運命よ、そこをどけ。 (明鏡止水)
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始まりの始まり

 

 最初におかしいと思ったのは小学校の時だった、それはあくまで付きまとっていた優越感が確固たる疑問に変わっただけの話だけれど、自分が持っているものが個性とはまた違うものだということに気付いたのだ。

 

 今更ながら良く気づけたものだなとも思うし、悪くも幼きながらに謙虚でいられたものだと我ながら感心している。

 

 そんなことはさておき、自覚が芽生えるとともに力は失われ、否、分割され平均的に均されていくわけで、それは自分自身にとってはいい話ではなく、寧ろどんどん器用貧乏に近づいて行っているだけ。

 

 終わりの見えない運命さんの掌でコロコロと転がされていただけなのかもしれない。

 

 振り返って今考えてみると、弱小個性で使いようもないどうでもいいものを持った両親から生まれた旧世代で落ちこぼれの、劣性遺伝子を順当に引き継いだ子供が、すこしばかり強力なものを得たところで疑問を持ってくれるとありがたかったのだけれど…

 

 やはり我が子は可愛いもので過大評価をしたくなるのだろうか?それとも自分たちが今まで持っていた劣等感を自分らの子供で晴らそうとしたのだろうか?毎日毎日、洗脳するかのように呪詛のような言葉を呟き、諭すように、言われ続けられて15年間。

 

 無理やりに押し付けられた偶像への道は苦痛でしかなかったけれども、皮肉にもそれが両親にできる精一杯であり、望みでもあり、かけがえのない愛情だと知っていた。

 

 前述で述べた通り、没個性でこの世を苦しんできた両親たちが、どんなにわが子に疎まれようとも引いてきたレールを、残念ながらいとも簡単に脱線してしまったわけだ。

 

 大体、あの入試は不合理だ。例えば精神系の個性を持つ子はヒーローとして活躍できる可能性があるけど、あの入試ではよっぽど鍛えて金属バットやスタンガンとか振り回したり、パワードスーツとかサポートアイテム駆使したり、他の受験生を操作でもしたりしない限りほぼ100%受かることは無くあくまでも戦闘力を見るものだ。ヒーローとは言うが広告のついたボランティア活動なのに求めるものは富と名声、馬鹿馬鹿しい。

 

 負け惜しみはさて置いて、確かにこの社会の花形になる道はもうないのだけれど、もし仮に両親の思いが叶ったところで幸せになるのかなんて不確定なのだ。

 

 何というのかこの超人社会は些か度が過ぎるのではないか?

 

 たかが栄光のある道から外れてしまっただけで(まぁ両親の過剰評価と井戸端会議などによる豪語のおかげで世間から白い目で見られてしまっている)、その脱線してしまった張本人はともかくとして、身を粉にして必死になって洗脳まがいのこととわかっていながら我が子のことを思い続けた人たちを巻き込むのは趣旨が違う話だろう。

 

 気に食わない、気に入らない、気が気でない、気が立つ、気に障る、気が詰まって気が遠くなりそうだ。

 

 うちの両親はちょっとあれだけれど、誰よりも優しくて、自分たちの事よりも子供のことを思ってくれるいい人たちなのだ。悪いうわさや期待外れだ、個性もおかしいのに高望みしすぎだと言わないでほしい、一番傷ついているのは両親なのだから、こっちが落ち込むのも馬鹿馬鹿しくなるくらい。

 

 曲がりなりにも神童など天才など言われていたし、完全にアウトなこともやっちゃったわけで脱線はしたものの横転まではしていない、倍率300倍の振るいに落とされてはしまったけれど、倍率20倍の振るいには落とされずに済んだわけだ。(エッヘン)

 

 というわけで何とかまだ機会はある、と思う。

 

 

 簡単なことではないと思う、想像にもよらない苦痛や疲労があるだろう、完全に未知の領域だ、たった一度だけでいい、その機会があるだけできっと救われるものがある。運よく今年の人たちは注目を浴びている、話題性はここ10年で一位をぶっちぎる、敵の襲撃を受けるヒーロー科一年生って一体何なんだろうしかもほとんど被害なしで乗り切るなんて…ありがたいなぁ、全く。

 

 お父さん、お母さんが信じて育ててくれたこの私は、こんなにも有能だった、「ヒーロー科に入らなくたって、ヒーローになることが出来なくても私たちの娘は立派に育ってくれました。」と両親が胸を張って前を向けるように。それが出来て私も両親(あなたたちも)互いの呪縛から、連鎖から抜け出せる気がするから。とまぁ戦う理由の設定なんてこんなものでいいだろう、それっぽい大義名分があればいいだけの話だ。

 

 最高の結果が出た時こんな話をすれば大いに盛り上がるだろうし結構結構!いや~メディアに優しいな。

 

 さて器用貧乏、超人社会に埋もれた超能力者のこの私【時尾(ときお) 花架琉(かける)】がなけなしの才能を絞りつくして真のエリートたちへ一矢を報おう。

 

 HRが終わったようだ、さてそろそろ行きますか。

 

 

「出れねーじゃん!何しに来たんだよ」

 

「敵情視察だろザコ、(ヴィラン)の襲撃を耐え抜いた連中だもんな、体育大会(たたかい)の前に見ときてえんだろ、意味ねェからどけ、モブ共」

 

 はっはー、言ってくれるなぁ。おやおやヘドロの爆豪君じゃないか?流石はプロから将来を約束された人、自信に満ち溢れているというかなんというか…嫌いじゃないぜ?

 

「あ、ヘドロの爆豪君だ!」

 

「ああ゛!?」

 

 1ファンとして近付こうと思ったけれど失敗、しかも逆鱗に触れてしまったようだ、目が怖い、というよりすごいあれどうやって吊り上がっているのかな?

 

 とまぁファーストコンタクトは失敗したけどそれでも私はめげなかった。

 

 私の能力の一つ精神干渉(テレパシー)、使う条件として相手に触れていなければならない、いやそこまで近づく勇気と触れる行動力があるのなら直接話せよと思う、我ながら何たるゴミ能力なのだろうと思わざるを得ない。

 

 それは正確に伝えるときに限った話でぼんやりしたもの例えばイメージだったり送るときには近くに行けばいい、またオンオフ切り替えできるのが唯一の救いかな?ただ他の能力を使わないといけないのがネックだ。

 

 利点としては今大人数の目の前で自分の思いを人知れずに伝えることが出来るくらいかな、正直言って今思いついた。

 

 それはさておき強く念じる、能力2つ目念動力(サイコキネシス)一気に引き下ろすイメージで、そして語りかけるチャック空いてますよ?

 

「あ゛!マジか!っておい、何のつもりだ?今てめェがやっただろ!てかおい、今何やった?」

 

まぁ、そんなゴミ能力も煽りには十分使える。

 

「さて、何の話でしょう?それはさておき、私は敵情視察に来たモブ等と一緒にしないでもらいたいのだけど、少なくとも私は……あんたたち選ばれたエリート共から頂点もぎ取るっていう宣戦布告をしに来たつもり」

 

 ピリピリとした空気が張り詰めて私に襲い掛かる、比喩とかではなく本当に突き刺さってくる…精神干渉の副作用、一回使うと1分間感情が刃となり矢となり槍となり脳に土足を履いたまま容赦なく凌辱する、私から干渉するのは大して出来ないくせに回りからの干渉は嬉々として受け入れる、前言撤回、全くもって使えない。

 

 まず、なんで言葉を精神干渉で言葉を伝えるだけでこんなにも苦しい思いをしなければならないのだろう?何か悪いことしたっけ、にしてもこの条件でだけ私への副作用が大きいのは腑に落ちない。

 

 こんな人が群がっている状況での使用は初めてだ、今までで一番激しい。

 

 えっとなになに、大胆不敵?そりゃどうも、それより静かにしてもらえませんかねぇ?

 

 「どんなものかと見に来たがずいぶん偉そうだなぁ?ヒーロー科に在籍する奴は皆こんなやつなのかい?」

 

「ああ!?」

 

「こういうの見ちゃうとちょっと幻滅するなぁ普通科とか他の科ってヒーロー科から落ちたやつが結構いるって知ってた?体育大会の結果によっちゃぁヒーロー科編入も検討してくれるんだって、その逆もまたしかりらしいよ…少なくとも普通科(おれ)も調子乗ってっと足元ごっそり掬っちゃうぞっつう宣戦布告しにきたつもり、彼女に先を越されたけどな」

 

 大演説ありがとう、ほとんど私ということ同じだったけれどやっと頭がすっきりした。

 

 「隣のB組のもんだがよう!!敵と戦ったつうから話聞こうと思ってたんだがよぅ!!エラク調子づいちゃってんなぁオイ!!!本番で恥ずかしい事ンなっぞ!!!!」

 

 にしても暑苦しい、不敵な人の登場ってわけか。

 

「待てコラ!どうしてくれんだ!てめーのせいでヘイト溜まりまくってんじゃねぇか!!!って爆豪お前何してんの!?」

 

 驚くのも無理はない、なぜかというと爆豪君が私の顔を両手で挟みじっと見つめてきたからだ、何だい私に惚れちゃったのかな?それでも私は遠慮なく勝ちに行くよ、私のために。

 

 

「かっちゃん、それどういうこと?」

 

もじゃもじゃ君が話しかけるとより一層波が立つ、男の子の感情は単純で分かりやすいけれど理解しにくい、逆もまたしかり。

 

「あ゛、なんだろう?」

 

 が、それでも爆豪君は私を見る、正確には私の瞳をのぞき込む。私に直接触れているからだろうか、伝わってくる怒りと焦り…そして私の精神干渉能力じゃ図りきれないもっと複雑な感情が不気味なくらいに静かに燃えている。これまた驚きだ、彼のようなタイプは自制心が弱いものだと思っていたが逆にしっかりと抑えられている、すごいの一言に尽きるな。

 

 結構力強いんだね、痛いんだけど。

 

「関係ねぇよ……上にあがりゃ関係ねぇ」

 

「ちょりあえじゅ、てはなひておらへまへんか?」

 

 

 とりあえず、手離してもらえませんか?

 

 




プロフィール
時尾 花架琉〈ときお かける〉
個性:超能力
サイコキネシス・サイコメトラー・テレパシー・予知・透視・飛行・幽体離脱・テレポーテーション・借力・イグニション・エンパス
等々たくさんできる優れもの?
得意不得意はなくどれも平均的に使うことはできる、だが使わないし使えない能力もそこそこポテンシャルを割り振られているため本人曰く扱いづらいし、突出したものもなく微妙。

何たるゴミ能力といいつつもなんだかんだで使い道を探す。








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避けられない現実

 

 

 雄英高校体育大会、ヒーロー科は必須参加の種目ではあるが私たちその他の科は基本自由参加のサバイバル競技、この体育大会の主役である競技に勿論私は参加することにした。

 

 申請があり多少手続きに手間がかかったが私は晴れて挑戦権、もといスタートラインに立つ権利を得ることが出来た、申請すればだれにでも取れるのだけどね。

 

 私も何も対策しないでこの体育大会を獲れるとは思っていない、そこまで傲慢じゃないし己惚れることなんて恐れ多いことだ、器用貧乏な私の力なら対策をされる前に一矢報いることが出来るのではないかという微かな希望を確固たるものにして挑まなければならない。

 

 まずは、私のアドバンテージ、個性まぁ超能力というカテゴライズなんだけれども…が知られていないことだ、つまり未知のものとの戦いができる故にはったりや言葉での戦略が練りやすくもある、幸いというか不幸というか虚仮脅しは私の得意分野だ。

 

 冷静な自己分析をしていて鑑みると哀しい、使える能力ならともかくいらない能力にまできっちり平等に潜在能力が割り振られるのだから性質が悪い。

 

 例えば共感覚、生半可化に強いのも本当に困る、音楽の先生の演奏を聴くだけでトウモロコシを粉にしたやつを彷彿とさせる味がする(多分先生の演奏があんまり上手くないのだろう)、しかしこれなんかまだ良いほうで男子がとりあえず弾いためちゃくちゃな演奏に至っては口の中に泥をねじ込まれたような味が広がるわ、世界は茶色に染まるわ、変なにおいはするわと散々な目にあった、以来鑑賞教室やプロの演奏でしか使わなくなった、今回は使うことはないだろう。

 

 閑話休題、そしてもう一つの利点といえば、私はヒーロー科や出場するであろう普通科の生徒の個性を知っていることだ。これは一番大きく働く作用かもしれない、対策は非常に練りやすいからね。

 

 ヒーロー科の戦闘訓練の映像は一般公開されていないものの先生に頼めば見せてくれる、らしい。逆にそれがなかったら私の計画は終わりだった、実際職員室に行っても担任は取り合ってくれなかった。相澤先生が「勝つために合理的だな、いいよ見せてあげる」と快く見せてくれたので助かった。

 

 流石は雄英高校ヒーロー科、良い個性のバーゲンセールかよ。より取り見取りでうらやましいなぁ、例外もあるけれど。

 

 私が気を付けなければいけないのは…案の定ほとんど全員だ。

 

 爆豪君、あんなの手のつけようがない、卑劣だけど今のところ思いつくのは念動力で爆豪君の爆豪君を握りつぶすことしか思い浮かばない…男子全員に有効な技だからいざとなったら使うかもしれない、使うことになったらゴメンね男子の皆。

 

 

 緑谷君の個性は超パワー、リスクも大きいみたいだけれどあんなのもろに食らったら軽く逝く、かなりの頭脳派らしいから私の能力の穴をついてくることも考えられる。その時は潰そう。

 

 

 麗日ちゃん、は比較的私に分がありそうだけれど条件を果たせば即詰みってところが脅威だね、見たところ指先には触れないほうがよさそうだ。

 

 飯田君、とにかく速い、目で追えるから大丈夫かなと思ってはいるけれど何か隠していそうだ、動き回られたら太刀打ちできないかな。その時は潰そう。

 

 

 轟君は、うん、無理。あんなのチートだよ。当たらないことをひたすら祈る。その時は潰そう。

 

 

 切島君、鉄哲君も私の持ち札では対応できないなぁ。その時は潰そう。でも個性は硬化、そこまで硬化されていたらお手上げだ、ある意味一番厳しい戦いになるかもしれない。

 

 

 八百万ちゃん…うらやましい、じゃなくて。何かを創り出す個性か。精神干渉でどこまで動揺してくれるかが鍵になりそう、身体能力では私が上だ。

 

 常闇君、全方位中距離防御が可能なんて近付けないでしょう、出来れば当たりたくないし勝てる気がしない。その時は潰そう。

 

 

 上鳴君の電撃から身を守る方法は…なくもない、制御はできないみたいだからスタミナ勝負になりそう、負けるのは私だろうけど。その時は潰そう。

 

 

 障子君、砂藤君に殴られたらほぼ確実に死ぬ、その時は潰そう。

 

 

 塩崎ちゃん、もつかまれたら即詰みかぁ、当たりたくはないな。

 

 と、エトセトラ、エトセトラ。

 

 結論は男子、潰す。

 

 女子は辱めを受けさせよう、テレビの前で一生記録されることとなるが、女同士そこら辺は善処しましょう。

 

 まったくヒーローがすることじゃないなぁ…私目指していないからいいか。

 

 けどまぁ、私が勝つまでにいったい何個のゴールデンボールが潰れるのか…優秀な遺伝子をこの世に残せなくなるのに手を貸すなんて人類として非常に残念だ。

 

 私の念動力で潰せるのかは分かんないけどね。

 

 

 

 さてさてさーて、私が持っている能力の中で使えるものは、念動力、発火能力(発火したためしがない)、精神干渉、瞬間移動、空中浮揚、残留思念感応、未来予想、くらいかな。

 

 一番使い勝手がいいのは念動力、半径30メートル以内であれば30キロまで動かすことが出来る、しかし効果持続時間は1秒につきインターバルは5秒。

 

 だから、念動力を5秒使えば25秒のインターバルを要する、ちなみに使うとめちゃくちゃ疲れる、常に全力疾走をしている感じ。しかも呼吸が出来ない、限界値は約45秒しかも一日でだ。限界を超えて使うと能力は3分の1以下となり体への負担も倍以上、使いどころを誤らなければ割かし便利な能力だけれど、やっぱり念動力が一番軸になるし頼りになる、自己管理には気をつけなくちゃ…軽く死ねる。

 

 次に発火能力といいつつも発火したことのないこの能力、私は恒温維持と呼んでいる、最大42度、黄リンすらも発火させることができない。

 

 本気を出せば70度くらいまで出せそうだけどそれに伴って私の体温も変化するので却下、ちなみに有効範囲は私に触れているもの、お風呂とか一瞬で沸くからめっちゃ便利。

 

 けれども温度の範囲は36,6℃~頑張って42℃。(42℃くらいになると気分が超絶悪くなるからそれ以上は無理だった)

 

 高くするのはもちろんのこと低くすることも出来ない。

 

 35.5℃だと低体温 自律神経失調症で排泄機能低下や、アレルギー体質など新陳代謝が不活発。遺伝子の誤作動が多くガン体質といえるらしいからしたくないし、34℃では生死の境をさまようらしい、リスク高すぎだろ。

 

 余談ではあるけれど、海難救助で救出後、生命回復ができるかを判断する体温で、自分で自分の体を自由に動かす事ができない体温だそうだ。

 

 そして33℃、死の入り口、山で遭難し、幻覚が出てくる体温。そこまで使わない。

 

 何はともあれ冬には便利だしその気になれば体温計をごまかして学校をサボれる優秀な能力だと自負している、小学校から中学校にかけて無遅刻無欠席と最多早退の三冠を獲得した人は私を除いて他にいないと自負している。時と場合によりけりだけどすごく使える、体育大会で使うことがあることを祈っている。

 

 

 精神干渉は…ま、殴りかかるときのフェイントや逆に干渉される時を逆手にとって攻撃の先読みが出来る…よくよく考えたら一対一で周りに人が多くなければ最高の能力なのかもしれない。

 

 多少の頭痛やその他のリスクを考えても一対一では無双できる可能性が出てきた、これはしっかりとした見極めをしなければ。

 

 これが最初に発現した、表面上に浮きあがった私の能力だ。

 

 その当時私は受かりに浮かれ自分の思いのままにこの能力を使い、悪用しようと考えていたが私の精神干渉ではそこまで及ばなかった。

 

 受け取る側、つまり相手の考えを読んだりする事は出来たけれどもその逆は人間相手には一切合切使えなかった、公園のハトや動物園の動物程度ならできたけれど畜生を従えても空しいだけだ。

 

 ただ一度だけ、その当時気になっていた男の子、田中 良助君に「時尾 花架琉が命じる、私を好きになりなさい!」と精神干渉で干渉できたのだけれど、人間相手にはそれが最初で最後だった。

 

 

 まぁ拳で戦おうとすることなんて15年間生きてきてなかったし、まさか暴力を他人に振るうとは思わなかったし、何はともあれこのシチュエーションにおいてはかけがえのないものだ、念動力に次ぐ2本目の柱になってくれそうだ。

 

 瞬間移動……については簡単な話自分しか移動できない、する必要があまりないといったほうが正しいかな?移動するまでに3秒止まらないといけないくせに移動距離は半径2,5メートル、立ち幅跳びかよ。安全装置がついているのかどうかは知らないけれど転移先が物体とかぶっていた時には発動しない、もし出来たら暗殺とか(さすがにしない)簡単だったのだろうけれど出来ないことを望んでも仕方ない。

 

 瞬間に移動できるものは(テレポートではなくアポートになるのかな?)私よりも軽いもので尚且つ1つの物体につき一回まで。ちなみに所有物しか効果は発揮しないのだけれど境界線はまだよくわからない。

 

 宿題忘れたときに使うくらい、それでも一個のものにつき一回というのはどういうことだ?あほだろ。

 

 何たるゴミ能力…と日常生活だけしていたら思っていただろうけれど、相澤先生に確認したところ個性で作り出したものなら得物持っていてもオッケーとのことだったので今私の部屋には無数の鉄パイプがある、鉄じゃなくてアルミニウム合金か、結構堅くて軽いので絶対使おう。

 

 鉄パイプをもってヒーロー科へ挑む普通科の生徒だなんてただのやばい奴だろうけれど気にしない気にしない。

 

 そして空中浮揚、浮くことが出来てそこそこの速度での移動はできるけれどめちゃくちゃ、えげつないくらい酔う、できれば使いたくない。

 

 普通に走ったほうが早い、人生で使ったことあるの両手で数えられるくらいだし、うまく扱える自信もない、使い続けたら多少は慣れそうだけれど慣れるまでに積み重なるであろう苦痛の数々を考えると気が引ける、何かに目覚めちゃいそうで怖いし。

 

 残留思念感応なんてものは見せてくれるものなんて私自身選べない、どうでもいいものが分かるか知りたいことがわかるか、知りたくもないのに重要なことがわかるかの三択で、基本脅しにしか使えない。

 

 精神干渉と組み合わせれば口喧嘩では無敗を誇る、逆上された場合どうしようもないのが苦しいところだ。

 

 最後に未来予想、肉弾戦ではこの能力が私の勝敗を左右するだろう、柱を立てる上で一番重要な基礎の部分だ、その日の調子によって見えるものの確実性や正確さ、自制できるかどうかも関わってくる、後は体力次第でもあるし、目がすごく疲れるし頭にたくさん糖分を回さないと頭痛が激しい、常時発動となれば毛細血管切れまくりで鼻とか目とかから流血する、一回限界まで使用したことがあるけどそこまで行くと格段に視力が落ちる、3日間くらい真っ赤な世界が待っているし、最悪失明しかねないのも怖いところだ。

 

 とまぁ使える手札はこのくらい、鬼札が欲しいところだけれど…理論上は用意できている、が実用なんてしたこともない。

 

 痛いのもつかれるのも慣れてはいるのだけれどそれは平気という意味ではなくて、慣れればなれるほど大事なものが抜けていってしまうようでとても怖い、それにきちんと痛いし生まれたての小鹿よりもひどく震えるくらいに衰弱することもあるし、先に防衛本能が働いていつ使えなくなるのかもわからない、机上の理論なんてあてにならない。

 

 けれども、勝つための必要十分条件は鬼札の準備、鬼が出るか蛇が出るか、どうなるのかもわからない。

 

 けれどもやるしかないのだ。

 

 運命なんて人間の意志にかかわらず、身にめぐって来る吉凶禍福。めぐり合わせのたぐいのものだ、人間の意思にかかわらずってところは気に食わないけれどおおよそ的は得ている、それもまたイラつかせるものだけれど。

 

 ちりも積もれば山となり、ゴミも積もれば山となる、使えるものはすべて使っていくという私のスタイル、だから、私は前に進む。

 

 絶対に成功させてやる、見せつけてやる、あのエリートたちに、私という存在を…それはさておき名は体を表すというし先に名前を考えよう、必殺技に相当するものだし技名がないのもかわいそうだ。

 

 そうだなぁ、絶対領域(エンペラーゾーン)とでも名付けようか。

 

  頭が、脳が発火したような熱さを伴う。

 

 脊髄に熱した鉄の棒を入れられたかのような呼吸ができなくなる痛みと暑さが全身を覆っていた。

 




 現在部屋にある凶器

アルミニウム合金パイプ×40
スリングショットorゴム弾×30
鉄扇×4
十手×5
傘×10
ビニール袋に石を入れたやつ×10



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開幕


『少なくとも私は……あんたたち選ばれたエリート共から頂点もぎ取るっていう宣戦布告をしに来たつもり』


 太陽をも彷彿とさせる橙色の髪はただ下ろされているだけなのに美しかった、決意を形にしたその可愛らしい唇は妖艶に、その動きだけで人目を引き付けていた、思いを秘めた切れ長の目は眼は、宝石のように炎々と輝いていた。

 


 

 雄英体育祭本番当日

 

「フハハハハハ!!!」

 

 私は高らかに笑っていた、周りの目線が痛いけれど気にしない。

 

 ところでなぜ私がこんなになっているのかと言うと、いうなれば計算が上手くいきすぎたのと、予測がものの見事に的中したからだ。それに加えて今日の私は絶好調、もう神が私に味方しているとしか思えない。

 

 この2週間、光の見えない勝ち筋と格闘し続けたり、奥の手の実用化に向けて幾度となく失神しかけたことも何もかもが下積みだと思えば苦労が報われれるというものだ、丁度今、この時のためにあるようなもの。

 

 そして今朝の突発的な思い付き、というよりは調子が良い時だけに発生する能力の暴発のおかげで面白いネタを発見することが出来たのも運がいい、もしかしたら鬼札以外にも切れる重要な札が手に入ったのかもしれないと思うとテンションは爆発的に上がった。

 

 公式チートだろうが穴は絶対にあるってことかな、私の予測が正しいならばあの時のことも納得がいくしそこに付け込むことが出来る、心の傷はなかなか癒えるものではない、時がたつにつれて塞がりはするけれども体の傷よりは格段に治るのが遅い。

 

 そこに付け込むって言うのはどうかなと思うけれど今日の私が最も重要視しているのは過程ではなく結果のみ、勝利することだけを至上として行動する、残留思念感応(サイコメトリー)を使うのも一つの手だったけれどもここは確実なネタが欲しかった、というわけで畜生にしか通じない精神干渉による洗脳で行動に移したわけだけれども、案の定1-Aはやらかしてくれた。

 

 やらかしてくれたというよりはもっと複雑なバックグラウンドや並々ならる思いの暴走、口にすることによっての決意を確固たるものにするという感じでもあったけれど、言わせていただこう、ごちそうさまでした、と。

 

 おかげさまで、光明が見えてきたって感じかな?

 

 これだからこういうシチュエーションは面白い、私のお年玉12年分もこれで報われるだろう。

 

 言葉を借りるのならば彼の言った通り、仲良しごっこの行事じゃない、私だって、私以外の普通科の生徒だって、サポート科だって、もちろんヒーロー科だって本気でトップを狙っている人たちがいる。

 

 私はヒーローを目指しているわけでもないし、それ相応の志なんて持ち合わせているわけもない、これは単なるわがままであって動機こそ不純極まりないただの復讐劇だ…そんな立派なものじゃないな、八つ当たりがふさわしい。

 

 超人社会で生まれ、個性を持たずに中途半端なものをもって生まれ、失われていく力と新たに得る使えるかどうかもわからない能力。例え使えたとしても、個性なんかよりも遥かに重いリスクを背負わなければならない、そして個性なんかよりもずっと弱い。

 

 そんな力は私を孤独にした。

 

 何かを得る度、失っていく度に、募るだけの焦躁と恐怖。

 

 使っている私自身が一番理解している、泣き言を言っている暇なんて終わった、そんなのとっくの昔に過ぎている。

 

 そりゃあ当然、皆のほうが上だよ、実力なんて大多数の人たちにかなわない、客観的にみても、主観的にみても、だからと言って諦める理由に該当はしない。

 

 

 だから、私は本気で獲りに行く。

 

 私がいたってことを知らしめるために。

 

 私の証を刻んでもらうために。

 

 邪魔をするつもりだったら誰であろうと容赦はしない、たとえそれが運命でも受け入れるつもりはない。 

 

 

『雄英体育祭!!ヒーローの卵たちが我こそはとしのぎを削る年に一度の大バトル!!どうせてめーらアレだろこいつらだろ!?敵の襲撃を受けたのにも拘わらず鋼の精神で乗り越えた奇跡の新星!!!!

 

 ヒーロー科!!

 

 1年!!!

 

 A組だろぉぉ!!?』

 

 

「1年にこんなに集まるなんて…」

 

 予想以上に想像以上、否が応でも見られているということを意識せざるを得ないわね。

 

「おやおや、カケルも緊張しているのかな~?」

 

 どうやら知らないうちに口に出ていたようだ、クラスでも比較的仲がいい子?に指摘される、緊張?そんなわけないじゃん。

 

 不覚もいいところだけれど流石にここまでの群衆が押し掛けてくるとは想定外、前後左右見渡す限りに男性が、女性が、ご老人が、子供が…人間が、所狭しと敷き詰められるところを見るとさすがに揚がりそうになる。

 

 

 完全に引き立て役だと認知していても、これほどまでに圧倒的で不自然な現象を目の前にするとどんな人でも平常な気持ちではいられないだろう。

 

 ひとまず、会話くらいは成立させといたほうがいいかな。

 

「そんなわけない、緊張はしていないよ。それよりあんたの方が緊張しているんじゃないの?」

 

「あはは、ないない、ほとんど無個性と同じあたしがそんな緊張をすると思う?だいたいさ~あたしとしてはバチバチにやりあうよりかエンジョイしたいんだよね~。それより花架琉は本当に出るつもりなの?」

 

「もちろん、じゃないとあんなことしないよ」

 

 あんなこととは前にやった宣誓布告のことだ、案の定大騒ぎになったけれどあれくらいで驚きすぎだろう、そんなんじゃこれから起こる出来事で失神してしまうかも。

 

「花架琉が何を隠しているのかはわからないけどさ、なんていうか…自己完結だけはしてほしくないなぁ」

 

「自己完結ってどういうこと?」

 

「そのまんまの意味だよ、一人で目標を達成して喜んだり、失敗しても自分のせいだってそう思って勝手に完結させちゃうこと」

 

「………」

 

 それはどういう意味なんだろう、私は少し黙って考えるけれど何も思い浮かばなかった、それよりも自己完結をして何がいけないと少しいら立っていた。

 

「ヒーロー科や心操君、他の人たちはやってやるぞ!って燃えていたり、この場所で実力を見せつけてやる!って人たちが多いと思うんだよね、けれど花架琉は少し違うと思うの…上手く言えないけれど崖っぷちにいて追い込まれている感じかな、後がないって思い詰めている、違う燃え方を…冷蔵庫で冷えていく水みたいな?」

 

 独特な例え方ありがとう。

 

 意味は分からない、が見透かしているような目が癇に障る。

 

「だからどうしたの?」

 

 だから、強い口調でそう返した、言っていることは的を得ているばかりに心は穏やかではなかった、お前が私の何を知っているのだというのだ。

 

「何も知らないよ、だから知りたい」

 

 また見透かしたかのように、彼女はそう答えた。ひどい目つきだったと思う、嫌悪感を露わにしまるでゴミを見ているような風だったに違いない、それでも彼女は笑っていた、それがひどく気に入らない。

 

「あたしが花架琉のことを知るわけもないし分かるわけでもない、でもさ、花架琉もあたしのことを知っているわけないしわかってくれようともしない。もう少しあたしのことを頼ってみてよ。どうせ利用できるものは何でも使って目的果たすんでしょ?だったら私も使ってくれていいんじゃないかな」

 

「断る、あんたに何かをしてもらう義理はない」

 

 

「冷たいなぁ……あたしたち友達でしょ?それにこんな面白いことする子ってなかなかいないじゃない?」

 

 

 このバカ、まったくもってひどく気に入らない。

 

 友達?いつなった。たかが2週間くらいで私のことを知ったかのように語って、何も知らないくせに、解るわけないくせに。

 

 

 

 

 最初からこんな子だった、無垢な笑顔でずかずかと勝手に人の領域に入ってくる身勝手なやつ。

 

 友達だなんて私はそうやって思われるようなことした覚えがないのに、面白いと思ったら何でも首を突っ込んでくる、まぁ嫌いな性格ではないけど。

 

 

 腹立たしいことこの上ない、というか、どうして私にそこまで固執するのか意味不明だ。

 

 そこまで興味があるものとは全く思わないけれど、しかしまぁ私みたいなのじゃなくてもっといい子と仲良くすればいいのに…そこまで言うのだったら徹底的に使ったように見せかけよう。

 

 フリだけしておけば、形だけしておけばそれでいい。

 

 それで満足してくれるのならいくらでも演技しよう。

 

「それじゃあ、遠慮しないよ。よろしく」

 

 カバンの中に入っていたはずのメモ用紙と筆記用具を取り寄せて、すでに済ませてあった確認事項を箇条書きに書いて渡す。その好意は非常にありがたいがこれは私個人の問題で、最初から最後まで自分でやらないと気が済まない。

 

 自己完結で何が悪い、他人の手を借りたら望む結果が出ても喜べないし、負けたら負けたで悔いが残る。それだけは嫌だ、自分に嘘はつきたくない。

 

「あははは、想像以上だね~。まさか本気とは思いもよらなかったよ、もし望みが叶ったら駅前の喫茶店で何か奢ってくれる?」

 

 そんなのでよければいくらでも奢ってあげる、私の領域に入ってきても邪魔しないならそのくらいは善処しよう。

 

 手札が増えるのは一向に構わないけれど、他人からもらったものを手札にするのは断じて断る、自分でそろえたからこそ使い時が把握できるし、どんな場面でも冷静に対応できる。

 

 教科書通りの感嘆詞を隣でぶつぶつと唱える様子を見るとおおむね満足してくれたと判断していいだろう。

 

 早速取り掛かってくれるとは健気なやつだ。そしておめでたいやつだ、ここまで一生懸命な感じを出してくれると少しだけ心が痛むけれど致し方がない。

 

 選手宣誓、爆豪君。

 

 自分を追い込むように宣言した、たった一言、その後ブーイングが会場を包み込む。大胆不敵でまっすぐなまでのトップへの執着心、私の最大の障害になるだろう、A組総勢巻き込んでの宣誓はその分大きく反響を呼ぶ。

 

 ふと振り返ると目が合った、彼女の笑顔が眩しい、楽しそうで何よりだ。

 

 この2週間で自分の手に余る武器まで使えることになったのだ、後は結果を残すのみ。

 

 何があっても何に変えても勝利だけは譲れなくなった。私には一か八かの道のりも新しい武器ならばならしっかりとした舗装道路にしてくれる…はずだ。そうはできなくとも明かりくらいは照らしてくれるだろう。

 

 これが終わったら、機会さえあれば彼女にきっちりと感謝を言おう、そして、こんなことで許してもらえるかはわからないけれど、すべて終わったらきちんと謝罪をしよう。

 

 彼女の好意が本物であることを信じて、そしてあんたの望みは私が出来る範囲なら叶えてあげようそれがどんなことでも私に出来ることはこれくらいしかないし。勝利の美酒に酔いしれた後できっと気分もいいだろうから。

 

 それに、駅前の喫茶店で奢るくらいじゃ等価交換にならないからね。

 

 

 

 

 

 

『さーてそれじゃあ、早速第一種目行きましょう、いわゆる予選よ!毎年多くのものがここで涙を飲むわ!!(ティアドリンク)さて運命の第一種目は……これ!!!』

 

 早速というよりか即行じゃないのかな?障害物徒競走、か。

 

 11クラス総当たりで外周一周(約4キロ)そしてコースアウトしなければ何をしても構わないのだとか、良く死人が出ないわね…それにしてもスタートが狭すぎる、私みたいなか弱い女の子がこんな密集地帯を潜り抜けるなんて厳しい。結構前の方でスタンバってはいるのだけれど押しつぶされるのがいいところかな?

 

 最前列までは約1メートルと少しくらいか、ならいけそう。

 

 合図は目の前にある3つのランプの1つが消えた瞬間、私は目を閉じ意識を集中させる。

 

 3

 

 2

 

 1

 

 今だ。

 

『スタート!!!』

 

 たった半径2,5メートルの瞬間移動、タイミングも精度もばっちり。

 

『さぁ始まった!第一種目は障害物徒競走!この特設スタジアムの外周約4キロを一周してゴールだぜ!!!』

 

 そしてそのままの勢いで颯爽と走り出す、4キロかぁ…体力もつかな?正直男子には勝てる気しないけれど先頭集団にいさえすれば安全圏内だろう、さて先頭集団はどこだ?あれれ~おかしいな見当たらない。

 

『ルールはコースアウトしなけりゃ何でもありの残虐チキンレース!!!各地に設置されたカメラが臨場感たっぷりにお伝えするぜ!』

 

 目の前には多分轟君(髪で判断したから定かではない)と後ろから聞こえる怒声によって挟み撃ち、一体全体どういうこと?2重の意味で。

 

 まず轟君?しか前にいないことは置いといて、目の前の巨大なロボットは一体何なんだ?疑問が多すぎて混乱してきた。

 

『さぁいきなり障害物だ!まずは手始め…第一関門ロボ・インフェルノ』

 

 障害物競走ってこんなのだったっけ?それよりこの数のロボット、お金と資源はどこから湧いて出てくるのだろう。こんなにお金があるのだったらあと一クラスくらいヒーロー科を増やしてあげればいいのに。

 

 大人の事情はさて置いて、こんなところで立ち止まるとはもったいないし時間の無駄だ、序盤から使うことになるのは癪だけれど出し惜しみしている場合じゃない。

 

 ロボットがどこを動くのか、その僅かな隙と私が対処できるだけのルートを把握、そして選択。

 

 前方は…ダメだ、どういう訳か知らないけど倒れてくる

 

 なら両脇は…もっとだめだ、ルートすら見いだせない。

 

 それならば前方、倒れる前に駆け抜けるまで。

 

 走り出したその直後、轟君の個性によって一瞬にしてロボットが凍てついた、成程だから倒れるんだ、そんな不安定な状況で凍らしたら必ずどちらかへ偏りが生じる。一瞬にして見破るなんてさすがの判断力、そしていい個性だなぁ、全く嫉妬しちゃうよ。

 

『1-A轟!攻略と妨害を一気に!!こいつぁシヴィ―!!!そしてその先を駆け抜けた普通科の紅一点、こいつは一体何なんだぁー!!!』

 

 いったい何なんだと聞かれても…私の名前は時尾 花架琉、雄英高校普通科1年、何の変哲もない超人社会に埋没した器用貧乏な超能力者だ。

 

 

 

 

『オイオイ第一関門ちょろいってよ!!んじゃ第2はどうさ!?落ちればアウト!!それが嫌ならはいずりな!!

