イナズマイレブンcross (練武)
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1話 至心館の始まり

土で汚れたサッカーボールを拾う、先ほどまでドリブル練習に使用していたものだ。それをかき集めるとサッカーカゴに入れる。

「今日の自主練はこんなものでいいかや」

サッカーができると思ったのに...。仕方ない、今日は切り上げるか。

グラウンドをならすため足元のトンボを手に取る。

空は赤暗く染まっていて、4月でもだんだんと夏の夕方に変わってきていることを実感している。サッカーによるカースト制度、そんなものが現実にあるんだ。そして、その現実はあまりにも重いものだった。

 

ヴァルナ・ジャーティの定めたサッカーカーストは、カーストごとのランクがある。最上位がAその下にBCDEと続き最下位がFとなっている。最上位のA、又はその下のBには全国有数のプレイヤーが集まり、そこで激しい競争を勝ち抜けたら、サッカーエリートへの道を歩むことができる。CやDといった中学では上位カースト中学校に引き抜かれるのを目的に、結果を出そうとしている。残るEやFはといえば、何もない。結果を出せない、だが練習をどれだけしようと、その差が埋まることは少ない。こちらが我武者羅に頑張っても、DやC、さらにその上はさらにその上をいく。好きで始めたサッカーが、好きでなくなる。そうやってサッカーをやめていく人も多い。

 

 

「じゃあ、どうすれば」

 

「どうすれば?どうもできないよ。一つあるとすればサッカーカースト上位の中学校に行けばいい、それだけだよ。ま、そこで勝ち抜けたらの話だが」

 

「そう、かもね」

 

グラウンドの整備を終えた僕の前に現れたのは同じ一年、石郡真幸だった。特徴のあるボサボサの髪、やや細めの目、端正とは言えないが鼻と口元が外国人っぽくてそこは本人も気に入っているらしい。背は高く170cmもある、本人談。ポジションはDF。

 

「こんな時間まで自主練?入部からまだ一週間なのに熱心なことだ」

 

「早く試合に出たいからね。オチオチしてられないよ」

 

「どうせ、勝てないよ。残念ながらここはFだからね。」

 

そんなことは知っている。受け入れなければいけない現実だ。だけども、サッカーを楽しむことはできる。

勝てなくても、サッカーをすることができる。今の俺には十分な幸せだ。

 

「俺は帰るけど、お前も早く帰れよ。先輩たちも帰ったからな」

 

そう言い残してグランドから校舎の方へ歩いて行った。勝ちたいさ、やるなら、もちろん勝ちたい。だけども今のこの現状が否定する。....僕らはただ楽しくサッカーをやっていればいいのかもしれない、それが幸せなのかもしれない。そう思ってしまう。

ここでそんなこと考えたって仕方ない、今日はとっとと切り上げよう。1人残された僕はトンボを所定の位置まで直そうとグランドの隅の置き場の方を向いた時、1人の少年がいた。至心館中学の制服を着ている。

 

「ここがサッカー部グラウンドか。」

 

突然背後から声がした、振り向くと1人の少年が立っていた。

背は高くない、165の僕と同じくらいだろうか。澄み渡った碧色をした髪はストレートに流されている。眼は優しくこちらを見つめていてた。顔立ちは端正で、甘いマスクが特徴的だった。

 

「そうだけど、どしたの?」

 

「ここなら、楽しくサッカーできるよね。」

 

少年は僕の方へ歩み寄ってくる。そこで違和感を覚える、近づいてくるその顔に少し見覚えがあった。

 

「僕の名前は雲井空。これからこの至心館中学校サッカー部に入部して....カースト上位を倒す」

 

これが至心館中学校サッカー部の鼓動が始まった日だった。



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2話 10人のサッカー部

「カースト上位のサッカー部を倒す?」

 

耳を疑った。そんなことを本気で口にするなんて。当の本人は真剣そうに笑うことなく僕に言った。

 

「そう、例えば...雷門中、帝国学園。木戸川清修や新雲学園。これらは全国に名を轟かせる名門校、Aクラスだ。特に雷門中は今や全国の中学サッカープレイヤーにとって知らぬ者はいない名門中の名門校」

 

雷門の偉業は数多く残っている。廃部寸前のサッカー部がフットボールフロンティア全国優勝をしただけでも奇跡に近い。だがそれだけにとどまらず突如全国の中学校を襲った宇宙人と呼ばれる人達とも戦い、さらに日本代表、イナズマジャパンに数多くの選手を輩出した。それから10年後にはフィフスセクターの管理下にあるサッカーを自分たちの力で取り戻した革命も逸話として有名だ。

その雷門の因縁のライバルとも言われている帝国学園、今は場所を移しているので度々全国の舞台で雷門と激闘を繰り広げている。木戸川清修もまた昔からサッカーで有名な中学校だ。あの赤いユニフォームは地元のサッカープレイヤーには憧れの的らしい。新雲学園はフィフスセクターから革命を起こそうとした雷門の前に立ちはだかった名門校で今もその評価と実力は相変わらず全国クラスだ。

 

「ところでカースト制度が上位の学校の恩恵の中身は知っているかい?」

 

「まぁ、設備の充実やサッカーエリートへの約束。協会への要望を出せる、とかだっけ。」

 

「その他にもお金の動きなんて黒い噂もある」

 

黒い噂、これは密やかに噂されていることだ。お金のある中学校などは協会へ多額の寄付金を出す見返りにカーストを上げてもらっているというものだ。だがあくまで噂だ。それにこれが本当ならとっくに警察が動いている。

 

「その他細かいものがある、だけど一つ言えることがカースト上位はカースト上位ってだけでブランドなんだよ」

 

「.....そうだね」

 

「気にくわない。だから、潰す」

 

「いやいや、待って」

 

話が飛んだような気がする。気にくわない?そんなものが理由なのか?これが困ったことに当本人が本当に真剣な表情そのものだということ。

雲井は僕に思ったことが伝わらなくて少し不思議そうにしていたがハッと何かを思いついた。

 

「そういえば君の名前聞いてなかった、同じサッカー部の仲間になるんだ、聞いておかなくちゃね」

 

「俺は新葉 萌、萌だけど男だし」

 

「確かに字だけなら女の子に間違えそうだね。よろしくね」

 

差し出された手、言っていることは突拍子も無いことだが変な人ではなさそう...かな?

 

「うん、よろしく」

 

その手に応えて、手を握った。僕より小さかったけど、とても力強くて硬い手だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんにちわ」

 

雲井とあった翌日の放課後、いつも通りサッカー部の部室に向かった。至心館中学校は他の中学校に比べてグラウンドが広い、だがランクFのサッカー部が使えるスペースなんてたかが知れている。サッカー部の部室も隅の方にあり、練習に使えるスペースもサッカーコートサイズがあるかないかくらいだ。

 

「よっ」

 

最初に声をあげたのは石郡、部室の椅子に腰掛けてスマホをいじっていた。そして

 

「やぁ、新葉」

 

雲井空がいた。狭いサッカー部の部室で見事なリフティングをしていた。サッカー初心者の僕でもわかる巧みなリフティングだ。

 

「んで、こいつがまた新しく入ってきた一年な訳?すっげーリフティングうまいな」

 

部室の隅の長椅子に寝転びながら雲井のリフティングを見つめる三年生。飄々とした性格で夏前なのに焼けた肌と肩まである長い髪が特徴の少しチャラチャラした少年

 

「こんにちわ、伊崎キャプテン」

 

「うぃーす、まぁ適当に練習しよう」

 

この部のキャプテン、伊崎仁さんだ。この見た目なのでよくキャプテンっぽくないと言われているがその面倒見の良さから部員からは慕われている。

 

「他の人はまだですか?」

 

キャプテンは椅子からゆっくり体を起こすとスパイクの紐を締め直した。

 

「松比良はもうちょいでくるかな、和田木も同じ頃かな。白石と鵜飼、羽柴と向島は休み」

 

2年の松比良先輩はGK、このチームの守護神。寡黙で物静かな先輩だと思っていたが帰りに入部祝いとしょうして新入生に無言でジュースを置いていった優しい先輩

そして3年の和田木先輩、DF。DFリーダーとしてこのチームを支えている。少々変わった人で丸い眼鏡が特徴的な人。後の4人に関しては追々紹介するとしよう。

 

「あの、すいませんキャプテン」

 

話が終わるとリフティングしていた雲井がボールを地につけて口を開いた。

 

「今の話聞いてましたけど、話の中の人達と僕らを合わせても10人ですよ、誰か忘れたりしてませんか。」

 

「え?そんなことないよ。今の所、一年生足しても10人。残念ながら1人足りないな。去年はFランクのこの中学では珍しく3年生多かったからねぇ、試合は出来たよ」

 

3年生3人 2年生4人 1年生3人。これが今の至心館サッカー部の部員数だ。

 

「ところでさ、なんで雲井は一週間経ってサッカー部に入ったわけ?」

 

石郡はスマホから顔を上げて雲井に尋ねる。雲井は少しうつむいた後、爽やか笑顔で

 

「迷ってた」

 

そう答えた。

 

石郡はふーんと一言言うとまたスマホの画面に目を向けた。元々そんなに興味はないのかもしれない。

 

 

「こんにちわ、キャプテン」

 

会話もなくなり、静かになった部室に古びた部室のドアが開く音がした。ドアの方を見るとそこには2人の先輩がいた。

 

「松比良先輩、和田木先輩。こんにちわ」

 

和田木先輩は松比良先輩の後ろで手を振ってにこやかに挨拶する。松比良先輩はそのままキャプテンのもとに向かう。

 

「今日の練習はどうされますか?....」

 

「シュート練でもしよかな。頼める?」

 

「大丈夫です。」

 

そう言ってエナメルのカバンを置いて練習着を取り出した。和田木先輩もゆっくりと椅子に座りカッターシャツを脱ぎ始めた。

 

「ふっふーん、シュート練。シュート練。DFだけどやっぱシュートって楽しいじゃん?なぁ松比良。」

 

「自分、GKなので」

 

2人はそんなやり取りを始めた。

 

「んじゃ2人以外はグラウンドに行こうか。」

 

キャプテンの一言により僕ら4人は部室を出た。その時ふと雲井の顔が強張り、何かを我慢しているようにうつむいているのがわかった。

 

「カースト上位の中学を潰す」

 

昨日の一言が、ふと頭をよぎった。

 

 



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3話 天空のストライカー

グラウンドでしばらく待つと先輩2人が着替えが済んでこちらに来た。

 

「んじゃ、軽く準備運動を各自で」

 

キャプテンの一言により各自体を動かし始める。

 

「新葉〜、準備運動一緒にしようぜ。」

 

石郡の提案に了承し、俺らはペアで体を伸ばすことにした。その途中、何度か視界に入る雲井。なにもすることなく、ただ突っ立っていた。うつむいているので、表情は見えない。

 

「雲井が気になるのか?」

 

僕の視線の先を気にして、石郡が尋ねてきた。

 

「まぁ、ね。1人だし」

 

「なぁ、あいつについてどう思う?」

 

「どう思うって、なんで?」

 

石郡は少々複雑そうな顔をしている。不可解な点でもあるのだろうか。

 

「俺さ、あいつが一度だけボール蹴ったの、見たんだ」

 

「いつ?」

 

「この部室にきた時、グラウンドに誰かいるなと思ったら練習着姿でいたんだ、あいつが...サッカーボールを地面に置いて、ペナルティエリアから3、4m離れてたと思う。そこからシュートしたんだ。最初はゆったりとしたフォームだったんだ、ボールに足が当たる、そう思った瞬間ボールはペナルティエリアに入ってその先のゴールネットを揺らしたんだ。とてつもなく早かった...あいつは何者だ」

 

頭に何かよぎる。

疾風の如く駆け抜け、宙を舞って神速のシュートを放ちゴールを奪い去る天空のストライカー。そんな小見出しがつけられたサッカー少年という雑誌の表紙には少し慣れないように笑う少年がいた。

それが雲井空。

思い出した、彼は天空のストライカーと呼ばれた男だ。

 

「天空のストライカー...って知ってるか」

 

「あぁ、関東の方じゃ有名なストライカーらしいな、どこの中学にいったかは知らないがきっとAとかBみたいなカースト上位の学校へ呼ばれたんだよ。」

 

「それが雲井空、僕らの目の前にいる男だ」

 

それを聞いた途端石郡は目を丸くした。

 

「そんなわけないだろ、天空のストライカーなんて呼ばれてんだ、ここに来るなんて正気とは思えない。」

 

「だけど君も見たんだろ、そのシュートを。そしてもう一つ気になる点がある、一週間遅れてここにきたことだ」

 

「じゃあなんだ?あいつはなんでうちみたいなカースト最下位のサッカー部に来たんだ?」

 

「それは...」

 

まだ推察の域だし、僕だって信じられない。だけど石郡が見たそのシュート、それに雲井空なんて名前、そうそう同じになることなんてない。理由がなんなのか、今は全くわからない。だけど今あそこにいるのは、まぎれもなく天空のストライカーなのだ。

