。

 

 あのマテリアル娘達を見つけた時に運命だと諦めて捨てれれば、俺の人生はどんなに楽だったのだろうか。思えばまだ二十四か二十五歳、人生の四分の一しか生きていない。大人ぶったりもしているが本当に歳を取った人間からすればまだまだガキに違いない。

 

 ……ま、今更言った事でどうにかなる訳ではないんだよなぁ。

 

 懐に手を伸ばす。そして取り出すのは久しく握る武器だ。黒く、小さく、そしてスマートなフォルムのそれは、

 

「……銃、ですか?」

 

「あぁ、そうだ。それもただの銃じゃない。地上本部の地下に保管してある、次元犯罪者から押収した危険品の一つだ。分厚い鉄板を簡単にぶち貫く様な極悪な奴な。バリアジャケットとかプロテクションとか勿論貫通できてしまう素敵ウェポンだ。これ一つで家を建てる事が出来るらしいから次元犯罪者って連中は本当にお金持ってるよなぁ」

 

 それを真直ぐとオリヴィエへと向ける。その銃口を向けられ、オリヴィエは頭を横へ振る。

 

「そんなものは鎧には通じませんよ」

 

 ま、だよな、と苦笑し、

 

「でもな、オリヴィエ……俺には通じるんだわこれ」

 

 本能的にオリヴィエが何をするのか察したのか動き始める。賢いし、強いし、そして何よりも可愛い。敵として最強だよなぁ、と思うとナルが少し叱ってくる。あぁ、解っている。解っているとも、お前らの方が百倍可愛いって。

 

 そう語り合って―――自分の心臓に銃口を向ける。

 

「駄目、イスト、やめて―――!!」

 

「―――はっ」

 

 引き金を三度引いて―――己の心臓を完全に吹き飛ばした。




 基本的に強ければ強い程キチガイになって行くのがてんぞー論。だから超強いやつは基本的に超キチガイだと思えばいいんです。


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バステッド

「―――さて、乙女の心というものは凄まじく不思議なものであると私は解説するよ。年頃の少女は非常に多感だ。私の想像を超えた事に対して一喜一憂し、そして面白い反応を見せる。故に感情―――特に恋愛感情という存在に対しては私は非常に関心を持っている。何せ私は科学者だからね、そういう事に対しては常に真面目に取り組む事は出来ない。恋愛感情を抱いたとしてもそれを観察する為に自己の中で私はその感情の”解体”をはじめてしまう。成分は、何故だ、どうやって、何時、原因は、どういうプロセスで―――故にだからこそ、他人が抱くそれに関してはある種の関心を覚える」

 

「前置きはいい。言いたい事を言え」

 

 そこは天幕だった。戦場に用意された仮設本部、その本物。幻影魔法によって隠されたその中で、スカリエッティは自由な姿で椅子に座り、それに相対する様にレジアスが座っている。スカリエッティはもはや逃げ出す事を諦めているのか、もしくは敗北を認めているか、悪あがきする様子もなく、レジアスを前にして楽しそうな表情でホロウィンドウの中の光景を見ていた。ウーノから送られてくるゆりかご内の最新の映像をスカリエッティはレジアスと共有しつつ、実に楽しそうにレジアスとの会話を進める。

 

「やだなぁ、中将閣下。ここからが本番だよ。そもそも君は科学者としては最高クラスである私と話しているのだよ? ―――科学者っていう面倒な人種のトップ、つまり私は超面倒な人間だ。前置きやらが色々とあって無駄に長い事ぐらい察したまえよ」

 

「それを察して理解しているからこそ、とっとと言えと私は言っているんだ。スカリエッティ、私は今すぐにでもあのゆりかご内に部下を送り込んで制圧行動に入りたいのだぞ? それを―――」

 

「あぁ、それは得策ではないね。実に最悪の一手だ」

 

 スカリエッティは質を数で凌駕し、聖王を打倒するのは間違っていると断言する。それはおそらく、考えられるプランでも最悪に近い選択肢ではないかと、そう宣言する。

 

「いいかいレジアス―――聖王とは、常に進化する生き物なんだ。私が人間の究極系と呼ぶにふさわしい存在と認めただけはあるんだ。聖王は学び、そして成長し続ける人間、人類という成長し続ける存在の縮図だ。害があればそれを覚え、飲み込み、そして力へと変えて行く。人間という種そのものの行動を聖王は一人でやってのけている。いいかね? つまり聖王は困難へとぶち当たればぶち当たる程逆に強くなってゆく。逆風を浴びれば浴びる程強靭になって行く。しかもそれはナハトヴァールみたいな無節操な進化ではなく、正しく、間違っていない方向での進化なんだ。見てただろ? 受けた技に対して耐性を生み出し、覚えた技を改良し、使用する。聖王は敵が多ければ多い程”覚える”のだよ中将閣下。だから断言しよう。聖王に対して数で攻める事はつまり聖王の進化を促すだけの行為にしか過ぎない。それは聖王を次の領域へと進める戦術でしかない―――手が付けられなくなるぞ」

 

「……」

 

 スカリエッティのその言葉にレジアスは黙るしかなかった。聖王教会側からやってきた聖王に関する文章や伝説、そして現状ホロウィンドウを通してみる事の出来る聖王の変化と進化。それを見ている限りもはや聖王は受ければ受ける程強くなってゆく存在である事は確かで、スカリエッティの言葉は否定できなかった。……そしてだからこそ、遠近でトップクラス、そして技のほとんどを見られながらまだ通用すると言う特級戦力をコンビとして送り込む事のみが対処方法であると理解する。それ以外の方法は―――、

 

「あぁ、細菌兵器等には期待してくれないくれよ? どうせ戦乱の頃にそういう外道兵器に関しては経験済みだろう。聞いた話では自分から進んでウィルス等を克服していったらしいからね―――まあ、そんなわけでレジアス中将閣下、君にできることは本当に多くはない」

 

「で、前置きに満足したか?」

 

「うん、割と結構。やっぱ悪の科学者は解説ポジションが似合うよなぁ……こう、なんだとぉ! とかぬぁにぃ!? とかま、まさかアレは……! とかリアクション付けながら私も解説したいよ! そういう事がやりたかった―――あぁ、うん。そろそろ真面目にやるよ」

 

 レジアスの視線を受け止めたスカリエッティはやれやれと、そういいながら肩を揺らす。未だに捕まっていないセインとウェンディ、そしてウーノはまだよく頑張っているな、などと思考しつつ、スカリエッティは口を開く。

 

「さて―――この世に究極はない」

 

 スカリエッティはそうやって切り出す事によって自分の研究成果を、そしてこの戦い全てを否定した。何年も何年も追及してきた事の全てを否定した。今まで積み上げてきた努力全てを否定した。流石にレジアスにもその発言には驚くほかなかった。だがそれでもスカリエッティは苦笑にも似た笑い声を零し、そして常識的に考えてみよう、そう言った。

 

「常識的に考えてみようではないか中将閣下。―――科学が進歩すればするほど出来る範囲はさらに広がって行くのだぞ? 現代という者は常に過去を追い抜いて進んで行くものだ。たとえばほら、このAMFなんて私の発明ではなく古代ベルカの物を再現しただけだが現代においては対処方法が極端に少ない超高性能な対魔導バリアだ。だが約六年か八年後には企業で対AMF用装備が開発されて、そして完成されている。それも技術と科学の進歩により生まれたものだ。正直な話四年先の科学力を先取りしている自信はあったが、対AMF用装備なんて構想や実際のアイデアを貰うまでは全く想像できなかった。この私がだよ? シュテル・バサラが使っているのも高町なのはが使っている物も私が生み出した、というだけで本来は未来の物だ。アレを見て、そしてAMF環境下で正常作動しているのを見ていると確信するよ―――科学の進歩に終わりはない。究極の人間なんて永遠に生み出せるわけがない。だってそうじゃないか? 私がこうやって生み出した数々の技術、それは結局の所未来にとっては”通過点”でしかないのだから」

 

 そこで一旦スカリエッティは言葉を止める。熱がこもると一気に話してしまうのが自分の欠点だなぁ、とまるで悪びれもせずにそう言うと改めて口を開く。今度こそ本題に戻ろう。スカリエッティはそう言い、

 

「ま、簡単な話聖王という存在は強いよ―――ただその心はどうだろうか。あぁ、いや、別に信仰心やらその信念を疑っているわけではないよ? ただどんなに体が強くても心まで本当に一部の隙もなく完璧でいられるかどうかは怪しいという話なだけだ。誰にだって心の隙間はある。それが一切存在しない者なんていやしない。私にだって、ナンバーズにだって、マテリアルズにも、機動六課にも―――そしてもちろん、君にも存在する筈だ中将閣下」

 

 聖王のそれは非常に解りやすいとスカリエッティは笑いながら言う。あれほど解りやすく、そして乙女な存在もいやしない、と。

 

「ほら、見なよ中将閣下―――本人は気づいていなくても、どこからどう見ても覇王と鉄腕王を重ねてみているぞあの聖王は? 何とも健気じゃないか、今頃目の前で二度目の喪失感を味わっているはずだぞ……わけもわからなくね。流石だ鉄腕王、流石”手段を選ばない”と言ってのけるだけはあるね。いやはや、ある種においては彼は私を超える外道っぷりを発揮してくれるよ」

 

 スカリエッティは笑顔をで言う。

 

「―――たぶん、彼は自分が重ねられている事を知って自殺したよ? 乙女の恋心すら勝利の為に利用するその姿勢は是非とも見習いたいものだね―――さて、一手詰むよ」

 

 

                           ◆

 

 

 ゆっくりとイストが倒れて行く。胸に穴をうがち、背中から血を吹き飛ばしながら。人間だったはずの存在は命を失うことで一瞬で肉塊となる。ただの肉塊。そこにどういう価値が見いだされるかは当人の生前の行動次第。その状況で誰よりも、何よりもショックを受け、そして動けなくなったのは―――オリヴィエだった。

 

 そして素早く反応したのはなのはだった。

 

「スターライト・ブレイカーEx……!」

 

 全てのビット、そしてレイジングハート自身から桜色の魔力が一直線に放たれる。壁やAMF等と言う障害を欠片も気にせず最大の威力で放たれた収束砲撃は限界まで収束を―――その放出を狭めて行われていた。前のレイジングハートであれば衝撃から少しずつ自壊が始まるであろう衝撃が繰り出されていた―――が、それをレイジングハートも、ビットも完全に受けきっていた。スカリエッティが生み出したという強化パーツは間違いなく本来あるべき完成度を凌駕して完成されていた。それは、

 

 ―――出せる全力を出し切っても壊れない程に。

 

 なのはの繰り出す砲撃がオリヴィエを飲み込み、そしてゆりかご内部を貫通する。文字通り全力のそれはイストが戦闘中だった間になのはが常に溜め続けた魔力だった。収束砲撃という性質上、なのははイストが戦闘中の間は一切の援護行動を行えないが―――その分の破壊力を完全に発生させ、そして叩き込むことに成功していた。完全に自殺に対して呆然としていたオリヴィエがスターライト・ブレイカーを防御する事も無く受け―――そして砲撃と共にゆりかごの外にまで吹き飛ばされる。

 

「ブレイクシュート……!」

 

 溜め込んだ魔力をすべて吐き出す勢いでゆりかごの外へと叩きだしたオリヴィエに砲撃のラストシュートを決める。その姿が見えなくなるのを確認するのと同時に、息を吐き出しながらなのはが床の上へと着地する。ストライクカノンフレームを開き、その名から十を超えるカートリッジマガジンを排出する。バリアジャケットに格納させておいたカートリッジマガジンをワンアクションでストライクカノンフレームへと投入すると、再びレイジングハートに魔力を溜め込み始める。

 

 その状態でイストへと近づき、そして首に触れる。

 

 

                           ◆

 

 

 ……脈がないなぁ。

 

 心臓が動いている様子はない。というかそもそも心臓がない。どうやらマジで死んでいるらしい。それを確認してからあいている右手で頭の後ろを軽く掻き、そして思考する―――まあ、大丈夫だろう、と。なんだかんだでこの先輩は不死身の男って定評があったし。そして何だかんだでこの男、死んだ程度じゃどうにもならなそうだし。

 

「ま、生きているなら早めに戻って来てねイスト……いい感じの叩きこんだつもりだったんだけど一発だけじゃ無理だったみたい」

 

 サイドステップでイストから離れ、そしてレイジングハートを構える。視線の先には船外へと続く大穴が存在し―――その先にはオリヴィエがいる。ただその姿は先ほどと比べてかなりボロボロだ。黒いドレスの様な戦闘装束の金属部分は完全に全て吹き飛び、そしてドレス部分に関しても切れ込みや破られた箇所が増えている。オリヴィエ自身も無傷ではなく、サイドポニーだった髪型は縛っていたリボンが切れていて完全なロングストレートとなっていた。ゆらりと、幽鬼の様に立ち上がるオリヴィエは呆然とした表情を浮かべ―――そして片手で顔を抑える。

 

「―――あぁ、なるほど。そういう事でしたか。……私、まだクラウスの事引きずっていたんですね。そして別人だって理解したつもりで……ぁ、なるほど。理解した―――つもりでいたんですね。えぇ、ですが理解しました。理解しましたので問題ありません。えぇ……ですから、私は負けません。負ける事ができません」

 

「……それはどうかな? 人間の心って結構複雑だよ?」

 

 それを武器に、利用したやり方は褒められないが―――それでも間違いなくオリヴィエに対して効果的だった。自分でもここまで見れば解る。オリヴィエは未だに引きずっている、姿を重ねてしまっている。故に今の自殺はオリヴィエにとっては覇王の自殺の様な光景だったに違いない。

 

 ……これは―――。

 

 オリヴィエは接近してくる。素早く、隙なく、高速で接近し一瞬で距離を詰めてくる。その動きに合わせてRHドライバーを重剣モードへと変更させ、そしてオリヴィエの一撃と正面からぶつけ合う。その瞬間にオリヴィエが動きを変え、素早く、コンパクトな動きでボディブローを叩き込んでくる。

 

『Jet step』

 

「なっ」

 

「うん―――」

 

 オリヴィエの一撃を回避しつつ、レイジングハートを振るう。上から断ち切るような動きで振り下ろす動きに反応し、最小の動きでオリヴィエが回避する。そのカウンターに放たれてくる拳をレイジングハートから手を離す事によって―――掴む。そのまま体を捻り、オリヴィエの体を回転させながら背負う様にオリヴィエを大地へと叩きつけ、そして手放したレイジングハートに放たせる。

 

「シュート」

 

 ビット、そしてレイジングハートが半自立モードで砲撃を放ち、大地へと叩きつけたオリヴィエへと砲撃と叩き込む。それを鎧で受け止めるオリヴィエは即座に体を復帰させ、バックステップを取りながら脅威から逃れる。軽く驚きの表情を浮かべるオリヴィエに対し、笑みを浮かべる。

 

「何を驚いてるのかな。私が今まで砲撃しかしないからもしかしてそれしかできないって勘違いさせちゃった? うん、だとしたらごめんね。べつにそこで死んでる元先輩程じゃないけど格闘も剣も槍も弓も投げも関節技も出来るよ? 教導官でストライカー級魔導師なのにその程度出来ない筈がないでしょ。他人やエースに教える以上最低でも”エース以上”はその分野において優秀である事を証明しなきゃいけないんだから―――一応実家の道場に通ったりもしたんだけど、まあ……」

 

 自分の横へと戻ってくるレイジングハートを握り、そして構える。

 

「―――心技体の内、心が乱れまくっているその状態だと私一人でも行けるかな」

 

 心は技と体を繋ぐ重要な部分だ。イストは自殺によってそれを完全に砕いている。それを狙っての自殺なのであれば―――大成功、オリヴィエの今の動きであれば十分自分が捉える事の出来る範疇だ。

 

「ならばそれが所詮幻想である事証明しましょう。そして―――」

 

 その言葉が続く前にオリヴィエも自分も前に出る。やる事は変わらない。

 

 ただ、

 

 ―――今のうちに勝負つけられなきゃ無理だね、これ。

 

 弱点を突いたとしても―――勝利は遠い。




 なおイスト本人はここまで有効になるとは思いもしなかった模様。あとなのは様は実に優秀な教導官という感じですな。人に教える以上最低限それを知っていなきゃいけない、という事で。ただプロフェッショナルには敵わない、って感じかの。多分砲戦の教官なんじゃないかな、専門は。

 ともあれ、イストさんに第二心臓はあるのだろうか


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ブレイク・イット

 接近と同時にレイジングハートを振るう。オリヴィエの動きは確かに速く、捉え辛く、此方の死角を常に取ろうとして動いてきている。これを相手に常に正面に捉えて殴り合いをしていたと思うと改めてイストの近接戦におけるセンスのズバ抜けた良さを理解する。ただ今のオリヴィエは先ほど闘った時よりも一段階レベルが下がっている。訓練の相手だった兄よりも遥かに鋭く、そして本当に人間かどうか疑わしい相手だが―――それでもまだ戦える。そう、今の動きに、オリヴィエの動きをずっと見て来たからこそ視線で、動きで、全てでオリヴィエの動きに追いつく事が出来る。あとは自分がどれだけ自分自身のポテンシャルを引き出せるかの問題だ。故に問題ないと断言する。良く見てみろ。あの先輩が、イスト・バサラが出来たのだぞ? 死んでまで繋げたのだぞ? 自分という後輩に。

 

 ……なら、出来ないわけがないでしょ―――!!

 

「レイジングハート!」

 

『Nothing is impossible master』(不可能なんてありませんよ)

 

 何時も通り―――!

 

 回避する。オリヴィエの繰り出す鋭いショートジャブを横へ飛行魔法の応用で床を滑る様に回避する。その動きに合わせて体を捻り、回転しながらレイジングハートを重剣モードで叩きつける。それをオリヴィエは回避することなく聖王の鎧で受ける事を選択肢として防御する。見えない障壁とレイジングハートがぶつかり合い一瞬に拮抗が発生する。それによって弾かれるのは―――自分とオリヴィエの両方だった。オリヴィエのメンタルコンディションはやはり最悪で、そしてそれは聖王の鎧の出力の低下として如実に表れていた。オリヴィエに対してダメージが入る様子はない。だがそれでも、一方的ではなくオリヴィエも後退したという事実が今まで戦闘結果と合わせて―――確実な勝機として見えていた。

 

 オリヴィエが下がるのと同時に砲撃モードへとレイジングハートを切り替え、そしてハイペリオンスマッシャーを三連射する。八つの砲口全てから、全方位から打ち込まれるオリヴィエは鎧で受け止めつつも、今までにはないよろめきを見せる。その瞬間に魔力を込め、一撃を強化してから四射目をオリヴィエへと叩き込む。

 

「ピアシング・デストラクター!」

 

 周辺を破壊しつつ貫通力に特化した砲撃を叩き込む。それが聖王の鎧に対してはどれだけ有効かは解らないが―――今の状態では完全なノーダメージとは行かないだろう。そう思考し、レイジングハートを重剣モードへと変形させる。次の瞬間にはオリヴィエの姿が眼前にあり、防御に成功するのは予めその動作を予測してからにすぎない。

 

 それでも、

 

「覇王断空拳」

 

「ぐっ―――!」

 

 衝撃がレイジングハートを貫通して体に届く。これは先ほどまでイストが対聖王に放っていた鎧貫きの奥義だ。魔法無しにこういう事をやってのけるから兄やイスト等の武術に傾向している連中は人外だと思う―――まあ、自分が言えた義理ではないが。

 

「はぁ―――!」

 

「ふぅ……!」

 

 息を吐き出してレイジングハート越しに繰り出される二撃目に歯を食いしばって耐える。ただそれでも威力は凄まじく、身体に響く様な衝撃を受ける。防御力に関しては割と自信があったものだが―――バリアジャケットやプロテクションなんて聖王の前には無意味だった。必要とされるのは素の防御力。こういう状況で改めて前衛で盾をやってくれる人間のありがたみが解る。が、とりあえずは、

 

「ヴィヴィオちゃんちょっとお母さんを舐めすぎかな!」

 

 レイジングハートを振り上げるのと同時に拳を叩き込まれる。だがそれによって発生するオリヴィエの一撃によるダメージや痛みなどを全て無視し、レイジングハートを振り下ろす。それはもちろん聖王の鎧によって防がれるが―――それを無視し、叫び声を上げる。

 

「おおおぉぉぉ―――!!」

 

『Cartridge load』

 

 カートリッジをマガジン単位で消費しつつ、レイジングハートは推進力として魔力を、砲撃を吐き出す。

 

「ッ!?」

 

 オリヴィエが素早く防御の為に頭上で腕を交差させる。上から押しつぶす様に放たれたレイジングハートの振り降ろしを聖王の鎧と共々合わせて防御に入るが―――それでも鎧やオリヴィエの前にゆりかごの床が悲鳴を上げる。オリヴィエの足場が一気に砕け、そしてその身が床へと沈む。その瞬間を狙って後ろへとバックステップを取りながらレイジングハートを砲撃モードへと変化させる。オリヴィエの復帰も素早く、前へと出てくる。その動きを縛る様にビットとビットの間にチェーンバインドを発生させ、オリヴィエの前を封鎖する。

 

「邪魔です!」

 

「うん、それでいい」

 

 バインドをものともせず突き進んでくるオリヴィエの姿をとらえる。その姿を縛る事なんてできない。始めからわかりきっていた事だ―――だが、その進撃を遅らせることはできる。そして一秒ではなくとも、半瞬その動きを鈍らせることができれば、イストの成果と合わせてそれは自分にとって十分すぎる結果となる。

 

「別に、イレイザー系の技を使えるのはイストだけじゃないよ!」

 

 オリヴィエの接近と同時に手加減なしのイレイザー―――消滅系魔法を放つ。触れた者は分解し、そして消滅する殺傷力における最高の魔法。それを砲撃としてオリヴィエへと向けて放つ。それを自分へと向けて放たれたとオリヴィエは理解しながらも―――正面から打撃した。

 

「むしろそちらの方が対処し慣れていますよ」

 

 ”ただの”イレイザー系魔法では聖王に届かない。砲撃を殴り壊しながら接近したオリヴィエの存在がそれを伝える。そして次のアクションには砲撃を放ったために僅かなラグが出る―――それはこの戦いにおいてはあまりにも致命的過ぎる。レイジングハートの急速冷却とモード変更を完了する前にオリヴィエが拳を此方の体へと叩き込んでくる。バリアジャケットもプロテクションをも貫通する聖王の一撃―――それをまともに受けたのはこれが初めてだ。

 

「これを―――」

 

 何度も受け止めていたとかアホなんじゃないかな。

 

 シグナム達も割と丈夫にできているんだなぁ、と思いつつ一気に吹き飛ばされる。そのまま体は一気にホールの終わりまで吹き飛ばされ、背後から壁に激突する。たった一撃腹に受けただけというのに、口から血を吐きだし、そして今にも意識を失いそうなほどに痛みを感じていた。まるで全身を同時に殴られたかのような痛みだった。殴られたら死ぬ、という言葉の意味がようやく分かった。今のオリヴィエが本調子じゃない為この程度で済んだが、本調子であれば間違いなくノックアウトされていた。

 

「殴られずに一方的に叩け、か。ちょっとってか、結構辛いかなぁ……」

 

 めり込んだ壁から自分の体を引きはがす。ぱらぱらと砕けた壁の破片が自分の身と共に壁から離れ、床へと落ちる。横へ視線を向けて口の中に溜まった血を吐きだしてから散開していたビットを集め、自分の周りに浮かべる。結局、自分ができることは砲撃だ。それが一番得意であり、教導隊で教官をする時も砲撃戦の仕方とかを良く教えるし……うむ、だからこれで勝負するしかないんだろうな、と思考し。

 

「チャージ」

 

『Standy by ready』

 

「フルドライブモード・イレイザーモード」

 

『Fulldrive』

 

 レイジングハートからありとあらゆるリミッターが外され、そして魔力を一気に吸い上げ始める。イレイザーという魔法の種別が圧倒的に殺傷能力に、そして破壊力に優れているのは事実であり、覆せない事だ。先ほどそれが防がれたのは―――ただ単に威力とタメが少なすぎただけの話だ。つまり究極的に頭の悪い方法で対応すればいい―――即ちもっとタメて、もっと威力を上げればいい。というかそれ以外の攻略法が自分には存在しない。正面に巨大な収束魔力球を生み出せば、その向こう側、数百メートル先にオリヴィエが立つのが見える。

 

「それが奥の手ですか―――いいでしょう、つまりそれを乗り越えれば私の勝ちですね。……覚悟はできましたか?」

 

「それはこっちの言葉だよヴィヴィオ―――今から体の中の悪いもん全部ぶっ飛ばすからね……!」

 

 チャージが完了するのと全咆哮をオリヴィエへと向ける。オリヴィエはその瞬間に強く大地を踏みしめる。一息の呼吸をするのと同時に、収束した魔力全てを圧縮し、閃光として吐き出す。

 

「ヴァニシング・レイ……!」

 

「殲撃」

 

 二つの消滅系の魔法がぶつかり合う。が、質量として遥かに強大な砲撃が一瞬でオリヴィエのそれを飲み込む。そこにヒットした手ごたえはあるが―――しかし、目的の物を消し飛ばしたという感覚は存在し無かった。即ち聖王核と聖王の鎧。勝利の為にはそれを吹き飛ばす事が何より重要だった。それこそが今の聖王の力の源であり、そしてそれを支える物だ。何よりも、

 

 調子を取り戻してきている……!

