消す黄金の太陽、奪う白銀の月 (DOS)
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第1話『ヒノ=アマハラ』

今は無くなったアットノベルスで投稿していた小説を改造して再度投稿してみました。分からない部分はオリジナル設定を盛り込んだり、書いているうちに若干時系列などおかしくなる点があるかもしれませんが、なるべく直して頑張りたいと思いますので、気軽に見ていって下さい。

最後の紹介欄に挿絵を入れてみました。よければ見ていってください。



 

【渓谷の一夜遺跡にて神隠し!?】

 

 1987年6月、オチマ連邦東の渓谷に突如出現した巨岩。紙面では巨岩と表現させていただくが、調査をした記者、及び近隣に住む老夫婦の目撃証言によれば、それは到底岩と呼べるような物ではなかった。あたかも、一つの城を砕いて渓谷へと振りまいたような光景。巨岩の一つ一つに細かな細工が施され、直線的に加工されている為自然物である線は否定された。おそらく古代の人類が作り出したと思われる遺跡の残骸と仮定。

 

 これまで考古学者達が見てきたどの遺跡とも一致しなく、新種との声もあり。不可解なのは、この渓谷を埋め尽くす巨岩が、一夜にして出現したという事。

 

 先に述べた近くの丘に住む老夫婦は前日、確かになんの変哲もない谷が広がる光景を覚えていた。この地に移り住んでから何十年と見続けてきた光景が、起床して散歩すると同時に渓谷が塞がっていたとの証言を得た。

 

 推測するに、一夜にしてこの遺跡の残骸が誰に気づかれるでもなく出現したという。

 この不可解な出来事により、国は調査団を派遣して調査を行った結果、さらに不可解な事件に遭遇した。

 

 巨岩の隙間を縫うようにして渓谷を慎重に下りて行った調査団が、忽然と姿を消した。命綱のみを残し、まるで見えない何者かに連れ去れたかのように。結果として調査は中断し、国はハンター協会より手練れのハンターを派遣して調査を再開。

 

 結果を得る過程で幾人かのハンターが再び神隠しにあったが、最終的に調査自体には成功した。ただしやはり今まで発見されなかった未知の遺跡である事は疑いもないが、不思議と危険性のある生物や環境などの原因は突き止められなかった。

 

 前回の調査団同様派遣されたハンターの大部分は同様の神隠しにあったが、生き残りの一人が奇跡的に生還し、政府への報告を果たした。後にこの調査結果を確認したオチマ連邦政府は、この渓谷を危険指定区域として立ち入りを完全に禁止した。

 

 その後幾度か調査は行われたが大した進展もなく、一夜にして出現したこの遺跡を『一夜遺跡』と仮定し、調査は凍結とされた。なお、この凍結までに行方不明になった調査員、ハンターを含めて確認できたものでおよそ30に上るが、今だ行方は知れず、まさに神隠しと言わざるを得ないのであった。

 

 後日、ハンター協会の派遣ハンター達は、生き残りの一人を残して同様に姿を消失させた。しかし政府へと報告した生き残りのハンターの素性を後に確認したところ、派遣されたハンターのリストには存在しなかったという噂が蔓延ったが、真偽の程は現時点では不明であった。(オチマ経済新聞一部記事より抜粋)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シャルー、何見てるの?」

 

 携帯の画面をカチカチといじり、楽し気に何かを眺めている青年シャルナークの背後に、気配を消してからの突然の出現というびっくりコンボによって声をかけると、画面に集中していたのか一瞬肩をびくりとさせてこちらへとくるりと振り向く。

 

「!あー、なんだヒノかぁ。びっくりした。【絶】して後ろから声かけないでよ。心臓に悪いからさ」

「それより何見てたの?それって、昔の新聞記事?」

「暇だしちょっと面白い情報無いかと思ってね。大した物はなかったけど」

 

 情報収集に定評のあるシャルは、時たまに携帯やPCから適度な知識を収集しているが、稀に暇なときは昔の記事を見ていたりもするので色々な事に詳しい。と言っても、雑学程度に知ってる事も半分以上あるので、実際に使えるかどうかは微妙なのだけど。

 

「それより、何か用事?」

「あ、そうだ。シャルもトランプしようよ。ポーカーとかダウトとか」

「別にいいけど、さっきまでウボォーやフィンクスとやってなかった?」

「なんかみんな負けて不貞腐れちゃって」

「子供かよ!?」

「るせー!シャル、てめーも来いよ!さっきから連敗しかしてねーんだよ!!」

「そうだそうだ!おめーが入れば俺たちの負け率も下がる!」

 

 不貞腐れているというヒノの言葉に思わず突っ込むが、向こうの机から今度は罵声が飛び交う。

 

 ウボォーとフィンクスの二人は基本的に血の気の多い強化系タイプだから荒っぽい。だからといって別に頭が悪いというわけじゃないけど、まあトランプって運の要素結構強いししょうがないよね?

 

「ほら、シャル早く早く!」

「はいはい。あれ?団長とマチはやらないの?」

「見てるだけだってさ」

「そう」

 

 乱雑に瓦礫の積まれた床を器用に歩いて、ゲーム中のテーブルの元へと向かう。

その後ろを、やれやれと言う風に肩をすくめながら、シャルは立ち上がってついてきた。 その際、自身の持つ携帯の画面をちらりと眺めて、

 

「ま、こんな10年以上前の不思議記事なんて、今では都市伝説レベルだしどうでもいっか」

 

 ピッ、とオフボタンを押して新聞記事のサイトを削除して、ポケットにしまい、自身もテーブルへと向かうのだった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「そういえば私、ハンター試験受けようと思ってるの」

 

 そう言った私の言葉に対して、周りの皆の反応は割と簡素だった。

 原始時代から抜けてきたような毛皮風の衣装を纏った大男ウボォーギンは、傍から見ればウボォーの巨大な体格と通常サイズのトランプによって、まるで切符を持っているようにしか見えない。複数枚の手札を手にもってじっと考え込んでいる。その隣、ジャージを着た目つきの鋭い男、フィンクスはトランプの手をプラプラと振っているが、特にハンターという単語に琴線が触れなかったらしい。

 

 ハンター試験という単語に少々興味を抱いたのは、シャル、それに傍らでゲームの行方を見ていたマチとクロロの二人だった。

 

 和服のような服装に、紫色の髪を後頭部で結ったつり目がちの女性、マチ。そしてその隣で瓦礫に座っているのは、この集団のリーダーでもある、クロロ。

 

 黒い髪をオールバックにし、額には十字架を模した刺青。両耳につけられた大きめのイヤリングが特徴的。ファーの付いた黒いコートを着て、その背中には逆十字という、どこかの宗教団体を敵に回しそうな模様が付けられているその格好とかを見ると、明らかに一般人ではない格好にしか見えないけど、仕方ないよね?だって一般人じゃないし。

 逆にこれを一般人と言ったら、全国にいる一般人に失礼だしね。

 

「ヒノ、今何か失礼な事考えてなかったか?」

「……そんなことないよ?」

「ならなぜ目を逸らす、おい」

 

 服装からして明らかに常軌を逸した(笑)集団、それこそがA級賞金首『幻影旅団』。つまりはお尋ね者、犯罪者、盗賊、指名手配犯。全部ほぼ同義語だけど、結局悪人という事になるかな。だって盗人だし。

 あ、私は別に加担とかしてないよ?こう、たまに集まって遊んでる不良グループにちょっと混じってる感じ?

 不良って言うにはちょっと表現がスライムのように柔らかすぎる気がするけど。

 あ、話が逸れたけどそういえばハンター試験の話だった。

 

「そういえばシャルってハンター証持ってるんだよね。『1』」

 

 質問をしつつ、手札にあるハートのエースをテーブルの中央に裏返しで出す。

 それに対して、自身もノータイムで手札のカードを場に出して、シャルは質問に答えてくれた。

 

「ハンター証あるといろいろと便利だからね。情報がすごい入るし。『2』」

「「「ダウト」」」

 

 会話の最中にも続いていたトランプによる攻防戦。が、シャル以外の全員の一致した掛け声と共に、場に差し出されたカードをぺらりとめくると、『1』の上に乗せられたカードは『K』。つまりはシャルの負け。

 

「なんで皆、俺に対して一発目にダウトするのかな……。しかも見破れてるし」

「だってシャルだし」

「だね」

「うん」

「それ理由になってないよ!みんなして俺いじめて楽しいか!?」

 

 別にいじめてないよ。なぜか知らないけどシャルなら最初に嘘ついて出しそうだな~って思っただけだからね。ていうかシャルって基本カードゲームが弱いし。むしろウヴォーとフィンクスはそれ見越して誘ったんだけど。

 ちなみに、このあとダウトを続けたのだけど――。

 

「はい、『1』。やった、私上がり♪」

「ダウト!それ絶対ダウト!」

「はい外れ」

 

 ペラリとめくって出てきたのはスペードのエース。

 

 ダウトのルール上、宣言したカードが順番通りの正規のカードの場合、場にあるカードは全てシャルへと送られる。

 

 うん、ご愁傷様。

 

「うわぁ!負けたぁ!!」

「シャル弱い」

「ああ。想像を絶する弱さにあたしも吃驚だよ」

「辛辣な意見をありがとう!でもひどい!」

 

 マチのそこそこ毒舌な発言とシャルのカードゲームにおける弱さは日常茶飯事なので、予想通りの反応に片割れで見てたクロロは若干苦笑いをしているのだった。

 

「じゃあ次はポーカーでもする?」

「よしかかってこい!」

 

 最初は適当にやってやるか、みたいな空気のシャルだったが、連敗を続けて熱くなっているご様子。

 

 そんなわけで悔し気なシャルと私で1対1(タイマン)ポーカー勃発!さて、勝負の行方やいかに?

 

 どっちが勝つか皆も予想してね。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 ポーカーは、お互いにカードを5枚手札とし、任意の枚数山札と交換することで、5枚のカードのマークと数字の組み合わせで役を作り、より強い役を作ったほうが勝つ。

 

 つまり、運が強いほうが勝つ確率が非常に高い。

 

 まずはシャルが5枚手札に加え、次にヒノが手札に5枚加える。ちなみに配っているのは公平さを取ってクロロが勤めています。団長なのにこの扱い、と若干ぶつぶつと言っていた気がしたが、全員一致で見事にスルーされたのであった。

 

 観戦していたフィンクスが、5枚のトランプを持っているシャルの後ろから覗き込んで中身を見ていた。

 

(ほぉ、『3』が3枚に『J』と『8』が1枚ずつ。シャルにしてはいい手札じゃねーか)

 

 カード勝負に関しては敗北に定評のあるシャルだが、初手の布陣は意外といい。この手札なら、最低でも同数カード3枚のスリーカードという役が必ず作り出せる。

 対して、ヒノの後ろから手札を覗き込んだマチは、

 

(『A』『8』『6』『6』『3』のワンペア。ヒノにしてはイマイチだけど……)

 

 このゲームは、一度だけ手札を任意の枚数交換する事ができる。その為、最初に手札が弱くても、後から交換したカードによっては強くなる場合がある。だが、お互いの手札を抜いても40枚以上あるトランプの中から、自分の目当てのカードが来る確率は極めて低いと言える。その為、最初からいいカードが来ていたほうがいいのは当然。この場合、シャルの手札は『3』のスリーカードがすでにできているため、他の2枚を交換したとして、もしもペアがくればフルハウス。もしもペアでなくともスリーカードそのままと強い手札になるので失敗しても負ける確率が低い。

 

 当然シャルは自分の手札の『J』と『8』を捨てて新たにカードを2枚引く。そしてそのカードは――

 

 

(!『4』が2枚。これでシャルがフルハウス!シャルにしては本当に強いカードが来てるな……)

 

 

 さっきまでとは一味違うシャルナークに、フィンクスはゲーム中の為顔には出さないが無言で唸る。

 

 一方ヒノの方はというと――

 

 

「じゃあ4枚トレードで」

 

 

 自分の手札を1枚残して大胆にも4枚交換を選んだ。

 そして4枚の手札を新たに加え、後ろからその様子をみたマチといえば、

 

 

「……」

 

 

 なぜかなんとも言えない表情をしていた。苦笑いをしているような、呆れているような、微妙な表情をマチの顔が占めているのは中々にレアな光景とだけ言っておこう。

 さてお互いに手札の交換も終わったことなので、後は互のカードをオープンして勝敗を決めるだけ。

 

 基本的にポーカーには、自分が勝てなさそうと思ったら『降りる』という選択肢があるのだが、今回はそんなもの適用しない。というかシャルとヒノ、二人の表情を見るにやる気まんまんだ。

 

 そしてディーラーであるクロロの「せーの」の掛け声と共に、お互いの手札を相手に見せるようにして机の上に叩きつけた。

 

「フルハウス!俺の勝ちだ!」

 

 シャルの突き出した手札は、『3』が3枚と『4』が2枚。スリーカードとワンペアのこの組み合わせは、フルハウス!ポーカーの中で9つある役の中で3番目に強い役。ランダムに5枚のカードを山札の中から引いて、それがフルハウスである確率はおよそ0.1%。交換もあるが、この役はそうそうでることのない強力な手札。

 

 シャルは先程まで、まるで死神に魅入られたかの如く無かった運がここで回ってきたと思う程に、自分の勝利を確信した。

が、その表情は次の言葉で固まった。

 

「ロイヤルストレートフラッシュ。シャルの負けね」

「へ」

 

 ヒノがペラリと机に置かれた手札は、『A』『K』『Q』『J』『10』。文字が連なる役はストレート、だがこれにある要素が付与されれば、それは確率数十万分の1以上の怪物役に早変わりする。この場合はスペード、すべての模様が同じであり、上記のストレートでしか実現しえない役。

 

 これぞ、ロイヤルストレートフラッシュ!

 

 ポーカーに置ける最強の手札。

 

 シャルの出したフルハウスの100倍は出にくい奇跡の役。

 

「そ……そんなぁ!!」

 

 シャルナーク――完全敗北!

 その光景に、マチは驚きを通り越して呆れていた。

 

(最初にスペードの『A』を残して4枚交換したと思ったら、まさかスペードの『K』『Q』『J』『10』がくるとはね……。ヒノ、強すぎ)

 

 イカサマじゃないのか?と疑うような手札だが、ヒノは一切のイカサマを行っていない。運の要素はともかくとして、身体的な動体視力においてこの場にいる者達の目を欺ける者などそうそういないだろう。そうでなくとも、そもそもがそんな事するつもりは毛頭ないと皆わかりきっている。

 

 大地に手をついて、がっくしと打ちひしがれているシャル。が、カードバトルの時は最終的にはだいたいこうなので、皆は特に気にしないのであった。

 

「じゃ、きりもいいしみんなでクッキー食べよ。作ってきたの」

「よっしゃ!ヒノの菓子うまいんだよな」

「あたしも食べる。ほらシャル、いつまで寝てるの」

「また負けた……」

「気を落とすな。こればっかりは相手が悪かったとしか言いようがない」

 

 

 項垂れるシャルを、リーダーらしくポンと肩を叩き慰めるクロロの光景も、やはり珍しいものだった。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 あ、それでハンター試験の事だけど、後で経験者のシャルから話聞いておいたよ。

 なんでも試験会場に行くのも難しくって、試験自体も難しいっていうとりあえず難しい試験らしい。

 

 え、説明が簡単すぎるって?そうは言っても他に表現が思いつかないし、どうにも毎回試験官が変わるからその都度試験内容も変更されるみたい。だいたい4つか5つくらい試験して、最後には最終試験をしたら晴れて合格、ハンター証が手に入るらしいよ。

 

 ちなみにハンター証って言うのは、えっと、大まかにざっくり言えばオールマイティパスみたいなの?うん、ざっくりし過ぎたねほんと。いろんな公共施設がタダで使えて、危険指定の一般人立ち入りの場所もハンターなら自由に出入りや調査が可能になるんだって。おお、これだけ聞くと本当にオールマイティみたいだけど、実際はそんなに細かいところまで可能じゃないから注意しないとだね。

 

 私は手元にあるハンター試験の応募用紙、その中に見える試験開始時間、『2000年1月7日開始・試験会場:ザバン市』の文字を見て、もうすぐだなぁと思い鞄の中にしまった。応募用紙は受験票と同義、だからなくさないようにしないとね。

 

『お客様にお伝えします。まもなく、ドーレ港へと到着致します。長い船旅お疲れさまでした。忘れ物が無いよう、今一度ご確認ください』

 

 アナウンスの合図とともに、汽笛の音が聞こえてきた。

 窓を開いて外を覗くと、青空を映し出す海に面した真っ白な港が見えてきた。太陽の日差しに熱せられて、海風が心地よいくらいに暖かさで吹いている。地獄と称される過酷なハンター試験を受けに来たとは思えない程の観光気分だけどいいのかなぁ。

 

 ドーレ港に来たのは、シャルから色々と試験の情報を聞いてアドバイスもらったからなんだ。他にもヒントらいしのいくつか聞いたけど、なんだか外れっぽかったからここがダメだったらどうしよう……。

 

 まあ考えても始まらないし、とりあえず進んでみますか。

 手続きを済ませ、港に降り立った私は、荷物を確認。万全な状態で、港から見える山、そしてその中央に飛び出すように聳える木を見つめて、拳銃のような形にした指を向けて片目で照準を合わせた。

 

「とりあえず目指すのは、一本杉♪」

 

 

 

 

 

 

 

 




【プロフィール】
名前:ヒノ=アマハラ
年齢:13歳
性別:女
出身:不明
特技:料理
系統:特質系
容姿:金色の髪をリボンでポニーテールに結い、紅玉色の瞳の少女。

【挿絵表示】

絵の出来に関しては、こんな感じかと見てもらえたらと思ってます。

性格は明るく天真爛漫、基本的に裏表は無く楽観的。誰とでもフレンドリー接する。ちょくちょく無自覚で辛辣な発言をする事がある。よく気配を消して背後から驚かせたりと少々悪戯好きな面もある。誰とでも仲良くなるので基本苦手な人間はいないが、普通にヒソカは若干苦手な様子。

両親は不明。現在の親は赤子の頃に拾ってもらった義父が一人。
義父と一緒に世界中のあちこちを小さいころより移動していたので学校には通っていないが、勉強は教えてもらったので学業の成績はかなりいい。現在の住まいは基本的にジャポンにある、義父の知り合いが管理している家に住んでいる。
念の扱いに関しても、とある事情により幼少時より精密なコントロールが可能など非常に実力は高い。同様に素の身体能力も高い。

【特質系能力:消える太陽の光(バニッシュアウト)
他者の念を消滅させる特殊な念を作り出す能力。通常の念を圧縮したように消費して、消滅の念をわずかに作り出す。【練】程の念を消費してもおよそ【纏】くらいの消滅の念しか作り出せない程燃費はあまりよく無いが、威力は絶大で触れるだけで相手の念を消し去ることができる。念の消費量が多く長時間の使用ができない為、基本は要所要所で作り出して一瞬だけ使用している。
消滅の念と通常の念とではたとえ【凝】をしても見分ける事は不可能、というより基本的にどちらも念であるので触れるまで違いに気づくことができない。その為ヒノの能力を知る者が対峙したら常にヒノの念に触れるかどうか覚悟していなくてはならない。
もし消滅の念で手に【凝】をして相手を殴打すれば、相手の念を消し去り生身にダメージを与えられるので、実質【絶】状態の肉体に念攻撃を与えると同義となる。
なおこの念はあくまで念を消滅させるのであって、除念とはまた別物である。(能力によって消せる物と消せない物がある)







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ハンター試験編
第2話『ドキドキ魔獣と少年少女』


アットノベルスの頃は1話平均2000~3000字くらいだったので多少の改変増量。ツギハギしてみました。


 

 

 

 

 尾行されている?

 

 疑問符で一応考えたけど、完全に背後から尾行されてる。といっても、大した問題じゃなさそうなのは一目瞭然。建物と建物の隙間から、こちらを伺うように観察しているがすぐに分かった。ただの変質者とかの可能性もあったけど、視線が鋭いし身のこなしも素人じゃなさそうだから、いわゆるカタギの人じゃ無い感じ?

 

 ドーレ港から迷わず一本杉に向かったからか、多分ハンター試験の受験者とかが情報を求めてるとか。つまりこのままいけば……なんかまずい事になるかもしれない。そんなわけで、振り切ろう!素人じゃないって言ったけど旅団の皆と比べたら月とスッポン、ドラゴンとダンゴムシくらいの差があるし。そもそも気配がだだ漏れだし。

 

 もしもここにいるのが好戦的なフィンクスとかフェイタンだったらすぐに捕まえて拷問でもなんなりして情報を逆に吐かせるくらいの事は朝飯前だけど、私はそんな趣味が無いので普通に無視するよ!

 

ダッ!

 

 足先に念をわずかに込めて、一息の内に一気に数十メートル先まで離れ、さらに加速する。さすがに音は置き去りにしないけど、壁を走り屋上を走り、ここまでやる必要はあるかな?と思うようなルートを縦横無尽に走り回り、気づいたら一本杉に向かう道中、廃墟のような建物まで来ていた。

 

 ちらりと後ろを見れば、なんの変哲もない道が続いているのみ。もちろん気配を探っても、後をついてくる人は一切皆無だったので無事に撒く事ができたみたい。

 

「とりあえず安心かな?」

 

 ちなみに、山道の途中に左右に廃墟があったので止まる必要もなかったけど、背後ではなく建物の中の気配を探れば廃墟の中に複数の気配を感知したからちょっと気になったの。こんな人気のない場所にこれだけの人数。

 

 確かハンター試験は試験会場に着くまでにも試練があるとシャルが言ってたけど。

 

 まさかこの人たち――私の邪魔するつもり!?

 

 そうと決まれば(別に決まってないけど)、こんな所で足止め喰らってたまりますか!

 再び足先に念を込め、地面をわずかにへこましながら一瞬で加速!廃墟から人が出てくるよりも早く通り抜け、すぐに景色は流れて、私の視界から廃墟は見えなくなり、反対に深い森が見えてきた。なんだか後ろから声が聞こえてきた気がしたけど、きっと気のせいだよね☆

 

 よし!このまま一本杉まで一直線だ!

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 そんな私は絶賛、魔獣に囲まれています。

 

 どうやらこの山には魔獣や猛獣などの危険な生物が普通に生息しているらしく、歩いているだけでわらわらと出てきた。人が歩けばそれだけで音と匂いと気配を振りまくので、魔獣達にとっては格好の餌の到来というわけだしね。

 

 こんな事ならさっきの廃墟で人に話を聞いておくんだったかなと少し後悔してます……。

 そういえばシャルから、「ナビゲーターを見つけたら試験会場まで楽だよ♪」って言ってたのを今更思い出した。てことは、あの廃墟の人はナビゲーターだったのかな?まあ今更だけど……。

 

「グルウルルウゥ」

 

 なんで今後悔しているかって?

 ほら右を向けば、4つの目をぎょろぎょろと動かして唸り声をあげる魔獣が。どう見ても僕の私の考えたモンスター集とかに出てきそうなオドロオドロしい外見の生物は、例え畑〇憲さんだって2秒で回れ右をするに違いないって私は確信するよ!外見だけでSAN値が下がるよ!

 

 そんな外見の魔獣が、最低でも10体以上私の周りを取り囲んでいる。

 

 それにしても、この状況は見る人が見れば、10人以上の兄弟で、1枚のクッキーを取り囲んでいる状況ではないだろうか。つまり例え私が餌として食べられるとしても、皆の空腹が満たされるわけではない。となると、己の空腹のみを満たす為、血で血で争う兄弟(仮)達の闘争が始まるかもしれない!

 

「それじゃあ、私は賞品って事で離れた場所に行ってきまぁ――」

『グルウウゥグルグァアァ!!』

 

 そそくさと立ち去ろうとしたら、当然の如く怒り狂ったように雄たけびを上げる魔獣が、一斉に迫ってきたのだった。

 強靭な四肢を振るえば、か細い少女の体など一薙ぎの内に肉片に変わる事だろう。獰猛な牙を突き立てれば、身体には幾重にも風穴が空き、暖かい鮮血が大地に飛び散る事だろう。

 

 無論それは私がただの少女であるならの、話だけどね。

 

「せぇーのっ!」

 

 巨大な爪を受け止め、力任せに魔獣の体を浮かせて、そのまま周りの魔獣にぶつけて薙ぎ払う。

 

 単純な筋力だけでなく、念も使用しているのでまるで普通のバットで素振りでもするかのような気楽さ。魔獣に魔獣をぶつけ、私の周りにいた魔獣は跡形もなく吹き飛ばされた。といっても、止めを刺したわけではないので、その隙に再び地面を踏みしめて爆走する。他にも魔獣はいたが、周りの木や岩を蹴ってアクロバティックに動きながら群れの中を駆け抜けた。途中途中、迫ってくる魔獣は手刀で気絶させながら。

 

 そうしてしばらく走っていると、目的の一本杉が見えてきた。

 

「やった!魔獣の森から抜け出した!」

 

 今私は最も満ち足りているかもしれない。黄金に輝く月明かりの下、魔獣が跋扈する森から抜け出すことができたのだから。しかも一本杉の下にあるログハウスから、暖かいオレンジ色の光が漏れているのを見るとなぜだかほっとする。これが夜の帳の下りた山で出会えた人家の温かみか!

 

 きっとあそこにナビゲーターがいるはず!というかいて欲しい!

 

 というわけで、さっそく入る事にした。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 家を出て、船に乗ってジャポンからドーレ港へと問題なくたどり着き、そこからダッシュして追跡者を振り切って、試験を邪魔する人も魔獣も蹴散らしたり素通りしたりして、無事に一本杉へとたどり着くことができた。

 

 特に魔獣だらけの森の中を突破した時は、とても満ち足りていた。いや、魔獣自体は別にそこまで大変じゃなかったんだけど、こう、魔獣のシルエットとかそこらへんが人の感性をガリガリ削ってさ。

 

 そんな感じで魔獣地帯を抜けたら、なんだかとてもいい感じだったので、若干うきうきとした気分で、一本杉の下の家を開けたはずなのに、今の私の心情は反対に若干ブルーである。

 

 それはなぜか?私は今現在、最も出会いたくない者に会ってしまった。

 

 もちろん―――魔獣に。

 

 

「きるきるきるきるきる」

 

 

 不気味な鳴き声をぶつぶつと漏らし、体格は2メートルを超す細いシルエット。明らかに一般的な動物の枠を超えた立ち振る舞いに、腕には民族服を纏う女性を抱え、背後では同系統の服を纏う男性が怪我をして倒れている。この家に今いるのはあきらかに……魔獣。

 

種族はよくわからないけど、細い目をさらに細め、私の開いた扉から、風のように素早く出て行った。

 

 否………出ていこうとした。

 

「とうりゃ!」

 

 

 が、私の一撃で魔獣は家の中に戻された。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「いやはやまいったね。まさかこんなに早くやられるとは思わなかったよ。ははは」

 

 からからと笑い、少し赤くなった自身の額を摩るのは、私が一撃のもと意識を沈めた変幻魔獣、もとい|凶理狐≪キリコ≫さん。ちなみに彼が抱えていた女性が、人間に変身した娘さんで、後ろで怪我(演技だったけど)してた男性が、人間に変身した息子さんらしい。

 

 それにしてもこの魔獣一家がまさかナビゲーターだったとは。

 手刀一撃を食らわせて気絶させたのはまずかったかな?これで失格になったらどうしようかな………。

 

「それにしても、まさかあの魔獣の森を抜けてきた人がいるとは思わなかったよ。とても敵わないね。それに………ククク………まさかあの廃墟を通り過ぎてくるとは。今年の新人は面白いな、あっはっは!」

「言わないで!後の黒歴史が一個増えた気がする!でもハンター協会に報告されて失格とかにならないかなぁ………。ねぇキリコぉ」

「いやそんな泣きそうにならなくても………。さすがに試練をしていないのに失格にする事は無いと思うよ。そもそも向こうはヒノの姿を見ていないかもしれないしね」

「そう?」

 

 良かった、本当に良かった。そうだとしたらありがたいけど、ナビゲーターのキリコが言うならきっと大丈夫だよね?試験を始める前に失格とかシャレにならないよ。いや、でもこのハンター試験は基本試験会場に行く前にも脱落者が多いらしいからあながち普通の事なのかな?私はごめんだけど。

 

「しっかし、人は見た目によらないと言うけど、ヒノは随分と腕が立つんだねぇ。あそこの魔獣はどいつも狂暴なのに、見たところ無傷とはね」

「見た目の傷は無いけど精神的に少し削れたけどね」

「あはは。それはまた随分と余裕な発言だ」

 

 割とグロテスクなのが多かったのが辛かった。みんながみんなキリコみたいな魔獣だったらよかったのに。この場合は性格的な意味合いもあるけど今はどちらかと言えば見た目の方で。

 

「それで、ハンター試験ってどこでやるの?受験票にはザバン市って事しか書いてなかったよ?」

「ああ。確かにザバン市に試験会場があるけど、そこにたどり着くには我々のようなナビゲーターに聞くしかないんだよ。普通の方法じゃ、決して見つからないように試験会場は設置されているからね」

 

 まさかこんな所に!?と思うような場所に、ハンター試験会場は設置されているらしい。キリコはどうやら長年ナビゲーターを務めているらしく、毎年何人か案内しているそうだ。あ、ちなみに私が素通りした廃墟にいたのはクイズを仕掛けるおばあさんで、その問の答え如何によって一本杉までのルートを教えてもらえるらしい。

 

 失敗したら魔獣ルートを教えられて、そのまま魔獣に食べられるという地獄が待っていたらしいのだが、どうにもそこらへんのイベントを私は全部スルーしてしまったようだ。 まあ正規ルートよりは早く来れたってことで、いいかな?

 

「いや、普通はあそこ通って来れないからね?」

 

 そんな丁寧に突っ込まなくても……。

 

「まあ何にしても、文句なしの合格だよヒノ。魔獣の道を無傷で渡り、一瞬でこちらを気絶させる手腕は見事だったよ。会場まで、責任をもって送り届けよう」

「うん!ありがとう!」

 

 ばさりと、腕から蝙蝠のような羽を広げて羽ばたくキリコ。変幻魔獣の異名通り、人間に化ける事も出来れば鳥など翼を持つ者に化けて空を飛ぶことができるという。なんて便利な。私も自由に空飛んでみたいなぁ。案外世界を探せばそういう念能力を収めてる人とかいるかもしれないね。こう、例えば自分を飛行機にして皆を載せて飛んだりとか。……何それ楽しそう!

 

 一先ず、キリコの足に捕まって、緩やかにザバン市に向けて、つかの間の空中遊泳を楽しむのだった。うん、実際アトラクションみたいですごい楽しかった!

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 そしてやってきました、ザバン市!

 

 観光名所などもある割と広めの街であり、私のいたジャポンの街と比べたら背の高い建物があちこちに見える。早い時間帯だけど人も結構多いしお店も多い中々な賑やかな街みたい。今度機会があったら観光したいと思うくらい。

 

「それじゃあ試験会場に行こうかね。場所はそう遠く無いし人目もあるからここからは歩いて行くよ」

 

 そう言うのは、ターバンを巻いて民族風、しいていうなら砂漠の民(?)みたいな格好の細目の男性。無論キリコが人に変装した姿。キリコの本体を知っていればそれっぽいと思うかもしれないけど、知らない人が見たら魔獣が変装してるなんて絶対考えない完璧な擬態能力。そう考えるとこの世界に人の姿をして街に溶け込む魔獣は結構いるのかな?

 

 ………なんか怖くなってきたから考えるのやめよう。

 

「そういえばハンター試験の会場って簡単に出入りできるのかな?行った後で買い物とかできる?」

「う~ん、そういうのは試験会場にもよるけど、今回の場合なら行ってから戻るのは無理そうだね。何か必要な者があるなら会場入りの前に揃えておく方がいいよ」

「それなら先に買い物しておこうっと。キリコ、ていうかナビゲーターいなくとも試験会場って入れるものなの?」

「それについては問題ないよ。あくまでナビゲーターが教えるのは会場に入る方法だからね。先に教えておくよ、ついておいで」

 

 そう言ってキリコは、懐からどこかの住所と思わしき数字の羅列が書かれたメモを見ながら歩きだす。迷いなく、しばらく歩くと、キリコはぴたりと止まった。

 

「ヒノ、あそこに定食屋があるだろう」

「うん」

「あそこに入ってステーキ定食を頼むといい。そうしたら店主が焼き加減を聞いてくる。そこで「弱火でじっくり」って答えると試験会場まで案内してくれる」

 

 なるほど、こりゃ確かに難関だね。普通に考えたら絶対にたどり着けない試験会場。キリコ曰く、試験会場にたどり着けるのは1万人に1人だとか。まさかこんなところに。応募者数百万のハンター試験会場があるなんて誰も思わないだろうし。

 

「ハンター協会って毎回こんな手の込んだことしてるんだ」

「ま、それだけそう簡単にはハンターにはなれないって事さ」

 

 しかしざっと見た感じそんなに大きいお店じゃないみたいだけど、それで試験会場にここから行くってことは多分地下とか行く感じかな。そう考えると試験会場の試練の為だけのこの定食屋建っているって事なのかな。でもこの入場方法が一回こっきりなら、試験が終わった後に残された仕掛けはどうするんだろう?

 

 案外ハンター試験が終わって見に来たらこのお店なくなってたりして………ま、考えてもしょうがないか!

 

「じゃ、ここらで失礼するよ。新人にしちゃ上出来だぜ。落ちたらまた来年案内してやるよ。それじゃ、検討を祈る」

 

 そう言うと、ひらひらと手を振ってキリコは一本杉へと戻っていった。無論ここは人ごみのど真ん中なので去り際は普通に歩いてだけど。流石にここで変身を解いて一気に空へと飛び立てば、明日の朝刊の一面を飾る珍事件となるだろうしね。

 

 後ろ姿見えなくなると、とりあえず私は店の場所を一応地図にメモっておく。ちなみに地図はザバン市に来た当初チラシ配り感覚でそこらへんにあったのでもらっておいた。

 一先ず試験会場へと入口と、入る方法は分かった。まさに気分は、入場方法、ゲットだぜ!みたいな?

 

 まあそれはいいとして、とりあえず買い物済ませちゃおうっと。具体的には食料とか食料とか食料とか。ほら、試験が何日続くかもわからないし、最低水と塩と光があれば人は生きていけるってどっかの刑事さんとかも言ってたし。あ、私は普通に携帯食料とか買うけどね。

 

 てくてくと石畳の上を歩き、人があちこち歩いている広場へと来ると、ふと妙な違和感を感じた。というよりかは、何も感じなかった、と言った方が正しいかな?

 

 くるりと背後を向いて、私の横を通り過ぎた人影を見つけると、じっと観察する。

 白に見える銀髪の癖っ毛に、若干吊り上がった瞳。特筆すべき点の無い普通の服装と、脇に抱えているのはスケートボード。年齢は、多分私と同じくらいかな?あ、ちなみに私は今年で13歳になるよ。

 

 広場には確かに多くの人がいたし、普通に家族連れでも一人でも子供も多かった。けど、私がこの少年に目を付けた理由。多分だけどこの子……殺し屋だ。

 

 いや、別に確信があるわけじゃないけど、殺し屋とか暗殺者とか(意味一緒)泥棒とかそんな感じ、裏稼業の人って言ったらわかるかな。つまらなさそうにどこか達観したような表情はあんまり子供らしくないし、そもそも足音消してる子供を普通とは言いたくないよね。無意識内でしてる歩き方じゃなくて、教え込まれた歩き方を無意識でしているって感じかな。

 

 そう考えるとこの子供、年齢に反してかなりレベル高いんじゃね?って思ったり。

 

 まあ念は使えないみたいだし気にする必要は無いけど、ハンター試験会場のあるザバン市で普通じゃない少年がいるとなると、どうしてもハンター試験と繋げたくなる。

 難関とされるハンター試験を子供が受けるって滅多に無いだろうけど(人の事言えない)、もしそうなら話し相手になるかも。少し退屈だし。

 ていうか、殺し屋とか泥棒なんて旅団に比べたら可愛いものだけどね。まああと気になったのは、銀髪でクールっぽいのがちょっと()()()と似てたからかな?

 

 そんなわけでレッツトライ!

 

「ねぇ、そこの少年。銀髪のしょうねーん」

 

 私がそう言うと、少年はこちらを振り向く。

 

「何?俺の事?金髪のお前」

 

 髪色の事を言ってくるとは、意外とノリがいいんだね。

 

「突然だけど、もしかしてハンター試験受けに来てるの?」

「そうだけど………もしかしてお前も?」

「うん」

 

 少年の言葉に肯定すると、少年は少し驚いたような表情をした。子供が試験を受けるのがそんなに珍しいのかな?失敬な、自分も子供じゃない(人の事言えない)

 

「マジで?へぇ、俺以外で子供で受ける奴がいるなんてな。もしかして会場の道のり知ってたりするか?」

「知ってるけど」

「マジか!ちょっと教えろよ」

 

 おお、普通に食いついてきた。まるで宿題が分からない時に、横から解答冊子を差し込まれたような瞳の輝かせ方。こうしてみると実に普通の子供にみえるんだけねぇ(自覚してないだけでヒノも普通の子供じゃない)

 しかし教えろと言われてタダで教える義理も無いので、

 

「人に物を頼むときはそれなりの頼み方があるんじゃないのかな?」

 

 別に私は最初から教えて一緒に行くつもりだけど、まあ話の流れは組まないとね☆当然ながら、こういう言い方をすれば銀髪の少年は心外だとばかりに食って掛かる。

 

「はぁ!?何様のつもりだよ。お前俺より年下だろ」

「失敬な!きっと私の方が年上だね。そっちこそ年下なんじゃないの?」

「ざけんな、俺よりチビの癖に」

 

 なるほど、そう来たか。普段は怒らない事で定評のある私も、さすがに堪忍袋の緒が切れたよ!私の心の中の獣がガオーってしてる気分だね!(言う程対して怒ってません)

 

「へぇ、いい度胸だね。それじゃ、せーので自分が今年何歳になるか言ってみようよ」

「はっ!望むところだ。せーのっ!」

 

 

少年「11歳!」

ヒノ「12歳!」

 

 

少年「……」

ヒノ「……(ドヤァ)」

 

 

「うわっ!うぜぇ!どう見てもお前の方が年下じゃねーか!年齢サバ読んでんじゃねぇのかよ!」

「やーい、おとなしく認めなさい!お姉さんの言う事は聞きなさい!」

「うるせぇ!俺と1コしか違わないくせに何がお姉さんだよ!悔しかったら俺より背を高くしてから言ってみろ!」

「ふーんだ、そっちも悔しかったら私より年上になってみるんだね。まー無理だろうけど」

「ぐぬぬ!!」

 

 うん、結構気分爽快だ!年齢は生まれた時から、一生変わらない物。これを変える事は誰にもできないのだ!最初から年齢上乗せしとくか不詳にしておくべきだったね。あ、ちなみに少年と私の身長差は目測だけど10センチくらいあると思う。まあ男女だししょうがないよね。

 さてお仕置きも終わったし、愉快愉快。っと、本題忘れてた。

 

「それで、試験会場の場所教えて欲しいんだっけ」

「いいよ別に。自分で探すから」

「まぁまぁそう言わずに。私今すごく気分いいから教えてあげるよ」

「俺は今すごく気分悪いけどな」

「そんな事言わないで。私はヒノ、よろしくね」

「………俺はキルア」

「じゃ、行こうかキルア」

「………」

 

 これが、私とキルアの初めての出会い。

 

 この後、そういえば買い物するつもりだったのを思い出して、キルアを引きずって買い物を終えてから試験会場に向かうのであった。

 

 

 

 

 

 




ウ〇ペディア情報のキルア身長158cm。
対するヒノの身長は150cmと平均よりは少し小柄です。


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第3話『10億ジェニーのロイヤルアタック』

ヒノVSヒソカ、勃発


 

 

 

「すいませーん、ステーキ定食ください」

「あいよ、焼き方は?」

「弱火でじっくり」

「お客様、奥の部屋へどうぞ!」

 

 そう言われて、私達は案内された奥の部屋へと入る。中は何の変哲もないプレートの乗った机にステーキが焼かれている個室。が、店員が操作すると、扉が閉まると同時に下降する感覚を味わった。

 

 現在、私と暫定殺し屋(未確認)のキルアは、キリコに教えてもらった定食屋に入り、例の暗号によってハンター試験会場まで、エレベーター用に改造された個室に入って下降し続けていた。ちなみに、その間はプレートの上でぱちぱちと肉汁が弾けるステーキを美味しく頂いていたよ。どうやらタダみたいだし。

 

「しっかし、まさこんな所に試験会場があるとはな。てっきりヒノが腹減ったかと思ったぜ。さっきデパートで食料買い込んだばっかなのにさ」

「人を食いしん坊みたいに言わないでよ。そもそも買ったのだって保存食だし」

 

 まあ同性同年代と比べれば、食べる方なのかもしれないけど。

 ほら、念の消費量とか……やっぱそうでも無いかな?まあそれはそれとして、このステーキ美味しい。さすが(たぶん)ハンター協会系列のお店。肉が違うのかな。

 

「そういえば、キルアってなんでハンター試験受けに来たの?ハンターになりたいようには見えないけど」

「人の事言えるかよ。難関だって言うから、ちょっとおもしろそうだと思って来てみたんだよ。そういうヒノは何しに来たんだよ」

「私?ちょっと行きたい所があって。それにハンター証ってあると色々と使い道あるらしいしね」

「例えば?」

「確か、立ち入り禁止区域に入ったりできるんだって」

「それって使えるのかよ。立ち入り禁止区域とか、使わない奴は使わないだろ」

「……まあ色々使えるんだよ。分かったかね?」

「何偉そうにしてんだよ」

 

 本当にハンターについて何も知らないみたい。そもそも動機が面白そうって理由というのは、全世界数百万もいるハンター試験受験者を鼻で笑うような余裕な発言。まあハンター試験が実際どの程度難関かは分から無いけど、キルアは見た感じ戦闘能力っていう所は結構高そうだし。そこらへんの使い手じゃすぐにやられそう。まあ試験内容が頭を使う筆記試験とかそう言うのなら話は別だろうけど。

 

 そうこう雑談を交わしていると、チンと軽い音と共に扉が開き、試験会場に着いた事を知らせた。

 

 既に食べ終わったので、開いた扉を潜り抜けると、そこは細々とした明かりに照らされた暗い洞窟のような空間。洞窟、と言っても床も壁もコンクリートで舗装されているので不衛生というわけではないけど、まるで横半分に切った巨大なパイプの中にいるみたい。奥が暗くて向こうがわが見えないよ。

 

 そんな中に、およそ100人くらいの人が密集している。場所が広いから今は大丈夫そうだけど、受験者がこれ以上増えたら人口密度で暑苦しそうだね。

 

「番号札をどうぞ」

「あ、ありがとうございます」

 

 おそらくハンター協会の人(?)だと思われる緑色の人から、丸いバッジになっている番号札をもらう。キルアは先に受け取っていたらしく自身の服につけ、私も見てみると、『100』と、書かれていた。

 

「あ、くそっ。どうせなら順番逆だったらよかったのにな」

「キルア99番じゃない。私はゾロ目もいいと思うけど」

「じゃあ変えてくれよ」

「え?やだ」

「やっぱ気に入ってんじゃねーか!」

 

 普通に100番気に入ってるし。もちろんゾロ目もかっこいいと思うけど、交換したいという程でも無いかな?まあこれも日頃の行いとか、そんな感じのせいだよ、多分。

 

「やあ、君達新人だろ?」

 

 そうしてると、私とキルアは声をかけられた。声のした方向を向くと、四角っぽい顔をした小柄な男性の人。多分20代……は無さそうだから30代~40代くらいの人から。人の好さそうな笑みをしているけど、なんか胡散臭いと思ってしまう私は人の心に過敏なのか心が暗いのかな?

 キルアは当然、訝し気に尋ねる。

 

「おっさん誰?」

「ああ、俺はトンパ。この試験を君らくらいの頃から35回受けてる、いわばハンター試験のベテランさ。分からない事があったら気軽に聞いてくれ」

「はーい、質問」

「お、さっそくだね。なんだい嬢ちゃん」

「なんで35回も受けてるのに合格しないの?」

「「……」」

 

 隣でキルアが若干表情を引きつらせているけど、私そんなに変な事言ったかな?

 35回も受けているって事は、多分前半(最初の数回)はともかく後半はいい線まで言ってると思うし、この会場まで来れるって事は頭は悪く無いはず。現にトンパさんの番号札は16番と、かなり早い段階でここに来れてる。試験内容が毎年変わるにしても、35回も受ければそれなりの傾向とか対策も練れると思うし、逆になんで受からないのか不思議でならない。

 

 これが超絶に弱いなら最初の1回とか数回で即脱落して重傷を負ったり、もう試験を受けようとしないけど、何度も受ける精神力とかそこそこの身体能力とかあるみたいだから逆に不思議に思って質問したけど、何でキルアはそんなドン引きみたいな表情してるの?

 

「お前なぁ。そんなの普通思っても質問しねーよ。おっさんの事考えてやれよ。頑張って受けても受けても受けても受からない万年2位みたいな奴だっているんだから、察してやれよ」

「そう言うキルアも結構言うね。ほら、トンパさん引きつってるじゃない」

「最初のお前の発言からああだよ!」

「あ、あはは。俺は別に気にしないから大丈夫だよ。……ほんと、気にしてないから」

 

 先ほどと同じ笑みのトンパさんだが、やはり妙に引きつっている気がする。が、次の瞬間気持ちを切り替えたのか、表情を変えて自分の鞄をごそごそと探った。

 そして取り出したのが、フルーツの絵柄の描かれた缶ジュースだった。

 

「ほら、気を取り直して。お近づきの印だ、飲んでくれ」

 

 そう言って2本のジュースを私とキルアにくれ、自分も同じ柄のジュースを取り出して飲み始める。

 

「お、サンキュー」

 

 キルアは素直にそう言うと、さっそくカシュっとプルタプを開く。その瞬間、開いた口からわずかに広がった香りが、鼻腔を擽った。そして、脳内の中でそれを照合する。

 

(この匂い……毒掃丸?)

 

 キルアは開いたジュースを躊躇いなく飲み始める。それをトンパさんは満足そうに確認すると、じゃっ、と言って人ごみに紛れていった。そして私はというと……キルアに向かってジュースの缶を放り投げる。

 

 少し驚いたようなキルアだが、ジュースを片手で飲んだまま、見事に空いてる片手でキャッチした。

 

「キルア、そのジュース飲んでいいよ」

「ぷはぁ、いいのか?貴重な水分だぜ。飲んだ方がいいんじゃねーのか?」

 

 そう言うキルアの表情は、にやにやと人を小ばかにしたような笑みを浮かべている。そんなキルアをじっとりとした視線で見ながら、少し溜息混じりにひらひらと手を振る。

 

「いいの。好き好んで毒なんて飲みたくないし」

「何だ、知ってたのかよ。……ちっ」

 

 今舌打ち聞こえたんだけど?

 全く、人に毒を飲ませようとするなんて、ひどい事する(人の事言えません)ちなみに毒掃丸って今風に言えば下剤の事だよ。キルアは何が入ってるかは分からなかったみたいだけど、異物が入っているのは知ってたみたい。訓練してるらしいけど、下剤が利かないって事は普通の薬とかも効かないのかな?病気の時はどうするんだろ……まあ今は医学も優秀だし、なんとかなるでしょ。

 

 ちなみに私は匂いで分かったよ。料理とかするからかな。成分を嗅ぎ分けるってのは、割と得意なの(注意:常人には出来ません。しかもトンパ曰く無味無臭らしいです)

 

 まあさすがに匂いで追跡とかそんな警察犬みたいな事は出来ないけどね。

 そうこうしていると、また人が増えた気がする。わずか数分でも、数十人と増えた気がする。

 

「キルア、ちょっと暇だしそこらへん見てくるよ」

「(ごくごく)ん?ああ」

 

 一旦キルアと別れて、特に何の変哲もない地下道を歩く。と言っても、そんなに面白い物があるわけでもなく、受験者が周りにいるだけ。しいて言うなら歩くたびに様々な視線を向けられているくらいかな。男性がほとんど、女性はいるけどやはり少ない。その中でも子供(この場合は10代前半かそれ以下を指す)はもっと少ない。まあ当然と言えば当然。

 

 しかしこの暗い空間で何もしないでしばらく待つのはある意味拷問なのではないだろうか。まあ結構広いし今のところそんなに人口密度高くないから待つくらい私的にはいいんだけどね。

 

 

「やあ、ヒノじゃないか♥こんな所で奇遇だねぇ♦」

 

 

 前言撤回。やっぱり一刻も早くここから出たい!

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「そこにいたのは、旅団内変質者ランキング堂々1位を飾る変態|道化師≪ピエロ≫こと、ヒソカだった。妙な所で妙な奴に会ってしまったぜ全く。まあ思っても口には出さないけどね」

 

「声に出てるよ、ヒノ♠」

「えっ、ほんと?まあ、ヒソカだしいいよね」

「ひどいね♣」

 

 オールバックにして後頭部が跳ね上がったような髪型に、細い目の下にトランプマークのペイントを施した奇抜な格好の男は、奇術師ヒソカ。幻影旅団の4番にして、旅団内では最も快楽的で戦闘狂いな殺人鬼。当然念も修め、戦闘能力は圧倒的に高いが、それに伴い性格など様々な面が残念な男。おそらく旅団でヒソカと仲良しはいないであろうくらい。……多分いないんじゃない?

 

「ヒノ、また失礼な事考えているんじゃないのかい♦」

「え、そんな事無いけど。そういえばヒソカこんな所で何してるの?」

「それは僕のセリフだけど、ここにいるという事は君と同じ理由だと思うけどね♥」

 

 という事は、やっぱりハンター試験受けに来たってことかぁ。ヒソカがハンター……まあ人を狙うという意味ではハンターと言えばハンターだけど、なんか似合わないね。

 

 若干疲れたような表情をする私と正反対に、ヒソカは実に楽しそうに笑う。いつもぐにゃりと曲がったような笑みを浮かべているが、今日はいつにもまして輝いている気がする。

 

「まさか、こんな所で君に出会えるとは思わなかったよ♦前回の試験で落ちたかいがあったね♠」

「あれ、ヒソカ去年のハンター試験も受けたの?しかも落ちたの?どうせなんか失格になるような事わざわざしたんでしょ?」

「さらりとひどい事言うけど、まあそうだね♣ちょっと試験官を半殺しにしちゃってね♦」

 

 うん、そりゃ失格になるよ。むしろそれで続行させるようなら試験官の正気を疑うよ。 あ、その試験官を半殺しにしちゃったのか。

 どうせならまた余計な事して即退場とかにならないかな。あ、でも試験が中止になるような事だけはしないで欲しいな。あと私狙って攻撃したりしてくるのも。

 

「ねぇヒノ、実は今すごく暇しててね♠ちょっと、僕と遊ばないかい♥」

 

 非念能力者が多勢いる為、念の放出はしてこない。けど、その独特の雰囲気と威圧感は、それだけで周りの人間の視線を自分から強制的に逸らさせる。が、私は割と慣れているのでそんなことはない。あとどうでもいいけどヒソカがにぃっと笑うとなんだか顔に手抜き感がある気がする。

 

「やらないよ!そんなに遊びたかったら周りの人捕まえてよ」

 

 その瞬間私の周りから、「このガキ何言ってんだああぁ!?」みたいな視線を一斉に向けられたけど、あえて無視する!でも周りの人が可哀そうだから譲歩案を提示しようと思う。

 

「あ、じゃあポーカー1回やってヒソカが勝ったら少し付き合ってあげるよ」

「本当かい♦」

「うん。ちなみに負けたらやらないしヒソカ10億払ってね」

 

 マチのお株を奪う法外請求攻撃。幻影旅団のマチは他人の千切れた腕や足を、念糸を使って一瞬で治療する事が出来、そのたびにブ〇ックジャック級の数千万単位の法外な値段を請求するけど、さすがにここまで法外な料金は提示した事ないだろう。まあそれくらいの重傷を見たことが無いだけかもしれないけど。

 値段の事は少し冗談半分だったけど、目に見えてヒソカのテンションが上がっているのが分かった。

 

「くくく、楽しみだ♥カードは僕のを使うといいよ♦」

 

 そう言って、まさに奇術師の如くパラパラと手元に一組のトランプを出現させる。素の身体能力が高いので、手品か力業が微妙な所。まあそれでも普通に5枚ずつカードを配る。

 

 

「それじゃあ、始めようか、ヒノ♥」

「じゃ、交換一回勝負一回ね」

 

 

 こうして、私とヒソカのトランプ一本勝負は幕を開けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 そして私は勝ちました。当然の如く勝った!ロイヤルなカードで完封してやった。

 

 そして負けたヒソカは、口元は笑っているが雰囲気だけ残念そうにしている。

 

「そういえば今思い出したけど、ヒノが旅団員(かれら)とトランプ勝負をして負けてるのは見た事無いんだけど♠」

「そういえばそうだね。皆って意外と運悪いのかな?」

(そういう問題じゃないと思うけど♣)

 

 ヒソカはわずかに、毎回ヒノに勝ち星を捧げる旅団(特によく突っかかり負けるウヴォーやカードに弱いシャル)を珍しく同情するのだった。

 

「じゃあこれ口座だから入金しといてね。期限は次に会うまででいいよー」

「ちゃっかりしてるねぇ♥」

 

 そう言って、ヒソカのトランプの一枚に口座番号を書き記し渡す。ちょどメモ帳が無かったししょうがないよね?ヒソカトランプで攻撃するから何組も持ってるし。10組は堅いはず!

 

「じゃ、私はこれで。あんまり迷惑かけないでよ」

「君には基本何もしないさ♥他の受験者も、なんかつまらなそうなのばっかりだし♣ああでも、君が連れていた子は中々に美味しそうだったねぇ♥」

 

 べったりと粘り気が糸を引くような雰囲気を放出するヒソカ。知らない間にキルアがヒソカの脳内お気に入りフォルダに登録されたのだった。ちなみにこのお気に入りフォルダは別名、殺戮(たたかいたい)フォルダでもある。旅団の名前も当然入ってる。あと私も。

 

 まあ美味しそうって事は、まだ何かする気は無いみたいだけど。念も覚えていない相手はヒソカの相手としては論外。それが例え闇で生きる闇の住人だろうとも。だからキルアが成長するのを待ってから、闘いたいらしい。

 

 瞬間、私……ではなく、ヒソカに向かって一瞬、まるで蚊が鳴くようなか細い殺気が突き抜けた。あまりにも一瞬で、あまりにも素早い為に誰も気づく事は無かったけど、私が感じたのはとても濃密で濃い殺気。その方向をちらりと見れば……怖い!なんか全身顔面含めて針を突き刺してカタカタとくるみ割り人形みたいに口元を動かす人(?)がいる!何あのビジュアル!本当に人間?まだ誰かの武器とか言った方が説得力あるよ!

 

 あ、でもやっぱ人間だった。なんか念纏ってるから結構強そう。

 

 しかしなんでヒソカに向けて殺気を飛ばしたのか?何かまずい事言ったのかな?さっき話してたのはキルアの話題だし……て事はあの人(?)はキルアの関係者?……ま、そんな都合よく無いよね。というかあの顔でキルアの身内とか勘弁。

 

 とっくに殺気も消えてヒソカも針人間も、どちらも平然としているに問題はなさそう。 ここでドンパチ念能力者同士の戦いが始まるなら急いで避難しないといけないところだったよ。じゃないとこの場所、一瞬で血の海になる。まあ杞憂だったけど。

 

「じゃ、私行くから。ヒソカも暴れるのは程程にしなよ」

「くっくっく、まあ一応覚えておくよ♥」

 

 守るかどうかは別として、だよね?

 くるりと体を反転させて、私はヒソカから離れて人ごみに紛れるのだった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「キルア、ただいま」

「あ、ヒ――てどうした!?なんかさっきより明らかに疲れてるぞ!?」

「……うん、ちょっとね。キルア、私少し休憩してくるよ」

「ああ……うん。しっかり休めよ」

 

 粘っこいヒソカの視線に晒されて妙に疲れた私に同情したのか、キルアはすんなりとした気遣いの言葉を見せてくれる。普段からこうだったらいいのにねぇ。まあお言葉に甘えて、私は人ごみに一旦紛れると同時に、壁を蹴って天井を通るパイプの一つに足をつける。

 

 人目を縫って音を消したから、おそらく誰にも気づかれていないはず。まあヒソカとか針の人くらいなら気づいたかもしれないけど、関係ないね。手で触れ、特にパイプがあまり汚れていない事を確認すると、壁に背を預けるようにして座り込んだ。

 

「ふぅ、少し落ち着く。じゃあ、少しだけおやすみなさい」

 

 おそらくもう少し増えるであろう眼下の受験者達を見ながら、ゆっくりと瞳を閉じて息を吐く。

 

 気づいたら、私は深い眠りについていた。

 

 

 ……そして盛大に寝過ごした。

 え、ほんと?マジで下に誰もいない!?キルアァー!

 

 

 

 

 

 

 ヒノ、1時間程遅れてスタート。先頭との差は、およそ10キロメートル。

 

 

 

 

 

 

 

 




ヒソカは10億ジェニーを失った。
冗談半分でヒノは10億ジェニーを手に入れた。

10億ジェニーのポーカー勝負って響きがすごいね。


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第4話『追跡少女の勘』

普通のトランプでも意外と色々切れそうだね。


 

 

 ハンター試験、第一次試験内容『マラソン』

 

 試験官は、大富豪の後ろで控えてティーセットを持っているのが似合いそうな黒いスーツ姿の紳士。くるりと丸まった髭をした男性、サトツだった。

 ハンター協会から派遣されたサトツは、受験者404名、受付時間が終了した時点でチャイムを鳴らし、試験をスタートした。ただ移動し続けるだけ、サトツについて行き二次試験会場まで行くのが試験。

 

 まるで滑るように移動する彼の速度は今のところ通常のマラソン程度ではあるが、その行先も到着時間も一切の情報が開示されていない。それは先が黒く塗りつぶされた試験。

ただ単純に走るという持久力、つまりは体力身体能力もそうだが、いつまで走れば良いかという不安にも押しつぶされない精神性も試される試験。

 

最も、試験官のサトツはただついて来い、と言っただけなので、極端な話バイクに乗って試験会場に来ていればそれに乗る事も普通に認められる。現に銀髪の少年キルアは、自身がたまたま持ってきていたスケボーに乗って悠々と走っている。

 

(さて、そろそろ2時間程走り続けていますが、当然ながらこの程度で脱落する事はありませんね。最も、あと何時間もすれば分かりませんが)

 

 ハンター試験に合格するという事は、それ相応の技量が求められる。その為、それに挑もうとする受験者の技量も、並みの実力者を軽く凌駕する怪物揃い。各自様々な分野、生まれ故郷や街で天才、神童などと囁かれていた者達だろう。

 

 だがそれも、ハンターという過酷な壁の前でほとんどが挫く。次の領域へと上がる権利を持つ者を選定するのが、ハンター試験試験官、現役のハンター達の役目。だがしかし、ハンターと言っても基本的に感情を持ち合わせている人間。

 

 一つ、サトツには小さな気がかりがあった。

 

(そういえば、試験開始時点で眠っていたあのお嬢さん、どうしたでしょうか)

 

 受付時間終了と同時に、壁に這ったパイプの一部を足場に降り立ったサトツだが、その隣、受験者から見て死角の位置で一人、こっくりこっくりと少女が船を漕いでいるのを見かけた。

 

 受験者の前なのであからさまに視線を向けないが、実に気になる存在だった。

 太陽の光を溶かし込んだような金色の髪色を、リボンを使い後頭部で結った少女。どこか幻想的に、まるで不思議の国から抜け出てきたような少女の姿は、暗く灰色の地下では一際輝いているように錯覚した。

 

 試験開始を告げたにもかかわらず、結局少女はサトツの見ている前で起きる事は無かった。

 

 もちろんサトツは、親切に起こすような事はしない。試験官の側から受験者に手を貸す事はあってはならないからだ。ハンター試験を受けるにあたり、篩いにかけられた者達の安否は基本確認しない。それは受験者全てが、試験会場に来た時点で最悪の事態を考慮して来たと同義だから。全てが自己責任。にも拘わらず、微睡の中にいる少女。

 

 だが、サトツはその少女の特異性に気が付いていた。他の受験者にも1人か2人程いたが、それと比べても見劣りしない、輝きの正体を。

 

(あの少女……眠りながらでも、美しい【纏】をしていました。既に使える、こちら側の人間)

 

 幼い身でありながら、既にその身体に蓄積された経験値は膨大な少女、ヒノ。歴戦のハンターサトツの目から見ても、実力が知りたくてうずうずとしていた。

 

 しかし、試験官である以上贔屓にする事は許されない。もしもあのままであれば確実に不合格。しかしそうでないとしたら、あの少女は試験を確実に突破してくる。まだハンターの資質としては未知だが、サトツはどこか直感として感じていた。

 

(果たして1次試験()()の内に来れるでしょうか。今年の試験は、少し楽しみですね)

 

 気を取り直して、サトツは思考の中でも淀み無く動かしていた手足に意識を戻し、暗い道のりを歩み続ける。背後には、ぞろぞろと同じ速度でついてくる、いまだ脱落の意思を見せない強靭な受験者達。

 

 無論、あの少女の姿は、いまだここからじゃ見えなかった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 で、その少女ヒノは、現在スタート地点からおよそ10キロ地点を歩いていた。

 

「ん~、やっぱりここにも足跡があるし、結構新しい。方角は間違いないし、この歩幅だとそんなに早く走ってないみたいだね。普通のマラソンくらい。だとしたら、今いるのはここからもう10キロくらい先かな」

 

 

 あまり汚れたく無いので、膝をつけないようにしゃがみ込み、地面に残った足跡に虫眼鏡のつもりか、親指で人差し指で丸を創って目に当てて、ふむふむと芝居がかった口調で頷く。受験者達の足跡は、ちらほら残っている。下がコンクリートであるので残りにくいのではと思うが、意外と靴の底にこびりついた泥の汚れなどもあり、他にも濡れた足の跡。このハンター試験会場に来るまでに、受験者達は様々な試練に見舞われてきたことだろう。故に、全くの無傷であろうとも、その靴の裏には何かしらの痕跡が残る。

 

 山の中を駆け巡ればそこの土が付き、川を渡れば水に濡れ、たまにガムの痕なんかも残っている。

 

 そしてもう一つ、泥の足跡の上をさらに通過するように、直線状の細い跡。まるで、車輪を上で転がしたかのようなこの跡は、おそらくキルアのスケボー。つまり、行先は間違いない。

 

 そして足跡は人に寄って足の長さが違うので歩幅もまた変わるが、この距離だと歩いていたら確実に合流できているだろう距離。その為、歩いてはおらず、走って移動していると考えるのが自然。だとしら、試験の内容が案外マラソンとかかもしれないと考える。

 

 

 とまあ、ここまで長々と思考を載せてみたけど、結局の所行先はほぼ直感的に間違いなさそうだから後は試験が終わる前に追いつけばいいだけなんだけどね。

 

 それに普通に走っている分には、追いつくことは差ほど難しくない。ここら辺が非能力者と念能力に間にある絶対的なアドバンテージでしょう。まあそれ以前に身体能力的にも難しくないけど、念があればなおの事。

 

 私は腰を深く落として足を前後に開き、両手の指を地面についてクラウチングスタートの体制をとって、体内の念を練り始める。自分に纏われた【纏】を強制解除して精孔を閉じ、足に練り上げた極大の念を纏った。今この足は、ロケットブースターも目じゃない程のエネルギーに満ち溢れている。

 

 べきリと、足先をコンクリートに凹ませて次の瞬間、私は弾丸のように破裂音を出しながら暗い通路を駆け抜けた。踏みしめた一足で十数メートルを通過し、さらに踏みしめた二足で数十メートルを優に超える。

 

 爆発的な加速、しかし音を最小限に抑えるように、コンクリートに凹ませた痕を点々と残しながら、私は暗い闇の中を、一直線に突っ切っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 細々とした明かりに囲まれて、暗い中を疾走して行くけど、こんな空間に一人というのもなんかあれだからさっさと最後尾でも列に合流しようっと。ほら、別に寂しいとかじゃなくて、なんか人がいた方が安心するじゃない。

 

 もちろんキルアにばれないよう。だってばれたら絶対笑われるし。

 会った時のこと根に持ってるっぽいからね。

 

 そしてしばらく走っていると、ようやく人が見えてきたのでスピードを緩める。ざわめき声と息遣い、それにたくさんの靴音が聞こえてくるとなんだかほっとするね。

 

 今のところ最後尾(から2番目)の人は黒髪にスーツをきてトランクを持っている割と身長の高そうな人だ。

 

 

 げっ!!あそこにいるのはキルア………と、黒髪が逆立った少年。多分キルアとか私とそう変わらないくらいの子供だ。まさか他にも子供がいるとは。というか、キルアが最後尾らへんにいるとはまさかの誤算。キルアの身体能力的に結構前の方を走っても余裕だと思ってたんだけど、こんな所でなにやってんのかな?

 

 とりあえず向こうからはこっちが見えないほど暗いのがせめてもの救いだね。

 

 あのスーツの人は黒髪少年が気に掛けてるから知り合いのようだね。

 おっ?スーツの人のスピードが落ちた。ここで脱落となるのかな?いや、どうにも希薄というか、あの人はまだあきらめてないみたい。

 

「絶対ハンターになったるんじゃぁー!!くそったらー!!!」

 

 瞬間、そう叫び出してスーツの人は再び全力疾走。

 

 まだあきらめなければきっと希望はあるよ、スーツの人。あ、でも全力で走る時にトランクを地面に放り出し、スーツとシャツを脱いで上半身裸になったからスーツの人じゃないや。かろうじてネクタイが残っていたからネクタイの人だ。けど裸にネクタイとかどっかのゲームの類人猿みたい。

 

 そう思ってると黒髪少年が自前で持っていた釣竿でトランクを吊り上げた。おお、意外と器用に引き上げて普通にすごいね。あのトランクそんなに軽いのか?それとも黒髪少年がすごいのか?どっちかな?

 

 あっ、黒髪少年がこっちに気づいた………どうしよう。

 

「ねえねえキルア!!あそこに誰かいるよ!!」

「はぁ?ここ最後尾だぜ。人なんかいるわけ………ってヒノ!なんでここにいんだよ」

「あはは……。やっほー、キルア久しぶり」

「開始のときいねーからてっきり前のほうにいるのかと思ってたよ」

 

 心底「何してんだこいつ?」といった感じで驚いた表情のキルアと、隣で疑問符を浮かべる黒髪少年。まあ確かにそう思うよね。最後尾にいなければ普通前にいると思うよね?

 

 仕方ないので簡単に説明した。すると案の定、

 

「ははははははーー!!だっせー!!出遅れるとかはははははー!!くくく。腹イテー」

「そんなに笑わなくても………。ちょっと準備に手間取っただけだよ」

「それにしたって………ぷくくくく、くはっ!はははははー!!」

 

 くっ!予想通りの反応しやがって。話すべきじゃなかったなぁ。

 すると釣竿をふった黒髪少年がこちらを興味深そうに見ている。

 

「ねえキルア。この子キルアの知り合い?」

「くっくっく。ああ、ここに来るとき少し一緒だったんだ」

「へぇー。オレはゴン」

「私はヒノ、よろしくねゴン」

「うん、よろしくヒノ」

「ぷぷぷ。ゴンお前も笑っていいんだぜ。自業自得だよ」

「キルア………あんまり笑っちゃだめだよ」

 

 ゴン。お前って奴はいい子だよ。この誠実さを皆に分けてやりたいよ。とりあえず目の前にキルアとかキルアとかキルアとかに。

 

「そういえばさっきのスーツの人は知り合いなの?そのトランクの持ち主」

 

 そう言いながらゴンの釣竿にかかっているトランクを見てみる。

 人の荷物を持って走るなんて子供だけどこのゴンもキルアと同様に普通の子供よりもかなり体力があるらしく、会話しながら走ってもまだまだ余裕だそうだよ。

 

「うん。レオリオっていうの。悪い人じゃないよ」

「結構疲れてたっぽいけど大丈夫かな」

「大丈夫だよ!レオリオ結構ガッツあるし!」

 

 それを根拠にするって、ゴンってなんかほんとにすごいね。こう見るとキルアとゴンってなんだか性格結構違う気がするけど、だから相性いいのかな?

 

「私もあの人、大丈夫だと思うな。この試験くらい突破できるんじゃない?」

「お前レオリオと話したこともねーだろ。なんでそう思うんだ?」

「勘かな」

「勘って………お前」

 

 あ、呆れてる?いやいや、勘だって捨てた物じゃないでしょ!

 一瞬静寂が訪れたが、フォローしたのか特に気にしてないのか、ゴンの言葉で再び会話が戻った。

 

「えっと、あとクラピカっているんだけど、今前の方走ってると思うから、後で紹介するよ」

「無理無理。ゴン、こいつがついてこれるわけねーだろ。最後尾走ってたんだしくっくっく」

「まだ引きづるのかこのひねくれ小僧が。それに走るだけなんだから大丈夫だよ」

「んだと!誰がひねくれてるって!!」

「髪とか」

「ぷっ」

「あっ!ゴン!!てめー今笑っただろ!!」

「あはは、ごめんごめん。まあそろそろちゃんと走ろうよ」

「はーい」

「ヒノ、てめー後で覚えてろよ!」

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 3人で一緒に、しばらく走り続けて早数時間、平坦な道の前に突如現れたのは、階段。紛れもなく階段、マラソンコースの中においての鬼門。まさに心臓破りのなんとやら。ここで割と脱落しそうだなぁ~。

 

 前を走るゴンとキルアの後ろから二人の背中を見ながらついて行ったら、気づいたら目の前にいたのは試験官のサトツさん。それにしても子供が3人っていうのも目立つね………。

 

 後続の人達なんか信じられないものを見る目でみてるよ………。

 

「いつのまにか一番前にきちゃったね」

「うん、だってペース遅いんだもん」

 

 ゴンは少し汗かいてるね。さすがに疲れが少しずつにじみ出てきたか。

 キルアはまだまだ余裕そうだ。さすがはプロの暗殺者だけある。

 

「だいたいヒノがついてこれるんだからハンター試験なんか楽勝だね」

「ちょっとぉ、キルア。それってどういう意味?」

「お前がついてこれる試験だから簡単だってことだよ」

「よし、挑戦状なら私はウェルカムだよ。さあ来い!」

「おぅ、上等だ!」

「いやいや、ヒノ落ち着いてよ!キルアも煽らないの!」

「見ろ!出口だ」

 

 いつの間にか仲裁役に収まっていたゴンの言葉のすぐ後に聞こえた他の受験者の声で前を見てみると、光が見えた。やっと、暗くて若干不衛生な空間から、出る事が出来たよ!

誰かがそういったのと同時私は殺気を消してみるとついに私たちは暗い洞窟から外に出た。

 

やったー。やっとこの暗くて汚い空間から出られた!!

 

 と思ったのもつかの間。

 

 

「ヌメーレ湿原。通称、”詐欺師の塒”。二次試験会場にはここを通っていかねばなりません。十分注意してついてきてください。だまされると死にますよ」

 

 

 目の前に広がる広大なじめじめした湿原。

 ここをわざわざ抜けるように試験を作るなんて。このサトツさんって紳士的に見えて実はかなりの曲者?女の子にはここは衛生的にきつくない?

 

 げんなりしてるとヒソカがトランプに念をこめて投げてた。何してるんだろヒソカ?念で強化されてるため、下手な刃物よりも鋭くなったトランプ。

 

 見てみると二匹のサルにトランプが刺さり死んでいた。

 そしてサトツさんは手に数枚のトランプを持っていた。

 

 今の状況を見てみるに、どうやらヒソカの投げたトランプを受け止めたようだ。さすがハンター協会のハンターだ。ちなみにさりげなく私の所に一枚飛んできたので受け止めたよ。

 

 そして嫌がらせにびりびりに破いてすれ違い様にヒソカのポケットに入れておいたよ!

 あっ。走り出すみたいだ。ここは霧が濃いから見失わないようにしなくちゃ。

 

「ゴン、ヒノ。もっと前に行こうぜ」

「うん。試験官見失うとまずいもんね」

「そんなことよりヒソカから離れたほうがいい」

「キルアに賛成」

 

 さすが、ヒソカのことが分かるね。まあ殺気も出てきてるし近づかないのが正解だね。多分霧に紛れてサクッと………とりあえず試験官の近くにいよっと。

 

「レオリオー!!クラピカー!!キルアが前に来たほうが言いってさー!!」

 

 ゴンが霧で見えない後方に向けて叫ぶと、遠くからレオリオの声と思う「ドアホー」とか「いけるならとっくにいっとるわい」とか聞こえてきた。こんな状況で大声会話とかなかなか面白い人達だ。

 

「うわっ!!!」

「ひぃいいーーー!!」

 

 霧に紛れて、人の悲鳴が周りから聞こえてくる。この試験官のサトツさん曰く、この湿原には様々な人を騙す猛獣がいる。声で誘ったり光で誘ったり、一応円を使えばわからない事も無いけど、なんか野性的な動物には気づかれそうだから、とりあえず前見て走ろう。

 

 数十キロ単位を走りきる体力はあっても。流石に素人には食物連鎖の世界はまだ厳しかったみたいだし、生き残ったらまた来年頑張ってください!

 

「てぇーーー!!」

 

 微かにその声が聞こえた瞬間ゴンが反対方向へ全速力で走り出した。

 

「レオリオ!!」

「ゴン!!」

 

 キルアの呼び声も聞かず、ゴンは声の下方向、つまり背後へとくるりと向きを変えて走り出し、すぐに霧にまみれて私とキルアの視界から消えてしまった。

 

 隣を見てみれば、少し残念そうに顔を俯かせるキルアの様子を見ると、やっぱりここでできた友達らしい友達のゴンが消えてしまったから。例えキルアでも、ヒソカの方へと向かえば命は無い。それを分かっているからこそ、キルアはもうゴンは戻ってこないと思っている。

 

 やっぱり年が近くても、女の私より男の子同士の方が意気投合して仲良かった感じだったしね~。

 

 ま、キルアの事が保留って言ってたから、多分ヒソカの事だしゴンの事もこの場でどうこうするつもりは無いと思うし、何とかなるでしょ。

 

「キルア。ゴンならきっと大丈夫だよ」

「んなこといったって。この霧でもう無理だぜ。あいつは帰ってこねーよ」

「私は大丈夫だと思うな」

「………何でそんなこと思うんだよ」

 

 若干不機嫌だし、根拠無く言ってる私に怒ってんのかな?

 

 まあ理由としては2つ。さっきも言ったけど、ヒソカ事を知ってるからおおよその検討がついているって事。そしてもう一つは―――

 

「ん~、女の勘かな」

 

 ヒソカの性格とゴンの可能性と私の勘を考慮してだけど。

 キルアはぽかんとした表情をしたが、肩を震わせてすぐに笑い出した。

 

「女の勘って。くくくはははは。馬鹿だろお前、ははは!!」

「ちょ、ここ笑う所じゃないでしょ!私の言うことはきっとあたるよ」

「はははそうだな。まあ、ゴンに期待してみるよ」

 

 よかった、少し元気になったみたい。

 

 機嫌も良くなったみたいだし、ゴンが帰ってきたら思いっきりからかってやろうっと♪

 

 

 

 




ヒノから見た現在の印象

キルア………ひねくれてる
ゴン………いい子
ヒソカ………変態
サトツ………くせ者?
レオリオ………ド〇キーコング




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第5話『Let's cooking』

すいません、間違って6話先に投稿してしまいました。
途中話が飛んだので「あれ?」と思った方はホントすみません。


 

「皆さん疲れ様です。無事、湿原を抜けました。ここビスカ森林公園が二次試験会場となります」

 

 ハンター試験一時試験官サトツが止まると同時に、後ろから走ってきた受験者達も立ち止まり、荒くなった息を整え始める。二次試験会場という言葉が、何より彼らの不安を全て解消してくれ事だろう。

 

 森の一角に少し大きめの建物がある広場は、先ほど走っていた危機感が嘘のように長閑な空気に包まれていた。

 

「それじゃ私はこれで、健闘を祈ります」

 

 そう言うと、サトツは特に何を言うでなく、後の事をまだ姿の見え無い二次試験官に託し、受験者達からくるりと背を向けて歩いて行くのであった。

 

(残り約150人。一次で2桁程になると思っていたのですが、今年の受験生は豊作ですな)

 

 受験生の実力によっては、その年合格者数が0という事もあり、最終試験にたどり着く前に全員脱落なんて事もざらにある。そう考えれば、一次試験とはいえ、100人以上の受験生が残っているというのは中々に試験官からしても珍しい状況だった。

 

 しかしサトツは次の試験官の人とナリを知っているので、案外試験内容によっては半分以下か、下手をすれば1桁に落ちるのではないかと妙に危惧していた。その為、

 

(しばらく、様子を見ていきますか)

 

 しかし決して悟られないよう、するりと気配を消して木の上から。

 受験生を眼下に収めながら、サトツは視界に映った金色の光にぴくりと反応する。視界には、太陽の光に反射するリボンで結われた金色の髪がさらりと揺れた。

 

(いつの間にか先頭集団に混じっていた、受験番号100番のお嬢さんですか。スタートからおよそ1時間以上遅れていたにも関わらず、トップで到着。それで尚疲れていないとは、流石ですね)

 

 走っただけなので実力の全てを見たわけでは無いが、念法を取得している事を除いてもこの受験生の中ではトップクラスの身体能力有しているまだ年端も行かない少女。

 

 ちょうど眼下ではその少女のそばに他にも少年達が集まり、楽し気に話をしていた。

 

(あちらも一筋縄ではいかないお子様とご友人達ばかりですね。やはり、今年は豊作です)

 

 そう思い、サトツは再び息を潜めるのだった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「ゴン!おーい、こっちだ!」

「あれ?キルア随分嬉しそうだね~、良かったね~ニヤニヤ」

「………るせぇ」

 

 そっぽ向いているが口元が緩んでるよキルア君。

 ま、無事に帰ってきて何より。見た感じ怪我もしてないみたいだし、足も腕も頭もくっついている。一先ず安心。今は私より少し年上っぽい金髪の少年と一緒にさっきのレオリオさんと一緒にいた。

 

 なんか知らないけど右頬がめっちゃ晴れてるけど………。ちらりとヒソカのいる方を見てみれば、こっちの視線に気づいたのか、ひらひらと手でグーを作った後、ピースを作っていた。うん、とりあえず無視しよっと。あとついでにレオリオ殴ったのヒソカだっていうのは分かったよ。

 

「ゴン、どんなマジック使ったんだよ。絶対もう戻ってこれないと思ったぜ」

「そうだね。霧も濃かったし不思議だね」

「キルア、ヒノ!!」

 

 こちらを見つけると、ゴンも心底嬉しそうな表情をしてくれた。隣の人は、見た目は女性っぽいけど恰好からしてきっと男だな。多分ゴンが地下で言ってたクラピカって人かな。

 

 しかし、【円】が使えるなら分からないでも無いけど、ゴンは念を知らないし、結構広い森と湿原だから本当にどうやって帰って来たんだろ。少し時間あったから後続が見えてたって言うのも考えにくいし。

 

 と話を聞いてみたら、レオリオの香水の匂い(1キロ以上離れてる状態で)を辿ったんだって。………普通無理でしょ。流石に旅団の皆だってできない。

 ちなみに私は毒とか嗅ぎ分ける事ならできるよ。

 

「ゴン、その子は?」

「うん、ヒノっていってキルアと一緒に試験会場に来たみたい」

「そうだったのか。しかし君みたいな少女もここまで残るとは………いや失礼だったな。私はクラピカ。よろしくヒノ」

「オレはレオリオだ。よろしくな、ヒノ」

「よろしくねクラピカさんと、レオリオさん」

「おいクラピカ!見ろ!俺初めて年下の子にさん付けで呼ばれた気がするぞ!」

「当てつけのように私の方を見るな。それに私は一度君を〝さん〟で呼んだ。あの話はもう終わった事だし蒸し返すな」

「いや、まあそうだけどよ。ああヒノ、別に呼び捨てで構わないぜ。敬語もいらねーよ」

「私も気軽に読んでくれて構わない。ゴンやキルアもそうだしな」

「そう?よろしくね、クラピカ、レオリオ」

 

 ピーン!

 あ、正午になった。

 

 一体どこから時計の音が?と疑問に思ったそこのあなた!実はここの広場には二次試験会場となるらしい少し大きめの建物が建っていた。森の一軒家だから場違いかと思ったけど意外とマッチしてる気がするよ。あくまで気がするだけだけど。

 

 ギギー。

 

 正午から開始の看板通り、正午になった瞬間扉がゆっくりと開く。

 

 扉の奥から現れたのは、露出度の高い服装と変わった髪型の女性。そしてその女性の座るソファの後ろにいる、女性の2~3倍はありそうな体格のふくよか体系の大柄過ぎる男性だった。座高だけで2メートルありそうなんだけど………。

 

「そんなわけで、二次試験は料理よ。美食ハンターのあたし達を満足させる料理を用意してちょうだい」

 

 美食ハンターとは、食の探究者。未知なる食材を探し求め、猛獣の素だろうが断崖絶壁だろうが氷河の世界だろうが駆けまわる美食を追い求めるハンター。………らしいけど、それってあれ?美〇屋?これなんてト〇コ?

 まあそれはいいとして、話をまとめると美食ハンターのあの男性が指定する料理を作り食べてもらって「美味しい」をもらい、合格したら次に女性の指定した料理を作り食べてもらって「美味しい」をもらい、そうしたら晴れて二次試験合格と。

 

 よし!!これなら何とかなる。

 私の特技は料理といっても過言ではない。就活面接であなたの特技は何ですか?といわれたら迷わず料理と答えることができるくらいには得意なの。

 

 ………けど問題もある。

 料理と言っても、私はそこまで世界の料理全てを網羅しているというわけではない。

 現実風に言えば、日本人にビリヤーニー作ってと言われて「それ何?」って感じ?ちなみにビリヤーニーはインド料理で具の多い炊き込みご飯みたいな料理だよ。あっと、今の言葉は忘れてね?

 

「オレのメニューは、豚の丸焼き!オレの大好物!」

 

 よし!この課題はもらった、心の中でガッツポーズをした。

 豚の丸焼きだったらいろいろ間違わなければ問題ないはず!

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 早速目的の豚を探すと、案外簡単に見つかった。

 私の数倍はある体積に、突き出たような変わった鼻が特徴の豚が群れで森の中を普通に行動をしていた。とりあえず群れを相手にするのは面倒なので、一匹だけはぐれた豚を見つけたのでそちらに移動する。

 

 それにしてもこんなところで大量に豚を取って生態系に影響は出ないだろうか?まあそこはハンター協会だから問題ないと思うけど。意外とハンター協会って色々とアフターケアというか、場所とかそこらへんはちゃんとしてるよね。受験生には厳しいけど。

 

 一先ず、向かってきた豚の突進をよけて、頭に蹴りをお見舞いする。

 

 豚は一回でノックアウトしちゃったけど、頭が弱点なのかな?

 

 まあ倒せたし生物学者でも無いからとりあえずそこは置いといて、サバイバルナイフを取り出し内臓を取り除き毛を処理した後は大き目の木の棒で貫いて早速丸焼きだ!

 

「上手に出来ましたっと………よしできた!!早く持っていかないと」

 

 あの試験官の男性は体が大きいからすぐにおなかいっぱいにならないと思うけど、こんなに大きい豚ならすぐにおなかいっぱいになるはず。………と思ったのだけどいらぬ心配だったよ。

 

「うまい!イケるイケる!これも美味」

 

 あっあの豚まだ生焼けだ。あれは毛が残ってるな。料理のりの字も知らない素人が作った料理でも喜んで食べている姿を見ると、なんだかまじめに料理した自分があほらしい。

 そしてひとしきり食べた後で、頃合いを見て男性の告げた言葉に、女性の方が銅鑼を鳴らした。

 

「あ~食った食った。もうおなかいっぱい」

 

 

ゴーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン。

 

 

「二次試験終了。豚の丸焼き料理審査70名通過」

 

 まさか70頭も丸ごと食べるとは。ここにいるみんな同じこと考えてるよ絶対。

 クラピカなんかすごく悩んでるよ。多分根が真面目なタイプなんだね。キルア達は素直に驚いてるけど。これも念のおかげなのかな?だとしたらすごいな。………いやすごいのか?

 

「あたしはブハラと違ってカラ党よ。審査も厳しくいくわよ」

 

 あの男性はブハラさんか。できればブハラさんと同じくらい簡単なものだといいのだけれど。さてさて。

 

「二次試験後半、あたしのメニューはスシよ!」

 

 スシ………?スシとは?いったいどんな料理なんだ。

 

 そんな心の声が周りを見ると聴こえてくるよ。

 確かに寿司は海を渡った大陸の人には認知度が低いみたいね。この中の受験者だとほとんど見た感じ知らないんじゃないかな。

 

 「ふふん、大分困ってるわね。ま、知らないのも無理ないわ。小さな島国の民族料理だからね」

 

 いつのまにジャポンは知る人ぞ知る小さな秘境と化してしまったのだろうか。

 もちろん私は知ってるし寿司も知ってる。だって私はジャポンから来たし。

 

「最低限必要な道具と材料は揃えてあるし、スシに不可欠なゴハンはこちらで用意してあげたわ」

 

 見てみると小屋の中には数多くの料理台。受験者分は十分にあるだろう。包丁、まな板、水道、それにお櫃。中身は酢の香りがするから十中八九シャリ。

 

「そして最大のヒント!! スシはスシでもニギリズシしか認めないわよ!!」

 

 握り寿司か。よし!この試験は大丈夫だ。ジャポンで寿司は食べにつれてってもらったこともあるし作ったこともある。板前さんのお墨付きだ。

 思い出すな、最初はうまく作れなかったな~。と思い出に浸ってもしょうがない。早く始めないと。今回はブハラさんと違って大食漢じゃなさそうだしね。

 

 でもこれでも難しい人には難しいんじゃないのかな?

 

まああえて考えてみるとすれば、シャリを使っての料理。そして包丁とまな板があるから肉、魚、野菜等の包丁の使用を前提とした食材と合わせる。そして調理台に水道はあれどコンロは無いから、新たに炒めたりはしない料理。つまり具材の方を生で使う。という事は、肉は除外。生野菜だと野菜による。そう考えると消去法的には生魚、料理にするとしたら刺身か踊り食い、後は生でも使える野菜をシャリと一緒に握って作る料理。

 

 と、それっぽい推論をしてみたけど、よく考えたら生でも食べられる肉、まあ鳥とかでもあるし、魚と断定するには材料が少し足りない気がする。

 

 ま、私は寿司は最初から知ってるので、他の受験生の皆頑張ってね!

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 握り寿司とは、シャリを作り場合によってわさびを載せ、その上にネタである新鮮な魚介類の切り身やむき身、もしくは調理を加えたものをのせ握ったもの。中には海苔でネタとシャリの分離を防ぐ場合もある。

 

 シャリの握り方や握りの形もさまざまなものがあるがさてどうしようかと思ったけど、さすがに海水魚は無理なので森林公園にあった川で魚をとることにした。

 

 ばれないようにこっそりと小屋を出て魚を取りに向かう。ちなみになんでこっそりと言うかと、これは受験戦争!戦いだから!それにしてもここの川はきれいだね。水遊びもできそう。

 

 なんでこんな綺麗な森林公園と危険地帯のヌメーレ湿原が隣なのかが不思議でならないけど、一体ここの生態系はどうなっているのやら。とりあえず先ほど豚の丸焼き調理にも使用したサバイバルナイフを取り出し川を泳いでいる魚に狙いを絞り………投げる。ナイフは狙った赤い魚を貫通した。しかし川を見た限り変わったのが多い。

 

 見た目が変な奴ほどうまいというけど、見た目通りという場合もありそう。そう考えてると後ろから大量の受験者達が来た。いったいどうしたと思ったら皆一目散に川に近寄り魚を取り始めた。

 

「キルア。みんなどうしたの」

「ヒノ!てめー魚が必要なの知ってたな。クラピカがスシに魚使うって知ってたんだが、その情報をレオリオが大声でばらしちまったんだよ」

 

 なるほど、だからか。話を聞く限りクラピカは寿司の作り方までは知らないみたいだね。

 

 まあ今回は皆頭を使ってがんばってもらおう。

 皆より早く小屋に戻り調理台に立ち早速料理を開始。今なら全員魚を取りに行ってるから誰もいなくてチャンス!しかもシャリはもうできてるしこれなら3分クッキングもお手の物だ!

 

 採ってきた異様な見た目の赤い魚。三枚におろしてみてみると、なんだかタイに似てる。ちょっと一口食べてみた限り味は違うみたいだけど、まあ普通に食べられるかな。

 包丁を使い筋目と交差するよう、そして刃を全て使うように切る。そしてあまり厚くならないように切る。

 シャリは長時間握ると体温が移って温かくなるからすばやく、そしてネタを乗せさらに握る。よし完成だ!!うーん、どうだろう。美食ハンターの口をうならせることができるだろうか?

 

とりあえずお腹いっぱいになる前に食べてもらわなくちゃ。幸い寿司の課題は難しかったのでまだ誰も来てなく、意の一番に魚を採ってきた私が一番のりだった。

 

「すいませーん。できました」

「あら、早いわね。うん、形はできてるわね。じゃあさっそく」

 

 そういって机の上の小皿に入った醤油につけて寿司を食べる。というか醤油を常備してるって事はここからも推測しろって事なのかな。

 

 いやそれよりも………どきどき。

 

「あらおいしい」

 

 やった!!

 女性試験官の声に、後ろで座って寛いでいたブハラさんが驚いた表情をする。

 

「ホント?メンチ」

「うん!本場のプロと比べたらまだ甘いけど、シャリの握り加減や切り身もしっかり切ってるし、店に出せるレベルだわ。川魚なのはあれだけどそれは仕方ないから十分ね。あんた始まってすぐに魚とりに行ったからスシは知ってたみたいだけど、まさかこんなにできるとは思わなかったわ」

「料理は昔教えてもらって割と得意なの。それにジャポンから来たから寿司は知ってたし」

「ジャポンからか。なんにしても100番、合格よ。もっと修行したらさらにおいしくなるわ。ねえ美食ハンターになる気はない?絶対いい料理人になるわよ?」

「ん~、考えておく」

 

 やったー合格だ!!課題が知ってる奴でよかった。作ったことあるのでよかった。とりあえず合格したのがばれないようにしておかないと。いや、別にばれてもいいけど。

 

「あっ、100番。スシの作り方は周りに言っちゃだめよ。それじゃ試験にならないからね」

「はーい!」

 

さてと、とりあえず終わったし、どうしようかな?そう思っていると、別の調理台で魚とシャリと睨めっこしていたキルアが、こちらに来た。

 

「なあヒノ、お前スシって知ってるか?」

 

 ん?まあここで知っているよって言うのは簡単だけど、メンチさんに教えるなって言われてるし、なんて答えようか?そう思ってると、キルアが私の調理台にある余分に作られた寿司を取ってどっかもってっちゃった。別に私は何もしてないし、セーフだよね?

 

 その瞬間、けたたましい大声がメンチさんのいる方から聞こえてきた。

 

「メシを一口サイズの長方形に握ってその上にわさびと魚の切り身を乗せるだけのお手軽料理だろうーが!!こんなもん誰が作ったって味に大差ねーべ」

「ざけんな!寿司をまともに握れるようになるには十年修行が必要だって言われてんだよ!貴様ら素人がいくら形だけまねたって、天と地ほど味は違うんだボケ!」

「んじゃそんなもんテスト科目にすんなよ!!」

「っせーよ!コラ!ハゲ!殺すぞ!文句あんのか!お!?あ!?」

 

 寿司の情報を大声でばらしているあの人は、確かジャポン出身らしい忍者の人。禿頭が特徴的だしちょっと覚えてたんだけど、あー、試験的に結構まずい事しちゃったんじゃないかなこれ。それはそれとし、奴め寿司をなめてるな。ジャポンの人のなのにおいしい寿司を食べたことがないのかな?

 

 けど、寿司をお手軽料理と侮辱(まあ言った本人はそこまで寿司事態に悪気は無かったというか、寿司に対しての知識が薄かっただけだと思うけど)された事に、料理人として美食ハンターとして一流のメンチさんは、マジでブチ切れましたはい。

 

 それからというものメンチさんはとんでもなく激カラ党になってしまいました。

 寿司の製法が割れてしまったからには、後は形では無く味で審査をするしかない。けど、すごい厳しい。先に終わっといてよかった………。そうじゃなかった私もやり直し言い渡されてたかもしれないし。けど、あれじゃあすぐにお腹いっぱいになるんじゃ。

 案の定、しばらくして。

 

「悪い!!お腹いっぱいになっちった」

 

 

第二次試験後半、メンチの料理。合格者1名。

 

 

 

 

 

 

 




ヒノの料理スキルは割と高い。


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第6話『気になるあの子』

スシの漢字って【鮨】と【鮓】と【寿司】って意外とあったんだね。



前回までのあらすじ!

 

 

 ハンター試験第二次試験において一つ星(シングル)の称号を持つ美食ハンターメンチさんの課題は、ジャポンでお馴染みの寿司!しかしここはジャポンじゃ無いので、受験生の中で寿司の詳細を知っているのは、私と受験番号294番のジャポン出身の忍びのみ。

 

 いち早く寿司を完成させた私は一先ずメンチさんから合格をもらい、二次試験初の合格者となった!やった!

 

ここまでは良かったんだけど。

 

 

 次に寿司を作って持っていた忍者さんがメンチさんに作り直しを要求されると、寿司の事を御握り感覚のお手軽料理と思っていた忍びの言葉にメンチさん激高。同時に忍者さんの口から全ての受験生に寿司の作り方がばれてしまった。

 

 これでは寿司の形は皆分かって当然。その為メンチさんは後は寿司の味のみで判断をくだすのみに!

 

 しかし、メンチさんは超一流の美食ハンターであると同時に料理人。激高した彼女は味に一切の妥協をせず、その後作られてきた全ての寿司を一刀両断、当然ながら、寿司職人でもない受験生が彼女の舌を唸らせられるわけでもなく、あっという間にメンチさんはお腹いっぱいになってしまった!

 

 ハンター試験では合格者がいない時だってあるが、これはトラブルが重なった事もあり若干理不尽な結果。ハンター協会とのコンタクトをとるメンチさんでもあるが、協会側からの意見をほぼ無視し、合格者1名の純然たる結果を突きつけるのであった。

 

 

 おしまい!

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「ふざけるな!!」

 

 ドゴオォン!

 突然の音にいったん思考を中断して音のほうを見てみると受験番号255番の男性が、怒りに表情を歪ませ、目の前にあった調理台を破壊していた。そんなに私のあらすじダメだった?と思ったらメンチさんを睨んでるから関係無かったよ。

 

「納得いかねえな。とてもハイそうですかと帰る気にはなれねえ。オレが目指してるのはコックでもグルメでもねえ!!ハンターだ!!しかも賞金首(ブラックリスト)ハンター志望だぜ!!美食ハンターごときに合否をきめられたくねーな!!」

「今回のテストでは試験官運がなかったってことよ。また来年がんばればー?」

 

 ああメンチさん。そんな煽るような事を言ったらますます………。

 

「ふざけんじゃねー!!」

 

 あーほらみなさい。これはやばいよね。255番の方じゃなくって、座ってるメンチさんのあの目は()る気だよ。ハンターでもあり念も取得してるメンチさんなら、10秒とかからずに相手をミンチにできそう。メンチだけに!

 

 あっ、その前にブハラさんが動いた。ブハラさんのビンタによって255番の人は外まで吹き飛ばされた。あーよく飛んだなー、って呑気に思ってるけど、見た感じ命に別状はないみたいだし怪我も大怪我じゃないから問題無いよね。

 

 けど、この後どうなるのかな。あの255番に限らず、この結果に不満を持ってる人割といるみたいだし。まあさっきのブハラさんとのやり取りを見て仕掛ける

 

「それにしても合格者1名とは、ちと厳しすぎやせんか?」

 

 その声と共に、上空数十メートルに滞空する飛行船から飛び降りてきたのは、ひょうひょうとつかみどころの無い表情をした和装の老人。飛行船にはハンター協会のマークがあったから、さっきのメンチさんと協会との通話が終わってすぐに来たっぽい。

 

 そして、上から降って降りてきた老人こそ、ハンター協会の最高責任者、ネテロ会長。って、メンチさんが言っていた。普通なら死亡事故確実な単身ヒモ無しバンジーだけど、念を修めたネテロ会長的には余裕だったっぽいね。念を知らない受験生は驚いてるけど。

 

 とりあえず会長が仲裁に来てくれたので話をまとめると、メンチさんがもう一回試験官をして受験生も納得できるように自分も参加できる試験をする………ということみたい。

 次の課題は『ゆで卵』らしい。これも一応料理だけど寿司と比べて難易度が下がったような?

 

 まあそんなこんなで皆で会長が乗ってきた飛行船に乗船し、着いた場所はマフタツ山と言われる、中央が崖になっている特徴的な山の頂上。この崖の下は激流になっており、落ちれば数10キロはノンストップで海まで流されるらしいので要注意だって!

 で、さっきも言ったけど今回は試験官参加型、つまりメンチさんが手本を示し受験生に実力を見せつける目的もある。その為メンチさんはさっきの会長同様に崖の上から単身飛び降りヒモ無しバンジーをした。よくやるよね。

 

「マフタツ山に生息するクモワシ。その卵をとりに行ったのじゃよ。クモワシは陸の獣から卵を守るため、谷の間に丈夫な糸を張り卵をつるしておく。その糸にうまくつかまり、卵を1つだけ取り、岩壁をよじ登って戻ってくる」

「よっと、この卵でゆで卵をつくるのよ」

 

 いきなり飛び降りたので、会長が解説をしている間、メンチさんは下から卵を一つあっという間に採って崖をよじ登り戻ってきた。流石、常人の神経じゃとても飛び降りられる物じゃないよね。

 ていうか卵を谷間に入れて崖上ってくるとか、マジか!谷だけに………なんだか悲しくなってきた。

 

「あーよかった」

「こういうのを待ってたんだよ」

「走るのやら民族料理やらよりよっぽどわかりやすいぜ」

 

 ゴンやレオリオを筆頭に、次々に受験者は楽し気に笑い、躊躇いなくほぼ同時に皆で先ほどのメンチさんのごとく崖の底へとダイブしていった。まあ確かに考える必要が無い分寿司の課題よりかは全然楽だよね。脳筋にやさしい課題というか、戦闘能力必須っぽいハンター試験らしいというか。

 

 ちなみに半分くらいは残っているけど、まあ失敗したらしゃれにならないからね。普通崖を飛び降りるとか無理だし。

 

 さて、せっかくなので私も行こうかなと思ってると、メンチさんが来て声を掛けてきた。

 

「ああ100番。あんたは合格したから別に飛び降り無くてもいいわよ」

「じゃあ個人的に行ってくる。食べてみたいし、卵って好きなの」

 

 そう言い残しさっそく谷底へダイブ!!糸が見えたから多少軌道修正して捕まる。

位置を入れ替えて足で糸に捕まりながら卵をゲット!!壁を登ってレッツクッキングだね。

 

 調理自体は巨大な窯に水を注ぎ、沸かしてから採ってきた卵を全て入れて同時に調理したけど、ブハラさんができ頃になって思わず声を上げてしまったので、全員タイミングよく茹で卵を完成させたのだった。あそこで声を上げなければ結構ゆで卵と言えど完成にバラツキがあったかもしれないけどね。

 

 さっそく全員試食して食べてみると………おいしい!普通の卵とは比べ物にならないくらい濃厚。その上茹で加減もあっただろうけど、とろりと蕩ける黄身の触感もたまらない!機械があったら是非ともこれで卵料理を作ってみたいな。

 

「美味しいものを発見した時の喜び! 少しは味わってもらえたかしら。こちとらこれに命かけてんのよね」

 

 誇らしげなメンチさん。勇気が持てずに谷に飛び降りることができなくて不合格になってしまった255番の人も、ゴンから分けてもらったゆで卵を食べると、今度は流石に自分の力不足を認めたみたい。無事終わって良かった。また来年がんばってね。

 

 

 

 第二次試験後半、メンチの料理(メニュー)、合格者43名。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「残った43名の諸君に改めてあいさつしとこうかの。ワシが今回のハンター試験審査委員会代表責任者のネテロである」

 

 現在二次試験を合格した私達43名は、ネテロ会長が乗ってきた飛行船にそのまま搭乗してこのまま三次試験会場に向かうみたい。その間は飛行船の中で休もうが遊んでいようが、自由に過ごしていいみたいだから試験休みって所かな?

 

「本来ならば最終試験に登場する予定であったが、一旦こうして現場に来てみると、なんともいえぬ緊張感が伝わってきていいもんじゃ。せっかくだからこのまま動向させてもらうことにする」

 

 からからと好々爺然として笑いながらそう言うとネテロ会長は去って行き、試験会場に来た時に番号札をくれた緑の人によると、明日の朝8時に三次試験会場に到着するのでその間はやっぱり好きにしていいそうだ。やったー!

 

「ゴン、ヒノ!!飛行船の中探検しようぜ」

「うん」

「いいよ」

 

 そんなわけでキルアとゴンと一緒に飛行船探索!!だって飛行船なんて乗ったこと無いから是非とも探検しないとね!そんなわけで私とゴンとキルアは、今日は休むと言ったクラピカとレオリオを置いて早速飛行船探索へ出かけたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 一方、とある部屋にて。

 テーブルに並べられた料理に口を付けつつ、楽し気に談笑を交わしていたのは、一次試験官であるサトツ、そして二次試験官であるメンチとブハラの三人だった。

 

「ねえ、今年は何人くらい残るかな?」

「合格者ってこと?」

「そ、なかなかのツブぞろいだと思うのよね。一度ほとんど落としといてこう言うのもなんだけどね」

「でもそれはこれからの試験内容次第じゃない?(メンチみたいな試験官じゃ一人も残れないだろうし………あ、一人は残ったっけ)」

「そりゃまあそうだけどさー、試験してて気づかなかった?結構いいオーラ出してた奴いたじゃない。サトツさんどお?」

「ふむ、そうですね。新人(ルーキー)がいいですね今年は」

 

 ハンター試験の過酷さはハンターだからよく知っている。これは何度も受ければ何とかなるという物でも無く、臨機応変に対応できる実力が必須となってくる。それを踏まえれば、初めて受験する受験生が合格以前に一次や二次での試験を突破するのも難しいのだが、今年の受験生はその予想を超えて頑張っていた。

 

「あ、やっぱりー!?あたし100番がいいと思うのよね。スシも美味しかったし可愛いし、絶対いい美食ハンターになるわよあの子。そしたら弟子にするわ!」

「いや美食ハンターになるとは限らないじゃ………」

「私としては99番ですな。彼はいい」

「あいつきっとワガママでナマイキよ!絶対B型!一緒に住めないわ!」

(そーゆー問題じゃ………)

 

 論点が微妙にずれたメンチの発言に、ブハラは怒られるので口には出さないが若干呆れ気味であった。

 

「ブハラは?」

「そうだねー。新人じゃないけど気になったのが………やっぱ44番……かな。メンチも気づいてたと思うけど255番の人がキレ出した時、一番殺気放ってたの、実はあの44番なんだよね」

 

 44番、奇術師ヒソカ。圧倒的な戦闘能力と、快楽的な殺人欲。今年の受験生の中でもトップクラスの断トツな危険人物と呼べるだろう。それは受験生とは一線を画す試験官から見てもそうだった。

 

「もちろん知ってたわよ。でもブハラ知ってる?あいつ最初からああだったわよ。あたしらが姿見せたときからずーっと」

「ホントー?」

「彼は要注意人物です。認めたくありませんが彼も我々と同じ穴のムジナです。ただ彼は我々よりずっと暗い場所に好んで棲んでいる」

 

「けど、気になるって言ったらやっぱ100番のあの子やっぱり気になるのよね~。たまに【念】を既に使える奴が試験を受ける事はあるけど、あれくらいの歳の子だと珍しいわよね」

 

「確かに。すでに【纏】を完璧にこなしてましたね。あの歳であそこまでの実力とは。独学とは考えにくいですし、一体誰に師事したのでしょうか」

「44番とどっちが強いと思う?」

「そうですね、身体能力的には44番同様、マラソンでは余力を残してクリアしていましたし、年齢的な所で戦闘経験では44番が勝りそうですね。後は、相性によるところでしょうか」

「もし2人が戦うような事になったらあたし絶対100番応援するわ」

 

 試験官が片方を贔屓するのはあまり好ましくない、とサトツは思ったが、既に試験官としての役割を終えたので、そこまで言う必要も無いか。そんな事を考えながら、再び食事を再開するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 現在私たちは飛行船内のとあるベンチで飛行船から見える町の夜景を見下ろしてる。

 すごくきれいだ!これぞまさに100億ジェニーの夜景(笑)

 

「キルアのさぁー。父さんと母さんは何してる人なの?」

「んー?殺人鬼」

 

 ゴンの質問に、特に何でもないという風にさらりとキルアが答える。

 あ、やっぱり。まさに私の読みどおり。

 

 キルアの年齢で殺し屋なら、状況的に天涯孤独で殺し屋か、家族皆で殺し屋のどちらかだろうからね。後は殺し屋に師事したとか。趣味とかだったらマジ怖い。

 

「両方共?」

「ゴン真顔ですごい事聞くね。私ちょっと吃驚しちゃったよ」

「ヒノに同感。マジ面でそんな事聞き返して来たのゴンが初めてだぜ」

 

 多分初めて私とキルアの息が統合した瞬間じゃないかな。すごいねゴン!

 

「俺ん家暗殺家業なんだよね、家族ぜーんぶ。そん中でもオレすげー期待されてるらしくてさー。でもさ、オレやなんだよね人にレールしかれる人生ってやつ?」

 

 まあそれには同感かな。すすんで殺し屋になる奴なんて少ないだろう。

 将来の夢は殺し屋ですっていう子供というのはなかなかにすごい光景だ。

 

「ねえヒノは?」

「何が?」

「父さんと母さん、なにしてるの?」

「ん?。母さんはいないよ父さんはいるっていっても昔拾ってくれた人だし」

 

 ゴンは申し訳なさそうな表情をした。今度はキルアが続けるように質問をする。

 

「じゃあヒノって両親どこいったんだよ」

「昔、事故で亡くなったんだって。そのころは赤ん坊だったから両親の記憶は知らないから拾ってくれた人がもう父さんも同然だからそこまで悲しく無いけど」

 

 ゴンは少しほっとした表情をしてくれた。まあ、あまり楽しい話題じゃないしもう昔のことだから本当に大丈夫だしね。

 

「ふーん。その拾ってくれた奴って何やってんの?」

「んー?そうだね?。しいていうならハンター………かな?」

「なんで疑問系なんだよ。自分の親父の話だろ」

「あの人結構めちゃくちゃで何やってる人か分からないし………でも確かハンター証を持ってるって聞いたことあるからね。きっとハンターだよ」

「ずいぶんうさんくさいハンターだな………」

 

 いやまあ、正直何の職業か分から無いから、当たり障りの無い可能性を言ってみたのだけれど。………そういえばハンターって職業扱いなのかな?〇〇ハンターって言って初めて職業感出てくるような気がする。ハンターだけだと夢を追ってる系、みたいな感じ?

 

 そんなこんなで雑談を続けてると気配を感じた。この気配は………【絶】を使った念能力者だ。このレベルで飛行船内の人間だと………多分だけどネテロ会長?

 

 そう思ったと同時に左側の通路からさっきよりさらに強い気配を一瞬感じた。おそらくネテロ会長が意図的に出したのだろう。キルアとゴンも感じたのか二人とも同時に通路の方向を向く。けど、その前にどうやら反対側に移動したみたいだ。振り向く前に私達の後ろを移動して反対側の通路に素早く動いたネテロ会長は、悠々と歩いてこちらに近寄ってくる。

 

 移動したのに気づかなかったゴンは普通の表情だが、移動した事に気づいたキルアは若干疑いの目で睨んでいる。

 

「ネテロさん、こっちのほうから誰か近づいてこなかった?」

「いーや」

 

 ゴンがさっきまでネテロ会長の気配があった場所に指を指し尋ねるけどネテロ会長本人は知らんぷり。その態度にキルアは少しむかついたみたい。けど気配を残して反対側から驚かせるって言うのも、いいかもしれないね。今度やってみよう。

 

「いこーぜ。ゴン、ヒノ。時間の無駄だ」

「まあ、待ちんさい。おぬしらわしとゲームせんかね?」

 

 唐突に言われた、ネテロ会長からの意外な提案に、私を含めゴンもキルアも訝しげに次の言葉を待つ。そして、次に言われた言葉は予想外の事だった。

 

「もしそのゲームでわしに勝てたら、ハンターの資格をやろう」

 

 ハンター協会最高責任者公認の試験(ゲーム)

 

 さて、どうしようかな?

 

 

 

 

 

 




次回、VSネテロ会長


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第7話『ベテランには容赦無しで』

ヒノ「今日は私の能力が初公開だよ!皆応援してね☆」
ゴン「ヒノの能力ってどんなの?」
ヒノ「ん~、(念を知らない)ゴンに分かりやすく言えば、防御無視の貫通攻撃、みたいな?」
キルア「なんだそれ最強か!?」
ヒノ「もうちょっと詳しい事は1話の最後の自己紹介文を見てね!」



 

 

 

 

 

 ネテロ会長が私達に提案した、『勝ったらハンターの資格がもらえるよゲーム』!

 

 ルールは単純明快、ネテロ会長が持つボールを制限時間、次の三次試験会場に着く前に奪い取れば勝利。挑戦者側はどんな攻撃をしようと自由、ネテロ会長からの攻撃は一切無しで避けるのみ。まさにシンプル・イズ・ベスト!

 

「いっけぇ、キルアー。相手を老人だと思うなぁ~。ぶちかませ―。もう別の生物と思っていったれー」

「棒読みなのに意外とひどい事言ってる!?ヒノ、ネテロ会長に恨みでもあるの!?」

「んな事言われなくても、じーさん相手に無茶はしねぇよ」

(ま、あながち的外れの助言(?)というわけでも無いのじゃがな)

 

 もはや念能力者は別の生物だ!って、昔聞いた事があるよ。あ、でもそうなると私も違うのか。………それはいいとして、方針としてはガンガン攻めろって感じで行けばいいと思うよ。

 

「ただとるだけでいいんだよね。じゃあいくよ」

 

 開始と同時にはキルアは、何人にも見える移動を開始した。

 あれは、確か足運びに緩急をつけ、自分の残像を相手に見せるテクニック、肢曲。まあ、ネテロ会長を見てるとあれくらいじゃ捕まらなさそうだけど。

 

 キルアの先手を皮切りに、動いてはボールに手を伸ばし、避けられて、再びボールに手を伸ばす。念を使える使えないという事以前に、ネテロ会長の身体能力は文字通り怪物っぽいね。それが念も使える物だから、素早さや体力だと今のキルアより断然上っぽい。

 

 だんだん煮え切らなくなってきたのか、先にネテロ会長の動きを止めるべく、キルアはボールを取ると見せかけて、ネテロ会長の軸足を攻撃した。しかも向う脛、弁慶の泣き所という、人体の弱点の一つ。………けど、

 

ガッ!!

 

 キルアによるネテロ会長の軸足を攻撃―――キルアに120のダメージ!

 念の、しかも【凝】でガードするなんてネテロ会長、非念能力者しかも子供相手にそれはないでしょう。まあガードしないと足痛いもんね。ていうかあの威力だったら常人なら足が砕ける。両方。

 

「いってぇーー!!」

 

 あー痛そうだなー。あっ、キルア戻ってきた。

 

「鉄みたいだぜあのじーさんの足。ゴン、タッチだ!」

「よーし次はオレだ!!」

「頑張ってね」

 

 次は、ゴンかぁ。これも見ものだね。取るのは難しいだろうけどね。

 

「いくぞ!!」

 

 まずは正面突破の全力ダッシュ!!か~ら~の~?ハイジャンプ!!いや高く飛びすぎだよ!そのまま頭天上にぶつけたけど大丈夫かな?

 

「ってぇー!!」

 

 あ、普通に痛かったみたい。

 

「ジャンプ力がすげーのは分かったからちゃんと加減して飛べよゴン」

「せっかくネテロ会長の意表ついたのに」

(全くじゃ)

 

 今のは会長も確かに油断してたけど、まあゴンらしいと言えばゴンらしいけどね。さて、油断の無くなった会長相手に、どこまで行くのか。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 暫くして、キルア同様にゴンが疲れ始めた頃。

 

「次、ヒノどうする?」

「そうだね。もう少し傍観してようかな」

「そうかい。これではラチがあかんし一度にかかってきてもよいぞよ」

 

 ネテロ会長、挑発とはこれまたずいぶんと余裕ですな。

 これによりゴン&キルアVSネテロ会長!!これは見ものだね。ちなみにこの戦いはビデオで撮ってます。まあビデオと言っても携帯のだけどね。記念記念♪

 

「フォッフォ。疲れのせいか攻撃が単調になってきとるぞ」

「とりゃ!!」

 

 掛け声と共に、繰り出したゴンの下から顎に向けての蹴りをネテロ会長は少し後ろに下がるだけで軽く避ける、と思ったが、ゴンは靴を脱いで指に挟んで蹴りだし、リーチを伸ばして尚且つ、最初の蹴りから遅れてネテロ会長の顎にヒットした。

 

「汚なっ!!靴をぬぎ蹴りの間合いを伸ばしよるとは………」

 

 そうネテロ会長が言ったと同時、後ろからキルアが隙だらけだとばかりに蹴りを入れる。確かにゴンの予想外の攻撃にネテロ会長は、思わず背後からの攻撃を受け、そしてネテロ会長が球を離したのでキルアがボールに飛びつく。

 

「チャンス!!」

「なんの」

 

 負けじとばかりに、ネテロ会長は左手で地面を支えて逆立ちの要領で後ろで滞空していた球を蹴り、キルアから離した。

 

「あぶないあぶない」

 

 再び球を手に取ろうと思ったら、今度はゴンが先ほど脱いだ靴飛ばして球にぶつけ、さらにネテロ会長から弾き飛ばした。中々にうまい連携プレー。

 

 今ならネテロ会長より、ゴンとキルアのほうが球に近い。

 

「もらったぁー!!」

「ふん」

 

 ネテロ会長は右足に力をこめて踏み出し一瞬にしてゴンとキルアを抜いて球をその手に戻した。

 うわー、床に足の跡がくっきりと。ていうか、今のも念を使用した一手。案外ネテロ会長も負けず嫌い、というか絶対勝たせるつもり皆無でしょ。

 

「……やーめた。ギブ!!オレの負け」

「なんで?まだ時間あるよ!今のだってもう少しだったしさ」

「そりゃ、ネテロ会長右手と左足ほとんど使ってないからでしょ」

 

 ま、それでも本気の本気で何でもやるつもり、ていうならまだ善戦できるかもしれないけど、やっぱりとれるかは微妙だね。

 

「行こーぜ、ゴン、ヒノ」

「あ、おれもうちょっとやってくよ」

「………お前俺のいう事聞いてたか!無駄!絶対ボールなんかとれっこ無い!」

「うん、ボールはいいからさ、まだ時間あるしそれまでにネテロさん右手くらい使わせてみるよ」

「なんか趣旨変わってない?」

「………はぁ。オッケー、頑張りな。俺先に寝るわ。ヒノはどうする?」

「ま、せっかくだし最後まで見ていくよ」

 

 若干不機嫌、というか消化不良のままで、キルアは帰り、そのまま最終ランド開始。それゆけ、ゴン!

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 結果的にゴンはネテロ会長に右手を使わせるのに成功した。ゴンがネテロ会長の腹に頭突き攻撃。しかしネテロ会長は力を込めた腹は鉄のように硬く、キルアの時の二の舞でゴンの頭のほうにダメージ。

 

 が、懲りずに同じ戦法をしたゴンに、流石に二回目も腹に頭をぶつけさせるのはまずいかと思ったネテロ会長は、左手はボールで埋まっている為〝右手〟でゴンを飛び越えて頭突きを躱した。勢いよく壁に頭をぶつけたが、ゴンは右手を使わせて満足かそのまま寝てしまった。まあぐっすり寝て回復してね。

 

 

「さて、結局お主はやらんかの?わざわざ一人になるまで残ったと言うのに」

 

 

 まあ確かに、ネテロ会長同様に念というアドバンテージがあるから、二人の見える所では積極的にボールゲームに参加しなかった、というのも少しあるけど。

 ………………んー?どうしよっかな。

 

「ネテロ会長。こちらから攻撃してもそっちからは攻撃しないよね?」

「うむ………まあそう言ったからのぅ」

 

 よしっ。一泡吹かせてみようかな。怪我しても問題ないみたいだしね。

 

「じゃあ少しお願いしますね、ネテロ会長」

「ふむ、かかってきんさい」

「【硬】!」

「ぬわああぁあっとおぉう!?」

 

 ふむ、やっぱり避けられた。まあ一発で沈むとは思ってなかったししょうがないかぁ。さてと、次はどうしようかな。今度はフェイントを混ぜながら―――、

 

「いやいや、何冷静に次の作戦思考しとるんじゃ!いきなり【硬】て、下手したらわし夜空のお星様になっておったぞ!?」

「でもルールには牴触してないし、怪我は全部自己責任って事で」

「お主意外とひどいのぅ………言っておくがこのゲームわしからボールを奪ったら勝ちじゃぞ?わしを倒すゲームじゃないぞ」

「同義語でしょ。ネテロ会長が倒れる=ボールゲット♪ほら」

「お主やっぱりかなりひどいのう」

 

 瞬間、ネテロ会長がしゃべり終わる一言手前のタイミングで、地面を蹴り、そのまま足の裏をネテロ会長の顔面に突き刺した。………と思ったけど、海老反るようにネテロ会長は器用に避けた。なので、そのまま空中で回転し、踵落としを食らわせた。

 

ドン!

 

 そう思ったら、足が弾かれた。よくよくと見てみれば、ネテロ会長は左手のボールを間に差し込み、私の攻撃をボールで受け止めたみたい。ボールには弾力があるから、逆にはじきとばされちゃった。

 

(思ったより早いのぅ。まだ本格的に念を使っていないのに、正直予想以上じゃ………)

 

 多少の速度を出しつつ、翻弄するように動く。スタイルとしては、私の場合は相手を翻弄する方が性に合っているみたいだし、正面突破はあまりしない。けど今回はネテロ会長からの攻撃は一切無いって事らしいし、思う存分無謀な動きもできる。

 

 たまに念の攻撃も混ぜれば、流石にゴンやキルア達と同じように片手片足は難しいらしく、ネテロ会長も両手両足を使って逃げざるを得なかった。

 

「ほほぅ!よく動くのぅお主。一体どこで念を教わったんじゃ?」

「企業ひーみつ♪」

(末恐ろしい子じゃのぅ。この年齢でこの力。単純な身体能力も正直おかしいとしか言えんし、一体念を覚えてどれくらいなのやら………というか本当に人間か?)

 

 ボールに手を伸ばして取ろうとしたり殴ったり蹴ったりして動きを封じようとしたり、いろいろとしてみたけど、まーやっぱりあまり効果はないみたい。流石に【硬】は最初の一回以外は使ってないけど、このままやってもラチがあかないみたいだし、どうしよう。

 

 

 

 

 

 

『その能力は結構危険だから使っちゃダメだぞ』

 

『じゃあだれにならつかってもいいの?』

 

『そうだな………ネテロとか?』

 

『それだぁれ?』

 

『知り合い。強いから何があっても問題なし。他にもあいつとかあいつとかあいつとか」

 

『ぜぇんぶ、おぼええらんないよ』

 

『じゃあもう少し分かりやすく、相手が念を使えるのは最低条件だ』

 

『うん!』

 

『まあ、後は念の扱いがベテランに限るな。必殺技を持ってるくらいには』

 

『ひっさつわざぁ?」

 

『まあ後は状況によって使い分けるのはいいが、あまり使っちゃだめだ。下手したら、人なんて簡単に死んじゃうしね』

 

『わかったぁ!』

 

 

 

 

 

 ふと、そんな会話が頭の隅を過った。そういえば、あの約束ネテロには使っていいって言っていた気がするね。あのネテロがこのネテロ会長と同一人物かは知らないけど。まあ同じ名前の人は知らないし、相手は念のベテランだから―――別にいいよね?

 

 ただの【凝】ではなく、私は右手に先ほどの数十倍の念を一瞬で込めて、消化した。

 

 

消える太陽の光(バニッシュアウト)】!!

 

 

見た目はただの【纏】と何も変わらないけど、今の私の右手には〝ちょっと特殊な念〟が纏われている。

 

(………なんじゃ?ただの【纏】なのに、この感じ。ううむ、わしの直感じゃか、なぜかやばいような気がする。しかし能力を使った様子はなさそうじゃし―――)

 

 一瞬訝し気たようなネテロ会長だが、私はそれを好機と見て、一瞬の内に正面から近づき、ボールを取るフェイントを一度入れ、右手を掌底にしてネテロ会長の腹へと一撃いれた。

 

「―――ていっ!」

「ぐぬ!?」

 

 予想外の打撃を喰らったかのように、ネテロ会長はただの掌底に表情を歪めた。この程度の攻撃なら余裕で受けられる、そう高を括っただけに、驚きは倍だった。思わず左手のボールを離しかけたが、ぎりっと奥歯を噛みしめてボールを握る手に力を籠める。

 しかしそれで威力が減衰できるわけでもなく、床から足を浮かせて壁まで吹き飛ばされた。

 

 

 ………やりすぎちゃったかな?もしもこれで会長病院送りとかになったら私なんか処罰とか受けるのかな?いや、その時はありのままを話そう。きっと自業自得で済むはず。

 ちなみに私の右手は、すでに普通の【纏】に戻っている

よ。

 

 壁際まで吹き飛ばされたネテロ会長だけど、そこでダウンせずに、壁を蹴ってくるりと回転し、身軽に着地した。無論、その手にはボールが握られたままだった。

 

「ふー。今のはかなり効いたぞい」

「それにしては随分と平気そうだね」

「ちょっと聞きたいのじゃが、今のは一体なんじゃい?わしは確かに【凝】でガードしたんじゃが」

「企業秘密」

(やっぱり教えてはくれんか。しかし今のは本当に効いたのう。腹がちょっとまずいことになっとる)

 

 油断していたとはいえ、攻撃のタイミングで半歩後ろに下がることで威力を軽減、それにさりげなくボールを私の腕にこすらせるようにしてさらに軽減。インパクトの瞬間に念を消されたのを感じて威力軽減に努めるとは、衰えてもハンター協会の会長は伊達じゃないね。

 本来ならこのまま追撃でも仕掛けたい所だけど、ふと時計を見てみると………5時!もうこんな時間。

 

「ネテロ会長、もう5時だし私は一抜けで」

「む?そうかい………あー、確かヒノと言ったな。お主苗字は何と言ったかのぅ」

「?ヒノ=アマハラだけど………」

「ふむ、そうか。いやすまんな。ゆっくり休んでくれ」

「はーい」

 

 少しだけど能力も使っちゃったし休まないと。もうちょっとやりたかったけどまあ今回はハンター試験受けに来てんだし我慢しよう。ゴンは寝てるし、後はネテロ会長に任せようっと。

 

 私は部屋を出てシャワーを浴びてから眠りについたのだった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 ネテロは、疲れて眠っているゴンを一先ず空いている部屋に寝かせてきて、自分以外誰もいなくなり、静寂に包まれたボールゲームの部屋で、一人佇んでいた。ちなみにボールの上で器用に座禅を組んで、微動だにせずに座っている。

 

 飄々とした態度を崩し、顎髭を弄りながらネテロは一人、先程ゲームを行った一人の少女の事を考えていた。

 

(さっきのわしの腹への一撃。【凝】をしていたのも関わらずに念を突き抜けてきた。というよりは、わしの念が()()()()?いや、そんな馬鹿な)

 

 ありえない、そう思い己の考えを払拭する。他者の念に直接的に干渉するような能力など、聞いた事が無い。せいぜいが操作系の能力で相手を操り、同時に相手の念も操る、というのがおよそ一番想像しやすい部類だろう。最も、念の能力は千差万別、一概に無いとは言い切れないのだが………。

 

 攻撃を直に喰らったネテロにとって、喰らった事の無い異様な一撃。そして気になるのが、彼女の名前。

 

 ネテロは、ある一人の人物の顔を思い浮かべた。

 

「ヒノ=アマハラ。アマハラ、か。という事は、あ奴がシンリの育てたと言っていた子なのかもしれんな………」

 

 誰もいない部屋の中で、一人ネテロの呟きだけが、空気に溶け込むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




いつかネテロ会長との本気ボール取りゲームとかしてみたいね。


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第8話『トラベリング・コンパニオン』

トリックタワーからゴン達が下りるルートってよく考えたらかなり構造上おかしなところがあると思うんだよ。具体的に屋上から降りて出て曲がってすぐの広い空間とか。
でも気にしたらキリが無いから、特に気にしません!


 

 

 

 

 第三次試験参加人数43人。10時間以上に及ぶ飛行船の渡航により、到着した場所は、とりあえずとんでもなく大きな塔の屋上。幅だけで数百メートル、ていうか下手したら数キロはありそうな巨塔。装飾などは一切なく、凹凸の一切ない無骨な石造りのシンプルデザイン。

 

 で、三次試験のルールって言うのが、この塔から72時間、つまり3日以内に生きて下まで降りるという事らしい。これまたシンプルな。

 ていうか、ここで3日も過ごすのか………なんだか憂鬱。

 

 

 塔の上に立つヒノの感想は、今から試験を挑む受験生としては少々ズレていた。

 

 

「さてと、どうやって降りようかなぁっと。側面から降りるのは面倒だし(無理とは言わない)、となると。入口か何かがどっかにあるはずなんだけど………ん?」

 

 適当に歩いていたら、右足で何か踏む感触。足元の石がカコンと軽い音を立てて凹み、下に空間が現れる。落とし穴だったら普通に避けてるけど、私はあえてそのまま穴の中へと落ちて行った。

 

 回転扉のように落ちてきた穴が閉じたと同時に、床にすたりと降り立つ。

 場所は、何もない石の部屋。あ、違うや。よくよく見れば、扉には看板がかかってた。

 

[道連れの道。君達2人は、ここからゴールまでの道のりを、同じ運命を辿って乗り越えなくてはならない]

 

 扉のすぐそばにある台座には、腕輪型のタイマーが2つ用意されていた。72時間からスタートして、徐々にカウントが0へと向かっている。一応時間が分かるアイテムを用意してくれてる辺り、一応ハンター試験官にも常識ある人いるんだ。いや、他の人が非常識とか言わないけど。それにしても………。

 

「う~ん、嫌な道に出ちゃったかな………」

 

 2人で一緒にクリアする系だと、相棒の実力によっては時間がかかる。出来れば強い人が来てくれてたらいいんだけど。

 

「やあ、奇遇だねヒノ♥」

「………………。あー、誰か強い人でも来ないかなー」

「ちょっとちょっと、絶対気づいてるでしょ♣そんな事しても、ここは狭い密室♦祈ったって誰も来ないさ♥」

「あ、今のセリフ録音しておいたから」

「………勘弁してよ♠」

 

 流石狂気の変人集団である旅団の皆から変人、変態、変質者の三拍子が揃っていると太鼓判が押されているだけある。普段の言動の全てがおかしい。

 

「まあそれにしても偶然だねヒソカ。どうしてここにいるの?」

「くっくっく。実は君の気配が消えた場所の近くの扉に入ってみたんだよ♦どうやら当たりみたいでよかった♠」

 

 計画通り、だと!!このピエロ、早く合格しないと危険だ。そうこうしてると、ヒソカは私同様に台座の上に置いてある腕輪型のタイマーを自身の左手首に着けると同時に、ロックが外れたような金属音がして扉が開いた。

 

『ようこそ、〝道連れの道〟へ。ルールはいたって単純だ、どちらか片方が失格になった時、もう片方も同様に失格する。失格条件も単純。この先の迷宮に配置された試練のクリア条件が満たせなかった時。ちなみに道連れとは言ったけど、二人協力参加の試練は基本無いから、別に途中別行動したって構わないよ』

 

 それはそれで不安が残りそうだね。というか普通はやらないよ。自分の見えない所で相手が失格になったら大問題だし。あれ、でもそれで片方が先にクリアしたらどうなるんだろ。

 

「はい、質問。それって片方が先にクリアしたらどうなるの?」

 

『その場合は片方だけクリアだね。あくまで道連れは失格の時のみだけど、片方がクリアしたらその時点で解除される。別段後の奴が失格になろうが、先にクリアしてしまえばクリアは消えない』

 

「それって微妙に道連れじゃ無いような………」

『何事も臨機応変、という事さ。それでは諸君の健闘を祈る』

 

 そう言い残して、ブツリとスピーカーから流れた放送は切れ閉まった。

 片方が失格したらどちらも失格。でも先にクリアしちゃえば、もう片方が失格になろうが関係なくクリアは変わらない、という事か。

 ようは抜け駆けオッケーと。

 

 

「くくく、随分とまあ楽しそうな道だね♣ヒノと一緒にいけるなんて、僕はとっても幸運だね♥」

「まあ、私も少しは同感かな」

「………………」

「どうしたのヒソカ?」

「いや、ヒノにしては随分と素直に認めるんだと思ってね♣」

「ん~、まぁね」

 

 確かにヒソカの実力が高い事は幸運だけど、正直私が幸運と言ったのはそこじゃない。

 ヒソカも多分気づいているけどこの三次試験の、しかもこの〝道連れの道〟のルール。もしもヒソカの相棒が私じゃなくてそこら辺の普通の受験生だったら、ヒソカはこの場ですぐにでも〝殺していた〟だろうし。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 石でできた床に響く、二人分の足音。私とヒソカの分だけど、ヒソカは鼻歌混じりに楽し気に笑い、その用をちらりと見つつ、少しだけ溜息を吐く。

 

 

 この試験のルールの中で気になったのは4つ。

 

①試練内でなければ死ぬ事は失格じゃない。

②一人だけでも理論上試験自体は突破可能。

③二人の失格は共有される。

④合格した後で失格にはならない。

 

 

 このルール内容が正しいとしたら、ヒソカの取る行動は簡単。

 スタート地点の部屋で相方を殺し、己の足手纏いを置いていく。それが一番手っ取り早い。ヒソカにとって生かす価値が無い受験生では、一緒に行動するメリットも無いし、一人でも合格が可能な試験内容なら、わざわざ連れて行く必要も無い。

 しかし失格になっては困るので、試練の始まる前、スタート地点で止めておけば、まず時間制限の失格以外には失格になりようが無い。ようは、普通に時間制限以内に一人で合格すれば済む話だ。

 

 そう考えると、この場にヒソカといるのが正直私でよかった。もしくはヒソカが同行してもいいと考えるような人材。顔面に針を刺した念能力者の受験生か、まー後はゴン達の誰かかな。

 

「どうしたんだいヒノ、黙りこくっちゃってさ♠」

「いや、別に何でも無いよ」

「くっくっく♠疲れちゃったのかな?昨夜は随分とお楽しみだったみたいだしね♥」

「あ、携帯の録音そのままだったよ。切っておかないとね」

「………ホント勘弁してよ♣」

 

 ていうかヒソカ、絶対ネテロ会長とのボールゲーム気づいてたな。まあ念使ってたから念能力者で戦闘勘の強いヒソカなら気づくよね。

 

 それにしても今の所ただの通路。特に罠とか試練とか無いみたいだけど、すぐに扉が現れた。そこに書かれていたのは、『罠の試練』。

 

「どれどれ、『この先の通路での死亡は、即失格とする。諸君の健闘を祈る』だって♠」

「ヒソカ、ここで待っててもいいよ。私一人で大丈夫だから」

「ヒノって僕に対してなんか冷たくない?」

 

 まああれ、幼少期の嫌な体験を引きずっているというか、ヒソカの私に対する普段の行いのせいだというか。

 

 それはそれとして、さっそく進もうっと。無論ヒソカも引き連れて、扉の向こうへと足を踏み入れた。見た目だけなら一直線の通路。けど、罠っていうからそう単純なわけが無い………と思う。そして、数分歩いてると――、

 

ガコン。

 

「おっと♦」

「………」

 

 下を見てみれば、ヒソカの右足の下の石が沈んでいる。まるで何かのスイッチでも押したかのように。じっとりとした視線でヒソカを睨んだけど、視線に気づいたヒソカは嬉しそうに口角を歪ませた。

 

「いやぁ、まいったね♥」

「まいったね♥………じゃないよ!」

 

 私がそう叫んだ瞬間、低い地鳴りと共に、背後から何かが来る音が聞こえてきた。薄暗い通路だけど、私的にはそんなに関係ないので何が来ているのかすぐに分かった。

 

「あれって、鉄球!ヒソカ覚えてろー!」

 

 しかも通路いっぱいいっぱいにこちらに向かって転がってきた。何てベタなトラップだと思いつつも、足を動かして前へ前へと進んでいく。ヒソカも同様に、私の横を楽しそうに並走している。

 

ガコン、ガコン、ガコン、ガコン!

 

「ヒソカ、足元めっちゃ沈んでるじゃん!」

「いやぁ、この辺り罠がたくさんあるみたいだねぇ♦」

「なんか背後から矢とかナイフとか爆弾とか飛んできてんだけど!」

「いやぁ、この辺り罠がたくさんあるみたいだねぇ♦」

「次同じセリフ言ったら後ろに蹴り飛ばすからね」

「それは勘弁してもらいたいね♠それじゃあ―――」

 

 くるりと反転したと同時に、ヒソカは両手に念を込めた。ぐにゃりと念の性質が変化し、片腕から念を飛ばし、天井に一度取り付け、そのまま鉄球へと貼り付けた。

 

 変化系であるヒソカの念能力は、【伸縮自在の愛(バンジーガム)】と呼ばれる、念をガムとゴム、両方の性質を持たせる念へと変化させる能力。つまりは、ヒソカの念はヒソカの意思でどこにでもくっつき、自由に伸び縮みする。

 

 しかし変化系の能力者は総じて念を自身の体から切り離す放出系の技術が苦手な為、ヒソカは自身の片腕に念をつけたままで、天井を経由して鉄球へと貼り付けた。そのままヒソカの念を巻き込み、ぎゅぎゅると回転する鉄球は、次第に勢いを弱め、ヒソカの目の前でぴたりと止まった。

 

「ふぅ、は!」

 

 瞬間、ヒソカは念を込めた拳を、鉄球へとぶつけた。勢いが止まっていた事、【伸縮自在の愛(バンジーガム)】を巻き付け鉄球を止めている事、それに加えたヒソカの念の拳は、鉄球を反対側へと押し返した。鉄球が転がっていた方を見て見えなくなると、少ししてズンという何かにぶつかった音がした。あれならこっちにはもうこなさそう。

 

「いや~さすがに鉄球を返すと辛いね♠」

「へばってないでさっさと行くよ。とんだロスタイムだよ」

「君ってかなりひどいって言われないかい♣」

 

 それからというもの、事あるごとに壁がスイッチになってたりして釣天井があったり落とし穴が大量にあったりまた壁から矢が飛んできたりと、随分と古典的なトラップが大量に設置されていた。

 

「たいしたものはないけど、こう次から次へと来るとさすがに疲れてきちゃったよ」

「何言ってるんだい♦全部ボクに押し付けてるくせにさ♠」

 

 当然、こんなことヒソカに任せるに限る。ヒソカ頑丈だし。

 

(ふむ、正直僕よりも、ヒノの方が頑丈だと思うだけどなぁ♣)

 

 少し歩くと、さっきまでの殺風景な通路と罠だらけの場所とは違った感じの少し広い部屋に出た。そして向こうの扉からも人が何人か出てきた。体格はいろいろだが、全員共通してボロボロのフード付きのマントをかぶって手枷をした人達。

 

 誰これ?という風に思っていると………ガチャン。全員の手錠が外れた。

 そして自由になった手でフードを脱ぎ捨ててたからかに声を上げた。

 

「我々はハンター協会に雇われた試験官!!ルールはバトルロイヤル。我々8人とお前ら二人が自由に戦い、最低二人は倒してもらう!二人倒せなかった場合、そして我々にやられた場合は失格となる!判定は気絶、または死亡だ!」

 

 一人確実に二人倒せと?くっ、全部ヒソカに任せようかと思ったのに。まさかこの試験仕組まれてるのか?

 

「いいねえ、じゃあとっとと始めようか♥」

「はぁ………じゃあヒソカ6人倒してよ」

「それはダメだよ♠向こうは誰と戦うかわからないからね♣君のところに行ったら取らないであげるよ♥」

「まさかさっきまでので怒ってる?」

「そんなことないよ♥」

 

 まあ試験ならしょうがない。戦って、勝つ!

 

「ではスタートだ!!」

 

 試験官の合図と同時に、全員がバラバラに散らばる。ヒソカの方へと………いない!?全部私の方に来たし!あれか、倒しやすそうな方だからか!?

 

「頑張ってね♥」

「ちょっと、ヒソカも二人倒してよ!」

 

 そうじゃないと私が失格になる。ま、ヒソカの分は適当に残すとして、そんなに大した人達じゃないからさっと終わらせようっと。

 

「はぁ!」

「死ねぇ!」

 

 左右から来たのは、名前が分からないからとりあえず坊主頭とモヒカンの人。どちらも普通に拳を振るってくるけど………遅い。

 

 私は二人の拳を避け、坊主頭の後ろに回り込み首筋に手刀を放ち、意識を刈り取る。続いてそこに迫ったアフロの蹴りを避け足をつかみモヒカンにぶん投げて二人をぶつけ、すぐに二人に近づいて両方を一瞬で気絶させる。

 その隙を狙い、残る長髪とヒゲが迫り同時に蹴りと突きを連打してくるが当たらない。

 

「くそっ!!」

「全部避けるだと!!」

 

 やっぱり遅い。日ごろ旅団の喧嘩を見てみると、まるで子供の遊びのようにも思えてくるから不思議だね。これなら念を使うまでも、全力を出す必要も無い。

 避けると同時にヒゲの頭をつかみそのまま長髪の顔にぶつけ二人がひるんだところで首筋に手刀をかまして二人を気絶させた。

 

「あー疲れた。少しくらい手伝ってもいいんじゃないの?」

「くっくっく、楽勝だったじゃないか♦いいものが見れたよ♠」

 

 いつの間にか、私を狙っていた内の二人を後ろから仕留めていたらしい。無論、頭にトランプを刺して。流石に、受験生一人につき二人以上倒すルール上、見逃すしかなかったけど、あんまりヒヤッとする事はやめてほしいな。

 

『ごくろう。二人共最低2人は倒したようだね。先に進んでいいよ』

 

 スピーカーから聞こえた声と共に、奥の扉が開く。しばらく進んだら、また少しだけ広い部屋に誰か座っていた。毛皮のような服を着た、顔に傷のある男。

 

「待ってたぜヒソカ。今年は試験官ではなくただの復讐者(リベンジャー)としてな」

 

 ここも試練の一つなのかな?まあなんにしてもヒソカの事を知ってるなら、

 

「頑張ってねヒソカ」

「しょうがないなぁ、ご指名みたいだし♥」

「去年の試験以来、貴様を殺すことだけ考えてきた。この傷の恨み………今日こそ晴らす!!」

 

 話を聞いたら、去年ヒソカがハンター試験を失格になった際、その原因であるヒソカに半殺しにされた試験官みたい。随分と曲がった刃物をお持ちで。それも全部で4本。元試験官というだけあってプロハンター、つまり念能力者。ヒソカ相手にどこまでいけるか。

 

「無限四刀流!くらえ!!」

 

 二本の湾曲した刀を投げてヒソカが避けると同時に近づきもう二本の刀で斬る。そしてブーメランのごとく戻ってきた刀で再び斬る。四ヶ所から同時に攻撃をしてくるし、前後の同時攻撃の為どうしても対処が遅れる。ヒソカに血を流させる程に強い。

 

 でも―――

 

パシ、パシ!!

 

「確かに避けるのは難しそう♠なら止めちゃえばいいんだよね♥」

 

 簡単そうに言うけど、普通のナイフと形状の違う回転する刃物を受け止めるのは、それなりに大変だと思うよ。まあ念でガードして力任せに取るって方法もあるけど。

 初見で随分と簡単にやるから、リベンジャーさんは驚愕だよ。さすがピエロ。

 

 リベンジャーさんの刃物を持ったまま歩み寄り、その顔に映る笑顔は、さながら命を取りに来た死神のような笑みだった。

 

「無駄な努力ご苦労さま♠」

「くそぉおーーー!!」

 

 ヒソカの手に持つ刀がリベンジャーの首に迫る―――瞬間、私の親指と人差し指が、刃を受け止めた。一様に驚いたヒソカとリベンジャーさんだけど、私はそのまま反対の手で隙ありとばかりにリベンジャーさんの意識を刈り取った。

 

「何のつもりだい?今いいところなんだけど◆」

「人の見てる前で安易に殺さないでよ。それにそれで失格になったらどうすんの?ここは道連れの道だよ」

「君がそれを言うかい?ま、いいよ、先に行こうか♠」

 

 そう言ってヒソカは残念そうに扉に向かう。私はその後ろで、ちらりと背後を振り返った。

 

「もっと強くなってね。でも無茶はあまりしないように」

 

 気絶して倒れたリベンジャーさんの背中に言葉を投げかけて、私とヒソカは扉を潜った。

 

 

 

『44番ヒソカ、100番ヒノ。三次試験通過一号、二号。所要時間5時間23分!』

 

 

 

 案外早く終わってよかったね。

 

 

 

 

 

 

 




今日の不幸大賞はヒソカに決まりました。

ヒノ「よかったね」
ヒソカ「うれしくないよ♠」


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第9話『情報交換は基本』

ヒノは基本年上はさん付けで呼ぶタイプ。後は相手による。


 あんなこんなな出来事があって、第三次試験トリックタワーを無事に通過できた!後の時間は試験終了まで自由に過ごしていいと言われているのだけれど、ここが問題だね。残り67時も、一体何をすればいいんだろう?ヒソカしかいないのに、暇だなぁ。

 

「そういえばヒソカってなんで試験受けに来たの?正直ハンターなんてタイプじゃないでしょ。シャルがいれば情報収集は問題ないのに」

「ハンター証を持っていれば色々と便利だからねぇ♥殺人をしても免責になる場合とか結構あるんだよ♠」

「ヒソカにはあまり関係ないんじゃない?無法者だし」

「くっくっく、まあそうだね♥」

 

 そう考えると、本当にヒソカは暇つぶしで来てんのかな?まあ正直割とどうでもいいと言えばどうでもいいんだけど………。

 

「ヒソカ何か面白いことない?」

「そうだね♦じゃあさっき()れなくて欲求不満だからボクと遊―――」

「ばないから。何かない?」

「(つれないなあ♠)………それじゃあ、トランプでもやるかい?」

「いいじゃない。ヒソカにしてはまともだよ。それにしてもトランプが武器って実際かなり愉快だね」

「くっくっく♦それはどうも♦」

 

 そんなわけでヒソカとトランプで勝負。結果は私が勝ちました。え、展開が早すぎる?確かに間一文字も無く終わったけど、これでもたくさんやったんだよ。10連勝くらいしてきたら飽きてきちゃった。

 

「勝ってばかりだからつまんない………」

「………君は強すぎだよ♣」

 

 ゴゥンゴゥン。

 ヒソカとのトランプ勝負の終了と同時に、重苦しい音を立てながら、扉が一つ開いた。そこから出てきたのは、例の顔面針男さんでした。

 

「やあ♠君も合格したんだね」

「ヒソカいたのか。それに………」

 

 私の方を見て来た。よく見るとホント恐ろしい顔してる。肌が灰色で焦点のあっていないような目。それにモヒカン頭に顔面の針。でももしかしたらこんな顔でも心が優しかったり………は、さすがに無いかな?

 

「この人ヒソカの知り合い?」

「ボクの友達さ♥」

「違うよ」

 

 即答で否定されてやんの。でも知り合いなのは確実だよね。

 

「あっ、はじめまして。ヒノです」

「ギタラクル」

 

 ギタラクルさんか。見た目の度肝を抜くような印象の割りに、意外と普通に話せる人だよね。やっぱり人は見かけによらないと言う事かな。まあこの人念能力者だし、ヒソカの知り合いなら多分戦闘かなりできるタイプの人でしょ。基本ヒソカって強い人にしか興味ないし、あとは熟してない果実、つまり今後成長する可能性のある人。

 ギタラクルさんは名前を言うだけ言うと、少し離れた所で座り込んでじっとした。

 

 しばらくすると、今度は禿げてるのか剃髪したのか分からないけど、禿げ頭のおしゃべりなジャポン出身の忍者がゴールした。ヒソカは論外としてギタラクルさんは人がいるところでは基本黙秘を貫くスタンスみたいだから、暇だし話しかけよう!

 

「お疲れ様、忍者さん」

「あん?何!!嬢ちゃん俺より早く合格したのかよ!!それにしてもよく俺が忍者だとわかったな」

「いや、見た目で分かるし、それに私ジャポンから来たし」

「はっはっは!そうか、嬢ちゃんジャポンから来たのか。いやー良かったよ、話せそうな奴がいてよ。今ここにいんのは44番と301番でハンター受験生話にくいやつNo1とNo2だからな。嬢ちゃんみたいなやつがいて正直助かったよ!最近の奴らはノリが悪くってさ」

「まああの人達は関わり合いにならない方が正解みたいだしね。私はヒノ」

 

 私はとんでもなく深く関わってるけどね。

 

「俺はハンゾー。それにしてもヒノは二次試験合格しただろ。ああ、ゆで卵じゃなくて寿司の方な」

「あ、気づいてたんだ。寿司は食べたことあるし作ったこともあるからね。それにしてもハンゾーは、いい寿司って食べたことないの?おにぎりよりは難しいよ」

「いや………どっちも同じかなって思ってよ。だって飯握って作るんだから料理の仕様がねぇだろうがよ」

「何言ってんの!!だったらプロの寿司職人ってどんな職業なのさ。素人の寿司と玄人の寿司じゃ雲泥の差があるんだよ。ジャポンに戻ったら高級な寿司屋に行ってみるといいよ!あのシャリのほぐれ具合とネタとがとっても絶妙なんだからね!!」

「うっ、そう言われるとちょっと食べてみてえな。よし!!帰ったら寿司でも食いに行ってみるかな!」

「うんうん。それで感動するといいよ」

 

 なかなか話の分かる忍者じゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 そんなこんなでそろそろ3日が過ぎようとしていた。ゴンたちはまだ来ていない。ちなみに塔の最下層のこの部屋は生活する分には問題ないような最低限の設備は整っているので、特に問題は無い。そして、試験開始しておよそ71時間59分。つまり、そろそろタイムアウトの時間が迫ってきている。大丈夫かな?

 

 ん?なんか地面をこするような音がしてきたような?

 

 ゴゥンゴゥン。

 

 まだいくらか閉じていた扉の一つが、重苦しい音を立てて開く。扉が開いて中から出てきたのはゴン、キルア、クラピカ………そしてレオリオ、トンパさんの5人だった。まさかこの5人が一緒だったとは。しかも下剤を飲ませようとしたトンパさんじゃないか。私のペアもなんとも言えないけど、向こうも向こうで大変そうだったね。

 まあなんにしても4人ともぎりぎりだけど無事に合格してよかった。

 

『タイムアップ!!第三時試験通過人数25名!!』

 

最初に400人以上いた参加者が、一次試験、二次試験、三次試験を通過する内にあっという間に10分の1以下だなんて。さすが難関と言われるハンター試験なだけである。倍率高いねー。

 スピーカーの合図と共に、私達は塔の外へ、3日ぶりの太陽を浴びるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「諸君タワー脱出おめでとう。残る試験は四次試験と最終試験のみ。では早速、これからくじを引いてもらう。このくじで決定するのは狩る者と狩られるもの」

 

 モヒカンの試験官の人が言うには、くじで引いた番号と同じ受験者のナンバープレートを手に入れると3点。自分自身のプレートも3点。それ以外は全部1点のプレート。合計6点集めればいいらしい。

 

 自分自身の3点プレートを守りつつ、自分の選んだ標的(ターゲット)のプレートを奪えば晴れて6点。もしくはそれ以外の3人倒して1点プレートを3つでもオッケーらしい。あとは試験終了までプレートを守りきればはれて合格。

 

 舞台は無人島。滞在期間一週間のサバイバル試験。

 ちなみに私の番号は80番。………誰だっけ?正直他の人の番号は話した人くらいしか覚えて無いから、まだ私が話していない人の誰かって事になるけど、他の人はすぐに自分のプレートを隠したからもう分からないや。

 

 私を含めて受験生の皆は、船に乗り込み次の試験場であるゼビル島を目指した。甲板の上を歩いていると、並んで座っているゴンとキルアを発見した。正直他の受験生皆、誰が敵が変わらない状況で沈んだみたいな感じだったから、ゼビル島に着く2時間こうじゃやってられないよ。

 

「やっほう。二人共」

「あっ!ヒノ、合格してたんだね」

「二人共合格してよかったね。5人で試験してたの?」

「ああ、ぜってーいらねー奴が混じってたけどな」

 

 分かりきってる事だけど、それは誰のことなのか考えないでいてあげよう。

 

「ヒノは一人で合格したの」

「いや。顔に落書きした変な人と一緒だったよ」

「ヒソカと!ゴンもヒノもくじ運ないなー!!」

 

 今の表現でヒソカと断定するとは、さすがキルア。ていうか該当するのがヒソカしかいなかったか………いや、よく考えたらそんな事も無かったよ。なんとか3兄弟って人も少し落書きしてあったよ。というかキルア―――、

 

「ゴンも?」

「うん。四次試験のオレのターゲットヒソカなんだよ」

「ご愁傷様」

「ちょっと!そんなあからさまに縁起でもないこと言わないでよ!」

「だってねーキルア」

「だよなー」

「二人共息合ってるね」

 

 だってしょうがないよね?ヒソカだし。二重の意味で危ないし。

 

「でも実際ヒソカからプレート奪う手立て考えるか、別に三人倒すかだね。どっちが確実かな?」

「ぜってーヒソカと戦うくらいなら三人倒すほうが楽だよ」

「でも奪うだけならチャンスあるじゃない。やってみるよ」

「そう、頑張ってね」

 

 まあ確かにガチの戦闘ならほぼ100%負けるけど、プレート奪うだけならまだいけるはず。………20%くらいでなら、とれるかな?

 

「そーいやヒノ。お前のターゲットって誰だよ」

「受験番号80番。二人とも誰か知ってる?」

「なんだ、お前も分かんねーのか。俺のターゲットも知らねーんだよな」

「二人共頑張ってね」

「まあ私達よりゴンの方が大変だろうけどね」

「同感だな」

「やっぱり二人とも息合ってるね」

 

 そしておよそ2時間後、船はゼビル島へと到着した。そこそこ広い無人島だけど、一応動植物は豊らしいので食料や水分も結構豊富らしい。ほんとサバイバル専用の島って感じだよね。

 三次試験の合格順に島へと入っていくようなので、ヒソカが入島して2分後に私が入るらしい。最後の扉を潜った時はヒソカの方が前にいたからしょうがないね。

 

「それでは一番の方スタート!!」

 

 合図と共に、悠々とヒソカが一番に森の中に消えていく。そして2分後。

 

「それでは二番の方スタート」

 

 さてまずは寝床を確保してご飯でも食べようかな!!

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 ゼビル島は割と大きな無人島。中はほとんど森となっており川や草原なんかもあるし木の実や魚もいる比較的平和な島。こんなところでハンター試験をして荒れないかどうかが心配だね。まあハンター協会が何とかしてくれるでしょ。多分!

 

 私が今いるのは、目の前を小川が流れている森の中。

 やっぱり野宿するんだから水は欲しいよね。それに川には魚が生息してるし、周りの木々にはいろんな木の実がなってるから食料にも困らない。

 

 問題点を挙げるとすれば………お米がないからご飯がたけないのが残念かな。

 

 というわけで食料確保でまずは魚を取る。小枝を数本用意して、川を泳いでいる魚に向かって狙いを定め、そのまま投擲!!

 無事に魚が取れました!あとは焼いて食べようっと。

 

 火を起こして魚を棒に突き刺して焚き火に当てて焼く。塩もかけておく。獲って焼いて食べてって豪快な感じだけど、割とこういう料理も好きなんだよね。とりあえず焼いている間に木の実でも探してこようかな。

 と、歩いていると、ばったりとハンゾーに出くわした。

 

「おっ、ヒノじゃねえか」

「やーハンゾー。奇遇だね、調子はどう?」

「まだターゲット見つかってないんでね。正直ヒノはターゲットじゃないしほっといても良かったんだが、お前のプレートもらおうか」

 

 ひらひらと手を振って進展なしのアピールをしたと思ったら、にやりと笑いながら構える。その視線は、私のパーカーの裾についているナンバープレートに向いていた。

 

「ターゲット探せばいいじゃない」

「獲物をみすみす逃すやつがいるかよ」

「ちなみにハンゾープレート何番?」

「294番だ………しまったつい言っちまったよ!!」

「私のターゲットじゃないや。木の実もとったしじゃあね」

 

 そう言って、くるりと体を反転させてダッシュで逃げる。お腹もすいたし、こんなとこで戦ってらんないよ。

 

「まて!俺は忍びだぞ!逃げられると思うなよ!!」

 

 流石忍者だけあって素早い、伊達じゃないね。………しょうが無いなぁ。ハンゾーの死角となる茂みに一旦隠れて【絶】!そのまま木の陰に隠れて素早く移動した。

 

「あれ?気配が消えやがった!どこいった、ヒノー!!!」

 

 ひっそりと、完全に気配を絶って、音を立てずに陰から陰へと動く。しばらくハンゾーはきょきょろとしていたが、すぐにどこかへと去って行った。とりあえず仮拠点に戻って、魚でも食べようっと。

 戻ってくると中々に香ばしい香りが鼻腔をくすぐる。塩だけでも結構おいしいよね。

 

 「それじゃあ、いっただっきまーす」

 

 もしゃもしゃ。塩焼き最高!そして木の実をデザートに食べる。

 そんな割と能天気に過ごしながら、一日目の夜は更けていくのだった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 そして次の日!

 夜は木の上で割と快適に眠ったし、朝ご飯も食べたし、さてどうしようかな?帰還が1週間もあるし最初から全力でターゲットを探すのもどうかと思うし、かと言って何もしないってものあれだしなぁ。

 

 ………………とりあえず適当に歩いて誰かに会ってこようっと。

 そんな消極的な考え方で気のままに森の中を歩いていくと一人の少年を見つけた。帽子をかぶり弓を背に背負った少年。年齢は、多分クラピカと同じくらいかな?

 当然の如く早速驚かせようと思い、【絶】をしてこっそりと後ろの近づく。僅か1メートルとなっても全く気付かれていないので、見ている分にはすごく愉快。

 

「こんにちは」

「うわっ!誰だ!!へっ?」

 

 ここまで気づかなかったのは問題だけど、驚きながらも振り向くと同時に背中の弓と矢を引き抜き構えに入る様は流石のここまで残ってきただけはある。

 こちらを向いて弓を構えてきたが私の姿を確認すると、強張った表情が驚きで崩れた。

 

「ちょっと、そんなもの人に向けないでよ。当たったら痛いよ」

「えっ!?い……いや今は試験中だし、君が俺を狙ってるかもしれないからね」

「私のターゲットは80番だから違うよ。ほら」

 

 ポケットからターゲット札を見せると、相手は少しだけ安堵の表情を見せた。けど、それでもまだピリピリと臨戦態勢は解かないみたい。

 

「………俺を狙う気はないのか?」

「もちろん。それなら声かける前に攻撃するよ」

 

 気づかれずに背後から声をかけられた事を思い出したのか、先方はとりあえず納得してくれたみたい。

 

「私、ヒノ。何してんの?プレート集めた?」

「俺はポックル。プレートはもう集めたから今は終了まで隠れてる最中かな」

「あ、そうなんだ。所で私のターゲット80番なんだけど誰だか知ってる?」

 

 ここで知っていたら儲けもの、知らなくてもまあ時間はあるしいいかな。そんな面持ちで聞いてみると、意外や意外、ポックルさんは普通に知っていた。

 

「ああ、80番か。確かサングラスをかけた女だよ。名はスパー。俺と同じで遠距離攻撃、向こうは銃器だけど、その関係で一応覚えてたな」

「あ、なるほど。自分と同じタイプだから知ってたんだ」

 

 弓と狙撃銃と、少し違うけど。何にしても、まさかの初対面で教えてもらうとか、三次試験でヒソカに減らされた幸運値が戻ったのかな?いや、そんな事ないか。

 

「でも助かった、ありがと!あ、携帯食料とかあるけどお礼にいる?」

「え?いや、ありがたいけど、いいのか?貴重な食料だし」

「いいのいいの、ハンター試験受けに来る前に念の為に色々買っといたし。それじゃ、私はそろそろぶらぶらと適当に散歩してくるから」

「ええ!?まだプレート集めてないんだろ?探したほうがいいんじゃないか?いや、無理はしないほうがいいけど」

「大丈夫だって、私三次試験は2番で合格したし」

「マジッ!?そういえば島に44番の次に入ってたな………」

 

 あ、そこは知ってたんだ。まあポックルが三次試験合格したのゴン達の少し前だから誰が一番だったとかの順番は知らないのか。

 なんにしても、貴重な情報ももらったし、そろそろ次に行こうっと。

 

 ポックルさんと別れた私は、近くの木の上に飛び上がり、周りを見渡す。見渡す限りの森、森、森………あ、川もあった。ついでに人もいた、ていうかゴンだった。川に向かって竿を振ってるけど、何してるんだ?魚釣り?にしては竿を振ってすぐに引っ込めてを繰り返している。竿の振り方を練習してるみたい。というわけで、行ってみよっと!

 

 例によって、気配を完全に絶った状態でゴンの背後から近づく。

 すごい集中力で竿を振ってるから、気配を消さなくても気づかなさそう。そう思って【絶】を解除したけど、本当に気づいて無い。普通にてくてくと歩いて、ゴンの背後から肩にポンと手を置いた。

 

「何してんの?」

「うわっ!!ヒノ!全然気付かなかったよ!」

 

 ゴンの集中力が凄すぎ。周りの音とか聞こえてなかったよね。

 

「釣竿降って何してんの?魚釣り………じゃなくて鳥釣り?」

 

 見た感じ、小川を飛んでいる鳥を釣竿で取ろうとしているようにしか見えない。随分奇抜な趣味をお持ちで。

 

「いや、動く獲物を取る練習をしてたんだよ」

「ふーん、なるほど。それでヒソカのプレート取るってわけね」

「うん。真正面からじゃ勝ち目がないから釣竿で奪おうと思って」

「それで鳥は取れたの?」

「うっ………それが難しくて。ヒノならどうする?」

「そうだね」

 

 一瞬だけ考えてから、私はカバンから少し硬い木の実を細かく砕いて手のひらに載せ、口笛を吹く。すると水辺の木にとまってた鳥が一羽こちらにやってきた来て、私の右腕に止まり、掌の木の実をつついて食べ始めた。

 

「ほら捕まえた」

「………それでどうやってヒソカからプレート奪うの?」

「ゴンでヒソカをおびき寄せてヒソカが攻撃してきたら、クロスカウンターでプレートを奪う………とか?」

「それってオレそのあと死ぬんじゃないの?」

「まあ今のは冗談だけどね」

「だよね………ん?攻撃の瞬間………!!それだ!」

「え、どれ?」

 

 ゴンは釣竿を構え鳥を狙う。そして鳥が魚を取ろうとした瞬間を狙い竿を投げ、鳥を捕まえた。

 

 なるほど、相手が攻撃する殺気のタイミングで同時に自分の殺気も紛れ込ませ、横からかっさらおうと。確かにこれならヒソカでも、プレートを取られるかもしれない。最も、其の後に追いかけて来るかもしれないから、逃げ切るまでが大変だと思うけど。

 

「う~ん、やっぱりもっと練習しないとね。それよりヒノはプレート集めたの?」

「まだだよ。ターゲット探さないとね。ゴンはこのまま竿振ってる?」

「うん。後もう一日くらい練習して百発百中で鳥を捕まえられるようにならないと!」

「オッケー。じゃ、お互い頑張ろうか」

「うん!ヒノも頑張ってね」

 

 晴れ晴れとした笑顔を向けて、再び竿を振り始めるゴンを見て、すぐに周りの声が聞こえない程集中し始めたのを感じた。邪魔しないように静かにその場を離れる。

 

 そっとその場を離れたと同時に、【絶】のまま近場の幹を踏み台に木の上へと一瞬で移動し、枝を蹴って目の前に見えた人影の首へと手刀を打ち付けた。

 

「ぐぉお!?」

 

 一瞬の呻きと同時に、がくりと体を崩して、木の上でぐったりと倒れた。どこかの民族っぽい黒人の人だけど、とりあえずみぐるみをっと♪

 

 そして―――――――――――――ヒノは384番プレートを手に入れた。

 

「やった、プレートゲット!」

 

 

 

 

 

 

 




ちなみにゴンは何も気づかず竿を振り続けている。


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第10話『プレートアタック』

ある程度違和感の無いように時系列など考えてますが、どうしても妙な所などありましたらお気軽に質問してください。


 

 

 

 前回のあらすじ!

 

 ゴンが竿を振る練習をしている小川の近くの木の上にいた受験者番号384番の人を仕留めてプレートをゲットしたよ!………なんか普通にゴンを狙ってたっぽいから後ろから気配消して近づいて仕留めちゃったけど、いいのかな?

 

 一心不乱に竿を振っていたゴンもゴンだけど、それをじっと監視する為に木の上に留まり身を潜める384番さんも384番さんで意識がゴンの方に向きっぱなしだったしなぁ。なんだか悪い事した気分だけど………。

 

 そう思い、私は自分の掌に乗った384番のプレートを見つめるが、そのままそっとポケットにしまった。

 

「よし!とりあえずターゲット探しに行こうっと!」

 

 気を取り直して、木の上から木の上へと移動を始める。

 ちなみに384番の黒人さんは最初に潜んでいた木の上に放置して置いたよ!とりあえずそれはいいとして、木の上、それも高いところを移動しているのには理由がある。

 

 ポックルさんの情報だと、私のターゲットである80番のスパーさんという女性は、狙撃銃を使う人。つまり、見晴らしのいい所から下を通る人を狙撃するはず。そしてこの島で一番見晴らしがいいのは、木の上。

 気配を消し、木から木へと飛び交い早数十分。

 

(見つけた!)

 

 私のいる木の位置からおよそ50メートル程離れた別の木。そこに片膝を立て、狙撃銃を構えるサングラスをかけた女性の姿があった。間違いなく、受験番号80番、私のターゲット。流石に狙撃銃を武器に持つ受験生がそうポンポンいても困る。

 

 こちらには気づいてないようだし、誰かに狙いを定めている感じ。ゴンも黒人さんもスパーさんも、こう集中してると周りが見えない人って多いなぁ。いや、まあ後者の二人に関しては狙撃手としては一流という事なんだろうけど。

 

 けど狙っているという事は、スパーさんの視線の先には狙われている受験生がいるはず。そう思って狙撃銃の角度から森の中を見下ろしてみると、一人見つけた。それも、かなりインパクトのある人が。

 

「あれって確か………ギタラクルさん?」

 

 顔面に針を突き刺した、くるみ割り人形のようにカタカタと動いていた人。三次試験終了時に会話した限りだと一応きちんと会話の成立する人っていうのは分かったけど、このハンター試験の受験生の中だと数少ない念能力者。

 

 その時、スパーさんが引き金を引き、銃弾が放たれた。数百メートルあろうかという距離を詰め、空気を抉り迫る弾丸を、ギタラクルさんは体を少し後ろに傾ける事で、あっさりとかわして見せた。その様子を照準器(スコープ)越しに見ていたスパーさんは気づかれた事を一瞬で感じ取ったのか、体を動かし木々を蹴ってギタラクルさんと逆の方向へと動く。

 けど、あの感じだとあと数秒で追いつかれる。私はスパーさんが動いたと同時に、同じく木々を蹴って彼女へと歩を進めた。

 

(すごい殺気………来る!)

 

 逃げるスパーさんの背後へと高速で迫る物体を見た瞬間、間へと躍り出た。

 

ヒュパッ!!

 

 飛んできたのは、丸い持ち手のついた、針。8本の針はスパーに向かって彼女を絶命させるべく放たれたが、寸前、指の間に挟むようにして、両手で受け止めた。

 

「まったく危ないなぁ」

 

ガシャン!

 

 と思ったら、背後から金属音。振り向かなくても、スパーさんが狙撃銃をこちらに構えたのはすぐに分かった。

 

「動かないで、お嬢ちゃん。悪いけど、プレートを置いていって―――」

「せいっ」

 

 言葉の途中だけど、前を向いたまま右手を後ろに振るって、先ほど受け止めた針を一本飛ばし、スパーさんの狙撃銃を持つ手に突き刺した。

 

「ぐっ!」

 

 狙撃銃自体そこそこ重さのある銃器だからもあるし、まさか反撃が来るとは思わなかったのか、思わず狙撃銃を眼下の地面へと落としてしまった。一先ずこれで安心、と思ったんだけど、様子がおかしい。

 

「あ…う、あああぁ!」

 

 これってまさか!【凝】をしてスパーさんを見てみれば、先ほど突き刺した針から念が漏れ出している。という事は、あの針はアンテナ、操作系能力者が対象を操作する時に媒介にする針。

 ………普通に掴んで受け止めてよかった。ていうかそうでも無いか!

 

「ぷれえ………と、よこ………せ!」

 

 うん、完璧に操られてる。ギタラクルさんってシャルと同じ操作系なんだ。とりあえず手っ取り早く解除するには針を抜くか、犯人であるギタラクルさんを倒すのが先決だけどそれでも遅い。そんなわけで………。

 

(【消える太陽の光(バニッシュアウト)】!)

 

 一瞬、消滅の念を発動して手に持った残りの針の念を全て消し、新たな念を吹き込み、スパーさんの手、アンテナの刺さっている同じ手に突き刺した。

 

「ぐ!?ああ、ぐぅ!」

 

 一瞬びくりと動いたかと思ったら、ぐらりと体を揺らす。そのまま下に落ちそうになったので受け止め、地面へと着地して寝かせた。もう操られてはいない。一先ずこれで安心かな?

 

「驚いたね、俺の念が効かなかった?それとも最初から操作されてた?それとも除念?どちらにしても、やってくれたね、100番のヒノ」

 

 ざわりと背筋を撫でるような殺気を感じて上を見てみれば、木の枝に立ちこちらを見下ろす人影、ギタラクルさんがいた。相変わらず表情を変わっていないが、頭に疑問符を浮かべて解せない、というような雰囲気を何となく感じた。

 まあ確かに操作一瞬で解除されたらそりゃ不可解だよね。

 とりあえず向こうは今は立ち止まっているけど………どうしよう。

 

「えっと、ギタラクルさんのターゲットって、まさか私だったり………」

「違うよ。俺のターゲットは371番のゴズって男だよ。居場所知らない」

「居場所どころかどんな人なのかも知らないけど」

「あ、そう」

 

 残念だ、という口調だが、相変わらず表情も態度も変わらないのでなんだか本当に等身大の人形のように思えてきた。さっきの雰囲気は気のせいだったのだろうか?

 

「ま、それは今はどうでもいいや」

「あの~、ギタラクルさん?私ターゲットじゃないんだよね?なんで針を構えてるの?」

 

 ギタラクルさんは合理的に、ターゲット以外の人員は基本無視する物だと思っていたんだけど、いやよく考えたら私のターゲットであるスパーさんを反撃した時点でそうでもないのかな?いや反撃ならまだありか。いやしかし。

 

「少しお前に興味が湧いた。ヒソカ風に言うなら、俺と少し戦って(あそんで)よ」

「えっと、私もまだターゲット見つけてないので、ここはお互いターゲットを探して解散という事で………」

「却下」

 

 瞬間、両手に持った針を高速で飛ばして来た。

 けどその行動はあらかた予想していたので、私も両手に持った針を飛ばして針に針をぶつけて空中迎撃した。

 

「へぇ………」

 

 そう呟き、ギタラクルさんは枝を蹴ってこちらに向かってくる。表情は何も変わってないけど、完全に()る人の気配だ!この人旅団やヒソカと同類だ!正確には違うかもしれないけど、大まかに言えばきっと同類だよ!

 

 一先ず近くにスパーさんもいるので、地面を蹴ってその場を離れる。それに続くようにして、ギタラクルさんも先程の針を一瞬で回収して向かってくる。反応の速さに身体能力、それに念の強さ。

 うわー、この人戦うと面倒くさそう………。この人ガチ戦闘も強そうじゃん。あと見た目がなんかあれだから面倒そう。

 

 地面を蹴って木を蹴って、高速で移動するが、ギタラクルさんはそれに追随してくる。本当に仕留めるつもりっぽい。ていうか試験始まってまだ2日なんだから、私より他にやる事あるでしょ!ターゲット探すとかターゲット探すとか!

 ヒソカでもまだこのタイミングじゃおとなしくしてるよ!

 

「すいませーん、やっぱり見逃してくれませんかー?」

「俺に心臓刺されたら見逃してあげるよ」

「それ殺されたらって同義ですよねー」

 

 何この人怖い!?ヒソカとは別の意味で怖い!?まさか三次試験終了の会話でまさかこんな人とは思わなかったよ。それに無表情とほぼ棒読みっぽいから殺戮機械人形みたいだよ!

 このまま逃げ続けても追いかけてくるから、どこかしらでハンゾーの時みたいに姿を隠してから気配を隠したりしないと。でもハンゾーの時みたいにこの人だとそうそううまくいかなさそうだなぁ。

 

 ああ、どうせならスパーさんの狙撃銃とか持ってくるべきだったよ!いや、狙撃銃って連射でき無いみたいだしあんまり意味ないか。あ、80番プレートは取ったけどね♪

 

ヒュン!

 

「うわぁっと!」

 

 気づけば、目の前に来ていたギタラクルさんが、私の首めがけて腕を振るう。が、しゃがみ込んで回避、と思ったら、逆の手に針を構えてそのまま額に向かって突き刺して来た。ちょっと驚いたけど、紙一重で首を傾けて回避!

