艦これ短編 (天城修慧/雨晴恋歌)
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時雨と血

注意:流血表現があります。

時雨ちゃんに吸われてみたい…


扉が開く音がして、微睡みから現実へと引き戻された。

 

鍵は閉めたつもりだったが閉め忘れていたのだろうか。扉を開けた誰かは迷わず俺のいるベッドに歩いて来る。

 

こんな時間に来るのは誰だろう。暁あたりが眠れなくて来たのだろうか。それなら扉が開いたときに呼びかけられるはずだ。

 

では青葉あたりが俺が寝ている間に何かしようと入って来たのだろうか。恐らくそれも違うだろう。それならもう少し上手くやるに違いない。

 

結局だれだかわからないまま、足音がベッドの側にたどり着いた。

俺は静かに体を起こそうとする。

 

と、同時にその何者かに押し倒された。敵の暗殺だろうか。それとも、知らないうちに誰かに殺意を生み出させるほど酷いことをしていたのだろうか。

 

目を開くと、黒いおさげを肩まで垂らした制服を着た少女が目に映った。

 

俺は、彼女の目を覗き込む。 猛犬の、獣の目だった。

 

彼女は俺の両手を掴んでベッドに押さえつけると、馬乗りになって首に口を近づけて来る。

 

彼女の犬歯ががり、と食い込み、鋭い痛みを感じた。

 

彼女は傷口から溢れ出る血液を必死に舐めとっている。俺には血の味はわからないが、彼女はすごいご馳走だと言っていたのを思い出した。

 

鈍い、刺すような痛みを耐えていると舌が傷口を往復するたびに少しづつ出血は止まり始める。

 

完全に血が止まって、二ヶ所めの傷口を作られる前に、俺は彼女の名前を呼んだ。

 

「時雨………痛い。」

彼女は傷口を舐めるのを止め、体を起こした。

 

右手で自分の口を少し拭った後に、スカートのポケットの中からハンカチを取り出し、それで傷口を軽く、トントンと叩き始めた。

 

「ごめんね提督、我慢できなくって。」

俺の血をぬぐい終わった時雨は血のついた部分が内側になるようにハンカチをたたんでポケットにしまった。

 

俺の手は特に意味もなく首の傷口に触れようと動く。

 

「ダメだよ提督、傷口が傷んじゃう。…僕が言えたことじゃないけどね。」

時雨に言われて傷口に手をやるのを止めた。代わりに、時雨の首筋に手を持って行った。

 

「んっ………」

撫でられて喜ぶ犬のように、くしゃっと笑顔になった。

 

年相応の笑みに、少しだけ安堵した。

「時雨、これはどうにかならないのか?」

時雨は撫でられたまま答えた。

 

「多分、無理。提督の血って美味しいし、提督が僕のナカに入ってるって考えたらすっごくキモチヨクなっちゃって」

いかにも忠犬と言う名がぴったりに見える時雨なのだが、昼でも夜でも、血が欲しくなるたびに俺の体に噛み付いてくるのは狂犬とでも言うべきか。

 

首の傷口はどう隠そうか、と思い、夕立みたいにマフラーを巻くことを考えた。

 

しかし生憎俺はマフラーを持っていない。何か別の方法を考えなければいけない。

 

「そうだ時雨、マフラー編めるか?」

 

「うーん…提督が僕に編んで欲しいなら、僕、頑張るけど…多分不恰好になっちゃうんじゃないかな」

 

「見た目は気にしない。時雨が編んでくれたってことなら、付けていても不審に思われないだろうしな。」

なにより少しぐらい不恰好なほうが時雨が編んでくれたのがわかってうれしい。

 

「時間があるときでいいから一本編んでくれないか?」

 

「わかった。この傷が治るくらいには持ってこれると思うよ」

そう言った時雨の目線が首筋にある傷を捉えるのがわかった。

 

時雨は瞳孔が大きく開いた目でしっかりと見つめたまま、ぶるりと体を震わせる。

 

「 ごめんね、また欲しくなっちゃった。」

 

「待て、だ時雨。」

俺はベッドの側にある棚からカッターナイフを取り出し、左手の人差し指を切った。

 

ここは手袋で隠れるからそうバレることはないし、バレても言い訳がしやすい。

 

俺は血が垂れる指を時雨に近づける。

 

時雨がその指を舐めようと口を開く。

 

「待て、だ時雨。」

もう一度同じ言葉を繰り返す。

 

「どうして、提督…」

 

「 寝込みを襲って、首に勝手に傷を付ける悪い奴には躾をしないとな。」

 

血が滴る指をつーっと左に動かす。それに釣られるようにして時雨の目が指を追う。

 

小さく湧き出した背徳感が妙に心地よい。

 

指をふらふらと動かすと視線もそれについて行ったが、少しすると彼女はぎゅっと目を閉じた。

 

「どうしたんだ?時雨?」

 

「だって、見てたら、待て出来なくなっちゃうから……」

 

「なら、目を開け。」

命令するような口調に、時雨がびくりと震える。

 

静かに目を開いた。

 

「後5秒だけ我慢しろ。5、4、3、2、1、…」

瞬間、時雨は人差し指を口に含んだ。

 

時々舌が傷口に触れてピリッとした刺激がはしる。

 

優等生に見える時雨が一心不乱に指を舐めているのは、なんだか、こう、そそるものがある。

 

「うまいのか、時雨。」

 

「 うん、おいひぃ」

血が止まっても少しの間、名残惜しそうに指を舐めていた時雨だが、俺が軽く指を引くと素直に放してくれた。

 

「これからは、俺に聞いてからやってくれ。無理なら傷がバレにくい位置にしろ。何回も言ってるけどこんなことを時雨がしてるってバレたら時雨が危険視されるから。」

 

「わかったよ提督。」

時雨は目を細めて笑った。

 

俺は時雨の背中に手を回して一緒にベッドに倒れこむ。

 

彼女の口から小さな悲鳴が漏れた。

 

「どうせだ、朝まで抱き枕やっててくれ。」

 

「抱き枕だけでいいの?僕、提督のためなら僕ぐらいならあげれるよ?」

そうしてまた、にっこりと笑う。

 

何度目かわからないが、俺はまたそれを可愛いと思った。



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提督と麻婆春雨

麻婆春雨の作り方は私が勝手に作ってる時の作り方です。本格的な作り方をすると手順が間違ってたり色々足りなかったりするかもしれませんが作り方が重要な訳では無いのでお許しください


フライパンにごま油を引いてひき肉を炒める。火が通ったところでお湯につけた春雨とニンニク、豆板醤を加える。もう少し炒めたら醤油とニラを入れて更に加熱、水溶き片栗粉を回し入れてまとまるまで炒める。ラー油を加えて和えるように炒めれば完成だ。

 

麻婆春雨というのはフライパンひとつで作れて特に失敗する要素もなく、俺が個人的に好きなのもあって、学生時代から作ってきた料理だ。

提督になってからは包丁を握る頻度も減ったがときたま無性に何かが食べたくなって自分で作ることもある。今回の事情はそれとは少し違うのだが…。

話は執務をしていた頃まで遡る。俺は独り言をつぶやく癖があった。流石に空気を読むくらいはできるのでそこかしこで言っているわけではないが、今日の秘書艦は気を許せる時雨だった。

彼女の前では特に抑える理由もなく、彼女の姉妹の口調を真似て「いっちばーん」だとか「ちょっとイイトコ、見せてあげる」などと言ってみたり、「だりぃ」「うぉっ」などと言葉を漏らすことは多々あった。そして今日、彼女の前でいつものようなノリで「春雨喰いてえ」と口にした。

一般的に春雨といえば食べ物が出てくるのだろうが、彼女の妹には、白露型五番艦の春雨という女の子がいて。

 

「て、提督には失望したよ///」と叫び、時雨は執務室から去ってしまった。今日の昼食は時雨が作ってくれる予定だったので、自分で作らなくてはならなくなったということだ。

話は戻るが、俺は麻婆春雨が好きだ。美味しいのもそうだが作るのも好きだ。

いい色合いの豆板醤を使うと白く透き通るような春雨(食材)が羞恥に染まるかのように赤く色づいていくのが面白い。提督になり、春雨という女の子にあってからは彼女の白い肌を汚すことを重ね合わせているのかもしれない。

不意に、背後で足音がした。

振り返ると、まだ少し顔が赤い時雨が立っている。

 

「提督、さっきはごめんね……」

「いいや、俺の癖が悪かったんだろう」

誤解は溶けてくれたようだ。……春雨ちゃんを食べたい(意味深)と思うこともしょっちゅうあるのであながち間違いではないのだが、わざわざ口に出す理由もないだろう。

 

「時雨も食うか?」

「…うん」

 

2人分作っていた麻婆春雨を、二つの器に盛り付ける。

 

食堂の長いテーブルに並んで座った時雨がいつもより近く感じた。……いや、マジで。物理的に。密着してるんだけど。

 

………顔を赤くしながらすり寄ってくる時雨も可愛いからまあいいか。

そう思いながら箸に手を伸ばした。

 




あー春雨ちゃん食べたい


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村雨と誕生日

 

 

 

 

「プレゼント持ってきたっぽい!」

 

バタン、と勢いよく扉が開き、白い大きな袋を持った夕立が戻ってきた。

おかしやジュースが置いてあるテーブルの隣に袋を置くと、夕立は自分のベッドに倒れこむ。

 

「ほら夕立、しわになるから寝るなら脱ぎなさい」

「……うぅ、もうちょっとがんばる」

 

そういうと夕立は体を起こした。

 

「あのね、明石さんにね、村雨にあげるプレゼントが欲しいって相談したの。村雨、今満足してるっぽいから、欲しいものとかなさそうだったから。」

 

夕立はサンタさんが持っているような大きな袋をずるずると引きずって差し出す。

 

ちなみに私は机の上に乗っているおかしとジュースと、夕立が欲しがっていた私のと同じ種類のリボンをあげた。

 

「明石さんにおまかせしたから中はわからないけど……多分いいものっぽい!」

 

この子、そのうち詐欺に合わないかしら…いや、明石さんなら思ってる以上に安く譲ってくれたのかもしれないけど。

 

夕立から袋を受け取ると意外と重かったので、そのままベッドまで引きずっていって、その上に袋を置く。

 

ベッドに座って隣をぽんぽんと叩くと夕立が飛び込もうとしていたので埃が舞うからと止めた。

その後、普通に登ってきた夕立と一緒に袋の中のものを出していく。

 

クッキー、ペットボトルに入ったジュース、前衛的なデザインの置物、いまいち良さがわからない絵、24色の色鉛筆とA4サイズのコピー用紙、セロハンテープ(業務用)、水晶玉。

 

ところどころ押し売りや在庫処分のにおいがするが一旦おいておいて、まだある中身を出していく。

 

髪留め、ヘアスプレー、小さな鏡とくし、化粧水と保湿クリーム、リップグロス、チーク、マスカラとマニキュア。と、今度はおしゃれ関係の物が出てきた。

 

「村雨、ねぐせおさえる以外にヘアスプレー使わないし、グロスもチークもマスカラもマニキュアも使ったことないのにね」

 

やっぱりこう、気を使っていいるように見えるのだろうか。

そんなに手のこんだことはしていないんだけどなぁ。

 

化粧水と保湿クリームはありがたく使わせてもらうことにして、次を取り出す。

 

カラフルな毛糸、編み棒、黒と白の縫い糸と糸切りバサミ、前に買っていたけど残り少なくなってきていた包帯とガーゼ、消毒液、色々なおくすり。

 

この辺りは私がよく使うし素直に嬉しい。

 

夕立に中見てていいよ、と言ってから、包帯などを救急箱に、糸などは押入れにしまう。

 

戻ってくると、どう考えても大きさや重さの計算が合わない扇風機や冷蔵庫などの家電が出てきていた。

 

明石さんの技術には深く触れないほうが身のためなので今回も気にしない事にする。

 

あとでちゃんと袋は返してこようと深く心に刻んだ。

 

「…あれ?」

 

ベッドの上の物を物色していたら不意に夕立が疑問の声を上げたので手元を覗き込むと、

 

「チョーカー……じゃなくて、首輪よね、これ。」

 

今までのものは使い道がなくはないものだったので、鎮守府内で飼えないペット用の首輪には違和感を感じた。

 

が、それも次に夕立が取り出した物でわかる事になる。

 

「しっぽ?」

「…よね」

 

しっぽだ。こう、ずぷりと差し込むタイプの。

 

嫌な予感がしたので夕立の顔を見ると、

 

「プレゼント・フォー・ユーっぽい!」

 

と襲いかかってきたので、夕立を押さえつけながら首輪をつけて、しっぽをねじ込む。

 

やはり痛かったのかお腹を押さえて悶絶していた。

 

残り少なくなった袋をひっくり返すと……たくさんの『そういうコト』に使うものが出てきた。

 

ご丁寧な事に、女の子同士で使うものも紛れている。

 

異物感が強いのかお腹を押さえて丸まっていた夕立と顔を見合わせて、私は部屋のカギを閉めに行き、夕立は関係ないものを全部ベッドの下に落ろす。

 

服がしわになるのも気にしないで2人でベッドに寝転んで、まずは、とピンク色の容器に入っているクスリを開け始めた。

 

 

 

 

 



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響とガングートと海

しゅえさんが書いた話の中で出てきた娘は?

時雨2回夕立2回村雨1回
もう1つの方では白露時雨村雨夕立響
……こいつ白露型しか書いてねえな。

と言うわけで友人からお題を頂いた「響とガングートと海に行く話」です。

ガングートは一応ボイスを時報も含めて一通り聞いて書いたんですが、キャラが安定してなかったり、こんな娘じゃない!みたいなことがあれば指摘していただきたいです。
提督呼びだけは許してください。

追記:誤字報告感謝です。眠いと誤字が多発してダメですね(言い訳)
響のセリフの「ほん」の表記が漢字でなかったのは意図的にやったことで、「うすいほん」をイメージして書いたんですが、その表現自体がメジャーでないこととその後提督が「本」と発言しているので不適切な表現であると判断し、修正しました。


「海だー……ハァ」

 

「どうしたんだい司令官、ため息なんかついて」

「外に出るのが久しぶりで疲れた」

 

「ガングートを見習うといい。水鉄砲持参だよ」

 

「そうだぞ提督。せっかくの海なのだからな」

 

「毎日毎日執務ばかりの体力を舐めないでもらおうか……それにしても何で急に海に行きたいって言い出したんだ?」

 

「…ガングートにも日本の海を見せてあげたかったんだ。」

 

「…ああ、なるほど」

 

「貴様、早くしろ!さっさと行くぞ!」

 

「楽しそうでよかったじゃねえか」

 

「うん。」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「さあ司令官。海といったら日焼け止めだよ」

 

「自分で塗れよ…」

 

「紫外線はお肌の天敵なんだ。自分じゃしっかり塗れないでしょ?」

 

「塗らないと銃殺刑だぞ」

 

「…普通は素肌に触られたら怒るものなんじゃないのか?」

 

「貴様…私の体に散々触れておきながら今更」

 

「よしOK、ガングートちょっと黙ろうか。」

 

「司令官、浮気?うわきなのかい?この指輪は嘘だったのかい?………銃殺刑だ」

 

「ちょっとまてその砲どこから出したんだ」

「それは……秘密だ。じゃあ、」

「おいまてまて」

 

「Ура!」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「空砲かよびっくりした…」

 

「私が司令官を傷つけるわけないじゃないか」

 

「私には本気にみえたの「さあ司令官海といったらスイカ割りだよ」…だが」

 

「……スイカ割りね。…お前らがやったら砕けそうなんだが」

 

「だからやるのは司令官だよ」

 

「ほら、目隠しをしろ。その間にちっこいのがスイカを置いてくる」

 

「なんで俺が……」

 

「どうした?私に巻いて欲しいのか?」

 

「いい。自分でやる」

 

「………不愉快だ」

 

「なら銃殺刑にするかい?」

 

「おい響、さっきからそんなに俺を殺したいのか」

 

「そんなわけないじゃないか。愛してるよ司令官。ほら木の棒だ、私達のためにスイカを割ってくれたまえ」

 

「なんで上から目線なんだよ…」

 

「提督!右斜め前32度、直線距離3.26㍍だ!」

「人間はそう言われてわかるようにできてねえよ!」

 

「司令官、左後方17度、距離52㌢㍍、」

「それは私のメロンだぞ、ちっこいの」

「お前らやる気あんのか!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「そういやガングート水鉄砲持ってきてたんだっけ、」

 

「ああ、コイツだ。」

 

「随分とデカイの持ってきたな」

 

「ああ。シラツユから借りた」

 

「白露がこれ持ったらバランスおかしいだろ…なんでこんなの持ってんだ」

 

「いっちばん大きいのが欲しい!って言ったんじゃないかな。それより司令官、何か水鉄砲の面白い話してよ」

 

「面白い話ってそんな急に」

 

「しないと銃殺刑だ」

 

「…ガングートも響っぽくなってきたというかなんというか」

 

「はやく、司令官」

 

「そうだな…………あれは俺が子供の頃だった」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

子供の頃ってほら、少し人数いて、それで銃持ってたら撃ち合いしたくなるだろ?

 

やっぱり俺らもやろうぜってなったわけ。

 

で、俺は普通の水鉄砲じゃ面白さに欠けるとか言ってだな。

 

粉末状にすり潰した唐辛子を30分くらい煮込んで、ろ過した煮汁を水鉄砲に入れて撃ったわけよ。

 

ゴーグルしてたから目には入らなかったけど、相手の口の中に入れて悶えてるの見て、みんなでクソほど笑ってたなあ

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「なんというか…貴様のやることはしょうもないな……」

 

「うるせえわかってるよ!……子供の頃ってなんであんなどうでもいいことに本気出せるんだろうな」

 

「楽しかったんだろうね。私達にそんな時期はないけど、その気持ちは何となくわかる」

 

「どうだ?今から3人でやるか?水鉄砲あと2つ借りてきてるぞ」

 

「おお!水鉄砲って言ったらやっぱりこれだよな。100均の安物感漂う透明なボディ、大人の手には合わない小さな引き金…!」

 

「…司令官って変なもの好きだよね。部屋にも色々あるし」

 

「変なものとは失礼な」

 

「水は入れてあるからな…………今から開始だ」

 

「おい!卑怯だぞ!」

 

「司令官は戦場で早死にしそうだね。」

 

「ほっとけ、……おい、何で当たり前のように2人して俺を狙ってくるんだ!」

 

「私達はか弱い女の子じゃないか」

「ハンデくらいあってもいいだろう?」

 

「どの口がいうか!」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「司令官、なんでそんなに強いの…」

 

「ふ、まだ、っ、陸でまけっ、…るわけには…」

 

「落ち着いてから喋れ。」

 

「あ、」

 

「どうしたちっこいの」

 

「そういえば私達日焼け止め塗ってないや」

 

「そういえば…」

 

「……いやまあ多少焼けるのは構わないし、シミもちょっとなら気にしないんだけど、お風呂に入るとき痛いのだけはいただけない」

 

「…それは嫌だな」

 

「………でも、ちょっと焼いてみようかな。」

 

「ふぅ、…どうしたんだ響、お肌の天敵じゃなかったのか?」

 

「何でもないよ司令官。司令官の本棚から褐色水着の女の子の本が出てきて気にしてるわけじゃないから」

 

「貴様…!ちっこいのというものがいながら!」

 

「そんな本持ってねえよ!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「司令官、海といったらナンパだよ」

 

「ナンパって…ここ、一応海軍管理の砂浜だし人なんていないんだが」

 

「司令官の目は節穴なのかい?」

 

「ここに2人女がいるだろう」

 

「え…お前ら?」

 

「さあ早く、司令官」

 

「えぇ……コホン、お嬢ちゃんたち、今暇?」

 

「すまない、これから知り合いの家にいってコタツで鍋を食べるんだ」

 

「我慢大会かよ!……そ、そっちのレディは?」

 

「私は今から里帰りするんだ」

 

「お前らは許可ないと海外行けないだろうが…それにやれって言っておきながらなんで断るんだよ」

 

「そんなの…司令官はナンパ相手についていく女の子は好きじゃないだろう?」

 

「…なんか上手く丸め込まれた気が…」

 

「本当はどうなんだ?ちっこいの、」

 

「司令官をからかっただけ」

 

「言うなよ!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「司令官、ネタが切れた」

 

「ネタ?」

 

「うん。やろうと思ってたことは全部やったから」

 

「そうか…ガングートは何かやりたいことあるか?……無いなら帰って寝たい」

 

「…ちっこいのがいるのに貴様から誘われるとは思わなかったぞ」

 

「司令官、浮気はダメだよ…?」

 

「は?ただ帰って寝たいだけなんだが」

 

「提督、それを浮気と言うんだ」

 

「お前ら何言ってるんだ?」

 

「……よし、私も一緒にシよう。それなら浮気じゃない」

 

「よしじゃねえよ話聞け」

 

「さあ早く帰ろう司令官。…水着のままするのもいいかもしれないね。」

 

「いいアイデアだなちっこいの」

 

「お前ら話きけよぉ!」

 




新しい試み、って訳では無いんですが、セリフのみで書いたものを投稿するのは初めてになります。

前までのスタイルの方が好きな方、次からは元に戻りますので安心してください。

後書きまで到達せずに切られたら……しゅえさんの作品はその程度だったということで。


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白露と露時雨


白露と、ってタイトルですが、白露ちゃんに恋する時雨ちゃんのお話。


 

 

 

露時雨…露が降りて、時雨の降ったようになること。また、草木に降りた露が時雨のように滴り落ちること。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

朝、目を覚まして、何気なく窓の外を見てみると、駆逐艦の寮の周りをジャージを着た姉さんが走っているのが見えた。

 

なんでだろう、少し楽しくなって、急いでいつもの制服に着替えて、髪を纏めることもせずにタオルと冷蔵庫の中のペットボトルを掴んで外まで降りてみた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

外に出てみると、ちょうど寮の周りを何周かしたのか、玄関の右手にある芝生に生えた木の下で荒い息を吐いている姉さんがいた。

 

僕は少しうきうきしながら姉さんに寄って行って声をかける。

 

「おはよう、姉さん。」

 

「……あぁ、おはよう、時雨、」

 

持っていたスポーツドリンクのペットボトルを手渡して、首元や額に浮いた汗を拭っていく。

 

「……ありがとうねぇー」

 

小さく笑った姉さんはペットボトルをぱきりと開けて中の液体を口に含んだ。

 

息を整えるように、2回、3回大きく息を吐いた姉さんは、僕に向かっていつもの声で語りかけてきた。

 

「…ねえ、露時雨って知ってる?」

 

「…つゆしぐれ?」

 

僕は静かに首を振る。

 

何かを小さく呟いた姉さんが木を背にしゃがみ込んだのにつられて僕も隣に座り込む。

 

「こういうの、なんだって」

 

すっと姉さんが指差したのは僕達の下に生えた芝生とその先の黒く濡れたアスファルト。

 

ちょうど顔を出した太陽の光に照らされて滴がきらりと輝いた。

 

「露が、時雨みたいに見えるんだって」

 

露と時雨、2人っきりのときにその言葉を出された僕はつい姉さんと自分のことを思い浮かべてしまう。

 

にへっと笑いながら、少し悔しそうに姉さんは言った。

 

「私も、時雨みたいになれるかな?時雨ってほら、強いしかっこいいじゃん?」

 

そうかな、と呟いて、少しだけ意識を思考に落とす。

 

僕の強さは姉さんのものだった。

 

姉さんは自分がやりたいことに艤装の出力が追いついていないみたいだった。

 

そのぶんをこうやって、自分を鍛えてカバーしている姉さんと違って、僕の改二の艤装はその努力を必要としなかった。

 

姉さんから貰ったこの力のおかげで、僕は確かに強くなれた。

 

姉さんの魅力に触れ続け、姉さんのように優しくなりたいと思い続け、…姉さんのことを想い続けた僕をかっこいいと言ってくれるなら、

 

僕のかっこよさは姉さんのものだ。

 

だから。

 

 

「僕が、姉さんに似たんだよ。…焦らなくてもいいんじゃないかな。」

 

 

僕の全ては、姉さんの物だ。

 

 

ひゅうっと強く風が吹いて、僕らの頭上の若葉を揺らした。

 

「きゃあっ、露時雨…いや、夕立?」

 

葉からこぼれ落ちた雫は僕達に降り注ぐ。

 

姉さんの可笑しな悲鳴に、クスリと笑みがこぼれた。

 

「あー、ずいぶんと濡れちゃったねー」

 

一緒にお風呂行く?、と言いながら立ち上がった姉さんに手を引かれて僕も隣に立ち上がる。

 

掴んだ手は僕と同じくらいの大きさのはずなのに、とても安心できる手だった。

 





誰かとネタ被ってそう(小並感


近いうちに投稿するつもりでつけた性転換とボーイズラブが息をしていないので次は多分時雨くんと提督の話


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らぎちゃんと好き

らぎちゃんの話を発掘したので投稿。

マフラーネタが被ってるのは時雨と同時期に書いててその時マフラーいいよねってなってたからです。



 

俺は屋上へと続く階段をのぼっていた。なぜだか、無性に夕焼けが見たくなったのだ。

古ぼけた蛍光灯がチカチカと瞬いている。あまり使う人のない階段なだけに、切れかけていると知っていても未だに取り替えられずにいた。

 

階段を登りきって、少し錆びたドアノブに手を掛ける。風に押されているのか、少し重く感じた。

 

扉をひらくと、桃色の髪を風に揺らす少女がいた。てっきり誰もいないものだと思っていたのもあり、咄嗟に声を掛けることは出来なかった。

 

「司令官…?お邪魔でしたら、如月は下がりますが……」

 

「いい。大丈夫だ。時間があるなら少し話がしたい。」

 

「はい。わかりました。」

 

そう言うと彼女は目を少し細めて笑った。

「 今日はどうだった?」

 

少しの間考え込んだ後に如月が口を開く。

「そうですね……特に何もなく、いたって平和な1日でした。」

 

面白い話が出来なかったことに申し訳なさを感じているのか、少しだけ声から暗さを感じた。

 

「そうか。……如月、今日の仕事は終わりだ。好きに喋っていいぞ。」

 

「…わかったわ、司令官。」

 

暗くなった声が元に戻ったことに嬉しさを感じた。

 

「そういえば、夕日を見に来たんだったな。」

 

ここに来た理由を思い出し、俺は太陽の沈む方角にめをやった。

 

「なあ如月」

 

落下防止用の柵の側に立っている如月の隣まで歩きながら尋ねた。

 

「マフラーが一本欲しいんだが、如月は編み物できるのか?」

 

「ごめんなさい……今度鳳翔さんに作ってもらう?」

 

「いや、如月のマフラーが欲しかったんだが…如月も忙しいだろうし、慣れないことはしなくていいよ。」

 

「いいわよ。少しづつ、負担にならない程度に鳳翔さんに習うことにするわね。」

 

「あぁ、すまんな。」

 

そう言って俺はポケットからタバコの箱を取り出した。

 

顔に出さないように抑えているようだが、少しだけ、如月の眉がゆがんだ。

 

「すまん、タバコ嫌いだったのか?」

 

「そんなことないわ、」

 

如月が慌てて取り繕う。

 

「いいんだ。俺は如月のことを知りたい。馬鹿げたことで、如月との関係を壊したくないんだ」

 

そう言うと如月は、おそるおそる口を開いた。

 

「如月、タバコがダメなわけじゃないのよ?でも、提督の体に悪いから心配で」

 

俺は小さく震えている如月に手を伸ばす。

 

「気遣ってくれたんだな。俺も如月と長く一緒に居たいからタバコは控える。」

 

頭を撫でてみると少しだけ笑顔になった。

 

俺はタバコの箱を握りつぶしてポケットに押し込んだ。

 

「……睦月型2番艦、如月。」

「はっ」

 

如月が表情を引き締めて答える。

 

「お前を囮艦として運用する、と言ったら如何だ?」

 

「作戦を全うします」

 

「不服はあるか?」

 

「あるはずがありません。それが勝利に繋がるなら」

 

「……如月。」

 

「はい。司令官。」

 

「お前を囮にすると言ったらどうする?」

 

「構いません。それが司令官の選択なら」

 

「嫌か?」

 

「…沈みたくはありません。でも、司令官がそれを望むのなら、」

 

「望むはずが無いだろう!」

 

如月の答えは前と変わっていなかった。

 

「なあ如月、俺が言えばお前は何もかも捨てるのか?睦月も。他の姉妹も。その左手の指輪も。自分の命さえも…」

 

如月が自分を好いてくれるのは嬉しい。如月の言い方を借りるならそれが如月の選択だ。

 

それでも……こんな言い方をすれば怒るだろうが、俺なんかのために如月が他の全てに蓋をするのが、耐えられない。

 

自分勝手な、我が儘な思考だとわかっていても、苦しくて苦しくて仕方がなくて。

 

「しれいかん…」

 

「……今、お前は幸せなのか?」

 

「…幸せですわ。司令官のお側に居られるなら、これからもずっと。

 

そう言うと彼女は静かに顔を伏せる。

 

その彼女がとても悲しそうに見えて手を伸ばして、

 

「司令官、貴方がいけないのよ」

 

反射的に固まった。

 

「貴方が、あんなにも優しくしてしまったから、絶望の淵から掬い上げてしまって、」

 

彼女が飛びついて来て、トンと軽い衝撃がはしる。

 

「こんなにも、かっこいい姿を見せつけて、指輪までくれて……それなのに、なんで、っ、貴方を愛しちゃいけないの?」

 

彼女の声に涙が混ざった。

 

回された両腕で、強く抱きしめられる。

今更ながらに、彼女は俺をただ愛していて、優しさに触れたことがなかった彼女は、ずっとその温もりに触れていたいだけだということに気づいた。

 

「如月、」

 

自分の意思で、俺も如月の背中に腕を回す。

 

「ずっと、隣にいてくれるか」

 

「…しれいかんっ……!」

 

屋上で俺は如月と抱き合った。

 

少しの間は夕日が照らしてくれていたが、その日も落ちて、あたりは暗闇に包まれ始める。

 

秋も終わり、冬に入るこの時期、寒くなるであろうことは目に見えている。

「如月、一旦中に入ろう…?」

 

…離してくれない。

 

「風邪ひいたらめんどくさいし、な」

 

……しょうがないか。

 

俺の体を抱く如月を、両手で抱きかかえる。

 

改二になり、大きくなった体ではあるが、駆逐艦の女の子1人ぐらい、余裕で抱きかかえることができる。

 

「……司令官」

 

「どうした、如月」

 

俺の上着をきゅうっと握りしめ、頬を染めながら彼女は呟いた。

 

「……今夜はずっと、一緒にいさせて」

 

「ああもちろん。如月が望むなら、毎日でも」

 

そう返して、如月の体がなるべく揺れないように気をつけながら、室内へと繋がる扉を開いた。




好きになるのは簡単だけど難しいなと思いました(小並感


というかまず自分の好きにあまり自信がない


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村雨と渇き

今回の話にはあんまり明るいとは言えない表現があったりするので、血とか鬱とかが嫌いな人は見ないで下さい。


追記:艦これ短編r18版に続きっぽいの投稿してます


 

夕立が、改二になった。

 

髪の先や翡翠のような色の目が赤く染まった。

 

それでも、今までの夕立とそう変わっていない。

 

そう思っていた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

夕立の改二を祝う、ささやかなパーティーでのことだった。

 

食べ物を口にするたび、みんなに気づかれないように小さく首をかしげる夕立。

 

何かを飲んだ時も同じだった。

 

すぐにでも話を聞きたかった。どうしたのって聞きたかった。

 

でも、夕立がみんなに隠しているなら、わざわざここで話してはいけないはずだ。

 

部屋に帰ってすぐ、夕立に話を聞いた。

 

なにを食べても、物足りないと言っていた。

 

密閉容器に入れておいた、夕立が大好きだと言ってくれた手作りのクッキーを取り出す。

 

夕立の笑顔は、心からの笑顔ではなかった。

 

少しだけ、夕立のことが何でもわかってしまうことが辛かった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

できる限りのことをやってみた。

 

鳳翔さんや姉さん達に頼んで、いろんな料理を作って貰った。

 

色々な食材を集めて、食べて貰った。

 

改二になって良くなった嗅覚が関係しているのかと、バニラエッセンスや、イチゴの香りのシロップや、チョコを混ぜたお菓子を作ってみた。

 

藁にもすがる思いで、ホットミルクのような熱いもの、アイスクリームのように冷たいもの。

 

カラダのどこかが悪いのかと明石さんにも診てもらった。

 

私の心はどんどん疲弊していく。

 

それでも、夕立のためになにもしないことは出来なかった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

どうか、変に思わないで欲しい。

 

どうしようもなく参っていたのだ。

 

夕立の悲しい笑顔が、何もしてあげれないことが。

 

生きていくのに支障がなくても、夕立の悲しみを感じ続けるのが辛かった。

 

夕立を満足させてあげることはできないのかと、不安が頭を埋め尽くした。

 

私自身、どうしようもなく参っていたのだ。

 

私も夕立も、もうどうして良いのかわからなかったのだ。

 

あらかたやれる事はやって、2人で次がダメだったら諦めようと約束した。

 

もう一度だけ言わせて欲しい。どうしようもなく参っていたのだ。

 

…私が最後に用意した食材は、『私』だった。

 

手首を掻き切ってガラスのコップに出した血を、ゼラチンで無理やり固めた。

 

赤い色をした、見た目はそこまで悪くないゼリー。

 

夕立の目と同じ赤でも、そこに輝きはなく、黒ずんだ赤。

 

狂っていた。これを作った私も、抵抗することなくスプーンですくった夕立も。

 

ダメだったら良かったのに。

 

そのまま、満足はできなくても、2人でそこそこ美味しい普通のごはんを食べていけば良かったのに。

 

私達の体は、たとえ欠損してもドックで治った。

 

夕立が私のカラダをかじるようになるのに時間はかからなかった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

爪だとか髪の毛だとかよりも、私の体温を感じられる部位が好きらしい。

 

中でもお腹や太ももは絶品だそうだ。

 

カミサマは残酷だ。

 

私と夕立に、こんな答えを用意していたことが。それが幸せな事が。

 

夕立の渇きを潤せるのは私しかいない。

 

村雨の心は、夕立にかじられるコトを必要としていた。

 

みんなに知られてしまったら、この生活を続けられるはずはない。

 

もう私と夕立の2人が死ぬまで、

 

私達は永遠に離れることはできない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

おまけーー村雨と癒しーー

 

 

夢から覚めてすぐ、暴れまわる胃袋の中身を抑えきれずにベッドのわきにあるゴミ箱を掴んで、吐いた。

 

どうしようもない悪夢だった。

 

ただ、現実でありえないとは言い切れなかった。

 

隣のベッドで寝ていた夕立が気づいてくれたのか、タンスの中からタオルをいくつか取り出して、胃袋の中身を空にし終えた私の口をぬぐい、浮き出た汗を拭い、何も言わず抱きしめてくれる。

 

漠然とした恐怖に支配された心と、乱れていた息が少しずつ平穏を取り戻していく。

 

大丈夫だよ、と。夕立が側にいるから、と。

 

ありがとう、と伝えると、夕立が「どういたしまして」と呟いてくれた事が嬉しかった。

 

何も言わなくても伝わる2人の関係が嬉しかった。

 

 

 




最初は村雨と夕立がバス停で雨宿りする話を書くつもりだったのにどうしてこんな話になったんでしょうか。まあその雨宿りの話も明るいかと聞かれるとそうでもないんですが。

これを書き終わって話の内容に影響されて暗い感じになっているしゅえさんはハッピーな話を見てから寝るので誤字とかあっても修正は早くても起きてからになります。

ゼラチンで血を固められるかは知りません。加熱したらどうなるかとか調べてないけど調べてまた後書きに追記したいです。



追記:ゼラチンの溶ける温度は最低でも50℃くらい、ただ加熱しちゃうと血が単品で固まっちゃうんから難しいらしいんですよね。

固まるギリギリの温度のゼラチン水溶液を作って冷やした血液と混ぜ合わせれば作れるって事にしといて下さい。


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ソロモンの悪夢



すっごく久しぶりですが時間ができたので投稿。

村雨視点です。


 

 

 

 

 

 

 

私達は、よく似ていた。

 

普段の髪型や台詞はちがうものの夕立の服を借りて夕立のふりをしながら生活すれば誰にも気づかれない自信はある。

 

この前遊び感覚で体のいろんなところを測ってみたら胸のサイズまで同じだったのには少し驚いた。

 

ただ、戦いのセンスだけはどうも似なかったようで。

 

夕立についていけるのが私だけだったので提督さんはいつも私達をペアにして編成していた。

 

だから、夕立のことを1番近くで、1番長く見ていたのは私だと思う。

 

夕立が「狂犬」だとか「ソロモンの悪夢」などと呼ばれるようになったのはいつからだったろうか。

 

随分と「狂犬」っぽい動きだとは思う。

 

夕立に合わせて接近戦を強いられた結果、錨で殴るという手段をとった私が言えることではなさそうだが、私のそれは夕立のようなセンスや直感だけで戦っているのではなく単なる生き残るための技術。

 

気があうから夕立のフォローができるだけで、夕立のように才能があるわけではないし、そこまで強くないものだと思っていた。

 

だが、その認識は改めた方がいいのかもしれない。

 

この前来たばかりの海風と江風が、「姉さん達の中で誰が1番強いのか」という話をしていたのを聞いたのだが、驚いたことに候補の中に私の名前があったのだ。

 

姉さんと夕立と時雨の三強だとばかり思っていたので訳を聞いてみると、

 

「夕立に見劣りしない近接戦闘の巧さと夕立とは違う闇を覗き込んでいるかのような恐怖」

 

だそうだ。

 

怖いというのは少し心外だったが、可愛い妹たちがそう言うのだから少しは自信を持っていいのだろうか。

 

「夕立、どう思う?」

 

「知らないっぽい。でも、私がいつもああやって戦えるのは隣にいるのが村雨だから。」

 

「でも、夕立も私みたいなことできるでしょ?」

 

「うん。村雨の真似をしたらね。だから村雨も夕立のまねしたらいいの。そしたら、夕立が強いなら村雨も強いっぽい」

 

…そっか、夕立のまねか。

 

「村雨」がどんな手段で戦うよりも、「夕立」が戦っていると感じれるなら自信が持てるだろう。

 

「自分の中で暴れまわってるのを、そのまま暴れさせたらいいの。」

 

「うん。わかる。今はすごく。」

 

私たちの可愛い妹をきずつけたのだから、たっぷりお礼をしてあげなければ。

 

左手に握りしめていた錨を艤装に吊り下げた。

 

代わりに太ももの魚雷を一本引き抜いて、投げやすいように握りしめる。

 

「海風、江風、待っててね」

「すぐ終わらせるっぽい」

 

出来る気がする。

彼女のように大きく口を開いた。

 

「ソロモンの悪夢、見せてあげる!」

なんだか少し気恥ずかしい。

 

後ろで夕立がくすりと笑った気がした。

 

「ちょっといいとこ、見せたげる、っぽい!」

 

1番近くの敵に向かって一直線に進んで行った私の背後を取ろうと動いた敵が、視界の端で爆炎に変わる。

 

正面のおくちに魚雷を一本プレゼントしてすぐさま次に向かって飛び退けば、背後から飛来した砲弾がそれを起爆させ、もう一つ、命を奪っていった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「……んーおわったー!」

 

「お疲れ様っぽい」

 

「海風、江風、大丈夫だった……え、どうしたの?」

 

「村雨が怖すぎて震えてるっぽい」

 

「やだ、村雨そんなつもりないのに…!」

 

「なかなか怖いよ。うん。」

 

「夕立もそんなにかわんないでしょ⁉︎」

 

「私のは、単純な敵を蹴散らす暴力。村雨は容赦なく、効率よく、しかもときどきからかいながら倒していくから怖さの次元がちがうの。」

 

「……やだぁ、夕立のまねするの止める…」

 

「ん、それがいいっぽい。」

 





違うんだ村雨さん。サボってたわけじゃなくてですね。ほら、仕事とか色々あるわけですよ。だからね、暴力は良くないと思うんだ。このしゅえさんを縛っている縄を解いてだね。あ、ダメ。しゅえさん斬属性耐性ないから刃物はちょっと。


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海風とサンタさん

クリスマスもうすぎてる?もう大晦日?いやいや村雨さん、いいじゃないっすかちょっと遅れたぐらい…。ね、お年玉多めにあげるから、ね?

……あ、まってまって財布持ってかないで。年越しそば食べれなくなっちゃうから。


 

私たちの鎮守府にはサンタさんシステムというものが存在する。

 

1番艦が提督からお金を貰って、姉妹のプレゼントを用意するというものだ。

 

で、白露型はサンタさんへの手紙を回収するという方法でやっている。

 

大人な妹は気づいているのだろうけども、信じているのかいないのかわからない妹もいるので、一応このかたちだ。

 

そして今年もみんなからの手紙を回収してきたのだが、

 

『サンタさんへ

 

私は、今年いっぱい頑張ってきたつもりです。姉さんが忙しいときに代わりに改白露型の妹に気を使ったり。

演習も実戦もたくさん頑張りました。

何もなくても幸せな一年だったけど、もう少しだけ、幸せをください。

私と、姉さんが幸せに結ばれている同人誌をください。夜戦ありの。

海風 』

 

「どうしよう、これ」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「海風姉、サンタさんに何頼んだの?」

「私は…本、かな」

「ふーん」

「ああでも、少し手に入れにくいものだからサンタさんにはすこし迷惑かけたのかも」

「…サンタさんなら、大丈夫」

「…そうだね」

 

……うん。少しだけ、甘えさせてくださいね。サンタさん。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

『白露 海風 同人誌 』 検索、と。

 

…………ああ、けっこうあるんだ。

 

お話でも海風が幸せになるのは嬉しいけど…なんか複雑な気分。

 

…あ、でも私の見た目じゃ売ってもらえないんじゃ?自分の本買いに行くのもなんか恥ずかしいし。

 

……家に送ってくれるのもあるんだ。

…鎮守府の荷物って検閲入ったよね。

提督の名前を借りたら……ああでも海風が隠してたら……。

 

あーもうほんとどうしよう!

 

 

………え、白露を監禁する海風…。

 

ち、違う、本…だから…。

 

…でもまあ、海風になら。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

…………買えなかった。

 

適当なハンカチ見繕ってみたけど…。

 

…海風の部屋の戸がこんなに重くなる日が来るなんて…。

 

悲しむかな。…悲しいよね。

 

欲しいものだったもんね。

 

……だめだ、心が…。つらい…。

 

なんとか、してあげられないかな。

 

………海風が欲しいのって…本なの?それとも……わ、私?

 

…………私を好いてくれるなら…。

 

着替えてこよう。これプレゼント配達用装備だし。

 

_____________________

 

 

 

扉の前の気配が遠ざかって行くのを感じました。

 

…やっぱり、私が悪い子だから。

 

姉さんにあんなことさせるから。

 

私が、わがままだから。

 

 

_____________________

 

 

よし!準備完了!

 

他の娘のは全部配り終わったし、サンタコス装備にしてきたし。…この帽子邪魔だったかな。

 

かわりに買ってたプレゼントは…あるね。よし。

 

…変な匂いしない?大丈夫だよね?

 

……あー緊張する…けど、海風の為なら。

 

ドアノブを握りしめて。

 

ゆっくりとドアを開く。

 

 

_____________________

 

 

「え、あ、姉さん⁈」

 

部屋の主はどうやらまだ起きていたようだった。

 

「今はサンタなんだけどね」

 

「あ……ごめんなさい」

 

海風が目をごしごしと手の甲で擦る。天井の小さな電気が反射して、輝いた気がした。

 

海風が寝ているベッドの所まで行って、ポケットの中の包みを枕の隣に置いた。

 

「あのさ。……私、謝らなくちゃいけないんだ。海風が欲しがってたの買ってあげられなかったから。」

 

「…いえ、私が変なもの頼んだのがいけなかったんです」

 

海風の顔が悲しそう、というよりは苦しそうに歪む。

 

妹をそんな顔にさせてしまったことで心が痛んだ。

 

「だからさ、かわりにハンカチと髪留めと、…あと海風が要らなかったらいいんだけどね、もう一つ、用意したんだ。」

 

「もう一つ?」

 

「うん。そう。」

 

小さく返事してから海風のベッドに上り込む。

慌てている海風の、ばたばたと動き回る手を押さえつけると海風の頬は小さな明かりでもわかるほど赤くなった。

 

顔を近づけて、小さく呟く。

 

「私を…白露のこと、欲しい?」

 

「……いいん、ですか?」

 

「うん。海風、いい子にしてたし。…それに、海風にだったら何されても嫌じゃないから。」

 

海風の喉が蠢いた。

 

「…欲しいです」

 

「なら、どこまで欲しい?」

 

開いたままの口から疑問の声が漏れ出る。ああすごく…かわいい。

 

「海風だけのお姉ちゃんじゃないし、お仕事もあるから私の全部はあげられないけど。…海風だけの恋人にならなれるよ。重いのが嫌なら今夜だけでもいい。ずっといて欲しいなら…恋人としてね?」

 

ああ、ちょっと意地悪かもしれない。私の方が海風を欲しがっているのかも。

 

「悩むなのら……私は海風の恋人になれたらすごく嬉しいと思うんだ」

 

うん。これはずるい。ごめんね。でも欲しくなちゃった。

 

海風の手が私の手を押しのけて跳ね上がる。

 

すぐにベッドに倒されて私と海風の体の位置が入れ替わった。

 

海風の手は我慢できないのか私の体のいろんな所を確かめるように撫で回していき…

 

「え、まって、せっかくサンタコス装備で来たのにもう脱がしちゃうの?」

 

「服は包装ですから。プレゼントは中身」

「そこ引っ張ったらとれちゃうから、そっちから回す感じで外して」

 

「えっ……こ、こうですか?」

 

「そう。そんな感じで。…逃げないし、海風の物なんだから。焦らないで丁寧にね?」

 

「…はい」

 

 

_____________________

 

 

夜戦シーンカット。もしかしたらそのうち書く。

 

 

 

_____________________

 

 

 

外が明るい。もう朝なのか。

 

あたりを見まわすと隣では海風が何も身につけずに寝ている。

 

ずれている布団を肩のあたりまで引き上げて……って、これ私もはだかじゃん。

 

ってか今何時?おひまさずいぶん高くない?