 

 オリヴィエは動きながらドンドン調子を取り戻していた。少しずつだが動きがもっと”確か”になっていた。無理やり心を落ち着かせたのかもしれない。だとすれば完全に自己を取り戻す前にオリヴィエを一気に沈める必要がある。故に遠慮なく本気の一撃を叩き込む。

 

 だが、ヴァニシング・レイがその中からはじけ飛ぶ。そこに軽い傷を負ったオリヴィエの姿が見える。だが砲撃は続いている。その反動から自分を後ろへと押し出すほどの威力だ。だがそれでも―――オリヴィエは再び砲撃を弾き、消し飛ばしてから前進し、再び飲み込まれた。反射的にヤバイと判断する。今出せているのは状況が許す限りの最高の一撃だ。欲を言えばもっとチャージに時間が欲しかったところだが、

 

『Cartridge load』

 

 カシャン、と音を立てながらレイジングハートがマガジンを放出する。一気に砲撃の威力が上がる。それでもオリヴィエの前進は止まらない。数年前の対イング戦も似たような感じだったことを思い出すとベルカには対砲撃戦を格闘で教えているのだろうか。―――そんなくだらないことを考えてしまうぐらいにはオリヴィエの進撃は止まらず、そして確実に距離を詰めていた。どうす……逃げるか、それとも―――。

 

「―――ブラスター1! ブラスター2! ブラスター3!」

 

 リンカーコアを削る勢いで魔力を引き出す。それと同時にゆりかごがその内部からごっそりとその構造を消滅させられる。凄まじい魔力の奔流は一気にオリヴィエをその鎧ごと飲み込んでそしてその外装を消し飛ばしにかかる。現状出せる最高の一撃。それを、

 

「ブラスターモード習得―――ブラスター3までフルドライブ……!」

 

「嘘…………!」

 

 巨大な魔力の塊が消滅しながら高速で砲撃の中を突き破って進んでくる。砲撃を中断し即座に回避すべきなのだろうが、強大過ぎる一撃の反動から体は砲撃の体勢から動かない。来る、そう確信した瞬間には額から血を流したオリヴィエがヴァニシング・レイを突き抜けて参上する。腕を振り上げ、全身から虹色の魔力を垂れ流しながら力を腕に込めるのが見え、

 

「守って!」

 

「はぁぁあああ―――!!」

 

 ビットを盾にする為に動かす。だがそれをオリヴィエは殴らず、噛み砕く事で妨害を突破する。そしてそのまま、握った拳を振り下ろした。頭上から繰り出された拳によって息を吐き出しながら床へと叩きつけられる。その反動で体が床から僅かに跳ねあがる。その瞬間を狙い、オリヴィエの蹴りが繰り出される。素早く右腕だけでも蹴りと体の間に潜りこませる。

 

 しかし、

 

 めきっ、と嫌な音を立てながら体は衝撃を受けきって吹き飛ぶ。

 

「かぁ、あ、はぁっ、ぐあぁ……」

 

 転がりながら血を吐きながら、息を求めて荒く呼吸する。床に這いつくばりながら視線を持ち上げれば軽傷のオリヴィエが軽く息を整えながら此方を見下ろす姿があった。動かなくてはいけない。それを理解するが、それでも体はそれに従わない。

 

 ……ダメージが……。

 

 食らいすぎた。元々一発目で体にガタは来ていた。その上ブラスター3まで発動させたのだから体が動けないのは当たり前の話だ。―――だからこそそれを突破し、そして尚且つ受けきってもまだ軽傷で済んでいるオリヴィエの実力が凄まじ過ぎる。見たものを瞬時に覚え、活用し、応用し、そして使いこなす。

 

「ヴィヴィオを助けなきゃいけないのに、倒れていられるか……!」

 

 だからどうした、という話だ。

 

 意志がある限りは戦える。全身が悲鳴を上げて戦いを止める事を懇願している。右腕は完全に折れて変な方向にぶらりと下がっている。だけどそれがどうした。チェーンバインドで腕の形は無理やり整え、そして魔力で操作すればいい。痛みは根性で無視できる。魔力だってAMFを無効化するレイジングハートドライバーのおかげでまだまだ行ける。リンカーコアがこの後どうなるかを考えなければブラスターモードも使える。

 

「えぇ、立つでしょうね、貴女なら―――ですから油断することなく慢心することなく、本気で終わらせます」

 

 それでもオリヴィエは虚飾無く、本気で襲い掛かってくる。拳を振り上げ、最速の一撃を叩き込んでくる。体はそれに反応する事が出来ずに、ゆっくりとレイジングハートを構える事しかできず。

 

 目の前の光景に笑みを浮かべる事しかできない。

 

「―――遅いよ」

 

 オリヴィエが踏み込み、そして拳を叩きつける瞬間、言葉が返ってくる。

 

「―――”王殺”、ベオウルフ!」

 

「ッ!? しま―――」

 

 言葉が響いた瞬間にはすべてが遅すぎた。パリン、と音が響くのと同時に聖王の鎧は完全に砕け散る。聖王を守る最強の鎧は完全にその為だけに生み出された覇王の拳と、そして必滅の拳の合わせ技によって滅びる。その異常事態に驚きを浮かべるオリヴィエに、レイジングハートは向けられている。

 

「悪い子はオシオキだよ」

 

 砲撃がオリヴィエへと叩き込まれる。鎧の存在しない生身のオリヴィエへと。桜色の一撃が一気にオリヴィエを拭き飛ばし、そしてホールの向こう側へとその姿を吹き飛ばす。

 

 そんな空間の中で、銀髪の男が頭の後ろを掻きながら現れる。

 

「流石に即死するのは初経験だったからちょいと時間がかかったわ」

 

 まるでなんて事もない風に彼は言う。相変わらずだなぁ、とも思う。

 

「時間かけすぎ。おかげで本当に死んじゃったかと思ったよ」

 

「悪いな、ヒーローは遅れて登場するもんだ」

 

「じゃあヒーローってのはタチの悪い芸人みたいなもんなんだね、何時もタイミング計ってるんだから」

 

「違いねぇ」

 

 左目と開いていたはずの胸の穴を完全に取り戻し、イスト・バサラが立っていた。不敵な笑みを浮かべ、そして左右で違う瞳の大きさの目をオリヴィエへと真直ぐ向けていた。

 

「―――さて、ファイナルラウンドのお時間だオリヴィエちゃん、今度はお前が頑張る番だぜ」

 

 改めて思う―――この元先輩は馬鹿だ、と。




 ベルカ人にリレイズは標準装備です。なので蘇るのは基本です。テストにでますよ。


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ブレイキング・ヴェロシティ

「よぉ、オリヴィエちゃん、不満そうな顔だな。俺が蘇った事がそんなにショッキングだったか? ん?」

 

「……貴方は―――」

 

 何故生きている、そう言葉を紡ごうとして痛みに顔をしかめる。ここまでまともにダメージが入った事も、聖王の鎧が突破された事も自分の死の時以来の話だ。吹き飛ばされ、這いつくばる姿勢から体を持ち上げる。自動回復魔法によって体は常に再生回復を行っている。故にまだ軽傷のこの身は少しずつだが良くなってきている。ダメージを感じる限り自分の体はまだ戦闘をフルで続行可能だ。魔力もまだまだ底へと到達する事はありえない。だから自分に関しては問題はない。ただ問題は別の所だ。何故、何故イストは蘇った。なのはが脈を確認したように、自分も心音を確かめた。その結果イストは死んでいると断定したはずなのだ。なのに、イストは目も、そして心臓も持って帰ってきている。そんな魔法、自分ですら聞いたことがない。

 

 故に観察する。真直ぐイストを見る。その銀髪の髪と、そして黒いバリアジャケットを。クラウスのバリアジャケットに少々アレンジを加え、ユニゾンの影響か黒く染まっているバリアジャケット。その両目は赤く染まっているが左右で若干瞳のサイズが異なり、胸が開いている部分の皮膚は若干色が違う。まさか、と思い相手の状態を看破する。イストの現在の状態は何の変哲もないファイナルユニゾン状態―――ユニゾンのフルドライブモードだ。だが、

 

「もしかして俺が蘇った秘密が知りたい? 超知りたい? 知りたいよな? 俺ってばこれ超秘密にして隠してたんだぜ。計算して計算して計算して計算しまくってようやく現実的に使えるってハンコ押してもらったからな」

 

「―――融合機の心臓ですか」

 

 

                           ◆

 

 

「おいおい、無けりゃあ持ってくる、それが基本だぜ俺達の」

 

 鉄腕を持ち上げて見せつけながらオリヴィエにそういう。そう、別段難しい事はしていない。ユニゾン状態からファイナルユニゾン状態へと移行、融合率を最大値にしてナルの心臓と目を使って蘇ったというだけの話だ。心臓を吹き飛ばし過ぎた結果即死して意識を完全に吹っ飛ばしてしまったところは予想外だったが―――それでも不可能ではない、というのは何百回も繰り返してきたシミュレーションの結果で理解している。故に確実な隙を生み出す為に利用した。自殺して自分を一旦オリヴィエの知覚外へと存在自体を追いやり、そしてそこから回避の出来ない必滅を叩き込む。

 

 そうやって、聖王の鎧を完全に破壊する。どう足掻いてもベオウルフを叩き込もうとすればそれがイレイザー系の発展版であるとオリヴィエは気づく。故にその効果を知られる前に接近し、そして確実に対処されずに叩き込む必要が存在した。……まあ、予想外に動揺されたが結果オーライだ。

 

「んでイスト、蘇った直後だけど戦える?」

 

「まるで生き返ったような気分だしイケルイケル」

 

「うん、なら問題ないね」

 

 バックステップでなのはが下がる。聖王の鎧が消えた今、なのはの砲撃はほとんど減衰させられずに砲撃をオリヴィエへと叩き込むことができるようになる。これでようやく最大火力を発揮する事が出来るようになるのだ、なのはは。今までの様に最大までチャージしてからぶっ放すような戦い方ではなく、高位力の砲撃を動きに合わせて打つことが可能となるだけで此方側の戦況は遥かに良くなる。

 

 が、

 

「イスト……」

 

「んだよオリヴィエ」

 

 オリヴィエは一瞬悩む様な表情を浮かべる。だからと言って彼女に対して救いの手は差し伸べないし、差し伸べられない。

 

 ―――オリヴィエ・ゼーゲブレヒトを救う事は誰にもできない。

 

 死人を救うことは絶対に不可能だ。

 

 だからオリヴィエが一瞬悩み、迷い、そして―――覚悟を決めた表情で此方を見る時、それを受け入れて迎える程度の事しか今を生きている人間には出来ない。結局の所そう、俺やオリヴィエは生きている時代が違うのだ。生きてきた時代が違うのだ。だから、オリヴィエに関してはもう、どうしようもない。彼女の苦悩を分け合ってくれるはずの唯一の男は―――もう、何百年も前に死んでしまったのだ。全く持って面倒だ。そんな男の代理でここに立っていると思うと実に憂鬱になるが―――まあ、悪くはないと思う。

 

 ……それは美人が相手だからか?

 

「イスト今ナル子さんに怒られたな」

 

「なぜわかったし」

 

 軽いコントにクスリ、とオリヴィエが笑い、そして少しだけ、ボロボロの姿で此方へと向かって手を差し伸ばしてくる。前に出してくるのは左手だ。此方の右手を求める様な動作で、今も昔も変わらない鉄腕を見せてくる。

 

「鉄腕王と母上よ、私に味方するのであれば世界の半分を貴方達に与えましょう」

 

 思わずその言葉に笑い声を零しそうになる。まだオリヴィエがヴィヴィオだった時に見たアニメのセリフだった、それは。ラスボスを倒しに来た主人公たちに対する言葉であり、懐柔しようとする言葉だった。だが結局―――主人公が納得して近づいたら不意打ちでラスボスを即死させるのがオチだったはず……いや、たぶんそうしろと言っている訳じゃない。たぶん。

 

 素直に自分が倒されるべき巨悪であると宣言しているだけではないのか。

 

 たぶんそれだ。

 

「今なら私がセットでつきますよ」

 

「……」

 

「おい、そこ揺らぐなよ。誤射で済まさないよ」

 

 背中にレイジングハートを向けられている気配があるので素直に両手を上げて降参のサインを見せてから―――それを振り下ろす。それと同時に拳を形作り、構える。全身と、そして両手に魔力、技術、そして魂の全てを込めて構える。それに呼応するかのようにオリヴィエも拳を構える。まあ、結局の所最初から返答は決まっているのだ。即ち、

 

「俺を勧誘したかったら世界全て寄越すんだな!」

 

「私も世界の一つや二つ欲しい」

 

「アニメで見る悪役以上に邪悪ですね」

 

 オリヴィエがそう言って笑うのと同時に、前に出る。最初の踏み込みで床を砕き、そして大振りで右手を振るう。もはや遠慮なんてしないし、最初から最後まで本気で、殺す気のみで戦う。今の自分の状態と相手の状態を正しく認識した場合、それが勝利の為の最低限のラインだ。故に振るう奥義は一撃必殺、元はただのイレイザー系の奥義だったのをこの六年間でさらに磨き、聖王の鎧さえも破壊する程に至った必滅の拳。

 

「ベオウルフ!」

 

「はぁ―――!!」

 

 ―――相殺!

 

 オリヴィエの左拳と、そして此方の右拳がぶつかり合って完全に必滅の拳が相殺される、それは紛れもなく自分が二十年近い時をかけて完成させた奥義―――ベオウルフだった。それをオリヴィエは寸分の狂いもなく、迷う事無く、そして完璧に模倣して放っていた。触れた者を即死させる拳と、そして即死させる必滅の拳がぶつかり合い、互いに食いあい、そして必滅が互いを潰し合って消える。自分が必死に編み出した奥義がこうやってあっさり使われている事に思わない事はない。だがそれよりも、正直な話―――興奮してきている。

 

「はは、はは―――」

 

 思わず笑い声を零す。自分と一心同体であるナルなら解るはずだ。いや、解らない筈がない。この愉快な気持ちを。どれだけ鍛えても、どれだけ頑張っても、それでもそれを上回る存在がある。一人じゃ勝てない者がいる。自分の苦労した全てを一瞬で飲み込んで己の物としてしまう怪物がいる―――それに挑める自分と、そして戦えているという事実。

 

「笑わずにはいられねぇよなぁ! は、はははは―――!!」

 

「ふ、ふふふ、そうですね」

 

 拳と拳を叩き合わせる。それもまた必滅の拳だ。いや、そもそも殺傷能力で言えばベオウルフがどの攻撃をも抑えて最強なのだ。だとすれば他の一撃を放つ必要なんて存在しない。そう、つまりこれから俺もオリヴィエも―――放つ拳は全てベオウルフ、必滅の拳となる。なんだこの状況はと笑うしかない。必滅の奥義がこんなにも容易く、連発される状況。普通に考えてまずありえない。だが、それは今、起きているのだ。

 

 もう、笑うしかない。

 

「おぉぉ―――!!」

 

 叫びながら拳を振るう。放った右拳は正面からオリヴィエの左拳によって叩きつけられ、その衝撃で壁を吹き飛ばしながらオリヴィエが後退する。それを引っ繰り返す為にオリヴィエが一歩前へと踏み込む。その一歩で床を粉々に粉砕し、下の階へと大穴を開けながらオリヴィエが左拳を振るう。それを此方もまた左拳を叩きつけて相殺する事によって必殺を封じる。落下と同時に体を互いに吹き飛ばし、穴の向こう側へと別れる様に退避すると、その瞬間に八つの砲撃がオリヴィエへと向けて放たれる。

 

「セイクリッドブレイザー!」

 

「インパクト・ブレイク!」

 

 なのはの砲撃を必滅を交えた砲撃拳でオリヴィエは相殺を計る―――が、それは命中する直前で爆発し、散弾となって一気にオリヴィエの体に襲い掛かる。セイクリッドブレイザーをなのはは空中でロールしながら回避しつつ、ビットからの砲撃でカバーする様に動く。それは此方に対して道を作る行為だ。故に動く。砕け散った床の破片がまだ下の階へと落ち切っていない。

 

 それを足場に一気にオリヴィエの元まで瞬発する、

 

「滅びろぉ―――!!」

 

「まだぁ……!」

 

 右拳と左拳が再び叩きつけられる。その衝撃でオリヴィエの体が後ろへと後退する。そう、純粋な筋力と体格であれば圧倒的に勝っているのはオリヴィエではなく、自分だ。そこにナルとファイナルユニゾンしているので二人分、と考えてもいい。その分野で圧倒的に勝っているのが己であれば、そこでごり押しするしかない。

 

「吹き飛べぇ!!」

 

「ぐっ」

 

 叩きつけられた拳を引っ込めず、そのまま力押しでオリヴィエの体を後ろへと押し飛ばす。聖王の鎧がある頃は不可能な事だったが、イングのリンカーコア、ナルの魔力、そして自分自身の魔力―――三人分の魔力で強化している肉体であれば十分にオリヴィエの強化された肉体に対して押し返せる。故に無理やり押し返す。押し飛ばすオリヴィエの体に対して無理やり接近し、カウンターで放たれる蹴りを無視する。そしてそのままベオウルフを放つ。それに対して同じ奥義を放つ以外に選択肢を持たない故にオリヴィエは迎撃に入る。そして再び、拳と拳がぶつかり合う。

 

「二度目はありません」

 

 だが拳がぶつかり合った瞬間に拳を引く事でオリヴィエがそのインパクトを殺し、そして素早く次の拳を放ってくる。力を込めて放った此方とは違って素早い動き。それは確実に此方の体へと吸い込まれそうになり―――届かない。

 

「必殺十二連射、っと!」

 

 横からなのはがオリヴィエを吹き飛ばす。その動作に対してオリヴィエは拳を叩き込む事で三射目までを相殺する。だがビットをガトリングの様に回転させながら、そして自身も砲撃を叩き込む暴風の様な砲撃の前にオリヴィエはその姿を保てず、吹き飛ぶ。壁へとぶつかり、貫通し―――そして再び外へとその身を投げ出される。

 

 その姿に追いつく。

 

「砕け散れ!」

 

「まだ砕け、ません!」

 

 空中で吹き飛ばされながらも体勢を整え直したオリヴィエが回転着地し、そして此方を迎え撃つ。飛び蹴りを同じく蹴りでガードし、そこから入る拳撃のラッシュを同じくラッシュで返し、互いに一撃を叩き込む様にして体を弾き飛ばし合う。ゆりかごの上に着地するのと同時に、着地したオリヴィエの足元が桜色に光る。なのはの砲撃であるそれを瞬時に察知したオリヴィエは予兆と同時に回避する。ゆりかごの船体に穴を開けながら、そこからなのはが現れ、合流してくる。華麗に着地しながら呼吸を整えるオリヴィエの姿を見て、軽く此方も呼吸を整える。

 

 ―――旗色が悪いぞ。

 

 理解している。聖王の鎧を砕いたことでオリヴィエを吹き飛ばす事も攻撃を叩き込む事も出来るようになった。間違いなくオリヴィエはダメージを受けている。それはかつてオリヴィエに戦いを挑んだ覇王でさえもできなかった事だ。

 

 ……いや、クラウスの名誉を守るために別にクラウスはあの頃まだ覇王とは呼ばれてなかったし。

 

 言い訳はいい。考えろ。

 

 嫁の辛辣な言葉に耐えつつも言葉を零す。

 

「さて……どうしたもんか」

 

 オリヴィエは間違いなくダメージを受けている―――だがなのはと自分の受けているダメージが大きい。そしてオリヴィエは徐々にだが回復もしている。自分もなのはも回復魔法を常時付けているが、それでもダメージレースの結果、オリヴィエの方がスタートが良かった分、有利だ。故にこのまま戦い続ければ先に倒れるのは自分となのはだ。どうしたもんか、と呟いたところで、

 

 ―――二つの影が飛来し、目の前で突き刺さった。




 即死パンチを即死パンチで即死させる即死合戦が開始されました。即死攻撃を持たない人間は危ないので白線の内側までお下がりください。必殺技だから、負荷が高いから、そんな理由で必殺技を連打しない理由はないのです。むしろ連打できる物なら連打すべきなのです。相手が死ぬまで連発するべきなのです。

 その結果がこれだよ。


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ラスト・デスティネイション

 目の前に突き刺さった二つの物体に対して笑みを浮かべ、その両方を蹴りあげる、そのうち一つをなのはへと投げ、そしてもう一つを左手で掴む。軽く回転させながら手の中で掴んだそれを振り回し、最後に一回トスしてから、それの姿を変えさせながらキャッチする。それは本来のサイズよりも小さ目、片手で振り回すには適切なダガー程の大きさへと変化し、そして左手で逆手に握られる。青い魔力刃を見せるそのデバイスは―――バルニフィカスだ。そしてレイジングハートと全く同じパーツを装備し、色以外には差異をほとんど見せない、なのはの手にあるのはルシフェリオンだ。レイジングハート同様ストライクカノン装備でルシフェリオンドライバー化しているそれと、そしてレイジングハートドライバーを両手に握り、なのはは笑みを浮かべ、

 

「やべぇ、二倍砲撃打てると思うとニヤけてくる」

 

「やべぇこいつ危険人物だ」

 

「頭の危なさ的にはどちらも変わりはしないものかと」

 

 オリヴィエの発言になのはと視線を合わせ、そして首をかしげる。こいつは一体何を言ってるんだ、と。ともあれ、なのはは二丁となったデバイスを両手で構え、そして俺もバルニフィカスを左逆手で前に出す様に、右手を若干引き気味にして拳を作る様に構える。ナルが本当は他のデバイスを使うことは許せないが今回は特例だと許してくれるので存分にバルニフィカスを酷使する事が出来る。

 

「まだ……向かって来るんですよね。眼下の光景を見てください」

 

 構えつつも視線を素早くゆりかごの周りの光景へと向ければ―――地上を大量のガジェットが覆い尽くしていた。こいつらの生産を止める意味でも割と派手にゆりかご内を破壊して戦っていたのだが、それでも止める事は不可能だったらしい。圧倒的物量でガジェットの新型がステルス能力等を発揮し、管理局側を圧倒していた。その光景の中で、ひときわ強く輝いているのは―――殲滅魔法を放っているディアーチェを含めるストライカー級魔導師達の姿だ。もはや温存できる状況ではない、という事だろう。どんなに質が高くても量には、疲労の概念が存在する限りは勝てない―――まあ、聖王にその法則は通じないのだが。

 

「最後に一度だけ―――諦めるなら助けますよ?」

 

「冗談!」

 

「ヴィヴィオに戻ったら正しいギャグを教えるからね!」

 

 レヴィから再び雷の魔力変換資質を借り、全身に雷光を纏いながら一気に加速する。体に纏う雷光に神経信号を混ぜる事で反応速度を異常値にまで引き上げる。そのまま滑る様にオリヴィエの懐へと潜りこみ、左手のバルニフィカス・ダガーを握った拳をオリヴィエへと向けて放つ。演算処理するデバイスがもう一機増えた事により魔力の使用効率が遥かに上昇する。それによって、

 

「吹き飛べ! 滅べ! 消し飛べ! 過去は過去へ―――現在は俺達のものだ」

 

 ベオウルフを乱発する。リミッターを、反動を全く気にしない速度、力で放つ必殺の拳はその余波に触れるだけで一気に周りを消し飛ばす。それに対してオリヴィエは正面から拳を同じレベルの破壊力で叩きつける事で相殺しつつコンビネーションを密に高める。此方の全力に対して速度を叩き込んでくる。それでこちらの強引な動きに対し―――圧倒を選ぶ。

 

「えぇ、終わっているのでしょう、私は―――それでも一人の女として願いぐらいはあったものなんですよ」

 

「じゃあ来世で叶えよう」

 

 なのはがそんな発言をするのと同時に砲撃でゆりかごの甲板が薙ぎ払われる。それをオリヴィエが跳躍と同時に回避すれば、もう一個の砲塔―――ルシフェリオンの砲口から同出力の砲撃が縦に、吐き出されながら叩きつけるように振るわれる。避けた所へ放たれたそれを回避する術はオリヴィエにはなく、砲撃に飲み込まれるように叩きつけられて一気にゆりかごの中へと叩き込まれる。その姿をすぐさま追いかける。落下するオリヴィエへと向かって縦に回転しつつ踵落としを繰り出すが、それをオリヴィエは落下しながら体を捻り、回避する。素早く飛行魔法で足場を生み出す瞬間にはオリヴィエが背後に存在する。

 

「取ったッ!」

 

「しま―――」

 

 気づいた瞬間には首にロック、そして両手を足で抑え込まれ、そして飛行魔法に対してインタラプトされていた。強制的に逆さまに落ちて行く体に対して、大地に叩きつけられる瞬間も放さず、オリヴィエは意識の締め落としにかかる。下半身の力だけで体を持ち上げ、雷撃を全身から放出し、後ろのオリヴィエを壁へと叩きつける。だがそれでもオリヴィエの拘束は強くなるばかりで離れはしない。

 

 ―――ならば!