 

 その瞬間、ギタラクルさんの蹴りが私の左胸に向かって放たれる。

 

「あ―――ぶないっと!」

 

 寸前で、地面が凹む程蹴り、重力を無視したようにバックステップで回避して、距離を開けて対峙した。

 

「………意外としぶといし、いい身のこなししてるね」

「ギタラクルさんはいい狙いしてるね~」

 

 これは別に誉めて無いよ!?最初に首、次に脳、最後に心臓。完全一つでも破壊された死体確定の人体の急所シリーズの最重要事項を網羅してるよ!この人完全に殺し屋だ!ヒソカならもうそっと遊んで戦うけど、この人遊びとか言いつつ全然戦いに遊び無いじゃん!?

 

 どうにかして隙を作って逃げないと。でもこの人瞬きしないでじっとこっち見てるし!

 わずかにじりじりと交代するが、向こうはざくざくと歩いてくる。同時に、手元に針を一本取り出し念を込め始める。完全に()る気だし………。

 

 ………しょうがない、ここは、意表をを着いてみますか。

 

 ここで初めて、私は地面を蹴り、前へと進んだ。

 

「!!」

 

 一瞬だけどギタラクルさんが驚いたような気配を出した気がした、けど、すぐに手元の針に意識を集中させて、こちらに向かって投げてきた。これくらいなら、躱すことも造作も無い。私は紙一重で針を躱し、自分の顔の横を跳ぶ針を見過ごし、再び前と向く。

 

 瞬間、飛んできた針の()()()()()()()()()()()()()を見て、思わず瞳を見開いた。

 

――――――ザシュ

 

「あ」

 

 そんなギタラクルさんの声が聞こえてきた。声色だけだと分からないけど、先程よりも驚いている事だろう。まさか、こうも早くこの結果になるとは思わなかっただろうから。

 

 

 私の服を貫いて、皮膚を貫き――――――――――――針は私の左胸に正確に突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 同時刻、ゼビル島の森の一角にて。

 

 

 銀髪の少年、キルアのターゲットは199番。

 この番号は、このハンター試験では珍しい3兄弟の受験生の長男、ウモリのプレートナンバーである。

 

 彼らはキルアを狙いプレートを奪おうと思ったが、末っ子のイモリがあっさりキルアに捕まり人質になり(ナイフより鋭いキルアの爪を首筋に当てられてる)、兄弟間の絆は確かに兄達は、弟の為に自らのプレートを差し出すのだった。

 

「あれ?こっちは197番か。もー、オレってこういう勘はすげー鈍いんだよな。ねーあんたが199番?」

「………ああ」

「頂戴」

 

 キルアにそう言われて、長男のウモリはあっけなくプレートを差し出した。その番号は、確かにキルアのターゲットである199番だった。

 

「サンキュ」

 

 そう言ったキルアは、自分にとって1点にしかならない番号札である198番と197番を、それぞれ別の咆哮へとぶん投げた。

 腕力をt(トン)で表せるほど怪物染みているキルアの腕力によって飛ばされたプレートはぎゅるぎゅると唸り声をあげ、あっけなく島のどこかへと飛んで行ってしまった。

 

 こうしてキルアはあっさりと自分のターゲットプレートを手に入れ6点を獲得し、残った3兄弟達はプレートを全て失ったのだった。

 

 まだ5日あるのでキルアの飛ばしたプレートの行方を追う選択肢もあるが、この広大な森の中、目印の無いプレートが見つかる可能性は、皆無に等しかった。

 

 事実上の、今期ハンター試験脱落である。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

(おかしいな、思ったよりあっさりとしている気がする)

 

 ギタラクルは、己の暗殺術を肯定するのではなく、相手の力量に疑問を持った。ここまで見事に自分の攻撃を躱して来たのはまぐれでも偶然でも無い。彼女には確かにそれだけの力があったし、自分が()()()()()()()()で全力を出せていない事を抜いても、十分目を見張る実力だ。

 本気でやり合っても、仕留める事が出来たかは分からない。

 が、彼女は今、左胸にギタラクルの投げた針を受け、体をぐらりと倒した。

 

(もう少し歯ごたえがあるかと思ったら、結局はこの程度か。ヒソカの目も鈍ってるのかな)

 

 そう思い、彼女のプレートをついでに頂こうかと、特に何か思うわけでもなく一歩踏み出そうとした瞬間、ぞくりと何かが全身を突き抜けた。

 

「これで、逃げさせてもらうね?」

 

 すぐに回避しろ!そう脳の命令が全身を働かせるよりも早く、ギタラクルの前に立つ少女、ヒノは、振り抜いた掌底をギタラクルの腹に撃った。

 

「!?(この威力!強化系!?俺の念の防御を突き抜けてきた!)」

 

 極限まで強化した拳は、己より弱い念を打ち破る事がある。確かにそうだが、ギタラクルには彼女は強化系っぽく見えなかったので、意外だった。

 

 だが、この拳は紛れもない本物。

 ギタラクルは咄嗟の防御も空しく、鈍い打撃と共に吹き飛び、背後にあった大木に背中を打ち付けた。一気に肺の中の空気を吐き出したが、同時に幸運とだと思った。

 おそらく後ろの大木が無ければ、さらに飛ばされていたかもしれない。確かにダメージはかなり大きいが、まだ体は動ける!

 己の体に鞭打って、再びヒノを見据えて飛び出した。目の前には、バックステップですぐにでも離れようとしている彼女の姿が映るが、まだ間に合う、そう思いギタラクルは足に念を込める。

 

 否、込めようとした。

 

 

ガアアァン!

 

 

 瞬間、どこからともなく飛来した小さな物体が、ギタラクルの顔面、特に目の辺りに直撃し、文字通り面食らってしまった。

 

(なんだ?一体何が来た?あれは………………197番?)

 

 思わず閉じかかった目が最後に捉えたのは、白くて丸い、自分もよく知っている受験生の持つナンバープレート。その、197番という自分と縁もゆかりもなさそうな番号のプレートが、直撃した。

 

 つい足を止めてしまったが、頭を振り払って前を見た時には、すでにヒノの姿は無かった。今の邪魔が無ければ追いつけたかもしれないが、今となってはもはや見つけるのは厳しいだろう。

 

 足元のプレートを広い一先ずポケットに仕舞いながら、先ほどまで対峙していた少女の事を思い出した。

 

(受験番号100番、ヒノ………か。確かに、心臓に刺さったはずだけど………)

 

 それでも、まあいいかと思い直した。

 どういう手品かも、念能力だったのかも、鎧でもつけていたのかも、全く持って分からない。自分の操作が効かなかったのも分からない。しかし、己が見逃すと宣言した以上、これ以上追うのも違うと思った。

 

 一人ギタラクルは、再び自分のターゲットを探して、森の中を歩くのだった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「あー、誰のか知らないけどプレートが飛んできてくれて助かった。おかげで逃げ切れたよ。肉を切らせて骨をって言うけど、あんまりやりたくない戦法だね」

 

 背の高い木の上から、ギタラクルさんが去るのを確認した後、安心するように大木の枝の上で寝そべった。まさかあの人が、こんなにしつこく追い回してくるとは思わなかった。自分以外の念能力者だから興味を持ったのかな?

 だとしたらヒソカを狙ってほしいのだけど、多分ヒソカと叩けば試験を受けるどころの騒ぎで無い事を、ヒソカもギタラクルさんも互いに分かってたんでしょ。だからかとりあえず多少の進行を深めていた。もしくはあの二人ハンター試験前からの知り合いだったか、だね。

 

 ふと空を見上げると、パタパタと数羽の蝶が私の周りを飛んでいた。

 どうしてこんな高いところに?と思ったら、私の左胸の辺りを飛び回っている。

 

「あ、そうか、血の匂いにつられてるんだ」

 

 サバイバル前提のこの島の蝶らしいといえば、らしいけど。

 私は自分の左胸を見てから、()()()()()()()()()()()()()、そのまま針は一応バックに閉まった後、少し服をはだけさせた。

 襟元から見える肌、鎖骨の下の方には、僅かに細い傷から血が少し流れていた。一先ず絆創膏を取り出して、貼って止血をしておけば、とりあえずオッケ。すぐに塞がるけど、血で服が汚れるのは避けたいしね。

 

 

 それにしても………。

 

「あー、やっぱり針とか刺さると痛かった」

 

 そうぼやく私の声は、誰に聞こえるともなく空気に溶け込むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




知らない間に一矢報いたキルア


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第11話『面接と最終試験開始』

ようやく最終試験までやってきました。
ここまで来たらハンター試験も後少し!


「!?」

 

 太陽が沈み、暗い帳が降りた夜、私は何かの気配を感じて、眠っていた木の上で目が覚めた。ここからそう遠くない場所で、何かが起こった気がする。何かが、と言っているが、十中八九受験生が他の受験生にやられた、という事だと思う。

 

 手探りで肌に触れて、傷は塞がったのを確認した後、木を蹴って移動を始めた。月明りしか無いけど特に問題も無く、動くこと数秒、現場を発見。

 

「――て、ヒソカじゃない。こんな所で何………してるのかは一目瞭然か。受験生狩ってたの?」

 

 げんなりした表情をしているであろう私だが、ヒソカは私の姿を確認すると、にんまりと嬉々として喜びを表現した。その手には、血の滴る、胴体とおさらばした人の頭を持ってはいるけど。

 

「やあ、ヒノじゃないか♥こんなところで出会えるなんて、やはり僕らの間には運命の糸が通っているのかな♠」

「まあそれでもいいや。それよりそれってヒソカのターゲット?」

「う~ん、どうだろうね♣この彼はナンバープレートを失っていたみたいだから、そこは分からないさ♦けど、彼のターゲットは、この子だったみたいだけど」

 

 そう言ってヒソカは空いた手に持っているナンバープレート、44番と405番の二枚を私に見せた。一枚は自分の、二枚目は………ゴンのプレート。

 

「それってゴンのプレート。ヒソカ獲ったの?」

「いいや、違うよ♠あの子は僕が他の受験生を狙った瞬間、釣り針を使って見事に僕からプレートを奪っていったよ♦正直驚嘆したね、やっぱりあの子は美味しくなる♥」

 

 なるほど、何とかヒソカからプレートを獲る事に成功したのか、ゴン。ヒソカもベタ褒めだから、ヒソカ自身も驚く程の手際で手に入れた事なんだろう。それにしては不可解なのが、自分の44番プレートも持っているって事だけど………。

 

「もしかし、ゴンがヒソカのプレートを奪った後、首の人(そのひと)がゴンを倒してプレートを回収し、それをヒソカが倒してプレートを再び回収した、ってことかな?」

「ご名答♥流石ヒノだね♦」

 

 まるで三竦みの関係のようにも聞こえるが、実際にやり合えばヒソカの一人勝ちだね。それはそうと、後はヒソカはそのプレートをどうするか。今ヒソカの手元にある2枚のプレートが戻れば、四次試験でゴンが必要な6点は集まった事になるけど。

 

「ああ、安心しなよ。このプレートは彼に返すさ♦正直今の実力でプレートを取られるとは思ってなかったからね♥まだ近くを、毒の矢を受けて倒れている事だろうし♠あ、ただの筋弛緩薬だから命に別状は無いはずだよ♥」

「ふーん、まあそれなら」

 

 筋弛緩薬って事は、全身が麻痺してる状態って事かな。実際にゴンと一緒にいた事って少ないけど、他の人の話を総合すれば結構な野生児らしく身体能力などは一般的な子供の概念をぶち破っているらしいので、一先ず安心した。ここらへんキルアと一緒に一次試験を突破して来たからなんとなく分かってたけど。

 けどそうすると、ヒソカの点数が足りない事になると思うけど?

 

「所で参考までに、ヒソカのターゲットって何番なの?」

「くっくっく♠安心しなよ、ヒノじゃないからさ♣僕のターゲットは384番だよ♥」

「………あのさ、ヒソカ」

「ん?何だい♦」

「私そのプレート持ってるんだけど、ていうかその人から獲ったんだったよ」

 

 そう言って、ポケットの中に入っていた384番のプレートを見せると、先ほどまでにんまりとしていたヒソカの表情が、さらに狂気的に歪んだ。

 あ、選択間違えたかな?

 

「所でヒノ、会った時から気になってたんだけど、君からわずかに血の匂いが漂っているんだ♠もしかして、誰か()った?」

「(不自然に話が変わった………)人聞きの悪い事言わないでよ。ターゲットは倒したけど、ちょっと別の人に傷もらっただけだから」

「へぇ………♥君が傷をもらうなんて、一体誰にやられたんだい?」

「ギタラクルさんって人。ヒソカも知ってるでしょ?」

「ギタラクル?………ああ、イルミの事か♠まあ確かに、この試験でヒノに傷をつけられるのは僕か彼くらいだよね♣」

 

 あ、本名イルミさんって言うのか。もしくはイルミ=ギタラクルさんなのかだけど、今は特に質問する気も無いしいいや。気になるのは、ヒソカが手に持っていた生首を地面に落として、トランプを片手に構えた事かな。

 わずかに私も、じりっと足元を後退させる。

 

「で、ヒソカ。その構えはどういう」

「いやぁ、僕のターゲット持ってるみたいだし、力づくで奪わせてもらおうかと♠なんせこれは、四次試験(奪い合い)だしね♥」

「あ、闘わないから、欲しかったらあげるよ」

「………イルミとは遊んだのに、連れないなぁ♣」

「いやちょっと戦ったからこそもう十分だし!それよりヒソカ他のプレートは持ってるの?」

「一応1点が3枚持ってるからヒノがくれればそれで6点さ♦ゴンにプレートを渡しても得に問題も無いよ♦」

 

 あ、これでももう6点分集まるんだ。まあターゲットプレートがここにあるんじゃ、1点プレートを集めるよね、そりゃ。

 

「ま、いいや。とりあえずこれはあげるよ特に何も………やっぱりその内言う事一つ聞いてね」

「やっぱりちゃっかりしてる♠でも、いいよ♥」

「ありがと」

 

 そう言って、ヒソカに384番のプレートを投げ渡した。

 普通にキャッチしたヒソカは、そのプレートを自分の胸につけ、44番と405番のプレートを持ってくるりと私に背を向けた。

 

「それじゃ、これはゴンに渡してくるよ♥最終試験で会おうね♥」

 

 その言葉だけを残し、暗い森の中へと入って行く。

 

 ゴンはヒソカに貸しを作るなんてまっぴらごめんと言いそうだけど、今回は普通にヒソカに言い負かされそうだね。自由に動けないみたいだし。

 

 それにヒソカが「命に別状は無い」って言ったなら本当に大丈夫でしょ。あれでヒソカ、いや、ああだからヒソカは、人の生死には特に敏感だからね。

 

「それじゃ、最終日までゆっくりしてよっかな」

 

 ぐいっと、腕を伸ばして軽く体をほぐし、再び気配を消しつつ、誰も見ている者がいない事を確認して、木の上へと上がっていく。下から見つからないはずだし、【絶】で気配を絶てばまず気づかれない。

 

 そのまま私は、暗い闇夜の中で瞳を閉じで、ぐっすりと眠るのだった。

 

 

 

 

 そして数日後、試験終了の合図が島全体に鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 試験終了のアナウンスが響くと同時に、眠っていた木の上から飛び降り、スタート地変へと向かった。同じくスタート地点へとやってきた、過酷なサバイバルで6点を集めた受験生達も隠れていた場所からぞろぞろとやってくる。

 

 あ、あそこにいるのキルア。それにあっちはゴン、クラピカ、レオリオもいる。皆各々無事にプレートをゲットして来たみたいだね。よかった。とりあえずこの中ではゴンが特に大きな怪我とかしてないので良かった。流石にあの後ヒソカになんかされたりしないでしょ。

 若干頬が晴れてたのはまさか………て感じだったけどね。

 

 合格者は全部で10名。

 私と、ゴン、キルア、クラピカ、レオリオ、それにヒソカにギタラクル………ああ、本名はイルミさんだったね。後はポックルにハンゾーそれに知らない髭のおじさんの10人だ!

 これで残すは最終試験のみとなった。

 

 かくして、一同は迎えに来た飛行船にのり、最終試験会場へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 飛行船内のハンター達。

 

「10人中8人が新人か。ほっほっほ、豊作豊作」

「たまにあるんですかこんなことって?」

「うむ、たいがい前触れがあってな、10年くらい新人の合格者一人もが出ない時期がある。そして突然わっと有望な若者が集まりよる。わしが会長になってこれで4度目かの」

 

 メンチが「会長っていくつなの?」と、疑問をしていたが、ビーンズからは曖昧な答えしか返ってこなかった。曰く、約20年前から100歳と本人は言っているらしい。

 

「ところで最終試験は一体何をするのでしょう」

「あっそうそう、まだぼくらも聞いてないね」

「新人の豊作の年かどうかはまだ最終試験次第だもんね」

 

 ハンター試験は受験生の実力と試験内容によっては、その年で1人しか受からない場合もあるらしい。最終試験の内容によっては、今いる10人も幾人まで落とされる事やら。

 

「うむそれだが、一風変わった決闘をしてもらうつもりじゃ。そのための準備としてまず10人それぞれと話がしたいのォ」

 

 そう言ったネテロの言葉に、試験官であるハンター達は皆一様に、頭に疑問符を浮かべるのであった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 さてと!!無事に四次試験のサバイバルも終わったことだし飛行船の中は意外と快適だからしっかり休憩しておこう。やー、別に野宿とかサバイバルが嫌いなわけじゃないけど、やはり森の中の生活の後で文明の利器を見ると天国のようだね。

 と思ったら、館内放送が流れてきた。

 

『えーこれより会長が面談を行います。番号を呼ばれた方は2階の第1応接室までおこしください。受験番号44番、44番の方おこしください』

 

 面談?面接試験をするなら普通は最初じゃ?まさかこれが最終試験!………………ていうのは流石に無いよね。そうだったら多分暴動が起きる。

 最初はヒソカって事は、受験番号通りだったら4番目に呼ばれるかな。

 

 

 

 

 

 以下面接結果をダイジェストでお送りします!

 

 

 

 受験番号44番。

 気まぐれな快楽道化師(ピエロ)、奇術師ヒソカ。

 

 一番注目しているのは?

「99番(キルア)♥405番(ゴン)も捨てがたいけど、一番は彼だね♣いつか手合わせ願いたいなぁ♦」

 

 一番戦いたくないのは?

「それは405番(ゴン)………だね◆99番(キルア)もそうだけど………今はまだ一番戦いたくない、という意味では405番(ゴン)が一番かな◇」

 

 

 

 受験番号53番。

 思っていたよりもやる男!戦略的弓兵、ポックル!

 

 一番注目しているのは?

「注目してるのは404番(クラピカ)だな。見る限り一番バランスがいい。」

 

 一番戦いたくないのは?

「44番(ヒソカ)とは戦いたくないな。正直戦闘ではかなわないだろう」

 

 

 

 受験番号99番。

 絶賛家出中。反抗期な暗殺一家の期待株、キルア。

 

 一番注目しているのは?

「ゴンだね。あ405番(ゴン)の、同い年だし。あと100番(ヒノ)もちょっと気になるかな」

 

 一番戦いたくないのは?

「53番(ポックル)かな。戦ってもあんまし面白そうじゃないじゃん」

 

 

 

 受験番号100番。

 意外とひどいと言われている。最終試験の紅一点、ヒノ。

 

 一番注目しているのは?

「405番(ゴン)と99番(キルア)かな。歳近いし面白いし楽しいし!」

 

 一番戦いたくないのは?

「うーん、44番(ヒソカ)と301番(イルミ)かな。一番面倒そうだし」

 

 

 

 受験番号191番。

 ネテロ会長にキャラカブリと思われた、髭と総髪の武人、ポドロ。

 

 一番注目しているのは?

「44番(ヒソカ)だな。いやでも目に付く」

 

 一番戦いたくないのは?

「405番(ゴン)と99番(キルア)と100番(ヒノ)だ。子供と戦うなど考えられぬ」

 

 

 

 受験番号294番。

 動きも早いが口も早い。全く忍ばない忍者、ハンゾー。

 

 一番注目しているのは?

「44番(ヒソカ)だな。こいつがとにかく一番やばいしな。あ―、あと100番(ヒノ)もちっとだけ気になるな」

 

 一番戦いたくないのは?

「もちろん44番(ヒソカ)だ」

 

 

 

 受験番号301番。

 果たして人か?人形か?針山の謎の物体、ギタラクル。

 

 一番注目しているのは?

「99番(キルア)」

 

 一番戦いたくないのは?

「44番(ヒソカ)、100番(ヒノ)」

 

 

 

 受験番号403番。

 金は天下の周り者。こう見えて格闘センスも医術もある、レオリオ。

 

 一番注目しているのは?

「405番(ゴン)だな。恩もあるし合格して欲しいと思うぜ」

 

 一番戦いたくないのは?

「そんなわけど405番(ゴン)とたたかいたくねーな」

 

 

 

 受験番号404番。

 女ではない!私は男だ!激情型頭脳派、クラピカ。

 

 一番注目しているのは?

「いい意味で405番(ゴン)、悪い意味で44番(ヒソカ)」

 

 一番戦いたくないのは?

「理由があれば誰とでも戦うし、なければ誰とも争わない」

 

 

 

 

 受験番号405番。

 我こそは野生の申し子!息止め9分44秒、ゴン。

 

 一番注目しているのは?

「44番(ヒソカ)のヒソカが一番気になってる、いろいろあって」

 

 一番戦いたくないのは?

「うーん。99番(キルア)、100番(ヒノ)、403番(レオリオ)、404番(クラピカ)。4人は選べないや」

 

 

 

 

 

 

「うーむ、なるほど。思ったよりかたよったのォ。………これでよし!と。おいみんな、見てみィ。組み合わせができたぞぇ」

「………会長………これ本気ですか?」

「大マジじゃ、ひぇっひぇっ。これで勝てば晴れてハンターの仲間入りじゃ」

 

 

 そして3日後、私達は最終試験会場へと到着したのであった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 最終試験会場は、ハンター協会が運営するホテル。飛行船で到着した私達は、かなり広めの一室へと案内された。そこにいたのは、布の掛けられ中が見えないホワイトボードと、その隣に立つネテロ会長。

 そしてこれまでの試験官に、10人の黒服とサングラスを来たこれまた試験官。ちなみにこの人達ゼビル島に一緒にいて受験生を監視していたんだよね。人数分だから、ここまで最終試験に残った受験生にそれぞれ尾いていた人っぽいね。

 

「最終試験は1対1のトーナメント形式で行う。その組み合わせは………こうじゃ」

 

 ネテロ会長のとった布の下にはホワイトボードに書かれたトーナメント表が現れた。

 

 対戦順を分かりやすくまとめると………。

 

 左部分トーナメント。

 第一試合………ハンゾーVSゴン

 第二試合………ポックルVSヒノ

 

 右部分トーナメント。

 第三試合………クラピカVSヒソカ

 

 左部分トーナメントは第一試合と第二試合の敗者同士が戦い、さらにその敗者がキルアと戦い、さらにその敗者がイルミと戦う。

 

 右部分トーナメントは第三試合の敗者がポドロと戦い、さらにその敗者がレオリオと戦う。

 

 最終的に残った右と左のトーナメントの敗者同士が戦い、これでトーナメントは終わりとなる。

 

 説明していて気付いたかもしれないけど、このトーナメントは敗者が昇っていき、最終的な敗者を一人決める。

 

 では、試験合格の条件とは何か?

 

「さて、最終試験のクリア条件だがいたって明確、たった1勝で合格である。つまりこのトーナメントは勝ったものが次々と抜けていき、負けたものが上に登っていくステム。この表の頂点は不合格を意味するわけだもうお分かりかな?」

「要するに不合格はたった1人ってことか」

「さよう。しかも誰でも2回以上の勝つチャンスが与えられている。何か質問は?」

「組み合わせが公平でない理由は?」

「うむ、当然の疑問じゃな。この取り組みは今まで行われた試験の成績を元に決められている。簡単に言えば成績のいいものに多くチャンスが与えられているということ」

 

 なるほど、四次試験の時にいた黒服の人の審査に基づいてるのか。まあそれだけじゃなくて、一次試験から四次試験までの全て、他にもいろいろとあるだろうけどね。

 

 けどキルア的には不満があるようでネテロ会長に質問したところ採点には大きく身体能力値、精神能力値、印象値から成っている。そして身体能力値と精神能力値は参考程度、重要なのは印象値らしく値では測れない〝何か〟、ハンターの資質評価。

 

 ハンターとしての素質ってことは必要なのは………なんだろう?ハンターっぽい人かな?

 キルアの不満もわかるけどキルアの場合受験動機も微妙だしね。あ、人の事言えないかな。もちろん身体能力値はかなりいいと思うけど。

 

 それにしてもレオリオとイルミさんはチャンスが2回か。レオリオはハンターより他の職業が向いてるのかな、イルミさんはきっと必要最低限のことしか言わなかったんだろうな………。

 

 わたしは5回だから一番多かったよ!後はゴン、ハゾー、ポックルも同じ数だね。ほんとにどうやって決めてるんだろうね。キルアとヒソカはヒソカの方が回数が多いというのもびっくりだね。いや、びっくりじゃないかな?

 

「戦い方も単純明快、武器OK反則なし、相手に〝まいった〟と言わせれば勝ち! ただし、相手を死に至らしめてしまった者は即失格! その時点で残りの者が合格、試験は終了じゃ、よいな」

 

 勝負の決着は「まいった」と言わせるだけなのかな。そうだとしたらネテロ会長って意外と曲者だな。皆そう簡単に「まいった」なんてなかなか言わなそうな面子だし。まあそれもやり方次第だけどね。

 

「第一試合、ハンゾー対ゴン」

 

 立会人の人はマスタさんという人とハンゾーの会話を聞く限り、ハンゾーの四次試験の見張り役みたいだね。レオリオとゴンは試験官に気づかなかったみたいだけど。

 それにしてもこの見張役の試験官って一週間自分の担当をずっと見張ってたのかな?

 そうだとしたらこの人たちすごいタフだな。

 担当が死んだらお役御免だし島からは出られないのにどうしてたんだろ………?私はいるのは知ってたけど、ずっと姿を見ていたわけじゃないし。

 

「始め!!」

 

 さて、身体能力じゃハンゾーの方が上だし、ゴンはどうするかな。

 ゴンも中々に頑固そうだから、「まいった」なんてそう簡単に言わなさそうだね。

 

 開始直後、ゴンは横っ面へと飛び出した。まずは様子見か、スピードで攪乱するつもりなのか、しかしハンゾーにとっては、そのスピードは見切れる範囲内。一瞬でゴンの前へと移動したハンゾーは、ゴンの首筋へと思い手刀を放った。それも、相手の意識を絶っても意味ない試験の構造上、ダメージだけ与え動けなくなるような攻撃を。

 後は、どうやって「まいった」って言わせるのか………。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 ゴンって頑固だね。いや、意思が強いのか。

 それからハンゾーは拷問まがいにいろいろとしたけどゴンは決して「まいった」と言わなかった。

 

「キルア、この後ゴンどうすると思う?」

「………んなの、「まいった」って言うしかねぇだろ。ここからゴンに反撃の手段なんてねぇよ」

「かもね。けどこの試験なら、反撃する必要も無いかもしれないけど」

 

 ようは相手に言わせるか、相手を諦めさせるか。それは優位も劣勢も、変わらない。

 

 そしてついにハンゾーは、ゴンの腕を折るという。

 ゴンにはチャンスが後4回残されてるけど、目を見た限りゴンは腕を折られたとしても負けを認めないだろう。絶対的な意思、頑固っていうレベルじゃなく、自分の言葉を絶対に曲げない信念のような物を、あの目から感じる。

 

 ゴンが負けを宣言しないと、ハンゾーは左腕を折った。

 

 レオリオとクラピカはもう限界かもね。すぐにでも飛び出していきそうな気配だ。レオリオはともかくクラピカも冷静じゃなくなるとは。

 

 でもあの折り方。もしかしてハンゾー………割と優しい?

 昔聞いた事がある。ジャポンの忍者は拷問するのに情は持たないようにしてるようだけど、ゴンのあの腕の折れる音と、ハンゾーの態勢の折り方からしてかなりきれいに折れてるみたいだ。あそこのオーラも、乱が少ない。後々後遺症が残らないようにしたハンゾーの優しさだね。

 

 まあだから感謝しろって言わないけど。折ったのには変わらないし。でも死ぬわけじゃないし。

 

 その後逆立ちハンゾーレクチャーによる忍びとは何かが始まった。あえて感想を言うとしたら、油断と慢心と圧倒的優位とゴンが痛みで悶えている為のすごい隙だらけだった。

 

「悪いことは言わねェ、素直に負けを認めな」

 

 無駄にキリっとしたその直後、立ち上がったゴンに顔を蹴飛ばされたハンゾーは吹っ飛んだ。今ハンゾー全然防御してなかったから痛そー。しかも今のはかなりかっこわるい。

 

「ってーーくそ!!痛みと長いおしゃべりで頭は少し回復してきたぞ」

 

 回復力早いねゴン。これなら腕もあっという間に治りそう。

 

「へっ、わざと蹴られてやったわけだが………」

「うそつけーー!!!」

 

 鼻血出して涙目になりながらじゃ説得力ないよハンゾー。

 今度は腕に仕込まれた刃物を取り出して、脚を切り落とすと宣言した。

 さすがにこう言えばゴンも負けを認めると思ったのだろうけどゴンは。

 

「それは困る。脚を切られちゃうのは嫌だ!!でも降参するのもいやだ!だからもっと別のやり方で戦おう!!」

「な………てめー!自分の立場わかってんのかー!!」

 

 確かに。レオリオなんかすごい顔してるよ。ヒソカとポドロさんも忍び笑いしてるし。

 本当に、腕を折られた後とは思えない態度だね、ゴン。

 

「んだよ、現状何も変わってないのに、なんでこんなに空気が変わってるんだ?」

「そりゃ、もう分かりきってるからじゃない?腕を折られても負けを認めない子だよ?今更何をしても、ハンゾーはゴンには勝てないってさ」

 

 

「何故だ、たった一言だぞ……? それでまた来年挑戦すればいいじゃねーか」

 

 ハンゾーなら脚を切ったとしても出血しないようにする術を持ってるはず。

 可能ならもっとひどい状態にすることもできるはず。誰もゴンがなぜそんなに頑ななのか理解できてない。

 

「命よりも意地が大切だってのか!! そんなことでくたばって本当に満足か!?」

 

 声を荒げるハンゾーに、ゴンが答えを返す。

 

「親父に会いにいくんだ。親父はハンターをしてる。今はすごく遠いところにいるけど、いつかは会えると信じてる」

 

 シンと静まり返った会場にゴンの言葉だけが静かに響く。

 

「もしここでオレが諦めたら、一生会えない気がする。だから退かない」

 

 ゴンの意思はすごく固い。あの目は絶対に諦めない信念と決意。やっぱり、ハンゾーにはゴンを負かすことができないね。

 

「退かなきゃ………死ぬんだぜ?」

 

 ゴンの目に宿る決意は並大抵の決意じゃない。そしてハンゾーは、自ら負けを宣言した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




【最終試験トーナメント】
・ルール①一勝すれば合格
・ルール②「まいった」と言えば負け。それ以外の負けはなし!
・ルール③相手を殺害したら失格。その時点で他全員が合格。

【現在合格者】ゴン






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第12話『サクサク進め、トーナメント』

 

 

 

 

 前回、ゴンを負かすことができず自分から負けを認めて「まいった」と言ったハンゾー。しかし、当然の事ながらそんなハンゾーに納得いかないゴン。

 

「そんなのダメだよずるい!!ちゃんと二人でどうやって勝負するか決めようよ!!」

 

 ゴン、結構わがままだね。負けると言ったのだからおとなしく認めればいいのに。まあ確かに納得いかないのも分かるけど、それ自分のせいだからね?

 

「要するにだ、オレはもう負ける気満々だが、もう一度勝つつもりで真剣に勝負をしろと。その上でお前が気持ちよく勝てるような勝負方法を一緒に考えろと。こーゆーことか!?」

「うん!!」

「アホかーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」

 

 吹っ飛ばされてゴンは気絶しちゃった。まあ結果はどうあれ合格者第一号おめでとう、ゴン。

 

「そいつが目覚めたらきっと合格は辞退するぜ。不合格者はたった一人なんだろ?ゴンが不合格ならオレたちのこの後の戦いは全て無意味になるんじゃないか?」

「心配御無用、ゴンは合格じゃ。本人がなんと言おうと、それは変わらんよ。仮にゴンがごねてワシを殺したとしても、合格した後で資格が取り消されることはない」

 

 なるほど。それならこれから試合にも意味があるね。ハンゾーも納得したようだし壁際に戻る。すれ違いざま、キルアはハンゾーに問いかけた。

 

「なんでわざと負けたの?殺さず「まいった」と言わせる方法くらい心得ているはずだろ、あんたならさ」

 

 それは私も考えたけどハンゾーはそうしなかった。どうしてか。

 

「オレは誰かを拷問するときは一生恨まれることを覚悟してやる、そのほうが確実だし気も楽だ。どんなに奴でも痛めつけられた相手を見る目には負の光が宿るもんだ。目に映る憎しみや恨みの光ってのは訓練してもなかなか隠せるもんじゃねー。しかしゴンの目にはそれがなかった。信じられるか?腕を折られた直後なのによ、あいつの目はもうその事忘れちまってるんだぜ」

 

 拷問されても、それに対して何も恨まない。恐れも無い。拷問する側からしたら、ある意味恐怖対象のような振る舞いだね。

 

「気に入っちまったんだあいつが。あえて敗因をあげるならそんなとこだ」

 

 ゴン、やっぱり不思議で面白い奴。もうレオリオやクラピカも、ハンゾーへの恨みなんて忘れちゃってるし空気が明るくなった。

 

「第二試合、ポックルVSヒノ」

 

 そして次は、いよいよ私の番!

 

「それじゃ行きますか!真打登場!みたいな?」

「あーはいはい、とっと行って勝なり負けるなり好きにしてくれ」

「キルア、なんか私に対して冷たくなってない?」

「自分のこれまでの行いを振り返ってみろよ」

 

 ふむ………特に何もしてないよね?

 

「あ、でもどうせなら負けろよ。そして次の試合で俺とバトれよ。あいつ(ポックル)よりそっちの方が面白そうだし」

「じゃ、勝つ気で行ってくるね~」

「………」

 

 試験場の中央に、私とポックルが相対した。相手は弓を、私は特に何も持たずに自然体。弓が武器って事は、近接戦闘なら勝てるか、でもこの試験の構造上、「まいった」と言わなければ敗北にはならない。なら………。

 

「ポックルさん、一つ提案があるんだけどいいかな?」

「ん?なんだ」

「ここで戦ってさっきのゴンの二の舞はごめんだから、ルールを決めよう。お互い見える所にプレートを付けて、先に相手のプレートを奪い取った方が勝ち。負けた方は潔く「まいった」を宣言する、なんてどう?」

「………まあ確かに俺もその方が助かるな。あまり傷つけるのも忍びないし、よし了解した!それで行こう」

 

 壁際でハンゾーも、「しまった!俺もルール設けりゃよかったのか!?」って今更気が付いてるけど、考えつかなかった方が悪いからね。

 私とポックルは、互いに正面にプレートを取り付け、構える。一瞬ピリッとした空気が流れたと同時に、審判の声が響いた。

 

「開始!」

「ふっ!」

 

 開始の合図があると同時に、ポックルさんは弓を打ち放った。機動力をそぎ落とすつもりなのか、私の足を狙っている。視線と向きから狙いはすぐに分かったので、私は横に動いて矢を躱す。

 けど、それはポックルさんの方も読んでいたらしく、二の矢三の矢と次々と瞬時に切り替えて、矢を飛ばした。

 

(この矢にはあらかじめしびれ薬が塗ってある。一度でも擦れば、その時点で俺の勝ちだ!)

 

 ポックルさんの飛んでくる矢の3本目を躱した瞬間、私は一足で地面を蹴り、その場から消えた。

 

「な!一体どこに!?」

 

 その様子は、対戦相手であるポックルさんから見れば消えたように見えただろう。しかし観客の位置からだと、意外と私のいる場所は分かりやすいらしい。視線を感じる。観客の視線からポックルさんもすぐに私の位置を割り出すとは思うけど、そうする程の時間を与える気はあまりなかった。

 

 私は逆さまの視界の中で、一気に()()()()()()、警戒するポックルさんの背後へと降り立った。ここで、少し悪戯心が膨らんだ。

 

「だ~れだ♪」

「な!?この!」

 

 思わず背後から両手を回し、ポックルさんの視界を塞いだけど、別に後悔はしていない。こう、人の背後に立ったらつい驚かしたくなっちゃって、けど反省はしてない!

 びくりとこの試合一番の驚きを見せたポックルさんは、くるりと回転すると同時に私に向かって構えていた矢を飛ばす。

 しかし、ほぼ0距離という避けようが無さそうな打ち方をしたことで一瞬「しまった」というような顔をしたが、特に心配することでもない。

 

 床を蹴り付け、ポックルさんから後ろに向かって跳び上がり、くるりと一回転して床へと着地した時、私の右手には今打った矢が握られていた。

 

「な!?あの矢を受け止めた!?」

「ま、それだけじゃないけどね」

 

 そう言って、私は左手に持つ、5()3()()()()()()()を見せた。

 

「!?」

「さて、それじゃあポックルさん、ルール通り、私の勝ちだよね?」

「………わかった、俺の負けだ」

 

 その瞬間、私の勝ちが決まった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「たっだいま~、勝ってきたよ」

「「………………」」

「えっと、あれ?ねぇキルア、レオリオもクラピカもどうしたの?なんか目が点になってない?」

「は?あー、お前がここまで動けるとは思わなかったんじゃないか?え、俺?あの程度なら勝って当然だろ?」

 

 中々手厳しい事言うけど、まあ確かにポックルさんとキルアだと戦闘経験身体能力とかいろいろキルアの方が圧勝してるしね。言いたいことは分かるよ。

 けど観戦している壁際に戻ってきたけど二人からはほぼ無反応。なぜだ?

 

「いや~、ヒノ!お前意外とすごかったんだな!なんか気づいたらプレート奪ってるように見えたぜ」

「君は私達が思っているよりすごいのかもしれないな」

 

 一瞬フリーズしていたけど、素直に賞賛してくれた。

 

「ていうか、お前絶対手抜いてたろ」

「キルアだったら全力出すの?」

「いや、あいつ相手なら出さねーけど」

 

 別にポックルさん弱くは無いと思うだけどね。ここまで残ってきたし、ハンターとしての素質も高いし。対戦表の対戦回数的にも。それに普通にいい人だし。

 

 それじゃあ私の結果も終わったし、サクサク行ってみよう!

 

 

「第三試合、ヒソカVSクラピカ」

 

 結果としてクラピカが勝った。実力的には圧倒的にヒソカの方が上だけどかなり遊んでた。

 

 試合が始まると、クラピカはヒソカに向かって先手で攻撃を仕掛けにいった。武器の刀で斬りかかったけどヒソカは全て避けトランプを投げつけた。クラピカに数枚当たったけど対したダメージとならずにクラピカは攻撃を続ける。そこからは攻撃しては避け攻撃しては避けるをお互いに繰り返したけど、ヒソカはかなり手を抜いてたし時折()っちゃおうかななんて顔してたし、でももったいないかなとか考えたりして真面目にやろうとしなかったし。

 

 そんな戦いをしばらく続けた後、ヒソカはクラピカに何かを耳打ちしたと同時に、自分で負けを宣言した。

 

 クラピカはヒソカの負けに口出ししなかったみたいだけど、多分耳打ちした内容に関係している。ヒソカ何いったんだろ?あとで聞いてみよ。

 

「第四試合、ハンゾーVSポックル」

 

「悪いがあんたにゃ遠慮しねーぜ」

 

 そう言うとハンゾーはポックルさんの背後に移動し倒す。ポックルの反撃を待たずしてさっきのゴンのごとく左腕を取られて押さえつけられる。さすがにポックルは「まいった」を宣言した。

 

 まあ流石に腕を折られちゃかなわんよね。ここは負けて正解だよポックルさん、次に賭けるんだね。ゴンの場合はレアなケースだよ。普通はありえない。

 

 

 第五試合はキルアとポックルさんの戦いだったんだけど、キルアは開始直後「まいった」をして負けを認めた。普通に戦えば99%勝てるのに。ホントにハンター試験舐めてるね。理由は戦う気がしないとか。あれだね、面白さを求めてる感じ?ポックルさんも困惑してたよ。

 

 けど、次の試合はギタラクル、じゃなくてイルミさん。まずいと思うんだけど………。

 

「第六試合、ボドロ対ヒソカ」

 

 この試合もかなり一方的に終わった。

 ボドロさんは先制攻撃を仕掛けたけどヒソカは全て避けてヒソカの攻撃は当たる。一方的に攻撃を受けボドロさんはボロボロになるけどなかなか負けを認めない。なかなかタフだね。

 予想通りに負けを宣言しない面子。ルールありの試合だからヒソカに殺されはしないと思うんだけど………そう思ったらヒソカは倒れたボドロさんに耳打ちをすると、今度はボドロさんは「まいった」を宣言した。

 

 何言ったんだろ?ヒソカの脅しって気になるよね。普通に殺すよとかじゃつまらないし、これも後で聞いてみよっと。

 

 第六試合はギタラクルVSキルア。

 これはちょっとどうなるか、見ものだ………。

 

「始め!!」

 

 開始の合図と同時に戦闘態勢に入るキルア。さすがにここでは戦うのか。

 

「久しぶりだねキル」

「!?」

 

 久しぶり?知り合いかな。それにしてはキルア不思議そうな顔してるけど。

 イルミさん自分の顔に刺さっていた針を抜いていき、全て抜け落ちた時には顔が変形した。

 

 あの念が込められた針で骨格を変えて変装いや、もはや変身してたのか。

 やっぱりあの人操作系かな。針を使っての骨格操作、とか。

 

 顔が変形して出てきたのは黒い長髪で猫目の青年。ちゃんとした整ってる顔立ちだ。これは意外や意外。どうせんな私と戦う時もこの顔だったら………これはこれでぶきみだね。

 この人誰?キルアは驚愕した表情でその答えを紡ぎ出した。

 

「兄………貴!!」

 

 誰かと思ったけど、まさか顔面に針を刺していた自称ギタラクルの正体がキルアの兄さんとは。言っちゃあなんだけどあんまり似てない兄弟だね。

 ヒソカはすまし顔だけど絶対知ってたね、知り合いみたいだし。

 

「母さんと次男(ミルキ)を刺したんだって?」

「まあね」

 

 おいおい家出するのに家族の反対は正面突破か。

 

「母さん泣いてたよ」

「そりゃそうだろうな。息子にそんなひでーめにあわされちゃ」

「感激してた。「あの子が立派に成長してくれてうれしい」ってさ」

 

 凄い母親。レオリオなんかずっこけてるよ。まあさすが暗殺一家という所かな?

 キルアの兄さん曰く、母親的にはまだ心配だから様子を見てきてと頼みついでに、自分も仕事の関係上試験受けるから一石二鳥というわけ。キルアの家は殺し屋だからあの人も殺し屋か。あんまりねらわれたくない顔してるね。無表情の人が追ってくるってわりと怖いよ。

 

「お前はハンターには向かないよ。お前の天職は殺し屋なんだから。お前は熱を持たぬ闇人形でお前が唯一喜びを抱くのは人の死に触れたとき。お前はオレと親父にそう作られた」

 

無表情で淡々と言葉を出すキルアの兄さん。家族ぐるみで殺し屋って想像以上にすごいね。こりゃキルアも逃げ出したくなるよ。

 

「確かに………ハンターにはなりたいと思ってるわけじゃない。だけど俺にも欲しいものくらいある」

「ないね」

 

 即答するところがすごいなこの人。それだけキルアを育てるのに、キルアが情を出さぬよう鍛えたのだろう。いろいろ逆効果みたいだけど。キルアはイルミさんの「無い」という即答にキルアは欲しいものがあると言う。

 

それでも無いと言い、欲しいものを言ってみろという兄さんにキルアはぽつりと言葉を出す。

 

「ゴンと………友達になりたい。それに………ヒノとも。もう人殺しなんてうんざりだ。普通に友達になって普通に遊びたい」

 

 ………なんか普段ひねくれてる子がこう言ってくれると、ちょっと照れるね。

 

 キルアが本心を出す。殺しでなく本当にやりたいこと。本当に欲しいものを。

 しかし無情にもそれを無理だと言って切り捨てるキルアの兄さん。

 キルアは根っからの人殺し、だからいつかゴンを殺そうとする・・・と。

 

「キルア!!お前の兄貴かなんか知らねーが言わせてもらうぜ、そいつはバカ野郎でクソ野郎だ、聞く耳持つな!!ゴンと友達になりたいだと?寝ぼけんな!!とっくにお前ら友達同士だろーがよ!!少なくともゴンもヒノもそう思ってるだろーぜ!!」

「………そうか、まいったな。あっちはもう友達のつもりなのか………よし二人ともを殺そう。殺し屋に友達なんていらない。邪魔なだけだから」

 

 最初に提案するのが殺すこと。これがキルアの家族の育て方。最終的にキルアもこうなる予定だったのか………。普通じゃない家族だ………あっ、暗殺一家だから最初から普通じゃないか。それに家も普通かと言われたら普通じゃないし。

 

 言うが早いか立会人に針を突き刺してゴンの居場所を無理やり聞き出した。

 

 私とクラピカ、それにハンゾーとレオリオ、後試験官の黒服達は扉の前に立ちふさがった。ゴンは殺されたくないしね。それに少なくとも試験中の今は殺さないだろうし。いざという時はヒソカでも盾にしよう。

 

「参ったなぁ……、仕事の関係上オレは資格が必要なんだけどな。ここで彼らを殺しちゃったらオレが落ちて自動的にキルが合格しちゃうね」

 

 ここで鬼の提案。合格してから皆殺し。

 ネテロ会長とかいるのに本気なのかな?いや本気っぽいね。

 ま、もしそうなったとしたら………………私も少しマジでやるしかないよね?

 

 イルミさんは殺気を込めた念をキルアに当てながら手を近づける。自分と戦わないとゴンが死ぬ、だけどキルアには自分に勝ち目が無い事は分かりきっている。キルアが震えてる。念の使えない人にはきついね。どうするのキルア?

 

「まいった。俺の………負けだよ」

 

 キルアは負け宣言した。ゴンを殺させないようにしたと思えるけどすごく恐れている。

 キルアが負けを宣言すると安心したように笑い、ゴンを殺すのは嘘だよって笑いながらキルアの肩を軽い感じで叩く。絶対嘘だ、マジで殺す気だったね、無表情だけどそんな気がするよ。

 

「お前に友達を作る資格が無い、必要も無い」

「資格ならあると思うけど」

 

 そう言った私の言葉に、イルミさんだけでなく、会場全体もこちらを向く。こう注目されるとちょっと居心地悪いような良いような、不思議な感じだね。

 

「無い、あるわけ無い。キルのどこに資格がある?お前達が殺されるかもしれないのに、俺に立ち向かう事もせずに見捨てる事しかできない。それでどうしてそう言える?」

 

「それは本当に必要なことなの?友達作りってそうじゃないと思うな。そういう先の事を考えながら採算付けてなんて度外視して、一緒にいて怒って、笑って、そうしたら自然と友達になってる。子供がそうやって友達を作るのは当然の事と思うけど」

 

「そんなのは、お前のような普通の子供の論理だよ。お前みたいな同年代の友達がたくさんいそうな奴に、キルの事は分からない」

 

「いや………………同じくらいの歳だとキルアとゴンが友達初めてなんだけど………………後は大人の人とか………」

『………』

 

 だってしょうがないじゃん!?学校とか通ってないし!?旅団の皆が交友関係にある時点で普通の人生とは違うって察してよ!いや、イルミさんはそんな事知らないだろうからしょうがないけどさ!?

 子供が友達作るのは当然とか言った手前ちょっと恥ずかしいよ!思わず会場全体が無言になっちゃったよ!

 

 興が覚めたのか、すでに試合も終了している為、イルミさんは歩いて壁際へと戻りじっとした。キルアも、こちらに戻ってきたけど、クラピカとレオリオが話しかけても無反応だった。

 

 家庭の教育方針とか仕来りとかに全部口出しするつもりじゃないけど、明らかにイルミさんが言っているのはそれとは違う。キルアの現状を縛る言葉の数々。戦う、殺す、そう言ってたけど、キルアに対して殺すと言わなかった以上、〝大事〟っていうのは分かった。けど、それだけだけど。

 

 あと気になるのは、キルアの負けでこのトーナメントはキルア、ボドロさん、レオリオの誰かが不合格になる。

 

 普通に考えたらボドロさんかレオリオだけど………今のキルアじゃ分からないな。でも普通に考えてこの後の戦いでキルアが負けるとは考えられない。それはイルミさんだって一番よく分かってるはず。

 けど、口ぶりからしてキルアにはこの試験合格して欲しくないみたいだけど、この試験に参加した念能力者はすでに私を含め合格済みだし。

 

 まさか何かするつもりじゃないよね?

 

 系統が操作系ってだけでもめちゃくちゃ怪しいし、キルアが操られて対戦者が殺されでもしたら………。というかそれしか不合格にはなりえない!あれほどキルアを天性の人殺しとか頑張って育てたとか言ってるのに非念能力者で、しかも身体能力で劣るボドロさんとレオリオに負けるのは見たくないと思う。

 

 だとしたらやるのは次の試合!戦闘中の二人もしくはどちらかを殺す!

 

 やるとしたら殺しても自分が怪しくならないようにキルアと直接関係のないボドロさんが70%、さっき喰ってかかったレオリオが30%くらいかな。キルアとイルミさんを見ておかないと。

 

「第七試合、ボドロ対レオリオ」

 

こんな時でも試合は進む。両者中央に集まり戦闘態勢。レオリオの戦闘は見たことないか らどんなんだろ。ボドロさんはヒソカとの対戦ですでにボロボロだし。

 

「始め」

 

 開始直後キルアが目にも止まらぬスピードでボドロさんの後ろに周り、背後から心臓を手刀で狙った。けどボドロさんは死ななかった、怪我すらしなかった。その場にはキルアの手を掴む私がいた。

 キルアの手がボドロさんに当たる前に手首をつかみ止めることに成功した。

 

「大丈夫、キルア?殺しちゃダメだよ」

 

 キルアの兄さんから少しだけ殺気が漏れた。これはビンゴかな?

 まあ証拠にはならないけど、ちょっと威圧的にキルアの兄さんをじっと見てみると、ふっと殺気を霧散させて元の雰囲気に戻った。キルアの手を離して顔を見ると様子があきらかにおかしい。殺意を出しまくってる。しかし急に殺意を消して扉に向かった。

 

「キルア、私もゴンも友達だよ!あんまり、悩まないでね!」

 

 私の声が聞こえてるのか、はたまた聞こえてないのか、キルアはそのまま無言で扉から出て行った。

 

 そして、キルアは戻ってこなかった。

 

 

 

 

 

 




ヒノの友達意外と少なかった。
基本年上しかいない。


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第13話『試験終了!それから…』

 結局、試験会場に戻ってこなかったキルアが不合格となった。

 本来なら「まいった」というまで不合格にはならないけど、キルアはすでにこのホテルを去った後、あきらかに戻ってくる意思が無い。それに、今のキルアには聞けばすぐに「まいった」の言葉も出てきそうだったしね。

 ネテロ会長達も、話し合った結果、キルアを不合格とした。

 それによりキルア以外の9人は合格。あっけない幕切れだったけど、最後は無事に誰も死なずに終わった。

 

 次の日、ハンター証の講義を受けるために講義室に合格者全員集まった。イルミさんが一瞬ちらりとこちらを見たけどあえて無視したよ。で、当初は普通にビーンズさんによる講義の途中にクラピカ、レオリオによるキルア不合格の反論をしている時、扉を開いてゴンが入ってきてイルミさんの横まで来た。今の今までハンゾーにのされてた為ずっと眠っていたらしい。

 

「キルアに謝れ」

 

 どうやら寝てる間に起こったことの顛末を誰かに聞いたみたいだね。あ、確かサトツさんがゴンの所にハンター証持って行ってた気がするよ。そしてゴンは、当然の如くイルミさんにご立腹みたい。

 

「謝る……?何を?」

 

 心底わからないと言う顔(無表情だけどそんな感じ)で問い返す。ゴンも少し困惑したみたいだけど、負けじと言い返す。

 

「お前に兄貴の資格ないよ」

「?兄弟に資格がいるのかな?」 

 

 折れた左腕と反対の動く右腕でイルミさんの右腕をつかみ、椅子の上から無理やり引っ張り上げる。自分より大きいイルミさんを持ち上げる腕力は流石、だけどそのままうまく床に着地したイルミさんに怒った言葉を出す。

 

「友達になるのだって資格なんていらない!!」

 

 思い切り右腕を握る。あれはやばいね、骨が。念でガードしてないみたいだから、イルミさんのあの手骨が折れてるかもね。ていうか変色して晴れ上がってるし、変な方向に曲がってるから確実に折れてる。よし、ナイスゴン!

 

「キルアのとこへ行くんだ。もう謝らなくたっていい、案内してくれるだけでいいよ」

「そしてどうする?」

「キルアを連れ戻す」

「まるでキルが誘拐でもされたような口ぶりだな。あいつは自分の脚でここから出て行ったんだよ」

「でも自分の意思じゃない。お前たちに操られてるんだから誘拐されたも同然だ!」

 

 まあね。私もそれに近いと思ってるよ。証拠とかは全くないけどね。みんなも不満みたいだし。クラピカ理論だと暗示をかけて、ていう説があったよ。日常的に殺人に触れた家系でなら、本来暗示で殺人示唆なんてできないことでもやってのけてしまう、と。

 そこに念が加わればほぼ100%可能だと言いたいけど、それは流石にこの場じゃ言えなかったよ。念使いより非念能力者の方が多いし。

 

「キルアならもう一度受ければ絶対合格できる。今回落ちたことは残念だけど仕方ない。それより、もしも今まで望んでないキルアに無理やり人殺しをさせていたのなら、お前を許さない」

「許さない、か………で、どうする?」

「どうもしないさ。お前達からキルアを連れ戻して、もう会わせないようにするだけだ」

 

 そのゴンの言葉に、イルミさんは反対の手を伸ばし、念を威圧的にゴンへと少し流す。念を感じることはできないが、ゴンは持ち前の野性的な勘で手を離して距離を取る。そして肩に誰かの手が触れたのを感じた。

 

「ヒノ?」

「ふふ。大人気ないよね、イルミさん。そんな威圧的にしないでよ」

 

 自分とゴンを守るように、念を纏う。ゴンはイルミさんからの威圧が弱まったのを感じたのか、驚いたような顔をする。その光景にわずかに顔を顰めたイルミさんだったが、すぐに念を霧散させて元の席に付いた。

 

「ヒノ………ありがとう」

「ま、気持ちはわかるから、先に講義終わらそ♪そのあとキルアの家行くにしてもイルミさんぶちのめすのも何でもしていいからさ」

「あ…いや、そこまで言うつもりは無いけど………」

(この女意外とひどいな)

 

 なんかイルミさんがひどい事考えているような(人の事言えない)?まあそれは今はいいや。

 ゴンとイルミさんの話が一区切りしたところでビーンズさんによる講義再開。

 

 要約すればハンター証はいろんな施設をタダで使え、いろんな場所に入れる。そして高く売れて再発行はされない。なくしたらまずい。え、説明内容が簡略化し過ぎだって?

 まあ確かに公的施設の95%は無料使用可能、売れば人生7回遊べるだけの資金が手に入り、利息0限度額無制限にお金を借りることができる。ていう割と細かい説明があったけど、それは使いながら知っていけばいいと思うよ。

 

 

 ハンター証に関しての講義が終了したと同時に、ビーンズさんから激励の言葉をもらい宣言された。

 

 

「ここいる9名を新しくハンターとして認定いたします!」

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

「さて、これでもうこの建物を一歩出たら諸君らはワシらと同じ!ハンターとして仲間でもあるが商売敵でもあるわけじゃ。ともあれ、次に会う時まで諸君らの息災を祈るとしよう」

 

 では、解散!! とネテロ会長に告げられ、部屋を後にする私たち。

 ついにハンター試験は終わった。

 

 講習が終わるとすぐに、ゴンがイルミさんの元へ行きキルアの居場所を尋ねた。イルミさんはやめた方がいいと言ったけれど、当然の如くゴンが食い下がる。

 

「誰がやめるもんか。キルアはオレの友達だ!! 絶対に連れ戻す!!」

「後ろの3人も同じかい?」

「当然!」

 

 ゴンの後ろのレオリオが頷く。ちなみに私もクラピカもいるよ。ここまで来たら付き合おうじゃないか。

 

「………ククルーマウンテン。この頂上にオレ達一族の住処がある」

 

 マウンテンって言ってるから、山だよね?少なくとも私は知らないから、後で調べてみないと。クラピカかレオリオなら知ってるかな?

 ふと後ろに気配を感じると、そこには合格者の一人であるハンゾーがいた。

 

「よぉ。俺はこれから国に戻る。長いようで短い間だったが楽しかったぜ。もし俺の国に来るような事があったら観光の穴場スポットを紹介するぜ」

 

 そう言ってもらったのは、名刺。しかも『雲隠流上忍 半蔵』って書いてるマジで忍者の名刺だし。あ、一応漢字と世界公用語のハンター文字の両方で書かれていたよ。

 まさか忍者から名刺をもらうとは、ゴン達も驚いていたよ。自己主張の激しい忍もいたものだってね。

あと余談だけど、私はジャポンから来たから名前のジャポン表記、つまり漢字バージョンってあるんだよ?

 

「それじゃ調べに行くか」

「あ、ちょっと用事あるから先行ってて、すぐに行くから」

「ん?おお、分かった。早く来いよ」

 

 一先ず許可をもらって、私はさりげなく3人から離れて移動。そして目的の人物、ヒソカとイルミさんを見つけた。とりあえずゴン達には気づかれないように向かった。ほら、ヒソカと知り合いだと分かると色々と説明が面倒というか、ヒソカと知り合いだと思われたくないというか………。

 

「やっほーヒソカ、それにイルミさん」

「ん?やぁ、ヒノじゃないか♥君の方から声をかけてくれるなんてね♥」

「確か100番、ヒノ。色々と邪魔をしてくれたけど、一体何者なんだい?」

「えっと………通りすがりの少女……かな?」

「………ヒソカ?」

「クックック♣ボクの友達だよ♦」

「いえ違います。私にこんな友達はいません」

「つれないな~♥」

「………お前も家に来るなら面倒だね。やっぱり今のうちに………」

「そんな殺気出さないでよ。まあ行こうかと思うけど基本ノータッチだから。だって、私が何かしなくてゴンがしてくれるしね」

「………そう。まあいいや」

 

 そう言って去り際に名刺をくれた。忍者とか殺し屋とかありえない人が名刺配ってるな。ああ、さっきハンゾーにももらったの。ゴン達ももらってたよ。

 

「イルミさんってヒソカとどっちが強い?」

「どうだろうね♣イルミはかなり強いからね♠」

「ふーん。ところでヒソカ、クラピカとボドロさんになんて言ったの?」

「ん?ボクが蜘蛛だって教えてあげただけだよ♠」

「ふ~ん、クラピカにも?」

「そうだよ♠」

 

 まあ他にもなんか言ったと思うけど………まあいいかな。ボドロさんも災難だったね。

 

「ヒソカこの後どうするの?」

「そうだね♦果実が、美味しく実るまで待つさ♥」

「………それってゴン達の事だよね?念を覚えるまでって事?」

「それは最低条件♣さらに強くなるまで、かな♠」

 

 確かに、念を覚えたからと言ってすぐに劇的に、まあ強くはなるけど、同じ念能力者と比べたらまだまだだろうしね。身体能力的にも、技術的にも。

 

 このあと食事でもしないかと誘うヒソカを、適当に用事があるからと無視して分かれてゴン達の元へ向かう。まあ用事はあながち間違ってないけどね。その途中、廊下を歩いていると向こうから来たボドロさんに会った。

 

「昨日はありがとう。おかげで助かった。なんとお詫びをしたらいいのか」

「いいよいいよ。たまたまだし」

 

 義理堅く、お礼をしたボドロさんは連絡先だけ交換して去っていった。やはりいいことすると気分がいいね。人死は基本的にゴメンだね。ポックルとハンゾーにも別れを済ませゴンたちを探してコンピュータールームに来たら、ゴンとクラピカとレオリオがいた。

 

「やっほー諸君。何してるの?」

「あっヒノ!おめーどこにいたんだよ」

「あはは。ちょっと道に迷って」

「それよりヒノありがとね。キルアがボドロさんを殺さないようにしてくれたんでしょ?」

「ちょっと気になったから見てただけだよ。殺人の阻止は偶然だよ。それに私もキルアの友達だしね」

「いやいや。気づいたらキルアとヒノの二人がいるのにボドロの前にいたオレはびっくりだぜ。ありゃ偶然にみえねーよ」

 

 ははは。まあ結構キルアもかなり早く動いてたからね。私はまあ、キルアとイルミさん注視してたし。

 

「あ、そう言やヒノ、お前のホームコードも教えてくれよ。これは俺のだ」

「これは私のだ」

「ホームコードって何?」

「お前もか!?」

 

 レオリオによると、ホームコードは留守番専用の番号らしく、基本家にいないハンターはこのコードに知り合いからの情報を留守電として入れてもらい、自分の携帯を通じて必要な情報を引き出すらしい。こんな便利なのあったんだ。

 

 で、もう一つが電脳ページ。簡単に言えば電脳世界の百科事典みたいなもので、専用の回線と登録コードを購入したら誰でも使えるらしい。ちなみに、これはハンター証でも検索出来て、さらには無料で使えるとか。ハンター証って便利!

 

「携帯、ホームコード、電脳コード。ハンターの電波系三種の神器だから揃えておいた方がいいぜ。つーかゴンはともかくヒノも知らなかったのは意外だな」

「レオリオひどい!?」

「まー、私は基本携帯電話あれば事足りる生活してたしね。あ、携帯番号これね」

「携帯もってるだけゴンよりマシだな」

「そう言ってやるな、レオリオ。ゴンの家庭環境を考えればむしろ持っていない事の方が普通だと、私は思うよ。むしろ持っていたらそれはそれで違和感がある」

「クラピカも何気にひどい!?」

 

 ゴンの故郷はくじら島という島で、定期便がたまにくるくらいの長閑な島らしいので、確かにそういう所なら携帯とか必要なさそうだね。中だけで事足りるだろうし、森が遊び場まさに野生児、みたいな。

 

「それで、キルアの家は分かったの?」

「ああ。パドキア共和国のククルーマウンテン。そこがキルアの家の所在地らしい。飛行船だとおよそ3日という距離だな」

 

 そこそこ距離あるんだね。それじゃあ早速チケットの予約!

 そう思った時、何かが聞こえた。

 

 

 

♪~~♪~~♪~~♪~~

 

 

 

「ん?なんの音だ」

「あっ、私の携帯の音。ちょっと待ってて、………(ピッ)もしもし?」

 

 かかってくる人間が限られている為、特に画面を見ずに電話に出たけど、すぐに聞こえてきた声で誰かはすぐに分かった。柔らかく、久しぶりに聞く懐かしい声。

 

『よぉヒノ。オレだけど今どこにいる?』

「あれ?ジェイ!?どうしたの?今ハンター協会貸切のホテルだけど………」

 

 電話をかけてきたのはジェイ。私の家族からだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ハンター試験も無事終了!次回から新展開!


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パドキア共和国編
第14話『ガリーベア注意報』


お気に入りが200を超えた事に感謝感激です!


 

 

 ハンター試験も無事(?)に終わり、キルアの家があるというククルーマウンテンに行くため、所在地であるパドキア共和国に行くために飛行船の手配をするはずだった。

 

 そんなわけで、パドキア共和国に行こうとしてチケットを予約する時に携帯がなって出てみると、私の家族の、義兄のジェイからだった。

 

『いや何、そろそろハンター試験終わった頃かと思ってな』

「よくわかったね。それはいいけど何か用?これから出かけようかと思うんだけど」

『あー、ちょっと頼まれごとしてくれない?』

「頼まれごと?」

『ああ、そんなに時間はかけないから、出かけるのはその後でもいいか?』

 

 まあキルアの家にはすぐに行きたい所だけど、こっちもすぐに終わるって言うなら手伝ってもいいかな。ゴン達に先に言ってもらって、後で追いつけば大丈夫だよね?

 

「わかったよ。でどうするの?」

『今そっちに向かってるから合流するよ』

 

 そう言うだけ言って、プツリと通話が途切れた。せわしないね。

 

「?どうした、ヒノ」

「えっと、ごめんね三人とも。私急に用事ができたから後ですぐに向かうよ」

「急じゃしょうがないね。うん!分かった!先に行って待ってるよ!」

「もしかしたら、お前が来たらもうキルアと合流した後かもな」

 

 うう、なんていい子達なんだ。快く許してくれると若干罪悪感のような物が伸し掛かった感じがするよ。いや、別に罪悪感を覚えるような事はしてないけど………してないけど。

 さっさと用事を終わらせて、ゴン達の元へと向かわないと!

 

 ゴン達は飛行船の時間が来たから、一旦別れを告げた。クラピカとレオリオには私の携帯番号を教えたから(ゴンは携帯を持っていない)、キルアを奪還するか何か非常事態が起こったら連絡をくれる手筈になってるから一先ず安心かな。

 後は、ジェイが合流するまで待ってよっと。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 暫くホテルのロビーにあるソファで、暇そうに待っていたら、人の足音が聞こえた。音の方へと顔を向けると、向こうもこちらに聞き、同時に既に講義終了してから幾分か時間が立つにも拘わらず、この場に私がいる事に驚いたようだった。

 

「おや、ヒノさんではありませんか。どうかしました?」

 

 歩いてきたのは、サトツさんとメンチさんの2人だった。

 

「あ、サトツさん。ちょっと人を待ってて………」

「そうですか?」

 

 そうすると、まるでタイミングを見計らったかのように、ロビー入り口のドアが開き、人影が歩いてきた。向こうもこちらに気づき、ひらひらと手を振る。そこにいたのは、私にとっては懐かしい顔。

 

 天然パーマのような、色素の薄い黒髪に、飄々として楽し気な笑みを浮かべた、一人の青年。片手に頑丈そうなトランクを、背中にバッグを背負った人物は、躊躇なく歩き、私達の前で立ち止まった。

 

「ジェイ!思ったより早かったね」

「よぉ、ヒノ。ハンター試験お疲れ様。………と、サトツさんにメンチさんじゃないですか。久しぶりですね」

「おや!ジェイくん、久しぶりですね」

「久しぶりね」

「あれ?ジェイを知ってるの?二人とも」

 

 遺跡ハンターであるサトツさんと、一ツ星(シングル)美食ハンターであるメンチさん、そしてジェイ。一体どういう接点があって知り合ったのか、そこそこ気になったけど、サトツさんからある意味簡単に、しかしだからこそ驚く言葉を聞いた。

 

「ジェイくんはハンターなのですよ、ヒノさん」

「えっ!そうなのジェイ。そんな話初耳だよ?」

「そりゃ聞かれなかったしな。お前はハンターにはあまり興味もなさそうだったし」

 

 いや、まあ確かにちょっと前までそこまで興味はなかったけど。いつのまにハンター試験を受けていたのやら。

 

「あ、そうだメンチさん。これ約束の物ですよ」

「あら、いつも悪いわね」

 

 そう言って、考え込んでいる私を他所にジェイは、片手に持っていたトランクを差し出し、メンチさんはそれを嬉々として受け取った。もしかしてジェイ元々この為にここに向かってたのかな?電話してすぐに到着とか、タイミング良すぎるし………。

 

「ところでジェイくんとヒノさんはどういったご関係で?」

「ああ。オレとヒノは同じ人に拾われたんですよ」

「と言いますと、シンリさんにですか」

「ほぉ、やはりの」

 

 その時、気づいたらまるで幽霊のようにその場にいて会話に混ざってきたのは、白い顎髭を弄る老人、ネテロ会長だった。相変わらず素早いね、ネテロ会長。

 

「飛行船でゲームをした時からもしやと思っておったが、やはりシンリの娘か、ヒノよ」

「ゲームって、会長受験生とそんな事してたのね………」

 

 三次試験前の飛行船での、あのボール取りゲームの事だね。

 サトツさんとメンチさんから、じっとりとした視線を向けられるが、素知らぬ風に明後日の方向を向くネテロ会長。

 

「まあいいじゃろ。ところでジェイ。シンリは今どこにおるのかのう?」

「そうですね………。今なら某国に不法侵入とかしてるんじゃないですかね」

 

 相変わらず私の義父は何をしているのか………。ていうか、

 

「ネテロ会長!シンリも知ってるの!?」

「もちろんじゃ。あいつはいろんな意味で有名人じゃしの」

 

 そこからネテロ会長が語ってくれた情報は、確かに私の義父、シンリの事だった。

 

 シンリ=アマハラ。

 世界の各地で凶暴な魔獣を手懐けて保護したり、さらに世界の各地で様々な悪徳マフィアや組織を壊滅させ、多くの賞金首も討伐している。

 が、それと反対に、ちょっとした手違いでまともな組織を壊滅させたり、街中に魔獣を放ったり、ついで国を滅ぼしかけたりしたとかしないとか。

 

 良い行いと悪い行いを天秤にかけても釣り合い、その二つが膨大な為、ハンター協会の問題児とも呼ばれいろいろと問題視されている。

 ゴンの父親のジン=フリークスと同じ問題児だが、こちらは個人的な規約違反や行方不明騒ぎと、外に影響のある悪行は基本的に無い。が、そこらへん被害総額的に危険度が高い問題児、それがシンリ

 

 そして私の育ての親でもある人物。

 

「問題も多すぎるのじゃが、本当ならその功績をたたえ一つ星(シングル)どころかすでに三ツ星(トリプル)でも問題ないほどのものじゃが、ハンター協会に顔を出さなくてのぉ。星を与えるには本人のハンター証を一旦協会の方に預けなくてはいけないのじゃがあやつは協会に来なくての。あまりにも来んので何度かてだれのハンターで家やアジト、隠れ家もしくは道中を襲撃してみたのじゃが誰もシンリの下までたどり着けなかったのじゃよ」

 

 やれやれという表情で語るネテロ会長。昔からめちゃくちゃだと思ってたけどここまでとは。

 

「ちなみにハンター協会内ではプラマイゼロで功績とか無くてよくね?という意見も多数上がっている。ああ、一応言っておくけどやったあとは後始末くらいはする奴じゃからな」

 

 まさか知らないところでそんなことしていたとは………うん、知ってるところでも

いろいろやってたけどね。

 

「じつは数年前にシンリと会って話してヒノ、お主の事は少し知っておったのじゃよ」

「そうなの?」

「ああ。お主のあの能力も少しな」

 

 ていうか、シンリから私の能力に関して聞いてたの?普通なら攻撃を喰らっただけじゃ能力の正体にそうそう行きつかないけど、会長程の念能力者、そして事前情報が合わされば、答えを出すのはそう難しくない。というより簡単に教えないでほしいんだけど………。

 

 ネテロ会長怒ったりしてるかな?と思ったけど、そうではないらしい。なんか見てみたら含み笑いとかしてる。

 

「十年以上前に赤子を拾ってよく育っておると嬉しそうに語っておったよ。そしてとても逞しく成長したとな。あやつの育てた子はどんなやんちゃな子かと思っての。ほっほっほ。なかなか面白く育っとるわい」

 

 う~ん、そうそう能力に関しては話してるとは思えないんだけど、やっぱりあまり言いふらさないで欲しい。

 

「ところでお主らはここで何をしてたんじゃ?」

「ああそうだ!ジェイ、用事って何?早く済ませて出かけたいんだけど」

「わかったわかった。まずはここからパドキア共和国まで行」

「パドキア!?」

「うわっ。どうした?」

「私そこに行くつもりでチケット予約しようとしたのに!」

「え、まじ?まあ今からでも予約すればきっと間に合うよ」

「おや?今日の飛行船はもう全て出てしまっていますから、次の便は明日になりますよ」

 

 そう言ったサトツさんの言葉で私は愕然としたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 そして次の日。

 

 結局私はハンター試験の最終試験会場となったこのホテルに泊まった。

 料金はネテロ会長がおまけしてくれた。持つべきものはハンター協会の会長だよね。  くぅ、あのまま飛行船に乗ってさえいれば・・・・。

 

「じゃあ飛行船も予約したしそろそろ出発だから行くか、ヒノ」

「あーあ。本当なら昨日のうちに飛行船に乗ってたのに」

「あはは、だから悪かったって。早めに用事は終わらせるからさ」

 

 くっ!おかげでゴンたちと一日遅れで出発だよ。パドキアまでは3日ほどかかるから、ゴンたちは今頃空の上かな。早くやること済ませてゴンたちと合流しよう!!

 

「で!?」

「ん?何が?」

「いやいや。一体私たちは何をするの?ホントにすぐ終わる?」

「………まあ、すぐ終わるかな」

「何その間は………」

「はっはっは。まあすぐに済むと(多分)思うから大丈夫だよ」

「………」

「あ、いや。ほんと大丈夫だから。多分用事事態は1日で終わると思うから」

 

 それならいいんだけど。

 早くキルアの家に行って見たいのに。暗殺者のアジトだから、ジャポンの絡繰り忍者屋敷よろしく、きっと罠だらけのはず!(だったらいいな)

 ゴンたちと合流するにはとっととやること済ませないと。

 

「よし!飛行船に乗りに行こう!」

 

 こうして私たちは飛行船に乗ってパドキア共和国に遅れながら向かったのであった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 現在、私たちがいるのはパドキア共和国の海沿いの町………の近くにある人の近寄らない洞窟の入口の前。それも、国が立ち入り禁止を指定した洞窟。

 

 ククルーマウンテンからはかなり距離があるから、飛行船で空港についた日に寝台特急に乗って2日移動した。ああ………どんどん時間が。もうキルア取り返したかな?携帯に連絡ないからまだだと思うけど。

 と思ったら、メールが来ていた。

 

 

[修行なぅ]

 

 

 ………………………え?何これ!?これ誰が送ったの!?

 携帯はクラピカのからだけど………クラピカがこんなメールするわけないし、レオリオっぽいと言えばレオリオっぽし、ゴンらしいと言えばゴンらしいし………。

 

 ん~?ゴンがクラピカに携帯を借りて、メールを打とうと思ったら慣れてないから長文が打てず、レオリオに現代風に使い方を聞いて、短くまとめた内容を打って私に送信した………て事かな?

 

 ああ、聞いてみたいけど、この場所なぜか圏外なんだよね………。気になる、気になるけど圏外!ああ、もどかしい!

 

「どうした、ヒノ?」

「………いや、なんでも無い。それよりここ何しに来たの?」

 

 ちなみにこの洞窟、中には魔獣とかいるみたいだから町の人は誰も近寄らないらしい。 つまり危険地帯ってことだね。

 

「ああ、実は探し物をしててな。蒼海石(そうかいせき)って言う鉱石なんだ」

蒼海石(そうかいせき)?」

「透き通るような蒼い鉱石。まあ見たらすぐわかると思う。この洞窟のどこかにあると思うから、それを探してくれ」

 

 この洞窟は国指定の立ち入り禁止区域らしいけど、ハンター証を使ってジェイも許可を取ったらしい。さすが、公的施設の95%が無料、立ち入り禁止区域75%、その他もろもろの特典付きのハンター証。ハンター証って便利!

 流石にジェイに限って密漁とかしないのは分かりきっていたけど。

 

「でも別にジェイ一人でも問題ないんじゃない?そんなに強い魔獣とか危険なものでもあるの?」

「いいや。ただ人手が欲しかったんだよ。ここ広いみたいだし。それでいて腕のたつ奴。ちょうど暇してるのがヒノしかいなくてさ。っていうか携帯持ってるのヒノだけだし。後場所的に通り道にいたからな」

 

 人手って………私も暇じゃなかったんだけどな。

 それに携帯は持ってなくても連絡の方法くらいあるでしょうが!!いや、場所も知らなければどうしようもないのかな?私の家族ばらけすぎでしょ?

 まあやるからには早く終わらせよう!

 

「よし!とりあえずとっととはいって見つけて帰ろう」

「結構広いからな。手分けして探そうか、一人で大丈夫か?」

「バカにしないでよ。すぐに見つけてみせるもんね」

「その心意気や良し。じゃあ行くか」

 

 そして私達は、鉱石採掘に洞窟の中へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 許可をもらって立ち入り禁止区域に入り、先へと進む。なぜ立ち入り禁止なのか?それはとても危険だからだー!まあ他にも普通に珍種とか絶滅種とかも生息しているらしいからなんだけどね。乱獲されたら困る生物も多いらしい。

 

「こんだけ広いとどれだけ時間がかかるのやら」

 

 ちなみに分かれ道があったからジェイとは一旦別れた。そしてここは携帯がなぜか圏外だから使えない。つまり連絡手段はないので迷ったらあの世行きかも。うん、思った通りに危険な洞窟だったよ。

 

 え?連絡取れないなら一緒に行動しろ?どうやって出るんだって?まあ一応念を使った気配とかは私もジェイも感じ取れるから、いざという時は強烈に【練】とかで多分いける、というような無謀なのか互いを信頼し合っての方法なのか微妙な感じで。私達は前へと進む予定。

 

 ちなみに洞窟に穴を開けて出ようものなら全壊する可能性があるので壊すのは厳禁。なんて面倒な。まあ少々壊したりする分には大丈夫らしい。。

 

 そんな愚痴をこぼしつつ洞窟の中を探索する。

 洞窟に入って10分程歩いたけど、はっきり言って何もない。

 岩、岩、岩と、辺りは岩だらけの洞窟。鉱石のこの字も見当たらない。ランプの火種がなくなる前に帰りたい。まあランプの火種がなくなってもあんまり困らないんだけど。ほら、【円】とか使えば。念って便利。

 

 永遠と続くかと思われる暗闇の洞窟を進んでいくと、奥で何かを見つけた。

 

 鉱石じゃないみたい。それはなぜか?だって動いてるし。

 私はランプで前方を照らしてみるとそこにいたのはクマのような魔獣。全長は3mはあろう巨体にふかふかそうな毛皮、鋭い爪と牙、そして4本の豪腕な腕………4本!?

 

 これが魔獣か~………。おっきぃなー。極めつけに額から生えた2本の角。間違いない、この魔獣はたしか昔聞いたことがある。縄張りに入った生物を問答無用で襲うと言われているらしい、ガリーベア。縄張り意識の強いこのクマは非常に獰猛で見逃すという選択肢はないらしい!!

 つまり、レッツファイト………バカな!?

 

「グルルル、ガアァア!!」

 

 ガリーベアは、4本の腕を振るって威嚇を行った。ちなみに、ガリーベアの威嚇は敵を退散させたり自らの力を誇示する目的じゃなく、お前をこれから殺すという死の宣告らしい。………これってめちゃくちゃ危険じゃない?

 

「グガアアァ!!!」

「うわっ!!来た!」

 

ドゴオオォ!

 

 めっちゃ迫ってきた!!殴りかかってきたのでバックステップで避けたら、さっきまでいた地面が抉れていた。けど、すぐに横へと動き、回転するようにして、ランプを持っていない方の肘をガリーベアの脇へと打ち放った。

 

「グウアウゥ!」

 

 けど、意外とタフネスなのか、対してダメージが入ってなかった。すぐに4本の腕を振り回して攻撃を仕掛けてくる。

 

(?これって………)

 

 少し違和感を感じてもしやと思い【凝】をして見てみると、このクマ【纏】をしてるし………。さすが魔獣。普通ならそうそう魔獣といえど念を使えるモノが少ないけど、思ったよりもすごいクマ。この洞窟はレベルが高い。などと考えている場合ではない!!

 2激3激と4本の腕を匠に動かして連撃を放ってくる。

 

「ねぇねぇー!話し合おーよ!」

 

 反応なし。という事は魔獣だけどキリコみたいに意思疎通はできないようで動物よりみたいだね。まあ野生動物並だったら躱すのもたやすい。けど4本もあるとかなり面倒。

 

 【纏】だけでも結構痛いんだよね………。まあ所詮は動物。根本のところで動物でも人でも本能的に自分より格上の者に対して恐怖を抱く。威圧して黙らせるのには一番有効。

 

「大人しく、してね」

 

 わずかに敵対の意思を見せつつ、【練】をしてガリーベアに語りかける。一瞬、ガリーベアは立ち止まり、自分の死を想像した。なすすべなく自身が哀れな肉塊へとなり果てる姿を。しかしさすがは魔獣であり念を使うだけある。震えを抑え再び闘士を漲らせ、死をも恐れず再び素早い動きで4本の腕で攻撃をしてきた。

 

「やっぱりダメだったね。じゃあ………ちょっとごめんね」

 

 ランプを高く放り投げると同時に、私は地面を蹴りだし、壁と天井を蹴って一瞬で、ガリーベアの背後に周った。瞬間、【練】で高めた念を拳に送り、0距離でガリーベアの背中へと強打を浴びせた。

 

「グアアァ……ァ………ア」

 

 

ドシャア!

 

 

 ガリーベアは力なく崩れ去り、私は落ちてきたランプをうまくキャッチした。

 すると小さな影が近寄ってきた。見てみると2匹のコグマ、倒れたガリーベアに駆け寄ってるから、この人(?)の子供みたい。

 

 私が三匹に近づくと、警戒するようにコグマが毛を逆立てた。

 

「大丈夫だよ、殺してない。ちょっと当身をしただけだから、命に別状は無いよ」

 

 今倒した親クマに近寄ると、すぐに目を覚ました。一応背中の傷を見てみるけど、特に問題無い。これならすぐにでも良くなる。自分でやっといてだけど、良かった。

 

「【硬】だと流石に殺しちゃうから、【凝】にしたけど、流石に【纏】だけじゃ防げなかったね。ちょっと勢いつけちゃったよ。ごめんね」

「……お前……なぜ助ける………」

「!?しゃべれたの」

「まあな、オレの種族は普通にしゃべることができる。まあオレの子はまだ小せぇから喋れないけどな」

 

 まさかしゃべれるとはね。ちょっとくらい話してくれても良かったのに。

 けど意外に話せる魔獣だね。知っているよりも随分と温厚そうだし。やっぱり話をしたからかな?

 

「それよりなんで助ける。人はオレらを問答無用で殺しにかかる。本来オレらの角や爪は武器などの材料にも使える貴重なもの。それに子供は高く売れるそうだ。お前もそれを狙ってきたんじゃないのか?そうだと思ったから話し合いに応じずお前を倒そうとした」

 

 なるほど。あの死を恐れぬ立ち回り。あれは縄張りに入ってきたものを問答無用で攻撃する為じゃなく、自分の子供を守るために戦っていたのか。

 

「別に角はいらないよ。子供もね。私は鉱石を探しに来たの」

「鉱石?それは、蒼海石(そうかいせき)のことか?」

「知ってるの?」

「ああ、海を圧縮して作り出したかのような青色をした綺麗な石でな、何回か見た覚えがある」

「ガリーさんはその蒼海石持ってるの?」

「いや、見ただけだ。ここじゃ特に必要ない………というかガリーさんって誰だよ」

 

 ガリーベアのガリーさんに決まってるじゃない!種族名より名前!

 ていうかそれより、蒼海石!

 

「だったら、どこにあるかわかる?」

「さあな。洞窟の奥にあるのは確かだが、どこかまでは覚えてねぇな。適当に歩いて行って、帰りは巣の匂いを辿って帰るからな」

 

 という事は、やっぱりそのまま当てなく行くしかないのか。一先ずガリーさんも大丈夫そうだし、ささっと言ってこようっと。

 でも、その前に―――

 

「ガリーさん、一つだけお願いがあるの」

「ん?何だ…」

「その子クマを、その子達を抱きしめさせて!なんかすっごい柔らかそうだから!」

「………いや、まあ潰さないなら構わないが………。ほら、お前たち、こいつは、敵じゃない」

 

 そう言って柔らかい口調でガリーさんが子クマの頭を撫でると、2匹のクマはてくてくとあるき、私の足元にすり寄ってきた。そして恐る恐ると一匹を両手で掴みぎゅっと抱きしめる。

 

「ガリーさんやばい!この子めっちゃモフモフしてる!」

「………そうか、それは良かったな………」

 

 ガリーさんがなんか呆れてる表情をしている気がするけど、気にしない!だってこの子めちゃくちゃ柔らかいんだもの!

 

「ああ、そうだ。お前はこれから奥にいくつもりか?」

「そうだけど」

「お前と似たような力の持ち主が、この洞窟に入り込んでいる。少し前にここを通って行った奴だ」

 

 この通路って事は、ジェイと別人!?他にも、誰かがこの洞窟へと入っている。都合よく私達と同じハンターが入っているとは考えにくいから、おそらくは………密猟者の類が。

 ………旅団の誰かとかいたらどうしよう。

 

「それってどんな感じの人とか分からない?」

 

 何かしらの情報なら、あるだけ嬉しい。けどクマ視点って事だから、やばそうとかやばくなさそうとかそれくらいしか分からないかな?

 

「そうだな………多分雄の実力者だな。長い刃物を持ち歩いた、割と髪の長い奴だったな」

 

 おお、なんか意外と情報があったことに驚いた。

 けど残念ながら、私の中で該当するのは、ぎりぎりノブナガが近いかな?まあ多分違うと思うけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ネテロ「あ」
サトツ「どうしました会長?」
ネテロ「うむ、うっかりしておったよ」
メンチ「会長もついに老人特有のあれが?」
ネテロ「いや、そういえばヒノに裏試験について言うの忘れちった」
サトツ「あ………」
メンチ「あ………」


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第15話『エンカウント・アクアマリン』

新しくパドキア共和国編と章を付けてみました。



「じゃあね。お土産持ってまた通るからその時はよろしくね」

「ああ………手当もしてもらって悪いな」

「いいのいいの(ていうか私が攻撃したあとなんだけど………)」

「例えお前がくれた一撃だろうとな」

「なんかごめんね!?それじゃ、またね!」

 

 一先ずガリーがなんとなく行ったらしい順序を教えてもらったけど、真っ暗闇なので普通に行けば時間がかかりそう。だけど、そんな時間をかけるのは真っ平なので、なるたけ時間短縮で色々やらせてもらおうっと。

 

 それに、もしかしたら密猟者と遭遇するかもしれないから、そこらへんも気を付けていこうかな!

 

 通常、【円】を使えばある程度の距離は一瞬で把握できるけど、限界まで伸ばして他の念能力者にこっちの存在を感知されて警戒されたらそれはそれで後々洞窟探索した後が面倒なので、もう少し分かりにくい方法を使おうと思う。

 

 私は地面に片手を付きながら同時に片膝を着き、全体に念を込めて、徐々にズシリと念を深く沈めるように操り、地面へと拡散した。

 

 【円】の変化形応用技、【(ソウ)】!

 

 私の足元の念が、前方へと薄く、地面を這うようにして伸びていく。まるで念でできた敷物の上にいるように、細かな地面の隆起を覆い、表層を走る念は、その広がりを徐々に速めていった。

 

(10………100………200………300………)

 

 【装】は、〝念で大地を(よそお)う〟とう意味合いの元、基本足元から念を薄く地面を覆うように広げ、その上に立つ者達の事を感知する。ただし、分かるのはその上に立つ、つまりは足跡の形のみ。【円】と違って空気中の3次元的な部分は一切判別できず、あくまで表面的な部分のみ。

 足跡の動きで生物が動いているというのは分かるが、その上がどういう形をしているかは全く分からない。

 

(けど、こういう入り組んだ洞窟の道を調べるには、もってこい!)

 

 通常の【円】で使う念量でなら、【装】は【円】の数倍以上の範囲を網羅できる。

 わかりやすく言えば、球体の粘土を上から押しつぶせば、球の直系の数倍の円が作り出せる、みたいな感じかな。

 

(………800………900………1000………1100)

 

 そしてそこから私を中心とするのじゃなく、前へ、前へと念を押し広げる。通常の【円】は念の使用者を中心とした球体上だけど、私は今、この位置を端として、通常より限りなく広い【装】を作り出した。

 

(………1400………1500………1600!………水辺?………それに、鉱石!)

 

 直線距離だとおよそ500メートル程。でも道が曲がりくねってたりしているから、道なりにしておよそ1.6キロメートル。流石に壁を壊すわけにはいかないけど、おおよその道は把握した。この水辺、中にごつごつとした岩肌じゃなく、直線的な形の岩、多分鉱石。

 多分だけど………蒼海石(そうかいせき)

1人、2人…12人?結構な団体さんがいるなぁ」

 

 流石にここまでの大人数だと、密猟者でほぼ間違いなさそう。まあ国の調査隊とか、ハンターグループという可能性もあるけど、確か国からの調査隊は暫く無いはずってジェイが来るとき言ってた気がする。そしてここにハンターが多人数で来るような物は無いとおもうんだけど………。

 

 なんにしても、行くっきゃないかな!

 

 【装】を解除した私は念を広げ、半径20メートル程の【円】を展開する。これで私の半径20メートルの中にいるもの、入るものは、全て肌で感じ、手に取るように分かる。岩の凹凸、天井に止まる蝙蝠、周りを飛ぶ小さな虫。

 洞窟の横幅は、およそ15メートル程。この間合いなら、近づくものに対して対処する事ができるはず!

 

 さてと、ようやく本番、かな?

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 【円】を広げまま、私は暗闇の中を駆ける。

 

 ランプは消してカバンにしまったから完全な暗闇。だけど【円】なら例え目が見えなくても手に取るように周りが理解できる。野生動物や魔獣は多く存在したけど、ガリー並の魔獣となるとそうそういなく、相手が気づくより早くその場を通り過ぎ離脱を繰り返してた。

 そして、人の気配が濃くなった事を察した私は、【円】を消し、【絶】で気配を絶って移動をする。通路の向こうからは、チカチカとオレンジ色の明かりが、ゆらゆらと影を揺らしながら光っていた。

 

「ったくよぉ、割に合わねーんじゃねぇのか!必死こいて探して、見つかったのは子ウサギ一匹だぜ?」

「ぼやくな。魔獣と違って楽に手に入ったから良かったじゃねぇか」

 

 男の人の声。そっと忍んで岩陰から見てみれば、洞窟を歩く10人程の、見た目迷彩柄の服装に銃器を持った、まさに密猟者っぽい恰好をしている人達。

 

 ………………ていうかこの人達普通に密猟者じゃね?ていうか会話がまさにそうだし。

 

 一般人なら入れば命はなさそうな洞窟だけど、ある程度の知識と装備さえ整えれば、何なりとは入れてしまう。人の手が入らないこの場所では、すでに絶滅した動物なども生息している。鉱石目当ての人間にとっても密猟者にとってもまさに宝の山。

 

「どんだけ獲れたよ?」

「今回一番高値が付くならブラックラビットだな。後はガリーベアの子供でも手に入れば願ったり叶ったりなんだがな」

 

 ガリーさん家の子供も?よし、とりあえずあれとっちめればいいってことだよね。よくよくと見てみれば、密猟者の一人が籠を手に、中には一匹の黒い兎が入っていた。あれが多分ブラックラビット。

 

 生物的な価値は知らないけど、可愛いから助ける!

 

 密猟者の数は10人。そのうち素人が3人、戦えそうな奴が4人、そして念能力者が3人。

 じっと見てみれば、念を使える物そうでない者はよくわかる。危険地帯だからこそ、必ず【纏】をしているから。

 

 そこまで強いというわけでないけど、圧倒的に弱いわけでもなさそうだし、あとはどんな能力を使うかだけどとりあえず奇襲気味に行きますか!

 

 足音を殺し、念を使えるであろう一人の背後に降り立って、念を込めた手刀を放った。

 

ビシイィ!

 

「ぐ!うぅ………………」

 

 思わぬところからの一撃、というのもあって、相手の【纏】の防御をぶちぬいて、一気に気絶させる。けど、流石に他の人達は気づき、その瞬間近くにいた2人の意識を刈り取った。

 

「おい!!大丈夫か!!」

「誰かいるぞ!!気をつけろ!」

 

 一旦立ち止まり姿を見せると全員驚いた顔をした。

 

「子供だと!?しかも女」

「密猟はいけないよ、おじさん達。そのうさぎをこっちに渡したら加減してあげる」

「んだとぉこのガキ。てめえら!やっちまえ!!!」

 

 拳銃やらナイフやら、腰や懐の備えを取り出し、密猟者は武装をするが、私はその隙に、さらに肉薄し、近くにいた2人を気絶させた。後ろ手に、小石な投げつけ唯一の光源となっていたランプを破壊した瞬間、空間が闇に包まれた。

 

【円】!

 

 半径10メートル程の【円】を展開すると、手に取るように相手の位置がわかる。

 10人中、5人は気絶させた。後は、念使い2人、戦闘員2人、非戦闘員1人って、所かな?

 暗闇で思考が低迷している密猟者達の意識を絶とうとした瞬間、横合いから飛んできた一撃に立ち止まり、後ろに飛んで躱した。その際、私の視界を左から右へと飛んでいく物体を見つめた。

 

(これは………念弾?)

 

 放出系の念能力者は、多くが念を肉体から切り離して能力を発動する。最もシンプルなのは、念弾、つまり念の塊を飛ばして攻撃するパターン。旅団のフランクリンとかは、自分の指先から念弾を飛ばして、ガトリング砲顔負けの破壊力を見せてたけど、今見ている物は、よくても拳銃程度にしか見えなかった。

 ………これは加減してるとかじゃなくて、これが最大?いや、そんなわけないよね?

 

「おいお前ら先に行ってろ。俺らでやる」

 

 密猟者の中の念能力者の一人の言葉を聞い、て一目散に予備のライトを出して奥へと走り去った。向こうはこちらが念が使えるとわかったみたいだし、同じ念能力者で私を片付けようって判断みたい。

 

「さてと。嬢ちゃん、泣いて喚いても遅いぞ」

「カカカ。とっととやっちまおうぜ」

「うさぎを渡してくれたら加減してあげるよ」

 

 もう一回同じセリフを言ってみるけど、やっぱり全然効果無かった。返事を聞く前に二人して攻撃してきたからね。

 

 念を込めた拳で殴りかかってきたからしゃがんでよけたら足払いをしたけど相手もなかなか、バックステップで避けて一旦距離を取った。

 

「へっ、しゃあねえな。すぐにおしまいにしてやる」

 

 そう言って取り出したのは。

 

「筒?」

 

 直径3センチに長さ1メートル程の筒。本来飛び道具を飛ばすための道具に、先ほどの念弾。

 

「くらえ!!」

 

 息を込めてこちらに向かって吹くと、鋭い念弾が飛んできた。紙一重で回避し、念弾はそのまま私の横を通過して壁に当たり、背後の岩が少し割れた。それに続くようにして、相手の吹き矢男がニヤリと笑い、もういちど吹き矢で念弾をだして攻撃してきた。

 

 あれ?さっきより早いしもしかしたら。避けて後ろの岩を見るとさっきと、変わって粉々に砕けていた。さっきより、威力が上がってる。

 

「どうだ。オレの【空気念銃(エアショット)】!入れる空気の量で威力を上げることができる。輪ゴム鉄砲並の威力から、拳銃並に威力が変えられるぜ!これが防げるか?」

 

 どんどん念弾を出して攻撃してくる。威力は拳銃並で岩が多少砕けるだけだけど、数が多ければ崩れるかもしれない。となると一巻の終わり!?念弾の威力より洞窟崩壊に危機を感じてしまった。

 

 まあこの洞窟聞いてたより丈夫みたいだし大丈夫だろうけどね。………多分。

 さて、連射できるようだし面倒だから………正面突破で瞬殺!!

 

「くらえ!!」

 

 筒を何本も取り出し、一気に多くの念弾を発射する。

 体内で通常より多くの念を練り上げ、【練】を維持する。これぞ、【堅】!

 

 ガガガガガガガガ!

 

「何!!」

 

 全て受け止めて、問答無用で突っ込む。所詮拳銃程度しか威力が出せないみたいだから、割と余裕でガードできる。フランの能力と比べるとどうしても見劣りしてしまうけど、まあしょうがないよね?相手はA級賞金首の旅団のメンバーだし。

 

 そのまま一瞬で肉薄し、腹部に向かって拳を放つ。その一撃で、あっけなく倒れ気絶した。

 

「よし。後一人」

 

 もう一人を見てみるとこちらを向いて笑ってる。探検隊コスチュームに帽子とゴーグルをつけた男。まあ探検家とか冒険家に見えなくも無いけど、あれは密猟者だよね。

 

「カカカ。どうにかそいつは倒せたようだがオレはそう簡単にはいかないぜ。お前らが戦ってる間に準備は終わらせてもらった。行け!!」

 

 そう言うと周りの岩が動き出した。そしてそこから人型の岩が動いて数体出てきた。

 これはおそらく、というかほぼ確実に操作系の能力。それも岩を人型にして操るというちょっと変わった能力。分かりやすく言えば土人形(ゴーレム)を作って操る能力ってところかな。

 

 体格2メートル程と、全部同じ大きさの人型なのは多分この大きさが限界なのだろう。 数はそこそこ多い15体。どうしようか。

 

「この【土木人形(マッドゴーレム)】はそう簡単に倒せるほど甘くないぞ。限度はこれだが、2メートルのゴーレムがお前を倒してやる!行けゴーレム達!」

 

 同時に12体の人形が向かってきた。3体は自分の身を守るようにそばに置いておいてる。

 どうでもいいけどさっきの人といいこの人といい、随分と丁寧に自分の能力名とか簡単に教えてくれるんだね。ゴーレムの攻撃を避けながら考える。

 

 パンチ、蹴り、攻撃は単調。動きは少し素早い。力はある方。1体の攻撃を躱し念を込めて蹴り砕くと、砕けた箇所を無視して構わず攻撃してきた。【堅】を維持したままガードして距離を取る。

 

向こうは防御を考えず攻撃するとなると少し面倒。だけど、再生とかはしないなら、さして問題は無いかな………ん?あれは………。【凝】をしてみてみると………なるほど。

 

「読めた!!マッドゴーレム敗れたり!」

 

ゴーレムの蹴りを飛んで躱し、足の上に乗り再び飛び上がり、ゴーレムの背後に周り手を伸ばす。するとゴーレムは崩れてただの岩となった。ただの岩は少し動いていたけど、やがて止まった。

 

「なっ!!」

 

 私の手には、(ノミ)のような太さの針が握られていた。………針?いやもうこれ鑿でも良くない?

 

「岩に指した針から念を送り込み、人の形にして操る。だから針を抜いたら形を保てなくなり操ることができないみたいだね。それが土木人形(マッドゴーレム)の正体」

 

 ま、言っててあれだけど、同じ操作系のイルミさんの針より全然弱い。いや、比べる対象があれなだけで割とすごいと思うけどね?岩の人形形成するとかね。

 

「ぐっ!!だ………だからどうした!!まだゴーレムは14体もいるんだぞ!やれぇ!」

 

 ゴーレム自体の攻撃性能は割と単調なので、躱しながら【凝】をして全体にかかってる念の中から、ひときわ強い場所から針を抜き取り形を崩す。それを繰り返す!!

 

「なっ……あ………そんな!!」

 

 そして残りは自分を守る3体のみとなった。

 

「残りは3体。準備とか言ってたんだからこのゴーレムを作り出すのには少し時間が必要なんでしょ。だから今からすぐ作り出せずあとはその3体だけでどうにかするしかないわけだね。あと単純に針がもう無いとか」

「………(図星)」

「これにて終了、終わりだね」

 

 【硬】を拳に纏い、残りのゴーレムを一瞬で破壊した。そのまま、同時に操作主も攻撃して気絶させる。あ、もちろん【硬】のままじゃないよ?当てる前にちゃんと【凝】にしておいたから死んでないからね?

 

 とりあえず、倒れた人達をざっと見渡して、バッグの中からロープを取り出して縛り上げといた。これで一先ず問題は無いかな?あ、何人かは奥に行ったけど、念が使えそうなのはここにいる3人だけみたい。あ、1人は一番最初に気絶させた人だよ。

 

 この人達は放置しといて、帰る時に回収しよぅっと。

 

 それより問題というか目的は、蒼海石のありか。多分この辺りだったと思うんだけど………もう少しこっちの方かな?

 

 【装】をして足元を把握すると、液体に触れるような反応を見つけた。近場に敵がいなさそうな事を確認して、一息で走り出す。

 そして見つけた場所は―――――!

 

「………綺麗」

 

 こういう空間を幻想的と言うのだろうか。

 目の前に広がる直系20メートル程の小さな湖と、水面でキラキラと反射する光。透き通った水の中をよくよくと見れば、直線的な水晶のような蒼い石が、青白く穏やかな光を発し、湖自体が光っているように見えた。

 

「これが蒼海石。すっごい分かりやすいね………」

 

 足元にしゃがみ込み、水の中に手を入れて、浅瀬の地面から突き出た小石サイズの蒼海石に触れ、引っ張ってみる。意外と簡単に、ポロリと地面から取れて、私の手の中に納まった。

 

「わぁ、綺麗。まるで飛行………あ、なんでもないや。あれ?」

 

 パシャリと水中から取り出した瞬間、溶け解れたかのようにさらさらと、手の中の蒼海石は砂となってしまった。後に残った蒼い砂。これはこれで綺麗だから、もらっとこうっと。小さな小瓶に入れておく。なんだかこういうおみやげ物って売ってそうだね。

 ここ立ち入り禁止区域だから絶対に無いとは思うけど。

 

 しかしこうなると、ジェイに採り方を聞かないとどうしようもない。………そういえばジェイ今頃何してるかな?

 

 キィイン!

 

「!これって、刃物と刃物がぶつかる音?てことは、ジェイかも」

 

 微かに聞こえた金属音。少し耳を澄ますと、連続して似たような音が聞こえてきた。

 私が入ってきた穴とは別の穴の奥。ジェイの行先は、あっちに通じているという事か。

 

 一先ず岩を駆け、音のする方向へと向かう。明かりをつける手間が惜しかったので、【装】をしながら地形を把握して走る。そして、誰かが動いている音と感触を感知した。

 

 ついたけど、当然ながら暗闇その為、【凝】をすることで、多少の把握はできる。他社の念を見る事のできる【凝】なら、例え暗闇でも、おおよそそこに人がいるというのがわかるのだ。ホント便利だよね。

 

「らぁ!」

 

 多分どちらかの声だろうけど、正直よくわからないし、結構なスピードで互いに地面を天井を蹴り、定期的に金属音と共に火花が散る。念の変化具合から、片方はジェイって事は分かるんだけど、もう片方も結構な使いってぽい。

 

 【凝】で見た念の形だと、多分刀みたいなのを持ってるっぽい。てことは、もう片方はガリーが言っていたやり手の密猟者?ジェイと戦えるレベルって言うと、結構強いね。うん、マジで。

 

 あ、ちなみにこの場所今普通に真っ暗。二人とも【凝】をして相手を把握しながら地形はほぼ勘だよりで戦ってるっぽい。………人間業とは思えないね(言ってるヒノの戦い方も常人離れしている)

 

 二人とも私に気づいてないみたいなので、私は手元のランプに火をつけて、辺りを照らした。

 

「「!!」」

 

 その瞬間、二人の動きが一瞬止まる、と同時に私に2人の視線が突き刺さった。

 

 一人は、天然パーマのような色素の薄い黒髪に、手元でナイフをくるくると器用に弄ぶ青年、私の義兄であるジェイ。これは正解。

 

「ヒノ!?」

 

 そしてもう一人は、ガリーの言ってた特徴と一致している。

 青いハンチング帽の中からこぼれる、腰程まである長い銀色の髪と、鋭く標的を見据えるような双眸。長身痩躯の男は、手元の刀を振るい、ランプの明かりがつくと同時に私を見る。

 

「子供!?」

 

 その瞬間、ジェイも対戦者も、同じように私に向かって叫んだ。

 

 

 

「「離れてろ!この密猟者、厄介だ!………………え?」」

 

 

 

 あれ?この人もしかして………………密猟者じゃない?

 

 

 

 

 

 




ヒノ「今日出たオリジナル念能力と応用技を紹介するよ♪」


(ソウ)
【円】の変化系応用技。人体から地の表面を覆うように念を薄く広げ、そこに触れた物を感知する。【円】と違って空気中の三次元的な事は分からず、念に触れた部分しか分からないので、人が歩いても足運びや足の形などしか分からない。ただ動いているので人や静物画そこにいるという事はわかる。【円】よりは気づかれにくい。念を薄く延ばすので、【円】と比べたら射程距離が遥かに長くなる。

ヒノ「意味合いは、〝念で大地を(よそお)う〟っていう事だよ」



空気念銃(エアショット)
放出系念能力。空気を取り込み念と共に筒から吹き矢のように念弾を飛ばす。吸い込み吐き出す空気量と念量を調節すれば輪ゴム鉄砲並みから拳銃並みに威力を変えられる。息を混ぜ合わせる事を制約にして、念の消費量を抑え、破壊力を上げている。

ヒノ「拳銃と比べたら弾切れは無いけど、気を付けないと息切れするから注意だね」



土木人形(マッドゴーレム)
操作系念能力。鑿のような針を岩に突き立て、岩の人形を作り操作する。密猟者は限界で体格2メートル級を15体作れるが、その分操作性能は単調になる。密猟者の練度があまり高く無いので、針を突き立て5秒ほど念を込めなくては、岩を人型に形成できない。針を外せば岩は崩れて、操作不能となる。

ヒノ「【凝】で見てみれば意外とわかりやすいよ!針だけ念が強いから」








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第16話『不可思議な刃物』

オリジナル回終了!次話よりキルアの家に向かいます!



「おお、これこれ。流石天然鉱石。輝きが違うなぁ」

「これ水から出したら砂になっちゃたんだけど、どうやって持って帰るの?」

「海水に浸したまま持って帰るんだ。あっと………ああ、これこれ」

 

 そう言って前を向きながら、右手で背中のバッグを漁ると、中から蓋以外が透明な水筒のようなケースを取り出した。捻ってケースを開き、水につけて水事鉱石も同時に入れ、そのまま蓋をして取り出した。

 

 水に浸されたままの鉱石は、ケースの中でキラキラと青く光ってる。やっぱりどう見ても飛〇石にしか見えない………。これもって落ちたら飛べるかな?

 

「よし、鉱石回収したし、とっとと帰るぞ」

「はーい」

「そっちは終わったか。こっちも、これで全員だな」

 

 私とジェイ以外の3人目の男性の声。

 後ろから何かを引きずるようにやってきたのは、長身痩躯の男の人。青いハンチング帽をかぶり、そこからこぼれるのは私より長い、腰程までありそうな銀色の髪。腰に装備の武具である鍔の無い刀を備えた姿は、軽装だけど、それだけでここを切り抜ける実力がある事がよくわかる。念の扱いも、かなり強い。

 

「カイトさん!………ていうかそのひきずってるの、全部密猟者なの?」

「カイトでいい。こいつらはグループで活動する密猟団『タラクパラ』の奴らだ。この洞窟には絶滅種の動物などを獲りに来たんだろう」

 

 顎で自分の背後を示せば、カイトの手に引きずられた、縄で縛られた10人ほどの密猟者がそこにはいた。あ、引きずられたって言っても、一応意識はあるよ。そりゃ人間10人以上も引きずってられないよ。普通に歩かせてる。

 そしてすぐそばには、私が戦闘不能にした密猟者が、やっぱり10人程縄で縛られて立っている。

 

 そしてジェイの鉱石採掘が終了したので、私達は帰路に着いたのだった。

 

「カイトはここ何しに来たの?ジェイと同じで鉱石採掘?」

「いや、俺の目的は生態調査だ。俺は契約ハンターだから本来なら今の時期は別の国の調査をしている途中だったんだが、急遽少しだけ懇意にしてる依頼人から依頼が来てな。俺はグループで調査活動をしていたから少し任せて、俺一人でここを少しだけ調査しに来たってわけだ」

 

 なるほど。ちなみに、話の内容で分かる通りカイトは私達と同じハンターだったよ。話してみたら普通にいい人だった!

 

 あの後、ジェイとカイトは互いに相手を密猟者だと思って戦っていたらしい。ちょうど密猟者が地面に倒れ伏していたので、先にジェイが密猟者と交戦中だったところにカイトも入ってきて、なし崩し的に互いが互いに密猟者と思い込んで戦っていたと。

 あの二人も優秀みたいだけど、抜けるところ抜けてるね(ヒノも人の事言えない)

 

「それにしても、二人とも強いな。正直俺も強くなった自信はあったんだが、俺より若いのに大したもんだな。念の扱い、とりわけヒノ、お前は念を覚えてどれくらいなんだ?」

「え?………どうなんだろう。すくなくとも物心着いた時から使ってた記憶あるけど」

「………………」

「あー、カイトさん?そいつの事深く探ろうとすると面倒になるからそんな感じって思っといた方がいいですよ。色々おかしいから」

「それもそうだな」

「ジェイひどい!ジェイだってそうじゃない!」

「俺はシンリに拾われる7歳以前の記憶が無いから何とも言えないな」

「私だって自分の本当の親も故郷も知らないもん!」

「二人ともさらっととんでもない事言ってるな………いや、俺もスラム出身だから人の事言えないけどな。いや、二人に比べたら大したことないだろうけどな」

 

 いや、十分大した人生経験だと思うよ?私とジェイはもはや今更感あるから割とどうでもいいんだけど。実際知らない事は知らないから、特にいいかなって。調べようにも手掛かりも何もないし………………いや、シンリに聞いたら何かわかるかな?

 

「ん?二人とも止まれ。獣の気配だ。それも、念を使ってるな。魔獣か?」

「あ、それって多分―――」

「戻ってきたのか、ヒノ」

 

 のしのしと重い足取りと同時に声をかけてきたのは、肩に子熊を2頭乗せた4本腕の大熊、ガリーべアのガリーさんだ!ちょっと子供抱かせてよ。

 

「グァ」「ガォ」

「ああ!二人共可愛い!」

「ガリーベアか、珍しいな」

「この子達もカイトの調査報告対象?」

「本来ならな。だが、人語と念を使う魔獣は珍しい。とりわけ【纏】だけでも念を使えるのは報告には挙げられないな。そうなっては、国がどういう対応をするか分からないからな」

 

 そう言って、カイトは笑いながら私のそばの子熊の一頭を撫でる。

 

「国による自然保護も大切だが、人が入らないこそ成長できる生物達もいる。こいつらは、今まで通りここでのびのび暮らすのがいいさ」

 

 確かに、念は基本一般社会に浸透していない。あくまで一部の実力者という枠組み、それに権力者や資産家などの上層階級の人間の周りにはその影が多い。そんな不思議な力を持つ動物がいると分かれば、調査と言う名目で捕獲、実験なんて事も、無いとは言い切れない。

 流石にこの子達がそんな目に合うのは、可哀そうだしね。

 

 帰りがけ、【練】のやり方だけ教えて行ったよ。なんか知らないけど割とすぐにできたから、多分そうそう負けないんじゃないかな?頑張って、ガリーさん!

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「見てみて!出口だよ!」

「ふー。やっと暗闇から出られる。つっても、外はもう夜中か」

 

 洞窟から出ると、既に太陽は隠れてどっぷり暗くなった夜。涼し気な夜風と、満天の星空は中々にきれいな光景だね!夜の砂浜と海って言うのも乙な物だし。

 洞窟内にいた密猟者を全員も出てくる。全員腕をロープで縛られて列を作っている様を見てみると、まるで囚人のように見えるよ。犯罪者という点では同じだけど。

 

「さてと、こいつらは近くの番所にでも突き出すか。ああ、カイトさん。俺ら連れてっときますけど?」

「いや、俺も無関係ではないから同行しよう。それに―――」

 

ギイィン!ギン!ギイィン!

 

 気づけば、カイトは私とジェイの前にいて、抜身の刀を構えていた。暗い夜の砂浜を見てみれば、カイトの足元には真ん中で両断された、鉛の弾丸が落ちていた。

 銃弾を刀で切り捨てるとか、この人ゴ○モン?

 

「密猟団『タラクパラ』は確か、俺達が捕まえた連中の他に、後30名程メンバーがいたと記憶しているからな。どうやら、団体さんのおでましだ」

 

 カイトが向いた方向を見てみると、砂浜には複数………というのじゃ物足りない、とりあえず沢山の数十人、それこそ今カイトが言った30人近くが、私達の目前に、それぞれ銃器だったり剣だったり、取り合えず武装してぞろぞろとたむろってた。念能力者も何人か混じってる。

 

「てめぇら、よくも俺らの仲間を。おとなしく渡してもらえれば、手荒なことはしねぇ」

 

 と、密猟団の一人が言っているけど、明らかに嘘と分かる言葉。絶対返したとしてもここから返さないつもりだし、これだけの人数連れてきてはいさよなら、は無いでしょ。

 

「仕方ない。密猟団を全員検挙できるチャンスと思え。敵が逃げない以上、ここで全員捕縛する」

「了解。一人頭10人程倒せばいいかな」

「まあ念使い混じってるけど、そこは臨機応変に」

「おいてめぇら!何をグダグダと喋ってやがる!とっとと――」

 

 その密猟者が最後まで言い切るよりも早く、カイトの拳が深く相手のみぞおちにめり込み、他の仲間を巻き込みながら吹き飛ばされていった。わー、よく飛んでいくな~、と呑気なことを思ったけど、密猟者の皆様は仲間が吹き飛ばされた事でスイッチが入ったみたい。

 それじゃあ私も早速行こ――――――!

 

タアァン!

 

 紙一重で、私が先程までいた場所を、銃弾が通過した。背後を見てみると、洞窟の岩の上に、銃を構えた人、多分というより確実に、密猟者が1人いた。こっそりと背後から近づき、消すつもりだったみたい。

 私は無事だったけど………………あ、バッグに穴が空いた。しかも、

 

「ヒノ!大丈夫か?」

「私は大丈夫だけど………あ、蒼海石が―――」

 

バキン!

 

 2発目の銃弾が、蒼海石の入ったケースを撃ち抜いて、中の水が漏れ出す。漏れた水は砂浜にすぐに吸い込まれ、中に残った空気に触れた蒼海石は、青い砂となって残ってしまった。あちゃー、せっかく採ったのに。まあまだジェイのバッグに入ってるけど。

 

「ちっ!石ころだけかよ!くそっ!次は仕留めてやる」

「は?」

 

 瞬間、小さな声と共に、洞窟の上で銃を構えていた密猟者は何者かに突き落とされたかのように、下へと落下した。砂浜だったし大した高さじゃないから命にかかわるような怪我はしてないが、手に持っていた銃器はバラバラに、まるで鋭利な刃物に切り裂かれたような状態になっていた。

 

 あ、これまずいパターンだ。

 

「ちょ、カイト!こっちこっち。そっちいたら巻き添えくらう」

「どういう事だ?」

 

 少し疑問符を浮かべながらだけど、カイトは周りの状況が変わった事を察して、密猟者達に警戒しながらも私のそばに来てくれた。そして私同様に、先程まで密猟者の一人がいた、洞窟の上を見上げる。

 

 そこには、満月をバッグに、怪しく笑みを浮かべた男、ジェイの姿があった。

 

「石ころ?聞き捨てならねぇな~。これは鉱石だ。大事な大事な、刃を作り出す為の、大事な原料だ。それを?石ころ?あまつさえ問答無用でぶち砕くとか、どういう了見だぁ、密猟団どもが!?」

 

 瞬間、ジェイの体から放出される凄まじい念。念に充てられた洞窟に、ビシビシと切り傷が走り、その光景に隣のカイトも思わず息をのんだ。

 いや~、まさかこうなるとは。密猟者の方々には申し訳ないけど、ご愁傷様って言うしかないよね?こう、お前は一番やっちゃいけねぇ事をしたぁ!………みたいな感じ?やっぱ人の趣味を蔑ろにしちゃダメだよね。趣味によるけど。

 

「ここが、お前らの墓場だぁ!」

 

 そう叫んで、ジェイは密猟団の中心へと飛び出した。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「凄まじいな」

「いや、あれはただ怒ってるだけだよ」

 

 カイトはぽつりと言ったが、今の光景はまさしく怒りのボルテージうなぎのぼり状態。怒髪天を突いた、逆鱗に触れた、みたいな。

 基本的にジェイは温厚、滅多な事に怒ったり不機嫌になったりもしないんだけど、ある一点においてジェイは極度の怒りの感情をあらわにする。

 

 そしてその一点は、刃。

 

「ぐああ!!」

「ぐはぁ!」

「うっ!!」

 

 まさに死屍累々。倒れ伏す密猟者の数で砂浜が埋まりな勢いだが、その勢いは止められない。ジェイは念を纏い縦横無尽に駆け回り、次々と問答無用に容赦なく、敵を()()()()()()()

 

「うわぁ!助―――」

「逃げろ!かないっこ―――」

 

 最後の言葉を言う間も無く、哀れ切り裂かれる密猟者達。

 あ、一応言っておくと殺してはいないよ?ちゃんと急所を外している辺り、流石に怒り状態とはいえやるべき事やらない事の区別はついているみたいだ。まあどこでその境界が壊れるか微妙な所だけど。

 

「怒らず冷静に、と言いたい所だが、ちゃんと急所は外してるな。どこを切れば良く、どこを切れば危ないかがよく分かっている。しかし、なぜあそこまで怒りを?」

「あ、それきっとさっき後ろから撃たれた時蒼海石を壊されたじゃん?その後「石ころ」って言われたのが逆鱗に来たみたいだね」

「ふむ、流石ジェイと言った所か」

 

 その口ぶりは、まるで以前からジェイの事を知っているような口ぶりだった。さっき洞窟で会った限りだと初対面みたいだけど、カイトはジェイの事を知っていたのかな?

 

「噂だけはな。あいつはハンターだが、そんじょそこらのハンターじゃない。ハンター証を取ったのは2年前と浅いが、取って僅か1年で一ツ星(シングル)の称号を獲得した、超一流の(ブレード)ハンターだ」

 

 まじ?ジェイってそんなすごい感じだったの?ハンターに関しては全然知らなかったから、ジェイのハンター関連の話題とかも実は全然知らない。

 ジェイが敵を薙ぎ払っている間に、カイトからジェイに関する情報を教えてもらった。

 

 17歳の時にハンター試験を受験し合格。わずか1年足らずで一ツ星(シングル)の称号を獲得した、超一流の(ブレード)ハンター。(ブレード)ハンターは刀剣類などの武器を専門に扱うハンターであり、ジェイ自身も超一流の鍛冶師でもあるという。

 

 本来この短期間で一ツ星(シングル)というは稀だが、ジェイの場合はハンター試験を受ける前から鍛冶師としてその筋では有名であり、武器の製作販売はお手の物と言われる程の有名人。故に、ハンター証を手に入れてからその力は遺憾なく発揮され、星を手に入れるまでになったと。

 

 鍛冶とかして刀とか作ってるのは知ってたけど、そこまでとは。後は刀剣類のコレクターでもある。家にはジェイのコレクションが大量にあるらしいよ。

 故に、自分が作り出す刀やナイフなどの材料となる鉱石を貶された事に、今は怒り心頭で暴れまわっている。

 

 あれかな、専門となるハンターは皆こんな癇癪持ちなのかな?メンチさんとかもそうだったし、だとしたら接し方を考えないとな。あ、それで思い出した。

 

 多分あの時メンチさんに渡したケースの中身、おそらくメンチさんに頼まれ作ったか研ぎ終わったかの包丁だな。一ツ星(シングル)の美食ハンター御用達となると、結構すごいね。

 それだけ、体内の逆鱗爆弾とか大きそうだけど。

 

「言っておくが、俺はあんな時限爆弾は抱え込んでいないからな」

「なんでわかったの!?」

「勘だ。それより、あいつの念。まるで全身に刃物を纏っている様な戦い方をしているな」

「お、カイト鋭いね。正解。ジェイの念は、〝念を刃の性質に変化させる〟念能力、【不可思議な刃物(ジャックナイフ)】だよ」

 

 変化系念能力【不可思議な刃物(ジャックナイフ)】!

 念を刃の性質に変化せるという少し変わった念能力であり、ジェイの纏う念に触れた物は皆刀に切り裂かれたような切り傷が走る。これは攻防両方でもてき面であり、ただの剣などで攻撃しよう物なら、触れただけで逆に切り裂かれる。

 

「おらぁ!!これが防げるか!!」

 

 一人の男が斬馬刀のような太い刀で斬りかかってきた。通常の剣よりも大きく重い重量の斬馬刀。相手は念能力者なのか、物体に念を纏わせる応用技【周】により、斬馬刀に念を纏っている。

 普通にくらったらひとたまりもないはず………………無論、それは普通に喰らったら、だけど。

 

 近づいた斬馬刀に向かって、ジェイは念を纏い蹴りを放った。

 

ザク!

 

「なんだと!!」

 

 手元を見てみると、斬馬刀がジェイの蹴りを入れた箇所、刃の中程から先がなく、地面に突き刺さっていた。

 【周】をしていたにも関わらず、足の蹴りに負けたこと。そしてさらに異常なのはその断面が、まるで鋭利な刃物で切り裂かれたかのような断面だったということ。

 

 ジェイの能力が分からなければ、相手は自分と対峙している物が恐怖にしか見えない。何あの全身刃物人間。

 あ、このフレーズどっかで聞いた事あるよ。確かダ〇さん?

 

「安心しろ刀よ。あとでオレが鍛え直してやるからな」

 

 そのまま唖然とする斬馬刀の男の腹に拳を当てて気絶させた。

 

「うわぁ!!やべぇ!!逃げろ!!」

 

 流石に半分以上倒れたらかなわないと思ったのか蜘蛛の子を散らすように四方八方に逃げていった。

 

「散ったな。俺達も追撃するか?」

「うーん、多分大丈夫だと思うよ。だってジェイなら………」

 

 立ち止まり、ジェイの念が高まっていく。これなら、追いかけると逆に邪魔になるね。

 この位置なら巻き添えは喰らわないと思うけど、密猟者に少し同情するかな………。

 

「【不可思議な刃物(ジャックナイフ)】【飛京(ひけい)】!」

 

 飛び上がったジェイの体から大量の念の刃が全方位にわたり飛び出していった。全長約5センチ程であり、おそらく刺さっても多少の刺し傷しかつかない程度。けど、その数が100を超えれば、ひとたまりもない。

 飛び出した念の刃が、一人頭約100本も突き刺さり、別段重傷という程でも無いが、一気に押し寄せる小さな痛みの大群に、散っていった密猟者達は全員、倒れ伏した。

 

 うん、すごい数の密猟者がこんな海沿いの砂浜にめっちゃ倒れてるよ。さしずめ、密猟海岸?あ、これはダメか。

 

 そんな呑気な事を考えている私と違って、カイトは顎に手を当てて少しだけ思案気だった。

 

(念を刃の性質にする。言うだけなら簡単だが、実際にそんな事をしようとすれば並大抵の事では済まない。それこそ、本人が刃という物を熟知する事も必須だが、何より、ジェイと刃という概念には、深く、それでいて異常なまでの執着と関りがある)

 

 その事に、ぞっとした寒気を一瞬覚えたカイトだったが、すぐに平常心を取り戻す。今目の前にいるのは、ただただ密猟団を壊滅させて満足しきった、一人の青年でしかなかったのだから。

 

「カイトどうしたの?」

「いや、何でもない。それよりカタもついた。こいつらはすぐに捕縛するぞ」

「あ、ちょっと待ってくれ」

 

 いきなり怒りが解けたのに一瞬面食らったようなカイトだったが、ジェイはお構いなしにストップをかける。

 あ、この後何をしたいのかすぐに分かったよ。

 

「どうした?おそらくもう密猟団はいないだろうが………」

「あ、そうじゃなくてさ。こいつらが使ってた武器(刃物限定)、持って帰っていいよな?」

 

 溜息をつきながらも、カイトはそれを了承してくれたのだった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「昨日は世話になったな。これが俺のホームコードだ。何かあれば連絡してくれ」

「色々助かりましたよカイトさん。あ、これ俺のホームコード」

「私無いから携帯番号ね」

 

 次の日、駅で別れの挨拶に、互いに連絡先を交換する。なんかハンターっぽいよね。

 あ、でも私一人ホームコードじゃないや。なんか負けた気がする。今度シンリに作ってもらおうかな、ホームコード。

 

 あの後ハンター協会に報告。密猟団は全員捕縛されて他に仲間もいなく壊滅。一応賞金首だったらしいので、報奨金を3人で山分けしたのであった。そしてジェイは無事に鉱石、一個は壊されたけどジェイのバッグにも何個か入ってたから、蒼海石は無事に手に入れました。イエーイ!

 

 これなら一個壊れたくらいであんなに怒らなくてもいいのに。まあ珍しいからいいんだけど。

 

「カイトはこれからどこ行くの?」

「ここの依頼は完了したが、カキン国からの調査依頼の契約はまだ継続中だからな。飛行船で戻って仲間と合流だ。お前達は?」

「俺は鉱石と戦利品(密猟団から奪った武器)を工房に持ち帰って仕事だな」

「私は………………そうだ!キルアの家行かないと!」

 

 いや、別に忘れてたわけじゃないよ?ただ密度のある一日だったなぁって思っていただけで、ホントだよ!?

 念の為に携帯からメールを確認してみる。そういえばあの洞窟周辺って圏外だったから今ならメール見れるかも、と思ったら、メール来てた。

 

[修行なぅ、マジ重さに神ってる]

 

 ………………ホントにどういう事?

 

 

 

 

 

 

 




【プロフィール】
名前:ジェイ=アマハラ
年齢:19歳
性別:男
出身:不明
特技:鍛冶
系統:変化系
容姿:天然パーマのような色素の薄い黒髪、飄々とした表情

ヒノが拾われるより前、およそ7歳の時に拾われた。それ以前の記憶は本人には無く、拾った義父であるシンリなら何か知っているかもしれないが、本人は特に興味が無い。
基本温厚だが、刃物類を貶されると怒る。

刀剣を作る技術が高く、さらには武器の販売手入れ等の仕事を主としている。様々な組織、個人に刃物を売り買いするが、頼まれる事はあっても自分から作ることはあまりない。

刃物や武器を収集するのが趣味で、ベンベンズナイフのコレクターでもあり、コレクター同士の知り合いもいる。

若くして一ツ星(シングル)の称号を持つ(ブレード)ハンター。
これは一重にハンターになる前から武器流通、刀匠、としての腕が確かだった事もあり、ハンターになってからも遺憾なく発揮され文句なしの星付きハンターとなった。


【変化系能力:不可思議な刃物(ジャックナイフ)
自身の念を〝刃〟と同じ性質に変化させる念能力。形を変え、念の刃物を作り出すことも可能。基本触れただけで斬撃が入る為、全身に纏えば全身凶器となる。
形状変化は可能だが、念を自身から切り離すのはあまり得意で無い為、その場合は小さな針程度の威力しかなく、数でカバーする。
通常の【周】より、この念を纏わせた刃はさらに切れ味が鋭くなる。
この能力を得るにあたり、ジェイ本人と〝刃〟という物には深い関係性があるが、それ自体ジェイもよく分かっておらず、おそらく損失した記憶の部分に関連している。




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第17話『ドラゴンライダーの玉露』

ぎりぎりで書いて投稿してた為、更新日がうまく続かず申し訳ないです。今後多少日数空けると思います。

そして皆さま感想ありがとうございます。
本編の中で念などに関する感想にもできるだけ答えさせていただきましたが、それでも無理やり感あったり妙な所があればお気軽に質問ください。

あとお気に入りが300超えました。ありがとうございます!!





『2番線、列車が出ます。お乗りのお客様は、慌てずに乗車を、お願い致します』

 

 駅でチケットを購入して、アナウンスの案内に従って駆けこまず、悠々と席に座った。そこそこ人がいたけど、偶然ボックス席だけど一人で自由に使ってる。なんてすばらしいのか!

 ああでも、別に相席が嫌ってわけじゃないよ?ここは私の知らない土地だから、人と話せばそれだけで様々な情報が入ってくる。あ、情報収集って言葉を使ったら、なんだかハンターっぽいっていうか仕事人っぽい感じがして少しかっこいいよね。

 

 まあそれはいいとして、ジェイとカイトと別れたら、後はキルアの家に向かうだけ。なんとかマウンテンにアジトがあるらしいので、とりあえずそこまでの最寄り駅についたら、後はバスかタクシーかな。

 

 よし!ここまでくれば、後はなんだか旅行気分だね!

 となれば旅の醍醐味はお弁当!各国各地方特色のお弁当はそこで親しまれてる味。是非とも味わわないとね。

 当然ながらジェイに奢ってもらった駅弁を膝の上で広げる。蓋を開けてみれば、まだできてそう時間がたっていないからか、ホカホカと暖かな湯気が立ち上ぼり、鼻孔を擽る。

 冷めてるのはそれはそれでいいけど、やっぱり暖かいほうがいいよね。それじゃあいただきます!

 むぅ………うまし。

 

 すると、ボックス席の扉が開き、人の顔が見えた。

 

「おっと、食事中すまねぇな嬢ちゃん。わりぃが、他の席が埋まっててな。相席かまわねぇか?」

「あ、どうぞどうぞ。どうせ私一人だし」

「わりぃな」

 

 そう言って私の対面に座った人は、一目見たらとりあえず、〝旅人〟って感じの印象だった。

 マントと布で頭と体を多い、無精髭の生えた、お世辞に身なりがいいとは言いがたいけど、瞳は不思議と、まるで子供みたいに綺麗に感じた。

 格好は砂漠の民みたいだけど、とりあえず悪い人では無さそうっぽい。私がお弁当を食べてるのを見ると、自分の懐からお握りを取り出して、食べ始めた。

 

「おじさんジャポンの人?」

「あ?ああ、違う違う。ちょっと前まで用事があってジャポンに居てな、こいつはその時弁当にって貰ったんだよ。おれ自身は、もっと田舎が故郷さ」

 

 ぱくぱくと食べ終わったおじさんは、最後に水筒を取り出して水を飲み、一息つく。それにしても、ジャポンって以外と秘境っぽい扱いらしいってメンチさんに聞いたけど、そこより田舎ってどんなところだろ?山の中とか、絶海の孤島とか。そう考えるとゴンが一番田舎なのかな。くじら島って小さな島みたいだし。クラピカは故郷も無いし、レオリオとキルアはどちらかといえば都会っ子ぽいし、私はほら、わからないし。案外おじさんもそういう島みたいな所出身なのかな。

 

「それより、嬢ちゃんはこんな所で何してんだ?仕事(ハント)か?」

「いや、友達の家に行く途中だけど、ハンターってどうしてわかったの?」

「念の扱いが熟達してるしな。それに、風の噂で最近のハンター試験ガキが受かったって聞いたし。後はまあ…勘かな」

「てことは、おじさんもハンター?」

「まあな」

 

 なるほど、ハンター同士の情報網っていうのかな。最近のハンター試験って1週間もたってないのに、すごいね。そして一見してハンターって分からなかったよ。いやまぁ、今まで見てきた人でハンターらしい服装の人がいたかと言われると困るけど。基本私服だし。

 どちらかと言えば密猟者の迷彩スタイルの方が狩人(ハンター)っぽいかな。あ、これ意味合い違うや。

 

「ついでに言えば、今期は15に満たないような子供が2人も受かったって聞くじゃねぇか。嬢ちゃんがその一人か?」

「うん、ヒノ=アマハラって言うの。おじさん詳しいね」

「ま、ハンターにはハンターの情報網があってな。それで、もう一人の方って言うのは………」

「ゴンって言って、私の一個下の男の子だよ」

「………へぇ、そいつどんな奴か聞いてもいいか?」

 

 楽し気に、しかしどこか懐かしむような不思議な表情をしているけど、おじさんゴンの知り合いなのかな?でも別に聞かれて困るような事は無いして、実力云々というより正確云々の話だしね。

 暫く私とおじさんは、今期ハンター試験の内容について花を咲かせたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「はっはっは、やっぱハンター試験はいつの時代も面倒なこったな」

「全くだよね」

 

 しばしハンター試験談義をしていて、わりと和気あいあいと話をしていた。ハンター試験のあの苦労は実際に潜って合格まで言ったものじゃないと分からないよ。でもあれって合格したハンターが試験官を勤めるから、その内私もやったりするのかな?

 いやいや、流石にハンターとは言え子供を試験官に据える程、ハンター協会は人員不足じゃないでしょ。そう信じたい。

 

「あ、そういや嬢ちゃん友達の家に行くっつってたな。この先なのか?」

「うん。ククルーマウンテンってとこに行く所」

「それは………随分と奇特な友達を持ったな。それより、それは急ぎの用事か?」

「まあ急ぎじゃないけど、できるだけ早く行きたいね」

「そこに行くなら列車より飛行船の方が全然早いぜ?」

「そうなの?」

「ああ。確か次の駅からでも飛行船が出てるはずだ。列車移動の半分以下で済むしな」

「え、ホント!?」

 

『――駅です。お降りのお客様は、扉付近で、お待ちください。繰り返します、次は―――』

 

 そうこうしていたら、次の駅のアナウンスが聞こえてきた。これはやばい。

 私は荷物を手早くまとめて、ボックス席を立った。

 

「おじさんありがとう!」

「おう。あ、そうだ、餞別と話の礼だ。よければ持ってきな」

 

 そう言って放り投げた物をキャッチしてみてみると、『玉露』と書かれたお茶のペットボトル。これってどこに売ってるんだろ?明らかにジャポン製品だけど、ペットボトルでこれってすごいね。ジャポンに住んでたのに見た事無い………。でももらえるならもらっとこうっと。

 

「ありがとう!じゃ、また!」

「おう」

 

 ひらひらと手を振るおじさんに私も手を振り返して、ボックス席を後にした。

 

「どうやら………元気そうみたいだな」

 

 扉が閉まると同時に、おじさんが何か呟いたような気がしたけど、そこまで聞き取る暇がなかったので、そのまま列車を降りて、空港へと走っていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 というわけで、やってきましたよ飛行船!ひとっ飛びとは何てハイテク。ハンター試験以来の飛行船だね。

 ゴゥンゴゥンと、音を立てる飛行船は徐々に高度を上げて、青く晴れた空の上を飛び立つ。下を見てみれば海沿いの街並みが一望でき、このまま一枚絵にして持って帰りたいくらいだね。

 

 あ、そうだ。ゴン達にメール打っておこう。今からそっちに向かいます………と。送信。これで一先ずよし。

 え?こういう場合はどれくらいの時間で着くとか記載した方がいい?そんな曖昧な情報を与えたら混乱するかもしれないからね。それに時間通り着かなかったら心配するかもしれないし。

 

 よし、それじゃあ着くまで時間あるだろうし、ちょっと飛行船探索でもしてこよっと。

 

 そして捕まった。スタッフの人に普通に捕まった。あ、別に捕まったって言っても注意されただけだよ?立ち入り禁止の場所に入ろうとしたら止められちゃった。

 

「入っちゃダメなんですか?」

「一応スタッフのみだからね」

「ちなみにこの扉の向こうにはいったい何が?」

「この飛行船は上のガス室に縦長の梯子と通路があってね。そこを登れば、点検用のハッチから上部にでられるんだよ。わかったかい?」

「………」

「目を輝かせてもだめだよ。勝手に出て飛ばされたらどうする。それじゃ、はい解散」

「はーい」

 

 スタッフのおにーさんに注意されたけど、パンパンと手を叩くのと同時にお開きとなった。

 飛行船の頂上なんて上がった事無いから一度見てみたかったけど(普通は見れません)、ダメじゃしょうがないね。折角だから、何か飲み物でも買ってこようかな。

 

 通路を歩き、窓の外からの景色を一望しながら自販機の前に来ると、先客がいた。普通なら特に意識せずに性別体格動き具合と後は持ち物くらいは把握するんだけど、どうにも一般とかけ離れたような人を見るとその辺りに少しばらつきがでる。

 

 具体的に言うと、『一日一殺』という割と物騒な刺繍の入った服を来た、どじょう髭のおじいさんだった。服装もそうなんだけど、念の揺らぎで中々の実力者だね!みたいなのが分かるよ。まあいちいち反応してたらキリが無いから今回は、わー強そう人だなぁ、くらいに思ってるけど。

 

 それにしても、さっきから自販機の前で何してるんだろ?

 

「おじーさん、何してるの?財布落としたの?」

「ん?ああ、違うぞ。そもそも財布が無くては、飛行船に乗るなんて事出来んじゃろ」

「分からないよ。密航者の一人や二人いても不思議じゃない。おじーさんなら余裕でしょ」

「そのセリフ、そっくりそのまま返そうかの」

 

 中々ノリのいい人だね。あ、ちゃんとチケット勝ったからね?決して密航とかしてないからね?

 

「それで、結局何してたの?飲みたいのが無いの?」

「まあ端的に言えばそうじゃの。茶を飲もうかと思っとったんじゃが、どうもここの機械は水が100%果汁しか無いみたいじゃ」

 

 私も隣からひょっこりと自販機を見てみると、確かにここはいろ〇すと果実のジュース系しか無い。まさかのお茶無しとか、ここの飛行船の職員はこれで生活してるのかな?いや、そういうわけじゃないのだろうけどね。

 もしかしたらこの飛行船だけ特別に制作者の趣味で水とジュースのみとなった………なんて事はあるわけないか。

 あ、そうだ。

 

「だったらこれ飲む?まだ空いてないし、お茶だよ」

 

 私はバッグに入っていた、『玉露』とラベルの貼られたペットボトルを差し出した。まあちょっと飲んでみたかったけど、飲みたい人が目の前にいるなら譲らないとね。それにジャポンで売ってるなら、私なら飲める機会は他にもあるだろうし。

 

「いいのか?お主のじゃろうに」

「いいのいいの。私は別に水でもジュースでも平気だし、これ自分で買ったんじゃなくて貰い物だしね」

「ふむ、ならもらおうかの」

 

 そう言っておじーさんは、私が差し出した『玉露』のペットボトルを受け取った。

 瞬間、けたたましい声が聞こえた。

 

『あーあー、マイクのテスト中、以上!この飛行船をジャックした。繰り返す、この飛行船をジャックした!この船の一般乗客の者共には済まないと思うが、我が使命の為にその命、ささげたまえ!』

 

 とても騒がしく、とても物騒に、とても面倒そうな叫び声が。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 話がそこそこ長かったので要約してみましょう。

 えっと、私は復讐がしたいです。復讐対象は山の上に住んでるらしいから、この飛行船で自爆特攻を仕掛けたいと思います。一般乗客の皆様ごめんなさい。以上。犯人は単独犯。あ、復讐対象はゾルディックさんて人らしい。

 

 うん、傍迷惑にも程があるよね。

 

「ふむ、こいつは困った事になったの」

「そうだね。そのゾルディックさんて人一体何したんだろうね」

「………お嬢ちゃん、他の国から観光か何かでパドキアに来たんかの?」

「そうだけど、よくわかったね」

(そりゃ、ゾルディックの名前でその反応じゃ一目瞭然じゃ。パドキア国民皆知っとろうて)

 

 妙に呆れたような表情をしているおじーさんだけど、一体なぜ?私何か変な事言ったかな?

 それより、単独犯なら相手次第だけど、何とかなるかも。ていうか何とかしないと私も自爆特攻につき合わされる羽目になる。ここはどうにか飛行船のジャックを取り返さないと!

 

「というわけで、ちょっと犯人捕まえてくるからおじーさんは待っててね」

「待て待て。近所に買い物行くノリのように言っておるみたいじゃが、勝算はあるのか?」

「ふ、おじーさんいい事を教えてあげるよ」

「なんじゃ?」

「一寸先は闇、何が起きるか分からないからこそ、人生なんだよ!」

「無常の風は時を選ばず、というやつかの。けどそれってどちらかと言えば悪い意味よりじゃなかったかの?」

「………大丈夫!一応勝算無いわけじゃないから。それになにより………」

「何より?」

「私、ハンターだしね。一週間前からだけど♪」

 

 そう言って、私はおじーさんを置いて駆けだした。一人取り残されたおじーさんは、頬をぽりぽりとかきつつ、やはり少し呆れたように、だが感心したようにつぶやくのだった。

 

「それって、ハンター関係なくね?」

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 犯人は船長を脅迫して機関室を乗っ取り、カメラを使って飛行船内に設置されたモニターに様子を映し出しているので、今どういう状況かは一目瞭然だった。

 

 そこそこ広い機関室で、操縦をしている機長、いや飛行船だと船長かな?まあどっちでもいいや。船長副船長他にも2人くらいが操縦と機械操作をしている後ろで、右手にナイフを持った男が腕を組んで仁王立ちをしている。

 服装は、表現するな傭兵っぽい感じの服装。ジャケットと、グリーン系の服。でも装備は手に持ったナイフ一本だけみたい。壁際を見てみれば、縛られてじっとしているスタッフの人、あ、さっき中止したおにーさんが多分人質役としていた。

 

 見た感じ念を使えるっぽい。ま、そうじゃないとナイフ一本で飛行船をジャックなんてできないよね。………いやできない事はないのか?ジャックした事ないからわからないけど。

 

 それにしても、どうしてこう面倒ごとに巻き込まれているのか。密猟者の次はハイジャックとか。飛行船の場合でもハイジャックって言うのかな?いや、今はどうでもいい。

 

 一先ずハンター証を見せながら機関室の前まで来たんだけど、割とすんなり来れたね。てっきり監視カメラとか使って船内チェックしてると思ったけど、それどころじゃないくらい目的地点の方にご執心って事かな?まあなんにしても、犯人は中にいる。というわけで、普通に突っ込もうとしたけど、まあ人質がいるなら慎重にいかないと。

 

 いや、あえて扉を蹴破って動揺している間に行くというのも一つの手かな?幸いにも犯人は部屋の中央、そして他操縦士も人質も壁際。つまりこのまま扉を犯人にぶつけるべく飛ばして、一気に気絶させる。

 

ドゴオオォ!ガシャァン!

 

 そして私は、普通に実行してしまいました。後悔はしてません。

 

「!?何事だ!」

 

 中にいた犯人は驚いた様にこちらを向いたが、既に目の前には私によって蹴飛ばされた扉が迫り、対処せざるを得ない。そしてその扉の影に隠れるように、【絶】をした私が滑り込んでいた。

 

 そしてもう一人、窓ガラスを突き破り入ってきた、先ほどのおじーさんの姿が。

 

(おじーさん!?一体何してるの?ていうかどっからきたの?)

(壁伝いに窓からじゃ。ま、乗り掛かった舟、というか家のせいじゃしな)

 

 アイコンタクトというなんとなくだけど、上の会話とは別に一瞬の意思疎通をした私とおじーさんは、犯人が念で防御しながら扉を払うと同時に、私は【消える太陽の光(バニッシュアウト)】の拳を、おじーさんは、まるで竜のような形状に変化させた念を掌に纏い、同時に攻撃を仕掛けた。

 

「やっ!」

「りゃ!」

 

ドゴオオォ!

 

 どちらの攻撃も防御しようと両手を伸ばすも、念を消しさり防御を無視する私の攻撃と、念を圧縮した凄まじい練度を誇るおじーさんの攻撃に、防御もなすすべなくぶち抜かれ、前後から衝撃をもらって、意識を沈めるのだった。

 

「て、おじーさん窓からって型破りすぎるよ!びっくりしたじゃない」

「それはこっちのセリフじゃ。まさか正面から扉をぶち破って来るとはの。可愛い顔して結構な猛進タイプじゃ」

「う………別に何も考えて無かったわけじゃないんだけど………」

 

 一応犯人はこの飛行船を使()()のが目的だったみたいだから、犯人自身が飛行船を激しく壊さないと思ったし、だから奇襲をかけてもそこまで大きな反撃はでき無いと思ったんだよ。モニターに映ってたから【凝】をして他に罠が無いことは確認済みだったし。まあ他の可能性も無論たくさんあるけど、全部考えてたらキリが無いしね。時間がかかったらそれこそ犯人の思うつぼだし。

 まあおじーさんの乱入は予想外だけど。

 

 ふと、私とおじーさんが会話していると、操縦士の一人の悲壮な叫びが響いた。

 

「ダメです!その男、この飛行船に爆弾を仕掛けたと言ってました!」

「爆弾!?」

「何じゃと?」

 

 ちょっとそれは予想外だったかな。でも、船内にあるなら念能力者にとってそう難しくは無い。

 

「お主、【円】は使えるか?」

「半径120メートルくらいなら。おじーさんは?」

「本気出せば300はいけるの」

「マジ?」

 

 時間があったらもう少し驚いていたい所だけど、今は状況が状況。私とおじーさんは、同時に念を高め、一気に放出して船を包んだ。

 

「「【円】」」

 

 そして場所は、見つけた!

 

「ふむ、飛行船の最上階、というか上の気嚢の外側じゃの」

「面倒な所に仕掛けて。確か………」

 

 そして思い出す。立ち入り禁止の所場所と、スタッフのおにーさんに教えてもらった説明を。確か、あの奥に行けば梯子を登り、ハッチから外へと出れる。

 ていうか人質のおにーさん解放するの忘れてた。

 

「おにーさん大丈夫だった」

「あ…ああ。ありがとう。だが、ここから動くことができないんだ」

 

 それって………【凝】!見てみると、おにーさんの体から垂れ流しにされている念が、別の念と共に壁と床にくっついていた。これって、あの犯人の能力?気絶させたままでも発動できるタイプ。

 

 くっついているて事は、ヒソカの【伸縮自在の愛(バンジーガム)】のガムだけみたいな物かな?

 

「ふむ、少し面倒そうな能力じゃが、どうするつもりじゃ?」

「この手の能力だったら問題無い。私結構便利な方だし」

 

 一瞬で右手だけに【消える太陽の光(バニッシュアウト)】をした私は、手刀で切り落とすかのように、くっついた念を断ち切った。剥がれた念は外れ、人質のおにーさんは解放された。

 

「ほぅ!」

 

 その様子におじーさんは驚いているみたいだったけど、今はそんな事をしている場合ではない。

 

「おじーさん!私爆弾外してくるから!」

「あ、待て。気を付けないと危ない」

「大丈夫!外して放り投げとくから」

「いや、そうじゃなくて………」

 

 時間が惜しいから、いざ爆破解体!

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 あった。

 先程の立ち入り禁止通路に入ってドアを開け、梯子を登って早数分。そしてハッチを開ければ、びゅうびゅうと風が飛んでくる飛行船の外。屋上。

 そしてそこから少し離れた外壁部分に、爆弾らしきもの、というか爆弾にしか見えない物がくっついていた。

 やっぱり、さっきのおにーさんをくっつけていたのと同じ念を使って。

 

 一先ず一瞬でハッチ部分を強く蹴り、一足で爆弾の元へと到着。かなり強力にくっついているみたいで、普通に動かそうと思ってもびくともしない。やっぱり、ここは同じようにやるしかないか。

 

「それじゃ本日3度目の、【消える太陽の光(バニッシュアウト)】!」

 

 3度目と言っても、実際に使った時間は5秒にも満たないので、大した負担にはならない。そして今回も、なるべく素早く迅速に、言い忘れてたけど既にタイマー時間が作動している為早く対処する。どうやらこの念が剥がれたらタイマーが作動する仕組みだったみたい。

 既に爆破まで15秒を切ったけど、これならいける!………………よし、剥がれた!

 

 瞬間、私は強風に吹き飛ばされて、飛行船から落ちた。

 

「え?」

 

 両手には爆破寸前の爆弾。そして目の前には飛行船の後ろ姿が見えている。周りは雲がちらほらみえる青空。

 こんな状況じゃなかったら、暖かい景色を楽しんだんだろうけど、今はそうも言ってられなかった。これって、流石にまずいパターンかな?

 

「だから、気を付けろといったじゃろうが。お主」

 

 ここで聞こえないと思っていた声が聞こえた。さっきまでよく聞いていた、老人の声。

 その瞬間、私は浮遊感から解放され、何かの上に乗った感触を得た。

 

「これって、念でできた………龍?」

 

 私が乗ったのは、念でできた龍。それも、空を飛行する程に高度な念能力。このおじーさん、予想外にすごい!

 

「わしの【龍頭戯画(ドラゴンヘッド)】じゃ。それより、その爆弾、ちとほぅってみぃ」

「え、うん」

 

 残り数秒となった爆弾を、おじーさんに向けって緩くほぅった。

 

「ふむ………【牙突(ドラゴンランス)】!」

 

 瞬間、凄まじい程に圧縮され、オジーさんの両手から現れた一頭の念の龍は、獰猛に牙を向けて、しかし対象を破壊しないように柔らかく、爆弾を加えてそのまま空を突き抜け、私達から離れて行った。

 

「ふん!」

 

 そのまま飛び出した龍を切り離し、爆弾を加えた念の龍が私達から数百メートル離れた瞬間、

 

 

ドゴオオォオオンン!

 

 

 激しい爆音と共に、凄まじい光が視界を覆った。

 次第にそれも収まり後には、念でできた龍に乗った、私とおじーさんだけが残った。

 

「ふむ、なかなかの面倒ごとに巻き込まれたの。どれ、お主。わしの家近くなんじゃが、玉露の礼じゃ、茶でも飲んでいかんかね?」

「………おじーさんって、何者なの?」

 

 その言葉に、おじーさんは子供のように、にかりと歯を見せて笑った。

 

「ゼノ=ゾルディック。ただの、現役暗殺者じゃ」

 

 

 

 

 

 

 

 




名前の出なかったオリジナル念能力。

【変化系念能力:接着の念液(グルーボンド)
ハイジャック犯の使っていた念能力。どこにでも張り付く事ができ、それ単体なのでヒソカのバンジーガムと比べたら強力。

いくつかルールとしては、
①無生物と念に接着できるが、人体には直接接着できない。
②切り離し可能だが、その場合接着力はすぐに無くなり、移動不可。

①のルール上、【絶】をすれば接着されず、本人は【絶】と併用して壁を垂直で歩いたりもできるらしい。②は普通の接着剤が乾いて固まるように、すぐに効かなくなる。その代わり距離がある程度離れても、込めた念の量に応じて暫く持続する。

なお人質のおにーさんは、自身の念と壁とを接着させられて身動きを封じられていた。
人の動きを封じる場合は、基本念の方を無生物と接着させる。

ただし、やはり【絶】が使えれば抜けるのは容易だが、その分一瞬でも隙を晒す事になるので要注意。



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第18話『ゾルディック訪問記』

分からない部分や不明点に関しては、勝手に設定作ったり独自解釈も混ざってますが、変な所ありましたらどんどん感想言ってください!


 

「ほれ、ついたぞいっと」

「うわぁ、おっきな………………門だね」

 

 おじーさん、もといゼノさんの龍に乗って早数分、あっという間に到着したのは、巨大な門。普通に高さが3メートルもある門なんて初めて見た。どうやら、このおじーさんの家でゾルディックという、パドキアでは有名な家名の家みたい。ていうか殺し屋、暗殺一家。無論ゼノさんも殺し屋。

 

 うん、どこかで聞いたフレーズだね。パドキア共和国のククルーマウンテンに住む、暗殺一家ゾルディック家。………………あれ?

 

「ここは裏門のような場所での。正門から入るより家に着くのが早いからこっちから来たわい。ま、ついてきてくれ」

 

 そう言ってゼノさんは、両腕に力を込めて門を押すと、重苦しくゆっくりと、門が開いた。全部石のような鉄のような、とりあえず果てしなく頑強そうに作ってあるけど、一体何でできてんだろ。ていうか何キロ?

 

「この門は正門と違って門は一つだけじゃが、合わせて12トンはあるぞ」

「あっと、単位の桁が違っていたね。こりゃまいった」

 

 あはは、と私は笑うが、それを普通に開けるってどうなのこれ。本当に老人か。こんな実力高い老人がそうぽんぽんいても………………まあいない事もないけど!ネテロ会長とか!あと私の身近にもいるし!

 

 ゼノさんが開けてくれたので、私はそのまま素通り。

 そして迎えらしい、執事の運転する黒塗りのリムジン(マジ長い。そして快適だった!)にゼノさんと乗り込んで数分、気づいたら私は妙に、というかかなり豪華な家の廊下を歩いていた。

 

「この山って全部ゼノさんの家の土地なの?」

「まあの。といっても一部手入れが行き届いてないところはそこらの山と変わらんがの」

 

 まあいかに大富豪と言えど、いちいち山全部を手入れとかしてられないよね。暗殺一家ならそんな事する暇あったら絶対他にする事はあるでしょ。

 

 しばし歩く事数分、扉を開けて入れば、そこはどこかまるで王族でも住んでいそうな一室。落ち着いた高級そうな調度品の数々に、天井を彩る鮮やかなシャンデリア。大理石っぽいのテーブルに、めっちゃやらかいソファ。

 ………………ここ本当に殺し屋のアジトかな?

 

「ま、その辺りのソファにでも座って寛いでくれ。わしは茶でも持ってこよう」

 

 そう言ってゼノさんは、一旦部屋から出て行った。

 一人取り残された私は、とりあえず目の前にあったソファに座って寛ぐ事にした。しかしながら………このソファやっぱりめっちゃやらかい。このまま寝転がっていたいが、流石に人の家でそれはどうかと思って、暴走しそうな理性を頑張って止めるのだった。

 

 ていうか普通に連れてきてもらったけど、他の人が今ここに入ってきたらなんて挨拶したらいいんだろ。向こうからしてみたら私不審者扱いにならないかな?いや、ゼノさんが入れてくれたんだから、そうはならないでしょ!

 

 そう思っていたら、私の思考が一段落した絶妙なタイミングで扉が開いた。多分ゼノさんじゃない。なぜかと言えば、ゼノさんが出て行った扉と逆方向の扉が開いたから。

 で、その扉から来た人なんだけど、顔を見た瞬間、私もその人も、同時に固まった。

 

「「あ」」

 

 あまり表情は変わっていないように見えるが、目を見開いてなんとなく結構驚いているっていう事は分かる。それに私もめっちゃ驚いてるし。ついでに言えば、すごく面倒そうな展開を予想した。

 扉から入ってきた人影………イルミさんは、私を見てぽつりと呟いた。

 

「流石に……こうやって来るのは予想外だったよ………」

 

 その声は、イルミさんにしてはとても珍しく、なんだか切実な感じがしたと、私は思った。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「それで、どうしてここにいるの?確かにお前なら色々突破できるだろうとは思ったけど、流石に家に寄ってみたらもう家の中にいたとは思わなかったよ」

 

 そりゃそうだ。あれだけの啖呵切ってイルミさんに宣戦布告して(面と向かってしたのはゴンだけど)、色々すっ飛ばして家にいるとかそりゃ予想外だよね。私がイルミさんの立場だったら何してんのこいつ?って感じだもん。だからといって帰ったりしないけどね!

 

「ていうかイルミさん今家に戻ってきたの?キルアと一緒に戻って来たのかと………あ、そうかイルミさんハンター試験の講習受けたから普通に考えて一緒に帰ったわけ無いか」

「いや、そもそも俺はハンター試験終わったら仕事あったし家には帰らなかったよ。今も仕事が終わってただ寄っただけで、すぐにまた別の仕事に行く予定だし」

 

 なんだかこうして聞いてみると、イルミさんが真面目に働いているなんかすごい感じの人に聞こえるね。

 内容は暗殺の依頼だけど。不思議だね。いや、よく考えたら殺し屋という職業が世間一般的におかしいだけで、一仕事としてみればイルミさん結構勤勉そうだもんね。むしろ仕事中毒者(ワーカーホリック)並み?

 

「で、結局何でここに?試しの門や執事室はどうしたの?」

「いや、私ゼノさんに連れてきてもらったから、なんかそういう関門的なのは全くスルーしたみたいだけど」

「………じいちゃんか」

 

 額に手を当てて、イルミさんらしく無いほどになんだか疲れたような仕草をする。ちなみにそんな仕草なだけで、表情はあまり変わってない。それでも、僅かに目が細まったような気がした。

 ていうかやっぱゼノさんってキルアとかイルミさんのじいちゃんか。

 そういえば前にイルミさんにもらった名刺に普通に『イルミ=ゾルディック』って書いてあったような………すっかり忘れてたよ!

 

「ん?イルミ、帰っておったか」

 

 そしてまさに絶妙、噂をすれば何とやらのタイミングで、ゼノさんが戻って来た。手には温かそうな湯気の立つ

湯飲みの入ったお盆を持って。ついでにお盆の上には醤油せんべいが乗ってた。ゼノさんすごい!純和風!

 

「じいちゃん、ただいま。さっそくだけど、なんでこれ連れてきたの?」

 

 これ呼ばわりですか。じゃあ後でキルアに会ったらイルミさんの事は〝あれ〟って呼んでみよう。

 

「道行世話になっての。茶もご馳走になったし、礼に家で茶を振舞ってやろうかと。というかイルミ、お前はこの子の知り合いか?」

「まあ知り合いといえば知り合いだね。俺とキルが受けた今期のハンター試験の合格者の一人だよ」

「ぬ?そういえばハンターになって一週間くらいと言っておったの。まさかイルミの知り合いとは、ああ、茶でも飲んでくれ」

「いただきまーす」

 

 私は前においてくれた湯飲みを持って、さっそく一口………飲もうとして手を止めた。

 

「あの、ゼノさん。これ毒入ってる気がするんだけど………」

「なんじゃと?わしは確かに茶葉の缶からしか出してないのじゃが」

「じいちゃん、あそこの棚の茶葉だったら、基本的にどれも全部毒入りだよ。飲み物に関しては最初から毒入りが届くから、毒がダメな一般人に出せるのは水くらいだね」

「そうか、家だと普通じゃからついつい」

 

 ついついで毒入りのお茶を飲ませないでいただきたい。いや、まあ悪気があったわけじゃなくてよかった。連れてくるだけ連れてきて、お命頂戴!とかホント勘弁して欲しい。

 

「ま、茶はともかく煎餅は大丈夫じゃ。わしが個人的に買ったもんじゃから毒は入っておらん」

「あ、美味しい」

 

 ぱりぱりと、今度は本当に毒の入っていない煎餅を齧る私を見て、ゼノさんはふと自分の顎に手を持って、思案気な表情をする。

 

「それにしても、毒は基本無味無臭なのによく分かったの。致死量じゃないとは言え飲んだらやばかったじゃろうに」

「なんか毒っぽい匂いがしたから。ある程度の嗅ぎ分けなら少し自信あるよ!」

「いや、これある程度のレベルじゃないでしょ。犬か何かに育てられたの?」

 

 イルミさん、その称号は残念だけどゴンに送ろう!だって数キロ先のレオリオの香水を嗅ぎ分ける程の嗅覚を持っているから!念能力とかじゃなくて素であれって所がまたすごい。

 

「あ、そういえば色々驚いてすっかり忘れてたよ。イル………………ゼノさん、キルアって今家にいるの?」

「ねえ、なんで俺を無視するの?今言いかけたよね」

「お主キルとも知り合いじゃったか」

「どちらかと言えばイルミさんよりキルアの方が深いね。こうフレンド的な」

「………じいちゃんも、俺抜きでキルの話しないでよ」

 

 イルミさんがまるで拗ねた子供みたいな反応してる。でも表情と抑揚は全く変わらないから、巷で話題のヤンデレヒロインみたいでなんか怖い。もうちょっと頬を染めるとか膨らせるとかすれば………………それもなんだかな~って感じだね。レアだとは思うけど。キルアとかは顔を青くしそうだ。こいつぁ気持ち悪いぜ!って。

 あ、ちなみにゼノさんに聞いたのはイルミさんに聞いても素直に教えてくれなさそうだったから。

 

「くく、はっはっは!まさか孫達の友達が家に来るとはな。長生きはするもんじゃ」

「じいちゃん友達じゃないよ。俺は認めて無いよ。早く帰ってもらった方がいいと思うけど」

「ま、そうじゃの。色々と世話になったが、ここからはゾルディックの問題じゃ。すまんが、今日はお開きで構わんかの?キルも今は会える状況じゃないしの」

「キルア今どうしてるの?」

「まぁ、お仕置きを受けてるって所かの。ミルの奴に」

 

 ミル………キー?

 

「ミルキ。俺の弟でキルアの兄。ハンター試験に行く前にキルアが脇腹刺していったから、そのお礼だってさ」

 

 惜しい!あー、そういえば最終試験でイルミさんそんな事言ってたね。確か後はお母さんも刺したとか。で、お母さんの方は喜んでたけど(キルアがいい殺し手になってくれて)、次男の方は憤慨していると。

 イルミさんなら絶対に脇腹刺すとか不可能だし、次男のミルキさんとやらがキルアに刺されたって事は、実力的にキルアの方が上か。キルアの性格上、それで今もお叱り受けてるって事は、キルアは一応悪いとは思って自分からお仕置きを受けてるみたいなのかな。

 

「それで、キルアはどこにいるの?」

「会わせないって言ってるでしょ。早く友達連れて帰ったら」

「あ、そうか。ゴン達来てる?」

「………知らなかったんだ。一人でここにいる時点でそう思ってたけど。ゴン、クラピカ、レオリオの3人は少し前からこの家の敷地内にいるらしいよ。と言っても、山の麓より離れた、正門の近くの小屋にいるみたいだけど」

 

 そう言えばすっかり頭から抜けてたよ。忘れたわけじゃないよ?いや、目的ほぼ達成みたいな感じで少し舞い上がってた感はあるけど!けどゴン達がいるんだから、私だけ先にキルアに会うのもなんか違うよね?

 

「それじゃ、今日は出直すよ。ゼノさんお茶ありがと。私山降りて友達の所行ってくるから」

「結局煎餅だけじゃが、どういたしまして」

「イルミさんもまたね」

「………仕事の依頼くらいだったら聞いてあげるよ」

 

 イルミさん的挨拶って所かな?友達はともかく、一応客として扱うくらいなら、って感じかな。まあでも、殺しの依頼とかしないと思うけど!

 とりあえず、さっそくゴン達の元へと向かおう!と思って………立ち止った。私が立ち止ったので二人とも疑問符を浮かべたようだが、私はくるりと振り返って声をかけた。

 

「ねぇ、正門近くの小屋ってどうやって行くの?」

 

 裏門から来て、さらに山一つの広大な敷地。道が分かなくて当然ながら、ゼノさんもイルミさんも、呆れたような表情だった。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「イルミさんって、ヒソカとどういう知り合いなの?友達?」

「違う。客と依頼人。ていうか、前にも似たような会話したよね」

「イルミさんって操作系?4次試験の時も針で人操ってたし、絶対そうでしょ!」

「そうさ」

「「………………」」

 

 イルミさん的に何か私にダメージでも与えたかったのだろうか、微妙な沈黙が流れた。

 今現在、正門に向けてまずは家から出ようとしている所、ゼノさんはキルアに用事があるらしいから、イルミさんも出かける所だったから、途中まで送ってくれるらしい。出かけるときは裏門の方かららしいから。

 おお、そう言われるとイルミさんも結構優しい所があるような!………いや、ゼノさんに頼まれたからだよね、絶対に。

 

「そういえばこの家って普通に念使う人、執事の人とかも使ってたけど、キルアには教えないの?」

「そういうのは時期が来たら教えるよ。今は別にする事は山のようにある」

 

 こう、大企業の御曹司が帝王学を学ぶ感じの事かな?そう考えるとキルアってボンボンだね。お、なんかキルアって意外とボンボンって言葉が似あうような?でも本人に言ったら嫌がられそうだからやめておこう。向こうが私に失礼を働いたらにしよう。

 

「俺も聞いてみたかったよ。その4次試験で俺の針で操作した人間(念人形)解除してたけど、お前も操作系なの?」

「違うよ。私の系統なんだと思う?」

「………………特質系?」

「なんでわかったの!?」

「何か具現化した様子も無く、強化、変化、放出系じゃ操作系は解除できない(操作された人間を再起不能、もしくは針などを外せばその限りでは無い)し、針を外す前に操作が切れたから、可能性としては、特質系の特殊な念能力と思ったけど、当たったみたいだね」

 

 おお、イルミさん鋭い。一連の動作だけで看破されるとは思わなかったよ。流石に〝念を消す〟という所に関しては分からないみたいだけどね。でもイルミさんの事だからある程度アタリ付けてそうだけど。

 

「ま、後は操作を上書きする特殊な操作系、という可能性もあるだろうけど、そう言う場合は逆に条件が難しくなる。あの場でそれくらい複雑な事ができていたとは思えない」

「御もっとも。流石操作系のプロフェッショナル」

 

 この人実力的には旅団のシャルより遥かに強いしね。身体的な戦闘能力じゃシャルは基本旅団でも戦闘タイプじゃないし、操作能力だと………イルミさんの能力よりシャルの能力の方が人には溶け込みやすいか?いやでもイルミさんの能力よく考えたら大して見てないし。アンテナの数はシャルより多いけど。

 

「じゃ、ここから後は下に降りていけば、その内下に着くから」

 

 そう言って教えてくれた場所は、断崖絶壁!………という程じゃないけど、結構な斜面の山道。確かにこのくらいなら私は普通に降りれるけど、それを見越していったのか、ただの嫌がらせで言ったのかはなんだか微妙だね。イルミさん的には普通の事かもしれないけど。

 

「ありがとね、イルミさん」

「………ああ、そういえば。ちょうど下に行く人がいるらしいから、道案内してくれるって」

「そうなの?なんだか悪いね」

「ついでだし構わない。じゃ、後はその人に任せたから」

 

 そう言って、イルミさんはスタスタと元来た道を帰っていった。このまま家を通過して、裏門から仕事に行くのだろう。まさかここからの道案内を付けてくれるとは、なんだか申し訳ないね。今度来たときはゼノさんにもあげた玉露の茶葉とか持ってこよっと。ありがとう、イルミさん!

 でも少し気になるのが、イルミさんが〝その人〟なんて言い方するって、どんな人案内人にしたんだろ?

 

「あら、あなたがイルミの言っていたヒノさんで、間違いありませんね?」

 

 歩く音が無く声がしたのは、流石ゾルディックの家なだけあると、割と最初の方から感心してた。ゼノさんもイルミさんも執事の人とかも全然音出さないし。なので今回もそうかと予想していて予想通りだったけど、来る人は全然予想通りじゃなかった。てっきり黒服の執事さんとかかと思った。

 

 私の目の前にいるのは、貴婦人が来ていそうな、スカートがふわりと膨らんでフリルをふんだんにあしらったドレスと帽子を被り、ここまではまだ普通(あくまで、まだ普通)だけど、気になるのは顔面を覆う様に白い包帯を巻き付け、その顔面には目の部分が赤く光るバイザーみたいな機械を装着した、女性の人。

 

 そしてもう一人は、黒髪をおかっぱにし、同じ黒を基調とした着物を身に纏う、私より1つ2つと年下っぽい子。こうしてみるとなんか女の子っぽいけど、男の子にも見える。ゾルディック的には男の子か?

 

 こう、別の時代別の国からやってきたような組み合わせの謎感だけど、そこがなんだかゾルディックっぽい!そしてイルミさんからの口ぶりだと、この人達はおそらく………

 

「初めまして、イルミの母のキキョウと申します。この子はカルトちゃん。以後、お見知りおきを」

 

 キキョウさんの言葉に合わせてぺこりと無言で頭を下げるカルト。

 

「えっと………ヒノ=アマハラです………………宜しくお願いします」

 

 何このゾルディックの一族率の高さ。いやゾルディック家だからしょうがないけど。どういう対応したらいいのさ!イルミさん絶対知っててこの人の事黙ってたでしょ!?やっぱり嫌がらせか!?

 

「それではヒノさん、行きましょうか」

「………あ、はい」

 

 そして私とキキョウさん、カルトの3人は、暗くなりつつある山の中を駆けだしたのだった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「それではヒノさん、御両親はどんなお仕事を?」

「義父なら、多分ハンター。他はいないです」

「ご趣味や得意な事は?」

「あの、料理とか割と得意です……はい」

「まぁ!女の子らしくていいですね!」

「はぁ………」

「それとヒノさん、あなたは今お付き合いのしている男性などいらっしゃいますか?」

「あのー、この質問の意味は一体」

「あら、ごめんなさいね」

 

 キキョウさんは、なぜか私に質問をしてくる。どうして?隣のカルトに関しては、イルミさんのように無表情、だけどじーっと私の方見つめている。一体どうして!?

 ちなみに、この会話の間も、山道をかなりの速度で疾走している。私はともかくとして、あのドレスと着物でよく走れるね。慣れてるにしても限度があるでしょ。流石ゾルディック家!一族皆どこかおかしい、キルアに言ったら自分は違うとか言いそうだけど。

 

「あのー、キキョウさん?結局質問の意味は一体………」

「いえ、キルはずっとゾルディックの中で育ってきました。だから外の人間と関わる機会はほぼありません。あの子の交友関係の全ては、家族、使用人、標的の三つと言っても過言ではなかったのですよ」

 

 それはまたすごい交友関係だね。ていうか標的(ターゲット)って。

 

「そのキルが私と兄を刺して家を飛び出し、初めて外の世界に触れました。無論戻ってきてくれましたが。その時に知り合った男の子達が来たときは、それはもうたいそう憤慨しましたとも」

 

 なる程、確かにイルミさんのお母さんだ。こう、考え方とかそんなところがそっくり。こう、イルミさんをもうちょっと感情的にしたらこんな感じかな………ていう感じ?

 

「けど、まさか女の子の知り合いまで作るとは、少し予想外でした。………ヒノさん!」

「あ、はい!」

「私はキルの、ゾルディックの事を考えると、一つ私の息子達には足りないものがある事に気づきました」

「イルミさんにも?それって一体――」

「女性です!あの子達には、ガールフレンドの影も形もありません!このままでは、ゾルディックは途絶えてしまいます!」

 

 あー、それは深刻な悩みですねー(棒)なんてコメントしたらいいのか分からない。

 

「だからヒノさんをキル、もしくは別の息子達のお嫁さんにもどうかと思いまして」

「話が飛躍してますよ!?どうしてそうなりました!?いや、全く脈絡ないわけじゃないですけど、いきなり飛び過ぎてません!?」

「料理ができるなんて嫁らしくていいじゃないですか。まあ家では使用人が料理を作りますけど」

「それって料理スキルの有無関係無いですよね!?」

「実力としても、イルミやゼノ(お義父様)が認めたのであれば問題ありません」

「認めたというかなんというか………」

「まあ基本家業は男性陣が行うので、ヒノさんは家にいてもらって構わないのですが」

「あ、そういう感じですか」

 

 ていう事は別に殺し屋の嫁も殺し屋、というわけじゃないんだ。まあ確かに昔のジャポンなら、男が稼いで女が家を守るという感じだったしね。この家もそういうい感じか。それにしては果てしなく物騒だけど。ていうかその話題カルトのそばでいいの?この子私の方若干殺気こもった目で見てる気がする!?