 

海風の部屋の時計は……机の上だっけ?寒いからいきたくないなぁ。海風あったかいし。

 

私の服って……うわぐっちゃぐちゃじゃん。これは着れない…あ、海風の借りよう。

 

……うん。けっこういい感じだね。時計見たら戻ってこよう。

 

あーやっぱりもう10時か。何時に寝たか覚えてないっていうか最後の方いっぱい気持ちよかったことと海風の嬌声しか覚えてない…。

 

ただいまおふとん。あーあったかい。

 

今日どうするかな。

 

お休みだから時間あるし…海風とどっかご飯行ってから考えよう。夜のパーティーまでに帰ればいいからちょっと遊べるね。

 

………。うーんむらむらしてきた。海風の体すっごく柔らかいんだよね。

 

…つまみ食いぐらいなら……。

 

 

_____________________

 




どうでもいいけどBluetoothのキーボード買って使い勝手とか変わったので区切り線が_____________________になりました。


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雨の密室

 

 

 

 

 

「夕立、夕立っぽい!」

 

「こっち、早く!」

 

ようやく見えてきたバス停の隣の小さな屋根に2人で駆け込んだ。

 

簡素なベンチをトタン板で覆って小さな明かりを吊るしただけの、待合室と呼ぶには少しばかり寂しい場所。

 

提督に頼まれて2人で買い物に出かけて、帰りに突然と降り出した雨。

 

トートバッグの中から先ほど買ったばかりのタオルを取り出して、自分の髪を拭きながらこれからどうしようかと考えた。

 

「鎮守府までバス通ってたらいいのにね」

 

「そうね、」

 

残念なことにここが鎮守府から1番近いバス停。たしか鎮守府まで歩いて20分と少し。

 

鎮守府内の機密漏洩を防ぐためにそこまでバスは通っていない。らしい。

 

私達が簡単に買い物に行けるあたりうちの提督さんは馬鹿なのか、それとも私達を信用してくれているのか。

 

2人だけなら、このまま雨の中を歩いたって良かった。夕立は喜ぶだろう。

 

私も気にしないのだが、ベンチに置いた2つのトートバッグの中身が問題だった。

 

鎮守府を出るときに天気予報を見てこなかったのは失敗だ。

 

「夕立、いつ止むかわかる?」

 

「…えっとね、……もうちょっと。」

 

そっか。

 

私はトートバッグの隣に腰を下ろした。

 

夕立は迷っていたけどちょっとしたら戻ってくると言って雨の中へ。

 

私達につけられた名前は船のもの。でも船につけられた夕立は雨の名前。

 

蒸し暑い夏の夕方に降った雨は彼女の心を駆り立てる。何に、という訳ではないがどうしようもなく楽しくなってしまうらしい。

 

聞こえ出した夕立の歌声につられて、数小節分だけ重ねて口にした。

 

『雨が降り、私は笑う。冷たさの中で。君の名前の中で。』

 

曲の名前は知らない。夕立が歌っているのを聞いていつのまにか覚えてしまった。

 

『雨に覆い隠された雫。もう会えない君の中で。』

 

静かに目を閉じると、トタン板に打ち付ける雫の音とは別に、夕立の声は頭の中に入ってくる。

 

『ずっと好きだったよ。初めからずっと。』

 

ばらばらばら。がらんがらん。

 

『君のもとにも、私が降って、夕立が降って、』

 

悲しい歌。だけどどこかで同じ気持ちを感じたことがあるような。

 

『君にこの言葉を届けられるように』

 

夕立が生み出す音だけが私を支配する。

 

『君の隣にいれますように』

 

胸の奥で何かがじりじりと焦げる。今まで聞いててもこんなことはなかったのに。

 

『君の中で願えば叶うと思うの。君にしか叶えられない願いが。』

 

眠気とは違う、無気力さにも似た感覚と、それから溢れ出る焦燥感。

 

『死んでしまった君。ずっと、好きだったよ』

 

体を締め付けるような重み。

 

夕立の歌が終わっても、私は動くことができない。

 

雨に支配されてしまった。

 

 

ばらばらばら、がらんがらん。

 

 

ぱしゃん。

 

 

「好きだよ、村雨。ずっと、死ぬまで」

 

ざあ、ざあ、

 

じゃぶ、

 

「いつまでも隣にいるから。ずっと隣にいてね」

 

ぽちゃん。

 

さらさら

 

 

 

 

 

ガタン、と大きな音がして私の意識は現実に浮き上がる。

 

目を開くと目の前にいた夕立に手を掴まれて、ベンチから立ち上がる。

 

手を引かれるまま、雨の中に踏み出した。

 

肌に触れた雫は温かいような気がした。

 

夕立の香りが鼻をくすぐる。

 

今目の前にある笑顔は、開いた紫陽花のように可憐で。

 

数年前に言われた言葉は、昨日のことのように思い出せた。

 

その少し前から抱いている想いはずっと胸の中に。

 

「村雨、大好き!」

 

「夕立、大好きよ」

 

 

私の心はもうずっと、夕立に囚われている。

 

夕立の心は、きっと私の中に。

 

唇を重ね合わせた。

 

 




村立双子百合は尊い。ただあんまりうまくかけない。

根本は同じで、違うけどそっくりで、同じことで悩んで一緒に幸せになる2人が好きです。


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村雨に依存しきった夕立が遺されたら

暗い話です

ハッピーエンドではないです。

嫌な人は見ないでね。しゅえさんに責任はとれないから。


いつも使っている砲の調子が良くないからと、出撃をお休みして執務室で提督さんのお手伝いをしていたとき。

 

突然何かが、私の中から抜け落ちてしまったように感じた。

 

怖い。怖い。怖い。

 

今までに感じたことのない感覚。

 

今までずっとあったものが消えてしまった。

 

体に力が入らなくなって、そのまま床に崩れ落ちる。

 

視界がどんどん暗くなっていく。

 

提督さんが心配してくれているのがわかる。

 

自分の体が震えているのがわかった。

 

ぷしゅ、とふとももの間から生暖かい液体がふきだす。

 

床にできた水たまりに涙がボロボロ降り注いだ。

 

口から出ている音はちゃんと言葉になっているのだろうか。

 

私の状態を気にせずに、提督さんが抱きしめてくれる。

 

優しいな。でも、

 

意識がぶつんと途切れた。

 

 

 

 

____________________

 

 

 

 

目を開く。

 

周りを見回してみた。

 

自分の部屋だ。

 

提督さんが運んでくれたんだろうか。

 

ゆっくりと体を起こしてみる。

 

下半身の不快感がないなと思って手を伸ばしてみるといつも着ているパジャマに着替えさせられていた。

 

身体も洗ってくれたのだろうか、鼻を動かしても匂いは感じない。

 

洗ってくれたのは提督さんじゃなかったらいいな。

 

まだ明るいけれど一体どれだけ寝ていたのだろうか。

 

ドアノブが回る音が聞こえる。

 

その音を聞いてとても嬉しくなった。

 

なくなってしまったものが戻ってきたかと勘違いしてしまう。

 

誰かが帰ってくるのをずっと待っていたから。

 

誰を?

 

ギリギリと心臓が締め付けられる

 

私の、大切な人。

 

隣にいた人。

 

胸の中がぐしゃぐしゃにかき回される。

 

苦悶の声が漏れ出た。

 

扉から入ってきた提督さんが慌てて駆け寄ってきてくれた。

 

 

____________________

 

 

 

 

意識はすぐに戻っていたようだった。

 

寝ていた時間は1時間と少し。

 

村雨が、沈んだそうだ。

 

無線で連絡があったらしい。

 

撤退中に時雨をかばって、ドカンと。

 

こういう仕事をしているのだから、覚悟はしていた。

 

できていたつもりだった。

 

私の中の、村雨が占める割合はどうも思っていたより大きかったようで。

 

村雨がいない世界は想像できなかった。

 

世界から色が抜け落ちたように感じる。

 

今朝も村雨が水をやっていた、窓際の鉢の赤い花。

 

窓にかかった、村雨の髪型を真似たクリーム色のカーテン。

 

なんだかふわふわ浮いているようだ。

 

耳元で村雨の声が急げと言っているのは幻聴だろうか。

 

 

 

____________________

 

 

 

撤退している艦隊のお迎えに行っていいかと提督さんに聞いた。

 

随分とダメと言われたけど。

 

頼み込んだら許してくれた。もしかしたら殺気が漏れていたのかもしれない。悪いことしたかも。

 

ベッドから起き上がってそのまま着替え出すと提督さんは慌てて部屋から出て行った。見たいならいてくれてもよかったのだけど。

 

いつもの制服に袖を通す。

 

髪飾りをつけて、リボンを結んで。

 

村雨が使っていたドレッサーの引き出しの中から、村雨が髪をまとめるのに使っていたのと同じ黒いリボンを取り出す。

 

同じ位置でまとめてみた。

 

いいかんじ。

 

へやのドアを開けて、そのまま閉めずに明石さんの所まで走っていく。

 

工廠の扉を開けると、こちらを振り向いた明石さんが私を見て怯えていた。

 

気にしている時間が惜しかったので無視して、村雨の艤装の予備のパーツの中から長い鎖がついた錨を貰って、自分の艤装に吊るした。白い布はむしって床に投げ捨てた。

 

明石さんの方を振り向くと、補給はできてますから、と連装高角砲を渡してくれた。

 

ふとももに酸素魚雷を着けて、そのまま艤装を背負う。

 

「村雨、夕立のいいとこ、見せたげるからね」

 

 

 

____________________

 

 

 

 

鎮守府を出て少し。鎮守府正面海域と呼ばれる場所。

 

小さいのがいつもよりいっぱいいる気がした。

 

かまっている暇はないのに。

 

正面から来たやつに一発。

 

死角に回り込もうとしたのは加速して無視。

 

針路を塞ぐように近づいて来たのには左手の錨を投げてみる。

 

特殊な金属の塊は、そのまま敵の命を刈り取る。

 

「いい感じいい感じ」

 

予想していた以上に、砲も錨も馴染む。

 

 

____________________

 

 

 

 

 

いた。

 

白露と時雨と春雨と海風と江風と、沢山の敵。

 

艦隊を囲っている敵の、1番薄い所に突っ込む。

 

手足はいつもより素早く動いてくれる。

 

頭は冴え渡っていた。

 

ひとつ、ふたつ、みっつ、

 

驚いているみんなの声を無視してよん、ご、ろく、なな、

 

どれだけ沈めても羽虫のようにわいてくる。

 

だが、所詮は雑魚だ。村雨を沈めたのはこれじゃない。

 

みんなに1度振り切ったと思わせて、鎮守府への連絡が終わったらまた食らいついてくるような、もっと賢いのがいるはず。

 

はち、きゅう、じゅう、

 

数えるのが面倒くさくなってきた。どこからわいてくるのだろうか。

 

時雨の背後から魚雷を撃とうとしている敵が見えたのでそいつに向けて引き金を引く。

 

高角砲ががちりと金属の音を立てた。ここまで一人で来たから弾薬を使いすぎたのか。

 

弾切れの砲を私の背後に近づいて来た敵に投げつける。

 

時雨の方には左手の錨を。

 

海風の悲鳴が聞こえた。

 

江風の、姉貴と呼ぶ声は時雨にではなく私に。

 

……ああそっか、村雨がかばったのは時雨だから。

 

恨んでると思われてるのかな。殺したりしないのに。

 

投げた錨を時雨の艤装に引っ掛けて、そのまま力いっぱい引っ張る。

 

「ありがと村雨!錨貸してくれて!」

 

錨ごと飛んで来た時雨を受け止める。

 

私達を貫こうと飛んで来た砲弾を驚いている時雨を抱えたまま跳んで避けた。

 

時雨の手から砲をかすめとって背後に向けて引き金を引く。

 

確認はせず、そのまま両舷一杯。

 

ズタズタになった包囲網から出てきた後の4人と合流して、そのまま鎮守府の方へ。

 

みんなを沈めさせはしない。村雨が守ったんだから、絶対。

 

 

 

 

____________________

 

 

 

 

 

雑魚では倒せないと判断したからなのだろうか。見たことのない敵が海中から浮かび上がってきた。

 

人型をしているあいつを見ると、これが村雨を殺したやつなんだなとなんとなくわかった。

 

「…夕立?どうしたの?」

 

じっと見つめている私を心配してくれたのか、白露が声をかけてくれた。

 

「あれなの?村雨を殺したやつは」

 

「……うん。そうだよ。」

 

ならいい。あれを殺せば全て解決だ。

 

一気に加速しながら、時雨の砲の引き金を引く。

 

この程度で装甲を抜くことはできないとわかっていても、こっちに注意を引きつけるために撃ち続けた。

 

あいつが右手と一体化した砲をこちらに向けたけど、もうあいつを殺すことしか考えられない。

 

何度も轟く音もそばを通り抜けた衝撃も焼けどした肌も全部無視して接近する。

 

投げた鎖で右手ごと大きな体を絡め取った。

 

「つかまえた」

 

魚雷は全弾残っている。この距離でぶつければ私も巻き込まれるけど。

 

けど、村雨のいない世界なんかに未練はない。

 

いつものような、気の利いた決め台詞は言えなかった。

 

無言で全弾ねじ込む。

 

敵のあげる悲鳴は、魚雷の爆発音でかき消えた。

 

圧倒的な熱が体を焼く。

 

そっちに行けば会えるかな。村雨。

 

 

 

____________________

 

 

 

なんとか生き残ったようだ。

 

時雨に抱えられて鎮守府まで帰ってきたらしい。

 

村雨のことを思い出すたびに苦しくなる胸が健康だと言えるわけがないのでまだまだだけれども、体の調子は戻ってきている。

 

もっとももう一生、元に戻れることなどありはしないのだけれども。

 

正直、生き残ったことを少し残念に思う。

 

村雨が隣にいること以上の嬉しさを見つけることができない。

 

何もかもが、圧倒的にそれに及ばない。

 

先に沈んだのが村雨で良かったと思う。

 

私が先に死んでいたら、村雨はこの感覚を味わい続けるのだろうから。

 

村雨は、自殺なんて手段、取れないから。

 

机の上に置いた、遺書がわりの簡単な手紙をもう一度読み返してみる。

 

提督さんにはたくさん迷惑をかけるし、みんなを悲しませることになるんだろうけど。

 

ごめんね。もう、生きることが楽しくなくなっちゃったから。

 

この前村雨がどこからか買ってきてくれたけど、ついに一度も正しい方法で使わなかったカッターナイフを握りしめる。

 

刃物なら包丁でも使った方が楽なんだろうけど。

 

村雨がくれたこれで死ねるなら、その死ぬという行為を楽しいものにできるから。

 

喉元に押し当ててみた。やっとまた、村雨に会えるんだ。

 

正気じゃない?当たり前だ。

 

最初に、村雨が死んだ瞬間から私は夕立ではなくなったのだろうから。

 

でもどうせなら最後は夕立らしく死のう。

 

いつも出撃するときはなんて言ってたっけ。

 

たしか、

 

「さあ、ステキなパーティーしましょ」

 

一息に切り裂く。

 

ドアが開いて飛び込んできた時雨に、赤色が降り注いだ。

 

頬に付いた血。

 

パーティーのためのお化粧みたい。

 

 

 

 

 

 




1番被害受けたのは時雨ちゃん。かばった村雨が死んで、村雨が死んだせいで目の前で夕立が自分の首を切るとか可哀想すぎる。

ごめんね時雨ちゃん。

あと一応、この作品は自殺を賛美するものでも推奨するものでもありません。

次はハッピーな話書きたい


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春雨と信仰

1/11が私の誕生日だったんですけど現実世界で祝ってくれる人は親と妹しかいません。

悲しいです。

村雨ちゃん祝って




うちの鎮守府の春雨はぽいぽい教の信者だ。

 

昔私と夕立が春雨を拾った時に一目惚れして、それから何をするにも夕立姉さん夕立姉さん。

 

最初のうちは可愛いものだった。慣れない鎮守府で不安で最初に会った夕立に着いて回っているのかと思っていた。

 

時間が経つにつれ春雨の心は恋心とは逆方向に好きの感情を肥大させ続けて、最近ではもはや信者と表現するしかないようなふうになってしまった。

 

夕立を見ようとしない。理想を押し付けて、それにそぐわなかったら喚き、夕立が人間である事を認めないのだ。

 

まさに崇拝。夕立に目を奪われていたのに、今はもう夕立すらも目に入らなくなってしまっている。

 

夕立は神じゃない。私の大切な妹で恋人で、毎日「春雨が辛い」と私に愚痴るほどには疲れていて、

 

ああだから。私はこれ以上我慢できなかったんだろう。

 

 

 

____________________

 

 

 

「今、なんて言ったの…?」

 

「だから、私と私の夕立姉さんとの仲を邪魔しないでくださいって言ったんです!」

 

私の。…私の?

 

「私のって、言ったの?自分の耳が信じられないわ」

 

もう我慢できなかった。

 

夕立が傷つけられることが。私のものに手を出されたことが。

 

「ねえ夕立…いつから貴女は春雨のものになったのかしら…?」

 

「知らないっぽーい。私はずっと、村雨のものだと思ってたけど」

 

「そうよね。だからこの…小娘?嘘吐き?お馬鹿さん?…ああ、どうしてあげようかしら」

 

春雨が何か言おうとしたのを無視して、彼女の体を壁に叩きつけた。

 

「何するんですか!」

 

「ねえ貴女…夕立のコトを随分と崇拝してるようだけれど。」

 

「夕立姉さんは私の光なんです!だから神様で、私の物なんです!」

 

ダメだ。本格的にマズい。…本気で、どうにかしてやりたくなる。

 

「だから貴女なんかに邪魔できるはずないんです!」

 

手を出してはいけない、と微かに残った理性は言っているがもう一度壁に叩きつけてしまったし……私は思ったより…心が狭いようだ。

 

距離を詰めながら口を開きはじめる。

 

「出来るわよ。私が誰か忘れたの?…この子の双子の姉なのよ?この子が神なら私も神になるのだけれど…」

 

彼女の首を掴んだ。耳元に口を近づけてそのまま続けた。

 

「私って、思ったよりワガママなのよね。…ああだから、ふざけたコト言ってると潰すわよ?神の逆鱗に触れてみたいなら止めはしないわ」

 

無意識のうちに、彼女の首を握りしめた手に力が入る。

 

「村雨、やりすぎっぽい」

 

夕立の方を振り向くと視線で春雨のことを指すので、何かと思って顔を覗き込むと春雨の顔は恐怖でぐちゃぐちゃに歪んでいて、

 

「…ごめんなさい!私そんなつもりじゃなくて、」

 

一気に頭が冷えた。首を掴んでいた手を離すと白い肌には爪と指の跡がくっきりと残っていた。少し血が出ている。

 

「春雨、」

 

夕立が私と春雨の間に割り込むように入ってきて、春雨の目を覗き込む。

 

「村雨は許してくれるって。よかったね。でももしそういうことがあっても大丈夫、村雨には春雨絶対殺されないからね」

 

そうだ。何で私は可愛い妹に潰すなんて言ってしまったのか。

 

私のフォローをしてくれようとしている夕立の隣に行って、私も謝らなきゃと思って、

 

そして夕立の言葉を聞いて声が出なくなった。

 

「村雨に嫌な思いさせるなら、村雨が手を煩わせる前に私が消し去ってあげるからね。塵も残さないから。嬉しいでしょ?私に殺されるんだから」

 

 

 

____________________

 

 

 

「………って夢を見たのよ。」

 

「…あの、私ひょっとして村雨姉さんに殺される直前ですか?姉さんの部屋で2人っきりなんて」

 

「違うから!可愛い妹にそんなことできるわけないじゃない!」

 

「か、かわ……じゃあ何でその話を?」

 

「……春雨も夕立のこと好きなのかなって。それなら私が独占しちゃってるのは迷惑かけてるのかなって」

 

「いえ、夕立姉さんのことは好きですけどそんなに崇拝まではしませんから。それに夕立姉さんの1番の幸せは村雨姉さんと一緒にいることみたいですし」

 

「そうなの?よかった」

 

「………私はそれより村雨姉さんと…」

 

「?なんて言ったの?」

 

「な、なんでもないです…それより、一回潰すって言ってみてくれませんか?」

 

「なんで急に」

 

「いいじゃないですか。ほら、魅力的にお願いします」

 

「なんなのよもう……ん、…春雨、貴女はいい子なんだからちゃんと身の程をわきまえなさい。……じゃないと、…そうね…そうね。貴女のことを潰すわよ?」

 

「…ぃ、ぁ…」

 

「ちょっと春雨、大丈夫?」

 

「やばいです…こんなのむり…」

 

「無理って」

 

「村雨姉さん!」

 

「いたっ…何よ急に!服剥ぎ取らないで…」

 

「ごめんなさいもう我慢できなんです…!」

 

「まってもしかして春雨ずっと夕立じゃなくて私を」

 

「初めからずっと…村雨姉さんが魅力的すぎるのがいけないんですよ!」

 

「……うぅ…ああもう!…ベッドまで我慢してちょうだい。流石に床だと痛いから」

 

「でも」

「…もしかして本気で潰されたいのかしら?」

 

「我慢します…」




この話は宗教の批判がどうこうとか差別したいとかそういうのではありません


村雨と夕立の話で夢オチが多いのは、むらだちには暗い話がよく合うけど、暗い話よりは幸せな2人を見たいからです

夢ネタで村雨のバカ話を書きたいってのもある


そういえば前のあとがきで幸せな話書くって言ってたけど…幸せ?自信持てない


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白露ちゃんの心を擦り減らしたかった。

最初以外は結構甘め。

時雨の香りに包まれてみたい


「ただいま。私のお部屋」

 

「…つっかれた。…お腹痛いよぉ」

 

「………。…やること、やらなきゃ。…報告書と、海風から読んでって言われた小説と、江風の漫画と、絵の描き方と、お化粧の仕方と、フリスビーの投げ方と、美味しい蕎麦の作り方と、………。机、とおいなぁ……だめ、やらなきゃ!…やらなきゃ、」

 

「…え、…あ、涙が……字、にじんじゃった…提督に新しい紙もらってきて書き直さなきゃ…………なんで…なんで止まらないのよぉっ!」

 

「……いやだ…もういやだやよぉっ」

 

 

 

____________________

 

 

 

なんとか涙が治るまで待って廊下に出た。

 

今は何をやっても手につかないと理解しているはずなのに、空回りするような感覚が私を急かし続ける。

 

早く楽になりたい。

 

提督の部屋までは少し遠い。走って行けばすぐだけど、そうすればこの気持ちを抑えられない。

 

どうか、誰にも会いませんように。

とくに、私の妹には。

 

しかし、その願いは叶わない。

 

 

____________________

 

 

「あ!白露の姉貴!」

「江風、夜なんだから静かに」

「貴女、少しうるさいわ」

 

なんで、こんなときに。

 

「姉貴、あのマンガもう読んでくれた?」

 

「ごめんね。まだなんだ。」

 

やめて。貴女の笑顔は魅力的すぎるの。

 

「そっか。姉貴とマンガの話するの面白いから」

 

私だって、提督を困らせるほど遊びたい。いたずらだってしてみたい。貴女の姉だからそれができないの。

 

「あの、私の本は時間がある時で大丈夫ですよ?白露も色々忙しいでしょうし」

 

「だいじょうぶ、時間空いた時に読んでるけどけっこう面白いんだ」

嘘だ。江風のはそれでも大丈夫だけど海風と話すのはノートに伏線から考察まで書き込んでいかなきゃいけない。時間が空いた時に少しずつなんて無理だ。

 

「…ならよかったです。私も白露と本の話するの好きですから」

 

私を姉と呼んでくれないのは貴女だけ。貴女が改白露型だから?それとも私が頼りないから?

 

「…あの、白露姉、」

 

「わかってる。絵の描き方でしょ?」

 

「うん。…戌年だから、描いてみようかなって」

 

構わないで、なんて言ってたくせに。貴女があかるくなるまで私がどれだけ泣いたかなんて知らないくせに。

 

「また今度ね。もう夜遅いし、私これから用事あるから」

 

「そうなのか?引き止めちまってわるかったな、姉貴」

「ううん。じゃ、おやすみ」

 

自分が嫌だった。妹にこんなことを考えてしまうなんて。

 

このまま話していたらボロを出してしまいそうだったから早めに切り上げた。

 

だというのに

 

「あの、白露、本当に大丈夫ですか?なんだか辛そうで」

 

やめて

 

「大丈夫だって」

「でも」

 

やめてって言ってるでしょ。

 

「…あのね、今日あれなの。女の子の日」

 

「あ…ごめんなさい、」

 

嘘だ。それも原因の1つだけど辛いのは貴女にきつく当たってしまうから。

 

こんなことを考えている私が嫌だから。

 

「いいよ。…じゃあね。」

 

もう海風の表情は見れない。

 

私の顔が見られてしまうから。

 

 

____________________

 

 

結局、提督の部屋までたどり着けずに廊下の端にしゃがみ込んだ。

 

涙が止まらない。

 

何がしたいのかわからない。

 

嫌だ。

 

何もかもが嫌だ。

 

もうこれ以上は。

 

「…あれ、姉さん?」

 

この声は、

 

「時雨?」

 

「ねえさ、…白露、泣いて、」

 

そっか、ここ時雨の部屋の前か。

「ここじゃ、廊下じゃダメだからさ、 僕の部屋来ない?何があったのか聞くから」

「時雨、…………なんで、こんなに頑張らなきゃいけないのかな」

 

 

 

____________________

 

 

 

 

「なんで、こんなにがんばらなきゃいけないのかな」

 

しゃがみ込んでいる白露の声は、本当に本心が漏れ出てしまったような。

 

ダメだ。それはいけない。

 

「白露、こっち」

 

もうこれ以上考えさせちゃいけない。

 

それが白露に負担をかけるから。

 

「僕の部屋においで」

 

今は妹じゃダメだ。お願いすればまた白露はすり減ってしまう。

 

だから、白露型の中で唯一対等でいられる時雨じゃないと。

 

「時雨、の、」

 

「そう。ほら、はやく」

 

ふらふらと立ち上がった白露の手を引いて僕の部屋のベッドまで歩いて行った。

 

途中でクッションを1つ拾う。

 

先に白露をベッドの奥に寝かせてからその隣で横になる。

 

白露が使っている僕の枕の代わりのクッションを置いてから2人の体に布団をかける。

 

少し悩んでから、両腕で抱きしめてみる。

 

「………あぁ、時雨の匂いがする…。」

「すっごく幸せ」

 

…朧げだった声が少しだけ芯の強さを取り戻した気がした。

 

「声、戻ったのかな。…白露、元気?」

 

「……げんきじゃない」

 

「もう大丈夫かな、姉さ…白露」

 

「もう姉さんで大丈夫。ありがと」

 

正気には戻ったのだろうか。僕の匂いで戻るとは思わなかった。

 

「元気になったら僕の胸に手を伸ばしてる変態さんは自分の部屋に帰ってね」

「わーごめんごめん!あやまるから!」

 

姉さんは小さく息を吐いて、それから枕に顔を埋める。

 

その前にちらっと見えた表情は、辛いというより疲れたというような。

 

「………あー」

 

「…大丈夫?」

「すっごくいいにおい」

 

反射的に姉さんの後頭部を全力で叩く。寸前で思いとどまった。

 

「…ごめん。今顔見せられないからちょっとこのまま」

 

「…うん。ちょっと枕が濡れるくらいなら許してあげるよ。……でも、息苦しくない?」

 

「時雨の匂いに包まれて幸せ」

 

今度こそ全力で叩いた。

 

「いった!今の全力でしょ!」

「姉さんこそ変なこと言わないでよ!」

 

少しぶつぶつ言っていたけど、枕のせいでくぐもった声でよく聞こえなかった。

 

何か言い終わった後に大きく息を吐いて、姉さんがゆっくりこっちを向く。

 

「…………。……やること多すぎてさ、…疲れちゃったんだよね。」

 

なんであの状態で廊下の端っこにいたのかと思っていたけどそういうことだったのか。

 

「大丈夫?何か手伝おうか?」

 

「ありがと。でもいいよ。私に頼まれた仕事だから。」

 

「なら自分の管理もしっかりしてね。姉さんが倒れたら虜にされた全員が悲しむんだからね」

 

「でもさ、あの江風の笑顔とか、少し心細そうに訪ねてくる海風とか、山風のキラキラした目とか、それ見ても断れる?」

 

「…無理だね。」

 

「信頼されている村雨、妙に懐いた夕立、崇拝してくる春雨、ちょっとドジな五月雨、実は心配性な涼風、」

 

それに、

 

「あと、あんまり頼ってくれない時雨」

 

「………僕も?」

 

「うん。…私のやること増やさないように考えてくれてるのはわかるんだけど時雨のお姉ちゃんは私だけだからって心配になっちゃって」

 

「大丈夫だよ姉さん。僕も時々姉さんが来てくれるの嬉しかったりするから。」

 

「でも…迷惑じゃない?こういう風に来た時も白露って呼ばせちゃってるし」

 

「僕だけでしょ?白露って呼んでも許してくれるの。…海風が白露って呼ぶたびに左目の下ちょっと引きつってるよ?」

 

「う……だって、改白露型の1番艦なんて言っちゃってさ!悔しいじゃない!」

 

「海風なりに仲良くなろうとした結果なんだよ?」

 

「……でも、もしかして頼りにされてないのかなって」

 

「そんなことないじゃないか。こうやって姉さんがすり減っちゃうぐらいには頼られてるんでしょ?」

 

「う〜でも!」

 

「…はいはいもう今日はこのまま寝ちゃおっか」

 

「え?私まだやることが」

 

「海風のことを悪く言っちゃうなんて絶対姉さん疲れてるんだよ」

 

「それはわかってるけど…でも…」

 

「いいじゃないか。今日はゆっくり休もう?明日調べ物とか手伝ってあげるから」

 

「…でも、服が」

 

「うるさい。今日はもう寝るの!…ちょっとくらいならカラダ触ってもいいから」

「ほんと⁉︎」

 

伸びて来た二本の腕が僕の胸をわしっと掴む。

 

「………。」

 

「……姉さんどうしたの?」

 

「……ちょっとテンションが限界になっちゃった」

 

「無理しなくていいのに…」

 

姉さんの腕を優しく払いのける。

 

「じゃ、今日はゆっくり寝よっか」

 

もう一度、両腕で抱きしめてみる。

 

「…そだね」

 

今度は姉さんも返してくれた。

 

 

____________________

 

 

 

 

「完全復活‼︎」

 

姉さんがベッドから立ち上がって大きく伸びをする。

 

「んふ〜!やっぱりしっかり寝ると違うね!早く海風と江風と山風に謝って来なきゃ!」

 

扉の前まで走って行ってばたばたと靴を履く姉さん。

 

とんとん、と爪先を地面に打ち付けて、それから一度小さくジャンプした。

 

内側からかかっている鍵を開けて、ドアノブを回す。

 

「…時雨、ありがとね!」

 

ニッコリと、最上級の笑顔。

 

本当にずるいや。みんなの心を掴んで離さないんだから。

 

僕以外の心もつかみに行っちゃうんだから。

 




お化粧は村雨、フリスビーは夕立、蕎麦の作り方はさみすず用。

時雨ちゃん頑張って病まないでください


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村雨チューニング

村雨改二ネタ1つ目

ツイッター見てたら書きたくなった

設定:村雨改二改装後、適当にお祝いパーティーして夕立との二人部屋に帰ってからの話
村雨を食べる夕立の話の夢を見てる方の世界


 

 

 

 

 

「……………。」

 

「おつかれ」

 

「…きもちわるい」

 

「知ってる」

 

「…なんなの、これ、頭が」

 

「改二は改の時と違ってすごく『ずれる』から。…ちょっと調律しよっか。」

 

「調律?」

 

「うん。はいベッドベッド。苦しいかもしれないけど横になっちゃダメだよ。もっと気持ち悪くなるから。」

 

「…調律って何すればいいの?」

 

「感覚と身体を合わせるの。じゃ、まず目閉じて」

 

「…閉じたわよ」

 

「はい、マフラー。あったかい?」

 

「…うん」

 

「におい、集中してみて。今は匂いだけ。多分よくなってるはずだから」

 

「……………いつもより夕立の匂いがする気がする」

 

「ん。次は耳ね。大きく息を吸って、そこからじわじわ吐きながら集中して」

 

「……………時雨の、声と、…水音?」

 

「聞こえた?ここの壁結構厚いからほかの人は隣の音聞けないんだけどね。この時間は時雨が一人でくちゅくちゅしてるの聞こえるの。」

 

「なんてもの聞かせるのよ、…って、他の人聞こえないってどういうこと?」

 

「そのぐらい身体の能力が上がったのは今まで夕立だけ。村雨は双子なんだからおんなじ上がり方するかなって思って。じゃ、次は目ね。…でも村雨の場合はたぶん」

 

「……そっか、右目だけ赤いから」

 

「そ。まず左目だけ開けてみて」

 

「……こっちは前と変わらないのね」

 

「次は右だけね。よくなりすぎててびっくりするかもしれないけど頑張って」

 

「そんなこと言われるとやりにくいんだけど。……っ、」

 

「別の世界みたいでしょ?」

 

「夕立、ずっとこんなにいっぱい見てたの、」

 

「うん。頭がぐるぐるしてたら多分その目のせい」

 

「やだ、…これどうしたらいいのよ、」

 

「見て。私を見て。」

 

「………夕立は前とおんなじだ。」

 

「村雨は夕立の全部知ってるでしょ。他の物も新しいことを知れるようになっただけだからそのうちなれるっぽい。慣れないなら村雨は左目だけで見てもいいけど…多分村雨は頭いいからすぐ上手く切り替えられるようになるっぽい」

 

「…………夕立の改二の時もこんなだったの?」

 

「うん。村雨にいっぱい迷惑かけちゃったね。」

 

「夕立はこれを一人で?私、何もできなかったのに、」

 

「ううん。私が何とかなったのは村雨が優しくしてくれたからっぽい。……村雨がこの前見た夢みたいに私がかじらせてって言ってたら村雨たぶんかじらせてくれたでしょ?」

 

「……うん。」

 

「村雨は答えがわからない中でやれることやってくれたの。だからありがとっぽい」

 

「………。」

 

「じゃ、次は感覚ね。はい、ぎゅう、」

 

「……いつもより敏感になってるのかな、」

 

「たぶん。……ぱんつは白いままなんだね」

 

「めくるな。」

 

「この包帯みたいなのってなに?」

 

「っ、…そこ、今触らないで、」

 

「あ、ごめん」

 

「…これ、ずいぶん辛いわね。パーティーの間も服で擦れてすごかったんだけど」

 

「いっぱい感じてたらそのうち慣れるっぽい。……ちょっとずつ触っていくね」

 

「…っ、…ぁ…」

 

「何か話す?そっちの方がらくかも」

 

「…、おねがい」

 

「じゃあ……おっきくなったよね、これ、」

 

「いっ……急につつかないでよ」

 

「夕立のも大っきくなったんだよ」

 

「…あ、ほんとだ。どうしたの?」

 

「村雨が改装してる間お昼寝してたらかってに膨らんでたの」

 

「なんでよ…」

 

「多分村雨と同じサイズっぽい」

 

「そうなの、…いたっ」

 

「ごめん、爪こすっちゃった。袖なかったから」

 

「気にしないわ。…服も、結構変わったわよね」

 

「これ、リードみたいじゃない?尻尾挿して耳つけて散歩する?」

 

「しない」

 

「けち」

 

「前ならまだしも今やったら感覚鋭すぎるからドキドキで死んじゃうわよ。」

 

「落ち着いたらやってくれるの?」

 

「…………まあ、夕立がしたいなら」

 

「じゃあ早く慣れないとね。えい」

 

「んぁっ」

 

「……今の声すごいエロいっぽい」

 

「…うるさい」

 

 

____________________

 

 

 

 

「気分どう?」

 

「……前よりずっと敏感になってるんだって意識するだけでずいぶん楽になったわ」

 

「ん。よかっぽい。…お腹すいてない?」

 

「何よ急に…あ、そういえばすいてる?かも?パーティーでそんなに食べれなかったにしてもこれは…」

 

「改二ってエネルギーいっぱい食うから。」

 

「だから夕立あんなに食べてたのね……こんなにお腹すくならもうちょっと食べさせてあげればよかった」

 

「食べ過ぎたら太っちゃうからあれくらいでよかったっぽい。村雨も気をつけなきゃね」

 

「食べたい分食べてたらそりゃそうなるわね」

 

「じゃ、最後の調律っぽい」

 

「まだ何かあるの?」

 

「えっとね…夕立抱えて食堂まで運んで。筋力も上がってるはずだから」

 

「え、…そっか、筋力上がるんなら夕立一人くらい余裕になるのね」

 

「向こう着いたら何か食べよ。もっかいお祝いするっぽい」

 

「…ありがと」

 

「ほら、早く早く!」

 

「あーもーわかったからジタバタしないで……よいしょ」

 

「顔近いねー。…ちゅ、」

 

「ひっ…なにこれ唇とかまで敏感になってるの?」

 

「私の舌も変わってたでしょ?料理美味しく感じるからおとくっぽい」

 

「…やっぱりすぐに、という訳にはいかなそうね」

 

「慣れるまではお世話してあげるっぽい……さ、早く早く!」

 

「…はいはい」

 

 




もういっこ台詞なしの村立の構想もあるので次はそれ。

最近村立しか書いてないからそろそろ他のも書く

村雨さんおめでとう


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全てを捧げても

改二村立ふたつめ

こっちは夕立が村雨をかじってる夢の中の世界


 

 

村雨が、改二になった。

 

髪の先と、右目の色が変わった。

 

服もおしゃれで村雨らしいと思う。

 

変わったのは見た目だけなわけはないと知っていた。私の時もそうだったから。

 

でも。

 

変わったのは村雨だけではなかった。

 

 

 

____________________

 

 

 

うれしかった。とっても。

 

私と同じ色になった右目。

 

先が赤く染まった髪を嬉しそうに見せびらかしてくる村雨。

 

新しくなった服を着た自分を姿見で眺めている笑顔。

 

よかったと、心から思う。

 

でも。

 

正の感情と負の感情は矛盾しないのだと知っている。

 

それが仕方ないとわかっていても。

 

今は私を許せない。

 

それは、村雨の幸せを壊してしまうものだから。

 

 

 

____________________

 

 

 

私は変わった。自分の中にあるものをきちんと理解したから。

 

春雨と色違いの帽子。

 

五月雨と同じノースリーブ。

 

那珂さんに似たスカートのフリル。

 

砲のグリップは由良のに似ていた。

 

私に似た服だというのに。

 

私と同じ髪飾りをしていて、村雨が1番似ているのは私だというのに。

 

村雨と1番一緒にいたのは私だ。

 

村雨のことを1番知っているのも。

 

村雨の幸せの1番多くを占めているのも。

 

村雨のことを1番好きなのも。

 

私は1番では満足できないようだ。

 

全部が欲しくなる。

 

頭のてっぺんからつま先まで。

 

心さえも。

 

すべて。

 

初めて自覚した、渇きと愛以外の気持ち。

 

こんなに辛くなるなら、嫉妬も独占欲も知らないままでよかった。

 

 

 

 

____________________

 

 

村雨の顔を正面から覗き込んだ。

 

髪をしばる黒いリボンに手を伸ばしてそれを解いて、ふわふわした髪を手で梳いた。

 

鏡みたいだ。

 

同じ顔。同じ髪。髪飾り。身体。

 

村雨をベッドに押さえつけたまま、その新しい服をびりびりと引きちぎっていく。

 

これは、同じじゃない。邪魔だ。

 

それとあと1つ。

 

この目だけ、赤くない。

 

どうすれば赤くなるのかな。

 

燃え盛る赤をずっと見せてみるとか。

 

血で染めるのがいいかもしれない。

 

右手の人差し指を噛んで、流れた血を村雨の左目に垂らした。

 

目尻からこぼれた血を舌でなめとる。

 

どうして抵抗してくれないのか。

 

どうして微笑めるのだろうか。

 

左目に溜まった液体を全部舐めとった。

 

赤くなっている筈など無い。村雨の目のままだ。

 

どうしてそんなに悲しそうなの?私がこんなになっちゃったから?

 

どうして右目まで濡れてるの?私が泣いてるから?

