この加速する世界で (NowHunt )
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空と闇

大分前にアクセル・ワールドとのクロスを書いて、すぐに何となく改稿してたら書き上がってたんで

あ、息抜きシリーズです


「邪魔するぞー」

 

 3年の6月末の金曜日。

 

 俺と雪ノ下は勉強を、由比ヶ浜は俺らの飲み物を買って帰ってきた時に、奉仕部の部室内にて、平塚先生がいきなり入ってきた。

 

「邪魔するなら帰ってください」

 

「そう言うな、比企谷。私の拳を喰らいたいのか?それともはいよーって言えばいいのか?」

 

 新喜劇知ってるのか。

 

「慎んで遠慮します」

 

 と、一連の流れが済んだところで、

 

「話は何ですか?」

 

 シャーペンを机に置いた雪ノ下が問いかける。今時シャーペンとか珍しいけどな。

 

「明日みんなは何か用事があるとかないか?」

 

「私は大丈夫です」

 

「ゆきのんと同じくー」

 

「俺は夜から予備校ですけど、それまでなら…………」

 

「ようするにある程度時間はあるということだな」

 

「え、部活あるんすか?」

 

 マジかよ、面倒だな。

 

「まあな」

 

 と、言い、先生がそこらにある椅子に腰を掛ける。

 

「簡単に言うとな、明日ある女子校と交流会をしてくれないか?」

 

「「「女子校?」」」

 

 奉仕部全員の声が被る。

 

「うむ、実はな――――――――」

 

 

 ざっくり話を纏めると、この学校の校長と向こうの学校の校長が仲がよろしく、色々互いに話そうとなったらしい。

 しかも向こうの校長は総武高に1度来てみたいらしく、どうせなら生徒との交流会でもしよう………となったらしい。

 

 そんな建前いらねーよ。付き合わされる方の身にもなれ。

 

 

「で、その生徒を誰にするかは平塚先生に押し付k……頼まれた……と」

 

「そうだ。ほら、私若手だから……グスッ」

 

 そんな若干泣き顔で言われても。悲しいだけですよ。無理しないでください、先生。

 

「それで私たちに、ですか」

 

 そんな先生の様子は気にも留めず雪ノ下は淡々と話を進める。

 

「えーっと、先生女子校なんですよね?」

 

「そうだが。何か問題でも?」

 

 由比ヶ浜が唸りながら先生に尋ねる。

 

「やー…………、ヒッキー居心地悪くないかなーって」

 

「そうだな。相手に気を悪くしちゃダメですし俺は明日休みます」

 

 由比ヶ浜、よくやった。こうしたら、俺はサボれる。

 

「私もそれが妥当だと思います。相手にトラウマを植え付けるのは私としても気が引けます」

 

「お前は毎回俺を貶めないと何か喋れないのか?」

 

「…………………」

 

 雪ノ下は余裕の無視である。

 

「確かに比企谷には少し悪いと思う。それでだ、比企谷。もしやってくれたら、MAXコーヒーを10本ほど買おう。雪ノ下や由比ヶ浜にも同様だ。雪ノ下には友人の結婚式の二次会で当たったパンさんのぬいぐるみでも、由比ヶ浜はこれも二次会で当てたス○パラの割引券でもやろう」

 

「先生、引き受けます」

 

 俺は即答。

 

「先生、任せてください」

 

 続いて雪ノ下、即答。

 

「やります!やります!」

 

 由比ヶ浜、これも即答。

 

 ……………何か、買収されてるみたい。俺らの将来不安だな。

 

「助かる。時間は………確か向こうは10時くらいに着くと言っていたので30分前には着いといてくれ。お菓子とかはこちらで用意しよう。あ、これ大体私が纏めた概要だ。目を通しておいてくれ」

 

 そう言うと、先生は首に付けてあるVR機器の――――ニューロリンカーを操作し、俺のニューロリンカーのファイルにも転送される。

 

「分かりました。寝坊はダメよ。比企谷君も由比ヶ浜さんも」

 

「うーい」

 

「うん」

 

「あ、先生。そういや何で俺らなんすか?葉山とかで良くないですか?」

 

 部室のドアに手をかけた先生は背中を見せたまま、

 

「なーに、君らの方が面白そうだからだ」

 

 ……………………おい。先生絶対心の中で楽しんでるだろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――翌日。

 

「やっぱ帰りてぇ…………」

 

 部室でポツリと呟く。

 

「ここまできたら楽しもうよ、ヒッキー」

 

「お前はコミュ力あるからいいけどよ、俺と雪ノ下とかどうなんよ。俺なんかキョドりまくるぞ」

 

「あなたと一緒にしないでくれる?…………と言いたいけど、私も緊張はするわね」

 

「まあね。…………だって、私たち高3だけど、向こうは高1だもんね」

 

 そうなのだ。自室でファイルを確認したら、あら不思議。向こうの参加者3人いるんだが、全員高1ときたもんだ。

 

 なぜ、学年を、揃えなかった!

 

「でもっ!大丈夫だよ、私がちゃんとフォローするからね」

 

 由比ヶ浜は元気に言うが、

 

「こいつにはフォローされたくねぇ…………」

 

「あたしをバカにしすぎだし!?」

 

「由比ヶ浜さん、比企谷君と同意件なのは癪だけれど、お願いするわね」

 

「ゆきのんまで!?」

 

 と、まあ、いつも通りの流れである。

 

 

 ――――コンコン。

 

 部室の部屋がノックされる。き、きたか。

 

 ガラガラとドアが開くと、

 

「今日はよろしくお願いします」

 

 入ってきてきたのは、茶髪のロングヘアー。お嬢様みたいな清楚な感じ。そして、何より由比ヶ浜並の2つの丘が…………。

 

 一言で表すと美人。

 

 だが、何か怖い、得体の知れない恐怖がある。この雰囲気、前にも味わったことがあるような…………?いや、あるわ。向こう側で。……………まさかね?

 

 

 

「初めまして。倉崎楓子と申します」

 

 雪ノ下が来客用の椅子に座らせたところで自己紹介が始まる。

 

「総武高、奉仕部の部長の雪ノ下雪乃です」

 

「由比ヶ浜結衣です。よろしくね」

 

「比企谷八幡」

 

やだ、俺ってメッチャ簡素な自己紹介。

 

「ところで、倉崎さん。今日は3人とお伺いしていたのだけれど、残りの2人はどちらに?」

 

 雪ノ下が俺も思ってたことを尋ねると、倉崎楓子は微笑みながら、

 

「すいません。1人は風邪で、もう1人は補習が入ったもので。今日は私1人になっています。あ、それと楓子で構いませんよ」

 

 と、言われても俺がいきなり女子を名前で呼ぶとか無理なんですけどね。

 

「じゃあ………ふーちゃん?」

 

「由比ヶ浜、他校の前でそのアダ名のセンスは止めてくれ」

 

「どういう意味だし!」

 

「そのまんまだ。ヒッキーとかいうアダ名をつける人が他校の人にアダ名つけるとか可哀想すぎんだろ」

 

「ゆきの~ん」

 

「その話はまた後でにしてもらえるかしら、由比ヶ浜さん」

 

「うぅ~~」

 

「仲がよろしいんですね」

 

 俺たちの様子を見た倉崎楓子は微かに笑う。

 

 

 

 で、何か交流会ということで、話をしないといけないんだが、

 

「比企谷君、何か話題を振りなさい」

 

「ねぇ、何で俺なの?そこで俺をチョイスする意味ないだろ。そこは俺らより普通の由比ヶ浜だろ」

 

 由比ヶ浜から怒ってるであろう視線を感じつつ雪ノ下に抗議する。

 

「いいから。私は紅茶を淹れるから」

 

 諸君、これがパワハラである。こんな上司に当たってもめげずに頑張ってほしい。俺は諦めるけど。それはもう速攻に。

 

「えーっと…………趣味は?」

 

「ヒッキーありきたりー」

 

 由比ヶ浜は文句を言うがな、

 

「これしか出てこないんだよ」

 

 勘弁してくれ。

 

「そうですね。………ネトゲでしょうか」

 

「へぇー。そうなんだ。私はあまりしないかなー。運動とかはしないの?」

 

 由比ヶ浜はさらに話を広げにいく。そして、さりげなく敬語を外している。流石由比ヶ浜。マジパネぇっす。

 

 倉崎楓子………倉崎さんはその問いに苦笑しながら、

 

「運動はあまりできないんです。私の足って生まれつき悪くて、今も義足なんです」

 

 けっこう衝撃的な発言をしてくる。

 

 うそーん。マジで?

 

「えっ………。その、そ、そういうつもりは………」

 

 由比ヶ浜は律儀に頭を下げ、この場が微妙な空気になる。

 

 普通に俺も驚いた。つーかパット見、部室に入ってきた時そんな違和感なかったんだが。最近の技術ってスゴいな。

 

「大丈夫ですよ。日常生活には支障はありませんので」

 

「………ゴメンね」

 

 それでも、律儀に謝る由比ヶ浜。倉崎さんはニコッと笑ってそれに応じる。

 

 と、ここで、雪ノ下は全員に紅茶を渡し始める。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 倉崎さんは雪ノ下に礼を言う。

 

「いえいえ」

 

「由比ヶ浜さん、どうぞ」

 

「ありがとー、ゆきのん」

 

 百合百合しいね。2人とも。…………ってあれ?

 

「俺の分は?」

 

「ごめんなさい、比企谷君。来客用の紙コップを切らしていて、今日は我慢してちょうだい」

 

「ま、そういうことなら」

 

 先生、お菓子用意するなら、紙コップもお願いしますよ。

 

 自前のMAXコーヒーを取りだし、飲むことにするか。あ、お菓子も食べよう。

 

 それと、何気に雪ノ下の毒が少なくなったな。

 

「それで、ネトゲってどんなのしているんですか?」

 

 一応自分で蒔いた種だし、俺も話に加わる。

 

「比企谷さんも敬語を外してもいいのですが…………。よくある対戦がメインのですかね」

 

 …………この口調、なーんか嫌な予感がするわ。

 

「意外ですね。私はネトゲは疎いけれど、あまりイメージが湧きませんね」

 

 雪ノ下も話に加わる。

 

 それは俺も同感だ。

 

 ところで、対戦ゲームか。俺もやってるわ。色々特殊だが。格闘対戦だか、協力するゲームなんかよく分からんが。

 レギオンとか『上』とか『帝城』とかな。

 

「それに、………あそこに大切な人たちがいますからね」

 

 部室の窓から空を覗き、笑う倉崎さん。

 

「へぇー。……なんか、そーゆーのいいね。楽しそうで」

 

 感心そうな声を出す由比ヶ浜。

 

 まぁ、確かにネットだけの繋がりってのは気が楽だったりするんだがな。もう1人の自分?になる人もいるらしいしな。

 それでも、俺は独りが多かったけど。レギオン無所属だし。

 

「そういえば、2、3年くらい前にそのゲームの中でよく戦ってた人がいるのですが、疎遠になったんですよね」

 

 ほー。そうなんだ。ネトゲだとよくある話だよな。家庭の事情とか単純に飽きたとか。俺も2年と……半年前にある事情でゲームを止めたことがあるからな。

 

 …………それはそうと、なぜこちらを向きながら話してくるんですかね、倉崎さん。意味深な笑みで。

 

 

 

 

 

 しばらく、倉崎さんと談笑していた(俺以外)。驚いたのが倉崎さんが車の免許を取っていたことだ。

 確かにほとんど車はAIで動くから高1から取れるんだが、めんどいし取る気が起きなかった。

 

 そうこういている内に、

 

「…………あ、マッ缶なくなったわ。すまん、ちょっと席外す」

 

 ポテチ食べながらマッ缶飲んでると、すぐに飲みほしてしまう。だって美味しいもんね、糖尿病のなるまで出来る限り飲んでやる。いや、やっても飲む。

 

 雪ノ下たちの返事の有無は聞かずに部室から出る。

 

 部室から離れたところで、周りに人がいないか確認する。

 

 …………よし、いないな。人が通る気配はない。

 

 さっさと、ずっと気になっていたことを確認しようか。

 

 誰も聞こえないような声で呟く。あの世界に行くためのコマンドを。俺という人物を根本から変えたあの世界に。

 

「バースト・リンク」

 

 ――――と。

 

 途端に、世界が青くなる。

 周りが、廊下も、扉も、階段も、全て青くなる。ソーシャルカメラが写す景色だけが青くなる。

 

 俺はローカルネット用のアバターに切り替わる。小町が知らぬ間にデザインした可愛らしい狼?のアバターだ。小町はこれを気に入ってるから変えるなとのこと。

 

「さてと、マッチングリスト見るか」

 

 ブレイン・バーストのアイコンをタッチし、マッチングリストを開く。

 

 本来ならこの学校にはバーストリンカーは俺しかいない。

 だけど、俺の嫌な予感が的中していたら…………………、

 

「うっわ、いるよ……………」

 

 そこにある俺以外の名前を選択する。

 

 ――――すると、体が一瞬光り、ステージに転送された。

 

 ステージは………風化か。別に今日は戦うわけではない。

 

 この状態のまま奉仕部のドアを開ける。

 

「はぁ………。何でいんだよ」

 

 目的の人物は車椅子に座っていた。

 

「久しぶりですねっ。皇帝ちゃん」

 

「その呼び方は止めてくれ。………スカイ・レイカー」

 

 もう1度大きくため息をつく。

 

「そう言わずに。2、3年ぶりじゃないですか」

 

「俺としてはもう会いたくなかったんだよ」

 

「まぁ、たくさん戦ったのに?」

 

「俺、お前との勝率4割ぐらいだからな?………というより、なんでここにいるんだ?」

 

「心外ですね。ここにいるのは本当に偶然ですよ。ですが、この高校に入ってすぐにマッチングリストを確認したんですよ。そしたら、珍しき名前がありまして…………」

 

 くっそ、油断した。高校のバーストリンカーは少ないから大丈夫だろうとたかをくくっていた。

 

 よりにもよって、こいつにだけはリアル割られたくなかったのに。

 

「なら、なんで俺って分かったんだ?多分だが、部室に入ってきた時に気づいてたよな?」

 

 その言葉にレイカーはクスッと笑う。

 

「女の勘というものです。一目見たらビビって来ました。口調や雰囲気などがそっくりでしたしね」

 

「長年会ってないのによく覚えてるもんだな」

 

「一杯戦いましたから。忘れられませんよ」

 

 はいはいそうですか。機嫌よさそうですね。

 

「ところで、皇帝ちゃん」

 

「だからその呼び方止めろって」

 

「えー……。でも、あなたの名前はダークネス・エンペラー。だから皇帝ちゃんなんですけど。ほら、あなた立派なマントまで持っていますしね」

 

 いや、本当ブレイン・バーストの開発者恨むぞ。なんでこんな中二感溢れる名前とデザインにしたのか。

 

 あ、レベルは7だから。

 

「あなたって……今は18歳?」

 

 唐突にレイカーが尋ねてくる。

 

「17」

 

 首を振りながら答える。

 

「あ、まだ誕生日ではないんですね」

 

「そうだが………それが何か?」

 

「ならなぜ、バースト・リンカーになれてるの?聞いても大丈夫かしら?」

 

「別に構わん」

 

 そう前置きする。………こいつになら少しは話しても大丈夫だろうな。

 

「そうだな。ブレイン・バーストの歳高年齢が大体お前の年なのは事実だ。ニューロリンカーが完成して発売されたのがそのくらいだからな」

 

 一呼吸置き、話を続ける。

 

「でもな、俺の両親の仕事がニューロリンカーの開発に携わっててよ………。俺がもうすぐ生まれる時に、ニューロリンカーを付けて赤ん坊に害が出るかどうかの実験に使われた。試作品をずっと。だからインストールできた」

 

 俺の言葉にレイカーは顔を逸らし、

 

「ごめんなさいね」

 

 と、短く言う。――――が、

 

「その事に関しての記憶なんてもうないし、その話を聞いた時は興奮したんだがな。………だってテストプレイヤーとか面白そうじゃん。しかもニューロリンカーのだぜ?」

 

「男の子ってみんなそうなのかしら?鴉さんも喜びそうだし」

 

 呆れた様子のレイカー。だが、さっきより、雰囲気は和んだ……気がする。

 

 

 

「そういえば………」

 

 と、人指し指を伸ばしたレイカーは、いきなり勝手に話を始める。

 

「あなたが引退した時期からすると、今、加速世界がどうなってるか知っていますか?色々と厄介なことが起きてるんです」

 

 ……………厄介なこと?

 

「えーっと、俺が知ってるのは、黒のチビが赤の武器職人の首チョンパしたことと、そのせいで黒のチビが引退したこと。他には、飛べる鴉の出現とチビの復帰に、災禍の鎧の完全消滅…………くらいか?」

 

「よく知っていますね。…………ところで、その黒のチビというのは………?」

 

 レイカーの体が水色に光りながら、ジリジリと車椅子で寄ってくる。一先ず距離を取る俺。

 

「まずそのオーバーレイを消せ。俺をどうするつもりだ?」

 

 こえーよ、もうその行動で分かってんだろうが。

 はいはい、ロータス大好きですねあなたは。雪ノ下と由比ヶ浜にも劣りませんね。

 

「…………まぁ、いいでしょう。それより、なんでそんなに知ってるのですか?」

 

「なんでって…………。俺の親から教えてもらったから」

 

 それくらいしかなくね?ブレイン・バーストの情報得るの。あ、でも全身水の奴は色んなとこから情報得ていたな。

 

「あなたの親って誰なんですか?噂にも聞いたことが…………」

 

「えっ……。マジで知らないの?」

 

 心底驚いた声を出す。

 

 いや……確かになるべく内緒にしてくれとはあいつに言ったけど、レイカーにはバレてるもんかと。本当に黙っていたのか。だって俺がバースト・リンカーになってからもう………3、4年だぞ?

 

「私も知ってるバースト・リンカー…………?」 

 

 レイカーは困惑した様子だ。見当もついていないのか。

 

「マジか。…………お前専用ののオプションだぞ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




何か疑問点あればお待ちしています


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子(受験生)と親(小学生4年生)

この作品を覚えている方はお久しぶりです。初めての方は初めまして。
大分、期間が開きまして申し訳ないです。これからものんびりと投稿していきます。


 比企谷八幡、ただ今電車に乗っております。……何線かは特に分からず、とりあえず杉並に向かっている途中だ。

 べ、別に、作者が東京の路線が分からないとかそういうのではないからな!神戸と違って関東の路線の数が多すぎるだけだから!

 

 今日は倉崎と出会った翌日の時刻は9:30頃。割りと眠い。

 

 で、なぜわざわざ俺が杉並に来ているのかと言うと………、理由は簡単だ。

 しばらく俺が親に会ってないって言ったら、倉崎ことスカイ・レイカーにせっかくだから明日会いに行けって言われたからです。

 

 親とはいうが、血の繋がっている親ではなく、ブレイン・バーストというゲームを俺のニューロリンカーにインストールしてくれた人のことを指す。

 

 といっても、直接会ってはないけど、メッセージではやり取りしてんだよな。

 

「それで、なーんで俺はあいつの言うことすんなり聞いてんだよ」

 

 電車の座席で誰にも聞こえない声で呟く。

 

 別に構わないけどさ。いつかは会わないといけないなーとは思ってたわけだし、受験勉強の息抜きと考えれば。

 

 あ、そういや、会いに行くとか何も連絡してないな。お手伝いさんにも言ってないし……。倉崎が伝えるとは考えにくい。好きなだけ場を掻き回すのがお得意だからな。ええい、なるようになれ。

 

 今日が無理だったら、バナナや紫の領土で久しぶりに暴れてから帰ればいいか。しばらく対戦はしてないけど、弱いエネミーなら狩ってるから腕は衰えてないはず。

 

 というより、紫って純色じゃないよな?どっちかといえば青と赤の中間だろ。中途半端だな………みたいなことを昔、紫さんに言っておちょくったら、当時手に入れたばかりの神器の攻撃もらいました。痛みを感じずに死んだ。エグいぜ。

 

 やはり王は煽り耐性低いよな。でも、ナイトやグランデは友好的。グランデではなく、アイアン辺りだけど。

 グランデが話してる場面見たことない。リアルでのあいつはどんな感じだろうか?やっぱり寡黙な人だろうか……。

 

 ちなみに煽り耐性ない代表はバナナな。ここ、テストに出るぞ!

 

 

 

 突然だが、ここで俺の親の紹介をしよう。

 

 四埜宮謡。

 

 もう小学4年生で、女子。第1期ネガ・ネビュラスの主要メンバー。

 

 第1期っていうのは、黒の王が赤の王をブレイン・バーストから退場させてから空中分解するまでのメンバーのことである。

 

 謡は、過去に兄を失い、そのショックで運動性失語症になり、読み書きはできるが話すことができない状態だ。

 

 今は、医療用のBICを使いチャットを用いて会話している。タイピングはアホみたいに速い。俺の知り合いのなかでは1番だと思う。雪ノ下も俺よりタイピング速いが、それ以上。

 

 ブレイン・バーストのアバターの名前は『アーダー・メイデン』だ。

 

 直訳は『劫火の巫女』だったかな。上半身は白、下半身は赤といった2色の巫女の姿をしている。主武器は遠隔の赤らしく弓。

 

 心意もかなりの使い手。

 俺も謡から基本だけを教わったことがある。発展したいなら自分で考えろと言われた。

 

 レベルは7と俺と同じだが、経験は向こうのほうが断トツに上。勝率は4割くらい。そもそも戦った回数が少ないけど。何だかお互いに戦いにくいんだよなぁ。

 

 

 

 

 

 

 杉並で電車を降りて改札を通る。梅雨のせいでそこそこ蒸し暑いなかニューロリンカーのナビを謡の家に設定する。

 前々から駅からの道を設定してあるからグローバル接続はしていない。乱入されるのは面倒だからな。

 

 途中、土産のクッキーを買ったり、飲み物を買ったりと寄り道しながら明るい午前中でも薄暗い道を歩く。

 

 謡の家に行った回数は5、6回ある。その時、毎回思うことがこの道恐いってことだ。よくもまぁ謡は毎日この道歩くよ。大変だな……。小町も俺の腕に掴まりながらビビりながら歩いてたし。

 

 それから5分後、謡の玄関が見えてきた。

 

 相変わらずでかい家だな。能の舞台もあるからそりゃでかいわな。

 

 

 

「あれ、比企谷さんですか?」

 

 インターホンを押そうとしたところで、謡のお手伝い――正確には四埜宮家のお手伝いさんに声をかけられた。

 

 確かそろそろ30代後半に差し掛かる女性である。とはいえ、見た目はかなり若く見えるんだけどね。25、6と言われても信じるくらい。平塚先生より若く見えるのはナイショ。

 

「はい、お久しぶりです」

 

「まあまあ、こんなに大きくなってー」

 

 俺に近づいては背中をバシバシ叩いてはまるで近所のおばさんみたいなことまで言う。正直こういうタイプは絡みにくい。

 

「それで……その、謡はいますか?」

 

「あの子に会いに来たのねー。随分久しぶりね」

 

「まぁ……そうですね」

 

 2年ぶりか?もう俺が引っ越ししてからそのくらい経ってるな。

 

「それであの子はもう起きてるはずよ。朝ごはんを食べてる頃かしらね?」

 

「………けっこう遅い時間だな」

 

 ポツリと呟く。10時だぞ、もう。

 

「私が来た頃にはまだ寝てたからねー。どうやら最近は年上のお友だちと遊んでるらしいの」

 

 年上……?もしかして、倉崎たち――ネガビュのことかだろうか?

 もしかしなくても、災禍の鎧の浄化に謡が一苦労したって言ってたしネガビュだな。

 

「まあ、上がって上がって」

 

「おじゃまします」

 

 お手伝いさんに急かされて玄関を通る。靴を脱ぎ、スリッパを履く。

 

「まだ掃除が残ってるからリビングで待っててくれる?あ、どこにあるか覚えてる?」

 

「あ、大丈夫です。覚えてます」

 

 この家はそこそこでかいからな。10mほど廊下を歩けばリビングだったな。

 

 お手伝いさんが別方向に去った後、俺も廊下を歩き始める。

 

 さて、スゴい今更だが、倉崎に言われたまま来て、一体何をすればいいのだろう?

 

 特に面白い話があるわけでもないし、リアルで会ってないとはいっても月に1回くらいの頻度で近況報告みたいなメッセージでやり取りしているし、正直手詰まりだ。

 

 あれだ、顔見せたらさっさと帰って勉強の続きでもするか。紙の参考書が欲しいから本屋にでも寄ろう。ニューロリンカーの画面でもいいけど長時間だと目が疲れるんだよな。その後に飯でも食って帰るか。

 

 

 気を取り直して、リビングに向かおうとけっこう入り組んでる廊下を歩く。

 

「おっと」

 

 で、その曲がり角から誰かが来たからぶつかりそうになり、足を止めたら――ピンクのパジャマを着た謡と目が合った。

 

 ふーむ。ここは何をするべきか。とりあえず挨拶か。

 

「よう、久し……って、おい」

 

 一応挨拶すると、ボーッとした目で俺に近づき、ペタペタと俺の体を触ってくる。

 

 ……何?寝ぼけているの?

 

 うん、これはどうやらまだ俺を俺と認識していないっぽいな。普段だったら、そんな行動しないわな。こんなに密着しないよな。

 

 いつもは年に似合わず大人っぽい。ぶっちゃけ小町や平塚先生よりしっかりしている。……ここで例に由比ヶ浜を挙げないのは察してくれ。

 

 寝起きは年相応の女の子ってところか。

 

「………謡さん謡さん」

 

 ダーメだ、冷静に分析してる場合じゃねー。さすがに耐えきれない。

 

 何より、高3(目が腐っていると雪ノ下からお墨付き)と小学生(ロリッ子、可愛い)の絵面が多分外から見たらかなりヤバい。通報されるな。

 

「謡さーん。……えいっ」

 

 離れる気配ないし、さらに頭を俺に押し付けてきたので、頭頂部を少し叩く。

 

 急な衝撃に謡は頭を抑える。  

 

 ふむ、効果は抜群だな。

 

 すると、ようやく意識がハッキリしてきたのか謡の目の焦点が合ってきた。

 

 俺はほとんど体にくっついている謡を見下ろす。謡はその状態で俺を見上げる。  

 

 謡はみるみる顔が赤くなり、それを見る俺もなんだか恥ずかしくなる。

 

 

 

 ――――見つめ合いながら30秒ほど経過。

 

 やっと謡が手を動かしてるかと思ったら……お、アドホック接続きた。これでチャットできるな。

 

【UI> 少し時間を下さい】

 

 接続した瞬間このメッセージが飛んできて恐らく謡の部屋がある方向に一瞬で消えていった。

 

 あいつ、メッチャ足速い。

 

 

 

 

 

 

「……………」

 

「……………」

 

 リビングにて。テーブルを挟み互いに向かい合う。俺はあぐら、謡は正座で。

 

 謡は薄いピンクのワンピースに着替えたみたいだ。

 

「とりあえず、リアルで会うのは久しぶりだな。謡」

 

 お手伝いさんの用意してくれたお茶を啜りながら、話しかける。このままじゃ多分話進まない。

 

【UI> そうですね。何故こちらに?いつも通りメールでのやり取りで良かったのでは?】

 

 微笑む謡。しかし、その表情はまださっきの恥ずかしさが残ってるように顔が赤い。

 

「まあ、理由としては、少し報告だな」

 

【UI> 報告ですか?いつもみたいにメールではないのですか?】

 

「そうは言ってられん事情があってな」

 

【UI> 事情ですか?】

 

「あぁ。謡、お前さ、ネガビュの奴らに俺のこと言ってなかったみたいだな」

 

【UI> はい。八幡さんがなるべく言わないでくれと仰ってたという理由もありますし、何より言ったら言ったで面倒になるかと思ったからなのです。主にみんなが八幡さんを勧誘するとか私が弄られるとか】

 

 よく分かってるじゃねーか。最終的に俺が口を滑らせたことが悔やまれる。

 

 言った本人も心なしか若干ぐったりに見える。……そりゃあ、長年あのレイカーと一緒だったんだよな。疲れるに決まっている。

 

「結論から言うと、レイカーとリアルで会った。………よりによってなんであいつなんだよ。まだ黒チビのほうがマシだわ」

 

 謡は目をパチクリとさせながら手を動かす。

 

【UI> それは本当なのですね。どういう経緯で?】

 

「部活の行事……あれって行事?まあ、行事ってことにして、俺の通ってる学校とレイカー……倉崎の学校と少し交流会みたいなのがあってな。女の勘とやらでバレた」

 

 女の勘、怖い。

 

【UI> 部活といえば、確か名前は奉仕部でしたね。小町さんから聞きました。八幡さんは教えてくれなかったので。綺麗な女の人や可愛い女の人に囲まれているとか】

 

「あいつな……」

 

 わざわざ話すことでもないから話さなかったけど、小町め。どこまで話したんだ?

 

 そして、その浮気した夫を責めるみたいな目で見るの止めてくれません?

 

「それで、倉崎がどうせなら今日にでも会いに行けーって言うからな。断ったら断ったで、何をされるか分かんねーからな」

 

【UI> なるほど。それで急に来たのですね。事情は理解しました。………それはそうと、さっきの私の行動は忘れてください】

 

「だが断る」

 

【UI> 何故ですか!】

 

 いや、だって、可愛かったし。なかなかレアな謡見れたからな。…………やべぇな。これだけだと俺がロリコンに見えるぞ。

 

 むーっとしている謡を放っておき、

 

「まぁ、それは置いといて、もう帰っていい?」

 

【UI> それはさすがに早すぎるのです!】

 

 見事に話すこと尽きた。冗談です。急に謡が視線を俺から外し、

 

【UI> すいません。メールです】

 

 そう前置き、空中をタップするように動かしてる。

 

 メールを読んだのかどことなく気まずそうな表情だ。

 

【UI> 岡本さんからで買い物に出かけるので、しばらく家を開けるとのことです。八幡さんの分もお昼ご飯を作るらしいです】

 

 ……あぁ、お手伝いさんの名字岡本だったな。

 

「一気に帰りにくくなったな。しばらく残るわ」

 

【UI> お手数おかけします】

 

 と、それは綺麗な笑顔で返してきた。

 

 

 

 

 少し移動して、謡の部屋に入る。

 

 もし何かあってもここなら誰かに聞かれることなんてないだろう。犯罪じゃないからな。ブレイン・バーストのことだからな!

 

 お互い座布団に座る。で、話の続き。

 

「俺が謡に会いに行けって、絶対レイカーが何か仕組んでるよな」

 

 お手伝いさん改め岡本さんもいないし、レイカー呼びでいいか。

 

 あんなに美人なのにドSだもんな。どう育てたらああなるのか……。

 

【UI> そうだと思うのです】

 

「レイカー専用オプション様はこれからの展開をどう予想する?」

 

【UI> その呼び方は止めてくださいね。次に私の聞こえる範囲で言ったら、思いきり火矢をぶち込むのです】

 

「だったら、それを斬る」

 

【UI> そんな生半可に破られる技ではないのです】

 

「オプション呼びはダメなのか。……あ、ういういは?」

 

【UI> もっとダメです!なんでそれを知ってるんですか……ってフーねえしかいませんね】

 

「正解」

 

 倉崎楓子だからフーねえってことだよな。

 

 昨日、レイカーと少し話した時あいつはそう呼んでたからな。少し俺も真似したかった。

 

【UI> 八幡さんはそのまま変わらず謡と呼んでください。それがいいのです】

 

「おう」

 

 それだけ言うと、満足したみたいに胸を張る。

 

 

 

 

 

 

 しばらくの間、のんびり世間話をしていたら、ニューロリンカーの画面――俺の視界の端にあるメールのアイコンに通知がきた。

 

「………ん?」

 

【UI> どうしました?】

 

「悪い、ちょっとメールが」

 

 差出人は今日外出すると言わなかったから小町かと思いきや、まさかの…………、

 

「レイカーか」

 

【UI> 私はそんな気がしていたのです】

 

 正直、俺もその可能性は考えてた。ただ、問題が1つあったからその可能性を除外していた。

 

 その問題は実に簡単だ。

 

「俺、あいつに連絡先教えてないんだけど」

 

【UI> でしたら、八幡さんと同じ部員の人たちが教えたのでは?とても綺麗な女の人ととても可愛い女の人が】

 

「最後の一文はいらないよな?強調する必要はないよな?」

 

【UI> それはどうでしょうか】

 

 ………これ以上突っ込んだらめんどくさくなりそうだから敢えて無視する方向で。

 

 話を戻して、レイカーのメールの内容は、

 

 

 

『突然の連絡申し訳ありません。昨日、あなたが予備校があると早く帰って聞きそびれてしまったので、由比ヶ浜さんから連絡先を聞きました。由比ヶ浜さんから聞いていませんか?

 勝手ながら本題に入らせていただきます。私を比企谷さんは観戦登録はしていますか?』

  

 

 

 ドSのレイカーのガチの敬語がどことなく恐ろしい。……俺が年上だと知ったからか。

 

 

 

『比企谷だ。何も由比ヶ浜は言ってなかった。後で話を聞いておく。どうせあいつの事だから単純に忘れてたんだろうな。それと、質問の答えは一応している』

 

『分かりました。ありがとうございます。比企谷さんは今どちらに?可愛い可愛いういういには会っていますか?』

 

『可愛いのは認める。ちょうど謡の部屋にいる』

 

『………大丈夫だとは思いますけど、ま・さ・か……あの子に手は出していませんよね?』

 

『大丈夫だ。生憎、俺はまだ死にたくないので。そもそも、そんな度胸はない』

 

『安心しました。もし、手を出していたら、と――――っても、酷いことをしなければなりませんので』

 

 

 

「………こっわ」

 

 思わず呟く。

 

【UI> フーねえは何と?】

 

「主にお前のことを聞いてくる。そのせいか、かなり話が脱線している」 

 

 謡のこと大好きなだけあるな。ロータスも大好きだし。過保護すぎだろ。

 

 

 

『それで、要件は何だ?』

 

『あ、ごめんなさい。少し昂りました』

 

『別にいい』

 

『ロータスと昨日あなたとリアルで会ったことを話したのですが、その時ロータスがあなたにある事について意見を求めまして。もちろん、あなたの個人情報は言ってませんよ』

 

『俺の個人情報の心配はしていない。お前はちょっとばかしアレだが、最低限のマナーは持ち合わせているのは分かっている』

 

『あなたが私のことをどう思っているかよく理解しました。次戦うときはスカイツリーから突き落とします』

 

『ごめんなさい』

 

『素直でよろしい』

 

『で、ある事って?』

 

『加速研究会とISSキットの存在をしっていますか?』

 

『謡から少しは聞いている』

 

『その事についてあなたの意見を聞きたいのです』

 

『俺のか?お前らに比べれば何も知らないぞ』

 

『あなたの洞察力はなかなか鋭いですから。第三者の新鮮な意見が欲しくて。それと新生ネガ・ネビュラスのメンバーの紹介もしたいので』

 

『前半はともかく、後半は気になる。どんな奴らか興味あるな。確か、鴉と博士とヒーラーだっけか?謡が言ってた』

 

『大体そんな感じです。そうそう、謡にあなたという子がいるとはまだロータスにも言ってないので、あなたの紹介も兼ねることになりますけど、何か問題はありますか?』

 

『構わない。てっきりもうネガビュの奴らは知っていたと思っていた』

 

『昨日もそんな事を言っていましたね。ういうい、生意気にもそれを悟らせてくれなかったの。どう可愛がろうかしらね?』

 

『……………………俺に聞くな』

 

 

 

【UI> 八幡さーん、まだですか?】

 

 退屈そうに待っている謡に対して俺は、

 

「………ゴメン、本当にゴメン」 

 

 誠心誠意謝る。

 

【UI> えっ、どうされたのですか?】

 

 罪悪感が半端ない。レイカーに構い倒されるフラグが建築されてしまった。現実は非情である。  

 

 気を取り直して、再びニューロリンカーを操作する。

 

 

 

『で、集まるのはいいけど、今からなのか?観戦登録ということは通常対戦になるよな。でも、それだと他の奴にバレるぞ』

 

『そこは大丈夫よ。ロータスの本拠地の学校なら誰も入ってこれないわ』

 

『おい、それ俺も入れないぞ。直接その学校に入るのか?』

 

『違うわ。ロータスが学校のシステム弄って、専用の遠隔コードを作ったの。そこに接続すれば、ういういも私も学内ローカルネット入れることができるのよ』

 

『さらっととんでもないこと言うなよ。あいつ多分中学生だろ……』

 

『そうね、まだ中学生よ。今からコードを送るわね』

 

『おう、それよりネガビュの本拠地に俺が入っていいのか?』

 

『問題ないそうよ。あなただからどうせ教える相手はいない。と、ロータスが言ってたわ』

 

『余計なお世話だ』  

 

『じゃあ、改めて送るわ』

 

 

 

 ………お、遠隔コードが送られてきた。

 

【UI> フーねえから連絡が来ました。八幡さんと私たちと何か話をするようなのですね】

 

「だな」

 

【UI> フーねえが珍しくふざけてないのです】

 

「レイカーの普段を考えるとまだ真面目だよな」

 

【UI> アハハ、なのです】

 

 俺と謡、その他諸々、散々レイカーに色々とやられているからな。余裕で許容できる範囲内だ。なのにリアルではあんなに美人なのか………。

 

 そして、来たか。

 

 

 

《A REGISTERED DUAL IS BEGINNING 》

 

 

 

 予約観戦の合図だ。

 

 どうせ30分だ。気楽に行くか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ういういを可愛く書けただろうか……?やっぱりヒロインや女性キャラの魅力が出るように書くのは難しいなー。

早く戦闘シーンを書きたい。
これからの展開は思い付いているのだが、戦闘シーンまで持っていくのに後もう少しかかりそう………。

余談ですが、どの作品も作品のタイトルや1話毎にサブタイを付けるのが苦手です。だから、まぁ、何となく適当になってしまう………。



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加速研究会、ISSキット、そして、王

なんか、めっちゃ長くなった。ぶっちゃけ流し読みでも問題ないなと書いてて思った。もうちょい短くできなかったかなぁ。でも、分けたら分けたで中途半端だし……


 この朽ちたコンクリートや錆びた鉄骨のあるステージは風化だな。

 レイカーにリアル割られた時と同じだ。個人的には戦いやすいステージ。

 

 俺はロータス……黒ちびとレイカーの観戦者としてある中学校にいる。名前は分からないし、場所も分からない。特に見覚えはない。

 

 それもそうか。俺は引っ越す前は練馬に住んでいた。杉並はそこまで詳しくない。

 

 辺りを見渡しても、誰もいない。謡ことアーダー・メイデンもいない。俺は校庭の端にいる。

 

 どこ行きゃええねん………。

 

 関西弁なのはご愛敬。

 

 謡と一緒にいたはずなのに。観戦者は基本リアルと同じ場所に転送されるが、俺も初めての遠隔コードでの観戦だ。バラバラに飛ばされるのか。

 

 とりあえず校舎を目指すとするか。

 

 軽く走って校舎の入り口に着く。

 

「あっ」

 

 そこにはレイカーとメイデンがいた。

 

「皇帝ちゃん、もう皆集まってるわよ」

 

「行くのです」

 

「だったら、最初に集まる場所教えろよ」

 

 今、自然にメイデン……謡が喋った。

 ニューロリンカーの思考発声や他のVRゲームでも話すことはできないが、何故かこのゲームでは自分の声で話すことができる。謡がこのゲームをやる理由は自分が話せるからという理由も含まれている。

 

 

 

 

 

 寂れた廊下を歩き、階段を登り、どこか分からない部屋の扉をレイカーが開ける。

 

「レイカーとメイデン、ご苦労。久しいな、エンペラーよ」

 

 くっそ偉そうな口調で俺を出迎えるのはメイデンが所属しているレギオン、ネガ・ネビュラスのリーダーであるブラック・ロータス。『黒の王』と呼ばれている。

 

「うぇ!?先輩!こ、この人は誰ですか?」

 

「あ、メイデン。この銀色の細いのが鴉か?」

 

 一応、謡ではなく、メイデン呼び。

 

「そうなのです」

 

 ほー、こいつが噂の飛行アバターか。しかもレイカーより長い時間飛べるらしい。それに加えて黒ちびの子とレイカーの弟子。スペック高すぎない?

 

 いつかは手合わせしてみたいな、シルバー・クロウ。

 

 銀か…………。メタルチャートではどこに属していたっけな?

 

「マスター、僕にも説明をお願いします。この人は第一期のネガ・ネビュラスのメンバーなんですか?」

 

「おいこら、俺はレギオンに入ったことはないぞ」 

 

 メイデンの情報を纏めると、博士ことシアン・パイルがこの青いデカブツだな。確かに綺麗な青色だ。ナイト並に綺麗な色だ。

 

「はいはーい、私にも教えてくださ!」

 

 騒ぐのは緑のF型アバター。あれはヒーラーだったはず。多分こいつがネガビュで一番チートだな。

 

 いくら攻撃が強かろうとHPが無くなれば、戦えない。しかし、ライム・ベルがいると、永遠とまではいかないが、長時間戦えることになる。だから、ヒーラーは回復手段の乏しいこのゲームでは重宝される。

 

 こう見ると……うへぇ、かなりの粒ぞろいだな、ネガビュは。

 

「ええい!話が進まん!エンペラーよ、自己紹介しろ」

 

 黒ちびに剣を……腕を?向けられる。俺の方が年上だぞ。敬え!

 

「では、私からするのです」

 

 そこで割って入るのは親のメイデン。

 

「この方はダークネス・エンペラー。レベルは7。今回は、加速研究会、ISSキットについて第三者の意見を聞きたいとのことでお連れしました」

 

 この名前は本当に恥ずかしい。システム管理者を恨みたい。もっとマシな名前あっただろ!

 

「れ、レベル7!?そんな人が」

 

「あれが、あの皇帝?引退したと噂を聞いたが……?」

 

「メイちゃんとはどんな関係なんですかー?」

 

 と、ネガビュの新参3人衆が騒ぎ出す。

 

「メイデン、あれをもう言っていいか?」

 

「そうしないと話が進まないのです」

 

「じゃあ、そこの緑の、名前はライム・ベルだったな。お前の質問に答える。メイデンは……俺の親だ」

 

 少し間が空き、

 

 

「「「「ええええええ!!!!」」」」

 

 

 黒ちびと3人衆の声が重なる。煩い。

 

「………って、あれ?先輩は知らなかったんですか?」

 

「ああ。う……メイデンに子がいるとは初耳だ。というよりレイカー、お前は知っていたのか?」

 

「えぇ」

 

「てことは、エンペラーさんとレイカーさんと何かしら接点があるんですか?」

 

「そうよ、パイル。この前偶然リアルでばったりと会ったのよ。その時に聞いたのよ」

 

「まさかのリアル!?レイカー姉さんスゴーい」

 

 一言でいうならば、カオス。それに尽きる。

 

 俺とメイデンは下がりながら様子を見ている。

 

「……悪いな」

 

「気にしません。いずれこうなっていたのですから。その代わり、今日は夕方まで一緒にいましょうね?」

 

「……おう」

 

 

 黒ちびに近づき、小声で

 

「ちなみに、俺がなるべく言わないでくれって頼んだだけだからな。あいつを責めないでくれよ」

 

「う、うーむ。それは分かった。……そうか、だからリアルでレイカーが何か企んでいそうな笑顔をしていたわけだ」

 

「つーか、本題に入らなくていいのかよ。5分経ったぞ」

 

「そうだな。それより、新しい3人の名前分かるのか?」

 

「メイデンから聞いてる」

 

「なら始めよう。おい、クロウたち静かに!質問なら後で余り次第直接してくれ」

 

 黒ちびの一言で見事に静かになり、各々適当な場所に座る。隣にはメイデンがいる。

 

 さらっと面倒なこと言われた……。

 

「では、エンペラー。お前はどのくらい加速研究会とISSキットについて知っている?」

 

「加速研究会はお前らがあった被害ぐらい。ISSキットは心意を簡単に使えるってことと寄生能力があるってこと」

 

「うむ。それで、思い付いたことや何か疑問点はあるか?」

 

「ISSキットの寄生能力を詳しく教えてくれ」

 

 心意を簡単に使えるってのも気になるけど、まずはコレだな。

 

「宿主があるコマンドを言うと、相手に寄生する。もしくは、無理矢理相手のアバターに植え込む、くらいですかね」

 

 と、レイカー。

 

「それだと宿主のキットは消えるのか?」

 

「いえ、あれはコピーなので消えません。宿主に残ったままです」

 

 パイルが言う。

 

 それは引っ掛かるな。………コピーだと?