 

「後は孫の顔でも見れれば完璧ですね」

「だから話飛躍してますって!?」

 

 私にここまで突っ込ませるとは、キキョウさん………できる!妙な所で感心してしまった。

 

「この家に来て全く物怖じしないというのも素晴らしいです。中々の度胸に実力。後容姿が可愛いのもポイント高いですよ。綺麗な金髪と紅目ですね」

「あの………ありがとうございます」

 

 こう素直に誉められると少し照れてしまう。

 ………いやいや、いまわたしは殺し屋の嫁になるかの瀬戸際!いや、別にキルアの事が嫌いじゃないけど、まあ少なくともイルミさんとかよりは………って感じかな。こう年齢差とか思想とか、キルア以外の年齢とか知らないけど。少なくともイルミさんは無いと断言できる。あの人そういう感じじゃないし、絶対。

 いや、でも言われたら逆に淡々とこなしそうだから少し怖い。

 

「あら、そろそろ着きますね。見えてきましたよ」

 

 その言葉に、先導していたキキョウさんが立ち止り、音を立てずに歩き始める。その服装で森の中走ってどうして音が絶たないのかちょっと気になる。

 一緒に歩いていると、薄暗くなってきた森の向こうで、人影が見えた。

 

 古びた有刺鉄線の柵と、厳格口となる柵の途切れた場所で立っていたのは、執事服を着た女の子。多分年齢は私と同じくらいで、ドレッドっぽい感じのヘアースタイルが特徴的。無論念も使える。

 

 そしてその子に対面しているのは、ゴン!それにクラピカとレオリオ!久しぶりに見た気がする!ていうかゴンの顔がめっさ腫れてるのはどうしたのか、十中八九あの子に殴られたっぽいけど。あ、殴られたって言ってもあの女の子、先端に水晶みたいなのが填まった杖持ってるからあれ武器にしたっぽい。

 そしてクラピカもレオリオも無傷でゴンだけ。ってことは、ゴンがわざと殴られ続けた?それとも一対一を申し込んだ?

 

 その時、私はか細い声を聴いた。

 弱弱しく、涙に濡れた、誰かを思うような芯のある女の子の声。

 

 

「お願い、キルア様を………助けてあげて」

 

 

 瞬間、小さな殺気を感じると同時に、私は飛び出した。

 両足と右手に念を強く纏、一足で飛び出した私は、隣で動く人の動作よりも早く、地面を削りながら、執事服の女の子の前に立った。

 

パアァン!

 

 

 そしてキキョウさんが、執事服の女の子を狙って放った銃弾を、私は右手で掴み取った。

 

 

 その光景には、私の後ろの女の子はもちろん、ゴンも、クラピカも、レオリオも、驚きに表情を染めた。

 

 誰も全てが理解できていない状況下、夜空を照らす満月だけが、今の状況を、最初から見ていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 




日数など原作から削れそうな所は話の都合上削ってみました。
本来20日かかった試しの門を、この話では1週間~10日くらいに短縮されています。それでもストーリー上問題無いと思ったので、ここで追記させてもらいます!


おまけ

ヒノから見た現在の印象②『ゾルディック編』

イルミ………割と話せるね
ミルキ………ミルキー?(名前しか知らない)
キルア………今何してるかなぁ?
カルト………和服懐かしい!後なんか睨まれてる!
キキョウ………ちょっと面倒臭そう
ゼノ………結構いい人!煎餅美味しかった!

全員………皆歩く時静かだなぁ


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第19話『リボンの使い方』

ゴトーさん。

執事→羊→ゴート→ゴトー?
あ、GOAT(ゴート)は山羊(ヤギ)でした。


 ハンター試験を終えて、ゴン、クラピカ、レオリオの三人は、ヒノと別れてパドキア共和国へと向かった。

 キルアの実家でもある、伝説の暗殺一家ゾルディック家は、パドキア共和国にあるククルーマウンテンという山の頂上にアジトを持つ。そしてその山自体もゾルディックの敷地であり、通常そこへ行くにはいくつもの関門がある。

 

 一つ目は、『試しの門』と呼ばれる、全長数十メートルはあろうかという正門。

 

 扉の片方重さ2トンあるという常軌を逸した門であり、鍵は一切掛かっていない。故に力ある者であるなら、どんな人物であろうとゾルディック家の敷地へと入る事ができる。

 

 重さ2トンというのは、1の扉の重さであり、押し込む力に呼応して2の門、3の門と扉は一緒に開き、門が一つ上がる事に重さは倍になるという。1の門は片方2トンの合計4トン、2の門は8トン、3の門は16トンという。

 

 ちなみに、鍵の掛かった普通の扉も存在するが、そこから入ったら命令された猟犬に、骨にされて出てくるという地獄への扉だ。この命令は、正門から入れば適用されないので、死なないように入るにはやはり正門から力押しで入る他、方法は存在しない。

 

 しかしながら、そんな門は普通の人間には開けられない。それはゴン達も例外ではなく、開けようとしてもびくともしなかった。その為、この家に雇われた門の守衛、もとい掃除夫であるゼブロは、友達として会いに来てくれたゴン達を気に入って、修行をする事を提案した。

 

 尚、一度執事室へと連絡してキルアに会えないか確認したところ、あっけなく門前払いを喰らったという。

 

 常日頃より数十キロ単位の重しを体に備え、自由自在に動けるようになるという単純だが密度の濃い筋力トレーニングを重ねた結果、ゴン達は無事、一人で試しの門を開ける程にまでなったという。中でもレオリオはその倍の2の門も開けるようになったとか。やったね!

 

 さて、そこで第二の関門が、『執事室』の執事達。

 

 基本的にゾルディックは家は暗殺一家の為、当然敵も多い。その為、普通にやってきた客を通すことも無く、たとえ連絡が入ってもまずは執事室を通して問題無しと判断された場合のみ、敷地内に入る事を許可されるという。最も、その前例により許可された事は、一度も無いらしいが。

 尚この執事達はゾルディックの専門機関で訓練を積んでいる為、下手なプロハンターよりよっぽど強い。

 

 そしてゴン達の前に立ちはだかったのは、執事見習いの少女、カナリア。

 

 彼女が受けた命は、何人も敷地(この場合は正門から入り、少し進んだところにある柵の向こう側を指す)に入れないようにする事。

 

 故に、彼女は近づくゴンを、排除するべく攻撃をした。

 

 戦う、という選択肢もゴン達にはあった。3人で掛かれば、勝て無い事は無いかもしれない。しかし、ゴンにとって重要な彼女と戦う事ではなく、ただただ友達であるキルアに会い来ただけという事。

 

 だからこそ、ゴンは反撃もせずに殴られ続けた。

 

 クラピカもレオリオも、ゴンの心情を察して手は出さず、じっと待つ。後に残るは、カナリアがゴンを殴り飛ばす鈍い音だけ。

 

 この少年は、なんでここまでする?なんでただ殴られ続ける?なんで何度でも立ち向かってくる?ボロボロに腫らした顔を見た時、カナリアは自分の手が動かなくなるのを感じた。

 

「どんなに感情を隠そうとしたって、君にはちゃんと心がある。キルアの名前を出した時、一瞬だけ目が優しくなった」

 

 ゴンには分かってる。カナリアが急にゴンを殴らなくなったのは、彼女が本当は優しいから。無抵抗な人間を、それも子供を傷つける事に、感情が制御をかけてしまう。

 

 自分の主の為に、友達だと言ってくれている目の前の少年に、何年も前の、嘗ての自分とキルアの会話が思い出された。

 

 

―――お前、新顔だな。

 

―――カナリアと申します、キルア様

 

―――様とか付けんなよ。キルアでいいよ。

 

―――そうはいきません。私は使用人、キルア様は雇い主ですから。

 

―――なんだよー、いいからさー、俺と友達になってよ。

 

―――………申し訳ございません、キルア様。

 

 

 殺し屋には友達はいらない。それがこの家の教育方針。しかしキルアの心情は、本当は友達と遊びたい。それこそ、普通の子供の様に。そう願った幼少期のキルアと、今目の前に、キルアの友達として体を張る少年がいる。

 

 ただ命令を遂行する人形のように、冷酷に徹しきれなかったカナリアからは、一筋の涙が流れた。

 

 

「お願い………キルア様を、助けてあげて」

 

 

 

 

 

 

 

パアァン!パシィ!

 

 

 

 一瞬、何が起こったのか、目の前にいたゴンやカナリアはおろか、クラピカやレオリオも分からなかった。

 

 奥を見れば、貴婦人のようなドレスを纏う顔面に包帯と機械を備えて顔を隠したおそらく女性と、その場で佇む黒髪と黒い和服を纏う闇夜に溶け込む子供。いつの間にそこにいたのか、幽鬼のように唐突に表れた異質な組み合わせの二人組。だが、気になる所はそこじゃない。

 

 ゴン達もよく知っている顔がいた。

 

 太陽の光と溶かし込んだような黄金色の髪を揺らし、燃え上がる炎を閉じ込めたルビーのような紅色の瞳。

 

 

 カナリアの前で、拳を握った右手を前に出した少女、ヒノ=アマハラが、そこに立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「「「ヒノ!」」」

 

 私のすぐ目の前にいる、三人の声が重なった。その表情は全員揃って驚きに染め、まるでハトが豆鉄砲を食らったかのようである。まあ気持ちはわかるよ?目の前で銃弾掴んでる少女がいきなり現れた、そりゃ何事だ!?ってなるのが普通だと思うし。

 

 しかも、多分だけど執事服の女の子はゴン達を通せんぼしてたっぽいし、にも拘らずゾルディックの敷地側から私が来たらそらびっくり。別行動してたのに何してんだこいつ?って感じだよね。

 

「あらまぁ、流石の身のこなしですね。右手に負傷や火傷などは大丈夫ですか?」

「えっと、一応平気ですけど………」

 

 自分で銃を撃った割にずいぶん丁寧に聞いてくるねこの人。いや、別に私に撃ったわけじゃないから当然か?うん、そう信じよう。一応私の立ち位置ってゼノさんの客人っぽい感じだったし。

 

 手の方は、初速を出す為に足に少し、ついでに手で受けるつもりだったから右手だけに念を分散して込めたから、大したダメージにならなかったよ。若干ピリッときたくらいかな。実際銃弾止めるとか初めてやったから、正直出来てよかったね!避けるだけなら簡単だよ。旅団のみんなも普通にできる!(これは普通とは言いません)

 

「あ、久しぶり。ゴンとクラピカとレオリオ。こちらキキョウさんって言ってキルアのお母さん。そっちはカルト。キルアの兄弟らしいよ」

「いやちげーよ!?なんでお前そっち側なんだよ!俺らと同じ不法侵入サイドじゃねーかよ」

「レオリオ。私達は不法侵入じゃない。ちゃんと試しの門から堂々と入った」

 

 おお、この細かい所に拘る感じ、まさにクラピカだね!後レオリオも相変わらずレオリオだね!

 そしてゴンも………まあ相変わらずだね。なんか怪我してる所ばっか見てるね。まあ無知無茶無謀みたいな子だし。言い方帰れば純真無垢、猪突猛進って感じ?あ、猪突猛進はなんか違うか。

 

 その時、キュィンという機械音がしたと思ったら、キキョウさんのバイザーの赤い瞳が、なんとなくゴンをターゲティングしたような気がした。

 で、実際あってたっぽい。

 

「あなたがゴンね。イルミから話は聞いてます。数日前からあなた方が庭内にいる事もキルに伝えてあります。キルからの伝言をそのままお伝えしましょう」

 

―――来てくれてありがとう。すげーうれしい。でも、今は会えない。ごめんな。

 

「以上です」

「なんかキルア今自分が刺した兄さんにお叱り受けてるんだってさ。ゼノさん、キルアのじいちゃんが言ってたよ。あ、イルミさんはさっき仕事に行ったから今はいないから安心して」

「………色々と突っ込みたい所ではあるが、ヒノ………すまないが少し空気を読んでくれ」

 

 クラピカになんか言われちゃった………。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 あの後、キキョウさんのバイザーになんか連絡なのか監視カメラの映像でもみたのか、とりあえず屋敷の方から情報が送られた後、若干発狂したような気がしたけど、平静な装いでそそくさと去っていった。カルトは一瞬こっちを見たけど、それでもすいっと無視して、キキョウさんについて行ってしまい、すぐに見えなくなった。

 

 で、残されたのは私とゴンとクラピカとレオリオ、それに執事らしい女の子の5人だけ。

 

「さて、詳しい話を聞こうか、ヒノ。今までどこで、何をしていたのかを」

 

 ゴンやレオリオじゃ色々思ったことを叫ぶので埒が明かないのか、代表してクラピカが私の前に立つ。笑ってはいるが、妙に威圧感を感じるよ!これで非念能力者だと………ばかな!

 

「何をしていたのかと言われても、ハンター試験を終わったら義兄(あに)の手伝いして流れで密猟団を討伐して、そのままこっち来ようとしたら飛行船でハイジャックを倒して爆弾処理して、そこで知り合った暗殺一家のキルアのじいちゃんに連れてきてもらってさっきまで屋敷でお煎餅食べて、その後イルミさんと談笑しながら途中まで案内してもらって、後はキキョウさんとカルトにここまで連れてきてもらっただけだよ?」

 

「「「密度濃っ!?」」」

 

「一体ここ数日で何度事件に巻き込まれてんだよおめーは!ハンターになって数日でどんな仕事三昧だよ!プロハンターもびっくりの内容だぞ!?」

「それに後から来て我々より先にゾルディック本邸に招待されるとは!しかも一日に何人のキルアの家族とあっているのだ!?しかもあのイルミと談笑を交わしていたとか信じられん!」

「ヒノってお兄さんいたんだね」

 

 私の流れるような説明に、三人とも我先にとばかりに爆発したように言葉を浴びせてくる。レオリオはともかく、クラピカも結構まくし立ててくる。気持ちはわかるけどね。頑張って修行してたのに、それ全部スルーするとか無いわーって………自分で言っててなんか悲しくなってきたなぁ。

 後、ゴンだけなんか感想ズレてるよ?

 

「それで、ゴン達は何してたの?」

「実は「それが聞いて」我々が「あのねキル」「くれよ!」ここに来る「アの家に行こうと」までにもいく「わざわざ会いに」つもの試「したらさ」「来たのによぉ!」」

「何言ってるか全然分からないよ!?」

 

 要約すると、修行終わって柵を超えようとしたら殴られちゃった、てへ☆、みたいな感じだね。

 

「ヒノ、気のせいかと思うが我々の説明が君の中で曲解されてないか?」

「大丈夫、本筋は理解してるつもりだから」

「曲がってる事は否定しないのかよ!?」

 

 空気が壊れた後だから、若干面白おかしく考えながら聞いてもいいと思うんだよ。あ、ちゃんと時と場所と状況は考えるよ?ホントだよ!

 

「それで、これからどうするの?キルア今お叱り中みたいだし」

「そうだな。このままキルアの家無理やり行くか?」

「それはお勧めしないなぁ。機嫌損ねたら多分殺されるし」

 

 さらっと私が言った言葉に対して、ゴン達はさっと顔を青ざめる。今更ながらに、ここが暗殺一家のアジトのど真ん中ににいるという事を(敷地内ってだけだけど)、思い知ったのだろう。(どちらかと言えばヒノがそれを笑顔でさらっと言った事に対して若干恐怖した)

 

「でも話が通じない訳じゃないしね」

「ヒノ、お前キルアの他の家族に会ったんだろ?なんでそのままキルアにも会いに行かなかったんだよ」

「え?だってゴン達が正面から来てるのに、私が先にキルアに会うのもなんか違うでしょ?」

「そこらへん律儀なんだな。それ以外の事は色々やらかしてる気がするが………」

 

 それは言いっこ無しだよ、レオリオ。

 その時、私たちの会話を一歩引いて固唾をのんでいた少女、執事見習いらしいカナリアが、おずおずと手を挙げた。

 

「あの……この近くに執事室があるから、そこから屋敷直接電話してみるっていうのは………どうかな?」

 

 うん………それナイスアイディア!

 そんな感じで、私達はやっと動き出し、暗い夜道を歩いて執事室とやらへと歩いて行くのであった。

 

「カナリアってさ、今何歳?」

「13歳よ」

「じゃあ私と同じだね!」

「そう。それにしても、ゾルディックに使えて、初めて客人を見たわね」

「そういえば執事室が入庭許可した前例無いって言ってなかった?」

「そのはずだけど………」

 

 ゴンの言葉が正しいとすると、私は例外なのか?そんな簡単に例外なんてでていいものなのか。

 もしくは………、

 

「執事室スルーして直接ゾルディック一族が許可した人とか結構入ってるんじゃないの?」

「なるほど。執事室は許可した前例は無いが、雇用主が許可した前例はあると。中々とんちが聞いているな」

 

 クラピカが妙な所に関心しているけど、それって警備体制微妙にガバガバなんじゃないかな?

 そんなこんなしてたら、明かりのついた………本当に執事室?世間一般では豪邸に分類されるような家が見えてきたんだけど。

 

 そして、その前に綺麗に並び立つ5人の執事達。

 まるで、歓迎されているかのような雰囲気だった。

 

 実際、歓迎されてた。

 

 何を言ってるかよくわからないって?

 執事の人たちに執事室の中に案内されて、客間みたいなところでソファーにかけた私達。で、そのまま電話でもしたいところだったんだけど、リーダーっぽい人が言うには、今キルアがこっちに向かってるみたいらしい。

 

 ああ、さっきのキキョウさんの弱発狂感は、やっぱりキルア関連だったか。でもまあキルアがこっち来てくれるなら願ったり叶ったり!しかもキキョウさんから正式に客人として全員迎えてもいいんだって。やったね!

 

「よかったねゴン!殴られ損しなくて」

「あはは………」

「お前って案外ひでー事言うんだな」

「ふふ………さて、ただ待つのも退屈で長く感じる物。ゲームでもして時間を潰しませんか?」

「ゲーム」

 

 執事のリーダー、ゴトーさんって言うらしいんだけど、懐から取り出したのは、一枚の金色に輝くコイン。親指の上に乗せたコインをピンと弾き、落ちてくると同時に、両手を動かし、コインを掴み取った。

 

「コインはどちらの手に?」

 

 今の速度だったら、だいたいの人でもわかる。最初だからゲーム説明も兼ねてのデモンストレーションっぽく、私を含めたゴン達は即答した。

 

「「「「左手」」」」

「ご名答。では、次はもっと早くいきますよ?」

 

 ゴトーさんの実力的には、全然本気を出していない。けど、二回目はさっきよりも、少し早くなった。若干引っ掛かりやすい感じもしたけど、これに対してもゴンは即答した。

 

「また左手」

 

 その言葉に、ゴトーさんは左手を開くと、金色に輝くコインが現れ、ゴトーさんはにっこりと笑った。そしてふと思い出したかのように、私の方を向く。

 

「ああそうだ、ヒノさんでしたね。奥様から伝言を預かっておりました。少々お一人で別室によろしいでしょうか?」

「あ、大丈夫ですよ。ちょっと行ってくるね」

「おう」

 

 ゴトーさんが合図すると、後ろに控えていた別の執事の人が先導してくれる。ゴン達の方は、第三ゲームが始まったっぽい。ゴトーさんちょっと本気出してたね。あー、私もやりたかった!

 で、執事さんに連れられてきた場所は………………電話だね、うん。

 

「おや、ヒノ様、髪を結われているそのリボン、少しほつれてますね?」

「え?あー、最近なんか物騒なことばっかり巻き込まれてたからかな」

 

 具体的にはハンター試験とか密猟団とかハイジャックとか爆弾処理とか………濃い一か月だなぁ。

 

「良ければこちらで直しましょう。時間はあまり取らせませんので」

「あ、じゃあお願いします」

「かしこまりました。そちら今通話となっておりますので、どうぞ受話器を取ってお話ください」

 

 そう言って恭しく、私のリボンを受け取って執事の一人は別室に行ってしまった。流石執事、裁縫スキルも完備とは、一応ゾルディックとはいえ、戦闘能力だけで人を決めてるわけじゃないのか。ちょっと意外だったよ。

 さて、とりあえず電話を取り、そのまま耳に当ててみる。

 

「もしもし?ヒノですけど………」

『もしもし?すみませんねぇ、時間を取らせてしまいまして』

「それは良いんですけど、キキョウさんどうしたんですか?」

『いえね、少しヒノさんにお願いがありまして』

「お願い?」

 

 キキョウさんがわざわざ私にお願いって、一体なんだろう?十中八九キルア関連な気はするけど、とりあえず聞いてみよう。

 

『たまにでいいんです。キルアの様子を教えてもらえたらと』

「………やっぱキルアの事心配ですか?」

『そりゃもう!心配ですとも!今が大事な時期ですからね!できる事なら家にいて欲しいです!でも、パパもキルも決めた事。なら、ここは見送ってあげるのも一つの手だと思いまして』

 

 なんか普通にお母さんしてる感じだね。私はお母さんいた事無いけど、いたらこんな感じなのかな?ちょっと歪んだ感じに過保護過ぎる気がするけど。

 

「分かりました。ちょいちょい写真とか送りますよ。知ってるゾルディックの人に送っておけばいいですかね?」

『やりやすいようにしてもらえれば構いませんわ。後はキルに危険が無いように、くれぐれも注意してくださいね!後はお菓子の食べ過ぎに注意するように!それからあまり夜更かしはしないように!後は………』

「もう本当にただのお母さんですね!?大丈夫ですって。キルア(多分)しっかりしてますから!」

『そうでしたね。あそこまで冷たい目ができるなんて、将来が楽しみですわ!それではヒノさん、ごきげんよう』

 

 そう言ってプツリと切れた後で、私は少しだけ、嵐のような人だなぁ、と思ってしまった。一応お母さんしてるんだ。まあお母さんだし。あれに加えて暗殺とは何か、みたいな教育がフルセットで付いてくると………キルア大変だね。

 そして電話の終わったタイミングで、先ほどの執事の人がリボンを持ってきてくれた。

 

「お待たせしました。どうぞ、確かめてください」

 

 そう言って見てみると………………すごい!完璧な仕上がり!そしてまるでクリーニングにだしたかのようで、まるで新品みたいな仕上がり。これをこの短時間に、ゾルディックの執事ぱねぇ。

 お礼を言って部屋に戻ると、なんだか拍手喝さいの場所になってた。何事?

 

「あ、ヒノ!?無事だったんだね?」

「どうしたの?」

「いやさ、ゴトーさんがお前を人質にしたって言うからさ。お前のリボン見た時はそらびっくりしたもんだ」

「あー、そういうリボンの使い方してたんだ。ちょっとほつれてたから直してもらったんだ、いいでしょ」

「………お前は能天気だな」

 

 なんかゲームを盛り上げる為に、人質と、負けたら徐々に退場ルール。全員負けたらあの世行き、みたいなやり取りしてたらしいよ。どうもゴンが最終的にコインゲームに勝って、実は演技でしたてへぺろ、みたいな種明かししてたみたい。

 うん、実際は結構真剣だったのに軽く言ってなんかごめんね。

 

「ゴン!ヒノ!それにクラピカと………リオレオ!」

「レオリオ!」

 

 久方ぶりに声を聴いたのは、ひねくれた銀髪少年、キルア。ゴンに負けず劣らずのボロボロフェイスだけど、なんか表情はすっきりした感じっぽい。

 久方ぶりと言えば、ゴン達と最後に会話したのもキルアとそう変わらなかったね、そういえば。

 

「それじゃどうする?もう出かけるの?」

「ああ、ここじゃお袋がうるせーからな。ゴトー、お袋が何か言ってもぜってーついてくるなよ!」

「承知しました、いってらっしゃいませ」

 

 恭しく、主に下げる頭はなんか少し違うって感じするね。

 執事室を出ようとしたとき、ゴトーさんはゴンに声をかけた。そして、コインを弾いて両手で掴む。あ、今左手で掴んだ。

 

「さぁ、どっちでしょう」

「?左手でしょ」

 

 ゴンのその言葉にすっと開くと、そこには何もなく、右手にコインが握られていた。ゴンの動体視力は野生動物も真っ青。私も見てたから間違えるなんてありえない。という事はつまり………

 

「そう、トリックです。世の中正しい事ばかりではありません。キルア様を、どうかよろしくお願い致します」

 

 そう言って頭を下げるゴトーさんは、キルアの事が大切だと分かる、暖かい感情に包まれているように、私には見えた。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「うわぁ、おっきな………………門」

「ん?ヒノこっから来たんじゃねーのか?」

 

 キルアがそう言うが、私は正門からは入っていない。裏門をゼノさんに開けて普通に入った。だから、ここは初めて見たよ!裏門の5倍くらいの大きさはあるんじゃないかなこれ!?

 

「私ゼノさんに裏門から入れてもらった。あと、イルミさんとキキョウさんとカルトに道案内も」

「お前俺んちでなんでそんな交友関係広げてんの!?当事者なのにびっくりだぜ!?」

「そりゃそうだろ。俺達もびっくりだからな」

 

 うう、そんなに言わなくても。私だって最初は知っててこの家来たわけじゃないし。イルミさんに会ってからここキルアの家って知ったくらいだし。私が無知すぎるって事!?

 

「それより早く出ようよ。誰が開ける?」

「そっか。お前らここ突破………………ヒノ、裏門ってお前が開けたのか?」

「?違うよ。ゼノさんが開けてくれた」

「………(にやり)ヒノ、ここちょっと開けてくれよ。それで俺達通るまで持っててくれ」

「え!キルア、それはちょっと無理なんじゃ………」

 

 それは別に構わないけど、なんでキルアそんなににやにやしてるの?この顔、なんか思い出すね。トンパさんから毒入りジュース貰ってそれを私に飲まないかと催促してた時の表情に。………結論、ちょっとガオーって感じだね。

 

「ま、いいけど。じゃ、開けるねー」

 

 これでなんかキルアの目論見通りとかだったら尺なので、私は念を込めた腕を巨大な扉に押し当てて、一気に開いた。

 

 

ギィイゴオオオン!!

 

 

「「「い!?」」」

 

 私が押し出すと同時に、念と筋力から生み出された力が伝播し、1の扉が開き、2の扉が開きそして………………3の扉が開いた。

 

 そしてそのまま固定………っと!よし、じゃあ後は三人とも入れば………あれ?

 

「ちょっとぉ、三人とも入らないの?早くしないと閉めちゃうよ」

 

「あ………うん」

「ヒノ、お前って一体何者?」

「そのなりで俺と同じ扉開けるかよ普通」

「うーん、もうどう突っ込めばいいのかわからない」

 

 三者三様ならぬ四者四様の表情で、ゴン達は扉をくぐって、外へと出るのであった。それに続き私も扉を離して外へと出る。

 

 久しぶり、という程でも無いけど、5人全員で外へ出る事が出来た事に、一先ず私は、心の中でほっと、一息つくのだった。

 

 

 

 

 

 




腕力対決勝負!

一位:ヒノ
念を使用してるから所詮ズル。念が無ければキルアより低い。でも世間一般からしたら普通に怪力少女だった。

二位:キルア
試しの門は3まで開けられるぜ!握力16トン。自称溶接された鉄箱もねじ切るアイアンクラッシャーキルア。

三位:レオリオ
試しの門は2まで開けられる!腕力8トン!今ならゴンやクラピカよりも強いかもしれない!でもすぐに抜かされる事を、この時レオリオはまだ知らなかった。

四位:ゴン、クラピカ
現時点同着!どっちも試しの門1までいけるぜ!腕力4トン!
ここまでくれば後は押すだけで人間なんか簡単に吹っ飛ぶぜ!


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第20話『それぞれの旅路』

ようやくパドキア編も終了!



 

 

「以上で、『ヒノの旅日記~華麗なるゾルディックまでの道のり~』の発表を終わりまーす。はい拍手!」

「わー、面白かったね」パチパチ

「「面白くねーよ!」」

 

 ふむ、ゴンはこんなに素直に喜んでるのに、キルアとレオリオは一体何が不満なのかな?そしてクラピカ、なんで額に手を当てて目を伏せてるの?頭痛いの?冷えピタ使う?

 

「だいたい!何が華麗なるゾルディックまでの道のりだよ!結局分かったのは密猟団ぶっ潰してハイジャック犯ぶっ倒して飛行船飛び降りただけじゃねーか!その後どうやって家に来たんだよ!」

「そーだそーだ!キルアの言う通りだ!つーかここらへんさっき聞いたわ!」

「けどもうキルアと会って外に出たんだし、もうそこらへん掘り下げなくてもいいんじゃない?」

「クラピカ!お前も何とか言ってやれ!」

「いや………私は正直どうでも良くなってきたよ。何にしてもヒノの言う通り、キルアと再会できた。過去の事は忘れようじゃないか」

「クラピカ!?クラピカからあるまじき言葉が出てきたよ!これ絶対バグってるよ!作者さーん!」

 

 

 やり直します。

 

 

「クラピカ!お前も何とか言ってやれ!」

「いや………わたしは正直どうでもよくなってきたよ。ヒノのここに来るまでの過程は興味深いが、あまり解決した人の仕事に口出しするというのは無粋だ。ここは素直にキルアの再会を喜ぼうじゃないか」

「そうだね」

「あれ?いま変な間が無かった」

 

 ゴン、それはきっと気のせいだよ。神様的なあれ、ちょっとこれ以上は発言がおかしくなるからそろそろ流れを元に戻します!

 

「そういえばゴン。ゴトーの使ったトリックは、おそらくこういう事じゃないのか?」

 

 クラピカ先生による、手品講座!

 キルア曰く、種を聞いたら腹立つくらい簡単と。確かに聞いてみたら、とてもシンプルな手品だった。

 

 右手にあらかじめコインを持ち、左手で2枚目のコインを弾いて、相手に分かりやすく左手で掴む。この時、両手にコインが1枚ずつ握られている事になる。そして、掴んだ方、左手のコインを、さりげなく拳をわずかに開き、隙間から袖の中に入れる。

 そうすれば、後は右手に残ったコインのみ、という寸法。おお、確かに簡単だ。

 

「まあそのトリックを使ったのは最後だけだと思うよ。例えゲームでも、ズルは嫌いだからな、ゴトーは」

 

 キルアがそう言うなら間違いないね。ゴトーさんは何年もキルアを見てきたなら、キルアも何年もゴトーさんを見てきたはずだからね。なんかどっかの哲学者の格言みたいになったね。

 

「それで、この後どうするの?どっかご飯でも食べに行く?」

「お前は何というか、ゴンとは別の意味で能天気だよなぁ」

 

 そうかなぁ?一段落したし今なら何してもオッケーな感じしない?まあ皆さほどお腹は空いて無いみたいだし、私も冗談半分だったんだけど。

 

「けどゴン頑固だよな。ハンター証使えば観光ビザ使わずずっと滞在できるのに」

「そういえばゴンはハンター証使ってないんだ。どうして?」

「とりあえずやる事やってからにしようかなって」

 

 ちなみにそのやる事は、世話になった人の挨拶周りやらなんやら色々あるらしいが、最も肝心なのは一つ。ゴンは自分のポケットから、『44』と書かれた、ハンター試験受験番号のナンバープレートを取り出して宣言した。

 

「このプレート!ヒソカに顔面パンチのおまけつきで叩き返す!そうしてからじゃないと、絶対ハンター証使わないって決めたんだ!」

 

 3次試験のゼビル島にて、一度はヒソカのプレートを奪取する事に成功したけど、その後、他の受験者にヒソカのプレートとゴン自身のプレートを奪われた。それは結局ヒソカが受験者からまた奪い返して、2枚とも返してもらったらしい。実際はそんな優しい感じじゃなくて、施しを受け、ヒソカに生かされた。

 その時ヒソカに顔面を殴られ、同じように顔面を殴ってきたら、ゴンがナンバープレートを付き返すのを受け取ると約束したみたい。

 

 ていうかそのプレートって持って帰ってきても良かったの?受験者の位置が把握できるようにハンター協会側が発信機組み込んだり、ICチップとか入れて電気的な事おっけー、みたいな感じで技術使ってるみたいだけど大丈夫なのかな?これ使いまわしたりとか。

 

 あ、でも受験者結構番号付けたまま行方不明(事実をぼかしてます)になってるから結局新しく1番から作るしかないんだよね。ていうか発注作業とかその方が楽そうだし!足りない単品より一気にセットで!……………て、ジェイが前に言ってた気がする!本当かどうか知らないけど!

 

 まあ話を戻すと、ヒソカを殴ってプレート返すのがとりあえず目標だってさ。中々遠いね~。そのゴンの行動予定に対して、キルアは至極当たり前な質問をした。

 

「ふーん、でヒソカの居場所は?」

「………え?………と」

「私が知ってるよ、ゴン」

 

 いきなりつまずいた!?と思ったら、意外なところから救援がきた。確かクラピカは最終試験の時にヒソカと何か話してたから、聞くとしたらその時かもしれない。確かヒソカもクモについての話をしてたって言ってたけど。

 クラピカ曰く………、

 

「クモについていいことを教えよう♦」と。

 

 自分がクモのメンバーとは言わず、クモの情報を流すと。ヒソカ的に、クロロと戦いたいからある程度旅団内がひっかきまわされる方が好都合らしいしね。あわよくば、クラピカが何人か倒してくれれば御の字って所かな。

 私の事はもちろん言ってないみたい。まあ私は旅団を知ってるけどメンバーじゃないからね。

 

 ヒソカが言ったのは「9月1日ヨークシンシティで待ってるよ♦」ということ。ってことは旅団はヨークシンシティで何かするつもりかな。旅団の行動予定とか実際そこらへん私知らないから、今度聞いてみよう。

 

 で、結局その日にちに何があるかというと、レオリオの話によると世界最大のオークションがあるみたい。目的はそれか!やっぱり今度クロロにでも聞いてみよ。

 

「じゃあ私はここで失礼する。キルアとも再開できたし区切りがついた。オークションに参加するためには金が必要だしな。これからはハンターとして本格的に雇い主を探す」

「具体的にどうするの?」

「そうだな………クモがヨークシンでオークションの品を狙っているのであれば、そのオークションに強いコネクションを持つ雇い主を探す………というのが一番無難な所だな」

 

 なるほど。まあ客としてオークションに参加する、というだけじゃほとんど分からないしね。裏側から見なければ発見できない場所や物や情報だって多くあるだろうし。あとは単純に、オークションに緋の目出展されるかどうかも気になってるのかもしれないけど。 もし見つけたら教えてあげようっと。

 

「さて………俺も故郷(くに)に戻るぜ。やっぱ医者の夢は捨てきれねぇし、国立医大に受かれば、ハンター証(これ)でバカ高い受験料も免除だしな」

 

 そう言って自分のハンター証をひらひらと振るレオリオだけど、ハンター証ってそんな事にも使えるんだ。受験料免除って言うなら、苦学生には願ったり叶ったりだね。

 

「でもそれなら勉強した方がいいんじゃないの?それともレオリオって医学に関してはもしかして天才だった?」

「ははっ!レオリオに天才とか、なんか似合わねーな!」

「あ!ひでーキルア!事実だとしても人に言われると腹立つぜ!そうだよ!帰って猛勉強だよ!」

「レオリオなら大丈夫だよ!それにレオリオ医者に向いてると思うよ」

「くぅ、泣かせてくれる!ありがとよ、ゴン!」

「ま、別段レオリオの頭の出来に関しては否定も肯定もしていないけどな」

「クラピカぁ、お前はいつも一言多いんだよ」

 

 ぎゃいぎゃいと騒ぐけど、なんだか楽しい光景だね。キルアも合流できたし、ハンター試験が終わってようやく一段落、だね♪

 

「それで、ヒノはどうするの?」

 

 そこで、ふと話題が私に振られてきた。

 

「そういえば、ヒノに関しては俺達あんまり知らねーしな。どっから来たんだ?故郷にかえるのか?」

「言ってなかったけ?私ジャポンから来たから帰る時もそっちだよ」

「ジャポンっていうと、確かハンゾーの故郷だったよね。それにしてはヒノってそれっぽい恰好してないんだね」

「言っておくけどね、ゴン。ハンゾーの恰好は特殊だからジャポンの人が皆あんな感じじゃないからね?あれ特殊だよ、特殊!ここ重要!」

「あ、そうなんだ」

 

 ジャポンで忍者というのが、世間一般に認知されているかと言われると、あくまでサブカル的な感じでしか認知されていない。街中の子供見たら多分「ナ〇トオォ!!千〇ィイ!」「サ〇ケエェエ!!螺〇丸!!」とかやってるんじゃないかな。ハンゾーの言動を見ればそう思えないだろうけど、実はそうなんだよ!あ、でも知っている人は割と知っている。ハンゾーの言動を見れば、そう思うでしょ?

 

「とりあえず、一旦家に帰って少しのんびりしようかなぁ。別にお金に困ってるわけじゃないし」

「お前は本当に能天気だな。いや、別に良い意味でだけどさ」

「あ、でもどうせオークション行くなら少しくらいお金貯めておこうかな。その方がオークションって楽しめそうじゃん」

「お、ヒノもオークション参加する気か?ま、ああいうのは緩く見る分でもおもしれーしな」

「とりあえず10億くらあればいい物買えるかな?」

「と思ったら結構マジだぜこいつ!?」

「なんかヒノの人生楽しそうだね」

「客観的に見たら結構どす黒そうだけどな」

 

 私の生い立ちを少し聞いたからか、にやりと笑い気味にキルアが語る。けど、それブーメランだよね、キルア。

 少なくと一族全身暗殺一家の英才教育を受けてきたキルアには言われたくない。そっちに比べたら私は結構ほのぼのとした人生を歩んでいると思うよ。………多分。

 

「ま、なんにしてもここで一旦別れだな」

 

 

 

「「「「今度は、9月1日ヨークシンシティで!!」」」」

 

 

 

 そして私達は、それぞれの旅路に向かって歩を進める。

 長いようで、あっという間に終わったハンター試験も、成り行きで言ったゾルディック家も、ちょっと寄り道した私の巻き込まれた事件も、こう思い返せば中々楽しかったね。

 

 ジャポンに行くには、パドキアから飛行船で2日程でミンボ共和国に行った後、そこから船でおよそ3日。

 ま、切羽詰まってるわけじゃないし、気長に行くとしますか。

 

「久しぶりだなぁ、家に帰るの♪」

 

 

 

 

 

 





キルア「20話って、割ときりがいい話数でおれん家の話終わったな」
ゴン「じゃあ次は俺達の番かな?」

ヒノ「――と思ったら、それは違うよダブルボーイズ!」

キルア「その登場シーンに意味はあるのか?」
ヒノ「いや、特にないけど?」
ゴン「あ、そうなんだ。それで違うって?」
ヒノ「来週からは私が帰宅する『ジャポン編』が始まるよ」
キルア「ええ?それいらねーだろ絶対。俺達の『天〇〇〇〇編』しようぜ」
ヒノ「ちょっと、それ完全に先のネタバレしてるから自重してよ」
ゴン「発言が危ないよねー」
ヒノ「なんにしても、次話からは私の家事情だよ!知ってる奴とかそのうち出るかもだけど!というわけで、またねー!」


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ジャポン編
第21話『天原日乃の帰郷』


ジャポン編が始まります。
といっても数話で次章に行くと思います。だから数話はジャポン編やってます!


 

 

 

 周りから聞こえる波と波のぶつかる音。時折聞こえる樹の揺れる音。添え物のように鳥の声も聞こえる。心地よい自然の音に囲まれながら、私の乗った帆船は海を渡っていた。蒼海に囲まれて、辺り一面快晴の空から太陽の光が暖かく降り注ぐ。気温がまだ肌寒い季節だから、太陽の光はすごくちょうどいい。

 これからの事を考えると、なんだかすごく嬉しくなっちゃう。

 

「ふふふふ~ん♪も~うす~ぐつっくかな~♪」

「お!嬢ちゃん楽しそうだな。一人でこれから観光かい?」

「ううん、家に帰るところ!だから、すっごく楽しみ!」

「そうかい、そういつは良かったな!」

 

 そう言ってガハハと笑い、船員のおじさんは作業に戻る。私は甲板に立ち、青い海を眺めていた。

 

 パドキア共和国から飛行船で2日、そして到着したミンボ共和国から、船を乗ってさらに3日。まあこの後また電車とか乗るけど………それでもハンター試験を受ける前に家を出たし、そのまま終わってもジェイの用事手伝ったりキルアの家に行ったりしたから、かれこれ1ヶ月以上は帰ってない。

 なんか帰ってない、て言い方すると家出した子みたいに聞こえるけど、家出とかしてないからね?

 

「まもなく上陸だぁ!野郎ども!用意しろぉ!」

『おおぉお!!』

「賑やかだね~」

 

 屈強な船員が乗る帆船。ちなみに乗ろうと思えばエンジン付きの普通の船もあったんだけど、なぜこのような若干時代遅れ感のある船に乗っているか?理由はもちろん………乗ってみたかったから!まあその分、通常の船なら2日の所が3日かかったわけだけど、それも旅の醍醐味だよ!

 

 うっすらと見えた陸地がだんだんと鮮明に視界に現れ、私はようやく到着した。

 

 私の故郷(仮)の、ジャポンに!!

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 で、特に今回は事件事もなかったから、普通に上陸して電車乗って歩いて走って、そして戻って来たよ!

 

 山と森の近くの町中。でも一応駅とかもあるから田舎ってわけじゃないよ?こう山の前にある感じ。私の義父(とう)さんのシンリは、全国各地に家(もしくは隠れ家やアジトとも言う)を持ってるから、ここもジャポンにあるそんな家の一つ。でも他のと比べたら一番利用頻度が高い。その理由は、基本一か所に留まらないシンリがある人に管理を任せて人が住んでいるから。

 

 駅を降りて商店街を歩くと、ふと懐かしい感覚。音とか匂いとか、よく通ったなぁ。

 

「やあ、日乃ちゃんじゃないか!久しぶりだねぇ」

「やっほー、魚屋の竹山さん。みてみて!これがハンター証!」

「へー、これが噂の。すげぇじゃないか。さすが九太刀のじいさんところで鍛えてるだけある」

「でしょー!」

「あら、日乃ちゃんじゃないの!おかえり。ほらこれ持っていって」

「あっ肉屋の雅さん!ただいま。メンチカツだ!!ありがと!」

 

 ずっとジャポンのこの町で一番長く暮らしてたから、商店街の人達とは立派に顔なじみなのだ。

 ちなみに〝日乃〟というのは私の名前。ここではヒノ=アマハラがジャポンなので天原日乃ってなってるの。これもシンリがつけてくれた和名なんだよ。

 

 ざっと知り合いに挨拶をして、商店街を抜けたら少し山寄りに町から外れた所へ向かう。ちょっと坂を上っていけば、そこにあったのは、平屋の邸宅。シンリの趣味で建てたらしい、純和風建築の絵。一部以外ほぼ木で出てきてる中々に広い家だよ。瓦の屋根とか障子に襖と、今時珍しいタイプだよね、こういうの。もちろんだけど瓦とかは木じゃないからね?

 

ガラガラガラ。

 

「ただいまー!!」

 

 引き戸の玄関を開けて私がそう言うと、廊下の奥からパタパタとした軽く小走りするような足音が聞こえる。木の床に対してスリッパで歩く音だねこれは。

 そして廊下の奥から現れた人は、先ほどまで家事をしていたのか、色鮮やかなミントグリーンのエプロンを身に着けて、柔らかい笑みの少女。

 

「あら日乃、おかえりなさい」

「ただいま!!翡翠(ひすい)姉さん!!」

 

 久方ぶりに顔を見たけど、相変わらず翡翠姉さん綺麗だね。

 腰程まである、長く艶やかな黒髪は、ジャポンで言うならまさに大和撫子って感じだね!今は作業中だからか、一つにまとめて肩から前に流してるけど。今は普通に洋服とエプロンだけど、これで和服でも着てみれば完璧としか言いようが無い気がするよ。

 

 本名、九太刀(くだち)翡翠(ひすい)

 この家を管理しているシンリの友人の孫娘にあたり、私は昔からここに住んでいたのでもう姉も同然、というか姉だね!現在高校に通う17歳なんだよ。でもこの家私達がいないと基本二人暮らしだから、家事はほぼ翡翠姉さんがやってるんだけどね。多分今は夕飯作ってる途中だ!味噌汁の匂いもするし!

 

「久しぶりね。連絡くれたら迎えに行ったのに。ヒノって昔から何か巻き込まれやすいし」

「大丈夫だって。港までそこそこ距離あるし、そうそう変な事に巻き込まれないよ」

 

 さりげなく、ほんの一週間前に密猟団との闘い、そしてハイジャックに巻き込まれたことを頭の片隅に追いやる。あれは巻き込まれたわけじゃない、ジェイの仕事の手伝いで起きた事件に当たるから仕事だよ仕事!ハンターのね。ハイジャックに関しては………まあこんな日もあるって事で。

 

「そういえばほんの一週間くらい前に事件に巻き込まれたらしいわね。確か洞窟で密猟者の人達に囲まれたとか」

「なんで知ってるの!」

「普通にジェイから連絡貰ったのよ」

 

 そう言って携帯のメール画面を見せてくれる。そこにはわりとやり取りされたジェイのメールがあった。

 

 ちなみに内容はと言えば、

 

[ちょっとヒノ連れて鉱石取りに行ってくる]

[密猟団遭遇!こいつはまいったぜ★]

[ようやく洞窟の外だ!おっと、密猟団に囲まれた!これは大ピンチ!]

[無事解決した]

 

「行動情報を全部把握している!ジェイ一体何やってるの!?ていうかいつの間にメール打ってたの!?」

「ヒノと会ったって連絡貰ったから、様子を逐一メールして貰ったけど………やっぱり何か巻き込まれてたのね」

 

 ふぅ、と短くため息を吐く翡翠姉さんだけど、いやいや。あれ全部ジェイのせいだから。今回は私全く関係ないから!そして一瞬俯いたと思ったら、次の瞬間翡翠姉さんは、パンと両手を合わせて顔を上げた。

 

「まあ無事に戻って来たし良しとしましょ」

「軽い!?さっきまでの雰囲気が一瞬で消えたよ!」

「なんじゃ、騒がしいと思ったら、帰っておったのか、日乃」

 

 一瞬、空気から声がしたと思ったら、隣の部屋の襖が開き、第三者がいつの間にかいた。気配を完全に絶ったのはデフォルトだけど、私は割と慣れているから別段吃驚はしなかったね。

 

 着流しに、長い白髪を流す老人は、実年齢が70を超えているとは思えない程に真っすぐに立ち、そこにいるだけで不思議と刺すような威圧感を一瞬感じた。この感じも………すごく懐かしい。

 

緑陽(りょくよう)じいちゃん!ただいま!」

「お帰り。長旅じゃったな」

 

 翡翠姉さんの祖父、九太刀(くだち)緑陽(りょくよう)じいちゃん。この人がシンリの友人であり、ここにいた私的にはほぼじいちゃん。柔術と剣術の達人、無論念の扱い方も常軌を逸してる。

 

「日乃、久方ぶりじゃ。どれ、こっち来て話を聞かせてくれ。饅頭もあるぞ。ついでにハンター証とやらも見せてくれ」

 

 にかっと笑い、居間に入りチョイチョイと手招きをする。ハンター証って、まだ合格も言ってないのに、じいちゃんたら。それだけ、実力的に信頼してくれてたって事かな。

 

「おじいちゃん、話は後よ。日乃は長旅だったんだから、先にお風呂に入っちゃいなさい。後洗濯物とかあったら出しといてね」

「はーい」

 

 ちなみにこの家の風呂は割と広めの檜風呂。やっぱり風呂は広い方が気持ちいいよね。ハンター試験中はよくてシャワーだけしか浴びれなかったし。飛行船の中とかね。私はジャポン暮らしが長いから、ホテルの個室みたいな風呂よりかはのびのびした大浴場派。できれば源泉かけ流しの温泉とかだったら最高だね!

 というわけで、お風呂に行ってきます!

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 ふぅ、さっぱりした~。やっぱり広いお風呂はいいね、最高!あと檜の匂いがすごくいい!

 風呂から上がったら、ちょうど翡翠姉さんが夕食を作り終えていた。今日の献立は、白米に、焼き魚、そして味噌汁に冷奴、後ひじき。おお、まさに和食って感じだね。というか和食だ!

 

 う~ん、やっぱり翡翠姉さんの料理はおいしい。流石師匠。あ、私の料理技術はほぼ翡翠姉さん直伝なんだよ?翡翠姉さんは瑠璃(るり)さん、翡翠姉さんのお母さんから教わったんだって。今はもういないんだけど。

 

「ほぉ、ハンター試験とはそんな感じか。そいつは、なかなか面倒そうじゃったな」

「じいちゃんはハンター試験とか受けた事無いの?」

「あるわけないじゃろ。別段、無くても生活に困るわけじゃないしな」

 

 まあそれもそうだね。必要な人は必要だけど、無くても問題無い。だからプロハンターの他にハンター証を持たない自称ハンター、アマチュアハンターとかたくさんいるんだし。でもあったらあったで便利だけどね。

 

「さて、日乃。お主明日からどうするのじゃ?」

「ずずず………ぷはぁ(お茶をすすってます)。そうだね~。久しぶりに帰ってきたし。何しようかな」

「ふむ、久々に帰ってきたことじゃし、明日はわしと稽古でもどうじゃ?」

「いいよー!!ふふふ、ハンター試験その他で経験値稼いできたから、見せてあげるよ!」

「いい度胸じゃの」

「じゃあ今日はもう寝ましょうか、二人共」

「うむ」

「はーい」

 

 ふかふかなベットも好きだけど、布団には布団の良さがあるよね。干したての太陽の香りのする布団に包まれて、私は長旅の疲れをいやすのであった。明日の予定は、とりあえず稽古!

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 翌朝、現在私は九太刀邸(実際はシンリの家だけど、もはや九太刀家所有だね)に隣接する道場の中で立っていた。正面には緑陽じいちゃん。道着を着て、稽古として組手をするところだ。

 

「かかってきなさい」

「それじゃあ………行くよ!」

 

 木の床を踏みしめて、ダッシュで近づき、じいちゃんの顔に右ストレート!けどじいちゃんはあっさりと躱し、そのまま私の右手を掴み、一本背負いの要領で投げ飛ばされた。気づいたら投げられたかのように柔らかく、動作がスムーズ過ぎるじいちゃんの柔術。そのまま投げ飛ばされた私の眼前に、道場の壁が迫った。

 

「なんのっ!」

 

 くるりと空中で反転し、猫のように壁に足をついて、そのまま蹴りだし再びじいちゃんの方へと向かう。そして薙ぎ払うような横蹴りを入れるけど、じいちゃんはしゃがみ込んで普通に避ける。

 

「ここ!」

 

 割と器用に、蹴った態勢から遠心力でくるりとそのまま体をひねり、かかと落としをするようにしゃがみ込んだじいちゃんに向かって足を振り下ろす。

 

「なんの、甘い!」

 

ガシイ!!

 

 すぐさま反応し、じいちゃんは両手をクロスさせ頭の上で受け止めた。

 

「まだまだじゃ!」

 

 さらにそこから、じいちゃんは私の足を掴み、力と遠心力を利用してぐるりと振り回したと同時に、手を放して再び壁に向かって投げ飛ばした。けど、そのまま激突なんてしない。くるくると回り、威力を減衰させて床に着地する。が、その瞬間目の前にじいちゃんが来ていた。

 

「威力を殺すのは良いが、今のやり方じゃ視界が狭まるので注意じゃな」

 

 掌底を作り出し、じいちゃんの攻撃は私に向かうが、私は体をのけぞらせ、さらに床を蹴り、バク転の要領でじいちゃんの掌底を躱し、一度床に手をついて再び床の上に立った。滑るように移動してきたじいちゃんは、気を抜いたら動きが読めなくなる。

 

 一撃を躱されたけど、じいちゃんは少し驚き楽しそうににやりと笑った。

 

「ふむ。前よりは成長しておるのう。だがまだまだじゃよ」

「そう簡単にやられないからね!」

 

 互いに攻撃をし、躱し、じいちゃんに投げられ、そしてさらに攻撃を行う。今の状態は、互いに【絶】の状態を維持しての組手。互いに同じ状態であるならば、念による差異は関係なく、巣の身体能力の戦い。武術において、鍛えるべきは念でなく、個人の持つ身体能力。健全なる精神は、健全なる肉体に宿る。じいちゃんが良く言ってる、九太刀流の教えの一つだ。といっても、九太刀流の柔術はおまけみたいな物なんだけど。

 

 そしてしばらく組手をしていると、道場の扉が開いて、翡翠姉さんが顔を見せた。

 

「二人とも~。朝食ができたわよ~」

「うん。わかった!」

「了解じゃ」

 

 とりあえず朝ご飯なので、朝の稽古はここまで!お風呂に入って汗を流してこよっと。

 

 で、朝食の席で、私は朝ご飯の納豆を箸でかき混ぜていた。納豆美味しいよね。ジャポン以外の人だと割と苦手な人もいるらしいけど、私は美味しいと思うよ。あ、言っておくけど朝食は納豆オンリーじゃないからね?ちゃんと白米とか目玉焼きとかあるからね。

 

 美味しく頂いて一服。ずずず………ふー。うまい!

 

「じゃあいってきまーす」

「いってらっしゃい」

「気をつけてのう」

 

 翡翠姉さんは現在高校生だから朝は普通に高校に通っているの。ちなみに私は13歳だけど中学には通ってないよ。シンリは通っても通わなくてもどっちでもいいって言ってたけど、実際行ったほうがいいのかな?ハンター証があればいろいろ問題ないと思うけど。いや、ハンター証も別に子供に対してそこまで万能じゃないのかな?

 ちなみに勉強は今までいろんな人に教わったからそこそこ大丈夫だ!!試した事無いから分からないけど、多分大丈夫!頭は悪く無いと思う。

 

「さて、翡翠姉さんも夕方に帰ってくるし、私はどうしてよっかな」

「ずずず(お茶を飲んでる)。そうじゃのう………出稽古にでも行くか。日乃、お前も来るか?」

「出稽古か?よし!行こう。午前中は出稽古だ!で、どこに稽古しに行くの?」

「うむ、近場にある知り合いの道場………心源流道場じゃ」

 

 私は聞いた事無いけど、じいちゃんの知り合いって事は結構強い人がいるところかな?

 そんなわけで、私は出稽古の準備をして、じいちゃんと一緒に家を出るのであった。とりあえず、翡翠姉さんが帰ってくる前には戻ってこよう!

 ちなみに現在、朝の午前8時頃なり。

 

 




ヒノ=アマハラ → 天原 日乃


ヒノ「和名になったらもちろん漢字が付くよ。だとしたらキルアだったら『斬亜』とかかな。ゴンだったら………『言』?名前としてはなんか変だね。あ、ゴンの名前じゃなくて漢字一字の方がね」

ゴン「じゃあクラピカだったら『苦羅緋化(クラピカ)』?」

ヒノ「なんかすごい不良みたいだね。ていうか漢字がすごい」

キルア「じゃあレオリオだったら『怜王里桜(れおりお)』………なんか字面が少しカッコいいのが納得いかねーな」

レオリオ「なんだと!?」

クラピカ「そもそも現実的に漢字4文字を使った当て字のような名前などそうそう無い」

ヒノ「だよね~」




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第22話『VS弟子、師範』

「九太刀じゃ。………ふむ、そちらに向かおうかと思っての………分かった。9時には着くじゃろう………うむ、ではまた」

 

 ガチャン………ツー、ツー。

 古き時代の現れというべきが、今はほとんど見ないような年代物の黒電話の受話器を置き、緑陽じいちゃんはくるりと私の方を向いた。

 

「日乃、準備はできたか?」

「うん。オッケーだよ」

 

 お弁当も持ったし、水筒もバッグに入れた。空も快晴、気温も適温。素晴らしく爽やかな空気だね。

 

「言っておくが、今からピクニックに行くわけじゃないぞ?」

「もちろん!で、どうやって行くの?電車とかバス?」

「普通に歩いてじゃ」

「あ、やっぱりそういう感じなんだ」

 

 誰もいなくなった家に鍵をかけて、準備ができたら出発だね。

 ジャポンには様々な武術の流派の道場が存在するが、その中でも心源流はかなり有名な道場のようだ。もちろんだけど、私は特に知らなかったよ。じいちゃんに色々技とか教えてもらったり稽古つけてもらってるけど、そこから別の流派に興味があるといえばそうでも無い。

 でも関わる機会が出てきたのなら、せっかくだしどんなのか見てみるのもまた一興。

 

 で、肝心の心源流という流派の道場は、割と近い所にあるらしい。

 分かりやすく家の立地を説明するなら、向かって家の正面側には街並みが広がり、反対側には山と森が広がっている。で、この山を越えてさらにもう一つ山を越えた向こう側に、心源流の道場があるらしい。地図を見れば直線距離は近いのに、高低差が思わぬ落とし穴だね。

 

 そして現在、家を出ておよそ15分程。

 

 私とじいちゃんの二人は森の中を駆け抜けていた。性格には森の中………の木から木へと跳び、前へ前へと進んでいた。

 

「じいちゃーん、まだー?」

「もうすぐじゃ」

「さっきもそう言ってなかった?」

「さっきも何も、お前が聞いてからまだ5分もたっておらん。が、安心せい、ほれ、見えてきたぞい」

 

 そう言ったじいちゃんの言葉に前を向けば、おお!かなり立派な道場が見えてきた。

 広い敷地内に、ぐるりと塀で回りが囲われてる。家の母屋に隣接する道場とは大違いだね!いや、あれはあれで結構立派な方だけど、こっちは本格的に道場って感じ。

 

 塀の近くまで来たら木から飛び降りて、てくてくと歩くと、またも立派な正門が見えてきた。

 開きっぱなしになっている正門からじいちゃんの後に続いてはいると………おお、広い!そして下一面が石畳になってるから、まるで天下一を決める大会とか開けそうだ。

 

「緑陽さん!いらっしゃいませ」

 

 すると、奥の建物から男性が一人、少し驚いたようにこちらに駆け寄ってきた。

 背中に『心』の文字が刻まれた白い道着を身に着けた、壮年の男性。慌ただしく優し気な表情は少し危なっかしい印象を与えるけど、この人強い。立ち振る舞い、所作、それに【纏】に微塵もブレが無い。心源流って、思ったよりもレベルが高いかもしれない。

 

 そもそもが、念を使える者自体が少なく、ジャポンに多くある武術流派の中でも、さらに達人と呼ばれる人種の中で念を使えるのは極わずか。じいちゃんの知り合いで昔色んな流派の師範代とか師範の人とか見た事あるけど、皆が皆念を使えるわけじゃない。それでも、念能力者と渡り合えるだけの〝力〟と〝技〟を備えた人もいたけど。

 

「久しいのうカゲムネ」

「お久しぶりです。でも電話してからまだ15分くらいしかたってませんよ?」

「普通に山道を移動しただけじゃよ」

「いやいや、あの移動方法は絶対普通じゃないよね。木の上とか、めっちゃとばしてたし」

 

 15分で山を二つ超えるって、よくよく考えたら私結構すごい事してるんじゃない?標高はそこそこの山だったけど。

 カゲムネさんは、少し乾いた笑みを浮かべていたが、私の方に気が付いた。 

 

「おや、緑陽さん、そちらのお嬢さんは?」

「わしの友人の娘での、わしの孫とか弟子のようなものじゃ。翡翠は学校に行っておるから代わりに暇してたから連れてきたんじゃよ」

 

 翡翠姉さんも来たことあるんだ。あれで翡翠姉さんもじいちゃんに色々と教わってるからねぇ。

 あっと、挨拶しなくちゃ。

 

「はじめまして、ヒノといいます。今日はよろしくお願いします」

「はじめまして。師範代を務めさせてもらってますカゲムネといいます」

「師範の人はいないの?」

「師範はお忙しくあまり道場にはいないので、基本我々師範代の内何人かここで弟子を育成しているのですよ」

「まあ話は置いといて稽古でも始めるとしようかのう」

「そうですね。ではヒノさんは弟子たちと一緒に突きや蹴りの練習をしますか?」

「いいや。組手をする。今日は技と体力だけを鍛える。念は無しじゃ」

「いいのですか?念がないとヒノさんとうちの弟子ではきついのでは?」

「ふふふ。日乃は強いぞ」

 

 そこまで言われてすぐにやられたらりしたらどうしよう………。ま、やってみるしかないね!念が無いって事なら、単純な素の身体能力、技術力の勝負。

 

 私達はカゲムネさんに連れられて、敷地内にいくつかある道場の一つへとやってきた。およそ30坪くらいはありそうな、この敷地内の他の道場に比べたら少し小さめの道場だった。そして中には、あらかじめ待機していたであろう、多分道着を着ているから弟子の人達が、20人程いた。

 おお、こうやってみるとようやく道場に来たって感じだね。で、道場破りでもすればいいのかな?

 

 

「ルールは簡単!日乃に一撃与える事ができたら勝利!時間は10分!範囲はこの道場の中のみ。なお、ヒノの方から相手に攻撃する事は禁止する」

「ちょ、それって私がなんか損してない!?」

「しょうがないの。当身程度なら許可しよう」

「そ、それなら………う~ん」

「ちなみに一撃当てた奴は昼飯好きな物食わせてやるぞ!」

『おおおおおぉお!!』

「物で釣った!?カゲムネさんいいの!?弟子が全員物で釣られてるよ!」

「皆さん修行でいつも腹ペコですからね。私もご相伴に預かりましょう」

「裏切られた!?」

 

 まさかこの人は良心的な感じだと思ったのに、じいちゃんめ、既に戦いは始まっているという事なのか!?ていうか弟子の男衆、いたいけな少女を攻撃する事に抵抗は無いの!?

 

「武の世界において、男も女も関係ない!戦場で出会えば、皆敵だ!」

「あなた絶対モテないでしょ!その持論振りかざす輩は女が来ないと思うよ!そしてその言葉を言う弟子があなた一人だけだと信じたい!」

「よしそれでは始めるか。挑戦者は前へ!」

「オス!」

 

 話を聞いてくれない!ていうか師範代のカゲムネさんじゃなくてじいちゃんが仕切ってるけどいいのかな?いやね、見た目だけならじいちゃんの方がカゲムネさんより遥かに年上っぽいからなんか似合ってるのは分かるけどね。ていうか弟子の人達も当然の如く従ってるし。

 あ、でもじいちゃんってこの道場割と来たことあるらしいしこういうのもいいのかな?ちなみにカゲムネさんは壁際で手を組みながら見守っている。

 

「お願いします!りゃあぁ!!」

 

 裂帛した掛け声と共に、一番手の弟子の人が、強く踏み込み突進の要領で拳を振るってくる。先ほどの男女平等主義を叫んだだけあって全く遠慮が無い。きっと頭の中は昼飯何を食べようかでいっぱいだね、きっと。

 

 なので私は、弟子の人の攻撃をしゃがみこんで躱すと同時に、片足を伸ばして回転。そのまま軸足を払い、弟子の人はゴロゴロと転がって壁に激突した。

 けど、その瞬間目を見開き、腕の力だけで起き上がって再び迫ってくる。

 

(思ったよりも頑丈。ここの人達は念は使えないみたいだけど、流石って所かな)

 

 伊達や酔狂で、心源流の道着を着ていない、という事か。流石に昼飯に釣られただけじゃ無いみたいだね。

 けど、それくらいじゃ私に触れる事は、できない!

 

「ぬうぅん!」

 

 出路の人は、剛腕を振りかぶり、再び拳を振るう。この人は、どちらかと言えばパワーより。技も鍛えてはいるけど、どちらかと言えば力任せにするタイプっぽい。だからこそ、避けやすい、躱しやすい、少し攻撃が単調になり気味。

 

 と、そろそろ10分くらいかな?

 やっと一人目、と思った瞬間、背後に気配を感じ、その場にしゃがみ込んだ。

 

「せあぁ!!」

 

 瞬間、さっきまで私の頭のあった場所に、回し蹴りが通過した。ちらりと背後を見てみれば、別の弟子の人。で、正面を見れば、さっきからいる男女平等主義の弟子の人。

 ………増えてる!?

 

「じいちゃーん!増えてるんだけど!」

「当然じゃ。10分毎に1人増えていく修行じゃからな。あ、ルールはさっきと同じじゃ」

「10分で交代じゃないの!?」

「時間は10分と言ったが、別に交代するとは言っておらん」

 

 そうだっけ!?よし、さっきの会話を思い出してみよう!

 

『ルールは簡単!日乃に一撃与える事ができたら勝利!時間は10分!範囲はこの道場の中のみ。なお、ヒノの方から相手に攻撃する事は禁止する』

 

 ………うん、確かに10分で交代とは一言も言ってないね。あちゃ~。

 ていう事は、10分経つごとに1人ずつ増えて、最終的に、単純計算で200分後に20人全員の攻撃を凌げと。

 

 ………ふっ。

 

「やって、やろうじゃない!」

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「これは………見事としか言いようが無いですね」

「ほぉ、そう思うか?」

「ええ。内の弟子達は決してレベルが低いわけではありません。しかしこの状況は、少し予想してなかったですね。まさか………誰も気絶させる事もなく、念も使わずに、ここまで捌けるとは」

 

 カゲムネの言葉は、隣に立つ緑陽以外には届かなかった。

 今もなお、20名の弟子の攻撃を同時に捌くヒノを含めて。

 

「りゃあ!」「ら!」「ふっ!」「てい!」「ちょこまかと!」「当たらんだと!」「せぃや!」「ああぁ!!」「どぅおあ!」「せいっ!」「うおおぉ!」「とぅ!」「うらぁ!」「しゃぁ!」「ゼアアァア!」「うるぉお!」「どりゃあぁ!」「だらっしゃぁい!」

「―――――」

 

 迫りくる拳を、蹴りを、掌底を、投げを、当て身を、肘を、体当たりを、手刀を、ヒノはすっと目を細め、両手を巧みに動かす。スローモーションのようにも見えるが、実際には当然ながらもっと早い。けど、速さだけで言ったら弟子達の攻撃が早いだろう。にもかかわらず、その手はゆるく動かしながらにも、迫りくる攻撃をいなし、さらにはいなした先にある別の攻撃にぶつけ相殺し、ステップを踏むように人と人の間を縫い、さながら踊るように、前後左右からの攻撃を躱し続けていた。

 

「弟子達一人一人の攻撃パターン、手数、癖、それを見抜き、的確に返している。まだ13歳とは思えない観察力と技術力には感服しますね」

「ま、日乃は自身の能力の関係上、〝接近して相手に攻撃を必ず当てる〟ようにする為に、技術力を身に着けた。相手の動きを読み、攻撃を読み、躱し、己の攻撃を当てる。だからこそ、相手を観る力が高く備わっておる」

「ええ。正直驚いてますよ。見誤ったとしか言いようが無いですね」

「ま、その場その場の状況で楽しむ為に戦い方を変える事があるのがタマに傷じゃな。それに若干猪突猛進気味の所もあるしの。真面目に戦えば、日乃に勝てる者など、そうそうおらんのじゃが」

 

 それはヒノの持つ、一撃必殺のような能力が大きく起因する。最も、それでも必ずとは言わない。念能力は千差万別。正々堂々己の肉体で戦う者もいれば、まともに()()()()者達だって多い。そこから隙を狙われて、小さな傷からでもやられる可能性は高い。

 その可能性を減らす為、様々な状況に対応する稽古を緑葉は行っていた。

 そしてその結果は、着実とヒノに成長を促している。

 

「あ、そういえば日乃が勝った場合はお主に昼飯を奢ってもらうからな」

「ええ!?ちょ、緑陽さん、聞いて無いですよ!」

「楽しみじゃな。わしはウナギとか食いたい。青ウナギとか」

「それって幻とか言われてる高級ウナギじゃないですか!」

「まあそっちの弟子が勝てばいい話じゃ、といってもそろそろ――――」

 

 ピーーーーー!

 

 その瞬間、セットしていたタイマーが、合計210分の終了を知らせた。

 

「ふむ、どうやらヒノの勝ちのようじゃの」

「ああ、今月の私の小遣いが………」

 

 がっくりと項垂れるカゲムネに、緑陽は特に同情はせずにからからと笑いながらポンと肩を叩くのだった。

 そして、眼前の光景を、半ば予想通りとにやりと笑う。

 

 道場には死屍累々と、20人の弟子が荒く息を吐いて横たわる姿、そしてその中央で、小さく息を吐いて立ちながら呼吸を整える、ヒノの姿があった。

 

「ほっほっほ。これは面白いものが見られたのう。うちの弟子たちもかたなしじゃのう」

 

 とその時、緑陽とカゲムネの後ろの入口から、人の声がした。

 緑陽もカゲムネも、同時に振り向くと、二人にとってはよく見知った顔立ちが、中へと入ってきていた。

 

「なんじゃ、ネテロのじじいか」

「師範、お早いお着きですね」

「ふふふ、ちょいとここの様子を見に来たのじゃが、面白いものをみせてもらったぞい。ていうか緑陽、おめぇもじじいじゃろうが」

 

 そこにいたのは、ハンター協会会長、ネテロだった。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 戦闘開始から200と5分!私は勝ったよ!

 

「御苦労じゃったな。見事な動きじゃったぞ」

「と思ったらネテロ会長?こんな所で何してるの?会長の仕事とかは?さぼり?」

「お主案外ひどい事言うのぅ………」

 

 よよよ、と袖元で顔を隠しているが、嘘泣きがバレバレなので私はしらっとしている。そしてネテロ会長もそれを当然理解しているから、ペロリと子供ように舌を出しながら表情を戻した。

 

「何をしているも何も、わしはこの心源流の師範じゃぞ?ここに来て何もおかしな事は無い」

「あ、そうなんだ。じいちゃん知ってたの?」

「もちろん。このじじいの事はは昔から知っとるよ」

「じゃからお前もじじいじゃろ………それにしても、うちの弟子をよく倒したのう」

 

 まあ倒したんじゃなくてほぼ避けたんだけどね。流石に20人の格闘家の攻撃を同時に避け続けるのは少し疲れたよね。これなら一度に気絶させた方が楽だったかもしれないね。でも相手念能力者じゃないからそれは多分無いだろうけど。

 

「ふむ………ヒノ、わしと少し手合わせせんか?」

「し、師範!?」

「手合わせって………」

「ふむ、ここはちと狭いの。ちっと来てくれ」

 

 そう言ってくるりと背を向けたネテロ会長は玄関を出て、正門前へ私達を連れてきた。

 正門前、つまり石畳の広々とした、門と道場の間に位置する場所。

 

「なぁに、手合わせと言っても本気で闘り合うわけじゃない。たった一撃、わしの攻撃をお主が凌げば、お主の勝ちじゃ。どうじゃ?」

 

 ネテロ会長の攻撃を躱す………ねぇ。

 

「て言ってるけど、じいちゃんどうしよっか」

「別にやる必要も無いな。ほっといても構わんぞ」

「ひどい!緑陽!一回くらいいいじゃろうが!」

「誰が可愛い孫娘(同然)を妖怪爺の餌食にしてなるものか」

「だったらお主がやるか!」

「上等じゃ!」

「いや、二人ともやめなよ………」

 

 このままではじいちゃんVSネテロ会長の試合が勃発してしまう。それはそれで見てみたいけど………なんかこの道場が大変な事になりそうだからやめてもらう。

 

「いいよ、始めようか、ネテロ会長」

「お、マジで?」

「うん!せっかくネテロ会長が、私が勝ったら何でも好きな事お願いしてもいいって言ってくれてるんだし!頑張るよ!」

「ええ!?いや………わしそこまで言っておらんのじゃが………せいぜい昼飯奢るくらいで」

「あ、それ間に合ってるからいい。ウナギ食べるって緑陽じいちゃん言ってたし」

「やっぱりですか緑陽さーん!」

「………まあええじゃろう。では、始めようか」

 

 石畳の上に自然体で構える私に、ネテロ会長は15メートル程の距離をとり対峙した。小さく風は吹くだけで、妨げにはならない。日差しも真上を向いて、互いに光に目もくらむ心配は無い。

 

 勝利条件は単純明快。

 ネテロ会長の一撃を、凌ぎきる!

 

 その為に必要な事は、ネテロ会長の一挙手一投足に細心の注意を払い、先の攻撃動作を予測する。正面から攻撃してくるのであれば、右、左、上、後ろのどれかで躱す。単なる拳、蹴り、体当たり。ネテロ会長はスピードも速いけど、最初から身構えていれば問題無い。

 最も、それはハンター試験の時に見た動きに限るけど。

 

「では、いくぞ!」

 

 その瞬間、世界がスローモーションの様に見えた気がした。後で思い返せば、それは一瞬の出来事だったのかもしれない。けど私は、私の正面に立つネテロ会長が、両手を合わせて、まるで神に祈るような仕草をしているように見えた。

 

「日乃!」

 

 じいちゃんの声が聞こえたような気がした。けど、それすら私の耳は拾わなかった。極限まで集中すると、人は何も気にする事ができなくなると言うが、まさにそれだった。極限の集中、その中でネテロ会長の攻撃手段を読み、回避する。

 

 しかし、今迫るあの攻撃に対して、それでも()()

 

 だからこそ私は、最初から見ていたのは、ネテロ会長の………肩。

 

 心源流の師範である以上、ネテロ会長の攻撃手段は、必ず腕をや足を必要としている。おそらくではあるが、私は半ば確信して、ノーモーションの攻撃手段は無いと()()()をつけた。だからこそ、必ず攻撃所作に映る前には、人間は肩を動かす。そして、注視する点はもう一つ!

 

(そして――――【円】!!)

 

 瞬間、私を中心に、ネテロ会長に届く一歩手前、半径14メートル程の【円】を作り出す。瞬間、私の頭の上の空間が歪む様な、不思議な感覚を味わった。相手が相手だけに、最初から見えない動きと()()()()()()()私の予感は………当たった。

 

 

ドゴオオォ!!

 

 その瞬間、ネテロ会長から手前15メートル、私がいる位置の石畳は砕け、上空に土埃が舞った。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「日乃!」

 

 ヒノのいた地点に、粉塵が舞う。ネテロの攻撃は、念の素養の無い者にとっては、何が起こったのか全く理解できない不可視の一撃となって、ヒノに襲い掛かった。唯一、その攻撃を、客観的な立ち位置だったからこそ確認できた緑陽は驚き、カゲムネはさっと顔を青く染め上げた。

 

「か、会長!本気でやってどうするんですか!?相手はまだ子共なんですよ!」

 

 尋常でない焦りぶり。だがそれも当然と言えるだろう。

 

 今の一撃は、念能力者として半世紀前に頂点を極めた随一のハンター、ネテロの渾身の一手。今は老化の衰えと鈍りで実力は全盛期の半分以下だが、それでも全ハンター中最高峰の実力者である事には変わらない。そのネテロの能力を駆使した一手。

 

 念を修めているとはいえ、少女がまともに受けて無事であるはずがない。

 

 現にネテロ会長も頬をかきながら「あり、やっちまったかな?」とかほざいてる。

 

 隣で立っている緑陽なんて、今まさに飛出さんばかりに殺気を漲らせ、有数の師範代であるカゲムネをびくりとすくみ上らせている。しかし突撃はしない。

 

 それは、ヒノが無事でなかったら、の話だったから。

 

「ぷはぁ!死ぬかと思ったぁ!!」

「ぬ!?」

「な!?」

 

 土煙を振り払い、そこから出てきたのは、ヒノ本人。それも、()()()姿()で。

 

「よぉし!日乃、よくやったぁ!」

「じいちゃんすごく嬉しそうだね!?」

「当然じゃ、あのじじいに一泡吹かせたんじゃからな!」

 

 実に楽し気にガッツポーズをする緑陽だがそれもしょうがない。ハンター協会のネテロ会長には、様々な人間が手を焼かされているのが、実力と共に割と有名だから。

 

 そして普段飄々としてたネテロも、今の状況に驚いていた。

 

「まさか、全力でなかったとはいえわしの一撃を凌ぐとは………こりゃ、たしかにみくびっておったわい」

「て、ネテロ会長!それ私にガチで攻撃したって事だよね!?」

「ぬ………ま、まあ無事でよくかったわい。よくぞ受け止めた!ナイスじゃ!」

「綺麗に閉めようとしている!?」

 

 突っ込みに疲れたわけじゃなく、さっきの一撃に吃驚したのか、はたまた弟子達との戦いで少し疲れていたのか、ヒノは荒く吐いた息を整える。そこへ、カゲムネが白いタオルを渡してくれた。

 

「お見事ですヒノさん。一体、どうやって会長のあれを?」

「あ、ありがとうカゲムネさん。いやぁ、ちょっと予測が当たったというかなんというか」

 

 ヒノが見ていたのは、ネテロの攻撃所作の起点となる肩の動き。そしてその全体、具体的にはネテロを視界に収めていながら、その左右上下5メートルの空間事、広く視野に入れていた点。

 

 気になったのは、ネテロの会話。

 

『ふむ、ここはちと狭いの。ちっと来てくれ』

 

 人2人の手合わせに、狭い。互いに念能力者、本気の戦闘じゃあるまいし、何を持って狭いと言ったのか。それは、ヒノの予測だが、〝自分の扱う攻撃方法〟に関して。

 

 広い場所で扱える攻撃。道場のように前後左右の広さではなく、天井を突き破り空が見える場所で使いやすい攻撃。

 故にヒノは、ネテロの攻撃方向を、正面ともう一つ、上空に絞った。無論ネテロが素早く移動し背後から攻撃を仕掛けてくる可能性もあった。ただただ横蹴りをしてくる可能性もあった。

 

 しかしネテロの性格、そしてそうでもしないと、おそらく避けられないというほとんど直感に近い予測。しかしヒノは自分のこの感覚を信じ、結果として、ネテロの攻撃を躱した。

 

 保険として【円】を張り巡らせる事で、一応だが全方位対応できる可能性を引き上げていた。それでも、注意は前と上に向いていたので、この状態で後ろから来たらちゃんと対応できていたかは、今となっては分からないのだが。

 

「さて、それじゃあネテロのじじいの奢りでウナギでも食べに行くかの」

「ちょ、それわしの奢り!?カゲムネの奢りじゃなかったのか!?」

「会長観念してください。さもないといたいけな少女に割と全力で潰す感じで攻撃したってビーンズさんに言いつけますよ」

「ちょ!それはずるいじゃろ!」

「やったぁ!ウナギだ!」

 

 一人無邪気に喜ぶヒノを見て、ネテロは仕方ないか、と納得した。全く持ってネテロに恨み言一つ零さず、ウナギの方へと夢中になっている。

 

「それにしても、わしの【百式観音(ひゃくしきかんのん)】の【一の手】を躱すとは、やはり………末恐ろしいのぅ」

 

 全く情報が無いにも関わらず、小さな情報を可能性の直感で膨らませて予測し、迎え撃つ。

 

 底知れない少女の力に、ネテロはポツリと呟いて、少し楽し気に笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 




この後昼ご飯にウナギ(超高級、ネテロ会長の奢り)を食べた。



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第23話『ヒノと旧友と忍の軍団・前編』

主要なオリキャラがある程度増えたら一度キャラ紹介を書きたいと思いました。
具体的には天空闘技場かヨークシン終わった辺りくらいに。


 

「もすぐよ、ヒノ」

「うん、翡翠姉さん」

 

 唐突だけど、私達は今山の中を歩いていた。

 いや、前回も確かに山の中を歩いた、ていうか駆け抜けてたけど、今回は割と普通に、のんびりとハイキングでもしてるかのような気軽さで歩いてた。山に生えた森の中と言っても、木と木の間を移動とかもしないで、普通に多少均された山道を歩いていた。

 

 いつもと違う事と言えば、私が背中に葛籠(つづら)を背負っている、くらいかな。

 

「それにしても緑陽じいちゃんも人使い荒いよね。折角の土曜日だって言うのに、こんな山奥にお使いなんて」

「そうは言っても、ヒノは年中休みみたいなものじゃないの?」

「うっ………それは言わないでよ。なんか私が悪いみたいじゃない」

「ふふ、そうね。学校に通ってなくても、ヒノは勉強も頑張ってるし、ハンター試験だって合格したものね」

 

 そう言って笑いかけてくれる翡翠姉さんだけど、切り返しで誉められると照れる。まあ確かに学校に言ってないから、年中休みみたいなものだけど。

 

 普通なら普通の場所で私の年齢から仕事をするなんて事はほとんど無いだろうけど、ハンター証があるならそれなりに仕事っぽい事もできる気がする。今の所、どんなハンターになるのか漠然としてるけど………本当にこんなんでいいのかな、私?

 

 まあハンターの仕事はともかくとして、お金を稼ぐ手段はこの世界ごまんとあるみたいだし、私に合った何か、もしくは私にできる事で色々とあるかもしれないしね。

 

「だとしたら、何がいいかな?」

「どうしたのヒノ?」

「ん?私って仕事するなら何が向いてるのかなぁ~ってふと思って」

「そうねぇ、安直だけどヒノ料理が得意だし料理人になるとかは?」

「料理人かぁ」

 

 てことは、ハンター証も持ってるし美食ハンターかな?お、これはメンチさんに弟子入りするフラグかな?いや、よく考えたら料理人になるからって全員美食ハンターになるとも限ら無いよね。美食ハンターの中には一流の料理人も多いってだけの話だし。

 

 いや、そもそもハンター証持ってるからってわざわざハンターになる必要も無いのか?ハンター兼別の職業って人も結構いるし、ハンター証を持っていないけどハンター名乗ってる人だっているし………これは何か違うか。

 

「まあでも、まだヒノは13歳なんだし、もう少しゆっくり考えてもいいと思うわよ。普通ならまだ義務教育してる時期なんだし、すぐにお金が必要なわけじゃないし」

 

 翡翠姉さんの言う通り、切羽詰まってお金が必要な要件は私には無い。別段欲しい者とか使いたい事も無いし、まあシンリが急に何千万も借金してきた!なんて事はもしかしたらあるかもしれないけど。何しでかすか分からないからね!

 

「ん?」

 

 普通に山を歩いていると、気配を感じた。1…2………4人くらいかな?そう思った瞬間、木々が揺れる音と共に、私と翡翠姉さんを取り囲むように前後に2人ずつ、4人が素早く現れた。

 

 全身を、目以外の全てを黒く塗りつぶしたような黒装束に身を包む、控えめに見てもこの人達忍者?みたいな恰好をした人達だった。むしろこれで忍者じゃ無かったらただの変質者としか言いようが無い。

 

「何者だ、お前達」

「こんな所に女が二人。登山客が迷った……とは言うまい」

「怪しい奴らだな」

「う……美しい」

 

 怪しいって、その言葉そっくりそのままお返しするよ。後一人セリフがおかしい!翡翠姉さん狙ったらタダじゃおかないから!一番最初に痛い目見てもらうから!

 

「それで、お前達はこんなところで何をしている」

 

 流石に少女二人という組み合わせ。警戒はすれど、構える程でも無いのか、そのまま話しかけてくる。まあ気持ちはわかるけど、油断は命取だよね?

 

「えっと、この辺りに住んでる………翡翠姉さん、じいちゃんの知り合いの名前ってなんだっけ?」

「んー………そういえば言って無かった気がするわね」

「えー………」

 

 翡翠姉さんってこう、たまに抜けてる所あるからなぁ。まあ私もじいちゃんに知り合いの家までの道のりしか聞いてなかったから人の事言えないけど。

 

「その背負った葛籠、中身を見せてもらおうか」

「まあ、見せるのはいいけど………はい」

「こ、これは!オバケイチゴだと!?」

 

 敵意らしいのは無かったし、口調からしてこの先にいる人の知り合いっぽい。普通にじいちゃんのお使いの品を見せたけど、ここまで驚くとはちょっと意外だね。

 オバケイチゴとは、じいちゃん曰く《あの森》とやらで採ってきた苺らしく、どこら辺がオバケなのかと言われると、一つ一つの大きさがバスケットボール大あるというバカでかい苺。それが私の葛籠の中に2つ入っている。まあもう少し量を持ってきてるんだけど。

 

「えっと……これお裾分けに来たんだけど……九太刀緑陽って知ってる?」

「なんと!九太刀殿の知り合いだと。少々待たれよ」

「どうした?おめぇら」

 

 待たれよ!と言って一人が山の頂上に向かおうとした時、道の先から一人の人間がこちらにやってきた。口調から、この4人の知り合いみたい。

 

「隊長!!実は、九太刀殿の知り合いを名乗る者たちが来て」

「あん?九太刀先生の知り合い?」

 

 そう言って訝し気に私達の方へと視線を向けるが、驚いたように目を丸くした。そしてそれは私も同様であり、別に動揺するって程でも無いけど、見覚えのある顔に驚いた。

 黒い忍び装束と、特徴的な剃髪、つまり禿げた頭の男。この人って確か………!

 

「ハンゾーじゃない!」

「ん?おお!ヒノじゃねーか!久しぶりだな!」

 

 私が受けた、弟287期ハンター試験の合格者の一人。とってもおしゃべりな、ジャポン出身の忍者、ハンゾーだった。

 

 ハンゾーは最初警戒した風だったけど、相手が私だと知ると表情を一転し、笑いながら話しかけてきた。

 

「なんだ!こんな所で会うとはな!そういえばお前もジャポン出身だったな。その内会うかもとは思ったけど意外と早く会ったんな。つっても流石にこんな所で会うのは意外だったけどな」

「まあ確かに。私も忍者ってもっと出会いにくい立場かと思ったけど、ハンゾーに関してはそうでも無かったね。名刺に電話番号まで乗ってたし」

 

 しかも090から始まる携帯番号。そんなの配り歩いていいのか忍び。それとも今の忍者的にそれが普通なのか。いや、よく見たらハンゾーの部下と思わしき私達を取り囲んだ4人の人が、やれやれまたか、みたいな感じで若干肩を竦めてるからハンゾーだけ自己主張が激しいんだな。

 それでもそんなに危惧してないって事は、一応ハンゾーの人を見る目、情報を渡しても問題無い相手っていう事が分かっているからかな。

 

「にしても、そうか!おまえ九太刀先生の知り合いか!世間ってのは、意外と狭いもんだな、はっはっは!」

「ハンゾーはこんなところで何してるの?」

「ああ。お前のお使い相手、この先に住んでる人は、今は隠居した元雲隠れの忍でな、俺らの部隊もちょうど用事があってきてたんだよ。ちなみに俺が隊長でさっきお前らを通せんぼしたのは俺の部下だ」

「そーなんだ。それでハンゾーって緑葉じいちゃんの知り合い?」

「もちろん!あの人はすげー人でな、昔雲隠れの本部に来ていろいろあったらしくてな。あの人は武術の達人だからな、色々と教わった事もあるんだ。その時に色々………うん……まあ、色々とあってな………」

「あのハンゾーが言葉を濁している!?何があったかはあえて聞かないけど………まったくあのじいちゃんは何をしてるのだか………」

「………で、ヒノ!!」

 

 会話の節で、いきなりハンゾーが声のトーンと音量を低くして話しかけてきたから、ちょっと吃驚したよ。そして顔が近い!?

 

「な……何?」

「あの人、翡翠さんっていったけか。九太刀先生の孫って本当か!?」

「えっ?うん、そうだけど」

「あの人の孫かー………年は!?何歳だ!?ちなみに俺は18だ」

「………17歳だけど」

「よし!!」

「………ハンゾー?」

「いやーまさか九太刀先生にあんな綺麗な孫がいるとはな。まさに大和撫子って感じだぜ。なあなあヒノ、彼氏とかいるのか?」

「んー……多分彼氏はいないと思うけど………」

「よっしゃ!!」

 

 まあ確かに翡翠姉さんはきれいだし、実際今通っていいる共学の高校ではかなりモテるのも事実!それに優しいしお淑やかだし、確かに大和撫子って言っても過言ではないと思っている。やー、でもハンゾーねぇ?別にハンゾー嫌いじゃないけど、翡翠姉さんとはねぇ?

 

 その翡翠姉さんは向こうでハンゾーの部下達と話していた。

 

「いやー九太刀殿のお孫さんとは、随分とお綺麗で」

「とても麗しい麗人ですな」

「先程はご無礼を申し訳ございません」

「いいのよ。それより皆さん忍の方なんですってね。私初めて見たわ」

「いやー、私は忍って行っても下っ端なんですけどね」

「私も下っ端ですけどいつか出世してみせますよ、翡翠さん!!あなたのために!!」

「ふふ、がんばってくださいね」

「てめーら!!翡翠さんに馴れ馴れしくしてんじゃねーぞ!!とっとと仕事に戻れー!!」

 

 こういう上司がいたら部下は苦労しそうだなぁ、そんな事を思ったが、こう言い合えるというのも一つの信頼関係の形なのだろうと、私は思いました、まる。ハンゾーの言葉にぶーぶー文句を言い始める部下だが、その中の一言でハンゾーも立ち止まった。

 

「そんなこと言っても隊長、熊元さんが留守では我々動きようが無いじゃないですか」

「うっ、まあ確かにそうだけど………」

「熊元さんって誰?」

「おいおい、ヒノ。お前もその人に用があって来たんだろ?名前くらい知ってろよ」

 

 熊元源獣郎(くまもとげんじゅうろう)。元雲隠れの忍で、御年74歳の老人。今は隠居して、この人がいない秘境の山の中で生活しているというが、それでも実力は今だに衰えを知らないと言われるとかなんとか。後緑陽じいちゃんとも互角に戦った事があるらしい。

 

「―――という人物だ。分かったか!」

「なるほど。じいちゃんと戦った事あるのか」

 

 という事は、その人念も使えるガチな人だな。どんな人なんだろう?熊みたいな人なのかな?全然気にしてなかったけどちょっと気になってきた(名前すら今知った)

 

「まあ、積る話は屋敷に行ってからするか。もう少し登ったら着く、お前らも一緒に来るだろ?」

「うん!」

 

 一応地図と情報の確認をしたけど、確かにハンゾーと私達の目的地は一緒だった。というわけで、レッツらお使い再開だね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてそんな私達の様子を、およそ数百メートル離れた木の上から覗いている白い影が一つ。完璧な【絶】をして気配を遮断し、森に溶け込み先を見通すような人物は、くるりと木の上から飛び降り器用に降り立ち、自分の懐をまさぐった。

 

「ふむ、中々に手誰も混じっているでござるな………では、この辺りでござるかな?」

 

 そう言って取り出したのは、一本の巻物。

 この人物、白い忍び装束を纏った、まさに忍者である。

 

 淀み無い動作で手元の巻物を広げ中を確認すると同時に、念を高める。しかし、決して数百メートル離れた者達には気づかれないように、【隠】を併用して。広げた巻物に記されていたのは、いくつもある人の名前。

 

 一瞬の念、そして巻物と己に纏われた念が振れた時、瞳を見開いた忍は大地に手を付いて叫んだ。

 

 

「忍法!口寄せの術!」

 

 

ボボボボン!!!

 

 

 くぐもった重低音と共に真っ白い煙が4つ。そしてその煙が晴れた時には、その場にいたのは4人、いずれも黒く闇夜に溶け込むような装束に身を包んだ、忍達だった。

 

 すぐに気配を遮断して、再び山を登る一行を見つめる。

 

 その瞳は、これからの事に備えたのか、僅かに細まっていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 ドン!と威風堂々と聳え立つ薬医門。真っ白い塀にぐるりと囲まれった敷地。こう、割とどこかで見たことあるような、屋根が瓦になってるあんな感じの塀と門かな。

 

 隣の表札には、『熊元源獣郎』という名前が看板に記されていた。

 

 でも、今この人留守なんだよねぇ………。

 

「さてと、じゃあ入るか」

「でも本人いないみたいだけど」

「ああ。だがこれは大丈夫だ。遅くても今日中には家に戻るだろう」

 

 ハンゾーが言うに、この家の主は出かけるとき、と言っても日帰りでは無く何日かかけて遠出するときは、看板をひっくり返してから行くらしい。ちらっと覗いたらどっちも同じような字だけど、忍び的分かる目印みたいなのがあるらしい。で、今は表を向いているから、ただ出かけてるだけで遠出はしていないって事が分かったみたい。

 

「なるほど。でも本人不在でも中に入れるの?」

「まあな。入り方さえ知っていれば、普通に入れる。最もその入り方を知っているのは、今回来た中では隊長であるこの俺くらいだけどな。まあ見てな」

 

 自身満々の表情をして、一人門の前に立つ。

 そして取っ手に手を掛けたと同時に一気に―――――――――引き上げた。

 

 ガラガラガラ。

 

「………これだけなの?」

「いやいや、案外こういう単純な罠に引っかかる者もいるのですよヒノ殿」

「さよう。拙者ら、昔嵌った事があります」

「隊長も開け方が分からず最終的にはぶち破った事もあるのですよ。あ、この門では無くて本部にある別の門ですけど」

 

 案外ハンゾーも、いや案外どころか結構抜けてるよね。というか単純だけどそれに引っかかるって忍としてどうなのかな?それとも私の忍者イメージがあれすぎるのかな?いやいや、案外ぶち破る方が忍っぽいのか。こう炎で地面を抉ったり水の龍で攻撃したり、巨大な手裏剣を飛ばしたりとか。後は札を使って爆発とか。ああ、なんか龍とか一度乗ってみたいよね。何年か前に一回ぶら下がった事くらいならあるけど。でも今は難しいかな。いや、行けるはず!

 

「どうしたのヒノ?」

「いや、なんかすごくどうでもいい思考の渦に落ちそうになったような………うん!なんでも無かったよ!」

 

 うん、翡翠姉さん見てるとなんだかほっとするね。よし、じゃあ気を取り直して――、

 

「お前らぁ!これ固定とかしないんだから早く前に行けよ!?ちょ、マジ重い!つーかキツイ!!」

 

 ハンゾーが門を上にあげたままプルプルと体を震わせていた。部下の割と辛辣な言葉に突っ込まないと思ったら、大丈夫ハンゾー?ああ、あの門って上げたらそのままじゃないとすぐ落ちるんだ。しかも重量がそこそこあるらしい。キルアの家の試しの門みたいな感じかな。

 

 ハンゾーも割とやばめだったらしいので、私達はハンゾーの部下共々、門を上げているハンゾーの横を通って中へと入った。そして全員が入ったのを確認し、ハンゾーは門を離して、自分も中へと入る。

 

 ズン!

 

 扉が降りる重い音がしたと同時に、私は正面を向いた。

 

「おお、どこかで見た事あるような建物!」

 

 門に囲まれた敷地内は、庭には橋の掛かった小さめの池、割と大きめの倉庫として使用してそうな蔵、そして平屋の木造建築母屋。うん、どこかで見た事あるような和風住宅。山の一角を切り崩して作られているらしいけど、こうやってみると本当に山の中なのかと疑いたくなるような出来栄え。

 

 門を入ってから玄関まで伸びる敷石を踏みしめ、いざ行こうとした瞬間、ハンゾーに肩を掴まれた。

 

「待て待て。話は最後まで聞け。この敷石にも罠が仕掛けてあってな。踏む順番を間違えると大変な事になる」

「………ちなみに大変な事って?」

「そうだな………。控え目に行って爆死する」

「全然控え目じゃないね」

 

 控えめに死亡通知って、じゃあ控えめじゃなかったら一体どうなるのやら。何その絶望のデッドロード。まあでもハンゾーは生き方(行き方ではない)知ってるみたいだし、とりあえず任せてみれば大丈夫だよね。【凝】をしても特に反応が無かったから、念を使わないタイプの罠が仕掛けられてるみたいだし。

 

「つーわけで、全員一列に並べ―。よぉーし!俺の歩いた通りに後ろから進むぞ」

「それはいいけど、なんでこの順番?」

 

 順番は、先頭がハンゾー。まあこれは妥当だよね。ハンゾーしか罠の場所知らないみたいだし。で、二番手から翡翠姉さん、続いて私、その後に部下4人が続いている。

 

 ………絶対に仕組まれている。なぜハンゾーの後ろに翡翠姉さんが来たのかと言うと、

 

「当然だろうが!俺の後ろが一番安全に決まってるからな!」

「隊長!我々はどうでもいいというのですか!」

「我ら小隊は5人一心同体!爆死する時は皆一緒です!」

「あ、私関係無いから巻き込まないでね」

「ヒノ殿ひどい!?」

「翡翠殿、前の方は危ないので少し後ろの方に来た方が」

「あら、そう?」

「だー、もう!てめーら!行くぞ!!」

 

 そんなこんなでハンゾーの命令で、ハンゾー、翡翠姉さん、私、部下達の順番で進む事になりました。これって職権乱用じゃない?

 

 さて、それでハンゾーが一歩一歩敷石を歩き、その後ろを私達がゆっくりと追いかける。目と鼻の先に屋敷があるにもかかわらず、庭に散らばる敷石をうろうろと行ったり来たりしている様は、傍から見れば何してんだこいつというような奇行だけど、これが入り方なのだからしょうがない。でも若干面倒になってきた、一気にぴょーんって行けないのかな?

 

「ちなみに空にも罠が仕掛けられているらしいから、跳び上がって行こうなんて考えるなよ」

「………」

 

 【堅】をしながら行けば突破出来ないかな~、そんな事を考えながらゆっくりと、だが着実に玄関口へと近づいている。あと10メートル、あと9メートル。そんな事を考えていたら、不意に気配を感じた。私達が入ってきた門の所に2つ。

 

 ガラガラガラ!

 

 上げるタイプの、ハンゾーも両手で持ち上げる程のそこそこ重量あるはずの門を、片腕で上げてのっそりと、まるで暖簾(のれん)を潜るかの様に入ってきたのは、まるで熊のような人物だった。

 

 禿げた頭と深い皺、口と顎に蓄えられた白い髭が、この人が何十年と歳を重ねた老人であるという事を一目瞭然させるけど、その下がらしくない。和装、そして毛皮を所々巻いて背中に仕留めた動物、多分猪を背負った姿はマタギの様に見えるけど、本来ゆったりした和服の下からでもわかるほどに、筋骨隆々とした体格は、慎重で言えば2メートルを超えてそう。

 

 この年老いたウヴォーみたいな人が、多分件の熊元さんなんだろうね。一発で分かったよ。

 

 ズン!!

 

 暖簾のように片腕で上げていた門を下ろして、中へと入ってきた熊元さん(仮)は、ずんずんと体格に似合う足音を響かせながら………………()()()()()()()()()()()

 

「なっ!く、熊本さん!ちょ、罠が」

 

 ハンゾーが驚いた様に声を荒げるが、熊本さんが歩いてきても、何も起きなかった。うんともすんとも、爆死する程危険な罠が作動した様子は一切ない。………………あれ?

 

「久しいのー、半蔵。罠なら、随分前に撤去したぞい」

「へっ!?なんでですか!!」

「だって、いちいち避けて家に入るのに面倒じゃろーが。ぬっはっはっは!」

「………」

 

 ハンゾーと部下達は呆れてものも言えなかった。

 まあ少しだけど苦労して、少しだけど時間をかけた割りに、家主本人にこう言われちゃねぇ………。

 

 ん?待てよ?確か門から感じた気配は2つだったと思ったんだけど………。

 

「んぉ?なんだ、懐かしい気配がするかと思ったら、ヒノにヒスイか。久しぶりだな」

 

 その言葉と共にひょっこりと、巨体を誇る熊元さんの後ろから顔を出したのは、ジェイ!?

 

「ジェイ!久しぶり~♪」

「ジェイ!何してんの、こんな所で!」

 

 翡翠姉さんは割とのんびりひらひらと手を振って笑顔を振りまいているけど、ジェイまさか狙ってきたの?それとも偶然?偶然にしては出来過ぎてる気がするけど、狙ってきたにしてもねぇ。はたして一体どっちか!

 

「いや、家に帰ったら緑陽じいちゃんから、ヒノとヒスイがこっちに来てるって聞いたからな。近くで用事もあったし、ついでに俺も寄ってみようかと思ってな。あ、熊元の旦那とは今日初めて会った」

「ぬっはっは!狩りを手伝ってくれてのー!!せっかくだし家でご馳走でもしようと思ってな!お主ら知り合いとは思ってなかったけどな!!ぬっはっは!」

 

 まさかの前者だと!そしてジェイのコミュニケーション能力高っ!

 用事って、大体仕事関連でしょ。個人宅に納品とか、材料探しとかそんな感じ。ジェイの扱う刀剣類の中では恐ろしく高い刀とかもあるらしいから、売買する相手によってはジェイが直接持っていく事もあるらしい。それが一番手っ取り早く信頼してもらえるのと、運んでいる途中が一番安全だから。

 

「ま、話は中でしようか。熊本の旦那、中に入ろうぜ」

「そうじゃな。お主ら全員、入ってきんさい」

 

 熊本さんの号令で、ハンゾー達も含めた私達は、屋敷の中へと招かれていくのであった。

 

 

 

 再会した(ブレード)ハンター、ジェイ。そして現れた元忍、熊元源獣郎!!さらに闇に蠢く謎の忍び達の姿!?この先一体どうなるのやら!?

 

 

 後半へ続く。

     byヒノ☆

 

 

 

 

 

 

 




この頃、ゴンとキルアは闘技場の50~200階の間を登ってる途中。


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第24話『ヒノと旧友と忍の軍団・中編』

前編と後編に分けようと思ったら思ったより増えちゃいました。
なので中編を、投稿させていただきました。
次回で忍者の話も本当に終わります。


 

 

 

「ぬっはっは!そうか!緑陽のじじいはまだ生きてるかぁ!相変わらずしぶといのー!」

 

 豪快に笑う熊元さんの笑い声が響き、夜の山の中に明かりが灯る。いつも一人で食べている食卓が、今日は9人と大所帯で、がいがいわやわやと、楽し気に食事風景を作り出していた。

 

「あ、ハンゾー、これも並べて―」

「あいよ」

「次はこちらの料理もお願いしますね、ハンゾーさん」

「分っかりました!」

 

 ハンゾー、私と翡翠姉さんで態度違くない?まあ別にいいんだけどー。

 今日はせっかく来た事もあり、私と翡翠姉さんが料理を担当した。このメンバーの中の料理の腕だと断トツだからね!全く男衆ときたら。いや、別に皆が料理待ったく出来ないってわけじゃないけどね。ハンゾー達と熊元さんは分からないけど、ジェイの料理は割と美味しいし。

 

「ぬっはっは!今宵は賑やかじゃ!やはり猪なら鍋じゃの!」

「せっかく熊元さんが猪を採ってきてくれたのだから、ここは牡丹鍋かと思いましてね」

 

 う~ん、流石翡翠姉さん。完璧な調理だ!

 と、食事風景はとりあえず終了!私達は一先ず、囲炉裏をぐるりと囲んで、お茶と茶菓子代わりに、持ってきたオバケイチゴを切り分けて食べていた。

 

「ぬ?流石はオバケイチゴ。こりゃぁ、うまい!」

 

 大きさが大きさだから、切り分けてもスイカに見える不思議苺。けど熊元さんの言う通り、マジでうまい!この甘さ!酸味!確かに苺だけど、普通の苺とはまた違った味わいがいいよね。あと齧り付ける程ってのがすごい。苺を齧り付くって普通はできないしね。

 

「ずずず(お茶をすすってる)さてと、それで半蔵。お主ら何かわしに用かのう?」

「ずずず(お茶をすすってる)ふー。実は熊元さん、カクレブドウの収穫時期が来たのでお誘いしようかと」

「ぬぬ!そろそろそんな時期か。あれはうまいんじゃよ」

「なんだ、ハンゾーの用事も私たち変わらないじゃないの」

「何言ってんだお前は。カクレブドウってのはそう簡単に取れるもんじゃないんだぞ」

 

 ハンゾー曰く、私達が持ってきたオバケイチゴを含め、カクレブドウ、ボウハツヨウナシの三種類は、ジャポンでも一部の人間の間でしか知られていない隠れ珍味。この場合の珍しいとは、物として珍しい果物という事で、味はすごく美味しいらしい。場所は良く知らないけど、じいちゃん曰く《あの森》に生えているらしい。

 

「ー――ということだ。わかったか!!」

「なるほど。じいちゃんもその《あの森》でオバケイチゴを手に入れたのか。で、そのカクレブドウってどんな葡萄なの?」

「結構やっかいな奴でな。あいつらのトラップは中々手ごわいからな。忍の本部も本腰入れなきゃ足元すくわれかねないやつらだ」

「………葡萄の話だよね?」

「ああ。カクレブドウってのはその名の通り隠れるぶどう。実は《あの森》から種をとってきて忍の本部の一部で栽培していてな。環境のせいなのか中々成長しなくて。それで二年前にも収穫期が来てな。オレ達は楽しみに収穫に勤しんだ。しかし、ここで問題が起こった」

「問題?」

「そう、カクレブドウは自分で動いて隠れたり罠を張ったりする。あの時は大変だったなぁ………」

 

 ハンゾーが遠い目をしながら語る。実際大変だったみたいでいつもよりハンゾーの口数が少ない。まさか果物がそんなことになるとは、さすが珍味。確かに珍しいっちゃ珍しい。

 

「じゃがあれはうまいんじゃよ。オバケイチゴよろしく、普通の葡萄と比べ物にならんほどうまいんじゃ」

「あ、そういえば熊元さん。おじいちゃんに渡されたオバケイチゴは20個程台所に置いてありますので」

「お、すまんのー」

「ええ!?翡翠さんそれどうやって持って来たんですか!?」

 

 ハンゾーとその部下達は驚いているけど、まあ私とジェイはそんなに驚く事でも無いかな。それより他の珍味、そのうちじいちゃんに頼んで採ってきてもらおうかな。もしくは例の《あの森》とやらの場所を教えてもらうか。どちらかと言えば葡萄より梨の方が私は好きだけど。

 

「さてと、もう暗い。お主ら全員泊まっていくといい。部屋なら空いてるしの」

「そりゃ助かります!」

「そっちの娘二人は奥の部屋を使うといい。風呂も沸かしたから好きに入ってくれ」

「ありがとうございます」

 

 太陽は沈み、夕暮れが森を染め、満月が昇りつつ、夜の帳が世界を包み込んでいく。

 夜は更けて行くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 一人、黒い影が駆け抜けた。

 

 

 完璧に気配を絶ち、夜の闇に溶け込む様は一般の常識から逸脱し、己の存在その物を消し去ったかのような対捌き。草木がわずかに生えた庭を駆けるも、静寂だけがその場を包み、一片の揺らぎも無い。

 

 

(目的地は――――この先!)

 

 

 黒い影、陰から陰へと進み、決して誰にも悟られず、決して騒がれず、任務を遂行する。

 

 

 これは己が幼少より鍛えし技術の賜物。

 

 

 地獄のような訓練を潜り抜け、同世代においてもトップクラスの実力を有する男の自信から生まれてくる、絶対的な力。

 

 

 わずかな月明りにも触れず、空気を突き抜け先へと進む。

 

 その先に、己が欲する物が―――、

 

 

「そんな所で、なーにしてるの?ハンゾー」

「げっ!ヒノ!?」

 

 黒い影、ハンゾーが驚いた表情で、屋根の上に座ってる私の登場にびくりと体を硬直させた。

 

「庭で何してるの?あ、この先曲がって真っすぐ行けばお風呂か。ハンゾー、まさかと思うけど………」

「ななななな何を言ってるんだ!?俺は別に風呂を覗こうとか欠片も思ってねぇぞ!ただちーっと修行しに来ただけだ!ホントだぜ!?」

「語るに落ちてるね~」

 

 まあ翡翠姉さん今頃風呂から出てると思うけど。

 

 ちなみにハンゾーの部下4人はあてがわれた部屋でUNOしてた。

 

 屋根の上から下を見てみると、ハンゾーが顔に冷や汗を垂らしながらわざとらしく「いっち、に、いっち、に」と屈伸運動を始めてる。わざとらしぃ~。

 

「修行?まことに結構じゃ!!なら、わしが見て進ぜよう!ぬっはー!!」

 

 ドスゥン!!

 

 屋根の上に座っていた私の、さらに背後の屋根の高い所に、満月をバックに無駄にカッコいい登場シーンと共に跳び上がり、ハンゾーのすぐそばの地面に降りった人影は、強烈な威圧感を振りまいて立ちはだかった。

 

「げっ、熊元さん!」

「半蔵、温い、実に温すぎる!その程度の修行で一人前の忍びになれるものか!」

「いやぁ、これはその………」

 

 まあ元々修行するつもりなかったみたいだしね。ていうか熊元さん強烈。本当に熊がいるみたいに見える。めっさでかい。ちょっと肩の上とか乗ってみたいな。

 

「それより半蔵!【纏】がまだ甘いの。ほれ、自然体でもやってみせぬか」

「ぬぇ!熊元さんなぜそれを………」

「あほか。念を覚えて何十年たっていると思っている。そもそもお前の上司から少し稽古をつけてくれと言われておるしの」

「げげっ!マジ!?」

「ハンゾー、いつの間に念覚えてたんだ」

 

 屋根から飛び降りて、ハンゾーと熊元さんのそばに降り立つ。そして見てみれば、確かに少し乱れ気味だけど、ハンゾーは自分から漏れ出す念を肉体に留め、【纏】を行っていた。

 ハンター試験が終了しておよそ1月少々しか経ってないけど、もう念を覚えたんだ。といっても、覚え始め、見たいだけど。

 

「ほれみてみ、こっちは綺麗な【纏】を常にしておる。まだ意識しないと保てないとは、まだまだじゃな」

「ヒノ!?お前念をもう使えるのか!?まだハンター試験終わってそんな時間たってないぜ!?」

「いや、私ハンター試験の時から使えてたし」

「何ぃ?うっ、無駄に綺麗な【纏】しやがって」

「無駄とか言われた………熊元さーん、私ちょっと半蔵で組手とかしたいでーす。特に【流】とか使った感じの」

「うむ、許可しよう」

「ちょっ!待て!専門用語を使うな!それ絶対俺が不利だろ!」

 

 なるほど、まだハンゾーは四大行を覚えている途中と。

 

「ふぅー………【纏】!」

 

 ハンゾーは深く息を吸って吐き出し、慌てた精神を一気に統一した。両手を組んで〝印〟をするのは忍びらしいね。そのままで瞳を閉じ、体を纏う念のをゆっくりと留め、半蔵は【纏】をこなした。流石、ハンター協会の審査でもハンターの素質抜群と言われただけはある。覚えて一ヶ月とは思えないねぇ。

 

「ふむ、上出来じゃ」

「おぉ、ハンゾーもやるもんだー。あと何ができるの?【練】とか【絶】とかは?」

「【練】はまだ練習中、だが【絶】は完璧だぜっ!」ドヤッ

 

 今この場で言われすごくも何ともないよ。その【絶】で何するつもりだったのかなぁ?

 しらっとした私の視線に気づいたのか、ハンゾーは再び瞳を伏せて【纏】の修行を始める。そんな様子を見ていた私だけど、隣の熊元さんが動いた。

 

「熊元さん、どこ行くの?」

「ん?酒でも飲もうかと思っての。残念じゃがこの場に酒を酌み交わせる者がおらんでの」

 

 ジャポンの飲酒年齢は20歳以上。確かにこの場に20歳以上の人間はいない。ハンゾーの部下達もハンゾーと同年代らしいし。となると熊元さん除けば一番年上は19歳のジェイかな。

 

「というわけで、ちと半蔵を見ててくれ」

「はーい」

 

 そう言って熊元さんはひらひらと手を振り、ずんずん足音を響かせて歩いて行った。

 

 後に残ったのは、私とハンゾーのみ。

 

「はーい、じゃあとりあえず【纏】、【絶】、【纏】、【絶】、【纏】、【絶】そこからのぉ………はい【練】!」

「いや出来ねぇよ!?あとテンポが速い!そんなに言うなら手本みせてみろ!」

 

 しょうがない。まずは【纏】………はいつも普通にやっているから、切り替えるというよりかは常時やっている【纏】に【絶】を挟んでいく感じで、【纏】【絶】【纏】【絶】【纏】【絶】【纏】と、とりあえずリズムよくやって、その後【絶】をして念を絶った後、体内から練り上げるようにして全身の精孔を開き、念を放出!【練】

 それを一分程持続して、普通の【纏】に戻す、と。

 

「よし、終了………って、どうしたのハンゾー?なんか呆けてるよ?」

「………いや、素直に感心してるんだけど、マジかお前?」

 

 それ程驚く事かな?まあハンゾーは念を覚えて日が浅いから当然と言えば当然なのか。でも修行したらハンゾーもすぐにできるようになると思うよ?普通は【纏】するのだってすごい時間かかるって、聞いた事あるし。

 

(正直舐めてた。3次試験で俺から逃げ切っただけの事はある。いや、念が十全に使えていたなら、やろうと思えばその時だって、俺を仕留めてナンバープレートだって奪う事ができたはずだ………)

 

 そう考えた時、ハンゾーはわずかに冷や汗をかいた。まだ念を覚えて間もないが、念を覚えたからこそわかる。目の前にいる人物の力が、そんじょそこらの雑兵など比べる程でも無い力を有している事を。

 

「どうしたのハンゾー?」

「いや………そういやお前の他に、ハンター試験で念を使えた奴とかいるのか?例えばキルアとかヒソカとか」

「おお、中々鋭いね。キルアは違うけどヒソカ、後イルミさんも使えたよ。それ以外だと受験者じゃないけど試験官のハンターも使えるし」

「うぉ、マジか。くー、世の中強い奴が多いんだよなぁ」

 

 ハンゾーに聞いたところ、所属している雲隠れの忍び本部にも、念の使い手が複数いるらしい。確かに、富裕層や権力者などは自分が使えなくても念の存在を知っており、その使い手をボディーガードにしたり雇ったりとしている。ハンターでは無くても念が使える者は意外と多い。それでも、世界の人口と比べたら数パーセント程だろうけど。

 

 そこそこの組織があれば、構成員のほとんどが念の存在を知らないかもしれないが、上層部の実力者になってくると念の使い手が増える、というパターンも割とあるらしい。

 

「いやぁ、今まで先輩達が炎出したり水出したりしてたけど、あれ全部念能力使ってたんだなぁ!なんか夢が湧いてくる感じだよな!これで俺も自分の忍術っつーのができるわけだ」

「ねぇねぇ、その先輩で巨大なカエル出す人とかいないの?」

「ああ、そういえばそう言う人もいたな。あれも念の力なのか?いや、さすがにそれは」

「それ多分念だよ。念獣って言う念能力の一種だと思うよ」

「マジか!」

 

 念獣は文字通り、念で作り出された獣。この場合獣とは限らないけど、念能力によって生み出された生物って事で念獣だね。まさか、夢にまで見た蝦蟇使いの忍者が実在するとは!是非会ってみたい!絶対に名前は自〇也だよね!

 

「あ、ハンゾー【纏】が崩れてる」

「何!?………ふぅ」

 

 再び深呼吸をし、ハンゾーは自身の周りを取り巻く念に集中する。そして両手を静かに組、いわゆる〝印〟を結んだ状態に持っていく。それしなきゃダメなのかな?いや、やりやすいなら何でもいいんだけど。結果的にいい感じだし。

 この調子なら、そう遠くないうちに臨戦態勢に入りながら自然に【纏】もできそうだね。後【練】も。

 

 さて、それじゃ私はどうしようか。もうちょっとしたら熊元さんも戻ってくると思うけどそれまで………。

 

 なんとなく、なんとなくだけど、私は近くにあった池に視線が吸い寄せられた。何もない。ちょっと大きく真ん中に弧を描くような橋が架かっている、まあ取り立てて特筆すべきことは無い池。平坦な波が夜風に僅かに揺れている、ただそれだけ。

 

 ………………その波が()()()()()()時、私はハンゾーの前に動いていた。

 

「てぃ!」

 

 念を纏う手刀を振るった時、何かを弾いた。何か、と表現したのは、感触が金属でもプラスチックでも無い妙な感触だったから。しいて言うなら、スーパーボールっぽかったかな?

 

「ヒノ!?」

「ハンゾー、【纏】のままで戦える?ていうか動ける?」

「ん、ああ。一応多少なら。それより………敵か?」

 

 すっと目を細めて、ハンゾーの瞳に映っていた色が冷徹に染まっていく。流石本職の忍びなだけある。一瞬で状況を判断し、頭の中を冷静に思考させたみたい。基本的に普段はおしゃべりで軽いけど、ここら辺は仕事人って感じがするよね、ハンゾーって。

 

「あの池、誰かいるよ。ていうかもう出てくるっぽい」

 

 ザパアァ!

 

 出てくる!と思った瞬間、池の水が持ち上がり、何かが出てきた。ぽたぽたと水滴を滴らせながら現れたのは、全身黒ずくめ、ハンゾー達もそうだけど、目以外を隠した黒い装束にあちこち防具で身を包んだ、多分男。口元にはシュノーケルのような機械、ていうか多分あれガスマスクかシュノーケルっぽい、を備えた、言うならば別の里の忍び、って感じかな?

 

 てことは、これってハンゾー関連のトラブル?もしくは熊元さん関連のどっちか。ていうか忍び関連。………ジェイ関連とは思いたくないね。

 

 私?いやいや、私と翡翠姉さんに関しては多分無いよ。忍びとの関りだって、ハンゾーが初めてなんだし。

 

「忍び!?ヒノ、気を付けろ」

「気を付けるのはハンゾーだよ。だってあの人、念の使い手だよ」

 

 それも、現時点のハンゾーよりも上の。最低でも四大行を修め、【発】の段階に入ってるくらいの。

 

「ああ、それくらい分かってる。だから先手を………もらう!」

 

 最後の言葉を残して、ハンゾーはその場を消え、一瞬で相手の忍びの背後へと回った。 その目は冷徹に、右手の袖口に仕込んだ仕込み刃を出させ、振りかぶる。

 

「何!?早い!」

 

 ハンゾーのスピードに相手も驚いたのか、しかしそのままやられずに、その場でしゃがみ込み、両手両足を水の中に浸けながらも、首を狙って放たれた刃の一撃をうまく躱した。相手の忍びも、そう簡単にはやられてくれないらしい。

 

 けどあそこは水の中。あそこから動こうと思えば、ハンゾーの方が有利。

 

 の、はずだった。

 

「!!ハンゾー!下がって!」

「何!?」

 

 私の呼び声に咄嗟に、頭で判断するよりも前に、ハンゾーはチャンスと思った攻撃を中断して、その場から背後へと飛び出した。瞬間、爆発するように忍びの下の池から、幾重にも水の弾が空へと向かって跳びだしていった。

 

 あのままハンゾーがあそこにいれば、今の攻撃をもろに喰らっていた。

 

 背後へと飛び出したハンゾーはすぐさま反転して動き出し、すぐに私の隣に戻って来た。

 

「今のも念能力の一種か。よく分かったな」

「【練】ができれば【凝】をして相手の念の動きが見えるけど、ハンゾーはまだできないんだったよね。じゃ、相手の能力少し考察した分だけでも教えるよ」

 

 相手の忍びは、四つん這いのまま獣の様に水に手足を入れて立ち、警戒してこちらを見ていた。

 

「相手はおそらく放出系。簡単に言えば念を弾丸みたいに飛ばしたりするのが得意なタイプ。あれは、多分水を念と一緒に飛ばして攻撃する感じだと思うよ。だから水場から攻撃しかしてないんだと思うし」

「なるほど、つまり池から引きずり出せば攻撃手段が無くなるわけだ」

「そうとも限らない。あくまで推察だし、触れた物なら何でもいいかもしれないし」

 

 多分私が最初に落としたのは、水で作った手裏剣。それっぽい形してたし。水に形を与えて念を纏わせ、それで攻撃、って感じかな?放出系なら、念を直接変化させるのが苦手な人が多いから、何か皮、というか形になる物を使う人もいるしね。

 

 とりあえず、相手が水場からしか攻撃できないってルールは決めつけ無い方がいいかもしれない。念での戦いは、何が起こるか分からないのが常だから。まあ分かりやすい能力使ってたらその限りでも無いけど。単純強化の強化系とか。

 これであの忍びの人がまた池から動かないで攻撃してきたらアタリかな?

 

 相手の忍びは態勢をかがめたまま、両手をパンと合わせて組み合わせた。いわゆる〝印〟を結んだ状態という奴らしいけど、忍びってあの態勢の方が念を使いやすいのかな?さらにいくつも複雑な印を結んだと同時に、両手を池に浸けた。

 

「水遁・泡漣波(あぶくれんぱ)!!」

 

 もしかして忍び特有のあの〝印〟を結ぶのって、念能力の制約の一種だったりするのかな?だとしたら………忍びぱねぇ~。

 

 池から大量に飛び出した水の球が、文字通り弾丸の如く私とハンゾーを襲った。

 すぐさまその場を動くと、塀に当たった水がガンガンと砕けていく。一発一発は拳銃より少し弱い程度、だけど数が多い。後多分だけど念が切れるまであれ大量に発射できるような能力だと思う。無論水が無くなってもだめだと思うけど、池の水はそう簡単には無くならない。

 

「ハンゾー、あの人知り合い?なんで攻撃してくるのさ」

「知らん!多分知らない!でも敵かもしれない!正直分からん!」

「えー………すいませーん、どちら様ですかー、もしくは誰狙いですかー」

「なあヒノ、それで俺狙いだったら喜んで差し出したりしないよな?」

「ん~、どうしよっかな」

「考えるなよ!?」

 

 その時、先ほどまで塀を砕いていた水の球が止んだ。池の方を見てみれば、池にそのまま一人、そして橋の上に、もう一人いつの間にか現れていた。同じ装束に身を包んだ、多分仲間。それに、こっちも念が使える。

 

「手こずりそうか?」

「ああ、少々な」

「ふむ、そうか」

 

 そう言って、橋の上に新たに表れた忍びは構えて私とハンゾーに視線を固定する。

 問答無用、ていうか私ももう攻撃対象に入っていると、なるほど。

 

「それじゃあハンゾー、一人一撃で行こうか」

「一撃?」

「一人撃退!の略」

「ちょっと前、あいつ等どっちも念使いなんだろ!?」

「ま、大丈夫。念の練度が高い物が、絶対に勝てるわけじゃないしさ」

 

 実際極端な話、念は使えるひ弱な人間が、念の使えない屈強な肉体を持つ人間に負ける、なんてこともある。これは本当に極端に、非念能力者が念能力者に勝つ例。まあその能力の内容にもよるけど。

 

 それに相手が念でガードしてようとも、練度によっては攻撃を当てる事はそう難しくない。ウヴォーみたいな純粋強化系の熟練度ハイレベルクラスだと刀すらも弾くけど、そじゃないのなら、普通に刃だって刺さる。ダメージだって受ける。

 

 それに、一応ハンゾーだって【纏】は使えるし、素の身体能力はキルアに負けるとも劣らない。

 

「てことで、行こうかハンゾー」

「しゃーねぇ。相手の念能力に関しては、サポート頼むぜ」

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 ギイイィイン!

 

 暗い中で、一瞬の火花が散った。立て続けに、2度3度と再び火花が散る。

 4度目の火花が散ったと同時に、ぶつかり合った影は互いに飛びのき、距離を取った。

 

「某の刃をそんな物で受けるとは、やはり只者では無いな」

「ま、ちょっとコツがあってな」

 

 月光をギラリと載せる刀を構えた影、ハンゾーの部下達とは別の黒装束の忍びは、逆手に持った刃を再び相手に向ける。

 

 相対した相手は飄々とした笑みを浮かべ、手に持った〝瓦〟を弄ぶようにぽんぽんと手の上で転がす。

 

 ここは屋根の上、ヒノ達がいる庭側とは反対側の屋根。

 先程の攻防は、忍びの刃をジェイが、足元にあった瓦を引き抜き、それで防御したという。扱いずらい、というか武器でも何でもない瓦を使っての防御。

 

 相手の忍びも、目の前の人物が只者で無いことをすぐに感じ取った。

 互いに、念を身に纏い次の一手を模索する。

 

「こんなところで忍びの一行とは、偶然にしては出来過ぎる。ここで仕留めて話を聞かせてもらおうか」

 

 相も変わらず、刀でも無いのに瓦を構えるジェイの姿は、妙に様になっている。この人物が例えどんなものを持とうとも、それだけで弱体化する程に柔い相手じゃない事を、忍びも感じていた。

 故に、僅かに笑みを浮かべて情報を漏らした。

 

「今現状、この屋敷には某を含めて4人の手練れが来ている。おそらく貴様一番の使い手とみた!ならば、この場で貴様を足止めさえしておけば、後はお釣りがくる」

「何?」

 

 その言葉が正しければ、あと3人屋敷に入り込んでいる。それも念を使える忍びが。

 

(さて、どうするかな………熊元さんはともかく、ヒノとハンゾー、それにヒスイが心配だな………あとハンゾーの部下)

 

 若干忘れていた部下達の存在を思い出しつつ、他の面々を頭の中に浮かべる。しかし、目の前の相手は、背を向ければ全力で向かってくるだろう。

 

 ゆっくりと息を吐きながらも、ジェイは再び構え、月明りに照らされた、黒く染まった忍びを見つめ、僅かに目を細めるのだった。

 

 

 

 

 




いくつか印をする事を制約にした念能力ってあったら面白いと思いました。
それこそずばり忍術!

あとハンゾーが念を覚えた時期はざっくりしか分からないので捏造しました。
師匠はおそらく上司の忍者の誰かです。


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第25話『ヒノと旧友と忍の軍団・後編』

ジャポン編もそろそろ佳境、あと少しで次の章に行こうかと思います。


 

 

 

「ふっ」

 

 短い息を吐くと同時に、闇夜に溶け込む様な衣装、黒い忍び装束に身を包んだ男は音も無く足元の瓦を踏みしめ、屋根の上を疾走した。念で強化された足捌き。まっすぐに、同じく瓦の上に立つジェイの腕や肩めがけて刃が振り下ろされる。

 

 ギイィイン!ギィン!

 

(某の刃に反応するとは、やはりできる!しかも、瓦で受けるとは………)

 

 相手の獲物に対しては、その場にあった物を使用したのだから何も言えない。今言える事は、急ごしらえの、武器でも何でもない重さもある持ちにくい瓦を使って、迫る刃を的確に防いでいるという事実。生半可な攻撃では、一太刀入れる事すらままならない。

 

「ならば、某も本気で行くまで!」

 

 すらりと、腰から2本目の刀を抜き、両方とも逆手に構える。さらには、淀み無く念を刀に纏わせる。この動きを、幾度となく修練した証拠。応用技術の【周】。だが、応用技術に必要な念と集中力は凄まじい。故に、黒装束の忍びは、ぶつかる瞬間のみに絞る。

 

「へぇ、綺麗な【周】だ。流石に、(これ)じゃきついか?」

「参る!」

 

 走り出し、疾走!月明りに煌く2本の刃が、まるで流星の如くジェイに攻まる。

 

 ギギィン!!

 

「なっ!」

「簡単な話だ。同じくこっちも、【周】をすればいい話だ」

 

 笑うジェイの手に握られている瓦。忍びは念を瞳に宿し【凝】をしてみれば、瓦には先ほどまで纏われていなかった念が、【周】が施されていた。それにより、攻撃を完璧に受け切った。

 ………だが、

 

 ピシィ!バキン!

 

「うぉっと、流石に無理があったか………」

 

 手の中で罅が入り、音を立てながら割れた瓦の残骸を手にしながら、ジェイは頬をぽりぽりとかく。今は【周】をしたとはいえ、先ほどまでただの瓦で相手の刃を全て受けていた。むしろ今までよく普通に受けていたと感心する程。驚くべきジェイの技量と、驚くべき瓦の耐久度!

 

 だが、今ジェイの手から武器が無くなった。その好機を、忍びは見逃さなかった。

 

(相手の実力は某より上、しかしこの勝機、もらった!)

 

 元々相手の実力を測るだけの力はあった。だからこそ、ジェイと対峙した瞬間、忍びは己の役割を足止めに徹する事を決めた。今の今まで攻撃と逃走の繰り返しであるヒットアンドアウェイの戦法にしたのも、その為。屋根の上で罠を張るのも難しいというのもあったが。

 

「喰らえ!月光双斬(げっこうそうざん)!!」

 

 両手に構える白刃、ジェイに迫る。

 

 ギイィイイン!!

 

 屋根の上という、遮るものが無い月光の下、二人の人間が交差した。忍びの振るう刃は、念を纏わせて大木すら一刀の元に切り捨てる事ができる。人の首すら、容易に飛ぶだろう。

 それは、相手が普通の人間に限る、のだけれど。

 

「………ばかな、某の刃が………」

 

 驚き瞳を見開く忍びの目の前には、己の手に握られる刀。しかしその刀身が、中からキレイに折れている………いや、()()()()()()()。ありえない切り口。一体どんな獲物と、どんな技術があれば可能な芸当なのだろうか。

 

 驚くその一瞬を、ジェイも当然ながら見逃さなかった。

 

 ドッ!

 

 背後から、ジェイの手刀が首を打った。本気を出せば首を落とすことすら可能なジェイの一撃は、相手の意識を沈める事で留めた。ぐらりと揺れた忍び、屋根から落ちないように受け止めた。

 

「悪いな、俺に刃を通した奴は、3人しか知らない………意外といるって?はは、勘弁してくれよ」

 

 誰に言うとも無く、ジェイの言葉は夜風に溶け込む。

 

 ジェイの念は、念を刃の性質に変化させる変化系念能力、不可思議な刃物(ジャックナイフ)。その念を全身に纏えば、それは全身を刃で武装したのと同義。ジェイと刃には、強い結びつきがある。念は己との関係性、より強い執着がその力を高める事がある。

 

 ジェイの纏う念の刃は、忍びの刃をいともたやすく切り裂いてしまった。

 刃を向ける相手が、悪かったとしか言いようが無いだろう。

 

「さてと………あいつら無事かなっと」

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 ドドドドドドド!

 

「ヒノ!何かいい案ねぇのかよ!?」

「そうだね、【練】無理やりで突っ込んで直接殴る力技戦法とかならあるけど」

「よし!それで行こう!やってくれ!」

「断固拒否する!ハンゾー【練】ができないから私が一人で特攻する事になるじゃない!」

「じゃあどうしろってんだ!」

「おしゃべりとは、余裕だな」

 

 ヒュンヒュンヒュン!

 

 水の弾丸の雨を避けるように、私達の進行方向に迫る高速の物体を、ハンゾーは右腕の刃を振るって撃ち落とした。それは手裏剣。しかも黒く塗りつぶし、夜に溶け込みやすいようにされている確実に暗殺用。うわぁ、おっかない。

 

「忍者って本当に手裏剣とか使うんだね。ちょっと感動した」

「んな事言ってる場合かよ!―――と」

 

 キイィン!

 

 目の前に現れた2人目の忍びは、ハンゾー同様に右腕に仕込まれた刃を振るい、それをハンゾーは受け止める。その瞬間に2度3度と打ち合うが、互いに仕留めきれないと悟ったのか、相手の忍びは振りかぶった一撃を、ハンゾーに強打した。

 

「―――っ!?」

 

 その瞬間、ハンゾーは自分から、まるで弾かれるようにして鍔迫り合いを放棄して、後ろへと下がる。が、そこを勝機と、先ほどから水の弾丸を乱打していた一人の目の忍びが、ハンゾーめがけて横っ面に殴りつけるような雨の弾丸を放った。

 

「しまっ―――」

「甘い!」

 

 が、弾丸は目の前に現れたヒノに防がれた。具体的には、ヒノの持つ〝畳〟によって。

 

「畳!?どっから、ああ、家から持ってきたのか」

「とりあえず【周】もしてあるし鉄板並みに頑丈だよ♪でもあんまり長持ちしないから対策しないと。相手の方はどうだった?」

「ああ。あの野郎の刃、()()()()()()

「熱か………操作系か、変化系、もしくは具現化系かな?」

 

 刃に熱を持たせる念能力。【凝】をしてみていた限り【隠】をしていた様子も無いし、可能性としては3つ。

 

 1つ目は、自分の念を熱に変化させる変化系能力。

 2つ目は、温度を変化させられる特殊な刃を具現化させる具現化系能力。

 3つ目は、己の体温を操作する、操作系能力。

 

 可能性を考えたらキリが無いけど、安直に分かりやすい能力ならこんな所かな?

 でも個人的に現実的なのは、3つ目の操作系かな。一番なさそうだけどありそう。

 

 ていうか消去法なんだけど。

 変化系能力として作るなら、それなりに熱に対する耐性を付ける訓練から始めなくてはならない。まあ忍びだったら無くは無いだろうけど、念を覚える前提の話で訓練するのは少し難しい気がするし。

 

 具現化系だったら、愚策としか言いようが無い。もう少し利便性のある武器ならまだしも刃、それも仕込み刀っていうタイプで具現化は無いんじゃないかな。作るなら柄と鍔のある普通のタイプの刀がベスト。その方が両手に持ち帰る事も可能だし、具現化系のメリットであるどこからでも出し入れが生きる。あと単純にあの状態で刃だけ熱かったら絶対仕込んでいる腕の方にダメージがいってるはず。

 

 というわけで可能性としては操作系が一番安全なような気がしてきた。別に確定じゃないけど。

 例えば体のどこからでも出せる刃を具現化した、とか言ったら話は変わるけどね。

 

「と思ったんだけど、どう思う?」

「とりあえず今それを語るだけの余裕があるなら一人くらい仕留めてきて欲しいとだけ言っておこう」

「それじゃあやっぱり一人一撃で行こう。ハンゾー水の忍者さんやって、私熱の忍者さんの方にするから」

「え、マジか?」

 

 ざっと見た限り、身体能力的には水の忍者よりハンゾーの方が高い。熱の方は念が使える分ややスピードで勝ってる感じがする。それでも多分、一対一なら【纏】しか覚えていないけど、ハンゾーが勝てると思う。ただこの二人っていう組み合わせが意外と厄介。

 

 熱と水、本来相容れないけど、()()()()()タッグを組めば相性がいい。

 

 熱の忍者さんは、おそらく自身の体温の底上げ、もしくは熱に変化させた念を纏う。どちらにしろ熱を扱うという点では同じなので、そこらへんは正直どうでもよかった。けどそれゆえに背後から援護に撃たれる水の弾丸を、気にする必要が無くなる。

 

 基本避けるように撃たれているけど、水の弾丸が熱の忍者さんに触れた瞬間小さく煙を上げて蒸発した。つまり、あの人に水の攻撃は効かない。しかし私とハンゾーにはダメージを与えられる。

 つまるところ、味方への被弾(フレンドリーファイア)を気にせずに互いに攻撃する事ができると。

 

 戦法は、二人同時による攻撃。しかし攻撃は最大の防御。確かに無暗に近づけない。というわけで、ハンゾーに水の忍者さんを倒してもらって、その間に私が熱の忍者さんを足止め、そしてハンゾーが空いたら手伝ってもらおう。可能なら倒すと。………ずいぶん消極的な作戦だね。

 

「せいっ!」

 

 その瞬間、ハンゾーは煙幕を張った。濛々と立ち込める煙が、私とハンゾーを含め、敵もろとも視界を閉ざす。

 真っ白な煙に覆われながら、私はすぐさま【円】を張った。

 

 ………ハンゾーは水の忍者さんの元に、熱の忍者さんは一旦止めている。二人とも現状だと【円】は使えないみたい。けど池にいる水の忍者さんはともかく、熱の忍者さんは塀に背中を預け、自身の死角を減らしている辺りこういう状況に慣れているみたい。

 なので、私はそのまま正面から突っ込んだ。

 

「――っ!ふん!」

 

 流石に煙幕に紛れようとも、まっすぐに突っ込んだ私に向かって、熱の忍者さんは刃を振り下ろす。研がれた白刃の刃は、熱でわずかに赤く変色していた。確か焼けた刃物で切られたら、具体的に知らないけどなんかすごくまずいって聞いた事あるので、細心の注意を払って避けよう!

 

「―――」

 

 トッ!

 

 素手で触れるのはまずい。念の防御は基本肉体を強化するものであって、厳密に念自体が鎧の役割をしているわけではない。というわけで熱い物に触れても大丈夫なように、私は体を捻り、迫ってきた刃を足の裏でけり上げた。無論靴を履いているので、ノープロブレム!これが靴も溶かすくらいの高熱だったら困ったけど!

 

 ジェイみたいに触れても大丈夫な性質変化か、ゼノさんみたいに圧縮するとかすれば念でもガードできそうだけど、私はそういう感じじゃないし。

 

「ふ、甘いな」

 

 そう呟いた、熱の忍びさん。

 

 虚勢でも何でもなく、確固たる自信。瞬間、私はジュッという音と共に、熱の忍者のそばから新たな煙が現れたのを見た。いや、煙じゃなくて………水蒸気!

 上を見れば、数は数個だが、水でできた少し大ぶりの手裏剣が空から降り注いできた。

 

 なるほど、煙幕で狙いが定まらないなら、全方位に上から攻撃すればいいって事、ね。どっちにしろ水の攻撃は熱の忍者さんには効かないし、それで敵だけ仕留められると。

 

「でも例外、ていうかその戦法、水の攻撃が相手に防がれたら、意味ないよね!」

 

 降り注ぐ水の大手裏剣を躱しつつ、右手のみ僅かに念を集めて圧縮、【消える太陽の光(バニッシュアウト)】による、念を消し去る消滅の念を作り出して、水の大手裏剣を一つ、受け止めた。

 

「何!?」

 

 素手で受け止めるという行為は予想外だったのか、熱の忍者さんは驚いたけど、私には関係ない!念を消し去った、といより止めた瞬間から形は崩れて、後は重力に従って下へと落ちる水の塊に変貌する。けど、落ちるよりも早く、私は水を掴んでいる腕を振り回し、念と遠心力で手の中に留めたまま、驚いている熱の忍者さんの水月に掌底を叩きこんだ。

 

「すぅ、せいっ!」

「ぐぬぅ!?(小さな少女の一撃とは思えない程に………重い!)」

 

 水を纏ったままの攻撃なので水蒸気を噴き出しながらも、もう一度高熱の相手の体に障るのは勘弁なので、このまま決める!

 

 緑陽じいちゃんに教わった九太刀流の柔術において、小さな力をかき集め、一撃で放つ、というような技が存在する。通常の掌底であれば、掌、指先、関節、衝撃を与える箇所は無数に存在し、その数だけ広く分散して相手に伝える。その衝撃を、たった一点だけに集中し、わずかな力で最大の威力を相手に与える。

 

「これぞ、九太刀流・水穿(すいせん)………って、気絶しちゃった」

 

 ずるりと態勢を崩し、塀に体を預けて地面に座り込んでしまった。

 

 とりあえず火傷とかしなくてよかった。

 

「さて、煙幕も晴れてきたし、ハンゾーの方は………」

「おーい、ヒノ!終わったかー!」

 

 探そうと思ったら、向こうから来た。ずるずると、水の忍者を引きずりながら手を振ってくる。おお、無傷で制圧できたみたい。流石ハンゾー。どうやったんだろ?

 

「お疲れ。よく倒せたね」

「なぁに、相手は煙幕の中でも念の攻撃をしてきたからな、それも池から出ずに。気配は見つけやすかったし、こっちは【絶】をして近づけば楽勝だったぜ。やっぱお前の言う通り、水場からじゃないと攻撃できなかったポイしな」

 

 わずかな狭い範囲の中で、気配を絶ったハンゾーに、気配むき出したの忍者が逃げられるだろうか。そもそもの身体技能がハンゾーの方が高かったから、当然と言えば当然。でも敵の攻撃は空から結構ランダムに降ってきていたのに、その中を【絶】をして避けながら相手の元に向かうとか、ハンゾー中々チャレンジャーだね。

 もうちょっと安全に気を配るタイプかと思っていたけど、ハンゾー強化系かな?いや、意外とマイペースだから操作系という可能性も………でも忍って神経質っぽいから具現化?

 う~ん、ハンゾーが【練】を使えれば系統診断できるのに………残念!

 

「お!お前らも終わったか。無事でよかったな」

「あ、ジェイ。て、その肩に背負ってるの、もしかしなくても忍者?」

「まだいたのか」

「そうなんだか、ちっと問題があってな。あと1人この屋敷に忍びがいるらしいんだ」

「あと1人?」

 

 私とハンゾーが仕留めた2人。あ、仕留めたと言っても気絶させただけだからね?

 ジェイが仕留めた1人。もう1人来ているはず………まさか!

 

グルルウゥウアアアアア!!

ギャアアァアアァァ!!

 

 瞬間屋敷に響いたのは、低く唸る獣のような声と、それに重なる人の叫び声。場所は風呂場!でも音が低いから、翡翠姉さんじゃない。後半の叫んだ人の声は………男?

 

 その声を聴いた瞬間、私とハンゾーとジェイは一足で飛び出して、風呂場のある方角へと走りだした。

 廊下から入れば曲がってすぐの所。赴くのある『ゆ』と書かれた暖簾を潜って、3人とも中へと突撃した。

 

「翡翠姉さん!」

「翡翠さん!」

「ヒスイ!」

「あ、ヒノ!ジェイ!それにハンゾーさん!」

 

 銭湯のように割と広い脱衣所。木や竹でできた空間なので結構落ち着くけど、その中央程には、意識を失っている黒装束の、うんきっと忍び。それも私達が仕留めた人と同じ格好をした忍び。

 

 で、そのそばでおろおろとしていたのは、翡翠姉さんだった。あー、翡翠姉さん狙おうとするからだよ。罰があたったんだね、きっと。

 

「ヒノ、後任せた」

「あれ!?ジェイ!?」

 

 突撃したと同時にすぐにジェイはくるりと体を反転させて、暖簾を潜って外へと出てしまった。

 一体何事か、と思いきや、理由を察した。

 

「この人どうしましょ!もしかしてハンゾーさん達の知り合いだったりするのかしら!えっと!」

「あ、翡翠姉さん大丈夫。それ敵、ほぼ100%敵だよ」

 

 思わずやっちまった、みたいな感じでおろおろとする翡翠姉さんは珍しい。というか可愛い。ここらへんは問題無いが、問題あるのは恰好!

 

 湯上りなのか、沁み一つ無い雪のような肌は火照り、上気で頬もほんのりと赤らめている姿は実に色っぽい。そして黒く長い髪がお湯上がりという事もあって濡れ、まさに鴉の濡れ羽色というのが実にぴったりと合っている。 これ程純粋なジャポン魂を受け継いだ大和撫子は他にいようか!いやいまい!(どこら辺がジャポン魂か甚だ疑問だけど、私には関係ない)

 で、上の説明からわかる通り………翡翠姉さんまじ可愛い!あ、間違えた。やはり首筋から垂れて鎖骨を通過して胸元に伸びる水滴とかまさに………て、そうじゃなくて!バスタオル!そう、翡翠姉さんの姿バスタオル一枚体に巻いただけ!オンリーバスタオル!

 

 ていうか………、

 

「いつまでそこにいるのさ、ハンゾー!」

「ぐへらぁ!ちょ、これ理不尽じゃ―――」

「問答無用!」

 

 ギャアァ!

 

 と、本日二度目になる男の叫び声を聞きながら、事態は収縮していくのであった。

 理不尽じゃない。女子の入浴中着替え中に脱衣所に入る方が悪い。入ってもすぐに出るべき!

 

 あと久しぶりに見たけど、翡翠姉さんマジスタイル抜群。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「ぬはっは!そうか、全員やられたとは、中々やりおるの、お前達」

「うむ、拙者らの攻撃を掻い潜り仕留めるとは天晴。ハンゾー殿も、戦闘中の【纏】と【絶】は素晴らしかったぞ、報告しておこう」

「つーか!熊元さん知ってたんですか!?あの襲撃してきた忍者!ていうかハガクシさんかよ!」

 

 昨日の事は省略し、翌朝!え、事態が早く進みすぎ?まあ特に問題無い。しいていうのなら、昨日はあの後襲撃した張本人がお詫びに来てくれた。

 

 豪快に笑う熊元さんの隣には、全身を白い忍び装束に身を包んだ忍び、さらには額には『隠』、そして口元を隠したマスクには『葉』の文字が記された念の使い手の忍者。この人が、昨日襲撃して来た張本人、ハガクシさん。

 

「改めて、拙者の名はハガクシ。葉隠れ流の忍びです。昨日も申しましたが、客人のお三方にはいきなりの非礼、お許しください」

「おお、こういう礼儀正しい感じも忍びっぽいよね!」

「ヒノって妙な所で感心するのね」

 

 だってそれっぽいじゃない。全部が全部とは言わないけどさ。

 で、簡潔に説明すれば、どうやら全部仕組まれた事だったみたい。

 

 ハンゾーが念の師匠である上司から、伝言を持って熊元さんの家を訪ねる。で、熊元さんは事前に尋ねてくることを聞いており、稽古をつけてくれと頼まれていた。あ、ハンゾーの部下達はただの次いで、メインは念を覚えたてのハンゾーの修行の一環みたい。

 

 そして、ハンゾーの師匠と友人であるハガクシさんは、熊元さんに許可を取り、屋敷を襲撃して、念の戦闘及び夜襲の訓練をいきなり始めたと。どうりで一番強そうな熊元さんが誰とも戦っていない、ていうか結構不自然なタイミングで酒なんか飲みに行ったわけだ。

 

「なるほど、全部ハンゾーのお師匠さんに仕組まれてたって事なんだ」

「いかにも。元々雲隠れと葉隠れの忍びは友好同盟を結んでいる。そもそも拙者の友人の頼み、是非とも二つ返事で受けたまで」

「でもハガクシさんの他の忍びはどうしたの?あと4人。ていうか昨日ハガクシさんは襲撃してこなかったね」

「それは拙者の忍術である『口寄せの術』の力で呼んでいたまで。もうこの場にはいない」

「え、何それもっと聞きたい」

 

 色々と秘密があるから詳しくはダメだったけど、簡単に言えば自分の知り合いを呼び出せる術っぽい。正確に言えば違うらしいけど、遠くの誰かが呼べるって結構すごいよね?

 

「まあ他人任せの力。拙者に加担してくれた者達がいてこその能力ですよ」

 

 なんかいいよね。自分だけの能力じゃなくて、自分以外の誰かが必要不可欠の能力って。

 

「まあ何はともあれ、ハンゾー殿は合格!これであ奴も、次のステップに修行段階を上げられると喜びそうですな」

「あー、それは嬉しいけど、師匠の扱き大変だからちょっと複雑だ………」

「ま、頑張れハンゾー♪」

 

 ぽんと肩を叩き、ハンゾーを労う。

 あ、ちなみにハンゾーの部下は熊元さんに眠らされていたらしい。元々部下はハンゾーをただの任務と騙す為についでにつかせただけで(無論部下も今回の件は知らない)、元々念も使えないから戦闘に参加させるつもりはなかったみたい。

 

 とりあえずまぁ、一件落着?

 

「じゃ、そろそろ帰るとするか。ヒノ、ヒスイ、準備はいいか?」

「ばっちぐー!」

「ええ、大丈夫よ」

 

 オバケイチゴを入れてきた葛籠は、そのまま熊元さんにあげた。元々そういう予定で、帰りはすごく楽!何も手に持ってないし!ていうか本来あれも持つ必要なかったんだけどね。ただすぐに見せやすいように持ってただけだし。

 

「今回の訓練では拙者らも勉強させてもらいました。あの者らにもよく言っておきます。何かあれば、連絡をください。力になりましょう」

 

 そう言って、ハガクシさんは名刺をくれた。忍び的にはやっぱり名刺って普通なのかな?

 けどこうやって礼儀正しくもらうと、なんだか普通の事に思えるよ!ていうか忍者というより人として普通かこれは!ありがとう、ハガクシさん!

 

 こうして私達は、初めてというわけじゃないけどお使いを無事に終えました。

 

 途中でハンゾー達と別れて、私、ジェイ、翡翠姉さんは、緑陽じいちゃんの待つ家に向かって帰路についたのであった。

 

 めでたしめでたし!

 

 

 

 

 

 

 




 
ヒノ「今日のオリジナル念能力のコーナー!」


【特質系念能力:忍法・口寄せの術】

自分に同意した人間と同一の存在を具現化し、同意者に具現化した人物を操らせる。
媒体は具現化した巻物を使用する。

【制約】
①具現化した巻物に、同意者の血液で名前と手形を書き記してもらう。
②ルール①の前に、同意者にこの能力の概要を全て説明する。
③同意者の持つ能力を全て理解する。

【誓約】
①能力発動中、同意者、使用者は一切動く事が出来ない。(あくまで本体のみで、具現化された同意者のみ活動が可能)
②能力発動中、使用状況によって常時念は消費される。
③具現化した同意者の活動範囲は、使用者の半径600メートル以内に限る。
④能力が解除される条件は次の内どれかが満たされた時。
・使用者が能力を解除した時(全体解除)
・具現化した同意者が死亡した時(同意者の単体解除)
・同意者、又は使用者が死亡した時(同意者の場合は単体、使用者の場合は全体解除)
⑤具現化した同意者が死亡した場合、同意者の本体は7日間【絶】の状態となる。

ヒノ「今回のハガクシさんは、自分の同意者である念能力を使える部下4人を具現化召喚したみたいだね」
ジェイ「いやぁ、面白い能力だな。能力の性質上、互いの信頼関係が成り立たないと成立しない能力だな」
ヒノ「あとこの能力って『象転の術』と『口寄せの術』を元にしてるよ」
ジェイ「マジ?」


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第26話『不羈奔放の怪人シンリ=アマハラ』

一先ずジャポン編終了!次から新章始まります!


 

 多分雀かな?鳥の囀りが聞こえる。

 

 窓から差し込む太陽の光が瞼に当たると、もう朝何だなぁって実感しつつ、私は割と寝起きは良い方なので、ゆっくり目を開けて意識を覚醒させる。ちらりと壁の時計を見てみれば、朝の7時。味噌と、わずかに焼ける魚の匂いがするから、翡翠姉さんが朝ご飯作ってるのかなぁ。

 

 でも熊元さん宅から昨日の夕方帰って次の日だから、今日って確か月曜日だよね。学校もあるし、翡翠姉さん疲れて無いのかな?

 

「何を言ってるんだい。もう春休みに入っているのだから、翡翠は暫く休みさ」

 

 今の時期は3月末、そういえば春休みとかそんな感じの事もあった気がするよ。自分と関わり合いになった事が無いからすっかり忘れていたよ。それにしても休みでも普通に料理を作る、流石翡翠姉さん!一応言っておくと、私も作る時あるからね?翡翠姉さんの代わりに私晩御飯作る時だってあるからね?決して毎日ぐーたらしてるわけじゃないよ!ちゃんと家事手伝いもしてるよ!

 

 一体誰に言い訳しているのだって感じだけど、とりあえずむくりと体を起こす。

 そして私の隣では、小さなテーブルに綺麗に揃った焼き魚、味噌汁、白米という美味しそうな和食。ていうかこの献立、前にも見た事あるような………いや、美味しそうだからいいんだけど。

 

 でも寝起きにすぐ食べるってのはきつので、とりあえずそのまま洗面所に行って顔を洗う。そしてしゃこしゃこと歯ブラシで歯磨きを………………。

 

「………………………!?」

 

 歯磨きを一瞬で(でも懇切丁寧に)終わらせて口を漱ぎ、私は洗面所から飛び出して廊下をもんだ有無用で走り出し、先ほどまで寝ていた自分の部屋の扉をぶち明けた。

 

「―――てぇ!いつからいたぁ!!」

「はむ………う~ん、この赤味噌と白味噌の比率がまさに神。素晴らしい」

「そうじゃなくって!」

 

 私は自分の部屋に普通に座り、美味しそうに味噌汁を飲み干す人物を見て驚いた。

 相手も、戻ってきた私を見て、味噌汁茶碗を持ちながら、ひらひらと空いた手をふって笑顔を向けた。

 

「やあ、おはよう、ヒノ。よく眠れたかい?」

「眠れたけど、いつの間に帰ってたの、シンリ!」

「うん、さっき」

「………で、なにしてるの?」

「いやぁ、久しぶりだからヒノの寝顔可愛いなぁ、と思って見ていたよ」

 

 屈託無い笑みを浮かべる私の義父(とう)さん、シンリ=アマハラ。

 灰色に近いような銀色の髪を後頭部で結いあげた髪型。見た目だけなら20代前半~半ばくらいに見えるけど、10年以上前に私やジェイを拾った事を考えると一体こやつ何歳だ?と思うような容姿。ある種人間をやめたのかなぁ、なんて考えた事もあるこの男。

 

 白いシャツと黒いスラックスという恰好自体は割と普通なのに、朝起きたら隣で朝食を食べているという言動自体が謎なのでなんとも言い難い。一体何をしているのか………。

 いやまぁ、悪気とか嫌がらせとか、そこらへんが一切無いのは分かるんだけどね。

 

「ていうか、その朝食どうしたの?」

「ああ、今日は俺が作ったんだ。ヒノの分も食卓にあるから食べてくると言い。ジェイは緑陽と稽古中、翡翠はまだ寝ているよ」

「あ、流石に翡翠姉さんも登山したから多少疲れてるのか」

 

 よかった。別に睡眠時間が少ないとかそういうわけじゃないから 早起き自体に不安は無いけど、こう何かイベント事があった後くらいにはゆっくりと休んで欲しいよね。

 

「じゃあ食卓に行ってるから、二度寝する気が無いなら着替えて来るといい。食べるなら出来立てで温かい方がおいしいからね」

 

 そう言って、シンリは味噌汁焼き魚白米を片手で持って、ひらひらと手を振りながら部屋を出て行った。

 それは遠回しにやんわりと、着替えて早くご飯食べなさい、って事かな?でもシンリだからこのまま寝るーっていたらそれはそれで「いいよ♪」とか言いそうだけど。

 

「はぁ、それじゃあ着替えて、朝ご飯食べよっと」

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

「いいかもしれない話と、悪いかもしれない話。どっちから聞きたい?」

 

 唐突に、朝食を食べ終えた私達に向かって、シンリは口を開いた。

 相変わらず我が義父(ちち)は、唐突に何か良くわからない事を口走る。いい話と悪い話、っていうのは良くきくけど、ここまで曖昧な話の振り方は新しいね。

 

「そういえばヒスイ、今春休みなんだってな。折角だし今度神社仏閣見に行こうぜ」

「ジェイってそういうの興味あったの?確かにジャポンは文化遺産とか多いけど」

「いやさ、神社って結構業物とか宝剣が奉納されてる所あるんだよ。その辺り見に行きたい」

「あ、一気にジェイらしくなったわね」

「はーい!私も行きたい!」

「お、ヒノも乗り気か。だったら行くか!」

「はいちゅーもーく!そこの3人、ちょっとは興味を持ちなさい」

 

 パンパンと手を叩きながら、シンリは笑って注意を惹く。と言っても、シンリの話は半分聞き流すくらいがちょうどいと皆理解しているので、ほら、隣の緑陽じいちゃんも全くスルーしておいしそうにお茶を啜っている。

 

 あ、お団子だ。私も食べよぅっと

 はむぅ………むう、うまし。久しぶりの三色団子!

 

「はい2回目のちゅーもーく!後緑陽、俺も団子喰いたい」

「台所の戸棚に入っておるぞ」

「実は持ってきてたんだけどな。うん、うまい」

「………」

 

 若干悔しそうにしている緑陽じいちゃんに、勝ち誇ったように笑うシンリ。ううむ、これは傍から見れば中々に面白い。しかし手元の団子を食べ終わると、話が再び脱線した事にシンリは気づいた。

 

「というわけで、3回目のちゅーもーく!はいはい、皆会話に入ってきなさい。おとーさんからのお願い」

「どうしたシンリ?」

「どしたのシンリ?」

「どうしたのシンリさん?」

「はい注目ありがとう。緑陽は………まあいいや」

「おい」

 

 とりあえず私達の意識が向いた事に満足したっぽいシンリ。

 で、結局本題は、いい話と悪い話………じゃなくて、「いいかもしれない話と、悪いかもしれない話。どっちから聞きたい?」だったね。

 

「で、どっちから聞きたい?」

「ジェイどっちにする?」

「そうだな。それじゃあコインで決めようぜ。表がいい方、裏が悪い方」

「あ、私今持ってるわ。それじゃあいくわよ?えい!」

「お、どっちだ?」

「えっと………表、いい方ね」

「よし!じゃあシンリ、いい方の話でよろしく」

「ははは、お前達はいつも楽しそうだな。もうちょっと意識をこっちに向けてくれるとありがたいのだけど、はいはい、いい方ね」

 

 やんわりと無視された事に関して特にシンリは気にした様子も鳴く、割とこういう事もあるので私達も気にならない。いや、別にシンリいつも無視してるとかそういうわけじゃないからね?というかそれすら込みで基本シンリ楽しんでるし。

 

「で、いいかもしれない方の話なんだけど、折角俺も帰って来たし皆で何か食べに行こうかと思ってさ。俺がご馳走す―――――」

「お寿司、私お寿司食べたい!」

「俺焼肉。特上な奴とか食おうぜ」

「せっかくだし中華系とか食べてみたいわ。北京烤鴨(ペキンダック)とか麻婆豆腐(マーボードウフ)とか」

「わしは蕎麦とか食いたいのぅ」

「それじゃあくじ引きで決めようか。こんな事もあろうかと用意してあるよ」

 

 こんな事もって、何を想定して作っておいたのだろうか。棒に書いてるタイプだけど、きっちりと『寿司』『焼肉』『中華』『蕎麦』と書いてある辺り、私達が何を言うか想定してたのだろう。シンリはよく分からない事に是力を注ぐしねぇ。無駄に感心する。

 

「それじゃあ誰が引く?」

「私!私引く」

 

 特に誰も異論が無いという事だったので、いざくじ引き!

 ………と、その前に気になる事が。

 

「ねぇシンリ、くじが5本あるんだけど」

「そりゃあ、ここにいるのは5人だからな。5本に決まっているじゃないか」

 

 あ、シンリも入ってるんだ。で、とりあえず引いてみたんだけど………。

 

「ねぇシンリ、なんかくじに『スペシャル』って書いてあるんだけど」

「お、それを引いたか。じゃあ俺が皆に、『スペシャル』な料理をご馳走してやろうじゃないか」

「「「「………」」」」

 

 なんだかとんでもない茶番につき合わされた気分になったけど、実際イカサマとか全くしていないので何とも言い難い。引いた張本人の私が言うんだし。………たぶん。

 そんなわけで、お昼頃を目指し、私達はお出かけするのであった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「わしこういう個室っぽい乗り物は少し苦手なんじゃよな。別に酔いはせんが、あと人ごみとかも」

「だったら降りてもいいぞ。子供達とのドライブが手に入るなら安い」

「ほぅ、言うなシンリ。久しぶりに帰ってきたが、生意気な所は変わっておらんな。ちと揉んでやろうか?」

「勘弁して欲しいな~、帰って疲れてるし。なんか肩とか腰とかもきついし、もう歳かなぁ」

「お前そのセリフが全く似合わないのぅ」

 

 どちらかと言えばじいちゃんが言いそうなセリフを言いながら、シンリは楽し気にハンドルを回す。激しい、というわけでは無いが妙な舌戦を繰り広げるじいちゃんとシンリだけど、この二人ってどういう経緯で会ったんだっけ?よく考えたら聞いた事無い気がする。

 ていうかシンリ、運転に集中して欲しい。

 

 現在、私達はシンリが運転する車に乗っている。どこからか引っ張り出してきて所々汚れたりしてたけど、運転する分には全く問題無いみたい。シンリもこのままでいいや、って言ってるし。

 

 そして、どこかに向かっていた。どこか、というのはシンリが行先秘密とか言ってるから分からない。所詮ミステリーツアーという奴だね!………なんか違う?

 

 運転席にシンリ、隣の助手席に緑陽じいちゃん。で、後部座席は結構余裕があるから私とジェイと翡翠姉さんが乗ってる。車での移動って言うのもなんだか久しぶりだね。

 

「あ、そういえば缶ジュースあるけど飲むか?」

「あ、飲む!」

「私ももらいます」

「俺はいいや」

「わしも」

 

 シンリはどこから取り出したのか、多分最初から車の中にあったであろう缶ジュース、100%のリンゴジュースを後ろに放り投げ、私と翡翠姉さんはうまくキャッチした。

 

 プシュッ!ゴクゴクゴク、プハァ!

 

「この為に生きている!って一回やってみたいよね」

「ヒノが20歳以上になってお酒が飲めるようになったらできるかもしれないわね」

 

 250mlの缶だったからあっという間に私達は飲み終わってしまった。う~ん、実に快適。

 今は春から気温も適温。車内も別段蒸し暑くも寒くも無いし、ドライブには最適だね。

 

 そして車の中から聞こえる音というのもいい!心地の良い小刻みな振動、お腹に響くようなエンジン音、前から後ろに吹き抜けていく風の音、そして甲高い音を出してドップラーしながら流れていくサイレンの音。

 

 ………………………!?

 

「なんだ、事件か?」

 

 ジェイがそばの窓から外を覗いてみたけど、それらしい物は見当たらない。というか音からして、逆方向。私は真ん中に座ってるので、翡翠姉さんが反対側の窓から外を覗いた。すると、すぐそばを高速で通り過ぎる車の影と、さらにその後ろから車体を走らせる、赤いランプのパトカーが見えた。

 

『そこの車両!止まりなさい!完全なスピード違反です!繰り返す!止まりなさい!』

 

 警察車両のパトカーから聞こえる拡声器の音がよく響く。前方には、スピード違反確実と分かるような車、具体的に言えば色々と改造した感じのあれな人が乗ってるような車があった。今時あんなのあるんだぁ………。

 

「見て見て、翡翠姉さん!車とパトカーが追いかけっこしてるよ!」

「ヒノはいつも楽しそうねぇ」

「ていうかお前事件に対して結構積極的だよな。」

 

 そんな事は無い。きっとゴンやキルアだってパトカーがサイレン鳴らしながら走ってたら楽しそうにするはずだよ!………ゴンはともかくキルアは違うかな?逆に逃げ出したりして。

 

「て、あれ?なんかスピード上がってる気がするんだけど」

「そうねぇ。シンリさんそっちはブレーキじゃなくてアクセルよ?」

「大丈夫大丈夫。もちろん分かっているよ。だって速度上げてるし」

 

 メーターを見て見れば、先ほどまでは時速50キロ前後だったのが、一気に60キロを振り切り、80キロに迫っている。あ、隣のパトカー追い抜いた。

 

「ちょ!シンリ何するつもり!?」

「いや、折角だし警察の皆様をお手伝いしようかと」

 

 あ、絶対そんなつもり無い。ちょっと面白そうだから首突っ込もうとしているだけだ!分かるよ!そして私だけでなく、緑陽じいちゃんもジェイも翡翠姉さんもやれやれ、といった風に肩を竦める。今ハンドルを握っているのはシンリ。という事は、逃げ場は無い。

 まあやろうと思えば車から飛び降りるのも大丈夫だけど、そんな事町中であんまりしたくないし。

 

 シンリの運手する車は、見る見るうちに前を疾走していた改造車に迫った。

 

「あ、ヒノ、翡翠。さっき飲んだジュースの缶を貸してくれないか?」

「いいけど、何に使うの?」

「いいからいいから」

 

 飲み終えたので中身は空っぽになったスチール缶を二つシンリに渡すと、前を見て運転をしたままシンリはそれを受け取る。そして窓に近い右手に持ち替えて左手のみで運転をすると、アクセルを踏みしめながらパワーウィンドウを開いた。

 

 運転席の風が後部座席にもわずかに入ってくる。風は柔らかければ心地よく耳に残るのに、時速が100キロ超えてしまえばリズムの無い騒音に化けてしまうというのも中々不思議な話だ。これもある種のドップラー効果と言えるのだろうか。

 

「んぁ!なんだてめぇら!!」

 

 気が付けば、私達が乗る車は、爆走する改造車と並走していた。声が聞こえたのはこっちの車の窓が開いていたからと、相手の車がオープンカーだという事と、相手の声が無駄に大きかったからだった。

 

 ………マスクと特攻服の人って初めて見たね。今時いるんだぁ。ちょっと写真撮っておこう。こっそりと。ついでにゴンは携帯持っていないから、キルアにメールしておこう。………送信。

 

パアアァァン!!

 

 その瞬間、まるで風船が破裂する音を何倍にも増幅したように音が響いた。拳銃でも撃ったのかな?と思ったけどそれにしては音が大きいというか広いというか、なんか違うし。

 

 隣を見て見れば、改造車を追い抜き始めている。シンリめっちゃスピード上げてる………わけじゃないみたいだね。スピードメーターが変わっていない………はて?

 

「うわあああぁ!」

「くそがぁ!一体どうしああああああぁ!」

 

 ああ、新しい音が聞こえるなぁ。どうしたんだろ?

 

「ヒノ、現実逃避しても事実は変わらないぞ。隣の車はシンリに減速させられた」

「………あの破裂音ね。タイヤパンクさせたの?どうやって?」

「ちょうどジュースの缶が2個あったからプルタブを、こう………しゅっ………と」

 

 流石にそれを見越して私達にジュースを飲ませたわけじゃないよね?というか念を込めたのだろうけど、よくプルタブでタイヤパンクさせたね。しかも見た限り、前輪を2つ同時にパンクさせて回転(スピン)しないように割と考えているというのが流石。

 

「ていうかそれどころじゃないでしょ!後ろから新しいパトカー迫ってきてるよ!完全にこっちもスピード違反だし色々大問題でしょ!」

「安心しろ。所詮はパトカー、振り切れば何の問題も無い」

「大ありだよ!ていうか振り切ってもナンバーから車の持ち主特定されるでしょ!」

「………ヒノが意外とまともな事言ってる」

「それってどういう意味ぃ」

 

 全く持って心外な言葉を聞いた気がしたよ!全くシンリときたら。私だって一般常識くらい持ってるし、使うか使わない知識とかも多少知ってるし!ていうかこのままだとお昼食べに行くどころか、警察のお世話になりそうなんだけど………。

 

「実はこの車割と汚れていてな。ナンバープレートまで汚れてるから多分ばれない」

 

 馬鹿な………確信犯だと!それを見越して汚れを放置していただと!

 ていうかナンバー隠したまま走行ってしてもいいんだっけ?(注:普通に捕まります)

 

「というわけで、少し振り切るのであしからず」

 

 その後の展開は大方予想通り、入り組んだ場所だろうが大通りだろうが、行ったり来たりしているうちに、いつの間にかパトカーのサイレンが聞こえなくなっていた。本当に振り切ったよこの男………。

 

「さて、それじゃあ昼ご飯でも食べるか」

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 私は目の前に現れた料理に感嘆とした溜息を零した。思わず、体が反応してしまったというべきだろうか。

 

 鮮やかな黄金色で全てを彩る、楕円形の料理、プレーンオムレツ。プレーンとその名が付くように、基本素材は卵のみ。しかし目の前に出された料理は、それだけじゃ到底説明できないような次元を、私達に見せてくれた。

 精妙巧緻な細工を施したように、調理工程の全てを芸術と表現してしまう程の完成度!

 

「私は………味の極楽浄土を垣間見たよ!」

「ヒノはいつから美〇倶楽部の海〇先生みたいな評論するようになったんだい?」

 

 いやいや、あの人はここまで比喩的な表現はしなかったような気がするよ。あれ、どうだっけ?

 隣では、私の前に置かれた料理と同じ物を、翡翠姉さんも食べていた。ナイフとフォークを優雅に使い、口元に一切れ食べて感嘆とする。

 

「ん!美味しい!流石はクモワシの卵を使ったプレーンオムレツ!シェフの腕ももちろんだけど、素材の良さが引き立っているわ」

 

 ここは不思議料理の店『Savaran(サヴァラン)

 

 シンリが車を縦横無尽に走らせたから、どういうルートを通って来たかよくわからないけど、とりあえず妙な立地の上で成り立つ料理屋さんっぽい。

 

 一風変わった食材を提供してくれる、ジャポンでは基本的に採れない食材で作られた料理とかも出してくれるらしい。だからメニューにクモワシの卵を使った料理が載ってた時は即答してしまったね。ハンター試験でゆで卵としてあの味を一度味わった事がある身としては、誰も文句言えまい!

 

 実際めっさ美味しかった!

 

「ううむ、この蕎麦も中々………良い腕じゃ」

 

 別に味にうるさいというわけでもないけれど、緑陽じいちゃんも花丸評価だね!

 

「このステーキもいい焼き加減だ。何肉使ってるんだろうなぁ」

 

 ジェイもご満悦。ていうかこの店だから普通に牛とか豚とか鶏じゃ無いだろうね。ある意味特殊な珍味とか使ってそう。いや、良い意味でさ。

 

 頼んだ大方の料理が運ばれ、全部食べ終わり、私達は一息ついていた。

 それにしてもこのお店閑散としているね。いやまあ席は元々10くらいしかないから個人経営っぽいけど、それにしても私達以外誰もいない。料理はどれも絶品だしどうして?

 

「皆様、今日の料理はどうでした?」

 

 すると、私達のテーブルのそばに佇んでいたのは、この店のオーナーでもありシェフ。

 ある程度料理の邪魔にならないゆったりとした私服の上から、店の名前である『Savaran』と刺繍された、赤いエプロンを身に着けた女性。穏やかそうな表情と、少し緩くウェーブのかかった茶髪を一括りにして肩から流している姿は、どうにも料理人というよりかは新婚の奥さんって感じがする。

 

 この人が本日の料理を作った人、アリッサ=サヴァランさん。

 現在27歳ながら、美食ハンター歴12年のベテランらしい。星を獲るような偉業は無いが、その調理技術は美食ハンターでも随一で、今は楽しく料理屋を経営しているみたい。これシンリ情報。

 

「すっごく美味しかった!アリッサさんご馳走様!」

「ふふ、そう言ってもらえると嬉しいわ。シンリさんも久しぶりでしたけど、どうでした?」

「相変わらずいい腕しているよ。家の子達も満足だ。ありがとう」

「いつでも予約してくださいね」

 

 ほのぼのとした雰囲気を放つけど、本当に奥さんって感じだね。

 こういっちゃあれだけど、同じ美食ハンターでもメンチさんとはえらい雰囲気が違うね。別にどっちがいいとか悪いとか無いけど。

 

 ちなみにこのお店って完全予約制で、予約されてから食材を仕入れたりするらしい。確かに世界中の食材を使うなら、仕入れに時間かかったりする場合があるし、それでも経営できてるって事はそれなりの料金だろうとも払えるだけの美味しさを誇るって事だよね。結構偉い人も来たりするらしい。

 

 ていうか予約してここ来たのかな?しかもクモワシって、シンリ絶対最初から今日来るつもりだったのかな?ううむ、相変わらず行動が謎過ぎる。

 

「ジェイ君も、いつもありがとうね。前に研いでもらった包丁、すごく具合がいいわ」

「それは良かった。入用でしたら連絡ください」

「ジェイもちゃんと商売してるんだね。しかも美食ハンターも顧客多そう。メンチさんも頼んでたみたいだし」

「あら、ヒノさんはメンチに会ったの?」

 

 少し意外そうな顔をしたアリッサさんだけど、メンチさん知ってるの?いや、同じ美食ハンターだし知らない方がおかしいのか。メンチさん有名人だし。

 

「今期のハンター試験の試験官してたよ。私受かって今ハンター!」

「そうなの!実は私メンチのお師匠、って事になってるのよ。まあ実績はメンチの方が断然上なんだけどね」

「え、ホント?」

 

 おっとりとしたアリッサさんと、割ときっぱりとした感じのメンチさん。………うん、割りと言い組み合わせなんじゃないかな?兄妹も互いの足りない部分を補う様に能力値を振り分けられるって聞くし(そういう噂があるだけで確定はしていない)、師弟関係にも案外相性の良さを考慮した逆の性格とか当てはめられるのかな?