 

 

____________________

 

 

 

村雨は私のものじゃない。

 

村雨の幸せは私だけでは無い。

 

だから、自分の全てを押し付けてはいけない。

 

村雨が私のものになってくれたら、それだけで私は幸せになれるというのに。

 

それだけは、村雨のためにも叶えてはいけない。

 

お願いだから、抵抗してよ。

 

今の私に改二になった村雨と張り合うだけの元気なんてないんだから。

 

どうして。

 

その気になればすぐに私を押しのけられるのに。

 

涙を流しながら首筋に噛み付く。

 

少しかおをしかめただけで、村雨が私に何かをすることはない。

 

どうしてなの

 

涙が混じった声はもはやなんて言っているのか。

 

村雨の胸に顔を押し付けて泣いた。

 

 

「夕立だから」

 

夕立が好きだから。

 

夕立になら、全てを捧げられるから。

 

なら、私も。

 

自分の全てで村雨を幸せにしよう。

 

それなら、納得できるから。

 

私を抑えていられるうちは。

 

 

 

____________________

 

 

「どうしようこれ。まだ服1着しか支給されてないのに布切れになっちゃった。」

 

「…ごめん」

 

「いいの。夕立のせいじゃないんだから。不安にさせちゃった私のせい。」

 

「……。うん。ありがと」

 

「…そうだ、夕立の服貸してよ。何着かあるでしょ?」

 

「 ?いいよ。クローゼットにまだあったはず。…………はい」

 

「…あ、首のとこ血ついちゃう、」

 

「…舐めていい?」

 

「 いいわよ」

 

「…、……。味は、おんなじっぽい。」

 

「よかった。今度夕立も味見させてね」

 

「…うん」

 

「ま、とりあえず今はこっちかな」

 

「村雨、何するの?」

 

「ちょっとね。髪の毛とか変わったから、そこを誤魔化すような動き方しなくても夕立になれるのかなって」

 

「………よし、お着替え完了、」

 

「…リボン、私どこやったっけ、……あ、あった。髪飾りも自前であるから付け替えて……ここちょっと整えて、……よし。どう?」

 

「……あれ、私?」

 

「声も…ん、……これで戦闘は……できるっぽい!」

 

「 ⁉︎村雨、戦闘!夜戦しよ!」

 

「わ、まって。せめて服の残骸片付けてから」

 

「嫌なら押し退ければいいっぽい。村雨、改二になったんだからできるでしょ?」

 

「う……。…いい、よ」

 

「!じゃあ、いただきまーー

 

「村雨、夕立、いる…ごめん、ノックしたけど返事なくて、でも中から声してて、ノブ回したら開いちゃって、……って、夕立が二人?」

 

「………時雨」

「万死に値するっぽい」

 

「ひっ……」

 

「夕立、今すっごく怒ってるの。」

「その首置いてけっぽい」

 

『ソロモンの悪夢、見せてあげる…』

 

 

 

 

 

後日、夕立が影分身の術を習得したという噂が鎮守府の中で広まった。





これで多分、『変わった』村雨は終わり。

成長(?)したけど村雨であることは変わってないのでそこまで脳内キャライメージも変わらないと思う。


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バレンタインチョコ

ちょっと早いけど2/14用事あるし早い分には良いかなって。内容もそんな感じだし。


 

 

 

 

 

「時雨、これ見て!」

 

「なにこれ。……義理チョコについて?」

 

「うん。ほら、最近新聞でもあったじゃない?禁止、とはちょっと違うけどやりたくない人はやらなくていいよってのを規則で決めたんだって。」

 

「…提督、いい人だけど結構バカだよね」

 

「うん。提督を嫌いな人なんてこの鎮守府にいいないのに。チョコの数も、……誰かが沈まない限り減ることなんて無いのにね。」

 

「僕も、そろそろ準備しなきゃね。今年はなに作ろっかな。」

 

「日持ちするのが良いよね。あと甘く無いのとか。……お煎餅とかどうかな!」

 

「バレンタインなんだからチョコにしようよ、…って言いたいけどそれも良いかもね」

 

 

 

____________________

 

 

 

 

 

「提督さん、チョコレートどんなのが良い?村雨と一緒に作ってくるっぽい!」

 

「……あれ読まなかったのかって?…提督はあれでチョコの数が減ると思ってたのかしら?」

 

「あの文面じゃ、嫌な人は持ってこなくて良いよとしかとれないっぽい」

 

「本当に持って来たい人を禁止するのも、…ましてや本命チョコを禁止できてないのよ?」

 

「本当にチョコの数減らしたいなら、ちゃんと『禁止』しなきゃ」

 

「もっとも、それをしたら提督さんのいうこと聞いてくれる娘がちょーっとへるかもね」

 

「……ふふっ、面白い顔。諦めて、鎮守府みんなの分のチョコ食べるっぽい♡」

 

「さあ、提督さんはどんなチョコがお好き?私たちの、かなりいいチョコ、食べさせてあげる♡」

 

 

 

 

____________________

 

 

 

 

 

「春雨姉さんは、どんなチョコ作るんですか?」

 

「海風は私がどんなチョコ作ると思う?」

 

「………自分の体にチョコ塗って、プレゼントです、はいっ。……みたいな、」

 

「うふっ、海風もまだまだですね。……それは去年やって酷いことになったので封印です。はい。」

 

「去年、やったんですか。」

 

「まずチョコが熱いんです。それとチョコが溶ける温度が28℃なので肌に塗って固めるとなると体温をそこまで下げなくちゃいけなくて……艦娘だからちょっとは融通がきくけど、寒くて寒くて」

 

「いいです、それ聞いたって多分何の参考にもなりませんから」

 

「冷たいですね。…えい」

 

「!あつ、…姉さん!」

 

「そんなに冷たいのならもしかしたら固まるのかなって。 ……でもダメみたいですね、はい。」

 

「うう、痕付いてないかしら……」

 

「…いただきます、」

 

「ひっ…⁉︎舐めないでください!」

 

「…うふふっ…とっても、あまいです。……提督の義理チョコもいいけど、私へのチョコも期待して良いんですよね?」

 

「………考えておきます、ね」

 

 

 

 

____________________

 

 

 

 

 

 

「姉貴、姉貴はちょこ何作るンだ?」

 

「…まだ、考えて無いけど、」

 

「でも作る気ではいるンだろ?」

 

「うん。……お世話になってるし、…嫌いじゃ、ないから」

 

「あははっ、姉貴にそこまで言わせるなンて、提督もイイ男だな!」

 

「あ、あなた少しうるさいわ……でも、江風もあげるんでしょ?」

 

「ああ、そのつもりではいたけど…上手く出来るかなって」

 

「……なら、江風のも見てあげるわ。…一緒に作りましょ」

 

「サンキュー姉貴!」

 

「うう…ちょっと力強いわ、もうちょっと、優しくして、」

 

 

 

 

 

____________________

 

 

 

 

 

 

「さ、さみ、あたいがやろうか?」

 

「だ、大丈夫です、これくらいなら、ちゃんと気をつけてたら、……よいしょ、」

 

「ふう、…さみの料理見てると緊張するねえ」

 

「…すず、日頃あんななのにお料理は上手なんですから」

 

「む、あんなとは失礼な」

 

「…ごめんなさい、…はぁ、私って何でこんなにドジなんでしょうか」

 

「さみって言うほどドジか?ちゃんと注意すれば大丈夫なんだろ?」

 

「そうですけど…」

 

「なら大丈夫……!さみ、エプロンのすそ、…浸かってる!」

 

「やだ、なんでぇ〜⁉︎」

 

「ちょ、動いたら、落ち、」

 

「!、ちょ、チョコが!」

 

「…はぁしょうがないな、あたいのちょっと分けたげるから、もっかいやり直しだな」

 

「……ごめんなさい、すず、私、」

 

「ん、大丈夫さ。あたいが話しかけちまったのが悪いのさ。次は最後まで気をつけてやろうな、さみ。」

 

「…ありがとう、すず。」

 

 

 

 

 




平和っていいね。


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続 バレンタインチョコ

ボツネタ供養


しらしぐ

 

 

「うーん、お煎餅は作れないからって見に来たけど種類多いね」

 

「スーパーじゃなくてもうちょっといい店とかも調べてきたけど」

 

「提督は味なんてわからないでしょ。…というのは冗談で、あんまり高価そうなのあげてもね」

 

「提督はどんなのが好きなのかな」

 

「聞いてくればよかったね」

 

「でも、お煎餅と言ったらあれだよね」

 

「ああ、あれか」

 

「ごま」

「黒豆」

 

「「は?」」

 

「ふつう醤油とごまでしょ?時雨頭沸いてるの?」

「黒豆の美味しさがわからないって姉さんの舌腐ってない?」

 

 

「……一旦落ちつこう、ここお店だし」

 

「そうだね。ごまと豆だけじゃなくて、ザラメとか梅とかカレーとか味もいろいろあるし」

 

「…おいしくて、軽いのがいいよね。提督いっぱいチョコもらうだろうし」

 

「高そうなのはお返しを気にさせるからダメ、味も、嫌いな人が少なそうなのがいいよね」

 

「………お◯ぎりせんべいが最強なんじゃ?」

 

「それだ」

 

 

 

____________________

 

 

むらだち

 

 

「てーとくさん、チョコ作ってきたっぽい!」

 

「ご注文通り、にがーいチョコで……私達を作ってきました♡……あーほらやっぱり嫌そうな顔してるじゃない!だから人型じゃない普通のチョコにしようって言ったのに!」

 

「提督さん、聞いて聞いて。…1/7スケールで、スカートの中までちゃんと再現したっぽい」

 

「うそ、夕立、指示と違うじゃない…提督も覗かないで!」

 

「んふふーん…さ、村雨」

 

「…わかった、やるからそんなにつっつかないで、もう…」

 

「うん…提督さん」

「私達を、」

 

 

「「た、べ、て、♡」」

 

 

「あー!村雨の首折ったっぽい!」

 

「もうちょっとあるでしょ⁉︎ほら、手の先からかじるとか……おいしい?」

 

「…なら、よかったっぽい!」

 

 

 

___________________

 

はるうみ

 

 

は思いつきませんでした。

 

 

 

____________________

 

 

山風ちゃんと江風ちゃんのカップリングなんて言うのか知らない

 

 

 

「こ、このぐらい?」

 

「35mlって言ってるでしょ、ちゃんと目盛り読んで。…おかしはちゃんと計ったら失敗しないんだから」

 

「わ、わりい姉貴…これでいいンだよな?」

 

「…うん。…次これ、2滴よ、2滴だからね、」

 

「…1、2、と」

 

「次はお湯から出して。お水に入れて。ちゃんと混ぜるのよ」

 

「お、おう…」

 

 

「こ、これでいい?」

 

「……ん、できてるわ。……よく頑張ったわね」

 

「………」

 

「か、江風?」

 

「いや、お姉ちゃんっぽかったなって。…言い方悪いけど、姉貴ってほら、いつもその…」

 

「…言わないで、ちょっとは気にしてるんだから」

 

「わ、わりい…でも、いつもの姉貴好きだぜ」

 

「ありが…と。…つ、次、はやく、」

 

「わかったって、…次はどうすンだ?」

 

 

____________________

 

さみすず

 

 

「やった、できました!」

 

「さみ、また何かしちまう前に包んじまいな」

 

「うんっ…えっと、箱は、」

 

「背中、当たるよ」

 

「あ、わ。 」

 

「よっと…どうしてそこでバランス崩すんだい……さみ、さみ?」

 

「…あ、ごめん」

 

「いや、いいんだけど…どうしたんだい」

 

「…抱きとめられてると……あったかいなって」

 

「あったかいってことはチョコ溶けるってことだよ。…はい、箱」

 

「ありがとう……これで完成ですね。…あ、でも、……ごめんなさい、すずの分小さくなっちゃって」

 

「いいよ。…提督には日頃の感謝とかいろいろあるんだろ?……あたいは、さみがいてくれればとりあえずは幸せだから」

 

「…はい、はいっ」

 

 

 



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白露ちゃんと雛祭りに祝福を





 

 

 

 

 

 

 

 

 

「白露、食べ過ぎじゃないのか?」

 

「えーいいじゃん、せっかくの雛祭りなんだし!」

 

白い皿に山のように盛られた桜餅。白露はそれを素手で掴んで、葉っぱごと口に入れていく。

 

この細い体の、一体どこに入っているのだろうか。明らかに今まで減った山の量と白露のお腹のサイズは一致しない。

 

「ほら、提督ももっと食べなよ!」

 

机を挟んで正面に座っている白露が、お皿をずずっと俺の方に近づける。桜餅。嫌いではないんだけど。白露に勧められて片手の指の数以上に味わうと、作ってくれた方には申し訳ないが、飽きる。

 

戸惑っていると白露が、また山の上に手を伸ばした。

 

「太るぞ」

 

「う……き、今日だけだから!」

 

「そう言って、昨日もお菓子食べてたよな」

 

「あ…でもほら、もう作ってもらっちゃったし、捨てるのもったいないから!」

 

一度は止めた手は、ゆるゆると動き出して山の一角をまた崩した。

 

ピンク色の塊は彼女の前歯に挟まれて形を変える。

 

「んー♡美味しい!」

 

もっちゃもっちゃと咀嚼すると、残った半分を口に投げ込んだ。

 

桜餅のカロリーは1つでおよそ100だとか150だとからしい。

 

すでに10数個、体の中に入っているので1000kcalは超えているのだろう。

 

こいついっつもこんなに食ってるのになんで太らないんだよ。

 

机で隠れて見えないけど、肉がつきすぎていない太もも。しっかり括れた腰から上。

 

胸のサイズがそれほどでもないってことは脂肪がそこについてるってわけでもないんだろうけど。

 

「……何か変なこと考えてるでしょ……えい、」

 

不意に白露が手にしたピンク色を口の中に押し込んできた。

 

桜の香りが口の中に広がる。

 

「どう?美味しい?」

 

「……ああ。」

 

美味しい以外に答えようがないというのに。

 

彼女は笑顔の形に目を細めた。

 

「そういえばさ、雛人形しまうのが遅れると行き遅れる、っていうじゃん」

 

「なんだよ急に」

 

「提督が毎年3月の末までしまってないのって…もしかして私たちとの誰ともケッコンしたくないから?」

 

「…そんなわけないだろう」

 

「いひひー…ごめん。いじわるだったね。今の、」

 

白露の作っていた笑顔が少しだけ剥がれ落ちて、目の中に悲しみが浮かぶ。

 

「……。」

 

「……今すぐ決められることじゃないってわかっててもね、…待ってるのね、ちょっと辛いんだ」

 

数日前。

 

俺は白露から、好きです、と言われた。

 

1人の女として。貴方を愛しています。と。

 

返事は、つい先延ばしにしてしまった。

 

申し訳ないとは思ったが。準備ができていなかったのだ。

 

今、ポケットの中に忍ばせている小さな輪っかの準備が。

 

この程度で悲しませるのなら、早く答えた方が良かったのかと、今更ながらに後悔した。

 

「白露、」

 

「…なあに、提督」

 

「ごめんな」

 

ああしくじった。後悔したまま口を開いたからこれだ。

 

彼女の目の中の悲しみが、一気に密度を増した。

もう、これ以上悲しませないために。

言葉より先に白露の左手を、掴んだ。

 

おしぼりで軽く拭った後。ポケットの中身の四角い箱を取り出した。

 

中身の小さく輝く指輪を。彼女の指に嵌めた。

 

「待たせて、ごめんな」

 

「ーーもうっ、もうっ!すっごく怖かったんだから、バカっ!」

 

白露は左手の甲で涙を拭うと、右手で新しい桜餅を掴んで俺に押し付けてきた。

 

2、3と渡してから、次は自分の口の中に1つ丸ごと押し込む。胸に使えていた物がなくなったのか、乱雑に口を動かして飲み込んでから、すぐに次を口に運んだ。

 

「ほらっ、早く食べないと…お嫁さん太っちゃうよ!」

 

新しい幸せを目の端から零しながら、白露は笑った。

 

白露が美味しそうに食べるのにつられて、俺も1つ口の中に投げ込む。

 

せっかくの、最上級の花嫁が太るのは癪だ。うん。だからだ。

 

白露に負けじと桜餅に手を伸ばしたのは、彼女の笑顔を見ながら食べる餅が美味しいからでは、ない。



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噛み癖

ツイッターでこなさんの、村雨と夕立の「どっちでしょーか!」って絵見て死にました。


 

 

 

 

 

「何してるの、村雨、」

 

「んー?」

 

背後からかけられた夕立の声に適当に返事をしながら、手元のキーボードをつつく。

 

『かみぐせ』

 

「…夕立が、いっつも噛んじゃうの、…禁止、ってわけじゃないけど、いくらかマシになったらいいなって」

 

マウスを動かして、『検索』の文字をクリックする。

 

数秒の読み込みの後、画面はそれの検索結果を映し出す。

 

………とりあえず、『犬の噛み癖とそのしつけ』という文字をクリックした。

 

「村雨、」

 

「ごめんごめん」

 

少し不快感を込めてかけられた声。それを半分無視して中身を読んで行く。

 

軽く流し読みしていくと、途中で気になった文字を見つけた。

 

『 例えそれが遊びの延長だったとしても、永久歯が生えて力をつける前にしつけておかないと、取り返しのつかないことになってしまう可能性があります』

 

カーソルで文字をなぞって、その文字列を選択することで後ろから画面を覗き込んでいる夕立に意思を伝える。

 

「うぐぐ、」

 

へんな唸り声を上げた夕立に、首筋をがじがじと噛まれた。そういうとこなのに。

 

また文字列を送っていく。

 

『噛み癖の躾の基本』

 

なるほど、簡単なことなら今からでもできるかもしれない…が、本格的に犬の躾よねこれ。

 

「……あー、夕立、見るの…嫌?」

 

「……。いい、けど。」

 

夕立の了解も得れたので、その続きを読み始めた。

 

『まず、目的をきちんと定めましょう。して欲しいこと、して欲しくないこと。例えば、物を噛まずに我慢できるようになる。必要な時に我慢できるようになる、などです』

 

…この場合、頻度を覚えてもらうというのでもいいだろう。夕立は犬っぽいけど人間だし。

 

『して欲しいことをした時には褒め、して欲しくないことをした時には叱ります。これが基本になります。』

 

まあ、基本らしいしこれからやってみよう。とりあえず、がじがじと歯を立て続ける夕立に声をかけてみる。

 

「…あー、えっと、……こ、こら?」

 

「ふっ…全然怖くないっぽい」

 

バカにするように笑われて、少しイラっとした。

 

「いますぐ、やめなさい。…わかるわよね?」

「はいっ」

 

語気を強めるとちゃんと聞いてくれた。…なるほど、『高い声で叱ると褒めていると勘違いするので低い声で叱りましょう』ね。『逆にちゃんとできた時は明るい声で褒めてあげましょう。』

 

「うん。よくできたわね、夕立」

 

体をひねってわしゃわしゃと撫でてみる。

 

「……喜んじゃう自分が悔しいっぽい」

 

とりあえずはこんな感じでいいのだろうか。………『ご褒美を用意してあげるのもいいですね』。

 

「夕立、ご褒美何か欲しい?」

 

「村雨がじがじしたいっぽい!」

 

…………無言で、画面の端の左向きの矢印をクリックする。

 

うん。犬用のサイトを参考にするのは間違いよね。

 

また、知識の目次から目を引く物を探していく。

 

「……あ、これって、」

 

『噛み癖がある人の心理』

 

カーソルを合わせると、後ろの夕立が慌て出す。

 

「あ、だめ、まって、それ恥ずかしい、」

 

「今更じゃない。お互いの体と心の恥ずかしいとこ、たっくさん知ってるのに」

 

「うー…。」

 

カチリ。文字列を送っていく。

 

『①:ストレス解消、フラストレーションの発散をしたい』

 

「夕立の、これ?」

 

「…それもある、けど、…ちょっと違うっぽい」

 

なら次次。

 

『②:肌を噛んだ時の感触が好き』

 

「これ?……なんかちょっと怖いけど」

 

夕立なら……ないこともないのかな?

 

「あー……村雨の肌は、ちょっと好きかも。」

 

「こわ」

 

『③:深い愛情表現』

『④:愛情の確認』

『⑤:独占欲の表れ』

『⑥:もっとかまって』

 

 

 

『⑦:信頼の証』

 

 

 

なんとなくわかった。

 

「これね」

「うん」

 

 

『どの理由においても、相手への信頼の表れであります。甘えたくても、構って欲しくても、ストレスの発散がしたくても。少し間違えば犯罪になってしまう行為です。お互いの信頼関係に自信があるということと、』

 

「もっと気持ちを伝えたい。もっと愛が欲しい。そういう心の表れ。…貴女への最大級の愛情表現です。…ぽい」

 

ダメだ、恥ずかしい。すっごく。

 

「顔、真っ赤だね。」

 

「…夕立のせいよ、もう、」

 

『どうしても、噛み癖をやめて欲しいとき』

 

『いくら愛情表現の一つと言っても、最初は可愛いなと思った相手の行動でも、頻繁に続くと不快に感じるようになることもあります。本当にやめて欲しいなら、その気持ちをきちんと伝えましょう。』

 

『気持ちを伝える仕草の一つとして、噛むという手段はおかしくないものです。しかし、どちらかが不快に感じているのなら、今の関係を壊すことにもなりかねません。素直に言葉で伝えてみるのもいいかもしれません』

 

「村雨、…いや?」

 

夕立の声が耳元でぽしょぽしょと聞こえる。

 

だけど、とりあえず私達の場合で言えば、言葉よりも確実に想いを伝える方法があった。

 

パソコンを置いている机から立ち上がって、甘えるように夕立の体に抱きつく。

 

『…ゆうだち』

 

夕立は私の唇をぺろりと舐め上げると、そのまま体を抱え上げた。

 

『おもくない?』

 

『だいじょうぶ』

 

声なんか出さなくたって。想いを伝える自信ならある。

 

ふっと、少しの浮遊感に包まれて、柔らかな感触の上に落ちる。続いて上から降ってきた重みを受け止めた。

 

『ゆうだち』

『むらさめ』

 

だいすきだよ。

 




ツイッターで知り合いと話す内容にリョナとかそっち系が混じり始めた結果妄想をすることも出てきたけど書くだけの知識はまだないしゅえさんです。

光と陰は表裏一体って言葉をよく理解できました。


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村雨と4月の愚か者

ちょっと早いけどいいかなって。

去年書いた原稿を年末見つけて打ち込んで、今思い出したので。


 

 

 

 

私は目を覚ます。

 

カーテンからは薄い光が差し込んでいた。

 

ふと、なにか違和感を感じた。

 

寝起きであるにも関わらずスッキリした頭で起き上がる。

 

部屋を見渡すと、本来夕立との2人部屋であったにも関わらず、その夕立が生活している痕跡は全くなかった。

 

これはいつもの夢なんだな、と理解した。

 

自分の服装を確認するといつもの制服だったので、そのまま部屋の扉に手を掛ける。

扉の外になにかの気配を感じた。

 

 

扉を開くと、黄色い髪をした私の妹がうずくまっていた。

 

どうしたの⁉︎

 

慌てて駆け寄ると夕立はすぐに立ち上がる。

 

「エイプリルフールっぽい!」

 

なるほど、今日はエイプリルフールだったのか。

 

私は夕立と別れて執務室へと向かう。

 

太陽のような笑顔だった。

 

 

階段に差し掛かると、上から声をかけられた。

 

「村雨、おはよう」

 

見上げると、黒い髪をした私の姉が立っている。

 

時雨はそのまま一歩を踏み出して、足を踏み外して階段から落ちる。

 

下にいた私を巻き込んで2人で倒れこむ。

 

ガツンと頭を床に打ち付けたが、夢だからなのか痛みは感じない。

 

痛みだけでなく顔面に押し付けられる時雨の胸の膨らみの温かさも感じることはできなかった。

 

「ご、ごめんよ村雨、すぐに退くから、」

 

彼女は立ち上がって私に手を差し伸べる。

 

恥ずかしそうな笑みを浮かべていた。

 

 

曲がり角に差し掛かった。

 

ドン、と右半身に衝撃が走る。

 

そちらを向くとピンク色の髪をした妹が尻餅をついていた。

 

「村雨姉さん⁉︎ごめんなさい!」

 

いいのよ。春雨こそ大丈夫?

 

彼女の周りには書類が散らばっていた。慌てて立ち上がる春雨と一緒に書類を拾っていく。

 

「姉さん、ありがとうございます」

 

春雨は私に向かって、どこか熱っぽい笑顔を浮かべた。

 

 

提督がいる執務室にたどり着く。

 

扉に手を掛けたところで、びりり、と胸が痛んだ。

 

それを無視して私は扉を開く。

 

拳銃を持った、茶色い髪の私の姉さんと、

 

赤に染まった提督がいた。

 

ふと右手に重みを感じた。

 

視線を向けると拳銃を持っていた。

 

私はそれを姉さんに向ける。

 

姉さんは、どこか楽しそうな笑みを浮かべ、

 

私の顔は狂喜に歪んでいた。

 

 

____________________

 

私は目を覚ます。

 

カーテンからは春の日差しがさし込んでいる。

 

重たい頭で起き上がって部屋を見回す。

 

夕立は先に起きたのか布団にはいなかった。

 

さっきの夕立の痕跡のない部屋はこのことだったのだろうか。

 

私は寝巻きからいつもの制服に手早く着替え、壁にかけられたカレンダーの、3月のページを破りとる。

 

下からは桜の描かれた4月のページが現れる。

 

3月のページを机の上に置いて、扉に手を掛ける。

 

扉の外に夕立の気配を感じた。

 

扉を開くとそこには夕立がうずくまっていた。

 

「どうしたの⁉︎」

 

慌てて駆け寄ると、夕立は苦しそうに顔を上げた。

 

「村雨…お腹が痛いの…」

 

夕立の首には脂汗が浮かんでいて、嘘でないことは明白だった。

 

「大丈夫、明石さんの所で診てもらいにいこ」

 

優しい言葉を心掛けつつも、内心は焦りながら夕立を抱えて明石さんの所へ向かった。

 

明石さんに、『体には何の異常もなく、疲労とストレスから来るものだ、1日休めば良くなるだろう』と言われた私は夕立を抱えて部屋に戻って、布団に寝かせる。

 

「村雨、迷惑かけてごめんね」

 

「こういう時は、ありがとうでいいのよ。提督さんに連絡して来るわね」

 

そう言って彼女に布団を被せた。

 

太陽のような笑顔だった。

 

 

階段に差し掛かって、夢のことを思い出す。

 

「村雨、おはよう」

 

上から時雨の声がして、咄嗟に上を向く。

 

時雨は一歩を踏み出して、足を踏み外して階段から落ちる。

 

このままいけば頭を打つことになる。しかし、避けることは彼女が床に叩きつけられることになるのでその選択はありえない。私は急いで体制を整えて、

 

「わっ⁉︎」

 

時雨を受け止める。

 

「大丈夫?怪我してない?」

 

「ごめんよ村雨、ありがとう」

 

腕に直接触れる彼女の肌は温かくて、柔らかかった。

 

時雨は少し恥ずかしそうな笑みを浮かべていた。

 

 

曲がり角に差し掛かった。

 

夢のことを思い出す。

 

右から来た春雨にぶつかりそうになって、春雨が倒れこむ前に抱きかかえる。

 

「村雨姉さん⁉︎ごめんなさい!」

 

「いいのよ。春雨こそ大丈夫?」

 

春雨に怪我はなかった。どうやらこのまま資料室まで向かうらしい。

 

「気をつけて行くのよ」

 

春雨の頬にキスをする。

 

「は、はいっ♡」

 

春雨は私に向かって、どこか熱っぽい笑顔を浮かべていた。

 

 

 

執務室にたどり着く。

 

扉に手を掛けると、ぎゅうと胸が苦しくなった。

 

「…提督、入っても大丈夫かしら?」

 

「村雨か。いいぞ入ってくれ」

 

提督の声が返ってきたことに安堵しつつ扉を開く。

 

提督は何やら書類の整理をしているようだ。

 

あのね提督、夕立がね、

 

ぱん。と乾いた音が響く。

 

提督の左胸が赤く染まった。

 

後ろを振り返ると、拳銃を構えた姉さんがいた。

 

提督が椅子から崩れ落ちる。

 

カシャンと音を立てて拳銃が腰から落ちた。

 

姉さんを見る。

 

どこか楽しそうな笑みを浮かべていて。

 

私は提督の拳銃を拾い上げた。

 

拳銃を、姉さんに向ける。

 

引き金に指をかけて、これは違う、と思った。

 

私は姉さんに向けた拳銃を自分のこめかみに当てた。

 

おそらく、狂気に歪んだ笑みを浮かべているのだろう。

 

姉さんの顔が恐怖に歪んで、

 

「止めろ村雨!」

 

提督の声が響く。

 

よかった。予知夢は夢は外れたみたい。

 

緊張の糸がちぎれて、私は意識を失った。

 

 

____________________

 

「村雨、大丈夫…?」

 

目を覚ますと姉さんがいた。

 

「姉さん、提督は…」

 

「いるぞ。…その…ごめん」

 

「今日はエイプリルフールでしょ?だから提督とドッキリしよう、って」

 

提督の左胸に目を向ける。【インクの赤色】に染まっていた。

 

「よかった、提督。…姉さんも。」

 

「わ、私?提督だけじゃなくって?」

 

「うん。夢で、私は姉さんを…」

 

姉さんの顔が悲しみに歪んだ。

 

「ごめんね村雨…」

 

「大丈夫よ。現実では姉さんを殺さなくて済んだもの。それに……姉さんは、笑っていてて。何だかちょっと寂しいわ」

 

そう言うと姉さんは笑ってくれた。

 

夢とは違って、いつもの姉さんの、私の大好きな笑顔だった。

 

 




裏時雨オンリー用に連載形式じゃなく短編形式で別に時雨の冬お投稿してるので良かったらどうぞ


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村雨と夕立と繋がり

村立
オリ設定を含みます。

言葉にしなくても想いが伝えられるみたいな。今更だけど。


 

 

「……ねえ、さ。村雨。」

 

「な、何?」

 

目に焼きつくピンク色の服になった村雨が、私の下、ベッドの上でこちらを伺う。

 

馬乗りになったまま、ぽいんぽいんとピンク色を押し上げる膨らみをつっついた。

 

「ね。私、この前村雨の改二の時も大変だったじゃない。私と違うのが嫌だからって村雨の新しいお洋服びりびりにやぶっちゃったり。左目はおんなじじゃないからって血で赤く染めようとしたり。」

 

「そ、そうね。」

 

村雨が抵抗したときしわくちゃになったシーツで右手に滲んだ汗を拭って、村雨の首元に持っていった。

 

「……わかってるでしょ?…けっこう時間経ったけど、まだ、不安定なんだって。……わかるよ?村雨のことは全部。だから、おしゃれしたかったんだよね。可愛いよ、村雨」

 

「あ、ありがと……あ、待って、…ちょっと…いい?」

 

自分の荒い息が届きそうな距離にいる村雨が、服の上からがしがしと自分の胸を引っ掻く。

 

そのあと、私のおでこと首に手を持ってった。

 

「……やっぱり、ちょっと体熱い、よね。私までちょっとキてるし…辛くない?」

 

…うん。熱いよ。とっても。

 

私の体の熱を近くで感じているからか、それとも、私達を繋いでいる何かのせいで村雨の体温まで上がっているのか。

 

想いを伝えられるのだから、体調が同期してもおかしくないと思う。

 

そういえば、一緒に風邪をひくことがなんどもあったな。

 

「言葉もいつもとちょっと違うし…風邪?最近、夕立ずっと変だったよね。氷枕とかいる?」

 

「いいよ。大丈夫」

 

知っているもの。これは私の熱。…きっと、想いを溜め込んでいるから。

 

今までずっと、村雨とは『繋がって』いたからできるかわからなかったけど、この想いは伝えたくなかったから。

 

その感情が浮かび上がりそうになるたびに慌てて飲み込み続けた。

 

繋がりを切るのではなく、拒絶するのでもなく、ただ『伝えない』。

生まれて初めて、村雨を裏切った。

 

隠し事はできるだけやめましょ。思ったことはちゃんと伝えましょ。ずっと仲良くしたいから。

 

言葉に出して約束はしなかったけど、私も村雨も、そうやって相手を信頼した。……違う。きっと信頼するように生まれてきたんだ。

 

なのに、しまいこんでしまった。

 

今だってそうだ。村雨は、私は何かあったら伝えてくれるって信じてくれてるから、私の変化に気づいても聞かないでいてくれたのに。

 

一度伝えなかった罪悪感から、1つ、また1つと溜め込むものは増えていく。

 

少しずつ、少しずつ、溜め込んだ想いは私を蝕んでいった。

 

それが、今回の村雨の新しいお洋服で限界を超えてしまったんだろう。

 

愚かな。なんてバカなんだろう。

 

私と村雨は、どちらかが欠けたら生きていけないって知っているはずなのに。村雨だけは裏切りたくなかったのに。

 

これ以上は無理だと想った。

 

聞いて。お願い。

 

村雨の肩がびくっと跳ねた。

 

「ごめんね。村雨に隠し事してた」

 

ふっ、と。小さく吐いた息が同期する。

 

「……知ってたわ。伝えたくないからなのかって。ずっと聞かなかった」

 

「伝えたくなかったの。…でもね。伝えなきゃいけなかったんだろうね。体までおかしくなっちゃったの」

 

「この熱、そうなのね。……聞くわよ。何でも。ずっとそうだったじゃない」

 

「……あのね。」

 

村雨が、欲しいの。村雨の全部が欲しいの。

 

村雨が目を丸くした。

 

「この前の、改二の時の」

 

「そう。……我慢、できなくなっちゃったみたい。」

 

ねえ、私、どうしたらいいのかな。

 

ずっと村雨といたいのに。村雨と幸せになりたいのに。

 

どうしたらいいのかな。

 

「1番じゃ、ダメなのよね」

 

「…村雨は、知ってる?もう、わからないの。こんなになったのは初めて」

 

行き先がわからないの。辛いの。苦しいの。…もう、この道を終わらせたくなってしまうくらいに。

 

「それだけはだめ!絶対だめ!許さないんだから!」

 

ガツンと、頭の中に村雨からの感情が溢れかえる。

 

好き好き好き。死なないで。いなくならないで。もっと夕立と生きてたい。嫌だ。ヤダヤダヤダやだ!大好き!死なないで!もっと一緒に幸せになりたいのに!

 

「…そう、言ってくれるのはわかってたの。でも、聞いただけで村雨悲しんじゃったでしょ。こんなの今まで感じたことないもの」

 

ボロボロと涙を流しながら喚く村雨。私の下から手を伸ばして、必死に、逃すまいと私の体を抱き寄せる。

 

「ごめんね。村雨。悲しませちゃって」

 

ああでも。少しスッキリしてるの。ごちゃごちゃに絡まってたものを吐き出せたから。

 

好き好き大好き。

 

大好き。

 

だいすき

 

 

 

____________________

 

 

 

 

 

「夕立、本当に、いなくならないでくれるの?」

 

「言ってるでしょ。村雨と生きたいから伝えたの。」

 

ほんとに?

 

ほんと。

 

わしゃわしゃーっと。いつもやってくれているみたいに頭を撫でる。

 

笑ってくれた。

 

「ね、夕立」

 

「なあに?」

 

村雨は、自分の頭の、髪を留めているリボンに手を伸ばして、解いた。

 

「左手出して」

 

いつまでも村雨の上に乗ってるのも悪いかな、と退こうとすると、言うが早いか左の手首を引き寄せられた。

 

「これからは、夕立は私の1番じゃなくって、『特別』ね」

 

黒いリボンが、左手の薬指に巻きつけられる。ちょっと歪んだ蝶の形になった。

 

「村雨にもちょうだい」

 

それを眺める暇もなくもう1つのリボンが押し付けられ、目の前で村雨の手がひらひらとはためく。

 

「夕立の、『特別』にして」

 

くるっと、指の周りを一周回す。

 

すっごくドキドキしてるの。

 

私もよ。

 

手に染み付いた動き。自分の頭のリボンとおなじく輪っかを作って

 

「できたよ」

 

「特別なら、満足できるかしら?」

 

「うん。きっと」

 

……ああ、これでもう、死ぬという道すら閉ざされた。

 

左手の薬指。そういうことなんだろう。

 

将来、もしかしたら村雨と仲のいい男の人が現れて、特別に収まって村雨を奪っていく。そういうことはなくなった。

 

ずっと。一緒。私には、村雨を幸せにする義務がある。

 

そういう特別。

 

 

「ごめんね。村雨、そのお洋服も綺麗だよ。」

 

「ありがと。今度着てみる?きっと夕立も似合うわ」

 

「今度、ちゃんとした指輪買いに行こっか」

 

「…海に行く時は外して行ってね。それ庇って死なれたら意味なくなっちゃうから」

 

「村雨、ちゅーしたい。…いい?」

 

「いいわよ。……その先も…いい?」

 

「もちろん」

 

「大好きだから」

____________________

 

 

 

「ってことがあったのよ」

 

「だから村雨指輪つけはじめたんだ。……僕、びっくりしたよ。村雨が誰かと結婚するのか、って。……夕立なら納得だね」

 

「…時々、ちょっと後悔するのよ。」

 

「え、…っと、それは」

 

「あ、そう深刻なのじゃないのよ?…もっと、ロマンチックな渡し方とかしてみたかったなって」

 

「…やっぱりそういうの憧れるよね。夜景の見えるレストランとか、桜の丘で、とか」

 

「…時雨ちゃんは、白露とかな?」

 

「や、やめてよもう///」

 



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時雨と精霊

おやすみしぐうみの設定とちょっと似てるかも。

危うく壊れた女の子の方に投稿しそうになりました。


 

 

「どうしたの?」

 

共用部屋のソファーに座って今年度の新しい電話帳を眺めていると、隣で眠っていた村雨が声を出した。

 

僕に話しかけたのかと彼女の方を向いてみたけれど、彼女の目は虚空に向けられていた。

 

「……うん。……ん」

 

その視線の先には、この部屋の中には僕と村雨以外の人影は見当たらない。

 

心なしか、彼女の赤い目が輝いているように見えた。

 

「そうなの?」

 

しかし彼女の様子を見る限り、誰かとの会話が成立しているようで。

 

「だーめ。……ごめんね」

 

彼女の視線が時々ゆっくり動いているのは村雨が話している誰かが移動しているということなのだろうか。

 

「うん。そうなの。…………ありがとう。ーおやすみ」

 

話が終わったのだろうか。

村雨が開いていた目を閉じると、糸が切れたように僕の方に倒れこんできた。

 

村雨を膝の上に寝かせてからおでこに手を当ててみる。

 

熱は………ないみたい。

 

 

____________________

 

 

 

ちょうど電話帳の電気工事のページをめくりおわったときに扉が開く音がした。

 

「あー村雨、やっぱりここにいた。」

 

静かに歩いてきた夕立がソファーの前に座り込んで僕の膝で寝ている彼女の輝く髪を撫でる。

 

「…ねえ、夕立」

 

「なに?」

 

「ここに…何かいる?」

 

正面の虚空を見つめたまま、夕立ならもしやと思って聞いた。

 

夕立は、目を閉じて小さく息を吐く。

 

パチリと目を開いた。

 

「あ、いる」

 

え。

 

ぼんやりと発光して見える夕立の目が、虚空のある一点を凝視していた。

 

「どうしたの?………そう」

 

「ゆ、夕立?」

 

「時雨とも、仲良くなりたいんだって」

 

僕と……誰が?

 

「村雨は、時雨は知らなくていいって断ったって。」

 

「…えっと」

 

赤い目のまま、夕立が僕の方を向く。

 

「どうする?」

 

もう一度虚空を見つめてみた。

 

「……どの辺りにいるのかな」

 

「あの…机のよこあたり」

 

今度は意識して、そこにあるモノを見ようとしてみる……が、やはりというか、何も見えない。

 

「時雨」

 

夕立の手が僕の顔に手を伸ばしてその手で視界が黒く染まる。

 

「一回目とじて。…見ようとするんじゃダメなの。…あるから見えるの」

 

あるから、みえる。

 

「私達とおんなじように、あの子もいるの。そこにいるから、見える。聞ける。感じれる。」

 

 

わたしは、ここにいるよ。

 

 

言葉につられて目を開いた。

 

夕立が僕の顔を覗き込んでいる。

 

「ん、じょうできっぽい」

 

夕立が目線で指した机の隣あたりの空間に目を移す。

 

 

こんにちは。

 

 

「こんにちは」

 

ずっとみていたよ。君は、本を読むのが好きなのかい?

 

「うん。そうだよ」

 

形はわからないけど、白い靄のようなものが集まっているのがわかる。

 

「お名前はあるのかな」

 

ふぇーちゃん、だよ。夕立と村雨がつけてくれたんだ。

 

「いい名前だね」

 

ありがとう。私も気に入ってるんだ。

 

 

たしかに見えたわけじゃないけれど、きっと微笑んでくれている。

 

 

「ふぇーちゃん」

 

次は何を聞こうかと口を開きかけると、夕立の声が割り込んだ。

 

「時雨、ふぇーちゃんとお話しするの初めてだから、そろそろダメだよ。……じゃないと、私みたいに寝込んじゃうっぽい」

 

 

…そうだね。ありがとう、時雨。……また今度お話ししてくれる?

 

 

「うん。もちろん。…ありがとう、ふぇーちゃん」

 

小さく微笑んでみた。

 

また、夕立が僕の目を覆う。

 

 

ばいばい。

 

 

 

 

____________________

 

 

 

 

夕立が手を退けると、いつもの色の赤い目が僕を見つめていた。

 

「…大丈夫ね。 …あんまり見すぎるとダメっぽい。負担かかるからね」

 

膝の上の村雨を起こさないように背後の背もたれに体を預ける。

 

大きく息を吐くと疲れがどっと押し寄せてきた。

 

「時雨の目、綺麗だったよ。淡い青色で、海みたいに揺れて輝いてるの。」

 

「ありがとう。…夕立の目も、僕大好きだよ」

 

 

カタリ。

 

なにが鳴ったのかはわからないけどそう聞こえた。

 

ふぇーちゃんが鳴らしたのなら、僕か夕立への同意なのかもしれない。

 

あるいは、嫉妬だったりして。

 

 

 

 

 




フェアリーのふぇーちゃん。

精霊はスピリットなんですが、妖精にするとようせいさんと被りそうなので時雨と精霊


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時雨を拾いました

時雨ちゃんお誕生日おめでとう

今回はちょっと趣向を変えて書いてみました。


追記 視点キャラの見た目描写をちょこっと修正しました

続編書きます


 

釣り竿を持って海辺を歩いていた時のこと。

 

そろそろ梅雨に入ってしまうのでしばらく糸を垂らせなくなってしまうことに悲しみを感じながらいつもの場所へ歩いていた時のこと。

 

浜に、人が倒れていた。

 

近寄ってみると、どうやらただの人ではないようだ。

 

所々穴の空いたセーラー服。その背中についた2門の大きな砲。

 

うつ伏せに倒れている彼女の頬を、延べ竿の先でつつく。

 

意識はあったようだ。小さく呻いて顔を上げる。こちらを見つけると、震える右手で背中の砲をつかみ、向けてくる。

 

「ー ー」

 

何か囁いている。…なんと言っているのかはわからないが。

 

しかしまあ、そんなものを向けられても困る。敵意などないのだから。

 

彼女が向ける砲を掴んで、その射線を強引に、ゆっくりと変える。

 

じっと目を見つめた。

 

笑顔も、おしゃべりもあまり得意ではない。

 

 

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力尽きたように倒れた彼女。手からこぼれ落ちた砲は、持ってきたクーラーボックスの中身の氷を捨てて、その中に入れて背負った。

 

手に持った竿を背中のものやスカートに引っかけないように注意しながら彼女を持ち上げる。

 

 

 

 

____________________

 

 

 

家までたどり着いた。

 

釣り竿をその辺にぽいっと放って、彼女はベッドに運ぶ。

 

背中の砲のせいで仰向けに寝かせられないのでうつ伏せに置こうかとも思ったが、悩んでいると鈍い音を立てて背中の鉄が床に落ちたので仰向けに寝かせる。

 

よく見てみると、結合部が壊れてしまっているようだった。床も少し凹んでいた。

 

背負っていたクーラーボックスはベッドの隣に置いて、白いタオルと水を張った洗面器を用意する。

 

タオルを水に浸して軽く絞り、勝手に脱がせるのも悪いのですでに見えている範囲の肌を拭っていく。

 

絞りが足りずにベッドを濡らしてしまったりしたが、見える範囲は彼女の体を清めきり、身体中に見える傷にガーゼと包帯をあてていく。

 

今まで使ったことはなかったのだが、初めて役に立った。

 

 

 

____________________

 

 

 

冷凍庫の中に大量に作ってある氷に赤色のイチゴシロップをかけてゴリゴリかじっていると、彼女が目を覚ました。

 

体を起こして辺りを見回すと、ゴリゴリに気づいたのかこちらを向いた。

 

何を齧っているのかと見て、探るように目を動かす。

 

「君は…」

 

器の中に残った最後の氷を口の中に入れて、ゴリゴリ言いながら彼女にタオルと洗面器とガーゼを渡す。

 

「あ、ありがとう…」

 

彼女がベッドの上でごそごそし始めたのを見届けてから、隣の部屋に地図を探しにいく。

 

 

 

____________________

 

 

 

持ってきた地図を、彼女がいるベッドの上に乗せる。60…何ページだったか、ーーここだ。

 

2年前の地図だが、場所を示すのに問題はないだろう。

 

「ー随分と遠くまで流れてきちゃったな…」

 

彼女はどこから来たのだろうか、と思っていると、地図を手にとってパラパラとめくり始める。

 

「この辺りから来たんだけど…」

 

なるほど、これは遠いな。

 

「帰ろうにもこの格好じゃ……そうだ、僕が背負ってた…アレは⁉︎」

 

床に置いて…落ちている鉄の塊を指差す。

 

一応小さく頭を下げて置いた。

 

「あー、…しょうがないや。かなり無理させちゃったから。…僕が持ってた砲は?」

 

今度はベッドの隣のクーラーボックスをぱかっと開く。

 

それを見た彼女は小さく笑った。

 

 

 

____________________

 

 

 

革のサンダルがあったので、虫の食っていない青い布を使ってワンピースを作った。

 

重ねた布を切り抜いてミシンで縫い合わせただけの簡粗なものだったが、穴だらけのセーラー服よりはマシなのではないだろうか。

 

できたそれを彼女に渡してから台所へ向かう。

 

今日は何か釣って来た魚を食べようかと思っていたが、きちんとボウズだった時に備えて別の物も用意してあるのだ。

 

とは言っても雑なのだけれども。

 

スパゲッティを茹でてフライパンに移す。ツナ缶とネギと唐辛子。オリーブオイルとニンニクを入れて炒める。

 

皿に盛って、フォークと一緒に彼女に持っていく。

 

机の上にコトンと置いてから、彼女に出かける旨を伝えた。

 

「ーわかったよ。ごはん、ありがとう」

 

外出用の服に着替えて、カバンにお金の入った封筒を突っ込む。

 

ニット帽とサングラスをかけて外に出た。

 

 

 

____________________

 

 

 

レンタカーを借りて来た。

 

彼女が指した場所は、ここから車で山を越えれば1日目と少しでつく所なのだ。

 

車を家の前に停めて部屋の中に入る。

 

今すぐにでも出発しようかと思ったが、彼女がフォークを握ったまま机で寝こけているのを見て考え直す。

 

疲れているのなら、明日の朝でもいい。車は余裕をもって借りて来たし。

 

彼女の硬く握り締められた手からフォークを抜き取ってもう一度ベッドに運ぶ。

 

明日はいいものを食べさせてあげようと釣り竿を持って家を出る。

 

 

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小ぶりな魚を二匹とアサリとワカメを入手した。

 

明日の朝はこれでいいものを作ってあげよう。

 

 

____________________

 

 

 

朝だ。

 

砂を吐かせたアサリとワカメでお味噌汁を作った。

 

魚は鱗と内臓を取って焼く。

 

残念ながらお米がないのでパン食。

 

チグハグな朝ごはんが出来上がる。

 

氷(メロン味)をゴリゴリしながら彼女を待っていると、朝日に照らされた彼女がむくりと体を起こす。

 

「ーおはよう」

 

あたたかい緑茶を注いで、彼女を朝食の席に招待する。

 

豪華ではないがたっぷり食べるといい。

 

パンと味噌汁はお代わりあるし、バターもある。

 

「……ありがとう、すごく美味しいよ」

 

美味しそうに食べてくれるのは嬉しい。

 

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彼女が背負っていたものを毛布にくるんで車の後ろに積んだ。

 

彼女には助手席に座ってもらって出発する。

 

まずは神社に向かった。

 

「ーなんで神社に?」

 

これからの旅の、安全祈願のようなものだ。

 

ここの神様にそう言った後利益があるかは知らないが、まあ祈っておいて損はないだろう。

 

彼女と一緒に硬貨を投げて鈴を鳴らし、おじぎしたり手を叩いたりする。

 

お守りも買っておいた。

 

 

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高速道路に入って数時間。山中のサービスエリアでご飯を食べることにした。

 

彼女はラーメンを頼んだ。かき氷美味しい。

 

食べ終わってから展望台に出てみる。

 

いつも見ている海とは違う、一面の緑だ。

 

「ー綺麗だね」

 

緑は命の色だ。

 

太陽の光の下で元気に輝いている。

 

 

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三時を過ぎた頃、少し早めに高速道路を降りた。

 

近くのファミレスに入っておやつを食べた。

 

アイス美味しかった。でも歯ごたえが足りない。お冷の氷にガムシロップをかけてかじっていると、彼女はまた小さく笑う。

 

それから服屋に。

 

いつまでも薄い布のワンピースというのも忍びない。

 

店員さんに五万円程渡して、何かいいものを見繕ってもらう。

 

自慢じゃないが服のセンスなど持ち合わせていない。

 

店員さんに任せて店を出る。

 

 

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しばらく待っていると、彼女が店から出てくる。

 

しろと黒を基調にした服だ。(イメージ:カメラの時雨)

 

手には店の紙袋を持っていた。

 

それにしてもイメージが大きく変わった。ロングコートにニット帽にマスクサングラスの不審者スタイルで彼女の隣を歩くのは危ないかもしれない。

 

この服は気に入っているから変える気はないのだけれど。

 

 

 

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おまわりさんにはなしかけられました。

 

 

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少し早めに近くのうどん屋に入る。

 

彼女はきつねを頼んだ。1番安かったかけうどんを食べ終わってから、店主さんにお冷用の氷をもらう。

 

甘いものがななったので七味唐辛子をかけてゴリゴリしていると彼女に変な目で見られた。

 

結構美味しかった。

 

 

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空いているホテルを探す。

 

車中泊でもいいのだが、彼女の体を気遣うならベッドでしっかりと休ませてあげたい。

 

とりあえず近くにあったビジネスホテルに来たのだが、

 

『予約で埋まってます』

 

とのこと。

 

彼女が公衆電話で電話帳をめくりながら電話をかけるも、

 

『空いてません』

 

とのこと。

 

予約しておくべきだったんだろうが。

 

「ーあ、あそこ」

 

彼女が指す先を見る。

 

ピンク色に輝くホテルがあった。

 

まずいんじゃないだろうか。

 

「でも…僕、今日は疲れちゃったからちゃんと寝たいな」

 

わかる。寝かせてあげたいのだが、

 

「所々包帯を巻いた幸薄そうな美少女」

「ロングコートニット帽マスクサングラスの不審者ガチ勢」

なのだ。

 

うーん。

 

…………まあいいか。

 

 

 

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ホテルに入ろうとするとおまわりさんに話しかけられました。

