【東方戯曲台本形式】リベンジフルゴースト (三城朝海)
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1. 再戦

※博麗三珠(みたま)…先代巫女、オリジナルキャラクター、博麗霊夢の母親、人間の女性で年齢は20代後半から30代前半。

Chap.1


血のような、火のような

零れて、揺れる

涙と、怒り

 

 

 

 

<祭り>5年前、霊夢10歳、

 

1、人間の里、神社境内、霖之助と三珠

 

霖「10年前、君が戦火の中から救い出し、今日まで共に暮らし育ててきたあの子が、霊夢が人間の里で笑って友達と遊んでいる。これは君が望んだ未来かい?」

三「そうね。妖怪大戦争の時よりはいくらか平和になった里と山だけれど、後に続くあの子たちが笑顔でいられることは幸せよ」

霖「三珠、君が起こした大地震で戦争は喧嘩両成敗で仲裁された。だけどその損害は計り知れず君は身を隠した。人知れず生きてきたはずなのに、こうやって里の豊穣祭にお忍びで顔を出し、あまつさえ君の1人娘は祭りを楽しんでいる。僕の師匠の愛娘、魔理沙とね。これは理想的な結末だと僕は思うよ」

三「やれることはやった。でもまだ足りないの。人間と妖怪の絆はまだ結ばれていない。紫が作った理想郷には、まだやり様がある。戦争を終わらせて、人間と妖怪との仲持に自分の人生を懸けたとしても、私が望んだ結末は、まだ先にある、そう感じるの」

霖「巫女の勘ってやつかい?」

三「傲慢かもしれないわね」

霖「博麗の巫女の大活躍のおかげで、確かに八雲の理想郷は治安と健全さを取り戻しつつある。僕が自分の店を建てられたのがその証拠だよ。商売は平和の証さ」

三「香霖堂、霖之助さんのお店、完成したら私も行きたいわ」

霖「霧雨店からは睨まれているけどね。僕が魔理沙と仲良くしていることも含めて、ね」

三「霊夢も連れていくわ。あの子も行きたがっていたから。10歳にもなると好奇心も旺盛よ」

霖「霊夢と魔理沙、同い年の少女二人と、店を持った僕と、巫女の任に就く君とで、…互いを良く知る4人で、一緒に生きていけたら、まるで家族みたいに、幸せなんだろうな」

三「人間と妖怪が共に生きる理想郷、その時が来たら、きっと実現するわ」

 

2、屋台並木、霊夢と魔理沙

 

魔「待てよ!霊夢~!」

霊「あはは!魔理沙も飛べばいいのに~!」

魔「くっそう!魔法使いになれたら箒を使って追いついてやるのに!」

霊「そんなの無くても私は地面から浮けちゃうんだよ~」

魔「金魚すくいでも水風船でも霊夢が勝って私の負け…悔しい!」

霊「魔理沙は動きが硬いのよ~ほら、秋の神様の踊りだよ~」

 

霊「でっかい桜の木!」

魔「花が無いのに桜なのか?」

霊「ここまで登っておいで~」

魔「こうなったら意地でもよじ登ってやる……」

 

3、再戦危機、霊魔霖三、秋静葉と秋穣子、人間たち、少年

 

ヒュルルル・・・(何か飛んでくる音)

 

三「あら、何の音かしら?」

霖「花火じゃないかな。もうすぐ打ち上げるって…」

 

・・・ドガアン!(爆裂音)

 

霊「きゃあああ!」

魔「霊夢!大丈夫か!」

霊「あ、ありがとう、魔理沙、いきなり屋台が爆発してびっくりして落ちちゃった」

魔「良かった、怪我はないみたい。でもいったい何が…」

霖「魔理沙!霊夢!無事か!怪我は!?」

三「霖之助さん、二人とも大丈夫みたい。それより今はここから離れないと」

霊「母さん!霖之助!」

霖「さんを付けろとあれほど…今は良い、魔理沙、僕は霧雨店の方を見てくる。三珠と霊夢と一緒に逃げてくれるか?」

魔「な、何が起きているんだ???」

三「この爆発は事故じゃない。妖怪の山から人間の里に向けた攻撃よ。大砲を使った遠距離砲撃。それも特大の弾丸を飛ばせる戦争の道具を使っている。魔理沙ちゃんのお父さんとお家で働いているみんなが無事かどうか、今から霖之助さんが確認してくるから、霊夢と魔理沙ちゃんと私とで、博麗神社まで逃げるの」

霊「母さん逃げるの!?戦わないの?」

三「霊夢と魔理沙ちゃんを安全なところまで避難させてから、母さんは山に向かうわ。事の次第を突き止めてやる」

霖「さあ、魔理沙、三珠と霊夢と三人で行ってくれ」

魔「三珠姉ちゃん、妖怪の山、怖くない?」

三「私だって本当は泣き虫で弱虫よ?1人の女の子ですもの。だけど霖之助さんや霊夢や魔理沙ちゃん、みんながいるから、戦えるの」

魔「戦うためには、逃げることも必要ってこと?」

三「そうね。そういうこと」

霖「さあ、霊夢も」

霊「母さん」

三「どうしたの?霊夢」

霊「何か飛んでくる」

三「え?」

 

ドガアン!(再度爆裂音)

 

霖「間一髪ってところか!?」

三「霊夢が居なかったら全員三途の川を渡っていたわ!私の結界が間に合ってよかった!」

魔「霊夢すげえ」

霊「飛んでくる音が聞こえただけ。母さん、魔理沙、逃げよう!」

三「ありがと、霊夢。霖之助さん、また後で」

霖「うん。分かっている。君たちも気を付けて。三珠、死ぬなよ」

 

霊「人間の里が、燃えている」

三「これから魔法の森沿いを抜けて一気に博麗神社まで戻るわ。あそこが一番安全だから」

魔「やっぱ、三珠姉ちゃんの方が霊夢より飛ぶの速いな」

霊「べーっだ。魔理沙はそもそも飛べないじゃん!」

魔「なんだと!」

三「こらっ、二人とも、あんまり喧嘩していると閻魔様の…」

 

田と森の境

 

静「人間ども、貴様ら、私の妹に手を出して無傷で済むと、本気でそう思っているのか?」

人1「うるせえ!秋静葉!妖怪の山からの砲撃なら、報復は人間ならざる魑魅魍魎に向けるのが筋だろう!お前らは豊作の神だがなんだか知らねえが、農民じゃねえ俺達からしてみれば妖怪と変わんねえ!」

静「お前らが神と妖怪の区別も付かないほど信仰心がない不届き者であることは理解した。人ならざる我々へ向ける敵意も、10年前から何も進歩していない怠け様もな」

人2「里の祭りに先に火を放ったのはお前らだ!俺はあの混乱の中で恋人を亡くした!彼女を殺した妖怪も、暴れる奴らを放置した神も、俺は許してない!今この場でお前の妹、秋穣子を処刑する!使う道具は農民の鍬や鎌だ!」

 

三「これはマズイ」

霊「母さん、これって人間と妖怪の戦争がまた始まっちゃうんじゃ」

魔「そうなったらやばくないか?」

三「ええ、分かっているわ二人とも。あなたたち二人が生まれた頃に、私は妖怪大戦争に終止符を打った。再戦はさせない、絶対に」

霊「それで私たちはここに隠れていればいい?」

三「森の中なら見つからないわ。人間も神様も気が立っているから、博麗の巫女が両者の怒りを鎮めなければならない。この理想郷の平和を守るために必要なことよ、そしていつかあなたが受け継ぐ役目、知っているわね霊夢」

霊「うん!」

魔「…三珠姉ちゃん、巫女さん以外が異変の解決屋になるのは、だめ?」

三「うーん、だめってことはないけど危ないし怪我もするし悲しいこともあるし、大変な仕事だから、お姉さん個人としてはおススメはできないわね、魔理沙ちゃん、霊夢の手伝いをしてくれることは嬉しいけど、自分のやりたいことは自分で見つけなさいね」

魔「…わかった!」

三「二人とも良い子ね。戦争の解決かあ…10年ぶりだわ」

 

穣「ね、姉さん…静葉…!私の責任です…私が油断したから…こうなってしまったの…姉さんまで表に出ないで…この人たちは私が説得してみせますから…事を荒立てないで…」

人3「黙れ、小娘!神だが知らんが今のお前は人質、立派な交渉道具だ」

静「諦めろ、妹よ。人間はお前のことを道具だと罵った下に見て虐げた。故にこれは信仰の崩壊、人間と神との絆の欠落の証だ。今一度、神への恐れを人間に知らしめろと、時が来たと、天の声がそう高らかに叫んでいる。田と森の境、里と山、私の怒りを今この場で、燃える色の森と共に開放してみせよう」

人1「な、なんだ!?魔法の森が赤く…紅葉か!?」

人2「い、いや違う!紅葉なんてものじゃない。まるで木々が、全ての葉が燃えるような赤色だ!」

静「妹が、穣子が傷つけられた怒りで森の精霊たちが怒りに燃えている。お前たちの慢心を焦げ炭に変える魔力の炎だ。今更後悔しても、お前たちは超えてはならない一線を超え、入ってはならない領域に入ってしまった、既にもう遅いのだ。人間ども、お前たちは見るに50はいるだろうか…だがこちらの精霊の数は、その一千倍だ」

人1「何も考え無しで突っ込んできたと思うな!霧雨の術式を使った障壁武具だ!」

静「ふん、人間どもの抵抗ごときがどこまで続くのか興味がある、私の精霊の火炎に耐えてみろ!」

 

三「止めなさい。秋静葉。あなたは神々の中でも穏健派だったはずだ。しかし今のあなたはまるで過激派の妖怪と変わらない。自らの狂気に呑まれて人々に害をなす神に堕ちるなら、博麗の巫女の手で滅するのみよ」

静「博麗三珠…お前が起こした大地震の名残りを私は、私の精霊たちは忘れていないぞ。森の大地を割られた禍根を、木々の根を割かれた記憶を、魔法の森はしっかりと覚えている」

三「戦争を終わらせるのに必要なことだった。今のあなたは過去の自分が許した事実でさえ忘れ暴走している禍つ神。木々の傷は10年でも癒えないが、今日この日秋穣子を傷つけられ悲しみを負ったあなたの心だけは、せめて癒しを受け入れるに足る度量を持っていることを願うばかりだ」

静「神の度量を疑うなど、巫女にあるまじき蛮行だな。最も信仰に深く準じるべき人間が、敬い讃える存在の強さを信用しないとは」

三「理解に頂き、言葉もない」

少年「博麗の巫女…神様を言いくるめたって、俺はそうはいかないぞ」

静「お前は何者だ。少年」

少年「巫女は人間の味方か敵か。そんなの答えは決まっている。巫女は人間の敵だ、妖怪の味方だ。巫女が人間のために妖怪を根絶やしにさえすれば、俺は両親も兄弟も亡くして天涯孤独にならずに済んだ!どうして山に囲まれた人間の里以外で生きる術がないんだよ!どうして生まれたときから妖怪の恐怖に憑りつかれて怯えて暮らさないといけないんだよ!どうして俺は家族を妖怪に殺されたんだ!答えろよ!理想郷の巫女!」

三「あなたは、あなたの家族や友人は、運が悪かった。きっとあなたは、この理想郷で生きても、外の世界で生きても、同じ分だけ、不幸な人生を歩んでいた。家族のことは諦めて」

少年「…分かった。俺は俺の家族のことは諦める。…ただしお前の“家族”には執心してやるよ」

静「なっ」

三「霊夢!」

霊「こんのお!放せえ!」

人4「おら、ガキ、こっちだ」

魔「三珠姉さんごめん、こいつらがいきなり襲ってきて」

人5「減らず口を叩くな。霧雨さんのところの娘だから加減はしてやるが、暴れたらただじゃおかねえ」

人4「へへへ、巫女の娘だから飛べるらしいがなんだ?まだ全然へなちょこじゃないか」

霊「うっうるさい!」

魔「そうだ!霊夢はすげえんだぞ!」

三「霊夢!魔理沙ちゃん!口を閉じてなさい!」

霊「母さん…」

魔「ぐっ仕方ないぜ」

少年「どうだ?博麗三珠の娘、博麗霊夢が人質だ。巫女、お前に選択肢をやる。乗るか?」

静「三珠よ、耳を貸すな」

三「…一つ聞かせて。どうして人里にそんな拳銃があるの?」

少年「これか?これは魔界からの流れ物だそうだ。なんでも術式を破壊する術式を込めた弾丸を撃てるとか。良いモノだろ?」

三「なるほどね。いいわ。あなたが私に選択肢を与えると言うのなら、霊夢と魔理沙ちゃんの安全を保障するのなら、喜んで乗りましょう」

少年「ははは、乗っちまったなあ。言っちまうぞいいんだな?今この場で秋静葉を殺害するか、自分の娘を見捨てるか、どっちか選べ!どっちにしろお前は生き残る!秋静葉を殺したら秋穣子から一生恨まれて暮らせ!神殺しをためらい、自分の娘を見捨てたら、一生自責の念に駆られて苦しみの中で死ね!これが俺の家族を見殺しにした“理想郷”への復讐だ」

三「秋静葉、霊夢…安心して。二人とも死なないし傷つけさせない。約束するわ」

少年「何を言っている?お前がどちらか1人殺すことになるんだよ。秋の神様はお前自身の手で、次の巫女候補はお前の決断で俺の拳銃が殺すんだ。それ以外の選択肢なんてないんだよ」

三「霖之助さんには悪いことしちゃうわね。約束、守れないわ。…ところで大地を鎮める神を封印したらどうなると思う?」

少年「は?」

三「こうなるのよ。夢想封印!」

 

ドゴオ!グラグラグラ!(地震)

 

人1~5「うわあ!」

秋姉妹「きゃあ!」

少年「くそっ地震か!」

 

ダアン!(銃声)

 

三「霊夢!魔理沙ちゃん!」

魔「すっごい地震!これって三珠姉さんが…」

霊「母さん!後ろ!!!」

三「え?」

 

ダアン!(再度銃声)

 

グラグラグラ・・・(余震)

 

霊「母さん?」

魔「へ?三珠ねえ…」

三「かはっ…」

少年「この弾で俺の地面だけ揺れを止めたんだ、大地が安定したところで照準を合わせて撃つだけの簡単なこと……馬鹿な女だ」

三「霊夢…魔理沙ちゃん…逃げて…」

人1「巫女殺しだ」

人5「八雲の大妖怪が黙っちゃいない。まずいぞ」

穣「な、なんてことを…」

静「今更言葉もあるまい。再戦だ。巫女の息の根が尽きると同時に、それは開戦の合図だ」

霊「母さん?母さん?どうしたの?綺麗な巫女服が…真っ赤になっているよ」

三「霊夢…これはね…母さんの命の炎の色、赤く燃え上がる勇気の色よ…霊夢も好きでしょ?」

霊「うん、母さんの服、真っ赤な色だけど、暖かいから、好き」

三「でも霊夢、あなたがこの血の色に染まってはいけない、誰の血も見ないと、最後に見るのは母さんの血だと、約束して」

霊「うん、約束する。手も顔も母さんので血まみれだけど、私、誰の血も見ない、最後に見るのは母さんの血、…これでいい?」

三「霊夢は良い子ね、よくできました。母さんの自慢の娘よ」

魔「うえっ…ぐえっ…」

三「魔理沙ちゃんも、霊夢も、これからも涙を流すことはたくさんあるだろうけど、私も泣き虫で弱虫だったけど、男の子に負けない女の子になってね」

霊「母さん!」

魔「み、三珠姉さん!」

三「霊夢、あの少年を憎んだり恨んだりしないで……あんなに純粋な感情が込められた弾丸だもの……誰だって防げるわけないわ……秋静葉、私の名に免じて戦争は始めないで、八雲紫が起きてしまうから」

 

三「霖之助さん、ごめんなさいね…」

 

人2「里のご神木が焼け落ちたぞ!」

人4「大変だ、民家に火の気が回ったら大火事だ!」

人3「木は全部切り倒せ!風が強くて危険だ!」

 

<山>3年前、霊夢12歳

 

1、人間の里、あばら屋、小兎姫と霊夢、雨

 

小「大丈夫かな?確か山中を逃げ回っていて崖から落ちたんだって?里の人が山菜を取りに行っていたからすぐここまで運ばれてきたけど、妖怪どもから追われる今の君の身の上を考えたら、いつまでもここに長居することはできない」

霊「わかっているわ。母さんが死んでからはずっとこの調子だもの。神社を追われて寝る場所も食い物も奪われ、ゴミ捨て場や馬小屋を転々と逃げ続けてもう一年くらい経ったかしら」

小「…いつまでもここに居ていいんだと、言ってあげたいけど、これでも私は人間の里を取り締まり治安を守る警察だ。次期博麗の巫女1人の命よりも、8000人の人命の方を優先したい。酷なことを言うけど、君を匿うことは、今の理想郷において安全なことではないし、数百の家族を危険にさらすことはできない」

霊「こうやって隠れ家で怪我が治るまで看病してくれたことには、本当に感謝している。雨風がしのげるだけで嬉しいのよ」

小「君はまだ子供なのに逞しいね。…明日の夜、妖怪の山中腹、建設途中の風見の城を攻撃する、里の警察が一斉に武装蜂起する。妖怪による人間の統治開始を何としてでも食い止めるんだ」

霊「魔力が少し扱える程度の人間たちが束になってかかったって、妖怪たちには勝てっこないわ。返り討ちで皆殺しが目に見えている」

小「ははは、物騒な言葉を使う女の子だ。…理想郷が終わるのに、正義の味方が何もしないわけにはいかないからね?」

霊「私も飛べさえしたら参戦できるのに、巫女の力が使えるのなら小兎姫さん、あなたと一緒に戦えるのに、飛べない巫女で、ごめんなさい」

小「身寄りの宛てのない君を匿った程度で、そこまで恩を感じる必要もないんだよ?止まない雨はないんだ」

霊「あなたの名前は?」

小「私は小兎姫、正義を信じる少女だ。自分で言うのもなんだが。今夜はゆっくりお休み」

 

霊「明日までに、私が、博麗の巫女が、全部なんとかしてみせるから、母さんみたいに」

 

2、香霖堂、霖之助と霊夢

 

霊「霖之助さん、いる?」

霖「うおりゃ!捕まえたぞ!座敷童め!」

霊「汚いのは認めるけど、私!霊夢!」

霖「なんだ霊夢か脅かすな、というか久しぶりだな一年くらいか、というかどうしてここに来た、三珠が亡くなって以来君は確か妖怪たちに追われていたはずだ、なのにどうして」

霊「聞きたいことが山ほどあるのは知っているわ。でも今夜私が風見幽香を倒さないと人里の警察がみんな死んじゃうの。霖之助さん、力を貸してほしい」

霖「…人里の連中が一斉攻撃を仕掛けるってことなのか?」

霊「ええ。その前に風見の総大将を倒してしまえば、警察も動く必要がなくなる」

霖「待て霊夢。相手は理想郷でも最強と名高い大妖怪、風見幽香だ。それにお前に奴が倒せるならどうしてこの一年逃げ回っていた連絡しなかった僕に顔すら見せなかったんだ、三珠の忘れ形見の君を僕がどれだけ心配していたのか、それを考えようとはしなかったのか?」

霊「ごめんなさい、霖之助さん、でも今夜何も行動しなかったら私はきっと後悔するから、理想郷のためにできることをしたいのよ」

霖「血のつながりは無くとも親子か。じゃあ、これを持っていくと言い。名付けて座敷ワラジ。履いているだけで人の匂いは消えて妖怪扱いになる優れものだ。認知系の術式が組まれているんだとか…これさえあれば半分完成している城への侵入も容易いに違いない」

霊「やった!ありがとう霖之助さん!大好き!」

霖「…お代は出世払いでいい。それと最近僕から八卦炉という便利グッズをかっさらっていった泥棒が魔法の森に隠れ家を構えているんだが…って、っ行動が早い所も親子そっくりだ」

 

3、城建設中、霊夢、風見幽香とリグル、妖怪たち、少年、魔理沙、脱出

 

霊「辺り一面妖怪だらけね。だけど霖之助さんからもらったワラジのおかげで誰も私を博麗の巫女だと思わないのね」

妖1「おいそこのちっさいの!こっち来て柱立てるの手伝えよ!」

霊「えっ、あっ」

妖2「おい邪魔だチビ!丸太の下敷きになりたくなきゃとっとと地下の運搬班に回りな!」

霊「ち、地下?」

妖1「あん?なんだと赤鬼野郎!そのちっさいのは俺達の下っ端だ!勝手に配属変えていんじゃねえよ!」

妖2「こんな作業員入り乱れた現場で配属も担当もあるかってんだ!あんな非力そうなやつがここに居られても迷惑だから、親切に退かそうとしてやってんのに、文句があるとは頂けないな?青鬼風情が」

妖1「おう、やんのかこら」

妖2「望むところよ、久々に相撲ができるとなると血が騒ぐってもんだ」

霊「あっ、私、地下に行きます!」

妖1「おらあ!」

妖2「こいや!」

 

霊「物騒な建設現場すぎて疲れるわね…兎にも角にも城内部への潜入は成功ね」

リ「おやおや?こんなところでちびっ子が何をしているのかな?道にでも迷ったかな?」

霊「あっ、はい、私、ここの現場では新人なもんでして、どうやったら戻れますかね?」

リ「うーん、ちびっ子はちびっ子でも人間の、しかも博麗の巫女の娘と来たら、ここから戻るのは難しいんじゃないかな?ねえ、幽香?」

霊「なっ!」

風「そうねリグル、まだ蕾だけれどきっと美しい花を咲かせる素質をこの子は持っているわ。ここで引き返してとっとと帰ろうだなんて、せっかくの私のお花のコレクションに加わるチャンスをみすみす失うことになる…そんな大それたこと、しちゃいけないってことくらいわかるお年頃でしょう?」

霊「どうして、どうしてこのワラジがあるのに」

リ「それは下級妖怪にしか通用しないような術式しか組まれていない粗悪品だよ。どこで手に入れたかは知らないけど損な買い物だったね」

霊「霖之助さんめ!」

風「それで?花咲き乱れる前の儚いあなた、博麗霊夢がどういう用件で私の別荘建築用地に足を運んだのかしら?」

霊「母さんが死んでから好き放題やるようになったあんたに、風見幽香に殺される人たちをこれ以上増やさないためよ」

風「あははは!すごい!すごすぎる!まさに理想郷の調停者!私の独裁支配を邪魔する者の代表!…そしてイデアを理解しない呪われた土くれと同じ!」

霊「何を言っているかは知らないし知りたくもないけど、今日まで私がただ妖怪から逃げ回っていただけじゃないってことを、分からせてやるわ」

風「封印術式を練習していたんでしょう私の部下で実験しながら、知っているわよ?」

霊「本当にそうかしら?」

風「それもこれも、蕾のあなたをあたしの茨で優しく包み込んであげたら、…あなたのめしべまで花弁をむしれるかしら?」

 

霊「針術式!」

風「あなたは全然だめね。針に仕込むとは、工夫が凝っていて感心するけど、決定打に欠ける。パワー、強靭さ、腕力。基礎が固まってこそ光るのが応用力。」

霊「うわあ!」

風「だから、いともたやすく私の鞭に絡まってしまうのよ。修業が足りてないんじゃないかしら」

 

霊「これならどうよ!霊力解放!」

風「嫁入り前の乙女が自分の肌を傷つけるのはご法度よ。針で自傷行為、血から霊力を霧状に拡散とは、やっぱり感心しないわね。」

霊「目くらましを喰らっておいてよく動く舌ね!」

 

ガキン!(激突音)

 

風「あら残念。私の傘、折れないの」

霊「…母さんが死んだことに便乗してこの郷の乗っ取りを企てる悪い妖怪、風見幽香」

風「龍神の加護も失ったあなたには博麗の巫女の資格も、この郷の未来に口をはさむ権利もないわ。…あなたに残された未来は、私の秘密の花園で、飾られ閉ざされ阻まれ着せられ包まれ撫でられ抱かれ愛される、人形のような暮らしだけ。あなたは私の計画や理想郷の未来なんか放っておけばいいの、ただ鳥かごの中で飛べない鳥として生きていきなさい」

霊「…どうして、私を殺さないの?」

風「博麗霊夢、あなたに見せたいプレゼントがあるから」

 

リ「連れてきたよ、幽香」

少年「かはっ…離せよ、この昆虫もどきの親玉野郎」

風「あら威勢がいいこと。あなたにそっくりね、霊夢」

霊「そ、そいつは…」

風「そう、忘れるはずもないわよね。この少年こそ、2年前、あなたの母親、先代巫女博麗三珠に凶弾を放ち殺害した犯人。捕まえたはいいけど、非力で矮小で臆病で腰抜けで卑怯者だから仕方なく、使い道に困っていたところなの」

霊「な、何故よ。何故母さんの仇を、お前が、悪い妖怪が、私の前に連れてくるのよ…?」

風「あははは、自分で言っていて分からない?そんなの悪い妖怪だからに決まっているじゃない?あなたの中には復讐心という種がある。そんな憎悪や悲痛や殺意を全部解放してあげようと思って、用意した大サービス。さあ?受け取るかどうかは、あなたが決めるのよ」

霊「私が、決めていいの…?」

リ「あの時、君の母親を撃ち殺した拳銃だ。この少年にそれを向けて引き金を引きさえすれば、君は過去の自分を捨てて新しい君自身になれるよ」

霊「…これを使えば、新しい私に…?」

風「ええそうよ。花を開かせることは、とても素晴らしいことなの」

霊「素晴らしい…?母さんにも褒めてもらえるかな…」

風「きっと大喜びだわ。誰かを殺めて傷つけて取り返しがつかないことをしてしまえばね」

霊「母さんのために、母さんの仇を、母さんを殺した奴を、娘の私が、この手で…」

風「さあ、蕾の霊夢?世にも美しい花を、自分の手で、咲かせて見せて?」

 

魔「待った⁻―――――!」

 

ドガシャン!(ガラスを割る突撃音)

 

魔「そいつらの口車に乗るんじゃねえ!霊夢―――――!」

リ「侵入者だ!」

風「鼠がもう一匹紛れ込んでいたってことかしら」

霊「えっ、ま、りさ?」

魔「星屑煙幕!」

リ「ゲホゲホッ!」

魔「掴まれ霊夢!あたしだ!魔理沙だ!さっさとこんなところからはトンズラするんだぜ!」

霊「で、でも、母さんの仇を、私が」

 

パチン!(ビンタ)

 

魔「バカ霊夢!目え醒ませ!天国の三珠姉さんが泣くぞ!」

霊「じゃ、じゃあ、この拳銃はどうしたらいいのよ」

魔「そんなもん、こうするに決まってんだろ!マスタースパーク!」

 

(マスパ音)

 

魔「ついでにお前らも吹き飛べ!」

風「うふふ、いいわ私もその名前気に入った。差し詰め私の術式を盗んだってところかしら、マスタースパーク」

 

(マスパ音)

 

魔「逃げるぞ、霊夢!」

霊「待ってよ、魔理沙!」

リ「二人が逃げるよ、追わないの、幽香」

風「今日は疲れたわ。リグル、追跡が必要ならあなたの管轄でお願い。私はもう寝るの」

リ「ううん、僕も無理だ。さっきの煙に殺虫成分が混じっていたみたいで最低4時間は動けないよ」

 

4、魔理沙と霊夢、箒の上

 

ヒュウウ・・・(夜風)

 

魔「霊夢、夜風寒いか?」

霊「気持ちのいい風よ…魔理沙、飛べるようになったのね、私と反対に」

魔「箒で空を駆けるのは魔法使いだからな。最近は股も痛くないんだぜ?」

霊「…さっきはありがとう。助かったわ。心も体も」

魔「…本気で少年を殺そうとしていたのか?」

霊「…ええ、風見幽香は言っていた。私の中には復讐心という種があるって。それが花を開いてしまえば、誰かを殺めて傷つけて取り返しがつかないことをしてしまうって」

魔「そんな自分を怖いと思うか?」

霊「ええ、怖くて震えて情けないけど泣きそうなの。人間でも妖怪でもない、本物の化け物になってしまいそうで」

魔「…人間と妖怪が仲良く暮らそうと、曲がりなりにも試みられているのは世界中でもここくらいだ。過去には伝説の大陸でも同じ目標が立てられたらしいが……外の世界は人間の領土、反転した裏の魔界は妖怪の領土。外の世界には行ったことはないが、この2年間、あたしは魔界を旅していたんだ。つまり、今は故郷に帰省中ってことだな」

霊「…魔界へ?魔理沙が?1人で?」

魔「ああ1人だ。だがあたしは出会って1人じゃなくなった。三珠姉さんと同じくらいに尊敬できる師匠に、あたしは魔界で出会った」

霊「師匠?」

魔「その方が行っていた。自分を突き動かす原動力は、復讐心だと。世界を変えるのも、世界への復讐心だと。霊夢、お前の中に埋め込まれた種はまだ芽を出しちゃいない。あの少年のために、お前の花は咲くべきじゃない。もっと力を溜めればいいんだ。理想郷を変えるのも、理想郷への復讐心だぜ。なーんてな、あたしの師匠ならこう言うと思う」

霊「私、もっと力を溜めたい。理想郷を変えるために、風見幽香を倒すために…そして、そのために、あんたの師匠に出会ってみたい」

魔「一緒に来るか?」

霊「私を連れていけるの?」

魔「飛べない巫女を箒に乗せて、なんて洒落た状況滅多にない」

霊「幼馴染の魔法使いに攫われるなんてことも、ね」

 

 




※理想郷……人間と妖怪が共に暮らす日本のどこかにある固有の世界、何重かの結界で囲まれ理想郷側と外の世界である普通の日本や世界側とは分け隔てられている、魔界やその他多くの異界と物理的な地理関係を無視して繋がっている、常識と非常識な論理的な結界のおかげで外の世界で忘れ去られたりした妖怪や事物が自然と流れ着き定着している、理想郷内の人間の数に対して妖怪の数は数十倍から数百倍居る


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2. 魔界

※術式……現実に存在している動植物や自然物、機械や文明的な生産物に限らず、あらゆる事物に対して内在させて効果を得ることができる概念的な組成物。魔力、霊力、妖力等の媒介に関わらず、そこに何かしらの力が流れれば発動する水路や回路のようなもの。効果は多岐に渡り、研究次第では複雑なものや特殊性を先鋭化させたものも発明できる。

Chap.2


<魔界>1年前、霊夢14歳

 

1、人身売買、霊夢と少女、司会と客、魅魔

 

魔都パンデモニウム

 

オークション会場

 

女「へへへ、ようやく起きたね。あんた年は?」

霊「14…ってあんた誰よ」

女「あんたと同じ鎖に繋がれてこれからオークションで売られる奴隷だよ。見たところあたしよりはあんたは上玉みたいだ。せいぜい良いご主人様に買われろよ?ヒューマノイド型の人身売買にたかる妖怪どもには碌な連中がいないとは聞いているけど」

霊「あんた、元々は外の世界の人間ね、言葉でわかるわ」

女「…それがわかったところで何になる。神隠しにあってもう何年経ったかも忘れたよ。気が付いたら魔界での奴隷生活さ。不幸な人生とはまさにあたしのことだね」

霊「…そうやってうだうだ言っているから良いことが無いのよ」

女「じゃああんたは相当な幸せ者なんだな」

霊「あんたは鎖に繋がれている。私は自分で鎖を断ち切れる、確かに私は幸せね」

 

ジャラン(鎖)ガチン!(鎖を絶つ音)

 

女「なっ、あんたいったい!?」

霊「妖怪の悪行を知るには、悪行の流れに染まればいいのよ」

 

司会「さあさあお次の商品は本日の目玉、人間と魚人のクォーター、世にも奇妙な奇形児は見世物として応接間のお客様方の笑いを誘うことは間違いありません!…ってなんだお前、うわっ!」

