八咫烏ってMなのか? (凛之介)
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八咫烏って本物なのか?

soarさんの文章に倣って台詞の前後を改行しました(本人に許可を頂きました


「いってらっしゃーい!」

 

あぁクッソ、遅刻する!

俺は後ろから投げかけられる出送りの言葉を無視して靴に足を突っ込んだ。

こんなことなら”こいつ”を受け入れなければよかった。

と、そんな後悔してる暇もない。入学早々遅刻なんてたまったもんじゃない。

かなり時間が迫っているので俺はかかとを踏んだまま玄関扉を開ける。

 

「あれ、いきなり放置プレイ?いいね、興奮するよ」

 

朝っぱらからドM発言をかます少女に俺は自転車にまたがってから強めに言いつけた。

 

「大人しくしてろよ八重!」

 

ようやく慣れた高校への通学路を自転車で突っ走る。風圧を受ける中、俺は悔いていた。

昨日苛立って道端の烏に空き缶を投げつけたのがすべての原因だ。

そのせいで俺の一人暮らしは幕を閉じてしまった。

赤信号に腹を立てながら俺は昨日の放課後を思い返した。

 

 

 

入学して二週間ほどが経ち、全員がクラスになじみ始めた頃だった。

 

「学級委員長は盥 榊、頼んだぞ~」

 

「はぁ!?」

 

俺は担任の気の抜けたような指名に即座に不満の音を上げた。

特に多数決を採る訳でも、先生に対して優等生的な態度を見せたこともない。

なのにいきなり学級委員長に任命なんて、納得できるわけないだろう。

 

「まぁほら、教卓の目の前だから、さ」

 

担任はへらへらしながらそれだけ言って終業のHRを終わらせた。なんと面倒臭い……。

俺は面倒臭いことが嫌いなのに、無理やり決定されてしまった。明日から委員長としての仕事が待ってるのか……心なしか肩が重くなった気がする。

放課後に学校から少し離れた場所の自販機で缶ジュースを買い、一気にグビッと飲んだ。炭酸が口の中ではじけ、ガスが胃の中に充満する感覚を味わっていると、

 

「ガァ」

 

どこかで烏の鳴き声がした。

数メートル先のゴミ捨て場を見ると、一羽の烏がゴミネット越しにゴミを突いていた。

あぁあぁ、辺りにゴミが散らばっていく。俺これからそこ通って帰るんだけど……。

無理矢理委員長に任命され、さらに通学路が汚くなったことで俺の怒りメーターは限界を迎えた。

手の中の空缶を握り潰し、夢中でゴミを突いている烏に向かって力任せに投げつける。

勢いよく綺麗に真っ直ぐ飛んで烏の羽にヒットする空き缶。

烏は驚いて飛び去って行った。なんだかすっきりしたな。ん?今烏に脚が三本あったような……気のせいか。

俺は学校へ戻り、自転車に乗って帰路についた。

上空から先程の烏にストーキングされていることに気づかずに――――。

 

 

「おはよう」

 

朝一で言葉をかけられたときは心臓が止まるかと思った。

言っておくが、一応コミュ障ではないぞ。

学校でおはようと言われればおはようと返すさ。当たり前だ。

問題は独り暮らしをしているこの家の寝室で、見知らぬ美少女に挨拶されたことだ。

寝起きのせいで目の前の状況が理解できない。

まだ完全に活動を開始しない脳を必死に回した結果、口から出たのは

 

「誰だお前」

 

という素っ気のない一言。驚こうにも驚けないこの状況。

それは俺が寝起きなのと、この子の容姿をはっきりと認識したからだ。

超絶美少女。

少し癖のついている黒髪を後頭部上方できゅっとポニーテールにしている。

うなじが全部隠れない長さで、髪とは対照的な雪のように透き通った肌が俺を魅了した。

くりっとした黒い瞳で俺に無邪気な笑みを向ける彼女。身長はだいたい百五十センチと見て取れる。

思わず見とれてしまった俺をみてクスリと笑った彼女。

淡い桃色の唇を動かしたと思ったら、今度は俺の口が塞がらなくなってしまった。

 

「私、昨日の烏だよ」

 

あー痛い痛い痛い。誰だこんな幼気な少女を中二病にしやがったのは!

まっすぐいい子に育っていれば絶対勝ち組だろうに……。

一人で勝手に憤慨してる俺を他所に、彼女は不服そうに頬を膨らませる。

 

「私の言うこと、信じてくれないんだ」

 

「当たり前だろ」

 

出会い頭に「烏です」なんていう奴はどうかしてるに決まってる。

そんな昔話的なノリで言われても。

仮にそれが本当だとしたら何ですか。復讐ですか。

鶴の恩返し逆バージョンですか。

彼女は身体とポニーテールを揺らして唸る。

 

「これで信じてくれる?」

 

そう言うや否や彼女は長袖パーカーの右袖を肩まで一気にまくり上げた。

唐突に外気にさらされる真っ白な滑らかそうな肌。

いや、美しいとかよりも俺の目を引くものがその腕にある。

痛々しいぱっくりと割れた傷。

肉が縦に割れ、赤黒く染まっている。

なにも処置を施していないのが不思議でならない。

 

「これ、貴方が昨日投げた空き缶でこうなったんだよ?」

 

そう言われて思い出してみる。

確かに、俺の投げた空き缶は右翼に当たっていた。

 

「でも、俺が空き缶を投げつけたのはあくまで烏だ。君みたいな女の子じゃない」

 

俺の反論に彼女は深く溜息を吐くと、中指と親指を合わせる。

それを頭上に掲げ中指の腹を親指の付け根に叩きつけた。

しかし、俺の耳に届いたのはパチンという綺麗な指パッチンではなく、スぺッというすかした音だった。

 

「………」

 

「そ、そんな生暖かい目で見ないで!鳴るの!ちゃんと鳴るの!」

 

慌てふためき、再び頭上で同じことを繰り返す彼女。

パチン!

今度はちゃんと綺麗な音が響いた。と認識すると同時に、俺は目の前の光景を疑った。

見る見る縮まっていく彼女の身体。白い肌から生えてくる黒い羽毛。

黒く染まっていく顔は鼻と唇がぬぅっと伸び、あっという間に嘴へと変貌した。

二秒後には俺の目の前に少女の姿はなく、一羽の烏だけがそこにいた。しかも、足が三本生えているではないか。

――私、昨日の烏だよ。

彼女の言葉が脳内でリピートされた。

何だったけ、前に本で読んだことがある。

日本神話において神武東征の際、高皇産霊尊によって神武天皇のもとに遣わされ、熊野国から大和国への道案内をしたとされる烏。三本足が特徴な……。

そう、確かアレの名は――

 

「八咫烏……」

 

いつの間にか少女の姿に戻っていた彼女は嬉しそうに声音を変えて言った。

 

「正解☆」

 

ニコニコ笑顔の少女とは反対に、俺の顔は引きつっていた。

目の前にいるのが人間だというのならば、不法侵入で済んだ。

しかし、こいつは人外である。

少女が人間ではないことを認識すると、言い表しようのない恐怖が一気にこみあげてくる。

とにかくこいつは化け物だ。それに対して俺は、物を投げつけて怪我させてしまった。

 

「……俺に、復讐に来たのか?」

 

微かに震える左腕にぐっと力を入れる。いざとなったら、戦うしかない。勝てるか分からないけど……。

そんな俺を前に少女は口元をにぃっと釣り上げて、口を開いた。

 

「逆だよ」

 

「へ?」

 

俺が確認しようとした瞬間、彼女は心の中で何かが堰切れたように目を厭らしく輝かせた。

頬を火照らせ、快感を全身で味わっているかのようにビクンを大きく震える。

 

「初めてだよ、あんな強烈な痛みは! 缶のふちが当たったときの衝撃、そのあとの一気に

来る痛み。

 肉がパクッと裂けるときのあの音痛み快感といったらもう……あはっ。ぞくぞくしちゃう……♡」

 

先程までの無邪気さとは打って変わって妖艶な雰囲気を醸し出している彼女。

はぁぁぁと彼女が何度も漏らす吐息が部屋に充満していくような気がして、俺まで彼女の雰囲気につられそうになる。

頭を左右に振りしっかりと意識を保って、

 

「お前…まさかMなのか?」

 

と問うと彼女は厭らしく笑顔を浮かべて頷いた。

へ、へへへへ変態だ!

というか、復讐したいわけではないのか……。

じゃあ、一体少女の目的は何だ?

 

「私の目的、それはね……」

 

俺の心を読んだかのように丁度いいタイミングで彼女が口を開く。

もう厭らしい雰囲気は感じられず初めの無邪気な少女だった。

俺の近くに歩み寄り、にっこりとほほ笑んでからこう言った。

 

「私を貴方の家族にしてほしいの」

 

……は?

家族、って言ったか今。

 

「もっともっと貴方に虐めてもらいたいの。私にこんなに最高の快感を与えてくれた、貴

方に。

 別に断ってもいいけど、もしかしたら貴方の学校の先生の耳に貴方が少女に暴行を加えたっていう情報が入っちゃうかもね♪」

 

がっつり脅しじゃねぇか。

つまりあれか、一緒に暮らして虐め続けるか、断って暴行をチクられるか、だろ?

そんなもの、一択じゃないか。

 

「仕方ない、一緒に暮らしてやる」

 

幸い単身赴任している両親からの仕送りは余るほどある。

数人で共同生活できるレベルの金はあるから問題ない。

独り暮らしの息子が心配なのはわかるが、いくらなんでも送りすぎ。

嬉しそうに抱き着いてくる彼女を受けとめつつ、俺は溜息を吐いた。

一体どうなることやら……。面倒臭いが、そのうち楽しくなるかもな。なんとなくそう思った。

この先、普通とは少し違う日常が待っていそうな予感がする。

そんなことを考えていたら、俺はとても大事なことを思い出した。

 

「今何時だ!?」

 

慌てて時計を見ると、七時を大きく過ぎている。まだ朝食も作ってないし支度も何もやってない。

独り暮らしじゃなければ朝食は用意されているんだろうけど、生憎我が家に朝食を作ってくれるような人物はいない。

 

「取りあえず飯にしよう。えーっと……」

 

俺は少女に声をかけて大事なことに漸く気が付いた。馬鹿か俺は。

 

「お前、名前は?」

 

俺の問いかけに少女はゆっくりと首を傾げる。まるで質問の意味を理解していないかのように。

まさか烏には名前という概念がないのだろうか。

少女が、私に名前はないのでつけてほしい。と告げてきたので俺は脳をフル回転させて名前を考案する。

八咫烏…八咫…八…八…。

ふと、窓の外に目をやると見慣れた街並みの中に桜が咲き誇っている。

 

『――榊、あの桜は関山っていって「八重桜」って呼ばれてるのよ』

 

その桜を見た途端、随分前の母さんとの会話が頭に浮かび上がってきた。

八重咲き、か……。

 

「八重(やえ)、でどうだ?」

 

少女の容姿が八重桜のように可愛らしいのと、八咫烏との「八」がうまい具合にかかっていていいと思うのだが……。

 

「八重……」

 

俺の提案した名を反復する少女。

それでいいかどうかはあとで聞こう。今はとにかく飯を作らないと。

……八咫烏って人間と同じ食事でいいのかな。

ま、雑食だし、大丈夫か。妖怪みたいなものだろう。

俺は階段を駆け下りて居間にあるキッチンへと向かう。適当にトーストを焼いていると、しばらくして居間に少女がやってきた。

俺のサラダを作る作業を物珍しそうに眺めていたので試しに訊ねてみた。

 

「お前、名前は?」

 

「私、八重って言うの。よろしくね!」

 

どうやら気に入ってもらえたようだ。少し安堵してほっと一息ついた。

そうこうしている間にトーストとサラダ、コーンスープという平凡な朝食が出来上がる。

八重にも手伝ってもらってテーブルへと運び、向かい合って座る。

いただきます、と合掌すると八重もそれに倣って合掌して食べ始めた。

恐る恐るといった感じでトーストの端を齧った八重は、目を輝かせると一気に食べ進めていく。

自分が作った料理をおいしそうに食べてもらえる喜びを感じながら自分もサラダを口へと運ぶ。うん、上出来。

 

「ねぇ、貴方の名前は盥 榊で合ってるよね?」

 

食後に洗い物をしていたら八重にそんなことを問われた。

今の西向きの大きな窓から外の風景を眺めていたのか窓の前に腰を下ろし、そこからキッチンの方を振り向いている。

合ってるけど、どこで調べたのだろうか。

聞くのも怖いから黙って頷いておくと八重は二パッと口角を上げた。

脅されて家族に迎え入れたわけだが、やはり可愛い子は可愛いと思ってしまう訳で。

見た感じだと中一くらいの感じだな。背も胸もあんまないけど。

 

「今失礼なこと考えなかった?」

 

「いーえ、別に」

 

先程の可愛らしい笑みは消え頬を膨らましてしかめ面を浮かべている。その後ふいと顔を窓に向けてまた外の風景に見入ってしまった。拗ねたのか。

洗い物が終わると俺は手を拭きながら二階へ上がる。学校の支度をするためだ。

東の窓からの日差しが眩しかったのでカーテンを閉めてから時間割を確認して教材を鞄に詰めていく。

少し着慣れてきた制服にそでを通し、ネクタイを締める。

よし、準備完了。

荷物をもって階下へ向かうと、居間の方から嫌な音が聞こえてきた。

誰しも耳にしたことがあるであろう。ドジっ娘と暮らしてる人ならなおさら。

 

パリーン!

 

絶対何か割っただろ、八重。俺は慌てて居間へと走る。

八重は割れたグラスを前にしゃがみ込んでいた。指から紅い血が滴っている。

 

「おい、大丈夫か!?」

 

救急箱から絆創膏を取り出して急いで八重の指に巻き付ける。その間八重は言葉を発さなかったが、口元がにやけているのが分かった。やはりMだ、こいつ。

時間を気にしつつグラスの破片を回収していると、無造作に八重もそれをつかみ取ろうとした

するとどうなるか、勿論皮膚が切れるに決まっている。

痛いっ。と小さく悲鳴を上げる八重を連れて俺はソファへと移動し、そこに座らせた。

本日二度目の出動で救急箱もさぞ驚いていることだろう。普段使わないしな。

消毒液やらガーゼやらで手当てをしている間に八重にグラスとかの破片は気を付けて片付けないといけないことを説明した。

痛みを感じるために繰り返すとかは本当にやめてほしい。

そこまで快感に貪欲でないことを祈ることしかできないが、もうやらないように言いつけるとすんなりと頷いてくれた。

 

「よし、こんなもんでいいだろ。気を付けろよ」

 

「えへへ、ありがと。榊」

 

笑顔の破壊力に耐えながら俺は再び破片の回収に取り組む。

八重には大人しく座っててもらおう。

破片をすべて回収して紙袋に纏めて口をふさぐ。念のためスリッパをはいて掃除機で仕上げに辺りを掃除し終えた頃に漸く、いつもの出発時間を過ぎていることに気が付いた。

 

「やっべ、もう出ないと!」

 

俺は慌てて鞄を肩にかけて玄関へと向かった。

そして八重のドM発言を華麗にスルーし大人しくするよう言いつけてから家を出たのである。

なんとも災難な日だ。とにかく遅刻だけはしたくない。目標は無遅刻無欠席だ。

自転車のペダルを踏む足に力を籠め、高校へと急いだ。

向かい風に髪の毛を逆立てられながらも、できるだけ安全に考慮しつつ突っ走る。

頼むから、間に合ってくれ……。

が、そんな俺の願いも虚しく、俺が席に着いたのはチャイムが鳴った後だった。

畜生。



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八咫烏って甘えん坊なのか?

「おっかえりぃ!」

 

学校が終わって帰り道の途中で買い物をしていたらすっかり空は茜色に染まってしまった。

急いで帰宅すると、玄関扉を開けると同時に八重が抱き着いてくる。

少女に抱き着かれる耐性がないものだから、不覚にも鼓動が高鳴ってしまう。

嗅ぎなれない少女の甘い香りに鼻腔をくすぐられながらも、俺は八重を引っぺがして二階へ上がり、荷物を置いた。

部活動もそろそろ決めた方がいいよなぁ。どうしよう。入ってみたいけど、八重もいるからなぁ。ま、追々でいいか。

俺は制服を脱いでクローゼットに仕舞い、部屋着―黒のジャージに着替えてから、勉強道具を手にして階下へと向かう。

花粉症のせいで痒くなってしまった眼を擦りながら夕飯のメニューを考えていて、大事なことに気が付いた。

 

……しまった、すっかり八重の飯のことが頭から抜けていて、昼食を用意していなかった。

俺は基本毎日弁当を作って持って行っているが、何分今朝は時間がなかったものだからコンビニで済ませてしまったのだ。

でも、今まで烏と一緒に生活していたのなら昼飯も今まで通り外で食ったんじゃないか。

人間の姿だからどうも愛着が湧いてしまうが、人間とは違う存在だ。そこまで気にかけなくてもいいのかもしれない。

居間に入ると八重はソファに座ってクッションを抱きしめ、テレビを見ていた。

 

「八重、昼飯どうした?」

 

食卓前の椅子に腰かけ、何気なく訪ねる。八重はこちらを振り返ることなく、少し静かな声音で返答した。

 

「食べてないよ」

 

「え?」

 

咄嗟に聞き返す俺に八重は俯き、クッションをぎゅっと強く抱きしめた。

 

「用意されてなかったし、何食べたらいいかも分かんなかったから、何も食べてない」

 

外で食べたりしなかったのか。俺がそう問うと、八重は悲しそうな目で俺を見つめた。

 

「……私達、家族だもん。外で勝手に食べちゃダメだもん。人間って、そうでしょ?

 私は八咫烏だけど、榊は人間。だから私は人間として暮らしたいの。榊の、家族になりたいの」

 

俺は、勘違いしていた。八咫烏だから人間とは違う。大丈夫。そう決めつけていた。でも

八重は心の底から人間に―俺の家族になりたいと思っていたんだ。それに対し、俺は……。

 

「悪かった、八重。明日からはちゃんと昼飯作るからな」

 

素直に謝ると、八重はニパッと笑みを浮かべた。とても可愛らしいその笑みが俺は好きだ。

 

「よし、夕飯は何が食べたい?好きなもん作ってやる」

 

俺がそう意気込むと、八重はうーんと顎に人差し指を当てて唸った。そして、

 

「榊の好きなもの、かな」

 

と俺の好きな笑みをもう一度浮かべた。だったら今日の夕飯は親子丼で決まりだな。

まぁ夕飯の時間にはまだいささか早いので八重の隣に改めて腰を下ろす。

不意に八重がテレビの電源を消し、俺の膝に頭を乗せてくる。いわゆる膝枕である。

俺の太腿にスリスリと頬を擦りつけてくる八重は何とも嬉しそうに顔を緩ませていた。

その可愛さに発情しそうになるのをぐっと堪えつつ、それでもついついその黒く艶やかな少し癖のある髪の毛に手を伸ばしてしまう。

初めて触れる八重の髪の毛は癖がありながらもすぅっと撫でやすくとても滑らかだった。頭頂部から耳元へと何度か手を往復させていると、

 

「榊……」

 

八重が俺の目置見つめてきたかと思ったら、白かったはずのその顏は濃い桃色に染まっていた。

手をもじもじさせている辺り、恐らく恥ずかしいのだろう。

しかし、抱き着いたりした時は平気だったのに、撫でられてこんなに真っ赤になるとは。可笑しな奴だ。

 

「恥ずかしいならやめるよ」

 

俺が手を頭から離そうとすると、八重に右手で制された。そして強制的に髪の毛に触れさせられる。

 

「もっと……撫でてください……」

 

先程までかろうじて桃色と言えた顔色は、今や林檎も顔負けの赤さである。

耳の先まで真っ赤に染まっていて、恥じらいを含んだおねだりは俺まで恥ずかしくなるほどだった。

撫でるを通り越して抱きしめたくなる欲求を必死に押し殺し、再び撫で始める。先ほどよりも力を強めているのはこいつがMだからである。少し強めの方が喜びそうだし。今現在、嬉しそうな顔浮かべているわけだし。

 

黙々と撫でている間、居間には静かな空気が流れていた。

お互い何も話さず撫でて撫でられていた。

いつまでもこうしていられそうな、不思議な感覚にとらわれる。

もしかしたら明日、隕石でも降ってきて地球は破滅するんじゃあないだろうか。だって、これほど幸せな時間を過ごしたことはこの十五年間で一度もなかったのだから。

ドM八咫烏と同居だなんて面倒臭い。そう思っていたが、こんな幸せが感じられるのだったら、案外悪いものでもない。

 

大窓から侵入してくる西日は気が付けばなくなり、外は街灯の点灯を要するくらいに暗くなっていた。八重も寝てしまった。俺の膝の上で。

 

「そろそろ夕飯作るか」

 

俺は八重を起こして、台所へ向かった。

冷蔵庫から材料を取り出して厨房に並べる。鶏肉と卵はかかせない。親子丼だもの。

まだソファに寝転がってる八重をほほえましく思いながらちゃっちゃと親子丼を作っていく。

時間をかけるのは好きじゃないので、”短時間でできるだけおいしく”を毎日心掛けている。

頑張れば親子丼は五分程度で終わるからな。作りやすさでも味でも、親子丼が一番好きだ。

親子丼のいい匂いが居間に漂い始めると、八重はそれを感じたのか、むくりと起き上がりスンスンと小さな鼻を動かした。そして決め顔で口を開いた。

 

「この匂いはかつ丼だね!」

 

「残念親子丼です」

 

八重は顔をまた赤くして、「わ、わかってたよ?」と白々しく目を泳がせている。

格好つけておいて外してしまうとは馬鹿なのか。烏って賢いんじゃなかったっけ?

そうこうしている間に完成した親子丼をもって食卓へ運ぶ。汁物はなし。作るのが面倒くさいからだ。

気が乗らないと品数を減らすのが、俺の悪い所だな。ちなみに直すつもりは微塵もない。

小動物類は玉ねぎを食べさせてはいけないという情報により玉葱抜き―普段は俺が好きだから入れてる―の親子丼を前に八重は少し不服そうな顔を浮かべた。

 

「なんだよ、その顔」

 

予想外の反応に少し腹が立ったが、八重の言い分を聞いて思わず苦笑してしまう。

 

「玉葱入ってないの?」

 

急いで玉葱入りに改良して、漸く俺達は夕食にありつけたのであった。

 

 

「さて、色々と話し合わなきゃならんことがある」

 

ぺろりと親子丼を平らげてから俺のベッドの上で二人向き合って座る。これから一つ屋根の下で暮らすにはやはりいろいろ話し合わなければ。無邪気な笑顔で胡坐を掻いている八重に、俺はいくつかの質問をする、

 

「まず、お前服は?」

 

「私は人間と違って八咫烏。元々八咫烏って太陽神の使いでね、神の加護が付いてるから

色んな能力が使えるの。

 その中に自由衣変ってのがあって自分の髪色と同じ色合いの服装になら自由に着替えられるの。だから問題なし!」

 

長々と語った八重は自慢げに小さな可愛らしい鼻をふふんと鳴らし、あまり豊かではない胸を張る。当たり前のように話しているが、本当にこいつ人間じゃないんだなぁ……。

しかし、今朝初めて会ったときのような恐怖心は微塵もない。こんな甘えん坊でドMな美少女が怖いわけないじゃないか。

 

「次だ、寝る場所は空き部屋がいくつか――」

 

あるからそこで寝ろ。そう言おうと思ったのだが、八重に遮られてしまう。

 

「やだ、榊と寝る」

 

窓から差し込む月明かりに照らされたその顔からは、異議は認めないと言いたげな雰囲気が漂っていた。

同じベッド……。流石にまずいんじゃないだろうか。

しかし八重が一緒に寝ると言って聞かないので仕方ない。今の自室を退いて母さんと父さんが一緒に寝ていた主寝室に移ろう。

あそこならベッドが二つあるからな。それなら問題はないだろう。一応八重に訊ねてみると、無事了承を得ることができた。

 

「あとはそうだな。昼飯は弁当のついでに作って置いておくから昼になったら食べるんだ

ぞ」

 

それ以外にも色々説明している間、八重はしっかりと頷きながら聞いていた。この様子だとあまり心配しなくてもよさそうだな。安心して暮らせそうでホッと胸をなでおろす。

 

「それじゃ八重。これからよろしく」

 

改めて向かい合い、八重に向かって手を差し出す。ぎゅっと握り返された手はほんのりと温かく、柔らかかった。

 

「よろしくね、榊!」

 

こうして、俺と八重の生活が始まったのであった。



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八咫烏って発情期なのか?

挿入投稿申し訳ない。
これから書き直しを進めていくのでご了承ください。


無機質なアラーム音で目を覚ますと、眼前には美少女の顔が迫っている。こんな状況は中々異端だと思う。

寝ぼけた頭で、あぁそういえば家族が増えたんだった。と昨日のことを思い出していると八重がムクリと起き上がった。

半目で髪はくしゃくしゃ、折角の可愛い顔が台無しである。

 

「おはよう、取り敢えず顔洗ってこい」

 

本当に理解したのかは分からないが、一応首を縦に振ってベッドから抜け出した八重。それにしても意外である。昨日の様子からして甘えてくるかと思ったのだが……、別に残念だなんて微塵も思っていない。

さて、朝飯を作らないとな。献立は無難に白米、味噌汁、目玉焼きにしよう。

朝飯は簡単に作って早く支度しないといけない。ゴミ捨てとかもあるしな。

 

「榊聞いてー! 今日いい夢みれたの!」

 

「ん? おう、よかったな」

 

八重はまるで以前から交流があったかのように接してきたため、少し塩対応になってしまう。

昨日は撫でたりして距離が縮まったのは確かだが、それにしても順応しすぎだ。

クッションを抱きしめ、ソファで嬉しそうに体を揺らしている八重に目玉焼きを焼きながら問いかける。

 

「いい夢、ってどんな夢だったんだ?」

 

「んとね、榊が私に首輪をつけて――」

 

「もういい、話すな」

 

そういやこいつドMだったわ……うっかり忘れてた。

制したにも関わらず話し続ける八重。出来るだけ話を聞き流しつつ、相槌を打ってやる。イラついて缶を投げつけた俺の責任でもあるのだ、きちんと八重との親睦を深めねば。

 

結局夢の話は朝食が終わる頃、ようやく終止符を打った。いやぁ長かった。途中俺が八重を鞭で叩き始めたあたりからの八重のテンションがMAXで、箸を落とすわ麦茶を零すわ大変だった……。

八重と食事中は暴れないことを約束し、食器洗いを済ませてから、俺はゴミを持って家を出た。一旦ゴミ捨て場に歩いていって、それから自転車に乗って高校へ向かう。

今日はちゃんと八重の昼飯を用意してから家を出たので懸念することはない。安心して授業に望める。

しかし、俺の考えは実に甘かった。

 

 

 

「えーそれで、このthe cattleは単数ではなく複数形なので動詞は――」

 

英語教師の熱心な説明をノートにまとめていると、授業は気がつけば終わっている。そんな俺を周りは真面目だの変人だのいうが、ノートを綺麗にまとめるのが楽しいと感じるのだから、どうしようもない。

むしろ、退屈だからといって惰眠を貪ったり下らない話題で盛り上がっている奴らよりは、幾分かマシだと思うのだが……。

 

そんな俺でもふと窓の外に目をやったりすることはある。

風でなびく松の木は見ていて心が落ち着くのだ。なんでも、松の葉音のことを松籟(しょうらい)というらしい。以前国語教師が授業の合間に言っていたが、それを聞いていたのはごく少数だろう。なにせ国語はお昼寝の時間と呼ばれているくらいだからな。

とまぁ、それは置いといて、だ。

英語教師がまとめを黒板に書いている間、窓の外に目を向けた。

 

「~♪」

 

松の木の幹に腰掛け、笑顔で手を振っているのは紛れもない八重だ。驚いて声を出すとか、音を立てて立ち上がるとかはしなかった。ただただ、状況が飲み込めなかった。

幸い他のクラスメイトは気がついていないようだが……残りの授業の内容は全然頭に入ってこなかった。時折窓の方を見てなにか囁く生徒が数人いたが、怪しむなという方が無理があるだろう。

 

チャイムが鳴り、号令が 済むと同時に教材を机の中にぶち込んで昇降口へとダッシュした。かかとを踏んづけたまま靴を履いて例の松の木へ向かう。

 

「あ、榊~!」

 

俺を見つけた八重は頬を赤くして飛び降りてきた。ジーンズを履いているから良かったが、はらりとめくれたトップスから白い肌とへそがあらわになり、思わず顔を背ける。

体勢を崩すことなく綺麗に着地した八重が俺に抱きついてくるが、まだ慣れていないこともあり、頭を掴んでそれを制す。それでも押し切ろうとするので、思い切りチョップしたら蕩けた顔して漸く止まった。流石ドM。

前読んだ本に倣って、しゃがみ込んで八重より目線をしたにする。

どうして来たんだ? とか訊くべきことはあったのだろうが、俺は取り敢えず正直に伝えた。

 

「今すぐ帰れ」

 

残念そうな顔、絶望したような顔。八重が浮かべたのはどちらでもない。

幸福感溢れる満面の笑みである。やはり除け者扱いされるのも嬉しいのか。

 

「榊……もっと♡」

 

「帰れ愚図」

 

「もっと♡」

 

「目の前から失せろ雌豚」

 

「もっと強くぅ♡」

 

「良いからさっさと家に帰って一人興奮状態で転がりまくってろこの年中発情期エロ烏!」

 

 

 

満足したように八重は帰ってくれたが、このあと数日間俺のあだ名が「ドS委員長」になったのはどうも解せない。

 

 

 

八重に学校に来るなという約束をさせたいが中々いうことを聞いてくれない。

今日虐めてしまったから、また来れば虐めてもらえるという認識になったらしい。非常にまずい……。

説教されても喜び、無視されても興奮し、殴られても発情する。こいつにとって何が罰なのか、さっぱり検討もつかない。

それでも来られるのはまずいので、なんとか頼みこんで承諾してもらった。

それにしても、まさか学校に来るとは思っていなかった。八重曰くどこに出かけているのか気になったのだと。学校は関係者以外立ち入り禁止ということを切々と語ったので疲れてしまった。

 

「あーもう疲れた! 今日は夕飯どっか食いいこう。八重食いたいものある?」

 

その問にうーんと唸った八重は数秒間考え、ぴんと人差し指を立てた。

 

「回転寿司!」

 

回転寿司か、自転車で十五分のところに回転寿司屋がある。そこに歩いて行くか。

八重に支度を促し、財布と上着を持って俺も玄関へ向かう。

……回転寿司か、父さんたちと最後に行ったのはいつだったかな。仕事で忙しい両親だったから外食は少なかった。

 

「準備できたー! 行こー!」

 

誰かと一緒に外食、なんだか嬉しく思ってしまう。

隣に並ぶ八重が俺に微笑んだ。俺もつられて微笑み返す。

 

「行こうか、八重」

 

「うん!」

 

 

 

 

 

 

「美味しいねぇ榊♪」

 

「……」

 

おかしいな、俺まだ十皿しか食ってないよ? ……なんで、目の前に四十皿分積み上げられてるんだろう。

心は温かくなっても、懐は寒くなりました。

 



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八咫烏って臆病なのか?