 

 

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薄暗い部屋の明かりを限界まで上げる。

 

意外と明るくなって驚いた。

 

傷にさわるといけないから、軽くシャワーだけあびた彼女の傷を、コンビニで買った新しい包帯で覆っていく。

 

彼女が着替えている間にシャワーを浴びて、戻ってくると彼女は昨日作ったワンピースに戻っていた。

 

「…僕、これ気に入っちゃったんだ。…優しい感じがする」

 

長旅に疲れただろうと早くベッドに入る。

 

ダブルベッドより、彼女の体の方が柔らかかった。

 

 

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朝だ。

 

近くのコンビニで朝食を買って、ぼったくりコインパーキングに止めた車内でそれを食べる。

 

Ice b◯xおいしい。

 

 

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高速に乗って、10時くらいにサービスエリアに着く。

 

この分だと夜には着きそうだ。

 

ベンチに座って彼女とアイスを舐める。

 

このわさび味は当たりだ。

 

コーンを口の中に投げ込んでから、売店で売っていたポラロイドカメラを彼女に向けて、シャッターを押す。

 

白と黒の服が背景の曇った空と重なってしまい、あまりいいものは撮れなかった。

 

彼女が手の中のカメラを奪い、シャッターを押す。

 

吐き出された用紙には、歪んだロングコートが写っていた。

 

 

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次に止まったサービスエリア。きっと、彼女との旅で最後の食事だ。

 

彼女に何が食べたいか聞くと

 

「……もう一度、あなたの料理が食べたい」

 

…まあ、機会があればまた作ってあげよう。

 

彼女にすすめられるまま、彼女と同じオムライスと食べる。

 

美味しいなあ。

 

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日が沈む前に、彼女が地図で指し示していた場所についた。

 

彼女は正門らしき場所に立って、となりのインターホンを押す。

 

しばらくすると、茶色い髪に赤っぽいカチューシャをして、左手に銀色の指輪をつけている女の子と、奥の方から白い軍服を着た男性が走ってくる。

 

それを嬉しそうに見つめている彼女の肩を叩いて、振り向いた彼女の顔の前でばいばいと手を振る。

 

「…行っちゃうの?」

 

コクリ、と頷く。

 

これは置いていくから、と地面に降ろした彼女の艤装を指差す。

 

「…ありがとう」

 

ふふん。お礼を言われるのは嬉しい。

 

だけど、悲しいな。

 

「また、会いにってもいい?」

 

ちゃんと、漂流しないで安全に来てくれるなら。

 

もう一度手を振って、2人が来る前に車を出発させる。

 

さあいざ、愛しのマイホームへ。

 

……カギ、しめてきたっけ。

 

 

 

____________________

 

 

 

 

彼女を無事送り届けてから1週間ほど後。

 

家の扉を叩く音が聞こえた。

 

ここに誰かが来るなんて珍しい。

 

外出用のコートとニット帽とマスクとサングラスを着用して扉を開ける。

 

そこにいたのは、軍服の人と茶髪の子。そして彼女だった。

 

「来ちゃった。……忘れ物もしてたしね」

 

忘れ物。…ああ、あれか。

 

家に帰ってベッドの上にそれを置き忘れていたことに初めて気づいたのだった。

 

所々凹んではいるものの、動作に影響はないだろう、あれ。

 

部屋に戻ってクーラーボックスを担いで戻ってくる。

 

彼女の前でそれを開いた。

 

「…ありがとう」

 

彼女はまた小さく笑う。

 

「妹を拾ってくれて、ありがとうね」

 

「…あんまり強く言えないけど…顔を見せてはくれないか」

 

「提督、」

 

彼女が少し強い声で諌める。

 

気にしてくれているのだろう。

 

彼女の頭を数回撫でてから、2人の方へ向き直る。

 

 

ニット帽を取って、押し込めていた同じ白銀の髪を晒す。

 

マスクとサングラスを取って、淡い黄色の目とひび割れたような真っ白な顔を見せた。

 

ロングコートを脱いで、傷跡の残った体と、フリフリしたドレスを見せる。

 

 

茶髪の子が、クーラーボックスの中身を私に向ける。

 

彼女が射線を遮るように私と砲の間に両手を広げて入り込んだ。

 

「…お前は、まさか」

 

何かに気づいた男の人。

 

久しぶりの顔に、少しからかいたくなった。

 

『はい、かりんです。あなたさまのかりんです。おあいしとうございました』

 

久しぶりに出した声。

 

少しかすれてはいるが、うまく出てくれた。

 

茶髪の、結婚指輪をつけた子が、男の人を睨む。

 

慌てた彼から目線で急かされ、茶髪の子の頭を、普通の人より少しばかり長い手を伸ばして撫でる。

 

『むかし、…ん、…昔、彼が拾ってくださったの。私に生き方を教えてくださって。今でも私は彼を愛しています。……貴方様、彼女を拾って、少しでも恩を返せたのなら、嬉しく思います。………あぁ、貴方様」

 

久しぶりに見た彼に愛おしさを抑えきれず、彼に向かって手を伸ばす。

 

間に割り込んだ茶髪の子が、ぽかぽかと私の胸を叩いた。

 

「…かりん、っていうんだね」

 

『はい。…貴女は?』

 

「僕は…。時雨、だよ」

 

茶髪の子は私の胸を叩くのをやめ、彼を追い始める。

 

彼は海の方に逃げて行った。

 

『ごはん…食べますか?』

 

「…頼めるかな」

 

時間は丁度お昼時。

 

彼女が来てくれるような気がしたので、今日は材料をたっぷり用意してある。

 

せっかくだし彼にと、茶髪の子にも作ってあげよう。

 

『食べたら、釣りでもしますか?…時雨と、もっとお話ししてみたかったんです』

 

「…僕もだよ、かりん」

 

彼女を部屋の中に招き入れる。

 

まずはとみんなが座れるだけのスペースを空ける。

 

彼女はまた笑ってくれた。

 

 

 

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わかりにくい気もしますね。

主人公、視点キャラの「かりん」は、はぐれた深海の姫。昔いろいろあった時『彼』に助けてもらっていた。

提督となった『彼』に、この身分ではあまり会うことが出来ず、次第に交流は薄れ、今では海辺の小屋で一人暮らしをしていた。

かりんは、彼に大きな愛を抱いているが、それとは別ベクトルで時雨ちゃんのことも好きになった模様。

みたいな感じ。

時雨ちゃんが薄い気がもする。



かりんちゃんの続編書きます


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かりんのあい

艦これ短編かと聞かれると怪しい

時雨を拾いましたの続編


 

 

 

おひるごはんにイチゴ味の氷をかじっていた時。

 

家の周りにトゲトゲした気配をたくさんと、おぼえのある気配を1つ感じた。

 

おぼえのある気配はトゲトゲした気配をかいくぐってこちらに近づいてくる。

 

トゲトゲした集団に動きが無いことを見るとおそらく見つからないい径路で来ているのだろう。

 

少し前に教えた地下通路から、彼女…時雨が入ってくる。

 

「かり」

 

私の名前を呼ぼうとした彼女の口に人差し指を押し付ける。

 

「これを、あのひとに」

 

右手の薬指につけていた指輪を抜き取って、彼女に押し付ける。

 

動き始めたトゲトゲを感じながら慌てて彼女を地下通路に押し込んだ。

 

私は器の中に残っていた最後のかけらを噛み砕くと、いつもの外出自宅をせずに玄関の扉を開けた。

 

包囲している、武装した海軍制服の人間達に向かって歩いていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

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護送車に乗せられるなんて初めての経験だ。

 

いろいろ見てみたかったのだけれど、目とついでに口も塞がれている。

 

手と足もワイヤーらしきもので縛られているのだけれど、力を入れるとうっかり切ってしまいそうな強度だ。

 

無事帰れる手は打ってあるものの、私が問題を起こせば起こすほどその効力は弱くなってしまう。

 

できる限り、抵抗と見られる行為は抑えなければいけなかった。

 

それなのに、というかだからなのか。

 

 

顔の近くに湿った息が吹きかけられて、1人分の数を超える手が私の全身のいたるところを這いずり、弄る。

 

呻き声を漏らすたびに、その手達は嬉しそうに跳ね、秘する箇所まで暴き、潜り込んで、肉体を通して精神まで嬲られる。

 

堪えきれずに天辺に押し上げられる度に、私は跳ね回る体を必死に意識の内に留めておかなければいけなかった。

 

今の私にはこの刺激に焼かれ続ける以外の選択はない。

 

 

 

 

 

 

 

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どこかにたどり着いたようだった。

 

体も心も揺さぶられ続けていたのでここがどこなのか、どれくらいの時間進んだのかは分からなかった。

 

乱された服を整えられ、護送車から降ろされる。

 

腰が抜けたフリをしていると両脇から抱え上げられた。そのままどこかへ連れていかれる。

 

どれくらいか歩かされた後、先程までの私で遊んでいた手つきとは違って、優しく柔らかい何かの上に降ろされた。

 

まずは口にかまされていた布が取られ、次いで手と目が自由になる。

 

光に目が眩んでいる風を装っていると、そのうちに足音が遠ざかっていく。

 

厳重に鍵がかけられる音がした。

 

 

少し経ってから自分の状況を確認した。

 

部屋はこれぞ独房といった感じだった。

 

一方の壁は鉄格子で、それ以外は無機質なコンクリート。

 

私が今座っている薄いマットレスだけのベッドの他には壁についた蛇口とすみに設けられたトイレと監視カメラ。

 

それ以外には何も存在しない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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しばらくしてから壁にもたれかかるようにしながら部屋の中を歩き出す。

 

まずは、と蛇口をひねってみる。茶色い水が出るとかいうことはなかった。

 

流した水に指先で触れてみる。とくに害があるようには感じられなかった。

 

一呼吸置くと、下半身の湿った感覚が今になって主張し始める。

 

監視カメラを一度見上げてからドレスの左袖を継ぎ目にそってちぎって、半分に割いて片方を蛇口の水で濡らした。

 

カメラに背を向けたかったが死角ができないよう複数設置されているので諦めて、少しだけスカート部分をたくし上げてスカートの中で撒き散らしてしまった液を拭いて、もう片方でできる限り水分を拭った。

 

幸いなことに自分で出したものでしか汚れていないので嫌悪感は0に近い。

 

しかしそれも「まだ」汚されていないだけとも言える。

 

すぐに先程の続きをしようとする人間はいないものの、私が打った手では少なくとも2回くらいは夜を越えないといけない。

 

そういったことの機会など腐るほどあるだろう。

 

眠れるかわからないこの先のために、少しだけ目を瞑っておくことにした。

 

 

 

 

 

 

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実のところ、私が今どういう状況なのかは理解してはいるもののどのような理由でこの状況に連れてこられたのかは分かっていない。

 

私は種族的には恐らく深海棲艦なため、私を海軍が捉えるのに詳しい説明はいらない。

 

しかし捉えた後に何をするのか。例えば人(?)体実験をするのか情報を吐かせるのか、結局は解剖されてしまうのかこのまま飼い殺され続けるのか。

 

そういったところは未知だ。

 

私が打った手は、余程の例外でない限り機能する。

 

しかしそのためにはその手が機能するまでは生きている必要があるのだ。

 

独房に入れられたということは、少しの間は生きていられるのだろう。

 

その少しがいつまで続くかはわからないが。

 

だから私には、生きる為に行動しなければならない。

 

僅かばかりの深海の情報や、このカラダを使ってでも。

 

まだ死にたくはないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

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気配が近づいてくるのを感じて目を開いた。

 

手早くさりげなく服と髪を弄る。

 

非力に、無害に、そして美味しく見えるようにだ。

 

私がここに入れられてから初めてのが近づいてくる来訪客。

 

それは女性だった。美味しそうに見せる必要は無かったのかもしれない。

 

女性は鉄格子の、私を入れた大きな扉ではなく別に設けられた小さな窓から包みを入れて去っていった。

 

紙袋だったそれは、地面にぶつかると倒れて中身をコンクリートに散らかした。

 

タオルが数枚と、汗拭きシートのような物が見えた。

 

うーん…有り難いのだけどもう左袖を引きちぎってしまった…。

 

彼女なりの配慮なのはわかるし捕まえた深海戦艦にすぐさま物を与えるわけにはいかないこともわかるけど。

 

心配なのは彼女が独断でこれを投げ込んだ場合。私が彼女を絆したなどと取られては非常にまずい。

 

申し訳無いが、私はそれには触れられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

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どれだけ時間が経ったのだろう。

 

窓がなく、蛍光灯の均一な光の中でずっといると時間の感覚も薄れてくる。

 

一度も食事を出されてはいないからそれなりの時間か、そんなもの要らないと判断されてもっと経っているのか。

 

水を飲んだり排泄しているフリこそしているものの私は食事も代謝も必要とはしていない。

 

向こう側の意思や認識がわかるまでは余計な印象を与えない行動を取るしか無い。

 

動きがあるなら早くしてほしいものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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少し前の、動きを望んでいた私を叱りたい。

 

私の意思が現実に影響を及ぼした訳ではないとわかっていても叱りたい。

 

現れたのは、沢山のオス達。

 

これから起きることなど誰でも予想できる。

 

汚されることなど避けようがないだろう。

 

私はついうっかり激しく抵抗してしまわないように、彼らの興味を引き続けるために反応は返すように、彼らの底に堕ちてしまわないように気を張り続けなければいけないだろう。

 

なんとか、なるだろうか。

 

感情を持ったものの性として、何に対しても確実などあり得ない。

 

特に、このような行為には耐性がないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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始めのうちはなんとかなりそうだと思っていた。

 

かわるがわる大人数の相手を強いられ、肉体だけではなく機械まで持ち出されて、休息など与えられずに乱され続けて、

 

打った手が機能してくれることだけを希望に正気を保ち続けた。

 

別の感覚に乱され続ける感覚の中、待ち望んでいた人の気配をやっと感じてもその喜びを押し流すほどの感覚の波。

 

後一歩押されるだけで、もしかしたら私は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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外界を認識する余力はほとんどのこっていなかった。

 

それでも、私に群がるオスを追いちらして私に駆け寄った彼が誰かはわかった。

 

私が時雨に渡して、提督をしているあのひとに渡って、そこからこの彼に届いた指輪。

 

私に好意を抱き続けてくれている彼、私にその指輪を送ってくれた彼。

 

私と彼の関係性はまっすぐなものではない。

 

彼が私に愛を伝え続けて、私は、あの人がすきだから、と。

 

それでも、あの人がいなければ私は彼を受け入れていただろう。

 

それほどにまっすぐな気持ちを向け続けてくれた。

 

まっすぐな気持ちを向け続けてくれていたから。

 

その気持ちが大きなものだと理解せざるを得ないほどに愛されていたから。

 

汚されてしまったことが申し訳なく感じて、

 

だから

 

 

「…ごめんなさい」

 

 

お礼より先に、そう呟いてしまったのだろう。

 

 

「かりん…」

 

 

私の体は、あのひとのものだと思っていたのに。

 

私が頼ったのが彼で、謝罪した相手も彼だったことに、私は暖かい気持ちを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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彼の手の中で意識を落として、再び目覚めた。

 

 

病室のような場所だった。

 

恐らくは彼の手によって清められた体には、シーツだけが巻かれていた。

 

服を再構成しようと寝かされていたベッドから立ち上がる。

 

シーツが解けて床に落ちたのと同時に、意識の外にあった扉が開く音がした。

 

 

扉を開けたのは彼だった。

 

彼が硬直している間に、私はいつもの服を再構成する。

 

光が集うように体に纏わり付いて、弾けた後には淡い黒とレースでできたドレスが顕現する。

 

髪を少しだけ撫で付けてから、彼の元に歩いて行った。

 

「…かりん」

 

「はい」

 

「……」

 

暗い表情になってしまった彼の頬を撫でる。

 

「…早く助けてやれなくて、すまない」

 

「助けてくださって、ありがとうございました」

 

本心を伝えると、彼は渋い顔をする。

 

私にとっては許容範囲でも、彼にとっては許せないことだったのだろう。

 

硬い髭が私の手を引っ掻く。

 

「ありがとう」

 

もう一度呟く。

 

私の意思を尊重する形で彼は無理矢理納得したのか、その表情は緩んだ。

 

「すみません。頂いた指輪なのに、手放してしまいました。」

 

「…気にしなくていい。」

 

彼はズボンのポケットの中から、私が時雨に渡し巡って彼に届いた指輪を取り出す。

 

少しばかり手で弄んでから、彼はそれを手に乗せ、私に向けて差し出す。

 

「もう一度、受け取ってくれるか」

 

「はい」

 

 

彼の手で鈍い銀を放つ指輪。

 

私と彼が、ある一定の線で折り合いをつけた証だった。

 

 

私はあの人を愛しているけれど、あなたの気持ちを拒絶する決断はできないの。

 

俺はかりんを愛している。…かりんの思いを知っても諦めきれないんだ。

 

 

過去に交わした言葉を思い出しながら右手を彼に向けて差し出した。

 

「もう一度、嵌めていただけますか」

 

「…ああ」

 

彼が指輪を嵌めるために私の右手に触れる。

 

その瞬間、びりりと電流が流れた気がした。反射的に私は彼の手を振り払う。

 

 

彼は右手で指輪を摘んだまま固まり、少ししてからそれを握りこんでしまう。

 

 

やっと私は、決断した。

 

 

「もし、あなたが許してくれるなら」

 

 

そっと、左手を持ち上げる。

 

 

「こちらに、いただけますか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「かりんがあいつと、ついに結ばれるとはなぁ」

 

彼に出されたお茶をすすりながら、あのひとが呟く。

 

私はベッドに横たわったまま左手の指輪を眺める。

 

「貴方様は、私のことをどう思っていらしたのですか」

 

「そうだな…きっとかりんがあいつに向けるのと同じような感じだろう」

 

「もう少し待てば、貴方様は私に応えてくださいましたか」

 

「俺はあいつがかりんに向けるくらい、別のやつに惹かれているんだ」

 

「…白露ちゃんのことですか」

 

「ああ」

 

「私は、貴方様を愛しています」

 

「………」

 

「私達を、祝っていただけますか」

 

「…ああ」

 

 

 

 

 

 

 

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「かりん」

 

あの人が去った部屋で目を瞑っていると、彼が帰ってきた。

 

「あいつは何て言ってたんだ」

 

「祝ってくださると」

 

近くまで来た彼の手を掴む。

 

「…かりん」

 

「不躾なお願いなのですが」

 

その手を手繰って、有無を言わさない力で彼を抱き寄せる。

 

「私を、愛してくれませんか」

 

彼は返事をしない。

 

「始めの1度だけ、私がどれだけ涙を流しても気にせずに、深く、深く、貴方で染めてください」

 

 

 

 

こんなに辛い涙は初めてだった。

 

こんなに辛い温もりと快楽は初めてだった。

 

それでも1度彼に抱かれてしまえば、それは薄れていく。

 

 

あの人への思いが消えたかというとそうではない。

 

 

お腹の奥に熱いものが注がれる。

 

 

「貴方は私を、愛してくださいますか」

 

 

呟いた言葉は2人分の吐息に紛れて消えた。

 

 

 

 

 

 

 




この「彼」は「あのひと」の友人で結構な偉いひと


もうちょっとだけ続かせます


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呼び声


なんかよくわからない話になってしまった感はある。

毎度のことだけど。


 

 

私の隣にはずっと夕立がいた。

 

太陽のように眩しい私の半身。

 

私の隣にはずっと夕立がいた。

 

今もいるはずなのに。

 

夕立が今いるのは海の底?そんなことどうだっていい。

 

夕立がいないなんてありえない。私の隣にはずっと夕立がいるはずだから。

 

私なら、呼べるはず。

 

夕立なら来てくれる。

 

そう確信していたから。私は彼女の名前を呼んだ。

 

 

「ーー夕立、早くなさい!置いて行くわよ!」

 

 

 

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私の隣にはずっと村雨がいた。

 

花のように可憐な私の半身。

 

私の隣にはずっと村雨がいた。

 

今は隣にいない。

 

ならここは私のいるべき場所じゃない。

 

村雨がいるのが遠く離れた水面の上だって、そんなの関係ない。

 

私の隣にはずっと村雨がいるはずだから。

 

村雨なら、呼んでくれる。

 

私なら戻れるはず。

 

そう確信していたから。私は彼女の声に応える。

 

「今行く。……ちょっとだけ待ってて」

 

 

 

 

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呼んだから来てくれた。

 

呼んでくれたから行ける。

 

ただそれだけのこと。

 

 

 

 

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僕の隣で、村雨が何か呟いた。

 

なんと言ったのかは分からなかったが、親密という言葉では足りないほどの関係だった夕立が沈んでしまってどうにかなってしまったのかと心配になり、砲火から目をそらしてしまった。

 

 

その一瞬のスキがダメだった

 

 

背後で砲撃の音が聞こえる。

 

足りない。彼女を掴んで身を躱すには時間が足りない。被害を抑えようにも、その体制を整えるだけの時間がない。

 

とっさに村雨を庇おうとする。夕立がいなくなってすぐに僕まで沈んでしまうのは村雨にとって辛いかもしれないけど……彼女の命が助かればいいと思った。

 

生き残った後、どのような選択をするにしても、それが自分の選んだものであることが救いになると思ったから。

 

でも村雨が見せた表情は、僕が思い描いていたのとは違った。失う恐怖でも、驚愕でも、諦めた表情でもなかった。

 

 

「夕立!いけるわよね⁉︎」

 

 

信じていた。

 

彼女たちの関係は僕達が側から見ていたぐらいの、軽いものではなかったのだろう。

 

因果すら捻じ曲げてしまえるほどの……結局は他人な誰かさんたちとは違って、一緒に生まれて一緒に育って…。

 

 

どこから来たのかはわからない。

 

僕の肌より綺麗な白と、鮮烈な赤が視界を覆う。

 

 

 

 

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現れたのは、見たことない深海のものだと思った。

 

でも、…たしかに夕立だった。揺れる白いマフラーも、錆び付いたような色の髪留めも、赤く輝くその目も彼女の面影があった。そして何より、

 

 

「ナイスよ夕立!」

 

 

村雨が、彼女のことを夕立と呼んでいた。

 

叫んだ村雨は僕の体を突き放すと、その場で回転するように振り返って、背後から迫った砲弾を錨で弾き返す。そのまま深海棲艦に躍り掛かって、振り上げた錨で殴りつける。

 

いつもの、夕立が側にいる時のキレのある動きだった。

 

「村雨、」

 

「そのまま!」

 

村雨と声を掛け合った深海棲艦…夕立は、空中に手をかざす。

 

いつも夕立が手に持って投げていたのと同じ、酸素魚雷が手の上にいくつも浮かぶ。

 

手を振るうと、きちんと村雨を避けて飛んだ魚雷が十数個の火球を作った。

 

「カバーするよ、そのまま行って!」

 

「時雨も気にかけてあげてね!」

 

 

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最後の一体を夕立が沈めて、戦闘は一応の幕引きを迎える。

 

圧倒的だった。…姿の変わった夕立は、深海の姫に匹敵するほどの火力があった。

 

それに加えて、変化する前と変わらないように見える村雨とのコンビネーション。魚雷の火力で継続的に援護と牽制ができる分、前に出た村雨が動きやすくなっているようにも見えた。

 

「…夕立、」

「村雨」

 

姿が変わった夕立に、村雨が近づく。

 

2人とも、どこか悲しそうな表情をしていた。

 

「変わっちゃったのね」

「うん。…やりにくかったね」

「やっぱり元の方がいい?」

「…村雨とおんなじがいいっぽい…この身体じゃ、もの足りないもの」

 

村雨が夕立の体を抱きしめる。

 

「もどれる?」

「できる。多分。…私は、村雨の双子の妹なんだもの」

「…この身体より、私と同じ方がいいの?」

「村雨もわかってるくせに」

 

夕立が、長い舌でちろりと村雨の右目を舐めた。

 

 

前触れもなく、夕立がぺかーっと白い光に包まれる。

 

その光が止んだ時、村雨と夕立が、いつもの姿で抱き合っていた。

 

 

 

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「明石さん、どう?夕立の体何か変?」

 

「変、ってわけじゃないんですけど…前よりデータが村雨ちゃんに寄ってるんですよね。村雨ちゃんが言った通りのことが本当にあったのなら、夕立ちゃんが元に戻るときに…」

 

「村雨の体コピーしたっぽい?」

 

「そこまででもないんですけどね。…夕立ちゃんと村雨ちゃんと、ちゃんと区別はできる数値ですし…」

 

「まあ、これも村雨と私の愛の力っぽい!」

 

「違うとも言い切れないんですよね……村雨ちゃんが呼んだんですよね?」

 

「はい。…夕立、早くなさい、置いて行くわよって」

 

「それで夕立が答えたの。今行くからって。ちょっとだけ待っててって。」

 

「…データいじったり設計考えたりするのは得意なんですけどね…データ無しの考察は専門外なんですよね」

 

「……危険は、ないのよね?」

 

「はい。…もっとも、データの上だけですが。考察、っていうか単なるカンですけど、2人とも、この子がいないと私は生きていけない、ってなったりとか、同じ存在になってしまうとか、そういう問題ありそうですけどね」

 

「この子がいないと……」

 

「村雨ちゃん?」

 

「この前村雨言ってたもんねー。…夕立がいないと生きていけないって」

 

「手遅れでしたか……あ、ごめんなさい、今の表現不味いですよね」

 

「大丈夫よ。…あんまり良くないって、わかってはいるんですけど…」

 

「村雨とおんなじ存在になるのも、大歓迎っぽい!」

 

「うーん…まだ私はその次元に達してないですからね…大淀のことも、私と違うってどこかで線引いてると思いますし…」

 

「そう変なものじゃないんですよ?夕立は夕立ですし、」

 

「村雨は村雨だもん。……でも」

 

「どこかで、おんなじだなって思っちゃう」

 

「お互いのことが好きなのは、明石さんも大淀さんも一緒でしょ?」

 

「そ、それはそうですけど……は、はいはい、検査まだ残ってますから、この話はまた後で!」

 

 

 

 

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夕立を呼ぶ村雨の話が書きたかっただけの話。



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時雨くんと海風ちゃん

ツイッターにあげたのをちゃんと文章に書き直ししたやーつ

白露型家族シリーズの時雨父さんと海風母さんには何の関係もありません。
時雨棒シリーズとも関係ないです


僕は、生まれた時からほかの『時雨』と違った。

 

艦娘のことは、僕達がどういうものであって、どういう風に造られているのかすらよくわかっていない。

 

システムにバグがあったのか、はたまた妖精さんのきまぐれなのかはわからない。

 

どちらにしろ、この姿で生まれてしまった以上、治すことはできない。これで生まれてしまった以上、このまま生きて行くしかない。

 

幸い、艦娘としての機能である艤装も十全に扱えたし、生きていくのに致命的な問題でもなかった。むしろ生き物としてならおかしくはない事なんだんだろう。

 

僕は、女じゃなかった。…付いてる。

 

 

 

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「はじめまして、ですね。時雨ねえ…兄さん」

 

「うん。…よろしく、海風」

 

僕はちょうど同時に鎮守府に配属された海風と同室になった。提督は僕の体のことを配慮して部屋割りを弄ろうとしてくれていたらしいけど、部屋数の関係でどうしても誰かと同じ部屋になってしまうらしい。

 

海風の了承は一応取ってあると言っていた。

 

「…できれば、姉さんで頼めるかな。……あんまり広めないようにって提督に言われてるし、人格は今のところ普通の女の子なんだ」

 

「はい…姉さん」

 

それから2人の私物の整理をした。……といっても生まれてすぐにここに来ているから、支給されたスマートフォンに似た端末だったり、指定されている制服、下着以外にはほとんど物がないんだけれど。

 

提督は、数日間は仕事はないので街に行っていろいろ、海風と一緒に気に入ったものを買ってくると良いと言っていた。そのためのお金…お札を束でぽんと渡してくれたりも。

 

「海風、明日は」

 

「はい。…多分姉さんと同じです。…提督から、ですよね」

 

「うん…一緒に行ってくれるかい?」

 

「はい。…喜んで」

 

 

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鎮守府から歩いて10分のバス停からバスに乗って、揺られながらもう10分。それで街の中心にある大型のショッピングモールに着く。

 

そこで色々と買い物をすることになった。

 

2人で行っているとはいえ、公共の交通機関を利用するし、持てる量にも限りがあるので、あらかじめ部屋で相談していた物、部屋の窓に吊るす水色のカーテンと、水さし、急須と、小さめの本棚と、面白そうな本をいくつか。あとは、その場で見て欲しいものがあったら考えようということになった。

 

石鹸だとか文房具とか、コップやお茶の葉っぱやコーヒーだとか、明石さんの所で買えた物が多かったし、家具は備え付けの物があるので、意外と外で買わなければいけないというものは少なかった。

 

予定通りに買い物を進めていって、途中で枕カバーやハンカチをいくつか買って、本棚は思ったより高かったので代わりに100円ショップで本が入るサイズのプラスチックケースをいくつか買って、最後に、ショッピングモールの一角にある大きめの書店に入る。

 

「先にここにくればよかったね」

 

「そうですね。…ちょっぴり荷物が邪魔で…」

 

「…大きいのは僕が持つよ」

 

「良いんですか?」

 

海風はありがとうございます、と嬉しそうに呟いて、手に持っていた紙袋を僕に渡す。

 

見たい本も違うだろうし、別行動しようか、と呟いて、海風に空いている手を振ってから、それぞれ本棚の間に消えていく。

 

 

 

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レジで会計をしてから外で海風を待つこと約15分。

 

同じくお金を払って出てきた海風はきょろきょろと辺りを見回して僕を見つけるとパタパタと駆け寄って来る。

 

「ごめんなさい、待たせちゃいましたか?」

 

「ううん。大丈夫だよ…それより、もうちょっとでバスの時間なんだけど」

 

「はい。じゃあ行きましょうか」

 

「海風、大丈夫かい?…疲れてるならその辺りで何か飲んでからでもいいよ。今すぐ帰らないといけないわけでもないから」

 

「ありがとうございます。……でも、いま何かお腹に入れちゃうと緊張が切れちゃいそうなので。…姉さんは大丈夫ですか?」

 

「僕は大丈夫。…体も、海風よりはちょっと丈夫だしね」

 

ちょっとふざけて、書店の袋を持った手を力こぶを作るように持ち上げると、海風は口元を押さえてクスリと笑った。

 

「いこうか、海風」

 

「はい。」

 

 

 

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部屋に帰ってきて、とりあえずと二段ベッドの下、昨日僕が寝たところに買ってきたものを置く。

 

「海風もお茶飲むかい?」

 

「はい…お願いします」

 

テーブルの上にある湯沸かしポットにペットボトルの水を注いで、スイッチを入れてからから昨日買った緑茶の葉っぱと急須とコップを並べる。並んでベッドの下段に腰掛けてお湯が沸くのを待った。

 

「そう言えば、海風はどんな本を買ったんだい?」

 

「私、ですか?……あ、そうだ、」

 

海風はいくつもある袋の中から、最後に買った書店の袋を探し出す。

 

「これを」

 

その中から、ラッピングされた小さな包みを取り出す。

 

あの書店で用意されている三種のプレゼント用の包装紙のうちの1つの水色のシンプルな包装紙で包まれて、赤色のリボンのシールが貼られた包み。

 

おそらく、きっと中身は

 

「これからよろしくお願いします、って、姉さんにプレゼントしようかと思って。万年筆なんて今時使わないかもしれませんが、机の引き出しの中に仕舞ってときどき眺めてくれれば私は………姉さん?」

 

「ああいや………これ」

 

僕の表情に何かをかんじとったのか、言葉の途中で海風が問いかけて来た。

 

僕も、自分の本屋の袋を手繰り寄せる。

 

「え、…あ、」

 

「被っちゃったね」

 

袋の中から同じ包みを取り出した。

 

「中身はどうだろ。…箱のサイズが一緒だし、たしかこのシリーズって」

 

「………デザインはほとんどおんなじで、配色だけ違うやつでしたよね」

 

「で、きっと海風のことだから、」

「姉さんのことですし」

 

「「昨日私(僕)が好きって言った青色ですよね(だよね)」」

 

どうしようか、とお互いの顔をじっと見つめあった。

 

くすりと笑みが溢れる。

 

「…お揃い、だね」

 

「ですね」

 

手に持った箱を交換してから、それぞれ包みを開く。

 

出てきたのは、やはりというか見覚えのある青色をベースに雫が入った万年筆だった。

 

キャップができて、インクのカートリッジを差し込むタイプで、昨日それが明石さんの所で売っているのを見たから、簡単に長く使って貰えそうだったからその種類にしたのだ。

 

「あーその…嫌じゃない?その、…あー」

 

「お揃いが、ですか?…姉さんとなら、大歓迎です」

 

まだ会って2日目で、繋がりもまだ同室で姉妹ぐらいしかなく、趣味が少し合いそうなだけで時間を重ねてはいないから、そんなのは嫌かと思ったけれど。

 

「なら、よかったよ」

 

仲良くやっていけそうな気がした。

 

 

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海風と1番最初に買い物に出かけた日からちょうど1ヶ月。

 

今日も、同じく2人ともオフの日だった。

 

明日と合わせて二日間休みだ。

 

「ごはん、今日何食べます?」

「あー……今日はお蕎麦にしようかな」

 

仲良く、なれたんだとは思う。同じ白露型で同日に配属されたので任務でも一緒に扱われることが多かったせいもあって、同室になってすぐの、常識で包んだ当たり障りのない会話ではなく思ったことを話せるようになってるんだと思う。

 

親愛の意味でのスキンシップまではいかなくても、肩を揉んでくれないかと頼まれたり、2人の部屋で本を読んでいると、後からきた海風が僕の隣に座ってそっと体を寄せてきたりするから、嫌われてはいないはず。

 

最初はこの体のせいもあって仲良くできるのか心配だったけど、なんとかうまく付き合えてるんだと思う。

 

ただ、1つだけ問題があって、その、

 

「あの…一口もらってもいいですか?」

「ああうん…いいよ」

 

隣に座っている海風が、顔を寄せてきて器の中の蕎麦を数本啜る。喉がうねる。

 

「ありがとうございます。…姉さんも、良かったらどうですか?」

 

手元のスプーンで、自分のお皿に乗っているオムライスをすくって僕のほうに差し出して来る。

 

これが普通の女の子の距離感なのかわからないけど、近い。もしかしたら海風は普段しっかりした姿を見せている分誰かに甘えたかったりするのだろうか。

 

そして、…いつも、大抵側に海風がいるので、溜まったモノを吐き出す暇がない。

 

いつも使わせてもらっている提督の所の内風呂なら1人になれるけど、借りた場所でそんなことはできない。自室のトイレなら1人になれるけど、こもった匂いに気づかれてしまうかもしれない。

 

人格は普通の時雨と大差ないのが幸いしたのか心から側にいる彼女を求めてしまったことはないしこれからもなんとかはしていけそうなんだけれども、肉体の生理に少しづつ引きずられてしまっているような気がしてしまう。

 

「美味しいですか?」

 

彼女の笑顔が眩しい。

 

眩しすぎる。

 

 

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「何読んでるんですか?」

 

 

ご飯を食べ終わってから自室に戻って本を読んでいると、背後から顔を出した海風が、僕の手元のハードカバーを覗き込む。

 

僕が読んでいたのは先日買った、恋愛学園もののお話だ。が、

 

「……海風、ちょっとだけ、離れてくれるかい?」

 

「……ごめんなさい…っ」

 

僕を刺激しないようにだろうか、ゆっくりと体を話した海風。

 

その顔は見えないけど、その声からどのような表情をしているのかは想像がついた。

 

出来るだけ明るい声を意識しながら取り繕う。

 

「違うんだ、邪魔だったとかじゃなくて……ほら、」

 

「…ごめんなさい」

 

少しでも、罪悪感を抱いて欲しくなくて言葉を続ける。

 

「ほら。……海風の体って、同性の視点で見てもちょっとドキドキしちゃうくらいに魅力的だから」

 

「……………。」

 

海風の重みが消えた肩に、もう一度手が置かれた。

 

きっと、もうすでになにかを間違えていたんだろう。

 

「姉さん」

 

 

海風でよければ、お相手しましょうか?

 

 

お相手…?

 

何の、と聞く前に、あの日見た彼女の肌が脳裏に浮かんだ。昨日見てしまった、薄い布越しの膨らみを脳裏から消そうと頭をふる。

 

きっと、いつも通りを繰り返した海風なりの気遣いだ。少し誇張した好意の現れで、そんな意味はない。

 

すぐに、なにか言葉を返そうとした。なのに、

 

「………ぁ…」

 

言うべき言葉が見つからない。

 

「な、なんて、…冗談です」

 

海風が慌てて言葉を継ぎ足す。今まで彼女の口からは聞いたことのない言葉だった。

 

海風の手が引っ込められると、彼女から逃げるように立ち上がった。

 

「ちょっとお散歩して来るよ」

 

いつもの、海風も来るかいという語句を飲み込む。

 

「い、いってらっしゃい」

 

 

 

____________________

 

 

「…今日は、何食べよっか?」

 

「私は…カレーにします」

 

次の日のご飯の時。

 

昨日、夜遅くに散歩から帰ってきた時には海風はもうベッドにいたので何も話していない。

 

昨夜はなかなか寝付けずうとうとしては苦しい胸に起こされてを繰り返し、しっかりと眠れたのはもう朝日が登ったあとだった。次に目を開いた時には日はてっぺんを少し過ぎていた。

 

私服でもいいのだけれど、なんとなく制服に着替えて海風と昼食を食べに食堂へ行く。

 

食券を買って係りの人に渡して、トレーを受け取ってから空席しかない机に向かう。

 

味噌味のラーメンを啜っていると、隣の海風が話しかけてくる。

 

「姉さん、…一口もらってもいいですか?」

 

「…海風、」

 

「いいじゃないですか。…私達、『お友達』なんですから」

 

お友達。

 

寄せられた信頼と距離を強調する言葉。

 

ただ、それは親密な距離を表した言葉ではなく、一定の距離があることを示す意味で使われた。

 

歪んでしまいそうになった顔を見られたくなくて、無理に笑顔の形を作って手元のトレーを海風の方に少し押す。

 

海風はトレーを手繰り寄せて器を自分の正面まで持っていき、麺を数本すすった。

 

堪えきれなかった。

 

わかっている。昨日僕がそういう反応をしてしまったのがいけないんだって知っている。自分の所為だと。

 

それでも、見せつけられた距離に心が痛んだ。

 

「…姉さん?」

 

顔を押さえている僕に不信感を抱いた海風が、僕を注視する。

 

すぐに、僕が泣いていることに気づいたようだった。

 

「姉さん…あ……私が…」

 

「ちがう、違う。…海風は、なにも悪くないんだ」

 

混み合う時間からずれていてよかった。

 

きっと他の人たちを心配させてしまうから。

 

「ごめんなさい、私…」

 

「ちがう……僕が悪いんだ」

 

戸惑う、震える声が少し嬉しい。昨日から一度も聞いていなかった、常識で塗り固められていない言葉だったから。

 

____________________

 

 

 

 

海風は、僕が落ち着いたのを見届けると鞄を掴んで出掛けてしまった。

 

買いたいものがあると言っていた。

 

彼女の言葉が嘘かどうかは、今の僕にはわからない。

 

1人きりの部屋で、彼女から貰った万年筆を握り締めてベッドに寝転ぶ。

 

短時間なら1人になることはいくらでもあったのに、今は何故か寂しい。

 

昨日上手く寝付けなかったからだろうか。すぐに眠たくなってきた。

 

少し眠れば気持ちが落ち着くだろうか。

 

握っていた万年筆をベッドの頭上の、物が置けるようになっているところに置いた文庫本の上に置いた。

 

スカートのポケットに突っ込んでいたスマートフォンを取り出して、だいたい1時間と30分後にアラームを設定した。

 

デフォルトの3分の自動ロックで画面が暗くなる前に、僕の意識は落ちる。

 

 

 

____________________

 

 

 

マナーモードになっていたスマートフォンのバイブで目が覚めても、気分は良くなっていなかった。

 

僕は一体なにを間違えてしまったのだろうか。

 

どうすれば、海風と仲のいいままでいられたのだろうか。

 

仰向けに寝たまま、枕元に置いた万年筆を取り上げる。

 

理由もなく、軽い金属で出来たボディをひねって、インクのカートリッジを露出させる。

 

交換したばかりの、五本まとめて200円の黒いインクが詰まったプラスチックを撫でていると、力の入れ方を間違えてしまったのだろうか、パキッと軽い音がして垂れたインクが僕の頬を伝った。

 

失敗したからだと思いたい。

 

海風との関係も、初めからこうなることが決まっていたなんて思いたくない。

 

初めから、不良品のような………

 

 

不良品?

 

 

僕みたいな?

 

 

…ああ、そっか。きっと、僕が不良品だったのがいけなかったんだ。こんな歪な体で生まれて、意識との誤差もあって、生きていくのに何か不具合がある不良品。

 

インクのパッケージには確か、不良品を着払いで送ればおかしくないものと取り替えてくれると書いてあったっけ。

 

僕の場合はどうしたらいいんだろう。

 

提督にかな。それとも、生まれてから数日間だけお世話してくれたあの整備士さんかな。

 

それか、リセットするのがいいのかもしれない。

 

この想いを感じたくないだけなら、僕自身を終わらせてしまえばとりあえずは解決する。

 

キャップを取った万年筆の筆先で喉を数回撫でた。

 

僕達艦娘には生まれた時から知識があった。それには人型をした生物の命を終わらせる方法も含まれていた。

 

その知識に従って筆先を移動させる。

 

あとは押し込むだけ。それで命は終わらせられる。

 

それで僕は………。

 

扉が開く音がした。

 

「何を……なにをしてるんですか!」

 

ちょうど帰ってきたのだろう。初めて会った次の日に一緒に行った書店の袋と鞄を手から落とした海風はベッドに駆け寄ってきて僕の手から筆先を奪い取る。

 

「私は、姉さんにこんなことして欲しかったんじゃないのに!」

 

筆先に残っていたインクでついた喉の黒い線で察したのだろう。彼女の顔は、悲しそうに歪んでいて。

 

 

「いやです、私がしたことなら謝りますから、勝手にいなくならないで下さい!」

 

 

ああよかった。やっぱり僕が間違えただけみたいで。僕が生まれてきたことが間違いじゃなくて。

 

降って来た透明な液体が僕の頬を伝う。

 

 

 

____________________

 

 

 

 

「もう、こんなことしないって約束してくれますか…?」

 

「…ごめんね海風。約束するよ」

 

幸運と言っていいのかはわからないが、死のうとして初めてまた、海風とちゃんと向き合えた気がする。

 

今落ち着いて考えると僕は一体なにをしていたんだろうと思えてくる。

 

海風から貰った大切なものを、僕は何に使おうとしていたんだろうか。とか、ある日突然ちゃんとした女の子の僕が来たとして、彼女を悲しませることにならないのか、とか。

 

僕がどこかに行かないように繋ぎ止めているのだろうか。僕を抱き締めてくれている彼女の体温に何故か懐かしさを覚えた。

 

離れたくはないと思いながらもやんわりと海風の抱擁を解いて、空のベッドに転がったままの万年筆の筆先とボディを拾う。バラバラになって落ちていたそれに新しいインクのカートリッジを刺してから、もう一度繋ぎ合わせた。

 

黒いインクが染みたシーツは剥ぎ取った。

 

申し訳ないがもう使えないかもしれない。

 

 

____________________

 

 

 

海風は買ってきた書店の袋をベッドの上段に上げると、ちょっと行ってきますと言ってまた出かけて行った。

 

今度は十数分で帰ってきたので、明石さんのお店で何か買ってきたのだろう。

 

白い袋の中身を見せてもらうとサンドイッチがいくつかとペットボトルのお茶が二本入っていた。

 

何のためか聞くと、今日の晩御飯だと行っていた。事後承諾になるが、姉さんもそれでいいかと。

 

もちろんいい。それで海風が喜ぶならいい。

 

その旨を伝えると海風にお誘いを受けた。今までは一度も無かったもの。

 

「姉さん。もし良ければ…私のベッドでお話ししませんか?」

 

 

____________________

 

 

 

ベッドの足が来る方に架けられたハシゴを登る。

 

思えば今まで一度も上に登ったことはなかった。下段はソファーがわりに海風と使うこともあったので完全に僕の場所ということもなかったけれど、ここに僕が立ち入ったことはなかった。

 

言わば、女の子の個室ということになるんじゃないだろうか。その言葉を聞くと、ちょっぴりドキドキするのは何でだろうか。

 

海風に続いてハシゴを登りきる。

 

別段、特に変わったものはない。違いといえば海風の匂いが濃い気がすることと、僕の所では文庫本を置いている場所にハードカバーと花の鉢植えの目覚まし時計があることぐらいだろうか。

 

上座、下座などの概念が果たしてベッドの上に存在するのか知らないが、ベッドの、寝た時に足が来る方に座らされた。

 

もしかすると、頭側にすると閉じ込めてしまっているように感じるのを心配したのかもしれない。

 

海風は先程買った食料を枕の上に置くと、その隣の本屋の袋を自分の膝の上に乗せた。

 

 

「……姉さん、大事な話があります」

 

「…何かな」

 

きっと、これからの関係に関わる話なんだと理解した。

 

「…半分は、私のお願いなんですけどね」

 

そこで一度区切った。

 

「私と、お付き合いして下さい」

 

 

 

____________________

 

 

 

「……意味、海風を否定したいわけじゃないからね。…どうして、そう考えたんだい?」

 

「私も、姉さんを悪く言うつもりはないですから、聞いて下さいね。……きっと、私たちは、姉さんと私は、女の子のお友達として関係を築くことはできなかったんです。………だから、別の…その、ですね」

 

そこで海風は書店の袋から、普段は読まない派手な女の子向けの雑誌をいくつかと物語ではないシンプルな本を取り出す。

 

雑誌には大体、彼氏を喜ばせるテクニック、だとか初めての夜、貴女はどうする?のような言い方は悪いけど浮ついた文字が。もう一冊は『男女間の人間関係』と言う本だった。

 

「お付き合いして、そういう関係なら、今までと違うこともできると思ったんです。…大好きな姉さんが体のことで悩んでいるのは薄々気づいていました。私にできる1つは、無視です。姉さんには一人で吐き出してもらって、私はそれに触れないように関係を築いていく。……でも、きっとそれじゃ同じことになってしまうと思ったから。…姉さんと、もうちょっと親密になることも、私は嫌じゃなかったから……。だから」

 

「……関係を作り直すのは、いいよ。僕も賛成する。でもね後悔は、しない?その関係で…彼氏彼女で関係を作って納得するなら、きっと海風が別の人とそうなりたいって思った時に、また関係のことで、こうなるかもしれないよ」

 

「……だから、はんぶんは私のお願いなんです。後悔はしません。大好きな姉さん、」

 

 

貴女の人生を、私に分けて下さい。

 

 

「…女の子に言わせちゃうなんて、ちょっとカッコ悪いね」

 

「いえ。…大好きな姉さんですから。恋は盲目らしいですよ」

 

「僕は、海風はそういう関係になりたいんじゃないと思ってた。…友達って強調された時そう感じた。……でも、違ったんだね」

 

「はい。……もっとちゃんと、お話しすればよかったですね。…達、ちょっと間違えちゃいましたけど……やり直せるのかな」

 

「きっと。……海風」

 

「はい」

 

 

喜んで。…こちらこそよろしくお願いします。

 

はいっ…!