 猪突猛進なタイプなら冷静なタイプを、逆に冷静だったり神経質なら少しばかり大らかだったりするタイプを、みたいな。

 

 とりあえず今日の料理は全て終了!後はどうするかなんだけど。

 

「ふぅ、満足じゃ。そういえばシンリ、お前の言っていた「悪い方かもしれない話」とは結局なんじゃ?」

 

 デザートの水菓子まで食べ終わった緑陽じいちゃんは満足そうにしつつ、ふと思い出したようにシンリに尋ねる。ああ、そういえば忘れていたね。それって結局なんだろ。

 私はリンゴジュースを口に含みながら、シンリの次の言葉を待った。

 

「ああ、実は帰って来る時にミヅキを落としてきてしまってね。まいったね☆」

「こふっ!!けほっ!けほっ!」

「大丈夫?ヒノ」

「けふっ………うん……大丈夫だよ、翡翠姉さん………」

 

 いきなりとんでもない言葉を聞いたので、思わずリンゴジュースを噴出してしまった私は悪くない。

 それよりも………おとしてきた!?

 

「シンリ!」

「ああ、ごめん落としたは冗談。普通に途中で別れたから別にどうも無いよ」

「………」

「えっと………ヒノ、デザートにアップルパイ食うか?」

「………食べる」

 

 一応感想だけ言っておこうと思います。………美味しかった!

 

「で、結局どうなったの?」

「うん、ヒノにお願い。ちょっとミヅキ迎えに行ってきてくれない。後あの子携帯持ってないから一個渡してきて欲しいんだ」

 

 そう言ってどこからともなく取り出した、薄型の携帯をひらひらと振る。なるほど、最初から行かせるつもりで色々と用意していたってわけか。ま、私もハンター試験終わって結構休んだし、いい機会かもしれないしね!

 

「それで、ミヅキは今どこにいるの?」

「ああ、天空闘技場………って、所だよ」

 

 聞くからに物騒な所そうだけど、行くっきゃないよね。行こうと思わなければ、旅は始まらないのさ!たとえそれが血沸き肉躍るコロッセオを彷彿とさせる闘技場であろうとも!

 こうして私は再びの旅行計画が立ち上がったのであった。

 

 目的地は、天空闘技場。私の、兄のいる場所。

 

 

 

 

 

 

 




本来ならドライブの話は冒頭部分程度で終わらせて何かアクションでもしようかと思ったら、思ったより長引いてしまいました。とりあえずキリがいい感じに終わってよかったです。

そしてアリッサはこの話を書いていたら自然と生まれてしまったので、今後登場するかは未定です。折角なので機会があったらどっかで出したいですね。




【オリキャラ:プロフィール】

名前:アリッサ=サヴァラン
年齢:27歳
性別:女
出身:サヘルタ合衆国
特技:家事全般
系統:強化系
容姿:緩いウェーブの茶髪とおっとりとした表情。

不思議料理の店『Savaran(サヴァラン)』の経営をする美食ハンター。既婚者。15歳でハンターになったので、ハンター歴12年のベテラン。料理の腕は美食ハンターでも随一で、メンチの念と料理の師匠。食材調達などはするが新たな食材を発見したりはあまりなく、基本経営している店で料理をしている。ハンターなので念は修めている。




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天空闘技場編
第27話『ノーメイクのドレスコード』


天空闘技場編スタート!


 ジャポンから飛行船でおよそ3日。

 今回は特になんとかジャックとか問題も無く、普通に通って普通に着いた!

 

 こうしてやってきて下から見上げてみたけど、高いなぁ。

 天空闘技場は高さ991メートルの、世界第4位の高さを誇る建物らしいけど、それ以外は知らない!!だって来た事ないし、今まで縁もゆかりもなかったし。第4位云々もシンリに聞いて初めて知ったしね。

 それに闘技場って付くくらいだし、皆でバトルロイヤルとかしてるような戦ってる場所だと思うよ。多分!

 

 早速入ろうかと思った矢先、見覚えのある姿が見えた。

 後頭部でまとめ結った髪の毛に、ジャポン特有の和服っぽい出で立ちをした女性。見る人が見れば、歩いているだけでも状況対応できる動き方、それに流れる念に淀みは一切ない。年中通して狙われる危険性に見舞われながら、それを全く意に返さず往来を闊歩する姿は、流石!の一言だね!

 

「おーい!マチー!」

 

 声を出して駆け寄ると、マチの方も振り向き驚いた様に瞳を丸くしたあと、笑って手を振ってくれた。

 

「ヒノ!?久しぶりだね」

「久しぶり~!」

 

 会うのはハンター試験を受ける前以来かな。

 A級賞金首、幻影旅団のメンバーの一人、マチ!まあ仕事では色々やっているらしいけど、私オフの時しか知らないし特に気にしない!小さい頃から色々世話になったよ!

 

「ところでマチこんな所で何してるの?どっちかと言えばウヴォーとかノブナガとか、あとヒソカとか好きそうな場所なのに」

「鋭いねヒノ………ちょっとクロロに伝言頼まれてね。それを言いに来たんだよ」

「クロロに?こんな所に?誰に?」

「………ヒソカ」

「………お疲れ」

 

 まさか本当にヒソカがここに居るとは………まさか私のセリフの時にフラグが建った!?マチごめんね!?

 

「でもヒソカって確か携帯持ってたし、普通にメールで済ませるって方法もあったと思うんだけど?」

「それはできないよ。携帯を持ってヒソカの連絡先を登録している旅団のメンバーがいないからね。メールが送れない」

「………………えぇ」

 

 それは旅団がヒソカを信用していないのか、ただ単にヒソカが嫌われているだけなのかどっちかな。ていうかクロロすら知らないって………これはマジだね。

 

「それで、ヒソカはここにいるんだ」

「まあね」

 

 天空闘技場。

 簡潔に行ってしまえば、一対一で戦い勝てばどんどん階層が上がって行くというバトルタワー。最初は1階からスタートして、一勝すれば10階単位で上がっていくという。単純計算、1階からスタートして20勝すれば200階に到達できるらしい。そうまでして戦いたいのかねぇ~。あ、ちなみに上の説明はマチに教えてもらったよ。

 

 で、ヒソカはこの闘技場の200階にいるらしい。マチもわざわざ大変だねぇ。

 とりあえず道は全く知らないし、マチついて行こうっと。

 

「でもヒソカがどこにいるのか知ってるの?」

「ああ、実は私は昨日来て、不本意だけどもうヒソカと会ってるんだ。まあその時伝言し忘れたのもあったけど、ヒソカ(あいつ)から依頼を受けたから今から行くの」

「マチに依頼って事は、ヒソカ怪我する予定でもあるのかな?」

「さあね、あいつの考える事は分からないから。とりあえず金さえ払えば文句ないし」

 

 マチの念能力である【念糸】は、簡単に言えば念を使用した接合・縫合手術。つまり千切れた腕や足などの部位を念の糸でくっつける事ができる。他にも色々応用があるらしいし、マチの技術力あっての技だけどね。

 

 けどああ見えてヒソカは戦闘能力だけなら高いのに、どうやったら腕とか吹き飛ぶような事態になるんだろうか。そんなにこの天空闘技場の200階ってレベル高いのかな?

 

 そして試合の観戦客なら、本来チケットが必要なんだけど、マチはヒソカの控室側に直接行くので、特にチケットとか無くてもいいみたい。私も普通についていく。ある意味これはタダで特等席から見れる裏技なのでは?しかしその為には選手と知り合いになる必要があるけど。

 エレベーターに乗って割と高く上がり、あちこち歩いてようやく到着!通路の向こうからは、観客の熱気と歓声が良く聞こえる。ここは選手が通り舞台に上がる通路。というわけで、観客よりも近くに舞台が見えた。

 

「あ、ヒソカ。それに戦ってるね。どっちも念使って」

「ここの200階の闘士は全員念が使えるらしいよ。もっとも、あたし達から見れば大した奴らじゃないけどな。たまに多少マシなのが混じってるくらいで」

 

 なる程。という事は今ヒソカが戦っている選手も、マチ曰く〝多少マシ〟な選手の一人か。

 で、肝心の戦いだけど、もう佳境に入っているみたい。ヒソカは………左腕の肘から先が無いし。本当に腕ぶった切って戦ってるよ。で、対戦相手のカストロさん(審判の解説で知った)の、顎に向かって千切れたヒソカの左腕がヒットした。

 

「うわぁ、私自分の体切り離して戦う人とか初めて見たよ。何あの腕」

「大方【伸縮自在の愛(バンジーガム)】を千切れた腕の拳と相手の顎にくっつけて縮めたんだろうね。にしも、あんなイカレタ戦い方するのはヒソカくらいだよ」

「確かに」

 

 実際他にも自分の腕を飛ばして戦う人がいるというなら見て見たいよ!

 

 で、ヒソカも満身創痍っぽいけど、既に下準備は終わった後。カストロさんの顎にクリーンヒットを当てたら、カストロさんはもうふらふらでまともに戦える状態じゃない。脳を揺らされたからね。ヒソカを挟んで対面にいたもう一人のカストロさんも消えたし………もう一人?

 

「マチ、見て見て!あれって分身の術とかだよね!聞いた事あるよ」

「まああながち間違ってはいないだろうけど、多分自分を具現化しているだけだと思うよ?」

 

 コルトピもやろうと思えば人間を具現化(ただし動かない人形として)できるけど、戦闘に使うならカストロさんの方が有利そうだね。コルトピの能力は戦闘じゃなくてもっと別の利便性がありそうだし。まあどっちにしろ、使い方次第だけどね。

 

「そろそろ、終わるよ」

 

 そうマチが宣言したと同時に、カストロさんはヒソカのトランプの猛攻を受け、全身を串刺しにしながら倒れた。あの状態じゃ、よほど強力な治癒系の能力者がいないと助からない。そんな人ほとんど見た事無いし、ほとんど即死に近いし。

 

 そしてカストロさんを下したヒソカは悠々と、脇に自分の左腕を挟みながら、私とマチのいる通路までやってきた。

 

「お疲れ。さ、さっさと腕見せて」

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「いやー、マチだけじゃなくて、ヒノも来てくれるなんてね♥僕はついてるな♥」

「いいから左手2千万、右手5千万払いな」

「マチ、右手と左手逆につけたら良かったんじゃない?」

「ヒノ、君って割とひどいよね♦」

 

 マチの【念糸縫合】によって、カストロ戦で千切れたヒソカの両手をくっつけたんど………ヒソカ左手だけじゃなくて右手も千切れてたんだ。それを【伸縮自在の愛(バンジーガム)】でくっつけていたらしい。

 え、普通ならそれでも傷口が見えるって?実はヒソカにはもう一つ能力がある。

 

「種も仕掛けも無いハンカチを♥【伸縮自在の愛(バンジーガム)】で傷口を隠すようにして貼り付けて、【薄っぺらな嘘(ドッキリテクスチャー)】でハンカチの表面に肌の質感を再現♣はい、出来上がり♥」

 

 あっという間の出来事。奇術師という言葉が似あう通り、戦闘中にこれをやられたら、いきなり傷が治ったと錯覚するようなスピードの早業。

 

 ヒソカのもう一つの念能力である【薄っぺらな嘘(ドッキリテクスチャー)】は、ハンカチや紙のように薄い物体の表面に、自分がイメージできる質感を再現する。やろうと思ったら今みたいに自分の肌を再現したり、紙だったり木だったり岩だったりを再現できるみたい。

 

 使い所は微妙で、綺麗なカラーコピーみたいな物だから触ればわかるけど、だからこそヒソカは実に楽しんで、騙し甲斐があると思ってるらしい。実にヒソカらしいと言えばヒソカらしい能力だ。

 

「それにしても、あれね。前から思ってたけど、あんたってバカでしょ。わざわざこんな無茶な戦い方して、パフォーマンスのつもり?」

「意外とヒソカって自分の通り名とかあだ名って大事にするタイプだったの?正直以外」

「くくく♠ボロクソ言ってくれるねぇ、二人とも♦ま、別に否定はしないけどさ♥」

 

 くっついたばかりの両手を握ったり開いたりして感触を確かめながら、ヒソカは実に楽しそうに頬を歪めて笑う。先ほどまで死闘をしていたとは思えない程。いや、逆に死闘をしていたからここまで楽しそうに余韻に浸っているんだね。

 

「あ、そうだ、伝令の変更よ。8月31日正午までに「暇な奴」改め「全団員必ず」ヨークシンシティに集合」

 

 ああ、当初の予定は旅団の中でも「暇な奴」限定だったんだ。………ヒソカの策略でクラピカはヨークシンに必ず向かうはず。そのタイミングで旅団が全員集合………何も無い………なんてことは無いか。

 それじゃ、何が起きるのか………。

 

「ヨークシンで何するの?」

「そうだね。団長って本が好きだから本でも盗むんじゃないの?」

「あ、まだ知らないんだ。クロロも随分行き当たりばったりで作戦変更とかするよねぇ。9月に予定入れてたらキャンセルしないといけないのにさ」

「あいつああいう所あるからね」

「ヒノもマチも、団長(クロロ)にも容赦ないね♥」

 

 大丈夫!ヒソカ程じゃないから!

 

「それじゃあ私もヨークシン行く予定だし、向こうで会えるね」

「そう、それは楽しみだね。それじゃ、あたしは用も済んだし、そろそろ帰るよ」

「そうだ♠マチ、今夜一緒に食事でも―――」

 

 バタン。

 ヒソカがマチを食事に誘うよりも早く、マチはひらひらと手を振ってヒソカの部屋から出て行ってしまった。後に残ったのは、笑顔を受けべて片手を差し出したまま固まったヒソカと、隣で見ていた私のみ。

 ここで私がヒソカにかけるべき言葉は一つだけだね!

 

「やーい、ヒソカ振られた!」

「………しょうがないな♠ヒノ、一緒に食事でもどうだい?」

「全部ヒソカが好きなだけ奢ってくれるなら別にいいよ?」

「くっくっく♣しょうがないな♠」

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 そしてとあるレストランに一緒に来たんだけど。

 

「………誰?」

「ひどいなぁ♠さっきまでずっと一緒にいたのに♣」

「いやぁ、普段メイクしている人とか仮面の人とかがすっぴんになると誰この人って、感じ。いやまあほんとにそんな感じ」

 

 今私の対面に座っているヒソカの姿は、先ほど闘技場で戦っていた、普段のオールバックと頬にピエロ風のペイント、それにその服なっているの?と思わんばかりに球と四角を組み合わせてトランプの柄をちりばめた謎の服装。だったにもかかわらず、今のヒソカは正直に言って誰だか分からない。

 

 いつもオールバックにしている髪は降ろし、顔のペイントも無い。そして黒いスーツを着用したその姿は、レストランに入る時も、女性定員が頬を赤らめる程に意外と似合っている、ただのイケメンが出来上がった。このままにっこりと笑っていれば、俳優だったり若手実業家、とか触れ込んでも騙せそうな感じ。

 

 間違ってもこの天空闘技場で虐殺ショーを繰り広げる、イカレタ変態奇術師ヒソカと同一人物だとは誰も思わないと思う。

 

 うん、本当に誰?

 

「せっかくヒノと二人での食事だし、少しはおしゃれをしようと思ってね♥僕としては、ヒノのドレス姿とかが見たかったんだけど………♠」

「いやいや、このレストラン別にドレスコードとか無いし、私ドレス持ってきてないし」

「言ってくれれば僕が見立ててあげたのに♥」

 

 流石にそこまではいいや。そう言うのはシンリに用意してもらおう。

 ヒソカが事前に注文していたらしいコース料理が前菜(オードブル)から順に運ばれて、私はその味に舌鼓を打つ。ううむ、普通に美味しい。ヒソカチョイスにしてはこれは中々。あと料金がヒソカの奢りっていうのもいい。

 

「ああ、そういえばヒノがここに来たって事は、ゴンやキルアに用でもあったのかい?」

「ホント!?ゴンとキルア来てるの?」

「………知らなかったんだ♣ちょっと前にここに来てね♦今は僕と同じ200階の闘士だよ♠」

「あれ?でも200階って全員念が使えるってマチ言ってたけど」

「そ♥最低限の【纏】だけは誰かに教えてもらって来たらしいけど、まだまだ修行中だよ♦今のままじゃあ、僕と戦うには物足りないしね♠」

 

 てことは、前に会ったハンゾーと同じく四大行の基礎中って所かな?まああれから時間も経っているし、今ならハンゾーも【練】を覚えて【凝】の修行とかしてるかもしれないね。まさか武者修行をすると言っていたのにこんなところにいるとは。まあヒソカもいたし一石二鳥だけど。

 

「あの二人が念ねぇ。なんかハンター試験終わったのにあっという間って感じだね」

「くくく♣どちらにしろ、この天空闘技場で戦えば必ず200階で念の能力者と当たる♠洗礼を受ける前に誰かに教えてもらったらしいから、彼らは運が良かったね♥」

 

 この闘技場は1階から190階までは非念能力者による戦いの場であり、そこから順当に勝ち上がって200階に行った者は、念が使えないにも関わらず戦い、念能力者の攻撃を生身で受ける結果になる。結果として、念の攻撃により自分も念に目覚める事になるという。

 洗礼とは、その非念能力者が、念能力者の攻撃を受ける事を指すらしい。これは運がいい場合で、運が悪ければ体の一部が欠損したり、最悪再起不能か死亡の場合だって多分にありえる。

 

 そう考えると、確かに運がいい。念能力者と戦う前に念を覚えれたから。最も、実際はヒソカが念を覚えてくるまで200階を通さないように邪魔したらしいけど、それを知るのはまた後なのであった。

 

「すいませーん、この一番高いっぽい大トロ二十貫くださーい!」

「君は遠慮って言葉は知らないのかい?」

「もぐもぐ、ん?何か行った?」

「………なんでもないよ♦」

 

 大トロって柔らかいんだね。本場じゃないにも関わらずこのクオリティ、中々やりおる。

 ヒソカもワインを嗜みつつ、ふと思いついた、という風に口を開く。

 

「そういえば、ヒノは闘技場で戦わないのかい?」

「えー、疲れるじゃん。別に私ヒソカみたいに戦闘狂でも、ゴンみたいに武者修行しに来たわけでもないしさ。それとも何か特典とかあるの?」

「んー、特典っていえば、分かりやすい所でファイトマネーかな♣」

「ファイトマネー?戦ったらお金もらえるの?」

「そうだよ♦10階から200階まではかなりの大金がもらえるからそれ目当てで来る連中だっているんだよ♦」

 

 一流のプロの格闘家の試合では、勝利するたびにファイトマネーと言う金がもらえると聞く。天空闘技場もそんな感じで、とりあえず相手を倒せばお金がもらえると。それは美味しい話だね………。

 

「勝てばお小遣いが手に入るんだ。いくらくらいもらえるの?」

「そうだね、100階だったら100万くらいかな♦」

「そうなの!是非とも出ようじゃないか。そんなわけでヒソカご馳走様!またね!」

 

 戦って勝つだけで100万とは、確かに戦わない手は無い!聞けば200階からは念の使い手が出て来るらしいけど、それ未満の階層はそうではない。一般人が戦うらしいし、うまくいけば結構稼げるんじゃ!

 別に守銭奴という程でも無いけど、折角オークションに行くつもりなんだからここらへんでお金稼ぎたいよね!

 

「あ。そういえばお金といえばヒソカ。10億ジェニー頂戴」

「……忘れていたのかい♠ハンター試験終わった後に振り込んであるから、もう入ってるよ♦口座は定期的に確認しといた方がいいよ♦」

「ありがと!それじゃあね!」

 

 そう言って、私はレストランを飛び出していくのであった。

 

 後に残されたヒソカは、私がいなくなった後で口角を上げ、楽し気に笑った。

 

 

「クックック♠これで闘技場が賑わうなぁ♥」

 

 

 あわよくば、自分と戦う機会が出てくるかもしれない。

 

 そう考え、ヒソカはより一層楽し気に笑ったのだった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「天空闘技場へようこそ。こちらに必要事項をお書きください」

 

 受付カウンターで、必要事項を紙に書いて提出。中に入ると、石でできたであろうそこそこ広い、多分一辺10メートルくらいありそうな正方形のリングが、等間隔に8個8個、計16個並んでいた。その上では、闘っている人が今まさに何人もいる。

 

 いわゆる試験、ここでの戦いの結果に応じて、次に上がる階数を決めるみたい。

 

「1000番・1037番、Hのリングへ」

 

 呼ばれた!ちなみ私の番号1000番。覚えやすくていいよね!

 そして対戦相手の1037番の人は、巨漢の大男。でっかいなー。

 

「なんだ。オレの相手はガキかよ。嬢ちゃん、怪我する前に大人しく帰りな」

 

 気持ちはわかるけど、この場に立つ人物は少なからず戦うために来ているのだから、侮るのは良くない。というわけで世間の厳しさと言う物を教えてあげようかと思います!

 

「ここ1階のリングでは入場者のレベルを判断します。制限時間3分以内に自らの力を発揮してください。それでは、始め!!」

「悪く思うなよ!!はあぁ!」

 

 巨漢の大男はどすどすと地面を踏みしめ突進し、そのまま丸太のような剛腕の拳を繰り出してきたけど、猪突猛進過ぎ油断し過ぎ………甘い!

 

 拳を躱しつつ体を回転させ、腕を肩に乗せながら両手で掴み、そのまま投げる!相手の突進力をそのまま使ってるので、特に私はあんまり力を籠める必要も無い!これぞ緑陽じいちゃんに教わった柔術の一旦。余計な力を使わずに相手の力を利用して投げる

 

 普通ならこのまま地面に叩きつける所だけど、私は途中で手を放して、相手をリングの外へと吹き飛ばし、場外の壁にぶつけてダウンさせた。

 

「おいおい!なんだあの子供!」

「マジかよ………」

「少し前にもとんでもない子供がいたけど、またかよ」

「………1000番。君は50階へ行きなさい」

「はーい」

 

 こうして、私も天空闘技場デビューをしたのであった。

 

 ………………そういえば別の用事があったんだっけ。

 

 

 

 

 




ヒノ「10億ジェニーの約束に関しては、第3話『10億ジェニーのロイヤルアタック』を参照してね♪」


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第28話『無傷無敗の怪物少女、200階に行く』

久方ぶりにゴンとキルア登場する!


 

 

『ヒノ選手!!一発KO勝ち!!今までどんな相手も一度の投げ技で沈めてきました!!この天空闘技場では果てしなく珍しい少女闘士に、是非とも皆様ご期待しましょう!』

 

解説の声と共に、観客の熱気が渦のように天空闘技場に幾重にある闘技場の一つを轟かせる。私の眼前には、壁に叩きつけられて意識を失った対戦者の闘士が、担架で運ばれていく所だった。

 

 これで次は90階。次の勝負に勝てば、いよいよ100階だ!100階になると、なんと個室を貰えるみたい。ヒソカからの10億ジェニー振り込みがあったからホテルに泊まるのはなんら問題は無いけれど、折角来たんだし個室も見て見たいよね!ホテル代も浮くし!

 

 90階選手の控室にやってきたけど、やっぱり同年代でしかも女となると私しかいない。 というか90階に限らず女性自体いない。基本ごつい人達しかいない。

 

 ま、戦闘狂(バトルマニア)、野蛮人の聖地と言われているだけある。せいぜい観客かスタッフにしか女性はいないよ。無論子供だっていない。

 ………と思ったら、いた。同い年くらいの男の子。と言っても多分私よりもいくつか下なんじゃないかな?短髪に真面目そうな顔立ちと、白い道着。こうしてみるとどこかの道場の門下生って感じがする子だね。これはこれでゴンやキルアとはまたタイプが違う。

 

 人の事は言えないけど、こんな所に子供がいるのは珍しい。

 というわけで、話しかけよう!

 

 トントン。

 

「ん?な―――」

 

 ぷに。

 

 人差し指を伸ばしたまま肩を叩けば、振り向いた相手のほっぺに指が突き刺さる。これぞ必殺『肩を叩いてぷにっ』だ!………うん、初対面で年下の子にふざけ過ぎた。

 

「あはは、ごめんね。こんにちは。私はヒノ」

「!?吃驚したっす!あ、自分はズシと言います!押忍(オス)!!」

 

 礼儀正しく、びしっ、という擬音が付きそうに綺麗に構えてお辞儀をする。おお、これぞ確かにゴンやキルアとタイプが違う。具体的に言えば他人に対する礼儀正しさとか。キルアは論外として、ゴンは生意気では無いけど基本フレンドリーだし。

 

「(頬に触れられるまで全く気付かなかったっす………)ヒノさんは、天空闘技場(ここ)に来たばかりっすね。自分はこの辺りをうろうろしてますけど」

「そうなの?私はちょっと前に来たばかり。まだ負けてないから次勝てば100階だよ!」

「すごいっす!一度ヒノさんの戦いを見たけど、動きに無駄が無く、余分な力を使わず相手を投げ飛ばす技術は感嘆っす!」

「ありがとね」

 

 こう、キラキラとした目で見られながら褒められると照れるね。なんだかいい所を見せたくなる。と言っても、基本相手を投げるだけで終わらせてきたので、ここから問答無用で相手をフルボッコにする戦法とかは流石にするつもり無いけど。もう少し相手とのレベル差が詰まったら考えるかもね。

 具体的には念能力者が出てくる200階辺りから。

 

「ヒノさんはすごいっすね。無傷完封でここまで勝ち上がって来るなんて」

「ズシも似たような物じゃない。大人共をバッタバッタと薙ぎ倒してるからここにいるんでしょ?」

「いえいえ、自分なんてまだまだっす!確かに基本は大人の人と戦いますが、勝ったり負けたりだから、ここに来て数か月ですがまだこんな所です」

 

 慢心も油断もなく、自己の向上を目指す、まさに武道家の鏡みたいな少年だね。

 

『ズシ様、ヒノ様。95階A闘技場へお越し下さい』

「出番だ!行こっ、ズシ」

「押忍!よろしくお願いするっす」

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

『さー、またもやってきました異色の組み合わせ。少年少女の対決です!!』

 

 観客の声援がよく響く。こういうのもいいよねぇ。

 そしてこの闘技場は観客の手元にあるギャンブルスイッチによって対戦者それぞれに賭けが成され、それによってどっちが勝つか倍率が表示される。ちなみに倍率はズシの方が断トツで高かった。この場合ズシが勝つと思って賭ける人が多いと。まあ私来たばかりだし、ズシはここら辺で何度か実力見せてるみたいだし、あと男だし武術家だしね。

 

『この天空闘技場では珍しい組み合わせ!ズシ選手は的確な攻撃と拳法を駆使した随一の使い手!成績は今の所五分ですが、何度も勝ち上がり這いあがってくる不死身の闘士だぁ!』

 

 ワアアアアアァァ!

 

 おお、中々に高評価。流石!

 

『対する少女、ヒノ選手!この少女も侮る事無かれ!先日1階から一気に50階まで駆け上がり、たった一度の投げ技のみで相手を沈め、無傷無敗で90階まで来たスーパー少女だ!果たしてこの戦いを制し、100階へ上がるのはどちらだぁ!!』

 

「ズシ!100階の個室の為に、私は勝つよ!」

「押忍!自分も、全力で行かせてもらうっす!」

 

『それでは3分3ラウンドP&KO制、始め!!』

 

 ズシは開始と同時にすぐさま構える。おそらくズシが習っているであろう武術の流派の基本的な構え。左拳を前にだし右拳は引き、体を半身にし左足を前に出してどんな攻撃にも対処するためのスキのない構え。隙の無い、いい構え。ズシの自分の流派に対する真摯、直向きさ、練度が見て取れる。

 

 隙の無い構えは、ただ構えるだけじゃ意味は無い。例え素人がいくら達人の技を見た目だけ真似しようとも、その威力に天と地程の差が生まれるように、構えというのはその構えに入り訓練を何度も行う事で、その構えを自分の者にして、隙を無くせる。

 

 さっき話したばかりだけど、やっぱりズシは真面目そうないい子なタイプだね。

 

 ところでこの構えなんかどっかで見た事あるような………………きのせいだよね?

 

 

 ジリジリ。

 

 

 開始のゴングは既に鳴らされたなのに、私もズシもどちらも動かない。

 

 まあ確かに、私の試合を見た事あるなら、無暗に攻めようとは思わないでしょ。私の必勝パターンは相手が正面から殴りかかってきたらその腕をとって投げ飛ばして終わり、でここまで勝ってきたし。

 

 それを知って初っ端から正面突破で攻撃してくるようなら、それは己の実力に絶対の自信、自分の攻撃を当てる自信か私の攻撃を躱す自信があるのか、もしくはただの無鉄砲なバカなのかという事だけど。

 

 ズシはじっとこちらを伺っている。さてどうしよう………ん?

 これは………【纏】?いやはや、まさかズシが念を使うとは思わなかった。確かに見間違いじゃなく【纏】、それも結構綺麗。控室にいた時はしていなかったから、戦闘開始と同時に集中しなきゃできないみたいだけど、ちょっと予想外だったね。200階に行く前に念の使い手と当たるとは。

 

 少し、面白くなってきた。そこを考慮して戦わせてもらおっと。

 

「いくよ、ズシ」

「はいっす!」

 

 瞬間、私に返事をしたズシの口が閉じるよりも早く、一歩地面を蹴りだし、ズシの目の前に現れる。そのまま構えてある左手を取ってくるりと回転し、背負う様に投げた。

 

(速い!?構えたと思ったら、気づいたら投げられたっす!カウンターじゃなくても、投げられるとは!)

 

 驚いた表情をしているけど、このまま投げさせてもらう。【纏】での防御力と、おそらく投げ技という事で、背中に意識を集中して衝撃に備えているみたいだけど、【凝】ができないなら、それ込みでやらせてもらおう。

 

 ここに来るまでは途中で手を離し、場外に投げ飛ばして壁に激突して意識を刈り取っていたけど、今回はそのまま、通常通り、少し力を込めて、一本背負いで背中から叩きつけた。

 

ドゴオオォ!!

 

 わずかにリングを砕きつつも、ズシを背中から叩きつける。

 

「がはっ!(強い!威力もさることながら、技術力もずば抜けてる!意識が――)」

 

 ぱたりと手を放したと同時に、ズシはリングの上で意識を失った。

 

 この天空闘技場で採用されているP&KO制は、優れた攻撃にクリーンヒット1点、大変優れた攻撃にクリティカルヒット2点、ダウン1点で合計10点取れば勝利となる。もちろんその前に相手をダウンさせて10カウントでも勝利。あとは普通にKO、まあ気絶させればそれでKO勝ちだよ。

 

『ズシ選手ダウン!続行不可能!!ヒノ選手、まさかの一発KO勝利だああぁ!!』

 

 そしてズシは、担架で運ばれて行きました。

 

 ………やりすぎて無いはず、やりすぎて無いはず!ただの気絶!

 

 とりあえず今度会ったら謝っとこう。同じ天空闘技場にいるし、それにズシは暫くここで就業してたみたいだしね、また会えるでしょ!さて、ズシはスタッフの皆様に任せて、100階の登録してこよっと。

 

 とりあえず個室ゲット!

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「―――さい」

 

 どこかの一室、ベッドの上で眠る少年のそばに佇む男は、声を発していた。

 

「―――シ、起きなさい」

 

 たった2人しかいない。外では騒がしく人の歓声が壁を通して聞こえてくる。わずかに、ベッドの上で眠る少年の指がピクリと動いた気がした。

 

「ズシ、起きなさい」

「―――はっ!!」

 

 覚醒した少年………ズシはむくりと体を起こし、きょろきょろと辺りを見渡す。

 見覚えの無い部屋、しかしなんとなく自分が気絶する前の状況と、真っ白いベッドやカーテンの様子から、天空闘技場の中にある医務室の一つであろう事を察した。

 そしてその隣で、優し気に微笑む青年の姿に、今更のように気づいた。

 

「し、師範代!すいません!」

「構わないよ。それより大丈夫かい?たいして眠ってはいなかったけど、頭が痛い、もしくは体に痛みが走ったりはしていないかい?」

「あ、はい!大丈夫っす!全然問題無いっす」

 

 師範代、そう呼ばれた眼鏡の青年も、己の弟子に流れる念の動きを確認し、実際に見ても特に問題無い事を察した。元々眠っている間にも診断は終わっていたので、確認の必要も無かったのだけれど

 

 可愛い弟子自ら問題無いと言うので、青年は内心ほっとしたのは内緒である。

 

「自分が倒れた時の事を覚えていますか?」

「………はい。一撃で、投げ落とされたっす。正直完敗です。ここまで完全に敗北したのは、キルアさん以来です」

「そうだね。彼は例え【纏】を覚えていようとも、そもそもの身体能力や技術に差がありすぎた。仕方の無い事です。そしてそれは、今回の対戦相手であるヒノさんも同じ事」

 

 思い出すのは、自分が攻撃に転ずる暇も無く、受けに回る暇も無く、ただただ投げ落とされた試合結果。事実、何もできずに気絶させられた。

 

「正直、あの相手は仕方無い相手です。何もできなかったからと言って、己を恥じる事はありませんよ」

「は、はいっす!」

 

 元気よく答えるズシには、メラメラと次の修行に燃える様子が表情や雰囲気からよくわかる。我ながら素直な弟子を持ったものだと、青年は内心喜ぶのだった。

 

 そして心中、己の弟子であるズシを倒した少女の事を思い出す。観客席から見ていた限りでも、少女なんて生易しい、相手はとんでもないレベルの怪物。

 

(最初から【纏】を完璧にこなしていたので、間違いなく念を修めている。それにこの闘技場で()()()ズシを気絶させた、それも一撃で。ジャポンの柔らというのでしょうか、あの投げの技術も、一朝一夕で身に着くものではない。何かの武術を習っている………)

 

 嘗てこの闘技場で、ズシはキルアと対戦した事があった。【纏】を取得しているが故に、非念能力者の生半可な攻撃ではズシはそうそう気絶しない。現にキルアを含め今までズシが負けたのは10ポイントを取られたTKO負けが全てである。

 無論キルアを例に挙げれば素の実力差がありすぎなので勝ち目はほぼ無いのだが、それでも気絶はしなかった。

 

 しかし、それをヒノは一撃で仕留めた。

 

 念を熟知している。相手の念の防御力。自分がそれを上回る為の攻撃力。それも見ただけで、どれくらいの力を出し切れば、相手を気絶させることができるのかを。

 

(あの年頃でそれ程の技術………もうズシと対戦する事は無いでしょうが、彼女は一体)

 

 あの強さなら、確実に200階まで行く。そうすれば、彼女の本来の力が見れるかもしれない。師範代と呼ばれる青年、ウイングは、新たに表れた有望な若者に、自然と冷や汗を流しながらも、その実力を見るのを楽しみに、笑みを浮かべるのだった。

 

(いや、もう一人いましたね。ズシが、もしかしたら完封されるかもしれない子。確か今は何階に―――)

 

「師範代!早く部屋に戻って修行っす!」

「ん?ああ、分かったよ。でも今日はゆっくり休みなさい。試合の疲れを残してはいけないからね」

「押忍!!」

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 そして私は順調に勝ち進みついに200階まで到達しましたよ。

 一撃一勝な感じで、全員投げ落とさせて頂きました!

 

 というわけで、受付のお姉さんに200階の説明を聞いたよ。今まで190階までは1勝したら階数が上がってファイトマネーもらったけど、ここからは200階の闘士同士で戦い勝ち星を稼ぐという。

 

 具体的には10勝したらクリアとし、4敗したら降格、チェックアウトする仕組み。その後勝ち進むとフロアマスター挑戦やバトルオリンピア出場などできるそうだ。まあ細かい説明は聞いたけど、特に最上階に行きたいわけじゃないし、まあ最上階にペントハウスがあるらしいけど、どんな人が住んでるのかなぁ、って少し気になるくらいかな。

 

 でもファイトマネーでないのか。まあそこそこ貯まったからいいけど。通帳の中身がありえない金額になってきたよ。ファイトマネーで億を超えるってどうなの!?この天空闘技場のお金ってどっから出てるんだろ。190階かったら2億以上貰ったんだけど………やっぱり通帳賑やかになったなぁ。

 

 ………とりあえずジャポンの家の緑陽じいちゃんの口座に全ファイトマネーの多分半分くらいの、2億5千万程送っておこう。基本的に緑陽じいちゃんの口座は、あのジャポンの家の管理費家計費用の口座となっている。その為、私達は基本的に手段は色々だけどお金が手に入ったらその口座に適当に放り投げている。

 

 まあ普通に働いたから家に入れてるって事なんだけど。今現在の口座の残高を見れば、遊んで暮らしても問題無いくらいなんだよねぇ。ちなみに翡翠姉さんの学費っとかも全部こっからお金が出る。だって今家の掃除とか家事とか管理翡翠姉さんが全部やってるし!当然だね!

 

 あ、とりあえず200階の登録登録っと………よし終了!

 

 最後は戦闘する希望日の記入。

 ここでは一度戦闘したら90日間準備期間が与えられ、その間は好きに過ごしてもいいらしい。で、準備期間内に闘ったらまた90日間準備期間、みたい。無論毎日戦ってもいいし、準備期間ぎりぎりでも問題無いと。

 

 なるほど、だからヒソカは普通にハンター試験とか受けに来ても問題無いって事か。一度戦ってしまえば90日間、つまり約3か月は自由に過ごせる。長くても一ヶ月で終わると言われるハンター試験なら余裕で受けに来るだけの時間があるね。

 

 さっそく戦闘日を書こうとしたら、ふと後ろから人の気配。ちらりと後ろを見て見れば、片腕の無い顔が能面みたいな人に、覆面をした片足(足?)の人に、車椅子に乗った人。随分と個性的な人達、というか怪我人ばかりだ。大方、ヒソカが言っていた洗礼を受けた、念を使える200階闘士という奴だろうかね。もしくは私と同じで今日200階に上がってきた人達!

 

「3人とも200階(ここ)の人?」

「そうだよ。お嬢ちゃんは今日登録に来たのかな」

「うんそうだよ。いつでもオッケーっと」

「くくく」

 

 能面の顔の人は笑いながら私の次に登録(申し込みかな?)して他の二人も同じように申し込みした。

 

「ふふ、もしも戦う事があったら宜しくね」

「うん、よろしく!」

「ではヒノ様は2222号室でお休み下さい。決闘日が決まり次第お知らせします」

「はーい」

 

 おお、ぞろ目とは縁起がいい。覚えやすいし。これは幸先がいいかな?

 それにしても愉快な三人組。200階闘士って事は全員念が使えるみたいだけど、流石に常時【纏】はしていないみたい。まあこれだけじゃ強いかどうかは分からないけど。常に【纏】しているかは若干人にもよるし。

 

 あ、そうだ!同じ階って事ならゴンとキルア知ってるかな?ちょっと聞いてみよう。

 

「ねえねえ、この階にゴンとキルアっている?」

「ん~?確かにいるけど、君の知り合いかい?」

「うん。せっかくだし会おうかなって」

「くくく、いいよ部屋番号教えてあげる」

 

 まさか教えてもらえるとは。この能面さんいい人だ!でもなんで知ってるんだろ?ここの闘士は200未満しかいないからかな?それかこの人が200階闘士マニアかキルアとゴンのストーカーか………最後のだけは勘弁して欲しいところだね。

 

「ねぇ………えっと」

「サダソだよ。ヒノちゃん」

「サダソさんなんでゴンとキルアの部屋番号知ってるの?ストーカーさん?」

「………案外ひどい事言うんだね。いやいや、僕たちが戦闘日を申し込みに来た時、たまたま彼らが200階に登録しに来てた所だったんだよ。だから部屋番号のカギを受け取るところを見てたまたま覚えていたのさ」

 

 あ、そういう事か。なんか疑ってごめんね?

 

 とりあえずサダソさんにお礼を言って、私は自分の部屋に向かった!鍵を開けて、あてがわれた2222号室に入ったんだけど………おお!100階の個室とは比べ物にならないくらい豪華!具体的にはビジネスホテルのシングルとスイートルームくらいの差がある。なんという豪華待遇。

 

 4敗したらチェックアウトしなくちゃいけないって事は、不戦敗前提なら90日×3敗分で270日。9か月も何もしないでタダで泊まれる!なんという素晴らしさ!

 

「ん?戦闘日は………明日?」

 

 部屋に備えてある壁付けの大型モニターには、明日の日付が、確かに映っていた。確かにいつでもいいとはいったけど、こんなに早く対戦日が決まるなんて。私と同じようにいつでもいい人がいたのかな?もしくはあの時の3人が申し込んだかだね!

 

「ん~、とりあえずゴンの所に行こっと。サダソさんゴンの方の部屋番号しか覚えて無かったし」

 

 ん?キルアの携帯番号知ってるなら聞けばいいって?いやいや、それじゃ吃驚させられないじゃん!脅かしてなんぼでしょ!特に本来私がいないと思っているのなら尚の事!これ重要!

 

 そしてついた場所は2207番。ゴンの個室はここみたい。確かに、中から気配が分かる。2人いるね、という事はゴンとキルアは一緒にいるみたい。ラッキー!これでゴンがキルアの部屋に言ってたらどうしようかと思ったよ。

 

 ちなみに、私は移動中から【絶】をしていたので、ばれていないはず!特に念を覚えたてのゴンやキルアなら尚の事ね!

 

 というわけで、レッツラゴー!

 目の前の扉を軽くノックをすると、中からはいよって声が聞こえた。この声はキルアだ。

 よし、突入しよう。

 

「お邪魔しまーす」

「一体誰………ってヒノ!!はっ!?なんでこんなところに!?」

「ヒノ!久しぶり!」

 

 びっくらこいた!というような表情のキルアは予想通り!けど逆にキルアがものすごく驚いたからか、それとも素なのか、ゴンは普通に再会を喜んでくれた。私も嬉しいけど、ちょっとゴンの驚いた顔も見て見たかったね。

 

「やほー、二人とも。ちょっと上ってきたら二人がここに居るって聞いてね」

「誰に聞いたんだよ」

「左腕が無い能面みたいな顔した人」

「あのサダソってやつか。オレあいつら嫌いなんだよな」

「えー、いい人じゃん」

 

 色々教えてくれたしさ。まあ聞いたら念も知らずに200階に上がってきた新人を潰す新人専門の闘士らしい。という事は実際の実力はあまり大したことなさそうだね。カストロさんと違って、自分の実力じゃ普通に200階で10勝はきついと思っての作戦みたいだし。

 まあそれもまた確実に勝つ為の兵法だと思うけど。

 

「つーか、ヒノ!お前200階まで勝ち上がってきたのかよ!?」

「そうだよ。えへん」

「もう戦ったか?」

「ん?さっき登録したからまだだよ。対戦日いつでもにしたから明日戦うけどね。部屋のモニターに映ってた」

「ちっ、ゴンと同じか」

 

 そう言うとゴンとキルアが、私に聞こえないようにヒソヒソ話を始めた。何話してんだろ?

 

 

 

 以下、ヒノに聞こえない会話。

 

 

「どうするキルア?ヒノにもウイングさん紹介したほうがいいかな」

 

「だな。このままじゃ確実に洗礼受けるし。戦う前になんとかしないとまずいぜ」

 

「でもヒノって意外と強いんだね」

 

「まあ試しの門クリアしたゴンが来たんだ。ヒノなら確かに来れるだろ」

 

「………それは確かに。ヒノの腕力キルアと同じだったもんね。でも一日でなんとかなるかな?」

(実際は念も使っていたのでヒノは少しズルをしていたのだが、ゴンとキルアにそれを知る術は無いのであった

 

「まあ登録は終わってるみたいだし、最悪不戦敗にして90日猶予貰えばいいはず」

 

 

 会話終了。 

 

 

 

「おい、ヒノ。ちょっと出かけるぞ!」

「ん?どこ行くの」

「ちょっと知り合いのとこだ。早ければ今日中に終わる」

「それはいいけど?」

 

 立ち上がり、玄関に向かおうとしてキルアは、くるりと振り向いてゴンにびしりと指をさした。

 

「ゴン、お前は約束してるからここにいろ。オレが行ってくる」

「うん!頼んだよキルア」

「じゃあいくぞヒノ」

「なんだかよく分からないけど、ラジャー!」

 

 

 

 




このころゴンはギドに受けた傷が完治して修行禁止を言い渡されている時期である。

次回、ヒノVSサダソ!


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第29話『柔術少女ノーリザーブ』

日間ランキングに載っていた事に感激です!
そしてお気に入りが400超えて驚きです!ありがとうございます!



夜!既に人気も少なくなり、月夜が全てを隠す街並み。それでも近くにそびえる天空闘技場は光輝き、この町に住む人間達の目印となっていることだろう。

 

 しかし光もあれば影もある。厳かな光に包まれる天空闘技場の眼下、暗い街並みの中では、通りを過ぎる人影を狙う怪しげな瞳も多数存在していた。

 

「へっへっへっへっ!ガキどもがこんな所で夜遊びかい?危ないねぇ~。おっ!隣の嬢ちゃんは中々の上玉「るせぇ!邪魔だ!」ぶへらべぎぐあぁ!」

 

 今何か聞こえた気がしたけど、先頭のキルアが拳を振り上げたと同時に空へと昇って行ったのでよく見えなかった。一体何だったのだろうか?

 

「キルア、今何かいなかった?」

「気のせいだろ」

 

 そんなこんなで割とすぐにやってきた宿屋さん。中に入ると、部屋は二人の人間がいた。

 

 一人は椅子に座り本を読み、寝ぐせを付けて眼鏡をかけた青年。一見知的な印象。でも最近人の印象は見た目に惑わされちゃいけないって学んだばかり!ノーメイクのヒソカから!案外この人もめちゃくちゃアグレッシブなアウトドアタイプだったり!………するわけは無いか。

 

 あ、この人念の使い手だ、それもやり手の。

 それでもう一人は少年。私やキルアよりも年下で真面目そうな、道着を着た………………ズシじゃん。

 

「やっほう、ズシ」

「あれ?キルアさんに……ヒノさんじゃないっすか!どうしてヒノさんがここに?」

「ん?お前ズシと知り合いだったのか?」

「前に90階で戦った事があるんすよ。残念ながら自分は負けてしまいましたが」

 

 勝てば100階に行ける対決で、一本背負ってKOさせて頂きました!

 

「あ、ていうかこの前ごめんね。大丈夫だった?」

「はい!あの後すぐ目を覚ましましたし、もう全然平気っす!」

「そう、よかったぁ」

 

 一応大丈夫なように気絶させたつもりだったから大事は無いとは思っていたけど、何もなくて良かった。体は大丈夫でも心に傷とかできたらどうしようかと思ったけど………大丈夫で本当に良かった!

 

「へー、お前ズシに勝ったのか?」

「まあね」

「ズシ、この子はもしかして?」

「あ、師範代。この人はヒノさんって言って前に自分が90階で負けた相手っす」

「ああ、やっぱり。この前はズシが世話になったね。師匠をしているウイングと言います。ヒノさん宜しく」

「よろしく、ウイングさん!」

 

 穏やかな笑みを浮かべた、いい人そう。おお、なんだか先生っぽい人だね。師匠って事は、武術と念のって事かな?どちらにしても、教えるって事はそれ相応に修練を積んでいる証!

 

「あ、そうだ!ウイングさん!こいつ今日200階に来て登録したんだ。明日戦うらしいから連れてきたんだけど、なんとかしてやってくれよ」

「200階っすか!?自分より後から来たのに、あっという間に抜かれたっす。ちょっとショックっす………」

「あはは………」

 

 いや、そこは落ち込まなくてもいいと思うよ。私みたいなタイプは少数だと思うし。むしろいても困る。

 キルアの言葉にウイングさんは一度じっと私を見たと思ったら、ふっと笑い、キルアに話しかける。

 

「そうですか。キルアくん、心配ないですよ。彼女はもう念を使えますよ。それも、かなりの使い手です」

「えっ?」

「ん?キルア、なんで念の話?」

 

 念と師匠と200階闘士、それにヒソカの言葉。ゴン達は洗礼を受ける前に念を覚えた、という事は誰か教えてくれた人がいる………ああ、そういう事。

 

 このウイングさん、ズシだけじゃなくて、ゴンとキルアの念の師匠でもあるんだ。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 結論!私の予想大当たりしました!

 ヒソカがゴン達を念で邪魔した為、ウイングさんはゴン達がそのまま200階に行けば大怪我、最悪命の危険もあり念を教える事にしたらしい。

 

 そして成り行きだけど時間も無かったので、ウイングさんによって強制的に念に目覚めさせてもらったと。やり方としては、熟練者の念を当てて非念能力者の念を呼び起こす。一歩間違えれば死に至る可能性もある裏ワザだけど、熟練者のウイングさんは二人の体を傷つけずに念に目覚めさせる事に成功したと。

 

 最も、例え目覚めてもその後しっかり扱えるようになるかは二人次第だったけど、ゴンとキルアの二人はそんな常識を覆し、一瞬で【纏】を取得したらしい。練度はまだまだだけど、僅か一日以内で念を目覚めて【纏】をするって、中々に驚異的。

 

 私は念を覚えた、という実感が元から無いから何とも言え無いけど、それでも二人のやった事が十分異常過ぎるレベルの成長速度だって言うのはよくわかるよ。

 

 それで何とかヒソカの念の妨害を潜り抜けて200階登録を成功した。で、次にゴンが200階闘士と戦って大怪我をしたと。………………でも部屋にいたゴン怪我なんかしてなかったような。

 

「ねぇキルア。ゴ―――」

「………」ジロリ

「――マダンゴの美味しい店あったから今度食べに行こうか」

「ああ、そうだな」

 

 今のキルアの視線、確実にゴンの怪我に関して何も言うな、という無言のプレッシャーだったよ。あれは完全にやる気の目立ったね!しゃべろうと思ったら問答無用で口を塞ぐ気だったよ!ナイス機転だ私!

 

 で、結局ゴンは無茶な戦いをして大怪我。しかもウイングさんに、念を覚えたばかりだから戦うのは2か月待てと言われたのにそれを破った。その為怪我が治るまで念の修行詮索を禁止したと。ああ、だからゴンだけ部屋に置いてきたのか。医者は全治二ヶ月(実際はキルアがゴンが早く修行始められるよう嘘ついたから四ヶ月だったらしい)と言ったけどそれをゴンはわずか一ヶ月で直したと。

 

 ………うんおかしくね?念が使えるならまだわかるけど、素でそれってどうなんだろうか。

 もしもゴンが念を覚えてたら一ヶ月とは言わず10日で治ったんじゃないかな?あ、そういえば一回ハンター試験の時にハンゾーに折られた腕10日も掛からず治ったらしいね。………うん、考えるのはよそう!

 

「マジかよ!お前念使えたのかよ!?」

「そうだけど、まさかキルアとゴンが念を覚えるとはね。時が経つのは早い早い」

「ちぇっ、これじゃ連れてこなくてもよかったじゃねえか。でもホントに強いのか?」

「まあまあ、戦闘日は明日だから見に来てよ」

「………はぁ。はいよ、じゃあ俺先に帰るからな」

 

 そう言ってキルアは扉を開けてウイングさんの宿をあとにするのであった。

 残った私に、ズシは心底驚き感心したように声をかけてくれる。

 

「それにしても、ヒノさんが念を使えるとは驚きっす」

「私はズシが念使えるって知っていたよ。【纏】をしている間もちゃんと相手に集中しないとね」

「そうですね。ヒノさんは常に自然体で【纏】をしているので、ズシなら分かるはずですよ」

「お、押忍!」

 

 まだ自然に淀み無く、という風にはいかないのか、若干【纏】をする事に集中しすぎる感じがする。多分【練】をする時も一拍置くようにして時間を挟まなきゃできないから、まだまだ修行中って事だね。ファイト!

 

「そういえばヒノさんとズシの試合は私も見させてもらいました。素晴らしい戦いでした。ズシが手も足も出ませんでしたしね」

「ありがと。でもあれは何かする前に先手を取って気絶させただけだし、不意打ちみたいなものですよ?」

「ふふ、謙遜しなくてもいいですよ。今のズシにはあの動きに対応できる術はありませんでした。良い技です。ヒノさんの動きは何か武術を習っていますね。流派などありますか?それとも、ゴン君達のように我流だったりしますか?個人的見解としては半々といった所だと思うんですが」

 

 このウイングさん中々鋭い。流石師範代と言うだけだる!何のかは知らないけど!

 私の戦い方の元になったのは2つ。シンリに教えてもらった型の無い我流と、緑陽じいちゃんに教えてもらった柔術が基本を占める。後は色んな修行らしい事を重ね、我流寄り時々柔術、という感じかな?

 

「しいていうなら投げ技は九太刀流とか………かな」

「九太刀!もしかしてそれは、九太刀緑陽さんの流派のことですか?」

「緑陽じいちゃん知ってるの?」

「よく出稽古にこられていたからね。ちなみに私は心源流の師範代なのですよ。心源流はご存じで?」

「心源流………あ、そうか!ズシの構えってどっかで見たことあると思ったら、ジャポンの心源流道場の門下生がしてた構えと同じだ」

 

 思い出されるじいちゃんに無理難題と押し付けられた強制耐久組手。そして乱入したネテロ会長との一騎打ち!

 まああれはあれでいい思い出だからいいんだけど。ネテロ会長と賭けして勝ったし。

 

「おや?あそこに行ったのですか」

「うん!面白かった!ネテロ会長とも戦ったし」

「ごふっ!!げほげほ!!か、会長!?ネテロ会長ですか!?」

「あ、うん。こう、なんか巨大な手みたいなの叩きつけられた」

「(間違いなく会長!一体何をしているんですか!?)………よ、よく無事でしたね」

「思考の勝利だよ!」

 

 軽くピースサイン!確かにあれは純粋な戦闘力じゃなくて、考察と思考と予測でほぼ勝利を掴んだから、私が会長より強いというわけじゃない。言うなれば、一度きりの相手の攻撃方法の〝ヤマ〟が当たった、というだけ。そもそも相手の攻撃を一度防げば勝ちっていう、戦闘ともいえない戦いだったし。

 実際にまともに戦えば………どうなるんだろうねぇ。

 

とりあえずそんなこんなで軽く雑談を交わして、暫くしたら私は宿をあとにするのであった。

 

 さて、明日は200階初めての試合だし、頑張ろう!

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

『さあやってきました注目の一戦。彗星の如く駆け巡り、今この舞台に舞い降りた少女ヒノ選手対、200階の闘士、戦績5勝1敗と勝ち星も分岐点!隻腕の闘士、サダソ選手!!一体この二人は、どんな戦いを見せてくれるのかあぁ!!』

 

 巨大な歓声に包まれる中、その歓声に混じって舞台を見つめる人間が3人。

 念の修行が禁止されているゴンを除き、キルア、ウイング、ズシも観戦していた。

 

「くっそ、ヒノの対戦チケット30万もしたぜ。ヒソカ戦の倍とかどうなってんだよ!チョコロボ君が2000個は買えるぜ!」

「キルアさん………お菓子換算って、金銭感覚がおかしいっすよ………」

「あはは。まあこの200階に、というより天空闘技場に女の子が上がって来たのは、途轍もなく珍しい事ですからね。観客も舞い上がっているのでしょう。噂ではファンクラブもあるとか」

「この観客(ロリコン)共………」

「珍しいって事は、前にもこういう事はあったんですか?」

「あはは、どうだろうね。もしかしたら何十年も前ならあったかもしれないけど………」

 

 微妙にウイングの表情が苦笑気味だが、ズシは疑問符を浮かべるにとどめるのだった。

 そして今回最も気になる質問を、キルアはウイングに尋ねる。

 

 つまりは、ヒノがどれくらい強いかという事。

 

「なあ、ウイングさん。ヒノ、あいつに勝てると思うか?」

「ふむ、念能力者同士の戦いは、何が起こるか分からないのが常。しかし、今までヒノさんは投げ技で相手を仕留めてきただけに、今回のサダソとは相性が悪いかもしれないですね」

「あいつの〝見えない左腕〟ってやつか?」

「ええ。それに対する対策を、ヒノさんがどうするのかが見ものですね」

 

 サダソは200階でも通算6度の戦いをして、ある程度の戦闘スタイルは知れ渡っている。その最もたるのが、サダソの念能力である〝見えない左腕〟と呼ばれる力。掴まれればおしまいと呼ばれるこの力。

 

 最も、ヒノは昨日200階に来たばかり。サダソに関しては、全く欠片も情報を知らないのだが。

 

「昨日は情報ありがとね。おかげで助かった」

「くくく。どういたしまして。今日は、よろしくね」

「よろしく!投げ仕留めてあげる!」

「そうかい(そりゃ、好都合!)」

 

 左腕の無い能面の闘士、サダソさん。ゴンの部屋番号という情報をくれたいい人だけど、まあ新人専門で潰しまわっているという事なので、例えどうなっても文句は言えないよね!流石に右手も落とすとかはしないけど!

 

『それでは両者、始め!!』

 

 開始と同時に、私はその場から後ろへと下がる。さらに一歩二歩と前へ横へ後ろへと跳び、サダソさんから少し距離を取った。観客から見れば、開始と同時に私は妙な動きをしながら距離を取った、としか見えないでしょ。ていうかそれで変な子とか思われたらどしよう………。

 

 ま、観客の反応より目の前の相手。さて、どうしよっかな。

 

 【凝】をして注視すれば、サダソさんの無いはずの左腕の袖からは、オーラでできた腕がうねうねと、私をとらえようと動いていた。念を知らない人から見れば、袖だけが風も無いのに揺れている。まさに見えない左腕!

 風も無いのに袖揺れる、とかどっかで似たようなのを聞いた事あるような………。

 

 風も無いのに袖が揺れ、光も無いのに影………みたいな?

 

「ウイングさん。あれどうなってるの?」

「あれは自分のオーラを圧縮し手の形に変化させているのですね。それが見えない左腕の正体。自由自在に動くあの腕は少々厄介ですね。捕まるのはお勧めしませんね」

「師範代にはあれが見えるっすか?」

 

 ウイングも、【凝】を使い観戦していた。念と念の戦いは、【凝】をしつつ相手の念の動きを捉える事を最善として戦う。見えない攻撃であるからこそ脅威となりえるが、それが見える攻撃となってしまえば、脅威は半減する。

 

「二人にも、修行すればすぐにできるようになりますよ」

 

 さてと、腕の形をしてるけど本物じゃないから関節やリーチ、大きさはあまり関係なさそう。知ってる能力で例えるならゼノさんの【龍頭戯画(ドラゴンヘッド)】が近いかな?圧縮した念によって物理的攻撃力を持たせる、という点においては。

 

「どうしたんだい?防戦一方だね!」

 

 でも射程距離、それに空を飛べるだけの力を有する事を考えれば、ゼノさんに比べるまでも無い。いやこの場合は比べる相手がおかしいだけ。サダソさん!めげないで!

 

「避けるだけじゃ、勝てないよ!」

 

 確かに自由自在に追いかけてくる手っていうのは厄介だと思うけど、そこまで脅威らしくない。【隠】をして気配とかは隠してあるけど、それも相手が【凝】をそこそこ使えれば見えるレベル。確かに【纏】だけだと見えないかもしれないけど。それでもあと4本腕くらいに増やしたらもう少し考える所だね。

 

「ウイングさん!どうなってんだよ!正直サダソの念が見えねーから試合内容が分からん!」

「そうっすよ!ヒノさんが見えない何かを躱している事しか分からないっす!」

「せいぜいサダソの服の左裾の動き具合とヒノの避け方でどういう軌道の攻撃しているか予測するくらいしかできねーよ!」

「すいませんキルアさん!自分そこまで分からないっす!」

 

 流石と言うべきか、元暗殺者の超短期念取得者のキルア。見えない攻撃だろうとも、相手の動きと対戦者の動きから予測する技術は驚嘆すべきである。隣で観戦しているウイングも、素直に感心する程だった。

 

(ふむ、サダソの戦いは初めて見ましたが、オーラの操作技術は近距離はともかく、手の届く範囲をオーバーしたらとたんに大雑把になる。今まで新人潰しだけでしたので、その辺りの技術の修練が足りないのでしょう。あれなら、ヒノさんが全力を出さなくても十分避けられる)

 

「サダソさーん、そろそろ疲れた?」

「ふふ………この……程度じゃ………まだまだ………だ!」

 

 うん。すごく疲れてる気がする。そりゃ息も切らさず私を捉えようと開始から腕を動かし続けてるし。私は普通に避けてるだけで念は一切使ってないから、全然疲れて無いよ!そしてサダソさんあんまり激しい動きも出来なさそう。というわけで、正面突破で行こうと思います。

 

 いざ!!

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

(来た!)

 

 このセリフが誰のものか分からないが、誰もがヒノが前身した事に少なからず反応した。それは観客席にいた者達もそうだが、対戦者であるサダソもそうだった。

 

(痺れを切らせてようやく来たか!残念だが、俺のスタミナはまだまだ。詰め寄って投げ飛ばそうと右腕を掴む瞬間、確実にこの【見えない左腕】で仕留める!)

 

 動きは素早く、念の腕では本物とまた感覚が違うので、捉えきれない。ヒノの身体能力は確実にサダソよりも早い。それは念の有無に関わらず、だ。ならばどうするか?攻めてきた相手に、自由自在に動き、尚且つ近距離が最も動かしやすい【見えない左腕】で持って、捉える。一度捉えてしまえば、抗う術は無い。そうやって、サダソは勝ち星の全てをこの左腕で掴んで来た。

 

(今までの5勝と同じく、この勝負も、いただく!)

 

 圧倒的な速さで自分の懐に潜り込んで来た少女を、サダソは捉えた。今までこの少女は投げ技を多用している、故に最も警戒すべき態勢は分かっている。まだ打撃による攻撃の可能性もあったが、今目の前の姿を見る限り、その可能性は消えた。

 

 サダソ自身が回避するよりも早く、右足を軸に回転し、ヒノの手がサダソの右腕に伸びた。

 

(来た!ここだ!)

 

 予想通り!そうにやりと笑い、人体の制限など関係無いサダソの左腕は、確実にヒノを捕らえた。

 

「捕らえた、けどこれは予想外だよね?」

 

 刹那の瞬間にそう聞いた気がした。サダソは右腕を掴まれ、地面から体ごと浮かされ、空を漂っていた。

 

(………!?投げられている?なぜ?確かに捕まえた。ヒノは避けなかった。それなのに、捕えてない。それどころか、投げられている?俺の左腕は………………無い!?)

 

 なぜ?

 そう疑問符が占める中、確かにヒノの体を包み込んだ左腕に視線を向けてみれば、そこには何もない、ただばたばたと揺れるだけの、己の衣服の左袖があるのみだった………。

 

 それを知った瞬間、背中から地面に叩きつけられ、鋭い衝撃が全身を伝った。左腕に念を使っていた代償、動揺した代償、サダソは衝撃を防ぐ事も出来ず、その意識を手放すのだった。

 

「宣言通り、投げ仕留められたね♪」

『そこまでぇ!サダソ選手気絶によるKO!ヒノ選手の勝利いぃ!!』

 

 審判の叫ぶ勝利宣言と共に、莫大な歓声が舞台を包むのだった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 一体、何が起こった?

 そう疑問に思うも当然の事だろう。目の前の現象を理解しようとすれば、到底常人の発想をでは答えにたどり着か無い。あらゆる可能性と、それを飛躍する発想が重要となってくる。

 

「すごいっす!結局ヒノさんは、相手を一撃で仕留めたっす!」

「けど………あっさりとやられすぎな気がするぜ。相手のサダソ、まるで最後の瞬間だけ()()()使()()()()()()ようにも見えた」

(流石、聡い子だ………)

 

 そうウイングが思うのも仕方の無い事だろう。キルアは今の時点で【凝】が使えない。にも拘わらず、この戦いの7割程を、その観察力と洞察力、そして直感と経験によって把握している。それを驚異的と言わずになんと言うべき事だろうか。事実、キルアの言葉は正しかった。

 

(正確に言えば、使わなかったでは無く、使えなかった。サダソの左腕は、ヒノさんに触れる瞬間に、まるで()()()()()()()ように見えましたけど………)

 

 今一つ確信が持てない。それがウイングの正直な感想だった。

 

 極少のオーラを、膨大なオーラで消し飛ばす、という例ならある。さながら津波が小さな波を飲み込み消し去るように。だが、サダソの左腕のオーラは決して小さなものではない。己の代名詞ともいえる念能力、物理的攻撃力を付与するだけでも、あの左腕に籠められた念は決して低くない。

 

 それに、ウイングから見てヒノは、ただ普通に【纏】をしているようにしか見えなかった。その状態からサダソの右腕を取り、ただ投げる。その一連の動作に無駄は無く、流麗な動きは、心源流の師範代であるウイングも感心する程だった。

 故に、あの動作の中でサダソに別の攻撃を加える要素は欠片も見えなかった。

 ウイングの観察力は高い。なのに、〝無駄の無い動きの投げ技〟という結論を出しながら、サダソの念をどうにかして〝同じタイミングで防いだ〟事に疑問を抱く。

 

(考えられるとしたら、サダソに突撃する前に既に準備は完了していた。その為あの投げの〝初動〟から〝決め〟に入る間は、無駄な動きをする必要が無かった。では、その準備とは何か?)

 

 サダソの左腕を、消し去る、破壊する、吹き飛ばす、言葉は違えど、ほぼ同義の意味合い。その準備。

 

(こればっかりは、ヒノさんに直接聞かなくては分からないですね。念能力は、時として人の常識を簡単に覆してしまう。このまま考え続けても、正しい答えは出ないでしょう)

 

 そう結論付けたウイングは、ふと笑い、弟子達を伴って、観客席を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 勝利宣言の後、舞台から降りて廊下を歩いていると、粘っこい声を掛けられた。

 

「やあヒノ、お疲れ♥」

「ヒソカ?最近見ないと思ったら、どうしたの?」

 

 言っておいてあれだけど、最近私は1階から200階の間をスピード出世で駆け上がっていた為、会わなくて当然と言えば当然。その間ヒソカは良い感じにゴン達が育つのを待って、200階で待っていたんだと思う。今月カストロさんと戦ったから、あと最高90日は戦う必要が無いみたいだし。

 悠々自適だねぇ。………あ、今勝ったから私もそうか。

 

「くくく♣相変わらずヒノのその能力、ちょっと反則じゃないかい?」

「念能力なんて、普通の人から見たら全部反則だと思うよ。それに比べたら私は良心的だと思う。だって普通の人には大して意味無いし」

「ふむ♠言われてみればそうかもしれないね♦」

 

 私の念は、他者の念を消す。消滅の念を作り出し、それを纏い戦える。

 

 サダソさんとの闘いでは、最後の突撃の刹那、全身に薄く【纏】の容量で纏い、念でできた左腕の攻撃を全身で受けとめ、そのまま消して、邪魔なく投げ飛ばせた。

 流石に自分の念が消えるなんて事を欠片も思っていなかったサダソさんは、結構動揺してあっさり投げられてくれたし、まあある意味ラッキーかな?

 

 しかしだよ?念を消すという事は、念を使わない一般時に対しては、別に使っても使わなくても、結果として大した変化は訪れない。そう考えると、他の能力と比べたらこの能力、一般人には優しいんじゃないのかな!?

 

「ま、十分それもおかしな部類だとは思うけどね♠」

 

「ヒソカがそれ言う?」

 

「僕の能力は、十分に応用も効く良い能力だと思っているさ♥でもヒノの念能力ってさぁ、まるで―――――――〝念能力者を殺す為に作った能力〟みたいじゃないかい?」

 

「………」

 

 その言葉を、ヒノは否定も肯定もしなかった。

 

 確かに、より有利に念能力者を打倒できるのは確実だろう。それでも身体能力や経験、能力の内容によっては簡単に勝率は覆る。だがそれでも大部分の念能力者、もしくは念使いに大して絶対的な優位性を持つ。

 否、優位性などでは無く、念能力者にとってこの少女は〝天敵〟だ。

 

「君は、何を考えてその能力を作ったのか、知りたいなぁ♥ヒノ、君の根底は、もしかしたら僕と同じなのかもしれないよ♠どうだい?」

「さぁ、どうだろうね」

「くく♥もしかて、怒ったかい?」

「別に怒っては無いよ。あ、そうだヒソカ」

「なんだい?」

「ちょっと顔思いっきり殴ってもいい?」

「………やっぱり怒ってるんじゃない?」

「怒ってはいないんだけど………………ん~、分からないんだよね」

「?」

 

 分からない?何が?

 その疑問をヒソカが口にするよりも早く、ヒノは続きの言葉を紡いだ。

 

「私の能力、覚えたんじゃなくて、最初から使えたからさ。物心ついた時から」

「――――」

 

 それは、一体何を意味するだろうか。

 

 それは可能なのか?一体どういう意味なのか?特質系?念を消し去るなんて可能なのか?でも実際に見たことも消されたこともあるし?物心、何歳から?黄金色の髪?最初から?出自は?そもそもこの少女は何者だ?紅い瞳?13歳?謎の交友?変な知り合い?

 

(特質系は類を見ない特別なオーラ♠個人主義の異端者が開花するケース♣それに血筋など一族でその系統を受け継ぐというケースとかも聞いた事あるけど、ヒノももしかしてその手のタイプ?)

 

「ヒノ、君は―――」

「さぁーてと!試合も終わったし、そろそろ部屋に帰ろうかな!ヒソカもまたね!」

「………ヒノ、天空闘技場(ここ)の闘い、次は僕と闘り合わないかい?」

「パス!キャンセル!それ却下ぁ!」

 

 明るく笑い、少女は即答三連続で誘いを断った。ヒソカにしては珍しく、殺伐とした〝殺り合い(ころしあい)〟ではなく純粋な〝闘り合い(たたかい)〟を提案したのだが、少女はそれに気づいてか気づかなくてか、結果的には断った。

 若干面食らいつつも、その言葉に少々物足りないような顔をしたヒソカは、その理由を聞いてみた。

 

「だって、ヒソカの顔面を殴る役目は、ゴンの方が先約だしね♪」

 

 そこにいるのは、心底楽しそうに友の活躍を楽しみにして笑う、ただの少女だった。

 

 

 

 

 

 

 



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第30話『銀月の少年』

昨日の今日でお気に入りが500を超えた事に思わず目を疑ってしまいました。


 

 

「というわけで、私はサダソを倒す事ができましたと。やったね!」

「えっと………ヒノ?正直戦って勝ったくらいしか分からないんだけど。あ、おめでとう」

「そりゃ、念に関する情報を省いて説明すれば、わけもわからなくなるだろーぜ」

 

 そんな時は感覚とフィーリング、後は野生の勘と第六感!そこらへんを駆使すれば、ゴンならばきっと理解できるはず。考えるな、感じろ!ってね♪

 

 現在私とキルアはゴンの部屋に来て、先日行われたサダソ戦について、当事者である私から説明したよ。まあ、色々と諸事情により省いたんだけど、流石に分からないかな。

 

「いや、分かるわけねーだろ!?自分で言った説明思い返してみろよ!『サダソの攻撃を避けた。サダソに突撃した。サダソの攻撃防いだ。サダソの右腕を取って投げた!地面にぶつけてKO勝利!』って、言葉覚えたてのガキかよ!?こんなんで戦いを理解しろって言う方が無理に決まってるだろ!?」

 

 ううむ、流石に言葉足らず過ぎたかな?でもゴンは今、ウイングさんと念の修行をする事も、念に関して調べたり詮索する事も禁止されているし。念を調べる事に牴触するという事で、念能力者同士の試合も見れなかったし。とすれば可能な言葉を選んで伝えるしか無くない?

 

 黙っていればばれない、と言っても流石にそれで約束を破ったりするつもりは私に無いし、ゴンも断固として拒否する事だし。

 

「そういえば気になってたけど、ゴンの指に巻いてあるそれ何?あやとり?」

「あやとり?ううん。これウイングさんに巻いてもらったの。誓いの糸って言ってね、約束を破らないおまじないなんだって。これ見てると落ち着くんだぁ」

「ふーん」

 

 何の変哲も無い赤い糸。に見えるけど………これって、【神字】の書かれた糸?ウイングさんが巻いたって言ってたし、ウイングさんが書いたっぽいね。

 

 【神字】は、念能力をサポートするための特殊な文字。と言ってもただボールペンを使って書けばいいというわけでも無く、念を込めながら記していくという。それにより、様々な条件を宿し、様々な効力を発揮するけど、私もそんなに詳しいわけじゃない。

 

 だけど私義兄(あに)のジェイは、鍛冶をする時に念を使い、念能力を補助する役目を当初より付与する事に成功した特殊な刀、【神字刀(シンジトウ)】を作ることができるらしい。具体的にどういう使い方をするのか知らないけど、【神字】自体色々と便利な物だっていうのは聞いた事ある。

 

 けど、それをゴンに説明したら念について調べた事になる。

 

 おそらくウイングさんがこの糸に籠めたのは、『【纏】をすれば切れる』というのが一番簡単か?『念を使用する』というルールだと、人は何もしなくても常時念を垂れ流しているので、このルールに抵触して切れる恐れがあるから、多分【纏】をするかどうかを鍵にしたんだと思う。

 

 あ、でも熟練者ならゴンが念について詮索するだけでも切れるようにできるかも。実際にウイングさんがどの程度の使い手か分からないし。流石に初対面でその人の【神字】熟練度を計れと言われても無理だよね?

 

 まあ実際はどうであれ、念に関する事だから一応黙っていよう。

 

「それで、ヒノは今後どうするんだ?」

「どうするって?」

「俺とゴンはまだ念を教わる目的があるからここにいるけど、お前はそもそもなんで闘技場に来たんだ?俺達と同じで金でも困ってたのか?」

「まっさかぁ。ちょっと前にヒソカから10億くらいふんだくったばかりだからお金には困ってないって」

「「………………」」

 

 あれ?ちょっとした御茶目な感じで空気を和ませたかったんだけど、失敗した?

 

「ヒノってさ、もしかしてヒソカと知り合い………だったりする?」

 

 ここで選択肢が現れた。

 

 ①うん、そうだよ!

 ②ううん、違うよ!

 

 これはどちらを選択するべきか………。この二人にたいしてどっちが正解か!ヒソカと同類だと思われるのは困るけど、素直に違うと言って納得してくれるか?いや、信じるんだ!普段の自分の行いを!

 

「ていうかお前絶対知り合いだろ。ハンター試験の受験生で念使えるのヒソカとイルミ(兄貴)とお前だけだったし、これで全く知らないとか通らねーからな」

 

 普通にばれてたー!よく考えればそうだよね。念能力者なら相手が念能力者かどうか判別できる。ならば、ヒソカがヒノ、つまり私に注目しない訳は無い!以前からの知り合いじゃなくても、ハンター試験でそこそこの知り合いになっていてもおかしくないと。

 

「えっと………」

「ヒノ!本当にヒソカと知り合いだったの!」

「いや、あのさ………」

「さあ吐け!実はヒソカと知り合いなんだろ!どうなんだ!おとなしく吐いて楽になっちまいな!」

「だからさ………あれは………」

「ヒノオオォ!」

「………うん、そうだよ。携帯番号も知ってるよ。折角だから電話してここに呼――――」

「「それだけは勘弁してください!!」」

「あ、うん。わかった」

 

 超絶的に全力で否定されてしまった。当然と言えば当然。私も逆の立場だったら全力で断る。

 

「まあ冗談は置いておいて、知り合いって言ってもあれだよ?知ってる人の知ってる人がヒソカだったってだけで」

「それでも結構近い関係だと思うけどな」

「そういうキルアだって、キルアの兄のイルミさんの知り合いなんだよ、ヒソカって。そう考えたらキルアとヒソカの関係も私より近いと思うけど」

「うぐっ!」

「………確かに」

「ゴン!納得するな!」

 

 ちなみに知り合いというのは普通に旅団だよ。まあ私が旅団と知り合ったのは6歳とか7歳とかその辺りだったから、当時はヒソカいなかったんだけどね。途中で入って来たよあのピエロマン。

 

 あ、知り合いで思い出した。

 

「キルアキルア、ちょっとピースとかして」

「ん?こうか?」ピース

 

 カシャッ!

 

「………送信」カチカチ…ピロン♪

「ちょ、待て。お前今何をした………」

「え?折角だしイルミさんとカナリアにキルアの写真送ってあげたんだけど」

「はぁ!?てめ、何しやが「あ、返信来た。二人とも早いね」おい!」

 

 どれ、最初にカナリアからの返信はっと。

 

[キルア様に、お体に気を付ける様言っておいて。後奥様が「キル、新しい拷問器具が届いたから一度見に帰っていらっしゃい♥」って言ってたわ]

 

「だってさ」

「お袋の言う事は無視しとけって返信しといてくれ」

「(拷問器具?)ていうかヒノよくカナリアのアドレス知ってたね」

 

 ふふふ。実はキルアの家に行った時、番号とアドレス交換しておいたのさ!実はキルアの家を出てからもちょくちょくメールとかしていたり………。

 

「それで、兄貴の方はなんだって?」

「えっと………なんか10万ジェニー私の口座に振り込まれたんだけど」

「ヒノ、イルミ(そいつ)のアドレス受信拒否にしていいぜ」

 

 これはあれか、キルアの写真を送ってありがとうという事なのだろうか。それとも手切れ金か、もしくはこれでもっとキルアの写真、もしくは動画を送って来いと?ううむ、あの人基本表情が変わらないしメールの文面からだと読み取りにくい。

 

 でも一枚送って10万くれるのならこれはなかなか―――。

 

「ヒノ、次に兄貴に俺の写真送ったら絶交な」

「イルミさんのアドレス削除っと」

「切り替え早いね!?」

 

 当然!お金で友達も友情も変えないからね!ごめんねイルミさん。キキョウさんと同じようにカナリアに見せてもらってね。もしくはヒソカにお願いするべきだね。今ならキルア暫く天空闘技場にいるからチャンスだから。

 

「さってと、私はそろそろ出かけて来るね」

「どこ行くの?」

「ふふふ、ゴン、私がただこの闘技場に遊びに来ただけだと思ってる?」

「えっと、実は少し………」

「………そう」

 

 そう思われていたんだ。まあ確かに200階まで上がって戦う必要は皆無だったから、現状遊んでいると言えば遊んでいるけど。武者修行でも念の修行でも無く、ある意味茶番に付き合っている感!しかしこう、ゴンに言われると少ししゅんとする。

 

「あ、いや!別に遊びとかなんとなくでもいいと思うんだ、俺!俺達だって修行とかお金稼ぎとかで最初来たんだし、理由は人それぞれだよ!」

「うぅ………ゴン、ありがとね」

 

 この子本当にいい子だね。思わず念についてぽろっと零しそうになったけど、頑張って飲み込んだ私えらい!

 

「それで、結局何しに来たんだ?」

「ああ、それそれ。人探しだよ、人。というわけで、行ってくるね~」

 

 言うだけ言って、私はゴンの部屋から出ていくのであった。

 

 後に残ったゴンとキルアは、顔を見合わせ、首を傾げているだろうけど、それは私のあずかり知らぬところだった。さあ、情報収集だ!

 

 そして数日――――

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「………えっと、確かこの階……だっけ?」

 

 キョロキョロと辺りを見渡しながら、私は通路を歩いている。今いるのは、天空闘技場の200階よりもはるか下の、70階に位置する階層。勝てば数十万は貰って上に上がり、負ければ10階ダウンの天空闘技場でもまだまだイージーなフロア。

 

 なんでこんな所に来ているかと言うと、見知った顔がこの階にいるかもしれないから。

 一人テレビで探し人をしていたら、この近辺で戦っている人物を見かけた。

 

 余談だけど天空闘技場のテレビは通常のテレビ放送に加え、天空闘技場で行わられている戦いの全てを見る事ができる。実際にヒソカの試合を見ていないゴンも、録画をして後から見る事ができるという、なんて便利なシステム!流石天空闘技場!

 

 あ、ちなみにゴンとキルアはの二人は、ゴンの2ヶ月念禁止令が解放されたことにより、今日はウイングさんの宿に行って念の修行をしているみたい。時間が経つのあっという間だね。今日はもう暗いから明日は様子見に行ってみようっと!

 

 一度来たことあるので、控室のある場所は一応頭の中に入っている。というわけで、前方に見えてきた控室の中を見てみると、今の200階ではあまり見慣れないけど天空闘技場ではよく見かける光景、つまりはいかつい男達の集まりである。

 

 これはこれで懐かしい。私はすごく浮いていたよ。多分ゴンやキルア、ズシもそうだったと思うけど!

 中に入ると、人の視線が一斉に突き刺さった。

 

「ん?またガキが来たぜ」

「待て!あいつ200階のヒノだぜ!!」

「マジかよ!!例の怪物少女か………」

「………本物は可愛いな」

「確かまだ200階で1勝しただけで負けてないはずだが………」

「一体何しにこんなところに?」

 

 70階の闘士達が口々に驚きと賛辞の声を上げる中、私は入口から周りを見渡しているけど、目的の人物は見当たらない。う~ん、当てが外れたかな?それとも死角にいるだけ?とりあえず手前にいた男性に聞いてみることにした。

 

「あの~、すいませ~ん」

「えっ、オレ!?な………なんだ?」

「ここにミヅキって人いる?」

「え!ミヅキ?ま……まあいるが。おーいミヅキ!客だぞー!!」

 

 これは意外と早くアタリを引いてしまった!短髪の男性が大声を出すと、並んだロッカーの向こうのスペースから、緩い声が聞こえてきた。

 

「ん………?ジゴー、声でかい。部屋の中なんだから聞こえるって………」

「なに寝てんだよ。ほら、可愛いお客さんだぜ」

 

 ジゴー、と呼ばれた短髪の男性に連れられてやってきたのは、私のよく知る、久しく会う少年だった。

 

 全体的に不思議な印象を纏い、キルアに比べると灰色に近い銀色の髪をした、私と同い年の蒼い瞳の少年。寝起きだったのか若干眠そうな顔をしているが、私の顔を見るとぱちくりと瞬いた。

 

「おはよっ、ミヅキ」

「んー………ん?あれ?ヒノ?………………………………くぅ」

「「「「「寝るなぁーーーーーーー!!」」」」」

 

 気づけば、私と控室の男達で、叫んでいた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「ああ、ヒノ。久しぶり。ごめんごめん。ちょっと眠かったからさ」

「寝ないでよ!せっかくここまできたのに!」

「そうだぜミヅキ。はるばる(?)200階から来てくれたのに無下にするんじゃねえよ」

 

 やれやれ、という風に肩を竦める70階の闘士ジゴーだが、特に意に返さず小さく欠伸を噛み殺した。本格的に寝ていたわけでは無く、ちょっと浅く眠っていたらしい。それでもミヅキ基本寝起きはぼーっとしてるから、少しだけ目を覚まさせるのに苦労しちゃったよ。

 

「全く!遠路はるばるジャポンから会いに来たんだから、しゃきっとしてよね」

「遠路はるばる来たわりに、なんで200階まで登ってるの?」

「うっ………………………まあそれは置いといて」

 

(((((ごまかした)))))

 

 いや、だってさぁ。ヒソカが、さ。ファイトマネーが出るとか言うし。別に登る気は無かったけど、闘うだけでお金貰えるって言うなら折角だし行くでしょ!?記念だし!?(普通は記念に200階まで登りません)

 

 あと一応言っておくと別に私お金貰えればなんでもするわけじゃないからね?今はオークションで遊びたいからちょっと稼ごうかな?って思ってるだけだから!

 

 ミヅキはあまり表情を変えていないけど、何となく呆れてる様子が伝わってくるよ。隣のジゴーさんは、少し会話に混ざろうと恐る恐るという感じでミヅキの肩を叩いた。

 

「なあミヅキ、この子お前の知り合いか?どういう関係?200階の闘士だぜ?彼女?」

「僕の妹」

「なんだ、妹か………………………………妹!!」

「「「「「なにいいぃ!?」」」」」

 

 ミヅキの妹発言に、固唾をのんで聞き耳を立てていた選手達の声で、控室は驚きに包まれた。というかわらわらと集まってきている。か、囲まれた!?みたいな?………少し暑苦しい。

 

「妹だと!?お前妹いたのか!?しかも200階のヒノ?」

「お前兄貴なのにこの階かよ!?情けねーやつだ「うるさい」ぐへらぁ!」

 

 多分手の届く所にいたというだけの理由で、野次馬の一人にミヅキの肘鉄がクリーンヒットした。無警戒だっただけに、あれは会心の一撃だね!

 

 で、この少年が私の実兄、ミヅキ=アマハラ、13歳。双子の兄にあたるよ。

 

 ジェイとは違い、ミヅキの場合は完全に血がつながっている兄妹らしい。あと顔立ちも結構似ているってよく言われる。実際はどうか分からないけど、自分じゃよく分からないかな。

 

 それにしても―――、

 

「なんで70階にいるの?私も行ったんだし、ミヅキだったら200階くらいすぐじゃないの?結構前からここにいるってシンリ言ってたよ?」

「まあそうなんだけど200階にいかないのには理由(わけ)がある」

「何?」

「ファイトマネー出ないから」

 

 断固として譲らない!というようなミヅキのセリフに………………思わず「しょうがないよね♪」と思ってしまった私は悪くないはず!でも、ミヅキいつから天空闘技場(ここ)にいるんだろ?

 

「………ミヅキっていつからここにいるの?」

「んー………………2、3ヶ月くらい前からかな?」

「よくそれで200階に行けないね」

「それは勝ったり負けたりして1階から190階を何往復かしてるからな」

 

 なんかこの子さらっととんでもない事を言っている気がするよ。これスタッフに聞かれたら色々とまずい気がするんだけど?どうなんだろう?

 

 隣にいたジゴーさんは、ミヅキの言葉に聞き捨てならない、という風に声を出した。

 

「おいミヅキ。それじゃお前がまるで200階並に強いって言ってるようなものじゃないかよ」

「そうだけど?」

「お前の戦い見てるとそうは見えねえぜ。いつも負けるときはボロボロにされてるじゃねえか」

「ボロボロって………まさかミヅキ。もしかして………」

「ん?もちろんだけど」

 

 う、ん。

 これはどうしたらいいかな。まあ確かにわざと負けている事はバレないとは思うけど、ていうかここってわざと負けてもいいのかな?ヒソカの不戦敗が認められるならここでわざと負けるのも案外許されるか。でもそれを何往復もしたら流石に天空闘技場的にアウトな気がするけど………。

 

『ミヅキ様、ゴーグ様。76階闘技場へお越し下さい』

 

 そうこうしていたら、控え室備え付けのスピーカーからアナウンスがかかった。

 

「呼ばれた。行ってくる」

「頑張ってね」

「とっとと勝ってこいよな」

「了解」

 

 後ろ手に、特に何か思う様には見えず、ひらひらと手を振ってミヅキは控室を出ていくのであった。

 さて、どうなるかな?

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 場所は変わって闘技場をぐるりと囲む観客席。私とジゴーさんとその他数人は、ここからミヅキの戦いを見ることにした。

 

「ねえ、ジゴーさんは戦わないの?」

「ああ、オレはもう戦ったからな。今日はおそらくもうねえはずだ」

「あ、なるほど」

 

 ここで何度か戦えば、その日におよそどれくらい戦いがあるのかもわかるらしい。私はとりあえず最速記録を塗り替えるようにして駆け上がったので、その辺り細かいことは全く知らない。というか知らなくても200階に行けば問題無かったし!

 

 そして時間になり、リングに二人の選手が上がってきた。一人は先ほど別れたミヅキ。もう一人はミヅキよりも明らかに大きい大人の男性。向かい合い、観客の声援と同時に解説の声が響く。

 

『さあやってきました。大人と子供の組み合わせ!しかしミヅキ選手はこれまで何度も190階まで到達して惜しくも敗北した実力者。対するゴーグ選手も170階では敗退し再びこの階まで上がってきた強者です。これはどちらが勝つのでしょうか』

 

 ホントに何回も上がったのか。ていうか私とは運悪く会わなかったね。それに話した様子だとゴンやキルア、ズシとも多分会ってない。ズシはまだ200階未満を移動中だから、会ってもよさそうだと思うけど。ちょっと二人が戦う所を見て見たいね。

 

 そういえば190階くらいまで行けば軽く億を超えるほどファイトマネーがもらえたけど、それを何回も繰り返したならどれくらいミヅキの財布に入ってるのだろうか?………………後で通帳も見せてもらおう。

 

『それでは、始め!!』

 

「うらぁ!」

 

 先制攻撃!

 開始と同時に、ゴーグさんはミヅキに近づき、丸太のような剛腕の拳を放つ。巨体通り、パワーはありそうだけどあまり早くない攻撃。だけど、ミヅキは腕をクロスさせるようにして防御するけど、相手のパワーに少し押されている。

 

「ガキだろうが、容赦はしないぜ!!」

「それはどう、も!」

 

 体を捻り、片足を軸にして回転して、ミヅキは回し蹴りをゴーグに叩き込んだ。

 

「甘いぜ!」

 

 けど、回し蹴りを防いだゴーグさんは、さっきのミヅキよりも押される。明らかに体重差のある相手に対して後退させるという事は、それ相応の力をミヅキが持っているという事。ゴーグさんはその事に一瞬驚いたが、大したダメージにはなっていないのか、歯を出してにやりと笑う。

 

『おおっと!ゴーグ選手の先制攻撃をかろうじて防いだミヅキ選手のカウンター!しかしその攻撃も、僅かに後退させるだけに留まり、ゴーグ選手に大したダメージは見られません!』

「中々重い一撃だな、ガキ!だがな!」

 

 カウンター気味に放った拳が、ミヅキの頬を打った。

 

 ゴスゥ!!

 

『クリーンヒット!』

「あ痛!今のはまともに入ったな。まあこれくらいじゃまだミヅキは倒れないと思うが」

「そうだね。私もそう思う」

 

 これくらいじゃまだ、ね。

 

 闘技場の上では、打たれた頬に痣ができたミヅキが、腕を曲げ、肘をゴーグさんに食らわした。攻撃したすぐ後だったからか、ゴーグさんの水月にもろに喰らった。これは流石に痛そう………。

 

『クリティカルヒット』

 

 これでゴーグさん1点に対して、ミヅキが2点。ポイント上では上回っているけど、果たしてこの試合は10ポイント取るまで続くか、その前に終わるか。

 

「ぐうぉ!………やりやがったなぁ!!」

 

 怒り気味に、連続で拳を振るいミヅキを狙う。肩や腕を巧みに動かして防御するが、防御しきれいていないのか、腕にも痣ができ、口元にはたらりと血が垂れる。それでも地に足を付けて立っているミヅキに、観客は惜しみない声援を送っている。その瞳は、まだ勝ちを諦めてはいない!

 

 ………………………。

 

「おらぁ!止めだあぁ!!」

「―――――」

 

 鋭く小さい呼気の音が、僅かに聞こえたような気がした。

 渾身の、大振りの一撃。相手が満身創痍だからこそ有効に、分かりやすい攻撃。しかしその攻撃を、腕を当てて逸らすようにして、ミヅキは掌底を、ゴーグの水月に当てた!

 

「ふぅ――――せいっ!」

「ぐおぉ………………」

 

 小さく呻く。

 瞳を見開いたまま、ゴーグはずるりと体を崩して、堅い闘技場の上に倒れた。それを見下ろすミヅキは、肩で息をしていたが徐々に落ち着き、大きく息を吐いたと同時に審判の声が響いた。

 

『それまでぇ!ゴーグ選手戦闘不能によるダウン!凄まじい激闘を制したた、ミヅキ選手のKO勝利!!」

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「ただいま」

 

 特に嬉しそうにしているわけでも悔しがるわけでも疲れているようにするわけでも無く、無表情のままでひらひらと手を振りながら、ミヅキは舞台から降りて廊下に出てきた。その全身はボロボロと崩れており、痣や血の痕が所々にあり、町中を歩いたら大人に担ぎ込まれて病院に連れていかれそうな格好をしている。

 まあ天空闘技場では割とよく見かける光景だね。ちょっと度合が多いくらいで。

 

「お疲れ様」

「よう、ミヅキ。今回は結構苦戦したな」

「そうでもないよ」

「ははは、強がんなよ。ボロボロじゃねえか」

 

 肩をバシバシと叩きながら、まるで兄貴分と言った感じで笑うジゴーさん。包帯やら絆創膏やらくっついているミヅキだが、特に肩を叩かれた事に関しては問題無いらしい。まあ、そりゃそうだよね。

 

「さてと、ミヅキ。今どこに泊まってるの?」

「ん?町にある宿屋かな」

「じゃあ私今200階に泊まってるからそこ行かない?広いから問題ないよ」

「200階かぁ、折角だし登ってみたかったんだ。よし行こう」

「じゃあなミヅキ。明日になったら80階で会おうぜ」

「またな、ジゴー」

「じゃあね」

 

 お互いファイトマネーをもらいつつ、ジゴーは自分の宿へ、ミヅキは私と一緒に200階へと向かうのであった。

 そう言えば普通に誘ったけど200闘士じゃない人が200階に泊ってもいいのかな?まあ同じ天空闘技場の闘士だし身内だし、問題無いよね。後はこんな言葉がある。バレなければいい!って。

 

 エレベーターに乗り、100を超えて増えていく階数表示のランプを眺めていた。

 

「………ねえミヅキ」

 

 私は、エレベーターの中で、自分にまかれている包帯をくるくると解いてるミヅキに話しかける。

 

「ん?どうした」

「正直面倒じゃないの?行ったり来たりするって。私は面倒だし普通に上がったけど」

 

 同じような事をしろと言われても、私はする気は無いしね。普通に疲れるし、なんだか逆に手間がかかるような気がするし。まあ普通の学生がバイトをするよりかはバカみたいな方法で稼いでると言えば稼いでいるけど。これも一つの才能を生かしたバイトみたいな物なんだろうか?

 

 私の言葉に少しだけ考える風に手が止まったが、再びミヅキは、頬に貼られたシップ、腕に巻かれた包帯や絆創膏を剥がしていく。そして呟くように、言葉を発する。

 

「そうだな。でも戦うのは割と楽しいし、何よりそれに合う報酬があるなら―――」

 

 手を動かし、自分の全身につけられた包帯や絆創膏などを全て剥がし終えたミヅキは、エレベーターに備え付けの全身鏡を見る。ふと見て見れば、鏡の中の自分がにやりと、楽し気に笑った。

 

「悪くない!」

 

 そこに映るミヅキの姿は、頬も腕も、怪我一つ無い、まるで最初から傷一つ無かったかのような、五体満足な姿が映っていたのだった。

 

 

 

 

 

 




ミヅキ「そういえば明日はどうする?」
ヒノ「楽しい修行見学♪」


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第31話『幻日パニックの勝利を掴め』

少し文が途切れた箇所があったので修正しました。
誤字だけで無くすみません!


 むむぅ………一、十、百………なんかすごい桁数になっている。通帳が!

 まさかの10桁!?もうすぐ11桁に届くのでは!?というような感じでかなりおかしな桁数が書かれた通帳の文字を見ていた………………ミヅキの。

 

「ヒノ、早く食べないと冷めるぞ。ピザトーストはできたてがうまい」

「あ、うん。頂きます」

 

 ここは200階クラスの闘士が宿泊する、2222号室。中はホテルのスイートルーム並みに広々としており、様々な設備は完備。まさにホテル!あ、二回目か。

 割と数人でも余裕で泊まれるくらいの広い設備。普通にテレビも冷蔵庫もベッドもソファもあるという、そんなわけで昨日はミヅキもここに泊ったよ。ていうかもうずっと泊ってるんじゃない?ホテル代節約になるし。

 

 朝起きたら既にルームサービスを頼んでいたらしく、机に朝食のピザトーストとコーンスープを並べていたんだけど、スタッフの人に誰?とか突っ込まれなかったのかな?まあご飯が美味しければいいかな?

 意外とこの天空闘技場のルームサービスって美味しいんだよね。このピザトーストの焼き加減に素材とチーズのとろり具合がまさに神!まさか本場の美食ハンターでも雇っているのかな?もしもそうだとしたら………ナイスグッジョブ!

 

「それで、ヒノは何見てるの?」

「ああ、うん、この通帳どうしたの?いや金額的な意味で。というかこれ絶対天空闘技場のファイトマネーだけじゃ足りないでしょ!」

「そりゃ当然だ。1階から180階までをストレートに勝ち進んでも約3億。3ヶ月最短距離で毎回往復したって、良くて30億が限度だからな」

 

 だったらこの金額はどうやって算出したというのか?

 

「当然………ギャンブルだ」

「………………」

「ヒノも天空闘技場のギャンブルシステム知ってるだろ?あれだよあれ」

 

 いや、まあ確かに知ってるけど。つまりファイトマネーをギャンブルにつぎ込んでお金を稼いでいたと。なんかこれだけ聞くとダメ亭主みたいに聞こえるね。実際は大勝したからこの金額何だろうけど。

 

「何、別段難しい事じゃない。天空闘技場は基本〝どっちが勝つか〟を賭ける。そう聞くと、割と簡単なギャンブルだと思うだろ」

「確かに………」

 

 ようは強そうな方に賭ければ、金が儲かる。その〝強そうな方〟がより正確に見極められたのなら、より確実に!

 確かにそう聞くと失敗し無さそう。八百長試合でも無い限りはね!

 

「それに闘技場の中じゃなくて外でも賭場は多いから、稼がせてもらったよ。ありがとヒノ」

「え、なんで私?」

「そりゃ………………ヒノの試合で賭場してる人多かったし。お前ここじゃ目立つしな」

 

 私初耳なんだけど………。いや、そりゃ耳に入るわけ無いだろうけど、闘技場の外での話なら。しかし自分の知らない所でなんかやってるてこう………。

 

「どうした?賭場の事か?言えば一週間以内に全部潰してくるけど」

「いや、そこまでしなくていいから」

「あ、そう」

 

 まあ私に危害が及ばなければほっておいてもいいかな。別段困らないし。

 

「そういえば、結局ヒノはなんでここに来たんだ?僕と同じで金稼ぎ?」

「いや、普通にミヅキに用事あったんだけど………ていうかミヅキお金稼ぎに来てたんだ」

「でもなー………190階で勝つのが一番たくさんもらえるのに、そこで勝ったら200階に行かなくちゃいけない。仕方ないから何回も行く羽目になったよ」

「だからといって普通そんなに行き来したら明らかに出場禁止になるんじゃないの」

「そこはぬかりがないから問題ない。戦い方に気を付ければいい」

 

 そりゃ昨日の試合見ていた限り、あれで手加減に手加減を重ねて全く全力じゃなかった、なんて言って信じる人なんかいないでしょ。全身ズタボロで相手と共に満身創痍の姿。

 目の前にいる、全く無傷でコーンスープを飲むミヅキの姿を見て、私は少し嘆息するのだった。

 

「それで結局何しに来たの?」

「ああ、シンリがそろそろ帰っておいでってさ。あと携帯預かってきた。はい」

 

 そう言って、シンリから渡された携帯を鞄からと取り出して、ミヅキに渡した。板状の薄型携帯で、詳しい機種名とかは知らないけど、シンリ曰く、形状の割には結構頑丈みたい。画面も含めて!あ、私も色違いで同じの持ってるよ。

 

「携帯か、特になくてもいい気がするんだけどな………」カチカチカチカチカチ!

「そう言いながら何を高速で打ち込んでるの?」

「ヒノやシンリやジェイやヒスイやじいちゃんの番号を―――」

「………よく覚えているね」

「―――と思ったらもう登録されていた。大方シンリの仕業だろ」

「どっちも何かおかしくない?」

 

 まあ割と日常茶飯事の出来事なので、あまり気にしないが吉!よくあると思って頂ければ幸い。

 さて、朝ご飯も食べたことだし、そろそろ出かける事にしようと思います!

 

「で、どこに行くって?」

「楽しい楽しい修行見学♪あ、それでミヅキにちょっとお願いあるんだけど」

「………断ってもいいか?」

「そんな事言わないで!ちょっと悪戯するだからさぁ、お兄ちゃん♥」

「………内容次第だ」

「うん!」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 ウイングから言い渡されてた念禁止令が解けたゴンとキルアが再び修行を初めて次の日!【纏】に続いて【練】を取得し、現在キルアがヒソカの能力を見抜くため、あらかじめ録画されたヒソカとカストロの試合を、【凝】をして見ている時、部屋にノックの音が響いた。

 

「ズシ、見てきてくれるかい?」

「はい!」

 

 元気よく答えた弟子のズシは扉を開くと同時に、中へと招き入れた。

 

「ヒノさん!久しぶりっすね!」

「やっほー、久しぶりズシ。ゴンとキルアはいる?」

「はい!師範代!ヒノさんです」

 

 その声に反応したのはウイングだけではなく、ゴンとキルアも扉の方を向けば、確かによく知っている顔がそこにはいた。

 太陽の光に反射するような、黄金色の髪を揺らし、紅玉のような瞳はまっすぐに二人を射貫き、楽しそうに笑ってひらひらと手を振った。

 

「ゴン!キルア!久しぶり~。ゴンも無事に念解禁できて良かったね。怪我もオッケー?」

「ヒノ!久しぶり!もうばっちりだよ!」

 

 どうだ、と言わんばかりにぐるぐると腕を振り回して全快アピールをするゴンに、キルアは若干苦笑している。

 師匠の手前事実は伏せるが、実際には1ヶ月前にはとっくに怪我は治っていた事はヒノも知っているはずだが、それでも話題にだすあたり中々演技派だなと、キルアは思った。

 

 手近にあった椅子に座りつつ、ヒノは思考の末ピコンと提案をした。

 

「じゃあこの調子でヒソカも全壊しちゃえば?」

「それはすごく物騒だからやめておくよ」

「いいじゃない、前みたいにドーンって押す感じで、お腹とか顔とかポーンって」

「可愛い表現してますけどヒノさん!それリアルじゃやばい事になってるっすよね!?」

「いいんじゃない?相手ヒソカだし」

「お前相変わらずたまにひどい事言うな………」

 

 これはヒソカが知り合いな事に同情すべきだったのか、それともヒノが知り合いのヒソカに同情すべきだったのか、残念ながらゴン達には答えが出せないのであった。

 

 コンコン。

 

 その時、二回目のノック。

 今度はウイングが頼むよりも早く迅速に、ズシは再び扉に行って客対応。流石に弟子。いや、全ての弟子がこういう真面目なタイプというわけでは無いのだけれど。

 

 そして真面目たタイプ程、咄嗟のアクシデントに思わず狼狽える場合が、割りとある。

 

「はい!どちらさ………まあぁあ!?」

「ズシ!?」

 

 ウイングですら聞いた事の無い、ズシの妙な叫び声。何かに驚いたというのは明白だが、ここまであのズシが取り乱すのも珍しい。しかし、次の瞬間ウイングを含め、ゴンもキルアも思考を停止した。

 例え念能力を修めた心源流の師範代と言えど、どんな状況にでも冷静に対応できるわけでは無い。

 

 例えばそれが――――――〝ヒノが二人いる〟という状況なら尚の事。

 

「どうしたの皆?そんなに慌てて。あ、ゴンとキルアも久しぶり~。二人共無事に念の修行再会できたみたいでよかったね♪」

 

 ひらひらと手を振って、花のように笑う少女の姿だが、その登場に皆素直に喜べない。

 太陽の光に反射するような黄金色の髪と、紅玉色の瞳。寸分たがわぬような先ほどの少女の特徴が全く反映されており、一体何事かと誰もが目を疑う。ただ一人、椅子に座っている()()だけが、不思議そうに首をきょとんと傾げていた。

 

「ヒ、ヒノ!?え!?だって、そこに………」

「何があったの?キルア?」

「………え、えぇ………ウ、ウイングさんパス!」

「投げられた!?」

 

 無茶ぶり、とは言わない。この状況なら仕方ないと言えるだろう。キルアを誰も責められない。

 そしてバトンを渡されたウイングは、眼鏡を押し上げつつ、目の前にいる二人の少女を見つめた。

 

 片や一番最初に来て、今は椅子に座ってぶらぶらとしているヒノ。

 片や二番目に来て、扉の近くで立っているヒノ。

 

(ふむ………同じ顔の人間がいるのにお互い無反応。という事はこれはヒノさんが意図的にやった事ですかね。とすると、どこかに見分けるポイントが………あ、なるほど。()()()()()()ですか)

 

 ふっと笑い、弟子たちがうんうんと唸っている様子を気づかれないように少し楽し気に見つめる。戦闘中なら隙だらけになりそうな行為だが、今は修行中。それにヒノ二人もおとなしく様子を見守っているという事で、【凝】で確認したオーラの揺らぎなど、ウイング自身の経験則などもあり、危険は無いと判断した。

 

 念能力者同士の闘いは、考えながら行う事も必須。いわゆる戦闘考察力。それに観察力や洞察力。それが相手の能力を見抜く力になる。無論念に限らず、相手の戦い方を見抜く事にも役立つだろう。

 

(さて、どういう結論になるか………)

 

「分かった!」

 

 いの一番に声を上げた少年、ゴン=フリークス。

 

 野性的な直観力、危機的状況下でも思考を低下させない冷静な判断力。決して頭が悪いわけでは無くこの状況下においても最も冷静に考えていたと言えるだろう。ウイングからみても、目覚め方は強制だが、一瞬で【纏】を学び、独学で【絶】を扱い、昨日の今日で【練】と【凝】を会得したという、ある種の神童。

 もしかしたら、本当に分かったのかもしれない。果して………

 

「携帯に電話してみればわかるよ。本物だったらヒノの携帯持ってるんだし」

 

 思わずウイングや二人のヒノも含めて、全員盛大にずっこけてしまった。

 流石のウイングもこの回答は予想外だったのか、ズレた眼鏡を直しながらゴンへと向く。

 

「………いいですか、ゴン君。こういう場合は持ち物を目印にするのはあまりよくありません。それはとても簡単に入れ替えたりする事が可能だからです。確かに本人しか持ちえない物などもありますが、今回の場合は互いに携帯を入れ替える、なんて事も可能ですからね」

 

 ヒソカはカストロの【分身(ダブル)】に対して、戦闘中にできた服の汚れ具合で本物か偽物かを区別した。

 一秒を争う戦闘の中、神経を使う人間の具現化に、その場の状況において変化のあった事まで組み込む事はほぼ不可能に近い。具現化とは、あらかじめ固定化させたイメージをいつでも念で作り出す事ができるようにする事。そして一度決めたそのイメージは、そう簡単に変える事は出来ない。

 

 だからこそ小さな汚れなどの僅か違いも重要となってくるのだが、今の現状は目の前に二人の同じ人間がやってきた。やろうと思えばこの宿屋に来る前に、あらかじめ物をすり替える、なんて事だって出来てしまう。

 

 まあゴンの素直さと、ある意味核心を突くような観察力は美徳だが、それが正しいかどうか。

 

「まぁ………やってみるけどな」

 

 キルアが携帯から発信した。一応やっては見る。とりあえず試してはみる。

 もしかしたら正解が出てくるかもしれないから。

 

「「あ、いけない。携帯部屋に忘れてきちゃった」」

 

 が、一瞬で裏切られた。しかも本人にも。

 

「ウイングさん、こいつら絶対グルだぜ。ていうか最初から鉢合わせしても二人共驚いて無いから事前に打ち合わせとかして来たんだぜ、絶対!」

「まあまあ。一応判断材料は残しておいてくれていますよ」

「師範は分かったんすか?」

「ええ。ヒノさんはここに来てから、妙な事を言いました。さて、それは何でしょうか?」

 

 その言葉に、ゴン、キルア、ズシの三人は、ヒノの言葉はを思い返す。

 

 

 

 

―――やっほー、久しぶりズシ。ゴンとキルアはいる?

 

―――ゴン!キルア!久しぶり~。ゴンも無事に念解禁できて良かったね。怪我もオッケー?

 

―――じゃあこの調子でヒソカも全壊しちゃえば?

 

―――いいじゃない、前みたいにドーンって押す感じで、お腹とか顔とかポーンって

 

―――いいんじゃない?相手ヒソカだし

 

―――何があったの?キルア?

 

―――あ、いけない。携帯部屋に忘れてきちゃった

 

 

 

 この中に一つ、おかしなセリフが存在する。それが一体何なのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウイングの提示した会話文だが、ゴンとズシが首を傾げる中、キルア一人我が意を得たり、とばかりに手を叩いて驚きに表情を染める。

 

「………あ、ああ!確かに、一つだけおかしいセリフあるぜ」

「え、ホント?」

「ゴンの異名だ!ヒノはゴンが『押し出し』って言われた時を知らないはずなのに、1人目のヒノはその事を知ってる風に言ってやがる!」

 

 知らない人の為に説明しようと思う。

 

 ゴンは1階から200階までくるにあたり、対戦相手は全て張手一つで倒している。

 これは最初のキルアの助言であり、ゾルディック家にある試しの門の、計4トンある扉を一人で開ける事できる腕力が付いたため、押すだけで相手を倒せると。

 

 4トン、つまり4000キロの扉を開けられるなら、よくて40分の1以下の体重の人間など、風船でも殴るかのように軽々と跳んでいく。その為ゴンは、200階に行くまで相手を場外まで押し出して勝利をしてきた。

 

 そんなゴンについた異名が、『押し出しのゴン』。

 

 ちなみにキルアには『手刀のキルア』という異名がついたが、これは全ての試合を手刀一発KOにした為である。

 

 さて、問題は時期。

 ゴンは確かにその異名で呼ばれていたが、それは過去の話。200階にて数か月過ごしてからは、まるっきり聞かなくなった。原因としては200階に上がった事もあるが、その後最初の戦闘は普通に行っていたから、おそらくその異名は期間限定のものだったのだろう。もしも200階で同じように相手を押し出して勝利したら、再来とか解説の人が嬉々として語りそうだけど。

 

 そして、ヒノが天空闘技場にやってきたのは、数週間前。つまり、ゴンの異名について絶対に知らないはず。

 

 

―――いいじゃない、前みたいにドーンって押す感じで、お腹とか顔とかポーンって

 

 

 本物ならば、上のセリフは()()()()()()はず。

 

「つまり、そのセリフを言った1番目のヒノは偽物!次に来た方が本物だ!

 

 

 パチパチパチ!

 

 

 そうすると、拍手の音。扉側に立っている、2番目に入ってきたヒノが、手を叩いて拍手を送っていた。

 

「大正解!正直携帯の話出たらどうしようかと思ってた」

「部屋に置いてきたんじゃないの?」

「ううん。普通にマナーモードにしてただけ」

 

 中々に相手もやりおる。

 しかしながら、キルアはじっとわずかに屈み、目線を合わせてヒノを見る。

 

「えっと、何?」

「お前本物………だよな?」

「本物だよ!?まだ疑ってるの!?」

「だって、本物って言われてもどこで判断したらいいのかわからねーし」

「それならば、簡単な話だ」

 

 いきなり、椅子に座っていた1番目に来たヒノが口調を変えて、立ち上がった。

 先ほどまでの楽し気な表情は消え、すっとした不思議な雰囲気が辺りに立ち込める。そしてゴン達は気づく。1番目に来たヒノの体を密度の高い念が纏われている事を。そしてその後の光景に、驚いた。

 

 太陽色の黄金の髪はすっと色素を失い、灰色に近い鮮やかな銀色の髪に。さらには結わえていた髪も掻き消えるように無くなり、肩口程の長さの銀髪となる。服装は全体的に、まるで体の内側に吸い込まれていくように消え、その下からは男性用の服装、そして紅玉のような瞳は、深い海を思わせる蒼い瞳に移り変わる。

 

 劇的な変化、しかしその顔には、ヒノの面影が確かに残っている。そんな姿の少年が、宿屋の一室に突如現れた。二人目のヒノとしていたので突如、という言い方もおかしな話だが、目の前の光景にゴンもキルアもズシも開いた口がふさがらない。念能力者として不思議な事にはまだ耐性のあるウイングだったが、それでも今の光景は驚きだろう。

 

「ふぅ、ヒノ、もうやらないからな」

「うん、ありがと!」

「それじゃあ改めて。ヒノの兄、ミヅキ=アマハラ、13歳。天空闘技場80階闘士だ。よろしく」

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 というわけで、正解は2番目に入ってきた私が本物でした!びっくりした?それとも別にそこまで深く見て無かった?まあ別に気にしないでもいいし、セリフの途中で、「あれ?このセリフおかしくね?」ってちょっと閃いたらすぐにわかるしね。

 

 流石にゴンの着信発言は少しびっくりしたけどね。あらかじめ音とバイブの鳴らないマナー設定にしておいてよかったよ。うっかり携帯で判別される所だった。ていうかもっと質問とかあると思ったんだけどね。

 例えば私しか知らないハンター試験の情報とか。ミヅキ基本知らないし。まあグルっていうのは最初からばれてたけど。普通に私とミヅキ一緒にいてじっとしてたし。

 

 ここで本当に私のドッペルゲンガーだったら、私ももっとすごいリアクションしてもいいと思うんだよね。

 

「あの………ヒノ?」

「ん?どうしたのゴン」

「えっと、この人って、ヒノの………お兄さん?」

「そうだけど。あ、双子なんだ。だから私と同い年」

「いや、そこじゃなくて………あ、それも吃驚したけど。ヒノの姿、になってたよね?」

「ああそこ?全部念能力のおかげだよ!」

「ヒノさん、それだけで全部説明が付くと思ったら大間違いですよ」

 

 でもウイングさん、大体そうだよね?結構「あ、なるほど!」って納得できるくらいには割と万能な返し文句だと思うよ。まあ詳細に関しては何一つ分からないけど。

 

「でも、ヒノってお兄さんいたんだ。あ、俺ゴン!」

「俺キルア。ミヅキって言ったよな、見たとこすっげー綺麗に【纏】してるように見えるけど、80階ってホント?」

「それが聞いてよ。ミヅキったらファイトマネーがないからって行かないんだよ」

「えっ、そんな理由っすか?」

「あはは、まあ確かにお金が目的なら200階まで行く必要はありませんね。しかしミヅキ君のあの試合のやり方は、さっきの能力の一環ですか?」

「流石、お目が高い。でも三人ともまだ修行中で【発】に達して無いなら、その辺りは後でもいいか?確か、ウイング?」

「ええ、構いませんよ、ミヅキ君」

 

 ミヅキの言葉に、柔らかく笑うウイングさん。

 確かに修行段階がまだ【発】に達していないなら、余計に話して修行の集中力を散らすのも良く無いし、質問は後で答えよう。今は【纏】と【練】、そして【凝】!

 

「それにしてもゴンとキルアも【凝】までできるようになったの?確か修行再スタートしたのって昨日じゃなかったけ?」

「うん。さっきヒソカとカストロの試合見てヒソカの能力研究してたんだ」

 

 ていうかホント、確か一度【纏】をした後、すぐにゴンはギドさんと戦って負けて念の禁止令を言い渡されてから、昨日に至るまでずっと何もしていなかったから、念修行実質3日で【纏】【練】【凝】を体得したと。

 ホントすごいね。いや、私が言っても説得力が微妙だけど。

 

「それで、ヒソカの能力分かった?」

「多分だけどな。粘着性のゴム、って感じが俺の見解。ヒノはどう思う?」

 

 これは普通に、「私ヒソカの能力知ってるよ!」って答えるべきなのか。でもそれしたらそれはそれで面倒に………いやでも、もうヒソカと知り合いだって二人共知ってるし別にいいかな?ヒソカの能力キルアのでほぼ正解だし、教えた事にはならないはず!でも人の念能力だし、まあヒソカがいいよって言ったらにしよう。

 

「あ、ミヅキはどう?ヒソカの能力見てみたら?ウイングさん、ビデオにまだヒソカ戦入ってる?」

「ええ。私もミヅキ君の実力を少し見たいと思ってましたし、再生しますね」

「はぁ………【凝】」

 

 ウイングさんがビデオを再生すると、テレビ画面からヒソカの試合が始まる。前半はカットして、ウイングさんが確認した限りヒソカが能力をよく使っている場面を抜粋したシーンらしい。天井にスカーフと共にトランプを投げている映像、あ、私ここらへん見てないや。カストロさんが顎を殴られる所からしか見てない。

 

 一瞬で、瞬きでもするようにミヅキの目には念が集まり、次第に最後まで再生される画面の中の、隠されたオーラを見抜いていく。

 

「それにしてもヒソカ(こいつ)随分遊んだ戦い方するな。何このイカレ奇術師(マジシャン)。天空闘技場の新しいマスコット?」

「その発想斬新!?ミヅキ、そこじゃなくてオーラオーラ。そういうのは皆わかりきってるから」

「ヒノって案外ひどい事言うんだね………」

「言うなゴン、それも分かってた事だろ」

「そうだな、左腕からは13枚のトランプ、右腕からは千切れた右腕の先、スカーフに1本ずつで15本のオーラが伸びてるな。引っ張るだけ細くなる、ああ、ゴムみたいな変化の能力か。それにカストロの顎や体に張り付けているから粘着性もあると」

 

 おおよそキルアと同じ見解。粘着性があり、ゴムのように伸び縮みする能力。

 流石に、念能力者が【凝】をすれば、ヒソカの【伸縮自在の愛(バンジーガム)】を見破る事はそう難しくない。だってゴムとガムって、限りなくシンプルだし。

 けど、ミヅキはそれだけじゃ終わらなかった。

 

「後、右腕が復活した後から地面のスカーフが無いし、右腕のオーラで繋いでたし、右腕接続時に一緒に引き寄せたみたいだな。それで復活した右腕は無傷、って事は、傷口を塞ぐ、というよりかは、スカーフに肌を再現するような能力で隠してる………って所か?」

 

「「「!?」」」

 

 ミヅキの言葉に、ゴン、キルア、ズシは驚愕に目を丸くした。その様子を、ウイングさんだけはじっと見ている。しかし、まさか普通にあの試合から【薄っぺらな嘘(ドッキリテクスチャー)】まで見抜くとは思わなかった。まあ細かい能力とかは分からないだろうけど、ミヅキはヒソカに会った事無いはず。

 

 隣のゴン達の表情も、少し真剣みを帯びてるね。

 

(俺はオーラは見えてもヒソカの能力に関しては全く分からなかったのに………すごい!)

 

(レベルが違う………。ビデオ一本分【凝】をするだけで疲れたっていうのに、こいつこんなに涼しい顔で続けてやがる。ヒノもそうだけど、念に関しては、明らかに差がありすぎる………)

 

 ズシから見ればゴンもキルアも、自分を悠々と飛び越える才覚を発揮する光のような存在だった。しかし、その二人から見ても、ヒノとミヅキの壁は厚い。追いつけない、とは言わないが、今この時点では確実に、実力で劣っている。

 

 今のままではこの二人に勝てない。歩く事を覚えた子供が、走り方を知っている大人に勝てないように。

 

(ですが、それも今後の二人の努力次第。二人とも負けず嫌いの様ですし、ゴン君にもキルア君にも、同年代でこうも実力差を見せつけられたのならば、励まないわけは無いでしょう。いい刺激になります)

 

 ズシがゴンとキルアの背中を見て向上を目指すように、ゴンとキルアもここで止まってほしくない、もっと上を目指して欲しい。そう願い、ウイングは気づかれないように、微笑むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 あの後、【凝】を会得したため、二人共ウイングさんから試合をする許可をもらった。昨日の時点ではまだだったらしいけど、成長速度を見せつけて勝ち取ったと。流石!

 で、キルアは自分の誕生日だから戦いたいって5月29日指定してたけど………。

 

「キルアの誕生日って7月じゃなかった?」

「確かにあれは嘘だけど、なんでヒノ知ってるんだ?」

「前にカナリアに聞いた」

「………たく、カナリアの奴」

 

 既にウイングさんとズシの宿を後にして、町中を歩いていた。ゴン、とキルア、それに私とミヅキで。

 ちなみにゴンも同様に、キルアの試合の次の日の5月30日に闘う事にしたらしい。

 

「でもキルアなんでそんなウソついたの?ウイングさんは普通にオッケーしたけど」

「順序が逆だからな」

「ミヅキ?どういう事?」

「今朝、5月30日の『ゴンVSサダソ』『キルアVSサダソ』のチケットが売られていた。てことは、遅くとも昨日の夜の時点で試合登録を申し込んだって事だろ?二人共」

 

 じっと値踏みするように、確かめるようなミヅキの瞳は、ゴンとキルアを射貫く。

 確かにおかしい。ウイングさんが許可を出したのはついさっきだ。なのに昨日から登録されている。考えられるとしたら、誰かに脅迫された、とか?

 

「あはは、二人共すごいね。キルア、話していいよね?」

「ああ、しゃーねーしな。でも、ウイングさんやズシには黙ってろよ?」

 

 それから昨日の夜の出来事を教えてもらった。

 200階のの自分の部屋で、ゴンとキルアとズシの3人が修行をして、終えて夜に帰る時、ズシと別れた時を狙われてズシが、あの3人に捕まったらしい。サダソさんを含めた、新人ハンター。

 

 そしてキルアが取引をした。一人ずつ戦って勝ちを譲る。これが最初で最後。ズシを渡せ。

 

 まあ結果はさっきズシが無事で何も知らずにいたのを見る限り、取引は成功したらしい。向こう側にしてみたら。

 

「でも、それでゴンも戦うって事は、ゴンの所に来たんだ」

「うん、ズシの靴が置いてあってさ。負けるのは別にいいんだけど、次あいつらがズシに同じ事してきたらと思うとさ………」

「ねえ、ゴンにキルア。それ聞いていたら一つ気になった事があるんだけどさ」

「ん?」

 

 一つ、ゴンとキルアはサダソさん達に脅迫されて戦闘日を無理やり指定させられた。既に申請書も出して日にちの変更は不可。

 

 一つ、取引に人質として使われたズシは、申請書を出したら無事に戻って来た。今も元気にウイングさんの所で修行し、その日の事は眠らされていたから覚えていない。

 

「そのサダソさん達との戦いってさ、絶対負けなくちゃいけないの?」

「は?」「へ?」

 

 いやだってさ、脅迫は人質がいるから成立するわけで、確かにそれで戦闘日を向こうの好きに決められたけどさ、もうズシ取り返したんだし、別に試合で負ける必要無くない? 相手に勝ったって、もうズシはウイングさんと一緒にいるし、なんなら試合の無い人が警護でもすればいいし。

 

「って、思ったんだけどどう思う?」

「「………………………確かに」」

「でしょ?」

 

「え、でもそれってなんか卑怯な気が………」

「先に相手が人質取ったんだし関係無いと思うけど」

「で、でもさぁ!もしそれで勝ってから俺達がいない時狙われたら!ズシだって試合に出るし、四六時中誰かそばにってのは無理だと思うよ!」

「いや、逆にするといい、ゴン」

「ミヅキ?逆って言うと」

 

 方法はシンプル!

 

 既に向こうの()()()で戦う舞台は整っている。

 

 人質もいない!

 

 ならば、やる事は一つ!

 

 ミヅキは伏せていた目を開き、びしりと指を一本天に突き立て、提案をした。

 

 

「相手が同じ事を考えたく無くなるくらい、完膚なきまでに試合で叩きのめしてやればいい」

 

 

 

 

 




実際原作見ていたら、これもう人質いないし普通に試合になったら勝ってもいいんじゃ?と思いました。というわけで次回、大観衆の前で叩きのめします。………まあ脅す方が楽と言えば楽なんですけど。


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第32話『バターナイフの脅迫状』

天空闘技場もおそらく後少しで終わりそう。


 

 

 

『さあぁ、やってきました世紀の決戦!天空闘技場を駆け上がる少年闘士の一人、キルア選手VS先日ヒノ選手に敗北し5勝2敗、まずまずの成績を残す、サダソ選手!』

 

 若干解説に悪意があるような、そして解説は色々誇張し過ぎるような気がしたが、特に気にしない。キルはいつも通りのベストコンディション、いや、いつもよりもやや、楽しそうだった。

 

「ふふふ、今日は()()()()()()()ね、キルアちゃん♪」

「ああ、()()()()()()ぜ」

 

 

 サダソは思っている。これは勝ち戦だ、と。

 

 勝者の決定している、いわゆる八百長試合だと。だが、そんな事など関係ない。どんな手段を使っても、どんな方法を使っても、確実に勝つ。先日ヒノに負けた事により、後1敗でもすればもう後が無い状態。この戦いでキルアに勝ち、ゴンに勝ち、そしてヒノにもリベンジする。無論、確実に勝てるように策を巡らせて。

 

 そうさ、これは知の闘い。正々堂々、まっすぐ正面から戦い勝とうなんて、愚か者のする事だ。

 三日月のように口元に笑みを浮かべ、サダソはオーラを纏う。臨戦態勢、だがそれは、百獣の王が小さな兎を刈り取るような、圧倒的油断と慢心に満ちた戦いの構え。

 

 

 

 

 

 そしてキルアも考えていた。

 

 

 やる事はただ一つ………………………サダソ(やろう)を問答無用でぶちのめす!

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 「――――――」

 

 一度だけ深く息を吸い、小さく吐きつつ止める。開いていた目を徐々に細め、その中の瞳は闇を映し出すかのような色に染まっていく。カチリと、僅かにスイッチが切り替わったような気がした。と言ってもこの場は大衆の場、最悪の事態は………起こらない。

 

 瞬間、キルアはサダソの背後を取った。サダソから見れば、神速、とでも形容するような移動スピード。人の意識の死角に滑り込み、無音の歩行で移動したキルアは、容易に取ったサダソの背中に腕を振り下ろし―――

 

 ――――――その心臓を抉り抜いた。

 

「―――――――――!!?」

 

 前へと飛び出して背後を振り返ったサダソは、瞳を見開き目の前の光景を再確認する。 さっきまで自分がいた場所の背後、今は眼前にいるのはキルア。ちょうど、試合開始時と位置が入れ替わった形になる。

 

 しかしサダソは全身に冷や汗を浮かべ、呼吸は荒くなる。

 恐る恐る、右手で己の左胸に触れると、体の中で早鐘のように打つ鼓動を感じた。己の心臓は、確かにここにある。それを再確認したと同時に、先程の光景がフラッシュバックする。

 

 あの一瞬、確かに自分は背後から心臓を抉り取られた。そう錯覚するほどに、自分にのみ絞って、濃密な殺気が突き刺さった。一般人には出せない、闇に生きる世界の住人の気配。

 

「そう怯えるなよ。今のはただの挨拶みたいなもんだ。だけどな………」

 

 目の前にいるのは、本当に子供なのか?その疑問が頭の中を敷き詰めるも、答えは生まれない。否、言語として認識する事など無く、全身が震えあがり、凶悪な刃を首筋に突き立てられているかのように錯覚する。それだけで回答など十分だった。その事に、観客も解説も審判も気づかない。

 当然だ、今の時点でキルアは何もしていない。ただ見つめているだけ。

 

 ただこの後、サダソは自分がどうなるかを予想できていた。

 

「てめぇが天空闘技場(ここ)からおさらばしたくなるまで、脅して(あそんで)やるよ」

 

 何が200階闘士だ、何がフロアマスターだ、何がバトルオリンピアだ、何が名誉だ!そんな物に、なんの意味も無いことを今更ながらに知った。

 

「ま――――――」

「いったなんて、情けねー事言うなよ。そうなれば、俺はお前を追いかける。どこまで逃げても、必ずな。そうしたくなければ、闘いな。俺の気が済むまで、付き合ってもらうぜ!」

 

 振り絞って小さく漏れるような言葉も、先んじて制される。

 虚偽などでは無く、本気の目。

 

 例え【見えない左腕】を使用したとしても、容易に潜り抜けて、心臓を掴みだすだろう。例え縦横無尽に動き出そうとしても、この狭い舞台の上に逃げ道など無い。

 

 ヒノとの戦いなど、まだかわいい方だったと今なら言えるだろう。。それは実力云々の話では無く、戦いに臨む姿勢。彼女のそれは本気で子供が遊ぶ、その程度の認識だっただろう。だが目の前の少年は、確実に仕留める気でいる、そう感じた。180度対極に、凍てつく吹雪のような冷たい視線。

 

(俺は、喧嘩を売ってはいけない相手に売ってしまった………)

 

 絶望の淵に立たされたサダソに、抗う術は残されていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「これで、サダソはこの試合が終われば、天空闘技場(ここ)を去るでしょう。彼はどす黒い名誉などよりも、己の命を優先した。もう大丈夫ですよ、ゴン君」

「はい!」

 

 観客席で戦い、というよりも一方的な試合ではあったが、見守っていたウイングの言葉に、ゴンは喜びを表現して笑う。

 

 実際に戦えば、キルアとサダソの闘いがただの闘いではない事はウイングにはすぐにわかるだろうと、ゴンもキルアも思った。だからあえてウイングを観客席に誘い、話を打ち明けた。ズシが一度人質に取られた事、それにより、サダソ達と試合を組まされた事を。

 

「ごめんなさい、ウイングさん。でも俺達………」

「いえ、今回の事はズシが世話になりましたし、弟子の責任は師匠である私の責任。それにゴン君もキルア君も、私の出した課題である【凝】の会得をクリアしました。どの日で試合をしようとも、それは君達の自由。でもやはり、私から君達に一言言わせてもらえれば………本当に、ありがとう」

 

 己の弟子の為に、子供たちの可能性を汚させる所だった。

 それでもなお、姑息な手段に屈しようとも、体を張って己じゃない誰かを守ってくれた。そこに感謝の念があれど、咎めるなど筋違いだ。

 

 ウイングの言葉に、ゴンは肩の荷が降りたように、ほっとしたのだった。

 

「ズシには黙っていてください。もっと成長したら、その時は話してあげるとしましょう。今のあの子に必要なのは、集中して修行をする事。知らないのであればその方がいい、ですね?」

「うん!」

「それにしても、彼女達は大丈夫ですかね」

 

 ふとそう呟いたが、笑うその言葉に含まれた真意に、心配など微塵も感じられない。それは薄情な事は一切無く、その者の実力を、深く評価しているから。

 ウイングの言葉に同意を示し、ゴンも笑顔を、今この場にいない二人に向けた。

 

(後は頼んだよ、ヒノ、ミヅキ!)

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「どういう事だ!この試合、キルアはわざと負ける手はずじゃなかったのか!?」

「む………むぅ、確かに………」

 

 200階闘士が利用する一室で、キルアとサダソの試合を映す映像を見ながら、車椅子に載った200階闘士、リールベルトは、そばにいる同じ200階闘士ギドに声を荒げる。しかしそれに対するギドの答えも、曖昧。当然だが、彼らにもこの事態の原因が全く分かっていないから。

 

 彼らの脅迫を反故にして、キルアは己の勝利を取った。ならば、こちらとしては、さらなる強硬手段にでるしか道は残されていない。

 

「このままじゃゴン戦もどうなるかわかったもんじゃない。こうなったら、もう一度あのズシってガキを攫うしか無いな。約束を守らなかった、奴らが悪い」

「それはおかしいね。先に約束を破ったのはそっちだって、キルア言ってたけど」

「「!?」」

 

 突然の声に身構えたが、既に時遅かった。ギドとリールベルト、二人の首筋に当てられた、銀色のナイフ。200階闘士が泊っている部屋では完備されている、どこにでもある食器。だが今突き出されたそれは、どんな鋭利な刀よりも、はるかに危険に感じた。

 

 しかし気になったのはそこだけではなく、先ほど聞こえた少女の声が、入り口から聞こえた事。視線だけ動かせば、入り口の扉に持たれるようにして、一人の少女がひらひらと手を振っていた。

 ギドもリールベルトも、見覚えがある、自分達の仲間であるサダソが、彼女のデビュー戦で敗退した、無双の怪物少女。

 

「お、お前は!ヒノ!なんでこんな所!?」

「動くな」

 

 冷水を背中から浴びせられたような、冷ややかな声。己の背後でナイフを突きつけた少年は、蒼い瞳に何も移さず、ただ淡々としていた。

 ヒノと似た顔立ちをした、銀色の髪の少年。

 

 その少年に、ギドは見覚えがあった。

 

「お前は…確か190階以下を往復してると言う………そう、ミヅキ!いや、バカな!お前念が使えるな!?なぜ―――」

「下の階層にいるか、か?ただの一時的な金稼ぎだし。でもさっき200階に来たから、今は同じ階の闘士だ。まあ、宜しくな、〝先輩〟」

「――――――!!」

 

 漏れ出すオーラ。間違いなく、背後からナイフを突きつけている少年は、自分達の高みにいる。念にわずかに触れただけで、肩が小刻みに震えだした。今この状況だからというものあるが、その目が自分達を見ているようで、全く別の何かを見ているように感じた。

 

「さてと、リールベルトさんとギドさんの二人の疑問を解消しに来たよ。まあキルアとサダソさんの試合見てたなら分かるけど、脅しはもう効かないって事。残念だったね」

「何、一体どういう事だ!?」

「逆に聞くけど、どうするつもりだったの?もしもこの試合が終わったら。もしかしまたズシ狙いに行くの?今ならゴンも私もミヅキもいるっていうのに、勇者だね」

 

 脅しの手段は、脅す交渉材料となる人質がいて初めて成立する。しかし一度その人質を手放した時点で、彼らの計画は破綻していた。かと言って約束が破られたからと言って、彼らにできる事は何もない。せいぜいもう一度人質を取る、という事くらいだが、そんな事警戒している相手がさせてくれるわけが無い。

 

 3人チームのこの作戦も、相手が同様の人数、もしくはこの3人を上回る使い手が1人でもいたのなら、全く意味をなさない。その条件で言えば、どちらも相手は満たしており、既に積んでいた。

 まさに、勝ち戦。ゴン達にとっての。

 

「ま、私達は実際に脅されたわけじゃないし、別に今すぐ何か危害を加えるつもりは無いよ。キルアも言ってたみたいだけど、こっちの都合で戦うなら喜んで戦うって、さ。だからギドさんもリールベルトさんも、キルアとゴンと普通に戦いなよ。あ、ていうかミヅキいつまでそうしてるの?ていうかなんで脅す態勢?」

 

 実際動きを封じる必要性は無い。唯一の出入り口にはヒノが立っており、ここは地上から数百メートル上の部屋。逃げ出そうとしても、果てしなく無駄なあがき。車椅子と義足という、洗礼の影響のある二人にとっては、尚の事。なら、なぜミヅキはこんな真似をしたのか?

 

「いや、こういう状況ならこうするのが正しいかと」

「いやいや、これじゃこっちが悪人みたいじゃない。ギドさん達も、別に動いてもいいよ。だってそれバターナイフだよ。全く切れないよー」

 

 そう言われてちらりと後ろを見て見れば、バターナイフをつまんでぷらぷらと振るミヅキの姿。本当に何もする気は無かったらしい。無感情に見えたのは、ただ単に暇を潰していたにすぎなかったという事なのだろうか。

 

 ふっと、さっきまで張りつめていた空気が緩んだ気がした。

 

(いや、この子らは最初から何も圧をかけてない。張りつめていたのは、俺達の方。緊張が解けたのか………)

 

 一方的な試合の映像、突如部屋に侵入した二人の子供。無意識のうちに、自分達だけが張りつめていた事を、今更ながらにギドもリールベルトも気づいたのだった。

 そして緩んだ空気の中で、リールベルトはにやりと笑う。

 

「ふ、いいぜ。手っ取り早く上に上がる為の脅しの手段だが、俺らが伊達に200階闘士をしてないって思い知らせてやる!」

「できれば最初からそのセリフ言って欲しかったんだけどね」

「ああ、ちょうどいい。だったら先にどっちか二人戦ってよ」

 

 その言葉は、バターナイフを律儀に片づけて戻って来たミヅキからだった。

 

「デビュー戦って事で明日戦いたいから、どっちか戦って。どうせゴンとキルアの試合まだなんだし、いいだろ?」

 

「「………………」」

 

 ここで、ギドとリールベルトの思考は果てしなく同じ事を考えただろう。正しい選択。選び抜けば、自分達は勝ち上れるはず!ではその正しい選択とは何か?

 

「「戦うならこいつにしろ!」」

 

 互いにミヅキの相手を擦り付ける事だった。

 

「おま、勘弁しろよ!リールベルト(おまえ)俺の試合の後の予定なんだから先に試合が入ってもいいだろ!?」

「そんな事いって、面倒な相手を押し付けるなじぇねぇ!自分が負けそうだからって卑怯だぞ!ギド!」

「何を!」

「なんだと!」

 

 ああ、なんと人間は醜い生き物なのだろうか。窓の外に鳥が飛んでいたのなら、そんな事を思いながら、悩みなどない広大な大空を飛んでいようと言うのに。

 

「それで、ミヅキどっちと戦うの?」

「じゃあリールベルト」

「よっしゃ!」

「え!?なんで!?俺!?」

「そういえばゴンはギドとリベンジマッチがしたいって言ってたし、先の戦うのは違うかと思って」

 

 これで決まった。

 明日の対戦カードは、リールベルトVSミヅキ。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、大したダメージは受けていないけど、キルアに精神的にガンガン削らされたサダソさんは、試合が終わると同時にすぐに荷物をまとめて、ギドさんとリールベルトさんに一言連絡を入れて、天空闘技場を去ったのであった。願わくば、このまま争いの無い長閑な生活を送るように、私は祈る事にしよう。

 

「どうしたのヒノ?手を組んで、お祈り?」

「うん。平和な世界を願ってるんだ」

「………」

「ゴン、ほっとけ。こういう輩には関わらない方がいい。きっと後で変な宗教とかに勧誘されるぞ」

 

 確かに言動が一瞬おかしかったのは否定しないけど、そんな事はしないよ!

 

「それにしてもミヅキがもう200階に来てたとはな」

「キルアの試合まで数日あったからストレートで対戦者屠って上がってきたらしいよ」

「そりゃ………相手がちょっと可哀そうだね」

 

 あははとゴンが笑うが、私もそう思う。

 問答無用の最短距離で倒したので、多分ミヅキはもう200階以下の出入りは出来ないな。あ、でも200階で4回負ければ普通に1階からスタートなんだっけ。

 

 と、そんな事を観客席で考えていたら、ミヅキがやってきた。

 

 舞台の上、ミヅキとリールベルトさん。

 

『さあ始まります!本日のメインイベント!ミヅキVSリールベルト!!つい先日200階に上がってきた、4人目の子供の闘士ミヅキ選手!大して相手はこの200階で5勝2敗の勝ち星を挙げるリールベルト選手!一体、どんな戦いを見せてくれるかぁ!!!』

 

 もしかして解説って同じ人がやってるのかな?同じ文句を聞いた覚えが………まあいいかな!

 

「けど実際どうやって戦うんだろ。車椅子って明らかに不利じゃない?これでエンジン積んでるとか車椅子からガトリング砲とか出てくるなら話は分かるけど」

「いや、それもう車椅子ってレベルじゃねぇだろ。戦車だよ戦車」

「確かに気になるよねぇ」

 

 独楽(コマ)のような一本足の義足をつけたギドさんなら、自身をくるくると高速回転して、その衝撃で相手を倒したりって方法があった。実際にゴンもそうやって一度やられたらしいし。でもリールベルトさんは車椅子だよ、車椅子。ううむ、気になる。

 

『それでは、はじめぇ!!』

 

 開始の合図と同時に、どちらも動かなかった。

 相手の様子を伺っている、と言えばそうだけど、警戒しているかと言えばそうじゃない。いや、リールベルトさんはめっちゃ警戒してるっぽいけど、ミヅキは多分違う。相手が何をしてくるか、見てる。

 

「ねえ、ミヅキって強いの?ヒノより強い?」

「まあ、こう見えて私の方が強いかな♪」

「へぇ!そうなんだ!」

「………えっと、ゴン、ごめんね?今のはちょっとした冗談と言うかノリというか、実際どっちが強いとかはよくわからないかな。全力で戦ったりした事ないし………」

「あ、そうなんだ」

 

 そう言われるとミヅキと戦った事って意外と少ないような?いや、小さい頃なら喧嘩くらいするけど、今になってくるとそうでも無い。というかミヅキの方が考え方が大人っぽいというか、小さい頃の時点で性格が結構固まってたしね。あれ?喧嘩とかした事あったけ?………思い出せない。

 

「どうしたのヒノ?」

「いや、意外と私の脳年齢低いのかなぁ、なんて」

「?」

「あ、今の忘れて。ほら、試合少し動いたみたいだよ」

 

 見て見ると、リールベルトさんが背中に手を伸ばすと、本来なら持ち手があるであろう箇所が開き、そこから何かを引き抜く。そして取り出したのは、両手に一本ずつ持った、2本の鞭だった。

 

「鞭か。確かにあれじゃ近接格闘なんて無理だし、鞭とか銃とか、遠距離武器の方が便利だろーぜ」

 

 キルアの言う通り、足が動かないなら、手だけで相手を打倒できる何か。車椅子という条件下だと、近づかれただけでアウトなので、やっぱりああいう武器になるでしょ。流石にギドさんの独楽とかヒソカのトランプみたいな色物はそうそうないはず。

 

 しかし、ミヅキ楽しそうだね。表情はあんまり変わってないから傍目には分かりにくいけど。

 

 あれで戦うの好きな所あるし。むしろ天空闘技場に来た目的の半分くらいはそうなんじゃないかな?あ、でも実力下の所にいたからお金8割戦い2割くらいの目的かな。

 

「お、仕掛けてきたぜ」

 

 リールベルトさんは両手の鞭を、流石に手慣れたように高速で動かし、自分を取り囲むように全方位に鞭を振るう。さながら、鞭の防御陣形。

 

『でたぁ!!リールベルト選手の必殺〝双頭の蛇による二重唱(ソング オブ ディフェンス)〟!まるで蛇のようにうねる2本の鞭は、自身を守りつつ相手を迎撃する矛にも盾にもなる!さあミヅキ選手どうする!?』

 

「あ、あの人の車椅子、後ろからオーラを放出して手を使わないでも前に進めるみたい」

「ホントだ!一応念は使う前提の戦法だったんだ」

「でもあの鞭自体はただの鞭だぜ?念の戦法って言えるのか?」

 

 一応【纏】はできているのと、オーラを推進力に車椅子を動かす。多分やろうと思えば猛ダッシュとかもできると思う。あの人放出系かな?しかしそう考えると、両手で鞭を動かしてオーラで前へと進む。一応ちゃんと考えられているね。そうじゃなきゃ勝ち星も手に入らないけど。

 

「まあ鞭自体の動きはあんま大した事無いな。あれなら普通に掴んで止められるぜ」

「うん!」

 

 一応リールベルトさんの名誉の為に言っておくけど、これはこの二人がおかしいだけで普通は鞭2つなんて止められないと思うよ(人の事は言えません)

 

 さて、ミヅキの動きは――――――

 

『おおぉっと!ここでミヅキ選手、動いた!それも、正面から真っ向勝負だ!!』

 

 相手の表情を見る限り、リールベルトさんも若干不可解そうだけど、どっちかと言うと「はっ、バカめ!」って感じの事考えているっぽいね。

 確かに普通なら自殺行為、だけど………

 

 足先に力を込めたミヅキは、僅かにべキリと石の地面を砕きながら、前へと進む。爆発的な加速力で迫るミヅキに対して、リールベルトさんは手元の鞭を巧みに動かして、迎撃態勢を敷く。近づけば鞭の餌食。ただし離れたとしても舞台の上、逃げ場は無い。

 

 だが、ここで観客も解説側から見ても、驚くべき事が起こった。

 

 まるで本当は何も無い、そう錯覚するかのように滑り込み、ミヅキは鞭の中を駆け抜けた。

 

「な!」

「すごい!」

 

 無謀のように見えたその技巧に、ゴンもキルアも素直に驚く。

 縦横無尽に迫る鞭を、躱し、避け、回避する。足先でステップを踏み、ふらふらと風に揺れる木の葉のように動き、ミヅキは鞭の中一ミリも掠る事もなく潜り抜け、リールベルトさんの背後を抜けた。

 

 一瞬の交差。

 走り出したミヅキは、リールベルトさんの鞭を潜り抜け、反対側に降り立つ。

 

 その光景はとても簡単に終わったけど、見ていた人達にはどれだけ異様な事か、まあこの場で一番驚いているのは、リールベルトさんだろうけど。

 

(バカな!?俺の鞭の嵐をいともたやすく通り抜けた!?だが、攻撃は喰らって無い………なぜ!?)

 

 鞭を未だに動かしながらも、リールベルトさんはちらりと背後を見るが、その時驚愕に目を丸くする。

 

「これ、なーんだ」

 

 言葉だけなら悪戯小僧のようだけど、そんな優しい物じゃない。ていうかミヅキかなり棒読み。

 しかし気になるのはそこじゃなく、その両手に握られて見せつけているのは、()()()()()()()

 

 それに気づいた瞬間、リールベルトさんは、ガコン!、という音と共に、重力に従って落ち、椅子だけになった車椅子と共に、闘技場の上に投げ出された。それに伴い、鞭などもはや無用の長物。仰向けに寝転がったリールベルトさんは、今だ自体が飲み込めてなかった。

 

『おおぉっと!?ミヅキ選手の手に握られているのは、まさか!?まさかの、リールベルト選手の座っている車椅子のタイヤだぁ!先程の交差の時に()()とったというのかぁ!?なんたる早業!』

 

 解説も、観客も全く気付かず、気づいたら奪われていた。鞭で車椅子本体が見にくかったのと言うのを差し引いても、異常な早業。けどここで見えた人、ゴンとキルアにとっては、そう簡単な言葉じゃないらしい。

 

「すごい………あの一瞬であんな事できるんだ!」

「ただ早いだけじゃない。鞭を潜り抜けて、その上で精確にタイヤだけを取り外す。言うのは簡単だけど、実際にやろうと思ったら相当だぜ………」

 

 俺ならできるか?なんて、キルアなら考えてそうだね。ゴンも同じ事考えてそうだけど、二人じゃ全く意味合いは違ってくるね。

 

 キルアのはミヅキの戦力分析。ゴンのは自身の技術向上。

 相手の事を考えるか、自分の事を考えるか。ここらへん、性格が出て来るよね。

 

「さてと、車椅子も無くなったし、これで終わり。案外あっさりと………お?」

 

 ミヅキはそう言って、リールベルトさんに近づき、そばに落ちていた鞭を拾う。先端が一瞬リールベルトさんをぺチンと叩いてお腹の上にぽすりと乗ったけど、特に気にせずしげしげと眺めた。

 

 が、しかし!その様子を見ていたリールベルトさんの表情が、なぜか青ざめている。

 

「ん?なんだこのスイッチは」

「ちょ、待て!それに障ったら―――」

「えい」クイッ

「あばばばばばばばば!!」

 

 ミヅキが拾った鞭の柄についてたスイッチを上げると、突如鞭から電流が走り、触れていたリールベルトさんは奇声を上げながら感電した。すぐにミヅキはスイッチを戻すと、声は止んでどさりとその場に再び寝転がる。

 どこからどう見ても、完璧にKOだった。

 

『リールベルト失神KO!勝者、ミヅキィ!!』

 

「まさかあの鞭に電気入ってたとはな」

「あはは、なんか少し最後だけ可哀そうだったね」

「ていうかあの人今度のキルアとゴンの試合とか出られるのかな?」

 

 案の定、ミヅキによる車椅子崩壊と感電ダメージの為、リールベルトさんはゴンとキルアの試合には出てこられませんでした。

 

 後でお見舞いにフルーツとか部屋に送っておいてあげよう。

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、お待ちかねの【発】の修行!


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第33話『水面に映る花模様』

第1話『ヒノ=アマハラ』の最後の登場人物紹介欄に挿絵を投稿してみました。良ければみて見てください。出来に関してはあまり突っ込ま無いで頂ければ幸いです。



 

 前回のあらすじ!

 サダソさんは実家に(多分)帰って、リールベルトさんはミヅキによってKO!

 

 ここからはあらすじじゃなくて結果報告。

 その後に続いた試合なんだけど、まずはゴンとギドさんの闘い、リベンジマッチという事で、正面から独楽を迎え撃ち、鉄製の義足を拳ぶち折って、ゴンの完勝!200階に上がってきた当初とは比べ物にならないくらい強くなったね。成長速度が速い。

 

 ちなみにギドさんを倒した方法だけど、釣り針を舞台に引っ掛けて、ギドさんが乗ってた石板をひっくり返して回転を止めたの。やり方が豪快と言うか、よく思いつくとつくづく感心する。あと石を持ち上げるあの釣り竿が何でできているのかも気になる。エレベーターで使うワイヤーとか?

 

 天空闘技場から去ったサダソさんも、車椅子が壊れたリールベルトさんも、義足を折られたギドさんも、最終的にゴンとキルアの試合には出られず、残りの試合は全てこちら側の不戦勝となりました!パチパチ!

 

 私?いやいや、私はまだ準備期間残ってるし、特に戦って無いよ。

 とりあえず200階でも勝ちを得た事で、ヒソカから戦いの許可をもらったらしい。

 

 いつでも、相手になると。

 

 ウイングさんによる念の修行も、残すは【発】のみ!さあ、今日も頑張ろう!

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「いよいよ今日から【発】の修行に入ります。これをマスターすれば念の基礎は全て修めたことになります。あとは基本に磨きをかけ、創意工夫をもって独自の念を構築していくだけです。それでは始めましょう」

 

 ヒソカから戦いの了承を得たゴンはキルアと共に四体行、最後の【発】の修行に入るのであった。

 ちなみにウイングさんの宿屋、つまりこの場所には、私とミヅキも普通にいる。

 

 

 【発】とは念能力の集大成。

 

 放出系・強化系・変化系・操作系・具現化系・特質系の6つのタイプに大別される。

 

 【発】とは念能力者にとっての必殺技にもなり、自分にあった能力を見つけることが大事である。6つの属性それぞれ六角形に配置して、相性を示す六性図という図形で表される。自分の系統が最も覚えやすく、その隣あった2つの系統が相性が良いとされている。

 

 並びは上頂点に強化系、次に変化、具現化、特質、操作、放出、そしてまた強化に戻るという順番。

 いわゆるこんな感じ?

 

     強化

 放出     変化

 

   

 操作      具現化

  

     特質

 

 なので強化系の人間が覚えるなら、自身の系統と、隣り合った放出系、変化系の能力がベスト!他の操作、具現化などは、覚えられない事は無いが、相性はイマイチなので、能力も微妙なのになってしまう。

 

 例を上げると、ヒソカの能力であるバ【伸縮自在の愛(バンジーガム)】は、オーラをガムとゴムの両方の性質に変化させる為、これは変化系の能力。そしてジェイの【不可思議な刃物(ジャックナイフ)】もオーラを刃物の性質に変化させる為、この能力も変化系。

 

 二人共自身の系統が変化系と知っており、故に相性抜群の変化系能力を会得した。

 

 しかし、例えばカストロさんはウイングさんの見立ててでは強化系に属する人なんだけど、自身と相性の悪い具現化・操作系の能力の【分身(ダブル)】を作ってしまった為に、結果的にすごいけど色々と今一つの能力者となってしまった。

 

「要は選択ミスってことだろ。でもさ、自分のオーラがどの系統属してるかなんて調べる方法なんてあんの?」

 

 最もな疑問だねキルア。でも大丈夫!過去の人は偉大な人がたくさんいるけど、そんな人が発見したり生み出したやり方は今でも語り継がれている。

 ウイングさんはワイングラスにいっぱいの水をいれその上に一枚の葉を乗せて用意した。

 

「【水見式】。ここに手を近づけ【練】を行う。その変化によって資質を見分けます」

 

 ウイングさんが【練】をすると、ワイングラスになみなみと注がれていた水が勢いよく溢れ出し、下の机を濡らした。おお!

 

「へぇ!すごい、初めて見た!あとウイングさんって強化系なんだ!」

 

 なんかイメージと違ったよ。強化系って単純ってよく聞くし。ウヴォーとかウヴォーとか、あとはウヴォーとか!

 

「おや?ヒノさんは初めてですか。しかしそれなら自身の系統はどうやって?」

「私が知ってるのは【開花法】っていう調べ方。ミヅキ、あれ持ってる?」

「ああ………確かここに、ほら」

 

 そう言って、ミヅキは鞄から何かを取り出して私に放り投げる。

 小さく、およそビー玉くらいの黒い粒が私の掌に乗る。ゴン達は覗き込むように見て、ぽつりと呟いた。

 

「これって………植物の種?」

「そ!これに少しだけオーラを込めると」

 

 とたんに、まるで植物の成長動画でも見ているかのように、私の掌に乗っていた黒い種に亀裂が走り、そこから生まれた芽が膨らむように伸びて、茎も葉も無い、蕾を作り出した。水に浮かぶ蓮っぽく見えるけど、これはそういう感じじゃなく、本当に今の時点では蕾しか無い。条件によっては葉も出るけど。

 

「ほう。これは、随分不思議な花ですね………」

 

 ウイングさんは興味深そうに、一連の蕾の動きを観察する。

 

「〝リヴリアの花〟だよ。ゴン、これ持って【練】してみてよ」

「いいよ。………それじゃぁ【練】!」

 

 その瞬間、ゴンの掌の蕾は、外側の花びらが数枚動き、開く。このままいけば満開になると思うけど、咲いている途中、のような感じで止まってしまった。

 

「これって………どういう事?」

「〝蕾が開く〟のは強化系の証だよ。ゴンはウイングさんと同じで強化系だね」

「おお!」

 

 【練】を解いた瞬間、ゴンの掌の花はゆっくりと、再び蕾に戻ってしまった。これで次の人ができる、というわけなの。これが、私の知ってる系統判別方法【開花法】。シンリに教えてもらった。この種も貰ったけど、どこに生息しているとかはよく知らない。ただオーラを吸って花を咲かせる特殊な花らしいけど。

 

 ちなみに他の系統では別の変化が起きる。

 例えば変化系のジェイだったら〝花弁に模様が浮かぶ〟とかね。

 

「次は自分っす!」

 

 次はズシの番。【水見式】の方で【練】をしたら、葉っぱゆらゆらと水の上で動いた。

 

「葉っぱが動いてるっす」

「〝葉が動く〟のは操作系の証です」

 

 操作系といったらイルミさんとかシャルか。戦うとしたらズシもなにか操作するのかな?でもズシだとあの二人みたいに人を操作とかは似合わなさそう、というか性格の問題で無理っぽいから、人以外の何かか、自分を操作。

 

 念は使い手の性格とかに反映されやすく、自分が得意な事に関する能力なら抜群の相性になる。あ、そういえば操作系って愛用の品とかだったら操作しやすいって言ってたけど、ズシだとなんだろ?

 

 最後にキルア。こっちも水見式で【練】をしたけど、見た目に何も変化は起きない。

 

「何も変わんねーぞ。もしかして俺って才能無い?」

「いえいえ、水を舐めてみてください」

「………………!?少し甘い……かな?」

「〝水の味が変わる〟のは変化系の証です」

 

 甘くなったのか。確かちょっと前にジェイがやったときは、水が辛くなったんだよね。ここらへんの味の変化も人それぞれなので、キルアみたいに甘いとなんか得した気分だね。

 

「じゃあヒノとミヅキも見せてみろよ」

「そうだね、やってみて」

「いいよ。それじゃあ、」

 

 せっかくなので私も【水見式】をやってみよう!

 ワイングラスに手を掲げて、私は【練】を行った。

 

 すると――――――

 

「あれ!?ワイングラスが空になった?水と葉が消えたよ!」

「ウイングさん、これは?」

「〝5つの系統の変化以外の変化が起こる〟のは特質系の証。この変化はどの系統の変化でもないので、ヒノさんの系統は特質系ですね」

「へー、特質系って何ができるの?」

「特質系は他に類を見ない特殊なオーラ。なので人によって少々変わった念能力となるのですよ」

 

 例を挙げるなら、旅団のリーダーのクロロは他人の能力を盗むし、パクだったら触れた相手の記憶を読む。こういう、特にパクみたいな割とローリスクな条件で相手の情報を知れるタイプは結構珍しいけど、いる故に念能力者は自分の痕跡を極力消そうとする。自分がわずかに残した肉声や髪の毛からも、念を使えば深い情報を知られる恐れがあるから。

 

 これがある意味念能力の恐ろしい所。本人の知らない部分も知れる能力とかもあるらしいし。

 

「そうなんだ。じゃあヒノも変わった能力があるの?」

「まあね。でも正直言って一切参考にできないよ?」

 

 それが特質系が特質たる所以。六性図の一番下に位置してはいるが、だったら具現化系と操作系の能力者は、自身の系統の次に特質系が覚えやすいか?と言われたら、否だ!

 

 特質系は覚えようと思って覚えれるわけじゃなく、あれは独立した、いわゆる念の中のブラックボックスの一つ。ただ具現化系は後天的に特質系に代わるケースがあるらしい。 特殊な能力を付与した物質を具現化する、というのが一般的な具現化能力だから、分からないでも無いけどね。

 

 一先ず特質系を参考にするのは基本的に無理、という事で、キルアは少々残念そうだった。

 

「ちぇっ。じゃあ次ミヅキ、やってみてくれよ」

「いいよ。ゴン、それ貸して」

「うん!」

 

 ミヅキはゴンから先程の蕾を受け取ると、【練】をした。

 すると、蕾は徐々に沈み、まるで内側からブラックホールに吸い込まれていくかのように歪み、最終的には、元の種だけが掌に残る事となった。

 

「逆再生!?ヒノ、これは?」

「〝5つの系統の変化以外の変化が起こる〟のは特質系。ここらへんは【水見式】も【開花法】も一緒みたいだね。ミヅキは私と同じ特質系なんだよ」

 

 流石は双子!まあ兄妹間でも一人一人性格が違うように、系統も違ったりするけどね。 確かに両親の系統が子供にも流れる可能性もあるらしいけど。………そう言われると私の周りに正確に親がいる人少ないんだけど。私もミヅキもジェイも旅団の皆も

 ………いやいや、よく考えたらゴンやキルアだって現時点では親の系統知らないんだしね!

 

「さあこれで3人がどの系統に属しているのかが分かりました。これから4週間はこの修行に専念し今の変化がより顕著になるように鍛錬を続けなさい」

「「「押忍!」」」

「「はーい」」

「いや、お前らは修行しないだろ!?」

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 そしておよそ4週間後、ヒソカとの対戦を明日に迎えたゴンはキルアと共にウイングさんの宿へ、修行の成果を見せにきた。もちろんズシだっているし、私もミヅキもいるよ!

 

「あ、ヒノその鞄のストラップどうしたの!それってキツネグマでしょ!」

「うん!少し前に貰ったんだ!知ってる人形屋の支店が近くにあってね」

「ヒノ、その話はまた今度だ」

「そうだぜ、ゴン。今日来たのは明日の為だろ?」

 

 明日はヒソカとの対戦日。

 今までの念の修行の成果、今日の出来次第!

 

「それでは修行の成果を見せてもらいましょうか」

 

 ウイングさんに、【水見式】の用意されたグラスを差し出され、一番手のゴンが手を掲げて、一度深く呼吸をし、一息に【練】をした。

 するとグラスから勢いよく水が溢れて、グラスの下の机が水浸しになった。

 

「おお!」

「すげー勢いだぜ!」

「水浸しだな」

「よろしい、次キルアくん」

「おう」

 

 2番手は、キルア!

 同じくグラスに手を掲げて【練】を行う。しかしその水はピクリと揺れる事無く、一切の変化が無い。しかしそれは外見だけ、その中身は一体!【練】を終了したキルアは、手で示す。

 

「いいぜ」

 

 変化系の変化は見た目ではわからないから、私達は水を舐めてみると――――――

 

「!!」

「すごく甘い!はちみつみたいだよ!」

「美味しい!なんて便利な!」

「ヒノ、なんか感想違くね?」

 

 やっぱり甘いのはいいよね。でもこの場合【練】で甘くしたから、本来砂糖水やジュースなどに含まれるような甘味成分、例えば果糖(フルクトース)砂糖(スクロース)みたいな、言い方はあれだけど人体に影響のある成分が一切入っていないのだろうか。

 もしかしたら、いわゆる甘味はあるけどカロリーとかは少ないダイエット系のノンカロリーシュガーみたいな感じの水が出来上がるのかな?

 

 そう考えると色々と便利な使い道が――――――

 

「ヒノ、どうしたの?」

「ゴン、ほっておいていいよ。ヒノはたまに深読み、というか思考が脱線するから」

 

 なんて事を、ミヅキだってたまに思考が戦闘態勢(バトルモード)に入る時があるじゃない。

 まあそれはいいとして、4週間の修行の成果は、ウイングさんも認める所となった。

 

「まったく、たいしたものです。2人とも、今日で卒業です。そしてゴンくん。裏ハンター試験合格!!おめでとう!!」

「え」

 

 プロのハンターになるためには念法の会得は最低条件。

 ハンターは密猟者や略奪者など、例えば賞金首(ブラックリスト)ハンターになれば指名手配犯を捕まえる機会だってある。その為、ハンターそれに見合う強さが求められる。

 

 念というものは、やろうと思えば誰でも使用できる為、悪用されればその場合は凄まじい破壊力となる能力。

 なのでハンター試験に合格したものにだけ、裏ハンター試験と称し、密かに先達のプロハンター達が、新人ルーキーハンター達に念を伝授することになったそうだ。こちら説明ウイングさんより!

 

「じゃあウイングさん。私は?」

「ヒノさんは最初から条件を満たしているので、ハンター試験合格とともに裏試験ももちろん合格ですよ。師範はジャポンにいた時に伝えるつもりだったそうですけど、忘れていたそうですよ」

「ねえヒノ、師範の人って?」

「心源流の師範代はゴンも知ってるネテロ会長だよ。私はジャポンの道場に一回行った事あるんだ」

 

 そう教えると、ゴンもキルアも驚いていた。まあここまで話を聞けば、色々とネテロ会長(ハンター協会)に仕組まれてていた感は否めないしね。実際に仕組まれてたし。

 

「ちなみにヒノさん同様に、ヒソカやイルミも同じく試験時から念を修めているので、裏試験はパスしています」

 

 まあそうだよね。ていうかネテロ会長、ハンター試験終わってから2回も私に会ってたのに裏試験の説明をしないなんて。別にしなくても支障は無いけど、ハンターに関する知識力が低下していたね、うん。次に会ったら一言文句の一つや二つ言っておかないと。  例えば「やっほー、うっかり会長!」とか?

 

「キルアくん、ぜひもう一度試験を受けてください。今の君には十分その資格がありますよ。私が保証します」

「………ま、気が向いたら」

「あ、キルア嬉しいんでしょ!そうでしょ!」

「俺も、キルアなら合格間違いなしだって思うよ!」

「………そか」

 

 頬が少し赤くなって、キルアも照れてるんだね~。しかもゴンの方は純粋な勝算だから、キルアみたいなタイプは照れるしかないね!

 

「ミヅキもハンター試験受けてみれば?色々と便利だよ」

「例えば?」

「外国にずっと滞在してられる!」

「ほう、確かに便利だな」

「ヒノさんもミヅキさんも、なんかズレてるっす………」

 

 ちなみにウイングさんによると、同期のハンター試験合格者であるクラピカとハンゾーはすでに念を修得しており、ポックルは【練】に手こずっており、ポドロさんは【発】の修行段階。レオリオは医大受験をした後に修得するみたい。

 

 念は心源流の師範代か、もしくは近場(この場合場所の近さではなく、近しい人間など)のプロハンターが教えてくれる場合があるらしい。という事はウイングさんってゴンに念を教えるために天空闘技場に来たのかな?いやまさか、偶然だよね。

 もしくはズシの修行と同時にゴンの修行もつける、まさに一石二鳥の修行方法か!他の合格者達もどういう経緯で師範代と出会うんだろうね?

 

 まあなんにしても、これでようやく念の修行が終わった。

 基礎の、っていうのが前に付くけど、その先の応用や念能力は、この先のゴン達次第だね。

 

 明日のヒソカ戦に備えるゴンに、ウイングさんは激励を送った。

 

「最後に一つ忠告です。明日の試合、くれぐれも無理しないように!!」

「はい」

 

 そして、ゴンとヒソカの決戦当日!

 

 

 

 



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第34話『天空闘技場最終ラウンド』

ようやく天空闘技場編も終了!

今回はほぼ原作通りのゴンとヒソカの対決内容になります。ヒノ、ミヅキの解説を見ながら軽く見ていって下さい。

そしてお気に入り600件、ありがとうございます!


 

 

 オオオオオオオォオォォォオオ!!

 今から始まろうとしている戦いに、会場の観客達が割れんばかりの歓声を上げている。

 

『ゴン選手VSヒソカ選手!!いよいよ注目の一戦が始まろうとしております!!最初に現れたのはゴン選手!今日は手ぶら!3勝1敗と、波に乗っています!!』

 

 ゲートからゴンが出てきた!ギドさんの戦いでは釣り竿を使ったけど、今回はその身一つ。

 果たして、ここでハンター試験の雪辱が果たせるか、ゴン!!

 

『さあ、そして反対側のゲートが開き始めた!!ヒソカ選手の登場だー!!現在9勝3敗、勝てばフロアマスター、負ければ一転地上落ち!しかし闘技場(リング)に姿を見せればいまだ負けなし!無敗神話は続くのかぁ!!』

 

 ゴンが出てきたゲートの反対側から現れたのは、殺戮の死神に魅入られた、奇術師道化(ピエロ)ヒソカ。ヒソカも手ぶら。いや、元々暗器のようにトランプを隠し持つヒソカだから、見た目で武器なしとは判断しにくい。

 ヒソカの事だし、殺しはしないと思うから、二人共どんな戦いをするか楽しみ!

 

『ポイント&KO制!!時間無制限、一本勝負!』

 

 観客席には私とミヅキとキルア、それにウイングさんとズシも見に来てる。

 ようやくやってきたゴンとヒソカの戦い。頑張れゴン!

 

『始め!!』

「ふっ!!」

 

 開始と同時にゴンは一足でヒソカに肉薄し先制攻撃をしかけるが、ヒソカにはあっさりと躱され、そのまま反撃をくらった。しかし、それで倒れるような意識を持っていなければ、鍛え方もしていない!ゴンはすぐに立ち上がりすぐにヒソカへと連打。

 

 けどヒソカにとってはその攻撃も予測の範疇。尚且つその速度事態も、赤子の手を捻るように全て躱し、ゴンに向かって攻撃を放った所、ゴンが避けるのを見越して脚を上げて攻撃した。

 ゴンは空中で躱そうとしたけど少しくらってしまい、少し飛ばされてしまう。が、またもすぐに立ち上がってヒソカに向かっていく。

 

 しかし攻撃は全て躱されその度に反撃を喰らう。

 

「りゃあ!!」

 

 やはり全て躱され反撃を受ける。今度は反撃を受けてなおゴンは蹴り上げるように攻撃するが、あまりたいしたダメージになってないみたい。ヒソカは、攻撃を受けた方と逆の手でゴンに向かっていったがゴンは一旦距離をとり再び接近し攻めまくる。

 

 今度はヒソカの攻撃はうまく防御して避けた。

 そこからさらに攻撃と反撃を繰り返し、今度はヒソカの攻撃にゴンは全て避けたが、次のヒソカのフェイント攻撃をくらってしまって押されてしまった。

 

ヒソカは手を招いてゴンを誘う。ヒソカはまだまだ余裕だね。それどころか、ここまでの戦いの中で、ゴンはまともにヒソカに攻撃を当ててもいない。逆にヒソカの攻撃は、面白いようにゴンへと浴びせる。

 

 身体的能力は全般ヒソカの方が上、経験値もヒソカの方が上。つまり、別の要素でこの差を埋めなくてはならない。

 

『クリーンヒット!!ワンポイント、ヒソカ!!』

 

 オオオオオオオオオォオォオオオォォ!!!

 

 開始から一気に起こった二人の攻防に、早くも会場はヒートアップ状態だ。

 

「くくく、どうした?まだボクは開始位置から動いてさえいないんだけどね♦」

「えっ、ホント!?くそ~見てろよ!」

 

 一歩も動かずゴンの攻撃を全て捌き、逆に自分は攻撃を当てる。完全に遊んでいるけど、事実このわずかな攻防の間にも、実力差が如実に出てしまってる。さて、どうするつもりかな、ゴン。

 

「ヒソカは全然余裕みたいだし、このまま攻撃を繰り返してもクリーンヒットは当てられないな。なにか別の手立てを考えないとな」

「そうだね。ほらみて!ゴンの顔。なにか思いついたっぽいよ」

 

 ゴンは先ほどと同じ用に接近しヒソカに右ストレート、と見せかけて何度もフェイントだけを入れ、フットワークの軽さを生かして素早く移動し、結果的に攻撃を当てずに、今度はバックステップで距離を取った。ふぇんとだけという、攻撃をすると見せかけて全く攻撃せずに距離をとり、ヒソカ自身も疑問符を浮かべる。

 

 そしてしゃがんだと思ったら。

 

「だっ!!!」

 

 素手で足元のリングの一部である、一辺2メートル半はありそうな石板を、ひっくり返した。ジャポンには似たような技で『畳替えし』というのがあるけれど、さながら『石板返し』といった所だね!

 

『出たーーー!!ゴン選手の石板返し!!』

 

 ゴンは石板を蹴り砕き、ヒソカは石板の欠片を大量に浴びた。これって武器に入るのかな?いや、別にルール委はんでは無いけれど。

 

 ヒソカは石板の欠片をさほど苦も無く弾いたけど、確かにこの瞬間石板に視界を奪われた。結果としてゴンを見失ったみたいだけど、観客席の方からだとよくわかる。

 

 隙を伺い、まるで狩りをする獣のように。ゴンは【絶】をして石板の欠片の影に隠れ、ヒソカの背後から襲来!