 

「後でサイン、もらえるかな?」

 

「お前、ここにいる理由の方が気にならないか?」

 

天空のストライカーは何度かテレビで見た。その巧みでありながらも素早いボール捌きでDFをごぼう抜きにして一気にゴールに近づき、そして必殺技を決める。同じ小学生とは思えないほど、鮮やかだった。

 

「終わったか?ならシュート練いくぞ」

 

そんなことを思い出しているとキャプテンが練習の始まりを告げた。確かめるにはこれが一番だ。シュート練をするためにキャプテンの方へ向かった。

 

 

「ただのシュート練だと味気ないし、DFに和田木か石郡入ってもらっう。いいか2人」

 

「俺は大丈夫っす」

 

「俺にも打たしてくれるよな?」

 

「心配するなって、やらしてやるよ」

 

GKには松比良先輩が入り練習を開始した。

 

「じゃ、まず俺から」

 

MFの伊崎さんは軽やかにドリブルを始めた。

 

「いかせはせん!ぬははは」

 

和田木先輩は謎のスイッチが入ったのか大きな体を使って止めようとする。

 

「悪いな、ちょっと本気出すぜ。アグレッシブビート!」

 

伊崎先輩は急にぐっと構えた。そこに和田木先輩がボールを奪いに突っ込む。このままじゃ取られる、その瞬間、一瞬視界から伊崎先輩が消え現れた時には和田木先輩の後ろに回っていた。

 

「ぐっ!くそぉ」

 

心電図が突如乱れたように、和田木はその場で倒れた。

 

「んじゃ決めるぜ。うらぁぁ!」

 

そのままペナルティエリアに入るギリギリでシュートを打った。しかし冷静に見ていた松比良先輩がそれを危なげなく弾いた。

 

「やるなぁ、松比良」

 

「恐縮です」

 

アグレッシブビート、ドリブル必殺技だ。まさか必殺技をこんなに間近で見られるなんて。石郡もやや驚いたようで目を見開いていた。そして雲井は....

 

「....」

 

神妙な面持ちで、それを見ていた。彼の順番は最後、意図的なのか偶然なのか。

 

「クッソォ!練習でそんなの使うなよ!」

 

「へーん、負け惜しみを」

 

悔しがりながら立ち上がる和田木先輩に伊崎先輩は手を差し伸べた。必殺技かぁ、いいなぁ。

 

「次はお前だ!石郡、さぁやってみろ」

 

「無理っすよ、俺DFっすよ」

 

「何言ってんだ俺らDFとてシュートを打つ機会がないわけではない、それにシュートを打つことが別に生きることがあるんだからやってみろ、まぁ試合に勝てないから意味ないけど」

 

何か腑に落ちないのか複雑な顔をしていたが位置に着くと数回深呼吸して手を挙げた。準備ができたらしい。

 

「行きます」

 

「こい」

 

ボールを蹴り走り出した。正面から来る和田木先輩。

石郡は一度止まり出方を伺おうとしたが。

 

「おらぁぁぁぁ!キラースライド!」

 

和田木先輩のスライディング、まるで無数の足が生えているように見えた。すごい勢いでボールめがけて滑り込んだ

 

「ってちょ!うおおお!」

 

反応が遅れた石郡はスライディングに飛ばされた、文字通り。

二、三度地面をはねてから、しばらくして立ち上がった。

 

「和田木さんひどいっすよ!いきなりなんて」

 

「伊崎が最初に使ったんだ、文句はあいつに言え」

 

「え?俺?」

 

怒る石郡、それに油を注ぐように適当に発言する伊崎先輩。それを見て笑う和田木先輩。

見ていて微笑ましい、楽しい部活だった。

 

「違う」

 

ぽつりと一言、後ろの雲井。

 

「何が?」

 

「これは楽しいだけだ」

 

相変わらずずっと俯いている。

 

「楽しいことの何がいけないんだ」

 

「楽しいことはいいんだ、サッカーは楽しい。だけどサッカーは何のためにするか、何を目的にするか」

 

「何って勝つために決まってるだろ?」

 

「そうさ」

 

そこで顔を上げる。悲しげでありつつも、目には力強い意思が見えた。

 

「勝つためだよ」

 

そう言ってキャプテンの方に近づいていく。

 

「キャプテン、次自分お願いします」

 

「お、雲井。お前には期待してるんだぜ、よし和田木頼んだ」

 

雲井はボールを持つと所定の位置に置いた。和田木先輩は何か不満そうに雲井を見つめていた。対する雲井はただゴールだけを見つめていた。ネットを揺らすそのことしか頭にないように。心の準備ができたらしく、ゆっくり手を挙げたが、それを遮るように和田気先輩が声をあげた。

 

「雲井、俺がお前と初めて会った時から俺はお前のその何というか...鼻にかかる態度が気にいらねぇんだ。俺が部室に来た時も、挨拶なかったし」

 

「すいません」

 

「いいぜ、先輩だからな俺。許してやるよ。かかってこい」

 

そう言ってほくそ笑んだのが見えた。間違いない。先ほど石郡にやったキラースライドをするつもりだ。

 

「では、行きます」

 

天空のストライカーのプレーが眼前で披露されるんだ、一挙一動見逃せない。見せてくれ、お前のプレーを。

 

ボールを蹴りだした、ゆっくりだ。ボールが転がりドリブルを開始したと思った時、次のボールへのワンタッチでその速さは想像を超えた。

 

「キラースライ...「疾風ダッシュ!」

 

ドリブルをしている雲井がまるで瞬間移動しているように二、三度移動し、キラースライドの体制に入る和田気先輩と衝突する距離までくると、突如消えた。風が吹いた。和田気先輩の後ろから、雲井を運んで。

雲井は忍者のように突然音もなく和田気先輩の後ろに現れたのだ。

 

「なに!」

 

そのままドリブルで攻め上がる。その速さに松比良先輩も異様だと感じ、腰をかがめてシュートを待つ。

 

「決める」

 

すると突如ボールを高く蹴り上げると、自分もそれを追うように飛んだ。

天空のストライカー。それを象徴する必殺技だ。

 

「天空一閃!」

 

空中でボールの前まで上がるとボールを思いっきり蹴り押した、刹那、ボールはその足から離れ、ゴールを襲う一閃となった。

 

 

「ぐ!ぐうぅ!」

 

松比良先輩はゴールを襲うボールを何とか掴む、が。

体もろとも、ゴールネットに叩きつけられた。

 

「まぎれもない、天空のストライカー....」

 

静かにゴールネットを見つめる彼の背中が、あまりにも遠く感じた。



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4話 雲井の想い

静まり返るグラウンド。その視線は1人の少年に注がれていた。

 

「松比良!大丈夫か?」

 

和田気先輩が松比良先輩の元へ駆け寄る。

 

「すいません」

 

和田気先輩の手を取り起き上がった、どうやら体の方は大丈夫らしい。

 

「さて、説明してもらおうかな?君何者?」

 

キャプテンが問う。雲井は臆することなく真正面から言った。

 

「僕は関東の方でちょっと有名だった....「ちょっと有名!?」

 

思わず口を挟んでしまった、視線が俺に集まる、少し気恥ずかしいが僕から紹介させてもらう。

 

「彼は天空のストライカーと呼ばれたプレイヤーですよ。関東ではBIG3と呼ばれて雷門に行った大村雷斗や雷門宗助と肩を並べる存在だったんですよ、確かにあの2人があまりにも印象強かったですがそれに負けず劣らずの評判はありました。」

 

「そうか...」

 

キャプテンは雲井から視線を外さない。

 

「だったら尚更奇妙だ、そんな選手がなぜここに?」

 

キャプテンが尋ねる。雲井はしばらく黙った後、ゆっくり話し始めた。

 

「嫌だったんです、カースト上位のサッカーが」

 

「贅沢なやつだ」

 

和田気先輩が口を挟む。確かに僕らからしたらカースト上位のサッカー部に入れただけでも羨ましい。

 

「僕は最初は明王山中学校に入学する予定でした。」

 

明王山中学校。最近台頭してきたカーストAの学校だ。

 

「入学を前に毎日サッカー部の練習に参加していました、けど。」

 

思い出したかなように顔を顰める。

 

「そこでは下位のサッカー部を見て笑ったり、勝ち抜くためにひたすら個人技を磨いたり...僕のしたかったサッカーとはかけ離れたものだったんです。だから何度も小さな衝突を起こして、それで....」

 

「追い出された....か?」

 

和田気先輩がからかうように聞いたが雲井はただ首を横に振って否定した。

 

「いえ、出て行きました。きっとサッカーカースト上位はこんなことしかしないんだろう、僕はそれでここにきました」

 

「なんかさ、理由になってなくない?」

 

石郡が発言する。確かに、サッカーカースト上位のサッカーが嫌になったまでは理解できたがここに来る理由にはなってない、わざわざFのカースト最下位のチームに来ることはない、CやDといったサッカーカースト中堅のところだってゴロゴロいる。

 

「そうです、僕がここにきた理由。それは過去にあります。このサッカー部が起こした奇跡を」

 

至心館中学サッカー部は昔、一つの奇跡を起こした。スーパージャイアントキリングと言われ、今尚記憶に残る伝説だ。

 

「10年前、サッカーカーストEだったこのサッカー部は同じ地区のBやCといった中学校を激闘の末下して、全国に行ったこと。そして全国の初戦、あの雷門と戦い、接戦の末負けたことを。」

 

「残念ながらあの年はサッカーカースト制定初年だから、まだ恩恵が十分行き届いてなかった。実績だけを考慮したランクだ」

 

キャプテンの言う通り、サッカーカーストが制定された年のこと、まだ格差が今よりなかった時だ。10年前、至心館サッカー部は自身のカーストをEにされ、見返してやろうと特訓をしたらしい。そして挑んだフットボールフロンティアで見事全国へ出場したのだ。今だったら限りなく不可能な話だ。さらにこれを機にカーストのさらなる強化として恩恵が増加した。

 

「だから今の俺たちじゃ、無理だ」

 

「でも、でも!勝ちたくないですか?」

 

雲井が少しずつヒートアップする

 

「じゃあ、みなさんは何のためにサッカーやってきたんですか?」

 

「好きだからだ」

 

伊崎先輩は言い放つ。

 

「好きだから?」

 

雲井は納得いってない。

 

「サッカーをみんなとやるのが楽しいんだよ、だから俺はそれでいい」

 

「それじゃあ、公園でやっているのと同じじゃないですか!これでいいんですか?3年間の集大成が、このまま何もせずに終わるんですか?それに「うるさい!」

 

伊崎先輩は雲井を遮るように、怒声をあげた。目にはうっすらと涙を浮かべて、肩を震わせていた。

 

「俺たちだって勝ちたいよ...もっと長くサッカーしたいよ!だけどさ、それは無理なんだよ」

 

「やってみなくちゃわからないですか」

 

「....あるさ」

 

松比良先輩が雲井にゆっくりと近づきながら静かに答えた。

 

「...1年前、フットボールフロンティアの初戦、獅子王山中学とやったさ」

 

獅子王山中学、この地区最強と呼び声高い名門校、カーストはB。10年前に地区予選決勝で破り全国へのキップをつかんだ試合が伝説の試合と呼ばれている。

 

「勝ち目はない...だから棄権しようとしたさ。...だけど卒業した3年生たちは...最後の試合にと、有終の美を飾るため...試合をした。」

 

「だけど試合結果は14-0....力の差はそこまで広がっていた。」

 

「さらに悪いことに....10年前の試合を未だに根を持っている獅子王山の監督のこともあって...審判に見えないよう痛めつけられた。」

 

「甘く考えすぎていた...何のためのカーストランクなのか...それを再認識した」

 

テレビに映るのは全国大会からだ。全国ではAやBのサッカー部が集まるので緊迫した熱戦を見ている。

しかし格差が激しい地方ではカースト上位が圧倒的実力で勝利したり、またはレギュラーメンバーを温存させたする試合も存在している。カースト最下位の学校など眼中にない。

 

黙っていた伊崎先輩は絞り出すように小さな声で言う。

 

「雲井、お前の言うことはもっともだ。サッカーしているのは勝つためだ、だけど俺たちは...無理なんだ」

 

そう言ってゆっくり部室の方へ足を進める

 

「悪い、ちょい休憩」

 

伊崎先輩はゆっくりと、部室へ戻っていった。伊崎先輩が見えなくなった後グラウンドは静かになった。誰もが黙っていた。

数秒すると和田木先輩は急にズンズンとすごいスピードで雲井の方に向かっていく。雲井も驚いたらしく半歩後退した。

 

「今の話、本気なのか」

 

和田木先輩がじっと雲井を見つめた、その目は読み取れない。ただ激しい感情で渦巻いていた。

その迫力に圧倒されたのかまた僅かに後退した後、負けず劣らず先ほどの口調で返事する。

 

「はい、本気です」

 