 

 背中を向ける。

 

「お母さんまだ過激なボディタッチは早いと思うんだ!」

 

 ビットを全て放棄し、持てる魔力を二つのデバイスへと叩き込んだなのはの砲撃が俺ごとオリヴィエを吹き飛ばす。その衝撃で剥がれるオリヴィエに対して即座に迎撃に入る。バルニフィカスの刀身を瞬間的に伸ばし、蹴りを繰り出し、それをオリヴィエにガードさせてから振るう。

 

「雷光三段剣……!」

 

 放たれた雷光の斬撃が転移魔法によって三つに分裂し、同時に三方向から襲い掛かる。それを斬撃を放つ瞬間に見切ったオリヴィエが肘と右拳、そして蹴りで砕き同時に破壊する。恐ろしいほどまでの対応力と成長力。手札をチマチマ晒しているのであれば一瞬で超えられてしまう。故に放つのは全力でしかない。

 

「覇王断空剣!」

 

 回転しながらオリヴィエの頭上から刃を落とす。バックステップで回避するオリヴィエの動きは既に察知している―――故に外れた攻撃はゆりかごの床を抉り、そして巨大な斬撃となって走りながらオリヴィエへと襲い掛かる。それを砕く瞬間にはなのはの二丁の砲口から砲撃が放たれる。もはや逃れられる空間を残さない程の巨大な砲撃となった一撃は一瞬でオリヴィエを飲み込み、そしてその背後の空間全てを砲撃で埋め尽くして消し飛ばす。

 

 その程度で安心できるはずがない。

 

「はぁぁあああああ―――!!」

 

 横の壁を突き抜けてオリヴィエの姿が出現する。何時の間に、そう思った瞬間にはオリヴィエの拳が放たれている。それに対応する様にベオウルフを放つ。同じく必滅の拳を放っていたオリヴィエとその拳を相殺し合い―――相手の刹那に蹴りを潜りこませる。

 

「なっ」

 

「は、はははは、はっはぁ―――!!」

 

 オリヴィエを蹴り飛ばす。全力で放つ反動を考えない一撃は一瞬で筋肉の断裂を引き起こす―――だがその部分をナルのものと置き換える事によってそのダメージそのものを無かったことにする。

 

「ナル、ひたすら未来を眺め続けろ!」

 

 ―――任せろ。

 

 ナルが魔法の補助を全てカットし、たった一つの事に全ての演算力を回し始める。身体強化の出力が一時的に落ちるが、それをバルニフィカスが補助する。蹴り飛ばされたオリヴィエが拳を繰り出してなのはの砲撃を相殺するのと同時に、オリヴィエへと接近する。そして接近するのと同時に未来のオリヴィエの動きが見え始める。次に繰り出すのは此方の攻撃に合わせた迎撃のカウンター、故にその動きに合わせ、カウンターが入りにくいオリヴィエの左側面へと潜りこみ、ベオウルフを叩き込む。

 

「くっ」

 

 それをオリヴィエは間一髪で相殺し、防ぐ。だがそれは次の動きに対する隙を生み出す行為だ。故にナルが演算し、そして見せてくる未来の光景に合わせてオリヴィエの動きを先回りして殴り飛ばす。一気に数百メートル吹き飛ぶその姿へとなのはの追撃の砲撃が叩き込まれる。

 

「流れが来てるな……!」

 

「押し込むよ」

 

「―――させません」

 

 砲撃を裂いてオリヴィエが復活する。先ほどまでよりも遥かにぼろぼろで、頬に切れ込みを見せる姿でオリヴィエは動く。その動きは見えた、そして見える。故に正面から迫ってくるオリヴィエに対して正面から相対する。それこそが己の役割であり役目なのだから。正面からオリヴィエの動きに合わせて拳を振るう。予測通りにオリヴィエは動き―――しかしその拳を完全に”後だし”で相殺した。

 

「未来予測程度だったら私にもできますよ……!」

 

 相殺した拳に対してオリヴィエは手を広げて、それを掴み、そして逆の手で殴りかかってくる。それに対してバルニフィカスで切りかかる。だが自分よりも早く動くオリヴィエはその攻撃を掃い、そして逆に此方の胸に一撃を叩き込んでくる。鋭い貫通の一撃が一気に意識を奪おうとするが―――それをナルが無理やり繋ぎ止める。踏ん張り、視線を持ち上げ、血を吐き捨てながら再び拳を叩き込もうとし、

 

「私には追い付けません」

 

 殴り飛ばされた。明らかに初動は此方の方が早かったのに、それでもそれを上回る様にオリヴィエは此方を殴り飛ばしてきた。クソ、と言葉を吐き捨てる瞬間になのはが砲撃を放つ。それは再び逃げ場のない壁となってオリヴィエを飲み込もうとする。こればかりはもうどうしようもない物であった。

 

 筈なのに。

 

「見切りました」

 

 オリヴィエは砲撃有効範囲から内側へと潜りこむことによってそれを回避していた。まずありえない事態だった。それを驚愕として表情に出さないようにしながら、床を蹴り、瞬発する。全身に纏う雷光をバルニフィカスへと溜め込み、それで一閃を放つ。それをオリヴィエが軽々と飛び越え、そして空中で回転しながら踵落としを繰り出してくる。それを今度は俺が両腕を交差する事で防御しつつ、一瞬耐えればなのはが砲撃してくる。素早く回避動作に入るオリヴィエの動きは予測されていたものだ。そこに合わせるように攻撃を叩き込もうとし―――腹に一撃を叩き込まれ、身体がくの字に曲がる。

 

「がっ―――」

 

「未来ではなく今の私を見てくれないと拗ねちゃいますよ?」

 

 瞬間的にナルが処理を中断し身体強化に処理を回す。そのおかげでオリヴィエの一撃はある程度耐えられるが、それでも意識がヤバくなってきている事実に変化はない。体へと叩き込まれた拳に歯を食いしばって耐え、右腕でオリヴィエを掴み、そしてバルニフィカスと左腕でオリヴィエを殴り飛ばす。軽く吹き飛び、しかし空中で回転して体制を整え直すオリヴィエを見て息を吐く。

 

「はぁー……はぁー……」

 

 少し、辛い。いや、嘘だ。実はかなり辛い。それも泣きそうなレベルで。ラスボスといっても許される強さのレベルってものがあるだろう、これは。

 

「イスト」

 

「心配すんな、メイン盾は砕けないもんさ」

 

 少なくとも戦闘終了まで体は絶対に持たせる。意識を失っても自動で動く様に魔法をセットしている―――最悪死んでも魔力が残り続けている限りは体が勝手に動くようにはなっている。これも全部ゾンビって呼んだ馬鹿が悪い。ガチで採用するハメになるとは思いもしなかった。ともあれ、

 

「体が鈍いな……!」

 

 構え直しながらそう呟く。俺だけの話ではない。なのはの動きも若干鈍っている。まるでオリヴィエが時間を歪め、此方の動きをゆっくりにしている様に、そういう感覚があった。だが時間を操る魔法なんて聞いたことがない。レアスキルの類としては存在していてもおかしくはないが……自分の記憶の中にはオリヴィエが一度としてもそういう類の能力を相手にしたことも見た事がある様な記憶も存在しない。ともなれば―――また別の手段なのかもしれない。

 

「なのは、魔力はどうだ」

 

「ブラスターモードで無理やり吐き出しているからまだまだ余裕あるよ。イストの方こそ体の調子はどう」

 

「殴って殴られる不死身のメイン盾ってのが売りなんでね、まだまだ余裕ってやつよ」

 

 ―――強がり。

 

 今日のナルは大分キツイなぁ、と思いつつ自分の状況を正しく認識する―――そこまでよくはない、と。オリヴィエの攻撃を受け過ぎている。常に回復は行ってはいるし、バルニフィカスが来た事で防御力を集中的に上げている。だがオリヴィエは戦えば戦う程、時間をかければかける程に段々と技が磨かれ、ただの模倣ではなく己の動きとして習得したものを覚えている。これ以上あまり時間はかけられない。

 

 どうにかして俺が道を切り開き、そしてなのはの砲撃をノーガードで叩き込ませる必要がある。

 

 ……奥の手が使えるのは人生で一度キリのみ、か。

 

 故に目標はなのはに全力の一撃を叩き込ませ、それで聖王核を破壊させる事。それが成せればオリヴィエの人格以外の問題は大体解決できる。今が本番、そしてここからが勝負どころだな、そう判断して呼吸したところで気づく。

 

 自分が白い息を吐き出している事に。

 

 オリヴィエから視線を外すことなく、軽く外気の温度を調べれば―――それが自身の予想していたよりも遥かに低温である事に気づかされる。バリアジャケットの自動温度調整機能によって気づかなかったが、これは動きを止められていたのではなく、動きを―――凍らされていたのだ。

 

「器用な事をしやがる……なのは、ちょっとぶちかますから構えておけよ……!」

 

「失敗したら誤射るからね!」

 

「おい、やめろ」

 

 後輩の恐ろしい発言に対して苦笑を浮かべながらも、これだったらまだ対応方法がある。

 

 雷光が消滅し、代わりに炎を纏う。

 

 即ち、

 

「―――トリニティI、借りるぜシュテル」

 

『炎熱変換資質を取得する』

 

 炎を、熱を纏って自分の周りの冷気を相殺する。炎の刀身となったバルニフィカスと、そして右拳を構え、バリアジャケットの上着部分を消す。そろそろこれも邪魔になって来たし―――あと一撃まともに食らえばどう足掻いても耐えられそうにはない。だったらバリアジャケットがあっても無くても一緒だ。

 

 そして思考する。

 

 ―――そろそろ決着だな。

 

 この戦いももうすぐ終わるだろうな、と。




 ラスボス戦では一番強い技を連打するのが基本です。バフとエリクサを用意するのも忘れないように。

 戦えば戦う程絶望感が増すなぁ、もう7話もせいおー戦やってるよ

 そして何時の間にか200話達成だなぁ……


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ファイナリィ

「燃えてきたぁ……!」

 

「物理的にね!」

 

 うるせぇ、と叫んでおきながら前へと踏み出す。冷気によって制限されるはずだった体はシュテルの炎熱変換資質を借りうける事によって自身の魔力を熱へと変換し、それを体の各所に炎を纏わせることで解決する。ブレイズシフトさせたバルニフィカスを左で逆手に握りしめつつ、再びオリヴィエへと向かって接近する。

 

「ッ―――!」

 

「はぁ……!」

 

 跳躍と共に一気に前進し、左拳を叩きつける。必滅の拳と炎を同時にオリヴィエへと叩きつける。反射的にそれを避けるか相殺するしかできないオリヴィエは最小の被害で済ます為に回避を選択し、横へズレる。だがその動きは当たり前にすぎる。空ぶった拳の隙を突いて攻撃を叩き込もうとするオリヴィエに対し―――遅れてやってくる炎がその身を焼く。オリヴィエが息をのんだ瞬間には反応が遅い。これもまた学習されてしまうのだろうと理解しつつも横へと避け、そして怯んだオリヴィエの体を蹴り飛ばす。足から来る感覚でオリヴィエがそれをガードしたのは理解している。故に即座に追撃の為に体を動かす。だがそれよりも早く、

 

「白く染まりなさい―――」

 

 猛吹雪が吹き荒れる。一瞬で空間が吹雪によって満たされ、そして視界が白に閉ざされる。オリヴィエの姿が、そして気配がゆりかご内で発生した吹雪によって紛れ、捉えられなくなる。故にこの吹雪の排除は先決だ。左腕、そしてバルニフィカスの炎を一気に最大出力へと持って行き、それを全力で床へと叩きつける。

 

「覇王炎裂震!」

 

 空間を震動させる拳に炎が合わさり、空間へと炎が染み渡る。それと衝撃を合わせ一気に吹雪はその内側からはじけ飛ぶ。空間を満たしていた吹雪を半分ほど消し飛ばすのと同時に、桜色の光が吹雪をもう半分吹き飛ばす。そうした完全にクリアになる空間の中で、自分となのはが存在するホールにオリヴィエの姿がない事を確認する。軽く辺りを見回すがやはり彼女の姿は見かけない。なのはと視線を合わせれば頷きが返ってくる。軽いステップでなのはの前へと着地し、そしてなのはと背中合わせで警戒する。誰よりも戦っている自分となのはが知っている。オリヴィエが決して逃げの手を打つような存在ではないと。逃げて体勢を整える様な存在でもないと。勝負、そう決めたら勝利するその瞬間まで手を緩める事無く戦い続ける存在であると。

 

「イスト」

 

「あん?」

 

「ぶっちゃけ本音の所どうなの? ―――いけるの? 私がこうやって話に乗ってあげてるのは馬鹿な元先輩がただの殺人者じゃなくてちゃんと頭で考えている馬鹿だって信じているからだよ? ヴィヴィオじゃなくてオリヴィエを殺すって宣言している辺りにあの子じゃなくて”中身”だけを殺すってニュアンスを受け取っているし。だから先輩、どうなのそこらへん」

 

 変わらないよ、となのはに応える。

 

「俺は確実に決める自信はある。ただ結局はお前もお前の仕事をしなきゃどうにもならん話だよ。聖王核がどこにあるかはイングが殴り合いながらも確かめてくれたし、おかげで鎧も砕けた。あとはオリヴィエと聖王核に完全な終焉を与えるだけさ。……まあ、ここら辺が一番難しいんだけど」

 

「ま、難しい程度ならどうとでもなるよ―――私達のコンビは不可能を可能にするからね」

 

 なのはがそういうのと同時にゆりかごそのものが鳴動する感覚と共に、巨大な魔力が急に出現する。否、それは違う。出現するのではなく”気付かされた”のだ。その瞬間まで空気に馴染む様に隠されていた魔力がその姿を現し―――強大な魔力が収束されているという事に気づかされる。その魔力の収束方法を身近に感じ、そして知っている者としてはオリヴィエが繰り出そうとしている魔法に対して冷や汗しか出てこない。つくづく”ヴィヴィオ”がなのはに影響を受けているものだなぁ、と納得し、だとしたらあのグラップルスタイルは一体誰のだろうな、とナルに言われたところで苦笑する。―――良く考えればなんでも出来たオリヴィエが別に格闘にこだわる必要なんてないのだ。

 

「イスト」

 

「うん?」

 

「10秒」

 

 レイジングハート、そしてルシフェリオンを同時に振るい、巨大な魔法陣を出現させるなのはがそういう。それと同時にホールの奥、そこにある壁を貫通しながら虹色の魔力が全てを飲み込む暴威として襲い掛かってくる。間違いなくオリヴィエが放ってきている魔法は一つ―――スターライト・ブレイカーだ。ただその規模はなのはを遥かに凌ぐ魔力によって収束以上に注ぎ込まれた魔力量が凄まじい奔流となって襲い掛かってくる凄まじい光景がある。それを前に、

 

「あいよ」

 

 右手をひらひらとなのはへと向けて振って、そして全力で一歩を踏み込む。今まで見てきたどの砲撃、どの魔法よりも巨大で強大なその一撃。悔しい事にだがそれはシュテルやなのは、ディアーチェが繰り出す最大魔法よりも明らかに質量、密度、そして巨大さにおいて勝っていた。

 

 ……ユーリはどうした。

 

 本気を見た事ないからなぁ……。

 

 床を踏み砕きながら全力の右ストレートを叩き込む。声にならない声が咆哮となって真正面から砲撃へと叩きつけられる。その衝撃が砲撃を貫通し、その中に必滅の力を通し―――その先端部分がはじけ飛んだ。とはいえ、それもたったの一メートルほどの部分のみだ。明らかに質量と密度が濃すぎる。いや、ある意味これが最善で最良のベオウルフに対する対処方法だ。圧倒的質量で消し飛ばせない量の攻撃を繰り出す。故にこのオリヴィエの攻撃は間違いなく効果的だ。ただ、

 

「一発で終わるわけがねぇだろォ―――!!」

 

 右の拳を叩き込んだ次の瞬間に左拳を炎と共に叩き込む。必滅と炎が砲撃の壁にぶち当たるのと同時に炸裂し、爆裂する。その炎が舞い散るのと同時にそれらは砲撃によってかき消され、そして吹き飛ばされる。だからと言ってここで動きは止められない。更に一歩踏み出しながら再び右での必滅を叩き込み、左と叩き込み―――連続で必滅を叩き込む。タメを作る時間が少なすぎる故にそれを最大の威力で放つだけの余裕がない。それでも、凌ぐだけであればこれでも十分だ。そう判断した途端、

 

 ―――体に何かが突き刺さる。

 

 それは一本のナイフだった。それが肩に突き刺さるだけ。ダメージとしてはほぼ皆無だと言っていい。だが今、全てのダメージに対して敏感になっているこの状況で、そんなものが突き刺されば、

 

「―――余所見注意ですよ」

 

「くっ……!」

 

 一気に砲撃に押し出される。それに対して反応が間に合ったのはただ単純に復帰が早かったという事と、運が良かったという事だけだ。そう、運が良かった―――この世で割と結構嫌いな事だ。運というやつほど信用できないものはない。……それに割と頼っている男が言うべき事ではないのかもしれない。

 

「あ、元先輩お疲れ様! 準備完了したから死んでいいよ」

 

「じゃあ死んでおく」

 

 吹き飛ばされた状態からナイフを抜いて、そしてとりあえず床に倒れておく。そのままの状態から視線を動かし、なのはの姿を見る。レイジングハートとルシフェリオン、それを掲げたなのははそれを縦に構えると―――二つを連結させ、一つの巨大な機械砲を生み出す。それを脇の下を通す様に抱えるなのはが魔法陣を縮小させ、それを機械砲のバレルに纏わせる。なのはと、そして俺が繰り出した拳打により拡散された魔力が収束され、そしてそれら全てを飲み込んだなのはが真直ぐに砲塔をオリヴィエのスターライト・ブレイカーへと向ける。

 

「魔導師になってから十年間……それは確かに戦乱を生きた聖王様と比べて短いかもしれないよ……だけどね、この十年間、収束という一点においては私、他の誰にも負けない努力はしてきたんだ。だからね、ヴィヴィオ。お母さんが教えてあげるよ―――収束砲撃でそこまで拡散させるのは甘いよ」

 

 なのはの砲撃が放たれる。名も知らないその砲撃は大きさで言えばスターライト・ブレイカーの四分の一以下の大きさしか存在しない何とも頼りない砲撃だった。だがそれは一目見れば解る。なのはが魔導師として活躍してきた十年の研鑽がその一撃には込められている。故に、それがオリヴィエの一撃を貫通する瞬間を目撃した事にはある種の驚きはなかった。当たり前、という感覚の方が強かった。

 

 オリヴィエはこれも見て覚えるだろうが―――使うことはないだろう。

 

 星光を貫通して、その向こう側からオリヴィエの姿が見える。十分に体は休めた。倒れた状態から一気にクラウチングスタート姿勢を持って行き、床を蹴った爆発を超すのと同時に一直線にオリヴィエの下へと向かう。既に迎撃の態勢に入っていたオリヴィエは接近と同時に放たれてくる拳を相殺する。だが数百メートルの加速によって得た衝撃をただの一撃で相殺し切れるわけもなく、拳撃と同時に繰り出される爆炎に身を焼かれながらオリヴィエは後ろへと軽く吹き飛ぶ。すぐさまにその姿に追いつく。

 

「燃えろバルニフィカス!」

 

「プラズマアーム!」

 

 炎の刀身と雷拳がぶつかり合い、そして互いの体が弾かれる。同じタイミングで壁へと着地するのと同時に、壁を蹴って加速して再び肉薄する。一撃を加え交差してから逆側の壁に着地し、そして空間を打撃する。打撃が空間へと浸透し、再び炎と共にオリヴィエを逃がさないように襲い掛かる。だがそれを見たオリヴィエは―――全く同じ動きで同じ一撃を、今度は氷を纏って放ってくる。炎と冷気がぶつかり合い、大量の蒸気が発生する。その中を桜色の閃光が一気に薙ぎ払う。

 

 それをオリヴィエは足場に宙を駆ける。

 

「うそぉ……」

 

「呆けてるんじゃ、ねぇ!」

 

 壁を蹴ってオリヴィエへと追いつく。その動きは戦い始めた頃よりも遥かに洗練されていた。理解する。彼女がどんどんと自分となのはの戦いを得て強化されている事に。いや、学習を通してではない。オリヴィエの動きは模倣からオリジナルへと少しずつだが確実に昇華されている。そしてそれはつまりオリヴィエが次のステージへと進むことを示している。覚えた技を融合させ、そして使用して来る事も結局はその一部に過ぎない。オリヴィエは今、確実に人の手の及ばないステージへと進み始めている。そしてそんな中で俺もなのはも明らかに限界を迎えつつある。流石、という言葉だけは吐きたくはない。勝たなくてはいけない。いや、勝ちたい。

 

 勝ちたいのだ。

 

 それでも―――込み上げてくるのは笑い声だった。

 

「は、ははは」

 

 それに続く様に、オリヴィエも軽く笑い声を零す。そうだ、そりゃあ楽しいはずだ。状況を抜きにすれば、真正面からの戦いで今、初めてオリヴィエはその存在を脅かされている。目の前で全力で戦っても砕け散らない存在がいる。全力を尽くしてもまだ倒れない相手がいる。生まれた時から頂点に立つ存在としてこれ以上愉快な事があるだろうか。

 

 だけども、全てに等しく終わりは存在する。

 

「ベオ、ウルフ……!」

 

「それはもう通じません!」

 

 馬鹿の一つ覚え。必滅の拳に対して必滅の拳を叩き込まれる。オリヴィエにとってこの奥義は乗り越えた壁でしかない。拳をちゃんと見切れば確実に対処できる必殺だ。悲しい話だがもうオリヴィエの実力は完全に俺の先を進んでしまっている。技術で五分かもしれないが、そのほかのほとんどで圧倒されてしまっている。勝利の可能性は完全に薄い。だから諦めるのかと言われれば―――否、諦めない。動けなくなるその瞬間まで絶対に諦めない。諦められない。諦めたくはない。イスト・バサラという男の人生は常にもがき、苦しみ、そして後悔の連続の人生だった。それでも一度たりとも諦めない、歩むことを止めた事がない事だけは誇りなのだ。

 

 繰り出されるオリヴィエの拳を強引に掴み、肩に走り始める違和感を無視してその体を一気に床を陥没させる勢いで叩きつける。床へと叩きつけたオリヴィエをそのまま一回踏み潰し―――そして炎熱変換を解除する。

 

「―――本気で行くぞ」

 

 全身を赤黒い炎が包む。魂の色をそのまま燃え盛る炎として、表現する。それには一切の熱は存在しない。雷の様に素早く響くわけでもない。だがこれには間違いなく、本人の魂の様な強固さを持っている。

 

『ユーリよりスピリットフレアを獲得』

 

 踏み潰すオリヴィエの体がその反動で跳ねあがる。既にその体は防御の体勢に入っている。それに構わず、全身に纏うスピリットフレアをそのままに荒れ狂わせ、

 

 防御の上からオリヴィエを殴り飛ばす。吹き飛ぶその姿を眺めながら、

 

「行くぜなのは―――ここで決めよう」

 

 魂を燃やして前へと踏み出す。




 次回で7話もかけて書いたせいおー戦もようやく終わりって感じでしょうかね。

 あぁ、結局完結年内には無理だったよ……欲張らずにイストとなのは視点だけで書いていればよかった……。


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オリヴィエ

 ここで決める―――!