 

 ザ・フォー――ル』

 

 解説はどこを基準にしているんだろう、やっぱり大多数の味方なのかな?これだから多数決は嫌いだなぁ、少数意見なんて無視されちゃうんだから。

 

 それと同じように私の前を進む轟君と爆豪君は今だ解説されていない、もちろん難なく第2の障害物にあたる前に轟君には抜かされたし、この綱渡りにつく頃にはペースの上がった爆豪君にもあっさり越された、身体能力の差を埋めるのは手厳しい。

 

 今回分かったことがある、どうやら私は根っからの負けず嫌いのようで、頭では未だにトップ3に入っているのだからこの調子でいいとは思っているけれど、体はそうはいかずにいつの間にか轟君と爆豪君を抜かそうと無理を押して追いかけている。

 

 その結果、頼りない不安定な縄の上を猛ダッシュし少しでも落ちそうになれば空中浮揚で浮き、それを阻止するということが続いている。

 

 正直気分が悪い…胃の中から何かが出てきそうな気もするがまだ使用時間も短いし、地上波でぶちまけるわけにもいかないとのことで何とか持ってはいるがこみあげてくる何かがあるのは事実だ。

 

『さあ先頭は難なくイチ抜けしてんぞ!!!先頭が一足抜けて下はダンゴ状態!上位何名が通過するのかは公表してねぇから安心せずに突き進め!!!

 

 そして早くも最終関門!!かくしてその実態は―――…

 

 一面地雷原!!!怒りのアフガンだ!!地雷の位置はよく見りゃわかる仕様になってんぞ!!目と脚酷使しろ!!

 

 ちなみに地雷!威力は大したことねえが音と見た目は派手だから失禁必至だぜ!』

 

『人にもよるだろ』

 

 なるほど、これは先頭ほど不利かもしれない、けれど…私の目の前ではこんな障害無力だ。

 

 何故なら私には少し先の可能性(未来)が映るのだから。

 

『ここで先頭がかわった―――!!』

 

 言うなよオイ、轟君が一生懸命下を向いている間に死角からこっそり越したのに無駄足じゃないか。

 

 危なっ!!冷た…くない?あれおかしいな。

 

「ちょっと、轟君!?…酷くない?」

 

「……」

 

 無視かよ、私としたことがこんなところでわざわざしゃべって体力を消耗するなんて…急ぎすぎたかな。

 

「はっはぁ俺は―――関係ね―――!!

 

 てめェ宣戦布告する相手を間違えてんじゃねェよ」

 

『またしても先頭が変わった―――!!喜べマスメディア!!お前ら好みの展開だああ!!後続もスパートをかけてきた!!!だが引っ張り合いながらも…先頭3人がリードかあ!!!?』

 

 先頭三人って…確かに先頭にいはいるけれど男子に競り合いと徒競走で勝てるわけない、だからしっかり斜めに見えないように先に行っていたというのにアナウンスで知らせるとは私の健闘を妨害しにかかっているのかな?

 

「てめェ!この赤女、シレっと抜かしてんじゃねェよ!!!」

 

「っ!くそ、油断した…」

 

「ちょ、タイム!暴力反対」

 

 爆炎と冷気が私の足を止めるべく襲い掛かる、今私がどうにか対応できているは単に未来予測を使って地雷の回避と最短ルートの選出を行っているからであって、宙に浮いて地に足をつかないように浮きながら進む爆豪君とそれに注意しながら互いに引っ張り合う轟君がいるからだ。

 

 ちょっと轟君!?強引な男は魅力的だけど、今はその時じゃないよね!?

 

 そのうえ凍らされた!肩めっちゃ重いんですけど…

 

「生憎俺は男女平等主義なんだよ!」

 

「俺も俺の前を行くってんなら容赦しねえ」

 

 ちくしょう!爆豪君は仕方ないとして轟君くらいレディーファーストの精神を持っててくれてもよかったのに!

 

 そんなに私に構うのならばこっちにだって考えがある、先ほどから見えるものが君たちには見えないのだから。

 

「轟君、爆豪君、後方に注意!」

 

「「…は?」」

 

 

 その先の言葉を言う前に爆音が後方から飛んでくる、私が見たのはあくまで後方から飛んでくる飛行物体でその正体が一体何なのかは知る由もないけれど、私の言葉に反射的に反応し、確固たる証拠が突き付けられて2人の警戒心は一気に高まる。

 

『後方で大爆発!!!?なんだあの威力

 

 偶然か故意か―――――A組緑谷爆風で猛追――――!!!?』

 

 

 その物体はAはその勢いに任せてグングンと飛んで行く、轟君は氷結を、爆豪君は爆幕を張るけれど、勢いを弱めるだけで爆追を失墜させるのには至らない。

 

 しかし爆炎から判断したときに生じたエネルギーと重力加速度の前には人間が追いつけるはずもなくそのままどんどん差は広がっていき、ついには

 

『っつーか…抜いたああああ!!!』

  

「デクぁ!、俺の前を行くんじゃねェ!!」

 

「後ろ気にしている場合じゃねぇ…」

 

 おお、やっぱり早いなぁ…普通にあのまま競り合っていたところであの速さで駆け抜けられたらとてもじゃないけど対処できない、私を攻撃する意味あったのかな?なかった気がするんだけれど!いつかかならず仕返ししてやるからおぼえておけよ。

 

『元・先頭2人 足の引っ張り合いをやめ緑谷を追う!!共通の敵がいれば人は争いをやめる!!ただし争いはなくならないがな!』

 

『何言ってんだお前』

 

 さすがの私もこの暑苦しい男の戦いにちゃちゃを入れようとは思わない、私の到達点はここではないし、あの2人を相手に競り勝つなんてもってのほかだ、私はあくまで策を弄して勝ち筋を探していくだけで1対1でしかその効果を発さない、ましてやこの形式ではどうしても後れを取ってしまうから。

 

 過程(プロセス)は大事だ、でも結果(リザルト)はもっと大事。

 

『緑谷 間髪入れず後続妨害!!なんと地雷原即クリア!イレイザーヘッドお前のクラスすげぇな!どういう教育してんだ!』

 

 おっと…これは驚いた、ばくついまでが緑谷君の最後のあがきだとは思っていたけれど、まさか最後の最後にもぼうがいこうさくを仕掛けてくるなんて…。

 

 今日は全く荒れそうなふんいきだ。ちなみに今になって肩にのしかかる氷がどれほどのダメージを与えているのか今知った、おそらくさっきはドーパミンやらエンドルフィンやらが出ていたから気付かなかったのかもしれないな、っととりあえず氷をこうおんいじで溶かして…と、個性で作った氷だから消えちゃうんだね、ふしぎだなぁ

 

『さァさァ序盤の展開から誰が予測できた!?今一番にスタジアムへ戻ってきたその男――――…

 

 緑谷出久の存在を!!』

 

 何が彼ををそこまでして突きうごかしたのか、一体全体わからない、けれどもその信念に一切のゆるぎはないはずだ。

 

 地味めの彼のけんとうはみんなの目にも焼き付けられたはず、流石は地味党(じみんとう)党首、緑谷君。君に対するけいかいはぐんと跳ね上がってしまったよ、その超パワーはきっと超ハイリスクハイリターンなのだろう。

 

 自身の身に余るその力はいまだに制御できないとみた、もし使えたらこんなしょうがいぶつ徒競走なんてぶっちぎりの余裕で一位を獲れるはずだからね。

 

 っとまぁ……やっと着いた。

 

 のうないまやくがドパドパ出ている状態でからだの感覚がまったくない、むしろなにも感じない。

 

 これは計算外、ここまでさいしょの競技で体と(超能力)をここまでこくしするとは思わなかった…今になってもひろう感と痛みが襲ってこないのが恐ろしい。

 

 現時点でどの程度のふかが脳にかかっているのか、からだの疲労からしてあとどのくらいのねんどうりきなら持つのか…アレ(奥の手)が使えるコンディションかいなか…この状態だったら、ふかくていようそがおおすぎる。

 

 

 ほんとうに実力がためされるのはここから、考えていたよりもずっと、よそういじょうに、厳しくけわしいみちのりだ。

 

 わたしができることといえば、まえに進むことくらい、この先がどんな道のりであったとしても、ただ進むことしかできない…なぜならわたしは、険しいみちをあるくしかないから。

 

 それしかのこされていないから。

 

 

 

 





 時尾 花架琉

 障害物徒競走4位通過


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時尾 花架琉:オリジン


『騎馬戦』

 二、三人が組んで馬の形をつくり、その上に別の一人が乗り、敵味方に分かれて上に乗っている者を落とし合ったりその者の帽子などを取り合ったりする遊戯である。


 

 雄英高校体育祭、第2種目は騎馬戦だ。制限時間は15分、割り当てられたポイントの合計が騎馬のポイントとなり騎手は合計ポイントを保持するハチマキを装着、その鉢巻を奪い合いポイントを競う。ハチマキは原則首から上に巻きつけ普通の騎馬戦とは違いハチマキを取られただけでは失格にならない、個性発動アリの騎馬戦、あくまでもそこはぶれず悪質な使い方をすればその時点で一発退場。

 

 まとめるとこういうこと、ね。

 

 確かにハチマキを取られたくらいで即敗退では面白みにも欠けるし何より本当の実力というのは確認しにくい、流石にこの種目が最後ではないだろうし、なかなか凝ったルールだと思う。

 

 何と言っても雄英高校体育祭の目玉は個性同士のぶつかり合い…一騎打ちがメインなのだから。

 

 それにしても障害物徒競走の後半から最後の人がゴールするまで頭がぼーっとして働かなかった、目も痛い、むかむかするし、正直気分が悪い、それに自分の状態がどうあるのかが正確に把握できていない。

 

 しかしまぁ、予想以上の負荷がかかり立ち直るまで少しばかり時間がかかったけれどようやく超能力を使えるコンディションまで持ち直すことが出来た、それはいいのだけれど…

 

 騎馬戦のチームは勝手に決められるものではなくて、自分たちの力でプロデュースしないといけない物だった。

 

 確かにヒーローは即席のサイドキックと連携をうまく取れなければならないと聞いたことはあるけれど、まさか私たちにまで課すなんて、でもそれはそのはず、この第2種目まで上がってきた人達は例外なくその世界を目指して真剣にやっているのだから。

 

 プロとして当たり前のことを将来そうなる筈のこの人たちにやらせて損をするはずがない、寧ろお釣りが返ってきそうなほどにいい方法だと思う、あくまでそういう人たちは。

 

 私みたいなのは関係なしに。

 

 さて閑話休題。

 

 いまこの場に残っている42名は競争者としての意味合いが大きいけれど『騎馬戦』という種目においては協力しなければならない、協力した団体の勝利=自分の勝利に直結するから、持ちつ持たれつやっていくしかない。

 

 いや待って、私はあまりにも不利ではないか?

 

 個性もヒーロー科ではないしよくわかっていない、尚且つ知り合いがこの場にほとんどいない。

 

 といううか42名この場にいるわけだけど普通科2名、サポート科1名らしい…誰だヒーロー科で消え去った奴は…!

 

 

 と考えているとキョロキョロしている私を見つけた猛獣のような眼をした人達が私を目掛けて集まってくる、ワラワラと。

 

 あっという間に囲まれた私は為すすべもなく、とてつもないパワーを持った人たちに囲われる。

 

 名前や賛美の言葉をひっきりなしに投げかけられた挙句勝手に自己紹介が始まる、個性、名前、自分と組んだ時のアドバンテージ等々…せっかく集まったんだし、ありがたく利用させてもらおう。

 

 集まってきてくれた人たちの話をせっかくだから聞く、私のことに関しては当たり障りのないことを言って何とか誤魔化して、ざっと8人くらいのデータを分析、どの作戦で行くかを迷っているさなかだった。

 

「ねえ、力を貸してくれないかな?」

 

 まだ聞いたことのない声で、私は申し訳ないけれど断ろうと振り向いた、私を利用してやるそんないやな目だった。

 

「悪いけど、あんたとは組みたくな……っ」

 

 にやりと性悪の悪い笑顔に苛立ったところで、私の意識は霧に包まれたようにぼんやりと覆われてしまった。

 

 

 

 

 




 
個性とは、身体機能の一部である、言わば魔法のようなものであり使用することによってゲームでいうMPやHPも当然減少する…身体機能の一部でもあるので当然使用にあたってリスクは発生する、だが身体機能の一部ということは鍛えれば伸びるという特性も併せ持ち未だにその全貌は解明されていない摩訶不思議な現象でもある。

 
 だからこそ、遺伝子と深く結びついている個性を移動させるのは相応のリスクを伴っており、他者へ付与する場合は負荷に耐えきれず物言わぬ人形の様になってしまう、仮に個性を植え付けれたとした場合、対象が既に別の個性を持っている場合、それぞれの個性が混ざり新たな個性へと変化する事がある。


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時尾 花架琉

 

 いやな感じがした、そう思ったら頭に霧がかかったように何も考えられなくなった。体の支配権を奪われたとでもいうように知らないうちに体は動く、何か強制された力で動かされ私はされるがまま従う他出来ることなんて一切ない。

 

 そうしていくうちに頭の中にかかった霧はどんどん濃くなっていって怖くなった、自分がいなくなってしまいそうで、誰かに取って代わられてしまわれそうで。

 

「おい、早くそこに座れ」

 

 白昼堂々なんて命令をするんだ、私に何をさせる気なんだ?ナニをさせる気なのか!?

 

 その声がとどめを刺していたようで私の意識は完全にその霧に囚われた、何もできない、しようと思っても意味がなく立ち尽くすしかなかった、そのまま時を止められた。

 

 

 不意に手を引かれる、そこまで強くつかまれたわけではないのに状況についていくことが出来ず少し頭の中がこんがらがっていたのと恐怖で警戒していたのもあって条件反射的に手を引いてしまった。

 

 するとしばらく間をおいて指先のようなものが少しだけ私に触れた。

 

 大丈夫だから怖がらないで、とでも言いたげに優しくゆっくりと手を引かれた、けれども私にはそれとは別にお願いだからついてきてと強く訴えかけてくるようにも感じる。

 

 伝えたいことがあるとでも言いたげに、手を引かれて速度はどんどん早くなっていく、リズミカルに触れれる私の手を見て少しうれしくなった、きっとスキップしているのだろう、この子がこんなに喜んでいるのだなと思うと私も釣られて気持ちが躍る。

 

 霧がだんだん薄くなって視界もだいぶ開けているのに景色が見えないのに変わりはない、最初に気付いた小さな違和感は私の手を握る小さな手がほんのりと体温を持ち始めた時だった。

 

 初めは本当に怖かった、私は何に引っ張られているのだろうと考えると振り払いたくなった。

 

 けれどそこでどうして考えることが出来始めたのだろうとようやっと気づき、この手のぬくもりが初めてではなく不思議と思い出せそうで思い出せない懐かしさと感触だったからその正体について知りたくなった。

 

 次から次に興味が移るのは本当に困ったものだけれどこれは生き方なので仕方がない、探求心というのか好奇心というのかそういう類のものが私は今でも尽きないのだ。

 

 いやそれはそれで構わないけど、どういう訳か思い立ったらそうしないと気が済まなくなるという悪癖までついてしまっているのだから性質が悪い、もう少し自制心を持った大人に憧れているのだけれどこの分では少し厳しいかな。

 

 そのおかげで楽々悠々とこの雄英高校普通科に来ることが出来たのだけれど……別にそこまでは感謝していない、振り回されることの方が多いし自分の世界に入ってしまうあまり遊んでくれる友達なんてあんまりできなかったから。

 

 そんなこんなで考えているうちに辿り着いたのはメルヘンチックというか子供っぽいというか、そんなところ。

 

 いやよくよく見渡すと燃え盛る家があったり(……何で家?)大きな氷があったり朝があったり夜があったり夕方があったりと何を言っているのかきっとわからないだろうけれど本当に目の前にはそんな景色が広がっているのだ、カオスの権化だ。

 

「久しぶり!……と言いたいところだけどカケルはそうじゃないよね。こんばんは初めまして」

 

 不意にそんな声が聞こえた、目線を映す場所は不思議と体が知っていてその声の主に辿り着くまでそんなに時間はかからなかった、見たことあるようで見たことない、でもどこか懐かしくてそれがとてもうれしくて……私は痛いくらいに口角を引き上げて目からあふれる何かを止められないまま笑っていた。

 

 きっとその表情はくしゃくしゃになっていたのにも関わらず過去最大級の笑顔だったのだろうと直感的に思ってしまった。

 

 

 

 2

 

「こんばんはじゃないよ、今はこんにちは……なんでだろう、初めて会った気もするけれど、すごくたくさんあった気もする。久しぶり、だよね?」

 

「何回かあったことはあるけどこんにちはって初めてだなぁ、今日は特別な日だよ!やったね!」

 

 バンザーイと朗らかにぴょんぴょんと跳ねる、年相応にはしゃぐ姿は見ていて微笑ましい、ただ少し気になるのはなんでこの子がこんなところにいるのか、つまりなぜ私の中にこの子が存在するのかという事だ、私の幻覚、幻聴の類の可能性はどうだろうか。

 

「また幻覚幻聴の類とでも思っているんでしょ?感動的な再会はしてくれるのにいつもいつも疑り深いんだから」

 

 私自身の心の反映か、まぁここに来た経緯を含めてそれもありうるか。

 

 まぁ面白半分で確認しとこうか、この子が一体何者なのか。

 

「君は一体何なの?っていうつもりでしょ?」

 

「え、なんでわかったの!?」

 

「毎回このくだりだもん、分かっているから」

 

 驚いた、これは信じてみてもよさそうだ。

 

 けど、状況が状況ここに長居するのもなんだし今考える力が戻っているうちに戻してもらわないと。

 

 時間がないと言うのは分かっている、もしかしたら向こうに意識が戻った時にはこのことを覚えていないのかもしれない、懐かしいような初めてのような歯の奥に何かが詰まっている小さな違和感のようなものが私にそのことを感じさせていた。

 

「そうなんだ、多分いつもの私ならもう少し疑ったりすると思うのだけれど何分今回は時間がないの、貴女には積もる話もあるのだろうけど早速本題に入らせてもらう」

 

 すると目の前の女の子は、大きく目を見開いて唖然とした表情を浮かべた。

 

 しかし私はためらわずに質問を投げかけた、こんな状況信じるに値しない、あの男の個性かもしれないし迂闊に動けないけど今はそれでも自分の中にもどかしく残る種火のような僅かな心残りにかけてみたかった。

 

「あなたは誰で、何なの?」

 

 私が今知りたいことの全てを簡潔に表した短い問いかけだった。

 

 その少女の顔は驚きから急にご機嫌になり、何かを懐かしむような表情を見せながら再び満面の笑みを浮かべてこういった。

 

「私はあなた、でも私は私」

 

 

 

  ………………はい?

 

 

 

「まぁ説明すると長くなるしいくらでも話しちゃうから大事なことだけ説明するよ、カケルが超能力だと思っている力はうすうす気づいているんじゃないかなって思うんだけど個性なんだよ」

 

 そうだ、個性は身体機能の一部。

 

 だから次々発生する特殊な現象を裏付けるには個性だなんてくくりにすべきではなかったのだ、しかし目の前の少女はそれらすべての現象をひっくるめて個性という、さっきとは打って変わり真剣な表情でどことなく哀愁を漂わせながら。

 

「それじゃあ答え合わせも兼ねたディスカッションを少ししようか……最初に異変に気付いたのは何時だったか覚えている?」

 

「確か小学校、3年のときくらい」

 

「気付いたときの前後に何か大きな出来事はあったんじゃない?」

 

「半年くらい病院に入院していた、気がする。でもあんまり思い出せない」

 

「そうだよね、まぁ……そのくらいは当然やるか」

 

「何の話?」

 

「いや、なんでもないよ。じゃあ個性を発現してから何か自分の中で変化とかは無かった?」

 

「わからない」

 

 わからない、この会話が何を意味するのか、少女が結局何であるのかもこの空間が何であるのかも何もかもが意味不明で摩訶不思議、頭の中にクエスチョンマークが絶えない。

 

「じゃあ質問を変えましょう、どうして自分の個性をそうでないと思ったのかな?」

 

「それは、発現したものが一つじゃなかったから」

 

「でもその力はノーリスクで使えるわけじゃないよね?」

 

「でも個性が複数あるなんて前例がない、二つ三つならともかく二桁に迫りそうなのに交じりもせずに存在するなんてありえない」

 

「それは誰が決めたのかな?前例がないだけでそれが正しいとは限らないのに」

 

「…………」

 

「それにおかしいと思わなかった?急に個性の発現が起きるなんて、一度ではなく何度も何度も」

 

「この力たちは、私のものではないということ?」

 

「それは少し違うよ、カケルのものではない時期もあったけど今はカケルのもの。そこは間違えないでほしいな」

 

「だったら誰が、何のために?」

 

「何のために、は分からないけど、“誰が“はカケルも知っている筈……本題はそこじゃないから本筋に戻すけど、私はあなた、私は私。この言葉の意味がそろそろ分かったんじゃないかな?」

 

 そんなことはあり得ない、前例も科学的根拠も常識でもそんなことなんて叶わないのにそうだとしてもそんな法則なんて無視してこの現状を理解するために十分な仮説を立てればありえない話がいくらでも作れる。

 

「ありえない、そんなの絶対に」

 

 いつの間にか口に出ていた。

 

「私はあなた、だからカケルの考えていることもわかる。だけどそれもまた現実で可能性のある事象として受け入れることそれも大事なんだよ」

 

 まぁ真実なんて私にも分かんないけど、と彼女は意地悪く唇を歪ませて付け加えた。

 

 その少女と会話を重ねるうちに、少女との別れが近づいているのが分かっていた、幾度となく繰り返している、記憶は覚えていないけど精神は覚えている。

 

 それがどういう事なのか、何を意味するのか。

 

「そっか、だから私は」

 

「そんなことは言わないで、カケルが今もそうやって皆の個性を使えるってことはカケルのためにしてくれたことなんだから、そうでなければカケルは今頃物言わぬ植物人間になっていたんだよ?」

 

 マジか、植物人間になるかならないかの綱渡りずっとしていたのか……

 

「そんな引きつった顔をしない!まぁカケルには何か特別なものがあるのかもしれないけどそうならなくてよかったじゃん」

 

 よくねぇよ、よく無事だったな。

 

 おなかを抱えてゲラゲラと転がる愛くるしい姿は毒気を抜かれる、小悪魔というか憎むに憎めない可愛い子だ。

 

 だから、この子に会えて本当にうれしいのにこの出来事全部がとても悲しい、こんなに可愛く愛くるしい少女との思い出はここから出れば無くなってしまうのだから。

 

「私の思いがカケルに伝わればいいのに、カケルからはよくても私からはダメなんだよね。そんなに多くは伝えられないから必要最低限だけ伝えておくね、私の個性は回復!再生とかは出来ないけどある一定量のダメージなら体力を使って回復することが出来るよ、使い過ぎには気を付けて!ほらカケルはすぐに無理するから、いつも一人で抱え込んでそれなのに自分を信用、信頼していないんだから」

 

「……大丈夫、きちんと信じるから。私の中の貴方達を、あなたたちの個性を」

 

「そういう事じゃないんだけど、まぁいっか!……最後に一つこれからもしかしたら凄く悪いことに巻き込まれたり酷い目にあったりするかもしれない、でもどんなことが起こっても諦めたりしないで、自分だけで解決しようとしないで」

 

「それはどういうこと?……心配しているの?忠告しているの?それとも脅しているの?」

 

「経験からくる予測ってやつかな、私こう見えてもカケルよりか年上なんだよ。精神年齢という点ではね、だいたいこんな異常事態に巻き込まれているんだからカケルだって何かがおかしいとは思っているでしょう?私もそんなによくは覚えていないけどとっても怖い思いをしてカケルの中に来たんだよ」

 

「そうなのね……確かに心のどこかでずっとどこか怯えて暮らしていたわ、こんなに目立とうだなんて思ったのも最後の思い出作りみたいなもの。でもあなたたちに出会えたことは感謝している、きっとこの後は覚えていないだろうけど」

 

「それは悲しいなぁ」

 

 そういってその少女と顔を見合わせながら思いっきり笑った後、華奢で強く握りしめたら折れそうな細い体を強く、強く抱きしめた。

 

 この子たちの個性を奪って自分のものにしていくくらいなら私の存在なんていらなかったのはないか、こうやって何回も同じことをしているのに目の前で起きたこと全部すぐにぼやけて消えていく。

 

 きっと繰り返すたびに後悔して、忘れている。

 

 忘れないように心に誓っても私は覚えていないのだ。

 

 だから、最後くらいは

 

「ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

 謝罪ではなく感謝で終えるのが私に出来る最大限できっと彼女の立場に私が立っていてもそうして欲しいだろうと思うから。

 

 

 

 

 

 記憶のほとんどなかった騎馬戦では私に個性をかけてきた男の子が思いのほか頑張ってくれたおかげもあってか上位4組に難なく食い込んで私の描いた図とは少し違うけれど結果的には同じ光景が描かれた。

 

 お礼くらいは言っておこう。

 

「とりあえずありがとうと言っておこうかしら、あんたのおかげで消耗することは無くトーナメントに出られたんだから」

 

「そうかい、じゃあがんばれよ」

 

「ええ、そうするわ」

 

「っ!待て、何でお前!?」

 

「さあ?効かなくて残念だったわね」

 

 そういえば思い出した、あの時宣戦布告をした普通科の生徒『心操』くんだったはず、おそらく個性は精神干渉の系統だ。

 

 そうであれば対処法は自ずと見えてくる、精神干渉系の能力は基本的に早い者勝ち、だから自己暗示をかけていれば少しくらいなら大丈夫、もちろんレベルが違い過ぎるのでその気になられれば効かないのだが。

 

 騎馬戦は終盤ぎりぎりまでほとんどと言っていいほど記憶がない、何かにぶつかったような強い衝撃が解除となるトリガーになったが逆に私が精神干渉能力を展開さえしておけばそれは相殺され防ぐことが可能だ。

 

 酷使し赤く充血し傷ついたはずの体の治し方をなぜか私は知っていた、新しく能力が増えるのは本当に久しぶりの事だったがありがたい能力が増えたのは幸運だろう。

 

 擦り傷や打撲を体の中にあるエネルギー、カロリーを使い少しづつ直していく。

 

 確かに便利な力だけれどどっと疲れが押し寄せた、何とか競技場への出入り口に到達する事は出来たが思わずお尻をついて壁にもたれかかる。

 

 少し休んで階段を上ろうとしたけれどどういう訳か二重にも三重にもぶれて見えるものだからもう一回座りなおした、今度は何故か胸が苦しくなって嗚咽が漏れる、理由なんてないのに悲しいことなんてないのにどうしてここまで歯を食いしばっているんだろう。

 

 不定期に啜る鼻に塩辛い液体が入って痛い、目を開けるけど今度は全然前が見えなくて歯を食いしばるのをやめたら叫んでしまいそうだった。

 

 新しい能力が発現できて目標へずっと近づいたのにどうしてこんなにも心が苦しいんだろう、何にこんなに怯えているのだろうか。

 

 思い出したいのに思い出せない、心当たりすらもないのに感情の濁流は止まることなんて知らずに次から次へと溢れ出てくる。

 

 気丈に振る舞い続けてはねのけていた恐怖が体の自由を奪い私は丸くなって自分自身を抱きしめている、日の光が入らず薄暗い影の中で私は呪文のように「ありがとう」と「ごめんなさい」を繰り返し続けていた。

 

「頑張って」と聞こえたのは、きっと気のせいなのだろう。 

 



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幕開け

 

 

 本選開始までは余興やら一般生徒のまぁ……悪く言えば本選前の前座という事だろう、どういう訳かヒーロー科の女の子達がチアリーダーの格好で踊っていたのは謎ではあったけれども私の自分の能力とコンディションを確認するには必要な時間である。

 

 能力の限界はまだ猶予がありそうでうれしい誤算の内に入る、知らない間に手に入った機能再生のような能力のおかげで目の方は何とかまだ使えそうだ。

 

「にしても……凄い量食べているけどお腹は大丈夫なの?」

 

「ん?あー、大丈夫じゃない?それよりもっとカロリー取りたいから何かしら買ってきてくれない?お金は渡すから」

 

「こんなに食べてその体はずるいでしょ……同じ高1とは思えないよ」

 

「何か言った?」

 

「何も……」

 

 比較的仲がいいクラスの子がこうやってサポートしてくれているものだからほんの少しだけではあるけれど楽にはなっている。

 

 これからヒーロー科の猛者たちと戦うとなると先が心配ではあるけれど、勝敗が戦闘不能と判断された場合か、指定された範囲から出てしまえば負けという事らしいので基本的な戦術は変わらない。

 

 私の全部を彼ら、彼女らは知らないし、私はヒーロー科の人達は本選に出場するであろう人達に大体の目星はつけていたため対策は万全だ、後は組み合わせの問題だけれど、そういえば私はあの後何故か目が開けられなくなってしまったために見れてはいない。

 

 棄権する人が出て少し組み合わせは変わったらしいけれども私は気にする間もなく栄養補給に入ったために未だに組み合わせを見ていないのだ。

 

 とはいってもここ雄英高校体育祭は近代オリンピックに代わるイベントなためスマートフォンさえ見れば組み合わせは容易にわかる、ひとまず今周りにある食べ物は胃の中に収めたのでとりあえず見てみることにしよう。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ……………………なるほど、なるほど。

 

 オッケー、上等、かかってこい。

 

 予想していた通りとまではいかないけど想定内の範疇だ。

 

 出来れば、あわよくば轟君と爆豪君は潰し合いをしてほしかったけれど学校側もそうはしないか、セミファイナルが一番面白いとよく言うのに決勝を面白くさせようとする采配には恐れ入る、偶然であれば面白いけどそれは無いだろう。

 

 いづれにしても彼らはきっと上がってくる。

 

 どちらにせよ……避けては通れない道だ、轟君も爆豪君もその他の皆も私より数段上なのだ、最近敵との実戦、言わば命を懸けた戦いを経験したのなら尚の事。

 

 能力と個性という点で大きな差があるし、更に経験が重なれば厳しい戦いになる。

 

 それを分かったうえでこの戦いに身を投じたはずだ、今更怖気づいてどうする、もう引き返さないと決めただろう、引き返す道なんていらないと決心してこの勝負に臨んだのに……この寒気と震えはどういうことだ?

 

 考えている暇じゃない、今は体を休めることに集中しなければ勝てる戦いを落としかねない、先ずは飯田君。

 

 そして、芦戸さんと青山君のどちらかの勝者でおそらく次は……轟君。

 

 緑谷君には悪いけれど勝ち上がってくるのは轟君だろう、VTRを見たところ緑谷君の個性は非常に大きいリスクを伴なっている。

 

 それこそ使えば一発で使用箇所がボロボロに破壊されてしまうほどに負担が大きい、もし仮に緑谷君が轟君に勝ったら嬉しすぎる誤算ではある、なんだって私ですら満身創痍の緑谷君に勝つことなんて造作もないのだから。

 

 先を見据えるのもいいけれど足元を見ないと不味い、思ってもいない能力が土壇場で、しかもほしくて仕方のないものが手札に入って浮足立っているのかも。

 

 初戦の相手、彼の持ち味は速さと身体能力の高さ、そして奥の手を隠しているところだ。

 

 加速以外にも使い方はあるはずだ、間違った使い方という名の奥の手が、何にせよ私にも同じようなことが出来る限り、全部の能力とまではいかないが負担のかかる多重発動をするかもしれない。

 

 それとさっき気付いたことではあるが私の未来観測……ほんの少し先の未来を見る能力は便利で精神干渉の副作用でもある感情の感受性が敏感になる効果を使えばより正確性を増すためこう呼んでいるけれども、見えるからと言っても避けられる訳ではない。

 

 未来観測を使えばコマ送りをしたような感覚に陥ってどんな攻撃でも避けれそうな気がしたけど私自身の身体能力はその時間に合わせて向上するはずもなかった、詰まるところ見えたとしても避けれないものは避けられない。

 

 しかも解除した後は直ぐに元の時間の流れが流れるのではなく徐々に戻っていく、乃ち痛みも継続するという事だ。

 

 使う時と場合を選ばないと肉体にも精神にも負担がかかる諸刃の剣、使いどころを見誤れば死に直結する可能性もあるのかもしれない、どんどん進化ならぬ深化していく能力は便利かつ危険なものへと成ってゆく。

 

 ハイリスクローリターンから超ハイリスクハイリターンへと変わった能力にうまく付き合わなければならない、私は私の存在を示すためにここにいる。

 

 普通科の落ちこぼれが熾烈な競争を潜り抜けエリート共を蹴散らして頂点を取れば歴史と記憶に私は残る、その後のことは何も考えてはいないけれど私という存在を示す、という強迫観念が私をつき動かしていた。

 

 会場の熱気は驚くほどに冷めている、時刻は2時過ぎて一番熱い頃合いなのにも関わらずに今か今かとその熱は影を潜めているようにも思える。

 

 負けたくないんじゃない、負けられないんだ。 

 

 私は自分を落ち着かせるように一文字に縛られた唇を歪ませた。

 



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VS飯田 天哉

 


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 まず初めに感じたのは予想以上に熱い熱気だった、最初は訳が分からなかった。

 

 予想外で想定外、雰囲気に思わず呑まれそうになるのをグッとこらえ、顔をパチンと叩いて自分を取り戻す。思わず後退ってしまいそうな迫力と、蠢く観衆に気圧されてしまったのだと数秒遅れで気が付いた。

 

けれども必死に踏みとどまる、引き返す道はいらないのに初っ端から後ずさりを決めるのなんて絶対に嫌だ、それにまだ初戦だというのにこの程度で怖気づいていてはこの先絶対に戦えないと思ったからでもある。

 

心を落ち着かせてようやく観衆の声が他の一回戦に比べて明らかに大きいことに気が付いた、そしてそれほどまでに余裕がないことも気が付いた。

 

気合を入れなおすために両手で頬をたたくと乾いた音ではなくて重たい音が控えの通路に響く。手を見ると汗でぐっしょりと濡れていた。

 

個人的な判断でしかないけどこの場所にはヒーローになるために一生懸命になる人たちがいる。相手は飯田君でヒーロー名家の御曹司だ。私はと言うと客観的にみれば普通科からヒーローを諦めきれずにここまで残ったダークホースとしてのイメージが強いのだと思う。この歓声のほとんどは夢を追いかける一人の少女だと思われていることだろう。

 

しかし私がここに立っているのはヒーローなんかになるためではない、だからこそ筋違いの歓声と予想していた以上の期待が私を圧し潰そうと圧し掛かってきたのだと思う。普通に考えても、よくよく考えても私は無理難題なことに挑んでいるのだと嫌でも実感させられる。

 

観衆は望んでいる、何を?……決まっている下克上だ。

 

普通科のヒーローの道をほとんど潰されてしまった一個人がエリートを倒し頂点に登るのをありえないとわかっていても望んでいるのだ、そして信頼されてはいないのだ。だからこその大声援、どうせ無理だろうけど夢くらい見させてくれよとの叫びの声だ。

 

善戦して負けても惜しみのない拍手が送られるだろう、人々はよくやったと褒めてくれるだろう、けれども私が命を懸けて絶対に手に入れてやると決めたものには程遠い、準優勝は敗者だ、勝者は一人でその勝者に私はなる。

 

突き刺さるような視線とゲリラ豪雨のように降り注ぐ歓声にも慣れた。私は飯田君を睨みつけるように見据える。心臓の音は聞こえない。

 

『レディ―――――ス&ジェントルメ――――ン!!!さあさあやってきましたこの大注目のカ――――ド!!!ヒーロー出身のエリート、その個性は正に韋駄天!ヒーロー科 飯田 天哉 VS 第一種目から異彩を放つ普通科の紅一点!台風の目になるか?なれるのか!?普通科 時尾 花架琉!! それでは第四試合スタァァァアト!!!』

 

 

 

 まず最初にどう出てくるか、それが一番大きな問題だ。

 

 飯田君側としては私の情報があまりにも少ないため無暗に突っ込んでくるのはいい判断とも悪い判断とも断定しづらい、かと言ってこんなに睨みあうのも時間の無駄だと考えたのだろう。

 

 ほんの数秒間じっと動かなかった私達だが、先に動き出したのはもちろん飯田君だった。

 

 私の能力の一つである未来予測、そして精神干渉の副作用にもよる効果で未来は予測と比べ物にならない……観測へと至るがそもそも精神干渉の発動条件が相手に触れなければならない。

 

 飯田君は様子を窺いつつも、もう少しすると探り探りの攻撃を入れてくるだろう、場所はどこに限定するのかが問題だが私の分析からすると飯田君は真面目の一言に尽きる。

 

 真面目という事は少しくらいは女の子に対する気遣いも持ち合わせているだろう、だから顔に攻撃してくることはまずない、するのであれば比較的ガードのしやすい上半身。

 

 踏み込む角度、突っ込んでくる勢い、予測される蹴りの種類から見てガードの上から私を吹き飛ばし場外に弾き出そうとしている、確かに良い案だ。

 

 気遣いも勝利も両方できる最善手。

 

 もちろん決まれば、だけど。

 

『おおっと飯田ここでギアを上げたぁぁぁ!!!痺れを切らして突っ込むのか!?』

 

『痺れを切らしたわけじゃない、悪くない判断だ』

 

 急に速度が上がる、私は首のみでできるだけでその動きを追う。

 

 攻撃が来るまでは動かない、未来予測で自分の未来を予測、そしてすべき姿が目に映ったら……勝負の始まりだ。

 

 そして、更にギアが上がった。

 

丁度背後からジャッと方向転換するために踏ん張る音が聞こえた。

 

 集中しろ、自分が吹き飛ぶ未来のタイミングを逃さないため全神経を張り巡らせろ。

 

 静止時間は充分、動きは視界の隅には入れてある、あとはタイミングと蹴りの種類を瞬時に判断、飯田君が体勢を崩すポイントを予測。

 

「っ……ガードするんだ!」

 

 ほとんど無防備の私を蹴りつけるのは良心が痛むのだろうか、蹴りに入る前に大声で私に忠告をする。

 

 しかし偉いのは私が避ける素振りすら見せなくてもちゃんと忠告はしたからな、と自分に言い聞かせるような表情で一切攻撃を緩めなかったことは褒めるべきだし、私をとりあえずは倒すべき相手だとみられていることなのだろう。

 

 全く、こっちは緩めてくれても助かるっていうのに……でも、嫌いじゃないよ、そういうの。

 

鋭い蹴りが的確に私の首、頸動脈のあたりにぶつかろうとする刹那私の視界は先ほどとは全く違う景色を覗き、耳元まで迫っていた空を裂く音はどこかへ飛んだように聞こえることは無く、大観衆のどよめきが一瞬にして静寂に変わる。

 

何が起こったのかわからないのだろう、一回この能力を使ったことは使ったけれど観衆には見えていなかったかもしれない。

 

移動するまでに3秒止まらないといけないくせに移動距離は半径2,5メートル。日常生活では一切使うことは無かったけれどもどんなゴミ能力も時と場合さえ選んで適切に使えば有効に使うことが出来ることを知れたのは良かった。

 

体勢を崩し、想定外の事態にたじろぐ飯田君に私は思いっきり拳をぶつけた。

 

 

 

  …………ちょっと待って、ちょー痛い。

 

そりゃあ、私は格闘技なんてものをやっていなかったし、か弱い女の子だし、飯田君に比べて体重差もかなりあるから直接攻撃が効いていないのは想定内だけれどまさかここまでに拳が痛いとは……手首もぐねってるきがする。

 

飯田君も殴られたよな?とクエスチョンマークを浮かべながら「痛……くない!?」と驚きを隠せないでいる。

 

 そんなに驚かないでほしいな、恥ずかしいから。

 

『ここで時尾の右ストレートが完璧に入ったように見えたが!飯田は効いたそぶりを見せない!飯田の耐久力が凄まじいのかそれとも時尾のパンチ力が弱いのか!!!???』

 

 後者だよ!弱くてすいませんね!