その返事を聞くと急に肩に手を置いてにこやかな笑顔になった。

 

「面白いこと言うじゃないか!やっぱり気に入ったぜ!」

 

気に入らなかったり気に入ったり、心変わりが激しい人だ。和田木先輩は眼鏡を取るとそれをユニフォームで優しく拭きながら話し始めた。

 

「俺もその試合出てたんだよ、あいつらのテクニック、スピード、シュート力。どれも俺の何倍もの力だった。こんな奴らに負けても仕方ない、俺たちはサッカーカースト最下位の学校だから当然なんだ。試合中はそう思ったわけよ、けどさ、俺たちだって練習してきたんだ、それなのにカースト最下位の学校ってだけで諦めた自分自身が...後々になって情けなくてよ。俺、遅いかもしれないけど本気になって練習してやっと必殺技を身につけたんだ。」

 

「俺はだから今年はどこに当たろうが全力でぶつかってやる、例え今年も獅子王山でも、そう思ったんだ。」

 

話し終えるとにぃっと笑った。雲井もそれにつられて笑顔になる。確かに差は存在する、だけどそれでも頑張っている人たちはいるんだ。僕も頑張らないと。

 

「あのー、すっげー悪いんですけど」

 

石郡が申し訳なさそうに2人に尋ねる。

 

「ん?どうした割氷」

 

「いしごおりだ!同じ一年のチームメイトの名前くらい間違えるなよ!...ってまぁ2人が熱くなるのはいいんですけど、今10人ですよ?そもそも試合出られないんじゃ」

 

「そうだったな!んん〜。どうすれば」

 

「大丈夫です」

 

確かな力強い返事だった。雲井の顔は自信に溢れていた。その顔を見てか和田木先輩はたまらず聞いた。

 

「アテはあるのか?」

 

「はい、1人います。そいつはサッカーを迷っています」

 

サッカーをすることを迷っている。どういうことだ。

 

「サッカーを迷っているって、他の部活と悩んでいるの?」

 

「少々特殊でねそいつ。昔からの友達なんだけどそいつもまたこの中学校に来たんだ。」

 

少々特殊、なにか複雑な理由があるんだな。

 

「おし、ならすぐ勧誘しようぜ」

 

舞い上がっている和田木先輩だったが

 

「すいません、先ほども言いましたが複雑な理由がありまして。なので僕1人で勧誘してきてもいいですか?必ず連れてきます」

 

少し黙った後、またにぃっと笑って

 

「しょうがねぇ!頼むぜ雲井」

 

「任せてください。」

 

少しずつ、僕の憧れだったサッカー部へと変化しているのを、僕は感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前ら、気をつけて帰れよ」

 

「はい、お疲れ様です。」

 

その後キャプテンを様子を見に行ったが部室に姿はなかった。鞄もなかったので先に帰ったのだろう。なので今日は練習を終わることにした。グラウンドを整備しようとトンボを持ってきたが和田木先輩がそれを止めた、どうやら松比良先輩と2人で自主練するらしい。

俺らも混ぜてもらおうかと思ったがなぜか雲井が3人は帰りますと伝えた。なぜかはわかない。そのままグラウンドを後にした。残された2人、和田木先輩はリフティングを始めた。松比良先輩はただそれを見つめていた。

 

「なぜ、自分も自主練することに」

 

「次のフットボールフロンティア地区予選に向けてだよ」

 

「自分、やるとは」

 

ふっと、小さく笑った後、和田木先輩はからかうように

 

「去年の予選敗退の日、獅子王山の必殺シュートを止められず悔しい思いをしたとあるGKが夜この学校の周りを走っているのを見てな」

 

当たりだったのか、顔を背けて頭をかいている。

 

「なぜ...それを」

 

「偶々コンビニに行った時、見たんだ。俺その時気づいたんだよ、お前のおかげだよ。お前は一番静かなやつだから今日あんなに喋ったことには驚いたけど、うちのGKとして責任を一身に背負っていることはすごいと思うぜ。GKがいなかったこのチームのために必死に練習してきたこともすごい。なぁ...そんなお前の努力してきたの2年間をぶつけて、勝ちたくないか」

 

松比良少し黙った後照れ臭そうに

 

「そう...ですね」

 

「決まりだな」

 

空が暗くなるまで、2人のサッカープレイヤーの声がグラウンドに響いた。

 

 

 

 

 

 

「ねぇ?なんで自主練に参加しなかったの?」

 

「ほんと、お前あんなこと言い出して」

 

下校道、俺と石郡が雲井に問いただす。雲井はそんな俺たちに一言「ついてこい」とだけ言った。言いたいことが他にもあったが、何も答えてくれなさそうなので黙って付いて行った。

しばらくすると河川敷が見えた、その土手を歩いて行くとお馴染みの場所に着いた。

 

「サッカーグラウンド...ここが目的地?」

 

雲井は首を縦に振って肯定した。

 

「もしかして自主練?なんでわざわざこっちで」

 

すると雲井はある一点を見て話し出した。

 

「さっき言ってた迷っている人、彼はこの時間何日かに一回ここにきてサッカーの自主練をしているんだ」

 

「それで今日はここにくる日。ちょうどいいと思って、君たちに先に知ってもらおうと。」

 

雲井が見ている方を見る。土手だ。そして何度か通行人が横切っていく中、彼は現れた。ポケットに手を突っ込み、サッカーボールを脇に抱えている無地の練習着に身を包んだ黒髪のショートの目が鋭い少年。

 

「やぁ、堅山」

 

堅山と呼ばれた少年は面倒臭そうにこちらを見下ろしていた



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5話 河川敷のグラウンド

「なぁ、なんでお前いるの?」

 

片足体重の崩れた立ち方のまま俺ら3人を見る。ギラギラとした目つきがで睨むように見られると萎縮してしまう。

 

「こんばんわ堅山。早速本題に入るけどそろそろサッカー部に入らない?」

 

「いや、だからまだ俺は....あれだ、その段階に達してないというか」

 

きっぱりと断ったわけではない、その曖昧な態度に雲井の話していた特殊な理由は俺の想像以上に特殊なことなのかもしれないと感じた。

 

「確かにね、だけどだからこそ一緒にやるべきなんだと僕は思う。大丈夫だよ、新しく始めよう」

 

「だが...」

 

一歩踏み出せないのかいい返答を渋る。そんな堅山に寄り添うように優しく語りかける

 

「僕らは君がいないとダメなんだ、約束しただろ?一緒にサッカーしようって」

 

「.....そう言われればしょうがないな、明日から行こう」

 

難航するかと思いきやあっさり入部してくれた。こうあっさりだとなにか裏がありそうな気もしない。堅山君、クラスも違うこの少年は一体何者だ?

 

「紹介するよ、同じサッカー部の一年の新葉萌君と岩郡真幸君。「いしごおりだ!」

 

このやりとりお馴染みになりそうだな。雲井に鋭く訂正を入れた石郡は二、三度咳払いをして声を整えた。

 

「紹介にあがった石郡だ、ポジションはDF。まぁよろしく」

 

「俺は新葉萌、萌だけど男だし。ポジションは未定かな、よろしく」

 

とりあえず自分の口からも自己紹介をする。堅山は俺たち2人を一瞥してから口を開いた。

 

「堅山司、ポジションは適当。よろしく...あ、GK以外」

 

ぶっきらぼうに言った。距離を置いているわけではないのだが、僅かながら壁を感じる。触れられたくないものを守るために、そこだけを守る小さな障壁が確かに彼には存在した。

 

「ポジションは適当?面白いこと言うじゃないか」

 

「適正ポジションを探る、それだけ」

 

石郡の冷やかしを軽く受け流す。適当ポジションを探る、僕と同じ初心者なのかもしれない。しかしそれにしては貫禄というか経験者みたいに見える。

 

「ふーん、じゃあ新葉と同じ初心者か」

 

「!?.....そうだ」

 

一瞬の躊躇いが気になったが、僕と同じなのか。あの雰囲気はどうやら作り物らしい。それを知ると少し親近感が湧いてきた。

 

「雲井みたいな上手い人に追いつけるように頑張ろうな!」

 

「...そうだな」

 

小さな違和感が心に引っかかる。彼はなぜサッカー部を悩んでいたのか。そして雲井との会話の内容。追求してもいいがしたところではぐらかさせるだろうしなによりそれが原因でサッカー部を去ってもらっては困る、今はサッカー部に入ってもらえるならそれでいいのかもしれない。

 

「そうだ、4人で練習しよう。いいだろ堅山?」

 

雲井は提案してきた。石郡は乗り気らしく小さく笑って肯定した、堅山もまた首を振らなかった。

天空のストライカーと練習とはいえプレーできるなんて。小学生の頃の俺に聞かせてやったらどれほど喜んだか。

思えば彼と会ってから僕も今のサッカーを見つめ直すことができたのかもしれない、無理だと思っていた勝利を手にすることは不可能なことだと、最近思わなくなった。同じ中学生だ、だったら俺らにだって勝つチャンスはあるはずだ。雲井の想いは確かに響いていた。

和田木先輩にも伝わったんだ、キャプテンにもきっと届く日が来るはずだ。

 

「それじゃいくよ、石郡」

 

「へ、こいよ」

 

ボールを蹴って一気に石郡の前まで接近する。石郡もそのスピードに慌てずボールを奪いに体を入れる。雲井の巧みな足さばきで何度か抜かれそうになるが石郡も冷静にそこを止める。

 

「へぇ、やるね」

 

「舐めるなよ、俺だってサッカー歴は長い方だ」

 

石郡ってあんなにサッカーできたんだ、すごいや。感心していると雲井が一瞬の不意をついて石郡を抜いてしまう。

 

「僕の勝ち」

 

「ふん、負けといてやるよ。...ほらよ2人」

 

負け惜しみを言いつつ石郡は雲井の蹴っていたボールをこちらに渡した。どうやら堅山とやればいいということか。

 

「どっちが攻める?」

 

「そうだな、じゃあ俺が奪う」

 

攻撃と守備も決まり僕は雲井のいた所定の位置に立つ、守備の堅山も準備ができたようだ。

 

「いくぞ」

 

「こい!」

 

俺はいつものようにボールを蹴りだした。

俺は小学生時代、サッカーチームに入っていた、しかし下手くそで試合に出た記憶なんてない。だから自分のポジションというものもイマイチわからずにいた。だからのかもしれない、長所を見つけようと僕は様々な練習をした。

壁に向かってシュート練習、素早く正確なドリブルをするためにコーンをジグザグに避けながらドリブルしたり、壁に当てて跳ね返ってきたボールをトラップしたりと1人でできる練習はたくさんやった。

今僕を含めても至心館サッカー部は僕を入れて9人、ということは僕は憧れのフットボールフロンティアに確実にスタメンで出場する。嬉しい反面、恐怖心もある。僕のような下手くそが出て大丈夫なのか、毎日不安に思う。それを払拭するために最近は自主練の量を増やしているがそれでもたまに失敗するイメージが湧いてくる。

僕はまだまだなんだ、もっと強くならないといけない。

 

 

「ぐっ!」

 

接触に耐えられず尻餅をつく。またボールを取られた。

結局あの後僕はものの数秒でボールを取られた。堅山が特別うまかったわけじゃない、僕がミスしてしまったのだ。攻守を交代しても激しい粘り合いのあと競り勝てず抜かれてしまった。悔しいので攻撃側でもう一度対戦を頼んだが今度は見事に読みきられて取られてしまった。その度に悔しさでもう一度続けてしまう。この時俺は完全に熱くなってしまっていた。

 

「もう一度!」

 

「いいぜ、俺も練習になる」

 

堅山もまたそんな誘いを真っ向から受けてくれた。

堅山としてはボールを蹴るより相手から奪うことが楽しかったのか

 

「俺決めた、DFやる」

 

と言い出した。

一方の俺はドリブルも守備もダメだ、あんなに練習してるのに全く成果に結びついてない。

 

「新葉、まだまだだな」

 

石郡は項垂れる俺に手を貸してくれた。

 

「すまないがもう遅いし俺帰る、それじゃあな3人」

 

僕を起こすと肩にカバンをかけてそう言い残して去っていった。空を見ると赤暗かった空は地平線にうっすらとオレンジを残すだけとなっていた。いつの間にかかなり時間が経っていたようだ。

 

「俺も、じゃあな2人」

 

堅山はシャツの袖で額を拭うとボールを拾ってゆっくり帰っていった。そんな後ろ姿を見送っていると堅山が完全に見えなくなった時、雲井が話しかけてきた。

 

「お疲れ様」

 

そして俺の鞄の上に置いてあったタオルをいつの間にか持ってきてくれた。ありがたく受け取ると顔の汗をぬぐった。

 

「全然ダメだった」

 

ドリブルもできない、守備もできない。俺は本当に何をやっているんだろうか、情けない。

 

「焦らずにゆっくり力をつければいい」

 

雲井は地平線に落ちかけている夕日の方向を向きながら言う。

 

「焦る気持ちもわかる、だけど焦れば焦るほど大切なものを見失ってしまう」

 

「大切なもの?」

 

「それは、サッカーが好きっていう気持ちさ。結果が出ず落ち込んだりイライラしたりすることもある。僕だってあったよ。その時僕は思い出すんだよ、きっとこれをできるようになったらさらにまたサッカーが楽しくなる、そう思うとワクワクしてくるんだよね」

 

そう語る雲井はとても眩しかった。満開の笑顔で、楽しそうにサッカーのことを話す姿を見ていると、それがわかる気がしてきた。そうやって雲井は困難を乗り越えてきたんだな。

 

「そうか...俺はサッカーが好きだからやっているんだ。楽しくやらなきゃね」

 

「そうさ!だから次は僕とやろう!」

 

雲井と!俺なんてまだまだな身だ。正直勝負にならないんじゃ、そんな不安をよそに雲井は鞄から取り出したボールを俺に渡す。

 

「こい!」

 

楽しく、だ。好きなサッカーを憧れの選手とできるんだ。思いっきり胸を借りよう。

 

「いくよ!」

 

ボールを蹴って駆け出す。雲井も距離を縮めてくる。どう抜く?どうすれば彼を出し抜ける?