 

 

 

 

____________________

 

 

 

 

海風と並んでかじったサンドイッチはとても美味しかった。

 

何気なく回し飲みしたペットボトルにも、関係が変わると新たな嬉しさを少し感じた。

 

どのような距離で接していいのか分からず、少しぎこちなかったかもしれない。でも、1ヶ月かけて詰めた距離よりは確実に近づいている。

 

僕達が望んだのはそういう関係だから。

 

自分の体の形を意識させるようにすり寄ってきた海風を、少し迷ったのちに抱きしめる。

 

「いいん、だね」

「優しくしてください」

 

どちらからということもなく顔を寄せ合う。

 

初めて僕は、彼女の味を知った。

 

 

 

____________________

 

 

 

 

いちゃらぶ処女航海中。

 

 

 

____________________

 

 

 

昨日とは違い、すっきりと目覚めることができた。

 

海風と愛し合って、溜まったものがなくなったのもあるんだろうけどそれ以上に嬉しさが僕の心を支配している。

 

カーテンの隙間からは日の光が差していた。

 

いつもの朝より明るいそれに包まれながら体を起こす。

 

昨日二人で読んだほとんどR指定がつきそうな内容だった雑誌を持ち上げる。

 

僕か海風が踏んでいたのだろうか。ぐちゃっと曲がって湿った雑誌を複数冊まとめて積んだ。

 

どちらかが叩き落としたのか、頭上の小さな棚から落ちている花の目覚まし時計を拾い上げる。

 

針は1と2の間と、9の近くを指していて…

 

9?

 

今日から、またお仕事じゃなかったっけ?

 

 

「海風、起きて、朝だから!」

 

幸せそうな笑顔で寝ている海風の、むき出しの肩を揺する。

 

「もう9時だよ、遅刻してる!」

 

目をこすりながら体を起こした海風を見てからハシゴを伝って下に降りる。

 

ベッドの下段ではむき出しのマットレスの上で充電が10%を切ったスマートフォンがバイブ設定されたアラームを5回繰り返し終えたことを告げている。

 

「ね、姉さん、どうしましょう!」

 

「とりあえずお風呂に…時間ない、一緒に入ろう!」

 

タンスを漁って綺麗な下着と制服を取り出す。

 

内風呂のシャワーを浴びるときまた彼女の素肌を見たが、その時におっきくしかけたのは内緒だ。

 

 




しぐうみはいいぞ


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らぎちゃんの夢

如月ちゃんおめでとう!

二重投稿なってたみたいなので片っぽ消しました


 

 

 

目を覚ました。

 

いつも通りベッドから起きあがる。

 

壁にかかったカレンダーを見る。

 

紫陽花の描かれた6月。その今日の日にピンク色のペンで薄く印がつけてある。

 

今日は、6月5日は、私『如月』にとって特別な日だった。

 

プレゼントとかパーティーだとか、そういうことではなく、「おめでとう」と言ってくれて「ありがとう」って言いたかった。

 

それだけでよかった。

 

睦月ちゃんや、妹達や、司令官に。

 

同じ部屋の、睦月ちゃんのベッドを覗く。

 

もう起きたのだろう。そこに姿は無かった。

 

いつもの制服に着替えた。

 

廊下に続く扉を開ける。

 

ちょうどそこに、人型をした深海棲艦がいた。

 

反射的に、呼び出した砲で頭部を撃ち抜いた。

 

飛び散った、黒い、オイルのような液体が顔にかかる。

 

砲撃の音が聞こえたのだろうか。

 

何かが集まってくる音が聞こえる。

 

 

 

____________________

 

 

 

来たのは全部、深海棲艦だった。

 

艦娘の姿は1つもなかった。

 

少しでも深海棲艦が少ない方に逃げていく。

 

振り切れそうにないものは撃ち殺した。道を塞ぐものは撃ち殺して踏み越えた。

 

逃げ続けていると、後ろから何度も砲撃の音がした。

 

いくつかは当たらなかった。いくつかは左手と胴体を擦った。

 

焼け付く痛みが走る。

 

そして、その中の1つは右足を穿って、破裂した。

 

爆発に吹き飛ばされて、地面に強く体をう打ち付けた。

 

痛む体を抑えながらなんとか立ち上がる。使い物にならなくなった肉塊を引きずりながら、工廠の裏に逃げ込む。

 

すぐに敵はくる。

 

壁を支えにして左足だけで立ち上がった。腕は大丈夫だが…反動を支えきれないかもしれない。

 

1つ、足音がかけてくる音が聞こえた。そちらに向き直る。

 

工廠の壁の陰から出て来たのは、私と同じくらいの大きさの深海棲艦だった。

 

砲を向ける。しかし、引き金を引こうとしても何故か指先は動かなかった。

 

深海棲艦はゆっくりこっちに近づいてくる。

 

逃げようかとも思ったけど、この足では厳しい。

 

あらん限りの意思を込めて、引き金を引こうとする。した。

 

 

『如月ちゃん‼︎』

 

 

視界が黒く落ちる。

 

それでも、引き金の硬い感触とそれによって引き起こされた大きな音は体に染み付いた。

 

時間が止まったような気がした。

 

 

いつのまにか閉じていた目を、ゆっくり開いた。

 

私の体に飛び散った液体、黒いオイルだと思っていたその液体は、私の足から流れているものと同じ液体に変わっていて、

 

目の前の、たった今私が撃った深海棲艦はとっても見覚えのある姿で、私と同じ服を着ていて、1番会いたかった人で、

 

 

「いやあああああぁぁぁぁぁっ‼︎」

 

 

 

____________________

 

 

 

ごつん、と何かにぶつかった。

 

飛び起きたのも束の間、また重力に引かれてベッドの上に落ちた。

 

夢から覚めてすぐの目に、照明の光が眩しい。

 

「いたた…如月ちゃん、大丈夫…?」

 

そこにいたのは、私が1番会いたかった人で、

 

「むつき、ちゃん…!」

 

「わ、どうしたの如月ちゃん、」

 

涙がこぼれそうになった目をごしごしと擦った。

 

「なんでも…なんでもないわ、おはよう、睦月ちゃん」

 

「おはよう、…今ね、如月ちゃんのためにみんなでパーティーの準備してるんだ!よかったら着替えて来てね!」

 

扉まで歩いていき、私に向かって手を振った後に睦月ちゃんが出て行く。

 

来てね、とは言われたが、何処にかは聞かなかったな。

 

それでもいい。探しに行こう。ちゃんと、睦月ちゃんはいるから。

 

 

着替えるために、ベッドから起き上がった。

 

床に足をつく。

 

が、右足に力が入らなくてがくんと崩れた。

 

おそるおそる触れてみる。そうすると、ちゃんと感覚はあった。

 

ゆっくり爪先に力を入れてみると、ちゃんと指は動く。

 

確認しながら地面に足をつくと、ちゃんと立ち上がることができた。

 

安心して夢の中のことは忘れて、ちゃんと歩いて行く。

 

着替え終わって扉に手をかけた時少しドキドキしたが、扉をあけて目に映ったのは、私に場所を伝えるのを忘れていたことに気づいて走ってくる睦月ちゃんだった。

 

 




らぎちゃんは書くの2回目。

ほとんど白露型しか書いてないけど結構いろんな人好きなので機会があれば書きます。


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眠り

注意 思考停止ハッピーではないです。こういうの地雷な人いると思うので気をつけてください。

私に、悲しみの責任は取れません。

白露ちゃんのベッドに妹たちが潜り込む話。


 

 

 

2

 

 

目覚まし時計の音より早く、雨の音で目を覚ました。

 

すぐ隣にある窓から外を見てみると、空は濃い灰色に覆われている。

 

肌寒さを感じて布団をかけ直す。

 

引っ張った時に抵抗を感じた。

 

そういえば、いつもより布団の中があったかい。

 

めくってみると、黒い髪のあの子がいた。

 

顔を覗き込んでみると…幸せそうな寝息を立てている。

 

耳たぶをつまんでみると、眉毛がぴくんと歪んだ。

 

鼻の頭を指先で擽ぐると、「くちゅん」と小さくくしゃみをした。

 

頭を撫でようと手を伸ばすと、何かを感じ取ったのか、笑顔になる。

 

「…ねえさん」

 

意識は夢の中を泳いだまま、時雨が言った。

 

「だいすきだよ」

 

少し恥ずかしい。

 

でも

 

「ありがとう。私もだよ」

 

嬉しいな。

 

 

 

 

____________________

 

 

 

 

3

 

 

目覚まし時計の音より早く、少しの息苦しさと、慣れない顔への圧迫感で目を覚ました。

 

目を開こうとしても視界は暗いままだった。

いい匂いがする。

柔らかくて、温かい。

 

誰かに抱きしめられているようだった。頭の後ろに腕の感触がある。

 

抜け出せないかもぞもぞしていると、私を抱きしめていたこの子も目を覚ましたようだった。

 

「………おはよ、村雨」

 

「…ねえさん」

 

拘束が少し緩んだ。

 

顔を出して目線を上に上げると、ふわふわした髪の顔が目に映る。

 

「ごめんね。いつも夕立抱いて寝てたから、姉さんも」

 

「ううん、いいよ」

 

もぞもぞ動いて村雨と顔の高さを合わせる。

 

「今日は村雨が来たんだね」

 

「…今日は?」

 

「昨日は時雨が来たんだ。…村雨は、どうして来たの?」

 

「私は…」

 

村雨は少し恥ずかしそうに言った。

 

「少しだけ、姉さんに甘えたかったの」

 

「いつでも大歓迎だよ」

 

どれだけ成長したって。可愛い私の妹なんだから。

 

「いっぱい、甘えていいからね」

 

 

 

____________________

 

 

 

4

 

 

目覚まし時計の音より早く、ーーー重い。

 

布団をめくってみると、私の上で夕立がねむっている。

 

私の胸に顔を埋めて。

 

パジャマの布越しにあつさを感じた。

 

夕立にどいてもらわないと何もできないので、目を覚ますまで静かに、髪の向きに沿って頭を撫でる。

 

しばらくすると、夕立は目を覚ました。

 

「おはよ」

「んー…おはよっぽい」

 

夕立は私の顔まで這い上がってくると、私の唇をちゅうっと吸った。

 

「んふふーん♡」

 

「…どうしたのよ」

 

今度はわしゃわしゃ〜っと、両手を使って頭を撫でた。

 

「白露も、あったかくてよかったっぽい♡………村雨より小さかったけど」

 

「なっ……」

 

私の上の夕立を、ぽーんとベッドに放った。

 

「ちょっと気にしてるのに!この!」

 

「んひひっ、あっ、だめ、そこ、だめっぽいぃっ‼︎」

 

私のくすぐりテクニックを味わうがいい!

 

私たちの笑い声は、みんなが起きる少し前まで続いた。

 

 

 

____________________

 

 

 

5

 

 

目覚まし時計の音より早く、いい匂いがして目を覚ました。

 

隣には、ピンク色の会をした子が寝ている。

 

……すっごくいい匂いがする。

 

フローラルとか、性欲がとかじゃなくて、おいしそう…

 

こらえきれずに春雨に顔を近づけた。

 

カレーのような料理を連想させる匂いではない。

 

くうっとお腹が鳴った。

 

人間は、『生命の欲求』から完全に離れることはできない。

 

それは、私たちも同じで…

 

春雨の顔に口を寄せた。

 

鼻先を舐めようとして、もっと近づいた。

 

ぱちり、と春雨の目が開く。

 

「し、白露姉さん?」

「動かないで」

「は、はいっ…」

 

春雨がぎゅっと目を閉じた。

 

小さく出した舌でちろっと舐める。

 

……それほど、美味しくはなかった。

 

「え…」

 

「………春雨は、こっちの方がよかったかな?」

 

戸惑っている春雨にもう一度。今度は唇に。

 

春雨の顔が赤く染まった。

 

「ーありがとう、ございました」

 

 

____________________

 

 

6

 

 

目覚まし時計の音より早く、ごいんと何かが頭に当たって目を覚ました。

 

目を開いてみると、隣にはおでこを押さえている、五月雨がいた。

 

「ね、姉さん、ごめんなさ…」

「おはよ。……怪我してない?」

「は、はい…」

 

五月雨のおでこに手を伸ばした。少しコブになっちゃってる。

 

「衝突って聞くとさ、私も五月雨もいい気はしないと思うけど」

 

「…はい」

 

船の白露と五月雨では近づけなかった距離にまで近づいた。

 

五月雨の体を両腕で捕まえる。

 

「こうやって抱きしめられるのは、嬉しいよ、私。ーーこれなら、この距離も悪くないよね」

 

「はい…あったかくて、」

 

こつんとおでこをくっつけ合う。

 

「えへへ…」

 

五月雨の淡い青の髪に指を通す。

 

少し指に引っかかって、解けた。

 

 

 

____________________

 

 

 

7

 

 

目覚まし時計の音より早く、右腕を引かれて、圧迫感を感じて目を覚ました。

 

隣には、私の腕を抱きかかえて体を丸めて眠っている海風がいた。

 

頑張っていた海風がこういう風に眠っているのを見ると心がぽかぽかした。

 

銀色の結われていない髪を空いている手でさらさらとなで、そのまま下に向かって下ろしていく。

 

胸のあたりまで行って、私のより大きい、水色の生地を歪ませている膨らみを突いた。

 

大人っぽいけど、まだ甘えたいんだろうな。

 

整った顔に手を伸ばして、泣きぼくろを人差し指で突く。

 

何かが気に障ったのだろう。困った顔になった。

 

それからしばらく何もせずに海風の顔を眺めていると、私の視線はとある一点に吸い寄せられていく。

 

唇だ。

 

ぷるんと柔らかそうで、綺麗なピンク色をしていて、

 

その唇に指先を持っていく。すると。

 

ちゅう、と咥えられた。

 

私達は、母を知らない。もうなることもない。

 

指先を引き抜くと海風の顔が悲しげに歪んだ。

 

もっと甘やかしてあげれば良かったと今更思った。

 

せめて、起きるまでは。

 

パジャマの前を開いて、自分の乳房を取り出した。

 

 

 

____________________

 

 

 

8

 

 

目覚まし時計の音より早く、網戸から吹き抜けた冷たい風で目を覚ました。

 

隣には、緑色のモコモコしたものが寝ていた。

 

山風って、髪の量が多いんだよね。

 

1番長いのは海風だけど、もっさりしてるのは山風。

 

暑くないのかな。

 

手櫛で、緑色の髪を集めていく。

 

のぞいた首筋にはうっすらと汗が浮かんでいる。

 

あついなら、私の隣で布団なんか被らなければいいのに。

 

と、思ったけれど。こういう風に来てくれるのは嬉しい。

 

山風は、今でこそ少し明るくはなったが、出会ってばかりの頃は暗かった。でも、私はあまり多くのことをしてあげられなかった。

 

忙しかったというのは言い訳だ。たとえ時間がなくてももっとやりようはあったはず。

 

代わりに海風が頑張ってくれたけど、私は、山風には…

 

「…白露ねえ」

 

「ーおはよ」

 

いつのまにか起きていた山風が私の頬に手を伸ばした。

 

「…私を、私達を見ててくれて、あ…ありがと」

 

私の頬が、笑顔の形に引っ張られる。

 

自然と笑みがこぼれた。

 

 

____________________

 

 

 

9

 

 

目覚まし時計の音よりずっと早く、雷の轟音で目を覚ました。

 

カーテンを少し開けて外を見てみると、夜空がぴかっと光って数秒後に、どおんと重たい音がする。

 

しゃっとカーテンを閉めてから、いつもより深く布団に潜ろうとして、その時にドアが開いた。

 

「あ、姉貴…」

 

「江風…おいで」

 

江風はドアを閉めると暗い明かりの中を枕を抱えて走ってくる。

 

そっと布団の端を持ち上げた。

 

「今日は、海風いないんだったね」

「…山風の姉貴は、ぐっすり寝てて行けないから」

 

「私は、起こせるからって?」

 

「……ごめん」

 

「いいのいいの、頼ってくれるのは嬉しいから」

 

私の枕の隣に自分の枕を並べて置いて寝そべった江風を、自分の体で包み込むように抱きしめる。

 

また、どおんと音がした。江風が小さく首をすくめる。

 

「大丈夫。貴女は強い子なんだから…って、海風なら言うかな?」

 

「ーうん」

 

「そっか…じゃあ、私は別のこと言おうかな」

 

「?」

 

小さく首を傾げた江風の顔を、自分の胸に押し付けた。

 

「怖くても大丈夫。…私が、いるからね」

 

「ーーありがとう、姉貴」

 

じんわりと目が熱くなった。

 

胸元にも、同じ熱を感じた。

 

 

 

____________________

 

 

 

10

 

 

目覚まし時計の音より早く、歌声で目を覚ました。

 

目を開くと、私の上で青い髪のあの子が目を閉じて小さな声で歌っている。

 

『焦がれるほどに強く、魅せつけられ』

 

枕の感触がいつもと違うことに気づいた。

 

『憧れるほどに遠く、手は届かずに』

 

触れてみると、涼風の太ももであることがわかった。

 

『この………おはよう」

 

「おはよ、涼風」

 

目を開いた涼風は、自分の髪をわさっと搔き上げる。先が、私の頬をくすぐった。

 

「いくつか、言伝があるんだ」

 

「ーうん」

 

大きく息を吸ってから、私の妹は話し出す。

 

「まず……ありがとう。いくら重ねても足りないよ。ありがとう。僕達の姉さん」

 

寝たまま聞くのは失礼かと思い、彼女の膝から起き上がった。

 

「姉さんの改二はついに見れなかったけれど、姉さんのカッコいい姿はいっぱい見せてもらえたわ。あたたかかったの。ありがとう」

 

「夕立ね。最後まで笑ってようと思ったの。眩しい、って言ってくれたから。でも、もう泣いちゃいそう。…さいごまで泣かなかったら、褒めてくれる?」

 

「姉さんにキスしてもらった時から、体に火が入ったような気がしたんです。これなら、さいごまで頑張れそうです。はい。」

 

「白露と抱き合って、すっごく嬉しかったです。また、会いたいです。また、ああやってくっつきたいです。ありがとう、ございました。」

 

「少し恥ずかしかったんですよ。あれ。…でも、ーーあったかかったです。…もう少し時間があれば。もう1日あれば。私も、姉さんにああしてあげたかったです。さようなら」

 

「ずっとね。白露姉みたいに明るくなりたかったの。…どうかな。ちょっとは近づけた?……そうだったら、うれしい」

 

「怖いよ。姉貴。ー怖いけど。頑張るから。姉貴がいるから、私はがンばるから」

 

「今日は、あたいだね。1番下だったから、今まで結構気にかけてくれて。」

 

涼風が、私の手を取った。

 

「何か、返せたかな。白露にも、みんなにも」

 

私の体を引き寄せて、抱きしめた。

 

 

『私達の、お姉ちゃん。今までありがとう。白露型に生まれてよかったよ。明日はお姉ちゃんだね。頑張ってね。応援してるから。』

 

 

みんなの声が、聞こえた。

 

 

 

 

____________________

 

 

 

 

 

1

 

 

 

目覚まし時計の音で目を覚ました。

 

上部のスイッチを押して音を止めて、裏側のアラームのスイッチを切った。

 

いつもより広いベッドから起きあがる。

 

黒い制服に着替えた。

 

髪を整えて、カチューシャをつける。

 

机の上の封筒を掴んで、部屋を出た。

 

駆逐寮の廊下をゆっくり歩いた。

 

階段の踊り場の手すりにある、よくわからない像を撫でた。

 

ローファーの硬い音を鳴らしながら歩いていくと、駆逐寮の入り口に提督がいた。

 

「おはよ、提督」

 

「ああ、おはよう」

 

「ごめんね。無理言って順番変えてもらって。ほんとは私が1番だったんでしょ?」

 

「ああ。ーーといっても書類の上でごまかしただけだけどな」

 

「ありがと。…私は、ちゃんとみんなを送り出せたよ。」

 

「ああ。」

 

提督は、ポケットの中から9枚の折りたたまれた便箋を取り出した。

 

「あいつらからだ」

 

「ーだと思った」

 

私は持ってきた封筒の中に9通を入れて、口を閉じた。

 

「読まないのか?」

 

「うん。今読むとちょっと。……これ、持っててもいい?」

 

「…ああ。そのくらいなら大丈夫だ」

 

「私がそれを持ってれば、多分みんな集まってこれると思うんだ」

 

提督と一緒に工廠に歩き出す。

 

「すまんな。俺たちは…」

 

「いいの。私達は兵器だから。平和になったらいないほうがいいの。……あのさ」

 

「何だ?」

 

「妖精さんは残るんだよね」

 

「あいつらを怒らせたら、それこそ世界が滅ぶだろうからな」

 

「何かあったら。……いつでも呼んで。私達、いつでも行くから。提督の子でも、孫でも、その先でも。力になれるならきっと行くから。」

 

「子供か…残せればいいな」

 

「え〜、提督好きな人とかいないの?」

 

提督は突然立ち止まった。

 

「お前が、好きだった」

 

「それ、私達以外にもいってるでしょ」

 

「ばれたか」

 

再び歩き出した提督に並んだ。

 

「あれだけ、一緒に戦ったんだからな。そりゃ好きにもなるさ。」

 

「私も提督のこと好きだよ」

 

「じゃ、結婚してくれ」

 

「いいよ」

 

冗談で言ったのに、提督はポケットから四角い箱を取り出した。

 

「艦娘全員分は高かったが…世界を救ったんだ。余裕だったわ。」

 

受け取った指輪は右手の薬指に嵌めた。

 

みんなもそうしたらしい。

 

「正妻、誰なの?」

 

「順位は決めたくないなぁ」

 

「それ、いつか刺されるよ」

 

話しているうちに工廠についた。

 

隅の小さな部屋に1人で入る。

 

初めて入る部屋の内部の観察はできなかった。

 

泣いてしまいそうだったから。

 

 

じゃあね。

ああ。

 

扉が閉まる。

 

内側に鍵は無かった。

 

…潰してから溶鉱炉だったっけ。

 

お姉ちゃんも頑張るから。…見てて。

 

がチリ、と、なにかが作動する音がする。

 

まだ少しの時間は残されていた。

 

最後になにをするかはもう決めてある。

 

 

 

指先を、まっすぐ天に向ける。

 

 

大きく声を張り上げた。

 

 

 

『白露型が、いっちば〜ん!』

 

 

 

 

____________________

 

 

 

 

封筒の中の9通の手紙には、同じ文字が刻まれていた。

 

 

 

 

 

____________________

 

 

 




戦後に1人ずつ解体される妹達が、最期の晩に白露姉さんのベッドに潜り込む話。


最初は何の設定もなく寝て起きてじゃれてる話だったんですけどね。

そういう風に設定変えたら心揺れましてね。そっちの解体エンドで書きました。

次は幸せなな話書きたい。



なんでうちの涼風ちゃんイタコみたいになってまうんやろ。家族シリーズもそうなりかけたし。


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召還 fate要素を含みます。

書きたかった。

書いた。

普通にむらだち


 

 

 

 

街の外れにある、その街の中で1番下等な霊脈。

 

強さを求める聖杯戦争で、わざわざこんな所で召喚しようとする馬鹿は私くらいだろう。

 

そこに、適当に拾った木の棒で地面に線を刻んで行く。

 

でも。ここはあの子との思い出の場所だから。

 

小さい頃あの子と駆け回った大切な場所だったから。

 

昔私達が過ごした街に聖杯があったのは幸運だった。この場所に、微かながらも霊脈が通っているのは僥倖だった。

 

掘った溝に、持ってきた容器から水銀を薄く流していく。

 

私の一生を賭けた戦いが始まる時だというのに、環境破壊に心を痛めてしまう。

 

蝶のような紋様が、赤い線で刻まれた右手を体の前に掲げる。

 

 

 

 

『素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。

降り立つ風には壁を。

四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。

 

閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。

繰り返すつどに五度。

ただ、満たされる刻を破却する。

 

――――告げる。

汝の身は我が隣に、我が命運は汝と共に。

聖杯の寄るべに従い、この意、この理が届くなら答えて。

 

誓いを此処に。

我は常世総すべての善と成る者、

我は常世総ての悪を敷く者。

 

 

我は主人に在らず、汝は従者に在らず。ただ、我と同じ道を歩み、我と同じ時を刻むべく来たれ。

 

 

汝 三大の言霊を纏七天、

抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――! 』

 

 

 

ばちり、と何かが弾ける音がした。

 

地面に刻んだ召喚陣が励起し、ほのかな赤色に光り始める。

 

周囲の空気に漂う魔力と、私の魔力が吸い取られていく。

 

触媒なんて必要とはしない。

 

私がいる。私が呼んだ。

 

それだけできっと、あの子は来てくれる。

 

集まった魔力が溢れる光の奔流へと変換される。

 

眩い閃光に、とっさに目を閉じた。

 

しばらくして光が止むと、そこには、

 

 

「さーゔぁんと、あーちゃークラス。夕立。……問おう。貴女が私のますたーか?…………。なんて。…呼んでくれたの、聞こえたよ。」

 

 

掲げた右手に意識を馳せ、蝶の羽根の様な紋様に魔力を流しながら口にする。

 

『令呪を以って願う。ずっと、私の隣にいて』

 

「もちろん」

 

『令呪を以って願う。私から離れないで』

 

「いいよ」

 

『令呪を以って、願う。……もう、私を、…1人にしないで」

 

「今度こそ、約束するっぽい」

 

赤い線は右手から消え、黒ずんだ様な薄い跡が右手に残る。

 

「ずっと、会いたかった」

 

「…私も」

 

夕立が、昔と同じローファーで地面を踏みしめて私の元に歩いてくる。

 

広げられた両腕に従って、夕立の胸に抱かれた。

 

魔力で編まれた仮初の体でも、しっかりと夕立の鼓動を感じた。温もりを、思い出した。

 

ずっとこうしていたい欲望に抗って、やっぱり少しだけ堪能してから離れる。

 

右目から溢れた雫を拭った。

 

「絶対、勝つわよ」

 

「もちろん」

 

まだ、私の願いは叶えられていない。

 

聖杯を手にして、もう一度夕立をこの世に降ろす。

 

喪われてしまった幸せを取り戻すまで。私は止まれない。

 




むらだち尊い…

fate知識薄なので用語の漢字間違いなどの訂正はありがたく受け止め、誤字は修正しますが、こんな召還できんとかいう文句は無視するので悪しからず。


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雨の日


つゆ露ちゃんボイス妄想。


 

 

「うひ〜、今日も雨か〜…」

 

廊下の窓ガラスには雨の雫がたくさんついている。

 

朝日が昇り始めているはずの空は濃い雲に覆われている。

 

洪水になるほどの大雨ではないが、外に出ればすぐずぶ濡れになってしまうだろう。

 

もう何日雨が続いただろうか。

 

ふう、と小さなため息をつく。

 

 

「姉さん」

 

 

背後からの声に振り返った。

 

今日は休みのはずなのに、村雨は制服を着ていた。……まあ私もなんだけど。

 

「姉さんのせいで、妹達大混乱よ」

 

「え、私何かしたっけ…?」

 

村雨は少し困った顔を引っ込めて苦笑いを取り出す。

 

「昨日の夜夕立がね、『白露が、雨嫌いだって…提督さんと話してたの』って。…雨の娘たち大騒ぎよ」

 

「あー…そんなことも言ったっけ?」

 

「きっと髪が纏まらないとか…頭が痛くなるとか、洗濯物が乾かないとかあとは……その…」

 

村雨が言いにくそうに口をつぐんだ。

 

「私の、あの時期だから…ね」

 

「そう…そうだって言ったのよ。でも、」

 

「……やっぱ心配になるよね。…悪いことしちゃったなぁ…」

 

「…雨だけじゃなくて、風は…私たちはどうなのかって、…ほかのみんなも」

 

「……今は?どうしてるの?」

 

「まだ寝てるわ。…いい夢見れてるといいんだけど」

 

「ーー村雨、ちょっと手伝って」

 

「いいけど…何するの?」

 

「ちょっとね」

 

村雨の手を引いて歩き出した。

 

階段をおりて、廊下をたーっと走って角を曲がって、裏玄関から外へ。

 

雨の中へ。

 

「村雨って、よく夕立と雨の中遊んでるじゃない?あれって何やってるの?」

 

「何って…ただ泥だらけになるまで追いかけっこしてるだけよ」

 

「じゃ、私とそれやろっか。範囲は……この辺から、あの辺までで」

 

「どうして?」

 

「ここなら、みんなの部屋から見えるでしょ?」

 

 

 

 

____________________

 

 

 

 

 

「まてーっ‼︎」

 

「またないっ‼︎…あはっ」

 

やってみると、これが思ったより楽しい。

 

村雨は慣れている感じがする。ぬかるんだ土の上でもうまく走るし、地面を滑って私の手の下をくぐったり、水たまりの水面を蹴り上げて私の視界を数瞬塞いでその隙に背後に抜けたりと、なかなか捕まえられない。

 

熱くなる体も、すぐに雨粒が冷やしてくれるので心地よい。

 

何度か転んだ。その度に村雨は心配してくれたけれど、柔らかくなった地面は痛くなかった。

 

 

どれだけ叫びながら駆け回っただろうか。10分くらい?20分?

 

よくわからない。夢中になっていた。

 

村雨が左足で水たまりを叩くのと同時に、村雨に向かって跳躍する。

 

水しぶきを突き破って村雨に抱きついた。

 

村雨の頭を抱きかかえるようにして庇いながら地面を転がって止まる。

 

体を起こして2人で笑った。

 

「あっははは、」

 

「…うふっ」

 

「やっとつかまえたーっ!」

 

「初めてなのに上手いじゃない」

 

つかまえた村雨にすりすりと頬を擦り付ける。

 

「村雨、逃げるの上手いね」

 

「そりゃあ何度も夕立とやってるもの」

 

「じゃあ次は」

 

「私がー

 

 

『夕立もまぜてーっ!』

 

声の方に顔を向けると、夕立が雨の中をかけてくる。夕立だけじゃない。

 

「待って夕立、僕も!」

「姉さんばっかりずるいです!」

「私も、待って!」

 

雨のみんなだけじゃない。

 

「ほら、はやくいきましょう!」

「まって、手、ちょっと痛いわ」

「姉貴、転ぶなよ?」

「あたいも混ぜな!」

 

ぴょーんと飛び込んできた夕立を2人で受け止めて立ち上がった。

 

 

「私ね、雨が続いたらみんなとそとで遊べないから、だから…だからいやだったの!……みんな、大好き‼︎」

 




露は太陽の下で輝く

晴れの、元気なあの子がみんなを引っ張ってくれます。


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2人の写見

進水日おめでとうございまーす。

「ゆ、夕立、これって誕生日じゃなくって幸せを誓う儀式じゃ…」
「村雨となら大歓迎っぽい!」


【挿絵表示】

本編と関係はないです


 

夕立が、私の赤い目をじっと覗き込んでいる。

 

なんだかこう、ちょっぴりぴりぴりした感じが伝わってくるけど…なんなのだろうか。

 

しばらく夕立に見つめられたままじっとしていると、夕立の視線が私の左目に移った。

 

ちくりと突き刺さる。

 

「村雨」

 

「な、なに?」

 

「…今日、どこ行ってたの?」

 

そういえば、買い物から2人の部屋に帰ってくるとすぐに夕立に扉へ押し付けられたんだっけ。

 

夕立の肩に手を添えて軽く力を込めると、夕立は私を壁に押さえつけている手をどけてくれた。

 

一度、手元の白いビニール袋に目をやってから夕立の瞳を覗く。

 

「夕立、いいもの買ってきたわよ」

 

 

 

 

____________________

 

 

 

ベッドの上に向かい合って座って、その真ん中に袋の中身の小さな箱を置いた。

 

夕立はその箱を開けると、説明書はぽいっと私に放って、中のプラスチックのケースを目の前に掲げる。

 

「…これって、」

 

「そ。…私の目を根本から赤くってわけにはいかないけど…」

 

これなら夕立とおんなじになれると思って。

 

「村雨、早く!」

 

夕立が私に手に持ったケースを押し付けた。

 

手元の説明書の注意事項の欄にざっと目を通して、ケースの中身、『赤いカラーコンタクトレンズ』を手に取ろうとして、

 

「あ……ちょっと怖いかも」

 

「なら夕立がやってあげる」

 

夕立が私の手からケースと説明書を奪い取る。

 

夕立は普段見せない集中力で文字列を頭の中に入れた後に、ケースの中の小さなレンズを右手の人差し指に乗せる。

 

「じっとしてて」

 

「…まって」

 

「大丈夫…信じて」

 

夕立がゆっくりと人差し指を近づける。

 

目になにかが当たった感覚がする。

 

思っていたほどの違和感は無かった。

 

「…大丈夫?痛かったりしない?」

 

「大丈夫よ。…どうかしら?」

 

夕立は一拍明けてから呟いた。

 

「むらむらするっぽい」

 

 

____________________

 

 

 

 

昔の、改装する前の制服を二着ひっぱり出してきた。懐かしいそれに袖を通してリボンを結んで、頭に結んだリボンは全部とっぱらう。

 

髪飾りを外して、整えていた髪を適度に崩せば、白露型の『だれか』が完成する。

 

夕立っぽい村雨っぽいだれか。

 

私の胸に伸びた手を掴んで軽く握った。

 

「おさんぽしない?……それから、ね」

 

 

 

____________________

 

 

 

 

村「あ、しぐれ!」

 

「村雨、夕立、…珍しい格好してるね。おさんぽかい?」

 

夕「んー…そんなところ」

 

村「そうだ、どっちが夕立か、わかるかしら?」

 

「えーーっと……あれ、その目」

 

夕「そ。カラーコンタクト買ってみたのよ」

 

村「……もしかしておねえちゃん、目だけでわからなく…」

 

「まってまって、…どっちかに人格固定してくれたらわかりやすいんだけど」

 

村「ーわからないの?」

 

夕「失望したよ。っぽい」

 

「ーーー。…たぶん、こっちが夕立。…だと、思うんだけど…」

 

夕「んふふーん、正解っぽい」

 

村「どこでわかったの?」

 

「ぽい、って言った時に尖った犬歯が見えたから、なんだけど」

 

「「……。」」

 

「え、えっと、なにかまずかった?」

 

村「ほら、私の、見て」

 

「え、あ…村雨にも⁉︎」

 

夕「村雨にもね。生えてるの。…普段見せないようにしてるけど、村雨も『い』っていうときときどき見えるよ」

 

「え、じゃあ僕」

 

村「運が良かっただけね」

 

夕「さすが幸運艦っぽい」

 

 

 

 

 

____________________

 

 

 

 

夕「あ、春雨!」

 

「わ、姉さん…?」

 

村「あってるっぽい…どっちかが夕立で」

 

夕「どっちかが村雨なんだけど…わかるかしら?」

 

「えーと……あれ、村雨姉さんのおめめ、」

 

村「やっぱり春雨もそこ見るんだ」

 

夕「さっき、時雨もそこ見てたっぽい」

 

「カラーコンタクト、ですか?」

 

夕「そう。さっき買ってきたの」

 

村「どう?似合うっぽい?」

 

「……ちょっと、髪貸してくれますか?」

 

夕「いいけど」

 

村「何に使うの?」

 

「少し、失礼しますね」

 

村「に、におい…」

 

夕「春雨、それ見た目ちょっとやばいわよ」

 

「ーーーたぶん、こっちが夕立姉さんです」

 

村「あらら」

 

夕「外れっぽい…どうしてそう思ったの?」

 

「……えっと、夕立姉さん、お昼にカレー食べてるの見て、それで村雨姉さんからカレーの匂いがしたから…」

 

村「私も、コレ買いに行ったとき、お外でカレー食べたの」

 

夕「夕立はちょっと暑かったからシャワー浴びたっぽい」

 

「だから…ごめんなさい、間違えちゃって」

 

村「いいのよ。気にしないで」

 

夕「じゃあね、ばいばい」

 

 

 

 

____________________

 

 

 

夕「あ、白露!」

 

「……どっちだ、」

 

村「どっちでしょーか」

 

「………たぶん、夕立でも村雨でもない、のかな?……どっちかに固定してないのか」

 

夕「そうなの」

 

村「時雨は固定した方がわかるかもって言ってたっぽい」

 

「固定されてなくて、ある意味ラッキーかも。……よーし、なら、」

 

白露は、2人に向かって両手を広げた。

 

「おいで!」

 

2人は誘われたままに胸に飛び込む。

 

「作戦せいこーう、…こっちが村雨だね。こっちが夕立。ちょっとだけ恥ずかしそうな気がした。尻尾振ってるような気がした」

 

村「ーバレちゃった」

夕「やられたっぽい」

 

「どっちかに固定されてたら無理だったね。村雨と夕立を引きずり出す作戦」

 

村「姉さんだからできたのよ」

夕「ずっと見ててくれたから」

村「春雨は頑張ったけど外しちゃった」

夕「時雨は当たったけど運だった」

 

村「姉さんなら。……ちゃんとどっちかに固定して、村雨が、夕立が2人になっても。ちゃんと見つけてくれるのかしら?」

 

夕「夕立の、99%村雨の出番っぽい?」

 

「まっかせて!絶対見つけてあげる!私はお姉ちゃんだからね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

____________________

 

 

 

 

おまけ むらむら村雨

 

 

 

「帰ってきたー」

 

「ちょっと疲れたわね。…そういえば、さっきの99%って、あと1%は何なの?」

 

「……ちょっと恥ずかしいっぽい」

 

「いいじゃない、教えてよ」

 

「……私が、村雨が大好きだってこと。…それだけで、私は、愛する村雨にはなりきれないっぽい」

 

「…すきよ。私も」

 

「知ってる。……ね、村雨」

 

「……ああ、帰ったらって、」

 

「むらむら、けっこうきてるっぽい」

 

「危ないから、目だけ外させてね。ベッド、いきましょ」

 

 

 

 




むらだち夫妻流行れ


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白露とぷりん


白露ちゃん改二の目と下着の色が気になる今日この頃。


 

 

 

 

ぷりん♪ぷりん♪

 

きいろいぷりん♪

 

おいしいぷりん♪

 

ぷるぷるぷりん♪

 

10こ買った♪

 

みんなのぷりん♪

 

みんなで食べる♪

 

おやつのぷりん♪

 

……が、……………ない……?

 

 

 

 

____________________

 

 

 

 

時「緊急白露型会議だ」

 

夕「殺せ、はやく殺すっぽい」

 

村「はいはい、夕立、ステイステイ」

 

時「みんな知っての通り、僕達のぷりんが盗まれた。だけど重要なのはそこじゃない」

 

春「姉さん、殺しましょう。はい。」

 

五「うまれてきたことを後悔させないと」

 

時「姉さんが、悲しんでる。…海風」

 

海「なんですか、殺すんですか、殺せるんですか」

 

時「…君と、改白露型の娘たちは姉さんについててほしいんだ。海風が甘えてくれるなら姉さん喜ぶと思うし、賑やかな方が気がまぎれると思うんだ」

 

海「でも姉さん、私も、」

 

山「海風姉、」

 

江「姉貴、私たちが願うのは白露の姉貴の笑顔だ。……そうだろ」

 

海「…そうです。……ごめんね、山風、江風、」

 

涼「本当は、あたいらも行きたいけど、…時雨、任せていいんだよね」

 

時「うん。僕達が………殺せ!殺せ!すぐに姉さんを悲しませた犯人を殺せ‼︎」

 

村「時雨!…落ち着いて。私達は、絶対に確実にやらなきゃいけないの。…落ち着いて」

 

時「………ありがとう。でも、なかなか抑えられなくて、ちょっと叫んどこうかと思ってね。…春雨、五月雨、」

 

春「準備できました」

五「いつでも。」

 

時「夕立、村雨、」

 

夕「ふーっ、ふーっ、」

村「夕立、もういいわよ。…やれ。殺せ。」

 

時「…行くよ。虐殺の時間だ」

 

 

 

 

____________________

 

 

 

こんにちは、提督です。部屋の外からこっそり聞いていました。命の危機です。

 

…違うんだって、悪気があったんじゃ無いんだって。

 

徹夜明けで腹減って冷蔵庫開けたらプリンあるじゃん?何も考えず食べるじゃん?ハイになって十個完食するじゃん?

 

………。

 

とりあえず、逃げ「提督、…どこに行くんだい?」

 

 

あっ

 

 

「私達、ぷりん食べた人探してるんだけど…知らない?」

 

「知ってるような…知らないような…」

 

呼ばれて振り返ると時雨と村雨。思わず後ずさった。

 

背中に柔らかいなにかが当たる。

 

「どこに行くんですか?」

「私達とおはなししましょうよ」

 

春雨と五月雨の声がする。

 

どこからか夕立が寄ってきて、右袖に鼻を近づける。

 

「提督さんって、いっつもいろんな匂いするよね。……今日は、ぷりんの匂いっぽい」

 

 

まずい…!

