結界の国〜兵師たちの都志見〜 (スターライズ)
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〜プロローグ〜

 世界が神々によって作られてから数万、いや、数億年。

 

 その事実、痕跡は、物理学などの学問によって否定されている。

 

 それはさながら人間の愚かさ、傲慢さを示しているかの様だ。

 

 だが、これから語ることになる世界では、未だ神々の子孫が存在しており、その事実は真実として人々に信じられている。

 

 それはその子孫たちが名家として絶大な力を誇ることにつながっている。

 

 そう、この世界において名家の血統であることは、その人間の仕事や社会的立場などの全てを決定づけるほど重要な意味を持つ。

 

 それを助長するかのように、神々の血を少しでも継ぐ者は周囲に対する支配力を持っている。

 

 魔法と言った方がわかりやすいかもしれない。その力は周囲の事象へ干渉することができる。つまり、物理法則を限定的に改変できるのだ。ある者は風を従え、またある者は音を従える。

 

 この物語はそんな力を持った人々が紡ぐ物語である。

 

 

 

 

 

 月が死んだ暗黒の夜、降りしきる雨の中、夜叉の面をつけ、黒のマントを羽織った5人の影が鬱蒼と茂る森の中に建つ一軒の日本家屋に迫っていた。

 

「何者だ! 止まれ!」

 

 家の中から数人の刀を帯びた男たちが出てきて黒い影の前に立ち塞がる。

 

 しかし、一筋の閃光が走ると次の瞬間、夜叉の面の者たちは、男たちの後ろを何事もなかったかのように歩き始める。

 

「な、何が……」

 

 男たちはその身に起きたことを理解できぬまま血しぶきを吹き上げ、崩れ落ちる。

 

 夜叉の面の者たちは門をくぐり、玄関の明かりの下に立つ。夜叉の面の者の1人がなんの悪びれもなく、木製の立て付けが悪そうな引き戸を強引に蹴り破る。

 

「な、何の用だ!」

 

 まだ30代前半であろう活力に溢れた男が破壊された引き戸の先に立っていた。後ろには妻とみえる若い女と幼い男の子を伴っている。彼らの様子から何が起きているのか理解できていない様だ。

 

「あなた方には死んでもらいます。」

 

 夜叉の面をつけた1人がなんの感情も感じ取れない無機質な声を発する。

 

「はぁ? どういうことだ? なんでお前らが……」

 

  冷たい声に男は身構える。強い口調を保っているがそれは虚勢であった。

 

「もう、決まったことです。お覚悟を」

 

「待て! 話せばわかる!」

 

「問答無用」

 

 夜叉の面の者の1人が腰から刀を抜き、目にも留まらぬ速さで切りつける。男は夜叉の面の者との間にシールドを展開し、その攻撃を紙一重で防ぐ。

 

(ほし)(ゆき)を連れて逃げろ!」

 

 男は女の方を向き鬼気迫る声で叫ぶ。

 

「あなた……」

 

「早くしろ!」

 

 女は子供を抱きかかえ、おぼつかない足取りで奥へと廊下を走る。そして、突き当たりの部屋へとなだれ込み、戸を閉める。

 

「ぐぁあああ!」

 

 男のものと思われる悲痛な叫びが聞こえた後、雨音だけが女と子供を包む。

 

「奥様、どこにおられますか?」

 

 その静寂を裂くように声が響く。その声に女は何かを覚悟したように流していた涙を拭き、子供を押入れの中に押し込む。

 

「星雪、いい? 何があっても、ここから出ちゃダメよ」

 

 女が何かを呟くと、右手に金色の文字の様なものがまとわりつき、その手で子供の頭を撫でる。すると子供は透き通り、人の目では見ることができなくなる。

 

「母さん?」

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「ピピピピピピ!」

 

 閑静な日本家屋の中で時計のアラームがけたたましく響き、1人の青年がまるで冬眠から目覚めた熊のようにのっそりと起き上がる。

 

  ここは結界帝国、山間の小国だ。物語はここから動き出す。

 

「こんな日にまた、あの日の夢を見るとは……」

 