霊「あんたらに告ぐ、今すぐ逃げた方が良いわ。さもないと、最近噂のオークション狩りに狩られるわよ?」

客1「なっ、オークション狩りだって!?」

客2「パンデモニウムで噂になっている義賊か!?不味いぞ逃げろ!」

司会「なんてこった、おしまいだあ、警察に捕まったら一生刑務所暮らしだ…」

霊「あんたもこんなところで司会者なんてやってないで、まともな仕事を探しなさい。今日の経歴をしっかりと洗っとくのよ?わかった?」

司会「はっ、はいいいい!」

 

ドンガラガッシャン!(オークション会場破壊)

 

女「お、おい!ありがとな!この恩は必ず返すよ!」

霊「早く消えた方がいいわよ。魔界の街は物騒だから」

女「あんた、良い奴だな。じゃあな!」

霊「…ふぅ、これでようやくのご対面ってわけ?復讐心の悪霊と」

魅「私を突き動かす原動力、世界を変えるのも、復讐心だ。こうして暴れ回る中で君は自分を鍛えた。魔理沙、あの子は君のことを大層心配していた。私は1年前に不慮の事故で離ればなれになってしまった弟子の友人から発せられるSOSだと受け取り、こうして現れた。」

霊「迷子も度が過ぎれば良い薬になったわ。闇が渦巻く魔界の放浪旅も、好奇心旺盛なお年頃には悪くはない体験だったし」

魅「魔界での1年間、君は何を見た?」

霊「3つの暴力よ、純粋な暴力、経済の暴力、言葉の暴力」

魅「いずれも雌雄を決し合う勝負には違いあるまい。ゲームには勝者と敗者がいる。ここは掟に従順な場所なんだ」

霊「1つ許せないのは、ゲームのシステムを操って有利なように維持してしまう連中よ」

魅「その感情もまた逆襲の火種となろう。…この種を栽培している村を探せ。広大な魔界でもたった1か所に存在する。種と村が、いずれ君と私を惹きあわせる」

霊「あんた、名前は?」

魅「奴隷解放の英雄よ、私の名前など仮の姿だ、これは記号のようなものだと思ってもらいたい。魅魔という名前に誇りも気高さも感じたことは無い。ただ、私はそう呼ばれている」

霊「魅魔、私は、理想郷を救える?」

魅「私は幽霊だ。幽霊の想う理想と、君の想う理想が同じかどうか、……目標をお互いに授け合うのは、まずは君が辿りついてから、構うまい?」

 

2、魔界縦断鉄道、霊夢と婆

 

ガタンゴトン、ガタンゴトン(列車)

 

婆「この魔界横断鉄道はねえ、あたしの婆さんの婆さんの、そのまた婆さんが生まれるよりもずっと前から作られ続けて、あたしの玄孫が死んでもずーっと作られ続けるんだよ」

霊「この辺りの景色は平和ね」

婆「牧場なんて昔は無かったさ。南の平和になった地方都市からは上の世界へ行ける縦断鉄道も出ているって話だよ」

霊「インフラが充実していることは良いことよ」

婆「魔界経済も単純じゃあないのさ。魔力発電所事故が起きてからは天界と是非曲庁の介入が引っ切り無しで、戦争に発展するんじゃないかと皆が肝を冷やしたさ」

霊「理想郷も魔界も似たもの同士ね。…お婆さん、北の大瀑布、重力駅行きはこの列車はで正解なのかしら?」

婆「間違っていても教えはせんよ。なんたってあたしゃその前の血まみれ駅で降りるからねえ、かははは」

 

3、霊魔殿、魅魔と霊夢と魔理沙

 

ザア…ザア…(北極海みたいな海の波音)

 

霊魔殿

 

霊「重力村で船を借りてから大体1時間は漕いだかしら…ここが魅魔の根城」

 

 

ギイ…(開門音)

 

ロビー

 

霊「入ったけど、人の気配はない…?」

魅「悪霊の気配とはどんなものなのだろうな?」

霊「後ろから脅かすとはまるでお化けね」

魅「まあ、お化けだからな」

霊「それじゃあ、お化けさん、魔界の果てまでこうしてやってきたわよ?…あなたがあの時、私に渡した種、重力村という寂れた漁村がある海岸沿いでしか見られない希少な植物、火花と呼ばれる花の種が、確かにあなたと私を惹きあわせたわね」

魅「火花の種は私の根城の光源でね、取扱いには注意が要るが、燃えだせば10年は燃え続ける優れものだ。これも大瀑布のすぐそばのこの地域特有の環境のおかげでもある」

霊「じゃあ、火花の花が咲いたら?」

魅「私も是非見てみたい。…さて幽霊と人間、私と君、二人の絆は復讐心だ。私は世界へ、君は理想郷へ、お互いに何かへ報復したい、返り討ちにしたいと願ってばかりいる。…願うことは容易い。だが願いにばかり時間をかけすぎるのは愚かだ。私は行動する。君も行動する。君はじゃじゃ馬だが、その熱量は認めよう」

霊「風邪を引けば熱は出るわ。私の熱はその程度のもの?」

魅「凍てつく炎のような、長くたゆまぬ強い熱を目指せ。強情になれ。君自身の復讐のためにもな。…魔界の時間の流れ方は、理想郷と5倍違う。魔界で1日を過ごしても外の世界では5日経過している。5年いれば25年後にタイムスリップだ。魔界の入り口の時間操作術式、妖怪の賢者の名は正しいようだ」

霊「そうね。じゃないと体が千切れてしまうわね」

魅「強靭な肉体が必要だ。と言っても私は幽霊、君は少女、筋肉勝負ではいささか分が悪い」

霊「最強の妖怪を倒せる?」

魅「鎖を断ち切る術式が作れるなら、ダイヤモンドを切断する術式を教えよう。巷の噂だけで敵を退けられるなら、幻影で敵を討つ方法を教えよう」

霊「本当に、できるの?」

魅「体術、剣術、魔術…。まずは君の天才ぶりを見せてもらおうか」

 

廊下

 

魔「魅魔様のところに霊夢が辿りついているとは…意外だったぜ」

霊「開口一番それかしら?魔界って良い所ね、魔理沙?」

魅「おかえり魔理沙、どうだ?兄弟子になった気分は?」

魔「ただいま魅魔様、正直、こんな弟弟子願い下げだぜ、っていててて」

魅「霊夢、その辺で魔理沙を許してやれ。今日は君たちに見せたいものがある」

霊「見せたい?」

 

第一訓練場

 

魔「魅魔様の訓練術式装置?」

魅「そうだ。基本3術を全て応用することに長けた仕掛けが施されてある」

霊「体術、剣術…」

魔「そして魔術だぜ。霊夢、飛べないお前の代わりにあたしは箒で飛んでいてやるよ」

霊「相変わらずむかつく親友ね。でもそれが魔理沙ね」

魔「適当なことしか言わないのがお前だもんな、霊夢」

魅「口ではなく、手を動かせ!」

 

寝室

 

霊「火花調合の調子はどう?魔理沙」

魔「ニトログリセリン無しで一からダイナマイト作るみたいなもんだ。骨が折れる」

霊「八卦炉の炎も火花が原料?」

魔「違う、魔鉱石だ。と言っても使い込まれてもはや魔力の塊みたいなもんだけどな。山火事も煙草のライターも料理のための火も起こせるが、この花とは別種だよ」

霊「便利ね」

魔「そう言うお前こそ、訓練終わった後の夜は何かと机に向かっているが、それって何の研究だ?」

霊「同室のあんたの快眠を煩わせてしまっていたのならごめん。あれは魅魔の装置術式解読のため」

魔「何のために解読するんだ?」

霊「あの訓練は面白いわ。飛んでくる弾を3術のどれでもいいから駆使して応用して回避すれば良し、当たらなければ勝ち、単純なルールなのに遊び方は無限なんだもの。分かりやすい上にハマりやすい」

魔「何が言いたいんだ?霊夢」

霊「いい?魔理沙。最強の妖怪には、最強のゲームをぶつければ良いってこと」

魔「つまり、妖怪同士の暴力争いじゃなくて、霊夢が決めた遊びのルールの中で戦うように仕向けると?風見幽香に?」

霊「半分正解ね。風見幽香だけじゃない。理想郷全土に広めるの。この術式がその原型になるの」

魔「盗作だな。だが算段が有る下策より、算段なしの上策の方が何倍も怖いぜ。下策は咎められなきゃ、いや、咎められてもやったもん勝ちだからな」

 

4、最終試練、霊夢・魔理沙と魅魔

 

第一訓練場

 

魅「霊夢、君は半年間我が根城で厳しい鍛錬を修めた。そして魔理沙、天界と月の裏まで放蕩旅行とその前後の鍛練、ご苦労だった」

魔「魅魔様、放蕩ではなく偵察です」

魅「冗談だ。魔理沙、霊夢、君たちには最終試験を行ってもらう」

霊「最終試験?」

魅「体術、剣術、魔術…そのすべてを極めたかどうか、私が直々に相手をし、見定める」

霊「なるほどね?順番は?」

魅「二人同時。いや、三者同時か?」

霊「三者?」

魔「まさか…」

魅1「剣術ならば、私にかかってこい」

魅2「魔術ならば、私が相手をしよう」

魅3「最後に、体術ならば、他の二人の私を倒してから、かかってこい」

 

第二訓練場(以下、魅1と霊の会話時も同様)

 

魅1「私は魔術も体術も捨て、剣術に特化した魅魔だ。だが甘く見るなよ。他の選択肢を失ったとき、封殺されたエネルギーが精神をより強度に、より緻密に、より活性化させるのだ」

霊「普段の魅魔よりお喋りになってないかしら?」

魅1「会話は三度の飯と同じだ。霊夢、相手に喋らせることは、手料理をふるまうことと変わらないぞ?」

霊「魅魔、あなたを全員倒した後のご馳走が待ち遠しいわね!」

 

ガキン!(激突音)

 

第三訓練場(以下、魅2と魔の会話時も同様)

 

魅2「魔術…、時限式で炸裂するトラップ…、速効性の治癒魔法…、術式と呼ばれる肉眼では目視不可能な細工によって成立…。細工と言うよりも芸術…」

魔「いつもの魅魔様より寡黙だな」

魅2「寡黙は努力の証…、魔理沙…、言語化困難な暗黙知こそ、偉業を成し遂げる原動力…」

魔「まずは魅魔様、あなたを倒すまであたしは黙らない!」

 

ボガン!(爆裂音)

 

魅1「霊夢、お前のそれは剣術とは名ばかりで手にしているのは3尺3寸ばかりの棒だ。棒術と科目を履き違えたか?」

霊「あら魅魔、これが巫女の武器、紙垂は垂らしてないけど立派な玉串よ」

魅1「霊力を込めて強度だけ鋼鉄化しているか、応用を利かせれば攻撃の重さをオスミウムに、実際の軽さを木製にできる。面白い」

霊「無駄口が多いわよ!剣術の魅魔!」

 

魅2「五芒星…、図形関連付け式起動の個性…、想起のスピードが優先されたか?…、それとも星座大魔法への実質的な解凍か?…」

魔「星はあたしのシンボルだ。ハートを撃ちぬく恋心もな」

魅2「想起の可能性大…、大魔法への警戒の必要性小…」

魔「魔術オタクが出すぎだぜ?お師匠様?」

 

魅1「私の剣に、その闘志もまとめてへし折られろ!」

霊「そう簡単に折れはしない!」

魅1「ぐふっ、敵の戯言に聞く耳を持ち、早々に応用を利かせるその姿勢、良いだろう。合格だ」

霊「ゴム質のお祓い棒なら、折れもしないし鞭みたいにしなるって考えただけよ」

 

魅2「魔力因子凝固結界展開…、エネルギー負荷により、魔理沙…、君の魔力を凍結する…」

魔「魔力炉トリップと同じ原理だな、だが断るぜ!」

魅2「あぐっ…、まさか…、まさか大魔法だったか…、ここに魔術の魅魔は倒された」

魔「泥臭くやるしかなかったぜ、星の粉も安くないってのに。爆発はパワーだぜ」

 

廊下

 

霊「あら、魔理沙ずいぶんと遅かったじゃない」

魔「霊夢こそ魅魔様に手を抜いてもらって良かったんじゃないか?」

霊「剣術は速さの勝負、魔術は強かさの勝負、比べるものじゃないわ」

魔「適当なこと言いやがって。…さて、次でラストか」

 

第一訓練場

 

霊「誰もいない…?」

魔「いや、見えないだけだ」

魅3「私の可愛い可愛い子供たち、私のことをいったいどう思っているのかな?」

霊「なんだか面倒くさい魅魔ねえ」

魅3「うふふ、悪態も虚言もみーんな私の子供たち。愛しているわ」

魔「愛でられるのは慣れていないもんでな。最終試験、突破してみせるぜ」

魅3「慈愛に満ちた母親だと思いなさあい?そして鬼のような師匠に尽くすのよお?」

霊「それが本音なら、愛想も尽きるわよ!」

 

ガキン!(激突音)ボガン!(爆裂音)

 

魅3「あははは!ほらほら、二対一なんだからもっと大きく出ないとダメよ!」

魔「くっ…、霊夢!ダメそうか!?」

霊「ぐふっ…、あと30秒よ魔理沙!」

魅3「何を企んでいるのかしら?それに霊夢、あなたは戦闘不能になったはずじゃないの?」

霊「復讐心の原動力…、それを教えてくれたのはあなたよ、魅魔」

魅3「ふふ、師弟関係のミソというものだ。そろそろ先に倒された私の半身たちが合流してきた」

魔「心なしか口調が元の魅魔様だ。段違いに体術強化されているけどな…!」

魅3「次は魔理沙、お前だ。手は抜かない」

魔「…!、…やばっ!」

霊「魔理沙!上に飛んで!」

魔「わっ、分かった!」

魅3「これがお前の謀りか?霊夢」

霊「霊力を脚に込めれば壁を走ることはできるのよ」

魅3「それでどうなる?撹乱か?」

霊「飛べない私が幽霊を倒すには、魔法使いの力を借りるしかないのよ!」

魔「術式回路と霊夢の血液循環、霊夢を魔法陣に見立てれば…?」

魅3「結界が張られ身体コーティングに応用、か!?」

霊「私を誤認しなさい!魔術!」

魔「全身に剣を纏え!仮定霊装!」

魅3「ふっ、師匠からの熱い返礼だ!受け取れ!」

霊「行け!魔理沙!」

魔「応!霊夢!」

魅3「子供らに負けるわけにはいかん!うおおお…」

 

ドドォン…!(爆炎と煙)

 

霊「はぁ、はぁ、…どうなったの?」

魔「霊夢!無事か!?」

霊「魔理沙、あんたこそ怪我は!?」

魔「全身鎧みたいに硬くなっていたんだ。大丈夫だ」

霊「良かった…!」

魔「うわっ、いきなり抱きつくなっての…」

魅「子供の巣立ちを見送る親の気分が分かったよ。霊夢、魔理沙、君らは私を倒し、最終試験を制覇した。これで二人とも一人前だ。…さて、ここまで全て始まりに過ぎない」

霊「分かっているわ、魅魔…。博麗の巫女の復讐はここから始まるのね」

魔「あたしも好きに生きるために魅魔様に仕えていたけど、少し寂しいな」

魅「復讐にしろ好きに生きるにしろ、そこには私と言う亡霊も付き纏う。死人の口が今から君らに道を示そう」

 

5、試練後、魅魔と霊夢、魔理沙、脱出

 

魅「霊夢、君が理想郷に帰還し、博麗の巫女としての座に舞い戻った暁には、絶対的な統制を敷き、妖怪どもを滅亡させるべきだ」

霊「魅魔、あなたの考えも分かる。対立が悲劇を生むなら、構造をなくしてしまえばいい。だけど、それはダメなのよ」

魅「どうしてだ?君は強くなり力を得た。それを使わずにどうする?人間の敵を一掃せずに怠ける気か?」

霊「妖怪は人間の敵じゃない。…母さんからの教えよ。妖怪が人間を襲い、人間が妖怪を狩る。それが理想郷のルール。博麗の巫女が守るべき鉄則」

魅「その母親は理想郷に殺された。妖怪と人間、その両方から追い立てられ死に追いやられたのだ。分かっているだろう?」

霊「ええ、だからこそよ。母さんを殺した理想郷の過去、それを打ち砕くことが、私の復讐なのよ」

魅「何もかも壊せばいいだろう。変わってしまった後の理想郷の復興のシンボルに、君がなるのだ」

霊「復興させるのは私じゃない。普通の生活を送っている者たちよ。体制崩壊の後の混乱でまた犠牲者が出る」

魅「戦争は回避できない、滅亡しない文明は存在しないのだ、霊夢。アレキサンダー大王もチンギスハンも、名君が居なくなった後の王国は必ず分裂する」

霊「私は今の理想郷を一つにするシンボルになる。あなたの申し出は断るわ。魅魔、恩もここまでよ」

魅「そうか、残念だ。…魔理沙、お前はどちらに付く?」

魔「魅魔様はお師匠だ。霊夢は友達だ。…友達を裏切ることはできない」

魅「私の教えを守る弟子のことは、嫌いじゃないよ」

霊「で、どうするの?黙って見逃してくれるとも思えないわ」

魅「そうだな。弟子の二人の船出だ。…殺す気でかかろう」

魔「魅魔様、あたしは霊夢とあなたが敵対するこの未来を予見した。あなたは予測していなかった。それだけだよ」

霊「魔理沙!」

魅「まさか、霊魔殿ごとか!」

魔「あたしが何のために火花の種を調合していたと思っている?!」

魅「技は盗むだけでは足りないぞ!魔理沙!」

魔「分かっているぜ。だからこれがあたしの魔法!星の魔法だ!」

魅「二人の弟子の叛逆!これほど覚醒することもない!」

魔「霊夢!掴まれ!」

霊「うん!」

魅「トワイライトスパーク!」

魔「スターダスト・レヴァリエ!」

 

(マスパ音)

 

魔「霊夢!」

霊「なに?!」

魔「この信管が起爆術式だ。お前のタイミングで投げ入れろ」

霊「でも魅魔が……」

魔「いいんだ。魅魔様はそう簡単に死にはしない」

霊「……わかったわ、やっていいのね?」

魔「ああ、頼む」

 

ガラガラ…(瓦礫)

 

魅「げほげほ、さては幽霊払いもまとめてばら撒いたか」

霊「魅魔。今ならやり直せるわ。お願い、あなたにも私の復讐を手伝ってほしいの」

魔「霊夢……」

魅「ははは、霊夢、君の復讐はいつか終りが来るだろう。君の復讐心が満足され原動力を失う日が」

霊「まだそんなことを……。世界を変えるのも復讐心だったわね?あなたの変えたい世界は一体何だったの?」

魅「そんなことを言えるわけがない。最愛の弟子の前で」

霊「魅魔、あなたと私の理想は違ったわね。でも私はまだあなたに恩を感じている。だからこそ、プレゼントよ」

魔「霊夢!しっかり掴まれ!ブレイジングスター!」

霊「魅魔っ!」

 

魅「試練に備えろ、霊夢」

 

ドドドガガガアアアンンンン!!!(霊魔殿爆破)

 

魔「爆発するぞ!ぐっ……!」

霊「うわっ……!」

魔「……っ!ヤバい!爆風が半端ねえ!」

霊「……っはぁっ!魔理沙!あんたが落ちてどうすんのよ!?」

魔「落ちてないから安心しな。……予想以上の爆発だったな」

霊「ええ、これが火花の力……」

魔「あたしの調合力でもあるんだぜ?前々からもしものために建物のあちこちに仕掛けておいたんだがな。といっても目的は敵襲対策だったが。まさか……魅魔様を……」

霊「幽霊はもう死んでいるから二度も死なない。封印されるか浄化されるか。消えはしない」

魔「ああ、そうだな。……ああ、そうだ」

霊「重力村まで飛びましょう。ようやく帰る時が来たのよ。私たちの故郷へ」

魔「人間と妖怪が共に暮らす楽園、か」

 

6、魔界飛行船、霊夢と魔理沙

 

魔「見てみろよ、霊夢。この魔界飛行船からの景色……」

霊「一面燃えているようね。とんでもなく広大な山火事かしら?」

魔「違うぜ。辺り一面戦場なんだ。難民が溢れてキャンプを作りそこが襲われ火事になる。兵器がどんどん使われてたくさんの命が失われていく。……そんな地獄の上をあたしたちはたった今、通過しているのさ」

霊「戦争……」

魔「魔界には幾億幾兆の人口がいる。死者は増えてもそれ以上に生まれてくる」

霊「理想郷も、下手したらこうなって……」

魔「だがな、あたしは眼下の犠牲者を助けようとは思わない。お前もそうだろ霊夢。あたしたちが救いたいのは理想郷であって魔界じゃない」

霊「……もしも母さんが魔界も救うって言い残していたら、違ったかもね」

魔「あはは、他力本願な霊夢らしいぜ……なあ、帰ったらどうする?」

霊「博麗の巫女と言うシンボルを最大限に活かす。下を向いている理想郷の人々を上に向かせるような、そんな巫女に成りたい」

魔「理想郷は今、病んでいる。確かに、霊夢1人じゃうまく立ち回れるか不安だな」

霊「何よ。じゃあ、あんたが巫女をやる?」

魔「ははは、冗談。……そうだな、今ではすっかり異変の解決屋もいない理想郷だ。そこから始める博麗の巫女と協力者諸君の現状打破を目指す諸活動……人呼んで『博麗異変』だ」

霊「『博麗異変』……もはや私たちが異変の元凶ってこと?」

魔「そうだ、故郷へ復讐する悪魔染みた巫女の凶行。お似合いだろ?」

霊「異変と異変はぶつかるわ。……風見異変と真っ向からね」

魔「あたしの隠れ家も静かでいい所だ。神社と一緒に使おうぜ。場所は魔法の森、実験材料やら魔導書で散らかっているが、湿気対策はばっちりだ」

霊「その箒で適当に片づけているの?じゃあ神社の掃除もお願いしたいわね」

魔「お前の頭のホコリも払ってやろうか?霧雨異変に改名だな」

 

 

<郷・前篇>現在、風見歴5年、霊夢15歳

 

 

1、城地下、風見幽香と稗田阿求

 

夢幻城

 

最深部

 

阿「一刻も早く私を解放しなさい、風見幽香」

幽「さすがは強気な姿勢、死んでも転生するからそんなに虚勢を張れるのかしら?」

阿「……どうして、心優しい大妖怪であるはずのあなたが、理想郷に圧政を敷いて人々を恐怖させ牛耳っているのですか」

幽「……事情が変わったのよ。穏健でいられなくなっただけ。そんなことより地上はもう三年も冬のまま、夏の花はこの地下の温室で育てるしかない。紫陽花もその一つ」

阿「花は愛で、郷は滅ぼすのですか」

幽「あははは!滅ぼす?バカおっしゃいな。ここはさらなる支配の足掛かりになるだけよ」

阿「足がかり?」

幽「そう。その核を成すのはあなたの転生術式。是非曲庁まで持ち込める複雑な術式なんてあなたの脳を縛っているその術式くらいよね」

阿「まさか……!」

幽「もう今更隠す必要もないから言うわ。稗田の術式を使った破壊術式テロ計画。内側からあのムカつく閻魔どもを葬ってやるのよ」

阿「ひっ……」

幽「“なんて恐ろしいことを!”……って思っているんでしょう?そうよ。今からあんたの頭の中から大事な術式を切除して……取り出してあげるわ」

阿「さっ、させるわけにはいかない!」

幽「紫陽花の花言葉、知っている?見聞した情報を忘れない程度の能力さん?」

阿「風見幽香……あなたは……」

幽「“陰惨で冷酷”。さあ、素敵な拷問を始めましょう?」

阿「うぐっ……づぁ……きゃああああ!!!」

 

2、 博麗神社、八雲紫、霊夢と魔理沙、三月精

 

 

鳥居前

 

紫「あなたたちが理想郷を離れている間にここは大きく変わった。今は風見歴五年。魔界とは時流の速さが異なるから当然よね。あなたたちの体感では二年程度でしょうに」

霊「……で?あんたは誰よ?そこを通してくれないかしら、実家なの」

魔「風見幽香が自分の暦を使い始めたことは理解した。あまり、芳しくないな」

紫「博麗の巫女の愛娘、名前は霊夢と言ったかしら?私は過去12代に渡り理想郷の巫女を支えている者、“賢者”八雲紫と申します。賢者と名乗れば改めて言う必要もないわね?」

魔「理想郷と外の世界を隔てた張本人だな」

霊「博麗家と八雲家は代々理想郷の管理人……母さんはそう言っていたわ。八雲紫、あんたが現れた理由は何なの?」

紫「長い冬眠から目覚めたのよ。夢半ば凶弾に臥したあの娘の目指した理想郷に、私も賛成だった。戦争の余波で私が寝ている間に、あの子の夢は実を結んだのかしら」

魔「三珠姉さんのやったことは無駄じゃないさ、今はまだ日の目を浴びていないだけだ」

紫「種が成長するときには必ず大地に根を張る必要がある」

霊「博麗は枯れて種だけ残った。あんたは私にとっての日の光?」

紫「さあね。でもそこのお友達は差し詰め、雨ね」

魔「霧雨だぜ。それと魔理沙だ」

霊「どっちにしろ、私はまだ正式に巫女として認められていないことは分かっている。このオンボロ神社に住まうことも、妖怪退治もさせてはもらえないってね。何が必要?修行?」

紫「八百万の神降ろしや、封印術式の会得は鍛練が必要になるかもしれないわね。そこはもはやあなたの才能に寄るところ」

魔「霊夢が誰かにしごかれるんじゃなくて自分から修行する……?想像できない」

霊「うるさい、あんたと違って努力も座学も報われるとは思っていないだけ。事前の準備を積んだって……その場の洞察と判断が全てなんだから」

サニー「だったら私たちのことは見抜けたかい!」

 

境内

 

シュバッ!

 

魔「うおっ!?なんだ!!」

ルナ「甘い甘い!!こっちだ!」

紫「ほら、お客様よ私にあなたたちの実力を見せて」

スター「お客はどっちよ!!」

霊「音声で位置は分かるけど、姿は見えないわね」

サニー「!?ルナ!?あんた音声遮断使うの忘れているじゃない!!」

ルナ「へ?って、わあ!?サニーこそ私たちからも見えなくなっているよ!!」

スター「サニー!ルナ!あなたたち一体何しているの!!私の指示通りに……キャッ!」

魔「うるさい蠅も鳴いているカラスもよく撃ち落としているぜ」

サニー「よくも私たちのレーダー係を!」

霊「あんたは光学迷彩?景色にうまく溶け込んでいるのね」

ルナ「サニー、見抜かれているのは私たちだ!」

霊「霊符!」

サニー「え?お札?」

ルナ「わっ、丸見えだ」

霊「姿を消す能力とはやるわね。それで音を消すのと、敵を探知できるのはどっち?」

ルナ「……わ、私が音波を掻き消して気配を消せます……さっきは失敗したけど」

魔「イヤホンの接続し忘れだ」

スター「手札は最後まで伏せるものだけど、この際無視ね。私は熱源を感知すれば誰がどこにいるのかなんて分かる。ほら、正直に答えたわよ」

魔「サーモグラフィか」

スター「ふんっ、三人揃えばバレない安置から一方的に攻撃できる、はずだったのよ」

ルナ「ご、ごめん……」

霊「妖精らしいわね。私たちには何の用?」

サニー「不法侵入の取締り。私たちの家の前でこそこそ何か話していたから怪しまない訳がない」

霊「理想郷に法律は無いわ。あるのは人間と妖怪の関係と……」

紫「博麗の巫女の役割だけ、ね」

 

縁側

 

紫「あなたたちどうやら神社に住んでいたみたいだけれど、この新聞は誰が読んでいるの?」

魔「八雲紫、お前はそれをどこから出した?」

紫「妖精でさえ正直者なら私も。世界を隔てる力は小回りも利きます。瞬間移動ができる空間の裂け目をどこにでも作れる」

魔「案の定、最強かよ。スキマ妖怪」

ルナ「あ、あの、新聞を読んでいたのは私です……趣味で」

霊「ハシブト新聞社?」

魔「妖怪の山、文屋として働く鴉天狗の合同新聞、その最大手だな」

紫「風見寄りの記事を書いて成長した企業、安定志向の保守主義集団、偏向報道もお手の物」

魔「天狗らしいが、気が合わなそうだ」

サニー「おいおい、立ち話の続きかい。ここは私たちの家だ」

霊「この家が好きなのね、私も。あなたたちの新居探しができるほど平和な理想郷に変えるまで、必要なものだけ持って魔理沙の家に泊まるから。いいでしょ?」

魔「昔を思い出すな。パジャマパーティだ」

スター「つまり住んでいても良いってことですか……?」

霊「その通り」

サニー「前の家は風見配下の妖怪どもに燃やされたんだ。本当に理想郷に平和が来る?」

霊「理想郷は変われる。みんながそう望めるようにする」

紫「理想郷も大きな群れ。風見くらいの力があれば集団の共通認識にもなるけれど、まずは世間をあっと言わせないと、体制を覆すことなんてできないわ。昨今紙面を騒がしているのはこれだけれど」

ルナ「玄武の沢の乱暴な巨人の記事ですね、人間の里と妖怪の山を繋ぐ山道で牛車や馬車が襲われて略奪被害が出ていて、天狗が取材した霧雨店の問答も載っていますよ」

魔「ゲッ、霧雨店」

紫「博麗霊夢、私の力が張っている結界ともう一つ存在する大規模術式、博麗大結界の使用権限。それを賭けてあなたに試練を与えます。玄武の沢の巨人を退治しなさい。私は妖怪の賢者として、あなたが理想郷を治めるに相応しいかどうか、判断する義務があります」

霊「妖怪が妖怪を退治しろ言うとは酷ね……巨人成敗は霖之助さんの所に行ってからにする。ところであんた、この新聞の切り貼り手帳、借りても大丈夫?」

ルナ「うん、別に良いよ」

魔「何年か前の天狗の記事か、文々。新聞?“人間の里で妖怪との友好記念植樹祭”」

 

3、霧雨魔法店、霊夢と魔理沙

 

寝室

 

魔「久しぶりの我が家は落ち着くな。しかし暖炉はあってもくべる薪がねえ。また集めないとな。八卦炉で暖を取らなきゃ寒さで凍えそうだ。で、そっちはどうだ?霊夢」

霊「――この写真は植樹祭で共に苗木を植える人間の少女と山の警察の白狼天狗とのツーショットだ。会場警備に当たっている者の職務怠慢にも見えるが、平和の象徴でもある。……5年前に休刊になって以来発行されていない、死んでいるかも」

魔「言論統制、山にも秘密警察はあるのか?」

霊「……射命丸文」

魔「風見幽香は狡猾な支配を行っている。恐怖政治だ。独裁と弾圧によって疑心暗鬼と堕落を誘発している」

霊「都合の悪い奴は反逆者扱いね」

魔「霊夢、お前が魅魔様から拝借した訓練装置の術式、この森のもっと奥に住んでいる業者に頼もうと思う」

霊「業者?術式専門の?」

魔「あたしたちからレシピと素材を受け取って調理するコック、その手のプロだ。仕事も早いし正確。魔法使い的には先輩にあたる奴」

霊「信用できる?」

魔「お前と同じくらいには。似た者同士だし」

霊「どういう意味よ」

魔「頑固者ってことだ。交渉役はあたしがやる」

霊「助かるわ、魔理沙。紫の式神は何の動物かしら」

魔「弁財天の蛇か、毘沙門天の虎かな?正確には式の式、おそらくはあたしらの監視役」

霊「神社なら狛犬ね。ところで寝室まで足の踏み場を失くすガラクタはどこから?」

魔「ああ、風見が勝手に作った森の端のゴミ集積所だ。宝探しにちょうどいいがな」

霊「この、枕元に錆びた剣を置かないでもらえる?鉄臭いの」

魔「少なくとも鉄じゃないが、こーりんに鑑定してもらうつもりだ」

 