 

 

 

____________________

 

 

作戦①

 

「ごめんなさい」

「死んで詫びてね」

 

 

____________________

 

 

作戦②

 

「何も知らない」

「死んでね♡」

 

 

____________________

 

 

作戦③

 

「由良が」

「しねっぽい」

 

 

____________________

 

 

作戦④

 

「逃げ」

「逃がしませんよ♡」

「お話ししたいだけなのに…酷いです♡」

 

 

____________________

 

 

 

 

詰んでますありがとうございました。

 

いやしかしまずい。まずいぞ。

 

部下に殺された理由が部下のプリン食って泣かせましたとかダメだろ。

 

どうする、どうする、

 

 

「はあ……提督、話聞いてたんでしょ?」

 

「あ、ああ」

 

時雨がしょうがないといった風にため息をつく。

 

ぴりぴりとした殺気が薄く掻き消えた。

 

「……どうせ、わざとじゃ無いんでしょ。僕達もさっきはテンション収まらずに殺せとか言っちゃったけど。ーー白露が笑ってくれればそれでいいんだ。スイーツバイキング11人分でどう?もちろん提督も一緒に」

 

時雨が、それでいい?という風に4人を見回す。

みんなうんうんと頷いていた。

 

「じゃ、謝らないとね」

 

時雨は俺の手を取ると、白露型の共用部屋に入って行く。

 

中にはソファーに座って顔を赤くした白露と、それを囲むように改白露型のよにんがいた。

 

「犯人、連れてきたよ」

 

時雨が呟くと、びりびりとした殺気が4人分立ち上った。

飛びかかろうとしている4人を時雨が手で制した。

 

「スイーツバイキング連れて行ってくれるって」

 

 

「スイーツバイキング⁉︎」

 

1番に反応したのは白露だった。

 

「それでいい?」

 

「うん。…私も、ちゃんと名前書かずに入れちゃったし。ーごめんね。提督」

「あ、ああ、」

 

「じゃあ行こう!」

 

白露がソファーから立ち上がると、その白露について妹たちが歩いて行く。

 

なんとか、財布の中身が殉職するだけで済んだようだ。

 

 

 

 

____________________

 

 

 

 

「提督」

 

「なんだ、白露」

 

「私、もう一つ欲しいものがあるんだけど」

 

「うぐ…言ってみろ」

 

「私、提督の、硬くて熱くて…おっきいのが欲しいな」

 

「なっ」

 

「今夜、開けといてくれる?……みんなにバレないようにこっそり行くから。」

 

「…ああ」

 




ツイッター楽しくてサボり気味ですみません。


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村雨ちゃんと明石さんの話。

壊れた女の子の方の、くっつけ方の設定を変えてそれの明石さんの練習も兼ねて。

こういう風に、明確に幸せにはなってないのも意外と好きかも。


 

 

 

 

 

 

運ばれてきた村雨ちゃんはただの人間なら即死しているほどの傷だった。

 

艦娘でも生きているのがやっとの傷。

 

とっさに砲を持った側を庇ったのだろうう。左半身を中心に、炸裂した砲弾の破片が突き刺さっていた。

 

右の頬を斜めに裂いた傷。左目の瞼の上を通った傷。

 

幸いなことに眼球に異常は無かった。

 

服ごとその下の肌が切り裂かれていて。

 

白い太股に何本も残った傷。左腕の傷から流れ続ける血。

 

本来は障壁が発生するのでここまで傷つくことはない。艤装がやられていなければ。

 

即座にドックでバケツを使えれば良かった。しかしドックは塞がっていて、今入っている人たちもかなり酷い傷なので叩き出す訳にもいかず。

 

本来私は艤装専門なのだ。だから人を直す技術なんて雑な応急処置しか学んでいなくて、それでも私がやるしかなかったから。

 

金属製の細い糸で村雨ちゃんの傷口を閉じていく。

 

初心者に毛が生えたような技術で完璧なものになるはずもなく。

 

 

私は、村雨ちゃんの体に傷跡を残してしまった。

 

 

 

 

 

____________________

 

 

 

 

 

 

 

目が覚めたとき。

 

全身を囓られ続けるような痛みだった。

 

目が霞んでいてよく見えなかったけれど、朧げに見えたピンク色には見覚えがあった。

 

口を開いても喉からは掠れた音しか出なかったんだと思う。

 

思う。というのは、気づいてくれた明石さんであろう人が何か言っているのもあまりよく聞こえなかったから。

 

目薬か何かだったのだろうか。明石さんが私の目に何か落とした。

 

その時はただ痛いとしか感じなかった。じゅわじゅわ熱くて。

 

咄嗟に抑えようとした。

 

手は上手く動かせなかった。

 

 

 

 

いくら時間が経ったのだろうか。

 

私が寝ている何かがガタガタと、小さく揺れる。

 

工廠からドックまで運んでくれていたらしい。

 

体が持ち上げられるのを感じる。

 

痛みしか感じれていないはずなのに、その暖かさは今でも覚えている。

 

とぷん。

 

何かに漬けられて、慣れた人工的な温もりが体を蝕んでいく。

 

意識も感覚も、だんだんと戻ってきて、

 

液に沈まないように誰かが抱えてくれているのもはっきりとわかった。

 

 

「……あかし、さん」

 

「…ごめんね、まだ、もうちょっと痛くする」

 

 

明石さんが大きなピンセットみたいな器具を拾い上げて、塞がる前の私の傷に突き刺した。

 

掻き回されるような痛みの後、引き抜かれたピンセットの先には5cmを超えそうな破片が出てきた。

 

 

通常何かが刺さっていたり、傷を縫ったりしていた時はそれを取り除いてから漬けないといけないらしい。

 

それでも今回明石さんはそうは しなかった。後で明石さんに聞いた話だと、傷を無理矢理塞いで流れ出る以上の血を注ぎ続けてなんとか私を生かしている状態だったらしい。

 

そんな状態で全身の縫い後やいくつもの破片なんかを取り除いている余裕はなく、漬けていれば取り敢えず死ぬことはない修復剤の中で、傷が塞がる前に全て取り出す事になって、

 

 

明石さんが悪い訳じゃない。

 

それでも、通常と違うやり方で治されて、ミミズの様に歪んで治ってしまった跡がたくさん残って、

 

もう、今まで通り肌を出したオシャレなんて出来ないな、なんて考えて、

 

何も考えずに泣いてしまった。

 

何も考えずに

 

その涙が、どの様な思いを抱かせるかなんて考えずに。

 

私の顔に雨が降った。

 

 

私は明石さんの心に傷を残してしまった。

 

 

 

 

____________________

 

 

 

 

 

艦娘は、どこかのお偉いさんに制服が定められている。

 

けれど、結構融通が利く。夏服を用意してくれたり冬にはカーディガンを着せてくれたり、季節の行事なんかにはそれに合わせた服を着る許可が出たり。

 

それに、特定の艦娘には日常的な異装許可が出る。

 

村雨ちゃんはこの鎮守府ではじめての、傷による異装許可が出た艦娘だった。

 

傷跡で異装許可が出た艦娘は、自分で服のデザインを考えることができた。出来たデザインの制服を私が用意する。服も艤装の一部だからだ。

 

村雨ちゃんの新しい制服は、すぐに用意出来た。

 

腕はインナーの左袖を延ばして、足はスカートの丈を少し延ばして海風ちゃんのような厚手のハイソックス。

 

 

 

 

____________________

 

 

 

 

代わりの制服は、明石さんがすぐに用意してくれた。

 

今までの私と変わった印象を与えたくなかったから、スカートも左腕も今までの服をいじっただけ。

 

靴下は傷が浮かないように、海風と同じ厚手の生地に。

 

首に巻いたマフラーは、夕立のなら、違和感が薄いかなって。

 

右ほほの傷は薄く、上から化粧をするとあまり目立たなくなった。

 

顔の左側の傷は髪を垂らして隠した。

 

____________________

 

 

 

 

 

少し経った休みの日。

 

新しい制服の村雨ちゃんが私の所に来た。

 

私服を買いに行きたいと。

 

今までの服は、体が見えてしまうものが多いから。

 

一人で行くのは不安だから。

 

私に断る権利はない。

 

喜んで、という風に返事をした。

 

組み立てていたガラクタを適当に放った。

 

少しだけ待って、と言って工廠の奥の休憩スペース、もはや私の私室になっているそこに入る。

 

枕替わりにしていたクッションに埋もれている鞄を掘り起こした。

 

カードや小銭で分厚く膨らんだ財布を突っ込んで、電源に繋いだまま放置していたスマートフォンを取って村雨ちゃんの元へ戻る。

 

微妙な顔をしていた村雨ちゃんが私に笑顔を向ける。

 

残った傷のせいなのか、私に思うところがあるのか、引きつった笑顔を。

 

 

 

____________________

 

 

 

揺れるバスの座席で。

 

近くのショッピングモールまでのバス代も、明石さんは出そうとしてくれた。

 

ICカードがあるしそっちの方が楽だからと無理に断ったけれど、きっと服も、もしかしたらお昼だって明石さんは払おうとするに違いない。

 

私はこれ以上明石さんを縛る訳にはいかない。

 

さっきだって、明石さんが何かを組み立てていたのに無理に連れてきてしまった。

 

私はこれ以上明石さんを縛る訳にはいかない。

 

脇腹の傷が疼いた。

 

いかない、のに、

 

 

____________________

 

 

 

服の裾が小さく引っ張られた。

 

「村雨ちゃん?」

 

目を向けると、村雨ちゃんが右手で左のわき腹を何度も撫でている。

 

何かあったのかと、背筋に冷たいものが走る。

 

でも…傷は入渠でふさがっている筈だ。だから問題があるとしたら破片か糸を残してしまったのか、それか心的なものか、

 

服の上から村雨ちゃんが撫でている箇所に触れる。

 

抱きかかえるようになってしまった村雨ちゃんの体が震えた。

 

慌てて離れようとすると、脇腹の手を上から押さえられた。

 

村雨ちゃんを壊してしまったのは私だ。

 

 

 

 

____________________

 

 

 

 

勝手に傷ついて、勝手に泣いて、もうこれ以上明石さんには迷惑をかける訳にはいかないのに。

 

撫でてもらっていると、楽になる気がした。

 

明石さんの笑顔が好きだった。

 

誰にも縛られない笑顔が好きだった。

 

私が怪我をしてから明石さんが笑ったところを見ていない。

 

私は明石さんを縛ってしまっている。

 

これ以上明石さんに心配をかけてはいけない。

 

だから。

 

 

____________________

 

 

 

 

 

帰った方がいいんじゃないか。そう言ったけど、ショッピングモールに着く頃には治ったから、もう大丈夫だから、と、私の袖を引く。

 

無理をしているように見えた。

 

でも、新しい服を楽しみにしていたのなら。

 

私のせいで着れなくなってしまった服も沢山あるだろう。

 

村雨ちゃんは普段から輝いている。私なんかよりずっと、楽しそうにしていた。

 

私に村雨ちゃんの邪魔をする権利は無い。

 

 

 

 

 

____________________

 

 

 

 

 

春も過ぎて少なくなった長袖のシャツを見ながら考えた。

 

若緑のものを手にとって、隣でそわそわとあたりをも見回している明石さんの体にあてる。

 

私?と、慌てる明石さんが少しだけ、何も感じず笑ってくれたように見えたから。

 

私の分はいつもより袖が長めの、薄い生地だけど濃い色のシャツを適当に選んだ。

 

スカートは使い回し出来そうなベージュのロングスカートを。

 

もっと明石さんに笑って欲しかったから。

 

次は明石さんのも見ましょ?って。

 

 

私に明石さんを悲しませる権利は無い。

 

 

 

 

____________________

 

 

 

 

村雨ちゃんが選ぶ服は、大人っぽい服からちょっとえっちな服まで。

 

「明石さん、スタイル結構いいんだからもっと見せればいいのに」

 

「そうね」

 

適当に選んだ当たり障りのないものとか、大淀が買ってきたお土産のTシャツなんかより、キラキラしていて、楽しそうで、

 

「ありがと、村雨ちゃん」

 

私がこんなにキラキラしてもいいのか。

 

そんな風に思ってしまう。

 

 

 

 

 

____________________

 

 

 

 

明石さんの服もいくつか買って、お会計は「ごちゃごちゃするからカードで払うわ」って。

 

私には明石さんに助けられた恩がある。

 

だから私が全額払ったって良かったのに。

 

お金は落ち着いたらね。って。

 

誤魔化されてしまったのか、それとも私が不安定なことを見抜いていたのか。

 

頑なに譲らなかった服の紙袋をがさりと鳴らした明石さんが、「村雨ちゃん、何か食べたいものある?」と言った。

 

近くの広場にあった大きな時計を見ると短い針は12と少しの所を指している。

 

明石さんがショッピングモールの店舗が載ったパンフレットをカバンから取り出そうとして、手が滑ったのか折りたたまれていた紙がぱたぱたぱたと広がる。

 

それがなんでかおかしくって。

 

 

 

____________________

 

 

 

 

取り落とした紙を慌てて手繰ると、隣から笑い声がした。

 

私の慧眼が鈍っていないのなら、それは心から笑ってくれたように見えて。

 

私でも、村雨ちゃんを笑わせることができるのなら。

 

それはとっても嬉しいこと。

 

まだ小さく笑みを浮かべたまま、村雨ちゃんはパンフレットの一角を指す。

 

 

 

 

____________________

 

 

 

 

クレープの生地を齧った。

 

生クリームの無垢な甘さ。

 

チョコレートソースのほろ苦さ。

 

苺の切ない酸味。

 

久しぶりに齧った味。

 

 

 

____________________

 

 

 

 

村雨ちゃんとクレープを食べ終わってから帰路のバスへ。

 

行きは傷が疼いてしまったみたいだけど、帰りにはそんなことはなかったよう。

 

途中で村雨ちゃんが、帰ったら今日買った服を着てみないかと持ちかけてくれた。

 

鎮守府へとたどり着いて、工廠の奥の休憩スペースに2人で入る。

 

毎日寝ているベッドの上に紙袋を置いて、中身を取り出した。

 

普段私が着ているよくわからないキャラクターのがプリントされたパーカーとか、どこかのお土産に大淀が買って来てくれた『六角レンチ』と書かれたTシャツより、よっぽど女の子っぽい服。

 

 

 

____________________

 

 

 

今日買ったベージュのロングスカートは、思ったより気に入った。

 

腰のところに布を回してベルトのようにスカートを固定できて、それがリボンの形になるから使いやすくてちょっぴり可愛くて。

 

明石さんには若草色のシャツを重ねて……思ったよりなんだかこう、物足りない感じがして、

 

「…あ、あの…村雨ちゃん?」

 

「……待ってて、ちょっといろいろ試させて」

 

 

 

____________________

 

 

 

村雨ちゃんは工廠の扉をあけて出て行った。

 

「試させてって…何を?」

 

不意に漏れ出てしまった声。

 

仕方なく、ベッドの上の服をたたんでその隣に座る。

 

最後にマフラーを拾い上げた。

 

「マフラーって…どう畳むんだろ」

 

気になって、気になって、……自分の首に巻いてみた。

 

「……いい匂いがする」

 

柔らかくて、あったかくて、

 

そのままベッドに体を倒す。

 

村雨ちゃんの怪我からなかなか寝付けなくてその分なのか眠気がじわじわと侵食してくる。

 

 

 

____________________

 

 

 

 

「明石さん、…明石さん?」

 

 

私の部屋からサイズの融通がきく服やアクセサリーなんかを抱えて戻ってくると、明石さんはベッドの上に身を横たえていた。

 

近づいてみると、私のマフラーを巻いて寝ているようだった。

 

穏やかな笑顔で笑っている。

 

明石さんの目の下に残ったくまをなぞった。

 

…心配、してくれていたんだろうか。

 

「…明石さん」

 

聞いていないことを承知で語りかける。

 

「ありがとう………もし、お嫁に行けなかったら…明石さんが貰ってくれる?……なんて」

 

起きていたら、恥ずかしくて言えない。

 

押し込んだ好意ごと、もうちょっとだけ秘密。

 

 

 

 

____________________

 

 

 

 

……本当は起きていた。

 

うとうとしていたら村雨ちゃんが帰ってきて、勝手にマフラーを巻いたことにきまりが悪くなって寝たふりをしていた。

 

目の下をなぞられた時はドキッとした。

 

「ありがとう………もし、お嫁に行けなかったら…明石さんが貰ってくれる?……なんて」

 

そう言って村雨ちゃんは、私が服をたたんで作ったスペースに、私の隣に体を横たえる。

 

 

村雨ちゃんの笑顔が好きなことも、村雨ちゃんがお嫁さんになってくれるのはまんざらでもないことも、

 

 

「言えないなあ、こんなこと」

 

 

隣の村雨ちゃんが、驚いたのか小さく震えた。

 

寝ぼけたふりを装って、村雨ちゃんの体を抱きしめた。

 

 

 

 

 




最初の方は同じ気持ちを続けて、後半につれて溜め込んだ気持ちを空気中に薄めるみたいに、ってしたけど後半ただ薄いだけになった気がするので要練習っすね。


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時雨の冬


裏時雨オンリーで別枠で書いてたのを移動


冬、といえばどんなイメージだろうか。

 

ストーブの火や蜜柑のオレンジ色。雪やお餅の白に夜空の黒。イルミネーションのカラフルな色だったり。

 

僕が1つだけ挙げるとするなら、「透明」だと思う。

 

桜の春。深緑の夏。紅葉の秋。

それに比べて、主張をする色がなく、命を認識しづらい透明。

 

____________________

 

あるいは、透明なものをよく感じる季節だから。

 

例えば空気。吹き付ける冷たい風。暖房器具の優しい暖かさ。

 

水なら、朝に顔を洗った時の刺すような水。お風呂の柔らかいお湯。

 

あるいは空白。星やイルミネーションを見ると、僕はその輝きとの間に距離を感じてしまう。

 

____________________

 

神聖な輝き。

どの色にも染められない清純。

他を邪魔することのない優しさ。

 

どこか寂しさを感じてしまうのは、それが手の届かないものだからなのかもしれない。

 

____________________

 

 

「うわー、この0の数はあんまり見ないね」

 

2人で遊びに来たショッピングモールで、白露がガラスケースの中に輝くダイヤの指輪を眺めている。

 

「やっぱりこれはなかなか買える値段じゃないよねー」

 

 

____________________

 

 

「……いつか、平和になったら。このぐらいすぐに買える報酬が貰えるのかなぁ」

 

なんとも言えないため息を吐いた白露は、行こっか、と言って僕の袖を引っ張る。

 

また、ウインドウショッピングへ戻るのだろう。

 

今でも手の届くくらいの幸せを探しに。

 

「白露」

 

 

____________________

 

 

 

「白露。…いつか、戦争が終わったら。……僕が指輪を買ってあげるよ。…受け取ってくれるかい?」

 

きょとん、と表情を固めた後に、彼女は笑顔で答えてくれた。

 

「うん。もちろん。」

 

____________________

 

 

明日がわからない戦争の、束の間の休息に求めた物。今はまだ透明な恋。

 

もし、僕も白露も生き残ることができた時。

 

僕が透明に込める想いは、感謝と、それと愛情。後はどうなるのやら。

 

____________________

 

 

感謝や愛情はいったいどんな色をしているのだろう。

 

僕が白露に向ける感情。

 

暖かい色だったらいいな。

 

 

____________________

 

 

今は届かない物を手に入れるために。

これから先の透明を、白露と色んな色に描きかえるために。

 

白露の手を引いて歩き出した。

 

「次、何見たい?」

 

「私は……アクセサリーとか?」

 

とりあえずは、今日を楽しもう。

 

「白露、そのカチューシャ取ったことないじゃん」

 

「も、もう!私だってオシャレとか興味あるんだから!」

 

頑張って、明日も生き残ろう。

 

 

 

 



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春の貴女

前作に引き続き移動


白露視点しらしぐ


春、といえばどんなイメージだろう。

 

桜。若草。眩しい光の色。芽吹く命の色。

 

旧暦のことは詳しくは知らないけど、春雨や五月雨も春近くの言葉だったと思う。少しばかり寂しく感じた冬から、賑やかになっていく季節。

 

私が挙げるとするなら黒。…ちょっと変かな?

 

春の日差しの中、芝生の上に立った時、足元に今までより少し色濃く出来る影。

 

冬に育って身をつけるいちごや、夏に向けて植えるトマトの苗なんかの、畝を覆う黒いマルチ。

 

街を歩けば目に入る、まだ体に馴染んでいないスーツや制服。

 

黒は、何かを支えてくれる色だと思うの。

 

しっかりと自分を持った、大人な感じの色。明るい色を、より際立たせてくれる色。

 

 

「どうしたの、白露?」

 

はっと顔を上げると、時雨が私の顔を心配そうに覗き込んでいた。

 

二人で来た近くの公園の、桜の木の近く。平日でも、昼には多くの人で賑わっていた。

 

「…また、何か考え事かい?今日は何かな?」

 

「……時雨、可愛いなって」

 

驚いた顔をした後、時雨はすぐに落ち着いた笑顔に戻る。

 

ありがとう。白露も可愛いよ、なんて。

 

手元の水筒から白い紙コップにお茶を注いで手渡してくれた。

 

「時雨、さ。」

 

「なんだい?」

 

「桜、綺麗に見えてる?」

 

「……とっても綺麗だよ。綺麗な桜色。…艦娘になる前、最後に見た桜は覚えてる?あの時より、ちょっとばかり鮮やかで」

 

私は、『白露』になった時から、色がわからなくなってしまった。視界全てがモノクロに見えている。

 

「幹や枝は、白露の髪より濃い茶色。灰色に近いのかも。」

 

「背景の空は、眩しい白だよ。薄く雲がかかってる。」

 

「あそこの枝の鳥見える?綺麗な若草色だよ。メジロかな?ウグイスかな?」

 

私にもわかるように、知っている言葉で伝えてくれる。

 

ずっと、時雨が隣で支えてくれていた。

 

「ね、時雨」

 

「…なんだい?」

 

これからもずっと、隣にいてくれるの?

 

…無理。無理!こんなの言えない!

 

この間、指輪買ってあげる、なんて言ってくれたけど絶対そっちの意味じゃないだろうし。

 

「ありがと。…ありがとう」

 

「…ううん。どういたしまして」

 

 

どんな色をしていたっけ。私が白露になる前から持ち合わせていた色。幾年か前の春に、黒く塗りつぶしてしまった色。

 

色が光の反射なら、その全てを遮ってしまう闇の色。

 

時雨の黒とは違う、醜い色。

 

 

「おにぎり食べるかい?梅と、鮭と、昆布と …白露?」

 

思考を遮るように、時雨の声がかけられた。

 

「……昆布がいいな」

 

中身を飲み干した紙コップを、くしゃっと握りつぶした。

 

暗くなってちゃダメ。時雨の前なんだから。

 

時雨が手渡してくれた、一口サイズのおにぎりを口に詰め込む。

 

「おいしい、ありがと!」

 

今はまだ、塗りつぶしたままの恋心。でも、時雨となら、きっと別の色を重ねていけるから。

 

今は何色を塗っているのか分からなくても、私達が戦争が終わっても生き残っていて、私が白露じゃなくなった時。

 

時雨が指輪をくれるって言ってくれたその時に、きっとまた見えるようになるはず。

 

優しい色だったらいいな。

 

「白露、ご飯粒ついてるよ」

 

「え、うそ、どこ?」

 

時雨の指が、唇の近くを触った。そのまま、時雨の口に飲み込まれる。

 

それにドキッとしてしまう。

 

それに気づいたのか、時雨も頬を赤く染めたのだろう。

 

「いや、ごめん、わざとじゃなくって、」

 

ああもしかしたら、塗りつぶされたままのつもりでもとっくに別の色に染まってるのかもしれない。

 

「…んふふ」

 

慌てる時雨に、自然と笑みがこぼれた。

 

ぐっと顔を近づけてみる。

 

「し、白露?」

 

ちゅ、っと。

 

今はまだほっぺにしかできないけど、いつかはその唇に、なんて。

 

 

「ありがと、時雨…大好きだよ」

 

 

 



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好意のコトバ

前作と同じく移動


白露型の2番艦の、時雨。彼女は、白露型の共用部屋のソファーにいた。

 

壁際に置かれた、緑色をしたソファーの1番左端。そこで、自分の部屋から持って来た本を眺めていた。

 

「読む」ではないのかと思うかもしれない。しかし、眺めるであっている。

 

そこに行けば大体誰かがいて、何かしら、例えばテレビを見ていたり、ゲームをしていたり、お喋りしていたり。それを感じながら、文字列を眺める。

 

特に内容は気にしていない。ある時は少女漫画だったり、またある時はサスペンス小説だったり。

物語だけでなく、村雨や夕立がしているテレビゲームの攻略本だったり、作るわけでもないローストビーフのレシピだったり、最初期に配られそこから何度も改訂を繰り返されている昔の鎮守府のパンフレットだったり。

 

とにかく、彼女が楽しんでいるのはどちらかといえば「姉妹との触れ合い」なのだ。

本が読みたければ自室で読む。

 

では、文字列を眺めながら少し離れた所から笑顔の姉妹を感じるのが彼女の触れ合いなのかというと、そうではない。

 

白露に誘われてトランプをすることもあれば、涼風や江風とジェンガをしたり、春雨とドラム缶や飯盒について語ったり、五月雨とジグソーパズルを組んだり、山風にせがまれて本の読み聞かせをしたり。誘われれば大抵のことはする。

 

では何故、いつもソファーの左端で文字列を眺めているのか。

 

そこにいれば誰かが構ってくれるという甘え。自分から話しかけるにはちょっと恥ずかしい。

 

そんな感情の結果、そこで時雨は待っている。

 

白露型の姉妹も時雨のそんな心を知っていて、何かする時にはよく時雨を誘っていた。

 

 

さて、今日も時雨はいつものソファーの左端で何年か前の、何かの賞を取ったハードカバーを眺めていた。

 

珍しく白露型の共用部屋には彼女以外の人影はなく、彼女は本の中身について少しだけ意識を巡らせていた。

 

本の中では、主人公である「怪物」が、LoveとLikeの違いについて考えていた。

 

Likeは、好き。Loveは愛している。日本語に直訳するならこんなものだろう。しかし、愛しているも好きの一種ではあると思う。では、何が違うのか。

 

恐らくは、程度の差なのではないのだろうか。何か代償を払ってでもそれを得たいと思うのが好き。その代償が大きいものが、愛。

 

払う代償とは、決してお金だけではない。時間もだ。例えば、電車を愛している人。撮影だったり、駅を巡ったり、お弁当を食べたり。お金は勿論だが、多くの時間を費やしている。

 

ああしかし。それでは、代償を払う余裕がなければ愛は、愛ではないのか。

 

僕が、生きるのに時間を割き切って、残ったわずかな時間に得たこの感情は、LoveではなくLikeなのか。

 

「めんどくさいこと考えててますね、この人。…人?」

 

不意に、耳元で声が掛けられた。

 

はっと振り向く。

 

「あ、ごめんなさい。おどろかせちゃいましたね。」

 

遠征から帰ってきてお風呂の後なのだろうか。いつもは長い三つ編みになっている白銀。今は留められていない、少し湿ったそれが目に入った。

 

「自分の感情が、好きでなく愛であることにどれだけの意味があるっていうんですかね。」

 

時雨が集中している間に、彼女、海風はソファーの右隣に座り、手元を覗き込んでいた。

 

「たしかに、愛。悪い言葉じゃないです。でも、好きで十分じゃないですか?自分の気持ちをを伝えるなら。」

 

「……でも、愛じゃないと、いけないこともあるような気がするんだ」

 

「例えば?」

 

海風に誘われて、本の内容の話をすることはよくあった。今日も、彼女がその話を持ちかけてきてくれて、時雨はそれに答える。

 

「好き、なら誰でも言える。でも、僕はこれを愛している。そう自信を持って言えることには、嬉しさとかそういうのがあると思うんだ。例えば……例えば。」

 

「自慢、みたいなものなんですかね?自信を持って愛していると言えるだけ、自分は何かの点で優れているのか」

 

「それもあると思うんだけどね。……でも、僕が思ったのはちょっと違うんだ。」

 

一度口をつぐんだ後、時雨は正面のガラステーブルから、紙とペンを取った。

 

真っ白な紙に、『好き』『愛している』と並べて書いた。

 

「文字は、それ自体に、意味じゃないイメージがあると思うんだ。例えば、すき。音にすればちょっと掠れたような音から始まって、冷たさを伝えることもあるiの音で終わる。でもあいしている。安定した母音の並びから始まって、している。と続く。今生きているとか、そういう意味がありそうじゃない?それに、」

 

並べて書いた文字に、12345と数字を書き込む。

 

「文字にすれば幾分か多く見える。自分の気持ちがちゃんとそこにあるんだ、って思えたり、自分の気持ちが大きいって実感できたり。あとは……海風?」

 

時雨は肩に重みを感じて、手元の紙から右隣の彼女へと顔を向けた。

 

「……ごめんなさい。ちょっと眠くて。…お話、私が持ちかけたのに、お相手できなくて」

 

「疲れてたよね。…僕も長い話してごめん。……あと1つだけ聞いてくれるかい?」

 

海風は、小さく頷いた。

時雨は小さく息を吸う。

 

「海風。愛してるよ。」

 

少し眠くても、言葉はちゃんと届いたのだろう。

 

「………たしかに、嬉しいですね。ちょっぴり特別な気がします」

 

彼女は右手の甲でぐしぐしと目をこする。

 

「でもね……時雨。好きだよ。……どうですか?」

 

彼女は呆気にとられたように目を丸くした後、恥ずかしそうに頬を染める。

 

「…悪くないね。嬉しいよ。……ありがとう」

 

「いいえ。私も、ありがとうございます」

 

見つめあって、にっこりと。

 

「…そうだ。」

 

時雨はゆっくりと立ち上がると、部屋の端に積んである毛布を一枚、抱えて戻ってくる。

 

「おいで。」

 

もう一度海風の隣に腰掛けて、自分の膝をポンポンと叩いた。

 

「…いいんですか?」

 

時雨は、小さく頷いた。

海風は小さく息を吸う。

 

「……じゃあ、お邪魔しますね。」

 

海風は、ぽすんと時雨の膝に頭を乗っける。

 

時雨は彼女の体に持ってきた毛布を掛けた。

 

意外としっくりきたのだろうか。海風は大きく息を吐いた。

 

「暖かいです。それに、白露に似た匂いがします」

 

「おんなじ洗剤使ってるからかな?…やっぱり白「でも、」

 

言葉をを遮った海風は、伺うように時雨の目を覗き込む。

 

瞳が、いつものように優しげに揺れているのを見てから、もう一度口を開いた。

 

「でも。ちゃんと時雨の香りがします。……安心、します。優しくて。……大好き、です。」

 

「…なら、よかった。……お休み、海風。…愛してる。心から。いい夢見てね。」

 

海風ははい、と答えて小さく笑ってからゆっくりと目を閉じる。

 

釣られて一緒に、時雨も目を閉じる。

 

そっと彼女の頭に手を置いた。。

 

少し俯いたまま、胸の中身をゆっくりと吐き出していく。

 

そのまま2人は、ゆっくりと眠りに落ちる。

 

 

 

 

____________________

 

 

 

 

「ただいまー、って……寝てるのね。じゃ、静かにしなきゃ。」

 

「……いい笑顔。時雨も…あはっ、笑ってるね。」

 

「お休み。時雨。海風。……大好き。愛してるよ。」

 

「……邪魔しちゃ悪いよね。自分の部屋に戻ろっと。」

 

「……あ、夕立、村雨。今は入っちゃダメだよ。時雨と海風が寝てるから。…私のいっちばん大切なみんなの笑顔。………うん。村雨も夕立もだよ。…じゃ、行こっか。」

 

 



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人外ひびしぐ
響ちゃんと雪女



こんにちは仕事が片付いて小説書いたりゲームしたり絵を描いたりしていると5時間ちょっと過ぎていましたしゅえさんです。

今回出てくる響ちゃんは艦娘ではなく、見た目もちょっと成長した感じというもはや艦これの短編なのかわからなくなって来ましたがまあ響ちゃんなんで艦これでいいかな。

タイトルと想像した内容が違うのはもはやいつものことなので気にしたら負けかな。

ちょっと昔話っぽく書いてみたりしたけどこの書き方はそんなに好きではなかったです。続編考えているのでそれはこの書き方ですがそれ以外はいっつも通り一人称っぽい謎視点ですかね。


 

 

 

昔々、…あ、そんな昔じゃないです。ある所に、1人の男の人と、独りの女の子がいました。

 

雪山で遭難していた彼は、吹雪の中、木でできた小さな小屋を見つけました。そこには1人の女の子が住んでいました。

 

「こんな雪の中誰かと思ったら、道に迷ったんだね。入るといい。ここは、暖かい。ご飯もいいものじゃないけど、作ってあげるよ。」

 

「響」 と名乗った彼女は、腰まで伸びた白銀の髪と雪のような肌、氷のような冷たい色をした瞳の、美しい女の子でした。

 

見た目は17に届くかどうかといったところでしたが、ここには彼女以外誰もいないそうです。

 

彼は招き入れてくれた彼女について、しっかりとした作りの小屋の中に入ります。

 

電気など通っていませんが、部屋の真ん中にあった囲炉裏には赤々と火が燃え、明るさと熱を放っていました。

 

彼が火に当たったまま待っていると、響ちゃんは自在鉤に吊るす大きな鍋と片手で持てるフライパン、缶詰や色々な食材を持ってきました。

 

吊るした鍋にトマト缶やら調味料やら、切ってフライパンで炒めた野菜を入れて、ぐつぐつ煮込む手つきは手慣れたものでした。

 

いいものではないと言っていましたが、湯気がたちのぼるそれはとても美味しそうに見えました。

 

「ボルシチ風のスープだよ。…ああ、向こうに少しいたこともあってね。1番ではないけれど、私のお気に入りだよ。食べるといい。」

 

器にすくってくれたそれを彼は口に運びます。

 

火で温められたそれには、温度だけではない、温もりを感じました。

 

「……今晩は泊まっていくといい。明日になれば外も落ち着くだろう。…それに、こんな山の中に1人でいると、人肌が恋しくなってしまうんだ。」

 

彼は思わずはい、と答えてしまいましたが、隣にすり寄ってくる彼女からは、少しだけ恐怖を感じました。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「お湯が沸いたから、あったまってくるといい。……それとも、一緒に入るかい?」

 

彼は、お願いしますと即答しそうになりましたが、なんとか踏みとどまって尋ねました。

 

「…む、失礼な。溶けたりなんてしないさ。雪女じゃないんだから。……白い肌は溶けてしまいそうだった、か。雪のようにキレイ、ね。それは少し嬉しいな。」

 

響ちゃんは少し照れくさそうに笑うと、彼の手を掴んで、どこから出ているのかわからない力で彼を引きずり始めました。

 

着ていた服を剥ぎ取られて石と木でできた浴室に押し込められて、なしくずしに一緒にお風呂に入ることになりました。

 

一糸まとわぬ姿で入ってきた響ちゃんに目を奪われていると、彼女は少しだけ恥ずかしそうに身をよじり、肩を抑えて彼を小さな椅子に座らせました。

 

「外、大変だったろう?背中を流してあげるよ。」

 

後ろから、響ちゃんがタオルを使って彼をゴシゴシと擦り始めます。擦られた所から、次々と温まっていくような気がしました」

 

「誰かと触れ合うのは、それだけで暖かくなるから。私が、暖めてあげよう。」

 

背中に、むにむにした膨らみと暖かさが押し付けられ、優しく抱きしめられました。

 

耳元で、ほわほわした声が響きます。

 

「今夜、一緒に寝てもいいかい?」

 

彼は小さく頷きました。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

木でできた湯船の中で、彼は膝の上に乗った響ちゃんを抱きしめていました。

 

「君はどうしてこんな所にきたんだい?」

 

遭難した経緯を話すと響ちゃんは小さく笑いました。

 

「それは災難だったね。明日には、ちゃんと下山できるよ」

 

響ちゃんが少し身をよじって、押し付けられた肌は冷たく感じました。

 

「……やっぱり気になるかい?…少しだけ、体温が上がりづらい身体なんだ。夏場は重宝するんだけど、冬はやっぱり辛いかな。」

 

彼は響ちゃんを、ぎゅうと強く抱きしめました。

 

隣にいることが伝わるように、温もりが伝わるように。

 

「……あっためてくれるのかい?…すぱしーば」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「じゃあそろそろ寝ようか。布団は1組しかないから一緒にね」

 

お風呂から上がってから、響ちゃんが言った言葉を聞いて彼はピタリと動きを止めました。

 

「さっき良いって言ったじゃないか。…一緒にお風呂に入っておいて、同衾は嫌かい?1人で寝るより2人の方があったかいし、…まあ、少しぐらいならナニかしても気にはしないさ」

 

悩んだ末、吹雪の中を歩いて疲れていた彼は、暖かい寝床を選びました。

 

布団に入るために寄り添って、互いに体を抱きしめあいました。

 

「……こうして誰かと寝るのは久しぶりだな。…やっぱりあったかい方が、いい」

 

温もりと柔らかさは、彼を眠りに落とし込んでいきます。

 

小さく、唇になにかが触れた気がして、そのまま彼は意識を手放しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

首筋に冷たいものが触れて、彼は目を覚ましました。

 

響ちゃんに馬乗りに乗られ、押さえつけられ、

 

首筋に触れていたのは透き通った氷の刃でした。

 

「起きて、しまったんだね。…寝ているうちに終わらせてあげられなくて、ごめん」

 

彼は理解出来ず、響ちゃんに問いかけます。

 

「…こんな所に住んでいるのが、普通の人…そもそも人間もだと思っていたのかい?私はそういう生き物で、君は今から私に…殺されるんだ」

 

彼は、死にたくないと響ちゃんにうったえます。

 

「みんな同じさ。最後にはそう言うんだ。死にたくはないだろうから。」

 

響ちゃんが刃を握る手に力を込めます。

 

死にたくない。死ぬわけにはいかない。

 

「…大切な人でもいたのかい?…それは、残念だね。でも、私には関係ないことだから」

 

死にたくない。死ぬわけにはいかない。

 

彼に大切なものなどありませんでした。ここへ来たのも、多くの物を失って、運命がそうなら、ここで死ねるかと思ったからでした。

 

それでも今は、死ぬわけにはいきませんでした。

 

彼が死んでしまったら、

 

 

「響ちゃんがまた、1人になっちゃうから、」

 

 

パキリ、と。氷にひびが入ったかとおもうと、ボロボロ崩れ落ちて、氷のカケラになりました。

 

肌に触れた氷は溶けて水になりました。

 

「…私はずっと、殺して来たんだ。私たちはそういう物だったから。でも……どこかで貴方みたいな人に、逢いたいと思っていたのかもしれないなって」

 

響ちゃんは、貴方の上に倒れ込みます。

 

ぐしゅ、と鼻を鳴らして、再び顔を上げました。

 

濡れた響ちゃんの顔は、笑顔でした。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

次の日の朝、2人は山を降りるために小屋の外にいました。

 

大きなリュックサックを背負った響ちゃんが、小屋に別れを告げるように扉を一度撫でました。

 

「今までありがとうね。私は行くよ。幸せになれたらいいな。」

 

響ちゃんは回れ右をして、彼の方に駆け寄って行きました。

 

彼がリュックサックの中身を聞くと、とりあえず旅ができるだけの物と、食べ物と、昔の知り合いに会った時に渡したい物だと言いました。

 

響ちゃんの知り合いが何処にいるのかは分かりませんが、会えば今度こそ、殺されてしまうかもしれません。

 

それでも2人は、一緒にいることが嬉しくて小さく笑いました。

 

「そういえば、君の名前聞いてなかったね。よかったら教えてくれるかい?」

 

響ちゃんはじっと彼を見つめます。

 

彼は何か考えていましたが、やがて口を開きました。

 

 

「僕の名前はーーー

 

 

 

 

 

 

 




最後の方全然昔話じゃねえというツッコミはしないように友人Sさん。

響ちゃんは艦娘じゃないけど人間でもありません。

人を殺す種族であって、見た目以上の年齢で、氷に関係した能力が使えて、みたいな雑設定のみあります。

水を操る時雨ちゃんの話を次書きたいです。


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時雨ちゃんかわいいよ時雨ちゃん

タイトル思いつきませんでした。


 

 

 

響ちゃんが海に行きたいと言うので、2人は山を降りてすぐにあった大きな川に沿って歩いていました。

 

途切れ途切れの会話を続けながら歩いていると、川のそばに大きな岩を見つけました。その上には、黒い服を着た女の子がいました。

 

女の子は、川に向かって竹竿から伸びた糸を垂らしています。

 

「………時雨?」

「…響、か」

 

響ちゃんは彼女のことを知っているようでした。

 

彼女は水面の方に目を向けたまま、竿を大きく動かしました。

 

少しの間竿は大きくしなっていましたが、すぐに弾けたようになり動かなくなりました。

 

「ああ、バレちゃったか」

 

彼女はそう呟くと、竿をその場に置いて腰掛けていた大きな岩から飛び降ります。

 

とん、と2人の前に着地して、スカートのお尻をはたきました。

 

「久しぶり、響……少し見ない間に綺麗になったね」

 

彼女は響ちゃんに近寄って、左側の頬に唇を落としました。

 

2人は知り合いのようです。

 

「時雨は…少し痩せた?」

 

「そうかな?そんなつもりはなかったけど…」

 

昔の知り合いに会って、めでたしめでたし。

 

 

とはいきません。

 

『響ちゃんがまた、1人になっちゃうから』

 

そう言って、 彼は響ちゃんと旅をしていました。しかし、もう響ちゃんは1人ではなくなりました。。彼がいなくなっても。

 

じっとみつめる彼の視線に気づいたのか、響ちゃんは慌てて答えました。

 

「あの、えっと……まだ貴方と、一緒にいたい」

 

 

____________________

 

 

 

黒っぽいセーラー服を着た女の子は、時雨ちゃんというそうです。

 

響ちゃんと同じくらいの背の高さで、胸部装甲や臀部装甲は響ちゃんのものより大きめです。

 

「珍しいね。響が誰かといるなんて。……ああいや、僕が響が誰かといるところをあんまり見たことないだけなのかな?」

 

響ちゃんが山であったことを話すと、時雨ちゃんは自分の体を確かめるように、一度だけ撫でました。

 

「…君は、僕達が怖くないの?」

 

時雨ちゃんがぐいと顔を近づけます。

 

彼は、視界いっぱいに広がった整った体と柔らかい匂いに顔を赤く染めました。

 

「僕達は、道端の石ころを蹴るように人の命を踏み躙るんだ。…リンゴをかじるように、君たちをかじっちゃうんだよ?」

 

どうにも、信じられません。一度響ちゃんに命を奪われかけましたが、時雨ちゃんも響ちゃんも、普通の女の子にしか見えないからです。

 

信じられない彼は、時雨ちゃんの体をぺたぺたと触り始めました。

 

「…あ、あの、そこは触らないでもらえるかな。くすぐったくて。…そっちは恥ずかし……ひゃん⁉︎」

 

敏感な所を触られてびっくりしたのか、時雨ちゃんは可愛らしい悲鳴をあげました。

 

「…貴方、何をしているんだい?」

 

仲のいい時雨ちゃんの体を触ったことに怒ったのか、響ちゃんは昨夜と同じナイフを作り出し、彼に向かって投げつけました。

 

響ちゃんが投げたナイフは狙いを外さず彼の顔に向かっていき…

 

「あぶなっ…!」

 

プシッという掠れた音がして、水しぶきとともに弾き飛ばされました。

 

彼を庇うように動いた時雨ちゃんは、ピストルの形に構えた手を下ろしながら話します。

 

「僕、大丈夫だからね?ほら、まだ一緒にいたいって言ってたでしょ?」

 

「……ごめん…ありがとう」

 

彼は、響ちゃんに、気にしていないという風に声をかけようとしました。が、言葉では伝わらないような気がしました。

 

言葉では伝わらない気がしたので、響ちゃんの体もぺたぺたと触り始めました。

 

「わ、私もかい?…んっ、…やっぱりこれは、はずかしいな…」

 

時雨ちゃんの目から、光が消えました。

 

「……ぼくを、すてるの?」

 

底冷えした声が響きます。

 

彼は急いで土下座をしました。

 

 

____________________

 

 

 

時雨ちゃんには、響ちゃんのように水を操る力があるそうです。

 

さっきナイフを弾き飛ばしたのも、指先から打ち出した水でした。

 

1つ気になった彼は、2人に尋ねました。

 

「…え、響と僕、どっちの方が強いのかって?」

 

「…強さは同じくらいじゃないかな。…でも、時雨の方が、怖い」

 

どうにも、時雨ちゃんが怖いとは思えていなかった彼ですが、先ほどのハイライトが消えた時雨ちゃんの目を思い出して、じっと彼女を見つめます。

 

「こんな可愛い顔をして、時雨はすごい殺し方をするんだ。水で鼻と口を覆ったり、酸が溶けた水で全身をじわじわ溶かしたり…さっきの水鉄砲も、時雨のことだから毒でも入ってるんじゃないかな」

 

「ひどいじゃないか!」

 

顔を赤くした時雨ちゃんは、響ちゃんの言葉を否定しました。

 

「せいぜい合金に穴が空く程度の威力があるだけさ!」

 

予想外の威力に、彼と響ちゃんは顔を見合わせました。

 

怒らせない方が良さそうです。

 

 

 

____________________

 

 

 

 

時雨ちゃんの住処に案内してもらえることになりました。

 

川から少し離れたところにある、洞窟の中に住んでいるそうです。

 

洞窟の中には草で編まれたカゴがいくつかと、水が入ったツボと小さな棚、天井からハンモックが吊るされていました。

 

「下は砂利で変な虫もいないし、雨も流れてこないからけっこう快適なんだよ。…響のところには敵わないと思うけど、慣れると楽しいよ。………ただ、蚊が多いのだけはちょっと困るな。寝ている間にスカートの奥のほうを刺された時は、恥とか外聞とか、そういうのを全部捨てそうになったよ」

 

彼は、時雨ちゃんのスカートの裾を見つめました。

 

「な、なに…?み、見たいの?……いいよ、捨てないでくれるなら」

 

時雨ちゃんはスカートの橋を掴むと、ゆっくりとめくりあげ始めます。

 

彼女を隠す最後の布地が見える前に、彼の意識は響ちゃんによって早急に奪われました。

 

 

 

____________________

 

 

 

彼が目を覚ましてから3人で談笑していると、思い出したように響ちゃんが持ってきた大きなリュックを漁り始めます。

 

「時雨にあったら渡したいものがあったんだ。時雨、これ好きだったと思うんだけど」

 

響ちゃんは、紙で包まれた筒状の何かを取り出しました。

 

「あー……貴方にはちょっと刺激が強いかも、見ない方がいいよ」

 

響ちゃんは、テーブルがわりに使っている大きな平たい岩の上に、それを起きました。

 

ごん、と音がしました。瓶のようです。

 

衝撃で、目隠しになっていた紙がはらりと剥がれ落ちました。

 

「「「あ」」」

 

中には、

 

眼球目玉眼玉目球。

 

沢山の、目が入っていました。

 

彼は、それをじっと見つめました。

 

「ご、ごめん、うまく留めれてなかったみたい」

 

響ちゃんが慌てて体でその瓶を彼に見えないように隠します。

 

時雨ちゃんは、君たちをかじると言っていました。響ちゃんは、時雨が好きだったと思うと。

 

恐らく、そういうことなのでしょう。

 

彼は時雨ちゃんに目を向けました。

時雨ちゃんは…

 

「やだ、いやだ、すてないで、僕を捨てないでお願いだから、僕なんでもするから、人として扱ってくれなくていい、物として使ってくれてもいいから…すてないで」

 

 

虚ろな目で、彼に向かって手を伸ばしました。

 

一度、自分のことを大切な誰かに知られて、捨てられたのでしょうか。

 

僕達のことが怖くないのかと聞いてきたり、響ちゃんに、他の女に触れた時に、捨てるのかいと聞いてきたり、自分を捧げるような真似をした時にも、僕を捨てないでくれるなら。

 

一度、捨てられたのでしょう。でなければ、『彼女たち』は何故こんな生活をしているのでしょうか?