 青年は暗い顔をしながら頭に手を当てる。

 

「若!おはようございます。朝ご飯の支度が整っていますよ」

 

 着物姿をした初老の女性の凜とした声が響く。

 

「だから、若って呼ぶのやめてって、何度も言ったよね?」

 

「でしたら若殿と呼んだほうがよろしいですか?」

 

「若から離れる気ないのね……」

 

 若と呼ばれた青年はうんざりした顔で答える。彼の名前は鬼塚(おにづか)(ほし)(ゆき)、18歳の若き鬼塚家当主だ。

 

 彼がなぜ若くして当主になったのかは後に語ることになるだろう。

 

 星雪は和風モダンな服装に着替えを済ませる。刀を伴っていることからおそらく戦闘服なのだろう。彼はその頭に付いた寝癖を抑えながら食卓につく。

 

 そこには赤飯に勝栗、打鮑、トンカツなど朝食とは縁遠い料理が並んでいた。

 

「これは?」

 

「今日は、若と(すず)()ちゃんの卒業試験なので縁起をかついだ料理を出してみました。これで合格間違いなしです!」

 

  ばあやは自信たっぷりの顔で答える。

 

「だからって朝からトンカツは、ないでしょ……」

 

 星雪は苦笑交じりの笑顔をしながらもトンカツにかぶりつく。トンカツは星雪の好物だ。

 

「まだまだ足りないくらいですよ。若! ウインナーはいかがですか?」

 

  ばあやはフライパンを持ってやってくる。

 

「ウインナーって最近海外から入ってきた食べ物だよね? よく手に入ったね」

 

  そう言いながら、星雪はばあやの持つ新品のフライパンを見て、ウインナーとともに西洋市場で買ったのだろうと想像する。西洋との貿易が始まって間も無いこの国では西洋の品物は珍しい。

 

「若のためでしたら何でも手に入れますよ」

 

  そうは言っているが、ばあやも最近流行りのフライパンを使ってみたかったのだろう。

 

「ところでなんでウインナー?」

 

「海外の言葉でwinner、勝者という意味だそうですよ」

 

  ばあやは澄ました顔で言う。その顔はいたって真剣だった。実際はwienerであり違うのだが……

 

「ダジャレかよ……」

 

 深い理由を期待していた星雪は、その拍子抜けする理由に思わず笑いが溢れる。

 

「ほっしー! 早くしないと遅刻だよ!」

 

 唐突に明るい髪色とはっきりとした顔立ちが特徴的な、まるでヒマワリのような女性が現れる。その艶やかな髪はショートボブに編み込みと藤の花の髪飾りが綺麗にとめてある。彼女は、ご飯を食べている星雪を急かす。

 

神谷(かみや)、なんで朝っぱらからそんなハイテンションなんだよ……」

 

 神谷と呼ばれた女性、彼女は神谷(かみや)(すず)()。歳は星雪と同じで鬼塚家に居候している。

 

 彼女はすでに和風と洋風が入り混じった戦闘服に着替えを済ませ、その腰には細長い剣の様なクナイが鞘に収められていた。

 

「だって今日は学校の卒業試験なんだよ! これに合格すればようやく兵師(へいし)として認められる! ほっしーは嬉しくないの?」

 

「いや、うれしいというか気が重いよ。これで兵師(へいし)になれるかどうかが決まると思うと……」

 

「そんなネガティブ思考だと不合格になるよ! ほ〜ら、早く行こ!」

 

 星雪は涼花に引っ張られてる。

 

「ちょっ待って。ご飯中……それにまだ挨拶が済んでない〜」

 

 星雪は涼花の手から何とか抜け出し、仏壇の前に座り手を合わせる。

 

「それを忘れてたね……」

 

 涼花も星雪の横に座り同じように手を合わせる

 

「こうしてると父さんと母さんが見守ってくれてる気がするし、目標を再確認できるんだ」

 

  星雪は仏壇の位牌を見上げる。

 

「ほっしーの目標って、ひいじいちゃんを超えることだよね?」

 