 

 即ちなのはの次の一撃で聖王核を破壊するという宣言だ。聖王核―――それは聖王の力の源、起原、その身に鎧や無限学習を与える無限の力の源。それを破壊する事がオリヴィエ抹殺の一歩目であり、そしてヴィヴィオ奪還の一歩目でもある。聖王の鎧が砕かれた今、オリヴィエの身に宿る超人的能力はもはや学習能力と、そして生まれつきより持っていたその莫大な魔力だ。それでさえこのザマ。

 

 後先考えずに、なのはに一瞬を作るために全部ぶっこんでいくぞナル。

 

 ―――心のままに暴れろ。

 

「おおおお―――!!」

 

 口から漏れだすのは獣の様な咆哮でしかない。痛みを、疲れを、恐怖を、全てを吹き飛ばす様に咆哮をあげ、バルニフィカスを片手にスピリットフレアを纏う。全身を赤黒く染め上げる魂の炎を纏った体は肉体の限界を超えて、魂の強度を肉体へと与える。全力の踏み込みはそれだけで音を割り、そしてオリヴィエの首へと刃を届かせる。左の逆手で握るバルニフィカス・ダガーがオリヴィエの首に数センチ食いこんでからオリヴィエが気付いたかのように体を吹き飛ばす。その動きに遅れないように即座に追撃に入る。背後のなのはに完全な準備を完了させるためだけに、全てをぶっこんで行く。

 

 ―――元々殴る蹴るかしか脳がねぇ馬鹿だけどだ……!

 

 だがオリヴィエもその程度気付く。俺が全霊を持って足止めしている事と、そしてなのはが最大級の一撃を準備している事を。そしてそれが自分に対して不利な結果しか生み出さない事を。故に俺が動くのと同時にオリヴィエも動く。超高速という領域だ、フェイトの加速魔法に見たことのない加速法でフェイト以上の速度を持って一気に抜き去ろうとする。

 

 そこに割り込む。

 

「割り込んで―――」

 

「おおおぉ、ぉ―――ッ!!」

 

 雷の魔力で神経信号を無理やり加速させ、そして動きに爆炎を混ぜる事によって瞬間的な速度を超加速させる。スピリットフレアでそのまま全身を砕け散りそうなほどに強化し、追いつけない筈の速度に無理やり割り込む。そうして一瞬だけ驚いたオリヴィエに対して右拳を叩き込む。それはオリヴィエの神速の反応によって防がれる。が、それに構うわけもなく、悲鳴を上げる体を無視し、文字通り後先を考えず、

 

「い、く、ぞぉ―――!!」

 

 全力のラッシュを繰り出す。超高速で繰り返す拳とバルニフィカスのラッシュをオリヴィエは両手を使って捌いて行く。だがその顔は涼しいものではなく、段々と険しいものになって行く。それもそうだ、オリヴィエの目的は突破であって膠着する事ではない。故にこうやって足止めを完璧されているオリヴィエにとっては不本意だが、

 

「ははははは―――!」

 

 咆哮に狂ったような笑い声を混ぜて殴りつける。オリヴィエが受け流そうとする動きに抗い、拳の軌跡をバインドで無理やり繋げる事によって受け流される事を否定し、その胸に一撃を叩き込む。そのまま二撃目を叩き込むためにバルニフィカスを振り上げ、

 

 そして全力で斬り下ろしを繰り出す。

 

 技巧を全て捨て去った腕力と魔力任せの一撃は大斬撃を生み出しつつ魔力刃となって大地を抉る。大きくオリヴィエの体に傷が刻まれ、そしてその体から鮮血が吹き出る。返り血を浴び、オリヴィエへと視線を向けるのと同時に見る―――オリヴィエの目が片時も此方を放していない事に。そしてオリヴィエが手を伸ばし―――顔を掴んでくる。

 

「―――ッ!」

 

 そのまま顔面を床へと叩きつけられた。ギリギリのところで床を殴る事で衝撃を緩和するも、オリヴィエに絶対的アドバンテージを許す事になる。この状況はいけない、そう判断した瞬間、オリヴィエの声が響いてくる。

 

「私は―――」

 

 追撃に繰り出されてくる踏み潰しを転がり、身体をそのまま上へと起き上がる様に飛ばす。その姿へと素早く追撃が入ってくる。目の前の空間そのものに打撃を叩き込んでオリヴィエに一旦距離を放させようとするが―――それを無視してオリヴィエは被弾しつつ突っ込んでくる。此方の首を掴んでそして体を壁へと叩きつける。再び背後を打撃する事で体への衝撃を防ぐ。

 

「―――普通の少女として生まれたかった」

 

 逆の手で拳を叩き込んでくるオリヴィエに対して膝を叩き込む。拳が叩き込まれるよりもタッチの差で決まった膝蹴りはオリヴィエの体を僅かに後退させる。その隙に腕の拘束から逃れ、踏み出しながらオリヴィエは攻撃を受け入れ、そして吹き飛ばされる。吹き飛ばされたオリヴィエはゆっくりと動き、

 

「……でも、所詮幻想ですね。そうなってしまったら諦めるしかないんです。諦めない、どうして諦める。なんでそこで手放しちゃう―――そんな言葉は所詮ご都合主義任せの現実の見えていない言葉なんです。現実から目をそらしてはいけない。私は王、聖王―――国を治める王。誰よりも常に未来と現実を見なきゃいけなかった。それでも一度は、質素な服に身を包んで、普通に結婚して、普通に暮らす事を夢見ていました……えぇ、所詮幻想でしたが」

 

 オリヴィエの体が静止状態から一瞬でトップスピードへと入る。その姿は自分の目では負えない程の速さへと加速する。故にナルの目を通してその姿をとらえる。ユニンゾンデバイスとしての視界と、そして思考加速。それを持って全ての動きをスローに捉える。再び雷と炎で加速をしつつ、一瞬で回り込んだオリヴィエに対して回し蹴りを繰り出す。それを食らいながらオリヴィエは踏み込み、拳を振るう。

 

「―――家族はもういなくて、母国は一度滅んで、クラウスはもういなくて―――何故、何故こんな時代に私を起こしたんですか」

 

「さてな、キチガイ紫にでも聞けよ。俺の役割はお前を再び長い眠りにつかせる事だからな―――まあ、積極的に手伝ったけどさ」

 

 スカリエッティの野郎なら確実に面白そうだから、なんて他人の都合かまいなしに応えるだろう。あぁ、全部終わったら改めて一発殴らなきゃ駄目だこれは。

 

 そう思ったところで一撃を叩き込まれる。全身を貫く様な衝撃に今度こそマトモに入った一撃は体を拭き飛ばし、そして壁へ体を叩きだす。骨の砕ける音が自分の体から響くのを聞くのと同時に魔法を発動させる。無理やり電気ショックを痛覚神経へと送り込んで意識が落ちるのを防いでから再度グレンデルを発動させる―――動こうとしない体の部位を魔力操作によって無理やりマリオネットの様に操作する。痛みのあまりに口から変な笑い声が漏れているが、それは相手も同じだ。―――それでもまだダメージレースに勝利しているのは相手だが。

 

 しかし……体がガタガタだなぁ……。

 

 結局の所炎も雷も、どっちも実際にシュテルやレヴィから変換済みの魔力を借りているわけではなく、リアルタイムでトリニティプログラムを通じて、二人の変換資質をコピー、体内で生成しているのだ。ユニゾン状態で、しかもこれだけの高い適性がないと出来ない荒業だが―――結局の所やっているのは何時も通り自己改造だけだ。回復魔法がそろそろ体に通じなくなり始めている。故に、

 

『イスト―――』

 

「ここが勝負時……!」

 

 なのはが念話で準備完了を伝えてくれる。あとは確実になのはが砲撃を放ち、そして命中させられる環境を生み出すのみ。それが今の目的である事を自覚し、体を前に出す。それしかできないのであれば、それを徹底的に貫くしかない。再び咆哮を上げながら前に出る。ホールの奥で連結した機械砲を構えるなのはの為に、

 

 全速で動く。瞬間的に加速を繰り返し、一気に最高速に乗る。そのまま自分の体に残っている全ての魔力を両腕に纏い、残像を残す様にオリヴィエの背後から襲い掛かる。それに対しオリヴィエは―――不動で相対する。こいつ―――そう言葉を吐こうとする瞬間にはオリヴィエが背後から殴りかかってくる此方の動きを一度受けてから、止まった拳を取ってくる。

 

 ―――俺の戦い方を……!

 

 一番無茶で、そして推奨できない戦い方を学習した。

 

「素早い相手には不動から受け止めて、そして―――」

 

「―――だけどなぁ!」

 

 拳を掴まれた時点で腕は諦める。バルニフィカスで掴まれた右腕を切り離す。その衝撃で僅かにオリヴィエがよろける。その瞬間に蹴りを繰り出し、オリヴィエの姿を弾き飛ばす。同時に、バルニフィカスを構え、

 

「魔弾」

 

 炎雷を乗せたデバイスそのものを投擲する。

 

「ランスタァ―――!」

 

 投擲と同時にバルニフィカスが消失する。そして次の瞬間にはそれが、

 

「見切った……!」

 

 回避された。インタラプトでも、逆算でもなく、純粋な身体能力で出現した瞬間に体を刺されるよりも早く動かした―――なんていうバカげたことをオリヴィエは成し遂げた。まず人間の動きではない。人間という領域を超えている。だが、それは、

 

「―――ありがとう、見せるよ。私の全力全開」

 

 限界を超えた動きは確実にオリヴィエに対して一瞬の硬直を与えてしまった。そしてそれを見過ごすほど高町なのはという存在は愚かではない。連結された二つのデバイス、レイジングハートとルシフェリオン、それを構え、圧縮された複数の砲撃術式を連結し―――それをオリヴィエへと向けていた。本来であれば収束された魔力は球体となって砲口の前に出現する筈だが、それすら圧縮し、完全にデバイスの中へとなのはは収束させていた。

 

 その対価として、その手は反動で真っ赤に染まり、無数の罅割れを見せていた。その砲口を真直ぐオリヴィエへと向けたなのははトリガーを引く。そしてオリヴィエはその瞬間に体を動かす。硬直というものを無視し、無理やり体を動かす。それを阻止する為に動きはじめようとし、なのはは声を響かせる。

 

「ううん、大丈夫―――もう命中しているから」

 

 オリヴィエが避ける為に高速で動く。その姿は完全になのはの射線から外れた所で―――桜色の閃光に貫かれる。極限まで細身になる様に収束された砲撃はただただ貫く事を目的としている事だけが自分に理解できた。その原理は理解できない。ただなのはの放ったそれは、オリヴィエがどんなに動こうが、どんなに防御しようが、それを構う事無くつらぬき命中した、そうとしか理解できなかった。

 

「―――娘の癌は取り除いた、フィニッシュ任せたよ元先輩……!」

 

 背後で聞こえる爆発音はまず間違いなく限界を超えて酷使されたレイジングハートとルシフェリオンによるものだろう。なのはの手ももはや戦闘に耐えられる状態ではない。砲撃されたショックで吹き飛んだオリヴィエを追いかけるように床に落ちた自分の義手を拾い上げ、それを無理やり繋げる。切れてしまった部分は魔力と義手そのものに備わっている再生力、そして炎で傷口を溶かして繋げる。ここまで来れば痛みは隣人の様なもの。それを友として受け入れ、

 

「やるか、オリヴィエ!」

 

「来なさいイスト―――聖王核がなくとも、私は、負けません……!」

 

 吹き飛ぶオリヴィエの体勢は既に整っていた。構えから拳を放つと同時に砲撃が飛んでくる。限界を超えて動く体を酷使し、正面から砲撃を迎撃しながら直進すれば真正面にオリヴィエが出現する。

 

 ―――あと少し……!

 

 あと一撃が、果てしなく遠い。

 

 スピリットフレアで強化され、補強されている肉体で打撃を繰り出すが―――それはオリヴィエの拳に競り負ける。もはやオリヴィエを押し返すだけの力も無くなってきている。敗北の色が濃厚になってくる―――だがそれでもまだ、全力は尽くしていない。

 

 ……スピリットフレアが、

 

「魔力を通した魂の表現なら、響け俺の魂……!」

 

「―――」

 

 命その物を燃焼させてスピリットフレアを吹き上げさせる。瞬間的に全身に纏うスピリットフレアの量が増し、それが一気に体に力を込めさせる。競り負けていたオリヴィエの拳を一気に弾き飛ばし、追撃の一撃を繰り出す。そのまま、一瞬で踏み込む。軋む、ひたすら体が軋む。それでもオリヴィエに拳を叩き込み、その体を吹き飛ばす。無茶をしている分、相手に叩き込むダメージより自滅しているダメージの方が大きいかもしれない。だがそんな事に構わず、拳を握る。

 

「最強の剣とは何か。あらゆる物を切り裂く剣か?」

 

「―――否、です。それはただの暴威」

 

 然り。

 

 最強の剣とはそんなものではない。何でもかんでも切ってしまっては結局大事なものも、守りたいものも、切りたくないものまで切れてしまう。では何か。

 

 床を抉る様に滑り、左拳を盾にして右拳を振り上げる。動きが止まるのと同時に拳を振り下ろし、オリヴィエへと向かって叩きつける。それに対してオリヴィエも全力の拳を放ってくる。それを正面から押し返し、

 

「斬りたいものだけを斬ってくれる剣こそが最強の剣である、と」

 

「そこまで来ると”至高”ってなるけどな」

 

 ―――だから、これから俺が放つこの一撃は最強ではなく至高の一撃。全身にして全霊で放つ一撃。たぶん、いや、もう二度と放つことはできない一撃。この一撃で全てを終わらせる。

 

 押し飛ばしたオリヴィエの姿を見る。彼女は―――いや、最初から運命を受け入れている。だからこそ、その笑みは絶えない。

 

 最後の一歩を踏み出し、そして右拳を振るう。

 

「楽しい時間を、ありがとうございました。私は―――」

 

 彼女のそんな声が響くのと同時に、自分の全てを込めて打撃した。

 

「―――至高の魔拳(ベオウルフ・ファイネスト)」

 

 必滅の拳をその身へと叩きつけた。




 と、言うわけでしてこれにて聖王戦は終了です。戦後処理、エピローグと続きましたこの物語ももうすぐ終わりですよ。200話以内と年内は無理でしたがもう終わりが近いですなー。


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エンディング・ストーリーズ

「おっと」

 

 拳に触れたオリヴィエは特に衝撃を受けたわけでもなく、ゆっくりと目を閉じ、そしてそのまま姿を小さな、少女の物へと変えて行き、そして床へと落ちて行く。その姿をキャッチするのと同時に今度こそ体が限界を迎える。それ以上力を込める事が出来ず、身体は倒れる。それでもオリヴィエを―――ヴィヴィオを傷つけないように背中から倒れる。

 

「ぐえっ」

 

「うわ、途中までいい感じだったのに最後の最後で全て台無しにした」

 

 首を動かして視界を移せば体を引きずる様になのはが近づいてくる。片手でボロボロのレイジングハートとルシフェリオンを引きずり、苦しそうな笑顔で寄ると、近くの壁にもたれ掛る。ちーっす、と言いつつ片手を上げればなのはがちーっす、と挨拶をし返してくる。とりあえずお互いに生存したまま勝利する事が出来た模様。最上の結果を得る事は出来た。壁に寄り掛かったなのはは此方へと視線を向けて来る。

 

「んで?」

 

「オリヴィエは殺したよ」

 

 ”は”という所に軽く力を込めて強調するとなのはは安心したような表情を浮かべる。

 

「そ、お疲れ様」

 

「あぁ、お疲れ様」

 

 俺がなのはの最終奥義に興味を持たないように、彼女も別に興味は持たない―――重要なのは何をした、ではなくその結果だ。故になのはも俺もアレが人生一度きりの大技だとしても、こういう結果を得られた以上全く問題はない。万事解決、これで良い。―――とはいえ、今度はまた別の問題が浮上してくる。

 

「超いてぇ」

 

「動ける?」

 

「少しだけ」

 

『あまり無茶をするな、回復魔法が通じないレベルでのダメージを受けている』

 

 知ってるよ、と態々念話で言ってくれるナルに対して答え、そして体を引きずりなのはが寄り掛かる壁に自分も寄りかかる。立つ気力もないのでなのは同様座り込む様に寄り掛かると、自分が倒れた地点からここまで血が線となって続いている。どっかで切ったかなぁ、と思ったが出血してない方がおかしい状態だと今更気づいた。これは辛い、と思いながら横に座るなのはにヴィヴィオを渡す。それを受けとり、そしてなのははようやく長い溜息を吐く。

 

「やっと、抱く事が出来た」

 

「お疲れさん」

 

 手をバリアジャケットのポケットの中に突っ込み、大分感覚が薄れた指先でその中を探る。そうやって見つけ出すのは戦闘の衝撃でぐちゃぐちゃになってしまったタバコの箱だ。そこから一本取り出し咥え、そして魔力を炎へと変換してタバコを吸う。

 

「あー……不味い」

 

「そんなに?」

 

「ほれ」

 

 タバコの箱をなのはへと向けると、なのはが一瞬躊躇する。が、今更副流煙がどうとか心配しているわけではないだろ、その心配はもう今のタバコには存在しないし。となるとモラルの問題だが、確かミッドやベルカでの喫煙年齢をなのはは過ぎているはずだったが。

 

「もしかして故郷だと未成年だとか?」

 

「ううん、そうじゃないけど初めてだったから」

 

「あぁ、なるほど」

 

 じゃあ問題ないな、と言うとなのはが降参の証拠に両手を上げる。タバコの箱から出ているタバコを一本取ると、なのはがそれにを火をつけようとする。が、火のつかないタバコの姿に軽くなのはが眉を歪める。その光景に小さく苦笑し、そしてタバコを口に咥える様に指示する。タバコは咥えて吸っていないと中々火がつかないものだ。だからタバコを咥えたなのはに顔を寄せ、タバコの火をそのままタバコに押し付け、火をつける。

 

 数秒後、そこには見事に咳き込んで煙草を投げ捨てるなのはの姿があった。

 

「マッズッ!」

 

「最初はそう思うよなぁ」

 

 まぁ、慣れてくると別に平気になってきて、そして付き合いやポーズでタバコを吸う必要はたまにあったりで、一応吸える吸えないでは吸える方が若干かっこよくてオトクだったりする―――まあ、精神的に。

 

 ともあれ、

 

 なのはがポイ捨てを行って軽犯罪者になったのはこの際どうでもいい。問題なのは静かに震え始めているゆりかごの方だ。先ほどからガン無視しているがゆりかごを制御していた聖王は、少なくともその人格部分のみは確実に葬り去った。故にゆりかごのコントロールは現在、完全に放置状態。これが通常時であれば聖王がいなくなったことを確認し、何らかのモードへと突入するものなのだが―――この場合、ちょっとだけ事情が異なる。

 

 目の前で床や壁がもう少しだけ活発になって蠢いている様子を見ると、ゆりかごに侵食させられたナハトヴァールの部分が急活性を始めているように思える。先ほどまでぼろぼろで傷痕を晒していた壁や床は全て何事もなかったかのように再生を初め、そして元通りの姿を見せている。驚異的な回復能力だ。

 

「おい、なのは」

 

「何イスト」

 

「何か言おうと思ったけどその前に軽く質問したいけどさ、何でヴァイスやユーノだと君づけで、最低限でもさんづけなのに俺だけイストって超呼び捨てなの。一応俺、すっげぇんだぞ。ほら、言葉で説明できない凄さがあるんだけど超小物の後輩なら察してくれるよな」

 

「とりあえず結論から言うけど先輩とか元先輩って呼ぶのはいいけどなんか君とかさんづけすると負けた気がするから。あと一応私からも聞いておきたいんだけど重婚ガチなの?」

 

「イケメンは全てを受け入れるのさ」

 

「むしろ出来なきゃ刺されて終わるエンドだった気配」

 

「おい、やめろ」

 

 そこで息を深く吐き出しながら溜息をつく。もう少しだけ体から力を抜いて、そして口に咥えるタバコを吐きだし、タバコの箱も捨てる。今すぐここから動くべきだというのは解っているのだが、体がその動きを許さない。起き上がろうと力を入れるが腕を動かすだけでそれ以上体は動かない。なら体をナルと入れ替えればいいなんて発想もあるが、ファイナルユニゾン状態で無理しすぎている為にナル側のボディも完全にダウン、どうしようもない。そしてなのはも手からの出血を見れば大分血を失っているのが解る。とてもだがヴィヴィオを運んで歩けるようには見えない。

 

「おい、見ろよ後輩」

 

「何よ先輩」

 

 前の方を指さすとグネグネしている壁が少しずつもっと肉感的、有機的な形を生み出して行く。いいか、と先になのはに対して前置きをしておく。

 

「たぶん今から壁が触手に変わったり床が触手に変わったりするんだぜ。しかもこの光景は中継されていた―――来季の薄い本確定だな」

 

「売れたらユーノ君買ってくれるかなぁ」

 

 そこかよ。流石俺の後輩は一味違うなぁ……。

 