 

 ったく、あのクソ解説余計なことを……かわいいだの頑張ってとかそういう類の声援が飛んでくる、何だろう、すごくうれしくない。

 

しかし、これで条件は全てクリアされた。

 

 飯田君に触れて精神干渉に成功し副作用と相まって未来観測が使える今、勝てる条件は整った。後は手順を間違えることなく詰めるだけ。

 

 それが簡単ならばいいんだけど、難易度が高いからきついんだよなぁ。

 

 ともあれ同じ土俵に立つ事は出来た、本腰を入れるのはここから……想定はしていたけれど実戦での疲労はいつもとは全然違う、緊張感と絶対に負けられないプレッシャーが神経をガリガリと削る音が聞こえる。

 

 精神干渉から伝わってくる飯田君の心情は揺れに揺れている、何かを躊躇っているような感じがする。

 

 何はわからないけれどもこの隙に乗じるしかない、瞬間移動の派生、アポートを使う。これも同じく静止時間とインターバルがある、一回使えば重さにもよるが大体1分に一回が限度だ、私よりも軽いもので尚且つ1つの物体につき一回まで。

 

 この日のために銃刀法違反に引っかからないように裏でこそこそやったしお金もつぎ込んだ、アルミニウム合金パイプを自宅のクローゼットの中から引き出す、長さは90㎝。

 

 重すぎず私が振り回せる程度に加工したものだ。私物しかアポートできなくその私物の境界線が分からなかったので武器と一緒にベッドで寝たのはいい思い出だ。

 

 臥薪嘗胆、的な。

 

「君の個性は一体何なんだ……!?」

 

「さぁ当ててみたら?第一教えるわけないでしょ」

 

「くっ……それもそう、だっ!」

 

 そこから先は私の読んだ通り持久戦、乃ち削り合い。

 

 飯田君がギアを変えて四方八方から蹴りに来るが、見えている私からすれば避けることは少し難しいけれど決定打は簡単に避けることが出来る。

 

 最初は反応もしづらかったが体の方も緊張がほぐれて来たのか温まってきたのかすんなりと動く、そして手にした獲物は徐々に、しかし確実に飯田君を捉え始めた。

 

 そして、遂に私の手に嫌な感触が伝わった。

 

 会場が息をのんだのが分かる、鉄の棒で頭を(か弱い女の子だけれど躊躇なく思い切り)振りぬき飯田君のこめかみを射抜いた。

 

 離れて追撃を加えようとするけれども一瞬で離れられる。

 

 続いて遠距離攻撃のできるスリングショットorゴム弾を取り寄せて打ってみるけれど如何せん私の狙撃技術では当てられない、でも攻守の切り替えはわかるし鋭い蹴りもアルミニウム合金パイプで防げばどうにかなる。

 

 精神干渉の副作用はもう切れたけれど体の反応も悪くない、もう目の前に勝ちは見えている。

 

 本日4本目となる変形して折れかけたパイプを確認する、まだ使えそうだから新しいパイプには新調しない、もしかしたら不測の事態が起こるかもしれないから温存しておくのも悪くは無い。

 

 あとは手順を踏むだけ。

 

 空気が今にも張り裂けそうだ、それは下克上を目の前にした観衆の叫びの前兆。

 

 ヒーロー家の御曹司を落ちぶれた凡人が喰らうのを今か今かと待ちわびているのだ、だけどどうして目の前の男はまだ勝てるとでも言いたげに私を見据えるのだろうか?

 

 出血も決して少なくは無い、脚にも相当ダメージは蓄積されている筈で対して私は先ほど少し痛めた手首と擦り傷くらいしかダメージはない。

 

 未来予測の常時発動のせいか視界は良好とは言いづらいけれども、まだ全然見える。

 

 焦らず慎重に、止めを刺すだけなのだけれど……。

 

「時尾君、すまない!」

 

「……は?」

 

 突然、飯田君が私に向けて謝罪の言葉を叫んできた。

 

「君を見くびっていた、舐めていた、心のどこかで格下だと決めつけていたようだ。君は強い!」

 

「何が、言いたいの?」

 

「だから、俺も全力で挑ませてもらおう!」

 

 そう言うと90度頭を下げた姿勢から流れるようにしゃがんでクラウチングスタートのような姿勢を取る。

 

 何かがやばい、と感じる前に体は動いていた。

 

 止めを刺すべくパイプを投げ捨てとっさに取り寄せたビニール袋に石を入れたやつを振りかぶる、狙うは後頭部。

 

 未来予測でどう動くのかはわかる、クラウチングスタートのような姿勢をとる飯田君の頭を砕かんとばかりに叩く直前だった。

 

「トルクオーバー・レシプロバースト!」

 

 左の脇腹に強い衝撃が加わる、痛みを感じる前に飯田君の位置を確認するがどこにいるのかわからない、瞬間視界が黒に染まる。

 

 未来予測だと気付くのに数瞬遅れて背中にいい攻撃が入る、思いっきり叩きつけられた地面に叩きつけられて肺の空気が全部漏れた。

 

 そして引っ張られる、このままだと場外に投げ飛ばす算段だろう。

 

 くそ、考えろ、何が使える?

 

 念動力、発火能力(発火したためしがない)、精神干渉、瞬間移動、空中浮揚、残留思念感応、未来予想。

 

 使えるツールがない!

 

 畜生、こんなところで……負けてたまるか!

 

 出し惜しみしている場合じゃない、これは予定外だ。

 

 けれども飯田君のこの技術もそうなのだから、出し惜しみなんて馬鹿げている。

 

 脳が焼き切れるような痛覚と全身の血が冷たくなっていくような感じが体を支配する、今にも発狂しそうな耐え難いものが全身を支配する。

 

 そういえば最初は気絶もしたなぁと懐かしく振り返る、しかしこれ使うのは最小限にしなければどうなるか分からない。

 

 やがて世界は色を失い白と黒で構成される。

 

 私は急いで飯田君の手を振り払い、おそらく全速力で駆けているであろう体勢を思いっきり崩す。

 

 その黒白の世界では私だけが動いていた。

 

 

 

 私は時を、駆けたのだった。

 

 

 全身の力が抜けるとともに世界は色づいて動き始める、私が仕込んでおいた通り飯田君は足を引っかけて転んだ、でも……場外には出ていない。

 

 体に力が入らない、立てはしないのなら片膝ついて戦闘する意思をみせるだけだ。

 

 徐々に血の通う感じと忘れていた痛みで頭を垂れる。

 

 気を失わないようにするので精一杯だった。

 

 おなかやわき腹が死ぬほど痛い、正直泣いてしまいたい、けど……それは相手だって同じこと、この場で異彩を放つエンジン音が更に唸りを上げて足音がだんだん近づいてくる、このまま動いていないと格好の的になる、それだけは避けるために這いずり回ってでも動き続けた。

 

 なにか制限があるはずだ、あの異質なエンジン音と移動速度に最後まで隠しておきたかったというとっておき、それだけ大きなリスクがあるという事だ。

 

 だからまずは顔を上げろ、何時までも地面を見ていたら何も始まらない。

 

 腹部の痛みにはもう慣れた、脚も手もまだ動く、つまり……「降参だ」まだ戦える。

 

 って、え……降参?

 

「トルクの回転数を操作し無理矢理高速移動を可能にするトルクオーバー・レシプロバーストは、一度使うとしばらくエンストして動けなくなる。それを今使ってしまって、もう動けない、だから降参だ」

 

 と、言うことは……私が勝った?

 

『と、言う事はぁぁぁああああ!まさかまさかの下克上!お前ら大好きだろ?この展開!血を血で洗うような第四試合、激戦を制したのは普通科の時尾 花架琉だ――――――!』

 

 こうして最後はあっけなく、少しもどかしくもあるけど私は何とか一回戦を勝ち抜いた。

 

 

 

 今の状態を表すなら満身創痍、一回戦で相当なダメージを覚悟していたけれど想定よりもずっと痛いし疲労はすごい、想定と実践では大きな差があるのは知っていたけどこれほどまでに違うとは……。

 

 これでようやく一つ、か。

 

 第一歩踏み出せたわけだけど、あと3つ……気が遠くなりそうだ、と言うか本当に命があるかも心配なのだけれども。

 

 次の相手は芦戸さんか青山君、正直のところ飯田君ほどは厳しい戦いになるとは思っていないけれど警戒するのは必要だ、その後のことは正直考えたくない。

 

 日本トップレベル……それも未来のトップを争うヒーローたちに挑むと考えるのは今は嫌だ、もう少し時間がたってからじゃないと心が折れそう。

 

 何にせよ飯田君を下したという事実は変わらないし険しい道のりが長く遠く続いている、私が知りたかったのは楽な道の探し方ではなく険しい道の歩き方、体育祭のこの勝負で勝つことを選択した時からその思いは変わらない。

 

 残酷な運命が定まってるとして、それが今日私の前に現れるとしてもそんな運命クソ喰らえだ、受け入れてやるものか。

 

 未だにお腹は痛いし気分は悪いし頭はガンガンする、擦り傷や打撲のような個所も所々見られる、万全の状態とはとても言いづらく寧ろかなり悪いほう。

 

 めちゃめちゃしんどかった……初めて男の人に蹴られた、初めて人をパイプで叩いた……等々いろんなことを経験したけれども、初めて生きている実感が出来た。

 

 私が手を振ると呼応するかのように私を応援する声が聞こえた、このまま余韻に浸るのもいいが次の試合もあるので一旦席の方に戻ろう。

 

 ひんやり冷たい通路を通る、さっきとは真逆の温度が私の思考を落ち着かせる、自分の影を見ながら私は先の見えない暗い通路を歩いていくのだった。

 

 

 




 

PS:主人公の名前が「ときお かける」なんですが例の山口メンバーの事件からTOKIO×少女=書類送検というネタを見かけ複雑な心境です。
 作品名を運命よ、そこをどけ。にしといてよかったなと思っています。


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躊躇い

 

 

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 脳が軋む、心臓の鼓動は今にも破裂しそうなくらいに痛いくらいに跳ねている、心臓が脈打つたびに血管が皮膚を破ろうとせんばかりに膨張している、暗い通路で歯を食いしばりながら一人で痛みに耐える。

 

 私以外の時間を僅かに止めて私だけが動ける能力、効果はどの程度広いのかはまだ把握していないけれどもこの能力を以前使った時にはこんなに身体の方にダメージが来るようなことは無かった、内側から食い破られているかのような痛みが精神力さえもねじ伏せみっともなく痛みにのたうち回るのを我慢することしか私にはできないのだ。

 

 止まっていたのは飯田君だけなのか、もしくは会場の人達も含め止まっていたのかはまだ確認することは出来ていないけれども出来れば前者であることを信じたい。

 

 やがて眼も開けられなくなってノイズが走る、閉じた網膜の裏に白と黒のさざ波の向こうに少なくとも白黒よりかはカラフルな色で彩られた景色が広がろうとしている。

 

 今はまだ見えないけれども意識が遠のくとともに徐々に鮮明に映る、記憶にない多分ずっと前の記憶、多くは覚えてはいないけれどもそれでも少しだけ覚えていたことはある。

 

 それでも私は逃げていた、その記憶と思い出から。

 

 そして、見失っていた。

 

 けれどもそれはもう終わりだ、終わりにしたはずだった、だからこそ昔の記憶を垣間見るのかもしれない……今までは見ないふりをしていたそれに踏み込んでいかないとそれこそ何かに……私の中の個性たちに対する冒涜だ、だから無理やりにでも閉じられた扉をこじ開けた。

 

 そもそも、体育祭で優勝するという事は自分の中のいくらかある個性を公に見せるということに繋がる、自分の中で何かと理由をつけてはいたけれどもこれは私にとって出来る最高の追悼、歓声をレクイエムに遅いけれど盛大な弔いを。

 

 意識が途切れる前兆が訪れる、冷たい感触が頬に伝わり血の気が引き四肢には力が入らない。

 

 一面に広がる赤、焦げ付く匂いと焼けつくような熱さが蘇る、最後は私一人だったはずの部屋にいなくなった人たちが一人ずつ増えてゆく、まるで初めてこの場所に来た時のように最後には大分大人数に。

 

 小さい子から中学生まで幅広く、そこにはいてたまに来る先生に私はいつも褒められていた記憶がある。

 

 やっぱり君は優秀だと、最高の○○だと、そういっていつも頭を撫でてくれた、先生の手は大きくて優しく撫でてくれていたけれどとても冷たかった。

 

 今の知識をもって、この時期に何があったのか、それを探るべくもっともっと奥へ。

 

 意識を手放す、目の前に知らなければならない何かがあるのだから。

 

 

 

 1

 

「時尾 花架琉……もしかしたらと思いましたがやはり例の少女ですよね、オールマイト」

 

「相澤君か、そういえば君もあれに関わっていたんだっけか。最初は違うと思ったんだけどね、あの様子を見ると多分君の推測は当たっているよ」

 

「けれど俺もいまだに信じられないですよ、正直驚いています。まさかこの年齢まで健康そうに生きているなんて」

 

「健康そうに、か。それでも……個性をあれだけしか、あれだけのものしか使っていないのに関わらずあの疲れようを見ると、ね。それに最後の時尾少女のというよりか飯田少年の動きを見ると謎は深まるよ」

 

「ええ、ちょっと異常ですね、まるで馴染んでいないようにも思えてきますよ。まるで発現したてで、使い方がわからない様な、もしくは最近ようやく気付いたのか、はたまた本当に自分のものではないのか……いずれにしろ負荷が大きすぎる」

 

「鋭いなぁ君は。リカバリーガールの話を聞く限りでは体には異常はないそうだよ」

 

「鋭いわけではないです、ただ知っていただけ……その言い方だと他に異常があるのでは?例えば、脳とか」

 

「本当に君には驚かされる、やはり優秀だね。その通りだよ、容量超過だそうだ」

 

「それなら……今すぐにでも」

 

「まだ心配はいらないよ、ちょっとした知恵熱のようなものが出ているらしくて今は起きて意識もはっきりしている、第一あの程度ではまだ彼女がそうであるか確定しづらい」

 

「何を悠長なことを、彼女が物言わぬ人形のようになってしまう可能性があるかもしれないんですよ!?」

 

「けれども、そうはならない可能性もある、確かに私は悠長かもしれないけれど相澤くんも焦りすぎだよ。彼女に特別な思い入れがあるのかい?」

 

「……強いて言うのであれば、彼女は俺の進むべき道を変えてくれた人間ですから。良くも、悪くも」

 

「本当に良くも悪くも、だよ。君は若いのにあまりにも優秀で、それこそ合理的で……彼はあまりにも身の丈に合わない夢を追いかけていた、その理想を貫き通すことが出来ないと知っていてそれでも憧れを追い続けていた」

 

「その結果があれで、あの人は身の丈に合わない夢に未だに囚われ続けている、半端者が夢を追った結果がどんなに残酷なものか、あなたも知っているでしょう?」

 

「確かに彼女は半端ものかもしれない、けれども彼女の意思は本物だ。降りることは無いよ」

 

「止めに行くつもりはありません、ただ、少し話に行くだけです」

 

「何を?」

 

「……たわいのない雑談ですよ」

 

「そうかい、あまり彼女を責めてあげないでくれよ」

 

「大丈夫です、俺はやさしいですから」

 

「良くも悪くも、ね」

 

 

 

 ベッドから飛び跳ねる勢いで起き上がると私は見知らぬ場所にいた、白い天井に同じ色のレースに区切られたベッドの周り、そして独特のにおいでようやく自分がどこにいるのかを推測できた。

 

 ズキンと痛む頭と目に痛む体の節々、そして夢で見た記憶の欠片、おそらくは昔の記憶なのだろう、私がまだ小さくて、無知で無力だった普通の女の子として生きてきた時代と今のようにありえもしない能力と現象に捻くれてしまった今との境目の出来事、この境目に私に何があってどんなことがあったのか分かったとしてもそれがどうしたという事実が残るだけだ。

 

 それでもしっかりと覚えている、まだまだ細部は覚えていないけれども、もしかすると思い出すことがあるのかもしれない、でも今はそこに思考を費やす余裕はない、次を見据えてその先とまたその先を見据えなければ簡単に足元を掬われる。

 

 飯田君に勝てたのは私が手札を見せなかったからにすぎない、しかし、もうすでに半分くらいは見せてしまったような気もする、成績優秀・個性優秀のヒーロー科の生徒を相手にするのだから気を抜く暇も別のことに気を取られる余裕もないのだ。

 

 確かに今思い出していることは大事なのかもしれないけれど、それでも全部ことが終わってから考えるべきだ、何振り構っていられる戦いではないのだから我武者羅に、真摯に、それでいて貪欲で冷静になるべきだ。

 

「時尾 花架琉の容態はどうですか?」

 

 静かにドアの開く音と渋く響きのいい低音の声が小さいながらもよく響く、相澤先生の声だと気付くのに時間はそんなにかからなかった。

 

 厳しくて合理的主義を唱えているけれどとてもやさしい人だなと第一印象でそう思う人だった。詳しく関わったことは無いけれども生徒思いのいい先生だなぁと思っている、とても厳しそうだけれど。

 

「うん、大丈夫そうだよ。花架琉ちゃん、起きているかい?」

 

 保健室のおばちゃん、ことリカバリーガールさんに呼びかけられて返事を返す、ここで元気なそぶりを見せておかないと下手したらドクターストップがかかるかもしれないので気丈に振る舞う、実際のところ体の方は大丈夫、でもテンションは寝起きでそこまで高くないが無理やり上げる。

 

 それを悟ったのか私の体を気遣ってくれたのか私が知る由もないけれど、相澤先生は「無理に立たなくていい、寝たままで構わない」と私がベッドから起き上がるのを片手で制した。

 

「お気遣い、ありがとうございます。ところでこんな凡骨のところに来てどうしたんですか?何かあったんです?」

 

 出来るだけ当たり障りのない言葉を選んだつもりだ、ここに来た理由がわからない以上素のままの私で対応するしか他は無い、感謝の意と疑問を簡潔に述べると少し拍子抜けするような返答が返ってくる。

 

「いや、大した用じゃないよ。言い方は悪いが私用のついでだ……飯田との戦いで大分削られたようだが体の方は大丈夫なのか?」

 

「あ、それはもちろん大丈夫ですよ。この通り元気ピンピンです」

 

「そうだな……思ったより元気そうで残念だ」

 

「残念!?」

 

 え、ちょっと先生酷くないですか?

 

「お前の個性は俺も未だによく分からないが、大したことない割にフィードバックが重すぎるんじゃないのかと思うんだがそれについてお前はどう思う?」

 

 ……鋭い、指摘も的確だ、相澤先生は何かを知っているのだろうか?それとも単に疑問を投げかけているだけなのだろうか?

 

 アハハと笑ってごまかそうとはするけど相澤先生は鋭い目で私を見続ける。

 

「そんな目で見ないでくださいよ、照れるんで」

 

「……まぁいい、これは警告だ、もしもお前が身に余る個性によって振り回されるのなら俺はお前を戦いから降ろすつもりだ」

 

「私は、この体育祭に全てを賭けているんです、私が目指すのは頂点だけでそれ以上はいりません、だから邪魔をしないでください、お願いです」

 

「俺は教師で、ヒーローだ、生徒の安全が最優先、それは当たり前のことだろう?」

 

「でも、それでも私は……後悔だけはしたくないんです、どうせなら、戦って……私は」

 

「その必死さが危ないし、第一公共の電波で問題でも起こしてしまうと学校側としても見逃せない、それに俺はもし然るべき事態になれば止めると言っているが、自分で一番分かっている筈だ、その個性がどれだけ危険なものなのか」

 

 脅すのでもなく、怒るのでもなく、諭すように現実を突きつけられる、まっすぐと見据えられた目は私の心の揺らぎを見切ったかのように鋭く刺さった。

 

「身の丈に合っていないのは認めます、けれども」

 

 言葉が続かなかった、何を言えばいいのかわからなかった、所詮私の体育祭での目標は他人にとっては迷惑のかかることであると突き付けられたような気がしたからだ、身の程を弁えろと、弱いんだから無理はするなと言われている気もした。

 

 だからこそ

 

「それが先生の優しさなら、私はそれを受け入れることが出来ません」

 

 差し伸べられた救いの手を振り払った、初めて胸を打たれた私を心配する言葉に涙さえもが滲んだ。表面上の偽善ではなくて心配して気にかけていてくれたからこそ棘のある言葉で優しく私を制してくれた、それに多分先生は何かを知っている。

 

 私が目的を果たした後で探そうとしていた大事なもので少しだけ垣間見た昔の記憶とももしかしたら関連する何かを知っているかもしれないけれども、それを背負って戦えるほど私は強くはないのだから。

 

「ああ、知っているよ。そう言えば初めて会った時もそうだった」

 

「初めて会った時?」

 

「こっちの話だ、まぁお前よりももっと危なっかしいやつがいるから俺の判断だけでは君を棄権にすることは出来ないよ、安心しな」

 

 嘘だ、絶対本気出せばそのくらい出来るでしょ、目がマジだったもん。

 

「合理的虚偽ってやつだ」

 

 ハハハと笑っているけど本当に笑えない、いやマジで。

 

「いずれにせよ、君の思いは本物だ。自分の状況が分かっていながらも、それを他人に気付かれて突っ突かれてもぶれなかった、その思いを俺は邪魔することが出来ない」

 

 突っつくってかわいい表現じゃないでしょ、脅しだよ脅し。

 

「分かってもらえたのなら幸いです、それじゃあ私はもう少しお休みします」

 

「なぁ……お前は何を目指しているんだ?」

 

「体育祭で頂点を獲ることです、そうすれば私は嫌でも記録と記憶に残り続けるので」

 

「そうか、なら一つだけ教師として言わせてもらう。大切なものは今欲しいものよりももっと身近に転がっている、それを忘れるなよ」

 

 そう言うと、相澤先生はどこからともなく色々な食べ物が入ったバスケットやクーラーボックスを私の前におもむろに置いた、チョコレートやらウイダーインゼリーやらコーラなど私が必要としているものやちょっとした軽食のようなものまで結構なものが入っていた。

 

「これは一体……」

 

 何ですかと?言葉をつなげて先生を見上げようとしたけどその姿は部屋を見渡しても姿は見当たらなかった、手に持たされたバスケットを見るとたくさんのメッセージカードのようなものが入っていた、軽く目を通すけど全くもってくだらない、自分の夢を私に重ねるな、私だって大した個性の持ち主じゃないし有象無象達も可能性がないわけじゃないだろう。

 

 うっとおしく思ってうんざりしながら必要なものをバスケットの中から選んでいくと目につくように大きな紙が入っていた、クラスで比較的仲のいい子からのものだ、頑張れとか応援しているとかそういったどうでもいいことではなくて次に私が戦う相手の情報(芦戸さんが青山君に勝ったらしい)とか動き方や私がやってほしいことを大体やってくれていたものだった。

 

 ふと、相澤先生の言葉が頭に浮かぶけれど気にも留めずにチョコレートを口の中に放り込む、イチゴのやさしい酸味とチョコレートの甘さがいい感じにマッチしていてとても美味しいと評判のお菓子だ。

 

 けれども私には甘さも、優しい酸味も感じる事は出来ず、血の味だけが確かに広がっていて、思い出したものと相澤先生の言葉も一緒に一思いに飲み込んだ。

 

 大事なものはきっとそこにある、それでも今は欲しいものを手に入れることに必死だから。

 

 チョコレートはうまく呑み込めなくて、コーラで無理やり流し込んだ。

 




 


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VS芦戸 三奈

 

 

 逆パートは本命の爆豪君が案の定勝ち上がっていて、その他にも常闇君や八百万さんは勝ち上がっていた、そっちはまだ関係ないので結果を流し見ぐらいにして自分が今いるパートのことに考えをめぐらす。

 

 次は芦戸さん、個性は『酸』。まぁそこまで強力なものを使ってくることは無いでしょ、殺傷能力のあるレベルまで強めることはしないと思う。

 

 攻撃方法も酸を直接振りまくのではなくて溶解液で床を溶かしながら移動し攻撃してくるものであるから未来観測まで行かずとも未来予測くらいで落ち着くだろうと思ってはいる。

 

「怖い顔してるね~、緊張してる?」

 

 青山君も実際に顎パッカーンでやられてしまったわけだし、少し変則的な動きとかが多いらしいけれど十分に対応できるだろう、ダンスが好きらしいのでその動きを組み合わされると考えるとやっぱり細心の注意を払うに越したことは無い。

 

 それと、思った以上に未来観測の副作用が大きい、さっき飯田君との戦いで思った以上に使い過ぎてしまったせいか視力は落ちているのは否めない、1.2から0.6くらいに下がっている感じなのでアポートを使ってあらかじめ買っておいた1Dayのコンタクトレンズで視力を補う。

 

 うん、少し見えすぎるけど悪くはない、視力が回復するとしても今日中ではないし未来観測が思った以上に副作用が重いというのは想定外でもあった、未来予測で視力がガタ落ちしたときはそれこそ朝6時から翌日深夜2時くらいまでずっと使っていたのに対して、ほんの数分間でここまでガタ落ちするとなると光を失うことも想定の範囲に入れないといけないのかもしれない。

 

「アハハ無視か~、ねぇちょっとはお話ししようよ」

 

 盲目になるのは絶対に嫌だから多少は温存、という事も考えるべきなのかもしれない、勿論手を抜くことなんて出来っこないからオンオフの切り替えを多くするとか、ここぞという時にしか使わないとか、まぁ次まではそれが出来るけどその次からが問題なんだよ。

 

轟君に爆豪君、茨どころじゃない有刺鉄線ばりばり張り巡らされているでしょ、それに高圧電流流されていてもおかしいとは全く思えない、あくまで比喩的表現になるけど少し間違えば即死という状況もあながち嘘とは言いにくいほどに危険なのだ。

 

何度も何度も考えいるけれど先のことを見据えすぎると足元を掬われる、けれどもこう言ってしまっては芦戸さんに非常に失礼だけれど、芦戸さんが霞んで見えなくなってしまうほどに私にとってはあの2大巨頭が絶望的に見えてしまうのだ。

 

 芦戸 三奈ちゃん、今のところ特に目立ってはいないけれど相澤先生が独断で行った体力テストでは上位にいた、個性はそこまで使っていない(使いどころがいまいちない)のにもかかわらずそのポジションにいるという事は身体能力の高さを物語っていると思う、でもそれだけだ。

 

 圧倒的な何かがないのなら負けはしない、飯田君の場合は圧倒的な速さに押された、予想していたのにもかかわらず体がついていけないほどに、けれどもこの勝負ではその展開はほとんどないと踏んでいる、なんか凄く盛り上がっているところ申し訳ないのだけれど何というか……地味な戦いになるだろう。

 

 顔を撫でるような熱気も、圧し潰そうと一層圧を増す重圧にも、慣れたとは言えないけど近いものは経験済みだ、怖気づくことはもうない。

 

「いや~すごいね!緑谷君……あ、さっき轟君と戦った天パの男の子が言っていたんだけどこれに勝ったら歴史的快挙なんだってね!花架琉ちゃん」

 

 さっきからこうもフレンドリーに話しかけられると調子が狂う。無視を決め込んでいるのにめげずにここまでしつこく話しかけられるとは思わなかった、やりにくい。

 

あの、集中してるんで後にしてもらえます?

 

「ま、何にせよ私も準決勝かかっているし、ここまで花架琉ちゃんを持たれるとちょっとやりづらいかな。これだけ注目してもらっているんだからどっちが勝つにしろ悔いのないようにしようね」

 

 どっちが勝つにしろ悔いのないようにしよう、か。

 

 良くもそんなに悠長なことが言えるものだ、こっちは命を張っている、そんな甘ったれたことは無い。

 

「そうだね芦戸さん、悔いだけは残さないように全力で戦ってね」

 

「そだね、がんばろ!」

 

 嫌味で言ったつもりなんだけどなぁ、彼女の明るさはきっとヒーローになっても人々を元気にするのだろう、もし私に特別な事情さえなければ……いやそんなことはどうでもいいか。

 

『みんな喜べ――――――!!!!大波乱か順当か!決定づける大一番がやってきた―――――!!!!歴史上初めての普通科から準決勝進出なるか!?今まさに時の人!時尾 花架琉 VSこのプレッシャーを押しのけ勢いに乗れるか!?ヒーロー科のお転婆娘 芦戸 三奈!』

 

 さて、行きますか……修羅の道への片道切符を手に入れに。

 

 

 この戦いにおいて私が気を付けなければならないのは、芦戸さんが酸で床を溶かし、まるでスケートをするかのような動きから直線的な動きで私を押し出そうとするタイミングを見誤らないことだ、私は芦戸さんの戦いを見ていないけれども芦戸さんは私の戦いを見ている、とすると飯田君のスピードにある程度ついて行っていた私に対して正面からぶつかることはしないだろう。

 

 私が相手の立場であれば自由自在かつそこそこある機動力を生かし動き回りながらのヒットアンドラン、からの隙を見てタックルしに行く、もし外したとしても全身から出せるという酸で地面を溶かして止まれるほどまで抉れば何の問題もないのだから。

 

 酸の強度とか全くわからないけれど多分できそうだ、それに彼女ならもっと他の奇想天外で型破りな方法も思いつくかもしれないが私には思い浮かばない、もっとも思いつく必要なんて一切ないから考えていないというのもあるけど。

 

 VS飯田君と同じく持久戦になるかと思ったこの戦い、開始早々期待を裏切られることとなる。

 

『それじゃあ……始めぇぇぇええええ!!!!』

 

 その掛け声とともに、私は直ぐにアポートで鉄パイプを取り出した、様子を窺うつもりでただファイティングポーズを形だけ取った瞬間、芦戸さんは私が目線を切った隙を見逃さなかった。

 

「油断、大敵っ!」

 

 そう言いながら決して速くはなく、けれども虚を突いた突進に反応は出来たものの対応は出来ずに簡単に懐に入れてしまった。

 

無駄撃ちは止めようとしていたために未来予測は使わず(オンオフの切り替えの練習も兼ねて)、というか安牌だと踏んでいたためにろくに準備していなく、久々にコンタクトを着けたこともあって目を少し切ったところ思いっきり懐に飛び込んできたのだった。

 

 目の前にしゃがんで飛び上がろうとするところを辛うじてとらえることに成功したのが不幸中の幸いか、主に上半身を逸らしつつ顔を両手で覆って一発ノックアウトだけは防ごうと試みる。

 

 が、攻撃は来ない。

 

 ちらりと腕の合間から芦戸さんの姿を確認すると同時に鳩尾へ思いっきり拳がめり込んだ、鳩尾と胃袋の間を突いてかれ皮膚に触れる瞬間に拳に力を込め更に跳躍しながら下から上への力も加わる。

 

その拳は胃袋こそ潰すことは無かったけれども、鳩尾の痛覚を刺激し呼吸困難と今までにない激痛を生み出させる。

 

胃から何かがせりあがる感覚、喉を焼くように逆流する胃の中身をどうにかして抑え込んで私はみっともなく、無様に動き回る、流石に吐くまではなかったのが幸いしたけれど追撃は止まらない、未来予測である程度の動きが見えるとは言うものの今の体の状態ではいなすことも防御することもかなわず変則的な攻撃を受けつつも決定打だけは絶対に防ぐ。

 

今は耐える、この攻撃を耐えきれば、あと10秒耐えれば私の勝ちだ。

 

腕や足に無数の打撲のような痛み(痣になるかもしれない)をたっぷりと蓄えて長い長い攻撃を受けきると芦戸さんは酸素を求め私から離れた。完全な無呼吸攻撃でなくてもあれだけの激しい動きと仕留めるための大技を繰り出したのだから疲れは絶対に出る。

 

それに途中から伝わってくる感触に違和感を感じたのだろう、作用反作用によるそれなりの衝撃は徐々に軽くなっていくのを怪しく思い距離を取ったのかもしれない。

 

会場の雰囲気に流されるようにこの場の皆が私を応援しているという圧倒的なホーム感にのまれていた、浮ついていて自分のことを過大評価しすぎていた、それに彼女の明るさに少し人間的魅力を感じ僅かながらにもいい人だと思ってしまったのが間違いだった。

 

クソッ、頭はそこまでよくないと踏んでいたのに心理的に揺さぶりをかけてくるとは思わなかった、もう彼女を安牌だと……いや誰であってもそんなことは思わない、私はあくまで格下の挑戦者であるという事を自覚しろ、確実に勝つために余計な思考を切り落とせ。

 

『おおっと!?どうした時尾?気が抜けすぎじゃないのか!?先手を取られ何とか猛攻を耐えたものの形成は圧倒的に傾いているぞ!』

 

『油断だよ、初めての空気と芦戸を甘く見過ぎていたツケだ。轟や爆豪が目立っていて他は霞みがちだが彼女だってれっきとしたヒーロー科、飯田に実力で勝利し気付かないうちに浮かれていたんだろう』

 

 解説どうも、ごもっともです。

 

『けど、これで分かったはずだ。形勢は決して傾いていない、寧ろ今ので仕留めきれなかった芦戸の方が分が悪い』

 

『その心は?』

 

『自分で考えろ』

 

『こいつはシヴィ―――――!!!』

 

 どうやら外野が盛り上がりを見せてはいるがこちらとしては内心冷や汗だらだらだ、冷や汗のほかにも手汗や脇汗もすごい、これは焦りや生理現象も関係しているかもしれないけれど恥ずかしさも結構な割合占めている気がする、実際今も申し訳なさと悔しさと恥ずかしさが感情の半分を占めているし。

 

 けれども、だからこそ、もう同じ過ちは犯さない。

 

 言ってみればこの油断は仕方のないことだったのだ、目標こそ辿り着いてはいないものの初めて多くの人に応援、背中を押される経験をしたのだ、私は今まで大人しくしてきたけれども人に注目されるのが嫌いだったわけでは決してない。

  

 馬鹿は死んでも直らないというが私は馬鹿ではないので痛い思いをすればすぐに気付く、いい方向に考えればこれはきっと必要な過程でもあったととらえておこう、もうどんな優位に立っても一瞬たりとも手加減、躊躇、尻込みはしない。

 

 勝負に勝つという事は、力で相手を上回る事でも、ましてや幸運を待つ事でもない。

 

 負かす事、蹴落とす事、つまずいた奴を踏みつぶす事、勝ち残るって事はしかばねを越える事だ。

 

 そんな残酷なことをしようとしている時点で相手がいい人だとか関係ない。

 

 全身気を研ぎ澄ませ、隙なんかもう見せない。

 

 アルミニウム合金のパイプを牽制の意味も含め芦戸さんに投げつける、粘土の高い酸により防がれるがその隙を見計らって鉄扇を一つ手に取る、パイプよりかはリーチが短いが威力重さはこちらが断然上だ、この戦いが長引けば私の体力は当然回復する。

 

 それは私にとって好都合だし芦戸さんにとっては不利だ、だから息が整い次第もう一度猛攻を仕掛けてくる、さっきは不覚を取って先手を取られたけれどももうそんなことはあり得ない。

 

 それでも攻めるしか、攻め時は今しかないのだから。

 

 今度は酸で移動せずに普通に走ってきた、真正面から今のところ小細工もなしに馬鹿正直な軌道で接近される。

 

 ここで未来予測のスイッチを入れた、眼に血液が集まったかのように熱くなる、せき止められた熱が一瞬で流れ込むような感覚には未だになれないが準備完了の合図と考えると幾分いいのかもしれない。

 

 ふむ、あまり考えていないのか思い切りがいいのか他の人達と比べて見やすい。

 

 飯田君の時は3つくらいの選択肢の中から1つを選択しないといけない場面が多かったから骨が折れたけれどもこれくらいならば容易に対処できる。

 

 私の3メートルほど前で酸を使いスケートの要領で飛び跳ねる、胴回し回転蹴りか、そんな大技私に通用するわけないだろ?