「うん。あの圧倒的戦闘能力とカリスマ性。あの人こそ俺の理想とする人だよ。俺はひいじいちゃん以上の力を身につけ、必ず俺の両親を殺した奴らを見つけてやるんだ!」

 

  星雪の顔に力が入り引き締まる。その様子からよほどの覚悟があると見える。

 

「じゃあ、まずそのネガティブ思考から直さないとね!」

 

  涼花が星雪の痛いところを突いてくる。

 

「あはは……それは結構きついかも……」

 

  そう言われ、表情を崩しつつさっそくネガティブ思考全開で答える。自分でも自覚しているらしい。

 

「あ! もう時間がやばいよ! 急ご!」

 

 涼花に引っ張られ星雪は、まるで凧揚げの凧のように家から連れ出される。

 

「ちょっ……神谷!」

 

「行ってきます! ばあや!」

 

「行ってらっしゃい! 涼花ちゃん。若のこと頼んだよ〜 若! ご武運を!」

 

  ばあやは家の門前で2人を見送る。

 

 この時、彼らはまだ知らなかった。これからこの国を襲う苦難を。これは山間の小国とその人々が栄光を目指した血と絆の物語である

 

 

 

 

 

 



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〜卒業試験〜

「ほっしー! 早く! たぶん、もうみんな並んでるよ!」

 

「マジ? とばそうか」

 

『強化術式!』

 

 2人がそう唱えると足元に術式が現れ一気に加速する。「兵師(へいし)」と呼ばれる人々は、自分が得意とする支配対象に対しての干渉と別に支配力を使用し、術式を使うことができる。その中でも特に基本術式と呼ばれる2つの術式が多く使われている。

 

 その中の1つである強化術式を使って星雪と涼花は、高速移動を可能としている。術式とは簡単に言えば支配力をより効率よく発揮できるための装置である。基本術式はその中でもかなり簡略化され、なおかつ、より汎用性が高いように設計してある。

 

 ピンク色を何度も塗り重ねたような鮮やかな桜並木を背に2人は学校へと急ぐ。

 

 2人が通う結界(けっかい)国立(こくりつ)都(つ)志(し)見(み)兵科(へいか)学校(がっこう)、ここは結界の国の首都都志見(つしみ)にあるその名の通り「兵師(へいし)」を育成するための機関である。

 

 兵師とは、国家を守る軍隊である。人々は、入隊することを誇りとしているが、かなりの支配力を持たなければ、兵科学校にすら入れない。つまり、入学した時点でかなりのエリートであるといえる。

 

 桜が満開となった今日、一年に一度の卒業試験が実施される予定であり、卒業試験受験資格者が黒い群れをなしている。

 

「なんとか間に合ったね!」

 

 2人は集合時間ギリギリに会場に滑り込む。涼花は息一つ乱さず、得意そうな顔をする。

 

「相変わらず速いな……」

 

 星雪は膝に手をつき息を切らしながら苦笑いする。その間に校長の永遠と思えるほどの長い話が終わり試験担当員の説明が始まった。

 

「諸君には、まずそれぞれの練兵場に移動し、そこで1つの巻物を奪い合ってもらう。チーム分けが済み次第、馬車に乗れ!」

 

 甲、乙、丙の3チームに15人ずつ別れ、1つの会場につき45人で試験を行う。

 

 この試験形式は何十年も前から行われており、結界帝国の全ての兵科学校で実施されている。

 

 しかし、多くの兵科学校ではこの試験は、通過儀礼の様相を呈しており、実際は在学中の成績で卒業の合否が決められる。

 

 だが、試験であまりにもふがいない行動をすれば、不合格どころか、兵師(へいし)への道も閉ざされる反面、結果を出せば卒業後の進路が約束される。

 

 教官の指示によって、チームが分けられ、分けられた者から馬車に乗ってゆき、やがて出発する。

 

「ほっしー! 同じチームでよかったね!」

 

「まぁね。連携も取りやすいしね……」

 

「でも、やっぱり同じ試験内容だよね。面白みが無い〜」

 

 涼花は、馬車の壁に備え付けられた長椅子に手をつっかえ棒のように後ろにつけて退屈そうに座る。

 