※魔界……「作家が物語を綴る時、何枚もの原稿用紙を投げ捨てては本筋の物語を進めるように、本来の世界を神が作り出す過程において、神が用途はともあれ捨てていった無駄な世界が幾重にも積み重なり出来上がった乱雑で広大で不確かな世界」と言われている。理想郷や外の世界とは比較にならないほどの知覚生命体が存在しており、国もあれば都市もあり、人もいれば人ならざる者も多種多様に存在している。幾つもの惑星が物理法則の無視から地続きで繋がってしまった宇宙と捉えても良い。


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3. 集結

※妖怪の山……理想郷の一大勢力、その名の通り「妖怪の山」、裾野が広く高い、人間の里から見ると麓には霧の湖、中腹には風見の城である夢幻城、奥部には山のダム、見えない反対側にはさらに広大で複雑な山麓が広がっており、縦穴や岩山などに天狗を始めとする妖怪たちが社会を作り上げて生活している、大天狗よりもさらに上位の天魔がトップの自治組織

Chap.3


4、妖怪の山、大天狗と記者、白狼天狗、文と椛

 

裁判所前

 

記者1「山の勢力はもはや風見に敗北したのですか!?屈したのですか!?どうなんですか!?」

大天狗「まず……今回の裁判じゃが……例え山のしきたりで決められた法が……魔法薬物の持ち込みを禁じていたとしても……彼奴があの大妖怪の体制下に従事する者……ましてや人間ならば……罪に問うことは……妖怪ならば死罪でも……あり得ない……じゃ!」

記者2「それでは道理がおかしいでしょう!?妖怪が人間を殺すことをためらうなど、好機を逃すなど進んですることじゃない!やはり裏で風見が絡んでいますね!?」

記者3「おいおい……やべえんじゃねえのか?これ……」

記者1「あ、ああ、このままだと……まずいことになる」

大天狗「じゃから……山の皆は沈黙を保つように……」

記者2「沈黙なんてもってのほか!!……なっ!なんだお前たちは!?」

白狼1「山の警察の名のもとに、あなたを城まで連行します」

白狼2「よし、容疑者の身柄を確保、罪状は侮辱罪、及び体制反逆罪で逮捕する」

記者2「くそっ、離せっ!風見の犬があ!」

大天狗「あの烏天狗は……若かった……出る杭は打たれる……悲しいかな、それが理想郷の変えられない現状じゃよ……記者会見はこれで終いかのう?」

 

山、展望台

 

文「出る杭は打たれるんじゃなく、腐るんですよ。ストーカーですか、椛」

椛「千里眼を使いました。すみません、先輩」

文「何をしに来たのですか?山の警察も今日は非番ですか?」

椛「まだ哨戒中です。しかし皆やる気を失くしています。ただ命令に従うだけの組織と化しています。山は風見幽香に骨抜きにされました」

文「私は警告した記事を書きました。だが誰にも相手をされず、皮肉にも記事を目にしたのは風見です。組織に属さない私がどれほどの苦労をしたのか、あなたに分かりますか?」

椛「先輩の強みはそこです。フリージャーナリスト。集団に埋没することなく自由に書きたい物を書くことができるはずです」

文「つまり誰も守ってはくれないということです。職を失い、路頭に迷い、どれだけ惨めだったか。あなたに分かりますか、犬走椛……山の警官であるあなたに、飛べなくなった鴉の悲しみが理解できるのですか。無理でしょう。同情だけであなたは自分の組織を抜けることはできない、妖怪を辞められるわけがない」

椛「同情なんて、私はもう一度、先輩の新聞が」

文「だったらあなたが書けばいいじゃないですか!私ばっかりに頼らないで、風見に反抗する文章を白昼堂々大天狗にでも突きつければいい。風見幽香に見せて付けてくればいい!それで馬鹿にされるか殺されるような目に合えばいいんですよ!どうして分からないんですか。私はもう、新聞なんて書きたくないんですよ!」

椛「先輩!植樹祭の記事、覚えていますか?私と女の子の写真、忘れていないですよね?毛並みのせいで苛められていた私が初めて誰かに手を引かれた日でした。前々から接してくれていた先輩にも感謝しています。……女の子の村は人里の外れの貧民街で、五年前に焼かれ、あの時植えた苗木たちはご神木と一緒に炭に変わりましたよ。積み重ねられた焼死体の山から、焦げた枝木を見つけました」

文「あなたと少女が一緒に苗木を抱いているのが美しかったから、シャッターを切っただけです。それはただの棒切れかもしれないし、少女とは何の関係も無い枝切れですよ、きっと」

椛「先輩、あなたは一度始めたことを投げ出すような天狗じゃありません」

文「あなたは私を誤解しています……私の文は、弱い。今日まで音信不通であなたから逃げていて申し訳ありませんでした。風が冷え込んできたので、この辺で」

椛「先輩!……先輩……」

文「ついてこないでください」

 

5、 香霖堂、霖之助と霊夢と魔理沙、橙

 

霊「山のダム?」

霖「……三珠が人妖戦争の後に妖怪の山と一緒に作った貯水湖だ」

橙「うん、最近その近くで山ではご法度の薬物密輸の事件が起きたんだけどそれは置いといて……私が紫さまから任せられていたのは、山のダム周辺の地質調査だよ」

魔「地質の調査?何のためにだ、橙」

橙「主に地中の魔力……妖力、霊力も含めてその上下を調べろって。霊夢と魔理沙はまだ知らないかもしれないけど、この冬はもう三年続いているんだ」

魔「は?」

霖「それは僕から説明するよ。三年前、春がそろそろ到来するって時期になっても雪はやまず気温があがらず、そのまま春は過ぎ夏も理想郷は寒さに包まれたままだった。あの時は天変地異でみんな混乱したけど、それが三年も続くと不思議と違和感が無くなるんだ」

霊「……今が師走だから私たちも違和感が無かったわ。信じられない、これも風見幽香の計画なの?」

橙「それまでは分からないよ。紫さまはきっとこの終わらない冬について調査を進めているんだ」

霖「賢者様も後手後手だな。それで頼まれていた物だが、僕の在庫と君の神社の蔵から出てきた巻物を全部見てみた結果から割り出した、僕の考えた最強の設計図を用意した」

魔「こーりんはすごいぞ。あたしの必殺の八卦炉だって準備してくれたしメンテナンスもできるんだ。これが無い生活は考えられない」

霖「魔理沙、あまり僕を良いように使うなよ?……それでこれだ。見てくれよこの美しい紅、肌触りも最高級で、何より頑丈だ。“火鼠の皮衣”、名の通り伝説の獣の毛皮を編んで織られた一級品さ。平安貴族や戦国武将が求めてやまず、マルコポーロの東方見聞録の中ではサラマンダー、魏志や中国の古い文献では火浣布(かかんぷ)とも記されている代物だ。竹取物語の中でも、この衣を求める安倍御主人(あべのみうし)は後に陰陽師として有名になる安倍清明の先祖であって……」

魔「こーりん、長い」

霊「これを私の巫女衣装に?」

霖「ああ、ふんだんに使う、採寸は既に終わっているからあとは仕上げだ。それで君の蔵に眠っていた術式を、君の要望通りに応用できるようにした。君の母、三珠は洒落た名前の術式を残したものだな。恋文箱なんて」

魔「おお、恋する乙女としては聞き捨てならないな」

霖「恋人同士がお互いに手紙のやりとりを簡単にするために特定の2つの箱の中身を繋げてしまう術式だ。これは中身が手紙でなくても活用できるから幅が広がる。浮遊術式を仕掛けた道具箱同士を恋文箱で繋いでやれば、離れていてもポケットが二つの便利な収納庫の完成だ。君自身に浮遊術式は効かないのかい?霊夢」

魔「魔法使いでもない限り体内への術式投下は危険だ」

霊「巫女は結界に乗せて術式を張る。結界は元々浮くから具現化術式で中空にとどまることはできるけど、それで空中移動するのは採算に合わないわ」

霖「飛ぶための何かと、箱術式の改良が必要だな……残念ながら服の仕立はできても僕は道具屋。技術屋じゃない。何か良いコネでもできればいいんだが」

橙「それで、次に私は何をすればいいんだにゃあ?」

魔「急に猫被るな」

橙「式が外れたらただの野良猫に戻っちゃうんだにゃあよ」

霊「そうね。こっちは時間との兼ね合いだし。橙、安否も不明だけれど、探してほしい妖怪がいるの」

橙「……射命丸文、鴉天狗。これは妖怪の山にとんぼ返りにゃ」

 

6、霧雨店、若頭と会計、魔理沙、少年剣士

 

会議場

 

若頭「俺たちは風見には媚びねえ!親方の決めたことを俺たちが守り通す!それが霧雨店の意地ってもんだ!」

会計「そうはいっても、終わらない冬のせいで農産物や畜産業は壊滅、一次産業の衰退で私ら商人も上がったりです。現実を見てください、若頭。今、唯一の希望は風見が持つ魔界との交渉案件のみです。それが理想郷の商業の活路です。霧雨をあなたの代で潰す気ですか」

若「お前は計算が得意だ。それは知っている。だから会計を任せている。だがな、数字だけじゃこの世は測れねえ。霧雨への信用や愛着、商売ってのはお客さんありきだろ?それを裏切ることはできない。人間の里に手厚いことを、俺たちが手放すわけにはいかねえだろ?」

会計「私は計算が得意です。数字は風見の傘下に下ることを是として推しています。人間の里の警察を滅ぼした記憶が霧雨店を蔑ろにしても、魔界からの貿易流入はそれ以上の恩恵をこの店にもたらします。ここで働く者全員の生活を救います。それでも……」

魔「おうおう、熱い議論を交わしているとこ悪いんだが、親父はいるかい?」

若「誰だ……まさか、魔理沙ちゃんか!」

会「頭領の一人娘の!?」

店員1「え!?5年も行方不明だった、あの?!」

店員2「こりゃあ大ごとだ。今の若頭が仕方なく跡を継いでいるってのに……」

 

応接間

 

若「それで、こことは時間のずれた場所に居たから色々と年齢的に矛盾が起きていると……にわかには信じられない話だな……」

魔「星間旅行のタイムスリップ理論と同じだ。にしても、親父に一番しごかれていたあんたが霧雨を継いでいるとはな。あたしもびっくりだぜ……で、どうなんだい?親父の容体は?」

若「隠しても意味がないから正直に言うぞ、魔理沙ちゃん。親父さんはもう長くない。元からの病と、この寒さが原因だ。若い連中でも死者が出ている凍結だ。もう一年は……いや一月かもしれない」

魔「そうか、ありがとう。親父には勘当されても当の本人が病床に臥せていたら、こうして家に迎えてくれるあんたたちが温かいよ。実家ながら良い店だな」

若「……魔理沙ちゃん、もう一度、この店に戻る気はないか?君ももう大人だ。最期に親方と腹を割って話してみないか」

魔「あたしは親父の家と自分の夢を天秤にかけた。その時点で、あたしにとっての親父ってのがどの程度なのか分かるだろう?親ってのは偉大だ、子にとって神様だ。それを裏切ったあたしは苦しみ続けるしか道はない」

若「魔理沙ちゃん、いや、魔理沙、君こそ次期当主にふさわしい器の持ち主だ。真っ直ぐなのは良いことだが、君には真っ直ぐな若者には無い別の良さがある。君次第で、霧雨店は君を歓迎するよ。いつでもおいで」

魔「ああ……ああ、恩に着る。だけど物質的な援助はお断りだ。あくまであたしは個人営業主。あんたらとも仕事づきあいだけの関係にしておくつもりだしな。それでだ、何かあたしに回せる仕事があったら請け負わせてほしい。霊夢を貧乏巫女ってからかっていたらあたしが一文無しになっていたんじゃ笑えん」

若「その点は君のやり方に合わせよう。それで魔法使いの君に回せる仕事だが、良いのが一つある。いわゆる妖怪退治、北の鉄塔近く、玄武の沢に巨人が住み着いてしまいうちの牛車や馬車にも被害が出ている。懸賞金をかけているがうちの若いのも返り討ちにあっていて……」

 

裏口

 

会「今の当主は考えを折らない。私からの説得は無意味だ。実力行使は不可能なのか?」

少年剣士「それは僕が決めることじゃない。決めるのは風見幽香だ」

会「店内での私の立場もそろそろ危うい。霧雨の娘が帰ってきた」

剣「ことは単純じゃない。それにあなたは風見に雇われている身。言葉には気を付けて」

会「少年剣士様は女のようだ。男なら建前で話すな」

剣「どういう意味?」

会「お前が三重スパイだってことは知っている。風見の間者だけじゃない、お友達の薬売りは元気かい?」

剣「言葉に気を付けて。夜道で辻斬りにされたくなければ」

 

7、玄武の沢、巨人とその息子、椛、橙、レティ、霊夢、魔理沙、文、紫、藍

 

穴倉、中

 

椛「久しぶりに会ってみれば、あなた、人里でちょっとした噂になっていますよ」

巨「ちょっとした噂ならどうってことねえな」

椛「前言撤回します。大層な話題です」

巨「いっぱしの巡査になれたからって言うようになったな、椛。相変わらず白くねえな」

椛「今は巡査長です。ともかく、かつての大天狗の近衛がこのような洞穴で暮らしているなどあってはなりません。山に戻ってください」

巨「人間の真似事は下らん。裁判、政治、報道……妖怪が社会を持つことには無理がある。理性よりも感情が優先されるような連中は、原始的な暮らしまで戻るしかない」

椛「山は変われます。きっと」

巨「自分の身は自分で守るさ。お前も守りたい物を守れよ、椛」

 

穴倉、外

 

橙「玄武の沢に立ち寄る時は気を付けよ。昼間でも谷の影が目を眩ませる」

椛「猫目は暗闇でも良く見えるでしょう。指名手配の八雲の式」

橙「式の式にゃよ、先代巫女が妖怪と共同建設したダムはこの上流だにゃ?」

椛「白々しいですよ……妖怪の山のダムと人里の植樹公園、2つはどちらも平和の象徴でした」

橙「一方は風見の所有物、もう一方は焼け落ちたにゃ。水力発電なんて時代遅れ……」

椛「用がないのなら私は帰ります。非番であっても暇ではないので」

橙「まあ、待つにゃ。運が良いことにこれからこの沢で一悶着あるにゃ」

椛「山の警察の管轄区で騒ぎを起こす気ですか」

橙「だからお願いしたいのにゃ。手を出すなと。それに起こすのは橙たちじゃない。博麗の巫女だにゃ、犬走椛殿」

椛「巫女……?それにどうして私のことを」

橙「あなたにはここで他の哨戒天狗たちが介入しそうになったら止めてほしいのにゃ。既に新聞社何社にかは投書で巫女のことを送っていたんだにゃ、予想通り手ごたえが悪い。だけど噂には成っているようで、鴉天狗の中でも広まっているにゃ」

椛「何が言いたいんです?」

橙「今更旬でもないネタに喰いつく物好きを誘き出すってことにゃよ」

 

山の雪原、入り口

 

レ「トンネルを抜けるとそこは雪国でしたってね」

霊「入る前からそうでしょ。これ以上凍らせる場所が無いと冬の妖怪さんは退屈するんじゃないの?」

レ「氷の妖精も遊び場がないって泣いていたね。困ったものよ。雪やこんこ霰やこんこで」

霊「降っても降っても三年降りやまぬは勘弁ね。春の者たちは冬眠中なの?知っている?」

レ「春告精も私も似たような存在で、その季節じゃないときは無色透明で漂っていて、時が来れば色づくの」

霊「冬には積もる雪の白、春には舞う桜の色」

レ「理想郷には空飛ぶ巫女の赤……この郷であなたを知らない者はいない。しかし作物が死に井戸が凍れば誰もあなたのことを見ない。皆生活が第一だから」

霊「妖精ですら飛べるのに私は非力。光を曲げたり音を消したり気配を探ることもできない。これからすることも既得権益のためよ」

レ「神社に住み着く三月精は過激派じゃないから安全だよ。親のコネを断ち切って自力での独立を目指している君の友人と比べているのかい?」

霊「魔理沙が巫女だったら大結界でも蹴りそう。私が霧雨店の娘なら大人しく親に従うわ」

 

穴倉、裏口

 

魔「ありゃ?人里を騒がしている巨人だって聞いて、箱を開けたらとんだ体たらくだ。楽勝だな」

息子「くそう。ひ弱な魔法使いのくせに。ちょこまかと」

魔「あたしは鍛えている方の魔法使いだぜ。それにしても巨人にしてはあたしの倍も無い体格だな。この四五倍はないと物足りないぞ」

息「ぼ、僕だって将来はそれくらいになるやい」

魔「なんだお前、小さいと思ったら巨人は巨人でも、巨人の子供か」

息「馬鹿にしやがって、そっちはもっとチビな人間の子供のくせに。へへへ、お前なんて父ちゃんの足裏でぺしゃんこにされちゃえばいいんだ」

 

ドシン!

 

魔「あたしは不意打ちにも対応できる子供だぜ。こっちが本命か」

巨「息子が世話になった。まだまだ体術の鍛錬が足りんようだな。家に侵入したのはお前が初めてだ。小さな強盗さん」

魔「やっと盗人稼業が板についてきた証拠だな。それと家じゃなくて洞穴だろ?噂の巨人の旦那」

巨「無駄な殺生はしたくないが人の子の肉は妖怪に高く売れる。その金で新聞を買って噂の出どころを見つけるとしよう」

 

雪原と沢の境

 

霊「あの鉄塔の麓に玄武の沢がある……外の世界から引っ張ってきている電線だっけ……橙が今日この沢に例の文屋を連れて来るって言っていたけれど、本当かしら?……大結界付与のための妖怪退治……紫に面接してもらわない私が困るわね」

 

ド、ドォン・・・・・・・・・・・・(遠くから破壊音)

 

霊「こうやって雪に振られると空を飛べても地上を歩くのとあんまり変わらないわね。でもやっぱり飛べないのは悔しいな……母さんみたいに超高速で。……私もいつまでも地べたを這っている場合じゃない……あいつが飛べているのに、私って才能ないのかな」

 

ドドォン・・・・・・!(より近くから破壊音)

 

魔「……ぅぅぅうううわああああああああ!!!」

霊「ん?」

魔「マスパも毒煙も効かねえとか聞いてないぞ!」

霊「魔理沙?」

魔「ったくどうしたら……って霊夢か?どうしてここにいるんだ?」

霊「それはこっちの台詞。あんたこそ、どうしてこの谷に来ているの」

魔「それはアレだぜ、実家からのお達しだよ。八雲の試験を受けているお前とはいささか軽い依頼だがな」

霊「あんた私がここの巨人退治に大結界が貰えるかどうかかかっていることを知っていて横取りしようって?」

魔「ダブルブッキングしたのは偶然だ。私は明日食うための路銀稼ぎで狩りに来ただけだ」

霊「それが友達の就職を妨げると分かってやっているのが悪質ね」

魔「お互いの仕事の範囲が被ることなんてこの先いくらでもあると思うぞ。これはその第一号だ」

霊「前例が積み重ならないことを祈るわ……その前にこの山を越えられたらの話だけど」

 

巨「俺を山呼ばわりとは礼儀がなっていない小娘だな。石ころ二つが山脈に勝てるのとでも?」

魔「霊夢、奴のタフネスは相当なもんだ。おそらく全身に魔力か霊力が漲っているせいであたしの攻撃はまともに効かん。有効なのは物理的攻撃、打撃だと思うぜ」

霊「この沢で寝て暮らしているうちに身体強化されたって訳。流れている水にもうっすらと妖力を感じる。上流からの力の供給が巨人の腕力に加算されている……最悪ね」

魔「霊夢、お前は飛べないが、全力ダッシュはかなり速い。すばしっこさと相手の動きの先読みで奴を撹乱できるか?隙ができたらあたしが叩く」

霊「あんたの攻撃は奴には通らないんじゃなかった?」

魔「あたしが叩けば奴は防御に出る。その時が本当の隙だ。あたし1人の相手で精いっぱいな奴を、死角から突け」

霊「アバウトなようでちゃんと段取り組んでいて感心するわよ、名軍師さん?」

魔「マジシャンだからトリックにはこだわるのさ、切り込み隊長?」

霊「紫、協力は無しとは言ってなかったし構わないわよね」

巨「この辺の玄武岩は薄くはがれやすい。脆い足場ごと地盤沈下させてやろう」

 

九天の滝

 

橙「絶景で有名な九天の滝も雪景色となると味気ないものだにゃ」

文「……私は、秋の紅葉と同じくらいに好きですけどね」

橙「凍った滝や氷柱の冷気も猫には堪えるのにゃ。鴉さん?」

文「……名もなき鴉でいいですよ、私は。ペンネームは捨てましたから」

橙「だったらどうして、今でも手帳とカメラは忘れず携帯しているんだにゃ?」

文「趣味ですよ、景色から詩を連想したり、自然や動物たちの姿を記録するためです」

橙「風流だにゃ。こんなご時世にも散歩がはかどるにゃね」

文「いいえ、山は危険なんです。昔はよかった。山には自由がありました。集会の自由、表現の自由、経済活動の自由……。衣食住も好きにしていい。そのゆとりが懐かしくて、今でもこうして誰もいない裾野に出てきてしまうのかもしれません」

橙「だったら猫一匹紛れ込んだくらいは許せにゃ。橙は子供だから同じ猫ともよく喧嘩するにゃ。引っかき合って噛みつき合う。だけどお互いを傷つけてふと我に返った後、どちらも互いに何をするべきか、分からない鴉天狗でもないことは、子供の橙でも知っているにゃ」

文「……本当に八雲の目はどこにでもあるんですね。喧嘩別れは良くないってことですか?」

橙「記事にするなら」

文「……見知らぬ猫さん、どこかで灰色の狼を見ませんでしたか?あいつの仲間はみんな白いのに、あいつだけ濁った色をしているんです」

 

玄武の沢

 

巨「うらああッッッ!!!頭からつぶれろ!!!」

 

ドンガラガッシャン!(沢が崩れる)

 

魔「霊夢!……っておま!」

霊「あんたこそ頭の上を見たら?」

巨「なっ、いつの間に!バッタのようにぴょんぴょんと!」

霊「それ言うなら舞う蝶のようにひらひらと!」

魔「霊夢!足は固定した!」

巨「小癪な!」

霊「七転八倒!七転び八起きは無し!そのまま谷の底にめり込みなさい!」

巨「そんなひ弱な脚で俺の拳が砕けるか!」

霊「多重結界!文鎮落とし!うりゃあああああ!!!」

巨「ぬおおお!!?重力か!??」

魔「行けえええ!!!霊夢!!」

霊「跪けええええ!!!」

巨「うぐっ…………!!!」

 

シュー・・・・・・(巨人の頭から蒸気)

 

魔「やったか?」

霊「倒してはない。ダウンさせただけ」

魔「神がかった身のこなしだ。人間のあたしにはできん」

霊「妖怪扱いするな」

魔「ミイラ取りがミイラに。妖怪退治する奴は化け物だよ」

霊「無自覚に殺しを重ねるのが化け物。私はそうじゃ……」

椛「待ってください!!この巨人は……私の友を殺さないでください!」

魔「おっ狼の妖怪だ。……なに?」

霊「その巨人……いいえ、あんたの友達を誰が殺そうとしている?」

椛「あ、あなたたちに決まっているじゃないですか!」

魔「なるほど。なあ霊夢聞いたか、ワンコちゃんが言うにはあたしたちが巨人を殺すそうだ」

霊「……少し話を聞いて、狼の妖怪さん……じゃなくて白狼天狗さん、私たちは何も友達の首を取りに来たわけじゃ……」

紫「いいえ、首を取らなければ大結界は上げられないわ。横着はダメよ、霊夢」

魔「ゲッ、今度はスキマ妖怪」

椛「……八雲の賢者……」

霊「……紫、どういうこと?」

紫「理解力はあると思っていたけれど私の思い違いかしら?霊夢、私はあなたに巨人の討伐を条件として提示したの。それが一切の答え」

霊「だったら条件は呑めない。契約内容を確認しなかった私のミスよ」

紫「あなたがその気なら構わないでおきましょう。しかしそれでは巫女の不在で困るのは私です。ふふふ……ここは私の手で巨人を狩ってあなたの功績と言うことにしましょうか。無理矢理にでも大結界は付与します」

霊「なっ、紫、ふざけないで」

魔「なんて滅茶苦茶な」

椛「あなたたちはさっきから何を言っているんですか、小芝居なら騙されません、全員グルでも」

紫「ええそうね、私たち三人は友達よ」

椛「殺らせません……!」

霊「くっ……」

魔「金のためとか言ったがこれはダメだ、八雲紫、お前いい加減に……」

 

バサア……(羽音)

 

文「その懐から取り出そうとしている物を閉まってくれませんか、白黒の魔法使いさん。この谷でどの方向に魔砲を放っても壁が崩れてろくなことになりません」

魔「……速いなあんた。見えなかったぜ」

文「理想郷最速ですので」

椛「え?あ!先輩!?」

文「可愛い後輩の窮地に颯爽と駆け付けるのも私の仕事です、椛。もしもこの間の無礼が許されるなら、今一度この場は私のことを立たせてやってはくれませんか?」

椛「私は最初から……ずっと前からそのつもりですよ……」

文「あははは……これは先輩として後輩の涙の原因になってしまうとは、不覚ではありますが得した気分ですね」

紫「お楽しみの所ごめんなさい?全ての意思ある者に別々の都合がある……お分かりかしら?」

文「新聞記者として時間の都合などは心得ているつもりですが」

紫「そう、だったら手短に。今すぐ天狗としての立場を弁えているのなら博麗と八雲の名の前に退きなさい。後ろの頑固な手下の白狼も説得して退かせるの。できたらあなたの口から現状を説明してあげて?射命丸文」

椛「せ、先輩……いったいどういう……?」

文「椛、大丈夫です。そうですよね?次の博麗の巫女さん?」

霊「……紫、私は救いたい者を抑えつけない。もしも八雲が圧政を強いたら博麗が正す。その代わり、理想郷がどちらを好むかは運任せ」

魔「霊夢らしいな。大雑把で適当なところが」

霊「機知に富んで明快な所、でしょ?」

紫「ふふふ、八雲も異変解決の対象になる可能性はあるってことね……面白い。満足だわ。どの道あなたの覚悟を見るための試練だし、結果としては合格ね」

霊「ほんと?」

紫「次の……いいえ、当代の博麗の巫女の誕生よ、はいコレ、博麗銭」

 

チャリン(博麗銭)

 

霊「一銭玉?」

紫「神社の賽銭箱に投げ入れなさい。さすれば大結界が復活してあなたのものよ。その小銭はそのためのマスターキー……おめでとう、博麗霊夢」

椛「私たち、助かったんですか?」

文「緊迫はしましたが杞憂だったというところでしょう」

魔「おう、あんたらが居なかったら違う未来になっていた。あたしたちはラッキーだ」

霊「さっきはナイスパスだったわ、鴉天狗さん、いいえ、初めまして、射命丸文。こっちのうるさいのは魔理沙って言うの。やっと会えたわね」

文「噂は正しかったと言うことですか。どうも、霊夢さんでよろしいですか、それと魔理沙さん、こちらの狛犬は椛と言います」

 

スキマ内

 

紫「橙は?」

藍「はっ、あのまま貯水湖及び魔法の森一体にかけて土壌サンプル回収の続行を通知しておきました」

紫「立ち回りとしては及第点ね」

藍「紫様がお選びになった式ですから」

紫「それはあなたもね」

藍「……紫様は最初から橙の顔を立てるおつもりいだったのでしょう?巫女の考えを計ったり、文屋と引きあわせる狙いも」

紫「アイデアは一度に多くのことを解決するわ。それを憶えておきなさい、橙は子供ながらそれを感覚で分かっているけれど、あなたは少々硬い所があるわ、藍」

藍「橙から学べと、肝に命じます……しかし良かったのですか?妖怪討伐も躊躇うような少女を巫女に挙げて」

紫「歴代の巫女のやり方は十人十色、肉弾戦から交渉術まで、手段は問うていなかった。それを思い出しただけ。主人の判断に水を差すとは秘書に慣れすぎたかしら?」

藍「そのようなことは……ただ、紫様は三珠様のためにやっているのではないかと」

紫「あの子の夢は三珠のそれとはまた異なる。どちらも捨てがたい理想よ」

藍「だとしても、私の全ては紫様の理想のために捧げます……私はあなたの式なのですから」

紫「ありがとうね、藍」

 

穴倉、奥

 

霊「個性の裾野は紋切型でないとダメなの」

魔「一見バラバラな物を支えるのは同じ物でないといけないってことか」

文「例えば私たちが互いに一騎打ちするとして、戦闘手段は?」

椛「お札、魔法、剣、先輩はカメラですね」

文「カメラなら情報戦に成るだけですよ、他の三手段も交えたら異種格闘技になります」

魔「基準が必要ってことだな」

霊「ええ、その通りね」

息「おーい、ひ弱な魔法使い……じゃなかった魔法使いさん、父さんが全員に話があるって」

魔「お、チビ巨人。なんだ、また戦うのか?」

巨「違う。息子から聞いたなんだかんだ全員で俺を助けてくれたんだな。まあその前に気絶はさせられたがチャラにするさ。そこの巫女さんも殺す気は無かったって言うのは本当らしいからな」

霊「……ごめんなさい」

巨「おお、いいさ。それより俺が食糧目当てに襲った積み荷にあったガラクタがたくさんあるんだが、俺らには無価値でもあんたらには値打ち物かもしれん。礼としてできることは、今はこれが精いっぱいだ」

魔「お、ガラクタだと?素晴らしい掘り出し物があるかもしれん!」

椛「将棋盤と駒とかあれば嬉しいです」

文「レンズは高価ですからね。霧雨店の荷車を襲ってもそうそう無い代物ですし」

魔「実家を勝手に襲うな……霊夢、どうした?」

霊「巨人さん、これは?」

巨「目の付け所が良いな。玄武の甲羅。大天狗から貰った勲章品だ。北方の四神、大亀の種族でも大往生した個体の甲羅だそうだ。俺には無用の長物だったが、台風や氷河を消し飛ばす衝撃波を出せた生前の霊力がまだ残っていて、余力をうまく使えば神風を起こせる……」

 

ブオオン・・・・・・(霊的な起動音)

 

魔「やったな霊夢、飛べたぞ」

霊「自力じゃない!」

巨「出力には気を付けろ!風で穴倉が崩れちまう!」

文「また良いアングルですね」

椛「羽団扇の天狗風よりも繊細な風圧ですね」

息「ねえ!巫女の姉ちゃん!今の理想郷を変えてくれるって本当?!」

霊「ええ!あんたの父さんのプレゼントが役に立つわ!」

 

8、城上部、風見幽香とリグルとメディスン、少年剣士

 

風「そう、霧雨魔理沙が……5年もどこをほっつき歩いていたのかしら」

リ「それも見た目が少女のままだったとすると、答えは魔界だよ、幽香」

メ「ああー!メディスン知ってるー!人が滅んで魔物だらけになってる場所!」

風「うふふ、メディスンは物知りね。今日の人形遊びはもう飽きたのかしら?」

メ「ううん?後からまた遊び部屋に行くよ?毎日毎日良い声でなくから楽しいし!」

リ「それで少年、君は僕たちが最重要反乱分子として指名手配している霧雨魔理沙を放置してこうして城に戻り僕たちに報告している訳だけど……何も考えられないマヌケなの?」

剣「リグル様、気づいたときには霧雨魔理沙は店の自警団に連れられて人里の外まで護衛されていました。僕は会計係と今後の対策を練っていました。霧雨店屈服のために娘の魔理沙が邪魔にならないようなら、僕の剣が彼女の血で染める必要もないと」

風「霧雨魔理沙は魔界に居た。そのことは私たちの取引相手への態度を変え得る要因になり兼ねない。剣術の腕を見込んで手元に置いているけれど、役立たずならメディスンの遊び場行きよ。魔界の商人は察しが良いのよ。今度の取引にはまた部外者を利用する」