 

 ゴンの拳が、ヒソカの左頬に突き刺さった!

 

『クリティカル、2ポインッ!!ゴン!!』

 

 やった!!ゴンの拳がヒソカの顔面に命中した!

 

 ヒソカは薄く笑を浮かべて開始位置から初めて自分から動き、ゴンの元へ歩み寄っていく。同様にゴンも構えを解いてヒソカに近づいて行った。

 

そしてお互い距離が1mほどになったら立止まる。

 

ゴンは、ポケットからだした、No44のナンバープレートをヒソカに差し出した。

 

ヒソカは笑ったまま受け取り、その瞬間二人は再び距離を取って対峙した。

 

『おおー!?今のはなんだったんだーー!?わからーん!!』

 

 これでハンター試験以来目的だった〝ヒソカに顔面パンチのおまけ付きでナンバープレートを返す!〟という目標が達成された。あとはこの闘技場で普通に戦うだけなんだけど、まさか本当に戦ってる最中に渡すとは思わなかったよ。当然のようにヒソカも受け取ってるし。

 

「解説に同意だ。ヒノ、今のは?」

「実はかくかくしかじか」

「それはまぁ、何とも。………ゴンって面白いな」

「でしょ?」

 

 隣に座ったミヅキも、少し笑ってる。確かにゴンの言動を上げてみれば、すごく面白い!安直というか単純というか、強化系の例に漏れないけど、知ってる人の中では一番真っすぐだし。

 それはヒソカも知る所。楽し気に笑い、仕切り直しとなった。

 

「念について……どこまで習った?」

「?基礎は全部」

「そうか、キミ強化系だろ?」

「えっ!なんで分かるの!?」

 

 ここでキルアだったら「さて、どうだろうな」とか言って煙に巻く所だけど、ゴンは普通にばらしちゃたね。まあゴンは嘘とか付けない性格だし、しょうがないよね♪

 

「くくく、君は可愛いな♥だめだよ、そんな簡単にバラしちゃ♠」

「うるさいな。なんでわかったんだよ!」

「血液型性格判断と同じで根拠はないけどね♦ボクが考えたオーラ別性格分析さ♥」

 

 ヒソカ、そんなこと考えてたんだ。暇なのかな?でも色んな系統タイプを見た事あるけど、なんとななくわかる気がするよ。

 

「強化系は単純一途♥」

 

((((あってる))))

 

 この場にいた念能力者は何人そう思ったのだろうか。すごい!確かにあってるぞ!ヒソカ!

 

「お、今指差したと同時にゴンにオーラをくっつけたな」

「ホントだ。全く、ヒソカも抜け目無いね」

 

 ミヅキ同様に【凝】をして見て見れば、ヒソカの左手の指から伸びた【伸縮自在の愛(バンジーガム)】が、ゴンの頬にくっついている。これで、例えゴンが逃げようとも、ヒソカから逃げる事は出来ない。それどころか、ヒソカの意思で引き寄せられたりもする。

 

 流石に、戦いながらのスムーズな【凝】はまだ難しいみたい、というかゴン、多分【凝】の存在が頭から抜けているね。戦いに集中するのはいいけど、念の戦いは何事にも備えないとね。

 

「けど、攻撃の時じゃなくて話している途中につけるとは、随分油断している。いや、油断では無く、遊んでる」

「ま、実力差が実力差だししょうがないけど、いいんじゃない?」

 

 ゴンもなんだか、楽しそうだし!

 

「ちなみにボクは変化系♦気まぐれでウソツキさ♠」

 

((((あってる))))

 

 ほかの系統も、今度会ったら聞いてみようっと。

 

「ボク達は相性いいよ♥性格が正反対で惹かれあう♦とっても仲良しになれるかも♥だけど注意しないと、変化系は気まぐれだから、大事なものがあっという間にゴミへと変わる♠だから、ボクを失望させるなよゴン♦」

 

 ヒソカのオーラが強まった。今度は、少しマジにやる気だ。

 ヒソカは一瞬でゴンに詰め寄り肘を浴びせ、ゴンが吹っ飛ぶとゴンの予想着地地点に一瞬で移動して、飛んできたゴンに攻撃した。

 

 ゴンは吹っ飛んで床で何度かバウンドするけど、その目は闘志に燃えて、周る世界の中でもヒソカを捕らえている。今度は近寄ったヒソカの蹴りをなんとか避けたけど、ヒソカの蹴りが石板を、サッカーボールよろしく蹴り飛ばした。………って!!ヒソカが石板を蹴り上げてこっちに飛ばしてたよ!!

 

「ちょ、ミヅキ!なんとか!」

「兄を盾にするな、盾に」

 

 そう言って立ち上がったミヅキは、飛んできた石板を()()()()()()()()。その指は、べキリと石板にめり込んでいる。そして、そのままヒソカに向かって………()()()

 

「「「「「!?」」」」」

 

 瞬間、ヒソカはその場でくるりと、片足を軸にしてターンをし、オーラと遠心力と脚力を込めた蹴りで、石板を難なく砕いた。

 

 ズドゴォン!!

 

『なんというキック力!!石板を観客席まで蹴り飛ばしましたーー!!けどこちらからはよく見えなかったが観客席に当たる前に止まって再びヒソカ選手に!?しかしそれもやっぱり蹴り砕いたぁ!!』

 

 ヒソカは涼し気に石板の破片を浴びつつ、一瞬こちらを見つめ、にやりと笑った。ああ、これはヒソカフォルダに新たなメンバー登録の瞬間かな………。ミヅキにも同情しておこう。

 

 ヒソカは飛び上がり、上からゴンを攻撃したが、飛びのいて距離を取るようにして避ける。しかしヒソカは着地と同時に、ほぼノータイムで地面を蹴って床と体を並行な体勢のままゴンの元へ飛んで行き、再び攻撃。ゴンはよけられず倒れるが立ち上がって距離を取った。

 

 ゴンの動体視力なら、なんとかヒソカの動きも見えるだろうけど、まだまだ体がついていって無い感じ。うまく【流】も覚えてないから、体を流れるオーラのコントロール技術も拙い。基礎である四大業だけの取得では、まだまだヒソカの足元にも及ばなかった。

 

「どうした?かかっておいでよ♦」

「やだね!作戦中」

「そうか、それなら……無理にでもこっちへ来てもらおうか………♥」

 

 その瞬間、ヒソカの【伸縮自在の愛(バンジーガム)】により、ゴンは無理やりにも引き寄せられる。この時点で、初めてゴンは【凝】をして、自分の体に付いたヒソカの能力に気が付いた。

 

 ヒソカの【伸縮自在の愛(バンジーガム)】によってゴンはヒソカの手に引き寄せられた。そして、ヒソカの右ストレートが、文字通り吸い込まれるように決まった。

 

『ヒソカ選手、会心の右ストレート!!ゴン選手ダウーーン!!クリティカルアーンダウン!ポイント3!ヒソカ6-2!!』

 

 オーラを弾力(ガム)粘着力(ゴム)のように変化させて標的に貼り付ける能力!付けるもはがすもヒソカの意思一つ!!外す方法は極めて難しい!むしろ能力を喰らわないようにした立ち振る舞いが必要。

 

 例としてはヒソカの念を消して外すとか。まあこれは私にしかできないけどね。後はその人の能力しだい、ミヅキだったらできるけど、あれは相当面倒だよ。まああとは直接ヒソカを叩くしかないかな?

 

「さて………ここで問題、当たればタダで一発殴らせてあげよう♥」

 

 大サービスさ、そんな心の声が聞こえそうな、これはまたすごい余裕な発言。まあ今のゴンに【伸縮自在の愛(バンジーガム)】を外す手段もないし、身体能力も天と地の差。楽しくなる気持ちも分かるけど。

 

「僕はいつキミのほっぺに【伸縮自在の愛(バンジーガム)】をつけたでしょう?」

 

 選択肢は三つ。

 

 ヒジテツの時。

 クリーンヒットの時。

 クリティカルの時。

 

 ………………て、正解の『性格分析の時』が入ってない!これが変化系という奴らですか!

 

「③だ!!両手で殴ったときだろ!!」

「ブー、答えは『④オーラ別性格分析の時に飛ばしてつけた』でした♠」

 

 なんて汚っ。きっとゴンも同じこと思ってるね。しかもわざわざ〝④〟とつけている辺り、ヒソカもかなり嘘つきクイズを楽しんでるし。

 

「ヒソカのあの能力、やろうと思えば攻撃と同時に付ける事もできるんだろ?」

「うん。素手での攻撃でも、物を飛ばした時でも、割と自由に付けられる。シンプルだから便利だよね」

 

 だからこそ、ヒソカの攻撃を受けずに躱さなければ、ヒソカの【伸縮自在の愛(バンジーガム)】も躱せない。

 例えゴンが最初から【凝】をしていようとも、今の結果は変わらない。このあたり念の技術もそうだけど、戦闘経験の差だね。

 

 一先ずついてしまったのならしょうがない。どうする、ゴン!

 

(逃げられないなら、向かうまでだ!!)

 

 【伸縮自在の愛(バンジーガム)】に引き寄せられる前にと、ゴンはヒソカにダッシュし猛ラッシュを仕掛けた。だけど今回、ヒソカは避けることもせず、ただただゴンの拳をくらっていった。避けられない分けじゃないのに、避ける事をしない。………あまり深く考えるのは止そうっと。

 

 【伸縮自在の愛(バンジーガム)】!!

 

 ゴンはヒソカの拳に向かって引き寄せられ、顔面に拳をくらい倒れるところを、ヒソカにまたも引っ張られ拳を当てられた。だが、ゴンも引き寄せられるのに慣れてきたのか、今度はなんとかガードした。

 

 倒れてもすぐに起き上がり、再び闘士を漲らせる。

 

『両者クリティカル!!プラス2ポインッ!!プラスダウンポイント1!!ヒソカ!9-4!!』

「えっ!?ダウンじゃないよ!!すぐ起きたもん!!」

 

 ゴンが審判に抗議するけど、首を横に振るだけで審判は取り合わない。その事にはほかの観客もブーイング。

 

「確かに。なんか判定ヒソカ寄りじゃない?」

「ふむ。何ヶ月もここにいた僕から見ると、審判的にはすぐにでもこの戦いを終わらせたいんだな」

「なんで?」

「実力差がありすぎるからな。ヒソカに点を与えてゴンが大怪我する前には終わらそう……と考えてるんだろ」

「なるほど。すまんな審判のおっちゃん」

 

 まあなんにしても、10ポイントでTKO負け。次に攻撃を食らった試合終了。

 反撃のチャンスはあと1回あるかどうかだね。

 

「くくくく、油断大敵だよ、ゴン♦右の方を見てごらん♠」

 

 ヒソカの言葉に、警戒するようにゴンは右側に視線を向けると、

 

ゴッ!!

 

 ゴンが視線を向けた反対側から、石版の破片が飛んできてもろ顔面にくらってしまった。

 まさかあんな手に引っかかって終わるとは、若干拍子抜けというか予想外。ちなみに当てた方法は、ゴンについていた【伸縮自在の愛(バンジーガム)】の先に破片を付けて、気を逸らした隙に反対側からオーラを縮める。

 そしてゴンの頬に吸い込まれるように破片がぶつかりました、と。

 

『ダウン&クリーンヒット!!プラス2ポイン11-4!!TKOにより、勝者ヒソカ!!』

「たいした成長だ♦でもまだまだ実践不足♣あと10回位戦えばいい勝負できるようになるかもね♥あくまで天空闘技場の中でだけ、だけど♠だからもうここでは君とは戦わない♣」

 

 口には出さないけど、その言葉の奥には〝君はまだ弱い〟という言葉が隠れている。だから、まだヒソカはゴンとは本気で戦わない。武器も使わず、念能力も十全に使わずに、ただ戦う(あそぶ)

 

「次はルール無しの真剣勝負(せかい)()ろう♠命をかけてね♠」

 

 そう言ってヒソカは闘技場から出て行った。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「さてと、ゴンはもうヒソカに借りは返したしもう天空闘技場離れるの?」

「うん、キルアとオレの家行こうかなって。ヒノ達も来る?」

「ん~、今回はいいや。久しぶりの家に大人数で押しかけちゃ申し訳ないしね。それに元々、ミヅキを家に連れて帰るのが目的だったし」

「あ、そうだったの?」

 

 実はその通り。あ、そういえば言って無かったっけ?

 

「あれじゃあ今度会うとしたらヨークシンで、だね」

「うん!二人とも元気でね」

「じゃあな。ゴン、キルア」

「じゃあねヒノ、ミヅキ」

「またな」

 

 ようやく目的を果たし、清々しい表情をして、ゴンとキルアは笑顔で去って行った。

 そしてそれを見送った私達は、飛行船の発着場に向かった。

 

「さてと、それじゃ私達も帰ろうか」

「体が鈍ってるし、じいちゃんに稽古つけてもらうか」

「私は、う~ん………とりあえず何してよう?」

「………ま、帰ってから考えてもいい。時間は、まだある事だし」

「そうだね」

 

 次にゴン、キルア、クラピカ、レオリオと会えるのは、ヨークシン。

 

 それにクロロを筆頭にした、旅団の皆共また会えるのも、ヨークシン。

 

「どうした、ヒノ。なんだか楽しそうだね」

「ん?そう見える?だって………実際に楽しみなんだもん♪」

 

 

 

 




この後は、天空闘技場~ヨークシンの間の話を少し書こうと思います。

それと、元々アットノベルスではヨークシン編の途中までしか書いて無かったので、その辺り練り直すので少し投稿するのに日が空くと思いますが、あまり時間を掛けないようにしたいと思います!

あとできればオリジナルで登場したキャラクター紹介をヨークシン編前には一度入れたいと思います。


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港町の事件編
第35話『ヴァイキング・ブラッドの鳴動』


1ヶ月ちょいぶりの更新でお久しぶりです。
唐突にこんな感じの話を書いてみたくなったので書いてみました!
新章なんとか編ととりあえず名前を付けてみましたが、4話か5話くらいで終わる予定なので、その後日常回を少ししてヨークシンに入ろうと思います!



※下の記事は別に読み飛ばしても大丈夫です。

 

【100年前に世間を震撼させたもう一つの切り裂き魔?】

 

およそ100年近く前、世間を震撼させおよそ300人近くを殺傷したとある鍛冶師の切り裂き魔。だが当時の事件簿を調べてみると、それ以上の被害者が存在した。同日同時刻、別々の場所で二人の人間が殺害されたが、その際片方は例の鍛冶師による犯行と断定された。しかし不可解だったのは、もう片方の事件。仮に模倣犯として捜査を進めたところ、明確に別人の存在が浮かび上がる。しかし鍛冶師が犯行を明るみにされ逮捕されたと同時期に、姿を消した。これにより、語られる事の無かったもう一つの切り裂き魔の事件も、迷宮入りで幕を下ろすのだった。

 

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【悪魔が作った呪いの剣?】

 

大手骨董商を勤めるルーベルト氏(71)が、ある奇妙な剣の話を同業者に零した。この界隈では噂程度ではあるが、老舗の大手骨董商であるルーベルト氏の言葉は信憑性が高い。手にした者の生気を吸い取り、死に至らしめると言われる妖刀(もしくは魔剣)の存在が、ある界隈では噂されている。実際に死傷者が幾人か出ており、皆同様に外部内部と傷や病気など無く、ただただ「生気が抜かれた」と表現するしかないような衰弱死となっている。発見時には既に剣の姿は無く、ただ売られた事実と、消えた事実だけが、残るのであった。

 

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【アイゼンベルグ製薬社長宅謎の火災】

 

近隣から出火の第一報があり、消防隊が駆け付けた頃には、既に邸宅は内外部問わず炎に包まれ、手が出せない状態だった。アイゼンベルグ製薬代表取締役であるジェラルド=アイゼンベルグ氏(37)は自宅と運命を共にし、屋敷内から家族、使用人、他多数の死体が確認された。屋敷自体は消火中に崩れ、現在も焼け跡が残っている。アイゼンベルグ氏には親戚がおらず、名家アイゼンベルグ家の血はこの事件にて途絶えたとされた。

 

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【クァード遺跡から新たな出土品】

 

クカンユ王国より南東に位置する小さな孤島に眠る遺跡にて、探検隊から新たな出土品の報告が上がった。太古の昔滅んだ古代文明、クァード王国の王の財宝が眠るとされる遺跡の一角、直系5メートル程の穴隙にて、いくらから財が発見された。この穴の最下層は発見されてから現代までも把握できておらず、壁に埋まるようにして発掘された出土品が数点のみとなる。調査鑑定後、大手オークションハウスに出品も検討される。

 

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「何見てるの?ミヅキ」

「ん?昔のニュース。まあ昔と言っても、去年のとか最近のとかもあるけどな」

「ふぅーん」

 

 どうにもこの手の、世間の事件というのはあんまり興味が惹かれない。ちょっとワード的には面白そうかな?というのはあるけど、そこまで積極的に調べたりする程でも無い。でもよく考えたら皆そうだと思う。とりあえず新聞でもサイトでも記事を見て、今世界でこんな事が起こってる事をとりあえず記憶しているだけが大半だと思う。

 まあその中でも私は、その記憶しようとする部分が結構薄いけどね。自分と関連する事だったら覚えたりするんだけど、他の家のなんとかって所の事件とか言われてもねぇ?

 

 ミヅキの場合は逆にそういうニュース事や、まあ普通に本とかも好き。乱読らしく、ジャンルの好き嫌いはあまりないらしいけど、知識を集める系の図鑑とか辞典とか割と好きらしい。今は渡した携帯からニュースサイトを見ているけどね。

 双子なのにどうしてこう好き嫌いというか性格が別れるのか。いや、双子だから寧ろ?

 

『御搭乗のお客様、当機は間も無く燃料給油による一時着陸を致します。次の出発時刻はおよそ6時間後となっております。お客様は、30分前までに席に戻りますよう、お願いいたします』

 

 天井に付けられたスピーカーから案内が終わると同時に、僅かに沈む様な、浮遊感を一瞬感じる。すぐ隣にあるはめ殺しの窓から外を見れば、思わず声が出てしまう。

 

「わぁ!ミヅキ見て見て!海すっごい綺麗!」

「ヒノの感想は分かりやすいなぁ。確かに綺麗だな。ビーチがあれば少し泳ぎたいくらいだな」

 

 なければ竿で釣りをする、かな?

 窓の下を見て見れば、澄んだ青い海が太陽の光にキラキラと反射している。そしてそこに沿うように並ぶ、全体的に白の配色を施した港、そして大陸側に並ぶ街並み。

 ミナーポルト港町という町らしく、私達が乗った飛行船はここで一旦燃料補給、そして再び空の旅!という飛行計画らしい。今度飛行したら、ノンストップでジャポンまで行くそうだ。

 徐々に高度が下がっていき、近づいてくる港を見ながら、私はワクワクとした面持ちで待つのであった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 天空闘技場を離れ、飛行船でジャポンに向かう途中に燃料給油で一時的にやってきた町は、柔らかい海風に晒され照らした太陽が空気を温め、心地よい雰囲気だった。

 

 ふと見て見れば、港では筋骨隆々とした男達が十人以上で、巨大な魚を運んでいる途中。ちらっと見ただけど、体長が10メートルくらいあったから中々。クジラの子供かと思ったけど、尾ビレが縦だから魚なのは間違いなさそう。近くにいた町の住民と思しきおじさんに聞いてみた。

 

「ねぇ、おじさん。あの魚って何?」

「お嬢ちゃんは観光客かい?あれは最近この辺りの海を騒がせていた人食い鮫でな。ハンター協会から来たベテランハンターが討伐してくれたんだよ。おかげで漁が再開できるって、漁師共も大喜びさ」

 

 流石ハンター協会。人食い鮫の討伐とかも普通にするんだ。どうやってあんなの捕まえたんだろうね。魚を捕まえるからフィッシュハンター?もしくは海のハンター?

 

「ヒノ、ちょっと向こう見てくるから後で集合な」

「どこいくの?」

「フリマ?」

 

 なんで疑問形?そう言って歩いて行くミヅキの背中を見ながら進行方向を見て見れば、ガヤガヤとした人だかりができていた。あれはフリマじゃなくてただの野次馬じゃないかな。こんな時はもの知りなおじさんに聞いてみよう。

 

「ああ。あれはつい昨日流れ着いた海賊船を見に来たんだろ」

「海賊船!何それみたい!」

 

 こう、心躍る響きがあるよね、海賊船。少年じゃなくて少女の心だってきっと擽ってくれるはずだよ!史上有名な海賊だと男装して海賊船に入船して、他の船員が捕まる中最後まで抵抗をした勇敢な女海賊だっているしね。

 

「ああ、やめといた方がいい。昨日、さっきの人食い鮫を討伐したハンターさんが同じように見たんだけど、甲板見たら封鎖して出入り禁止にしちまってな。あそこにいる奴らも、船を見上げるやつらばかりさ。ま、多少砂浜に海賊船から流れ出たお宝だかガラクタだか流れ着いたらしいが、昨日のうちに色々町の奴らが勝手に持って行ったらしいぜ。ほら、海賊船の腹を見て見な」

「ん?………お!うわぉ、何あれ?」

 

 港のすぐ横には、ビーチと言う程では無いけど砂浜がある。そしてその砂浜に打ち上げられるようにして聳え立つ、木造の海賊船。今時木造帆船っていうのもめずら………そうでも無いかな?

 確か帆船とか意外とあったよ。前にゴンに聞いたけど、ゴンの故郷のクジラ島からは帆船でザバンし近辺まで来たらしいし。私もジャポンまで木造船だったしね。

 

 そして、先の方の人だかりの向こうに見えるのは、黒い帆に髑髏の模様が描かれた、ある意味正統派(?)な海賊船。しかし所々ボロボロで、海賊船というより幽霊船に見える。

 

 マストまでくるくる巻いてある黄色と黒の『KEEP OUT』のテープが妙に幽霊感を押しのけて現実を叩きつけている様な感じがするけど。で、おじさんにも聞いたけど、船底に近い場所に穴が開いている。鮫がかみ砕いた、というより体当たりして穴が開いたって感じかな?実際は分からないけど。

 

 でも流石にあれ見てフリマは無いよね。

 まあ砂浜に船の中身ぶちまけられて、それ色んな人が勝手に持って行ったみたいだから、まあ確かに無料フリーマーケットと言えない事も無く無く無い?理論が追いはぎ盗人窃盗犯寄りだけど。

 

「嬢ちゃんも見て来るか?連れは行ったみたいだけど」

「私はいいや。おじさん、この町何か面白い所ある?」

「そうだな。今なら町中の広場の方で壁画やってるかもな。どっかの学校の子が楽しく絵描いてるんらしいぜ。見てきたらどうだ?」

「壁画かぁ、行ってくる!ありがとう」

 

 予想としては、大天才の子が壁に壮大な絵を描いているのか、普通の子達が楽しく好きなように絵を描いているタイプか、前者も後者もそれそれで楽しそうだけど。でもおじさんの言い方だと普通に後者っぽいけどね。授業の一環みたいな感じ。

 

 人が多い方へと町中に歩いて行けば、意外と簡単に広場は分かった。

 町の中央程で円形状にくり抜かれたような広場の中央には、縦横一辺3メートル程の巨大なキャンパスがあり、壁画とは少し違うみたい。小さな子が手に好きな色のペンキやスプレーを持って、思い思いに描いていた。絵事態は個人個人の好きに書きなぐっただけだけど、不思議と躍動感のある様な、妙な温かい絵に見える。

 

「ま、中々の画伯って事にしておこうかな」

 

 一応誉めているよ?でもこう見て色合いとかいい感じの所あったら、案外そこを塗った子は将来大物の絵描きになるかもしれないけどね。ちなみに【凝】をして見て見たけど、流石に念を使う子はいなかった。

 

 実際に念法を修得していなくても、無意識の内に才能溢れる人物が、念を使う例は意外とある。使うって言い方もちょっとおかしいけどね。

 天才的な刀鍛冶の打った刀が念を宿したり、芸術的な彫刻家の作品には念が纏われていたりする。無論だからと言って念が無い物がダメかといわれたらそう言うわけじゃないけど、才能を見る一つの目印としては確かなのも事実。

 それにもし才能なくても、弛まぬ努力が念を導く場合だってある。

 努力は才能に、勝るとも劣らぬ。

 

「あ、市場だ!見てこよっと」

 

 折角港町に来たんだし、翡翠姉さんにお土産でも飼って行こう。ジャポンの家は山の中らへんにあるから海に行く機会はあんまり無いし、新鮮な魚介は基本美味しいしね!魚か貝類も中々。流石港町の市場、品揃えが素晴らしい。

 そして私は天空闘技場で稼いだ余裕のある財布を持って、市場の方へと向かうのであった。

 

 ………?けどなんだろう?妙な気配を、町中から感じるような………?

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

(どうにも、腑に落ちない………)

 

 ヒノから離れた少年、ミヅキは現場を見ながら、訝し気に頬をかく。

 見上げればボロボロの海賊船が砂浜に乗り上げ、ボロボロの帆が垂れ下がるマストが天高く聳え立つ。砂浜には海賊船から出て、同じように流れ着いたような古い木箱だったり、何かの欠片だったら、端的に言ってゴミやガラクタなどが落ちている。野次馬に話を聞けば、昨日流れ着いたらしく、ナイフや刀など海賊が所持していたであろう武具や、やはりしょうもない壊れた椅子のようまであったという。

 

「なぁ、おじいさん。この海賊船。中の海賊達はいたの?」

「ん?お主観光客かい?中の海賊はのぅ、一人しかおらんかったようじゃよ」

「一人?一人で海賊?斬新」

「ああ、違う違う。ハンターが海賊船を封鎖した後、重症の海賊が甲板に残っておったらしくての、今はそのハンターが連れて行った町の病院にいるはずじゃよ。残りの海賊は確かにいたそうじゃが、誰一人として生きておらなんだ」

「なるほど、道理で―――」

 

 微かに船の上から血の匂いがする、と言う言葉をミヅキは飲み込んだ。

 隣のおじいさんにお礼を言って、こっそりと人の輪から外れ【絶】をして一瞬で気配を絶つと同時に砂浜を蹴り、一足で海賊船の上へと駆け上がった。

 

 一切の音無く登りきる様は本職の泥棒も殺し屋も顔負け。ふわりと野次馬達に気づかれる事無く甲板に降り立つと同時に、ミヅキは碧眼の瞳を見開いた。

 

 赤いマスト、赤い甲板、赤い扉。

 バケツの中に赤いペンキを入れてぶちまけたような、人の視界に収めるにはあまり優しく無い舞台。その中を一人佇むミヅキは、ふむ、と考えるように顎に手を添える。

 

(大量の血痕。船員は全滅、1人だけ重症だけど生きている海賊は今頃病院。一体何があった?)

 

 別の海賊に襲われた?と思ったが、それなら多少なりとも宝が流れ着いたりするのはおかしな話だし、船体の損傷が少なすぎる気がする。それに船底の穴を見た限り、確かに何かがぶつかったような割れ具合、例の人食い鮫が襲ったのは間違いない。

 人食い鮫に襲われた?と思ってもすぐに違うと断念する。甲板の血痕を、海の中の人食い鮫が作り出せるわけが無い。

 

「……一旦下に降りるか」

 

 再び人目を忍ぶようにこっそりと、気配を絶って降りたミヅキは、再び野次馬の中に紛れ込む。誰一人として、彼が上へ行って下へ再び降りてきた事に気づかなかった。

 

(第三者の犯行、もしくは―――ん?)

 

 ガッ、という足に何か堅い物が当たった感触。砂浜故にその異物感ははっきりとし、少し足元の砂をどかし取り出してみれば、なんの変哲も無い木の破片だった。おそらく元の形は箱か何かだっただろうか、と思い捨てようとしたら、ふとミヅキはその破片をじっと見つめる。

 

(これは【神字】?これも海賊から流れ着いた一部か。しかし、この文字配列………)

 

 一般ならただの箱の模様として切り捨てるだろう小さな溝の羅列を見て見れば、それを念を補助する役割を持たせる【神字】とすぐに理解できた。ミヅキ自身別段【神字】を扱うわけでは無いが、今目の前にある、()()()()()()()()、少しだけ見覚えがあった。

 

(確か……前にジェイが魔剣用に作った、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ミヅキとヒノの義兄(あに)であるジェイは、世界でも有数の鍛冶師。そして時たまに、緑陽の知り合い経由で曰く付きの物が家に来る事がある。その際、【神字】も扱うジェイは、霊媒師がお札で幽霊を封じ込めるように、その〝曰く〟を封じる事がある。無論、それはほとんど剣や刀などの刃限定の話ではあるが。

 

 それはミヅキも見た事ある故に、今目の前の破片の効力をおおよそ考察する。いくらか魔剣や妖刀の類を見た事はあり、効力はバラバラではあるが共通して言える事は一貫して〝やばい〟代物だという事。

 

「お、お前さん急に消えたと思ったらいつの間に戻って来たんだい?」

「………ん?ああ、さっきのおじいさん。いや、ちょっと海賊船を見てただけだよ。じゃ、そろそろ僕は町に行くし、情報ありがとうね」

「そうかい。お主はしばらくこの町に泊るのかい?」

「いや、今日中には立つけど?」

「そうかい、それは良かったよ何せ―――」

 

 笑うおじいさんに違和感など無い。不思議と暖かい感じがするのは、ご高齢特有の生きた重みというべきものなのか、人付き合いの経験の賜物というべきか。元々ミヅキは人見知りするタイプでは無いが、相手が話しやすいに越したことは無い。

 だからこそ、柔らかく笑いながら話すおじいさんの次の一言で、一瞬背筋が冷たくなった様な気がした。

 

「――昨日の夜にまた〝辻斬り〟が出たらしいからの。やられた奴らは皆心臓を一突き――と、怖がらせる様ですまんね。まあ今日町を去るなら関係ないかもしれないが、一応気を付けるんじゃぞ」

「………ありがとう」

 

 そう言って、ミヅキは砂浜を歩き、港に上がって町の方に向かって歩いて行った。

 悠然と迷いなく歩く姿とは裏腹に、その脳裏で先程の言葉を咀嚼する。

 

(……辻斬り……か)

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「さてと、それじゃあ話を聞かせてもらおうか、海賊船の船長さんよォ」

 

 白い部屋。僅かに隙間の開いた窓から海風が入り、カーテンが僅かに揺れる。何色にも染まってい無い真っ白な部屋、病院の一室では、3人の人間がいた。病室の住人であるベッドの上で体を起こす男。隣のパイプ椅子に腰かける男。そして扉に背を預け、腕を組みじっとしている男。

 

 パイプ椅子に腰かける、サングラスをした大柄な男は、ベッドに座る人物に話しかける。しかしその問答に対して、ベッドの男は返答をしない。だがカタカタと周りにも伝わるような震えが、全身に生じている。

 

「……勘弁してくれ。あんなの、思い出したくもねぇ」

「だが、事情を知るのはお前さんだけなんだ。俺達はハンターだが、()()()()()()に関してはプロフェッショナルだと自負もしている。だから、話してくれ。あの船の上で何が起こったかを」

 

 砂浜に流れ着いた海賊船の船長。それが今、ベッドに横たわる男、カパル=ゴルバ。

 長い黒髪と髭を蓄えたこの男は、つい数日前までは船の上で勇猛果敢に立ち振る舞っていたであろう。しかし今はその見る影無く、瞳を見開き震え、身体は白い包帯で覆われ、重症だった事が一目瞭然の出で立ちだ。

 

 先日流れ着いた海賊船の中で、ただ一人生き残ったカパルは、たまたま別件の依頼でこのミナーポルト港町に来ていた二人のハンターによって病院に担ぎ込まれた。そして生死の境をさ迷ったが無事に、先程意識を取り戻した。

 

 その為、ハンターである二人は、何が起こったか聞きに来た。

 ミヅキ同様、血濡れた甲板の惨状を見たからこそ、まだこの町を去るわけにはいかない。

 

「悪魔が………あいつは悪魔の化身だ!妙な剣を持ちやがって!サーヘイルの野郎!!うわぁああ!!」

「落ち着け!安心しろ、ここにいるのはお前と俺達だけだ。誰も狙っちゃいねぇし、誰にも近づかせやしない。安心しろ」

 

 壮大な山のような安心感を与える言葉。不思議と相手を鼓舞するように語り掛けるサングラスの男の言葉に、カパルはわずかに冷静さを取り戻した。しかし恐怖に撃たれた心臓が鳴り響き、震えはいまだ払拭されていない。

 

「サーヘイルって言うのは、あんたの仲間の事か?」

「あ?あ……ああ、そうだ。あいつのせいで…俺達は………」

「さっき妙な剣って言ってたな。もしかして、こいつと関係あるのか?」

 

 そう言って取り出したのは、ビニールに入れられた、木の破片。水を吸い色が変わってはいるが、気になるのはその表面に彫られた、奇妙な文字列。無論、【神字】だった。

 

「いくつか破片を見つけてみたが、おそらく細長い形状、つまりお前さんの言う剣を修めるにはおあつらえ向きの形になると推測できる。これがどういう物か、知っているのか?」

「それは……少し前に船を襲った時に手に入れた………物だ。物品だけ奪って、そのまま退散したよ………」

「その、サーヘイルって奴は、今どうしてるかわかるか?」

「あいつなら……他の船員と同じように………やられた」

「!?そいつが真犯人じゃないのか?お前の船の上の人間達を()ったのは、一体誰なんだ?」

 

 その言葉に再び脳裏に悪夢が蘇ったのか、ガパルは瞳を見開く。

 

「名前なんか知らねぇ!サーヘイルが立ち寄った町で眠ってたところを攫ってきただけだ!見たとこ売ればちっとは金になると思ったのに!なんでこんな事に!」

「人身売買は誇る事じゃねーが、それで船が全滅してちゃあ、世話が無いな。その攫ってきた奴が、あの惨状を作り出したってわけか」

「も、もういいだろ!俺に構わないでくれ!う、うああああぁ!」

「師匠、一旦引いた方が良さそうっすよ。落ち着いた頃合いにまた出直しましょう」

 

 扉の前で腕を組んでじっとした男は、ガパルの心労を察して出ていく。それに関しては同意なのか、サングラスをした大柄な男も同様に部屋を出て、二人で病院の敷地内から外へと出た。

 

「それで師匠、あの箱一体何なんすか?」

「似たようなのを見た事がある。ありゃ、箱の中に物を封じ込める系の、念能力者が作り出した【神字】の箱だな。それにガパルが言っていた剣に、攫ってきた人物」

「しかし師匠、昨日現場を見た限りじゃ、奴ら全員海賊だったっすよ。どう見ても攫われてきた様な恰好した奴はあそこには………て、まさか!」

「ああ。まだ推測の域を出ねぇが、これが現実だったら少しやばい事になってるかもしれないな」

 

 船員を切り刻む凶器の刃。それを封じていたであろう、【神字】の箱。今は亡き海賊船員サーヘイルの攫ってきた人物。切り刻まれた船員と海賊船。そしてその攫ってきた人物が、いないという点。

 

 彼らの言う通り、まだ推測の域を出ない。見落としてい無い点があるかもしれないし、情報不足は確かに否めない。しかし、ハンターとしての勘が、恐ろしい事実を告げている。

 

「あの海賊船の惨状を作り出した人物が、この町に紛れ込んでいる」

 

 

 

 

 

 

 

 




ちょっと謎っぽくしてみました。


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第36話『アリー・チェイスの始動』

どれくらいの感じで『残酷な描写』タグって付けた方がいいのでしょうか?
もしもアウトっぽかったら、良ければコメントください。



 

 

「港町の市場はすごいね。それにジャポンじゃあんまり見ない珍しい魚とかたくさんいるし」

 

 無駄にでかい貝とか蟹とか、この辺りは色々獲れるみたいだしね。折角なので色々と買って箱詰めしてジャポンに送ってもらったよ。飛行船に乗せて持っていけない事も無いけど、割と箱が嵩張りそうだったし、その方が楽だしね!

 

 ふと大通りを見て見ると、わらわらと小さい子達が帰路に着いている。広場の方から来たから、壁画(実際は巨大キャンパスだけど)を書き終わった子達だろう。そろそろ夕刻で辺り赤く染まり始めてきたし、時間も頃合い。ちなみに飛行船の方は後4時間くらいはかかる。

 

「さて、その間どうしてようか―――と」

「あ、ごめんなさい!」

 

 不意に正面からぶつかった女の子を受け止めると、頬に赤いペンキを付けながら無邪気に笑い、謝罪してすぐに行ってしまった。この子も同じように広場で描いていた子だね。

 ううむ、小さな子は和むねぇ。元気な感じがいいよね。

 でも―――

 

「………あー、ペンキ付いちゃった」

 

 先ほどぶつかった女の子が原因と分かりきってはいるけど、改めてぶつかった箇所と触れた箇所に所々べったりと付いたペンキの汚れに、私は思わず嘆息する。既に先ほどの女の子はいなく、別に今更クリーニング代を要求するのも可哀そうな気がしたので、とりあえず服屋でも探しに行こうかなっと。

 

「さってと、服屋さんはどこにあるかなっと」

 

 天空闘技場で稼いだので、財布は結構余裕があるのでノープロブレム。

 レッツ服屋!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――ザシュ!

 

 

 そう思っていたら、蚊の鳴くように小さく聞こえた異音に、私は立ち止まり耳を澄ます。急に立ち止った事に近くにいた子供達はやや訝し気に首を傾げていたが、私はその場からすぐに動き出し、建物と建物の細い隙間へと体を滑り込ませた。

 

 細い路地裏、暗く染まるその中を、駆け抜けていく。

 

(小さいけど、何かを刺すような音。あー、面倒な事にならないといいけどなぁ~)

 

 若干嘆息しつつ、私は路地裏の奥へ奥へと入っていく。たまたま降りた港町に、たまたま海賊船がいて、たまたま事件が発生するなんて、出来過ぎている気がするけど、まあなった物はしょうがない。それに何かいて大通りに出たりしたら、それこそ町はパニックだしね。

 

 これでも、ハンターだし!

 ハンターの仕事と関係あるかどうかは微妙な所だけど!

 

(なんて、軽い事を考えてはいるけど、やな感じが強くなってきた………)

 

 強い血の匂い。あと若干煙の臭いとかも混じってる。煙草みたいな。割愛するなら路地っぽいゴミとか色んな匂いもするけど。ゴン程では無いけど、嗅覚には少し自信がある。数キロ先とまではいかないけど入り組んだ路地の中なら、直線距離でおよそ100メートルも無いと思う。

 

(でも、少し嫌な予感がするんだよね。()()とは別に)

 

 路地に入った瞬間、まるで異界に足を踏み入れたかのような違和感。今向かった先の現状とはまた別に感じた、やっぱり嫌な予感。次第に強くなる血の匂いと共に、何かが倒れる音。路地を曲がり切った先で私は、瞳を見開き現状を一瞬で把握した。

 

「な……んだ、よ、お………まえ?」

 

 焦点の合わない瞳をした男は、手に持った鈍い光を放つ獲物をガチャリとならし、私の方へと視線を向ける。割と馴染みある獲物の〝刀〟に、当然のようにぽたぽたと赤い雫を垂らす刀身。

 血溜まりの中に佇む男は、薄汚れたシャツとズボンという簡素な格好をしているが、その身に包まれるオーラは狂気に染まっている。いや、おかしいのは男のオーラじゃなくて、持っている刀の方のオーラ。

 

「その刀、妖刀の類みたいだけど、おじさんここで何しているの?って、言うのは流石に愚問だったかな………」

 

 ヒソカみたいなタイプがいたらそれはそれで面倒だと思っていたけど、こういうタイプもそれはそれで面倒そう。そんな事を思いつつも、ちらりと視線をスライドさせる。

 

 刀を持った男の人の前には、路地の行き止まりの壁に背を預けて座る、別の男の人がいた。全身から流す大量の切り傷と鮮血に染まり………………あきらかな事件現場としか言いようが無い。

 とりあえずミヅキに位置情報を送信し―――

 

「らぁああ!?」

「――と」

 

 首を傾げると、先ほど私の顔があったところを、問答無用で刀が通過した。刃がこちらに向いたままだったの、しゃがんだと同時に、横薙ぎに払われた刀が壁を切り裂く。相変わらず焦点の合わない瞳を揺らしているけど、正確に危うい所を狙ってくるね。

 

 そのまま下から背後に周って首筋を打とうとしたら、振り向きもせずに刀が目の前に迫った。

 

 ヒュオン!

 

「うぉっと!」

 

 思わず空中で身を捻って回避したけど、関係なしに刃が迫ってくる。

 なんだか人形みたいにかくかくしながら切りかかってくるから、こう、ヒソカとイルミさん足して2で割れば完成しそうな謎犯人さんって感じだね、うん。

 

「ほんと―――危ない!」

 

 刀を靴の裏で蹴り上げて、相手の腕が持ち上がったと同時に地面を蹴り、距離を取って再び対峙した。相手は首を傾げるようにしてこちらをじっと見ているが、刀はゆらゆらと怪しく揺れていた。

 

(刀が人を操っているみたいで、人が刀を振るっているわけじゃない………って事ね)

 

 あくまで本体は刀、という感じかな?

 つまりは、人の持つ五感を狙った死角からの攻撃は意味をなさない。まあそこら辺を考慮すれば、攻略できない事も無いけど。念によって作り出されたみたいだから、切れ味はそれなりに強そうだけどね。

 

「ああ……あ?」

「え?」

 

 瞬間、刀を持つ男は壁を蹴り上がり、行き止まりを超えて向こう側へと言ってしまった。咄嗟の事で少しの間ぽかんとしていたが、はっとしてとりあえず壁にもたれる人の所に足を運ぶ。既にこと切れており、もう息もしていないし心臓も止まってる。死因は、多数の切り傷と出血。

 

 少しばかり息を吐き、壁の上を見上げて、私は【纏】を揺らして少し戦闘態勢に入る。

 

「………こうなったら乗り掛かった舟だし、とりあえず【円】で居場所を特定して―――」

「―――」

 

 咄嗟に振り向くと同時に、腕をクロスするようにして防御う体制に入る。その瞬間、ゴッ!という鈍い打撃音と共に、アッパー気味の拳が私の身体を持ち上げ、上へ吹き飛ばした。

 

「いい勘してるじゃねぇか。正直驚いたぜ」

 

 吹き飛ばされた私は、そのままくるりと回転して行き止まりの壁の上に降り立つ。下を見て見れば、威圧的にこちらを睨みつける、先程私を殴った新たな人影が見えた。

 

 リーゼントに白い学ランのような服装という、まあ控え目に行って普通に〝ザ・不良〟みたいな恰好をしている男性。全然控え目じゃなかったね。見た目とは違って、オーラを纏う姿に淀みとかは無く、普通にこの人強そう。人は見かけによらないとはまさにこのこと。あ、私が言うのもおかしな話かな?

 

「俺の名はナックル=バイン!ハンターだ!てめェが女だろうが子供(ガキ)だろうが関係ねぇ!言い逃れは出来ねーぜ!現行犯でぶちのめすぞ!コラァ!」

「私は犯人じゃないよって言ったら?」

「てめーの恰好を見てから言うこったな!」

 

 言われて自分の服装を見て見れば、なんの変哲も無い服装。けど重要なのは服装では無く、そこに付いた〝汚れ〟の方。べったりとついた、赤い汚れ。血―――では無く、赤いペンキ。そこでそういえば大通りでぶつかった子が、壁画作成でペンキまみれだった事を思い出した。

 時刻は夕日が沈みかけ。しかも暗がりの路地。

 

 倒れている血まみれの被害者。そしてその前に立つ血まみれ(実際は赤ペンキ)の少女。

 

 うん、私が子供である事差し引いても、どう見ても現行犯にしか見えない恰好してるね。

 

「て、こんな事してる場合じゃないや。さっきの人は―――」

 

 壁の上から反対側を振り向いて見て見れば、路地の奥へと刀を持った男が走っていくのがちらりと見えた。後ろで不良さんが何か叫んでいるけど、とりあえず構っている暇は無いので後回し。壁から飛び降りて地面に降り立ち、駆けだした。

 

『時間です、利息が付きます』

 

 瞬間、私のすぐ横から高い声が聞こえた。

 

「!?これって―――」

 

 私の横で浮遊する、謎の生命体。角とぷっくらした2頭身の体形にぱたぱたする羽。リンゴほっぺにつぶらな瞳をした、まあ口頭だとなんとも説明が難しいバスケットボール大の大きさの、どこかのマスコットのような生物が、現状では意味が分から無い言葉を告げていた。

 

 額にはよくわからないけど『368』って言う数字。どうでもいいけどこうやってみると意外と可愛いねこの子。なんて名前だろ?十中八苦、さっきの不良さんの念能力。数字が増えているから、時限爆弾みたいな能力じゃないとは思うけど………。

 

(あ~、どうしよっかなー)

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「ちっ、逃がしたか。だが、居場所はおおよそ把握できるぜ」

 

 携帯を取り出し、ナックルはどこかへかけ始める。その際、壁に倒れる血染めの男を見て一瞬悔し気に顔を歪めるが、すぐに表情を戻し、電話の相手に意識を向ける。

 

『俺だ。どうだ、ナックル』

「ああ、師匠。海賊船襲った辻斬り犯らしい奴見つけたっすよ。俺が着いた時には被害者が出てました、すんません。それにちっと逃がしちまいましたが、ポットクリンを付けたんで大まかな位置は分かります」

 

 倒れる人間の姿を見て、思わずカッとなって飛び出して言った事を暗に諫めるが、過ぎた事を悔やいでもしょうがない。その状態で尚且つ、相手の位置を把握できるよう自身の念能力を相手に付ける事に成功したのは、賞賛すべきである。

 

『………そうか。警官をそっちに向かわせるから、仏さんは任せておけ。今どのあたりにいる。お前と、相手の位置だ』

「俺は東の大通りに近い路地の一角っす。相手はここから南西に向かってますね」

『了解だ。お前はそのまま追跡を続行しろ。俺はこの辺り一帯を包囲する。それで、その辻斬り犯ってのはどうだった?』

 

 その言葉が示すのは、力、技、念、実力。雰囲気、対峙した時の感覚、地形を利用した身体能力、他にも細かい事を挙げればきりがないが、言わなくても互いに察する。

 ナックルは電話口の師匠の言葉に、己が対峙した少女の事を思い出す。暗がりの中なので顔を少しだけしか見たわけでは無いが、背後からの自身の一撃を受け止めた事と、その攻撃を利用して瞬時に飛び上がり、威力を軽減させてそのまま壁の上に降り立ち逃げる姿。

 

「強いっす。オーラ総量まではまだ把握できてないっすけど、淀み無い動き、それに勘も良く判断力も高い。思ったより厄介そうっす」

『………そうか。あまり深追いはするな。お前のおかげで位置は把握できるから、危険と思ったらすぐに下がれ。いいな』

「うっす!」

『それで、例の剣ってのはどんなだった?それによって多少対策も立てられるが』

「………あれ?」

 

 そこでふと思い出す。

 あの少女は手ぶら、つまり何も持っていない事を。そして同時に、携帯の通話をそのままにして、倒れている血まみれの男を調べる。そしてはたと気づき、さっと青ざめた。

 

『おい、ナックルどうした?何か気になる事があったのか?』

「あの……師匠。実は今被害者を調べたんすけど、やっぱり鋭利な刃物で切り裂かれてるんすよ」

『やっぱりか。海賊船の遺体と同じ損傷だな。それがどうした?』

「いや、そうなんですけど………実は俺が見た奴……刃物の類持ってなかったみたいで………」

『………』

「………」

 

 無論封じられていたのは小さなナイフや短刀のような物で、それを隠し持っている可能性もあるが、例の箱の大きさを考えるに、直径なら80cm程はあるであろう長物の刃であると推測できる。故に、隠そうとしても隠せない。しかし念能力者の中には、念空間を作り出しそこに物を出し入れできる具現化系能力者も存在するので、可能性は無いとは言い切れない。

 

 それを分かっているからこそ、二人共一瞬止まる。

 しかし、電話口の師匠と呼ばれた男は、すぐに思考を再開させて、指示を飛ばした。

 

『犯人じゃ無い可能性もあるが、どちらにしろ現場にいた以上無関係とも言い難い。少なくとももう一度会って話を聞く必要はあるな。だが、犯人である可能性も考えて、戦う事を念頭に置いて追跡をしろ』

「うす!」

 

 電話を切り、ナックルは壁を駆けのぼり、走り出した。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 ピッ!

 

 携帯の通話を切り、サングラスをした大柄な男、モラウ=マッカーナーシは、大通りに面した路地の入口に立つ。弟子からの情報と、携帯に送られてくる位置情報から、入り組んだ路地の中を把握していく。

 

 ちらりと隣を見て見れば、自分が読んだ警官数名が、先程弟子のナックルから連絡のあった男の遺体を運んでいる様子。一度こちらに敬礼していった警官を見送り、モラウは再び路地をじっと見据える。

 

「さて、(やっこ)さんはどう逃げるか。このまま海側か、それとも陸側か。どちらにしても、ここから逃がすつもりは無いがね」

 

 立てかけてあった巨大な物体を手に持ち、モラウはそれを持ち上げる。

 それは、巨大な煙管。全長は優に2メートルはあろうかと言う巨大さ。本来刻み煙草を詰めるであろう火皿だけでも人の頭よりも大きいと言えば、どんな物かおおよそ分かるだろう。

 重量を全く感じさせずに吸い口から煙を一息に吸い込み、一気に吐き出す。

 

 濛々と立ち込める煙を、意思を持つように路地の中へと入っていき、這うようにして地面からおよそ50cm程を満遍なく埋めるようにして、路地の中へと広がっていった。常人を遥かに超える程に、一息で町の路地を埋め尽くすであろう煙を吐き出した男、モラウは、十分に煙が広がったのを感じ取り、今度は普通に一息吐いた。

 

「路地が埋まるまでもう少し、出入り口を封鎖した後に、作戦決行だ。ナックルにはタイミングを指示したし、問題無い」

 

 迷う事無く、暗がりの路地の中へと足を踏み進んでいく。己への自信、経験。相手がどんな奴であろうとも「100%勝つ気概でやる」を信条とする男、それがハンターモラウ。煙管を肩に担ぎ進む様は見る者に安堵を与える事だろう。

 

 路地に消えるその姿を見て、警官達も一様に鼓舞されたように気持ちを高める。

 

「すげーなハンターさん!全然臆してねぇぜ!」

「確かあの人って星持ちのハンターなんだろ?実力は折り紙付きって事だ!」

「けどそれだけに大変だよな。こんな時期に事件が何個も重なるなんて」

 

 嘆息するような言葉に、この町の警官なら当然知っている事件の数々を思い出す。軽い物だと壁画のペンキが多少あちこちに飛んだ、なんてのもあるが、それはあくまで小さな案件に関して。ここ数日で起こった事では、それ以上の重要事件もあり、モラウはそこに関わっていたからこそ、警官達はある意味同情する。

 

「人食い鮫の出没に、流れ着いた幽霊船ならぬ海賊船。それにその海賊船を襲った謎の襲撃犯に、最近の辻斬りの事件。大変だよなぁ」

 

 距離があったが僅かに届いたその言葉に、モラウはピクリと一瞬だけ反応した。

 

(なんだ?何か違和感がある。海賊船……辻斬り………俺はどこかで何か見落としてないか?)

 

 ハンターとしての経験則からなのか、モラウは自問自答するが明確な解答を得られない。こういう考え方をしている時は、たった一つの閃きで全てが明るみになる場合があるが、その閃きが無い場合、思考はぐるぐると渦を巻く。

 

(いや、昨日の夜にやってきた海賊船に、同日に起こった辻斬り。海賊船の船員は鋭利な刃物で切り裂かれ、辻斬りも同様だと聞いている。つまり同一犯。たまたま同じ日に同じタイミングで別々の犯人が同じ町の別の場所で人を襲っていた……なんていうのは出来過ぎか。しかし………)

 

 可能性は無いとは言い切れ無いが、高いとは言えない。

 ナックルが今追っている容疑者(仮)の件もあるので、その結果次第でも問題無い。既にこの港町の路地を封鎖する手立ては整った事である。

 

 少し考えに余裕を取り戻したのか、モラウは路地を進みながら携帯を操作して、とある場所へと連絡した。

 数度のコールで出た電話口の相手に、モラウは手短に言葉を選ぶ。

 

「ミナーポート警察か?少し聞きたい事がある。〝辻斬り〟に、ついてだ」

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「ヒノの居場所は、路地の中?」

 

 ミヅキは携帯に送られてきた位置情報を元に、ヒノの居場所を探そうとして、その場所が町の中の中、入り組んだ路地の中にある事を理解した。そしていざ路地の中に入ろうと、適当な建物と建物の間を通ろうとした瞬間、ぴたりと足を止めた。

 

「煙?」

 

 濛々と立ち込める煙が、路地の中に充満している。

 訂正があった。確かに充満してはいるが、全体では無く、足元のみ。地面から50cm程の厚さの煙のカーペットが敷かれている、というような感じだろうか。

 

 ふと、ミヅキはしゃがみこみ、煙に触れてみるが、やはり煙。掴める事もなく、ただただ通り過ぎる。しかし霧散する事なく、その場に留まっている。

 

「誰かの能力か。オーラを煙に変化、それか煙を操作。具現化した煙。可能性はあるが、決め手に欠けるな」

 

 再度携帯を確認すれば、やはり路地の中が位置情報の送信地点。ミヅキはやれやれと思いつつも、煙の中に足を踏み入れた。

 

「相変わらず、何かに頭突っ込んでるのかな、ヒノは」

 

 微塵も躊躇なく歩き、路地の中を突き進む。

 中に入ったと同時に煙に動きがあった。

 

 路地の入口の煙が立ち上るように持ち上がり、次第に入り口を塞いでいく。そしてそれは、煙でできた壁が生み出され、完全に路地と大通りを遮断してしまった。ミヅキは煙の壁に触れてみたら、今度は霧散されるような事は無く、確かに触れられる感触がある。しかし、閉じ込められたのは確かなようだった。

 が、中に入ると決めた以上、それはミヅキにとってはあまり重要視するような事では無かった。

 

「さてと、ヒノはどこにいるか………」

 

 一人呟きながら、やれやれ、という風に、ミヅキは路地の中へと消えていくのだった。

 

 

 

 

 ヒノとミヅキ、ナックルとモラウ、そして犯人。

 

 

 夕日が沈み、星と月の登る夜の港町で、事件は佳境に迫る。

 

 

 

 

 




先行で登場させてみたくなったモラウさんとナックルさん。
ちょっとそれっぽい感じで書くのが少し難しい………………。


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第37話『イグノアの挙動』

 ビーストハンター、ナックル=バインの念能力は【天上不知唯我独損(ハコワレ)】。

 自分の持つオーラを相手に貸し付けるという、念能力の中でも特に変わった部類と言えるだろう。

 

 一度目の攻撃により、相手にオーラを貸し付けると同時に、そのオーラを数値化して記録するマスコット、ポットクリンを相手にとり憑かせる。以後相手が今借りているオーラは数値として、ポットクリンの額にあるカウンターに記録される。

 

 このポットクリン自体は、ただ記録をするだけのマスコットであり、とり憑いた者には何もしない、無害故に、いかなる攻撃だろうとも消滅する事は無い。ただそこにいるだけ。

 

 消滅する条件は、4つ。

 ①本体のナックル自身が念能力を解除する事。

 ②本体であるナックルが、気絶または死亡する事。

 ③貸し付けたオーラ量を相手がナックルに全て返済する。

 ④これはやや例外的だが、【除念】による除去。

 

 そして特徴的なのが、貸し付けたオーラの量は10秒事に1割ずつ増えていくという点。

 『300』から始まれば10秒後には『330』、さらに10秒後には『363』と際限なく増えていく。無論自身がオーラを込めた相手を直接攻撃すれば、その数値分だけ借金を上乗せできる。

 

 

 この念能力の達成条件は、この貸し付けたオーラの量が、相手自身の現在残っているオーラ総量を超える事で、初めて効果を発揮する。

 

 

 その効果は、相手を30日間強制的に【絶】の状態にすると言う強力な能力。

 

 

 簡単な例を挙げるなら、オーラ総量『100』の相手にナックルが『200』オーラを貸し付ければ、相手の総合オーラ総量は『300』になる。しかし戦闘により相手が200のオーラを使用すれば、残りは『100』。借りた『200』のオーラを返す()()が無くなり、この時点で破産する。

 

 そして借金の貸し借りがオーラで行われているので、この能力発動中は互いに攻撃を行ってもオーラの貸し借りがされるだけなのでダメージは無い。

 

 一度目のナックルの攻撃に対して、ヒノが一切のダメージを追わなかったのもこの為である。逆にオーラを与え相手に有利な条件を整えるという性質上、達成した後のリターンは大きい。念能力者にとって【絶】を強制させられるのは、ほぼ無条件敗北を意味し、極限まで弱体化させられるという事、それが30日、1ヶ月も。

 

 この能力を喰らい、説明なしに初見で看破するのは中々に複雑な仕組みであろう。鋭い者ならある程度把握できるかもしれないが、細かい条件等はどうしても知っている者しか知りえない。

 

 故にヒノは、今自分の後ろを憑いてくる謎の生物に、疑問符を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

『時間です、利息が付きます』

 

 カシャっという音と共に………そういばこの子の名前なんだろうね。数字が増えているから爆弾じゃないみたいだけど、とりあえずボム君(仮称)って事にしておこう。さっきの人がいたら後で聞いてみよう。

 いやいや、そうじゃなくて。

 

『時間です、利息が付きます』

 

 あ、数字がいつの間にか『868』に。一応走りながら考えていたけど、10秒事に1割感覚で増えていくみたい。でも最初らへんは少し間があったのは一体どうしてか。何かしらの制約とかそこらへんかもしれないけど。

 このボム君殴ったらどうなるのかな?やってみようかな?でも可愛いしなぁ。むむぅ、悩む。

 

 まあ今すぐ発動するタイプじゃなくて、なんらかの条件によって効果を発揮するタイプの念能力なら、別段今すぐどうにかする必要も無いしね。

 

「うおおぉ!待てやゴラァ!!」

「うわぉ!追いかけてきた!そりゃそーか!」

 

 背後数十メートル向こうから、リーゼント頭の不良さんがダッシュで向かってきた。ああ、また犯人が路地の角を曲がった。この路地意外と入り組んでるから面倒くさい。直線距離にしたらそんなに距離無いはずなんだけど、ちょっと迷いそうだね。

 

「できれば大通りに出る前に捕まえたいけど………ん?」

 

 走り続けていると、足元に違和感。何かぶつかったわけじゃないけど何か触れた感触。

 感想としては矛盾していると思うけど、足元を見て見れば、煙がカーペットのように地面の上を這っていた。というか路地の地面を覆うようにして伸びていく。

 厚さも50cmくらいあるし、膝辺りまで覆って白いから雪みたいだけど、煙の中を走るって中々に不思議な感覚だよね。不思議の国みたいな感じ?

 

「これも誰かの能力なのか、てことは新手かな?あの人の………では無さそうだし」

「うおおぉ!」

 

 ジグザグな路地をダッシュで追いかけてくる不良さんをちらりと見てみたけど、どう見てもこの煙とは無関係っぽい。隣で利息が付きました宣言をしてくるボム君の上に二重で能力を使ってたら器用だねって誉める所だけど。

 

『時間です、利息が付きます』

 

 あ、また数字が増えた。この数字本当になんだろうね?

 利息が付く、って事はこれは私に対する借金って事?でもあの人にお金借りたわけじゃないし、気になるのは不良さんの攻撃に対して防御したから大したダメージにならないと思ったけど、本当にダメージが無かった事かな。それに加えて、若干オーラが増えたような気がする。

 

 ………あれ?これって答え出たかな?おおよそだけど。

 

 ちらっと、隣に付かず離れずついてくるボム君(仮)を見て見ると、またも数値が増えている。現在は『1049』だけど、数値の意味はイマイチあれなので、よし無視しよう!

 

 それより気になるのは、下にあるこの煙。今の所ただ煙が漂ってるだけだしほっといても別にいいんだけど、これは一体………。

 

 ガクン!

 

 前へと進む、そう考えた瞬間に、足が止まった。急激に停止した足とは裏腹に、勢いがついていた体は前へと倒れていく。一体何が起こったのかと足元を気にしてみればすぐに理解した。

 

 足元を埋めていた煙が、固まって足を固定している。

 まるで流したてのコンクリートに足を突っ込み、そのまま固まったような状態。もしかしてこれって絶体絶命という奴では?

 

「しゃぁあ!ナイス師匠!チャアァンス!」

 

 

 第三者がこの状況を見ればどう見ても悪漢に襲われている少女としか見えない状況だが、今はこの場に二人しかいない。

 

 ヒノは今の時点では知りようの無い事だが、足元の煙はモラウの念能力により生み出された、オーラの籠められた煙。しかし煙でありながら個体のように物体に触れる事が可能であり、そしてその特性として驚異的なのが〝物理攻撃による破壊が不可能〟という、ある意味煙その物の特性を生かしたまま拘束具として無類の力を誇る。

 

 路地中の足元を這う煙は通常の気体の状態から一瞬で固体化し、煙を踏んで歩いている者達を地面に縫い付けた。事前情報が無く、これを躱すことができる者はいないだろう。

 これを躱す事が出来たのは、事前に知りえた、モラウよりタイミングを教えられてたナックルのみ。

 

 タイミングよく跳び出す事で躱し、固まった煙の上を走るナックルは、拳を握りこみヒノに迫った。

 

 絶妙なタイミング。

 

 抜け出すことが不可能な煙の足枷をしたままで、避ける事は叶わない。

 

 

 ―――――普通なら。

 

 

 

 暗い路地裏で、ゴッ!という鈍い音が響いた。

 

「ぐはぁ!?」

 

 ナックルは、疑問符を浮かべながらその身を真上に打ち上げられた。

 煙に両手を着き、逆立ちするような態勢で〝両足を〟跳ね上げる、ヒノによって。

 

(両足だけ―――【消える太陽の光(バニッシュアウト)】!)

 

 ナックルでなくとも、この絡繰りを見破る事は叶わないだろう。あろうことか、相手の念を消す能力が、この世に存在するなど。

 

 足元を拘束したと言っても、それは念による物。それならば、ヒノの【消える太陽の光(バニッシュアウト)】を使えば抜けるのは容易。加え、ヒノのオーラの操作技術であれば一瞬で作り出せる為、ほぼタイムラグ無しに発動できる。

 

 一瞬で足元の拘束を脱出し、隙だらけだと思い攻撃を行う逆に隙だらけのナックルの腹に向かって、蹴りを叩き込んだ。

 

 拘束を抜け出した事にも疑問を抱き、吹き飛ばされながらも、ナックルはさらにそれ以上に驚愕をその身に受ける。

 

『時間です、利息が付きます』

 

 ポットクリンによる利息宣言。そしてその数値は―――『1269』。

 ()()()()()数値は利息通りに増え続けている。故に、不可解。

 

(ぐぅ!?強いダメージ!?にもかかわらず、ポットクリンの数値に変化は()ぇ!?どういう事だ!それに師匠(ボス)の煙を一瞬で抜け出しやがった!こいつ―――)

 

 本来なら、相手にオーラを貸し付けている状態であれば、いかなる相手の攻撃だろうと、それは全て〝ナックルにオーラを返す行動〟に変換される為、ナックルがダメージを追う事は無い。これはナックルが攻撃する場合も〝相手にオーラを貸し付ける行動〟に変換される為同様である。

 

 これはヒノの生み出したオーラの質が、万人の持つオーラとは全くの異質な物である事に起因する。見た目は普通のオーラと何ら変わらないが、その中身は別物。

 言ってしまえば、借受けた金に対して〝見た目だけで中身が全く違う偽札〟では返済できない、といった所だろうか。やや比喩が悪いが、つまりはヒノの【消える太陽の光(バニッシュアウト)】により生み出されたオーラは、例外的にナックルの能力【天上不知唯我独損(ハコワレ)】の返済対象〝外〟になるという事。

 

 返済に回されない攻撃は、そのままただのダメージとしてナックルに通る。

 

 無論ヒノ自身狙ったわけでは無く、ナックル本人でさえ予想していなかった異例の事態。

 その為、今のヒノの攻撃に対してダメージを受けた事に衝撃を隠せない。

 しかしナックルはその疑問を飲み込み、空中で態勢を立て直し、ヒノからやや距離を取るようにして地面―――煙の上に降り立つ。

 

 ヒノがダメージ目的ではなく、吹き飛ばす目的で蹴ったのもあるが、油断していた所の一撃に加え、念の防御を無視した攻撃に、ナックルは表情には出さないが自身の腹をわずかに抑える。

 

 そしてじっと睨むナックルと同様に、相対するようにして、ヒノも煙の上に立った。

 

 もしもヒノが【消える太陽の光(バニッシュアウト)】をしたまま降り立てば、煙を貫通して地面に着地したであろうが、一度ナックルを蹴り上げたと同時に解除したので、そのまま普通にナックル同様に煙の上に降り立った。

 

「はぁ………おめぇ、何者だ。今の蹴りは、効いたぜ」

「ヒノ=アマハラ。最近ハンターになったばかりだよ、先輩」

「………」

 

 ヒノの言葉に、ナックルは頬に冷や汗の様な者が流れる。

 自分の予感が的中、というか勘違いが現実だったのか?という疑問だが、疑問を持った脳裏とは裏腹に、内心勘違いである可能性はほぼ九分九厘と断定している自分がいる。

 

「さっき倒れていた血まみれの人いたでしょ。あの人切った人がいたから追いかけてたの。血まみれの刀持ってたから間違い無いよ。多分噂の辻斬り犯とかでしょ」

「………」

 

 

 追い打ちをかけるヒノの状況説明攻撃!

 

 ナックルに精神的ダメージ!これは痛い!

 

 

 だらだらと流れる冷や汗。

 純然たる自分の勘違い。攻撃を行い、追いかけまわし、あまつさえ殺人犯と勘違い。見事なスリーアウト、申し開きのしようも無くナックルが悪い。それを理解したのか、ナックルはゆっくりと口を開きつつも身体を倒す。

 

 両膝を地面、では無く煙の地面にぼふんとぶつけ、両手すらも煙につけて、あらん限りに叫んだ。

 

「ス、スマアアアアァン!!」

 

 後にヒノは「ここまで綺麗な土下座は見た事無いよ」と今の状況を語ったのだった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「で、お前は何者だ?ただの子供………というのは冗談にしては、きついな」

「ただの子供もただの子供。言わせてもらえれば、そちらさんも全然カタギには見えないけど。サングラスに巨大な煙管だし」

 

 サングラス重要か?と思ったが、モラウはそんな事を突っ込む事なく、じっと自分の前にいる少年を睨む。

 

 空に浮かぶ満月の光に照らされ、銀色の髪が光を反射し、海のような碧眼がじっとモラウを見ている。モラウは自分の能力で固めた煙の上に立ちながら、煙の中を()()少年、ミヅキに対して、軽快の色を滲ませた。

 

(ナックルに連絡を取りたい所だが、さてどうするか。そもそもこいつは、敵か、味方か。判断材料を探さねぇとな)

 

 子供、と侮る事はしない。いや、できない。

 目の前に立つ、自分よりも一回りも二回りを下であろう子供の姿を見れば、到底油断したまま勝てる相手では無い事は一目瞭然だった。「100%勝つ気概でやる」を信条としているが、それは敵を侮る事にはならない。そも、この子供はただの子供では無い。

 

(馬鹿みたいなオーラの量。ナックルみたいに総量をおおよそ数値化できるわけじゃ無いが、顕在オーラだけで並みのプロハンターを凌駕するような量を纏ってやがる。それも、徐々に増えている)

 

 念能力者同士の戦いは何が起こるが分からない。念の多寡だけで実力は決まらない。

 これらは念能力者としては当然の常識ではあるが、単純な有利不利ならある程度判断もできる。

 

 どんな状況になろうとも対応できるだけの距離を取り、狭い路地に立つモラウの心情とは裏腹に、ミヅキはひどく無感情な表情でモラウを見つめていた。

 

(ああ、面倒だなぁっと)

 

 ここら辺流石双子と言った所か、ヒノもミヅキも目の前に現れる障害に対して、同じような感想を心の中で愚痴ていた。しかしここで違うのが、やはり双子。ヒノは先に目的を果たそうと、後方から迫るナックルの問題を後回しにしていたが、ミヅキの場合は―――

 

「妹が路地に入っているから探しているだけだ。別に邪魔をするつもりは無いよ」

 

 普通に事情を説明した。

 が、それでもモラウは警戒をすぐに解く事はしない。しかし、表情の中に浮かんでいた緊張の糸は、いくらか霧散した様だった。

 

「その割に、お前のオーラは中々猛々しそうだな。ま、害意が無いのは見てれば分かるがな」

「ああ、癖みたいなものなんだ」

 

 そう言うと、ミヅキは一歩煙の中から足を挙げて歩き、煙の上に立つ。その瞬間、ミヅキに纏われていたオーラは小さく萎み、一般部類サイズの【纏】へと落ち着いた。その光景に少々面食らったようなモラウだったが、ここでようやく肩に担いでいた巨大煙管を降ろし、警戒を解いた。

 

「俺はハンターのモラウってモンだ。色々と聞きたい事はあるが、話は後だ。今は取り込み中でな」

「僕はミヅキ。この煙は、モラウの能力?」

「まあな」

 

 足元の煙を爪先でボフボフと突きながら尋ねるミヅキに、モラウは手短に肯定する。

 

 モラウの念能力【紫煙拳(ディープパープル)】は、簡単に説明するなら煙を操る操作系能力。

 

 これだけ聞けば中々に強力な能力ではあるが、しかしこれにも操作系特有の条件があり、モラウの愛用品である巨大煙管を媒介にして生み出した煙しか操る事が出来ない。

 

 本来なら人が吹いた程度、大して作り出せない煙だが、モラウの誇る鯨並みと比喩される驚異的な肺活量は、ただ吐き出す煙の量だけで巨大煙幕を張れる程。それを自在に形を変えて操る能力は、単純な戦闘力だけでなく、幅広い応用力を秘めている。

 足元を埋める煙の拘束もその一環。

 物理的に破壊が不可能な為、抜け出すのはほぼ不可能だが、それを平然とやってのけたミヅキに、モラウは警戒を解きながらも、頭の隅で考察を続けている。

 

(悠然と俺の煙の中を歩く。言うのは簡単だが、やってる事はコンクリに足を埋めたまま普通に歩いているのに等しい行為だぜ。一体この小僧、どういう能力だか。自身の透過?簡易的な除念?………そういえば妹探しって言ってたな)

 

 迷子の捜索という、この場に居合わせる人物にしては普通な事に違和感を感じつつも、嘘では無さそうという事で話を進める。

 

「お前の妹っていうのは、この路地にいるのか?」

「ああ。一応今いる位置はこの辺りかな」

 

 そう言って携帯の画面に映し出された地図と、ヒノの形態のGPS情報をモラウに見せると、モラウは確認してすぐに、眉を潜めた。そして自分も同じように携帯を取り出し、カチカチと操作をしたかと思うと、何やら「あちゃ~」とでも言いたげに、煙管を持っていない方の手を額に当てた。

 

「どうしたモラウ。自分の仲間がちょっとした失敗をした事を今知ったような反応をして」

「まさにその通りだ。ミヅキって言ったな、お前の妹の位置情報と、俺の仲間の位置情報がほぼ同じだ。多分俺の仲間が現場にいたお前の妹を追ってるか戦ってる最中だ」

「現場?何か事件でもあったのか?と言っても、この町で起こる事件ならなんとなく予想がつくけど。例の辻斬り犯かもしくは―――海賊船を襲った犯人がいるのか?」

「おまえ、どこでそれを………」

 

 ミヅキの言葉に、モラウは驚く。

 事件の事を知っているのは別段不思議では無い。町に行けば誰でも知っているだろう。

 

 しかしモラウが反応したのが、海賊船を襲った犯人と辻斬り犯が、別人だという事。

 

 実はを言えば、モラウもその可能性に気づいていた。確認の為にミナーポートの警察へと連絡を取ってみた所、辻斬り事件が起こったのは昨日の夜――――――だけでは無く、一昨日の夜と2件あった。

 そして海賊船がやってきたのは、昨日の夜の出来事。

 最初は海賊船を襲った犯人が、同時に町に来てから辻斬りも行っていると思っていたが、一昨日の夜の事件の時はまだ海賊船が来てい無い。つまり、海賊船を襲った犯人には、物理的に不可能。2人いる、犯人は。

 

 もう一つは、死因。

 海賊船を襲った犯人による被害者は、全員全身が切り刻まれるように殺された。

 そして辻斬り犯に関しては、たった一撃。それも心臓を貫く様にして、一撃で殺されている。

 

 この事を結び付ければ、自ずと別人という線が浮上してくる。

 

 ちなみにミヅキも同様の推察をした。

 海賊船見学の時に隣にいた町の住人が言った言葉。「昨日の夜にまた〝辻斬り〟が出た」という言葉に含まれているのは、昨日の夜に辻斬り犯が出た事と、〝また〟という言葉にそれ以前にも起こったという意味合いがある。

 その為、海賊船が流れ着いた昨日の夜以外の犯行があった辻斬り犯は、海賊船の事件とは無関係と考えた。

 

 しかしこれはミヅキとモラウ、ついでに言えばナックルやヒノも含めて後手に回り過ぎたとしか言いようが無い。

 

 最初から警察に辻斬り事件の話を聞いていれば、犯行日が違うので別人とすぐに分かった事。ミヅキは観光客としてきたばかりなのでしょうがないし、モラウに至っても海賊の方を調査していたので、辻斬り事件に関してはそういう事件が昨日あった程度にしか知らなかった。

 

 昨日の今日の事件なので、準備不足は否めない。しかし、それでも犯人を確実に追い詰めているのは事実。モラウの煙によって、犯人は足を止めている。

 

「とりあえず俺も向かうからお前も来い。一先ず合流だ。所で確認するがお前の妹とやらは、強いか?」

「強いよ。僕とどっちがと言われたら困るけど、とりあえず強いよ」

 

 即答するミヅキの言葉にモラウはにやりと笑う。

 

「オーケー、上等だ」

 

 対峙しただけでも分かる、まだ子供にしてこのオーラの強さ。それが2人も。その事に対して恐ろしいとわずかに頬を汗が垂れるが、同時に味方なら頼もしいと感じて笑う。

 

 だがそれをすぐに振り払い、前へと歩を進める。煙は一度固めたので、モラウ自身が解除しない限り、今の時点で捕らえられた者は抜け出す術が無い。ミヅキとヒノは例外中の例外である。

 

 今なら、犯人を捕まえられる。

 

 それが海賊船の襲撃犯か、辻斬り犯か。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

『時間です、利息が付きます』

 

 カシャリとポットクリン(ナックルさんに名前教えてもらった。うん、この子可愛い)の額のメーターが動き、数値が『1539』へと変動した。こうやってみるとやっぱりまだまだ余裕がありそうだよね。ナックルさんにとりあえず能力の詳細を聞いたけど、使いやすいか使いにくいかと言われたら微妙な能力だよね、ホント。いや、別に悪いとかそういうわけじゃないんだよ。

 

 ただ細かい数字とか時間を考えながらやるってのが大変そうだった。そう考えるとナックルさんって結構頭いい人?人は見かけによらないね。

 

「ん?ヒノ、おめぇ、今不穏な事考えて無かったか?」

「別に何も。ポットクリンって可愛いって思ってたよ」

 

 別に嘘はついて無いよ?

 それにしても勘も鋭いし、意外と不良も侮れないね。いや、まだ不良と決まったわけじゃないけど。こういう不良スタイルってジャポン特有だと思うし、海外だと意外と普通なのかな?そんなわけないか!

 

「んで、犯人は今どっちだ?」

「ここからそこの路地曲がって真っすぐ、さらに右に曲がってから真っすぐ行って左の道の先にある広めの所かな」

「走りながら【円】をするたぁ、随分器用だな。初めて見たぜ。半径どれくらいあるんだ?」

「とりあえず今は100メートルくらい」

「………おぉう」

 

 私の言葉にナックルさんは言葉を詰まらせる。

 

 先ほどナックルさんの土下座宣言は終了して、とりあえず一緒に犯人捕まえに行く事になったよ。それでポットクリンに関しては、犯人捕まえたら外してくれるみたい。

 

 ナックルさんがざっくりと私のオーラを見ながら、ポットクリンが変身(この場合借金が相手の総量を超えた時に発動する変化の事)するにはまだ5分以上も時間がかかるらしいから、一先ずこのままらしい。一応私に関しては完全なる無実と言う疑いが完璧に晴れたわけじゃないから。後ポットクリンついていたら大まかに居場所分かるから、途中で逃げた時の用心らしい。

 

 そんな、こんなか弱い少女を捕まえて!

 ………自分で言っておきながらか弱い要素が見当たらない、むむぅ。

 

 一応念の為後3分したら解除してくらしいよ。まあ強制【絶】になったらたまったもんじゃ無いしね!いざとなれば気絶させればいいし(笑)

 

 まあ別に問題無いし、ナックルさんの念をわざともらって私を強化するという、味方に使うある意味諸刃の剣戦法があるしね!計算誤ったら私30日間【絶】状態になるけど。

 

 で、とりあえずナックルさんの師匠さんが下の煙を固めたらしいから、犯人も捕まっているだろうと。それで【円】を伸ばしてみれば、見事に引っかかりましたよ。ちょうど路地が出る前に犯人見つけられたし、とりあえずもう【円】を解除して向かっている。刀も確認済みだしほぼ100%最初に見た犯人さ!

 

「よし、ここを曲がった先だよ!」

「よっしゃ!ヒノは下がってな。俺の仕事だしよぉ、迷惑掛けちまったから無理はさせられねーしな」

 

 中々に義理堅いナックルさん。もう一つは私が戦闘をしてポットクリンの変身時間の短縮を警戒しての事だと思うけど。

 

 そして私とナックルさんは角を曲がった瞬間――――――刀を持った犯人を見つけた。

 

 己の心臓から、黒い刃の切っ先を突き出して。

 

 

「「――――――!!」」

 

 

 ありえない光景に、私もナックルさんも思わず立ち止まってしまう。

 足元は煙の絨毯が惹かれ、犯人の足は煙に埋まって身動きが取れないみたい。そして背後には、路地の出口と思わしき場所にそびえる真っ白な壁。おそらく、あれも煙でできている。

 ナックルさんの話だと、師匠さんは煙で色々な形も作れるらしいから、路地の床全面と、出入口全てを煙の壁で覆ったみたい。中々とんでもない人。

 

 で、犯人が出ようとしたら壁があり、攻撃しても無意味。別の出口を探そうと振り向いた瞬間、壁を背にした状態で犯人の足元は固定されてしまったと。

 

 なら、あの刃はどこから出ている?

 

「ナックルさん、師匠さんの煙って、刃とかにも変身できるの?」

「形だけならできるが、殺傷力はほぼねーよ。それにいくら師匠(ボス)でも、見えない敵にピンポイントに煙を当てるなんてのは、多分不可能だろーぜ。それに――――――師匠(ボス)は絶対にあんな真似はしねぇ!」

 

 確かに足元の煙に触れても分かるけど、この煙は固形化と言っても、触れるようになるだけで割と柔らかいまま。このまま殴ったとしても大してダメージにはならないし、鋭さを出して刃にするっていうのも無理っぽい。とすると、あの刃は煙とは全く別。

 

「な……んだ、これ?ああ………あれあれ」

 

 壊れたように瞳をぎょろりと動かし、刀を持つ手を背後に振るうが、煙の壁に当たるだけで全く意味をなさない。足元は煙で固められ動けず、口元は大量の吐血で真っ赤に染まっている。

 

「正直今の状態で攻撃するのは後味が悪いが、あれはもうだめだ。せめて―――」

 

 その言葉を残したナックルさんは、十数メートルあった距離を一足で詰め、刀を振り回す手を蹴り上げて、手放さした。

 

 くるくると宙を飛ぶ刀は建物の壁面に突き刺さり、その瞬間犯人に纏われていた狂気の様な念は霧散した。それを確認すると同時にナックルさんはその場を跳び上がり、再び私の隣に降り立ち距離を取る。刀を失った犯人はもう動かない。しかしその心臓を背後から貫いた刃は、今だそこにある。

 

 が、ズズっと動いたかと思うと、刃が消えた。正確に言えば、背後から突き立てていた刃が引き抜かれ、こちらから見えなくなった、と言った方が正しい。

 

 ずるりと崩れる男の人。そしてその背後にある煙の壁を見た瞬間、ナックルさんは驚きに瞳を見開いた。

 

「な!?師匠(ボス)の煙に……傷だと!?」

 

 路地の出入りを封鎖する、物理攻撃不可能な煙の壁に、小さく刺し傷。つまりは、煙の壁を貫通させ、その前にいた男の後ろから心臓を貫いた、という事になる。あの煙の効力を知ってる私から見ても異常な攻撃。

 いや、私が言うのもなんだけどね?けど………この感覚ってもしかして………。

 

「ナックルさん、ちょぉっと下がってもらってもいい?」

「あ?急にどうした。あの壁の後ろに誰かいるなら、一度師匠(ボス)に頼んで煙を解除を―――」

「いや、多分それしなくてもいいと思うよ………」

「ん?」

 

 ビシイィ!

 

 次の瞬間、煙の壁に無数の罅が入り、次の瞬間砕け散った。

 ガラス細工でも壊れるかのような砕け具合には驚いたけど、その後ろ、路地の入口にいた人物を見た時、隣のナックルさんは再び驚愕する。

 

 撫でる様な甘い声が、静に路地に響いた。

 

「知った気配やと思ぅたけどぉ~、久しぃな~。ヒ~ノ~ちゃん♥」

 

 この場に居合わせるにはまるで場違い、しかし溶け込んでいる。そう思わせるような異様な雰囲気を身に纏って、彼女は現れた。

 

 全体的に和装の様な出で立ち、ちょっとざっくり言えば和風と中華を足したようなボレロを着て、下は黒いワンピース。ブーツを履いた足で煙の上に登り、だらりと下げられた両手には、黒と白の2本の剣。

 そしてその子自身は、見た目の年齢は私と同じくらい。色素の抜け落ちた様な真っ白いセミロングの髪を揺らし、口元は楽し気に歪められている。そしてまっすぐに見据える、黄水晶(トパーズ)紫水晶(アメジスト)のオッドアイの瞳は、まっすぐに、私()()に向かって注がれていた。

 

 見た目だけなら華憐な少女とも言えるけど、彼女の両手に握られている2本の剣。その片方、最初に振るったであろう黒い剣には、まだぽたぽたと、刃を伝い、切っ先から赤い血が滴り落ちていた。

 

 にぃっと、三日月のように笑う彼女を見た私の最初の感想としては―――、

 

「げっ、エリーちゃん!?」

 

 ちょっとした苦手意識のある、ちょっとした知り合いだった。

 

 

 

 




新キャラのエリーちゃん(仮)です。
唐突に、出してみたくなりました。


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第38話『モノクロハートの情動』

おそらく港町も、今回の話と後一話くらいで終わりそうです。


 これまでのあらすじ!

 

 飛行船の休憩でやってきたミナーポート港町で蔓延る狂気の事件!

 路地で発見される心臓一突きの辻斬りと、海賊船と船員切り刻みの襲撃者!

 

 私が路地に入って見て見れば、現行犯の襲撃犯を発見!そしてナックルさんに攻撃されたけどなんやかんやでとりあえず仲間になったよ!

 

 一方その頃ミヅキもナックルさんの師匠のモラウさんと合流してこっちに向かってきているみたい!やったね!

 

 後は襲撃犯を捕まえるだけ―――と思いきや、事態は一転。

 襲撃者が何者かに殺害されてしまった!

 

 で、その何者かなんだけど、手口が心臓一突きって事はもしかして?

 うん、まあ知り合いだったんだけどね。

 

 さあどうなる私、どうなる港町!

 

 

 続く!

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 たまたま路地裏にいた殺人犯を追ってみれば、思っていたよりも面倒な子を見つけてしまった。

 

「こないな夜に会うなんて、運命的やなぁ~。そー思わへん?」

「………こんな所で何してるの?」

「連れないわぁ~、そんなの決まっておるやん。ヒノちゃんに会いに来たんよ!」

 

 その言葉が終わると同時に、エリーちゃんは足元の煙を蹴りだし、私とナックルさんの前へと無造作に現れた。思っていたよりも速い速度、左手に握られた白い剣を振るって私―――の背後にいるナックルさんに向かって突き立てた。

 

「うぉっと!あぶねぇな!」

 

 うまく躱したナックルさん!そのまま距離をとりつつ、携帯を後ろ手に操作する。おそらく師匠さんにメール送ってるんでしょ。一旦煙の解除か、あるいは別の事か。

 

「邪魔な人もいのぅなったし、遊ぼぅや~ヒノちゃん♥」

「相変わらずだね……遊ぶって言っても、もう暗いし、家に帰らない?」

「いけずや。そないな悲しい事言わんとってな。うち、もう帰れる家なんてあらへんよ」

 

 ヨヨヨと、袖で口元を隠しながら泣く真似をしてるけど、バレバレだよ?ていうか今ちらっとこっち見たでしょ!絶対わざとでしょ!

 

「むぅ、やっぱりあの人邪魔なんやね」

「え?いやあの人は全く関係無―――」

「じゃあちょっと始末してくるわ。待っててやぁ~」

 

 にこやかに笑うと同時に、再び跳ねた。

 壁を蹴り、爆発的な加速力でナックルさんに攻めっていくエリーちゃんは、両手に掴む黒と白の剣を振るった。

 

「こっち来やがったか!―――っと!」

 

 その場で跳び上がり、ナックルさんは剣を躱し、そのまま壁を蹴って反対側の壁を蹴ってを繰り返し、路地の入り口の方へと降り立つ。その表情は笑ってはいたが、エリーちゃんの剣が壁を抉りとったのを見て、一瞬躱すのが遅れた想像をしてぞっとしたのだった。

 

 ふと、攻撃を躱されたエリーちゃんが、何かに閃いたかのように私の方を向いた。

 

「ああ、そういえばなぁ、ヒノちゃん。理由としてはヒノちゃんにも会いたかったけど、もう一つ理由あったんよ」

「もう一つ?」

「簡単な話やわぁ、ミヅキ君おらんの?」

「あー、そっちもか………」

 

 そりゃそうか、どちらかと言えば私よりそっちが本命じゃないの?いや、この子の場合分からないなどっちもどっちもって言ってるけどいまいち………。

 

「おい!そこのガキ!」

 

 突如、ナックルさんが叫び声をあげる。一応どっちもガキではあるけれど、多分今言っているのはエリーちゃんの方だね絶対。先ほど路地の入口へと跳んだナックルさんの足元には、心臓の位置から血を流す男の人、刀を持った元犯人の人が倒れ伏していた。足はまだ煙で埋まっているけど。

 

 怒りの表情でエリーちゃんを睨みつけるナックルさんは、凄まじく燃えるようなオーラを身に纏っている。これは、結構怒ってるっぽい。

 しかしそれに対して、エリーちゃんは特に興味が無い、というかまるで聞こえてないように、私の方を向いている。いや、話聞いてあげなよ。

 

「エリーちゃん、向こう向こう」

「もぅ、なんやぁ。折角うちがヒノちゃんと話してるのに。おにーさん、なんか用?」

「用とは、随分返事が軽いな。人の事を2度も殺そうとしておいてよぅ。まあ今はいい。だが、てめぇ………なんでこの男を殺した?」

 

 あの様子だと、ナックルさんもおおよそ気づいたみたい。

 ナックルさんが蹴り飛ばして今は壁に突き刺さっているあの刀は【凝】をして見て見れば一目瞭然だけど、禍々しいオーラが纏われている。妖刀とか魔剣とか言われているタイプの、誰かの念がかかった武器。多分持ち手を操作するか精神を破壊するかして、刀が操っていた。けど、あの刀を手放せばその人は解放されたのかどうかは、今となっては分からない。それでも、あの男の人本人は、おそらく一般人だったと思う。

 

 だからこそ、ナックルさんは拳を握り閉め、エリーちゃんに問いただす。

 けど予想がつく。答えはおそらく―――

 

「だって――――――邪魔やったし」

「邪魔……だと?」

「あの白くてやらかい壁も、その前に立つ人も、皆邪魔やったし。とりあえず斬ったわ」

 

 何でもない、ただ邪魔だから斬った、そうエリーちゃんは言った。そしてこの考えに、ナックルさんは相容れ無い。決して、人をただの物の様に考える、この子には。ヒソカに近いような気がするけど、本質は多分もっと別の物。どちらかと言えばこの子は………イルミさんに近い。

 

「ああ、上等だ。だったら俺がてめーを、邪魔してやる!」

「もぅ、おにーさんは、一体何なん?」

「ナックル=バイン!ハンターだぁ!」

 

 叫び声をあげながら、ナックルさんは足元の煙を蹴りだし迫った。何も考えてないような正面突破に見えるけど、果たして―――。

 

「おいでやす、そっちから来てくれるなんて、親切やわぁ」

 

 笑顔を振りまくエリーちゃんだけど、両手の剣を構えて迎撃準備万全。

 ナックルさんは能力の関係上相手に拳による打撃を当てなくちゃ発動しない。けど相手は剣を持ってるから、危なくない?そう思っていたけど、一瞬だけ浮遊感が私を襲った。

 

「ん?煙が戻った」

 

 バランス感覚!堅い石の地面に降りた私だけど、実際は降りたというか50cm程度だからそこまで降りたって感じじゃない。階段を駆け上がって後一段!と思ったら一段無かった様な妙な違和感だけ残る様な感じで地面に着く。普通ならそこまで大したことじゃないけど、あの二人、特にエリーちゃんにとっては痛恨のミスみたい。

 

「あら?」

 

 あらかじめ何秒後に煙を解除するって指令を貰っていたのか、ちょうどナックルさんは煙を蹴って滞空している。大してエリーちゃんは地(煙)に足をつけて迎撃態勢だっただけに、いきなり地面が下がった事に驚いてバランスを崩した。

 

 もしかして、この時間差を埋める為に最初会話をしていたの?そうだとしたらナックルさん中々侮れないね。どうにもほぼ素な様に見えたけど。

 

「らぁ!」

「おっと―――」

 

 咄嗟の事で、流石のエリーちゃんも思わず足元を見てしまう。柔らかい煙の地面が一転してただの煙に戻りバランスを崩し、完全な隙を作る。それを見逃すナックルさんじゃない!というかナックルさんが作ったんだけどね、隙。

 

 ドオオォ!

 

 狙い通り!と言うようなナックルさんの拳が、エリーちゃんを吹き飛ばした。

 流石!と言いたい所だけど、一瞬で両手の剣をクロスして辛うじて防いでる。いや、よくよくと見れば、完璧に剣で受け切っている。あれは多分、流石にあのタイミングの拳は素の反射速度じゃ間に合わないから、あの状態になってるかな?

 

 吹き飛ばされたエリーちゃんはくるくると空中で回転し、壁に突き刺さっていた刀の上にそっと、軽業師のように音も無く着地した。およそ4メートル程の高さで見下ろすエリーちゃんは、ふと自分の横から聞こえた声に視線を向けた。

 

『時間です、利息が付きます』

 

 カシャリというカウンターの音と共に、ポットクリンが現れた。

 あれ?じゃあ私の方のポットクリンは―――あ、いつの間にか消えている。これって複数同時に出せるのかな?もしくは出せないからこっち消したのかな?どっちだろ?まあ今はさほど重要じゃない。

 

「………初撃を当てられるとは、思わんかったなぁ」

 

 エリーちゃんは少し驚いた様な表情をしたけど、眼下にいる拳を振り上げた状態のナックルさんを見て、口元をにんまりとさせた。

 

 そして、少し膝を曲げつつ片足を後ろに下げ、両手で剣を持ったままスカートの両端の裾を摘まむ様にして、軽く会釈をした。カーテシーと呼ばれる作法。

 色素の抜け落ちた様な真っ白な髪が月の光にキラキラと反射し、黄水晶(トパーズ)紫水晶(アメジスト)のオッドアイの瞳はナックルさんを見据えた。

 パーティー会場で優雅に佇む貴族の令嬢の様な仕草に、ナックルさんは思わず驚いたようだったけど、滑らかに柔らかい言葉が響く。

 

「面白いわぁ!うちはエレオノーラ=アイゼンベルグ。よろしゅうなぁ、ナックルさん」

 

 お?エリーちゃんが名乗ったって事は、ちょっとは興味持ったって事かな?

 まあどちらかと言えばナックルさんじゃなくてポットクリンの方に興味持ったんだと思うけど。それに興味を持ったと言っても、1/100が10/100になったくらいの多少の上がりくらいだと思う、うん。経験則で!私?多分ぶっちぎってる、マジで。良いか悪いかと言われたら微妙だけど!

 

「どないしよか、メインが先か、前菜(オードブル)が先か。う~ん、悩むわぁ。個人的には好きな物は後に残しておきたいし~。………ルイン」

 

 呪文のように何かを呟いた瞬間、爆発的な威圧感がエリーちゃんから放たれてきた。オーラも格段に強くなり、先ほどまでが遊びだったかのように………いや、実際に互いに全力じゃなかったけど、あの変化はもっと別。チリチリとした殺気が放たれる中、ナックルさんは拳を握る。

 

「ヒノ、あいつは何者なんだ?正直、オーラが異常だぜ………いや、性格もおかしいけど」

「それはどっちも否定しないけど。前に3回か4回くらい会った事あったんだけど、初対面の時に―――ちょっと好かれたみたいで」

「は?」

「それからちょっと付きまとわれてさ~」

 

 初対面で会った2年前から現在に至るまでで数回会った事あるけど、あの子は初対面の段階で私とミヅキの事を気に入って、追いかけまわしてくる。本人曰く「ビビっと来たんやぁ♥」だって。ヒソカと似てるけど、あれよりかは人様に迷惑は………まあかけてるけどね。あの子障害全部排除するタイプだし、興味無い事はどうでもいいタイプだし。

 そもそも、あの子の倫理という物は元から破綻している。それはあの子の家系に関する事だけど、とりあえず状況だけ絶えずミヅキにメールしておこう。カチカチカチ。

 

「特に………あの両手の剣。本人のオーラもそうだけど、あの2本はそれに輪をかけて異常な雰囲気出してやがる」

「お目が高いねナックルさん。あれ、念で作られた剣だよ、二つ共ね」

 

 似たような形状の、通常の剣より幅広で短めの剣は、一般に言えばグラディウスと言う様な剣。それぞれが、黒と白という対照的な配色をした剣は、人が汗を拭って手で作った物ではない。どちらも、念能力者によって具現化した剣。

 ちなみに、あれはエリーちゃんの能力とは違うみたい。そういえば私もあの剣の経緯はまだ知らなかったよ。基本追ってきたら逃げてたし。

 

「ほなら―――楽しませてもらうわぁ!」

 

 タン!と足場の刀を蹴り上げ、宙に身を投げ出してナックルさんに迫る。それに対して、ナックルさんも拳を構えてファイティングポーズをとる。まさに先ほどの逆。迎撃態勢を敷くナックルさんに、向かうエリーちゃん。

 果たして――――――

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「モラウは、アイゼンベルグ家って知ってるか?」

「アイゼンベルグ?確か、割と大手の製薬会社の名前がそんなだったな。数年前に社長が事故死してそのまま会社も潰れたらしいけどな」

 

 嘗て同業者を歯牙にもかけず、群を抜いて有名だった製薬会社、それを取り仕切っていたのが、当時代表取締役であったジェラルド=アイゼンベルグ。しかし、それは表の顔。アイゼンベルグには、血塗られたもう一つの顔があった。

 

「あれは殺しの一族。ゾルディック程では無いけれど、その手の界隈では割と有名と同時に、避けられていた一族だよ」

「殺し屋と製薬会社。嫌な組み合わせだな。お前は随分詳しいんだな」

「エレオノーラに追いかけられた後に調べたんだよ。ヒノはそこらへん背景とかあんまり興味示さなかったから知らないと思うけど」

 

 やれやれと、今を楽しく生きる妹に少しだけ嘆息する。

 しかし、モラウはその仕草など気にかけず、有名会社の裏の姿に、思わず神妙な表情をする。この世の全て表だけで成立するわけが無く、裏がある事には疑問は抱かない。しかしそうだとすると、今ミヅキに情報が送られてきた少女がどういう人物なのかが、おおよそ理解してしまうと同時に、今回の事件の全貌が見えてきた。

 

「多分、今回の〝辻斬り事件〟の犯人は、エレオノーラだと思うよ。理由はまぁ、たまたま寄ったこの町でたまたま何人か斬っただけだと思うけど」

 

 言うなれば偶然。人を斬る事に躊躇いを抱かない少女が、たまたま人のいるところにやって来ただけという。無論見境なく、というわけでは無いと思う。これもミヅキの推測だが、被害者が、彼女にとって〝邪魔〟と判断された結果だと思う。

 しかしモラウは、どこか納得した様だった。

 

(なるほど、確かに辻斬りの死因は心臓を一突き。言われてみりゃぁ、殺し屋の所業と酷似してるな………)

 

 迅速に、速やかに、標的を殺害する。それが殺し屋の流儀。時間を掛けず、合理的に、息の根を止める。それを考えれば、確かに心臓を一突きにするというのは、理にかなっている。それをやったのが、殺し屋一族の少女であるというのなら、納得もいく。

 

「アイゼンベルグ家は殺し屋と製薬会社を両立していたが、ある日社長宅が火災にあい、一族全員死亡したって新聞で一時的に騒がれていた。血は途絶えたとされているが、推測だけど、その事件を起こしたのが、多分エレオノーラだ」

「な!?ちょっと待て!殺し屋の一族って事は、その子の両親、社長達だって相応の実力者のはず!それを、子供が一人でやったってか!?」

「ま、それがただの子供だったらね。あ、殺し屋の子だからただの子供じゃないってわけじゃないよ?それとはもっと、根本であいつは違う―――お?」

 

 会話を切り、立ち止ったミヅキに続いて、モラウも立ち止まる。斜めった地面、屋根の上から眼下の光景を見て見れば、状況は一目瞭然だった。

 

 壁や床を蹴って飛び交い、剣を振るう白い少女の姿と、それに追随して攻撃を行い、さらに敵の攻撃を躱し続ける男の姿。そしてその脇からその光景を見ている、金髪の少女。

 

「さてと、どうするモラウ?捕獲するか?」

「当然だ。向こうの事情は知らないが、俺達は俺達のやるべき事がある。問答は、その後でもできる。ナックルには悪いが、合図なしでいかせてもらうとするか」

 

 そう言ったモラウは深く息を吸い込み、煙管を吸い込むと同時に、多量の煙を吐き出した。ぐるぐると渦を巻く煙は、次第に彼らのいる場所を包むように形成されていく。

 

 町の方まで広く範囲を広げていた煙を全てかき集め、まるで入道雲のように地面から家の屋根を超えた高さを覆うような巨大な雲が、彼らのいる路地の一角を封じ込めた。

 

(完成だ!【監獄ロック(スモーキージェイル)】!)

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「「!?」」

 

 突然、私達のいる路地を囲むように、巨大な煙のドームが形成された。濛々と立ち込める煙に触れてみれば、透過する事無く、弾かれる。おそらくこれも、物理無効化の煙を使った、煙の牢獄。ナックルの師匠さんの能力により出来上がったもの。

 

 ていうか戦闘中だったからか、事前合図無しだったみたい。流石にナックルさんも一瞬驚いた様な表情をしたけど――――――、

 

「ナックルさん!前!」

 

 そんな事、エリーちゃんにとっては関係無い、というか、多分煙自体に興味を抱いていない。今は、闘う事を楽しんでいる。

 

「余所見とは、余裕やわぁ!」

「くっ!」

 

 思わず回避しそびれたのか、ナックルさんの腕を剣の切っ先が触れた。一瞬で飛びのいたナックルさんの腕を見て見れば、そこには無傷。しかし、エリーちゃんの周りに浮いているポットクリンのカウンターが、『540』から『340』まで下がってる。

 

 【天上不知唯我独損(ハコワレ)】の発動中は、互いの攻撃は全て相手にオーラを貸し与える攻撃に変換される為、受けてもダメージは無い。けどその借金を全て返済してしまえば、ポットクリンは解除されてダメージを受ける。

 剣の切っ先だけで200近く減ったなら、直撃じゃちょっとやばそう。ていうか、別にみてる必要無いけどね?

 

 え?じゃあどうするって?そりゃ、もちろん!

 

「先手―――必勝!」

 

 足に籠めた念を一気に解き放ち、一瞬でエリーちゃんの背後にまわった。

 

「ヒノちゃん♥」

「エリーちゃん悪いけど、ちょっとだけ眠っててね!」

 

 空中で回転し、遠心力をそのまま足でエリーちゃんに叩き込んだ。それに合わせるようにして、反対側のナックルさんも、拳を振るう。

 

 それを、エリーちゃんは両手の剣の腹でそれぞれ受け止めた。それと同時に、エリーちゃんのオーラが上昇する。

 

(!?俺の拳が片手で!?馬鹿な!)

 

 やっぱり防がれた。普通なら片手でそれぞれ受けるなんてのは不可能だけど、この子の場合ちょっと事情が違うからね。今のこの子は、人間の限界を引き出している。

 

 白剣ルイン、正式名称【境界の剣妃(ルインフレーム)】は、持ち手の限界を一時的に超える念剣。今のエリーちゃんは、人として扱える力の限界を超えて、怪物的な腕力を引き出している。無論、それ相応に代償となる誓約は存在する。けど――――――

 

「あは!楽しいなぁ!」

 

 ヒュォン!と、風を切り裂く剣が、まっすぐに私に向かってくる。ナックルさんと違って、私の大勢は空中にいるまま。通常避ける事は叶わないけど、エリーちゃんの狙う場所は――――――多分私の心臓の位置!

 

「おおぉ!」

「あら?これは、驚いたわぁ」

 

 突き刺すような一撃を、私は両手で挟みこんで受け止めた。つまりは真剣白刃取り!剣も白いしまさに白刃!ていうか相変わらず容赦無いねこの子。ヒソカ思い出す。まあ見た目の問題でヒソカよりかは印象はいいんだけどね!だって可愛いは正義だし!正義の欠片も見当たらないけど!

 

 でも、普通にちょっとお仕置き!

 

「せぇ~の!てい!」

 

 白刃を掴んだまま、その場で体を横にして一回転。大車輪のように体を大きくぐるんと回転させて、踵をエリーちゃんのお腹辺りに思い切り叩き込んだ!今の状態なら私とナックルさんに攻撃された後で挟まれている状態。つまり避けるに避けれない。剣は私が抑えたままだけど、吹き飛ばすと同時に放した。

 

 そして、壁に背中から激突したエリーちゃんは、肺の空気を絞り出すようにして空気を吐き出す。

 

「くぁ!」

 

 けど、それも一瞬の事。

 すたりと、地面に降り立ったエリーちゃんは剣をだらりと構え、やはり楽し気に笑っている。キラキラと光っている様な瞳は私とナックルさんを同時に射貫き、面白いおもちゃを見つけた子供みたいに見える。

 

「あは♥やっぱええわぁ、ヒノちゃん楽しいわぁ~」

「相変わらず、楽しそうだな。エレオノーラ」

「「「!!」」」

 

 上から降ってきた言葉に、今度はエリーちゃんもピクリと反応を示した。それもそのはず、聞き覚えのあるこの声は――――――、

 

「ミヅキ!」

「やっと見つけた、ヒノ。何に巻き込まれているかと思ったら、よりにもよってエレオノーラとはついてないな」

 

 本人を前に中々に手厳しいけど、多分エリーちゃん全く気にしてないよ。うん、見なくても分かる。なんかハートが飛び交うオーラみたいなのが見える!

 

「ミヅキ君!お久やぁ、元気しとったぁ~」

 

 剣を持つ手を振って笑顔を振りまくエリーちゃん。ここだけ見たらさっきまで殺人未遂を引き起こしまくった子とは思えないね。いや、その前にもう事後だったけどさ。

 

 やれやれと溜息をつくミヅキは、路地に並ぶ建物の屋根の上から私達の方を見ろしている。そしてもう一人、その隣にいるのは、大柄な体格にサングラスを付けた人。

 あー、多分この人がナックルさんの師匠かな?念使いで、巨大な煙管持ってるし、煙の人だね、絶対に!

 

「師匠!」

「ナックル、ご苦労だ。少し休め………さて」

 

 ナックルさんの師匠さんは、サングラスの上からだけどエリーちゃんを、値踏みするような感覚で見ていたが、ぽつりと呟く様に、しかしよく通る声は普通に私達の耳に届く。

 

「よぅ、お嬢ちゃん。悪いけど、この路地は包囲させてもらったぜ。残念ながら逃げる手段は無いから、おとなしく捕まってくれないか?〝辻斬り〟よぅ」

 

 辻斬り。

 それはこのミナーポート港町を一昨日から騒がせている、辻斬り事件の犯人。海賊船襲撃は、今はもう亡くなっている、さっきまで刀に操られていたであろう人。そして辻斬り事件の犯人が………エリーちゃん。

 けど、まあ思っていた事だけど、本人は辻斬りというワードにきょとんと首を傾げていた。あ、その仕草可愛い………じゃなくて。

 

「辻斬り?何言うてるやぁ、あの人?」

「エリーちゃんこの町で、確か2人くらい人斬ったでしょ?ああ、さっきの人抜いて」

「そらな。うちが歩いていたら、「お嬢ちゃん、いいとこ連れたってあげるぅ」なんて言うし、邪魔やし斬ったなぁ。ほんま外歩くと怖いわぁ」

 

 あんたの方が怖いよ!何その超過剰防衛!悪漢は即斬って、どこの牙突隊長だよ!

 相手も相手、まさかエリーちゃんに声かけるとか不運としか言いようが無い。まあエリーちゃんの事だから普通に声を掛けられただけでも斬ってると思うけど。

 

「まあ事情はなんであれ、ご同行願えるか?まあ俺らは警察じゃねぇけど、ハンターとして世の為人の為ってのも、仕事の内だからな」

 

 一応相手は女の子だからか、怯えさせないように聞こえる声色で語り掛ける。なんか結構安心するタイプだねあの人。まあ実際にはそこまで配慮はあんまりしていないと思うけど。相手が相手だししょうがない。

 

 そしてその問に対するエリーちゃんの返答は――――――、

 

「お断りや♥」

 

 ズガアアアァン!

 

 華の様な笑顔を振りまいた瞬間、路地裏に鈍い破壊音が響いた。

 エリーちゃんが両手の剣を一瞬で逆手に持ち直し、オーラを込めつつ、背後にそびえる建物の壁に、思い切り突き立てた破壊音。

 突撃してくるようだったら、ナックルさんも迎撃したと思うけど、壁を壊す事に対する意味が分からないって顔をしている。師匠さんの事だから、この一帯をあの物理不可の煙で包囲していると思うし、壁を壊した程度で逃げられ無いと思う。

 つまり、エリーちゃんの攻撃には、別の意図がある。

 

「!まずい、ヒノ!エレオノーラの上だ!」

 

 その言葉に気づいた時、何かが降ってきた。

 あれは――――――刀!

 

 

 ザシュ――――――

 

 

 エリーちゃんのいた場所は、ちょうど最初に刀を吹き飛ばして突き刺した壁の、真下。

 

 くるくると回転した刀はピンポイントに真下に降り注ぎ、

 エリーちゃんの胸の中央を、背中から貫いた――――――。

 

 一瞬びくりとさせ、エリーちゃんの口元から、赤い血が流れて来た。

 

「かふっ………やっぱ、痛いわなぁ」

 

 それでもエリーちゃんは、表情を崩さず、楽しそうに笑った。

 

 

 

 




オリジナル念能力紹介


【特質系念能力:境界の剣妃(ルインフレーム)

見た目はグラディウス風の白い剣。現使用者はエレオノーラ。
とある念能力者によって具現化された念が、死後その存在を消す事無く現存する念の剣。
持ち手のリミッターを解放し、『肉体』と『オーラ』の限界を解放する。専用の鞘に入れて封じ込めなければ、いずれは死に至る程危険な剣。

肉体の限界は引き出せば身体能力が格段に向上するが、当然の如くその後肉体が崩壊する。
オーラは基本潜在オーラと顕在オーラの上限を解放するが、後に使用状態に応じて念の使用ができなくなる。

元々はどちらか片方しか一度に解放できなかったが、死後強まった念の力で現在は両方同時に解放できるようになった。無論どちらかだけ解放できるかも選べる。




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第39話『ヴァルキュリアの制動』

とりあえず今回の話で港町の事件編は終了となりました。
その後はちょっとした日常回をします!



 

 

 

 エレオノーラ=アイゼンベルグは、念能力者において最も攻守共にバランスの良いとされる、強化系に属する能力者である。しかしその中でも、まわりの強化系能力者とは一風変わった【発】を持っている。

 

 それは、自身の自然治癒能力を強化する能力。

 

 自己再生機能と自己防衛機能をオーラ消費で強化する、念能力者では珍しい稀有な能力。単純な切り傷や刺し傷、火傷などの傷だろうと、瞬時に再生する能力は一見すれば不死身にも思える様な力。しかしながら誓約としてオーラを消費する事と、肉体の再生中は想像を絶する苦痛を味わう。それは地獄の閻魔も叫び出すような痛みではあるが、エレオノーラにとっては取るに足らない誓約だった。

 

 一般に別の人間が同じ様な【発】を作ろうと思っても、その誓約の重さは個人によって変わってくる為、難しい。彼女の場合は、常人と少々異なり〝痛みに耐える〟という事に関してなんら苦としていない。これは彼女の人生が異質としか言いようが無い。

 

 そしてもう一つ。こちらは戦闘寄りとなる能力であり、やはり強化。

 〝痛み〟を感じる事で、オーラと身体を強化する、彼女に相応しいと言わざるを得ない能力。

 物理的な痛み、精神的な痛み、これを感じる事で、自身の能力を底上げするという、使い勝手を問い質せば、通常なら微妙としか言いようが無いだろう。

 

 この能力一つだけなら、傷つけば傷つくだけ力を増すが、それと同時に〝死〟に限りなく深く近づく。少しの強化であろうとも、自身に〝痛み〟を与えなくては、発動でき無い。例え肉体を強化できようとも、それが戦いに支障をきたす程の深い傷を伴っての強化であれば、全く意味を成さ無い。それこそ、最後の切り札、としか使えないだろう。

 

 しかし、上記の能力と同時並行できたのなら、その欠点を克服できる。

 傷を受けて痛みを感じ、その痛みを糧に能力を強化。さらに傷の修復と同時に誓約により痛みを感じ、さらなる強化を施す。

 

 これに白剣【境界の剣妃(ルインフレーム)】の能力である限界突破を使用すれば、ほぼ無尽蔵な強化も理論上可能となる。ルインの身体強化、誓約による肉体の崩壊、伴う痛みと痛みによる強化、さらに崩壊の修復、誓約による痛み、それを糧として強化。

 

 痛みと強化と修復のループ。誓約を条件として発動し、その誓約を条件としてさらに発動する。

 能力と能力を歯車の様に嚙合わせる事で、互いの欠点を補い、利点を最大限まで伸ばす。

 

 前提条件としては、やはり強烈な“痛み〟これに尽きる。常人では一瞬で発狂し、肉体は回復してもその痛みにより五体満足で動かせ無い程。

 

 それを平然とやってのける彼女は、常軌を逸している。いや、もはや狂気に飛び込んでいると言っても過言では無い程に。

 

 一応他にも細かい制約などもあるが、簡単な彼女の打倒方法としては、致命傷を与え続けるというのもある。流石に心臓を破る様な致命傷を喰らえば、修復には時間がかかるし、動きに多少の制限も出てくる。脳をやられたのなら、彼女がまともでいられるかも微妙だ。最も、彼女は自身の肉体を容易く傷つける事は度々あっても、心臓と脳は基本的に守っているので、彼女自身も分からないのではあるが。

 これはそこだけは修復できないというわけでは無く、ただ“非効率〟だから守っているというだけであり、破壊されたらその時はその時、が彼女の心情である。

 

 故に、彼女は躊躇わず、正面からぶつかる。

 やはり強化系であろうから、とても分かりやすい言動だった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 バギャイインン!

 

 金属が割れる、不協和音の様に鈍く甲高い音が路地裏に響くと同時に、エリーちゃんは動いた。手元の黒い剣で、胸の中央に突き刺さる剣を中程から破壊すると同時に、地面を砕く様な勢いで踏み込み、まるで足元に射出機 (カタパルト)でも仕込んであったかの様な爆発的速度で、屋根上にいるモラウさんとミヅキの元へと跳び上がった。

 

「そっち!?ミヅキ―」

「まずい!ボスは今他の能力を使えねぇ!」

 

 え、それってまずくない?ナックルさんの話では、今路地を取り囲む様な煙の牢獄【監獄ロック(スモーキージェイル)】は、発動すれば相手は絶対外に出る事が出来ない代わりに2つのルールがが存在する。一つは自身も中に居なくては発動できない事と、もう一つはその間他の能力が使用できないという事。

 

 確かに強力な分、それは今の状況的にキツイ。自分の身一つで相手を倒せるならいいけど、基本的にこの技ってペアかそれ以上じゃないとリスク高いよね。自分が囲んで他の人が相手と戦う、とか。まあ状況的には敵(エリーちゃん)の他に私とミヅキとナックルさんって3人もいるから全然オッケーだと思うけど。ていうかそれもモラウさんやられたらおしまいか。

 

 続く様に私とナックルさんも、三角跳びの要領で交互に壁を蹴って上に行くけど、エリーちゃんの方が早い。

 

「よし!来るなら来―――」

「あ、モラウは結界の維持しておいて、僕対応するから」

「大丈夫か?あいつ、かなりオーラが強まってる。おそらく強化系だと思うが、傷を受けたら能力を強化する………って所か?」

「大正解。けど、問題無い。ヒノもそうだけど、僕もヒノも強化系、というか単純にオーラを使った能力者とは特に――――――相性がいい」

 

 その言葉を皮切り、屋根を蹴って後方に下がったモラウさんと入れ替わるようにして、ミヅキが前へと立った。エリーちゃんはすぐそこまで迫り、両手に持った白剣と黒剣を振るい、回転するように切りかかった。

 

「――――――そこ」

 

 小さく呟く微かな言葉は、誰にも聞こえない。

 はっきりと見開くミヅキの瞳は、自分に迫る白い剣の腹を撫でるように、手の甲を当ててわずかに横に逸らした。それと同時に体を回すようにして、黒い剣の腹を逆の手で、そっと押し出す。

 

 それだけで、剣はミヅキの両側へと滑り落ち、下の屋根破壊するに留まった。破壊と言うか、屋根に縦2本のおっきい切り傷が走ったんだけど。普通に喰らえば危ないね、あれ。

 

「ふふ!面白いわぁ、ミヅキ君!」

「まだまだ、次―――」

 

 鋭く風を切り裂く音と共に伸びる、軽く指を曲げたミヅキの手が、直前でエリーちゃんの白剣によって防がれた。けどそこで躊躇する事も無い。互いにもう一つ手は残っている。

 2度目の攻撃も、やはり防がれる。エリーちゃんの反応速度も格段に早くなっている感じだけど、それ以前にミヅキの動きがおかしいように感じた。いつもより、心なしか遅いというか、わかりやすいというか………。

 

 ガアァン!キイィン!ドッ!

 

 鞭の様に振るうミヅキの手を、悉く両手の剣でガードしていく。千手の様に相手に打撃を重ねるけど、その度に防がれて甲高い音が夜の街に響いた。そうこうしていると、私とナックルさんも上へと上がり、ミヅキとエリーちゃんの戦っている屋根とは路地の道を挟んだ反対の屋根に降り立った。

 

『時間です、利息が付きます』

 

 あ、そういえばポットクリンついてたね。カウンターを見て見れば、数字は『546』、一回減らされたから、まだ時間かかりそうだね。

 

「どう?ナックルさん入れそう?」

 

 そうであるならナックルさんの攻撃を重ねれば、利息カウントをさらに縮める事だってできる。基本的なナックルさんの戦法としては、ヒットアンドアウェイの突撃と撤退らしい。しかし今の状況だと結構きつそうだね、自分で聞いておきながら。

 

「悪いが少しまずいな。勝てない、とは言わないが、今のあいつなら俺の攻撃にカウンターで一撃もらうくらいにはやばいと思う。一撃なら、おそらく今のカウントの利息を一気に返済できる威力もある」

「返済したらどうなるんだっけ?」

「一括返済の後はポットクリンの解除と、俺に直接ダメージだ」

 

 なるほど。やるにしても、もう少しカウントが増えてから、と。できれば1000越えかもう少しが望ましいみたい。まあオーラ量も増幅しているみたいだし、それはしょうが無い。

 

 ギイイィン!

 

 一際強い一撃の後、ミヅキとエリーちゃんはそれぞれ後ろに飛んで距離を取った。ん?エリーちゃんが後退するって少し珍しい気がする。いや、互いの攻撃の後だからそうでも無いか。

 

 何度の攻撃を重ねたのか、よく素手で剣と渡り合えるね、とミヅキを賞賛したい所だけど、そうするよりも違和感にすぐに気づく。エリーちゃんの纏うオーラが、小さくなっている気がする。

 

「お?能力切れか?だとしたら、願ったり叶ったりだ!」

「能力切れ………ね。確かにそういう見方もあるかもだけど、あれは―――」

 

 確信は無いけど、やらかしたのかもしれない。確かにエリーちゃんのオーラは縮んでいるけど、それと反対に、()()()()()()()()()()()()()。ミヅキが、無駄に剣を打撃で受けるとか少し危ないやり方下のって多分………。

 

「………………………くぁ」

 

 そう思ったら、緊張感を吹き飛ばすような小さな声が響いた。エリーちゃんが、()()()()()()()()

 

「ん?これってもしかして………」

「どうした?」

「いや、そういえば忘れてたんだけど前に会った時、エリーちゃん自分から帰ったんだ」

「自分から?あれが?」

 

 ナックルさんの言い方はあれだけど、気持ちは分かるから黙っていよう。

 そう、確か去年くらい、追いかけてきたエリーちゃんだったんだけど、少しして唐突に自分から帰ると言い出し、本当に唐突に事情無く帰ってしまった。私もミヅキもその時はぽかんとしていたけど、あの時小さかったけど違和感を覚える行動をしてたのを覚えている。

 

「確か帰る直前――――――小さく欠伸してたんだ」

 

 そう言った瞬間、エリーちゃんはくるりとミヅキに背を向けて、屋根を凹ませながら屋根の上を爆走し始めた。ちょっと虚を取られたのもある。私を含めて全員反応が遅れてしまった。

 行動理由は多分前回と一緒………まあ帰るんだろうね。どこに、かは分から無いけど。

 

「無駄だぜ!この檻からは出られねぇ!」

 

 そうモラウさんは叫ぶも、聞く耳持たない、と言わんばかりの疾走。風の様に走り去るその後ろ姿、煙の壁に差し掛かった。

 

 ギャイィイイン!

 

 瞬間、弦をのこぎりで弾いた様な不協和音が一瞬辺りに響いた。同時に、余波ともいうべきわずかな衝動。

 一体何事か、と思う中、その音の正体にいち早くモラウさんが察した。

 

「まさか!破られた!?」

 

 驚くのも無理は無いと思う。自分の能力が破られる、というのはそうそう慣れない経験だから。それが戦歴を重ねる猛者なら猶更。しかしそれで動揺してもすぐに動く準備が整えられるのが、歴戦たる所以でもあるけど。

 

 走り出したモラウさんに続いて私とミヅキとナックルさんも屋根づたいにエリーちゃんの逃げた方向に言って見れば、確かにそこから逃げたとすぐに分かった。

 

 煙の一部に、人が通れそうな切り傷が走っていた。

 

「ふむ………能力上俺の煙に物理攻撃は効かない。が、かといって出る手段が皆無ってわけでもねぇが、こうもあからさまなやり方だとおおよその検討が付きそうだな。あの子の剣、【除念】の道具か何かか?」

「あー、多分そうだと思うよ。最初の路地塞いでいた壁も黒い方で切ってたし、多分黒い剣の方が」

「―――て、お前らあいつと知り合いじゃなかったのか?ミヅキと、その妹」

「ヒノだけど、でも流石に能力の事は全部が全部知ってるわけじゃないよ。細かい制約とかも知らないし、ざっくりしか」

 

 それに1年以上も前の事だし、しょうが無いよね?ミヅキの方に関しては、覚えていたかどうか微妙だけど。でも多分ミヅキなら覚えてる気がするんだよねぇ。流石に制約と誓約までは知らないけど。それは本人に聞かないとどうしようも無い。けど、どうせもう町の外とか行ってるかもしれないね。しらみつぶしに探すと言っても、路地は入り組んでるし、その間に向こうは先に逃げ切る。まあ本人的に逃げたのかどうかは微妙だけど。

 

「あ、そういえばナックルさんのポットクリンって居場所大体わかるんだよね?今エリーちゃんどこにいるか分からないの?」

「あー、それなんだか。どうに居場所が分からねぇ。ポットクリンは【除念】でも外せるから、あの嬢ちゃんが【除念】の力を持ってるのはほぼ確実かもしれねーな」

 

 あー、それは確定的だね。ポットクリン基本無敵だから、それ無いって事は【除念】だね、ほぼ。

 

「それで、モラウさんどうする?もうエリーちゃん逃げちゃったと思うけど」

「………はぁ。とりあえず海賊船を襲った襲撃犯は確保した……って事で報告しとくか。あの子、エレオノーラ=アイゼンベルグに関しては、もう少し情報が必要だな。俺個人で狩り(ハント)はしねぇと思うが」

「なんで?」

「俺はシーハンター、つまり海のハンターだ。海に逃げなら話は別だが、逆ならとりあえずほぅっておくさ。一応協会には報告しとくが、個人的に追う気は無い」

 

 なるほど、海のハンターだからシーハンターって言うんだ。妙なところで感心してしまった。

 

 かくして、私とミヅキとモラウさんとナックルさんの、長いようで、意外と短い事件は終わってしまった。

 この後、飛行船の時間が迫っている事に気づいたので、色々説明した後、事後処理は任せて私達はすぐに港までダッシュしたのであった。エリーちゃん、今頃何してるかな?

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 人っ子一人いないような、草木の生い茂る山の中。そんな山に聳える一本の大樹の枝の上で、一人の少女がへたり込んでいた。

 

 月の光を吸い込み反射するような、色素の抜け落ちた真っ白な髪に、両目で色の違う黄水晶(トパーズ)紫水晶(アメジスト)のオッドアイの瞳を持つ少女は、深い木々の中に座り、まるで妖精の様な幻想的な雰囲気を醸し出している。膝の上に乗せるように持っているのは、そんな少女と同様に不思議な雰囲気を放つ、2本の黒と白の剣だった。

 

「ん………くぁ。もぅ、ええ所なのに………眠いわぁ………」

『キヒ!そいつぁしょうがねーよ、お嬢!俺様を使ったんだから、そうなる事は分かりきってただろーによ!相変わらず何も考えてねーんだからな!』

『うるさい黙りなさい。睡眠の妨げになるわ、黙れ砕け散れ』

『るせぇ!ルイン!てめーだってお嬢の負担だろーがよ!俺様ばかり当たるんじゃねぇ!使い手が悪いんだろうが!』

『エリーは我らを十全に使って下さる。お前が配慮しろ、ソーン』

『ああん!んだとゴラァ!?』

 

 どこからともなく響く、少女、エレオノーラとは別の男女の声。

 少女以外には誰もいない、人は。

 

 声の発信源は、彼女の膝の上。不思議な文様の施された鞘に納められた、黒い剣と、白い剣。黒い剣はソーンと、白い剣はルインとそれぞれ呼ばれ、そこから迸る声が、互いに相手を貶し、喧嘩している。剣同士の喧嘩という奇妙な光景にも関わらず、火中のエレオノーラは微笑ましい物を見るように笑っていた。

 

「もぅ、二人共~、仲良ぅしないとあかんで?」

『んな事言うんだったら、ちったー使い方学習しろよ!乱発するから、すぐ眠くなるんだよ!』

「はいはい、それで、今回はどれくらいやの?」

『そうだなぁ………今回は小さいけどちっと派手だったからな、最低でも3ヶ月は堅いぜ?』

 

 その言葉に、エレオノーラは少し残念、とばかりに溜息を吐くが、すぐに気を取り直して微笑む。

 

「しょうが無いなぁ。二人に会えんのは残念やけど、しゃーないわぁ」

『エリー、あの二人のどこがいいのですが?我らにはさっぱり』

「せやなぁ、どこがって言うと色々あるんやけどぉ、気になったのは~」

 

 そう言いながら、脳裏に双子の少年と少女を思い浮かべる。

 金髪をポニーテールに寄った紅目の少女と、銀色の髪を揺らし碧眼の少年。どちらも独特の雰囲気を放つが、何よりエレオノーラにとって二人の存在は、一際大きかった。直感の様に思い起こすエレオノーラは一層楽しそうに笑った。

 

「あの子ら、うちと似てるやん。なんや、()()()()()()()()()()

 

 それがどういう意味合いを持つのか、楽しそうにそう語る彼女の内は、何が思われているのか。それは、当人しか分からなかった。

 

『ケッ!あんな奴ら、俺様の錆にしてやらぁ、念使いなんていちころだっての!』

『剣のやきもちは魔獣も食わないわ。とっとと砕け散れ、この黒い棒きれ』

『んだとごらぁ!?』

「はいはい、二人共うち忘れんといてぇなぁ~。………ん、そろそろ限界………や。ほな、おやすみ~」

 

 そう言って、エレオノーラは木に体を預け、瞳をゆっくりと閉じる。

 後に残るのは、完全な静寂。木々の間に浮かぶ月達と、星のみが、それを見ているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、後日談と日常回。

後モラウさんの【監獄ロック(スモーキージェイル)】は細かい制約とか誓約が公式で不明なので、オリジナルで作りました。
①閉じ込めている中に自分もいる事
②発動中は他の能力使えない



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ジャポン~日常(?)編
第40話『日乃と未月の帰郷』


ヨークシン前にオリキャラ紹介を挟もうと思います。


【ミナーポート港町事件記録】

 

 流れ着いた海賊船の船員を惨殺した襲撃犯を捕獲。

 犯人は、一般に妖刀と称される死者の念の籠められた刀を使用し、事件に及んだものと断定。妖刀の出所に関しては、商船からの強奪品であり、別紙海賊に関する資料を参照。海賊船を襲撃した後、港町の路地裏で一名殺害。その後追跡を行い、辻斬り犯(こちらも別紙参照)により殺害。遺体はミナーポート警察に引き取られた。

 詳細を調べたところ、男自体は無実であり、海賊に攫われた所、監禁場所だった海賊船の貨物室に置かれていた刀に触れ、強制操作されて犯行に及んだものと断定された。こちらは海賊(別紙参照)の供述により確認済みである。

 その後辻斬り犯と戦闘、および追跡に入ったが、逃げられる。以後消息は不明となる。

 なお刀は辻斬り犯により破壊され、除念師を呼んでの処理は不要となった。

 

【シーハンター、モラウ=マッカ―ナーシより】

 

 

 

 

 

 

 

「なんじゃい、結局不明ばっかじゃないかの」

「仕方ねぇだろ爺さん。昨日の今日現れてすぐいなくなった辻斬り犯だぜ?もう少し長い期間()ってる様な奴だったら別だけど、ありゃ自分の気が向いた時とかにたまに()るタイプだ。それも、純粋な快楽殺人者と違って、そもそも殺すのが目的じゃねぇみたいだしな。必要なら殺す、しかしそうで無いなら無視、そんなんだぜ」

 

 モラウの言う事も的を射ている。実際に足跡を辿ろうにも、そもそも彼女の実家は既に全焼して一族みな亡くなっており、彼女の存在自体も世間では死亡扱いだ。一番知り合いっぽいヒノやミヅキも、ほぼ知らないと来た。これでは手詰まり、向こうが問題起こすのを待つしか無いという。

 

「それにしても、アイゼンベルグか。懐かしい名前を聞いたのぅ」

「爺さん知ってるのか?」

 

 まさかの反応にモラウは少し驚いた様だったが、言われた人物、ネテロは朗らかに笑い、昔を懐かしむ様に少しだけ目を細めた。

 

「昔ちとな。半世紀以上も前の事じゃし、関係あるかどうかはわからんがの」

「そりゃそうだ。関係あっても先祖と子孫レベルだぞ、それ」

「わしはそこまで老けこんどらんわい」

 

 心外とばかりに反論するが、20年以上前から100歳と自称するこの老獪、おそらくギネスを超えるであろう長寿である事は明白な為、モラウとしては苦笑いを留めるのみであった。突っ込んで聞いてもおそらくはぐらかされるだけだとオチも見えている。

 

「その昔の知り合いってどんな奴だったんだ?」

「そうじゃのう。少し変わった奴じゃったな」

 

 あんたが言うなら相当だな、という様な言葉を言いそうになったが、モラウはあえて飲み込むのだった。

 

「念使いとしては間違いなく一流の部類じゃったが、それと同様に剣士としても一流じゃったのじゃ」

「ほぅ、剣士ねぇ………」

「うむ。そして何と言っても、奴は除念師でもあった」

「………………爺さん、そいつもしかして黒と白の剣とか持ってなかったか?」

「んお?よくわかったのぅ」

 

 ここまでくれば、関係者なら誰でも予想がつく。そうなると、モラウとしては一つ疑問が解けた事なる。

 爆発的な能力の向上を見せたエレオノーラは、モラウの見たてでは十中八九強化系の能力者。にも拘わらず【除念】の能力と両立している違和感。

 【除念】は、念能力の中でも特に異質であり、それは覚えようとしてもそうできる物でも無い。その為、一番能力として発言しやすいのが具現化系の特殊能力か、後は特質系。その辺りと予想をしていたが、ネテロの言葉でほぼ核心に変わった。

 あの剣は、彼女の先祖の使用していた物と同一の剣。おそらく、その先祖が死に際に残した物であろう、と。

 

 エレオノーラの詳しい見た限りの能力を話せば、ネテロは少し驚いた様に、しかしやはり、とでもいう様に長い髭を撫でつつ、妙に納得したような表情をする。

 

「そうか、あ奴の剣が今も残っておったのか………」

「爺さんはあの剣の能力を知ってるのか?」

「ああ。お主が見た【除念】の力を持っているのは、黒い剣。【崩壊の剣王(デモリッシュソーン)】という、特質系の念能力者が具現化した物じゃ」

 

 嘗て、おそらくエレオノーラの先祖でもあるアレクシア=アイゼンベルグと言う人物が、己の能力で2つの剣を具現化した。

 

 それが、限界突破の白剣である【境界の剣妃(ルインフレーム)

 そして、念を切り裂く黒い剣の【崩壊の剣王(デモリッシュソーン)

 

 ただ、黒剣ソーンは通常の【除念】とは少々異なるらしい。

 

「あれは確かに【除念】じゃが、斬って【除念】するという風に、一度〝斬る〟という過程を踏まなくてはならないんじゃよ」

「てことは、斬れない念は外せないと?」

「いかにも。あの剣で【除念】できるのは、あくまで形ある物だけじゃよ。それと、刃が届く物のみ」

「そいつは、難儀な能力だな」

 

 例えば相手の体内に入り込む様なタイプの念だった場合は、外す事が出来ない。それをするという事はつまり、その対象者を〝斬る〟事になるから。それに加え、斬れる物が全て【除念】できるというわけでもない。使いやすいようではあるが、変な所で使いにくい能力である。

 

「………何よりあの剣には3つ、支払わねばならぬ代償が存在するしの」

 

  ぽつりと、モラウには聞き取れない程にそう呟くネテロは、久方ぶりの友の話に嬉々としているようであり、同時どこか悲しんでいる様な、不思議な表情をしているのだった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

『アイゼンベルグ?正直お前からの電話って言うのも驚きだし、さらにそんなマイナーな名前が出てきたのにも驚いたよ』

「マイナーって、そうなの?」

『どちらかと言えば表の薬屋の方が有名だったって言うのもあるけど、殺し屋界隈でも一部に有名だしあんまり他と関わり合いにならかったみたいだしね。まあどっちにしろ、俺達の家、ゾルディックと比べればやっぱりマイナーかな』

「いや、そりゃゾルディック家と比べたらどこの殺し屋もマイナーでしょ………………」

 

 それもそうか、と棒読みに近い笑い方で笑うイルミさんに、私はやや嘆息してしまう。無表情で笑いながら電話って、傍か見れば不審者確実でしょ。誰か職質とかしないかな、この人。ちょっと面白そうなのに。

 

『今ちょっと不穏な事考えなかった?』

「いや、最近の警察優秀だねーって思ってた」

『それは殺し屋の俺に対する当てつけ?』

「ううん、別に」

 

 最近なんか勘が鋭い人が増えた気がする。なぜ?

 

 アイゼンベルグという家について調べる為に、飛行船の席から離れて電話できる所まで出てきてから、最初はキルアに掛けてみた。殺し屋一族っぽい(ミヅキに聞いた)ので、知っているかと思ったけど知らなかった。予想以上に知られていないらしい。というわけで、次の番号であるイルミさんに掛けてみたらこりゃ当たりだったね。

 キルアも「兄貴なら知ってんじゃね?」って言うだけあったよ、ナイス!今度会ったらアイス奢ってあげるよ。

 

「それで、実際どうなの?一応調べてみたけど情報少ないんだよね、あの家」

『まあ確かに、そもそもあの家は秘密主義の所があるからな、うちと違って』

 

 そりゃ、ゾルディック家の情報解禁率半端無いしね。家の所在地と家族構成、個々で名刺配ってるって、どんだけ自己主張激しいのさ。国に認められて観光スポットになってるくらいだしね。まあ、それだけ自分の実力に絶対の自信を持っているって事なんだろうけど。多分色んな意味であの地位を築くまでに、屍の山がすごい事になってるよね。

 

『それでも、アイゼンベルグの一族が死んだ後は、色々と情報が洩れてたんだけどね』

「例えば?」

『まあ色々さ。違法な薬物を扱っていたとか、人体実験をしていたとか、ま、これも噂程度だけど』

「うわぁ………なんかよくありそうな噂だね。しかも内容が製薬会社ならではというか………」

 

 本当にありそうだから反応に困る。

 まああの家ももうエリーちゃん一人みたいだし、エリーちゃんが何かしてこない限り関わり合いにならないと思うけど。いや、会社と一族自体が潰れてるからエリーちゃんも特に関係無いかな?あくまでエリーちゃん個人の目的で動いてるみたいだし。

 

「とりあえずありがとね、イルミさん。これって情報料とか払った方がいいの?」

『………普通ならもらう所だけど、大した情報じゃ無いし、前にキルの近況を聞いたからね。今回はおまけしといてあげるよ。じゃ』

 

 そう言って通話が切れ、後はツーっていう電子音だけ残った。

 イルミさん………存外いい人だね。それともただのブラコン?

 

 そう思う私はちらりと窓の外を見て、海の向こうに微かに大陸が見えたのを確認し、飛行船の席へと戻るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 通話を終えたイルミは、一人屋敷の廊下を歩き、次の仕事の事を考えていた。

 

「お、帰っておったのか、イルミ。誰かと話しておったのか?」

「じいちゃん。覚えてる?キルが出てった日に来てたあの女、ヒノ」

「ああ、あの子か。久しいのぅ。キキョウさんも前にキルの近況を聞いて喜んでおったな」

 

 天空闘技場の時の話であろう。ヒノがカナリア経由でキルアの母親、キキョウの元へと写真を送った時の事である。ちなみに、この時イルミにも写真を送り、キルアからはそれ以降絶対に送るなと念押しされたのは懐かしい話である。

 

「あ、そういえばじいちゃん。アイゼンベルグ家って知ってる?」

「む?こりゃ珍しい名前が出てきた。しかし……確か2年か3年程前に一族滅んだんじゃ無かったか?」

「そうだと思ったんだけど、どうやら娘が一人生き残ってたらしいよ。ヒノが会ったんだって。名前は確か………エレオノーラ」

「エレオノーラ?………おお、そういえばおったな、そんな子が。確かあそこの一人娘じゃったな」

 

 ゼノは先代のゾルディックの当主。その為、殺し屋同士の横の繋がりもそれなりにあるのだろう。そうで無くとも知り合った相手に名刺を渡す程に割とフレンドリーな好々爺、個人的な知り合いは多分ゾルディック内でもトップ3に入る。

 

「懐かしいの。昔一度だけあの家に行った事があるが、小さい子がいたのを覚えておるよ。確か当時は10歳くらいの子じゃったかな」

「てことは、じいちゃんが行ったのは一族滅びる少し前だったんだ」

「ん?何を言っておる。10年くらい前の話じゃぞ?」

「え?」

「ん?」

 

 食い違う言葉に思案する二人。何かがおかしい。

 

「………じいちゃん、そのエレオノーラって今生きてたら何歳?」

「そうじゃのぅ………たしかミルと同い年くらいじゃったぞ」

「………………」

 

 イルミの弟であり、キルアの兄でもあるゾルディック家の次男。メカオタクであり、暗殺者としていいのかと疑問を持つ様な引きこもりの青年、ミルキ=ゾルディック。その彼の今の年齢は、19歳。

 しかしヒノから聞いたエレオノーラの外見年齢は、およそ彼女と同じくらいだと言う。

 

(気にはなるけど………まぁ、キルに害が無ければいいか)

 

 所詮は他人の厄介事、そう切り捨てて、イルミは無感情に思考を止めるのだった。

 しかし気づかない。エレオノーラがヒノとミヅキを追っているという事は、ヒノの友達であるキルアにももしかしたら厄介事が降りかかる可能性もあるかもしれない、という事を。あくまで可能性がある、というだけの話なので、実際にそうなるかどうかは、誰にも分からないのであった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

「ヒノ、起きろ。そろそろ着くよ」

「………ん……んん?やっと着いたの?」

 

 窓から差し込む光が目に当たり、一瞬瞬かせるけど、外を見てみれば一目瞭然だった。

 空を映し出したような蒼い海に、緑色の山々。間違いなく、帰って来たよジャポン!

 

「懐かしいなジャポン。帰ってくるのは半年ぶりかな」

「私はハンター試験が終わったら一回帰ってきたよ。だから………多分3ヶ月ぶりくらい」

 

 と、言うわけで、今回はサクサクと帰る事にしましょう!

 前回、ハンター試験から戻ってくる時は、航路を使って海沿いの町に停泊、そこから電車を乗り継いで家に帰って来たけど、今回は飛行船で直接都市部まで戻って来たので、まあ結局電車を乗り継いで帰る事になるんだけど。

 

 そんなこんなで暫く電車に揺られ、あっという間につきました我が故郷(仮)!まあ元々の故郷とか知らないから、別に(仮)て付ける必要無いんだけど。記憶と心がその地に根付けば、そこはもう故郷だよね!ソウルなんとか、みたいな感じ。

 

 飛行船の時間と電車の時間があれだったから、町に着いた時にはもう夕暮れ時のカラスが鳴く様な時間帯だったけどね。今の時間が一番商店街に人通りが多そうだけど。特に晩御飯の買い出しに来た主婦とか、帰り道の学生とか。

 

「やあ、日乃ちゃん。それに未月(ミヅキ)君じゃないか!!よく帰ってきた」

「久しぶり、魚屋の竹山さん。ちょっと旅行してきたよ」

「やっほー。竹山さん」

「あら、日乃ちゃんに未月君じゃないの!おかえり。ほらこれ持っていって」

「あっ肉屋の雅さんありがと!」

「メンチカツうまし」

 

 サクサクと、私とミヅキは揚げたて香ばしい衣と肉を堪能する。久方ぶりの商店街の人に挨拶をしながら、家に続く道を歩いて行く。ちなみに前にも言ったけど私達には漢字を使ったジャポン名があり、私の場合は〝日乃(ヒノ)〟、そしてミヅキの場合は〝未月(ミヅキ)〟って変換されるみたい。ここら辺もシンリが考えてくれたそうだよ。結構気に入っている。

 

 そろそろ月と星がくっきりと見えそうな空の下で、私とミヅキは純和風の邸宅、九太刀家へと帰ってきた。緑陽じいちゃんも翡翠姉さんも元気なぁ~。

 

 ガラガラガラ!

 

「たっだいまー」

「ただいま」

 

 扉を開けば、懐かしの我が家!

 フローリングの廊下の向こうから、翡翠姉さんが出迎えてくれた。

 

「あら、ヒノ、ミヅキ!二人共、お帰りなさい。もうご飯ができるから、手を洗ってらっしゃい」

「はーい」

「分かった」

 

 パタパタとスリッパの音を響かせてキッチンにくるりと戻る翡翠姉さんを見送り、私とミヅキは洗面所で手を洗って居間の扉を開けた。

 

 パパン!

 

「!?………て、シンリ何してるの?」

「お祝い事にはこれ、はいクラッカー♪」

 

 手元に握られた、中身の飛び出したとんがりコーンの様なクラッカーを握りしめ、楽し気に笑うシンリ。灰色に近いような銀髪を後頭部で結い上げ、悪戯が成功した子供みたいな表情を見て見ると、一体何歳かと本気で疑問に思う。一回聞いたらはぐらかされた。

 

「ただいま、シンリ」

「やあミヅキ、お帰り。天空闘技場は楽しかったかい?」

「それなりに稼いだし楽しかったよ」

 

 数十億かそれ以上の単位で稼いだから、そりゃご満悦でしょうね。まあこんなにあったからと言って何に使うかはよく知らないけど。

 

「お、二人共帰ったか。ナイスタイミングだな」

「あ、ジェイ。ただいまー。緑陽じいちゃんは?」

「ここじゃよ。ヒノもミヅキもお帰り。とりあえず無事で何よりじゃ」

「五体満足だよ」

 

 まあ場所が場所だけにしょうがない。

 私の義兄(あに)のジェイは、片手にナイフを持ちながら現れ、その後ろから緑陽じいちゃんも包丁を持っている。そして両方、赤い血が滴り………

 

「二人共何持ってるの!?」

「いや、魚捌いてたんだけど?」

「うん、分かってた!聞きながらそうだと思ってたよ!」

 

 ちなみにジェイも緑陽じいちゃんも料理できる。ジェイは色々と簡単な物だけど、緑陽じいちゃんは魚が好きだから捌いたりもできるんだ。でも、料理の腕なら翡翠姉さんが一番上だけどね!ちなみに二番目は当然私!

 

「さぁさぁ、そろそろ夕食ができるから、二人共座るといい」

「今気づいたんだけど、今日は随分豪勢だね。何かあるの?」

 

 ミヅキの言葉に居間の机の上を見て見れば、確かに豪勢だ。

 食卓の上でタイの尾頭付きの刺身盛り合わせとかがある―――っていったらどんな感じか大体わかるかな?あとお寿司!ちらし寿司とか握り寿司とかも!新鮮な魚介類が多いけど、これってもしかして………

 

「ヒノが送ってくれた魚達だよ。中々美味しそうだろ?」

「うん!」

 

 翡翠姉さんが戻ってきて私達は夕食にありつくのだった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「ああ、一応これヒノの『ハンター試験合格おめでとう』っていうのと、ミヅキおかえりーって感じの歓迎会も兼ねてるんだ」

「今初めて聞いた!?もう食べ始めて結構立つよ!?」

「まだ食べ終わってないから問題無いだろ。あ、ヒスイ醤油取ってくれる?」

「はい、ミヅキ」

 

 もくもくと相変わらずのミヅキだけど、刺身と寿司を食べて中々に堪能している。

 本来なら私が最初に戻って来た時にするつもりだったみたいだけど、ミヅキがいなかったので全員戻ったタイミングでパーティーみたいな感じをする予定だったらしい。まあメールとかでいついつ帰るっていうのは報告してたし、魚もくればナイスタイミングだね。私もミヅキも寿司好きだし。

 

「それで、ミヅキはどこに行ってたの?」

「ん?天空闘技場」

「へー、そりゃ懐かしいな」

「ジェイ行ったことあるの?」

「ああ、確かハンターになったくらいの年だったな。まあそんときは金が欲しかっただけだから100階だけで止めたけどな」

 

 ジェイもハンター試験を受ける前から、念の扱いを会得してたらしい。だから試験自体はほぼ楽勝だってさ。まああの試験念を使えて無い前提の難関試験だしね。いや、頭の使い方とか色々試験らしい事もあるけど、結構体力で乗り切る場合多いし………。

 

「ふーん。今なら200階も軽いね。私200階まで行ったんだよ!すごいでしょ!」

「200階?お使いに行ってなんでお前が登ってんだよ」

「う!?………えっと、あはは?」

 

 それはその場のノリと言うか成り行きと言うか………しょうが無いよね?

 

「ミヅキはどうだった?」

「1階から190階まで往復して金稼ぎ。最後はとりあえず200階まで行ったけどね」

「あっはっは。そりゃまた200階に行きたくて行けない奴らを的に回しそうなセリフだ。ミヅキは黙々とした作業得意だしな」

 

 集中力というか忍耐力と言うか、ミヅキってそういう同じ事を繰り返すのも結構あっさりやるんだよね。

 私?ん~、やる事によるかな?

 

「さて、折角ハンターになった事だし、ヒノにいい物あげよう」

「ホント!シンリ!何なに?」

「まあヒノにあげるけどこれはミヅキも普通に使うといい、結構楽しいよ」

「?一体何?」

 

 私とミヅキ二人でも使える物?一体何だろうか。

 そう言ってシンリは、懐から取り出した物を私に差し出した。

 

 濃紺に星模様という意外と綺麗な放送に包まれた、薄い長方形の物体。

 

「CD?」

「いや、DVDじゃないか?」

 

 やっぱりミヅキもそう言う予想するよね?というか持った感じプラスチックケースの感触がするから、十中八九ディスクの形をした何かだと思う。いや、ケースだけだと断定早すぎるかな?でもやっぱりDVDケースっぽい。

 

 とりあえず開けてみようと、接着面を剥がして綺麗に包装紙を外す。

 どうでもいい事だけど、綺麗な包装紙で包んで会ったら綺麗に剥がして置いておきたくならない?

 

「ん?これって――――――」

「………G……I?」

 

 パッケージは黒く塗りつぶされ、そこにポツンと佇む様な目を引く二文字。

 『G』と『I』と描かれたケースだった。

 一体何かと思う中、シンリが答えを先に告げる。

 

「それは『G(グリード)I(アイランド)』、ゲームだよ」

 

 

 

 

 

 

 




先行で出てきたGIゲーム。
でもあと2・3話くらいしたらヨークシンに行きます。


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第41話『電源の要らないゲーム機』

一応グリードアイランドに関してはヨークシンが終わった後が本格的なので、少しだけ先行でやるくらいです。



 チーチチチ、チュンチュン!

 

 あー、小鳥の囀りが平和だね~。

 窓から差し込む太陽の光の心地良さの中、夢見心地の気分で目を覚ました私は―――もう一度眠りに着いた。

 

 パシーン!!

 

 ぱちくり!………………やっぱり起きる事にした。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 パシーン!!パシパシ!!パシンパシンパシン!!

 

 竹刀と竹刀同士がぶつかり合う特有の高く平べったい様な音が響いて聞こえてくる。音の発生源は、この家に隣接して廊下で繋がる道場の中から。

 

 パシン!!パシンパシン!!パシンパシンパシン!!

 

 太陽が昇り、夏らしい暖かい空気の中、次第にぶつかるスピードと大きさが上がり、中々面白い感じに熱中していく気がする。オーラの感じから、どっちも念は使ってないっぽい。多分、ミヅキと緑陽じいちゃんかな。

 道場の扉を開くと予想通り、ミヅキと緑陽じいちゃんが互いに竹刀を持ち、闘っていた。

 

「でやぁ!」

「ふん!」

 

 目にも止まらぬ素早さで、二人共移動しながらお互いを打ち合っている。正確にはミヅキは縦横無尽に床や天井を駆け巡り、中央にいる緑陽じいちゃんはその攻撃を的確に捌いている。力の乗った攻撃を、柳の様にゆらりと竹刀を揺らし、右へ左へ受け流す様は、私も教わった柔術の動きが剣にも表れている。

 

 元々緑陽じいちゃんの使う『九太刀流』は、剣の流派。柔術はおまけみたいな物でしか無い為、本来ならこっちが本番である。私は剣を使わないで柔だけ教わった。

 ミヅキ素手の戦闘は普通に強いけど、基本的に剣の方がさらに強い。

 

「ふ――――――」

 

 小さな呼気の音を捨て、ミヅキの振るう竹刀が緑陽じいちゃんの背後に迫る。攪乱した後にフェイント、からの背後からの奇襲。通常の剣士であれば延髄への打撃で一瞬で意識が刈り取られるであろう一撃だけど、緑陽じいちゃんは右足を軸に回転扉の様に体を捻り、自分に迫った竹刀を、同じく竹刀で受け止めた。

 そのままミヅキは力で押し切ろうとしたけど、竹刀を滑らせる様にして横に流す緑陽じいちゃんに反応して、床を蹴って一旦距離をとった。

 

「ほぅ?例の闘技場で戦っておったから剣が鈍っておると思いきや、そうでも無いみたいじゃな」

「まだ全然だよ、じいちゃん」

 

 楽し気に笑う緑陽じいちゃんは竹刀を腰に、居合をする様に構え、ミヅキはその正面で竹刀を。

 剣をの中段構えである正眼の構えは、古い流派の中でいくつか構えの場所によって呼び方が異なり、よく知る『正眼』は剣の切っ先を相手の喉に向ける構えであり、『晴眼』ならなら目と目の間、『青眼』なら相手の左目に向けると言うらしい。ミヅキの今の場合は、相手の顔の中央に向ける『星眼の構え』。

 

 互いに一撃必殺でも放つような剣気を発し、一瞬の間と同時に竹刀を振るった。

 

「せぃ!」

「はぁ!」

 

 空いた距離を詰めるように動くミヅキよりも早く、緑陽じいちゃんが居合の要領で、横薙ぎに竹刀を振り抜いた。スローモーションの様に見える視界の中で、ミヅキは緑陽じいちゃんの居合を、体を僅か逸らす様にして一瞬後退した時、その前を剣の切っ先が横に通り過ぎた。

 つまりは――――――空振り。

 

 ギイィイイン!

 

 そう思ったら、刃を切り裂く様な音を響かせてミヅキは背後へと吹き飛ばされた。途中で床に手を着く様にして一回転し、少し後退しながらも床に着地するが、その手に持った物を驚いた様に見る。

 

 ミヅキの手には、中程で綺麗に切り裂かれた、竹刀が握られていた。

 

「………………じいちゃん、念は使わないって言って無かった?」

「おっと、すまんすまん。ついうっかり使ってしもぅた」

 

 謝る緑陽じいちゃんに、じっとりとした目を向けるミヅキ。最初から念を使わない取り決めをしてたみたい。これじゃあ緑陽じいちゃんの方が悪いよね。

 ちらりと道場の壁、ミヅキの背後の壁を見て見れば、一文字の切り傷が見事にできていた。

 

 放出系の緑陽じいちゃんらしい、見事な攻撃だったね。剣にオーラを込めて、振るうと同時に飛ばす遠距離対応のある意味秘技、まあ簡単に言ってしまえば………『飛ぶ斬撃』って事だけどね。あれはつい無意識のうちに使ったみたいだし、威力は通常の1/10も無いけどね。

 

 その時、私の後ろでガラっと言う音が聞こえたと同時に振り向くと、エプロン姿の翡翠委姉さんがいた。

 

「あ、翡翠姉さんおはよう」

「あら、ヒノも来てたの。おはよう。ご飯にしましょう。二人ともー、御飯よー!」

「おお、飯ができたか。ミヅキ、今日はここまでじゃ」

「うん、ありがとうございました」

 

 忘れずにきちんと立礼をして、皆で居間に向かうのだった。

 

 今日も実に、平和な朝を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「天空闘技場だとずっと素手で戦ってたからな。久しぶりに剣の稽古しないとね」

 

 稽古が終わったミヅキと緑陽じいちゃん、それに私と翡翠姉さんはテーブルを囲んで朝食を食べてた。ジェイは仕事があるとかで朝から出かけて、シンリも仕事かどうかは知らないけど、とりあえず朝からいなかったよ。

 

「はっはっは、だが前よりさらに動きが良くなっとるのう。素手ばかりというのも悪くはないぞ」

「ごちそーさまー」

 

 とりあえず、朝食を済ませて、デザートに芋羊羹を食べながら寛ぐ。翡翠姉さんは高校に行ってしまったので既にいない。今この家には、私とミヅキ、それに緑陽じいちゃんだけになった。

 と思ったけど、意外と早くもう一人増える、というか帰ってきた。

 

「ただいまー」

 

 シンリが玄関を開けて帰ってきた。手には、どこかで買い物でもしてきたのか、箱の入ったビニール袋を下げて。

 

「お帰りー、どこ行ってたの?」

「ああ、これを買いに行ってたんだ」

 

 取り出したのは、ジョイステーションと言われるゲームハード。どっかプ〇ステみたいな外見だけど、意外と名作が揃って昔のゲームながらに売られているらしい。これミヅキ情報。私は無論………知らなかった!ゲーム自体そんなにやった事あるわけじゃないし。

 

 シンリが買ってきたのは、ゲームの本体とメモリーカード。後はマルチタップって言う、本来2人分しかセーブできないメモリーカードの差込口に刺して、4人多くセーブできる様にできるみたいこれで合計8人までセーブできるという、なんてお得。無論、ミヅキに教えてもらった。

 

「へぇ、これでグリードアイランドがプレイできるんだ」

「ああ。ゲーム機にディスクをセットして【練】をしたら強制的にゲームフィールドに飛ばされるみたい」

 

 説明書にも【練】をするって書いてある。すっごいご丁寧、ていうかこれ絶対に一般人向けじゃないね。念の用語使ってるから。で、聞いたらハンター専用のゲームだって。それってすごく危険なんじゃないの?

 

 昨日『グリードアイランド』をプレゼントに貰ったけど、この家にはジョイステーションが無かったから、今日朝早くにシンリが買ってきてくれたみたい。ていうかまだ8時過ぎくらいなのに、どこで買ってきたんだろ?こんな早くから空いてるゲーム屋とかあるの?

 

「ねえシンリ、グリードアイランドってどんなゲーム?」

「ん?楽しいゲームだよ」

「いや、そういう事じゃなくて」

 

 まあ楽しいって言うのは分かったけど。

 そう思ってたら、ミヅキは少し不思議そうにシンリに疑問をぶつける。

 

「でもなんでグリードアイランドをシンリが持ってるの?」

「どういうこと?ミヅキ」

「これは11年前に発売されたハンター専用のハンティングゲームで値段は58億ジェニーの現金一括払い。100本しか製造されなかったけど全て売れた幻のゲームだよ」

「詳しいねミヅキ」

「昔見た『世界のゲーム』って本に書いてあった」

「そのとおり、これは念を使えないものには使うことができないゲーム。クリアしたら素晴らしいものが手に入る。まあ準備ができたらやってみるといい。一度入ると中から出るのは、少し難しいけどね」

 

 意味ありげに、しかし楽しそうに呟くシンリは、何が起こるのか楽しみでしょうがない、そんな感じの表情にも見える。上等といえば、上等!まあシンリ昔からこういう感じだしね。何か説明なしでどっかに放り込むなんて事もざらさ!いや、切り抜けられる実力があるの前提で送り込んでいる節はあるけど。

 

「ふふふ、いいじゃない。楽しそうじゃない、ハンター専用のゲームなんて。それにしてもなんで限定100本のゲームなんてシンリが持ってるの?」

「そりゃ、買ったからな」

「いや、そんなことはわかるけど………………」

 

 むしろ買わなかったら盗んだ事になるんじゃない?

 シンリだったら普通にやりそうだから若干怖い。

 

「ほらほら、準備しな。今から行けば9月1日までにはここに戻れるかもしれないぞ」

 

 確かに、9月1日にはヨークシンに行くつもりだからその前には帰れるようにしとかないと。皆に会えないし、オークションにも参加したいし!

 

「じいちゃん。『エディン』は今どこに置いてあるの?」

「ん?持っていくのか?」

「ま、何が起こるか分からないみたいだし」

「わかった。取りに来てくれ」

「あいよ」

 

 そして戻ってきたミヅキの手には桐箱が握られていた。大きさは私の身長より少し低いくらい長くて、幅が30cm程もある桐箱。ミヅキはテーブルの上に乗せると蓋を開ける。桐箱には、所々彫られた【神字】と、お札の様な物がいくつも貼られていた。

 

 中から出てきたのは一本の剣。

 

 念剣エディン。これが、ミヅキの愛剣である剣。

 刃の長さが110cm程もあるロングソード。幅は大剣よりも少し狭い幅広の刃と、柄に金色と銀色の綺麗な装飾のされた両刃の洋剣。鍔元にはあざやかな真紅の石がはめ込まれ、見る者を吸い込み惑わす様な美しさのある剣だった。

 これは天空闘技場は素手だけと決めたミヅキがあえてこの家に置いていったもの。

 しかし手に入れてからは出かける時には持っていく剣で私も見るのは久しぶり。相変わらず綺麗だね~

 

 絶対に触りたくは無いけど。

 

 ミヅキは柄を持ち、感触を確かめるように少しだけ軽い素振りをする。

 

「懐かしい感触、重さ。久しいなエディン」

 

 刃が太陽の光に輝き、ミヅキとの再開にエディンも喜んでいる様に見えた。こちらも装飾のある専用の鞘に差して、背中に装備した。

 

「ボクの準備は完了だよ」

「じゃあ始めよっか!」

 

 ちなみに私の鞄には、一応買い足した携帯食料とかは既に入っている!ていうか昨日の内に準備は済ませたんだけどね。後は、まあハンター試験にも持って行ったサバイバル用品とか。

 

 テレビに専用のコードを繋いでゲーム機にディスクをセット!そしてマルチタップに私とミヅキの二人分メモリーカードをセットしてと。いざ!

 

「あ、これ原動力ディスクのオーラだから別にテレビと電源は繋がなくてもいいんだよ」

「私の苦労!ていうかそれってジョイステである必要なくない?」

 

 むしろディスクが入れば何でもいけるような………。もしかしてディスクだけでも【練】したら遊べるのかな?試そうと思ったらゲームの蓋が開かなくてディスクが取り出せないから諦めた。電源が要らないゲーム機は便利だけど、他のゲームで遊べないなら考える所だよね。

 

「まあ何はともあれ、二人共頑張ってね」

「「うん!」」

 

 【練】!!バシュ!!

 

 私とミヅキは、その場から一瞬の内に消えた。後に残るのはオーラの纏うゲーム機と、それを見ていたシンリと緑陽じいちゃんの二人だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「いいのかシンリ?聞いたところによるとこのゲーム、死ぬかもしれないんじゃろ?少しくらい情報を与えてもよかったじゃないか」

 

 ハンター専用、それはヒノの予想通り、もしくはそれを上回る様な、超高難易度の危険なゲーム。何人もゲームに取り込まれた者がいて、何人もの死者が出たと言う。これだけ聞くと呪いのゲームの様にも聞こえるけど、事実である。

 

「フフフ。リョクヨウ、あの子達なら大丈夫。それにゲームは何も知らないところから始まる。攻略本を片手にプレイなんてつまらないことをあの子達はしないさ」

「どうだか。まああの子らならすぐにクリアでも何でもするじゃろ」

 

 二人に戦いを教えた者の一人として、緑陽は信頼している。圧倒的に異様な実力と、何があっても対応できる出家の適応力を備えた、双子の二人の事を。

 しかし、とうの二人の義父であるシンリは、悪戯をした子供の様に笑う。

 

「ハハハ、それはどうかな。()()()()()()()()()()()だぜ。苦戦してもらわないと困るな」

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 不思議な空間。最初の印象がソレだった。

 ゲーム機に【練】をした瞬間、気づいたらこの場所に立っていた。

 壁から光が漏れ機械のような印象を持つ不思議な部屋。行き止まりの部屋に投げ出され、目の前には先へと続く通路があるのみ。そこを通って行けば、同じような造りの少し広い部屋に出た。

 部屋の中央には、不思議な機械に乗った女性がいた。なんかふわふわ空中に浮いてるけど、どういう原理だろ?というか、ここがゲームの中って事で、いいのかな?

 

「グリードアイランドへようこそ」

 

 邂逅一番のその言葉に、改めてここがグリードアイランドの中と認識する。

 

「それではこれよりゲームの説明をいたします。ヒノ様、ゲームの説明を聞きますか?」

「うん!」

「ではまずこちらをどうぞ」

 

 ナビゲーターさんが差し出したのは指輪。全体が金色で装飾が施され青い石のはめ込まれた綺麗な指輪。内側には神字みたいなのが書いてあるって事は、何かしらのアイテム。渡してもらい、すぐに説明をしてくれた。

 

「このゲームではその指輪をはめていれば誰でも使える魔法があります」

「魔法が使えるの?」

「はい。〖ブック〗と〖ゲイン〗です。ヒノ様、指輪をはめてはめた指を前に出して〖ブック〗と唱えてください」

 

 私は指輪を右手の中指にはめて唱えた。

 

「〖ブック〗」

 

 ボン!

 指輪から煙とともに出てきたのは一冊の本。面白い表記の文字に太陽のような絵の表紙の本。個人的な感想としては、結構分厚い!というか面白い!!指輪に本かぁ。ミヅキも気に入りそうだね。

 

「このゲームをクリアするにはあるカードを100枚集めなければなりません。その本は、そのカードを収めるためのバインダーになります」

 

 ゲームといえばエンドレスゲームとかRPGとかあるけど、クリア条件は最初から分かってるんだ。戦いを経験する内に、強大な悪の存在を知って魔王を倒す!ていうような情報が少ないゲームもある中だと、親切と言うか、まあそういうゲーム設定なんだね。

 

「つまりこのゲームの目的はそのバインダーを完成させることです。最初のページを開いてみてください」

 

 表紙をめくって見てみるとカードをはめ込むと思われるくぼみが表紙の裏に一つ、次のページに九つ。表紙の裏に000、次のページから001~009、それ以降も数字がどんどん続いている。なるほど、1ページにつき9枚、それが11ページ分ここにその100枚のカードを入れるということか。説明を聞くとやはりそうでありバインダーの番号に対応するカードしか入れることができないそうだ。そしてこの場所を指定ポケットというみたい。

 

「指定ポケットの後のページには番号のないページがあります。そのポケットにはどんな番号のカードでもいれることができます。それをフリーポケットといいます」

 

 なるほど。フリー、つまり自由にカードが入れられるってことは指定ポケットだろうとなかろうと入れられるのか。

 

「指定ポケットはNo.0からNo.99まで100個あり、それに対してフリーポケットは45個あります。指定ポケットに入るNO.0からNO.99までの100枚のカードをコンプリートすること、それがこのゲームのクリア条件です」

 

 なるほど。100枚のカードを集めるゲーム、面白そうじゃない。

 さて、それではどうやってカードを集めるのか。

 

 その疑問にももちろん答えてくれた。

 

 カードはアイテムを取ると自動的にカード化するみたい。

 そのカードを再びアイテムとして使用する場合には先ほど言った魔法の2つ目である〖ゲイン〗と唱えるとアイテムに戻る。

 

 ただしここで注意するのが〖ゲイン〗と唱えてアイテムにしたカードは再びカードに戻せず、もう一度同じアイテムを手に入れる必要があるみたい。

 

 そしてもう一つ、アイテムをカードにできない方法、それがカード化限度枚数がMAXの時。

 どのアイテムにもカード化するのに何枚までと上限がある。その上限がMAXとなった時、例えアイテムを取ってもカードにはならないそうだ。

 ただそのカードにならなかったアイテムを持っている時に他プレイヤーの持っているカードとなってるそのアイテムがカード化を解除されたとき、カード化しなかったアイテムが手にした順にカードに変化するみたい。

 

 例を挙げるならば、私がカード化限度枚数3枚の剣を3枚手にしているとき、ミヅキが同じ剣を手に入れたけど私が3枚持っているのでカードにならなかった。そんな時私が剣の1枚を〖ゲイン〗でカード化解除した時、全体でカード化された剣は2枚となったので、ミヅキが手に入れた剣はカード化するということだ。

 なるほど………。

 

「最後に最も重要な注意点です」

「うん?」

「もしもプレイヤーが死んでしまった場合、指輪とバインダーは破壊され中のカードは全て消滅しますのでご注意ください」

 

 死んだらそれで終わり、何も残らないと。

 

「ここでの説明は以上です。これはあくまで最低限の情報であり、詳しい情報はゲームを勧めながらご自分で入手してください」

「うん!ありがと!」

 

 ゴゴゴゴ。

 足元が開いて階段が現れた。ここから降りるってことかな。

 

「それではこれよりゲームスタートです。ご検討を祈ります」

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 階段を降りてやってきたのは辺り一面の平原。地平線の彼方~、とか言いたくなりそうな感じで遠くに山脈がよく見えるほどに、大平原が広がっていた。ざっと360度見た限り町らしき物は見えなかったから、もっと向こうまで行かないとなさそうだね。

 ………流石に町が無いゲームとか無いよね?

 

「へー、綺麗なところ。これがバッテラの欲しがるゲームの中か」

 

 声が聞こえたと同時に階段を下りてくる影。ミヅキだ!

 

「あっ、ミヅキ。でしょ?綺麗だよね。こんな大平原なんて久しぶりに見たよ。それでバッテラって?」

「バッテラていうのは大富豪の名前でね。このグリードアイランドを大枚叩いて手に入れてクリアデータに500億の懸賞金をかけてる男さ」

「500億!?ドリームジャンボも吃驚だよ!ミそれにしてもヅキ詳しいね」

「新聞に書いてあるからな」

 

 そんなに有名だったんだ。私は新聞を読まないからわからなかったよ。それにしてもこのゲームって昔のゲームで念の使い手しか使えないのにすごい価値があるんだね。よっぽどクリアしたらいい事あるのかな?でも確かに現実に住まう者達がゲームをするって事を考えると、クリアしたらそれは現実に影響のある物が貰える可能性だってあるよね。

 ていうか寧ろ命がけって触れ込みのゲームで結局クリアして何も無かったら暴動が起きるよ、暴動が!ここまでの思い出が君の宝だ!は現代っ子には通じないよ!いや昔の人にもだけど!

 

「それにしても………視線を感じるな」

「あ、やっぱり?そうなんだよね。せっかくの景色を楽しみたいから無視したかどやっぱり無理だ。ヒソカよりはマシな視線だけどなんか観察されてるみたいでやだな~」

「まあとりあえず行ってみるか。視線の強い方に行けば町があるかもしれない。まあ観察者本人に聞くという手もあるがな」

 

 観察者はスタート地点から出てくる者を見張るであろう係。そしてそれを長期に渡って行うには、食料などの物資を補給できる拠点となる町から程よく近い所がベスト。つまり、観察者の方角に行けば町が近いかもしれない!

 

「じゃあ右と左、どっち行く?」

「そうだな、来たばかりじゃ地理もわからないからな。どちらでも構わないんだが………どうしようか」

「じゃあコインで決めよう!表が右で裏が左ね」

「オーケー」

 

 ピン!!クルクルクルパシ。

 

「表だ!じゃあ右行こ!」

「じゃあさっそく行くか」

 

 私達は柔らかな草原の草を踏みしめて、視線の強い右方向へと、歩き出したのだった。

 

 

 

 

 




ヒノ「次回!脅して戦って蹂躙します!」
ミヅキ「人聞きの悪い………」
ヒノ「いや、全部ミヅキでしょ?」
ミヅキ「え?」
ヒノ「え?」


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第42話『私の兄は割と容赦無い』

一応この話と次回くらいで一先ずゲーム終了!
後はヨークシンに行きます!


それにしても遠くから見ると開始地点の建物って変わってるね。あの中があんな不思議な空間だったなんて思えないよ。まあ普通の建物と言えない事も、無く無く無い?

 

「そういえばミヅキ、ルール全部理解できた?」

「ああ、まさにハンター専用のハンティングゲームってとこだな。収集がクリア条件だし」

「アイテムって言ったらなんでもカードになるのかな?そこらへんの木とか、例えばこの小石とか」

 

 そう言いながらそばにある石を拾ってみる。

 

ボン!

 

「うわっ!」

 

 これもカードになるのかな?なんて思いながら拾ってみれば、うわぁ、なっちゃったよカードに。カードナンバー21449、てことは指定じゃないカードだね。まあ当然と言えば当然だけど。それでこの………Hってなんだろ?あとこの………∞?無限?

 

「みてみて、ミヅキ!カードになったよ」

「どこにでもあるなんの変哲のない石。人に向かって投げれば多少のダメージがある………か。ホントにただの石だな。後石にも説明があって無駄に細かい」

「この数字ってカードナンバーかな?」

「そうだな。ナンバー∞なんてないだろうし、これがなんの変哲もない石だとするならこの∞はカード化限度枚数かもしれないな。このHは多分ランクか何かかな?まあ適当な奴に聞いてみればわかるかもな」

「ん?なにか音がするよ」

 

 キイイィィィィン………バシュ!!

 

 空気を切り裂くような音と光と共に、流星の如く私達の目の前に人が現れた。何かの能力?確かこういう感じの力を見た気がするよ確か―――

 

「〇ーラだ!」

「ヒノ、ちょっと黙ってて」

 

 ………………。

 

 とりあえず妙な男が現れた。

 右に雷、左に風の刺青をしたヘッドホンをした変な髪型の男性。別に今の時点では覚えなくてもいい気がする。序盤に出てきた山賊とかそんな感じ?ここは平原だけど。

 

「ここはスタート近くの平原………ってことは君達ゲーム初心―――」

 

 ガッ!!!

