S.T.A.L.K.E.R. The Day (チャック・サンイーヌ)
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S.T.A.L.K.E.R. The Day

陰鬱とした天気だった。

 

空を見上げると、今にも雨粒が落ちてきそうな暗い雲が覆っている。こういう日はさっさと仕事を終え、安全な家へ帰るのが一番だ。暖かい飯と家族と、そして柔らかいベッド。

 

だが、そんな当たり前の日常が許されないのがこの「Zone」だ。金も無い。金に換わりそうな物も持っていない。弱者は死あるのみ。現代の社会でそんな場所は存在し得ないが、それがまかり通ってしまうのがここだった。弱肉強食。弱者は幸運に恵まれなかった者。逆は女神に気に入られた者。

 

そんな言葉を新米だった頃の自分に説いたのは誰だっただろうか。もう忘れてしまった。生死すらも解らない。すっかり草に覆われてしまったかつての道路を歩きながら思った。

 

収穫無し。今日一日を体現する言葉だった。

 

このまま拠点に帰って明日出直すか?いや、それは出来ない。空腹のまま夜を越し、満足に休めていない体で歩き周れるほど生易しい場所ではない。

 

新米キャンプならベテランのストーカーに多少なら物資を恵んでもらえるだろうが、自分はもう新米と呼ばれるにはここに居過ぎた。

 

初めは、妻子を養うためだった。怪我で軍を除隊した自分に満足な職場は無く、田舎の駅で切符切りなぞするのも御免だった。

 

軍での経験を生かすには、これだ。肩にぶら下げたAKMに目をやる。

 

しかし妻も子も自分の元を離れてしまった。必死に金を稼いで、儲けの大半を送って、その結果がこれか。

 

人生は自分だけの為に生きればいい。そう気がつくのにえらく時間がかかってしまった。失う物はもう何も持ち合わせていない。

 

地を踏み、周囲への注意を怠らない。俺は歩く。今日の糧を得る為に。

 

時折立ち止まって辺りを見回す。危険は、無い。あのやっかいなアノマリーやミュータントすら周囲には見当たらなかった。

 

ふと、何かが聞こえた。立ち止まって耳を澄ます。乾いた音が断続的に聞こえる。これは……銃声だ。

 

あらかたこの辺のストーカーが狩りでもしているのだろう。そう判断し歩みを進めようとしたが、いきなりトランシーバーが鳴り出し静寂を破った。

 

『誰か!誰か聞こえないか!俺達は鉄橋から南へ300mの所の廃屋にいる!Banditに襲われているんだ!誰か!救援を求む!パマギーチェ!!』

 

やっかいな事だ、どうやらBanditがこの辺りにも出没しているようだった。確かこの辺りには新米キャンプがあったはずだ。恐らく、少人数で行動しているひよっこストーカーを徒党を組んだBanditが狙っているのだろう。

 

周りをみる。あった。鉄橋だ。遠くにうっすらとシルエットが見える。自分はちょうど鉄橋から訳700m程の地点、このまままっすぐに行けば襲撃地点にぶつかる場所にいた。

 

助けるべきか?自分に問う。しかしどう考えてもデメリットしか思い浮かばなかった。恐らく相手は複数人こっちは1人だ。襲われている連中は運が無かった。そう割り切ればいい。それがここの日常だ。

 

だが考えとは裏腹に俺は駆け出していた。

 

こんなことしていいのか?どうせ誰が死のうと、俺には関係ない。2、3日もすれば忘れ去り、またいつものようにZoneを歩きまわっているのだろう。

 

だが、放っておけない。脚に力を込め、全力で走った。銃声が近くなる。

 

「クソッ、どうなっても知らんぞ」

 

誰にでも無く呟いた。

 

廃屋のそばまで近づく。銃声は止んでいた。戦闘は終わったのだろうか。物陰からそっと様子を窺う。

 

Banditだ。目に見えるだけで3人。全員自動小銃で武装。パッと見たところAKのようだ。皆銃を廃屋に隣接する物置へ向けていた。多分、無線の送り主はあそこにいるだろう。生きているか、死体かは定かではないが。

 

AKMを肩から下ろし、右手でセレクターをセフティから単発へ切り替えた。朝から一発も撃っていないので、マグの中は弾が一杯に装填されているはずだ。

 

「プリクローイ ミニャ!」

 

Banditの一人が物置へ近づく。

 

本当にいいのか、もう後戻りは出来ないぞ。自分に問いかける。しかし、覚悟は決まっていた。

 

俺は物陰から右半身を出し。今まさに物置の扉に手をかけていたBanditに向かって発砲した。

 

音は5発。命中。Banditは胸から血を吹き、どうと倒れる。

 

それに反応した残りの二人がこちらを向こうとする。素早く二人目にサイトを合わせ、引き金を引く。

 

しかし相手も黙ってやられる訳も無く、3人目がこちらに向かって発砲してきた。パニックに陥ったのかフルオートで銃を乱射する。

 

廃屋の壁に隠れ、盾にする。頭の傍の壁の角に着弾し、レンガがはじけ飛んだ。

 