「面白みか……毎年同じ内容だからこそ、より熾烈な競争になると思うよ。気を引き締めないと。それにただの森じゃないって聞いてる」

 

 星雪が真剣な顔で答える。

 

「ほんと、ほっしーは心配性だね。でも大丈夫! もしもの時はうちが守るから安心して!」

 

 涼花がいたずらっぽく笑う。

 

「はいはい。よろしく」

 

 星雪は、苦笑いしながら軽く受け流す。

 

「こんな時も仲良しごっこか」

 

 馬車の後ろの方からイラだった男の声が響く。

 

「なになに? 羨ましいの?」

 

 涼花はその言葉に笑いを含ませる

 

「ふん、能天気な奴らだ。だか、俺がいればチームの勝利は間違いなしだ。無名の家のお前らは、ただ付いて来ればいい。運が良かったな、お前ら」

 

 その口調には、ありとあらゆる侮辱の感情が込められていた。

 

「さすが五大名家大神家の跡取りで今期首席の大神政(おおがみまさ)次(つぐ)さん。自信のほうも一流だね〜」

 

 涼花がおちょくった感じで言う

 

「お前、試験前に脱落したいか?」

 

 政次がものすごい剣幕で睨みつける。

 

「まあまあ、二人ともせっかく同じチームになったんだから力を合わせようや!それに今回試されているのは個々の力だけではないだろ?」

 

「わかっている。」

 

「うちは、このおぼっちゃまがふっかけてきただけで別に争うつもりないしー」

 

  涼花が口を尖らせ、挑発的な態度をとる。全く物怖じしていないようだ。

 

「なんだと、この能天気女! 死にたいのか?」

 

「まぁまぁ落ち着こうや。」

 

 この場を収めたのは中村(なかむら)義(よし)孝(たか)。屈強な体格をした彼は皆の精神的柱であり、クラス委員長のような存在だ。

 

「ふん。義孝に免じて今回は許してやろう」

 

「ほんと、何様のつもり?」

 

「大神様だか?」

 

 政次は当然と言いそうな顔で答える。

 

 その様子を見た涼花は間の抜けた声を出し呆気にとられる。

 

「神谷。もうこれ以上は、無駄だよ。相手は天下の大神家だ」

 

 星雪は涼花をなだめる。

 

「そんなの関係ないよ。言いたいことを言わない。それでいいの?」

 

「それは……」

 

「うちは、やだよ。そんな窮屈な人生」

 

「そうだとしても……神谷は自由すぎだよ」

 

「そうかな?」

 

 涼花は再び笑顔を取り戻し、星雪はホッと胸を撫で下ろす。そして「チョロいな」とボソッと一言、蚊のような声で呟く。

 

「何か言った?」

 

「な、なんでもないよ!」

 

 星雪はイタズラをみつけられた子供のように跳ね上がる。その背筋に冷たいものが走る。

 

 馬車は都(つ)志(し)見(み)の木造とレンガづくりの建物の混在したまさに和洋折衷を体現したような町並みを抜け、少しの時間の後、広大な敷地を誇る練兵場に到着する。

 

 馬車はその一角にある森に向かう。馬車を降りた星雪たちの前に広がる森はあまりに深い緑をしており、まるで人工的に作られたかにみえる。

 

「ここが試験会場か……」

 

 星雪は緊張を隠せない声をする。

 

「緊張しないの! 逆にいい結果が出せなくなるよ! ほーら、深呼吸しよう!」

 

 涼花は、森の水々しい空気を胸いっぱいに吸い込みゆっくりと吐き出す。

 

 この時、誰も知らなかった。いや、知るはずがなかった。これから起こる大事件のことを。運命の歯車がキリキリと回り始めていたことを……

 

 



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〜試験前〜

「全員!整列!これより試験の詳しいルールを説明する」

 

  星雪たちの班担当の教官が声を張り上げ、全員に緊張が走る。

 