 

 だって視えているんだから。

 

 最小限に防御の姿勢を見せながら当たる瞬間に思いっきり最短距離で鉄扇をぶつける、ついでにピンポイントに念動力を上から下に使って叩き落とす、ぐしゃりと嫌な感触が伝わってくるが躊躇せずに押し込んだ。

 

 体勢を崩しつつも地面とぶつかる前に持ち前の運動能力とダンスの動きで私から素早く離れるが体勢を崩し転んだ、右足はこれでいい、あとは左足か右を完全に潰せば詰める、戦闘不能と判断されれば勝ちだから。

 

 ここで私は攻めに出た、試合を決定づける致命傷を負わせるために、体力の消耗を抑えるためにこの場で決めなければならないと直感的に感じたからだ、考えるよりも早く体は動いていた。

 

 負傷したのは右足、私から見たら左の方で当然余力のある左足で跳ぼうとするが跳ぶ前に鉄扇をその場所付近に投げつけて行動を阻止させる、急に物が飛んで来たら大抵の人、普通の人は体が強張るからね。

 

 驚いて突いた右手を念動力を使って払い背中を完全に地面につける。距離はあとわずか、最後の詰め程慎重にならなければならないのは身をもって体感している。ここで絶対領域と名付けた能力を使用する。全身の血管の中身を沸騰させられたような激痛と熱さでどうにかなりそう、けれども一回経験したことある痛みだから耐えられないわけでもない。

 

 不思議と使い方は何となくわかっていた、今度は全部に広げるんじゃなくて内側に止める、さっきは広がって勝手に溢れ出ていたものをそれこそ蛇口を捻るように最小限に圧しとどめる。加減はまだ微妙に掴めていない、しかし先ほど飯田君に使った時よりも色の彩度は鮮やかだ。

 

  今回は完全に止まっているわけではなくてゆっくりとした時間が流れているようにも感じた、私は自由に動けているけれども芦戸さんはゆっくりと、非常にゆっくりとした動きをしていた、私は相変わらず普通に動けていたのでこの能力は1.私が早く動けているのか、2.相手の動きが遅くなるのかのどちらかだ。

 

 どちらにせよ相手の時間か自分の時間のどちらかを停止、または遅滞させるものというのが今のところの見解で、はっきりとは辿り着けない。

 

 射程距離に入ると私は思いっきり振りかぶって、昔野球という競技の投手というポジションの人がやっていたようなダイナミックな動きで思いっきり芦戸さんの顎に向けて拳を振りぬいた(念動力で手首を固定して)。

 

 そして時は動き出す。

 

 非常にゆっくりとした動きをしていた芦戸さんだったが糸の切れた操り人形のように仰向けに倒れ込む、それでもまだ油断はできない。

 

 馬乗りになって確実に息の根を止めようとアポートでものを取り寄せようとするけれども制約によって取り寄せられず、丁度近くに鉄扇が見えたものだから徐にそれを掴み今度こそ息の根を止めようと振りかぶっ…………

 

 

 

 

 

 

 一瞬の空白の後、ざわざわと会場は戸惑いに包まれる、それは目の前の戦いの勝者が確とわからなかったからだ。先に倒れたのは芦戸だがその直後に時尾も何かを手に取るや否や倒れ込んでしまっため普通は時尾が勝ちなのだが……。

 

「おい……これってどっちが勝ちなんだ?」

 

「先に倒れた芦戸の負けなんじゃないか?」

 

「でも今立っているのは芦戸で時尾は寝たまんまだぞ」

 

 試合の勝敗のコールもなく互いに倒れてしばらくした後に芦戸が立ったために余計に混乱を招いていた、芦戸は飛び上がるように跳ね起きファイティングポーズをとるが何がどうなっているのか分からない状況でオロオロとしていた。

 

 あまり物事を深く考えない芦戸だが三半規管がぶれることによる特有の気持ち悪さと顎に残る鈍い痛みを感じて気を失っていたことにも気付いたようだ、審判役でもあるミッドナイトと目が合うと不思議と勝敗は分かっていた。

 

 心配しかしていない目、それは勝者に向けるものじゃない。

 

 自分が敗けてしまったのだと、いつもなら負けちゃったと悔しがる素振りを見せていたと思うが今回はそんな気も起らなかった、それは目の前で昏睡状態に陥る彼女のせいか、本当に悔しいのか芦戸は自分でもよく分かっていなかった。

 

『えーっと、ただ今の勝負、こちらの判断が遅れて申し訳ないのですが既に意識がないだろうと判断される人間を追撃させるのは危険だと判断し、私が個性で眠らせました。一瞬のことで何が何やら分からなく、確証も何もありませんでしたが……』

 

『俺も何が起きたか未だに状況を呑み込んでいないが、もし、彼女が時尾を眠らせなかったら芦戸は重傷を負っていた可能性がある、よって芦戸 三奈を戦闘不能と判断し、勝者は……』

 

『時尾 花架琉だぁぁぁぁぁああああああああ!!!!』

 

まだ自分の気持ちに整理をつけられていない、けれども目の前の少女を応援したくなったのは心の底からの気持ちだと信じることが出来た。

 

いまいち盛り上がりに欠けるがまばらな拍手がこぼれ始める、芦戸は少し考えるとミッドナイトに何やら話しかけて寝ていた少女を持ち上げる、お姫様抱っこではなくおぶって、勝者らしく少しでも頭を高く、敗者である背負う側の芦戸の気遣いだ。

 

そうして、彼女たちがリングから去るころにはたくさんの賞賛と激励の言葉、拍手で埋め尽くされた。

 

 

 

 

 

破竹の勢いで次々とエリートに打ち勝っていく時尾 花架琉。

 

その姿が、その結果がどんな作用を起こしているのか今はまだ彼女はそれを知らない。

 

沢山の謎を秘めた個性は彼女を苦しめ、孤独にした、けれどもそれを乗り越えたのなら、彼女はきっと、どんな困難も乗り越えられる器を手にしているのだろう。

 






 


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未来への架け橋

 1

 

 

 

 どうやら私は歴史が変わる瞬間とやらに立ち会ってしまったらしい、立ち会ってしまったと言うか、それを成し遂げた本人なのだが実感というものはほとんどない。

 

 何故かというと最後の方は特に何をしたか思い出せないし、起きたらまたベッドの上、ミッドナイトの個性により眠らされてしまったらしいけれどその当時の記憶も、何が決め手になって勝ったのかも全くと言っていいほど覚えていないのだ。

 

 最初に油断したのは覚えている、不意を突かれ意表を突かれ、偶然か必然か定かではないけれど心の隙間に剣を突き立てられ不覚を取った。

 

 我ながら学習能力の低さに呆れるけれども、それでも相手が誰であろうと例え子供であろうと絶対に手加減なんてしないということを心に決め、全身全霊をかけ彼女を潰しに行ったのまでは覚えている、ただその後の記憶は本当にない、かけらも覚えていない。

 

 ベットの上で目覚めた時虚空を思い切り殴りつけていたことから完璧な決着ではなくてもし勝っていたのならば先生の判断によるものだろうと、負けているならば最初に心の隙間を見せた私が悪いのだと覚悟はしていた。

 

 違うと分かったのは起きてすぐのことで、雪崩のように保健室に殺到する生徒たち、マスコミの人たち彼ら彼女らの祝福の声を聞き、手応えはないままに私は自分が勝ったのだと知ることができた。

 

 日本中が私に注目している、私のためにこれだけの人が動いている私はこれが見たかったのか?いや違う、この騒ぎは手段にすぎない、この程度のことで驚いていたら大きな混乱に巻き込まれることになるだろう。

 

 今までのことを思い出す。

 

 この体育祭が始まる前ずっと死んでいた私自身を、無力な屍のくせに生きてるって嘘をついて。

 

 何もしない人生なんて、ただあのまま生きているだけの人生なんて死んでいるのと変わりはない。

 

 そうあの時私は誓ったんだ私から人生を自由と尊厳を奪った意味のわからぬ運命に抗おうと、誰かわからなくなった私自身も証明しようと、そのためにも目に見える結果を残し全てを変える。

 

 

 

 そのための算段は整っていた、体育祭で幾度となく自分自身と向き合ってきて、それはつまり自分の中にある個性と向き合ってきたということだ。

 

 これらの個性がなぜ私の中にあるのか、どうして私の中に存在しているのか、理由がわからないけれど原因は分かっている。確か小学校4年生あの時私が行った施設に、入れられた施設に真実は残っているけれども全て置いてきた、それを探しに行こうなんて愚かな真似を私はしない、それはもう過ぎたことで大事なのはこれから先だ。

 

 話がそれてしまったけれど、私がこの体育祭で自分自身に向き合ってきた時間は今までの累計よりもずっと多い。質も量も桁違いだ。だからこそようやく見えてきた……私自身の私の中にある力の使い方。

 

 

 

 

 本質が全く見えていなかった、絶対領域と名付けた能力も未来観測もそもそも全部違う能力、違う個性だったはずだ、私はそれを重ねて使っていた。

 

 はっきりと詳しいことはわからない10あれば6ぐらい、その程度の認識しかまだわかっていないけれども、ただ漠然と自分が、自分の個性が見えてきた。

 

 それに耐える体に馴染んできた、超能力超能力ほざいてはみたものの、やはりこれは身体機能の一部、例えそれが別の人のものだったとしても私の中にあるということは使えば使うほど馴染んでくる、馴染んでいなかったから副作用が強かったのだ。

 

 だから散々ゴミ能力と馬鹿にして、自虐したけれどもこの能力は決してゴミなんかではない、経緯がどうであれ私が使うなんておこがましい他の人の素晴らしい個性なのだから。

 

 この体育祭が終わったらすることなんて見えていなかったけれど、こう考えると、振り返るとやりたいことというよりかはやらないといけないことの方が多く目立つ。

 

 ただこの道だけは私が選んだんだから譲れない、自分が正しいと思って選んだ道が全て間違いでもいい、失くしたものをを見つけられたのだから。

 

 信じたものを貫き通せるのだから。

 

 

 

 2

 

 とある某所、隠れ家的な雰囲気の二人の男が静かにテレビを見つめていた、全身を黒いもやで覆われたような実体があるようでないような不気味な男と、体のあちこちに手首から先をつけた奇妙な男がカウンターを隔てながらじっと親の敵でも見るような目で忌々しげにテレビを見つめていた。

 

 時折回線を通じて先生と呼ばれる男は、その二人とは確実に違うところに目を向けていた。

 

 自らの体をも破壊する超パワーの少年、半熱半冷ナンバー2ヒーローのサラブレッド、強力な個性に強力なタフネスを兼ね備えた将来有望な少年も、その男の目に留まってはいなかった。

 

 ずっと薄ら笑いを浮かべてテレビを見ていたその男は、初めて唇を歪に歪ませて笑っていた、負けん気を物語る切れ長で力強い眼力を備えた女、一際目立つ真っ赤な髪、その男にはそんな力強い姿ははっきりとは見えてはいないが、それでも分かっていた。

 

「そうか君が、あの時の……少女なのか」

 

 その静かな言葉は、喜びにも悲しみにも怒りにも憂いにも聞こえる不思議な響きを持って誰にも届かず消えていった。

 

 運命の歯車は時尾 花架琉が望まなくても動き続ける、それでも少女はその道が間違っていたとしても決して折れることは無いだろう、記憶になくとも心に残る個性との対話とありがたさに気付いたのだから。

 

 どんな壁が待ち構えたとしても越えてゆくだろう、そのための架け橋を彼女は持ち合わせているのだから。

 

 







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取捨選択

 1

 

轟 焦凍、特待生で推薦入学。

 

オッドアイに右が白髪、左が赤髪になっている左右非対称な姿が特徴。また、赤髪の下には火傷の痕がある。

 

この体育祭で見る限り冷静沈着で大人びた性格。

 

事件解決数史上最多を誇る燃焼系ヒーロー「エンデヴァー」の息子で、兄弟構成は分からない。

 

しかし、自身は父親の事を「親父(あいつ)」と呼んで、激しく憎んでいる、何で知っているかという疑問があると思うけれども今朝盗聴していたおかげでその手の情報はリーク済みだ、朝テンションが高かったのはこの情報が知れたからである、付け込む隙があればあるほど私にとっては有利なのだから。

 

体力テストでは八百万さんに次ぐ2位を記録。期末テストでは5位(あくまで噂だから詳しい順位かどうかは定かじゃないけれども)身体能力も頭脳も優れている。

 

ヒーロー科の特殊授業の一環である対人戦闘訓練では、建物全体を凍らせ尾白猿夫くんと葉隠透ちゃんを戦闘不能にしあっさり秒殺で勝利している(体育祭でも瀬呂範太くんに対してしている)。

 

USJで敵急襲の際は、動じずに冷静に状況を分析し、多人数の敵を一瞬で制圧したらしい、まぁこの場で見ても戦闘慣れしていることが窺える。

 

「おまえの左側が醜いと、母は俺に煮え湯を浴びせた」

 

「使わず“一番になる”ことで、奴を完全否定する」

 

これは、彼の言葉だ。

 

今朝の件から絶対に何かあると予想して雀に精神干渉をかけ従わせ軽く盗聴してみたのだけれど、私が眠っている隙に「これ聞いちゃって大丈夫なの?」というレベルでの重く、哀しい話を、情報を入手できた。

 

実力・家柄共に優れた、ヒーローとなる素地を全て持って生まれたきた筈の彼……轟くんだが、その人生は決して幸福なものではなかった。

 

長らくNo.2ヒーローに甘んじてきたエンデヴァーは、オールマイトを超えさせるため「都合の良い個性を持っていること」だけを理由に女を選び、誕生したのが轟君らしい。

 

 最近問題にもなっている個性婚の話題だけれど、轟くんが最たる例というだけで探せばいくらでもいるだろう。

 

 個性さえよければ成りあがれる、ヒーローとなっていい生活ができるという社会なのだから仕方がない。

 

結果として優れた能力を持って生まれたものの、父親には道具扱いされ、精神を病んだ母親には熱湯を浴びせられて顔の左半分に火傷を負うことになる。

 

そんな壮絶な幼少期を過ごした彼がヒーローを目指す理由はただ一つ。受け継いだ力を一切使うことなく母の個性でNo.1ヒーローになる事で、父であるエンデヴァーを「完全否定」することである。

 

ようやく腑に落ちたというか、半分しか個性を使わない理由が分かった。

 

もし半分を奥の手として温存していたり自分の中で相当厳しい自分ルールとかで強力な個性にしたくないみたいな制約を掛けられていたらもう、たとえ私が追い詰められたとして最後の最後で全部使われたらヤバいと考えたりはしたけどそれはないのでだいぶ安心だ。

 

個性は『半冷半燃』、右で凍らせ左で燃やす、温度も範囲も規格外。

 

 そして、まだまだ底が見えない。

 

丸ごと凍らせたビルを一瞬で解凍する等、遺憾なくその規格外ぶりをVTRでみた。

 

まさに炎と氷のカーニバル。

 

対人戦闘訓練では葉隠さんと尾白くんの二人がなすすべもなく彼に敗北してた。

 

欠点といえば欠点なのかもしれないけれど個性を片方だけ長時間使用すると体温に影響が出るらしいが、炎の後は氷、氷の後は炎を使えば体温を調節できるらしい。

 

 彼が本気になれば、戒めにも近いこだわりを捨てるのならば私に勝ち目はない。

 

 万が一すらもあり得ない。

 

まぁ敵の情報はいったん置いといて、私自身を再び見直さなければいけない時間でもある。

 

今はちょっとした小休憩で保健室から無事帰還した私は爆豪くんと常闇くんの戦いを見ている、多分このままだと爆豪君が勝つだろう、常闇くんも悪くがないが個性である体から出ている黒い鳥がビビり気味だ。

 

さて、思考を切り替えよう。

 

私が持っている能力の中で使えるものは、念動力、発火能力(発火したためしがない)、精神干渉、瞬間移動、空中浮揚、残留思念感応、未来予想。

 

これらを組み合わせて、否、個性と個性を架け合わせて派生した能力が未来観測と絶対領域と名付けられた――名付けた、か――という能力だ。

 

 このように組み合わせが上手くいくと混じり合って相乗効果が表れ突然変異のような現象を起こすことがある。この組み合わせは私の中の数ある個性の中から私の感覚的なものや気分、その日の体調など様々な要素が偶然を生み出すと時たまうまくいくことがある、未来観測と絶対領域については相性が良くそこまで苦労しなかったけれども、ここから先の能力は体育祭の内に作り上げることは難しいだろう。

 

 未来予測とアポート、精神干渉、恒温維持、念動力は比較的使っていたことと私自身の拒みが無くなりだいぶ馴染んだ感覚がある、精神干渉はより深く、未来予測はより明確に、アポートはインターバルの減少、念動力は負担の軽減による限界許容重量の増加が見込めた、恒温維持についてはまだどうかわからない。

 

内存している個性の数は有限だけれども組み合わせはほぼ無限、だから伸びしろという点ではすさまじい潜在能力を秘めていると言えるだろう、伸びしろなんていらないから今すぐ全部持ってきてほしい、確実に勝ちたいから。

 

私の中に本当の私自身の個性がまだあるのかもしれないけれども、今は探している暇はない、いずれまた現れるときを楽しみにしておこう、それに今は……轟くんに勝つために考えることが山ほどある。

 

それはそうと……さっきからやたらとうるさいなぁ。

 

「ねぇ、あれどうにかならないの?」

 

「無理無理、だって目がイってるもん」

 

「確かにすごいことをしたかもしれないけどさぁ、ここまでなる?客観的意見をどうぞ」

 

「普通科でパッとしない個性を持った容姿端麗な少女が苦しみながらもがきながら歴史を現在進行形で塗り変え勇気をもらったんだと思うよ」

 

 注目されるのは嫌いじゃないけどさぁ、崇拝とかそういったことされるのはあまり好きではないんだよね……気持ち悪いじゃん、皆私のことみていないし。私の背景なんか見ずに私がしてきたことだけを見てきているわけだし。

 

 それでもかまわないけど、直接的に関わられると結構だるい、私を人々の心に刻むのは望みの一つであるけれども優勝する前にこうなることは全く予想していなかった。

 

 結果を残した末にこうなるであろうことは考えたけど、あまりにも早すぎて心の準備が整っていなくついうっかり動揺してしまったけれどまぁいい、利用できる人も少なからずいるだろう。

 

 さて、もうじき控室に行かなければならないわけだけれども、轟くんにあんな過去があったとは驚きだ。緑谷くんとの戦いで炎を使っていたことに少し引っかかりを覚えるけれど、トラウマレベルの心の傷、もしくは過去があるのならばそこから切り崩させてもらおう。

 

 精神干渉でどこを抉ればいいのか話しているうちにわかるし、精神面から削っていかないと本当に無理、あれには太刀打ちできない。

 

 私は弱者だ、皆みたいに強い個性も持っていないし身体だって弱く身体能力も劣っている、だから、だからこそ小細工を弄するのを許してほしい、私には何に代えても何があってもやり遂げなければならないことがある、やり切れるのならばこんな命無くなってしまっても構わない。

 

 君たちヒーロー科は明日を求めている、中には昨日を求めている人も、それでも私は今日が欲しい、生まれて初めて持った信念なのだから曲げたくないし、今日に全てをかけている私とこれから先がある人たちじゃぁ覚悟も思いも段違い、実力で負けるのも運で負けるのも今日だけは御免被りたい、もっともそうであったとしても決して屈するつもりはないけれど。

 

 とにかく、もうじきはじまるVS轟くんに向けて下準備を整えなければ。

 

ほんっとうに酷いことを私は今からする、外道とも非道とも残虐とも言われても仕方がない、それでも勝ちたいから、勝っていうのは綺麗なものでも美しいものでもない、結果が全ての事象。

 

「んじゃ、行ってくる」

 

「あ、もう行っちゃうの?だいぶ早くない?」

 

「まぁ……ちょっとやることあるし、気持ちも早めに作っておきたいから」

 

 目も見ないで淡々と言葉を連ねるけれど、体はだいぶ重く少しふらついた。

 

「そっか……頑張ってね」

 

 大丈夫?と心配しないのは彼女の心遣いだろう、ようやく彼女も私の扱い方を分かってきたようだ、けれども……本当にだるいんだよね、マジで。

 

「頑張るよ、と言いたいけれど、流石にやばい」

 

 いったん上げた腰をふらつく足取りの勢いを借りて近くの席に下ろす、先ほど手に入った少しだけ回復出来る程度の自己治癒では体のダメ―ジは抜けきらない、リカバリーガールもその辺は絶妙な加減で治しているらしいから身体は動くものの結局はどちらも私の体力を使っての回復、飯田君との戦い、芦戸さんとの戦いで想定していた以上に個性を使い、ほとんど全力に近い戦いをしていたから体にガタが来ている。

 

「珍しいね、私に弱さを見せるなんて」

 

 彼女が何を言っているのか、何を意味してその発言をしたのか深く考えはしなかったけれど、その表情から窺うに相当な異常事態なのだろう。本気で心配されている、腹は立つが癇に障るが完全に先が見えた以上はなり振り構っていられなくなった。

 

 戦いを始めた当初は全部自分でしようと、それを貫き通そうと考えていたけれど、今は勝利か全部自分でやって自己完結するかのどちらかを捨てなければならない。

 

 あの時とは決定的に私のメンタルは変わっている、ほんの数時間前、私は負けるならば全部自己責任で負けても何の言い訳もなく敗けたい、そう思っていた。

 

 でも、今は勝ちたい、勝たなければならない。勝つために何をすべきか、何をすればいいのかしか考えていない、数時間前は先も見えなく不安しかなくて、負けることを前提に戦っていたようなものだ。でも今はきちんとした道が険しいけれども鮮明に映っている。

 

 悔しくてたまらない。私にもプライドがある、くだらない信念も、つまらない意地もある、けれどもこの際そんなのはどうでもいい。

 

 勝つためならば泥水をすすろうが靴をなめようが辱められようが構わない、今はその覚悟で臨んでいる。カッコ悪くて結構、言っていることが矛盾しているでも結構、どんなにひどいことをしていようとも戦争で勝てば全てきれいごとに出来るのは歴史が示している。

 

 使えるものはフルに使って勝ちに行く。

 

「ようやくゴールが見えてきたからね、なり振り構ってられないよ」

 

 いやだけど、気色悪いけど、私は精一杯の笑顔で、猫撫で声で、周りを取り囲んでいる愚か者たちに頼み込んだ。

 

「あの……誰か私を助けてくれる人はいませんか?」

 

 隣で彼女が気持ち悪と呟いた、私もそう思う、実際に私が話しかけるとみんなは一瞬にして凍り付いた。

 

 いやーな静寂が暫く流れる、すっごく気まずいけど、笑顔だけは崩さないでニコニコと周りを見渡す。

 

「おい、今花架琉ちゃんなんて言った?」

 

「助けてくれませんかって言わなかったか?」

 

「俺もそう聞こえた」

 

「私も!」

 

「私達が花架琉さまのお力に!?」

 

「声も顔もかわいいとか最高かよ」

 

 わぁお、想像以上の信仰ぶり、なにその恐れ多くて何も話しかけられませんみたいな雰囲気は?私普通の人間なんですけど、神にも教祖にもなった覚えはないんですけど?

 

 怒りは抑える、頭は冷静にしなければ。

 

「回復系の個性の人とかいたら凄く助かります……ちょっと疲れちゃって、次絶対に勝ちたいから、助けてもらえませんか?」

 

「うわ、あざと……」

 

 うるさい、だまれ。私だって好きでやっているんじゃないんだよ。ここまで来て負けたくないから自分のプライドだとかそう言ったものを捨てて頼んでいるんだ、人に頼って後悔するなんて最初は思っていたけどここからは頼らなかったおかげで後悔すると思う。体調を万全に出来るのならそれは頼んだ方がいい、第一轟くんには私の体調がいくら良くてもそもそもが勝てるかどうかも分からないのだから。

 

「で、花架琉はどんな個性を求めているの?」

 

すると、驚くほどすんなりと、彼女は私に助け舟を出してくれた。こういう事でしょと目配せしてくるのは腹が立つが、背には代えられない。ありがたく受け取るものは受け取ろう、借りを作るのは癪だけど仕方がない、今大声も出せずに疲れ果てているのだから。

 

「出来れば……回復系の個性で自分の体力を使わずに回復できる個性があれば」

 

「誰か回復系の個性の人はいない!?人の力を借りずに自分で治療できる人!」

 

 まぁ、そんな都合のいい個性の子いないだろうなと半分諦めのような願望だったけども、彼女の呼びかけにすんなりと見つかった、話を半分以上聞いていなかったからいきなり「噛んで」と言われたのはびっくりした、どうも噛むことによって身体エネルギーのようなものを分け与え治癒力を上げる個性の子らしい、消化が追いつかなくなってきた栄養分等が流れ込んで来るのが分かる。

 

『花架琉さま!もっと強く!ほら、遠慮なんてせずに!!』と言われたときは流石に恐怖を覚えた、なんか違う怖さを堪能した。

 

次に力を貸してくれた個性の男の子は私自身の力を使っての回復だったけれども条件付きだったので受け入れた、ツケが回ってくるのは明日以降らしい、全く問題ない。

 

 体のメンテナンスは整った、あとは轟くんのメンタルを抉りに行くだけ、身体は本当に軽くなった、明日以降相当ひどいことになるみたいなニュアンスの説明だったけど全然いい。私が欲しいのは今日だけだから寧ろありがたいくらい、未来からの前借なんて相当良い個性だなと感心した。

 

 信者には手を振ってありがとうと言って席を立つ。

 

「ありがと、この借りは絶対返すから」

 

 そうやって一方的に告げて控室に向かう。

 

「借りとか、貸しとか、別にそんなのいいんだけどなぁ」

 

 悲しみに満ちたその呟きは私には届いたけど、あえて聞こえないふりをした。返す言葉が見つからなかったし、どうしていいのか分からないという事がとても大きかったから、でも相澤先生の言っていた大切なものっていうものなんだろうなとは考えた。

 

 私はそれを振り切って前に進む、欲しいものがあるから、そのためにはどんな対価だって払うと決めているのだから大切なものなんて必要ない。

 

 ……さぁお話をしましょうか、轟クン。

 

 



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悪意から生まれる善意も、ある。

 

 

私の控え室は確か1の方だったはずだ、控え室は隣接していて芦戸さんとはさっき鉢合わせしたくらいにタイミングが悪いとばったり会う可能性もある、私がしようとしていることは真逆の事だけれど近いに越したことは無い、近ければ偶然を装って突入できるから。

 

 轟くんがすでに入室なのは確認済み、今からのことを考えると足取りはとても重くなる、がしかしやらないと、心は氷で出来ていると思い込めば何とかなる、と思ういずれにせよグダグダしている暇はない。

 

 何事もないようにさも当然かのように轟くんの控え室のドアノブを捻り突入する、ばったりと偶然を装い轟くんと目が合った。

 

「え?あれ!?なんで轟くんが……ってここ2の控え室か!」

 

 我ながら酷い演技力、わざとらしすぎて笑顔がひきつるけど轟くんはチラリと私を見た後さっきまで見ていたのかもしれない右側を、母親の個性の方を眺めている。緑谷くんとの戦いで何を言われたのかは分かっていた、あれだけ大声で叫んでいれば記録にも残るし唇の動きだけでおおよその内容は把握できる。

 

 父親を憎む気持ち、それ故に個性を半分しか使わずに全否定しようとする姿勢、しかしそれは自分の力ではないのかと言葉だけでなく緑谷くんの自損を恐れない行動に裏付けされた確固たるものに心を動かされている、揺れに揺れているのならば隙はあるしいくらでもつけ入れれる。

 

「うっわ、無視かい。女の子が困っているんだよ、ちょっとはこっちを向いてもいいんじゃない?」

 

「時尾とか言ったよな、悪い、考え事してて……」

 

「一体どうしたんだい?過保護なお父さんが大きな応援してくれるから恥ずかしくなったのかな?」

 

 あくまで何も知らない一般生徒を装って話しかける、始まった頃よりも柔らかくなった気もする、眼付とか雰囲気とか、考え事をしているからかもしれないけど刺々しくはない。

 

 軽く肩をポンと叩いて轟くんの横に座りもたれかかった。

 

「おい、違うってわかったんなら早く自分の控え室に戻ったほうがいいだろ。それに……なんでそんなにもたれかかってくる?」

 

「いいじゃん私と轟くんの仲だし、それより轟くん、私に言うことあるんじゃない?」

 

 少し考えた後に、気付いたのか頭をかきながら初めて私の眼を見てくれた。

 

「……悪いが謝らない、お前は弱くないから。第一俺とお前の仲ってこんな距離感じゃないだろ」

 

「それもそっか」

 

なぜ轟くんがここまで私に話をしてくれるのか、その理由は精神干渉の深化による派生的なものだったりする、心理的な距離を詰める個性、効力は接触時間の長さによって変わる。

 

 流石轟くん、言う事はかっこいいね。話をしてくれる程度には心を開くことに成功したからま、良しとするか……効果時間は離れた瞬間から徐々に解ける、使いようによっては玉の輿とか狙うにはいい個性なのかもしれない、私はそんな使い方絶対にしないけど。

 

「まぁ私もそこまで気にしてなかったし、轟くんがはじめて私をちゃんと見てくれたからいいよ」

 

「お前のことは嫌でも目に入っている、障害物競走の時から気になりはしていた」

 

 うん、ちょっと天然なのかな?私としてはもうちょっとこう……気障なセリフじゃなくて……まぁいいや。目的はそこじゃないし。

 

「ま、いろんなこと置いといて轟くん、さっきの戦い何があって左側を使ったの?あれ秘密兵器とか奥の手とかそういう乗りの奴?」

 

「いや……戦闘において左は使わないって決めているからな」

 

「へ~、『全否定するため』に?」

 

「っ!……どこでそれを聞いた?」

 

「話すのならもう少し人目につかないところを選ぶんだったね、まぁ私が立ち会ったのもたまたまだけどさ。右側の、母親の力で一番になって親父さんを全否定する、って言っていたけど。でもその決意って、十年間も培ってきたくせに緑谷くんに、ぽっと出てきた奴の言葉で揺れるほどしょうもないものだったんだ」

 

「正直わからない……緑谷が……人の抱えてきたものを無茶苦茶して壊しに来て、何が正しいのかわかんなくなっちまった」

 

「『君の力じゃないか』ってやつ?あはは……馬ッッッ鹿じゃないの?」

 

 私は、正直な思いを吐き捨てる、轟くんの精神を削りに来たのが本命だがこれは緑谷くんと轟くんとの戦いを見て素直に思った気持ちだった。

 

 私はヒーローを目指していないから、ヒーロー科にいなくて様々なトラブルに巻き込まれてはいないから主観的な判断は出来ないし、偏見にまみれた捉え方しかできないけれども強い意志と偏見に凝り固まった強い思いは今の轟くんの精神を多少抉るくらいなら問題ない。

 

 目を見開いて驚く轟くんの眼をしっかり見据えて、眼の奥で揺らいでいる(揺らいでいるのはわかりきっているけれども)何かが大きくぶれたことを確認すると更に畳みかけた。

 

「轟くんの思いはそれだけで救われるの?それで全部精算できるの?君のことを何も知らない奴に少し手を差し伸べられたからって……その程度で揺らぐ君の十数年は一体何だったのかなぁ?」

 

「半分の力で勝つ?大いに結構、勝てば官軍負ければ賊軍、勝って言うのは汚いことだ、正々堂々やる必要なんて、美学なんて一切必要ない、全力を出さないで勝つのが悪いことは無いって私は声を大にして言いたいね」

 

「話は少しそれたけど、つまり私は、その程度で覆るようなしょぼい復讐だったんならさっさと体育祭抜け出して色々清算して来いよ」

 

「別にもう、1位にならなくていいんでしょ?ならさっさと戦いから下りてくんない、邪魔だから。さっさとお母さんに泣きつきに行けよ半端野郎」

 

 言いたいことは一通り言った、個性の効果も切れてほぼほぼ他人の私にこうもきついことを言われれば戦意喪失、もしくは逆上、感情を起伏させるのが当たり前だと思う、私も偉そうに言ったものの轟くんの過去なんて詳しく知らないし、お父さんからどんなひどい仕打ちを受けたのかも言葉上でしか知らない。

 

 さぁ、君はどっちだ、吉と出るか凶と出るか。

 

 私としては逆上して両方使ってくるって言うのが最悪のパターンで出来れば完全に戦意喪失して棄権してくれればありがたい、瞳にはいろいろな感情が渦巻いている、精神干渉を使っているからか色々な映像と感情が流れ込む、轟くんの過去(地獄)を見た、父親にされたことを(地獄)見た、母親に煮え湯を掛けられたところも(地獄)見た……緑谷くんとの対話が(狂気にまみ)どれだけ彼にとって救いだったか(れた正義)を、みた。

 

 彼が辿ってきた地獄を見た。

 

 そんな轟くんだからこそ、その回答は私の想像を上回った、舐めてかかっていたとも取れる、ただこんなことしている自分が情けなくなって救いのない愚か者であることが認知できただけだ。

 

「半端野郎、か。随分酷い言いようだな…………ほとんど同じことを考えた、ふざけんな、俺は何年苦しんだと思っているんだって、でもあいつの一言で一瞬あいつを忘れた、それがいいことなのか悪いことなのか、正しいのか間違っているのか分からない。でもやっぱり、忘れていたものをあいつは思い出させてくれたんだ、なりたい自分になっていいんだよってお母さんの言葉も。でもお前の言う通り精算しないといけないこともある、だから……体育祭では左はもう使わない、結果がどうであれ色んなことを清算してそれから考える」

 

 私は精神干渉を切った、私自身の醜さだけが際立って、とてもひどいことをしたという結果しか残らない、それで戦力が削がれたのならいいけれどこれじゃあただ悪口を言いに来ただけだ、全くもって想定外、収穫なしで私が頑張って考えた悪口は既に消化されていた。

 

 仕方のない、こればかりはどうしようもないからあとはリングの上で殴り合いで決着をつけるしかないようだ。

 

「いや、本当にごめんなさい。じゃあ私はこれで」

 

 バツが悪すぎて私は即座に部屋を後にする、とても酷いことをした、けれども轟くんは自分の中で充分葛藤して答えを出したのだ、それならばもう揺れることは無いだろう。戦う前に負けた気持ちだ、人として。

 

 勝利は絶対に譲らないけど、譲るつもりもないけど骨が折れそうだ、比喩的な表現じゃなくて。

 

「少しだけ」

 

 何かを言いかけたので立ち止まる、振り返ることはもうしない、次に顔を合わせるのはリングの上で充分、それが最後だ。

 

 あとは私に明日が、未来があれば、話は別だ。テレビの前で轟くんが活躍する姿を楽しみにみておこう。

 

「少しだけ、救われた」

 

「何に?」

 

 私は問い返す。

 

「少しでも、俺の気持ちわかっている奴がいるんだなって」

 

「買いかぶりすぎ、ていうか何で感謝されないといけないの?私はただ、キミの心を抉りに来たのに」

 

 もう話もしたくない、心を抉りに来たのに結果私が損しているだけだ、時間の無駄。それならばもっと個性の架け合わせしとけばよかった。

 

「それは多分、俺と似ているところがあるからだと思う、だから……」

 

「ははは、面白いこと言うね。何の接点もないのに」

 

「なんか、頭に流れてきた」

 

「幻覚の類だとおもうけど?」

 

「なんでそこまでこの体育祭にかけるのかわかる気がする、信じれないかもしれないけどお前のことが少し見えた」

 

 ここまでくればもう言葉なんていらない、互いに互いのことがある程度わかっている、轟くんの過去を覗き見たという事は逆に私の思いも見られたという事だ、流石に作戦までは漏れているとは信じたくないけど。