素早く考える。もしかしたら俺が雲井を抜ける可能性は0%かもしれない、だけど負けたくない、諦めたくない!

 

「うおぉぉぉぉぉぉ!」

 

その時、体から溢れる力を感じた。感じたことのないこの熱気。そして本能で勝手に動いた

 

「デーモン・ディストーション!」

 

すると雲井は突如片膝をついた。息を少し荒くして何かに怯えているようだ。目の視点が何かを追っている。その間に雲井を抜くことができた。

 

「....今のは?」

 

「間違いない、必殺技だよ。驚いたよ、君の後ろに悪魔が見えたと思ったら、急に自分の地面が歪み出したんだよ。それで思わず立てなくなっちゃって」

 

そんな、必殺技...まさか僕が。



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6話 衝突

疲れ切った体をベットに預ける、やや年季の入ったベットはキシキシといわせながら僕の全身を受け止めてくれた。

今日は身も心も疲れた、色々ありすぎた。

同じチームメイトにあの天空のストライカーがいて、そのストライカーの必殺技を見れて、そして僕もまたドリブル技を身につけた。

どれ一つ昨日の俺は予想だにしなかったことだ。信じられないけど、すべて現実なんだ。これがまさしくまるで盆と正月がいっぺんに来た、というところなんだろう。

 

「それにしてもデーモン・ディストーション....あれが俺の必殺技なのか」

 

 

予想斜め上をいく必殺技だ。数ある必殺技をの中で悪魔なんて単語がつく必殺技、僅かに不安がある。

どうして俺の必殺技はこれなんだろうか?考えながらベットの上をゴロゴロする。悪魔...俺となんの関係が。

すると着信音がした、勉強机の上に置いた携帯からだ。気怠い体を起こして携帯を確認する。無料通話アプリのサッカー部のグループにキャプテンの言づけがあった。

 

「急にすまない、明日全員でミーティングを行いたい。予定が入っているならば可能であればこちらに合わせて欲しい。」

 

本当に唐突のミーティングだ。するとすぐにもう一つ着信がきた。どうやら鵜飼先輩のようだ。鵜飼先輩は3年のMF、あまり練習に顔を出さないのでわからない。ただ少し難しい人だった。

 

「突然だな、内容は?」

 

返信が返ってくるのに分もかからなかった

 

「すまない、それは明日話す」

 

腑に落ちない鵜飼先輩は問い詰める

 

「いや、明日話すって話の内容もダメなのか?」

 

「あぁ、大事なことだから。みんなと向き合って話したい」

 

「いや、待てよ」

 

大事なこと、一体キャプテンは何を話そうとしているのか?思い当たる節はない。

 

「俺は大丈夫だ」

 

会話を切るように和田木先輩が一言、するとみんなが続々続いた。俺もとりあえず便乗しておこう

 

「自分も大丈夫です」

 

送信する。さて、もう疲れたし寝るか。携帯を元の場所に置き、部屋の電気を消す。暗くなった室内に窓から月明かりがベットを照らしていた。

再びベットにダイブする。キシキシと音を立てて再度受け止めてくれた。右を向いて窓を見る、月が綺麗だ。月の美しさに誘われるように瞼を閉じた。小さな寝息だけが、室内に響いた。

 

 

 

 

 

 

「こんにちは」

 

翌日放課後、真っ直ぐに部室へと向かった。部室に入るとキャプテンと雲井、そして松比良先輩と和田木先輩。

 

「やぁ新葉」

 

「おう」

 

松比良先輩は手を上げた。キャプテンは何も言わない。こちらに背中を見せて黙ったままだ。

「えっと今日は」

 

「まぁ待て、いずれ話すそうだから」

 

和田木先輩は長椅子に腰掛けながら話す。特にいつものようで慌てた様子はない。しばらく待つことにした。

 

 

 

「きたぞ、伊崎」

 

それから鵜飼先輩と羽柴先輩、向島先輩と白石先輩が部室に入って、最後に堅山と石郡が掃除で遅れてやってきた。これで全員。狭い部室なので11人入ればもう窮屈に感じる。

 

羽柴先輩、2年のDF。これといって特徴がないのが特徴という先輩で個性の強い人が集まったこの部では逆に特徴がないという個性と捉えられている。

向島先輩、2年のMF。大人しく弱々しく話すので遠くからだと声が聞こえなかったりする。

そして最後に白石先輩、2年のFW。キャプテンとは長い付き合いで小学生の時から仲がよかったらしい。一年違うがキャプテンとは仲がよく良き理解者として知られる。

 

「んで、なんで集めたんだ」

 

勢いよく椅子に座りながら鵜飼先輩が尋ねる。足を意味もなく小刻みに動かしている、急のミーティングによく思っていないようだ。

 

「みんなに聞きたいんだ」

 

キャプテンはそう言ってこちらを見る。覚悟の目、いつもとは違う引き締まった顔、強い意志を持ってここに臨んでいる。

 

「勝ちたくないか?」

 

「はぁ?何言ってんだ?」

 

「だから、フットボールフロンティアで勝ちたくないか?全国、行きたくないか?」

 

冷ややかな声で尋ねる鵜飼先輩に対して、キャプテンはいつもの態度からは想像がつかない真っ直ぐで純粋な少年の思いで返した。

 

「いや、無理だから。何言ってんだ」

 

鵜飼先輩は否定する。その理由、根拠はわかっている。

 

「無理じゃない、10年前の先輩たちもやっている。だったらできる」

 

「馬鹿か、あれはカースト制定初年だったからだ。今と環境が違う」

 

鵜飼先輩は少しイライラしてきたのか声が強くなる

 

「そうやって最初から投げ出すのか?俺はもう去年みたいに後悔したくないんだ。もう最後の夏なんだ。だったら最後くらい俺は....「あのなぁ」

 

鵜飼先輩はゆっくり立ち上がりながら言葉を遮る。ゆっくりキャプテンの元へ歩く。

 

「お前も身をもって知ったはずだ。なのに勝ちたいなんて戯言、もう一回あんな目にあいたいのか?」

 

「違う。前回は勝ちを目指さなかったからだ。今回俺は本気で勝ちたいんだ。」

 

決して声を荒げることなく思いをぶつけている。すると鵜飼先輩は踵を返し、部室を見渡しながら言った

 

 

「伊崎がこんなことを言っているがお前らはどうなんだ?」

 

「俺は陽太と同じ、勝ちたいんだ」

 

一歩鵜飼先輩へと踏み出して和田木先輩が答える

 

「何言ってんだ和田木!お前あの試合で一番ボロボロにされただろ?」

 

「だからだ!だから俺は悔しいんだ」

 

和田木先輩の意志が固いと睨むと、他の人に同じように聞く。

 

「おい一年、お前らはどうなんだ?「無駄だ、一年は皆勝つことしか考えてない」

 

そうだ、俺らは勝ちたいんだ。雲井なんて特にだろう。和田木先輩が俺らの返答を代弁してくれた。

 

「何も知らないくせに!白石!松比良!」

 

「すいません、自分も勝ちたいです」

 

「確かに勝利の可能性は低い、だけど。伊崎さんがこんなに燃えているんです、だから僕はついていきます。」

 

揃いも揃って!小さく吐き棄てると最後の砦に尋ねた。

 

「向島、羽柴は?お前らも去年をしってるんだから」

 

「そうですね、僕も怖いです。なんでいまでもサッカー続けてるのかわかないほど、あの試合は...思い出したくない」

 

「勝ちたいけど、現実的ではないのも事実だし」

 

向島先輩は思い出して怯える。鵜飼先輩はほくそ笑んで2人の元に寄っていく。

 

「話はそれだけか?なら俺らは帰るから。伊崎、馬鹿なことはやめとけよ」

 

そして2人を連れて出て行ってしまった。静まり返った部室。そんな静寂の中

 

「あれで、良かったんだろうか?」

 

「いいんですよ、いずれわかってくれる日が来てくれます」

 

キャプテンもこうなることを覚悟していたんだ。チームをまとめるのがキャプテンの仕事なのに、これで良かったのか。きっととても悩んだに違いない。白石先輩が理解者として寄り添う。そうだ、いつかわかってくれる日が来る...。

 

「あのー、すまんのぉ」

 

そこに突然やってきた初老の男性、部室のドアを音もなく開けたのかいつの間にか隅の方に立っていた。

 

「いつの間に!佐々木監督!」

 

監督?思わず綺麗に直立する。佐々木監督は俺らを一人一人見ると小さく笑った。

 

「一年生4人。これでサッカーができるのぉ」

 

「はい、これでフットボールフロンティア予選に出られます!それでですね....俺たち、本気で勝ちたいんです。佐々木監督、俺たちは10年前と同じように全国に行きたいんです!」

 

キャプテンの熱い思い。監督はニコニコしながらそれを聞いていた。この人が10年前のサッカー部を率いていた人なのか。伝説のジャイアントキリングの当事者...。

 

「本当にその覚悟があるんだな」

 

「はい」

 

口を開いた監督。先ほどまでの伸ばされた語尾が締まり、威厳のある男性の声となった。

 

「ならば裏門に集合だ。」

 

裏門、その場所に何があるのか....



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7話 伝説の地で

「なぁ、佐々木監督って俺らに具体的な指示出したこと、あったっけ?」

 

「伝達事項以外は、記憶にはないな」

 

佐々木監督が部室を出た後、全員は固まっていた。その中でぼそりと和田木先輩が疑問を呟くと、キャプテンが返した。

驚愕だった、あの人があんな風に威厳を保ちながら話すことに。

佐々木監督は入部届けを出した時にだけ話した記憶がある。温厚そうな見た目を裏切らない性格で練習に対してもとやかく言わずに暖かく見守るタイプの人だ。キャプテンを通じて伝達事項を言うのであまり顔を見たことはない。

先輩たちも優しい初老のおじいちゃんといった印象が強かったのか指示を出すといったごく当たり前のことに驚きを隠せないでいる。

 

「とにかく、向かいますか?」

 

白石先輩がキャプテンに尋ねた。

 

「そ、そうだな。よし、みんな裏門に集合だ。」

 

キャプテンに一言により8人はゾロゾロと移動を開始した。グラウンドではなく裏門、あそこにあるのは山くらいだ。なぜそんな場所に...疑問を抱いたまま、俺らサッカー部は裏門を目指した。

至心館中学校は少々特殊な地形の中学校だ。中学校は住宅街の中に建てられているが裏門からは名前も知らない小さな小山へと繋がっている。この小山は地元の子供達の遊び場として活用されているがそれ以外特に何もない山で手入れも最低限されている程度だ。

なので裏門へ出るということは小山へ行くことになる。小山?そこで何か特別な練習でもするのだろうか?部室を出て校舎を過ぎると奥にある裏門が見えてくる、それと同時に佐々木監督も見える。監督は相変わらずのニコニコ顔で先ほどの威厳が嘘のようだ。俺らの姿を一瞥すると

 

「じゃあ、行こうか」

 

と言って裏門を開けて小山へ通じる道を歩き始めた。未だに困惑している俺らはとりあえずその背中を追いかけた。

 

 

 

鬱蒼と茂る木々に挟まれた獣道を歩く。

 

「監督、どこに行くんですか?」

 

キャプテン疑問に足を緩めることなく答える

 

「君たちが本気で勝ちたいと思ってるから、それに見合う所へ」

 

それに見合う所?こんな小山にそんな場所があるのだろうか?昔何度か小山に来たことはあるが、そんなものがあるなら目がつくはずだ。佐々木監督は疑問の種が消えない俺らに続ける。

 

「10年前、全国に行った時に当時の部員のために作った練習場がある」

 

「今はきっとあまり状態が良くないと思うが」

 

10年前に作った練習場、そんなものがあったなんて。確かにサッカー部のグラウンドは狭い。

 