リ「了解したよ、幽香。メディスン、そろそろお部屋に戻ろうか、お気に入りの人形たちがご主人様を待っているよ」

メ「ええー、剣士のお兄ちゃんとも遊びたいー」

リ「この男の子は幽香と僕のお人形だ。メディスンメランコリー、君のお人形は誰だい?」

メ「稗田あきゅう!」

リ「そう、正解だ。さ、毒虫まみれの遊び部屋で好き放題やってきてごらん、殺さない限り何をしても構わないからね」

メ「はーい、いってきまーす!」

 

剣「毒虫まみれの部屋……この城の地下空洞にあるという蟲蔵のことですか?」

風「それを聞いてどうしようって言うのかしら。あなたも耐え難い苦しみの中で救われない悲鳴を上げ続けたい?」

剣「……いいえ」

リ「変な気を起こさないことだね。君がもう一つ集中すべきなのは、冬を起こして春を隠す術式の維持だよ。クライアントからの要望だ。その要は君の外部への繊細な干渉を可能とする精神力だ。それは剣筋のぶれの無さにも通じる。素振りでもしていたらどうだい?」

剣「日頃の精進こそ剣豪への唯一の道標です。ご指南感謝します。しかし術式の手順が逆です。小さな春を消せば大きな冬にできますが、大きな冬は小さな春に抗えません。風見様、リグル様、失礼します」

 

リ「確実にあの少年は黒だ。是非曲庁か、はたまた八雲の間者か」

風「両方だと思うわよ?まあ、泳がせておきなさい。……博麗霊夢も理想郷に帰ってきている。妖怪の性がうるさく訴えてくるのよ。ここに巫女がいる、食い殺せってね」

リ「人間も妖怪も風見幽香は倒せない。魔界の商人からまた種だ。今回も栽培から量産まで頼めるかい?幽香」

風「武器商人は死の商人、いい加減温室にも向日葵以外に割けるスペースが少なくなってきたわ」

リ「僕の管轄なのに実質は君に任せきりで申し訳ないよ」

風「理由は知らないけれど、先方曰くこの取引は大晦日で打ち切り。それまでに霧雨魔理沙と博麗霊夢、奴らの協力者とその首を城門に晒せば、万事解決よ」

 

9、妖怪の山、図書館、魔理沙と椛

 

椛「魔界ではどのように過ごしたんですか?」

魔「語れるようなもんじゃないさ」

椛「では図書館の閲覧禁止ゾーンに忍びこめるようなスキルはどこで会得したんですか?」

魔「ここの錠前は魔界でよく見かける奴と同じだ。同じ会社の製品か?」

椛「妖怪の山は魔界とも取引していますから、魔界に流通しているセキュリティ製品がこの街にもやってきていることもあるでしょう」

魔「企業ごとにダイヤルが微妙に違うんだ。その誤差で警報が鳴るかどうか決まる。監視カメラや巡回ドローンも同じ社製の方が都合が良い」

椛「簡単な空き巣やスリというより、大掛かりな施設への侵入に慣れているんですか?」

魔「中には天界にまで進出しいてる企業もあるんだ。ま、あたしとしてはさらに好都合だが」

椛「魔理沙さん、私が山の図書館まで案内するのは良かったんですが、こんな目的なら直接掛け合ったのに」

魔「馬鹿言うな。山の警察は腐っているんだろ?汚職に賄賂、博打に薬。図書館にまで麻薬が持ち込まれて警備員どものアヘン窟ときた。まともに取り合ってもらえるわけがない。だったら端から強行突破だよ」

椛「だったらせめて一言私に」

魔「真面目なお前は代案を探してその分時間がかかるだろ。人間の生は短いんだ。それに敵を騙すにはまず味方からってな」

椛「味方だと思ってもらえるのには感謝します。この山の街では誰も信用できない。どこで誰が裏で風見に繋がっているか分からない。居心地の悪い監視社会ですよ」

魔「そうか?本当に誰もが見張られている街なら、こんな真昼間から泥棒なんてできっこないだろ」

椛「魔理沙さんのスキルと私の能力がありますからね」

魔「助かっているぜ、椛。お前の目はどんな監視カメラよりも有能で、それが魔法の類だったらあたしは喉から手が出るほどに欲しい。千里眼はそれだけの希少価値がある」

椛「自分では思ったことがありません。私はこの能力とこの見た目のせいで小さい頃からいじめられていたので」

魔「白狼なのに灰色、か。黒にも近いかもな。河童の工業地帯の廃水にでも浸かったのか?」

椛「私を身ごもった頃の母親が戦争中に事故に遭い、その影響だと」

魔「……とんだ災難だな。つまりは人間にやられたってことか?」

椛「いいえ、妖怪にやられたと聞いています」

魔「は?戦争って人間と妖怪の争いだろ。だったらどうして天狗が同じ妖怪に害されるんだ」

椛「人間にはあまり知られていないのですね。人妖戦争の裏では妖怪同士の覇権争いも繰り広げられていたんです。天狗も河童も妖精も鬼も、有象無象が派閥に分かれ地縁で結束しお互いに主導権争いを行った。人間と争うよりも質の悪い妖怪同士の足の引っ張り合いです。消耗戦になり多大な犠牲者の後には、生存者には碌な見返りもなかった。今だって風見と正面切って妖怪の山が争わないのはそういった過去の教訓があります。戦ったところでお互いの損害にしかならない。しかし風見はそれを見越しているんです」

魔「ふうん、難儀だな、妖怪も。それに風見の巧妙なやり口も見えた気がするぜ。卑怯だが堅実な支配の方法だ。争いというものの使い方がうまい」

椛「感心している場合じゃありません。お目当ての本は見つかったんですか?」

魔「ああ、やっぱりここにあったぜ。貸出禁止でも死ぬまで借りてくだけだ。ついでに箒を新調したいんで良い所知らないか?なあに、次は盗まねえって。金ならあるぜ、風見の城の賭博場でたんまり稼いだからな」

 




※玄武の沢……山のダムから流れ出て、九天の滝を通り過ぎた先に水流が行き着く沢、ダムから流れてすぐ滝よりも手前で霧の湖に行き着く川と分離している。主に河童たちの住処であるが、異常に長い冬期で水面が凍っていたため別所に移動していた。沢の両端は崖のようになっておりそこに洞窟も多数存在する。妖怪の山の勢力圏はギリギリ外側か内側か、といった場所。


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4. 花札

※風見の城、夢幻城……妖怪の山中腹に建てられた荘厳な山城、人間の里までの道は整備されており、豪華絢爛な天守閣からは人間の里や霧の湖、理想郷の広くを一望できる。本丸や天守下部は基本的に開放されており、城主風見幽香の強さが味方につけた千の妖怪が住まう中、人間の里や妖怪の山から訪れた遊び気質な者たちを囲う酒場兼賭博場がある。城地下には広大な空間と様々な施設が存在する。

Chap.4


10、人里寺子屋、霊夢、藍、三月精、慧音、寺子屋生徒たち、人の子と狐の子、リグル

 

藍「八雲紫様付きの九尾、八雲藍だ。この度は博麗大結界の付与への祝辞と、紫様より仕った依頼と貧乏巫女への伝言を口頭で述べる」

霊「貧乏とは失礼ね。間違っては無いけれど」

藍「金持ちのお嬢さんの演説では村の者は話を聞かない。目線を合わせるための振る舞いだ」

霊「一理あるわね。それで依頼と伝言って?」

藍「巨人征伐、否、肉弾戦も交えた熱い説得ご苦労だった。紫様の次なる要望は夢幻城に囚われているある人物の救出だ」

霊「風見幽香の根城ね……で、誰を?」

藍「理想郷書記係、稗田家九代目当主、現在も生きる稗田阿礼、阿求殿だ」

霊「稗田……転生術式持ちの歴史編算の大御所ね。身代金目当てか、単なる人質か分からないけれど、私たちも城には用があるし実行はその時ね」

藍「ご承諾痛み入る」

霊「伝言の方は何?」

藍「実質的には君は既に博麗の巫女だが、周知の事実にする必要がある。まずは人間の里で最も信用に足る人物に挨拶しておくと良いだろう。普段はは寺子屋にいるはずだ。場所は三匹の妖精が知っている」

 

サニー「へー、異変倶楽部?」

霊「そうよ、まあ、魔理沙が勝手に使っているだけなんだけど」

ルナ「霧雨魔法店に新しく天狗が二匹来ていたね。あいつらも仲間?」

霊「文屋に警官ね、妖精、式、魔法使い、巫女……閻魔に菩薩も来るかしらねえ」

スター「要はみんなで理想郷に悪戯仕掛けようって集まりでしょう!最高じゃない!」

霊「落とし穴や落書きとは違うわ。だけど、まだ何か足りないの……それが分からない」

 

寺子1「慧音先生―!また明日―!」

寺子2「さようならー!なあなあ、かまくら作ってそりで遊ぼうぜ!」

慧「子供は風の子だ。薪割りは覚えが早いし、火遊びもすぐに覚える。霜焼けは凍傷に繋がると教えれば次の日には手袋をする。池に張った氷に近づくには好奇心に足して警戒心もないと危険だと言うことは、教師としての務めだがな」

霊「屋外学習もいいけれど、銀世界の美しさを伝える芸術の時間は?」

慧「食糧難の時代だ。和歌や絵巻も教えてやりたいが子の親から苦情が来るんだ。男なら土木と建築、女なら調理と裁縫、それ以外は余計な知識だとな」

霊「寺子屋じゃなくて大工と家政婦になるための訓練施設ね」

慧「魔法を志せとは言わん。だが雪明りの下で本は読んでほしいんだ」

霊「みんなあなたの教え子だもの、きっと大丈夫だわ、慧音先生」

 

子「ええっと、三角形のここが直角なら……」

狐「そうそう。この辺から正方形を作って、そしてこっちにも……」

霊「教えているのは狐の子ね」

慧「子供たちには秘密だ。ノートが妖気を帯びることだけが心配だが、幼いなりに立派な変化だ。……肝心の術式を見せてもらったが君の自作か?」

霊「いいえ、発案は私だけど製作は友人の伝手よ。そこから設計図だけ借りてきたの」

慧「悪くはない。だが花もない。それが率直な感想だ。正しく緻密だが、見せ場やインパクトに欠ける。大勢の前で披露するに足るものは大立ち回りのプレゼンテーションが必要になる。ただの説明だけではダメなんだ。見る者を惹き付け内側に引き込む引力があるかどうかが運命の分かれ道。あとやるべきことは立派な骨子に華やかな肉付けだな」

霊「まるで成績表に赤ペンを入れられる気分だけど、ありがとう、慧音先生」

 

ドォン!(寺子屋の戸を蹴破る)

 

リ「さあさあさあ失礼するよ。子供は帰った帰った。今日の授業はおしまいだよ……困るよ、慧音先生、今日は城にお呼ばれの日だ。こうして僕が上司の命令でわざわざ出向いているのも、君が実質的な人里の長の仕事を放棄しているからなんだよ?分かるかい?自分の立場と行動に責任が……」

慧「ああ、すまない。また忘れていたよ。通告された時は覚えているんだが、日頃の疲れか、朝この小屋の屋根の雪下ろしをしている内にどうにも記憶が曖昧になりやすいらしい。上司と私に挟まれて苦労する君も骨が折れることは十二分に分かっているよ」

リ「自分の記憶も無かったことにしているんじゃ、君の歴史を食べる力も形無しだよ。君が頑なにあの古事記を書いた娘の記憶を人里の者から消そうとしないから無用な不安が人々の間で続いてしまっているんだ。これは言い逃れようのない失態だよ。近々必ず然るべき処分を下す。この理想郷で幽香の命令は絶対だからね」

慧「私は歴史に敬意を払っている。そして人間の里は私自身のことよりも気にかけている存在だ。それにここだけではない。妖怪の山に妖精連合、そこ以外にも暮らす多くの人間と妖怪の不安のことも考えろ。私は人間の妖怪のハーフだが、私自身が思うんだ。彼らに違いはあれっても些細だと。もしも君が風見に使い捨てられたとしてもそれも理想郷の歴史の一ページに過ぎない。私は君の将来の方が不安だな」

リ「……それこそ無用なものだよ。これが最後通告だ。上白沢慧音。歴史は都合よく勝者が決める者だと、君が一番よく分かっているはずだ。君自身が無かったことにされないよう、気を付けるんだね」

慧「教師としてそれはよくわかっている。政には必ず終りがあることも。君らの延命に手を貸すつもりはない」

リ「ははは、面白いね。君の教え子が僕らの仕事に加担する日が楽しみだね。それじゃ」

 

慧「すまない、霊夢。見苦しいところを見せた」

霊「構わないわ。あれがリグルナイトバグ……サニーミルクの術式を解読しておいて良かったわ」

慧「ああは言ったものの、結局は私にできることは無い。人間の里の安全を優先しなければならない故に私は君への助力ができない。今の私は君の敵なのかもしれんな」

霊「そんなことないわ。今までで最大の助言をくれたもの」

慧「それは聞き捨てならないな。私のありがたい歴史の講義を聞いてなかったのか」

霊「歴史は苦手なの。それに慧音先生の講義は必ず眠くなっちゃうもの」

 

11、香霖堂、霖之助と紫

 

霖「いらっしゃいませ……三珠は切り捨てておいて今度は霊夢に何をさせる気だ。八雲紫」

紫「接客がなっていなくて?霊夢はよくやっているわよ。霧雨店の下っ端さん」

霖「今はここの店主だ。玄武の沢であの子たちが暴れるように嗾けたのは君らしいな。その場で霊夢たちと意気投合した天狗、椛くんの伝手で山の技術屋に仕事を依頼できることになったが、その時に沢を荒らされた苦情を戴いたよ」

紫「当店、八雲財団はその件に関して感知しておりませんので、折り返し連絡を。……客足もないこの店に河童への金払いができるのかしら?」

霖「身を切り崩してもなんとかするさ。財団って?」

紫「交渉において相手に利益を提示できないことは致命的です。ダム建設の際に三珠でさえ私の財団を頼ったわ。山を動かす資金源としてうちを利用してみないか、そう持ちかけているのよ、あなたにね」

霖「僕が本当に必要としている物は資金でなく市場だ。風見幽香のせいで人間の妖怪に対する印象は最悪だ。そして妖怪もまたそんな風見幽香の言いなりになる人里の者達を見て自分たちとの隔絶を感じている。河童や天狗…弱小妖怪達のことを人間が取り次ぎもしない状況が長く続きすぎた、彼らの多くは人前から立ち去り人間と妖怪の楽園が失われたと絶望している。終わりのない冬が、人と妖怪の絆の芽吹きを邪魔しているんだ」

紫「取引関係や雇用関係と言った固形物が、絆や友好関係と言った流動物を支えるのです。どちらが確かな物なのか……霊夢たちは分かっていないようね」

霖「教えてやらないのか。側で見守っておいて」

紫「それはあなたも同じでしょう?」

霖「……君が何をしたいのか分からない」

紫「分かる必要もないわ。半端者は路頭に迷っているのがお似合いよ」

霖「確かに僕は半端者だ、人間への未練も、三珠への想いも引きずったまま中途半端に生き残ってしまっている、だけど言い訳はしない、今僕にできることをあの子達のためにするだけだ」

紫「可哀想な人ね、本気で誰かを愛したことなんてないくせに」

霖「……君はあるのか?」

紫「私はこの理想郷を愛しているわ。だけど最近は物忘れも多くて、式の名前も呼び間違えちゃったりするのだけれど、何を忘れているのか思い出せないわ。まあ、せいぜいあの娘たちの前では仲良くしましょう?珍品収集家の変わった店主さん?」

 

12、霧雨魔法店、霊夢と魔理沙、霖文椛橙藍

 

 

霊「……お庭の手入れご苦労様。今日は冷えるわね。マフラーが無いと風邪引くし、ブーツが無いと滑って転んじゃう」

魔「これでも前日比プラス二度だ。寒がりのあたしは帽子も上着も着込んでないとやってられん。それに庭じゃないぜ?立派な農園候補地さ。」ザクザク

霊「土の中は暖かい?」

魔「多くの動物や植物は、冬は活動を控えめにする。だが3年も続くと話は別だ」

霊「というと?」

魔「冬は壺の中に春を閉じ込める蓋だ。溜まりに溜まった春の気が雪に覆われて土の中で眠っている。今にも爆発しそうなくらいだ」

霊「おかげで立派なモノが生えたわねえ」

魔「ああ、最初はマンドレークかと勘違いした。冬でも採れる作物を5年前に植えてきたが完全に自生してやがる」

霊「ところで何それ?」

魔「超特大のごぼうだぜ」

 

居間

 

霖「魔理沙、霊夢、食べながらでいいから聞いてくれ」

橙「うわあ、何の匂いにゃ?何の匂いにゃ?」

霊「ただの昼御飯よ」

魔「魔理沙さんお手製森のキノコと爆弾ごぼう入り特製クリームシチューだ」

文「おお、これはまろやかな風味と独特な色合い……後で椛に食べさせましょう」

椛「先輩、どうぜまた私の変なブロマイドをコレクションにする気でしょう」

霖「……まったく、香霖堂と博麗神社を往復していた僕の身にもなってほしいよ」

霊「ごめんなさい、それで蔵にあった設計図、陰陽玉の方はどう?霖之助さん?」

霖「河童への報酬の面では思わぬはした金が入ったから安心だ。ただ霊夢、まだ待ってくれ」

魔「おっ、香霖堂が儲かっているのか?そんなわけないか」

椛「城への侵入ルートと脱出経路の確認、完了しました」

文「それと既にいつでも刷れるよう魔界の印刷業者に依頼はしておきました。山吹天狗には私はブラックリストに載せられているもので」

藍「これで城に囚われている稗田阿求を奪還する作戦は整ったというわけか?」

橙「藍様藍様、異変倶楽部に任せてしまって本当によかったんでしょうか?」

霊「心配しないで橙、むしろこっちからやらせてって頼んだのだから」

椛「それで作戦名は……『稗田阿求救出及び理想郷住民の意識改革を目的とする博麗新術式展開を主軸とした作戦要綱』……長いですね」

霊「霖之助さんの命名よ、イワト作戦に変更ね」

魔「城での各自の行動の手順、確認しておけよ」

文「カメラの腕は衰えていません」

椛「私もいざという時は日頃の鍛練で磨いた剣で皆さんをお守りします」

霖「今回の作戦の肝は霊夢が誰も傷つけないことだ。人間も妖怪も死ぬ必要のない戦い、それを理想郷中に広めるための射命丸くんの新聞だ。巫女の神性が崩れては意味がない」

藍「城の賭博場は年中無休で開かれている。まるで誘われているみたいだが、例のアイデアは纏まりそうなのか?」

霊「私と魔理沙で演算中、形自体は単純だから組立は魔理沙お墨付きの魔女さんに依頼中よ」

椛「作戦はその完了と試験運用のあとですね」

霊「いいえ、城で使うのをそのまま実地試験にするわ。時間がもったいないの」

橙「橙は作戦開始ギリギリまで地質調査しているにゃ?」

藍「そうだな。橙、紫様からの大切なお使いだ。できるね?」

霖「霊夢、君の要望通り、脇を空けて動かしやすく仕立ててみたが、本当にいいのか?」

霊「ええ、綺麗な紅白……ありがとう、霖之助さん」

霖「ほつれたらまた言ってくれれば仕立て直すからな。ん?どうした魔理沙」

魔「こーりんから珍しく酒の匂いがするぜ、焼酎か?」

霊「霖之助さんだし、日本酒じゃない?」

霖「霊夢が正解だ、昨晩仕立てを終えた僕自身へのご褒美さ」

霊「魔理沙、私たちは最後に呑んだの、二日前でしょ?」

魔「いいや霊夢、あたしの記憶では三日前だ。間違いないぜ」

霖「とほほ、僕は君らの成長を素直に喜べないよ」

 

<城>男、萃香、霊橙文魔椛、メディスン、リグル、風見幽香、阿求、三月精、子

 

城本丸、酒場兼賭博場

 

男「俺の負けか?」

萃「いいや、あたしの勝ちだ」

男「はんっ、出所祝いがこれでパアだ」

萃「風見に雇われる前にもっとマシな仕事に就け」

男「俺は薬を運んでいるだけだ。客に届ける立派な仕事だよ」

萃「そうかい、またあたしに負けた時にあんたが文無しだと取り分がないよりはマシだな」

 

霊「決して結果を焦ってはいけない……風見の雇われヤクの密売人さん?」

男「なんだ?嬢ちゃんも吸いたいのか?やめときな、肺が焦げるって噂だぜ」

霊「大天狗が釈放したのはあなたね」

男「妖怪の山も風見ににらまれたらただのカエルだ」

霊「風見は蛇じゃないわ、虎。だからあなたは狐」

男「化け物だらけの理想郷で、誰が強い奴の威を借りずに無事でいれるってんだよ」

 

萃「橙か、見るに猫の式神だな、今に閻魔や龍人も来るに違いない」

橙「夢幻館の鬼、伊吹様の拝謁の栄に浴せるとはなんたる至福ですにゃ」

萃「ここでは神も悪魔も運任せ、余計な地位は関係ない、萃香でいい」

橙「この賭博場全体に術式封じが仕掛けられているにゃね、運命を変える力を持っていてもここでは無駄ってことだにゃ、萃香!」

萃「運命は浮気者、勝負は時の運ってやつだ。だが、鬼にしかなせない力……未知の力を前にして夢破れるがいい!」

橙「猫は気ままにゃ、式は憑きたてのホヤホヤだにゃ、まだ知らにゃい可能性がきっと私の中に眠っているにゃ!」

 

霊「伊吹萃香って花札強いの?」

男「ああ、奴の勝率は八割を超えている」

霊「二割は負けているのね」

男「イカサマしていると?」

霊「鬼は強気なだけ、だけどそれが最大の武器になるのね」

男「つくづく分かんねえ嬢ちゃんだ、あばよ、今夜は冷え込みそうだ」

 

文「あやや、順調ですね。八雲の支給品も合わせて、橙さんと霊夢さんはうまいこと潜り込んで、少しずつですが賭博場で注目を集めつつあります。イワト作戦……天岩戸……城の奥に籠っている風見幽香を、ほんとに誘い出すことができるのでしょうか……?一連の作戦が成功すれば文々。新聞の復興第一号の大見出し間違いなしですが……椛、そして魔理沙さん、裏方任務頼みますよ……!」

 

城地下、料理場

 

椛「手に知れた城の設計図によると、稗田阿求が囚われているのはこの先です」

魔「牛に豚に鶏……ここは精肉室か?城の警護の妖怪たちの食糧庫……ほんとにこの先に地下空洞への入り口が」

椛「靴や衣服、装飾品も捨てられていることから察するに、このソーセージの加工前は人肉です」

魔「人間のあたしの前でそれを言うかよ……外の世界で神隠しにあったか、魔界からの難民か」

椛「すみません、山暮らしだとどうも人間の死臭に疎くなるみたいで……」

メ「こんにちは~、お姉ちゃんたちもお人形さん?」

魔「ん?どうしたお嬢さん、こんなところに……」

椛「ッ!?魔理沙さん、走って!!」

魔「なッ!どうした椛!?」

椛「いいからこっちです!話は走りながら!」

魔「……分かった!あいつは妖怪か?」

椛「はい、メディスンメランコリー、毒人形の妖怪、人に捨てられた玩具の人形が毒沼で妖力を溜め続け生まれた無差別に人間に害をなす危険分子、自分を捨てた人間に恨みを持っています」

魔「妖怪は精神に左右される生き物だ。良くも悪くも自分の感情に対しては徹底している」

椛「妖怪の私の前でそれを言うんですね」

魔「さっきのお返しだ」

椛「人畜無害な外見ほど妖怪は危険である場合が多く、メディスンはつい最近になって風見幽香の傘下に下ったと聞いています」

魔「あのリグルってのが蟲を操るとすると、さっきのメディスンは毒を操るのか」

椛「その通り。そして風見幽香は花を愛でる。植物は蟲を使って数を増やすし、植物には毒を栄養とする種も存在します。毒を使うのは虫も同じ。幽香、リグル、メディスン。この三者はお互いに協力関係にあるんですよ」

魔「風見トライアングルか。その一角が笑いながら追いかけてきいてるって不味くないか?」

椛「ええ、非常にまずい。風見傘下の雑魚妖怪を1000体相手にするよりまずいです」

魔「マスパは撃てない。派手なことはしないって作戦だからな」

 

大浴場

 

リ「湯加減はどうだった?幽香」

風「芯に染みたわ、香りも十分」

リ「そうか、良かったよ」

風「……下の見張りから報告は無い?」

リ「何の報告だい?」

風「そう、ならいいわ……」

 

酒場

 

霊「私の猫が迷惑かけたわね」

萃「ずいぶんとお転婆なペットを飼っているんだな」

霊「あなたより優しいわ」

萃「花札、ルール知っているのか?」

霊「さっき覚えた。説明書を読んだの」

萃「トーシロが鬼に頭突かれて尻尾振って逃げるんじゃないぞ?」

霊「あんたこそ得意の蒸発をしないでよね」

萃「水が水蒸気に変わる時は体積が1700倍になるんだ。この城ごと吹っ飛ぶよ」

 

橙「藍しゃま~」

藍「橙、頑張ったな。射命丸殿、反対側はどうか?」

文「こちら射命丸、感度良好、階段付近は特に問題ないかと」

藍「了解いたした。こちらも良く聞こえる、私か射命丸殿どちらか先に宙を飛んだら」

文「それが合図ですね。霊夢さんの晴れ舞台、ここがブームの爆心地になるわけですね」

 

霊「あんたは花札の何処が好きなの?」

萃「勝負事だ。それだけでいい、そんな訳はない、感じるんだよ、受け継がれてきた伝統や積み重ねられた文化の結晶がここにあるすべての札に凝縮されているって」

霊「札に、ね」

萃「将棋の駒や囲碁の碁石、縄や竹だって使い勝手で遊び道具に変わる、そういう知恵に痺れるね」

霊「侍の刀、役人の書物、職人の道具もその人が働いているのか遊んでいるのか見分けるのに使えるわね」

萃「行動している姿が身分を、立ち振る舞いが性格を表す、人間も妖怪もそこだけははっきりわかる」

霊「今だったら、花札という遊び道具が、私と萃香が一緒に遊んでいるってことを、誰でも分かるようにしてくれているのね」

萃「その通りだ。しかも美しい絵柄、残酷なルール、華麗さと無慈悲を兼ねた余興だよ」

霊「決闘の妙ね」

 

文「藍さん、こちら動けます。八雲家製のスキマ通信機はちゃんと使えていますね」

藍「紫様の能力で支えられた連絡網だから当然……では、理想郷最速の烏天狗の疾風怒涛、ここで見せてもらっても構いませんが」

文「賢者が体を張っている訳ですか……久しぶりなので、そのまま外まで行きますね」

藍「中の様子はこちらからお伝えする。脱出してきた地下班と合流してほしい、もちろん」

文「本職を全うしてから、ですよね」

藍「ええ、それが博麗異変の要ですから」

 

ドドォン・・・・・・(大風の衝撃音)

 

城上階

 

リ「……んん?今のは?幽香、感じたかい?」

風「ええ、私のハラワタが鳴る音よ。腹の中で鼠が鳴いている」

リ「僕が下の様子を見てくるかい?幽香じきじきに行くのもまずいだろうし」

風「あなたは城の外を包囲して。賭博場へは私が下りる……今夜は楽しくなりそうね」

 

城地下

 

椛「魔理沙さん、上で始まったみたいですね」

魔「ああ、合図だ。このまま城がぶっつぶれてあたしたちも下敷きにならないといいが」

椛「烏天狗が巻き起こす風は竜巻、この城は風見幽香が暴れても壊れない硬さです」

魔「じゃあ安心して地底探検を楽しめるな。さっさと稗田阿求さんに雪を見せてやろう」

 

賭博場

 

萃「はあ!?勝負がぱあじゃねえか!誰だ入り口をちゃんと閉じておかんのは!」

霊「落ち着いて、伊吹萃香、今のは隙間風じゃないわ」

萃「なあに!?」

霊「決戦を始めるための一陣の風、開幕の幕をはためかせるつむじ風」

萃「訳知り顔だな……これからここで何かおっぱじめようってのか」

霊「ごめん。あんたとの勝負を蔑ろにして」

萃「気にスンナ。それよりも今からは観客側に回ったほうが身のためだよな?」

霊「ええそうね。……如何に観客を味方に付けられるか、如何に人気を集められるか、嫌悪感を与えるような勝ち方じゃ意味がない、そう思わない?」

萃「ごもっとも」

霊「理想郷の大妖怪と、復讐に燃える巫女、今こそ積年の因縁を晴らすとき、博麗の名に懸けていざ尋常に、表に出なさい!風見幽香!!!」

 

風「ははは、これはこれは驚いた。気づいていたのね、博麗の巫女、お久しぶり」

霊「ちゃんと名前で呼びなさい。私は博麗霊夢よ」

風「じゃあ霊夢、少し私の言いたいことを言わせてちょうだい?その決戦とやらを始める前にね……地上に咲く花はその鮮やかさから生の象徴であり、」

霊「いったい何を」

風「同時に花の儚さより死の象徴でもある。不思議よね。今の地上の花は、死の香りがぷんぷんするわ」

霊「だから何が言いたいのよ」

風「霊夢、あなたの中にあった種は立派に咲き誇ったわ。もう愛でたいくらいに、可憐に、優美に、艶やかに。あなたこそ私に抱かれて永遠に変わらぬ姿で造花になるのが相応しい」

霊「私とあんたじゃ人間と妖怪の禁断の愛よ。残念だけどプロポーズはお断りさせていただくわ」

風「ますます欲しくなるわね。その減らず口も、正義感も」

霊「うるさいわね、ここじゃ狭いから、目立つように上へ行くわ」

風「あら、今階段を下ってきたばっかりなのに……それにあなた、飛べないんじゃなかったかしら?」

霊「今は亀の神様が憑いているのよ。甲羅しかないけど!」

風「今度の巫女は変わっているわね。伝統も減ったくれもありゃしない、新時代の巫女」

霊「そんな気は全くしないんだけど!」

風「上まで行って何する気?」

霊「行けば分かるわ。ちょうど今は雪も止んでいるみたいだし好都合よ」

 

藍「伊吹萃香殿、こちらの計画の巻き添えで興を削いでしまい、すまない」

萃「なんだ九尾、あんたもグルか。興に関しては問題あるまい。これからもっと面白いことが見られそうだからな」

藍「私の計算では23%の確率でうまくいくんだがな……成功すればあなたも満足する世界が訪れるだろう」

萃「そりゃ楽しみだ。なんたって今日は遥か西洋では“くりすます”って言うんだぜ。神の子が生まれた日だ」

 

城地下

 

魔「八卦炉に最初からピッキング術式が仕込まれていたとは」

阿「森近さんがすることですから、霧雨店はあなたが居なくなって以来分裂していますよ」

魔「理想郷の情勢だ。風見幽香が君臨しているなら傘下に下るのも悪くない」

阿「今は彼女の家に不法侵入ですが」

魔「気づかれなきゃ泥棒はいない」

阿「理想郷に法律はありません。あなたの自律に何もかもかかっていますよ」

魔「あっきゅんの家からは盗まねえよ。理想郷の歴史には興味ないからな」

阿「あっきゅんって……人間と妖怪とのバランス関係が崩れたら理想郷は終わる、その時私たちの役目も終わりです」

魔「私たちじゃなく、私だろ?それにまだ楽になれると思うのは早計だぜ」

阿「私は一度見たものを忘れません。過去の戦乱の歴史も昨日のことのようです。あなたの言う巫女の計画が成功するのなら、いくらか希望は持てますね」

 