 

 確かに私は憎んでいる、色々なものにその思いをぶつけるために炎を燃やして戦っている、でもだからといって他人の言葉で動くほど私の心は融通が利かない、結局は人の本質が関係しているのだろう、ヒーローになる人とそうではない人との決定的な差が私と轟くんの間にはある、絶対に埋めることのできない大きなものが。

 

 くそ、全くかっこいいな。私がもう少しまともな人間だったら惚れていたぜ。

 

「これ以上は話しても無駄だよ、次は拳で語り合おう。じゃあせいぜい手加減して頂戴ね」

 

「悪いが、右側でどこまでいけるかやってみる。生憎手加減なんて器用な真似は出来ないけど」

 

 躊躇いも含みながら真っすぐな声に思わず振り返りそうになる、代わりに私はせいぜい頑張って私を引き立ててよと捨て台詞を吐いて控え室を後にする。

 

 精神面を攻撃するのはこれだけしか方法がないわけじゃない、もっと酷くてそれこそ轟君の意思さえも捻じ曲げてしまうようなことだって出来るかもしれない、私がやれるのは不確定要素の多いことだけ、さっきの話し合いでも轟くんは私が想定しているよりも遥かに手ごわい相手だった、隙だらけのように見えたけれども私の剣じゃ彼の心に突き立てられなかった。

 

 ただそれだけの事。

 

 譲れない未来のために、立ちはだかり、めぐり合う運命を越えたその先に。校風にのっとるならばplus ultraといったところだね。

 

 映像で垣間見た轟くんは、この後優勝するつもりはあるのかもしれないけれどそれほどギラギラとはしていなかった、まだ迷っている。揺れている、そして誰かに罰を求めているような感じもした、自分の考えに踏ん切りをつけるために。

 

 個性というのは自分自身の力、けれども私たちは少なくともこの体育祭まではそう思ってはいなかった、だからこそこの戦いはきっと互いに何らかの意味を持つものになるのだろう。

 

 轟くんにとっては、その意味合いがとても大きいのだと思う。

 

 私はそれでも、勝つしかない。この道に引き返すなんて選択肢なんてないのだから。

 

 色んなものが今日という短期間で手に入りそうになった、大事なものはそこら中に転がっていて手を伸ばせばきっとつかめる程度に近くにあるのだろう、けれども欲しいものを優先させた私の手の中にはそれらは一個も触れていない、触れてはいけない。

 

 振り返ると歩んできた道に色々なものが転がっていて、でも私はどうしようもなく空っぽで……本当はもっと別のものが欲しかったんじゃないかと思ってしまう。

 

 馬鹿を言うな、甘いこと言ってんじゃねぇよ自分に言い聞かせ私は歩み始める。

 

 轟くんの心に干渉しすぎたせいかくだらない考えばかりが頭をよぎる、やっぱり私は弱いままだ、全部が全部弱すぎる、でも意志だけは捻じ曲げたくないから。

 

 どんなことをしてでも、何をしてでもこの体育祭頂点を獲ってみせる。

 

 私も体育祭に向けていろんなこと策を練ってきたけれど実際にはほとんどが使えないものだった。

 

 何かを得るためには何かを失わなければならない、等価交換の原則という当然の摂理。私はこの体育祭で優勝という結果を得るためにその他すべてを失っても構わない。

 

 私にはもう失うものなんて見当たりはしない、だから……その先に残るものがどんなものでも、受け止める覚悟はもう出来ている。

 

 

 



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VS轟 焦凍 1

 

 2部構成か3部構成かはたまた4部構成になるのかはわかりませんがお付き合いください。


 


 

 0

 

「個性を多く持たせるというのには成功した」

 

「それが脳無、しかしあれだけ多くの個性を持つと物言わぬ人形のようになってしまう」

 

「上手く混じり合う、弟がそうやってワン・フォー・オールを造り出したけれどもその後僕の知る限り個性を混ぜ合わせたやつはいない」

 

「ただ弱個性ならば多く持てるのかという疑問も残るが、それもほぼ不可能だと思っていた」

 

「ただの実験から始まった、無理だという事を知るためだけに始めた言わば道楽のようなものに過ぎない、しかし、けれども一人だけ僕の想像を超える女の子がいた」

 

「あの時は使うことはしなかったけれど、出来ていなかったけれど、彼女には多くの個性を持たせてみても普通に、何ともなく過ごしていて、強個性をひとつ、ふたつ渡してみようかというところであいつが何もかもを壊して僕から奪っていった」

 

「そして奪われた女の子は、今も生きていて、そして力を使いこなそうとし始めている」

 

「ヒーロー科を容赦なくどんな手を使ってでも勝ち上がる姿はなんとも言い難い健気さじゃないかい?」

 

「弔がいなくても、彼女がいるじゃないか。いや寧ろ彼女の体をもらうっていうのもありかもしれない、そうすれば……なんて冗談だよドクター。ジョークさジョーク、第一その個性はもうない、あの時取っておくべきだったなぁ。まぁ弔には僕になってもらわないと困るからね、しっかりやってもらうさ」

 

「ああ、懐かしいな。彼女を見るとつい考えてしまうよ」

 

「何をって?」

 

「もしかすると辿っていたかもしれない道の事、さ」

 

 1

 

 顔を撫でる熱気が心地いい、そう感じているという事は心に幾分か余裕があるのだろう。

 

 遂にここまでやってきた、決して前を向かずに足元だけ見て我武者羅に戦ってきたわけではないけれども、ふと見上げるとゴールまで険しいけれどもう少しで手が届きそうなところに近づいていて、後ろを振り返ると色々なものをたくさん溢してきた。

 

 裸一貫、持っているのは自分だけ。そのままひたすら歩き続けて来た私は輪郭だけがしっかりしていて、内側がどうしようもなく空っぽだった。

 

 自分が何なのか、ここにいていい人間なのか、分相応に与えられなかった能力は何なのか、色々考え尽くし、考えて考えて、悩んで悩んで私が辿り着いたのは記録上、記憶上で私の存在を……“時尾 花架琉”という人物の存在を残すという事だった。

 

 我ながらバカみたいな発想だと思う、しかしこれでも暗闇に放り込まれ十数年で初めて見つけた光だと最初は思っていた。

 

 太陽に近づきすぎたイカロスはその翼を溶かされたと聞くが私にとってその光とは決して太陽のようなものではなくって、寧ろ風前の灯火のように儚くて、弱くて、小さくて……その実態がはっきりと見えれば見えるほどにくだらないものだったのかもしれない。

 

 それでもひたすら追い求めていたものだ、すぐ後ろにキラキラと輝くものは沢山落ちている、けれども、それでもこの選択が間違いだったとしても、もう引き返せない。

 

 顔を撫でる熱気が心地いい、それはきっとこの張り付くような熱く湿度を帯びた私が一番好きな梅雨の夕暮れと同じような空気ととても似ているから。

 

 相手は轟くん、半分だけしか個性を使わないとはいえそれでもここまで上がってきた人だ、私も半分程度しか使っていないけれども半分しか使っていないのと半分しか使えないのとでは大きく違う。

 

『お前らもっと盛り上がれぇぇぇぇええええええ!!!!やってきたぞ!ついにきた!正直決勝より盛り上がっているんじゃねぇかこのカ――――――――ド!!!!強いよ強すぎるよ、君!このまま頂点をつかみ取るか!?ヒーロー科、轟 焦凍!!!! VS規格外、予想外想定外!いったい何者なんだよ!?それに可愛すぎるぜ!頂点まで駆け上がるか!? 普通科 時尾 花架琉!!!!』

 

 私たちはゆっくりと階段を上る、轟くんも私もゆっくり踏みしめるようにゆっくりとリングに上る、轟くんはもう殺気立ってはいない、覚悟も憎しみも戸惑いも全部混じって何が何だか分からなくなっているのだろう。

 

 けれども戦うことを諦めた普通科の凡人共とは決定的に違う、信念を秘めた眼だ、半分の力でやれるだけやってみると言っていた言葉は嘘ではない。

 

 轟くんは一回戦瀬呂くんは一撃で、緑谷くんとはもう、私の語彙力じゃ説明できない……なんかすごい規模と威力のぶつかり合いで勝っていた、使っていた2つの個性であれほどまでの人間兵器を演じるとは全く大したものだ。

 

 まぁそこは置いといて轟くんは最初に大抵個性を放ち速攻、そして規模と強さにものを言わせた個性で仕留めにかかる、おおよそ瀬呂くんの時の規模が最大級、それを私につかってくるかどうかが問題だ。

 

 私が轟くんであれば、大して情報のない相手に対して一撃必殺を使うのは愚策だ、もしかしたら何かがあるかもしれない、よってこれは却下。

 

 次に考えられるのは緑谷くんとの戦いでの規模、一撃を狙いつつ最小限の威力、が一番堅実か、あの時少なくともあの威力で10回程度攻撃していたし、私相手にはあれほどまでの威力を使わなくとも仕留められる。

 

 緑谷くんはハイリスクハイリターンの超パワーを持っていたためにあの規模ではあったけれど当然私はそんなの持ち合わせていない、でも確証がない、とするのならば最初は緑谷くんの時と同じ規模だと考えるのが妥当だろう。

 

 そしてその後は最小限で私を行動不能にさえすればあっちの勝ち、氷で捕縛することは可能だけれど押し出すことは無理なようだ、飯田くんとの戦いのときに私は結果としてだけれども接近戦を制したために踏み込んでは来ないと思う。

 

 最初が肝心、あの氷結をどう攻略するか、していくかが第一関門。

 

 

『それでは…………始めっ!!!!』

 

 やはり来た、先制攻撃。

 

 ピキキキキ、と氷ってこんな音がするんだなという余計な感想を抱えつつ私は左前方に思いっきり走り出した、よーいの時点で何回かピョンピョン跳ねていたために始めの合図がかかった瞬間に動き出すことに成功、しかし私が予想していたよりも轟くんの出す氷の規模が大きい。

 

 速さも上から見るのと実際に目の前で見るのとでは大きく違う、反応できないわけではないけれども対応が出来ない、為すがままに、轟くんの出す氷にあっという間に体半分が覆われた。完全にとらえたと判断したのか顔以外を残して全身を凍らされる。

 

 もしもし、あなたは誰ですか?という表現は可愛いく現実はそんな可愛いものではないけれどそんな私を試すような攻撃。

 

 走って前に来ていたために轟くんとの距離はほんの5メートルにも満たない、伸ばした手が空しく凍てつかされ彼に届くことは無かった。

 

「受け攻め色々想定したが……それは悪手だろ」

 

 確かに、身動きは取れない。このままいけば戦闘続行不可能とみなされて私の負けが確定する、けれどもミッドナイトの私を見る目はまだやれるでしょう?というあまりにも呆気なさすぎる終わり方を望んでいない風だった。

 

 会場はあれほどまでに熱気に覆われていたのに今は少しざわついているだけで静かになっている。

 

 おいおい、轟くんの氷が冷たいからって静かになるなって、まだ私は戦える、負けも宣告されていないしそう悲観的になるのは止めていただきたい。

 

 轟くんが私に少しだけ失望したかのような言葉を、それはないだろうとため息交じりについた言葉のすぐ後に、私はテレポートを使い氷軽々と脱出してみせる、しかし轟くんは特に驚いた様子もなく腕を振り上げて私の行く末を止めようと割と大きめの氷の塔を生成して今度は完璧に仕留めにかかる、そのくらい気迫のこもった攻撃だったし垣間見えた眼は真剣そのものだ。

 

 個性と向き合って、色々なことがわかった、それは認識の違いでもあるし木を見て森を見ていなかったのもあるし、ありのままを受け入れていなかったからでもあるけれど、ともかくひとつひとつの対話……私の中にあるそれぞれの何かに問いかけるとイメージで何かを伝えようとしてくれる。

 

 そしてテレポートに関しては、結構面白い事実を知ることになる。

 

 この移動は座標移動、しかし条件付きではあるけれども3回連続での移動が可能であることが判明した、移動距離が延びるとかそういうものではなくて判断力がものをいう確かに扱いづらいピーキーな能力だけれども……私なら未来を予想することが出来る。

 

 x軸、y軸、z軸の3方向への動きならば一回ずつ連続で、2.5mの範囲内ならば動くことが可能になった。

 

 瞬時に視点が変わりこのまま突っ込むか否かの判断に駆られるけれども判断をする時間はあまりない、とっさの反応で轟くんは私から見て左から右へ腕を跳ね上げる。

 

 私はさっき縦と高さ、つまりy軸、z軸を一回移動、残りの横への移動が一回残されている状態で轟くんは腕を振り上げて軸はy、zの方向への氷結、残ったx軸の動きとは相性がいい、未来予想を発動しつつテレポートで右側へ抜ける。

 

 私から見て右側……轟くんの左側に向かって移動が成功、つまり私の移動個所に何もなかったことを意味する、正常に移動が成功したため一気に空中浮揚を軽く(気分が悪くならない程度に)使って体を軽量化、そのままの勢いで右足のハイキックを頭に目掛けて叩き込んだ。

 

 しかしこれは打ち抜いた感触ではなく止められた重く痛い感触、ヤバい結構痛い。

 

 脛のあたりを肘に当てられた、当ててくんなよ!せめて腕で受けようよ、私女の子なんだから!

 

そうは言っても轟くんは「俺は男女差別しないから……」とか目を逸らしながら言うんだろうけど。

 

とにかく鈍痛が襲う前に足を戻しつつ腰の全く入っていないパンチを左側に、叩き込む。

 

普通の人ならば避けているだろう、しかし攻撃した左側、つまり轟くんにとっての右側は立ち入り禁止の危険領域。

 

案の定、拳を凍らされる、触れただけだったから肘のあたりまでしか……って触れただけなのにこんなに凍らせれるの!?ちょっと待て、強すぎないですかねぇ?

 

なんて感想はともかく腰の入っていない攻撃で轟くんと接触をしたのは2つの理由がある、一つ目は毎度毎度お世話になっている未来観測の条件を満たすため、これがないと私はここに立つ事は出来なかったとても大事な力の一つだ。

 

そしてもう一つ、二つ目の理由は轟くんと対戦するにあたって決定的な何かが足りない私の穴を埋めるための仮説検証の意味合いが大きい。

 

絶対領域は使いどころを考えなければ決勝まで持たない、出し惜しみするつもりはないけれども無暗に乱発するのは避けたい能力である、私の中で切り札になっているこの能力は守りでなく攻撃に使いたい、決定力というものがない私にようやく手に入った強力なものを適材適所で使いたいというのが本心。

 

使い方もまだよく分かっていなくて体への負担が大きい、非常にリスキーで正直あと1回か2回使えば……というよりかはそれくらいしか使えないと考えている、いくら体力があっても体の状態が万全でもあの蝕んでくる感覚からは逃れられない、前にはハイリスクハイリターンと称したがそうではなく超ハイリスク超ハイリターンの力、体力や精神力といったものではなく命そのものを削られる感覚にはあらがえない。

 

話はそれたけれども私が検証したかった一つの疑念、恒温維持が通用するのかどうかという事、だからわざわざ無理な体勢からの無理な攻撃を当てに行って腕を差し出したのだ。

 

まぁこうやってつらつらといろんな考えをまとめている状況なんだけど、実際問題結構ヤバめなんだよねぇ。

 

「お前の個性が瞬間移動だってことは分かった、それ以外にももう一つくらいあると思うが最初の俺の攻撃を避けたのもその個性だろう、それが座標移動なのか入れ替わりなのか俺には見当がつかない、だからこうした」

 

 私の周りには雪まつり開くんですか?とでも言わんばかりに氷が周囲を囲っている、上下左右氷で覆われていて私も顔以外は埋められていた。

 

 あの後、攻撃?をしたあと一目散に背を向けて逃げたわけだけれどもあっさりと捕まった、腰を入れてないパンチはほとんど逃げ腰で放っていたから蛇行すれば何とか逃げれると踏んでいたのに量にものを言わせて捕まえに来た。

 

「口も目も鼻も耳もまだ動く、勿論やれるよ」

 

「いや……絶体絶命じゃねぇか」

 

 失敬な!まだ戦えるって、本当に。

 

 轟くんの氷を私の恒温維持で対処できるかどうか、という問題だが結論としては問題ない。

 

 むしろ相性が良すぎて困っているくらいだ、轟くんの氷はある一定の温度になると気化するために一瞬で溶ける、地面から、接触している場所から生成される氷は恐くはない、もし空中とかから飛んでくるのであれば対処しようがなかったけれども未来予測だけでも対処可能。

 

 ちょっと相性が良すぎて使うのを躊躇しているくらいだ、轟くんを全否定するようなものだし。

 

『時尾さん、まだやれる?』

 

「あ~はいはい、全然大丈夫です!」

 

「そこからどう動くんだ?もう詰みだ、諦めろ」

 

『いや、轟くんの言う通り全く大丈夫には見えないんだけど……10秒数える間にその氷から抜け出さなければ行動不能と判断します』

 

 ったく、轟くんを疑ってないんだから、まぁ私は弱い、だから色んな小細工を許してもらいたい。

 

「はいはい、わかりましたー」

 

 体が抜け出せる分は氷を解かせる、しかしそれでは派手さに欠ける。

 

 先生が10秒間数える間、私は神経を研ぎ澄ませ出来るだけ広い範囲で使えるように模索する、先生のコールに釣られて観客がカウントダウンを始める、ふと見上げると信者たちが死にそうな顔で手を目の前に合わせ祈っていた。

 

 すっごく怖いんですけど。

 

 ともかく準備完了、あとは1まで待機っと。

 

『4・3……2…………1』

 

「いいことを教えてあげようか、轟くん」

 

 恒温維持を発動、一瞬にして氷を解かす、どちらかといえば一瞬にして消えてしまう、消滅という表現が一番合っているかもしれない、霧散する、跡形もなく私を縛る枷は消えていった。

 

 冷気だけが霧のようにフィールドを覆っている、さぞ幻想的な景色になっていると思う、神秘的で幻想的な雰囲気だ、その輪の中心にいる私は綺麗だなと、こんな時にもかかわらず思ってしまった。

 

 これからは仮説は正解、検証も問題なし、これからは心を鬼にして弱点を徹底的に突く。

 

「私に勝ちたいんだったら、場外に弾き出すか殺すつもりで来ないと」

 

「お前は一体、何なんだ……!?」

 

 お前は一体何なんだ、か。

 

 分からない、だから探し始めた、けれどもまだ見つかってない。

 

 しかし、答えるとするのならば

 

「時尾 花架琉。雄英高校普通科1年、何の変哲もない超人社会に埋没した器用貧乏な超能力者、かな」

 

 ふざけるな、と轟くんは悪態をつく。

 

 でも、私はこの力を……確かに個性ではあるが相対的には超能力だと思っている。

 

 超能力とは、通常の人間にはできないことを実現できる特殊な能力のこと。今日の科学では合理的に説明できない超自然な能力を指すための名称だ、超人社会のなかで埋没はしているもののこれだけ多くの力を使いこなしているのは私しかいないだろう。

 

 戦闘において、左側は使わない、ならば右側が使えなくなった時、忌み嫌っている個性しか使えない場合轟くんはどうするのだろうか?

 

 個性だけでなく判断力も身体能力も優れている轟くん相手に私は小細工を使って互角の状態に引き戻せた、これからは精神と気持ちの削り合いで意地の張り合い、鬩ぎ合い。

 

「半分の力しか使わないで勝つ?やれるものならやってみろ」

 

 半分の力、右側の氷の個性は使えない、忌み嫌っていた左側しか選択肢がない中、轟くんは確かに、でもどこか納得したように笑っていた。

 

「超能力といっていたが、それは個性だろ?お前にも俺の氷を消せる量には限度があるはずだ、確かに今はあらがう術はねぇ。けど俺が右側でお前のそれを上回ればいいだけの事だ、半分の力で勝つ、その言葉は曲げねぇ、だから時尾……全力でかかってこい!」

 

 全く、カッコ良すぎるぜ轟くん。

 

 

 



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VS轟 焦凍 2

 




 

『いったい何が、何が、何が起こっているんだ――――い!?冷気で大事なところが何も見えないぜ、コンチクショウ!!!』

 

『なんらかの方法で轟の個性が消されているな……全くどんな方法を使っているんだか。ったくどんだけ掻き回せば気が済むんだ……?』

 

生成される中規模的な氷結を恒温維持で打ち消しながら、私は冷や汗が頬を伝うのを感じていた、私は身に余る力の数々を超能力だと揶揄したけれども本質は轟くんの言っていた通り個性。

 

 この能力にも気付きはしていなかったけれど穴はあった、先ず第一に効力の範囲というより使える箇所の問題。

 

 恒温維持を発動させるためには少なくとも手に氷結を当てないといけない、爆豪くんと割と似ている手から個性を発動させるタイプのものだった、いつもお風呂を沸かすときに一瞬だけ体温を上げて右手を湯船につけていたから考えもしなかったけれど実戦で使ってみて思いの外発動させるだけでもやりづらいものだったとわかる。

 

 まぁもっとも轟くんの相手以外にこの個性を使う必要性は全く感じないけれども。

 

低温を恒温状態に戻す事は出来るけれども高温を恒温に戻す事は出来ない、全くもって不便なものだ。いや不便じゃない、結構助けてもらったじゃないか、おかげで家の電気代はだいぶ浮いていたし……。

 

 私のものだったら馬鹿にしてもいい、いくら馬鹿にされても構わないけれど人のものは馬鹿にしてはいけない、望まず取られ私に強制的に渡されたものなのだから使っている以上私に文句を言う資格はない。

 

 今までの行いと言動、思考に罪悪感を感じるけれども、いまはその謝罪や後ろめたさに浸っている余裕はない、今はどうしても手が離せないことがあるのだから。

 

 轟くんが選んだのは長距離戦、つまり個性を放ち続けるという事ではなくて中・近距離戦だった、初めのうちは分からなかったけれども実際に対峙して、ここまで追い詰められてようやく理解できた、実戦慣れはしていたつもりだけど私のは轟くんと違って付け焼刃に過ぎない。

 

 もっと大きな流れを読む力に長けている轟くんの読みを私は拾いきれなかった、だからいつの間にか優勢に立っている私が劣勢に追い込まれているだなんて思いもしなかったし、決して油断していたわけでも高をくくっていたわけでもないのに気が付けば逆に追い込まれているのは私だった。

 

 寒い空気、冷気は下にたまりやすい。

 

 私は恒温維持を使って完璧に消すのではなくて、轟くんのだす氷が個体から気体に変わる瀬戸際まで温度変化をさせている、規模にもよるけれどさっきのように完全に体を取り囲まれている状況ならば10秒程度、今の攻撃……緑谷くんとの戦いで攻めていた氷よりも2回りほど小さい氷であれば触れるところ2秒かからずに融解は出来る。

 

 どちらかといえば轟くんの出す氷はドライアイスに近いのかもしれない、昇華するから液体で水浸しになるわけではないし寧ろ今少し周りが見えづらいくらいなのだから。

 

 見えづらいといっても気化するほんの何秒か出るだけですぐ消えてしまうのだけれど、どうしてもそのタイミングで攻撃をしたりしてこなかったりするので非常に厄介。

 

 その視界の悪さを逆手にとられ現状攻められている、未来観測で何とか氷の出どころはわかる、多分轟くんも私の恒温維持が両の掌で触れることで発動するという事を知ってはいないと思うけれど、氷を生成し私がそれに気を取られている隙を見て轟くんのヒットアンドラン、接近戦は現状苦手ではないけれどもこうもガンガン蹴られたり殴られたりすると身体へのダメ―ジは大きい、轟くんは轟くんで温度が低下した体を温めようと動き回るし、私が守りに徹する時間が長い。

 

 氷を生成した場所と轟くんが別の方向から攻めてくることが多くなった、掌で氷を消さなければならないという縛りを受けている私はどうしても受けに、後手に回ってしまっている。

 

 かといって氷結を避けてしまうとだんだんと私が動ける範囲が限定されてしまう、現に既に全く関係ないところに現れた氷を無視していたらいつの間にか動けるスペースが物凄く小さくなってしまっていた。

 

 しかし、それでもこの氷の量だ、最大規模が瀬呂くんの時の大氷結だったとしてもそれはあくまで後先考えなかった話、少なくともこの状況で大氷結を出さないというのは、出さないではなく出せないという事なのだろう、私だってジワジワ形勢を傾けられたものの相当量の氷を相殺した。

 

 動けるか動けないかの問題で言うならば少なくとも後者、なら攻撃がやんだ今のうちに私はどうにかせめて互角に持ち込む程度にはしないといけない、このままじわりじわり行くのは不味い。

 

 相手に攻撃されないように後ずさりしながら距離をとっていたようなものだ、距離は変わらず相変わらず互角には見えるけれども、気づけば退路がなくコーナーに追い込まれている、気持ちでも流れでも知らず知らずのうちに圧されている。

 

 無意識に守りに入ってしまった、それは多分、恒温維持が思いのほか相性抜群で一気に勝勢まで持ち込んだと思っていたから、そして誤算だったのは私が轟くんの右側、つまりお母さんの個性の方はもう使えないと、使わせないと言ったはずなのにそれでも信念を曲げずに、より強い意志で私に向かってきたことだ。

 

 考えろ、考えろ。

 

 この少しの間で轟くんがなぜ攻撃を止めてしまったのかを想像力、直観力、平凡な頭脳を駆使して考えろ。

 

 そもそも轟くんが攻撃を止めた理由はなんだ?作戦を練っている最中なのか、それとも間を与えて私の心を揺さぶる作戦なのか、はたまた凍てついた体半分が動かなくなってしまったのか。

 

 仮に作戦を練っていたとする、この場面で一番有効なのは使っていない側……すなわち左側の個性を使い私を取り囲んでいる氷の檻諸共超高温で熱してしまえば一瞬で決着がつく、しかしこれだけは確実にない。

 

 もし私が轟くんで家庭事情も何も背景になく一番を獲りに行くのであれば真っ先にそうしていた、しかし彼は断じて、絶対にそんなことはしないし考えすらも過らないだろう。

 

 次に間を取って私を揺さぶる作戦だけど、これだけ長ければ揺さぶりというより私の心はだいぶ落ち着いている、この間がなければ土俵際に立たされていることにも気付けなかったし、こうやって万全とは言えないけれども今できる最大限で最善の状況に自分を持ってくることが出来なかった。

 

 轟くん流に言えばこれは悪手、しかしそんなことにも気付かない轟くんではない。

 

 となると答えは自ずと見えてくる、自身の個性に苛まれているというのが私が出した答えの中で最も近いのではないのか?

 

 客観的に自分を分析するとここにきて知らない個性、それと前回、前々回の戦いを見たとしても私の個性というものは一切合切見当がつきもしないだろう、いやこの場合見当がつく方がおかしい。

 

 いくつもある個性の数々、それを架け合わせ出来た派生形の力も含めれば私が体育祭で使った個性は片手では数えきれない、轟くんのように2つもっているだけでも相当珍しい(大抵は混ざったり片方の親の個性しか発現しなかったり)のに私みたいにこうも多く持っているのは常識的に考えてありえないだろう。

 

 そして、見当がつかないという事は手を出しにくいという事に直結する。

 

 おそらく警戒されているのは飯田くんと芦戸さんの時に使った時を駆ける、と表現していいのか時を止めると表現していいのかいまだにわかってない私が絶対領域……エンペラーゾーンと名付けた最大の鬼札。

 

 しかしもうすでに2回切ってしまいあとは轟くんに1回爆豪くんに1回使うのが精いっぱい、それも極わずかな間だけの接近戦の合間を、隙を作る一瞬のような時間しか使えない。

 

 体感で解る、限界突破すれば相当ヤバいことになると本能が、第六感が、女の勘ってやつが警報をガンガン鳴らしている。

 

 おそらく一番の原因は試しに使ってみたときに周りには人がおらずその効力を試せなかったこと、それ故に飯田くんとの戦いのときには本当に無駄遣いしてしまったためにもう残りは、使用できる時間は少なく、体の方に……いや、体だけでなく精神の方にも大きなフィードバックが還ってくることは予想済みだ。

 

 しかしそれは轟くんには伝わっていない、確かに容易に使えないことや何らかの条件があることは見抜かれていると思うけれどもそれでも警戒せざるを得ないから、鬼札として使えるのだと思う。

 

 最強のカードを出すのが最善の選択とは限らない、これは私の恒温維持がそうであったように、テレポートがそうであったように、一見して然程使えるようなものではなく、寧ろ使いどころを見つけるのが難しいものの方が案外役に立ったり効率が良かったり、効果が抜群だったりする。

 

そして、今、それなりの時間は経過しているものの轟くんは攻めてくる気配が全くと言っていいほどない、氷であたりを覆われていて私の行動範囲は著しく限定されてはいるものの氷を出す速さも伸びてくる速度も量も格段に落ちている。

 

私の未来予測(精神干渉は接触時間が短かったため効力が切れた)は視界に映るものの先の映像しか映せない、けれども今の轟くんの速度であれば反射神経で対応できるはず、この先は全くもって見通せない、予想も予測も出来たものではない。

 

文字通り私は命を削って戦っている、勝つためにはそれなりのリスクを伴う能力を使わざるをえないし種と仕掛けが分からないだけで割れてしまえば私が築き上げた何もかもが崩れ去ってしまうほど弱く儚くまるで泡のようなものだ。

 

自慢ではないけれど素の私の耐久力は障子紙並だ、転んでこけただけでも救急車に運んでもらえる自信がある、ましてこうやって体を激しく動かしながら殴り合いをしているのだから普通に考えれば死んでもおかしくはない。

 

まぁそんな揶揄的な表現はさておき……時間制限の問題だ、轟くんの確実に仕留めるために絶対領域を使うのならばこれ以上の長期戦は好ましくない、冷気が体力をだんだん奪いリカバリーガールや信者たちの個性で治してもらった古傷が痛み始めている。

 

恒温維持は便利な能力ではあるけれどもこれを使っている間は他の能力は一切使えないし氷を無効化するためには(量にもよるけれども)時間がかかる、あれだけの猛攻をした頭脳明晰、冷静沈着、文武両道の轟くんが見逃すはずがない。

 

 次の攻防で、やり取りでこの戦いに終止符を打たなければ私の負け。

 

今までに感じたことは無い敗北感がすぐそこまで迫っている、流石はエンデヴァーの息子さんといったところか。

 

過程なんか関係ない、大事なのは結果だけ。

 

 ここまでの成果に満足しそうな自分にそう言い聞かせた、まだ折れるな、手も足もまだ動く、それだけで十分だ。

 

 勝負は轟くんの姿を見つけ制空権に入る前の私から見て左側が上がった瞬間。

 

 その一瞬をものにするために私は絶対領域をいつでも使える準備をする。

 

 背筋に氷が通ったような悪寒が走り、生命力が損なわれている確かな実感と身体をめぐる血液が血管を食い破ろうと暴れて脳をかきむしる。

 

 体が言うことを聞かずにふらついた、でも倒れるわけにはいかない、倒れてはならない。

 

 考えることはいかにして轟くんにとどめを刺すか、それだけで構わない。

 

 激痛とめまいでどうにかなってしまいそうな中、私は思考の檻から放り出されないように必死でしがみ付いた。

 

 5

 

 全身が悲鳴を上げている、もう動くなと、左側を使って温めろと身体が熱を求めていた。

 

 身体が悲鳴を上げている、限界を超えるなと、ここから先は進むなと警報を最大限にならして体の自由を奪ってゆく。

 

 もうろくに動かない右手を見つめて目下の氷の檻を、中を見下ろす。

 

 最後の力を絞って造ったこの檻は確実に相手の動きを限定するために作った、角度は30度ほどではあるが滑りやすく滑らかに作ったため登りにくい、しかし、いや……そうじゃなくて本当は自分に踏み切るために作ったようなもの。

 

 目を閉じて、ひと時だけ体を休める、体温が下がっているせいか少しだけ眠い。

 

 雄英体育祭1年の部準決勝の相手は飯田、芦戸を破った時尾 花架琉という普通科の女子、赤い髪と決意を秘めた眼が印象的な奴だ。

 

 本当に不思議なやつだ、不敵にも宣戦布告をしたり最初から、障害物競走から俺たちヒーロー科にも唯一負けず劣らず寧ろ一歩先を進む勢いで必死で駆けている印象を受けていた、緑谷に言われて訳の分からなくなった俺に発破をかけてきて、俺が欲しかった言葉を投げつけて、そんでもって今は全力をかけて俺を倒そうとしている。

 

「口も目も鼻も耳もまだ動く、勿論やれるよ」

 

 その言葉は、絶体絶命な状況にも関わらず絶対的な自信を帯びてもいないのに重く重く響いていた。

 

「私に勝ちたいんだったら、場外に弾き出すか殺すつもりで来ないと」

 

 その自暴自棄の覚悟をした目を、俺は知っている、憎悪に満ちた酷く悲しい目だ。一つの事しか見えてないその目を見たとき、一つの言葉が蘇った。

 

「時尾 花架琉。雄英高校普通科1年、何の変哲もない超人社会に埋没した器用貧乏な超能力者、かな」

 

 その言葉は酷く儚く、今にも消えそうで、自分自身を確認するようにも受け取れた。

 

「半分の力しか使わないで勝つ?やれるものならやってみろ」

 

 超能力といっていたが、それは個性だろ?お前にも俺の氷を消せる量には限度があるはずだ、確かに今はあらがう術はねぇ。けど俺が右側でお前のそれを上回ればいいだけの事だ、半分の力で勝つ、その言葉は曲げねぇ、

 

だから時尾……全力でかかってこい!

 

 いろいろ言った後に無意識にそう叫んでしまっていた、奇しくもあの時に緑谷と同じ言葉、そして『なりたい自分になってもいいんだよ』とやさしくお母さんに言われた言葉が蘇る。

 

 自分の事ながら笑えてしまう、自虐的な笑いが、自分をどこかで冷静に判断している自分が唇を酷く歪ませているのわかった。

 

 自分のことだから自分が何を考えているのか、自分がいまどのような心情なのかも把握は出来る、だからこそ笑えてしまう。

 

 自分の憎しみはこんなにも、あいつの言う通り……子供じみていてくだらなかったのか、何年も抱えていたこの思いはたった一日で覆ってしまうほどに軽いものだったのか。 

 

 違う、それ以上に大事な何かを得ることが出来た。

 

 全否定するんじゃなかったのか?

 

 それよりも、大事なことを教えてもらった。

 

 俺の、自分の力だって受け入れるのか?

 

 

 

 

 

 それはまだ、わかんねぇ。

 

―轟くんの思いはそれだけで救われるの?それで全部清算できるの?君のことを何も知らない奴に少し手を差し伸べられたからって……その程度で揺らぐ君の十数年は一体何だったのかなぁ?

 

 意味がないとは言わない、答えは出ていないし、何が正解なのかもわかんねぇ、でも今気付かせてもらえたからこそ変えれるものだってある、俺がそうであったように。

 

 無茶苦茶して、壊されてようやくわかるものだってあるはずだ、それこそ自分だけで抱え込まないで土足で上がられてからようやく解決することだってあるはずだ。

 

 この体育祭には目的がある、野望と言い換えてもいいのかもしれない、懸念もある、戸惑いもある、あいつを全否定したい気持ちも決して消えたわけではない、けれども今は、俺にその資格があるのかどうかは分からないが……それでも俺はある一つの感情に突き動かされた。

 

 今まで見えてなかったもんが見え始めてようやくわかった、まだ償わなければならないことだってあるし俺一人が納得してそれ終わりで済ませていい話でもない、だけど目の前にいる女の子を……俺は、助けたいと、思ってしまった。

 

 助ける?どうやって?自分のケツもろくに拭けない俺が何をするんだ?

 

 ……確かにそうだ、けどあのままあの道を進ませてしまってはダメだ。

 

 さっきまで自分も同じだったくせによく言えるな。

 

 同じだったからこそ、そこから先に行かせちゃいけないって思っている。

 

 出来るのか?

 

 やってみせる。

 

 どうやって?