「やっぱり、道が消えかかってるの」

 

小山には広場と言われる場所がある、公園がなかったこの辺りの地域の子どもはこの場所を遊び場として利用していた。その広場へ続く道の途中、突然監督は右の道なき方を向いてぼやき始めた。

そこをよく見ると道が奥に続くように草が短い箇所がある。かつて道だった証拠だ。

 

「しょうがない、ちょっと足が痒くなるけど我慢」

 

そう言ってかつて道だった所へ足を踏み入れた。この奥にあるんだ、栄光をつかんだ至心館イレブンが使っていた練習場が。抑えられない期待が、少しばかりか早足にさせていた。

そこからちょっと歩くとなにやら開けた場所が見えた。広場とは違い草は中途半端に刈り取られ、長年使われてないのが丸わかり。そこはサッカーグラウンドだった。

 

「こんな場所に....」

 

思わず口に出る。

サッカーグラウンドは公式戦ほどの広さがあり広さとしても十分だった。木々に囲まれたサッカーグラウンドがほこにあった。

 

「まぁ草が生えているがそれさえ抜けば問題はないでしょう」

 

「じゃあまずグラウンドを整備しよう、やるぞ、みんな!」

 

力強いキャプテンの号令、オォ!と声を出す。至心館サッカー部の栄光が全て詰まった場所を元どおりにすべく、部員は動き出した。

 

 

 

まずグラウンドに生えている雑草を抜いた、量自体はそれほど多くなかったが、かなり大きくなっていて腰くらい成長しているものもあった。

 

「しっかし、こんなところにグラウンドがあるなんてな」

 

「本当だよ、びっくりした」

 

屈んで草を抜きながら石郡が話しかけてきた。

 

「でもさ、納得じゃない?なんか中学校のグラウンドは狭いし地面も硬いし、こっちの土は良質だし広いし。ここで練習できるならモチベーション上がるよな」

 

土も柔らかすぎず硬すぎず、といった絶妙な状態だ。かなり気を配ったのだろう。

その後は黙々と草を抜いていった。あらかた抜き終わると整備をすることになったのだが

 

「トンボ、持ってこないとだめですかね?」

 

雲井が尋ねる。トンボらしきものが見当たらない。ここまでトンボを抱えて持ってくるのはかなり大変だが。部員で頭を抱えていると。

 

「なんだ?トンボとか道具諸々ならあそこにあるぞ」

 

監督が指差す先、そこには小さなトタン小屋があった。かなり隅の方に存在を最小限にしていたので気づかなかった。そこのドアを開けて中を確認すると、そこにはトンボやラインを引く道具。綺麗に磨かれたサッカーボールが入ったカゴ、そして一枚の写真が大きく飾られていた。

 

至心館イレブン、全国出場!

 

大きく書かれた文字の下、このグラウンドで笑いながらピースサインする僕らの先輩たちが写真に収められていた。

 

「やっぱり、本当なんだな」

 

ボソッと呟くとキャプテン。何秒間かそれを見つめた後、その写真を元に戻すと。

 

「さあ、もうちょっとだ、とっとと終わらせるぞ!」

 

先ほどより力強い一言が、狭い部室に響く。よし、もうちょっとだ。気合いを入れ直して、トンボを抱えてグラウンドへと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「監督、これでどうでしょう?」

 

「うむ、大丈夫そうだな。この感じ、懐かしいなぁ」

 

日が紅く染まり、木々も赤緑に染まる時刻に、グラウンドは元の姿へと蘇った。やはりここなんだ、ここが伝説の生まれた地なんだ。そう思うと身体が止められない。

 

「という事でですね監督。練習します」

 

「今からか?」

 

するとキャプテンは笑いながら

 

「もちろんですよ、おちおちしてられません。フットボールフロンティアはもう迫っているんですから」

 

するとキャプテンはグラウンド中央で集まっている部員の方へ寄った。

 

「さぁ、練習するぞ....と前にいいか?そういえば新入部の堅山の自己紹介がまだだったな」

 

今日は衝突といいドタバタして挨拶するタイミングがなかったからな。みんなの視線が集まった堅山は一歩前に出て淡々と挨拶を始める。

 

「一年の堅山司です、ポジションはDFをやろうと思います。宜しくお願いします。」

 

よろしくな、そんな声にすこし照れたのか顔を背けた。生意気そうなやつだけど、ちょっぴりシャイなんだな、こいつ。

 

「よし、自己紹介も終わったし練習だな!行くぞ」

 

 

夕日に染まる空を背景に、僕らの声がグラウンドに舞った。

 

 

「いくぞ、松比良!」

 

「....!」

 

白石先輩のシュート、それを冷静に目で追いながら弾く。松比良先輩は本当に冷静だ。何事もなく立ち上がると弾いたボールを白石先輩へと渡した。

 

 

「どうした?堅山」

 

「クソ!てめぇ調子に乗りやがって!」

 

雲井と堅山がボールを取り合っている。雲井のボールを中々取れずに悔しがっている堅山の声が聞こえてくる。

雲井の素早い身のこなしについていくだけですごいと思うのは俺だけだろうか?

 

「いいか石郡!DFは守備の要だ!抜かれるな、死んでも抜かれるな!」

 

「死んだら守れませんよ...」

 

「馬鹿!比喩だ比喩!」

 

相変わらず仲の良い2人、性格的にも相性がいいんだろう。DFの極意を授けようとする和田木先輩のあまりの熱さにすこし引き気味の石郡。頑張れ、身体が持つ程度に。

 

 

「こんなに活気付いたグラウンドは久しぶりだ」

 

声が飛び交うグラウンドを見てキャプテンが思わず声を漏らす。数日前までのんびりやっていたのに、雲井が焚きつけた火が先輩たちの心の奥の悔しさに見事に引火した。一歩踏み出せないでいたんだ。やっぱり、勝利のために練習する姿は見えとても生き生きしていた。

 

「じゃあ次の練習いくぞ!集まってくれ。」

 

俺らの練習は夜遅くまで続いた。

 

 

 

 

 

 

 

数日練習するとフィールドの事が色々わかってきた。俺の必殺技をみてか先輩たちが相談して俺のポジションをMFにした。ドリブル、ディフェンスがやっと平均的になってきたのでどちらにも対応できるようになったからが理由らしい。自分のポジションが決まった事で役割が見えてきた。やっとサッカープレイヤーっぽくなってきた、当たり前の事が出来るようになったことが、嬉しかった。

 



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8話 鵜飼 叶

「鵜飼さん、ちょっといいですか?」

 

授業の終わった放課後、俺は帰宅しようと階段の前まで来た時、声をかけられた。わざわざ3年の階にやってきたのは羽柴だった。その後ろには向島もいる。あの日以来サッカー部にすらいっていない。当たり前だ、あんな馬鹿に付き合う必要はないからだ。

 

「なんだ?」

 

「サッカー部が今どこで練習しているかご存知ですか?」

 

「どこで?グラウンドだろ」

 

「それが、いないんです。どこかのに移動してるかと」

 

いない?うちの近くにトレーニング施設もないしあったとしても部費がないから使えないだろう。だとするとグラウンド以外で練習するなら....

 

「河川敷か、裏の山の広場か」

 

河川敷なら小さいながらグラウンドがある、あそこでなら練習はできるだろう。広場も狭いがトレーニングの場でなら十分だ。だがおかしい、わざわざ行く必要があるか?河川敷もここのグラウンドと変わらない、トレーニングもここのグラウンドで十分出来る。移動する利点が思いつかない。すると今まで黙っていた向島が思わぬ事を口にした。

 

「もしかしてですよ鵜飼さん、俺たちが知らない先輩たちが新しく見つけた練習場があるとしたら...」

 

この辺りにそんなものが存在するとは思えない。だけど上にあげた練習場に移動する利点も思いつかない。だったら中学校のグラウンドより状態も良い俺たちの知らないグラウンドが仮に存在するとしたら。

 

「合点はいくな。」

 

それならば移動する利点はある。だが仮だ、そんなものが存在するとは思えないが。

 

「追ってみますか?」

 

おずおずと羽柴が尋ねてきた。すこし癪だが確かに気になる。仕方ない。

 

「後ろからつけてみるか」

 

俺の言葉に2人は深くうなづくと校舎の階段を下り始めた。俺たちの知らない間に一体何があったんだ?不安と期待の入り混じった心臓が、鼓動を早くした。

 

 

 

 

サッカー部の部室をすこし離れた所にある道具保管所からこっそり監視する事にした。すこし経つと部室に一年生が入っていった。やはり部活自体はやっているようだ。しばらくしてから部室から4人が出てきた。いずれも練習着を着ていて、肩に小さなバックなどを持っている。4人はそのまま校舎側へ歩き出した。

 

「追うぞ」

 

2人に声をかけてゆっくり尾行する。校舎に入る事なくぐるっと周り、校舎の裏側に着く。校舎の裏側は教職員の駐車場として使われており、それ以外に施設などはなかったはず。唯一あるとすれば裏門だけだ。

 

「裏門に入って行きましたね。」

 

4人は裏門を開けると奥に進んでいった。ということは奴らの目的地は広場か。だが疑問は残る。奴らは広場で一体何をしているのか?

 

「広場で練習?ボールもまともに蹴れない場所で一体何をするんだ?」

 

「ついていきますか?」

 

「もちろんだ」

 

裏門を開けた事はなかったが案外簡単に開いた。内側からは簡単に開くシステムになっているようだ。

開けると小山に通じる緩やかな上り坂の一本道が奥に続いていた。足を踏み入れる、爽やかな風が木々の間を抜けてくる。小山に入ったのは何年ぶりだろうか、住宅街から広場への道もこんな感じだったな。

 

「先輩、広場で練習なんて基礎練くらいしかできませんよ?やっぱりなんか不自然じゃないですか?」

 

基礎練を疎かにすることがダメなのは誰だって知っている。当たり前ない体幹、フルで出てもばてないスタミナ、怪我をしないようにする柔軟。いずれも大事だ。ただ基礎練自体に技術を高める力はない。基礎練の上にあるのがサッカーの練習であるから、基礎練だけをすれば良いというものでもない。

この数日広場で基礎練をやっていた、なんで話は明らかに不自然だ。もう基礎を作るには遅すぎる。伊崎がそんな馬鹿をやるわけがない。

あいつは能天気で楽観的にものを見るやつだが練習になると合理的かつ論理的に計画を組むことは3年の付き合いで分かっている。

やはり腑に落ちない、考えながら道を歩いていると不意に向島が声をあげた。

 

「ここ、なんか」

 

指差す方を見てもそこには何もなかった。

 

「なんだ貴介、なんもないぞ」

 

羽柴もさされた方をみたが何も見えなかったようだ。

 

「ちがう、ここだけ、ほら。」

 

向島は座り込み具体的に示した。よく見るとそこだけ不自然に草が短いのがわかった。そしてところどころ踏み倒されている、誰かが通った跡だ。

 

「羽柴、お前の予想は当たったようだな」

 

俺たちの知らない練習場、信じられないが現実のようだ。真相を確かめるべく意を決して足跡を辿った。

しばらく歩くと声が聞こえてくる。男子中学生の声だ、かなり大きく何か指示を出しているようだ。前から差す光がだんだんと強くなってくるとその声も少しずつクリアになってきた。

 

「石郡、パスだ!」

 

「キャプテン、こっちです!」

 

間違いなくサッカー部の声だ。駆け足で道を登っていき、その目で見る。やつらの練習を。

 

 

そこはグラウンドだ、紛れもなくしっかりと作られたものだ。驚いた、まさかこんなところに。

 

「鵜飼....お前」

 

グラウンドでボールを蹴っていた伊崎がこちらに気づき、呼びかけてきた。

 

「伊崎、なんだよここは」

 

すると練習を抜けてこちらに寄ってきた。

 

「ここは10年前に佐々木監督が作った至心館イレブン専用グラウンドだ」

 

「こんなところ、聞いてないぞ」

 

「そうだろうな、俺たちも数日前に知った。」

 

あのジジイ、出し惜しみしてやがったとは。どうして俺が一年の時から使わせなかったんだ。

 

「なぁ、鵜飼、羽柴、向島。俺たちは本気で勝ちたいんだ、だから!一緒に練習しないか?鵜飼、俺たちは最後の年なんだぞ、それでいいのか?悔しくないのか」

 

好き放題言いやがって、悔しい?そんな気持ちあるならとっくに練習している。悔しさなんかより諦めが強かった。勝てるわけがなかった。かつて俺より下手くそなのにだった奴らが、俺の手の届かない場所にいってやがった。たった数年、同じ年数をどう過ごすかで、あれだけ差ができるんだ。今更無理だ。

 

「馬鹿か、諦めろ。無理だ」

 

「無理じゃない、同じ中学生だ。それにお前なら、もっと上へ行ける」

 

その言葉を聞いて胸ぐらを掴む、予想していたのか余裕そうな顔を崩さなかった。

 

「もう上へはいけないことはわかっているはずだ、嫌味か?」

 

「違うさ、お前はもっと上に行ける。見せてくれよ、かつてのお前を」

 

こいつの目、本気だ。本気で俺がかつてのサッカーしてくれると思っている。底なしの馬鹿で能天気野郎だ。

 

「逃げるんですか?先輩」

 

そこにこえをかけてきたのは、一年だった。青髪の生意気そうなやつ、確か雲井だったか、そいつは冷ややかな目でこちらを見ながら挑発してくる。伊崎の胸ぐらを掴む手を緩める。

 

「生意気言うなよ一年、何もわかっていないくせに。」

 

それに乗ることはない、こいつらのことだ。単純なんだ。

 

「....怪我さえなければ、俺は上位にいけたと未練たらしく過ごすのはやめたほうがいいですよ」

 

「お前がなぜそれを」

 

一年が知るはずがない、どうしてそれを?