椛「ようやく繋がった。文さん、上の様子はどうですか?」

文「無事でしたか椛、たった今霊夢さんと風見が城の天上に迫っているところです」

椛「いい絵が撮れそうです?」

文「ええ、ばっちり、今もシャッターを切っています。椛、あなたには礼を言わないといけませんね。暗がりから私の手を引いてくれたあなたに」

椛「踏み出したのは文さん自身ですよ。私がしたことは最初だけです」

文「ありがとう、勇気ある白狼天狗がジャーナリストの魂に火をつけた、それが博麗霊夢の雄姿を世界に広める。あなたはただの橋渡し役ではありませんよ」

椛「私も警官でなく記者だったなら、文さんの記事を書きたいです」

文「新聞には自分の姿は出てきません。常に第三者でなければならないのです。さあ、そろそろ世紀の大相撲が始まりそうです。一旦切りますね、椛」

 

魔「おーい聞こえるか椛、こちら魔理沙、あっきゅんは無事に救出したぜ」

椛「はい聞こえます、魔理沙さん、おそらく城の最下層に辿りつきました、まずいです」

魔「どうした!?敵か!?」

椛「いいえ、今私が見ているものです。巨大な魔力炉と、蟲の大群が保管された倉庫です」

魔「魔力炉と、蟲?」

椛「幼虫の群れですが、あれは年越し虫です。大晦日に一斉に成長してハチのような成虫になり、その日のうちに子孫を残し死んでいく」

阿「今は地獄の深層にのみ生息する希少な妖怪蟲ですね。しかし仮にサナギから脱皮しても今の地上は三年の冬、年越し虫も花が無ければ栄養が無くて死んでしまいます」

魔「地獄には冬にも咲く花があるのか?」

阿「地獄に冬はないんですよ」

椛「どっちにしろ、蟲に大量の妖力を供給している魔力炉と、あと五日で破裂する時限爆弾みたいな蟲蔵があるということは、何かしらの策略の可能性が非常に高い」

魔「だな。情報は武器だぜ。持って帰らなきゃ意味がない。椛、例のポイントで落ち合おう」

椛「稗田さんの護衛、任せます。あとは上がうまくいけば作戦成功ですね」

 

城天上

 

風「ここからなら妖怪の山も人間の里も見える。巫女の無残な姿を晒すにはもってこいの場所ね」

霊「いいえ、ここは私の復讐を果たす場所よ、私を陥れようとしたあんたへの、あんたを生み出したし母さんを見殺しにした理想郷への、ね」

風「そしてあの日も私はここにいたわ。大砲を支えられる石垣の地盤。豊穣の祭りで賑わう人里に照準を定めるのにはもってこい場所」

霊「お前……!」

風「人里の大混乱を起こしておいて、再戦の危機に乗じて理想郷を乗っ取ったの。良い演出と脚本でしょう?あなたの母親の死も追い風になって助かったわ」

霊「何もかも最初から仕組んでいたのか、母さんが尽力したこの郷を奪うために計画を立てて、自分の手も汚さずに母さんを殺したのか」

風「ふふふ、あなたの心の中の種は立派に花開かせたようね。永遠に飾って愛でたいくらい。あの少年は後で食ったわ。手も汚れたわよ」

霊「私があんたの手のひらの上で踊っていようがどうだっていい。ここまで来たらやるだけよ。本当は分かっているわ。あんたが悪の権化じゃなくて別の正義だってことは。だけど私は私の正義を貫く。エゴで邪魔者を退かす。それくらいやらないと母さんにも追いつけない」

文「私もブランクを埋めるためのスクープをしないと椛に会わせる顔がありませんよ」

風「文屋がネタ探しのために紛れ込んだのかしら?」

藍「大妖怪がスキャンダルの特ダネでもあるまいし、何をイラついている?」

風「ここは私の家だ。不法侵入よ」

霊「理想郷に法律は無い。だけど一定のルールを作ることはできる。誰もが手段を問わず毒殺や暗殺、爆殺も厭わずに殺し合うこと、それが戦争よ。では戦いから悲惨さや恐怖を取り除くにはどうしたらいいのか。それは戦いの手段を固定すること」

風「最近の若者が言うことは分からないわね」

霊「良いから聞きなさい。お札だったら霊術戦、拳だったら肉弾戦、カメラだったら情報戦、手段に伴って対人戦闘の種類が変わることは卑怯な戦術や一方的な凌辱を生む。それを恐れて皆がお互いに自己紹介さえできはしない。人間と妖怪が共に暮らすにはまずはお互いを知ることが大切なのに阻まれている。そこで編み出したのが遊びながら戦うことよ」

風「遊び?」

霊「そうよ。この世で最も美しく、最も無駄な決闘法。知的で単純、競うのは力ではなく美しさ。使う手段は花札。一時的な博麗大結界が簡単な弾幕術式を万人に提供する」

風「何を……」

霊「……母さん、誰の血も見ない。これが私の復讐よ」

風「赤い牡丹みたいに綺麗な飛沫を上げるのかしら?恥じらいの巫女の鮮血は」

霊「風見幽香、あんた、花札のルール分かる?」

風「……ええ、賭けごとに興味は全くないけれどルールくらいは」

 

ブイーン・・・・・・(大結界の一部の起動音)

 

霊「じゃあ話が早い」

風「……弾幕、とか言っていたかしら。マシンガンやガトリング砲でも飛び出てくる?」

霊「鉄の塊は無愛想、この大結界の上で許されるのは立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花、だけね」

風「演出家気取り?道化の巫女さん」

霊「舞台監督兼女優。ヒロインが負けるシナリオなんて誰も望まないの」

風「私と対峙していたら舞台と呼ぶより土俵が似合いそうだけど」

霊「寄り切りも押し出しも無いけれど、感情の勝負よ。思い描いた弾幕は感情の数量化そのもの。だから相手に感動させられたら負けなのよ。弾なんて誰でも避けられるし」

風「儀式めいていて、力士が塩を撒いたり節分の豆まきみたいだわ。それで、花札は?」

霊「オリジナルの札を作っていいわ。そしてこの遊びに参加するための条件、切符でもある」

風「こんな薄っぺらい金棒じゃ鬼も追い出せない」

霊「これはそんな暴力的な塊じゃない。いい?力んだところで無駄なだけ。師匠の怒りもひらりと躱せる美しさか、師匠に認めてもらいたい努力か」

風「世渡りのための遊びなら雀荘もでも行けば」

霊「指先だけでなく、体全体をダイナミックに使うのよ。体力、知力、想像力でね」

風「ふふふ、舞台だか土俵だか、あなたたちが用意した土台ごと壊してあげる」

霊「あなたには壊せないわ。一部とはいえ大結界、大妖怪にも手は出せない」

風「やはり裏があったわね。お仲間も文屋と八雲だけじゃないのでしょう。……ふふふ、自分の花を咲かせることのできる人は少ないわ、花を咲かせることは土の力なのだから」

霊「……私を咲かせたのはこの理想郷よ!さあ、花札との契約を交わせ、あんたの切り札を見せてみろ、風見幽香!」

風「これだけ挑発されたら乗るしかないわね。命令決闘とは、西洋の騎士か戦国の武士か」

霊「理想郷の競技者ね。三回勝負のお手付きは無し!……霊符『陰陽印』!!!」

風「呪符や護符もあるのかしら?……早速だけど季節外れの桜にお返ししてあげる。ふふふ、三精四季五行、60年の周期で巡れ、花符『理想郷の開花』」

 

シュババババババ……(弾幕音、グレイズ音)

 

文「霊夢さんが師匠の訓練から着想を経て、魔理沙さんがご友人に依頼し完成させたことは聞いていましたが」

藍「紫様が大結界を巫女に授けたことを忘れるな。あの風見幽香と対等に……いいや、そうなる仕掛けだったな」

 

城外

 

阿「……わが園に梅の花散るひさかたの天より雪の流れくるかも」

魔「万葉集、大伴旅人だな。確かに雪か花弁かこれじゃあ分からんな」

椛「あの風見幽香に対して挑むなんて……本当に恐れ知らずな人だ、霊夢さん」

 

城上空

 

リグル「幽香……君の眼も鈍ったか?……巫女の口車にまんまと乗って笑っているんじゃ統治者として失格だよ。君ともここまでのようだね、残念だ」

 

城中庭

 

萃「うっひょ~!やっちまえ~博麗の巫女~!聖夜に花見酒だ~!」

 

人間の里

 

サニー「慧音先生、こっち来て見てくれ!」

慧「サニーミルク、こんな夜更けにいったい何を……見せ……なんてことだ、ルナサファイア、スターチャイルド、お前たちも里の皆を起こすのを手伝ってくれ!」

ルナ「合点!」

スター「承知!」

慧「……霊夢……」

 

貧民街

 

子「父さん、もう一回起きて!城の方が光っている!」

男「俺が帰った後に火事にでもなったのか?くだらん……」

 

城天上

 

ドドドーン・・・・・・(スペル終了音)

 

風「ふふふ、イメージの具現化とは、考えたわね」

霊「どうも」

風「妖怪が人間を喰らい、人間が妖怪を退治する。単純だった理想郷のルールも複雑になるのね」

霊「あんたの時代に適した形にするだけよ。これがその第一歩。大妖怪と巫女の演舞」

風「担がれたわけ。あなたは死者が出ない戦いをご所望らしいけれど、それは上手くいかないみたいね」

霊「……どうしてよ」

風「ふふふ、マリーゴールドの花言葉を知っている?」

霊「……知らないわよ」

風「『常に可愛らしい』」

藍「……!霊夢!危ない!」

文「霊夢さん、左!」

 

ボガン!(爆音)

 

霊「……ッ!きゃっ!……うぅ……」

風「直撃は逃れたみたいだけど、全身火傷で悶えて死になさい?ふふふ、あなたの負けね」

霊「……ぅぐ……づぁ……」

藍「霊夢!しっかりしろ!」

文「藍さん!いったいどうしたら……!」

風「思っていたよりも強力ね。クライアントの考えは分からないわ。……復讐なんて暗いこと考えたらダメよ。燃えて明るくならなくちゃ」

藍「くっ、紫様!」

文「あややややや!」

 

人間の里

 

サニー「どうしよう、霊夢さんが……」

ルナ「でも私たちはできることをしよう!」

スター「そうだよ、せっかくのみんなの頑張りを無駄にしないためにも」

サニー「そうだ、ルナとスターの言うとおりだ。よし!いっちょやってやろう!」

ルナ&スター「おう!」

 

子「ん?なんだあれ?」

三月精「号外だよ号外~~!」

子「天狗の新聞……?“博麗の巫女が帰ってきた”……?」

 




※人間の里……数千から数万の人々が暮らす理想郷最大規模の人間の集落、小さな山村などは理想郷内各地に点在しており、そこも人間の村の意味で人間の里と呼ばれることもあるが、主に認識されるのは上記一箇所のみである。霧雨店、寺子屋の他、繁華街、商店街、長屋街、貧困街、闇市などが存在する。街路や水路は整備されており、有識者や有力者による自治組織や、警察もある。霧の湖からは歩いて一時間ほどの距離で、妖怪の山や風見の城もよく見える。


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5. 異変

※理想郷の地理……およそ直径10キロの範囲に妖怪の山や人間の里などの主要部、霧の湖や魔法の森も存在しており、その他の要所はさらに広範囲に及ぶ外縁部や郊外、最果ての地に散らばっている。空を飛べる人間や妖怪の平均飛行速度である時速30~40キロ程度で理想郷外周を一巡すると、およそ5時間程度要する。

Chap.5


<異変、当日>

 

 

 

1、霧雨魔法店、霊夢と霖之助と阿求

 

『霊「母さん?どうしたの?綺麗な巫女服が…真っ赤になってるよ」

三「霊夢…これはね…母さんの命の炎の色、赤く燃え上がる勇気の色よ…霊夢も好きでしょ?」

霊「うん、母さんの服、真っ赤な色だけど、暖かいから、好き」

三「でも霊夢、あなたがこの血の色に染まってはいけない、誰の血も見ないと、最後に見るのは母さんの血だと、約束して」』

 

寝室

 

霊「……母さん……」

霖「おはよう、霊夢」

霊「……霖之助さん、私たちはどうやって城から逃げたの?」

霖「八雲紫のスキマ術式だよ。あれは万能の能力だ。あらゆる境界を操る力か……瞬間移動とは驚きだよ」

霊「私は……どのくらい眠っていたの?」

霖「とても長かった、5日だよ……これまでの疲れもどっと出たんだろう、火鼠の皮衣が爆熱を相殺したんだ。だけど爆風で吹き飛ばされたダメージは君に残っていたようだ。こいつを巫女服の素材に選んで良かったよ」

霊「なんだか苦い味を覚えているわ」

霖「魔理沙の猪苓湯だろうね。漢方の一種で茯苓、沢瀉などが利尿作用と水分循環を進めてくれて、阿膠には止血作用があるんだ。それと……」

阿「滑石には熱や炎症を鎮める働きがあります。初めまして、稗田阿求です」

霊「9代目の阿礼ね。ありがとう、霖之助さんの薀蓄を止めてくれて」

阿「私よりも古事記に詳しくて驚きましたよ。編纂を面倒がることも知られていました」

霖「それは褒め言葉かな、太安万侶もお人よしだ。今お茶を淹れて来るよ」

 

居間

 

阿「……風見幽香の根城、夢幻館は周囲に1000もの傘下妖怪を配置し一触即発な状態で沈黙、人間の里と魔法の森、妖怪の山に射命丸さんの新聞が配られ、博麗決闘法が妖精たちの間で流行となり面白い命名が確認されています」

霊「『巫女の帰還と新決闘法』……ね」

霖「とにかくイワト作戦は失敗ではないさ。みんな最善は尽くした。君の存在を知らしめて、羽根突きと花札を合わせた遊びは宣伝できたんだからな」

霊「福笑いも混ぜる?それに御の字にはまだ早い……『弾幕ごっこ』に『スペルカード』?」

阿「それです。既に人里にも伝播していますが、妖精スラングですね。『スペル』には呪文や魔力の意味もありますが、私はこう読み取ります。魅力のカード、と」

霊「魅力、か。初陣にしては上出来ね」

霖「そして今夜が冬の陣になりそうだ。新年へと日付が変わる今日の夜、10時間以内に異変が起きる可能性が高い」

霊「魔理沙の報告の年越し虫ね。穏やかな大晦日にはならないか」

阿「この5日間、異変倶楽部も不眠不休で異変の兆しを模索しましたが、ただ虫をばら撒くだけでは大したことにもならないと判断するしかありませんでした」

霊「目的は虫のばら撒きじゃない……栄養と水分のある土に種を植えたら、次に必要なのは何?」

霖「環境の条件だな。植える種にもよるが日照時間や気温、何より季節に左右される重要な要素だ。土壌と同じくらいに前提条件として不可欠。その巨大な保護の下でのみ、種は芽を出し成育を始めることができる」

阿「発芽後に土の中の養分のみに頼らず自力で茎の伸ばし葉を作り、蕾を形成することができれば完璧です。あとは時期を見計らって花を開かせ、昆虫たちによっておしべとめしべが受粉する。そして実がなり果肉の中で種も次の世代のために備える」

霊「また種に戻るって訳…・…つまり虫たちの存在は植物の花粉が発生した時に初めて役に立つものだということ。だとしたら、本当の目的は……」

阿「霊夢さん……?」

霖「阿求さん、よく当たると評判の巫女の勘だ」

霊「……ただ一つ動機だけが分からないけれど、異変のカラクリは解けた。だけど最悪の予想がもう一つだけ……霖之助さん、魔理沙はどこ?」

霖「人里だよ、今日は雪も止んでいるし監視と調査に出かけているね。それと霊夢、河童に依頼していた隠し玉がこの五日間で完成した。実地試験がてら持っていくといい」

霊「ありがとう、霖之助さん。……これは?」

霖「1つは説明書、もう一つは八雲紫の書置き……その術式自体、認識阻害か感覚遮断の効力を持っているみたいなんだが、僕の力でも特定が難しい代物だった。まったく、謎を残す妖怪だよ」

 

2、人間の里、慧音と魔理沙、魔界の商人

 

龍神像前

 

人1「大変だ。龍神像の目が赤い。雨の日なら青、野分が来ると紫、異変が起きる日は赤色だ。いざって時は霊廟まで逃げ込もうぜ。あそこなら安全だ」

人2「何日か前の城の騒動と関係あるのかな。ほら、天狗の記事になっている。何々?『新聞の付録の花札をお使いください。巫女発案の決闘法の術式鍵が内蔵されております』?」

人1「鴉の書いた覚え書きなんか捨てておけ。どうせ根も葉もない噂かデタラメだ。真実ってのは城が厳戒態勢で、妖怪の山が閉山しているってことだ」

人2「どこの誰かが書いたかも分からない言葉を信じてみるのも悪くないよ。ちょうどいい暇つぶしだよ。花札遊びが妖精の悪戯件数減少に貢献しているらしいし」

人1「奴らは盗むし、壊すし、騙すからなあ。ろくでもない連中だがあれが自然の権化だって言うから驚きだな。全く世も末だ。寒くて戦争する元気もねえ」

人2「……へえ、これがこうなって、何かの力を加えると“術式”っていう何でも屋が展開されるのか……」

 

団子屋

 

魔「異変の種はようやく大地に芽を出した、ってところか。あたしも水が欲しいぜ」

慧「頭脳とは土壌だ。しっかり耕せ。魔法の森の土はどうなんだい?」

魔「ここよりはマシだよ。八雲が言うには山のダムから理想郷中の地下水脈を伝って過剰な魔力が漏れ出しているらしい」

慧「地下の水脈は太古の川だ。時代と共に埋もれたが水が通わなくなる理屈にはならない。地学は勉強してないのか、魔理沙」

魔「薬学と天文学には興味あるぜ。前者はキノコの調合に、後者は星の魔法に使える実戦学問だ」

慧「風見幽香も純粋悪の妖怪ではない。危険ではあるが、理想郷の政治と歴史を学べば分かることもある」

魔「慧音先生といえば歴史学だったな。そういうことは巫女の書簡にでも保管しておくべき事項だろう。神社での窯の炊き方や畳の干し方じゃなくて」

慧「私は半人半獣だ。そして理想郷には人間と妖怪が共に暮らす。その歴史を子供たちに教えること。それが私の生き方だ」

魔「私は魔法使いだ。悪の妖怪を退治する正義のヒーロー、山も城も纏めて懲らしめる何でも屋さ、それが私の生き方だ」

慧「年頃の女子なら恋する季節に戦いか。生き急いでいるな」

魔「人間には時間が無いんだよ。文献解読に研究、実験に戦闘だ。先生と話しているのに余裕が無くてすまないと思っている」

慧「構わないさ。永遠に時間が有っても余裕がない竹林の友人もいることだしな、同じ人間でも感じ方は千差万別、心配の種は尽きないさ……。君は、流れ星のように燃える人生をご所望かい?」

魔「ああ、あたし自身が星になるなんて夢みたいだぜ。早死には勘弁だが」

慧「冠婚葬祭、できたら教え子の祝言や宴会には参加してみたいものだな」

魔「気の早い先生だな。でもありがとう、慧音先生。なんだか肩の荷が下りた気分だ」

慧「金次郎の像を見習え。薪を背負い、ひたむきに書をめくれ。そして歩みを止めるな」

魔「はは、先生には敵わないぜ」

 

商「随分とにぎわっているな、理想郷の人間の里は」

魔「……?まあ今日は珍しい方だ。天狗の新聞やら回覧板やらが出回って皆が雪も気にせず外に出ているからな」

商「ほう。しかしこの団子はうまいな、まあ、私は死者だから味など感じないのだが」

魔「……へ?」

 

ドサ(魔理沙が倒れもたれる)

 

魅「さて、お駄賃はここに置いておくよ。ああ、連れが疲れてしまってね」

 

3、博打に負けた男、男、その息子、少年剣士、霊夢、会計、魔界の商人、妖怪たち、リグル、八雲家

 

貧民街、あばら屋、長屋

 

男「うるせえ、そんな新聞知るか」

子「でも見てよ、巫女さんが帰ってきたんだ。きっと風見をやっつけてくれるよ!」

男「食い扶ちを潰す悪い女だな巫女ってのは」

子「また霧雨店に雇ってもらえば……」

男「だったら人件費削減とかいって俺をクビにしたあのクソ会計野郎を恨め」

剣「その会計とやら、僕が代わりに辻斬りにしようか?」

男「なっ、人んちに土足でかよ」

剣「僕の上司からの配達の依頼だ。これを無名の丘まで運ぶこと。それだけ」

男「藁人形……?中身は何だ?」

剣「考えなくていい。外に荷車にいっぱい積んである。これが前金、終わったら」

男「城までだろ」

 

子「お前らが父ちゃんをおかしくしたんだ」

剣「しっ、君だけには教える。僕は風見に潜む間者だ。……君の父さんのことは必ず守る」

子「……本当だとしたらなかなか難しい立場だね……」

剣「理解してくれてありがとう。君はここから出ないで。今夜は龍神の目が赤いから」

 

霧雨店

 

裏口

 

ドガッ(戸口に叩き付けられる会計)

 

霊「私の勘によると、あんたが魔理沙の居場所を知っているんだけど、霧雨の会計係さん?」

会「あぐっ……し、知らねえよ。あんた巫女だろ?人里の人間に手を出して」

霊「タダでは済まさない。あんたが情報を吐けばね……団子屋に魔理沙の箒と、人ではない気配の痕跡があった。あんたからも同じ匂いがしているのよ。風見の間者さん」

会「土と鉄の匂いか?農具に工具、霧雨は道具屋だ。だが売り物はそれだけじゃない。武具も売る。もちろん相手は里の人間じゃない。今夜、その取引がある」

霊「随分とぺらぺらと喋るのね、知っている匂いよ……場所を言いなさい。そこに魔理沙もいるんでしょ」

 

ガタンッ(さらに戸口に会計を抑えつける霊夢)

 

会「ウグッ……噂が本当なら巫女に乗るのもアリか……お前たちが勝てるとも思わないが、トンズラする前の置き土産だ」

霊「年越しそばなら要らない」

会「人間も妖怪も滅多に寄り付かない場所……かつて人間が子を捨て、妖怪が攫った鈴蘭畑……今は誰からも忘れ去られた名もなき丘だ」

 

無名の丘

 

男「いつ来ても気味悪い場所だ。無名の丘とは言ったもんだな」

商「そうか?漂う死臭が心地良い。怨念と後悔に満ちた安らぎの場所だよ」

男「いつもの使い魔じゃねえな。笠から顔を見せろ、お前、誰だ?」

商「さあ、誰だろうね、お前こそ、自分の正体を知った上で満足しているのか?」

男「……俺の正体?馬鹿言うな。俺は俺だ。それ以外あり得ない」

商「妻には先立たれ、息子とも不仲、職を失い、博打に溺れ、家と城との往復を繰り替えす日々……それがお前の正体だ。習慣が人格を作る。お前は満足しているのか?」

男「していたらろくでもない仕事なんて受けてない。お前と会っても居ない」

商「安心しろ、今日で仕事納めだ。全ては手遅れなのだからな」

 

ジャキン!キリキリキリ……(殺陣、衝突音と睨みあい)

 

商「……その一刀流、懐かしい太刀筋だ。私を魔界まで追ってきた老剣士を思い出す」

剣「……私情は挟みません。私は幽々子さまの剣です」

商「……そうやって板挟みになって生きているとろくな目に遭わんぞ?」

剣「……私の半分とあなたは似ている。だけど残り半分は似ていない!」

 

ガキン!(殺陣、互いに引き離す音)

 

子「ここからだと良く見えないや。父ちゃん、どこ?」

妖1「へへへ、こりゃあ良い。うまそうなガキだ」

子「う、うわああ!」

妖2「なあ、脚だ。脚なら要らねえだろ?」

子「や、やめろおお!」

妖1&2「ぐへ!いぎっ!」

霊「声出しちゃだめ。あなたはここにいて、できる?」

子「う、うん……」

 

ドサドサ(商人が剣士にマウントを取る)

 

剣「くっ……」

商「あの堅物もお前とよく似た目をしていた。人間も妖怪も、隠された感情は瞳に現れる。悲しみ、怒り、憧れ、嫉妬……どれも金にはならず、成果にも繋がらない枷でしかない」

剣「黙れっ、今日という日をどれだけ待ち望んだか……!爺の仇を討つこの日を!」

商「脆い仮面だな……復讐心は金にはならない。私は魔界の商人だ。感情は需要と言う何物も生み出さないただ受け身な姿勢を作り出す原因だ。だから手玉に取られる、分かるか?」

剣「例え利用されているだけでも、この楼観剣で、斬る……!」

商「魂魄流現師範代がこの有様では妖忌も報われないな。魂魄妖夢、お前には祖父の墓前に立つ資格はない。だが安心しろ。お前の弱さのせいで家名が笑われるのは、お前が原因ではない。お前と言う半端者しか残せなかった、後継者を導くことをしなかったアイツの責任だ」

剣「ふざけるなッ!死にぞこないめ!」

商「そうだ私は一度死んだ。だが殺した覚えもある。この白楼剣の主をな」

 

霊「そこまでよ、魅魔」

 

ビュン!(弾幕音)ガパッ・・・・・・(商人の笠が取れる)

 

少年剣士→妖夢

魔界の商人→魅魔

 

魅「せっかくの笠が台無しだ。どうしてくれる」

霊「あれで正体隠していたつもり?緑髪でバレバレよ」

魅「師匠と弟子の再会だ。魔理沙はどうした?」

霊「とぼけるな……まさかあんた来ているなんて、最悪の予想が当たったわ」

魅「言っただろう。これは本来霊夢、君が成すべきことだったと」

霊「魔理沙をどこにやった!」

魅「魔理沙は私の娘のようなものだ。邪険にはしていないさ」

 

子「父ちゃん!?無事なの!?」

男「馬鹿野郎、こんなあぶねえ場所まで追って来やがって」

子「ごめん、父ちゃん……と、父ちゃん、周りから妖怪が……」

男「ちっ、やべえな、俺の傍から離れんなよ」

 

妖「けほっけほっ……大変です。あの人たちを守らないと」

魅「情けない。私から逃げる気か?」

妖「……博麗の巫女は強い。私の楼観剣は一振りで妖怪10匹は殺せます」

魅「言い訳にしか聞こえんぞ。白楼剣は諦めるのか?」

霊「妖刀二本、魅魔のが短くて、半人のは長い……?」

魅「この業物は斬られた者の迷いを断ち切る。霊夢、君の敵対心も削げるかな?」

霊「あんたを吹っ飛ばすのに迷いなんてない……あんた、妖夢とか言ったっけ?」

妖「はい、あなたは博麗霊夢さんですね」

霊「知っているんなら早い。あの親子を守ってあげて。こいつは私が食い止める」

妖「……すみません、恩に切ります。ご武運を」

 

タッタッタ……(妖夢は親子の元へ走る)

 

霊「さて魅魔、あんた、私に断われたから、火花を使って理想郷を滅茶苦茶にする気?」

魅「あの時点で君が穏便に博麗の巫女に成れる保証は無かったからな。乙案だ」

霊「あくまで私にさせるのが甲案だったってこと……虫唾が走るわ」

魅「だが無事に巫女には成れたようだな、師として誇らしく思うぞ?」

霊「余計なお世話よ。今からでも私を説得しないの?」

魅「必要ない。乙案の達成が阻まれたら、甲案の内容をやや変更して実行してみよう」

霊「どっちもその前にあんたを成仏させるわ」

魅「魔理沙の母親を殺せるのか?」

霊「……あんたに母親を名乗る資格は無い」

 

ギュイン!(お互いに飛翔音)

 

魅「大亀に乗り、自力で飛ばないのも楽か!」

霊「その分あんたに集中できる!」

 

ギューン!(加速音)

 

魅「口だけでなく手も動かすようになったことは褒めてやろう!だがぬるい!」

霊「凍てつく炎、あんたが私をそう呼んだ!封魔針!」

 

子「すごいや!巫女さんが宝玉使って戦っている!」

男「馬鹿、あれは水晶玉だ」

妖「不味い……妖怪が多すぎる……このままだと守り切れない……かくなる上は……」

 

ブイン……(妖夢が耳元に手を当てる)

 

リ「やあ、精進しているね、少年剣士さん、いいや、八雲のスパイさん」

妖「私は白玉楼に仕える身……あなたこそ、魅魔の間者だったということですか、リグル」

リ「幽香の天下も終わりが見えてね。生存確率の高い側に味方する主義さ」

霊「風見の蟲使いがどうしてここに?」

魅「取引相手兼協力者だ。決して私の思想に同調している訳でもなく信用できんがな」

霊「仲間を売るのは、感心しないわ」

魅「金と資源に釣られただけだ。道草は食うなよ、リグル」

リ「僕を呼んだということはここで放ってもいいんだね、魅魔?」

魅「ああ、丘一体を頼む。こいつらを消し去れば、乙案の実行もスムーズにいく」

リ「君は死んでいるから、気にしなくてもいいね」

霊「ここで使う気!妖夢!」

妖「……!何か来ます!霊夢さん!」

リ「ははは!僕の可愛い子供たち、あの人間たちを吹き飛ばせ!」

 

男「蟲の大群!?」

子「赤い粉!?」

霊「伏せてッ!」

妖「囲まれた……!」

 

ブイン(スキマ音)

 

ドガーン!!!(中規模爆発)

 

シュー……(爆発の煙が晴れる)

 

霊「……え?」

 

橙「大丈夫だにゃ」

藍「ああ、大丈夫だ」

紫「安心なさい、大丈夫」

 

霊「……紫?」

紫「あら、二度も命を救っているのにお礼も無くて?」

霊「あ、ありがとう……どうして私たちを?」

紫「クリスマスの時は藍の要請が、今回は妖夢のおかげよ」

妖「すみません紫様、このような失態で面目ございません……」

藍「いや、君の機転で皆を助けられた。紫様の通信機のおかげだ」

橙「子供の方はいいとして大人なのにろくに身を守る力も無いにゃね」

男「う、うるせ」

子「父ちゃんすぐ息切れするもんね」

 

リ「敵は大所帯だ。不味いね、魅魔」

魅「八雲紫か、懐かしい」

紫「久しぶりね、魅魔。このままやり合うなら私の式が相手になるわよ」

魅「やはりお前は戦わないか。まぁいい。この場は退く。だが一つだけ置き土産だ」

紫「まだ何か?」

魅「見世物をしてやろう」

霊「道化るのはやめて、魅魔」

魅「これを見ても同じことが言えるか?なあ、霊夢」

 

ガバッ!(魅魔が懐を開く)

 

魔「……うぅ……」

霊「魔理沙!……魅魔!お前!」

魅「言っただろう、娘のようなものだと。子の寝顔ほど、癒されるものはない」

霊「あんたのやっていることは魔理沙も私も一番嫌いなことよ!」

魅「ふん」

紫「藍」

藍「はい、精神と肉体、両方に融合術式が張り巡らされ、一心同体の人質です」

紫「質の悪い呪術と同じね。多層に絡み合って本人しか解除ができない」

橙「藍様、紫様……私たちはどうすれば……」

藍「橙、今は警戒を。状況が変わるのを待つんだ」

妖「霊夢さんのご友人を取り込んでいる……」

 

魅「妖怪が人間を襲い、人間が妖怪を退治する。だが飢えや渇き、差別や貧困が蔓延すれば理想郷という文明も、成す術も無く致命的な破綻の末に滅亡する。高度化した文明も同じ、アトランティスやムーでさえ滅びた。かつてはその強力な武器を使って理想郷を攻撃したよ。魔界の物流、武器や薬物の密輸を牛耳ればあとは簡単に混乱と争乱が起こった。だがそこに立ち向かう者がいた。先代巫女、君の母親だ。戦争を終わらせ、資源を蘇らせた。ははは、皮肉にも人間と妖怪の間で板挟みになり、我々が直接手をかけずとも終わったがな。君が守りたかったものなど鼻から存在していない。母親譲りの妄想を真に受けて、ごっこ遊びで世界が平和になるなど戯言だ。母親を失ったトラウマが、魔理沙と理想郷の両方を失うかもしれないという恐怖によって呼び起こされる。これは君の試練だ、霊夢」