 

 この戦いを、俺の勝ちで終われせればいいだけだ。

 

 結局、俺が勝ちたいだけじゃねぇか、助けるなんて立派な理由を見つけてよ。

 

 それもある、時尾に勝ちたい、でもそれ以上に…………

 

 

 

 少しだけ、落ちていたようだ、右側が重い、この調子だと出せる氷の速度と量は限られる。

 

 時尾は俺の氷結を消せる、多分温度操作よるものだ、だから俺が直接触って凍らせに行けば溶かさざるを得ない、そこを狙って体温を多少戻して一撃に全部を込める。

 

 いや、それじゃあダメだ、俺の力でどうにかする。

 

 幸いなことに少しだけ寝てた……意識が落ちたこともあって体温は多少は上昇している、そのまま狙いに行ける可能性もなくはない。

 

 これは賭けだ、全くもって割に合わない危険な勝負。

 

 俺の復讐や親父への復讐なんて二の次でいい、俺はあいつの言う通りになんてならないしあいつの玩具でもなんでもねぇ。

 

 もう右側を使うのは限界だ、氷の出も遅いし量も大したことは無い、長い経験の積み重ねで直感的にそれはわかる、でもだからってどうした、それは今までの事で今は違う。

 

 右側が悲鳴を上げても、限界で少しおかしくなろうが関係ねぇ、緑谷だってあんな大けがしてやっと俺が抱えて来たもんぶち壊したんだ、同じことをやろうとするんならそれ相応のリスクは覚悟の上だ。

 

 時尾の体がグラついた、俺もあいつも限界は近い、このまま籠城すれば確実に勝てるだろうが、俺はそんなこと望んではいないし、時尾も時間が経てば体力も回復し何かほかに策があるのかもしれない。

 

 体は思うように動きはしない、だから氷の檻を一歩一歩踏みしめて時尾のもとに向かった、体はグラつき意識は朦朧としているのかとすら思ったが時尾の眼は一層激しく意志の炎で燃え上がっていて業火のような激しさに焼き焦がされるんじゃないかと錯覚したほどだった。

 

 雌雄、相まみえる。

 

 俺は思わず自分がやろうとしていることがあまりにも矛盾していることを思い出して自嘲的な笑いが出てしまった、あの日に見た憧れと、優しさが鮮明に思い出せる、何時か忘れていたあの感覚、あの気持ちを。

 

 なれるかな、俺も。

 

 一回だけでいい、この一回だけで構わない、だからお母さん、力を貸してくれ。

 

 

『なりたい自分に、なっていいのよ』

 

 その言葉が、かえってあの子に重い十字架を背負わせてしまったのではないかと思う。

 

 私とあの人の間に生まれた子供たちは全部№1に勝つために身ごもった子供たちで、あの子はあの人の希望であり野望であり全てだった。

 

 とりわけ優しくするわけでもない、ただただ№1を超えるためだけに育てられたあの子は5つの時から訓練という名前の暴力を受けながらもそれでも挫けずに頑張っていたというのに、私は日に日にあの人に似てくるあの子の左側が憎くて仕方なかった。

 

 そして遂に、私はあの子に煮え湯を衝動的に浴びせてしまっていて、後悔と怒りと悲しみと申し訳なさと、とにかくあの子へやってしまったことの罪悪感が頭の中を暴れまわって、気がついたときには精神病院の一室にいた。

 

 私は治療の一環としてTVやラジオなどの情報を遮断している、やはりあの人のことを思い出さないようにも情報を遮断しているようだ、あの人は良くも悪くも有名だから常に発作を起こす可能性があるとのことらしい。

 

 だから偶然か必然か、たまたま耳に入ってきたラジオの音声に私は思わず魂を抜き取られたかのように聞き入ってしまった。

 

『いよいよ最っ終局面!このまま勝利をつかみ取り決勝戦への切符を手に入れる、のは時尾 花架琉か!?それとも轟 焦凍か!?目をかっぽじって見届けろぉぉぉおおおおお!!!!!』

 

 雄英体育祭といえば近代オリンピックに代わって行われている催し物だ、そしてあの子は今準決勝を戦っている。

 

 頑張っているんだ、聞いてはいたけどそれでも……

 

 私は訳が分からなくなって、色々な思いが消えては浮かびを繰り返してまるで子供のように泣きじゃくってしまった。

 

 頑張って、焦凍、あなたなら大丈夫。

 

 誰にもとらわれることなく、なりたい自分になりなさい。

 

 精一杯の声援を届かないと分かっていながら、そうすることしか私には出来なかった。

 

 




 


 暫く更新できないかもしれませんがこの作品はキッチリと終わらせます。

 ここまで続けれたのもたくさんの方々が読んでくれて評価してくれたおかげです、もうそろそろ終わりに近づきましたが最後までお付き合いください。


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VS轟 焦凍 fin

 

 たった二人が数万人の意識を釘付けにしていた、それは彼と彼女が背負っている肩書や経歴ではなく、彼らの歴史すらも越えたただそこにあるだけで、いるだけで引き寄せてられてしまう何かがそこにはあった。

 

 既にボロボロの二人だ。

 

片やヒーロー名家の御曹司、片や何も持っていない、今手に入れようとしている普通科の少女。

 

 彼は確かな実力と期待、そして宿命と復讐を背負っていて、彼女は命に代えてでも成し遂げたい強い決意と、今まで残してきた奇跡と軌跡を。

 

 歴史に残るジャイアントキリングを成し遂げてくれという大きな期待が寄せられている、

 

 表面に現れているもの、本人たちにしか分からないもの、色々の感情、思い、決意が渦巻く中始まった雄英体育祭準決勝は混戦に混戦を極めた。

 

 下馬評で優位だったはずの轟焦凍がまさかの大苦戦、破竹の勢いで奇跡と呼ばれる大勝利を収めた少女が善戦、数々の難敵を一瞬で屠り去った轟焦凍の氷結を無効化する術を惜しみなく発揮し、それに応えるように轟焦凍も遺憾なく氷結で構わず勝負を挑んでいった。

 

 またもや轟焦凍の圧勝で幕を閉じると思われた準決勝は思いの外、想定外なことに苦戦を強いられることとなった。しかも相手は普通科の生徒。

 

 端から見れば一見地味な戦いではある、けれども2人の鬼気迫る思いと意地が生み出す緊張感が、観客に伝染するほどに、ただ例年通り行われているものとは格段に、別の方向にではあるが昇華、あるいは異様なものへと成っていた。

 

 催し物から真剣勝負に、剣道と実戦の斬り合いの間合いが違うように、通常のそれとは異なるものを誰もが……いやプレゼントマイクのハイテンションな実況が空しく響くほどに固唾をのんでじっと見守っている。

 

 どちらがいつ倒れてもおかしくない、いつ決着がつくのかも予想できない、しかし少年の覇道の行く末を、少女の快進撃、起こした奇跡の中で最も輝いている今を集中してみなければいけないと本能的に判断していた。

 

 2人が硬直状態にあるのは単純故に明快、どちらも個性の発動準備が出来ていないからだ、時尾花架琉は最後のピースをはめる作業を、轟焦凍は最大限の威力を引き出すためのためをつくっている。

 

 時尾花架琉の絶対領域なる能力は既に時間を止めるまでの力はない、それは使い方が分からない時に、飯田天哉の時に効力を最大最高の状態で使ったためにガス欠のようなものを起こしていた。

 

 しかしそれでも命を燃料にして使い続けた結果、全身を襲う激痛、意識を失いかけ思考をまとめられない様な激痛を負いながらも使用していた。

 

 そうでもしなければ勝ち筋はないと判断したからでもあるが、それ相応の痛みに飛び込むのには勇気がいる。死ぬ気で、死ぬつもりで今日を生きている彼女にとって、その勇気は持ち合わせているものの、体はついて行けてなく気持ちだけが先走っていた。

 

 轟焦凍の氷結はすでに限界が来ていた、体はゆっくりと歩くことが限界に近く、出せる氷結も体に霜が降り切った状態ではたかが知れている。けれども今の轟焦凍にはどこか確証のない自信があった。お母さんの個性なら大丈夫だと。

 

 あの日の情景を、あの日の言葉を、あの時に抱いた憧れだけ持っていればそれでいいと、憑き物の落ちたような優しい瞳に柔らかな炎を宿して時尾花架琉を見つめていた。

 

 その吹っ切れたことによる作用がここでは吉と出た。時尾花架琉にはない余裕というものが、時尾花架琉の揺るぎない強い勝利への執着心から生まれる焦りと相反し、大きく形勢を傾けていた。

 

 しかしそれはあくまで客観的なものであり、互いが互いに自分が不利だと思っている状況で完璧な冷静な判断は出来ない。全部を絞りつくした残りかすを集めて立っている双方ともに、もうそんなことに考えを回すほどの余裕はあまりなかった。

 

「どういう、つもり?私を舐めているのかしら?そんな体で、正々堂々と正面切って向かってきて、うざい薄ら笑いを浮かべてっ……それとも、凄く舐めているのかしら?」

 

 痛みに耐えながら、途切れ途切れの質問を投げかける。

 

 それは絶対領域をいつでも発動させるための時間稼ぎに過ぎない。

 

「舐めてねぇ、確実に仕留めるためにはこれが一番だと思っただけだ」

 

「はっ、碌に、氷結も、出せないくせに、体も……動かないくせに何を」

 

「それはお前だって同じだろ、強がっていても流石にわかる」

 

「それは、轟くん、も、同じでしょ」

 

「ああ、そうだ」

 

 片膝をつきながら轟焦凍を見上げていた時尾花架琉はようやく腰に手を当てながらも自分の力で立ち上がった、それはつまり準備が整ったことを意味する。

 

 

―体感的には3秒が限界、今仕掛けるには距離がありすぎる。せめてあと1m近くないと轟くんには届かない。

 

―これ以上前に踏み出せねぇ、踏み出したら不味い、勘でしかないがこれ以上先に進むのは危険だ。ここから届くか?

 

 時間が分からなくなるほどの濃密な睨みあい、先に動いたのは轟焦凍だった。

 

 決して速くはない、それでも現状で最も速く動かせる速さで、足を上げずにすり足で僅かに前に出して氷結を出現させる。

 

 それに反比例するかのように好調時を彷彿とさせる規模と速さ。

 

―うそ、でしょっ!

 

 時尾花架琉が既に絶対領域を発動させてしまった時、轟焦凍の氷結を躱すという選択肢しかできなかった、それほどまでに予想外、轟焦凍が選んだ自分の決意は限界も制限すらも超えて時尾花架琉に牙をむいた。

 

本来であれば体の位置を少しずらすだけでかわせたはずの、恒温維持で簡単に対処できるはずの氷結が全開時とほとんど同じ速度、規模で迫り来る。

 

 鬼気迫る気迫のこもった攻撃に、思わず取ってしまった反射にも近い回避行動は確実に自らの首を絞めてしまっていた。

 

 結果として時尾花架琉の後の先をとる目的はあっさりと砕かれ、避けるためだけに、回避行動を行うためだけに最後の切り札を切ってしまった。

 

 余りにも一瞬の出来事、そこにいる誰もがその一瞬を理解するために息を吞んだ。そして割れんばかりの歓声と応援が怒涛の勢いで二人に注がれる。だがしかし、それは二人にとっては届きもしないただの雑音だ。

 

 時尾花架琉は歯を強く強く食いしばる。もうここで終わりなのかと、あんな甘ったれに負けてしまうのかと、自分の意思とは関係なしに力の入らない体を無理やり起こしながら、もう風前の灯火のように消えそうな僅かな光にすがるように力を振り絞った。

 

 轟焦凍は強く強く歯を食いしばろうとした。しかしそれは叶うことは無い。カタカタと震えによる小刻みになる歯の音を無理やり抑えながら自身の右半身を冷静に分析する。

 

 これまでに、体に霜が降りることはあった、しかし凍傷になるまでに追い込まれたことは無い。

 

 瀬呂範太に出した大氷結にも匹敵する規模の氷を限界を超えて出したせいか右半身には力が入らない。だから動かないまま立ち尽くしただ願う。

 

もう、立つなと。

 

頼むからそのまま寝ていてくれ、と全てを投げ捨てようやく得た、自分の口にするのも烏滸がましく感じられる秘めた想いを思い続ける。

 

しかしそんな思いも空しく時尾花架琉は立ち上がる。(とど)めをさせるほどの余力は轟焦凍に残ってはいなかった。

 

「私には、やらないと、いけないことがある」

 

「そんなに……勝ちたいのか、だったら」

 

「……だった、ら?」

 

「なおさら、お前を勝たせちゃいけねぇ。お前を倒し俺が優勝する」

 

「それは……させない!」

 

 既に満身創痍の二人。

 

 轟焦凍は体の半分が動かない。

 

 時尾花架琉は立っているのがやっとだ。

 

 しかし体の限界すら超える狂った思いは肉体を凌駕する。勝つために、救うために、思いは違えどその思いだけを原動力に激しく交錯した。

 

 

 

 

―これでもう、個性はつかえない。

 

―未来予測を使う余力ですら、尽きた。

 

『『それでも!!』』

 

 轟焦凍に比べて些か体の自由が利く時尾花架琉が、その弱い拳に凶器を握り締め数にものを言わせて殴打する。

 

―決めきれない、結構な数当てているのに……ほんっと邪魔だなぁ!

 

―俺の実力の方が遥かに上の筈なのに、手も足も出ねぇ。時尾花架琉どうしてお前はそこまで……

 

―いい加減私の邪魔をするな!轟焦凍!!!

 

―俺に、力さえ、あれば……

 

 轟焦凍の鍛え抜かれた左が時尾花架琉の顔面を射抜く、伸ばした結果当たっただけの本来ならばなんともない攻撃が今の時尾花架琉には酷く重かった。

 

 膝に手をつき立っているだけが精いっぱいの時尾花架琉は霞む視界に轟焦凍が左足を踏み出すのを捉えていた。

 

―そんな……届かなかったの?

 

―いや、とっくに届いているさ。時尾花架琉……

 

 その踏み出したはずの左足は体を支えることは無く、そのまま折れ糸の切れた人形のように倒れ込み、そのまましばらく動くことは無かった。

 

『オイオイ……マジかよ……………』

 

 その光景は大衆が望んでいたものでもあったけれど、所詮は絵空事だと思っていた夢のような儚い青写真。

 

 誰もが望んでいたはずの結末を、望んでいたはずなのに誰もが受け入れようとはしていなかった、まさかの事態にまさかの結果。

 

 それでも時間が経てばその事実すらも呑み込まなければならない。

 

 立っているだけでも倒れそうな女の子、戦場に咲く一輪の花と同じく彼女はそんな美しさと強かさを見せてはいるものの、所詮は弱く健気なもの、そんな姿にも準える少女の姿はあまりにも痛ましかった。

 

時尾花架琉は自らの勝利を誇示するために右手を大きく上に上げて精一杯の笑顔で微笑んだ。

 

『ついにやっちまったよ!!!!歴史的瞬間を目に焼き付けて忘れるなよ?リスナー諸君!!普通科の時尾花架琉、決勝進出!!!!このまま優勝しちまえ――――!!!!!』

 

 空を裂く爆音にも等しい拍手と歓声が惜しみもなく飛び交う。

 

 その歓声を聞いたのか拳を上げたまま時尾花架琉は倒れ込んだ、力なく拳が地につく。

 

 時尾花架琉は今日を求めた、今日よりずっと良くなる可能性のある明日を捨てて今日を生きる、命を原料に燃やし続けているような戦い方は多くの挫折した者に勇気を与えた。

 

 だからこそ、その代償はあまりにも重い。

 

 昨日を捨て、明日を捨てて今日に全部を賭けているその在り方は美しくないわけがない。

 

 大気が張り裂ける様な爆音で、観衆は彼女に惜しみのない賞賛と励ましの声を投げかけた。何も知らず、純粋無垢なる声援を。

 

 静寂に消えていく小さな拍手が空気中に溶け込んでいく、超新星のような輝きにも似た、いつか消えてしまう光だと知りながら、賞賛と愁いを込めて届かない賛辞を送った。

 

 その光がせめて、次まで輝くように。

 

 

 

 

 

 嗤って。





 

 


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時尾花架琉は希う

 

 

 

 体が熱い、頭も痛いし吐き気もする、脳をかきむしられたような嫌な感触が残った体の力をも奪い私の体はまるで他の誰かの体みたいに自分の意思では動かせない、そういえば飯田くんと決着をつけた後もこんなんだったっけ。

 

 そんな自分の事ながらどこか客観的にみている自分がいた。

 

 私を支えていた強い芯のような何かは抜け去ってしまい、取り繕うことのできない本当の弱い自分がむき出しになっていた、その理由は多分この痛みに耐える力なんて残っていないからだと思う。

 

 あの時は歯を食いしばってまだ意識の手綱を握る力があったけれども、今の私にはそんな余力なんて残されていない、剥がされた鍍金は一部がはがれてしまうともう元には戻らない。

 

 突然、急に視界が変化し、聞いたこともないような鈍い音が丁度左頬から聞こえて嫌な感触のようなものがある気もするけど、何が何だか分からない。

 

 体を動かす力はもうほとんどなくて脳は軋み心臓は馬鹿みたいに飛び跳ねている。

 

 あと一つ、届かないまま終わっちゃうのか。

 

 何ならここで本当に終わっても、それはそれで私は記憶に残り続けられる、私が生きていた証を刻むことが出来る、それならもう…………。

 

 そんな気持ちと共に体の大事な何かが抜け出していくような気がした、生暖かい何かが顔に触れるけれどもそんなのはもう些細なことだ。

 

 何かがやばい、そんなことを頭の片隅でも考えることなんて出来ずに、何度目かの意識消失に何の抵抗もなく引きずられていった。

 

 

 

 意識が戻ると、声が聞こえた。

 

 声は聞こえたものの内容を把握するまでには意識が回復していない、騒がしいのまではわかるけれどそれ以外は何も分からない。

 

 とにかく戻った意識を手放さないように今にもまた深く眠りに落ちそうな状況をなまりのように重たい瞼を開くことで阻止する、天井は何度か見たおなじみの出張保健室、聞こえてくる声はリカバリーガールと誰だ……?聞いたことのあるような男の人の声だけれど私の検索結果に結局その声は引っかからなかった。

 

 まずは意識をある程度覚醒させないと体も動かせない、話の内容ももうそろそろ聞き取れるまでに回復はしているだろう。

 

「……は………ね!」

 

「しか……か……じ……に…………です」

 

「あん………の……ることが………のかい!?い……に……ることなんだよ!」

 

「わたし……、けれども…………は……ないのです!だから……て、あと10…………まって……」

 

「あ……でおきら………わけ……だろ!ほんと……らすぐに……もせいみつけん…………だってのに!」

 

 なにやらとても大事なことを話しているようだ、騒がしいというのは間違いである程度聴覚の戻った今でははっきりとわかる。

 

 これは怒鳴り合っているわけでもなくて私に気を使いながら精一杯小さな声で主張をぶつけ合っているだけだと。

 

「やぁ!目が覚めたかい?」

 

 えっと…………鼠?でも喋って……あぁ校長か。

 

 確かこの学校は超知能を持つ動物が経営しているんだった、皮肉な話だなぁ。

 

 というかこの鼠は人間に散々いじくりまわされて臓器や脳の何%かを提供してようやく自由を勝ち取ったみたいな紹介がされていたけれども人間に復讐するつもりはないのだろうか?もしかしたら、私が最初なのか?

 

「私、美味しくないですよ?」

 

「うん!何でそんな回答が出てきたのか僕の優れた頭脳を使ってもろくでもない答えしか出てこないけれど僕は君が想像しているようなことは考えていないよ、まぁとりあえず驚異的な回復力だね!折れた頬骨も修復してるし、運ばれてきた時よりもずっと元気そうだ、全く君の体は不思議だねぇ。行くとこに行けばいい実験体になれるよ、それはそうと「運ばれて、来た?……っ!!!そういえば決勝は!?時間は!?」

 

 ぼーっとしていた頭がようやく回転を始める、やっと火がついて通常運転にまでは至らないけれども最低限のことは考えることが出来た。

 

 轟くんとやり合って勝ったのは覚えている、しかし、絶対領域を使った後の独特の後遺症が出た後で何とか自分の足で保健室に向かおうと思ったのまでは覚えているけれど、あくまで考えただけでその後何をしたのかなんて全く覚えていない。

 

 ただ、ほんの僅かな達成感が胸の中を満たしているのが腹立たしくて仕方がなかった、体の不調に伴って弱い部分がみっともなく剥がれ出てきたのだろう。

 

 急いで体を起こそうと試みるもそれよりも想定外の疲労感と今にも発火しそうな体温に驚いて数瞬体が動いてはくれなかった、左側を見ると2本ほどの管が腕に繋がっていてまぁある程度自分の状態の把握は出来た。

 

 先ほど発した声はどうやら声にはなってなかったらしく、私は鼠が何やらせわしく話しているのを無視してベッドから起き上がった、点滴の針を抜くのは恐いからなんか吊るされている棒をもってひとまず外に出る。

 

 静かに開けたつもりのカーテンは思いの外大きな音を立てて開き、頭がまだ通常回転していない私にもわかるほどに空気が凍てついたのを感じ取った。

 

「「…………」」

 

「あの、リカバリーガールと……がいこ……そう、スリムな人。死人を見るような眼で私を見るの止めてもらえますか?」

 

「いや……あり得ないよよそんな事、だってあんたは……」

 

「何ですかその死にかけの人を見るような目は?残念ですけど何とか天に召される前に戻ってこれましたよ、まぁ普通に目が覚めただけなんですけど」

 

「何はともあれ、私は意見を変えるつもりはないよ。時尾花架琉悪いことは言わない、あんたを私は決勝に送り出すことなんて出来ないよ、たとえどんな事情があろうともね」

 

「えっと、そこの凄くスリムな黄色いスーツを着た人。貴方はどうしてリカバリーガールと揉めていたの?」

 

「それは「それは私が本部にドクターストップを言い渡すのを必死に止めていたからさ」」

 

 なるほど、決勝戦まではまだ時間があるのか。

 

 いや~よかった、寝ていて不戦敗だなんて絶対いやだったから。

 

 念のため確認しておこう。

 

「……まだ連絡は伝わってないんですよね?」

 

「雄英の生徒ならこの状況から推測できるだろう?」

 

 なんでそんな棘があるいい方されなければいけないんだろう?確かに体は重いし頭もまだ働いていない、体も燃えるように熱いけれど今更それがどうしたという話だ。

 

「すいません、まだ頭がちゃんと回転してないので。でも良かった、本部に通達されていたらそれこそ私は死んでいましたから」

 

 死んでいた、その言葉にリカバリーガールは一層怪訝そうな表情を見せた。

 

「私はあんたの戦い方を、傷付き様を、見て来たよ、今日一日ずっとね。このまま頑張れば、あんたは確実に死ぬまでその頑張りを止めないだろう。何に駆り立てられているのか、何に囚われているのかは全くわからない、だけどリカバリーガールとしてあんただけは絶対にもうこれ以上の無茶はさせれない。……一教師としてもね、この男と校長があんたの肩を持つのにも私は理解できないよ」

 

 睨まれた二人の男は(正確には男性と雄?)気持ち小さくなっているような印象を受けたけれどもそんなことはどうでもいい、なんでこの二人が私の肩を持つのかはわからないけれどこの二人のおかげで私の首の皮が繋がったのは間違いないのだから。

 

 分かってもらえなくてもいい、けれども私は言葉を伝える必要がある、ここまで来た道のりを確かめる意味でも、自分に薄っぺらい鍍金を張る意味でも。

 

「今あるもの全部捨ててでも、手に入れたい何かはありますか?それを手に入れるためならば、自分の命を差し出してでも手に入れたい何かを見つけたことはありますか?」

 

 そうだ、私は何をしてでもこの体育祭で頂点を獲りたいんだった。

 

 ここまで来たからもういいなんて甘い思考を一切許してはならない、自分の願いを確固たる現実にするために心を強く持ち直せ。

 

「……哲学を語っている余裕はないよ、オールマイトそこをどきな。本部に連絡する」

 

「しかし!」

 

 黄色いスーツの骸骨が必死に食い下がる、しかし私の言葉を聞いてただでさえ堅い意志が更に強固なものになったような気がする。

 

「しかしじゃないよ」

 

「まぁまぁ、リカバリーガール少し話をしようじゃないか」

 

「長話に付き合っている暇はないよ」

 

 打つ手はただ一つしかない。

 

「リカバリーガール」

 

 私は受話器に手をかけるリカバリーガールの肩を掴んでこちらを振り向かせ声を掛けた。

 

 これは、願いだ。

 

 空っぽの私がようやくスタートラインに立つための最後の試練のようなものかもしれない、勿論勝ちたいけれど相手が相手だ、けれども勝敗が決まったわけではない。

 

 だから私は進まなければならない、大事なものを投げ捨てようやく見つけた道なのだから。

 

「言っておくけど、私は何を言われようとも気を変えるつもりはないよ」

 

 懇願しようと伸ばした手は叩き落とされた、だが精神干渉を発動させる条件は整った。

 

 伝わってくるリカバリーガールの意思はとてつもなく堅い、本当に私が何かを言ったところで何かが変わるわけではないだろう。

 

 それでも私は、今日が欲しい。

 

 今日を生きて、しっかりと足跡を残し、進んでいきたい。

 

 その邪魔をするなら、誰であろうともそこをどけ。

 

「私の進む道を止めないでくれませんか?」

 

 確証はない、昔使ってみて人間相手には効かなかったことがある。

 

 思い出したのは黒歴史で肌寒い思いがするけれども今は懐かしく恥ずかしい思い出が突然として思い出される。

 

 けれども何故か上手くいく気がした、それは私が捻じ曲げる……上書きするものが実験要素を含んだ軽いものではなく、何をしてでも叶えたい私の願いそのものなのだから。

 

 

 

 

「あ゛!?何でここに?……ってここ2のほうか!クソがッ!」

 

 デジャヴ、または既視感とも言う。

 

 ぎりぎりまで保健室で直接的な栄養補給とあの二人と少し話をさせて貰ったけれども時間が10分を切ったのでもたつく足で何とか控室に辿り着くことが出来た。

 

 そして机に突っ伏して最後の仮眠をとろうとしたとき、勢いよくドアがけ破られ、なんと懐かしい来客がやってきたのだった、もっともこの前来訪したのは爆豪くんでなくて私の方だったけれども。

 

「ていうか赤女、お前体の方は大丈夫なのか?」

 

 え、心配?あの爆豪くんが!?

 

 君ってそういうキャラだったっけ?

 

「どうして?心配なんてらしくないじゃん」

 

 もっとも私は彼の事なんてほとんど全く知らないんだけれど、正直もっと過激な人を予想していた。

 

 満身創痍の体で俺の前に立つんじゃねぇ!とか本気出せねぇんだったらやる意味ねェんだよ!とかそういった類の言葉を全力投球してくるのかと思ったのに。

 

「大丈夫かって聞いてんだよ」

 

「……確かに君が心配するように満身創痍、体は燃えるように熱いし頭はボヤーっとしている、意識を保っているだけで精一杯だし体のあちこちは今まで蓄積されたダメージでどうにかなりそうだ」

 

「…………」

 

「躓いて転んだだけでも暫く起き上がれない可能性だってある、なんなら今すぐにでも目を閉じれば暫く泥のように眠ってしまうかもしれない、つまり……ベストコンディションだよ、安心しな爆豪くん」

 

「……なら全力でぶっ殺しに行っても問題ねぇな」

 

 ははは、いいねそういうの。

 

 死に物狂いでここまで来た凡才の少女に天災が一切の油断もなく本気で潰しに来る、私が最も期待していた光景だ。

 

 いつものように狂気じみた笑顔を浮かべるのでもなく、かといって睨みつけるわけでもなく、何とも微妙な表情を私に見せて爆豪くんは背中を見せた。

 

 まぁ間違って控え室に入ってきたわけだし自分のところに戻らないといけないからね。

 

「ねぇ、私が言ったこと覚えている?体育祭が始まる前にA組の前で言った言葉」

 

 その背中に私はさらに言葉を投げかける。

 

 どこかやるせない、私がここまで上がってきたことは認めているけれども既に死に体の私との決勝、おそらく自分の勝利が見えているけれど相手は全力を出すことが難しい状態、全力で戦ったとしてもその全力は本来の力全てでない可能性が高い。

 

 けれどもそんなのいいわけだって両方とも分かっている、ここまで上がってきたら互いにベストコンディションでやり合うのは難しいのは分かっている、しかも相手は普通科で自分が倒したかった奴らを破ってきたやつだ。

 

 それなりの疲労やダメージは溜まっているのは分かっている、全力で戦う意思も見えている、だがそれは本当に相手を完膚なきまでに叩きのめしたことになるのだろうか。

 

 そんな懸念があるのだろう。

 

「『頂点もぎ取る』ってやつか?」

 

「そそ、現実になったね」

 

「そうだな」

 

「爆豪くん、私に勝ってもその一位に納得できないって思ってる?客観的にみてここまで上がったことだけでも賞賛され、満身創痍で今にも倒れそうな女の子を倒したところでそれが価値のある一位だと思ってる?思ってないでしょ」

 

 図星をついたのか爆豪くんの足が止まった、ドアにかけた手は心なしか力が入っているようにも見える、きっと色々な思いが渦巻いているのだろう。

 

「さァな、内容次第だろ」

 

 そうは言っているけれど私には本心で言っているようにも見えない、もし私と爆豪くんが逆の立場であれば、この時点で完全な一位は諦めてせめてここまで上がってきた対戦相手に敬意を払って全力で戦った勝つことだけが決勝をやる意味だ。

 

 そう思っているから今の爆豪君には燃えるような闘争心はない。

 

 せっかくの最後だ、言わば私の最後の最高で至高の舞台だ、それなのに相手がしみったれていたのでは話にならない。

 

「安心しなよ、だって一位を獲るのは私だから。大したやる気もないやつなんかに絶対一位は渡さない、勝手に勝った気になって自己完結すんな馬鹿野郎!」

 

「んだとてめェ!」

 

「ま、一位は私が獲るから関係ないけど。表彰式私を見上げて悔しがるのが今の君にはお似合いだよ!」

 

「ああ゛そうかよ!らしくない心配なんてして損したわ!本ッ気で叩き潰しに行くから覚悟しとけよ赤女!」

 

「時尾花架琉!名前くらいちゃんと言え!」

 

「うるせえ!!……マジでどうなっても知らねェぞ」

 

「そっちこそ公共電波で醜態さらさないように気を付けて」

 

 私たちはしばらく睨みあってその後声は出なかったけれども不敵に笑いあって爆豪くんは自分の控え室に戻っていった、

 

 限界なんて遠の昔に超えている、リカバリーガールは必死で私を止めてきて(能力でどうにか捻じ曲げたけど)私は気付かないふりをしていたけれども自分の体のことは自分が一番分かっている。

 

 怖くないといえば嘘だ、この先どうなるか未来があるかなんて本当にわからないし最悪今日で私は幕を閉じるかもしれない、それでもそれ以上に自分の願いを叶えられない方が嫌だった。

 

 私は、どうしようもなく愚かで馬鹿だ。

 

 こんな事よりも大事なもの、大事なことは沢山見つけることが出来たのにそれを見ないふりして自分の願いを優先してしまっているエゴイストだ、だからこそ自分の行動には責任をとらなければならない。

 

 結果という目に見える形で。

 

 無茶なのは分かっている、無謀なのもわかっている。

 

 だけど……だから、あと少しだけ、せめて爆豪くんと戦い終わるまでは私の体……もってくれ。

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ勿体ない」

 

「もっと馴染ませて使えば長く持ったかもしれないのに」

 

「これじゃあすぐ使い物にならなくなるよ」

 

「ずっと拒絶したものを一日で順応させれるわけがないじゃないか」

 

「でも、まぁ仕方ない」

 

「それが君の決めた道なら僕は見守るしかないからね」

 

「しかと見届けよう」

 

「君の選んだ道の果てを」

 

 

 

 

 



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頂上決戦 VS爆豪勝己 ROUND1

 


 

 

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 遂にここまでやってきた、振り返ってみれば長いようで短いような人生でいえばほんの僅かな一コマに過ぎないとある一日、それでも私にとって唯一にしてたった一度な晴れ舞台。

 

 相手は強敵、雄英主席の金の卵。

 

 私は凡人、身の程を知らずの愚か者。

 

 けれども、ここまでこれば関係ない、誰であろうともただ一つの頂を目指して死力を尽くして戦うまでだ。

 

 状態は良くない、既に体力も底を尽きている、後戻りも不可能だ。

 

 状況は最高。

 

 これから計算と借りものの力による奇跡を起こしてやる。

 

 本来であれば君が優勝を勝ち取っただろう、しかし残念、あと一年我慢してほしい。

 

 爆豪くん、何をしてでもどんな汚い手を使ってでも、私は君に勝つ。

 

 

 

 

 会場が騒がしくなるのとほとんど同時に大会を総括する本部も騒がしくなっていた、理由は単純故に明快、現状と伝わってきた情報のズレによるものだ。

 

 今日中に起き上がることは叶わない、と言われていた時尾花架琉が壁にもたれかかりながら控え室に入っていくのを雄英高校教師兼プロヒーロー兼体育祭の解説を務めるマイクがふと監視カメラを見上げたことによりそれは発覚した。

 

「おいおい、マジかよ。なぁイレイザー、時尾花架琉って棄権するみたいな話が出ていなかったか?」

 

 その光景を唖然と見ていたマイクは控え室に入り爆豪勝己が間違えて入ってしまい少しばかりのやり取りを見届けたあと確実にめんどくさそうなその後の対応に頭を悩ませていた相澤に声を掛ける。

 

「…………ああ、俺もそう聞いていたがどういう風の吹き回しだろうな、リカバリーガールは許可を出したのか?」

 

 少し飲み込む時間を要したものの相澤は事態を理解し面倒な仕事を投げて早急に大会を正常に進める方針に頭を切り替えた。

 

「何を聞いても『私は何も止めやしないよ』の一点張りだ」

 

 その一言でようやく動き始めたマイクを視界の隅で確認しながら相澤は戸惑いながらも準備を進める、先ほどまで今日中起きることはもうない、もし起きたとしても私は絶対に時尾花架琉を決勝に進めさせない、と言い張っていたリカバリーガールが何も止めやしないとの一点張りに大きな違和感を覚えた。

 

「そうか、何をしたかは知らないがそれが彼女の選んだ道なら俺は止めない。さあマイク史上最高に盛り上げてやれ」

 

 しかし、違和感を覚えたもののリカバリーガールからの連絡がない以上、彼女が戦いを選んだ以上それに対して口を挟むのは合理的ではない。

 

 何より、あの場でもう先が長くはなかったはずの少女が必死になって何かを残そうと行動を起こしているのを相澤は止めることが出来なかった。

 

 贖罪かはたまた個人的な感情か相澤は自分でもわからなかったがともかく彼女の行く末がどんな結果であれ見届けることが、彼女が望むままにやらせた方がいいのではないかと思ったからだ。

 

 せめてもの餞に、もしかしたらそんな気持ちもあったのかもしれない、ただ少女のいたいけな姿が合理主義で一見無情にも思える相澤の判断を狂わせてしまったのかもしれない、この時はまだ誰もその後の結末を知る由もなかったのだから。

 

「OK!それじゃあ始めるぜ!」

 

 

 相澤はマイクが準備している間に大画面に映し出す画像をセッティングする、きつそうに壁にもたれかかる時尾花架琉が目に入るが戦意を見せた以上止めるようなことはしなかった。

 

『お前ら起きているか―――――――!?目をかっぽじって見届けろ!!!!空前絶後!超絶怒涛の決勝戦がようやく始まるぜ――――――!!!!開会式の伏線を回収できるか!?ヒーロー科主席の鬼才!戦う姿は正に修羅!圧倒的な火力で頂点まで駆け上がることはできるのか!?ヒーロー科 爆豪勝己 VS 今を煌めく超新星!彼女の起した奇跡は伝説をつくり歴史を作り上げることが出来るのか!?過去最強!史上最強!ダークホースが本命を喰らうか!?奇跡を起こせ!!! 普通科 時尾花架琉!!!!!!』

 

 空をも割らんばかりの大声援が異様な熱気をもって主役たちに降りかかる。

 

 始まる前の僅かな猶予、準備運動をしている時尾花架琉に爆豪勝己が話しかけた。

 

「おい、赤女。ここまで来たら手加減なんてなしだ、完膚なきまでに正面から叩き潰す」

 

 詰まるところ正々堂々、正面切って負かしてやる、そう言い放つ。

 

 それはまるで自分にも言い聞かせているような言葉。

 

 痛々しい頬の痣、切れた唇、他にもこれまでに戦ってきた疲労やダメージが一度は癒えた言えどもあくまでそれは修復しかけただけの話、完全に元に戻ったわけではない。

 

 一度は癒えた、しかし度重なる無理とまだ馴染んでいない仮初の力、限界を超えた能力の行使に体は既に悲鳴を上げていた、悲鳴を上げて叫んで……その声を無視し続け精神が肉体を超えたいつ倒れてもおかしくない状況で時尾花架琉は戦場へ足を運んだ。

 

 その状態を誰もが詳しく知ることは無い、おそらく時尾花架琉の容態を詳しく知るのはリカバリーガールだけでその他大勢が想像しうる状況よりも遥かに酷いのだから。

 

 一番近くにいる爆豪勝己でさえもそのことに気付かない、時尾花架琉が被った鍍金は、彼女が纏い自己暗示にも似た虚勢は威圧感にまで至り自身にも外界にも影響を与えている。

 

 未来というガソリンを今日を生きるためだけに燃やす、その気迫は弱点や弱さすらも握りつぶしていた。

 

「悪いね、爆豪くん。どんな汚い手を使ってでも私は勝つ」

 

 その言葉には力があった、否、力があるように思われた。

 

 虚勢によって現れる見栄が得体のしれない自信に、どんな汚い手を使ってでも勝つ、その勝利への執着が言葉を剣に変えて爆豪勝己に食いついた。

 

 太陽をも彷彿とさせる橙色の髪はただ下ろされているだけなのに美しかった、決意を形にしたその可愛らしい唇は妖艶に、その動きだけで人目を引き付けていた。

 

 思いを秘めた切れ長の目は眼は、宝石のように炎々と輝いていた。

 

 その炎は今にも燃え尽きそうなほどに激しく燃えていた、限界をも超越した時尾花架琉の最後の晴れ舞台は最高のシチュエーションで始まろうとしていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 正直言ってここまで上がってこれたのは計算外、ぶっちゃけどこかで負けてしまうだろうと心のどこかで思っていたし偶然にも使える力が増えたことと周りの助力がなければこの舞台にも立てていない。