時間が経つのは早いもので、八重が来てからもう一週間以上経った。

まだ一週間程度、と言えばそうなのだが、ここ最近は一日が異様に長く感じられたのが事実だ。

まだ慣れていないせいもあって、毎朝目が覚めるたび近くに八重の寝顔があって思わずベッドから転げ落ちそうになった。

しかも寝起きの八重は昼間の四倍は可愛いので、早朝から精神が崩壊しそうになる。

美少女と添い寝というのは意外と辛いのは体験者しか分からないだろう。

 

さて、そんな日々が俺の日常に成りつつある中、今日は休日を活かして八重のために小物やらアクセサリーを買ってあげるべく、デパートへ出かけるのだ。

……が、空は雲一つなくほどよく日が照っている午後一時。

俺たちはいまだに出発できずにいた。

 

「なぁ八重、まだか?」

 

「もうちょっとー」

 

はぁ、と深く溜息を吐いて玄関と土間の段差に腰を下ろす。

初めての外出だからか、八重はずっと鏡の前に立ってあれこれ着替えまくっているのだ。八咫烏と言えど、やはり女子というのは支度にかかるのだろうか。それを待たされる身にもなってほしいのだが……。

そこから数分待ってようやく二階から降りてきた八重の服装を見た瞬間、危うく目玉が飛び出るところだった。まぁ実際に飛び出る訳ないけど。

 

八重は驚くことに、黒いセーラー服とプリーツスカートを着用していた。

スカートはまだいいさ。しかしセーラー服はどう考えてもアウトだ。傍から見れば俺が変態みたいではないか。

しかも今日は土曜日だから制服を着て買い物に行くこと自体おかしい。

 

「それは駄目だ、着替えろ」

 

いそいそと靴を履こうとしている八重を妨げ着替えるよう言ったが、八重は首を縦に振らなかった。むしろ少しむきになって、

 

「セーラー服のが嬉しいでしょ!」

 

などと意味の分からない理論を押し通そうとするが、俺もここは譲れない。

数分間の水掛け論の末、シュークリームをおやつに買ってやることを条件に着替えてくれることになった。この食いしん坊め。

そして一時半ごろ。黒いワンピースに着替えた八重とともに、やっと俺はデパートへと足を運んだ。

八重にとっては初めてのデパートらしい。

ずっと烏として暮らしていから、見たことはあっても入ったことはないのだろう。

 

桜が散り始めていることに少し寂しさを感じながらも大通りを二十分程歩いて到着したそこそこ大きいデパート。土曜日ということもあって利用客が多く、初めてくる八重は迷ってしまうかもしれない。

俺は何も言わず右斜め後ろをついて歩く八重の手を握り、エスカレーターへ向かった。

「手を繋ごう」なんて恥ずかしくて言えない。八重はあまり気にしないだろうな。と思っていたのだが……、

 

「ふぁ、ちょ、榊!?」

 

顔を真っ赤にしてうろたえている八重がそこにいた。こいつ、自分から抱き着いたりするのは恥ずかしくないのに、俺に何かされると恥ずかしいのか。

顔を真っ赤にしてる八重を見ているとこちらまで恥ずかしくなってしまい、思わず手を離すと八重は「え?」という顔を俺に向けてくる。

 

「なんだよ、恥ずかしいんだろ」

 

そう言うと、八重は慌てて一度離れた手を握り返してきた。

 

「ううん、嬉しいよ榊♪」

 

頬を赤らめ、笑顔で答えた八重とまっすぐ店の奥へと向かう。その手をしっかりと繋いで。

 

五階の百均コーナーにはありとあらゆるものが売っている。超便利でよく利用しているため、どこに何があるかは把握している。

俺は小物を眺めているが、八重は散策してくると言って何処かへ行ってしまった。とはいえ、階は移動するなと言ってあるから迷子にはならないだろう。

八重用のコップやら皿を手に取って見ていたその時、

 

「榊ぃぃぃ!」

 

後ろからものすごい勢いでタックルされ、思わず手の中のコップが宙を舞った。くるくると回転しながら俺の頭と同じくらいまで上がり、そこから落下を始める。落としたらまずい。反射的に俺は落下しているコップの下に手を出し、しっかりとそれをつかみ取った。

 

「あっぶねぇ……」

 

商品の損害を防ぐことができてホッと胸をなでおろしている間、八重は俺の背中にギュッとしがみついていた。心なしか手が震えている気がする。

周囲の客から何事かと視線を送られる中、俺は振り返り八重と目線を合わせる。

 

「どうしたんだ?」

 

と問うと、八重は目に涙を浮かべながら黙って俺の裾をぐいぐいと引っ張った。ついて来いという意味のようだ。

おとなしく引っ張られていくと、着いたのはガーデニングコーナーだった。

八重は途中から背中に回り俺を押して進んでいたのだが、何があったのだろうか。

見当もつかない中、突然八重の誘導がピタッと止まる。目の前には比較的大きめの商品棚が配置されており、八重はその棚の商品の一つに怯えていた。それを見て俺は納得した。

 

「烏避けか」

 

あの目玉みたいな風船に、八重は怯えていたのだ。本当にこれ効果があるんだな。と心の中で呟きながら手に取って買い物籠の中に入れると、八重に背中を思いきりぶたれる。

想像以上の痛みに呻きつつ振り返ると、涙をぽろぽろ零しながら

 

「なんで買うの!」

 

と怒られてしまった。

なんで、と言われれば、八重のお仕置き用だ。

何かしでかしたとき、説教しても叩いても喜ぶのだから意味がない。しかしこれがあれば八重にお仕置きが出来るのだ、買わないわけがない。

不満を唱える八重を無視してそのまま雑貨コーナーに戻りいくつかの商品をかごに入れてレジへ向かう。勿論烏避けもちゃんと購入した。

家へ帰る道中、八重は手も繋がなかったし話してくれすらしなかった。完全に機嫌を損ねたようだ。ふてくされている八重も、これはこれで可愛い。

途中コンビニによってシュークリームを買った瞬間機嫌がよくなったのは、俺の予想通りだった。

シュークリームを嬉しそうに頬張る八重の口元に付いたクリームをふき取ってあげたりするのが、意外と楽しかったりもする。

 

 

 

「榊榊榊榊榊ぃぃぃぃ!」

 

買い物から帰ってきて暫く寛いでいるともう時刻は六時に迫っていた。

夕飯前に掃除を済ませてしまおうと掃除機をかけていたら、八重が大声で俺の名を呼びながら二階から駆け下りてきた。

ものすごい勢いでスライド式ドアを開いて全速力で俺に突進してくる。が、それをさっと躱すと八重の突撃は空振り、その勢いを保ったまま思い切り床に衝突した。

額を摩りながら俺を見上げる顔は幸福に満ち溢れている。流石ドM。タフの域を超えている。

 

「あはっ、痛いよぉ。榊ったら冷たいなぁ♪」

 

そんな嬉しそうに言われても罪悪感は微塵も湧いてこない。大体掃除中に飛びついてくるのが悪い。それにしても……日が暮れても元気な八重だが、今までこんなに家の中を走ることはなかった。

 

「なんかあった?」

 

すると八重はあっと思いだしたように立ち上がり、再び慌てだした。

 

「大変、トイレにゴキ〇リが!!」

 

思わず手の力が抜け掃除機が滑り落ちる。八重の言葉が嫌でも脳内に響き渡り、俺を不快にさせた。

ゴ〇ブリ……。

俺がこの世で最も嫌悪する存在である。あの黒い光沢のある不気味な翅、カサカサと体の芯からぞわっとするような音をたてながら移動する姿は、もはや悪魔としか考えられない。

それが、我が家に出ただと……!?

今までちゃんと掃除もしていたしホイホイも仕掛けていたが、全く引っかからなかった。

新参者のゴキブリか?なんにせよ悪魔に変わりはない。

しかし、どうすればいい。去年までは父さんが新聞で殺してくれていたが、今は俺と八重しかこの家に居ない。

俺が、やるしかないのだろうか。いや、死んでも嫌だ。

 

「八重……」

 

じっと八重の目を見つめ、退治してくれるよう念を送る。

しかし、八重も全力で首を横に振ってきた。確かに幼気な少女に頼むようなことではないが、それでも俺はゴキブリと対面したくない。絶対に、だ。

いくら頼んでも八重は首を縦に振ろうとしない。

まぁゴキブリ退治なんていやだよな。しかし、こうなったら最終手段を使うしかない。

 

「始末してくれたら嫌というほど虐めてやるから!」

 

気が付くと目の前に八重の姿はなく、階段を駆け上がる音、そして八重の雄叫びが聞こえてきた。

とてつもない行動力だ。やはり、流石ドM。このセリフも二回目だな。

すっかり暗くなった窓の外は家とは正反対に静かだ。まだ肌寒い日も続きそうだな。

 

「榊、退治したから取りあえず膝枕して~」

 

よろよろと居間に戻ってきた八重の指示通りに俺はソファの端に腰を下ろす。八重は隣に座り俺の膝の上に頭を乗せると目を瞑った。精神的に疲れたようだ。

その気持ち、よく分かるぞ。

俺は敬意も込めてそっと黒髪を撫でる。前髪に触れると白いおでこが露わになり、不覚にもドキッとしてしまった。

 

……八咫烏か。

 

未だに両親に報告していないことに自分で笑ってしまう。しかし、なんて言えばいいのか見当もつかないからどうしようもない。

まぁ家に帰ってくるのは三年後、俺が卒業するころだと言っていたから、まだ大丈夫だろう。それよりも今を楽しむことが大事だよな。うん。八重との生活を、存分に楽しもう。そして八重にも楽しんでもらいたい。人間の生活を。

ほんのり温かいおでこに触れると八重は嬉しそうに吐息を漏らした。その表情がたまらなく可愛らしい。

もっと撫でたいところだが、そろそろ夕飯の支度をせねば。

今日は親子丼にしよう。以前作った親子丼をとても気に入ってくれたようで、また作ってくれとお願いされたのだ。

八重の喜ぶ顔が見たいから、今日も今日とて俺は夕食作りに精を出す。



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八咫烏って巨乳なのか?

「いってきまーす」

 

普段通り定時に学校へ向かう榊を見送ってから、私は自室に戻った。榊と私の、二つのベッドが置いてある部屋。

居間の次に落ち着く空間だ。

特にすることもないので取りあえず自分のベッドに寝転がり、ふぅと一息つく。

 

「やっぱり、寂しいなぁ」

 

ポツリと呟いてみるが、それに誰かが返答してくれることはない。

榊の帰りを待っていたいのは本当だが、やはり一人で日中を過ごすというのは中々寂しいものだ。

何しようかなぁとぼんやりしていたら、不意に懐かしい知り合いの顔が脳裏に浮かび上がった。昔よくつるんでいた、言わば相棒のような存在だ。

そういえば、アイツと別れてこの街に移住してからもうかなり経つのか。早いなぁ。

よし、思い立ったがなんとやら。折角だから会いに行こうかな。

割と遠い街だけど、まぁ午前中には着くでしょ。

私は窓へ近寄り、ガラガラと窓を開いて飛び降りた。八咫烏は人間よりもかなり丈夫だから痛くもなんともない。一応辺りに人がいないか確認してから、烏に変化して飛び立つ。

気持ちいいくらいに雲一つなく澄んだ青空の下で強く羽ばたき、あの街へと向かった。

 

四十分程飛び続けて、ようやく見覚えのある街並みが目に入った。

一体何年ぶり、いや何十年ぶりだろうか、この街に来るのは。

多くの家が建て替えられていたり大きなビルが出来ていたりはするけれども、それでも街全体の雰囲気は変わってないように感じる。

アイツも移住してないといいんだけど……。

早く探して会いたいが、流石に疲れたので公園に降り立ち、人間に変化してからベンチに腰掛ける。

最近すっかり人間の姿の方が落ち着くようになってしまった。榊との暮らしが心地良いせいだろうか。

あー喉が渇いた……。

広い青空を見上げながらポケットの中を探るも、小銭らしきものは見当たらない。というかそもそも小銭を所持したことがないのだから持っているわけがない。

榊の代わりに買い物行ってあげようとしたら「心配だからついてく!」と言って結局普段と変わらなかったりもしたからなぁ。

心配なのはわかるけど、私だってそこまで馬鹿じゃないのに。まぁ一緒に出掛けるのは嬉しいけどね。

 

「そろそろ行こっと」

 

独り言を呟きながら反動をつけてぴょんとベンチから立ち上り、そのまま歩き始める。

この街で暮らしてたとはいえ、定期的に住処は変えていたから今どこにいるか分からない。

そこで、そこらの烏に訊ねてアイツを探すのだ。ふっふっふっ、八重ちゃん天才!

多くの住人とすれ違いながら歩き回っていると、一羽の烏を見つけた。

 

「おーい!」

 

手を振りながら呼びかけると、烏は私に気付いてこちらへ近寄って、

 

「これはこれは、八咫烏様ではありませんか。

 僕生まれてまだ一人しか会ったことないんですよ。やっぱり人間の姿って楽しいんですか?」

 

とべらべら喋りだしたため若干引いてしまう。

ちなみに烏の言葉で会話しているため、周囲からは烏と見つめあっている変な少女にしか見えないはず。仕方ないね。

 

「その八咫烏って変化すると赤髪のやつでしょ?」

 

その問いに対して烏はこくりと頷いた。

どうやらまだここに住んでいるようだ。とりあえず一安心。そいつのところへ案内してくれと頼むと、「そりゃあ勿論、お役に立てるのならば!」と張り切ってくれた。

一旦烏に戻ってあとをついていくと、街の中央に鎮座している山の麓へたどり着いた。

 

「彼女はこの辺りで暮らしてるので。僕はこれで失礼します」

 

そう言い残して飛び去る烏に礼を言い、人間に戻って山の中を散策する。八咫烏と烏の見分けは余裕でできるため、居ればすぐに分か――あ、いた。

アイツは自分の巣でぼぉっと寛いでいた。まったく無防備極まりない。別に危険がある訳ではないけども。

折角だから、後ろから脅かしてあげよう♪

そぉっと近寄り、大きく哭こうとしたその時、

 

「なにしてるんだい?」

 

「!」

 

背後から忍び寄ったのに気づかれてしまい、びっくりしてしまう。どんだけ気配察知が得意なのだろう。確かにこれなら無防備でも困らないね。ってそうじゃない!

 

「やぁ、久しぶりだね。三十年ぶりくらいかな?」

 

巣から降り立ち、人間に変化したアイツ―彼女は紅の髪を腰まで伸ばし、髪色と同様紅の眼で私を懐かしむように見つめてくる。

私も人間に変化して彼女の前に立った。

身長は私より高く、榊より少し低いくらいだ。

身長に比例したのか私と違い、立派なメロンを胸にぶら下げていて、まさに「お姉さん」という雰囲気を醸し出している。

 

「久しぶりだね、――」

 

私は名前を呼ぼうとして、はっと気が付いた。

私は榊に貰った「八重」という名前があるけど、普通の烏たちにはないんだった。

 

「……名前がないって意外と不便なんだね」

 

「おや、その口ぶりから察するに君は人間と暮らしているのかな?」

 

相変わらず、察しが早い。こいつは昔からそうだった。私の考えていることをホイホイと当てるものだから、若干怖かったのを覚えてる。

 

「君はよほどその人間に懐いているようだね」

 

「うん、すっごく良い人なんだよ!」

 

そこからはもう私の榊自慢の始まりだった。溢れ寄るように口から出てくるその自慢に途中からうんざりした顔を浮かべてたけど気にしない。そのくらいの仲なのだ。

 

 

「でねでね、榊ったらね――」

 

「あーもう分かった!君はそいつが大好きなんだね」

 

流石に飽きたのか、強引に話を打ち切られる。ま、大事なことを伝えられたからいいか。

話に夢中で気が付かなかったが、青かったはずの空はいつの間にか橙色に染まっていた。

 

「ふむ、それにしても八重、か……。よかったね、八重」

 

優しい笑みを浮かべながら私の頭を撫でてくれる彼女は本当にお姉さんみたいだ。

久しぶりに会ったせいでついつい時間を忘れて話し込んでしまった。

この時間帯だともう榊が帰ってきているはずだ。

慌てて別れを告げて飛び去ろうとしたが、彼女に呼び止められる。

 

「なぁ八重。提案があるんだ」

 

優しい笑みでそう口を開いた彼女に私は首を傾げた。

 

「また、一緒に暮らさないかい?」

 

「……え?」

 

「あ、ここに残れという訳ではないよ」

 

相も変わらず心の中を読むような話し方だ。当たってるのがまたすごい。

どういうことかと私が訊ねると、彼女は人差し指をぴんと立てて宣言した。

 

「私も榊という男と一緒に住むことにするよ」

 

「はぁ!?」

 

思わず大声を出してしまう私にお構いなく、彼女はニコニコ微笑んでいる。

 

「これからもよろしくね、八重」

 

 

……なんで、こうなった?

学校から帰宅して自室に荷物を置きに行ったところまではよかった。

問題は、何故烏が二羽―恐らく片方は八重―がベッドの上で待機しているか、だ。どちらも足が三本あるから八咫烏なのだろう。

と、不意に八重が人間の姿になり「おっかえりぃ♪」と抱き着いてくる。抱き返して頭を撫でてから八重に問いかける。

 

「なぁ、こいつは誰だ?」

 

が、八重の返答よりも先に烏の鳴き声が耳に届いた。咄嗟に声のした方を見遣ると、紅い髪を腰まで伸ばした、背は俺より少し低いくらいの少女が立っていた。

白い肌に豊満な胸。深紅の瞳で俺に微笑みかけている。美人。第一印象はそれだった。

細身の体に纏った紅いドレスがより彼女の美しさを際立たせている。

 

「初めまして榊君、八重から話は聞いているよ」

 

丁寧にあいさつしてくれる彼女だが、俺は困惑している。八咫烏が家に何の用だ?

いや、なんとなく想像はつく。

 

「初対面でいきなりだが、私をここに住まわせてほしい」

 

だろうな!やっぱりそうだと思ったよ!前も言ったが金に困ることはない。両親から死ぬほど仕送りをもらってるからな。住まわせるのは構わないんだが……親になんて言えばいいんだろう。

 

「榊ぃ……」

 

未だに抱き着いたままの八重が潤んだ上目遣いで俺をじっと見つめてくる。

八重さん、それは反則ですよ……。ノーなんて言えないじゃないか。

 

「……わかったよ」

 

その一言で二人顏に笑顔が咲き誇る。我が家の住人が三人になりました。

 

「さて、名前を決めないとな」

 

やはり彼女も八重と同様、名前はないらしい。何がいいかなぁと一生懸命に考える。

茜色の光が差し込む居間で三人輪になって座ってうーんと唸る。

八重は八咫烏の八と八重桜をかけたんだよな。紅いのが特徴だから……紅、八……。

 

「紅葉(くれは)でどうだ?」

 

「もみじ」ではなく「くれは」だ。

恐る恐る彼女の顔を覗くと、優しい笑みを浮かべてくれていた。なんというか、母性が溢れ出ている気がする。

 

「素敵な名前を有難う、榊君」

 

「俺のことは榊でいいよ。紅葉」

 

差し出された手をしっかりと握り、握手を交わす俺たちを八重はニコニコ見つめていた。

また、日常が楽しくなりそうだ。

さて、そうとなれば紅葉用の部屋だ。以前俺が使っていた部屋を片付ければ問題ないだろう。早く支度しないとな。

 

 

「っし、こんなもんかな」

 

一通り片付け、掃除機をかけ終えたところで一息つく。ふと窓の外を見て、あっと声を上げてしまった。

もう外はすっかり暗くなっており、時計の短針も七を示している。

まずい、まだ夕食を何も用意していない。

慌てて階段を駆け下りると、居間の方からいい香りが漂ってきた。首を傾げながらも急いで居間へと駆けこむ。そして、扉の先の光景に俺は身を見張った。

 

「あぁ榊。部屋の準備有難う。八重が我慢できないって言うから適当に食事作らせてもらったよ」

 

そこには幸せそうな顔で肉じゃがを頬張る八重と俺の分の白米を盛り付けている紅葉がいた。

食卓に置かれた料理はどれも食欲をそそる香りと温かそうな湯気を漂わせている。

食器類もすべて用意されており、食卓は完璧な状態だった。

その口ぶりから察するに、全て紅葉が用意したのだろう。料理から支度まで。

同じ八咫烏でも八重とは全然違うじゃないか。

 

「ねぇ、なんか失礼なこと考えてない?」

 

ジト目で睨んで来る八重を適当にあしらい、俺も食卓に着く。「いただきます」と合掌してから肉じゃがを口の中に含む。そして、あまりの美味しさに俺は硬直した。

これを紅葉が用意したのか。絶対俺より料理上手いだろ……。

劣等感で胸を痛ませながらも箸を止めることなくぺろりと完食してしまった。

 

「ごちそうさまでした。美味かったよ紅葉」

 

「ごちそーさま!」

 

「お粗末様でした」

 

全員が食べ終え、流石に片づけまでしてもらうのは悪いので食器を洗ってから一番風呂をもらう。風呂は八重が洗ってくれたらしい。

意外だったが、ちゃんと礼を述べて撫でてやった。ついでに何となく鼻もつまんで揶揄ってやった。

ちなみに我が家の風呂と居間は隣接しているため、風呂に入っていると居間での音が聞こえてくるのだが……。

 

「君の言う通り榊はとてもいい人だね」

 

「ふふん、そうでしょ♪」

 

「なんで君が自慢げなんだい……」

 

「あとね、虐めてくれるんだよ♪」

 

「あ、君の性癖は健在だったのか」

 

昔からドMだったのか。どうでもいいことを知ってしまった。それにしても、俺のいないところで自分の話をされるとどうもくすぐったい気分になる。できれば聞きたくないのだが、聞こえてきてしまうのだからどうしようもない。

湯船に身を委ねてぼぉっとしていると全身の疲れが抜けてくのが分かる。流石風呂。

二十分ほど入って風呂を上がり、身体を拭いて着替えて居間へと向かう。いやぁ気持ちよかった。

 

「風呂あがったぞ――って」

 

居間では紅葉と八重が二人仲良さそうにソファで寝ていた。

八重もはしゃいでたし、紅葉も慣れない環境だから疲れたのかな。

俺は二階から毛布を一枚持ってくると二人にそっとかけ、音をたてないように居間をあとにする。目が覚めたら風呂に入るようにと書置きを残して。

おやすみ、八重。紅葉。



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八咫烏って駄目亭主なのか?

私がこの家に来てからもう一週間か……早いな。

朝食で使った食器を洗いながら時の進む早さを実感する。

烏として暮らしてるときはこういう風に家事とかしなかったからなぁ。やるべきことがあるのは良いことだね、うん。

榊に朝の食器洗いと昼食作りを任されたからには、全力で取り組もう。

それに比べ……

 

「ふぁぁぁ」

 

手伝いもせずにソファで寛いでるこの子ったら。

食べたばかりだというのに寝転がって欠伸しながらテレビを眺めている。

大窓から差し込む日差しがちょうど当たって気持ちよさそう――じゃなくて。

 

「もう、食べてすぐ横になると牛になるよ」

 

確か人間の間でそういう迷信があったはずだ。

実際に牛になる訳ないのだが、「逆流性食道炎」というのになってしまうらしい。

小さい子供がそうならないように大人が考えた脅し文句だな。やはり人間は面白い。

 

ただ、その逆流性食道炎ともう一つ心配なことがある。

それは目の前で、牛になりたくなよぉ!と泣いている八重のことである。

今どきの子供でも信じないだろうに……。

 

 

「あれ、榊意外と掃除が雑だなぁ」

 

私は居間の隅に溜まった埃を見て驚いた。

榊のことだからそこら辺はきっちりしてそうなのだが。まぁ忙しいのだろう。学校も家事も買い物もしなければいけないのだから。

少しでもその手助けができれば本望だ。

 

私は割りばしの先にティッシュを巻き付け、細かい箇所の掃除に取り組んだ。

些細なことだが、少しでも部屋が綺麗になると達成感がある。

とはいえ私もそこまで掃除が得意なわけじゃないからなぁ。

意外と八重が掃除得意だったり……はないな。

 

居間の掃除を終え時計を見ると間もなく正午を迎えるところだった。そろそろ昼食を作ろうか。

ソファで眠りこくっている八重を揺さぶって起こし、昼食のリクエストを訊ねると目を擦りながら

 

「なんでもいぃ……」

 

と返された。駄目亭主か君は。

ちなみにこの家にはインスタント食品やレトルト食品、冷凍食品は一切保管されていない。

榊曰、自分で作った方がうまいし楽しい。とのことだ。しかも健康面にも気を使っているのだから、大した男の子だ。

よし、今日は炒飯を作ろうかな。あとは適当にサラダでも。

調理し終え、器に盛りつけて食卓へと運ぶ。八重を起こして席に着かせると。

 

「今日はパンの気分だったのに……」

 

この子、本当に駄目亭主なんじゃないかな。

文句を言うなら食べるなと器を取り上げたら半泣きで謝られた。

 

「紅葉の炒飯おいひ~♪」

 

「おや。パンの気分だと言ってた割にはご機嫌だねぇ」

 

「うっ、ごめんなさい……」

 

「これからは気を付けなさい」

 

「はーい」

 

会話を楽しみながら食事を終え、食器洗いもパパッと済ませてしまう。

八重は案の定何も手伝ってくれなかった。榊に言いつけてやる。

 

さて、やるべきことも済ませたので今日はずっとやりたかったことをやろう。この街の散策だ。

まだどんな街なのか知らないし、今後、榊の為に買い物にも行けるようになりたい。

 

居間の八重に出かけることを伝えようと思ったら、またソファでうたた寝していた。

仕方ないので書置きを残し、玄関に向かったところであっと気が付く。

私は鍵を持っていない。八重は寝ている。このまま玄関から出たら鍵が開きっぱなしになってしまう。

どうしようか悩んでいると、前に八重が話してくれたことを思い出した。

 

『榊と私の部屋の窓はいつも半分開けたままにしてあるから、そこから出入りできるよ~』

 

ん、よく考えれば榊の部屋に入るのって初めてじゃないか?

今まで入ったことなかったし、基本居間に皆いるし。なんだか緊張するぞ……。

とはいえ、八重の部屋でもある訳だから、思い切って部屋に入りすぐさま窓から飛び降りる。

外の澄んだ空気を肺一杯に吸い込み、私はこの街の散策を始めた。

 

 

「ただいまー」

 

帰ってきて居間を覗くと、八重が一人で眠っていた。

口を半開きにしてすやすやと寝息を立てている無防備な八重はとても可愛らしく見え、思わずドキッとしてしまう。

テーブルの上に何か紙があると思ったら、紅葉の「散歩に行ってくる」という書置きだった。

心配をかけないようにきちんと書置きを残すとは、なんとも真面目な奴である。

 

……八重を見ていたら俺まで眠くなってしまった。少しだけ寝ようかな。

二階へ上がって荷物を置き、部屋着に着替えて居間に戻る。ソファの傍に寝転がり、八重の寝息を聞きながらそっと瞼を閉じる。

暫くして俺の意識は、夢の世界へと引き込まれていった。

 

 

「ただいま」

 

いやぁつい長い間歩き回ってしまった。

空はもう暗くなりかけている。榊ももう帰ってきていることだろう。

声をかけながら居間に入ると、寝息を立てている二人の姿が目に入った。

お互いの傍で寝ている二人を見ると、なんだか羨ましく思う。まるで本当の家族のようだ。

 

私は榊の傍に寝転がり、目を閉じた。早くこの家族の立派な一員になれますように。

そんな願いを想いながら、二人の寝息とともに私は眠りについた。

――おやすみなさい八重、榊。

 

 

 

「ふぇっくちゅん!」

 

八重の不思議なくしゃみで俺たちは目を覚ました。

いつの間にか傍で寝ていた紅葉とソファの上で驚いている八重と目を合わせると、誰からともなく笑いだした。

なんだかとても幸せな気分だ。

しかしそれは束の間の幸せだった。あの事を思い出すまでは――。

 

(夕飯作ってねぇ……)

 

時計の短針が八を示すころ、俺たちは漸く食卓を囲んだのであった。



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八咫烏って照れ屋なのか?

「お!兄ちゃん四等~!」

 

よく訪れている商店街の一角で俺は多くの人に拍手されながら、景品を受け取る。景品はタコ焼き機だ。

タコ焼き。生地の中にタコを入れて丸く焼いたもの。

細かくは知らんが、とにかくタコ焼きが家でもお手軽に作れるのだ。

正直に言おう。

 

「おっしゃぁぁ!」

 

たこ焼き、かなり好きだ。

 

 

土曜日に商店街で買い物をしたら福引券を頂いたので引いてみたら、素晴らしいものを当てることができた。

俺ってくじ運強いのかな?

