ペテルブルグのとまり木 (長靴伯爵)
しおりを挟む

巣立ったばかりのひな鳥は

気ままに短編です

楽しんで書きました。

皆さんも少しでも楽しんでいただけたら幸いです


1930年代。

欧州を中心に突如出現し、人類に対し攻撃を始めた怪異。

通称「ネウロイ」

 

既存の兵器が効かず強大な力を振るうネウロイは瞬く間に欧州の大半を占領。彼らに対抗できるのは、魔法力をという力を持つ者達だけだった。

 

月日が経ち、時は1944年。

各国から魔法力を持つ少女「魔女(ウィッチ)」。その中でも飛行を可能とするストライカーユニットを操る航空魔女(ウィッチ)をエースを集めた部隊の活躍によりネウロイに支配された欧州の一国、ガリア共和国を解放するに至った。

その部隊の名は、第501統合戦闘航空団「ストライクウィッチーズ」

 

 彼女達の活躍に押されるように、人類はネウロイに対する反攻作戦を開始。欧州中央から東部にかけての大攻勢にもストライクウィッチーズと同じように、航空魔女(ウィッチ)の多国籍エース部隊が投入された。

 その部隊は第502統合戦闘航空団。

 またの名を「ブレイブウィッチーズ」

 

 

 

 

 

 第502統合戦闘航空団「ブレイブウィッチーズ」は東欧オラーシャにある要塞を拠点としていた。星の角のような強固な城壁と、それに囲まれた古代の城を再利用した軍事施設である。

 その要塞を中心にして広がっているのがオラーシャの大都市、ペテルブルグである。

 レンガ造りの建物が並ぶクラシカルな街並みで、大聖堂や劇場といった文化的な建造物も数多く存在している。世界中の都市と比べても遜色の無い、美しい都市である。

 だが最前線であるが故に住民は疎開し、そこにあるはずの人々の営みの灯りは消えてしまったのだが・・・。

 

 

 

 

 

ある日の夕方のことだった。

 誰も居るはずの無いペテルブルグの大通りに1つの人影があった。

 顔を俯かせてトボトボと足を進めるのは、深い紺色のセーラー服を着た茶髪のショートカットの少女・・・雁淵ひかり軍曹である。

 

「はぁ・・・。どうして上手くいかないんだろう・・・」

 

 そう呟いて、大きな溜息を吐く彼女の表情はとても暗い。

 つい先日、負傷した扶桑皇国海軍きってのエース魔女(ウィッチ)であり姉でもある雁淵孝美中尉の代わりに502に配属されることになったひかり。

 もともとカウハバで後方任務に就く予定だったこともあり、彼女の実力は最前線である502で通用するほど高くない。それでも持ち前のやる気と元気、そして姉譲りの「やってみなくちゃわからない」精神で頑張り配属を認められていた。

 

だが、そんな彼女でもへこたれることもある。

 今日の訓練は散々な結果で、教育係のロスマン曹長からも厳しい言葉を貰っていた。更に加えて、訓練後にあった出撃でもやる気が空回りしてしまい足を引っ張ってしまい、同部隊の管野直枝少尉にひどく怒鳴られる始末。

 さすがのひかりもこの1日の様にはひどく気落ちしてしまった。

 無事に帰還したもののいたたまれなく感じ、ろくな手続きもしないまま基地から飛び出してしまったのだ。

 飛び出したのはいいものの・・・。

 

「随分歩いたけど・・・ここ何処だろう?」

 

 ひかりはキョロキョロと周りを見渡し、心細げに呟いた

 ペテルブルグは200万人規模の大都市である。土地勘のないひかりが気もそぞろに歩き回っていれば、道に迷ってしまうのは当然の帰結だった。

 

「暗くなってきたし・・・街灯も燈ってない」

 

 疎開により人がいなくなってしまった分、都市の公共施設も必要最低限を除き機能していない。当然、街灯が燈るはずも無く、辺りは視界が効かないほど暗くなっていた。

 いつもの元気があれば暗闇でもずんずん歩けるひかりだが、気落ちした今の状態では流石に厳しかった。恐怖心が湧き、歩幅が段々と小さくなっていく。

 

「勝手に出なければよかった・・・。どうしよう・・・」

 