 

「そのコピーと元の能力差はどのくらいある?」

 

 レイカーが挙手し、 

 

「ほとんど同じです。近距離と遠距離の心意技を使います。当然、心意なので熟練度の差はありますけど」

 

 それはスゴいな。寄生するにしろ、無くなるか、どこかしら能力は低くなるもんだ。

 

「……なるほど。なら、レイカーか黒ちびは、今まで存在した寄生オブジェクトで、ここまでのコピーを持ったのを見たことがあるか?」

 

「ないですね。皇帝ちゃんが言った通りそこはずっと気になるんですよね」

 

 その呼び方はどうにかしてほしい。

 

「黒ちびと呼ぶな!……だが、そうだな。私もここまで完璧にコピーする寄生アイテムは初めてだ」

 

 古参の2人が言うならそうだろうな。

 

「質問いいですかー?」

 

「どうした?ベルよ」

 

「私そんなにその寄生オブジェクトのこと知らないんですけど、コピーって珍しいんですか?」

 

 チラッとレイカーが俺に視線を送る。俺が教えるのか。

 

「そうだな。お前らで身近だった災禍の鎧で例えると、初代の災禍の鎧とシルバー・クロウが使った災禍の鎧では能力や性能が違うだろ?」

 

 俺はクロウを見る。

 

「は、はい。あれには今まで戦った膨大なデータがありました。それを使えばほとんどの攻撃やアビリティ、必殺技、それと心意にも対応することができました」

 

 改めて、災禍の鎧のヤバさを感じる。

 

「それに加えて、災禍の鎧に呪われた人たちのアビリティや必殺技を使えました」

 

「なるほど。だから、これほど均一化したISSキットは異質ということですか?エンペラーさん」

 

 パイルが簡単に纏める。

 

「そういうことだな」

 

「でしたら、皇帝ちゃんはISSキットのコピーについての考察はあるのかしら?」

 

「私も聞きたいのです」

 

 レイカーとメイデンが聞いてくる。

 

「まぁ、穴が多い仮説になると思うから信用はあまりするなよ。………そうだな、いくらコピーといっても、システム的にはアイテムを別の奴に譲渡しているってことになる。かなりの数が必要だ」

 

「ふむ。エンペラーよ、つまり?」 

 

「ISSキットをどう造ったのかは分からないが、造った奴にアイテムを完璧にコピーできるアビリティがあるんじゃねーの?……ってのが、俺の仮説だ。例えば加速研究会がそういうアビリティ持ってる奴をずっと隠しているとか。ISSキットの大元があればできるだろ」

 

「そ、それチート過ぎないですか!?」 

 

 クロウが叫ぶ。

 

 ゴメン、俺もそう思うわ。そんなアビリティがあれば、神器でも量産できるかもしれないからな。制限はあるかもだけど。

 

 でもな、

 

「………そんな奴がいたんだよ。昔に」

 

 懐かしい。何回も戦った。勝って、負けてを繰り返した。とても、とても強かったな。

 

 そのアビリティはコピーではない。だが、同じ威力、同じ射程、同じ性能の武器を造ることができる。コピーといっても遜色が無いほどに。

 

「そ、それは誰ですか?」

 

 パイルが尋ねる。

 

 チラッと黒ちびを見ると、少し震えている。俺が誰のことを言ったのか理解している様子だ。

 

「先代赤の王、レッド・ライダー」

 

 そして、俺は、ゆっくりとその名を口にする。

 

 ――瞬間、空気が冷えるのを感じた。

 

 それもそうだ。先代赤の王をこの世界から退場させた奴がここにいる。

 

 ………なあ、ブラック・ロータス?

 

 俺はそれに関して恨んでない。もう引っ越してたからな。話を聞いた時は衝撃だったが。

 上を目指す以上、争いは避けられない。お前のその逃げない姿勢には敬意を表する。

 

 例え、それが仕組まれていたとしても……………。

 

 

「新顔3人は知らないだろうから説明しておくと、レッド・ライダーのアビリティは武器創造。ざっくり説明すると、赤の王のお手製武器を自由に何個も造れるアビリティだ」

 

 黒ちびを気にしつつも、クロウたちは驚く。

 

「まぁ、武器創造について詳しくはレイカーたちに聞いてくれ」

 

「では、赤の王のアビリティが関係しているとお考えになるのですか?」

 

 メイデンが俺を見て疑問を投げかける。

 

「もちろん、最有力候補は加速研究会がコピー系のアビリティを持つ奴を隠している説だ。………ただ、この可能性もある………あ、ある?………えっ、あると思う?」

 

「自分で言っておいてそれは何ですか!!」

 

 俺の親、可愛い。

 

「なら、皇帝ちゃんはどのくらいの割合で赤の王が関わっている可能性があると思うの?」

 

「1%あったら良い方」

 

 俺は即答する。

 

「あなたが言ってるわりには随分少ないのね」

 

「だってこの世界から退場した奴なんて見たことないし。前例がないから強く言えない。何せ、記憶も消えるからな」

 

「あら、それは知っていたのね」

 

「大分前にPKに襲われたことがあったからなー」

 

 その時はサドンデスカードを使って無制限フィールドで戦った。普通に勝った。弱かった。

 

「…………それ、初耳なのです。どうして教えてくれなかったのですか?私、あなたの親ですよ?そんな事あったら教えるのがあなたの義務ですよ?どうしてなのですか?」

 

 俺の親、怖い。声がいつもより低いよ?大丈夫?

 

「と、特に問題なかったからな」

 

 変な汗掻きそう。

 

「…………次はないですよ。そういう隠し事をしてたら許さないのです」

 

 心配してくれるのはありがたいが、メイデンの圧が……その………怖い。他の面子も若干引いてるぞ。

 

 まだ色々と隠し事あるんだが。その内の1つは今のネガビュに言うべきじゃないから黙っているけど。

 

「意見、いいですか?」

 

 と、俺の思考を遮るように、挙手するのは、

 

「パイル、どうしたの?」

 

 クロウの言った通り、シアン・パイルだ。

 

「先程エンペラーさんが言った赤の王が関わっている仮説は、僕個人の見解としてはアリだと思います」

 

 お、マジで?

 

「説明、お願いできるかしら?」

 

 レイカーも意外そうだ。予想外からの一言だもんな。

 

「はい」

 

 パイルはゆっくり深呼吸をしている。そして、切り出す。

 

「僕はISSキットを使ったことがあります」

 

「らしいな」

 

 予め謡から聞いてある。

 

「それと、これは僕の経験ではありません。クロウとベルの話です」

 

「私なの?」「えっ?」

 

 クロウとベルは同時に驚きの声をあげる。

 

「僕がISSキットに呑まれそうになった時、2人が助けてくれました。睡眠時に直結するという不思議な方法でしたが」

 

 ……そんな方法か。びっくりするわ。

 

「その時、夢の中ですが、クロウとベルはブレイン・バーストの中央管理システムという場所に行ったそうです」

 

 ブレイン・バーストをインストールした奴はその日に過去のトラウマ等の夢を見る。それを基にして、アバターが生成される。

 このゲームは現実に干渉する。だから夢の中ってのは理解できる。しかし、聞き慣れない名称があるな。

 

「中央管理システム?」

 

「はい。名前の通り、ブレイン・バーストの全ての情報がそこにはあるのでしょう」

 

 まあ、どのゲームでもメインのサーバーはあるからな。おかしくはない。夢でそれを見れるのはおかしい気がするけど。

 

「も、ももも、もしかして、た……パイルはフランと会った時のことを?」

 

 フラン?誰だそれ。そんなのいたっけ……?

 

 俺が記憶を探っていると、ベルもハッとした表情になる。アカン、話が見えない。

 

「そこで、クロウとベルは昔、ブレイン・バーストから退場したバースト・リンカーと会話しました」

 

 パイルに続き、ベルが、

 

「名前はサフラン・ブロッサムです」

 

「………は?」

 

 急な展開に頭が付いていけない。間を置き、思考を正常にする。

 

 その名前は知っている。

 直接会ったことはない。俺が始めた頃にはいなかった。

 

 でも、ナイトとかの古参に教えてもらった。『バースト・ポイントの貸し借りのできるレギオンを結成して、このゲームから退場する者を無くそうとした』と。話があまりにも大きすぎる。誰もが無茶だと思っただろう。

 ナイトに『それほどの構想を実現できる力はその人にあったのか』とも聞いたことがある。そしたらあいつは何て答えたっけ………。

 

「続きをお願いするのです」

 

 メイデンの言葉で意識は戻る。

 

「その出来事を聞いて考えました。本当に、ブレイン・バーストから退場したプレイヤーは記憶を失ったのか?……と」

 

「つ、つまり?」

 

 クロウの言葉にパイルはこう結論付ける。

 

「記憶を失ったわけではなく、システムに奪われた。中央管理システムの中にブレイン・バーストにまつわる記憶が保存されているのでは?……だから、クロウとベルはサフラン・ブロッサムと会話ができた。そして、今、僕はそれを引き出せる人がブレイン・バーストにいると予想しました」

 

「…………………」

 

 その話に誰も言葉が出ない。

 

 長い沈黙が続く。

 

「なぁ、レイカー」

 

 その中で俺は尋ねる。

 

「何かしら?」

 

「この考え、お前はどうだ?」

 

「3割アリね」

 

「同じく」

 

 壮大だが、話の筋は通っている。十分にその可能性がある。説得力はかなりある。

 

 全損した奴を蘇生できるのかは不明だが。

 

「じゃ、じゃあ、加速研究会はそこにあるかもしれない赤の王の記憶を使っているって?……でも、それだとアビリティを使える説明は付かないと思うよ」

 

 クロウが捲し立てる。

 

「忘れたかい?クロウも過去のアビリティや必殺技を自分の体で使ったことがあるだろ?どんなシステムで、どういう理屈でかは説明できないけど、災禍の鎧という実例がある。可能と考えるべきだ」

 

「あっ、そっか」

 

 災禍の鎧ヤベーイ。

 

「俺はないけど、ネガビュは、そのサフラン・ブロッサム以外のいなくなったプレイヤーを見たことはあるか?」

 

 俺の一言で、全員が首を横に振る……………が、さっきから黙っている黒ちびだけがやけに反応が遅かった。

 

 何か隠しているのか?俺はともかく、ネガビュにも言えないことを。……もしかして、見たことあるのか?後でレイカーにチクっておこう。 

 

「もし、赤の王を使っているなら、加速研究会のリーダーは誰か分かるな」

 

 ポツリとそれだけ口から漏れる。

 

「ほ、本当ですか?」

 

 クロウは恐る恐る尋ねてくる。ベルも似たような感じだ。

 

「蘇生させたバースト・リンカーを命令できる前提ならの話だがな」

 

 一呼吸置き、続ける。

 

「加速研究会のリーダーは何年も前から武器創造を自分の計画――ISSキットに使おうとした。でも、赤の王は誰よりも真っ直ぐな奴だった。ごり押しって言葉が個人的には似合うな。そんな赤の王が加速研究会に従うわけがない。多分……そこら辺り見つけたんだろうな」

 

「それが退場したプレイヤーの蘇生方法ですか?」

 

 メイデンの言葉に頷く。

 

「そいつは決して表舞台には現れない。何故なら、それだと目立ってしまう。今まで影に隠れながら計画を進めてきた。それでは駄目だ。全部無駄にしてしまう」

 

「ならどうするか?簡単だ。赤の王を誰かに始末させればいい。都合のいいことにレベル9同士の戦いはたった1回の勝敗でポイント全損することができる」

 

「そして、そいつはブラック・ロータスを使った」

 

 恐らく新顔3人はその話を知らないのだろう。何が何だか分からない雰囲気だ。黒ちびが自分の意思で赤の王を殺したと思っているのだろう。だが、それは違う。

 

 俺も謡から聞いただけだが…………。

 

「こ、皇帝ちゃんはロータスが赤の王を殺すように唆した人物が加速研究会党首と言いたいの………?」

 

 レイカーの声が珍しく震えている。

 

「まあな。あ、ちなみに、加速研究会がコピーアビリティを隠している場合は違うと思う………いや、それでもあいつならあり得るな」 

 

 つーかあれだな。ここまでの結論、仮定多すぎだろ。証拠がなさすぎる。こんなんじゃ、ネガビュからしたら確証は全く持てないな。

 

「えーっと、もしかしたらそういう可能性もあるかもー、ってことを頭に入れてくれたらいいから。こんな仮説を鵜呑みにする方がいざという時危ないからなー…………」

 

 最後にこれだけ付け加えておく。

 

「いや、参考になった。感謝する、エンペラー」

 

 ようやく黒ちびが喋った。判断が覚束ない、とても小さい声で。

 

 

 

 

 で、残り時間は大体5分か。けっこう余ったな。

 

「じゃ、レイカー。引き分けにでもして帰らせてくれ」

 

「その前に鴉さんたち、質問はあるかしら?」

 

 チッ!覚えてたか。抜かりがないな。

 

「はい!どのくらいエンペラーさんは強いんですか?」

 

 と、ベル。

 

「一応レベル7だしそのくらいだ。それと同レベルの時期なら黒ち……ロータスより勝率はいいぞ」

 

 俺の武器と必殺技は相性それなりに良かったからな。まぁ、あいつがレベル差ついた辺りから負けが多くなった。

 

「ロータス先輩、それって本当ですか?」

 

「腹立たしいことにな」

 

 すっかり本調子とまではいかないが、黒ちびは心の整理をつけたようだな。

 

「それより、貴様はいつメイデンと知り合ったんだ?」

 

「黒ちびよ。リアルのことを聞くのはマナー違反だぞ。あれだ、ちょっとした縁だ」

 

「だからそれで呼ぶなと。……ま、それはすまない。少し気になってな。メイデンのリアルと知り合うほど年齢が近いわけでもあるまい」

 

「確かにけっこう離れてるけど」

 

 えーっと、小4って……9歳?10歳?で、俺が17でもうすぐ18か。うっわ、マジかよ、倍近く差があるな。ちょっとショック。

 

「私が車に轢かれそうになった時に身を挺して助けてくれたのです」

 

「おい!」

 

 思わずメイデンに突っ込みを入れる。せっかく黙ってたのにさらっと言うなよ。

 

「ほう。このご時世に車の事故か。珍しいな」

 

「そいつ趣味で旧世代のAIを搭載してない車を使ってたんだとよ。その運転手が救急車呼んでくれたわ。めちゃくちゃ俺らに謝ってた。その後普通に警察に捕まってたな」

 

 ホント、根は良い人だろうに、なんであんな旧型乗っちゃうかな。そういうのは私有地で乗りなさい!

 

 次にクロウが意気揚々と、

 

「もし良ければ、ネガ・ネビュラスに入りませんか?」

 

「俺はレギオンに入るつもりはない。つーか、お前がそれを言うの?勧誘って普通はレギマスの役目じゃない?………俺、東京に住んでないし、あまりレギオンの恩恵受けないからメリットない」

 

 それと下手に入って断罪されたくない。

 

「このままでは男女比が………その……………」

 

 今度は申し訳なさそうに言うパイルを横目にネガビュのメンバーを見渡す。

 

 スカイ・レイカー。現役女子高生。美人のドS。

 アーダー・メイデン。可愛い女子小学生。

 ブラック・ロータス。女子中学生。生意気。

 ライム・ベル。恐らく女子中学生。活発?

 シルバー・クロウ。恐らく男子中学生。よく挙動不審になる。

 シアン・パイル。恐らく男子中学生。賢そう。

 

 

 そこにまだネガビュの前には見せててないが、全身水の奴(女子)もいる。

 それと鉛筆(男)は……あいつレギオン移籍してたよな。引っ越す直前に言われた。内緒にしとけという条件で最後に手合わせした。あいつの強さチート。直接斬り合って1分保てた俺を誉めていいと思う。最短2秒。

 

 こうして見ると確かにネガビュは女子多い。昔はそうでもなかったな。

 

 クロウの肩をポンと叩く。 

 

「頑張れ」

 

 で、俺は投げやり。そんなの知りませーん。

 

 

 

 そんな感じに駄弁っていると、もう残り時間は1分切る。

 

「今回は我々の話に参加してくれて、改めて礼を言う。ありがとう」

 

 黒ちびから丁寧に挨拶を受ける。

 

「おう」

 

 そして、俺は少し気の抜けた声で、

 

「あまり色々と考えすぎるなよ。考えるのは良いことだが、それに囚われすぎると、正しい判断ができなくなる」

 

「いや…………。私も薄々感じていた。もしかしたらあいつが加速研究会に関わっているかもしれないと。今日でまたそれは一段と近づいた」

 

「そうか」

 

 短く返す。

 

「それでは、皇帝ちゃん。またの機会に」

 

 レイカーの不穏な台詞。

 

「そんな機会もう来ないだろうな」

 

「それはどうでしょう」

 

 ウフフと笑うレイカーが怖すぎる。もうリアルで会う必要なんてないぞ。俺が会いたくない。だって何されるか分からねーもん。

 

 と、ここで時間切れ。中々濃い30分だった。

 

 

 

 

 

【UI> お疲れ様でした】

 

 現実世界に戻ってきて真っ先に目に写ったのはこの文字列。

 

 それを打った謡の表情はどうも穏やかじゃない。

 

「久しぶりにあいつらと話できて楽しかったよ」

 

 これは紛れもない本心。昔に戻れたみたいで懐かしかった。

 

【UI> それで八幡さん。加速研究会のリーダーは第一期ネガ・ネビュラスを解散に追い込んだ人なんですか?】

 

 ………やっぱり悩んでるのはそこか。

 

「俺は実際この目で加速研究会の奴らを見たことはない。俺が知ってるのは謡から聞いた話とさっきネガビュと会話した分。立証できる物は何もないけど、第三者からしたらそう思っただけだ」

 

 加速研究会が今までしてきた事は規模が違う。大きすぎる。それが出来るのはバースト・リンカーの中でも、最も得体が知れなく、一番強いあいつだと…………。

 

 1度だけあいつと話したことがある。まるで、不思議な魔力で自然と向こうに心を許してしまいそうな感覚に陥った。

 雪ノ下さんと話した時も似たような感覚がしたけど、あれはそれ以上に危険だ。毒、それも猛毒。あいつの言葉は人の心を蝕む。直情タイプの黒ちびが典型例だ。

 

 だから、加速研究会のやり口があいつと同じだと感じる。……っていう俺の下らない勘だ。

 

「そういや、黒ちび何か隠していたよな」

 

 ふと、さっきのことを思い出した。

 

【UI> 私もそう思いました。八幡さんの問いかけに対してかなり反応が遅れていたのです】

 

「絶対とまではいかないけど、全損した奴を見たことはありそうだったよな」

 

【UI> 恐らくそうでしょう。もしくは、それに近い経験をしたとか】

 

「だろうな。俺から言うつもりだったが、謡も分かってるなら、レイカーにもその事伝えといてくれ」

 

【UI> 了解なのです】

 

 それだけ謡は文字を打つと、頭を下げて、

 

【UI> 私自身も今日のことをよく考えておきます。ありがとうございました】

 

「………どういたしまして」

 

【UI> 30分ほどしたら、岡本さんが帰ってくるので、一緒にお昼ご飯にしましょう】

 

 そう年相応の笑顔で微笑んだ。

 

 

 その後は岡本さんと謡が料理した昼飯を食べた。俺も何か手伝おうとしたが、客人ということできっぱりと断られた。あ、昼飯は美味しかったぞ。

 

 で、昼飯を食ったら、謡の部屋で俺は受験勉強。英語の長文をじっくりと読む精読を重点的にやった。きちんと品詞分解をして、文の構造を理解することに努めた。じっくりと時間をかけて1つの難関長文を解いて、単語や文法の見直し。

 たまに謡の勉強で分からない範囲があれば教えた。算数ならまだ俺だってできるから!………といっても俺の親は成績面は優秀なんだけどな。

 

 最後に1時間くらいは互いに学校であったことや世間話をした。

 

 いつもはメールだけど、直接面と向かって話すと言葉以外にも伝わる情報が多い気がする。

 何が言いたいかと言うと、笑顔で色々語る謡が超可愛い。

 

 もう俺、ロリコンでいいかなって思ってきた。いやいや、まだセーフ…………。

 

 また適当に遊びに行くと約束をして、家に帰る。その途中に本屋で紙の参考書買ったり、小町に土産買ったりと寄り道しながら帰った。

 

 帰ったら帰ったで小町に質問攻め。正直に謡の家に行ったと言うと、

 

「小町も行きたかったー!謡ちゃんをナデナデしたい!」

 

 と騒ぐわ騒ぐわ。ものすごい喧しい。

 

 小町はブレイン・バーストをしてないけど、俺の事故の関係で知り合った。で、謡がとっても大好き。まるで自分の妹みたいに可愛がっている。そこはレイカーと似ているような………いや、小町はあんなにドSじゃない!

 

 

 翌日の放課後、奉仕部は依頼がない時は勉強会。

 

 俺も分からない所があったら雪ノ下に質問している。たまに平塚先生にも。奉仕部では基本雪ノ下は由比ヶ浜に付きっきりで勉強を見ている。

 

 雪ノ下の解説はとても分かりやすい。語彙力が豊富ってのが良いよな。色々な言葉で説明してくれる。ただ、ちょくちょく毒舌挟んでくるけど。

 

 あ、そうそう。由比ヶ浜は普通に俺の連絡先をレイカーに教えたことを忘れてたな。個人情報だからしっかりしてくれ………。まぁ、由比ヶ浜はちゃんと謝ってくれてたし、許しはした。頼むから気を付けてくれよ。

 

 

 奉仕部も終わり、夜の7時頃。

 

 今日は予備校はない。部屋にいる俺は参考書をベッドで寝転びながら読んでいる。が、ダラダラ読んでるだけであんまり頭に入ってこないけどな。あれだな、腹へった。

 

 ピコン!

 

「………お?」

 

 と、ここで俺の捨てアカ用のメアドに連絡が入る。このメアドを知っている奴は1人だけしかいない。

 

 そのメールにはこう綴られていた。

 

 

 

 

『20時きっかりにいつもの場所で待ってるの』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次か次辺りで戦闘シーン書きたいな。
可笑しな点、不明な点があったら教えてください。自分のできるかぎり分かりやすく書いたけど、原作読んでないとキツいかなー……


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情報屋

最近、このシリーズしか書いてない気がする……




「よう、久しぶりだな」

 

 今のステージは大雨。そのせいで目の前のこいつがスゴい見えにくい。光る目がなければ絶対見えない。

 

 

 こいつは『アクア・カレント』。第一期ネガ・ネビュラスの幹部だったメンバー。俺と同じレベル7だったが、今はある事情でレベルは1。でも、強い。だって今のこいつはレベル詐欺だもん。こんなレベル1がいてたまるか。

 

 

 ここはリアルで千葉駅のホームに位置している。

 

 カレントにいきなり呼ばれた。晩飯食ってから小町にちょーっと嘘ついて、千葉駅エリアのギリギリまで来ている。

 

「つーかよ、さっさとレベル4に上げて、無制限フィールドで話そうぜ。リアルで家からここまで移動するの面倒」

 

「私は気にしないの」

 

「俺が気にするんだよ。って、お前は今ここにいるんだよな?」

 

 聞いているのはリアルの位置。

 

「ええ。母親と一緒にいるの」

 

「もう8時だぞ。子供は帰って寝なさい」

 

「ちょびっと年上だからって調子に乗らないの。車の中だからすぐに帰れる。それにどうせリアルでは2秒」

 

「あっそうですか。……そうそう、今日ネガビュの連中と会ったぞ」

 

 愛するネガビュのことだからカレントは驚くかなーと思ったけど、ダメだ、表情がまるで読めない。逆に表情の読めるアバターが少ない。

 

「そう…………」

 

 少し間が開き、

 

「メイデンに誘われたの?」

 

 あ、そういえば、カレントにはあっさり親が謡って見抜かれてたな。さすが情報屋。

 

 黙ってもらう代わりにこうしてメアド交換してたまに情報のやり取りをしている。

 

「加えてレイカーにリアル割られた」

 

「ご愁傷さまなの」

 

 仲間に向かってその言い種って………。

 

「それで、今日はいきなり何の用だ?いつもならメールだろ」

 

「直接話したかったの。データに残るのも不味いと思った。ギャラリーは………」

 

「ここは過疎地域だからな。いないいない。確認もした」

 

 メインメニューからギャラリーがいるかどうかは確認できる。

 

「そう。本題に入るの。あなたは引っ越ししてから東京で戦ったことある?」

 

「あー………ないな。たまにここら近辺でエネミー狩るだけだ」

 

「それなら都合がいいの。あなたと戦ってほしいバーストリンカーがいる」

 

 これまた意外な内容。

 

「どんな奴?……あ、王とか嫌だぞ」

 

 あんなスペシャリストと戦うのはただただ疲れるだけだ。骨が折れる。

 

 しかし、カレントは全く違う名前を言う。

 

「ウルフラム・サーベラス」

 

 ………うん?

 

「聞いたことないな。レベルは7?それとも8か?」

 

「1」

 

「……………は?」

 

「レベル1なの」

 

 な、何故ニュービーを狩らないといけない。一応俺だってハイランカーだぞ?あれか、馬鹿にされているのか?

 

 と、とにかく情報を。

 

「ウルフラムって何色だ、灰色とか?」

 

 カレントは首?を振る。

 

「メタルカラー。日本ではダングステンと知られているの」

 

「あー、それならこの前習った。確か、かなり硬い金属だったな」

 

 カレントはコクりと頷き、

 

「ダングステンは一番硬い金属とされている。サーベラスはその硬さを活かしてレベル5にも勝ったことがある。それも体力をほとんど減らさずに」

 

「えっ!?それはスゴいな………」

 

 俺がレベル1の時は精々レベル3にしか勝ってない。おまけに体力は2割切ってた。それより、よく格上と戦おうとするよな。多少なりと気が引けるだろう。

 

「一番厄介なのはアビリティなの。物理無効アビリティ」

 

 なんか、嫌な予感がするアビリティだな。

 

「…………つまり?」

 

「殴る蹴る、斬るという物理攻撃をしても体力は減らない」

 

「何それチート?」

 

 最近の奴らチート並のアビリティ多くね?飛行とか回復とか。前には強奪とかもあったらしいな。

 

 そういうアビリティは発動している間はゲージは減るだろうが、それでもチートだ。ついでにかなり硬いメタルか。

 

「でも、あなたなら大丈夫なの」

 

「………まあ、そうだな」

 

 物理攻撃が効かないならそれ以外の部分で勝負すればいい。単純だ。問題があるとすれば、俺のその攻撃が本当に有効かどうか。

 

「で、また何で急に?確かに才能ありそうな新人だが、わざわざ戦わなくてもいいだろ」

 

「出てきたタイミングが気になるの」

 

「タイミング?」

 

「マグネシウム・ドレイクを覚えている?」

 

「ああ。あんまり戦ったことはないけど、強かったな。最後は――――」

 

「ええ。災禍の鎧に呑まれて退場した」

 

 カレントとマグネシウム・ドレイクは良いライバルだった。その声色は悲しみを帯びている。

 

「それとどんな関係がある?そうだな、共通点はメタルカラーってところか」

 

「そう」

 

「それで、サーベラスが現れたタイミングってのは?」

 

「サーベラスは災禍の鎧が無くなった直後」

 

 ふむ。えーっと、ということは………?

 

「カレントが言いたいのは、そのサーベラスは災禍の鎧と関係があるってことか?………てことは、サーベラスは加速研究会と繋がりがある?」

 

「私はそう考える。けど、それはまだ分からない。だからあなたに確かめてほしいの」

 

「いいけど、俺、直接その加速研究会と関わったことないぞ?分かるかな」

 

「どんな印象だったか教えてくればいい。私が分析するの」

 

「レベル7がレベル1に挑むってのはどうなんだ………」

 

「あなたはしばらく戦ってない。対するサーベラスはレベル5の相手も倒している。ギャラリーも盛り上がるはず」

 

 あ、逃げ場なしですかそうですか。これ以上は言い逃れできなさそうだ。

 

 いつも謡から得た情報を補足するためにカレントから情報を買っているから強くは言えない。ここは素直に従おう。

 

「ま、分かった。明日か明後日にでも戦っておくわ」

 

「よろしくなの」

 

 

 少し移動する。

 

「で、お前はなんでそう思ったんだ?確かにメタルカラーは数が少ないけど、別にいておかしくはないだろ」

 

「心傷殻って知ってるの?」

 

「まあな。アルゴンだっけか?そいつが唱えた」

 

 

 ブレイン・バーストをインストールしている奴は幼少期から心に傷がある。大小の差はあれど。それがアバターの色や性質として具現化する。

 

 しかし、その心の傷を誰にも見せないで、自分でも分からなくて、心の奥深くに隠している奴がメタルカラーになる。みたいな仮説を建てた奴がいた。

 

 エセ関西弁を使うアルゴン・アレイだ。その仮説が心傷殻と言われている。 

 

 それ自体にあまり意味はなかった。けど、ある噂が流れた。それは《メタルカラーを持ったプレイヤーを意図的に創り出せないか?》と。

 

 そして、その直後にドレイクが現れた。

 

 最初はほとんどの奴らがその噂を気にしていたが、ドレイクのまっすぐな性格に、心傷殻とかないだろう……みたいな空気になった。

 

 だが、結局、ドレイクは災禍の鎧を纏った。真相は分からないが、それからもう心傷殻は禁句とされてきた。

 

 

「サーベラスは、ドレイクみたいに心傷殻を創らされたプレイヤーかもしれないってことか?」

 

「私はそう思うの」

 

「でも、もう鎧はネガビュが封印したんだろ?今さら心傷殻とか言われてもな」

 

「だとしたら、新しく創るのかもしれないの」

 

「………鎧をか?それは無理があるだろ」

 

 災禍の鎧に必要な物は神器級の強化外装。それと圧倒的な負の心意。最後にメタルカラーのプレイヤー。これは初代がそうだったから、メタルカラーは必要じゃね?って言われてきた。

 それが何か、こう……上手く合わされば、災禍の鎧完成!語彙力どこいった。

 

「現状では神器級の強化外装は難しいだろ。何せ持ってる奴が王だ。いくら加速研究会でもさすがにあいつらにちょっかいかけるのは厳しいと思うぞ」

 

「そうだとしても、もう1つ、負の心意は着実に溜まっているの」

 

 それは何だ………って、ネガビュとも話したあれか。

 

「ISSキット、か」

 

 カレントは無言の肯定。

 

 他の可能性を探る。

 

「だったら、加速研究会はまだ確認されてない神器を所持しているかもしれないな」

 

「もしくは神器を除いて、神器級に強い強化外装が、研究会にはある」

 

 俺の言葉にカレントはそう付け加える。

 

 そんなのあるのかねぇ。

 

 例えば、レオニーズの双子のコバマガの剣をレベル1からレベル9までずっと強化しても、神器級――ナイトの剣の強さとまではいかないだろ。

 

 可能性があるとしたら、現在の赤の王かな。戦ったことはないけど、自分だけの強化外装で王の実力があるなら、イケる……かも?

 いやいや、そもそも自分の強化外装を加速研究会とかに渡すわけないだろ。常識を考えろ。

  

「それを追々サーベラスとやらに着けさせるとかか………。もちろん、サーベラスと加速研究会に何か関係あればの話になるが」

 

「もしかしたら、ただのバーストリンカーなのかもしれない。そこをはっきりさせたいの」

 

 俺たちの仮説はざっとこんなところ。

 

 また鎧が現れるとか勘弁してほしいな。千葉で暴れるのだけは止めてくれよ。こっちは受験があるんだ。

 

 

「それで、エンペラー」

 

「何だ?」

 

「ロータスたちと何を話したの?」

 

「ISSキットについてとか」

 

「みんなはどう考えてたの?」

 

「俺の考えとネガビュの体験を合わせて、出た結論は、ISSキットには先代赤の王が関わっているかもしれない、っていうのが1つだな」

 

「どうして?」

 

「ISSキットはほとんど完全なコピーという寄生能力の中でも異質な能力がある。赤の王なら全く同じ武器をしょっちゅう造ってたから同じじゃね?みたいな感覚で」

 

 一呼吸置き、

 

「加速研究会は全損したプレイヤーを操れるかもしれない。ネガビュの新顔も過去に退場した奴と話したことあるらしいからな」

 

 カレント、長考。

 

「もう1つは?」

 

「加速研究会にアイテムをコピーできる能力を持った奴いるんじゃね?的な考え」

 

 またもやカレント、長考。

 

「私はどちらもアリだと思うの。確かにあのコピーに疑問を持っていた。それと、その全損したバーストリンカーを操れるって具体的に教えてほしいの」

 

「えーっとだな、ネガビュのシアン・パイルが言うには、全損した奴はこのゲームの記憶を失う。だけど、失ってるのではなく、奪われている。災禍の鎧も色んな奴のアビリティや必殺技を使えるし、過去に全損した奴と話せた。だから、その記憶を引き出すことができるのでは?……みたいな考え」

 

「それはなかなか興味深い考えなの」

 

 しばらくお互い黙ったままで時間が過ぎる。すると、カレントが口を開く。

 

「私でそのことについて調べてみるの」

 

「おう、頑張れ。引き分けにするぞ」

 

「分かった。またね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん、お帰りー」

 

「おう」

 

 カレントとの話し合いが終わると、早足で家に帰った。

 

 一応俺はコンビニに行くと小町に言っておいた。怪しまれたら嫌だからMAXコーヒー(ペットボトル)を買った。

 

「ほれ」

 

 小町にはプリンを渡す。

 

「お、ありがとね。でも、お兄ちゃんは受験生なんだから、そのくらい小町が買うよ」

 

「いいんだよ。頭冷やすついでだ。お前も定期テストは真面目にやれよ。内申あって損はねーぞ。総武高は指定校少ないけど、けっこういい学校があるからな」

 

 ちなみに小町は見事に総武高校に合格。

 

「そ、そうだねー………」

 

「俺は数学が低かったから届かなかったけど、まだ1年だからどうとでもなるぞ」

 

「でもね、やっぱり授業難しいよ」

 

「そりゃあな」

 

 憂うつそうな表情の小町。中間テストは真ん中辺りの順位だった。現実は厳しい。

 

「あ、お兄ちゃん」

 

「どうした?」

 

「んー………。ゴメン、やっぱりいいや」

 

 小町が何か言いたそうな顔をしている。ま、緊急そうな話題でもないし、大丈夫か。

 

「そうか。じゃ、勉強に戻るわ」

 

「ファイトー」

 

 さて、寝るまでに世界史でもやるかー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の放課後。

 

 雪ノ下と由比ヶ浜には予備校と言って部活は休んだ。実際夜からあるしな。

 由比ヶ浜は潤んだ瞳でこっちを見てた。あれだな、雪ノ下と2人きりだと勉強キツすぎるんだろうな。南無三。

 

 話は変わって、カレントの情報では、サーベラスは基本は中立である中野第2エリアにいるという。

 

 電車を使って、中野まで来た。

 

 グローバル接続して、いなかったらすぐに切ってまた明日にしよう。

 

 どの辺りで加速しようかな。あまり人がいなさそうな場所は…………。

 

「……ここにすっか」

 

 あまり大きくない公園を見つけた。ブランコとベンチがあるだの公園。人は全然いない。丁度いい。

 

 ベンチに腰かける。

 

 グローバル接続をするためにニューロリンカーを操作する。

 

 接続が完了する。と、すぐに加速世界に行くためのコマンドを言う。

 

「バースト・リンク」

 

 誰がいても聞こえず、システムが認識する程度の声。

 

 世界が蒼くなる。木も、道路も、ブランコも何もかもが蒼くなる。別の色なのは俺のアバターだけだ。

 

 マッチングリストを開く。

 

「この時間帯はやっぱけっこういるな。……ウルフラム・サーベラスは………お、いた」

 

 確かにレベル1と表記されている。うーん、乱入するのは少し気が引けるな。これでもレベル7ですから。

 

 もしここで何か情報掴めたら謡にも教えれるな。もちろん負けるつもりは更々ない。勝つつもりだ。 

 

「よしっ」

 

 俺はその名前をタッチする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回から戦闘に移りますー。やっとだー



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フュージョン

「いやー、この状況懐かしいな」

 

 赤色のマントを翻し、ギャラリーのいるステージを見渡しながら呟く。

 

 八幡が東京から千葉に引っ越してからは対戦はしていなかった。理由は単純、千葉に相手がいなかったからだ。

 

 事情により対戦ステージに潜ることは何回かあっても、戦うのは久しぶりだった。

 

 今回のステージは黄昏。景色は開けていて、必殺技ゲージを溜めるための建物等の障害物が少ないのが特徴だ。

 

 対戦者と10m以上離れていると、そこに向けて指す矢印があるので、八幡とサーベラスはまだそれなりの距離があるのが分かる。

 

 八幡は少ないとはいえど、障害物を破壊しながらゲージを3割程溜める。そのままサーベラスとの距離を詰めるためにのんびり歩いている。

 

 

 

 

 その際ギャラリーは、対戦カードを確認していた。

 

 ここにいるギャラリーのほとんどはサーベラスを観戦登録している人たちだ。

 だから、サーベラスの連勝記録を伸ばすのを楽しみにしていたが、対戦相手の名前を見つけると、その反応は劇的に変わった。

 

「嘘だろ!マジか!」

 

「まさかエンペラーだと!?あいつ引退してなかったんか!」

 

「えっ……誰?その人」

 

「そうか、お前は知らないんだな。あいつはダークネス・エンペラーつってな。かなり強いぜ。青の王と黒の王が同レベルの時はバリバリに戦ってたからな」

 

「そ、そんなに!?」

 

「でも、グラファイトには勝率低かったよな」

 

「それはあいつが強すぎるだけだって。黒の王の師匠だろ?そりゃ強いわけだよ」

 

「だな」

 

「おお!マジであいついるじゃねーか。久しぶりに帰ってきたと思ったら、レベル5を倒したこともあるルーキーとぶつかるのか!」

 

「それにしても、あのマントいつ見てもカッケーよな」

 

「それにあいつの見た目もな。中二心をくすぐられるわ」

 

「俺も俺も。そのこと話したらエンペラーは恥ずかしがってたぞ」

 

「まあ、気持ちは分からんでもない!」

 

「エンペラーの見た目の話は置いといて………さーて、こりゃどっちが勝つか?」

 

「やっぱハイランカーの皇帝だろ」

 

「いやいや、サーベラスのあの物理無効を突破できるか?」

 

「お前こそ皇帝の武器を忘れたのか?」

 

「そっか!あれなら……イケるのか?」

 

「分かんないけどな!」

 

「その武器ってどんなの?」

 

「見てりゃ分かる。あいつが使わなかったら後で教えるけどな」

 

「サーベラスを観戦登録してて良かったぜ。こんな珍しいカードが見れるとはな」

 

「でも、いいのか?レベル7がレベル1に乱入って」

 

「それはあの2人が決めることだろ。もしかしたら引き分けにするかもな。俺としては面白いと思うぞ。片やレベル5を倒したルーキー、片や今まで鳴りを潜めてた皇帝だ」

 

「まあ、マナー違反だとは思うけど、個人的には楽しみだわ」

 

「それな!」

 

 などとテンションが上がっている。盛り上がりがスゴい。

 

 その様子は八幡には聞こえていない。

 

 

 

 

 

 5分後。開けた場所でダークネス・エンペラーである八幡とウルフラム・サーベラスは出会う。

 

「いきなり乱入して悪いな」

 

 先ず八幡はマナー違反を詫びる。

 

「いえ、僕がレベル7と戦う機会があるのはありがたいですよ。……それにギャラリーの反応を見るとあなたは戦うのは久しぶりなんですよね?」

 

 爽やかな口調でサーベラスは返答する。

 

「まぁ、引っ越して東京から離れてたからな。なんか、久々に来たら、スゴいルーキーがいるって聞いてよ。気になってな」

 

「それは光栄です」

 

 チラッと八幡はサーベラスの必殺技ゲージの割合を見る。サーベラスは必殺技ゲージを5割ほど溜めている。 

 

 

 

 

「じゃ、行くぞ」

 

「よろしくお願いします」

 

 八幡は素手で構える。対するサーベラスも同様。

 

「ふっ!」

 

 先手はサーベラス。八幡との距離を初心者とは思えないスピードで一気に詰め、顎に狙いを定めて殴りにかかる。

 

「……っと」

 

 少し下がりながら、サーベラスの手首を八幡は片手で掴む。避けられないように強く握りしめ、思いっきり、ヤクザキックの要領でそのまま腹を蹴る――――が、

 

「いって!……かってーな」

 

 サーベラスのHPの1%ほどしか削れなかった。八幡のHPは3%も削れた。

 

 防御が得意な緑アバターですら、当たりが良ければ、5から6%は削れる攻撃を受けてもこのくらいしか削れない。おまけに蹴った足も痛い。

 

 ――――いやいや、反動でかくね?

 

 八幡はサーベラスの手首を放しながら毒づく。

 

「ないわー……」

 

 このまま殴りあったら、アクア・カレントの言う通りダメージを与えるのは難しいだろうと、この攻防で八幡は判断する。

 

 2人は一旦、互いに距離を取る。すると、八幡はサーベラスに声をかけ、率直な感想を言う。

 

「噂通り硬いな。動きもレベル1とは思えないほど速い」

 

「レベル7に言ってもらえるとは恐縮です」

 

「………なら、ちょっと真面目にするわ」

 

「真面目……?」

 

 一呼吸置き、八幡は呟く。

 

 

 

「着装――ブレード・オブ・フュージョン」

 

 

 

 その途端、八幡の右手に漆黒の剣が現れる。

 

 刃は1,5mほど、幅は15cm。柄は20cm、鍔はない真っ直ぐな大剣。

 

 それを見たサーベラスは驚く。

 

「………剣の強化外装、ですか。何故使わなかったのですか?」

 

「いや、殴って勝てるかなーとか思ってたけど、普通に無理だわ。そんなことしたら俺が先に死ぬ」

 

「ということは、この姿があなたの本領?」

 

「おう。基本は近接によくある剣持ちアバターが俺だ」

 

 その言葉に嘘はない。が、語弊はある。

 

 確かに八幡のメイン武器は剣だが、八幡は割りと素手だったり、極たまに相手の武器を奪ったりとその日の気分で戦っている。

 

 しかもどの戦法もそれなりに強い。………その道のスペシャリストには敵わないが。

 

 それでも、対策が立てにくく、対戦する相手はかなり嫌がっている戦法である。

 

 もちろん、それをサーベラスは知らない。

 

 

 

「なるほど。そうでしたか」

 

 サーベラスはゆっくり呼吸する。

 

「では……僕も本気でいきます」

 

 サーベラスの顔にあるバイザーが閉まり、必殺技ゲージが徐々に減り始める。ウルフラム・サーベラス最大のアビリティ――物理無効だ。

 

「………来たか」

 

 八幡は警戒を高め、右手で握った剣を前に突きだし、中段で構える。

 

 

 

 

 

 ――――いくらレベル7の剣での攻撃でも斬撃は物理攻撃にカウントされる。僕には効かない。

 

 

 サーベラスは八幡の姿――特に剣を見て純粋にそう思っている。慢心ではなく、事実として。

 

「……ふっ!」

 

 今度は八幡が一直線に飛びかかる。

 

 けれど、八幡が迫ってきても避けようとせず、八幡が横一閃に斬ろうとする剣を自分の片腕で受けようとする。

 

「――!?」

 

 しかし、サーベラスはあることに疑問に思った。それは一瞬だが八幡の剣の周りの空気が歪んで見えたこと。

 

 ――――ま、まずい!

 

 嫌な予感がし、瞬時に飛び退き、後退する。けれど間に合わず、物理無効を発動しているのに腕を少しだけ『斬られて』しまう。

 

「……なっ!!」

 

 しかし、ここでも違和感がする。

 

 普通ならここで感じる痛みは斬られて『痛い』はずなのに、一番感じたのは――――

 

「あ、熱い……」

 

 サーベラスが傷口を確認すると、

 

「どうだ、溶けてるだろ?」

 

 その様子を八幡が面白そうにしている。

 

 確かにサーベラスの傷口は斬られているというより、溶けている。

 

「この剣は切れ味の高い剣だが、他に特殊能力があってなー、表面の温度が最高5000度に熱せることができる。例えるならあれだ、ヒートホーク」

 

 そんなに熱くて剣の原型を保っているのは八幡自身も不思議な話だがこの際置いておく。

 

 少し触ってみるか?と剣をサーベラスに突き出す。

 

 サーベラスは恐る恐る人指し指で剣の表面を触ろうとするが、途中で熱くて指を離してしまう。

 

「アツッ!」

 

 八幡は剣の温度の設定を1500度にする。が、それだけで軽くサーベラスの2%HPが削られる。

 

「ハハッ」

 

 笑いながら八幡は話を続ける。しかし、八幡は余裕そう。

 

 ブレード・オブ・フュージョンの持ち主には例えどんなに熱くてもダメージは受けないように設定されている。

 

「ウルフラム………ダングステンの融点は3422度だよな。昨日ググったわ。そうそう、フュージョンってよくある『融合』だけじゃなく『溶解』って意味もあるんだわ。金属を溶かすってことな」

 

「………『溶解の剣』」

 

 サーベラスが八幡の剣を訳す。

 

 切っ先をサーベラスに向けながら八幡は言う。

 

「物理無効なんて関係ない。俺の剣ならお前を斬れる」

 

 ………内心本当に斬れて八幡は安心しているのはナイショ。

 

「だからといって、僕も負けません」

 

 好戦的な口調でそれに応えるサーベラス。

 

「じゃ、始めるか」

 

 再び構える両者。

 

「はい!」

 

 サーベラスは八幡に向かって駆け出していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――

 

 

  

 

 

 

 

 …………まあ、サーベラスとの対戦は普通に俺が勝ったわ。

 

 戦闘時間は15分。

 

 途中、サーベラスは俺の剣の間合いの内側に入ろうと色々と試してたが、そこはきっちり防いだ。完封。

 

 マントを使って目隠ししたり、水泳のターンみたいにサーベラスの腹を蹴って後退したりとその都度避けた。

 

 その後はただただ斬って終わった。

 

 さすがにレベル1だと体力差が大きかったな。ステータス差もな。サーベラスがこの先レベル上げたらエグいことになりそうだ。

 

 それと経験の少なさかな。終盤は俺にダメージ与えられなかったのか、焦って単調な動きだった。まあ、それはこれから積むか。

 

 それで、カレントからの依頼――ウルフラム・サーベラスの印象か…………。

 

 スゴい爽やかな青年だよな。このゲームしてる奴とは思えないほど礼儀正しい。

 

 研究会の奴らとは会ったことないから特に言えないが、ぶっちゃけ関わってなさそうな雰囲気。

 

 しかし、気になる点はある。それはあいつの動きだ。

 

 レベル1にしては、洗練されている。終盤は崩れていたが、あまりにも戦い慣れしている。その技術は誰から教わったのか分からない。 

 

 他には………サーベラスの戦績を聞いたけど、余裕でレベルを上げれるのに1で留まっていることだな。確かにレベル1のままならポイント稼ぎやすいけどよ。そこから一気に4まで上げる感じか?