 

ビュン(魅魔の弾幕)

 

霊「魅魔……!」

 

バチン(霊夢が弾く)

 

紫「……この場所は毒気が多いわ。一旦退くわよ、霊夢」

霊「魔理沙……」

紫「……これは最悪の異変になりそうね」

 

ブイン(スキマ音)

 

4、白玉楼、会議、霊夢、幽々子と妖夢、三月精、文椛霖阿、八雲家

 

中庭

 

ブイン(スキマ音)

 

ドサドサ(大所帯がスキマから放り出される)

 

霊「いてて……この移動は慣れないわね」

サニー「ルナ見っけ!て霊夢だ!」

ルナ「うわっ、見つかった……てホントだ!」

スター「二人とも、一旦やめましょう」

霊「光の三妖精?どうしてあんたたちがここに……?」

サニー「かくれんぼしてたんだ」

ルナ「それ答えになってない……」

スター「妖怪の賢者さんに連れて来られたんです」

霊「なるほどね、妖精のかくれんぼね」

サニー「ただのかくれんぼじゃないんだ!かくれんぼで私の右に出る者はいない!」

ルナ「わ、私だってかくれんぼの最終兵器だよ」

スター「サニーもルナも甘いわね。私はそもそもかくれんぼの鬼をやらせてもらえないわ」

サニー「うぐぐ、確かにスターの言う通りかもしれないけれど、だるまさんが転んだなら私こそ……ん?」

 

縁側

 

子「父ちゃん大丈夫!?」

男「こ、腰が……」

妖「い、今痛み止めを取ってきますね……って幽々子様あ!」

幽「あら、おかえりなさい、妖夢。ご苦労様だったわね。紫も、妖夢がお世話になったわ」

子「ひっ、幽霊!」

紫「白玉楼を貸してくれてありがとう、幽々子。冥界なら悪霊も近づけないだろうし」

男「おいおい、ここって冥界なのか」

幽「ふふふ、紫に妖夢の働きぶりを聞く前に……そこの紅白の蝶は誰かしら?」

霊「あんたは白玉みたいな桜餅みたいな匂いもするし、春の亡霊ってところかしら?」

幽「あなたは誰?妖夢のお友達?紫の娘?」

霊「どっちも違うわ。どうやら頭の中も春真っ盛りね」

妖「それ以上幽々子様を侮辱することは私が許しません、たとえあなたでも、霊夢さん」

霊「ごめん妖夢……訳の分からないうちに拉致されて気が立っていたわ。そうよね、紫」

紫「訳はすぐに分かるわ。私の家でも良かったんだけど散らかっているし、霧雨魔理沙の家も博麗神社も香霖堂も危険地帯だと判断して、私の友達の家に集まってもらったのよ」

霊「集まる……?」

幽「うふふ、さっきの妖夢、かっこよかったわよ?ありがと」

妖「も、もう幽々子様、からかうのはやめてください」

幽「ふふふ、そんなところも可愛いわ、妖夢。……博麗霊夢……五年前の悲劇から生き延びて、魔界を放浪したのちに何かの答えを理想郷に持ち帰り、風見幽香の城という理想郷の中心で優雅な遊びをしてみせた変人……紫からそう聞いているわ」

霊「変人は余計よ、紫」

文「あやや、失礼します。霊夢さん、ご無沙汰しています。あなたの記事を独占できたおかげで増版に次ぐ増版、売り上げも右肩上がり。この勢いで山吹天狗を口説き落せば山での出版も可能です」

椛「風見幽香から大天狗に最後通告がありました。山の防衛ラインは固められ、城と同じく誰も侵入できなくなっています。帰宅のための抜け道か洞窟を探していたのですが、気づいたらここに」

霊「……そういうこと。文に椛、報告ありがとう、無事でよかったわ、霖之助さんに阿求も」

霖「君が出て行った後に僕も阿求君もここに拉致されてね。霊夢、君も怪我はないようだが……って君は……」

男「……ん?お前は確か……霧雨から独立した……」

霖「ああ、だがまさか風見の薬の運び屋っていうのは君のことか。優秀なはずの君が何故」

男「けっ、余計なお世話だ。半妖鑑定人よ。早い話が不況でリストラされたのさ」

阿「止まない雨は無いとは言いますが、終わらない冬は健康も経済も破壊します」

男「いいな。良い所のお嬢さんは」

霊「そこまでにして。今は一刻を争う。霖之助さん、魔理沙が……」

霖「……魔理沙が?」

霊「……魔理沙が悪霊に囚われて人質にされた。悪霊の名は魅魔、私と魔理沙の師匠よ。あいつは今夜理想郷を滅ぼす気でいる。大異変を起こす気よ」

阿「魅魔……大陸ではサキュバスや淫魔の意味ですね」

 

 

廊下

 

霊「紫、陰陽玉に付いてきた術式は何?」

紫「禁忌の術式。使い手によっては悪夢を生み出す代物。備忘録としても使うけれど」

霊「つまり?」

紫「魚に泳ぎ方を忘れさせられ、鳥に箸の持ち方を覚えさせられる。この意味わかる?」

霊「忘却の術式……」

紫「及第点ね。打ち込むには対象の虚を突く必要がある。あなたの才能ならすぐできるわ」

 

広間

 

紫「寝ながら失礼するわね。回復が必要なの。橙、地質調査の報告をお願い」

橙「はい、紫様。これは理想郷の蓋然図だにゃ。そしてここが妖怪の山……裏手に妖怪独自の社会が成立し、表の中腹に風見の城が占拠しているにゃ。頂上付近の谷には九天の滝と玄武の沢に通じる貯水ダム。この位置に溜められた水はただ放水されて川下りをするだけじゃにゃい。太古の川の跡、地下水脈を伝い扇状に大地に浸透していたんだにゃ。調査して初めて分かったにゃ」

文「で、それが何か不味いことに?」

藍「多種多様な物質を運ぶのが水だ。ダム湖畔に投棄された魔力ゴミが汚染を起こし、高濃度の魔力活性水がダムを中心に理想郷の土壌を浸食している。雪の下に隠れて誰もが気が付かなかったが、どこにでも食人木や三度栗が無尽蔵に生育する可能性がある状態だ」

椛「つまり危険の一歩手前ということですね」

妖「はい、その通りです。私は八雲家と西行寺家の連合から送られた風見の間者としてこの2年間、性別を偽ってまでスパイ活動をしてきました」

幽「私の指示なのよ~」

妖「もう!幽々子様……はあ、そして私の代わりに他の誰かがやらされたであろう任務……魔力ゴミのダムへの投棄と水脈への干渉を、この手で進めていました。小さな春を消した大きな冬……この異変を招いた犯人は私です……しかし、その中に巧妙で強力な細工をしました。風見の城の地下、魔力炉を炉心無しで起動させると巨大な魔力掃除機になるよう仕掛けを。これによってばら撒かれた土壌の魔力の処理は可能です」

幽「うふふ、悪霊自らあなたたちの相手をしたのはどうして?相当な自信を裏付ける条件や切り札でもあるのかしらね?」

霊「……三精四季五行……60年の周期で巡れ……理想郷の開花……紫、この言葉の意味は?」

紫「三精すなわち日と月と星、四季は巡る春夏秋冬、五行を司るのは火水木金土。三精は全く干渉を受けない自然の気質を表す属性、四季は生命の流れを意味する属性、そして五行が物質の属性よ。気質、生命、物質の3系統によって全ての自然を表し、自然は3系統を独立して順番に回してバランスを取ろうとする。三精で言えば日の年、月の年、星の年、そしてまた日の年、といった風に四季も五行も毎年属性を変えていくのよ」

霖「それで60年で全ての組み合わせが生まれて一周するのか」

阿「日春火から星冬土まで。3×4×5。簡単な掛算ですね」

幽「きついわ~」

霊「自然が変わっていくと言うことは、自然に影響を受ける植物や生き物もいるってことよね?例えば花とか。魅魔がかつて住んでいたのは魔界の最果て。極寒の土地よ。でもそこに咲く花があったの。その名は火花。よく燃えて、着火すれば爆発もする危険な花粉を生む」

霖「勝手に持ち出したら怒られるだろうが、これは魔理沙の研究ノートだ。霊夢が風見幽香の爆撃にあった後に、巫女服に着いた成分を調べたらしい。そしてこれがあの娘の答えだ」

幽「火花の花粉……ふふふ、粋なことする妖怪さんね」

妖「おそらく風見単体で作り上げた火薬ではないと。魅魔が絡んでいるとすれば、花粉を使った計画があるということですか?」

霊「花粉だけじゃない。土から種、芽吹きから開花まで。少量なら私一人を吹き飛ばす程度の爆発も、大量なら山1つ吹き飛ばすわ。それがこの魔力が広がっている範囲全てなら……どこもかしこも花畑になる。紫、今年の三精四季五行はどうなっていたの?」

紫「今年は日冬土、実際に太陽が見えていなくても気質が日なら必ず植物は芽吹く。そして極寒の魔界のような3年冬、土に根を張る植物全てが今年は自然の加護を受けていると言えるわね」

文「そして椛が見つけた城の地下の年越し虫……成虫が花の蜜を吸うならそこに咲いている花に限定されます。火花が咲いていたら、その花粉が虫たちの大群によって大量に空気中に舞うことになります」

椛「これで魅魔の計画が見えたということでしょうか」

霊「そうね。さっき親子と妖夢と私がリグルに狙われて、紫たちが防いでくれた爆発がその魂胆。火花の爆発を理想郷規模で起こすこと。境界で囲まれたこの世界丸ごと吹き飛ばすこと」

藍「……だが厄介なことがある。妖夢が仕掛けてくれた魔力一掃のからくりだが、掃除機も諸刃の剣だ。炉心以外の強力な魔力を持つ媒体が炉に入れられたら掃除機から爆弾に成る」

阿「先代巫女が発案し妖怪の山と協力して作ったダム……決壊させられたら風見の城に濁流が直撃します。これも強力な炉心の役割を担うかと」

霊「つまり全ての条件がそろう今夜、年が変わるまでにダム決壊を防ぎつつ炉心を抜いて魔力炉を動かして理想郷中の魔力を回収しながら、そもそも風見城にもう一度侵入して邪魔してくるであろう魅魔を倒すってこと」

幽「ややこしや〜」

橙「風見幽香や傘下の1000の妖怪が抜けているにゃね」

霖「霊夢、魔理沙はどうするんだ。迷いがあったままでは必ず付け入られる隙になる」

霊「迷いなんてない。私は博麗の巫女。理想郷か1人の命か、どちらか賭けろと言われたら私は理想郷を取る」

紫「それで?誰がどの役目を担うの?そもそも風見の城の包囲網を掻い潜って城内に入れるのかしら?」

霊「それは……」

サニー「おーい!ルナ!スター!どこだー!私の負けだよー!もう降参だから出てきてくれよー!」

霊「かくれんぼ……」

文「どうしました?」

霊「光の三妖精が大活躍ね」

 

5、霧の湖、毒怪獣、メディスン、鍵山雛、若頭と会計、人間たち

 

湖畔

 

雛「大きな災いが来る、災厄が迫っている。大地の下に禍々しい厄が渦巻いている」

メ「雛人形のお姉さん、あなたは人間に捨てられたことある?」

雛「私は棚に飾られ、川に流された雛人形。そして厄神になった。あなたもお人形なのね」

メ「うん!元々は鈴蘭人形なの。私は私を捨てた人間が嫌い。でも幽香は好き。一人で寂しくて泣いてたメディスンを、幽香が拾ってくれたの。あったかいスープとベッドで、絵本も子守唄も聞かせてくれた。……だから幽香の優しいヒマワリみたいな笑顔のためなら、メディスンは化け物にだってなってやるんだ」

雛「メディスンは、その、幽香さんって人のことが本当に大好きなんだね」

メ「うん!大大だーい好き!」

雛「メディスン、人間への恨みは私には無いよ。でも私はあなたのことが羨ましいって思う」

雛「お姉さんにだってできるよ!そうだ!メディスンたちと一緒にお姉さんもお城で暮らそうよ!幽香もきっと大歓迎だよ!それにお姉さん、ちんちくりんな私なんかよりお淑やかで可愛いもん!」

雛「はは、ありがとう、メディスン。でもダメなんだ。私は人の厄を食べて生きている。私が心の闇をため込むことで、みんなが幸せになれるの。私はここを動くわけにはいかない」

メ「そっか。お姉さんにはお姉さんの役目があるんだね。メディスンと同じだね」

雛「あなたにも役目が?」

メ「うん、幽香のためにやらなくちゃいけないことがあるの。そのためにこれから湖へ行くの。もう少しで約束の時間なんだ」

雛「約束ね……そうだ、メディスン。私と約束をしましょう。メディスンがその役目を果たして帰ってきたら、私もお城に遊びに行くわ」

メ「本当?」

雛「ええ、約束よ」

メ「えへへ、お姉さんとの約束かあ、嬉しいなあ。……それじゃあ、そろそろ行くね」

雛「……頑張ってね。今度会えた時は、もっとお話ししましょう、メディスン」

メ「うん、またね、お姉さん、ばいばい…………………………………………逃げて」

 

人間の里

 

若「年末に夜逃げとは考えたな。会計野郎。その頭で計算も隠密もできれば良かったなあ?」

会「もう何もかも手遅れなんだ。今逃げないと俺もお前も里の連中も全員死ぬんだ!」

若「何を馬鹿なことを……ん?」

 

ボガガガン!!!(霧の湖で水蒸気煙)

 

人1「霧の湖で爆発だあー!」

人2「蒸気でよく見えねえ!風見が暴れ出したのか!?」

 

会「始まった!もうだめだ!おしまいだ!」

若「騒がしいが……何か知っているんなら訳を聞かせてもらおうか。おら、表へ出ろ!」

 

人3「ダイダラボッチだあー!!!」

人4「バカでかい怪物だあー!!みんな逃げろおー!!」

 

若「な、なんだ……あの巨大な影は……山……?」

会「ひぇっ……!終わりだ……!逃げ遅れた……!殺される……!」




※理想郷の産業……主な中心地は人間の里と妖怪の山であり、お互いに取引も行うが、両者にとって最大の貿易相手は魔界である。魔界からの流入物は、里では食料や生活用品、山では機械部品や金属製品が多く、それぞれ魔界貨幣を用いた取引となる。理想郷の農業や商業はほとんど自給自足のためのものであり、輸出で最大のカードとなるのが魔力資源であり、採取採掘した資源を共有することを許可する代わりに妖精の尊厳と安全を確保することを目的とする※妖精連合が資源を管理する役割を担う。


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6. 救出

※夢幻城天守閣……外観では五、六階建ての天守に見えるが内部は二十~三十階程度の階層が積み重なった巨大建築物である。最上階のすぐ上には屋根やシャチホコ等がある天上部、途中階には大浴場や寝室等の様々な施設が存在し、天守下部正門を入ってすぐにドーム場の酒場兼賭博場が広がる。その地下をくり抜くように空間が広がっており、牢屋や倉、魔力炉等が収まっている。天守天辺から城地下最下層までおよそ200メートル程度の高低差がある。

Chap.6


7、城1、リ風霊三月精藍文椛妖橙幽霖阿慧魔若会魅三妖怪たち

 

上階

 

リ「メディスンが暴れ始めたみたいだね。おぞましい姿になって、それでも君のために……泣ける話だよ、本当に。こんなことしても無意味だって、君だってわかっているんだろう、幽香」

風「あの子のしたいようにさせてあげただけよ。私が拾ったからには最後まで私が責任を持つ……途中から陰でこそこそ動いていた、あなたもね、リグル」

リ「他人をまるでゴキブリみたいに言うのはやめてくれないかな。僕は君の部下だけど、所有物じゃない。飾りや置物じゃないんだ、僕は僕なりに考えて行動する」

風「城の包囲網にわざと穴を開けておいたのもあなたなりの考えなのかしら。招かれざる客はもう結構なのに」

リ「湖からメディスンが魔力を吸い上げたところで何の意味もない。全ては魅魔様の計画の内だ。どうして、最後の最後に抵抗するんだい?幽香」

風「私は理想郷に絶望していたけれど、希望そのものは捨て切れていなかったみたいね」

リ「……は?」

風「あなたに分かる筈もないわ。リグル・ナイトバグ」

 

ドドォン……!(城上部で衝撃音)

 

賭博場

 

魅「上で風見幽香が暴れているな。君は逃げないのかい?鬼さん」

萃「逃げるっつっても行く当てがないもんでね。まあ、やばくなったら適当にトンズラこくさ。ところであんた、腹ん中に悪趣味な物入れてるな」

魅「魔理沙のことか?今は私の預かりだが、やがては巣立ち、私の元に帰ってくる。かつての巣を失った君たちにとっては耳障りだったかな」

萃「私らがいなくても妖怪の山が勝手に存続しているなら訳ないさ。呑んだくれの鬼は勤勉な連中の鼻に付くだろうしな」

魅「まあ、せいぜい理想郷の未来に期待することだな。あればの話だが」

萃「おいおい、鬼に未来の話をするなんざ、笑わせくれるな」

 

上階

 

ドガシャン!(家具や装飾が砕け散る)

 

リ「くうっ……!毒でなら多少君の動きも鈍らせられると思ったけど、絶対量が全然足りなかったね……」

風「量を増やしても質を上げても無駄よ。何か弁解はあるかしら、虫けら」

リ「やっぱり長く連れ添ってきた相手に突き放されるのは辛いね、考え直さない?幽香」

風「そのニヒルな言い回しも聞き飽きたわ。お役目ご苦労様。一応、扱いは殉職にしてあげるわ」

 

霊「二階級特進は無し!!!」

風「博麗霊夢!!!」

リ「うわっ!」

 

ゴロゴロゴロ……(霊夢が突っ込み皆が転がる)

 

風「この羽虫が……悪霊だけでなく巫女も城内に通すとは、やってくれたわね」

霊「何か勘違いしているんじゃないかしら、幽香、私たちはそいつに招かれた覚えなんてないわよ」

風「……そう、ではどうやって包囲網を抜けたって言うのかしら。私の1000の配下を全員手玉に取ったって訳じゃあるまいし」

霊「それは今から教えてあげる。しっかり目に焼き付けなさい。見えればね」

 

スゥ……(消える霊夢)

 

リ「消えた……!?」

風「私の城で好き勝手してくれて……全員まとめて花の肥料にしてやるわ」

リ「気配も……音も無い……まさか最初から幻覚……?」

風「術式が発動した気配は無かった……巫女が透明化術式を使えばそれでわかる……つまりこれは固有の能力によるもの……それも複数の掛け合わせ……考えられるのは、最初から巫女だけではなかった……鼠は何匹も居たってことね!」

 

シュバッ!(何もない所に一瞬で手を伸ばす幽香)……ガシッ!(そこから何かを掴む)

 

ルナ「きゃあっ!」

サニー「ルナあ!」

スター「サニー!だめよ!」

風「妖精なら死んでも復活して記憶を失うだけね……まずは目玉を抉ろうかしら、それとも耳を剥ぐ?」

ルナ「ひっ!……ひっ!」

サニー「ルナあ!待ってろ今行く!」

スター「サニー!!!」

霊「ごめん、でもありがとう、あんたたちのお陰で頭上が取れた!!」

風「……ぁっ……」

 

ゴディン!(打撲音)

 

リ「あの幽香がのけ反っている……?」

霊「脳震盪よ、でも長くない、玄武の甲羅はやはり硬いわね」

サニー「ルナっ!」

スター「大丈夫!?」

ルナ「サニ~、スタ~、すっごい怖かったよ~……」

霊「サニー、ルナ、スター。あんたたちはもう逃げなさい。みんなをここまで連れて来てくれてありがとう。今度はドジを踏まないように、安全なところまで逃げて」

サニー「霊夢……!」

霊「あんた、仲間思いなのね。……そしてこっそり逃げようとしてるゴキブリさん?」

リ「まったく、だから僕はそんな害虫じゃないと言って……でもゴキブリみたくしぶとく生き残ってみせるさ。じゃあね、幽香のことはよろしく」

スター「追わないんですか?」

霊「私の敵はあいつじゃないから」

ルナ「み、みんな、風見が……!」

霊「くっ!」

 

ブイーン!……(結界音)ドオン!(ゲンコツ音)

 

霊「結界がっ……軋むっ……!」

サニー「2人とも!逃げるぞ!私たちは私たちにできることをするんだ!」

ルナ「お、おう!」

スター「ええそうね!行きましょう!」

風「やってくれたわね、博麗霊夢。私に燃やされてから少しは成長したのかしら?」

霊「幽香、私たちが争っても無駄よ。共闘しましょう。山のダムが壊されたら魅魔の計画が決定的になる。不味い状況ではあるけれど、まだ間に合うわ!」

風「……大天狗の組織を壊滅させるために何もかも利用してきたけれど、全てオジャンね。台無しにしてくれたのは誰かしら。私の復讐は利用されただけ……?悪霊にも、巫女にもいてやられたのは私だって言うの……?そんなの認めないわ。……断じて認めない」

霊「あなたも復讐したかったの?この理想郷に……?」

風「マリーゴールドのもうひとつの花言葉を知っている?……『自暴自棄』よ」

 

ドガボガアアン!!(城上部が爆裂)

 

湖上

 

文「ああ!天守閣が!」

藍「霊夢たちは無事に潜入したようだ。しかしこの毒の塊はいったい……アルカロイドの種類が多すぎる」

文「リコリンやコンバラトキシンですか?」

藍「アコニチンが漏れ出したら手に負えん」

文「過度な成長促進か巨大化の術式ですが、コアとなっているのはおそらく風見三角の毒人形、メディスンメランコリー……湖底に根を張り水脈から吸い上げた無尽蔵の魔力を様々な毒物に変換して放出しています」

藍「これは大ゴトになるな。……ダムへ行った橙が心配だ。いざという時は通信をしろと言ってはあるが……紫様による復旧はまだだ」

文「藍さん、一人一人、その場でできることを、異変解決のために尽くしましょう。私が逆風を起こします。この大入道は人里へは接近させません」

藍「環境汚染に自然破壊、理想郷管理者の端くれとしても見過ごせん。私は毒ガスが拡散しないよう湖外周に結界を張る。絶対に陸に上げるな」

 

城地下

 

妖「椛さんは魔理沙さんと一度ここに潜入しているんですよね?」

椛「はい、妖夢さんにとってはスパイとして行き慣れた地下かもしれませんが」

妖「私は蟲蔵を見つけることはできませんでした。椛さんは視野が広いです」

椛「そんなことありません……しかしあんなに居た年越し虫がごっそり消えています。既に風見配下の面々が持ち出した後のようです。私たちも魔力炉へ急ぎましょう」

妖「はい、しかし理想郷の各地に虫籠が運ばれているとなると、探し出すだけでも困難です。掃除機が正常に機能してくれたらいいのですが……」

椛「信じましょう。理想郷の明日を信じる人たちのように、この作戦の成功も」

妖「……私や霊夢さん、藍さんならともかく、椛さんや文さんはどうして……」

椛「静かに。魔力炉に先客です」

 

魅「言葉には言霊が宿るように、物にも霊的な存在が宿ることがある。蒐集癖のある君には大切な物が数多くあるのだろうが、この二つは特にそうだろう?おはよう、魔理沙」

魔「帽子が無いと頭が寒いし、八卦炉が無いと暖もとれねえ。二つともあたしの汗水が染み込んだ一生ものだ。さっさと拘束を解いて返してくれよ、魅魔様」

魅「あいにく君には人質役を演じてもらう手筈でね。さらに言えば帽子と八卦炉が私と君とを繋ぐ貴重なトークンになる」

魔「霊夢は……異変倶楽部の連中はみんなこのことを知っているのか?あなたが私を人質にしていることを」

魅「霊夢には教えたさ、八雲紫にも。既に連中にも伝わっているはずだ。彼らは私の手から理想郷を守る目的に加えて、君の救出という追加目的を付与されてしまった」

魔「足引っ張っちまったな……。だがあのチームは霊夢を中心に回っている。私が居なくても勝手に運営されるのさ。私はあいつの相談係だからな」

魅「君も異変の解決屋になりたかったはずだ。博麗の巫女と同じように、危急の辞退に駆け付けて問題の出所を明確に把握し敵を一網打尽にする。それが君の憧れだろう」

魔「憧れって言うのは理想の誰かに成ろうとするんじゃなくて、その誰かが見ていた物を見ることだ。あたしと霊夢はそれが同じ人だった。霊夢にとっては母、あたしにとっては姉だ」

魅「君もまた先代巫女の家族か。彼女が見ていた物を全否定しにかかるのが今の私だとすると、私が見ている物はもはや君の憧れではないか」

魔「あなたと三珠姉は似た者同士だ。世界を変えようとして、実際に変えられる。そこがあたしも霊夢もあなたに惹かれた由縁だと思う。霊夢は、最後は嫌がったが、あたしは……」

魅「異変の元凶か、解決屋か。どちらに周るかは誰もが自由だ。現に、君たちは解決するための元凶となっている。素晴らしい答えだよ」

魔「実の所、両者に違いは無いのかもしれない。あたしは三珠姉から異変の解決屋に成ることを勧められはしなかった。危ないし怪我もするし悲しいこともあるって」

魅「元凶に周ろうが同じことだ。……自分のやりたいことは自分で見つけろ。そう言われなかったか?」

魔「え、どうして……」

 

ドドォン……(上から衝撃音)

 

魅「上が騒がしくなってきた。君は全てを見届けろ、魔理沙」

 

椛「妖夢さん!?」

魅「おやおや、それは命令か、それとも、復讐か?」

妖「どっちもです、悪霊!」

 

城上部

 

ガッシャーン!(壁に激突)

 

霊「痛っ……」

風「逃げてばかりじゃ埒が明かないわよ」

幽『は~い、みんなこんにちは~、紫がようやく回復したからこの通信も使えるわよ~』

橙『にゃー!こちら橙!ダム付近で風見妖怪に追い回されているにゃー!』

藍『なっ!橙!今すぐ行く!結界は自動だから大丈夫だ!』

霖『こちら森近だ。人里の住民の避難は稗田家や上白沢の先生に手伝ってもらっている』

霊「……霖之助さん、ここからも見えるけど、湖の化け物はどうなりそう?」

霖『まだ分からない。結界と大風で進行を止めているが、長くはもたない』

霊「了解、こっちが片付いたら、私も向かうわ」

風「あらやだ、余所聞き?」

霊「余所見はしていないわ」

椛『こちら城地下の犬走です!妖夢さんが、妖夢さんが!』

 

城地下

 

妖「うっ……ぅぐ……」

魅「獣の娘の制止も聞かず突っ込んでおいて、この半端者めが。人の方を絞め殺したところで霊の方が逃げおおせれば蘇生するのか?」

椛「まったく歯が立たない……この幽霊が霊夢さんと魔理沙さんの……」

魅「かつての師だ、薄汚い獣よ。その胸の枝木はなんだ?」

椛「……お守りです。果たせなかった約束を忘れないための、守り切れなかった後悔を思い出すための」

魅「……焦げた、苗木か?」

椛「あの日、人間の村が燃やされて、その焼け跡から拾ったものです。先輩に撮ってもらって、一緒に写真に映った女の子……これは彼女の形見です」

魅「……人間とは儚いものだな。脆く短く、絶え間ない変化に晒されている。心も体も」

魔「……魅魔様……」

妖「お爺ちゃんの……刀を……返せ……!」

魅「私から奪い取れなかったということはこの刀はまだお前の手に余るということだ、魂魄妖夢。強くなる気が無い修行には、何の意味もないことを知れ!」

幽『紫の言いつけは破るけど、さすがに見過ごせないわ』

 

デューン!(扇子型結界)

 

魅「下らん。親が子に持たせる防犯ブザーだ」

椛「幽々子さん、妖夢さんの半霊に結界を……」

魅「過保護が過ぎる。……二本目の刀ももらっていこうとするか」

妖「……渡さない、わ……絶対に……」

魅「私の白楼剣とお前の楼観剣。本来は二つで一つ。この状況を以てしても、未だお前にも二本を振るう資格があると思っているのか?」

妖「それは……お前のものじゃない……お爺ちゃんのだ……私が、お爺ちゃんに……返すんだ」

椛「妖夢さん…!」

魅「長居し過ぎた。魔理沙、君の八卦炉……高火力の源たる純粋まで磨かれた回路術式……私が有用に利用してやる」

魔「……まさか!」

魅「E極とW極……八卦炉を魔極の間で固定する。炉心を除去した所でこれだけは動かすことはできない」

魔「超魔磁力……!」

魅「魔理沙、君の玩具が核となりこの魔力炉は暴走する。理想郷の地下に溜まった魔力を直接活性化させ、全ての終わりへの時間を早める。君らもここに長居すると後遺症が残るぞ」

妖「魅魔アッ!」

魅「上の祭りに参加してくるさ。そしてこれでここも用済みになる」

 

ヒュンヒュンヒュン!ドガァン!(魔弾音と爆発音)

 

妖「制御装置がっ……!」

魅「これで本当に暴走だ。君らはせいぜい地底で足掻け。ショートカットだ。天井を突き破る」

 

ドドド……(天井をぶち破る)

 

椛「……魔理沙さん!霊夢さんが……!」

魔「……ああ、分かってる。ごめんな」

 

城上部

 

霊「はぁ……はぁ……」

風「限界が見えるわね。霊力を使いすぎたのかしら?」

霊「花の香水がどぎつくて、口呼吸しているだけよ」

風「……鼠がこう何匹もいると笑えるわね」

霊「え?」

 

……ドドド……ドォン!(下の方がぶち破られる)

 

風「?何かしら」

 

ヒュー↑(魅魔上昇)

 

霊「魅魔!?」

風「また余所見」

霊「あ」

 

ドン!(幽香の一撃)

 

霊「ぁぐっ……!」

風「下まで落ちなさい。飛べない巫女」

霊「幽香ぁ……」

 

ヒュー↓(霊夢落下)

 

風「……さて、お得意様に初対面と行こうかしら」

 

城天上

 

魔「もう充分だろ、魅魔様。山も湖も人里も巻き込んだ異変だ。霊夢たちでも解決できない。あたしたちの負けだよ。だからこれ以上はやめてくれ」

魅「嫌だ、まだ足りない。それに君は霊夢を見縊っている。彼女の諦めの悪さはピカイチだ。君の粘り強さも賞賛に値するが、霊夢の方が一枚上手だよ」

魔「……何が言いたいんだ」

魅「君は霊夢よりも劣っている。実力も、才能も、センスも、勘も、発想も。君が霊夢と共に居るのは彼女への劣等感が君の原動力だからだ。私たちが復讐心を糧に邁進することと同じ。私と霊夢は同種で、君は別種。その変えようのない事実が常に君の心を痛めつけて命乞いも許さず凌辱し続ける。だが君はそこからエネルギーを得る生き物なんだ」

魔「そんな、ち、違う!」

魅「いいや違わないさ。痛みが、恐怖が、屈辱が、君と言う人間の馬力を出す。その卑しい心への依存を君は嫌がるが、君は負けるんだ。毎度毎度、同じように、自分の弱さに屈して現状に甘んじる。脱却しなければ、変わらなければと誓うのも言い訳に過ぎない。より強い劣等感に打ちひしがれるための、より熱い感情を得るための……救いようもなく裁かれようもない自傷行為中毒者……」

魔「や、やめろ……」

魅「それが君の正体だ、霧雨魔理沙」

風「あらあら、楽しいお話し中に失礼するわね。魔界の商人さん?お連れは魔法使い?」

魅「ああ、反抗期の娘でね。乙女と言うより風雲児だ」

風「花より団子。かんざしや、紅もしないで飾りっ気が無いわね」

魅「今は傷心中だが、君の方こそ花の香水は薄くしたらどうだ?」

風「御託は結構。私にも愛用の傘があるのだけれど、悪霊さんには?」

魅「刀でもいいが、この杖が使い始めてから長い。星の欠片が良く馴染む」

風「……リグルはあなたの思想に肩入れしていたのかしら?」

魅「いいや、奴は思想犯ではない。優劣をつけた彼なりの立ち回りだろう」

風「そう。……愛娘を縛っている訳は?任務に失敗した罰?」

魅「裏切り者への粛清だ」

 

霊「じゃあ私にも粛清するの?」

 

魅「ようやくか」

風「しぶとい奴」

霊「ぎりぎりバランスが崩れずに済んだのよ」

魅「私の敵になる覚悟はできたか?」

霊「……魔理沙を解放しなさい」

魅「君の敵が一人ではないように、ここにいる三人は皆同じ立場だ。初戦の選択権は誰が持っているのかな?」

風「何を言っているのかしら?あなた達に選ぶ権利なんてない。私の家に許可なく入り込んだ鼠は一匹残らず、まとめて消してあげるわ」

魅「私には目的がある。そして霊夢にはそれを阻止するという目的がある。一番災難なのは君だな、風見幽香。戦場になった農場の持ち主と同じだ」

霊「三つ巴の戦いってこと。硬直状態のにらみ合いを続けても、何の意味も無いわ」

魔「……霊夢」

 

山肌

 

スター「あ、八雲の九尾さんよ!」

サニー「ホントだ!おーい!」

ルナ「なんかメッチャ急いでない……?」

藍「光の三妖精か……!お前たち、橙を見てないか!?」

スター「あの黒猫ちゃん?」

ルナ「見てないなあ……」

藍「そうか。今しがた橙から救援の連絡が入った。私は橙の身を案じて山を目指している道中だ」

サニー「そうなのか!だったら私たちも手伝う!手分けして探そう!」

藍「お前……いや、君たち!ありがとう。……ところで、通信用の耳栓は持ってないのか?」

サニー「あ、それは……」

ルナ「よ、妖精だからもらえなかった……」

藍「そう気を落とすな。私の予備も一つしか無いが、太陽の妖精、君に渡しておく」

サニー「おっしゃ、了解!」

スター「これルナの能力も貫通するのかしら……?」

藍「では君たちはダムの西側を、私は東側を回る。橙を見つけ次第、耳栓を操作して一報を頼む。できるだけ急いでくれ」

 

 

文「あやや、まさに動く公害、大怪獣です。そろそろガスマスクが欲しいですね。藍さんの結界に接触するまで時間が有りません。いくら大気中を遮断していても、巨大は臆することなく突き破るでしょうし……私の翼にも限界があります。たとえ人里が避難を完了しても、物的損壊や汚染だけは避けたいところです……!ハアッ!」

 

城地下

 

椛「妖夢さん……!これ以上は……っ!」

妖「くっ……私の体は、霊体の方に多少魔力は受け流すことができます。普通の人間なら耐え切れない魔力の負荷も私になら……」

椛「だからと言って無限に高圧力の魔流に手を入れることは不可能ですよ!これで八回目です!次また同じことを繰り返すと今度こそ腕が使い物にならなくなりますッ!!」

妖「もう少し……もう少しで開きそうなの……私の剣が八卦炉に届けば……加速する流れを断ち切って炉の暴走を食い止められる……っ!」

椛「ここに長居することでさえ危険です……ですが、一体どうしたら……」

 

城天上

 

魅「暴れたい、壊したい、守りたい……どれも戦うには十分な理由だ。だが有利と不利がある。最も弱点が多いのは霊夢、君だ」

霊「吹き飛ばされてもまた舞い戻ってみせるわよ」

魅「君は、だろ?」

霊「……!?魅魔、やめなさい!!」

魅「すまないな、魔理沙」

魔「え……?」

 

ビュン……!(魅魔に投げられる魔理沙落下)

 

霊「魔理沙……!ぅぐっ……!」

風「日傘の射程圏内に自分から入ったのはあなた……あの娘と一緒に落ちなさい?」

 

ゴロゴロ……(瓦を転がる霊夢)ドヒュン↓(霊夢落下)

 

城天上→城下部

 

霊「玄武の甲羅……魔理沙の元へ……お願いっ!!」

 

ギュゥゥン!(加速する甲羅)

 

魔「……っ」

霊「魔理沙!……あと少し……!」

 

ビュゥゥゥ……(霊夢魔理沙落下中)

 

霊「甲羅を足場に蹴り飛ばせば……届く!!」

 

シュバッ!(甲羅を蹴る霊夢)……バシッ!(魔理沙を掴む霊夢)

 

魔「ぅう……」

霊「掴んだ!!魔理沙!!しっかり!!」

 

ビュゥゥゥ……(落下中)ピカー……(月光)

 

霊(雲の切れ間から……月?)