 

「小学生の時、地元じゃ有名なサッカーチームのプレイヤーだったあなたは、その最後の試合に大怪我をしてしまった。二度とサッカーができなくなるかもしれない、そう言われてもなおサッカーを諦めなかった。だから有名校が手を引いてもここでサッカーを続けていたんだ。2年の長いリハビリの末、奇跡的に復帰できたあなたは1年前の獅子王山に出場した...だけど、そこで、かつてのチームメイトだったプレイヤーに弄ばれるだけだった。全て自分が上だったのに、いつの間にかその差は歴然としていた。それで絶望してしまったあなたはこうして勝つことは不可能だと否定するんだ、そうですよね?」

 

「どこで知った?」

 

まるで全部見てきたようだ、君が悪い。こいつは俺の追っかけか。

 

「最後の試合、対戦相手覚えてます?」

 

「あ?....稲妻ブレイブズだ」

 

「僕はあの時、4年生でしたがそのフィールドにいました。」

 

稲妻ブレイブズの雲井...間違いない、天空のストライカーか。そいつがどうしてここに。

 

「あの時のあなたはすごかった。ポジションを選ばない働き、ドリブルにディフェンスにシュート、全て目を瞠るものだった。だけど今のあなたは過去の栄光にすがりついているだけだ、人はいつだって成長し続けるんだ、いつまでも昔のままじゃない。でも今からなら取り戻せるかもしれない...後半は予想です。生意気言ってすいません、けど僕はあなたとサッカーがやりたい」

 

後半の予想が見事に当たってるつーの。ごちゃごちゃ言いやがって。

過去の栄光?そんなものなんてとっくに捨てている。成長?俺に今後その見込みがあるか?

お前みたいな才能だけでサッカーしてるやつと一緒にして欲しくない。ひたすらに流した汗と悔しくて流した涙がかつて獅子王山にも認められた俺を作ったんだ。才能だけで認められたお前らとは違う。

 

「俺にお前みたいな才能はない、努力であそこまで上り詰めたんだ。だけどもう遅いんだよ!努力したって追いつけっこないんだよ、すべてにおいて!」

 

「鵜飼先輩は今自分目線だけで考えていますけど、サッカーは11人でやるものだと、思うんです。」

 

俺と雲井の間に割り込んできたのは目立たない1年、名前は新葉?だったか、が口を挟んできた。

俺はそいつを睨んだ、するとひるんで奥に引っ込んでいった、覚悟もないのに飛び込んでくるなよ。

 

「そうだ、サッカーは11人でやるものだ」

 

伊崎もまた口を挟む、揃いも揃ってこいつらは。

 

「だからなんだ?みんなで協力すれば勝てるとかいうのか?絆とかいうのか?」

 

「そんな甘いことは言わないさ、けど信頼し合えば勝てる。」

 

自信ありげに言うが似たようなものだ、結局絆だの信頼だのそんな甘い考えで勝てるほどサッカーは楽なものじゃない。こいつらはわかってない。けどもういい、疲れた。これ以上言い合っても無駄だということはわかった。

 

「もういい、勝手にしろ。行くぞ2人」

 

後ろの向島と羽柴に声をかけるが。

 

「すいません鵜飼さん、俺本気でやってみたいんです」

 

「ひぃ!あの.....えっと、俺も羽柴と同じで」

 

申し訳なさそうに言う羽柴の後ろから向島も同調する。乗せられやがった。こいつらも何もわからない奴らだった。

 

「勝手にしろ!」

 

踵を返し鵜飼は来た道を戻る。一度も振り返ることなく。

もう痛い目見なければわからないのだ、放っておけばいい。

だがこの胸に残るモヤモヤはなんだろうか?振り払えない黒い塊は、重く俺にのしかかっていた。



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9話 フットボールフロンティア

フットボールフロンティア(FF)、全国中学サッカー大会。各地の予選を勝ち抜いたサッカー部で日本一を決める中学サッカープレイヤー憧れの地。

60年前に弱小だった雷門中の優勝を皮切りにサッカーの地位が上がり、プレイヤー以外の人間も多いに取り込んだ結果、今やFFは一大イベントとなった。FFでプレーしたことあるならば一生自慢出来る。それほどまでに誇らしく、重みのあるものだ。

小学生の頃の俺にとってあまりにも遠い、ただ憧れの場所だった。手を伸ばしても届かない、遠くから見ることしかできない場所。だけど今は違う。その憧れの地への、夢への一歩を踏み出せるんだ。

鵜飼さんが練習場に来てから一ヶ月、キャプテンと監督の練習メニューの元、俺らは一歩一歩着実に実力を伸ばしていた。

 

「こっちだ!萌!」

 

声の方へボールを蹴る、だが強すぎたか雲井の頭を超えそうだ。思わず顔を背ける、まだまだ甘い。力はついているがそれはやっとスタート地点に立ったもの。

 

「いや、ナイスだ萌!」

 

雲井はボールのコースの直線上で大きくジャンプした。そしてボールは吸い込まれるように雲井の胸に収まった。見事なトラップだ。見事におさめたボールを蹴りゴールに迫る。

 

「いかせるか!」「んじゃ止めるよー」

 

その前に立ちはだかるのは羽柴先輩と石郡。二人は囲むようにしてボールを奪おうと体を入れる、しかし雲井は紙一重のところでボールをキープする。しかし時間の問題だ、雲井とはいえ流石に二人相手じゃ抜けきれないだろう。

 

「っ!ここだ」

 

すると雲井は一瞬の隙をついてボールを横に蹴りだした。そこにいたのは白石先輩。ボールを受け取るとペナルティエリア内へ攻める。

 

「オッケ!受け取った!」

 

「ここは通さん!」

 

そこに走り込んで来るのは和田木先輩。届かない距離なのにスライディングの態勢に入る、必殺技か。

 

「キラースライド!」

 

和田木先輩の無数の足がボールを奪い去ろうと向かってくる。白石先輩は躱そうとしたが、飛ばされてしまった。しかしボールは弾け飛んでしまい和田木先輩の足から離れていた。転々と転がるボールは俺の足元に転がってきた。

 

「新葉!ゴールに突っ込め」

 

飛ばされて尻餅をついた状態で白石先輩は俺に叫ぶ。やるしかない、ボールを蹴りだしてペナルティエリア内への進入を試みたが、その前に現れたのは石郡。ここで奪われるわけにはいかない。

 

「デーモン・ディストーション!」

 

この必殺技を使うたび、背中に何か禍々しい力を感じる。それがきっと相手に幻覚を見せるのだろう。石郡は膝をついて満足に立ち上がれない状態だ。よし、抜いた。俺のドリブル技で抜き去ることに成功したが、ゴールで構えるのは松比良先輩。腰を深く落として俺のシュートを待つ。シュートなんて打つことほとんどなかった、ましてや実戦形式の練習の中でなんて尚更だ。しかし不幸か幸運にもこの機会が俺に訪れたんだ。足を振り上げてシュート態勢に入る。やってやろう、俺のシュートがどれだけ通用するかを。

 

「でりゃぁぁぁぁ!」

 

振り上げた足の力をそのままボールに叩き込んだ。狙うは隅、力も早さもない俺が少しでも確率を上げるなら、これしかない。

思惑通り見事左隅へと吸い込まれていく。松比良先輩は予想外の方向に一瞬戸惑ったが左足でかろうじて弾いた。弾かれたボールは転がりながら左のラインを割った。

ダメだった、やはりまだまだだな。

 

「ナイスシュート萌、惜しかったな」

 

雲井は近づいて俺の肩を何度か叩く。雲井に褒められるのはやっぱり嬉しい。

 

「ありがとう、でもまだまだだよ」

 

やはり力不足だ。力をつけないと。先ほどのように狙い澄ましたシュートも早さがなければ反応されてしまう。

 

「ったく、お前の必殺技は怖いんだよ」

 

石郡はブツブツと文句を言ってくる、しょうがないじゃん。そうゆう必殺技なんだし、それにこれは好きで身につけた技じゃないんだから。

 

「新葉...よかった」

 

「ありがとうございます!」

 

ボールを拾いに行った松比良先輩がゴール前に戻る時ボソッと一言言ってくれた。やはり狙いは間違ってなかったんだ。だからこそ、やはり。

 

「みんな、ちょっと集まってくれるか?」

 

練習を見ていた監督が携帯を確認しながら集合をかける。...どうやら決まったらしいな。

今日はキャプテンが抽選会の方へ行った。FF地区予選初戦の相手が決まるのだ。

 

「伊崎が部室に戻ってきてるから、それじゃあ戻ろうかの」

 

FF地区予選まで残り一週間、ひたひたと迫り来る現実。期待と不安、緊張と胸の高鳴り。

きっと俺以外の9人も、こんな想いなんだろう。

 

 

 

 

 

「初戦の相手は、石野崎中学校。カーストはDだ。」

 

キャプテンから告げられた一言。それが初戦の相手。それにしても石野崎中学校、聞いたことのない名前だ。

 

「石野崎...隣町、ですよね?間違ってないですよね?」

 

「貴介ホントビビりすぎ、間違ってないよ」

 

何度も確認を求める向島先輩に羽柴先輩が安心させる。

羽柴先輩と向島先輩はホントに仲良しだ。いつも二人でいる。

その時白石先輩は尋ねた。

 

「石野崎って確かカーストEじゃなかったですか?」

 

「去年ベスト16に入ったから、今年から格上げだ」

 

キャプテンはそう説明する。となると去年まではEだった、ならばチャンスはあるじゃないか。

 

「石野崎、初戦の相手にとって不足はない。」

 

気合の入る和田木先輩。それに頷いて賛同する松比良先輩。気合は入っているようだ。

 

「石野崎って、どんな中学校ですか?」

 

堅山が口を開いた。キャプテンはしばらく考えると

 

「特徴がない、なんというか無難なサッカーをする。特別な戦法もないし名前の通った選手もいない。そんなところかな」

 

そう結論付けた。地味だが堅実なサッカーをする、そう解釈しよう。

それにしてもカーストD、もしこれで獅子王山やカーストBの海波浜中に当たったらと思うとどれほど部室が暗くなっていたか。

 

「よし、FF地区予選まで残り一週間!気合入れていくぞ!」

 

オォ!と掛け声、さぁ、練習あるのみ!練習場までランニングだ!



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10話 それぞれの思い

「なぁ、新葉はどうしてサッカーやろうと思った?」

 

練習終わりの部室、帰宅準備をする俺に石郡は話しかけてきた。今部室にいるのは片付けのため少し遅れた一年生だけだ。

 

「俺?勿論サッカーが好きだからだよ」

 

「質問を変える、なんでサッカー選手になったんだ?ここで聞きたいのは明確に選手になろうと思ったキッカケだ」

 

なんでまたそんなものを聞きたいのか。でも別に聞かれてまずい内容でもないし、いいか。俺と石郡のやりとりを見てか堅山と雲井も耳を傾けていた。

 

「俺は幼い頃からサッカーが好きだった。だけどそれと同時にとてつもなくサッカーが下手だった。」

 

満足に前にボールも蹴れなかった。トラップも出来ず、ドリブルも全然前に進まない、ボールを蹴れば見当違いな方向に飛んでいく。

 

「だから俺には無理かなと思ったんだ。....あ、で俺は小学校3年までは関東の方にいたんだ。俺の住んでたのは稲妻町、あの雷門中のある場所、それでしょっちゅう雷門中の試合は見てたんだよ。」

 

「憧れだったんだよ。でも俺には手の届かない場所。...あ、理由か。ごめん。そんな俺がサッカーやろうと思ったキッカケは一つ年上の近所の義政兄ちゃんなんだ。義政兄ちゃんは稲妻ブレイブズの選手で忙しい練習の合間をぬって俺にサッカーを教えてくれたんだ。けど今思い出してもホント何教えてくれたのかさっぱりなんだよね。難しいこと言ってた記憶しかないな、でも、楽しかった。見るだけでは味わえない、選手としてボールを蹴る楽しさを俺はあの時教えてもらったんだ。それから転校してもずっとやりとりをしていてさ、義政兄ちゃんどうやら稲妻ブレイブズのキャプテンを2年やって雷門中に行ったらしいんだよね。それを聞いた時、俺決めたんだ」

 

「絶対、義政兄ちゃんと同じ舞台に立ちたいって」

 

「でも、ここに入ってカーストの実態を知って不可能だと思ってしまった。だけど雲井が俺に勇気をくれたから、俺はここでもう一度言う、義政兄ちゃんと同じ舞台に立ちたいって」

 

長々と話したが良かったのだろうか、3人の顔を伺う。

何か驚いたように眉ひとつ動かさない。

 

「どうしたの?」

 

思わず聞いてしまう、するとおずおずと雲井が口を開いた。なんでまたそんな低姿勢で。

 

「義政?もしかして竜安寺義政さんのことか?」

 

「雲井はやっぱり知ってるよね」

 

同じチームだったし、知らないわけないよね。ただなぜそこまで驚いているのだろう?