 

 色々と親から教わったのかと思って親が誰かと聞いても、カレントでもサーベラスの親は不明らしい。

 

 そのような事を纏めてカレントに送った。

 

 

 それで……予備校まで2時間はある。

 

 自習をするか。いや、別に千葉にはすぐに戻れるし………よっしゃ!銀座に行って暴れまくるか。

 

 せっかくだし、もっと戦いたい。できれば紫のヒステリックなババア(笑)を出すまで戦うか!

 

 そうそう、銀座は紫のレギオンの領土な。

 

 でもレギオンの領地だと乱入できないな。ま、誰かいるだろ。紫から俺に乱入してくれるかもしれないし。

 

 と、浮かれ気味で電車に乗り込み銀座に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、夜。

 

 予備校の授業を終えて現在帰宅中。

 

 銀座では紫の王(笑)は出てこなかったけど、副官のアスターさんは出てきた。ギリギリ勝てた。残りHPは2割切ってた。………これじゃ紫さんと戦ったら普通に負けてたな。

 

 さすがに腕が鈍っている。エネミー相手だとやっぱり勝手が違うからな。また感覚取り戻さないと。

 

 けっこう勝てて気分が良く、予備校の授業は集中できた。あとは寝る前と起きた時に復習しよう。

 

 そんなことを考えていると、ちょうど家に着いた。

 

 腹減った。早く飯食いたい。

 

「ただい………うん?」

 

 ドアを開けたら、見慣れない靴が1足ある。

 

 サイズやデザインからして恐らく女子。あ、小町の友達か。前もって連絡してくれよ。俺とそのお友だちの空気が気まずくなるでしょうが。

 

 でも、どっかでこの靴見たことあるな………と思考を巡らせていると視界にあるメッセージが写る。

 

 

【アドボック接続を許可しますか?】

 

 

 ……ちょっと待て。これってもしかして…………マジかよ。

 

 いつもの癖でイエスを押す。そのままリビングに入る。

 

 そこには――――

 

「あ、お帰りー、お兄ちゃん」

 

【UI> お帰りなのです。八幡さん】

 

 小町と謡が一緒に酢豚を食べていた。

 

「………謡、何でいるの?」

 

 すると、謡は満面の笑みでこう言い切った。

 

【UI> 泊まりに来ました、のです!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




戦闘描写書くといいながら、けっこう少ないな。三人称で書くの苦手。

何か不明な点、可笑しな点があれば教えてください。



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ちょっとした日常を

「………小町、説明しろ」

 

「あーっと、小町はお兄ちゃんのご飯を暖め直さないといけないので、ういちゃんの隣に座っといてね!」

 

「おい!」

 

 台所に向かう小町に問いただすのは諦め、言われた通りに……まあ、いつも座っている席の隣に謡がいるだけだが、とりあえず座る。

 

「……で?」

 

【UI> だから、泊まりに来ました、のです!】

 

 なーんでそんなに笑顔なのかね、謡さんや。

 

 そういや、昨日小町何か言い淀んでいたな。このことか。サプライズか俺に気を遣わせたくなかったか。

 

「それは分かったからその経緯を説明してくれ」

 

【UI> 私の親が今、地方公演で家を空けています。加えて岡本さんも家のご用事でしばらく行けないとなりました。それを親に伝えたら「あ、なら比企谷さんのところにお邪魔すれば?」みたいなことを言われたのです】

 

「あっ、そう」

 

 あれか、親っていえば能の公演か。大変だな。

 

 ………そして……なんか、もう突っ込むのも疲れた。

 

 いやいや、軽すぎでしょ。年頃の娘をわざわざ千葉に預けるか?一応そこには男子高校生がいるんだぞ。

 

 ………あ、突っ込んでしまった。

 

「お前学校どうすんの?まだ平日始まったばっかだぞ」

 

【UI> ここから通うのです。交通費も貰ってあります。それと何回か休もうかな………と】

 

 通う時間帯って電車混むだろ。

 

「遠いのによくやるよ。お前のお仲間のとこに行けばいいじゃん。倉崎とか」

 

 あ、休もうかな云々は無視します。もう突っ込まない。俺の管轄外。俺は知らない。自己責任でお願いします。

 

【UI> さすがに親の了承がないと泊まるのは難しいのです。親の共通の知り合いは八幡さんのとこだけなのです】

 

「てことは、お袋たちも知ってるのか。………小町ちゃん」

 

「どうしたの?」

 

「お袋たち何て言ってるんだ?」

 

「お父さんは出張で2週間はいないから何も言ってなくて、お母さんにはバッチリ許可貰ったよ。お母さんもういちゃんのこと好きだからね」

 

【UI> 恐縮なのです】

 

 両者公認かよ。そして、謡のなぞのどや顔よ………。文面と表情合ってねーぞ。

 

 それと親父、社蓄乙。

 

「滞在期間はどのくらい?」

 

「ざっと1週間だよ」

 

 小町の返答に思わず驚く。

 

「長すぎだろ………」

 

「まあ、忙しいらしいし仕方ないよ。それに、久々なんだから、別にいいじゃん」

 

「スゲーじゃん」

 

「お兄ちゃん?」

 

「………何もない」

 

 また、佐藤健さん変身してくれないかな。movie大戦でワンチャンあったら……いいな。できればその時は中村優一さんも一緒に。

 

 と、作者の願望は置いといて、小町が用意してくれた酢豚を食べながら話を続ける。

 

「ま、どうせ俺は帰ってくるの遅いからな。いてもあんまり変わらん」

 

「確かにねー」

 

【UI> 受験勉強、大変そうですね】

 

「楽ではないな」

 

 本当にしんどい。これであと半年以上持つのかな。今日は少し遊んでしまいましたが………。

 

 おっと、まず泊まるにあたって決めなければいけないことがある。

 

「ところで謡」

 

【UI> 何ですか?】

 

「もし、ここで俺らの関係を聞かれたら小町の友達ってことにしといてくれよ」

 

「それだと、さすがに年離れてない?」

 

「じゃあ、他に案あるか?」

 

 俺の自己保身のための案を考えてくれ。

 

 今のご時世、ソーシャルカメラで何かあったら、すぐにアウトになるんだよ。言い訳考えないと………。並んで歩くのは大丈夫だと思うが。

 

「親戚とか?」

 

「まあ、無難だな。……ってどうした?」

 

 謡が俺の袖を引っ張る。

 

【UI> 八幡さんの許嫁とかは如何でしょうか?】

 

「イイネ!」

 

「良くない!」

 

 この子いきなり何言ってるの?あと小町も乗らない。

 

【UI> むー………】

 

 不満そうだな。残念だが俺はそんな冗談に付き合うつもりはないぞ。

 

 もしそんなこと言ったら、雪ノ下には通報され、由比ヶ浜にはキモいと罵られ、一色にはドン引かれる。材木座にはロリコンと叫ばれる。先生には鉄拳制裁だ。

 

 戸塚には……微妙な表情されるだろう。ああ、余裕で死ねる。

 

「お兄ちゃん」

 

「あ?」

 

「別に気にしなくてもよくない?」

 

「どうしてそうなる」

 

「バレなきゃ犯罪じゃないってニャルラトホテプも言ってたよ?」

 

「また懐かしいネタを………。つーか、俺が犯罪するようなことを言うな」

 

 とても心外だな。

 

「あ、よくよく考えれば俺が謡と外出しなかったら大丈夫か」

 

 それでも、多分セーフだよな?

 

「それだと小町、家では危ない関係を想像しちゃうよ」

 

 オヨヨ……と泣き真似する小町は放っておく。お前も家にいるだろ。

 

【UI> 私、嘘は嫌いなのです。それに八幡さんたちの親戚もすぐにバレると思います】

 

「なら許嫁とかも嘘だろ」

 

【UI> えー!なのです】

 

 謡は頬を膨らませ抗議してくる。え、なにこれ可愛い。

 

 ………イケない。俺はロリコンじゃない。ロリコンじゃない。

 

「何はともあれ、両者の親が公認してるなら、問題ないか」

 

「ま、そうなるよねー。………やましいことがなかったら」

 

「止めろよそれ。小町、間違っても雪ノ下とかには言うなよ」

 

「さすがにねー、そういう時の雪乃さんって怖いから小町も言いたくないよ」

 

 あとは倉崎にもだな。バレたらこっちに押し掛けて来そうで恐ろしい。

 

「……ごちそうさま」

 

 食い終わった俺は皿を片付けながら小町に尋ねる。

 

「風呂は?」

 

「もう入ったよ」

 

【UI> 温かかったのです】

 

 そういや、どっちも寝巻きっぽい服装だな。

 

「じゃ、入ってくるわ」

 

「ほーい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 で、上がって歯を磨いて、鞄を運んで部屋に戻ったら、

 

「どうしてこうなった…………」

 

 目の前の光景に唖然とする。

 

 俺の部屋には机とベッド、あとは今時珍しいけど、紙の本があって本棚もある。昔のラノベとか、文学とか。

 

 ………それはいい。いつも通りで何にもおかしくない。

 

 しかし、何故床に敷き布団があるのか?

 そして、何故謡はこの部屋にある敷き布団の上に座っているのだろうか?

 

「おい、まさかとは思うが」

 

【UI> そのまさかなのです】

 

 謡は雪ノ下並のない胸を張る。………やっべ寒気するわ。怖いよ。

 

 で、お前ここで寝る気か。

 

「……小町め」

 

「呼んだ?」

 

 ドアからニヤニヤしながら顔を覗かせる小町を睨む。

 

「なんで俺の部屋なんだよ。お袋の部屋は?」

 

「遅いけど、お母さん夜中には帰ってくるよ」

 

「なら、お前の部屋は?」

 

「ういちゃんの希望を叶えました!」

 

【UI> ありがとうございます!お義姉さん】

 

「うひょー!!」

 

 小町のサムズアップがムカつく。それにうるさい。あと漢字がおかしかったぞ。

 

「それでね、お兄ちゃん。もしういちゃんに手を出したら………」

 

【UI> その時は責任を取ってもらわないといけないのです】

 

「手を出す前提で話進めるの止めて?あと、謡も変に乗らない」

 

 つーか、さっきまでの話意味ないじゃん。

 

「今さら言っても変更は無理だよな。知ってる、俺にそういう権利がないのは」

 

 去年の夏休みとかお正月とかで思い知らされている。

 

「では、ごゆっくり~」

 

 不穏な言葉を残し小町は消えていった。

 

「ま、いいか」

 

 どうせこのまま寝るだけだ。

 

 と思いきや、ベッドに腰かけた俺に謡は直結ケーブルを差し出す。

 

 無言で俺はニューロリンカーに差し込む。

 

 これは恋人とかでよくあることではなく、

 

「バースト・リンク」

 

 このゲームをインストールしている者にとっての内緒話がしたいという合図だ。

 

 謡は思考発声もできないので、こうしてステージに潜るのである。

 

 

 

 

 

 

 今のステージは……もう何でもいいや。すぐそこに謡いるし。

 

「どうした?」

 

「まず急に押し掛けてすみません」

 

「気にすんな。お前の親も大変なんだから、お互い様だ」

 

「はい、ありがとうございます。本題なんですが」

 

「どうした?ケーブル使うってことは小町に聞かれたくないんだろ」

 

 コホンと咳払いをし、

 

「では、八幡さん今日ウルフラム・サーベラスと対戦したそうですね」

 

「……情報早いな」

 

「どうして彼と戦ったのですか?」

 

 ………カレントのことを言うわけにないかないしな。口止めされてるし下手したら記憶封じられる。

 

「風の噂で強い新人がいるって聞いて久々に戦いたくなったから。鈍ってないかの腕試しにはもってこいだろうと思ってな」

 

 予め用意した嘘ではない言い訳を使う。

 

 謡はジッと俺を見てくる。

 

「そういうことにしておくのです」

 

 隠し通せたか……?心臓に悪いな。

 

「サーベラスさんに勝ったそうですね」

 

「いくら新人離れしたレベル1でも負けるわけにはいかないからな」

 

「その後、渋谷でも暴れたらしいですね」

 

「自分の中で色々と盛り上がってな。せっかくだし荒らしてみるか……みたいな乗りで」

 

「紫の人たちと話しましたけど、かなり荒れてたようでした。その話は置いといて、八幡さんの後にクロウさんも戦ったのです」

 

 それが本題か?

 

「へー、あいつが。ということは俺とクロウはすれ違いになってたのか」

 

「そうなのですね」

 

 クロウとは俺も1回戦ってみたいな。この前戦えばよかったか。また機会を見つけれる……かなぁ。

 

「で、結果は?」

 

「クロウさんの負けなのです」

 

 …………純格闘型に物理無効は荷が重かったか。それがなくても硬いもんな。

 

「それで、そのことをローねえやフーねえに伝えたのです」

 

「別によくない?レベル1に負けたくらいで。あいつはぶっちゃけレベル5の実力はあるぞ。お前らのレギオン過保護すぎだろ」

 

「少し気になる点がありまして」

 

 なんか読めてきたぞ。

 

「研究会と何か繋がりがあるかも……みたいなか?」

 

「よく分かりましたね」

 

 謡は驚いた声を上げる。

 

 そりゃ、カレントに依頼されましたから。

 

「何となく聞きそうだなーって」

 

 とりあえずここではこう答えておく。

 

「でしたら、話が早いのです。八幡さんから見てサーベラスさんはどうでした?何か疑問に思ったなことや不可解なこととかありましたか?」

 

「まあ、新人にしては戦い慣れているってのが不思議だ。親も不明らしいしな」

 

「なるほど。印象はどのような感じでしたか?」

 

「爽やかな青年。……研究会のメンバーはわりと性格がゴミと聞いてたからな。話を聞く限りでは研究会とは似ても似つかない」

 

 だから関係あるかどうかは、俺の見解では五分五分かな。

 

「……ありがとうなのです。またローねえたちにも話しておくのです」

 

 しばらく謡が何かを考えている様子だったので、頃合いを見て声をかける。

 

「もう引き分けでいいか?」

 

「はい」

 

 

 

 

 現実世界に戻る。

 

 謡はケーブルを抜き自分の鞄に閉まっている。それが終わると同時に布団に寝転ぶ。

 

「まだ起きとくか?」

 

【UI> はい。八幡さんとも何かお話をしたいので】

 

「つっても、話のネタないぞ。」

 

【UI> いつもは私の話ばかりでしたので、今度は八幡さんの学校生活を聞きたいのです。………特に部活の2人と生徒会長のことでも】

 

「なんでまた………。小町からある程度聞いてるんだろ?」

 

 俺の黒歴史掘り返すようなもんだ。生徒会選挙とか諸々恥ずかしいエピソードがある。

 

【UI> 小町さんから聞いただけてまなく八幡さん自身の口から聞きたいのです】

 

 今、1つ気づいた。さっきから謡全く瞬きしてない……………怖い………………。

 

「ま、いっか。遅くなったら寝ろよ。そうだな、先ずは俺が事故ったところだからだな」

 

【UI> 私を助けてくれた時……中学2年生の時も事故にあってまたですか。よく生きてましたね】

 

「全くだ」

 

 今思えば、あの頃はイジメにあってて、それを忘れるくらいずっと対戦ばかりやってたな。

 

 2年と少しでレベル7に上がるくらいには明け暮れていた。かなりのスピード出世だな。

 

【UI> 体には気を付けてくださいよ。私の知らないところで傷つかれると凄い悲しいのです】

 

「………おう」

 

 そう面と向かって言われると照れるな。

 

「それでだな――――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ん」

 

 と、夜中もずっと話していたが、途中で俺と謡は寝落ちしてしまったらしく、次に目覚めたのは朝の目覚ましが鳴った時間――つまりは朝だ。

 

「もうそんな時間か」

 

 まだ寝ている謡を起こして、小町と謡と一緒に朝飯食って学校行く準備をする。

 

 涎垂らして寝てた謡は可愛いと思いました。

 

 そして、学校に行って授業受ける。

 

 部活では一色は俺ら受験生に対して自粛している。ここに来る頻度は下がった。たまに先生が雑用持ってくるから3人で対処しては勉強の繰り返し。

 

 由比ヶ浜に教えたり、雪ノ下に教わったり、先生にも教わったりしている。

 

 部活が終われば予備校がある時は行く。ない時は自習しに行ったり、図書館で勉強したり、家で勉強したりとまちまちだ。

 

「さてと………」

 

 今は家に謡がいるし図書館にでも行って勉強するか。

 

 

 

 

 

 

 




最近こればかり更新しているな。

他のやつはそれなりに展開考えて書いてるけど、これはススーッって書ける。なんか、こう……勢いで。良いことなのか、悪いことなのか。

 ま、でも、これからどう書くか決めてない行き当たりばったりなんだけどね!

感想いっぱい書いても……ええんやで?


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お楽しみはこれから

 あれから特に問題なく謡と過ごした。

 

 お袋がやたら謡を溺愛していたのは気になった。息子でもあれはさすがに引くわ…………。

 

 で、今は金曜の放課後。部室で勉強中だ。

 

 期末テストもあと3週間くらいで始まるからな。

 

 ぶっちゃけ受験には関係ないが、解けて損はない。一応はここって進学校だし、テスト内容は受験に沿って出される。

 

 勉強の途中、俺のニューロリンカーのメールの通知音が鳴る。

 

 何だろうと思うが、とりあえずメールを読む。

 

 って、これは、

 

「……マジかよ」

 

「どうしたの?ヒッキー」

 

 俺の呟きに由比ヶ浜が反応する。

 

「いや、明日から1週間予備校が点検だの工事だので休講になるって連絡」

 

 予想外だった。前から告知しといてくれよ。ん?メールを読むと緊急で決まったのか。なら仕方ない。

 

「へー、そうなんだ。あ、じゃあさ、ヒッキー明日暇?」

 

「暇ではないぞ。普通に勉強はするからな」

 

 そうだな……あんまり紙の本を置いていない図書館とかで。

 

「で、でも、特に用事はないんだよね?」

 

「まぁ、そうだな」

 

 土曜の授業潰れたし。といっても、夜からだけど。

 

「だったらさ、久しぶりに出かけようよ。ゆきのんも」

 

「……あら、私も?」

 

 と、ここでシャーペンを走らせていた雪ノ下も話に加わる。

 

「うん!」

 

「別にいいけれど……そうね、ここにある紅茶がもうすぐなくなることだし、それを買いにでも行きましょうか」

 

「やった!」

 

 喜ぶ由比ヶ浜に対し、

 

「その代わり由比ヶ浜さん、買い物が終わったら私の家で勉強会よ」

 

 雪ノ下の容赦ない一撃。由比ヶ浜の顔面蒼白。

 

 そんなにスパルタなのかね、雪ノ下の指導は。俺?俺は受けたくありませんよ?死に急ぎはしませんから。

 

「では、午前中にでも集まりましょうか」

 

 それだけ言うと、雪ノ下は勉強を再開する。

 

 俺も倣って勉強に戻る。

 

 由比ヶ浜も分からない箇所は俺や雪ノ下に質問しながら勉強していた。

 

 

 

 

 

 その日の夕食にて。

 

 途中、コンビニのイートインとかで寄り道したから帰ってきた時間はかなり遅いけど。もう10時か。

 

「なあ、小町」

 

「ん、なーに?」

 

「明日少し出かけるわ」

 

「お?予備校どうしたの?」

 

「なんかしばらく休講。なんか雪ノ下たちと買い物に行ってくる」

 

「ほう!何かお土産よろしくね」

 

「分かった。適当におやつでも買っておくわ」

 

 ふと、気になる点が1つ。

 

「謡どこいった?」

 

「もう寝てるよ。まだういちゃん小学生だもん」

 

 それもそうか。

 

「その割りには大人びてるけどな」

 

「そうだねー……。結衣さんより大人っぽいかな?」

 

「そこで由比ヶ浜を引き合いに出すか。つーか、謡は小町より大人びてるぞ」

 

「……それは言わないでよ。小町も自覚してるから」

 

 ………そうですか。それはすいません。

 

「じゃ、そういうことで。あ、謡は明日帰るのか?」

 

「ううん。日曜だよ」

 

 へー……まだいるんだ。

 

 そうそう、一応は謡の親から宿泊費的な金を俺が貰っている。お袋に渡したけど。その金でお袋がいるときは夕食が豪華になっていたこともあったな。

 

 そうこうしている内に夕食を食べ終える。

 

「あ、お兄ちゃん、部屋に入るときはういちゃん起こさないようにね?」

 

「了解」

 

 その後、こっそり謡の寝顔を撮り、我が家(親父除く)に拡散しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 ―――――――

 

 ――――――

 

 

 

 

 翌日。

 

 駅前に集合した奉仕部一同は雪ノ下行きつけの場所で紅茶を買ったり、色々とショッピングもした。

 

 割りと楽しく、勉強の息抜きにもなった。先週は謡の家に行ったし、けっこう休んでるな。

 

 ふむ、週に1回は全くじゃないけど、勉強しない日を作るのは………無しだな。そこまで成績良くねーし。

 

 時間は昼頃になる。

 

「さて、どこでお昼を食べようかしら?」

 

 雪ノ下が尋ねる。

 

「もう目当ての物買ったし各自解散で良くね?」

 

「えー!ヒッキー、それだとつまんないじゃん。もっと遊ぼうよ」

 

「そうね。せっかくの機会だもの。もう少しいてもバチは当たらないでしょ」

 

 俺の提案は却下された。

 

「はいよ。どこに行く?ファミレスか?」

 

 サイゼなら尚良し。

 

「駅前に新しくカフェできたんだって。そこにしようよ」

 

 由比ヶ浜が目を輝かせて喋ると同時に――――

 

「こんにちは」

 

 という声が俺たちに届く。

 

「えっ!」

 

「あなたは……」

 

「ゲッ」

 

 由比ヶ浜、雪ノ下、俺とそれぞれ反応する。

 

「倉崎さん、こんにちは」

 

「楓子ちゃん!こんな所でどうしたの?」

 

 ドSのスカイ・レイカーこと倉崎楓子が立っていた。お上品な白色のワンピースを着ている。

 

 由比ヶ浜は普通に名前呼びなんだ。前みたいに変なアダ名で呼んではないんだ。八幡、安心。

 

「…………」

 

 そして、目を逸らしたいが無理だ。もう1人、倉崎の隣にいる。………お前、何でいるの?

 

「いえ、私の主治医が千葉にいまして、足の定期検診に行ってたんですよ。その帰りです」

 

「そうなんだー。あのー……それで楓子ちゃん、隣にいる子は誰なの?」

 

 そうだよ、謡………よりにもよって今じゃくていいだろ。朝ごはん一緒に食べたでしょ。

 

 それより、奉仕部のメンバーと遊ぶって謡には言ってないぞ。………うん、もしかしなくても小町か。

 

 しかし、何故こうもタイミング良く倉崎といるんだ。示し合わせたのか?

 

 と、ここで恐らく雪ノ下たちにアドボック接続の許可の画面が出ているだろう。俺は謡が家に来てから解除してないから出てないけど。

 

【UI> こんにちは。私は四埜宮謡と言います。私は失語症ですので、タイピングで会話させていただきます。もちろん、皆さんは普通に話してもらって大丈夫なのです】

 

 謡は2秒くらいで打ち終える。そのスピードに2人は驚いている。

 

 本当にこのタイピングスピードはエグい。俺だってタイピングに自信はあるけど、謡には到底敵わない。

 

「なるほど、四埜宮さんは運動性ということなのね」

 

 状況を飲み込んだ雪ノ下が謡に話しかけている。

 

【UI> はい。よくご存じで】

 

 俺が倉崎たちから離れると、ススッと由比ヶ浜が俺に近づき耳打ちしてくる。

 

「ヒッキー、ゆきのんの言っている運動性ってどゆことなの?」

 

 ちょ、近いって………チラッとこっちを見た謡の視線が怖いから止めて。

 

 少し由比ヶ浜と距離を取ってから答える。

 

「えーっとだな、失語症ってのは文字通り言葉を話せなくなる病気なんだが、失語症にも2種類あるんだ。1つは感覚性といって、言語そのものを理解することが出来ない病気。で、もう1つが運動性。これは言語は理解できるけど、話せない病気」

 

「はぁ………だからこの子、謡ちゃんはチャットで会話しているってこと?」

 

「………多分そういうことじゃね?」

 

「何その間?」

 

 敢えて知らない振りをして答える。しかし、由比ヶ浜に怪しまれた。変に鋭いぜ。

 

 間違っても俺と謡が知り合いってバレたらダメだ。絶対面倒事になる。

 

「ところで倉崎さん」

 

「どうしました?」

 

「あなたは病院に行ってのよね?」

 

「そうですよ」

 

 こいつ、本当にリアルとキャラ違うよな。ドS全開のレイカーとは似ても似つかない。都庁に双子剣士を吊り下げる奴とは思えない!

 

「と言うことは、四埜宮さんも同じ病院に行ってたのかしら?」

 

 ゆきのn……雪ノ下の言う通りだ。何で一緒にいる?あいつの通っている病院は東京の方だぞ。

 

【UI> 八幡さんが美人さん2人とお出かけすると小町さんが言っていたので、フーねえに頼んで付いてきました】

 

「はい、解散!」

 

 戦略的撤退を試みる俺。………が、両手首をガッと掴まれる。

 

 力ずくなら逃げれるが、そうはさせてくれない圧力が後ろから漂ってくる。

 

 この感情に名前を付けるなら――――恐怖。

 

「比企谷君」「ヒッキー」

 

「「話、聞かせてね?」」

 

 はいごめんなさい。

 

【UI> では、行きましょうか】

 

「何だか面白くなってきたわね」

 

 レイカーよ……全く面白くないわ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は変わり、由比ヶ浜が言っていた駅前のカフェとやらに来た。

 

 俺の隣に謡、その隣に倉崎。向かいには雪ノ下と由比ヶ浜。ねぇ、俺もそっちに行かせて?

 

 空気が重い。

 

「それで」

 

 ようやく雪ノ下が口を開く。

 

「比企谷君と四埜宮さんはどんな関係かしら?」

 

 ………仕方ないな。

 

「俺は生まれは千葉だが、一時期東京の練馬の方に引っ越してたことがあったんだよ。その時に知り合った」

 

「でも、ヒッキーと謡ちゃんは歳離れているよね?今いくつ?」

 

【UI> 10歳なのです】

 

「ヒッキーとはどんな経緯で知り合ったの?」

 

 これはネガビュの奴らにも言われたな。由比ヶ浜の疑問も当然だ。

 

「小町さんも四埜宮さんのこと知っているみたいだし、家族ぐるみの付き合いなのかしら?」

 

 雪ノ下の声が怖いです、はい。どんな被告人でもすぐに白状しちゃいそう。

 

「……ま、そうだな。簡単に言えば、俺らが初めて会った時と同じ状況、かな」

 

「………それって事故ったってこと?ヒッキー、よく生きてるね」

 

「俺って悪運強いよな」

 

「冗談言ってる場合ですか。これからは気を付けてください」

 

 レイカーからのお小言を貰う。このご時世で事故る俺が珍しいんだけどね。

 

「なるほど。それで小町さんのことも知っていたという訳ね」

 

【UI> そういうことになるのです】

 

 それから頼んだメニューが届き、何やらガールズトークが進んでいる。

 

 とうやらこのまま遊ぼうという話になっているみたいだ。

 

 マジかよ。それはただただ気まずい。もう食い終わったら帰ろうかな……。

 

 そういや今日って土曜か。うん?土曜って言えば、俺には関係ない出来事があるよな。

 

 倉崎に個人メッセを送る。

 

『領土戦はいいのか?』

 

『遠隔コードを使うとロータスに連絡しました。ういういも同様です』

 

 それなら、いっか。

 

 別に俺にとっては領土戦なんてどうでもいいし。

 

 このゲーム始めてからレギオンには所属したことないから。でも、練馬にいた時に赤に誘われたことがあったな。豹だか猫だけ元気にしてるのかね?

 

「そういえばさ」

 

 まだ全員が食べてる最中の時に由比ヶ浜が、

 

「ヒッキーって年下の女の子知り合い多いよね?」

 

「そうかしら?」

 

 その言葉に雪ノ下が反応する。

 

「だって、まずいろはちゃんがいるでしょ?林間学校やクリスマスに会った留美ちゃん、サキサキの妹もいるし。楓子ちゃんに謡ちゃん……ほら!」

 

「その理屈なら、そいつら全員俺ら共通の知り合いだろ」

 

 いきなり何を言い出すのかと思えば。

 

「でも、私たちよりあなたの方が四埜宮さんや川崎さんの妹さんに鶴見さんと仲が良いはずよ。………さすがロリコンね」

 

 雪ノ下め、失礼だな。

 

「俺はシスコンだぞ」

 

「そこは胸を張って豪語する場面ではないと思いますよ」

 

 笑って返す倉崎。

 

 と、ここで謡が、

 

【UI> 皆さん、留美姉さんを知っているのですか?】

 

「え、謡こそルミルミ知ってるの?」

 

【UI> 私の親戚なのです】

 

 へー、そうなんだ。謡が俺の話を聞いてた時には留美の名前は出してないから知る機会なかった。従姉妹辺りかな?

 

【UI> 留美姉さんからこの前の林間学校の話を聞いたのですが、その話に出てきた腐った男の人が八幡さんなのですね。確かに八幡さんからその事について話してくれた時と似ていたような気がしました】

 

 いや、腐ったって………俺はゾンビか。もう神の時代は終わったぞ。内海さんのあれは神と似てたけど。

 

「そういえば、四埜宮さんはどこに住んでいるのかしら?」

 

【UI> 東京なのです】

 

「私が渋谷で、ういういは杉並の方ですよ」

 

「ありがとう、倉崎さん。……さっき四埜宮さんは小町さんが私たちについてを聞いたと言ってたわよね?」

 

 雪ノ下の疑問に謡は首を縦に振る。

 

「そこが分からないのだけれど、今日は最初から千葉にいたの?」

 

 ………………ヤッベ、変な汗が流れるわ流れるわ。お泊まりバレたらアウトだ。

 

 倉崎は謡からもう教えられているのか、めっちゃニコニコしている。お前後で斬ったろうか。ダメだ、返り討ちにされる未来しか見えない。

 

「別に東京にいても電車使えばすぐに移動できるだろ」

 

 つい口を出してしまう。

 

「まぁ、それもそうね」

 

 せ、セーフ?

 

 謡と目を合わせると、視線で分かっていると伝えている。さすがに俺の立場を考えてくれているのか。でしたら、最初から黙っておいてくださいよ。

 

   

 

 それから、ララポートにて。

 

「その程度ですか?比企谷さん」

 

「お前上手すぎだろ!」

 

「ちょっと、楓子ちゃん速いよ!」

 

 由比ヶ浜と一緒にレースゲームで倉崎にぼろ負けしたり、

 

【UI> 八幡さん、あれ取ってください】

 

「この前はパンさんのぬいぐるみ取れたものね。もう1度頼むわ」

 

「UFOキャッチャーあれ沼だからな?ただの金溶かす機械だぞ………」

 

 謡と雪ノ下にぬいぐるみをねだられたり、

 

「ここに5人は多いって………」

 

「まぁまぁ、せっかくですし」

 

【UI> フーねえの言う通りなのです!】

 

「わがまま言わないの」

 

「早くしなさい」

 

 プリクラを5人で撮ったりした。

 

 4時に謡たちは領土戦に参加してて何故か笑顔だった。その後カレントからメールが来たが、どうやらネガビュに復帰したと。なるほどね。

 

 

 そして、解散したはいいんだ。由比ヶ浜はドナドナされて雪ノ下に連れていかれた。謡は倉崎が俺の家の近くまで送るって言ってくれたから、ありがたくそれに従った。

 

 だが、まさか………

 

「お兄ちゃん、この美人さん誰?」

 

「いや、帰れよお前」

 

「へー………ここが比企谷さんのお家ですか」

 

「話を聞こうか」

 

【UI> ………ごめんなさい、フーねえを止めれませんでした】

 

「うん、謡は悪くないよ」

 

 後から帰ってきた俺がリビングに入ると、普通に倉崎居座ってたんですけど……………。

 

 小町は小町で「嫁候補……?ういちゃんがいるのに?」と俺に尋ねてくる。

 

 ……………知るか!!

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 




実際に遠隔コード使って領土戦に参加できるかは知りませんが、そこはご愛敬で……w


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増えた食卓

さらっと投稿するスタイル


「で、倉崎、お前何でここにいるんだよ?」

「比企谷さんのお宅にも興味があったからですよ」

「あったから……じゃねぇよ」

 

 リアルだけじゃなく住所まで割られるんかよ。謡には近くで降ろしてもらえと言ったが、普通付いてくる? リテラシー大丈夫?

 

「それで、お兄ちゃん。この人誰なの?」

「あー……ネトゲの知り合い」

 

 小町の問いには無難に誤魔化す。間違った答えではないし。

 

「そうなんだ。ん? その人も、ういちゃんのこと知ってるんだ」

「まぁな。ややこしくなるから具体的には言わないが」

 

 具体的にはミサイルとオプションの関係です。な? 意味不明だろ?

 

「気にはなるけど……まぁいいや。ねぇ、お兄ちゃん。今日、雪乃さんたちと出掛けたんだよね? そのことういちゃんには教えたけど」

「その流れでこいつも来たんだよ」

 

 そうだよ、元凶お前じゃん。

 

【UI> フーねぇの暴走を止めれなくてすみません】

「謡は悪くない。………悪くないから」

「それだと、私を諸悪の根源みたいに言ってませんか?」

「そう言ってるのを分かるんだよ、倉崎」

「エゴですよ、それは」

 

 レイカーが乗ってくる。お前ガンダム知ってるのか。逆シャア名作だよな。ただ――

 

「それお前が言うか?」

「まぁまぁ。いいじゃないですか」

 

 レイカーは後で斬る。

 

「で、帰ってくれない?」

「うぅ、酷いです……」

「うるせぇ、不法侵入者。警察呼ぶぞこら」

「えー、お兄ちゃん言い過ぎじゃない?」

 

 逆に小町はなぜ順応している。コイツには徹底抗戦の姿勢で対応しないと俺が死ぬぞ。

 

「あら、貴方と違って妹さんは可愛いですね。あ、申し遅れました。私、倉崎楓子と言います」

「ありがとうございます。できれば小町と呼んでください、楓子さん!」

 

 名前呼びから始めるとかスゲーな。これが俺と小町のコミュ力の差か。

 

「小町が可愛いのは当たり前だ」

 

 と、小町に続いて言う。

 

「噂のシスコンですね」

「ほっとけ……。てか、車は?」

「近くの駐車場に停めてますよ」

【UI> で、フーねぇは何しに来たのですか?】

 

 俺らの話に若干空気だった謡が割って入ってくる。放っといてごめんな。

 

「そりゃ、こうて……んんっ。比企谷さんの家に興味が」

「だったら目的達成したよな。ほら、帰った帰った」

 

 ……てか、小町がいる前で皇帝ちゃんとか呼びかけないでくれ。コイツとB・Bは関係ないから。あぁ、怖っ。

 

「そんな邪険にするなんて……ういういに何かいかがわしいことをする予定でも?」

「あるわけないだろ」

「そんな! 私のういういのどこがダメなんですか? オヨヨ……」

「オヨヨじゃねぇよ。お前ちょっと黙れ……」

 

 一昔前のドラマとかであるどこぞのめんどくさい親父かよ。しかも普通に美人なのが質が悪い。容姿のレベルは雪ノ下さん並だ。その中に眠る腹黒さも。

  

【UI> 誰がフーねぇのですか!】

「落ち着け、謡」

「ほぇー……お兄ちゃんたち仲良いんだね」

 

 そして、何故か感心したように俺らを眺める小町。

 

「謡はお前も知ってるからともかくとして、倉崎とも付き合い無駄に長いからな」

 

 加速世界で過ごした時間も合わせるならもうかなりの時間を倉崎――レイカーとも過ごしてる。どんだけ戦ったか。そして、どんだけトラウマを植え付けられたか。

 

「お兄ちゃんにそんな出会いがあったとは。どんなネトゲなの?」

「よくある格闘ゲームだよ」

「格闘ゲームかぁ。小町はあまりやろうとは思わないな」

「そうしとけ」

 

 加速なんて力を手にしたら世界観狂うぞ。そもそもの話、小町は生まれたときからニューロリンカーは付けてないからインストールはできないだろうな。

 

「というより、見た目すっごい美人な楓子さんも格闘ゲームするんだ」

「人は見かけによらないものですよ」

「全くだ……」

【UI> 全くです】

「お二人さん?」

 

 倉崎がこちらを睨んできたので謡と一緒に視線を逸らすな。

 

 と、話が少し落ち着いたところで小町が手をパンッ! と叩いて提案する。

 

「せっかくだし、楓子さんもご飯食べませんか?」

「おい小町。そんなに飯あるのか?」

「うん。お父さん今日はまだ出張でそもそも帰ってこないし、お母さんも会社の人と飲み会らしいから、いつも通り作ると余っちゃうの」

 

 土曜日なのに、親父もご苦労なことだ。

 

「でしたら、お言葉に甘えようかしら」

「はーい。じゃ、小町は料理再開してくるね。楓子さん、ソファーでお待ちください」

 

 話がトントン拍子で進む。俺が何か意見するまでもなく決まった。

 

「小町さん、ありがとね」

 

 倉崎が礼を言ってると、今度は謡が小町に。

 

【UI> 何かお手伝いしましょうか?】

「大丈夫だよ。ういちゃんも座っといてね」

【UI> 分かりました】

 

 こうして、謡と倉崎がソファーに座ってる間――あ、俺はソファーの近くで立っているが――倉崎は楽しそうに。

 

「まさかういういとも一緒に食べれるなんて」

 

 かなりウキウキでご機嫌な倉崎に対して、一瞬だけ謡かなり嫌な顔したな。

 

【UI> ハァ……仕方ないのです。今夜は共にしましょう】

 

 小町がいなくなると、俺ら3人のグループを作り、謡はそこで会話を始める。で、やっぱり謡は若干不機嫌な様子。ねぇ、謡さん、一応レイカーとは同じレギオンだろ。そこまでここにいるの不満なの? 俺はもう割りきったぞ。

 

「てか、倉崎。お前家の門限とか平気なのか?」

「親には連絡しましたし、許可は貰いました。それに私は――」

「……あぁ、そうだったな」

 

 バーストリンカーになってるからには、家庭の複雑な事情は大きさに違いはあれど存在するからな。俺ん家みたいな親の帰りが遅い家庭だったりとか。

 

【UI> さすがにご飯を食べたら帰りますよね?】

「それはもちろん。今日は親から車借りてますしあまり長居できません。というより、ういうい……私がいるとダメなのかしら?」

【UI> 久しぶりの機会なのですから邪魔されずに八幡さんと小町さんと食べたいのです】

 

 プクーッと頬を膨らます謡に倉崎は口を抑えながら震えて。

 

「やだ……この子、可愛すぎ……?」

 

 なんか感慨極まって泣いてる。倉崎は勢い余って謡に抱きつこうとするが、謡はそれを素早く察知し、俺の腰を掴みつつ後ろに隠れる。

 

「その気持ちは分からんでもないが少し落ち着け。つーか謡、今まで十分一緒に食べてるだろ」

 

 そして、俺が話してる間にも謡に飛びついた勢いのままソファーに倒れたICBMさん……不満げな視線を俺に寄越すな。

 

【UI> それでもです! 久しぶりの家族水入らず……みたいな】

「その前提がまず可笑しいぞ」

【UI> この先どうなるかなんて分かりませんよ?】

「はいはい」

 

 あざと可愛らしく首を傾げる謡の頭を軽く叩きとりあえず聞き流すことにする。

 

「小町。先に風呂入るわ」

「ほーい。あ、今日はシャワーだから。うーんと……だいだい後10分くらいしたら出来上がるよ。それまでにはあがってね」

「おう。2人とも、大人しくしとけよ」

 

 それだけ言い残し、リビングから去る。

 

 5、6分くらいでシャワーを浴び終え、家着に着替えてリビングに戻る。リビングの様子は……っと。おっと、もう用意してるのか。謡も倉崎も手伝ってる。

 

「あ、お兄ちゃん。ご飯よそって」

「分かった」

「ういちゃんと楓子さんはもう座ってていいですよー。残りは私たちでやるので」

「では、失礼します」

【UI> 分かりました】

 

 俺が来るまで皿を運んでたり、お茶を入れてたりした2人は椅子に座る。

 

 俺も用意が終わり、座る。今日は豚の生姜焼き。

 

「いただきます」

【UI> いただきます】

「はい、どうぞお召し上がりください~」

 

 小町が2人にそう言うのを見てから俺も食べる。

 

「じゃ、いただきます」

 

 

 

 

「ごちそうさまでした。とても美味しかったです」

 

「お粗末様でした。それでですね、楓子さん――――」

 

 晩飯も食べ終わり、倉崎は皿洗いを小町と一緒に手伝っている。……どうやら倉崎と小町が何やら談笑しているようだ。

 

 そういや、コイツら年が近いよな。高1と……あ、同い年じゃないか。え? マジで? ……マジだ。

 

 …………とてもそうには見えない。まぁ、B・Bをプレイしている奴は加速世界で過ごしすぎて、どうしても実年齢と離れているように見えるからな。

 

 謡は今は風呂。途中、謡も洗い物やら手伝おうとしていたが、明日帰る用意を済ませておく必要があり断念した。……あ、そっか。明日にはもう帰るのか。少し寂しさはある。ていうか、1週間って早いな。

 

 なんて感傷に浸りながらしばらくの間ソファーでボーッとしている。

 

「比企谷さん」 

「終わったか。わざわざ悪いな、手伝わせて」

「ご馳走になったのでこのくらいは当然ですよ」

「それはありがとな。で、もう帰るのか?」

「はい。お世話になりました」

「ホントにな……。途中まで送るよ。小町、少し外出てく」

「はーい。楓子さん、さようなら! また来てくださいね」

「えぇ、さようなら」

 

 ……ホント、コイツ外面はこんなにも礼儀正しいのになんでB・BではあんなにドSなんだろう。なーんてどうでもいいことを考えながら付いていく。

 

「ところで、皇帝ちゃん」

 

 家を出てから涼しい夜の歩道を歩いている。周りに誰もいないからかB・Bでの呼び方になっているな。

 

「どうした?」

「やっぱり私たちのレギオンに入らないかしら?」

「……前も言ったが、レギオンに入ったところで俺には恩恵ねぇよ」

 

 杉並以外だと余裕で乱入されるからマジでメリットないんだよ。ここは過疎地域だから領土権取ったところで意味ないし。

 

「またなんで訪ねてきた?」

「いえ、こうしてリアルで何回か私と会っていますし、あなたと話すのはとても楽しいです。他にも、ういういがあなたの親。誘うには充分な理由ではないですか? それに――」

「それに?」

「この先、あなたの力が必要になる時が来るかもしれません」

 

 加速研究会絡みでか。

 

「別に俺の力なんて必要ないだろ。お前らのとこかなり粒揃いだろうが。カレントも復帰しただろ。それとあの緑の……ライム・ベルがいれば大抵のことはできるだろ」

 

 あれはネガビュの中で一番ヤバい奴だと思う。

 

「皇帝ちゃんは彼女をやけに評価しますね。もちろん彼女には今まで大変助けられてますが」

「加速世界において回復がどれだけ貴重かお前なら分かるだろ。しかもあれは回復じゃなくて時間の巻き戻しと聞く。敵からしたらマジで面倒な奴だよ。ライム・ベルもだが……皆のことを大事にしとけよ」

「それは……そうですね」

 