 そんな事を思いながら視線を虚空へと向けていると、破砕音が響き、正面の壁が完全に砕ける。赤い巨大なかぎ爪を持って壁を引き裂きながら、身体を半分だけ隠す様にして、ジト目で此方を見てくる金髪巨乳の姿がある。

 

「旦那の薄い本が出ると聞いて」

 

「さっさと助けろ」

 

「ういーっす」

 

 ユーリが魄翼を腕の形へと変化させたものが壁を完全に粉砕すると、ゆりかごがその再生を始める。だがその前に剣を召喚したユーリは再生を邪魔する様にそれを床に突き刺し、無理やり道を広げる。ユーリの背後を見れば同じように剣で縫いとめられた壁や床で出来上がった剣の道が外へと貫通する様に出来上がっていた。流石我が家の最終兵器、身体に傷一つ見せない姿で余裕を貫いてらっしゃる。

 

「もう一生分戦ったわぁ……」

 

「だよねぇー……」

 

 もうしばらく仕事でも戦いはしたくないなぁ、そう呟いていると腕の形に姿を変えた魄翼が此方の足元の床を抉り、そして掬い上げる様に自分となのはを確保する。ゆりかごから切り離された床と壁は完全に命を失って沈黙し、ユーリに運び出されるようにゆりかごから一直線に脱出する。情けない、と思いつつも自分はかなり頑張ったしこれぐらい許されるだろう、とやっと安心しながら空から見える光景を、ゆりかごの姿を見ようとして、

 

「―――あ、やべ、バルニフィカスゆりかごに忘れてきた」

 

『ちょっとまてぇ―――!! 僕の! それ僕の―――!!』

 

『信じて預けたバルニフィカスがまさかのポイ捨て、タバコと同じ扱いですね』

 

 水色の閃光が今しがた出てきた穴へと音速を超えて飛び込んで行った。あの速度が出せるという事はどう足掻いても元気なのだろうなぁ、と微笑ましく思い、本格的に床にぶっ倒れる。ゆりかごがどうとか、ガジェットがどうとか、そういう問題は確かにまだ解決されてない。だが、それでも、確実に一つ言える事がある。

 

 ―――それは自分の戦いが完全に終了した、という事だ。

 

 視線を空へと向ければゆっくりと大地へと向かって降下して行く中で、巨大な影がゆりかごとは別に大地を覆うのが見える。間違いなくそれは管理局の保有する戦艦の姿だ。一体誰かは知らないが、こんな混沌として、出航許可何てもらえる筈もない状況で良くミッドチルダまでこれたものだと思う。まあ、ゆりかごの面倒はもはや意識すら持たせることが難しい自分ではどうにもならないので、

 

「は、良く眠ってるなぁ……」

 

 静かな寝息を立てているヴィヴィオの姿を一眺めするとやっと自分の仕事が終わった、という感覚が襲い掛かってくる。それは確実に間違いだ。問題はこの後、どうやってここまで狂ってしまった状況を修復するかだ。スカリエッティが横流しした兵器、失墜した管理局の信頼、崩された平穏―――戦いが終わってからこそ秩序側の苦労と、そして手腕が発揮されるのだ。だからこれから始まるのは復興と、そして再生の苦労だ。ただ、

 

 自分がそこで悩む事なんて何もない。

 

 もし、俺に物語があったとして、その始まりはまず間違いなくマテリアルズとの出会いに始まり、そして今、此処で終わる。長い長い物語として、漸くエンディングを見る。そして最後の最後にこう書かれべきだ。

 

「めでたしめでたし」

 

「めでたしじゃないですよ。借金とか色々ありますからね、ウチ。あと罪状とか」

 

 ……ただ人生、何事もそう上手く行くわけがない。現実的に考えると今まで暴れた分のツケを掃わなくてはいけないわけで、ついでにヴィヴィオがちゃんとなのはに”保護”されるようにしなきゃいけないわけで―――やはり責任とはつくづく面倒なものだ。そう思いつつ、目を閉じる。もうそろそろいい頃だと、自分は十分に頑張った。即死級の攻撃に何発も耐えたし、ふだんは使わない頭をフル稼働させたし。問題は起こしたけどちゃんと解決できるところはしたし。できない所はもう完全に任せるとして、

 

「寝る」

 

 いい加減疲れた。体が休息を欲している。長い、とても長い休息を求めている。だからそれに抗う事無くあっさりと意識を落とす。

 

 ―――お疲れ様。




 活動報告を読んでない方はあけましておめでとうございます、てんぞーです。これにて聖王やゆりかご、とっとこスカ太郎をめぐる戦いは終了して、数話のエピローグの後に完結です。

 あとちょっとやで!


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Epilogue ~Happily Ever After~
ターニング・オータム


 カリカリ、とノートに書き込む音が静かに教室に響く。ノートの中に必要な事を書きこむと、周りよりも早く終わったために少しばかり余裕ができる。だからその間に軽くクラスを眺める。誰もかれもが真剣に黒板に書かれてあることをノートに書きこんでいる。流石St.ヒルデというべきなのだろうか、ここでサボろうとか、面倒だからノートに書き込まないとか、そういう事を考える生徒はいないように見える。まあ、表面上だけの話だ。人間が奥底で何を思っているのかは解らない―――なんてことを考えるのはたぶん自分位だと思う。

 

 学校という空間は大多数の子供の意見を否定して、自分にとっては窮屈で退屈な場でしかない。

 

「はーい、では皆終わったかな? それじゃ―――」

 

 教師が生徒たちの書き込みが終わったタイミングを見計らって授業の内容を進める。だがその授業内容には既知感を覚える。何て事はない。覇王の記憶を持っている自分からすれば初等科での授業内容は全て知っている事でしかない。おそらく中等科までは勉強などで苦労する事はないし、聖王教会からも勉学に関しては煩わせるな、なんて言葉が送られているのかもしれない―――教師に真直ぐ視線を向けられた事も問いの為に指された事もない。べつに初等科は完全に飛ばしても良かったが、それでも世間的に良くはないし、少しでも普通の少女らしく通うべきだと常識で判断したが、予想外のつまらなさに軽く絶望しそうという結果を今、味わっている。

 

 自分には関係のない授業内容を聞き流しながら黒板を見る。こんな事をしているのだからクラスでもあんまり友達はいないだろうとからかわれもしたが―――やはり、今は同年代よりも年上の方が自分にとっては遥かに接しやすいし、気持ちも楽だ。だから今、学校は軽い苦痛でしかない。知っている授業内容を聞かせられることほど眠くなる事はない。これがまだ数年残っているとなると軽く憂鬱になるものだが―――普通でいられる環境がどれだけ幸いなのであるかは理解している。だから最低限の礼儀として、出せる点数は最高得点を目指している。知っている知識なので勉強すらする必要はない。

 

 結局はノートに書き込む事も無駄な行為で時間の浪費でしかないけど。

 

 自分が若干憂鬱なのは理解している。窓の外を見れば既に紅葉を終えた葉が木から抜け落ちて、校庭を様々な色に染め上げている。季節は秋―――今は十一月。

 

 古代ベルカの遺産や次元犯罪者たちが暴れた日よりも既に二か月が経過している。すっかりミッドチルダは以前の平和を取り戻して……いるとは言えない。まだクラナガンや地方都市では犯罪者の暴れ回った証拠としてがれきの撤去作業や復興作業が行われている。略奪が酷かった地域ではいまだに手が付けられない部分も多い。それでも少しずつ、以前の生活へ戻ろうと人々は前進している。今が一番大変な時期なんだろうが―――まだ子供である自分はそこらへん、全く関係がない。其処は子供で良かったと思える数少ない所の一つなのかもしれない。

 

 と、軽く窓の外を眺めていると教室にリリリリ、と授業の終わりを告げるベルの音が鳴り響く。先生が教卓の前でこれで終わりですね、というと教室にクラスメイト達の歓声が響く。自分も喜びを軽くだけだが体を伸ばす事で表現し、机の上の筆記用具やノートを手提げかばんの中へと仕舞い込み、そして椅子から立ち上がる。

 

「お疲れ様です、さようなら」

 

 軽く頭を下げて挨拶すると少し戸惑った先生が同じように返し、此方の背を見る。それに気にすることなくそのまま教師の外へと出る。友達、とはっきりと言える人物は同年代にいない。だから周りがさようならの挨拶をするとき、自分が挨拶をするのは先生一人だけ……少しだけ寂しさを感じる事もあるが、自分の肌には合わないとざっくりと割り切っているのでそこまで辛いものではない。

 

 手提げかばんを握り、学園の外を目指して廊下を歩く。廊下を歩くと時折チラリ、と視線を向けられる事には大分慣れた。自分が有名人である事は理解している。ただ偶に露骨に取り入ってこようとする輩がいる事には困ったが―――まあ、そういう連中もここ数年は誰かの影響のおかげか、教会の方での頑張りか全く見なくなった。

 

「まぁ、いい事です」

 

 余計な人にまで話しかけられないのはいいことだと思う。そう思いながら学園の外へと向けて一直線に歩く。特に部活にも参加していないし、話し合う相手もいない。そうなると本当に真直ぐ家に帰るしかない―――この状況を師父に言ったとき、師父は”見事な灰色学園生活”と表現していたのを思いだし、思わず笑いそうになる。突然笑いだせばそれは確実に変人のレッテルを張られる事になりそうなので我慢し、そのまま少しだけ早歩きで学園の外を目指す。校舎はそれなりの大きさを誇ってはいるが、それでも真直ぐ出口へと向かえばそう時間もかけずに到着する事が出来る。真直ぐと校舎を抜けて入り口から外へと出れば、立派な門が見えてくる。

 

 その門の向こう側で、赤い車を止め、そして待ってくれている人物は自分が良く知っている人物だ。校舎を出るまでは少しだけ早歩きだった歩みのペースを落とし、そして何時も通りの速さで門まで行くと、開いているそれを通って門前で待っている姿へ一礼する。既に此方の事を気づいていた彼女は、管理局の制服姿で此方を迎えてくれる。

 

「すみません、待たせてしまいましたね」

 

「ううん、そんな事を気にしなくていいよ。そこまで待ってないし」

 

 そう言ってフェイト・T・ハラオウンは笑顔を向けて来る。

 

 

                           ◆

 

 

 St.ヒルデはミッドチルダの郊外に位置している。基本的には近くにモノレール用の駅が存在し、寮住まいではない限りはそのモノレールに乗って自宅から通学するのが普通だ。ただこんな風に、車で送迎をしてもらっている子も勿論いる。St.ヒルデは結構歴史があり、そして”貴族”の子も多く通っている学園だ。

 

 そんなどうしようもない基礎知識をフェイトの車の助手席で考える。管理局員らしくしっかりとシートベルトを着用し、そしてさせている。運転技術も申し分なく、法定速度内。どこかの誰かであれば無個性、つまらないと評価しそうだが、安全なのはいい事だと思う。ともあれ、フェイトが今日は迎えに来てくれたおかげでモノレールに乗る必要はなくなった。やはりモノレールと車を比べると、圧倒的に車の方が早いし、融通が利くからだ。

 

「今日の学校はどうだった?」

 

「何時も通り、ですよ」

 

「うん、そっかぁ」

 

 たぶんそう聞いてフェイトはいい意味での何時も通りを想像しているのだろう。所謂”灰色”な学園生活を自分が送っているとも知らずに。なんとなくだが何故この人が身内で”そん”付けされているのか接せば接する程解ってくる気がする。

 

「フェイトさんも今日はありがとうございます。今は忙しい時期の筈なんですけど」

 

「あはは……うーんそういう忙しい仕事は基本的にはやてがやってくれるからね。何より私やシグナムって実働だし。だから目標であるスカリエッティがいなくなった今、やる事は書類仕事だけで実はそこまで辛くはないんだよね―――まあ、トップが交代したばかりで今一番忙しい陸の方とかと比べると遥かに、ね」

 

 そうして思い出すのは先月発生したレジアスの引退表明だ。詳しい事はニュースに集中していたわけではないので解らないが、レジアスは自分の汚職を指摘され、そしてそれを認める形で職から去ったらしい。これを聞けばただの逮捕だが、この一連の流れは”ヤラセ”であると師父はこっそりと教えてくれていたおかげで、政治の世界は色々と恐ろしいと理解できた。できる事なら永遠に関わりたくはない領域だ。なお現在のレジアスは完全に引退して、ミッドチルダの田舎で静かに暮らしているらしいが……彼は管理局に未練はあるのだろうか。

 

 車の窓の外の光景を眺めているとめまぐるしく変わる風景は森に挟まれるように伸びる高速道路に入ったため、枯葉の森に挟まれる様な光景へと変わって行く。本格的に秋に、そして冬になってきた事を認識しつつ、六課がそれなりに平和なのはいいことかもしれないがとりあえず、

 

「みなさん、近頃はどういう感じですか?」

 

「うーん、そうだね」

 

 フェイトがハンドルを握ったまま、軽く唸る。少しだけ興味が出た事だったが、フェイトは少しだけ首を捻る様にして唸り、そして口を開く。どうやら意外とフェイトの乗っかりやすい話題だったようだ。

 

「うーんと、とりあえず九月の決戦―――JS事件終了後辺りから私達の話を始めようか。今私達が何をしているかとか、何でしているかとか、たぶんそこから話し始めるのが一番楽だろうし、解りやすくなるだろうし」

 

「お願いします」

 

 JS事件、ジェイル・スカリエッティ事件。ジェイル・スカリエッティが最高評議会を殺害、古の兵器を起動させ、そして王までをも蘇らせた挙句暴れたかっただけという理由で行われた史上最悪で最も馬鹿らしい事件。頭の悪さで言えばたぶん過去最強の事件だとも言われているが、本人の破滅的思考を除けば科学者としては認められている為に最悪に近い。ともあれ、師父がポロポロと零す話以外はJS事件の裏側や真相、その後の話に関しては一般人程度の知識しかない。話のネタとしても十分優秀だろうし、とりあえずは聞いておきたい。

 

「まずなのはだけど―――即入院」

 

「知ってました」

 

 病室で見たし。師父とビール一気飲み勝負してナースに二人揃って怒られていたし。一体どこのだれかの判断かは解らないが、二人が同じ病院にいるせいで病院全体がどこか二人の芸風に汚染されている方向性がある。いや、悪い事ではないのだが、最近病院へお見舞いに行くたびに美少女とか叫びながら袋叩きにされる人の数が増えている気がしてならない。実害がない限りは激しくどうでもいいし二人が楽しそうならそれでももう良い気もする。

 

「あははは、だよね……まあ、なのはもイストさんも同じ病院で入院しているけどこれは知っている事だと思うし省くとして、とりあえず隊長陣だね。まず私は比較的軽傷だったから軽い治療を終わらせて直ぐに職務に復帰できたのが私。基本的に指揮官―――つまりはやてに報告とかを済ませたら通常業務に戻ったよ。個人的には他の皆が重傷とか受けている中、軽傷で済ませちゃって少しだけ申し訳なかったりもするんだけどね」

 

「その割には戦闘機人二名の捕縛と中々成績は良かったそうですけど」

 

「まあ、運とタイミングが良かった、のかな。とりあえず私に関してはそれでおしまい。はやては私と同様で被害が少なかった組だね。リインとユニゾンしてたから最強モードで砲撃ドンドン打ち込んで制空権の獲得に貢献してたんだよ? ちなみに六課隊長陣で一番ダメージが少なかったのもはやてなんだけど―――まあ、指揮をするべき人間が最前線で戦うなんて愚の愚、馬鹿のやる事だから後方から砲撃と魔法による支援で指示に回っていたのが正しい形なんだけどね。とりあえずはやては決戦の日よりも今、仕事量で苦しんでいるんじゃないかな」

 

 最前線で戦う指揮官は愚か者―――そんな事を言われて記憶を漁ってみるとクラウスもオリヴィエも最前線で殴りながら指示を出している姿を思い出せるのだがこれはどうなんだろう。愚か云々言う前にこれはベルカだし仕方がないと諦めておくべきなのか。とりあえずはやてが優秀な指揮官である事は把握した。

 

「で、ヴォルケンリッターなんだけど、イングさん同様此方は皆重症だったね。リンカーコアへの高負荷、肉体の限界酷使、肉体の構成魔力の損耗―――なのはと同じ入院コースだったんだけど、幸いシャマル先生が”過去にこんな事もありましたね”とか言って冷静に対処してくれるおかげで何とかなったんだけどね―――ホント、過去のベルカってなんだったんだろ」

 

「とりあえず平時は割と普通でしたが、戦乱になると性格がアーパーでも優秀な者であれば即採用って状況だったのでマッドサイエンティストの宴って状態だったらしいですよ。少なくとも私が記憶している限りではそんな状況でしたが」

 

「スカリエッティみたいなのを複数自由にしてたらそれはそうだよねー……」

 

 古代の事を想像し、軽くだが頭を抱える。最近ではあまり思い出す回数も少なくなってきたが―――それでも古代ベルカの事を思い出すと偶に死にたくなってくる。もちろん本気ではない。ただ良くあんな時代が存在できたものだと思ってしまう事はどうしてもあるのだ。

 

 ……思い出しても良い事はないし、過去の清算は師父が全て行ってくれた。もう頭を悩ませる必要はない。

 

「まあ、そんなわけで隊長陣に関してはなのはを除いては皆既に職場に復帰しているんだよね。まあ、良くも悪くも私達隊長陣は”指針が決まっている”状態だからね。たぶん六課で今一番大変なのは仕事を持っている私達よりも、新人の方じゃないかな。あ、もう新人っては呼べないか、あんな事件のあとじゃ」

 

 決戦が、JS事件が終了してから二か月。

 

 元は新人と呼ばれていた、私の前を行く彼らはどう思っているのだろうか。




 エピローグはハルにゃんが事件のその後を追いかける感じですな。


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グラデュアル・チェンジ

「さて、今度はエリオ達について話そうか」

 

 そう言ってフェイトは少しだけ車のスピードを緩める。前方へと視線を向けてみれば少しだけだが車が詰まっているように見える。軽い渋滞の様だ。今の時代、あまり渋滞らしきものは発生しないのだが、めずらしく先で渋滞が起きているらしい。そうなると徐々にスピードを落とす車はその車体が前の車に追いつくのと同時に止まるしかなくなり、そしてゆっくりと止まる。後ろからやってくる車と合わせて、徐々にだが車の列が出来上がっていく。

 

「とりあえずひとまず六課の目的は果たした―――からと言って私達の活動は終わりではないんだよね」

 

 それは、そうだろう。機動六課は対スカリエッティ用の部隊である、とはあらかじめ知っている。それは六課にいる間に聞いたことのある話だ。今では少し知識がついているのでもう少しだけ踏み入った話も知っている。確か聖王教会をバックに一年間という期間のみの間に設立された筈だ。そして一年という期間はまだ終わっておらず、今はその半ばであるはずだ―――このタイミングで部隊が設立された理由が解決してしまったのだから、意外と六課は困っている所なのではないだろうか。

 

「うん、まあ、本当の話は若干困っていたりもするんだけどね? でもほら、ロストロギアの回収部隊って名目だからできるお仕事はまだまだたくさんあるんだよ。まあ、それでも大義というか、一番の目的が果たされちゃったせいで皆色々と思うところはあるんだけどねー……まぁ、そんな事で皆は少しずつだけど自分の進むべき道を模索し始めているよ。一番悩んでいるのはエリオとキャロかな? スバルとティアナは決めてあるみたいだし、ギンガはもう働いているからね」

 

 そう言いながらフェイトが窓から首をだし、視線を渋滞の先へと向ける。うーん、と唸ってからフェイトは頭を車内へ戻し、そしてホロウィンドウでカーナビゲーションプログラムを始動させる。その様子を眺めてから視線を渋滞の先へと向ける。全く動く気配のない交通渋滞の先で、ここには何があったっけ、と軽く頭を悩ませると、フェイトがシートベルトを外し、そして車の扉を開ける。

 

「ごめんね、ちょっとこの先で事故が起きたみたいだから少し様子を見て来るよ。直ぐに戻ってくるから―――」

 

「あ、いえ、車に乗せてもらっているのは此方ですからどうかお構いなく。大人しく待っていますね」

 

「うん、本当にごめんね。あ、車のラジオは勝手に使ってていいから。バルディッシュ」

 

『Yes maam』

 

 バルディッシュを握りしめたフェイトはそのまま軽い跳躍と共に渋滞の先へと向かってゆく。その光景を眺めてから、軽く溜息をつく。モノレールよりも高速道路を通った方が圧倒的に速いのだが、今日ばかりは少し違ったらしい。まあ、たまにはこういうハプニングのある日もあるのだろう、そう思ってラジオに手を伸ばす。フェイトからは使用許可が出ているのでもちろんラジオをつける。こんな時にデバイスを所持していれば少しは楽なんだろうが―――真正古代ベルカ式の魔法や格闘技と、現代のデバイスは相性が悪いらしく、持たせられないのが現状。

 

 ……師父は権力とコネと借金でどうにかするって言ってましたけど。

 

 たぶんその前に―――。

 

『―――で、本日は解説にケイ先生とムーヴ先生をお呼びしました』

 

『宜しくお願いします』

 

「おや」

 

 ラジオのチャンネルを適当に弄っていると、聞いたことのある名前を耳にする。いや、知っているというべきなのだろう。ケイという人物であれば聖王教会の中央へと向かった時に何度か確認やらであった事がある気がする。アレは何だったか……確かそう、歴史に詳しい学者では無かっただろうか。自分の適性やら血やら、そういうのを調べる時に立ち会った人物だ。懐かしい気持ちが少しだけ湧いてくるが、特に知った人物ではない。ただ適当にチャンネルを回すよりは知っている人物の名前が出ている所を聞いた方がいい。一体何の番組なのだろうか。

 

『それでは本日は九月中旬に起きたJS事件、そしてそこで―――』

 

「あぁ、またですか。マスコミは飽きませんね」

 

 ラジオの内容が解ったのでさっさとチャンネルを変える。今度は聞いたことのある音楽が流れ始める。下手にニュースを聞いているよりは此方の方が遥かにマシだと思う。毎日毎日、同じ事に―――聖王やゆりかご、それに対して良くこんなにも論議を交わす事が出来ると呆れてしまう。ニュースをそこまで積極的に見ているわけではないが、それでも嫌になる程流れているので、もはやそこらへんの世間一般の反応や認識については良く知っている。

 

 聖王。古代ベルカにおける伝説、そして今も続く伝説と象徴。それが蘇った事に対しては少なくない波紋があった。話によれば武器を握る事の出来ない騎士まで出てきてしまう程に―――ただそれも話によれば戦っているうちに士気を取り戻して、”現場”にいた兵士や騎士たちはあの場で聖王、そしてゆりかごを殺害、撃破した事に対しては不満を持ってなかった。ただ、現場にいなかった一般人たちの反応は違う。

 

 曰く、説得は出来なかったのか。

 

 曰く、王に手をあげるとは何事か。

 

 命を賭けずに戦っている人間の意見の何と軽い事か。何て無責任な事か。そうやって好き勝手な言葉を言える人間は当事者ではないからそんな言葉を吐ける―――と、そんな風に思うのは自分が当事者だからなのだろう。いや、誰だって関わっていなくても言いたい事の一つや二つ、存在するだろう。ただある種の当事者としてはこれ以上ない綺麗な終わらせ方だったと、そう言いたい。

 

 聖王オリヴィエは永遠の死へと導かれ、そしてゆりかごはアルカンシェルによって葬られた。

 

 そこに歴史的価値が、だとか勿体ないとか言ってくる連中は一度でいいから現実見ておけ、と言いたい。まあ、そういう事は不可能なのでとりあえず戯言であるとして聞き流すしかない。強硬な連中に関しては管理局も聖王教会もどうにかしているらしいし。ただ今、自分が知っているのは、オリヴィエという存在は”殺された”という事実があるだけだ。そして盗み出された聖遺物も回収され、もう二度とそれがこんな形で悪用される事なんてない、という事実だ。此方としてはそれだけ理解していれば十分すぎる話だ。