 

記憶

 

『三「あら、起きちゃった?霊夢」

霊「うん、夜はいつも母さん勉強しているけど、今日は踊っているんだ」

三「今夜は月が綺麗だから。踊りと言うより演舞ね」

霊「優しく浮かぶ演舞だ。母さんと同じだね」』

 

ビュゥゥゥ……(落下中)

 

霊「……優しく浮かぶ演舞……」

魔「……ぁがっ……霊夢、か……?」

霊「……母さんと同じ……」

魔「……って、あっ、地上……!」

 

グググ……(霊力溜め)

 

『三「ほら、あんなに明るいお月様……」』

 

霊「……月へ!!!」

 

グ……ッ……ドオオオン!!!!!(霊力解放&霊夢飛翔)

 

魔「……ぅわっ!」

霊「そうか……私は、昔は……無意識に結界を張って飛べていたんだ……!」

魔「……これって……!」

霊「思い出したわ、母さん……!博麗の巫女の浮かび方……!」

 

妖1「城の方から何かくるぞ!!」

妖2「なんだあれ!すげえ速いぞ!!」

妖3「敵か!?味方か!?」

妖4「速すぎて見えなかった!だが城から離れてどこ飛んでいくんだ?」

 

森の端

 

魔「ははは、いつだったか。あたしがお前を助けた時と立場逆転だな。お前が本当に人を殺しそうになった時、駆けつけたあたしがお前に救われる日が来るとはな。感謝しているぜ、霊夢。そして足手まといになって、本当にすまない」

霊「水臭いわ、魔理沙。今はそれどころじゃない。魅魔は火花を大量に咲かせて理想郷で大爆発を起こす気よ。幽香も止めないと」

魔「魅魔様……いいや、魅魔はあたしから八卦炉を奪った。それを城地下の魔力炉に固定して炉心を暴走状態にしやがった。簡単には外れない。アレを止めないと花の咲き乱れも爆発規模も倍増しに成る」

霊「地下には椛と妖夢がいなかった?」

魔「ああ、獣人と半人半霊だ。あいつらも危ない。先にそっちに加勢に行くのか?魅魔が地下までの穴を開けてくれている」

霊「いいえ、私は行かない。だけど八卦炉は取り返す」

魔「策があるんだな、分かった。……霊夢、お前は生粋の異変解決屋だ。あたしには成れない。だから憧れるよ」

霊「どうしたの、急に」

魔「……不安なんだ。あたしはお前に置いていかれていつか不必要になるんじゃないかって。……私は弱いさ。お前にも魅魔にも勝てない。……そんなあたしだけど、この異変が終わっても、霊夢は変わらずに接してくれるか……?」

霊「……魔理沙はいつだって強かったわ。闇に呑まれそうだった私に手を差し伸べてくれたのは誰?今では敵同士だけれど師匠の下に連れて行ってくれたのは誰?一緒に私たちの異変を起こすのを支えてくれたのは誰?」

魔「……でもな、三珠姉も言っていたよ。異変の解決は危ないし怪我もするし悲しいこともあるって。それはきっと、こういうことを言っていたんだ。一緒に戦っていた奴の足を引っ張ることは、何よりも辛い、苦しい。あたしはダメだって思っちまう」

霊「魔理沙、あんたは私の家族。母さんと霖之助さんも……あの大切な時間を踏みにじられてたまるもんか。だから私は許さない。たとえあんたでも、自分から家族としての誇りを失おうとするのなら、今度は私がぶん殴ってでも、あんたの目を覚まさせる」

魔「だけどあたしは一度、本当の家族を捨てているんだ、霊夢……」

霊「誰かのためと、自分のための区別は難しい。どれだけ他人のことを思いやっても、結局は自分の問題が最大だもの。だけどその問題を共有できるのが、一緒になって取り組むことができるのが、家族だと、私は思う。……あんたの努力は、私が知っている」

 

ギュッ(魔理沙を抱きしめる霊夢)

 

魔「…………覚えているか?みんなで流星群を見た夜……遠い昔みたいだが、まだ10年も経っていないんだ……すごく遠く感じる……あの夜に見た星の光が、今のあたしの魔法を作っている」

霊「よく覚えているわ。あんたのはしゃぎ様も、霖之助さんの薀蓄も、母さんに肩車されたことも……そうよ、まだ10年も経っていない。その頃から、あんたは変わっていないわ、私の中ではね」

魔「ははは、それはお前も同じだ。全く成長していない。身長は伸びたかもしれないが、胸はあたしと良い勝負だ」

霊「ちょ、そ、それは関係ないでしょ」

魔「あははは、空を飛べても、霊夢は霊夢だ……もう行くのか?」

霊「ええ、理想郷を守るためにも、すぐに城に戻らなくちゃ……玄武の甲殻がこっちに向かっている。それに乗って避難して」

魔「ああ、分かった……なあ、霊夢」

霊「何?魔理沙」

魔「あたし達幼馴染二人と香霖と、三珠姉とで、……互いを良く知る四人で、一緒に生きていけたら、まるで本当の家族みたいに、幸せなんだと思っていたよ」

 

シーン(静けさ)

 

魔「だからさ、死ぬなよ?」

霊「ええ、まだ幽霊になる気はないわ」

魔「星にはなるか?」

霊「飛んでいく、って意味ではね!」

 

ビューン↑(城に飛んでいく霊夢)

 

魔「……土に魔が染みすぎだ……火花が咲き始めた……」

 

ユラユラ……

 

8、城2、風霊三月精藍文椛妖橙幽霖阿慧魔若会魅三妖怪たち巨子メ

 

風「あなたも巫女も、避けることだけは得意ね」

魅「師弟だからな。それは似るだろう」

風「あの弾撃ち遊びもあなたの受け売り?」

魅「売ってはいない。勝手に買われただけだ」

風「そしてばら売りをかけた矢先にあなたに何もかも水の泡にされるって訳ね」

魅「報われないのは君も同じだろう?是非曲庁へのテロ計画も」

風「あなたを消し去る計画も練っておけば良かったわ」

魅「こちらの作戦勝ちだ。……太閤の半島への出兵と同じ。君は望みすぎた」

風「ふふふ、千なり瓢箪は無いけれど、このパラソルをお見舞いしてあげる」

 

霊「その日傘、私の弾幕も防ぐ?」

 

シュバババ……(弾幕音)

 

風「はぁぁぁ、何度でも湧いてくる害虫かしらあ?」

魅「あははは、悪霊以上に不死身の巫女だ!……自力で飛べるようになったか、霊夢」

霊「ええ、おかげさまでね」

魅「面白い。……なあ、風見幽香よ、たとえ理想郷が吹き飛ぼうが君は生き残る。その強靭さがあればビクともしまい」

風「この際、ここが無くなるのはどうでもいいわ。前菜に巫女、主菜に悪霊を喰らってやる。理想郷が吹き飛んだ後に、魅魔、あなたを殺す」

魅「ははは、好都合だ」

霊「これで私が幽香の相手をせざるを得ないって訳」

魅「私以上の殺意の塊をぶつけられて生きていられるか?」

 

ドガシャーン!(城の瓦を突き破って鉄骨を取り出す幽香)

 

霊「鉄骨をっ!?」

風「二刀流ね」

 

ドガンッドガンッ!(霊夢に投げられる鉄骨)

 

霊「馬鹿力!磁力結界!」

風「あなたの飛び方は数年間寝たきりだった患者がいきなりマラソンをしているかの様」

霊「はぁ、はぁ、傘というよりシールドね」

風「もっと面白い物見せてあげる」

 

ドドドガガガ……(石垣に手を突っ込む幽香)

 

霊「滅茶苦茶な……!」

風「耐震工事には力を入れたの。しっかりとした土台や基礎は大事でしょう?」

霊「それを引っこ抜くんじゃない!」

風「受け止めなさいな!」

 

ビュン!ビュン!(霊夢に放り投げられる基礎)

 

霊「そんな城を玩具みたいに!」

風「大量虐殺も遊びなのよ」

霊「石垣も砲弾ね……!」

 

ドガガン!(霊夢に連投される石垣)

 

風「あら、そろそろ手札も切れたかしら?」

霊「また弾幕ごっこに乗ってくれたら、相手するわよ」

風「それはない」

 

ドガァーン!……パラパラパラ……ザバーン!(建物に突っ込み破片が舞い風呂場に受け身)

 

霊「ここは温泉……?」

風「私の大浴場よ」

霊「贅沢ね」

風「あなたも母親と同じ貧乏性?」

霊「節制よ。私生活を知ってるの?」

風「遥か昔にね」

 

ガジャァン!(弾け飛ぶ熱湯)

 

霊「今の内ね……!」

 

ヒュル~(陰陽玉)

 

風「遺言を考えるのが?」

霊「というよりラブレターよ!」

 

バシッ、バシッ、バシバシバシ……(幽香の傘の突きを避けまくる霊夢)

 

風「体感時間を長くしても、被弾の度に結界が貼られても、私の負けには繋がらないわよ?」

 

ポター……(頬から血を流す霊夢)

 

霊「掠り傷か……ええ、あんたに勝つ気は無い。ただ、戦う理由を消すだけ」

風「は?何を言って」

霊「ようやくこの位置に持って来られた……私、一直線だけなら自信あるの」

風「……ふふ、血がたぎるわ。……来なさい?」

 

グググ……(霊力溜め)

 

霊「はあああああ……!」

 

グ……(溜め完了)ブイーン(結界張り)

 

霊「はあっっ!!!!」

 

ドンッッ!!!!(霊力解放)ビュンッッ!!!!(幽香に体当たり)

 

風「……っ!……ただの結界ごと体当たり?」

霊「行き先はっ!怪物のはらわたっ!」

風「なっ!!後ろ」

 

湖上

 

グチャア!……(毒怪物に幽香激突)ドロドロドロ……(グロイ毒怪物)

 

霊「うっ……結界で遮断してもこの毒気……」

 

ズズズ……(鈍重になる幽香)

 

風「はぁー、最悪の気分ね、体が重い……」

霊「……あんた、こんな毒の怪物のど真ん中にぶち込まれても動けるのね。強いわ」

風「感覚が鈍い、溶けてもすぐ再生するから皮膚が忙しい……」

霊「そして三妖精のおかげで分かったことがある。あんたの隙は頭上だってね」

 

フワッ……(舞う霊夢)

 

風「あ?」

霊「数世紀分の記憶を失いなさい……!禁忌『記憶操作術式』……!」

 

ドゥン……!(幽香の頭部に術式を埋め込む霊夢)

 

風「……あ」

霊「はぁ……はぁ……とりあえずは……止まったわね……」

風「……ぁ」

文「れ、霊夢さん!大丈夫ですか!?って、そこにいるのは風見幽香!?!?」

霊「はぁ、はぁ、文……ええ、幽香の記憶は無理矢理に消えた。まさに禁忌の術式。ざっと数百年分は精神状態が逆行したと思う」

文「い、いきなりのことで私も頭が追いつきません……が、つまり、風見幽香は封印できた、そういうこといいんでしょうか?」

霊「はぁ、はぁ、……倒すなんて端から無理よ、だから間違ってはいないわね」

文「脳への術式投下、偽の記憶を植え付けたり、それこそ阿求さんの転生術式にも近い、海馬や大脳皮質にも妖怪独自の再生力が働いているとしたら、何かのはずみで記憶を取り戻す可能性も諌めません」

霊「少なくとも、今夜は大丈夫。幽香にはこの異変から退場してもらう」

文「大事件ですが、これから起きることで何面まで流されるやら……一旦離れましょう、毒神様の脇ではさすがに私も堪えます……飛べるようになったんですね、霊夢さん」

霊「あんたほど速くないわ……文、私は城で魅魔を倒して異変を止める。あんたは良い写真を撮ってついでに怪獣の進路を防ぐ」

文「どちらもハードモードですが、了解です。この清く正しい射命丸の名にかけて。それにしても夥しい魔力で通信もままなりません……」

 

山肌

 

サニー「くっそ!あいつらしつこい!」

ルナ「橙ちゃんも見つからないし!」

スター「それよりこの赤い花畑何なの!?」

サニー&ルナ「こわい!!」

 

橙「藍しゃま―――!!!」

藍「橙―――!!!無事か!?良かった……」

橙「藍様……熱いにゃ……」

藍「す、すまない。抱きつきすぎたか……?」

橙「違うにゃ……火花の花粉が舞い始めていますにゃ……」

 

人間の里

 

霖「なんだこれは……」

阿「火花の花粉が上空に集まり始めています……異変の終局が始まったようです……!」

霖「霊夢、魔理沙……」

 

キャーキャーワーワー(人間たちの悲鳴)

 

若「こうなることも全部知っていたのか!!ああ?!」

会「知っていたところでどうにもならないだろ!!」

 

慧「夜なのに昼のように明るい……鳥や獣も逃げ出している……私が人里だけでも守らなければ……だが、霊夢たちも……」

 

城地下

 

椛「通信が……魔力障害で音信不通です……って妖夢さん!あれ!」

妖「……ん?あれって霊夢さんの……陰陽玉?」

 

白玉楼

 

ザーザガザガ……(通信不調)

 

幽「もう~紫の玩具壊れちゃったの?これは直接見に行くしかないみたいね~……ってあれ?紫?布団が空?どこ~?」

 

城天上

 

魅「美しい眺めだ。君もそう思わんか?霊夢」

霊「あんたにとってはそう見えるんでしょうね。復讐の悪霊」

魅「邪険になるな。舞い戻った霊夢よ。君と私、お互いに相手にとって不足はあるまい」

霊「分身はやらないのね」

魅「ああ、本物の私一人で相手をしてやる。本気を出して闘ってやろう!!本気でね!!」

 

ドガァン!!(激突音)

 

魅「愛とは支配だ。絡み合い、二度と解けない。受けてみろ!」

霊「ご生憎様……悪霊に憑かれるのはごめんなの!」

 

ボガァン!!(爆裂音)

 

魅「それでこそ君だ、霊夢!何者にも染まらず!何物にも縛られるな!」

霊「言われるまでも無いわ!」

 

ズギャン!(衝突音)

 

魅「君と私の戦いが終わらなかったら、時間制限で私の勝ちだ。今こうしている内も、火花は咲き、火薬の花粉が散っている。蟲たちが動き出せば、爆弾が出来上がる」

霊「爆破させなければいい。止める方法はいくらでもある。みんながそのために頑張ってくれている。そう、信じるしかない」

魅「美徳を並べている暇はない。……魔理沙は助けてくれたか?」

霊「あんた、まさか、最初から」

 

魅「さて、何の話だ。仕掛けてこないならこちらから行くぞ。……復讐の悪魔、神の敵対者、罪を背負いし凶星。それが私だ。……大魔法、『星十字』」

 

カッ……!(閃光)

 

ドドドドドゴゴゴゴゴオオオオオンンンンン!!!!!(大衝撃波)

 

城地下

 

ゴゴゴゴゴオオオオオンンンンン!!!!!(大地鳴り)

 

妖「もう年が明けたの!?!?」

椛「いいえ!!まだですが!!とんでもない揺れです!!」

 

ドドォン……!(形を保ちつつ崩れる城)

 

ダム

 

橙「天守が……」

藍「一階分沈下した……?」

 

人間の里

 

霖「柱が全て折れてだるま落としになったのか……?」

 

 

霊「……ぃっ……ここは……森……?」

魅「随分派手に吹き飛ばされたな。無事のようだが」

霊「なっ!」

 

ガシッ(掴まれ)ビュン(投げられる霊夢)

 

霊「くっ、はっ、づぁ……」

 

ドサドサドサ……グタ……(土の上を転がりやがて止まる霊夢)

 

魅「あの魔法から生き延びておいて、今度は私に投げられて気絶するのか?」

霊「そんなわけない……っ!」

 

ガシッ→首(を絞められる霊夢)

 

霊「ぅぐっ」

魅「半人半霊よりは軽いな……血など流しおって、はしたない……いつか君が私の申し出を断った時の、報いだ」

霊「……ぁ、……あぁ……」

魅「死んで母親に会え」

 

ドドド……(大きな足音)

 

巨「うらあああああ!!!!!」

魅「っ!」

巨「速いが!俺の拳は二つある!!」

魅「んぐっ……!」

 

ズザザザ……(受け身を取り転がる魅魔)

 

霊「けほっ……けほっ……あんた、いつかの巨人さん!?」

巨「ああ、玄武の沢で世話になった」

霊「どうしてここにいるの?!」

巨「頼まれたんだ。お友達の金髪の娘さんに。ついさっき俺がお前に上げたはずの甲殻に乗って、ねぐらまでやって来た。博麗の巫女に危機が及んでいる、助太刀してくれってな」

霊「……私たちは最初あんたを倒しに来たのに……」

巨「結局そうならなかった。お前たちが回避してくれたからだ。俺もお前たちの危機を回避させたい。これでどうだ?」

霊「シンプルね。嫌いじゃない」

巨「無骨が取り柄だ」

 

グラッ……(起き上がる魅魔)

 

魅「反骨が取り柄だ」

霊「思い切り殴られておいて、傷は?」

魅「痛みは感じるさ」

巨「もう一度感じろ!!」

 

ドンッ!!(巨人の拳)

 

魅「お前も人間を襲い、山から追放され、寒い穴倉で縮こまり、命を狙われ、ただ目的も無くその日の糧のために生きる暮らしに満足しているのか?」

巨「していたら他人のために戦ってなんていない。お前と会っても居ない」

魅「安心しろ。今日で終戦だ。一つだけ、君らを潰したらな」

霊「巨人さん!ひたすら魅魔を追って!」

巨「任せろ!!」

 

ドシン!ドシン!ドシン!(巨人の猛攻)

 

魅「まるで金剛力士だ!阿吽の呼吸を見せてみろ!」

巨「妖力と一緒に飛ばすぞ!!」

霊「ええ!お願い!!」

巨「おらあ!!!」

 

ドンッッ!!!(巨人の一撃)

 

魅「がっ」

霊「胴!!」

魅「くっ…はは、次は白羽取りか?」

 

ユラァ……(白楼剣を鞘から僅かに出す魅魔)

 

巨「巫女!!!」

 




※力……魔力や霊力や妖力等。基本的にこれらの力を内在する者や事物は特殊性を帯び、その能力や効果は多岐に渡るが、全てに共通する事項は「壊れにくい、破損しにくい」ことである。単に頑丈になるのではなく、生き物だったら石をぶつけられたり高所からの転落でも出血や骨折が抑制され、その他魔力等を帯びた無機物も普通の機械等で破壊しようとすれば、逆に機械が破壊されたりする。それらの特性を突破し対象にダメージを与えるには、攻撃側も強力な力を纏う必要があり、武器や装飾品にも自分の力を伝播させることが可能である。術式の技術と組み合わせることでさらに戦術の幅は広がる。


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7. 火花

※魔力……「力」の中でも最もスタンダードなもの、自然界に多く存在し、そこから生まれでた者たちも誰から教わることもなく使い方を身につけていることが多い。様々なエネルギー源や物質、および物理学的な力に変換することが可能で、浮遊力や光源、栄養素等を生み出す役割を持つ。季節や災害等の自然界のバランス変化の影響を受けやすく、地中や大気中に関わらず染み込んでいたり漂っていたりする。

Chap.7 final


城地下

 

椛「これがもう一つの陰陽玉と繋がっている……奇妙な術式です」

妖「恋文箱を利用しろということでしょうか。しかし肝心の目的も、八卦炉を取り出す方法も分かりません。通信もできず、揺れでいつ崩れるか分からない状況ですが……」

椛「諦めず打開策を練りましょう。陰陽玉はふたつあります。一つは魅魔が突き破った穴を伝い、今ここにあるもの、もう一つは霊夢さんが持っていると思われます。ほぼ確定です。私たちと霊夢さんは物々交換できる立場にあるとすると、私たちが霊夢さんに送るべきは」

妖「八卦炉、しかない」

椛「はい。しかし私たちがここにいることを知って玉を送ってきたのなら、それを教えたのは誰か?魅魔ではないとすると、魔理沙さんしかいません。とすると八卦炉を取り外すことの難しさも霊夢さんに伝わっているはずです」

妖「つまり私たちが八卦炉を霊夢さんに送るんじゃなくて……」

椛「はい、その前に霊夢さんが八卦炉を外すことができる手段を送ってくる。私たちの方から陰陽玉を使うのはその後、という推論が成り立ちます。霊夢さんがどうやって魔理沙さんから聞きだしたのかは分かりませんが、あのお二人を信じましょう」

妖「同感です。悠長にしている時間はありませんが、精神統一ですね」

 

 

ガシッ……(白楼剣を鞘に戻す魅魔)ブシャア……(血を噴き上げる巨人)

 

魅「ふんっ、霊夢が我が子にでも見えたか。父親なら、家族を守れ」

巨「……あ……あぁ……」

霊「巨人さん!?」

巨「……息子と一緒に新聞を読んだぞ……俺は気に入った、応援しているぜ……ガハ……」

霊「……っ……魅魔!!」

魅「片腕くらいどうってことあるまい。それが人間と妖怪の差だ。精神さえ頑丈ならば、肉体の枷は無いも同然。だがこの剣で斬られた妖怪は精神に直接ダメージが行く」

霊「あんたは霊体だけれど実体はあるのね」

魅「この世の物ではなくなっているだけだ」

霊「だったらあの世に帰りなさい!」

魅「第二局面と行こうか!」

 

ズキュン!ズキュン!ビューン!(高速で動き、弾幕と魔弾を打ち合う霊夢と魅魔)

 

魅「ゼロ戦にでもなったつもりか?」

霊「あんたはエノラ・ゲイよ!」

 

ダダダダダ!!(連射音)

 

魅「旋回がなっていない」

霊「あんたの癖は魔理沙と同じ!」

魅「教えたが、私より遅い」

 

ビューン!ビューン!(ビーム音)

 

霊「さっきの大魔法……あんたも消耗して永遠には飛べない」

魅「では、そろそろケリを付けるとしようか。……今度こそ斬る。腑抜けにしてやる」

霊「肉は斬られないわね」

 

シャキン……ユラァ……(白楼剣)

 

霊「その妖刀はあんたのものじゃない、魅魔!」

魅「ならば奪い取ってみろ、私がそうしたように」

霊「私には必要ない。在るべき場所に返すだけ!」

 

キュイーン……ガチャー……(陰陽玉)

 

魅「剣術指南だ。来い、霊夢!」

霊「正面から受ける!」

 

パカァ……!(陰陽玉)

 

魅「ハアッッッ!!!」

霊「抑え込んで!」

 

ギュイーン……!(陰陽玉)

 

魅「……ッ!?」

霊「……母親なら、娘を守れ!」

魅「白楼剣を……!どこにやった!!」

 

城地下

 

ギュイーン……!(陰陽玉)

 

椛「見てください!陰陽玉が……!」

妖「開く……!いったい何が……っ!……あれは!!」

椛「妖夢さん!?」

妖「そういうことね!霊夢!!」

 

パカァ……!(陰陽玉)

 

椛「……刀!!」

妖「取り返してくれたの!後で礼はするから、今は思いっきり振るわせて!」

椛「二刀流!?」

妖「初めてで慣れてないけど、お爺ちゃんが憑いている。……見ていてください、椛さん」

椛「これくらい、千里眼も要りません」

妖「ありがとう。……魔力の流れを、魔極の力を……斬るッ!」

 

ザザザ……(妖夢が駆ける)ジャキンッ!!(妖夢が斬る)

 

……ッ……パァーン……(断ち切られる魔力の流れ)

 

妖「楼観剣と白楼剣、二本揃えた今の私に、斬れぬものなどあんまりない!」

椛「妖夢さん!八卦炉を!」

妖「受けとって!椛さん!」

 

ビューン!(妖夢に投げられる八卦炉)

 

椛「これで地下から炉心が消えます……!」

 

ギュイーン……(陰陽玉)

 

 

ギュイーン……(陰陽玉)

 

魅「よくも……今度は何だ」

霊「椛に妖夢……そして魔理沙とみんなの分よ、魅魔」

魅「それは……何故八卦炉が!」

霊「喰らいなさい、……マスタースパーク!!」

 

(マスパ音)

 

魅「くっ……八卦炉が抜かれたことで火花花粉の量は私の想定の半分になる……もう半分の連鎖爆発を防げる道理はないが」

霊「ばら撒かれた爆竹状態って訳……あんたの花火は打ち上げさせない」

魅「祭りは勝手に始まるものだ。夏の思い出も幻想に過ぎない」

霊「それを守るのが私の役目。お盆までには成仏しなさい、魅魔!」

 

 

メ(幽香……幽香?そこにいるの?ねえ、返事してよ、幽香……!)

風「……あぁ?……」

メ(私だよ……!メディスンだよ……!幽香の言うこと聞いて……ちゃんと化け物になったよ……?だからメディスンは良い子でしょ……?ねえ、また頭を撫でて褒めてよ、幽香……)

風「……あらぁ……何の声……?……メディスン……?……誰それ、知らないわよ、私……」

メ(……嘘だ……幽香が私のこと忘れるはずないっ……!……幽香は私を守ってくれたのに……!……一緒に遊んでくれたのに……!)

風「……うるさい声ねぇ……私はあなたの友達でもなければ……保護者でもないのよ……」

メ(……ねえ……幽香は……私を……好き……?)