 これ以上厄介事増やされても困るしな。特に黒ちびなんかすぐに首突っ込んで問題起こす奴だからなぁ。

 

「てか、一応は確認するけど、俺受験生だからな? 人生を決める大事な場面が控えてるのにそこまでしてあっちに関与するつもりないから」

「リアルの生活を蔑ろにするわけにはいきませんからねぇ」

「そういうことだ。お前も勉強はしとけ。早めにやって越したことはないぞ。お前の頭の良さは知らんが」

 

 そう言うと、倉崎は俺の方に体を向けて。

 

「失礼ですね。これでも、私成績は優秀なんですから」

 

 エヘンッ! とあまりにも実った胸を張る倉崎から視線を外しつつ誤魔化すように話す。そんなに揺らさないで。

 

「そ、そうかい。つっても、学校の勉強と受験の勉強では質が違うからな。……学校の成績が良いからってあまり慢心はするな。一応、先輩からの忠告だ」

「分かりました。皇帝ちゃんは心配性ですね」

「気にすんな」

 

 うー、さすがに夜は冷えるな。

 

「あ、ここです」

 

 そうこうしていると、有料の駐車場に着く。

 

「気を付けて帰れよ」

「はい。雪ノ下さんと由比ヶ浜さんにもよろしくと言っておいてくださいな」

「覚えてれば」

「そんなイジワル言うなら、また遊びにきますよ?」

「それは止めて……」

 

 なんかもう色々と精神削られるから……。

 

「そんな顔されると余計に遊びに行きたくなりますね。ダチョウ倶楽部的な」

「フリじゃないから」

 

 マジで根っからのドSだな。

 

「皇帝ちゃんはホント素直じゃないんですから……。って、あ、ういういに別れの挨拶をしてません」

「どうせお前らはすぐに会えるだろ」  

 

 同じレギオンに加えて、よくリアルでも会うらしいしな。東京同士で家近いからそりゃ簡単に会えるわな。

 

「それもそうですけど」

「ハァ……俺から言っておくよ」 

「お願いしますね。では、皇帝ちゃん……お元気で」

「おう。そっちこそな」

 

 

 

 

 



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乱入騒ぎ

【UI› ではお世話になりました】

 

 倉崎が突撃してきた翌日。もう謡が帰る頃になった。1週間か……短かったような長かったような(投稿間隔)。不思議な気分だ。

 

「ういちゃーん! また遊びにきてねぇ」

「謡ちゃん、お母さんにもよろしく」

 

 小町は泣き、お袋は普通に見送っている。

 

「ほら、八幡。ちゃんと送りなさいよ」

「はいよ」

 

 で、俺はお見送り。東京まで付いていくことに。

 

「うぅ……小町も付いていきたいよ」

「アンタはダメ。前に椅子壊したでしょ。買いに行くよ」

「ネット通販でいいじゃーん」

「私は実物見て決める派なの。はい、準備する」

「はーい」

 

 小町とお袋の様子を見た謡は。

 

【UI› 賑やかですね】

 

 と、笑っている。

 

「まあな。じゃ、行ってくるわ」

 

 謡と一緒に駅へ歩く。

 

「今回のお泊りどうだった?」

【UI› とても楽しかったのです!】

「そりゃ良かった」

【UI› なにせ1週間八幡さんと横で寝泊まりできたので】

「それ岡本さんや親御さんにも言うなよ? 俺の社会的生命終わるからな?」

 

 ヤダもう八幡怖い。

 

【UI› どうでしょう? 皆さん喜びそうな気がしますが】

「何でだよ……」

【UI› 何故だと思います?】

「考えたくもない」

【UI› ふふっ、釣れませんね】

 

 クスクスと笑う仕草を取る謡。……不覚にも可愛らしいと思ってしまった。バースト・リンカーは実年齢と精神年齢がかけ離れてる場合があるから、まだ幼くとも大人らしいことがある。そのギャップに不意を突かれ、ドキッとしてしまう。……事案だぞ、気を付けろ。

 

「前々からそうだろ。……って、あ」

【UI› どうかしました?】

「あー……グローバル接続どうしようかなって。切ったら謡と話せないし、付けっぱなしなら乱入ありそうだし」

 

 謡とは失語症だから肉声で話せない。だからチャットしながら会話するんだが、いわゆる機内モードにするとそれもできない。

 

【UI› 八幡さんなら乱入されても問題なさそうですが】

「単純に面倒。対人戦の勘まだまだ鈍いし」

【UI› 前にひと暴れしてませんでしたか? 確か紫の領土で】

「あれは……テンション上がってただけと言いますか」

 

 いやまあ、謡の家では接続オンにしてたし、大丈夫と言えば大丈夫なんだろうけど。面倒なんだよなぁ、実際に戦うのは。だって俺に絡む奴とか絶対面倒な奴だぞ。……さっきから面倒しか言ってないな。

 でも実際、青の双子やレパードに絡まれるのは嫌なんですけど。アイツら苦手。レパードはまだしも、青の双子と戦ったとき武器奪って斬りつけたら『お前が使うな!』ってうるさかったからな。だったら、盗られないようにしなさいな。あと純粋に剣の腕かなり高いし。

 

【UI› ではタッグを組んでおきますか? レベル7同士のタッグに乱入する勇気のある人たちは少ないと思います】

「確かにな。頼むわ」

【UI› 了解なのです】

 

 このタッグにわざわざ乱入する奴らがいるとすれば、そりゃ同レベル帯か相当なバカか蛮勇な奴らだろう。レベル6同士なら乱入されるかもだが、謡の名前はかなり知れ渡っているからな。引退気味だった俺と違って。

 

 駅に着き、電車を乗り継ぎつつ杉並まで移動する。その間、特に戦うことはなかった。多分1人だけだったらこうはいかないというより、グローバル接続切っている。別に切ってても音楽は聞けるし問題ない。駅名も覚えとけば問題ない。

 乗車中は謡とのんびり話していた。シルバー・クロウたちの文化祭がもうすぐあるだの加速研究会をどうする(さすがにこれはチャット喋った)だの、あとは……レイカーの愚痴とか愚痴とか愚痴とか愚痴とか愚痴とか愚痴とか。

 

 駅のホームで。

 

「どうする? ここまで来たし、家まで送ろうか?」

【UI› さすがにこれ以上受験生の時間を取るわけにはいかないのです】

「もうここまでくれば同じだって。まあ、それ言うならわざわざ聞く必要ないか」

【UI› ではお願いしたいのです】

「任された。……あ、親御さんたちいる?」

【UI› まだ帰ってきてないはずなのです。確か夕方頃に帰ってくると】

 

 時刻はまだ正午にもなっていない。

 

「なら土産は大丈夫か。……いや、岡本さんいるか」

 

 謡の家のお手伝いさん。あの人なら曜日関係なくいそうな気がする。駅のデパートに移動しながら謡と会話を続ける。

 

【UI› 確かにそろそろ帰ってきているはずです】

「なら何か買うか。……どら焼きとかカステラ辺りが無難だよな。お前んち和風だし」

【UI› あまり関係ないと思いますよ。洋菓子もわりと食べますので】

「そう? なら好きなケーキ屋あるんだけど、練馬の方だしな」

【UI› 練馬と言えば、前に八幡さんが住んでいた場所ですよね?】

「そうそう。近所にケーキ屋があって、よくそこに通っていたわ。値段も手頃なやつもあって美味しい。そして何より店の雰囲気が好みだった」

【UI› なるほど。ということは、もしかして可愛い店員さんがいたのですか?】

 

 ……。

 ……えーっと、謡さん?

 

「どうしてそうなる」

【UI› あの出不精である八幡さんが何回も通うだなんてそれしか考えられません!】

「普通にケーキ目的なんですけど」

 

 心外な。

 

【UI› それで実際のところ可愛い看板娘的な立ち位置の人はいましたか?】

「いたにはいたな。俺のちょい下辺りの奴。多分店長さんの娘じゃないか?」

【UI› …………可愛かったですか?】

 

 何そのジトーッとした目。やめて、睨まないで。下から睨まれてもあまり迫力ないけど、寧ろめちゃくちゃ可愛いけど。撫でたい。思いっきり撫で回したい。はい、絵面的にアウト。

 

「……客観的に見れば可愛かったと思う。ただかなり無愛想な娘さんだったな」

 

 あれで客商売やっていけるのかってくらい。うん? よくよく思い返せば、他の客には笑顔だったけど……って、あれ? もしかして無愛想だったの俺だけ? いつの間に嫌われていたのか……。ちょっとショック。

 そして、謡さんや、俺の横腹つつくのやめなさい。あ、つつくスピード上げないで!

 

「月2くらいで通ってたけど、まあ、もう何年も行ってないからさすがに忘れられてるだろうな」

 

 今日の帰りに寄ってみるか。せっかくだし。そこまで距離も遠くないわけだし。電車使えばすぐだ。

 

「っと、これでいいか。また皆で食べといてくれ」

 

 土産にカステラの詰め合わせを買う。

 買ったあと、デパートを出てから謡の家まで歩く。

 

【UI› わざわざすみません。私が勝手に泊まったのに、手土産まで】

「気にしない。まだまだ小学生なんだから奢られるのが当たり前って感覚でいればいい」

【UI› むっ、八幡さんからすれば私は子どもということなのですね。私八幡さんの親なのに】

 

 それだけ聞くと新手のプレイに思えるから外で言うのは止めてほしい。

 

「逆に聞くけど、お前何歳?」

【UI› 10歳なのです……】

「俺と比べりゃ子どもじゃないか。何? どう思われたいの?」

 

 と、謡が俺の質問に答えようと腕を動かしたとき――――

 

 

 ブレイン・バーストの乱入表示が出てきた。

 

 

 ……え、マジか。わざわざ俺らに突っかかってくる奴らいるの? これでも俺ら高レベルだよ? 物好きめ。どこの誰だ? 斬ってやる。

 ゲーム画面に移動する。よし、対戦相手の表示はどうなっている。これでもハイランカーの俺らに喧嘩売るとは相当なアホに違いないな。……って? え? 

 

「――――は?」

 

 相手のゲージの名前を見た瞬間思考が固まった。

 

「えぇ……なのです」

 

 ほら、謡ですら呆れてるよ。

 

「アイツらバカなの?」

「きっとアホなのです」

 

 その乱入してきたペアの名前は――――ペアである謡のギルドマスター兼純色の黒の名前を冠する王、ブラック・ロータス。そして、片割れに関しては昨日も会いましたよね? BBで一番ドSと名高いスカイ・レイカー。

 いやまあね? 俺がペアだし、レギオン入ってない俺がマッチングリストに載るのは分かるよ。同レギオンだからアイツらにも謡の名前が載るのは分かるよ。だからって戦闘仕掛ける? 身内なんだからいつでも戦えるだろ、っていうか散々戦ってきたでしょ。

 しかも! 俺らより高レベル!

 

「降参する?」

「したいのです……」

 

 劫火の巫女――アーダー・メイデンもとい謡も頭を抱えている。

 一応降参のメッセを飛ばすけど……まあ弾かけるよな!

 

 アイツらどこにいる? あ、ステージは……草原か。遮蔽物全然ないから嫌いなんだよな。必殺技ゲージも溜めにくいし。謡みたいな遠距離キャラはいいんだろうけど。遠くから一方的に撃てるしな。距離詰められると大変そうだけど。

 

 ん? 空中に気配が。

 と、見上げると……。

 

「……来たか」

「……ですね」

 

 ゲイルスラスターで空中から飛んできたレイカー。と、抱えられている黒ちび。

 地面にぶつかる直前にスラスターの勢いを解除して、スタッと2人は華麗に着地する。

 

「また会ったな、エンペラー」

「昨日ぶりですね、2人とも」

「お前らハウス」

「誰が犬だ!」

「ぶっ飛ばしますよ、皇帝ちゃん?」

 

 もうやだコイツら……。

 

「で、何してんの、マジで」

「いやなに、たまたまレイカーとタッグを組んでいたらお前たちの名前があったのでな。珍しいこともあるのだと気になってリストを押したわけだ」

「女の勘が囁いて、サッちゃんとタッグ組みましたが、まさかこうなるとは……」

 

 ……女の勘って怖い。

 

「そういう貴様たちこそ何をしている」

「私たちはデート中なのです、サッちん。できれば邪魔してほしくないのですが」

「違うから」

 

 ダメだ、そういや謡もあのアホたちと同じレギオンだった。

 

「むーっ、なのです」

「むーじゃありません」

 

 誤解されるでしょうが。

 

「確かメイデンはエンペラーの家に止まっていたとレイカーが言っていたな。杉並にいるということは、その帰りというところか?」

「おお、黒ちびにしては頭の回転が速いな」

「――――斬るぞ」

「お断りします」

「……まあいい。貴様の軽口など挨拶程度のモノだったな。……というより、メイデンが泊まりとは……ふむ、親同士交流があるとは聞いていたが、随分と絵面が危ないな」

「そうだ、通報します? 私の大好きなメイデンに手を出す皇帝ちゃんがいると」

 

 頼むから黙ってくれ……。家には小町やお袋もいるし変なことはないから! ……ないよね? ね?

 

「別に何もないよな? おら、堂々と言ってやれ」

「…………」

 

 なんでそこで視線を逸らす。おい! こら謡さん! 何かしたの!?

 咳払いをして強引に話を打ち切る。これ以上突っ込みたくない。

 

「……で、降参していい?」

「さっき断っただろう!」

 

 ビシッと剣を向ける黒ちび。ですよねー。

 

「マジで戦うの?」

「ほら、ギャラリーも盛り上がってますよ」

 

 ギャラリー? うわっ、めちゃくちゃいるじゃん。しかも、こういう場に黒ちびがいること自体が珍しいのか大物も多い。騒がしい……!

 

「まさかこの状況で逃げるとは言うまい」

 

 こんの戦闘狂が……!

 

「……諦めましょう」

「……はいよ」

 

 やるからにはコイツら相手に剣なしはキツい。さっさと剣を出して構える。謡も弓を出して後ろに下がっている。

 

「あ、やる気になりました? じゃあ、私は皇帝ちゃんを相手しますね」

「まあ、エンペラーと私は相性が悪いからな。レベル差があるとはいえ、危険な相手だ。レイカーに任せる。なら私はメイデンだな」

「はちっ……エンペラーさん! 前衛は任せました! のです!」

「大声でリアルの名前呼ぶなよー」

「ごめんなさいのです」

 

 もういい。切り替え切り替え。いくら謡がペアでも、正直勝てる気しない。相手めちゃくちゃ強い2人だからな。負けそうだけどやるぞー、おー。

 

 

 

 

 20分粘ってから、2人してバタンキューという感じで殺られました、はい。

 現実世界に戻りました。

 

「ああ、疲れた……」

【UI› 同感です】

 

 まあ、黒ちびの体力半分削れたからマシとするか。けっこう粘れたし、戦果としては充分過ぎるだろ。やっぱアイツら基本バカだけど、強すぎるわ。レベル9と8は伊達じゃないな。つーか、何がしたかったんだ……。暇つぶし? エンカウントする敵にしては強すぎるんだよなぁ。

 

 もうさすがに乱入騒ぎはないはず。さっさと謡の家に行くか……ん? メール? 誰だって、レイカー……じゃなくて倉崎か。内容は……なになに? せっかくですので、サッちゃんともリアルで会いませんか? お茶しましょう?

 

「嫌です!」

【UI› ……どうかされましたか?】

「倉崎のメールで察しろ」

【UI› 察しました】

「謡送ったらさっさと帰るからあとよろしくな」

 

 とにかく疲れた。特に2日連チャンで倉崎の相手するのは。

 で、あれから乱入されることはなく無事に謡の家に着いた。歩いている最中、倉崎からメールわんさか来るんで謡と話しながら倉崎を相手するのはホント大変でした。

 

【UI› ではありがとうございました。お世話になりました】

「おう。元気でな」

【UI› 雪ノ下さんと由比ヶ浜さんにもよろしく言っておいてください】

「了解」

 

 岡本さんにも土産渡したし、もういいかな。

 

【UI› あ、八幡さん】

「ん? どうした?」

【UI› ちょっと写真撮りませんか?】

「写真?」

【UI› せっかくですので、留美ねぇに見せたいです】

 

 ルミルミのことか。確かいとこ同士だったな。

 

「別にいいけど、撮ったところであれだぞ、俺ルミルミの連絡先知らないぞ」

【UI› まあ、私個人が留美ねぇをイジって楽しみますので】

「言い方……」

 

 確か留美の方が1個年上か? 年下にイジられる年上。……由比ヶ浜と一色みたいなもんか。由比ヶ浜がおバカちゃんなのがあれだが。……進学するって言ってるけど、大丈夫なんかね?

 

【UI› 気にしないのです】

「はいよ……。じゃ、準備するわ」

 

 と、最後に謡と写真を撮ってから解散した。ぶっちゃけると写真苦手なんだけどな。確認するとき俺の目を嫌でも見ないといけないわけだし。とはいえ、謡が楽しそうならそれでよし。

 

 で、帰りに練馬にあるケーキ屋に寄ることにした。話題に出てスゴい懐かしくなったから……なんつーか、あれだ、ついでだ。ついで。帰ったら小町と食べよう。

 電車をちょっと乗って前に数年間暮らしていた街――練馬に着く。

 

「……」

 

 うん、懐かしい。大してここでいい思い出があったわけじゃないけど、BBはずっとやっていな。色んなキャラが濃すぎる奴らと戦うのは随分と楽しかった。現実であまり上手くいかなったから余計にのめり込んでしまった。

 

 お、ケーキ屋だ。調べずに行ったけど、営業しててよかった。

 店内はエアコン効いてて素晴らしい。さて、どのケーキにしようかな。季節のケーキにするか。値段は限定なだけあって他のに比べてそこそこするな。

 

「……あなた」

「ん?」

 

 話しかけられた? 誰に? 店員か。……あ、この人さっき謡に話した店員だ。

 

「随分久しぶりに来たのね」

「ああ、はい。つーか、覚えてたんですね」

 

 まだ俺がいた頃は小学生か中学生くらいだったが、今ではもう立派や中学生に見える。にしてもけっこう大人びているようにも思える。

 無表情に制服であるメイド服がなんともまあ……ギャップがスゴいな。

 

 




珍しく早く投稿できました!

それとちょっとした宣伝です。
小説家になろうでオリジナル小説書いています。暇つぶしに読んでください。わりと真面目に書いてます。感想や評価、ブックマークなどぜひお願いします!!
https://ncode.syosetu.com/n2569fu/

あ、もちろんこの作品の評価や感想などお待ちしてます!


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せっかちな女性とあざと少女

久しぶりにケーキ屋訪れたら店員に覚えられてた。

 

「特徴的な見た目だったから覚えた」

「そうですか」

「敬語、外していい。あなたの方が多分年上」

「はいはい。なら聞くけど、客に向かってその言葉遣いはどうなの?」

「あなた以外には敬語使っている」

「……俺にも使って? 一応客だぞ」

 

 このメイド……じゃなくて店員さん、久しぶりに来たけどホント癖強いな。こんな感じの人スゴい見覚えっていうか、デジャヴがするんだけど。年齢的にも…………まさかな。

 

「そういえば、どうして来なくなったの?」

「あー、引っ越しただけ」

「どこに?」

「千葉」

「教えてくれたらよかったのに」

「引っ越しでバタバタしてたからな」

「……なら今日はどうしてここに?」

「知り合いと東京で会って、なんかここ思い出したから寄ろうかなって」

 

 嘘は言ってないぞ。

 

 さて、どれにしようかな……。

 話しながら考える。色々なケーキがあってかなり迷う。

 小町はフルーツ系かな。お袋は甘いのそこまで得意じゃないから他のに比べたらそこまで甘くないチーズケーキか。親父は……ザッハトルテでいいか。

 

「店員さんも何か作ってるのか?」

「……美早」

「ん?」

「名前、美早なの」

「……名前で呼べと?」

「えぇ」

 

 いきなり下の名前で呼べと? 女子を? 俺より年下の女子を? 難易度高いんですけど。謡やルミルミみたいに歳離れてるわけでもないし、せいぜい中学生だろう。お良くて高1くらいだろう。小学生相手にふざけで呼ぶのとは訳が違うんだよな。

 

「えーっと……美早さんは」

「美早」

「……美早も何かケーキ作ってるのか?」

 

 …………恥ずかしい!! 

 というより、この人訂正が早い。まだ言い終わってないのに食い気味で訂正された。あれなの? せっかちなの?

 

「この苺のラビリンスは私の担当」

 

 ショーケースへと目を向ける。

 それは贅沢に多くの苺がケーキの上に乗っており、とても綺麗に螺旋状に並んでいる。だからラビリンスか。

 

「1人で全部作ったのか」

「えぇ」

「へぇ……スゴいな」

 

 ふと視線を店員さん――美早に戻すと無表情な彼女だか、嬉しそうに僅かだか顔を綻ばせている。

 苺のラビリンスは残り1つ。

 

「じゃあ、それ1つくださ――――」

「いらっしゃいませ」

 

 注文しようとしたら新しく来た客への挨拶と被った。

 赤毛の小学生。ツインテールが特徴的な少女だ。

 

「あ、ラビリンス残ってる!」

 

 ……っと、そうきたか。

 もう一度美早の方を向く。微妙な雰囲気になる。彼女も申し訳なさそうにしているし。

 

「あれ、お客さんか。ごめんなさい、先にどうぞ」

 

 常連らしい赤毛の少女は後ろに下がったけど……やりにくい! え、これどうすればいいの?

 

「その、ニコ。ラビリンス、先に彼が注文を」

「あー、いいっすよ。また来ますんで。そのときにでもいただきます」

 

 さすがに小学生の目の前でお望みのものを奪うなんて性格はしていない。

 ん? この小学生と美早は知り合いか。だから常連になっているのか。どういう関係なのかと邪推してしまう気持ちを抑え、今どうするか考える。

 

「えっ、でも……その」

 

 美早は若干困っている様子。

 

「パッ……ミャア、タイミング悪かったか?」

「別に、そういうわけじゃ……」

 

 ミャア? 美早、みはやでミャアか。なるほど。可愛らしい呼び名だな。

 

「って、あまりここじゃ見ない人ですよね」

 

 そうコテンと首を傾げ、赤毛の少女は不思議そうに俺を見てくる。

 

「まあ、千葉の方に住んでるんで」

「そのわりにはさっきミャアと楽しく話してませんでしたぁ?」

「ちょ、ニコ、見てたの!? それは……」

 

 おお、スゴい。一色、喜べ。お前と同類がいるぞ。

 この少女、あざとい……! 

いやもう、声色からして自分を可愛く見せようとするための演技と分かってしまう。まだまだ甘いな、少女よ。そこいらの中学生くらいならある程度騙せても、俺には効果ないぞ。なにせあざとマスターの一色と話したことあるからな。熟練度はあちらの方が上だ。

 

「……ミャア、何かトラブルあったの?」

 

 と、店の奥から新たな人がやってきた。

 

「いえ、伯母さん、大丈夫です」

「そう? ……あら、八幡君じゃない」

「あ、どうも」

 

 確かこのおばさんは店主じゃなかったよな。パティシエでここのケーキの大部分を作っている人。そういや、店主って誰なんだろ。

 

「久しぶりじゃない。どうしたの?」

「たまたま近く寄ったんで、ついでにと」

「そうなの。あ、ニコちゃんもいらっしゃい」

「こんにちは~」

 

 お、ここでもあざとさを忘れない。

 

「で、どうかしたの?」

「いやー、苺のラビリンスが残り1つで……」

 

 赤毛の少女――もとい、あざと少女が説明している。

 

「あー、なるほどね。そういうこと。んー、ニコちゃん、今回は譲ってくれないかな?」

「いや、別に大丈夫ですけど。そっちの少女に譲りますよ。俺はまた来ますんで」

「そうじゃなくて……。ミャアね、八幡君に自分のケーキ食べてほしくてずっと頑張ってたの。私も厳しく育てて」

「ちょっと伯母さん……やめて。大丈夫だから」

「せっかくの機会なのよ。食べてもらいなさいな」

 

 美早とおばさんは小声で何か言い合いを始めた。内容は……あまり深く聞かないでおこう。何言っているかイマイチ聞き取れない。

 

 それも、あざと少女が隣でブツブツと「そうか、コイツが言っていた……そうか……なるほど。だから……」と呟いていて、なんかそっちに気を取られてしまったからだ。あら、素はこんな感じなんだ。言い方が若干男勝りだな。

さてどうするかと迷っていたら、あざと少女がクルリとこちらに向き直る。

 

「苺のラビリンスはお兄さんにお譲りしますね。私は何回も食べてますし、家も近いので」

「あ、そう? ならありがたく」

「その代わり、1つお願いいいですか?」

「ん? まあ、どうぞ」

「私とちょっと一緒に食べませんか?」

 

 え? 変な展開になってきたぞ。あざと少女とは初対面だぞ。そのはず……だよな? これが逆ナンというやつか。初めて体感した。

 

「八幡君、ミャアも休憩にしたから久しぶりにのんびりしなさい」

「あ、はい」

 

 と、押し切られるようにここで食べることになった。

 ってか、訳分からん部屋に入れられたんだけど。何ここ? スタッフルームか?

 机とソファーだけある個室に小学生といる。その傍らには自称腐った目のした受験生。……謡といたときも思ったが、何ともまあ、絵面がヤバい。

 

 って、あれ? ここグローバル接続切れてるんだけど。VIPルーツなの、ここ?

 

「お待たせ」

 

 と、メイド服の美早が入ってきた。

 

「おせーぞ、ミャア」

「伯母さんに色々と聞かれた。……はい、どうぞ」

 

 テーブルにケーキや紅茶などを並べる美早。そういや、名字なんなんだろう。

 そして、あざとさ解けてるぞ、あざと少女。

 

「……それで、これどういう状況?」

 

 いきなり死地に放り込まれた兵士の気分だ。周りに敵しかいない……いや、敵ではないけど、それに近いような気がしてならない。

 

 美早に関しては前々から見たことはあっても多分そこまで話したことのない人。店のおばさんとは話しても、基本無口だったはずだから挨拶を少しだけ交わすような関係だった。

 

 そしてあざと少女に関しては……マジで初対面だよな? なんでいきなりお茶してるの? どうして俺がいるこの空間で優雅にミルクティーを傾けてるんだよ。適応能力スゴいな、おい。

 

「ん? ああ、私とミャアは昔からの仲でな。ミャアはあんたのこと気に入ってるようだから話聞きてぇなって思っただけだ」

「そう。てか、あざと少女。さっきまでの猫かぶりはどうした」

「あざと少女って……あたしのことか!?」

「他に誰がいる」

「ちゃんと名前だってあるっての。上月由仁子だ。ニコと呼べ」

「分かった。よろしく、上月」

「ニコで呼べって言ったよな!?」

「で、さっきまでのあざとさどこいった?」

「無視すんな! って、あ? んなの疲れるだけだろ。なんかあんたには見抜かれてたっぽいしな」

 

 勘が鋭いことで。

 

「つーか、ミャアのことは美早って呼んでたじゃねぇか」

「コイツの――」

「美早」

「……美早の名字知らないし。俺は基本人のことは名字で呼ぶ派だ」

「ケッ……そうかよ。それで、あんたの名前は八幡……だっけか。それででいいのか?」

「比企谷八幡だ」

「ひき……八幡でいいか」

 

 大胆だな。というより、大ざっぱ?

 比企谷ってそこまで言いにくいか?

 

「ま、話は後だ。まずはケーキ食えよ」

「ニコ、それ私のセリフ」

「それもそうだな。ま、いただきます」

「……いただきます」

 

 噂の苺のラビリンスに手をつける。

 あ、美味しい。甘さも程よく、苺の味を際立たせているようだ。淹れてくれた紅茶も美味しい。種類は分からないが、雪ノ下が淹れる紅茶と同等の美味しさだ。

 

「……どう?」

「美味しい」

「……良かった…………」

 

 美早はそれだけ呟き、こちらに嬉しそうに微笑みかけてくれる。

それだけの仕草に、ちょっと胸がときめいた。やだ……俺、チョロすぎ?

 

「やっぱここのケーキは美味しいな」

「同感だ」

 

 上月も幸せそうに呟く。

 これだけはあざと少女と同意見だ。

 

「それで、八幡とミャアってどんな関係なんだ?」

 

 互いに飲み物を飲んでいるとき上月が尋ねる。

 

「関係って言っても……昔の常連ってところだ」

「ん? さっき千葉に住んでるって言ってたよな?」

「昔数年間だけ親の仕事の関係でこの近辺に住んでたからな」

「ほー……ミャアとは本当に何もなかったのか?」

「何その言い方。言っておくが、美早の名前さっき知ったところだからな。残念ながらませた小学生の望むような答えは返ってこないぞ」

「おい、それマジなのか、ミャア」

「……そう」

「かーっ、情けねーな。その割には……いや、これはいいか」

 

 なぜか俺と美早を交互に見ながら、何かを面白がりニヤニヤするあざと少女。

 これは小町が俺と話すときと近しいものを感じる。つまりからかっているのか。小学生のくせに生意気だぞ、と、某スネなんちゃらのように言ってみる。いや、言ってないな。心の中で思ってみる。

 

「にしてもよー」

 

 いきなり話題を変える上月。

 俺と美早の話はもういいのか。これ以上突っ込まれても特に話すことないけど。

 

「八幡ってさ、どっかであたしと会ってないか?」

「は? いや、普通に初対面だろ」

「だよなー。でもな、なーんか既視感あるんだよなぁ」

 

 足をブラブラさせつつそんなことを言う。

 

 俺だってこんなませた小学生と会ったらさすがに忘れないな。あるとすれば千葉村のときのあれか? しかし、ルミルミ以外仲良くなった小学生はいない。というか、絶対嫌われている。実行したのか葉山たちだが、あれを考えたのは俺だからな。

 やはり思い返してみても会った記憶はない。

 ないけど、俺もどことなーく知っているような気がする。あざと少女はともかく、特に美早は。このケーキ屋関係なく。

 

「気のせいだろ」

「そうかなー。ミャアはどうだ?」

「ニコの言いたいことは分かる」

「だろ? やっぱどっかで……」

「はちまっ……んんっ。えーっと……彼は鈍いから多分私たちにも気付いていない」

「あ? てことはあっちの?」

「そう」

「お前ら何の話を…………って、もしかして……」

 

 あ、やっぱりそっちの話になります?

 えーっと……言い訳をするとだな、俺は現実とあっちと割り切っているから正体がどうのって考えたことないし、リアルを割ろうだなんて思ったことがない。不注意でバレたことがあっても、自分からは割ろうとしない。

 

 ネトゲなんて普通そんなもんだろ。第一俺にメリットがない。知ったところで仲良くなるわけでもあるまし、微妙な雰囲気になることの方が多い。

 そして、いくらBBのプレイヤーが子供だけとはいえ、東京の人口多すぎるからいちいち誰が誰とか考えない。

 

 あ、レイカーのときに関しちゃ俺から聞いたけど、既にバレてたからノーカンで。

 

「彼はレベル7。ダークネス・エンペラー」

「はぁ!? あの皇帝か!?」

「ちょっと声大きいぞ」

 

 止めろ! 大声でその名を呼ぶな!

 

「NP。ここは防音」

「ちょっと待て。その言い方……薄々そんな気はしてたが、レパードか」

「イエス。もう隠す必要もない」

 

 プロミネンスのブラッド・レパードかよ。レイカーとしょっちゅうバトってた赤のくせに近接タイプのやつ。

 てことは……このあざと少女、直接会ったことはないけど。

 

「コイツ……頭か」

「そうだよ。いやー、驚いたぜ。あの悪名高いと噂の皇帝がまさかパドの――――」

「レイン」

「悪い悪い」

 

 アハハと笑うこのちんちくりんが2代目赤の王――――スカーレット・レインかよ。イメージ壊れるな。巨大な強化外装を操ると聞いていたからてっきり巨漢かと思ってたぞ。ストフリみたいな。

 道理で歳の離れている2人が仲いいわけだ。これで1つの謎が解けた。

 

 さてと、改めて……ここからどうしよう。普通に気まずい。

 

 




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ケーキ屋にて

「美早はいつ気付いたんだ? 特にボロ出したつもりないんだが」

 

 雑談がてら俺から話を切り出す。

 

「最初は勘。あなたが家族と話す姿が似通っていた」

「そこまで似てるか?」

 

 確かにあっちではキャラ作ってないし、性格が大きく変わるわけでもない。倉崎もそれで気付いたけど、そんなに分かりやすいか?

 

「でも、ここってローカルネット繋いでないだろ? 店内グローバルネットだし、どうやって分かったんだ? マッチングリストで俺を見付けても、対戦申し込まない限りそれが俺って分からないはずだが」

「……それは教えない」

 

 おい、それを教えてくれないとこれから身バレの危険が俺にあるんだが。千葉にいるときは大丈夫だろうが、それでも気になる。

 

「あー……皇帝よ。あんまり深く追求しない方がいいと思うぜ」

 

 何かを察したらしい上月が苦笑いをしつつそう告げる。

 

「何でだよ」

「パドはせっかちだからな。かなり強引な手を使ったんだろう。ま、大丈夫だ。パドは安易に言いふらしたりしねぇよ。もししたら私が責任持って断罪してやるよ」

「そのときは甘んじて受ける」

 

 断罪……BBからの永久追放。まあ、頭がそのくらい言うなら少しは信じるか。

 

「そもそも、パドは今日までお前さんと話したことないんだろ? 名前くらいしか知らないっぽいし、情報の漏らしようがないじゃねぇか」

「……それは言えてるな」

 

 面倒なのでこれ以上は問わないことにした。身バレしたこちらが不注意だっただけだ。

 

「しゃ、改めてあたしからも自己紹介を。プロミネンス2代目頭首、スカーレット・レインだ。以後、よろしく」

「おう」

「……時に、皇帝よ。うちに入るつもりはないか?」

「プロミネンスにか?」

 

 最近よく誘われるな。

 

「ああ」

「お断りだ。メリットない」

「……だよなぁ。もう練馬に住んでないしそう答えるよな」

「つか、いきなりどうした?」

「あたしはお前さんと直接戦ったことないけど、無所属でかなり強いって訊くからな。そりゃ頭首として勧誘の1つくらいはしたくなる」

「そういうもんか。……まあ、親が所属しているレギオンにも入ってないし、義理もあるんで今後レギオンには入るつもりはない」

 

 だったらかなり不本意だがネガビュに入っているわ。謡がいるからな。

 

「ん? 皇帝の親って誰だ? うーん……これといって訊いたことないな」

「教えない」

「NP。多分私は知ってる」

「マジか! パド、教えてくれ」

「ネガビュのアーダー・メイデン。……エンペラー、これで合ってる?」

「…………正解だ」

 

 なぜバレた。いや、思い当たる節はある。すぐに理解した。あれか、さっきの黒ちびたちとの戦闘か……。

 あんなに目立ったらそりゃ勘付くわな。失敗したかも。俺ほとんどタッグ組んだことないしな。

 

「え? どういうことだ? なんで分かったんだ?」

「つい先程、エンペラーとメイデンがタッグで戦ってたとカッシーから興奮ぎみで連絡があった。そこから予想。エンペラーはタッグを組むことはほとんどなかった。レギオンにも入っていない。そして、何より――――エンペラーと仲の良いリンカーはそんなにいなかった」

 

 カッシー。確かその名前はプロミの幹部的立ち位置の奴か。

 というより。

 

「そういうこと本人の前で堂々と言わないでくれます? 失礼ですよ?」

 

 事実だけども。合う奴大体は敵だけど。俺に面白そうとからかってくる輩はそれなりにいたけど。

 

「へー、あのメイデンか。カッシーが連絡するってよっぽどだな。なあなあ、誰と戦ったんだ?」

「…………黒ちびとミサイル女」

「……黒ちび、ミサイル…………え? えぇ!? はあ!? アイツらと!? 何考えているんだ!? ……つーか、あれだな、お前らもよくやるな……」

 

 赤の王にまで呆れられる始末。アイツら自由奔放すぎないか?

 

「言っておくが、乱入された側だからな。俺から絶対申し込まない」

「今はその話題で持ちきり。良い勝負だったらしい。多分ブックメーカー辺りが拡散している」

 

 アキバの情報屋か。アイツならすぐに俺らが親子だって広がりそうだ。

 別にめちゃくちゃ隠していたわけじゃないけど、しばらく騒ぎになりそうな予感がする。これは謡に迷惑かけるな。また謝っておかないと。

 

「メイデンって多分あたしと同い年くらいの年代だよな。……皇帝は何歳なんだ?」

「今年で18」

「ということは、高3?」

 

 美早が不思議そうに首を傾げる。

 

「おう。詳しくは言わないけど、俺はインストールできるんだよ。多分俺が最年長だな」

「まあ、そこは深くは訊かないけどよ……随分とメイデンと年の差あるな」

「ホント、それ色んな奴らに尽く言われるんだけど」

 

 ネガビュと面々と奉仕部。

 

「お、おう……。そりゃ悪かったな、皇帝よ。ただ、やっぱ気になるな。年が近かったら同級生やら先輩後輩やらで納得できるが、こうも離れているとな。危険な匂いしかしないぞ」

「メイデンの個人情報を守るために俺からは黙っておく。そんなに気になるんなら直接聞け。機会あるのか知らないが、アイツならを嬉々として話すぞ」

「それでいいのか」

「まあ、俺からの許可を取ったって言えばいい」

「そういえば、エンペラーはネガビュには入らなかったの?」

 

 そう美早が尋ねる。

 

「当時のネガビュは俺らの関係知らなかったからな。特に勧誘は来なかった。というより、ネガビュの面々と戦うことの方が圧倒的に多かったな」

「あー、噂じゃロータスにも勝ったことあるんだっけ?」

「同レベル帯だったら俺の方が戦績良かったからな」

「マジかよ」

「レベル差がついたらさすがに勝てなくなってきたけどな」

 

 やっぱステータス差が響いてくるよな。それに加えてあの何もかも斬る剣も強くなるから俺じゃ手に負えなくなった。

 

「ふーん。というと、ポイントはけっこう余裕ある感じか? 8に上げないんだ」

「もうほぼ引退した身だから、あまりレベルとかどうでもいい。たまーに千葉の辺境で独りエネミー狩りする程度しかやってないし。最近ちょっと復帰したけど、それっきりだからな」

「ほー。そういや、パドとは戦ったことあるのか?」

「…………」

 

 美早は沈黙。その理由は知ってるけどな!

 

「おい、パド?」

「……勝てたことない。一度も」

「……うへぇ、パドが? マジかよ?」

 

 相性が良いのかけっこうな数を戦いはしたが、ほぼほぼ俺の勝ち。引き分けはステージギミックのせいで何回かあった。

 遠隔の赤のくせに基本レパードは近接だし、そういう奴ら相手だと俺の剣はかなり有利になる。何でも斬れて、触れたら溶ける――――溶解の剣。この剣は近接キラーとして知られていた。

 ぶっちゃけると、近接――特に青系統の奴らからはかなり嫌われていたレベル。何せ剣での斬り合いが実質不可能だからな。俺に有効的なのナイトくらいだ。

 

 逆に俺が苦手とするタイプは幻覚系や遠隔技を使う奴ら。例えば赤や紫だな。紫の王には成すすべもなくやられたことがある。あれはアイツをめちゃくちゃにおちょくった俺が悪いが。

 あとはレイカーみたいに素早い奴だ。スピード型相手だと、攻撃が当たらなかったら勝ちようがないというわけだ。

 

 そういえば、BB内で新しく主武装としてバイクに乗っている奴がいると訊いたことがある。こう考えると、そのうち戦闘機に乗った奴とか現れないのかな。ミサイルポンポン撃ったり、ガトリング砲空中からぶっ放したり……さすがにないな。ゲームバランス崩壊待ったなしだ。

 

 緑は……いくら防御に自信があろうと熱して斬れるからそんなに苦手意識はない。メタルカラーも似たようなもんかな。今のところ遠隔技を使うメタルカラーってドレイクくらいしか知らない。

 だから赤の王と戦ったら多分負ける。火力が違いすぎる。近付ければ何とかなるかもだが……俺にはレイカーやクロウみたな機動力はないからな。

 

「うちのパドが勝てたことないのか」

「まあな。どや」

「……次は勝つ。私はまだ現役。ブランクがある今なら」

「せめてレベル上げろ。永遠のレベル6」

「…………」

「……まあ、美早……レパードがポイント貯めてる理由は大体だが、知ってるからな。そんな簡単にはいかないか」

「どういうこと?」

 

 俺の呟きに目敏く反応する。

 こんな個室だったらすぐ聞こえてしまうか。

 

「まんま言葉通りだ。俺もちょっと……いや、ちょびっとは情報持ってるからな」

 

 敢えてこの言い方をする。美早は……うん、想像ついたような顔つきになる。察したかな。

 紅茶を飲んで一息つける。

 

「まあまあ、パドも皇帝もそれくらいにしておけ」

 

 上月の中止で話は一旦打ち止め。

 

「よし、加速世界の話はここまで。ティータイムの再開といこうじゃないか」

「……だな」

 

 まだ苺のラビリンスは半分ほど残っている。今はこれを食べよう。

 もう加速世界の話はあれだし、何か話題を振ろう。ここで話題選びをミスると、気まずい空気が待っている。慎重に、慎重に……。何にするか。いくら向こうで話したことがあっても、リアルでこうして話すのは初めてだ。

 まずは無難に。

 

「美早って高校生?」

「高1」

「卒業後もうここで働くのか?」

「その予定」

「大学とか専門は考えてない感じか」

「下手に専門系行くよりかはここのシェフのとこで習った方がいい。伯母さんにずっと任せるわけにもいかない」

「ほー、なるほど」

「…………はちまっ……えっと、エンペっ……えー」

 

 美早は俺をどう呼ぶのか迷ってるのか。向こうの話をしているときはエンペラー呼びでもおかしくなかったが、こうリアルの話をするとなると変だと気付いたのだろう。さっきも悩んでたしな。

 俺もレパードではなく、美早と呼んでいる。それで、コイツの名字何? いい加減名前呼び恥ずかしいんだけど。

 

「比企谷でいいぞ」

「いやいや、ミャア。ここはビシッと名前で呼べよ。ねー、八幡お兄ちゃん」

「あざといやり直し」

「……だから何だよ、それ!」

 

 危ない危ない。思いの外この呼び方にグッと来てしまった俺がいる。できればもう1回呼んでほしいくらいだ。小町や一色、謡といい、俺、年下に弱すぎないか。あ、戸塚にもお兄ちゃん呼びされてみたい。昇天しそう。やはり戸塚は最強か。

 

「は、はち、はちま……ううんっ。……それで、八幡は進学なの?」

「おお、よく頑張ったな」

「……ニコ、止めて」

「へいへい」

 

 2人のやり取りは置いておいて。

 

「一応は進学だな。県内の私立文系を目指している。国公立は早い段階で諦めた」

「こっちの方には行かないの?」

「それも考えたが、何だかんだ千葉のが楽だからな。何より実家から近いし、あとはまあ、BBも無縁な地域だし。滑り止めにいくつか東京の大学も受ける予定だな」

「へぇー、八幡はあまりあっちは好きじゃないのか?」

 

 と、上月が問いかけてくる。

 

「確かに加速とかは便利だけど、あくまであれはゲームとして割り切っているからな。リアルを蔑ろにしてまでやろうとは思わない」

 

 中学の頃はそれでのめり込んでしまった。しかも、無制限でかなり長い時間ぶっ通しでプレイもしてリアルが大変だったこともある。それからはきちんと制限をかけて楽しんでいる。

 

「そりゃあたしもその意見には同意だな。つっても、まだ小学生だから、リアルはそこまでなんだけど。ミャアはあれだろ、やっぱここの時間が大切だろ」

「向こうもここも同じくらい大切」

「……嬉しいこと言ってくれるじゃないか」

 

 スゲぇイチャイチャするな、コイツら。雪ノ下や由比ヶ浜に続き、新しいゆるゆりだな。けっこう2人してピッタリくっついているし、仲良いを通り越している気さえするぞ。あれか、親子? じゃなくて姉妹?

 

「でさ、八幡は彼女いるのか?」

 

 唐突に繰り出させれる上月の爆弾発言。

 

「は?」

「ただの恋バナだよ。小学生だとこういう話題あまりねぇし気になるんだよなぁ。ミャアはこれだし、知り合い共はあれだし」

「だからってなぜ俺……。逆に聞くが、いると思うか?」

「分かんないから聞いているんだよ」

「いない」

「ほー、意外だな」

「どこがだよ」

「こういう奴に限って案外いるかなって思ったんだよ」

「そうかい」

 

 こういう奴ってそれ褒めているのだろうか? いや、どう考えても褒められている気はしないな。貶されているだろう。

 

「なら好きな人は?」

「…………いない」

「お、その間……本当は?」

「いねぇよ」

 

 一瞬色々な人の姿を思い浮かべたが、今はきっと好きという感情より憧れの感情の方が強い……と思う。

 

「だってよ、ミャア」

「うるさい」

 

 

 ――――と、何だかんだで楽しく語り合い、時刻は2時くらいになる頃にはもう解散した。

 

 俺は上月と美早に別れを言ってからケーキをいくつか買い、無事に家に帰った。

 それからは小町とケーキ食って1日を終えましたとさ。

 

 

 




ちょっと強引ですが、収集つかなさそうだったんでここで切りました。
当初は謡と楓子のダブルヒロイン? ……ヒロイン? の予定だったのにパドが可愛くて……。次の出番いつになるかな

感想どしどしお待ちしています!