福引券を三枚もらって結果はタコ焼き機一台とポケットティッシュが二つ。

後半のティッシュ二つが正直残念だったが、タコ焼き機の嬉しさの方が大きい。

 

「ただいま~」

 

玄関扉を開けて靴を脱いでいると八重が居間から走ってきて、俺に飛びついてきた。

が、右手に持っているタコ焼き機の入った箱に勢いよく膝をぶつけてしまい、その場に蹲ってしまう。

それでも口元がにやけている辺り流石Mと言ったところか。

上機嫌な俺はお姫様抱っこで八重をソファまで運び、座らせてやった。頭を撫でながら時計に目をやると十一時半だ。

 

少し早いが、昼飯にしよう。今日はタコ焼きパーティーだ。

福引の後に買った、タコ焼き粉などを用意しながら八重に紅葉を呼んでくるように命令する。

 

「あとで撫でてね~」

 

と訳の分からない交換条件を残して二階へ上がる八重は放っておいてタコ焼き機のセットも済ませておく。

生地も準備して食器類もすべて用意した。

 

「おや、榊。なんだかご機嫌だね」

 

「ふふふ、タコ焼き機が当たってな。今日はタコ焼きパーティーだぞ」

 

今日は特別にいつもの食卓ではなくソファの前のローテーブルを囲んでの昼食だ。

タコ焼き機の電源を入れ、油をしいて十分に熱したら生地を流し込んでいく。

その後、天かすやタコを入れて暫くの間焼けるまで待つ。

 

「そうだ、特別にジュースも買ったんだ」

 

「ホントご機嫌だね……」

 

八重が驚いたように呟き、紅葉はずっとニコニコしている。

サイダーとミルクティー、それぞれ二リットル入りのペットボトルをローテーブルに置き、コップに注いで乾杯する。

紅葉はジュース類が好きなようで幸せそうな顔をしてサイダーに口を付けている。

かくいう俺もサイダーで、八重も……。ミルクティーいらなかったかも。

 

「そろそろいいかな」

 

竹串を使ってクルンとタコ焼きを一回転させると、うん良い焼け具合だ。それを見た二人も竹串で同じようにひっくり返していく。

皆の手元に数個のタコ焼きが行きわたったところで、合掌していただきますと唱える。

 

「あっつ、あふ、ほひひ~♪」

 

「こら八重飲み込んでから喋れ!」

 

タコ焼きを口いっぱいに頬張って幸せそうな表情を浮かべる八重。

口元の周りに青のりを付けてたままの笑顔は可愛らしいが、少々行儀が悪い。

そんな八重に注意しながら口元を拭ってやる俺を紅葉はクスクス笑いながら眺めていた。

いつも通りだけどちょっとだけ特別な昼食。

 

 

「タコ焼きってこんなに美味しいんだねぇ」

 

紅葉が口に手を当てて感心したように溜息をもらす。二人ともまだ食べたことがなかったらしい。

ちなみに二人とも俺よりも年上である。

最近聞いたのだが、やはり人間と八咫烏では寿命がかなり違うらしい。

八重なんてこの見た目で六十七歳だとか。紅葉は年齢を教えてくれなかったが、恐らく百歳くらいだろう。

まぁ、長生きはしているものの基本的に烏として生きていたから、あまり人間の食べ物は食べたことがないらしい。……その割には料理とかできるのは何故だろう。

 

「これ、タコ以外にも入れても面白そうだね」

 

「おっ、そうだな。やってみるか」

 

紅葉の提案により台所から色々な材料を持ってきて次々に焼いていく。

それが美味しかったり微妙だったりして意外と盛り上がった。が、八重は何故かその間静かだった。

八重にもちゃんとタコ焼きはあげたんだけどなぁ。

 

「ちょっとトイレに行ってくるよ」

 

「おう、行ってら」

 

紅葉が居間から出ていくと、八重が俺にすり寄ってくる。

少し膨れた赤い頬を見て、俺は納得した。

こいつは俺が紅葉とばっかり話しているから拗ねたのだ。

むっとした顔で俺の二の腕に額を押し付けてくる八重をひょいと持ち上げ、胡坐の上に乗せる。

しかし、後頭部が丁度俺の口元付近にきてしまい、八重の甘い髪の香りがダイレクトに鼻腔へと入り込んでしまい、慌てて膝からおろした。

少し残念そうな顔をした八重だが、その場で仰向けに寝転がると俺の膝の上に頭を乗せた。

 

普段なら注意するところだが、今日は特別に許そう。

それに、甘えてくる八重はすごく可愛いからな。

前髪を退けて額を撫で繰り回していると、紅葉が戻ってきた。

 

「おや、仲良しさんだねぇ」

 

母親のようなことを呟きながら座り込み、コップに入ったサイダーを飲みだした。

と、俺はあることに気が付いた。

 

「なぁ紅葉」

 

「んー?」

 

サイダーを飲みながら紅葉がこちらに目をやる。

 

「それ、俺のコップだぞ?」

 

と、その瞬間紅葉は勢いよく咳込んだ。コップを慌ててテーブルに戻し、

 

「え、さささ榊のかい!?」

 

狼狽えながら俺に向けた顔は真っ赤に染まっていた。目も髪も赤いから本当に真っ赤だ。

こんなに照れている紅葉は初めて見たな。

その様子がおかしくてつい吹き出してしまう。それに慌てて紅葉が

 

「ちょ、そんなに笑わなくてもいいでしょ!?」

 

と反論するが、いつもと口調も違いそこを指摘するとさらに頬を赤く染めた。

それがまた可笑しくて笑ってしまい、紅葉もさらに反論してくる。

 

紅葉の文句を受け流していると、不意に八重が起き上がりミルクティーのペットボトルを手に取った。

何故かこちらを不満そうにジト目で見つめてくる。

 

「どうしたんだ八重」

 

コップにミルクティーを注いでいる八重に問いかけたのだが何も返答されない。と、俺は気付いてしまった。

八重がミルクティーを注いでいるコップが、先ほど紅葉が間違えて口を付けた俺のコップであることに。

 

「おいそれまだサイダー残ってるだろ!?」

 

慌ててコップを奪い取って覗くと、少し薄いミルクティーの中で弱弱しく炭酸がはじけている。

八重はそれを確認すると、満足げに頷いてたこ焼きを頬張り始めた。

 

「なぁ八重、俺が何をしたよ……」

 

「ん~おいひい♪」

 

「ちょっと榊聞いてるのかい!?」

 

騒がしい、でもすごく楽しいタコ焼きパーティー。今後も何回か開こう。

普段と違った食事もいいものだ。

あ、これタコ入ってねぇ……。



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八咫烏って初恋なのか?

「――はい、はい。それでは失礼します」

 

ガチャン。

 

「~~~ゲホッゲホッ」

 

学校への欠席連絡を終えた瞬間、俺は激しく咳込んだ。

八重と紅葉が心配そうにソファから俺を見つめている。

五月も終盤に差し掛かり、そろそろ梅雨の季節が訪れようという頃、俺はえらく久しぶりに風邪を引いてしまった。

 

 

「榊ぃ、大丈夫……?」

 

ベッドの傍で半泣きになりながら俺を心配してくれる。

今は自室で横になっているのだが、八重に風邪がうつると悪いから紅葉の部屋に居ろと言ったのだが、ここにいると言って聞かないのだ。

あまりの強情さに俺も諦めてしまった。

本当は医者に行くべきなのだが、生憎それもできないほど体力が低下している。

 

「うぅ、榊が死んじゃうよぉ」

 

「おい縁起でもないこと言うな……」

 

泣きながらベッドに伏せている八重に思わず突っ込みをいれてしまう。

心配してくれるのは嬉しいが、死ぬだなんて冗談じゃない。俺はまだ生きてるぞ。

 

「八重、榊を勝手に殺すんじゃないよ」

 

紅葉が苦笑しながらお盆に何かを乗せて部屋に入ってきた。

 

「ほら、朝ごはんまだ食べれてないだろう?」

 

そう言って棚に置いたお盆にはお粥の入った器が乗っている。わざわざ作ってくれたようだ。

礼を述べると紅葉は少し頬を赤くして「困ったときはお互い様だ」と微笑んだ。

と、紅葉が蓮華でお粥をすくい俺に差し出した。

 

「はい、口を開けてくれ」

 

「いやいやいや」

 

食べさせてもらうのは流石に悪いし恥ずかしい。

自分で食べれると断ったのだが、駄目だというので結局紅葉に食べさせてくれることになった。

素直に口を開けて食べているが、死ぬほど恥ずかしい……。

八重からの視線もすごく痛いし。

 

「美味しいかい?」

 

「あぁ、旨いよ」

 

うん、この会話だけでも顔が赤くなるのが分かる。新婚気分とでも言うのだろうか。

最後まで紅葉に食べさせてもらったけど美味しかったから良いか。

八重が頬を膨らましてたのは申し訳なかったけど。

 

そのあとも、紅葉は氷枕や汗拭きタオルなどを持ってくるなど、一生懸命看病してくれた。

紅葉の気遣いは大したものである。

今も、アイスでも買ってくると言って出かけてくれたし、暫くは紅葉に頭が上がらないな。

八重は相変わらずベッドの傍に居る。

紅葉が看病してくれている間もずっとここに居て、昼飯もここで食べていた。

こいつも心配性だなぁと思っていたら、不意に八重の鳴き声が聞こえて俺は慌てて上体を起こす。

 

八重はぼろぼろと涙を零しながらも必死に手の甲で拭っているのだが涙は止まりそうにない。

どうしたものかと狼狽えていると、八重がしゃくりを上げながらも話し出した。

 

「あの、ねっ。紅葉はね、沢山、看病してるのに、私は何にも出来なくてねっ。 

榊が辛いのにっ、ただ見てるだけでねっ、なんで何もできないんだろって。

私も榊の役に立ちたいのに、何にもできなくて、悲しくてね、自分が無力に思えて……」

 

まだ泣き止まない八重を、俺は無意識のうちに抱きしめていた。八重が戸惑いの声を上げる。

 

「無力なんかじゃないよ。お前が傍に居てくれると凄く安心する。

いっぱい心配してくれて嬉しいし、俺は幸せ者だよ。だからさ、泣かないでくれよ」

 

小さく頷いて俺に抱き着いてくる八重。

だんだんとすすり泣きに変わっていったが、完全に泣き止むまで俺たちはずっと抱き合っていた。

 

 

――本当、あの二人に入る隙が見当たらない。

私は榊の部屋の入口の横に立って、二人の会話をこっそり聞いていた。

何故だろう、最近二人の仲睦まじい様子を眺めていると胸の奥がぎゅっと苦しくなる。

榊が八重を撫でていると、羨ましく思う。

自分が八重の立場に居れたのならどんなに幸せかと考えてしまう。

榊に、もっと愛してほしいと思ってしまう。

あぁ、そうか。漸くこの今まで知らなかった感情に名前が付いた。

 

そうか、これが「恋」なのか……。

 

次の瞬間、自分の顔がものすごく熱くなるのが分かった。

今榊に会ったら確実に怪しまれる。

恋なんて一度もしたことがなかったから困ってしまう。私はこれからどうすればいいのだろう。

今まで通り接すればいいのか?でもそれだと進展ないし……。

というか恋人よりも家族の方がグレード的に上な気がするけど、まぁ気にしないでおこう。

アイスは買ってきたものの、榊と話すのは気まずくなりそうだ。だけどそれだと買ってきた意味がない。

仕方ない、ここはささっと渡して居間に逃げよう。

うん、そうしよう。

 

「やれやれ、本当に仲良しだね君たちは。はいアイス。私は居間に行ってるから」

 

口早にそう言って棚にアイスを置き、部屋を出ようとしたのだが榊に呼び止められてしまう。

早くここから離れたいのだが……。必死に平静を装って振り返る。

 

「なぁ、顔真っ赤だけど大丈夫か?」

 

っ!?嘘だろ、全然隠せてないじゃないか。まずい怪しまれてしまう!

 

「うぉ、どんどん赤くなってるぞ!?」

 

完全に思考回路がショートしてしまった私は、とんでもないことを口走ってしまった。

 

「べっ、別に赤くなんかなってないもん!榊の気のせいなんだから!バーカ!!」

 

その瞬間、部屋の空気が凍り付いた気がした。榊も八重も硬直している。

私は自分の発言を理解すると、脱兎の如く駆けだした。

転げ落ちるようにして階段を下り、全速力で居間へ向かう。

そして速度を落とさぬままソファにダイブ、クッションを抱きしめて足をばたつかせた。

 

(ああああ何言ってるんだ私は!なにが、なってないもん!だよ……榊にも馬鹿って言っちゃったし……。はぁもうやだぁぁ………)

 

まだ覚めない頬に手を当てて自分の言動を悔やむ。

絶対今頃寝室で二人とも固まってるだろう。もう寝室には行けそうにはない。

が、榊と八重の夕食を届けなければならないので、結局私が行く羽目になる。

はぁと深い溜息を吐きながら目を瞑ると、榊の顔が浮かび上がってきた。

その瞬間胸が高鳴り、更に顔が熱くなる。

そして改めて確信するのだ。

 

私は、榊に惚れたのだと。



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八咫烏ってクーデレなのか?

ざぁぁと鳴り止まない雨音が俺たちを憂鬱にさせる。

洗濯物も乾かないし、梅雨は嫌な事ばかりだ。

 

「バス通学面倒臭いし……」

 

夕飯前に俺がソファで愚痴を零すと、隣の八重も便乗してきた。

俺に負けず劣らず不満そうである。

 

「私も湿気で髪の毛が……」

 

髪の毛を触りながら唇を尖らせる八重。確かにいつもより毛量が多いように感じる。

随分気にしているようで、先ほどから溜息を何度も吐いている。

 

「別にこれでも可愛いからいいと思うぞ」

 

気にすることはない、と言いながら頭を撫でてやると八重は顔を真っ赤にして俯いてしまった。

少し撫でにくいが、問題はない。全くない。

紅葉はストレートだから困んなくっていいなぁ、と文句を言いながら俺の肩にもたれ掛かってくる。これが乙女の嫉妬という奴か。

癖毛も可愛いと思うが、やはり手入れとか大変なんだろうなぁ。短髪の俺には分からん。

 

肩からずり落ちて膝に頭を乗せた八重は、あっと呟いて冷蔵庫へと行ってしまった。

少し残念な気がしたが、すぐに戻ってきてまた膝に頭を乗せて寝転がった。

手には最近買ったプリンが握られている。あとスプーンも。

 

「梅雨でイライラするからプリンで誤魔化す!」

 

「こら、食べるなら座れ」

 

意気揚々に蓋を開けようとしたのでそれを咎めると、八重は不満そうな顔をしたがちゃんと座り直した。俺の膝の上に、だ。

前も一度この状態になったことがあるが、その時は即座に八重をどかした。

なぜなら八重の髪の毛の香りを至近距離で嗅いでしまうのだ。

恥ずかしいとか嫌だとか、そういう訳ではない。

だけど、こう、アウトな気がする。下手したら理性が保てなくなりそうだ。

だが、プリンを食べ始めてしまった八重をどかすのも悪いからなぁ……。

 

仕方なくできる限り口呼吸で過ごしていると、居間に紅葉が入ってきた。

そして俺たちを見ると不服そうに顔をしかめて口を開こうとしたが、何か思いついたかのようにこちらへ近寄ってくる。

何を考えたか、ソファの裏に回った紅葉は俺の胸の前に手をまわしてぎゅっと抱き着いてきた。

その豊満な胸がむぎゅっと柔らかに俺の背で形を変えていく。

予期せぬ事態に俺の心臓はものすごい速度で鼓動しだした。しかも動揺したせいでうっかり鼻呼吸してしまい、八重の髪の香りが鼻腔を刺激する。

嗅覚と触覚がやけに敏感に反応し、俺の理性を蝕んでいく。

それはたったの数秒のことかもしれないが、俺には十数分くらいに感じられた。

 

――もう、耐えられない。

理性が遂に限界を迎え、八重を背後から強く抱きしめようとした瞬間、

 

「……サンドイッチ」

 

頭上から聞こえた紅葉の唐突な一発ギャグにより、今度は俺と八重の腹筋が崩壊した。

 

「紅葉、なに、いきなり、サンドイッチってあはははは!」

 

「さ、サンド、イッチ…ははははは!俺を八咫烏でサンドか!ははは、腹いてぇ……!」

 

俺たちが腹を抱えて笑っているのに対し、紅葉は何も言わない。

笑いを必死に押し込めながら振り返ると、そこには顔から湯気が出るほど真っ赤になった紅葉が立ち尽くしていた。

それは俺たちに笑われて恥ずかしくなったのか、俺に抱き着いてたのが恥ずかしかったのかは分からない。

紅葉は真っ赤な顏を隠すようにして俯いたまま居間を出て行ってしまった。まだ笑い続けている八重を膝から降ろして追いかける。

自分の部屋に入った紅葉を確認してから、俺も声をかけながら部屋に入る。

俺はベッドにうつ伏せで寝転がっている紅葉の脇に腰かけた。枕を抱きしめながら紅葉がこちらをちらりと見上げる。

 

「なぁ、紅葉があんなことするなんて珍しいけど、なんかあったか?」

 

そう訊ねたが、紅葉は再び枕に顔を埋めてしまった。うーんと悩んでいると、不意にベッドについていた右手にぬくもりを感じた。

 

「……私だって、たまには甘えたいんだよ」

 

か細い声でそう呟いた紅葉は俺の手をさらに強く握りしめてくる。こういう乙女な紅葉は八重に負けずとても可愛い。うん、俺の胸を跳ね上がらせるには十分な可愛さだ。

普段は大人びているけどまだまだ乙女な紅葉に思わず頬が緩んでしまう。握られた右手をするりと引き抜いてサラサラの赤髪に触れる。八重とは違った撫で心地の良さだ。さらに紅葉の顔が赤くなってしまったが気にせず撫で続ける。

俺だって、たまには紅葉を撫でたいんだ。

 

「お前も可愛いなぁ」

 

本音をそのまま伝えると、先ほどのように顔から湯気が出始めてしまった。

八重よりも恥ずかしがり屋なんじゃないかこいつ。

 

「やっぱり、大好きだ……」

 

「え、今なんか言ったか?」

 

なんでもないと慌てて首を振る紅葉。枕に顔を埋めてるからよく聞き取れなかった。

ま、今日でまた一段と紅葉との距離が縮まった気がする。

そして、俺は夕飯の用意を済ませていないことに気が付くまでずっと紅葉を撫で続けていた。

 

 

「榊お腹すいたー!」

 

二人で居間に戻ると八重が頬を膨らませながらスプーンを咥えて怒っていた。まさかそれプリンの時のか?

駄々をこねる八重を一撫でしてから台所に向かう。

 

「ねぇ八重」

 

「ん?」

 

「私も榊に撫でてもらったからね♪」

 

何故か八重に自慢している紅葉が可笑しくて思わずクスッと笑ってしまう。

何を張り合ってるんだか。

 

「別に、私榊に膝枕しょっちゅうしてもらってるからね~」

 

「っ!」

 

顔は見えないけど、多分悔しそうな顔をしているのだろう。

次の日、帰ってきた俺に紅葉が膝枕をねだってきたのはまた別の話。



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八咫烏って暑がりなのか?

まだ七月初日だというのに、もう蝉が鳴き出している。

ただでさえ暑いのに、蝉の声はその暑さを増幅させているような気がしてならない。

暑いぃと呻きながら襟首でパタパタと仰いでいる八重の胸元がちらりと見えそうになり、俺は咄嗟に視線をずらした。

日差しが強くになるにつれ八重の露出度も多くなっていくから困ったものである。

去年の今頃はもう少し涼しかったんだがなぁ……。

 

俺はまもなく高校初めての夏休みを迎えようとしている。

結局部活には入らなかったから、宿題さえ済ませれば特に予定はない。

友達と遊んだり勉強したりもあるけどな。

八重達とも出かけたいし。

 

「さーかーきー、エーアーコーンー!」

 

「駄目だ。エアコンは八月に入ったらな」

 

寝室で横になりながら八重がねだるが、俺はそれを躊躇なく断る。いくら八重が可愛いとはいえ、甘やかすのはよくない。このくらいの暑さでクーラーを使っていたら電気代がとんでもないことになってしまう。

黒いノースリーブを身に纏った八重が不満の音を上げながら大きく伸びをした。

両腕を上げると同時に、八重の白く穢れなき腋が目に飛び込んでくる。本当、無防備すぎて困る。

 

一方紅葉はというと、暑くて耐えられないと言って図書館へ避難してしまった。

どんだけ暑さに弱いんだこいつら。

八重も行けばいいのに、なぜか家にいるの一点張りだ。

 

「にしても暑いな。昼は素麺にしようか」

 

ベッドに身を投げていた八重は上体を起こし「ファミレス行こーよ」とだけ言ってまた横になってしまった。

ファミレスか。

店内は涼しいだろうし最近行ってなかったからな。たまにはいいか。

幸い図書館とファミレスは近いので紅葉を迎えに行ってそのまま行こう。そう八重に伝え、戸締りを確認してから俺たちは家を出た。

そう言えば、ここ最近八重は俺と外出する度手を繋ぐようになった。

初めて手を繋いだ時あんなに恥ずかしがってたのに。俺は構わないけどな。

 

「紅葉~」

 

図書館内で紅葉を見つけ、小声で呼びかけるとこちらに気が付いて近寄ってきた。

ファミレスに行くことを伝えると、ぱぁと表情を明るくして「さぁ行こう」と急かしてくる。流石に喜びすぎだろ。

少し歩いて着いたファミレス店内はやはり冷房が効いていて、心身ともに癒してくれた。

 

「あ~涼しいぃ」

 

紅葉も八重も座席に背を預けて深々と息をついている。そんなに暑いのが苦手なのか。

 

「何食おうかなっと、素麺セットにしよう」

 

「私もそれにする~」

 

「私もそうしよう」

 

「お前ら選ぶの面倒臭いだけだろ……」

 

呼び鈴を鳴らして店員に注文を伝え、ドリンクバーで各々飲み物を取ってきて席に着いた。

ストローでメロンソーダを美味しそうに飲んでいる八重を眺めていると、自然と頬が緩んでしまう。可愛いなぁこいつ。

と、八重の隣に座っている紅葉が立ち上がって再びドリンクバーへと向かって行った。コップを持って行かなかったから、お代わりという訳ではなさそうだ。

少しして戻って来たと思ったら、その手にはストローが一本握られていた。

さっきまで普通に烏龍茶飲んでたのに。飲みにくかったのかな?

まぁ別に訊ねるほどの事でもないのでスルーしていると、なぜかしょんぼりとしてしまった。

一体何なんだ……?

 

「お待たせいたしました」

 

店員が素麺セットを運んできたので、全員分揃ってから食べ始める。

ひんやりとした素麺が身体を内側から冷やしてくれるようだ。

ゆったりと味わっていたら、正面から「ごちそうさま!」と聞こえたので顔を上げると、八重の前に置かれた空の器が目に入った。

食べるの早いな……。紅葉も俺も今半分食べたくらいだ。

暇そうに口をとがらせながら貧乏ゆすりを始めた八重に、俺はメニューを差し出して、

 

「ほれ、デザート決めてな」

 

明るい表情を浮かべて頷いた八重は鼻歌を歌いながらメニューを眺め始めた。

俺はもうチョコレートパフェに決めたからのんびりと素麺を頂こう。あー旨い。

皆素麺を食べ終え、紅葉もデザートを決めたので追加注文して暫く待つ。

 

「パンケェキ~♪」

 

「こら、貧乏ゆすりは止めなさい」

 

八重を叱る紅葉はどっからどう見てもお母さんだ。そんな事を呟いたら紅葉に怒られてしまった。

各々のデザートが届き、改めて合掌して甘味を堪能する。

やはり甘いものは別腹だ。満たされたお腹でも余裕で完食できた。

 

「ん、八重口元にカスが付いてるぞ」

 

俺の指摘に八重は舌で口元をぺろぺろと舐めるが一向に取れる気配はない。

一生懸命に舐め取ろうとしている八重をもっと見ていたい気持ちを押し殺してナプキンで口元を拭ってやる。ついでに口周り全体も拭いてあげると、八重はにぱっと俺の好きな笑顔を浮かべた。

 

「ありがとっ♪」

 

「どーいたしまして」

 

不意に紅葉に声をかけられ、目をやると何故かぐいっと上半身をこちらへ乗り出していた。

 

「わ、私は何もついてないかい?」

 

と訊ねられたので口元を見るが、何もついていない。綺麗に食べた証拠だ。

 

「大丈夫なんもついてないぞ。流石だな」

 

「そうか……」

 

なんで褒めたのにしょんぼりされるんだろう。今日の紅葉は少し様子がおかしい気がする。

 

アイスを買って帰りたいと八重にねだられた結果、根負けして了承して会計を済ませて店を出た。

俺のデザートはチョコパフェで紅葉はイチゴパフェ。どちらもアイスが乗っかっていた。

だからアイスはもう十分なのだが、八重のパンケーキには乗っていなかったから羨ましかったのだろう。仕方ない奴だ。

コンビニでアイスを買って帰路に着くころには、先ほどまでの涼しさの余韻は遥か彼方へ消し飛んでいた。

正午を過ぎてさらに日差しが強くなっている。

 

「……家帰ったらクーラー点けようか」

流石に辛いからな。居間だけ点けると言うと、二人ともやったね!とハイタッチして喜んだ。

涼しい部屋でのアイスは美味しいだろうな。

腹を壊さないか少々心配ではあるが……。

しかし、その心配は的中し、紅葉はお腹を壊して蒸し暑いトイレに三十分程籠っていた。

可哀想に。



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八咫烏って浴衣なのか?

カランコロンと歩くたび鳴る下駄。

屋台の威勢のいい呼び込み。

子供たちのはしゃぎ声。

色々な音が奏でる夏の音。

毎年七月七日に近所の神社で開かれる七夕祭りでこれらの音を聴くのが楽しみだった。

そして今年の七夕祭りは、今までと一味違った。

 

「榊、私あの白いふわふわ食べたい!」

 

「こら八重、走ったらだめだろう。榊とはぐれるよ」

 

「愉快だなぁお前ら」

 

今年は八重と紅葉がいるので、より一層賑やかに感じる。

今までは父さんと母さんとでのんびり回ってたからな。元気かなぁ二人とも。

もう六時だというのに、まだ空はほんのり明るい。一番星は……探さなくていいや。

祭りだ祭り。

ぱぱっと綿菓子を買って八重に渡してやる。

 

「なんか食いたいものあったら言え。今日は大サービスだ。存分に楽しめ!」

 

八重はやったーと歓声を上げ、俺に抱き着いてきた。さらに紅葉まで。

太っ腹ぁ♪と言いながら俺の腹を突いてくる八重を引っぺがし、人混みの中を歩きだす。

七夕祭りに訪れる人の殆どが浴衣で、小さな子供も浴衣姿ではしゃぎまわっている。まぁ毎年恒例の光景なんだが。

 

「榊、あの赤いのは何だい?」

 

「林檎飴のことか、食いたいのか?」

 

紅葉は少し顔を赤くして、小さく頷いた。食い物を頼むだけで赤面するとは……。

二人を引き連れて林檎飴の屋台へ向かい、一本買って紅葉に渡してやる。

未知の食べ物に目を輝かせ、大きな口を開けて食べようとした紅葉。

 

「林檎飴の周りの飴って割と固いぞ」

 

はっと思いだし忠告したが手遅れだったようで、ガリッという音のあと少し遅れて涙目で紅葉が訴えるように見つめてきた。悪いことしたな……。

 

そんなこんなで露店を色々散策。

八重も紅葉もそれぞれの色の浴衣を着ている。

紅葉は珍しいことに髪型まで変えている。後ろ髪を一つのお団子に纏めている姿はなんだか新鮮だ。

と、俺の視線に気が付いたのか隣を歩いていた紅葉が顔を赤くした。

 

「そ、そんなに見ないでくれ……恥ずかしいじゃないか」

 

……ここは「そんなことない、可愛いよ」と言うべきなのだろうか。いや、俺に言われたところで嬉しくはないだろう。むしろ引かれる可能性の方が高いな。

――この時、八重と紅葉の思考が一致していたことを俺は知らない。

 

(なんで一言も褒めてくれないの!?)

 

なんか二人がため息ついてるんだが、どうしたんだろう。腹減ったのか?

 

「取りあえずたこ焼でも買うか」

 

境内の傍に待たせて近くにあったたこ焼きの屋台へ向かう。生地の焼ける匂い。ソースと鰹節の香り……。たこ焼きはやっぱりいなぁ。

 

「おじさん、たこ焼き三パック」

 

「あいよぅ!」

 

威勢のいい返答から少ししてたこ焼きの入ったフードパックを差し出される。代金をぴったり払い会釈してから二人の元へ戻る。

互いに綿菓子と林檎飴を食べさせっこしている二人にたこ焼きを一つずつ渡し、俺も八重の隣に腰を掛ける。

涼しい風が八重のポニテをそよそよと揺らし、夏の夜を実感する。

 

賑やかな参加者たちを眺めながら三人でこの後どうするか話し合った。

紅葉は射的や輪投げなどの景品系に興味があるらしく、射的をしている子供を見つけて目を輝かせていた。

八重は、なんというか八重らしく食べ物ばかり候補に上がっていた。

 

「チョコバナナ、かき氷、ラムネ、焼きそば、焼きイカ……迷うよぉ!」

 

想像しただけで喜びを全身で表し、涎を垂らしている八重。食べたいだけ食べてもいいのだが、八重の腹と俺の財布が不安だ……。

突然、俺の目の前に勢いよく大きなスーパーボールが飛んできた。

次の瞬間、少し離れたところで顔を青白くさせた小さな男の子が俺を見ているのが見えた。

恐らく誤って弾き飛ばしてしまったのだろう。

割と痛そうだが、あまりにも突然過ぎて避けることは不可能だ。

反射神経でとっさに目を瞑り、衝撃を覚悟したその時

 

「危ない」

 

八重の声が聞こえ、衝撃は訪れなかった。

恐る恐る目を開けると、俺の目の前には八重の握りこぶしがあった。

ふふんと得意げに俺に目を向ける八重、どうやら俺の顔面にぶつかる直前につかみ取ってくれたようだ。

普通の人間なら無理かもしれないが、八咫烏としての動体視力や身体能力のお陰だろうか。

 

「あ、あのっ!ごめんなさい!!」

 

慌てふためき涙ぐんでいる先程の少年が俺の元へ駆け寄ってくる。

八重のお陰で被害はなかったので、大丈夫だよ。と伝えて軽く頭を撫でてやる。

さてスーパーボールは返してあげないとな。

 

「八重、スーパーボール返したげて」

 

「……ごめん」

 

なぜか謝罪の言葉を述べた八重が俺に見せるように握り拳を開いた。

それと同時に、謝罪の意味を理解する。

俺もちょとビビった。

 

「……粉々、だな」

 

八重が握りしめたスーパーボールは八重の握力に耐えきれず、文字通り木端微塵になっていたのだ。

少年も八重の掌を見てぽかんとしている。

仕方ないのでスーパーボール掬い三回分―三百円を少年にお詫びに渡して、俺達も再び露店を周り始める。

祭りが始まった時刻に比べ、少し人も減り移動がしやすくなった。

射的の屋台を見つけた紅葉が射的をやりたいと言ったので快諾し、一回分の代金を渡す。確か一回五百円で七発だったっけ。

代金を支払い、弾と銃を貰ったが弾の込め方が分からないのか狼狽えている。

俺は紅葉の背後に回り、後ろから手を重ねて指導する。体が密着してしまってるが、まぁ紅葉も気にしないだろう。

 

「まずここを引いて…そうそう。で、次は先端に弾を挿れるんだ。そんで……って」

 

先程から紅葉が一言もしゃべらないのだが、ちゃんと理解しているのだろうか。

というか、心なしか紅葉の体温が上がっているような……。

八重が紅葉に近寄り、紅葉の顔を覗き込んだ。俺から紅葉の顔は見れないのだが、覗き込んだ後の八重は何やら面白いものでも見たような笑みを浮かべていた。

一体どうしたというのだろう。

 

「まぁいいか。あとは引き金引いて同じ手順を繰り返すだけな」

 

そう言って俺は屋台から少し離れる。他の客の迷惑になるからな。

初めての割には一発一発すべて景品に命中させゲットしている紅葉を眺めていたら、八重が裾を引っ張ってきた。

 

「ねぇお面買っていい?」

 

すぐ傍にあるお面の屋台を指さしそういうので代金を手に握らせてやる。食べ物の類を買う時はあんなにはしゃいでいたのに、なんでお面の時はニヤニヤしてるんだ……?