 目に涙を溜め、道沿いの建物の壁に手を当てて一歩一歩進んでいくひかり。このまま夜を明かすことになれば、一気に気温が冷え込んだ影響で凍死もありえる。

どうにかしようにも走り出す勇気もなく、ひかりは及び腰で歩いたままでT字路を曲がった。

 道の先に微かな灯りを見つけたのはこの時だった。

 

 灯りに誘われるようにひかりの足は自然と早くなり、いつの間にか走り出し・・・一軒の店の前で停まった。

 ペテルブルグでは標準的なレンガ造りの建物で窓から暖かな光が漏れており、大きな木製のドアの上には看板が貼られていた。オラーシャ語で書かれているようだが、ひかりには読めなかった。

 

「なんのお店だろう?・・・入っていいかな」

 

 少し躊躇するも再び暗闇の中に戻る気はさらさら無く、思い切ってドアを押した。

 カランカランとドアの呼び鈴が固めの音色を鳴す中、ひかりは恐る恐る店の中に入った。

 ラジオから流れる音楽が満ちる店内には木目調のテーブルが置かれ、壁には色々な調度品が掛けられた。壁に設置された暖炉が赤々と燃えている中、殊更目立つのは同じく木目調のカウンターとその奥にある多くの瓶と1つの写真立てが並べられた大きな棚だった。

 

「ここって・・・」

 

『いらっしゃい。今日は誰も来ないと思ったけど・・・おや?』

 

 興味深げに店内を見渡していたひかりに、店員らしき人物がオラーシャ語で話しかけながらカウンター奥の入り口から出てきた。思わずひかりは背中をドアにつけて警戒してしまうが、出てきた店員に目を丸くしてしまった。

 出てきたのが、扶桑人の男性だったからだ。

 

「扶桑の魔女(ウィッチ)が来るとは珍しいな。いらっしゃい」

 

 呆気にとられるひかりに、厚手の服に簡素なエプロンを着けた男は気さくに笑いかけた。

 

 

 

 

 

 

 ひかりはよく分からぬままカウンターに座っていた。目の前にはお酒が飲めないと知って出してくれたお冷。

男性はお冷を出すと、ちょっと持っててと言い残し奥に下がってしまった。

 

 少しだけお冷に口をつけ、それでも余り落ち着けることができずソワソワと辺りを見渡し、正面の棚に目が止まった。正確に言うと、棚の酒瓶に並んで置いてある写真立てだった。   

距離があってよく見えないが、何か集合写真のような・・・。

 

「やぁ、おまたせ。外は寒かっただろう」

 

 コーヒーカップを2つ載せたお盆を持って男性が奥から出て来た。緊張した面持ちでついピンと背筋を伸ばしてしまうひかりに、男性は優しげに微笑むとカウンターに湯気の立つコーヒーカップを置いた。

 

「ほら、ココアだ。これで温まるといい」

 

「あ、ありがとうございます。でも私、お金が・・・」

 

「ああ。お金はいいよ。そのココアは商品じゃないからね」

 

 そう言うと男性はひかりの向かい側に座り、自分の分であるココアに口をつける。

それを見たひかりもおずおずと自分のココアに口をつけた。ココアの蕩けるような甘さと温かさがひかりの緊張を解きほぐし、自然とほぅ・・・と溜息を吐いていた。男性に見られているのに気付くと、恥ずかしげに顔を伏せてしまったが・・・。

 男性はひかりの様子を見て微笑むと、軽い口調で話しかけた。

 

「502の扶桑海軍の魔女(ウィッチ)は下原少尉だけだったと思うけど、新しく配属されたのかな?」

 

「は、はい!ついこの間、ここに配属されました!」

 

「ハハッ。そんな緊張しなくていいよ。ここは軍じゃない。しがない飲み屋だからね」

 

 ココアは特別だよ?と冗談めかして言う男性に、ひかりも段々と緊張が解れるのを感じた。そうすると、段々と気になることが出てくる。

 

「あの、ペテルブルグに住んでた人達って疎開したんじゃないんですか?それに、お兄さんは扶桑人・・・」

 

「やっぱり気になるよね」

 

 腕を組みうんうんとひかりの質問に同意する男性。同じような質問を何度も受けていたのか、すぐに答えを教えてくれた。

 

「最前線になって確かに皆疎開したよ。けど強制じゃあなかったからね。502が近くにいるなら逆に安全だと思って残ったんだ」

 