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部室でわちゃわちゃ

「うーっす」

「……あら、由比ヶ浜さんは?」

「まずそれか。俺に挨拶とかないわけ?」

「…………挨拶?」

「たっぷり間をとって失礼なこと言ってんじゃねぇよ。由比ヶ浜は掃除だ」

 

 謡と別れ、美早や上月に絡まれた日から数日が経ち、学校も終わり放課後。

 

 いつもの部活のお時間です。半ば勉強会になっているが、それも致し方なしだろう。たまーに、ごく稀に依頼が来るけど、大概が一色が生徒会の雑用を押し付けるくらいだ。主に出番は俺だが、ピンチなときは雪ノ下も駆り出される。……由比ヶ浜? あれは事務作業向いてないだろ……。適材適所だ。

 

 というより、受験生となると学校に足を運ぶのも面倒になってくる。今さら新しく習うこともほとんどないし、ぶっちゃけ学校の先生より塾の先生の方が教えるの上手だったりする場合がある。

 いくら進学校の先生とはいえ、受験特化してる塾の方が分かりやすい。受験とは関係ない授業だったらもう別の科目の勉強をしてしまうくらいだ。

 もちろん例外もいて、平塚先生辺りは受験向けの勉強など教えるのは上手だ。

 

「そう……」

 

 それはそれとして、雪ノ下さん、露骨に残念そうな顔しないでくれます?

 

 とりあえず俺も座席につき、テキストを開く。日曜は色々あったが、切り替えて勉強だ。

 

「ところで比企谷君」

「どうした?」

「今日依頼人が来るそうなのよ。平塚先生経由で連絡があったわ」

「一色とかじゃなくてか?」

「みたいね。……誰かしら」

「雪ノ下さんか? 先生経由だったら」

「……可能性はあるわね」

 

 ニューロリンカーがあるこのご時世、関係ない人はフリーに入れる大学ならまだしも、小学校に中学校、高校は入校許可証がなければ入れない。それは先生や生徒会長とかが発行できるものだ。

 いくら雪ノ下さんといえども、卒業生がホイホイと学校へは入れない。だから、先生経由って言われると、まあ、想像してしまうよな。あの人なら簡単に入ってしまいそうだけど、さすがに無理があるだろう。

 

「雪ノ下さんから何か連絡あったのか?」

「特にないわ」

『ならやっぱり違うんじゃ……いや、あの人ならサプライズとかで来そうだな』

「全くよ……。けれど、わざわざ先生に連絡しているから姉さんとは違う人だとも思うのよね。姉さんだったら先生を黙らせてそう」

「それもそうだな。てか、先生経由ってことはやっぱ雪ノ下さんみたいな学校外の奴か? わざわざ俺たちに?」

「さあね。そこまで知らされてないわ。……誰かしら?」

「やっはろー! 遅れてごめんねー!」

 

 と、タイミング良くなのか由比ヶ浜が勢いよく扉を開けてきた。

 

「さあ、ゆきのん。昨日の復習してきたから答え合わせや解説よろしく!」

「ごめんなさい、由比ヶ浜さん。やる気があるのは嬉しいのだけれど、今日依頼人が来るそうなのよ」

「えっ、そうなの。……あれ、まだ来てないの?」

「まだだな。紅茶とかの準備しとくか? せっかく土曜日買ったんだし」

「そうしましょう。由比ヶ浜さん、手伝ってくれる?」

「もちろん!」

「比企谷君は椅子でも用意しといて」

「りょーかい」

 

 3人総勢でテキパキことを進める。俺だけ仕事量が楽なのはありがたい。自分の仕事を終わらせたらすぐさま休憩だ。社会人になってもこうでありたい。いや、社会人になりたくない。誰か養って。雪ノ下さんに魂捧げれば養ってくれそうな気がする。これは……絶対無しだな。悪魔に魂売る気には到底なれない。

 

 と、そうこうしていると、ノックの音が聞こえる。

 

「お前らいるかー?」

 

 平塚先生が入ってきた。先生が珍しくノックをした……だと!?

 俺が先生はやればできる人だと感激に打ちひしがれていると、その足元に見慣れてはいないけど、俺らの見知った人物がいることに気付く。あ、先生はやればできるんだから頑張って婚活成功させてね!

 

「ルミルミじゃないか」

「ルミルミ言うな。キモい」

 

 長い黒髪に整っている容姿。そして、どこか達観している雰囲気を放つ少女――――鶴見留美がいる。開口一番からキツいな。

 

「留美ちゃん久しぶりー」

「鶴見さん、元気にしてたかしら?」

「うん。久しぶり」

 

 留美は雪ノ下と由比ヶ浜とも挨拶を交わす。

 

「先生、依頼人って留美ですか?」

「うむ。昨日学校に連絡があってな。ちょうど面識のある私が受け持ったわけだ。何、知らない仲じゃないだろう? 君たちに相談事があるらしい。具体的な内容は聞いていないから、そこはよろしく頼む」

「えぇ、分かりました。鶴見さん、こちらに座って」

「では、私は仕事があるので失礼する。ああ、依頼が終わったら鶴見君を連れて職員室に来てくれ」

 

 それだけ言い残して部室から去る先生。……後ろ姿ムダにカッコいいよな。女らしくないというより、男らしさが勝っているというか。やっぱり婚活成功しなさそう。先生だし。

 

「留美ちゃんは紅茶飲む?」

「あ、はい」

「どうぞー」

 

 由比ヶ浜が紅茶を渡してから定位置に座り、雪ノ下が話を切り出す。

 

「それで鶴見さん、依頼って何かしら?」

「また学校で何かあったか?」

 

 やはりそこが心配になってくる。

 

「ううん、大丈夫。上手くやってる」

「じゃあ、何かな? あ、進路の相談とかかな?」

「ううん。今日は八幡に用事があって。でも、八幡の連絡先知らなくてここに来た」

「俺?」

「ヒッキーに?」

 

 クリスマス会終わってから会った覚えはないけど。

 

「2人も見て。これの説明がほしい」

 

 と、留美がニューロリンカーを操作して俺らに画像を送信した。

 ……って、これ……謡と俺だ。

 

「うわっ、ヒッキー……」

「――――比企谷君?」

 

 うん、ゴミを見るような目つき。特に雪ノ下なんか人を2、3人殺してそうな目つきだ。東峰さん並の迫力。

 

 つか、よくよく見れば、これ日曜に謡と撮った写真じゃないか。そういや、留美に送るとか言ってたような……。

 

 なんか改めてじっくり写真を見ると、謡っでばノリノリで俺の腕に抱きついているな。当時は気にしてなかったけども。こうやって見るとめっちゃ距離近い。雪ノ下たちが引くのも分かるくらい。これを本当に留美に送ったの? 謡さんや。

 

「これ私の親戚……いとこなんだけど、なんで八幡といるの? 急に送られてきて……。意味分かんないし、質問してもはぐらかせるし」

 

 そこでまさか突撃してくるとは。

 

「この子、あれよね? ついこの間に会った……謡ちゃんだよね?」

「え、知ってるの? おっぱい大魔神」

「何その呼び名!?」

「…………ッ!」

 

 雪ノ下、止めて! そんなに自分の胸と由比ヶ浜の胸を見比べないで! 遺伝子的にはまだ可能性あるから。この年だし、成長止まっているだろうし、ぶっちゃけかなり望み薄だろうけど。まだ希望はあるから! それと留美も敵を見る目で由比ヶ浜を見ないであげて。

 

「それで、どうなの?」

 

 あらやだ、この子マイペースすぎる。

 

「えっとね、土曜日に知り合って一緒に遊んだんだ。随分と大人びている子だったよね」

「……………………そうね。比企谷君と知り合いだったわね。そういえば、あのとき謡さんも鶴見さんのこと話していたわ」

 

 随分と長い間でしたね、雪ノ下さん。そんなに由比ヶ浜を敵対視しなくても……。

 

「それ初耳。八幡、いつういと知り合ったの?」

 

 留美は謡のことういと呼んでいるんだ。倉崎と呼び方似ているな。俺もそう呼びたい。

 

「あー、数年前だな」

「……どういう関係?」

 

 なんでこんなに問い詰められているのか。俺何も悪くないよな? 何このデジャヴ。雪ノ下たちと倉崎たち、美早たちと同じ感じだ。つまり、説明が面倒!

 それで、関係ね。親と子で通じるわけないし、そんなこと言ったら下手すら通報されかねん。

 

「謡が事故に遭いかけたところ俺が救けた。そこから知り合っただけだな」

 

 謡が聞いたら『そんなに安っぽい関係じゃないのです』と怒りそうだが。

 

「あ、そういえば、ういも昔そんなこと言ってた気がする。……ふーん、それが八幡なんだ」

「おう」

 

 とりあえずは説明に関しては乗り切れたか……?

 

「それは分かったけど、あの写真は何? ういと距離近くない?」

「それは謡に言え。俺は知らん」

「やー……。ヒッキー、これはあまりにも謡ちゃんと近すぎだよ……ちょっとズルくない?」

「鶴見さんと由比ヶ浜さんの言う通りね。思わず通報したくなる1枚だわ。謡さんはとても可愛らしいのに、隣のゾンビがかなり恐ろしい存在ね。ある種の不気味さを感じさせる写真だわ。あなた謡さんの引き立て役なの?」

 

 3人に問い詰められ、どう切り出せばいいのか判断に迷う。ちょくちょくディスられたのは俺の人徳の成すところだ。マイナス方面の人徳ってなかなかないぞ。誇っていいのか?

 

 そして、1歩間違えれば本当に通報されかねない雰囲気が漂う。相手側には容赦のなさで知られる雪ノ下がいる。あいつはこういう場合において、かなり危険な存在だ。どう答えるのが無難だ。

 というより、この写真、謡が提案して謡がくっ付いてきた写真だから俺には否がないはずなのに、俺に罪がある気がしてならない。

 

「一応本当のことを言うと、久しぶりに謡と会ったときにあいつが『留美に自慢したい』と言い出して撮った写真だぞ、これ。何度でも言うが、謡の距離の近さに関しては知らん。いつの間にかこうなっていた」

 

 嘘は言っていない。真実だ。責任を謡に押し付けている感は若干否めないが、これが限界だ。許せ。

 

「……ねぇねぇ、ゆきのんに留美ちゃん。ヒッキー嘘はついていないと思うよ。……にしては、ピッタリ引っ付きすぎだとは思うけどね!」

「この男にここでわざわざ嘘をつく度胸も器用さもないから、そこは信用できると思うわ」

 

 褒められているのか分からないが、弁明はできたみたいだ。悪魔に命乞いをしなくて済んだ。

 

「2人が言うなら分かった。これはういが私に対して当てこすりで送ってきた写真だと」

「そこまでは言ってない。謡もそこまで考えてないはず」

「こうなったら徹底抗戦」

 

 まあ、自慢したいとは言っていたが。

 

「八幡」

「何?」

「仕返しがしたい」

「仕返し?」

「うん」

「謡に?」

「うん」

「……具体的に?」

 

 嫌な予感しかしない。

 

「同じ構図で写真を撮ってういに送りつける」

「俺を巻き込むな」

「争いの渦中にいながら何を言っているのかしら……」

 

 呆れながらこめかみに手を当てる雪ノ下。それ久々に見たな。

 

「でも、留美ちゃん。それはヒッキーと近すぎるよ……羨ましいし」

 

 ちょっと由比ヶ浜さん? さっきから反応に困ること言わないでほしい。

 

「だったらおっぱい大魔神もすればいい」

「だからそれ止めてってば!」

「くっ……」

 

 そうだぞ。留美がそう呼ぶ度に雪ノ下がダメージ喰らってるんだからな。ほら、見なさい。雪ノ下めっちゃ微妙な表情してるでしょうが!!

 

 

 




次回はアクセル・ワールドの本筋に触れるかなーと思います、多分。そして、アクセル・ワールド読み返したら時系列ごっちゃになってた。そこまで影響しないはずだから俺は気にしないことにした


なろうでオリジナル小説書いてます。わりかし真面目に書いているのでよろしければぜひ。評価や感想などお願いします!
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彼、彼女らとは違う選択を

投稿間隔安定しなくてすいません
多分これからも不定期で上げます




「くぅー……」

 

 椅子から降りて思いきり背伸びをする。

 ずっと座ってると肩やら腰やらけっこう凝るな。

 

 留美の襲撃があった週の土曜日の昼。ただ今自宅で勉強中。受験勉強だ。

 正直に言うと飽きてきたけど、今の段階でこれじゃ夏休みどうするつもりだ。こういうのは飽きる飽きないの話じゃない。無理矢理机に向かわないといけないだろう。たまには気分転換も必要だが、そればかりだとダメだろう。こういうのはメリハリをつけないと。

 

 そういや、留美が突撃したあの日はなんかもう何だかんだで騒がしかったです。けっきょく留美が俺に抱き着いた写真を謡に送ってそれから……ううっ、もうあまり思い出したくない。

 

「お兄ちゃーん。お昼置いておくねー。私ちょっと出かけてるからー」

「おーう。後で行くわー」

 

 ドアの向こうからは小町の声が聞こえる。

 もう少し勉強してからリビングで昼飯食うか。背伸ばして中断したはいいけど、まだ微妙にキリが悪いし。せめてこの問は終わらせよう。

 

「……ん?」

 

 もう一度椅子に座った途端に連絡がきた。これはテレビ通話か。こんな真っ昼間から誰だ。一番可能性があるのは由比ヶ浜辺りか。たまに雑談することあるし。由比ヶ浜から一方的がほとんどだけど。名前を確認してみると――――はぁ、マジか。相手はレイカー……じゃなくて倉崎じゃないか。

 

 ……無視しようかな。いや、後で絶対面倒なことになりそうだ。いやもう、今受け取っても面倒なことに巻き込まれることは確定しているけど。

 

「……もしもし」

『倉崎です。比企谷さん、今お時間よろしいですか?』

「……お前本当に倉崎か? 随分と丁寧な挨拶だな」

『もう! きちんと挨拶したらそれですか! 全く皇帝ちゃんは……』

 

 と、俺の視界には綺麗なストレートで茶髪の女子校生が映っている。……コイツ、由比ヶ浜並にでかいよな。何がとは言わないけど。雪ノ下が悔しがりそうだ。

 

「で、何か用なのか?」

『そうでした。ちょっと皇帝ちゃんに頼みがあるのです』

「断る」

『話を訊いてください!』

「はいはい。それで?」

『私たちと一緒に四神を吹っ飛ばしてISSキットを破壊しましょう!』

「…………は?」

 

 

 ――――話を簡単に纏めると。

 

 まず倉崎たちはネガビュの連中はクロウや黒ちびが在席している中学校の文化祭に遊びに来ている。

 そこに倉崎の子であるアッシュ・ローラーとあざと少女の上月と美早も遊びに来た。……アイツらと接点あったんだ。

 しかし、アッシュ・ローラーがISSキットに感染していると判明。

 呪いなどを浄化できる俺の親こと謡もどうやらアッシュ・ローラーの強化外装に感染したキットは浄化できないらしい。

 だったらISSキット本体を破壊しよう! 

 しかし、ISSキットがあるミッドナイトタワーにはくそ強いエネミー、メタトロンが守っている。人数不足だ。

そうだ、ネガビュには最近復帰したアクア・カレントがいるじゃん。

 しかし、またまた問題がある。アクア・カレントは上の世界に出現した瞬間にエネミーに殺されるという無限EKに囚われており、身動きが取れない。しかも相手であるエネミーがゲロ強いと噂の四神とのこと。

 よっしゃあ! だったら四神を吹っ飛ばすぞと意気揚々と決めた←イマココ

 

 

 ――――うん、一先ずあれだ。

 

「…………お前らバカなの?」

『至って大真面目です』

「いや四神に挑む段階でアホだけど、ミッドナイトタワーにいるのがメタトロンだって? ……あれ、アイツ普段はあんなとこにいないよな。代々木公園とかじゃなかったか? そもそもああいうエネミーってテイムてきたっけ。……それは置いておいて、アイツ地獄ステージじゃないと倒せないクソエネミーじゃないか」

 

 地獄ステージ以外だったら即死のビームを放つ奴。喰らえば緑の王ですら普通に死ぬ。もうちょいエネミー弱く設定してもいい気がするんだけど。一番弱い分類のエネミーでさえ一人だと危ねえしな。まだ、こんなゲーム作った開発者にそういうの言っても無駄どころかそもそも開発者誰だよ。

 

『そこは鴉さんが何とかします』

「……やり方は知らないけど、勝率低すぎだろ。四神の相手してメタトロンとか……いくら赤の王たちが助っ人にいるからといって」

『だからこそ、貴方に頼んでいるのです。皇帝ちゃんの必殺技はエネミーキラーとして名高いですので』

 

 あぁ、そういやそう知られていたな。俺のキャラの必殺技は対人にはめちゃくちゃ使いにくいが、エネミー相手ならわりと有効な技だからな。実際、上の世界でたまにエネミー狩りできるのもその技のおかげということもある。

 

 しかし、返答は――――

 

「……悪いがお断りだ」

『どうしてですか?』

「前に言ったよな。俺はリアルを蔑ろにするわけなはいかないって。今受験勉強中なんだわ」

『そうですか……。困りましたね』

 

 そう落胆した倉崎の様子が映った瞬間――――倉崎が映っている画面に新たな人物が飛び出した。

 

『八幡。私からもお願い』

「…………美早か」

 

 そこには先日ケーキ屋で知り合った美早がいた。メイド服ではなく、当たり前だが私服だ。いつもメイド服しか見てなかったからちょっと新鮮。というより、あれライダースーツか。しかも赤色。君ら着ている服とゲームの色に影響されすぎだろ。

 

『ちょっと、パド? あなたいきなり……って、皇帝ちゃんとリアルで知り合いなの!?』

『イエス』

『しかも名前で呼び合う関係!? ちょっと皇帝ちゃん……いえ比企谷さん、ではなく、八幡さん、私のこと楓子って呼んでもらえますか?』

「切るぞ。さよなら」

『待ってください! いいじゃないですか名前で呼んでくれたって。もっと距離縮めましょうよ。ういういだってあなたのこと名前呼びですし、私だけ置いてかれているような。奉仕部の方々みたいにすぐ会えるわけでもないのに……。ハッ、そうじゃありません。というより、2人はどういう関係なんですか!?』

「店員と客」

『……何その言い方』

 

 美早は不満そうだが。

 

「実際そうだろ」

『もっと色々ある』

「例えば?」

『……密室で話した仲とか』

「いかがわしい言い方止めろ」

 

 あのとき上月もいただろ。……って、余計にいかがわしく思える。目の腐った高校生と小学生とJK――――あの絵面は普通に事案だよな。俺でもそう思う。

 

『なら私の手料理を食べてくれる関係』

「お前それラビリンス買った客全員に当てはまるだろ」

『美味しかった?』

「おう、めちゃくちゃ旨かった。ごちそうさん」

『お粗末様なの』

「また暇あればそっち行くかも」

『八幡が来なくても私がデリバリーするけど?』

「住所教えたくないので丁重にお断りします」

『むぅ……』

 

 プクーッと頬を膨らます美早に若干ドキッとしたけど……あれ? これ何の話?

 

『何だか親しげっ……! ちゃんと説明してください。じゃないとほら、見てください皇帝ちゃん、ういういもこーんな納得いかない表情してますよ』

 

 と、倉崎は謡をだっこしてテレビ通話の画面に映した。つーか、謡さん、貴女近くにいたのかよ。全然気付かなかったんだけど。倉崎は背が高い方だからな。謡なんてアイツにとってはぬいぐるみ扱いだろう。オプションだし。

 

 謡は謡で頬を膨らまし、いかにも『私、不満なのです!』とでも言いたげな表情だ。多分、それ倉崎にだっこされてる状況も踏まえてのその表情だよな? 加えて留実がやらかした分の私怨も含まれているよな?

 まぁ、謡は失語症で喋れないから何思ってるかは分からない。チャットしようにも倉崎に抱きかかえられていて身動き取れなさそうだ。

 

『オホン。……では話を一旦戻しまして』

 

 一旦てことはまたこの話するつもり? しかも謡を抱えたまま?

 

『本当にダメでしょうか?』

「……手を貸すにしてもリスクがあまりにもデカすぎだろ。俺にメリットなさすぎる。別にお前の子と関わりがあるわけでもないしな」

 

 赤の他人じゃなかったら多少は手伝うこともあるかもだが、顔すら知らない奴のことを助ける気にはどうもなれない。

 

「言っとくが、俺は誰彼構わず助ける善人なんかない。そこのところ勘違いするなよ」

『でしたら、バーストポイントを』

「いらない。充分にある。ていうかそもそもそんなポイント使わん」 

『むう……。でしたら私とデートする権利でも!』

「いらない」

『ちょっと失礼じゃないですか!? ……ううっ、そうですよね、皇帝ちゃんの周りには可愛い子いっぱいいますもんね』

『レイカー、それ詳しく』

『言葉通りです。皇帝ちゃんある部活に所属しているんですけど、その人たちがとても美人なんです。1人は美人、1人は可愛い系で、もうそれだけで皇帝ちゃんの需要を満たしてそうで……ねぇ謡?』

 

 倉崎は謡に振るけど、抱き抱えているからチャットできない状態続いているんですけど。頷くことしかできないんですけど。頷きながらもこちらを睨むのは止めなさい。

 

「とにかく、俺は行かねぇぞ」

『強情ですね』

「それ以前の問題だからな? つか、いっそのことISSキットで苦しむくらいならBB消せばいいじゃねぇか」

『ちょ、そんな簡単に言わないでください!』

『八幡、今のはない』

 

 倉崎に続き、美早も俺の提案とも言えない言葉に文句を言ってくる。謡も表情で怒っているのが分かる。

 

「そうか? まぁ、確かにBBがアンインストールされて記憶がどこまで消えるか俺は知らない。BBでしか繋がりがないならあれだが、お前らこうやってリアルで顔合わせて遊んでるんだろ? その繋がりが全部消えるわけでもあるまいし。それでも、ダメなら最初からやり直せばいいだろ。これから先――時間はたくさんあるからな」

『……ですが、もう打つ手なしならまだしも、解決策はあるのです』

「随分薄い解決策だな。……あとあれだ、そっちまで移動するのが怠すぎる」

 

 ていうか、お前ら東京にいるよな。BBの本拠地だし。俺今いるの千葉だぞ。リアルにしろ加速世界にしろ移動が面倒なんだよなぁ。

 

 リアルなら電車があるが、金かかるし何より時間もかかる。その時間で加速世界は下手すりゃ何ヶ月、何年ほどの時間が過ぎるだろうか。

 そして、加速世界から直接東京に行くなら走るしかないわけだ。エネミーに引っかかるかもしれないし、何より東京まで走るとか絶対に迷う。頑張れば行けないこともないが、線路沿いに走ればなんとか。しかし、けっこうデメリットが大きいのも確かだ。他のプレイヤーに出くわす可能性もある。

 クロウなら飛びながら移動できるか。いいなぁ、俺も飛んでみたい。

 

『むむっ。確かにそうですね。ここから走るとなると、無制限なら電車ありましたよね。ポイント使って』

「あの電車ステージによっては動かないだろ。極端な例を言えば大海ステージとか。あと、千葉でも使えるのか知らないし」

『でも、そういうステージの数は少ない』

「ていうか別に俺行かないからな。ぶっちゃけ王2人ならどうにかなんだろ。じゃ」

『ちょっと、皇帝ちゃ――――』

 

 ムリヤリ通話を切る。これ以上関わったら絶対巻き込まれる。誰が好き好んでBBで一番強いと称されるエネミーと戦わなくてはいけないのか。しかもそれが2体。命がいくつあっても足りない。他のMMOで例えるとアイツらエンドコンテンツみたいなもんだろ。俺はガチ勢じゃなくてエンジョイ勢だっての。

 

 アイツらの相手した疲れでベッドに寝転ぶ。

 

 俺はそんなエネミーなど到底相手にしたくない。絶対勝てない相手には挑まない性格だし、そんな無駄な時間は費やしたくない。リアルの――主に人間関係だったら負けることに関しては俺が最強だ。負けないために勝負すらしないようにすることもある。

 別に加速研究会が加速世界で何をしようが今ここにいる俺には関係ない。加速世界を変えるほどの変革が起きようが、俺は恐らく知らない振りを通すだろう。別にあっちがどうなろうが、俺の知ったことではない。

 

「…………」

 

 しかし、こちらを散々弄び、今までロクに痛い目に遇わず、のらりくらりと好き放題場を乱し悦に浸り、腐った現実をひたすら押し付けてくる加速研究会よ――――

 

 

 ――――いい加減舐めてんじゃねぇぞ。

 

 

 だからISSはあの猪突猛進たちに任せるとして、俺は大元を叩きにいくとしよう。

 

「全く、損な役回りだな……」

 

 上の世界から出られなくなる事態を防ぐためにタイマー設定して――――

 

「アンリミテッド・バースト」

 

 いつものBBとは全く違う別の世界へ潜りに行こう。

 

 

 

 



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強襲

「……魔都ステージか」

 

 上の世界に降り立った俺はまずステージを確認する。

 

 魔都ステージ。

 ここの特徴と言えば、地形オブジェクトが異様に硬く、熱攻撃ができる俺や絶対切断を繰り出せる黒チビ辺りではないと斬れないほどの硬さを誇る。多分赤の王の攻撃力でも厳しいのではないかと思う。あ、あと、青の王なら斬れるか。神器だし。

 そして、霧がかなり濃密で動きにくいステージだな。建物の外観もかなり変化しており、窓はよく分からない金属に変わっている。薄暗くいのも合わさり解放感なんて皆無なステージだ。

 

 しかし、今回に限っては当たりの部類だ。大海ステージとか引かれたら移動に困る。まぁ、もしクソステージ引いてもステージ変遷を待つくらいの余裕はあるだろう。あれ、変遷されるまでどんだけ時間あったっけな……。最近ろくに入ってないから普通に忘れた。

 

 俺のタイムリミットは20日。加速世界で20日経てば強制的に現実世界に引き戻される。現実世界ではどれくらい経つかって……あぁ、計算めんどくせぇ。別に長くはない。というより、あんな面倒な計算いちいち出来る奴いるのか。この程度なら、もし俺がいる間に小町が帰ってきても怪しまれないだろう。

 

 さて、その間に加速研究会の奴らをぶっ倒す。できれば1人くらいはPKしたいが、さすがに厳しいか。どうせ加速研究会の奴らがいたとして強制切断は設定しているだろうしな。爪痕残せれば御の字だ。

 

 そうと決まれば東京まで移動しよう。千葉からだし時間はかなりかかるだろうな。徒歩で行くか……いや、さっきアイツらと話したときに電車とかって俺言ったよな。体力はゲームだから使わないけど長時間の移動は精神が削られる。あれ、魔都ステージって動いているっけ。ていうかこんなことでわざわざポイント使いたくねぇなぁ。余ってるけど、稼ぐ手段全然ないし。エネミー苦労して倒しても大してポイント貰えない。

 

 どうせネガビュの奴らも青龍と戦って間髪入れずにメタトロンと戦うわけでもない。何日か休憩くらい挟むだろう。ならゆっくり行っても問題ない。

 

「ただ……」

 

 どうやって加速研究会の奴らと接触するかだな。いやね? 場所ならだいたいの目星は付いている。ネガビュたちと話したときに連中のトップの予想はついてる。どうせ白のクソ共の領地荒らせばいいんだからな。

 それに加えて、カレントから白の王の正体を聞いたこともある。さすがに名前や容姿はさっぱり分からないが、年齢程度なら分かる。それさえ分かれば、自ずと本拠地は絞ることができる。

 

 今メタトロンがティムされていて、アイツがいる場所って港区からだいぶ離れているしな。

 

「やっぱしんどいな」

 

 なんだかんだで東京まで行くのはしんどい。まぁ、最悪心意使えばどうにかなるか。でも、心意使うとエネミーよってくるからそれは避けたい。というより最近使わなさすぎてちゃんと使えるか少し心配だな。

 と、そんな不安を抱えつつのんびり歩き千葉駅までやってきた。さぁ、電車あったっけな。あったとして動いているかな。

 

「……お、あったな」

 

 線路の上に立って電車を見つけたはいい。入り口にパネルがあり、動かすこともできる。ただ、俺の考えているよりポイントかかるな、これ……。

 現役時何回か使ったことはあるけど、千葉から東京までの距離は初めてだからな。こっちはあまり稼げない地域いるのにこれはキツい。やっぱり倉崎にでもねだれば良かったとちょっと後悔している。

 

「これで収穫なしだったら杉並で暴れようそうしよう」

 

 そう半ばふざけた決心を決めて電車に乗る。したらしたで多分ネガビュの幹部たちに返り討ちに遭うだろうな。クロウ辺りをボコれば黒チビ直々にお出ましになるな絶対。もしかしたら謡と戦わなければいけない。遠距離相手はどうも苦手意識が強い。

 

 電車の中は一昔前の蒸気機関車のようだ。魔都ステージだからこの造りなのかな。これがもし他のステージだったらどうなるのか。墓地ステージだったらさらば電王のときのような骸骨のような外観だったりするのか少し興味あるな。

 

 それはさておき、目的地を東京都港区へ設定する。さて、行くとするか。ここにいればエネミーに襲われる心配もない。ゆっくり休め……いや、誰かが線路上でエネミーと戦っていたら危ないな。まぁ、千葉で戦おうなんてする奴いるわけないか。俺だってどこにどのエネミーがいるとか把握しきれてないし。

 

 問題は東京に入って港区までの間だな。そもそも直接の対戦ならいざ知らず、いつでも自由に入れる無制限フィールドの世界でばったりと遭遇することはかなり確率が低いことなんだが。……あれ? そうなるとやっぱ加速研究会の奴らと接触するのは厳しいか。

 

 まぁ、あれだ、もしかしたらネガビュがカチコミかけるかもしれんし、そのときに隙突いて上手いことかっさらえることできれば最高だな。

 

 

 

 

 ――――電車で待つこと1時間。

 

「港区か……」

 

 ようやく港区に着いた。ほぼ寝てた。

 ただ、せっかくの東京なんだが、景色は薄暗くて見栄え悪いな。平安ステージ辺りならもうちょい華やかで綺麗なんだけどなぁ。

 

 今さらだが東京の地理感覚これっぽっちもねぇ……。住んでたの数年前だからな。しかもあまり行ったことのない港区だ。下調べは軽くしたことあるけども。

 

「まず、どこに行くかだが――――」

 

 誰に聞かせるわけでもなく俺は独りでに呟く。これは現時点で俺の考察だ。

 

 

 加速研究会のボスは白の王ホワイト・コスモス。その正体は黒チビの姉。さっきも考えたが、さすがにホワイトの奴の名前も容姿も分からないし、黒チビの方のリアルも割ろうとは思わない。俺はそこらは割り切っている。

 

 ただ、黒チビは中学生。BBの最高年齢は俺という特例を除いて恐らく高1。いくらホワイトのクソ根暗が化け物染みた力を持っていてもそこは変わらないだろう。いやまぁ、アイツが開発者側にいたら話は全く別なんだが……それを言い出したらキリがないので今回は置いておく。

 

 その仮定を重ねたとして、白のコミュ症は最低で高1、もしくは可能性は薄いけどギリギリ高2。で、黒チビはお嬢様の家庭らしい(別に仮定と家庭をかけてるわけではない)。だったら、自ずと白のアイツらのいる学校も絞られていく。自と白って似ているよね。うん、どうでもいい。……アカン、話が逸れてく。

 

 

 事前に調べたところ港区で有名なお嬢様学校と言えば――――エテルナ女子学院。

 

 

 白のレギオンの本拠地は恐らく、きっと、メイビー、ここで間違いないだろう。他に目立つようなお嬢様学校ねぇし。別の場所を本拠地にしてたらそれはもう俺の予想が外れたということになる。

 しかし、どのレギオンも基本は学校を主体にして行動している。なぜなら学校には校内用のネット回線があり、そこに繋げていると外部からの回線には繋がらないからだ。つまり、外から襲撃を受けることはほぼないということだ。だから、本拠地は基本学校で合っているとは思う。

 

 どうしようかね……どこから監視するか。

 

「その前に……『ハイド』」

 

 一言呟く。

 

 俺のパッシブスキルであるハイド。名前がどシンプル。効果はこれまたシンプル、相手やエネミーからの隠蔽。完全に姿をくらませることができるスキルだ。バースト・リンカーやエネミーのHPを俺の攻撃で少しでも減らせばその効果は消える。再使用までは最低5分。そして、完全に退避して相手の視界から外れないといけない。

 

 完全に不意討ち用です。まぁ、通常対戦のときはカーソル出てしまうので、いくら隠れても位置バレるんだけどね! 複雑な地形ならまだ可能性あるけど、草原ステージみたいな平坦なら効果がなさすぎる。

 このスキルマジで使えねぇ……。無制限フィールドじゃなきゃ意味がないやつ。ていうかエネミーに不意討ちしてどうなるんだよ……。大して効果薄いのによ。もうちょいマシなのにしてくれねぇかな。

 

 ダークネス・エンペラー――――皇帝に隠れるスキルがあるとはこれいかに。多分ダークネス要素かな。

 

「ホントこのスキル使えねぇな……」

 

 愚痴りながら離れた場所に高い建物あるので上から監視しようとしたが――そういや魔都ステージだな。建物に入れねぇわ。クロウやレイカーみたいに飛べるのなら話は別だが。

 

 ……大人しく変遷待つか。このスキル基本攻撃しない限り永続なのは強いと思うけど、そもそも無制限フィールドでプレイヤーと戦うこととか普通に少ないから、これまた微妙なスキルということになる。

 

「ハァ……」

 

 建物の影に隠れて変遷を待つ。こういうときが無制限フィールドでは暇すぎる。

 

 2時間ボーッとしていると変遷きた。世紀末ステージか……。これなら建物の上から監視できるな。

 

「暇だ……」

 

 高い建物の屋上へ移動して適当なところに腰を掛ける。

 

 今ごろアイツら青龍と戦ってるのかね。いやホントよくやるわ……。ぜーったい戦いたくないな。しかも青龍ってレベルドレインを持っているとかなんとか。それでカレントはレベル1になったからな。

 

「――――」

 

 というよりマジで暇すぎる。誰か適当に連れてきた方が良かったな。いや、それだと隠蔽バレるか。世の中上手く回らないもんだ。

 

「暇だ……」

 

 よく全盛期の俺は頻繁に1日以上潜っていたな。下手すりゃ1ヶ月はいたことがある。スゴいな俺。素直に尊敬するわ。ただのゲーム廃人を尊敬とかは正直微妙な気はする。プロでもない限りこれといって生産性ないしな。俺の持論として、人様に迷惑かけなかったら、別に何しても良いとは思うけど。

 

 

 

 

 ……………………。

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 

 

「あれからどんぐらい経った……?」

 

 確認してみると……15時間くらいか。あー、体凝るわぁ。いや、ゲームだし別に凝るとかないんだけどね。なんか途中から時間の感覚失せてたわ。寝てはないけど、軽く意識飛ばしてた……。

 

「――――」

 

 

――――だが、そのおかげで収穫見付けたぜ。あの学校の影に誰かいる。

 

あれは……あの文字通り頭でっかちな紫野郎。いや、アイツは女か。女に野郎はおかしい。なら何て言う? ババァでいいか。エセ関西弁を操る超絶胡散臭いウッザい奴――――アルゴン・アレイ。

 

 俺アイツのこと嫌いなんだよなぁ……。ただただ表面上しか喋らなくて信用ならない。ちょっと話すくらいでは分かりにくいが、その実、接していると薄々見えてくる常に誰かを見下している態度があまりにも鼻につく。多分信用ならない度合いで言うと、陽乃さんを越えるレベル。あの強化外骨格とは別の類。

 あの人は分厚い上っ面でそれっぽい言葉で場を引っ掻き回すことをよくするが、それでも接していると、どんな人物なのかは少しだけ見えてくることがある。しかし、アイツの言葉はひたすら羽のように軽い。その全てが胡散臭いのだ。だから俺はアイツが嫌いだ。

 

 カレントの報告によりアイツが研究会のメンバーだってことは知っている。元々キナ臭い奴だしな。

 

 当然隠蔽しているこちらにはまるで気付いていない。

 

「着装、ブレード・オブ・フュージョン」

 

 俺の手には……うん、慣れ親しんだ感触だ。色んな戦闘で色んな奴の武器を奪って戦ってきたが、これがやっぱ一番馴染む。俺の主武装だしな。実のところこれめっちゃ軽い。軽いのに高温のブレードとは、一体全体どういう仕組みなんだろうか。

 

 そんな疑問は置いておいて必殺技ゲージは満タンだ。――――さっそく仕掛けるか。

 

 

 

 

 

 

 

 




前回投稿したとき恐らくですけど最高日間6位までいきました
とても嬉しくて思わずスクショしましたw

読んでくれて感謝



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悪意の塊

遅れてすいません!!

あと今回、人によっては不快な描写があると思うのですが、目を瞑っていただければ……






 アルゴン・アレイ。紫デカ頭のエセ関西弁。黒チビたちの情報によれば、コイツも加速研究会のメンバーだ。それも幹部クラスだろう。今俺がいるのは恐らく白のレギオンの本拠地、つまりは加速研究会の本拠地とも言える場所だ。こんなとこでコソコソしているんだ、それも黒チビたちが動いたであろうタイミングで。

 

「無関係とは言わないだろうなぁ」

 

 紫デカ頭に狙いを定めて俺の武器である溶解の剣を構える。

 

 必殺技ゲージ10割使う防御不能の必殺技を喰らわせてやる。対象との距離は恐らく500mは離れてる。普通に剣を振っても当然当たらない。しかし、どれだけ距離を取ろうとも関係ない。見えてさえいれば、俺の必殺技は届く。

 

「『エターナル・ブレイク』」

 

 必殺技のコマンドを言い、溶解の剣は蒼色に輝き始める。その状態を見届けてから、俺は横に軽く剣を振る。特に力は入れずに、撫でるように。それだけで――――

 

 

 ――――ガシャアァァァン! ドゴオオオォン!!