「まず15人チームで森の中央にある巻物を目指し競争し、制限時間30分間巻物を奪い合ってもらう。意図的な殺しは、反則だ。即退場してもらう。敵を拘束する場合は痛めつける代わりに、この縄を括り付けろ。この6年間で鍛えた力を存分に発揮してくれ!ああ、それと毎年死者が出る。やめたいものは今すぐ名乗り出ろ!」

 

  一呼吸もできないような重苦しい空気がその場に立ち込める。その空気は誰にも名乗りを上げさせなかった。

 

「ならば、死ぬ覚悟があるということだな。よし!これより縄を配り、15分間作戦タイムとする。」

 

  教官から拘束用の黒い縄が配られ、15分間の作戦タイムが始まる。

 

「俺、中村義孝に決めさせてもらいます。陣形は輪形陣、外縁は近距離能力者で固め、その中を中・遠距離能力者、中心を回復系能力者で固める感じで行こう。何か意見があるものは言ってくれ。」

 

「義孝。この大神政次を最前衛においてくれ。俺がザコを一掃する。」

 

「わかった。よろしく頼む。他に何かある者は遠慮なく言ってくれ。」

 

 15分が立ちさらに念密な陣形や作戦が立てられる。

 

「時間だ。試験を開始する!はじめ!!」

 

  教官の号令と共に全員が強化術式をかけ、一斉に走り出す。その様子は、さながら一陣の風が吹いたようだ。

 

「ほっしー。わかっているよね?」

 

  涼花が走りながら普段は見せない真剣な顔で星雪をみつめる。その声からは、一切の淀みも感じ取れない。

 

「うん……わかってる。」

 

「探知!前方12時の方向から多数のクナイ!」

 

  探知系能力者が緊迫した声で警告する。試験官が仕掛けたトラップが発動したのだ。

 

「俺に任せろ!」

 

  政次が叫び、右手を前に突き出すと、目の前に強烈な風が瞬く間に発生し、クナイを弾き飛ばす。

 

  大神政次の出身である大神家は、古来より続く家で風の神「シナツヒコ」の子孫であるといわれている。

 

  他に同じように神の直系の子孫といわれる家が「佐々木」「西行」「天木」「土屋」そして「大神」の合わせて5つあり、五大名家と呼ばれそれぞれの当主と里長、そして政府の重役を含めた会議でこの国を動かしている。

 

  つまり、五大名家は、絶対的力と権力を手にしている。その家の跡取りである大神政次は、なおさらであろう。

 

「さらに10時の方向から接近する者あり!」

 

「もう、我がチームを潰しに来たか、面白い!」

 

 政次はまるで、勇者を待ち望んでいた魔王のような笑みを浮かべる。

 

「ほっしー。強化呪文を頼む!」

 

  義孝が叫ぶ。

 

「了解!強化呪印!」

 

  そう唱えると星雪を中心に文字のようなものが広がりチーム全員の身体能力がさらに強化される。

 

  この世界では、兵士の中でも特に近距離型の兵士は、一般人の比ではないくらい身体能力が高いが強化術式を使うことによってさらに身体能力を強化することができる。

 

  だが、一度に使える術式は一般に2〜3個が限度とされ、複数の術式を連続使用すると効果が弱まる。

 

「よし! みんないくぞ!」

 

  義孝が木刀を抜き攻撃に備える。

 

「おい! お前、奴らがくるのはこっちの方向でいいんだな?」

 

  政次が探知系能力をもつ者に言う。

 

「ああ、そうだか……」

 

「下がってろ」

 

  政次はその方向に右手の掌を向ける。

 

「まさか、あいつ……」

 

  星雪は政次の右手を凝視する。

 

「はあああ!」

 

  政次が覇気を発すると右手の掌を起点に無数の風の刃が繰り出され次々と木々を切り倒して行く。その衝撃波に星雪たちは防御姿勢をとる。

 

「政次!やりすぎだろ」

 

  義孝は、焦りを隠せない様子で政次の肩に手をかける。

 

「大丈夫だ。仮にも兵師(へいし)を目指しているのなら、このぐらいでは死なん。お前ならわかっているだろう? 義孝。」

 

「そうだが……」

 