 

 男は次の言葉を喋らなかった、というか喋れなかった。

 背後から男の首を片手で絞める、ミヅキによって。片手と言っても、掌で首を掴んで指だけで頸動脈を絞めてる。

 

「グアァ……ガッ」

「ちょうどよかったよ。知りたいことがあったんだ。ちょっと教えてくれる?」

 

 言葉を発しようにも、首を絞められ声が出せない。男は恐怖で全身を染め上げながらも、ミヅキの軽く(?)脅す質問にがくがくと頷いた。

 

「じゃあ離すよ。でも動けないからそのつもりで」

 

 ミヅキが手を離すと男はその場で倒れた。咳き込んでいるが、その場から動こうとしない、否、動けない。見てみると全身疲労のような症状を起こしていた。

 

「ていうかいきなり恐喝とか、何考えてるの?」

「一番手っ取り早いかと思って。右も左も分からないゲームの中だ。先手を取るに越した事は無いと思ってな」

 

 いや、それは確かにそうだけど、この人実はただ話に来ただけかもしれないじゃん。見た目で人を判断しちゃだめだよ。見た目通りアレな人も確かにたくさんいるけど。正直私の兄の所業にドン引きですね、はい。ここまで静かだったけど、私の兄は割と容赦無い。

 

「この人大丈夫?やりすぎじゃない?」

「ちょっとオーラを貰っただけだよ。それに動けないけどしゃべれるくらいは出来るから質問自由だよ。聞きたいことがあったら聞いておきな」

 

 と言いながら男の出しっぱなしのパインダーを勝手にめくって興味深そうに見ていく。ミヅキって結構アグレッシブだな。ていうか行動がタダの強盗とか山賊とか確実に賊じゃん!まあそれでも一応聞く事は聞くけど。

 

「ねえおじさん」

「な………なんだ」

「このカード(石)のこれ(番号)とこれ(ランクかもしれないもの)とこれ(カード化限度枚数かもしれないもの)ってなに?」

「……それは…カード番号と……ランク………それと………カード化限度枚数………だ」

 

 存外素直に教えてくれた。そりゃこの状況で答えを渋る人なんていないよね。いや、別に反抗したって私何もしないよ?ミヅキのせいだし!ちゃんとミヅキが何かしようとしても止めてあげるよ!もう過ぎた事は置いておいて。

 

「ミヅキー、考えた通りみたいだよ」

「そうか、こっちもいろいろと面白い物を見つけたよ」

 

 見せてくれたのは、様々なカード。おじさんに聞いてみると呪文(スペル)カードというものも知った。なるほど、こんな魔法も使えるのか。飛んで移動する魔法もあるとか、何それ使いたい。

 

 とりあえずいろいろと聞いてみて大体質問が終わったらとりあえず終わり。

 

「よし、じゃあ行くか」

「カードもらわないの?」

「欲しかったのはこの世界の情報だけだしな。とりあえず呪文(スペル)カードは自分たちで取ってもみようじゃないか。そのほうが面白い」

「そうだね。じゃあねおじさん」

 

 とりあえずミヅキがパインダーを見た中であった攻撃スペル警戒におじさんを気絶させて草むらの中に寝かせておいた。もちろんバインダーを消して。これならはたから見たら気づかないから安全でしょ。

 

 不幸なおじさん、安らかに眠って(死んでないけど)ね。

 

「いやー、いろいろ分かったよ。ラッキーだな」

「そうだね。何わかったの?」

「攻撃スペルと防御スペル、他にもいろいろとな」

 

 スペルカードの中には、相手のカードを奪うための攻撃スペルと攻撃スペルを防御する防御スペルというのがあるらしい。その中でもまた指定ポケットを奪うカードと、フリーポケットを奪うカードもあるとか無いとか。

 何があるかはまだわからないが一度は唱えてみたいね。まさに魔法みたいでかっこいいじゃない!!

 

 そして暫く歩けば、街が見えて来た。

 

 懸賞金の街、アントキバへようこそ。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「「ごちそうさま」」

「アイヤーやられたアル!見事、男の子6分と女の子21分で完食!!景品持ってくるアル」

「ゲームの中だけど結構美味しいね」

「これで景品もらえるなんて、親切だな」

 

 アントキバにやってきた私達は、とりあえず腹ごしらえをした。意外と美味しかったのが驚きだね。しかもどこぞの大食いメニューの様な、全部完食したらもれなく値段はタダで商品をもらえるというなんとお得!!

 食後にミヅキはアイスレモンティー、私はオレンジジュースを頼んで飲んでいた。

 

「お待たせ、商品の〖ガルガイダー〗2枚アル」

 

 もらったカードは………魚?説明書きには世界………じゃなくてこの島の三大珍味の一つらしい。深海魚みたいな妙な見た目の割には美味しいらしい。この島にも三大珍味なんて物があるんだ。それにしてもなんでガルガイダーって名前なんだろ?魚より鳥っぽい名前のような?ガルーダ的な。

 

「ヒノ、この街にトレードショップがあるらしいからこのカード換金してきてくれない?」

「換金?お金なら持ってるよ?」

「さっきの奴のパインダーを見てわかったんだけど、この世界はカード化された金を使ってるみたいだ。僕らの持ってきたものじゃ使えないみたいだからお願い」

「ていうかそれ知ってながらタダメニューとは別の、通常料金のジュース普通に頼んでたんだ………」

 

 やや嘆息しながらだけど、とりあえず行ってこよう。無銭飲食で捕まるのは勘弁、警察とかいるのかは分からないけど。レストランから出て探してしてみると、割と早くトレードショップ見つけた。

 

「すいませーん。このカードお金にしてください」

「はいよ、60000Jね。お金は店に貯金すると、盗まれる心配無くて便利だぜ」

「あ、別にいいです」

 

 トレードショップの強面のおじさんに交換してもらった。〖ガルガイダー〗2枚で60000Jってことは1枚30000Jってこと。すごい!こんなにお金もらっていいのかな?ガルガイダーって高価な珍味なんだなぁ。

 

 まあ無事にカードのお金手に入ったから、とりあえずお金払いにレストランに戻るかな。

 で、レストランに戻ったらミヅキがラーメン食べてた。さっきはまだガルガイダーの値段がわからないのによく食べる気になるね………………。

 

「………ただいま。何食べてるの?」

「ズズズ(麺をすすってる)ん?チャーシューメン………みたいな奴?チャーシュー大盛り」

「いや、料理名じゃなくてまだいくらになったか言ってないのになんで食べてるの?」

「ゴクゴク(全部飲み干した)プハ………まあいざとなったらガルガイダーを何枚でも取ればいいと思って。聞いたらあれ何回でもチャレンジオッケーみたいだってさ」

 

 でもそれって〖ガルガイダー〗のカード化限度枚数(185枚)MAXになったらどうなるんだろ?景品変わるのかな?まあとりあえずお金はあるからいいけど。

 

「ブック。ほら見て、全部で60000Jになったからお金の心配はなさそうだよ」

「おっ、そんなにしたのか。じゃあそろそろ出るか。ヒノもなにかもう一品食ってくか?」

「………いいや。街みてまわろ」

 

 お会計は3000Jだから残り57000J。これならまだまだ買い物できる。 あれ?あの看板は、月例大会?

 

「ミヅキ、みてよ。なんか面白いのやってるよ」

「月例大会。毎月15日にやってるのか。この世界は現実と時間がリンクしてるみたいだから今日は7月14日ってことは明日やってるみたいだ」

「えって………種目は、トランプ大会。優勝賞品は〖アドリブブック〗だって。いい物かな?」

「本か。よし出よう!」

「あはは、言うと思ったよ」

 

ミヅキ本好きだしね。クロロと気が合うかも。いや………無理かな?

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

『さあ決勝戦!!ヒノ選手VSミヅキ選手!!種目はー………ポーカーです!!』

 

 大量の参加者の中、最後まで勝ち残った私とミヅキはトランプで勝負した。

 

 私とミヅキは5枚ずつカードを引く。交換は一回まで。

 私とミヅキは一回ずつ順に交換して終了。

 

『それではオープン!!』

 

 私の手札は、ハートの7・ハートの8・ハートの9・ハートの10・ハートのJ。

 ミヅキの手札は、スペードの4・ダイヤの4・クラブの4・ハートの4・スペードの6。

 

『おーっと!!ヒノ選手はハートのストレートフラッシュにミヅキ選手は4のフォーカード!!惜しい結果となりましたが勝者、ヒノ選手!!』

「うーん、やっぱりヒノにポーカーじゃ勝てないな」

「よっしゃ!!」

「どうぞ、優勝賞品の〖アドリブブック〗です」

 

 ボン!!

 

「やったー!!No.23〖アドリブブック〗!!」

「これで初指定ポケットカードゲットだな」

 

 バインダーに収めてひと段落。

 ここで指定ポケットのカードが手に入るとは思わなかったよ。まあ100枚もあるのなら、取得難易度が難しい物もあれば、すごく簡単な物だってあるよね。

 

「えっと、毎回違った物語を楽しめる本。読書を中断する場合、付属のしおりをはさんでおかないと全然違う話に変わってしまうので要注意。だってさ」

「これが指定ポケットか。面白そうな本だ!じゃあ早速〖ゲイ―――」

「ちょっと!!それってただ読んでみたいだけでしょ」

「………さしたる問題無いでしょ」

 

 まあ確かに今使っても使わなくても大したクリアの差にならないと思うけど………。いやいや、やっぱダメでしょ。

 

「おい、お前ら!さっき手に入れた〖アドリブブック〗よこしな。今なら渡すだけで勘弁してやるぜ」

 

 てくてくと二人で歩いていると、どこぞの町のチンピラみたいな人が現れた。これはあれかな、お巡りさんとか呼んだ方がいいかな?110番通報かな?あ、そういえばここって圏外だった。

 そんなわけで、私とミヅキは無視しました。

 

「ちょっと待った!!無視すんじゃねーぜ!ガキに手荒な真似はしたくねーから大人しく渡してくんねーかな?」

「嫌だといったら?」

「くくく、ミヅキ!ヒノでなく、お前の指定ポケットに〖アドリブブック〗が入ってるのは確認済みだ。〖窃盗(シーフ)使用(オン)!!ミヅキの〖アドリブブック〗を奪え!!」

 

 ………シュウゥゥ。

 命令されたカードは、霧散して消滅してしまった。

 

 今みたいに、正しい効果無いでカードを使用できなかったら、消えてしまうみたい。例えば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()、とかね。

 

 ちなみに私達の名前は、カードをバインダーに嵌めたら対象となるプレイヤーを確認できるらしい。半径20メートル以内ですれ違えば、その時点でバインダーに登録されるみたい。

 一応この人も、ミヅキのカードの所在を調べた上で攻撃して来たみたいだけど、残念。

 

「な………なんだと!!さっきお前のバインダーを確認したとき〖アドリブブック〗は確かにお前の指定ポケットあったはずなのに!どういうことだ!!」

「ああ、わりっ。たった今〖アドリブブック〗はバインダーから出してここにあるんだ」

「な………………」

 

 ミヅキが手元を見せると右手には〖アドリブブック〗のカードが握られていた。

 確かに、スペルカードの記述には「他プレイヤー1名の指定ポケットのカード」とか「フリーポケットのカード」とかが表記されてるから、バインダーの中でなく外にあるものはまだ誰のものでもないということになり、カードでは奪われないということか。もちろん1分以内にバインダーに戻さないとカード化解除、スペルカードなら消滅するけど、ミヅキならすぐバインダーに戻して相手がスペルを唱えてカードが発動する前に取り出すのも楽なはず。

 

「そうだ!ねえミヅキ、スペルカードってどうやって手に入れるかまだ知らないよ」

「ああそうか。さっきの人には聞いてなかったから。ねえそこの人」

「ああん!?なんだよ、このガキ!!」

「スペルカードってどうやって手に入れたの?」

「ああ?そんなことも知らねーのかよ!マサドラに行けば手に入るよ!」

 

 マサドラって街の名前か。よし、情報ゲット。

 

「ありがと!じゃーねー」

「な……ちょ………ちょっと待てー!!」

 

 あえて無視して走っていった。タッタッタッタ!

 後ろから「おい待てー」とか聞こえたけど私たちは無視してトレードショップに向かった。街の名前がわかればこっちのものだ。後はトレードショップで情報を売ってもらおう。あそこって換金貯金に情報屋もやってる、意外と便利な所なんだって。

 

 と、適度に走っていると目の前にまたもや人が現れた。さっきよりは多いけど、10人くらいいるな。さっきのチンピラと比べてこっちはそこそこ鍛えた念能力者達。多分プロハンターかな?

 にやりと軽い笑みを浮かべながら、リーダ格らしい帽子の人は、じっと私達を見た。

 

「つー分けで嬢ちゃん達、そのカードもらおうか」

「そ、じゃあはい」

 

 そう言ってミヅキは軽く、極々自然に先程までバインダーに入っていたカードを取り出し、()()()()()()()()

 

『な!?』

 

 一斉にどよめく。

 そりゃ、目当てのカードが放り投げられたら誰でも驚くよ。

 

 予想外の事態に、放り投げられたカードは皆の視線を一手に集めた。この場にいる、私とミヅキを除いて。

 

「――――――」

 

 疾風の様に衝撃だけ残して駆けだしたミヅキは、一番奥にいた一人を拳で吹き飛ばすと同時に、体を捻って裏拳の要領で回りにいる3人を同様に吹き飛ばす。顎や頭や延髄とか、一撃で昏倒できる部位を中心的に当てた事で、吹き飛ばされた人はそのまま意識が沈む。

 さらには、右手の裏拳の遠心力を利用して、再び回転と同時に左手でもう一人吹き飛ばした。

 最後に吹き飛ばされた人は、私の目の前までズシャァ!って石畳を滑って来て、気絶してしまった。

 

 容赦しないね~。天空闘技場だと思いっきり手抜いてたし、ちょっとストレス溜まってたのかな?エリーちゃん戦なんてほぼ戦ってない様な物だったし。

 

 カードを見上げた一瞬の内に半分が気絶させられた事に、今更ながら気づいたカツアゲ犯の人達は、同時に自分達のそばにいるミヅキから距離をとった。

 

「なぁ!?いつの間に!」

「このゲームに置いて、カードを奪う輩から何かを奪おうと、それは正当なる行為」

「いや、理屈おかしいから。確かに正当防衛だけど!?それどっちかというと盗賊の理屈!」

「というわけで、たった一枚の指定ポケットカードと、自分達の持ち物全て。どっちを取る?」

 

 そう尋ねるミヅキの身に纏うオーラは、かなり好戦的。ミヅキって戦闘狂の所あるしなぁ。これじゃどっちがカツアゲ犯か分からない。持ちカードじゃなくて持ち物って言っている所がまたエグイ。いい装備とか食料とか持ってたら奪う前提かよ!まあそこまでして欲しがっているわけじゃ無いだろうけど。諦めやすくしてるだけだし。

 

 一瞬で半分が薙ぎ倒され、リーダー格の人は思案気だったが、すっと手を挙げたかと思えば踵を返し、どこかへ行ってしまった。同様に、合図を受けたカツアゲ犯の人達は、仲間を引きずって消えたのだった。

 

 例えば奪う事が出来たとしても、その後で逃げる事が出来たとしても、最低でも何人かは掴まると判断したんでしょ。割に合わない、そう考えたのか、あっさりと去って言ったね。ここで初心者に人とカードを費やすくらいなら、もっとお手軽な所狙った方が、まあ利口だし。

 

「さてと、それじゃあ魔法都市マサドラに行くか」

「さっきのカード拾わなくてもいいの?」

「ああ。どうせただの〖石〗だし」

 

 抜け目無い。

 囮に使ったカード〖アドリブブック〗じゃなくてただの〖石〗とか、いつの間にやら。

 まあとりあえず、頑張って魔法都市行きますか!

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「助けてください!!お願いします!!」

 

 私とミヅキの目の前には忍び装束のような者を来た集団が土下座をしていた。

 ミヅキが聞いた話だとこの道には山賊が出るみたいだからこれが山賊………?

 

「くっ、島の風土病にかかってしまい、薬を飲んでも熱が下がるのは1週間、そしてまた熱が上がるといった具合で、このままではこの子も………ゴホゴホ」

 

 小屋の中には、布団に伏して苦しそうな、私達より小さな子供。その傍らに座る大人たちも咳き込み、実に大変そうな状況だ。一応これもゲームキャラで、イベントみたいだけど………。

 

「全員病にかかり満足に山賊業もできず、薬を買う金がもうなく、この子の命も後2,3日………ぐすん」

 

 ………これって山賊に同情した方がいいのかな?ていうか山賊できないって、警察呼んだ方がいいんじゃ?まあゲーム関連なら私よりミヅキの方が詳しいし、とりあえず相談相談、と。

 

(どうする?ミヅキ)

(ゲームのキャラなら死なないと思うけど………一応金額だけ聞いてみるか)

「えー………いくらくらい必要なんですか?」

「村中かき集めても………どうしても45000Jほど足りなくて!!」

 

 私達の現在の手持ち金額は48000J………この人達もしかして人の財布事情把握して言ってるの!?なんてゲームだ!

 

「分かりました、45000Jお渡しします」

「ちょっ!ミヅキ!いいの?」

「………まあいいんじゃないか?ここまで来てアイテムが無いなんて事無いだろ」

「まあそうかもしれないけど………」

「ありがとうございます!!これでこの子も助かります!!」

「う………お父さん………寒い………寒いよう………………」

「おお!!大丈夫か息子よ!?こんな時に子供服さえあれば………」

 

「「………………」」

 

「ああー、こんな時に子供服さえあれば………」

 

「「………………」」

 

「ああー、こんな時に子供服さえあれば………」

 

「「………………」」

 

「ああー、こんな時に子供服さえあれば………」

 

「「………………」」

 

「ああー、こんな時に子供服さえあれば………」

 

「………えっと、この服よければ」

 

 そう言ってバックから代えの服をミヅキが取り出す。

 私は出さないよ。だって寝ているのは男の子だし。

 

「おお!!本当にいいのですか!?まるであなたがたは天使のようだ。いくら言葉を尽くしてもこの気持ちは伝えきれません!!」

「そうですか(アイテム!報酬はないのか!?)」

「気にしないで(何か頂戴!山賊なら何か持ってるでしょ!?)」

「………………」

「「………………」」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「まさか何もくれないとは………」

「僕も驚いたよ。確かに山賊に身ぐるみ剥がされたね」

 

 私達は山賊と別れて森の中を歩いている。結局何ももらえず………くっ!!

 これで有り金3000Jか。マサドラに着くまでにトレード材料を手に入れとかないといけなとね………。

 

「おっ、ヒノ!森を抜けたぞ」

「おー、岩だらけ」

 

 周りに広がる光景はスタート地点と打って変わり、あたり一面岩だらけ。まさに岩石地帯!一体何が待ち受けているのか!

 

「よし!行くぞ!」

「おー!!」

 

 意気揚々と、私達は岩石地帯に脚を踏み入れた。

 

「「………」」

 

 そして巨人が現れた。もう一度言おう、巨人が現れた!それが10頭近く!

 硬そうでも無いし蒸気も出して無いけど!

 

「………ミヅキー、巨人なんて初めて見たよ。しかも一つ目」

「そうだな、奴らの目を攻撃するといい」

「なんで?」

「決まっている、一つ目の怪物の弱点は目って相場が決まってるだろ?」

「………………そうなの?」

「いくぞっ!」

「は~い!」

 

 とりあえずミヅキの謎知識を頼りに、巨人の棍棒を振り下ろす攻撃を回避して、私はそのまま腕を渡って巨人の目を蹴り飛ばした。

 

 ボン!!

 

 おお!巨人が派手な煙を立ててカードになった。

 〖一つ目巨人〗。カード番号が572番だから指定ポケットじゃないのか。まあ当然と言えば当然だね。指定ポケットカードがこんなうじゃうじゃしてたまりますか!

 

 それにしても説明書き見たら本当に目が弱点みたい。そんなお約束あるんだ………。

 

 暫くして巨人殲滅が終了した私達は、そのまま夜通し走る。

 そして明け方には、マサドラへと到着した。

 

 



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第43話『ぼったくりの交渉術』

 魔法都市、マサドラ。

 やったー!!来たぞー!!テンションを上げるのはしょうがない!ここでは念能力者も吃驚な素晴らしい魔法が使える!具体的にはルー〇とか!空を飛ぶって人類の夢だよね。飛行船とかじゃなくて、自分で飛ぶっていうのが。

 

 まあ念能力もある意味魔法みたいなものだけどね。

 でも移動スペルを使うとき建物の中でも大丈夫かな?昔一度だけやったことあるRPGだと洞窟の中で移動呪文を唱えたら天井にぶつかったんだよね。まさかそんなことがこの世界でもあるのか!!ゲームだから!?

 

 まあそれはスペルカードを手に入れてから考えよう。

 

「ヒノー、行くよー」

「はっ!待ってー!」

 

 途中怪物が大量にいたけど、とりあえず全部無視するか蹴散らしてきたよ☆問題はここには食べられる動物がいないということかな。モンスターは攻撃するとカードになってしまうし、食べられなさそうだし、携帯食料はまだ底をつかないけど。

 

 そして見つけた、半円型で独特の形状をした、スペルショップ。前衛的な建物!まさにゲームっぽいね。ていうかマサドラは全体的にこう、丸みを帯びたデザインで面白い配色の建物が多い。まさにゲームの中っぽい。

 

「というわけでスペルカードゲットしました」

「早速開けてみるか」

 

 スペルカードは1袋3枚入で10000J!まさにトレーディングカードみたい。私とミヅキはトレードショップでカード化した怪物を売ってスペルカードを3袋ずつ買った。一体何が入ってるかな?

 

 袋を開けてみると、えっと、〖暗幕(ブラックアウトカーテン)〗・〖 交信(コンタクト)〗・〖再来(リターン)〗・〖左遷(レルゲイト)〗・ 〖解析(アナリシス)〗・ 〖宝籤(ロトリー)〗・〖堅牢(プリズン)〗・〖離脱(リーブ)〗・〖 浄化(ピュリファイ)〗。

 

 ………………!?〖堅牢(プリズン)〗なんてSランクだよ!!ていうかこの〖離脱(リーブ)〗って、現実世界帰還アイテム!?最初に買って当てちゃったんだけど………………いいのかな?

 

「ヒノ、どうだった?」

「みてみて!!」

「おっ、SランクのカードにG・I(グリードアイランド)を出るカード。なるほど、これを使ったら現実に戻れるのか」

 

 ミヅキのパックの中身は、〖盗視(スティール)〗・〖衝突(コリジョン)〗・〖再生(リサイクル)〗・〖左遷(レルゲイト)〗・〖掏摸(ピックポケット)〗・〖 同行(アカンパニー)〗・〖磁力(マグネティックフォース)〗・〖強奪(ロブ)〗・〖衝突(コリジョン)〗。

 

 一応移動系とか強奪系とか色々あるじゃん!わたしが当てた〖再来(リターン)〗は行ったことのある街に行くスペルだから、現状だとアントキバにしか使え無いけど〖衝突(コリジョン)〗は会ったことのないプレイヤーのところに行くことが出来る。初期プレイヤーにどっちが便利かと言ったら後者かな?

 

 

 ちなみに、こんな楽観的な思考をしているヒノとミヅキだが、今のグリードアイランドの現状を鑑みてのスペルカード購入からのあのラインナップは、十分異常な程の()()である。普通は無い。ただ初心者的にいい物かと言われたら、微妙でもある。

 

 

「それじゃあちょっとマサドラ探索してみるか、二手に分かれるか?」

「じゃあ一時間後にスペルショップ集合ね。何かあったら、まあ各自判断。あ、折角だしその時は〖 交信(コンタクト)〗使ってみるね。バインダー同士で話せるみたいだし」

「あいよ」

 

 一旦分かれて、いざ散策。

 

「いい買い物したね―――と!」

 

 スペルカードをバインダーに収めながら歩いていたら、曲がり角を曲がってきた男性にぶつかってしまった。

 

「おっと、悪いな。大丈―――ぶふぅ!?」

「あ、ごめんなさ―――ん?」

 

 ぶつかった男性がギョっとした表情をしたので下を見て見れば、バインダーに入れる途中だった〖堅牢(プリズン)〗を思わず落としてしまった。とりあえず拾って、フリーポケットに入れて………と。よし、おっけ。

 

「ちょ、ちょっと待った!」

「え、何?」

「君は来たばかりの初心者だろ!?もしよかったら、その〖堅牢(プリズン)〗俺に譲ってくれないかい?」

 

 ふむ、こういう事もあるよね。

 まあよく考えると、今持っていてもしょうがないスペルと言えばスペル。やぶさかじゃないけど、いくつか気になる事が。

 

「どうして初心者って思ったの?」

「そりゃ、ベテランのプレイヤーだったら、そうほいほい外で自分のスペルを出したりしないからだ。ぶつかると同時に落とすなんて間抜けな事は、初心者でもそうはしないと思うんだが………」

「あはは」

 

 ぐぅの音も出ない………。普通に考えたら自分の情報さらけ出す様な物だよね。冷静に考えたらありえない。そう考えたらこの人結構親切だよね。

 

「でだ、〖堅牢(プリズン)〗はバインダーのページを1ページだけ、どんな攻撃呪文からも守ってくれるカードだが、言っちゃぁなんだが、初心者のお嬢ちゃんには使い処が今は無いと思うんだ」

「まあ、指定ポケット持ってないし」

 

 〖アドリブブック〗は今はミヅキが持ってるから、私のバインダーにはフリーポケットに入ったスペルと妙なカードとお金しかない。

 

「でだ、〖堅牢(プリズン)〗を譲ってくれたら、礼はしよう。報酬として1000万、それにダブりの指定ポケット数種と………そうだな、あとは地図と指定ポケットの情報をやる」

「いいの?私が初心者だからかもしれ無いけど、なんか自分がぼったくってる気がするんだけど………」

「ああ、構わない。Sランクのスペルがあれば俺のチームから億単位の報酬が貰えるからな」

「あれ?もしかして私ぼったくられてる?」

「そんな事ねーよ。ほら、地図は高級版だ」

 

 そう言って巻物の様な地図を貰って見て見ると………すごい。町とかめっさ細かい所まで載ってる。ていうか特産とかも載ってるんだけど、無駄に高性能!?

 

 その後、色々と指定ポケットの情報を書き記したノートとか、まあ色々と情報とアイテム貰った。なんか本当にぼったくってるきぶん。まあ現時点で〖堅牢(プリズン)〗の価値なんかほとんど知らないし、まあいっか!お互いにぼったくってるって感じで!

 ちなみに、ミヅキとは自分で買ったスペルは基本個々の判断で好きにしていい事になっているので、許可は特にいらない!

 

「後はそうだな………ああ、初心者ならあの事はまだ知らないよな」

「あの事?」

「少し前からだけど、爆弾魔(ボマー)ってプレイヤーキラーが跋扈してんだ。初心者でも襲われるかもしれないから、気を付けた方がいい。実際に爆破されて死んだ奴もいる」

「このゲーム物騒だね。いや、ゲームじゃなくてプレイヤーの方が物騒か」

「確かにそうだな」

 

 あらかたの交渉が終わり、私は〖堅牢(プリズン)〗を渡した。受け取ると、自分のバインダーに収めて、私も一緒にバインダーを消す。

 

「私はヒノ!ありがとね」

「俺の名はゲンスルーだ。ま、精々爆弾魔(ボマー)には気を付けな」

 

 差し出された手を握り握手をしながら、互いに自己紹介をする。

 そしてトレードも終わって、私とゲンスルーさんは分かれたのだった。

 

 さてと、じゃあこの都市を探索するとしますかな!

 

 グリードアイランドは、まだ始まったばかり!

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 ヒノとミヅキがグリードアイランドに行って約2週間。現在8月に入ったばかりのジャポンでは暑い夏の季節となり、日中、高い温度の中で太陽が照っていた。

 

 ここ、ジャポンにある一件の和風建築の家の一室。少し広々とした部屋に、座布団にケヤキでできた座卓。ケヤキはジャポンを代表する樹木。この国で産する広葉樹の中では最良の材質のひとつとされていて木目が美しく映っていて、年輪がくっきりと浮き出ているのが特徴であり高級な座卓としても人気がある。

 

 そしてその座卓の前に座布団に座り素麺をすすっている人物が二人。

 

「ずずず(素麺をすすってる)………素麺にも飽きたな」

「ずずず(素麺をすすってる)じゃったら喰わんでよいぞ」

 

 一人は少し濃い目の鮮やかな銀髪の髪の毛をポニーテールに結っている男性シンりと、夏用の薄地の涼しげな着流しを着た、背中まである白髪の老人、緑陽の二人だった。

 

「ははは、食べるよ。でも8月に入って毎日昼に素麺は緑陽だって飽きるんじゃないのか?」

「昼飯を用意しているのはお前じゃろうが………全く、翡翠を見習え。いつも良い昼飯を作ってくれるぞ

「そういえば翡翠はどうした?最近ちょくちょく学校に行っているみたいだけど、夏休みでは?」

「なんか単位取って来るとか言って居ったな。よくは知らんが」

「孫の事情くらい知ってろよ~」

 

 軽く笑いながらそう言うシンリだが、実際に心配はしていない。それだけ、シンリも緑陽も翡翠の事をよく信頼しているから。まあ部活とか、夏休みでも高校に行く用事だって普通にあるのだから、別段そこまで気にかけているわけでは無い。

 

「暇だし、こうなったら誰も食べた事の無い素麺でも開発するか………」

「お前本当にいつもどんな事しておるんじゃ?長い付き合いじゃがよくわからんぞ」

「まあ色々と」

 

 当然の様にさらりとはぐらかすが、緑陽もそう言った返しが来ると予想していたので、やれやれと溜息を吐くだけに留める。縁側に吊るされた風鈴が高い音を鳴らす光景を見ながら、一杯お茶をすすった。

 

 ピンポーン。

 

 不意に、静寂を切り裂くかのように、玄関のチャイムが鳴った。当然ながら、誰かが訪ねて来たという事だろう。しかし、二人共動こうとしない。

 

「む?シンリ、お客じゃぞ」

「そーだな。緑陽、家の住人だったら行ったらどうだ?」

「年寄りを無暗に歩かせるで無いわ」

「年寄りって………冗談きついぜ。しゃーないな」

 

 年寄りとは思えない怪物じみた身体能力を持つ緑陽に呆れつつも、シンリはよっこせと小さく呟き居間を出る。宅配屋さんなら自己申告するはずなので、多分違う人物であろうと予想しつつ、玄関の扉を開いた。

 

 すると、シンリは少し驚いた様に目を開き、相手はさらに驚いた様に瞳を丸くした。

 

「ビスケ?何やってんだこんな所で」

「………これはこっちのセリフだわ。まさかあんたがいるとはね、シンリ」

 

 明るい髪色をツインテールにし、赤を基調としたゴスロリの様な服に身を包んだ、ヒノと同年代くらいに見える少女の姿。見た目にそぐわぬ落ち着いた物腰だが、その表情は不意を突かれた様に「吃驚した」、と表情に描いてある。

 

 彼女の名はビスケット=クルーガー。ハンター協会でも数少ない、二ツ星(ダブル)の称号を持つプロハンターだった。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「シャク(スイカを食べる音)それにしても相変わらずの若作りだ。というか若作りの域を超えているな(笑)」

「シャクシャク(以下略)うっさいわね。あんたこそ、十数年前から見た目が全然変わってないじゃないの。変わったのはせいぜい髪の長さくらいだわね」

「シャク(以下略)シンリのことを考えるだけ無駄じゃぞ。いろいろとわけのわからんやつじゃからな」

「ひどいな、緑陽」

 

 座卓を囲んでスイカを食べているシンリ、緑陽、ビスケットの三人。

 ビスケット=クルーガー。二ツ星の称号を持つストーンハンター。見た目は12歳くらいの愛らしい少女の姿だが実年齢は57歳!今の姿はあくまで仮の姿。

 真の姿を見て生きてるものそう多くなく、年齢に裏打ちされた念も武術も、世界で有数のレベルの実力の高い女傑。シンリも緑陽も、彼女の真の姿を知っているが決して他言はしない。もし他言してしまえば、ビスケは地の果てでも追って来て、本気で殺しかねないからだ。

 

「それで、こんなところに何しに来たんだ?宝石(ストーン)ハンターのお前が。この国にお前の気に入る宝石はないだろ?」

「あら、この国にだっていいものがたくさんあるわさ。今回は《あの森》に用があるのよ」

「《あの森》か。まああそこは色々あるけどな」

「それにもうジャポン(こっち)じゃ盆の季節だからね。例年通り来たってわけよ」

 

 そう言って、居間から見える、襖の開け放たれて風通しの良くなっている隣の部屋に置かれた、黒い仏壇をちらりと見た。その仕草だけで、シンリも緑陽も全て察して、再びスイカを食べ始める。

 ちなみにこのスイカ、井戸の下の水で冷やしておいたので、果てしなく冷たく甘くてうまい!

 

「そういえば翡翠は今日はいないの?」

「今日は学校に用事があるんじゃと。まだ暫くは帰ってこんじゃろ」

「そう」

 

 残念そうな、しかしどこかほっとしたような、そんな不思議なビスケの表情だったが、二人はそれも追及せずに、黙ってスイカを堪能する。

 すると、唐突にビスケが思い出し、とでもいう様にシンリの方を向く。

 

「あ、そういえばネテロ(ジジイ)があんた見つけたら協会に来いってまた言ってたわよ。いい加減一回くらい行ってきたら?そのうち賞金だそうかって言ってたわよ」

 

 シンリはハンター、だけど星を与えられていない。否、与えられない。

 大きな功績を残して星を与えられたハンターは、ハンター証に星が与えられるが、その為には本人のハンター証を一度協会に持っていかないと申請できない。ハンター協会側からしてみれば功績がたくさんあるのに星を与えていないというのは、世間的に少しまずいということで早急に星を与えておきたいところだがシンリの場合、ハンター協会へ行かないのが問題である。

 ビスケの言葉に、シンリは食べ終えたスイカの皮を皿におき、面倒くさそうに肩を竦める。

 

「はー、またか。ネテロもしつこいな。ビスケ、俺はいなかったって報告しといてくれ」

「バカね。そんなこと言ったって意味ないわよ。一ツ星の申請くらいしたらどうなよ。そんなに協会行くの嫌なの?」

「嫌だ」

 

 子供か、と思ったが、さすがのビスケもここまで清々しいくらいに断られると呆れるの通り越して関心すらしてくるから不思議である。

 

「はぁ、まったくあんたって奴は。子供みたいな事言って」

「行く行かないは人の自由だ。とりあえず俺は行かないからな、ハンター協会のお母さん(笑)」

「誰がお母さんか!お姉さんよ!ハンター協会のお・姉・え・さ・ん!」

 

 そっちかよ、と緑陽は心の中で呟いたが、言ったら言ったでまた突っかかってきそうだったので、一人静かに茶を飲むのであった。

 

「まあ別に無理強いはしないわさ。それに強行手段にしようとしたって逃げるあんたは捕まえられる気がしないわ」

「はっはっは!今度からシンリも賞金首にしてもらったどうじゃ!」

「緑陽………冗談きついぜ」

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「ところで〈あの森〉ってそろそろボウハツヨウナシの実が熟れてくる季節だが大丈夫か?」

「あー………あれか………正直あたしも行きたくないわ。ホントあのボウハツヨウナシは面倒だからね。それでもあたしを駆り立てるの!!あの星のような光を放つ宝石たちが!!」

 

 ビスケの目が宝石になって軽くトリップしちゃってるけどシンリも緑陽もスルーしてお茶をすする。ビスケが一人で美しき宝石談義に花を咲かせてるが、やっぱり二人は無視して再びお茶をすするのだった。

 ちなみに会話の中に出てくる《あの森》に関しては、24話にちらっと出てくるので参照!

 

「でさー、あのダイヤの何がいいって?まず――――――シンリ!!あそこにあるのってもしかして!」

「ずずず(お茶以下略)ぷは~。お茶はいい。とてもうまい」

「シンリー!!」

「うわっ!なんだ?」

「あそこに置いてあるのってもしかして!!グリードアイランド!?」

 

 といって持ってきたのは現在絶賛ヒノとミヅキがプレイ中のゲーム、『グリードアイランド』が入ったジョイステーションだ。中を見てディスクを確認しなくても、念を纏ってるから一発で丸わかりである。そもそもプレイ中は蓋は開かない。

 

「そうだけど?」

 

 しれっとした表情で正解だと語るシンリ。しかしその言葉が届いているのか届いていないのか、ビスケは驚きに表情を染めていた。

 

「グリードアイランド!!なんであんたが持ってるのよ!!ちょっとあたしにプレイさせなさいよ!!」

「はっ?ビスケはゲームに興味ないだろ?」

「ゲームに興味はないけど『グリードアイランド』には興味はあるわさ」

 

 シンリの胸倉を掴み、がくがくとゆするビスケだが、シンリは面倒そうにぼやいている。

 ビスケの話によると『グリードアイランド』の中にしか存在しない宝石、〖ブループラネット〗が是非とも欲しいらしい。しかし『グリードアイランド』が中々手に入らず、『グリードアイランド』のクリアデータに多額の懸賞金をかけた大富豪バッテラに雇われて行こうかと思案してたらしい。

 

(〖ブループラネット〗指定ポケットナンバー81のSSランクカード。まさかこれを欲しがるとは。まあクリア報酬を考えれば是非ともほしがるだろうな。ていうかどこで情報見つけてきた?)

「あんたが持ってんならやらせなさいよ!!」

 

 まさに鬼気迫るといった表情で交渉(脅迫?)をするビスケ。確かに今から行けるって言うならすぐにでも行きたいと思う。

 

「だが断る!」

「なっ、なんでよ!」

「残りのメモリーは先客が入ってるからだ」

「先客?あら、よく見たら二人入ってるわね。誰が入ってるの?」

「俺の娘と息子」

「あんたに子供!?………ああ、そういえば昔子供拾ったとか言ってた事あったわね。今いくつなの?」

「13歳かな」

「それで念を修めてるなんて、随分すごい子ね」

 

 ハンター試験を合格すれば、裏試験として念の基礎を修める事ができる。しかし、難関のハンター試験を合格しても、念を覚える事はそう簡単な事ではない。血の滲む様な努力の果てにしか、開花しない場合だってある。

 それを、まだ10代前半の子供が覚えるという事に、ビスケも少なからず驚く。実際にはもっととんでもないのだが、シンリは別段補足する事無く話を進める。

 

「ああ、今は絶賛プレイ中。それに他のところにも入れるやつがいるから、残念ながらバッテラのところに行ってくれ」

「ま、家族間に割り込むほどあたしも無粋じゃないわさ。会えるのを楽しみにしてるわ。それじゃあ、私はもう行くわ」

「またな」

「気をつけるんじゃぞ」

「わかってるわよ。帰りにお土産でももって帰ってきてやろうじゃないの」

 

 強気に返してビスケは九太刀邸を後にした。結局ビスケはシンリを協会に突き出さなかったが、大抵がこうである。シンリのところにはなるべく協会に来いよという連絡やら伝言やらが来るのだが大抵は世間話をしたりして帰る。逃げたりするのは多少の奴らだけである。

 ネテロ自身も半分冗談の賞金話であり、それくらいで捕まえられるとも、思っていないから。

 

 相変わらずのほほんと、縁側で饅頭を食べる姿に、緑陽は再びやれやれと、溜息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 




ひとまず今回でグリードアイランドは一旦終了します。
次はヨークシンに一気に飛びます。


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『オリジナルキャラクター紹介』

名前:ヒノ=アマハラ(天原日乃)

年齢:13歳

性別:女

出身:不明

身長:150cm

特技:料理

系統:特質系

容姿:金色の髪をリボンでポニーテールに結い、紅玉色の瞳の少女

初登場:第1話『ヒノ=アマハラ』

登場話:全話

 

性格は爛漫で活発的。あまり裏表無く、誰とでもフレンドリーに接する。基本的に苦手な相手はいないが、ヒソカとエレオノーラは少し苦手の部類に入る(本人曰く、見た目と性格の問題でヒソカの方が苦手度が勝っている)が、嫌っているわけでは無く普通に話す。時折無自覚無遠慮に容赦の無い発言ををする為、知り合いからは時折「意外とひどい」と称される。初対面の年上は「さん」を付ける等、性格と違ってある程度礼儀は心得ている様子。

 

出身地、両親等は一切不明であり、赤子の頃にミヅキと共にシンリに拾われ、現在に至る。その後九太刀家で共に過ごし、緑陽と翡翠含め皆と本当の家族の様に接している。学校には通っていないが、シンリや緑陽に教えてもらい、割と良い。

 本人曰く、物心ついた時から念を扱えていた、特殊な念能力が扱える、などなど謎が多く、自分で出生も一応調べているが、今の所成果はあまり無い。

 

シンリが元々旅団の知り合いだったので、その関係で幼少時より旅団と付き合いがある。ただし旅団の仕事内容は知っているが、実際に仕事風景を見た事は無い。基本的に互いに、普通に遊ぶ友達として接している。

 

【特質系念能力:消える太陽の光(バニッシュアウト)

他者の念を消滅させる、特殊な念を作り出す能力。通常のオーラを圧縮する様にして消費し、消滅の念を作り出す。基本消滅の念に対して消費念が莫大な為燃費は良いわけではないが、要所要所で一瞬だけ使う様にしているので基本的にガス欠はあまり無い。ちなみに第三者からは消滅の念と通常の念の見分けは付けられない。

消費量と生成量を幼少時より精密に操作していた為、自身のオーラの操作技術に関しては神が掛かっている。普通の念を練る様に、一瞬のタイムラグも無しに消滅の念を作り出せる。

 

消滅の念による攻撃は、相手の念を消滅させて生身に直接ダメージを与えるので、ほぼ防御不可。ヒノの能力を知る者が対峙したなら、見た目で判断でき無い為全ての攻撃に対して警戒しなければならない。

なお、この能力は念を消滅させるのであって、【除念】とはまた別物である。この能力を元にして応用した別の能力がいくつかあるが、現状詳細不明。

 

 

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名前:ミヅキ=アマハラ(天原未月)

年齢:13歳

性別:男

出身:不明

身長:160cm

趣味:読書(ジャンルは雑多)

系統:特質系

容姿:銀灰色の髪と碧眼の少年

初登場: 第30話『銀月の少年』

登場話:30話~42話

 

シンリによって拾われた子であり、ジェイの義弟、ヒノの血のつながった双子の実兄。

基本表情はあまり変わらなく、一見したら冷徹の様にもみえるポーカーフェイスがデフォルト。しかし割とノリはよく、ヒノの悪乗りにも付き合う。様々なジャンルの本や新聞なども読んでいる為、ヒノに比べて世間一般の知識力は高い。見た目はヒノとよく似ているらしいが、本人達はあまりそう思って無い。シンリ曰く、「髪型と配色を同じにしたらそっくり」らしい。

基本素手の戦闘も可能だが、緑陽から剣術を学んだ為、剣の方が強い。後ヒノと比べたら戦闘狂の気がある。ヒノ同様に物心ついた当初から念を扱え、特殊な念能力が扱える。自身の出生は全く分からない。自分でも調べてみたけど、これもヒノ同様に進展はほぼ無し。

 

 

【特質系念能力:奪い取る天満月(ルナ―ストリング)

他者のオーラを奪う念能力。一応能力名とは違って、与える事も可能。触れる事で相手のオーラを自身の物にする事ができる。ただし奪えると言っても一瞬で100%奪えるわけじゃ無いので、例えば念弾を多量に正面から受け止めても、多少緩和できるが普通に衝撃は喰らう。(ただし相手の念弾に耐えるだけの念を纏っての防御をしながら当たった念弾のオーラを奪う方法はある)

 

 

【具現化系念能力:朧月夜(ダブルコート)

己の肉体(服装含む)を具現化する念能力。その際、色彩や大小は変質可能。

制約として、

 

①己の身体に接触するようにしか具現化できない。

②具現化した肉体は操作できない。

 

人体だがカストロの【分身】の様にそこまで複雑な具現でも無く、具現化場所の制限と、操作能力も無いので、一度破壊されても比較的簡単に具現化できる。強度は具現化の際に籠める念により上下する。

基本肉体の表面から1、2ミリ程しか具現化しないので、主に見た目には分かりにくい鎧替わり、もしくは変装用の能力。ただし自身の表面上に具現化するので、自身より小さな人物には変装できないし、体格によっては大きくても難しい。

 

第31話でヒノに変装した時は、比較的パーツと体格が似ていたので、身長を誤魔化す様にじっと座って服を少し大きめに具現化させれば騙せる。色彩変化により、痣や傷や表面の血など偽装もできる。

 

 

 

 

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名前:ジェイ=アマハラ

年齢:19歳

性別:男

出身:不明

身長:177cm

特技:鍛冶、研ぎ

系統:変化系

容姿:天然パーマのような色素の薄い黒髪、飄々とした表情

初登場:第13話『試験終了!それから…』

登場話:13話~16話、23話~26話、40話

 

ヒノとミヅキの義兄。一ツ星(シングル)(ブレード)ハンター。

飄々としているが、基本何事も楽しむ性格。割とポジティブで滅多に怒る事も無いが、刃関連で何かあれば鬼が顔を出す。ベンズナイフのコレクター。他、様々な刀剣コレクター。

刀剣を作る技術が高く、現在武器の手入れや販売などを主に仕事としている。仕事の関係上、黒い客も割と多いが、基本クリーンな相手を選んでいる。個人から鍛冶の依頼も良く来るが、受ける事はあまり無い。

元々シンリに拾われた身であり、拾われた当時7、8歳頃以前の記憶が全く無く、現在も戻る兆候は無いが、本人は現状の生活を割と満足しているので、いたって気にしないで楽しく過ごしている。

 

 

【変化系念能力:不可思議な刃物(ジャックナイフ)

自身の念を〝刃〟と同じ性質に変化させる念能力。

オーラの形を変え、念の刃物を作り出すことも可能。基本触れただけで斬撃が入る為、全身に纏えば全身凶器となり、攻防で高い効力を発揮する。

形状変化は可能だが、変化系らしく念を自身から切り離すのはあまり得意で無い為、その場合は小さな針程度の威力しかなく、威力より数でカバーする。

〝刃〟に不思議と深い執着と関連性があり、無くした記憶にヒントがあると思われるが、実際ジェイもよく分かっていない。

 

 

 

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名前:シンリ=アマハラ

年齢:不明

性別:男

出身:不明

身長:185cm

趣味:散歩

系統:特質系

容姿:灰色に近い銀髪を後頭部で結っている

初登場:第26話『不羈奔放の怪人シンリ=アマハラ』

登場話:26話、40話、41話

 

ヒノ、ミヅキ、ジェイの義父。3人を拾って育てた張本人。

緑陽の友人であり、他にも交友関係はかなり広く、ハンター協会会長のネテロや、旅団のクロロとも知り合いらしい。元々旅団に会いに来たシンリの付き添いでヒノは旅団と知り合った。

基本的に同じ場所に留まらず、世界中あちこちで家(もしくは隠れ家アジト)を作り、また別の場所へ行くを繰り返していたら、世界中に家ができたらしい。現在はヒノ達を拾った事もあり、九太刀家でよくみかける。

性格は割と悪戯好きで子供っぽく、楽し気に事を起こす。見た目の年齢は20代だが、10年以上前から容姿が変わらないなど、謎が多い。ヒノ達に様々な知識や技術を教えており、本人の実力は高いらしいが現状不明。

自分の子供達(翡翠含め)には割と甘く、友人には割と容赦無く接する所は緑陽とも似ている。

なぜかハンター協会に顔を出したく無いらしく、達成した成果による星の申請をしないのに三ツ星級の偉業を成しているので、ハンター協会から問題児扱いされている。ただし、偉業だけでなく様々な事件も起こしているので評判は微妙。

 

 

 

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名前:九太刀 翡翠(くだち ひすい)

年齢:17歳

性別:女

出身:ジャポン

身長:162cm

特技:料理

系統:具現化系

容姿:艶やかな腰程まである黒髪の少女

初登場:第21話『天原日乃の帰郷』

登場話:21話、23話~26話、40話、41話

 

九太刀緑葉の孫であり、現在高校二年生の少女。九太刀邸の家事全般を担っており、おそらくあの家で一番偉い。基本穏やかで物腰柔らかく、おっとりとしてやや天然気味。それに反して割と戦闘力高く、念の扱いも修めている。

 

両親と幼少時に死別しており、現在の血縁は緑陽のみ。その後アマハラ一家が九太刀邸に住む様になり、ヒノやミヅキ、ジェイとは本当の家族の様に過ごす事になる。ヒノの料理の師匠であり、プロ顔負け。翡翠自身は母に基本を教わった。

 

 

 

 

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名前:九太刀 緑陽(くだち りょくよう)

年齢:77歳

性別:男

出身:ジャポン

身長:170cm

特技:居合

系統:放出系

容姿:長い白髪と着流しの老人

初登場:第21話『天原日乃の帰郷』

登場話:21話、22話、26話、40話、41話

 

ジャポンに住んでいる老人。九太刀流と呼ばれる剣の流派の皆伝。

九太刀流はメインの剣術と、サブの柔術があり、ヒノと翡翠には柔術、ミヅキとジェイには剣術をそれぞれ主に教えた。(主に、なので一応ヒノと翡翠も剣術、ミヅキとジェイも柔術が使えない事は無い)素手でも十分強いが、剣を持ったらさらに強い。放出系の念により、斬撃を飛ばす事ができる。

 

基本家の家事や管理を翡翠に一任しており、自身は悠々自適に余生を送っている。割と放任的であり、特別門限を設けたり等の厳しい事は生活には無い。孫には甘く、翡翠は言わずもがな、ヒノやミヅキ、ジェイにも割と甘いが、友人であるシンリには割と容赦無い接し方をしている。ネテロとも知り合いで、心源流の師範代や、他流派にも割と顔が広い。

 

好物は魚介類であり、自身で調理もできる。

 

 

 

 

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名前:木藤影宗(きどう かげむね)

年齢:35歳

性別:男

出身:ジャポン

身長:178cm

特技:瓦割り

系統:具現化系

容姿:黒髪黒目の短髪の男性。

初登場:第22話『VS弟子、師範』

登場話:22話

 

心源流師範代の男性。

性格は基本的いい人であり、見た目と表情とで若干気弱にも見えるが、その実力は師範代の名に恥じない様に高い。時折道場を訪れるネテロが何かしでかさないかとよく心配している。ヒノがネテロと一手だけ対戦した時はめちゃくちゃ焦った。緑陽とも知り合いであり、過去に手合わせした時にはボロボロに敗北したらしい。

 

 

 

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名前:熊元 源獣郎(くまもと げんじゅうろう)

年齢:68歳

性別:男

出身:ジャポン

身長:195cm

特技:狩り

系統:強化系

容姿:筋骨隆々のマタギの様な恰好をした老人

初登場:第23話『ヒノと旧友と忍の軍団・前編』

登場話:23話~25話

 

見た目は筋骨隆々で老人に見えない程だが、性格は基本穏やかで優しい。

元々雲隠れの忍であったが、現在は隠居して山の中の家で過ごしている。時折雲隠れの忍達が、お裾分けだったりなんなりで遊びに来る。基本自給自足の生活なので、家の裏で畑、森の中で獣を狩ってくるなどの生活をしている。念を修めており、身体能力も高いので、猛獣の一匹や二匹容易く仕留める程実力は高い。

 

 

 

 

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名前:アリッサ=サヴァラン

年齢:27歳

性別:女

出身:サヘルタ合衆国

身長:161cm

趣味:創作料理

系統:強化系

容姿:緩いウェーブの茶髪、おっとりとした表情

初登場:第26話『不羈奔放の怪人シンリ=アマハラ』

登場話:26話

 

不思議料理の店『Savaran(サヴァラン)』の経営をする美食ハンター。既婚者。15歳でハンターになったので、ハンター歴12年のベテラン。料理の腕は美食ハンターでも随一で、メンチの念と料理の師匠。食材調達などはするが新たな食材を発見したりはあまりなく、基本経営している店で料理をしている。ハンターなので念は修めている。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

名前:エレオノーラ=アイゼンベルグ

年齢:18歳(外見年齢12、13程度)

性別:女

出身:クカンユ王国

身長:157cm

趣味:無し

系統:強化系

容姿:色素の抜けた白髪のセミロングと、黄水晶(トパーズ)紫水晶(アメジスト)のオッドアイ。

初登場:第37話『イグノアの挙動』

登場話:37話~39話

 

暗殺一家『アイゼンベルグ家』の令嬢。

表は薬師の一族として名を馳せていた一家で裏は暗殺稼業であり、薬などを用いた非人道的な実験も家で多々行っていたが、数年前にエレオノーラによって皆惨殺された。それ以降、自由を手に入れた彼女は一人で世界を回っていた。

見た目は華憐な少女だが、一般ならショック死するレベルの激痛に平然と耐えたり、自身や他者を傷つける事に躊躇いが無いなど、暗殺一家らしく一般的な倫理観は破綻しているが、ある程度の常識は持ち合わせているらしい。数年前に出会ったヒノとミヅキを気に入って、以後追いかけまわしている。邪魔な物には容赦なく、興味を持ったら名乗りをあげ、気に入ったらとことこん追いかける。

見た目はヒノとそう変わらない年代に見え、実年齢は18歳と上だが、精神は見た目相応。その理由は過去のアイゼンベルグ家の実験と自身の念能力が関係してくる。

 

 

【強化系念能力:妄信的な自己愛(スカーレミッション)

効力は自己再生能力、自己防衛機能の強化。オーラを消費して即時自己再生を行う。

誓約により再生中は、常に激痛を受け続ける。超再生が可能ではあるが、流石に一瞬で心臓や脳が破壊されたりしたら死亡する。【境界の剣妃(ルインフレーム)】の限界突破状態であれば、一応心臓の再生も可能らしい。

 

 

【強化系能力:哆開と癒合の心意(ライジングハート)

痛みを糧として、自身のオーラと身体を強化する能力。この能力単体だと、強化するだけ傷が増えるので諸刃の剣の様な能力だが、上記の【妄信的な自己愛(スカーレミッション)】と併用して弱点を克服している。前提として痛みに耐えられなければ話にならないので、エレオノーラにあっている。

 

 

【特質系念能力:境界の剣妃(ルインフレーム)

アイゼンベルグ家の祖、アレクシア=アイゼンベルグが死後残した念能力。具現化したグラディウスの白い剣であり、使用者の念と身体の限界を一時的に解放する。

本来生物の持つリミッターの解放状態なので、身体強化は使えば簡単に肉体がボロボロに滅ぶ。

念の解放に関しては、使用に応じて能力解除後に強制的に【絶】の状態になる。

元々はどちらか片方しか解放できなかったが、死後強まった念の効力で両方同時解放が可能になった。単純な剣としても強力。

 

 

【特質系念能力:崩壊の剣王(デモリッシュソーン)

アイゼンベルグ家の祖、アレクシア=アイゼンベルグが死後残した念能力。具現化したグラディウスの黒いい剣であり、【除念】の効力を斬撃に乗せて発動できる。

あくまで剣であるので、〝斬る〟事が出来ない物には【除念】は発動できない。

【除念】した念の大きさに応じて、使用者の『過去の時間』『現在の時間』『未来の時間』の3つが強制的に支払われる。

 

 



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ヨークシン編
第44話『不思議な交友関係』


ようやくヨークシン編に突入します!
そしてお気に入り700件ありがとうございます!


 バシュ!!という効果音を立ててやってきたのは………………うん、どこ?

 

 一見洋風の造りをした部屋の中、フローリングの上に敷かれたカーペットに、中央程に置かれたテーブルにふかふかのソファ。手入れの行き届いた、人工大理石製のアイランド型キッチンに大きめの冷蔵庫と、どこかの割と高級なマンションの一室の様な場所。見覚え名の無い場所は電気が消えているので薄暗いけど、窓にかかったカーテンから漏れ出る光の具合から、大体お昼くらいっていうのは分かったよ。

 と、まあ今いる場所の説明をしておいてだけど、とりあえず――――――

 

「戻って来たぁ!グリードアイランドから!」

「テンション高いな、ヒノは」

 

 私同様に、唐突に隣に現れたミヅキは、やや嘆息しつつも、全く遠慮なくそばのソファに腰を下ろした。ここ誰の家かもどこかも分からないけどいいの?ま、おおよその検討はついてるけど。ミヅキもそうなのか、ソファから降りて床を踏みしめ、カーテンを開いた。

 

 道を行き交う多くの人達。

 立ち並ぶ巨大なビル群。

 車道にあふれる大量の車と音。

 

 その光景は、まさに都会。

 

「ミヅキ………外に都会が広がってる」

「都会って………あ、ホントだ。とりあえず外に出てみるか?」

 

 ちなみに、向こうから帰って来る時はそのままの恰好だったので、今度また行って帰って来る時はジョイステ設置場所に注意が必要になってくる。ちなみに私達のメモリーカードが入ったジョイステは机の上に置いてあった。

 で、何が言いたいかと言うと、普通に靴履いたまま部屋の中に戻って来た。今度は気を付けようと思いました、まる。

 

 一先ず外に出て見れば、ここはマンションの一室みたい。ちなみに7階だった、思ったより高い場所だったよ。

 マンションの外に出て見れば、車のクラクションや人の会話、都会らしい色んな音が聞こえてきた。なんかこういう都会って久しぶりだね。まあ人混みなら天空闘技場の観客席もぎっしりだったけどね。

 

「太陽真上だし、そろそろお昼かな」

「それじゃ、どっか食べに行くか」

「いざ、レッツラゴー!」

 

 まあ探索は後でという事で、割と近い所にあった定食屋に入った。ていうかマンションから道路挟んで向かい側にあった場所なんだけどね。

 

 ガラガラガラ。

 

「へいらっしゃい!」

 

 威勢のいい店主の声に、特に長蛇の列ができているわけじゃ無かったので、好きに座っていいと言われたので席を探す。とりあえず手近なカウンター席かな、と思ったら、見覚えのある後ろ姿が………

 

「まだ食うのかよ。ま、見た感じ全然足り無さそうだけどな。何しに来たの?グルメレポ?」

「オークションだよ!?まだ1週間あるから、それまで暇なんだよ。だからこうして食ってるんだろうが」

 

 カウンターに並んで座る男2人。一人は天然パーマのくせっ毛の様に、所々跳ねた色素の薄い黒髪の男と、もう一人はこちらは混じりけ無い黒髪の短髪のぽっちゃ―――太った男性だった。太った人の前には、空になった器が大量に積まれている。あれ全部食べたのかな?

 片方は分からないけど、もう片方はよく知っている。

 私は隣のミヅキの袖をくいっと引き、こっそりと指をさす。

 

「ねぇ、ミヅキ。あれってジェイじゃない?」

「うん、ジェイだね。隣は知らないけど」

「おーい、ジェーイ」

 

 そう言って声をかけると、向こうも気づいたのか少し驚いた様に私達の方を向いた。

 

「んぁ?おっ!ミヅキにヒノじゃねーか。なんでこんなところにいるんだ。まだプレイ中じゃなかったのか?」

「さっき帰ってきたの。ところでその人誰?」

「(モグモグ)ん?どうした、ジェイ」

 

 ジェイが振り向いたと同時に、隣にいたふっくら太った感じ、というか太っている人もこちらを向いた。黒に短髪、それに体型とは違って、鋭い刃の様にこちらを睨む真っ黒な瞳。あれ?この人………初対面のはずだけど、どっかで見た事あるような?似た人とかいたっけ?

 

「ヒノ、ミヅキ。こいつはミルキ、まあ俺の友達」

「友達じゃない。ミルキ=ゾルディックだ」

 

 な………ゾルディック!?てことはこの人………キルアの兄貴!?

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 別の定食屋の座敷にて、私とミヅキが並んで座り、その対面にジェイとミルキさんが座っていた。そして、机の上には空となった大量の皿と、まだ手をつけていない大量の料理が並んでいた。無論7割程はミルキさんが自分で食べるらしいよ!

 

「へぇ、ミルキってキルアの兄貴なんだな。(モグモグ)あんまり似てないな」

「(モグモグ)うるさいぞ小僧。(モグモグ)それと「さん」を(モグモグ)つけろ」

「ミルキさんってさぁ、はむ(モグモグ、ゴックン!)誰かに似てると思ったらイルミさんに似てるんだね。それにしては失礼だけどあんまり強く無さそうだね」

「ホントに失礼なやつだな。(モグモグ)殺すぞ?」

「(モグモグ)返り討ちにあうからやめとけやめとけ」

「お前も殺すぞ、ジェイ」

 

 みんなで楽しく(?)食事中☆雑談している間もしっかり食べているよ。良い子は食べながらしゃべっちゃだめだからね。

 

 こうしてみると、確かにイルミさんやカルトとよく似ているね。前にカナリアに、イルミさんって母親似でキルアが父親似って聞いた事あるから、ミルキさんも母親似らしいね。並べばそっくり!

 ちなみジェイとミルキさんは同い年らしい。どっちも19だって。

 

「それにしてもジェイってゾルディックに知り合いなんていたんだね。しかも同年代の友達とか」

「ヒノに言われたくねぇ。言っておくけど、俺はヒノやミヅキより交友広いからな?」

「僕まで引き合いに出さないで欲しいんだけど」

「俺は友達じゃないから、そこの所間違えるな」

 

 律儀に突っ込むミルキさんはとりあえず置いておいて、まあ確かにジェイはハンターとしても活動しているし普通に鍛冶もしている。普通に考えて私達より交友広くて当然だよ!つまり私達はまだ成長途中!まだまだこれから交友が広がる可能性を秘めている!

 

「昔シンリと一緒にゾルディックに何回か行った事あってな「不法侵入だけどな」その時に色々と知り合いになったんだよ「不法侵入だけどな」ちょ、ミルキうるさい」

 

 横から呪詛の様に言葉を挟むミルキさんだけど、あの家基本来訪者に関しては不法侵入前提じゃなかったけ?鍵は開いてるので好きに入ってください、入る事が出来たらな!みたいな。

 その後は………………ミルキさんの愚痴が始まった。

 

「だいたい祖父(じい)ちゃんとかキルアに甘いんだよ!確かにあいつは才能はピカイチだしこの先も成長するだろうし。でも納得いかねー!俺に生意気だし、言う事碌に聞かないし!そもそもあいつってさぁ――――――」

「ジェイはキルアの父親知ってるの?」

「ああ、シルバさんはオレと同じでベンズナイフのコレクターだからな。たまに家まで行って(もちろん勝手に入る)ナイフについて話したりするぞ」

「へー、まさかそんなところにジェイのコレクター仲間がいるとはな」

「って話を聞けえぇ!!」

 

 ミルキさんが愚痴り始めたからみんなで無視してたんだけど気づかれちった。

 まあキルアが生意気なのは仕方ないけど、ミルキさんはキルアより弱そうだししょうがないね。イルミさんだったらキルアはめっちゃ従順だし。悲しいかなこれが弱肉強食というやつか。ハンター試験行く時脇腹刺されたみたいだし。

 

「所で、仮にも天下のゾルディック家の人間なら何し来たんだ?殺しの依頼?」

「ミヅキも割と、じゃなくて普通に容赦無いね」

「仮とか言うな!オークションだよ。欲しいものがあってな」

 

 オークション?その単語には聞き覚えがある。という事は、もしかしてこの町って………。

 

「ねえジェイ。ここってそういえばどこなの?気づいたらマンションの中にいたからわからなくって」

「知らねーのか?ここはお前らの用があるヨークシンの真っ只中だぞ。後あれシンリのマンション」

 

 やっぱり!なんかそんな気がしてた!

 まあ普通にシンリがジャポンからゲーム機をヨークシンまで持ってきたんだろうけど。シンリってヨークシンに家持ってたんだ。教えてくれてもいいのに、全く。けどゲーム内にいての移動だからなんだか実感湧かないね。移動時間が省けたからいいけど。

 

「ねえねえ!ミルキさんは何が欲しくてオークションに参加するの?食材?」

「俺を何だと思ってる………。グリードアイランドってゲームだよ。今年は7本競りに出されるみたいだからな」

「は?」

 

 なんか今回は唖然としてばっかりのような。ていうかグリードアイランドって私たちが今やってるゲームじゃないの!持ってるっていったらどんな反応するかな?

 

 ちらっとジェイの方を見てみれば、あ………なんかジェスチャーしてる。えっと、ミルキに、ゲーム、話すな、面倒………………か。ミヅキの方を見てみるとこちらも頷いている。まあ殺し屋に狙われたくないしね。流石にこれで殺しにきたりはしないと思うけど。

 

「その為にわざわざ家を出てまでここに来たんだから、オークションが始まるまで食いまくるつもり」

「家から出るって。そんな頻繁に外出しないの?」

「くくく、ヒノ。こいつ最後に外出したのって10歳くらいの頃らしいぜ」

「えっ?10歳ってことは9年間引きこもってたの!?」

「引きこもってたと言うな!!」

「それでどうやった出たの?試しの門開けられないでしょ!」

「はっ、わざわざ門を使わなくてもうちには自家用機だってオレ専用の飛行船も飛行機もあるんだ。門を飛び越えるなんて朝飯前だよ」

 

(それって自分で試しの門を開けられないって言ってるようなものだよね)

(そうだな、あれは一の門で計4tもあるけどミルキに開けられるかどうか………でも案外必要なのは力だけだからミルキでもできるんじゃね?)

(まあ少なくとも戦闘技術はダメそうだな。キルアの方が強い)

 

 あまりにも失礼な会話の為、ゾルディックの名誉のためにこの事は私たちの胸の中だけにしまっておいてあげよう。もしかしたらどっかでポロっと零れるかもしれないけどね。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 定食屋を出て二人と別れたら(代金はミルキさんに奢ってもらいました、やった!)ヨークシンをいざ、探索!ちなみに今は8月31日。グリードアイランドの指定ポケットカードは現実世界に帰還して10日経ったら消滅するので、その前にゲーム内に戻れば問題無い。つまり9月10日までに戻ればオッケー、てこと。

 

「それじゃあこれからどうする?私行きたい所あるんだけど」

「どこ?」

「旅団のアジト」

「………………ヒノ、一応聞くが旅団って賞金首のあれ?」

「うん、そう」

 

 あ、そういえばミヅキって旅団と会った事無いよね。ていうか家で旅団と会った事あるのってシンリと私だけだったわ、ホント。特に言う必要無いと言うか、あまり不必要に言わない方がいい気がして。まあ折角だし行ってもいいよね?大丈夫、ミヅキ口堅い。

 

 若干珍しく、ミヅキは一瞬疲れた様に目を伏せたが、すっと細めて肯定の意を表す。

 

「いいよ、行こうか。正直興味あるといえばあるし」

「言っとくけど行くだけだよ?遊びに行くだけだよ?戦わないよ?」

「それは相手の出方次第だな」

 

 戦うとは言わないが、戦わ無いとも言わない。何この戦闘狂、面倒くさい。いや、流石に旅団の強化系メンバー程じゃないけどね。一先ず移動。

 

 確かマチに聞いた場所は、廃墟地帯のビルの一つらしい。ヨークシン自体は大都市だけど、少し離れたら荒地の荒野や岩山、それに廃れた廃墟群も結構ある。今回旅団の皆がアジトにしたのはその内の一つらしい。

 

 で、割とすぐに着いたわけなんだけど、ここで問題が発生した。

 

「?どうした、ヒノ」

「………………わからない」

「?」

「そういえば、場所はここだけどどのビルか知らなかった………………」

「………………」

 

 あからさまな溜息を吐くミヅキだけど、しょうがないじゃん!大体ここら辺?って感じでしか教えてもらってなかったし!こうなったらクロロ辺りに連絡を………あ、電池切れてる。く、グリードアイランドじゃ携帯基本圏外で使えないから鞄の奥底に放置しておいた結果がこれですよ!

 

 まあ流石に基本、人のいない廃ビルの山だから、探せば人のいる場所はすぐ見つかると思うけど。

 

「広いから手分けして探そ!私はあっち行くからミヅキはそっち側見てきて」

「まあいいけど。見つけたらとりあえずなんか合図送ってくれ。あと10分見て見つからなければ一旦ここに集合な」

「了解!」

 

 というわけで、一旦ミヅキと別れて散策を開始する。

 誰かいないかな~、なんて適当にぶらぶらと歩いていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。早っ!

 

「だー!!コル!てめー、ジョーカー増やしてんじゃないのか!?」

「何言ってるの。フィンクスが弱いだけだよ。上がり」

「よっし、オレも上がり」

「ちくしょー、負けた!シャルにカードで負けるなんて屈辱だ!」

「そこまで言う!?ひどい!!」

 

 見てみるとそこには、外に机を出してトランプ(多分ババ抜き)を楽し気(?)にしている、知り合いの姿。

 ジャージを着て、厳つい目つきをした人物、片目を残して顔全体を垂らした髪で隠した小柄な人物、そして一見したら優男風にも見える人物、皆男性。廃ビルのど真ん中でトランプをやるというシュールな光景を見つつ、声を掛けた。

 

「おーい、フィン!コル!シャルー!」

 

 声をかけると向こうも気づいたみたい。

 

「んぉ?ヒノじゃねーか!」

「久しぶり」

「やあ、ヒノ!よくこの場所がわかったね」

「うん、マチに教えてもらったの」

「マチにあったのか?」

「4か月くらい前に天空闘技場でね」

 

 そこにいたのは幻影旅団のメンバー、懐かしの友人、フィンクス、コルトピ、シャルナークの三人だった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 フィン達がいた場所から少し歩いたところの廃ビルの一つ。ここがヨークシンで利用している幻影旅団のアジトみたい。

 

「ここのアジトは始めてだ!ヨークシンも初めてだし!」

「あら!ヒノじゃない、久しぶりね」

「パク!久しぶり!」

 

 旅団の皆と最後に会ったのはハンター試験に行く前だけど、その時はクロロ、マチ、シャル、ウボォー、フィンの5人しかいなかったから、パクとは久しぶり。

 

 黒いレディーススーツに身を包んだグラマーな女性、パクノダ。触れた人の記憶を視る事ができる特質系の念能力者であり、拳銃を武器にするんだって。ま、今は特に関係無いけど。

 

「あら、少し背伸びたんじゃない?」

「そうかなぁ?あんまり変わらない気がするんだけど………」

 

 ジャポンの平均身長的には私は少し低い。双子なのにミヅキの方が私より10cmも高いって、どうなの?まあ男女の双子は普通の兄妹くらい違いが出るって聞くし、当然と言えば当然だけど。

 

「やあ、ヒノ。久しぶりだな」

 

 後ろから声を掛けられ、振り向くと、全身を黒く染め上げる男。

 黒髪をオールバックにし、背中に逆十字を刻む黒いコートを身に纏い、額にも十字の入れ墨。実年齢の割には達観した様な氷の様な冷徹な雰囲気を身に纏い、探るような、見透かす様な瞳でじっと私の方を見つつも、声をかけると同時にふっと気が緩む様に少し笑いかけてくる。相変わらずいろんな宗教団体を敵に回しそうな恰好をしているのは、クロロ=ルシルフル。幻影旅団の団長だった。

 

「クロロー!久しぶり!」

「久しぶり。ハンター試験はどうだった………と言っても、お前に限って落ちるなんて事は無いだろ?」

「ジャーン!これハンター証」

「まあお前なら受かると思っていたよ。特に問題も無かったろ?」

「実は試験ヒソカも一緒に受けてたんだ」

「………………よく頑張った」

 

 色んな意味でクロロが労ってくれた。

 するとトランプを終えたシャルがやってきて、ピッと指に挟んだメモ用紙みたいなの見せてくれた。

 

「じゃあヒノ、ハンターサイトのアドレス教えてあげる」

「ハンターサイトって?」

「あはは、相変わらず物を知らないね。ハンターサイトっていうのはハンター専用のサイトで、ハンター証がないと入れ無いけど、その情報量は随一。まあお金とか取られるけど信用できるサイトだから、使ってみるといいよ」

「使うか分からないけどありがと!」

 

 実際にハンターとして活動するか、と言われるとそこまで深くは考えて無いけど、情報はあればあるだけ有利だって言うしね。シャルっていつもここから情報とか取ってたんだ。となると中々信憑性があるね。旅団の情報源、という触れ込みは結構強そうだよ。

 

「ねえクロロ、他のみんなは?」

「ああ、ウボォーは出かけてるが、他のメンバーはここにいるメンバー以外はまだ来てないな」

「ウボォーいるの?どこ?」

「確か食いもん盗ってくるって言ってたな」

「おっしゃー!!大量大量!!」

 

 そう言って豪快に建物に入ってきたのは、大量の食料を持ってきたウボォー。食料といっても大半がお菓子と酒だ!あとは惣菜とか?久しぶりに見た!

 それにしてもウボォーは相変わらず面白い恰好してるね。ツタンカーメン風の恰好をしているフィンクスお出かけモードの次に面白いね。3番目は………クロロ?

 

「ウボォー!!ヤッホー」

「おお!!ヒノじゃねーか!久しぶりだな!菓子食うか?」

「気前いいじゃない!うん、食べる」

 

 がさがさと適当に袋を漁り、投げ渡されたお煎餅を食べる………うまし。のりが巻いてあるお煎餅ってなんか特別感あるよね。どっかりと腰を下ろし、ウボォーも適当に食べ始め、シャルやフィン達も適当につまんでいく。

 そう言えばウボォーってお金は一切持たない盗賊の鏡みたいな性格だったけど、いつもご飯こんな感じなのかな?無銭飲食とかお菓子窃盗とか、A級賞金首幻影旅団のネームバリューにしてはやる事が小さい事も結構あるよね、まじで。普通に大事件も多いらしいけど。

 

「団長!!」

 

 その時、がやがやとしてきたビルの中に凛とした声が響いた。

 入り口を見て見れば、和服の様な服装を着た女性、マチだ!何か月かぶりだ!

 

「マチー、久しぶりー」

「あ、ヒノ。もう来てたんだ、久しぶりだね」

 

 そう言って笑ってくれる。普段無表情か仏頂面の方が多いだけに、マチの笑い顔は中々にレアだね。まじ可愛い。しかし一転して、少し困ったような面倒そうな顔をして、クロロはその表情を珍しいと思いつつ、問いかける。

 

「どうした、マチ。何かあったのか?」

「いや………その、あー………ノブナガがさ」

「ノブナガがどうした?」

「戦てるね。ノブナガ、子供にコケにされたね」

 

 なんと言うべきか、という風に言い淀んだマチの代わりにするりと現れた答えのは、黒い外套に身を包む小柄な人物、フェイタン。旅団の中でもトップ3に入る好戦的な戦闘員だよ。あと拷問好きらしい。

 相変わらず小さいね。それに後ろにいるのはフラン!こっちは相変わらずでかいね。二人並ぶと中々にそこらへんが強調され………フェイがなんかこっち睨んでいるからこの話題はここまでにしようっと。

 

 それにしても子供か………あ………………………………ミヅキ忘れてた。

 

 

 

 

 



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第45話『灰色の剣劇場』

本編やキャラ紹介で妙な所や疑問点があれば、可能な限り答えたいと思います。お気軽に御質問下さい。


 

 

 

 

 時間は少し前に遡る。

 ヒノやクロロの元へとマチ達が来る、およそ数分前。

 

「何も無い。確かに盗賊のアジトらしいと言えばアジトらしいが、人っ子一人見当たらない」

 

 ボロボロと、今にも朽ち果てそうな建ち並ぶ廃ビルの群団を見上げながら、ミヅキはやや嘆息していた。

 太陽の下で映える銀の髪を揺らしながら、重い足取りでとりあえず歩く。ビルの中には入らず、外側から見るだけに留めて探索を続けるのは、何かに警戒してか、はたまたただ面倒なだけなのか、それは分からない。

 

「おらぁ!」

「ぬぁっ!」

「ノブナガもフランクリンも、遊んで無いでさっさと行くよ」

「言ても無駄よ、ほとくね。アジトはすぐそこ。ささと行くよ」

 

 そんな時、風に乗って、微かに声が聞こえた。

 誰もいない廃墟と思い、向こうも隠す気の無い普通(?)の会話。気配を消しつつ聞き耳を立てるミヅキは、徐々に音の発生源に近づいていく。この辺り、ヒノと同じく怖い物知らずというか、無鉄砲と言うか。何も考えてい無いわけでは無いが、何を考えているか分からない。

 

「………?話声、打撃音、誰かが、戦っている?こんな所で?誰が?………旅団」

 

 聴覚から入る情報を元に、一人自問自答したミヅキは、およそ勘も入り混じるがほぼ正しいであろう正解を一人で呟く。元々旅団のアジトを探しに来ていたので、ミヅキでなくても想像するに容易い事だろう。激しくなる打撃音の音を聞きながら、ミヅキは相手がいるであろうビルの角を曲がる。

 

 その瞬間、人が飛んできた。地面と平行になりながら、吹き飛ばされてきたであろう人が文字通り、角を曲がったミヅキに向かって跳んできた。

 

(丁髷に和服に刀、ジャポン人?けど………ぶつかってやる義理は無い)

 

 突発的な事案に、ミヅキは存外冷静に思考していた。

 ここら辺もやっぱり似ている。突発的な事案に狼狽える事が少なく、愉快に思考するヒノとは違って、割と真面目と言うか冷徹と言うか、ミヅキはそこらへんの()()がヒノに比べたら若干少ない。

 急に迫ってきた、と言っても、音を置き去りにして衝撃波を出しながら、という程の速度でも無いので、避ける事はそう難しくない。ヒノであればそのまま避けて様子見しそうな場面だが、ミヅキはその場で、跳び上がった。

 

「ぐへらぁ!?」

 

 跳び上がり、足元を和服のジャポン人(仮)が通過するのを見越して、その腹の上を盛大に踏みしめ、2度目の跳び上がりを見せる。空中での2段ジャンプは流石だが、飛んできた人間を踏み台にすると言う割と容赦の無い行動に、もしもヒノが見ていたら苦笑を浮かべる事だろう。

 

 2度目のジャンプで少し距離を取る様に、瓦礫に埋まる地面に着地し、その衝撃でジャポン人らしき男は地面へと派手にぶつかり苦悶の声を上げる。最も、男が一番ダメージを受けたのは、最初に吹き飛ばされた事でもなく、地面に叩きつけられた事でもなく、ミヅキによって腹部を踏みつけられた事なのだが。

 

 近くにいた彼の仲間と思しき似たような和服の女性、小柄な黒い外套の男、傷だらけの大柄な体格の男性、の3人が近寄ってきて、ぴくぴくとわずかに痙攣する男に向かって、心配そうに声を投げる。

 

「ノブナガ………生きてるかい?それとも死んだかい?」

「自業自得、やぱりほとくね」

「何やられてんだよ。情けなねぇな」

 

 違った、あんまり心配そうにしていなかった。

 その言葉にがばっと起き上がった侍風ジャポン人の様な男は、怒りに染まった表情をちらりと仲間であろう3人に向けるが、すぐに少し距離を置いて立ってこちらを見ている少年、ミヅキの姿を視界に捕捉して、ざっと足を踏みしめ近づいていく。

 

「ガキぃ、よくもやってくれやがったなぁ!」

「自業自得、正当防衛………としか言いようが無いんだけど」

 

 今にも鬼すら切り殺さんばかりの憤怒を浮かべる侍風の男に、ミヅキは臆する様子無く至極まっとうな意見を述べる。全く持って混じりけ無い、虚実の欠片も無い正当な言葉だった。避けるだけでも良かったので少々やりすぎ感はあるが、傍から見ていた第三者なら、悪いのは先にぶつかりそうになった侍風の男と言うだろう。

 もしくは、その男を吹き飛ばした、仲間であろう大柄な体格の男。しかしあの喧嘩は両者同時に始めた事でもあるので、やはり自業自得としか言いようが無かった。

 

「おい、ノブナガ!やめとけよ、相手は子供だぞ」

「ガキなんてほとくね。ワタシ達アジトに向かてる、余計な手間増やさないで欲しいよ」

「そうだよ。あんたのせいなんだから構ってんじゃないよ。どうせ子供のした事なんだし」

 

 その事は他の仲間も同様に感じた事でもあり、宥め始める。

 しかし、そのどれもが逆効果、と言うのをミヅキはなんとなく察した。目の前にいる男の怒りは、すぐ霧散できる類の物でも無い。一つ何かを清算しなければ、おそらく止まらない、そう感じた。

 

「ざけんな!()()()()()()()()()()()()()!ガキにコケにされたまま、おめおめと引き下がれるかあぁ―――!?」

 

 突如侍風のジャポン人(仮)の男、ノブナガが驚愕に表情を歪めた。

 

 叫び声をあげると同時に、腰に差された2本の刀の内1本に手をかけて、ノブナガ必殺の〝居合〟の構えを取ろうとした瞬間、まるでそれが分かっていた様に、ミヅキが一瞬でノブナガの前へと肉薄していた。初見の人間に対して行われた異常な行動、それに居合と分かっていても普通は相手との距離を取るのがセオリー。それを、あえて近づいて来るという異様な光景に、ノブナガは思わず不十分な態勢の居合を放つ――――――しかし、それを後ろに飛んだミヅキに躱される。

 

 不十分な態勢で放てば、それは〝居合〟で無く、ただの〝刀を抜く行為〟に他ならない。

 前段階の準備で、足の位置、重心、呼吸、刃の位置、研ぎ澄ます必要のある行動が阻害された事にわずかに内心で疑問と動揺を誘われながらも、刀を抜き放った自分と、素手であろう相手の姿を捕捉して、まだ何も始まっていない事を即座に理解し、跳び出した。

 

(やはり、居合を得意とする剣士、いや侍?………………まぁ、一度居合を阻害しただけで、激減に力が減る事は無いだろうけど)

 

 真っ向から引力に歯向かう様に、背後へとバックステップで跳び出すミヅキは、迫るビルの壁面に足を付け、再び跳ぶ。そのまま、やはり異様な光景であろう、地面の方を向きながらバックステップで壁を登るという光景に、様子を見守っていたノブナガの仲間達も少々感心した様だった。驚く事は無かったのは、壁を走る動作くらい、彼らにとっては造作も無い技術。

 後ろ向きで、という条件が付けば、少しできる者に制限が付くのは否めないが。

 

 ノブナガはビルの上へと壁伝いに上っていくミヅキを見て、同様に壁に足を掛けて垂直に駆け抜けていく。

 一瞬で接近するノブナガの技量は、流石としか言いようが無い。そのまま抜身の刀を振るい、ミヅキに向かって脳天直撃で振り下ろした。

 

 バシィ!!

 

「なっ――――――」

「真剣、白刃取り」

 

 ノブナガは一流の剣士。ほぼ我流に近い剣術ではあるが、念の取得と常人離れした身体能力や彼自身の技量により、旅団の中では最も強い剣士と言えるだろう。まあ旅団で剣を主武器(メインウェポン)に扱いのはノブナガくらいではあるが。小柄な黒い外套の男、フェイタンも確かに主に仕込み剣を使うが、彼の場合は剣士と言うより、その〝切れ味〟を好んで刃を使用しているに過ぎない。

 

 そのノブナガの剣を、正面から両手の平で挟んで受け止めた事に、地上で見ていた仲間達も今回は素直に驚いていた。

 

「ほぉ、ノブナガの攻撃を正面から受け止めやがったぞ」

「きとノブナガ、子供だから手加減してるよ」

「あたしにはそうは見えないけどな。ていうか先にクロロの所行った方がいいね。事情説明しとかないと後が面倒だし」

 

 この3人の中では比較的に常識的な和服の女性マチの提案に、残りの二人も同意して一足先に目的地であるアジトへと向かう。一見して薄情にも思える様な光景だが、3人共仲間であるノブナガの負けなど一ミリも疑っていない。それだけの実力、力、技量、全てにおいて、幻影旅団という集団は、有象無象の念能力者も、プロハンターすらも凌駕する。それは相手が子供だろうと大人だろうと関係無い。

 

 だが、ノブナガ本人は、目の前の相手に驚きを隠せなかった。こちらをじっと見つめる、自身よりも2回り以上も歳下であろう、少年の姿に。

 

(動かねぇ!?このガキ、どんな腕力してやがる!)

 

 体格差があっても、押し切る事が出来ないミヅキの腕力。

 ノブナガ自身は旅団の中で比べれば中堅程の腕力ではあるが、それでも常人とはかけ離れている事には変わらない。にも拘わらず、自身の刀の一撃を受け止められた事に加え、それを離す事も出来ない。

 ミヅキ自身の腕力がノブナガより強い、というのもあるが、態勢的にミヅキの方が力を籠めやすい。

 

 忘れているかもしれないが、二人の足場は未だ、ビルの壁面に立って攻防を繰り広げている。必然、態勢が上のミヅキの方が重さを掛けやすい。

 

「隙――――――」

 

 驚いたノブナガに、ミヅキは右足の蹴りを、刀の持ち手に叩き込んだ。一瞬だけ緩んだ隙。しかしそれは、僅かに握り直し再び力を籠めようとする、刹那の動きを突く攻撃。それを見極めるミヅキの慧眼もさることながら、それに対応して咄嗟に、ノブナガは刀を持つ手を放した。

 

「ちぃ!このガキ!」

 

 刀に多少の愛着あれど、己の魂より大事というわけでは無い刀を離し、もう一本の刀に手をかけて、再び居合の構えを取った。

 その行動に、ミヅキは両手で挟んでいる刀を離し、自身はさらに上へと、ビルの壁面を登っていく。ノブナガも振り抜いた刀で、重力に従って落ちてくる刀を振り払い、さらに上へ上へと駆け出していく。

 

(俺の〝居合〟が見切られている?このガキ、やっぱりただのガキじゃねぇな)

 

 一度目の〝居合〟を邪魔された事が偶然か必然か、ノブナガは内心で疑問視していたが、2回目の居合が躱された事で、確信したくない事実を確信した。意図的に、ミヅキによってノブナガの居合が阻害されている事に。

 

 ミヅキは、基本素手戦闘のヒノと違い、剣術の心得が深い。九太刀流という流派の皆伝でもある九太刀緑陽より剣を教わった。達人を超える剣の超とでも称される緑陽の剣を何度と無く視た事のあるミヅキにとっては、ノブナガの剣は確かに超一流の達人と呼べるが、それでもまだ最高ではない。

 

緑陽(じいちゃん)の剣は、もっと速く、もっと洗練され――――――もっと強い)

 

 ミヅキは、ノブナガによる最初の居合いの体勢も、彼のわずかに上下に開く様な足運び、少し落とす重心、鞘に宛がう左手の力加減、速度を速める為の脱力………それらを視抜き、居合の形が完成する直前で懐に入り、抜かざるを得ない状況を作り出した。

 

 陣を取り、思う様に動かされたノブナガは苛立ちながらも、どこか楽し気に口角をわずかに上げる。

 

面白(おもし)れぇ!)

 

 上へ上へと登り続ける二人は、ついに、屋上に到達した。

 強く叩きつける風を両者共にものともせずに、数メートルの距離を取って相対する。屋上の中央程にノブナガが腰を落とし、左手に鞘、右手に柄を握り居合の構えを。距離を取り屋上の角には、背後に高所を備えた、ミヅキの姿あった。

 

「正直ただのガキかと思ったが、面白いじゃねぇか。逃げるだけなんてやめて、かかってこいよ」

 

 挑発的にそう叫ぶノブナガに対して、ミヅキはちらりと、僅かに背後を見る。屋上の端から見える景色は、遥かな高所。そのまま落ちれば、ただじゃすまない高さ。

 

 ミヅキは、己の背後に背負われた、自分の身長に近い包みを解いて、掲げた。

 

(!?…………何だ?あの剣は………………ただの剣じゃねぇ。【周】?いや、それにしては……)

 

 ミヅキの手に握られているのは、刃の長さが110cm程もあるロングソード、念剣のエディン。見る者を惑わす様な、鍔元にはあざやかな真紅の石がはめ込まれ、柄に金色と銀色の装飾の施された両刃の洋剣。刃の輝きから、単純に美術品としての価値だけでなく、戦闘用でも十分な力を持っている事が理解できる。

 だが、ノブナガが【凝】をした瞳で見れば、悍ましい程のオーラの籠められた、怪しげな魔剣。

 

 後退しないまでも、警戒する様に刀を握る手に力を籠める。完全なる後の先の構え。自分から攻撃する事無く、どんな攻撃が来ても完璧に切り捨てるという意思が現れた構え。

 

 その構えに対して、ミヅキは奇策を選んだ。

 

「エディン――――――放て!」

 

 念剣エディンを振り下ろし、()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 ズウウゥウン!!

 

 突然地響きの様な音が鳴ったと思ったら、眼前に見えていた、今にも朽ち果てそうなボロボロの廃ビルの一つが、音を立てて崩れ始めた。ガラガラと瓦礫をまき散らし、巨大な粉塵が巻き起こる。ビルが一棟崩れる光景って、中々見ないよね。

 

「うわ、あれ何があったの?ねぇマチ、フェイ」

「あー、どうだろうね。ノブナガとあの子供があそこで戦ってると思うけど………」

 

 歯切れの悪いマチの言葉。どうせなら一人くらい残してくるべきだったかなぁ~、と今更の言葉を呟きながらも、被害が出ないくらいのそばに近づいてみた。

 

 瓦礫が降り注ぎ、中に人がいれば生き埋め必至な状況。あー、ミヅキもノブナガも、一体何をしているのか。

 ビルを破壊するって事は、ウボォーやフィンならともかく、ノブナガは強化系と言っても破壊力重視なタイプじゃないし、ミヅキの仕業かな。ミヅキの場合は私と同じ特質系だけど、エディンもあるから廃ビルを壊す破壊力くらい出せるだろうし。

 

 わずか数秒で、先程まで聳えていたビルは倒壊して、瓦礫の山が出来上がった。

 

 ………………大丈夫かな、これ?

 後ろからやってきたクロロも、目の前の現状を見てやや面倒そうな表情を浮かべた。

 

「どうしたらこうなるのか………。ヒノ、【円】で瓦礫の中を探れるか?」

「いいよ」

 

 私は瓦礫の山に登りながら、【円】を広げて中を視て行く。ちょっとした山になっている瓦礫だけど、動きながら見れば大方全体を見渡せるから、【円】って便利だよね。

 

「ヒノって【円】使えたんだ。ていうか、でかくない?クロロ知ってた?」

「半径100メートルはいけると聞いた事あったが、流石にあそこまで軽快に動きながらできるとは予想して無かったな。普通無理だろ」

 

 さて、ミヅキとノブナガはっと………ん?瓦礫の下で何かが動く音が………近づいて来る。

 そう判断したら、すぐに瓦礫から飛び降りる。その瞬間、ドゴォッという瓦礫を吹き飛ばす音と共に何かが這い出てきた。

 

「ぷはぁ!死ぬかと思った!【堅】で全身守らなきゃ危なかったぁ!」

 

 ノブナガが復活した。見た感じそこそこ汚れたりちょっとした擦過傷くらいあるけど、ほとんど無傷に近いね、さすがノブナガ!伊達や酔狂で旅団してないね。機嫌は悪そうだけど。

 

「ノブナガ―、大丈夫ー?」

「あぁん!?………………て、ヒノじゃねぇか!ひさしぶりだなぁ、おい!」

 

 一転して、表情が変わったノブナガは瓦礫を滑り降りて私の前に来る。

 

「なんだ、元気そうじゃねーか」

「ノブナガも元気そうだね」

「この状況見てそのセリフを言うたぁ、相変わらず豪胆な奴だな」

 

 わしゃわしゃと私の頭を乱暴に撫でながら、ノブナガは笑って迎えてくれた。髪がちょっとぐちゃっとしちゃったけど、こういうスキンシップは結構嬉しかったりする。

 

「ノブナガ、生きていたか」

「お、団長!久しぶりだな!つーか、フランクリン!てめぇのせいで散々な目にあったぞ!」

「後半は明らかに自分で突っ込んで行ったけどな」

「るせぇ!」

 

 否定はしないんだ。ていうかミヅキどこ行った?

 あの崩れたビルの瓦礫を探してもミヅキいなかったし、となると崩壊直前に離脱したのかな?

 

「それで、お前は誰と戦ってたんだ?マチからはヒノと同じくらいの子供と聞いたが」

「ああ、正直子供と思って舐めてた。あれ、普通のガキじゃねぇぜ」

「まあヒノみたいに(実力が)おかしい奴もいるし、あながちいないとは言い切れないが、このタイミングで現れるというのも気になるな。明日はオークションが始まる事だし」

「ワタシ達仕留めに来た言うのか?」

「どう思う、マチ?」

「そうだねぇ、そういうのとは違う気がするんだよね。勘だけど」

 

 そう言ってマチが会話しながら私の髪を櫛を使って整えてくれる。あとさりげなく私クロロに馬鹿にされてる?

 マチの勘はよく当たるから、クロロも基本情報とか作戦に組み込む程らしい。それは旅団内では基本オカルトや幽霊を信じない団員も信じると言う信憑性の高さ!一体どうなってるの?いや、私もマチの勘すごい当たると思うよ。

 

 それにしてもミヅキだけど、一体どこに行ったのか。ノブナガの話を聞いてるとビルの上で最終決戦!みたいな状況だったみたいだから、屋上に近い別のビルに飛び移ったのかな?となると、あの辺りのビルにいそうな気が………………あ、いた。

 

「………………」

 

 隣のビルの屋上から、私の方をじっと見ながら、手元の携帯をひらひらと振っている。

 いや、充電無いんだって!ごめんってば!すぐに察したのか、少し溜息を吐いたミヅキはその場から飛び降りて、壁を蹴って威力を殺しながら、すぐに地面まで到達して、こちらに向かってきた。

 

 そして、私達の近くまで歩いてきた時、一瞬風が吹いた気がした。

 

「てめぇ、よく現れたな」

 

 そう言ったノブナガがミヅキの正面に、背後にクロロ、フェイタンが取り囲むようにして一瞬で移動していた。マチとフランは私の横に普通にいる。ノブナガは言わずもがな、好戦的なフェイタンとリーダーでもあるクロロが直々に相手を確かめに………て感じかな?

 

「質問に答えて貰おう。お前は、一体何者だ?」

 

 静謐に、ゆっくりとした口調で語るクロロの言葉。一言で、相手の素性を全て含めた疑問をぶつける言葉。その言葉に対して、抗う術など何人も持ち合わせていない。有無を言わさない迫力と貫禄、そして目の前で繰り広げられた圧倒的実力の檻。この中に囚われて、黙っていられる人はそうそういないだろう。

 まあ、今回はそういうのは一切無視するんだけど。

 

「ミヅキ、一体今まで何してたのさ」

 

 私が、その檻をぶち破った。いや、しょうが無いよね?このまま戦い始められても困るし!

 

「あ、ヒノ。いや、正当防衛だからしょうが無いだろ。それより、携帯の電源入って無いのか、充電して無いのか、通話繋がんなかったぞ」

G・I(むこう)では使わなかったし、そのままここ来たんだからしょうが無いじゃない。それより10分でビル崩落って方が驚きだよ」

「それはまぁ………成り行き?」

 

 成り行きでビル壊されても困るんだけど。別に私のビルとかじゃないから、まあ実際は全然いいんだけどね。問題はもう一人の当事者だったノブナガなんだけど……………あれ?なんか皆が唖然としている様な。

 

「マチ、皆どうしたの?」

「いや………ヒノ、こいつの知り合いなのかい?」

「うん、私の双子の兄」

 

『はぁ!?』

 

 正直、クロロですらびっくらこいた!という様な表情をして、この場にいるノブナガもマチもフランもフェイも同様に程度の差と表情の変わり方は違えど、素直に驚いているみたい。そんな中で、ミヅキは改まって、というのもおかしいけど、あまり変わらない表情で自己紹介をした。

 

「どうも。ヒノの兄のミヅキ=アマハラ。よろしく、幻影旅団」

 

 

 

 

 



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第46話『開幕と再会のスパイス』

 

 

 

 

 

 

「お前が悪いな、ノブナガ」

「で………でもよぉ団長!いきなり踏みつける事はねぇだろ!なぁ?しかも生き埋めにしやがって!」

「いや、どう考えてもお前のせいだろ」

 

 弁解するノブナガを、クロロは非情とも言える程にバッサリと切り捨てる。情状酌量の余地無いクロロの一刀両断にめげる事無く食って掛かるノブナガだけど………………クロロなんかめっちゃ呆れた表情してるね。ていうか絶対この展開が面倒くさいって思ってるでしょ。若干顔に出てるよ、貫禄が剥がれかかってるよ、A級賞金首団長!

 

「そういや、なんでフランとノブナガ喧嘩してたの?お昼ご飯被った?」

「いや、さすがにそこまで下らない理由じゃ争わないぞ」

「じゃあどうしたの?」

「いや………ノブナガがぁ……挑発してよぅ………………」

 

 どっちもどっちじゃない?

 詳しい事を第三者で一緒に来たマチに聞いてみれば、ノブナガの安い挑発に乗っかって、さらにフランの挑発にも乗ってあれよこれよと二人で喧嘩して、廃墟地帯に入った所でフランの攻撃でノブナガが吹っ飛ばされて、それがミヅキにぶつかりそうになって………で、後は流れ通りと。

 

「普通にノブナガとフランが悪いんじゃない?」

「ヒノもヒノで割りと容赦無く言うよな」

「だよな!?俺だけが悪いんじゃないよな!?ビル壊したのも俺悪くねーよな!?」

「いや、それはおめーのせいだろ」

「ノブナガが悪いと思う」

「あんたのせいでしょ」

「ぐっ………………」

「やぱり自業自得ね」

「う………うるせぇ!!」

 

 居た堪れなくなったのか、ノブナガはアジトの中の瓦礫の一つにどっかりと腰を降ろし、不機嫌を思いっきり顔に張り付けた。子供かこの人。

 その光景にやれやれと言いつつも、クロロはちらりと射貫く様な視線をフランに向けて注意している。

 

「まぁ、フランクリンもあまり挑発に乗るなよ。半分はお前のせいでもあるからな」

「う………分かったよ、団長………………」

 

 両成敗的にノブナガもフランも団長であるクロロに窘められ、一応二人共収まったみたい。やれやれだね。

 旅団の皆はそれぞれ我が強いから、ちょっとした事でいざこざ、まあ喧嘩レベルだけどそんな感じの事になるからね~。喧嘩する程仲が良いって言うしね。

 

「ていうかシズクいつの間に来てたんだ。久しぶり~。ボノも久しぶり~!」

「久しぶり、ヒノ。ちょっと前に来たよ。誰もいなかったけど」

「同じく俺もさっき来た。久しぶりだ」

 

 黒髪のショートに眼鏡をかけた女性、シズクと、全身包帯にボクシングパンツとグローブというこれまた変わった出で立ちの男性、ボノレノフ。見た目だけで集計取れば一番シズクかシャルが世間一般に溶け込める見た目をしていると思うよ。地味とかじゃなくて、一番普通。見た目だけはね。

 まあこの世界結構見た目も濃い人多いし、旅団の皆が街歩いたってそこまで違和感持たれ無いと思うよ。流石にウボォーとかフランみたいな体格2メートル越えは普通に目立つけど。

 

 アジトに戻ってきたらいたんだけど、二人が来たのがちょうどミヅキとノブナガの様子見に行った時だったから入れ違いだったんだね。これで残る団員はヒソカだけか。集合は今日中だから夜かもしれないけど。

 

「で、ミヅキは何してるの?」

「本。結構色々あるから」

 

 いつの間にかクロロが持ち込んだ本の山のそばで、ぺらぺらと頁《ページ)を捲っているミヅキ。あの本見るのクロロとシズクくらいなんだよね。クロロ読書家だから結構色々あるらしいけど、どうせあれもどっかから盗んで来た物だね。ていうか読みたいからって本盗むとか、幻影旅団団長それでいいのか。

 

 ていうかノブナガが生き埋めになったのは自業自得だけど、ビル壊したのは普通にミヅキのせいだからね?別に誰かの所有物ってわけじゃ無いけど。

 

「それにしても、ヒノ。お前に兄がいたとは驚いたな。そんな話、お前やシンリからは聞いた事無かったからな。ていうか、お前って確か孤児で拾われたって言ってたなかったか」

「間違って無いけど、私とミヅキ二人一緒にシンリが拾ったんだよ。だからミヅキは本当に血が繋がってるよ」

 

 孤児だけど1人じゃなかったって事。ん?そうなると字面的におかしいかな?

 

 そう言えばクロロ含め旅団の皆に話した事無かったね。初登場、というか初めて会った時とかに私の事を少しシンリが話したらしいから(内容的には拾われた孤児的な感じの話)旅団の皆もほとんど生まれ故郷も親も良く分からないらしいから、割と親近感湧いて仲良くしてくれた。だから生まれとかはどうでも良かったらしく特に何も質問はしてこなかったけど、逆にそれでミヅキの話題出しそびれたね。

 

 私の血の繋がる兄だよ発言に、マチはじっと本を読むミヅキの顔を覗き込み、その後ろからシャルも楽し気に見ている。

 

「ふぅん、ヒノの兄貴ね。確かに、こうやって見て見ると顔立ち似てるね。ていうか結構そっくりに見える」

「そうだね。後はこう、髪を後ろでまとめて、髪の色を金髪に染めて、表情をもう少し柔らかくしたらヒノとそっくりになるんじゃない?」

 

 あ、似たような事した事あるよ、天空闘技場で。まああれはミヅキの【朧月夜(ダブルコート)】使って上っ面弄っただけだから実際に髪型とか色変えたわけじゃ無いけど。シャルの言葉に特にコメントする事なく、ミヅキは呼んでいた本を読み終わったのか飽きたのパタンと閉じる。ちなみにタイトルは『魔術大全』、それって何の役に立つの?

 

「それにしても、噂には聞いた幻影旅団でこんな所で会えるとはな。正直驚いたけど、まあヒノとシンリのやる事だし案外普通か」

 

 その言葉に旅団の皆が「ああ………」ってなんだか納得したような表情している。なんで?それってシンリにたいしての納得だよね、私じゃないよね?

 

「改めてミヅキだ、よろしく。確か団長は、クロロだっけ?とりあえず妹が世話になっている。あとシンリが迷惑かけてたらごめんな」

「いや、問題無い。よくある事だ。俺はクロロ、よろしくなミヅキ」

 

 さらっとシンリが迷惑している前提の発言が二人の間で一瞬流れたけど、扱い雑だね~、まあしょうがないけど!昔結構クロロからシンリに対する愚痴とか聞いた事あるし!もちろん本人には言わないよ?知ってるかもしれないけど。

 

「おい!ミヅキだったな!名乗りは終わったなら、続きだ!表に出やがれ!今度は逃がさねぇぜ!」

 

 突然、ノブナガが立ち上がりびしりと指をミヅキに突き立てる。ていうかまだやるの?ノブナガもこりないねぇ~、またさっきの二の舞になるんじゃない?その時は生き埋め勘弁だから逃げるけど。

 ていうか――――――

 

「ミヅキ普通に戦って無いんだ。どうして逃げたの?」

「………あのな、ヒノ。僕は確かに戦うのは好きな方だが、別にどんな時でも戦いを優先しているわけじゃないんだぞ?」

 

 心外だ、という風なミヅキの言葉。そうだっけ?なんかやるかやられるかの状況だったら迷わずやるぜ!って選ぶタイプだと思うよ。そもそもコマンドの逃げる選択肢を視ないと思ってた。今回は………………なんとなく面倒だったのかな?

 

 そんな事を考えていたら、どすどすと瓦礫を踏みしめてウボォーが近づいてきた。めっちゃ楽しそうに笑ってミヅキを見てるから、この後の展開がなんとなく見えた。

 

「ノブナガを生き埋めにするなんてやるじゃねーか。俺と戦ろーぜ!」

「ヒノ、あと宜しく」

「よし、じゃあウボォー、クロロと全力で腕相撲して勝ったらミヅキと戦わせてあげる」

「「おい」」

「よっしゃぁ!団長()ろうぜ!」

 

 嬉々として近くのドラム缶(ドラム缶!?)に肘を乗せて構えるウボォーだけど、当然の事ながらクロロは断った。普通に面倒臭そうだったし、全力という条件が無ければわざと負けるつもりだったと思うけど。相手の交渉を断るなら、可能性を残しつつ遠回しに断ればいいと思うよ!絶対クロロなら戦わないと思ったし。

 ちなみに旅団内で腕相撲をしたら当然強化系を極めた言う程のウボォーがチャンピオン。2番手が同じく強化系のフィンらしい。そしてクロロは中堅くらいだってさ。私も何人かとやった事ある。勝ったかって?ご想像にお任せします。そしてノブナガも断念した。

 

 ♪~♪~

 

 そんな時に音楽が、と思ったらミヅキの携帯からだったら。放置してた私と違ってグリードアイランド内では電源を切って電池残量を温存していたみたい。流石!ちらっと見てみたら、シンリからメールだ。

 

「なんだって?」

「そろそろ夕食だから帰っておいでってさ」

「あ、もうそんな時間なんだ。それじゃクロロ、私達今日は帰るね。また来るよ」

 

 廃ビル故に窓ガラスの無い窓から外を見てみれば、赤く染まった時間帯。高い所から夕陽でも見れば綺麗そうだなって感想言えそうな鮮やかな赤い世界。もうすぐ夜だなぁ、と思ったけど結局旅団員皆来たけどヒソカまだ来てないし。今日中って連絡したらしいけど来るかどうか、まあ細かい事を言えば今日の23時59分まではまだ数時間時間があるけど、その間旅団の何人かはイライラしてそうだけどね。

 

「ああ、ヨークシンにいる間は基本ここに居るから、いつでも来るといい。ビルを間違えない様にな」

「もしかしてこの辺りのビルってコルがコピーしたの?」

「よく分かったな」

「なんか他のビルと造りとか表面の割れ具合とかそっくりなの結構あったし」

「ヒノって割と細かい事気にする性格だったんだ」

「あれ?シズク?なんか少し傷ついた気がするんだけど………」

「安心しな、ヒノ。どうせ思った事とりあえず言ってるだけで深い意味とか無いから」

「マチぃ」

 

 優しく頭を撫でてくれるマチの胸に額をぐりぐりと押し付ける。あー、なんか落ち着く。

 

「ほら、ヒノ行くよ」

「あ、ミヅキ待って!」

 

 一先ず退散。暗くなりつつヨークシンの街を歩きながら、私とミヅキはマンションへの帰路へと着くのであった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「ただいまぁ!」

「やあお帰り、ヒノにミヅキ。夕食は特性のラーメンさ、ちょうどさっきできたから石鹸で手を洗ってうがいをしてすぐに食べるといい。後グリードアイランドの着替えとかはもう洗って干して取り込んで畳んでしまってあるよ。室内も掃除しておいたから、夕食の後は空いている好きな部屋を選ぶといい。しばしここに住まうからね」

「驚く程の手際の良さ!?」

 

 まさかの帰宅の時間を計算して拉麺を作ったというのか!後色々と既に終わっている、お母さんか!あ、お養父(とう)さんだったね。いや、でも言ってくれたら私も手伝ったのに。というかシンリいつの間に帰ってたのかも知らないんだけど。

 

「ああ、ヒノ達とジェイ達が一緒にお昼ご飯を食べ終わってミルキに奢らせた辺りで帰ってきたかな」

 

 何、ずっと見てたの?いやまぁ、情報源ならミヅキもジェイもいるだろうしそうとも言えないけど………。

 多分そうだよね?ていうかそうであって欲しい!

 

 そして今まで無言でラーメンを食べていたミヅキか、ことりと空になった器を置いてガラスのコップに入った冷たいお茶を一杯くぴりと飲み干した。

 

「そういえば、ジェイいないね。どうした?」

「知り合いのマフィアの所にやっかいになるそうだ。そもそもジェイはオークションに来る為にここに来たからね、当然と言えば当然だけど」

 

 てことは目的はミルキさんと一緒か。まあ広い定義的に言えば、私もオークションやりに来たから同じと言えば同じだけどね。何を狙っているか、は多分違うだろうけど。私?そもそも何の商品が出るとか知らないや。結構行き当たりばったりだったし、もうちょっと簡単なオークション想像してただけに大失敗だね。

 あと聞き捨てならない言葉を聞いた。

 

「え、何?ジェイってそっち方面の人なの?ヤのつくあれ的な」

「ヤクザ?」

「折角ぼかしたのにミヅキ!普通に言っちゃったよ!そうそれ、マフィアとか!」

「ほら、ジェイって武器商人みたいな職業だから必然血の気の多い奴らが顧客にいるんだよ」

 

 武器商人って、鍛冶師だったのになんだか物騒な名前になったね。それって頭に〝死の〟とか付かないよね?

 

「それを言うなら〝死の商人〟」

「そうそれ!………………て、そうじゃなくて!」

「安心するといい。ジェイが売るのは刃物だけだ」

「いや、全然安心要素無いから、物騒な単語しか出てこないじゃん!」

 

 まあ流石に戦争を渡り歩く様な商人じゃないってのは知ってるけどね。しかもジェイ基本相手によって売買契約するかは結構厳しいし。それでジェイの武器の評判はかなりいい。揃える量産品とかもだけど、ジェイ自身が打った刃は随一。様々なマフィアに限らずハンターとかからも依頼が来るけど、ほとんど断るとか。ジェイ本人が依頼人を見て知って判断してからじゃないとやらないとか。金を積まれてもそこは変えないから、まさに職人って感じだね。

 

「そもそもジェイが行きたいオークションは一般向けじゃないから。だからこそ、わざわざ知り合いのマフィアの所に行ったのさ」

「それで何が欲しいの………………て、ジェイの事だからどうせ刀とか剣とかサヘル砥石みたいな天然オイルストーンとかじゃないの?」

「まあそんな所だよなぁ」

 

 なんて簡単に予想がつく私の義兄(あに)。まあ分かりやすい事はいい事だよ。シンプルイズベスト、てね。

 さてと、夕食も食べたし、今日はそろそろ寝ようかなぁっと!

 

 明日はいざ、オークション開幕だ!

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして次の日9月1日!ヨークシンドリームオークション開幕!!

 1日から10日にかけて行われるオークションは何兆という金が動き大量の珍品名品などが出品される世界最大のオークション。サザンピースが大元の大手競売から、町中でフリーで行われる小さな競売市と、とりあえず色んな競売がヨークシンの至る処でやっているらしい。ちなみにミヅキに教えてもらった。

 

 そんなわけで太陽が照りつける早朝、家から割と近い所にある競売市に来てみれば、中々人が賑わってる。

 

「わぁ!!ミヅキ、すごいね。早朝なのに人がたくさんいるね!」

「さすが世界最大のオークションの街。こんなのもまだまだ序の口だろ。それでゴンとキルアも来てるんだって?」

「うん、さっきキルアからここら辺にいるってメール来てたし、歩けば多分見つかると思うけど―――」

 

 そう言って探していると、わっ、という観戦と共にがやがやと何かの店の前に人ごみができていた。ここって、携帯ショップ?そしてそこから、聞き覚えのある声が………。

 

「よし!じゃあ1本11万580ジェニーでどうだ!」

「わかったわかった!!もうそれでいいよ!!」

「よっしゃぁ!!」

 

 おおー!!というギャラリーの声と拍手が響き渡った。私も思わず拍手しちゃったよ。携帯の相場は知らないけど、近くの人に聞いたら2本40万の携帯を2本で22万1060ジェニーで買ったという、店主泣かせの人がいるとか。まさかのほぼ半額近く?しかも十の位まで値切るとはある意味すごい人もいたものだよね。

 ――――――て、よく見たらレオリオじゃん、しかも隣ゴンとキルアいるし。

 

 では、久しぶりのあれ行きましょう。まずは【絶】をして気配を絶って、レオリオの背後からいざ!

 

「………………届かなかった」

「あ、ヒノ!それにミヅキ!久しぶり!」

 

 しかもゴンに気づかれた。レオリオと私40センチ以上も身長差あるから、あのままやってたらレオリオの首を後ろに激しく仰け反らせながらの『だ~れだ』をやるという中々に拷問染みた光景になってたけど。とりあえず折角再会したし気を取り直して………………よし!

 

「久しぶり!ゴンもキルアも、レオリオも。レオリオあんま変わってないね」

「久しぶりだな。そりゃおめぇ、別れてまだ半年くらいだぜ?そうそう人が変わるかよ」

 

 いやいや、そこに裏ハンター試験要素とかハンターらしい仕事とかの要素が加われば、中々にハードな人生を過ごす事になるんだよ。あ、でもレオリオ医大受験の勉強するって言ってたし、ハンターの仕事はまだしてないんだ、よね。まあ私もしてないし、ゴンやキルアも多分してなさそうだし。

 

 いや、ハンターの仕事はともかくとしてレオリオ念覚えたっぽいね。【纏】は今はしてないけど、体を纏う念の動きがやや規則的になってる気がするよ。あれは念を認識した人の動き方。練度に関しては………まだまだかな?

 

「つーかヒノが二人!?いや、そっちは男か!てことは双子………か?」

 

 やや疑問形の言葉だけど、レオリオ大正解。並ぶとそんなに似てるのかな?

 

「ミヅキ、ヒノの兄だ。宜しくな」

「おぅ、俺はレオリオだ。ま、宜しく頼むぜ」

 

 レオリオの差し出した手を掴んで握手に答えるミヅキ。レオリオもゴンも友達作りやすい性格してるよね。フレンドリーというか、先入観が無さそうというか。その分ゴンは野生の勘とかめっちゃ鋭そうだけど。

 まあ友人の家族って事が信用一番大きい所だと思うけど、相手によるよね。同じ友人の家族でもイルミさんだったらレオリオ絶対に信用しないと思う。私は割とイルミさん普通だと思うけど。性格じゃなくて信用の度合いね。

 

「さてと、それじゃどうする?この後市場でも探検するの?」

 

 正直オークションが始まるまで暇だし。あ、そういえば普通のオークションは兎も角最大のサザンピースのオークションはカタログ買わないと入場できないんだった。そっち先にしようかな?

 

「いや、先に宿を確保しないとな」

「ゴンとキルアもか?」

「うん。俺達昨日までで宿に泊まってたから、今日から別の宿探すんだ。レオリオと合流したら一緒に宿探そうかって話してたの」

 

 ふむ、という事は皆今現在は宿無と………………………!!

 

「じゃあさ、3人共うちにこない?」

「「「?」」」

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「おおぉ、こつぁすげーな。結構なマンションじゃねーか。本当にここ泊ってもいいのか?ヒノ」

「いいのいいの。どうせ部屋空いてるし」

「助かったよ!今は少しでもお金節約したかったから」

 

 感嘆とした声を上げるレオリオとゴン。

 場所と時間を移動して、外が暗くなり始めている時間帯に戻って来たのは、私の家。つまりシンリのマンションの7階一室。宿屋探してたし泊めることになりましたね、はい。まあ部屋普通に空いてるし、別にいいと思うよ。

 一先ずダイニングキッチンの食卓に皆座って、私はキッチンでご飯作ってたよ。

 

「というわけで、はいお待たせ。カレーの材料があったからカレー作ったよ」

「お、サンキュー。いただきまーすっと………うま!?ただのカレーなのに、この味の深さは一体!あっさりと解れる程柔らかい肉にまろやかな甘み!それにカレーのスパイスを引き立てている!」

「なんかキルアが料理漫画の解説役みたいになってる!いや本当に美味しいけど!」

「なんだ、ヒノって料理できたのか。ちっとイメージ外れたけど」

 

 それってどういう意味なのかなぁ、レオリオ~。

 翡翠姉さんに及ばずとも、それなりに自信はあるんだよ。あんまりにもしない方が多かったから自分でも料理が得意設定を若干忘れかけてたけど!でもジャポンに帰って来た時とか普通に翡翠姉さん手伝ってるからね!後天空闘技場とかでもちょいちょい自分で朝ご飯とか作ってたし!描写無かったけど!

 

「そもそもハンター試験の二次試験、メンチさんの最初のお寿司の課題合格したの私なんだから」

「は!?あの女の料理試験合格したのお前だったの!」

「すごいねヒノ」

「マジかよ!オレ誰だよ合格したやつって思ってたよ!」

「普通に誉めてくれてありがとねゴン。レオリオとキルアは後で皿洗いね」

「「え~」」

「諦めろ二人共。この家の家事トップはヒノだからな、はむ………うまい」

 

 ミヅキの言葉にガックシと、一応料理を作ってもらって家に泊めてもらう手前反対はしない二人共。

 まあ何かゴンにも手伝ってもらうけど。ん~、お風呂掃除とか部屋の掃除とか。そもそもこの人達って家事スキルあるのかな?キルアはなんかした事無さそうだし(実家金持ちで使用人の生活だし)、レオリオはなんか一人暮らしでだらっとしてるような印象。ゴンは………普通にいい子そうだ!(全て独断と偏見です)

 

「あ、そういえばゴン。さっき節約してるって言ってたけど、お金貯めてるの?オークションで何か買うの?」

「あ、うん。サザンピースのオークションで競り落としたい物があってさ」

 

 今の時期でヨークシンにいてお金を貯めると言えば、必然的にオークションに参加目的ってのはすぐに分かるね。後は何が欲しいか、によるんだけど。

 ………………………話を聞き終えたら、私は少し笑顔が固まってしまった。

 

「どこにいるかも分からないゴンの親父の手がかりっていう、グリードアイランドの最低落札価格は89億ジェニーで、所持金がゴンとキルア二人で500万?いいかい君達、競売元のサザンピースは最大大手。お前らの予算じゃ落札どころか入場料にもみたねーぜ」

 

 そう言って呆れた様なレオリオの言葉。

 サザンピースのオークションハウスは、カタログを購入すれば、そのカタログが入場チケットの代わりになってオークションに参加できるという仕組み。つまりカタログの料金が入場料。

 で、肝心のその入場料(カタログ)の値段は、ずばり1200万ジェニー!うん、全然足りないね!まあ12歳の子供が二人合わせて貯金500万ってのも結構すごい事なんだけど、今回は物が物だけにしょうがない。

 というか、グリードアイランドねぇ。ミルキさんと言い、なんか縁があるね。いや、ミルキさんってキルアの兄貴だし、案外ここら辺が大元なのかもしれないけど。

 

「ていうか二人とも天空闘技場に行ったんだから、合わせて8億くらいはあるんじゃないの?」

「あー………うん、それはなぁ~」

「そ……そうなんだよ………………ね?」

「………おまえら、まさかとは思うが―――――」

 

 歯切れの悪いゴンとキルアの二人に、私とミヅキとレオリオで問い詰めたら、判明した。

 天空闘技場で稼いだ8億を元手にして資金調達しようと、ネットオークションで買ったり売ったりしているうちに騙されて1000万くらいになって、最終的に二人でどっちが多くお金を集められるか残金分割でそれぞれ手に持ち、ゴンはちょっと増えたけどキルアはギャンブルでいいとこまで言って全部すって無一文。

 

「はぁ………全くしょうがないね二人とも」

「返す言葉もないです」

「俺はもう少しで大金が手に入ったんだぜ。当たれば10億は堅い」

「でも入らなかったから0なんでしょ」

「うっ!」

 

 全くこの二人は。0ジェニーにしないだけゴンの方がマシか。

 さて、金策も大事だけど、ここはゴンに直接聞いてみるしかないかな。

 

「さて、ではゴンには今から選択肢をあげます」

「急にどうしたのヒノ?」

「はい、これを見てください」

 

 そう言って私の差し示す方向にいたミヅキは、二人に見えるようにしてケースを掲げる。それはG・Iと表記された、グリードアイランドのケースだった。

 

「ちょ………ま………おまえら、それってもしかして………………」

 

 アルファベットだけだからゴンはまだ分からないみたいだけど、察しの良いキルは気づいたみたい。あとレオリオもすぐにピンときたみたいで驚いている。

 

「実はこの家には今すぐでもプレイ可能なグリードアイランドがあります――――――」

「ちなみにまだセーブ人数に空きはある」

 

 補足するミヅキの言葉は聞こえているのか聞こえていないのか、唖然とするゴン達の中で、レオリオが一番早く再起動した。

 

「えーと、ゴン。お前の目的があるみたいだが、どうする?ヒノに借りるか?」

「まあ私はいいけど」

「………………」

 

 レオリオの提案は悪くない。私もミヅキも問題無いと思っているし、現実的な話数十億とグリードアイランドが出品される1週間後までに稼ぐとなると、正直難しい。それにミヅキの話じゃ、大富豪のバッテラが買う気らしいから、それに対抗できるかというのも怪しい。下手したら数十億じゃなくて、数百億必要になるかもしれない。

 魅力的な提案。でも、多分ゴンは――――――

 

「いや………やっぱいいよ」

「ゴン」

「これはオレの親父の手がかりだから、まずは自分の力でなんとかしたいんだ。ごめんねヒノ、ミヅキ」

 

 その瞳に映っているのは、強靭な意思。曲げる事の無い強い芯。ハンター試験最終試験のハンゾーとの戦いを思い出すなぁ。まあゴンらしいといえばゴンらしい。

 

「いいのいいの。頑張って。私も応援するよ」

「まだオークションで買うのが不可能と決まったわけじゃ無いからな」

「もちろん、オレも手伝うからな、ゴン」

「オレも力を貸すぜ」

「ありがとう!ヒノ、ミヅキ、キルア、レオリオ!」

 

 その時、ピンと頭の上で電球が光ったかの様に、レオリオが面白い事思いついた!というような表情をした。あれは、何か考えてついた顔。この状況なら………………多分金策かな?

 

「そうだ!それなら、いい金の稼ぎ方あるぜ!確実に儲かる競売方法を思いついた!ゴン!お前には一番働いてもらうぜ!」

 

 自信満々に語るレオリオの言葉に、私達は一同きょとんとしつつも、レオリオの説明に耳を傾けるのだった。

 

 時刻は、暗い暗い夜に突入していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、ヒノVS???


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第47話『それは究極的に力業』

できれば十数話でヨークシン編を纏められるのが理想だけど、なんだかもっと長引きそうな予感がする今日この頃。


 

 

 

「さぁ、いらっしゃい!条件競売が始まるよ!!競売品はそこの店で買ったばかりの、300万の鑑定書付のダイヤの指輪!落札条件は腕相撲に勝利!参加費1万ジェニー!さぁ、オークションスタート!!」

 

 威勢のいい八百屋さんの様に、臆する事無く言葉を並べ立てるレオリオに、言葉を聞いてヒートアップしていく観客(ギャラリー)達。そしてレオリオの隣では、木の机に肘を立てて腕相撲の態勢をしながら座る、少しきょとんとしているゴンの姿があった。

 

 そしてその横に静々と佇み、競売品のダイヤを持っているキルアの姿と、それを眺めさらに隣で壁際の木箱に座っている、私とミヅキがいた。

 

「中々盛り上がってるね~、流石ヨークシン。こんな突発的な競売にこぞって参加するなんてね」

「まあ内容も分かりやすいし、1万が300万のダイヤに化けるなら願ったり叶ったり。力自慢なら絶対にチャレンジするだろうね。なんせ、相手はただの子供にしか見えないしね」

 

 念能力者は、子供だろうと侮るべからず。

 大の大人を片手で吹き飛ばし、天空闘技場では200階まで相手を一発場外KOにしていたゴンの異名は『押出しのゴン!』って言われただけあるしね。見た目じゃ分からないけど、流石片手で2トンの試しの門を開けただけある。今だと念が使えるから、2の門(片方4トン)もいけるじゃないかな。

 

 後ついでに言えばゴンは強化系だから【硬】を使えばもっといけそう。まあ今の時点だとゴンもキルアもウイングさんから基礎しか教わって無いから、まだ応用は使えないけどね。そう考えると、裏ハンター試験を終わったハンター達はどうやって応用に手を出すんだろ。二人の修行を見た感じ、ウイングさんから応用の存在は【凝】くらいしか聞いてないみたいだし。武器を使わないなら【周】を使う機会も少ないだろうし。

 まあそういうのって、基礎をやっていく内に自然と発見して身に着くから〝応用〟って言うんだろうけどね。

 

「おおっと!いけるか?いけるか?はい負け~残念!次の方どうぞ~!!」

「よっしゃぁ!行くぜ!」

 

 ゴンのやる事は2つ。相手の顔色を窺いつつ、力加減を見て倒す。

 ゴンの腕力でやれば、そこらの一般人なんか指一本でもKo出来るからね。そんなんじゃお客さん来ないし、商売上がったりって奴だね。皆ドン引き確定だよ。

 

 しかしそんな事はしていないので、挑戦者は続々と集まり、既に100を超えている。ゴンが勝つ度に観客は湧き、さらなる意気込みを見せる挑戦者が現れる。

 

「ゴン疲れてそうだな。体力的にじゃなくて、主に気疲れが」

「いいんじゃない?傍から見れば汗だくで疲れてる様に見えるし」

 

 実際には冷や汗で、全く疲れて無いだろうけど。

 流石に旅団級の相手でも来ないと、ゴンがやられるなんて事はそうそう無いでしょ。

 

「宜しくお願いします」

 

 そう思っていたら次の挑戦者………………………だったんだけど、もしかしてさっきのでフラグ建ったの?

 次の挑戦者って、シズクじゃん。

 

 黒髪のショートカットに、黒ぶち眼鏡の女性は、確かに幻影旅団所属のシズク。必殺技は、具現化した掃除機を叩きつけてで相手を攻撃する『物理的掃除』!………………ネーミングに関しては私の心の中だけだよ。

 

 隣のミヅキも、ゴンと対面しているその光景に少々驚いた様だった。

 

「ヒノ、あれって旅団の一人じゃなかったか?確かシズクとか言ったな」

「そうなんだけど………………なんで来ちゃったのかな。もしかしてあのダイヤ欲しいのかな?………うん、まあありえるといえばありえる」

 

 よし、聞いてみよう。ていうか場合によってはストップかけた方がいい。

 お金稼ぎに競売してるのに、競売品取られたらその場でゴンとキルアの所持金が200万になるしね。というわけで始めようとしていたゴンとシズクの所にてくてくと歩いて行くと、シズクの方も気づいたのか、表情は変わらないけど「あっ」って感じで少し驚いたっぽい。

 

「あ、ヒノ。昨日ぶり」

「昨日ぶり、というかシズクこんな所で何してるの?今日は夜忙しいんじゃなかったの?」

 

 確か今日の夜にどっかの競売襲うとかクロロ言ってたと思うけど。全員参加だからシズクだけ置いてくってのも無いとは思うんだけどね。私の言葉に一瞬だけきょとんとした様なシズクだったけど、ふと思い出した、みたいな感じで説明する。

 

「もう少し時間あるから。あのダイヤいいなって思ってやろうかなって」

 

 すごいマイペースな発言。でもちゃんと時間は理解しているから、遅刻するって事は無いみたいで少しだけ安心した。

 

「ヒノの知り合い?」

「そうだけど……………ま、いいかな。二人共頑張ってね」

 

 そう言った後、レオリオの掛け声で二人は腕相撲を始めてしまった。

 いつの間にか隣に来ていたミヅキは、その様子を見ながら私に視線を向ける。

 

「いいのか?ゴンが負けたらそれこそ商売あがったりだけど」

「多分、ゴンの出した手に合わせたからだと思うけど、二人共右手で腕相撲してるでしょ?」

「そうだな。しかし………ほぼ拮抗してる感じだな。いや、ややゴンの方が上か」

「シズクって左利きなんだよね」

「そうなのか?………………ああ、なるほどね。だから普通に勝負推奨したのか」

 

 そうしている間に、シズクはゴンに負けてしまった。

 本来ならシズクの利き腕は左だけど、ゴンが右手をスタートポジションにして待っていたから同じように特に考えずに右手で勝負をしているみたい。左同士の戦いならともかく、念を使わない状態ならゴンの方に分があると思ったけど、とりあえずゴンが勝ってよかったね。

 

 今回初めて念無しだけど全力を出したのか、少し疲れた様なゴン。実際は超人同士の大激突だったけど、傍から見たら少年少女の微笑ましい一戦に見えたのか、ギャラリーは中々湧いている。

 私はゴンの隣まで歩き、肩をポンと叩く。

 

「お疲れ、ゴン。流石に疲れたでしょ」

「あの子ってヒノの知り合いだよね?一体どんな子なの?俺ギリギリで勝ったんだけど………」

「ああ、さっきのゴンマジ全力だったぜ。腕相撲の女世界チャンピオンか何かか?」

 

 念を使わない素の腕力なら、キルアの言いたいことも分かるよ。発想はすごいけど。

 ま、流石に今のが幻影旅団の一人とは考えないよね、普通。

 

「ふむ………よし!お集りのお客様!今よりボーナスタイムを行いまーす!」

「レオリオ?」

 

 急に声を少し張り上げて、レオリオは声高々に宣言する。集まっている観客も一瞬疑問符を浮かべた様だったが、次のレオリオの言葉に一斉に笑み参加を目論んでいた強者達は湧き立った。

 

「今より10分間のボーナスステージ!この場にいるこの少女(ヒノ)との腕相撲で勝利すれば、同様の競売品ダイヤを進呈します!ただし参加条件は一人3万ジェニー!ではオークションスタート!」

「ちょ、レオリオ!」

「頼むヒノ。ゴンにちっと休憩させてやってくれよ。かといってキルアやミヅキみたいな同じ同年代の男じゃボーナスにならねぇしよ。お前なら相手が誰でも勝てるだろ?」

 

 まあ確かにそうそう負けるつもり無いけど………………まあいいかな。さっきのシズク戦は疲れただろうし、今までの150人斬りでも結構気疲れもしただろうし、ここら辺で10分休憩もいいよね。流石に夜通し腕相撲しまくる、なんてのは無いと思うし。まあ一回1万で戦い続けるなら、最低落札価格89億まで何十万勝以上しないといけないけど。

 ていうか参加費3倍にも関わらず普通に参加希望が無駄に多い。参加費上げたらボーナスじゃ無くね?

 まあ問題無い。とりあえず今から10分間はゴンの代役。流石に代役を任された身で、負けるわけにはいかないね!気を取り直して!

 

「しょうがない、それじゃあ誰でもかかってこい!」

「じゃあ一番手ワタシね」

 

 そう言ってレオリオに1万ジェニー3枚を飛ばしながら机の前に座る私に対面する様に立ったのは、小柄な影。真っ黒い髪と、真っ黒い外套に身を包んだ黒ずくめの男は、細い目をいつもよりさらに細め、楽しそうに歪んだ様な表情で私を射貫いた。

 

 ………………………確かに誰でもって言ったけど、なんでフェイタンまで()りにきてるのさ。

 

 言っておくけどガチバトルじゃなくて、やるのは腕相撲だからね?

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

「ここはなぁ、てめぇみたいな若造が来るところじゃねぇぞ!ああぁん!?とっとと帰りなぁ!」

「いや、そう言われてもなぁ」

 

 強面をした黒服の男の恐喝紛いの様な大声に、年若い青年は苦笑いを浮かべつつ、どうやってやんわり切り抜けようかと頭の中で考えていた。

 

(今すぐ斬り捨てる………というのはさすがにやばんすぎるな。というかこの場所じゃ、逆に追い出されかねないし………………さてどうするかな)

 

 嘆息しながら、どうするかを考える。

 辺り一面黒服がざわざわとしているこの場所は、とあるビルの中。そしてそこに集まるのは、古今東西に蔓延り力を権威を持って君臨する、大小さまざまなマフィア達だった。

 

 ここはオークション会場。

 俗に地下競売(アンダーグラウンドオークション)と呼ばれる、マフィアンコミュニティ主催の裏競売。一般の目に出る事無い、様々な合法非合法、珍品名品と多くの曰く付きの商品が出品される会場。当然、参加者も基本マフィア達。さらにはここでの購入金額の一部がマフィアンコミュニティ上層部に送られるので、己の経済力や顔を売る場として、各マフィアの下っ端構成員に限らず大幹部や組長自ら来る所もあるという。

 

 そして当然ながら、マフィアなら必ずというわけでは無いが、一般より血の気の多い者達は多い。

 そんな一人が、マフィアの中でも少し浮き気味だった、年若い青年に突っかかっていた。

 

 青年、ジェイ=アマハラは、やはり苦笑いを浮かべて、この事態をどうやって切り抜けようか考えていた。

 

(問題を起こせばオークションに参加できないしな、さてどうするか………)

 

「おい、聞いてるのか!ああぁぁあがぁあ!?」

「おいおい、俺のツレに何か用かよ、おっさん」

 

 突然、ぬっとした影と共に、恫喝した男の肩に置かれた手がぎりぎりと力をわずかに籠めると、男は苦悶の表情を浮かべて驚きをあらわにする。

 後ろから現れた男は、一目で分かる程に、狂暴な見た目をしていた。

 190センチは超えるだろう巨漢。無造作な黒髪と顎髭に、所々傷のある顔にサングラスを掛け、煙草を加えた黒スーツの姿は、マフィアというよりかはヤの付く職業とも言えそうな見た目。基本強面の多いマフィアの中だとそこまで浮くわけでは無いが、その雰囲気は間近で見れば思わず委縮してしまいそうな程だった。

 

「お、お前はヴィダルのアドニス!てめぇ、俺が誰だと―――――」

「誰だよ、てめぇ。人のツレに絡んだただのおっさんだろ。そもそも、この場がオークション会場じゃなかったら、おっさん一瞬で潰されてるんだぜ?なぁジェイ」

「ひでぇ、俺別にそんな血の気多くねぇよ」

 

 ただしアドニスと呼ばれる男の言葉に偽りは無い。事実念の使用の有無など無くとも、ジェイに勝てるマフィアなどそうはいない。多少念が使える程度であれど、ジェイの練度は高い。それこそ、一瞬の間も無く目の前の恫喝した男を細切れにできる程に。

 しかし男はそんなジェイの実力云々よりも、その名前にピクリと反応した。

 

「な、ジェイだと!?ま………まさか、お前〝天國屋(アマクニヤ)〟のジェイか!あの超一流の鍛冶師でマフィアの中でもその作品に大勢のファンがいるっつぅ!?頼む、お……俺に一本刀を打ってくれないか?」

「悪いな、生憎と今日ははただのオークション参加者。仕事は無しで頼む、アド行こうぜ」

「ま、お前がいいなら別に構わねぇけどよ」

 

 急に態度が変わってペコペコした男と別れて、ジェイはアドニスと2階にある適当なソファで寛いだ。まだ時間は早く、オークション開始まであと数十分。

 

「それにしてもお前よく絡まれるよな。なんでだ?見た目が弱そうだからか?」

「ホントひでぇな。まぁ確かに俺くらいの年の奴がいる事なんてそうそうねぇだろうけど」

 

 一応黒いスーツで正装はしている物の、ジェイはまだ19、未成年。流石にマフィアの中では浮くのか、しかもこの場にいるのは立場の強い者が多い。マフィアによっては実力主義、年齢は関係無いという者も確かにいるが、中年のマフィアになると若い者を舐める傾向も多い。だからか、ここに来るまでジェイは割と絡まれる。ま、たいていが隣のアドニスが睨みつけて、穏便(?)に撃退しているのだが。

 

「それにしても大御所も中御所も小御所も多いな。カルップファミリーにカーラーファミリー、ノストラードにアルバンスにネルド。マフィアのバーゲンセールだ」

「マフィアのあんたが言うかよ。それに小御所って、それもはやただのマフィアだよな」

「まあな」

 

 カラカラと笑うアドニスに、ジェイは苦笑を浮かべつつも、楽しそうに笑う。続々と増えていく黒服のマフィア達。着々と、オークションの時間は迫っている。

 

「にしても、中々の粒がいねぇな。マフィアって言うくらいだから、もっと腕に自信のある奴がいてもいいと思うんだけどよぉ、ちっと残念だな」

「暴力沙汰は起こさないでくれよ。ハルさんに怒られるのは御免だぜ?」

「ははっ!組長には迷惑掛けねぇよ。そうだな………おっ、あいつらとか中々強そうじゃねぇか?」

 

 ちらっと見た先には、1階のロビー。今しがた入って来たであろう二人組。どちらも当然の様に黒いスーツと黒いサングラスをしているが、片や野性味溢れる様な大柄な巨漢に、片や、やや場にそぐわない優し気な微笑を浮かべる青年と、変わった組み合わせの男達。その様子をジェイもちらりと見たが、少し驚いた様だった。

 

「………へぇ、本当だ。確かに他のマフィアとは違う、ああいうのもいるんだな。ちょっと意外」

 

 歩き方や佇まい、流れるオーラが、確かに一般とはレベルが違う。

 しかし少し驚きつつも、ジェイはすぐに興味を無くした様にソファに座りなおす。別段アドニスの様に戦いを求めるわけでもないし、ジェイとしては刀の一本でも持っていれば興味を引いたかもしれないが、素手っぽい二人には特に気にならない。

 

 故に、おとなしく待つ。

 

「さてと、オークションはまだかな」

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

「勝負はいいけど、フェイの事だからどうせ、念能力無しでもオーラはありでやるって言うんでしょ?」

「良く分かたね。ただの腕力勝負なんてどうせワタシ勝つし面白く無いよ。ならオーラありの方がいいね。ダイヤよりヒノと戦う方が有意義」

 

 にぃっと目を細めて笑うフェイタンは、とっても楽しそう。流石旅団で一位二位を争う戦闘狂。まあ今からやるのは腕相撲なんだけど。聞けばシズクやフランと一緒にたまたま通りかかったらしい。競売自体興味無かったから、シズクが終わったらそのまま去るつもりだったらしいけど………………

 

「それで、私がやるって事で参加しに来たってわけなんだ」

「フランもやりたい言てたけど、組めないから諦めたよ」

 

 そりゃそうだ、私とフランじゃ大人と子供以上に体格に差がありすぎるからね。バスケットボールもフランが持ったらテニスボールサイズに見えるくらい違うよ。

 あと能力の使用は当然禁止。私は言わずもがな、フェイは広範囲殲滅タイプの念能力だから当然の如くやってられないね。そもそも発動条件が、フェイタン自身がダメージを負う事だし。

 

 私とフェイタンが互いの木の机の上に肘を立て、掌同士で組む。左腕は拳にして机の上に置き、準備はできた。

 

「では!ボーナスステージ勝負!初め!」

 

 

 

 レオリオの掛け声の瞬間、爆発するような念の奔流が弾けた。

 ヒノとフェイタン、互いにオーラを籠めて、力を振るう。圧倒的な暴力は、拳一つで安易に人を薙ぎ払い、大地を砕く様な威力を発揮する。肩から肘を通り、腕と手に籠められたオーラは、【硬】の様に念の嵐を身に纏い、互いに相手を叩き潰さんと発揮する。

 腕相撲勝負は、ただの戦闘と違って攻撃や防御なんて気にする必要が一切無い。故に、攻撃に全力を籠められる。相手の腕を倒すという、ただ一点に籠めて。

 

 フェイタンの腕力は、人外集団旅団内でも上位に食い込む。シズクの左腕でゴンと同等と過程すれば、旅団は完全に化け物のレベル。多分試しの門で3の門を開いたキルアでも苦戦するレベルになるだろう。それを、互いに念を使用すれば、熟練度と顕在オーラ量の高い分だけフェイタンとキルアなら、フェイタンが圧倒的な勝利を得る事になる。

 

 ただの一般人では話にならない。並みの念使いでも話にならない。

 そこに立つには、並みを超えた圧倒的な怪物達で無いと前には立てない。

 

 だが、目の前に立つのは、ただの少女と言うには、聊か異質過ぎた。

 

 

 ドオォ!

 

 

 互いに机を破壊しない様な倒し方をしているが、力の籠め方は超一流。

 その勝負は、一瞬の膠着も無く決着が着いた。

 

「はい!勝負あり!残念だったな兄ちゃん!次の機会に頑張ってくれ!」

 

 他の客と同じ様に、テンションの高いレオリオの声が時を動かして、フェイタンは自分の右腕の甲が机に着いているのを再確認した。少しだけ目を見開いて見たと思ったら、用は済んだとばかりに、ヒノに背を向けて去って行ってしまった。

 

 人ごみをすり抜けて、待っていたフランクリンとシズクの元へとやってきたら、フランクリンは呆れた様な表情をしていた。

 

「戻ったか。そろそろ時間だから、寄り道してる暇ねぇだろ」

「ヒノ出てきたら先に戦いたい言てたお前に言われる筋合い無いよ」

「まぁな。お前はいいなぁ、ヒノと腕組める体格で」

「それ遠回しにフェイタン小さいって言ってるよね」

 

 悪意の無いシズクの発言に、フェイタンは殺気を漲らせてフランクリンを見つめるが、素知らぬ顔で明後日の方を向くフランクリン。実際にフェイタンの事を馬鹿にしたわけでは無く、自分と違ってヒノと腕相撲ができる程一般的な体格をしている事を羨ましがっただけなのだが、シズクの発言が絶妙に余計だった。

 悪気が無い分タチが悪い、このままでは仕事場に行くまでフェイタンの殺気の視線で体に穴が開きそうだ。なので咄嗟にフランクリンは話題を変える事にした。

 

「で……でよぉ、フェイタン。ヒノはどうだった?正直いくらヒノでも、能力無しでお前が負けるとは思わなかったから驚いたぞ」

「あ、確かに。ヒノが能力使ったらウボォーも負けるもんね」

 

 ヒノの【消える太陽の光(バニッシュアウト)】は相手の念を消し去る。つまりヒノと真面目に腕を組んで能力推奨腕相撲をすれば、対戦者は念の恩恵無しの素の腕力で、念の強化ありのヒノと戦わなくてはならない。非能力者と念能力者の差は歴然。一度旅団内で何人かが能力を使ったヒノに興味本位でオーラ全開で挑んだが、成す術無く倒されたという。ちなみにクロロも入っている。

 

 だが、今回は能力無しの純粋な念同士による戦い。しかし、フェイタンは負けた。

 

 腕力なら勝っている。つまりフェイタンがヒノに負けた敗因は――――――――

 

「顕在オーラ量、少し予想外だたね。抵抗でき無かたよ。あれ………本当に人か?」

「「………………」」

 

 そう言ったフェイタンの言葉に、この場で即座に否定できる者は、誰もいないのだった。

 

 

 

 

 

 

 




過去、能力ありのヒノとの腕相撲に興味本位で挑んで、クロロ、ウボォー、フィンクス、シャルナークは吹き飛ばされた。シャルナークが一番飛んだ


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第48話『不可能じゃ無い任務』

8月31日(月)ヒノ、旅団と再会
9月1日(火)ヒノ、ゴン達と再会→腕相撲競売、地下競売開幕!←今ここら辺

ヒノ「現状は多分こんな感じ!」
ミヅキ「原作だとマチがヒソカに伝えた集合時刻がが8/30なのに、8/31に皆集まったという妙な矛盾がある感じらしいから、ここじゃ8/31に合わせたよ」
ヒノ「その為こっちでもマチの伝令が8/30で描写していたので8/31に直しておきました」
ミヅキ「当然だね」
ヒノ「一応日付はどっちがどっちでも内容的には問題は無いから!」
ミヅキ「よろしく」




 地下競売(アンダーグラウンドオークション )には非合法なもの、違法なものも多く出回るが普通に名品珍品も出店される。今回ジェイの目的はこの競売に出るとされている一本の刃物が目的だ。

 

 ヒノとミヅキの義兄であり、稀代の鍛冶師、一ツ星(シングル)(ブレード)ハンターであるジェイ=アマハラの今回の目的は、当然の如くとある曰く付きの名刀。世間一般では人の生き血を啜る、とでも形容されそうな刀。一般的な表のオークションではまず出る事の無いこの刀が、ジェイの目的。

 

 しかしジェイの様な一般人(?)がマフィアの主催するオークションにそう簡単に参加できるわけでも無いので、知り合いであるマフィアに頼ってここに居るという。

 そしてその知り合いである、マフィアというよりヤクザと言いたくなるような見た目の男、アドニスは、オークション会場を見渡してやや気怠そうな表情をしていた。

 

「あー、正直面倒だ。誰かそこらで喧嘩でもおっぱじめねぇかな」

「物騒な事言うなよアド。ここは色んなマフィア合同の場なんだから、そんな事したら出禁になるじゃねぇかよ」

「つっても、俺はオークションには興味ねぇしよぉ、オメーの頼みじゃなきゃ面倒で来なかった所だぜ」

「その点はありがたいね」

 

 マフィア主催のオークションと言っても、マフィアの全員がこぞって参加するというわけではない。それでも、ヨークシン在住のマフィアに限らず世界各国にいるマフィア達はこの日のオークションが目的でヨークシンに集結するのも事実。

 会場内には既に多くの黒服のマフィア達が多くいるが、このオークションイベントは一つのマフィアにつき3名までが競売参加可能が条件。それを踏まえれば、このオークション会場だけで実に何十何百というマフィアが集まっている事だろう。

 

「みんなして目をぎらつかせて。マフィアってみんなこーなのか?」

「多方コミュニティーに名を売って株を上げたいんだろ。買った品物の5%が上納金として支払われるからな。それに周りにいるのは幹部やボスばかりだ。正直ご苦労なこったな」

「へー、あいつら幹部やボスなんだ。それなのにハルさんは来ないのか?」

「ハッハッハ!組長は競売なんかに興味なさそうだしな。それにオレ達のファミリーはたいして有名じゃねえからいいんだよ」

 

 ハルと呼ばれる人物は、ジェイの顧客でもある、アドニス所属のヴィダルファミリーの組長(ボス)。3人までオークション参加の条件により、ジェイとアドニスの他もう一名まで連れてこれるが、あまりオークションに魅かれなかったのか2人だけの参加となっている。

 

 ただアドニスは無名と言うが、それは本人が名声に興味の無いだけで、ヴィダルというマフィア自体はそこそこ有名だ。穏健派、それにヴィダルのボスには、もう一つ顔がある。

 

「お、そろそろか」

 

 しばらく待っていたが、前方のステージのマイクの前に、二人の男が現れた。マフィアのオークションの司会らしい、顔に無数の傷のある大男に、対照的に目つきの鋭い小さい男。二人は黒いスーツを着、その姿は只者で無いという印象を与える。

 しかしそれも―――――――――当然だった。

 

「皆様ようこそお集まりくださいました。それでは堅苦しいあいさつはぬきにして――――――」

 

 鋭い視線とは裏腹な柔らかい言葉。瞬間、後ろの大男の身に極大の念が纏われた。

 

 

「くたばるといいね」

 

 

 【俺の両手は機関銃(ダブルマシンガン)】!!

 大男、フランクリンから放たれた念弾が、参加者達を撃ち抜いた。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 幻影旅団、フランクリンの念能力【俺の両手は機関銃(ダブルマシンガン)】は単純明快、両手の指の先より念弾を放出する、放出系の念能力。しかしその威力は元より並外れていたが、フランクリンの「この方が威力が上がる気がする」という理由により指先を切り落とし、着脱可能の銃口の様に改造した事により、その覚悟が彼の能力を飛躍的に向上させた。

 一発一発が人の頭を容易に吹き飛ばし、多少の念の防御など関係なしに貫通し、人々を絶命させる。オークションが始まり僅か十数秒で、この場にいた数百の人間は、見る影もない肉片と血の塊となり果ててしまった。

 

 破裂音が収まる頃には、生者はは誰もいない。

 それをステージの上から見届けた、フランクリンとフェイタンの二人だけとなった。

 

 何人かの人間もなんとか念弾から逃げ延びたが、扉の向こうで追撃され命を落とした。会場内の人間の死体は全て、シズクの念能力で具現化した掃除機で全て吸い取り、わずかな生き残りを始末した今、会場内の人間は旅団を残して全ていなくなってしまった。

 

「あっけねぇな」

「………………!上に二人いるよ」

「「!!」」

 

 フェイタンの言葉に反応して、少し驚いた様なフランクリンとシズクは天井を見上げた。

 

「おいおい、オークション楽しみにしてたの、どういう状況だよ」

「こりゃ予想外の自体だな。しゃーねえなぁ、ジェイ、今回は諦めるんだな」

 

 一人は顔に傷のある、サングラスをかけた大柄な男。同様の黒いスーツを着崩しながら、天井に片腕をめり込ませて、天井からぶら下がっている男アドニス。そしてもう一人は少し若い青年。色素の薄い黒髪が天然パーマの様にくせっ毛となっている男、ジェイ。こちらは異常にも、天井に脚裏をしっかりとつけて、平然と逆さに立っていた。

 

「へぇ、意外だな。マフィアの中に、俺の念弾を避けるやつがいるとはな」

「よかたよ。ワタシの出番ないと思てたね」

「いや、すぐ終わる」

 

 フェイタンが飛び出すよりも早く、フランクリンが片手を掲げたと同時に、大量の念だが放出された。まともにぶつかれば肉片確実な連撃。その連撃に対して、ジェイは逆さの状態のまま天井を疾走し、アドニスもくるりと反転して天井を蹴り、その場をすぐに移動した。

 

「逃がすか!」

 

 念弾で再び追撃するが、霞の様に縦横無尽に天井を駆け抜ける二人の足跡に当たるのみ。いくら一発一発が大砲の如きフランクリンの念弾と言えど、当たらなければ意味が無い。

 走り出して避ける二人を追撃する様に両手で念弾を放出するが、悉く躱される。しかし同じ旅団級の猛者であるならば、それもできなくは無い。少し楽しく感じてきたのか、口角を上げるフランクリンは、念弾の嵐の中にきらりと何かが光った様な気がした。

 

(なんだ、あれは――――――「フラン!」――――!?)

 

 目の前で仲間の手が見えた。

 【凝】によりオーラを纏うフェイタンの手が素早く、フランの眼前に迫る〝何か〟を弾いた。甲高い金属音を一瞬出しながら弾かれたそれを目の端に捉え、フランクリンは驚き目を見開く。

 

(あれは――――――念の刃!?)

 

 すぐに大気中で霧散してしまったが、確かにあれは、オーラを変化して作られた刃の様な物。だが、それだけじゃなかった。

 

「フェイタン!前!」

「!?」

 

 もう一人、シズクの言葉で咄嗟に、迫る2()()()()()()()を確認したフェイタンは、身を捻る様にして躱すが、僅かに頬からたらりと血が垂れた。

 

「大丈夫か、フェイタン!」

「問題無いね。少し腹立つだけよ」

 

 それってやばくない?

 

 そんな事を考えるシズクだが、それもしょうが無いと言えるだろう。

 フェイタンの念能力は、彼が深手を負って激怒した時に発動するという、色んな意味でエマージェンシーな能力。しかも怒髪天を突いた状態の能力発動に、加減という文字は一切存在しない。しかも無駄に広範囲に大打撃を与えるので、近場にいれば仲間だろうと眼中に無いというはた迷惑ぶり。

 嘗て旅団のメンバーは、フェイタンの能力を間近で見学しようとして死にかけた事があるという程だった。

 しかし、今回はまだそこまでじゃないという事なので、シズクとフランクリンは内心ほっとしたのは内緒である。

 

 体内の念容量が割りとあるフランクリンだが、相手の反撃もあった事もあり慎重を少し重ね一度手を止めた。

 不可解とは言わないが、思っていたよりも相手を舐め切っていた事は否定しない。しかし念弾の隙間を縫うようにして放たれた二刃は、並みの念能力者にはできない芸当だろう。一矢報いる、なんてレベルでは無く、確実にこちらを行動不能に追い込もうとする一撃……いや二撃だった

 

 立ち込め粉塵。もしかしたら肉片になっているかもしれないと僅かに考えたがその可能性はすぐに捨てる。ピリピリとこちらを突き刺す様な、気配が立ち込める。粉塵が、僅かに揺らぐ………………瞬間、粉塵の中から跳び出す様にして迫る相手の一人アドニスは、壁を蹴って一足で肉薄。手近にいたフェイタンに向かって、拳を振り下ろした。

 

「おらぁ!」

 

 

 ドゴオオォ!

 

 

 その攻撃を、フェイタンは紙一重で躱し、飛び跳ねる様に速度を上げて一瞬で距離を取る。めり込んだ拳は床を凹ませ穴を空け、当たらなかった事にアドニスは残念そうに、手をばきりと鳴らした。

 

「大丈夫?フェイタン」

「一瞬、ウボォーと似た匂い感じたよ。多分強化系ね、あいつ。まともに喰らうのは得策じゃないよ」

「じゃあウボォーに任せるか?そろそろ戻ってくるだろうし」

「まぁ、それもありね………」

 

 旅団内では一応非戦闘員枠に入るシズクを自分達の後ろに下がらせつつ、フェイタンとフランクリンの二人は自分達の攻撃を躱して尚且つ反撃して来た男達と相対した。

 

「で、お前達は何者だ?別のマフィア………てわけじゃなさそうだな」

「幻影旅団だよ」

「いや、はっきり肯定し過ぎだろ………………」

 

 別段隠すような事なので構わないが、特に躊躇いなく即答するシズクに対して、フランクリンもフェイタンも若干呆れた空気を出す。しかしその言葉に、アドニスもジェイもぴくりと反応した。アドニスは兎も角、ハンターであるジェイは無論聞き覚えのある名前。

 

「旅団って言えば、噂のA級賞金首集団か。マフィア狙うとは、イカれてるとしか言いようが無いな」

 

 この地下競売を狙うという事は、ここに関わる全マフィアを敵に回すと言う事。ヨークシンだけでなく、世界に根を張るマフィア達相手に自殺行為とも等しい行いだが、それをするだけの実力と、歯向かう奴らを叩き伏せるだけの暴威を持つ集団、それが幻影旅団。この者達の前に、マフィアの報復という言葉は、道端を歩く蟻より興味の無い言葉だろう。

 

「アド、どうする?このままトンズラこいたほうが楽なんだけど」

「皆殺しの命令だから、てめぇらは逃がさねえぜ」

「だ、そうだ。あちらさんはそう言ってるからな。さてどーしようかねぇ」

 

 そう言っているが、アドニスは実に楽しそうに笑っている。獰猛な獣の様な笑み。戦う事が楽しくて仕方が無いという、典型的な戦闘狂(バトルマニア)の笑み。しかしジェイは別段そこまで戦う行為に意欲的というわけでも無いので、この状況をどうしようかと、嘆息しながら思案するのだった。

 

 そしてそんな思いが通じたのか、入り口から声がかかった。

 

「おーい!3人共撤収!戻って来てくれ。もう準備の方は済ませてるから」

 

 会場内に響く大声。その方向を向けば、優男の様な風体をした青年が手を振りながら3人を呼んでいる。十中八区旅団の仲間であろう青年の言葉に、フランクリンは訝し気に声を上げる。

 

「2人残ってるがどうする、シャル!」

 

 呼ばれた青年、シャルナークは、その言葉に3人と相対する2人の男を見て、驚いた風に少し目を見開いた。まさか、少し大雑把な作戦だけど旅団の攻撃に対して生き残る者がいるとは思わなかったのだろう。確かに一斉に数百の人数を攻撃した事により、多少の〝穴〟から数人会場を脱出できた者もいるが、取りこぼしもうまく()()して最終的には全員殺された。マフィア程度、と侮っていた事は事実だが、まさか2人も生き残るとは想定外。が、最悪の事態ではない。あくまで、少々驚いた、くらいだった。

 

「ほっといていいよ!どうせ俺達の事は後でバレる予定だ。それよりそろそろ異変に気付いたマフィア達が集まってくるから、一旦移動するよ」

 

 今回の作戦は全員参加ではなく、何人かはアジトに残り、クロロもその中に入る。その為、現場指揮に関して一任されているシャルナークは、今後の予定を頭の中で再編成しつつ、すぐに引き上げる旨を伝えた。

 好戦的な方であるフランクリンやフェイタンはやや不服そうだったが、シズクがすぐに出口に向かうのを見て、自分達も同様に会場から出ていく。

 

 後に残ったのは、何も無い会場に立つアドニスとジェイの二人だけだった。

 

「で、どうするアド?」

「そうだな………………ちょっとあいつら追いかけようぜ」

 

 にやりと笑う、悪どい笑みを浮かべるアドニスの顔には、ジェイにはあっさりと看破できる〝戦いたい〟という言葉が張り付いていた。その顔を見てジェイは止めるのは無駄と思い、嘆息して事の成り行きを身に任せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

♪~♪~

 

「あ、電話だ。ちょっと出てくる」

「わかった」

 

 ミヅキにそう言って、今だ腕相撲大会をやっているゴン達を置いて少し離れる。ここは今人ごみがやがやだから少し騒々しいしね。そんなわけで適当な路地裏に入って、携帯の画面を見てみると………クロロ?今まさにミッションインポッシブル中じゃなかったっけ?さっきシズク達もいたし、旅団の仕事って本当に毎回成功してるのかな?

 

「あ、もしもしクロロー?」

『やあ、ヒノ。今いいか?』

「別にいいよ。友達の金策手伝ってただけだし。それでどうしたの?指揮系統が破綻したから吊るし上げ回避に隠れ家でも提供して欲しいの?」

『どこの誰の事情だよ。そんな理不尽な状況は一切存在しない。聞きたい事があるんだ』

 

 なんだ違うのか。旅団メンバーならいざという時にクロロ吊るし上げだって容赦無く(ほぼ悪ノリで)やりそうだと思ったのに。基本クロロの命令絶対だけど時と場合によって(ケースバイケース)では割とフリーだしね。まあそれは兎も角として、

 

「聞きたい事って?」

『ミヅキは、俺達の情報を売る様な奴か?』

「――――――!」

 

 その言葉に、思わず次に言おうとした言葉を止めてしまう。

 わざわざ電話で聞いてくる、しかも仕事中。その真意は何か?

 

「もしかして旅団的にピンチ?例えば罠が張られていた、予定の場所にお宝が無かった、待ち構えられていた、とか」

『中々察しがいいな。詳しい事は省くが、確かに狙った場所にお宝が無かったのは事実だ。それを踏まえた上でもう一度、問いたい。ミヅキは、俺達の情報を売る様な奴か?』

 

 クロロの言いたい事も分かる。

 旅団とミヅキは、ほんの昨日初めて会ったばかり。自分と他人が出会えば、たった一日で何もかも信頼できる、なんて言えるわけが無い。他人から信頼を得るのは難しい。人によっては他人とでも直に信頼する事もあるけど、それは人による信頼の得方があるから。

 

 初めてミヅキに会い、次の日の仕事で予定外の事態が入る。予定外とは言ってたけど、それ自体は旅団的に多少の変更だけでそこまで重用する事じゃないらしい。けど、作戦にの進行予定がズレたのは事実。

 確かに、この状況でミヅキに疑いの目を向けるのは分かる。

 

 けどそれは裏を返せば、私の事は信頼してくれてるって事かな。それは素直に嬉しい。

 そしてミヅキの事だけど、確かに場合によってはお金と戦う事が好きな場合が結構ある。………これだけ書いたらとんでも無い兄だね。いや、実際は別にそこまで執着しているわけじゃないよ?あ、本とか新聞とか情報集めるのも結構好きだった。

 

 で、結局の所ミヅキが旅団の情報を売るかと言えば――――――、

 

「ていうかそもそも私もミヅキもクロロ達がどこ襲うとか知ら無くない?」

『………………………』

 

 割とシリアスな雰囲気で言った手前、クロロ返答が黙ってしまった。

 よく考えたら私達ヒソカが来る前に帰ったしね。精々今日の夜競売襲うって事くらい。それだけで情報リークしようと思ったら、はっきり言ってキリが無い。夕方以降にヨークシン都市内でやってる競売(オークション)なんて、表裏合わせればいくつあると思ってるの?正直分からないし、大手や小さい所と分ければさらに多い。そんなところに一個ずつ情報送るって、はっきり言って面倒としか言いようが無い。

 しかも作戦計画書とか分かるならまだしも、知らない一般人から「旅団襲いますよ」って言われてどうしろって言うの?

 

 結論………………どうしようも無いです。

 

『というわけで、何をしているか知らないがそっちも頑張れ。じゃ』

「ちょ、クロロー」

 

 プツリ!

 

 言うだけ言って切れてしまった。子供かあの人。

 

「おかえりヒノ。誰からだった?」

「クロロからだった。なんか妙な事口走ってたよ」

 

 さりげなくいきなり切られた仕返しに少し事実を曲解して伝えておこう。

 

「あとは明日会いに行く時はお菓子作って持って行ってあげようと思ったけど、クロロの分は半分にしてやろうっと!」

「半分は持って行ってあげるんだ」

 

 そうこうしていると、ゴンとキルアとレオリオもこっちに来た。時間も時間だし、そろそろお開きにするらしい。もう少しすれば、日付も変わりそうだしね。明日は………とりあえず結果でも聞いておこうかなっと。

 

 

 

 

 

 

 




今頃ウボォーが暴れているはず。


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第49話『必然と偶然の分岐点』

50話かと思ったら、途中でキャラ紹介が入っていたのでまだ49話でした。


 

 

 まず用意するのは砂糖!そんじょそこらの砂糖では無く、ヨークシンの競売市で朝早くから主婦達がオークションする程に大人気のヨークシンシュガー(そのまんまだね)!詳しい事は省くけどヨークシンで手に入る一般的な砂糖の中ではトップクラスらしい。無事に手に入れました。

 そして水!ヨークシンのとある一角にある水競売で料理人達が競い狙っている、どっかの山の天然水!詳しい事は省くけどとりあえずかなり美味しい水らしい!

 

 共に比率良く煮詰めて、はいできた!カラメルソース!

 そして次に用意するのは、本日のメインディッシュのクモワシの卵ー!やっぱこれだよね。そしてあらかじめ温めておいた、ここらへん省略していい感じの牛乳と一緒に砂糖も混ぜる。一緒にじゃないよ、順序良くだよ。後泡立たない様にも注意だね。

 後は定番の型に流し込んでオーブンにイン!そして焼き時間省略してそのまま冷蔵庫へゴ―!

 

「ふぅ、後は冷やすだけっと」

「何今のふわっとした曖昧な料理教室。はっきり言ってわけわからん」

「あ、ミヅキおはよー」

 

 なぜか知らないけど呆れた様な表情をしているミヅキ。既に身支度を整えて、どこにでも行けるぜ!状態でダイニングに入って来た。

 

「それで、こんな朝から何してるの?」

「プリン作ってた。後2時間くらいしたら食べてもいいよ」

「いや、そうじゃなくて」

 

 だとしたら一体何を?あ、朝ご飯作って無いや。そろそろゴン達起こして食べないとね。

 じゃあ残りのクモワシの卵でハムエッグを。クモワシの卵マジ万能。いや、他にも卵あるけど。

 

「ああ、もういいや。それより僕は出かけて来るよ。ヒノ、携帯貸して。代わりに僕の使っていいから」

「それは良いけど、どうしたの?」

「いや、充電切れたんだ。今充電中だから、ヒノが出る頃には回復してると思うし」

「ちゃんと充電して無かったんだ………………」

 

 これが今まで携帯を持った事無い輩ですか。まあ別に構わないけど。

 ポケットの中の携帯を放るとうまくミヅキはキャッチして、そのままひらひらと手を振って出て行ってしまった。

 

 さて、それじゃあ朝ご飯と………………ミヅキと話している間に、とりあえず完成!ハムエッグ美味しいよね。後は味噌汁!味噌汁美味しいよね、私は豆腐派。それと白米は必須だよね。

 

「あ、いい匂い!ヒノおはよ!」

「ゴンおはよ。キルアは………ああ後ろ。おはよー」

「はよー………ふわぁ」

 

 朝っぱらなのに元気なゴンと対照的に、今だ眠そうなキルアは後ろから現れる。いつもひねくれた髪が今日は一段とくるんとしている気がするよ。寝ぐせ?

 

「レオリオは?」

「まだ寝てるのかな?」

「ゴン、上から飛び乗ってやれ。絶対面白い起き方するぜ」

 

 くくくと笑うキルアだけど、その起こし方結構やばいらしいからやめた方がいいと思うよ。いや、でも今のレオリオならかなり頑丈そうだから大丈夫かな?しかし小さな子が父親を起こすような定番のやり方をゴンがやると結構破壊力的にくるんじゃないかな。強化系だし。ま、ゴンなら普通に起こすと思うけど。

 

 その後、レオリオの叫び声が一瞬聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

「それで、今日も朝から腕相撲するの?」

「まあな。まだ予定金額もねぇし、他の方法も思いつかねぇしな」

「ギャンブルは?」

「一発当たればでかいんだけどなぁ。できればやりたい所なんだけど―――」

 

 そう言いながらちらっと隣を見れば、そんなキルアをじっとりとした目で見るゴンの姿。ああ、そういえば 一回未遂、ていうかギャンブルで500万消し飛ばしたんだっけ。そりゃゴンもお怒りだ。

 

 朝食も終わり、レオリオはソファに座って新聞を見て、私とキルアとゴンは食卓のテーブルに着いて今日の予定を建てていた。といっても、昨日の続行でゴンの腕相撲大会するみたい。でもあれだけ派手に暴れたらもう挑戦者こないんじゃないの?200人斬りとかしてたよこの子。それともキルアと交代?まあレオリオも何か考えているらしいけど。

 

「レオリオなんか面白いニュースやってる?」

「そうだなぁ、あちこちオークション情報はあるけど、これといってパッとしたのはねぇな。今はヨークシンにマフィアが集まってるから、ドンパチした事件とかならあるが」

 

 てことは、表立って地下競売襲撃の件はニュースに無いんだ。うまい事揉み消したのかな。流石に非合法の地下競売襲撃!とか新聞に載せられないよね。

 ううむ、やっぱり金策するにしても、新聞に載ってる情報じゃまともな数億単位の利益なんて出無さそうだね。

 と、考えていたら、そろそろいいかな?

 

「あ、そういえばプリンあるけど食べる?今朝作ったの」

「今朝って、どんだけ早起きしてんだよ………」

 

 キルアが少々呆れた様な感心した様な微妙な表情をしている。日中は予定があるからしょうがない。旅団の所に行くつもりだったから、朝作らないとね。早いと言っても作ったの6時くらいだよ?まあ食材調達に5時くらいの競売行ったけどね!結構面白かった。

 

「あ、せっかくだしアラモードにしよう。クリームとサクランボあるからホイップしてからサクランボ一つ乗っけよう」

「やった!」

「ゴンは呑気だなぁ。あ、俺サクランボ2つな」

「はいはい」

 

 カシャカシャとクリームを泡立てる。普通にパックのしか無かったから今作るけど、まあそう時間はかからないよね。これぞハンター的身体能力任せのクリーム調理術!普通に高速でクリーム混ぜてるだけなんだけど。

 そんな時、対面に座っていたゴンが少し腰を浮かせた。

 

「あ、ヒノ頬にクリームついてるよ。ちょっと止まって………………ほら取れた!」

 

 そう言って、私の頬のクリームを指で拭い、ついたクリームをパクリと食べてしまった。純粋に爽やかな笑顔をして。

 

 ………………………………///!?

 

「ゴン、お前ってなんかすげーな」

「突然どうしたのキルア?」

「いや、なんでも無い」

 

 少々驚いた様に、というか若干呆れ気味なキルア。よく呆れますねキルア。確かに今の動作は中々の破壊力でしたよ。ええ、ほんと………………ちょっと吃驚しちゃった。

 

「………?どうしたのヒノ」

「いや…………別に」

「え、何?お前照れてるの?照れてんのか!?マジで?お前も一応照れるんだな、正直意外だ。へぇ~」

「………………キルア今日の晩御飯は蟹の殻」

「マジすんませんでした」

 

 食事を掴む者が家の中で一番強いのだった。

 そんな様子に聞き耳を立てていたレオリオは、触らぬ神に祟りなしとばかりに、知らんぷりをして新聞へと一心不乱に目を通すのだった。

 

「美味しいね!」

 

 そしてゴンは無邪気に、プリンを食べるのだった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 腕相撲をするゴン、キルア、レオリオと別れて、私はプリンを持って旅団のアジトに来ていた。相変わらずボロボロの仮アジトである廃ビルに脚を踏み入れると、少しだけを顔を顰める。

 

「これって………血の匂い?」

「ん?ヒノか、よく来たな」

 

 部屋の中央程で座って相変わらず読書をしていたのは、黒ずくめの団長フォームのクロロ。読んでいた本をパタンと閉じる。周りを見て見れば、ちらほら誰かがいる、パクにコルに………………あ、ヒソカいる。そしてすぐにこっちに気づいた。

 

「やぁ、ヒノじゃないか♥久しぶりだねぇ♥」

「ヒソカ久しぶり。そういえばいたの忘れてたよ」

「あはは、相変わらずひどいね♠」

 

 うん、割と本気で忘れてた。ていうかクロロ、旅団の情報が洩れる時があったらきっとヒソカが原因だと思うよ。確証は無いけど、旅団員の過半数の賛同は得られる自信あるよ。そん自信は、ヒソカ自身にもあるみたいだけど。

 

「クロロ、皆は?」

「時間も時間だし、どこかで昼食でもとってるんじゃないか?」

「そこは把握してなよ。旅団の団長の威厳が回復するかもしれないのに」

「いや、そんなに落ちていないと思うんだが」

 

 私の中ではクロロの威厳は昨日少し下がった。原因は電話をすぐに切ったから!掛けてきた来たのはクロロの方からだけど。

 

「あ、プリン作ってきたけど食べる?パクもコルもー」

「わぁ♥まさかヒノが僕の為に手料理を振舞ってくれるなんて♥僕はついてるなぁ♦」

「………………まあヒソカの分もあるからいいけどさ」

「ヒノ、あんまり優しくするとつけあがるわ。後いただくわ」

「いただきます………うまっ」

 

 持ってきていたクーラーボックスヒソカもパクもコルもとり食べ始める。表情を見るに、中々美味しくできたっぽい。

 

「それじゃあ俺も」

「あ、これクロロの分ね」

 

 そう言って一つだけ容器の違うプリンを渡す。若干訝し気だったクロロだけど、普通に受け取り食べようとして、その手が止まった。

 

「………………ヒノ。見間違いじゃ無ければ、プリンがカラメルの底に沈んでいるんだが」

「そりゃプリンが半分しか無いからね」

 

 型に流し込む時に容器の真ん中までしか入れて無いからね。そしてクロロにはサービスでカラメル多めにしておいたから、ちょっと沈んじゃった☆

 

「………………普通にうまい」

「それは良かった」

「本当に美味しいねぇ♥ヒノ、良かったら君の家でぜひ僕に手料理でもごちそ―――」

 

 タアァン!!