 

 

 目の前にあるビル郡は真っ二つにされ、耳がつんざくほどの巨大な音を放ちながら崩れ落ちていく。まるで何か爆発物が盛大に爆破したときのように、ひたすら崩れる。

 

 そして、アルゴン・アレイも何が何だか分からない、今何が起きたのか分からない――表情はここからでは見えないが――といった雰囲気で首と体と寸断される。一瞬でHPは尽きていき、無制限フィールドで全損したときに現れるマーカーだけになる。

 

 

 俺ことダークネス・エンペラーが所持している唯一無二の必殺技――エターナル・ブレイク。

 

 簡単に言えば、空間そのものもを斬る技。剣を振り、視界にあるその軌道上にあたる物体全てを斬る技だ。空間を斬る、即ち、遠くから全体を見渡すように放てばそこに写る風景さえも斬ることができる。ビルであれ、エネミーであれ、リンカーであれ全てを斬る。

 

 あくまで視界内だけであり、視界外までは狙うことができない。しかし、空間を斬るので、どんなに防御に優れたプレイヤーですら斬れる。どれだけ防御を固めようが、何をしようとしても関係ない。正に一撃必殺とでも呼ぶべき技だ。恐らく、単純な射程距離なら、この必殺技が最長じゃなかろうか。条件が整えばの話になるだろうが。

 

「……ま、現実はそんな甘くねぇけどな」

 

 ぶっちゃけこの必殺技、性能があまりにもピーキーすぎるんだよなぁ。確かに当たれば強いけど、まずそもそもとして早々当たらん。あくまで軌道上しか斬れないから避けようと思えば、容易く回避は可能だ。特に近接状態で使えば、軌道なんて簡単に読まれるので、ちょっと横にステップでも踏めばそれだけで回避される。当たる人には当たるんだけどね。

 

 弱い点その2、必殺技ゲージを全快にしないといけない。自由に貯めれる無制限フィールドなら未だしも、通常対戦ならそこまで貯まる前にだいたいは決着が付く。あくまで俺の場合だがな。

 

 弱い点その3、確かにこの必殺技は何でも斬れる。しかし、胴を分断するか、首を両断しないと即死判定にはならない。必殺技ゲージ全部使って削れたのが足や腕1本だけとか割に合わなさすぎる。それだけだと、痛みはそりゃあるだろうが、HPは削りきるのはできない。

 

 エネミーも弱点を斬らないと、一部位を欠損させただけでは効果は薄い。首を両断しても、動き続けるエネミーもざらにいる。とはいえ、俺が単独でエネミー狩りをできるのはこの必殺技のおかげだ。個人的にはエネミー全体を確認できる位置に移動して、必殺技を使うのが鉄板だな。

 

 

 ……とまぁ、使えるんだか使えないんだかよく分からん必殺技だ。強いんだけどなぁ、出番がないというか、だいたい溶解の剣で事足りるというか……。こんな感じに不意討ち狙いならかなりの効果を発揮するぞ! ハイドといい皇帝の名前のくせして暗殺向きの構成だよな……。

 

「それよりも……」

 

 ビルから移動して、紫デカ頭が死んだ場所まで移る。途中瓦礫があるが、そんなの適当に斬れば問題ない。

 

 周りを更地にしてからマーカーの近くで胡座をかく。

 

「よぉ、久しぶりだな。紫デカ頭」

 

 返事がない相手に話しかける。向こうも俺のことは見えている。

 

「斬られた瞬間は分かんなかっただろうが、時間が経てばこれをしたのが俺ってのは理解できるだろうな。お前には散々これ喰らわせたことがあったし、久しぶりだったとはいえ察しはつくかも。……あれ、剣で斬った方が多かったっけ?」

 

 どんな表情をしているのやら、見物だな。見れなくて残念だよ。

 

「用心深いお前のことだから、まぁ、無制限フィールドから出れるよう途中で切断できる設定にしているはずだが、お前ら今から黒の王たちにちょっかいかけるつもりだろ? アイツらがいつ仕掛けるか俺も分かんないけど、すぐにってわけじゃないよな。それに……何だっけ、お前ら加速世界の中で減速……どれだけここにいても苦にならないチートみたいなプログラムを使っているらしいな。それがあるから、1日2日じゃなくて、かなり長い期間潜伏するつもりだろ? その間付き合ってやるよ、せっかくだし全損させるか」

 

 適当に話ながら時間が過ぎるのを待つ。

 

「ここにいたら白の王とかが勘づくかもだし、場所は変えないとな。四肢が欠損してもすぐにはHP全部減らないだろ? それまでに離れるだけ離れとくか、いや、四肢より目障りな頭と目を斬っておくか。レーザー邪魔だし」

 

 

 

 

 ――――そして、1時間が経過した。アルゴン・アレイが復活した瞬間。

 

「――――ッ」

 

 即座に剣を振り抜き、頭、四肢を切り落とし、目を刺して潰す。そして、首を掴んで迅速に移動する。エネミーが来ないように心意を使っての移動は控える。

 

 紫デカ頭の特徴はでかいアフロみたいな頭や目を使ったレーザービームだ。それさえなきゃただの雑魚だ。手足もいでるから、反撃もできない。必殺技ゲージは貯まっているだろうが、頭や目がなければ、必殺技や心意は使えない。それに加え、無制限フィールドは痛みが通常よりも2倍になる特性がある。頭や四肢が溶解の剣で斬られている状況で、痛みを感じない奴なんてまずいない。誰でさえ、痛みは感じる。心意技を使おうにも多少なりと集中力はいる。

 

 こんな状態では、集中なんて大概できないだろう。もちろん、無制限フィールドに常時いる奴なら痛みにある程度は慣れているだろうが、まぁ、四肢欠損、視界は真っ暗、その上激痛、これらに慣れている奴は少ないだろう。

 

 

「ホント、堪忍してやぁ……」

 

 白のレギオンから数キロ離れたビル群の片隅。そこにアルゴンを投げつけてから、ようやくアルゴンは言葉を喋る。しかし、言葉はとても弱々しく今にも事切れそうだ。

 

「無惨な姿だな。ダルマかよ。だっせぇ」

「誰がこんなんにしたんやろか……グッ……!」

「はっ、ザマァないぜ。一方的に殺られる痛さと怖さってのがこれで少しは分かるんじゃねーか?」

 

 と、剣を少し目に刺す。熱は控えめにして。

 

「アアアアアァァァ――――!!」

 

 うるせ。HPあと3割くらいか、

 

「ハァ……ハァ……なんでこんなことするん……?」

「んー……何だろ、敢えて言うなら憂さ晴らし?」

 

 弱々しい声にそうケロッと答える。

 

「別に俺は加速研究会とやらに直接被害を受けたわけじゃないし、関わりがあるわけでもない。ただ、何て言うかな。お前らがひたすら見下そうとしてくるのが気に喰わなかったむてところだ。いやもうめっちゃムカつくよなぁ。……とまぁ、理由はそんなところか。いい加減、こちらを舐めるのも大概にしろよ? いつまでも好き放題にするんじゃねーぞってのを俺が黒の王の代わりに言いに来たんだよ」

「何やそれ……。皇帝ちゃん、そない黒の王と仲良くないやろ」

「まずそれで呼ぶな。気持ち悪い。話はそれからだ」

 

 それだけ吐き捨ててから、首を飛ばしてHPを全損させる。これで2回目か。レイカーならともかく、お前からそう呼ばれるのはひたすら不快だ。加速研究会の面子なのを差し引いても、そもそもお前のこと嫌いだし。

 

 レイカーの方がまだ可愛い……いや、うーん……どうだろ。どっちもどっち? Sっ気さえなければ良い奴とは思うよ、うん。

 

 

 

 また時間は経過し2回目の蘇生した――――瞬間にさっきと同じように斬り刻む。

 

「グッ………………ガッ……ハァ……全く、手厳しいなぁ、エンペラーは……。何にも見えへんわ。そういや、エンペラーも安全装置はつけてるんやろ? あんたが離脱している間に逃げることはできるはずやで」

「んなのすぐ戻ってくるっての。再スポーンここになるわけだからな。つか、分かりきった質問すんじゃねぇ。時間の無駄だ」

「それで……うちに何するん?」

 

 息絶え絶えに紫デカ頭……あ、今は頭なかったな。紫ダルマがそう質問する。目は俺が潰したし、四肢もない。ダルマって言い得て妙だな。

 

「いやゆーて、ただの嫌がらせだぞ。まぁ、黒チビに貸しを作るのも悪くはないかなって。ここにいるのアイツらに言ってないもんで。だから、やるのは単純な嫌がらせだ。つっても、ただただお前をとことん痛め付けるだけだけど。いつもヘラヘラしている顔のお前が泣き叫ぶのは興味がある。どんな声で泣くのかなぁ……ハッ」

 

 最後には鼻で笑う。まぁ、コイツが切断されて逃げるまでポイント削っておこう。行きの電車代稼げればいいなー。

 

 他にも目的はあるにはある。

 

「他にも誰か釣れたら美味しい展開だが……打撃与えるだけ与えたいし。ただなぁ、そうはならないだろうなぁ。だって所詮、被害受けてるのたかがダルマだし、こんなの救う価値ないだろ」

「な、何やと……?」

「だって、お前の救出に戦力割くほどお前に魅力ないでしょ。……え、もしかして、自分には特別な価値があると思ってるのか? だとしたら、頭お花畑だな。それはそれは綺麗な……ね。あるわけねーだろ。たかだか、お前程度の奴によ」

 

 剣で肩をぶっ刺す。痛みで反論しない間にも俺は言葉を続ける。

 

「わざわざそんな勿体ないことしないだろ。貴重な戦力使ってなぁ。何か向こうにもバレたくないような重大な秘密がバレるかもしれないのに。それに向こうからしたら、今ここに誰が潜んでるか分からないだろうし、ここに来るのは危険なことだろう。……あれ、加速研究会にメリットなさすぎじゃね?」

 

 実際には俺の独断専行なので、伏兵がいるとかまぁないけど。それでも、メリットとデメリットを考えれば……俺ならデメリットの方が高いと思う。拷問みたいなことをして口が割れてしまうみたいなこともない。放っておいたら、いずれ切断されるわけだし。だったら、無理に助ける必要なんてどこにもない。

 

「リスクリターンの管理ができているなら、まずお前はいらない奴だ。俺ならお前は真っ先に見捨てる。もうちょい、それこそ黒チビやグランデみたいな価値ある人物なら、助けようと思うんだけど……考えてみろよ、お前だぞ? まさか王と同等の価値があると思うのか? ま、当たり前だが、ないだろ。絶対に」

 

 語気を強めて断言する。俺が今からすることは嫌がらせだ。ただまぁ、やるからには徹底的にだ。目には目を、歯には歯を、悪意には徹底的な悪意を、だ。

 

「なぁ? 今まで気持ち良かったか? 弱者をいたぶって。自分の思い通りに物事運ばせて。お前の手の平の上でアイツら転がせて。……調子乗ってんじゃねぇぞ」

「――――ッ」

 

 目を潰しているから表情は見えないけど、息を呑む音は聞こえる。見えないことも相まって、かなりの恐怖を感じているだろう。真っ暗な闇から浴びせられる無数の罵詈雑言だ。1つ1つが確実に心を抉るモノだ。それらを浴びせられてなお、気にしない、なんて言える奴はいない。

 

「それにほら、わりと派手にビル崩してからけっこう時間経ったのに誰も助けに来てないな。お前らの使う減速とやらだったら、すぐ異常に気付きそうなもんだが。お前コソコソしてたんだし、どうせ誰かと待ち合わせしていたんだろ? それでも、探しに来ないし……やっぱりお前見捨てられたんじゃね? どうでもいいけど。お前はその程度だったって話になるだけだ」

「ちがっ……違う違う……違う違う違う!」

 

 さっきも思ったが、基本的にこういう奴を助けるメリットってないんだよな。情報を吐くわけでもないし、却って近付いたら何か秘密がバレるかもしれない。まぁ、放っておくよね。

 

 紫ダルマはかなり参ってる様子だが、そんなの気にしない。というより、誰が構うかっての。どんどん続けるぞ。

 

「B・Bをインストールしているってことは、多かれ少なかれ現実で迫害……とまではいかなくても、何となく日常とのズレってものを感じて生きてきたんだろうな。そんなお前がここに来たら、力に酔って弱者をいたぶるってか。オモチャ買ってもらったガキかよ。所詮、お前なんて現実ではちっぽけで、誰からも必要とされずに、ひっそりと生きている、独りのくせして独りでは何もできない――――空虚なガキのくせして」

 

 溶解の剣で刺しているのに、何とか紫ダルマは声を振り絞って反論しようとする。

 

「…………ッ。そ、そんなの……あんたも同じちゃうんかい!? 今も私にこうして……同じ穴の狢ってやつやろうが……!」

「否定はしないが、これでも現実にもかけ替えのない大切なものくらいあるもんでな。お前みたいな他人を傷付けることでしか欲求を満たせないクズと一緒にしないでほしいな。つーか、そもそもの話さ、お前と俺の立場が同じってなぜそう思うんだよ」

 

 全然違うだろ。お前はただただ因果応報なだけだろ。誰かに向けた悪意は、いつか自分にも帰ってくる。それこそ、独りでは止められないほど強大になって。悪意は連鎖する。時間が経つにつれ、どんどん膨れ上がる。そんな強大な悪意が、全部1人に押しかかってくる。さぞや、恐ろしいものだろう。

 

 俺も今まで加速研究会に被害を受けた奴らの悪意をコイツにぶつけている点では紫ダルマの言うことも当たっているかもな。いつか、紫ダルマに向けた悪意が俺に帰ってくるかもしれないが、別にどうでもいいな。他人の悪意で心が折れる奴もいれば、俺みたいに昔から様々なことを経験して折り合いをつけている奴もいる。

 

 要するに、どう向き合うか、向き合えるかだ。

 

 ……まぁ、今のコイツが悪意と向き合えるとは到底思えないがな。

 

「……ほら、こうしている間にも助けがくる気配はない。やーっぱり簡単に切り捨てられる駒なんだな、紫ダルマ。良かったじゃないか、自分はどうせこんな程度の奴なんだって再認識できて。……ハァ、だるっ。もう面倒だし、さっさと現実世界に帰れよ。どうせこっちでは、お前の居場所ないんだから。……ん? あぁごめんごめん。現実世界でも似たようなものか」

「あ……あ…………あっ………………」

 

 耳元に近付き一言囁く。

 

 

 

「なぁ――――お前なんで生きてるの?」

 

 

 

 たっぷりと悪意を込めた言葉を送る。

 

 

「あ……あ、あ……アアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 

 巨大な悪意に耐えきれず、絶叫する。思いかけず、ドス黒いナニカに呑み込まれたかのように、嫌々と駄々っ子みたいに首を横に振る。目の前の現実を直視したくないのだろう。それほどまでにたっぷりと俺は悪意をぶつけた。……しかし、そんな光景を見ても、手足がないからジタバタ暴れているようにしか見えない。魚が陸上げされたときみたいだ、なんて感想しか持てない。

 

 だいぶ薄情だな、俺も。同情なんてするわけない。むしろ、今の紫ダルマは非常に滑稽と思えるまである。

 

 それから紫ダルマは心がポキッと折られたようにひたすら叫びわめく。

 

「うるさい! うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさ――――」

 

 途中で言葉は切られる。首を両断して、再びHPは削れマーカーだけになる。

 

「……お前がな」

 

 

 

 

 それから紫ダルマは会話せず何も自由にさせずに、15回ほど痛めて殺した辺りで急に無制限フィールドからいなくなった。途中でセーフティが働いて回線が切れたのかと思ったが、どうやら誰かがニューロリンカーを引っこ抜いたみたいだ。

 

「チッ、あんまポイント稼げなかったな。つまんねーの」

 

 といっても、誰がニューロリンカー引っこ抜いたのやら。まぁ十中八九、加速研究会の奴らだろうが、にしてはかなりラグがあった。近くにいたならもうちょい早く抜いてやればいいのにな――なんて、他人事のように思う。

 

 にしても、どうしたんだ俺は。マジで心とか傷んでいないぞ。ここまで人を追い込んだと言うのに。自分でもどうかと思うくらいにはイカれていた。謡や倉崎、美早のため? アイツらに頼まれたから? 違う。アイツらはそんなこと、誰かの心を徹底的に折れなんてことは頼まない。何だかんだで優しいからな。

 

 だったら、俺がそうしたかったからだろう。人が人に罰を与えるなんてことは、ただのエゴだ。しかし、そうでもしなければ、過ちを犯していることにすら気付かない人が多い。加速研究会の奴らだって、どうせしょうもない大義だなんだを掲げているのだろう。そんなモノのために大勢が迷惑を被っているんだよ。あぁ鬱陶しいことこの上ない。

 

「……俺のエゴだな」

 

 やはり結論はそうなる。

 

「ま、わりと嫌がらせにはなっただろ。さて、今からどう動くべきかな……」

 

 

 

 

 

 

 



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夢、幻

 紫ダルマを追い出したところで、今から何をしようか迷う。

 

 俺はぶっちゃけISSキットをどうこうしようとは考えていない。それは主役のアイツらがどうこうする話だ。この加速世界において脇役の俺は、色々と整っている舞台を荒らすことしか考えていない。責任関係なしに荒らすのが楽しすぎてね、うん。まぁ、全く関係ないが、文化祭のときの雪ノ下とかを見るとなぁ……責任ある立場ってのは心底大変そうだったもんで。それで雪ノ下一度潰れたし。

 

「――――」

 

 そう、さっきまでは単純に嫌がらせ目的で白の領地を荒らしただけだ。加速研究会に何かしらのダメージを与えればいいなと、そんな程度の考えしか持っていなかった。その目的はある意味達成した。目的を達成した以上、俺はもうここに留まる必要はない。

 

 やることやったので一旦帰るかと迷ったが、このまま去るのはどうなのかと一旦立ち止まる。あぁもう、何だかんだでISSキットのことが気になってしまう。

 

 ISSキット本体がある場所どこだっけか。えーっと、レイカーはミッドタウン・タワーなあると言っていた。……ミッドタウン・タワーってどこだ。東京の地理感覚がなさすぎて分からない。調べてみるとどうやら千代田区にあるらしい。ここから千代田区ってどう行くんだ……。ヤッベェ、マジ分かんねぇ。東京なんて単純な面積は小さいくせして、どうしてこんなに複雑なんだ!

 

「まぁ、そもそも……」

 

 こっちにダイブしてから1日はとっくに過ぎている。そろそろ2日経つだろう。アイツらがメタトロンにいつ挑むかも分からないし、もう既にメタトロンと戦っているかもしれない。あぁいや、その前に青龍からカレントを救うんだったな? さすがに青龍から立て続けにメタトロンに挑むとは思えない。いくらか時間を空けるだろう。そんなピンポイントのタイミングで加勢に行けるとは考えにくい。まぁ、そもそも青龍からのカレント奪還が成功したのかどうかすら疑わしいが。

 

 だったら、やはり俺の役割はここで終わりかな。今さら千代田区へ行ったところでという話だ。加速研究会への嫌がらせは完遂したし、まぁ充分だろ。別に黒チビたちを手伝ったわけではないんだけどね! 勘違いしないでよね! 男のツンデレは需要はあるのか……? いや、ない。

 

「……って」

 

 ここまで来てはたと思う。そういえば、今さらだが紫ダルマ――――アイツはここで何しようとしていたんだ?

 

 リアルの体が港区辺りにいてダイブしたからここにポップしたのは分かる。そのあと加速研究会の誰かと合流……待ち合わせでもしていたのだろう。そして、集合時間になってもダルマが来なかったもんで、何があったのか確認してみれば俺がPKしていたから手出しはしなかった。だから、加速研究会の誰かがダルマのニューロリンカーを引っこ抜いて助けた。

 

 ここまでは分かる。まぁ、俺を視認したかどうかは別問題としてだ。向こうからしたら何かトラブルが発生したから、救出したのだろう。

 

 ただ、紫ダルマが現れたタイミングからいって、黒チビたちの邪魔をしようとした可能性は大いにある。むしろ、それしかないまである。

 

 普通、無制限フィールドでタイミング良くかち合わせすることなんてまず不可能だからな。いくら加速研究会の奴らが減速しようともだ。さすがに限度ってもんがあるだろう。いや、まぁその減速ってのがどこまでの程度のモノなのか知らないから、あくまで予測でしかないのだが。

 

 加速研究会は単純にちょっかいをかけようとしただけなのか、何か大きな目的を果たそうとしたのか……ここまで来たら見極めないといけない。

 

「……んん~……」

 

 ここまま放っておくと、どこかムズムズしてどうも歯切れが悪い。なんかこう、歯に何か挟まっているような気持ち悪いモヤモヤがあり、寝覚めが悪くなりそうだ。うん、安眠は大事だ。それに加え、俺に関係ないとはいえ、乗りかかった船とも言う。せっかく東京まで来たのだから、何かしら成果を残したい気持ちはある。

 

 空振りってのもあり得るが、そこは成るように成れってか。

 

「しかしまぁ……どこ行けばいいんだか」

 

 けっきょく、この問題に行き詰まるんだよなぁ。計画性がなさすぎる。やはり今からにでもどうにかミッドタウン・タワーに向かうべきだろうか。それとも、港区で何か大きなことをしようとしているのなら、ここに留まるべきか。うーん、かなり迷うが、どっちもどっちかなぁ……?

 

「だったら、移動が面倒だし、ここだな」

 

 とりあえず加速研究会本拠地を見渡せる位置に陣取って待機しておこう。

 

 

 

 

 

 ――――ドゴオオオォォォン――!!!

 

  

 あれから数時間、突如鳴り響いた騒音に、監視しながらもウトウトとしかけていた俺の意識は覚醒する。

 

 何だ、ついに何か起きたのか? そう思いながら音の発信源を探ってみると、白の本拠地の学校に盛大に穴が空いていた。そこから、何人かB・Bプレイヤーが飛び出してきた。遠くてはっきりと全容は確認できないが、何となくは分かった。そのうちの1人は銀色の細身の奴……前にも会ったシルバー・クロウか。もう1人は……何だアイツ? 黒い板が多くくっついている。見たことないなぁ。

 

 それからしばらく静観していると、レパードやパイル、ベルも現れた。なんでアイツらここにいるんだ? 千代田区にいるはずじゃないのか?

 

 そして、他にも確認できた。あの紫頭は――――

 

「――――チッ」

 

 思わず舌打ちをしてしまう。……うーっわ、紫ダルマいるじゃん。めんどくせぇ。ケッ、よくもまぁ、あれからよくダイブする気になったもんだ。心へし折ったと言うのに。

 

 ただまぁ、遠目でも充分分かるくらい、かなり精神参っているな。レパードにかなり圧されている。防戦一方といった様子だ。いつもの飄々とした姿はどこにもない。ま、当たり前か。あそこまで心を折ったんだ。まだ精神は回復しきっていないだろう。

 

 となると……状況から見るに、あの黒い板の集合体も加速研究会の一員か。ちょっかいかけたろ。どうせ今はハイドしていて俺の姿は視認されていない。システム的に見えないのだから、不意討ちし放題だ。盤面荒らせるだけ荒らしたろ。

 

 と、上から様子を確認していたが、あらかた確認終えたのでビルから降りる。

 

 まずは紫ダルマやるか。どうせ俺の姿見たら、ゼロフィルという何と言うか……抜け殻になる現象は起こると思うが、このまま残すのも正直鬱陶しいし? 遠距離キャラはさっさと潰すべしだな。

 

 降りてから、さっさと駆け抜けアイツらに近付く。途中俺が崩したビル群は変遷で元に戻っている。だから、念のため気付かれないようにビルの影を通りつつ移動する。

 

 近くまで移動すると、黒チビチームと加速研究会で睨み合いが起きている。まさに一触即発といった雰囲気だ。今は何が問題なのか、何が起こっているのか、他の面子はどうしたのか、外野の俺には全く理解できない。何やら色々と言い合っているが、どうでもいいので俺は聞く耳を持たない。嫌がらせさえできればそれでいいので、はい。

 

 

 しかしまぁ、加速研究会の奴らもある意味バカよな。俺がここら近辺で紫ダルマをボコボコにしていたのは知っているだろう。正確な場所までは知らなくても、ダルマから報告は受けているはずだ。なのに、わざわざ律儀にこちらに帰ってくるとか。まだ俺が待機している可能性は考えなかったのだろうか。少しばかし呆れてしまう。

 

 もちろん、たかが俺1人でっていう話もあるが、無制限フィールドにおいて俺のスキルによって初撃はほぼ必中なんだから、警戒くらいすればいいのだが。

 

 そのようなことを考えつつ、足音を殺して紫ダルマに近付く――――

 

 首を斬ろうと剣を振りかぶった瞬間、紫ダルマはつい数時間前に味わった恐怖を思い出したのか、それとも単純にその可能性を忘れていただけなのか、突如慌てふためく。

 

「――ッ。ヤバいヤバい、バーやん! ここはアカ――――」

 

 直前に勘づいたダルマは隣にいる……なに? なんか黒い板の奴に忠告をしたが、時既に遅し。台詞の途中でダルマの首が見事に飛び跳ねた。……あれ、そもそもダルマに首なんてなかったか。いや、どうでもいいな。心底どうでもいい。

 

 そして、もう何度も見たマーカーがその場に出現すると同時に、紫ダルマのHPを減らしてしまったせいで俺のハイドの効果は切れ、全員の前で姿を現すことになる。

 

「あなたは――!?」

 

 黒い板がいきなりの登場に驚いているが、そんな反応は気にも留めない。間髪入れずにすぐ斬りかかる。

 

「チッ……」

 

 剣が当たる直前になんか消えたと思ったら、黒い板は少し離れた場所に移動していた。なんだあれ、瞬間移動? ではなさそうだが……。にしちゃラグがあったからな。瞬間ではない移動技。高速移動の類いだろうか。

 

 それにしても、近くで確認してもこんな黒い板の奴には見覚えはない。まぁ、何年も前に離れていたし、俺が離れている間に生まれた奴だろうな。時期的にもそうなる。さすがに全員というわけでもないが、戦った奴らはだいたい記憶している。コイツは見覚えがない。

 

「…………?」

 

 ――――そう個人的には確信しているのだが、どことなく引っかかる違和感。会ったことはないが、どこかで相対した覚えがある……そんな違和感。この雰囲気、やはり一度は会ったことがありそうだが……うーん。分からん!

 

「まぁいいや。レパード、今どういう状況?」

 

 

 今考えても答えが出ないのは明白なので、これ以上は思考しないでおく。とりあえず、いきなりの俺の登場に唖然としている4人の中でも付き合いの長いレパードに話しかける。

 

「……エンペラー、あなたどうしてここに? 私たちの話断ったくせに」

 

 真っ先に反応したレパードは軽く文句をぶつけてくる。

 

「そうツンケンするな。勉強の息抜きがてら、ストレス発散に紫ダルマをボコボコにしていただけだぞ。正直完膚なきまでに心をへし折ったから、しばらくはダイブできないと思ったんだが……アイツだいぶタフだな」

「ダルマ……? それは置いといて、道理で覇気がなかった。いつも以上に逃げ腰だったし、心意も使ってこなかった。はっきり言って今のアルゴンに負ける気はしない。……エンペラーが倒したけど」

「そりゃ不意討ちは最大限頂かないと勿体ないだろ」

 

 それなら、黒い板狙った方が良かったか?

 

「あ、あの――!」

 

 俺とレパードの会話にクロウが割って入る。

 

「ど、どうしてエンペラーさんがここに!?」

 

 適当にクロウをいなそうとしたが、黒い板を見てあることに気付く。え、何をしてんだアイツ。

 

「そういうのいいから。さっきレパードに言ったしな。……で、これどういう状況? なんか今気付いたけど、あの黒い板に捕まっている奴……あざといチンチクリンじゃねーか」

 

 赤の王が黒い板に抱き抱えられているこの状況。年齢的に中学生か高校生が小学生を抱き抱えているってことだろ? 絵面から犯罪臭がする。通報しよ!

 

「バイスに捉えられている」

「いや、んなのさっさと抜け出せよ……。って、意識あるの?」

「ゼロフィルに近い状況」

「あぁー、なるほど。なるほど?」

 

 レパードが歯ぎしりして、黒い板を睨んでいる。うん、過程が分からん。あとで謡に聞こう。

 

「とりあえず、あざと幼女のHP全部吹っ飛ばそうか?」

「いえ、それだと最低1時間はここにいなければいけない。それは危険」

「それもそうか」

 

 はてさて、加速研究会は赤の王をどうするつもりだろう。白の王に献上して加速世界から退場させるつもりか、それとも別の目的があるのか……。そういえば、前にカレントと話したとき、何か核心に触れたようなことを話したはずだ――――

 

「アルゴンが倒されたのは計算外でしたが、皇帝が彼女をめちゃくちゃにしましたからね。致し方なしでしょう」

 

 なんか黒い板が喋り始めた。って、何言ってやがる。

 

「おい、その言い方止めろ。人聞きの悪い」

「事実でしょう。どうにか彼女を救出しましたが、酷く怯え泣いていましたよ」

 

 レパードが怪訝な目付きで俺を睨む。

 

「……あなた、具体的には何をしたの?」

「ノーコメントだ」

 

 あんなの人に聞かせるもんじゃないよな。

 

「でだ、それは置いといてさっさとあざと幼女返してくれよ。いくらお前……なぁレパード、ごめん、アイツの名前何?」

「相変わらず締まらない。ブラック・バイス」

「やっかましい。え、ブラック? 黒チビいるじゃん。同系色とか……まぁいいや。バイスとやらが加速研究会でいくら強かろうが、こんな大人数に囲まれてんだ。勝てると思う?」

 

 バイスが例えレベルが8だろうと、ぶっちゃけ人数でゴリ押しできるだろ。こっちにヒーラーいるんだし。やだ、この中でベルが一番頼もしい。

 

「確かにダークネス・エンペラー……皇帝の言う通り、これだけ相手するのに1人では厳しいでしょうね」

「って、言うことは……そりゃ誰かいるよは」

 

 バイスの背後から新たな参加者が現れる。予想通りだ。伏兵を仕込ませていたらしい。しかし、現れたのは見たところ1人だけみたいだ。俺のように隠蔽スキルを持った奴がいる可能性は捨てきれないが、ぶっちゃけ今まで同系統のスキルを持った奴は見たことないないから、気にしなくていいだろう。

 

 そして、この場に現れた人物は俺も見覚えのある奴だった。だが、ソイツに真っ先に反応したのはクロウだ。

 

「ウルフラム・サーベラス……」

 

 メタルカラーの中でも最高硬度を誇るタングステンを身に纏うB・Bプレイヤー。コイツ、加速研究会と関わりあったんだな。うーん、予想外した。

 

 サーベラスはメタルカラーであるタングステンのせいでただでさえ非常に硬いのに加えて、最大の特徴は物理無効のスキルを有することだ。小細工なしの単純な殴り合いなら、恐らく一番強いと言ってもいいだろう。そのくらいのポテンシャルは秘めている。前回はレベル1だったが、ここにいるということは最低でも4だ。物理無効のスキルも相当強化されているだろうな。

 

 そんなのマトモに相手してられっか。

 

「『エターナル・ブレイク』」

 

 先手必勝。空間全てを断つ必殺技で殺しにかかる。首の両断を狙ったが――――

 

「――――ッ」

 

 寸でのところでサーベラスはしゃがみ、俺の攻撃はただ背後のビルをぶった斬っただけに終わった。今の動きは知っていたな。どうやら俺の情報行き渡っていたかみたいだ。そりゃ、伝える機会はいくらでもあっただろう。かなり警戒されていたし。

 

 はー、ホントこの必殺技つっかえねぇなぁ……。不意討ち気味に撃っても避けられるとか何なん? しかもいくら事前に情報があったとは言え、初めて使う相手にだぞ? せっかく貯めた必殺技ゲージ全部使ったのに。今のビルを破壊したので、再チャージされたけど6割程度だしよぉ。もうちょい距離取れてたら、必殺技撃っても全部貯まったかもしれないのになぁ。

 

「えぇ、ビルが……あんな簡単に……」

「うひゃー。スゴいね!」

「これは……マスターたちに話は聞いていましたが……」

 

 クロウ、ベル、パイルは俺がビルを斬ったことでかなり驚いた様子を見せている。いや、君らのギルマスもあれくらいできるよね? しかも必殺技使わずに。

 

「仕留められなきゃ意味ないだろ。で、サーベラスは貰っていいか? 相性良いし」

「いえ……彼は……僕に、やらせてください」

 

 俺が前に出ようとしたところをクロウに止められる。そういえば、謡がクロウとサーベラスは戦ったことがあると言っていたな。何かしらの因縁があるのか、同じメタルカラー同士。男の戦いに水を差すのは不粋だろう。

 

「なら任せた」

「エンペラーさんはパドさんとバイスをお願いします! パイルはベルの護衛と全体的な援護を。ベルはいつでも必殺技撃てる位置で待機」

「合点承知!」

「最近そんな言葉聞かないね……。了解!」

 

 パイルのツッコミに同意。今日日聞かねぇな。

 

 

 それぞれ別れたところで、俺は黒い板――改めてバイスを見据えながらレパードと会話する。

 

「んじゃ、レパード。適応に前突っ込むから隙見てあざと幼女救出しろよ」

「OK。けど、あなた、バイスの攻撃方法知らないでしょ」

「何とでもなるはずだ。俺のスキル忘れたか?」

「いいえ。任せた」

 

 雑な作戦会議を済ませたところで、その場を駆け抜け一気に距離を詰める。

 

「――――ん?」

 

 ……なんかバイスの体の一部が離れたんだけど。2つの板がまるでファンネルのように自由な軌道を描き、こちらの両側から迫ってくる。コイツ、まさかの遠隔攻撃が基本なのか。黒チビは近接だから、てっきり近接系かと思ったが。いや、光り方的にこれ心意か?

 

 とりあえず迎撃するため、俺はタイミングを合わせて剣を振るう。

 

 左右からくるうち、左はレパードがぶん殴り、俺に命中しそうであった黒い板の軌道を逸らす。俺の剣は黒い板を捉えるが、恐らくバイスは不利と感じたのだろう。当たった瞬間に引いた。完全に斬れはできなかったが、多少なりと有効と考えて良いだろう。うん、さすがは溶解の剣だ。初見の相手でも問題なく戦える……はずだ。

 

 あれが例え心意だろうと、システム的にはこちらに分がある。あの黒い板はどうやらバイスの体の一部。ダメージ判定はあるだろう。攻撃する度にHPが減るのはあっちだ。ただ、心意だからな、こちらが予想できない力もあるだろう。ただ、突っ込まないことには始まらない。

 

「――――」

 

 黒い板を体に戻した瞬間に距離をゼロに詰め、剣の射程圏内に捉える――――直前、不意に明確なイメージが頭に響いた。上下左右から、バイスの板が俺を閉じ込める未来を。

 

「――――ッ」

 

 距離を詰めて斬ろうとした寸前――――どうにか踏み留まり、すぐさま3歩ほど急いで後退する。そして、きっかり5秒後には、バイスの腕から生成したであろう黒い立方体が俺を閉じ込めようと現れていた。

 

「あっぶな……」

 

 しかし、距離を詰めたのにまた離されてしまった。

 

「ほう、あれを避けますか。完全に死角だと思いましたが。……そういえば、こんな噂を聞いたことがあります。闇の皇帝には――――未来が見えるとか」

「あー、普通にスキルであるぞ。一応は見えるには見えるが、いちいち使うタイミングとかは指定とかはできないし、必殺技ゲージ2割いきなり減るからな。任意で発動できないってのがネックだよなぁ」

 

 

 先ほどの会話から出てきたように、俺は未来を見ることができるスキルを持っている。スキル名は『未来推定(カレイド・スコープ)』だ。

 

 具体的には5秒後の未来を見ることができる。見れるには見れるが、どちらかと言えば危機察知といった方が正しいだろうか。必殺技ゲージが2割以上ある段階で、このままだと敵からの攻撃を受ける――とシステムが認識したら勝手に発動するスキルだ。

 

 イメージとしては、5秒後に自分に訪れる光景の一枚絵が頭に現れる。体感で一枚絵が頭に留まる時間は最大で2秒。つまり、スキルが発動した瞬間に何かしらのアクションをとらなければ、うん、何の意味もないよねぇ~。最近カワサキとカミーユの声優さんが同じことを知り、非常に驚きました。

 

 つまり、『あ、スキルが発動したー』といったようにボーッとしていたらすぐに死ぬよね。死ぬとまでは行かなくても大ダメージを受けること間違いなし。未来を視た瞬間に動ける反射神経が必要なのである。実際、このスキルを取った当初は全然扱いきれずに、メタクソにやられたからな。

 

 しかも、このダメージを受けるとシステムが認識する――――というのがかなり曖昧である。発動しないときと発動するときの基準がイマイチはっきりしない。明らかこれ攻撃当たるだろってタイミングで発動しなかったり、逆にこれ余裕だろってタイミングで発動して拍子を何度も狂わされたこともある。レベル6のときに取ったから、何だかんだ長い付き合いだが、このスキルの全てを未だに分かってない。

 

 使えるスキルなんだけど……俺のスキルたち癖がありすぎなんだよなぁ。

 

 

「噂は本当でしたか。何分、こうやって……かの悪名高き皇帝と合間見えるのは初めてでしてね」

「うん? 悪名?」

「皇帝とはマトモにやりあいたくない。女豹も相手ではこちらの分が悪い。では、こうしましょうか」

「おい、無視すんじゃねぇ――って」

 

 先ほど、俺を閉じ込めようとした黒い立方体は形を変え――――今度はバイスの手から離れたあざと幼女を閉じ込めた。目的が分からない以上、救出は素早く済ますべきだが、時間を稼がれるのは不味い。

 

「レイン!」

「テメッ――!」

 

 咄嗟にまた距離を詰めようとする。バイスめがけてではなく、その隣にあるあざと幼女がいる黒い箱に向かって。走りながら剣を前に突き刺し一点突破を狙う。

 

「おっと、近寄らないで頂きたい」

 

 しかし、また直前でバイスから何枚か板が出てきて、複数の板は盾のように俺の目の前に並び立ちふさがる。俺はもう踏み出し、勢いをつけ剣を突き刺そうとしているので、回避行動は取れない。

 

「おっ……らぁ――――!」

 

 バイスが重ねた盾ごと黒い立方体を壊そうと剣を突き刺し続けるが――――

 

「……ッ。クッソが」

 

 厚さ10cmほどの盾を3枚程度突き刺したが、途中で勢いが止まってしまう。黒い立方体までは思いの外全然届かない。

 

「おっと、危ない危ない。あなたの能力はある程度把握しています。近付かれると厄介極まりない相手ですのでね、もっと離れてください」

「くっ――!」

 

 バイスの一言と共に、黒い盾は急にかなりの勢いで動き出し、こちらを押し返してくる。前に体重をかけていたため、バイスの動きに対して踏ん張りがきかずに、俺はそのまま吹っ飛ばされる。

 

「エンペラー!」

「……大丈夫だ」

 

 わりと勢いよく吹っ飛ばされて校舎の壁に激突する。が、まぁ受け身は取れたからHPは1割減らした程度で済んだ。ただ押し出されただけだが、威力が意外にも高いな。

 

 体勢が崩れていたので追撃が来るかと身構えたが、どうやら追撃はしてこなさそうだ。すぐさま板がバイスに戻ったところを見るに、これは時間稼ぎか防御に徹する動き方だな。

 

「…………」

 

 俺の攻撃も受けきれる防御性能に加えて、自身の体を自由に加工、一定範囲はファンネルのように操れるみたいだ。かなり自由度の高い相手だ。それも今はその能力を防御に使っている。かなり厄介だ。

 

 いくら俺がバイスの装甲を斬れる攻撃力があるとはいえ、近付けなければ意味がない。恐らくあの手数でさっきのように途中で止められてしまう。それどころか手痛い反撃を受けることになる。ムカつくが、真正面から崩せる相手ではなさそうだ。さすがは加速研究会のメンバーといったところか。

 

「普通に強いな」

「どうする?」

「うーん、ゲージあったら話が早いけど、アイツのいる位置……下手したらあざと幼女も斬っちゃうかもだから、それは避けないとな」

 

 レパードと同時に左右から攻めても、あの板の自由度からすると防がれる可能性が高い。だったら、あの盾を破る威力の攻撃が必要だが――――いや待て。他にも突破口はある。

 

「あの自爆技使える?」

「NP。でも、恐らく途中で止められる」

「そんじゃまぁ、どうにかするわ。タイミングは任せる」

「K」

 

――――

――

 

 

 私の大切な人、ニコが……レインは現在囚われている。加速研究会のブラック・バイスによって。とても堅牢な檻……とでも言うべき箇所に。距離はおおよそ15mほど。しかし、その距離があまりにも長い。先ほど近接キラーと呼ばれているエンペラーの強力な攻撃すらも防ぎきったあの盾を突破しないとレインの救出は困難だ。

 

 エンペラーはどうにかすると、私に『ブラッドシェッド・カノン』――――当てるとだいたいの相手は倒せるが、こちらが外すと自損してしまう必殺技を使えと言う。確かにあの技は強力だ。当たれば大抵の相手は倒せる。しかし、エンペラーにも言ったように途中でブラック・バイスに止められる可能性がある。エンペラーの攻撃でさえ防がれたのだ

 

 メタトロンとの戦闘続きであまりHPは多くない。ベルに頼めば回復してくれるだろうが、彼女の必殺技はレインのために取っておきたい。今頼むわけにはいかない。その状態で必殺技を撃てとエンペラーは言う。

 

 いつもは飄々とした態度を取り、すぐふざけたことを言う。でも、彼は強い。それは私が知っている。そうだ、私にとってエンペラーは、まだ一度も勝てたことのない相手だ。――――彼の強さは私が知っている。ならば信じよう。私は失敗してもいい。全力でレインを助ける。

 

「『ブラッドシェッド・カノン』!!」

 

 この必殺技は、私自身の周りに砲台を生成し、自ら砲弾となって敵に突っ込む大技だ。自身の装甲を割り砕くほどの威力を届かせる。届かせてみせる。

 

「――――ッ!」

 

 絶対助ける。その気持ちだけを胸に秘めてバイスに突っ込む。正確には、バイスの隣にある黒い立方体に。レインがいる場所に――!

 

 バイスも私の動きを察してか先ほどのエンペラー同様、アイツの体を使った盾を展開させる。恐らく先ほどのエンペラーのときより多く、分厚い黒い盾を。

 

 これにぶつかったら、私はひとたまりもなく、装甲が砕け散るだろう。だが、それでいい。この盾はバイスの体。HP全てを削り取れなくても打撃は与えられるはずだ。

 

 そして、あと1秒あればあの黒い盾にぶつかる――その直前、私はあり得ないモノを見た。

 

「…………ッ!?」

 

 いつの間にかバイスの背後に、エンペラーがいる。先ほどまで、私の背後にいたはずなのに。どういうこと? どうして私の必殺技より速く移動しているの? そんな疑問を置き去るように――彼は嫌がっているが、私からすればカッコいい黒いマントをたなびかせて、今、正に、防御の薄くなったバイスを斬ろうとしている。

 

 しかし、バイスは備えていたのだろう。まだバイスの近くには黒い板があった。その板は鋭利な形状に変化し、死角である上空からエンペラーを刺そうとしている。彼はもう攻撃態勢に入っている。いくら未来が見えようと、このタイミングでは回避は不可能だ。絶対に当たる。

 

 バイスもそう思っただろう。だが、そうはならなかった。

 

「なっ――!?」

「――――えっ」

 

 

 バイスの驚愕の声と私の呟きが重なると同時に、彼はその場から消えた。

 

 ――――ユラユラと。まるで、実体のない煙や水面に写る月にを触れたかのように。そして、彼が消えたと思った次の瞬間、バイスの真正面に彼は現れる。私の必殺技の軌道には被らない位置に。

 

 

「まず一発」

 

 小さく聞こえたエンペラーの言葉と共にバイスは咄嗟に影へと逃げようとしたが、間に合わず片腕がエンペラーの攻撃によって切断される。と、同じタイミングで目の前まで迫っていたバイスの盾は消えて、私はそのままレインのいる黒い立方体へ突撃をする。

 

「くっ……」

 

 このままでは破れたかどうか確認する前にHPが尽きてしまう――そう思ったが。

 

「『シトロン・コール』!」

 

 ベルの声が聞こえた。彼女の代名詞である回復技を私に使ってくれた。HPがみるみる回復する。使ってくれてありがたいけれど、貴重な必殺技ゲージが……。

 

「大丈夫ですかー? と、とりあえずまたゲージ貯めてきますんでー!」

 

 

――――

――

 

 

 

 ……ふぅ、何とかなったな。まだバイスは倒しきれていないが、とりあえず腕は1本貰った。というか、アイツ影に潜ったな? さっきもそんな感じに俺の不意討ちを避けたのか。影への移動……まるで吸血鬼みたいだな。

 

 レパードはこのまま一旦やられるかと思ったが、ベルの必殺技で一命は取り留めたようだ。やっぱりスゴいなぁ。回復スキル。ヒーラーが1人いるだけで安定度が違う。

 

「立てるか?」

 

 地面にうずくまっているレパードに声をかける。反動がデカい技だからな。まだ意識はハッキリしないか。

 

「NP。それよりも、今の何?」

 

 今の? あぁ、俺がバイスの後ろに現れたり、確実に当たるタイミングの攻撃を避けたあれか。

 

「単純に心意技だぞ。1つ目はただ高速移動しただけ。それくらいなら、他にも使える奴いそうだが……。一応はお前が必殺技撃つ前に走り出したから、お前より先に着いただけだというね。お前がヘイト稼いでくれたからな」

 

 そりゃ、当たれば即死させられる必殺技とか警戒するよな。さっきの俺がサーベラスに使ったときみたいに。

 

 ぶっちゃけ心意を使えば高速移動はできるが、見切ろうと思えばできる程度の速さでしかない。だからこそ、レパードに視線を集める必要があった。というか、そもそも普通に使ったら、まずレパードの必殺技の速度には勝てないぞ。そんな程度の技だ。

 

「そのあとは?」

「あれも心意。ざっくり説明すると幻覚系の心意技だ。黄色系統だったら、必殺技とかで似たようなもん使えそうなんだがなー」

 

 システム的にはまだ俺がバイスの背後に映っていただろうが、あのとき実際には俺はそこにはいなかった。あの場にいた、バイスが攻撃したモノはいわゆる俺の抜け殻……とでも呼ぶべきモノだ。それが破壊されれば幻覚も解けて、俺が本当にいる場所がバレてしまう。

 

 普段エネミー狩りしているときはそもそもとして心意は使わないし、何なら数年振りに使ったまであるが、どうにか上手くいって安堵した。さっさと使えと言われればその通りなんですが、心意を使うスパンが空きすぎていたから渋っていたというね。つーか、必殺技決まっていれば終わってた話なんだよな、これ。

 

 まぁいいや。一先ずは。

 

「さてと、アイツが離れている間にこれぶっ壊すか」

「お願い」

「りょ――――かい!」

 

 ただただ力任せに豪快に叩き斬る。これは……かなり硬い。正攻法で壊そうとすれば、かなり手間を要するだろう。だが、俺の剣はその手間を省けるモノだ。例えどんな相手だろうと、相手が熱無効とかそんなスキルを持っていない限り、大抵は押し通せる。

 

「レイン!」

 

 無事バイスの黒い立方体を壊せた。レパードは直ぐ様あざと幼女を抱き抱える。まだ意識はなさそうだ。とりあえず、あざと幼女もクロウもどんな状況が分からないけど。

 

「レパード、ベルのとこへ後退しておいてくれ。俺はバイスを仕留める」

「K」

 

 

 レパードが下がるのを見届けずに、こちらも手早く移動する。まだバイスは逃げていなかった。斬られた腕を抑え、こちらを待っていたかのように。

 

「やってくれましたね。赤の王まで奪われるとは……」

「いや元々俺のもんだろ。……俺のじゃないな、うん。レパードたちのな。言い間違えた」

 

 端から聞けば、思いっきり誤解されそうなことを口走ってしまった。危ない危ない。

 

「ところでさ、訊きたいことあんだけど」

「おや、何でしょう? もっとも、どんな内容であれ返答するつもりはありませんが」

 

 初めて会ったときから拭えなかった違和感。ようやく落ち着いたし、確かに答えてくれるとは思わないが、一応訊いておこう。

 

 

 

「お前ってさ――――誰?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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全部終わりかと思えば、全然終わってなくて面倒だなってなるそんなお話

「誰とは? 先ほど女豹から私の名前を聞いていたでしょう?」

「ブラック・バイス――確かにそう聞いた」

「えぇ、それが私の名前ですよ」

 

 俺が斬った腕を抑えながら、そう告げるバイスを俺は観察する。減速とやらで色々と誤魔化せても、さすがに痛みは誤魔化せたりはできないようだ。斬り口が熱いだろうし、継続的にHPは減らなくても痛みはある程度残り続けているだろう。

 

 まぁいいや。反撃に気を付けて今は話の続きだ。

 

「……それ、ホントにか?」

「何が言いたいんです?」

「いやさ、単純に偽名じゃねーの? って話だ。そもそもブラックはもう黒チビがいるだろ。その時点で胡散臭さが半端ないんだが」

「前列がないだけでは? 残念ながら、ここは無制限フィールドですので私の名前を直接確認する方法はありませんがね」

「そう言われると反論しようがないが……。ただ確認しようと思えばできるぞ。もちろん、お前も分かってると思うが、ここでHP吹っ飛ばせば名前は分からなくても色は確認できるだろ。そこから、白のレギオン……は紫ダルマがあれだし、所属しているかは確定ではないか。まぁ、色さえ分かればそこからある程度絞り込める」

 

 そう言って剣を突き付ける。しかし、バイスは微動だにしない。俺が斬るのが速いかバイスが影から逃げるのが速いかの勝負だが……一旦俺は剣を引っ込める。

 

「……おや、どうしました?」

「ちょっとしばらく俺のくだらん話に付き合ってくれよ。話している間は戦線復帰しなくていいしな。ここらで適当に時間潰してお互いサボろうじゃないか。訊いてほしい話があんだよ」

「ほう……?」

 

 俺が今から話すのは、黒チビやレイカー、カレントたちからの話を総合して、あやふやだらけの確たる証拠なんてこれっぽっちもない俺の仮説……というより、単なる妄想の与太話をだ。

 

「単純にお前が誰なのかって話だ。お前がホントは別のリンカーだが、ブラック・バイスを名乗っているというのを前提とした話だ。だからまぁ、荒唐無稽な世間話として聞き流してくれ」

 

 と、前置きしてから話し始める。

 

「これは黒チビたちから聞いた話だが、加速研究会の党首……白の王は死人を蘇らせることができるそうだ。あ、この際白の王がお前らの頭ってことにしておくぞ。いずれバレるだろうし、遅いか早いかの話だ。

 でだ、蘇生方法は正直これっぽっちも予想つかないが、システムの中央サーバーから死人のB・Bに関する記憶をどうにか抜き取って、あれこれ弄くっているとのことらしい。ISSキットなんかは先代赤の王のアビリティを使っている意見も出たくらいだからな。つっても、それ出したの俺なんだが……。クロム・ディザスター――災禍の鎧が過去のリンカーのアビリティや必殺技を使えることからシステム的には可能と見ていい」

 

 実際、俺は災禍の鎧と戦ったことはないので、見聞からの推測になる。というが、黒チビやクロウが嘘をつく性格には思えんし、そこは深く考えないでおく。それ言い出したらキリないしね。

 

「で、えーっと、何だっけ……そうそう。災禍の鎧やらで色んな奴のスキルを使えることは判明している。ただ、復活させたはいいけど、死人のスキルとかを使うための体はどうすんだって話になるわけだ。さすがに死人のデータだけの……なに、思念体? みたいのだけじゃ無理あるだろうし、データだけでは意味がない。災禍の鎧みたいに誰かの体は必要になると俺は思う」

 

 長々と喋っているわりには、バイスは無反応だな。なんかスッゲぇ恥ずかしいんだけど。これ加速世界じゃなかったら、黒歴史確定だな……。リアルとこっちではキャラがガラッと変わる奴もいるし、これくらいセーフ。

 

「とまぁ、これらを前提に進むが、もしかしたらお前も似たような状態なのかもしれない。まとめると、今のその姿であるブラック・バイスが正しい本名なのかは分からないが、お前は死人であるブラック・バイスの皮を着ているのだろう。……というのが俺の仮説だ」

「なかなか面白い仮説ですね。しかし、そもそもとして加速研究会のトップがあの白の王と断言するのはどうなんでしょうね?」

「それはまぁ、状況証拠からしてほぼほぼアイツだろ。というか、逆にアイツじゃなかったら、お前らみたいなの従わせられないだろうが。消去法から言ってもコスモスしかいないんだよな」

 

 もしコスモスじゃないとしたら、この組織はこんな綺麗に纏まらないだろう。癖強すぎな面子ばかりだし……。我が強い奴は良くも悪くも1つの群れに収まることは難しい。群れるためには、それらを上回るほどの圧倒な我が必要になる。現時点では、それがコスモスだという話だ。

 

「とまぁ、ここまでくっだらない仮説を述べたが……その姿への変身そのものが心意とかだったら普通にお手上げなんだけどな。それか誰かに化けれる強化外装の効果だったり、細かい可能性上げればキリがなさすぎるから、一旦さっきの仮説を前提に話を進めるぞ。いや、別に他の可能性でもいいんだけどね。ムリヤリ話進めれるし」

「――――」

 

 反応なし。表情は読めない。とりあえず、バイスは俺の話待ちか。

 

「この際、バイスへの変身の過程は置いとくとして、そんな強力な力を持っている奴が無名というのは、まぁほぼほぼ有り得ない。もしどれだけ加速研究会が秘匿しようにも、さすがに限度ってもんがあるだろう。

 俺はこれでも顔は広い奴だ。ムダに多くの奴らから恨まれてきたもんでな。そんな俺だが、今までお前は見たことも聞いたこともない。俺が実質的に引退してから新しく現れた点は否定できないが、そんな短期間でバイスの力を任せられるほどの地位を築けるとも思わない」

 

 特にコスモスなら手駒は信用できる奴しか手元に置かないだろう。バイスの力……がどんなモノだろうと、相当の役職持ちでないと渡さないだろう。誰だってそうする。俺だってそうする。

 

「ここまで来れば、話はかなり絞られる。つまり、お前はコスモスにかなり近い存在だ。それも裏表問わず。でないと、こんな昼間から堂々と暗躍……暗躍? 堂々と暗躍って言葉変だな……。じゃなくて、堂々と動くことはできないからな。こんな大っぴらに動いてるのはバレない自信があるという裏返しとも取れる」

 

 さて、ようやく話のまとめだ。

 

「話をまとめると、お前の正体は白のレギオンの幹部の誰か……ということだ。バイスの力がどんなモノにしろだ。俺は死人の力を使っている線を推したいがな。それで、白のレギオンの幹部のうち誰かと言うと…………」

「そこで言葉を切って、どうしたのですか?」

「……ヤッベぇな、あんまアイツらと関わりないから分かんねーな。白の奴らとは戦闘経験わりかし少ないし。声からしてまず男だろ。だから、えーっと……」

 

 なんかバイスの困惑した雰囲気が何となく見て取れる。段取り悪くてごめんなさいね? さっきは顔が広い云々言ったが、如何せん加速世界にいたのが数年前の話だから記憶が薄れてしまうのもムリはない。特に白のレギオンとは関わり薄かったし、多少はね?