そして八重がお面を片手に戻ってくると同時に紅葉も両手に景品を抱えて戻ってくる。

何故か俯いたまま顔を上げない紅葉に疑問を抱いていると、八重が先程買った狐のお面を紅葉につけさせていた。

 

「はい、これで顔は隠れるでしょ」

 

「……ありがとう、八重」

 

俺に顔を見られたくないのか?え、俺嫌われた?俺なんかした!?

全く心当たりが思い浮かばず、頭を抱えている俺の手を二人が繋いできた。右手を八重が、左手を紅葉が、だ。

八重は何となくわかるが、紅葉が手を繋ぐとは珍しい。まぁ手を繋ぐってことは嫌われたわけではないんだな……よかったよかった。

 

その後、家に着くまで紅葉はお面を外さなかった。八重は紅葉を見てニヤニヤ笑ってるし……何が何だか分からんが、楽しんでくれたようで何よりだ。

 

「榊、来年もお祭りいこーねっ♪」

 

「……もう射的のやり方忘れたから来年もまた教えてください」

 

俺に抱き着いてくる八重とソファで顔をクッションに埋めている紅葉の頭を撫で、勿論だと答える。

 

 

 

――七夕祭り会場には大きな笹の葉が飾られており、祭りの参加者が自由に短冊を吊るせるようになっている。

そんな笹の葉に、仲良く吊るされた短冊が三枚。

 

「榊とずっと一緒に居られますように! 八重」

 

「願わくば、榊との生活が末永く続きますように 紅葉」

 

「大好きで大切な家族が、幸せになれますように 盥 榊」



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八咫烏って恋煩いなのか?

お待たせしましたァ(瀕死


「二人とも、遊園地行くぞ!」

 

齢百二十四年。生まれて初めての遊園地に愛しの榊と行くことができて万々歳だ。

とはいえ二人きりなわけがなく、もちろん八重も一緒である。

なにやら三連休らしく、折角なので私たちをどこかへ連れていきたかったらしい。やはり榊は優しいな!

 

「紅葉、あれ何ー?」

 

「あれはコーヒーカップだね」

 

遊園地、入るのは初めてだが存在やアトラクションの名称などは知っている。伊達に百年以上生きていない。

 

さて、実のところ私は今朝からそわそわして仕方がない。

遊園地が楽しみ、というのももちろんあるのだが、別の理由で、だ。

ひとつ、決意したことがある。

 

――今日、私は榊に告白する。

もう感情が抑えきれないのだ。だから、率直に伝える。

「私の恋人になってください」と。

 

 

受付を終え、パンフレットをもらって入園した私たちは人の邪魔にならないよう隅の方に移動してパンフレットを眺める。

 

「さぁまず何に乗ろうか」

 

「これやりたい!!」

 

八重がパンフレットを見て指さしたのは、座った座席が高く上昇し、一気に降下するという絶叫マシンの定番だった。

八重のテンションの高さは普段通りだが、榊はいつもよりウキウキしているのが見て取れる。

何でも、遊園地に来るのは七年ぶりだとか。

こんなに気分上々な榊を見るのはたこ焼きパーティぶりだったりする。

 

空には程よく雲があり、特別暑いというわけでもない。

絶好のお出かけ日和というわけだ。

告白は一旦脳から取り除いておこう。まずは楽しむことが大事だしね。

さぁ、楽しい一日の始まりだ。

 

 

 

一番初めに乗るのは先ほど八重が乗りたいと言っていた絶叫マシンだが、榊はベンチに座っており乗る気はないようだ。

いわゆる高所恐怖症というやつらしい。榊の新しい一面を知れて私は嬉しいぞ。

 

さて、気がつけば私たちの座った席が徐々に上昇し始めている。一気に上がるのではなくゆっくり上がるところがまた恐怖心を煽る、という狙いだろうか。

残念ながら上空を飛びまくっていた八咫烏からしたら微塵も怖くない。

それは八重も同じだろう。そう思って隣を見ると……。

 

「あぁ、こっから落ちたらどんなに痛いんだろぉ……♪」

 

驚くことにドMを発動させていた。もしかして普段空飛んでる時も快感を味わってるのだろうか。

引く、を通り越してむしろすごいと思ってしまう。

 

「あ、落ちる」

 

席が急降下すると共につんざくような悲鳴が他の客から発せられる。その中に興奮してる声が混ざってたのは気にしないでおこう。

悲鳴に囲まれ地上へと到着すると、そこでアトラクションは終わった。

 

早く榊のところに戻ろう。興奮状態の八重の手を引いてベンチに向かうと、ソフトクリームを食べている榊がこちらに手を振ってくれた。

八重を見て状況を察したらしく、「相変わらずだな」と苦笑いを浮かべている。

と、榊が手にしているソフトクリームを私に差し出してきた。

 

「一口いるか?」

 

「え、た、食べる!」

 

いつもの私だったら恥ずかしがって断るだろうが、今日の私はひと味違うんだ。

勇気を出してソフトクリームに口をつける。

バニラの風味が口に広がり、それとは別の甘い味がする。おそらく後者は気のせいだろう。

榊のソフトクリームは、とても美味しかった。

 

「ありがと、榊」

 

「いいけど……なんか今日紅葉、変だな」

 

え?と思わず聞き返してしまう。

自分が変だという自覚はある。しかしそれを榊に悟られていたことに驚いたのだ。

一体どこが変なのか、榊に尋ねると悪戯っぽい笑みを浮かべて

 

「いつもなら間接キスしただけで狼狽えるのに。ちょっと残念だなぁ照れてる紅葉が見れなくて」

 

と揶揄られてしまった。

榊って意外とSな所があるよね…八重は多分そこが大好きなのかな。いや、八重のせいでこうなったのかな。

どっちにしても榊はかっこいいし大好きなのに変わりはない。

 

「……なんでこのタイミングで赤面するんだ?」

 

「ふぇっ?」

 

頭の中で榊のことを考えてた、なんて言えない。

こちらをニヤニヤと見つめてくる榊から視線をずらし、他のアトラクションに目を向ける。

八重も正気に戻ったみたいだし、そろそろ次に行こう。

 

「あ、観覧車は一番最後な」

 

榊が念を押すようにそう言うので、高所恐怖症じゃなかったのかと尋ねると、地面が見えなければ問題ないらしい。

高所恐怖症仲間には分かるだろうが、生憎私にはよく分からない。

 

「じゃあ榊は何に乗りたい?」

 

八重の問いに少し考えた後、榊はここから少し離れた場所を指して言った。

指の先にあるのはジェットコースターだ。

怖いのに乗りたいのか。ドMなのか。

 

「ジェットコースターは楽しいからいいんだよ」

 

言い訳じみた言葉を残し、早く行こうと急かしてくる。それがなんだか小さな子供みたいで思わずクスリと笑ってしまう。

 

身長検査では当たり前だが誰も引っかかることなく乗車許可を得た。

 

「あ、私榊の横座る!」

 

八重が榊の腕に抱きつき、当然のように宣言したのを私は聞き逃さない。

くっついている八重を引き剥がすと怒りを含んだ目で睨んできた。

 

「……何?」

 

「私だって榊の横に座りたいんだ」

 

「いやいや明らかに私の方が先だったよね」

 

「そんなルールないだろう。そもそも榊は何も言ってないぞ」

 

「私の方が榊と仲いいもん!」

 

「そ、そんなことない!」

 

八重といがみ合っているの、強めに頭を叩かれた。叩いてきたのは榊だ。

初めて見たが、完全に怒った目をしている。

私と同じく叩かれた八重も、痛みに喜ぶことなくしょんぼりとしている。

 

「周りの迷惑だろ。喧嘩するようならもう帰るぞ」

 

「「ごめんなさい……」」

 

素直に頭を下げると榊は普段通りの優しい目に戻り、私たちの頭を撫でてくれた。

大人しくするようにと念を押され、もう一度深く頷く。

じゃんけんで決めろと言われたので言われるがままに八重とじゃんけんで勝負して、愛の力で勝った私は無事に特等席を手に入れた。

八重も駄々をこねることなく若干落ち込みながらもジェットコースターを楽しんでいた。

 

 

 

そんなこんなでアトラクションをほぼほぼ制覇する頃にはすっかり日が落ち、辺りは暗くなっていた。

残すは観覧車だけだ。

さて、困った。今日告白する気でいたがタイミング的には観覧車内での告白が一番良いだろう。

しかし、八重がいるではないか。そのことをすっかり忘れていた。

どうにか二人きりになる方法はないだろうか。

知識を振り絞って考えていると、八重が気だるそうに口を開いた。

 

「私もう疲れたから二人で乗ってきてよ。ソフトクリームでも食べて待ってる」

 

少し残念そうにする榊からソフトクリーム代を受け取り、ベンチへ足を運ぶ八重。

私の横を通り過ぎる際、ぼそっと呟くのがしっかりと聞こえた。

 

「――ま、頑張って」

 

 

 

閉園間近なせいもあり観覧車にはカップルたちが複数組並んでいた。皆仲睦まじく手を握っている。

私も榊とあんな風にできたらなぁ……。

 

ちらにと横に並んでいる榊を見上げる。と、榊が顔を赤くして何故か狼狽えている。

どうしたのだろう、不思議に思っていると榊はこっそりと私に囁いた。

 

「なぁ、なんで手ぇ繋いでんの?」

 

初めは言っている意味がわからなかった。

まず自分の左手を見る。気付かぬうちに他人の右手を握っている。

腕を伝うように目線をあげると、そこに居たのは榊だった。

思わず顔が熱くなり、咄嗟に手を離して後ずさる。

後ろの客にぶつかってしまい、頭を下げて謝りまた榊の隣に並んだ。

うう、気まずい……。

 

その後の会話がないまま私たちの番が回ってきて係員にカップル扱いされ余計に恥ずかしくなってしまう。

ゴンドラに乗ったあともかける言葉が見当たらず、沈黙が続いていた。

先に沈黙を打ち破ったのは榊。

 

「なぁ、今日の紅葉、ホントなんか変だぞ?なんかあったか?」

 

榊に真剣な眼差しでこちらを見つめてくる。

 

「え、ええとだね…その、こ、こく……」

 

「こく?」

ゴンドラが上昇するにつれ、窓から見える夜景は一層綺麗になり、告白に相応しいムードを作り上げていく。

だが、それに比例するかのように、私の告白するぞ、という決意はぼろぼろと崩れていった。

ど、どうしよう。今更緊張してくるなんて……。

榊の顔もまともに見れず。思わず俯いてしまう。

顔が熱い。愛しい人に想いを伝えるのは、こんなにも勇気がいるのか。

 

「ここここここくは、く……」

 

「告白?」

 

そう、告白だ。私が今からするのは、愛の、告白……。

しかし自分でも気付かないうちに私の口は勝手に動いていた。

 

「榊は告白されたことあるのかなぁって!」

 

ああああ何言ってんの私!馬鹿なの!?死ぬの!?

 

「い、今のは気にしなくてもいいよ!」

 

慌てて発言を撤回するが、榊は真面目な表情で唸りながら腕を組んで

 

「ん~告白は何度かされたけど、全部なんとなく断ってたな。そこまで親密だったわけじゃないし」

 

と教えてくれた。

つまり今現在彼女的存在はいないわけだ。よかった、既に人間の女性とお付き合いしていたらどうしようもないからな。

というか、親密な私となら、いいってこと……なのか?

これは、もしかして、受け入れてもらえるのではないだろうか。

私の愛を受けて止めてくれるんじゃないだろうか。

 

「あ、あのっ!」

 

「でも、今なら”好きな人がいます”ってきちんと断れると思うんだ。なんとなくじゃなくて」

 

「え……?」

 

好きな人が、いる?私の想い人には、別の想い人がいる?

いや、でもそれが私だという可能性もないわけじゃ……。

しかし、そんなちっぽけな儚い希望も、榊の言葉ですべてかき消されてしまう。

 

――丁度、ゴンドラが頂上に到達した。

滅多に見れない、最高の夜景だ。

 

「俺はさ、きっと、八重のことが好きなんだ」

 

……あぁ、そうだった。当たり前と言ってもいいほどじゃないか。

心のどこかで気付いてたはずだが、無意識のうちに知らないふりをしていたのかもしれない。

榊がこの世で最も愛情を注いでいるのは、八重であることに。

 

「誰かを好きになったのなんて初めてだ。だから気が付くのが遅くなったけど……。うん、八重が大好きだ」

 

私もその言葉をそのまま榊に伝えたい。

初めは気が付かなかったけど、次第に榊が好きだと分かった。だから勇気を振り絞って、想いを伝えようと……。

 

でも、そうか。私の恋は、実らないのか。

榊は今、八重以外を受け入れる気はさらさらない。

だったら、告白しても、意味がないじゃないか。

こんなの、報われないじゃないか。

私の初恋はこんなにも呆気なく散ってしまうのか。

 

「なぁ紅葉。応援、してくれるか?」

 

あまりにも残酷なお願いが私の胸を突き刺す。

その願いを否定して告白することも可能だ。しかし、それを受け入れてもらえる確率は圧倒的に低い。

つまり、私に抗うすべは残っていないということだ。

 

「……あぁ。もちろんだ、応援するさっ。大事な家族の初恋なんだから」

 

泣きたい。でも泣いちゃいけない。

榊に理解させてしまうから。罪悪感を与えてしまうから。

深く深呼吸して感情を抑え込む。

 

「ねぇ、榊?」

 

「どうした?」

 

例え報われなくても、それでも、一度だけでいいから言って欲しい。

その大好きな声で、愛しい笑みを向けられながら、言われたい。

降下しつつあるゴンドラの中で私は訊ねる。

 

「榊は、私の事好きかい?」

 

一瞬驚いた表情を見せた榊だったが、すぐに私の大好きなあの笑顔を見せてくれた。

 

「あぁ、大好きだよ」

 

 

 

 

 

 

「いやー、楽しかったな!」

 

観覧車を下りた私たちを出迎えた八重はもううつらうつらとしていた。ふふ、これだからお子様は。

もうそろそろ帰ろうと言って出口へ向かう途中。

 

「ごめん、お手洗いに行ってくるよ」

 

半分寝てしまっている八重を負ぶった榊に断り、最寄りのトイレへと向かう。

利用者は誰もおらず、静かな女子トイレには私一人だった。

個室に入り、鍵を閉めると同時に先程堪えた涙が溢れだしてくる。

私の想いは受け止めてもらえない。その現実は、もうどうしようもなかった。

 

 

 

「――ふぇぇ、ざがぎぃ……っ!大好きなのにぃ、大好きなのにぃっ!うあぁぁぁぁぁ……」

 

 

 

あぁ、榊。私は貴方のことが大好きだ。

だから、絶対に八重と幸せになれ。もしならなかったら、四肢を引きちぎって殺してやる。

 

長くて短かった私の恋煩いは、儚く散って消えた。




感想・評価、是非是非よろしくお願いします!


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八咫烏って嫉妬深いのか?

更新遅くて申し訳ないです(´・ω・`)


「榊、牛乳が切れたから買ってきてくれないかい?」

 

「ん、了解」

 

我が家に馴染みきった紅葉はまるで母か姉のように家事を手伝ってくれている。

さらに近くのスーパーや商店街の店員さんと顔なじみになって世間話するレベルにまでなっていた。

俺も顔見知りじゃないわけではないのだが、烏にコミュ力で負けるってどうなんだろう……。

 

「ほら八重もずっとごろごろしてるなら榊と一緒に買い物しといで」

 

ソファに座っている俺の膝に頭を乗せて寝そべっている八重に紅葉は呆れたように言う。

遊園地の一件以来、紅葉は俺と八重の距離をさらに縮めようとしてくれている。本当に良い奴だ。

紅葉には心の底から感謝している。

 

「榊が行くなら行く!」

 

元気よく上体を起こした八重は身に着けていたジャージから黒いタンクトップとデニムパンツに着替えて俺を急かす。

俺はもともと外出できる服装だったから財布とエコバックを持って家を出る。

と、家を出る前に紅葉にメモを受け取った。牛乳以外の買い物メモだ。

本当、しっかりした八咫烏である。紅葉に好かれてるやつは幸せ者だな。

 

昼前の太陽の下を手を繋ぎながら歩く。すっかり手を繋いで歩くのが普通になってしまい、今ではお互いが照れることはない。

妹が出来た気分だが、何を隠そう俺は八重のことが好きだ。家族としてもあるが、一人の女の子として八重が好きなのだ。

それに気が付けたのは紅葉のお陰でもある。

 

スーパーに入店すると同時に八重が走り出そうとしたので、繋いだ手に力を入れて引き止める。走って他の人とぶつかりでもしたら大変だ。

強く握られたのが嬉しかったのか、八重は先程より頬を赤らめてはにかんだ。

 

「走んなよ。えっと、まずはお菓子だな。お前らのおやつだし、八重が好きなの選びな」

 

「ほんと!?じゃあお煎餅とプリッキーと……」

 

「一つだけ、な」

 

あからさまに絶望した表情を見せる八重をお菓子売り場に連れていき、その間俺は牛乳や野菜を買い物かごに入れていく。牛乳はなるべく奥に陳列されているものの方が賞味期限が遅いのできちんとそちらを買う。並べた店員さんには悪いけどな。

 

買い物メモを見て買い逃しがないことを確認し、お菓子売り場に戻ると、満面の笑みの八重が俺を待っていた。

 

「これにする!」

 

そう言ってかごに入れたのは激辛煎餅。俺も食べたことあるが、一枚食べるのに一苦労だった。

辛味は刺激、つまり八重の快感の対象なのだ。

以前ラーメン屋に行った時も激辛つけ麺を頼んで喜びながら食べていた。ドM、侮りがたし。

 

煎餅はかごへ、八重が煎餅の裏に隠し持っていたプリッキーはきちんと棚に戻した。

しょぼくれている八重の手を引いてレジへ向かうと、見覚えのある顔が営業スマイルを浮かべているのに気がつく。

 

「いらっしゃいませーって、榊くんじゃん!おっはろ〜!」

 

「テンションおかしいぞ、仕事しろ」

 

この春からクラスメイトになった小鳥遊(たかなし) (そら)が満面の笑みで話しかけてきたので適当にあしらい、会計を済ませてもらう。

その間高校の話やらをしていたからか、八重が拗ね気味だ。

まぁ家に帰ったらたっぷり可愛がるからな。

と、小鳥遊が藪から棒に話を切り出した。

 

「ねぇもうちょいで仕事上がりなんだけど午後榊くん家遊び行っていい?」

 

「だめ!」

 

……一応言っておくが、拒否したのは俺ではない。

俺の腕に抱きついて小鳥遊を睨みつけている八重だ。

俺も小鳥遊もぽかんとしていると、八重が俺の袖をグイグイと引っ張った。

 

「帰るのー!帰って寛ぐのー!」

 

駄々をこね始めた八重を不思議そうに眺めていた小鳥遊は暫く考えたあと、あぁ!と手を叩いた。

そしてニヤニヤと笑いながら八重に

 

「もしかして榊くんが取られちゃうと思ってるの?別に私は榊くん狙ってないから大丈夫だよ〜」

 

と伝えた。八重は用心深く、何度も「ホント?」と聞き返している。それに対し小鳥遊も全てに「ホントだよ」と返答していた。

たしかに小鳥遊とはただの友達といった感じで、男女らしい関係ではない。

 

「ふむ、許可しよう!」

 

八重に許可をもらった小鳥遊が俺に微笑みかけてくる。そういえば高校の友達を家に呼ぶのは初めてだ。

とりあえず帰ったら居間を片付けなきゃな。

 

「じゃ、また後でね〜!」

 

「おう、その前にこのレジ列をなんとかしろ〜」

 

俺らが話している間に溜まってしまったレジ列を見て顔を青くしている小鳥遊に背を向け、荷物を詰める。

荷物の入ったレジ袋はもちろん俺が持つ。八重に重いものを持たせるわけがない。

男としてもあるが、落としそうで怖いというのもある。

両手が塞がっているので八重がふらふらっとどこかに行かないか見張りながら家に帰る。

 

「ねぇ榊、片方袋持とっか?」

 

「いや、重いから俺が持ってるよ。ありがとな」

 

「……」

 

何故か納得していないような顔をしている八重。

大丈夫と言ったにも関わらず八重は俺の左手の荷物をぶんどってしまった。よくよく考えれば俺より八重の方が力持ちなのか……なんか悔しいな。

と、荷物を左手に持った八重は少し顔を赤らめ、俺の手を握ってきた。

 

「なんだ、手繋ぎたかったのか?それならそう言えばいいのに」

 

「だって、恥ずかしいじゃん……」

 

「はは、可愛いなぁ八重は」

 

今すぐ抱きしめたいが生憎抱きしめられない。家に帰ったら撫でて愛でてやろう!

小さくて柔らかな八重の手を握りしめ、幸せを実感する。好きな娘とこうして日々を過ごせるなんて、これ以上の幸せがあるだろうか。

 

どうかこんな日々がいつまでも続きますように。

 

休日の昼間はまだまだ長い。




紅葉の恋心を潰しておいて幸せ感じてるとか榊は一度死んだ方がいいと思うんですよ


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八咫烏って用心深いのか?

ほんっと遅れてすいません!!
バイトと宿題が(汗
あと書きたい物語が出来たのですが試行錯誤してたら、時間がどんどん流れてまして……。

今回時数が短くて申し訳ないです。が、次話につながる大事な話です。と言うか大事な話になりました。
行き当たりばったりなのはいつものことなので大目に見てくださいまし。


小鳥遊、イン我が家。

 

「お邪魔しま~す」

 

「いらっしゃい。榊のクラスメイトだっけ、いつも榊がお世話になってます」

 

紅葉の母親っぷりに苦笑しつつも小鳥遊を居間に案内する。今気が付いたのだが、俺達三人の関係はどう説明すれば……。三兄妹とかでいっか。

テキパキと飲み物を準備する紅葉とは真逆に八重は普段と何も変わらずソファで寛いでいる。

丁度ソファに日光が当たっているので暖かそうだ。気持ちよさそうな八重の顔がたまらなく可愛い。

が、今は来客優先だ。

 

「八重、小鳥遊と座りたいから別に移ってくれないか?」

 

多少の駄々は覚悟していたのだが、予想に反して八重はすんなりとソファから離れた。驚いたが、礼を述べつつ二人で腰を掛ける。

と、俺の膝の上に八重が乗っかってきた。なるほど、これが狙いか。

 

「ソファからは退いたもん♪」

 

「はいはい」

 

得意げな顔で俺の胸に後頭部を擦りつけてくる八重。小鳥遊の前なので思い切り抱きしめたい気持ちをぐっと堪え、それでもついつい頭を強めに撫で繰り回してしまう。

八重が可愛すぎるのが悪いんだ。

 

紅葉の用意してくれた冷たい麦茶を飲みながら高校の話に花を咲かせる。

内容はクラスのメンツの話だったり文化祭についてだったりまちまちだ。

時折紅葉も会話に混ざりつつ、非常に楽しい時間が流れていく。

 

「……さて、八重ちょっとおいで」

 

「は~い」

 

唐突に紅葉が居間を後にし、それに続いて八重も退出していった。膝上に寂しさを感じながらも、小鳥遊との会話を続ける。

一体どうしたのだろう……。

 

 

 

 

「どう? あの子」

 

「うん、仲はいいけど確かに狙ってはなさげだね」

 

「やっぱりか。……榊がとられるんじゃないかと思ったよ」

 

「あはは、紅葉も榊好きだね!」

 

「あ。当たり前じゃないか。家族だろう」

 

「うん、そうだね!」

 

 

 

数学教師の奇妙な癖の話で盛り上がっているところに、二人が戻ってきた。何をしていたのかと訊ねてもそれとなく濁されてしまう。まぁ別にいいけど……。

それからまた他愛のない話で盛り上がり、気がつけば二時間ほどが経っていた。

赤と黒のチェック柄のプリーツスカートを軽くはたいて小鳥遊が立ち上がる。

トイレに行きたいとのことだったので、廊下の突き当りだと教えてやる。

 

「榊、あのさ」

 

トイレのカギが閉まる音と同時に八重が少し静かな声音で口を開いた。

 

「私達と小鳥遊さん、どっちといる方が楽しい?」

 

人間と八咫烏、その壁を改めて感じたのだろうか。

人外である自分より、同じ種族の友人のが大事なのではないか、と心配になったのだろう。

が、俺を舐めないでもらいたい。

八重と紅葉を俺の前に来させ、一応気遣って声のボリュームを落とし、はっきりと告げる。

 

「馬鹿だな。俺はお前らといるときが一番楽しいし幸せだよ」

 

頭を撫でてやると二人は安心したような表情を浮かべて、紅葉は自室に、八重は俺の膝の上に乗っかった。

小鳥遊が戻ってくると、膝の上の八重を撫でる俺を見てクスリと笑顔を浮かべた。

 

「学校じゃこんな榊君、絶対見れないよ」

 

笑いながらそういうので俺もつられて笑う。

確かに、学校より家のが何倍も幸福を感じられるしな。決して学校が嫌いなわけではないが。

あ、委員長の仕事は嫌いだ。

 

不思議と話は尽きないもので、その後もワイワイと盛り上がっていたら日は既に沈んでいた。

家の途中まで小鳥遊を送るべく、八重を一撫でして家を出た。

別れ際、不意に小鳥遊が俺を見つめてくる。

 

「あの、さ。紅葉さんの事なんだけど」

 

「紅葉がどうかしたか?」

 

「その……紅い目に紅い髪で、染めてたりしてるようにも見えなかったんだ」

 

……まずいな。怪しまれているのか?

確かに赤目赤髪の人は普通いないし、俺達三人の関係も普通じゃない。怪しまれて当然だ。

しかし、小鳥遊が言いたいことは別にあった。

 

「別に紅葉さんが変とか言いたいんじゃなくてね。実は、近所にそういう子が居るんだ。金髪で黄金色の目してるの」

 

それは、普通にハーフの子じゃないのだろうか。

そう思っていると、小鳥遊は神妙な面持ちで言葉を続けた。

 

 

「背も小さくてまだ幼いんだけどね、家もないみたいで……それに、自分のことを”八咫烏”だなんて言うの」

 

 

俺は、小さく息をのんだ。

 




やっとあの子ですよ!もし推しの方がいらっしゃったら本当すいませんでした!!!
是非是非感想や評価宜しくお願い致します!


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八咫烏って盗人なのか?

早くない?更新ぺース早くない?褒めて褒めて!

あ、八咫烏ってMなのか?が週間オリジナル15位を獲得いたしました。
お気に入り登録してくださった方、評価してくださった方、本当にありがとうございます!
更新ペースが早かったのはそれが嬉しかったからです(笑)

それでは漸くあの子が登場。
八咫烏って盗人なのか?ごゆっくりどうぞ。


幼い少女は薄暗い路地裏を駆け抜ける。

背後から聞こえてくる怒号から必死に逃げる。

両手に抱えているのは八百屋から盗ったいくつかの野菜。

歯を食いしばり、涙をぐっと堪えながら少女は一人今日も街の陰に隠れた。

 

 

 

「――で、この辺に金髪の八咫烏がいるの?」

 

「あぁ、そうらしい。二人も三人も変わらないしな、本人が嫌じゃなきゃ匿ってやりたい」

 

「……榊はそういう優しいとこがいいんだけどね」

 

最近街に現れるという自称八咫烏の少女を匿いたい。そう二人に告げると賛同はしてくれたものの、微妙な顔をしていた。

さっきから溜息をよく吐いている。何故かは、全く分からない。

すっかり日も沈み空にはいくつかの星が瞬いている。

小鳥遊曰く夜によく現れるというので今日は小鳥遊を送るついでに八咫烏を捜索するのだ。

 

「にしても不思議だね」

 

「何がだ?」

 

紅葉が歩きながらうーんと唸ったので問いかける。

 

「いや、烏だったら家がないのは当たり前だ。普通八咫烏でも巣は作るしいくらでも移住できる。なのにその子は盗みをしてまでこの街に居るんだろう?」

 

そう言えば小鳥遊がそんなこと言ってたな。よく盗みをしては店主に追い回され、しかし誰も捕まえたことはないとか。恐らくだが、視界から外れたところで烏に変化してるのではないだろうか。

まぁ大事なのはそこではなく紅葉の言っていたことなのだが。

 

商店街をぶらぶらとしていると、一軒の八百屋が目に入った。軒先でなにやら魚屋らしき男と話している。

 

「くっそあのガキ、今日こそとっちめてやる」

 

「うちにもたまに来るよ。いつか痛い目見せねぇとな」

 

……あの子の事か。だいぶ恨みを買っているな。

しかし、烏なのに盗みを働くというのはそれ相応の働きがあるのだろう。店主たちには悪いが、保護したら見つからないようにこの街を後にするつもりでいる。

と、八重が小さく声を上げた。

八重が指さす方を目で追うと、一人の少女が物陰に隠れてしゃがんでいた。

服はぼろぼろ。顔は暗く髪の毛も手入れしてないのが見て取れる。

 

「おい」

 

「っ!?」

 

俺が声をかけると、少女は全身を震えさせ、脱兎の如く駆けだした。

八咫烏の身体能力は人間と比にならないほど高い。その為走られては俺に勝ち目はない。

――はずなのだが。

 

「はっ、離せ!」

 

あっさりと捕まえることができてしまった。

見かけの割には確かに早いのだが、足取りはフラフラとしている。そのため余裕で追い付けたのだ。

掴んだ腕をふりほどこうと必死に暴れるが力を緩める気はない。

 

「私だって生きたいんだ!そのために人間の物を奪って何が悪い!私は八咫が――」

 

「私は八咫烏だ。そこの黒髪のも、八咫烏だ」

 

いつの間にか少女の正面に回り込んでいた紅葉はしゃがみこんで少女と目線を合わせ、言い聞かせるようそう口にした。

少女はその言葉にぽかんと口を開く。

 

「君が嫌じゃなければ俺は君を匿いたい。うちに来てくれないか?」

 

「……」

 

まだ状況がつかめていないようだが、呆気に取られながらも小さく頷いた少女。

俺達は少女が見つからないように迂回しながら自宅へと戻った。

 

 

 

「羽が折れた?」

 

少女はホットミルクを恐る恐るすすりながら、恥ずかしそうにこくりと首を振る。

しかし以前の八重のことを思い出すと、少女の腕が折れている気配はない。腕と羽の傷は同じじゃないのか?