風「……気持ち悪い……心底どうでもいいわ……あなたは誰も振り向いてくれない、独りぼっちの化け物でしょう……」

メ(…………あ、あぁ)

 

文「動きが……止まっている……?」

 

メ「キャアアアアアアアアアアアアア!!!!!………………」

 

文「うぐっ!……何ですか、いきなり……!」

 

ビュン!ビュン!ビュン!(放たれる触手)

 

文「触手!?……不味い、結界を突破される!」

 

ガン!ガン!ガン!(結界に激突する触手)

 

文「……速度が上がっている!本体ごと体当たりする気ですか!」

 

ゴゴゴ……(湖を人里方向に移動する巨体)

 

文「……そんなにも人間が……世界が憎いですか……メディスン・メランコリー……!」

 

ド、ドド、ドドドドオオオンンン!!!(大波ごと結界に体当たりする巨体)

 

城上空

 

魅「八卦炉は出力装置に過ぎない。私の杖もマスタースパークを放てる」

霊「だから何?」

魅「先進技術に頼るのも良いが、原始的な法則に任せた方が確実な場合もある」

霊「3つの暴力のうち、純粋な暴力って訳?」

魅「ああそうだ……経済と言葉は置いていけ……マスタースパーク」

 

(甲高いマスパ音)

 

ダム

 

藍「……橙!城から魔砲だ!」

橙「狙いはダムじゃない……?」

 

山肌

 

サニー「うわー!いきなりなんだー!」

ルナ「城からの流れ弾!?」

スター「違う……!狙いは花畑よ!」

 

ドドドガガガアアアンンン!!!(爆裂する火花の花畑)

 

3妖精「きゃーーー!!!」

 

ダム

 

藍「こちらに直接撃たれていたら防げたが、間に合わなかったか……」

橙「まさか……地盤ごと……」

藍「ダムにヒビが入り始めた。今からでは止められない。濁流が城を襲う……魔力炉の暴走が……橙、私は……」

橙「藍様は悪くないにゃ、爆発さえ防げば……霊夢に託すしかありません」

藍「……紫様が言ったんだ、私は硬いと。自覚はある。融通と機転を利かせることが苦手だ……この失態の原因だ……無能な上司で、本当にすまない……」

橙「そんなことないです。橙は藍様の緻密な計算を信頼しております、安心感があります。だから動くことができるのです。藍様のおかげで頑張れます」

藍「……ふふ、言うようになったな、橙も」

橙「いつも寝坊助な紫様を叩き起こす藍様を見ています故」

藍「……橙、私たちに上限関係は無い。共に紫様の式だ。だからこそ、お前に頼みたい」

橙「何なりと」

藍「私の手と足になってくれ。私よりも素早く小回りの利くお前の力が必要なんだ」

橙「だったら藍様は橙の耳と鼻になってほしいにゃ。相手を化かす知恵も借りたいにゃ」

藍「二人で一つだ。これでも紫様には及ばないが、私たちにできることをするぞ、橙」

 

ピキ……ピキピキ……プシュー……ドバババ……ボガァン!……ドドドドド……(ひび割れ漏れ出し決壊し濁流が起きる)

 

城上空

 

魅「さあこれで私の念願の準備は整った。この杖を核に理想郷中の虫どもを引き寄せる。花粉は球状に集合し、巨大化し一個の爆弾となる。……洪水が押し寄せれば魔力炉も、な」

霊「……魅魔。あんたも幽香も私も、みんな別々の正義だった。誰もが犠牲の上に自分の願いを叶えようとする。あんたのことを否定する気は無い。だけど肯定する気も無い」

魅「追い詰められた時の時間稼ぎか?……炉心を抜いても意味は無かった。ダムは決壊し、私を倒すことも叶わなかった。どの要素で失敗しても、大災害は避けられなかったんだ」

霊「だからって諦めないわ。私は博麗の巫女だもの」

 

城地下

 

椛「妖夢さん……城に山の方から鉄砲水が迫っています……貯水湖が落ちたようです」

妖「魔力掃除機も無意味……ここも危ないということですか。……ん?」

 

妖1「な、なんだお前らは!?」

妖2「馬鹿!ボスはもういねえんだ!さっさと逃げるぞ!」

妖3「あいつらが城をめちゃくちゃにしたんだ!そうだろ!?」

妖4「違いねえ。腹いせだ。襲って喰っちまおう」

妖5「乗ってやるが、この地響きはなんだ?」

 

妖「垢舐め、小豆洗い、塗り壁……?」

椛「皆さん!争っている場合じゃ……逃げてください!……あ!」

 

ジャキン!(妖4の不意打ちを剣で受け止める妖夢)

 

妖「いきなりかかってくるとは失礼ですね。……椛さん、あなただけでも、どうか」

椛「剣術の心得くらいあります……」

妖「私は半分死んでいます……高濃度の魔力が溶けた大水に呑まれても、生き残れます。しかしあなたは……」

椛「妖夢さんも無傷では済みません。そこのあなた達だって」

妖4「けへへ、可愛い子ちゃん達を襲って死ねるなんて光栄だね」

妖「下衆が……!椛さん、早く……!……あ!」

 

ドバドバドバ……!(濁流)

 

妖1「なんだ!?天井が?!!」

妖2「だから逃げようって言ったのに!おえええ!」

妖3「城が終わる~!!」

妖5「……これが地鳴りの正体か……」

妖4「てめえら、これはいったい!」

妖「剣を抜いたのなら、いかなる時も集中を切らすな」

 

ズババ(妖4を斬る妖夢)

 

妖4「ぐえええ!!」

 

ドサ……ドババババ!!!(濁流)

 

妖「……幽々子様」

椛「妖夢さん!!」

 

城上空

 

魅「本丸も天守閣も沈む。風見の配下も蚊のように逃げていく。すぐに地下空洞も水没するだろう…………怒りで言葉も無いか?」

霊「巫女の勘が言っているの。あんたの負けだ、ってね」

魅「痴れ者が。この期に及んで君に何ができる?」

霊「やれることはやり切った。後悔はない。私の弾幕は既に放たれた」

 

 

文「不味いです……陸が汚染され始めています……何か打つ手は……」

藍「射命丸殿!ご無事ですか!」

文「藍さん!橙さんは?」

藍「橙は無事だったが、ダムが破壊された……すまない」

文「起きてしまったことは仕方ありません。次の被害を防がなければ。見ての通りメディスンが藍さんの張った結界を突き破って湖畔の草木を枯らしています。私の風だけでは押し返すのに不十分です。橙さんは?」

藍「湖畔の八カ所に結界の補強術式を設置してもらっている。私の火力と君の大風、八雲家と妖怪の山の協力で霧の湖に化け物を押し倒すと同時に補強する。奴を湖に閉じ込める」

文「毒の大地では妖精たちも死に絶えます……やりましょう」

藍「恩に着る。タイミングは設置完了を知らせる橙の信号弾だ。……畳みかけるぞ」

 

城地下

 

ドババババ……(濁流)

 

椛「妖夢さん、しっかりしてください……!」

妖「……う……うぅ……」

椛「……あなたも先輩からは真面目だと言われるんでしょうね……私のように……妖力の影響を受けやすいあなたにこの場は酷かもしれませんが……ろくな魔力も無い私は、まさに不純物です」

妖「……そんなこと……ありません……」

椛「妖夢さん……お体は……」

妖「あなたはもっと自分を大切にしてください……」

椛「……それはあなたにも言えます……妖夢さん、もしも無事に先輩に会えたら」

妖「通信は……通信は回復していませんか……?」

椛「……やはり繋がらないみたいです」

妖「……私がやるべきことはあなたと共に脱出すること、最期の言葉を伝えることではないです……いっ……!」

椛「動いてはいけません……安静に……妖夢さん……射命丸先輩にはこうお伝えください。『お悔やみよりも、結婚と誕生欄が似合う新聞でした』と」

妖「待ってください……!」

椛「あなたとも一太刀交えてみたかったですね、妖夢さん」

妖「椛さん!!」

 

バチバチバチ……(激しい魔力の流れ)

 

椛「私は不純物……だからこそ激しい魔力の流れに逆らえます」

 

ガシ……ガシ……(魔力炉側面を登る椛)

 

椛「ここを登れば……炉の中心……絶縁体の私にならできるでしょうか」

 

ガシ……ガシ……――ガシ!(登り切る椛)……スッ(お守りを手に取る椛)

 

椛「あなたが、ここまで私を導いてくれたのでしょうか……?」

 

ドババババ……!!(濁流)

 

椛「今、そちら側へ行きます……すみません、先輩」

 

ガンンンン!!!!!(炉心に飛び込む椛)

 

城上空

 

……スッ(杖を構える魅魔)

 

魅「君が私の家を燃やした時の信管術式だ。同じ仕打ちを君も受けろ」

霊「させない!!!」

魅「さあ、終わりだ。焼かれろ、理想郷よ」

 

ビュン……!(魅魔に投げられる信管)

 

霊「くっ……!!」

 

 

ビューーーン!(橙が打ち上げた信号弾)

 

文「上がりました!信号弾です!」

藍「行くぞ!尾が燃え尽きようが狐火は休めん!」

文「羽が散っても出血大サービスですよ!」

 

ゴウゴウ!!(文と藍の合わせ技)

 

メ(風が熱い!)

 

藍「押せ!倒れろ!」

文「根こそぎ吹き飛べ!」

 

グラッ……!(後ろに傾く毒怪物)

 

文「傾いた!」

藍「押し出しの寄り切りだ、受けろ!」

 

ゴゴゴ!……ザッパーン!(傾き、そして湖上に盛大に転倒する毒怪物)

 

文「やった……!藍さん!」

藍「今度こそ封じ込める……ハアッ!」

 

ドゥイーン……(結界起動)

 

橙「はぁ……はぁ……やりましたにゃ、藍様……ん?」

 

城地下

 

椛(ここは……そうだ、私は炉の中心で挟まれて……腹の感覚がありません……潰れているのでしょうか……足もどこかに千切れて……これで炉の暴走は……ん?)

 

フワ……フワ……(お守り)

 

椛(私のお守り……?……木の枝が……暖かい……付喪神……?)

 

ピカーーー!!!――“上へ”

 

椛(……上……?)

 

妖「暴走!?!?」

 

――……ドドガガガボボガガガゴゴガガガアアアアアアアアンンンンンンンン!!!!!!!!(魔力炉から根が生える)

 

妖「根っこ!!??!!??」

 

城上空

 

魅「……地震か?だが爆ぜろ!特大花火だ!」

 

カッ――(火花花粉集合体が起爆)

 

人間の里

 

慧「ヒロシマ!?」

 

精肉場・賭博場・上階

 

ドガドガドガボガボガボガゴガゴガゴガッッッッッシャァァァァァアアアアアンンンンンンンンンン!!!!!!!!!!(幹が生える)

 

妖6「木の幹か!??!!?」

妖7「城が崩れるぞおおおお!!!!」

 

城上空

 

霊「わっ!」

 

――ドッッッッッカァァァァァアアアアアアアアアンンンンンンンンン!!!!!!!!!(花粉集合体が爆発)

 

 

文「あやや!」

藍「橙!!」

橙「藍様!!」

 

ドオオオオンンンン!!!!(爆発の衝撃波)

 

天守閣

 

バッッッッッカァァァァァアアアアアアアアアアンンンンンンンンンン!!!!!!!!!!(花粉集合体の爆風)

 

ガラガラガラガラガラドザドザドザドザドザドドドドドドドドドドド……(枝が生え、天守が内側から破壊される)

 

霊「枝!!??!!??」

魅「巨木か??!!??!!」

 

ボボボボボバババババドドドドドォォォォォオオオオオオオオオオンンンンンンンンンン!!!!!!!!!!(生える巨木が下から、花粉大爆発が上から、大激突)

 

ダム跡地付近

 

ルナ「きゃあ!!」

スター「眩しい!!」

サニー「伏せろ!!」

 

 

メ(え?…………何の光?)

 

ピカーーー……(起爆の光)

 

メ(暖かい……まるで……)

 

カァァァァァアアアアアアアアアア……――(迫る爆風)

 

メ(あれ?……なんで……私……泣いて……)

 

――……フワッ……――(涙を流すメディスン)

 

メ(……幽香……)

 

――……グチャグチャグチャボチャボチャボチャバラバラバラララァァァァァアアアアアアアアアアンンンンンンンンンン!!!!!!!!!!(毒怪物メディスンが爆散する)

 

城上空

 

メキメキメキボサボサボサバサバサバサ……――(成長する巨木)

 

――……ゴウゴウゴウボウボウボウボロボロボロ……――(燃える枝葉)

 

――……パラパラパラポロポロポロフワフワフワ……(崩れながら生える枝葉)

 

巨木枝葉

 

霊(ここは……うぅ……すごい魔力の流れ……これは理想郷に染みた記憶……?)

 

 

『風「探し物、これでいいの?」

三「は、はいっ、この髪飾りです……」

風「大切な物なら二度と失くすんじゃないわよ」

三「あ、ありがとうございます!優しい妖怪さん!」』

 

 

霊(若い、母さん……?……それにあの妖怪は……)

 

魔「……いむ!霊夢!気が付いたか?」

霊「……ここは?」

魔「良かった、意識はあるな。ここ突然生えたでっかい木の上だ。城の地下から天守閣もろとも突き破ったド根性大根……ごぼうと同じだ。冬に閉じ込められた春の気、大地に溜まった魔力を養分にして数千年分の成長過程を吹き飛ばした大木だよ」

霊「大木……はっ!……爆発は……理想郷はどうなったの!?」

魔「あはは、慌てるな、ここだって理想郷だ。この巨木が盾になって地上を守ったみたいだ。爆風で思い切り焼かれたが、焦げ落ちるよりもさらに速い成長速度で目いっぱい枝を広げて、身を呈して爆風を防いでくれた。人間の里も妖怪の山も無事だ」

霊「良かった……あんたが呼んでくれた巨人さん……怪我、させちゃった。私の力が足りないから。人間巫女が妖怪に助けられたんじゃ、示しがつかないわよね」

魔「良い助っ人だったろ?死闘になることは予め伝えておいた。それでも臆することなくお前に助太刀することを承諾してくれた。あいつも男だ、二言は無い。今は一緒にここまで来た息子に介抱されているぜ」

霊「ありがとう、魔理沙」

魔「良いってことよ。あたしたちはラッキーだ」

霊「それにしても、城の地下から……椛と妖夢は……?」

魔「それなら安心しな。二人とも無事みたいだ。さあ、うかうかしていられないぜ?ちょっとしたスペクタクルだ。北欧神話の世界樹ユグドラシル、聖書にある楽園の生命の樹、伝説の木は数あれど理想郷の御神木は今か今かとその時を待っている」

霊「確かに暖かいし、眩しいわ」

魔「城は崩れ風見異変は終結し、火花は散って魅魔の計画は破綻した。そして博麗異変の幕開けだ」

霊「そうね、ようやくね」

魔「その心意気だ。あたしたちの新たなる門出に、大自然の祝福が待っている」

霊「それって……」

魔「知っているか?動物が恋をして、植物が芽吹く季節をっ!」

 

キラ……!(妖精の羽)

 

リリーホワイト「“春”!!!“です”!!!!“よおーーーーー”!!!!!」

 

ビュゥゥゥォォォオオオオオォォォ……………!!!!!(桜吹雪)

 

霊「春告精……冬の妖怪が言っていた」

魔「ずっと冬眠していたんだろう、この時のために」

 

ファサ……(霊夢の頬に花弁)

 

霊「桜吹雪……この弾幕は、避けられないわね」

魔「ああ、綺麗だ。お前が居たおかげで放たれた。自信もっていいぜ、霊夢」

霊「はは、あんたがそれを言うのね。……魔理沙、ありがとう」

魔「そこは明けましておめでとう、だ。へへ」

 

人間の里

 

阿「……雪落ちて まだかまだかと 城の山 春告精の 跡探す道……」

霖「リリーホワイト、春が来たことを伝える程度の能力、か……」

慧「キノコ雲がしだれ桜に変わった。降る雪も積もる雪も、美しい花弁に」

若「おい、どうやらお前の夜逃げの意味はなくなったようだ……って伸びているのか?」

会「うぐぐ……」

霖「やあ、若頭、景気はどうだい?」

若「霖之助か、ああ、春の陽気が戻った。親父さんも回復できる……兎も角、店を回すには会計係の後釜を探すことからだ」

霖「良かったら紹介するよ。賭博に溺れていた風見の密売人だが、元は優秀な男だ」

 

巨木根本

 

幽「綺麗な桜の木の下には死体が埋まっている。うふふ、お団子が食べたいわね」

妖「……はっ!……ゆ、幽々子様!?どうしてここに……」

幽「細かいことは気にしないのよ。剣士である前にあなたは1人の女の子、まずはしっかり体を休めなさいね……白楼剣、取り換えせたのね、妖夢」

妖「で、ですが膝枕は……」

幽「可愛い従者さんの祖父への孝行に免じて、白玉楼の主がここに許します。長い間、魂魄家の宿命を1人で背負い込んで、大変だったわね、妖夢」

妖「そ、そんな、お褒めに預かるようなことは……何も……」

幽「部下の頑張りを評価しないで、上司が務まるもんですか。春眠暁を覚えず、今は私の膝を枕にして赤子のように眠りなさい」

妖「……う、うう、ゆ、幽々子様……」

幽「よしよし、可愛い子。今は、心をほぐして。今度一緒に噂の八目鰻の屋台に行きましょ?」

妖「うぅ……ぐすんっ……えうっ……ずずっ……はいっ……」

幽「良い子良い子……。……私の死に際にも、舞っていたのかしらね」

 

ダム決壊跡地付近

 

サニー「辺り一面草原だあー!」

ルナ「見て!森が緑色!」

スター「タンポポ咲いているわ!」

三妖精「万―歳―!!」

 

 

橙「藍様……熱いにゃ……」

藍「す、すまない。また抱きつきすぎたか……?」

橙「いいえ、今度は春の温もり、むしろこうしてずっとくっ付いていたいです。……藍様の柔らかさが、爽やかさが、滑らかさが、橙は大好きです。藍様が知らない藍様の良い所を、橙はたくさん知っているんです」

藍「橙……」

橙「だから藍様、もうご自分を悪く言わないでください。……藍様が油揚げを好きな所は可愛いです。藍様が凛々しくあろうしている後ろ姿はカッコいいです。藍様が仕事をしている横顔は、憧れます。……だから、お願いだから、どうか橙のもとを去らないでっ」

藍「誰が去るもんか。ずっと一緒だ、橙。お前の替わりは世界中どこを探したっていやしない。たとえ数千万の猫が他に居ようとも、お前が好奇心に任せて旅に出ようとも、ここにいる一匹の狐はたった一人、お前だけを、……その帰りをずっと待っているんだ」

橙「ふふふ、安心ですにゃ」

藍「ああ、私もだよ、橙」

 

巨木頂上

 

椛「……女の子の、声が聞こえたんです。いつかどこかで、私と出会った人間の子です。私のお守りが、その子と私を繋ぐ、絆のようなものになったのかもしれません」

文「無病息災恋愛成就、合格祈願安産長寿……お守りは小さな神様ですよ。魔力炉に集約した膨大な魔力が小枝の付喪神をこの大木まで押し上げた……にわかには信じられない話です。が、あなたには立派な後遺症が残ってしまいましたね、椛」

椛「私は、死のうとしました。妖夢さんに遺言を伝えてほしいなんてまで言って。反省しています。二度とこうして先輩に会えることは無いと思いました。だから、こんな姿になっても、あなたに会えたことが嬉しいです。先輩」

文「今だけ、カメラは要りません。私の瞳がレンズに成り、あなたの素顔をフィルムに残します。だけど椛、今のあなたは一面を飾るに相応しい、美しい狼ですよ」

椛「……断ります。先輩の記事には笑顔の写真が似合います。灰色が抜けて平凡な白狼に成れただけです。載せるならあの子を、この桜をお願いします」

文「黒い鴉から言わせてもらえば文字通り眩しいくらい……せっかく純白の毛並みを手に入れたのに中身は前からの恥ずかしがりやから変わっていませんね」

 

ユラッ……(悪霊の影)

 

椛「先輩っ……先輩!」

文「あやや、高い所は苦手でしたっけ、椛」

椛「違います!まだ終わっていません!霊夢さんが……!」

文「あや?」

 

巨木枝葉

 

霊「そういえば八卦炉、返すわね」

魔「おお、取り返してくれたんだな、助かるぜ」

霊「魔力が暴走気味だったから後で霖之助さんの調整を……」

魔「はっ!?霊夢!!!」

 

霊「へ?」

 

ヒュルヒュルヒュル(霊夢の腰に魅魔の鞭杖が巻き付く)

 

魅「霊夢を借りるぞ」

魔「マスタースパーク!!」

魅「遅い」

魔「くっそっ!!!」

 

ビュウウウン!!!(霊夢を攫う魅魔)

 

魔「速い!甲羅じゃ追いつけん!文たちはどこだ?!」

 

霊「うぐっ!」

魅「花咲か爺にでもなったつもりか」

霊「は、なせ……!」

魅「私の火花を桜に変えたか」

 

巨「あの爆発で消えてねえのかよ、悪霊!」

息「巫女のお姉ちゃん……!」

巨「届かねえ……!」

 

 

博麗神社

 

 

鳥居

 

魅「参拝だ、鳥居をくぐらないとな」

霊「ぐはっ……」

 

ガンッ!……ガラガラガラ(霊夢がぶつけられ鳥居が真っ二つに砕け崩れる)

 

境内

 

魅「境内で身を清め……」

霊「ううぅっ……」

 

ゴロゴロゴロ……(境内の石畳を引きずられる霊夢)

 

 

魅「……初詣だ。賽銭は持ったか?」

霊「このっ!……解けっ!」

魅「今解く。お前で鐘を突け、霊夢」

 

ガラガラガッシャーン!(社の鐘に叩き付けられそのまま霊夢だけ社内部へ)

 

霊「……う……ぅづ……た、立たなきゃ……」

魅「受け取れ……イビルフィールド」

 

カッ!――

 

霊(爆弾……!)

 

――ドオオオオンンンンン!!!!!

 

霊「あがぁっ……!」

 

バキバキバキィッ!(神社半壊)

 

霊「うぐっ……ぐふっ……」

魅「まだ息があるな。瓦礫の下で生き埋めになっても」

霊「ま、まだ……」

 

ヒュル~(陰陽玉)

 

霊「霊、符、『……」

 

ドサッ!(魅魔が霊夢の腕を踏む)ガシッ!(魅魔が陰陽玉を捕まえる)

 

魅「弾幕ごっこはおしまいだ、霊夢」

霊「魅、魔……」

 

ヒュルヒュルヒュル(霊夢の腰に再度、鞭杖が巻き付く)

 

霊「どこ、に……」

魅「君の死地だ」

 

結界外周、森

 

魅「……八卦炉と白楼剣を入れ替えた陰陽玉の力を見て確信した。術式は何だ?」

霊「教える、もんか……」

 

ドゴォッ!(霊夢を岩に叩き付け押さえる)

 

霊「カハッ……、……恋文、箱よ……」

魅「男女の逢い引きのための道具……?ふっ、笑わせてくれる。境界の有無に関わらず時空を超える力など、万に一つしか存在しない」

霊「何の、話よ……」

魅「乙案は失敗した。甲案の修正で私の計画を完成させる。目的は変わらない。世界への復讐だ。私は止まらない。次の手段を手に入れるのみだ。霊夢、君の力を、な」

霊「……何を言っているのかさっぱりだけど、行動は一貫した方がいいわよ……魅魔!」

 

ボウッ!(発火する巫女服)

 

魅「なっ!火炎術式!」

霊「よく燃える巫女服よ!」

 

ドガーン!(バックドラフトで吹き飛ばされる魅魔)

 

霊「消し炭には、成らないか……」

魅「ああ、地縛霊には成れるがな」

 

ガバァ!(霧状になり霊夢に覆いかぶさる魅魔)

 

霊「うっ……」

 

霊(これは……魅魔の意思……?……まるで濁流……体が、乗っ取られる……頭の中に入り込んで……呑み込まれる……!)

 

紫「そこまでよ」

 

ブイン!(スキマ音)グバァ!(霊夢から引き剥がされる魅魔)

 

魅「がはっ!……また、お前か……」

 

バタッ……(地に臥す魅魔)

 

霊「はぁ、はぁ、紫……」

紫「危ない所だったわね、霊夢。こんなに傷だらけになって……」

霊「私よりも魅魔を……」

魅「弟子に気遣われるのも悪くないな」

紫「黙りなさい。よくも理想郷を焼け野原にしようとしてくれたわね。死を以て償え、と言いたいところだけれどあなたには意味がないわね」

魅「ふん、それはお前にも言えるだろう。八雲の大妖怪。人成らざる者同士、異形であることに違いは無いが、お前は特に奇形だ」

紫「あら、私は五体満足よ。あなたは時々足が無くなるから平均して四体満足かしら?」

魅「阿修羅や千手観音にも同じことを言ってみろ……ごほっ、ごほっ」

霊「今、楽にしてあげるわよ、魅魔」

魅「看取ってもらうのが君で良かったよ、魔理沙にはこんな情けない姿は見せたくない」

霊「最期までそこは譲らないのね、天晴れよ」

魅「……誰の血も見ない。それが君の復讐だったな」

霊「あんたに血は流れていない。これは復讐じゃない……『夢想封印』」

 

ピシャーン!(夢想封印)

 

魅「……試練は続くぞ、霊夢」

 

――パッシャン…………!(魅魔、消滅)パサッ……(魔理沙の帽子)

 

霊「……魔理沙の帽子、返してもらうわよ」

紫「お疲れ様、霊夢。悪霊退治、大仕事だったわね」

霊「新人に任せる案件ではないわね。初任給は出る?」

紫「こっちへ来なさい、霊夢」

 

パタ(紫にもたれる霊夢)

 

霊「あっ……」

紫「気休めだけれど、回復魔法よ。安月給でごめんなさいね」

霊「……いいわよ、紫、ありがとう。これで三度目ね」

紫「あら、結界の歪みがあったから偶然様子を見に来ただけよ」

霊「神社も壊された。母さんとの思い出が」

紫「全ては心の中よ。また再建すればいい」

霊「……紫、私は、本当に博麗の巫女?」

紫「ええ、あなたの他には誰もいないわ。だから今は良い夢を見なさい、霊夢」

霊「あっ……ゆか、り……」

紫「……嫌な想い出は忘れましょう」

 

 

 

 

<異変後>

 

 

 

 

霧雨魔法店

 

寝室

 

チュンチュンチュン(小鳥の鳴き声)

 

霊「……んあ?」

霖「おはよう、霊夢」

霊「……霖之助さん、また5日経っていたりしないわよね?」

霖「そんな寝正月でもないが、元日は昨日だよ」

霊「良かった……って魔理沙?」

魔「くぅ……くぅ……」

霖「八雲の妖怪が君を寝かせる場所を探していてね。魔理沙が率先して家を開けたんだ。彼女の親父さんも容体は回復に向かっている。君と父親のことで心配でならなかっただろうね」

霊「ったく、静かにしていれば可愛いのに」

霖「そう言うな、君の無事と愛用の帽子で泣き疲れたんだ。それは射命丸君の新聞だ」

霊「一面は異変のことだらけね。妖精が大会を企画、ね」

霖「君の神社が倒壊したことは六面だ。大晦日には沢山のものが壊れた。八卦炉はメンテ中、彼女の箒も新調した」

霊「新調?」

霖「そして君には新品だよ、霊夢。これが無くちゃ降霊術も退魔術も使えない。君の場合はチャンバラで剣術や棒術にも使えるかな」

霊「3寸3尺ばかりの棒……巫女の武器」

霖「紙垂には石灰石から生成した魔法の紙を使った。そして魔理沙の箒もこの玉串にも、どちらもあの桜の御神木の素材を使っている。魔力も霊力もよく馴染む一品だ」

霊「軽いし硬い……突きも払いも筋が良い……しなり具合と鋭さも、巫女のお祓い棒としては申し分ないわね」

霖「それともう一つ、山の技術屋から送られてきた設計図がある。これも君の新しい装備……兵器だ」

霊「霖之助さん、私からも一つ提案があるの」

霖「ん?なんだい、霊夢」

霊「弾幕ごっこだけじゃ足りない。人間と妖怪が分け隔てなく話し合える場を用意する。それを手伝って欲しいの」

 

 

魔「ったく、先に起きたならあたしのことも起こしてくれよな」

霊「あんたの寝顔で遊んでいたのよ」

魔「おいおい、羽根つきの罰ゲームみたく落書きされてないだろうな」

霊「ヒョットコかオカメにでもする?これがあんたの家庭菜園?」

魔「ああ、トマトにナスにエダマメ……キノコ栽培用に原木も拾ってきたんだ」

霊「捗るわね、ホントに。そういえば森の奥の魔女さんに礼を言っていなかったわね」

魔「礼ならメディスンの抜け殻でも届けるか。あいつは人形遣いだからな」

霊「藁人形でも贈るほうがあの怪物の核よりもマシだわ」

 

 

博麗神社

 

境内

 

トンテンカーン(作業音)

 

魔「霊夢の神社は再建中、まさか鬼まで手伝ってくれるとはな」

萃「お前達には面白いものを見させてもらったからな、せめてものお返しだよ」

サニー「私たちも恩返しだー!」

ルナ「少し名残惜しいけどね……」

スター「新居探し、手伝ってくれて本当にありがとうございます」

霊「いいのよ、困った時はお互い様、また遊びに来なさい」

 

鳥居

 

紫「ふふふ、みんなの所に戻らなくてもいいの?」

霊「私があいつらと宴会してると妖怪神社だと思われて参拝客の足が遠のくわ」

紫「それでも良いとあなたは思っている。人間も妖怪も違いはないと思っているのね」

霊「人間と妖怪が共に暮らしていくのは幻想?」

紫「外の世界の常識で考えれば夢物語の絵空事でしょうね。しかしここは常識が非常識に、非常識が常識に変わる世界。不可能は無いわ」

霊「それでも魅魔や幽香のような、手のつけられない連中は嫌でも出てくる」

紫「それを解決するのがあなたの役目。弱気になっているのかしら?」

霊「違うわ。でもあんたが語り、母さんが守ろうとした理想を私が受け継いでいけるのか分からないの」

紫「自信を持ちなさい、霊夢。この理想郷の未来の全てが、あなたの双肩にかかっているわけじゃない。周りをご覧なさい。人間も妖怪も、あなたを支えてくれる者達を大切にしなさい。大事なのはこれまでに成し遂げたことよりも、これからの心構えよ」

霊「あんたには敵わないわね、紫。ありがとう、これではっきりした。私が本当に守りたいものが」

紫「ふうん?それは一体何?お聞かせ願おうかしら」

霊「私が守りたいのは理想郷じゃない。幻想郷よ」

 

縁側

 

幽「うふふ、やっぱりあの店のお団子は美味しいわね〜」

妖「もうっ、幽々子様、ご夕飯までに満腹になってしまいますよ?」

 

境内

 

息「へえ~、恐竜が絶滅した原因って隕石だったんだ」

子「小惑星とも呼ぶらしいね。それで哺乳類の時代が始まったんだ」

 

鳥居

 

紫「……ふふふ、あなたには本当に驚かされるわね」

霊「うん?どうしたの?紫」

紫「何でもないわ、霊夢、楽園の素敵な巫女さん?おかげで何を忘れていたか思い出せた。また近いうちに会いましょう」

 

妖怪の山

 

頂上

 

ゴウゴウ(山風)

 

霊「東の風が強いわね」

魔「おっ、昇進したのか?椛」

椛「はい、おかげさまで」

文「犬走警部補専属の情報屋、射命丸文です」

魔「早速だが情報を見せてくれ」

文「はい、こちらが現場の写真と記録です」

霊「これは……大量のナイフ?それに……」

魔「おいおい、まじか。弾幕ごっこで殺しか?」

椛「五ヶ所バラバラな現場から回収された五枚のスペルカード……いずれも名称やモチーフから割り出すと、とある西洋の妖怪に行き着きました」

文「夜の王、紅き月、最強の生命力と怪力の持ち主で、生者の血を啜り糧とする翼を持った悪魔、私もブン屋人生でその存在を確認したのは初めてです」

魔「ドラキュラ伯爵……」

霊「吸血鬼ね。でもどうして日本に」

文「この理想郷……いえ、幻想郷の結界には外の世界で忘れ去らせらた者達を引き寄せる力があります。おそらくはその影響かと」

椛「東洋の島国まで来て、目撃したのがド派手な異変解決だった。そして自分もやってみたくなった、という感じでしょうか」

霊「いずれにしろ、リグルや風見残党も放って置けない。妖怪退治の収束にはまだ程遠いわ」

魔「異変倶楽部は続行だな。霊夢、お前が復讐心に燃えてくれたおかげで、感謝している奴が大勢いる。あたしもだ」

霊「……私は博麗の巫女だもの。礼は必要ない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

THE REVENGEFUL GHOST

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<おまけ>森、ルーミアと霊夢

 

ル「わはー、あなたは取って食べられる人類?」

霊「良薬口に苦し。夜にうろついている人間は食べてもいいわよ」

ル「そーなのかー」

霊「私を食べたかったら弾幕ごっこで勝ったらね、宵闇の妖怪さん?」

ル「望むところなのだー!月符『ムーンライトレイ』!」

 

(つづく)

 




※幻想郷……大晦日異変後に博麗の巫女の御触れと天狗の新聞によって広まった理想郷の新たな名前、かつてもそう呼ばれていたがいつしか忘れられていた。四季折々の景色が見られ、人間と妖怪が住む山と川と森と湖に育まれた美しい土地。博麗の巫女や八雲の賢者といった管理者が居るが、人間と妖怪の活発な相互関係に焦点が当てられる。魑魅魍魎が住まう中で、最高神は龍神であり、その姿を見た者はここ百数十年ばかり存在しない。


ここまで読んでくださった方、誠にありがとうございます。


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