「なるほど・・・」

 

「それに・・・」

 

 男性はいきなり声を潜めて真剣な表情になると、ひかりも思わず体勢を低くして聞き漏らさないように顔を近づけた。そして男性は重々しく言葉を続けた。

 

「兵隊相手の飲み屋は儲かるからね」

 

「え、えぇ~」

 

 重々しい割には生々しい台詞に、ひかりはなんとも言えない表情になってしまう。男性はそんな彼女の表情を見て軽く笑った。

 

「僕は元軍人でね。退役した後、軍人の時の知り合いの伝手でペテルブルグに移り住んでいたんだ。タイミング的には502が設立するすぐ前だね。これが答えだよ」

 

「軍人だったんですか!?」

 

「そうだよ。扶桑海軍軍人さ。階級は・・・内緒かな」

 

 突然のカミングアウトに唖然としてしまうひかりのコーヒーカップに、男性はどこからか取り出したポットで追加のココアを注いだ。。

 

「じゃあ、僕からも質問していいかな?」

 

「な、なんですか?」

 

「何か不安なことや、悩みがあるのかな?」

 

「え!?」

 

 顔になんで!?と書いてあるような驚きの表情を浮かべるひかり。男性はやっぱりね・・・と呟き、頭をかく。

 

「どうして分かるんですか!?」

 

「こんな時間に1人で、しかも店に入った時から浮かない表情だったからね。この商売は人付き合いだから自然と分かってくるんだよ」

 

 そういうと男性は自分のコーヒーカップを脇にずらし、しっかりとひかりと向き合った。優しげな表情に真剣な色を含ませて、落ち着いた口調で問いかけた。

 

「ここは飲み屋だ。お酒に任せて憂さを晴らす場所だよ。君はお酒を飲んだ訳ではないけど、それでもよかったら君の中にあるものを吐き出してみないかい?」

 

「・・・」

 

 男性の静かな言葉を貰いひかりは再び俯く。そして、ポツポツとではあるが小さい声で己が心のうちを話してくれた。

 

上達しない技量。

気持ちだけ先行し空回りしてしまう行動。

見せつけられる周囲と自分との実力差。

一瞬で命を奪われる死への恐怖・・・。

 

 同じ事を何度も口にした。

 小さかった声も感情がこもり、時には怒鳴るようにもなった。

 いつもは絶対に言うことのないひどい弱音さえも口にした。

 それこそ酒に酔ったように。

 

 いつしかひかりは、心の中にある膿を全て吐き出していた。

 

「すっきりしただろう?」

 

 ひかりが感情を曝け出したのを、男性は最初と変わらない優しげな表情で受け止めていた。自分がどんなことを口走ってしまったのか気付いたのか顔を赤くしたり青くしたりと

慌てるひかりに、男性は言った。

 

「ここで話したことは酔いと一緒で消えてしまうよ。気にせず、また明日から頑張ればいいさ。大丈夫。君なら出来るよ」

 

 君は空を飛んでいる。それだけでも十分に凄いことなんだから。

 

 励ましの中にあったこの言葉は、ストンッと落ちるようにして、ひかりの心に残った。

 けれど。

理由は分からないが、ほんの少しだけ悲しくも思えたのだった。

 

 

 

 

 

「さて。どうやら迎えが来たようだ」

 

「え?」

 

幾ばくかの時間が経ち、ココア片手に世間話をしていると男性は唐突にそう言った。

ひかりがキョトンと不思議がっていると、いきなり先程自分が鳴らしたドアの呼び鈴が鳴った。男性の視線がひかりを追い越し、そこに現れた人物のそれと重なる。

 

「うちの新入りが世話になった」

 

「楽しい時間でしたよ」

 

「え!?その声って・・・!?」

 

 まさかここで聞くとは思わなかった声にひかりは思わず振り返り、次いで目を丸くした。

 

「雁淵。外出するのは構わんが、迷子は勘弁願いたいな。生憎、ペテルブルグの警察機関は機能していないのでな」

 

「ラ、ラル隊長!?」

 

 ドアに背中を預け腕を組んだラルは、余り動かない表情のままフンッと鼻を鳴らした。ひかりの反応は予想通りだったようで、すぐに視線を男性の方に向ける。ひかりも釣られるように向き直ると、男性は肩をすくめた。

 