そんな俺に少女は項垂れながら、怪我は治ったのだがうまく飛べなくなってしまった。と話してくれた。

少女の見た目からして人間年齢で言うとまだ小学生程度。体力もないから歩き回るのには限度があったのだろう。

おまけに飛べないから移動のしようがない。食料もままならないから近くの商店街から盗んで食べていた、ということか。

 

「大変だったね、辛かったろう」

 

紅葉は優しく少女の乱れた髪の毛を整えるように撫でる。他人に優しくされたのが久しぶりだったためか、今にも泣きそうである。

 

「取りあえず、シャワー浴びよ?髪の毛も洗ったげるよ」

 

そう言って少女を風呂場へ案内する八重。

二人が居間から退出したところで、紅葉が真剣な顔で俺に話しかけてきた。

 

「あの子は私と同じ不純な八咫烏だ。身体能力も純粋な八咫烏に比べてとても低い」

 

「……不純?純粋?」

 

首を傾げる俺に、紅葉は分かりやすく説明してくれた。

 

「八咫烏同士が交尾して生まれるのが”純粋”。黒髪黒目だ。しかし八咫烏とただの烏が交尾することも稀にある。そうして生まれた八咫烏は、変化した時に髪と目に共通の色彩を持つんだ。

純粋の方が圧倒的に身体能力が高い。今私が八重に勝っているのは、年が離れているからと八重がまだ大人じゃないからだ」

 

「っはぁ~。そんな話初めて聞いたぞ」

 

紅葉は「初めて話したからね」と苦笑いを浮かべる。

とどのつまり、不純なうえ弱っていたからこのような事態になったのだ、ということか。

まぁ本人も嫌がっていないみたいだし、ここで匿うことにしよう。

 

さて、日常がまた大きく変わりそうだ。



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八咫烏って律儀なのか?

早い!(更新ペース)
少ない!(文字数)
続く!(次話は今回の続きです)
書く!(番外編を書くかもしれません)


ただ居候するのも申し訳ないのでせめて家事を手伝わせてほしい。

家に来た八咫烏の少女、命名「烏沙義(うさぎ)」は、そんな提案をしてきた。何とも律儀な奴である。

ちなみに名前の由来は昨晩の夕飯にでた生キャベツを嬉々として頬張っていたからである。

その場に一緒に居た八重を横目で見遣ると、罰の悪そうな顔をしながらぷいと横を向いた。

 

「どこぞの八咫烏とは違ってお前はいい子だな」

 

褒めつつ頭を撫でてやると、顔を真っ赤にして半泣きになってしまう。未だに優しくされるのに慣れていないのだ。

でも嫌がってはいないから俺はためらいなく撫で続けた。

 

「あ、あの。本当に私、ここに居てもいいんですか?」

 

烏沙義は昨日うちにやってきて、今朝対面したらなぜか敬語になっていた。

それこそ、メイドか何かかと思うほどだ。なにせ、俺の呼び方が「榊様」だからな……。

昼飯前に烏沙義は紅葉から家事のやり方などを教わり、その間は相も変わらず八重はぐうたらしていた。

何十歳か年下の八咫烏は頑張って働こうとしているのに……そんな八重も可愛いけどな!

 

「折角だから昼ご飯を一緒に作ろう」

 

烏沙義にそう言うと、張り切って「はい!」と元気よく返事をした。紅葉も手伝ってくれると言うので三人で台所に立つ。

八重ちゃんは自室で寝てますよ。

それはさておき今日作るのは非常に簡単なポテトサラダとオニオンスープ、フレンチトーストだ。

なに、朝飯みたいなメニューだって?

実はまだみんな朝飯食っていない。

日曜日ということもあり、皆寝坊してしまったからだ。つまり、ブランチとかいう奴だな。

 

さぁ、紅葉と俺のお料理教室開幕!

 

 

 

――数十分後

 

「うぼぁ」

 

「ごふ……」

 

何故だろう。何故なのだろう。

俺達は、自分で言うのもなんだが的確に指導した。

小さな子にもわかりやすいように懇切丁寧に説明した。

にもかかわらず、だ。

岩石のように荒々しいポテサラ。マグマのように煮えたぎるオニオンスープ。プルーンを塗りたくったかのように黒く艶めくフレンチトースト。

上記のおぞましい面々が生み出されてしまった。

よくある「見た目はおぞましいが味は旨い」という展開を期待して紅葉と味見したところ、全身の力が抜けて呻き声しか出せなくなった。

今現在、俺と紅葉はリビングのカーペットに突っ伏している。烏沙義には大変申し訳ないが、あれを食べるというのは過酷すぎる。

しょんぼりと項垂れる烏沙義を慰めようとなんとか上体を起こして頭をガシガシと撫でてやる。

 

「別に烏沙義のことが嫌いになったりしたわけじゃないんだから、そんな落ち込むな」

 

「でも、お二人に迷惑をおかけしました……」

 

「私達のことは気にするな……それより、早く昼ご飯を作らなければ」

 

「いや、外食しよう。ファミレス行こう」

 

「ふぁみれす?」

 

首を傾げる烏沙義にそれとなく説明して、俺は八重を起こしに二階へ上がった。

身体を揺すぶるも、「んぅ~」と唸って一向に起きる気配がない八重に、悪戯心が芽生える。

八重が両腕を上げた瞬間、思い切りわき腹をくすぐった。

 

「ひゃうっ!?」

 

身体がビクンと震え、八重は俺から逃れようと必死にうごめくが、爪を立ててくすぐり続けると次第にぐったりとしてしまった。

やり過ぎたか?と反省していると、八重は顔を蕩けさせてニヘへ~と笑っていた。流石ドM。

 

「ほれ、ファミレス行くぞ」

 

「帰ってきたらさっきのもっかいね」

 

「はいはい」

 

ファミレスに行く準備が終わり、俺達は家を出る。

いつも通り八重は俺の右手を握り、烏沙義はまだ幼いので左手で手を繋いでやった。案の定顔を真っ赤にしていたがやはり嬉しいようで少し顔がにやけている。

……紅葉がふくれっ面なのは何故なのだろう。



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八咫烏って低身長なのか?

涼しい店内に客たちの話し声、食器同士がぶつかる音やらが飛び交い、決して静かとは言えないがそれがファミレスの良さでもある。

俺はこの雰囲気が好きで何度も足を運んでいる。

まぁ食事の支度が面倒くさい時が殆どだが。

 

「榊様、私この"ふわふわおむらいす"食べたいです!」

 

「私はミックスグリルにする〜♪」

 

「おう。俺はミートドリア食おう」

 

「……わ、私もミートドリアにしよう」

 

皆注文が決まったところで呼び鈴を押して店員に伝える。いつも通りデザートは追加注文だ。

昼時ということもあり結構混んでいるため料理が来るのは少し遅くなりそうだ。その間は烏沙義との親睦会と称して色々なことを話した。

 

「ってか、なんで俺だけ様付けなんだ?」

 

その問いに少し照れたようにもじもじとした烏沙義。

 

「えっと…私を助けてくれましたし、家主ですので……」

 

真面目すぎだろ!

ふと気がつくが、烏沙義が八重と紅葉を呼んでいるの聞いたことないな。

二人のことはなんと呼ぶのだろう。

 

「私のことは紅葉で構わないよ。敬称は自由にしてくれ」

 

「私は……お姉ちゃんでいいよ!」

 

お姉ちゃん!? 紅葉と俺は顔を見合わせ、苦笑いを浮かべた。八重がお姉ちゃんか、世も末だな。

しかし八重自身冗談のつもりだったのだろう。

あはは、と笑っていたが、烏沙義の反応は予想外のものだった。

 

「お姉ちゃん…お姉ちゃん!えへへ、お姉ちゃん!」

ものすっごい嬉しそうである。

それこそ"笑顔が眩しい"という表現がぴったり当てはまるほどに。

改まって烏沙義は俺たちの顔を見渡し、頭を下げた。

 

「榊様、紅葉さん、お姉ちゃん。これからよろしくお願いします」

 

「あぁ、こちらこそだ」

 

そこへやって来た店員の顔を見て俺は思わず手に持っていた水のグラスを落としそうになった。

 

「小鳥遊!?」

 

「お!? 榊君おっはろ〜!」

 

「お前掛け持ちかよ……」

「時間があるんだから働かなきゃ損ですよ奥さん」

 

「誰が奥さんだ」

 

何故か引き攣った顔の紅葉と八重。何事かと首をかしげている烏沙義を見て小鳥遊はふふっ、と笑みを浮かべた。

 

「その子、助けられたんだ。よかったね」

 

そうだった、と思い出し、烏沙義に小鳥遊が烏沙義のことを教えてくれたのだと教える。そのお陰でお前を保護できたのだと。

その途端烏沙義はバッと立ち上がり勢いよく小鳥遊に頭を下げた。

感謝の言葉をつらつらと述べる烏沙義に小鳥遊も困った様子だ。

というか、小鳥遊の持っているお盆の料理は俺たちのじゃないか……?

 

「あ、そうだった! こちらミートドリアになります」

 

慌てて俺たちの注文品をテーブルに並べ、レシートを筒に指す。ごゆっくり、と言いながら厨房へと消えていった。

さて、忘れていたがドリンクを取って来なければ。

烏沙義との会話ですっかり忘れていた。

二人ずつ行こうと話し、俺と烏沙義は席を立った。

棚のグラスを手にしてドリンクバーに並ぶ。

ドリンクバーでメロンソーダを飲むのもファミレスの楽しみだったりする。

不意に烏沙義が半泣きのような声で呼びかけてきた。

どうしたのかと横を向くと、懸命に背伸びしている烏沙義がいた。

背が低いせいでボタンに手が届かないのか。難儀だなぁ。

どれが飲みたいのか訊くと、たどたどしく「かる〇すさいだー」と指さしてくれた。

取り敢えず早く席に戻ろう。ジュースを注いだグラスを

烏沙義に渡し、手を引いて足早に去る。

幼女に様付けで呼ばれてるせいで視線が痛い……。

 

席に戻ると二人はわいのわいのと盛り上がりながらそれぞれの料理を頬張っていた。幸せそうな顔で、美味しそうに食べていた。

ハンバーグを咀嚼している八重の頭を撫でて、ドリンクバーに行くよう促す。

俺と烏沙義は席に着き、目の前の料理に手を付ける。

 

「! これすごく美味しいです! これがふわふわおむらいすですか!」

 

きらきらと目を輝かせてそう俺に報告してくる。その反応が新鮮で思わず頬が緩む。

八咫烏って可愛い奴らばかりだな。全員そういう体質なのか?

ドリンクを持って戻ってきた紅葉が座る前に烏沙義を見つめて立ち止まった。それはまるで可愛いぬいぐるみを見つけた少女のような顔だった。

 

「……可愛いなこの子」

 

そう微笑みながら再び食事を始める。

俺と同じミートドリアを食べながら他愛のない話で盛り上がり、可愛らしい八重の食事シーンを堪能しているとあっという間に時間は過ぎていった。

 

また一緒に来よう。烏沙義と約束して店を出る。

家族の幸せな顔が見れる。そんなファミレスはやっぱり何度来てもいいものだ。



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八咫烏って寂しがり屋なのか?

疲れた……。
お泊まり会を書きたいがために後半の流れを予定と変更したため遅れました。すいません(´・ω・`)


補習という地獄から帰還した俺はソファで仰向けになって死んでいた。

俺自身補習を受ける必要は無いのだが、補習を受けるクラスメイトが多いせいで全員補習となったのだ。ちくせう。

 

「榊様ぁー!」

 

心身ともに疲れ果てている俺の腹に勢いよくダイブしてきたのは元気いっぱい烏沙義ちゃん。

今日はまた一段と暑いのにこれでもかと言うくらいテンションが高い。幼女強し。

腹の上に乗った烏沙義は、えへへ〜と微笑みながら甘えてくる。甘えん坊なのは幼女らしくて大いに結構。

ちなみに、現在の烏沙義の服装はクリーム色でノースリーブの、裾がフリルになっているワンピース。それと白と黄色のストライプ柄ニーソだ。

 

「榊様!お姉ちゃんがアイス食べたいって言ってました!」

 

「この前食ったから却下、って言っとけ……」

 

疲れたこともあり、深い溜息をつきながら頭を撫でてそう言うと、元気よく「はい!」と返事して二階へと駆け上がっていった。

ほんと元気だな……と感心していると、隣から残念そうな声が聞こえた。

 

「烏沙義…私には声掛けてくれなかった……」

 

「そんなんでしょげるなよ、紅葉」

 

「むぅ……」

 

小説から顔を上げて頬を膨らませる紅葉。本を読んでいたから声をかけなかったのだろう。烏沙義の気遣いだ。

まぁただ単純に用がなかった、とかも有り得るけどな。

ふくれっ面の紅葉の頭に頑張って腕を伸ばし、軽く撫でてやる。癖っ毛の八重と違って、紅葉の髪はストレートでさらさらだ。

真っ赤になった顔を隠すように再び小説に顔を向けたので、悪戯心が芽生えてパッと手を離した。

その瞬間紅葉は「え?」という残念そうな表情を俺に向けたあと、我に帰ったように視線をずらした。

撫でて欲しいなら素直に言えばいいのに。

 

「言いたいことがあるならどうぞ?」

 

からかうように呼びかけると、本に顔を埋めて小声で

 

「……もっと、撫でてくれ」

 

と呟いた。普段は大人びてるくせにこういう時は純情で照れ屋なのが紅葉だ。

最近は八重は撫でても照れなくなってきたな。烏沙義は早々に耐性をつけて撫でられると周囲に音符を散らすようになった。

 

昼飯は紅葉に用意してもらったし、俺は買い食いで済ませた。あとは掃除と夕食作りに洗濯……はぁ。

 

「榊、掃除は私が済ませておくよ」

 

なんともありがたい紅葉の申し出、お言葉に甘えて夕食のメニューを考えながら俺はそっと瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

「榊? 掃除終わったよ……って」

 

私が家中の掃除を済ませて居間に戻ってくると、榊は気持ちよさそうに寝息を立てていた。

きっと補習とやらでかなり疲れたんだな。それにしても、残念だ……。割と早く片付いたから誉めてもらおうとしたのに。

八重も烏沙義も上で寝てたから、たまには甘えられると思ったのに。榊が八重を好きなのは重々も承知だ。それでも、”家族として”なら甘えても罰は当たらないだろう。そこに下心がないかと言われれば言い返せないが……。

わざわざ起こすのは悪いし、仕方ないので私はソファの傍らに座り込む。そして、榊の脇腹辺り、少し空いているスペースに顔を埋めた。

榊の体温が、匂いがすぐ傍に在る。小さく聞こえてくる鼓動と寝息。榊をこんなに近くに感じていることが幸せで堪らない。

 

「……私も、私だってもっと褒めて欲しいし甘えたい」

 

だけど勇気が出ない。他者に好意を抱いている人に自分の好意を押し付けるのは迷惑だろう。八重だって、榊のことが好きに違いない。

八重の前で榊に甘えることはできない。

 

網戸から吹き込んだ風が私たちをそっと撫でる。それが心地良くてつい私まで瞼が重くなってしまった。

愛しい人の温もりを間近に感じながら、私は意識を手放した。

おやすみ、榊。

 

目を瞑った私は、榊の顔が赤くなっていることに気が付けなかった。

 

 

 

 

 

 

いつの間にか八重と烏沙義まで添い寝してるじゃねえか。

目が覚めると時刻は六時半、そろそろ夕食を作らねば。

寝る直前に紅葉が来て寝始めたのは知っていたが……寝てる間に二人も来ていたのか。

寝息を立てて、起きそうにない三人を眺めていると自然と口角が上がってしまう。

さて皆起こして夕食の手伝いしてもらうか。

 

「ほーれ、三人とも起きろー!」

 

それぞれの頭を揺さぶるように撫でて起こそうとするが、八重だけは頑なに起きなかった。烏沙義はちゃんと起きたのに、お姉ちゃんが聞いて呆れるぞ。可愛いからいいけど。

食卓を烏沙義と一緒に整えてくれている紅葉が八重をちらりと見遣って、深いため息をついた。

 

「いっそこのまま寝かしといたら?居間に放置しとけばこの子も喜ぶだろうし」

呆れながらそう言う紅葉。と、烏沙義が「だめです!」と突然大きな声を上げた。

 

「意地悪はダメです!寝るのは誰かと一緒じゃないと寂しいです!」

 

烏沙義は我が家に来て以来、紅葉と同じ部屋で寝ている。ベッドは一つだが、紅葉は細いし、烏沙義もちっこいから問題ないようだ。

ぷっくり頬を膨らませた烏沙義に頭を下げつつも反論する紅葉は、

 

「じゃあ烏沙義が一緒に寝てあげなよ」

 

と口にしたが、「居間は広いから二人は寂しい」という理由で却下された。夕飯の麻婆豆腐作りながらその会話を聞いていたが、随分と可愛らしい口論である。

調理が終わり、鍋を食卓に置いた瞬間、烏沙義が自信ありげに提案した。

 

「居間でお泊まり会すればいいと思います!」

 

「さんせー!」

 

飛び起きた八重に俺と紅葉はそれぞれ一発頭を叩く。

悪びれる様子もなく至福の笑みを浮かべた八重を席につかせ、手を合わせて夕食を食べ始める。

自然と会話が始まるが、お泊まり会は決行のようだ。

……布団運んだりするの面倒臭いけど、烏沙義も八重も乗り気だから仕方ないか。

紅葉は口数が少なく赤面しているがどうしたのだろう。

ま、ともかく今夜は夜更かしすることになりそうだ。




美っ少女とっ♪おっ泊まっり会♪
さっかきっくん♪くったっばれ♪


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八咫烏って寝巻きなのか?

疲れた……5千!長い!(八咫M?にしては)
ほんとちょこちょこ書いてて、書きたいことが多くて纏まりませんでした……!
言い訳ですね、はい。
それではごゆっくりどうぞ。


時計の針が示すのは午後九時。

普段なら烏沙義と八重はもう睡魔に襲われてベッドに入る頃だが、今日は違う。

 

「来客用の布団なんてあったんだ」

「あぁ、ベッドは三つしかねぇけどな」

 

リビングに敷き詰められた布団。ソファは邪魔だったので端に追いやった。ごめんな、ソファ。

まだ誰も風呂に入っていないのも、お泊まり会だからだ。折角なので買い置きのお菓子も出して、皆で食べながら夜更かしだ。

 

「寝る布団決めないとだね」

 

布団は角が四つ、中央に集まるような形に配置されている。俺はどこでもよかったので大窓の傍の布団に寝転がった。

俺の隣を例のごとくでじゃんけんで決めようとしている八重と紅葉、しかしその間に烏沙義が俺の横の布団に寝転がってしまった。まさに漁夫の利。

項垂れながら余った布団の上に座り込む二人を見て烏沙義が首を傾げる。

 

そろそろ風呂に入り始めないといけないな。

まず誰から入るか、という話になった時、八重が

 

「時間かかるとアレだし、紅葉と烏沙義一緒に入ったら?」

 

と何食わぬ顔で提案した。俺には意図が読めなかったが、紅葉は何か察したようで、笑顔で八重に提案し返す。

 

「いやいや、八重と烏沙義で入ってくればいいじゃないか」

 

よく分からなかったが、二人の口論はいつもの事だったので俺が先に入ろうかと思ったその時、烏沙義から思いもよらぬ提案が飛び出した。

 

「榊様、お風呂一緒に入りましょう」

 

無知とは怖いものだ。穢れのない瞳が俺を真っ直ぐに捉える。烏沙義からしたら別に何ともないことなのだろう。むしろ家族なのだから普通、とでも言わんばかりの表情だ。

……断るのも可哀想だし、仕方ないか。

俺はロリコンじゃないから幼女の裸を見たとこで興奮はしない。胸を張ってそう言える。

だから俺も「いいよ」と返答して、二人で風呂場へ足を運ぶ。

そんな俺たちを八重と紅葉は呆然と見送っていた。

 

 

 

 

 

「――さっぱりしましたぁ♪」

 

ツインテールを下ろしている烏沙義の髪の毛をバスタオルで拭いたあとドライヤーをかけてやる。日中はいつもツインテだからこの髪形の烏沙義は新鮮だ。紅葉と同じくサラサラな髪の毛で非常に乾かしやすかった。

え、入浴シーン? んなもんあるわけないだろう。別に何もなかったしな。

タオルを首にかけて居間に向かうと、八重と紅葉が恨めしそうな顔で烏沙義を見つめた。

やめろ、という意味も込めてふたりの頭を叩き、順番に風呂に入るよう促す。

まったく、八重はともかく紅葉まで子供みたいな嫉妬して……。

何故か一緒に風呂場へ向かう二人を眺めていると、

 

「榊様、お菓子食べたいです!」

 

と大きな声で呼ばれた。

お泊まり会ということでお菓子を食べてもいいと聞いて一番喜んでいたのは烏沙義だ。やはり幼女というのはお菓子が好きなものなのだろうか。

両手を胸の前で上下させながら、満面の笑みを俺に見せている。

 

「はいはい、菓子入れから何か持ってきな」

 

「はーい!」

 

走ろうとした烏沙義に「走るな」と強めにいうと、一瞬硬直した後、忍者のようにそろそろと歩き出した。別にそこまでしろとは言っていない。

あまりにも慎重なその後ろ姿に思わず吹き出してしまう。

烏沙義本人は不思議そうにこちらを振り返っている。

 

「良いから、普通に行っといで」

 

やっと普通に歩き出した烏沙義。持ってきたのはタマゴボーロだ。以前スーパーに行った時に、「子供といえばこれだ」と直感で買って烏沙義にあげてみたところ、あっという間に食べ終えてしまった。

それ以来ちょくちょく補充しているのだ。

 

「榊様! 」

 

突然タマゴボーロの袋を差し出され、首をかしげつつも受け取る。もう開封したようだが……。

と、前を向くと口を開けて待機している烏沙義がいた。

なるほど、食べさせろということか。ま、甘えたいお年頃なんだろうな。

一粒摘んで烏沙義の口元へ運ぶ。烏沙義はそれを待ち構え、ここぞと言わんばかりに食らいついた。

 

タマゴボーロどころか、俺の指まで。

 

ここで良くあるシチュエーションだと、指を舐められてイチャコラが発生するのだろうが、残念ながらそんなことは無かった。元より烏沙義にそんな意図はない。

ただ烏沙義は口を閉じただけなのだ。口を閉じるのに躊躇なんてものは存在しない。

つまり、烏沙義の前歯が容赦なく俺の指を切断しかけたということだ。

 

「いってぇぇ!」

 

「ご、ごめんなさい! わざとじゃないです! ホントです!」

 

分かってる。そんなことは分かっている。

もし烏沙義が故意でやったとするならば、そういうことは八重にしてほしいものである。

慌てふためく烏沙義に心配させまいと気合でなんともない様な顔をする。内心大暴れだが。幸い血も出てない。

が、やはり烏沙義は申し訳ないのか、タマゴボーロを自分で食べ始めた。

 

「さっきみたいに失敗しても良いから、甘えたいだけ甘えな」

 

頭を撫でながら言い聞かせるように、慰めるようにそう伝えた。

烏沙義には自分を押し込んで欲しくない。いや、烏沙義に限らず八重にも紅葉にも、だ。みんな俺の大切な家族なのだから。

 

「お風呂あがったー!」

 

「いい湯だったよ」

 

一緒に風呂に入ったであろう二人が髪を拭きながら居間に入ってきた。八重は烏沙義を見るなり自分もお菓子を取りに台所へとまっしぐら。

一方紅葉は冷蔵庫から冷えた牛乳を取り出して、ぐびぐびと音を立てながら飲んでいた。

まるで銭湯に来ているかのようないい飲みっぷりを見つめていると、赤くなった顔を隠すようにそっぽを向いてしまった。

 

と、激辛煎餅を手にして戻ってきた八重が、当たり前のように胡座をかいている俺の膝の上に乗ってきた。眼前の癖のついている髪の毛は一応拭いてはいたがまだ湿っている。

やれやれと微笑しながら手元にあったタオルで強めに髪を拭いてやる。

煎餅を齧りながら俺に世話を焼かれて喜んでいる八重だが、何も食わせず構ってやらなくても勝手に興奮して喜ぶので、実に都合のいい奴だ。

 

「どうも眠くならないと思ったら、皆昼寝したんだったね」

 

布団に寝転がって苦笑しながら紅葉がそう言った。

 

「まだまだ寝ないし、お話とかしようよ!」

 

「普段一緒に暮らしてるメンツでの提案じゃねえな」

 

そもそも、お泊まり会というのは友達で集まってするものでは無いのか。いつも同じ屋根の下にいるこの四人の場合、お泊まり会と言えるのか。

まぁそんなこと気にしたところでどうしようもないのだが。

ただ、このメンバー全員血の繋がりを持っていない。つまり、まだお互いに知らないことが多い。

 

「それならさ、八重と榊の出会いとか聞かせてよ」

 

紅葉がわくわくしながらそうねだってきたので、すこし恥ずかしいが俺は八重と出会った当時の様子を語った。

 

空き缶スパーン! 【ボーイ】

烏だよ☆ 家族or通報【ミーツ】

しゃーないな…… 【ガール】

 

「――つまり、八重が一方的に、無理矢理、強引に、家族になったと」

 

「ごめんなさい♪」

 

……八重が紅葉に説教を喰らっている。が、八重に説教は意味がない。ただただ八重が興奮するだけだ。

それを知っている紅葉も、一通り叱ったところでそうそうに切り上げた。

まったく……と顔を赤くしながらブツブツ呟いているが、何を言っているのか、何故赤くなってるのか、それは俺にはわからない。

 

「ま、今となっちゃ八重が居て当たり前みたいな感じだけどな」

 

擦り寄ってきた八重を膝に乗っけながら、改めて八重に抱いている好意を実感する。

初めこそ脅され、半ば強引に家族になったが、後悔はしていない。むしろ八重のおかげで紅葉にも烏沙義にも会えたわけだし。

今この幸せな時間を過ごせているのは八重のおかげだ。決して、俺を委員長にしたあの担任のおかげではない。

 

「紅葉も烏沙義も、すっかり馴染んだな」

 

笑いながら言うと二人は照れくさそうに顔を伏せた。

 

 

 

その他にも紅葉の昔話やら八重の性癖についてだったり、色々な話で盛り上がっていると、気がつけば日をまたいでいた。

そろそろ八重も欠伸し始め、烏沙義に至っては俺の膝に頭を乗せて半分寝ている。布団も枕もあるのだから普通に寝ればいいのに。

膝が埋まっているからか、八重が背後からのしかかってくる。

 

「これ、俺身動き取れねえじゃねぇか」

 

「すー……すー……」

 

「って聞いてねぇ!」

 

俺にくっついたまま寝てしまったちびっこ組をそれぞれの布団に横たわらせ、始末されてない菓子の包装やらをゴミ箱に捨て、食卓を挟んで紅葉と向かい合う。

目の前に置かれているのはパウンドケーキ、サイダーにポテチ系のお菓子が二袋。

ちびっこ組が寝たので、ここからは「家事お疲れ組」の夜だ。

紅葉にはいつもお世話になってるから、八重たちに内緒でこっそり約束していたのだ。

 

「ふふ、すっかり静かになったね」

 

パウンドケーキを齧りながら慎ましく紅葉が微笑む。完全に保護者の服風格だが、本人にその自覚はないようだ。

俺と紅葉の好みは似ているため、俺の持っている本を紅葉が読むことがしょっちゅうある。その本や作者について語り合うのは非常に楽しい。八重は本嫌いだし烏沙義は字を読むのに慣れていない。

前は母さんと父さんが居たけど三年間戻ってこないから、本について話し合える奴がいるのが嬉しくて堪らない。

 

「今度一緒に本屋とか出かけようぜ」

 

「う、うん! 是非そうしよう!」

 

そこまで嬉しそうにOKされるとこちらまで嬉しくなってくるな。そんなに本屋に行きたかったのか?