 

 もし、紫ダルマみたいにレギオンに所属してない可能性も考えたが、レギオンの頭にはレギオンのメンバーを強制的に退場させる方法がある。何か謀反みたいなのを企てた際、手っ取り早く退場させるためにもレギオンのメンバーに持たせたいと考えてもいい。まぁ、コスモスならそんなのに頼らなくても大丈夫な気はするが。

 

「えーっと、白のレギオンで男の奴と言えば、アイボリー・タワーにグレイシャー・ビヒモスに……サイプレス・リーパーはどっちだっけか? だから、そのうちの誰かだろうとは思う。――――もっとも、お前の本当の姿がそれであり、ただただこっちを惑わすために偽名を使っているだけなら、話は違うがな。以上、俺のくだらん妄想話は終わりだ」

「――――」

 

 暫しの沈黙が流れる。いくら荒唐無稽な話だとしても即座に否定しないんだな。違うものにはすぐに否定したがるのが人間の心理というものだと思う。でなければ、余計に疑いは加速して取り返しがつかなくなる可能性があるからだ。そして、バイスはすぐには違うとは言わない。ということは、6割くらいは当たっていると見ていいだろう。

 

 そこは俺より年下の部分が出てきたな――そう思っていたところ、10秒ほど経ってからバイスは口を開く。

 

「そうですか。面白い話ですが、皇帝の話の推論からすると、穴が多すぎる気がしますが……。証拠が何一つありませんしね」

「そりゃ仕方ないだろ。推論つーか、こんなの妄想だからな? ただの与太話だっての。証拠なんてモノは全くと言っていいほどないんだからな。だから――――とりあえずお前をブッ飛ばして色だけでも確認するわ」

 

 改めて剣を振りかぶった瞬間、バイスの板のうち数枚が左右から襲ってくるが――――

 

「心意ですかっ……」

 

 さっき見せた幻影の心意技を使って俺はバイスの背後に移る。焦った囁きを漏らしたその背中にもう一発叩き込んでやろうと思ったが――――

 

「……チッ」

 

 今の攻撃は影に潜るまでの時間稼ぎだったみたいだ。剣を振り抜いた頃にはもう影に消えていた。確かに、あの心意技は消えてから攻撃するまでいくらかラグがある。相手に幻影を見せている間は攻撃できない。攻撃しようとシステムが認識するか相手が幻影に向けて攻撃しないと、あの幻影は消えない。ハイドみたいに上手くいかないもんだ。

 

 バイスは最初に見せたときに全部とは言わないけど、ある程度見抜いていたのか。

 

 そして、影へと姿を消しつつその場から完全に離脱する直前、バイスの声が響いた。

 

 

「――――サーベラス・ナンバー・スリー、アクティベート」

 

 

 そう告げてからバイスは完全に姿を消した。もう気配もしない。

 

「何だったんだ、今の……?」

 

 バイスを取り逃がし、1人取り残された俺はポツリと呟く。

 

 何かのコマンドだろうというのは分かるが、何に対してかはサッパリだ。恐らくバイスの仲間……サーベラスか他にいるかもしれない伏兵に向けてのコマンドだとは思う。いや、そもそも他人のアビリティとか操るとかムリじゃね? いやでもコスモスが死人を操ることができたら……ワンチャンあるかぁ。

 

「コマンドっていうより、暗号か何かか?」

 

 疑問に残ることだらけだが、正直疲れた……。何だかんだでダイブしてからもう2日は経とうとしている。こんなに長時間ダイブしたのは久しぶりだ。入っている間は半ば意識失いかけていたが、わりかし神経使っていた。加えて、短い時間だったが、久しぶりに心意技も使った。思いの外疲労が蓄積されている。

 

 このままレパードたちのところへ戻ってもいいだろうが、ぶっちゃけもう家に帰りたい。ハイドで観察するのも面倒だし帰るか。誰かに見付からないようにハイドを使ってポータルへ行くか。

 

 ここまで盤面荒らしておいて途中退場は無責任だとは思う。しかし、元々俺は部外者だ。部外者が何をしようと別に問題ないだろ。いや、問題ありまくりだけどね? そうではなくて、あざと幼女の救出は成功したのだから、もういなくても大丈夫だろという意味なので。

 

「じゃ、あとは頑張れ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃーん」

「おう、お帰り」

 

 あれから、無制限フィールドから離脱して、昼休憩をとり数時間ほど勉強をしていると、外出していた小町が帰ってきた。リビングでMAXコーヒーで糖分補給しているところで、小町は少しバツが悪そうな表情で俺に話しかけてきた。

 

「ねぇねぇお兄ちゃん。今、休憩中?」

「ちょっと一段落したからな。晩飯まではとりあえず休むつもり」

「だったらさー、ちょっと買い物頼んでいい?」

「別にいいけど、小町今出かけてたんだろ。ついでにしとけば効率的じゃないか」

 

 小町はわりと段取り組んで行動する性格のはずだが。あとで面倒なことしたくなーい、とか言って。

 

「そんなこと言われてもー、扉空ける直前にお母さんから連絡来たんだもーん。今日お母さんも晩ごはんほしいって。冷蔵庫の残っているもの有り合わせで作ろうかと思ってたから、それしゃ材料足りないよ」

「オケオケ。で、何買えばいい?」

「あとでメモ送るから、先にスーパー行っといて」

「おう」

 

 そして、近所のスーパーで小町のメモを見ながら売り場を歩き回っている。冷蔵庫の有り合わせで作ると言っていたから、適当に野菜やら豚肉! としか書いていないのは正直ツッコミたいところだが。それなら口頭でいいじゃん。わざわざメモにする必要ないだろ。まぁ、お袋1人分のはずだからそれ目安に――――

 

「あら、比企谷君?」

「ん、雪ノ下か」

 

 背後から綺麗な透き通る声がした。その声は俺の名を呼んでいたので、振り返るといつか由比ヶ浜の誕プレを買いに行ったときの同じ私服を着ていた雪ノ下に出くわした。

 

「貴方も夕御飯の買い物かしら?」

「そんなとこだ。勉強の合間にちょうどいいしな」

「そうね。私も似たようなものよ。いい気分転換になるわ」

 

 ふぅー、とため息をつく雪ノ下はやけに疲れきった表情だ。

 

「なに、お前そんな集中して勉強してたの?」

「私というより、由比ヶ浜さんね。今一緒に勉強しているの。ここ最近土日は私の部屋で合宿よ」

「あぁそれで。てか、それお前の勉強になんの? 部活でも由比ヶ浜の勉強見てるし、毎度毎度って大丈夫なのか、それ」

「由比ヶ浜さんは地頭いいけれど、基本的にはバ……あまり成績は良くないからね」

「今バカって言おうとした?」

「黙らっしゃい。で、そういう人に教えるのは私自身の復習にもなるのよ。インプットした知識をどのように言葉を使えば相手に伝わるか。そうやってアウトプットできるから、当然私にもメリットがあるのよ。いくら由比ヶ浜さんのためであっても、私に利点がないとさすがにこの時期はキツいわよ……」

 

 一旦理解しても果たしてホントに理解できているのかは別問題だからな。そういう点は雪ノ下らしいと言えるだろう。

 

「ていうか、由比ヶ浜と泊まりってことは……キッチンには立たすなよ」

「言われなくても分かっているわよ。はぁ、何度キッチンから追い返したことか……。一度時間をゆっくりとって料理の基礎の基礎から教えるしかないのかしら、今時ニューロリンカーで誰でも分かりやすいように教えてくれるというのに」

「聞いた話だが、あれだろ。料理下手な奴はだいたいレシピ通りに作らないって。変にアレンジしたがるんだよな」

「そういう型破りな行動はしっかりと型を作ってから行うべきなのに」

「それだとただの型無しだよ……ん?」

 

 なんか画面の端に通知のアイコンが。

 

「どうしたの?」

「いや、メールだわ」

「貴方に? それは妙な話ね。誰からかしら。由比ヶ浜さん? 小町さん? 戸塚君?」

「なんでその三択限定なんだよ。他にもいるわ」

「例えば?」

「あー、まず一色だろ。それと前に部室きたとき連絡先交換した留実。あと漏らした覚えがないのになぜかくる雪ノ下さん。他には……あれだ、前にも会っただろ、謡だ」

「腹立たしいことに女子ばかりね……。というより、姉さんはなぜ比企谷君の連絡先知っているのかしらね」

「どうせ平塚先生辺りだろうが」

 

 それも違うとなったらホントに恐ろしいんですけど。あれ、雪ノ下的には戸塚は女子判定なの? 気持ちは分かる。やはり戸塚だ。戸塚は全てを解決する。材木……なに? 知らない子ですねぇ。

 

「それで誰からなの?」

「ん? えーっとだな……うーわっ」

「え、なに、姉さんなの?」

「いや雪ノ下さんじゃないけど。つーか、実の姉にその反応どうなんだ。雪ノ下さんじゃなくて……倉崎だ」

 

 くっそめんどくせぇ相手だ。要件はだいたい分かっている。どうせ美早辺りがチクったんだろうよ。別に俺がどこで何しようがどうでもいいだろう……!

 

「倉崎さん…………彼女が?」

「うちのアホの子代表が俺の連絡先渡してな。たまーにメールがくる」

「そうだったの。まったく、由比ヶ浜さんは。……………………ちなみに、どんな、内容、なのかしら?」

 

 え、なに、ここ極寒なの? 寒すぎなんですけど。ちょっとー、冷房かけすぎじゃない?

 

「……いやー、別にただの世間話だぞ」

 

 世間話(加速世界での)だ。嘘は言っていない。めっちゃ正しい返答と自負できる。しかし、そんな内容では雪ノ下は納得せず、俺を訝しむ視線は収まらない。むしろ、余計に冷えきっているように思える。

 

「そういえば、謡さんと遊んだときも仲は良好だったわね」

「気のせいだ。あっちが面白がっているだけだろ」

 

 真性のドSだからな、アイツは。

 

「直結して確かめていいかしら?」

「おい止めろ」

 

 直結というのは互いにニューロリンカー用のケーブルを刺すことだ。こうすることで互いのニューロリンカーのデータが丸裸になるので余程のとこがない限り基本的に行わない。かなり信頼関係を築いていないと、普通はできない。外で男女が直結なんてしたら、8割は恋人関係と言っていいほどた。

 

「あら、こんな美少女と直結できるなんてご褒美じゃないかしら。ほら、やるわよ。差し出しなさい」

「だって、勘違いされるの恥ずかしいし……」

「それどちかと言えば私のセリフじゃない?」

「今迫っているの誰だよ。つーか、ケーブル短っ」

 

 そんな押し問答を何度も繰り返し、ようやく雪ノ下は諦めたスタミナは俺の方が多かったのが幸いしたな。俺の勝ち!

 

「……まぁいいわ。月曜日詳しく教えてもらうからね。由比ヶ浜さんと一色さんも呼ぼうかしら」

「勘弁してくれ」

 

物騒なことを言うだけ言って雪ノ下とは別れた。雪ノ下を見送ってから改めて倉崎からのメールを見る。

 

『聞きたいことがあります。明日の14時、時間を空けておいてください。VRスペースかリアルかどちらでも構いませんが、もし遅刻したらと――――――――っても恐ろしいことをしちゃいますね。返信、1時間以内にお願いしますね、皇帝ちゃん♡』

 

うわ、うっぜぇ。何だその♡マークは。

 

 

 

 

 

 

 

 



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束の間の休息

「はぁ~……」

 

 加速研究会に嫌がらせして雪ノ下とスーパーで会った翌日の昼過ぎ、練馬区へこの短期間で2回も訪れていた。鬱屈とした気持ちで駅に着いた瞬間、とても大きいため息が漏れた。6月の梅雨の季節のくせしてこれっぽっちもジメジメと湿気ておらず、なんならカラッと太陽が輝いているほどの晴天で、余計に気分が削がれる。

 

 倉崎に指定された目的地はとあるケーキ屋。つまり、アイツも絶対にいる。要するに、最低でもただでさえ非常に厄介な2人を相手にする必要がある。あと何人いるのやら……そして、俺は無事に帰れるのか……まるで死地に向かう兵士のような気持ちを体験しているようだ。

 

 

 指定された時間には余裕があるのでしばらく練馬区の道をのんびり歩き、目的の店である『パティスリー・ラ・プラージュ』へと到着した。

 

「――――」

「…………」

 

 店内に入ると、家族連れや学生、多くの人で賑わっている店の中、制服であるメイド服を着てレジを操作していたパティシエ見習いの美早と目が合った。未だに名字は知らない。そろそろ教えて? ちなみに連絡先も知らない。

 

「早かったのね」

「まぁな」

 

 周りに客がいないことを見計らい美早は声をかけてきた。

 

 互いに言葉は簡素。これには元気に挨拶するのが面倒という理由の他にも、美早は仕事中だから大っぴらに話しかけるわけにもいかないという気遣いも含まれている。話すのが面倒だとかは思っていないよ、ホントだよ?

 

 とまぁ、それは置いておいて、俺を呼び足した張本人である倉崎はまだ店にはいないようだ。待ち合わせの時間より15分ほど早く着いてしまったからな。仕方ない。さてと、話があるにしろせっかくだからケーキを買おうとゲージを眺めていると、美早は俺を一瞥してから。

 

「必要ない」

 

 と、きっぱり告げた。

 

「何を?」

「ケーキを買う必要」

「え、なんか食いたいんだが」

「こっち」

 

 特に理由を説明せず、美早が指を指した先には前に入ったことがある個室だった。確かこの個室は完全にネットを遮断することができる部屋だったな。専用のケーブル繋げないとローカルネットにも繋がらないこのご時世珍しい部屋だ。

 

 どうやら今日はこれで上がりらしい美早と肩を並べて個室に入ると――――

 

「……あら、早かったですね。こんにちは、皇て……八幡さんっ」

 

 と、さらりと俺のことを下の名前で呼ぶなんかスッゲぇあざとい倉崎と。

 

【UI> こんにちはなのです、八幡さん!】

 

 ――――なんか分からないけど、謡もいた。あ、君もいたのね?

 

 そして、この2人、部屋にあるテーブルに彩りに並べられているけっこうな数のケーキを食べている。あれ、呼び出しの目的ってお茶会なの? と、疑問に思うくらい雰囲気が似つかわしくない。

 

 扉を閉めてから俺と美早はソファーに腰をかける。俺の隣には美早、向かいには謡と倉崎といった並びだ。まずどこから突っ込めばいいのか。

 

「…………これ、どういう集まり?」

 

 倉崎と美早がいるのは予想できたが、謡はなぜここにいるのかが不明だ。

 

「えーっとですね、簡単に言えば、八幡さんのことをリアルで知っているメンバーといったところかしら。本当は私とみゃーだけの予定でしたけど、ういういも今日ここに来たいと言っていましたので」

 

 俺の疑問には手早く倉崎が答える。で、謡はタイピングが面倒なのか首をブンブンと縦に振る。なるほど。そういう繋がりか。

 

「それなら一応、俺は上月とも面識あるが」

「そうなんですか」

【UI> 美早さんと知り合いの時点でそこまでの驚きはないのです】

 

 上月は2代目赤の王、俺があざと幼女やらあざと少女やら呼んでいる小学生だ。特徴としては、かなりあざといってことかな。素とのギャップが凄まじい。まぁ、面の皮の厚さに関しては一色の方に軍配が上がるがな。あれは見事だと素直に思う。どこぞの乳部タイラーさんもなかなかだと思うぞ。

 

 そして、この疑問には美早が返答する。

 

「彼女は用事がある。今日は来ない。本人は貴方にお礼を言っておいてくれと」

「さよかい」

 

 まぁ、腐っても上月は小学生だもんな。友だちと遊ぶとか宿題とか予定は立て込んでいるだろう。わざわざこんな目が腐っている男子高校生と会わなくてもいいだろうな。いや、自分で言うのは悲しいな。平塚先生や雪ノ下から腐っていると言われることあるけど、過剰評価すぎないか? そこまでではないだろ、うん。

 

「八幡さんがVRスペースでもいいなら、人数絞ってですけどロータスたちも呼ぼうかなぁと、考えていたのだけれど……。リアルでなるとロータスたちは未だしも、八幡さんは気を遣うかと思って、今回は私たちだけにしました。……といっても、なんだか珍しいですね。八幡さんの性格上、わざわざこっちにまで出向くとは。ぜーったい、面倒だと思いそうですけど」

「否定はしないが、ずっと受験勉強のために家に引きこもるのもしんどいからな。理由をつけて出歩きたいこともある。VRだけじゃ味気ないっていうか。まぁ、今日は暑すぎたから軽く後悔はした。エアコン最高だ……」

 

 と、だらけながらテーブルに置いてあるケーキに目が向く。

 

「ちなみに、このケーキいくらだ? 俺も食べたいし払うけど」

「必要ない。これは私の試作品」

「……えっ、マジで? スゴっ」

 

 素で感嘆の声を漏らす。ザッハトルテやモンブラン、フルーツケーキなど彩り豊かなケーキが恐らく謡たちが食べた分含めて1ピースが10個は置いてあっただろう。そんなに試作するものなんだと感心する。

 

 だから払う必要はないってさっき言っていたのか。この前食べた苺のラビリンスも美味しかったし、タダでここのケーキにありつけるとはありがたい。

 

「叔母さんにはまだまだと言われた」

「でも、これホントに美味しいわよ」

【UI> そうですよ! とっても美味しいのです! 八幡さんも食べてください】

「あ、食べていいの?」

「NP。是非食べて」

「じゃあ、いただきます」

 

 さてと、さっそくケーキを一口……あ、うめぇ。マジで美味い。どのケーキも一口サイズに切り分けられているので、色々な味を楽しめる。

 

「どう?」

「めっちゃ美味い。これでダメ出し貰うとかどんだけレベル高いんだよって話」

「あ、ありがと……。でもまだまだダメ。作るのにもたついたとか味が一定しないときがあるとか課題は多い。もっと伸ばせる」

「意識高いなぁ。さすがプロ」

 

 一瞬照れたと思ったらすぐさまキリッとした表情に変わる。俺が来る前からケーキを食べていた倉崎はウットリとした顔付きで。

 

「八幡さんがリアルでって言ってくれて良かったわぁ。こんなに美味しいケーキタダでこんなに貰えるもの。また今度客として買いに行くわね」

「そのときはよろしく」

「えぇ。楽しみにしてる。でも、あれね、こんなに食べたら太っちゃいそうだわ~」

 

 純粋に楽しそうにケーキを食べる倉崎を見て俺はあることを思ってしまう。まぁ、非常にゲスいことだが。

 

「――――」

「…………」

 

 倉崎の一言に何かを察した美早は俺の肩と触れ合う距離まで近付き耳元で囁いてくる。お、これは恐らく心が一致したぞ。

 

「フーコはお腹よりもっと別の場所に栄養がいきそう」

「分かる。マジでデカいよな」

「そうね。別にこれで生活には困らないけど、正直あのサイズは羨ましい」

「やっぱそう思うんだ?」

「えぇ」

 

 互いに顔を合わせながら囁き声で会話する。

 

 倉崎にあるあのお山……スイカ……メロン……いいよね。普通に男だからどうしても視線がそっちにいっちゃう。由比ヶ浜と同格レベルの持ち主だ。チラッと横を確認しても別に美早が小さいというわけではないが、倉崎は別格というか……雪ノ下が悔しがりそう。

 

「……あら、そこの2人どうかしましたか?」

「NP」

「別に何も」

 

 すぐにパッと離れて同時に首を振る。ケーキに夢中で俺らの会話の様子は聞かれていなかったようだ。あっぶねぇ。倉崎は変に勘が鋭いところがあるが、ケーキに夢中で俺らに気付いてなかったみたいだな。スイーツが近くにあると、女子は勘が鈍る。スイーツは素晴らしいことを改めて認識した。

 

 唯一、俺らを一部始終見ていた謡は何が何だか分からず顔に「?」を浮かべている。君には早いよ、きっと、うん。

 

 

 ――――と、ケーキもあらかたなくなり一段落したところで。

 

「で、俺はなんで呼ばれたんだ?」

 

 忘れかけていた本題を切り出すことにした。

 

「簡単に言えば、昨日のことについて。もっと詳しく知りたい」

「そうですよ! 八幡さん、私たちのお願い無視したのにどうしてあそこにいたんですか!?」

【UI> 全くもってその通りなのです。昨日美早さんたちに聞いてとても驚いたのです】

 

 美早はともかくとして、倉崎と謡は納得がいっていない、怒り心頭といった態度をとっている。

 

「いやまず、お前らの誘い乗ったら青龍と戦うことになるだろ? あんなの戦いたくねぇし」

「でも、貴方の必殺技があればかなり楽になっていた」

「あんな高速で飛び回る奴に対してピンポイントで当てろとかキッツいんだが。それにもしよしんば、青龍の首飛ばせても基本的にあのレベルのエネミー倒すことはできねぇぞ」

 

 あんな設定間違えましたみたいなクソ強エネミーとか戦いたくないんだが?

 

 というか、こういうところがBBのアンバランスさを演出しているよな。基本的には対戦ゲーだからエネミーをメインにしないためにもステータスを高くするというのは何となく分かる。分かるが、一部のエネミーの異次元さがおかしい。バランスがあまりにも悪すぎると感じるのは俺だけではないはずだ。何て言うか……人間味がしないというか。

 

「分かりました。その件に関しては水掛け論なので置いておきましょう。ですが、なぜピンポイントであの場にいたのですか?」

「あー、まぁ、半分以上ただの偶然だな。お前らとの話で加速研究会の頭がコスモスだと分かったから、あの通話のあと潜ってアイツらの本拠地見張ってたんだよ。で、お前らがダイブしたタイミングかな? あれは。その辺りで紫ダ……アルゴンが現れてな。加速研究会への嫌がらせ目的でPKしてた。いやー、行きに使った電車のポイント以上稼げてなかなか上手かった」

「…………アルゴンを!?」

「……あぁ、そうだったの」

 

 目を見開き驚く倉崎と妙に納得した顔の美早。

 

【UI> 嫌がらせ目的って何ですか?】

「言葉通りの意味だぞ。だって、なんかムカつくじゃん。話聞いている限り、通常対戦やイベントで心意使ってメチャクチャにしたらしいし、常に見下している気がするからな。俺は半ば引退していた身たけど、ここまでされるとさすがにイラッとくるし、嫌がらせで港区荒らしてやろって思ってな。偶然アルゴンを見付けたから、ちょうどいいやって気持ちで適度に心折りつつ殺してた」

 

 そう説明すると、謡は呆れた表情でタイプを始める。

 

【UI> 八幡さんはそういうところありますよね。通常対戦でも相手の武器を奪ったり、八幡さんの武器で相手の手足を斬って反応を楽しんだり、相手の嫌がることを率先として行う姿に関しては黄の王よりずっと似合っていますよ】

「おい人をサイコパスみたいに言うな。バナナよりかは道徳的だろ」

「そうですかね? 前に紫の王をおちょくって手酷い目に遭ったと聞きましたし」

 

 くっ……。まさかそんな風に思われていたとは。

 

【UI> だから、私たちのために動くというより、八幡さんの言うところの嫌がらせ目的という方が妙に納得するのです】

「そんなところで納得されてもな……」

「でも、正直八幡の退場タイミング最悪だった」

 

 ここで割って入る美早。

 

「へー」

「バイス倒してから戻るかと思ってたの」

「いやだって疲れたし。あ、バイスは取り逃した」

「そこからかなり大変だった」

「ふーん」

「何があったか聞かないの?」

「絶対面倒なパターンだろ、それ。誰が聞くかっての」

「…………」

「おう、何だその目は」

「私さっきケーキ上げた」

「だな。美味しかったぞ」

「ありがと。だから話聞いて」

「やだ。あと文脈繋がってないぞ」

「むー」

 

 美早の膨れっ面から顔を逸らすと同時に視線を感じたのでそっちを見る。

 

「…………なーんだかあの2人仲良いわねぇ」

【UI> そうなのです。美早さんとは楽しく会話しているというか、私たちに対してはどこか素っ気ない気がします】

「分かるわー」

【UI> もっと私たちにも優しくしてほしいのです】

「ほんっとその通りだと思うわ。特に私の扱い雑だもの」

 

 …………何だコイツら……。

 

「……めんどくせっ」

 

 ボソッと呟いた声は当然こんなクローズドな空間ではバッチリ聞こえたらしく、倉崎と謡はわざとらしい反応を取りつつ。

 

「あらあらまぁまぁまぁまぁ。ほら、聞きました、ういうい? これが八幡さんの私たちに対する本音ですよ」

【UI> えぇ、バッチリ聞きました。八幡さんは酷いですね。私、八幡さんの親なのに。それに同じ部屋で1週間寝泊まりした仲ですのに……およよ、なのです】

 

 おい、それを言うな。既に知っていた倉崎はともかく、その話を知らなかった美早はすぐさまこちらに怪訝の雰囲気を乗せた視線を向けてくる。

 

「……事案?」

「違うから。いや、違わないけども、確かに同じ部屋だったけど、違うから」

「ロリコン?」

「違うつってんだろ」

「じゃあ……私たちの中で誰が好み?」

「うん?」

「あ、それは私も知りたいですね」

【UI> 私も興味があります】

「は?」

「では早速発表してもらいましょう!」

「は?」

 

 

 

 

 

 




今さらだけど、謡の【UI>】のUIって何なんだろうね?何の略?

中途半端ですけど、長くなりそうだから切りました


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日常は続く

 ――――何言ってんだ、コイツら。というか、いきなり何の話?

 

 

 話をまとめると、昨日、加速世界で起きたことについて話し合いをしていたら、いつの間にか俺の好みを答えることになっている。しかも対象が今ここにいる3人である。よりによってこの3人からなのか……という気持ちが強い。これが奉仕部なら未だしも――いや、どっちもどっちだろう。

 

「さぁさぁ、時間は押しています。ちゃちゃっと答えてくださいな、八幡さん」

「え、なに……好み? 誰の?」

「何ですか、その間抜けそうな顔は。加速世界での貴方の最大の長所は思考から選択への時間の短さ、躊躇の無さだと言うのに」

 

 あ、この状況に置いてけぼりなの俺だけみたいだ。なんか3人とも期待の眼差しを送ってくるんだけど。好み? 俺が選ぶの? この3人から?

 

 ……一旦落ち着こう。冷静になって細かい部分を攻めて曖昧にしよう。

 

「ちなみに、その好みってのは具体的に? 特に何もないならこの話はなし――」

「あ、そうですね。前提を決めてませんでした。ういういとみゃーはどんな設定がいいですか?」

「まずは外見」

【UI> ですね。まずはそこからです】

「とのことです、八幡さん、私たちの中から選んでくださいね」

「まずは……ってことはこれ複数回あるのか……」

 

 全然曖昧にできなかった。マジで面倒なことになってきたとひしひしと感じる。

 

「外見? 外見ねぇ……全員可愛いと思いますよ、はい」

「とても棒読み。感情が籠ってない。やり直し」

 

 美早から即座にダメ出し。とりあえず誰かの名前を挙げないとこれは終わらないだろう。

 

 外見なぁ……謡は可愛らしい小学生だよな。小学生といっても、年相応の元気な姿ではなく元々の性格や家柄にBBとか含めて大人びた雰囲気を醸し出している。ぶっちゃけ小町や由比ヶ浜より大人っぽい。

 

 倉崎も高1とは思えないくらい美人だろう。由比ヶ浜に負けないくらいのお山をお持ちで……んんっ。くびれもしっかりしていてスラリとスタイルもいい。といっても、倉崎の両足は義足らしいが。まぁ、パッと見じゃそんなの思わない。……あぁ、だからスカイ・レイカーなのか。足がないから空を求めた……みたいな?

 

 で、美早か。あのさあのさ、未だに美早の名字知らないんだけど? まぁいいか。外見の雰囲気はどことなく雪ノ下に似ている。綺麗な黒髪だし、こちらも充分スタイルがいい。もちろん、雪ノ下よりは胸が…………これ以上は嫌な予感がするので止めよう。それでいて、ここの制服だがメイド服が似合っている。これは……男心をくすぐるよね。

 

 

「あー、うーん……外見ねぇ……。んじゃ、美早……で?」

 

 色々と考えた上で自信なさげに答える。

 

 ここで倉崎とかと言ったら、雪ノ下辺りに殺されそう。もしアイツがBBできたとしたら、心意使いこなせそうだよな。で、めちゃくちゃ強くなりそうだよなぁ。まぁ、年齢的にまずムリなんだが。俺が特例なだけで普通できないし。

 

 こんな適当な発言だが、それでも選ばれた事実に嬉しいのか美早は軽く頬を染めており、謡や倉崎はむくれながらこちらを睨んでくる。……こんなのに選ばれて何が嬉しいんだかな。しかも適当感が凄まじいのに。

 

 そして、そんな美早を睨みながら、いかにも不機嫌さを醸し出しながら謡はタイプをする。

 

【UI> して、その理由は?】

「明確な理由があるわけじゃないけど、何となくだな、何となく。強いて上げるなら、メイド服?」

「変態?」

「おいコラ」

 

 自分でも多少はそう思ったけども!

 

【UI> ふむ、メイド服ですか。さすがに着たことはありませんね。なるほど、八幡さんの趣向はそうだと。でしたら、私もメイド服に挑戦してみましょうか?】

「謡ならどちらかと言えば割烹着……何でもありません」

 

 真正面にいた倉崎が『それ以上口を開くと……分かっていますよね?』と言いたい非常に冷たい視線がこちらを突き刺してきた。ごめんなさい、変なことは言いません。でも似合うとは思うぞ。

 

 倉崎は咳払いをしてから話題を戻す。

 

「八幡さんの趣味嗜好がアレなのは置いておいて、次に……外見と来たら、中身ですかね? 性格とでも言いましょうか。しかし、中身とは言いますが、先ほど八幡さんは全員可愛いと仰ってくれたので、中身を答えるということは、この中で付き合いたい人は誰になるのか? ――ということになりますかね」

「ならないけど?」

「では答えてもらいましょうか」

 

 あれ、俺の声届いてる? そう思うくらいこちらと会話してくれない。きちんと狙い通りにボールを投げているのに受け取ってくれないそんな感覚。倉崎は加速世界でも特にそれが顕著だ。まぁ、ドSだから仕方ないか。いや、納得できねぇな。

 

「…………ちなみに答えなかったらどうなる?」

【UI> 私たちVS八幡さんで戦いましょうか!】

「それは普通に死ぬ」

 

 いくら俺がレパード相手では負け無しとはいえ、そこに遠距離のメイデン、超スピードのレイカーと加わると恐らく1分持つかどうかだ。コイツら相手に心意は使うわけにはいかないし、マジで成す術ないだろう。ただでさえ、レイカー相手に限った場合戦績4割切っているのに。

 

「じゃあ改めて、この中で付き合いたいなら誰?」

 

 今度は美早が紅茶を飲みつつキリッとした表情で切り出してくる。しかもちゃっかり質問変わってるし……!

 

「八幡さん、別に答えた=すぐ付き合う、告白ってわけじゃないんですから――――どうぞ、気楽に答えてくださいね」

 

 倉崎は口ではそう言うが…………その、全員の眼がギラついていて怖いんだよなぁ。表情は笑っているが、目は笑っていない。なんつーか、目の光が失われている。そんな器用なことできるんだね。君たち、餌に飢えた肉食獣か何かですか? そう思ってしまうくらいぶっちゃけ怖い。

 

 ――――とまぁ、それは置いておいて、ここで俺が考えるべきなのは誰を選ぶと無難に終わるのか、だ。それしか考えていない。

 

 例えば謡を選ぶと、やれロリコンだのやれ年下好きだのやれシャア・アズナブルだの罵られることだろう。大佐はロリコンだからな。……いや言うても一年戦争とのきのシャアとララァって別にそこまで年離れてなくない? それはいいや。で、それに加えて、謡だと倉崎経由で由比ヶ浜たちにも知らされる可能性がある。一応は共通の知り合いだからな。アイツらまでロリコン扱いにされるのは避けたい。ただでさえ、先日留美が持ち込んだ案件であらぬ疑いがかかったのだから余計にだ。

 

 倉崎だと、俺が加速世界にあまりいないことを良しとしてあらぬ噂を立てられる可能性がある。アイツ周りをおちょくるの俺以上に大好きだからな……。特にその噂を真に受けた黒チビが堂々千葉に乗り込むかもしれない。あの純情突撃バカに俺の安寧の地を奪われるわけにはいかないんだ。そして、謡と美早の2人に体目当てだの言われ、蔑んだ視線で攻められることだろう。今回は主に性格で誰がいいかを選べだが、そう言われるに違いない。

 

 となると――――消去法で選ぶとやはり無難なのは美早か。まず、雪ノ下たちは美早のとこを知らない。体の方も……なんか言い方どうかと思うけど、倉崎に比べて凹凸が激しいというわけでもないので、体目当てなどと言われることも恐らくない。性格もせっかちなのはあれだが、別段あらぬ方向にブッ飛んでいるわけでもない。性格含めてわりとお互い気が合うだろう。

 

 しかしながら、俺は先ほどでもう美早は選んでしまっている。ここでもう一度美早を選んでしまうと、バランスというか、謡と倉崎から反感を買ってしまう恐れがあるんだよな。下手に天秤を傾かせるのは危険だろう。……一番無難なのは美早だが、バランスを取り合う意味でも美早は一旦なしの方向で。そうなると倉崎か謡になる。

 

 その選択肢でどちらを選ぶかと言うと――――

 

「あー、うん。謡かな。BBやリアル含めて何だかんだ一番付き合い長いし、気心知れてるっていうか」

 

 予め考えていたこの言い訳ならどうにか理屈として通る。付き合いの長さというものは人間関係を語る上で外せないものとなる。浅いよりかは深い方が断然良いだろう。いくら謡が俺より一回り年下だろうと、これなら大丈夫なはずだ。

 

 それに言い訳だろうとわりと本心なところがある。もし謡と年が近かったら、俺はいつか告白してあっさり振られるだろう。

 

【UI> さすが八幡さん。信じていましたのです。私は何たって、もうお義母さんに挨拶済ませていますしね。私しかいないのです】

 

 謡はとても満足げに頷いている。子どもはなんて健気なんだろうか。こちらとしては、胃がキリキリと痛むというのに。なんかツッコミも疲れてきたから放っておこう。訂正する気力も湧かない。

 

「うわ、八幡さんあれですか、ロリコンですか?」

「予想通りの反応をどうも。ただな、ロリコンって正確に言えば小さい女子に特別な感情を抱く云々って話だろ。コイツは見た目小学生だが、中身と年齢ズレてるだろ。BBやってるんだし。……それを言ったら俺らもか」

 

 レベル3までなら無制限に入れないからそこまでって感じはしないけど、レベル4からはどっぷり無制限に浸る奴は多いだろう。グランデなんかはレベル4からほとんどエネミーでポイントを稼いだというある意味狂気に満ち溢れているし。

 

「まぁ確かに、あっちに長く潜っているとリアルで何をしていたか忘れるときはありますよね。カラスさんは最初ロータスたちにあまり長く入るなって忠告はされたらしいですけどね」

「私もこっちが忙しいときはあまり長く入らないようにしている」

 

 謡も頷いて同意をしている。

 

「それにな、謡はどちらかと言うと小町みたいな妹が増え――――」

 

 たような感覚……と口にしようとしたが……。

 

 えーっと……。

 

 そのー…………。

 

「…………う、ういうい? そんな負の心意を出さなくても……」

「……機嫌が悪いニコより怖い。八幡、謝って」

 

 目が完全にイッちゃるっ謡が俺をガン見してくる。小学生が瞳孔開くって恐ろしいんですが。このまま放っておくと、何か嫌な予感がする。

 

「え、えーっと……ごめんね?」

【UI> なにがごめん――なのですか? 八幡さんは何に対して謝罪をしているのですか?】

「…………」

 

 多分今の俺は顔をしかめているだろう。

 

 うわコイツ面倒くせぇ。恋人やら親やらに言われて一番面倒な言葉ベスト3位くらいにランクインする文言だろそれ。

 

 謡の隣でアワアワ慌てている倉崎を見る。視線で助けを訴えるが。

 

『八幡さん、頑張ってくださいね』

『ちょっとは助けてくれる気概はないのか』

『だって、八幡さんが悪いんですもの』

『そこを何とか頼む』

『ダーメ。ほら、ういういの機嫌を直してください!』

 

 視線のやり取りだけでこんな会話を繰り広げる。直結してないから思考発声でもなくチャットも使っていない。目と目で話ができた。なんつーか、倉崎の目がそう語っていたんだよな。そして、速攻で見捨てられた。

 

 時間にしてわずか数秒。だと言うのに謡はこちらをひとしきり睨んでから空中でタイピングをする。

 

【UI> そこ! 見つめ合って会話しないのです!】

「うっ……。あ、あら、バレちゃいました? …………この子なかなか目敏いわね」

 

 最後にホゾッと付け足す倉崎。その呟きもバッチリ隣にいる謡に届いているぞ。謡は倉崎をひたすら睨んでいる。いつものオプションの扱いが嘘のように倉崎はたじろいでいる。おぉ、なんだか珍しい。――俺が責められているのにも関わらず、不躾にもそう感じてしまう。

 

 しかし、この状態が続くと非常に困る。これ以上この話題が続くと俺が不利になるだけだ。いやまぁ、今でも充分アウトな領域にいると思うけどね。女子小学生が男子高校生を責めている絵面だなんて、どこからどう見てもヤバい奴にしか見えないだろう。

 

 こうなったら、この話題をムリヤリ終わらせるしかない。どうすれば、終わらせられる? ――――決まっている、コイツらにとって無視できない大きな話題を放り込むだけだ。そうすれば、情報が錯乱してさっきまでのことなんて忘れて有耶無耶になるに違いない。あれだ、アモアスで追加キル入れてごちゃごちゃにする感じ。

 

 

「あぁ。そういえば、昨日バイスと戦って思ったんだが――――」

 

 

 唐突に思い出した、といった風に、何気無しに普段からするような世間話を今からする口調で、話の導入を始める。いきなりの話題に加えて、3人からしたら無視できない話題だっだので、3人の視線が俺に集まったのを見届けてから、ゆっくりと口を開く。

 

「アイツの正体、白のレギオンの幹部の誰かだぞ。あくまで、様々な前提が絡み合った、という条件が入るがな」

 

 俺の言葉に。

 

「…………」

「…………」

【UI> …………】

 

 三者それぞれ目を丸くする。いや、謡はタイピングで『……』を打たなくてもいいんじゃないか。再現しなくても表情で伝わるよ? だってめっちゃ目見開いているし。面倒だろ、わざわざ打つの。

 

【UI> どういう意味ですか?】

「意味ってそのままなんだけども。えーっと、経緯を話すと、昨日バイスと戦う機会があったんだが……美早は知っているか。まぁ、そのとき戦った印象やら状況証拠やらからの推測だな。あ、けっきょくのところ加速研究会の親玉って白の引きこもりでいいんだよな?」

「あれを引きこもりと表現するのね、八幡さんは」

「実際そうだしな。穴熊の玉だろ、アイツは」

「まぁ、八幡さんの返答にはイエスですね。向こうから接触してきたので」

 

 オケオケ。その前提が合っているのなら、とりあえずは話ができる。――――と、俺は昨日バイスにぶつけた荒唐無稽な仮定を3人に告げる。

 

 

 

「…………なるほど、バイスの力の正体は分からなくても、コスモスはそれを御しやすいように幹部を使っていると」

「大方そんな感じだな。いくらバイスの反応からしてほぼほぼ当たりとは言え、確証はないからな。あまり突っ込むなよ。話半分にしておいてくれ」

「それにしても、他のバーストリンカーに化ける……システム開発者はなぜそんな仕組みを作ったんだろう。今さらながら不思議」

 

 俺の一応の忠告のあと美早はそんなことを呟く。それは確かに。心意か強化外装か分からないけど、何だって他人に化けてソイツの能力が使えるようなシステムを構築したのかは分からない。

 

「そもそも誰があんなゲーム運営しているんだろうな。加速とかいうある意味現実壊すような機能まで付けてよ」

「まぁ、それは永遠の謎よね。そのためにロータスはレベル10を目指しているのだし」

【UI> ですね。ローねぇはいずれレベル10になりたいと言っていますので、なれたらそこで確認をするでしょう。ところで、八幡さんはどんな人が運営していると思いますか?】

 

 どんな人ね。

 

「なんつーかさ、BBの運営している奴ってあまり人間味ないよな」

「人間味?」

 

 美早が聞き返す。

 

「あぁ。普通のオンラインゲームとかならさ、今はどのゲームでもかなり減ってきたけど、だいたいはメンテあるだろ。イベント始まる前とかシステム障害が起こったときとか。定期的に行うやつとかも」

「そうですね。何かしらのバグが起きたときも緊急でメンテナンスが始まるときがありますね。PCゲームやVRゲームでもそこに違いはありませんね」

 

 俺の一言に倉崎は同意して、美早と謡は肯定しておりウンウンと頷いている。

 

「でも、俺の知る限りではBBでメンテとかあった覚えないんだよな。そもそもイベント自体が数えるほど少ないってのもあると思うけど。それにしては心意やら、いくらシステムの範囲内でも普通に考えれば明らかおかしいやつとかあるしな」

【UI> そうですね、私にもメンテナンスが入った覚えがありません。恐らくですが、稼働してから一度もないのではないでしょうか】

「だろ。それにエネミーの設定とかもぶっちゃけ普通のゲームなら考えられないほどおかしいレベルまで強化しているしな。……極端な例だと四神とか。あんなの普通のゲームならクソゲー扱いされてもいいとこだぞ。まぁ、BBは本質的に格ゲーだから、あまりエネミー相手に力を入れてほしくないのかもしれないけど」

 

 どれだけ挑んでも勝ちの目がこれっぽっちも見えないとか、クリアされるためにあるゲームの観点からいくと普通あり得ないレベルだろう。

 

「エネミーやらもそうだし、さっきも言ったオンラインゲームにしてはあまりにもイベントの少なさとかも含めて、人間味しないってのはそういう意味」

【UI> なるほど。では、もしレベル10になれた人がいたとして開発者に会えるとするならば、とてもズボラな人が相手なのですかね?】

「さてな。それは行ってみないことには分からないが、もしかしたら人間ですらないまである」

「あら八幡さん、それは人間ではない。つまり――――AIってことかしら?」

「まぁ、人間味しないってさっきも言ったし、そう考えるとAIが管理していてもおかしくはないと思うぞ」

 

 無機質な相手だから、機械が相手というのは個人的に納得ができる話だ。

 

「あぁいや、つっても、もしホントにシステム管理者がAIだとして、そのAIを育てた奴は誰なんだろうな――っていう話に戻っちゃうけども。AIが充分性能を発揮するためには、まず人が教育を施す必要があるからな。謡の言うズボラな奴ってのはそうだと思うし、なんなら相当性格悪い奴だろう。そんで、何より無責任すぎるとは思う」

「それには全プレイヤーが同意すると思う」

 

 いやホントにね? 勝手に加速なんか使えるゲームを送ってはろくに説明もしない。クソ運営もいいとこだぞ?