 

きっと、恐らく。本当はもっと、人間に近い生物だったのでしょう。生活の仕方からも、『人間』の文化に詳しいことはわかります。

 

ある転機。…恐らく『捨てられた時』から、彼女たちはどうしようもなく歪んでしまった。

 

「響ちゃん…君も、なのかい?」

 

「……うん。」

 

彼は、2人の体をいっぺんに抱きしめました。

 

自分がここにいるということを伝えるため。離さないという意思表示のために。

 

 

「僕のことを、捨てないでくれるのかい…?」

「まだ、一緒にいてもいいのかい?」

 

「ああ。もちろん」

 

 

 

 

____________________

 

 

「…ごめん。みっともないとこ見せちゃったね」

「また、貴方に迷惑をかけちゃった」

 

彼は、気にしていないという風に伝えました。ボディランゲージで。

 

もう少しわかりやすく言うとぺたぺたと。

 

「ん…また触るの?…いいよ。貴方になら。…僕の体、ちゃんと確かめて」

「私も一緒にかい?…2人の美女を侍らせて、貴方もオトコノコだね」

 

 

____________________

 

 

初期構想はここまで。

続きはそのうち。

 




なんとなくの終わり方は決めてるんですけどねー。

というより続きこんなに遅くなったこと謝った方がいいですよねごめんなさい。
響ちゃんと旅だったところからの原稿紛失してたんです(言い訳)
恐らく次回か次次回で完結。

もう1人くらい出したいけどキャラと能力思いつかないんですよね。


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白露型と家族
夕立とお兄ちゃん


メタい地の文は好みが大きく変わりそう

夕立を妹にしたいだけの人生だった


「お兄ちゃん、今大丈夫?」

 

扉ごしに夕立の声が聞こえたので、マーカーを引いたテキストとノートのことを頭の隅に追いやった。

 

「うん、いいよ」

「じゃあ、お邪魔します」

 

かちゃりとノブが回り、夕立がそろそろと部屋に入ってくる。

 

「あ…やっぱり勉強してたよね…」

邪魔しないほうがいいのかな。といった感じだ。

俺は定期テスト前ということもあって勉強していたのだが、5点6点の数字よりも夕立を優先しなければならない。自明の理だ。

 

「今丁度休憩しようと思ってて…夕立はどうしたの?」

俺の言葉を聞いて、夕立は笑顔になった。

嬉しさを抑えきれないといった感じでとてとてと歩み寄ってくると、ばっと俺に飛びついた。

 

「お兄ちゃん、お兄ちゃんっ♪」

椅子から落ちそうになりながらも夕立の身体を受け止める。

夕立がすりすりと頬擦りをすると母さんに似たクリーム色の髪が鼻をくすぐった。

 

「夕立、危ないから急に飛びつくのは止めろって言ってるだろ?」

そう口で言いつつも、俺は夕立の体を抱きしめた。中学生でありながらも豊かに育った胸がぐいぐいとおしつけられ……

待ってくれ、そこの画面の前で見てる……そうそう、君。今シスコンだとか思っただろ?言い訳を聞いてくれ。

言い訳をするにあたって、夕立の説明をしなくてはいけない。すごく綺麗で肌はすべすべで、スタイルも良くて、誰にでも優しく出来るし、俺には一段とよく甘えてくるし、なんかいい匂いするし、今すっごくドキドキしてるしこれはもう言い逃れ出来ないシスコンですねはい。

だってしょうがないだろ?こんなに可愛い妹がいて何も感じないほうがおかしい。さらに言うと血は繋がっていない。

夕立がまだ0歳の内に父さんと母さんが再婚して、そこからずっと一緒に生活して、その可愛さを刻み込まれて、スキンシップでハグとかキスなんかもして、一緒のベッドで寝たり、……げふん。

話をまとめると、夕立は可愛くて、俺はシスコンだと言うことだ。

 

「でも、…夕立、我慢出来ないっぽい!」

夕立は飛びついてきた事に対して悪いとは思っているらしい。正直俺はこれが嫌いではないし、母さんが父さんにやるような愛情表現ーー後ろからしなだれかかって、胸を押し付けながら耳元で「村雨のちょっといいとこ、触って欲しいな〜♡」と囁くーーよりは心臓にいい。

しかし、しかしだ。兄として言わないといけない時はある。夕立にだって、言うことは言わないといけないのだ。

 

「ごめんね、お兄ちゃん…」

「はあ…夕立ったらしょうがないな…」

即堕ちである。

あぁ、どうしてこんなに可愛い夕立を諌めることができようか。

 

「ありがとっぽい!」

嬉しそうに俺の膝の上で飛び跳ねた夕立がばっと顔を近づけてきて、

 

「♡♡♪」チユッ

「くぁwせdrftgyふじこlp」

その唇が触れた。

どうも夕立はスキンシップが好きなようで。

一年ほど前に一緒にお風呂に入って欲しい、と頼まれた時に、流石にまずいだろうとゆるく断った時も涙目で頼まれたし、年頃の女の子と同じように『そういうこと』の知識を得た今でも俺と一緒にいたいらしく恥ずかしがることはないようで。

結局夕立の笑顔には勝てずに、毎晩天国のような地獄のような時間を味わっている。

因みに母さんも父さんを引きずりながらお風呂に入っている。もう少し静かにして欲しい。いろいろ聞こえている。「止めてよ、いたいじゃないか、」って聞こえた時はとても心配したが、出てきた母さんは笑顔で、父さんも苦笑に見えるけど、楽しそうな感じにも見える笑顔だったので、なんやかんやでうまくいっているのだろう。

それにしてもいつまで唇を吸っているんだろう、と朧げに考えていると、唐突に夕立の舌が口の中に滑り込んできた。

 

「ん…ふ…んっ…」

とろんとした目で頬を赤く染めて、時折息を漏らしながらも、舌は止めない夕立。

やっと口を離すと、だらしなく開いた口の端から、つつっとよだれが垂れた。

 

「ねえお兄ちゃん、」

「なんだ、夕立」

「夕立、もう我慢できないっぽい…」

そう言って、再び顔を近づけてくる。

「大丈夫、おとーさんもおかーさんも、たぶん許してくれるっぽい」

…想像できてしまうのが悲しい。母さんは楽しそうに「やっちゃえやっちゃえ♪」なんて言って、父さんはその隣りで目を閉じながら黙って首を振って……あれ?父さん許してなくない?諦めろ、って言ってない?何を諦めるの?母さんと夕立の遺伝子のえっちなところ?

夕立が俺の太ももに押し付けるように腰を揺らした。二枚の布を挟んでも、その奥の柔らかさがが太ももに伝わった。

 

「んっく、ふ、ん…」

2、3度腰をゆすった後に、にこりと笑ってもう一度唇を近づけてくる。

もう一度重ねられて、すぐに離れる。

 

「いいでしょ?お兄ちゃん…夕立、お兄ちゃんのこと、大好きだよ?」

もちろん俺だって大好きだ。でも、夕立は妹で、

 

「夕立と…えっちなパーティー、してみよ?」

……そんなこと、もうどうでもいいや。と思える程には夕立のことが好きで、救いようがなかった。

 




ツイッターで話しかけてくれればリクエスト受け付けます。(建前)
ネタ下さい(本音)


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白露姉さんと女の子の日

夕立とお兄ちゃんの続き。

お姉ちゃんが白露で妹が夕立で父は時雨くん母は村雨で4番艦まで揃いましたね。
もし続きで春雨ちゃんを出すとしたら……ぺ、ペット?


テストも終わって結果も返ってきて、後は夏休みまで授業無しとなると、気が抜けてしまうのは仕方のないことだと思う。

 

ベッドの上で積んでいた小説を消化しながら、そんなことをボーッと考えていた。

 

結果?まあうん、悪い点じゃないと思うよ。夕立のせいで点が悪かったなんて言われたら…母さん達は言いそうにないけど、やっぱり辛い。夕立のためにも死ぬ気で頑張ったね。

 

不意に、壊れたエアコンの代わりに稼働している扇風機の風がばらばらとページをめくって…幾度目かわからないそれにイラッときて本を閉じる。

 

やっぱりエアコン使える部屋に行こうか…でもリビングで寝転ぶ訳にもいかないしな。

 

父さんと母さんと夕立はエアコン買いに行くって出掛けてったし姉さんも部活でいないからみんなの部屋にお邪魔するわけにもいかない。

 

……あれ、姉さんの話してない?白露姉さん。

 

えっと、母さんが連れてきた一個上の姉さんで、優しくて、いっつも元気で、でもちゃんと姉さんやってて、胸は夕立よりは小さいけどやっぱり大きくて、俺の中のシスコン魂はしっかし仕事をしている。

 

もう諦めたね。シスコンのことは。やっぱり好きなんだもん。姉妹だから、ってわけじゃないけれど。

 

話をしていると玄関のカギが回る音が聞こえた。多分姉さんが部活から帰ってきたんだろう。

 

姉さんの足音はそのまま自分の部屋に向かった。

後で俺の部屋に向かってきたので急いで見せられない物を隠す。

 

なんとか隠し切ったところでいつも通り姉さんはノックをせずに戸を開けたのだが、

 

「ねえ〇〇、今大丈夫…?」

 

その声はどこか弱々しかった。

 

「えっと、大丈夫だけど…何?」

 

「女の子の日なんで助けて下さい」

 

見ると姉さんは大きめの毛布を持って立っていた。

 

……説明した方がいい?姉さんは生理の時しょっちゅう俺の所に来る。……説明になってないか。

 

姉さんは俺の体を少し強引にベッドに倒して自分も寝転んで、2人の体に持ってきた毛布を被せた。

 

正面から回された姉さんの腕に抱きしめられる。

 

前に一度姉さんにどんな感じなのか聞くと、子宮とか血管が収縮したり骨盤が開いたり、って説明された。求めていたのとは違った。

 

その後姉さんがどう感じているのかを聞くと、きしきし、ぎりぎり、って言われた。よくわからなかった。

 

姉さんは他にも寂しくなったりイライラしたりするらしい。

 

カイロのように温めることと話し相手になってくれること、抱いていて安心することの3つが出来る俺は優秀らしい。道具なのか俺は。

 

ちなみに夕立は症状がすっごく軽い…というかほぼなく、いつも通り走ったりも難なくこなす。姉さんは時々それを羨ましげに見ていた。

 

「嫌だよ…女の子つらい」

 

「俺は姉さんが女の子でいてくれて嬉しいからね」

 

我ながら恥ずかしい言葉だなと思っていると姉さんがおへそのあたりを俺の体に押し当てたので、腰の辺りを優しく撫でる。

 

「あ…腰は大丈夫だから…首お願い」

 

姉さんの要望に応えて腰から手を離して、姉さんが上半身をそらしてさらけ出した首に、包み込むように両手を添えた。

 

「あー……やっぱりあったかいね」

 

姉さんの急所を触っていると考えるとドキドキしないこともないけど苦しんでる姉さんの信頼とかお願いを汚しているような気がするのでしっとりしてるなー程度でおさえておく。

 

女の子でも汗はかくもんね。真夏の太陽の光を浴びて帰ってきた姉さんからはほのかに汗の香りがした。

 

なんで姉さんの汗の香りがすっごくいい匂いなのかは俺が選ぶ七不思議に入れてもいいと思う。他はなぜ姉さんとか夕立とか母さんはあんなに大きいのに軽いのか、とか。

 

しばらくするといくらかマシになったのか、小さく笑った。

 

「ありがとーねー。〇〇がいなかったら夕立のとこ行かないといけないからねー」

 

何度か、夕立に代わりをやってもらったこともあるらしいけど、暑いとか暇だとか言ってもぞもぞ動いたりペタペタ体触られたりして大変だったらしい。

 

「悪気あってしてる訳じゃないし……イライラするのもこのせいなんだけどね。……あー、〇〇は嫌じゃない?」

 

「大丈夫だよ」

姉さんの体ふっくらしてるしいい匂いするし一緒にいて嫌じゃないしくっついてると当たってるから嫌な訳ない。

 

その辺りまで考えた所で姉さんが体をぎゅっと縮めるのがわかった。

 

「やっぱりお礼とかさ、した方がいい?なんかこう、…今は血出てるからできないけどそういうこととか」

 

頬を赤く染めたまま姉さんは続ける。

 

「ほらさ、毎月こうやって時間取らせちゃうのもさ、………ごめんね、嘘ついた。」

 

姉さんは首を包んでいる手を払って俺に馬乗りになって口を開いた。

 

 

 

「夕立とだけなんてずるいよぉ!私も〇〇のこと好きなのに!」

 

 

 

それだけ言って姉さんは目から涙を零す

 

 

「あぁやっちゃった……ごめん言い訳させて。これのせいだから。…終わったらちゃんとまたお姉ちゃんやるから」

 

つい、本心が漏れてしまったのだろうか。それなら姉さんから溢れたのは間違いなく本心で、それなら俺がやるべき事は多分1つ。

 

姉さんの首を掴んで引き寄せて、無理矢理唇を奪った。

 

姉さんがある程度俺の考えを読んでくれることに賭けての行動だったけどうまくいったらしい。

 

目を閉じてされるがままにしてくれている姉さんから唇と手を離す。

 

姉さんは涙を拭ってから口を開いた。

 

「ありがと。……多分、明後日には終わってるから、約束だよ?」

 

「うん」

 

姉さんは俺の上に倒れ込んでそのまま唇を重ねる。

 

すぐ離して、ころんと転がって俺の隣に並んで、姉さんが動いた時に落ちた毛布を2人の体に掛け直した。

 

「なんかちょっと悪いことした気分だね。」

 

「父さんも母さんも夕立も、多分許してくれるよ。」

 

「え?そっち?姉弟でこんなことしちゃうって悪いことじゃない?」

 

「姉さんを好きになるのがいけないことなわけないじゃないか」

 

その言葉で喜んでくれたのか姉さんは俺の頭を胸に押しつけるように抱える。

 

 

互いの体温を感じたまま、俺たちは眠りに落ちた。

 

目が覚めた時、帰ってきた夕立がベッドに潜り込んでいてそこからまた一悶着あるのだがそれはまた別のお話。

 

 

 




続くとは思わなかったぜ(他人事)

あ、また白露型かよとかいう文句は受け付けてないので。主に友人Sさん。


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春雨とペット

9/21 春雨ちゃん誕生日おめでとう!可愛い春雨ちゃんにはしゅえさんのキノコをプレゼント…よく聞くんだ村雨、悪いことは言わないからその動画撮ってるスマホをこっちによこすんだ。


夕立とお兄ちゃん、白露姉さんと女の子の日の続きですが設定ずれてるので見なくてもいいです。

艦娘の春雨ちゃんじゃない、とだけ分かって貰えば読めるかな?


追記:春雨が兄を姉さんと呼んでいる不具合を修正しました


春雨の話はしただろうか。してないか。

 

春雨は、父さんと母さんの子……この言い方は違うか。俺も夕立も姉さんも父さんと母さんの子だから、2人のDNAを受け継ぐ子、だ。

 

夕立の1つ下の、中学2年生。

 

姉さん達と比べると控えめな胸、控えめな性格。先が青いピンク色の髪に花の髪留めをした女の子。

 

かわいい。(シスコン)

 

なんで春雨の話をしたかというと、

 

 

「に、にゃあ///」

 

 

俺の部屋の扉を開けると、猫に酷似した春雨…春雨に酷似した猫?まあどっちでもいいや。

 

とにかく春雨がいたから。

 

「えっと、春雨、」

 

「…はい」

 

「何してんの?」

 

「…えっと」

 

制服からはみ出したピンク色の尻尾が小さく揺れた。

 

とりあえず、

 

「触っていい?」

 

「…!はいっ!」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

と、いうことで耳に触れてみる。

 

「あ、カチューシャなんだ」

 

「はい、姉さんと母さんから」

 

着せ替え人形という言葉が思い浮かんだが、尻尾も耳もピンク色なのをみるとわざわざ春雨に会う色のものを探してきたのだろう。

 

でも、姉さんも母さんも、わざわざそこまでするかと聞かれるとしないような気がする。

 

「…あの、春雨が頼んだんです」

 

「春雨が…?」

 

「はいっ。…兄さんに見てもらいたくて」

 

なんと。

 

俺のため、ということなら今の春雨は俺のペットなのではないだろうか。

 

危ない思考だが、気にしてはいけない。

 

ペットといったら…しつけ、は倫理的にダメだから、毛づくろいとかごはんとか?

 

そういえば机の上にクッキーを置いてあった気がする。

 

探してみるとチョコチップと、バターのクッキーがそれぞれ一つずつ見つかったので、春雨が好きなバターのほうの包みを開いた。

 

手に持って、差し出してみる。

 

「あの、兄さん、これは…?」

 

「餌付け」

 

餌やり、よりも餌付けの方がいけないことをしている気になるのは俺だけだろうか。

 

少し迷っていた春雨も、食べないの?と聞くと首を勢いよく振って食べたい、という事を俺に伝えてくる。

 

そして、

 

「えっと…いただきます///」

 

小さい口をあけて、クッキーのはしっこをかじる。

 

こり、こりと小さく咀嚼して、こくんと小さく嚥下する。

 

蠢いた喉が可愛かった。

 

今は猫だけど小動物感があるというか、夕立は美味しそうにもぐもぐするから違った魅力がある。

 

姉さんは食べさせる側なのでよく知らない。

 

「あの、兄さん?」

 

「あ、えっと」

 

「何か考え事ですか?」

 

ああしまった、心配させちゃったかな。

 

考え込むことはしょっちゅうあるし姉さん達みたいに気にしないでくれていいのだけれど。

 

「ううん、大丈夫」

 

「よかったです。はいっ。…なら、あの、」

 

春雨が俺の手の中にあるかじりかけのクッキーを指差す。

 

「春雨も、兄さんに、その、」

 

餌付けしたいということだろうか。

 

どきどきしながらクッキーを手渡す。

 

「あの、兄さん…恥ずかしいから逃げないできださいね?」

 

そういうと、春雨はかじりかけのクッキーを半分に割り、片方を口に含んで咀嚼し始める。

 

これはまさか、母さんが父さんによくやっているアレだろうか。

 

口の中のクッキーをすりつぶした春雨は、ゆっくり口を近づけてきて、

 

「ん…♡」

 

甘い。

 

水分が少なくて口移しには適さないのだろうけど、よく噛んで唾液が染み込んだそれはすごく甘い。

 

口の中身がなくなると、春雨はすぐにもう1つのカケラを口の中に入れて、ガリガリと咀嚼すると、またぶちゅっと口を重ねる。

 

 

それも終わって再び口を離した春雨は、制服のスカートの裾をきゅっと握りしめた。

 

「兄さん、私13才だから大丈夫なんですよ」

 

…そういうことの、法律の話をしているのだろうか。

 

条例があるからダメっちゃダメな気がするけどどちらにしろ親告罪なので問題ないはずなんだが。

 

…それをわざわざ言ったのは春雨なりの誘惑なのだろうか。

 

春雨が静かにスカートをめくり上げる。

 

尻尾をさすためなのかその下は素肌だった。

 

「姉さん達とは…したんですよね?…春雨も、欲しいです」

 

スカートを握りしめた手はぷるぷる震え、顔は羞恥で赤くなっていても、それでも手を離さないのはやはり母さんの子だからか。

 

その誘惑に逆らうことのできない俺は、やはり父さんの子なんだろうな。

 

 

 

 




宣伝なんですけどこっちには投稿できない話を投稿するために艦これ短編r-18版を作りました。

五月雨と夜 を投稿してるのでよかったら見ていってください。


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村雨母さんと親子

今日は村雨さんの話ですよ!

夕立とお兄ちゃん、白露姉さんと女の子の日、春雨とペットの日 の続編。



 

 

俺の、父さんと母さんの話をしたい。

 

俺の父さんは…母さんにも言えることだけど、すごく若く見える…と言うより小さい。父さんは37、母さんは34らしいけど、高校生だと言えば多くの人が信じるだろう。

 

それに加えて、父さんは中性的な体つきをしている。丸みが感じられるギリギリくらいの体に、高めの声と左に垂らした白髪混じりの長い三つ編みも合わさって女性に間違われることもしばしば。

 

髪は俺を生んでくれた海風母さんの真似をして伸ばしているらしい。

黒髪に混ざった白髪はショックで色が抜け落ちてしまったそうだ。

 

海風母さんは、俺を生んですぐ死んでしまった。

村雨母さんとは仲が良かったそうだ。

さいごに、「私は幸せだったよ。2人も幸せになってね」と、言ったそうだ。

21才で死んでしまった。

 

村雨母さんは若い時に2人、白露姉さんと夕立を産んで、そして父さんと結婚した。

すぐにまた春雨をお腹に宿したのは「我慢するのも海風に悪い気がするから」だと言っていた。

どこかの学校の制服を着ればとても似合いそうだけど、いつも着ているオトナな感じの服も似合うのは母さんの魅力の一つなんだと思う。

ただ、いつも首には首飾りにしては大きめの、緑色の球が吊るされている。そこからだけは違和感を感じた。

大抵の服を着こなす母さんがそうしているのは、まるでそれが自分の物ではないと主張しているようだった。

 

父さんの物だったりするのだろうか。あるいは姉さんと夕立のお父さんの物だったり。

母さんには一度、姉さんと夕立のお父さんがどのような人だったのか聞いたことがある。

ぼかしながら、ごまかしながら、ほんの少ししか話してくれなかったけど、嫌ってはいないようだった。

 

父さんも母さんも、未練があるのかは知らないけれど幸せに暮らせてるんだと思う。

大きなケンカをしているのは見たことがないし、父さんの髪を適当に結ってみたりそういうことの誘いだったり、母さんからだけど……父さんもどこか嬉しそうだし。

 

2人とも楽しそうなのだ。

 

しかし今日は、母さんが浮気する話である。

 

 

 

 

 

_____________________

 

 

 

 

 

夏休み中の平日。

 

父さんは外で仕事中。姉さんと夕立と春雨は来週うちに来るらしい従姉妹の山風のために買い物に行っている。

 

俺は本屋に行って面白そうな古本を5冊と文庫本を3冊ハードカバーの本を1つ買った。

 

その重さを左手に感じたまま、玄関の扉を開く。

 

母さんが倒れていた。

 

随分と驚いた。

 

本が入った袋をその辺に置いて、急いで駆け寄る。

 

母さんの濡れた目が俺を捉えた。

 

「…からだ、あついの……たすけて」

 

 

 

_____________________

 

 

 

 

とりあえず、母さんを2人の寝室のベッドの上へ。

 

救急箱とタオルを数枚、ペットボトルの水を掴んで持ってきた。

 

とりあえず大事ではないようで、さっきのアレも俺を驚かそうとしていたらしく。

 

母さんに体温を測ってもらっている間に父さんに、「母さんが熱出して倒れた」とlineでメッセージを送った。

 

姉さん達には……電話するか。

 

コール音がなっている間にちらりと母さんの方を見ると、胸のボタンをいくつか開けていて、何がとは言わないが少しはみ出していたのですぐに目をそらした。

 

姉さんは以外と早く、4回目のコール音で出てくれた。

 

 

「はいはーい」

 

「姉さん今大丈夫?」

 

「うん。どうしたの?」

 

「母さんが熱出した」

 

「…え、大丈夫なの?」

 

「いやまあ。多分ただの風邪だと思うけど」

 

「お父さんには?」

「さっきlineした。で、急がなくて良いから何か美味しそうなもの買ってきてくれない?」

 

「おっけ。プリンでも買って帰るかな」

 

「夕立と春雨にもよろしく言っといて」

 

「はいはーい。じゃあね」

 

 

スマホの画面が通話終了の文字を映し出したのを見てから母さんのほうに目を向ける。

 

ちょうど測り終わったのか脇の間から体温計を取り出す。5秒くらい確かめてからそれを俺に見えるように、少し恥ずかしそうな表情で口の前に掲げた。

 

「デキちゃった…」

「何が⁉︎」

 

ネットでよく見る、妊娠検査薬のアレなんだろうけど、やられてみるとそんなわけないとわかっていても心臓に悪い。

 

小さく笑う母さんから体温計を受け取ると、まだプラスチックに残っている体温にどきりとした。

 

デジタルの数字は38.5。それでも元気そうに見える母さんから目を逸らして体温計を救急箱にしまう。

 

薬の瓶を取り出してペットボトルと一緒に母さんに差し出すと、困ったような顔で薬の瓶は返された。

 

「私、薬あんまり効かないから。…寝てればちゃんと治るわ。」

 

そういえば母さんが薬を飲んでいるところは見たことがない気がする。

 

そういう体質なのかなと思っていると、父さんの枕の上に置いていたスマホが震動音を立てる。

 

「…父さんからだ」

 

通話ボタンを押してスピーカーにすると、

 

『村雨、村雨は⁉︎』

 

大きな声に驚いてスマホをとり落す。

 

落ちたスマホを母さんが拾い上げて音量を少し下げた。

 

「大丈夫よ、時雨。ほんとに、ただの風邪だから」

 

『でも、』

 

「大丈夫よ本当に。なんともないから、ね?」

 

『………よかった、』

 

父さんの声を聞いたからか、母さんの顔が少しだけ緩んだ。

 

「…父さん、仕事は大丈夫なの?」

 

「あ、仕事中にごめんね」

 

『いいよ。今日仕事少なかったし上司さんに許可貰ってきたから』

 

「母さん愛されてるんだね」

 

『や、やめてよ、そう言われるとなんか恥ずかしいから…』

 

「…ちょっと悲しいなー」

 

『ごめん!好きだから!愛してるから!』

 

…うん。仲良しみたいで嬉しい。

 

「ありがと。……んっ…時雨、はやくかえってきて…さみしいよぉ」

 

母さんが寂しそうな声を絞り出した。

 

『止めて!ほんとに今すぐ帰りたくなっちゃうから!』

 

父さん、振り回されてばっかりだけど…声が楽しそうだもんね。

 

「…んふふ……じゃ〜あ、」

 

父さんの反応で調子に乗ったのか、母さんが突然俺にしなだれかかってきた。

 

熱のせいか熱い。体温を意識してしまう。

 

「〇〇に、時雨の代わりやってやってもらおうかな」

 

『〇〇に…?……うん。いいんじゃない?僕と海風の子だから…安心できると思うけど』

 

そういえばそっか、海風母さんとも仲よかったって……。僕なら父さんの代わりに母さんを「安心」させることができるんだろうけど。

 

残念ながら今の母さんの寂しいは隣に信頼できる人がいない不安じゃなくてこう…肉体的なアレだ。

 

「まって父さん、電話越しじゃわからないと思うけど母さんから肉食動物っぽい感じが…ひぃっ!」

 

耳舐められた、まってまって。

 

「そんなわけないじゃない。…ね、時雨?」

 

『……本当に嫌だったらちゃんと言うんだよ。村雨も嫌がるのを無理やりは……しそうだね。うん。』

 

「まって父さん、なんで食べられる前提なの、」

 

『それはまあ、村雨だし』

 

「ひどーい…私を……信じてくれないの?」

 

『…ごめんこればっかりは君を信用できない。経験から。』

 

「うんやっぱり。………時雨と海風の子なのよ?絶対おいし…波長が合うと思うのよ」

 

「ちょっとまって今母さん美味しそうって」

 

『あ、ごめん松本さんが呼んでるから…仕事戻らなきゃ』

 

「え、置いてかないで」

『強く…生きてね』

 

ぶつん。

 

 

母さんが大きな息を吐いた。

 

「……いや、かな。やっぱり親としてこういうことするのは良くない気がするし。うん。やめよ。」

 

母さんはすぐに離れた。そのままベッドに背中から倒れこむ。

 

「でも。寂しいのは本当だから……隣来てくれない?」

 

ベッドの隣をぽんぽんと叩く。横になれということだろうか。

 

埃が立たないように軽く叩く手つきは長い間繰り返してきたようだった。

 

寂しい時はすぐに甘える母さんらしいと言えばそうだろう。

 

母さんの隣に寝転ぶと、すぐに腕を俺の頭の下に潜り込ませてきた。病人は母さんだと言うのに。

 

お母さんなのに少し子供っぽくて、子供っぽいのに色気があって。

 

本人にその気があるのかは知らないけど側の異性を引きつける人だ。

 

正直に言うと「母さんだけど本当の母親ではないし父さんのお嫁さんだから」で、親密に触れ合うことには少し抵抗があったけど。

 

女性として見るならすごく魅力的だし。…家族としてなら、もっと触れ合っても良かったのかもしれない。

 

寂しいなら。隣にいてあげたいと心から思った。

 

…なんて。少しは真面目なことを考えていたのに。

 

「…ねえ、〇〇」

 

「どうしたの?」

「やっぱり抱いていい?」

 

両腕で抱きしめられた。双丘に、強引に顔を埋めさせられる。

 

「体、やっぱりあつくて。…風邪のせいでもあるんだけど、熱がどろどろお腹に溜まってる感じで、」

 

少し汗をかいているのか匂いが濃い。誰の匂いかと聞かれると母さんの香りだが、どのようなと聞かれるとすっごくあまくて、魅かれるような。

 

「…あ、これむり、本当に……いやだったら、言って」

 

これはダメだ。姉さんとか夕立とか春雨とは比べ物にならない。自分の上手い使い方を知っている。

 

……ああ。父さんは良いって言ってたし。母さんだけど…姉妹としてるから今更か。

 

「…好き。すきよ〇〇」

 

俺も。

 

「好きだよ。母さん」

 

 

 

 

 

_____________________

 

 

 

おまけ 〜家族〜

 

 

 

「え、あのあと本当に村雨としたの、」

 

「…ごめん」

 

「あ、違う違う。怒ってるんじゃなくてね。…海風、死んじゃって。本当の親じゃないって言っちゃったし。……なんか遠慮してるような気がしたから。本当に、仲良くなれたのかなって……ぐしゅ、」

 

「まって父さん泣かないで、母さんに殺されちゃう、」

 

「…よかった……よかった、ほんとに。〇〇にめいわくかけてるのかなって、…よかったほんとに…!」

 

「どうしたのしぐ……時雨、泣かせたの?」

 

「まってちがうほんと違うって」

 

「…冗談。なんとなくわかるわ。…私もちょっと思うことあったし。時雨と〇〇は血が繋がってるけど、私は海風じゃなくて、〇〇育てただけだったし。」

 

「ほんとに待って母さんにまで泣かれたら…俺嬉しかったからね⁉︎母さんに育ててもらえて嬉しかったよ?」

 

「…うんやっぱり私が育てたのね。…ぐす、こんなに、心くすぐるのじょうずなんだもの…」

 

「ただいまー……って、え、これどういう状況、なんで父さんと母さん泣いてるの」

「…お兄ちゃんが泣かせたの?」

「…兄さん何をしたんですか…」

 

 

みんなと家族で、良かった。

 

 

 




書きたいこと突っ込んだらごちゃごちゃした気がするので多分後日修正します。



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従姉妹の家族と家族の過去と





 

 

今日は従姉妹の山風の話をしたい。

 

 

緑色の長い髪を黒いリボンで纏めている高校一年生の女の子。

 

親の五月雨叔母さんと涼風叔父さんには似なかった大きな胸と人見知りする性格。

 

小さい頃は体が弱かったらしく、その頃から本を読むのが大好きな女の子。

 

母さんが風邪引いた日に買いに行った本は気に入ってくれるだろうか。

 

一応全部読んだけど…なかなか面白かったとは思う。

 

今日の昼ごろ叔母さんと叔父さんとうちに来た山風だけど、今は下のリビングで姉さんや夕立におもちゃにされている。

 

春雨はなんとか止めようとして巻き込まれていた。

 

自惚れでなければ山風はうちの家族のことを気に入ってくれてるんだと思う。さっきも楽しそうにしてたし、叔母さんがこっそりと、ここにくるのを楽しみにしていたことを教えてくれた。

 

一回挨拶してからろくに話をする間も無く2人に取られてしまったから今俺が嫌われてるかどうかは知らない。

 

そういえば今日は泊まっていくんだっけ。

 

うちの家はそれなりの大きさがある。だから3人泊めるくらい問題はない。

 

1度父さんに聞いたら、昔の分で使い切れないほどの貯金があると言っていた。

 

具体的な額は聞いていないけど「どこかの島を1つ買って整備して豪邸を建ててもお釣りで同じことがもう一回できる」くらいの金額らしい。

 

父さんと母さんの過去はあまり教えてくれないけど、すごい人なのかもしれない。そういえば今なんの仕事をしてるのかも聞いたことないなぁ。

 

などと変なことを考えていると階段を上ってくる足音が聞こえてくる。まっすぐ俺の部屋に向かって来た。なんだか急いでいるように聞こえる。

 

ノックすることなくドアが開かれたので姉さんかなと思っていると、揺れているのが緑色の髪の毛だったので驚いた。

 

駆け込んで来た山風が急いでドアを閉めて、扉についている簡素な鍵をかける。

 

続いて聞こえて来た2つの足音がバタバタとドアの前まで近づいてきて、ドンドンとドアを叩く音が聞こえてきた。

 

「鍵かかってるっぽい!」

 

「山風ちゃん、もう変なことしないからね?だからここ開けて?」

 

「やだ……構わないで!」

 

うーんこれは。姉さん達が何かやらかしたのはわかるけど下で何があったんだ?母さん達が何も言わないってことはそれほどでもないんだろうけど。

 

……聞いてみるか。電話かけよ。

 

扉の前でぎゃーぎゃー言い合っている3人を放置したまま母さんに電話をかける。

 

すぐに通話が始まった。山風や、あわよくば2人にも聞こえたらいいなと思ってスピーカーにする。

 

「何があったの?」

 

『あーうん。ちょっとね』

 

『ごめんなさい、私と時雨は止めようとしたんですけど、村雨と涼風が』

 

意外なことに聞こえてきたのは父さんと五月雨叔母さんの声だった。

 

『あたいらはおもしろ…可愛い子供の喧嘩だからほっとこうって。な?村雨?』

 

『うん。おもし…これくらいならほっといてもいいかなって。』

 

続いて涼風叔父さんと母さんの声が聞こえてくる。

 

それにしても叔父さんどこからあんな声出てるんだろうな。…まあ喉からなんだろうけど。

 

「いやさ、その面白そうで被害受けそうなの俺なんだけど」

 

『大丈夫よ。あの子達が山風ちゃんをかわいがりすぎただけだから。』

 

『ああ。山風も嫌って感じじゃなくて恥ずかしそうなだけだったからな。人見知りだからってろくに人と喋ってこなかったから恥ずかしがりも治しとかなきゃと思ってね。』

 

うーんなるほど。それらしい考えはあったわけだ。面白そうってのも本心なんだろうけど。

 

「じゃあどうするの?山風匿わないほうがいいの?」

 

「…〇〇⁉︎」

 

山風の悲鳴が聞こえた気がするけど気にしない。

 

『うーん……どうしよ。』

 

『あの、やっぱり山風かわいそうだし』

 

『そうです、しばらくこっちに来ない?、ってお誘いだったのでもう少し滞在しますし』

 

『…あーそうかもな。悪いな〇〇、今から白露と夕立回収しにいくからちょっとの間山風おいといてやってくれないか?その間にちょっと話つけるから。』

 

叔父さんの頼り甲斐がある声が聞こえたかと思うとすぐに階段を駆け上ってくる音がする。

 

「きゃっ⁉︎叔父さん⁉︎」

 

「悪いな夕立、話があるからちょっとだけ頼むぜ。ほら白露も、」

 

「ひゃうっ…大丈夫?叔父さん重くない?」

 

「ふふーん軽い軽い。じゃあ頼むぜ〇〇!」

 

すぐに階段を駆け下りる音が聞こえた。足音が1つなのは叔父さんが2人を抱えていったからだろうか。可愛い悲鳴は抱え上げられた時のものだろう。

 

「やばい…叔父さんかっこいい……惚れる…」

 

『だめ、涼風は私のなんですから!』

 

『私も食べたことあるんだけど』

 

『うぅ、…で、でも私が本妻なんですから!』

 

『私は涼風じゃなくて五月雨でもいいのよ?……うん。今夜一緒に寝ない?』

 

『なんだい村雨、五月雨も抱くのかい?ならあたいは時雨と〇〇と男同士で話でも』

 

『……どうしよう〇〇、おかしいことだってわかってるのにみんなこうだし…何より僕も幸せそうなんだしいいんじゃないかって思い始めて…』

 

なんて答えるか迷っているとドアの前から俺の近くに移動してきていた山風が口を開く。

 

「ねえパパ、ママが他の人とそういうことするの嫌じゃないの?」

 

『?ああ。だって五月雨悦んでるし』

 

『…たしかに姉さんと仲良くできるのは嬉しいですし、その、すごく上手だから』

 

「えまってまって叔母さんも手着けてるの母さん」

 

『私と夕立と春雨と母さん。この人の親がそんなでもおどろかないなぁ』

姉さんが少し非難するように上げた声が心を貫く。

 

『お、〇〇も思ったよりオトコだったんだな。…なあ村雨、今夜白露と夕立と春雨と一緒に山風と〇〇も一緒に寝かせて見ないか?』

 

「はっ⁉︎」

「えっ⁉︎」

 

『いいわね、それ』

『お兄ちゃんとみんなで…』

『あわよくば山風ちゃんも一緒に』

『兄さんに負担かけたらダメですから順番ですよ?』

 

「なんでその方向で固まってるの⁉︎山風もなんとか…」

 

「……あのね、そんなに嫌じゃない。…〇〇優しいし、怖くないし、本のこといろいろ教えてくれるし、……その、すき、かも」

 

『おいおい、いつの間にうちの娘墜としたんだい?』

 

『村雨の英才教育受けてるからね。……先言っとくけど僕涼風とは嫌だからね?』

 

『そうか?お互い結構見た目悪くないし心の波長さえ合えば…』

 

『本気でするつもりだったのかい⁉︎』

 

「なんなのこの家族…」

 

嫌じゃないよ?ただもうちょっと…

 

「〇〇、もう諦めたほうがいい。私が言えることじゃないかもしれないけど、みんなおかしいから」

 

わかってるよちくしょう

 

 

 

 

____________________

 

村雨と五月雨

 

 

 

「姉さんと寝るのって久しぶりですね」

 

「昔以来かしら?」

 

「はい。時雨と涼風と……海風と江風と。」

 

「……改白露型、性能あげるためにいろいろ無理させてたんだってね。明石さんから聞いた時、ぼろぼろ泣いちゃって。せっかく生き残ったのに私達より短い間だけしか生きられないって聞いて。」

 

「涼風は先に作られたからそういう風にならなかったけど、2人は…。」

 

「今はなんとかのみこめたし、海風と江風の子もいるからそんなに悲しくはならないけど…時々、楽しい時に「2人が此処に居たら」ってなっちゃうのよね」

 

「2人に幸せになってねって言われちゃいましたし、私もめいいっぱい楽しみたいとは思うんですけど」

 

「……こういう言い方は2人に悪い気がするけど、随分な呪い遺してくれたわよね」

 

「はい。何があっても、幸せになりたいと思えて…その度に悲しくなるなんて」

 

「2人も、もっと生きてたかったんでしょうね。でもどうしようもないし、怒りをぶつけられる相手もいなかったから、最期にいたずら、みたいな」

 

「可愛い妹たちでしたね」

 

「……さっき時雨と話してたんだけどね。明日水族館に行ってみない?」

 

「水族館ですか?」

 

「そう。近くに新しくできたのがあるの。私達も平和な海なんてあんまり知らないじゃない?」

 

「…良いですね。見てみたいです。」

 

「よかった。なら決まりね」

 

「なら明日に備えて早く寝ないと」

 

「そうね。あんまり長引くと明日に響くから」

 

「…あれ?今私寝るって言いませんでした?」

 

「五月雨から言ってくれるのってなんだか嬉しいわね」

 

「あの、私そのつもりで言ったんじゃ」

 

「いただきます」

 

「⁉︎いきなりそんなところ…お願いですからもっと優しく…」

 

 

 

 

____________________

 

 

 

 

時雨と涼風

 

 

 

「うーんやっぱり時雨のとこの風呂はでかくていいねえ。うちももっと大きく作れば良かったよ。

 

「お風呂が大きいのは良いけどそうなった理由すごいよ?」

 

「ん?どんなだい?」

 

「村雨がお風呂でしたいからって」

 

「あー。村雨のやつなら言いそうだな」

 

「おっきく作ったら〇〇と夕立が一緒に入るようにもなったんだよね。」

 

「はえ〜〇〇もやるもんだね」

 

「なんかあの人を思い出すね。提督」

 

「提督もバカみたいな人数と関係持ってたしね〜」

 

「あ、そういえば村雨が明日水族館行きたいって言ってたんだけど」

 

「いいんじゃねえのか?イルカ見たいイルカ!」

 

「僕はタチウオ見てみたいな。かっこよさそうだし」

 

「んじゃ〜ヤることヤってさっさとねるか。明日寝不足とかじゃ困るからね」

 

「え、……あー。……どうしてもしなきゃダメ?」

 

「悪い、嫌だったか?」

 

「ううん。全然嫌じゃないんだけど。……嫌じゃないんだよ?ただ…海風と江が……うぅ」

 

「な、泣くなって時雨、」

 

「どうして、みんな幸せだったのに、何でって。村雨も涼風も五月雨もなんとか折り合いつけてるみたいなのに、僕だけずっと、」

 

「良いんだよそれで。あたいたちは最前線で戦っていっぱい殺して、殺されて、でもそれは幸せになるためだったんだから。だから悲しくて良いんだ。じゃないとまた何かあった時に今度こそ守れなくなっちまう」

 

「わかってるよ。でも…白露型全員は揃わなくて僕が1番上だったのにみんなを幸せにできなかったのが辛いんだ。なのに僕だけ幸せになるなんて」

 

「海風と江風も言ってたろ?幸せだったって。幸せになってって。あれが嘘だったと思うのか?」

 

「でも、もっと幸せになれたはずなんだ。いっぱい頑張ってそれこそ人類を救ったっていうのに、なのに僕だけ」

 

「時雨、頼むから一回黙れ。このままだと殴っちまいそうだ」

 

「………あ」

 

「落ち着け。な?あたらいらいっぱい時雨にに幸せにしてもらえてるんだよ。だから、2人は時雨にも幸せになってもらいたかったんだよ。…だから、幸せになろうとするのはやめないでくれよ。な?」

 

「………ごめん」

 

「ん。」

 

「あぁ、ごめんようみかぜ、かわかぜ…あ、あぁ」

 

「やっべ、泣かせちまった」

 

「僕がずっと悩んでるせいで2人にまためいわくかけて…ごめん、ごめん、」

 

「な、時雨、頼むから泣き止んでくれよ。あいつらも心配してろくに寝れなくなっちまうって。強く言いすぎて悪かったから、な頼むよ、」

 

「うぅ…ずるいよ涼風、妹からの願い断れないっって知っておきながら…ぐすっ」

 

「悪いな。ほらこっち来いよ。今日ぐらい一緒に寝ようぜ?明日になったら忘れてやるから」

 

「うん……あったかいよぉ、すずかぜぇ」

 

「あーもーどうしてこんな泣き虫になっちまったんだい」

 

「みんなが悪いんだ…僕を幸せにするからだよ」

 

「はいはい。ならもっと幸せにしてやんよ」

 

「え、まって涼風どこ触って」

 

「あたいのこと嫌いじゃないんだろ?おんなじオトコだから何されたいのか…村雨や海風より解るからいっぱいよくしてやれるぜ?」

 

「なんで涼風の体そんな女の子みたいにやわえらかいんだ…」

 

「時雨もおんなじだろ?」

 

 

 

____________________

 

 

 

白露と夕立と春雨と山風と〇〇

 

「両隣の部屋から父さんと叔母さんの鳴かされてる声が聞こえてくるんだけど…」

 

「すっごく寝にくいです…」

 

「お楽しみっぽい?」

 

「ママ、どんな気分なんだろ、」

 

「………。」

 

「どうしたの姉さん?」

 

「…いやー。なんか声聞いてたら。…やっぱり私もお母さんの子供なんだなって。こう、お腹の奥に火がついたみたいな」

 

「それは確実に母さんの遺伝子……姉さんのお父さんってどんな人だったか知ってる?」

 

「…聞いたことないんだよね。みんなは?」

 

「しらないっぽい」

「聞いてないです」

 

「…あの、私知ってるかもしれない」

 

「え、ほんと⁉︎山風ちゃん知ってるの?」

 

「あ、あのね、…パパとママが時々江風さん、って人の話してるの。だれって聞いたら、パパが村雨のって言いかけてママが止めてた」

 

「江風さんか…姉さん聞き覚えある?」

 

「うーんないなぁ」

 

「あの、私少し聞いたことが」

 

「春雨聞いたことあるの?私ないのに」

 

「はいっ。あの、お母さんと2人でお墓参り行った時に、海風と江風って呟いてて…」

 

「夕立も聞いたことあるっぽい。お母さんがお父さんに江風に似てきたって。その時誰かわからなかったから気にしてなかったけど」

 

「そっか…言ってくれないのって、やっぱり何か理由あるんだろうね。」

 

「…江風さんがひどい人だったりとかは、ないんでしょうか」

 

「それはないとおもう。パパもママも悪い人じゃないって言ってた」

 

「母さんもその人の話する時、恋してる乙女の顔だったし」

 

「複雑な家庭環境だなぁうちって」

 

「私たちがお兄ちゃんとすきすき言ってる時点でもうおかしいっぽい」

 

「そういえばお父さんもお母さんも…叔父さんも叔母さんもあんまり昔のことって喋ってくれませんよね」

 

「あの時代何かあったっけ?私歴史の成績が…」

 

「…白露、はずかしくないの?」

 

「やめて山風ちゃん心に突き刺さる」

 

「母さんたちの頃って確か」

 

「深海棲艦との戦いがちょうど終わった頃っぽい」

 

「…病気とか、事故とかで死んじゃったんじゃなくて殺されちゃったんでしょうか」

 

「…村雨叔母さんも、思い出したくないかも」

 

「じゃあ私たちの間でも気をつけなきゃね。みんな出来るだけこの話禁止ね?」

 

「良いけど…気になるっぽい」

 

「そのうち教えてくれる日が来ますよ姉さん」

 

「大丈夫…村雨叔母さんも時雨叔父さんも優しい人だから」

 

「うーんちょっと強引に聞いちゃったのまずかったかな。」

 

「…。どうしよ〇〇、たいへん」

 

「どうしたの姉さん」

 

「お腹の疼きが治らなくて」

「夕立のも結構きてるっぽい」

「ごめんなさい、私も…」

「あ、あのね、私も」

 

「ちくしょう叔父さんと母さん絶対こうなるのわかってて一緒の部屋に寝かせただろ!」

 

「ふ、ぅん…ごめん、慰めてくれない?」

「お兄ちゃん、おねがい、」

「春雨も、ん、お願いできますか?」

「ずるい…私も…」

 

「「「「ねえ、お願い」」」」



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水族館で

山風ちゃんの絵描いた。

この前はおめめにヘアピンぶっ刺したいとか言ってごめんね、ってつけてツイッターに上げたけどそれほど伸びなかった。

絵が下手だからだと信じたい。


今日も、山風の話をしたい。

 

昨日、叔父さんと叔母さんと一緒にうちに来た女の子。

俺のことを好いてくれているらしい女の子。

 

今日は、みんなで水族館に来た。が、人も多いし別行動しようということになった。

 

父さんと叔父さん。

母さんと叔母さん。

女の子3人。

俺と山風。

 

なかなか会えない山風と2人っきり。気を利かせてくれたのだろうか。この機会に仲良くしときなさい、みたいな。

 

____________________

 

 

最近できた、大型の水族館。平和になった海の命を展示している。

 

ペンギンやクラゲ、イルカ、ヤドカリなど魚以外の生物も沢山いて、1日、いや、3日くらいかけてじっくり見たくなる様な素晴らしく楽しい水族館。

 

ただ、素晴らしいということはそれだけ人気が出るということ。オープンして1ヶ月くらいの、8月の水族館は魚といい勝負をしてそうなくらいの、多くの人間がいる様に感じる。

 

「〇〇………、気持ち悪い」

 

隣の山風が、顔を歪めて呟く。

 

………違うよ?俺が気持ち悪いんじゃないよ?人が多くて気持ち悪いって意味だからね?