 

 と、そこで車の外を見ると一瞬雷がスパークするのが見えた。どうやらただの事故ではなかったらしい。公務員はこういう時本当に大変そうだなぁ、と思いつつ軽くだけだが自分の首を傾ける。自分は将来、一体どういう道を進むのだろうか、という事に。

 

「―――お待たせ」

 

「あ、お帰りなさい」

 

 何時の間にか扉の外にはフェイトの姿があった。ほんの数秒前には離れた位置で電撃を放っていたような気がしたが、”閃光”の称号は違わぬ、という事なのだろう。こんな領域に立っていても勝てないような存在が聖王で―――それに勝利したのが自分の師父となると、非常に誇らしい話になる。

 

「ちょっとイザコザがあったからね、とりあえず片付けて現場にいた人に渡してサクっと終わらせてきちゃった」

 

「強いと楽ですね」

 

「うーん、そうでもないんだよねー……」

 

 車に戻ってきたフェイトはシートベルトを再び着用し、そして車の様子をチェックしてから前の車が動き始めるのを待つ。前の車が静かに動きめると、それについていくようにフェイトが車を動かし始める。先ほどまでフェイトが活動していたらしき場所へと視線を向けると、黒こげになってバインドに縛られる男たちの姿が見えた。

 

「一応私達魔導師って資格とか所属とか、そういう色々なしがらみがあってやっと魔法という力を使う許可を貰っているんだよね。だから強くなれば強くなるほど、”力”を保有する事に対する責任とか監視とか、そういうのもドンドン増えるから楽しい事ばかりじゃないよ? 私やなのははそれを証明する為に試験を受けたり、はやては特にそこらへん、凄い大変だから色々頑張ってるし……あ、これは関係のない話だったよね? あはは……」

 

 フェイトは苦笑すると、話を元に戻そうとする。

 

「うん、とりあえず簡単に言うと皆それぞれ方針とかを模索中、って感じかな。スバルは災害救助隊に、ギンガはそのままゲンヤさんの所で陸士隊として、って感じだね。ティアナは執務官志望なんだけど―――」

 

 そこでフェイトは軽くだが笑う。だがその笑い方はどこか疲れているかのような笑い方でもあった。もう少しコミカルにして見ればゲンナリ、という言葉が正しいかもしれない。

 

「ほら、ティアナってスカリエッティを捕まえたでしょ?」

 

「あ、はい。確かそういえばそうでしたね」

 

「だからね、上の方から色々とせっつかれて大変なの。どこでそんな人材隠してたんだ、とか。テレビに出せ、とか。取材に応じさせろー、とか」

 

「あー……」

 

 フェイトの言いたい事は解った。

 

 つまりティアナを民衆の目を向ける英雄に仕立て上げたいのだ。今回のこの事件、一番大きく報道されているのは聖王を撃破した師父の存在と、そして高町なのはだ。だがこの二人に関しては聖王もゆりかごも、賛否両論の話であって、利用するには少々難しい。だとすれば一時的に管理局への追及の目や疑いの目、そういうマスコミの矛先を向けさせるにはもっとクリーンで、若くて、そして使いやすい人間を出すべきだ。

 

 無傷でスカリエッティを確保したティアナ・ランスターはそう考えれば非常に使いやすい人材なのではなかろうか。兄が過去のスカリエッティの事件によって殺害され、管理局に入局し、そして最終的にスカリエッティを殺さず、傷つけずに捕縛する事が出来た。ドラマの主人公にできそうな内容だ。だとすればなるほど、大変なのも頷ける話だ。

 

 そう言って、理解を示す此方に対してフェイトは困ったような表情を浮かべる。そして軽く溜息を吐くと、車を走らせながらそのまま真直ぐとクラナガンへと走らせる。St.ヒルデからクラナガンは郊外とは言うが、そう遠くはない。高速道路に乗って三十分ほど。こんな風に渋滞にでも巻き込まれなければ早いものだ。

 

「まあ、ティアナは軽くスカリエッティ、って歯ぎしりしながら忙しそうにしてるけど庇える分は庇ってるから大丈夫だとして―――今の所問題はエリオとキャロ、かなぁ。あの二人はティアナやスバルとは違って明確に未来の事とかを考えて六課にいるわけじゃないから少し先の事が漠然としているんだよねー……そこが保護者としては不安だったりもするんだけど、この年齢から考えてくれている事に安心するべきなのかなぁ……」

 

 ふぅ、と溜息を吐き、フェイトは力を抜いたように見える。

 

「まあ、まだ早い時期だし何も考えてなくても仕方がないって言えば仕方がないんだけどね。六課の解散は四月、今月を入れればまだ六ヶ月近い時間もあるし、その間にゆっくりと探してもらえればいいんだけどね。個人的に言わせてもらうと対スカリエッティの事で今までかなり焦って来たと思うし……しばらくはゆっくりと進めようと」

 

「なるほど」

 

「あ、ごめんね。君の様な年齢の子には言うような内容じゃないよね」

 

「いえ、気にしないでください。少なくとも幼いのは外側だけで内面は診断された結果中学生並はあると判断されていますから、正直な話逃げてばかりのモンディアルさんやピンク色に脳細胞が染まっているルシエさんよりはもっと大人であるという自負はありますよ? 色んな意味でですが」

 

「そのセメントっぷりは一体誰から覚えてきたのかなぁ……」

 

 それはもちろん師父とその周りにいる人間からだ。自分の人生に置いて影響を与えられる人物はクラウスか、もしくは師父しかしない。家族も聖王教会も結局の所は自分の事をアインハルト・ストラトスとしては見ていないのだ。その理由は解らなくはない―――いや、解ってしまう。クラウス・G・S・イングヴァルトという男の記憶を”ほぼ完ぺきな形”で所持しているからこそ、彼らの思惑や願いなどは理解できる。故にこそ、嫌う事も憎悪する事も非常に面倒な事だができない。

 

 世の中知る事が増えるとドンドン面倒になって行く、とは一体誰の言葉だったのだろうか。確かにその言葉は正しい。知れば憎めることもあれば、知れば知る程憎めなくなってしまう事もある。立場と責任、それは何よりも堅い鎖で人間を縛り上げ、そして離さない。

 

 法という鎖は常に人間を縛り上げ、そしてそれに逆らった人間が捕まるのは必然の道理だ。

 

 スカリエッティ然り。

 

 ナンバーズ然り。

 

 アギト然り。

 

 ルーテシア然り。

 

 そして―――彼女達も、だ。




 大挙を成しても犯罪は犯罪です。罪が裁かれるときは来るのです。


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タイム・ゴーズ・オン

 自然の多かった風景もクラナガンに近づくにつれてだんだんと建造物の多い風景へと変わって行く。個人的には近代的なビルなどの多い街よりは、自然の多く残る田舎の方が不便でも好きなので、クラナガンの猥雑さは今でも若干苦手の意識が残っている。自分の性格なのかクラウスの影響なのかは解らないが、それでも騒がしさよりも大人しさを重視する自分がいる。ただそれでも慣れてしまえば慣れてしまうものだ。フェイトの車がゆっくりと動きを止め、そして高速道路を下りるのにお金を払うと、そのままクラナガンの街へと侵入する。実家はミッドチルダ南部なので中央区であるクラナガンとはまた別方向なのだが―――正直な話、あまり家は好きではない。なのでここ最近は真直ぐ家に帰る事はない。大体はどこかで時間を潰すか―――もしくは今日みたいに忙しくしているか、になっている。

 

 まあ、両親の方は両親の方で全くと言っていいほど気にしていないと言うよりはむしろ積極的にかかわる事を推奨しているのが家に寄りつかない事を加速させているのだから。まぁ……正直親の事はどうだってもいいと思っている。あの連中にはほとほと愛想を尽かしている。あまり、実家にも愛着もない。ただ、まあ、今そんな事を思っても激しくどうしようもないので我慢する事にする。きっと、その先には何時かいい事がるだろうから。

 

「えーと、まずはお花屋さんかな?」

 

「はい」

 

 膝の上に置いてあるカバンを持ち上げ、そして開ける。その中を軽く確認すればそこには財布が入っている。十中八九フェイトは自分が代わりに払う、何て事を言い出すんだろうな、と思い、心の中で苦笑しておく。ともあれ、自分とフェイトを乗せた車はクラナガン市内に入るとゆっくりとだが減速を始める。少し前にあったJS事件、その影響もあってミッドチルダだけではなく次元世界全体で警戒態勢に入っている。その為首都や、街中での法定速度は少しだけ、落とされているし、管理局員の姿もあちらこちらで見かける事が出来る。やはりJS事件が残した爪痕は大きく、各所で見られる。

 

「えーと、六課の事だから一応ルーテシアの事も話した方がいいのかな?」

 

「お願いします、終わった後に逮捕されたとしか知らないので」

 

「うん、じゃあ―――」

 

 赤信号に車を止めながらフェイトが口を開く。

 

「ルーテシアは機動六課に押し付けられる形で来たわけだけど―――戦後の処理で罪状が見つかったというか、本人が自白したんだよね。”お母さんと一緒に暮らしたいけどまずは償ってから”って言ってね。正直まだ子供だしそういう所まで意識は回らないと思ってたんだけど、そこらへんキッチリ考えてたみたいでちょっと驚いたなあ……」

 

「……なるほど」

 

 ルーテシア、ルーテシア・アルピーノ、だったか。召喚魔導師で確か師父達の行動の片棒を担いでいた人物だ。年齢は自分より上―――というより一連の事件の関係者で自分よりも年下なのはヴィヴィオぐらいなものだ。だからと言って普通、年齢が十前後の少女が償いだとかを考える事はまず難しい。

 

「やっぱり環境の違いなのかなぁ……そういう風に考えるように育つにはどうしたらいいんだろう。いや、待って。それってつまり―――うん、やっぱり考えておくのは止めよう、うん。あの環境で立派に育ったとかあんまり考えたくないしね!」

 

「それでいいんですか」

 

「人生にはね、目を背けなきゃいけない事があるんだよ」

 

 現実から逃げてはいけないと言われて窓から飛び降りる師父がいるわけだがそれを伝えたらどういうリアクションをするのだろうか。

 

 ともあれ、ルーテシアが”自白”したために彼女は更生施設送りとなったらしい。

 

「うん、まあ―――ルーテシアの罪状は色々とあるみたいなんだけど、その証拠が出てこないんだよね。巧妙に隠されているというか消されているというか―――それに関しては他の子達も一緒なんだけど。スカリエッティの証拠の隠滅に対する意識というか用意周到さは凄いよ? 決戦前に使ってないアジトは全て爆破して破棄して、ついでに燃やして何もかもダメにしてたし。……まあ、そのおかげで色々と出てくる罪を追求するだけの証拠が足りないんだよね、少なくとも彼の娘の方や、ルーテシア達協力者に関しては」

 

 協力者、とはもちろんルーテシアの事だけではない。

 

「とりあえずまずは話の流れからルーテシアの話だけど……彼女は更生施設での再教育を受け入れて、再教育機関が終わったら監視付で元の生活に戻れるよ。たぶんこの期間に関して今回の事件で捕まった人たちの中でルーテシアが一番短くなるんじゃないかな、一番年齢が低いし、”仕方がない”と取れる状況だって判断されているし。あ、ちなみにコレはオフレコね?」

 

 信号が変わり、フェイトが車を動かす。とはいえ、市内であるがゆえにその動きはゆっくりとしている。そのまま見覚えのある道に入ると、目的のお店を見つけ、近くのパーキングへとフェイトが車を走らせる。

 

「ルーテシアの究極召喚―――白天王だけど、時々ルーテシアの様子を見に来ているんだよね」

 

「あぁ、なんとなくですが察せます」

 

「あははは……」

 

 パーキングに車を止め、そしてシートベルトを外しながら車の扉を開ける。

 

 フェイトの言っている事は難しくはない。ルーテシアの究極召喚、その使役蟲である白天王はルーテシアの制御下でありながら半分ほど、制御外にある―――ルーテシアが百パーセント操るにはまだ未熟なのだ。そしてそれは別段不思議な話ではない。キャロも似たような状況だ。だが、白天王は自分の意志でルーテシアを気にかけている、という所が問題だ。

 

「痺れを切らしたら怖いんだよねぇー……」

 

 つまりはそういう事なのだ。ルーテシアの留置期間が長すぎた場合に、白天王がいきなりジェイルブレイク等起こさせてしまう場合がある。ありえないだろうと知っている人間は言うだろうが、ありえない事はない、そう言う人間がいる場合はどうしようもない話だ。そういう諸事情があって、ルーテシアの刑期、とも言うべき時間は短いのだろう。

 

「スカリエッティが娘って呼ぶ戦闘機人、彼らは”ナンバーズ”って呼んでるんだけど、彼女たちの刑期も予想よりも短くなりそうだね。まぁ、少なくとも一部は、だけど。ウーノとドゥーエって人がナンバーズにいるんだけど、彼女達が管理局に対して色々と取引を持ちかけて来るんだよね。技術とか、社会への奉仕活動とか。そういう事もあって重犯罪者であるスカリエッティは処刑が延期、その頭脳を失うことは損失だって判断されたり……うーん、ここら辺はちょっと言葉で説明しづらくて複雑な所だね。資料は持ち出し禁止だからなぁ」

 

「いえ、正直ここまで教えて貰えて少し驚いているぐらいです」

 

 資料の持ち出しが禁止なら本来は喋ってはいけない内容なのではないのだろうか、これ。いや、自分の勝手な想像でフェイトを混乱させたくはない。これに関してはそっと黙っておこう。そう、それがたぶんいいだろう。車の扉を閉めて軽く体を伸ばす。三十分ほどのドライブだったが、それでも小さい体にとってシートベルトは割と窮屈に体を締め付けるものだと思う。カバンから抜き取った財布を片手に、パーキングの向かい側にある花屋へとフェイトと並んで交差点を渡りながら向かう。

 

「結局、完全に裁かれる事はないんですね、彼らは」

 

「うーん、今までの管理局だったらまず間違いなく処刑か何かあったと思うよ? ただ今の管理局は情勢的にすごく不安定だからね。管理局を支配していたトップが三人消えた所でその下で起きていた権力争いが表面化、それに伴いミッドチルダの隔離と襲撃。今の管理局、それもミッドチルダに関しては揺らぎまくってるんだよ。一般の局員に解る程にね」

 

 花屋に到着する。店の前にまで並べられる色とりどりの花を眺めるも、正直な話花の良し悪し何て自分には解らない。そこでフェイトの方を眺めると、フェイトが軽く辺りを見渡してから花束のコーナー、その一角に視線を送っているのが解る。毎回店員のチョイスで花を選んでいたが、今回はフェイトと同じチョイスを選ぶことにしよう。

 

「すいません、あちらの花束を二つ程お願いします」

 

「私も同じものでお願いします」

 

 そう言うとフェイトが此方へと視線を向け、小さく笑みを作る。財布から二人分のお金を取り出す所を見てやはり、と思ってフェイトの行動を手で制す。

 

「フェイトさん。お金に関しては聖王教会の方から苦にならないように受け取っていますので、気にしないでください」

 

「いやいや、これは別に年長者としての義務を果たしたりしているんじゃないよ」

 

 フェイトはそのまま苦笑し、三つ分の値段を店員へと渡すと花束を店員から受け取り、そして一つ此方へと渡してくる。それを受けとり、取り出そうとしたお金をもう使えるわけもなく、そのままサイフの中へと戻す。するとフェイトは歩き出す前に軽いウィンクを送って、

 

「だってこの方がかっこいい大人に見えるでしょ?」

 

 そう言ってスタスタと車へと戻って行こうとするフェイトの後を追う。フェイトも、なのはも、師父も、誰もかれも年長者たちはこう……何故かっこよくあろうとすることに執着するのだろうか。べつにそこまで気にするわけでもないのに。……そう思ってしまうのは自分がまだ子供だから、なのだろうか。もっと大人になれば大人たちが子供の前でかっこつけたがる理由が解ってくるのだろうか。それは今は解らないが、速足で前に進むフェイトに追いつき、緑色の信号を渡ってパーキングへと戻ってくる。パーキングへと戻ってくると車の後部座席に先ほど買った花束をフェイトが置くので、自分も同様に後部座席に花束を置き、そして再び助手席へと戻る。車に乗ってシートベルトを締めた所で再び車は動きだす。

 

 クラナガンの中心へと向かって。

 

「……さて、たぶん一番聞きたい事はここら辺から、になるのかな」

 

 フェイトが切り出す。

 

「まず初めに言うと―――イスト・バサラとナル・バサラを除いた全員は既に逮捕されている。最大で数年、最低で一年は出て来る事はないよ。暴れる様子もないし、更生プログラムを受ける意思もあるし、クセが強すぎてヒエラルキーのトップに一気に踊り出ちゃったらしいけど、それでもそれ以外は模範囚だって」

 

「模範囚とはなんだったんでしょうか」

 

 軽口が言えるぐらいには安心できた。出る予定がある、という事はその罪は許される範囲にあるという事だ。

 

「まあ、減刑に関しては聖王教会側の働きかけが大きかったんだけどね、今回は。アインハルトにはあまり言う必要はないかもしれないけど、……そこらへんの理由は解っているよね?」

 

 コクリ、と頷いて肯定を示す。言われなくても解っている。JS事件で起こってしまったいわゆる”聖王超え”で価値が出てしまった人物と、そしてその家族。現代の王とも言える人物の家族を無下に扱うことはできないが、犯罪者である事に間違いはない。能力もあり、良心もある。だとすれば更生して貰う事がどの立場から見ても一番なのだ。

 

「イングはリンカーコアの完全喪失。もう魔法は使えないし、魔法が使えないから戦闘によるダメージは治療が少し難しかったけど、何とかなったよ。レヴィ、ディアーチェ、ユーリ……あと融合機のアギトは軽傷で済んだから一番最初に病院から出て捕まった組だね。ナンバーズ収容と同時期だったけど四人とも元気そうだったね。最後にシュテルだけど彼女は戦闘中に腕を失っちゃったんだよね。でもスカリエッティ側と取引で得たクローン技術と現代の再生治療、それを合わせて作った新しい腕を一ヶ月で慣れさせ終わって監獄に収容されたよ―――流石なのはの遺伝子だなぁ、って思わず思っちゃったなぁ、あの光景には」

 

「私の記憶が正しいと義手とか新しい腕とか慣れるのに相当時間が必要だったはずなんですけど」

 

「うん、だからやっぱりすごいなぁ、って」

 

 いや、凄い云々の話ではないのだが。非常識というレベルの事態だが―――よくよく考えてみれば機動六課自体が超特化型魔導師の中でも飛び切り頭が悪く、おかしい部類の連中が集まっている。そう考えたら凄い程度の認識で収まるのか。つくづく”伝説のチーム”というのは凄いものだと思う。まあ、ともあれ、

 

「皆、元気にやっているんですね」

 

「とりあえずはね、順調らしいよ。嬉しい?」

 

「はい」

 

 そう答えると車は段々とだが目的地へと近づく。場所はクラナガンの中心、地上本部の近くに存在する建物だ。白い巨大な建造物は何人もの患者と医者を収容する施設であり、同時に最新の医療機器を優先的に受け取る場所でもある。

 

 先端技術医療センター。

 

 そこのパーキングへとゆっくりと進め、そして車は止まる。




 そんなわけで一家の大半は逮捕ですな、入院しているのを除いて。立場とか色々面倒なのが付きまとっているので純粋に償い、ってのは上手くいかねーもんです。あとチョロ見している白天王さんはステイな。

 ともあれ、

 長かったお話も次回で最終話ですよ。そのあとは順次、今までの後書きを消していきます


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ハッピー・エンド

 先端技術医療センター。読んで字の如く、それは最先端の医療技術を備えた病院のような施設の事だ。様な、と付くのはここが病院の役割を果たすのと同時に本局から回される最先端の医療技術をテストするための場でもある為だ。確かにそれは危険な事ではあるが、それでも最先端の技術によって救える命もまた存在する。そういう事を色々と考慮し、地上本部近くにこれは存在している。―――逆に言えばここで優先的に治療を受けている人間はここでないと救えない、という意味でもあるのだ。

 

 パーキングエリアからフェイトと花束を手に歩き、医療センターの正面へと回る。正面から自動ドアを抜けて院内に入ると、そこには何時もの軽い騒がしさがあった。受付で並ぶ人や椅子で会計を待つ人、そして、

 

「うおおおお、よう―――」

 

 奇声を発しながら倒れる男の姿。そのすぐ横には銃型のデバイスを握ったナースが存在し、奇声を発しようとした男を蹴りで転がして端まで寄せる。途中で一旦此方へと視線を向け、笑顔で挨拶をするとデバイスを肩に担ぎながら、良く響く声で院内に声を届ける。

 

「えー、先生方ー、急患ですよー」

 

 ナースがそう言うのと同時に廊下からダッシュで飛び出してくる姿がある。白衣姿のそれは何処からどう見てもこの病院の医者だ。首に聴診器をぶら下げたまま彼はダッシュからのスライディングで減速すると、

 

「そこの木偶は小児科第三部、通称”しょうさん”が貰ったァ!」

 

 再びデバイスの銃声が響く。バタリ、と倒れる白衣姿を無視して、ナースが再び声を響かせる。

 

「先生方ー、増えましたよー」

 

「ういーっす」

 

 のそのそとやってきた医者たちが倒れている男たちを掴み、そして引きずって行く。引きずりながら会話から漏れる単語はどう聞き直しても”モルモット”やら”木偶”やらで不穏な単語ばかりだ。しまいには明らかに実験台とか言いのけている医者も存在するし、ナースはナースで満足げな表情を浮かべて業務へと戻って行く。激しく何時も通りの先端技術医療センターの光景を見て、フェイトが言葉を零す。

 

「なんかスカリエッティがいたら馴染みそうだなぁ」

 

「……駄目ですね、これは」

 

 軽くだが頭を抱えておく。横の女は全く役に立たないというか芸風に染まり過ぎていて駄目だ。なぜならこの光景を見て楽しそう程度にしか思っていないそう、つまりは―――師父達と同類という事だ。いや、それはそれでなんだか若干羨ましい響きだ。いや、しかしそれはそれで結構悩むところがある。この光景を見てフェイト並に順応しなければいけないのだから。そう考えると意外にハードル高くはないか、とは思うが思ったところでどうしようもないのでとりあえずは忘れておく。

 

「まずは許可ですね」

 

「少し面倒だよね」

 

 フェイトがそう言いながら苦笑して来る事に賛同し、受付へと向かう。そこには三人ほどの短い列が出来上がっているが、それでもそれも五分もしない内に片付く。列の先頭となって受付に到着すると、受付嬢は前に病院に来た時も受付をやっていた人だった。此方の顔を見て、そして要件を察してくれた。素早くホロウィンドウを立ち上げる姿に一応、言っておく。

 

「イスト・バサラと高町なのはの見舞いに来ました」

 

「はい、解っていますよ。アインハルト・ストラトスさんとフェイト・T・ハラオウンさんですね、はい、許可は出ていますので問題ありませんよ。あ、あとどうでもいい話ですが二人にもう脱獄ごっことか変な発想の遊びを院内に広めない様に言っておいてくれませんか? 車椅子レースとか脱獄ごっことか毎回やる度に皆悪乗りして仕事どころじゃなくなるので。もしやるなら、できたら土日にお願いします様に。では二人とも病室の方にいますのでどうぞ」

 