「1人じゃ帰れそうになかったから連絡しておいたんだ。まさかラル少佐が来るとは思わなかったけどね。ロスマンさんが来て欲しかったかな」

 

「随分な言い草だな。仕事を放り出してまで着てやったというのに」

 

これ(・・)、が目当てでしょう?約束どおり準備してますよ」

 

 そう言って男性がカウンターに出した酒瓶をラルは掻っ攫うように掴んだ。ジロリと男性に視線を投げ、言う。

 

「これ()目的だ。第一は雁淵だ。勘違いするな」

 

「さすが502の隊長だ」

 

 参ったと男性が両手をあげるのを見届け、ラルはやっと状況を飲み込めていないひかりに視線を向けた。

 

「帰るぞ。早くしないと仕事を押し付けたサーシャにどやされる」

 

「は、はい!」

 

 先に1人で出て行ったラルの後を、ひかりは慌てて席を立ち追いかけた。だが店のドアを潜る直前に、思い出したかのように振り返り大きな声で言った。

 

「きょ、今日はありがとうございました!私、雁淵ひかりって言います!あの、お兄さんは・・・!?」

 

 男性はいきなりの感謝と自己紹介にびっくりしたようだが、先程と変わらない表情で答えた。

 

永田涼二(ながた りょうじ)だ。俺はこの店『とまり木』にいるから、いつでもおいで」

 

「はい!!」

 

 ひかりは晴れ晴れとした笑顔で『とまり木』から飛び立っていく。

 

 

 

 

 『とまり木』

 誰もいないペテルブルグにひっそりと建つこの店は、飛び続ける(戦い続ける)者達が少しでも休めることを願って、今日も営業を続けている。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

悪運転じて・・・

 

 

 

 比較的過ごしやすかった気候に少しずつ冷気が混じり始めたペテルブルグ。

 通りには身を震わせる風が吹き荒ぶが、無人になってしまったこの街には関係の無い話。

 

 けれども、空を飛ぶ鳥達の『とまり木』には暖かな灯が燈り続けている。

 果たして、今日はどんな鳥が羽を休ませにやってくるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 ガチャンッという固い物が壊れる音が『止まり木』の店内に響き渡った。

 

「ああ・・・。やってしまった・・・」

 

 床に散らばる真っ白な陶磁器の欠片を眺め、食器洗いをしていた店主の永田涼二はポツリと呟いた。

 時間帯は昼前。

朝にシフト明けのカールスラント兵やオラーシャ兵たちへ酒と肴を振舞って一段落した後のことである。食器やグラスを洗い食器棚に片付けていた最中、持っていたコーヒーカップの柄がポキリと折れてしまったのだ。

 なんという不運。

 ・・・こういう日には彼女が来る。

 

「まずは片付けるか」

 

 箒とちり取りを取りに奥に戻りながら、永田は午後の予定を決めた。

 とりあえず、午後は店を閉めるとこにしよう。

 

 

 

 

 

 

 日が大分偏り、あたりが暗くなった時刻。

 ペテルブルグにたった1つの窓の灯りを燈し、永田はカウンターでグラスを磨いていた。今日の店内にはラジオではなくレコードの音楽を流している。来るであろう客に合わ

せた選曲だった。

 三つ目のカップを拭き終わった時、ドアの呼び鈴が軽快に鳴り響いた。

 

「ナガタさん、こんばんは~!!!」

 

 元気のよい挨拶と共にドアを潜ってきたのはスオムス空軍の水色セーターの制服を着る

魔女(ウィッチ)

 ニッカ・エドワーディン・カタヤイネン曹長。

愛称「ニパ」

通称「ついてないカタヤイネン」

類を見ないバッドラックガール。

 

 そんな彼女を永田はいつものように気さくに笑い出迎えた。

 

「いらっしゃい。来ると思ってたよ」

 

「本当?嬉しいなぁ」

 

 ニコニコと笑うニパは慣れた動きでカウンターに座る。そしてすぐに店内の音楽に気付いた。

 

「この音楽ってカンテレ?」

 

「そうだよ。君が来ると思ったから、スオムスの音楽にしてみたんだ」

 

「懐かしいなぁ。カンテレ聞いたの何時振りだろ」

 