この近くに本屋はないため、俺はいつも自転車で二十分ほどかけて本屋に行く。しかし、紅葉と行くとなれば徒歩になるだろうが……ま、たまにはのんびり歩くことも必要だ。

ゆったりとしていて、落ち着いた空気。それはきっと話し相手が紅葉だから。大人な雰囲気の紅葉には本当に助けられている。

俺が学校に行っている間も八重が寂しい思いをすることもなく、家事までやってくれる。おまけに俺の恋の応援まで。

 

「ほんと、いつもありがとうな。紅葉」

 

「なんだい急に、そんなの気にしなくていいさ。私が好きでやっている事だ」

 

「そっか、紅葉はきっといいお嫁さんになれるな!」

 

「そうかな」

 

あれ、照れるかと思ったら微塵も照れなかった。むしろ何故か真面目な、少し強ばった顔で俺をまっすぐに見てくる。

 

「私ならいい嫁に、彼女になれると思うかい?」

 

その真剣さに気圧されてしまうが、俺はもちろん、と首を縦に振った。心なしか紅葉の身体が強ばっている気がする。

何かを決意したかのように、紅葉は口を開いた。

……そういえば、観覧車の中でも紅葉はこんな感じだったな……。

 

「榊、私……。私は――」

 

「んゅ?二人ともお菓子食べてる……」

 

「え、あぁ。起きちゃったか」

 

紅葉が何か言おうとしたその時丁度八重が目を擦りながら起き上がった。紅葉は咄嗟に言葉を飲み込み、おやすみ。と言って布団に潜ってしまった。

紅葉は結局、観覧車の時もそうだが、俺に何を伝えたいのだろう。気になるが、自分から踏み込むのも悪い気がするのであえて聞かないでおく。

いずれ紅葉がその口で伝えてくれるのを待っていよう。

 

「さて、そろそろ俺も寝るかー」

 

流石に眠くなってきたし、このまま起きていると八重まで一緒に夜更かししそうだからな。健康は維持せねば。

が、案の定八重は駄々をこね始めた。

 

「えーもっと起きてるー!」

 

駄々っ子八重には何を言っても無駄なので、ブーイングをスルーして布団に潜り込む。俺が寝れば八重も寝るだろう。

……その考えが甘かった。

 

「まだ寝ないー!」

 

突如布団が湿り、ひんやりとした感触が直に肌に触れ、俺と隣の烏沙義は飛び起きた。

目に飛び込んだのは、びしょびしょになった布団と中身がすべて零れたサイダーの二リットルペットボトル。

恐らく両腕を振り回して駄々をこね、それがサイダーに直撃して中身をぶちまけながら注を舞ったと。

俺も紅葉も、それほどサイダーを飲まなかったので、三分の二は残っていた。

掛け布団と敷布団はともに湿り気を帯びており、とても寝れたものじゃない。烏沙義の布団も同様である。

 

気持ちよく寝ていた烏沙義はよほど驚いたのか、半泣きで俺にすがりついてきた。可哀想に。

俺と烏沙義の布団は使用不可になってしまった……どうしようかと悩んでいると、八重がドヤ顔で

 

「二枚の布団で寝ればいいじゃん」

 

と言ってきたが元を正せば八重のせいだ。そのことを指摘し、頭を小突いた。

まぁソファで寝るのも体が疲れそうだし、その案しか無さそうだ。

もう寝かけている紅葉の隣に俺は寝転がり、両端を挟むように烏沙義と八重が寝転がった。

順番で言うと、八重、俺、紅葉、烏沙義の並びだ。

 

「く…これ意外ときついぞ」

 

「えへへ〜榊と一緒♪」

 

「紅葉さん体温高いです……暑い……」

 

(なななななんで榊が添い寝してるんだ!?)

 

誰も落ち着いて眠ることは出来ず、結局昼頃まで皆でくっついて爆睡していた。

蝉の声と家族の寝息を三人より早く聴いた俺は、愛しい八重の頭を一撫でして再び意識を手放した。

まだ皆起きないし、俺も寝てよう。

それじゃ三人とも、おやすみ。




活動報告に小ネタを投稿していくかもしれません。
今は一つだけ投稿しています。もしよろしければどうぞ。


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八咫烏って水着なのか?

挿入投稿申し訳ない。どうしても水着と言わせたいセリフがあったので……。


「や、八重……! ちょっと露出が多くないかい!?」

 

「気にしすぎだよ。烏沙義も似合ってると思うよね?」

 

「はい、お姉ちゃんのいう通りです♪」

 

……おせぇ。

俺は炎天下で長い間惚けていた。少し遠出して市民プールに来たわけだが、更衣室から一向に三人が出てこない。あいつら水着を買う必要もないし、ぱぱっと水着に変化して出てくればいいのに……。

心の中でぐちぐち言っていたが、三人がようやく出てくると同時に俺の気分は晴れやかになった。

黒いスクール水着の八重に、黄色いフリフリの水着の烏沙義。そして驚くべきは、真っ赤なビキニの紅葉だ。

恥ずかしがり屋だからもっと露出を抑えるかと思ったが、予想に反してグラマラスである。

 

「榊、似合ってる? 可愛い?」

 

「おう、可愛いぞ」

 

くるっと一回転してアピールしてくる八重を撫でるが、太陽に熱された黒髪は意外と熱く、すぐに手を放す。

紅葉は胸元を腕で隠しずっと赤面している。周りからひと際注目を浴びているのが余計恥ずかしいのだろう。

恥ずかしさに耐えきれなくなったのか、足早に入水する紅葉を追うようにして俺たちもプールに入った。

外気温は高いがプールの水はひんやりとしていてとても心地よい。プール特有の塩素のにおいもなんだか落ち着く。

中三では天候の都合上、水泳の授業はなかった。うちの高校は水泳はないから、懐かしい気もする。

 

びったんびったん水面を叩いてはしゃいでいる八重を脳内カメラにしっかりと納め、道中買ったビニールボートに背を預け、俺は天を仰いでいた。

太陽はカンカン照りで、すぐにでも日焼けしてしまいそうだ。

利用客は意外と少なく、のびのびとしていられる。まぁ明日夏休み終わるしな……。

夏休みいろいろ出かけはしたが、結局海に行けなかったのでせめてもと、今日このプールに足を運んだのだ。

 

と、不意に疑問が脳に浮かぶ。

 

「なぁ紅葉」

 

首だけ動かして、入水してもなお赤面している紅葉に問いかける。

 

「烏って泳げるの?」

 

「え? あ、あぁ。今は人間の姿だからな。泳ぐことはできるが、まぁ個体差はあるさ」

 

そういって指さしたのは、泳ごうとしているが微塵も進んでいない八重と烏沙義だった。

 

「榊ぃ! どうやって泳ぐの??」

 

「進まないです~!」

 

二人がそう嘆いてすり寄ってくるが、俺は目線をそらすことしかできない。太陽に照らされて、というより冷や汗が出てくる。

言えない、言えないんだ。男のプライドとして……。泳げないなんて!!!

さっきの口ぶりからして紅葉は泳げるのだろう。その手前「俺も泳げねぇんだわ☆」とか言えない! しかも八重にかっこいいところも見せられない……ド〇えも~ん! 助けて~!

 

「まさか榊も泳げないとか?」

 

「…………」

 

「榊ぃなんで目そらすの~?」

 

からかうようにそう言って八重が抱き着いてくる。水着越しに八重の柔らかい感触が……って、違う!

俺が慌てて八重を引っぺがすと、悲しそうに上目遣いで俺を見つめてくるが、さすがにだめだ。

 

「やっぱり男の人は紅葉さんみたいに大きい方がうれしいんじゃないのです?」

 

烏沙義が全国の貧乳を怒らせるような一言をためらいもなく発した。紅葉も紅葉でゆでだこみたいになってるが。

と、急にまた八重が抱き着いてきた。さっきよりも力強く。

痛い痛いと訴えていると、小さく八重が何かをつぶやいた。

 

「…………いらないもん」

 

「え、なんて?」

 

八重は顔を真っ赤にし、はっきりと口にした。

 

「榊とぴったりくっつけるなら、胸なんていらないもん」

 

 

 

その後、俺の周囲の水がほんのり赤く染まったのは言うまでもない。




もしかしたら続く。


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八咫烏って落ちつかないのか?

くっそ短くてすんません……。
ブランクやらスランプやら新しい話やらで……。


「榊様がいないー!!」

 

突然半泣きの烏沙義にたたき起こされ、私の心臓は止まりかけた。

いつも榊が優しく起こしてくれるから余計にびっくりした。

紅葉はまだ寝てるのかな? あいつ寝起き悪いしなぁ。

榊は今日から学校だ。夏休みが終わったから昨日はずっとローテンションだった。

 

「学校に行ってるだけだから大丈夫だよ~。多分午後には帰ってくるし」

 

「帰ってこないかもしれない!」

 

「帰ってくるって!」

 

「ほんと!?」

 

「本当だって!」

 

夏休み中に我が家に来た烏沙義にとって日中榊がいないのは不安なのかもしれないが、流石に心配し過ぎだ。まぁそんだけ榊に懐いたってことなんだろうけど。妹的な存在が出来たのは嬉しいけど、ちょっと複雑だ。

まだしゅんと心配そうにしている烏沙義の腕をつかみ、布団の中に引きずり込む。烏沙義は驚いてたけど抵抗する様子はない。

 

「不安なときは誰かに抱きしめてもらうと落ち着くよ。榊が言ってた。私も雷の日とかは恐くて、榊に抱きしめてもらってたなぁ」

 

腕の中に私より一回り程小さな烏沙義を抱きかかえ、微笑みかける。さらさらな髪の毛を撫でてあげると、本当にお姉さんになった気分だ。今まで末っ子ポジションだったしね。

烏沙義が胸に頭を押し付けてくる。それが信頼されている証のようでなんだかうれしい。

まだ朝の八時だし、もうちょっと寝てから紅葉を起こして、そんでご飯を食べよう。

榊がいないと寂しいのは私も同じだけど、帰ってきたらきっと甘えさせてくれるから。

のんびり寛ぎながら、榊の帰りを待っていよう。

 

 

 

ああああ八重を撫でたい!

机に突っ伏した俺は心の中で叫んでいた。絶叫だ。

夏休みは毎日八重分(?)を補充してたから日中八重と一緒にいないと落ち着かねぇ!

いや別に紅葉と烏沙義に会えないのが落ち着かないとか、差別的なことを考えてるわけじゃない。それでも、好きな子に会えないというのは予想以上に精神が削られるものだ。

 

「やぁやぁ死んでるねぇ恋する男子」

 

「キャラ設定どうなってんだよアホ小鳥遊 」

 

「全校集会で疲れちった」

 

「それは俺も…って誰が恋する男子だこの野郎」

 

いつものように自由奔放な小鳥遊にツッコミをいれ、再び机に突っ伏す。

余っている机の上に小鳥遊が腰をかけ自分勝手に話しかけてくる。

 

「八重ちゃんが傍にいないから落ち着かないんでしょ〜。重度のシスコンだねぇ」

 

どうやら小鳥遊の中は俺たちは兄妹という認識をしているらしい。まぁ深く聞かずに自己解決してくれるのはありがたい。

重度のシスコン。あながち間違いではないので否定出来ない。顔は見えないが、小鳥遊がニヤニヤしている気がする。

家に帰ったら八重を撫でて、烏沙義と紅葉も撫でてあげて、八重を抱きしめて昼寝しよう。でもあいつらのことだからきっと寝坊してるな。

流石に昼寝するほど眠くはないか。いや、それでも抱き枕になってもらおう。

 

だから早く帰りたい。

担任が教室に戻ってきてホームルームを始めるまで小鳥遊は俺の側にいた。



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八咫烏って寒がりなのか?

毎度毎度遅すぎる投稿申し訳ございません。
それと、ひとつご報告がございます。活動報告でするべきことなのですが、こちらの方が皆様に読んでいただけるので。

大変申し訳ないのですが、しばらくの間活動休止致します。
書きたい話ができたのと、11月に高校で受ける検定が恐ろしく多く、その勉強に追われるためです。あとバイト。
八咫M?は俺自身が好きなので、失踪はしません。
再開か、気まぐれ投稿を楽しみにお待ちいただければ幸いです。

さて、メインである八重ちゃんより恋愛方面が発展中の紅葉さん。今回もそんなお話です。
長らくお待たせいたしました、最新話、「八咫烏って寒がりなのか?」ごゆっくりどうぞ。



寒い。

まだ十月序盤だというのに十一月並の寒さである。うちの烏たちもソファに三人で座って密着している。真ん中に位置している烏沙義はさぞかし暖かいことだろう。

一方俺は、冷え込む台所で昼飯をせっせと用意している。

普段ならば、

 

「まったく二人ともだらしないな。榊を手伝いなさい」

 

「えー寒いからやだよー」

 

「私動けないです」

 

「嘘をつくんじゃない!」

 

みたいな感じの光景が広がっているはずなのだが……。

何でも紅葉は極度の寒がりらしく、今も寒くてたまらないそうだ。室内温度十七度、俺も寒いのは苦手だが、紅葉ほどではない。

というか、烏沙義はともかく八重だけでも手伝ってくれると有り難いのだが。

一人で四人分は、一人暮らし歴半年の俺には中々大変だ。

 

「あー誰か手伝ってくれないかなー」

 

ソファから紅葉の申し訳なさそうな謝罪が聞こえてきたが、それ以外は何も聞こえない。

こうなったら最終手段だ。

 

「手伝ってくれたら虐めてあげようかなーなんて」

 

「榊、お皿運ぶね♪」

 

この切り替わりようである。

八重と協力して支度を済ませると各々席に座るように言った。紅葉がブランケットごと移動しようとしたのでやんわりと咎めるが、知らんぷりをして着席してしまった。

意外と紅葉は頑固だなぁ、というかそれほどまでに寒いということか。夕飯は温かいものにしよう。

きちんと合掌して食べ始めると、自然と会話が弾む。見慣れた光景だ。

 

「榊……すまないが温かい緑茶を淹れてくれないか……」

 

「お、おう。分かった」

 

俺も八重たちも冷たいウーロン茶を飲んでいたが、それを飲むのもはばかられるとは……尋常じゃないな。

 

「寒いならくっつけばあったかいです!」

 

烏沙義は得意げな顔をして隣に座っている紅葉にぴったりとくっついた。あぁして並んでいると、紅葉の大きさが際立つ……あ、背の話ですよ?

苦笑いしながらも礼を述べた紅葉は俺から緑茶を受け取ると、ずずーっと啜って一息ほぅとはき出した。

温まったようで何より。

んー紅葉のためにいろいろ用意してやらないとな。あとで買い物行くか。俺が行くなら八重も来るし、そしたら烏沙義も来るだろうから紅葉は一人になっちゃうけど、大丈夫だろう。

 

「飯食ったら買い物行くけど、一緒に来たい人~」

 

案の定八重と烏沙義の腕だけが上がり、紅葉から申し訳なさそうな声が発せられる。

さ、ぱぱっと食って出かけてしまおう。俺だって寒いには変わりないのだから、日が高いうちに済ませよう。

 

 

 

「んじゃ行ってくるから、俺の部屋でのんびりしてな。そっちの部屋より日が差すから増しなはずだ」

 

「有難う、榊……」

 

両手を八重と烏沙義に握られた榊を見送り、私は体を抱きながら二階へと上がる。にしても寒い。毎年毎年拷問過ぎる、冬なんて消えれば良いんだ。届かぬ願いをなんども心の中で復唱しつつ、先ほど言われたとおり榊の自室に足を踏み入れる。

確かに、榊の使っているベッドにちょうど日が当たっていて暖かそうだ。何の躊躇いもなくベッドにダイブする。寒いから温かくなりたい。その気持ちも勿論あったが、榊のベッドを前にした瞬間別の願望が生まれてしまった。

(……榊がいつも寝てるベッド)

大好きな人の温もり、匂い、実際にそこにはないのだろうけど、あるように思えてならない。そんな不思議な感覚にとらわれながら、気がつけば私は榊の使っている羽毛布団をぎゅうっと抱きしめていた。

たまらなく、愛しい。いつの間にか身の震えも止まっていて、寒さもさほど感じなくなった。それでもベッドからは降りない。少なくとも、榊が帰ってくるまでは。

羽毛布団に顔を埋めると胸が激しく熱くなる。嗚呼、幸せだ――

 

「……そんなに匂い嗅がれると恥ずかしいんだが」

 

心臓が跳ねるとかでなく、あまりの驚きにベッドから転げ落ちた私を見て榊がクスリと笑う。

 

「ななななななんで!?」

 

「いや、よく分からんが八重がニヤニヤしながら『買い物はしとくから、紅葉と一緒に居てあげて』って」

 

うわぁぁぁぁぁぁ! 八重のやつ、後で覚えてろ! ほんのり顔を紅くした榊から逃れるようと脇を抜けて部屋を出る。が、榊に止められてしまった。

気にすんな。とベッドに戻されたのだが、気にするに決まってる。あんなとこ見られたのに……。引かれたかなあ……。

 

「ふぁ~。俺も昼寝すっかなぁ」

 

榊にベッドは私が使っているから必然的にそうなるのだが、榊は八重のベッドに身を委ねた。お互いに好きな人のベッドを使っているこの状況でおかしいかもしれないが、八重の使っているベッドの上に榊が居るのが、なんだかいやだった。

……神様、少しだけ、勇気をください。

 

「さ、榊。その、いいいい一緒に……」

 

「なんだ、添い寝してほしいのか?」

 

からかってくるように言われたが、私は勇気を振り絞って何度も首を縦に振る。

少しだけ眉を下げて微笑んだ榊は私の横に寝転がった。ちょっと狭いな、と笑う榊の胸元に顔を埋める。

 

「八重たちには、内緒にしてくれ……」

 

「へいへい」

 

優しく頭を撫でられ、私は正真正銘の愛しい温もりに包まれながら意識を手放した。

おやすみ、榊――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「烏沙義、榊のスマホ持ってきて~。写真撮る」

 

「お姉ちゃん意地悪だね~」

 

「怒られたとしても私にとってはご褒美だよ♪」

 

二人の昼寝姿を写真に収め、電源を切ろうとしたがもう一度写真に目をやる。

特に意識したわけでもなかったが、なぜか私は小さく呟いていた。

 

「ずるいな、紅葉」



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八咫烏ってリア充なのか?(ポッキーの日スペシャル)

いきなりの気まぐれ投稿。ポッキーの日とあらば書かずに入られません。
何気に進展があったりなかったり・・・・・・まぁ読んでからのお楽しみで。



11月11日。世間一般では「プリッキーの日」と称される1日だ。

プリッキーと言えば基本的にサラダ味のスティックの周りにチョコをコーティングした有名な菓子だが、なんでもリア充の間ではプリッキーゲームなるものが流行っているらしい。

知らない人の方が少ないとは思うが、プリッキーの両端から2人で食べ進め、恥ずかしくなって先に口を離した方が負け、というルールである。

まぁもっとも、彼女の居ない俺には無縁のものだと思っていたのだが・・・・・・。

 

「榊! プリッキーゲームしよー!!!」

 

神さま、ありがとうございます。天使が舞い降りました。

 

「待ちたまえ、八重」

 

俺が心の中で第九のメロディと共にガッツポーズをしていると、紅葉が鋭く横から割って入ってきた。いつになく真剣な眼差しをしている。

八重をソファに座らせ、その前に立った紅葉はつらつらと淀みなく語り出した。

 

「そもそもプリッキーゲームは恋人だとかそういう関係を持った相手とやるべきもので、容易に『家族として大好きだからやろー!』なんていうものではない。それにいいのかい? プリッキーゲームは両端から2人で食べるんだ。もちろん君が食べるプリッキーの量は2分の1、損をすることになる。それにそのプリッキーはこの前榊に週に一つの約束で買ってもらったプリッキーだろう。大事に食べなくていいのかい。私は昔からの所持金で事前にプリッキーを買ってあるし、その、榊と恋人になりたいって気持ちもあるし・・・・・・」

 

最後の方はよく聞き取れなかったが、何やら紅葉は俺と八重にプリッキーゲームをして欲しくないようだ。俺嫌われてるのかな?

それでも八重はめげずにやりたいの一点張り。でも多分そこに恋愛的感情はないのだろうな。辛い。

あまり大きな声で口論されると上で昼寝してる烏沙義を起こしてしまう。

 

「ん、ここは公平にじゃんけんで決めたらどうだ?」

 

「「榊は黙ってて!」」

 

え、俺やっぱ嫌われてる?

しかし結局はじゃんけんになったようで、ものすごい気迫で「さぁいしょはグーーーー!」と叫んでいた。烏沙義が起きるっつうの。

 

「紅葉、ドンマイ☆」

 

「あああああああああああ!」

 

パーを高々と掲げた八重がドヤ顔で紅葉を見下す。グーを床に叩きつけた紅葉は大人しくソファに腰をかけ、1人でポリポリとプリッキーを食べ始めた。

いそいそと俺の隣に腰をかけ、プリッキーを用意する八重。

心臓が暴れそうになるが、平常心をなんとか保つ。表情に出ないように気をつけながら、とにかく「いつもどおり」を演じる。このくらいで動じていては先に進めない気がするし。

流石八重というか、チョコの方を咥え、持ち手の部分を俺に向けてくる。うん、別にいいけどね。

気づかれないように小さく深呼吸して、俺も端を咥えた。

少し痛い紅葉の視線に耐えながらも地道に食べ進めていくと、不意に八重と目が合った。それまでお互い少し目線を下げていたのだが、それはもうばっちりと。

俺はもちろん平常心を保ち、笑顔を浮かべたのだが・・・・・・。

 

直後、八重はプリッキーを口でへし折って上へ駆け上がって行ってしまった。取り残された俺は流石に平常心を保てず、ぽかーん。

やっぱ俺嫌われてる?

なんか顔を隠してた気がするけど、なんだったんだろう。

 

渋い顔をしている紅葉に「八重どうしたんだろうな」と尋ねると、「さあね」と眉間に皺を寄せて、やはり上へ行ってしまった。

・・・・・・ほんと、俺嫌われてんのかな。




感想や評価、お気軽にどうぞ!


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八咫烏って仲良しなのか?(クリスマススペシャル)

文字数少なくてごめんなさい。
更新速度遅くてごめんなさい。
新連載ばかり書いていてごめんなさい。
八重ちゃん可愛い(自画自賛)


卓上にずらりと並べられた豪華な料理。窓際には色とりどりの輪飾り。電飾などで綺麗に飾り付けられたクリスマスツリー。

電飾をくくりつけている紅葉の横で、ツインテールに輪飾りが絡まって半泣きになっている烏沙義。そんな作業風景だったが、なんとかクリスマスパーティーの用意は整った。

八重といえば、料理している俺の横にくっついてつまみ食いしようとしていたが、勿論そんな隙は与えなかった。

 

「ほら皆、席に着け~」

 

手を叩いて合図すると三人が明るい笑みでそれぞれの席に腰を下ろした。俺の隣の八重が目の前の唐揚げにこっそり手を伸ばしたので、素早くそれを叩き落とす。

いただきます! と合掌して普段よりも量の多いおかずに手を伸ばし、口に放り込んだ。うん、我ながらいい出来だ。

 

「榊、あーん」

 

不意に隣から鶏肉を突き刺したフォークが目の前に突き出され、八重がはにかんだ笑顔を見せる。天使かよ。

恥ずかしいという気持ちよりも、八重にあーんしてもらえるという喜びが圧倒的に勝り、お言葉に甘えて口を開ける。

うむ、数倍旨く感じるな!

俺も口をつけたフォークでそのまま食事を続ける八重を見て、少しドキリとしてしまう。

 

「さ、榊! あーん、だ!」

 

続いて目の前の紅葉からフォークで刺した生ハムサラダを口に突っ込まれた。

何故だか不満そうな顔をしており、あーん、と言っていた割には、俺が口を開ける前にねじ込まれた気がする。

ちなみに、烏沙義は俺たちのやり取りを気にせず無我夢中でキャベツをむさぼり食っていた。

 

「榊様! キャベツおかわりください!」

 

「はっや! ちょっと待っててな」

 

サラダのキャベツとは別に予め用意しておいた生キャベツを全て食らいつくし、なおかつまだ食べ足りない烏沙義。俺もキャベツは好きだが、こいつの場合は常軌を逸している。

キャベツをボウルいっぱいにして食卓に置くと烏沙義が満面の笑みで礼を述べた。

 

料理もあらかた食べ終え、皆が満足げな表情を浮かべているが、ここでケーキ登場だ。

 

「ケーキだー!!!」

 

八重はケーキを目にするなりいそいそと皿とフォークを人数分用意し始めた。普段からこのくらい積極的に手伝ってくれると有り難いんだがなぁ。

俺のイチゴを八重にプレゼントすると、お礼にもう一度あーんしてくれた。鼻血でそう。榊君幸せ。

 

「あ、雪だ」

 

紅葉が窓を見て小さく呟いた。つられて目を向けると、確かに雪が静かに降り注いでいる。

三人で初めて迎えるクリスマスがホワイトクリスマスになるとは、実に嬉しい。

と、八重が俺のシャツの裾を引っ張ってきたので顔を向けると、少し頬を赤くした八重が抱きついてきた。

 

「えへへ、メリークリスマスだよ、榊♪」

 

「榊、メリークリスマス」

 

「メリクリなのです! 榊様!」

 

――思えば、あの春八重と出会っていなければ、今頃俺は一人だったのだろうな。

 

「メリークリスマス。八重、紅葉、烏沙義」

 

今年も残りわずか。八咫烏との生活は幸せばかりである。来年も、この生活が続きますように……。



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八咫烏って年明けなのか?

間に合った(汗


「あけましておめでとうございます。今年も一年どうぞ宜しく虐めてください」

 

なんだか可笑しな挨拶が聞こえた気がしたけど、空耳かな。

大晦日に年越しの瞬間を迎えようと夜更かししていた八咫烏三名は無残にも睡魔という強敵に敗北し、一番早かった烏沙義でさえ、起きたときにはとっくに初日の出も過ぎ去っていた。

年越しジャンプしたかった、と泣きじゃくる烏沙義を抱きかかえて背中をさすりながら二人を起こしに行く。

ちなみに俺は八重がダウンした時点で八重をベッドに運び、そのままベッドに入った。一人で年越しの瞬間を迎えても嬉しくはない。

おせちなんか作るほど出来た人間ではないのでいつもの朝食の前にお互い新年の挨拶をしている。

 

「榊、今年も宜しくしてもらっても迷惑じゃないかな?」

 

「家族が何言ってんだよ。当たり前だ」

 

頬を赤らめて幸せそうに微笑む紅葉を見ているとこちらまで嬉しくなってくる。

二人で笑い合ってたら後ろから八重に飛びつかれた。

むすっとしかめっ面で俺のジャージを引っ張ってくるので撫でてやったらにんまりと笑顔を浮かべた。新年早々大天使。

烏沙義はというと、俺が慰めている間に泣き疲れて二度寝に入ったのでソファでおやすみ中。

というわけで三人での朝食だ。

 

「ふふ、こうして三人で食べているとなんだか懐かしいね」

 

目玉焼きを食べながら紅葉が懐かしそうに目を細める。そうか、紅葉が来たのが五月の……中旬くらいか。つまり六ヶ月弱。時間の流れとは恐ろしく早いものである。

 

「そうだね、あの頃は紅葉が榊を好k――」

 

八重が何かを言うとした瞬間、紅葉が鬼―どころではない。羅刹も顔負け―の形相で睨みをきかせる。しかし、八重にそんなものが効くわけがない。

 

「あぁ! いいよ、もっと睨んでいいよ!」

 

新年早々超ドM。

睨まれる快感に身をよじらせて興奮している八重はエロ可愛いという言葉がとても当てはまる。この前烏の発情期について小さな希望を抱いて調べてみたが、よく考えるとうちの八重ちゃんは年中発情期みたいなものであった。ちょっと残念。

 

「まったく……」

 

呆れたように溜息を吐いた紅葉は自分の食器を下げ、烏沙義の分の朝食にラップをかけてくれた。相変わらず気の利く奴だ。ほんと良い嫁さんになれそう。

……烏って人間の嫁になれるのか?

 

「なぁ、八咫烏と人間って結婚できるの?」

 

ガシャン。パリン。

八重の手にしていたグラス。紅葉が扱っていた皿。それらが同時に音を立てて破片と化した。

何事かと八重を見ると、口を一文字に結んで発熱を疑うほどに顔を紅くしていた。

 

「どどどどうしたんだ急に結婚なんて」

 

紅葉に至ってはどこに目があるか分かりにくいレベルに赤面し狼狽えている。

俺はそんなに変なことを言ったのか?

はっ! もしかしてこいつら好きな人いるのか? 八重に好きな人がいるとしたら悔しいが……。

 

「……二人とも、良い人見つけたらその人についていっていいからな」

 

「なんだいその父親感! それに、私はずっと榊と――」

 

紅葉の言葉を遮るように、隣に座っていた八重があのね、と俺の手をそっと握ってくる。

まっすぐ俺を見つめてくる八重に、胸の鼓動が早くなる。

 

「榊よりも良い人なんていないって、私は断言できるよ」

 

「わ、私だって! 榊以外の人を好きになんて――」

 

「キャベツ食べたいですーーー!」

 

ウサギ ガ メザメタ ヨウダ

 

「あ、あぁ。キャベツならあるけど、朝飯先に食っちまえな」

 

烏沙義に食事をするよう促し、お茶を持ってきてやろうと席を立って、俺は一度足を止めた。

 

「二人とも、ありがとな」

 

精一杯の感謝を込めて笑みを向ける。こんな日常がいつまでも続いたのなら、それはこの上ない幸福だ。

 

「今年もこれからも、よろしくな」

 

今年も一年、良いことがありますように。



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八咫烏って素直なのか?