 そこで日を指定する辺り完全に諦めている証拠だ。あのコンビは揃うとエキセントリックさが非常に目立つと思う。まあ、何事も楽しい方がいいと言い切ってしまっているコンビなのでそれが自然体なのだと思う。受付での確認を済ませると、そのまま院内を歩きはじめる。時々すれ違うスタッフたちの姿も何度もここへ足を運んでいるので既に見知った顔だ。故に軽く頭を下げて挨拶をし、そのままエレベーターへと向かう。

 

 エレベーターに乗って真直ぐ向かうのは六階建ての六階、屋上を抜けば最上階となる個人部屋のあるフロアだ。何度も来ているだけあって道筋は覚えている。エレベーターを降りたところでなのはと、そして師父のいる方向は全く逆方向だが―――フェイトは自分と共になのはの方ではなく、師父のいる病室へと向かって歩きはじめる。というのもなのはは基本的に自分の病室には寝る時ぐらいしかいない。本人曰く一人では暇過ぎるらしい。

 

 故に三十秒ほど廊下を進み、そしてイスト・バサラ、ナル・バサラと扉に書かれてある病室を見つける。二度ほどノックすれば向こう側から声が返ってくる。

 

「む、誰だ」

 

 そう言って聞こえてくるのはナルの声だ。病室の自動ドアを内側から開けて出てくるのもやはりナルの姿だった。服装は髪色に近いグレーのセーターにロングスカートと、地味なものになっている。その姿は完全に普段着のそのもので、一部分を抜けば今までの彼女と全く変わらない姿だった。

 

「おーい、ナルー」

 

「あぁ、待て。アインハルトとフェイトが来たぞ」

 

「うん? あ、ホントだ。フェイトちゃんいらっしゃーい」

 

「いらっしゃーい!」

 

 病室だと言うのにその中は賑やかだった。ナルが病室の中に戻るのに合わせて入れば、そこには青いジャージ姿の師父と、赤いジャージ姿のなのは、そして―――ヴィヴィオの姿があった。病室の筈なのにテレビが置いてあり、そしてベッドをどかす様にしてテレビの前にはテーブルやゲーム機、椅子が設置されている。ヴィヴィオは師父の膝の上に乗る様にして義手でゲームコントローラーを握り、そしてイストとなのはもゲームのコントローラーを握っている。見間違いじゃなければテーブルの上に置いてあるのはビールの缶だ。しかも感じからしてついさっき飲んだばかりらしい―――一応まだ外は明るい。

 

 まあ、見舞いに来ると何時もこんな感じなので非常に今更な事だ。頭を下げて師父に会釈を送ると、師父がおぉ、と声を漏らしながらこっちへ来いと手招きしてくる。

 

「よぉ、そんとアイン」

 

「名前を略さないで! それと変な略し方しないで!」

 

 ヴィヴィオがそこでフェイトを見てそんママなんてことを言ってフェイトが心が砕け散る。花束を持ったまま床に倒れるフェイトの姿を無視して師父へと寄ると、

 

「何時も何時も何にもない所に良く来るなぁ、お前も」

 

「いえ、そんな事もないです」

 

 そう言いながら頭を撫でてくる。黙ってそれを受け入れていると、なのはが床に倒れたフェイトに軽い蹴りを入れると言う光景が発生していた。身内に対してとことん容赦ないなぁ、と思っていると、フェイトが立ち上がり、そしてなのはを掴む。

 

「な、なのは!」

 

「どうしたのそんママ? うん? どうしたのかなぁ、そんママァー? そんしてるの ねぇ、そんそん。オラァ、何か言ってみろよそんママ」

 

「いやぁ―――!! やめてー! なのはそんな言い方をしないでよー!」

 

 フェイトが頭を抱えて絶叫するが、なのはは物凄い悪い笑みを浮かべている。身内に対してとことん容赦がないのはこれ、もはやデフォルトなのだろうか。そんな風に崩れ落ちるフェイトの姿を無視して、師父を―――イスト・バサラの姿を見る。ジャージ姿である彼は服装を除けばいくつか今までの彼とは別の部分がある。まず特徴的なのはその髪だ。

 

 長く伸びた髪は首の後ろで揃えられている。途中までは完全に炎の様な赤色をしている髪も、それが毛先へと近づくにつれてだんだんと銀色に変色し始め、頭髪の毛先は完全に銀色になっている―――ナルと全く同じ色だ。そして目だ。片目は本来の琥珀色の目となっているが、もう片目、戦闘によって失われたそれは赤い色となっている。ナルの方へと視線を向ければナルの髪も、毛先へと進むにつれて赤く変色し、毛先で完全に赤くなっているのが解る。そしてその左目は長髪によって隠されてはいるが、そこには何も存在しない。そして、それが戻って来る事もない。

 

 なのはが入院した理由はリンカーコアの大幅な損耗、筋肉の断裂、骨折、内臓へのダメージ―――そういう肉体への凄まじいダメージが発生した事による入院だ。リンカーコアに関しては数パーセント単位での回復不能が確定しているらしい。此方はまだいい。若干問題となるのは師父、イスト・バサラの方となる。

 

 融合事故。

 

 それが”病状”となっている。

 

「おじさん」

 

「はぁーい、イストおじさんだよ―――いや、まあ、まだおじさんって言われる年齢じゃねぇんだけど。オイ、そこ何笑ってんだよなのは。お前の旦那をキャバクラに連れてくぞ。あぁ!? もちろん店員側にするんだよ! お前よりも絶対に人気でそうだよなあ!」

 

「表に出ろよ……私、久しぶりにキレちまったよ……貢ぐしかないじゃない!!」

 

「どうどう」

 

 ナルとフェイトが慣れた手つきで二人を落ち着かせる。そこで直ぐに落ち着いて次のネタに取り掛かろうとする辺り、この二人は本当に仲がいいというか、むしろそこまで息があっていてなぜ親友止まりなの、と疑問を投げさせられる程度には仲がいい。本当に、これで友情しか存在しないと言っているし、それしか存在してないので世の中驚く事はまだあると思う。

 

 ともあれ、落ち着いたところで、ヴィヴィオが師父の膝の上から師父のジャージを引っ張る。それを見て相変わらず自分を含めた子供には人気があるなぁ、と思っていると、

 

「相変わらず元先輩って子供に人気あるね。ヴィヴィオもそうだけどこの前抜け出して公園に行った時、初等科の子供たちと混じって鬼ごっこをしていたよね。しかもなんか元先輩途中から”ベルカ式リアル鬼ごっこ”なんて奇抜なゲームを始めていたし」

 

「ベルカ式リアル鬼ごっこ?」

 

 フェイトが首をかしげて来るので、それが何であるのかを知っている自分が解説する。

 

「普通の鬼ごっこは一人の鬼が複数人を追いかけるわけですが、この鬼ごっこではリアルさを要求されますので、一人で追いかけるのはまずありえないって発想なんです。基本的に多対多で集団による鬼ごっことなります」

 

「あ、ベルカにしてはまとも」

 

「―――あと道具が使用されないのはおかしいという発想で網と棍棒は基本ですね。鬼側はリアルさを演出する為に態々棍棒をケチャップで赤くデコレートしたり、夜勤明けメイクをして恐怖感を増して挑みますね」

 

「まともだと思った瞬間こうなったよ」

 

 自分でも割と思っているが故郷に対してまともな事を期待する方が悪いと思う。頭から離れる師父の手を名残惜しく思いながらも、持ってきた花束をそのままにしておくわけにはいかないので、花瓶まで花束を持って行き、さっさとその中に花束を入れ始める。フェイトは未だにショックが抜けきれないのかなのはから言葉の死体蹴りを食らわされ続けている。良く親友でいられると思うけどひょっとしてマゾヒストなのだろうか。まあ……友情の形は人それぞれだと思う。

 

「おじさん」

 

「あー、あー、解ってる解ってる。ほら、なのは、親友を死体蹴りするよりもこっちで遊んでた方が楽しいぞ」

 

「フェイトちゃん防御力低ければ心の防御力も低いよね」

 

「もう死体蹴りは止めた方がいいのではないのか」

 

 フェイトにトドメを刺したなのはテーブル前の椅子に座ると、再びコントローラを握る。花瓶の中身を変える作業を終わらせて師父の傍によると、三人でライフゲームなるゲームを遊んでいた。

 

「あ、五マス戻された」

 

「元先輩ざまぁ―――あ、借金マス」

 

「ざまぁ」

 

「その言葉、絶対忘れないの」

 

「えい」

 

 そう言ってボタンを押したヴィヴィオが一人だけ最大数値を出して前進していた。止まったマスも給料マスでお金を貰っていた。師父となのはが互いの足を引っ張り合っている状況で、明らかにヴィヴィオの一人勝ちの状態だった。

 

 そんな、日常と全く変わりもしない環境を見ながら思う。

 

 ―――これもそう長くは続かないのでしょう。

 

 現代の科学力では融合事故による融合状態の細胞レベルでの解除は不可能とされており、ナルとイストの心臓の共有状態を解除する術は存在しないという。そしてそれがどうにも治療できない以上、それはそこで諦め―――今の状態で監獄に入る事が決定している。早くて今月、遅くても来月には入る、と決まっている。それはもうどうしようもない事実であり、そして本人が自ら進んで決めた事だった。ナルがその関係上傍から離れられない為、ナルも師父にこの場合つきっきりなのだが―――これを世間は一人勝ちというのではないだろうか。

 

「師父、あまり無茶しないでくださいね?」

 

「お前も心配性だなぁ……もう俺の出番は終わったし、俺の世代で俺がやるべき事も全部終わらせたし、頑張る理由は何処にもないんだよ。だからほら、もうあとは罪を償って平穏に生きるだけなんだよな」

 

 そう答えた師父は片手で頭を掻くと、その膝の上の姿が抱きつくのが見えた。はいはい、と師父が平和そうにヴィヴィオのコントローラーを握って操作を手伝おうとした時、

 

「……?」

 

「うん? どうしたのアインハルトちゃん」

 

「いえ、何でもないですそれよりも―――」

 

 今一瞬師父に抱きついていたヴィヴィオが此方に向かって軽く笑ったような気がしたが、楽しそうだし別にどうという事もないだろう。それよりも今は大事な事は師父と同じ時間を過ごす事だ。何と言ったって残された時間は少ない。だとしたらあとはどれだけ濃密な時間が過ごせるかが重要だ。だとしたら、

 

「師父、私もゲームに混ぜてください」

 

「む、どうせならそこで死んでるフェイトちゃん蘇生して六人全員で遊ぼうよ。マルチタップあったっけ」

 

「コントローラーもたりねぇよ。たぶん院長室にあるんじゃねぇかなぁ」

 

「ちょっと略奪してくる。レイジングハート」

 

『All right, here I go』(あぁ、今日もですか)

 

 デバイスのシステムボイスには疲れとかの表現がないはずなのになぜか、どこか疲れた様な感じがするのは間違いだろうか。とりあえず、

 

「失礼します」

 

 一声かけてから師父の開いている方の膝に座らせてもらう。軽く背中を胸に預ける様にすると、師父が視線を後ろへと向ける。

 

「おーい、マイワイフ。俺ってばモテモテ」

 

「今なら幼児誘拐で訴えられる絵だな。試してみるか?」

 

「嫁がセメントで辛い」

 

 本当に、何時も通りに笑みを浮かべて馬鹿をやって、そして今を生きている師父達の姿を見て、変わるものもあれば、変わらないものもある。それを認識し、そして理解する。

 

「ま、なんだ……色々遠回りしてきたけどスカ太郎や俺達の処遇も大分決まって、色々と終わるのが近い時期だし、ようやっとたどり着いたというか……まあ、何というか。アレだな」

 

 師父の長い戦いは今、

 

「―――これが陳腐でつまらないハッピーエンドってやつだな」

 

 終わったのだと。




 これにてイスト・バサラを中心とした彼の物語は終了です。

 半年間駆け抜ける様な形で一緒に追ってきた読者の皆様本当にありがとうございます。あとがきは消すのが面倒になったので放置で決定するとして、今までキチガイキャラばかりのこの小説に良くついてこれるな、等と言いたい事はいっぱいありますが、

 マテリアルズRebirthはこの話を持って完結とします。近いうちにあとがきをこの次の話として更新する予定なので、質問などがあれば感想に投げてくださればある程度はお応えできると思います。

 それでは約半年間、お疲れ様でした。


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後書き
後書き


 半年間ほぼ毎日執筆、交信して漸く「マテズ」を完結までこぎつける事が出来ましたね。本当にこの半年間、追ってくれた皆様には感謝を、マテルアルズRebirthの作者のてんぞーです。とりあえずは後書きという事で読者の皆様に一言。

 

 誤字報告ありがとう。

 

 えぇ、まぁ、とりあえず慣れている人も、慣れてない人にもこれだけは言っておかなくちゃいけないと思って。誤字脱字だらけの作品ですが、こうやってたくさんの感想を貰ったり愛されたりで非常に感謝しております。感想に対する返信何時も文字数少なくてごめんね、実はてんぞーちゃんコミュ障なんだよ!

 

 という訳でして半年で200話超え、人間やればまあ、何とかなるもんですよ。

 

 当初のマテリアルズは【地雷小説】というテーマだったんですね、これが。初期の頃から追っている人であれば大体どういう意味かは解ると思いますが、【地雷】タグやらと色々タグで遊んでたりもしてましたが。まあ、途中で『これで流石に地雷を名乗るのは失礼だよなぁ……』という考えが大体湧いて来まして、そんなわけで途中から【地雷小説】ってのをある程度撤回する感じで書き進めて……そして今のマテリアルズが出来上がった感じですね。

 

 えぇ、つまり当初は地雷小説路線でした。

 

 まぁ、最初の頃から読んでいる方であれば多少なりともわかっている事だと思います。

 

 ともあれ、こうやって完結するのは初めてであり、後書きを真面目に書くのも初めての事なので語られる事の無かった作成秘話とかを軽く出したりしようかと思います。軽い疑問とか、あとは執筆に気を使っている事とか。そういう「マテズを書いている間に気にしていたどうしようもない事」がこれより続きますので。

 

 ではいきますよ?

 

 とりあえず初めに、

 

 ―――後半、あまりマテリアルズが関係なくなってきて非常に申し訳ありません。

 

 空白期は自分でも結構綺麗にやれていた、という感覚はありました。というよりキャラの描写の分け方ですね。そこらへん、マテリアルズを返って来る事に対する軸にしておくことでちゃんと物語の中心にできたと言いますか。ですが原作Sts時期に入ると段々とマテリアルズの出番がなくなると言いますか、ぶっちゃけますと、

 

 描写するキャラクター数が増えてしまったんですね。

 

 基本的にてんぞーは毎回執筆する毎に作品ごとに何かしらテーマを決めて執筆する事に挑戦しています。テーマというよりはジャンルとか、スタイルとか、そういう所なんですが、「マテリアルズ」に関しては【納得のできるハーレム】と、そして【大人数の描写】という二点に対しての挑戦だったわけなんですね。

 

 まあ、何事も挑戦しなきゃ上手になりませんよ? という話なので、まず文句は挑戦してからじゃないと吐けませんので。

 

 そういうわけで地雷ハーレムという挑戦は20話目あたりから普通のハーレムに挑戦する事になったわけでして、複数の女の子を同時に、恋愛感情を交えて描写するという事への挑戦だったわけです。そう言う意味ではマテリアルズは後半、原作時期にはいって失敗したって感じでしたね。Sts時期に入ったら主人公側も描写したい、なのは側も描写したい、その欲望だけ先走ってしまい挑戦したところで―――時間と技術が足りなかった。こうなってしまいました。

 

 たぶんですがこれ、無理に機動六課の方は描写をやらずに放置しておいて、イスト君の視点一本で執筆し続けて機動六課側の描写はまちまちにしておけばそこまでタイトル詐欺にならなかったと思うんですね。まぁ、若干タイトル詐欺になってしまった事は個人的にも色々と思う事がありまして、次につなげる考えを持っている物としては次回作辺りではまた今回失敗したところを反省して綺麗にやろうかな、とは思っています。

 

 誤字脱字に関してですが、此方に関してはもういう事などない。餌だよオラ。喜んで食えよ。

 

 えー、それで「マテリアルズ」という作品に対してですが真面目に挑んだのは【不良騎士】以来の話になるのですが、実はアレがこの話のプロトタイプという感じにもなっちまして、基本的にアレの流れを汲んで作ったのが「マテリアルズ」というお話になりますね。決して放置しっぱなしだったり忘れていたわけではありませんからその辺注意してくださいね。そういう事を考えていると登場キャラは全く違ってきていますが、今までやって来た事、練習してきた事、それが何年も前であっても少しずつ練習し、身に着けた経験は裏切らないんだろうなぁ、とほぼ毎日執筆しているてんぞーちゃんは思うわけでして、少しでも共感を得られるのだったら皆さんも何か書いてみたらいいな、かなと。

 

 元々てんぞーが執筆を始めたという理由がそもそも「読みたいのに見つからない、なら供給しなきゃ」って発想でして、最近は若干消沈気味ですがまたいくつかの名作の様なSSが再び更新されたり生まれたりでここらが盛り上がってくれると非常に嬉しくててんぞーの執筆量が減らせるという事でして。ここら辺もう少しどうにかならないですかね―――あ、神様テンプレは基本シャットアウトで。

 

 とりあえず執筆するにあたって、

 

 テンプレで楽をしない、

 

 チートという言葉で楽をしない、

 

 その場の衝動で全てを決めない。

 

 この三つをちゃんと守ってさえくれれば完結までこぎつける事はそう難しくはないと今回執筆していて思ったものですね。何事も楽をしようとしたり、計画性を抜きにして決めたりするから粗が見つかったり、ボロボロになって行くわけでして、ここら辺は経験も必要なあたりですが、書いてたり書く予定があったりしたら一度プロットを全て書いて、それを時系列順に並べまして、定期的に見直したりすることをお勧めします。私自身も「マテリアルズ」を執筆している間にプロットを五回と言わずに三十回ほど見直して、展開を進めるごとに内容をそのたびに修正して微調整してきましたので。

 

 それとはまた別に、”風呂敷を広げる”という行動に対する注意もまた必要ですね、と今回書いていて改めて思いました。設定を広げる事で作中、物語の展開は一気に広がります。ですが、それはそれとして―――それを畳むだけの技術はありますか? 執筆できますか? そこで迷う事無くうん、と答えられる人は少しだけ立ち止まって考えてほしいです。実際問題マテリアルズは若干風呂敷を実力以上に広めてしまった一例だったので、広げたものをすべて回収するという行動は想像以上に難しいものです。簡単に”できます”とは決して言えるものではないのです。

 

 まぁ、それ以上に今回は尺にヒギィ! されたのが真実ですが。

 

 えぇ、尺ですよ。尺。タイムリミットとも言います。

 

 実際問題”駆け抜ける”ってのは悪くはない話です。寧ろ”長く続きすぎない”という事に対する配慮は物凄く重要で、ネットで連載する小説やSSであれば気にかけてほしい所の一つです。何事にも”飽き”は来るんです。それは読者だけではなく、作者に対しても言える事です。

 

 何か一つを執筆していて面白い作品を見つけた、そっちに目移りをしてしまう―――今度はそっちを書きたくなる。

 

 SSを書いた経験があるのであればこんな経験、一度と言わず何十と経験しているでしょう。それによって今まで書いていた物への興味は少しずつ薄れて行く―――これが一番恐ろしい”飽き”っていうやつです。エターしたり、更新が遅れたり、段々と作者が飽きると作品の質や更新頻度が低下して行きます。なので、一つ、作者として重要な事は、

 

 飽きる前に完結。

 

 これですね。”別の作品を書いてみたい”とか思い始めたら割とヤバイ証拠です。それで実際別の物を書き始めるとかなりヤバイです。いえ、まあ、一部の計画的な人は別のを書いていてもちゃんと完結まで繋げるので色々と大丈夫なんでしょうが。

 

 ともあれ、余所見厳禁、という事ですな。

 

 まぁ、物凄い言い訳がましい感じでしたがこの”飽き”を感じる前に作者としては是非とも「マテリアルズ」を終わらせたかったわけでして、それで期限を年末、今年度の完結を目指したわけです。綺麗に完結するためには色々とそぎ落とす必要があったわけでして、……まあ、その結果色々とけずる必要がありました。

 

 その最たる犠牲者がティアナとマテ子達ですねー……。いや、本当はもっと活躍する筈でしたし色々とイベント組んであったんですよ? 今言っても完全に無駄ですが。ですけどスマートにやる分には若干詰め込み過ぎて期待させ過ぎた、って感じなのでしょうか。

 

 スマートにやる分には何かしら削る必要はあるんですねー。

 

 まあ、そんなわけでして実のところは結構落ち込んでいたりも。改めてイスト側の視点一本でやっておけばタイトル詐欺にならなくて済んだんじゃないか、とは思ったんですけどやっぱり未知というか挑戦した事のない事に挑戦するのは楽しいと言いますか、敵側と味方側、その二つの視線を切り替えながら互いの事情を読者に通し、誤解させたりして話を進めるのは楽しかったといいますか……基本的に挑戦した事のない要素を遠慮なくぶっこんで本編で練習するスタイルなので粗が目立つ所があるんですね。

 

 まあ、「マテリアルズ」は終わってしまいましたが、話は次の世代に、ヴィヴィッドへと繋がります。そちらの方ではアインハルト・ストラトスを主人公とはしますが、もうちょい馬鹿馬鹿しく、騒がしく、そしてマテリアルズな日常を描写して行こうかと思っています。

 

 「マテリアルズ」が読者に”鬱メイカー”とか”俺知ってる、絶望っててんぞーって言うんだろ”とか”この絶望中毒者”とか散々罵倒されてきた分、ヴィヴィッドの方はとりあえず絶望・鬱成分控えめ(自分的)で行こうかと思っています。

 

 まぁ、とりあえず今月は書き終わった構想を固めたり細かい所を調整したりでヴィヴィッドを更新する事はないと思います。その代わりに息抜きで突発的な何かを1話だけ書いて投げたりする可能性はありますが。最新の近況や執筆状況に関してはツイッターの方をご確認ください。

 

 さて、「マテリアルズ」で語られる事のない話や、気になっている話といきましょうか。

 

 とりあえずアインハルト視点でのエピローグは結局の所”アインハルトの視点”という事で故意に抜かしていた情報が色々とあります。イストの詳細な状態やヴィヴィオに関する話、あとは刑務所組に関するお話ですね。

 

 ともあれ、まずは刑務所組の話としますが、原作におけるナンバーズの扱いですね。

 

 スカリエッティ一味が重犯罪者であり世界規模や殺人を多く犯した経歴が存在するのに処刑が無かった、というのは非常に軽すぎるというか……リリカルなのはという作品がそこまでダークな作品じゃないって事を考えるとまあ妥当といいますか、それでも納得できない人は多いというか扱うにしても少々”アレ”なので。とりあえずスカリエッティはその頭脳の有用性が認められ、処刑して消してしまうのが勿体ない事、そしてウーノとドゥーエが管理局の暗部に関する情報を多く持っていて、これを交渉材料に減刑を諮った、というのが此方での扱いとなります。まあ、妹想いといいますか、ドゥーエがあっさりと捕まったのはこのあたりで交渉できるように持っていくためですね。刑務所に残るのはドゥーエを含めた原作と同じ面々となります。まあ、ここら辺は大きな変化はありませんね。基本的に出所や減刑に関わる扱いが少々変わって、スカリエッティが管理局に対する奉仕活動を少しだけ行っている、という事でしょうか。

 

 次に刑務所へと行ったマテ子達ですね。別名負け組とも。此方は被害というかダメージが少なかった連中からドンドン刑務所にダイブしていきましたね。元々求めているのが平穏ですから、ちゃんと刑期を終えて自由になれるのであれば、それを断る理由は存在しないので。約一年は監獄での生活を経験したら普通の生活、社会への奉仕活動って制限はつくでしょうが戻って来るでしょう。