 

「おい、雲井。竜安寺さんが歳一つ下の子供にサッカー教えてる姿想像できるか?」

 

「いや、無理」

 

堅山がこちらから顔を全く動かさず訊ねた疑問を雲井は否定する、予想通りと言わんばかりに堅山もまたその答えに深くうなづいた。

 

「え、義政兄ちゃんってそんなキャラじゃないの?」

 

「僕あの人怖い、サッカーに対してはとても厳しい人だから。確かに顔だけは優しそうな人だけど。」

 

「わかる」

 

堅山も雲井から聞かされた初の事実。優しい近所のお兄ちゃんって感じしかしなかったけど。普段の練習は全く見てなかったからかなぁ?

ってちょっと待て。

 

「堅山って義政兄ちゃんと面識あるの?」

 

「いや、ちょっとな」

 

堅山は答えたがそう言えば堅山ってどこで何してたんだろ?

 

「ねぇ、堅山って以前なにしてたの?」

 

俺の質問に、なにも答えなかった。目はいつにも増して鋭く、それ以上踏み込むなという警告でもあったかもしれない。

 

「堅山」

 

雲井が横から何か小さな声で耳打ちしたのを見た。やはり、あの時感じた壁は、本物だったのか。

 

「!」

 

耳打ちの内容は短かった。一瞬で終わった。だけどその瞬間を見逃さなかった。耳打ちされた堅山は最初じっとしたまま何かを考えている風だった。

 

「お?本当に何か隠し事かぁ〜」

 

石郡が茶化す。石郡なりにも気を使っているのだと、解釈しておく。時々どちらかわからない時がある。そこが和田木先輩に似ている。

 

「俺、すごい気になってたり...して。あ、言いたくなかったら別に」

 

顔色を伺うように下からお願いする。正直ここまで来ると気になる。これから同じチームメイトとして苦楽を共にするのならやはり知っておきたいという今後のためと個人的に気になる。

 

「あぁ!わかった。ひとつ教えてやる!」

 

頭を乱暴に掻いてから吐き捨てるように言った。そして、その口から出た言葉は、あまりにも大きかった。

 

「俺はな、ちょっと前まで雷門中にいたんだよ」

 

雷門中?

 

「すまんな、堅山はちょいと訳ありでな」

 

雲井がフォローを入れる。雷門中サッカー部にいた?

 

「雷門中?嘘だろ?下手なジョークはよせよ」

 

石郡は悪巫山戯と思っているのか、笑っている。

堅山はそれを見て、何か考えた後

 

「はは!そうだジョークだよ!俺が雷門に入るわけないだろ!サッカー歴は0、最近引っ越してきたんだよ」

 

大きな口を開けて、石郡のように笑い出す。その姿がいつもの堅山とはかけ離れていて、不自然に見えた。

雲井は何か腑に落ちない顔をしている。やはり、何かあるんだ。

だけどこれ以上追求しないでいた。いずれ時期は来るんだ。

 

 

 

 

 

 

「じゃあ次は石郡、お前サッカー歴実際どれくらい?」

 

ひとしきり笑った二人は質問を始めた。堅山が石郡に訊ねる。

 

「俺?俺は普通に地元のサッカーチームでスタメンだったぜ。けどそこは弱かったから声はかかることはなかったな。あ、うちのエースはかかったけどってそれはどうでもいいことか。まぁ俺は3年間楽しくサッカー出来ればいいなと思っていたが、とんでもないことに巻き込まれたと思ったぜ。でももうなんとも思わない。こうなったらとことんやってみるしかないと思ってな。吹っ切れたわけよ」

 

「ふーん、で石郡は必殺技とかあるの?」

 

「....ねーよ、なくて悪かったな」

 

堅山に聞かれたくないことを聞かれたのか不貞腐れたように言い捨てた。

俺みたいなのが必殺技持ってるから、やっぱり気にしてるのか。

 

「やっぱり、みんなサッカーが好きなんだな」

 

雲井はポツリと一言漏らした。とても笑顔で。

 

「いや、だからこうなったのもお前のせいだからな。責任とってゴール量産してもらうぞ、至心館のエース。」

 

石郡は前半早口に言い回していたが後半どことなく笑顔で皮肉を言った。雲井もまたそれに深くうなづいて

 

「任せろ」

 

その一言が、とても力強く聞こえた。するとチャイムの音がなる、結構長い時間話していたみたいだ。俺がそろそろ出ようかと促すと3人はうなづいた。FFの開会式まであと3日、初戦まであと4日。

初めての大舞台に、今は胸を踊らせるばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

「良かったのか?堅山?」

 

下校の道の途中、横の青いのが聞いてくる。あー五月蝿い。

 

「いいよ別に、俺はここで堅山としてサッカーするの」

 

「僕は、もう一度だけ本当のお前とサッカーしたい」

 

叶いっこない夢だ、諦めろ。それにしてもよ

 

「お前今日のアレはなんだ」

 

「アレ?」

 

とぼけやがって、その本当に何も知りませんっていう顔が本当にムカつく。軽く蹴りを入れた足も見事にかわしやがる。あーイライラする。

 

「あー、アレね」

 

何か思い出したかのように頷きながら言う。忘れるわけないだろ。

 

「また、逃げるのかい?」

 

「あのな、俺逃げてないし」

 

「じゃあ、なんで。」

 

そこで奴は区切る。謎の溜めにイライラして思わず口に出す。

 

「なんだよ」

 

「なんで言ったの?誤魔化してたけど。図星だったからだろ?」

 

何も言い返すことはなかった。きっと、心ではそう思っているからだ。だけど、俺はあいつに勝てなかった。何一つ。

この悔しさは、今も消えていない。



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11話 それぞれの思い2

「貴介。」

 

 

部室から出て帰宅するために俺を待っていてくれた向島に声をかける。すると一瞬体が飛び上がった。

 

「ひゃぁ!...って羽柴、驚かさないでよ....」

 

「いや、普通に声かけただけだし」

 

向島に怒られたがこれ自分が悪いのか?というかこれ今週に入って何度やってる?といつも思う。思い出せるだけでこのやりとりは5回目だ。しかも同じようなシチュエーション。

 

「声かけるなら...驚かさないようにして」

 

「いやそんなつもり全くないって」

 

そしていつもの注意。だから一応は気をつけてるつもりなのに。

まぁいつものことだから。ブツブツ文句を言う貴介を宥めている時。

 

「お、二人お疲れ。一緒に帰ろうよ」

 

白石だった。相変わらず汗に濡れても顔立ちは良いこと。

 

「いいよ。じゃあ行こうか」

 

どこか納得行ってない貴介を引っ張って、学校を出た。ちょうど夕暮れの夕日が綺麗な時間帯、西日を背に下校の道に着いた。

 

 

 

「まさかこんなことになるなんてな」

 

信号待ちをしている時、ふと漏らした。相変わらず車の交通量は多い。そのくせこの信号は長い。

住宅街を抜けると見えるのは商業施設が並んだアーケード街だ。そこをまた抜けるとまた家が立ち並ぶ、そこが俺たちの家だ。

なので学校からは中々距離がある。徒歩30分といったところか。

 

「ほんとだな」

 

白石には聞こえたようで応えてくれた。まさか、本当にな。

 

「ねぇ、なんで、二人は乗ったの?」

 

信号が青になった、俺たちは歩き出す。暫くその質問に答えることはなかったが、横断歩道を渡り終える頃、白石が口を開いた。

 

「あれだけ伊崎さんに熱く語られると、やっぱり」

 

「相変わらずの伊崎さんだな」

 

白石は少し照れたように笑う。小学生の時から同じチームとして仲良くやってたそうだ、親しい以上の長い時間かけてできた白石から伊崎への信頼は強く、固い。

 

「俺、小学生の時サッカーでとても悩んだ時期があるんだ、その時に伊崎さんに相談に乗ってもらって、解決したんだ。今の自分があるのは伊崎さんのおかげだと俺は思ってる。」

 

「相談内容ってのは?」

 

「ポジション。当時どのポジションやればいいのかわからなかったんだ、その時伊崎さんに相談して練習とか見てもらって、それでFWを勧められたんだ。」

 

「伊崎さんの見る目は確かだからな」

 

普段は軽い人で冗談ばっかり言うけどサッカーになると一人一人の能力を考慮した練習プランを持ってくる。実際その練習のおかげで俺たちは力をつけている。話をしていると俺たちはアーケード街に入っていた。夕方にはちらほら店を閉め始めるためシャッターを降ろそうとする店主の姿や、夜に備えて店頭の明かりがゆっくりと淡い光を放ち始める。

 

「貴介はどうなの?」

 

「え、それは....」

 

少し照れたように俯いて頬を掻くと

 

「サッカー、本気でしてみたくなった。」

 

「それだけか?」

 

「うん、だけど...僕にとっては、一番で、今ここにいる、理由だよ」

 

「そうか」

 

貴介は、サッカーセンスならうちの部活でピカイチだと思う。それは伊崎さんも、なによりあの鵜飼さんも認めている。だけど小心者で肝が小さいから、いつもオドオドしている。思ったようにプレーできない。最大にして、全てを台無しにする欠点だ。そんな欠点を貴介はずっと気にしている。だから貴介はいつも言っている。

 

「もっと、堂々としたいな」って

 

いつも隣にいた俺だからわかる。今回奴は変わろうとしている。

二回目のFFを機に、皮を剥けようとしている。だけど自分で変わらなくちゃいけない。応援はするさ、いつも隣で。だけど変わろうとする意思を強く持って、お前のそのセンスが前面に出るサッカーをする姿は、自分で掴まなくちゃいけない。

 

「頑張ろうな、貴介」

 

声をかけると、貴介は笑顔になった。親友も、強くなろうとしている。俺も負けられないな。

 

「羽柴、お前はどうなんだ?」

 

白石の質問の時には、もうアーケード街を抜けて住宅街に足を踏み入れていた。もう少しで分かれ道。一人は右へ曲がり、一人は直進して、一人は左へ曲がる。

 

「俺?俺は...もう後悔したくないからだ」

 

「後悔...?」

 

「あぁ、俺小学生の時サッカーチーム入ってたんだ。でも万年補欠。レギュラーになることを諦めてたんだよな。だから楽しくやれればいいと思ってた。けど、それは違ったんだ。最後の試合をベンチでただ見ている時、ふと思った。俺は何をしていたんだと。あの舞台に立つためにサッカーしてきたんじゃないのかと。その時になって悔しかくなって。中学に入学してその気持ちを忘れていたなんて、情けない。3年生たちの言葉が、よく響いたよ」

 

あの時に戻れるなら、俺は戻りたい。もっと汗を流して、もっと壁にぶつかって、もっとチームメイトと本気でサッカーしたかった。

でも、タイムマシンでもない限り時間は戻せない。いつまでも後悔の残るあの日々は取り消せない。だけど、今からならやり直せる。

 

お約束の十字路に着いていた。俺はそこで立ち止まると別れの挨拶を言う。

 

「じゃ、二人ともまた明日」

 

「うん」

 

「あぁ、また明日」

 

まっすぐ家へと直進する。俺達の進む道はきっとこんなにまっすぐで平坦じゃない。だけど、もう後悔したくない。ぶち当たって、砕けるまで。

夕暮れはいつの間にか地平線に半分溶け込んでいた。綺麗だ。

一軒家の我が家のドアノブを回して、家に入った

 

「ただいま」

 

 



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12話 開会式

朝だというのに、強い日差しが容赦なく顔に降りかかる。眠たい目を擦りながらゆっくりと体を起こす時、寝転がっていた場所はほんの僅かに濡れているのがわかった。この歳で?思わず股を探る、よかった。どうやら全身汗だらけになっていただけのようだ、汗ぐっしょり、ベトベトだ。

気怠い身体でベットからドアノブまでなんとか移動し、階段を降りる。降りた先は廊下、そこを右に曲がると、そこには朝飯を作っている祖母の顔が見えた。

 

「おはよう萌」

 

「おはようばあちゃん」

 