銃撃が止む。相手はマグの中身を撃ち尽くしたのだろう。相手が再装填しようとしている隙に物陰から飛び出し、サイトに相手を収め、引き金を引いた。

 

 

 

「おい、大丈夫か」

 

物置の中へ声をかける。

 

「開けるぞ!」

 

助けた相手に撃たれては話にならない。ゆっくりと、刺激しないように扉を開ける。

 

中には2人のストーカーがいた。一人は負傷しているのか、肩を押さえながら壁にもたれかかっていた。

 

「おい、大丈夫か」

 

再度、声をかけた。

 

1人のストーカーがこちらへ銃を向けている。

 

「俺は、味方だ。奴らは全員死んだ」

 

相手は銃を下ろす。

 

「スパシーバ、ストーカー」

 

「気にするな。たまたま近くにいただけだ。相方は無事か?」

 

「ああ、肩を撃ち抜かれたが、他は問題ない。ただ、ショックで放心している。あいつら突然襲って来やがったんだ」

 

そいつを見ると、傷口を押さえながら何かをぶつぶつ呟いていた。

 

「お前らは新米か、Banditは見境ない。あまりキャンプより遠くへは行かない事だな」

 

「そうだな、本当にすまない。助かった」

 

こいつも相当参っているようだった。恐らく、まともに銃撃戦を体験した事がないのだろう。

 

確かにストーカーが全員軍属出身では無い。金目当てに仕方なくZoneへ来る連中も多いのは確かだ。

 

「そうか、俺はもう行く。キャンプまでは帰れるな」

 

「大丈夫だ。こいつが回復したら、俺達も帰るよ」

 

物置を後にする。別に感謝されたかった訳ではない。ただ自分のやったことが本当に意味のあった事なのか確認したかっただけだ。

 

「なあ!何故助けてくれた?」

 

背後から声がかかる。

 

「見捨てたその日は目覚めが悪くなるからな」

 

本心を言ったつもりだった。

 

「さてと」

 

物言わぬ骸となったBanditを漁る。全部で3人分。これといった拠点を持たないこいつらは、最小限だが、それなりに物を持っているはずだ。

 

生前の彼らがどれほどのクソ野郎だったかは知らないが、死体にはそれなりの敬意を払った。心の中で十字を切る。

 

バッグ、背嚢、ポケット、小物入れ、PDA、隈なく探し使えそうなものを頂いた。

 

AK-47が3丁。拳銃が2丁。食料その他物資が少々。

 

まあ、悪くは無い。これで、アーティファクトでも持っていたら最高だったが。

 

少なくとも夕食にはありつけそうだ。

 

俺はPDAの地図を頼りに近くのキャンプまで向かった。トレーダーと風を凌げる寝床が欲しかった。

 

距離は大体1km、なあに、すぐに着くだろう。

 

 

「ほう、ひよっ子を助けたのか」

 

トレーダーの親父はそう言いながらもてきぱきと手を動かし、渡した銃の点検をしていた。

 

「そうだ、この辺りにもBanditが現れたらしい。少しは忠告したらどうだ」

 

「それは俺の仕事じゃねえ。俺はお前らが欲しいもの売り、持ってきたものを捌く。そういうのはここらのお山の大将に言うんだな」

 

トレーダーは慣れた様子で銃を点検し、キーボードを叩いた。

 

「この位の額でどうだ」

 

「いいだろう、さあ金を寄こせ。あとパンと缶詰と水、キャメルもだ」

 

さっさと武器を換金し、早く休みたかった。

 

ほらよ、とトレーダーは金と物資を放ると再びPCの画面を向いた。

 

「じゃあな、また来る」

 

足早に部屋を後にする。

 

「グッドハンティング、ストーカー」

 

トレーダーのいつもの挨拶だった。良い狩りを、か。あちこちのトレーダーが良く使う言葉だ。『獲物を仕留め、物資を持ってこい。それが俺らの利益になる』そういう意味を込めている気がした。奴らは、良い仕事をしろとは言うが、死ぬな、と言っているのは聞いたことが無い。

 

扉が閉まる。俺は階段を上り、トレーダーの居る地下から地上へと上がった。

 

新米キャンプには大勢のストーカーが居た。ほとんどがまだZoneへ来たばかりのひよっ子だったが、中には熟練のストーカーの顔もみかけた。比較的安全地帯故に、科学者や物好きな観光客等も来るため、その護衛を生業とする者達も多いのは確かだ。

 

キャンプは、安全な場所の特有の雰囲気を醸し出していた。焚き火の回りではストーカーが談笑し、ギターを弾いている者もいた。Zoneで唯一心休まる場所だ。

 

俺はいつも寝床にしている廃屋へ来ると荷物を下ろし、銃や防弾チョッキの類も外した。

 

文字通り肩の荷が下りた。これでやっと一息つける。食事をし、煙草を吹かそうか。焚き火を囲んでいる連中に交じって情報を交換するのもいいだろう。

 

そうだ、これでいいのだ。今日の行いに悔いは無い。結果として自分が生きていればいいのだ、これまでもそうしてきた。そしてこれからも。

 

これが、ストーカーの一日なのだから。



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