 

「………………パクノダ、危ないじゃないか♠」

「あらごめんなさい。手が滑ったわ」

 

 パクのリボルバーが火を噴いた。ヒソカは紙一重でひらりと躱したけど、躱さなかったらすごい事になってたよ、多分。連射しないだけ良心的だねパク。ヘッドショットで良心的も何も無いけど。

 しれっと悪びれも無く言うパクだけど、ヒソカはあまり気にした様子無くプリンを食べ終えて、自前のトランプでパラパラと遊び始めた。

 

「ごちそうさま、美味しかったよヒノ」

「うん、お粗末様」

 

 ………………………あれ?コル今どうやって食べたの?コルの顔って片目以外顔の輪郭すら髪で全て隠れてるからどうやって食べたか見て無かった!ううむ、ちょっと残念、ヒソカに気を取られないでよく見ておけばよかった。コルの素顔って実は見た事無いんだよね。けど見せてって言うのも何か違う気がするし、難しい。

 

 まあそれはそれとして、本題本題。

 

「それでクロロ、昨日は結局どうしたの?なんかマフィアに追われたんだっけ?」

「それなんだが、一応解決したと言えば解決したが、一つ問題があってな」

「問題?」

「ウボォーが、ちょっと出ていてな」

 

 昨夜のオークション。

 シャル達はヨークシン外れの岩盤地帯まで気球で逃げ、そこからは追ってきたマフィアを迎え打っていたらしい。盗みに入ったのに競売品が無いから、追いかけてきたマフィアをぶちのめして聞き出すという、まあ旅団らしいといえば旅団らしい手法だ事。まあ盗賊とマフィアのドンパチだし、私は我関せずだけどね。関わる機会があったら関わるかもだけど。

 

 ウボォーが結局暴れまわって敵を倒しまくったけど、どうもマフィアの一人に一回捕まったらしい。鎖でぐるぐる巻きにされ、釣られた魚の様に引き寄せられて、一瞬で捕らえられたと。正直驚いた。

 

「ウボォーが?まあ正面からのぶつかり合いじゃなくてそういう感じなら無くも無い………かな?」

「相手は鎖を使う能力者らしいからな。捕らえるだけならば、そういう能力にすればいい」

 

 例えば、捕えた相手に状態異常を負荷する、とか。強化系に匹敵する強度を実現する、相応の操作系能力者って場合もあるけど。けど鎖かぁ。使い勝手がいいと言えばいい武器だよね、鎖。

 

「まあすぐにウボォーはマフィアから取り返したんだが、その後ウボォーがその鎖野郎始末すると言い出してな。まあ今日の予定は無いし、シャルが情報集めに協力しながらその鎖野郎探しに出ているんだ。ちなみに夜中からまだ戻っていない」

「あー、そりゃ倒すまで戻ってこなさそうだね」

 

 ああ見えてウボォー義理堅い所あるからね、相手にとっては有難迷惑な義理堅さだけど。

 ちなみに今日の予定が無いのは、昨日の内にマフィアから2日分の競売品を盗んだかららしい。そりゃ、マフィアだって今日はお休みだよね。2日分だから、明日は普通に競売はあるらしいけど。

 

 さて、ウボォーは戻ってこないみたいだし、皆も別行動。どうしよっか………あ、そういえば。

 

「そういえばクロロ、誰か怪我したの?」

「ん?急にどうした?」

「いや、ちょっと血の匂いがした様な気がしたんだけど」

「随分目ざといな。実はフェイタンが少し切り傷を受けた程度でな。まあ多少の傷だから、明日には治っていると思うが」

「フェイが?しかも切り傷?そりゃ意外だ」

 

 ウボォーとは反対に、こっちは基本スピードタイプだからね、普通に少し驚く。

 確かに旅団の実力はプロハンターと比べても抜きんでているけど、匹敵する相手がいないわけじゃ無い。ハンターの中には星を持つプロだっているし、全く知らない所にもアマチュアの実力者だっているしね。まあ星を持つハンターが全員旅団級に強いってわけでも無いけど。ハンターの職業も色々だからね。バリバリ戦闘タイプの賞金首(ブラックリスト)ハンターならともかく、そうじゃ無い場合は偉業=戦闘力にならないしね。

 

「シャルが調べた感じだと、ヴィダルというマフィアの一人らしくてな。もう一人はまだ情報は掴めて無くてフェイタンに急かされていたよ。ちなみにフェイタンは上のフロアで一人でいる」

「フェイタンもこっちくればいいのに」

 

 なんでかな?あ、わかった。多分ヒソカがいるからだ。フェイタンヒソカ嫌いだからねぇ。まあヒソカに好感持っている団員達の方が少数派………ていうかいるのかな?まあ何にしても、そろそろ行こうっと。

 

「それじゃ、残りは皆来たらあげてね」

 

 クーラーボックスごと置いていって、一先ず旅団のアジトは後にした。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 太陽が照り付ける空の下で、人が割と通っている都市の中を歩いている。こうしてみると、やっぱり都会だねヨークシン。町じゃなくて都市だよ。広大そうというか、大きいビルが多いね、ホント。

 

「さてと、どうしよっかな。どっかのオークションでも見~に行っこうっかな――――――!」

 

 適当なリズムを口ずさみながら歩いていたら、ビルの角を曲がってきた人影に思わずぶつかってしまう。が、咄嗟に腕を伸ばし、相手の手を掴んで引きつつくるりと遠心力で回り、無事に倒れずに済んだ。あー、良かった。

 そして改めて相手を見て見ると、私よりかは3つか4つくらい年上の少女だった。

 

 長い髪を、バンダナみたいな布を使って後頭部でまとめ上げて、所々跳ねる様な髪型に、垂らした毛先に丸い水晶の様なアクセサリーを付けた、ちょっと変わった髪型の女の子。あどけない表情で今起こった事態にきょとんとしつつも、目の前で手を繋ぐ私を、背の関係上見下ろすと、少々驚いた様な表情をしたと思ったら、喜色満面の笑みを浮かべた。

 

「ありがと!ねぇ、あなた!今暇?暇だよね?良かったら一緒にお茶しない!お礼にご馳走するから、ね?」

 

 ころころと表情が変わり、割と感情の起伏が激しいような天真爛漫な女の子かと思ったら、その通りに割とぐいぐいくる。別に全然嫌じゃないし、断る理由も無いんだけど、ぶつかったのはお互い様だよね?

 

「暇と言えば暇だけど、お互い様だよ?」

「じゃあそれでいいよ!街中で()()()()()()見つけたら、折角だしお茶したいじゃない!ね、付き合って?いいとこ知ってるんだ!」

 

 どこぞのナンパの手法ですかそれ。いや、確かに美人と言えば美人、いや可愛い系かな?多分年齢は、翡翠姉さんと同じくらいだと思うけど。あ、そういえば翡翠姉さんってクラピカと同い年だったね。いや、今はどうでもいいんだけど。

 いやはや、こう可愛くお願いされたら断りにくいよね。暇だし断るつもり無かったけど!

 

「それじゃあ、お願いしても?」

「任せて。私はネオン。ネオンって呼んでね。あなたは?」

「ヒノ。よろしくね、ネオン!」

「お、お嬢様!」

 

 慌ただしい声が聞こえたら………………おお、懐かしの和服。鮮やかな色合いの和服を着た二人の女性が、ネオンの背後から遅れてやってきて、息を整えていた。お嬢様って言葉から察すると、侍女の人?ていうかネオンってもしかしてどっかの上流階級的な感じの人?

 

「二人共遅ーい。それよりそこのホテルの屋上カフェあったでしょ?あそこ行こ!今招待した所なの。二人もおいでよ」

「はぁ……はぁ、あまり妙な所に行くと後で怒られますよ?御父上も夕方には到着する予定ですのに」

「それまで暇なんだもん!お茶くらいおしゃれな所でしたいじゃない。それにどうせ護衛の人がどっかにいるんでしょ?」

「それはそうですけど………」

 

 こうしてみると、我がままお嬢様と苦労人な侍女2人って感じに見える。なんだか大変そうだね。

 もう一人の着物姿の女性が私の方へ来た。

 

「エリザと申します。すみませんね、お嬢様は少々真っすぐと言いますか、有言実行と言いますか………」

「あ、その辺りなんとなくわかったんで大丈夫ですよ」

 

 わざわざポジティブな言葉を選んでいる辺り、この人優秀で普通にいい人だね。ていうか護衛って言ってたけど、この二人じゃ無いみたいだし、他にどっかから見てるのかな?

 

 ………………あの人かな?

 少し離れた所の壁にもたれかかっている、なんかもじゃとした黒髪の男の人。首の後ろで一つに縛ってるからそうでも無いけど、あれ絶対に解いたらアフロっぽい髪型になりそうだね。後足元に結構犬がわらわらしてる。何あれ可愛い、撫でたい。視線がネオンと私の方に向いてる気がするし、念能力者っぽいから多分あの人が護衛かな?

 他には………………あー、なんかそれっぽい人がいる気がする。適当に変装しておけよって言われたらした様なサングラスとバンダナとかしてる男の人とかもいるし。

 

 ………………ま、私には関係無いか!別に私は暗殺者とかじゃ無いし!

 

「じゃ、折角だしネオン、そのカフェ行こ。案内お願いしても?」

「任せて、すぐそこよ♪」

 

 私はネオンに連れられて、屋上にカフェがあるというホテルへと案内された。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 ピッ!

 

「私だ、どうした?」

『俺だ、スクワラだ。ボスがルラータホテルの屋上カフェに入っち待ってよ、センリツいないか?」

「スクワラやバショウでは入れない場所、という事か?」

『なんか女性限定カフェらしい。ボスも面倒な所選んでくれるぜ。まあリーダーなら違和感無く入れ―――」

「次の言葉を言ったら私の鎖でお前の首を絞めるが、構わないな?」

『るわけねぇよな、リーダー男だし当然の事だよな!つーわけでセンリツ呼んでくれ、お願いします』

 

 電話口からでも漲る殺気に気が付いたのか、スクワラは電話の向こうで冷や汗を流して全力でさりげなく(?)話題転換を行う。やや嘆息しつつも、僅かに電話を握る手に籠められた力を緩め、話を続ける。

 

「分かった。その間は入り口を怪しく無い程度に、さりげなく監視してくれ」

『あいよ。ああ、あともう一つ』

 

 

 通話を切ろうとして、護衛の一人であるスクワラは思い出した様に引き延ばす。

 

『ボスが街でぶつかった年下の女の子誘ってそのカフェに行ってよ。まあ害は無さそうなんだが、そいつどうも念能力者っぽいんだよな』

「前半何を言ってるのか全く分からなかったが、少女の念能力者か。確かにいないわけでは無いが、偶然で片づけるには出来過ぎているともいえる。どういう人物だ?」

『ずっと【纏】をしてるから常に何かに警戒している様に見えるが、普通に自然体にも見えるから不思議だ。見た目は金髪と紅い目で、リボンで縛ってる』

「なるほど、ボスが気に入りそうな容姿だな。金髪に紅い……………………スクワラ、その子の名前とか分かるか?」

『いや、俺の位置からじゃよく聞き取れなかったな』

「………そうか、わかった。場所はここから近いし、センリツは直ぐに向かわせる、その間を頼む」

『了解』

 

 ピッ!

 

 通話を切り、青年は金髪を揺らしながら、近くにいた小柄な女性の方を向いた。既に内容は把握しているであろうが、新参だが一応リーダーという役に就いているのもあり、指令を下す。

 

「そういうわけだ。済まないがセンリツ、カフェ内に入ってボスの近くで警護を頼む。後できれば夕刻まで、というか早めにホテルに帰宅する様に言ってくれると助かる」

「うちのボスは気まぐれだから骨が折れそうね……わかったわ。行ってくるわね、クラピカ」

 

 暖かい花畑を彷彿させる様な柔らかい声音で返事をし、センリツよ呼ばれた小柄な女性はクラピカに手を振って拠点を後にした。

 

「金髪に紅い目をしてリボンで髪結ったボスより年下の少女の念使い………いや、まさかな」

 

 残るクラピカは一人椅子に腰かけ、時を待つのだった。

 

 

 

 

 

 



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第50話『静寂の予言書』

いつの間にか週間ランキングの5位になっていた事に驚きました!
そしてお気に入りが800件を超えました、ありがとうございます!

そして本編の方がこれで50話です!
妙な点や疑問があれば可能な限りお答えしようと思います!お気軽に尋ねてください。


 

 

 

 

 前回までのあらすじ!

 ヨークシンの街中でばったりとぶつかった少し年上の女の子に誘われて、カフェに連れてきてもらった。これで相手が普通か不思議な少年だったらもう少し週刊誌のラブコメ展開とかあったかもしれないけど。となると私は誰かに追われている謎のヒロイン的な?………………いや、無いな。

 

「あ、このチーズケーキ美味し」

「ん!このザッハトルテも最高!次苺食べよ!エリザ―」

「はいお嬢様、苺のショートケーキです」

 

 エリザさんが着物姿にも関わらず、すかさずネオンの欲するケーキをテーブルの上に乗せる。無駄の無い動き流石!やや表現的には失礼だけど、さながら老齢の執事の様にめっちゃ素早い!エリザさんの身体能力的な問題じゃなくて、ネオンの次の思考を経験から読み取ったって感じ。あえてもう一度言おう、流石!

 

「ネオンってさ、どっかのお偉いさんだったりするの?」

「パパがねー、なんか偉いんだって。マフィアのボス的な」

「………………」

「お嬢様、そういう事を言うと一般的には引かれますので気を付けてください。ヒノさんも固まってますよ」ヒソヒソ

「そういう物なの?」ヒソヒソ

「あ、別に大丈夫ですよ~」

 

 マフィアよりもっとすごい人知り合いにいるし。

 天下のハンター協会会長その人とか、A級賞金首の世界を股に掛けた盗賊団とか、伝説の暗殺一家の家族の皆様とか。………………マフィアが可愛く見えてきた。

 

 9月に入ったけど、まだまだ夏の日差しと暖かい風が吹く日中、ここのカフェは気持ちいい。ルラータホテルの屋上に設置されている、期間限定で女性オンリーのレディースフェアをやってる。ちなみに今日はケーキバイキング。男子禁制らしいよ。あくまでホテルの屋上だけだから、普通に宿泊客はいるけどね。

 

 新しく取ってもらったモンブランを一口食べると………………美味しい!なんか栗がまろやか!どこの栗使ってるのかな?結構世界中の材料って言っても知らないの多いしね。今度誰か美食ハンターの人にちょっと聞いてみようかな。メンチさんかアリッサさん。

 

 ふと、視線を感じて前を見てみれば、対面に座るネオンが身を乗り出し、フォークに刺したケーキを咀嚼しつつ、くっつきそうな距離で私の顔をじっと見ていた。顔にケーキでもついてる?

 

「やっぱ、ヒノって可愛いよね。綺麗な造り。それに金糸の様な髪に血の様な紅玉(ルビー)の瞳。まるで、御伽噺に出てくる、吸血鬼みたい♪部屋に飾りたいなぁ~」

 

 なんか猟奇的匂いのする言葉が後半聞こえた気がしたけど、気のせいだよね?まさか剥製にして持ち帰りたいとか言い出さないよね?このバイキングの正体がその為の餌だったりしたら流石に驚くよ。

 

「ねぇねぇヒノ!バイトしない?私の部屋でガラスケースの中に入ってじっとしてるバイト!どう?」

「なんか怖いよネオン!それって完全に頭がおかしい人のバイトだよ!それ喜んでやる人絶対にいないからね!?」

 

 いるとしたらネオンの盲目的で熱狂的なファンかただの変態くらい………あ、同義語かな。

 

「お嬢様、流石にヒノさんに失礼ですよ。怖がられますよ?」

「あはは、冗談だってば。流石に生きてる子勝手に拉致したり手に入れようとか考えて無いから」

「なんか言葉の端々が怖いこの子!?」

 

 それって生きて無かったらどんな手段でも手に入れるって事!?流石マフィアの娘!誉めて無いけど!このままだとなし崩し的にお持ち帰り(恐)とかなるかもしれない!とりあえず話題をそらそう。

 

「えっと、ネオンはヨークシンに何しに来たの?やっぱりオークション?」

「あ、そうなの!地下競売ですっごいお宝がたくさん出るんだ!コルコ王女の全身ミイラとか、緋の目とか!」

 

 あれ?チョイス間違えた?どっちにしろ話が猟奇的な話(そっち方面)にスライドするんだけど。

 ていうか、ちょっと聞き覚えのあるお宝の名前聞いたね。

 

「緋の目が競売に出るの?」

「あ、興味ある!明日のオークションの競りに出るんだって!絶対行って競り落とすんだ!パパったらいつも私のけものにして自分だけで行くからさ。私は自分で競りたいのに」

「なんか行っちゃまずい事でもしたの?」

「そんな事しないよ。ただ私の占いがちょっと当たるから、危険があるからってあんまり外に出したく無いみたい」

「占い?」

 

 話を横に横にスライドしたら、妙なワードがまた出てきた。どうにも占いって感じでも無いけど、このくらいの年だと占いの話題とか普通にするから、やっぱり普通かな?私の場合は………………お正月に近所の神社で引くおみくじとか好きかな。はい、参考になりませんね。

 

「あ、そうだ!良かったら占ってあげるよ、ヒノ!私の占い100%当たるんだってお墨付きもらってるから。まあお墨付きって言ってもパパのだけどね」

「占うのってネオンだよね?それでお墨付きもらうってなんかおかしくない?」

「自動書記って言って、勝手に書いちゃうの。ヒノ、この紙に名前と生年月日、後血液型書いて」

 

 ピラッと、いつも常備しているのかA4サイズの紙を一枚取り出して、ペンと一緒に机の上においた。100%当たる占いって言うのはなんか気になるし、折角だしやってもらおうかなっと。

 

 とりあえず……………よしできた。1月1日生まれのAB型ヒノ=アマハラっと。

 

「はいこれ」

「ありがと。それじゃ、始めるね。【天使の自動書記(ラブリーゴーストライター)】」

 

 ペンを指先でくるりと回した瞬間、ネオンの全身がオーラに包まれ、右腕に現れたのは、不思議な生き物。念獣にも見えるけど、例えるならば、『歪んだ天使の幽霊』って感じ?ネオンの目を見れば、光が伴っていない。一種のトランス状態と言う奴か、確かに今のネオンの状態は、全く意識が無い。にも関わらず、何も躊躇う事無く私の情報が書かれた紙の空白をジャカジャカとペンを動かして埋め続ける。

 

 確実に念能力、それも無意識に使っているタイプ。ネオン自身は全く念法に関する心得は無いみたいだけど、何かのきっかけか才能か、兎も角理屈は全く理解していないけど、予知、多分特質系であろう能力を発言している。

 念の力は未知数、特質系なら尚の事。確かに、これは100%の信憑性が持てる。

 

 わずか数秒の間に描き終えたネオンは、最後の一文字を書き込むと同時に腕を振るい、私の方へと紙を飛ばした。ひらりと飛んだ紙をきゃっちして、ネオンの視界から今書いた内容が見えなくなった瞬間、瞳に光が戻った。

 

「あ、終わった?ヒノ、ちゃんと書けてる?」

「一応書いてあるけど、これってどう見たらいいの?」

「変わってるでしょ?4つか5つの4行詩で成り立っててね、それがそれぞれその月の週事の予言を表してるらしいよ。だから一つ目の予言は、もしかしたらもう終わってるかもしれないね。まだかもしれないけど」

「成程ね」

「ちなみに予言の数が少なかったら、例えば4行詩2つだけとかだったら、その2週目の間に死んじゃうらしいから」

「さらっと怖い事を言ったねこの子」

 

 予言が無い、つまり未来が無いって事なんだ。死相も占えるとなると、中々すごい。しかもそれに際して警告文も現れて、死を回避できるらしい。

 まあぱっと見た感じ、4行詩が5つで構成されてるから私に今月亡くなる予定は無いと。

 

「なるほど、予言………ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光と闇の照らす街の中 太陽に向かう月と出会う

 月が沈むも登るも貴方次第 悲嘆の紅炎がその身を焦がす

 

 皆既日食が無音の鼓動を鳴らし 灰の御山で心を燃やす

 掟を破った星々は 浅い眠りをその身に刻む

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 ホテル内にあるお手洗いから出て、ネオン達のいる所へ向かうべくカーペットの敷かれた廊下を歩く。その道中、先程の予言を思い出す。

 

 ネオンの言葉によれば、週事に4行詩が記されている。9月は5週まであるから、4行詩が5つ。その中で、私がヨークシンに滞在しているであろう9月10日までの2週間分の8行詩。気にするならそこ。

 しかしながら、毎回そうらしいのだが、予言はやはり詩であるので、抽象的な暗喩や寓意を使って内容が書かれているのが基本。つまり、どういった意図によってその言葉が使われているかは、誰にも分からない。予言は、解釈次第では何通りも答えが出てくる。

 

 他の人の予言があればもう少し参考になるけど、都合よく占える人物、尚且つ非日常を生きて予言結果の内容が一般とは異なりそうな人が、いればいいけど。一般的な予言も気になるけど、私の場合これが一般の予言と比べれば、多分違うと思うから。

 

 ネオンに他の人の占いを聞くか?………あ、でも自動書記だからネオン自身は占いの内容は分からないんだっけ。ていうかそもそも個人情報だし。未来の情報を個人情報扱いするかどうか微妙だけど。それにネオンは自分の占いの結果を極力知らない様にしているらしい。その方が当たりそうな気がするっていう、占い師の拘りって奴かな。なんだか分かる気がするけど。

 

 どっちにしろ100%当たるらしい予言。予言に逆らえば変わるらしいけど。

 一応、抽象的な文だけど何通りかの解釈は思いつく。

 

「そう考えると、今週のあの内容は………………ん?」

 

 ガタン!

 

 たまたま通りかかった、隣の扉の奥に一瞬気配を感じたと思ったら、中から何やら音がした。

 プレートを見て見れば、倉庫と書かれている基本あまり人が通らないであろう場所。

 

 ガタン!ガサガサ………………ガツガツ!

 

 あ、また音がした。というよりこの音は………何か食べている?

 ホテル内の使用人なら、倉庫で何か食べる、なんて事は普通にしないと思う。宿泊客なら尚の事、ていうか普通はいない。て事は、この中にいるのは………………。

 

「とりあえず、お邪魔しま~うっ!これって…………」

 

 入った瞬間、少し顔を顰めつつ手で鼻と口を少し抑える。

 異臭、では無くこれって……………アルコールの匂い?というよりかは、ホップと微かな麦芽の香り。この匂いは確か、ビール?なぜにビールの香りが?

 

 中はそこそこ広いけど、薄暗く小さな窓から細々とした明かりが漏れている。棚がいくつも並んでおり、そこには段ボールに詰まった食材の数々。どちらかと言えば菓子類や保存食みたいな食料が結構多いね。確かにここなら缶の飲料もあると思うけど、中の匂いが漏れてたら大問題じゃないかな。

 さて、音の発生源は………………あった。

 

「これは、開いた段ボール。そして中のパンが減っている。で、さらには足元にはビールの缶。それも空って………………なにしてるの?ウボォー」

 

 少し呆れた様に足元を転がる空のビール缶を見ながら声を掛ければ、天井に張り付いてた影が音も無く私の前に降り立った。

 

 降り立った大柄な巨体は、片手でビール缶の中身を飲み干し、めきゃりと潰しながら、もう片方の手を挙げてにかりと笑った。

 

「よ!ヒノじゃねぇか!こんな所で何してんだ?」

「それはこっちのセリフ………………て、腹拵えしてたの?」

「ああ。ここは食い物がたくさんあるかな!」

 

 そう言って破ったパンの袋から取り出した菓子パンを食べつつ、新たな缶ビールを開けて豪快に飲み干す。ウボォーは基本的にお金を持たないから何か食べる時は適当にどっかからかっぱらってくるって聞いた事あったけど、本当にしてたよ。よりによってホテルの食糧庫、まあどっちかと言うと保存食の保管庫だから確かに人があまり来ない方を選んでるっぽいけど。

 

「そういえばウボォーなんか人探してるとかクロロに聞いたよ?ていうか一回捕まって助けて貰ったんだって?笑ってもいい?」

「お前って意外とひどいよな」

「それはいいとして、誰探してるの?マフィア?」

「まあな。俺を捕らえやがったあの鎖野郎をぶっ潰しに行くんだよ!シャルにそいつの所属するノストラードってマフィアの所有物件リスト貰ったからな。今日中には潰し終わるし、明日にはアジトには戻るぜ」

 

 どや顔でバッと、羅列された物件名のほとんどにバツ印が施された紙を見せる。いや、それ用意したのってシャルだよね?シャルの事だからハンターサイト情報だと思うけど、流石。ゴンとキルアもハンターサイト使った事あるらしいけど、金額次第でかなり深い所の情報も手に入るらしい。ジャンルは様々、ちなみに旅団の情報も載ってるらしいけど、それこそ最低億単位の金額が入用になるみたい。

 

 ちなみにバツ印は既に見て回った物件らしい。後数件だから、2、3時間以内には見つかりそう。

 

 ん?ウボォー………ウボォーか。だったらちょうどいいかな。

 

「ね、ウボォー。ちょっとお願いあるけどいい?」

「ん?なんだ?」

「この紙に自分の名前と血液型と生年月日書いてくれない?」

 

 ぴらっとネオンが持っていた予備の紙とペンを取り出して、ウボォーに見せる。一瞬きょとんとした様な表情をしていたけど、手元に持っていたパンをすぐに平らげた。

 

「別にいいぜ。ちょっと貸しなっと………………ほらよ」

 

 そう言って自分の名前と以下情報の掛かれた紙を渡しに差し出した。ネオンの占いには占い対象である本人直筆の情報が必要らしいから、普通にありがたい。特に怪しむ様子無くすぐに書いてくれたのは流石竹を割った様な性格のウボォー。それだけ、信用してくれてるってのもあるのかな。

 まあ別にこれを公開したり悪用したりするつもりはもちろん無い。というかそんな事してもほとんど無意味だし、基本的に旅団の皆はなまじ実力が飛びぬけて高い故に、結構な自分達の情報露呈はあまり気にしないみたい。まあそこらへんは少し人に寄るかもしれないけど。あまり大っぴらに顔が世間に露呈すれば、それそれで色々と面倒な事もあるしね。

 

「んじゃ、俺はこのまま次行くからな。また団長達に会ったら宜しく伝えといてくれ」

「見つけるのは良いけど、あんまり街中で派手に暴れる様な事はしないでよ?他のオークションとかそれで中止になっても困るし」

「しゃーねぇな。ちゃんと相手に場所くらいは選ばせてやるつもりだって。言わなかったらとりあえず人のいない所だな」

「それならいいけど、まあ頑張ってね」

「おう!」

 

 そう言って、ウボォーは倉庫の窓を開き、そこから外へと飛び出していった。すぐに壁を蹴り、ビルとビルの間を跳びまわりながら、すぐにその姿は見えなくなった。

 

 後には、散乱したビールの空き缶とパンのゴミだけ。

 

「ていうか、なんでこんな早くからあんなにビールばっか飲んでたんだろ?」

 

 割とどうでもいい事を考えながら、私はネオン達の元へと戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ヒノ戻って来た!おかえりー。ドリンク来たけど飲む?とりあえずソーダのフロート!」

「アイス入りの奴だ。結構好きなんだよね」

 

 笑いながらネオンが私に澄んだ水色のソーダ水にアイスを浮かべたグラスを渡してくれる。一口のむと、すごく冷たくて甘い。さっきまでビールの匂いが籠る倉庫の中にいたからか、なんだか癒された様な気がするよ。ちなみにネオンの方はレモン味だった。

 

 割とケーキも食べ終わり、食後のジュースを飲んでいる私達。

 

「あ、ネオンお願いが一つ。さっき知り合いに会って個人情報貰ったから、それでもう一回占いしてもらってもいい?」

「自分で言うのもなんだけど、ヒノも相当だよね。知り合いの個人情報普通に使うって。うん、別にいいよ!」

 

 ウボォーが書いた紙を渡すと、ネオンはあっさりとオーケーを出して再びペンを取って構えた瞬間、ぴたりと止まった。

 

「あ、そういえば顔写真とかある?」

「携帯の画像でもいい?」

「いいよー。なんか野性的な人だね。レスラーか何か?」

 

 携帯に映ったウボォーの画像を見せると、ネオンはくるくるペンを回しながら感想を述べる。まあガチ強化系のマッチョだしね。ちなみに携帯画像はさっきこっそりと撮りました。勿論ちゃんと後で消しとくよ?

 

「それじゃ、本日に2回目の、【天使の自動書記(ラブリーゴーストライター)】!」

 

 再び、文字通りネオンの意識がペン先に持っていかれ、不思議な天使がネオンの腕を使ってさらさらと紙に予言を記していく。淀み無い動作は中々見惚れる様な不思議な雰囲気を放つ。神秘的って、表現した方が割としっくりくるかな、流石占い師。

 

「はいできた!」

 

 再び、自然な動作で今しがた書いた内容を見ない様に私に紙を渡し、私はそれを受け取た。

 さてと、とりあえずウボォーの今月の予言はっと。

 

「―――――――――!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 クラピカに頼まれて、センリツはホテルのエレベーターに乗って上がり、目的地のカフェに向かっていた。ボスであるネオンの護衛を付けてはいたが、生憎どちらも男性。そしてネオンがいる場所は期間限定で、女性のみ立ち入る事の出来る屋上のカフェ。

 

 自由奔放なボスに少し嘆息しつつも、同年代の少女と一緒にお茶をしている事を知り、センリツは穏やかに微笑むのだった。

 

 この仕事に着いた新参ではあるが、それでもネオンという少女がマフィアの組長の娘であり、マフィア上層部にも顧客が多数いる凄腕の占い師である事も知った。だからこそ、組長は娘を大事に優しく接するが、同時に大事に閉じ込める。無論、娘の機嫌を損ない占いをしない、なんて事になったら大損害なので、決してそうならないようにほとんどのわがままは聞くのだが。

 

(まあ、ボスも今の生活にあんまり不満はなさそうだし。それでも同い年くらいの友達ができるのは、いい傾向だと思うわ)

 

 閉鎖されてマフィアの世界。それでも、彼女自身は年相応に無邪気な性格をしている。少々人体収集という、やや歪な感性をしている事は否定できないが。

 危険な襲撃の可能性もあるオークションに行きたいと駄々を捏ねて自分達を含めた護衛陣を困らせるよりかは、友達と遊ぶことを優先してくれる方がありがたい、という少々思惑もセンリツ的には少々あったりが。

 

(ん?ボスの声と、別の女の子の声……………それに足音。もう帰るのかしら?)

 

 ミュージックハンターであるセンリツは放出系の念能力者であり、その能力の一環として、超人的な聴覚を有している。

 

 100メートル以上離れた人間の微かな足音すら聞き取る驚異的な聴覚。人体の構造上完全に音を殺すことができない人間は、この聴覚から逃れられない。

 

 今もまだエレベーターの中だと言うのに、屋上にいるはずの少女達の微かな声を聞き取るという神業を行っている。最も、流石に密閉するエレベーターの中だからか、誰が会話しているかは分かるが、細かい内容までは聞き取りづらいそうだ。それでも誰がどこに立ち、どういう移動をしているかは足音で把握できるらしい。

 

 エレベーターを降りて、屋上カフェに続く扉を開けた瞬間、向こうから滑り込む様に黄金が彼女の横を通り過ぎた。

 

 緋色のリボンで後頭部を結った金色の髪が揺れて、その下の紅玉(ルビー)の様な瞳が一度センリツに視線を向ける。動きながらのこの反応を叩き出す反射速度と動体視力にセンリツは感心しつつも、横をすり抜けた少女はそのまま声をかけて走り去って行く。

 

「あ、ごめんなさい!」

 

 慌ただしくそれだけ言って廊下を走って行った少女の姿を視界に納めながら、センリツはカフェでお茶をしているネオン達に視線を向けた。すぐに、侍女達もセンリツに気づいた様だった。

 

「あ、センリツさん。先程の方がヒノさんです。急用を思い出したらしく帰られましたので、我々もそろそろ戻ろうかと」

「分かりました。クラピカ(リーダー)には私から連絡しておきます。それで、あの子はどんな感じの子でした?」

「そうですね、お嬢様とも楽しくお話されてましたし、素直ないい子でしたよ?」

「そう………ですか………」

 

 恭しく頭を垂れる侍女達と、ケーキと少女を堪能して満足したのか上機嫌な様子のネオン。

 

 しかし、センリツは顔には出さなかったが、その心臓は恐ろしい程に、まるで背後から冷水を浴びせられたかの如く、早鐘の様に鳴り響いていた。

 

(今の子が、ボスと知り合ったヒノさん………………)

 

 先程すれ違い様に丁寧に謝ってきた少女の事を思い出す。一見すれば普通の少女。確かに容姿的に整っており、パーツの色合いが珍しいネオンが気に入りそうというのは分かったが、それ以外は普通に見えた。

 そう、あくまで視覚的には、そう見えた。

 

(けど………………あれは、一体何!?あの子の心臓の音………………()()()()()()()()!?)

 

 センリツの聴覚はただ耳がいいだけでは無く、人の心臓の音からその者の心理状態すら読み取る。

 ボスであるネオンが侍女達と楽しくトランプに興じる時は、心底楽し気に年相応無邪気な心臓の音を鳴らし、同僚であるクラピカが己の能力である鎖によって仇の旅団を捕まえようとした時は、恐ろしい程の怒りの音を心臓が鳴らしていた。

 喜怒哀楽、それにその者が嘘をついているかどうかすら分かるという。

 

 故に、彼女は今自分が感じた事に対して疑問符を浮かべつつも、ぞくりと何かが這う様な悪寒を感じる。

 

(今の心音、まるでメトロノームの様な一定のリズム………いや、リズムなんて物じゃない。怒りも、悲しみも、喜びも、楽しさも、あの子の心音からは何も感じなかった!………あの子は一体………………)

 

 まるで、ただ音を一定に鳴らし続ける機械の心臓が胸に入っている様な、そう錯覚する程の、()()()()()()()()()()

 

(クラピカはあの子の容姿を聞いて、何か思う所があったみたいだし、少し聞いてみましょうか。危険は………多分無いと思うのだけど………………)

 

 無邪気に笑うネオン(ボス)の姿を見ながら、センリツは今の心情を胸にしまう。結果的に彼女達は楽しそうであり、何も問題は起きなかった。

 それだけが、センリツにわずかな安堵を齎すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒノは一人、ビルとビルの間を跳びまわっていた。

 

 ネオンからウボォーの予言を貰い、その瞬間彼女は急用ができたと言って跳び出した。

 

 すぐにホテルの窓から出て、ほぼ最上階にも関わらず隣のビルに降り立ち、さらに時間を惜しむ様に走り出す。

 

 間も無く夕刻に入り、空が赤らむ時間帯。

 

 

 そんな中を、一人走り続ける。

 その手には、握られた2枚の紙。

 

(ネオンの能力は、死をも予言する。4行詩の予言が3つしか無ければ4週目が来ない、つまり3週目に必ず死ぬ未来が待っている。2つしか無ければ2週目に死ぬ未来。今日は9月2日の水曜日。つまり――――――)

 

 紙に書かれた、ウボォーの予言を見た。

 

 

 

 

 

 赤い時間に貴方の前には分岐点 赤い太陽の道と黒い月の道

 太陽の下では貴方の翼を灼き尽くし 月の下では貴方に眠りを差し出すだろう

 

 

 

 

 

 ()()()()()()()1()()()()()()()4()()()()()()()

 

(このまま何もしなければ、遅くとも9月5日の土曜、早ければ今日にでも――――――)

 

 ウボォーは必ず死ぬ。

 

 その言葉を飲み込んで、ヒノは夕日が沈みつつある空の下、ビルの屋上から屋上を飛び越えて、走り出した。

 

 

 

 

 

 

 



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第51話『悲嘆の紅炎がその身を焦がす』

何やら前回の更新からわずか2日でお気に入りが900件を超えました。
とても驚きましたが、実に、ありがとうございます!




 

 

 

 

 

 幻影旅団ナンバー11、ウボォーギンは、己の肉体に絶対の自信を持つ強化系能力者。

 マフィアとの戦いにおいて、マフィア側の最大戦力と言われ陰獣と呼ばれる部隊の先遣隊として派遣されてきた4人を跡形も無く殲滅した。しかし、その後ノストラードファミリーに雇われた護衛の一人である鎖を扱う念能力者によって、捕縛されてしまった。

 

 それ自体は直ぐに旅団のメンバーによって救出されたが、ウボォーにとっては己を捕らえた鎖使いに雪辱を果たさなくては先へは進めない。

 

 プロハンターですら手を余らせるA級賞金首幻影旅団と言えど、手足を封じられてしまえばいくらでも殺す手段は存在する。しかし、ウボォーが殺されなかったのは一重に捕まえたマフィアが、大元の上層部であるマフィアンコミュニティに引き渡す為にウボォーを生かした。

 

 故に、捕まった事は紛れも無いウボォーの敗北となる。陰獣戦で麻痺毒を盛られて動く事が出来なかった為でもあるが、それを抜きにして万全の大勢でもおそらく苦戦するであろう鎖使いの一矢は確かに敗北を感じさせた。それを拭う方法は、捕まえた相手を、己の力を持って真正面から叩き潰す。それがウボォーの考えだった。

 

 その為、情報取集に定評のあるシャルナークに調べてもらい、ヨークシンに滞在するノストラードファミリーがいそうな場所をリストアップして、虱潰しに当たる作戦を実行した。虱潰しと言っても、さほど多いというわけでは無いので、後は足で探す。

 

 

 そしてウボォーは、ついに見つけた。

 

 同様に、相手もウボォーを待っていた。

 

 

 ホテルの一室の扉を開き、ウボォーが中へ入ると、来ると分かっていたのか、向こうも部屋の中央で静かにたたずんでいた。

 

 どこかの民族衣装を思わせる模様が施された服に、中性的な容姿。金色の髪を揺らし、冷たい目をして、入ってきたウボォーギンをじっと見つめる。その様子に、ウボォーは持っていたビールの缶を握りつぶし、静かに睨みつける様にして口を開いた。

 

「一人か………感心だな。どこで死ぬ?好きな所で殺してやるよ」

「人に迷惑が掛からない荒野がいいな。お前の断末魔はうるさそうだ」

 

 互いに譲らぬ冷たく攻撃的な殺気と言葉のラリー。ヨークシン外れの岩肌に囲まれた荒野を指定して、ウボォーが鎖野郎と称する青年、クラピカはホテルの駐車場へと向かい車を出した。ウボォーは窓から飛び出して、ビルとビルの間を跳びかい、荒野へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 同日、ウボォーとクラピカが出会っている頃、ヨークシンの街中では。

 

「あ、ゴンとキルアにレオリオ。腕相撲は終わったのか?」

 

 街中を歩く三人に声を掛けてきたのは、ミヅキ。

 ヒノの兄であり、灰に近い銀の紙と碧眼の少年。背中には愛剣を入れた包みを背負い、何を考えているのか分かりにくい無表情でひらひらと手を振っていた。いち早く気づいたゴンも、満面の笑顔で同じ様に手を振った。

 

「ミヅキ、やっほー!今なんか地下の怪しい所に向かってるんだ!」

「いや、間違っては無いが、ちっと説明不足だぜゴン」

 

 無邪気なゴンの言葉に若干呆れ気味なレオリオ。捕捉する様に横でもやれやれ、と肩を竦めているキルア。

 

「ああ、腕相撲をやって荒稼ぎした結果、どっかで実力者を集めて何かしようとしている地下の連中の目に留まってそこに招待されて向かう所だったりするのか」

「「「驚異的な洞察力!?」」」

 

 ほとんど正解をぴたりと当てられたことに三人共驚愕。

 実際昨日の夜から初めて今日の朝までやっていた腕相撲(無論普通に睡眠時間は取っている)により、チャレンジャーがそろそろ居なくなりそうとなった時、大柄な体格の、明らかにカタギではないタイプが挑戦に来た。しかしカタギじゃないと言っても、念の使えない一般人ではゴン達の相手にならない。

 結果、一瞬で決着が着いてしまった。それにより、付き添いにいたもう一人の男から、招待状を貰った。午後の5時までに、腕に覚えがあるならここに来いと。

 

 まともな方法では億単位の金額なんて稼げない。その為レオリオが最初から狙っていたのは、この誘い。念能力者のアドバンテージを生かして、裏の世界で荒稼ぎするという事だった。

 

「ミヅキも行く?ヒノとは今日別行動だし」

「おー、行く行く。なんだかおもしろそうだし。それより軍資金はどれくらい集まったんだ?」

「う~ん、だいたい900万くらいかな?」

 

 グリードアイランドの最低落札価格まであとおよそ100倍と考えると、中々気が遠くなりそうな話である。

 

 元々の残高500万と、それに加えて400万くらい腕相撲で稼いだという。1回につき1万ジェニーが参加料として計算すると、実に400戦以上した計算になる。途中10分間参加費3倍のボーナスステージ(ヒノ戦)でも結構稼いだのだが、それでも日給としては相当だ。この時点で色々とおかしいが、既にゴンの金銭感覚は天空闘技場で麻痺しているので別段気にする事は無いのだった。

 

 5時少し前。

 レオリオは指定された場所へと赴き、招待状でもある名刺を渡すと、裏の世界の住人でもある黒服達が通路をどき、奥のエレベーターで下まで降りる様に指示した。着いた場所は明らかにカタギの人間の来るような場所でなく、中央にはリング、そしてそれを取り囲むように設置された観客席。既に多くの席が人で埋まっていた。

 

「おーおー、殺気立ってるね」

「これ全部似たような方法で招待された客か。普通に厳ついな」

「確かに………」

 

 ミヅキの感想も最も。どれも腕に覚えがある、と自己主張せんばかりの厳つい容姿をした者達が多い。自分達も確かに腕自慢で呼ばれた様なものだがら、ここの客達にどうこういえる立場では無いのだが。

 

 時刻は5時!

 薄暗い中、リングにライトが当たりその中にいる男がマイクを手にした。

 

『さて皆様、ようこそいらっしゃいましたー!!それでは早速条件競売を始めさせていただきます!!今回の競売条件は、かくれんぼ!!でございます!!』

「かくれんぼ?」

 

 司会の男が叫んだ瞬間、スタッフらしき黒服達が観客席に複数現れて、客達に何か紙を配り始めた。ゴン達の所にも現れて紙を渡すと、ゴン達は一様に驚いた。その紙に載っていた、ある写真の人物に。

 

『それでは皆様、お手元の写真をご覧下さい!!!そこに映った7名の男女が今回の標的でございます!!落札条件は標的を捕獲し我々に引き渡すこと!!!そうすれば標的一名につき20億ジェニーの小切手と交換させていただきます!!!!』

 

 写真に写る男女の姿に、ミヅキは心の中でやや面倒そうに嘆息しつつ、表情には出ていないがこの後の展開を考えていた。

 

(この7人、幻影旅団のメンバー。確か………ウボォーギン、シズク、シャルナーク、フェイタン、ノブナガ、フランクリン、マチ………………面倒な事になったな)

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 その後、参加費500万ジェニーを支払って、会場を後にしたゴン達。

 4人で歩いていたが、不意にキルアが立ち止り、後ろを歩いていたミヅキをじっと睨んだ。

 

「さて、ミヅキ。説明してもらうか」

「おいおい、いきなりどうしたってんだよキルア。確かに言いたい事は分かるけどさ」

「あ、そうだね。この黒髪の男女って、確か俺とヒノが腕相撲で対戦した人だよね」

 

 そう言ってゴンは記憶を探るようにして二人の写真、シズクとフェイタンの写真を指し示す。思い出されるのは昨夜、ゴンはシズクと、ヒノはフェイタンとそれぞれ対戦し、互いに勝利したという事。しかしここで重要なのは、この二人がヒノの知り合いだったという事。

 

 しかし、ゴンとレオリオと違って、キルアは今回の競売の異常な事態と状況から、さらに深い所までを把握しているが故に、ミヅキをやや睨む様に訪ねていた。

 

「さっきのさ、条件競売って言いながらまるっきし賞金首探しだろ?マフィアが自分らの力で捕まえきれてないって認めてるようなもんだよ」

 

 キルアの予想では、中央のリングで気楽に地下闘技場でも行う予定だったであろう会場側。しかし、そうできない事態。急遽切り上げてでも早急にしなくてはならない事案が発生した。

 

「500万ジェニーの参加料をとって競売の体裁を取り繕ってたけどさ、競売品が品物じゃなくて小切手って時点でもうおかしいと思わね?」

「まさか………地下競売の品がこいつらに盗まれた……?そこでしかたなく競売を装って盗人の首に賞金をかけたのか!」

「そ、マフィアのお宝盗むなんてこいつら頭イカレてるだろ。でもオレ達はそんな連中に心当たりがある」

 

 今ヨークシンにいるという犯罪者の中でも、最も世間を震撼させて、さらには世界のマフィアを相手取って尚早大に立ちまわる事の出来る集団………………幻影旅団。

 

 そのことに気づいた時、ゴンもレオリオも少し驚きに思わず口を閉じてしまう。

 しかし、ここからが本番とばかりにキルアはミヅキを再びじっと見る。

 

「けど、その旅団の連中は、ヒノの知り合いだった。これはどういう事なんだ、ミヅキ。ヒノは最初から旅団の事を知ってたって事か?もしくは………………あいつ自身が旅団の一員なのか」

「「!?」」

 

 キルアの推測からも、その可能性は失念していたであろう。ゴンもレオリオも息を飲む。

 無い、とは言い切れない。しかし、キルア的にはその可能性は低いとも思っていた。

 

 昨夜旅団のメンバーを外で見た限り、同日地下競売が襲撃されたと考える方が妥当だろう。しかし、その時ゴン達と一緒にヒノも普通にいた。これは強力なアリバイとなるが、旅団全員が襲撃に参加していない可能性がある。そうなるとアリバイなどあって無いような物。

 しかし、そんな推測の話をしていてもやはり埒が明かない。

 だからこそ、確信を着く。この4人の中で、最もヒノと近いし者に。

 

 その問いに、ミヅキは一瞬の思考の内にふむと考え込む。

 この場合、果たしてどう答えるのが正解なのか、と。

 

 ミヅキは幻影旅団との関りはほとんど無く、一昨日邂逅したばかりで別段重厚な信頼関係を築いた仲、というわけでも無い。元々ゴン達は旅団を捕まえにヨークシンに来たわけじゃ無いので、ミヅキを責める筋合いは全く無いのだが、ヒノに至っては違う。責めるというのも少し違うが、ヒノが最初から旅団と知り合いだったのは事実。

 それもミヅキが知る限り、今よりさらに幼いころから数年定期的に遊ぶ中だと言う。これを果たしてこのまま伝えても良い物なのか。人と人との信頼関係は、些細な事で崩れる場合もある。

 

 兄として、適当な推論を並べて妹が友人とギクシャクとした関係に無理やりするつもりは無い。その為ミヅキが取れる行動は、ある程度正直に話、確信はヒノ自身の口から語ってもらう。

 

「ヒノは旅団のメンバーじゃ無いと思うよ。確かにヒノと旅団は知り合いらしいけどね。と言っても、僕もそれを知ったのはほんの2日前だし。詳しい事は知らないよ」

「そうなの?」

「確かに僕ら兄妹だけど、互いに全ての交友関係を把握してるわけじゃ無いしね。一般家庭と違って、僕らは別行動で色んな所に行ったりしてるし」

 

 幼児期幼少期は兎も角、10歳前後になってくると、主にヒノは義父であるシンリと共に、ミヅキは緑陽と一緒にいる事が比較的多い傾向はある。あくまで比較的というだけであり、二人揃ってシンリについて行く期間だって普通に多いし、一家団欒する時だってかなりある。シンリがそういう家族的イベント事が好きなのもあるが。

 

 その為、ミヅキの知らないところでヒノがシンリの知り合いと友好を結ぶ場合だってあるし、ヒノの知らないところでミヅキが緑陽やジェイなどの友人と友好を結ぶ場合だって無論ある。実際にハンター試験前から天空闘技場に来る4か月程ヒノとミヅキは会っていない期間がある事をゴン達は知っているので、信憑性の持てる話だ。

 

「だから、聞くなら直接聞いた方がいいよ。例え真実がどんな結果になろうとも。そうで無いと、皆納得できないだろ?」

 

 それが真実かどうかはまだ分からない。

 もしかしたら曲解された虚構の言葉を吐かれるかもしれない。それでも、真実が知りたかった。他でもない、ヒノ本人の口から、直接。

 

「………俺、ヒノに電話して、直接聞いてみるよ!」

 

 やはりこういう時、一番最初に行動するであろうゴンは、携帯を取り出して掛け始める。

 その行動に、キルアもレオリオもミヅキも、誰も止めはしない。固唾を飲んで黙って見守る。

 

 ゴンの携帯が、登録されたヒノの番号に掛け始め、コールした時――――――

 

 ♪~♪~

 

「あ、そういえば今ヒノの携帯僕が持ってたんだ。すまん」

 

 着信を告げるヒノの携帯を取り出すミヅキに、思わずゴン達はズッコケてしまった。

 

「てめぇ!ここまで張りつめたシリアスな雰囲気台無しにしやがって!」

「そう言うのは事前に言っておくべきだろうーが!つーか直接聞けって言ったのミヅキじゃねーか!」

「あれ?ヒノの携帯をミヅキが持ってるならヒノは今どうしてるの?」

「ああ、僕の、携帯代わりに、持ってる、はずだよ」

 

 キルアに胸倉を掴まれてがくがくと揺すられながら、今朝方の出来事を思い出しつつ答えるミヅキ。

 ヒノよりも早く家を出るミヅキは、自身の携帯の電池残量が無くなっていた事もあり、代わりにヒノの携帯を借りて出かけた。そしてヒノは、ミヅキよりも後から出る為、充電が終わった頃合いにミヅキの携帯を持って行ったという。

 

「それじゃあ、今度こそ。ミヅキの携帯に掛けてみるね」

 

 そう言って、再び登録された番号をコールするゴン。

 今ミヅキの携帯を持っているのは、ヒノ。この電話に出た時に、第一声で何を言うか。ゴンは鈍く音を発する心臓を沈めながら、相手の受信を待った。

 

 しかし、一向に電話に出ない。

 

 流石に15回目のコールが過ぎた辺りから、眉を潜めて自分の携帯の画面を見る。確かにミヅキの携帯に掛けているし、番号も間違っていない。にも関わらず、一向に出ない。

 

「ミヅキ、ヒノ出ないよ?」

「何?」

 

 ゴンの言葉に、今度はミヅキが眉を潜める。ヒノは割と携帯にはすぐに反応するタチだという事をミヅキは知っている。にもかかわらずに出ない、という事は考えられる要素は2つ。

 

「携帯を持っていない、つまり家に忘れてきた。もしくは………………出られる状況じゃ無いって事だと思う」

 

 出られない状況と言っても、必ずしも危機的状況というわけでは無い。

 例えば公共施設でも病院内とか映画館という場合もある。しかし誰かと戦っている、もしくは重傷を負って意識不明、という場合もあるが、その可能性はまず排除する。このヨークシン内で、ヒノを害する事ができる存在がどれ程いようか。

 それこそ、件の話に出てきた旅団しか思いつかない。

 

(ヒノと旅団の奴らの様子を見た限り、本当に親しい友って感じだったし、互いに意識不明になる程戦うなんて状況にはならないはず。だとしたら、ヒノは今一体どこに………………)

 

 そうミヅキが考えた瞬間、ミヅキの持つヒノの携帯から着信を告げる音が鳴った。

 

「ヒノ!?」

「いや………違う。これは………………シンリ?」

 

 何かを告げようとするディスプレイに映る己の義父(ちち)の名前。

 この状況であの義父(ちち)が掛けてくるなら、おそらく無関係じゃない。そう直感的に感じながら、ミヅキは電話を取った。

 

「もしもし――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は少し遡る。

 世界が真っ赤に染まる夕日が沈み始める時間帯に、私は屋上から屋上へと跳んでいた。

 

 ウボォーの事だから、正規の電車やタクシーなんてまず使わないだろうし、一般歩行者と一緒に街中を普通に歩くなんてことはまずしない。やるとしたら、今の私と同じく人の目の届かない場所で、動き続ける。このビルが立ち並ぶヨークシンなら、建物と建物の間を跳びながらの方が、断然早い。

 

「こうなったらクロロ達に連絡を―――――て、そういえばミヅキの携帯だった!クロロ達の番号登録して無いし!」

 

 早くしないと、ウボォーが件の鎖野郎を見つけてしまう。

 一度ウボォーを捕獲した事と、予言の事を考えると、その人物に殺される可能性が高い。まだ3日今週はあるけど、今日死ぬとしたら、多分それが原因。ウボォーも今日中には見つかるって言ってたし、その前に見つけてウボォーを捕まえ無いと。

 

 この時私は少し焦っていた事は否めない。

 もう少し考えたら、まだやりようは色々とあったかもしれないけど、その時間すら惜しんで、ウボォーを探していた。

 

 

 

 

 赤い時間に貴方の前には分岐点 赤い太陽の道と黒い月の道

 太陽の下では貴方の翼を灼き尽くし 月の下では貴方に眠りを差し出すだろう

 

 

 

 

 これが、ウボォーの予言。

 ネオンの予言は基本1週分の出来事を4行詩に記して、それが週の数だけある。その数が少なければ、次の週が来る前に死ぬ。それがネオンの予言の素晴らしくもあり、恐ろしい所。

 

 ウボォーの予言は、上記の4行説たった1つ。つまり、今週中に必ず死ぬ。それを防ぐには、その予言を回避しなくてはならない。

 ネオンの予言のさらにすごい所は、死の予言が回避可能という点。基本的に回避する為の忠告文みたいなのもでるんだけど、今回は少しわかりづらい。

 

「要約するとしたら、分岐点の片方にいけば死んで、片方に行けば死なない。その代わり怪我するって事なのかな?」

 

 怪我してすむか、死ぬか。

 ある意味究極の2択だけど、私としては迷わず怪我の方にして欲しい所。それが例え重症だとしても。ウボォーだったら、場合によっては死を選ぶかもしれないけど。

 

 もしもウボォーが、私の知らない所で誰かに殺されたりしたら、それはしょうがないと思う。悲しいけど、それだけの事をウボォー達はしている。具体的に把握しているわけじゃ無いけど、彼らは皆自分達の所業を悪だと理解して行動を起こしている。常に死と隣り合わせ、死すらも彼らの生活の一部。それが幻影旅団。

 

 自業自得、と言ってしまえばそれだけ。それは私も同意だし、もしもウボォー達が誰かに倒されたとしても、倒した相手に復讐しようとかは考えない。まあ旅団メンバー達は違うと思うけどね。ウボォーの場合だと仲のいいノブナガとか、普通に復讐計画しそうだし。

 

 だけど、自分の目の前でそれが起こるなら話は変わる。

 例え死すらも受け入れてウボォーが先へと行こうとするのなら、その時は――――――

 

 もうすぐ日が暮れて夜が来てしまう。できれば、その前に………………?

 

(日が暮れる?夕方………………赤い時間!)

 

 そう思うと同時に、私は少し高いビルの屋上、黄色いラインで描かれたヘリポートの上に着地する。そのまま歩き屋上の端に寄り、下の世界を見渡した。

 そこに広がるのは、真っ赤に広がるヨークシンの街。

 

「赤い時間って言うのは、夕刻の事?だとしたら、タイムリミットは少ない………………」

 

 赤い時間に出現する分岐点。

 しかし、もしも夜が来たのなら、その分岐点は終わってしまう。予言通りなら、それでウボォーが分岐点の片道、〝黒い月の道〝つまり、死への道を進んでしまう。

 

「ウボォー、一体どこに――――――」

「よぅ、ヒノまた会ったな!何してんだ?」

 

 不意に背後から聞こえた声にバッと振り返れば、そこに立つのは今まさに探して止まない人物。

 グレーの髪を逆立たせ、野性味を溢れさせると同時に、己の肉体から絶対的な自身と強者の誇りを漂わす巨漢の男、ウボォーギン。後ろを振り向いて呆然としている私の前に現れ、私が黙ってるので少しきょとんとした様子で私の頭をポンポンと叩く。

 

「ん?ヒノ?おーい、どうしたどうした。せっかくお前がここに上るの見かけたから来てみれば、らしくねーな、お前が黙ってるなんてよォ」

「………………………………………ウボォー!!」

「うぉっと!いきなりどうした?」

 

 思わずウボォーの腰にしがみ付いてしまったけど、ウボォーは難なく受け止めてくれた。

 友達が、もうすぐ死ぬかもしれないと分かっている友達が現れると、やっぱりすごく安心する。生きててよかった、本当に。

 

 感傷に浸っている暇じゃないと思い、ウボォーにしがみ付く腕を解いて真正面から見据える。

 

「ウボォー!今からアジトに戻って!それで3日くらいじっとしてて欲しい!」

「どうした、唐突だな。つーかわりぃな。今から一個ケリつける用事があるから、話はそれからでいいか?」

「………………用事って?」

「ああ、言ったろ?俺を捕まえた鎖野郎ぶっ潰しに行くんだよ。もうアポは取ったからな、ヨークシンの外れの荒野で1対1(タイマン)張る予定だ。向こうの了承も得てるぜ、どうだ?ちゃんと街中で戦わない様に配慮しておいたぜ」

 

 得意げに語るウボォー。私の言った事ちゃんと守ってくれたんだ。

 でも、それを聞くと余計に行かせられない。今は夕刻、それに場所がヨークシンの外れの荒野なら、そこに着く頃には既に夜になっている。黒い月の道………………多分、夜の事を示唆してると思う。

 

「ウボォー、さっき予言を貰ったの。そうしたらウボォーはこの戦いで多分だけど必ず死ぬ!だから、行くとまずい!」

 

 直球に言う。ウボォーには回りくどい言い方よりも、この方が確実に伝わる。あまり見ない私の様子にウボォーも流石に冗談を言っているわけじゃ無いって事は分かったみたいだけど、その表情を見れば………多分返事は―――

 

「安心しろ、ヒノ。俺は負けねぇよ。借りを返さねぇと、前へは進めねぇしな。もしもそれで俺が敗れる事があるとしたしたら、俺がそれまでだったって事だ。例えそれが、予言だとしてもな」

 

 そっと、私の頭を柔らかく撫でてくれる。確かに死地に行く顔じゃない、自信を感じさせ包容力を見せつけるような巨大な力を感じる。

 

「それに、予言は必ず外れる当たるわけじゃねぇだろ。そもそも俺が予言を知ったんだから、変わる可能性だってある」

 

 観測者効果の事を言ってるのかな。ウボォーは意外と鋭く洞察力もある。

 観測者効果とは、簡単に言えば予言の内容を当事者本人が理解しながら予言に沿えば、本来の予言とは違う結果が出る可能性があるという事。例えば極端な例を出せば、必ず外で転ぶという予言を貰った者が、その日一日部屋から出ない生活を送り予言を回避するって事。

 少なからず、その予言を知っている事により考え方が、予言を知る前の本人の考え方とズレが生じ、そのズレが予言を変える事になる。

 

 確かにその可能性はあるけれど、確証は無い。それは言ってしまえばネオンの予言も確証があるわけじゃ無いけど、ネオンの予言はマフィア上層部もお抱えの予言らしい。

 

「それじゃ、俺は行くぜ。安心しろ、ちゃんと明日には戻って来てやるしな」

 

 そう言ってウボォは丸太の様な手を振ってビルを降りようとする。

 既に夕日は沈みかけ、この赤い世界とも見納め。そこに飛び込もうとするウボォーは、まるで血の池に飛び込む様にも思えて、私はぞくりと直感的な何かを感じた。

 おそらく………………ウボォーは死ぬ。

 

「もしも、それでも私が無理やり止めるって言ったら、どうする?」

「おー、その時はかかって来いよ。お前とは初めて会った以来まともにぶつかってねぇしな。あんときもワンパンダウンで終わったし」

 

 その表情は暖かく、私にはすごく安心感を与える表情に見える。私には未来を見る能力なんて持っていない。それでも、今はその表情が脆く、ガラス細工の様に砕け散る未来が、なぜか見える気がした。

 

 そう思った時、私は無意識のうちに声にだして呟いていた。

 

「――――――ごめんね、ウボォー」

 

 ウボォーが私の横を通り過ぎようとした瞬間、私は体を跳ね上げさせ、回転して威力を高めた蹴りをウボォーに向かって振り回した。

 咄嗟の奇襲に、ウボォーは思わずオーラで強化した腕を掲げてガード態勢に入ったが、その瞬間はっとした表情で己の失態を悟った。

 

(しまった!ヒノの攻撃は、()()()()()()()!!)

 

 

 ドオォ!!

 

 

 強化系を極めたウボォーの防御をあっさりと突き破り、ヒノの蹴りがウボォーを屋上ヘリポートの真ん中程まで一足で吹き飛ばした。

 

 ジンジンと痛む腕を見ながら、ウボォーは受け身を取りつつ選択を誤った事を理解する。

 いくら強化系を極めようとも、それはあくまで念を使ったオーラの技術による物。オーラの防御に関しては、ヒノ相手には全く役に立たない。それが彼女の能力【消える太陽の光(バニッシュアウト)】。ウボォーが反射的な防御をするよりも早く、呼び動作なしで一瞬で足に消滅の念を作り出して蹴り飛ばした。

 

 ヒノは具現化した念は基本消す事が出来ないけど、そうではないオーラを纏う攻防が戦術の基本であるウボォーの様なタイプには、多大なアドバンテージが存在する。いや、アドバンテージなんて生ぬるい話ではない。彼女には、主にオーラを直接使う強化、変化、放出の3系統は、ほぼ天敵である。それ以外にも操作系の念の消滅も行い、能力によっては全く効かない。彼女は、念能力の大半にとって悪魔か死神にも等しい。

 

 加えるなら、身体的な能力や対捌きも常人を遥かに超えている。ヒノと比べたら、ウボォーは明らかに速度でも負けている。結果として、ヒノの攻撃を躱すことができず、ウボォーは成す術なく攻撃を喰らった。

 

 

(ウボォー、もしかしたら旅団の団員達だったらウボォーの意思を酌みとって、送り出したかもしれない)

 

 

 背後に周るヒノの攻撃を今度は回避するが、その瞬間流れる様にしゃがみこみ、ウボォーの足を回転しながら払う。巨体をぶわりと宙に浮かし、宙故に回避不可のヒノの掌底がウボォーの水月に突き刺さる。

 

 

(この行為はウボォーを侮辱するかもしれない。ウボォーを信頼して無いと言われるかもしれない。でも―――)

 

 

 吹き飛ばされたウボォーに追いついたヒノに対して、ウボォーは掴もうと腕を振るうが、その腕を柔らかく逆に掴み取り、ヒノはウボォーの巨体を物ともしないで、屋上に背中から叩きつけた。

 

 

(私の目の前で、今まさに死にに行くのを、黙って見過ごせるわけが無い!)

 

 

 オーラを消し去り打撃を与える一撃必殺の拳が、ウボォーの身体に突き刺さる。硬い屋上を砕き、蜘蛛の巣の様にヒビをまき散らし、ウボォーは沈んだ。その表情に意識は無く、完全に沈んだ事を物語っている。いくら念による防御をしようとも、ヒノの一撃はそれを容易に突き破り、生身に打撃を与える。いくら耐久力のあるウボォーでも、生身で受け止めきれるわけが無い。

 そばに立つヒノは、ウボォーを見下ろしながら、右手を掲げる。

 

「ウボォーなら寝ればすぐに回復する傷。だから、このヨークシンでは何もでき無い様に、()()()()()()()()()()()()()()。ごめんね、ウボォー」

 

 瞬間、体内から練り上げた念が、ヒノの周りを纏う。極大な、まるで台風の様に渦巻く念を右手に一つにまとめ上げる。荒れ狂う暴風の様な念を纏める技術は、明らかに常軌を逸している。顕在オーラ量だけでウボォーの数倍は優にありそうなオーラは丸くまとまり、ヒノの右手の上で、さながら小さな太陽の様な輝きを放った様に錯覚した。

 

「後で恨んでいいよ、ウボォー。……………【罪日の太陽核(サンカルディア)】!」

 

 屋上の中央で、光が弾けた。そう錯覚した様な念の奔流がウボォーの心臓を打つ。

 痛みは一切無い、だがその念の塊は、ウボォーの肉体を極限まで削り続けた。体内を通り、手足を抜け、全身をくまなく蹂躙する。ドクン!と、一際大きな心臓の音がウボォーを呼び起こしたと思ったら、次第にゆっくりと瞼を閉じていく。

 ウボォーに纏われいた念は、徐々に消え去って、【絶】の状態に等しい姿で横たわった。

 

 意識の無いウボォーを見下ろすヒノは、その瞬間膝から崩れ落ちて、同じようにウボォーの隣に倒れた。

 

 瞬間、ヒノのポケットから携帯が着信を告げる。

 

(あ、ミヅキからの電話かな?早く……とらないと。でも………腕に力が入らないや………)

 

 徐々に自分の意識が闇に染まっていく事を理解していく。手足は投げ出され、耳に聞こえていた携帯の音すらも、もう聞こえない。

 

 そのままヒノは、意識を手放した。

 後に残ったのは、無情に音を告げる、電子音だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光と闇の照らす街の中 太陽に向かう月と出会う

 月が沈むも登るも貴方次第 悲嘆の紅炎がその身を焦がす

 

 月は沈んだ。彼女の悲しみは心を燃やし、その身を焦がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「………………………………………………来ないな」

 

 クラピカは一人そう呟き、黒く染まる夜空に浮かぶ月明りの下、ヨークシン外れの荒野で待つ。結果クラピカがアジトに戻ったのは、日付が変わる頃だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第52話『9月3日の行動方針』

9月2日(水)ゴン達腕相撲→賞金首リスト入手!
      ヒノ、ネオンとお茶する→ヒノVSウボォー!→両者ダウン!
      クラピカ、待ちぼうけ!
9月3日(木)←今ここら辺


 

 

 

 

 

(結局昨夜は奴は来なかった。奴の性格から考えて、途中でやめるなんてのはまず無いだろう。となると、急遽来れないだけの理由ができた、それは何か?団長の指示か、それとも不測の事態か。なんにしても、()からの情報次第か………………)

 

 一人、護衛対象であるネオンが滞在するホテルの屋上で風に当たり、クラピカは冷めた目をしながら思考に更けっていた。

 

 ネオンの父親、ノストラードファミリーの組頭であるライト=ノストラード氏が昨日到着し、今後の予定を話し合った。競売品は()()幻影旅団に盗まれて、地下競売(オークション)は中止。その為、今なお安全とは言い難いヨークシンから、ネオンを自宅へと返す。元々オークション参加を目標に来ていただけに、組長から告げられたこの事実に渋々と言った表情をしながらも、彼女は肯定の意を示した。

 予定では、クラピカと同期で護衛チームに加わったセンリツ、バショウの二人と共に帰る予定だが、これは組長がネオンを危険な場所であるオークションに参加させたくない為の方便。

 

 オークションは、9月3日の今日、予定の時刻、場所で再開される。

 

 面子を重要視するマフィア側からしてみれば、舐められたままじゃ終われない。9月1日、2日と2日分の競売品が強奪された為、それを取り返す為にも予定変更は無い。

 しかしながら、同じようにマフィア達を迎撃用にいくら用意した所で、相手が相手だけに焼け石に水。その為コミュニティ側は、殺しのプロでもある腕利きの殺し屋を数名雇ったと言う。その中には、伝説の暗殺一家の名も連なっているとか。

 

 クラピカは組長と共に、護衛チームリーダーとして同行する。

 理由は護衛もあるがもう一つ、殺し屋チームにクラピカを参加させる為。

 

 これはコミュニティにノストラードファミリーの名を売るチャンスでもあり、ほおって置いても暗殺者達が旅団を片付けてくれると予想しているが、その殺し屋チームに自分の組の人間を加えておけば、実際にクラピカが成果を上げようが上げまいが、それだけで宣伝になる。

 あわよくば、旅団の一人を捕らえたクラピカの実力を持って、誰か仕留めてくれれば尚良し、と言った所だろうか。

 

(果たして、そこらの暗殺者程度で旅団の連中が仕留められるか。それこそゾルディック級の者達で無いと、逆に返り討ちになる程の相手)

 

 思い出されるハンター試験におけるイルミ=ゾルディック。あのレベルの者達でないと、旅団には太刀打ちできない。それがウボォーギンとマフィアの戦闘を見ての、クラピカの感想だった。

 

 ピピピピ、ピッ!

 

 不意に、メールの受信を知らせる携帯の音を止めて、クラピカは画面を覗き込む。そこに記された文字の羅列を見て、少しだけ考え込む様なそぶりを見せた。

 

[特になし♠現在行方不明中♥]

 

 ワンポイントに記号の使われた簡素なメールの内容だが、それだけでクラピカに十分に理解した。

 

(ヒソカからの返信。旅団はあの男、ウボォーギンとやらに何も指示をしていない。それどころか、旅団内でも未だ行方不明………………少し面倒な事になったな)

 

 クラピカとヒソカは、協定を結んでいる。

 

 ヒソカは幻影旅団のメンバーであるが、メンバーではない。団員の証であるナンバー入りのクモの入れ墨を【薄っぺらな嘘(ドッキリテクスチャー)】で偽装し、ヒソカは旅団の誰にも悟られず、偽りの4番を演じている。

 

 その目的は、幻影旅団団長であるクロロと戦う事。戦闘狂のヒソカにとって、これ程までに心躍る相手はいないと常々願ってはいるが、そうはうまくいかない。クロロと戦おうとすれば、他の団員が黙ってはいない。ただでさえ比較的新参なヒソカはあまり信用されていない為、どうやってもクロロと二人きりになれる機会は皆無。

 

 そしてそれを成就させる為に、旅団を潰そうと画策するクラピカと協定を結んで情報交換をしていた。

 

 互いに相手を利用し、どんな手段を使っても己の欲する物を手に入れる。

 それがクラピカとヒソカが互いに同意した協定。

 

 そのヒソカに、クラピカは昨夜1つの質問をした。

 それは、ウボォーギンに帰還命令もしくは、昨夜別に命令が下ったか。結果として、ヒソカからは特になしと回答が届いた。

 

(未だウボォーギンは捜索中、マフィア、旅団互いに。奴は一体どこに向かったか。私が狙いであった以上、他に行き場は無いとすると…………全く違う第三者にやられた?いや……そんな偶然が起こるか………………)

 

 推測するが、決定打に欠ける。確かに幻影旅団はA級賞金首、つまりは元々お尋ね者。マフィアに限らず、偶然出会った賞金首(ブラックリスト)ハンターに討伐された、という可能性もあるが、そう都合の良い事が起こるのだろうか。

 第三者にやられた、という点においてはほぼそれが正解に近いのではあるが、クラピカがそれを知る術は現在無いのであった。

 

(奴は私の顔も名前も知っている。このまま旅団の下へと戻られる前に、手を打たねばならないなな………………)

 

「クラピカ、ここにいたのね」

 

 不意に聞こえた柔らかな声に、クラピカは表情には出さないが思考を頭の片隅に追いやった。

 ちらりと屋上への入り口を見てみれば、センリツがそこに立っていた。

 

「センリツか、ボスの付き添いはいいのか?」

「もうしばらく準備中。あなたこそ、今日のオークションに行くんでしょ?大丈夫かなって思って」

「問題無い。旅団が来るというのなら、私にとっては好都合だ」

 

 だから心配なんだけど。センリツはその言葉を飲み込む。母親が子を憂う様に、センリツはクラピカの先を心配する。

 超聴覚を有し、人の心音からその者の心情を読むセンリツにとって、クラピカは放っておけない存在だった。冷たく、怒り、憎しみ、唯一クラピカからクルタと幻影旅団の事情を聴いたセンリツは、旅団と口にするごとに凍えるような心音を打つクラピカを心配する。

 

 実力的には旅団と同等に戦える事は知っている。冷静な洞察力を有し、的確な判断力も持っている事は、護衛チームのリーダーを任されている事からも分かる。センリツもクラピカをリーダーに推薦した一人として思うが、その生き方はまるでその身を暗い奈落へと相手を引きずる様な生き方。

 

(今の心音を聞く限りじゃ、そう無謀な事はしないと思うけど………………)

 

 昨日の旅団の件もある。

 あれはウボォーがクラピカを探している事を理解して、あえてノストラード所有物件の一つであるホテルで待っていた為に起こった決闘の約束。クラピカ自身も勝算ありと判断しての事だが、それでもあまりこういう無茶なやり方はしないで欲しかった。

 

(できれば、クラピカにも背中を任せられる様な安心する仲間がいれば………………そういえば)

 

 ふと、思い出したのは昨日、ネオンと共にカフェに来た少女の事。

 

「クラピカ、そういえば昨日ボスと一緒にお茶してた女の子の事だけど、何か心当たりがあったの?」

「そうか………確かに君なら私の心音から察しただろうな。彼女の名前は聞いているか?」

「確か、ヒノさんって言ってたわ」

「………………やっぱりか」

 

 やれやれと肩を竦め、半ば予想通り、半ば嘆息する様な仕草で、クラピカは息を吐く。

 そのあまりにも普通に自然体な動作に、思わずセンリツは目を丸くして驚いてしまった。

 

 氷を研ぎ澄ましてさらに刃に加工した様に鋭く張りつめた空気を纏い続けるクラピカだが、こんな表情もするのかと素直に驚く。センリツはその少女の事に、元より別の意味でだが、興味が湧いた。

 

「どういう知り合いなの?」

「私と同期のハンターだ。他の仲間と共にヨークシンに来ている事は知っていたが、まさかボスと偶然会うとは思わなかったな。念使いの少女というのもそうそういないし」

 

 クラピカは念を修めた時、師匠である心源流の師範代から他の近況を聞いた時、イルミ、ヒソカと同様にヒノも既に念法を修めている猛者である事を聞いていた。当初普通に驚愕していたが、同時にどこか納得もしていたという。

 だからこそ、少女の念能力者で、後はヒノの容姿と同じパーツが電話口のスクワラの口から洩れてくれば、ほぼ確信に変わる。あまりにも偶然に偶然過ぎたので、名前を聞くまでは確定していなかったのではあるが。

 

「普通に考えて、ボスが街中でナンパした少女が自分の知り合いだとは思わない」

「ナンパって………あはは、それはまぁ確かに。ボスも中々引きが良いって言うのかしらね」

 

 ある意味護衛としては最強の部類かもしれない。まあクラピカは、ヒノの戦闘能力とか念に関しての実力はそこまで詳しく把握しているわけでは無いのだけど。

 

「その子って、どんな感じの子?」

 

 どこか探る様に、しかし表に出さないようにして、センリツは自然に尋ねた。

 

「そうだな、ちょっと変わっているが明るく、不思議な子………か」

「どういう事?」

「何か隠している様にも見えたし、何でも知っている様に見えた。しかし彼女自身明るく、裏表の無いタイプだと思ったよ。すごく、子供らしいとね」

 

 そう言うクラピカの脳裏には、ハンター試験、さらに通じてパドキアの出来事が思い出される。一緒にいた期間はゴンやレオリオ、キルアの方が長いかもしれないが、それでもの人とナリを知るには十分の様に感じられた。そう思うクラピカは、少しだけ微笑んでいた。

 しかし、途中で切ってちらりとセンリツを見る。

 

「どうにも、解せないという面持ちだな、センリツ。ヒノについて、何か気がかりでも?」

「ふふ、やっぱり隠し通せない?」

 

 目を見れば心情が分かる、とはクラピカの談だが、その洞察力観察力は確か。センリツの言葉や、僅かな挙動から何か気にしている、と感じたのだろう。くすりと笑いながら、センリツはゆっくりとした声音で話す。

 

「昨日ヒノさんとすれ違った時にね、不思議な音を聞いたの」

「音?」

「そう。心臓の音。けどあの子の身体の内側から聞こえてきたのは、凪の様な幅の無い、静寂の様な音。喜びも、悲しみも、怒りも、憎しみも、何も感じなかったわ。あんな音は、初めて聞いた」

「あのヒノが?信じられないな………」

 

 今更センリツの能力に疑問の余地は無い。だからこそ、クラピカはその言葉に驚く。

 天真爛漫に振りまき、楽しげに笑う少女の姿。とてもあれが演技だとは思えなかった。

 

「でもね、逆に不自然って事は、別の可能性もあるのよ。例えばだけど体の情報を遮断する能力。まあ念能力の可能性は挙げたらきりがないのだけれど。後は、誰かに操作されていた、みたいにね。最も、操作はされて無いと思うけど」

「どうしてそう思う?」

「あの子の【纏】がね、すごく綺麗だったの。あれこそまさに自然体、そう言ってもいいくらいにね。あのレベルになると、操作されできる物じゃないわ。同時に、あの子かなり強いって言うのも分かったけど」

 

 元々の心音を知っていたら、操作された時の心音の違いから操作能力を判別できるセンリツだが、今回はヒノの心音を初めて聞いたのでこの判断方法は使えない。しかし、あれを見て操作されている、とはとても思えなかった。だからこそ、センリツは不可解に悩ましている。寧ろ操作されていると確信できたら逆にすっきりするのだが。

 

「音の無い心臓の少女、といった所か。流石にこれ以上は、推測するだけになるな」

 

 後は彼女本人に直接聞く、くらいか。

 

「あ、そろそろボスの準備も終わるし、行くわね」

「ああ、済まなかったな、センリツ」

「ふふ、頑張ってね、クラピカ」

 

 ひらりと手を振って、センリツは屋上から出て行った。

 後の残ったクラピカは、久しぶりの旧友の話題で少し穏やかに過ごせた事に、僅かに笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

(………………さて、これからどうしようかな♣)

 

 ヒソカは瓦礫に座り、一人自前のトランプを弄んでいた。

 

 先程団長であるクロロ含めた団員全員(ウボォー除く)が一堂に会して今後の方針を話し合っていたが、その結果2人組に分かれての情報収集となった。無論アジトに残る人員は何人かいる、ヒソカもその一人だ。

 そもそも自分と2人組をしたいという団員がいないのでしょうがない。別段自分が団員達から不審がられている事は問題無いが、今の状況に関してヒソカはどうしようかと検討している。

 

(ウボォーギンは見つからない♣おそらくは死亡したか………それとも拉致られたか♠彼が始末してくれると思って情報もあげたのに、彼からのメールだとその前に消えてしまった、と♠一体どこにいるのか…マフィアに捕まった?いや、それは無い♥それにしては、動きが無さすぎる♠) 

 

 マフィアを面子を大事にする。もしもマフィア側がウボォーを捕まえたたのなら、マフィアを襲った愚かな賊の一人として、ネット上にいくらでも晒し首だろうが何だろうが分かりやすいアピールをしてくるはず。しかし今調べてみたが、それらしい者は一切ない。

 

 つまりは、マフィアとは全く関係無い誰かによってウボォーは()られたか、捕まった。

 

 強化系を極め驚異的な肉体を持つウボォーだが、例えば彼自身が操作されるとか、巻きつけたら動きを止める鎖を具現化するとかすれば、1対1の状況下で倒す事は難しくない。最も、そういう不得手の相手であっても、対処できるだけの頭と経験を持つからこそ旅団は驚異的ではあるが。

 しかしクロロの推測としては、やはり操作系、もしくは具現化系の鎖の能力者に倒された可能性が高い。

 

(ヨークシンでウボォーギンを倒せる人物はそうはいない♣後可能性としては、イルミは違うって言ってたし………ヒノ?いや、流石にこれは無いね♥そうだとしても、なんで?って話だし♦ま、何か知ってるかもしれないから聞くだけ聞いてみようかな)

 

 ちなみにヒソカはミヅキもシンリも全く知らず、面識が無い。たまたまなのかタイミングが悪かったのか、シンリはともかくとして、ミヅキに関してはヒソカがいない時に旅団の所にヒノと来たので仕方が無い。その後ヒノがヒソカがいるときにも旅団に来たが、その時には逆にミヅキがいなかった。だからヒソカの中で旅団級の者となると、もう少し限られてくるが、どれもすぐに切り捨てる。

 

 個人的にはウボォーをクラピカが倒し、順々に旅団の数を減らしてくれる事を期待したのだが、思ったよりも予定外の事が起こり始めている。このままでは自分の思い描くクロロとの対決が実現しない。逆にクラピカが旅団に見つかり倒されてしまえば、もはや旅団を減らしてくれる者がいなくなる。

 それはできるだけ避けたい。あくまでできるだけ、なので自分の身の状況に置いては斬り捨てる事もやむなしだが、それは相手も同じなのでお互い様である。

 

(………………出ないな♠ヒノが電話に出ないのも珍しい♣携帯忘れてるのかな?ま、出ないならしょうがないや♠)

 

 コール音だけを鳴らす携帯を切り、ヒソカはトランプをピッときる。

 髑髏に意匠を施した様なジョーカーのカード。

 

 底の無い暗い瞳が、まるでヒソカをじっと見つめている様だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 カーテンの隙間から翳した光が、僅かに彼女の髪を光らせる。

 太陽の光を溶かし込んだ様な黄金色の髪は、いつも身に着けている緋色のリボンから解かれて、白いシーツの上でゆったりと広がっている。

 

 まるで眠れる森に迷い込んだかのような、幻想的な風景。

 

 ベッドの上に横たわり、身じろぎ一つ動く事が出来ずにいた。皺一つ変わらず、彼女がずっとこの状態である事を理解させられる。いつも楽しく笑う口元は閉じられており、爛漫に目を輝かせる紅玉(ルビー)の様な瞳は伏せられて、彼女の時は動かない。

 

 快活に触れ回る小さな小動物の様に場の空気に色を付ける彼女の姿を、もう見る事は出来ない。いつも身に纏うエネルギーは微塵も感じられず、本当の意味で静かな時間が彼女を包み込んでいる。

 

 傍らに立つ少年は、その姿にすっと目を細める。灰色に近い白銀の髪を小刻みに揺らして、碧眼の瞳からはわずかに透明な雫が流れ落ち、頬を伝う。 

 

 兄として、できる事はあったのではないだろうか。そんな思いを考える事も無く、口元に手を当てて少年は、僅かに俯き少女の顔を視界から外した。

 

「ミヅキ………………」

 

 その様子に部屋の入口から声をかけるゴンだが、それを無言でキルアは手で制す。今の彼に掛けるべき言葉は、ゴンに見つける事は出来ない。キルアはそれを即座に判断し、何も言わずに場の空気を読み取った。

 

 キルアは歩き出し、俯くミヅキの肩に手を置いて、口を開く。

 

「いや、ただ寝てるだけだしお前今欠伸してただけだろ………」

 

 やや半眼でじとっとした目で見るキルアの視線に、ミヅキはわずかに眼尻に溜まった涙をぬぐい、再び欠伸を噛み殺した。

 

「仕方が無いだろ。昨日はまともに寝て無かったからな」

「それはご苦労と言っておくが、ヒノはいつまでこの状態なんだ?昨日からずっと【絶】の状態で眠り続けてるぜ?結局詳しい事は何も分からないしよ」

「それは僕も同じだ。と言ってもそのままじゃラチが明かないだろうし、命に別状は無いから起きるまで待つとしよう」

 

 ヒノが眠る部屋から出て、リビングダイニングに戻ったミヅキ、ゴン、キルアに、ソファに座って朝刊を呼んでいたレオリオが手を振った。

 

「よぅ、ヒノはどうだった?まだ寝てるのか?」

「まあね。昨夜も言ったけど一先ずこのままほっておいてもいいよ。それで3人共これからどうするの?」

「情報収集が先だな。旅団を捕まえて1人20億ってのは魅力的だが、奴らがどこにいるか分からないんじゃ話にならないしな。ま、それよりも先にサザンピースのオークションカタログを買うのが先か」

「あれ?でもあれって1200万するんだろ?3人共手持ちは昨日参加費の500万払ったから残り400万くらいしか無いんじゃ?」

「「………………」」

 

 ミヅキの言葉に、気まずい雰囲気で押し黙ったレオリオとキルア。しかしそれを見つめるゴンはきょとんとした様であり、一体何事かとミヅキは思う。

 

 昨夜、ミヅキは義父であるシンリの父親に出た後は、一人で先に帰ってしまった。

 その後、ゴン達がおこなった行動と言えば――――――――、

 

「は?質屋にゴンのハンター証入れて1億無利子無担保で借りた?」

 

 ミヅキにしては本当に珍しく、表情を変えて驚く。この話が本当なら、中々正気の沙汰じゃない作戦に出ている事になる。

 

「ほら、賞金首って探すのに広い情報網が必要でしょ?だから掲示板で集めようにも800万とか情報に報酬出す人もいるんだ。だから俺達は1500万出して提供してもらおうかと思って」

「…………それで、その報酬額捻りだすのにハンター証を質入れしたと……………アホか?」

「もっと言ってやってくれよミヅキ。一度流れたらもう手に入らないからやめとけって言ったけど、聞かないんだよコイツ」

 

 やれやれと肩を竦めるだが、今回は全面的にキルアの意見に同意する。

 ハンター証は売れば7代まで遊んで暮らせると言われる程の超希少なライセンス。本人の者じゃなくても、それだけで利用する方法なんかいくらでもある。だから欲しがる者も多いし、ハンターは自分を証明する者で再発行もしてくれないので決して紛失しない様にしなくてはならない。この事はハンター試験終了後の講義でも注意されている。

 

(それを、躊躇いなく質入れ。売らないだけまだマシだが、父親の手がかりの為とはいえ、少しゴンを見誤っていたな)

 

 質入れした品はその時の借り入れ金額を差し出せば普通に戻ってくる。この場合は1億質屋に渡せばゴンのライセンスは返してくれるが、その前に誰かが購入などしてしまえばもう手元に戻ってこない。確かに数日やそこらでハンター証が流れる確率は低いが、それでも普通はしない。

 それだけ本気と言うか、今やれる事を全力でやるというか、手段を択ばないと言うか。

 

「ま、ゴンが決めたならいいけど。しかし言えば1億くらい貸してやるのに。後で倍にして返してくれるなら期限とかも別にいいし」

「今さらっとすごい事言ったなコイツ。ていうか無期限で倍返すとか、いいのか悪いのか微妙だぜ」

「いや、でも無期限で知り合いから借りれるならミヅキに借りた方が良くねぇか?どうせハンター活動を今後も続けるなら、金が入る機会は多いだろうしよ」

 

 確かに、そんな事を思ったが、既にハンター証は質入れしておそらく既にゴンの通帳に1億振り込まれている。まあ今すぐに取り返す必要も無いが、最悪の場合はその手段を借りる事になると思う。ゴンとしてはできるだけ、ヒノやミヅキの力は借りない方向にしている。借りたらその瞬間色々と台無しというか、苦労なく全て片が付いてしまいそうだからではあるが。そりゃ金もグリードアイランドも全部持ってるし、何この兄妹怖い。

 

「じゃ、俺らは外出て来るな」

「ああ。行ってらっしゃい」

 

 ひらひらと手を振るミヅキを家に残して、ゴン達は外に出て行った。

 それを見送ったミヅキはわずかに溜息を吐いて、誰もいないリビングでぽつりとつぶやく。

 

「それで、どうするつもり………シンリ」

「どうするも何も、彼らがやる気になっているなら見守るしか無いだろう。ヒノがいつ目覚めるか、に関してはミヅキのおかげで明日には目覚めると思うし。元々オーラが枯渇しただけだしね」

 

 果たしていつからいたのだろうか。

 ダイニングのテーブルに座った人影は、掴み所の無い表情で楽し気に笑っていた。

 

 銀色の長い髪を後頭部で結い上げ、金色に薄く太陽光に反射する瞳は少し細められ、ミヅキを見ている。

 

「そうじゃなくて、ゴン達に説明しなくても良かったのか?ヒノと旅団の事は知りたがってたけど」

「説明するのは容易いけど、ヒノの意思もあるからね。全部正直に話して嫌われたく無いし」

 

 あっけらかんと話すが、割と真面目に嫌われるのは避けたいらしい。果てしない親バカだが、その瞳の奥は何を考えているのか分からない時が多々ある。本当に何も考えずに私情を優先しているのか、もしくは………。

 

 昨夜、ゴン達が家に帰ってきた時は、最初はヒノが倒れた、という事実に皆驚いた。

 

 無論心配もしたが、ミヅキが特に問題無い事を伝えて一先ずお開きとなる。特に問題無いのは、自分が来る前に義父がヒノを見つけて診てくれた、という様な説明で割と納得してもらえた。実際に本当の事でもある。もっとも、それだけしか語らなかったのではあるが。

 元々マンションはシンリの持ち物で、今はヨークシンのどこかにいるという事はゴン達にも説明してたので、その持ち主が娘を介抱しても何ら不自然では無い。

 

 ゴン達もヒノが眠っているだけという事にほっとして、一先ず夜も遅いので眠りに着き、先程の朝の光景に至る。そのままシンリはゴン達の前に姿を現さず、というか別の事をしていた様で先ほど入れ違いに入って来たらしいけど。

 

「しかし、友人の知り合いかもしれない相手を躊躇なく捕まえようとするとは。相手が賞金首とはいえ、中々肝が据わっているというか」

「ま、その辺りは色々と3人で話し合ったみたいだよ。最終的にはゴン主導で決めたらしいけど」

「そうかい。まあヒノが起きたら俺も戻ってくるか。あの子達に挨拶もしたいしね」

「それは良いけど、結局あいつはどうするつもり?シンリの知り合いだろ?」

 

 ミヅキの視線がシンリを射貫きながらも、シンリは表情を変えずに笑いを堪えているかの様に楽し気に微笑む。ミヅキの言いたい事も分かる。確かに自分は()()()をヒノよりも昔から知っているし、ヒノがいた件場に同じ様に倒れていたから状況は大体察している。例の人物、ウボォーギンの今後について。

 

「そうだな。ウボォーには悪いが、とりあえず――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 ゴン、キルア、レオリオの3人は外の競売市を覘きがてら、散策をしていた。

 値札競売市と言われる、品物にかかっている値札に自分の名前と値段を書き、欲しい物がいたらその名を消して新たに自分の名前と上の値段を書いていく。それを繰り返し、指定された時間に一番高額を記入した者が購入できると言う、蚤の市と競売が合わさった、一般人でも気軽にご利用できる中々人気の市である。

 

 そんな露店と露店の間を歩きつつ、レオリオはゴンに尋ねる。

 

「なぁ、ゴン。昨日も聞いたけど、本当にいいのか?旅団の奴らとヒノが知り合いだけど、捕まえる事に関してはよぅ」

 

 幻影旅団は賞金首である、という事実を除けば、友人の友人を捕まえようとする行為である。ゴンとしてはそういうのは少し躊躇いがちかと思っただけに、レオリオもキルアも少し訝し気だったが、ゴンはまっすぐな瞳を二人に向ける。

 

「うん、どっちにしたって俺達が大金を稼げる手段が無いのは事実だし、それにヒノと旅団、どちらかに事情を聴こうにもヒノがあの状態なら、後は旅団を捕まえて直接聞こう。それなら、俺達も納得できるし、場合によっては1人捕まえた後に他の団員の居場所を吐かせて芋づる式に捕まえられる。全員で140億、一石二鳥だし!」

「お前ってやるとしたら結構過激な行動派だよな。まぁ確かに理にかなってはいると思うけどよ」

「けどやっぱヒノに聞いた方が早くねぇか?俺が言うのもなんだけど、いくら知り合いっつても相手は犯罪者なのは変わらないしさ。まあ捕まえるのは同意だけど、知ってる奴に聞く方が相手の居場所とか確実だし」

 

 キルアの言う事も最もである。ミヅキの見立て(実際はシンリの見立てだが)ではヒノは後一日あれば目覚めるという。ならば、その後に情報を聞いてからでも、オークションまでに後2日猶予がある。その間で敵を捕らえる事ができれば、期間内に7人分、1人頭20億の計140億と大金を持ってオークションに臨めるという物だ。

 しかし、キルアの言葉に対して、ゴンはまっすぐな瞳を向ける。

 

「ヒノに聞いたとしても、多分教えてくれないと思うんだ。もしもゾルディックの事とかキルアの事とか聞かれたらさ、俺だったら絶対に答えない。友達を売るなんて、できるわけないからね」

「ゴン……………」

「もしもヒノと旅団の関係も同じだったら、無暗に聞くのは間違ってると思う。だから………………俺達自身の手で直接確かめて、直接聞けばいい。実際はどうなのかって事を」

 

 自分も元殺し屋でありゾルディックに名を連ねているこそ、キルアはゴンの言いたい事が深く理解できた。いくら過去の経歴がどうであれ、ゴンにとっては自分はかけがえのない友人だと言ってくれる。

 

 実際は、案外ヒノの事だからポロっと教えてくれるかもしれないけど。

 

(けどゴン、幻影旅団は、現役の賞金首だぜ。敵として判断されれば、躊躇なく()られるかもしれないんだぜ?まあそれでも、お前なら直接確かめるって聞かないんだろうけど)

 

 自分も、過去何人も手に掛けてきた。仕事の暗殺もあれば、ただその場の気分で殺した数だって少なく無い。だからこそ、幻影旅団という者達が危険だと一番理解しているであろうキルアだが、そう言って止まるゴンじゃない事を友として知っている。

 

 ならば、とことんサポートすればいい。自分1人ならともかく、仲間がいれば困難に立ち向かえる。

 ちょっと前までの自分なら考えなかったであろう事に、キルアはわずかに微笑むのだった。

 

「ん?レオリオ、ゴンは?」

「ゴン?ああ、あそこの露店見てるぜ。何をって、ありゃナイフか。ゴンの趣味じゃなさそうだけど」

 

 見て見れば、フリーマーケットの様にシートの上に広げられた露店に置いてあるナイフを手に取って、興味深そうにまじまじ見つめるゴンの姿。その姿にキルアは何かピンと来たのか、レオリオに合図を送る。

 

「レオリオ、交渉得意だろ。あれ、今すぐに手に入らねーか?」

 

 お宝かもよ?

 

 その言葉をレオリオもすぐに理解して、ゴンの下へと歩み寄る。そこからは、レオリオと店主が二言三言と言葉を交わし、多少方便も織り交ぜたレオリオの交渉術に、あっさりと300ジェニーで落札して購入してしまった。

 

 少し離れた所で、購入したナイフをまじまじと見つめる。

 

「間違いない、ベンズナイフだ」

「ベンズナイフ?」

「ベンニー=ドロンっていう昔の殺人鬼のオリジナルブランドだけど、犯罪者の作品って事で正当な評価が去れない反面、熱狂的なコレクターは多いんだ。多分安くても500万」

「「ご!?」」

 

 刀鍛冶であるベンニーは、人を殺すごとに番号入りのナイフを作り計288本。そのどれもが一流の鍛冶師顔負けの作品であり、歪な形状のデザインもあり、芸術的評価もかなり高い。勿論正当な物ではな無く、裏の評価ではあるが。

 

「ゴン、よく知ってたな」

「ううん、全然知らなかったよ?でもなんか変な感じがしたから【凝】で見て見たんだ。そしてら幽かだけどオーラが纏ってあってさ」

「………………ほんとだ!」

 

 ゴンの言葉にキルアも【凝】をして見て見れば、確かに注視しないと見逃してしまいそうではあるが、ナイフ全体に薄いオーラが纏われている。

 

 優れた才能を持つ人物は、無意識の内に念を使う場合があり、その場合そう言った者達が残した作品の数々にオーラがわずかだが纏われている場合があるという。

 逆に言えば、【凝】で確認してオーラがわずかでも出ている物があれば、それはほぼ確実に優れた才能の者が生み出した作品。端的に言えば、高値で売れそうな物。

 

「そうか、こんな方法があったのか!この方法なら、物なんか知らなくても価値ある物が一発で分かる!」

「でしょ?名付けて『念でぼろもうけ大作戦』!」

 

 ゴンのネーミングはともかくとして、確かにいける。

 そう思った時、3人共自分達のそばに気配を感じた。

 

「お、そこの少年、いい眼をしているな」

 

 その言葉に振り向けば、そこにゆらりと立つ影。

 およそ10代後半から20歳前後の様に見える青年は、人の好さそうにも見える笑みを浮かべ、すっとゴンの手にあるベンズナイフを指している。

 色素の薄い黒髪が所々天然パーマの様に跳ねて、その佇まいは不思議と身構えさせられる様に感じる。

 

「その刃物、よかったら俺にも見せてもらっていいか?」

 

 そう言って青年はナイフを見て、一層楽しそうに笑った。

 

 

 

 

 

 



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第53話『高額ボディブロー』

お気に入りが、1000件を超えました。
何と言いますか、感謝感激です!ありがとうございます!

引き続きヨークシン編をご覧ください!


 9月2日夜、ミヅキは家に帰って来た。

 正規の交通機関を無視して喧嘩を売るような移動方法で即座に帰ってきたミヅキは、扉を開いて中へと入る。

 

「シンリ!ヒノが倒れてたって本当か?」

 

 半ば信じられない、という思いを無表情ながら如実に醸しながら、ソファに座っていた男に詰め寄る。倒れた、では無く倒れてたという所が気になる所だが、詰め寄られたシンリは、クルリと顔だけでミヅキの方に向く。

 後頭部で結い上げた銀色の髪を揺らし、白いシャツとスラックスという清潔感のある格好している事に関しては問題無いが、真っ白なシャツの所々にべったりと赤い血がついているのが非常に気になった。というか軽くホラーである。

 

「で、ヒノはどうした?」

 

 が、ミヅキは無視した、普通に無視した。

 

「部屋で寝かせているよ。とりあえず念が枯渇してただけだから、命に別状は無いし寝れば回復する」

「念が枯渇してた?てことは、【罪日の太陽核(サンカルディア)】でも使ったの?もしくは【陽炎の―――」

「実際に来てみるといい。実は隣にあいつも今寝ていてね」

「あいつ?」

 

 シンリの手招きに、ミヅキはついて行く。

 マンションの一室から一度出て、隣の一室へと入る。隣ってそういう事か、と思いながらミヅキは中へと踏み入れると、少しだけ顔を顰める。血の匂い、それが原因。

 最奥の部屋へとシンリに続いて入ると、そこにあった光景に少しだけ目を見開く。

 

「こいつは………確か旅団のウボォーギンだったか?」

「その通り。強化系能力者のウボォー、団員ナンバー11。ヒノと一緒に彼も倒れていてね、一緒に運んで治療してあげたわけ」

 

 真っ白い部屋の中、ベッドの腕で泥の様に気を失っているウボォーが確かにいた。全身あちこちに包帯が巻かれており、痛々しい事この上ない。一体何があったのだろうか。ミヅキ自身ウボォーの戦いを見た事があるというわけじゃ無いが、旅団のメンバーは総じて実力が高い事は把握している。

 が、見た目の怪我では無い、別の所でミヅキはピンと来た。

 

「………これって、強制的な【絶】……いや、体内の念が永続的に消滅し続けている。て事は、ヒノはウボォーギンと戦ったのか?正直喧嘩とかあんまりしないとは思ったんだけど」

「能力使用の様を見ても喧嘩と片づけるとは中々面白いけど、実際は少し違くてね。一緒にヒノが持っていた物だけど、これを見てごらん」

「………………これは、詩?」

 

 

 

 これは1枚目、5つの内、上2つの4行詩。

 

 光と闇の照らす街の中 太陽に向かう月と出会う

 月が沈むも登るも貴方次第 悲嘆の紅炎がその身を焦がす

 

 皆既日食が無音の鼓動を鳴らし 灰の御山で心を燃やす

 掟を破った星々は 浅い眠りをその身に刻む

 

 

 

 これは2枚目、たった1つしか無い4行詩

 

 赤い時間に貴方の前には分岐点 赤い太陽の道と黒い月の道

 太陽の下では貴方の翼を灼き尽くし 月の下では貴方に眠りを差し出すだろう

 

 

 

「ミヅキは、ネオン=ノストラードという人物を知っているかい?」

「ノストラードと言えば、確かそういう名のマフィアがいたな。ボスはライト=ノストラードって事は、その娘か?」

 

 ヒノと比べて随分と博識なミヅキの頭の中に引っかかる言葉。その事にシンリは満足そうに笑いながら、紙を手に持ち詩の部分を指ですっとなぞる。

 

「彼女は予言の詩を生み出す事ができる稀有な能力を有していてね、その形式はその月の週事に4行詩を書きだす。その的中率は100%、しかし文面の警告を守れば死の予言すら回避できると言う優れものさ」

「ちょっと待って。週ごとに4行詩って事なら、この2枚目、もしかして1週目で死ぬって事か?」

「うん、そうだよ」

 

 躊躇い無く言い切る様は清々しいと思うが、友人の予言に対してこの反応はどうなのかと若干思うミヅキ。どちらがどちらの予言かは、予言の書かれた紙と一緒に名前と誕生日と血液型も書かれているから一目瞭然である。

 

「てことはウボォーギンは今週死ぬと……………え、ヒノにやられたの?マジ?僕妹が殺人犯とか……まあ別に構わないけどさ」

「いいんだ、そこもうちょっと考えてあげようよ!ていうかウボォー死んでないよ?」

「それは見れば分かるが、じゃあこの血の痕はそもそもなんだ?」

「治療してあげたんじゃない、全くひどいなぁ」

 

 やれやれと肩を竦めるシンリ。

 実際に、ここに運び込んだウボォーの状態はそこそこひどかったらしい。具体的には全身の骨にややヒビが入っていたらしい。後首に元からあった傷が開いて血溜まりができていたとか。二人が戦ったビルが17時で全員退社していなかったら、屋上に人が来て軽く警察沙汰になっていたのは間違いないであろう。

 

「ヒノの攻撃は念のガードができないからね。ヒノが打撃に加減したのもあるんだろうけど、ウボォーじゃ無かったら粉砕骨折とか普通だったかもしれないよ。ヒノの攻撃を正面から受け止められる者なんて、能力上精々ミヅキくらいだろうしね。他の奴なら下手したら死ぬ」

「そう考えるとウボォーギンって相当頑丈なんだね。でもそれにしては血飛沫多くない?」

「ああ、実はマフィアとウボォーが一昨日戦ってね、その時に陰獣の蛭って奴から体内に蛭を大量に入れられていてね。ほっとけば普通に死にそうだったから取り除いてあげたんだよ。親切だろ?」

「いや、まあ確かに親切だけど」

 

 ちなみに、マダライト蛭という、説明は省くがほっとけば1日で死に至る危ない寄生生物らしい。ちらりと横を見てみれば、ウボォーが寝ているベッド脇の机の上にメスやら剪刀、持針器、鉗子などが血溜まりの中に沈んでいる。

 

 この部屋一体何?とかシンリ医師免許持ってたんだ、なんでそんな事知ってるの?とか思ったが、ミヅキは話が進まないのでその辺り無視する事にした。シンリの言動を一から十まで突っ込んでいたら、キリが無い。

 

「で、結果的にこの予言文を見て、ヒノはウボォーギンを仕留めて現在に至ると」

「仕留めるつもりでは無かったと思うけど、概ねそんな感じだね。彼女の予言の面白い所は、その解釈次第で何通りも意味合いが生まれる所なんだ」

 

 その言葉にミヅキは改めて予言の文を見て見る。確かに、どれも抽象的で真面な読み方をしても埒が明かない。その意味を、真意を探るように解釈しなくては、到底予言など役に立たない。

 

「既に起こった事案から考えるに、この月というのはウボォーギンを表している事になるのか。つまりヒノの一週目の予言は、『ウボォーギンが死ぬか生きるか、ヒノの選択によって決まる』ってニュアンスだと思う」

「〔月が沈むも登るも貴方次第〕ね。この文では死という言葉も抽象的に表しているみたいだし、その解釈は正しいと思うよ。時刻はおよそ夕刻、〔その身を焦がす〕の所は、おそらくヒノとウボォー二人の事を表しているのかな」

「夕刻というのは、ウボォーギンの予言の〔赤い時間〕か」

「それもあるがもう一つ、〔光と闇の照らす街〕。これは光と闇、昼と夜が重なり合う間の時間、つまり赤い夕方の時間を表している」

「成程………………」

 

 

 光と闇の照らす街の中 太陽に向かう月と出会う

 月が沈むも登るも貴方次第 悲嘆の紅炎がその身を焦がす

 

 赤い時間に貴方の前には分岐点 赤い太陽の道と黒い月の道

 太陽の下では貴方の翼を灼き尽くし 月の下では貴方に眠りを差し出すだろう

 

 

 二人はヒノとウボォーの予言は、1週目の出来事で繋がっていると解釈した。ヒノの選択によっては、ウボォーは今この場にいなかったかもれしれない。ウボォーの生と死の分岐点に立つのが、ヒノという存在。それがウボォーの予言書にも出てくる、おそらく〔赤い太陽の道〕。気になるのは〔翼を焼き尽し〕の文面だが、その事に関しても二人は見当がついていた。

 

「翼、というのはウボォーの念能力。つまりは、ヒノによってウボォーの念が焼き尽される(消される)って意味合いかな。〔焼き尽し〕の文面と、ヒノの予言の〔紅炎がその身を焦がす〕って言うのも合うし」

「これが自動書記の予言書ね。普通にすごいな」

 

 素直に感心するミヅキ。

 ちなみに紅炎は別名プロミネンスと呼ばれる、細かい説明をすれば少々難解になるが端的に言えば、太陽の表層を纏う炎の様な物である。人体の表層を纏う炎、つまりはオーラを示唆しているとも推測できる。

 

「まあ、ウボォーはこのまま寝ておけば今週生き延びるだろう。そもそも分岐でヒノの道を選んだのだから、予言は回避されたとみていい」

「選んだとうより、無理やり選ばされた気がするけどな」

「例え起きても、念が使えない状態じゃ何もできないしな。目を覚ますのもまだまだ先だろうし、とりあえずほっておいてもいいだろう。もし無理やり出ようと思ったら叩き伏せよう」

 

 にこやかに笑いながら割と物騒な事を言うシンリの表情に、ヒノの顔を重ねながら、ミヅキはふと楽し気に笑った。

 

「とりあえず気になる事はまだあるが、僕はヒノの所に行ってるよ。その方が早く回復するだろうしね」

「ああ、頼むよ」

 

 そのまま部屋を出て行こうとしたら、ミヅキはふと思い出した様にぴたりと足を止めた。

 

「あ、そういえばシンリ。ゴン達がヒノと旅団がどういう関係か知りたがってたけど、どうする?」

「旅団との?………ああ、そういえばマフィアが懸賞金掛けたんだっけ」

 

 もう一つはヒノが前に腕相撲時に話をしてた知り合いがそのリストの人物だったので、必然的に旅団とヒノの関係性が、少なくとも知り合い以上だという事が分かった。

 

「ふむ、そうだなぁ。そもそも俺がクロロ達に会いに行く時にヒノがたまたまついてきて知り合ったからね。しかもその時ヒノ確か5歳くらいだよ?」

「てことは、本当に親戚とか近所の人感覚か。………はぁ、ちょっと面倒だな」

 

 昔からよく知っている、というならそこそこ絆が深そう。そう思ったミヅキは、果たしてヒノが起きた時にどういう説明をするのかが非常に気になる。避けては通れない、ならばどうするか。

 

「あ、そういえばミヅキ。ヒノの事に関しては友達には普通に倒れたって事だけ伝えておいてくれ。ウボォーの事を説明したら少し面倒だからね」

「それは僕も思ったけど、説明不足にならないか?」

「俺の事を引き合いに出せばいいよ。実際に俺が二人を拾ってきたのは事実だし、ウボォーの事なしでも十分話が纏まるだろ?」

 

 義父(シンリ)がたまたまヒノが倒れているのを見つけて介抱し、家に運んで寝かせた。一先ず命に別状は無いし、おそらく念の反動による一時的な物であるから心配いらない。そのシンリはまた出かけたので、今は説明しようにもできない状態である。

 説明するとしたら、こんなところであろうか。

 

「それで納得してくれるのか?」

「友達が無事と分かれば、彼らも安心だろ。それじゃ、俺は本当に出かけてくるから、ヒノの事は頼んだ。それじゃあ宜しくね、ミヅキ」

 

 そう言って、シンリは暗い夜の街へと出て行った。

 一人残ったミヅキは、自分の………じゃなくて借りていたヒノの携帯を操作して、電話を掛けた。

 

「ああ、もしもし?ゴンか。実はな―――――――――」

 

 こうして夜は更け、連絡を受けたゴン達も家に戻って来たという。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 そして9月3日現在、ゴン達が購入したベンズナイフを見て、とある青年が声を掛けてきた。

 

「ふむ………後期型のベンズナイフか。初期のデザインをやや参考にしている節があるが、全体的には中期の物に近い。(なかご)を見ないと分からないが、おそらく210番以降の作品か………。全体的に少し手入れ不足だが、切れ味も問題なさそうだ。個人的にはデザインは好きな方だな」

 

 まるで新しい玩具を見つけた少年の様に瞳を輝かせながら、青年は不思議なデザインをしたベンズナイフを手にもってまじまじと見つめる。

 

 天然パーマの様な癖っ毛の、色素の薄い黒髪。人の好さそうな笑みを浮かべる青年は、ぽかんとしてるゴン、少し興味深そうなキルア、若干呆れた様なレオリオの三者三様

の視線を普通に流しながら、先程ゴン達が購入したナイフ手に取り眺めている。

 

「成程、確かに【凝】をすればわずかに念も視える。ベンニーも優れた才を持つ者だったという事だろう。いい鑑定方法だな、少年達」

 

 青年も【凝】をしながら視ている事に、ゴン達は一様に驚いて少しだけ雰囲気が鋭くなった気がした。ナイフコレクターの、念を扱う青年。念を扱える、それも【凝】をごく自然に扱えるとなると、最低でも【四大行】を修めた程の実力者。そんな者がそうポンポンといても逆に困る。

 まさかこの男旅団の一味!?と思いつつも、そんな偶然はそうそう無いだろうと頭の片隅に追いやる。ゴンやレオリオは兎も角、キルアは一応その可能性も念頭に入れている。警戒するに越した事は無い。

 

「それで、結局あんた何者?相当やるみたいだけど、まさか一般人とか言わないよな?」

 

 立ち振る舞い、流れる念の挙動や操作性から、実力的にも高い事をいち早くキルアが、次いでゴンやレオリオも感じ取ったのか、キルアの言葉に雰囲気だけわずかに身構える。逆に聞かれた青年は、まだ名前も名乗っていなかった事を思い出して悪い悪いと手で謝る。

 

「俺名前はジェイ、何者かと言われると………鍛冶師兼ハンターだ。天國屋(アマクニヤ)(ブレード)ハンター、まあ宜しくな」

「ジェイもハンターなんだ、俺も!」

「俺も今期受かったハンターだ、宜しくな」

 

 相手が自分と同じハンターだという言葉に、ゴン達は一気に親近感が湧く様な感じがした。偏見かもしれないが、ハンターと聞くとなんだかいい人に見えてしまう。別にジェイが悪い人というわけじゃないのだが。

 

「俺はゴン!」

「俺はレオリオだ。宜しくな、ジェイ」

「宜しくな、ゴンにレオリオさん」

 

 礼儀正しく、レオリオにさんを付けるジェイに対してレオリオは好印象だった。おそらくレオリオを年上と勘違いしたのであろう敬称だが、実際の年齢を比べれば多分この二人は同じくらいだ。

 

「さんなんて要らねぇよ、多分年も近いだろうし。俺今19だ」

「は?俺と同年代?冗談だろ?レオリオどう見ても20代後半か下手したら三十路にしか見えないぞ」

「ひでぇ!?初対面のゴン達もそうだけど、俺ってそんなに老けて見えるのか!?なぁ、ゴン!」

「………………」

「なんとか言ってくれぇ!」

 

 レオリオの渾身の叫びが、ヨークシンの街中で響くのだった。

 そして、さっきから黙っているキルアなのだが。

 

「なあ、あんた天國屋(アマクニヤ)のジェイって言ったが、マジ?」

「そうだけど、それがどうか?」

「キルア知ってるの?」

「ああ、今世界中にいる鍛冶師の中では、多分トップクラスの腕前を持つ有名な鍛冶師だぜ!ベンズナイフはあくまで裏世界で有名だが、天國屋(アマクニヤ)のは表の世界でも有名だ。まあ、天國屋(アマクニヤ)本人が作った刃の本数が少ないから、幅広いってのも少し違うけど。親父も作品好きだぜ、確か一本持ってるって言ってたな」

 

 珍しくやや興奮した様にキルアは語る。ベンズナイフの事も知っていただけに、キルアは意外と博識らしい。そしてキルアの父、現ゾルディック家当主のお墨付きとなると、中々の逸品である事が窺える。しかしながら、キルア自身もその噂の鍛冶師が思っていたよりも若い人物だったのが意外らしく、少し驚いていた。

 ジェイの方も、キルアの言葉に少し驚いた様だった。

 

「そいつぁ、光栄だ。しかし自分で言うのもなんだが、俺が作った物を持っている人は結構限られてくるんだけどな。えっと、少年名前は?」

「俺?ああ、悪い。俺はキルア、キルア=ゾルディックだ」

「ゾルディック?」

 

 名を聞き返すジェイの言葉に、キルアは若干まずい事を言ってしまったかと危惧した。

 ゾルディックは世界的にも有名な、暗殺一家。無論情報にも討伐にも懸賞金が普通にかかっている。まあ顔写真が公開されているわけでは無いので、その素顔を知る者は極わずかではあるが。

 しかしゾルディック家にはハンターが襲撃に来たことだってある。余裕で全滅させたが。ジェイもハンターなのだとしたら、ゾルディックの名前に何か思う所があるかもしれない。そう考えた

 

 しかし、キルアの予想と裏腹に、驚く名前が出た。

 

「ゾルディック………てことは、キルアの父親はシルバさんか?」

「!?親父の事知ってるのか!」

「ああ、やっぱり。なんか雰囲気似てるからな。俺もシルバさんも、ベンズナイフのコレクターだからな。ちょくちょく会うんだよ」

 

 意外な所で意外な人と意外な人の関係が出てきた。まさか自分の父親が名のある鍛冶師とコレクター仲間だったとは、流石のキルアも思わなかった。人の縁とは、中々奇妙な物である。

 

「まあその話は置いといて、本題が先だ。このナイフ売ってくれないか?」

 

 その言葉、一瞬ゴン達はピシリと固まった瞬間、即座に3人で円陣を組み始めた。

 

「ねぇ、どうしたらいいと思う?」

「ばっか、おめぇ!ここは売るっきゃねぇだろ!相手は天下の鍛冶師様だぜ!資金面でも絶対潤沢だ!キルアの話じゃベンズナイフは表の相場じゃ二束三文だしな、今から裏の鑑定士探すよか全然いいぜ!」

「価格は人によるかもしれねぇが、ジェイならベンズナイフの価値を多分一番分かっているはずだ!後はどれくらい出してくれるかが問題なんだが」

「キルアの見立てじゃこのナイフどれくらいするのかな?最低でも500万って言ってたけど」

「そうだな、ベンズの後期で状態も割といいみたいだし…………800万くらい?多分だけど」

「「マジで!?」」

 

 500万で売れても儲けものだというのに、さらに値が上がるかもしれないキルアの言葉にゴンもレオリオも素直に驚く。やはり後危惧するのはコレクター本人。人物によってはその辺り値段を渋ろうとする奴もいると言えばいるし、普通に金に糸目をつけずに買う者もいる。果たしてジェイの場合はどちらか。

 

「奴が真正のコレクターなら、もっと出せるはずだ!ここで引っ張るだけ引っ張れ、レオリオ!」

「よし、俺に任せろ!3倍の金額を払わせて見せるぜ!」

「それは流石にぼったくりじゃ………2人ともお手柔らかにしてね」

「お~い、話はついたか3人共」

 

 3人で交わされた不穏な会話を聞いていない、蚊帳の外だったジェイの言葉に、売り買いの交渉術に定評のあるレオリオが代表をして前にでる。売る事には全面的に肯定。後はジェイがいくらで買うかだが。

 

「よっしゃ!ジェイ!ゴンも売るのは問題無いぜ!で、値段なんだけどよ――――――」

「ああ、4000万くらいでいいか?」

「ぐはあぁ!?」

「「レオリオー!!」」

 

 明るい陽射しの下で、レオリオの2回目の叫びが響いた。ジェイの口から放たれた、渾身の金額(パンチ)がレオリオを穿つ。

 己の生涯に悔いは無いとばかりに、ゴンとキルアに親指を建てたレオリオは、真っ白に倒れ伏したのだった

 

 その表情は、満足そうにして。

 

 

 

 

 

 

 

 




レオリオ「わが生涯に、一辺の悔いな―――」
ゴン「レオリオ!それ以上は言っちゃあだめだぁ!」
レオリオ「ならば、燃え尽きたぜ……真―――」
キルア「それもダメだろ!?」
レオリオ「なら………後は………任せたぜ、二人共」ガクリ
「「レオリオォー!!」」
ジェイ「いや、ナイフ売ってくれよ」





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第54話『たまたま偶然こういう事もあるかも』

ヨークシン編も早11話目。後何話で終わるかなぁ。
ちなみに今の所一番長いのは『ハンター試験編』の12話。
その次は『天空闘技場編』の8話!


 

 

 

「「あ………………」」

 

 両者共に、意図せずに思わず言葉を零してしまう。そしてそのまま黙ってしまう。

 

 もしも背後から暗殺者が追跡したのなら気づくだろうし、離れた場所から狙撃銃を向けられようと躱す事は造作も無いだろう。しかし、いくら極限に位置する超人共だとしても、運命の悪戯、偶然という物はどうにも対応が一手遅れる。

 しかし、それが戦場の真っただ中ならともかく、平日に通常運行する電車の隣同士となれば、別段慌てふためく必要も無かった。無論、驚く事は驚くのではあるが。

 

「電車なんか乗って何してるの、クロロ」

「ミヅキか……。別に俺が電車に乗る事は、そこまでおかしな事では無いが?」

「初登場のシーンと比べたら違和感半端無いんだが。まあ今の恰好ならそう不自然でも無い、というか一瞬誰だか分からなかったな。クロロって変装うまいんだな」

「いや、普通にスーツ着て髪下ろしただけで変装って程じゃ無いんだが………」

 

 もう一つ付け加えるとしたら、額にある十字の入れ墨を隠すために包帯を鉢巻の様に巻いているくらいだろうか。

 

 ミヅキの言う通り、クロロの恰好は実に普通だ。黒いスーツをスラっと着こなし、普段はオールバックにしている髪を下ろした姿はいつもよりも年齢を下に感じさせるが、この男実際は26歳とそこそこの年齢。オフモードの今の姿だと逆に年齢より若く見えるが、オールバック時の仕事モードだと実際の年齢よりやや上に見えてしまうので、実に不思議である。

 

 大してミヅキは普通にこの年代の少年らしい恰好をしているので、別段違和感は無い。あまり見かけない銀髪と碧眼という点と、少し幅広の自身の身長程の長い包みが多少目立つ程度であろうか。

 

 初対面時のミヅキとクロロは、ヒノに連れられてやってきた廃墟の仮アジト。その時のクロロの恰好は、オールバックに前の開いた毛皮付き黒コートという、目立つという異質というか、盗賊団団長としては貫禄のある格好をしていたので、ミヅキからしたらそんなクロロが一般人に混じって電車に乗っていると分かれば違和感が出る。

 

 まあ、恰好が一般向けになっているので、気にならないと言えば気にならないのではあるが。

 ちなみにクロロと判別する大きなポイントは、オーラの流れや静かな足運び、常に警戒する様な出で立ち………………ではなく、耳たぶ全体を隠す様な無駄にでかいイヤリングである。

 

「どこに行くの?今日はマフィアのオークションがあるはずだろ?」

「良く知ってるな。それに関係あるといえばあるし、無いと言えば無い。少々情報収集をしようと思ってな」

「一人だけ?」

「勿論。他の奴らには別の用事を任せてある、というか、今回は俺一人で行う任務の様な物だからな」

「へぇ」

 

 さて、ここで普通に話しているミヅキとクロロの二人だが、この二人は仲が良かったか?という疑問に対してお答えしたいと思う。

 

「ああ、そうだ。クロロ、昨日ジャック通りのオークションに出品されてた古書競り落としたぞ。既に絶版の『リアロードの猛獣使い』上中下セットだ」

「よくやった!こっちも同じ時間にクイーンズビルのオークションで競り落とした。見ろ、『東和神秘譚』だ、既に現存する物はこれ一冊というレアだレア!」

「後、『右手の無い神様の物語』もたまたま出てたから買った。これも結構珍しい部類なんだよな。聞いて驚け、幻の7巻だ」

「ああ、そのシリーズなら見た事あ…………7巻だと!?今となっては幻な!見せてくれ!」

「仕事はどうした仕事は」

 

 この二人の共通点、それは本。

 クロロは自他共に認める読書家であり、アジトにいる時も大抵何かしらの本を読んでいる程。

 そしてミヅキも、新聞や雑誌、ネットニュースなど情報媒体から知識を集めるのが好きな方であり、無論読書もその範疇に入る。

 

 で、折角ヨークシンに来たと言うので、この二人ヒノや旅団のメンバーも知らない間に連絡先を交換して、貴重な古書などをオークションで収集していたという。同じ日同じ時間に別の場所で開催されるオークションなどがあれば、連絡を取って二手に別れ、それぞれで目的の品物を競り落とす、という様な事をしていた。

 昨日はクロロも襲撃予定が無かったので、輪をかけて本集めに奔走したという自由っぷりである。この事実を団員のメンバーが聞けば一体どんな顔をするのやら。

 

「残念だけど持ち合わせは今は無い。少し出かける用事があったからね。また今度持っていく」

「まあ俺もアジトに置いてきたからな。しょうがない、我慢するとしよう」

 

 二人共、こんな所で互いに出会うとは思っていなかった為に、購入した本は全て自宅、もししくはアジトに置いてきた。クロロは悔しがっている様子だったが、ミヅキはそんなクロロの様子を見て写真を獲ってヒノに見せてやりたいな、などと的外れな事を考えていると、電車が停止しアナウンスが流れる。

 

「「それじゃあ、僕(俺)はここで降りるから。………………」」

 

 ミヅキとクロロは同じ駅で降りて、同じ様に改札を潜り、街へと繰り出す。

 

 信号を待ち、横断歩道を渡り、晴れた太陽の下で街を歩く。二人並んで。

 

 路地を潜り抜け、商店街を抜け、柔らかい風を浴びながら歩く。二人並んで。

 

 人通りの多い公園を歩き、渋滞見える歩道橋を進み、エンジン音を聞きながら歩く。二人並んで。

 

「……………ミヅキ、俺は目的地があって今歩いているわけだが」

「奇遇だね、僕も目的地があるんだよ」

「そうか」

「そうだね」

「「………………」」

 

((まぁ、こういう事もあるか))

 

 そんな事を考えながら、ミヅキとクロロは歩いた。

 別に二人一緒に移動しようとか欠片も考えていない。ただ、二人の行きたい方角に行けば、相手も同じ方角に歩く、という事を繰り返していただけである。

 

 たまたま偶然。が、もしも二人の目的地が同じであるなら、それはたまたまでも偶然でも無い、必然である。

 普通に考えればここまで方角が同じなら気づく様な物だけど。

 

「着いた………」

「着いたな………」

 

 10階建ての高層ビルの、7階から10階までの3フロアを全て借り切っている、とある組織のアジトの入口の前で、やはりミヅキとクロロは二人してぼやく様にして言葉を発する。ここまで来ると、流石に察しの悪い者でも理解する事だろう。というか、元々二人共察しは良い方だが、あえてその可能性を除外していたのだが。

 

「ていうか、ここは子供の来る場所じゃないぞ?一応マフィアのアジトだぞ?なんでミヅキがこんな所に用があるんだ………………」

「マフィアのアジトっていうのは知らなかった。ただ聞いた場所に来ただけだし」

「そうか…………とりあえず入るか」

「そうだね」

 

 躊躇いなく、扉を開いて中へと入る。ノックという革新的発明を無視した言動だが、最初から面会の連絡は入れているらしい。するりと中へと入るクロロに続いてミヅキも入り、扉が閉じると同時に声が投げられた。

 

「よく来たなぁ、連絡のあったクロロ、だっけか?子連れとは聞いてねぇが………」

「たまたま会っただけで、別に連れてきたわけじゃ無い」

 

 話が別方向にスライドしたら面倒だと思ってか、クロロとミヅキは無関係と示唆するような言い方でクロロは答える。会話をよく聞けば、知り合いじゃ無い、とも言っていないが。

 

「こちらの組長さんに依頼があって来た。是非面会をお願いしたい、アドニス殿」

 

 爽やかに言葉を発するクロロの隣で、ミヅキは「誰?」という少々失礼な感想を抱いていた。まあいきなり口調や仕草が紳士然としたものに一変すれば、ミヅキでなくとも思うだろう。クロロの事をよく知っている旅団のメンバーやヒノなら猶更、心情に加え+αでドン引きか爆笑必死な事だ。

 

「いいぜ、少し待ってくれや。まあ座っててくれ」

 

 そう言って、壁際に会った電話のボタンを数度押したと思ったら、ワンコールで切ってクロロ達が座るソファの対面に、どっかりと腰を下ろした。ついでに入れてきた、玄米茶の注がれた湯飲みを差し出され、ミヅキとクロロは茶を飲みつつ、目の前の男を少し値踏みする様に観察する。

 

 無造作な黒髪と顎髭に、サングラスをして顔の所処に傷跡を持つ男。服装は黒いスーツを着崩しているので風体で言えばヤクザの様にも見える。およそ190近い身長も相まってか、座っていても中々に相手に威圧感を与える人物だった。

 

(彼が、ヴィダルファミリーボス側近、アドニス=ヴォンドか。ファミリーに入る前の素性は分からなかったが、マフィア界隈では武闘派な人物として割と有名らしいな。確かに、フェイタンやフィンクスがすぐに殺せなかったわけだ………………)

 

 心の中で少し笑いながら、フェイタンが苛立たし気に話していたのを思い出す。

 

 9月1日の第一回地下競売オークション襲撃を終えて2日分のお宝を、多少の予定外はあったものの首尾よく強奪完了したクロロ達幻影旅団だったが、成功した任務とは別にして、オークションの観客を殲滅する担当だったフェイタンとフランクリン、シズクの3人が殺し損ねた人物が2人いたと言う。

 

 一人はまだシャルが詮索中だが、もう一人は割れている。

 ヴィダルファミリー所属、アドニス=ヴォンド…………つまりは、今目の前にいる男だ。

 

 念使いとしても一流に位置し、戦闘能力という点で言えば旅団に引けを取らない。好戦的な性格、筋肉質の巨漢、獰猛な肉食獣を思わせる瞳は、サングラスの奥から爛々と輝いている。向こうもまた、クロロとミヅキの事を品定めする様に見つつ、楽し気に笑っていた。

 

「おーい、アド。客が来たんだって?」

 

 すると、隣の部屋から扉を開いて、新たな人影が入ってきた。

 人影が手元でナイフをくるくると弄んでいた故か、クロロは一瞬だけ身体を揺らしたが、害意が無い事は直ぐに分かってかすました顔をしている。しかし、現れた人物の顔を見て、少し驚いた雰囲気を、ミヅキはなんとなく感じ取った。

 

「あ、ジェイ」

「おお、ミヅキか。思ったより早かったな。そっちは……お前の知り合い?連れ?」

「たまたま会っただけで、別に連れてきたわけじゃ無い」

 

 さっきの意趣返しとばかりにミヅキはしらっと語り、クロロはそんなミヅキをじっとりと睨むがスルーする。対面しているアドニスは腹を抱えて忍び笑いをしているが。

 

(あれは………天國屋のジェイ?一ツ星(シングル)のハンターであり稀代の刀匠。まさかヴィダルと交流があったとはな。機会があれば、一度あいつの作品を拝んでみたいな)

 

 クロロも知っていたジェイの名前。クロロは古今東西様々な美術品の鑑賞が趣味でもある。趣味というか、旅団の仕事のほぼ大体がクロロが気に入った物を盗みに入る為果てしなく迷惑な趣味であるが。その中には美術品だけでは無く、宝石や中には刀剣類も、美術的価値のある物は割と含まれる。

 そんなクロロからしてみれば、世界レベルを誇るという刃には興味がある。しかし、今回ヴィダルに来た目的はまた別にある為、表情には出さないが心の中で断念して残念がるのだった。

 

「さてと、それじゃあ行こうかジェイ」

「いや、ちょっと待て。気配がするな………」

「!」

 

 急に神妙な面持ちで、どこか別の場所を見ている様に表情を変えたジェイに、クロロは訝し気に、しかし警戒する様に少しだけ表情を変える。クロロから見ても、ジェイは確かな実力者。その男が神妙な顔をして言うという事は、自分も気づか無い内に何かの事態が起こったのかと勘繰るのは自然だろう。

 

 が、ジェイと言う人物を知っているミヅキやアドニスは、ジェイの神妙な言葉に全く反応せずに、ミヅキは無表情で玄米茶を啜り、アドニスは再び忍び笑いをしている。

 

 そしてジェイはきょろきょろと探るように、しかしクロロの前までやってきてじっと見つめた。

 その事にクロロは「バレたか?」などと考えつつ、爽やかに笑みを浮かべる。

 

「えっと、何か用か?」

「…………懐に、ナイフの気配がする。それも………多分ベンズナイフ」

「は?」

 

 思わずクロロも真顔で言葉を零してしまった。いや、確かにあっている。

 クロロは確かに、懐にナイフを、それもジェイの指摘した通りベンズナイフを忍ばせている。懐と言っても、正確には後ろ手に取り出せるように背面に鞘事固定して忍ばせているのだが。しかしジェイの視線はクロロを、しかも徐々にスライドして、クロロの背中をじっと見始めた。

 

 本来なら武器を披露するのは遠慮したかったが、ここまで来ては隠し通せない。

 

(というか、ミヅキとアドニスは絶対に知ってたな。ナイフの事じゃなくて、ジェイが何を言い出すのか………)

 

 少し呆れた様に、同時に攻める様に隣のミヅキはちらっと見たが、見られたことに気づいたミヅキは素知らぬ顔で壁を向く。全く誤魔化せていない、というか白々しい。

 

「よく分かったな。確かにこれは、ベンズナイフの一種だ」

「おお、そいつぁ、確か中期型の150番台!珍しいの持ってるな!ちょっと見せてくれないか?」

「ああ、構わない」

 

 そう言って取り出したナイフを、ジェイに渡すと、子供の様に楽しそうに眺め始めた。

 幾本かの刃が複雑に組み合わさった様な奇妙な形のナイフは、ベンズナイフの中でも少し変わり種、自身で調合した毒を仕込み、それを刃に載せて相手を切り裂くという毒ナイフ。無論、クロロのこのナイフにも毒は仕込んであるが、ジェイはそれを理解しているのか、刃部分には触らない様にして見ている。

 

「はっはっは!相変わらず刃物には目敏いなジェイ!つーか、組長の客なんだから後にしろよ。そろそろ組長来るぜ」

「いや、もうちょっともうちょっと。なぁ、これ譲ってくれない?」

「いや………流石にそれは………………」

 

 時と場合によっては、ナイフを手放して逆にジェイに恩を売るなりなんなりとしたい所だが、生憎今日の仕事で使用するかもしれない獲物。クロロとしても残念だがここは断ざるをえなかった。

 

「ほら、人様に迷惑かけないで、早く行くよジェイ」

「いや、もうちょっとだけ。な?」

「………………僕が何しに来たのか忘れて無いよね」

 

 そう言うと、やはりジェイは残念そうだったが、クロロにナイフをすんなり返した。思ったよりあっさりと返却してくれたのでクロロとしては少し拍子抜けだったが、微妙にほっとしたのは内緒である。

 立ち上がったミヅキと一緒に出ようとして、ジェイはくるりと首だけ振り向いてアドニスに声を投げる。

 

「しゃーねぇな。アド、ハルさんには言ってあるから後は頼んだぜ」

「おいおい、ちょっと待てよ。その小僧お前の知り合いだったのか?」

「ああ………義弟(おとうと)だよ」

「「は!?」」

 

 クロロとアドニスの驚いた様な顔を残して、ジェイとミヅキは外へと出て行った。

 

 建物から出て、ジェイとミヅキは二人並んで歩いている。

 

「ここのボスに用事って、心当たりあるの?」

「ハルさん……ああ、ヴィダルのボスなんだけど、あの人探し物得意なんだよ。ていうか、やっぱ、あの男お前の知り合いだったのか」

「たまたま会ったのは本当だけど、知り合いじゃないとは言っていない」

 

 しらっと言うミヅキは中々豪胆。しかしジェイもミヅキはそういう所があるという事を知っている為、笑って済ませる。

 その間、会話の中で取り出した携帯用の小さい砥石と、手に持ったナイフを研ぎ始めた。歩きながらというのをスルーして、ミヅキはジェイの手の中にあるナイフをまじまじと見つめる。

 

「それってベンズナイフ?新しいの手に入れたの?」

「ああ、たまたま朝値札競売市を歩いていたら持ってた少年を見つけてな。4000万の即決価格で譲ってもらったんだ」

「それってぼったくられて………まあどうせジェイの方から値段提示したんでしょうけど。ジェイがいいならいいんじゃない?」

「そういう事。あー、さっきのナイフ欲しかったなぁ。あれ結構切れ味も良さそうだったぜ。毒は多分麻痺毒か何か」

 

 ベンズナイフのコレクターでもあるジェイならば、例え億単位積まれても買う事だろう。無論物とか状態とか、まあさすがに何でもかんでも即決するわけじゃ無いが。こういう刀剣類を購入する場合、大抵ジェイの提示する金額は相手の予想を上回るので、即決にならない方が珍しいが。

 

 歩きながら無駄に高速で手を動かして正確にナイフを研ぐ様は見ていて面白いし、流石と言ったところ。

 しかし途中で手を止めたジェイは、すっと笑っていた表情を消して、ミヅキに話しかける。

 

「それで、ヒノの容体は?」

「容体って程でも無い。オーラが消えただけだからね。昨日一晩オーラをあげたから、今日の夜か明日の朝か、目を覚ますのは時間の問題だと思うよ。シンリも言ってた」

「そうか………………はぁ、まったくあいつはやると決めたらすぐに無茶をするからな」

「ま、大抵は自力で解決しちゃうけどね」

 

 なまじ身体能力念能力、他ステータスが無駄に高いだけに、割と猪突猛進の行動を取っても大体どうにかしてしまうから逆に困る。まあミヅキはヒノの事は言えずに、やや突っ込むきらいはあるけど。そう考えるとジェイは長兄らしく下の子と比べて割と落ち着いた印象だ。歳のせいなのだろうか?

 

「それで、例の予言文とやらは解読できたのか?シンリから一応掻い摘んで事の顛末は聞いてるが」

「ある程度解釈は終わったけど、実際にあっているかは起こってみないと分からないところがあるから。成り行きに任せて、その都度対処………かな」

 

 思い出すネオン=ノストラードの予言文。

 しかし、どういう理解の仕方をしても、それが正しいかどうかは現時点では判断がつかない。憶測、推測、結果として情報が足りない。未来の情報なのだから、当然といえば当然。それでもある程度の解釈はミヅキとシンリで完了している様なので、後はヒノが起きてから、と言ったところだろうか。

 

♪~♪~

 

「あ、電話だ………レオリオ?」

 

 着信画面に映る人物の名前に少し訝し気にしながらも、ミヅキは電話にである。果たして何か自分に用事でもあるのか、と。

 

「もしもし、レオリオ?」

『お、ミヅキか!実はちっと今ゴン達がすごい事になっててな、少し手貸してくれねぇか?』

「すごい事って?」

『聞いて驚け、なんと旅団を見つけたんだ!』

「え………………」

 

 まさか本当に見つけるとは、そんな言葉を飲み込んで、ミヅキは続きを促した。

 

『それでそいつらをゴンとキルアが今追跡しててよ、連絡無いからどうすっかと思ってな』

「あー、追跡したんだ。それってどんな奴ら?」

『男女の二人組だったぜ。キルアが言うには俺達じゃ手に負えないくらい強そうだってよ』

「あーそれ旅団だね、うん旅団だ」

 

 一応戦力分析はちゃんとしたのか、とキルアを賞賛するが、できればそのまま思い留まって欲しかったと、切実にミヅキは今更だが思った。まさか昨日の夕方から懸賞を開始して、1日も待たずに件の賞金首を見つけるとはさすがのミヅキも思わなかった。少しゴン達を侮っていたのかもしれない。

 

 一応レオリオはゴン達の連絡待ちだったらしいが、今だゴン達は戻らない。というわけで、ヒノとクラピカが連絡つかない状況にある今、ミヅキに電話して来たらしい。

 

『あいつらの携帯の位置情報見て見たら、外れの廃墟の方に移動したみたいでよ、尾行を続けてるのか、もしくは………』

「廃墟か………ちょっと行って様子見てくるから、レオリオは引き続き留守番しておいてくれ」

『え?お前1人で行くのか?』

「だって、レオリオ【絶】とかできないでしょ?」

『ぐっ………まかせた』

 

 電話を切り、ミヅキは少しだけ溜息を吐く様子に、ジェイはどうしたと声を掛けつつ手元のナイフと砥石を閉まっていた。

 

「ちょっと友達探してくるよ。ジェイは………帰ってもいいよ?」

「ひでぇ、まあ何かあったら連絡しろよ」

「了解」

 

 あっさりとジェイと別れて、ミヅキは目的地に向かって走り出した。

 場所は幻影旅団のアジト。ヨークシンにはそうなん箇所も廃墟地帯があるわけでは無い。レオリオが言っているゴン達の位置情報は、十中八九旅団が現在アジトにしている仮拠点。レオリオからメールで送られてきた地図を見て、それは確信に変わる。ヒノと一緒に行った旅団のアジトを思い出す。

 

(旅団のアジトにいるという事は確かにゴン達がまだ尾行しているか、連れされれたか。どちらにしろゴン達はまだ無事の様子だけど、それもいつまでか分からない以上急ぐか)

 

 何を考えているのか分からない。

 客観的に見ればそんな表情をしたミヅキは、移動を始めて早数十分。場所が街外れの廃墟地帯なのですぐにとはいかなかったが、確かに一度ヒノと来た事のある場所へとたどり着いた。

 

 灰色の建物に覆われた、廃ビルが建ち並ぶ地帯。ここの一つを旅団はアジトにして、ヨークシンでの仮拠点としていた。

 

 ミヅキはその中で最初ヒノと来た時に来た建物を探し、中へと入る。ちらりと見てみれば、所々ガラスや瓦礫など、散らばっている物が踏み砕かれた様な形跡があったので、一先ず間違っていない事を確認する。当然の如く気配を消しながらだが、ミヅキはゆっくりと話声が聞こえる扉まで近づいて、躊躇なく開いた。

 

 扉の向こうに広がっている光景は、ゴン、キルア、そしてクロロとウボォーを除く旅団のメンバー達。見覚えのある顔ぶれと、ゴンとキルアが無事なのをすぐに確認したミヅキだが、次の会話で一旦硬直した。

 

「ボウズ、旅団(クモ)に入れよ。俺と組もうぜ」

「やだ、お前らの仲間になるくらいなら、死んだ方がましだ!」

 

 瓦礫に腰かけながら、笑って勧誘する男、ノブナガと、それに対して隠す様子も無い明確な拒絶を示すゴンの二人。その会話に、ミヅキはぽつりとつぶやいた。

 

「………どういう状況?」

 

 

 

 

 




素顔で変装扱いされるクロロ。



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第55話『一つだけ教えて欲しい』

 

 

 

 

 ゴンとキルアによる、旅団追走撃!

 ゴンとキルアはジェイとの交渉後ベンズナイフを即決で売り渡して4000万を入手!その後、同じように【凝】をして価値ある物を数点購入し、それを売りさばこうと画策する。その甲斐あって中々素晴らしいお宝が手に入ったり、ちょっとした鑑定士と知り合いになったらしいけど、割愛!

 

 重要なのは、その後レオリオが1500万の報酬で旅団の情報を電脳ネットのお尋ね者サイトの掲示板で尋ねた所、情報が入った。しかも、現在進行形で画像付きの信憑性99%の間違いない超貴重な情報だった。残りの1%は情報提供者が報酬欲しさに造った捏造画像説!でも今回は本物!

 

 そして、ゴンとキルアはレオリオの元へとやってきて、情報にあった場所、広々としたカフェテラスだったのだが、それが見える建物から確認。報酬を支払った段階で作戦を立てる予定だったのだが、そこでキルアがストップをかけた。

 

 キルア曰く、旅団のメンバーである2人は強くて手に負えないレベル。例えるならヒソカが2人あの場に座っているという。ヒソカには共に一度は必ず苦渋を舐めさせられたゴンとレオリオは、その言葉だけで相手がどれだけやばいかをすぐに理解した。この二人を一瞬で納得させる辺り、キルアも中々に二人の扱いを心得ている。

 

 結果として、虎穴に入らざれば虎子を得ず、ゴンとキルアは二人を尾行する事に。

 【絶】をして気配を絶ち、見つからない様に距離を取って旅団の二人を追尾する。

 

 途中までは順調だったのだが、ここで誤算が一つあった。

 

 人通りの多い広場にいた二人、ノブナガとマチの目的は、()()()()()()()()()()()()()()襲い掛かってきたマフィアを捕まえて、ウボォーの居場所を吐かせると言う、ある意味究極の力業の作戦。その為わざわざ人通りの多い所で休憩をしたりしていたのだが、実はこの作戦を当初立案したクロロはもう一つ、この二人に内緒である作戦を仲間に決行させていた。

 

 それは、フィンクスとパクノダによる二重尾行。

 

 ノブナガとマチを囮としてわざわざ目につきやすい場所を歩かせて、その二人には内緒にしてフィンクスとパクノダの二人はこっそりと、ノブナガ達を尾行する。

 

 ノブナガ達すら聞かされていなかった二重尾行に、ゴン達が気づけるはずもない。とりわけゴンやキルアも、ノブナガとマチに気づかれない様に、二人の一挙手一投足を逃さぬ細心の注意を払って観察をしていた。まさか、その二人に別の旅団員が尾行しているなど、全く想定していなかった。

 

 そして、結果的に見つかったゴンとキルアは捕まり、旅団のアジトへと連れてこられた。

 

「あ」

 

 突然、ゴンが声を上げる。その原因は、旅団のアジトで普通に座っていた、ヒソカ。

 キルアもヒソカ自身も、互いにこの場は無関係を装う方が得策と瞬時に判断し、両者共に心の中で知らんぷりを決め込む。が、そんな察しの良い真似を、ゴンにも求めるのは酷なのであった。この少年、馬鹿正直なのである。

 

「なんだ?顔見知りでもいるか?」

「あ~~いや……………!あ、あの時の女」

 

 突然声を上げたゴンに対するノブナガの質問攻撃。が、ここでキルアのファインプレー。

 ヒソカのすぐ近くに座って黙々とマイペースに本を読んでいたシズクを見つけ、声を上げる。ゴン達が腕相撲条件競売をしている時、シズクとゴンは一度腕相撲で戦い、シズクが利き腕と逆の腕を使っていたとはいえ勝利を収めていた。

 その為、キルアはゴンがヒソカに対してあげた声の矛先を、シズクの方へと向けた。

 ゴンと出会ってから、キルアの苦労とサポート能力が一気に増えた気がする。ナイスキルア。

 

 そして、その声に最初に反応したのは、フェイタンだった。

 

「………ああ、そういえばこの前シズクと腕相撲して勝った子ね。それに私そこでヒノと()たね」

『は?』

 

 唐突、という程でも無いけど、フェイタンの言葉に旅団一同は驚きに声を上げる。

 例外としては自分がした事を忘れて「腕相撲?何それ?」と呑気に言っているシズクと、その横で呆れた表情をしながら、その時一緒にいたフランクリンの二人だけだった。

 

「ちょ、待て!ヒノがお前と戦ったって!?マジか!?あいつ誘っても全然のらねーだろうが」

「フィンがしつこいだけね。それに戦た言うても腕相撲ね。その子と一緒に腕相撲屋してたから、私参加しただけよ」

「どこだ!どこでその店やってる!俺も行って一勝負してくる!」

「無理ね、どうせもうやてないよ。残念だたね」フッ

「うわ、この顔腹立つ!」

 

 わーきゃー言い争うフェイタンとフィンクス、フィンクスが一方的に突っかかって、ヒノと一勝負した故にまるで優位に立ったかの様なフェイタンが受け流しているのだが。

 

 そんな光景をやれやれと呆れた様子で見つめる他の面々だが、ノブナガは興味深げにゴンの方を振り向いた。

 

「ほぉ、おめぇシズクとやって勝ったのか。なら………俺と勝負しようぜ?」

「え?」

「何、ただの腕相撲だ。簡単だろ?」

 

 そう言って瓦礫と廃材をかき集めて急ごしらえで作ったそこそこ頑丈な机に着き、肘を立てて、来い、とでも言う様にゴンをじっと睨むノブナガ。断る、という選択肢など存在しない。ここは既に蜘蛛の腹の中。なら自分達にできるのは、できるだけ相手を刺激しない様に振舞う事。

 と、慎重派のキルアは考えるが、生憎とゴンは素直で馬鹿正直な強化系。それが彼の美徳でもあるが、同時に無茶無謀な危ない所でもある。

 

「なら、聞きたい事がある」

「この状況でそんな事言うとはなぁ。…………いいぜ、俺に勝てたら質問でも何でも答えてやるよ」

 

 その言葉に、ゴンはノブナガと手を組んで、腕相撲の構えを互いに取る。

 生憎と公平な審判が付くわけでも無い無骨な戦い。ノブナガの合図と共に、二人は力を込めた。

 

 が、悲しきかな、力の差は歴然としている。

 腕力、念、経験。この場合腕力に関して言えば、ゴンとノブナガの二人を比べればノブナガに軍配が上がるだろう。戦闘経験の数々は元より腕相撲勝負において役に立たない。後は念だが、これに関してもノブナガの方が一日の長がある。

 

 ドオォ!!

 

 結果として、ゴンは成す術無く腕を倒される。

 

「もう一度だ」

 

 だが、それで終わらない。勝ったと言うのに何の感慨も無く、ノブナガは腕相撲を続行する。それは無情にも続き、倒され過ぎてゴンの手の甲にわずかに血が滲んでも、続けられる。

 

旅団(うち)の腕相撲ランキングでよぅ、一番強い奴がウボォーって奴だったんだけどなぁ、こいつが鎖野郎にやられたらしくてよ。手掛かりが無くてなぁ」

「ぐぅっ!」

「奴は強化系で、竹を割ったような性格のガチンコの単細胞だったんだが、その反面時間にうるさくてよ。遅刻が原因でよく俺やフランクリンと喧嘩して、素手でボコられたんだよなぁ」

 

 まるで頭の中のメモでも読み上げるかのように、なんの感情も見せずに淡々と言葉を並べる。その心情を理解できるからこそ、旅団の面々はその光景を黙ってみている。そんな中で、再び手の甲を打ち付けられたゴンの苦悶の声だけが響く。

 

「あいつが………戦って負けるわけがねぇ!汚ねぇ罠にかけられたに、決まってる!」

 

 声のトーンが変わったことに、ゴンは瞳を見開き、目の前で語るノブナガは言葉を紡ぎながら、涙を流していた。

 

 旅団設立よりも前からの、ウボォーとの付き合い。仲間意識の高い旅団の中でも、とりわけこの二人には強い信頼関係がある。だからこそ、今の言葉には強い怨嗟と悲哀の声が込められていた。

 怒りと悲しみを表す般若の様な形相をして、ノブナガは会話と腕相撲を続ける。

 

「鎖野郎は俺達に強い恨みを持っている、最近マフィアのノストラードファミリーに雇われた奴だ。知ってる事があったら、隠さず全部話せ!」

「知らないね、例え知ってても教えない」

「あ?」

 

 この状況に置いて、ゴンから漏れる否定の言葉は、キルアを心底驚かせるのには十分だった。

 勝ち目など無い、反抗すれば死が目前の敵の懐の中。しかし、それでもなお折る事の出来ない強い意志が、ゴンを突き動かしていた。

 

「仲間の為に泣けるんだね、血も涙も無い連中だと思っていた」

 

 突然、ノブナガの腕が動かない。先程までは、ノブナガがゴンの腕力を受けて止め、あっさりと倒すという事を繰り返したにも関わらず、ノブナガはゴンの力に押し負けている。溢れ出すオーラは互いの身に纏われているが、ゴンから漲るオーラも、籠められる腕力も、激情を胸に宿すと共に、増幅されている。

 

 念は感情に揺れ動く。

 ゴンには許せなかった。何も考えず、何者も虐殺してみせるような連中が、殺された仲間の為に涙を流す光景が。なぜ仲間だけなのか。他の人達はどうでもいいのか?歪んだ優しさがあるからこそ、ゴンは許せなかった。その感情が、激しい怒りとなって、ゴンを動かした。

 

「だったらなんで、なんでその気持ちをほんの少しだけでも、お前らが殺した人達に………なんで分けてやれなかったんだぁ!!」

 

 ドゴオォ!!

 

 怒りに任せたゴンの腕は、組んでいたノブナガの腕を机の上に叩きつけた。

 

 この光景は誰にも予想できなかった。

 旅団の皆もキルアも、ノブナガでさえ。確かにゴンに対して油断や慢心が無かったと言えば嘘になる。というか確実にあった。万が一でも、自分が負けるわけが無い。ただそれは慢心というにはあまりに分かりきった実力差の為、仕方が無い。だがそれを抜きにしても、ゴンの力はノブナガの想像を超えた。

 

 ノブナガは腕相撲を続行する気も忘れて、叩きつけられた自分の手を握ったり開いたりして感触を確かめながらも呆然としている。対面にいるゴンは、額に怒りマークをつけながら怒りをあらわにして、ノブナガを睨みつけていた。

 

「………………おいガキ、お前名前は?」

「………………ゴン」

「ゴン……ゴン、か。………………くく…くっく、くはっはっはっはっは!!」

 

 黙っていたかと思ったら、急に笑い出すノブナガに、ゴンやキルアだけでなく、旅団の面々も一様にぽかんとした表情になった。一体彼に何があったのか、もしかて負けておかしくなったか?などと失礼な事を考えるフィンクスやマチ達だったが、その中でフランクリンだけはどこか不思議な表情でノブナガとゴンを見ていた。

 

 ひとしきり笑ったノブナガは、先程の怒りの形相とは打って変わり、ゴンに向かって機嫌よく笑いかけた。

 

「ボウズ、旅団(クモ)に入れよ。俺と組もうぜ」

「やだ、お前らの仲間になるくらいなら、死んだ方がましだ!」

 

 即答したその問答と共に、扉が開いて新たな来訪者の声が呟かれた。

 

「………どういう状況?」

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 レオリオから連絡を貰いやってきたミヅキが最初に見た光景は、今な囚われていると思われていたゴンが、旅団のメンバーであるノブナガから、仲間に勧誘されているというちょっと予想していなかった光景だった。果たしてこの場合ミヅキはどうするべきか。

 

 二人が不当な扱い、この場合拘束でもされてたら助けるつもりだったのだが、今の状況を見れば果たしてそれは正しいのか。別段手足を縛られているわけでも無いし、まあ実力的に旅団のメンバーが二人の周りを取り囲むような配置な為、拘束などする必要無く逃げ道を塞いでいるのだが。

 

 が、会話の内容からしてノブナガはゴンに好意的、それに旅団の面々としてもおそらく二人に対して基本的に何かしてやろうと言う気は多分無いだろうと言うのを、場の雰囲気からなんとなく察したミヅキは、普段通りに部屋の中に入って声をかけた。

 

「これってどういう状況か、聞いてもいい?」

「「ミヅキ!」」

「ん?ああ、お前か。………そうか、ヒノ知り合いって事は、お前の知り合いでもあるのか」

 

 ミヅキの登場でゴン達は驚き、ノブナガは一人納得する様に頷く。三段論法という奴だろうか、ゴンの知り合いのヒノの知り合いなら、ミヅキはゴンの知り合いとなる、みたいな。少々強引ではあるが、間違ってはいない。

 

「ミヅキどうしてここに?ノブナガはああ言ったけどもう用は無いからヒノにでも迎えに来て貰おうと思ってたんだけど」

 

 シャルナークはひらひらと手の中の自分の携帯を見せながら、特にミヅキが来た事に驚く様子無く話しかけた。ノブナガの勧誘発言は兎も角として、既にゴンもキルアもこのアジトに来る前に調べる事は調べ終えている。それはノブナガ達が腕相撲している間にシャルナークからパクノダに確認済みだ。

 

 パクノダは相手の記憶を読み取るという、特質系の念能力者。

 触れた相手に質問し、その質問に準ずる相手の記憶を直接映像を見て文を読む様に、自身の記憶に焼き付ける事ができる。情報収集能力としては相手に虚偽の余地を与えない強力な力だが、デメリットというか欠点もある。

 

 基本質問に対する記憶なら読めるが、逆に言えばそれ以外は質問しない限り分からない。

 

 今回の場合で言えばパクノダによる「鎖を使う念能力者を知っているか」という質問に対して能力をゴンとキルアに使用したが、二人から得られたのは全く何も浮かばない記憶。当然ながら二人共そんな人物知らないので、空振りに終わった。ここで重要なのが、それ以外が分からないという事。

 

 ここで例えば「あなたの知っている念能力者は?」という様な質問をすれば、過去遭遇した事のあるウイング、ズシ、さらに言えばヒノやヒソカという一目瞭然な交友関係を把握する事も出来たが、質問の内容上分からない。

 

 だからこそパクノダ達はゴン達がヒソカと知り合いという事も知らなかったし、フェイタンが言うまでヒノと知り合いという事も知る事は無かった。

 

「まあ代わりに。ヒノは今家で寝込んでいるからね、二人共引き取りに来たよ」

『は?』

 

 実際はレオリオに聞いたからなのだが、そこで旅団の知らない名前を出すとまた面倒そうなので彼らの言葉に乗っかりつつ、何の気なしに言ったミヅキの言葉だが、その言葉に信じられない!という表情で旅団のメンバーが一気に変わった。ヒソカも含めていきなり全員の表情が変わった事に、ゴンもキルアもさらに驚き少し戸惑う。

 

 代表して、フィンクスがおずおずと言った様にミヅキに聞いた。

 

「なぁ、今すげーおかしな事を聞いたきがすんだけどよぅ………ヒノが、寝込んだって?」

「?そうだけど、そんなに珍しい事でも無いでしょ」

「いやいや、あいつが寝込むとか想像できねーよ!だってあいつ基本一人で勝手に暴れて勝手に解決していく様な奴だぜ!?」

 

 割とひどい言い方だが、事実なので否定できない。

 ただ言わせてもらえれば、ヒノは人と連携する事だってできるし、結構な事件を乗り切る場合は多いが、全部力業で解決、とかしているわけでは無いのでそこまでひどくは無い。確かに色々能力的な面が旅団から見てもおかしいのは否定しないが。

 

「心配ね、お見舞いに行った方がいいかしら?」

「リンゴとかみかんとか買って行く?」

「そうだね。後はケーキとか持って行った方がいいかな。昨日のプリンのお返しもしたいし」

「いや………多分明日になれば元気になると思うから、まあ大丈夫だよ」

 

 ミヅキの言葉に内心でほっとした様に雰囲気を和らげる女性陣。

 寧ろ家に来られては色々と説明が面倒くさいので、ミヅキは彼女達があっさりと断念してくれたことに、こちらも内心ほっとしているのだった。

 

「ともかく、ゴンもキルアも帰っていいなら、連れて帰るのは問題無いね」

「ちょっと待てよ、ミヅキ」

 

 ミヅキの言葉にストップをかけたのは、フィンクスだった。

 

「お前は鎖野郎を知っているか?それともお前がそうか?そこん所もはっきりさせてもらおうか。それに、このガキの背後に誰がいるのかもだ。そいつらを返すのはそれが分かってからだな」

 

 鋭いフィンクスの視線は、ミヅキを逃がさない様にじっと睨みつける。

 パクノダの能力を知るからこそ、その落とし穴も知っている。ゴン達の記憶、つまりは例えば相手が鎖を使う事を知らなければ、彼らの記憶の中に〝鎖を使う念能力者〟は存在しない。〝ただの念能力者〟となる。

 だからこそはっきりさせなくてはならない。

 

 表立って態度にしないが、フィンクスもまたウボォーギンがやられた事で強い怒りを抱く者の一人だったから。

 

「ふむ、背後に誰がいるかと言われると………とりあえずこれか」

 

 そう言ってぴらりと、一枚の紙を取り出してフィンクスの目の前に突き出す。

 その紙を問答無用で奪い取ったフィンクスは、そこに書かれている文と写真を見て何か思い出す様に斜め上を見て、すぐに思い出した。

 

「こいつは……あの岩山の時の写真か。なるほど、こいつが噂のマフィアが俺達に掛けた懸賞金か」

「俺にも見せて。………ああ、これが。ていうか普通にトランプしてる写真使われてんだけど」

「ほんとだ。これでマフィアから肖像権侵害とかで賠償金取れないの?」

「いや、無理だろ」

 

 冗談半分だったマチの言葉に、フランクリンがバッサリと突っ込む。

 

「ゴン達はグリードアイランドっていう、オークションで出る最低58億の商品が欲しくて金策してたんだよ。ほら、ここに映ってる賞金首全員捕まえたら100億超えるし、3日で稼ごうと思うならまだ現実的だろ?」

「中々言うねぇ、ミヅキ。まあ確かに、現実的と言えば現実的。俺らだったら()った方が早いけど」

 

 若干挑発的というか、素で失礼なのか分からないミヅキの言葉に、シャルはにやりと笑って返す。

 確かに子供がそんな大金手に入れようと思ったら、分かりやすい。加えて、実力差を理解して尚自分達を捕まえようとしていたゴン達は素直に賞賛する。冒険心は見事、ただし突発的で作戦の見通しがまだあまい。

 

「でもまあ俺は納得してもいいけど。どちらにしろ鎖野郎はノストラードに所属してるんだから、わざわざ子供を使わなくても、情報なんてマフィアを通じていくらでも入ってくるわけだし」

「そりゃまぁ………確かに」

「それに俺達は恨まれる存在だからね、鎖野郎は単独犯、しかも個人的な理由で動いてると思うよ。そうじゃ無いと、ウボォーを倒した後でマフィアに報告しないわけが無いからね」

 

 もしもウボォーギンが倒された事をマフィアに報告したのなら、今頃犯人一味の一人として様々な手段を使って旅団を炙り出す為に使われているはず。しかし調べた限りそれは全く無い、つまりはウボォーギンがやられた事に対して、マフィア側は全く知らないという事。ウボォーギンの載った手配書が未だ出回っているのがその証拠と言ってもいい。

 

「それじゃ、僕らはゴン達と帰ってもいいって事でオッケー?」

「そうだね………………ミヅキ、君には我ら旅団(クモ)の誇る3人と腕相撲対決をしてもらおうか」

「どうしたのシャル?ノブナガに感化されて頭おかしくなったの?」

「おい、それはどういう意味だ」

 

 いきなり腕をバッと突き出しながら突然テレビ番組の司会の様に何か言い出したシャルナークに対して、マチの辛辣な意見が飛ぶ。そしてそれに対して突っ込むノブナガだが、シャルナークもマチもスルーした。

 

「まあまあ。ミヅキ、実はこの旅団には腕相撲ランキングという者が存在してね、ちなみに一番トップはウボォーで次はフィンクス、ヒソカと続く」

「意外と愉快な事してるんだな」

「けど、今回はあの子達がも戦ったノブナガと戦ってもらおう!それに加えて、後2人、ランキング上ノブナガ以下2名と前座に戦って貰う!」

「うん、それで拒否するにはどうすればいいんだ?」

「いきなり否定から入らないでよ!無事に勝てれば皆無事に返してあげるよ」

 

 その言葉に少し反応するミヅキ。ゴンとキルアも同様、行ってしまえばここで命運分かつ!という様な物。しかし旅団の面々は、呆れた様な表情を続ける。そしてシャルナークも言葉を続けた。

 

「ただの腕相撲だし、勝てば解放でいいからさ」

「まあ別にいいが」

「よし、それじゃノブナガの下の下、つまりノブナガをもし頂点にした時の第3位と戦って貰うよ」

「その第3位って?」

「パク、よろしく」

 

 そこで、他の面々もシャルナークが何をしたいのか分かった。ノブナガの実際の腕相撲ランキングは旅団内では9位に位置するが、その下の下、つまり11位はパクノダ。そして彼女は触れた相手から記憶を読む能力者。

 さらに言えば、ミヅキはパクノダの能力を知らない。ヒノから聞いてないか?という事も疑念だが、ヒノに限って勝手に人の能力を話すはずが無いと、旅団の皆は信頼している。実際にヒノは旅団の能力を話していないので、その信頼関係は紛れも無い事実だった。

 

(パクと腕相撲させて、無理やり記憶引き出すつもりか)

(確かに、傍から見たら能力使用の有無なんて分からない。ちょっと強引な気もするけど)

(けどミヅキの言質はとった。あの子供達を返したい以上、あいつは断れねぇはず)

 

「それじゃあやろうか。ルールとかあるの?」

「そうだね、【纏】くらいはいいけど、それ以外は【凝】とか能力の使用は無しって事で」

「わかった」

 

 存外あっさりとオーケーを出すミヅキに少し拍子抜けしながら、パクノダとミヅキは、先程ゴンとノブナガが腕相撲をした机に対面して立った。

 

「ちょ、ミヅキ……大丈夫なのか?」

「キルア?まー、なんとかなるだろ」

 

 妹を彷彿させる能天気な佇まいにキルアは心配になる。ゴンはまだ怒りが完全に収まっていないのか、黙って事の成り行きをじっと見守っている。

 

(ねぇ、シャル)

(ん?どうしたのマチ)

(もしもこれでミヅキが普通にパクに負けたらどうするの?あの子達ここに置いておくつもり)

(………………………………その時は、ノブナガに任せよう)

(考えて無かったのね)

 

 しかしヒノの兄であるならば大丈夫じゃね?という謎の信頼感。しかしよく考えたら、ヒノが腕相撲で圧倒的勝率を誇ったのは、対戦者が興味本位で能力ありにして戦いを挑んだ結果でしかない。さらに言えば、フェイタンとの対戦も圧倒的な顕在オーラによる力業でしかない。

 しかし今行われようとしている対戦は、互いに【纏】を崩さない、純粋な腕力勝負。そう考えると、シャルの頬に一筋の冷や汗が流れた様な気がした。

 

 ミヅキから見えない背後から、シャルナークはこっそりとパクの背中に指先をトントンとリズミカルに当てる。それに気づいたパクノダは、これも気づかれない様に腕相撲する反対の左腕で、シャルナークの足を指先でつつく。

 

(パク、もしも普通に勝てそうだったら―――)

(了解、適当に負けるわ)

 

 会話に出さない原始的な指先だけの信号のやり取りを終えて、パクノダはいざミヅキと向かい合う。

 そして互いに腕を組んで、シャルナークが審判の様に真ん中に立った。

 

「ミヅキ、最後に一つだけ聞きたいのだけれど、本当に鎖を使う念能力者について知らない?」

「うん、知らない」

 

 その言葉と共に、パクノダはじっとミヅキを見たと思ったら、催促のつもりか別の意図か、シャルナークの方をちらりと見て、シャルナークもそれに頷き手を構える。

 

「それじゃ、初め!」

 

 ドォ!

 

 開始の合図と同時に、互いに力を籠める。

 パクノダの目的は既に達したので、後は適当に負ければそれで終了、一応気になるのでミヅキの腕力自体は確認するが、それによって勝つと後が面倒なので、適当な所でやはり負ける………つもりだったのだが、パクノダは抵抗できないままに机に倒された。驚いた風に、手の甲を付けられた自分の手を見つめて一瞬だけフリーズしたけど、結果はやはり変わっていない。

 

「はい、ミヅキの勝ちね。意外とやるね」

 

 シャルナークの言葉を皮切りに、パクノダは席を立って後ろに戻る。結果を見守っていたマチ達が、パクノダのそばに寄ってきた。

 

「パク、どうだった?」

「…………以外に強かったわね。全く抵抗できなかったし」

「ああ、いや、それもあるけど、ミヅキの記憶の方は?」

「………………それなんだけど、多分本当に知らないと思うわ」

「?珍しく曖昧だね」

「確かに何も記憶は読めなかったから知らないのだと思うんだけど、何か引っかかるような………」

 

 頬からわずかに冷や汗を流すパクノダの表情を見て、マチも同じように顔を少しだけ強張らせる。パクノダの能力は絶対だ、()()()()()()()()()無条件で記憶を読み取れる。にもかかわらず、煮え切らない様なパクノダの態度。

 

「あいつも何か能力を使ったって事か?だったらそれ追求すればこっちの反則勝ちに」

「馬鹿だね、そんな事したらこっちが能力使って探ったのバレバレだろ」

「ああ、それもそうか」

 

 フィンクスの提案を一蹴するマチ。

 相手にわざわざ能力を教えてやる様な物、それは避けたい。

 

「あ、パクどうだった?収穫なし?」

「シャル。そうね、結局無駄骨みたいよ」

「そうなの?ちょっと残念、鎖使いって意外といないんだね」

「そういえばパクの次はシャルが腕相撲順位高かっただろ?ミヅキとやらないのか?」

「ああ、さっきやって負けちゃった。普通に強いんだけど、何あの怪力怖い」

「あ、そう」

 

 へらへらと爽やかに笑いながら負けた宣言をするシャルに、マチとパクノダはじとっとした眼で睨む。同時に意外と腕力的にも高いミヅキに少し驚く。ヒノの腕力だけならば、多分シャルナークかノブナガとどっこいどっこいと思っていただけに、意外とあっさりシャルナークを下すミヅキに少しだけ認識を改めた。

 

「よし、こいや」

「お手柔らかに」

 

 で、いつの間にか第三ラウンド、ノブナガVSミヅキが始まろうとしている。

 

「ノブナガ、もしもだけど勝てそうなら………」

「おう、任せとけ。完膚なきまでにぶち倒してやるよ」

「いや、そうじゃなくて―――」

 

 やはり強化系だからか、思考能力はあるが単純傾向はノブナガにもあった。まあノブナガからしたらゴンはキープしておきたい人材なので、ここで負けるわけにはいかないと言うのは分かるが。どっちにしろノブナガが責任を取るのであれば、別に構わないか、そう考えて、シャルナークは傍観に徹するのだった。

 

「それじゃあいくぜ!レディ、ゴッ!」

 

 ノブナガのセルフ合図と共に、互いに腕力を籠める。一瞬拮抗した互いの腕だが、ゆっくりとノブナガが押されていく。その光景に、ノブナガはさらに力を籠めるが、全く持って抗えない。

 

(こいつ!そういえば、初めて会った時も馬鹿みたいな力してやがったなぁ!)

 

 苦い記憶だからすっかり記憶の片隅に置いておいたが、ノブナガは初対面でミヅキと戦った。決着は着かなかったが、その際ノブナガの振るう刀を素手で受け止めて、尚且つノブナガの腕力に抗って見せた。正確に言えば、ノブナガはミヅキに対して押し切れなかった。

 

「ぐおぉ!」

 

 結果として、ノブナガはミヅキに倒されて、手の甲を叩きつけられた。抗う暇も無く、腕力的にノブナガよりも圧倒的に勝っていた。念を使えばまだ分からないし、ノブナガも旅団全員で見れば9位なので、結局ミヅキがどれくらい強いのかも今一つ分からないが、少なくともノブナガ以下を歯牙にもかけない、腕力は有していた。

 

 どちらにしろ、シャルナーク達にとってはパクノダの情報収集が完了した時点で、寧ろ「よし!ノブナガ負けたぜ!計画通り!」と思っていた別に問題は無い。しかし表立って言えばノブナガがまた突っかかって来るので、心の中でガッツポーズをしておくだけに留めるのだった。

 

「さてと、腕相撲も終わったし、ゴンとキルアも撤収するぞ」

「ちょっと待て!」

 

 用無しだ、とばかりにあっさりと、手招きしながら出口に向かおうとした瞬間、その声に待ったの声がかかった。が、声の主に対して周りから呆れた様な声がかかる。

 

「ノブナガ、潔く負けを認めたら?その子ももうここに居ても意味無いし、行かせてあげようよ」

「どうせ最初にその子に負けたんだし、もういいでしょ」

「違う!そういう事じゃねーよ!おい、ボウズ!ゴンって言ったな!おめー聞きたい事があるって言ってただろ!答えてやる!」

 

 すっかり忘れていた、という旅団の面々でキルアも頭から抜けていた。ミヅキに至っては聞いてないので全く知らない。しかし、ゴンだけはまっすぐした瞳で、件のノブナガを射貫く。

 

「一つだけ教えて欲しい。旅団とヒノは、どういう関係なのか」

 

 最も聞きたかった事。ヒノが今時点で寝込み話しかけられない状態である故に、聞くことのできる相手。

 ゴンは、幻影旅団に、質問をした。

 

 

 

 

 

 




結局腕相撲して終わった………。


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第56話『他人と仲間と無知と知と』

タグが少ないので何か付けてみようかと思い、あまりいいのが思いつかなかったです。
そしてお気に入りが1100件超えました、ありがとうございます!


 

 

 

 ヒノ=アマハラという少女は、ゴン達に取っては不思議な少女だった。

 

 明るく天真爛漫に、誰にでもフレンドリーに話す、普通の少女。しかし自分達と同年代にも関わらずに、その力は未知数だった。

 

 ただの少女かと思えば、余裕綽々にハンター試験を突破してくるし、ふと気が付けばうっかりとした失敗をする事もある。深く思考して考える癖に、いざ動くとなると突拍子も無い行動に出る事もよくある。それで最終的には勝手に解決するからタチが悪い。

 悪戯心を持って度々驚かしてくるという、茶目っ気な一面も覗かせる。その悪戯心の為に超一級品の気配を消す技術を惜しみなく使う様子も、また不思議だった。後にそれが練度の高い【絶】だったと知る。

 

 ハンター試験最終日では意外な戦闘能力の高さを垣間見て、天空闘技場では熟達した念の扱いを披露する。そこまで来て、自分達と共に行動したあの少女が、自分達の想像を超えた能力を既に有していたと知った。

 それでも、普通に友達と遊ぶのとは何ら変わりなく、楽しく過ごした。彼女もまた、本心から楽しんでいるというのが雰囲気だけでも良く分かった。

 

 けど今にして思えば、ヒノがキルアの素性を知っても全く気にしないで行動を共にしたのも、元々幻影旅団と知り合いだったというのもあるだろう。いや、ヒノ自身無駄にフレンドリーで度胸がある、というのも確かにあるが。プロハンターでも苦戦レベルのA級賞金首と比べれば、念も使えない殺し屋の子供なんて可愛い部類なのだろう。

 

 そしてヒノがキルアと普通に接する様に、幻影旅団にも普通に接している。順序的には旅団の方が先になるわけだけど。ヒソカは若干の苦手要素あるみたいだが、それでも基本的に普通に辛辣に、気安い間柄。ヒソカと会話したりご飯食べに行ったりとかはゴン達も知らない所でだが。

 

 これだけ言えば、ヒノの異様な交友関係の広さが際立つ。

 誰かの味方につきながら、誰かの敵とも親し気に、その敵とも味方とも親しい少女。

 

 悪魔と天使と一緒にカフェでお茶してそうな少女、それがヒノ。

 

 最近予知する天使とお茶してたし。

 そんな彼女が、一体幻影旅団とどういう関係なのか。仲の良い知り合いというのはなんとなくわかるが、ヒノ自身はどう思っているのか、旅団自身どう思っているのか。

 

「一つだけ教えて欲しい。旅団とヒノは、どういう関係なのか」

 

 ゴンの真摯な問に、質問を受けたノブナガはじっと佇む。

 その瞳に映るのは、虚空。果たしてこの質問に、今何を考えているのか。

 

(………………ヒノと旅団(おれら)って、どういう関係なんだ!?)