投稿が遅れて申し訳ございません。
スランプ気味でどうも捗らず、今回も文字数が少なくなってしまいました。
調子が戻り次第がりがり書きますので、どうかお許しください。


「烏沙義、雪! 雪降ってる!」

 

「お姉ちゃん雪合戦しよう!」

 

 一体何が嬉しくって、こんな寒い日に外に出るのだろうか。榊に買ってもらった防寒具をいそいそと身に着けて玄関から飛び出す二人を見送り、私は暖房の電源を入れてソファに身を委ねた。

 昨日ラジオで雪の予報だとは言っていたが、朝からこんなに降るとは思っていなかった。榊も目をダークマターに変貌させていたくらいだ。私も寒いのは苦手だが、榊は雪が随分嫌いなようだ。

 ぽこん、と私の手元のスマートフォンが通知を知らせる。榊が連絡用に、と私達に買ったものだ。管理は私に任されている。下の二人に渡すとすぐゲームとかを始めるからね。

 ネット小説、という物があるらしいけど私はやはり紙媒体で読むのが好きだし、動画とかも興味はない。従ってスマートフォンを弄るのは榊とのやり取だけだ。

 まだ気持ちを切り替えてないのか、メッセージは「雪が積もってる……」と写真付きで届いていた。一言、「頑張って」と返信して電源を落とし、ポケットにしまい込む。下手に長く返すと、つい好意が漏れそうになる。ハートマークや音符をつけそうになる。

 だから、いつもそっけなく返す。気が付けばそれが当たり前になっていた。榊と私だけの”当たり前”、なんだか心がふわふわしてくすぐったくなる。

 

「お姉ちゃんそれ何? 雪兎?」

 

「ぴょんこりーぬ8世」

 

「ぴょんこ、りーぬ……?」

 

「あー、そうだね。この子は”ぴょんこりーぬ8世”じゃなくて”ぴょりびあん2世”って顔だね!」

 

 かすかに聞こえる、フォローのしようのないネーミングセンスのなさ。私に名をくれたのが榊でよかったとつくづく思う。

 ソファ専用のブランケットに身をくるみ、最近榊が気に入っている小説を開いた。

 榊は気に入った小説を私に貸してくれる。というか貸してくれといつも頼む。そうしてお互いの感想を話し合うのが、これ以上ないほどに幸せで尊い時間だ。

 八重と烏沙義が眠りについた後、榊と二人きりでお菓子を食べながら談笑するのもお気に入りの時間だ。

 

 八重と再会し、榊に会ってからというもの、私もだいぶ変わったなぁと自覚している。榊をもっと知りたい、榊ともっと居たい、榊にもっと好かれたい。

 気が付けば私の中は榊で満たされていた。こんな幸せな暮らしの中心にいるのが榊だから仕方ないのかもしれないけど。

 手にした小説の角は少しよれ、榊が何度も読み返した証となっている。それがなんだか愛おしくて、持っているだけで手が幸せ色に染まる気がした。

 まったく、私はどれだけ榊が好きなんだろうか。

 

 と、玄関が開く音に次いで居間の扉が開かれる。そこに立っていたのは涙目の二人だった。

 

「ど、どうしたんだい!?」

 

 慌てて立ち上がり、毛布に足を取られて転びそうになりながらも二人の元へ駆け寄る。

 

「手が、痛いの……ぐすっ」

 

「痛いのです……」

 

 しもやけ……まぁ手袋をしていても長時間雪を弄っていればそうなるだろう。予想以下の事態に思わず頬が緩んでしまう。二人を一気に抱え、ソファにそっと降ろした。二人とも軽すぎないかな、同じもの食べてるはずなのにね。

 

「今ホットミルク作ってあげるからね」

 

 二人を撫でて台所に向かうと、ポケットの中のスマートフォンが振動と共に通知音を鳴らした。

 

『寒すぎ、帰りてぇ』

 

 そんな拗ねたような内容に笑みが零れ、私は一言返信して、ホットミルクを作り始める。

 榊にもあとで作ってあげよう。

 

 

『榊が帰ってくるの、待ってるよ♪』

 

 自分の気持ちに素直になるのも、悪いもんじゃない。




紅葉が完全にヒロインになってる気がする?
気のせいですよ(白目


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八咫烏って料理上手なのか?

「榊、私にお料理教えてくれない?」

 

 八重が俺の膝に頭を預け、ソファで寝転がりながら漫画を読んでいるときのことだった。

手にしているのは料理漫画。単純な八重のことだ、料理に人生を捧ぐ主人公にでも感化されたのだろう。そんなところも可愛いな。

 外は霜が張るほど気温が低く、折角の休日から外出という選択肢を奪ってしまった。ラジオによると、確か氷点下まで下がるとかなんとか。

 台所は冷えるから極力立ちたくないのだが、八重のお願いとあらば聞かないわけにはいかない。

 どうせ皆暇だろうと紅葉と烏沙義も誘ったのだが、烏沙義は「味見なら喜んで!」と満面の笑みで言うので完成まで待機することに。結局俺と紅葉が講師、八重が受講者という形になった。

 

「今日作るのは何ですか、紅葉センセー!」

 

「はいっ今日作るのはですね、お手軽餃子ございます!」

 

 まずは紅葉の指導から。予想の斜め四十五度上を行く紅葉のノリの良さに苦笑しながらも、俺は端に寄って初体験に目を輝かせる八重を眺めていた。マジ天使。

 冷蔵庫から材料を取り出す紅葉。が、何かがおかしい。見覚えのあるパッケージ……そして俺は気が付いてしまった。

 

「いや紅葉それ冷食じゃん!」

 

 紅葉の手にした袋には『フライパンでお手軽餃子♪』と記されている。料理を教えてあげる気はなかったのだろうか。

 

「覚えたところで面倒くさがってやらない、後片付けもしないであろう駄目烏の八重には冷食がお似合いさ」

 

 満面の笑みで毒を吐く紅葉、目元が何も笑っていなかった。貶された本人はというと、頬を赤らめて甘い吐息を漏らしている。

 とりあえず俺だけでもまともな料理を一つくらい教えてやろう。もしかしたら料理に本格的に興味を示すかもしれない。八重がSに目覚めるくらい確率は低いだろうけども。

 紅葉には烏沙義と一緒に待機してもらうよう頼んだ。

 八重を撫でながら少しメニューを考える。紅葉の言う通り手間のかかるものではなく簡単なものがいいだろうと思い、俺は冷蔵庫から卵と牛乳を取り出した。あと食パンを用意し、八重と横並びに立つ。

 

「そんじゃあフレンチトーストを作ってみよう」

 

 面倒くさそうだが、意外と簡単に作れるフレンチトースト。俺も前はよく間食に作って食ってたっけな。

 まず底が平らで大きめの容器に卵と牛乳適量を入れ、砂糖も適量入れる。そこに食パンを片面浸して……

 

「レンジで三十秒チン!」

 

「チン!」

 

「チン!」

 

 あまりチンと連呼しないでほしいものである。と、声に違和感を覚え目線を声の先に向けると、いつの間にか紅葉の姿が消え、烏沙義が八重の隣に引っ付いている。居間を覗くと、紅葉はソファに横になって小説を読んでいた。理由はわからないが、あれは拗ねたときの顔だ。極稀に紅葉は幼子のように拗ねた様子を見せる。その度何かしてしまったのかと不安になるが、心当たりがないので本当に困る。

 撫でれば機嫌は直るみたいだから、扱いやすいといえば扱いやすいのだが。

 

 レンジでチンすることでパンに卵が染み込むのが早くなる。と思っている。これを両面やったら、耐熱皿にマーガリンを塗ってパンを乗せ、グラニュー糖をかけてオーブントースターで十分間。

 その間ぐうたらしましょう。

 

「お姉ちゃん、神経衰弱しよー!」

 

「いいよ! それにしても、良いネーミングだよね♡」

 

「なぁ紅葉~なんで怒ってるんだ?」

 

「うるさい、怒ってない」

 

 小説を読んでいる紅葉に何度も問いかけると、少し頬を赤らめながらも拗ねた顔で

 

「膝枕してくれたら許してあげる」

 

 と、不器用なおねだりをされた。普段八重が俺にくっついているから甘えにくいのかな。

 もちろん膝枕はしてあげるのだが、俺が紅葉にしてやってると――

 

「あ、紅葉ずるい! 榊ぎゅーってして!」

 

「私は紅葉さんにぎゅーします~♪」

 

 この二人が黙ってないんだよなぁ……。

 しかし、紅葉は満足そうに鼻歌を奏でている。

 なんとか機嫌は直ったようだ、よかったよかった。

 と、そうこうしている間にオーブントースターが鳴り、全員で確認しに行くと、上手い具合にふっくらとしたフレンチトーストが。

 みんなで顔を見合わせると、自然と頬が緩んだ。

 

「おっしゃ四等分して食うぞ!」

 

 小皿にとりわけ、それぞれ席に着く。合掌して、八重の初料理を口に含み、八重以外が目を見開いた。

 衝撃が隠せない、恐る恐る八重を見やり、問いかける。

 

「……お前、なんか入れたか?」

 

「ん? ハバネロオイル」

 

 悪びれもなくそう微笑んだ八重は、フレンチトーストを口に頬張って身を快感に震わせた。

 普通フレンチトーストは甘いものだ。故に脳が予想外の出来事に慌てふためいている。くっっっそ辛いんだが。

 涙目の烏沙義にお茶を注いでやり、紅葉とアイコンタクトを取った。

 二人の思考は完全に一致している。

 

 

 二度と、八重の料理を食べるものか。と。



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八咫烏って怖がりなのか?

更新遅くて申し訳ございません。
友達に「八咫M?のホラー映画回見たい」と言われ、即効書き上げました。
やはり、プロットって大事なんですね。予め決めておいた方が捗りました。
それでは、ごゆっくりどうぞ。

相変わらず文字数少なくて申し訳ございません。



「八重、頼まれてたの借りてきたよ」

 

 土曜の昼過ぎ、八重と自室で寛いでいると買い物から帰ってきた紅葉がひょこりと顔を覗かせた。あまり気は進まなかったけど、と付け加えて紅葉は八重にレジ袋を渡す。その中身を確認した八重の表情はというと、満面の笑顔。

 八重の笑顔はもちろんいつ見ても可愛いのだが、これは発情してる笑顔だ。

 レジ袋に記された見覚えのあるロゴでなんとなく見当はついているが……。

 

「榊っ、ホラー映画見よ!」

 

 

 

 我が家のソファは三人掛けだ。そのため八重、俺、紅葉が座ると烏沙義のスペースがなくなってしまう。どこに座ろうかとおろおろしている烏沙義に手招きをし、俺の膝に座るよう誘導する。烏沙義はちっこいから、映画鑑賞に差し支えはない。

 

「榊様、本当に見るのですか……?」

 

 烏沙義がすでに半泣きで俺を見上げてきた。普通に考えて、ちびっ子にホラー映画って鬼畜だよな……。残酷なシーンの時には目をふさいでやるとしよう。

 小さく震えている烏沙義を安心させるように撫で、俺は再生ボタンを押した。

 

『14日の土曜日』

 

 八重が紅葉に頼んで借りてきてもらった映画のタイトルだ。有名なものだが、俺も見るのは初めてである。

 内容としては、ただひたすら登場人物が殺人鬼に殺される話だ。

 特殊メイクの凄さに感心していると、不意に笑い声が耳元で聞こえた。笑い声のした方を見ると、頬を赤らめ、艶やかな吐息を漏らしている八重の姿が。

 

「あぁ、あんなに深く傷が……気持ちよさそうだなぁ……」

 

 そう呟きながらちらりと俺を横目で見るが、俺は気づかないふりをして烏沙義の目をふさいでいた。どうせ八重のことだからそんなことだろうと思ったが……はぁ。

 少しは自重してほしいが、興奮してる八重も可愛すぎるので辛い。

 それにしても、烏沙義の怯えようが酷い。少しの悲鳴だけでもツインテールをびくびくと揺らしている。

 

「大丈夫だって、所詮作りものなんだからさ」

 

 落ち着かせるようにそう撫でてやると、隣から紅葉の賛同する声。

 

「そうだよ、烏沙義。これは作りものなんだ。こんな殺人鬼いないし、私達八咫烏が人間に負けるわけがない。そう、怯える必要はないんだ。怖くない、怖くない、怖くない……」

 

「あの、紅葉さんや。手がすっごい震えとりますが」

 

「っ!? こ、怖くなんてないさ!」

 

 新発見、紅葉はびびり。八重に手渡すとき、気が進まない、と言ってたのは自分が怖いからだったのか……。ホラー映画なんて余裕だと思っていたが、声も若干震えている。烏沙義と八重の手前素直に怖がれないのだろうか、難儀な奴だ。

 やれやれと息を吐き、俺は紅葉の右手にそっと左手を重ねる。驚いたように俺を凝視する紅葉に

 

「これでちったぁ怖くなくなるだろ」

 

 と微笑みかけると顔を真っ赤にしてしまった。青くなったり赤くなったり、忙しい奴だ。

 ほどなくして紅葉の震えは収まり、烏沙義は膝を抱えて目を瞑ってしまった。

 それにしても、暫く八重の発情した笑い声が聞こえてこない。どうしたのだろうと八重の方を見ようとした時だった。

 

「あー、私も怖くなってきちゃったなー!」

 

 八重は棒読みくさく大声で言うと、俺の右腕にしっかりと抱き着いてきた。

 怖い、っていうのが嘘なのは分かっている。

 では何故そんな嘘を吐いたのか。それは、八重の顔を見ればすぐにわかった。

 

「なんだ八重、拗ねたのか」

 

「……拗ねてない」

 

 頬を膨らまして俺の腕に額を擦りつけてくる八重。俺が紅葉の手を握ってやってたのが気に食わなかったのか、嫉妬していたのだ。可愛いかよ。

 ……そういえば、こうやって八重が嫉妬するのって、久しぶりじゃないか?

 しがみついてくる八重に昂る気持ちを抑え、映画の続きを堪能する。

 クライマックスでは結局、紅葉も烏沙義も半泣きで、八重は拗ねたまま俺に引っ付いていた。

 

 

 

「……榊様ぁ、トイレついてきてくださいぃ」

 

「さささ榊、その、すまないのだがトイレに……」

 

「榊ぃ、お腹すいて目ぇ覚めちゃった……お菓子食べていい?」

 

 珍しく拗ねた八重だけでも十分に俺を睡眠不足にさせるというのに、計三回、俺は深夜に起こされてしまった。

翌日、全員寝坊したのは言うまでもない。



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八咫烏って欲塗れなのか?

お久しぶりです。
漸くメインヒロインがそれらしい展開へと歩みだしました。
以前八咫M?を読んでくれている友人と話したのですが、サブである紅葉がメインと化していることについて「紅葉ちゃんは副菜。肉じゃがみたいな感じ」と申しておりました。
何だこいつとも思いましたが、俺の作品を好いてくれていてとても嬉しいです。大事な親友でございます。

さて長くなりましたが、最新話です。どうぞごゆっくり。


「やぁやぁ榊君。今日遊び行ってもいいかな?」

 

「小鳥遊……別にいいけど、あいつらいるぞ?」

 

 終業式が迫った高校生活、午前中四時間授業で午後は用事はない。後で行くねー! と教室を後にする小鳥遊を見送り、俺は教科書を鞄に詰める。

 と、隣の席の男子が羨ましそうに溜息を吐いた。

 

「お前いいよなー。小鳥遊と仲良くて。おまけに家には黒髪の女の子。ハーレムかよ」

 

 八重の存在は既にクラスで知れ渡っているが、紅葉と烏沙義に関しては、小鳥遊以外知る人はいない。教えたら……視線が痛くなるだろうなぁ。

 俺は適当に返事をして、家路に着いた。

 信号を待っている間、空を飛ぶ烏を眺めていたら不意に肩をたたかれる。

 

「榊、おかえり」

 

「買い物してくれてたのか。ありがとな紅葉」

 

 買い物帰りの紅葉と合流して、肩を並べ家に到着。玄関を開けると八重と烏沙義が飛びついてきた。

 教科書を入れたカバンが重いので、一旦二人を引きはがして二階に荷物を置く。手早くジャージに着替えて下に戻ると、階段を下りたところで再びちびっ子組が抱き着いてきた。

 

「榊ー!」

 

「榊様ー!」

 

「さ、榊ー……」

 

 顔を真っ赤にして紅葉も便乗してくる。何故こいつは照れることを自分からするのか。ドМなのか。

 そのまま三人を引きずるようにして居間へ入り、ふと思い出す。

 

「多分そろそろ小鳥遊遊びに来るから。って……」

 

 八重と紅葉の眉間に皺が一瞬で浮かび上がり、どす黒いオーラが滲みだしていた。来るな、と言わんばかりの眼光である。

 小鳥遊がこいつらに何かしたか……? と思い返すも、微塵も心当たりはない。一体小鳥遊の何が嫌だというのか。が、それを尋ねるとさらにへそを曲げそうなので聞かないでおこう。

 一応の来客ということで、八重たちの散らかした本やトランプやゲームを片付けるのだが……こいつら散らかしすぎだろ。軽く説教も交えて皆で掃除。そうこうしている間にインターホンが小鳥遊の到着を知らせた。

 

「おっじゃましまーす! って威圧感凄いな!」

 

 ハイテンションの小鳥遊を、怒気をはらんだ笑顔で出迎える紅葉。

 軽くはたくと如何にも不満そうな目で俺を軽く睨んだ。前に来た時も、紅葉達の方が好きだといったのに忘れたのか。記憶喪失ですか。

 ”Oh Yeah”と書かれたセンスを疑うTシャツの小鳥遊が居間に入ると、真っ先に反応したのは烏沙義だった。

 

「小鳥遊さん! いらっしゃいなのです!」

 

「随分とまぁ愛らしいことで。どっかの誰かさんが愛情を注いだからかな?」

 

 こちらを見やりながらにやけていたので飲み物は出さなかった。

 小鳥遊は遊びに来る、と言っていたが、まぁ特に何をするでもなく。ただ学校の話をするだけだ。

 前みたいに八重が拗ねるといけないので、今回は小鳥遊とはテーブルを挟んでいる。俺の左隣には誰がいるか。勿論八重である。俺の右隣には誰がいるか。当然ながら紅葉である。俺の膝の上には誰がいるか、言うまでもなく烏沙義である。

 

「モテモテだねぇ」

 

「うるせぇ」

 

 威嚇するように小鳥遊を睨む八重を宥め、学校の話をしていると烏沙義が不思議そうに八重を見つめているのに気が付いた。どうした、と尋ねるが烏沙義は何でもないと首を振って微笑む。俺はそれが不思議だった。

 

「なんか嫌われてるみたいだし、ここは一つお二人に気に居られましょうか」

 

 何故かそう口にした小鳥遊はわざとらしく咳払いし、自信満々な笑みで八重と紅葉を交互に見つめた。

 そしてズボンのポケットから取り出したスマホを二人に示すと、

 

「ここに榊君の学校での写真があります。あと友達と悪ふざけをする動画も撮ってあります」

 

 などとふざけたことを言いやがった。しかし、それは効き目が大きかったようで。

 

「夕飯食べていくかい? 小鳥遊さん」

 

「一緒にトランプしよ! 小鳥遊さん」

 

 と欲にまみれた目へと変貌した二人を、俺は冷ややかな目で見つめる。なんかすごいからかわれる気がするので、小鳥遊に勘弁してくれと頼んだ。

 小鳥遊が俺にこっそり、紅葉に預けたスマホに件のデータを送っていたことが判明したのは、数日後のことだった。

 結局、夕飯を一緒に食った小鳥遊は満足そうにして帰り支度を始めた。俺は聞きたいことがあったのを思い出し、見送るついでに小鳥遊と外に出る。ちなみに八重も引っ付いてきた。

 

「なぁ、なんで今日遊びに来たんだ?」

 

 そう尋ねると、小鳥遊は小さく微笑んで八重に視線を向ける。

 

「ちょっと気になったことがあったから。そんだけ。ご馳走様でしたアンドお邪魔しました~」

 

 手を振って去る小鳥遊の背中を、八重は何故か拗ねたように頬を膨らませて睨み続けていた。




八重ちゃんがメインヒロインを奪還しようとしております。奪われてませんが。


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八咫烏って怠け者なのか?

1ヶ月も更新空いてすんませんっしたぁ!!!


 ……たるんでいる。実にたるんでいる。

 窓からは日光が降り注ぎ、絶好の外出日和の土曜ではあるが、俺は居間に仁王立ちして顔を顰めた。

 放置された本、使いっぱなしのコップ、乱れたソファカバー、片付けられていないジェンガetc……居間の荒れっぷりといったら、もう酷いの一言に尽きる。一度説教しないとダメだな。

 

「お前らー、居間に集合!!」

 

 俺が声を張り上げて二階に向かって命令すると、三つの足音が階段を駆け下りる。居間に入ってきた奴からソファ(カバーは整えておいた)に座らせた。

 烏沙義はキョトンと首を傾げ、紅葉は真面目な顔で俺を見てる。一方八重は満面の笑みでニコニコしている。なんとなくチョップを頭頂部に食らわせた。

 

「いったい! ひどいよ榊……♪♪」

 

 言葉と表情が噛み合わず、より一層笑顔になった八重を無視して説教を始める。

 

「あのな、居間を散らかしすぎ。使ったものは片付けなさい!」

 

「申し訳ないのだが榊、私は散らかしていないぞ」

 

「え、そこの本は?」

 

「それは八重が途中まで呼んで挫折したものだ」

 

 しょんぼりとしていた紅葉を優しく一撫でして、上に戻っていいと伝える。うむ、悪いことをしてしまった。

 となるとこの二人か。ちびっ子だからといって加減はしない。怒る時はきちんと怒らねば。

 

「コップとかジェンガは使ったらきちんと戻す! わかったか?」

 

「コップもジェンガも使ったのお姉ちゃんだよね。朝一人ジェンガやってたし」

 

「うん、私だね☆」

 

 烏沙義が冷たい目で八重を見つめ、八重がてへっと舌を出す。

 

「あと、ソファカバーもちゃんと直すこと!」

 

「お姉ちゃんさっき寝転がってたよね」

 

「うん、寝転がってたね!」

 

 上に戻ってもいいですか?  と訪ねてきた烏沙義に謝罪し、二人きりになった居間で八重と見つめ合う。薄く頬を火照らせ、俺にはにかんだ笑顔を見せてくる。

 そっと至近距離まで歩み寄り、華奢な両肩に手をかけた。

 

「全部お前じゃねえか!」

 

 勢い良く頭を振り下ろして、八重の脳天に頭突きを食らわせる。例え喜ばれても構わない。それでも頭突きせずにはいられなかった。

 頑張ったら虐めてるから、と気持ちよさそうに顔を蕩けさせた八重に居間を片付けるよう言いつけ、俺は二階へ上がる。二人には悪いことしたなぁ、と反省しながら、二人の部屋に顔を覗かせた。紅葉と烏沙義は仲良さげに同じベッドの上で寝転がり、本を読んでいる。最近烏沙義も紅葉に影響されて本を読み始めた。いいことである。うむ。

 

「さっきはごめんな」

 

「悪いのは八重さ。榊が謝る必要はない」

 

「ありがとな。今日の昼は紅葉が行きたがってたラーメン屋に行こうか」

 

 そう言うと、紅葉は素直に嬉しさを顔に表した。にっこりと微笑む紅葉の顔がとても綺麗で、胸がどきりと高鳴る。どうして八咫烏は皆こうも美形なのだろうか。そういう血筋なのか?

 身支度を始めた二人に背を向け、居間へ向かう。勿論、八重を手伝うためである。甘やかすのはあまりよくないかもしれないが、早く出かけるためという口実を用意できたので問題ない。

 

「八重、片付け手伝うよ――って、まじかよ」

 

 めっちゃ綺麗だった。綺麗になってた。八重もやればできるんじゃないかと思ったが、当人を見て納得した。

 

「えへへ。頑張れば榊が虐めてくれる。虐めてもらえる……えへへ」

 

 ドМパワー、恐るべし……。

 その後興奮状態の八重を正気に戻し、俺達は外へ出た。行先は少し歩いた処にあるラーメン屋だ。八重も、その店に激辛ラーメンがあると知ってはしゃいでいる。そんな八重と手をつないで、暖かな日差しの下を歩く。

 いつも通りの変わらない日常。だが、俺達はまだ知らなかった。

 

 この後、衝撃的な出会いをするだなんて――。



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ケモ耳娘って拾われたのか? コラボ作品:ケモ耳娘拾いました

はい、という訳でハーメルン内、Twitterで仲良くしてもらっているsoar様とのコラボでございます!
次回の伏線はこのためです。もし「お、新キャラ登場か!?」的な期待をされていた方はいらっしゃいましたら申し訳ございません!
今回コラボということで、とても楽しく執筆させていただきました。そありん有難う!!!

それではコラボ回、ごゆるりとどうぞ!

ケモ耳娘拾いました→https://syosetu.org/novel/104628/


 高く上った陽の下を、俺達は口に残ったラーメンの味について談笑しながら歩いていた。

 

「あぁ、最っ高だったよ……また行こうね、榊っ♪」

 

 満足げにしている八重だが、その台詞に俺を含めた三人は若干―いや、かなり引いている。八重がラーメン屋で頼んだのは激辛つけ麺。店内に「ご注文は自己責任でお願いします」という張り紙を見つけぞっとしたが、勿論八重は目を爛々と煌かせ、意気揚々に注文していた。一口頂いたが、正直あれは兵器だと思う。八重は平気だと言ってたけれども。

 興奮している八重は可愛いのだが、自分もその辛さを身をもって実感しているため、今回ばかりは「八重は可愛いなぁ!」という反応は示すことができない。何せその一口のせいで舌が焼けるように熱く、自分のラーメンを食べるのが最早拷問と化していたのだ。故に、ラーメンの感想をまともに語り合っているのは紅葉と烏沙義だけだったりする。

 

「味噌ラーメン美味しかったね、烏沙義」

 

「はい、とっても美味しかったです!」

 

 俺と八重の少し前を歩く二人。紅葉が烏沙義と手をつないで歩いているその姿は、母親そのものだった。

 

 と、不意に進行方向から三人組が歩いてくるのに気が付いた俺は、軽く目を疑った。

 俺と同じくらいの背丈の女性と、さらにその女性を見下ろしている男性。百八十はあるであろうその男性は、烏沙義と同じくらいの背の少女も連れている。仲睦まじく会話しているが、家族……なのか? よく分からない一行である。俺も人のことは言えないが。

 

「帰ったらいっぱい攻めてくださいね、春斗さん♡」

 

「ゲームの話だな、よし来た!」

 

「春斗ってチキンだよね」

 

 ……会話の内容が微かながら耳に届いたのだが、あの女性、中々の性癖を持っているようである。うちの八重と分かり合える存在かもしれない。

 

「榊、私も帰ったら責めてほしいな♡」

 

「こら、公の場でそういうことを言うんじゃない」

 

「紅葉はやっぱお母さんみたいだな」

 

「紅葉お母さんですね~♪」

 

 そんなやり取りをしている間にも三人組との距離は縮まり、ついにすれ違った。が、その時だ。

 

「「あっ」」

 

 烏沙義が女性がぶつかり、尻餅をついてしまう。女性は「大丈夫ですか!?」と慌てて烏沙義に手を差し伸べてくれたのだが……

 

「ちょ、アズキ!!!」

 

 男性が顔を蒼く染めて女性の落とした帽子を再度頭に被せるが、残念ながら遅かった。俺たちの目にはすでに焼き付いてしまったのである。

 

 女性の頭から生えた、犬のようなケモ耳が。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇

 

「じゃあアズキさんとクロネちゃんは半獣なんだー。私達とはちょっと違うみたいだね」

 

 八重は向かいに座ったアズキさん達をしげしげと見つめながらクッキーを頬張る。クロネちゃんも食べたそうだったので「食べていいよ」と勧めてあげるとすごく嬉しそうに尻尾を揺らしてお菓子に手を伸ばした。

 二人の半獣を連れた男性―春斗さんは、あの後八重達が八咫烏という存在であることを教えると、安堵したように息を吐いていた。折角なので家に招き、少し早めのおやつタイム中である。

 アズキさんと子供組がソファー前のローテーブルでお菓子を食べてる中、俺と春斗さんは食卓に向き合って座っていた。 

 

「――という訳で、うちの八重はドМなんですよ。すぐ罵れだの責め立てろだの」

 

「アズキも攻めてほしいとかよく言ってるな。受け身仲間だな。首輪付けられたがるし」

 

「……お互い苦労しますね」

 

 無言でうなずき合う俺達。人外の家族を持つ人と話すのは初めてだが、こんなにも共感できる話があるなんて……。いや、共通してるのは人外という点ではなく、手がかかるという点か。

 

「話を聞く限り、烏沙義とクロネちゃんも仲間だよね。二人とも元盗人だったんだし」

 

 俺達の前にお茶の入った湯飲みを置いた紅葉が盆を抱えてニコリと微笑む。そんな紅葉を、何故か目を輝かせて見つめる春斗さん。どうしたのかと尋ねると、疲れたように溜息を吐いて

 

「うちにも、こういう気の利く人がいたら楽なんだけどな。って……」

 

「ちょっと春斗さん!? 私家事とかやってますよ!?」

 

「お茶旨いな……紅葉さんありがとう」

 

 反論をガン無視されたアズキさんが頬を膨らます。無視されて怒る辺りは、八重の方が重症だな。

 確かに、紅葉という保護者的存在がいてくれるお陰で俺自身とても助かっている。今度お礼しなきゃな……そういえば以前理由は分からないが小鳥遊から遊園地のチケットを二枚貰った。それで紅葉を誘ってみるか。

 お菓子に満足したのか、八重がローテーブルから離れて俺にくっついてくる。ああああ可愛い! と叫びたいが、客人の前では我慢だ。我慢。でも撫でちゃう。

 

「随分と懐かれてるんだな。八咫烏か……どういう経緯で知り合ったんだ?」

 

「道端の烏に缶投げつけたら、痴女が不法侵入した上に脅してきたんです。家族にしろって」

 

「えぇ……」

 

 てへへと舌を出す八重の頭をくしゃくしゃと撫で繰り回し、俺は春斗さんに尋ね返した。

 

「春斗さんこそ、半獣なんてどこで知り合ったんですか?」

 

「拾った」

 

「え」

 

「拾った」

 

 ……アズキさんにも色々な事情があるのだろうと悟り、俺はそれ以上聞くのをやめた。

 

「ねぇ榊さん」

 

 不意に猫耳の少女、クロネちゃんが俺に歩み寄ってきた。何故だか烏沙義と手を繋いでいる。

 ニコニコ顔の烏沙義を見るあたり、すっかり仲良くなったみたいだな。

 

「今日クロネちゃん達とお泊り会したいのです!」

 

「いいぞ」

 

「え!?」

 

 俺の即答に驚いたのは春斗さんだった。着替えもないし迷惑だ、と慌てた様子で首を振るが、俺は別に気にしない。それに、クロネちゃんとアズキさんは一度帰って必需品を持ってくる気満々のようで既に玄関へ向かってしまった。そんな二人を見て申し訳なさそうに頭を掻いた春斗さんは、

 

「……じゃあ、お言葉に甘えようかな。なんか菓子折りも持ってくるよ」

 

 足早に二人を追いかけて玄関へと向かっていった。三人の見送りから戻ると、嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねる烏沙義を撫でながら、紅葉が少し気合の入った笑顔で俺に目線を向けてくる。

 

「全く、今日の夕飯は豪華にしなきゃいけないね」

 

「そうだな。紅葉手伝ってくれるか?」

 

「当たり前だろう。榊のためなら何でも手伝うさ」

 

 仰々しくそう言う紅葉に礼を言い、俺はみんなの顔を見渡した。

 さぁ、来客を出迎える支度をはじめよう。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇

 

「ご馳走様でした!」

 

 普段からは考えられないような手間をかけた夕食に三人とも満足してくれたようで、紅葉とハイタッチをした。

 ちなみにアズキさんに事前に頼まれていたので玉ねぎは使っていない。そういや八重と暮らし始めた時、気を遣って玉ねぎ抜いたら文句言われたなぁと思い出し、自然と笑みが零れる。

 デザートは春斗さんが買ってきてくださったケーキとコーヒー。口に広がる甘さを楽しみながら談笑に花を咲かせた。

 

「八重ちゃんなら理解してくれるかもと思って、これ持ってきたんですけど……」

 

「おいこらアズキ。何持ってきてんだ馬鹿。てか何時買った!?」

 