 一時期ホームシックに係り落ち込んだこともあるニパ。こうやって故郷の感触に触れることは多少なりとも日々の戦闘で蓄積されるストレスを解消してくれるものだ。

 ニパがカンテレの音色を楽しんでいる間に、永田は彼女への飲み物を用意することにした。酒瓶とは別の赤い液体で満たされた小さな瓶を取り出すと、それに気付いたニパの表情が明るくなった。

 

「ナガタさんが作ったベリージュース。これが飲みたかったんだ」

 

「それは嬉しい言葉だ。まぁ、駆けつけ一杯」

 

「ありがとう」

 

 ニパは目の前に置かれたベリージュースが入ったグラスを嬉しそうに手に取った。このジュースの元になったベリーは以前にスオムスの友人から軍を通じて送ってもらったものだった。砂糖に漬け込んだりした作業は素人の永田がしたが、素材が良いため恥ずかしくない味になっていた。

 

 ベリーの味を楽しんだ後、ニパは頬杖を付いて呟いた。

 

「なんで私って運がないのかな・・・」

 

「どうしたんだ?藪から棒に」

 

 ニパの運の無さは502だけでなくスオムス空軍内でも有名だと聞いていた。今更だとも言えるが、今回は少し毛色が違うようだ。永田は少しだけニパの表情に注視することにした。

 

「この前、新入りが来たんだ。雁淵ひかり」

 

「ああ。あの子か」

 

「そういえば、ひかりはもうここに来てたんだっけ?」

 

「迷い込んだようでね。帰りはラル少佐に迎えに来てもらった」

 

「その後、先生に怒られたけどね。でも、次の日から元気だったよ」

 

 ニパはその時の光景を思い出したのか、アハハと笑いながらグラスを傾ける。永田もグラスを傾けかけ・・・そのままテーブルに戻した。

 

「雁淵さん絡みで何かあったかい?」

 

「・・・ナガタさんって良く気付くね」

 

 ニパは恥ずかしいのか少しはにかんだ。だが、もともとそのつもりだったのだろう。半ば中身が残ったままのグラスをカウンターに戻し、ニパは徐に自身の心中を吐露した。

 

 ニパの運の悪さは、もはや彼女の代名詞とも言えるほど有名なものだ。

 空を飛べば、故障で、落雷で打たれて、はたまたストライカーユニットにイナゴが詰まって墜落してしまう。戦闘になれば、銃は弾詰りを起こし、味方が防いだビームが跳ね返りまた墜落。まさしく「ツイてないカタヤイネン」。

 だが、ニパはそんな不運に負けない程の戦歴を持つスオムスきってのエースでもある。そこの至るまでは数々の苦難があった。不運から自分を傷つけ、挙句の果てに仲間まで・・・。

 今、502にいる自分があの頃の自分と同じだとは決して思わない。

 しかし・・・。

 ひかりという新人が入ってきて、ふと思ってしまったのだ

 自分の不運がひかりを傷つけてしまうのではないのか・・・と。

 いままではいくら戦闘中に不運に見舞われても、周りにいるのは皆エース級でありすぐにフォローしてくれた。

 だが、ひかりは?

 先達として自分がフォローしなければならないのに、不運で足を引っ張ってしまうのか。それどころか、彼女の命を脅かしてしまうのではないか。

 

 

 

 

 

「ひかりはイイ奴だよ。だからこそ私の不運にひかりを巻き込みたくない」

 

 カウンターの上で腕を組み顔を伏せるニパ。グラスのベリージュースは空になっており、話している間に全て飲み干してしまったようだ。永田も自分のものを飲み干してしまっていたので、それぞれのグラスにベリージュースを注いだ。

 

「まぁ、君の不運は冗談みたい発生するからね」

 

「そうだよ。さっきここに来るときだって・・・」

 

「本当に君はネタに尽きないね」

 

「ナガタさん、ひどいよぉ。私が痛い思いしているのに、それをネタなんて・・・」

 

 ニパは顔だけを上げて唇を尖らせているが、永田はそれを横目に午後店を閉めた成果を披露することにした。

 ブーブー文句を垂れるニパの額に軽くデコピンし、立ち上がった永田。何するんだよー!という抗議の声を背中に受け、奥に引っ込む。

 数分後、再びカウンターに戻ってきた永田はニパの前に1つの皿を置いた。途端に不満げだったニパの表情が喜色満面に切り替わった。

 

「シチューだ!しかもこれって・・・」

 