 

 もしかしたら、何も考えていないのかもしれない。

 いや、ただ予想外の質問が飛んできた為、咄嗟に答えが思い浮かばなかったのかもしれない。

 

 ノブナガは一番近い所にいたマチに視線を投げかけるが、マチは視線を鋭くして刃の様にノブナガに無言の圧力をかける。

 

(おい、お前代わりに答えてくれよ)

(あんたが約束したんだから自分で答えなよ)

(いい感じの返しが浮かばん!どういう関係だ!?)

(ほぼ身内みたいな物じゃない?友達以上恋人未満、あ、これじゃ違うか)

(後半ぜってぇ適当に言っただけだろ!)

(そうだね、いざ言われると確かにちょっと困るな)

 

 果たして友達、で説明を終わらしても良い物か。いや、わざわざ子供の質問に無駄に頭を悩ませる必要性は無い、と言ってしまえばそれまでだが、必然にしろ偶然にしろ、ゴンはノブナガとの賭けに勝った。ならここで答えなくては、ノブナガ自身のプライドが許さない。

 ならば、なんて答えるか。

 

(家族!?いやそもそも旅団(おれら)は家族なんてそんなチャチなくくりじゃねぇ!仲間なのは確かだが、ヒノもそうか!?メンバーという意味合いの仲間なら確かに違うが、単なるギブアンドテイクの関係と言うわけでもねぇし!そもそもどちらも損得なし、ただいたりいなかったり遊んだり遊ばなかったり!けどこっちの仕事にヒノが別についてくるわけでもねぇし、この場合は何て言えばいいんだ!ああ、マチやシャルならまだ妹分とかで通せそうだけど俺じゃ無理だ!年齢が離れすぎてる!20歳以上離れた兄貴とか、んなわけねぇだろ!かといって協力関係でも子分でもねぇとなるとこいつはどうすれば、ああもう!)

 

 この時、ノブナガの思考速度は人生で最も加速したかもしれない。大宇宙が脳裏を目まぐるしく駆け巡り、ビックバンに集約された思考が爆発寸前となる。その思考の全てが、まともな内容とは言い難いが。

 様々な単語がぐるぐると賭け混ざり、全く関係の無い事実無根な言葉がノブナガの口から洩れた。

 

「…………………義娘?」

 

 考えて突拍子も無い発想が出てしまった。年齢的には確かに親子で通じるかもしれないが、如何せん似て無さすぎる。というかそういう問題じゃない。絶対ノブナガ自身考えて出てきた言葉ではない。何を言えばいいのかパニックになって絞り出された訳の分からない単語だ。

 この間思考速度0.1秒、表情には出ないが、その内心を仲間達は機敏に感じ取った。

 

「ぷくっ!………くく、くくあはははぁ!義娘とか!ノブナガマジ!?ぷっ!あははははお腹痛い!」

「がはははは!ねーわ!流石にそれはねーわ!」

「シャル!フィンクス!てめぇーら笑い過ぎだ!」

「いや、流石にそれは無いと思うわ」

 

 大爆笑するシャルナークとフィンクスが転げ回る中、ひどく温度差のある声と共にパクノダが氷の様に冷めた表情でノブナガを見る。こっちはクリティカルにアウトだったのだろう。隣のマチと、瓦礫に座っているフランクリン、シズク、フェイタン辺りも呆れた様な表情をしていた。

 ちなみにヒソカはにたりと薄く笑い、ボノレノフとコルトピは包帯と髪で表情が見えない。

 

 そしてノブナガの頭のおかしい発言に対して、ゴンの反応はと言えば………………

 

「………………ノブナガってヒノのお父さんだったの?」

「んなわけねぇだろ!」

 

 キルアのまともな突っ込みが冴える。ナイスキルア。

 しかし次の瞬間、キルアは背筋に冷たい物を感じた。背後を恐る恐る首だけで振り返ってみれば、光を伴わない能面の様な表情をした、ミヅキがいた。

 

「それで、実際はどうなのさ。()()()()()()?」

 

 不気味な低い声を出しながら、ミヅキは首を傾げる様にノブナガを見る。その雰囲気は怒っているわけでは無いが、先程のパクノダすら暖かく見えるほどに極寒の吹雪のど真ん中に立つ様な凍てつく波動を放っている。

 特に「おとーさーん」の声の部分が一番怖い。旅団メンバーも思わず黙ってしまう程怖い。

 

「あー、よくつるんで遊ぶ間柄、か?」

「ま、そんな所だろうね。なんていえばいいんだろうね。どう思うパク?」

「友達より親しい間柄の年下の女の子。………………たまに家に来る親戚の娘?」

「「それだ!」」

 

 なんかしっくりきたという事で、思わず二人でハモってしまうノブナガとマチ。実際この中に親戚がいる者はいないが、ニュアンスとしてはそんな感じが妥当だろうか。

 

「ヒノって、旅団のメンバーとは違うの?」

「ちげぇな。そもそもあいつが俺らの活動についてきた事なんて、今まで一度もねぇな。少なくとも俺が参加してた活動の中じゃ」

 

 半ば予想していた事とはいえ、実際に旅団の一人からその言葉を聞くと、ゴンとキルアは内心でほっとした様な気がした。少なくとも、ヒノは目に見える旅団の悪事には、直接的に関わってはいないという事。そう考えると、少し前のミヅキとのやり取りを鑑みるに、本当に仲の良い間柄という印象だった。

 

 旅団が関わる者達には、大きく分けて二種類ある。

 

 〝殺す事を厭わない他人〟と〝大切な仲間〟

 

 分かりやすく他人と仲間という点で一般人に近いように見えるが、〝死〟という概念が前提の枠組みである事が、旅団たる所以。

 

 この極端な世界との関係性が、幻影旅団という歪な集団。ただし時と場合によっては、大切な仲間すら前提に〝殺す事を厭わない〟が、付くのだが。無論旅団メンバーによってこれは多少変わり、極端な例を挙げれば、ヒソカにとって自分以外は基本殺す事を躊躇わない相手である。

 

 細かい区分もあるが、大まかには上記の2つ、他人と仲間。

 

 ノブナガから見てゴンは〝殺すことを厭わない好意的な他人〟となり、ヒノは〝大切な仲間〟に入る。

 

 そこは時間をかけた信頼関係。ヒノが旅団達と出会ってから、実に8年近くの月日が経っている。昨日今日あっただけの者達とは、重ねた時間が違う。旅団とヒノが信頼し、仲が良いというのも頷ける時間だった。

 

 ただ旅団の仲間達の間柄と比べれば、血生臭い事実がかなり少ないので、本当に第三者から見てもただの友達や親せきとか言われても信じるレベルの関係性だった。

 

「たまにあいつが俺達の所に遊びに来ては、ゲームでもしたり飯食ったり、まあそんな感じだな。来るのは大抵あいつの方から唐突に来る方が多いが」

「でも旅団っていつもバラバラに世界中いるんだろ?」

「シンリに聞いたらしいぜ、あいつがなんで俺達の居場所知ってるかは知らん。そういう奴だからな」

「あはは」

 

 聞いておきながら心の中で納得するミヅキ。普段から何をしているのか分からないシンリなら、旅団の場所を知っていても不思議じゃない。寧ろ知らない事があるのか?という感じだった。自分の義父(ちち)()()()()人物だと知っていたけど、いざ言われると旅団にも少し同情する様に、珍しくミヅキは曖昧に苦笑するのだった。

 

「んで、これで納得かよ」

「あ……うん。ありがとう」

 

 根は素直な性格だからか、相手が旅団とは言え質問に答えてくれた事に、咄嗟にゴンはお礼を言ってしまう。その事を本人は気にして無いが、ゴンを知っているキルアは苦笑し、ヒソカも関係性をばれない程度にこっそりと笑う。

 

「それじゃ、話は終わった事だし、二人共帰るよ」

 

 今度こそ、という様なニュアンスを暗に言葉に籠めつつ、ミヅキが歩き出すと、ゴンとキルアもそれに続く。

 

 ちらっと周りの旅団達の様子を伺う感じに見たが、周りの旅団は特に異論は無い様に素通りさせる。最も食って掛かったノブナガすら何も言わずにじっと見ているだけという様は、少しだけ不気味な雰囲気にも感じたが。

 

「あ、ミヅキちょっと待って。これ持ってって」

 

 とすると、今までマイペースに本を読んでいたシズクが、どこからか持ってきたビニール袋をミヅキに差し出した。中身は一体何かと見て見れば………

 

「リンゴ?」

「うん、ヒノ果物好きだし」

 

 確かに好きだ。基本ヒノは果物は大体好きだ。けど気になるのがなんでシズクがあらかじめ用意していた様にリンゴを持っていたか、という事だった。まあ少し気にかかった程度で、別にそこまで知りたいわけでは無いので、ミヅキはそのままシズクにお礼を言って、旅団のアジトを後にするのだった。

 

「えらくあっさり返したね。あんたの事だからもっとごねるかと思ってた」

「どういう意味だ。まあゴン(あいつ)は正直入団推薦したいが、どうせヒノが起きれば友達みてーだしいくらでも会う手段なんてあるんだ。ここで引き留めとく事もねぇだろ」

 

 ノブナガが割とまっとうな事を言っている!と内心思ったが、マチは表に出さない様に無表情を貫く。絶対に突っかかってくるのが目に見えていたからだし、マチ自身納得したから。

 

(それにしても、ヒノが寝込んでるねぇ)

 

 本来ならこの場にいたであろう少女の事を考えつつ、外を見れば夕焼けが沈んでいく。

 

 これからは仕事の時間。

 

 それから少しして、幾人かの旅団のメンバーはアジトを離れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 旅団のアジトである廃墟が見えなくなった所で、帰路に着いていたミヅキはゴンとキルアをちらりと見ながら話しかけた。

 

「いいのか?迎えに来ておいてなんだけど、あっさりと帰って」

「勿論あいつらすごくぶっ飛ばしたい!」

 

 ミヅキの言葉に間髪入れずに素直に心情をまくし立てるゴンはいっそ清々しい。しかしその言葉は何も作戦を考えていない、感情の勢いに任せた言葉にすぎなかった。

 こういう場合は、冷静にキルアがストッパーとして止めに入る。身をひるがえそうとしたゴンの首根っこを掴み、「ぐえっ!」という音を無視して無理やり前を向かせた。

 

「返り討ちにあって終わりだっつーの!ミヅキが来てくれなきゃ、俺達あのままどうなってたかわからねーぜ。少し落ち着けよ、ゴン」

「あ、うん。ごめん」

 

 再び歩き始める。

 

「それで、このまま旅団捕まえるのは続けるのか?勝ち目がある様に見えないけど」

 

 ミヅキの言葉に、押し黙るしかない。純然たる事実だった。

 今無策で突っ込めば、間違いなく殺される事は目に見えている。しかし、実力差を理解し、幼少より勝てぬ敵にぶつかるな、という洗脳教育を施されたキルアは兎も角、猪突猛進気味のゴンは、それだけでは諦める理由とはなりえない。往生際が悪いと言えるが、逆に勇猛果敢とも取れる。

 

「ああ、あとヒノと旅団についてはどうするんだ?まだ気にかかるか?」

「ううん。ヒノと旅団の関係は、とりあえずいいかな」

「おっ」

 

 どこか少し晴れた様な表情をするゴンの言葉に、ミヅキは少しだけ驚いた風だった。

 

「とりあえず旅団がヒノを利用してるとか、そういう感じじゃなくて普通に仲がいい関係なら、少し安心かなって」

 

 キルアの場合思考がややブラック寄りというか、最悪の事態を想定する場合が多いので、ヒノと旅団の関係性によっては一気に自分達が窮地に立たされる場面を何度か想像していた。作戦を練る上では考える必要のある事だが、ゴンにとって気になったのは、ヒノは旅団と知り合い故に、ひどい目にあわされていないか、という点のみだった。

 

 眩しくて見ていられない、そう言う様に、キルアは笑いながらも少しだけ俯く。闇の道を歩いて来た自分にとっては、ゴンという少年は眩しすぎた。その生き方も含めて。

 

「それじゃ、キルア!どうやって旅団捕らえるか考えよっか!」

 

 そしてその無垢な笑顔を自分に向けてくれる事に、キルアは笑いながら、旅団達の情報を元にした推測をゴンに話し始めた。

 

「んじゃ、まずは必須なのは念の向上。つーわけでクラピカに連絡してみようぜ。あいつらが言ってた鎖野郎って、クラピカの事だからさ」

「そうだったの?」

「やっぱり気が付いて無かったのか」

「僕はクラピカって人知らないけど」

「ああ、それは分かってた」

 

 最近ノストラードファミリーに雇われた、旅団に恨みを持つ人物。これだけの情報があれば、キルアがクラピカの事を連想するのはそう難しく無かった。いくら何でもたまたま同じマフィアに、同じように旅団に恨みがある者がいるとは考えにくい。

 

 そして重要なのが、クラピカが念を覚えた時期は、ゴンやキルアと大して変わらないという事。身体能力だけなら寧ろキルアの方が高いが、その差を念が埋めた。つまりは、念にはまだ知らない潜在能力があるという事。

 

「俺達の資質にあった能力。クラピカに聞けば、俺達だけでも旅団と渡り合うだけの力が手に入るかもしれない」

「そう簡単に行くの、ミヅキ?」

「まあ確かに可能か不可能かで言えば、可能だな」

 

 念の扱いにおいてベテランのミヅキの言葉の心意は、できない事は無い、しかしできるかどうかは別。やや矛盾を含んだ解答だが、念には多々そういう事がある。それが念における誓約と制約。

 

「けど、経験値を念能力だけで全て埋めようと思うと大変だぞ。まあ能力次第だけど」

「どういう事?」

「単純に念の使えない子供と大人が戦えば、どっちが勝つと思うと」

「俺なら勝つぜ」

「いや、そういう事を言ってるんじゃなくて」

 

 確かに普通の大人ならゴンとキルアは楽勝で勝つだろう。実際天空闘技場で連戦連勝一撃ノックアウトを200階まで繰り返してたわけだし。

 が、今はそういう話ではない。話を戻そう。

 

「普通の子供と大人なら、当然大人が勝つ。ここまではいいな?というか今はそういう事だ、いいか?」

「「はーい」」

「よろしい。で、だ。互いに銃を持てば、どっちが勝つと思う?」

「それは…………」

 

 即答しにくい。力は対等とすれば、後はそれを扱う練度だろうか。

 

「互いに銃があれば、強い銃を持っている方が勝つ。大砲と拳銃じゃ破壊力だけなら話にならないだろ?念能力も同じだ。念自体の練度が相手より劣っても、能力次第で格上も倒せるのは事実だな。ついでに言えば練度が高ければ能力が必ず強くなるわけじゃ無い」

 

 細かい事を言えば早撃ちの技術とか、命中率とか色々と突っ込みたい所だが、キルアはそれだとさっきの二の舞なので、ここはスルーして話を進めるのだった。学習する男、それがキルア。話を戻そう。

 

 極端な話、触れた相手の心臓を止める念能力があれば触るだけで一瞬で勝てる。例が極端すぎるが、念能力とはそういう物だ。実際にその能力を取得できるかどうかは別として。

 

「いや、もしかしたら可能かもしれないな。操作系に属すれば触れる事を制約にした身体操作の能力。医療系の念能力者は確かにいるのだから、もう少し制約を詰めればできない事も………」

「ミヅキ、話が脱線してるぞ」

「ああ、すまん。そのクラピカがキルア達と念の練度が変わらないのに旅団級の相手を倒したとなると、重い制約と誓約を付けた鎖の能力を作ったのかもしれないな。それこそ、一歩間違えれば自分が死ぬレベルの」

「「!!」」

 

 その話が本当なら、クラピカはまさに生死の淵に立ちながら、旅団と戦っていると言っても過言ではない。事実クラピカは、己の命を対価とした強力な能力を有している。この場の3人には、今それを知る術は無いが。

 もう一つ言ってしまえば、実際にクラピカは旅団を倒していないが、ミヅキはその辺りはまだヒノが寝ている為にぼかし、旅団やゴン達に便乗して話を進めていた。前提条件として、旅団の一人であるウボォーギンはクラピカという鎖野郎に倒された、という事にして。

 

「ま、実際にどういう手段を使って能力の底上げをしたのかは、やはり本人に聞いた方が早いだろ。僕の能力は()()参考にならないし」

 

 念能力は千差万別とはいえ、ミヅキの能力は特殊過ぎる。特質系だという事もあるが、それ以前の問題でもある。ここらへんは流石双子、ヒノの例にもれずミヅキもどこかおかしかった。

 

(ま、誓約と制約の内容次第じゃ教えてもらえないかもしれないけど)

 

 その言葉は今は言う必要が無いと判断して、ミヅキは会話を一旦切るのだった。

 

「んじゃ、ちょっくらクラピカに連絡してみるか」

 

 そう言ってキルアは、携帯でクラピカの番号をコールするのだった。既に夕焼けは沈み、暗い夜が幕を開ける。

 ぽっかりと浮かぶ満月が、空に輝いているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「ワォン!」

「んお?なんだこの犬………て、これ俺の財布か。お前が拾ってくれたのか?マジか」

 

 青年は財布を加えて自分の元までやって来た少し大きめの犬に少々驚きつつ、優しく撫でてやる。白い毛に黒い斑点をちりばめた様なダルメシアンは財布を青年に渡し、心なしか誇らしげな表情をしている気がした。

 

「犬と言えば肉か。屋台で買った焼き鳥食うか?」

「ワゥ!ハグハグ!」

 

 香ばしい肉の匂いを放つ焼き鳥を差し出せば、ダルメシアンは実にうまそうに食べる。そこでふと、首元を見て見れば首輪がついているので、誰かペットと理解した。その割に、飼い主がそばにいないようではあるが。

 

「おーい………お、こんなところにいたか」

 

 そう言いながら、飼い主らしい男がやってくる。大量の犬を引き連れて、おそらく愛犬家なのだろうと青年は推測した。実際に犬達自身も、楽し気に散歩している様子。声に反応し、ダルメシアンも男の元へと戻っていった。そこで向こうも、青年の方に気が付いた。

 

「お?あんたは………?」

「ああ、その子に財布を拾ってもらってな。助かったよ」

「そうだったのか。お、良く見たら焼き鳥食ってやがる、悪いな」

「いいって。助かったのはこっちだしな」

「そうか、サンキューな」

 

 バウバウと他の犬も「焼き鳥食べたい!」とでも言う様にじゃれついていたので、青年は残りの焼き鳥もあげると犬達は喜び、男は礼を言って飼い犬たちと去って行った。一人残った青年は、最後の一本となった焼き鳥を食べつつ、くるりと体を反転させて歩き始める。

 

「いい事あったな。流石に財布の中身と焼き鳥じゃ釣り合わんか。今度見かけたらドックフードでもあげるか……」

「おいジェイ、どこ言ってたんだよ!早く先行こーぜ、ん?どーした?」

 

 やってきた大柄な男はサングラスの奥から青年、ジェイを見据えながら、一体何事かと訝し気る。ジェイは先ほど戻って来た自分の財布をひらひらと見せながら、楽し気に笑う。

 

「よぅアド。犬に財布拾ってもらったんだ。中々珍しい体験だろ」

「珍しいのはいいけど、早く行こうぜ。予定の時間に間に合わねぇぞ」

「それもそうだな」

 

 ジェイとアドニスが目指すのは、とあるホテルの一室。

 建物の前まで来て、楽し気に笑うアドニスとは対照的に、少々呆れた様に溜息を吐くジェイ。しかし、それでも少しだけ口角を上げ、笑う顔を見せた。

 

「さてと、他の殺し屋とやらは全員集まってるか。………………ああ、やっぱ面倒だ」

 

 やや、嘆息しながらだけど。

 

 

 

 

 

 




次回!旅団襲撃セメタリービルの攻防!
ゴンとキルアが救出されたので、ノブナガも襲撃参加します。………………活躍するかは別として。


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第57話『襲撃説明会』

この辺りで過去アットノベルスで投稿した所に追いつきました!

結果的にリメイクになったので結構省いた話と追加した話が多く、さらには内容も割とねじ曲がっていますけど………。特に『港町の事件編』とエリーちゃんはアットノベルス時代にいなかったし。

と言うわけでこれからも続けて書いていきたいと思います!



 

 

 

 それは少し前の話。

 

 ヨークシンシティのとあるビルの一室。

 外からはわからないがここはマフィア、ヴィダルファミリーのアジトの一つ。元々地方に住むマフィアの一つではあるが、今回は所用という事で、ヨークシンに一つ持っている仮拠点に滞在している。

 

「殺し屋チーム?」

 

 そう言ったのは部屋の中でソファに座っている巨漢の男、アドニス=ヴォンドだった。

 部屋はかなり広く、豪華な内装をしている。といっても煌びやかというよりは落ち着いた高級感のある内装である。ここの主の趣味なのだろうか、第三者が入ってきた時の印象としては、あまり悪く無いタイプだった。

 

「ええ、十老頭が幻影旅団を仕留めるために有名な殺し屋たちを集めたみたいですよ。ですので、アドニスにはそこに参加してきてもらえないかと思いまして」

 

 アドニスの言葉に答えたのは、対面に並ぶソファの側面に設置された社長机でゆったりと腰かける男。

 

 黒いシャツに黒いネクタイという、マフィアの例に漏れない黒ずくめの服を着た、長めの黒髪を後ろでひと括りにしてメガネをかけた男。目を細め、あまりマフィアらしく無いと言われそうな優しそうな顔をして、穏やかな雰囲気を纏っていた。

 

 実はこの男こそ、アドニスが所属するヴィダルファミリーのボス、ハルコート=ヴィダル。

 基本過激なのが多いマフィアの中では穏健派を貫くファミリーのボス、部下達からハルさんと言われて慕われている人物だった。

 

「つーことは、そいつらに混ざれば旅団の連中と()り合えるんだな!」

「お前の頭はそっち方面しか無いのかよ、戦闘狂(アドニス)。それよりハルさん、なんで殺し屋集めてるのにわざわざヴィダルからも人送るんですか?」

 

 シャッ、と鞘から取り出した短刀の刃をじっと品定めする様に見ながら、ジェイは最もな疑問をぶつけた。

 

 マフィア連合とも称されるマフィアンコミュニティが複数の殺し屋を雇い、本日行われるセメタリービル地下競売襲撃予定の幻影旅団に備えた。餅は餅屋、所詮マフィアは殺しを専門としているわけでは無い。ならば、その道のプロに排除して貰おうという事。

 しかしならば、やはりなぜ一マフィアであるヴィダルに参加要請が来たのか。

 

「ジェイは陰獣を知っていますか?」

「陰獣って、確かマフィア最強の戦闘集団でしたよね?前に旅団に潰された」

 

 コミュニティを統括する十老頭が、それぞれの組最強の武闘派を募った集団、それが10人の念能力者集団である陰獣。が、つい最近、というか昨日幻影旅団に全滅させられてしまった。

 

 陰獣の実力は決して低くは無い。旅団一の肉体を誇り、ライフルの弾だろうと傷一つ付かずバズーカ砲を片手で受け止めるウボォーギンの肉体を、髪で刺し貫き、歯で噛み千切るといった超技をやってのける手腕は、並みのプロハンターを超えるだろう。一対一ならともかく、実際に4人でやってきた陰獣は、ウボォーギンを仕留める寸前まで追い詰めた。

 

 が、結果的にウボォーギンに差し向けられた陰獣はやられ、残りも旅団のメンバー達によってやられた。

 つまりは、今マフィアの戦力的には非常に不安定。突出した戦力が少なく、数と武器による暴力しか残されていないという事実。

 

「その為、先日の旅団襲撃の一件により、戦闘能力をふまえてアドニスを参加できないかと打診が来ましてね。断ると後々厄介ですので、アドニスも乗り気なら是非行ってもらおうかと思いまして」

「ああ、そういえばオークションの生き残りでしたもんね、俺ら」

 

 やれやれという風に肩を竦めるジェイだが、隣ではアドニスが楽しそうに手をバキバキと鳴らして臨戦態勢に入っている。ちなみに今すぐ戦うわけでは無いので、完全に無駄な臨戦態勢だが。

 

 先日、オークションに参加していたジェイとアドニスの二人だが、旅団の襲撃によりオークション客は全滅。が、この二人は生き残り、その後気球でマフィア達を引き付け逃走した旅団を追いかけた。気球は岩山に着陸して、そこからは旅団とマフィアのドンパチが始まり、陰獣も出てきた例の戦いとなったわけだが、結局ジェイとアドニスはその場にいながら旅団討伐には関割らずに結局帰ってしまった。

 

「そういえば、旅団と陰獣との戦いにアドニスは参戦しなかったようですね」

「だってよぅ、組長。あの大男と戦いたかったけど、陰獣の病犬(ヤマイヌ)に喰らった麻痺毒で動けなかったんだぜ?そんなんで戦っても面白くねぇよ」

「相変わらずですね、アドニスは」

 

 真正面から殴り合えないから旅団討伐に参加しなかった、という実に分かりやすい理由にハルコートは苦笑する。非難するつもりはさらさら無く、自分の側近がそういう人物という事をよく知っているから。

 

「俺はオークション参加できなかったからちっとがっくししたけど」

「ジェイは………お疲れ様です」

 

 ハルコートから労われつつ、ジェイは苦笑してパチンと短刀を鞘に納める。元々欲しい物があってオークションに来ただけに、この中で旅団襲撃に一番ダメージを喰らっているのはジェイだった。一応裏も表も参加希望オークションはいくつかまだあるので、全て失敗に終わったわけじゃ無いのであしからず。

 

「よし!つーわけで、ジェイ!行くぞ!」

「あ、行ってらっしゃい」

「いえ、ジェイも行ってきてください」

「ちょ、ハルさん!?」

「実はコミュニティ側からもアドニスと一緒に貴方がいた事がバレてまして。是非一緒に、と言われちゃいましてね」

「えー」

 

 確かに、使える者は何でもとは言うが、まさか自分も駆り出されるとは思わなかった。ジェイは嘆息したように溜息を吐くが、別にこの誘いは必ず行かなければいけないわけでは無い。そもそもジェイはヴィダルファミリーに所属しているわけでは無い、あくまで客だ。どちらかと言えばヴィダルの方がジェイの顧客でもあるが。

 

 精々行かなかったらヴィダルファミリーが今後コミュニティからちょっとだけ白い目で見られるくらいで済む。………………やっぱりジェイ的にはそれは少し避けたい所だった。

 

「アドニス一人送るのも心配ですので、頼みますよ。別に必ず戦えというわけでは無く、一応参加の体を成してもらえればそれでいいので」

「はぁ、了解しました。まあ、アド一人ってのは俺も心配ですし」

「人を問題児みたいに言うんじゃねぇ」

 

 どの口が言うか、という言葉を飲み込んで、ジェイは申し出を受け入れるのだった。

 

 ヴィダルファミリーより、アドニス=ヴォンドと、客人ジェイ=アマハラ。殺し屋チームに参加。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 マフィアンコミュニティが管理するとあるホテルの一室にて、異質な空間が形成されていた。

 

 中にいるのは複数のマフィアの構成員と、裏世界で生き抜く名だたる数人の殺し屋。

 その中には、伝説と謳われるおそらく世界で最も有名な殺し屋、ゾルディック家の名も存在した。現当主であるシルバ=ゾルディックと、先代当主にてシルバの父であるゼノ=ゾルディック。彼らもまた、十老頭より旅団暗殺の依頼を受けてこの場に来たのだった。

 

 そして先ほどやってきたのは、他の殺し屋8人に加えてノストラードファミリーから殺し屋チームに参加したクラピカもいた。クラピカにしてみれば、旅団と戦える絶好の機会。

 集めた人員が揃った事を確認し、マフィアの一人は説明に入る。

 

「これでやっと全員揃ったか」

「いや、あとヴィダルファミリーから2人程追加の予定です」

「またかよ!先に流れだけ説明しとくぞ!」

 

 先程揃ったと思ったらクラピカ達が追加で来たばかりなので、まだ来ない人物に腹を立てて説明だけ先に進め始めた。

 

 ぶっちゃけて説明すれば、競売品目当てでビルに旅団が来たら適当に始末して欲しいということ。

 依頼を遂行してくれればマフィア側は殺し屋側に指示はしないので、好きなようにやってほしいそうだ。

 

 殺し屋には殺し屋の流儀、やり方は個々で変わってくるため、無駄にマフィアのやり方に当てはめて戦力を無駄に使うなら、殺し屋の判断に任せて始末してもらった方がいいという事だろう。ここで別れるのが、互いに連携をして相手を仕留めようと言う者。そして己の力のみで、相手を殺さんとする者。

 

 この場にいる者達は総じて殺し屋としてみればレベルは高い。が、それでも旅団に届く者と考えるならば、半分にも満たない。特に、シルバとゼノの名からゾルディックの事を知った他の殺し屋は、委縮し始めている。

 

(なるほど、彼らがキルアの家族か。確かに、他の物より威圧感が数段上だな。精々対抗できそうなのは、あと二人くらいか………)

 

 静かに佇み、顔に入れ墨を持つ男。そしてその隣に座る、どこか狂気的な雰囲気を孕む壮年の男。クラピカから見て、他の殺し屋と比べれば一段上の者達。おそらくこの場で旅団に対抗できそうなのは、自分を含めればこの5人。

 

 その時、閉まっていた扉が開いて新たな乱入者が来た。

 

「あー、ここか。ったくよ、場所くらい知っててくれよ」

「わりいな。確認したから今度こそ間違いねーはずだ」

 

 入ってきたのは二人の男。

 顎鬚を蓄え顔中に傷を持つサングラスをかけた大柄な男と、天然パーマのようなくせっ毛をした色素の薄い黒髪の青年。

 

 もちろん入ってきたのは、アドニスとジェイ。

 

 余談だが、来たのはいいが集合場所が知らなかったからいっかいハルコートに電話して場所を聞くハメになったので普通に到着が遅れた。

 

(この二人は確か………オークションで生き残ったヴィダルファミリーの2人)

 

 実は岩山でのウボォーギンとの戦いを遠目で見ていたクラピカ達は、その時オークション会場から気球を追って先行していたジェイとアドニスの二人とは一度だけ顔合わせ程度に会っていた。故に、この二人もまた、殺し屋では無いが非凡な実力を有している事知っていた。

 

 一先ず全員が揃った事で先にオークションの説明が終わり、後は自由に解散となった。

 

「なんだ、呼ばれたのはお前か」

「ん?よぉゼンジさんじゃねぇか。なんだよ、あんたもいたのか。直系組の頭は大変だな、はっはっは」

「笑いごとじゃねぇ。そもそもお前はそんなに戦える奴なのか?」

「十老頭御自慢の陰獣よりは役立つと思うぜ」

「けっ、減らず口を」

 

 先程殺し屋に説明をしていた黒スーツにスキンヘッドの男は、親し気、という割には好戦的な会話をアドニスと繰り広げた。どちらも知り合いらしく、蚊帳の外のジェイは会話が止まった所でアドニスに尋ねる。

 

「アド、知り合い?」

「お前は知らなかったな。十老頭直系組の一つで組頭してるゼンジさんだよ。まあよくも悪くもマフィアらしい奴だし、別に覚えて無くてもいいぜ」

「てめぇ、次同じ口開いたら風穴開けるぞ?」

「こういう人だから程ほどで接しておけ。面倒だからな」

「いや、お前が程々で接してやれよ

 

 たまたま昔ハルコートに依頼に来たことがある、という事でこの二人知り合ったらしい。

 基本的に裏表で正直に話すアドニスだからか、簡単に敵も作るが割と仲良くするマフィア関係者は割といるらしい。実際に今の状況見れば、全員が全員仲が良いというわけでも無いらしいが、少なくとも素直に話しても急にナイフや銃を持ち出してこない程度には親しいらしい。これを果たして親しいと言うのかは疑問だが。

 

 ふと、ジェイは部屋の中を見てみれば、知っている顔がいたので少しだけ表情が明るくなった。先程まではアドニスが喧嘩始めないか若干ハラハラしていたのは余談である。

 

「お!ゼノさんにシルバさんじゃないですか。久しぶり」

「ん?おお、ジェイ君じゃないか」

「久しぶりだな」

 

 向こうも驚いた!と言う様に少し弾んだ声を上げる老人は、龍の様な髭を生やした白髪の老人。もう一人、体格のいい巨漢をした、獰猛な肉食獣を思わせる白髪をした男。

 ゼノ=ゾルディックと、シルバ=ゾルディック。キルアの父と、祖父の二人だった。

 

「お二人も参加してたんですか。奇遇ですね」

「依頼が入ってな。そういうジェイ君はどうしてここに?」

「まあ成り行きと言うか………やっぱ成り行きですね。ちっとアドのお守みたいなもんですよ」

 

 そう言って背後でゼンジと会話しているアドニスを親指で指しつつ説明する。ゼノは指されたアドニスを見ると、少しだけ面白いとでも言う様に笑いながら声を出す。

 

「成程、確かに面白い奴じゃの。中々鍛えられておる」

「お二人は?ゾルディックが参加する事は珍しくないですけど、二人が出張ってきたのは相手が旅団だからですか?」

「まあの。まだ孫達じゃ荷が重しのぅ。イルミ達には別に依頼が入っているというのも理由の一つじゃが」

 

 流石に幻影旅団が相手となると、ゾルディックと言えどそうやすやすと手を出せる相手ではない。

 シルバは過去に旅団の一人を仕事で殺した事があるが、その時は「割に合わない」と零していた。依頼料に対して、標的の実力が高すぎるという、標的に対する最大の賛辞。それ以降、子供達には旅団に手を出さない様に戒めたという。

 

「それでジェイ君、お主はオークションに参加しに来たのか?」

「ええ、実はクァード遺跡から発掘されたナイフが地下競売で出店されるそうで」

 

 クァード遺跡とは、海に浮かぶ孤島に佇むとある古代王国の名残。

 遺跡の一角にぽっかりと開く底が見えない真っ暗な穴は、大きさは直径5メートル程、しかしその震度は、星の裏側まで続ているのか疑う程に暗く、現在も最下層が発見されていないという不思議な遺跡だった。

 

 嘗て滅んだ古代文明、クァードの王が己の財を隠すために設けた穴という説が最も有力で、クァードの王がその身が滅ぶとき、穴に飛び降りたという言い伝えがある。明らかに昔の技術力では不可能と思われるほど深すぎる穴。

 

「幾人もの探検家がまだ見ぬ王の財を求めてその穴に入って行ったが戻ってきた者はいないとされているため、冒険家の間では別名『人食い穴』と呼ばれているのじゃな」

「ゼノさん詳しいですね。今度一緒に行きましょうよ」

「行かんわい。わしはお主らみたいなナイフコレクターじゃ無いしの」

 

 シルバとジェイは、共にベンズナイフのコレクター。

 それゆえに、ジェイはたまにゾルディックの屋敷だったりどこか別の場所だったりで、シルバと情報物品交換をしたりしているという。まさかゾルディックの現当主が完璧私情で客人をこっそり招いているとは、子供達は思いもよらないだろう。

 

 そこでふと、ジェイはシルバを見て「あっ」と声をあげた。

 

「そういえば、息子さんヨークシンで見かけましたよ。確か、キルアって言いましたね」

「なぬ?」

「……………キルが来てるのか」

 

 割と寡黙を貫いていたシルバは、息子の名前にちらりとジェイを見る。

 

「ええ。本人に聞いたし間違い無いですよ」

 

 思い出されるのが、たまたま今朝値札競売市にいき、3人組からベンズナイフを4000万で譲り受けた事。その一人が、今目の前にいるゼノの孫にしてシルバの息子であるキルアだった。

 

「そうか………お前から見てキルの仕上りはどうだった?」

「仕上りって……………そうですね、【凝】をそこそこ自然に熟せてたので、念の基礎を修めて後は反復練習してるって感じでしょうか。まだまだこれからというか」

「………そうか」

 

 久しぶりらしい息子に対して他に無いのだろうか、と思ったが、よくよく見てみればシルバの口角が微妙に上がっているのをみるに、しっかりと鍛えている事を喜んでいるのだろう。誰もいない所だったのなら、「流石俺の子だ」とでも呟いて秘蔵の酒でも開けていたかもしれない程に。

 

「おーいジェイ!そろそろ行くぞ」

「おう!お二方、それじゃまた」

 

 そう言ってジェイはひらひらと手を振ってその場を後に下。コミュニティの者が現場まで送ってくれるそうなので、お言葉に甘える。後は、各々の裁量次第。

 

 次第に不穏な空気が街を包み始めていた。

 

 地下競売と、幻影旅団。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 セメタリービルから1キロ地点では警察によって検問が行われていた。

 

 警察を自由に動かせるヨークシン市長は、マフィアンコミュニティの裏金によって市長になったので、マフィアの命令一つで市長経由で警察を自由に動かすことも可能。実質マフィアはヨークシンを掌握していると言っても過言でもない。故にマフィアの地下競売もヨークシンで行われる。この場で妙なことをしようなら即マフィアが現れて『THE END』となるので注意である。

 

 そして今、マフィアによって検問を強制的に突破した暴走者は撃墜された。爆炎を上げながら煌々と燃え盛る車を囲うようにマフィアと警察が眺める。翌日の新聞には、単なる交通事故として一面を飾る事だろう。

 

ドンドンドンドンドンドン!!!

 

 だが、爆炎の中から聞こえてくる大砲のような音。

 

 炎の中から出てきたのは指の先の取れた大男。怪我をしたというわけでは無く、そうなるように改造された己の指先から、大量の念弾を放出し、周りのマフィアは巨大な銃弾でも受けたかのようにえぐれ、絶命した。

 

 

 

 ―――――彼らは集結しつつあった

 

 

 

 別の場所でマフィアたちの前に立ちはだかる二人の男。

 一人はマスクで口元を隠した背の低い男。

 もう一人はジャージを着た、少々目つきの悪い男性

 

 マフィアたちは二人の男に銃を向けつつ消えろと言う。

 しかし気づいたとき、あるものは頭と胴体が離れ、あるものは首があらぬ方向へ曲がり、その場にいたものは全員絶命した。

 

 

 

 ―――――彼らは自分たちの目的のあるビルへ

 

 

 

 一人のマフィアは発狂していた。

 自分の意思とは無関係に動き、銃を乱射する男。めちゃくちゃに打たれるマシンガンは、自分と同じマフィアの命を奪う。その男の後ろには別の男が潜んでいた。見た目は害のなさそうな好青年。その手元には、人を操る端末が握られていた。

 

 

 

 ―――――彼らのリーダーの出した条件は一つ

 

 

 

 

 空に浮かぶマフィアたち。暗がりの中、よくよく見れば糸のようなもので絡まれている。視認しにくい強靭な意糸を手繰り寄せ、近くの木の影から伸びた手が糸を引くと、一斉に空の上のマフィア達は銃を乱射する。下のマフィアを絶命さえ、空のマフィアも絶命して地に落ちる。

 

 

 

 ―――――「派手にやれ」

 

 

 

 地下競売を狙って、幻影旅団は現れた。

 迫るマフィアを蹂躙して。

 

 

 

 




マフィアと殺し屋達と旅団とその他のターン!


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第58話『拳と刃のバトルロイヤル』

 

 

 

 

 オークションが始まるセメタリービル内部に既に単独潜入をしているクロロからの指示により、団員達は邪魔するマフィアを蹴散らし続けていた。クロロからの連絡があるまで、派手にマフィア相手に暴れる。それが団長から出された指示であり、余裕綽々と腕を振るっていた。

 

 そしてビルの近場にて、近づくマフィアの首を刎ねたり折ったりしている旅団でも過激組、フェイタンとフィンクスのコンビは、あまりに手ごたえの無いマフィア達にやや辟易していた。

 

「ちまちま雑魚潰し。その間に団長はメインディッシュとか、ずりぃよな。どうせなら陰獣くらいの奴らでも出てくりゃ、歯ごたえもあるのによ」

「陰獣……あまり大した事無かたよ。がかりね」

 

 先の陰獣戦にフィンクスは参加してない故に、マフィア最強集団というフレーズに少し期待していたみたいだが、実際に戦ったフェイタン的には残念でがっかりな感想だった。実際には陰獣10人勢揃いVSフェイタン一人だけなら流石のフェイタンも倒されていたかもしれないが、それは今となっては分からない。

 能力上フェイタンなら一発逆転も普通にあるかもしれないが、やはり今となっては分からない。

 

「ん?………フェイタン喜べ、手ごたえのありそうなの来たぜ」

「?」

 

 にやりと、元から目つきの悪い悪人面だったが、それに輪をかけて悪そうな笑みを浮かべたフィンクスに続き、フェイタンは視線の先を追う。そして珍しく、細い目を心なしか少しだけ見開き、驚きを表現した。

 

「てめぇらが、幻影旅団だな。確認されなくても、見ればすぐわかったぜ」

「ん?あの小さい方は、前の襲撃に襲ってきた奴じゃね?なぁアド」

 

 どっちが悪党か分からない様なゆっくりとした登場シーンだが、一応こっちが正義の味方ポジション………いや、マフィアサイドな時点でどっちもどっちか。マフィアと盗賊、果たしてどっちが真の悪党となりえるか。

 

 閑話休題。

 

 アドニスとジェイは、セメタリービルに残る様な事はせずに、直接打って出てきた。ジェイは引っ張られてきただけだが、アドニス曰く、騒ぎの火中に行けば必ず強い奴がいる!との事らしい。まあ実際にその通りで、こうして幻影旅団の二人と相対する事になったので結果オーライだが。

 

「フィン、この二人私もらうよ。()り残し制裁するね」

「ちょっと待った!相手は二人いるんだぜ?俺にも一人寄越せって」

「……………サングラスの方あげるよ。天パの方私に傷いれたね」

「へぇ、あっちがお前に傷入れた方か。俺もそっちがいいが、今回は譲ってやる」

 

 ゴキリと腕を鳴らしながら笑うフィンクスと、細い目をさらに細め、冷たい殺気を纏うフェイタンの二人。

 そして相対するジェイとアドニスも、同様に臨戦態勢に入った。

 

「なぁ、なんだか俺すげー不名誉な呼び方された気がするんだが、どう思う?」

「これから戦うのに些細な事だ。ほっとけ」

「だよな」

 

 野性味を奮い立たせ、逆立つ様な狂暴なオーラを発するアドニスと、鋭く研ぎ澄まし、鍛えられた鋼の様な澄んだオーラを纏うジェイ。対象的ともいえる二人のオーラだが、共通して旅団の二人が感じる事は、強い、ただそれに尽きる。

 

 パアァン!

 

 どこかで再びマフィアの銃声が聞こえた。

 その発砲音を合図にし、ジェイとアドニス、フェイタンとフィンクスは互いに逆方向へと跳び出し、己の相手に向かって行った。

 

「おらぁ!」

「くたばれぇ!」

 

 互いに、捻りを絡める様な事など無く、純粋なる拳と拳の応酬。

 相手の躱すタイミングを読み、地の果てまで吹き飛ばす様にして、拳を振るった。

 

 ドゴオオォ!

 

「「ぐほぁ!」」

 

 アドニスとフィンクス、二人は互いに拳を振るってクロスカウンターを放ち、互いに相手を吹き飛ばして、互いに吹き飛ばされた。

 が、すぐに態勢を立て直し、相手よりも早く地面を踏みしめ、再び向かい、拳を打ち合わせる。

 

 アドニスとフィンクスは、互いに強化系の能力者。

 さる心源流の師範代曰く「【纏】と【練】を極めれば、それ自体が必殺技と成程すごい威力となる」と言われる程に攻守共にバランスの取れた系統。主に自身の肉体などを強化するタイプが多いこの系統だが、実際にその手の能力者同士が戦うとしたら、当然の如くガチンコの殴り合い。

 

 強化系によっては天空闘技場の200階闘士である一本足の義足のギドの様に、独楽など媒介にし自分以外の物体を強化するタイプと、ウボォーギンの様に己を強化して身一つで立ちまわるタイプがいる。この二人に限って言えば完全後者、単純に己を強化し、それ相応の念能力を身に着けた純粋な強化系。

 故に小細工など一差不必要。相手に近づき、殴る、蹴る、肉弾戦等。それを繰り返していた。

 

 わずかに距離を取り、相手を攪乱する様に走り出し、近づき様に殴るもしくは蹴りかかり、再び距離を取る。

 

 格下の相手であれば問答無用で近づいて力業に持ち込めば決着など一瞬だが、相手が自分と同等の念能力者とやる場合には、少々慎重にならざるを得ない。基本相手の能力に関しては未知。相手が操作系であるならば、油断一つで操られておしまい何て事も多々ある。

 しかし今回は、アドニスもフィンクスも自身が強化系だから、相手の系統もなんとなく察した。明確な理由を説明しろと言われたら少々困るが、ほぼ直感的に自分と同類と感じ取った二人の行動は早く、なるべく相手の攻撃を受けない様に、近づいて攻撃する。それに尽きる。

 

 フィンクスの振るう拳は正確にアドニスの顔面へと伸びたが、左腕を割り込ませてうまく受け止める。一般人なら顔面が吹き飛ぶ様な威力も、同じ強化系で互いに練度の高い者同士であるならば、決定打になりえない。反対にアドニスは足を薙ぎ払う様に蹴り込むが、咄嗟に距離を取るフィンクスに追撃を加え、相手はそれを躱して一度距離を取る。

 

 不毛な消耗戦にするつもりは毛頭ないが、何か決定打を浴びせないとキリが無い。かといっていきなり【硬】をするには、リスクが大きすぎる。一撃の威力破壊力は念の応用随一だが、その分の防御能力に不安がある。

 

 つまりは、念能力による強化、これで相手を上回る。

 

「とりあえずは………7って、ところか?」

「あ?一体何を―――」

 

 瞬間、【凝】によってやや強めに強化した拳を、フィンクスは自身の横に立っていた街路樹に向かって突き出した。

 

 バギィ!

 

 一撃で幹をくり抜き貫通した木は、バキバキと音を立てながらアドニスに向かって倒れ込む。いきなり戦法が変わった事に一瞬面食らったアドニスだったが、別段超加速するわけでも無い倒れる木に押しつぶされる様な軟な鍛え方はしていない。軽いバックステップだけで避けると、先程までいたところにズンッ!と低い音を出しながら倒れ込んだ。

 

(姿を消した?いや、【絶】をしてねぇし気配もそのままだ。何考えてやがる………)

 

 枝と葉でアドニスの視界から隠れる事に成功したフィンクスだが、別にそのまま気配を消して近づき奇襲をするという腹でも無さそうな事に、アドニスは訝しげる。倒れた木の向こう側には、確かに敵がいる。それは間違いない。ならば、なぜこんなやり方をしたのか。

 

「らぁ!」

 

 飛び越えて降りかかる声に空を見上げれば、拳を振り下ろすフィンクスの姿。まっすぐに向かう拳には何も仕掛けが無いように見える………が、それは拳だけを見ればの話。

 その拳に纏うオーラは、明らかに先程よりも強い。

 

「そんだけオーラを籠めりゃ、他が紙だぜ!」

 

 フィンクスが拳を振り下ろすよりも早く、反対側の脇腹を蹴りで抉る。オーラの攻防力は、両極端。単純に一部を強化すれすれば、他が脆くなる。当然ながら拳にオーラを集中させたフィンクスが、脇腹へと攻撃を喰らえば致命傷も必須。

 

 そのはずだった。

 

「………はっ!あめぇ!」

 

 だが実際はどうか、全く意に返す様子無く、そのまま拳を振り下ろしてアドニスを殴り飛ばした。

 

「ぐっ!?」

 

 咄嗟に【堅】による防御をするも、踏ん張りきかず吹き飛ばされてしまう。吹き飛ばされた先のビルに壁かに、コンクリートを砕きながら弾丸の様に突っ込んだ。

 

「……………つぅ、効くぜ。にしても、どういう絡繰りだぁ?」

 

 ガラガラと崩れた瓦礫を踏みつけながら、まだ動く分には問題無いと体の調子を確かめる。しかしながら、先程の光景を思い出し、警戒しながらも歩き始める。多大な念を纏う拳に反して、他の場所も通常通りの防御力を披露した。とすれば、思いつくのは己の拳を強化する類の念能力。

 

「どちらにしろ、俺の視界から消えた間に何か細工したってこった。なら、次はこっちの番だなぁ」

 

 ギ……ギギ………ガキン!

 

 金属と金属が触れ合い、軋む様な音がした。

 ぞわりと逆立つような感覚と共に、アドニスは自身の力の変動を感じ取る。その腕、足、背中には、細かい歯車の様な物体が張り付き、左腕に張り付く歯車が、細かに歪な音をたてていた。

 

 ドグオォオ!

 

 警戒はしていたが、その隙をつく様にして、壁を抉りとった拳がそのままアドニスへと向かう。単純明快な話、壁事相手を殴り飛ばす、それを実行したに過ぎないフィンクスの作戦と呼べるか怪しい作戦。だが相手の意表を突くと言う点で言えば、理にかなった作戦だろう。

 

 ビルの壁をものともしない程、先程同様に爆発的なオーラを纏うフィンクスの拳は、吸い込まれるようにしてアドニスに向かった。

 

 ガッ!

 

 しかし、相手が相手だけに、そう簡単当たらなかった。

 いや、正確には当たったが、伸ばしたアドニスの左手一本に受け止められた。

 

 今度は、フィンクスが驚愕する番。

 

「!?」

「【強者の歯車(セレクタブルギア)】!」

「うぉっ!」

 

 さながら暴れる巨人の様な、アドニスは()()()受け止めたフィンクスの拳事振り回し、先程吹き飛ばされた意趣返しとばかりに、ビルの壁に向かって投げ飛ばした。当然の如く、コンクリートを砕きながら飛ばされたフィンクスは、外に出た段階で態勢を立て直し、地面を削りながら倒れるのは防いだ。

 だが、その表情は憎々し気に、苛立たしげに歯をギリッと鳴らした。

 

「くそっ!どんな腕力してるんだ………て、んなわけねぇか。何かの能力か?まさか10回転が受け止められるとはな」

 

 バキバキと振るった手の指を鳴らし、穴の開いたビルから出てくる男を鋭い瞳で見据える。

 

 フィンクスの念能力【廻転(リッパーサイクロトロン)】は、腕を回せば回すだけパンチ力が増大するという、シンプルかつ強力な強化系念能力。コンマを競う戦闘の中では少々条件的に難しいかもしれないが、少しの隙を意図的に作り出せれば、ほぼノーリスクで拳を強化する事ができる。

 

 能力開示を避ける為に、あえて相手の視界から自身を隠してその間に回転数を上げ、強化後に戦闘に入った。しかし、相手も同様に強化できる能力だと、少し考えざるを得ない。

 

(回転数を上げれば威力は上がるが、時間と隙の問題だな。相手の能力もまだ不明だし、さてどうするか)

 

 強化系は単純一図、とはヒソカの戯言と切り捨てるにはかなり信憑性のある性格診断だが、世間からの反応と比べたら、意外と実力者はよく考えて戦闘を行う。いや、割と野性的ともいえる戦闘勘だけで戦う者もいると言えばいるが、今は置いておく。流石に経験を踏まえていけば、冷静な思考力を有するのは通常だろう。

 単純=頭が悪い、というわけでは無い。

 

 目まぐるしい戦闘予測をしながら、フィンクスもアドニスも相対する相手を睨みつける。

 そして痺れを切らした様に跳び出したのは、アドニスが先だった。

 

「――――――!」

 

 獰猛な笑みを浮かべながら、この戦闘が楽しいと表現しながら拳を振るう。

 が、突然前へと向かう体に無理やり急制動を掛けて、背後に飛び出した。

 

「は?」

 

 ズバシシュアァァ!!

 

 唐突に次ぐ唐突に、フィンクスは思わず間の抜けた声を出した。

 視線をずらして地面を見てみれば、自分の目の前のコンクリートの道路に一文字、鮮やかに裂かれた切り傷ができていた。

 

「んな!こいつはぁっと!」

 

 二度目の斬撃が、フィンクスのいた場所を掠る様にして道路を横断し、街路樹を両断する。後一歩遅れたら、自分の胴体が真っ二つになっていたかもしれないと想像する、ぞっとする。フィンクスは斬撃の出所を探ろうとした瞬間、眼前の割れた道路の真ん中で、煌々と弾ける火花が目に入った。

 

 ギャイン!

 

 一瞬でアドニスとフィンクス、距離を取った二人の中央に現れた二つの黒い影は、その手に持った獲物を振り回す。鋭く突き刺すような火花をまき散らすその光景は、攻撃の余波が今にも二人を両断しそうな鋭さを孕んでいた。

 

 具体的には危うく二人の首が切断されるところだった。

 

「なかなかしぶといね」

「あ、アド。わりっ」

 

 手に、刃渡り30センチ程の短刀を握るジェイと、傘の柄の付いた細身の剣を携えているフェイタンの二人。すかさず両者の刃を打ち合っては離れ、再び打ち合っては繰り返している。

 

「【不可思議な刃物(ジャックナイフ)一輪正刀(いちりんせいとう)】」

 

 オーラを載せた短刀。四大行の応用でもある、物体にオーラを纏わせる【周】という技術。刀にオーラを纏わせれば、強度、斬撃を共に高め、木や岩ですらバターの様に切り裂く事が可能になる程。その分応用技はオーラの消耗が激しいので、乱発すればすぐに枯渇するので注意が必要。

 

 ジェイが己の変化系能力を短刀に載せて構えた瞬間、フェイタンは数メートルの距離が空いているにも関わらずぞわりとした嫌な感覚を味わった。直感的に、何かが来ると言う事、そしてこの場にいてはまずい、研ぎ澄まされたフェイタンの感覚が、そう告げていた。

 

 手元にある剣で受け止める事も考えたが、一瞬でその思考を捨て去り、一気に上空へと飛び上がる。アドニスもフェイタン同様に、「やべっ」というふうな顔になって地面にしゃがみこみ、フィンクスは頭上に「?」を浮かべている。しかし、二人の奇行の理由は、すぐにわかった。

 

 ザン!!

 

 その理由に対して、フィンクスは海老反るように咄嗟に避けた。

 そしてその頭上を通過した射程距離を無視した様なそれは、()()()()()()()()()

 

 二階建ての大きめの一軒家が、真ん中から横に真っ二つになる様を見てみると、思わず冷や汗が出てしまう。フェイタンとアドニスよりかは避けるのが若干遅れたため、一応間に合って無傷だったがフィンクスノ内心(あっぶねええぇ!!)と思っていたのは余談である。

 

「とたね!」

 

 大技を出した隙なのか、それともフェイタンの速度が早かったのか、いや両方あるのだろう。元々速度主体のフェイタンが己のスピードを駆使し、そしてオーラにより強化された細い剣は正確に、技を出して一瞬硬直したジェイの首元へと伸びる。

 

 僅かな一瞬も、実力者の間にとっては致命的なミス。

 旅団内でも随一の速度を持つフェイタンは、すれ違いざまにジェイの首を剣で切り込んだ。

 

 ギャイィン!

 

 だが、明らかに重い手ごたえ。錆付いた鋸て鉄を切る様な不協和音と火花を一瞬まき散らしながら、フェイタンは通り過ぎたジェイの方へと視線を向けると驚愕する。

 わずかに残る火花。オーラの纏われたジェイの首から、チリチリと明るい火花が舞っていた。

 

 通常念能力者の肉体、少々顕著だがウボォーギンを例に挙げるならば、強化系を極めた彼の肉体は拳銃を無防備で耐え、ライフルの弾すら「ちょっと痛い」程度の打撲で済むと言う規格外。その事から〝鋼の肉体〟とも称されるが、これはあくまでそう言われるだけで実際に鋼になっているわけでは無い。

 

 普通は剣で切り裂いたからと言っても、人の肉体と剣で火花が出るなんて事はありえない。あれは金属と金属のぶつかり合いで生まれる化学反応に過ぎない。

 

(いや、私の剣あいつの首触れて無い。()()()()()()()()()()()()()

 

 不可解な手ごたえに眉を潜ませつつも、フェイタンは地面を蹴りだし一旦距離を取る。

 

 ジェイの念能力【不可思議な刃物(ジャックナイフ)】は、オーラを刃の性質へと変化させる変化系の能力。ヒソカの【伸縮自在の愛(バンジーガム)】もそうだが、オーラを別の性質に変化させる変化系能力は、能力によっては通常纏うだけでは触れる事の出来ないオーラに物理的に触れられ、オーラだけで防御する事が可能となる。

 

 ジェイはフェイタンの攻撃に際して、自身の首と、狙われているであろう首の右側に近い顔の右半分と右肩鎖骨辺りを作り出した刃の念で覆い、うまく防御した。この時散った火花はフェイタンの剣と、ジェイの纏う刃の性質を持ったオーラがぶつかる事によって生じた物だった。

 

「あっぶね。ちょっと()()()の割合気を付けないとな」

 

 そう言ってやや楽し気に、ジェイは笑いながら再びオーラを籠め始める。

 その瞬間、後ろから蹴り飛ばされた。

 

「何すんだよアド」

「何すんだよ、じゃねぇ!俺まで首ちょんぱする気か!見境ねぇんだよ!」

「いや、ちゃんと選んでる選んでる」

 

 短刀を持つ手をひらひらと悪びれなく振るうジェイの姿に、アドニスは嘆息するがその表情は楽しそうだ。

 

 滾る血潮、揺れ動く互いのオーラ。千切れそうなか細い糸の上で立つ様な戦いの緊張感。戦闘狂(アドニス)は目の前の獲物に対して、獰猛に凶悪に笑い、バキバキと腕を鳴らし続けている。

 目の前にはフィンクスとフェイタン。距離を取ってアドニスとジェイ。

 

 そして狙う様にして、ノブナガの刃が煌いた。

 

「「!!」」

 

 一瞬で近づいたノブナガは、即座に抜刀。

 

 同時にギイィインという鋼を打ち合う音が響いた。アドニスはいきなり現れたノブナガの姿と腰に差す刀を確認すると同時に、さりげなくジェイを盾にする様にしてノブナガの間合いから()()()

 予測通りに、自身と相手の刃の間に滑り込ませた短刀で、居合を弾く。ジェイの卓越した技量も流石だが、相手も同様に抜刀術を修めた達人。鋭い刃と刃のぶつかり合いは一瞬。

 二人の交錯は一瞬で終了し、ノブナガは地面を滑るようにして距離を取った。

 

「はっ!まさか、俺の刀が防がれるとは思わなかったな」

 

 パチンと、刀を鞘に納めて再び居合の構えを取るノブナガ。

 その表情は自身の一撃を防がれた事に対して憎々し気、というわけでは無く、寧ろ楽しそうに笑っている。

 

「フィンクス、随分面白そうな連中と遊んでるじゃねぇか。俺も混ぜろよ」

「ああ?俺の獲物だ、すっこんでろよ」

「そうね、こいつら私達の物。横取り許さないね」

「いいだろうが!ただのマフィア潰しも飽きてきたんんだよ!」

「はいはい、そろそろ時間も時間だし、皆で確実に仕留めよう。フィンクスとフェイタンが一対一で苦戦するって、相当だしね」

 

 爽やかに余裕綽々とした新たな乱入者の声に、口論を始めようかというノブナガ達の声が一時ぴたりと止まる。そこにいたのは優男と評される様な風体をした青年、シャルナーク。一時的にクロロより現場指揮官に任命された情報通。

 この場にいる3人と比べたら、冷静に思考し、旅団の事を考え行動する事ができる一応常識的な部類に入るタイプだった。簡単に言えば話が通じそうな奴。最もこの場に置いて、話合いという選択肢は皆無に等しいのは、互いに分かりきっている。その事は先のシャルナークの仕留めるという言葉で十分に理解していた。

 

 シャルナークはアドニスとジェイの姿を確認すると同時に、自身の愛用の携帯を取り出した。

 

 細身の剣を持つフェイタンに、手を鳴らし構えるフィンクス。

 居合の態勢のノブナガと、携帯片手に持ったシャルナーク。

 

 1人でも厄介な幻影旅団が4人。しかし悠長なことは言ってられず、おそらくもうしばらくすれば別の場所でマフィアの殲滅をしている別の仲間も来る可能性もある。

 

「旅団が4人か。アドニス、どうする?」

「上等だ」

 

 答えになっていない答えにジェイは再び嘆息して、どうしたものかと考えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

「………何してるの?」

「お!ゴンにキルアにミヅキじゃねーか!戻って来たか!ん?げっ!もう夜か!」

 

 ゴンとキルアとミヅキの3人は目の前で酒盛りをしているレオリオと、もう一人見慣れない男の二人をじっとりとした目で睨む。今気づいた、という風に窓から見える真っ暗な夜に驚いているという事は、まだ日が高い内から今の今まで酒を飲んで談笑していたという事だろう。

 

 こんなダメな大人にはなりたくない、そんな事を考える3人だが、一応言っておくとレオリオはまだ成人前の10代である。これでも。

 

 そしてアマハラ邸のマンションのリビングでレオリオと酒盛りをしていたのは、ゼパイルという男。

 今朝ゴン達が値札競売市で購入したオーラの宿る作品を売りに行った時に知り合った目利き、要は鑑定士らしく、その後互いに意気投合してゴン達の専属目利きとして金策を手伝ってくれる事になったらしい。

 実際にこのゼパイルのおかげにより、危うく3億相当の物品を二束三文で売りさばく所を止めてもらった事から目利きとしても人としても信頼できるとゴン達は判断したのだった。

 

 で、その後ゴン達が捕まっている間にレオリオと合流したらしく、そのまま宴会モードに入って今に至ると。

 

「人の家なのに遠慮ねぇな。つーか、レオリオまだ未成年だろ。酒飲んでいーのかよ」

「俺の国じゃ16歳から飲酒オッケーだ」

「ああ、確かにそういう国もあるしね」

 

 お国柄、ジャポンだと20歳未満の飲酒は法律上禁止だが、それ以外の国だと割と18歳や16歳からでも飲酒可能な国は多いらしい。逆に21歳から出ないと飲酒不可の国もあるが、レオリオは現在19歳なので確かに問題無い。まあレオリオ本人の談によると12歳から飲酒していたらしいが。ダメな大人の見本である。まだ未成年だが。

 

 一応初対面のミヅキとゼパイルを互いに紹介した後、ゴンは旅団を尾行してから今の今までの経緯を話すのだった。

 

 結果、レオリオ達は酔いが覚めた。内容が内容だけにしょうがない、一歩間違えればどこかで死んでいたかもしれないというハードコース。

 

「お前ら良く生きてたな………」

「ミヅキ来てくれて助かったよ。あのままじゃ一体何されるかわかったもんじゃ無いしね」

「それで、結局旅団とヒノとの関係性はどうだったんだ?やっぱヒノは裏で暗躍する重要人物的な?」

「なんかたまに遊びに来る親戚の娘みたいなポジションだったよ」

「なんだそれ」

 

 訝し気に呆れた様なレオリオだが、ゴン達の言いたい事はなんとなく察した。要するにヒノ自身旅団の仕事というか活動には加担しているわけでは無く、プライベートな知り合いと言った所らしい。

 

 自分達もヒソカやイルミと言った危険人物と一応知り合いだと言う事を考えると、あながちヒノだけに何か言うのもどうかという気がしてきた。別にヒソカ達と友達とは言わないが。

 

「結局の所、後はヒノが起きるのを待つのみか。お前の予想だと明日には起きるんだろ?ミヅキ」

「ま、予想は予想。多分だけど、ね」

「それで、これからお前らはどうするんだ?旅団の捕獲は続行か?」

 

 レオリオの言葉に、ゴンもキルアもぴくりと反応する。幻影旅団の力は、捕まった事でよくわかった。今の二人では、逆立ちしたって太刀打ちできない。比喩的にも物理的にも文字通り大人と子供程の差がある。他に金策の宛てが現在ゼパイルと組んでの売買しか無いが、掘り出し物を探し出して購入し、それをオークションにかけて売る必要がある為、手元にまとまった金額が入るのに時間がかかる。

 ならば、念能力戦闘能力を向上させ、旅団を捕らえて一人20億手に入れるのがやはり現実的。しかし現実はやはり厳しい。

 

「てことで、一回クラピカに連絡したんだ。そしたら今は仕事中だから、後でかけなおすって」

「クラピカって……あいつも念を覚えたのは俺達と同じくらいだろ?それならミヅキに聞いた方がまだいいんじゃねぇのか?実際ミヅキがどれくらいかは知らないが、少なくともゴンやキルアよりは念の扱い上手いんだろうし」

「なんか能力の関係上参考にならないって」

 

 そもそもが特質系のミヅキの能力は、覚えようと思って覚えられる類の物ではない。もう一つの能力に関しても、戦闘に特化した物でも無いので旅団を渡り合う事を条件と考えると覚えるだけ意味が無い。そうなると、誓約と制約により強力な能力を会得したであろうクラピカに聞くのが、手っ取り早いと考えた。

 

「つーわけでクラピカ待ちだな。それまでは、俺達もゆっくりしてようぜ。どっちにしろ、今日は色々あって疲れたしな。少なくとも、クラピカの用事が終われば今日中にでも一言連絡くらいしてくれるだろ」

「用事って言うと、十中八九地下競売か。んじゃ、もうしばらくかかりそうだな。よし!ゼパイル、飲みなおすか!」

「よっしゃぁ!」

 

 じっとしているしかない。と分かればレオリオは再び酒を開け始める。連絡待ちという状況で今日はもう夜遅い、何かしようにも家の中で過ごすのが一番安全だろう。別段レオリオの判断自体は悪くないが、行動自体にゴン達は呆れるしかないのであった。

 

(さて、実際にそのクラピカって言うのが旅団を倒せるかどうかは、明日次第か。ウボォーギンの所在は、今しばらく黙っておこう。後は、ヒノが起きてきてからだな)

 

 心の中で一人呟きながら、ミヅキはやれやれと思いつつも、ゴン達一緒に酒盛りに付き合うのだった。

 

 無論まだ子供達は酒は飲ま無いが。

 

 

 

 

 

 

 





ゴン「そういえばレオリオ達そのお酒とかお菓子どうしたの?」

キルア「ひょっとしてこの家にあったのか?」

ゴン「まさか!いくら好きに使ってって言われても………それは人として流石にどうかと思うよ」

レオリオ「いやいや、普通に自腹で買ってきたから!流石人の物で勝手に酒盛りする程図太くねぇよ!」

ミヅキ「じゃあ僕が普通に飲んでもいいよって言ったら?」

レオリオ「よしゃ!家主(の家族)の許可取ったぜ!どんどんもってこい!」

ゴン・キルア「「………………」」



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第59話『スクラップ』

早く続きを、と思っていたら前回の更新から3ヵ月以上もたってしまいました。
………………色々頑張ろうと思いました。

それはそうと最近のジャンプのハンターハンターは旅団のターンみたいな感じですね。
ノブナガの能力とかそろそろ出てこないですかね。



 

 

 

「ケホッ!流石にあんなの盗めねーわ、マジで。十老頭も面倒なの用意してくれたけど、作戦がうまくいって助かった。あ~くたびれたくたびれた」

 

 たった今まで戦場だった瓦礫の上で寝転がり、会社勤めを果たして疲れたサラリーマンの様にぐっと伸びをしながらも、どこか悪戯に失敗した少年の様に一人愚痴る影が1つ。

 

 幻影旅団の団長クロロは、この場所でほんの少し前まで2人の暗殺者、シルバとゼノの2人のゾルディックと死闘を繰り広げていた。

 

 互いに一瞬の気を抜くことを許されない攻防。マフィアの頂点に君臨する十老頭の依頼により、ゾルディックとしては確実にクロロを仕留めにかかり、クロロも迎撃する。本来ならば異次元の実力者が1対2で戦えば、確実に1人の方が死亡する事は必須だろう。

 

 そうならなかったのは一重にクロロの技量が2人の予想を上回り高かった事と、クロロの手回しが効いた事による。

 

 基本ゾルディック家は暗殺を家業として生業にしているが、別に本人たちが人を殺害することを趣味として楽しんでやっているわけでは無い。個人個人でそれぞれ思う所は多少あるだろうが。しかし依頼はきっちりこなし、確実な死を標的にプレゼントする。故に伝説とされる。

 が、例え権力者からの依頼であっても、途中で依頼を中断して標的の殺害をやめる場合が2つある。

 

 標的が殺す前に先に死亡してしまったか、依頼者が死亡してしまったか。

 

 クロロの練った作戦は後者。

 十老頭を()()()()()()()()()()()、十老頭からの依頼、つまり『幻影旅団の抹殺』を中断させたのだ。

 しかも、クロロがその依頼をしたのがゾルディック家の長兄イルミだと言う。

 

 つまりは、十老頭は幻影旅団(クロロ)を抹殺する様にゾルディックに依頼する。

 そして幻影旅団(クロロ)もまた十老頭を抹殺する様にゾルディックに依頼する。

 

 敵対者がどちらもゾルディックに依頼するという、互いに尾を噛みあうウロボロスの様な依頼図だが、この場合ゾルディックの方針としては単純明快。

 

 先に殺った者勝ち。

 先に標的を抹殺すれば依頼料が貰える。逆に先に依頼者が抹殺されたら依頼が中断し無駄な時間を過ごしたという事だ。

 

 ゼノ曰く「タダ働きはごめん」だそうだ。

 

 結果、クロロはイルミが十老頭を殺害する間の時間を稼ぐだけでよかった。

 基本ゼノとシルバから逃げに徹する事を前提にして戦い、あわよくば2人の能力を己の力で盗む事ができれば上々。しかしいくら並みのハンターすら凌駕するクロロと言えど、ゾルディック2人の大して「別に倒してしまってもいいのだろ?」とは流石に言えないので、どうにか時間稼ぎを頑張り成功したのだった。

 

 イルミが先に十老頭を殲滅し、それにより依頼者を失ったゼノとシルバは旅団抹殺を中断してそのまま帰ってしまったという。流石にクロロも疲弊し、瓦礫の上だがごろんと寝転がりビルの眼下で頑張る団員達を尻目に悠々と休息を取っていたのだった。

 

「さて、そろそろ潮時だな。全員を呼び戻すか。それにしても………」

 

 ふと、クロロは思いだす。このセメタリービルに来る時に出会った少女、ネオン=ノストラード。出会った、というのは少々語弊があり、元々クロロはネオンと接触するつもりで作戦を練り、実際に偶然を装い接触を果たし、このビルまでやってきた。

 

 その目的は、ネオンの持つ予知能力を己の物にする為。

 特質系であるクロロの念能力は相手の能力を盗むという規格外の【盗賊の極意(スキルハンター)】。その特異性と強力な能力故に果たすべき厳しい条件も存在するが、非戦闘員であるネオンに対してならやり方を考えればあっさりと解決できる問題だった。

 

 そうしてクロロは予知の能力を手に入れた。

 その過程で、クロロはネオンに己を占ってもらった。確率100%の未来予知。

 

 その結果を思い出し、僅かに笑みを浮かべる。

 

 既に9割9分程諦めていた結果。冷徹な判断の名の元に、既に過ぎ去った話に過ぎないと思っていた。

 しかしそれは覆された。自分の考えが覆されたが、クロロは寧ろそれを望んでいた。

 

 ウボォーは、生きている。

 

 

 (あなたは今どこにいるのですか、ウボォーさん)

 

 

 

 

 

 大切な暦が一部攫われて 残された月達は盛大に唄うだろう

 喜劇の楽団が赤い旋律を 戦いの追想曲を奏でる

 

 灰の墓所に臥せる緋の目の墓守に 涸れた寒菊は摘み取られる

 それでも貴方の優位は揺るがない 残る手足が半分になろうとも

 

 幕間劇に興じよう 新たに仲間を探すもいいだろう

 向かうなら東がいい きっと待ち人に会えるから

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

「うぉ!」

 

 ギイィン!ギャィン!

 

 激しい火花を散らし、金属音と共に3つの影が交錯する。

 手元に引き寄せた短刀で前方の刃を受け流し、後方の斬撃を、肩のオーラを変質させた念の刃で受け止める。短刀を振るいながら刃を生身で受け止める異様とも呼べる戦い方に、刃を振るう方も思わず後退してしまった。

 

「全身のオーラを硬質化って所か?多分変化系だろうが、面倒なタイプだなこりゃ」

「でも、全身防御とは少し違うみたいよ。私達の攻撃得物で受けるのその証拠。必ず隙あるね」

 

 見定める様に視線を向けて会話をしていたフェイタンとノブナガの二人は、互いに剣を鳴らしつつ、追い詰める様にしてジェイに追撃を加えていく。元来個人の我が強い旅団達の戦いは、メンバーにもよるが連携と呼べるほど熟達した物でも無く、ただただ自身の動きやすい位置取りで相手を追い詰めていくスタイル。隙あらば互いに相手を仕留めるべく翻弄する。

 それでもジェイが今の所も無傷で生きながらえているのは、一重に能力上相手の攻撃に対して優位だったとしか言い様が無いだろう。

 

 体を纏うオーラを刃の性質に変化する能力は、ある種全身に鎧を纏う様な物だが、それも万能というわけではない。

 

 ザシュゥ!

 

 前方より円を描く様に刀を振るうノブナガの攻撃を、短刀で受け止めたジェイは背後からのフェイタンの奇襲に咄嗟に体を曲げた。体勢が不十分の状態でよくやったと言いたい所だが、それでも無傷とは叶わず、浅い切り傷が服を切り裂き、僅かに皮膚を抉って鮮血を散らす。

 

 咄嗟にオーラを纏い止血をするが、怪我を見る暇も無くジェイは再び動き出す。

 オーラの纏う短刀を振るってノブナガを弾き、振り向きざまに足刀でフェイタンを刃事吹き飛ばし一旦距離を取り、その場を離れる。

 

「ちぃ!あじな真似を!」

 

 再び追撃を加えるべく動き出すノブナガに向かって、ジェイは短刀を振るった。10メートル近く両者の距離が空いていたにも関わらず、ノブナガの足元の道路に、真一文字に切り傷が走った。まるでこの先へ進めば命は無い、そう言いたげに主張する様に現れた切り傷に、ノブナガは追撃しようとした足を止める。

 

「ノブナガ、あいつの刃視るね」

 

 フェイタンの言葉で【凝】をしてみれば、確かにそこに視えた。短刀に纏われたオーラが薄い刃上に変化し、10メートル近い刀の様にジェイの手元に顕現している瞬間を。瞬時に霧散したが、先程までの遠距離での斬撃の正体がわかった。

 

(なるほど、オーラを変化させて武器の射程を延長できるってわけか。俺の足元を切ったから限界は10メートル近くか?いや、決めるのは早いな。まだ隠しているかもしれねぇ。やっぱ……面倒くせぇ)

 

 面倒くさいと思いつつも、内に秘めた高揚感は先ほどまで迫りくるマフィア達を一方的に蹂躙していた時の比ではない。戦闘狂という程では無いにしろ、誰しも実力をつけてその道を極めた達人ともなれば、己の力がどこまで通用するのか試してみたいと思うのが道理。

 彼らの場合は、それが生死を分つ戦場。どちらかが生き残り、どちらかが死ぬ。

 

 常在戦場の心構えを基本とした、旅団ならではの殺伐とした死生観。

 それを試せる絶好の相手を、逃しはしない。

 

 そんな雰囲気を交えた刃から察したジェイは、やや嘆息しつつ今後のプランを脳内で練り直す。

 

(そう簡単に見逃してくれないか。さて、流石に2対1だと厳しいし、アドニスとも打ち合わせは終わってるから、後は………)

 

 懐を探れば、今の手持ちは全長30センチ程の短刀が1本。たまたま市場で購入したバタフライナイフが3本。流石に心元無い武器だ。特に短刀は自らの手で研ぎ治したので切れ味十分だが、バタフライナイフ自体はどこにでもありそうな普通のナイフ。しかも大して長く無く刃渡り10センチ程度。ジェイならそれでも念を使えば十分と言えるが。

 

(…………とりあえずは)

 

 わざわざ仕留めるつもりなど無く、戦い続ける意味も無い。殺し屋チームとして派遣されてきたのは事実だが、ジェイにはマフィアンコミュニティ事態に恩義があるわけでも無い。ただ友人であるヴィダルファミリーの付き添いで来たに過ぎない。しかも元々戦いに参加するつもりも無かったし、相手が2対1なので戦闘不能にするのも少々厳しいときた。

 故に、逃げに徹する。

 

「あ、てめぇ!待ちやがれ!」

 

 いきなり背中をくるりと向けてダッシュした事に、一瞬ノブナガは呆けた様子だったが、すぐに相手が逃げたと理解して追いかけ始めた。

 

 しかし、出遅れたノブナガと違って、ジェイの一挙手一投足を見逃さない様に暗殺者の様に(似た様な物だが)狙っていたフェイタンは、背後から追随して刃を振るう。

 

 ギイィン!

 

 が、再び弾かれる。鉄でも斬り付けた様な火花を散らし、ジェイの首に振るった刃が再び弾かれた。が、それも織り込み済みだったのか、【周】によって強化された刃の切っ先を振るい、足元を狙った。

 

「う―――おぉっと!」

 

 念の防御を突き破り、跳び上がって躱したジェイの脹脛を浅く裂く。確実な致命傷として首を切断しようとするフェイタンの狙いはわかりやすく、ピンポイントで首元を防御したジェイは流石だが、上半身にオーラを集めた事で下半身の足元のオーラ防御が疎かになった。

 互いに相手を読み合い、今回はフェイタンが勝った。

 それでも機動力を削ぐ程では無いので、ジェイは足元にオーラを籠めて跳び上がる。

 

 跳び上がった先は、人気の無い4階建ての建設中の廃ビルの2階。

 後を追い、フェイタンとノブナガもビルへと入っていった。

 

「ささとくたばると―――!」

 

 パキイィン!

 

 乾いた音が響くと同時に、フェイタンは瞳を見開いて目の前の事象に一瞬固まった

 

 ビルの中に入ったと言っても、フェイタンは追いかけながら常に視界の一部に捉えていた。その為文字通りジェイの背中を追いかけて、ビルの中に入る事で距離を詰めて、頭上から真っ二つにするつもりで剣を振り下ろした。その為、振り下ろすと同時に反転し、反撃に転じて来るのは少し予想外だった。

 尚且つ、()()()()()()()()()()という事態も。

 

 しかし、フェイタンは突き刺すような殺気を発しながらも、ジェイの背後にキッ!と若干の苛立たしさを混じらせながら意識を向けた。

 

(――――――仕留めるね、ノブナガ)

 

 ジェイの背後に幽鬼の様に迫る、抜刀体勢のノブナガの姿。片膝を着き、左腰に構えた刀に手を掛けて、視界に映るジェイを仕留めんと、爆発的な殺気を刀に籠める。 

 

 殺った。そう思った瞬間、フェイタンとノブナガはスローモーションの様に感じる刹那の間に、ジェイの腕が動いたのを見た。

 

 フェイタンの剣の切っ先を切断したのは、ジェイの手元に握られていた、なんの変哲も無いバタフライナイフ。

 ただし、刃とすこぶる相性の良いジェイの念能力である【不可思議な刃物(ジャックナイフ)】による刃の性質を秘めたオーラが纏われ、通常の【周】を超える切断性を身に着けた凶悪な逸品だ。しかも、今回は()()()を先程までより、より強化して。

 

 剣を切断したまま、ジェイは自身の肩越しにバタフライナイフを、背後のノブナガに向かって投げつけた。

 

(!ただのナイフだが、フェイタンの剣をあっさり切断する程なら、このまま受けるのは少し危ねぇな!)

 

 互い念を使えるといえ、相手は切断性や刃に関連し特化したオーラの籠められたナイフ。抜刀して迎撃して刀が逆に切られたらまずい。そう咄嗟に判断し、海老反る様に体勢を後ろに倒すと、目の前をオーラの纏われたバタフライナイフが通り過ぎた。

 

 壁際の柱に柄頭まで突き刺さった事を音だけで察し、ノブナガは再び鯉口を切り開く。

 旅団内でも随一の抜刀術。最も抜刀するのはノブナガだけなので随一というより唯一だが、そこには触れずに刀が抜かれる。

 

 空中で身を捻るようなジェイの今の体勢なら、この状態での回避行動はまず不可能だろう。

 だとすれば、問題は身に纏うオーラによる防御力。果たして、ノブナガの刃によって一撃で切り捨てる事が可能か。しかし、可能かどうかなど頭の中で議論しても、始まらない。

 思考を捨て去り、ただ目の前に外敵を切り裂く事にノブナガは意識を割き、一心に振り抜いた。

 

 ドゴオオォォオオオオ!!

 

「「!?」」

 

 瞬間、むき出しのコンクリートの地面に罅が入り、階下で爆薬でも使われたかのような衝撃が、打ち上げられた瓦礫と共に3人を包み込んだ。

 

「「だらああぁ!」」

 

 厳つい風体をした2人組の死闘風景。街中で見れば関わり合いを避けたい部類のヤクザの喧嘩だが、拳一つでコンクリートを破壊していく様は鬼か何かかと見間違う程。

 自分達の戦闘の最中で別の戦闘に巻き込まれ、思わず下から上がってきた男、フィンクスは硬直してしまう。

 

 その隙とばかりに、アドニスの拳がめり込んだ。

 

「ぐぉ!」

「おらあぁぁ!!」

 

 今まさに抜刀直前だったノブナガを巻き込み吹き飛ばされたフィンクスだったが、2人共直ぐに空中で回転しまだ砕けていない床の上に着地する。 

 

「おい!フィンクス!てめぇ邪魔するんじゃねぇよ!」

「うるせぇ!それはこっちのセリフだ!とっとと――――――」

 

 互いに悪態をつきかけて、目の前に迫った2本のナイフに2人共咄嗟に顔だけ傾けて最小限の動きで躱した。背後に飛んで行ったナイフが先程と同じようにコンクリートの柱に埋まる程に鋭い切れ味を見せると同時に、フィンクスとノブナガの2人が互いに頭を傾けぶつけた事に再度喧嘩が始まろうとしたら、崩れる床を蹴って天井付近に躍り出る。

 

 下を見れば窓枠に立つアドニスと、()()()()()()()()()()()()()ジェイの2人。

 

 フェイタンは1度オークション会場で、フランクリンの念弾を回避して天井に立つという離れ業をしたジェイを見た事があるが、今ならその絡繰りが分かる。

 ジェイは足の裏からオーラの刃を作り出し、壁や天井に突き刺して重力を無視した立ち位置を体現していた。

 

「フィン―!大丈夫かぁー!」

 

 そんな時、階下から声を張り上げながら瓦礫を蹴って登ってきたのは、自前の携帯と操作用の針を手に持ったシャルナークの姿。

 が、その姿を見たと同時にアドニスが飛び出す。

 

 弱い物から先に潰すという戦略の基本に沿っての行動。シャルナークは一般人やそこらのハンターと比べれば逸脱した高い戦闘力を有しているが、同じ旅団の前衛達や一流のハンター達と比べたら、操作系という能力もあり自ら格闘戦をするタイプでは無い。

 その為、シャルナークは床を蹴り、天井付近へと逃げる様に跳び、追随するアドニスだっが、咄嗟に爆発的な殺気と共に、先の折れた剣が真下からアドニスの顔に向かって伸びた。

 

 ガッ!!

 

「!!」

「うそ!?」

 

 一度階下フェイタンが落ちてきた事は知っていた。その為シャルナークは囮として上に逃げて相手の視線を下から逸らし、その隙に奇襲をかけるという作戦だったのだが、ある意味一番予想外の方法で乗り切られてしまった。

 

 フェイタンの剣は、アドニスの額にぶつかり受け止められた。

 切っ先が折れているとはいえ、一撃をまともに受けるなど、明らかに常軌を逸している。オーラによる防御や単純な耐久力だけでなく、アドニスの能力による恩恵である。

 

「おらぁあ!」

 

 が、そこに留めとばかりに天井を蹴ってきたフィンクスの蹴りがアドニスの背中に突き刺さり、そのまま階下へと一緒に飛んで行った。無論、真下にいたフェイタンも巻き込んで。

 

 わざとなのか、ただアドニスの陰で見えなかっただけなのかは不明だが、容赦ないフィンクスにややドン引きしつつ、シャルナークはいざと前を向いた時、ジェイの腕がぶれたのを見た。

 

「うぉっと!容赦無いね!」

 

 顔に迫る物体を躱してちらりと見てみれば、10センチ程度の銀色の物体。それはオーラが纏われ、背後の柱にびしりと埋まる様な威力を発揮していた。

 

(あれは………フェイタンの剣の切っ先?)

 

 先ほどジェイが折った剣の先を使い、先のナイフと同様にしてシャルナークに向かって投擲した。

 フェイタンの獲物が切断されたという事実に驚いたが、どうにも相手の顔面を狙うようなジェイの攻撃にもシャルナークはやや違和感を覚える。確かに絶妙なタイミングで飛んできたが、彼らにとっては避けられない事は無い。

 寧ろ、()()()()()()()()()()()()()()()かの様な攻撃。

 

(そしてそれを想定していたとしたら………)

 

 途端にシャルナークはバッと、そこそこの広さのあるビルの中をぐるりと見渡すと、何かに気が付いた様に残っている床に降り立ち、開いた窓際に向かって走り出す。

 

「ノブナガ!すぐにここから出るぞ!」

「あ!?いきなり何を―――」

 

 急に話しかけられ、天井に刀を刺して攻撃の機会を伺っていたノブナガが訝し気に首を傾げると同時に、ジェイは手元で短刀を翻す。己の力と念を込めて打ち出したる渾身の一振り。鋭く触れるだけで切れる様なオーラを纏い、ジェイは自身の背後の壁に突き立てた。

 

 ザン!――――――ビシイイィ!!

 

 深々と突き刺さった短刀は、コンクリートに蜘蛛の巣状の罅を作り出す。

 さらに、それに連動する様に各所に存在する抉られた様な傷、ジェイが投擲して柄まで埋め込んだナイフの傷から罅が広がり、ビル全体に細かい罅大きいな罅が走った。今にも、倒壊寸前の様に。

 

「それじゃ、旅団の皆さん。俺達はこれで」

「「なっ!!」」

 

 ノブナガとシャルナークが次の言葉を発するより早く、留めとばかりに短刀を深く押し込んだ。

 

 瞬間、地震と錯覚するような振動と共に――――――ビルは崩壊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

「――――――で、この状態に至ると」

 

 瓦礫に座りながら報告を聞き終えたクロロは、目の前に集まった仲間達を一瞥して、愉快そうに苦笑する。

 

 マフィアの雇った暗殺者達を全員殺害するにしろ追い返すにしろ片づけたのを機に、クロロはビルの周囲でマフィアの構成員を屠っていた仲間達に連絡し、自分が死闘を繰り広げたビルの中に、この後の計画の為に周りのマフィア達に気づかれ無い様に集めた。

 そして来てみれば、当然の如く全員無傷……………と思っていたが、意外にも旅団内で武闘派なフィンクスとフェイタンの2人がそこそこの傷を負っていた事に正直驚いた。

 

 重症、という程では無いが、フェイタンには切り傷、フィンクスは外傷は無いものの、やや口元にわずかに血を拭った痕が見えるから、内部に多少のダメージを喰らった様子だという事がすぐわかった。

 

(驚いたな………ゾルディック以外に俺達を害する存在がマフィアにいるとはな。もしや、例の鎖野郎か?いやそれにしては、反応が違うか………となると、例のヴィダルか)

 

 無論マフィアの全構成員を全て把握しているというわけでは無かったが、クロロの知っているマフィアの中では、おそらくという事だがアドニスが該当し、実際にドンピシャで正解だったりする。

 

 そんなことは梅雨知らずに悪態をつくフィンクスとフェイタンを一先ず置いておいて、今後の方針を語る。

 

「それじゃあ、例の作戦通りオークション後は離脱な。コルトピ頼む」

「うん」

 

 コルトピはクロロの肩に手を置き、もう片方の手を虚空に向けてオーラを高める。

 瞬間、虚空に向けたコルトピの手の前に、もう1人のクロロが現れた。

 

 【神の左手悪魔の右手(ギャラリーフェイク)】と呼ばれる、コルトピの有する具現化系念能力。

 左手で触れた物と全く同質の複製を右手に作り出すという能力であり、模造(コピー)というよりかは、念により全く同じものを造り出している為、基本的に判別は不可能。

 

 この能力は再現能力を極限まで高める代わりに、複製してから24時間の間は常時具現化状態で、24時間経過すれば強制的に消滅する。生物を複製したら動かない人形となる。といった制約と誓約により、メリットもあればデメリットも存在するレベルの高い能力に仕上がっているのだった。

 

 外装だけでなく内部構造に至るまで、念による具現化で再現している為、今この場に存在するのは、確かにもう一人のクロロ。心臓も存在するし、内臓もあるし血もある。違いがあるとすれば、そのどれもが機能していなく、鼓動も脈も無く目には光を宿してはいない。いうなればクロロの死体を造り出した事になる。

 

「おー、流石によくできてんな。さて、これをどうするか」

 

 クロロの建てた作戦は単純明快。

 コルトピの能力により自分達の死体を造り出し、それを囮に逃げる。

 目的としてはいくつかあるが、自分達を始末したとマフィアに誤認させ、オークションを続行させるのも狙いの一つとなる。他にも()()()自分たちの情報を残す為、というのもあるが。

 

 その為、この死体を今から、見た目で死んでると判断できるように少々手を加える。

 

「さて団長の死体はどうするね。やはり首とるか?」

「最低でも心臓か頭のどっちかは潰さないとダメだよ」

「でもマフィア達って顔晒しにしたいんだろ?だったら首は残して腕や足を千切った方が良くないか?」

 

 この場所に集合するまでに、同じようにマフィアの賞金首のリストに載ったマチ、シャルナーク、フェイタン、ノブナガ、シズクの死体を同様に偽装を施してきたため、同じようにクロロの死体について話し合う。

 ただ頭を潰す、と言うような人相が分からない様な偽装をしてしまうと、本物かどうかの疑いがあるのでそれを避けつつ互いに案を出していく。

 

「だったらよぉ、体にズバッと一文字に切り傷とかどうだ!中々インパクトあるだろ」

「いやそれよりノブナガ、俺の念弾で頭意外吹き飛ばした方が早いだろ」

「よし、俺に任せろ。拳一発で心臓貫いてやる」

「……………お前達なんか楽しんでないか?」

 

 和気あいあい(?)とした旅団達の作戦会議は時間も無いのですぐに終わり、適当に殺られた様に見える様に複製死体に手を加えて放置し、その場を後にするのだった。

 

 

 後に、懸賞金を賭けられた旅団の死体が見つかった事により、クロロの狙い通りにマフィアは勝ち星を掲げて保留中だった地下競売を続行した。

 ゾルディックの2人は仕事が中断したので、特にクロロが生きている報告をマフィアにしないままなのも幸いした。寧ろそれすらクロロの狙い通りだったのだろう。元々イルミと知り合いの様だったので、事前にこういう状況でシルバ達がどういう行動をするかは家族の方が熟知しているだろうし。

 

 その後、マフィアに賞金を賭けられていない(顔写真を撮られていない)メンバーが主に、地下競売の司会進行などの裏方を乗っ取りコルトピの能力で商品をコピーし、コピーした方の商品を客に捌き、本物は競売後シズクの掃除機に入れてあっさりと持ち帰る。

 外で派手に暴れまわっていたのが嘘の様な鮮やかな手際の良さに、結果として観客は誰1人異常な状況に気づく事なく、意気揚々とコピーされた商品を持ち帰り、地下競売は表向きマフィアの勝利を称える様に盛り上がり、終了したのだった。

 

 旅団はひっそりとアジトに帰り、夜は更ける。

 

 ちなみに、ジェイとアドニスに関しては、撤退した後アドニスがフィンクスと痛み分けの様に負傷したのもあり、競売は代役に任せて先に2人共オークションには参加せずに帰ったそうだ。

 2人がそのままオークションに参加していれば、目の前で商品を梱包するフィンクスやパクノダ達に気づく事ができたのだろうが、今となってはもはや遅い。

 

 

 幻影旅団とマフィア、片や圧倒的な勝利を、片や虚像の勝利を掴み取り、夜の闇に溶けていく。

 

 

 これにて、9月3日の戦いは終了。

 

 

 マフィアに盗賊。

 闇の住人達は、それぞれのアジトに向けて歩を進めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――暑い。

 

 

 炎の海を揺蕩う様な、不思議な感覚がする。

 ふと気を抜けば、煉獄に沈むように錯覚すると同時に手を伸ばせば、誰かの手が触れた。炎の様な熱さではなく、温もりを感じる感触が右手をを掴んだ。

 

 

「――――――っ!」

 

 

 ガバッ!

 

 荒く息を吐き、空っぽの肺が新鮮な空気を取り込もうと体の中で稼働する。

 汗で額に張り付いた髪を気にする余裕も無いままに、左手を握るようにして、自分が今この瞬間まで眠っていた場所を確かめた。

 

「………………ここ、どこだっけ?」

 

 彼女が眠りに着いてからおよそ33時間。

 窓の外はまだ暗く、闇に閉ざされた部屋の中で、黄金の髪を揺らし少女は目を覚ました。

 

 

 

 

 

 




9/2(水) ゴン達腕相撲→賞金首リスト入手!
   ヒノ、ネオンとお茶する→ヒノVSウボォー→両者ダウン!
   クラピカ待ちぼうけ

9/3(木) ゴン、キルア、旅団のアジトで腕相撲。→ミヅキと一緒に帰る。
   地下競売スタート。
   マフィアVS幻影旅団

9/4(金) ――――――


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第60話『大丈夫、念は込めて無いから!』

 

 

 

 

 

 星と月と太陽の存在しない夜空の様な、深く黒い闇の中で、不思議な音が聞こえた気がした。

 

 

 徐々に何かが見えてきた気がした。

 何かが崩れる音、誰かの叫び。世界の終末を彷彿とさせる気配が辺りを満たし、度の合わないサングラスでもかけているように、どこか薄暗くどこかぼやけた様な視界の中は、モノクロの世界だった。

 

 

 中世を思わせる灰色の街並みは、災厄の降りかかる絶望の地へと変貌していた

 

 幻想の街が一瞬にして静寂に塗りつぶされ、瓦解した廃墟の群を生み出す。

 

 

 その姿はどこかの古代遺跡を髣髴とさせるが、今この瞬間に起こった出来事を考えれば、滅びゆく一つの文明を目の当たりにしているようだった。

 

 

 ――――――早く!その悪魔を殺せ!

 

 

 呪詛を紡いで叫ぶ声が、怒号となって響き渡る。不安、焦燥、負の感情を渦巻く声色は一直線に眼前の対象へと狙いを定める。けど、それが誰に対して誰が言った言葉なのかは、わからない。

 

 

 それでもその声に賛同する様な、ピリピリと空気を震わせる殺気の様な雰囲気は感じ取った。

 

 一触即発という言葉を体現する様に、一歩均衡が崩れれば一息に盛大な嘆きが舞う事だろう。否、均衡すらしていない。しかし留まっている。

 

 

 畏怖、恐怖によりその足を踏みとどまらせている。

 

 それが、負をまき散らす怒号をもわずかに止めている。だがそれも、決壊寸前のダムの様な、いつ爆発するとも知れない不発弾の様な、均衡が崩れた瞬間に全てが終わる。

 

 

 ――――――やめて!この子に罪は無い!

 

 

 平常時なら凛としていたであろう、悲痛を含む嘆声。抱きしめる命を守りたいという意思が強く感じるが、それを肯定する気配はその者の周りに感じない。

 

 

 この光景は、一体何だろう。

 

 この光景を、私は知っているのだろうか。

 

 

 この光景は――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――っ!」

 

 瞬間的に覚醒した意識のままに体を起こせば、先程まで体にかかっていた布団が剥がれ落ちる。急激に上体を起こした事で一瞬クラっとしたけど、それもほとんど気にする間もなく一瞬で完治する。

 少しだけチカチカした視界が平常時に戻れば、今この瞬間のこの状況に、思わず疑問符を浮かべた。

 

「………ここ、どこ?」

 

 およそ10畳程の部屋の中は、洋服棚に机と今寝ているベッドという簡素な家具が揃っており、壁のフックにかかったバッグの他は、後から追加した私物が申し訳程度に部屋に点在している。ここに来てから日が浅い事を示しているが、それもしょうがない。実際に来て1週間すら経過していないのだから。

 

 汗で額に張り付いた髪に少し触れながらも、灼熱の空気に包まれた様に感じる。

 自分で自分を安心させるかのようにして、左手で胸の中央をぎゅっと握るが、その先から響く命の鼓動は一切()()()()。しかし、反対の右手にぬくもりを感じる。血の通った生命のぬくもり。

 

 今更ながら気づいた様に右手を見て辿ってみれば、暗闇の中で一人の少年の顔が浮かび上がった。

 よく見知った、血の繋がる家族の顔が。

 

「………あ、ミヅキ」

「おはよう、ヒノ。気分はどうだ?」

 

 カーテンの僅かな隙間から流れる月明かりが、ミヅキの銀色の髪を幻想的に輝かせ、アクアマリンの様な碧眼と相まってただの部屋の中とは思えない神秘性を感じる様だった。変わらない無表情は一見して精巧な人形の様でもあったが、握る手から感じる温かさが確かに生きている事を感じさせた。

 

「とりあえず………平気そうだな」

 

 ざっと全体を見るように僅かに瞳を動かしたと思ったら、ミヅキは微かに安堵する息を吐く様に呟いた。

 全体的なヒノの状態、【凝】によるオーラの流れ。どこにも淀みの様な物は視えず、しいて言うなら少しだけ疲れている様に見えるくらいだった。

 

「ここって、私の部屋………だよね。これってどういう状況?確か最後はビルの上で寝たと思うんだけど」

「記憶も正常、問題なさそうだな。シンリが連れ帰ってきてくれたんだよ。お前と、ウボォーも一緒にな」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ヒノは自分ともう一人倒れていたであろう男の事を思い出し一瞬大きく肩を揺らす。一緒に倒れたというか自分が昏倒させたのだが。

 

「そうだよ!ウボォー!今どうしてる!?」

「そう急くな。別の部屋で寝てるよ。ケガは無いが、お前の能力が影響してるのは視てわかったよ。【罪日の太陽核(サンカルディア)】を使ったのか?」

「うっ!いや……あれが一番手っ取り早いかなって。後の事も考えてさ」

「はぁ。準備も無く使うから倒れるんだよ」

「うっ………」

 

 実際に倒れたのだからぐぅの根も出ない。しょんぼりとするヒノの様子にわずかに苦笑しながら、ミヅキはあの後どうなったかを説明した。

 

 シンリによってヒノとウボォーギンが回収され、ヒノはマンションの部屋で寝かされ、ウボォーギンは別の一室で寝かされついでに治療もされた。そしてそのまま目覚めるまで放置して今に至ると、簡単に説明すればそんな所だろう。ちなみに、シンリがヒノとウボォーギンを回収できたのは偶然だったのか狙ってなのかは不明である。もう一度言うが不明である。ミヅキ曰く、シンリだから、で済ませるらしい。

 

 【罪日の太陽核(サンカルディア)】とは、ヒノの持つ特殊な消滅の念を対象に宿し、体内の念を消滅させ続けるという【消える太陽の光(バニッシュアウト)】の派生技の1つであり、その力は相手に()()()()()()()()()()()というかなり凶悪な力。一応必要最低限のオーラは保証される様なので、死ぬという事は無いらしいが、それも調整次第だという。無論代償は無い、というわけではないが。

 

 現在のウボォーギンの経過状況といえば、今も意識を失ったまま。骨に罅が入る程の打撃を受け、そのまま念の枯渇状態に持ち込まれるというダブルコンボ。普通に目を覚ますのももう数日かかるであろう。

 

「―――という事だが、何か言う事は?」

「………」

 

 表情だけ見れば「あちゃ~、思ったよりやっちゃった?」みたいな表情をしたヒノだが、思ったよりの話ではない。同じ所業をウボォーギン以外にやれば確実に死ぬのでは、という様な見事なコンボ。まあヒノは相手が素の肉体強度が高いウボォーギンだという事を考えて攻撃をしたのだが。

 

「で、ウボォーを攻撃した理由は?」

 

 既に色々と看破している、という事を暗に示唆したミヅキの言葉。

 自分がこの場に寝間着に着替えて寝ているという事からも、シンリとミヅキの2人がネオン=ノストラードの預言詩も既に見ている可能性は高い。ヒノとウボォーギンの2人が倒れている状況なのに、相打ちや誰かに襲撃されたという言葉が出てこない事から、それはほぼ確実だろう。

 

「可能性の話だけど、止めなかったらウボォー死んでたと思うし………」

「言っても止まらなかったから、力づくで止めたと」

「………うん」

 

 ややバツが悪い子供の様な表情したヒノだが、やはり理由はとても単純で子供らしい。

 ヒノの言う通り、ウボォーギンは先へ進めば彼の言葉にいた人物、『鎖野郎』に九分九厘殺されていた。しかしウボォーギンはその性格故に、まずは相手とぶつかる事を考える。言葉だけで止まる様な人物ではない。

 

(今考えれば、「殺されるから行くな」なんて言って、止まるわけないよね………)

 

 それだけ、あの時の自分が焦っていたのだろうとヒノは今更に思ったのだった。

 

 ピシッ!

 

「あぅ!………何するのさぁ、ミヅキ」

「突発的に動きすぎ。自重しなさい」

「うぅ、ごめん」

「わかればよろしい」

 

 ミヅキの指先がヒットした額をさすりながら、ヒノにしては珍しくしおらしい。一応自由な言動が目立つ彼女だが、反省すべき所ではちゃんと反省する。おそらく繰り返す事は無いだろう。まぁ時と場合によるので、絶対とはやや言い難いが。

 

「まだ暗いし、朝まで寝てろ。僕も寝てくるから」

 

 そう言ってひらひらと手を振って扉に向かうミヅキだが、ヒノは今更ながらに気づいた。

 まだ日が昇るには早い暗い時間帯に、ミヅキがベッドの横にいた理由を。暖かい感触が残る右手を握ったり開いたりしながら、扉を開くミヅキの後ろ姿に言葉を投げかけた。

 

「ミヅキ、ありがとね」

「ん」

 

 そのまま扉は閉じ、ヒノは再び眠りについた。今度は普通に、ただ眠るだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゆっくりと音もたてずに扉を閉め、ミヅキは自分の部屋に戻りベッドに腰を下ろす。

 そして考えるように顔を少しだけ顰め、呟いた。

 

「さて、クロロ達が死んだ………というのは、さすがに今は言わないほうがいいな」

 

 数時間前、今は眠っているゴン達の携帯に入ったクラピカからの連絡。マフィアの戦闘が終結し、オークションも終了したという事で連絡してきたらしいが、その内容は予想だにしない物だった。

 

 

 幻影旅団(クモ)は、死んだ。

 

 

 クラピカ自身が、全員分ではないが旅団の団長と数名の団員の死体を確認したという。マフィアが手配して顔写真が載っていた連中もいたので、まず間違いない。完全な死体であり、間違いなく幻影旅団の頭目が死んだ事を、クラピカはどこか寂しそうに語ったという。

 

 己の仇があっさり死んだ事による不満なのか、自分の手で討ちたかったというのもあるのだろう。

 しかし、それによりゴン達と次の日すぐに会う約束をしたので、いろんな面から見てもようやく一段落ついたという所なのだろう。

 

 ミヅキはクラピカという人物を知らず会った事も無いが、復讐を秘め己の仇敵とする人物が死んだとして、その死体を見間違えるとは到底思えない。だからこそ、旅団が死んだという言葉を文字通り受け入れ理解した。今のところは。

 

 なので、取り合えず気がかりなのはヒノにそこをどう伝えたものか。

 

 

 

 ま、実際には旅団は死んで無いのだけど。現場にいないのだからそんな事知る由も無い。

 

 

 

「………ま、遅かれ早かれ知る事だし、とりあえず今は―――」

 

 寝るか。その言葉を言い切る前にベッドに倒れこみ、瞳を閉じた。

 僅かに目を細めながら、自分の内側を削り取る様に燻る暴力を感じ取るが、無理やり抑え込み、深く息を吐く

 

(やはり、ヒノの念に()()()には、もう少しかかるか………)

 

 そのまま、規則的な息遣いだけが、微かに聞こえてくるのだった。

 

 そして、夜が明けた。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 ………………………………………暑い。なんか暑い。

 

 今の気分を例えるのなら、灼熱の太陽が照り付ける砂漠の上で、水分も摂らずに寝転がっている様な感じがする。さらに例えるなら100℃の温泉に浸かり続ける様な………そういえば100℃の温泉とか入った事無いや。そもそもお湯どころか蒸発してるし。

 

 えっと、この場合はほら、あれだよ。42℃くらいのお湯につかり続けてたら暑い!みたいな感じ?そのままうとうとして目を覚ましたらちょっとぼーっとしてるくらいに感じる暑さみたいな?………これってやばいのかな?

 

 まあ普通に寝てる間に汗を掻いただけだけど。胸に手を当ててみれば、ぐっしょりと濡れた寝間着が手に貼りつく。わりと吐く息も暖かく、額に髪が貼りつき視界をやや邪魔してくる。

 

 でもその割には頭の中と気分は不思議とすっきりしてる。

 たった今起きてすぐに、数時間前にミヅキとした会話が割と鮮明に思い出せるくらい。

 

 私とウボォーを、シンリが回収してくれたって事。しかもそのあとのウボォーの治療までしてくれたらしい。ていうかシンリどうやって私の場所わかったんだろ。探索系の能力とかは無かった様な気がするけど………うん、多分考えても無駄っぽいし、無視しよぅっと!とりあえずシンリだからって事で。

 

 窓にかかったカーテンを少し動かすと、太陽の光が差し込んできた。久しぶりに見た気がする。わずかに目を細める。

 

 両の手の平を見つめ、空気の感触を確かめる様に握ったり開いたりしてみれば、不思議と何でもできそうなふわっとした感覚と、少々気だるい感じというやや矛盾がごっちゃに混ざった不思議な感覚がする。

 

 纏うオーラを瞳に集中して【凝】をしてみれば、より鮮明に、自分のオーラの流れが視える。自分の能力のせいでこうなったから私が言うのもおかしい気がするけど、淀み無く自然にオーラを纏っている。

 本来なら念が枯渇した状態から1日半でここまでほとんど後遺症無しに回復はそうそう無いみたいだけど、やっぱりミヅキのおかげだよね。昨日の夜も、そばにいてくれたみたいだし。

 

 ミヅキの能力である【奪い取る天満月(ルナーストリング)】は、相手のオーラを奪うだけでなく、自分のオーラを他者に与える事もできる。夜中にミヅキが部屋にいてくれたのは、多分枯渇分のオーラを私に送ってくれてたんだと思う。それに多分それだけじゃない。【罪日の太陽核(サンカルディア)】の誓約、というより正確に言えば副作用なんだけど、それも少し受け持ってくれたっぽい。

 

 ふと胸に手を当ててみれば、今この瞬間も内側からオーラが食われる様な感覚を感じる。

 

 これは、全快にはもう少しかかりそうかな………。

 

 うーん、ミヅキには結構迷惑かけちゃったね。ここらでドカンと何かしたい所だけど、見た感じ目に見える程に負担が掛かってる様子でも無いみたいだから、軽く流されそうだし。今は9月だから、クリスマスか誕生日に一気にお返しするとか?うん、一案として考えておこう!

 

「と、それはそれとして………着替えよっと」

 

 1人メディカルチェックの結果、念も身体も()()問題なさそうなので、今日から通常運転だね。

 いざ着替え用と寝間着を脱ぎ始めると、扉の向こうから妙に騒がしい気配を感じた。

 誰かが叫んでいる様な、ドタドタと廊下を子供の様に走る様な音。ていうか確実に子供だったよ、今この家にいる人物を考えたら。

 

 と、そんな事を一瞬だけ考えると、「あ。ちょっと待―――」という様なミヅキの声と共に扉がバアァン!と明け離れて、なだれ込む様に人が入ってきた。

 

「「「ヒノ!?本無大丈当に起事みたいだ夫かぁ平気だなみたい!?」」」

「うん、大丈夫だからとりあえず落ち着きなよ。なんか会話バグってるよ。あと先に謝っとくよ、ごめんね」

「「「え?」」」

 

 今の現状を客観的な第三者視点で説明しよう。この場には4人いるけど第三者視点。

 

 つい先程起床したゴン、キルア、レオリオの三人は、既に起きていたミヅキによって、ヒノが目を覚ました事を聞いた。その為、我先にと廊下を走りだして、ヒノの部屋に突入したという。実に簡単だ。

 で、ヒノはといえばそんな事を知らずに、汗で濡れた服をとりあえず着替えようと寝間着を脱いだ。で、その瞬間気配と音を察し、扉が開く。

 

 雪崩込んだゴン達が視界に収めたのは、10畳程の部屋で、こちらに背中を向けて一人佇む少女の姿。

 

 カーテンの隙間から差し込む太陽の光が、普段はリボンで結われた髪をキラキラと照らして反射している。そしてワンピースタイプの寝間着に手をかけて、今この瞬間肩からずらし、背中が全て見えていた。染み一つ無い柔らかく真っ白い、しかしさっきまで眠っていた為少し体温が上がっているからか、少女も照れているのか、少し朱に染まった肌をさらしながら、肩越しにゴン達にちらりと視線を向ける少女の横顔を捉えた。

 

 紅玉の様な紅い瞳は、普段の快活さを秘めていたが、今この瞬間だけ燃えるような瞳を見たゴン達は、なぜか悪寒の様な嫌な予感を感じでいた。

 

 スローモーションの様に視界の中がゆっくりに感じるなか、ヒノは寝間着を着なおしてくるりと向き直ると同時に、ベッドの上の枕を掴み、さながら一流の野球選手の様に完璧なモーションで、入り口に向かって投げ放った。

 

(((あ、死んだ)))

 

 ただの枕に抱く感想じゃない。

 剛速枕(?)は1秒の時間も使わず3人の元へと到達し、ストライクをたたき出すボウリングの球の様に、3人を部屋の外へと吹き飛ばしたのだった。

 

 そして、部屋から追い出された3人を廊下の端で見ていたミヅキは、やれやれとため息を吐いた。

 

「だから出てくるまで待てと言ったのに………」

 

 そう言って3人を引きずり、リビングへと戻っていくのだった。

 

 

 

 

 

 






ヒノ「大丈夫、念は込めて無いから!」
ミヅキ「そういう問題?」




【特質系能力:罪日の太陽核(サンカルディア)

ヒノの【消える太陽の光(バニッシュアウト)】を軸にした能力の1つ。
消滅の念を圧縮した作り出した塊を相手に打ち込み、相手の体内でオーラを消滅させ続け枯渇状態を強制する。圧縮した消滅の念の塊は自壊しながら相手に宿るので、ほっておけば勝手に治る。治るまではかなりきついが。
正確な事を言えば能力ではなく応用なので、誓約ではなく副作用はある。多量の消滅の念を作り出すので、発動後も自分の体内に消滅の念の塊が残り、念に関してある程度制限がつく状態となる。こちらも自然に完治する。





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第61話『似て非なる物だと私は思うよ』

ヒノ「お久!前話で復活したヒノだよ!」

ミヅキ「随分長い前話だね………」

ヒノ「ここまでの簡単なあらすじを説明すると、クロロVSゾルディックも終了してゴン達も無事に家に帰還。クラピカとも連絡取れたらしくその翌日!ついに私が目を覚ました!あとゴン達がラッキースケベ!」

ミヅキ「今言った情報は、最後以外本編だとヒノは目覚めたばかりだから現状全く知らないけどな」

ヒノ「大丈夫、この話で理解してみせるよ!」

ミヅキ「あー、がんばれー(棒)」



 

 

 

 

 

 前回、着替えを覗かれたので枕でストライクしてやった。

 

 

「いや、ホントごめんって。わざとじゃないのは知ってるってば。でも私も女の子だし、しょうがなくない?」

「その割には悲鳴一つあげずに淡々としたお手並みだったけどな」

「ほら、パニックになれば一周回って冷静に、とかあるじゃない。あんな感じ」

「「「………………」」」

 

 いやいや、びっくりしたのはホントだよ?某国民的青い猫が出てくる番組の女の子みたいに「きゃあ~、〇〇さんのえっちぃ~」とか、そういう感じだったのかと言われると別にそういうわけじゃないのは事実だけどね。全くってわけじゃ無いけど。

 でも故意じゃなくてもやってしまった事には罰も必要という事で、枕一つで私は許すよ!それに最初に謝ったし!

 

 というわけでそろそろ仕切りなおそうかと思います。

 

 ここに来るまで3人をストライクした後着替えよりシャワーの方が先だよねって気づいたからシャワー浴びて着替えて、そのあとミヅキが朝ご飯作ってくれたから復活したみんなで食べて一息ついて今に至るよ!以上!

 

「ヒノ!無事みたいでよかったけど、もう体は大丈夫なの?」

「うん、皆心配かけてごめんね。いや~、なんだか1日ちょっとしか寝てないのに、結構長かった様に感じるね」

「具体的には?」

「8話くらいかな」

「なぁキルア。ゴンもヒノも何言ってるんだ?俺にはさっぱりだ」

「俺も知らねぇよ」

 

 過去を蒸し返すのはよくないと思うので、訝し気なキルアとレオリオはスルーして本題に入ろう。

 

 ざっとだけど聞いた話だと、ゴンとキルアは旅団のアジトに入って無事に生還したと。

 正確にはノブナガとマチがいたから捕まえる気で尾行。しかし結局捕まってしまってアジトでひと悶着。最終的に死の危機から回避されたっぽく、ついでにミヅキが迎えに来て無事に戻ってきた、という事らしい。

 うん、よくわかるようでなんかよくわからないね!

 

 とりあえず問題だったのは、私と旅団がどういう関係だったか、という事らしい。

 私が寝込んだ日、大金を手っ取り早く得る為にマフィア主催の賞金首リストを入手したらしいんだけど、その中にフェイタンとシズクの2人がなんと顔写真付きで載っていたらしく、2人とは一度腕相撲の時に私と会話してるのをゴン達は覚えていたので、そこから私と旅団がどういう関係かの話になったらしい。

 

 そんでさっきも説明した通り、旅団を捕まえて賞金を手に入れるのに便乗して私との関係性を聞き出そうとしたらしいね。

 

 つくづく3人の行動力は感心するね。特に誰とは言わないけどゴン!あ、言っちゃった。とりあえず疑問が出たというならお答えしましょう。

 

 果たして、私と旅団が一体どういう関係なのか!

 

「私は旅団と知り合ったんじゃないよ。知り合った人が旅団だったんだよ」

「それって同じじゃないの?」

「似てるけど非なる物だと私は思うよ」

 

 実際に私が旅団の皆と初めて会ったのは6歳くらい………5歳だったかな?まあどちらにしても子供の頃だったので、全く極悪犯罪者とか知りませんでしたね、はい。

 ま、今も子供の範疇ですけど!

 

 それに私が自分から旅団に会いに行ったわけじゃなくて、シンリが出かけるって言うから一緒に連れてってもらったら旅団の所だったんだし。だからきっと悪いのはシンリだね。

 結局後から旅団がどういう存在かは色々あって知ったけど、まあ今更感があってどうしようも無いと思うんだよ。

 

 そう、例えるなら―――――

 

「ゴンだって、小さい頃に会ったきりの父親が実はハンター協会でも問題児って言われて割とやらかしてる風来坊って知ったとしても普通に会いたいでしょ?私もそんな感じで旅団の皆と今更どうしろと」

「何っていうか、実際に旅団とどんな事をしてたのか――――――ちょっとまって、今俺の個人情報ですごい事サラッと言わなかった!?ねぇヒノ!」

「私は基本的に普通に遊ぶ間柄なんだけど。他に説明しろと言われても」

「いや、それも気になるけど今もっと他に―――」

「まあ落ち着けよゴン。お前の親父は今後の展開的にどうせそのうち再開するだろうし今はヒノと旅団の関係の方聞こうぜ。つーわけで、ヒノ。一応確認するが、お前は旅団がどういう集団かは理解してるって事でいいんだな?」

 

 隣でわーきゃー言う親友の肩を抑えつつキルアは吊り目がちの視線を鋭くし、威圧的な眼光でじっと見てくる。

 

 確認と言いつつ返答を期待しているわけではなく、普通に確信している感じ。

 確かにキルアの言う通り、旅団の性質はよく知っている。

 

 幻影旅団の活動内容は、主に窃盗と殺人。そして時々慈善活動。あとは個人個人が適度な軽犯罪を犯しているくらいかな。ウボォーが食い逃げするとか(それでいいのかA級賞金首)

 基本団長であるクロロの美術品や宝石珍品名品などの物欲を満たす為に命令を出され、団員達が総動員して(参加したい人だけだけど)仕事(?)に励む世間一般から見てもはた迷惑な集団。これだけ言うとクロロ超暴君じゃね?

 

 その思考は冷徹の一言に尽きる。自分達以外の人間を基本道端の石ころ程度にしか認識せず、闇に葬ることに一切の躊躇いを抱かない。窃盗に入り、邪魔をする者達がいるなら惨殺し、好きな物を好きなだけ持ち去る。本能と欲望の赴くまま、野生の獣の様な理不尽な言動だが、それを成すだけの実力があるからこそ厄介。

 

 とまあ、普通に世間一般の評判や情報を並べれば、紛れも無く極悪人であり、実際に事実なのは私も知っている。

 

 でも、確かに冷徹といえばそれまでだけど、それだけで済ませていいとは思わない。

 そう思うのも、私が旅団の境遇を含めて、()()()()()()()()()()からに過ぎない。だから一概に旅団が全て間違っているとも、ゴン達が全て正しいとも言わない。

 

「それを含めて、返答はイエス。だから、別にゴン達が旅団の皆を捕まえようとしているって聞いても、別に止めないよ?」

「「「え?」」」

 

 私の言葉が以外だったのか、驚いた様な表情をする3人。

 そんなに変な事言ったかな?寧ろ旅団捕獲止めないで欲しかったんじゃないの?

 

「聞いた俺が言うのもなんだが、知り合い捕まる算段してたのにそれでいいのか?」

「そうは言っても、例えば私がイルミさん捕まえに行くって言っても別に止めたりしないでしょ?」

「煮るなり焼くなり好きにしてくれ」

「「………」」

 

 予想通りの答えにゴンもレオリオも思わず「えー」って顔してる。ま、これはイルミさんの自業自得って事で。

 つまりはそういう事だよ。

 

「例え家族だろうと親戚だろうと知り合いだろうと、悪い事をしているなら自業自得って事で捕まろうが報復されようが別に構わないって事だよ!」

「結構辛辣だな!?お前はそれでいいのか!いや、俺が言えた義理じゃねーけどさ!?」

 

 ホントだよねー。

 キルアん家ならしょうがないと思うけどねー。

 

 私の言葉にゴンは唖然とし、レオリオも顰めた顔で色々と考えている様子。

 

「まあ………知り合いだからって犯罪者を簡単に庇うって言わねーのはいいと思うが、あっさりすぎて本当にいいのかって思っちまうんだが………」

「そのまま受け止めればいいと思うよ」

 

 といっても、私と旅団の間に信頼関係や絆があるとしても、価値観も全て同じというわけじゃないよ。

 旅団の皆は自分達の行った行動の結果、どういう事態が起こるかを全て覚悟の上でやっている。強盗した組織から刺客を送られたり、賞金首としてハンターに狙われたり、殺した者の縁者に復讐されたり、そうなる事を受け入れて。

 

 まあこの場合受け入れたというよりかは、そうであるとして生きてきた、というべきなのかもしれないけど。

 

 ならば全ての責任は自分達で負うべき。狙われているといっても、軽々に助けに入ったりはしないよ。

 

 ま、今回のウボォーの件みたいに、マグマの海に飛び込もうとしている様な、標的や相手も何もわからない死地に向かう途中で、さらに相手は同じグレーかブラックゾーンに入ってるだろうマフィアだったから、先手を取って数日は目を覚まさないようにウボォーを気絶させたけどね。  

 

 ブラック対ブラックなら、知り合いのブラック優先だよ!

 

 あ、よく考えたらブラック旅団が相手ならゴン達に捜索させるのはまずいね。

 

「あ、待って。やっぱ止める止める。一回捕まったならわかると思うけど、普通に向かって行けば絶対に死ぬだろうし」

「「「………」」」

 

 あっさりと言ってのけるヒノの言葉は、どこか現実から離れて聞こえる。しかしその言葉が冗談では無い事は、つい最近捕まったばかりのゴンとキルアには深く突き刺さった。

 今回生き残ったのは、旅団の気まぐれの結果、言ってみれば運が良かったからでしかない。

 

 ミヅキが迎えに来てくれたが、最初に捕まった時点でその気があれば、ノブナガ達はその場で2人を始末する事が出来た。そうしなかったのは旅団が情報を集めていたからであり、2人がまだ子供であり、旅団から見て弱者であり、無抵抗のまま投降したからに他ならない。

 一縷の望みに掛けて抗おうなどと考えたのなら、今頃この場に2人の姿は無かった事であろう。

 

 既に過ぎ去った事だが、その最悪の事態を脳裏に浮かべぞっとする3人に、ミヅキはやれやれといった風に溜息を吐いた。

 

「3人共旅団をもう一度捕まえる様な話してるが、先にクラピカって奴と話に行くんだろ?それで念能力と実力の向上。旅団を捕まえるやめるはその後で話すべきだろう」

 

 最も、旅団がヨークシンにいる間で彼らに匹敵する程の実力向上はほぼ不可能だろうが、という様な言葉をミヅキは心の中で呟く。

 

 もとより旅団がこのヨークシンに滞在しているのは、オークションがあるからだ。つまりはタイムリミットが存在する。それが終われば、旅団はすぐに姿を消すだろう。流石にゴン達も、世界中に消えた旅団を追いかけてまで捕まえようとはしないはず。

 

 もしもクラピカと話した結果修行を始め、修行中に旅団滞在のタイムリミットが過ぎてくれれば御の字。実力を理解して素直に諦めるのが一番だとミヅキは考えているが、ゴンを見ているとそうそう諦めはしなさそうだと思うのだった。

 

(ま、そのクラピカって奴がうまい具合に説得してゴン達を諫めてくれれば助かるんだが。………最悪力づくで気絶させればいいか。1週間くらい寝かせとけばオークションも終わって旅団もいなくなるだろうし)

 

 などと割と物騒でひどい事を考える辺り、ヒノの兄らしい。

 そしてその作戦を実行したらゴンがグリードアイランドを手に入れる確率も皆無になるので、あくまで最終手段ではあるが。

 

 そんな事を考えていると、ミヅキの発言に、ゴン達よりもヒノが真っ先に反応した。

 

「あれ?クラピカってもうヨークシンに来てるの?」

 

 今の今まで寝ていたからしょうがないかもしれないが、ヒノはいくらか情報が後れている。

 現時点で誰も話題にしていない旅団死亡事件(情報提供現場のクラピカ)に、クラピカ=鎖野郎、そしてクラピカがノストラードファミリーの護衛をしているという事。

 

 クラピカに関連する事を知る前に寝込んでしまい、その間に旅団の襲撃は終わりゴンとクラピカの連絡が取れたので、しょうがないと言えばしょうがない、

 最も旅団死亡の話題を出さなかったのは、この場のヒノ以外の4人が意図してそうしたのではあるが。

 

 親しい友人が死んだ、という様な情報をどう伝えた者かと悩みぬいた末である。いくら相手が犯罪者だろうと、ヒノにとっては数年にわたり交流を続けた相手。流石にゴン達には、それをサラッと伝える術と度胸が少しばかり足りなかった。

 ミヅキの場合はもう少し別の理由も入っているが。

 

 そうでなくとも、この後の予定を考えれば、今この場で言おうが言わないが変わらないという事は、ゴン達にもわかりきった事だった。

 

「あ、そうだ。昼頃にクラピカと会う約束してるんだ。ヒノも行かない?きっとクラピカも喜ぶよ!」

 

 純粋に友人との再会を待ち望むゴンの言葉には一切の偽りが無い。

 それを理解しているからこそヒノも顔を綻ばせる。しかしながら、現状寝込んでしまったのがバレているので旅団の所にも一度顔を出したいという思いもある。

 そして今が午前中だという事を鑑みれば、答えは1つ!

 

「それじゃ後で合流するよ。ちょっと旅団の様子覘いたらそっち行くね。シズクにもらった果物のお礼もしたいしね。あ、シズクってゴンが腕相撲で倒して団員だよ」

「そういえばミヅキが帰りにお見舞い品もらってたね」

「ちなみにシズクって左利きだから腕相撲の時って本気じゃなかったんだよ」

「えぇ!?」

「しかもシズクって旅団の中で腕相撲下から数えた方が早いし戦闘タイプじゃないし」

「うそぉ!?」

 

 まさかここで知るとは思わなかった衝撃的な事実。

 確かに自分と旅団にはかけ離れた実力がある事は分かってはいたが、自分がほぼ全力でギリギリ勝利した相手が旅団でも戦闘という面では低く、さらに利き腕じゃないとは。

 

 項垂れるゴンに、驚くレオリオ。そしてキルアは、もうそれくらいじゃ驚かねーぜとばかりに無表情を貫くのだった。決して動揺を隠しているわけでは無い。

 

 そして割とポロポロ旅団の情報を零すヒノに「うちの妹大丈夫か?」とでも言いたげにじっとりとした視線を送るミヅキ。一応大して重要じゃない情報だと思うので問題無いはず。多分。

 

(それにしても、頭と部下数名の死んだ幻影旅団、か。今頃何をしているのか………)

 

 この場において何気に最も多くの事情を把握しているであろうミヅキは、廃ビルに住まう賞金首の事を考えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 そして現在、死体の偽物を使い死を偽装して、無事にアジトに帰還し夜通し宴会をした後の旅団のメンバー(ウボォーを除く)達は何をしているかと言えば。

 

「よし、今日でこの街ともおさらばだ。今夜のオークションの宝を奪って終い。ヨークシン(ここ)を立つ」

 

 クロロの団長としての方針。

 それは、盗み終了の予定。地下競売のお宝を全て奪えば、後は長居する理由など無い。幻影旅団という組織としてみれば最も最善かつスピーディーな方針だが、それに異議を唱える者はいた。

 

「どういう事だ、クロロ。まだ、鎖野郎を探し出してねぇ」

 

 ノブナガ=ハザマ。

 そして彼だけではなく、幾人かも口には出さないが心残りはある事だろう。

 

 ノブナガも言葉にした、ウボォーギンを仕留めたとされる、鎖野郎と呼ぶマフィアの存在。

 やられたのがヒソカ辺りならこうまで執着しないが、旅団結成時のメンバーでもあるウボォーギンがやられたとあらば、仲間思いの者達は奮い立たないわけがない。しかし、それは私情を優先し、蜘蛛という組織を危険にさらす行為に他ならない。

 

 それでもノブナガが異議を唱えるのが、クロロの方針が果たして本当に団長としての物なのか、はたまた個人的な理由による撤退なのか、そこが問題だった。

 

 客観的に視れば団長として組織を思っての方針。

 しかし視方を変えれば、鎖野郎と言う1人の存在に怯えて逃げる為とも取れる。

 

 ノブナガにはそれが許せなかった。

 最悪、1人だけ残ろうとも地の果てまででも鎖野郎を切り捨てる覚悟をノブナガは持っている。

 

 ノブナガの内に秘められた、煮えたぎるマグマの様な怒り。

 それを理解しているからこそ、クロロは言葉を選ぶ。

 

(このままいけば、来週には予言の通りに団員が半分以下になる可能性が高い。それは避けたい。今のノブナガに最も手っ取り早くその事を説明するには、実際に見せた方が早いな)

 

 数舜の思考の後、クロロは手元に己の念能力である【盗賊の極意(スキルハンター)】を顕現させ、オーラを身に纏う。

 

 いきなり自身の能力を発動したクロロに、少し驚きはしたものの戦闘態勢を取らず、ノブナガはわずかに目を細める。クロロという人物を知っているだけに、激情に任して一直線に突っ走る様な行動はとらないだろうという信頼。しかし不可解だと思うのも確かであり、眉を潜めるノブナガに向かって、クロロは言葉を紡いだ。

 

「ノブナガ、お前の生年月日はいつだ?」

 

 それは、ノブナガの予想していなかった言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第62話『生きている』

また一年ぶりに投稿になってしまった。
が、今年はたくさん投稿したいです。


 

 

 

 

 幻影旅団団長クロロの念能力【盗賊の極意(スキルハンター)】は、端的に説明すれば他者の念能力を奪う念能力だ。

 

 人の手形を思わせる紋様が表紙に写っている本を具現化し、その中に盗んだ念能力を収納し好きな時に使用できる能力。

 

 使用するにも条件はあるが、その力は1つの事象を起こすのみである大抵の能力者と違い、条件を整えれば1人で千差万別、多種多様な念能力を使用できる強力な能力であり、それ相応に盗む手順が存在する。制約と誓約の兼ね合いにより実現したこの能力には、4つの条件が存在する。

 

 

 ①相手の念能力を実際に目で見る

 

 ②念能力に関して質問をし、相手がそれに答える

 

 ③本の表紙の手形と相手の手のひらを合わせる

 

 ④1~3を1時間以内に行う

 

 

 これを行う事で、基本的にどんな念能力でも任意で使用可能になる。

 

 通常難しい条件ではあるが、高い身体能力と念能力を備えたクロロであれば、1人の人間からこの条件を引き出す事は実はさほど難しくない。極端な話相手より強いなら痛めつけて条件を無理やり進めればいいだけの話だ。

 

 しかし、先日のゼノ=ゾルディックとシルバ=ゾルディックの様な自身と同格以上の強者相手では、どうやっても不可能、とは言わないが困難な条件。依頼したイルミが十老頭を始末する時間稼ぎの戦闘ではあったが、隙あらばゼノの【龍頭戯画(ドラゴンヘッド)】を盗もうとも考えていた。

 実際には、やはり時間稼ぎが精いっぱいだったので盗む事敵わず、ではあったが。

 

 反面、戦いの基礎もできていない様な人物であれば、存外あっさりと世間話のついでに盗む事は朝飯前となる。

 

 今回の例で言えば、ネオン=ノストラードの【天使の自動書記(ラブリーゴーストライター)】。

 非戦闘員である彼女を紳士的に誘導し、偶然を装い実際に占ってもらい、軽い世間話の中で霞める様な質問をし、後は気絶させると同時に本を具現化して手形を合わせるだけ。

 

 実際に1時間という時間をかける事無く、盗み切った。

 

 ネオン本人すら能力を使用するまで、盗まれた事に気づかない。〝盗む〟という特性上盗まれた能力者本人は念能力を使用できなくなるが、それはクロロにとっては些細な事だ。そもそもネオンは自身の予知能力が念能力によるという事すら知らないので、ただの不調程度にしか認識できないだろう。

 

 盗んだ物をどう扱おうと、クロロ次第。

 

 そして今、クロロは目を虚ろにし、機械的に目の前の紙に詩を綴っていた。

 

「………」

 

 いきなり個人情報を書けと言われて書いたはいいが、さらにいきなりクロロは能力を使用して何かを書き出した。占われているが、それを現状知らないノブナガは、訝し気にクロロの一部始終を他の旅団員と共に見ていた。

 

 そして僅か十数秒後、全ての詩を書き終えたノブナガは機械的に紙を手放してひらりと落とす。意図しないその軌道は、ゆらりと風に乗って、ノブナガの手元に収まった。

 

「クロロ、コイツは一体な―――」

 

 

 思わず目を見開いた。

 

 たった今目の前で書かれた予言の詩を凝視する。

 

「ある女から盗んだ、詩の形をかりた100%当たる予知能力だ。4行詩事にその月の週事の予言を表し、死ぬ運命の者には回避手段も提示する。十老頭にもファンがいたらしくてな。俺達が襲撃する事も予知できていたらしい」

「なるほどね。それであたし達が盗む前、ていうかオークションが始まる前から金庫の中身を移動するなんて事ができたのね」

「へぇ、特質系かな?相当すごい能力だ。団長よく盗めたね」

「確かにすごい能力だが相手は素人だ。それにこの占いは自分自身は占えないみたいだしな。やりようはいくらでもある」

 

 路頭に迷う少女を爽やかな笑顔でオークション会場までエスコートして、仲良く喫茶で談笑しながら条件満たした、なんて言えば全員から笑われそうなので、クロロは絶対にどうやったかを喋るつもりは無く曖昧に答える。

 

「それでノブナガ、占いにはどうでていた?自動書記らしくてな、俺には一切内容がわからないんだ」

 

 

 

 

 

 大切な暦が一部攫われて 残された月達は盛大に唄うだろう

 貴方は仲間と舞台に血を添える 戦いの追想曲を奏でる為に

 

 灰の墓所に臥せる緋の目の墓守に 涸れた寒菊は摘み取られる

 それでも蜘蛛は止まらない 残る手足が半分になろうとも

 

 

 

 自分に宛てられたその予言詩の内容を伝えた瞬間、クロロは思わず笑みを零す。

 その事に、予言詩のほとんどを解読できていないノブナガはやや苛立たし気な雰囲気を醸し出す。しかし、次に言う言葉を聞いてどう反応するかを想像すると、クロロは内心楽しくなり、笑みが漏れるのも仕方がないと言える。

 

「1つ、確定した事がある。喜べ、ノブナガ」

「あん?どういう事だ?」

「おそらくウボォーは、生きている」

『―――ッ!』

 

 ノブナガに限らず、その場にいた団員達に激震が走った。

 

 つい先日まで死亡扱いになっていたウボォーが、唐突に生きているという。根拠はあるのかという所だが、おそらくそれは目の前にある。

 クロロは懐から別の紙、初めに占ってもらった自身の予言を合わせてノブナガに渡す。

 

「そっちは俺の予言だ。全員も見てみろ。1つずつ説明してやる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

「あ、そういえばヒノ、ジェイには連絡したか?」

「………そういえばしてなかったね。とりあえずメール………やっぱ電話しよう」

 

 ジェイにも心配させちゃったみたいだしね。今頃ヨークシンのどこで何をしているのか知らないけど、どうせ競売とかでナイフとか買ってるだろうし。あー、でもマフィア関連のオークションって結構旅団のせいで止まってるっぽいしね。

 ………旅団見つけ次第即殺処分!とか言いださないかな。俺の刀(予定)を返せ!みたいな感じで。

 

「無いとは言いきれないのがジェイの微妙に怖いところ」

「そうだね。あとサラッと心を読まないでよ」

 

 ジェイは基本温厚で寛容だけで鍛冶と刃物に関しては色々とブレーキ外れかけてる気がするし。まあだからこその1ツ星(シングル)とも言えるけど。

 電話を掛けると、まさかのワンコールで出た。早いね。

 

『ヒノか?』

「あ、ジェイやっほー。無事に生きているよ、回復したよ」

『縁起でも無いが、まあ元気そうだな。とりあえず、無事でよかったよ。体調はもういいのか?能力の反動で枯渇してたらしいな』

「まあ色々あってね。詳しい話はまた今度話すよ」

 

 ほっとした様なジェイの声を聞くと、私もなんだか安心する。

 ウボォー関連はジェイには伝っていないらしく、しかしオーラの枯渇状態という事しか知らないゴン達と違って私がどんな能力でああなったのかは知っている。いや、だって【罪日の太陽核】(あれ)久しぶりに使ったし。ていうか構想だけで過去に使ったの1回くらいじゃなかったかな?もっと小さい頃とかに。

 とはいえ、一回使えばコツも掴んだし、多分次は倒れずに使えると思う。何事も、トライ&エラーって事だね!

 

『何考えているかは知らんが、ほどほどにしろよ?』

「今日はミヅキもジェイもなんだか私の考え読んでくるね!?あー、そういえばジェイオークションはどんな感じ?何か落札できた?」

『………』

 

 あれ?電話を通してるのになんか気温が下がった気がしたんだけど。気のせい?

 いや、だいたい予想がつくけどさ。

 

『妖刀が出品されると聞いたんだ。表には出ない、地下の競売に。当然行くよなぁ。そりゃあ行くさ。これでもハンター協会から星をもらった、鍛冶と刃のハンターだからな。けどな、オークションは中止になったさ』

「………」

『クァード遺跡のナイフも、気になってた。久しぶりにでた人食い穴の物品だからな。それも刃物。当日のオークション開催と同時に襲撃が来た事も、それを俺を含めた殺し屋共で迎撃した事も………まあいい。最後は代役に任せて競り落としたからな。だがな」

「………」

「流石に偽物をつかまされたのは、内心穏やかじゃねぇな」

 

 あ、これ相当おかんむりだ。かなりキてる。

 昨日のオークションの事だよね?私は寝てたけど、確か旅団が襲撃して来たらしい。でも代役に頼んで競ったって事は中止にはなってないんだ。

 

 中止になってないオークション。ジェイが直接見たわけじゃなく代役が競り落とす。そして商品の偽物。襲撃者は幻影旅団。

 

 ちょーっと原因が分かったかもしれない。偽物の理由とか。

 

 例えばコルトピとかコルトピとかコルトピとか!

 

『つーわけで、お前は大丈夫そうなら安心だ。ちょっと俺は()()と用事があるから、またな』

「あ………うん。またねー」

 

 電話が切れた。普通に後半は表面上柔らかい口調だったけど、あれは中々やばい。温度が氷点下に到達してるんじゃないかな?ジェイのいるところ凍ってないかなー………。

 思わず通話が終わった後も電話を持ったままじっと立ち止まってしまった。

 

「………」

「………何か言ってよミヅキ」

「旅団に物体を複製できる能力者に心当たりは?」

「めちゃくちゃあるー!」

 

 天下のマフィアンコミュニティの地下競売で偽物が出品されるという事は無い。もし偽物のまま気づかず出品しようなら、全てのマフィアを敵に回す行為に他ならない。そんな事をする組織はまず無い。

 あるとするなら………………………旅団の皆くらいだよねー。

 

 思わず頭を抱えてしまう私は、多分悪くない。

 

 項垂れる私の頭をミヅキが撫でてくれる。あー、なんだか落ち着く。

 

 とりあえずこのままでもしょうがないので、立ち上がって旅団の元へといく事にした。ジェイの事は………まあその後考えよう。最終手段、というかほぼ確実にどうにかできる方法は、一応あるし。

 

 そして私達は、随分と久しぶりに感じる旅団達に会う為に、廃墟群へと入って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 ヒノと共に廃墟と廃墟の間を歩く間で、ミヅキは先程のヒノとジェイの会話を思い出す。ずばりオークションの商品と偽物。

 

 ジェイが刃物に対して偽物と言っているなら、間違いなく偽物だったのだろう。どういう判断の仕方をしたかまではわからないが、まあジェイならという事でミヅキはその辺りを一旦流す。

 

 問題は、それがマフィアのオークションの商品だという事。

 

 ヒノ同様に、まず世界中のマフィア団体であるマフィアンコミュニティが主体である以上、偽物があるという事はまず無い事はミヅキも考える。それを前提にすると、どこで偽物が現れたのか。

 当然、ジェイの代わりに競りをしたという代役が商品を受け取る時。

 

 そして偽物を用意する事が可能な者を挙げれば2種類しかいない。

 競売を行うマフィアそのものか、襲撃をした幻影旅団。可能性を上げればまだあるかもしれないが、一先ずこの2つ。そして旅団内に複製する能力者がいるとすれば、おのずと答えも見えてくる。

 

 しかしミヅキが考えているのはもう1つ別の事。

 

 旅団相当の能力者であるのならば、その複製の範囲はどこまでか?

 あるいはそれは、人を複製する事もできるのではないか、という事だ。

 

 つまる所何がいいたいかというと、旅団の死亡は偽装ではないか。

 旅団そっくりの死体、念能力による複製をつくりそれを置いてくる。そうする事で死亡したという事実を造り出し、競売を予定通りに行わせる。

 

 実際ほぼ事実なのだがミヅキにはいまだそれが真実だと知る術もなく、ただの推測に過ぎない。しかしそれが事実だったのなら、ミヅキにも思う所はある。

 

 少しの遺憾さと、少しの安堵。

 

(蜘蛛は壊滅していないという事実だが、同時にヒノは安心するかもしれない。まあ、あと数分もすれば真実は分かるけど)

 

 ヨークシンにおける旅団の仮の拠点のアジトまでは、もうそこだ。

 隣で鼻歌交じりに笑っているヒノを見るに、このまま旅団の死亡という事実に対面させるのは心苦しい。できればヒノには笑って欲しい事を考えると、ミヅキは一先ず旅団が生きてる方に祈っておく。

 例えマフィアからブーイングが起きようとも、妹が笑うならそれでいいか、と。

 

「ミヅキー、早く早く」

「………ああ、一応病み上がりだからそう急ぐな」

 

 微かに笑いながらミヅキの腕をヒノは引っ張る。

 そして開けた扉の先には、久しぶりの旅団の姿が。

 

 

 

 

 

 

「ああああぁ!なんで俺だけなんだぁ!」

「シャルって相変わらず引き悪いね」

「引き!?え、これって引きの問題なの!?もしかして俺皆の不幸を背負った存在なの!?」

「ふむ、あまりよく無いな」

「でしょ?そうでしょ団長!」

「情報担当が欠けると前衛がうまく動かない。替えが無い事も無いが欠けたら面倒だな」

「あー、すごい冷静だねー。いや、わかってたけどね?俺の価値って情報処理だってのは分かってたけどね?でもなんだか心が寒いよ」

「まあそう気を落とすなって。どうせなる様になるぜ」

「ノブナガはいいよね。死亡予定無いし………」

「安心するね。確かヒソカ(あいつ)もよ。よかたねペアね」

「うわー、全然嬉しくねー」

 

 中央辺りで絶望に打ちひしがれる様な声を上げるシャルナークに、ノブナガがポンと励ますように肩を叩いている。そしてその横でフェイタンが言葉という刃で追い打ちをかけている。

 

 そんな光景を見つめる旅団員達は、なんとも言えない表情をしていた。客観的に視たらなんだか楽しそうな光景にも見えてくるから不思議だ。

 

 

 一体これは何だろうか。

 

 

 そんな言葉がミヅキの頭の中でぐるりと回転している。

 

 そしてヒノは一番近くにいたフィンクスに話しかける。

 

「ねぇフィン。皆何してるの?」

「ああ、団長が100%当たる予言能力奪ったっつーから皆占ってたんだ。そしたらシャルとヒソカの野郎だけ来週死ぬってよ。シャルも災難だな、二重の意味で」

「それだけ聞くと本当ねーって感じだね」

「………ん!?ヒノ!?お前ヒノじゃねーか!どっから湧いて出た!?」

 

 巨漢の男、ウボォーギンを除いた、合計12名の幻影旅団は、今この場に集結している。それが意味する事は、やはり死体は偽物(フェイク)。旅団は確かに生きている。

 

 その事をミヅキが内心考えている事など関係なく、フィンクスの叫び声に旅団内の全員が入り口に目を向ける。

 ミヅキの隣には、彼らも良く知る少女が元気にそこにいた。

 

 太陽の光を溶かし込んだ様な金髪も、紅玉の様な瞳も、後頭部で束ねて揺れる髪、ずっと長い間見ていなかった様に錯覚するが、実際は最後に見た日から2日もたっていないだろう。確かにそこには彼女の姿があった。

 

 一手に注目を集めたヒノは、太陽の様な笑顔を皆に向けて手を振るのだった。

 

 

 

 

 

 

 



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第63話『爆弾発言』

 

 

 

 どうやら私が眠っている間に、色々あったみたいです。

 

 寝込んでいたって話をミヅキから聞いてたらしく、普通に現れたから皆驚きつつも出迎えてくれた。なんだか照れるね。で、色々と寝てる間の話を聞く。

 

 ゴンとキルアの2人が一度キャッチ&リリースされたのは本人に聞いたのさておき。

 多少ドンパチあったけど最終的にミヅキが回収してくれたので軽傷があれど大した事無くてよかったよ。特筆すべき点はノブナガがゴンに腕相撲で1度負けた事かな。流石強化系!ノブナガもだけど。

 

 そして重要なのは旅団の皆がマフィアのオークションに乗り込んで派手にやらかして、競売品を全部盗みぬいた事。鮮やかなお手並みだねー。

 しかも偽物を用意して競売は普通に続行、しかも自分達の死体を偽装したという。

 

 この作戦の要は、コルトピの念能力【神の左手悪魔の右手(ギャラリーフェイク)】。

 

 簡潔に言えば触れた物体のコピーを具現化する。本物に触る必要があるのと、具現化して24時間で強制解除されるっていうデメリットはあるけど、オーラが枯渇しない限り無尽蔵にコピーを作れる。そしてこの能力のすごいところは、偽物ではあるけどあくまで〝本物を具現化〟しているから、一流の鑑定士がどうやって見ても本物としか判断されない、ある意味完璧な偽物を作れる。

 

 けど、24時間で消えるし多分今日の夜辺りになったら競り落としたマフィア達は騒ぎ立てるかな。まあその辺りジェイとの電話で察してたけどね。

 というか、ジェイとの会話を思い出せば、なんかご機嫌斜めみたいだったし、コルトピの偽物に気づいてたっぽいね。なんでわかったのかな?刃物愛のなせる業?

 

 まあジェイの事は置いておいて。

 

 そんな感じで実に鮮やか(?)に競売品を盗み出したらしいけど、その過程でクロロはとても大変な物を盗んでいきました。

 

 それは、ネオンのハートです!

 

 という冗談も置いておいて、クロロがネオンの念能力盗んだらしいんだよね。ラヴリーって言うくらいだからハートと言っても過言ではないはず!まあ【天使の自動書記(ラヴリーゴーストライター)】の有用性は確かに高いし、世界中のマフィアが能力を認めている様な物みたいだしね。今日からクロロも予言者だね。予言者クロロ。あ、いい響き。

 

 たまたま町中を1人で薄着で歩いていたネオンにクロロが声をかけて、競売会場のビルまで連れて行ってなんやかんやお茶したりしてうまーく能力を盗み取ったらしい。ていうかなんで1人で歩いてたの?お嬢様迷子だったのかな?マフィアの1人娘なのに普通に悪漢に攫われそうなんだけど。無事にビルまでたどり着いてよかったね。

 まあクロロが1番の悪人なんだろうけど。

 

 で、最終的に皆で競売成功!アジトに戻って乾杯!そして皆を予知して今に至ると。

 

 

 なるほどなるほど。

 

 というわけで、感想です。

 

「………クロロ、夜道を1人で歩いてた女の子(17)に下心満載で近づいて、最終的に無理やり気絶させて大事な物奪ったんだ」

「待て、確かに言葉だけなら事実だが、そうじゃない。というか絶対分かってて言ってるだろ。見ろ、他の奴からの俺を見る目が白いぞ」

 

 何人かは笑いをこらえてるけどね。見てよヒソカなんて背中向けて肩震わせながら近くの瓦礫ガンガン叩いてるし。あそこまであからさまに笑いこらえてるヒソカなんて初めて見たよ。写メっとこ。ちなみに男性陣は大半が爆笑して女性陣からの反応は軒並み悪い。

 

「クロロ………あんたやっぱり………」

「おいマチ、やっぱりってなんだ!絶対わざとだろ!?」

「大丈夫よ。例え団長の好みが未成年だろうが一回り近く下だろうがなんだろうが、ワタシどんな性癖でもついてくよ」

拷問趣味(おまえ)に言われたくは無い!あと違う!」

「クロロ…クロロ………クロロリ―――」

「シズク、それ以上は喋るな。こんなくだらない事で団長命令を出したくは無いから頼む。お菓子やるから。あとヒノ人聞き悪い!」

 

 別に嘘は言ってないよ、嘘は!

 ネオンに能力奪う為に(下心満載で)近づいて、最終的に気絶させて念能力(大事な物)奪った(盗った)年齢不詳(26歳)職業不定(幻影旅団団長)のクロロ。ほらね。

 

「普通に言葉の選び方に悪意がある気がするよ」

 

 ミヅキにまた心を読まれた!これが双子特有の以心伝心って奴?

 

「いや、違うと思う」

 

 そう?

 

「それにしてもネオンが1人で歩いてたんだ。護衛とかいなかったの?誰かしらいるはずでしょ」

「いや、普通に1人で歩いてたぞ。どうやら父親の反対を押し切ってオークション会場に自力で向かうつもりだった様だ。正直うまく誘導するつもりだったのが自分からわざわざ護衛を振り切って1人で外に出てきたから正直罠かと思ったくらいだ」

「まあ都合が良すぎると逆にね………」

 

 世間知らずにも程がある。いや、会話した感じで分かってたけど、そんなにオークションに行きたかったんだ………。

 

 声をかけたのがクロロじゃなければ最悪どうなっていたことやら。いや、クロロなら良いってわけじゃないけど。まあ無事に競売会場のビルまで連れてってもらったから結果オーライって所かな。マフィアの巣窟なら普通は危険地帯だけど、マフィア令嬢的には逆に一番安全だろうしね。

 

 ふと、私の言葉に引っ掛かりを覚えたのか、クロロがネオンについて聞いてきた。

 

「そういえばヒノ、お前ネオン=ノストラードの事を知っていたのか?予知能力も知ってたみたいだが」

「うん、昨日………じゃなくて一昨日か。一緒にカフェでケーキ食べたよ」

『………』

 

 ヒノの言葉に、旅団メンバーは何とも言えない表情をする。具体的にに言えばお前の交友関係どうなってんだ!?って心の中で思ってる。特A級賞金首の旅団が言えば盛大なブーメランだが。

 

 クロロも予想外の返答だったのか、コツコツと自身のコメカミを指で叩きながら深呼吸する。一応ヒノとの付き合いも長いので、こういう突拍子もない情報がポロっと出てくる事があるというのは分かっていた。なので努めて冷静になろうとする。流石癖の強いメンバーをまとめる団長と言った所だろうか。

 そして冷静な思考のままで、じっとヒノを見つめる。

 

(正直知り合いだったのは驚いたが………さて。ヒノが予知能力をネオン=ノストラードに返してあげて欲しいと言い出したらどうしようか………)

 

 ネオンの予知能力は有用だ。世界中のマフィアが認めるその価値は計り知れないし、クロロが今後同じ能力者と出会う事もほぼ無いだろう。

 

 特質系の能力というのは、たいていが血筋か、個人の突然変異だ。ネオンの父親が念法を扱えない常人であり、ネオン本人も念を全く理解していない事から、完全に1人の個人から突然変異的に生まれた能力。作ろうと思って作れる能力ではない。その為クロロは興味本位で手に入れた。

 

 とはいえ、絶対手放さないか、と言われるとそこまででもない。

 

 常に先を知る事は圧倒的なアドバンテージを得る事であり、全くの理外から降ってくる偶奇の事故死による死すら回避できる。しかし、それを永遠と見続ける事は、己の運命を全て予知能力に委ねる事になる。

 

 それは果たして、生きていると言えるのか?

 

 少なくとも、クロロにとっては否だ。

 

 己の足で立ち上がり、己で力を蓄え、己の選択で今この場に立つ。それがクロロ=ルシルフルであり、幻影旅団だ。何者にも束縛されず、己の自由を謳歌する。

 

 予知を使い続ける事は、死ぬ事と変わらない。目の前に壁が立ちはだかった時に解答を見せられ続ければ、人はいつしか思考する事すら忘れてしまうだろう。

 

 故に、元々クロロはこの予知の能力を余程の場面でも無ければ使うつもりもなかったし、【盗賊の極意(スキルハンター)】は盗んだ念能力の元の持ち主が死亡したら本から消える。そうなるのが遅いか早いかの違いだ。

 実際に、クロロにとって付き合いの長いヒノが返して欲しいと願えば、まあ別にいいかな?と思う程度には考えていた。

 まあ、せっかく盗んだのでちょっともったいないという気持ちが無い事も無いが、精々がそれくらいだ。

 

「………ヒノ、お前元々ネオン=ノストラードと知り合いだったのか?」

「元々って言うか、歩いてたらナンパされて一緒に成り行きでカフェでケーキ御馳走になったんだけど」

「………………」

 

 ありのままの説明をしたのに、クロロが黙りこくってしまった。ついでに旅団の皆もなんとも言えない表情をしている。なぜ?

 いや、言いたい事は分かるけど、しょうがないじゃん!?成り行き以外の何者でもないよ!

 

 再び考え込むクロロだけど、数秒して目を開いて再び質問タイム再開。

 

「あー、ヒノ。俺が予知能力を奪った事に感想あるか?」

「んー………クロロ、ネオンみたいに予知して商売でもするの?」

「最初に出てくる言葉がそれか………別にそんな事をする気は微塵も無いが、返してあげろとか言わないのか?知り合いなんだろ?」

「うーん、知り合いだけどあくまで知り合いだし。困ったら助けてあげようかなって気にはなるけど、正直予知能力盗まれたらどうしたものかな?」

「俺に聞くなよ………」

「というか返してって言ったら返してくれるの?」

「まあ能力は貴重だがどうしても持っていたいわけじゃないから、お前の頼みならやぶさかではないが」

 

 え、ホント?クロロ男前。だったら返してもらった方がいいのかな?

 それにネオンには私も予知してもらったし、多分絶対困ってるだろうし。けど正直マフィアが壊滅したらしいこの状況でネオンと予知がどれだけ重要かと考えると本当に返してもいいかなって気がしてくる。マフィア達がネオン巡って戦争とか起こさないよね?

 

 あ、そうえばウボォーの事忘れてたよ。

 

「そういえばウボォー今うちのマンションの部屋で寝てるから、目覚ましたら連絡するね」

 

『!?』

 

 その瞬間、確かにヒノ以外のこの場の全員が凍り付いたのだった。

 

 

 

 




盗賊の極意(スキルハンター)】って能力返却可能かどうかって不明だけど、まあ盗んでるんだし返せるよね?………てことで、返却可能で進めます。


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第64話『一方その頃彼らは交錯する』

揃わなかったー。


 

 

 

 

 

 

「すいませーん。ここから、ここまでくださーい」

「あいよ。ちょっと待ってな坊や」

 

 元気よく注文するゴンに、全身隆起した筋肉に覆われた店員は、真っ白い歯をきらりと光らせながらにっかりと笑い、丁寧に商品を袋詰めしていく。実に濃い店員だが、ゴンはあまり気にしない。

 

 長閑な日差しの下、人通りの多い雑踏の真っただ中にある移動式のアイス屋は賑わっていた。それでも子供1人で20種類はあろうカップアイス全種購入は、些か珍しい光景ではあったが。

 

「ゴン、見てみろよ!期間限定でチョコロボ君バーガーセットが売ってたぜ!」

「キルアも好きだねー。後はどうする?」

「ピザとホットドックも買ったし、ジュース買いに行こうぜ」

「お前らよくそんなに食う気になるな……」

 

 ワイワイとすぐに食べられるジャンクフードを買い込むゴンとキルアに、レオリオは呆れた表情をする。別に全て朝食というわけではなく、単に2人で早食い競争をするつもりで購入しているらしい。が、それにしてもすごい量だ。

 

 両手にがさがさと袋を持ちながら、ひとまず近くのデイロード公園で食べる予定だ。そこで、クラピカとヒノを待つつもりだった。

 

「クラピカ来るかな?」

「旅団も死んだみてーだし、仕事が一段落したら来るだろ。来なかったらあいつの職場乗り込んでみよーぜ」

「おいおい、マフィアに殴り込みとか勘弁してくれよ。お前らと違って俺は念の習得も終わってねーんだから。そんな事より、あいつら来た後どう説明するか考えてるのか?」

「どうって?」

「ヒノと旅団の事だよ」

 

 ヒノと旅団の関係は、ただただ遊び友達みたいなものだというのは理解した。とはいえ、そのまますんなりクラピカに伝えて納得するかはわからない。いや、流石にクラピカもヒノにまで敵意を向けることはないとは思うが。

 

「けどよ、言っちゃあなんだが旅団は死んだ事だし、今さらそいつらとヒノが知り合いだったって言っても別に大丈夫だろ。もういない奴らの事だしさ」

「でも全員じゃないでしょ?」

「そうだけど、頭は死んだみたいだしさ」

 

 オークションの翌日である今日、マフィアンコミュニティは電脳ネットを使い旅団を晒しものにした。R指定が入りそうな状態で旅団の死体を公開する事で、マフィアの恐ろしさを世間に刻み込む目的なのは言うまでもない。

 そして公開された情報と、ゴンとキルアが実際に旅団のアジトに連れ去られた際に見たメンバーの情報には齟齬がある。具体的に言えば、懸賞金のかけられたメンバーは死亡確認されたが、それ以外のメンバーは残っている。

 

 幻影旅団は全員死んだわけではなく、およそ半数が死んだ。残党は、今もなおヨークシンのどこかで生きている。

 

 しかしほぼ壊滅状態であるのなら、今更ヒノが知り合いだったと言っても問題ないのではないだろうか?

 

「あー、面倒くせぇな。後はヒノが来たら丸投げしよーぜ。クラピカだって、旅団メンバーじゃなければ知り合いくらいで目くじら立てたりしねーって。お前らもそう思うだろ?」

「まあ、そう言われると」

「そうかもな。俺も賛成」

 

 腕に袋をガサガサと引っ掛けながら、手をひらひらと振るキルア。ひとまずクラピカもヒノも、再会すればあとは当人達の意思次第と言える。事情を知る3人が場にいるのであれば、最悪誰か暴れようとも宥める事は出来るだろう。

 

 ふと、レオリオの携帯が鳴ったので通話し、一言二言会話をすると、通話を切ってポケットにしまう。その会話の内容から、ゴンとキルアは相手がだれか察した。

 

「ゼパイルさん?」

「ああ、そろそろ例の木造蔵のオークションが始まるみたいだ。俺はちっと見てくるぜ」

 

 ゴンが値札市でベンズナイフを見つけたその日、【凝】を使って見つけた掘り出し物を店で売りさばこうと思い、危うく店主に安く買いたたかれると思った瞬間に出会った鑑定士、それがゼパイル。その夜レオリオと一緒に飲んだくれていた男性である。

 

 その際にゴン達の金策に協力を申し出てくれ、ゴン達も自分達の見つけた品を彼に託し、オークションにかけてもらったその結果が今日分かるそうだ。 

 

 下手をすれば億単位の値が付く競売。レオリオとしては是非ともこの目で見てみたいらしい。

 

「レオリオっていつも楽しそうだよね」

「ああいうのは能天気って言うんだ」

 

 やれやれと言いたげなキルアの言葉に、レオリオは耳聡く反応する。

 

「聞こえてるぞキルア。別にいいだろうが。ただでさえマフィアやら旅団やらで殺伐としてるが、元々ヨークシンにはオークションを楽しみに来たんだからな。時間があればあちこち観光でもしたいところだが、まあ近場で我慢するか」

「どういうとこ行きたかったの?」

「そりゃおめぇ、もちろん綺麗なねーちゃんがいる店にだな。お?今すっげー美人とすれ違ったぞ!しかもメイドだ!どっかでカフェでもしてるのか?」

「メイドとかどうでもいいけど、早くオークション行った方がいいんじゃねーか?」

「やべ!じゃあ後でな!」

 

 そう言って足早に走っていくレオリオに、キルアは嘆息しゴンは苦笑する。

 

 ちなみに、どうでもいい事だがゾルディックの敷地内には執事の他にメイドも存在する。流石、山を所有する富豪暗殺一家。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 ゴン達が買い物をしていた通りにほど近いビルの一室、ヴィダルファミリーのヨークシン拠点に、珍しい客が来ていた。

 

 1人は老人。『一日一殺』という物騒な標語の記された衣服を纏う龍髭の老人。

 もう1人は男。たくましい肉体を持ち、肉食獣の様な威圧的な瞳を持つ銀髪の偉丈夫。

 

 見ただけで只者ではなく、事実この二人は常軌を逸脱した存在。

 

 無論、ゼノ=ゾルディックとシルバ=ゾルディック、キルアの祖父と父の二人である。

 

 先日のオークション会場では、クロロと死闘を繰り広げた2人であり、結果として旅団暗殺を依頼した十老頭が死亡したので仕事は中止。そしてククルーマウンテンに帰る前に、知り合いの所へとこの場に来たという。

 

「お久しぶりですね、シルバさん。ゼノさんは初めましてですね、こちらの組を預からせてもらってます、ハルコート=ヴィダルと申します。どうぞよろしく」

 

 シルバ達の前に座る、フィアらしからぬ柔和な笑みを浮かべた男、ハルコート=ヴィダル。アドニスの所属するヴィダルファミリーのボスであり、実はシルバとは知己の間である。

 

 何度か、()()()()()()()()をハルコートが受けた事があるのが切っ掛けだったりする。

 

「アドニスとジェイに聞きましたが、先日は噂の幻影旅団と戦ったとか」

「団長じゃ。まだ小僧じゃったが、中々の手練れよ。わしら2人対して時間稼ぎとは、まだまだ若い者には負けられんわい」

 

 先日の戦いを思い出してか、コキリと肩を鳴らすゼノに、ハルコートは苦笑する。プロハンターですら手に余る特A級の賞金首である幻影旅団団長に対してこんな事が言えるのも、彼らがゾルディックだからだろう。ゾルディックは一介の執事であろうとも、そこらのハンターよりも圧倒的に強いのだから。

 

 和やかに話していたハルコートとゼノだが、突然シルバがすっと目を細めて口を開く。

 

「ところで、隣の部屋にいるのはジェイか?何をしている」

 

 一応ゼノも思っていたが、敢えて無視をしていた。その理由は、隣の部屋感じる殺気とオーラ。一応念法を会得していない組員の方が圧倒的に多いので抑えている様だが、それでもシルバとゼノは察知できる。

 

 感じるのは、ジェイの〝怒気〟だ。

 

 その事に、シルバもゼノも珍しいと思っているが、同時にある程度予想している事もある。

 

「もしや、オークションで購入した物に不備でもあったのか?」

「ああ、鋭いですねシルバさん。実はそのまさかでして、どうやら偽物を掴まされたらしいですよ。正確には偽物とも少し違う様ですが」

 

 苦笑するハルコートの言葉が聞こえてか違うのかは不明だが、一瞬殺気が膨れ上がった様な気がした。

 

 殺気には恐ろしく慣れ親しんでいるマフィアの組長でありゾルディックの現当主と先代当主だが、一つ星(シングル)ハンターの放つ鋭い刃の様な殺気に一瞬オーラを揺らがせてしまう。

 

 しかし、殺気がふと消えた瞬間、隣の部屋の扉を開けてひょっこりとジェイが現れた。

 

「ああ、お二人ともいらっしゃい。お騒がせしてすみませんね」

 

 いつも通り飄々と笑っているが、その様子が一層尚不気味に見える。

 そしてその恰好だが、見た目は普通だ。しかし、少し大きめの上着も、腰と肩に備えたバッグも、明らかに入っているものはまともな物じゃない。微かに金属同士が触れ合う音も聞こえる。もっと言えば肩のバッグは1メートル以上、行ってしまえば刀だって入っていてもおかしくない大きさ。

 

「一応聞くがジェイ君、これからどこにいくつもりじゃ?」

「ちょっと蜘蛛のアジトまで行ってこようかと」

 

 これからピクニック行ってきますと言いそうな爽やかな顔をしているが、言っている事はとんでもない。だがやる気だ、この男一切の躊躇もなく割とマジでやる気だ。義妹(ヒノ)が無事だった事で一瞬ほっとした瞬間もあったが、それはそれでこれはこれだ。

 

 思わずシルバとゼノも黙ってしまうが、ハルコートはため息をつく。

 ふと、気になったのでシルバ達に質問をする。

 

「お二人から見て、幻影旅団に挑んだ際のジェイとの勝算はどの程度でしょうか?」

「0だ」

 

 シルバは即答した。

 だが、それも無理もない。仮に行くのがジェイでなくゼノだったとしても、同じような事を言うだろう。

 

「クロロ……蜘蛛の団長に加えて向こうにはプロハンターを凌駕する実力者が10名以上。単身挑めば勝ち目は無いのは自明の理だ」

 

 もちろん、一対一なら話は別だ。ジェイならば旅団のメンバーを仕留めてもおかしくないとシルバは思っている。が、流石に戦力が10倍違うとなると話は変わる。

 とはいえ、ジェイもそれは理解しているし、シルバもそこまでジェイが無鉄砲とは思っていない。むしろやり方さえ間違えなければ、単身殲滅してきてもおかしくはないとも思っている。

 

「無論、わかってますよ。流石に全員揃った所に挑むほど無謀じゃないですよ。俺の目的は旅団の討伐じゃなくて盗まれたお宝ですから、やりようはありますよ」

 

 そう言って笑うジェイ。

 ちなみに盗まれたお宝――競売品が目的ではあるが、全部ではない。ヴィダルファミリーの構成員に代理で受けさせ購入した自分の物に限る。あの時オークションに参加していればと後に悔やんだが、過ぎた事はしょうがないと、ジェイは切り替える。

 

「あ、それとハルさん、アド本当に借りていいんですか?」

「ええ、構いませんよ。元々がマフィアの失態、ならば我々マフィアがそのお手伝いをしないでどうするのですか。それに、あなたにはお世話になっていますからね。恩には恩で報いなくては」

 

 そう言って笑うハルコート。

 その言葉に、ジェイはありがたく思う。既にアドニスは、ジェイのお使いで出ているが、直に帰ってくる手筈だ。ありがたいことではあるが、ジェイの懸念はハルコートの護衛の存在。いないわけではないが、あくまで一般的な護衛。旅団に対抗できるアドニス並みの存在は流石にいない。

 ジェイはそこだけ気がかりではあったが、ハルコートは自身でその辺りを解決していた。

 

「それに、今はバイトを護衛に雇ってますから。偶然知り合いを見つけたので頼んだら引き受けてくれましたよ。アドニス同様、もうすぐ戻ると思いますから、安心してください」

 

 護衛のバイトを突発的に引き受ける人材がよく用意できたな、と思うゼノではあるが、ハルコートの事を知るシルバやジェイは逆に納得する。むしろ人脈の広さに感心する。ゾルディックの暗殺者や一つ星(シングル)ハンターと知り合っている時点で分かるが、相当だ。

 アドニスの代替え、つまるところ、相応の実力者を雇っていると。

 

「ではジェイ、引き続きサポートしますので、頑張ってください。シルバさん達は、良ければジェイが戻るまで話し相手になってください」

 

 そう言って笑うハルコートには、別段ジェイに対して裏はない。マフィアらしく光と闇も使い分けつつも、友人でもあるジェイには誠実に接してくれる。たまにマフィアとして大丈夫かと心配になるジェイだが、むしろ直情的なマフィアより厄介そうだとも思う。

 

 そしてアドニスが戻り次第、ジェイは動く。 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「つまりこういう事か。たまたま街で歩いていたら声を掛けられ、一緒にケーキバイキングに行き、自分と一緒に席を外した時にたまたまあったウボォーの事をネオン=ノストラードに占ってもらい、ウボォーが死ぬと確信し、ウボォーは言っても止まらなかったので無理やり気絶させた。で、その時使った能力の反動で今まで寝ていたと。こういう事か」

「うん、大体そんな感じ」

 

 クロロがまとめてヒノが肯定すると、旅団内で静寂が訪れた。説明してもらった内容を反芻させる。そして左程時間をおかずに、一番最初に再起動したノブナガが立ち上がりつかつかとヒノの隣に立ち、その頭にぽすりと手を乗せた。

 

「俺が許す。安心しろ、ウボォーが起きたら一緒に謝ってやる」

「ノブナガ、ありがとう!」

 

 にやりと笑うノブナガ。

 他の面々も、大体似たような考え方だった。むしろよくやった、ファインプレーと言える。預言通りとはいえ、おそらくほぼ確定的にヒノの行動によってウボォーは生きた、という事になる。

 

「ていうか、ヒノっていつもの消える奴以外に能力あったの?」

 

 そちらの方が気になったシズクが聞く。他の団員の気になった事の一つである。

 クロロを含め団員達が知るヒノの【消える太陽の光(バニッシュアウト)】は、それだけで強力無比であり切り札としても十分。手札が知れて尚対応に困る類だ。故にそれ以上に他にも強力な能力があったのかと驚いたのだが、実際には能力とは少し違う。

 ヒノ曰、条件付けをして発動する一種の応用らしい。

 

「いつものオーラ貯めて相手の体に打ち込むの。そしたらしばらく内側からオーラ消し続けるんだ」

「え?何それえげつない」

「よくやったとは思うが容赦ねぇな。つーかウボォーよく倒せたな」

「ウボォーうっかりしたのか私の攻撃普通にガードしたから」

「ああ、それは本当にうっかりだね。ヒノの攻撃はガードしても意味ないからね、しょうがない」

 

 何度か試しに興味本位で、とヒノの拳を加減しながら受けた事のある面々(具体的にはフィンクス、シャルナーク、フランクリン、フェイタン、クロロ)はウボォーに小さく黙祷する。死んではいないが、中々大ダメージなのは変わりない為だ。というか、これでは目を覚ましたとしてもまともに旅団の活動もできないだろう。

 

 そう考えた時、クロロは小さく呟く。

 

「なるほど、そのパターンもあり得るか」

「どうしたの団長?」

 

 パクノダが不思議そうに声を上げるが、クロロは聞こえてか聞こえていないのか小さくぶつぶつと整理する様に呟く。

 

「そうだ、あくまで預言の詩。そうであるならば確定はしてもある意味不確定だ。表現と解釈による場合もあるだろうが、あり得なくはない、か。少し見直さないといけないな」

 

 何かに納得した様子のクロロ。

 そして思考の海に潜った為か、気づくことはなかった。

 

 唯一ヒソカが、そんなクロロを見つめながら、楽しそうに笑っていた事に。

 

 

 

 

 




割とどうでもいい原作との相違点

ゾルディック家にはメイドがいる。

ゾルディックって男女問わず執事しか登場してないから、それ以外にいるかわからないけど、まあきっとメイドもいるんじゃないかな。よし、いる事にしよう。もしかしたら男女問わずメイドとかいるかもしれないし。

多分この設定が後に生きる事は無い気がする。


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