机の上にはホカホカご飯に味噌汁、ほうれん草のおひたしと鮭が二人分配膳されていた。椅子に座って手をあわせる。いただきます、まず野菜から口に入れる、いつも通りおいしい。

 

「今日が開会式だろ?」

 

「うん、だから急がなきゃ」

 

「急ぐのも大事だけど、よく噛んで」

 

はいと返事しつつ時間を意識してご飯を平らげる。時間的にもまだ余裕があるか。ごちそうさま

椅子から立ち上がり二階に上がり制服に着替える。そしてカバンの中の持ち物をチェックする。水筒、タオル、そして、ユニフォーム。

カバンから取り出して広げてみる。赤を基調とし、右胸には至心館と漢字で白く横書きされている。また肩には一本の白いラインが入っている。そのユニフォームの真ん中に堂々と描かれた数字、18番。

これが僕の番号だ。

雲井は10番、キャプテンは4番。この背番号の決まり方もまた独特だった。じゃんけんで決めた。監督が提案したんだが1、2年生が3年生のことを考えて難色を示したが何故か三年生側が乗り気になり、結果こうして20番までの好きな数字を背番号にすることができた。俺は早い段階で勝てたのでこの背番号をつけた。18番、俺にとって憧れの番号。これは義政兄さんが小学生の時つけていた番号。練習を教えてくれたあの日々に着ていた稲妻ブレイブズの18番が、俺にとっての憧れだから。

 

「よし、全部入ってる。いくか」

 

 

カバンを肩にかけて、一階に下りる

 

「はい、お弁当」

 

「ありがとう」

 

ばあちゃんお手製弁当をカバンに丁寧に入れる。

 

「いってらっしゃい」

 

「いってきます」

 

俺は様々な思いが混じった胸中で、学校へ向かった。

 

 

「おはよう」

 

「おはようございます」

 

学校の校門前、既にキャプテン含め数名が集まっていた。30分前だというのにもう過半数が集まっていた。まずキャプテンに挨拶してから先輩たちへの挨拶を済ます。同じ一年生は雲井だけだった。

 

「雲井、おはよう」

 

「萌、おはよう」

 

いつもと変わらない、穏やかな表情。慣れてるんだろうな。

俺なんて試合でもないのに緊張してるんだから。

 

「思えばあっという間だったね」

 

「そうだね」

 

入学してから早一ヶ月ちょっと、もうここまでやってきたんだ。雲井との出会いが既に前日のように思い出せる。苦しかった練習も、楽しかった同級生や先輩との会話も、何もかもが懐かしい。

 

「試合は明日、僕は勝つよ」

 

「もちろんだよ、俺も」

 

自然と手に力が入り、握りこぶしを作っていた。大丈夫、俺だってここまでやってきたんだから。

 

「さて、みんな来たしいくか」

 

至心館イレブン11人と監督は開会式の会場、アルカディアスタジアムへと。

 

 

 

 

 

 

 

アルカディアスタジアム。至心館中が属する地区に存在する最大のスタジアムであり、準決勝、決勝戦の舞台ともなる。どの地区にもこのサイズのスタジアムが存在するのだが、アルカディアスタジアムはその中でもかなりの大きさを誇り、プロが時々使用するほどの設備もある。そんなスタジアムに入れるのだから嬉しい限りだ。

 

「うおぉ、やっぱりいつ見ても大きいな」

 

「何してんだ、早く入るぞ」

 

スタジアムへと続く道で見上げていると堅山に注意される。何度か足を運んでいるがやはりいつ見ても大きい。見事なもんだ。

中に進むと大きなカウンター、右にはショーケースがあり、盾やトロフィー、有名選手のサインが飾られていた。そして奥に行くとスタジアムの観客席となっているが、今回俺は左の選手専用通路へと進む。

通路はこのスタジアムをぐるっと一周するようにできていてスタジアムへと続く道や控え室、更衣室やトレーニング施設等様々な部屋や施設が存在している。監督がしばらく歩くと一つの部屋の前で止まる。そこには至心館中学校様と書かれた板がドアに貼り付けられていた。

キャプテンが確認のため聞いた。

 

「ここが俺らの更衣室ですか」

 

「そうゆうことだな。着替えは10時までに済ませること、いいな」

 

「「「はい!」」」

 

中にはロッカーが多数に大きな一面鏡、さらにはソファも置いてあった。

 

「さすがだな、アルカディアスタジアム」

 

「やはり...いつきても...フカフカですね」

 

和田木先輩は物珍しそうにキョロキョロと辺りを見渡す。この人三年目なんだよね?と疑いたくなるほど。松比良先輩はお気に入りなのか早速ソファに座って癒されている。

 

「今9時30分か、みんな!10時までには着替えを済ませておくように。荷物はロッカーに入れて鍵を閉めておくこと。」

 

早速鞄を開けてユニフォームを取り出す。これを着るのは試着した時以来だから実に数日振りだ。カッターシャツとアンダーシャツを脱いで赤い半袖アンダーシャツを着る、そして本命の赤いユニフォームに袖を通す。学校のズボンを脱いで赤のパンツに足を通す。サイズはバッチリだ、気になったので鏡の前に出てみると。

赤が前面に押し出された、至心館のユニフォームを身に纏う俺が鏡の前にいた。

 

「かっこいい....」

 

このユニフォームは、初めて見た時からかっこいいと思っていた。しかしここまでとは。

 

「みなさん!お待たせしました!こいつをとうとう手に入れました!」

 

ドアが勢いよく開け放たれた、いきなりなのでみんなの視線が一気にそこへと注目する。石郡だった。片手には何か本を一冊持っている。

 

「今年のこの地区のFF予選特集です」

 

石郡はそう言うと部屋の中央へ歩き出すと自然と俺たちもそこへ集まる、鵜飼先輩だけは部屋の椅子の上で相変わらずスマホを触りながら動かなかった。

 

「まず、獅子王山高校がぶっちぎりの優勝候補ですね。エースでキャプテンの結城虎之進を中心に個々の技術もこの地区トップクラス、圧倒的攻撃力で今季の練習試合では必ず3点以上の差をつけて勝利したようです。」

 

獅子王山、全国に行くには避けて通れない最大の壁。トーナメント抽選の結果お互い勝ち進めば決勝で当たることになった。最大にして最強の敵。

 

「次の優勝候補は海波浜中です。なんといっても固い守備と機動力。双子のMF兄弟、池上兄弟を中心に統率の取れた完成度の高いチームです。獅子王山がいけないならここだろうと予想されています。」

 

海波浜中、一昨年は獅子王山を破り見事全国への切符を手にしたこともある強豪だ。特に池上兄弟はその場所を選ばない活躍から攻守にわたってチームの柱になっている。

 

「さて、気になる石野崎中ですが、戦力的に見るとEが妥当という少し辛口の総評ですね。やはり去年の3年生が強かったようです。」

 

戦力的に見るとE、ならチャンスは全然ある。俺たちはあれだけ必死にやってきたんだ、だから通用する。

 

「では最後に俺たち至心館ですが、どうやら戦力的にDのようです。というのも天空のストライカーのおかげということもあるんですが、妙だな、雲井一人でここまで上がるか?」

 

戦力的にDか、元々がFだったからかなりパワーアップしたのだが、雲井がいるから、というのが大きな理由か。確かに雲井は大きな戦力だ。しかしら俺たちだってそれに追いつけと努力してきた。だからきっとD以上の力を持っているはずだ。キャプテンはそれを聞いて口を開いた。

 

「そうだ、俺たちは勝てる!気合い入れていくぞ!....の前に開会式か。じゃあみんな準備はいいか?」

 

みんなユニフォームに着替えられたようだ。監督の待つ選手通路入り口に向かった。

 

 

 

選手通路のちょうど真ん中にあるのがスタジアムへと通路。真っ直ぐ続く道からは綺麗なサッカー場がよく見える。そこに続々と選手が集まってきた。鋭い目つきので辺りを見渡す一人の青年、頬には大きな引っかき傷のようなものがある。彼が獅子王のキャプテンでもありエース、結城虎之進。その彼を中心に俺たちは中学校ごとの列を作る。

緊張でドキドキしてきた。足が落ち着かない。せわしなく動かしていると羽柴先輩に笑われた。そんな羽柴先輩もしきりに頭をかいているので、少し心が楽になった。みんな同じなんだ。そうしているとスタジアムの方から軽快な音楽が流れ始めた。いよいよだ。

 

「只今より、フットボールフロンティア地区予選開会式を行います!選手入場です!」

 

スタジアムへの道から堂々とした更新で歩いてくるのは黒のユニフォームの獅子王山。先頭の厳つい男は深い緑色の優勝旗を持っている。

 

 

「まず最初に、前年度優勝校の獅子王山中学校より、優勝旗の返還を行います」

 

先頭の厳つい男はそのまま歩くとスタジアムの真ん中にいる地区会長へと優勝旗を手渡した。

 

「それでは、出場校の選手が入場します」

 

軽快な音楽とともに現れたのは海波浜中学だった。そこから次々に現れてはスタジアムにいる獅子王山中学校を中心に横に並んでいく。

 

「至心館中学校、どうぞ」

 

呼ばれると俺たちはゆっくりと前に行進する。大きな歓声が待つスタジアムへと。夏直前の鋭い日差しと、それに負けない観客の熱気。試合はまだなのになんという興奮だろうか。どこを見渡しても熱狂、これがサッカーの力なのか。

 

奇遇にも海波浜中学校の隣に並ぶことになった。言われた通り音楽に合わせて足踏みを止め、その場で待機する。横を少し見る。先頭の方にいる雲井とは違う深い青色の髪の男が二人、間違いない、あの二人が池上兄弟。堂々とした立ち振る舞い。さすがは強豪校。

あれに勝たないといけないんだ。弱気になるな、絶対勝つんだ。

気持ちを引き締めて、前を向く。もう俺に振り返る余裕なんてない。

 

 

 

 

 

「翔馬、隣の中学校って至心館かい?」

 

「そうだよ馬鹿竜馬」

 

こいつはいちいち余計だ。成績が俺より良いからといって調子に乗っている。一度...ならず数回お灸を据えてやりたい。けど、サッカーでは俺がキャプテンなんだけど。そこは優越感。

 

「あれが天空のストライカーなんだな」

 

「そうだな、馬鹿」

 

もはや侮蔑の言葉しか残っていない。口の悪さだけは全国レベルだ。サッカーでも負けじとそのレベルまで行って欲しいのだが。

 

「そして、いるな。あいつが」

 

「今年は上がってこいよ、至心館....」

 

待っている。俺たちが同じ舞台に立つのを。獅子王山に完膚なきまでに叩きのめされて絶望したことも知っている。だけど俺はお前のあの時の輝きを忘れたわけじゃない。だからもう一度見せてくれよ。お前なら立ち上がってこれるさ。

 

鵜飼....

 

 

 

 

旗を返し終わると先頭列の空いているスペースに入る。しばらくするとうちの正GKが横から肘でちょっかいを出してきた。またお前か

 

「虎ちゃんどしたの、やっぱ気になる?海波浜中が」

 

「そっちじゃないさ」

 

海波浜中、確かに獅子王山にとって全国への道に行くためにはあの中学校が最大の壁だ。だが

 

「じゃあ何?好きなタイプのマネージャーでもいたの?なんだ以外と積極的だね」

 

「あのな、今はやめてくれ小河内。」

 

へいへいと軽く流された。きっとまたやるだろう、言っても無駄だ。でもそこがこいつの良いところでもある。チームのムードメーカー、いつも厳しいことばかり言う俺だ、小河内がいないときっと衝突している。辛い時には周りを笑顔にして、励まして。ここまでやってこれたのも小河内のおかげでもある、感謝している。だけど、やっぱちょっかいは嫌だ。肘を出すな!小河内の肘を手で叩く

 

「いったー!なにすんだよ。...でも海波浜中じゃなかったらどこ見てたんだ?」

 

「急に戻ったな、...至心館だ」

 

「へー、今年もボコボコにするの?俺正直嫌だよあれ。サッカーしてる気分じゃないもん」

 

「それは同感だ、だが俺の見ているのは至心館の一人の選手だ」

 

「へー、百獣のストライカーの君が注目している選手。しかもカースト下位のチームね。」

 

なぜお前がそこにいるのか、だが。あの時忘れはしない。どれだけシュートしても弾かれたあの記憶を。俺は、次こそ、お前を超える。

獅子王山のエースとして!

 

「まっていろ、え...いや堅山」

 

上がってこい、そして、俺と決着をつけるんだ。

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様、じゃあ解散」

 

アルカディアスタジアムの前で佐々木監督が解散を告げた。昼をちょうど過ぎたあたりか、日差しが強まっている。

 

「じゃあみんな、今日は明日に備えてしっかり食べてしっかり睡眠をとること。以上」

 

最後にキャプテンからのありがたいお言葉ももらい、俺は駅へと足を運ぶ。明日に、俺たちの初戦がある。....眠れるだろうか?

 

 

 

 



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