 

 数年前……そろそろ10年経つのか記憶は定かではないが、誰が何の目的で広めたか分からないVRゲームを幅広く遊ぶためのプログラム――――ザ・シード。これのおかげでVR業界はかなりの盛り上がりを見せた。誰でもVRゲームを作れるという画期的なモノだが、もちろんゲームを作ろうとも管理するのは人間だ。

 

 しかし、BBに関してはマジでシステム管理に人がいないのではないかと思う。システムの基礎的な構築は人がやってあとはAIにお任せ――――といった感じだろうか。もしかしたら、このBBの基礎的な構築をした人は完全にこのゲームを忘れてどこかへ旅をしているかもしれない。そう思うほどにBBからは運営の色が伝わってこない。

 

「となると……そのAIはどこにあるのかしらね?」

 

 ふと倉崎がそんな声をもらす。それは考えたことがなかった。

 

「どこだろうな。パッと思い付くのは東京のどっかとかか? メインのプレイヤーたちはだいたい東京に集まっているし」

「もしかしたら、人が訪れない山奥かもしれない」

 

 と、美早。

 

【UI> しかし、ネットが繋がらない環境だと不便ではないでしょうか。何か有事があった際、お手入れも大変そうです。私はあるとしても最低限の都市部のどこかではないと思うのです】

「それなら、いっそのこと個人が持ち歩いているのでは? AIそのものをニューロリンカーに閉じ込めておくとか。それなら管理しやすいと思いますけどねぇ」

「いやー、そりゃさすがに厳しいだろ。どんだけ容量あるのか分からない……つーか、膨大なデータがありそうなのにそれをニューロリンカーだけで持ち運ぶのはキツいだろ。それこそ、この部屋くらいの大きさにデータを保存していもおかしくはないんじゃないか?」

 

 スパコンレベルなら、この部屋に収まりきるくらいの大きさではない。

 

 

「こうやって議論するのは楽しいですけど、明確な答えがないのにやってもスッキリしないですよね」

「同感だ」

 

 ――――しばらく話していたが、倉崎の一言によりその話題はここで終了した。

 

 

 

「そろそろ良い時間だけれど、お開きにします?」

 

 あれからも話題は尽きずに話していた。ふと時間を確認すれば、もう3時は回っていた。AIの話だけではなく、他にも世間話に時間を費やしていたので、いつの間にかここまで過ぎていた。

 

「だな。気分転換になったよ」

「えぇ。楽しかったわ。またこうして集まりたい」

 

 あ、美早さんや、それは勘弁で……。

 

【UI> 私も今から行くところがあるのでそろそろお暇します】

「謡、途中まで送ろうかしら?」

【UI> 大丈夫なのです】

「あらそう? ならそろそろ私も帰るわ。親に車を借りててそろそろ返さないとなのよ。怒られちゃうわ。……みゃー、美味しいケーキごちそうさま。また来るわ。八幡さんも、またどこかでお会いしましょう。ういういもまたね」

 

 とだけ言い残し、倉崎は先に優雅に帰宅した。残された俺と謡は互いに荷物をまとめて。

 

「んじゃ、俺らも帰るか。世話になった。じゃ……またな、美早。ケーキごちそさん」

【UI> ありがとうございました。美早さん、今度は客としてケーキ買いに行きますね!】

「えぇ、2人もまた。次はもっと美味しいケーキご馳走するの」

 

 屈託のない、ぶっきらぼうそうな美早からは考えられない優しい笑顔で俺たちを見送ってくれた。

 

 

 

 

 

「……さてと、駅まで一緒か。あ、それともバス?」

 

 店から出で、2人だけになった謡に話しかける。

 

【UI> 八幡さんはこのあと時間はあります?】

「一応、今日は何も予定入れてないけど」

 

 そう伝えたものの、謡は俺から視線を外し何かしら思案しているような顔付きになる。そして、きっかり5秒。謡は再びタイピングを開始する。

 

【UI> では、付いてきてほしい場所があるのです】

「……というと、あれか、家まで送ってくれみたいなのか。あそこ薄暗いもんな。いいぞ、そんくらい全然」

 

 それなら倉崎に頼めばいいと思ったが、家の方向真逆とかなのかね?

 

【UI> いえ、そうではなく。八幡さんに見てほしいものがあるのです。……その、有り体に言えば、私と今からデートをしませんか?】

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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デート?……デート?…………デートかな……

 倉崎たちと別れたあと、謡に『デートをしませんか?』と誘われ、イマイチ状況が飲み込めず、渋々了承してから30分経った。あれから美早の店から移動して、どうしてか杉並の中学校の校門前に俺はいる。

 

 途中、謡とタッグを組んだから下手に襲われることはなかったが、正直杉並にいるというだけで末恐ろしい。気が気ではないというか、なにせ杉並は黒チビたちの領土だからな。いつ乱入されるか分かったもんじゃない。この前みたいにレイカーと黒チビが組んでいるかもしれないし。あれは序盤の草むらで魔王にエンカウントするようなもんだから。

 ここ数年、めっきり対戦とかしなかったのにここ数週間かなりの頻度で東京に訪れているから、周りからどう思われていることやら。

 

「…………」

 

 しかし、それはさて置いて、謡は中学校の校門前から動きがない。もしかすると、謡の行きたい場所とはこの中学校なのだろうかと推測する。それでも不可解な点はある。コイツ、まだ小学生だろう。確か5年のはずだから、まだ中学校見学の時期でもない。なぜ中学校に?

 

 とりあえず確認を取ろう。

 

「謡、目的地ってここなのか?」

【UI> はい。ここで合っています。ここは梅郷中学校なのです】

 

 合っていたらしい。しかし、特に聞き覚えのない学校名だ。ただ、どことなく既視感があるような……ないような……。

 

 というか、ニューロリンカーの発達した現代において、こういう中学校は原則として生徒や教師といった関係者しか敷地に入れないようになっている。部外者が入るためには教師などから入校許可証が必要だ。それは高校生である俺はもちろん、俺の隣にいる小学生の謡も例外ではない。

 

 謡はそんなことは気にせずに慣れている雰囲気なのが不思議だが、とりあえずは謡が何かアクションを起こすまで待つとしよう。

 

「あー、ここで誰かと待ち合わせでもしているのか? ……もしかして留美とか」

 

 その間、適当に話しかける。

 

【UI> 違いますよ。そもそも、デートと言ったではないですか。留美ねぇ含め、特に誰も呼んでいません。あ、そういえば、前に八幡さんとのツーショット写真を送って怒られたのです】

「そうだよ。お前があんな写真送るせいであのあと大変だったんだぞ」

【UI> 事の顛末は聞きましたよ。なかなか面白い状況だったとか】

 

 まさか。全く笑えませんでしたことよ?

 

【UI> それと全く同じ構図で留美ねぇが八幡さんとの写真を送ってきたときはちょっとムカついたので……あ、申請通りました。これで八幡さんも学校に入れるのです。今から入校許可証送りますね】

「え? あぁうん。……うん?」

 

 確かに『梅郷中学校入校許可証』が送られてきた。けど――――え?

 

「今から入るの? ここに?」

【UI> はい。ちょうど校内に案内したい場所があるのです】

「えーっと……どうやって入校許可証ゲットしたの? さすがに部外者すぎだろ、俺」

【UI> 私、この中学校の副生徒会長と個人的に交流がありまして、今回はお願いして八幡さんの分もご用意いたしました】

 

 …………怪しい。ひたすら怪しい。謡やネガビュの面子の年齢、そして杉並という地区――様々な状況から推測するに、この中学校はぶっちゃけそうなのだろうと予想がつく。や、まだ分からんぞ。ただただ謡のリアルな付き合いがここにあるかもしれない。……あるかもしれないじゃないか!

 

「それより、俺の素性とかどう説明したの?」

【UI> 一応お名前だけ向こうに渡しました。必要事項でしたので】

 

 う、うーん……まぁ、そのくらい当然か。

 

「ちなみに……や、いいや別に」

 

 敷地内に入れば分かることだ。…………そんな現実見たくないから確認しないでおこう。

 

【UI> では行きましょうか。私に付いてきてください】

「おう」

 

 謡のあとに続き、若干ドキドキしながら学校に入る。大丈夫だよね、不審者って思われたししないよね。今日は休日でがっつり私服だし、俺の怪しさ度合いに余計に拍車がかかるだろう。

 

 しかし、総武高も大概だが、この中学校も相当外観綺麗だな。最近はわりと公立校でも補修工事も進んでいるし、中もさそがし綺麗なのだろう。……ん、見渡していると、部活をしている生徒以外もわりといるんだな。何やら慌ただしそうだ。……あ、ここ私立なんだ。

 

「休日なのに生徒数わりと多いな」

【UI> 昨日文化祭があったので、片付けなどしているかもしれませんね】

 

 そういえば、謡や倉崎たちは昨日黒チビたちの文化祭に参加したと言っていたな……いや、これもう確定だろ。わざわざバースト・リンクしなくても分かる。ぜーったいいるよ、あの突撃バカ。つっても、別にだからといって俺に弊害があるわけでもない。黒チビたちもその辺りの分別は弁えているだろう。

 

 もしかしたら、野次馬精神が働いて様子は見に来る可能性はある。しかし、そこは必要経費というか、勝手に学校にお邪魔しているんだ。副生徒会長とも言っていたし、遠目に見られる分は大丈夫だな。

 

 俺ができるのは話しかけられませんように、と祈るだけだ。ぶっちゃけいくら黒チビだろうと、初対面の相手に話しかけられてマトモに対応できる自信がない。

 

【UI> ところで、八幡さん。昨日なんですが、どうやら心意を使ったみたいですね。かなり久しぶりに使ったとのことでしたが、大丈夫でしたか? それこそ数年振りでしょう】

「お前の玄武抑えつけるほどのモンじゃないよ。ただの基礎とちょっとした応用しか使ってない。いくら久しぶりとはいえ、大したことはない。俺の心意はある意味俺の欲望……みたいなとこあるから。といっても、そこまで大きくはない欲望だし。それに、俺は俺の心をちゃんと管理できている……と思うしな」

 

 心意を使うと、心の闇に引っ張られる云々言われているが、その感覚は正直俺には分からない。そんなの味わったことないし、そんなめちゃくちゃに心意を使うほどの危険な場面に出くわすこともそうそうなかった。エネミー狩りも俺の必殺技で事足りるしね。

 

【UI> それなら良かったのです。確かに八幡さんの心意はそこまで規模の大きいものではありませんね。あくまで自分で完結しているというか。……あ、着きましたのです】

 

 とはいえ、オープンスペースで会話する内容じゃないけどな?

 

 

 適当に謡の隣で歩いていると、どうやら目的地に着いたみたいだ。校舎の裏っかわに案内されたけど……ん、何かある。これはどこからどう見ても――――

 

「飼育小屋?」

 

 どの学校にもありそうなごくごく普通の飼育小屋があった。

 

【UI> はい。ここに私たちが飼っている子がいるのです】

「ほー。いや、なんでここ? お前の小学校は?」

【UI> 私の小学校の飼育小屋は取り壊しが決まりまして、私の通える範囲の学校がここくらいだったのです。それに、ここにいる子は私の手からしかエサを食べてくれませんので】

「あー、前に話してたケガした動物拾ったときの話か」

 

 まだ謡と再開する前、俺らは定期的に連絡を取り合っていた。近況とかを話していた……まぁ、ほとんど雑談だったが。そこでそんな話をされたことがあった。

 

【UI> そうなのです】

「そういや、その動物がどんなのが訊いたことなかったな」

【UI> 見れば分かりますよ。とても臆病な子なのでゆっくりとお願いします】

「おう」

 

 そう忠告されたので、あまり音は立てずにゆっくり飼育小屋を覗く。チラッと。そこにいたのは、おそらく全長20cmを超える体躯、白に近い灰色をした体毛と立派な翼。そこにいたのは鳥なのだが――――それだけいうわけではなく、丸く膨らんだ顔、下に大きく湾曲する嘴、赤金色の丸い両面。

 

 オウムやインコのようなただの鳥ではない。猛禽類だ。フクロウ……じゃなくて。

 

「ミミズク?」

【UI> アフリカオオコノハズクといいます】

 

 ほぇー、立派な鳥だ。鷲とかもっと大きいフクロウ辺りなら動物園で見たこともないが、こんな近距離で見るのは初めてだ。なんかフクロウとかは単独でジッとしているのに惹かれたというか、まるで俺みたいなぼっちなのかなぁ……と、中学のころは思っていたり。

 

 いやー、しかし、迫力あるなぁ……。なんてポケッとした顔でミミズクを見てると、謡が苦笑して。

 

【UI> そういうところはまるで男の子ですね】

「え、なに、俺女の子に見えるの? 女装してもムリあると思うぞ」

【UI> 違います。なんか八幡さんのそういう純情な部分を見ることがあまりなかったので】

「さよかい。このミミズクの名前はあるの?」

【UI> ホウ、と言います】

「もうちょい捻れば?」

 

 なんて安直な。うちのカマクラを見習え。

 

【UI> 決めたのは私たちクラスの同級生たちの多数決ですから】

「あぁ、そういうね」

 

 それならそうなるか。ホウ……改めて観察してみると、なんか俺をガン見してくるな。部外者がいきなり現れたらこうなるよね。ごめんなさい。

 

「ところで、今日はなんでここに?」

【UI> まずエサを与える必要があるので。1日1回、私の手から与える必要があります】

「なるほど。エサというと……なんかのお肉?」

【UI> 察しがいいですね。しばらくお待ち下さい】

 

 そうやって、謡が身に付けていたカバンから色々と取り出す。いそいそと取り出したのは、おそらくエサである肉が入っている保冷用のパックと小刀。……小刀? おぉ、ナイフというよりかは小刀だな、これ。木製の鞘に6cmほどの刃渡り。

 

「――――」

 

 あ、めっさカッコいいな。こういうのリアルで見るとテンション上がるね。夜の吸血鬼狩りでもしたくなる。真・アルクェイドルート、心よりお待ちしております。アルクェイドに心を奪われた者の戯言でした。

 

 いきなり謡が小刀を持つ姿に対して内心ちょっとワクワクしている俺を余所に、謡がパックから取り出したのは冷凍の……多分これはマウスか、そこいら辺りのお肉だろう。丸々1匹出てくるとは思いもしなかったけど。

 

 謡はそんな俺の様子をパチクリとした目付きで眺めてから片手でタイプをする。

 

【UI> あまり驚かれないのですね。梅郷中学校の飼育委員の方はこの冷凍マウスを見て非常に驚かれてましたよ】

「まぁ、丸々出てきたのには多少驚いたけども、拒否感とかそういうのはないな。その、なんだ、食べるってとどのつまりそういうことだろ。どんな生物でも、生きるために他の命をありがたく貰っているんだから、そこに敬意はあれど嫌悪感はないよ」

【UI> なるほどです】

 

 口ではそう伝えるけど、謡が冷凍マウスを捌こうとする光景は少しばかし似合わないと思うな。うん。

 

 そして、謡はパックの蓋を引いて器用に冷凍マウスを小分けする。あっという間に食べやすいサイズに切り分けられていて、その腕に素直に感心する。

 

【UI> エサは冷凍マウスたけでなく、ウズラやヒヨコも与えたりするのですが、今日はこれだけです。冷凍マウス……正しくはピンクマウスと言いますが、それだけだとカルシウムが不足することがありますので】

「ほー」

【UI> 八幡さんがホウさんに与えてみますか? より正確に言うと、私の隣でホウさんが食べる様子を見るという意味になりますけど】

「……やー、さすがにこれ以上近付くのはちょっと怖いな。それに臆病なんだろ。初対面の相手がいきなり来たらビビるだろ。遠目に見とくだけにしとくわ」

【UI> 分かりました。ちょっと残念です】

「貴重な謡を後ろからじっくり観察するよ」

【UI> その言い方はイヤらしいのです】

 

 自分でもそう思いました。

 

 

 

 

 

 ――――数分後、無事エサやりを終えた謡は後始末を済ませ、近くにあったベンチで休んでいる。俺も隣に座る。

 

「お疲れさん。貴重なもん見れたわ。普段の謡ってこんなことしているんだな」

 

 そんなことをボツリと漏らす。

 

 実際、謡が手袋をしてお肉を与えている場面はなかなかにカッコいいものだった。そして、ホウがお肉を食べる場面もかなりの迫力だった。こんなのを間近で見れるとはな。また謡に頼んで謡視点からの映像も見てみたい。

 

 そして、ホウにエサを与えている謡の表情も印象的だった。日常では見ることのできない、まるで親が子どもを世話するときのような微笑みは、謡もそのような顔をするのだと意外だった。

 

【UI> ありがとうございます。そうですね、今日八幡さんを誘った理由はそこなのです。最近フーねぇと八幡さんが遭遇してからか、私とも会う機会が増えて、八幡さんの日常や雪ノ下さんたちといった交友関係を知ることができました。しかし、その逆……最近の私のことはあまり言ってなかったので、こうして、私を見てほしかったのです】

 

 照れ臭そうに謡ははにかみながら、そう言葉にする。

 

 言われてみれば、日常の謡を知る機会なんてそうそうない。

 

 いや、小学生の日常生活を細かに知っている高校生とかそれだけで通報もんだから、当然と言えば当然か。それでも、何気ない謡の日常の一端を知れて、俺も嬉しく思う。互いの話題としてはBBがかなりの比重を占める。ただ、それだけではない謡を見ることができ、貴重な時間だった。

 

 それに加えて、普段見れることのない表情も……謡の年の子に言うのもなんだが、素敵だったと素直にそう感じる。

 

【UI> だから、その……】

 

 途中で止めてどうし――――

 

「……ぁ…………んんっ。……ぁ……ッ」

 

 謡は途中でタイプする手を止め、口を開こうとする。運動性失語症である謡は声に出して喋ろうとすると、それができずにまるで息が吸えていないような非常に苦しそうな症状に陥る。そんな様子を見て、俺は慌てて静止にかかる。

 

「謡、大丈夫。謡の気持ちはちゃんと伝わるから。……ムリしなくていいよ。ちゃんと治ってから改めて言ってくれ。苦しそうな顔じゃなくて、それこそ笑顔でな」

【UI> ……分かりました】

 

 ちょっと不満そうな顔付きになる謡。そういう顔されると非常に申し訳ないが、やっぱり俺の親の苦しそうな顔は見たくない。それは本当に親だからかと疑問に思うが、今は深く考えないことにした。

 

 それも……さっきのセリフ、今思い返すと恥ずかしくなってきた……。これは夜にベッドで悶えるパターンだ。もうやだぁ、お家帰るぅ……。

 

【UI> では、そのときが来たらお願いします。逃げるのはなしですよ!】

「……ん、分かった」

 

 ピシッと指を刺され、如何にも逃げたら許さないと言いたげな表情になる謡であった。

 

 

 ――――そして、しばらく2人で何も話さずボーッとベンチで堕落を貪っていると、どこからか足音が聞こえる。

 

「――――」

 

 徐々に足音が大きくこちらに近付いてくるので、ふと視線を音の方向へ向ける。

 

 足音の主はどうやらここの男子生徒だ。遠目でも分かるくらい太めの体型。中学生の年でその体型は大丈夫なのかと一抹の不安を覚えるが、他人の俺が心配できることではないか。……それに俺の知り合いにも似たような奴いるし。名前は……材……なんだっけ? 知らない人ですねぇ。めっさ矛盾したこと思ってる。

 

 とまぁ、どこぞの小説書きのことは置いといて、その太めの生徒は飼育小屋に用があるのかどんどん近付く。

 

「あ、四埜宮さん、もう来てたんだ」

【UI> 有田さん、こんにちは。はい、今日のエサやりはもう終わりましたのです。有田さんは今日当番ではありませんよね。もう伊関さんが掃除は済ませていたので】

「あ、そうなんだ。僕は文化祭の片付けがてら様子を見に来たんだけど……そのー、えーっと……」

 

 謡と知り合いなのかひとしきり挨拶してから、この場にいるのがどうも不自然というか明らか不審者みたいな俺に対して、怪訝そうな視線を向ける。こんな部外者がいてホントごめんね?

 

「ど、どちら様でしょうか……?」

 

 恐る恐る訊ねてくるポッチャリな生徒……謡が有田と言っていた生徒に軽く頭を下げる。

 

「あ、比企谷八幡と言います。えーっとー……その、なんかお邪魔してます」

 

 つい敬語になってしまう。いやね、こんなアウェーな空間だと腰が低くなるんだよね。

 

「あ、はい。有田晴雪と言います。あ、ここの飼育委員長をやっているので、四埜宮さんとは知り合いです。こちらこそよろしくお願いします。それで、比企谷さんはどのようにここへ……?」

「隣にいる……謡がなんか誰だっけ? そっちの副生徒会長に取り次いで入校許可証を発行してくれたんで。いやまぁ、俺は向こうの顔は知らないんですけど」

 

 一応年下だけど、わりと焦って変な敬語で話してしまう。恐らく有田君もかなりコミュ症というか人見知りの部類なのだろう。互いに挙動不審なのが分かる。なんだこれ。

 

「そうなんですか。先輩が……なるほど。えーっとですね、ちなみに、比企谷さんは四埜宮さんとどのような関係なんです……?」

 

 はいはい、これは何度目の質問なのだろうか。倉崎から奉仕部の面々や留美、上月や美早、そして今回で有田君か。この短期間でめっさ答えている気がするのは気のせいですか? まぁそれはいいとして、どうやって答えようか……。雪ノ下たちのときと同じように答えるかね? 倉崎はBBやっていたし、話早かったけど。

 

「いや別に、普通に知り合――」

【UI> 私の彼氏……と言ったところでしょうか】

「ちょっと謡さん?」

 

 あなたそういう勘違いされること言わないでくれます? 警察待ったなしですよ?

 

「ほー。彼氏……彼氏さんでしたか。…………え、えぇぇぇ――――!?」

 

 あらやだ、有田君めっちゃ素直だなぁ! 

 

 目を丸くして勢いよく驚いている。こんな妄言信じるなんて。よくよく考えてほしい。和風の可愛らしい女子小学生と他称目が腐っている男子高校生だぞ? 明らか不釣り合いというか不自然すぎるだろ。街中歩いているときとか職質されないかビクビクしながら過ごしているというのに。なにそれ一生引きこもりたい。

 

「違うから。謡もほんっと勘弁して。この年で前科持ちとかシャレになんねぇよ」

【UI> まったく、八幡さんはすぐそういうことを言いますね。ヤレヤレなのです】

「謡がどう思おうが、端から見たら相当ヤベぇからな?」

 

 そんな俺と謡の様子を有田君は「ほぇー」と言いたそうな雰囲気で眺めている。

 

「仲良いですね。四埜宮さんが尻に敷いている感じがなんか新鮮です」

 

 その表現如何なものか?

 

「まぁ、仲良いってのは否定しないけど…………なぁ、謡。俺ら仲良好だよね?」

【UI> どーしてそこで不安になるのですか……】

「や、仲良いと思ってるの実は俺だけとかそんな勘違いしたくないし。ちょっと自信なくなってきた」

 

 あるじゃん。自分だけそう思っていて、実際相手はそうでもないパターンとか。それでバチクソ勘違いしたら死にたくなる。

 

【UI> 大丈夫ですよ。私と八幡さんはとっても仲良しなのです】

 

 うん、そりゃ良かった。そう安堵していると、謡は唐突に話の流れを打ち切り別の話題へ移行する。

 

【UI> 八幡さん、有田さんには諸々言ってもいいと思いますよ】

「え、それどういう意味?」

 

 と、いきなりの内容に疑問を持ち、俺の質問に答える前に謡は有田君に諸々――――俺らの出会いである事故のことやら俺らの関係性をチャットで素早く伝える。そして、あらかた訊いた有田君はどこか納得した表情を見せる。

 

「あ、そうだったんですか。四埜宮さんが事故に遭いかけ比企谷さんが助け…………あれ、それどこかで訊いたような……?」

 

 有田君は不思議そうに首を傾げる。

 

 え、ちょっと待て。有田君、これ聞き覚えあるのか。いやいや、どこでだ? 俺は有田君とは初対面だし、当然したことないから謡がとっくにしていたとか。……いや待て。以前にわりと人数いるところで話をしたことがある。この中学校は黒チビの本拠地――――ていうか、俺ここに来たことあるしな。あっちで。つまりは、有田君もそういうことだろう。

 

 とりあえず有田君には聞こえないよう小声で。

 

「…………謡、有田君って誰だ? 色で言うと」

【UI> 銀です】

 

 銀……シルバー。それはつまるところ、加速世界で唯一自由に空を駆ける鴉。レイカーよりも自由自在に。加速世界でもかなり有名なんだが、それが有田君……というわけか。

 

「マジかよ」

 

 そういう繋がりか、と今さら納得する。人は見かけにもらないものか。まぁ、あっちとこっちではキャラを作っていて別物だろって奴もたまにはいるしな。せっかくのゲームだし、ロールプレイしたいのは分かる。や、有田君と話している感じキャラ自体はそこまで差はないような。

 

【UI> 有田さん。ぶっちゃけると、八幡さんは私の子ですよ。前にもお会いしましたよね】

 

 お前はお前でぶっちゃけすぎだよ。

 

「……………………」

 

 おい、完全にフリーズしちゃったじゃねーか。もうヤだ、この親……。ブレーキはどこ?

 

「おーい、有田君?」

 

 俺が呼びかけてからきっかり5秒。意識を取り戻したのか有田君は。

 

「…………あ、あの比企谷さん。ほ、ホントにそうなんですか?」

 

 恐る恐る訊いてくる。俺はいきなりの事態で多少戸惑いつつも返答する。

 

「あー、そうだよ。前にここでその話したことあったしね」

「え、えぇ。ありますけど……ちょっと信じられなくて。いきなり校内にいた人が四埜宮さんの彼氏さんで、エンペラーさんだったとは……」

「気持ちは分かるが、あれだ、一旦潜って確かめてみてくれ。校内ネット繋がってるから」

「い、いえ! そう言うってことはホントにそうなんだって分かりますから」

「…………ってあれ? いや有田君。マジで違うからな。謡の言うこと鵜呑みにしないでね?」

 

 なんか君勘違い起こしてない? 大丈夫?

 

 そして、俺の様子なんざ素知らぬようにすぐさま有田君は俺に向き直り。

 

「あ、あの! 比企谷さん。よ、良ければこのあと対戦お願いしていいですか?」

「それくらいなら全然」

 

 勘違いが解けたのか分からないまま有田君と対戦することになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これ書いている最中に月の裏側の情報が出てきたから死ねない理由ができた



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皇帝と鴉

「おやハルユキ君。これはこれは……随分と面白い対戦カードだ。もしや今からアイツと戦うのか?」

「あ、先輩! はい、そうなんです。実はエンペラーさんが学校にいてですね……先輩はご存知でしたか?」

「まぁな。アイツに入校許可を出したのは私だ。とはいえ、直接顔は見てないがね」

 

 ハルユキが八幡に戦いを挑んでからというものの、準備のために約5分互いに自由時間を設けた。互いに目の前で対戦が始まったため、普段できる準備ができないからだ。

 

 その間、ハルユキは必殺技ゲージを貯めながら観戦に来ていた黒雪姫であるロータスに声をかけられた。

 

 今回のステージは風化。ステージの物体は非常に脆く壊れやすい。そのため必殺技ゲージはかなり溜めやすい。ハルユキはチラッと相手の必殺技ゲージを見る。八幡もそれなりに溜めてるのが分かる。

 

「あれ、先輩は直接お会いしてないんですか?」

「まぁな。如何せん、私も私で生徒会での文化祭の片付けで忙しい。暇ができれば謡の方に顔を出そうとは思うが……別段エンペラー……アイツのリアルにはさほど興味もないしな。アイツも似たような気持ちだろう」

 

 ふぅ、と嫌なことを思い出したのようにため息をつく黒雪に対してハルユキは昔色々とあったのだろうと空気を読み話を広げるのを止めた。

 

「まぁ、あれでもアイツはレベル7だ。実際問題、かなり強いぞ。ハルユキ君が勝つ確率はかなり低いと思う。私でも不覚を取る可能性は充分ある相手だ。――――と、いうのもあるが、アイツは東京から引っ越したこともあり、半ば引退している今のアイツと戦えるというのが貴重な経験だ。ハルユキ君の思うように戦いたまえ」

「は、はい。そうしてみます!」

 

 意気揚々といった雰囲気のハルユキに黒雪は満足そうに頷く。

 

「それに、アイツもハルユキ君の情報はあまり知らないはずだなら初見殺しを上手く活用して頑張りたまえ」

 

 と、ここで少しは何かアドバイスをしようと何かと過保護な黒雪は考える。しかし、全てを話すのも芸がないからと言葉を選ぶ。

 

「とりあえず、エンペラーから剣を引き出せたら上々だよ」

「剣を……ですか? エンペラーさんって剣持ちアバターじゃないんですか? それこそ、青の王みたいな。この前無制限で会ったときは剣を使ってましたよ。性能は分かりませんけど、めちゃくちゃ広い攻撃範囲でしたよ!」

 

 そう興奮気味に話すハルユキ。

 

 あの技に幾度か苦しめられた経験を持つ黒雪は思わず苦笑を交えつつ話を続ける。

 

「あぁ、あれはエンペラーの必殺技だ。射程、威力共に最高峰の必殺技だよ。本人からするとかなり扱いにくい代物らしいがね。……話が逸れたな。確かに何があるか分からない無制限フィールドでのエンペラーは剣を持っているが、通常対戦ではアイツ、基本的に素手で戦うんだよ」

「え、そうなんですか!? それはまたどうして……」

 

 意外そうにハルユキ訊ねる。

 

 それも先日、ハルユキはあの剣の破壊力を直に見ていたからこその発言だった。あれだけ強い攻撃を兼ね備えた剣があれば普通は使いたくなるものだと考えてしまう。

 

「アイツ曰く、素手だと攻撃力は落ちてしまうが対応力は剣より優れている、とのことだ。これには私も同意見なところはある。格闘タイプのハルユキ君も何となくは分かるだろう」

「それはまぁ……。素手の方がいざってときに細かく動けたりできますし。武器って強力ですけど、武器があるからこそ行動が読めるって部分もあると思います」

「銃を使うタイプだとそれは顕著だな。そういうこともあり、アイツは通常対戦で基本的には武器を使わない。使うとしたら……まぁ、防御に優れる緑やメタルカラー、あまりにも素早いフーコや何でも斬る私といったところか。……そうそう、ハルユキ君はアイツの剣の性能は知っているか?」

 

 ふと訊ねる黒雪。

 

「い、いえ。具体的な性能はさっぱりです。何か特殊な能力があるんですか?」

「ふむ、あるにはあるが……やはり、ここで全部教えるのはフェアじゃないな。まぁ、ざっくり言うが、あれは毛色が違うだけで私の剣と同様、何でも斬ってくる剣、とでも言っておこう。もし対峙したら充分気を付けたまえ」

 

 ハルユキはその唐突な一言に身を引き締める。

 

 具体的な性能は教えてくれなかったが、あの黒雪がそこまで伝える相手なのだ。何でも斬る剣、ロータスと同等の力がある――――そうハルユキに伝えたように思えた。

 

 その言葉だけでダークネス・エンペラーが脅威なのだと充分すぎるほど伝わった。

 

「……っと、そろそろ行きますね、先輩」

「あぁ、応援しているとも」

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽

 

 

 

「さてと、そういやメイデ――――別にここでは謡でいいか。クロウってどういう戦闘スタイルなの?」

 

 試合が始まり、5分は互いに必殺技ゲージを貯めるために自由時間を設けて適当にステージの建造物を破壊してゲージを貯めている最中に謡に訊ねる。

 

「それ普通聞きますか? バカなのですか?」

「えー、だって事前情報は欲しいし。この前は別行動でレパードとしか組んでねぇからなぁ。空を飛べるのは知っているけど、戦闘スタイルはさっぱりなんだよ。近接メインってのは知っているけど……クロウって遠距離攻撃ある? それともやっぱり徒手空拳だけか? 武器は?」

「教えないのです。そんなことしたら詰まらないのです」

 

 ったく、吊れないな。どうせ黒チビも俺の情報ある程度クロウに教えているから少しは教えてくれていいのにと思う。

 

 ……いや、曲がったことが大嫌いな黒チビの場合、公平を重んじるところあるから、多少教えたとしてもあまり核心的な部分は伏せているかもしれない。具体的には俺の必殺技やスキルとかの性能をフワッとした言葉では伝えるが、詳細は伝えないといったところか。

 

 まぁ、なるようになれ。最初は素手で戦うけど、もし空中から遠距離攻撃されたら…………素直に剣を使うか。いやでも空中にいられたらあのクソ必殺技で狙うの難しい気もする。空を飛べる相手にあれ当てるのムリだろ。

 

 そう考えているところで謡がポツリと話し出す。

 

「順当に事が進めば八幡さんが勝つと思いますが、有田さんは意外性の塊、みたいな部分があるのです。もし流れを有田さんが持っていけば八幡さんが負けるかもしれない、とだけ言っておくのです」

「…………」

 

 なるほど。流れ、か。謡の言葉を反芻しながら考える。

 

 そういうのは格闘ゲームにおいて――――いや、ゲームに限らずスポーツや仕事、何もかもにおいて重要な事柄だ。実力差があれば流れなんて関係ないけど、心に隙が生まれればそこを突かれて負けるなんてことはある。

 

 それに極端な話、クロウが俺のHPをそれなりに減らしてから制限時間まで飛んで逃げれば普通に負けるしな。そうならないよう気を付けなければいけない。

 

 ……っと、もう時間か。集合場所は校庭だったな。

 

「そろそろ行ってくるわ」

「はい、行ってらっしゃいなのです。遠くから見てますね」

 

 

 

 

「すまん、待たせたか」

 

 校庭にはもうクロウがいた。

 

「いえ、全然大丈夫です。僕が早く来ただけですので!」

「よし。――――じゃあ、さっさとやるか」

 

 その言葉を合図にその場を駆け出す俺。クロウはファイティングポーズを取りこちらを迎撃する構えだ。まずは一発こちらから仕掛けて主導権を頂く。

 

「……ッ!」

 

 大きく踏み込んでからの跳び蹴りを繰り出す。単純な動きだが、これでもかなり早い自負がある。クロウは咄嗟に腕をクロスさせこれを防御する。

 

 少し後退するだけで耐えきったクロウは俺が着地した瞬間を狙い殴打で攻撃を仕掛けてくる。鋭い突きだ。よく訓練していることが分かるくらい洗練されている。

 

 これは防御からのカウンターが間に合わない――――そう悟った俺は大きな隙ができるのを飲み込んだ上でしゃがみ込み回避に成功する。そして、その隙をなくすためしゃがんですぐ立ち上がりその勢いで顎を狙ったアッパーカットを放つ。

 

「……うおっ」

 

 しかし、俺の攻撃も当たらず。それもいきなりクロウがバク宙をして俺の攻撃を避けたからだ。しかもその流れと勢いで放ったクロウの返しの蹴りが俺の腕に命中した。

 

 地味に痛いな……。

 

 どうやらバク宙に飛行アビリティを用いたらしい。道理でそれなりの攻撃力があるわけだ。その証拠にクロウの背中には唯一ある輝かしい翼が展開されている。なるほど、ただ飛ぶだけではなく、こういう動きにも飛行を利用できるのか。

 

 俺の体力は5%削れてクロウは3%ほど削れている。

 

「今度はこちらから行きます!」

 

 そう宣言したクロウは翼を展開させたまま俺の方へと跳びながら突っ込んで来る。

 

 突進か? なら俺へ接触した瞬間にカウンターを喰らわ――――いやこれ全然違うわ。俺へと近付いてきたクロウはただ単純な突進攻撃をするわけでもなく、空中を活かした文字通り縦横無尽な立体的の格闘をしてくる。

 

 翼を揺らして完璧に軌道を操り上から下から右から左からはたまた斜めから――――様々な角度から殴打や蹴りが飛んでくる。捉えようにもずっと同じ高さにいるわけでもなく、ちょくちょく高さを変えてくるから攻撃の軌道が読みにくいし、なんなら視界外からも飛んでくる。

 

「チッ」

 

 ヤバいな、これはかなり厄介な攻撃だ。距離を取ろうにも俺の脚よりクロウの飛行速度の方が速いからすぐに追い付かれる。対応も早い。一連の動きを含めて一朝一夕では身に付かない練度を感じる。

 

 普通に何発も攻撃を喰らっている。ちょいちょい防御はしているけど、それ以上に攻撃の回転数が多い。全部を捌くのはキツい。頼むからここで『未来推定』発動するなよ。そこに意識取られたら一気に体力が削られる。

 

 うーん、これは予想以上に後手後手だな。俺に攻撃を当てるってことは微量ずつながらもクロウの必殺技ゲージが貯まる。つまり、飛行アビリティに使っているもののゲージが空になるまで時間がかかる。

 

 この空中攻撃を何回もしてきたのか対応も手慣れている。適当な動きだと俺の首を絞めるだけだ。ならば、俺しかできない、そしてクロウの意識を緩める行動をする必要がある。

 

 何がある――――考えながらクロウの攻撃を捌く。少しずつ当たる回数は減ってきたがじり貧だな……。こうも密着されると取れる行動が限られる――――そうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽

 

 

 

 ――――イケる。僕のエアリアル・コンボは……この攻撃は通じている!

 

 ハルユキはそう思いながら八幡へと攻撃を続けている。

 

 この一連の攻撃はハルユキの師匠でありレベル9の黒の王、黒雪姫でさえ初見の際は防御に徹するしかなかった技だ。

 

 エアリアル・コンボは翼のフィンの動きを細かくランダムに動かすことで、両手両足全てを駆使した切れ間ないラッシュを生み出すことができる。翼の動きからクロウの攻撃まで全てがランダムで先の攻撃を読むことができない。

 

 ただでさえ慣れた相手ですら苦戦するこの技に、今までクロウの戦いを見たことがない八幡なら尚更この動きには付いていけない――――そう確信したハルユキはここで勝負を決めるべく、ラッシュを加速させる。

 

「――――ッ!」

「いって……」

 

 エアリアル・コンボの勢いが付いた蹴りが八幡の腹部に命中する。八幡の体力も悪態付いた声と共に5割を切り大きく後退する。そのことで体勢も今まで以上に崩れ、チャンスと感じたハルユキはそのまま距離を詰める。

 

 そのままもっとより強い攻撃を繰り出そうとした瞬間――――

 

「へ? ――――うわっ!」

 

 いきなりハルユキの視界が真っ暗になる。と、同時に今度はハルユキの腹部に衝撃が走る。どうやらお返しに蹴られららしいと悟る。

 

 一体何が起こったのか原因を探るが、それはすぐに分かった。八幡の返しの一撃ですぐに視界が開けたのだ。ハルユキの視界を奪ったその原因は――――

 

「布……って、これマントか!」

 

 下に落ちたマントをチラッと見たハルユキ。

 

 八幡のアバター、ダークネス・エンペラーには漆黒のマントが付いている。今回はそれを外し、ハルユキの追撃のタイミングに合わせて被せたらしいと察する。シビアなタイミングをさることながら……。

 

 ――――ていうか、それ着脱可能なんだ……。

 

 一瞬そう思い気が抜けたが、すぐに思考を切り替える。確かにマントを用いた反撃はされたが、これは一度しか使えない猫だましみたいなものだ。

 

 ――――大丈夫、僕の優位性が損なわれたわけじゃない。

 

 そのように判断したハルユキはエアリアル・コンボを再開する。縦横無尽さを売りとした、ランダムで強力な攻撃を。八幡は少しずつこの攻撃に慣れてはいるが、まだ全てに対応し切れていない。現に半分以上の攻撃には当たっている。

 

 ――――このまま押し切る!!!

 

 と、エアリアル・コンボを続ける中、左斜め下から繰り出した鋭い蹴りは――――

 

「なっ……!?」

 

 

 八幡の……いや、闇のごとき真っ黒なエンペラーの両腕でしっかりと掴まれていた。

 

 

 なぜこうピンポイントで掴まれた? 黒雪姫ですら反撃できず防御に徹するしかなかったこのエアリアル・コンボをまさか初見で? もしかして完全に見抜かれたのか? そうハルユキの疑問が尽きない間にも、八幡は口を開く。

 

「そろそろこっちの攻撃も喰らっとけ」

 

 空中にいるハルユキの片足を両腕で振り抜き、ひたすら力任せに地面へ叩き付ける。

 

「クッ――――!」

 

 その衝撃は凄まじく、たったこれだけの攻撃でハルユキの体力は半分を切ってしまう。たった1発の攻撃、これだけで今までエアリアル・コンボで削ってきた八幡の体力と並んでしまった。

 

「もう1発……」

 

 地面に叩き付けられたハルユキへ追撃を行う八幡。サッカーボールを蹴る要領で蹴ろうとするが、もうすでに意識を回復させたハルユキは地面を転がり、追撃を回避する。

 

「って、さすがに喰らわないか……」

「え、えぇ、あれは予想外でしたがこれ以上はやられません」

 

 一度仕切り直しなのか軽く会話を続ける。

 

「ところで、どうやって僕の攻撃を見切ったんですか?」

「あ? あれか? あの空中の攻撃だろ? いや全然見切ってないけど。ていうか、あんなの早々見切れるわねねぇだろ。スゴすぎだわあれ」

「え……じゃあどうして?」

「あれは単純に狙いを付けてただけだぞ。あの角度の攻撃だけを防ぐ……つーか、掴むことだけを考えてた。マントで目隠ししてから少し一息付けて余裕できたからな」

 

 呆気からんと言う八幡にハルユキは戦々恐々と驚く。

 

 あのエアリアル・コンボは基本的にランダム。1歩間違えれば、狙った角度が来ないまま体力が尽きてしまった元も子もないというのに……。

 

「そんじゃまぁ、そろそろ再開するか。とはいえ、素晴らしい技を魅せてくれたお礼に……せっかくだ、着装――――ブレード・オブ・フュージョン」

 

 そう告げた直後、突如として八幡の手に漆黒の剣が現れる。

 

「これが……」

 

 ――――先輩の言っていた、エンペラーさんの本気……! 確かに、剣を握っただけなのにとてつもないプレッシャーだ!

 

 八幡の握った剣の迫力に圧され、ジリッと少し後ずさる。

 

「エンペラーさんは、どうして最初から剣を使わないんですか……?」

 

 不意に訊ねるハルユキ。理由の一部は黒雪から訊いていたが、それでも訊ねてしまう。

 

「ん……あぁ。そこまで特別な意味合いないけども。素手の方が自由に動けるし、わりかし身軽だからな。コイツけっこう重いし。それに、黒チビから訊いているかもだが、これは黒チビと系統は全然違うけど何でも斬れる剣だ。だからまぁ、剣を当てることを重視しすぎて動きがどうも単調になりがちだったんだよ」

「単調に……?」

「そうそう。今でこそマシだが、最初の方は色々となぁ、そのせいでかなり負けたりしたから基礎の動きができるようになろうとできる限り剣を使わないようにしたってだけだ。まぁ、思いの外性に合ったんだがな」

 

 それだけ言うと八幡は剣を構える。

 

「つーわけだ、クロウ。コイツに――――当たるなよ」

 

 

 

 これが、ハルユキがこの対戦で訊いた最後の言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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