「しょっぱなから飛ばしてくれるな!」

 

  突然、声が響き、間髪おかずに、切り倒された木々の中から両手に拘束用の黒い縄を持った男が現れ、飛びかかってくる。

 

「千葉(ちば)! お前の班だったか!」

 

  政次はそう叫びながら手を横に振ると強烈な風が巻き起こる。

 

「政次に義孝、お! ほっしーもいるのか」

 

  千葉と呼ばれた青年は、強化術式をかけ、加速し、風の攻撃をよける。

 

  彼の名は千葉(ちば)周造(しゅうぞう)。結界帝国最大規模を誇る千葉剣術道場を持つ千葉一族の出だ。千葉家は五大名家に次ぐ家柄の二十名家に属する。

 

  政次の風を交わした周造は、陣形の最深部まで一気に迫ってくる。

 

「義孝!」

 

  政次は振り向きながら叫ぶ。

 

「了解!」

 

  義孝は木刀で周造に斬りかかる。しかし、周造はそれをひらりとかわすし、陣形の中央にいた者たちに縄を回し拘束しようとする。

 

  しかし、何かに引っかかり、妨げられる。周造は、その反動で縄を離してしまう。

 

「なっ!」

 

  周造が振り返るとシールドが宙に浮いており、それに引っかかったのだとすぐさま理解する。

 

「シュウ! 簡単にはやらせないよ。」

 

  星雪は前に突き出した右手を下げながら得意げな表情をする。

 

  そのシールドは、強化術式と対をなすもう1つの基本術式である障壁術式を星雪が使用することによって作り出されたものだ。

 

「ほっし〜」

 

  周造は、腰に差してあった木刀を抜く。その顔は悔しがりながらもどこか楽しそうだった。

 

「油断したな、千葉!」

 

  突如として政次は周造に向けて風を放つ、その攻撃は地面をえぐりながら進んでいく。

 

  周りにいる星雪たちが巻き込まれてもお構いなしという考えているようだ。

 

「ぐっ!」

 

  周造は障壁術式を繰り出し、直撃は避けるがそのまま吹き飛ばされる。

 

  風に弄ばれながら鈍い音を立てて木に激突し、その場に崩れ落ちる。

 

「クズの割にはいい仕事だったぞ。鬼塚」

 

「ちょっと! 危ないじゃない!」

 

  涼花が政次に詰め寄る。

 

「は? あいつらを失ったところで何も影響はない、敵の主将格を倒せたんだ、感謝しろ」

 

「ふざけるんじゃないわよ!」

 

  涼花が怒りをあらわにすると、涼花から青い炎の様なオーラが発生し、それに影響されてか、周りの気温が一気に下がり始める。

 

「そう荒ぶるな、よく見てみろ」

 

  政次が指を鳴らすと土煙が晴れ、シールドが現れる。その後ろには、星雪を含めたチームの者がいた。

 

「ほっしー!みんな!」

 

  涼花は、その姿を見てホッと胸をなでおろし、同時にオーラも消える。

 

「クズと言っても奴は術式系能力者だ。これぐらいなんとかするだろ。先へ進むぞ」

 

  政次は涼花に背を向け前に進む。

 

「見下してるんだか、信頼してるんだか。ほんと本心がわからない奴だね」

 

  星雪は服についた土ぼこりを払いながら涼花の横に並ぶ。

 

「本当に信頼してるんならもっと素直になればいいのに!」

 

  涼花はふくれっ面をする。

 

「あいつは昔からああなんだ。幼馴染の俺が1番知ってる。根は、いい奴だってことも」

 

  義孝が星雪の横に並び、肩を叩く

 

「まぁ、あいつの立場もあるし、俺もこの6年間で根はいい奴だって知ったよ」

 

「そうか、ならいいんだ……」

 

  義孝はホッとした様な顔をする。

 

「てめえら! 早くしろ!」

 

  政次が振り返り叫ぶ

 

「ああ、わかった。みんな! 先を急ぐぞ!」

 

  星雪たちのチームは再び巻物がある塔を目指して前進を始める。

 

 



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