 

とりあえず、と、メインの1つである大水槽に向かったのは失敗だっただろうか。ぎゅうぎゅうと人の波に押されて、山風の体がぐいぐいと押し付けられている。離れようにも、うまく動けない。むにむに。

 

あんまり人が多いところに行かないからなぁ……。上手い人ならもっと動けるんだろうけど。…いや、これだけいたら変わらないかな?むにむに。

 

山風を抱きながら、波に体を押しつけるようにしながら、なんとか大水槽の前から離れていく。

 

少しでも人が少ない方に進んでくと、クラゲのコーナーに辿り着く。

 

ここなら、端の方で足を止めていても迷惑にはならないだろう。

 

「…山風、大丈夫?」

 

「……大丈夫、ちょっと落ち着いたわ」

 

人混みから離れると楽になったのだろうか、山風の顔色も少し良くなった気がする。

 

でも、この調子じゃあんまり人が多い所には行けないのか。

 

「せっかくだし、クラゲ見ていく?」

 

「…うん」

 

歩き出すときに、忘れずに山風の手を掴んでおく。特に人が多くて、ってわけじゃないけど、はぐれたらまためんどくさいし。手、柔らかいし。

 

山風も、軽く握り返してくれた。

 

近くにあった水槽を覗くと、赤い、花火の様なクラゲがふわふわと浮かんで、開いて、閉じて。

 

うむ。綺麗だ。

 

隣の山風の方を伺うと、目を輝かせて…?

 

「…どうしたの?」

 

笑顔ではあるんだけど、目を細めて、遠くのものを見るかのような…。

 

「……メガネ、置いて来ちゃったの」

 

メガネ?去年あった時はしてなかったような…

 

「……受験の勉強と本読んでばっかりで、近くで固まっちゃったの」

 

ああ、そういう。

 

「見えるの?」

 

「うん。まだ、そこまで酷くはないから…ほら、あっち行こ」

 

小さく笑った山風が、俺の手を引いていく。

 

「エチゼンクラゲ見たいの」

 

____________________

 

 

「クラゲってさ」

 

大きな水槽に漂う、1メートルに届きそうなクラゲを眺めていると、山風が話しかけてきた。

 

「漢字で書くと、水の母、とか、海の月って書くじゃない?…〇〇はどっちの方が好き?」

 

「俺は……お月様の方かな?漂ってる感じが好きだったから」

 

「私はね。お母さんの方が好き。…お母さんが好き。柔らかくて、ふわふわしてるの」

 

なるほど。感触から例えるとそっちなのかな?

 

「それにね、毒を持ってて、危険なの。…ママ、優しくたしなめる時と、ビリビリ怒る時があるから」

 

「五月雨叔母さんが、か」

 

母の方もいいのかもしれない。…残念ながら海風母さんのことなど微塵も覚えていないし、村雨母さんは柔らかいより熱いという感じだったのでそういう風には考えたことがなかった。

 

「〇〇、次いこ。ヒトデが見たいな」

 

山風に手を引かれて、次の場所へと進んでいく。

 

 

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「ヒトデって」

 

水槽の底に沈んでいる星形を眺めていると、山風が話しかけてくる。

 

「手が一本ちぎれても、また生えてくるじゃない?どんな気持ちなんだろうね」

 

「……ちぎれたことがないからわからないけど、少し安心するんじゃないかな?失敗を、事故を、なかったことにできるから」

 

「私はね。怖いと思う。……また、ちぎれるために生えてきたのかって。……6本とか、7本とかに増えるときもあるけど、今までなかった自分に変わっていくから」

 

「…変わるのは、悪いことじゃないと思うよ。山風も、健康に変わったんだし」

 

「…そうね。……次いこ。ヤドカリが見たいな」

 

 

____________________

 

 

 

「ヤドカリって」

 

石の上で、何か話している様にも見える二匹を見ていると山風が話しかけて来た。

 

「ずっとお家にいれていいなぁ」

 

「山風は、家の方が好き?」

 

「うん。…お外は、ちょっと怖い。でも、楽しいよ。こうやって遊びに来たり、その…す、好きな人と一緒に歩くのは……な、なんでもない!」

 

顔を赤くした山風が僕の手を引く。

 

「つぎ、行こ。亀さん見たいな」

 

 

____________________

 

 

「亀って」

 

水の中を優雅に泳いでいるウミガメを見ていると山風が話しかけてくる。

 

「長生きするっていうじゃない?亀は万年って。……長く生きてたら死ぬのが怖くなったりしないのかな。」

 

「長い間幸せだったら、もっと生きたいと思うかもね。…でも、例えば10000年生きたとしたらきっと僕たちよりもっと多くのものを知るんだと思う。そしたら、死ぬことも違うものに感じるのかもしれない」

 

「仲よかった人が先にいなくなったりするのは悲しいかな」

 

「悲しいと思うよ。でも、悲しいからってそれにかまけていたら、勿体無い気がするね。……僕はまだ知らないから、実際そうなると違うのかもしれないけど。」

 

「そう、ね。…次いこ。マンボウ見たい」

 

 

____________________

 

 

「マンボウって」

 

海に浮かぶ月。そうも言われる影を眺めていると山風が話掛けてくる。

 

「たっくさん生まれるのに、たくさん死んじゃうらしいね。……死ぬために生まれるのは、悲しくないのかな」

 

「それは違うと思うよ。生まれるのは、生きるためだ」

 

水槽の中身を眺めていた山風が、今までとは違い、僕の方に顔を向ける。

 

「たとえ死ぬとしても、死ぬために生まれるんじゃない。そもそも生まれるというのは生を受けるってことのはず。だから、死ぬために生まれるという言葉は間違っていると思う」

 

張り詰めていた眉が緩んだ。

 

「生きていたら、楽しいことあるかな」

 

「あるよ。きっと。」

 

「……うん。…次いこ。いわし見たいな」

 

 

 

____________________

 

 

 

「いわしって」

 

水槽の中を回っている、大量の銀色の命を見ていると、山風が話しかけてくる。

 

「……美味しそうだよね」

 

「え」

 

今までと違う雰囲気の問いに驚いて声が漏れ出た。

 

こちらを向いた山風が首をかしげる。

 

「…いわし嫌いだった?」

 

「いや、好きだけど……そういえば、母さんが鰯の南蛮漬けをよく作るな」

 

「誰かが好きなの?」

 

「父さんが好きみたいだよ。魚はそれほ好きじゃないけど、アジフライとかこれとかは好きだって」

 

「私は…うるめが好き。お顔をかじった時の、苦いのが好き」

 

「苦いのが好きって珍しいね」

 

「辛いのも、酸っぱいのも好きだよ。……あと、痛いコトも」

 

「⁉︎」

 

「冗談。…次いこ。……でも、ちょっと疲れたかも」

 

 

____________________

 

 

 

敷地の端の、海が見える売店に来た。

 

他の、もっと水槽に近かったりイルカショーの場所の売店と比べていく分か人が少なく、それに比べて食事用のスペースは広く設けられているのでパラソルの下のベンチに待つことなく座ることができた。

 

隣の山風はソフトクリームを。俺はストローの刺さったオレンジジュースを。

 

ぴったりと並んで手に持ったものを口にしていると、山風がアイスクリームをこちらに向ける。

 

「食べる?」

 

「……じゃあ、ちょっと貰おうかな」

 

そういうと、山風はソフトクリームを俺の口元まで。

 

これはあれだろうか。あーん、だろうか。春雨よりは可愛らしいのだけど…いいか。誰も見てないだろうし。

 

白い冷たさを少し口に含むと、ミルクの甘さが口の中に広がる。間接キス。美味しい。

 

「…美味しい?」

 

「うん」

 

「そ。…よかった」

 

山風は小さく笑うと、首を伸ばして俺が手に持っているストローを咥えた。

 

筒の中をオレンジ色が登っていく。間接キス。そんなことはやはり気にしていないようで。

 

「おいしい。ありがと」

 

あ、ちょっとほっぺ赤くなってる。…もー好き。可愛い。

 

バカなことを考えていると、山風の手元のアイスがつつっと垂れて、膨らみに垂れた。

 

気づいていない山風にそれを伝えると、何が嬉しいのかまた小さく笑う。

 

「〇〇…ハンカチ持ってる?」

 

「ああうん、多分カバンの中にあったはず…」

 

カバンのポケットの中からハンカチを探り出すと、山風に手渡そうとするのだが、

 

「…わたし、アイスで手が塞がってるから、拭いてくれない?」

 

なんと。

 

「いや、俺もジュース持ってるし…」

「ジュースなら置けるでしょ」

 

いや、そうなんだけど…流石に外じゃ…

 

「冗談」

 

そういうと、山風はコーンごと口の中にアイスを収める。

 

もぐもぐしながらハンカチを受け取って拭き取った。

 

「帰ったら、今夜。…嫌じゃなかったら、触ってくれる?今度は2人っきりで」

 

はい、以外になんた答えたらいいのか、俺は知らない。

 

「昨日はみんなとだったけど…わたしの体、目を離さないで見ててね」

 

 

____________________

 

 

 

 

 

おまけ『白露型駆逐艦の、その後』

 

設定を少し

 

〇〇視点で、時雨と村雨と。海風の年齢について言及した…と思ってるけどしてたっけ。多分してた。そのはず。……30といくつとか、海風が二十代で死んだとか言ってたけど、それは子供達の認識。親がついた嘘。

この話の世界観としては、戦後。深海棲艦の根絶という形で決着。艦娘は機密扱いなので外見や名前、その他の情報もよく知られていない。第二次世界大戦などの情報も一部規制。戦争があった。終わった。ぐらいしか知らない。

2番3番6番7番9番10番しか白露型は『製造』されておらず、江風と海風は他の娘の2年後に着任。戦争自体は時雨達が作られてから7年という非常に短い期間で終了。

戦後3年でかわうみはお亡くなりしたので生きたのは8年と少しだけ。

時雨達は今作られてから25。

 

親達が艦娘であることは、そのうち子に伝える話を書きたい。

 

子供の名前、見た目についてはメタい理由からなので特に伏線とかではないです。〇〇の存在についても。そんなにしゅえさんの頭賢くない。

 

 

 

ー水族館内。むらさみ、すずしぐ達ー

 

 

五月雨「あ、ペンギンさん!…可愛いですね」

 

村雨「そうね。…ペンギンがいるようなとこまでは行かなかったなぁ……あ、さみ、こっち向いて」

 

「?なに?」

 

「今いいとこなの。写真撮るから。…はい、チーズ」

 

「…撮れました?」

 

「うん。…ほら、こっち向いてくれてるのよ」

 

「かわいいですね」

 

「うん。……こういうの見るとさ、思い出しちゃうな。深海棲艦の、『人間以外』への被害」

 

「はい。他の生き物には攻撃されていないって」

 

「沈めたり沈んだりした艦から出た油とか、投げ込んだ爆雷とかの方が、よっぽど殺してるって」

 

「……本当に、終わってよかったですよね」

 

「バカみたいな量の報酬貰って、提督が過ごしていける身分を作ってくれて」

 

「人間とは違うのに、ですよね。…成長は遅い。運動性能は違う。念じれば武器が出る。…情報規制がなかったら、艦娘反対派、なんて人たちに攻撃されてもおかしくないのに」

 

「何度感謝しても、足りないわ」

 

「……私達は、詳しくはわかってないんですよね。今でも。人に造られたのに。……できた子供がどうなるかも、わからなかった。……私達は子供作っちゃいましたけどね」

 

「無責任、とは違うと思いたいけどね。私も、他のみんなもそうだと思うけど、子供達に何かあっても責任を、……場合によっては終わらせる覚悟も。提督さんもきっとそうなのよね。私たちが何をしたって、責任を取ってくれる気でいるのよ。…きっと、親みたいな気持ちで」

 

「……お話ししてたら、久しぶりに顔を見たくなっちゃいました」

 

「また今度、会いに行ってみましょうか?」

 

「うん。…そうしよ。

 

「………つぎ、何見る?…あ、アザラシいるみたいよ?」

 

「おうっ!…ですね」

 

 

____________________

 

 

 

時雨「見て!タチウオだよ!カッコいい!」

 

涼風「ああ、銀色でシャープでいいよな」

 

「うん!江か…ぜは居なかったね」

 

「……あたいのせいか?最近は江風呼ぶこともなかったろ?」

 

「昨日、思い出しちゃったからかな。どうだろ」

 

「江風なら、『これって食えンの?』とか言いそう」

 

「……うん。…そうだね。……………ぐすっ」

 

「あー!悪かったって、こんな所で泣くなって、」

 

「だ、だいじょうぶ…」

 

「……やっぱり時雨といると楽しいな。さみとは、仲良くできるけど好きなものはやっぱり違うし」

 

「…そうだね。村雨も、見たいって行ったら笑顔でついてきてくれるんだろうけど、隣で楽しんでくれるかというとそうじゃないし」

 

「海風だったら……鰯とか鯵の水槽に行って、南蛮漬けが、とかアジフライ、とか言ったかな」

 

「うん。……海風の料理…おいしかったな……ぐすっ」

 

「あーわるかった!人目あるからここ!」

 

「な、涙は溢れてないからセーフ…」

 

「………ありがとうな。いろいろ」

 

「何か言った?」

 

「変わってないな。そのノータイムの何か言った。…昔っからそうだったよな」

 

「涼風だって。聞こえるギリギリの、でも絶対聞こえる小さな声。」

 

「…変わってないな。あたいら」

 

「……うん」

 

「………次、何見たい?」

 

「サメかマグロかな?かにも見たいな」

 

 

____________________

 

 

 

「さみは、すずのどんなとこが好きなの?」

 

「…えっと、……私、本当は、時雨のことが好きだったんです」

 

「え、聞いたことないんだけど」

 

「隠してましたから。…時雨にはフラれちゃいまして。その傷心に付け込まれちゃいました。……優しくしてくれて、きゅんきゅんして。………今でも時雨のこと好きだから、いらなくなったらくださいね?」

 

「だめ!時雨は私のなんだから!」

 

「……村雨はどうだったんですか?」

 

「わ、私?……江風には、好きって言われて…仲良くしてるうちに、好きになっていったの。時雨とは…最初はキズの舐め合いだったわ。さみには悪いけど、子供達のため、って、どっちかが好きだったわけでもないのに籍入れて。……今はすっごく好きよ。………時間がないと誰かを好きにはなれないみたい。嫌いじゃないだけで」

 

____________________

 

 

 

「涼風が、五月雨に好きだって言ったんだっけ」

 

「ああ。……その時、さみは時雨が好きだったんだけどな」

 

「…………」

 

「気にすんなって。時雨が、海風のこと特に気にかけてたのは気付いてたし」

 

「……今でもね。酷いことしたなって思うんだ。……なんて言ったんだい?涼風は」

 

「ふつうに、好きです。…あたいじゃダメか?って、」

 

「かっこいいね。……僕は、最悪だ。…女として見れない、なんて言っちゃって。」

 

「………殴りてぇ」

 

「まってまって、……ちゃんと謝ったよ。すぐに。……大切な妹だったんだよ。僕にとっては」

 

「知ってるよ。…………あー、悪くないってわかってるのに」

 

「…………いいよ。一回ぐらいなら。されて当然のことを僕はしたんだと思う」

 

「いや、いい。……さみって、呼んでやってくれ。…きっと喜ぶから」

 

「…いいのかな。僕が呼んで」

 

「きっと喜ぶさ」

 

 

 

 

____________________

 

 

 

「時雨と結婚するとき何か言いました?」

 

「まあ、うん。…言わずに伝えるなんてスキルないし。……聞きたい?」

 

「……はい、少し。」

 

「僕と一緒に居てください……って。当時の状況考えたら、褒められた言葉じゃないかもしれないけどね」

 

 

____________________

 

 

「2人が死んだ時。…〇〇が生まれて1年、夕立が生まれた後。………ダメだな、って思ったんだ。〇〇と白露と夕立がいるっていうのに、半分抜け殻みたいだったからね。………村雨と泣けば、悲しみが薄れる気がした。隣にいてくれれば、致命的な何かが折れずに済むと思った。泣きながらね。僕と一緒に居てください。この子たちのためにって。」

 

 

____________________

 

 

「それで結婚したんだけどね。………悲しみが薄れてくると、ね、ほら、やっぱり男と女がいたらそうなるじゃない?海風にも江風にも悪い気はしてたんだけど、我慢して、それで『幸せ』になれないのは、言われたことと違うじゃない?」

 

 

____________________

 

避妊とかは2人とも考えなかったな。1発目かはわからないけど結構早いうちに当たってね。

 

 

____________________

 

 

私が春雨をお腹に宿して、その時にもういちど相談したの。…でも、その時には2人ともね。

 

 

____________________

 

村雨といて幸せだった。一緒に生きていきたいと思えるようになってた。

 

____________________

 

とっても魅力的でね。時雨となら、幸せになれるって思ったの。それで、

 

____________________

 

 

「「好きだよ、って」」

 

 

 

 

 

 




おまけ長え。

ちなみに初期構想は夕立が妹だけなので設定は後付け。


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DateDays

追記:1部フラグの変更とそれに伴って描写ちょこっと修正


叔父さんと叔母さんと山風がいなくなった。

 

村雨と叔父さんが調子に乗って喰い散らかした事件だったり、叔母さんが父さんにコーヒーをぶちまけたり。

 

騒がしかったけどその3人が帰ってしまうとやはり少し寂しく感じた。

 

叔父さんかっこよかったし、叔母さん優しかったし、山風やわらかかったし。水族館も楽しかったな。

 

今日は父さんが姉さんと夕立と春雨を連れて出かけてしまったので、余計に静かだ。

 

母さんも買い物に行ってくると言っていなくなったので音を発しているのはめくられる本のページとなんとなくつけているテレビと、そして窓ガラスを叩く雨だけ。

 

雨が降るのは久しぶりなきがする。慈雨、と言うのだろうか。

 

確か『時雨』を『しぐれ』と読まずに『じう』と読めば程よい時に降る雨、と言う意味になったのでそれかもしれない。

 

本に栞を挟んで机の上に置いた。

 

リモコンを手にとってテレビの電源を切る。

 

あまり活発に外で遊ぶほうではなかったし、雨は嫌いじゃない。この音は好きだ。

 

時雨、村雨、夕立、春雨。……ごめん姉さん。露時雨とか雨露とかあるからそれで我慢して。

 

…………気のせいかな、この名前の並びはどこかで見たことがあるような気がする。

 

不意に、リビングの壁に付いているモニターに光が灯る。ピンポーン、と、明るい音を立てた。

 

……宅配便かな?雨なのにご苦労様なことで。

 

「はい」

『〇〇、玄関開けてくれない?ちょっと両手塞がってて』

 

聞こえたのは母さんの声だった。カメラの死角に立っているのか姿は見えない。

 

…この時、気づいておけたはずだった。

 

母さんは「家の近くのスーパーに傘をさして歩いて行った」のだ。

 

傘をさしているなら両手がふさがるほど買い物をするとは思えないし、玄関先の屋根の下に傘立てがあるから「両手がふさがる」ことなどないはずなのに。

 

廊下を歩いて抜け、玄関の扉を開ける。

 

母さんがいた。

 

見てしまった。

 

ツーサイドアップの長い髪。

セーラー服のような襟が特徴的なノースリーブの服。大きな切れ込みが入ったケープ。

右腕は黒いインナーで覆われていて、左手は白い素肌を露出させて、どちらも先には白い手袋。

白いフリルがついた、赤いラインが入った黒のプリーツスカート。

右足の黒いハイソックス。左足のガーターベルトで吊ったニーソックス。アクセントなのか、白い包帯のような。

胸元から伸びた長いリボン。

黒いベレー帽。

透明なビニールの安っぽい傘。

背景の雨。

 

見てしまった時点で負けだったのだろう。これがゲームの中ならハートのアイコンがついて行動不能になっていたに違いない。

 

3人産んでも引き締まったくびれのある体。黒い布地を窮屈そうに押し上げる膨らみ。赤く輝く右目。

 

その姿はもはや魔法だった。

 

他人を魅了するための姿。

 

今、それが向けられているのは、

 

「…〇〇、〇〇、大丈夫?」

 

はっと我に帰る。

見惚れていた。

 

「…よかった。ね、今からお出掛けしない?」

 

「…今から?」

 

「うん。他のみんなは出掛けてるんだし…折角だから2人でデートしましょう♡」

 

「……財布持ってくる」

 

「?私が誘ったんだし出してあげるよ?」

 

いや、その見た目の連れにお金出させてるとか俺がダメな人に見えるから…

 

 

 

____________________

 

 

 

「時雨!私これ欲しい!」

「夕立もこの服欲しいっぽい!」

「姉さん、…私もこれが…」

 

「…しょうがないな。…これ、お願いします」

 

『はい。可愛い妹さんですね』

 

「…はい」

 

『少々お待ちください』

 

(……父と娘だなんて言えないな。……だってここ、ランジェリーショップだし。3人にはお父さんって呼ばないように頼んでるけど…もしバレたら、)

 

『ーーほら、あそこの白と黒の三つ編みの人、』

 

(っ⁉︎)

 

『ほんとだ、スタイルいいし、肌もすごくキレイ…話しかけてみる?』

 

(え、無理無理、話してたら絶対ボロ出しちゃうって、)

 

「時雨も何か買わないの?」

「お姉ちゃんも…ほら、これとか、」

「2人とも、姉さんに迷惑かけちゃ、」

 

「…うん。僕はいいかな」

 

(あ、やば、つい僕って)

 

『…あの人今僕って』

 

(やばいやばいやばい)

 

『あの見た目で僕っ娘なんて…私もあんなお姉さん欲しかったな』

『妹さんいるみたいだし邪魔しちゃ悪いよね』

 

「…よかった、」

 

「白露姉さん、何読んでるんですか?」

 

「ここのパンフレットだよ。どこ行こうかなって……!ここ行きたいおとモゴモゴ」

 

「やめて白露、それ言われたら僕(社会的に)死んじゃう…!」

 

 

 

____________________

 

 

 

「母さん、」

 

「なあに?どうし……ふ、ふん!」

 

「…母さん」

 

「もー、何で村雨って呼んでくれないの?」

 

「呼ぶのは別にかまわないんだけどさ、1つだけお願い聞いてよ」

 

「…なあに?」

 

「いやその、車道側歩かせてくれない?さっきから何回かそっち行こうとしてるんだけどやんわり押し返されてて、」

 

「………あ、」

 

「はいほら、こっちね」

 

「…ごめんね、今まで〇〇と歩く時ずっとこうだったから」

 

「いいよ。気にしないから。…で、どこ行くの?む、村雨?」

 

「!…どうする?どこ行きたい?」

 

「むりゃ、村雨が行きたいところでいいよ」

 

「…じゃああそこのショッピングモールかしら?時雨たちもそこにいるらしいけど」

 

「村しゃ、…村雨と2人でいるとこ見られたら俺父さんに殺されたりしない?村さ、め、のマジックコーデでずいぶん別人っぽくなってるけど」

 

「……大丈夫。時雨なら自分の子供ならわかると思うわ」

 

「むギッ…したかんだ…」

 

「私の名前ってそんなに呼びにくいの⁉︎……別に呼びにくいなら母さんでもいいのよ?」

 

「いいよ。…ありがとう、村雨」

 

「ちゃんと呼べるじゃない、もう!」

 

 

____________________

 

 

 

 

「すみません店員さん、」

「お姉ちゃんを可愛くしてあげてくださいっぽい!」

 

「……え、僕⁉︎なんで、」

 

「嫌だったらいいんですけど、……私も姉さんには可愛くなって欲しくて」

 

「なんで…」

 

『…あの、どうなさいますか?』

 

「…えっと、じゃあお願いします。……もう、ほんとみんな村雨の子供なんだから」

 

『…じゃあ!せっかく足綺麗なんだからジーンズじゃなくてスカートにしましょう!』

 

「え、あ、」

 

『体も細いのでふわっとした服でも横に広く見えないのかな、じゃあこんなのとか、』

 

「えっと、」

 

『髪の色に合わせて白と黒で揃えたいんですけどいいですか⁉︎』

 

「あ、うん、」

 

『あとは髪おろしてこの帽子とか』

 

「ごめんそれはダメ。これだけは、ダメ。譲れない。」

 

『…あ、わ、ごめんなさい私、調子に乗って、』

 

「……ごめん、僕も強く言いすぎたね。君はそれがお仕事なんだから僕は気にしないよ。……体じゃなくて、この髪に合う服見繕ってくれるかい?君の選ぶ服好きだから、君にお願いしたいな」

 

『‼︎はいっ、すぐに準備しますね!」

 

「……時雨、あの人墜としたね、」

「姉さんの知り合いに女の人も多いのもわかりますね」

「お姉ちゃんもお母さんに似てる……どうしたの?」

 

「………いや、平穏に解決しようとしてついああ言っちゃったけど、これもう買わないといけない流れだよね……安く済んだらいいな」

 

「…多分無理ですね」

 

『お待たせしてごめんなさい!これと、これと、これと、これも!絶対似合いますよ!』

 

「時雨の魅力に虜っぽい」

 

「…うん、ありがとう、ありがとう、嬉しいよ。うん…………はぁ、」

 

 

 

 

____________________

 

 

 

 

「あ、アイスクリーム!…〇〇、私アイス食べたいなー」

 

「やめて母さん押し付けないで、人目あるから体で言うこと聞かせようとしないで」

 

「ごめんごめん、ついクセで」

 

「くせになるほどやってるんだね……まあいいや、ちょっと待ってて」

 

「お願いねー」

 

 

 

「すみません、アイス2つお願いします」

 

『おうよ。……おいボウズ、』

 

「何ですか?」

 

『…貴様はカップルか?』

 

「カップル割とかあったり?」

 

『ただ今夏のカップル殲滅キャンペーン中だ』

 

「おじさんいいキャンペーンしてるね。頑張って俺たちの殺意の源を減らしてね」

 

『おうよ……ところであそこのベンチで人目集めまくってるやつは』

 

「ああ、村雨?」

 

『あいつのツレお前かよ…おいバイト、包丁持ってこい、虐殺の時間だ』

 

「まあおじさん、話をしようじゃないか」

 

『遺言なら聞いてやるぞ』

 

「……あまりあの人を怒らせないほうがいい。自分を餌にして確実に迅速に、社会的に殺しにくる。……ホモでもなきゃ男じゃあの人には勝てない…俺も」

 

『……苦労してるんだな』

 

「まあ俺の母さんだから1番被害受けてるの父さんなんだけどね」

 

『あの見た目でか?』

 

「うん。よく間違われてる」

 

『…まあ親子なら許してやろう』

 

「義母で、一度関係持っちゃったとは言えない流れだな…」

 

『貴様…やっぱり生かしては、

 

 

「ねーえ、…私の子に…何しようとしてるの?」

 

 

『⁉︎』

「まって母さん、俺たちちょっと話してただけだから、な、おっちゃん⁉︎」

『あ、ああそうだ!』

 

「ふーん…〇〇がそうしたいならいいんだけど…。アイス、とびきり美味しいのお願いね、おじさま?」

 

 

「………おじさん、今すぐこの店で1番美味しいアイスを出すんだ、じゃないと母さんが、」

 

『金はいらねえ。これを持っていけ。……強く生きろよ』

 

「ありがとう、おじさん」

 

 

 

 

____________________

 

 

 

 

「結局タグ切ってもらって試着室でそのまま着替えてそのまま来ちゃったけど……冷静になって考えたら僕、公衆の面前で女装してる変態さんってことになるんじゃ…?」

 

「時雨、すごくかわいいよ!」

「お姉ちゃん、ずっとお姉ちゃんでいればいいのに」

 

「僕男だから、ね?……で、さしあたってけっこう重要な問題があるんだけど、」

 

「?どうしたんですか?」

 

「…トイレ行きたいんだけど、どうしよ、」

 

「「「あっ」」」

 

「そっか、その見た目じゃ男の子のトイレ入れないね」

「エロ同人みたいに!」

 

「やめて夕立……ちょっとシャレにならないかもしれないから」

 

「なら、私たちと女子トイレに…?」

 

「それもそれで問題だよね。僕男なんだし。白露たちは嫌じゃないの?僕が女子トイレの中にいいたら」

 

「時雨なら私たちで変なこと考えたりしないだろうし…そんなに嫌じゃないかな?」

「私も、そんなに」

 

「あのさ、それは女の子としてどうかと思うけど」

 

「……お父さん、多目的トイレに行ったらいいんじゃない?個室だし、どっちが入ってもおかしくないし、」

 

「「「あ、」」」

 

「…何で気づかなかったんだろ。…混乱してたのかな。ちょっと僕行ってくるね」

 

「ついでだし私も行っとこうかな」

 

〜移動中〜

 

「………あ、」

 

 

『故障中につき使用できません』

 

 

「……ついてないですね、」

 

「やっぱり私たちと女子トイレに、」

「それかエロ同人」

 

「行かないからね⁉︎別のとこ探してくるからね⁉︎」

 

 

 

____________________

 

 

 

 

「あれ、夕張さん?」

 

「うそ、村雨ちゃん⁉︎なんだか懐かしい服だと思ったら、」

 

「デート用に自分で作ったんですよ?昔の服と同じのを。…流石に、細部までおんなじとはいかないですけど」

 

「そうなのね、私もさみちゃんに昔の服作ってあげたら喜んでもらえるかしら?」

 

「私も五月雨も、もう人妻ですけどね。……あ、指輪外すの忘れてた」

 

「え、外しちゃうの?それって時雨ちゃんと江風ちゃんの、」

 

「うん。今私、不倫してるの♡」

 

「……え、…え?ちょっと衝撃的すぎて、……え、」

 

「…うふふ、とってもいい人なのよ?かっこよくて、やさしくて」

 

「……村雨ちゃん、やっぱりそれはよくないんじゃ、」

 

「あ、戻ってきた、こっちこっち!」

 

「…あ、こんにちは。えっと、この人知り合い?」

 

「うん。夕張さんよ」

 

「……あ、聞いたことあるような」

 

「…ねえアナタ」

 

「何ですか?」

 

「この人結婚してるの知ってるの?」

 

「…知ってますけど、えっと」

 

「だったら!アナタ何してるか分かってるのにこんなことしてるの⁉︎村雨ちゃんには時雨ちゃんと江風ちゃんが」

 

「まってまって、なんて説明したの『母さん』」

 

「私今不倫してるのー、って」

 

「え、お母さん?……も、もしかして〇〇くん⁉︎」

 

「ええ。そうよ。かっこよくなったでしょ?」

 

「きゃーこんなに大きく!おぼえてる?私最後に会った時まだこんなに小さかったのよ?きゃーほんとに!」

 

「時雨は今白露と夕立と春雨といるの。私は〇〇とデート♡」

 

「あらあら、じゃや邪魔しちゃ悪いわね?〇〇くんも、デート楽しんでね!」

 

「…………元気な人だね」

 

「とってもいい人なのよ。昔お世話になった…先輩?」

 

「なんで疑問形なの?」

 

「ちょっと複雑なのよ。………さ、行きましょ、私パンケーキ食べたいな」

 

 

 

____________________

 

 

 

 

「あ、クレープ屋さんか……」

「時雨、私食べたい!」

「ぽい」

「私も…いいですか?」

 

「…………あのさ、実はさ、…さっきこの服買った時、サイフの中身結構ギリギリだったんだよね。女の人の服って思ったより高くて。まさか一式揃えるとは思ってなかったし……それで、中身が悲しいことになってて、……下ろそうにもカードとか家に置いてきちゃってて、……誰かサイフ持ってたりしない?」

 

「「「ーーー。」」」

 

 

「だよね。僕が出す、って言っちゃってたから。………クレープ、食べたいけど…200円はあるのか。………よし増やそうか」

 

「増やすの?どうやって?」

「時雨に賭け事させちゃダメってお母さんに言われてるっぽい」

 

「うん。それはしないよ。近くの駅前広場で、お金を投げてもらおうかな、と」

 

「駅前ですか?あの、歌歌ったりジャグリングしたりしてる」

 

「うん。100円ショップでスケッチブックとペンだけ買って来る」

 

「何するの?」

 

「村雨が言ってたの聞いたことない?……可愛いって、それだけで価値があるんだよ。……僕、男だけど」

 

 

____________________

 

 

 

スケッチブック

 

『 キス するので、ちょっとだけお金めぐんでください♡♡』

 

 

 

____________________

 

 

 

「…どう、かな。あんまりこういうの慣れてないから……そう?…よかった」

 

「もう一回?いいよ。…ちゅ、……うん。……え、こんなに?いいよ、僕…そんな。……うん。ありがと」

 

「…唇がいい?ダメだよ。女の子の唇は大切にしなくちゃ。……なんて、僕がが言えたことじゃないね。…じゃ、…ちゅ、」

 

「手の甲?…跪いてして欲しい?……いけないお姫様だ。…ちゅ、」

 

「……罵倒して欲しい?………頼めばしてもらえると思ったのかい?君がすることは財布を置いてすぐに帰ることだよ。いくら君がクズでも、言われたことくらいできるでしょ?まさか人間以下のゴミクズだなんてことはないよね?………わ、待って、本当にお財布入れてかないで、カードとかも入ってるでしょ?」

 

「…え⁉︎どこから聞いて来たのさ……いいよ。ちゅ。おまけにもう一回。ちゅ。……この鞄?提督のじゃ……うん。ありがとう。…またね」

 

 

____________________

 

 

 

「ただいま。終わったよ」

 

「おかえりー…って、どうしたのその大きな鞄」

 

「ちょっと貰ってね」

 

「すごいジャラジャラ言ってるっぽい」

 

「……これって、大丈夫なんですか?」

 

「うん。問題ないよ。……まあ何かあっても何とかはできるから」

 

「どうしてこんなこと思いついたの?」

 

「村雨がよくやっててね。見様見真似でやってみたけど上手くいってよかったよ。…この服だったしいくらかやりやすかったのかな……よし、クレープ食べに行こう。よいしょ、」

 

「……え、硬貨だけじゃないの?」

 

「野口さんに、樋口さんに、……あ、福沢さんだ」

 

「さ、どれにする?僕甘いのがいいな」

 

 

____________________

 

 

 

「クレープ食べたい!」

 

「……母さん、口悪いの謝るけど…太らないの?アイスに、パンケーキに、ドーナツとか、カステラとか、」

 

「大丈夫、私は太りにくいから。……そういう物なの。……そりゃ食べた分重くはなるわよ?それに少しは体に付くけど……最近ちょっと減りすぎてたからむしろそれでいいの」

 

「え、減りすぎってくらい減ってたの?大丈夫なのそれって」

 

「ああ、違うのよ。健康的には問題ないのよ?ただ、時雨が好きなのがもうちょっと柔らかいのってだけで」

 

「あー……あんまり実の親の性癖教えられても反応しにくいんだけど」

 

「〇〇はどんなのが好き?線は細い方がいい?」

 

「いや、わざわざ変えてもらわなくていいし…」

 

「えー、〇〇の為なら、時雨のと矛盾しない限りなんでもやったげるのに……あの時、熱で頭回ってなかったし、もう一回教えてあげよっか?私の、ちょっとイイトコ♡」

 

「クレープだね。近くにお店あったよね。」

 

「そんなのいいから、私といいことしましょ♡駅の近くに休憩できるホテルがあるから♡」

 

「お願い、引っ張らないで、見られてる、見られてるから!母さんなんでそんなに力強いの!」

 

「♡ ♪」

 

 

____________________

 

 

 

「美味しかったね……って、夕立どうしたんだい?」

 

「…ううん。お兄ちゃんの悲鳴が聞こえた気がしただけ」

 

「え、〇〇の?…お母さんも〇〇も家にいるんじゃ?」

 

「電話してみよっか?夕立、僕より耳いいし」

 

「……いい。多分気のせいっぽい」

 

「ん。……じゃあ、次はどうする?お金は余裕できたし、もう少しくらいなら何か買ってあげられるけど」

 

「もう私は特に」

「ぱんつ買って貰ったし」

 

「夕立、女の子なんだからそんな言い方しないの。 ……春雨は?」

 

「私も大丈夫です、はい。」

 

「そっか。…じゃあ、ご飯食べて帰ろっか。気の近くにいいお店があったはずなんだ。…このお金もちょっと減らしとかないと村雨に怒られちゃいそうだしね」

 

 

 

____________________

 

 

 

「…………むら、さめ…?」

 

 

気のせいだ。違う。

でも、あの服は村雨のものだろ。僕が妹を見間違えるか?

 

村雨は、そんな人じゃない。知らない誰かとラブホテルになんて。

海風。江風。五月雨。涼風。他にも、鎮守府の人たちと仲良くしてたよね。忘れたのかい?

 

でも、何か用事があるときはいつも言ってくれて、

約束したわけじゃない。……それに、こんなことだからこそ言いにくいんじゃないのか?

 

でも、村雨は、

僕と村雨は好き合って籍入れたんじゃないだろう。春雨だって、本当は、海風と江風に幸せだって見せれるなら僕じゃなくたってよかったんじゃないかい?

 

違う!違う‼︎

 

お前は村雨の何を知っているんだ?所詮は言葉を交わさないと何もわからないくせに、今まで妹たちとも深くまで話さなかったくせに。それに。

 

 

今、村雨は指輪してないじゃないか。僕と、江風との印を。

 

海風の、形見も

 

 

____________________

 

 

 

「………お父さん、お父さん、どうしたの?」

「ねえ、お父さん」

「あの…」

 

「ーーーごめんね。ちょっと用事できちゃった。………お金、これだけ貰っていくね。あと白露に渡しとくから。白露、2人を頼むね。家の鍵持ってる?…服も、持って帰ってて。………村雨に、よろしく伝えて」

 

「わ、待ってお父さん」

 

「ごめんよ、僕、」

 

「お父さん」

 

 

「お願いだから‼︎……何も、聞かないで。放っておいて………じゃあね」

 

 

 

 

____________________

 

 

 

 

 

ああ、何がいけなかったんだろう。

 

海風、わかる?

江風、僕はどうしたらいいんだい?

 

………そもそも、僕がいけないんじゃないか。自分は勝手にキスをばら撒いておきながら、村雨のことにはこんなになって、

 

村雨を繋ぎ止めて置けなくたって、それは僕の責任だろうに。

 

 

 

好きなものすら、また手から落とすクズめ。

 

お前は、お前は

 

 

____________________

 

 

 

 

 

「ただいまー………どうしたの?白露、その鞄。…時雨は?」

 

「お母さん……」

 

「お父さんね。駅の近くで何か見たみたいで。…顔色変えて、どっか行っちゃったの。…。様子が変だったからね、どうしたのって聞いたんだけど、聞かないでって。……あとね。お母さんによろしく伝えてって言ってたよ」

 

「…そんな、時雨、」

 

「母さん、駅ってもしかして」

 

「白露、時雨に電話した⁉︎」

 

「うん。…この鞄の中で鳴ってた。…夕立と春雨には部屋で待って貰ってるけど………やっぱり何かあったんだね」

 

「ええ……。…〇〇、この番号に電話して!海風と、時雨の子って言ったらわかってもらえるはずだから、探すの手伝ってくれるはずだから………私は、海見てくるわ」

 

「あの、近くの?」

 

「うん。……白露、もし、もしね。……私と時雨が帰ってこなかったらね、五月雨と涼風頼ってね。……みんなを頼むわ」

 

「まってお母さん」

 

「ごめんね。親失格だけど、……ああごめんねほんとに…」

 

「待ってお母さん!」

 

 

 

____________________

 

 

 

 

「…もしもし」

 

『………あい。で、誰だ?見たことない番号だし、聞いたことない声だし。…これにかけてきたってことは誰かの親戚だろ』

 

「……海風と、時雨の子だって言えばわかってもらえる、って言ってた。……村雨母さんの息子でもあるんだけどね」

 

『…ということは〇〇か。小さい頃に一度観に行ったきりだったな……よし、何があったんだ?』

 

「…父さんを探して欲しい」

 

『任せろ。……というか、昼前くらいに駅で会ったんだが』

 

「そのあといなくなったらしいんだ」

 

『理由とかはわかるか?』

 

「…多分、母さんと俺がラブホに入ったの見たからじゃないかな。 母さんが浮気とかそういう、」

 

『……なるほど。気に入った。男として。…村雨はそこにいるか?』

 

「これに電話しろ、って言ったあと海に行くって。…帰ってこなかったらごめんねって」

 

『チッ……おい由良、村雨に電話かけろ。すぐに戻らせろ。……〇〇、妹たちは?』

 

「うちにいるよ。姉さんも」

 

『よし。お前も家で待ってろ。知り合い使って見つけてやる』

 

「……ありがとうございます。…で、誰?」

 

『俺か。…ああそう言えば言ってなかったか。…あいつらの…時雨と村雨の、昔の上司みたいな感じかな。………由良、繋がったか?………おい村雨、今すぐ家に戻れ。子供達心配してるぞ。時雨はこっちで見つけてやるから。……ああ。命令だ。 ………ああ。由良、後は。…………悪かったな〇〇、村雨はそのうち帰ってくるから。必要ならお前にも電話するぞ。…これお前の番号だよな?』

 

 

____________________

 

 

 

「……山城、」

 

「…ハァ、あんた、また来たの……ってなんて格好してるのよ」

 

「………。」

 

「海風の時以来かしら?あんたがこういう風に来るのは。………提督から話が来てるのよ。時雨が来たら連絡しろって」

 

「っ、」

 

「落ち着きなさい。…今は信頼だけで成り立ってる関係だもの。すぐには連絡しないわ」

 

「…うん」

 

「……何があったのか話しなさい。…聞いてあげるわ」

 

 

 

____________________

 

 

 

「…まずね、あんた冷静じゃなかったでしょ」

 

「…うん。」

 

「少しくらい考えたらわかりそうなものを……それに、縋ったのが別の女なんて、あの子を泣かせたいのかしら?」

 

「そんなつもりじゃ、」

 

「わかってるわよ。……指輪してなかったんだって?あの子」

 

「…うん。」

 

「落ち着いて聞きなさいよ。…時雨のいない所じゃね、あの子ちょくちょく外してるわよ?あれ。…あんたの前じゃ外さないようにしてるんだろうけど」

 

「え、」

 

「あなたに、心配させたくないから、ですって。……安心しなさい、嫌われてはないわ。むしろ……」

 

「……帰ったら、謝らなきゃなぁ」

 

「…あの子なら、許してくれるでしょうよ。……待ちなさい、送って行ってあげるわ。…あんた、電車で来たんでしょ?車の方がいくらか早いわ」

 

「…ごめん、迷惑かけて」

 

「今更よ。……忘れてないわよね?昔も、海風がどうとか、妹なのにとか」

 

 

____________________

 

 

『村雨ちゃん、落ち着いた?』

 

「はい、由良さん。……ごめんなさい」

 

『いいのよ。……村雨ちゃんでも、やっぱりそういう風に思うわよね』

 

「…………」

 

『提督さんがね、きっと山城さんの所に行ったんじゃないかって。あと、手の空いてる空母さんたちに、こっそり空からも探してもらってるんだって』

 

「…迷惑、かけちゃいましたね」

 

『いいのよ。…提督さんもみんなも、嫌ならこんな事してないわ。……村雨ちゃんは、帰って時雨ちゃんの帰り待ってなきゃね?』

 

「………なんて、言ったらいいんでしょうかね」

 

『心配しなくても、ごめんなさいって言えばだいじょうぶよ。お互いが、お互いのこと好きだからこうなっちゃってるんだし』

 

「………」

 

『ほら、元気出さなきゃ。じゃないと時雨ちゃんも悲しんじゃうわ。ね?』

 

 

 

____________________

 

 

 

「ほら、着いたわよ。…心配してるらしいから早く帰ってあげなさい」

 

「うん。ありがとう」

 

「何かあったらまた来なさい。……まあ、何かなくてもお茶くらいなら出してあげないこともないわ」

 

「…ありがとう」

 

「じゃあ」

 

「うん」

 

 

____________________

 

 

 

『時雨ちゃん、そろそろ着くって山城さんから電話あったんだって。ちゃんと迎えてあげてね?』

 

 

 

____________________

 

 

 

……心配かけちゃったよね。村雨にもみんなにも、なんて謝ろうか。

 

玄関の扉に手をかける。

 

大きく深呼吸した。

 

力を込めて、

 

開く

 

「おかえり」

____________________

 

 

時雨だろうか、外で気配がする。

 

なんて謝ろうか。

 

落ち着くために大きく息を吸った。

 

扉が、開く音を立てる。

 

「ただいま」

 

 

 

____________________

 

 

 

「ごめんね、時雨」

 

「僕の方こそ。」

 

「好き。大好きなの。なのに私、」

 

「僕もだよ。…迷惑かけちゃったね。みんなにも。…謝ったらさ。…一緒に寝よっか……僕と、まだいてくれる?」

 

「…時雨も、私なんかでいいの?きっとまた、今日みたいに迷惑かけるよ?」

 

「いいよ。………行こっか」

 

「…はい」

 

 

____________________

 

 

 

 

「…え、あの一緒にいた人〇〇だったの?」

 

「はい…すみません、土下座するので許してください…」

 

「…よかった……いや、よくないけどよかった。……〇〇じゃなかったら、殺しに行ってたかもしれない」

 

「………。」

 

「なんで無言で土下座するんだい?」

 

「いや、ほんとにごめんなさい」

 

「いいんだよ。〇〇なら。……僕と海風の子なんだから、半分は浮気じゃないでしょ?」

 

「……時々、父さんの考え方がよく分からないんだけど」

 

「そうかな?」

 

「…今だって、格好すごいし」

 

「これは、夕立達に着せられちゃってね………村雨が呼んでる、そろそろ行かなくちゃ」

 

「…ごめん」

 

「だからいいんだって。謝らないといけないのはきっと僕達のほうだから」

 

 

 

 

 

 




作中で売春になりそうなことやってるけど犯罪を推奨するものではなく。



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