「首輪!? 榊、私に付けて! そんで思いっきり引っ張って踏んづけて罵って♪♪」

 

「やっぱり興奮してる八重可愛いなぁ」

 

「さ、榊……」

 

「クロネちゃん、UNOしましょー!」

 

「うん、やろう」

 

 艶めかしく息を荒げる八重を撫で繰り回しながら、ふと時計に目をやる。二十一時、もうこんな時間か。楽しい時間は流れるのが実に一瞬である。

 時が止まればいいのにと思うこともあるが、終わりがあるからこそ価値が出るのだ。終わりがあるからこそ、幸せなこの時を大切にしようと思うのだ。

 

「風呂、春斗さんお先にどうぞ」

 

「ん、じゃあ一番風呂頂くよ」

 

「お背中お流しします!」

 

「くんなエロ犬」

 

 順番に入ってかないとなぁ、一人三十分としても大分時間がかかってしまう。どうしたものかと考えていると、八重と紅葉の目が光った。あぁ、デジャヴを感じる……。

 

「八重、烏沙義と入っといで」

 

「あはは、紅葉が烏沙義と入んなよ♪」

 

「私クロネちゃんと入りたいです!」

 

 二人の邪な考えは、またもや純真な烏沙義ちゃんによって打ち砕かれたのでした。まる。

 ならば烏沙義クロネちゃんペア、アズキさん、紅葉八重ペア、俺の順でいいか。と考えていたら、アズキさんが八重の肩に手を置いた。

 

「八重ちゃん私と入りません?」

 

「! うん、いいよ!」

 

 少々驚いた八重だが、アズキさんの誘いを快く受けた。となると……。なぜか少し顔を赤らめている紅葉と目線が合う。まぁ、流れでそうなるよな。仕方がない。

 

「俺、入るの最後でいいぞ」

 

「ですよね……」

 

 俺と紅葉は別々だな。というか、紅葉が残念そうにがっくりと肩を落としたのだが、一体どうしたのだろうか。

 各々風呂の順番が回ってくるまでくつろぎ、俺は一番風呂を上がった春斗さんとソファに座って、お茶を飲みながらまた会話に勤しんでいた。

 

「にしても高校生で家事もできて、しっかりしてるな」

 

「いやぁ、両親がいないのなんていつものことだったんで」

 

「でも、四人分の食事とか大変だろう。紅葉さんも手伝ってくれてるんだろうけど」

 

 その言葉に紅葉と顔を見合わせ、俺は小さく微笑んだ。

 

「そうですね、大変です。居間は散らかるし、料理は大変だし、いつも騒がしいし」

 

 膝の上の八重が誤魔化すように口笛を吹き、紅葉が申し訳なさそうに眉を下げる。風呂場の方からは烏沙義とクロネちゃんの楽しそうなはしゃぎ声。

 困ることもたくさんある。面倒くさいことも、手のかかる奴が居れば手伝ってくれる奴も居て、元気を有り余らせた奴が家の中を走ったり。でも、時折考える。それらすべてがもし無かったのなら、俺は今頃一人寂しく散らかる要素のない質素な居間で本を読んでいるだけの高校生になっていたかもしれない。

 

「大変だけど、八重が、紅葉に烏沙義が居てくれるから、俺は幸せで、頑張れるんです」

 

「……やっぱ榊君とは気が合いそうだ」

 

 微笑んだ春斗さんのその言葉に、アズキさんの耳がピクリと反応する。

 

「春斗さん、それって――」

 

「あーちびっ子が風呂上がったぞ。アズキ、八重ちゃんと風呂頂いてこい」

 

 誤魔化すようにアズキさんを急かし、俺に悪戯っぽい笑みを向けた春斗さん。さてはこの人、素直になれないタイプだな。俺も大概だけど。

 俺は立ち上がり、我が家にあるだけの布団を居間に敷き詰めた。人数分はさすがになかったが、ちびっ子もいるし詰めれば問題ないだろう。

 窓から注ぐ月明かりに照らされた布団に寝転がる烏沙義を撫でながら、本を読んでいる紅葉に寄り添われながら、湯上りの八重を頭に浮かべて俺は心の底から思った。

 この生活が本当に幸せだと。

 

「っしゃ、皆風呂あがったらトランプ大会でもしますか!」

 

「いいね、望むところだよ。榊」

 

「楽しみですー! ね、クロネちゃん!」

 

「うん、楽しみ」

 

「俺も楽しみだな」

 

「お風呂あがったよー!」

 

「いいお湯でした~!」

 

 ケモ耳娘と八咫烏、その主人たちの賑わいは、朝日が昇るまで続いた。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇

 

「もし捨てられてる半獣が居たら連絡しますね。ケモ耳娘拾いました。って」

 

「俺もマゾな八咫烏に会ったら連絡するよ。やっぱり八咫烏ってMなのか? って」

 

 日曜の昼過ぎ。春斗さんと連絡先を交換して、俺達は四人で客人を見送った。八重も烏沙義も、三人が見えなくなるまでずっと手を振っていた。よほど楽しかったのだろう。

 居間に戻ると、昨晩が嘘のように静かで少し寂しかったが、そんな静かさもすぐになくなった。

 

「榊っ♪」

 

「榊」

 

「榊様!」

 

 微笑む三人を見渡し、俺は敷きっぱなしの布団にダイブした。

 

「二度寝すっか!」

 

 川の字、より一本多いが、俺達は並んで寝転がり目を閉じた。日光が当たって温かい、直ぐに寝てしまいそうだ。

 幸せなぬくもりを感じながら、俺は思いを馳せる。

 

 どうか、この暮らしが。三人との幸せな日々が続きますように。




近頃、各話の終わり方がマンネリ化してきてますね……まずい。


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八咫烏って片思いなのか?

 ――ゴンドラが、頂上に到達する。一面の夕焼け空。

 彼女はいつもと変わらぬ口調で、俺に約束を結ばせた。揺らめく夕日に負けないくらい、瞳を紅く潤ませて。

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

「紅葉、明日一緒遊園地行かないか」

 

 俺は夕食時、紅葉にそう提案した。日頃から家事やらで世話になっているのだ、何かお礼をしたいとずっと考えていた。少し前に小鳥遊が何故か二枚遊園地のチケットをくれたし、丁度明日は土曜日だ。

 そう伝えると紅葉は目を輝かせたが、すぐに申し訳なさそうに俺の隣へ視線を向けた。味噌汁を啜っていた八重がそれに気が付き、明るい笑顔を浮かべる。

 

「二人で行ってきなよ! 折角紅葉へのお礼なんだからさ」

 

「そ、そうか……」

 

 キャベツを齧りながら、じっと烏沙義が八重を見つめている。何か言いたげな眼差しだった。

 八重と烏沙義も今度連れていくことを約束して、俺はまたから揚げを口に放り込む。心なしか、八重の箸があまり進んでいないように見えた。

 

 

 

「――そんじゃ、夕食までには帰ってくるからな」

 

 玄関まで見送ってくれた八重と烏沙義の頭を撫で繰り回し、俺と紅葉は駅へ向かう。半年ぶりだからか、紅葉はずっと電車の中でパンフレットを眺めていた。それが何だか幼く見えて、ついついからかってしまう。顔を赤くした紅葉は拗ねたようにそっぽを向いてしまった。

 電車の窓から差し込む日光は柔らかく、春らしい日和だ。紅葉へのお礼、と言いながらも、俺もかなり楽しみだったりする。そういえば、まだ烏沙義を連れて行っていなかったか。夏休みにでも四人で行くか。

 あれに乗ろうこれに乗ろう、紅葉とそうして和気藹々と話していると、遊園地の最寄り駅に到着。電車から降りた俺達を、陽が優しく包み込んだ。

 

 コーヒーカップが大層お気に召したのか、この列に並ぶのもこれで三回目である。普段なら見ることのできないであろう、無邪気な笑顔でカップをぶん回す紅葉。年下勢がいないからだろうか、とてものびのびとしているように見える。もしかしたら、最年長としていつも気を張っていたのかもしれない。

 

「榊、次あれ行こう!」

 

「はいはい」

 

 俺の手を引いてずんずんとアトラクションに向かって進む紅葉の後ろ姿が、やけに可愛らしく見えて。俺の顔は知らぬ間に柔らんでいた。

 紅葉は俺に背を向けていたから、気づくことができなかった。この時、紅葉の顔が真っ赤に染まっていることに。

 

 

 以前と違って、今回の帰宅時間はかなり早めだ。二人の夕飯を作らなければならないからだ。だから、陽が沈んできた段階で、俺達はもう観覧車の列に並んでいた。最後のアトラクションだ。

 コーヒーカップが楽しかった。と紅葉は興奮気味に何度も繰り返している。よほど気に入ったんだな。こりゃ次来た時もコーヒーカップに数回乗る羽目になりそうだ。

 ゴンドラの順番が回ってくる。乗り込むと、徐々に上昇していく景色を二人で「おー!」なんて見渡していた。鮮やかな茜色の空と真っ赤に燃える夕日。明日は間違いなく晴れることだろう。

 

「にしても、本当紅葉にはいつも世話になってるな。ありがとう」

 

「い、いやいや。榊の家に転がり込んだのは私達の方なんだから、当たり前じゃないか」 

 

 改めて礼を述べるも、照れたようにそう返された。それでもありがたいことに変わりはないから、俺は気にせずさらに続ける。

 

「家事もやってくれるし、俺と八重のことも応援してくれるし」

 

 一瞬、紅葉の顔が強張った気がした。気のせいだろうか。

 

「だからさ、紅葉も相談とかあったら遠慮なくしてくれ。家族なんだから」

 

「……家族どまり、なんだね」

 

 その声はあまりにも小さくて聞き取れず、訊き返そうとするも紅葉の言葉に遮られてしまった。

 何かを決意したかのような、真剣な眼差し。昼間の幼げにはしゃぐ姿はもう見受けられない。

 

「分かった。遠慮はしない。……榊、目を瞑れ」

 

 俺は、言われた通り目を瞑った。何をする気かは知らないが、紅葉がそうしてくれと言ったから。

 直後、俺の脳内は真っ白に染まる。窓から見た茜色も忘れるくらい頭が白くなって。目を思わず開けると、超至近距離に紅葉の真っ赤な顔が迫っていた。いや、迫っていたどころではない。

 紅葉の唇が俺の唇に押し当てられ、舌が俺の口内に入り込んでいるのだから。

 

 肩をつかんで引き剥がすが、再び顔を間近へ運んできた。その目にはうっすらと滴が浮いている。

 

「私は、榊が好きだ。この上なく好きだ。大好きだ、愛してる。好きで好きでたまらない。

八重との仲を応援するなんて言ったが、もう我慢出来ない。榊の恋人には、私がなりたい。

榊と手を繋ぎたい、ふれあいたい、愛し合いたい。私は、この世で一番、榊が大好きだ」

 

 堰が切れたように溢れる告白に、俺は狼狽えていた。

 

「ずっとずっと、我慢してた。この感情が恋だと気づいた時から、ずっとずっと榊のことが頭から離れなかった。

八重を撫でてる時も、烏沙義を抱っこしてる時も、烏沙義とお風呂に入った時も! ずっとあの二人が羨ましかった!

私も榊に甘やかされたいし、破廉恥だけど、一緒に風呂にも入りたいと思った!

寝ようと瞼を閉じるたび、君の顔が浮かんでくる。愛しくて愛しくて、いつも榊のことを考えてたんだ。

そのくらい、私は榊を愛してるんだ……」

 

 言葉を連ねると同時に、紅葉の目からは大粒の涙がとめどなく零れていた。

 前に二人で観覧車に乗った時に紅葉が言おうとしていたことが、漸く分かった。俺に、告白してくれようとしたのだろう。そんな紅葉に、俺は「八重とのことを応援してくれ」だなんて残酷なことを言ってしまったのか。

 泣きたかっただろうに、俺のために必死に涙をこらえて、今まで応援してきてくれたのか。

 

 その好意が嬉しくないかと問われれば、勿論嬉しい。俺のことを想ってくれて、俺の為に協力してくれて。

 だけど、俺が漸く絞り出せた声はたったの三文字だった。

 

「……ごめん」

 

 紅葉はぐしぐしと袖で涙を拭うと、深呼吸をしてから俺の向かいに腰を下ろした。

 

「私を振るなら、交換条件だ」

 

「交換、条件……?」

 

 ゴンドラが、頂上に到達する。一面の夕焼け空。

 彼女はいつもと変わらぬ口調で、俺に約束を結ばせた。揺らめく夕日に負けないくらい、瞳を紅く潤ませて。

 

「明日、八重に告白しろ」

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

「二人とも、今頃何してるのかなぁ」

 

「気になるならお姉ちゃんもついてけばよかったのに」

 

 ぽろりと零した何気ない言葉に、烏沙義が不満そうに答えた。

 

「榊様はお姉ちゃんに甘々だから、駄々こねれば連れてってもらえたでしょ」

 

 そう呆れたように言う烏沙義は私の手の中のトランプを一枚抜き取った。ワンペアそろったようで、テーブルにその二枚を捨てた。ジョーカーは私の手元にある。そろそろ引いてもらわなければ負けてしまう。

 

「今回は紅葉に譲らなきゃ。紅葉、榊のこと好きだからさ。私もついてったらがっかりしちゃうよ」

 

 烏沙義から引いた数字はどれともペアにならず、私は頬を膨らました。

 

「なんで?」

 

 意味が分からないとでも言いたげに、首をかしげながら烏沙義は私の手元から数字の札を的確にとっていく。「あ、揃った」と烏沙義が手札を捨てる。その手元には、残った一枚のトランプが握られていた。

 

「なんでって。だから紅葉は榊のことが――」

 

「なんで?」

 

 負けるのが癪で手の動きを止めていたが、烏沙義が小さく溜息を吐きながら私に最後の一枚を差し出してきた。仕方なくペアを捨てると、手元にはジョーカーだけが残った。

 烏沙義が私をまっすぐと見つめてくる。そして、当然のように。「服は着るものでしょう」とでも言うように。

 ただただ、純粋に。

 

「お姉ちゃんだって、榊様のこと好きじゃない」

 

 言葉を発せない私の手元からジョーカーを抜き取って、烏沙義は淡々と私にその真実を突きつける。

 

「お姉ちゃん、榊様に撫でられてる時すごく嬉しそう。

榊様のことを話してる時、すごく幸せそう。

紅葉さんと榊様が添い寝してた時、悔しそうにしてた。

小鳥遊さんが来た時、不安そうだった。

それって、榊様が好きだからでしょ?」

 

 私が、榊を、好き……?

 

「お姉ちゃん、無自覚かもだけどポーカーフェイスすごい下手だよ」

 

 悪戯っぽく笑いながら、ジョーカーをテーブルに置いて烏沙義は居間を出て行った。取り残された私の脳裏に浮かび上がるのは、榊のことばかり。

 榊とポッキーゲームをした時、意味が分からないほど胸がドキドキした。

 紅葉と添い寝してるのを見た時、無性にイライラした。

 小鳥遊さんと話してた時、榊がとられるんじゃないかって不安だった。

 紅葉の手を握って怖さを和らげてあげてた時、寂しく思った。

 

 そうか、私は今更ながらに気が付いた。

 

 私は、榊のことが好きなのだ。大好きで大好きで、堪らなかったのだ。




次話で最終回。かも。です。


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八咫烏って両想いなのか?

長らくお待たせいたしました!
最終話目前にしてスランプに入る、これぞ俺のスタイル! 嘘ですごめんなさい。
亀更新ながら、読み続けてくださった読者の方々、お気に入り登録してくださった皆様、評価を付けてくださった皆様に多大なる感謝を。

それでは最終回、どうぞ!


『明日、八重に告白しろ』

 

 俺が紅葉を振ったことに対する、交換条件だ。正直言えば、俺は八重に告白しようだなんて微塵も思っていなかった。だって家族だから。この関係を壊したくなかったから。

 でも、紅葉はそれを恐れずに勇気を出して俺に告白してくれた。

 

「……八重に告白、か」

 

「なんだい、怖いのかい?」

 

 遊園地を出たころはまだ橙色だった空はすっかり藍色に染まっている。最寄り駅から自宅へ向かう中、紅葉が俺の顔を覗き込んだ。

 怖くない、といえば嘘になる。関係云々もそうだが、純粋に受け入れてもらえるか。そこが怖い。八重は正直言ってまだまだ精神面は子供だ。八重の言う「好き」がどの程度のものか、俺は知らない。何度も好きと言ってもらったことはあるが、それは果たして俺と同じ好きなのだろうか。

 

「まぁ指定したのは明日さ。今日は何も考えずに普通にしてればいい」

 

 簡単に言ってくれる。俺が文句を言うと、「私は吹っ切れたからね」と舌を出された。そう返されてしまうと、こちらは言い返せない。

 そうこうしていると、我が家に到着。

 

「ただいまー」

 

 声をかけながら玄関扉を開けると、駆け足でこちらへ向かってくる小さな影。

 

「おかえりなさいなのですー!」

 

 飛びついてきたのは烏沙義一人だった。烏沙義を抱きしめながら八重の姿を探すが、気配が感じられない。

 と、烏沙義が思い出したように俺に報告をしてきた。

 

「お姉ちゃん、なんかお出かけしちゃいましたー。ご飯もいらないって」

 

「は!?」

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 予期せぬ訪問者。彼女を言い表すとしたらそれが当てはまる。

 

「こんばんは、小鳥遊さん」

 

「八重ちゃん……?」

 

 そう、我が家のチャイムを鳴らしたのは私のクラスメイト盥榊君の家に住んでいる少女―八重ちゃんだ。

 何故私の家を知ってるのか、そんな疑問も浮かんだが、八重ちゃんの目を見たらそんなことはどうでもよくなった。この前会った時とは違い、目に自分の気持ちがはっきり表れている。

 私のところに来たのは、私が前言ったことの意味を理解したからだろう。

『なぁ、なんで今日遊びに来たんだ?』

『ちょっと気になったことがあったから。そんだけ。』

 

「やっと気が付いたんだ?」

 

「うん」

 

 私の問いかけにも迷わず頷き、まっすぐ私を見つめてくる。

 

「小鳥遊さんは、榊のこと好きなの?」

 

 ド直球にそう訊ねてくるものだから、私はついつい意地悪をしてしまった。

 

「さぁね、答える義務はないよ。でも……」

 

 八重ちゃんの気持ちがもうぶれることはないだろう。だから、最後の確認だ。

 その可愛らしい黒髪に手を伸ばし、そっと頭を撫でる。

 

「私が榊君を頂戴って言っても、くれないでしょ?」

 

 私自身、正直言えば榊君のことが好きなのかどうか分からない。だからこそ、私と同じ―榊君のことが好きなのか、自分でもわかっていない八重ちゃんが気になって仕方なかった。

 でも、やっと確信したみたいだ。

 私の目を見て、八重ちゃんは強気な笑顔で答えた。

 

「榊は私が貰うから、小鳥遊さんにはあげないよ」

 

 そうこなくっちゃと、私も微笑んだ。

 

「どうする、ご飯でも食べてく?」

 

「うん、最初からそのつもり!」

 

「あはは、遠慮ないね~。おかーさーん!」

 

 後で榊君には電話をかけておこう。それよりもまずは、八重ちゃんとガールズトークでもしましょうかね。

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 電話を切り、俺は台所に戻りながら溜息を吐いた。

 

「八重、小鳥遊ん家にお邪魔してたらしい」

 

「はぁ!?」

 

 ソファで本を読んでいた紅葉は声を荒げ、顔をしかめた。まだ小鳥遊に良いイメージがないのか……。

 それはともかく、八重を迎えに行こう。もうすっかり暗いし、近頃物騒だからな。手早く上着を羽織り、玄関扉を開けたその時。

 

「あ、榊。ただいまー!」

 

 八重が丁度帰って来た。いや、流石に早すぎないか? さっき小鳥遊から「八重ちゃんが今家を出た」と報告されたばかりだぞ?

 俺が訊ねると、八重はさも当然のように答える。

 

「空飛んで帰って来た」

 

 ……まったく心配する意味がなかった。なんだろう、この残念感。

 ともかく無断で外出し、あまつさえ夕飯までご馳走になったことに関して軽く説教をした。普段ならば嬉々として説教を受ける八重だが、何故か今日は真面目にうなずいていた。

 俺達がいない間に何かあったのか? 一緒に留守番していた烏沙義に視線を送るも、烏沙義は何かを隠すようにそっぽを向いてしまった。怪しすぎる……。

 

「なぁ烏沙――」

 

「私お風呂入ってくるですー!」

 

 逃げるように風呂へ向かう烏沙義。紅葉も不思議そうに首をかしげている。まぁ、話したくないのなら仕方ないかと諦め、そのあとはごく普通に、いつも通り過ごした。

 順番に風呂に入って、明日の朝食の用意をして。八重と烏沙義が寝たあと紅葉と二人でお茶しながら小説の話をして。

 そして、八重を起こさないようにベッドに入った。

(明日、どうやって告白しよう……)

 が、自分から告白したことのない俺には答えが導き出せず、結局諦めて目を瞑る。緊張と不安から逃れるように。

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

「おはよう、榊」

 

 朝一で言葉をかけられたときは心臓が止まるかと思った。言っておくが、一応コミュ障ではないぞ。学校でおはようと言われればおはようと返すさ。当たり前だ。

 問題は日頃一番に起きて、それから三人を起こしていた俺より先に起きていたやつがいるということだ。

 寝起きのせいで目の前の状況が理解できない。まだ完全に活動を開始しない脳を必死に回した結果、口から出たのは

 

「……なんで八重俺に乗ってんの」

 

 という素っ気のない一言。驚こうにも驚けないこの状況。

 八重は何故か俺に馬乗りになり、俺の顔を覗き込んでいた。昨日はあまりよく寝れなかったせいで、頭の回転が遅い。俺は近くに迫っている八重の顔を眺め、懸命に脳を回す。

 相変わらず世界一の可愛い顔。桃色の唇にクリッとした瞳。おろした髪は肩にかかっており、その黒髪が雪のような肌と絶妙に合っている。

 悪戯っ気を帯びた微笑みに、俺は思わずその体へ手を回した。ぎゅっと抱き寄せると、八重は抵抗せず俺に覆いかぶさってきた。

 

「あのね、榊。大事な話があるの」

 

 俺の胸に顔をうずめたまま、八重が話し始める。

 

「最初は、この人に虐めてほしいって思いだけで押し掛けた。でも榊は私を受け入れてくれて、いっぱい優しくしてくれた。手をつないでくれた。撫でてくれた。ぎゅーってしてくれた。それが嬉しかった」

 

 でも。と、八重は俺に強く抱き着いてきた。

 

「だんだん自分でも分かんなくなった。私にとって榊は何なんだろうって。初めはただ、虐めてほしかっただけなのに。

 紅葉と添い寝してた時、すごくむかむかしたの。プリッキーゲームした時、すっごく恥ずかしくなった。

 小鳥遊さんが来るたび、榊を取られるんじゃないかって、不安になった」

 

「八重……」

 

 朝日が窓から差し込み、顔を上げた八重を柔らかく照らした。頬を赤らめ、潤んだ瞳で、八重ははっきりと俺に告げた。

 

「榊を誰かに取られたくない。榊は誰にもあげない。榊は、私が貰う」

 

 お菓子を買ってくれと駄々をこねるように。譲る気はさらさらないとでも言わんばかりの強い眼差しで。

 なんだよ。と、俺は溜息を吐いた。不思議そうに八重が首をかしげる。

 散々悩んだ自分が馬鹿みたいじゃないか。

 

「八重」

 

 俺は格好つけるのが苦手だし。気の利いた一言も言えない。ましてや、紅葉や八重みたいに思いを語ることもできない。だから、飾らずに、ただの一言を。

 

「俺も大好きだ」

 

 その瞬間、八重の顔が急接近してきた。押し付けられた唇は甘く、愛しく、温かく。自然と繋がれた手に力が入る。黒髪の毛が垂れ下がり、八重の香りが鼻孔に広がった。八重の体温に包まれ、俺はもう一度、強く抱きしめた。

 

 

 

「おやおや、朝っぱらからかい?」

 

 手を繋いで居間に入った俺達に、紅葉がからかうように微笑んだ。

 自慢げに俺の腕に抱き着く八重に、俺は苦笑いを浮かべる。紅葉はそんな八重の前に立ち、

 

「八重、油断してると私が榊を貰っちゃうからね」

 

「ふふん、出来るものならやってみてよ! 榊は絶対にあげないから!」

 

「朝から賑やかですねぇ」

 

 眠そうに目を擦りながら烏沙義も居間に入ってくる。朝飯にしようと俺が台所へ足を向けると、八重に呼び止められた。

 どうしたと振り向いた俺は八重に胸元を引っ張られ、思わず前傾姿勢になる。そして――

 

 二人の前で、キスをしてきた。

 

 紅葉と烏沙義の顔が赤くなる。俺は咄嗟に肩をつかんで離すと、八重にチョップをくらわした。

 いきなり何をするんだと怒っても、八重にそんなの意味はない。

 怒っても叩いても無視しても、何をしても笑顔を浮かべるのだから。

 

「えへへ、もっと叩いてもいいんだよ♪」

 

「まったく……。ほんと、八咫烏ってMなのか?」

 

 

 八咫烏ってMなのか? 完



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完結後
八咫烏って計算高いのか?


ポッキーの日終了まで45分で思いついたネタです。完結後ということで大分やらかしてます。ご了承ください。
今回のメインは……?


「プリッキーゲ――――――ム!!!!!!!」

「うるせぇ!」

 プリッキーの箱を掲げて唐突に叫んだ八重にチョップを食らわし、俺はやれやれと溜息を吐いた。今日がプリッキーの日なのはもちろん知ってるし、八重がプリッキーゲームを提案してくるのも察しがついていた。昼まで爆睡してたくせになんでこんな元気なんだこいつ。まぁそこも可愛いけどな!

 去年とは異なり、俺と八重は正式に(?)に恋人となった。だから堂々とプリッキーゲームすることに問題はないのだが、もう一つ去年と違うことが……。

 

「待て、今年こそ私も榊とプリッキーゲームしたい!」

 

 八重の叫び声を聞きつけて二階から紅葉が居間へ全速力でやってきた。軽く息が上がっている、どんだけ急いだんだ。紅葉は八重の元へ歩み寄ると、その身長差を生かして八重を見下すような表情を浮かべる。

「八重、今日は譲れないぞ。榊とプリッキーゲームするのは私だ!」

「えー、恋人の私に勝てるとでも思ってるの?」

 挑発するように笑む八重と紅葉はにらみ合い、その気迫に俺は思わず後ずさった。と、居間に烏沙義がやってくる。

 にらみ合っている二人を見て、俺を見て、そして八重の手に握られたプリッキーを見て漸く合点がいったのか、ぽんと手のひらを合わせた。烏沙義は少し考える素振りを見せると、いつもの可愛らしい笑顔を浮かべながら紅葉にっ抱き着き、

「紅葉さん私とプリッキーゲームしましょー!」

「え、えぇ!?」

 紅葉は驚いたように烏沙義に目を向け、その瞬間八重と烏沙義が何やらアイコンタクトをとったように見えた。そしてすぐさまプリッキーを取り出した八重はそれを咥え、じりじりと俺ににじり寄ってくる。紅葉はそれを止めたいようだが、烏沙義に拘束されて身動き取れないようだ。

「ほら、榊。今年こそ、最後まで……」

 俺は抵抗するのも無駄だと思い、おとなしくもう一方の端を咥えた。そして徐々に食べ進めていき、目の前には八重の顔が――

 

 ◆

 

 今年も八重に負けてしまった……今年こそは、と意気込んだのに思わぬ邪魔が入った。私は烏沙義を引きはがすと、大人げないながらもあざとく舌を出す彼女をにらみつけた。プリッキーゲームを始めた二人を背に、私は居間をあとにした。後ろをてくてくと烏沙義もついてくる。

 自室に入ってベッドに腰を下ろすと、隣に小さな彼女も座ってきた。何故邪魔をしたのか、という意味合いも込めてもう一度にらむと、烏沙義が手に何かを持っているのに気が付く。それは、八重のプリッキーだった。

「だから紅葉さん。私とプリッキーゲームしましょ?」

 端を咥えてそう微笑む烏沙義に、不覚にもどきっとしてしまう。

「あれぇもしかして照れてるんですか?」

 顔を近づけながら烏沙義は妖しく笑う。烏沙義ってこんな性格だったか……? 思えば、初めて出会った時よりもだんだんと大人びてきている気がする。八重を炊き付けたのも烏沙義らしいし……。

 いやいや、そうじゃない。私がプリッキーゲームをしたいのは榊なのだ。私は烏沙義の肩を抑え、接近を阻止する。

「烏沙義、悪ふざけはやめろ」

 しかし、烏沙義は止まらない。不意に胸倉をつかまれ、抵抗する間もなく私は烏沙義の顔へと引き寄せられる。その黄金色の瞳は私を真っすぐ見つめ、小さな口の端が吊り上がった。

「悪ふざけでこんなことしません。それに、たかがプリッキーゲームですよ」

 再びプリッキーを咥えた烏沙義は見る見る私の顔へ接近し、ついに私の口にその端が到達した。思わず目を瞑ると、カリカリとすごい速さでプリッキーを齧る音が鼓膜を刺激する。

 次に私が感じたのは、唇に触れた柔らかい感触だった。

 

「ご馳走様でした」

 

 悪戯っぽく舌なめずりをする烏沙義。自分でも顔が熱くなっているのが分かる。今まではあどけない幼女だったのに、いつから烏沙義はこんなに大人っぽくなった? いや、もしかすると、本当は最初から……。

「さて、それじゃ……お姉ちゃんたちのとこ行ってくるです~!」

 大人びた表情から一転、いつもの可愛らしい烏沙義が顔を出す。スキップで自室を去ろうとした烏沙義は、扉の前で足をとめこちらを振り返った。

 その顔は、()()()()()()烏沙義だった。

「私は紅葉さんと違って躊躇わないので、これから覚悟してくださいね?」

 柔らかくも妖艶に微笑み、私の前から去った烏沙義。私は一人、ベッドの上で呆けていた。

 

 烏沙義の精神的な成長が早いのか。それとも最初からこうなのか――。そこまで想像して、私は考えるのを止めた。八重と榊のことも気になるのに、烏沙義のあの笑みが頭から離れない。

 私は去年とは違うぞ。と八重に言いたかったのに、その台詞は烏沙義に見事に奪い去られた。



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