 

 決勝の相手は確実に爆豪くんと轟くんのどちらかと思っていた私の読みは確かだった、だからこの勝負はすでに対策済み、私が勝つための必要最低条件は先手を取り絶対的優位のまま勝ち逃げること。

 

 その為のカードは既に手の内にある、ルールの裏をかいた、というよりかも私の個性届の抜け穴を使った道を外れた勝つことだけを考えた作戦。

 

 本来であればこの手段だけは使いたくなかった、何故ならば今までの戦いはほとんど正攻法であったし正面切って勝ってきたからここまで想像以上に私の望む結果が得られているわけだ、だからこそこの手段をとると終わりは汚いものになってしまうのではないかという懸念があった。

 

 この手段だけは使いたくないとは言いつつも私にとって一番大事なことは勝利、ただ一つだけ。

 

 だから私は何の躊躇も一切の迷いもなくこの方法に踏み切ることにした、家庭や内容なんてどうでもいい、ただ一つ『勝利』が得られるのならば何だってする、その考えは一切の変化を見せず私の中に強く強く根付いている。

 

 五月蠅いだけの観衆の声はやがて落ち着きを見せ始め徐々にそうしなければならない雰囲気が流れ始める、中々始まらない始まりのコールに不満を漏らし逆に声が大きくなるのではなく静かになるとは驚きだ。

 

あれか、「はい、静かになるまで〇秒かかりました」みたいな雰囲気の静かになり方か。

 

 目の前の爆豪くんもイライラし始めている、まどろっこしい間は彼にとっても好ましいものだろう、早く戦いを始めたいのかそれとも終わらせたいのかその顔には焦躁感であふれていた。

 

 大事なのは最初の攻撃、それが全てを決定付ける。

 

 私が今から繰り出すのは必殺の一撃、場合によっては色々と後遺症も残るかもしれない選択だけれど状況が状況だ、やむを得ない。

 

 標的補足、能力の発動準備……完了。

 

『それでは……始めっ!!!』

 

 開始の合図と当時に発動して能力は念動力、狙いは爆豪のリトル爆豪にぶら下がってる2つの玉のうちの一つ。

 

 正確な場所は透視を駆使すればわかる、モノはご立派なものを持っていると伝えておこう。

 

 余談ではあるが平均的な金〇は50〜60kgの圧力をかけないと潰れないらしい、私の念動力は以前は30Kgが限界、深化したとはいえ劇的にその力が上がるわけではない、副作用は今一度使用してみて全力を出しているのにもかかわらずに以前のような大きな負担は感じられないのは幸いではあるけれども、作用している場所の感覚は私には伝わらないので爆豪君の〇玉の状況が心配だ。

 

 私は女だしこの大会でいざとなったら男の子は潰す、女の子は辱めると決めたその日から男の子に対してそれがどれだけ有効なのか少しばかり調べさせてもらった。

 

 急所に打撃を受けると、神経信号が脳に伝達される。

 

 そのスピードなんと時速約460キロらしい。

 

 恐ろしいのは、急所が打撃を受けた後だ。

 

 一発目の “灼熱の苦しみ” は地獄の始まりであるという。

 

 大脳は脳内麻薬とも呼ばれる「エンドルフィン」を分泌鎮痛効果が得られるわけだが、これにより脳内の酸素濃度が低下、そのため、頭痛やときに吐き気を催してしまうとのことである。

 

 さらに、腹部と金〇の痛みに対する感覚受容器を共有している。

 

 そのため〇玉が傷つくと男性は胎児のようにお腹を抱えてしまうのだという。

 

 また眩暈を起こす人もいるが、それは内耳を満たしている液体「内リンパ」が振動するためである。

 

 その後、実際に吐いてしまうかどうかは、打撃の精度、そして体質によるのだそうだ。この激痛地獄からどうやって抜け出すのか。

 

その方法とは「横になって安静にする」一択らしい。

 

仰向けになって休むと、血液は大脳に流れやすくなり、平衡感覚も回復するかららしい。

 

 横になることで脳に酸素も溜まり、頭痛や吐き気の症状も軽減される、もし吐いてしまったり、汗が止まらない場合は、水分や栄養の補給を、そうすれば回復も早くなるそうだ。15分経っても痛みが引かない場合は迷わずに病院に行くべきと書いてあった。

 

 閑話休題

 

 まぁとりあえず、苦しみ悶えろ。

 

 爆豪くんの上半身がビクン、と跳ねた。

 

 次第に重心は下がり膝をつく、ありえないほど目が吊り上がっていて何やら物騒な言葉をこちらへ飛ばしているが小学生みたいな煽り方で煽られる私ではない。

 

 それよりも爆豪くんが自由に動けなくなっている今が最大の好機、金〇を攻撃したのはこのための布石だ、〇玉攻撃が決定打になるとは考えずらい、念動力は確かに便利ではあるけれど対象に干渉するにはこうも動かれては正確な効果は得られないから。

 

 轟くん対策に用意した奥の手が私の恒温維持だったように、爆豪くん相手にももちろん対策は用意してある、しかも攻防一体の妙手であると自信をもって用意したものだ、個性使用によるものは使っていいというルールのもと大会が進められている。

 

 確認をとってみたところ八百万さんのように個性で何かをつくるのは問題ないという事であったが物質移動で何かを取り出すというのも個性であれば問題ないとのことだった。

 

 ならばと買い込んだたくさんの武器と対策用のアイテムの数々、その中で用意した爆豪くん対策のものをイメージしここに移動させる、先ずは手に二つ、ソフトボール大の祭りで売られているヨーヨーの中にあるものを入れた対爆豪くん用の秘密兵器を。

 

 彩鮮やかな球体が目の前でいきなり出てきたのだから頭のいい爆豪くんは苦痛の中に怪訝そうな表情を浮かべる、しかしまだ足元はおぼつかなく動きが鈍い、動いて距離をとるよりも生まれたての小鹿のような姿勢で完全に防御の姿勢を取った。

 

 いい判断だ、今の私にはアルミニウム合金パイプを持っても、ビニール袋に石を入れたやつを持っても、鉄扇を持ったところで大した攻撃に繋がりはしないだろう、何よりも全力で振れる腕力なんて残っていないし、もうすでに力は残っていません、とアピールしてしまうだけだ、弱みはいつかばれてしまうものだけれど今はまだ晒せない。

 

 そして今はもう視力が著しく下がった目に力を入れる、コンタクトを入れたかったけれど、どういう訳か痛すぎて付けれなかった、言い訳はさておきある程度見れる目で爆豪君の未来を見通す。

 

 完ぺきではないにせよある程度の先回りは未来予測でも対応可能、顔を狙う素振りを見せれば下腹部を抑えていた片腕さえも顔のガードに回してくれた。

 

 自ら腕を差し出してくれるとはありがたい、あるものと一緒にいれていたガラスの破片はあらかじめ念動力で捉えてある、爆豪くんにぶつかる瞬間それを内側から風船のゴムを食い破るように操作し、そのまま破裂させる。

 

 予想通り、その液体の正体に気付いた爆豪くんに隙が出来る、得体のしれない、しかし確実に知っているであろうその液体の正体と私の目論見に気付くならばいくら爆豪くんと言えども少しだけ思考が停止するはずだ。

 

 その隙を私は見逃さない、座標移動で死角に移動しもう一つ持っていたものを爆豪くんの頭上で破裂させジャージをその液体まみれにする、これで掌を拭いたところで意味がない。

 

 これで条件は全てクリア、後は作戦通り私が動けるかどうか。

 

「これで詰み、火達磨になる前に降参すれば?」

 

 念のため降参を促すけれど爆豪くんは「するわけねェだろ、クソが」と一層凄みを増した目で睨みつけてきた、おー怖い。

 

 いや本当に人間の目ってあんなに吊り上がるもんなんだね。

 

 どうでもいい感想はさておきこっからが本番だ。

 

 この勝負、私がこのままのペースで勝ち切れたら私の勝ち、少しでも盛替えされたら私の負け、そんな戦い。

 

 体力は底をついていて今だって立っているだけで正直きつい、でもここまで来た、あと何分動けるかわからない。

 

 開始30秒足らずで膝ガクガクだしガードを上げる力もない、あとどれだけ動けるのか想像もしたくないけれど自分が一番分かっている、短期決戦に持ち込まなければいけないと。

 

 もしも、あの日空を見ずにこの力のことを、身に余るもののことを考えなければ今も退屈な日常を自分が誰かもわからないまま生きていただろう。

 

 厳しい条件のもと人生最悪の状態の中、人生最大の難題が目の前に立ちはだかる、無数にそそり立つ針の穴の中から勝ち筋を見つけ出し糸を通す、そんな作業、それでも僅かな勝ち筋があるなら私は決してあきらめない。

 

「全く……どうなっても知らないよ」

 

 どちらとも取れる言葉を私は爆豪くんに向けて言っていた。

 

 本当にどうなるかわからないのは私なのに。

 

 そんな不安なんてちっぽけだとでも言いたげに見上げた空は雲一つなく、青くどこまでも広がっていて腹が立つほどに、綺麗だった。

 

 

 

 




 


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頂上決戦 VS爆豪勝己 ROUND2

 

 

 3

 爆豪勝己は焦っていた、予想すらしなかった不可視の攻撃で急所を強打され体の自由を奪われた挙句ガソリンをかけられたことによって個性が封じられた。

 

 久しく味わったことのない種類の違う痛みに爆豪勝己は悶絶していた、予想以上に動きが鈍い時尾花架琉の攻撃にもうまく対処できずに更には個性も封じられた彼の頭の中は怒りを通り越して冷静になっていた。

 

 心は熱く、頭は冷静に……もっとも彼の場合心の中は怒りの業火によって埋め尽くされているが。

 

 そんな中、確かに爆豪勝己は時尾花架琉を評価していた。

 

―どういうからくりでここまで勝ち上がってきたかわからねェが実際戦り合ってみてよく理解った。純粋に戦闘センスが高けェ、こんなにふらつきながら俺に対する攻撃は的確、かつ効果的。

 流石に最初の金的は予想していなかったがそれ以上にガソリンをかけてきたのは驚いた、確かに想定はしていたが実際にやれるのはいいとこ育ちくらいだと考えていたが想像以上にきつい……ッたく俺が何やったってんだよクソが!!

 

 まだ残る下腹部の鈍痛に悶えながらも爆豪勝己は最善を尽くす、だがどんな対策をしたところで時尾花架琉は見通している、反射神経と反応速度が良すぎるがために時尾花架琉に有利に状況が動いていく。

 

 加えて決して速くはない動きと爆豪勝己自身の股間へのダメージが相まって互いにちょうどいい感じの速度になってしまっていた、しかしふらつく体で攻撃をしている時尾花架琉と急な痛みにより急な状況に対応しなければならない爆豪克己とでは時尾花架琉に些か軍配が上がる。

 

時間が経過すれば有利になるのは爆豪勝己だが金的の及ぼす影響は本人が思う以上に甚大であった、本来であれば数十秒地べたに這いつくばっていてもおかしくはない状況だ。

 

痛みと興奮と怒り、そして勝ちへの欲望が爆豪克己を奮い立たせている。

 

超人的なタフネス、勝ちへの強い意志でどうにか2本の足で立ち時尾花架琉の攻撃を防いでいるものの攻撃にまで回す余裕はない。

 

時尾花架琉も同様に攻撃こそ当てていて凶器を使っているからこそ何とか爆豪勝己にダメージは与えているが予想以上に踏ん張りがきかずに腰の入っていない攻撃を繰り返すたびに歯噛みして悔しがっていた。

 

精一杯の無酸素攻撃、本気でやっているそれは他から見ればじゃれているのではないかと思うほど足取りはおぼつかなくその姿は見ていて痛々しかった。

 

時折見せる座標移動と渾身の力を振り絞った打撃が爆豪勝己に確かに痛みを蓄えさせる、爆豪勝己にようやく下腹部の鈍痛以外の体の痛みを知覚できるようになるころには確実に、その猛攻は体をジワジワと蝕んでいた。

 

だがそれ以上に、無理を強いた特攻は爆豪勝己以上に時尾花架琉の体を苦しめる。

 

 ベストコンディションの時であれば大した影響を与えなかったのであろうが時尾花架琉の体は既に限界を超えている、脳内麻薬の分泌、気持ちの高ぶり、生存本能による痛覚の遮断により無理やり体を動かしていた状況から更に無酸素運動による体の酷使。

 

―あれ……何で目の前に地面があるのかな?

 

 糸の切れた人形のように立った状態から綺麗に膝を折る、細い腕で支えようと試みるも上手くいかずに遂には首を垂れたまま動くことが出来なかった。

 

 ここで爆豪勝己もしゃがみこんで下腹部の鈍痛から回復を図った、端から見ればこれまでの展開地味としか表現できないがモニターに映し出される互いの表情から派手さに欠けるもどれだけ厳しい戦いなのか窺えた。

 

 時尾花架琉は青ざめた顔と死人のように白い肌、焦点が合わず充血しており血走った眼だけは迫力があるものの、表情筋を動かす余力もない能面のような表情が一層その眼を際立たせた、誰かがもういいよと悲痛な声を上げる、もう十分だとそんな労いの声が飛び交った。

 

―何がもういいだ、諦めろって?ふざけんな……まだやれる、やれるから這い蹲ってんじゃねーよ

 

幸か不幸かその声援が時尾花架琉を再び動かした、その姿が更に大衆の感情を動かすがその歓声は彼女の中で確かな力になっていた、声援という形ではなく怒りという形で。

 

 労いという形の声援は時尾花架琉を奮い立たせる、過程などどうでもいい彼女にとって今までの軌跡に対して放たれた言葉など意味をなさない、逆にそうさせてしまっている自分自身が情けなく不甲斐ない自分に対しての怒りで立ち上がった。

 

 一方爆豪勝己はいつもは釣りあげている目を極限まで見開きクソがぁぁぁあああと叫びながら内股で立ち上がる、その様子を見てヒーロー科の面々は一部を除いて下を向き笑いをこらえていた。

 

―痛ェ、クソ!!クソが!!!ふつう狙ってくるか!?いや、急所への攻撃は警戒を怠った俺が悪い。それよりも今あいつが倒れている間に終わらせる。認めるしかねェ、もしあいつが万全の状態だったらもう決着はついていた、だが状況は違う。今は、現時点では…………

 

「時尾花架琉、そのままでいいからよく聞けや……」

 

膝に手をつきながらどうにかして立っている時尾花架琉に爆豪勝己は語りかけた、爆豪勝己の方も下腹部の鈍痛は残っているもののある程度普通に動けるほどにまで回復していた。

 

 だからこそ時尾花架琉には爆豪勝己の行動が、話しかけてくるという行為が理解できなかった、本来であればこの大きな隙を見逃すはずがない、時尾花架琉が分析した結果では爆豪勝己は相手の弱点を突くのが上手い、だから弱点や隙は見逃さない筈だった。

 

「はっ、寝言は寝て言えっつーんだよ!この隙を逃すなんて馬鹿じゃないの?」

 

 だからこそこの状況を受け入れられずに口調を強めて言い返す、動けるならば殴りかかってやりたいがそれも出来ない、私情も交えた怒りを含めて叫ぶ。

 

「ベストコンディションじゃないお前を倒しても意味無ェと思っていた、けど認めてやる……テメェの方が俺より強ぇ!!」

 

 会話のキャッチボールなんて成り立ってなどいない、だが爆豪勝己の言葉には嘘はなかった、成立などしていないけれど互いに言葉は受け取っている、だから時尾花架琉は覚悟を決めた。

 

「そりゃあ、どうも」

 

―明日なんていらないだなんて思いながらこの期に及んで明日を望んでこの後の事考えている。やっぱ怖い、でもやっぱり……これしかないなぁ。

 

 時尾花架琉の表情が変わった、空気が変わった。

 

 その貌は恐怖と悲しみが入り混じった笑顔で、儚く、脆く、何より綺麗に咲いていた。

 

 

 

4

 

 

「でも……そんなに過大評価すると足元掬われるよ。ねぇ爆豪くん、聞こえているこの声援」

 

 踏み込むのに勇気がいる、口と頭では思っていても実際そうなると怖い。

 

 知らず知らずの内にそうなっていったり、不治の病とかどうしようもない要因なら諦めもつくっちゃあつくけどさ……。

 

「お前が主役で俺はヒールってことか、でもなァ知ってるか?……一番スゲェヒーローは 最後に必ず勝つんだぜ」

 

 私に出来ることは私の中にある何かを架け合わせることだけだ、でも今回ばかりは賭けなければならない。

 

 ベットは私の命、勿論惜しみなくオールイン。

 

 この数分間に私の時間全部賭ける。

 

 その代償は重いけれど効果は絶大、皮膚の下に虫が這っているような嫌な感覚が全身を襲う、体の感覚が無くなる、宙を浮いているような浮遊感、倦怠感や疲労感なんて嘘のように消え去った。

 

 ヤバいのは私が一番よく分かっている、でも今なら本当に壊れてしまうまで動くことが出来る、今までは痛みや脳の体を守ろうとする枷で倒れたり意識跳んだりしてたけど色々と越えたおかげでぶっ飛んだからかもしれない。

 

 絶対領域……常時発動、調整が利かない広範囲じゃなくてあくまで自分の周り最小限に止める、これで体の不自由はなくなった、思い通りに……いやそれ以上に体が動く!気がする。

 

 感覚なんてどこかへ飛んで行ってしまったようだ、今は本当に絶好調。

 

 アポートで鉄扇を両手に移動させる、個性が使えない以上爆豪くんは素の身体能力の身で戦うことになる、私が使える借りものの力を全部使っておそらく同等レベル、もしくはそれ以上。

 

 絶対領域を使っているうちは念動力は使えない(私が思うに念動力や他のものの組み合わせによるものだと思うから)ために最初にやってみせた奇襲は通用しない、この状況で使えるのはこの力のみ、未来観測も未来予測も使えないけれども私だけが違う時の中を動けるこの力であれば未来予測の下位互換程度の動体視力はあるはず。

 

 これで攻守ともにある程度自由に戦いをコントロールできる、戦況はまだ私に分がある、このまま優位を保って勝ち切れたら私の勝ち、もし勝つまでに私の体がもたなければ爆豪くんの勝ち。

 

 いいね、わかりやすくて。

 

「最後に勝つ、か。でも君にとってこれって別に最後じゃないでしょ?」

 

 私は、本当にこれが最後だ。

 

 一番凄いヒーローが最後に勝つらしいけれど、私の考えとしては最後に勝ったからヒーローと言われるのではないか、と思う。

 

 要は勝利が全て、勝ちさえすれば英雄だ、正義だ。

 

 どれだけ人を殺そうがどんな汚い手段を使おうが勝てばいい、歴史を見てもそれは証明されている。

 

 話はそれるけど、正攻法で市民を守っているヒーローの方たちは素晴らしいと思う、正々堂々、真正面からどんなことでもする相手に立ち向かい勝つのはそれなりの力と覚悟が必要だから。

 

 そんなヒーローに、それこそ本当に最高のヒーローに君ならなれるかもしれない。

 

 しかしそれは未来の話だ、今年だけで構わないから私に譲ってほしい……そんなことは言ったしても絶対に通じないから力ずくでもぎ取るつもりだけど。

 

 今現在本調子にも近い状態を無理やり手に入れたわけだけれども、どう考えても体がある程度動く状態というのを長時間維持できるとは思えない、全身の感覚がほとんどないのは事実、それでも喪失感というかそういう類のものは感じてしまう。

 

 徐々に魂抜かれてしまうとかちょっとスピリチュアルな感覚、私が内側から壊されていく感覚というものが確かにある、自分自身と他の何かとの境界線が取り払われていく感覚、もしこれが完全になくなってしまうと……多分もう、お終いだ。

 

 悠長なことはやっていられない、あと1分でこの戦いを終わらせる、爆豪くんも準備は出来ていそうだ、ならばさっさと始めよう。

 

 っとその前に一つ確認。

 

「ミッドナイト先生、爆豪くんが唐突に火達磨になったら私の勝ちでいいですか?」

 

「爆豪くんにかけた液体はまさか……」

 

「可燃性の液体ですよ、そこら辺に行けば100円ちょっとで1L買える代物です。とにかく爆豪くんが個性を使った瞬間彼は火達磨になります。嘘だと思うならそこにある液体を調べてください」

 

「……爆豪くん、彼女の言ってることは本当なの?」

 

「俺は火達磨になってもやんぞ」

 

「…………火だるまになったら流石に止めるわ」

 

 爆豪くんは火達磨になっても戦うと言うがあれは結構な可燃性を持ってる、使えるとしても最後の決め手として一回だけ、火だるまになったら止めるという言葉が本当であれば爆豪くんがいくら覚悟を決めようが決定打を貰わなければいいだけの話。

 

 ミッドナイト先生との話が終わり3秒ほど経過した、私達はその3秒間睨みあっていたけれど私には時間がないから攻めるしかない、短い時間のたった一回きりの勝機、短期決戦で、ここで決める。

 

 私は結局明日を求めていた、今日さえ生きれれば明日なんてなんてどうでもいいと言いながらも結局は大切なものを再び拾いに行くための明日が欲しいと思っている。

 

 全く、私という人間は強欲だなぁ。

 

 大切なものを捨ててきた、拾いたいと思っているけれどそれに気づくのにはこの決意を実行したからだ、故に私の選んだ道は正解でなくとも間違いではなかった、だからもう十分……。

 

 さぁ私の命の灯火よ、燃え尽きるまで暴れてくれ。

 

 

 



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頂上決戦 VS爆豪勝己 FINAL ROUND

 

 

 

 先に仕掛けたのは時尾花架琉だった、長さ20㎝程の鉄扇は手に持つのではなく拳を固めるためにきつく握る、爆豪勝己はあまりに正直な猪突猛進に些か驚いたものの不敵な笑みを浮かべて真正面から迎え撃った。

 

 互いの脛が触れ合うほどに双方とも鋭く足を踏み込む、そこにはもう時尾花架琉のか弱い姿はなかった。

 

 今までにないほど力強く踏み込まれた足から膝、股関節、腰へと徐々に力を伝え粉骨砕身の一撃を繰り出す。

 

 爆豪勝己も類まれなる才能と努力によって恵まれた身体能力で時尾花架琉の下から上につき上げる一撃を体を逸らして避ける、だがその直後腹部に鋭い痛みが走った。

 

 追撃が来る前に爆豪勝己は素早く距離をとる、後ろに跳んで距離をとるが時尾花架琉は爆豪勝己が宙に浮いた隙を見逃さない、だがそれは爆豪勝己の予想内の範疇だ。

 

 勢いよく距離を詰める時尾花架琉に左拳で顎を狙いすます、が時尾花架琉にはその動きなど視えていた。

 

 流れるように重力に逆らわないで頭を下げ逆にカウンターを爆豪勝己に叩き込む。

 

 華奢な時尾花架琉に比べて厚さも大きさも一回り違う爆豪勝己の体が大きくふらつくも強靭な足腰で踏ん張りつつも横へ移動しながら体勢を立て直す。

 

 目に見える形での個性使用はなく、見えないものとしての個性使用は時尾花架琉しかしていない、彼女の発動している力は外から見て派手なものではなく、爆豪勝己も個性使用はすることが出来ないがとても女の子と男の子が殴り合っているとは思えないほどハイレベルなやり取りに会場は熱狂し盛り上がりは常に最高潮を更新し続ける。

 

 爆豪勝己は確かに化物レベルの運動神経の持ち主であり、他にも、疲れ知らずのスタミナや警戒していれば後出しでも対処出来る反射神経など、とにかく高い身体能力を持つ。

 

 しかし時尾花架琉の速さは後出しでは対処できないレベルのものであり高い能力を持つ彼でも後手に回るしか他はない、それはただの実力差ではなく時尾花架琉が命を賭けて無茶をしているからにすぎない。

 

 一呼吸間をおいて爆豪勝己が今度は仕掛けた。

 

 一発一発が時尾花架琉のような少女であれば意識をたちまち刈り取ってしまうであろう威力をもつ手数の多い拳が容赦なく襲い掛かるも時尾花架琉は全てを見切りそれらすべてを躱し、いなし、鉄扇で攻防一体の防御を繰り返しひたすら耐える。

 

 しかし爆豪勝己の格闘センスは時尾花架琉の想像を上回る、手数と筋力差による攻めで押し切ろうとする爆豪勝己から距離をとるべく後ろへのステップを踏むために花方に重心を移動させたの瞬間、爆豪勝己の体は反射的に動いていた。

 

 右ストレートを躱しつつ後ろに跳んだ彼女に対し踏み出した左足を軸に爆豪勝己が腰を反時計回りに切るように素早く回す、鍛えられた足腰から放たれる強烈なミドルキック。

 

 腕で威力を殺すも体重差がありすぎたせいか完全には防げない、勢いを殺せずに時尾花架琉の体が浮いた。

 

―やっぱりこう来るか……!ってか重い!

 

―成程なァ、隙もデケェが効果は絶大ってとこか

 

―このまま主導権を渡すわけにはいかない!

 

 着地と同時に勢いを利用、鉄扇を持ち替えリーチを伸ばすために持ち替える、そのまま時計回りに回転し流れるように遠心力を利用して右手を振りぬく狙いは爆豪勝己のこめかみ。

 

 殺気とでもいうのだろう、明確な意思を持って襲い掛かる鋭い攻撃を普通ならば避ける、または防ぐという選択肢しか持たない。

 

 だがここで爆豪勝己という男は更に前に出た。

 

 時尾花架琉も未来予測または未来観測を使えていたのならば鉄扇を持ち替え追撃を加えることが出来ただろう、あるいは他の対策をとれたのかもしれない、だが時尾花架琉は爆豪勝己という男を読み間違えてしまっていた。

 

 彼は壁を前にした時よく笑う、それは今でも同じこと。

 

 自分よりも上だと認めた相手にはリスクなしで勝てるわけがないと踏んで一か八かの攻勢に出た、時尾花架琉は冷静に空いた左手で顔面目掛けけて殴りかかるも勢いよく間合いを詰められダメージを受けたのは彼女の拳の方だった。

 

 感覚がないのが功を奏したのか彼女は動じることは無かった、おそらく気づいてはいないのだろう。

 

―ヤバい、流れを持っていかれる!

 

 それよりも彼女を焦らせたのは爆豪勝己の攻めの質の変化だ。

 

 確実性を捨て一撃を狙った重く鈍い体の芯を貫かれるような攻撃にシフトチェンジをされたのだ、時尾花架琉としては堪ったものではない、速さと量、鉄扇を握り拳を固めより軽い攻撃を何とかダメージを与えられるほどのものにしたが爆豪勝己と時尾花架琉では身体能力のスペックが違い過ぎた。

 

 172㎝の身長に鍛え上げられた筋肉で覆われた爆豪勝己と160㎝と女性にしては中の上ほどの身長であるがモデルと言われても納得してしまうほど細く華奢な彼女とでは体重差が20㎏近くの差がある、その中で力勝負に出られたら堪ったものではない。

 

 爆豪勝己のセンスゆえにできることではあるが状況を盛り返そうとするも時尾花架琉がまだ優位な状況を保ちながら状況は動かない、紙一重で爆豪勝己の重攻撃と確実性を求めた鋭い攻撃を紙一重で防ぎ、躱しながら精一杯の攻撃当て続けてきたからだ。

 

 しかし、互いに決定的な決め手がない中互いに消耗する、全力で殴り合う二人だがまだ30秒ほどしかたっていないのにもかかわらず疲労の色は激しい、時尾花架琉も爆豪勝己も肩で息をして束の間の酸素補給を行いながら睨みあう。

 

 その表情は対照的だった、不敵に笑顔を浮かべる爆豪勝己と生気の抜けた虚ろな表情を浮かべる時尾花架琉、時間にして僅か30秒という短い時間の中で濃密なやり取りを繰り広げた二人は脳の消耗も激しい。

 

 一つ間違えばそれが命取りになる、時尾花架琉も爆豪勝己がこの戦いに対する執念に賞賛の感情を抱いていた。

 

―鉄の塊でガンガン殴られて立っていられるだなんてどんな人間だよ!いつになったら倒れるんだコイツは!

 

 修羅の如く、血にまみれた不敵な笑顔で爆豪勝己は笑う。

 

 巨大な壁が時尾花架琉の目の前に立ちふさがって道をふさいでる、それでも乗り越えなければ手に入れられない目的がある、不可能はない、私ならば。

 

 そう言い聞かせ折れそうな心をどうにかして保つ、目の前の壁には抜け道も迂回する道も乗り越ることも出来ない様な難攻不落の要塞のような感触をを受けていた。

 

―いいねェいいねェ……そう来なくっちゃ納得いかねェよ、お前を倒した一番には満足できそうだ!

 

 桜みてェだな、そんな場違いな印象を時尾花架琉に対し爆豪勝己は持っていた。

 

 春に咲く桜の花のように時尾花架琉はそこにいた、真っ赤な髪からは想像できない淡いピンク色の花を思い浮かべていた。

 

 四月に咲き、桜吹雪を散らせるその様子が今の様子にぴったりだなと感傷に浸る、その間も束の間、吠えながら勝負を決めに来る時尾花架琉に対処するためにスイッチを切り替えて自身も吠えて再び目の前の少女を破るために。

 

 ただ、それでも、その在り方を美しいと爆豪勝己は感じてしまっていた。

 

―もう、何もかもわからない、何が何だか、何が目的だとか忘れてしまいそう。

 

 本当に大切なものを投げ捨てて、気付いたのに拾わないで見捨てて、その上で未来を捨てて燃え尽きる彼女の行動には一挙一動全部が人々を引き付ける何かを帯びていた、齢16の少女が魅せる奇跡は人々の心に確かな爪痕を残している。

 

―この10秒で決める、だからお願い、それまで持って……

 

 体は断末魔を上げていた、関節が、筋肉が、心臓が、血管が、時尾花架琉の動きについていけない……視界は真っ赤、筋肉も切れた音がする、心臓の音も何かおかしい、それら全部が分かったうえでも時尾花架琉は止まれない。

 

 その上で更にギアを上げる。

 

―1回だけ、絶対領域を一瞬だけ全開で使う!

 

―これだ、この攻撃だけには要注意だ!

 

 その瞬間、爆豪勝己は、観客は不思議な光景を見た。

 

 時尾花架琉だけが別の時間を動いている、そんな光景。

 

 やたらと自分の息遣いが遅く大きく聞こえて瞬きによって視界が閉ざされてしまう全てがスローになった世界で時尾花架琉だけが自由に動ける世界を体感していた。

 

 爆豪勝己から見た世界は特に顕著で、思考すら超えて動く時尾花架琉を目で追う事すらままならない、気付いたときには甲高いモスキート音だけが聴覚を支配する。

 

 攻撃を受けた本人も何を受けたのかがわからなかった。

 

 絶対領域を全開で使い、時尾花架琉が選んだ攻撃は両の掌で思いっきり耳を叩いて鼓膜を破ることだ、鋭い痛みが爆豪勝己を襲うがエンドルフィンが既に大量に出ているため痛みによる苦痛はそこまでない。

 

 だから爆豪勝己が大して怯まなかったのは時尾花架琉にとってはこの戦いの中で一番想定外の事だった。

 

 時尾花架琉は止まらない、止まってしまえばそれが終わりだと理解しているからだ。

 

 手に持った鉄扇を逆手持ちのナイフのように握り替え思いっきり振りぬこうとするも踏み込んだ足が思うように踏ん張り切れずに体が横に流れる、逆の足で倒れまいと踏ん張り十分なタメをつくった左のフックを爆豪勝己の顎に目掛けて繰り出す。

 

 反射だった、渾身の攻撃は対象に当たることなく空しく空を切る。

 

 必然だった、聴覚をなくし三半規管が正常でない中紙一重で回避する。

 

―ここで……来るか。

 

―危ねェ、一発目が当たってたら終わっていた。だが……もう終わりだ。

 

 サッカーボールを蹴るように四つん這いになった時尾花架琉のお腹を蹴り上げる、歓声と悲鳴が入り混じった声が悲鳴に変わった。

 

 嗚咽とよだれ、くぐもった声を漏らして蹴りの勢いを受けて場外の境界線まで転がる、立ち上がろうとするも体が言うことを聞いてはくれない。

 

「間違いないお前は強かったよ」

 

―もう、どうなってもいい。だから最後に動く力を……!

 

「万全の状態だったら俺が敗けてたかもれねェくらい、今までにやったどんな奴より強敵だった」

 

―賞賛の言葉を吐いているのが運の尽きだ。

 

「じゃあな……時尾花架琉」

 

 爆豪勝己も決して悠長に歩いていたわけではない、鉄の塊で至るところを叩かれドーピングのような手法で固められた拳をまともに受けてノーダメージな訳がないのだ。

 

 既に聴覚もなく、脚もだいぶ削られた、顔も幾たびの拳を受けていたるところに痣や腫れが見える。

 

 最後の最後、あと少し押すだけで勝負は決する。

 

 足が上がり、時尾花架琉に触れる。

 

 そのまま足で押し出すように、虫を裏から表へひっくり返すようにいとも簡単に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱ最後まで侮れねェな」

 

 足は前に出すことは無く軸足となる左足を掴んだまま爆豪勝己の右足に時尾花架琉の左腕が踏まれていた。

 

 意外性で言えば№1の彼女のことだから何かするであろう、その考えは当たっていた、細く綺麗な腕はやがて掴むことすらできなくなりより一層強く踏まれ指が少し動くまでに拘束される。

 

「おい、審判!もういいだろ……もうこいつは戦えねェぞ」

 

―……グリグリすんな。傷つくだろ?

 

 悲鳴は収まった、観客全員は爆豪勝己を認めている。

 

 時尾花架琉も確かに頑張った、一番爆豪勝己を苦しめたし数々のエリートを正面から打ち破ってきた、だからしょうがない、そんな思いと爆豪勝己の戦闘センスとタフさ、個性なしでも比類なき強さとセンスを見せつけ実力で勝ち取った勝利だと認めざるを得ない、いくら文句を言ったところで勝敗が覆るわけでないし勝者へ敬意を表そうという思いが入り混じる。

 

―まだ……終わってない、私はまだやれる、まだ動ける、だから立て、立て、立て、動け、動け、動け!

 

「……誰が、戦えないって?」

 

「まだそんな力残ってたのか」

 

 立ち上がろうとしたところ、正面から前屈みになっている時尾花架琉の頭部を抱え込んで爆豪勝己が前腕を首に回し、もう片方の腕で時尾花架琉の肘付近を抱え込む。

 

 前方首固め、またはフロント・チョーク・スリーパーと呼ばれる絞め技で静かに、だが確実に意識を刈り取ろうと頸動脈を力強く圧迫する。

 

「ゕはっ……くっ……そ…………」

 

「暴れるだけ無駄だ、完璧に決まってっからなァ」

 

―ヤバいヤバいヤバいヤバい!ホントに落ちる!

 

 無理な姿勢からポコポコと可愛らしい攻撃を繰り出すのが精いっぱい、もがけばもがくほど意識が刈り取られる時間は早くなってしまう、些細な時間しか変わらないがこのままでは確実に落ちてしまう、必死の抵抗を見せるもそれは意味をなさない。

 

―マジ…で…………まだ、か……?

 

 最後の気力を振り絞り、時尾花架琉は拳を握る。

 

 ここを耐えきればまだ可能性はあると信じ無駄な動きをせずにじっと耐える、薄れゆく景色の中、暗闇に意識が埋もれていく寸前でようやく準備が整う。

 

―完璧に決まってるからって抜け出す術を私が持っていないとでも?

 

 爆豪勝己の腕の中から質量が消えた、彼の死角からドサリ、と大きなものが落ちるような音が聞こえる。

 

 思考時間を確保するためだけに時尾花架琉は絶対領域を再び使用した、咳と同時に血が勢いよく地面に飛び散るが彼女の目には倒すべき相手しか見えていない。

 

―私に出来ることは、ただ架け橋を架けるように、何かと何かをつなぎ合わせることだけだ。

 

―あそこから巻き返すか……俺の想定を軽く超えてきやがる。スゲェよ、お前

 

―与えられた身に余る力を、借りモノの力を。

 

―だがあんな決着は後味が悪ぃ

 

―だから、やることは変わらない。

 

―だから今度こそ……

 

―有りっ丈の力と、私のこれまでの軌跡を支えてくれた力で勝ちをもぎ取る!

 

―全力で、真正面からテメェを叩き潰す!