 

 ちなみにどんなにエキセントリックであろうとムショはムショです。少しはワイワイできたとしてもそれ以上はありませんのであしからず、反省のお時間ですねー。

 

 では気になるところ鉄腕大先生ですが……えぇ、まあ、感じとしては融合しすぎちゃった結果、完全に元に戻れない、って感じでしょう。ナル子さんの目は鉄腕先生の所へ、心臓は”共有している”という感じが正しいでしょうね。

 

 まあ、適性が高くてあんな無茶にとっかえひっかえやって、それでいてノーリスクってのはムシのいい話ですからね。

 

 まあ、これからイストさんには王を超えちゃった責任がムショから帰ってきたらある訳でして、そこらへんの話もヴィヴィッドで出そうかと思っています。ヴィヴィオに関するお話もヴィヴィッドの方で色々と出ると思いますので、もう少々お待ちください。期待を裏切らないようにしようかと。心境としては初の完結作品で色々とやりたい所ですが、

 

 完結祝いに来た100件近い感想を返信する作業があるので返信待ってる人はステイで。ちょーっと、ステイで。時間が出来次第質問応えつつ順次ケツバットしに行くのでもう少しステイしていてください。

 

 では初のまともな後書きという事もあって少々長くなってしまいましたが、この後書きを最後に、感想の返信と誤字の修正以外でこの作品を更新する事はないと思います。この物語は完全に終了しましたので、次でお会いしましょう。

 

 マテリアルズRebirthをご愛読ありがとうございます。

 

 これからも、どうぞよろしくお願いします。

 

 さて、ケツバットタイムだ貴様ら。



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読み切り短編
バレンタイン特別短編


時系列:第一部前期


「ハッピーバレンタイン!」

 

 空隊での仕事から帰ってくると、扉を開けるのと同時にそんな声が前から襲い掛かってきた。しかもご丁寧な事にクラッカーつきで。顔にかかった紙吹雪を片手で拭いながら、視線を目の前でクラッカーを握る四人の娘達に向ける―――即ちレヴィ、ディアーチェ、シュテル、ユーリのマテリアルズの事だ。仕事が終わって疲れたこの時間、追い打ちをかけるがごとくクラッカー攻撃。

 

「それを闘争への合意と見た」

 

「何で言い回しが古いんですか」

 

 うるせぇ、と言ってから家に上がる。何やら娘達が浮足立っているが、まずは玄関の先へと行ってからの話だ。流石に二月の寒気に身を任せたまま玄関で話し合いを続ける気にはならない。何よりもそれは近所迷惑、というものだ。家の中であればそれなりに防音が効くし、多少怒鳴ったり暴れたりしたところで問題はなくなる。故に靴を脱いで玄関へと上がると、その動きに合わせるかのようにマテリアルズ娘共がスイィーと、滑る様に後ろへ下がる。

 

 正直に言えばキモイ。

 

「キモッ」

 

「酷い!」

 

 なので臆す事もなく率直に告げると傷ついたようにレヴィが胸を押さえて倒れる。オーバーリアクションだけど可愛いなぁ、等と感想を抱いていると、仕方がありませんね、とユーリが額を拭うようなしぐさを取る。その仕方がない、とは一体どういう事なんだ。

 

 ユーリがいいですか、と前置きを置いて指をびしり、と此方へと向けて来る。

 

「いいですか? いいですね? 今日はバレンタインです」

 

「なんだそれ」

 

「―――!?」

 

 その一言にショックを受けたかのような表情を浮かべるのは娘達全員だった。まるで盲点だった、と言わんばかりに表情を浮かべると、数秒間固まる様に踏みとどまり、そして両手を前にだし、

 

「た、タイムで」

 

「はよ退けよ」

 

 だがその発言を無視して四人が肩を組んで円陣を組む。完全に作戦会議といった様子だが、正直な話玄関に繋がる廊下を抜けてリビングへと行き、そして暖かいコーヒーでも飲みたい気分だ。ここの住人に俺を労おうという精神の持ち主はいないのだろうか。

 

「緊急事態です」

 

 しかも声が聞こえている―――これ、円陣を組んでいる意味はあるのだろうか。

 

「えぇ、緊急事態ですね。そう言えばイストはベルカ人で地球人じゃありませんでしたねー……完全な盲点でした」

 

「そうだね。ノリが完全に一致しているから偶に忘れるけどイストって地球人じゃなくてベルカ人なんだよね。本当に何でノリについてこれるか悩むのも忘れるぐらいにノリがいいから忘れてたけどこれって逆にチャンスなんじゃないかな」

 

「うむ、前知識がないという事はある程度好き勝手出来ると言う事だからな」

 

「我が家の良心が好き勝手とか言っている事に戦慄を隠せない」

 

 何なんだろうか、このバレンタインというイベントは。どうやら目の前の娘共の話からすると地球特有のイベントらしく、それについて盛り上がっているらしい。また愉快な事が好きな連中だなぁ、と思いつつも彼女たちに不便を強いているのは自分だと再認識する。外へと自由に行けないこの状況で、家の中で出来るイベントがあったとしたら間違いなくやりたがるだろう。そう思考を作ってから軽く溜息を吐く。こういう遊びに付き合うのも年長者の責務というやつだ。故に腰に手を当てて胸を張る。

 

「んで? 俺は何をすればいいんだ?」

 

 軽い諦めと期待を持ってそう言葉を投げかけると、返答の代わりに腰に当てた手が両側から握られる。両側から挟み込む様に腕を取ったのはレヴィとユーリだ。その動きが何か楽しみにしている少女のそれだと思うと、少しずつだが期待値が上がって行くのはしょうがない。結局自分の苦労というやつはこの少女たちの笑顔ため、という事実がそこには存在するのだから。

 

「さ、こっちですよ」

 

「早く行こっ!」

 

「あぁ、行くから腕を引っ張るなって。お前ら意外と力が強いんだから」

 

 ディアーチェとシュテルがリビングへの扉を開き、そしてレヴィとユーリに引っ張られるように廊下の扉を抜ける。そうやって到着するのはいつもどおりのリビング―――ではなかった。いつもどおりの筈のリビングはピンク色の装飾があちら此方と施され、軽くファンシーな光景となっていた。そんな飾りうちにはなかったはずだ、と思いながら目を飾り付けへと向ければ、それが紙でできている事が解る。

 

 ……最近なんかこそこそやっていると思えば、こういう事か。

 

 最近マテリアルズがこそこそと何かをやっていることには気がついていた。だがまさかこんなこととは、とは思いもしなかった。彼女たちの知られざる努力に軽く苦笑しつつも、これが自分の為に用意されたものだと思うと、少しだけ申し訳ない気分になる。普段からかまうことができずに仕事ばかりだし、ちょっとこういう感じで恩返し的な何かを受け取るのは心苦しい。

 

 と、そこで鼻を突く匂いに気づく。甘ったるい、鼻に残るこの匂いは、

 

「チョコレート?」

 

「正解!」

 

 テーブルの前まで連行すると、レヴィが腕を広げながら肯定する。そしてそれに続くようにシュテルが補足を入れる。

 

「バレンタインというのは地球のイベントですよ。厳密には違うんですけど、大雑把に纏めると”好きな人や恋人、普段から世話になっている人に対して贈り物をする日”という解釈で間違ってはいません。この贈り物として一番一般的なのがチョコレートなんです。ですので」

 

「日頃からの感謝と、そして我々の好意をストレートに詰めたチョコレートだ。勿論受け取ってくれるよな?」

 

 ディアーチェがそう言ってチョコレートが四個収められている、リボンによって飾られている箱を此方へと向ける。そう言うディアーチェの言葉はまっすぐだが、その態度は恥ずかしそうで、頬が少しだけ朱に染まっている。視線もまっすぐ向けてくるのは片目だけで、体は若干横へと捻ってあり、恥ずかしそうにしている。正直、そんな姿を見せられて否定できるほどの悪人ではないというか、その態度は若干卑怯なんじゃなかろうか。

 

「我が王があざとくて絶望した」

 

「点数稼ぎ……」

 

「僕思うんだけどさ、やっぱりユーリとシュテるんってそういう所がだめなんじゃないかなぁ……あ、イスト、そのチョコは一人一個ずつ作ったから、ちゃんと一個一個味わって食べてね!」

 

 そうだな、とレヴィ達に対して応えながらディアーチェからバレンタインプレゼントを受け取り、そしてその中に入っているチョコレートをつまむ。その動作で軽く息を呑んだのがユーリから、それが彼女の作ったチョコレートだと察せる。まあ、

 

 遠慮する必要も心配する必要もない。

 

 迷うことなくチョコレートを一口で口の中に入れる。

 

 口の中で解けて行く甘い菓子の味を楽しみながら、笑顔を浮かべて少女の頭を撫でる。

 

「いきなりなんだ、とは思ったけどさ。こんな事されて喜ばない男がいるわけないだろ? ありがとうよ、美味しいよこのチョコレート」

 

 そう言うとパァ、と笑顔を浮かべる少女の姿を見て、

 

 悪くはない、心の底からそう思い、そしてこの平和で優しい時間が続くことを小さく祈った。




 もう更新しないと言ったな。アレは嘘だ。イベント短編ですよー。銀髪無口教な身内が”バレンタイン短編どうしよう”と発言したので更新の変わりに此方を。責任はすべてそいつにあるので蹴るのならそちらを。

 チョコはもらえなくても、バレンタインはバレンタインです。もらえたもらえないを気にせずチョコを買って、家族で分け合って食べるのも楽しみ方の一つかと。妬むのはネタとしていいけど、笑ってすごせる人とはかっこいいものです。

 それではハッピーバレンタイン。


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クリスマス特別短編

「クーリースーマースーがーやぁーってーきぃーたぁー」

 

「そのクソみたいな歌を止めましょうよヴィヴィオさん。近所迷惑な上になのはさんが憐れなのと私の耳が腐ります」

 

「その喧嘩買ったよハルにゃん。表出ろよ。覇王が聖王に勝てねーってのはベルカ時代から変わってないから!」

 

 構えようとした瞬間、キッチンから獣の眼光が飛んでくるので即座に構えた拳を下ろし、ヴィヴィオの横に並んで肩を組んで仲良しアピールする。それを受け取ったキッチンの主は数秒間こちらを眺め、満足した様に頷きながらキッチンの中へと消えて行く。その姿を見送ってから息を吐く。ヴィヴィオから離れて再びクリスマスツリーへと向き直り、足元の箱から装飾を拾い上げ、それをクリスマスツリーに飾って行く。それはミッドチルダにもベルカにもない文化だった。なのは達”地球”出身者たちの文化で、とある聖人の生誕を祝うのが始まりで―――今ではただ単にパーティーをする為だけの口実、そういう日だった。

 

 息を吐く。白くはならない。室内だから当然だ。だがクリスマスツリーの向こう側、ガラスの向こう側の景色を眺めれば、そこには白く染まる家の庭の姿が見える。クリスマス、それは冬のイベントの一つだ。もうすでに何度か経験していても、異なる文化のせいかなれない。それとも自分の過去が”祝う”という事から極力離れた人生を送っていたからかもしれない。ただ、それでもちゃんと楽しめている自分がいるのは確かだ。悪くはない。そう思っている。今ではちゃんと友達もいる事だし。

 

「それにしてもクリスマスですか、不思議な文化ですね」

 

「ハルにゃん、そうは言うけどベルカ自治区に行けばみんなグランドキャニオン聖王の誕生日祝っているし、多分同じようなノリだよ。なんかめでたかったらとりあえず祝っておけばいんじゃね? 的な」

 

「凄い……この子……流れる様に自分の過去をディスってる……」

 

「ヴィヴィオちゃんの未来は巨乳で確定しているし、貧乳とナイチチは無条件で見下すべきかなぁ、って……」

 

 なのはは絶対に教育に失敗したと思う。もしそうじゃなかったらベースとなったオリヴィエの人格が相当残念な人物だったのだと思う。可能性としてはヴィヴィオがただ単にキチガイの極みにある可能性が一番高いのだが、友人というポジションにある身としては友人が根っからのキチガイだとすると自分の評判まで悪くなってしまう。もうすでに遅いような気もする。なるほど、

 

「ヴィヴィオさん、今日から友人という関係を辞めませんか」

 

「じゃあどうするの」

 

「飼い主とゴクツブシで」

 

「お、今日はハルにゃん死にたいのかな」

 

 そこから構えた所をにらまれて仲良しアピールまで再びワンセット。いつものノリでいつものコントが終わったところで、さっさとクリスマスツリーの飾りつけを進める。本当なら何日も前から飾っているものらしいが、今年はなんだかんだでみんな忙しく、こうやってクリスマスの準備をするのを忘れていたせいで今、バタバタとしてしまっている。まぁ、理由は解る。少し前に発生した”マリアージュ事件”が原因だ。イクスヴェリアの寝顔があまりにも穏やかだから顔に油性ペンで落書きしてしまったのはいい思い出だ。

 

「それにしてもなんだかんだでバサラ家と高町家の交流も日常的なものになりましたねぇ」

 

「ママ達、ずっと前から友達やってるからね。たぶん私達もママ達みたいにずっと仲良くやってるんじゃないかなぁ」

 

 ヴィヴィオにそう言われて、そうだな、と思う。なんだかんだでヴィヴィオとは長い付き合いになっている……なってきている気がする。まだ数年の付き合いだ。だけどたぶん、このまま、何でもない関係がずっと続くような、そんな予感はある。生まれ変わってもこうやって、出会ったのだから。きっと、この先もずっとそんな関係が続く気がする。まぁ、悪くはないのだ。悪くは。

 

 一旦そういう考えを頭の中から追い出して、クリスマスツリーの飾りつけをさっさと進めてしまう。今、忙しく働いているのは自分だけではない。管理局の方で仕事をしている人や、子供の相手、料理の準備等で皆、忙しくクリスマスパーティーの準備を進めている。そんな中で、自分たちも遊んでいるのは少々不謹慎だろう。そう思い、さっさと手伝いを頼まれたツリーの飾りつけを進める。途中からヴィヴィオとどちらの方が芸術点が高いかの勝負になってくるが、どうあがいても芸術性ゼロのヴィヴィオより自分の方が上手く飾れたに決まっている。

 

 と、そんなことをしている間に飾りつけが終わる。

 

「まぁ、こんなもんですね」

 

「ビューティフル……」

 

 装飾の中にはなぜか気絶しているリィンフォース・ツヴァイの姿とアギトの姿があるが、きっと自ら志願したに違いない。二人には特等席としてツリーの頂上が与えられている。これはこれでなんか捕虜を拷問しているような感じになってきた。拷問だ、放火だ、とどっかへと攻め入るたびに叫んでいるコンビがいる事だしこれで良しとしよう。

 

「ヴィヴィオにアインハルト、どうやら飾りつけが終わった様だな。しばらくは好きにだらだらしていても良いぞ」

 

「わぁい!」

 

「ありがとうございます」

 

 キッチンからエプロン姿のディアーチェに許可をもらったので居間の方へと移動し、ソファ前のテーブルに置かれたボウルからお菓子を手に取り、ソファに座りながらそれに齧りつく。自分が選んだのは”ジンジャーブレッドマン”というクッキーであり、ヴィヴィオが選んだのはショートケーキの一切れだった。それを紙皿の上に乗せて、もぐもぐと食べながらつけっぱなしになっているテレビへと視線を向ける。つけっぱなしになっているテレビではエンタメ番組がかかっており、現在のミッドチルダの流行や出来事をつらつらと見せている。

 

「あ、クロノさん」

 

「ほんとだ」

 

 クロノ・ハラオウンが番組のゲストの解説役として出演していた。意外と身近な人物なので、テレビに映っているのを見てちょっとだけ驚いて―――そして思い出す。なんだかんだで自分たちの周りにいる人物って有名人だよね、と。なのはやイストは雑誌やテレビの取材は何度も受けているし、そういう事で何度か仕事をもらっていることもある。自分とヴィヴィオはそこらへん、聖王教会が全力でストップをかけているからなにも来ないらしいが、管理局や聖王教会の仕事”だけ”だと完全にスケジュールを詰められちゃうので、ある程度は自由がきくように軽い立場にして、仕事を少な目、その代わりにこういう仕事を偶に受けてはお金をもらっているとか。

 

 難しい事は良く分からない。だけど、家族を養うという事が難しい、というのは良く知っている。

 

 特にバサラ家は人が多い。その分お金だって必要になってくる。その分、働かなくてはならない。

 

『―――という事でして、質量兵器の所持に関しては現状様子見という所でしょう。”魔法の様に非殺傷設定がない”と言われていますけど、その言い分は次元犯罪者には通じませんからね。ぶっちゃけた話、セーフティを設けて管理すれば古代ベルカの様な事を恐れる必要はないと思いますね』

 

『成程、それではクロノ提督に最近の夜の生活に関してをコメントしてもらいます』

 

『良し、その前に管理局のトップエースの鍛錬法を経験させてあげよう』

 

「最近はテレビの方も容赦がなくなってきましたね」

 

「トップがはしゃいでると伝染するからね」

 

 もぐもぐと食べながらどっかで見た事のある芸風に騒ぐ番組の様子を見る。昔と比べて今の世の中は割とタガが外れてぶっ飛んでるなぁ、という思いだ。まぁ、全ての原因はジェイル・スカリエッティだろう。あの男がこの世界で大暴れしたのだ。あの男が欲望のままにふるまい、世界にその姿勢を示した―――その結果、どこかで人間の本能的な何かが外れた……様な感じもする。

 

 なんというか、もっと、自分に正直というか。

 

 そういえば今、ジェイルはどうしているのだろうか。重犯罪者であるのは確かだが、管理局に対する奉仕活動をすさまじいペースでこなしている、というのは聞いた話だ。きっと、今頃留置所で娘たちとクリスマスでも楽しんでいるのだろうか? あの男はなんだかんだで異世界の文化に詳しかったり、お祭りには目がなかったりするし。

 

 そんな事を考えていると、携帯端末にメッセージが送られてくる。ポケットから取り出し、送信者がエリオであるのを確認した瞬間、内容を開く前にポケットの中に押し戻す。どうせ内容はいつもと変わりがないからこの際、無視した方が楽だ。そんな風に判断して視線をテレビへと戻したところで、

 

 ―――ズドン、と地に響くような音が庭の方からする。

 

 流石に無視するわけにもいかず、視線を持ち上げて窓ガラスの向こう側、中庭へと視線を向ける。そこには奇妙な姿がいくつかあった。

 

 一つ目は全身茶色のタイツにつのを頭から生やした男の姿であり、その肩にはソリが担がれている。そしてそのソリの上で仁王立ちをしているのは茶髪の女の姿だ―――ただし服装はミニスカートのサンタ服装という冬には少々寒すぎる格好だが。いや、よく見ればトナカイスーツもサンタ服もどちらもバリアジャケットのデザイン変更機能を利用されているのは解る。体温調整機能によって寒く感じる事はないだろう。とりあえず二人―――イストとなのはがクリスマス用にコスプレした来たのは解る。しかしなぜソリ。そしてソリの上で仁王立ちしている。

 

「あ、ママ達だー!」

 

 わぁい、と言いながらヴィヴィオがガラス扉を開ける。一気に冷気が家の中へと入り込んでくるが、それが完全に部屋を侵食する前に素早くトナカイ&サンタがソリを捨てながら中に入り込んでくる。二人は体を軽く動かしながらいやぁ、と言葉を漏らす。

 

「メリィィィィクリスマァァァス少女達よ! 良い子にしてたかな? ん? んン? 悪い子は戦犯扱いされて裁判行きだからな! A級戦犯になっちゃだめだぞぉ? A級戦犯になるとこうなるからなぁ!!」

 

 そう言ってトナカイ(イスト)がポケットから端末を取り出し、空中に記録映像を投射する。そこではどこかのパーティー会場で見た事のある少年がクリスマスツリーに縛られながらピンク髪の少女と紫髪の少女に迫られているという内容だった。心の中で合掌しつつ、結婚したら是非連絡を入れてほしいと思う。もうそれ以外にオチが見えないから。

 

「というかママ達今日は無理やりお休み取ってるはずなのに朝から何をしてたの?」

 

 ヴィヴィオの言葉にサンタ(なのは)が頷く。

 

「うん? 実はね、今日は休みのはずなのに急に無限図書館が”一人だけ楽しいクリスマスとか許せねぇ……!”とか言ってね、無限図書館内に他の司書たちと一緒に立てこもり始めたからちょっと昔懐かしいタッグ組んで爆撃してきたのよ。おかげでユーノ君を連れ戻すこともできたし―――ほら」

 

 外へと視線を向けると、ソリの上には大きな白い袋があり、そしてそこから首だけを出すような形でユーノ・スクライアの残骸があった。

 

「ユーノパパァ―――!?」

 

「惜しい奴を亡くしたぜ……」

 

「これからスカリエッティ脱獄させてユーノ君を蘇生させなきゃ」

 

「いや、死んでないから」

 

 もそり、と音を立てながら袋から脱出しようとして―――庭の雪の中にユーノが顔面から沈んだ。それを全力で笑ったトナカイが開け放たれた庭の中へと蹴りによってリリースされ、ユーノが回収される。そのまま閉じられそうな瞬間に、バインドがサンタを掴み、中庭へと引きずり戻す。結果、サンタとトナカイと引き換えにプレゼント(ユーノ)が家の中に到着する。いったいあの二人は何がしたいんだろうか。いや、でも、なんだかんだで楽しそうだし、一切遠慮の存在しないあの二人の友情には憧れるものがある。

 

「アレであの二人には友情しかないって言うんだからねぇ。立場関係なしに身内の中で一番仲が良いのはあの二人なんじゃないかなぁ」

 

「なんか、終わりのない友情って感じでちょっと憧れますよね」

 

 そう言っている間にトナカイとサンタがクロスカウンターを決めていた。そこからバックステップ、プロレスみたいにポーズを決めながら構え始める。本当に仲が良いなぁ、と思っていると、横で雪の詰まったメガネをどうにかしようとユーノが足掻いていた。そしてそのまま床に倒れた。ユーノから視線を外してガチ殴り合いを始めている庭の二人へと視線を向け、そこから視線を外してテレビへと視線を向けなおす。

 

「ヴィヴィオさん、なんか暇つぶしにゲームでもしましょうか」

 

「んー、2人で遊べるもんで……真・ベルカ無双Ⅲとか?」

 

「Ⅲってクラウスが産廃性能に調整された奴じゃないですか。Ⅴの方にしましょうよⅤに」

 

「えー、そっちはゆりかご実装されてないじゃん」

 

「むしろマップ兵器で蹂躙する予定だったんですか」

 

「ゴミの様に吹き飛ぶ敵を見るのって楽しくない?」

 

 やっぱりオリヴィエって結構残念か暗黒な性格をしていたと思う。じゃなきゃヴィヴィオもこんな風に―――いや、親とかが非常にアレだからオリヴィエは関係ないかもしれない。

 

「アインハルトー、ヴィヴィオー、そろそろ並べますから手伝ってくださーい」

 

「はぁーい」

 

 何時の間にかキッチンに増えていたユーリの声に返答しつつ、立ち上がってキッチンの方へと向かう。

 

 なんだかんだで、今年のクリスマスも楽しく過ごせそうな気がした。




 ちょっとだけ未来のクリスマス。マテリバ後、ヴィヴィメモ前のお話。やっぱりこの両家は馬鹿ばっかりやってるんだろうなぁ、という感じのお話で。

 連載当時はコンビの息の合い方からこれ、ルートあるんじゃね? とか言われつつも男女の友情というものを完全に成立させたコンビだったり。ホントなんで成立してるんだろうな。

 ともあれ、グッドクリスマス!


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