 

「くたばれやぁぁぁぁぁあああああ」

 

「ぶっ殺す!」

 

 頂上決戦、最終局面、一手でも間違えば互いに即詰みの状況で双方ともにすぐ手を伸ばせば手に入る栄光をもぎ取りに一歩踏み出す。

 

 それは偶然ではなく必然で、晴れ晴れとした今の空のような綺麗な結末だ。

 

 肉を打つ音が、人が意識を失い崩れ落ちる音が静かに木霊する。

 

―何も聞こえない、見ている空は真っ赤で、体は自分のものじゃないみたいに動かない。

 

 

『………信じられるか?誰がこの結末を予想した!?リスナー諸君!詳しい解説なんて不要だろ!!雄英体育祭決勝戦激戦を制し見事勝ったのは………さあみんなでその名を呼んでやれ――――――――――――!!!!!!………勝者!!!!!!!!』

 

―最後に表彰台に立って言いたいことあったけどどうやら無理っぽい。

 

『『『『『『時尾 花架琉!!!!!!』』

 

 ―けどまぁ、この結末なら……満足だ。

 

 仰向けで拳を掲げる少女とうつ伏せで倒れる少年。

 

 空を割るような歓声と悲鳴と感動がスタジアムを覆い尽くす、皆が一人の少女に惜しみのない拍手と賞賛、あるいは労いの言葉を投げかけるもそれらは残念ながらその少女に届くことは無かった。

 

 奇跡を起こした責任を果たした少女は歓声にこたえる間もなく、勝利を宣告されると静かに眠りにつく、擦り傷だらけの体に青白い顔、細い手足が余計に痛ましく映る。

 

 太陽をも彷彿とさせる橙色の髪は太陽のようにに綺麗だった、満足した笑みを浮かべた蒼白の顔に浮かぶ笑顔は、雪のように溶けては消える、思いを秘めた切れ長の目は眼は、開かれることは無い、それでも彼女は…………人々の心に時尾花架琉がいた証を刻みつけた。

 

 

 

 

 




 ここまで付き合ってくださった皆様、ありがとうございました。

 自分自身もこの作品を途中で放り出すことなくここまで書くことが出来てとても勉強になりました。

 この作品は自分が好きな話をごちゃ混ぜして何とか僕のヒーローアカデミアという作品に落とし込んだもので、途中途中で可笑しな雰囲気などになった場面も多々あったと思いますが評価してくださる人が思いのほか多くて凄く励みになり凄く励まされました、この作品を読んでくださり、ありがとうございます。

 長く創作活動をしている方々は素晴らしいアイデアと継続力、文章構成・作成能力が素晴らしいのだなと痛感しました。

 この作品も体育祭後の話を後日談のような形で投稿するかもしれないのでその時は軽い気持ちで楽しんでください。

 近いうちにまた別の作品も書きたいなと思っているのでその時はまた読んでくれるとありがたいです。


       


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エピローグ ~ワン・フォー・オール~

 お久しぶりです、だいぶ遅くなってしまいましたが後日談となります。


 この後日談は言わば蛇足の話です、もし体育祭で満足した方は読むことはお勧めしません。笑

 上手くまとめることが自分の実力じゃ難しい部分もあり駆け足で拙い物語になっていますがご了承ください。


 

 

 世間は時尾花架琉という少女一色に染まっている、朝のニュース、ワイドナショー、テレビでも新聞でも、インターネットニュースでも彼女の名前を見ない日は珍しい、と言うよりもないに等しいのではないのだろうか。

 

 情報収集もかねてTVで取り上げられていることを黙って聞いているだけでもオールマイトとそん色ない注目度だとわかる、それは一時的なものに過ぎないだろうけれど歴史をつくった女傑なのだからその結果も当然だとうなずける。

 

 メディアに取り上げられて世間は彼女一色だ、今どこにいるのかは僕でもまだわからない。日本中が、彼女を探している。それは彼女が望んだ結末だ、長年生きて培ってきた勘がそうだと言わんばかりに騒いでいた。

 

 実際雄英高校に在籍している彼女に一つでもインタビューしようと連日マスコミが校門前に待ち構えているが彼女は姿を現すことは無かったらしい。それもそのはず、そう簡単に彼女の日常は戻らない、戻る筈もない

 

 彼らはあとで知ることになるのだろう、後にも先にも時尾花架琉は体育祭を境に雄英高校を退学したらしい、その点についても優秀なヒーローになるであろうと期待された彼女の失踪は更にお茶の間を騒がせた。

 

 あの体育祭で無理をし過ぎて命を落としてしまったのではないか、雄英の危機管理はどうなっているのだ、優秀な若者を逃してしまってどうするのだ、そんな世間の厳しい声を雄英高校はただ一言で貫き通した。

 

『彼女は、自分の道を歩き続けている、それだけです。それ以上は何も言えません、彼女のプライバシーにも関わりますので』

 

 全く愚かだ、マスコミも、雄英も、ヒーローも。目が見えない僕が聞いた話でも推測できる、それほどまでに彼女が使ってきた力は普通であれば歪なものだから。

 

 この言葉が余計に火種になり、更に彼女の注目を集めることになるのだが、時当の本人は気付くはずもない。

 

 気付けるはずもない、彼女は今の事なんて知る筈もないのだから。

 

 彼女が起こした奇跡の代償は(奇跡という言葉はあまり好きじゃあないけれど、客観性を持った意見としてはそれが正しいだろう)、生半可なものじゃあない。

 

 歴史を塗り替える、それが全国的に有名な行事で、すぐに風化してしまうものだけれど、自分の目標を果たすために骨身を削ってまでも成し遂げた。

 

 言葉でいえばそれで済むかもしれないけれど、それはとても難しい。

 

 圧倒的な力を持っていた僕だってそれは難しかったことなのに、大した力も持たない彼女が雄英体育祭でエリート達を次々と破っていくのは生半可のものではない。

 

 僕が与えたものとは他に、自分自身の個性を使ったと考えなければこの結果を出すのは難しいだろう、思った通り彼女は優秀だ。

 

 優秀だが一つだけ残念なのはあれだけの仕打ちを受けていたのに歪みがないことだ、本当にこれだけが残念だ、捻じれ曲がり歪な形をしているものの時尾花架琉の本質は真っすぐ、ヒーローなんてやっている有象無象達よりもずっと。

 

 綺麗じゃない分余計に強固に固まっているからもう矯正は難しい、と言うより無理かもしれない。

 

 時尾花架琉はもう生き方を決めてしまっているだろう、体育祭の時の一生懸命さというか執念と言うか、あのキチガイ……オールマイトにも似た覚悟の強さは外部から干渉したとしても変わることは無い、変えられるのは自分だけ。

 

 あの年齢で並々ならぬ思いで行動できるなんてまるでもう少しで寿命が来ますよと言っているようなものじゃないか?

 

 おそらく間違いではない、あの子には個性こそ弱いが脳無よりも遥かに凌ぐ個性を入れ込んだのだから脳無と同じ結末を辿ったとしても不思議には思わない。

 

 それにしても大きすぎる負荷の原因はやはり自らの体に詰め込まれた個性に向き合っていなかったからだ、後一週間、もしくは一か月、それほどの期間で個性を馴染ますことが出来たのであれば結末は違ったかもしれない。

 

 個性は身体機能の一部、理を越えた歪な力を受け入れるのは確かに難しいことだ、向き合いたくないものは誰にだってある。

 

 けれども、彼女は、時尾花架琉はその試練を乗り越えた。自らを孤独にした力の数々を認め、受け入れ、己がものとし、更にその先を命を対価に進んでいった。

 

 かつての自分と重なって見えそうになるが決して重なることのない、地獄の業火のように美しい少女を僕は素直に、何の打算も見返りもなしに褒めたくなってしまった。

 

 ありきたりな言葉を使えば、彼女の歩く道をもっと見ていたい。

 

 欲をいうなれば、巨大な力を手に入れたときにどういう道を歩んでいくのか、気になって仕方がない。

 

 ああ、こんなこと考えるんじゃなかった、いてもたってもいられなくなるじゃないか。

 

 あの時渡せなかったものを、雄英体育祭優勝のお祝いもかねてとびっきりのものを、君にプレゼントしようじゃないか、だからもう少し待ってておくれ……時尾花架琉。

 

 1

 

 たくさんの人の個性が入り混じった私の内側の世界、初めてのような懐かしいような感覚で多くの人達と会話をしたものだ。

 

 なぜ会話が成り立つのか、意志疎通が成り立つのか大きな疑問でもあったが彼ら彼女らが言うには残留思念のようなものらしい、個性は身体機能の一部で引きはがされ私の中に移されていてもそれ以前の記憶とか意志とかはあるのだとか。

 

 あまり難しい話はさておきこれほどまでに私の中にたくさんの個性たちがあるとは思わなかった、それに散々恨まれてたり刺し殺したいくらいに悪い印象を持たれていると思ったけれどそうでもなかった。

 

 どのくらいの時間その場所にいたのかはわからない、凄く長い時間のような気もするし短いような気もする、ともかくいろいろな感情にもみくちゃにされた時間だった、無茶をした私に対する怒り、雄英体育祭で見事な結果を残した私を褒めてくれる声、心配の声。

 

 個性が私に聞いてきた、これからどうするの?と。

 

 私は答えた、償いをしたい。

 

 過程はどうであれ私が奪ってしまったみんなの分を償いたい。

 

いつになく真剣に答えたというのに皆は顔を合わせて微笑んだ、そんなことはしなくてもいい、私のしたいことをすればいいと。

 

そこから先は同じことの繰り返しだ、私は駄々をこねる子供のように意地を張ってひたすら同じことを繰り返した、皆は困ったような笑みを浮かべて私がしたいことをすればいいんだよと優しく言い続けていた。

 

どうやら予想に反し私は頑固だったらしく、長い間繰り返すうちに誰かが根気負けしたのか「オールマイトに会いたいな」と口を開いた。

 

そこから先はみんながそれぞれ願いを、ほんの小さな心残りを言ってくれた。

 

本当に小さな願いだった、皆の分合わせても3ヶ月あればすべて達成してしまえるような運動会のご褒美とか、参観日できちんと発表できたご褒美のような圧倒的に私に有利なお願いの数々。

 

本当にそれでいいのか、そんな小さなことでいいのかと反論をしたかったけれど彼らの申し訳なさそうな顔を見るとそれ以上追及する事は出来なかった、それが最大の折衷案であることは私でも理解できたから。

 

ところで今の私の状態だけど、予想通り、覚悟の通り、雄英体育祭で相当の無茶を体にかけてしまっていたので目が覚めるまでは結構な時間がかかってしまうそうなのだ。

 

筋肉はもちろん血管や心臓、そして脳にも大きな負荷をかけ続けていたらしく命には幸い別状はないものの回復するまでにちょっとばかり長い期間を要するらしい。

 

私の個人的意見だが私が皆に負い目を感じているのと同じように皆も私が馴染んでいない、慣れていない個性を使い私を傷つけてしまったことに罪悪感なるものを抱いているのかもしれない、勝手に使ったのは私の方なのに……。

 

助けてもらったのは、私の方なのに……。

 

時間は沢山ある、その分今までしてこようとしなかった、しようとも思わなかった歩み寄りをしよう。

 

まずはそれが第一歩、いつもいつも現実と向き合おうとしなかった私とは決別しないと何も始まらない。

 

これからは自分の足で、意志で未来を切り開くと決めたから。

 

それが私の出した答えだ。

 

そして、予想よりも遥かに早く、強烈な違和感と背筋の凍るような経験したこともない正体不明の力で私の意識は急速に覚醒へと向かう。

 

嫌な予感しかしない、体の感覚なんてないのに全身の毛穴から冷や汗が出るような皮膚が裏返ってしまうような身の毛がよだつ感じがした。

 

けれど、でも……どこか懐かしい。

 

いずれにせよこの強制的な意識の覚醒からは逃れられない、それならば身を委ねるまで。

 

……皆に別れの挨拶ができなかったことが心残りだ。

 

 

 規則正しい電子音、普段は使うことのない枕の感触、と同時に襲われる強烈な苦痛で思わず涙を浮かべてしまった。

 

 本来であればこの苦痛に関し悲鳴の一つや絶叫の一つ上げたかもしれないけれど、思うように声が出なかった、暫くその機能を使用することは無かったからかもしれないけど、少なくとも私の聴覚に届く音は自分のものとは思えない。

 

ようやく焦点のあってきた目で違和感のある部分を見てみると予想以上に管に繋がれている自分の姿が映る、それに周りを取り囲んでいる機材の多さにも驚いた。

 

VIP対応なのかそれとも本格的に私の体が危なくて重症患者のような措置をとられたのか定かではないけれども医療費かさみそうだな~くらいにしか思えなかった。

 

それよりももっと重要なことがある、軋む体を無理やり起こし辺りを見渡した。

 

未来観測や未来予測を使い過ぎてどうにかなっていると思った視力の方も案外大丈夫だ、普通に見える。

 

思ったよりも広い病室、所狭しと並ぶ花や色紙などが異常に多い気もする……花なんて棺2個分くらいの量あるんじゃないかなぁ?まだ死ぬ予定はないんだけど。

 

「やあ、お久しぶりだね。時尾花架琉」

 

 現実逃避もここまで、今ある現状を受け入れなくては。

 

 暗闇から現れた大柄な男、私にでもわかるほど高価なスーツに身を包み異様な圧迫感が部屋に充満している。

 

 ベッドの横の備え付けられている来客用の椅子に座っているのだろう、そこからでもそこにいる男が悪い方でヤバい人間だとわかる、特殊な経験も何も受けていない私にすらわかるほどに。

 

 この空気、記憶にはない、けれども体が覚えている……こんなにも息苦しいのに、嫌な感じなのに、懐かしいと感じてしまっている。どういう訳か安堵という感情を持った懐かしさが私を包み込んでしまっていた。

 

「まずは、おめでとう。雄英体育祭で優勝するだなんて思いもよらなかったよ、決勝戦で反則じみた手を使うあたり特に気に入った。貶している訳じゃないよ、もちろん褒めているんだよ。容赦のなさ、思い切りの良さ、なりふり構わない姿勢、判断力に自分の目的のためならばなんだってする君の雄姿に感動したのさ。柄にもなくね」

 

「―――――、―――――――」

 

 声は、出ない。

 

 その様子を見ると不審者は……顔のない男は口角を大きく上げて私に近づいてくる。

 

「―――!!――――――――!!!」

 

 声帯は震えない、それどころか動く力さえなかった。

 

 手足は鉛のように重く指先でも動かしたのなら痛みという電気信号で体は硬直してしまう、俎板の鯉とは正にこういうことを言うのだろう、今の私には抵抗する術なんて持っていない。

 

 だからその男が、私の頭を優しく撫でるのを無防備にも等しく受け入れるほかなかった。

 

 その手つきは大切なものを扱うように優しく、温かく、大きい。

 

 …………思い出した、思い出してしまった。

 

 私を地獄に叩き落した張本人、名前はわからないけれど私も含め皆から『先生』と呼ばれていた悪魔。

 

 あの時とは絶対的に似ても似つかない姿、特に顔は半分くらい無くなっていて見る影もないけれどこの威圧感、醸し出す雰囲気、思わず陶酔してしまいそうになる優しい声は確かにあの時と同じものだ。

 

 今更私に何の用だ?多くの人の人生を奪って、それでもって私に背負いきれないほどの十字架を背負わせて何がしたかった?

 

 たくさんの怒りも質問も憎しみも殺意をも愉しむように顔のない男は楽しそうに笑う、本当に綺麗な笑みなのが余計に私を苛つかせた。

 

「そんな目で睨まれる覚えはないんだけどね、そこまで怒っている理由が僕にはわからない。というよりむしろ感謝してほしいくらいだよ、僕は君の命を助けたんだから」

 

「—――――、—―――?」

 

「そう、助けたんだよ。本来であれば君の意識は表層に浮かぶことは無かったんだ、理由は君も思い当たるだろう?」

 

 そうだ、あの時、爆豪くんと決勝で戦った時に私は命を賭けた。

 

 その行為はただの心構えでも体に鞭を打つつもりでもなく、文字通り私の命を、明日を賭けて体を無理やり動かした。

 

 現状声も碌に出ないし身体だって指一つ動かすだけで全身に痛みが走る、腕に繋がれている管の量、枕元に置いてある機械、慢性的な全身の痛みが私の全てを物語っている。

 

「今君が使った個性は再生、もちろん君にこの個性を与えた後で強制的に発動させたんだけど。超再生なんてものもあったけれど君に渡すのにはちょっと勿体なくてね、痛みで暫く体が動かせなくなるのと時間がかかるのが欠点だけど、まぁ命が助かったんだから文句はないだろう?」

 

 鉤爪のように変化させた手の形状をヒラヒラとさせる、動きがいやらしい。

 

 でも確かに、先生の言う通りだ。

 

私は正直あの結果さえ手に入れられれば命なんて惜しくないと思っていた、だから命を賭けて、燃やして無理やり体を動かして勝ち取った栄光、その代償がここまで軽いわけがない。

 

その後も得意げに私に与えた個性を饒舌に、聞いてもいない使用法なども含め一方的に押し付けてくる、せっかく与えてくれる情報だから聞き入れたいと思うけれどもそこに頭を回す余裕はなかった。

 

何故先生がここにいるのか、何が目的なのか、私に干渉して一体何をしようというのか、まさか思い出話をしに来たのではあるまい、実験動物へ逆戻り?否、もしそうであれば会話(私は声を出せないために会話は成り立っていないけれど)を楽しむことなんてしない。

 

 鈍いながらもようやく回転をし始めた頭は簡単に先生とコミュニケーションをとる方法を導き出した、個性の強制発動を行ったという事は私の体に触れたという事、それならば意思疎通を図ることはたやすい。

 

「(ただ助けることをお前は絶対しない、人を弄ぶのが大好きなあんたがするのとは程遠い行為。何が目的?)」

 

「それは精神干渉系の個性だね、頭の中に言葉が直接送られるのは何回経験しても不思議な気がするよ。そうだね、身に余る力を手に入れたとき、人の範疇を飛び越えてしまうほどの力を大した努力もなく、気まぐれで手に入ってしまったら人はどうなるんだろうと気になってね」

 

「(それは私のことを言っているの?)」

 

「ははは、君が人の範疇を飛び越えている?面白い冗談だね、命を粗末に扱って、無様な姿をさらして、あの程度の相手に手古摺り、ようやく目的を達成できる程度の力を超常のものだって?」

 

「(強いとか弱いとかじゃない、色々な個性をあんたに持たされた化物を常軌を逸した存在と仮定して何が悪い?)」

 

「君が化物なら僕は魔王ってところかな?まぁその認識は間違いではないよ。確かに君も僕も化物だ、他人の個性を複数持ちながら普通でいられる普通ではない特別な存在。世界に僕らだけかもしれないんだ、そう考えると運命って面白いと思わないかい?」

 

「(どの口がそんな都合のいいことを、もしそれが運命というのならクソ喰らえだ)」

 

「辛辣だねぇ。君とはもっと話していたいけど意外と僕も忙しくてね。その力は好きに使っていいよ、色々と役に立つ」

 

「(ふざけるな!こんなものいらない!)」

 

「じゃあ、君の中にある全部なくしてしまっても構わないのかい?」

 

「(それは……)」

 

 普通に戻れるのなら、そんな考えが一瞬でも過る、でもそれは私の望んだことではない。

 

 何より大事な約束をした気がする、私に出来る償いを何もせずに普通に戻るのは果たしていいのだろうか。いや……私は自分で決めた道を征くと決めたはずだ、約束したはずだ、たとえそれが正しくなくても、間違っていたとしても。

 

「(…………嫌だ)」

 

 額に迫る先生の掌、あの時と同じように私は成す術もなく行く末を受け入れることしかできない。矛盾を、弱さを、分相応な力を、甘さを抱えた自分自身を戒めることしかできない。

 

 それに、私の中にいる個性たちをこんな奴に渡したくなかった。ただのエゴだ、わかっている、私が持っていてもこいつが持っていてもこの個性を奪われた人たちは報われることなんてないのだから。

 

 

「つまらない意地を張り通すもよし、馬鹿げたような夢を実現するもよし。いずれにせよ今の君は理想を、夢を、誰だって笑うような絵空事を現実にすることが出来る。想像するのはいつも自分の理想だ、余計な障害も壁も君の前では意味をなさない、理想は君をどこまでも連れいってくれるはずだよ」

 

 血の匂いがする手のひらが気味が悪いほど優しく頭に触れる、私の人生を変えてしまった忌むべき存在であるのに、どうしても抱いてはいけない感情を持ち合わせてしまう。負の干渉とは正反対の感情を、なぜこんな悪魔に、魔王に持たなければならないのか。

 

 けれども、無い筈の時間を私に与えてくれたことだけは感謝している。この恩はいずれ仇で返そうと思った。

 

 私は道なき道を進まないといけない、この道を選んでしまったからにはどれだけ些細な躊躇も、足踏みも、立ち止まることは許されない。

 

手探りの状態で暗闇の中を這って進むのと変わらないだろう。その結末にどんなことが待ち受けていようとも、私には運命を切り開く必要があるから。

 

 過程がどうであれ私は沢山の人から大切なものを奪ってしまった、奪ってしまったからには責任を果たさなければならない、意識が遠のく最中それだけは決意した。償う方法も、償い方も何をすればいいのか何をしたらいいのかわからないのに。

 

 



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エピローグ ~オール・フォー・ワン~

 

 春の気配が完全に消え、夏の入り口となる雨が容赦なく降りつける季節に私は目覚めた。

 

 気怠さはなく、意識も体も以前とは違い、打って変わって軽い。

 

 時計を見るとお昼前、腕に刺されている管の多さに驚いてしまった。

 

 体が軽い、どんなことでもできそうな力が溢れているのが分かる、体を縛っていたものが無くなったみたい。

 

 思い出して体が少し凍り付いた。

 

 そして、我ながら馬鹿だなぁと歯がゆく思う。

 

 体育祭での自分の自暴自棄な姿は客観的にみて恐ろしい、目的だけを見続けて命を賭して動いた一日。きっと私の動きは理想的なものとは程遠いみっともない姿で、その姿はあまりにも醜く無様だ。

 

けれど、馬鹿にすることはきっとできない、と思う。

 

もし仮に、自分も観客側だったらそうは出来なくて、寧ろ祈るように応援していただろうから。

 

『やあ、お久しぶりだね。時尾花架琉』

 

ふと、顔のない男が脳裏に浮かんだ。

 

 雑音の筈なのに鮮明にその声を脳が覚えている。

 

……悪い夢を見たような気がする、悪夢の始まりを振り返っているようだった。

 

たくさんの管が繋がった点滴を下げている器具を杖の代わりにして体を起こした。

 

体はすごく軽くなっていて、歩くだけでも世界は変わって見えてしまう。

 

まるで今まで縛り付けられていた鎖が無くなったかのように、そんなことは嘘だと思ってしまうほどに、本当に体が軽かった。

 

「あれ、おかしいな………」

 

 そんな筈はない、ずっとあった違和感がキレイさっぱり消えているなんて。

 

 そんなうまい話があるわけがない、それにこの体は……

 

 あれは、悪い夢なはずで。

 

 けれども確かに残っている感触は。

 

 あの時の先生と全く同じで……。

 

「違う…………うそ、嘘に決まっている」

 

 そう、嘘に決まっている。

 

 顔が半分もない状態で生きていられる人間がいるわけがない、もし潰されて亡くなっていたと仮定すれば脳髄を破壊され脳をも潰されたことになる、そんな状態で人間が生きていられるわけがない。

 

 けれども…………。

 

 違う、目を背けていただけだ。

 

 忘れたふりをして、わからないふりをしていただけだ。

 

 逃げてんじゃねぇよ。

 

 頭が怒りと混乱で真っ白になる、焼き切れるような怒り、人の決意をあざ笑うかのような行為、一方的に個性を与え、あるいは奪い、そんな超越した存在を認めるのが、あれを現実だと受け入れるのにまだ心の余裕がなくて。

 

 己の無力感、大切なものを踏みにじられた喪失感。

 

 膝から崩れ落ちぼうっと窓の外を眺めていた。

 

 それがあっという間、というよりかは寝たきりで私に構わず進んでいった刹那のような梅雨の終わり。

 

 心境は今も複雑で受け入れがたい現実は事実で、けれども、それよりも、頭の中にふと浮かぶ小さな思い付きが物凄く大事な気がして、当分の間私はそれを道標として進んでいこうと決意した。

 

 

 雄英高校のセキュリティゲート、通称雄英バリアは雄英の関係者以外の人間(主にマス〇ミ)が敷地に入れないようにするためのセキュリティが施されており、 学生証がない人間が一歩でも入れば自動的にかつ素早くゲートが閉じる仕組みになっている。

 

 ほとんどの生徒が帰路につき活気あふれた昼間と打って変わった夕暮れ時、とある少女が雄英高校に足を踏み入れた。

 

 その少女は真っ赤な髪に高校1年生の女性にすれば背が高く、体のメリハリもしっかりしている。制服ではなく黒いパーカー、太ももをあらわにしたショートパンツは間違いなく男の視線を釘付けにしてしまうだろう。

 

美しい、綺麗という言葉よりかはかっこいいという言葉がぴたりとあてはまるのかもしれない。一挙一動が人を引き付ける何かを持っていて、雄英高校の生徒でなく一般人でも彼女の姿を見たら気付くであろう知名度まで持ち合わせていた。

 

 だが、彼女に声を掛けるものはいない。

 

 フードから覗く炎のように炎々と輝いていた瞳は見るものすべてを焼き尽くしそうなほど憎悪の業火を灯している、それはもちろん自分に対して。未だに自問自答を続けている、自分の中にある個性に話しかけている彼女は自分の心を整理しきれないまま雄英高校へと足を運んだ。

 

 足取りは驚くほどに軽い、何の戸惑いも躊躇も感じられないくらいに軽やかで華麗なステップは風のように軽やかだ、それほどまでに彼女の体は軽かった、変わってしまっていた。

 

 その手には『退学届』と書かれ中には正式な書面が入っている、彼女の覚悟そのもので普通の世界との決別を表していた。

 

 より良い選択がありながら、大事なものをたくさん受け取りながら、それら全てを拒み、選ばなかった彼女の意思の表れだった。取り戻すにはまだ十分な余裕がある、決して今からでも遅くはない、けれども歪な中身である自分がそんな道を選ぶのを彼女は良しとはしなかった。

 

 彼女は道なき道を歩く選択をしたのだ、自分が奪ってしまったものに対する償いを、責任を、やり方もとり方も右も左もわからないまま歩くことを選んだ、手探りの状態で道を切り開くことを決めたのだ。

 

 しかし、最後の心残り、どうしても会いたくなってしまった人がいた。

 

 普通に考えればわざわざ学校に退学届けをもっていかなくとも電話で宣言し、書類を郵送すれば済む話だ、そうでなくとも病院から抜け出している彼女はそのまま身元をくらますだけでも彼女の存在は消えたことになり自動的に籍が消されるのは眼に見えている。

 

 それを良しとしなかったのは、ただ単にオールマイトに会わなければならないと心の中にわずかに引っかかる思いに駆り立てられたからでもある。

 

 何もかもが分からなくなった少女は自虐的に笑みを浮かべる、何もかもが自分への罰なのだと、それが当然の報いだと自分を嗤った。

 

 廊下にコツコツと音を鳴り響かせ誰もいない廊下を歩く、感傷に浸ったのか歩く速度が少しだけ遅くなった、雄英高校ヒーロー科A組の前で足が止まる。

 

 始まりの場所で、終わりを決意した場所。

 

 彼女の物語を始めた場所で絶え間なく動いていた足が初めて止まった。

 

 長くなった日が傾き沈むころまで彼女は立ち尽くしていた、決意は変わらない、けれども後悔や寂しさはないわけではない。だから噛み締めるように自分が歩んだ道を振り返る、自分が最も輝いた一日を大人が過去の良き思い出を思い出すように懐かしむ。

 

「私は…………「おい、そこで何をしている?」」

 

 夕日と同じ色をした少女は、無精ひげを伸ばしくたびれたヒーローを視認するとさっきまでとは打って変わった雰囲気で微笑み返す。

 

「あ、相澤先生。お久しぶりです」

 

「っ!時尾!?お前体は?」

 

「大丈夫ですよ、この通り元気です。病院の先生から外出許可も貰ったんですよ」

 

 嘘だけど、と心の中で舌を出す。

 

「……で、そのふざけた格好はなんだ?」

 

「え~似合ってませんか?街を歩けばモデル業界からスカウトされそうな自信はあるんですけど?」

 

 クルリと一回転、病的に細い手足と白い肌が余計に時尾花架琉を儚く、健気に振舞っているからこそ勇ましく映している。

 

華麗な着地を決めて流れるようにポケットに入れてある封筒を相澤に差し出す、堂々と書かれている文字を見るまでもなく何かを察したのか首を横に振った。

 

はにかむ時尾花架琉をみて毒気が抜かれたのか、相澤はひとまず先ほどまで抱いていた疑問をあえて振り払い最短距離で本題に入る。

 

「そうか、そういう決断をしたなら俺が口を挟むことは無い。けどそれは担任の先生に渡しておけ、お世話になっているだろう」

 

「はいはーい、一番お世話になってる先生選んだつもりなんだけどなぁ……じゃあついでなんですけど、忍冬山の大火災って知っていますか?」

 

 火災メインでそれに付属した小さな事件だったんですけど、と付け加える。

 

 単なる質問ではない、相手の出方を窺った言わば誘導尋問のような問いかけ。

 

 もし相澤が動揺を見せれば確実に付け込んでくる、表情の機微をも見逃さぬようにじっと顔を見つめた、両者の間に僅かばかりの緊張感が生まれる。

 

 相澤は内心驚きを隠せなかったが表情に出すことは無かった、その大火災で助かったただ一人の少女が目の前にいて、当時の事を忘れていたはずの当事者がつらかったはずの記憶と思い出したくもない様な悪夢と向き合おうとしているのだから。

 

 互いに抱く思いは違えど、相澤が出した答えは時尾花架琉も予想だにしなかった最善の展開へたどり着いた。

 

「わかった、だが話すのは明日だ」

 

「理由は?」

 

「お前に全部、知りたいことを、あの日の事を伝えるためだ。そのためには俺だけじゃ情報が足りない」

 

「…………わかりました、それでは先生の口車に乗せられることにします。あ、オールマイトどこだか知ってます?せっかく雄英に来たんだから会っとかないと」

 

「安心しろ、明日会えるよ」

 

「なるほど、ではまた明日」

 

 相澤の想定以上にあっさりと踵を返す、自分の決めたことは何が何でも通そうとする唯我独尊のような性格だと思っていたが、相澤は体育祭を経て変わったのだと自分勝手に解釈をした。

 

 体育祭の時、鬼気迫るような一生懸命さ、危うさを全面的に押し出していたが今は打って変わって一輪の花のように儚くそこに在るような存在になっていた。

 

 真っ赤な髪は花弁を連想させ華奢な体は細い茎を思わせる、何か吹っ切れたような笑顔は相変わらず年相応な面影を見せず彼女の年齢よりもずっとずっと大人びていて、人を惑わす魔女のようだ。

 

 相澤は時尾花架琉の選んだ道を聞こうともしなかった、聞いたところで彼女が歩みを止めることは無いとわかっていたし何より間近で彼女を見て自分が受け持った生徒よりも大きく成長していると肌で感じたからでもある。

 

 それを踏まえたうえで口を挟むのは非合理だと考えたまで。

 

 自分を犠牲に何かをなし得ようとする行為の果てに何があるのかを知っている、彼女が彼のような道をなぞるとは限らないけれど狂気じみた執念はいつか必ず身を滅ぼしてしまう、僅かな時間しか平和の象徴としていられないオールマイトのように。

 

 伝えることは体育祭で全部伝えた、自分の経験上での大事なことはあの一言に全部込めた、それでも、それを踏まえたうえでの判断であれば相澤のできることは無いのだから。

 

 

 驚くことに人生の分岐点とも言える昔の話をしてくれたのは、相澤先生とオールマイトだった。

 

 話が始まる前に色々触ったりサインを貰ったりしてしまった、オールマイトに興味は無い筈なのに突発的に頼みごとが次から次に出てきたのだ、訳も分からぬままその欲望に従い充実感が得られたところでオールマイトがしぼんでいた。

 

 オールマイト曰くあのムキムキな姿はプールで力んでお腹を引っ込める人と同じらしい、お腹にある傷跡は私が巻き込まれた火災の後についた傷で、『先生』と戦った時に負ってしまったのだとか。

 

 私と同じ先生の被害者の話も聞いた、脳無といって私と同じく複数の個性と薬物投与などで体も心もめちゃくちゃになり今は物言わぬ人形になった、もしかすると私が辿る結末と重なるのかもしれない。

 

 伝えられた事実は都市伝説のような普通に聞いていたら眉唾物で予想以上に規模が大きく、想定以上にきつく、酷い話であったけれども不思議と私は受け入れることが出来た、腑に落ちるというか自分でも冷静なくらいにその事実を受け入れていた。

 

 綺麗ごとは一切なく、隠し事も欠片もなく、全てありのままを教えてくれた。

 

 私をこんなにした黒幕が都市伝説の日本を統治していた裏の人間だなんて思っていなかったけれどあれだけの力を目の当たりにしたら認めざるを得ないだろう。

 

 ただ、残念な話と言うか、残酷な話と言うか……

 

 私が巻き込まれたとある施設で起きた災害で、その施設にいた子たちは…………私を除いて亡くなってしまったらしい。

 

 それも極少人数で、言わば親御さんが裏社会に精通する子達が多かったようなので大体的に報道されることは無く、そのまま闇に消えていったらしいのだけれど。

 

 相澤先生とオールマイトは我々の判断ミスが多くの犠牲者を出してしまった、と個性を使わずとも痛いくらいにわかるくらいにきつく拳を結び、唇を噛んでいた。

 

 だが、話を聞く限り誰も悪くなく、一人の独断により犠牲者が出たけれども、相澤先生とオールマイトに関しては負う必要のない重い十字架を自ら背負っているようにも見えた。

 

 誰かの肩代わりをするかのように。

 

 だから、それ以上追及する気も起きず、私は再び先生たちが話始めるのをじっとまっていた。

 

 記憶の損失に関してはおそらく個性を与えられたショックで無くなったと思われ、こればかりはどうしようもないのかもしれない、可能性の話として今の私と昔の私は別人かもしれないのだ。

 

 もしそうであったならば非常に申し訳ないけれど多分その可能性はないだろう、どんな困難もどんな窮地でも私はずっと私だった、それだけで十分だ。

 

 病院の人達は軒並み個性を使って認識を書き換えたので自由の身にはなったわけだ、長らく帰っていなかった家に帰って自分の通帳を見てみると案の定見たことがないほどの金額が記されていた。

 

 多分だけど、親も先生とつながりを持っている、あれだけ私を持ち上げていたのももしかすると先生に何か吹き込まれたのが理由かもしれない。

 

 ともかく、貰えるものは貰っておく、この恩はきっと仇で返そう。

 

 両親にも個性を使って私がいたという認識を書き替える、産んでもらい育ててもらったことには感謝しているけれど正直言ってもう関わりたくない、というのが本音だ。

 

 我が子を裏組織のボスの研究所に送りつけるのはどうかと思う、私のことを思ったことだとしても結果的に化物になってしまったのだから。

 

 分相応な高級マンションから通帳とカードだけをポケットに入れて家を出た、不本意だけれど先生に与えられた個性のおかげで暫くは野宿でも生きていけそうだ、先ずは日本を回ろう、今まで思っていなかったけれど行きたいところがあるし、その後は海外かな。

 

 個性のおかげで科学技術があまり進んでいないから個性で欺くことは簡単だろう、今の私は期間は限定されているだろうけど人の理を大きく超えている、やろうと思えば何でもできる気がするし手負いのオールマイトなら勝てると思う。

 

 寿命は延びたけれども私が使う個性は結局のところ私は命を使って個性と私を架け合わせている、体が万全に戻ってもいくら健康的になろうとも大きな力を引き出すには大きな対価が必要となる、私の命に期限がついていると思ったのもそれが理由だ。

 

 これから私は旅に出る、道なき道を歩く旅。

 

 決めたことはただ一つ、自分の歩く道はまっすぐ歩く、そしてどんな邪魔を、たとえ運命が阻んできても私はそれだけは貫き通そう。

 

 街灯の灯りしか残っていない商店街の真ん中を我が物顔で歩いた、夜空には星が瞬いていて優しく見守ってくれている気がする。

 

 私が輝いた時間の話は終わりだ、これからは随分と長い夜を私は彷徨い歩く。つまり表立って私の名前、時尾花架琉という存在が表立つことはない。

 

 私は歴史上初めて普通科からの雄英体育祭優勝という奇跡を起こした代償として、明日を失った。

 

 失うはずだった明日があるのならこんな私のためじゃなくて、他の人達のために正しくこの力を使おうと思ったのだ、そのためには悠長にヒーローなんて目指している時間がもったいない、というより職業としてのヒーローには向いていないだろう。

 

 これから色々な場所を彷徨う、その時に私の手が届く範囲だけでもいいから幸せになる手伝いができたらいいな、なんて思う。

 

 心の中には今日の夜空と同じくらいに小さいけれど僅かながらの道標があるのだから何も不安に思うことは無い。

 

 だから、どんな困難が待ち受けようとも、壁に当たろうとも、例えばそれが絶対的なことであったとしても、その度に高らかに笑って、こう言って乗り越えてやる。

 

 

 

 

 

 運命よ、そこをどけ。私が通る。

 

 

 

                                FIN

 

 

【挿絵表示】

 

 




 これで本当の本当に終幕です。

 最後の最後でもう一つクライマックスのような臨場感を出したかったんですけど難しいものですね。

 終わり良ければ総て良しといいますが、果たしてこの終わり方が、終わりに持っていくまでの過程がこれで良かったのかどうか……。


 少し間が空いてしまったのですがきっちり終わらせることが出来て良かったです、何回言ったか分からないんですけどこの作品を評価してくださる方々が思いのほか多く執筆するうえで力になりました。

 ありがとうございます。


 


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