「午後にシュバロフスキー公園で採ってきた茸のシチューだよ。シチューぐらいなら俺でも旨い物を作れるさ」

 

「やった!もしかして私が前に教えたとこに行った?」

 

「そうだよ。行った甲斐があった」

 

「へへへ。良かった~」

 

 ニパはニコニコとスプーンを手に取り、美味しい美味しいと言いながら舌鼓を打つ。その様子を見守り、彼女のスプーンを動かす手が一段落ついたところで永田はポツリと言った。

 

「君は今の自分は昔の自分と変わったと思えるかい?」

 

「え?うん。そう思うけど・・・」

 

「なら大丈夫だよ」

 

「え?」

 

 よく分からないと首を傾げるニパは、永田は笑いながら言った。

 

「昔とは違うと思うことができるのはそう簡単じゃない。でも君は、不運だけどそれに対する受け取り方は変わったんじゃないかな?話を聞いていると、君の不運は最悪の状況ではどうやら悪運に変わるみたいだしね」

 

 何度墜落しても生きて帰ってくるニパが「とてもツイてるカタヤイネン」と言われているのは実は割りと有名な話だ。本人の耳には届いていないのが悲しいことだが・・・。

 

「雁淵さんはイイ奴なんだろう?君がそんなことで不安になっていたら、逆に心配させてしまうよ」

 

「・・・そっか。そうだね」

 

 永田の話をじっと聞いていたニパはニッと笑みを浮かべた。そこには先程までの悩みで暗くなっていた表情は綺麗になくなっていた。

 

「ナガタさん、ありがと!そうだね。不運なんてドンとこいって勢いじゃないとね!」

 

「それは違う気がするけど・・・。ま、いいか」

 

 すっかり元気を取り戻したニパは、その後存分にベリージュースとシチュー、更には付け合せのパンまで要求して楽しみ、永田とのくだらない世間話で盛り上がった。そうしていれば、時間があっという間に過ぎるのも道理で・・・。

 

「そろそろ帰ったほうがいいんじゃないか?」

 

「あ、もうこんな時間だ」

 

 いつの間にか壁にかかっている時計は随分と遅い時刻を指している。ニパはグラスに残っていたベリージュースを飲み干すと紙幣を2枚カウンターに置いてドアに向かった。流石に何度もここに足を運んでいる彼女は帰り道が分からないとはならないだろう。

 

「ごちそうさま!今日も楽しかったよ!」

 

「こちらこそ。気をつけて帰りなよ」

 

「大丈夫、大丈夫!来る時にあったんだから、帰りは・・・アイタッ」

 

 そうやってニパがドアを元気よく開けた途端・・・落ちてきた氷の塊が彼女の脳天に直撃した。どうやら、勢いよくドアを開けた衝撃で、建物の屋根に張り付いていた氷の一部が崩れてしまったらしい。

 

「・・・ほんと、ネタに困らないカタヤイネンだな」

 

「イタタ・・・。もう!なんでこんなのばっかなのさ!」

 

「頑張れ。バッドラックガール」

 

 ウガーと涙目で吼えるニパを、永田は微笑みながら応援するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『とまり木』

 誰もいないペテルブルグにひっそりと建つこの店で、羽を休めた鳥がまた再び舞い上がってく。次はどんな鳥が羽を安めにくるのか・・・。それを楽しみにしつつ、永田は今日も営業を続けるのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

純文学系ファイター

 

 

 もうすぐ本格的な冬が始まろうとしているこの時期には珍しく、暖かい日差しが満たす穏やかな日だった。

 こんな日は、陽気な空気に誘われて意外な客が「とまり木」にやってくるものだ。

 

 果たして今日はどんな客がやってくるのか・・・。

 

 そんな思いを胸に店長、永田涼二はドアに掛けてある札を開店の文字に換えた。

 

 

 

 

 

 永田は今日流す店内の音楽をクラシックにしていた。

 酒を飲み、思う存分話し、笑う場所としては少々毛色が違う選曲ではあるが、今日の客にはクラシックを流してたほうが過ごしやすいだろう。

 窓から入ってくる柔らかな日差しに照らされる窓際のテーブル。

そこには、ゆったりと本を読む一人の魔女(ウィッチ)の姿があった。

 小柄な体と癖のある黒髪、釣り気味の力強い目元。

茶色のフライトジャケットに3色のマフラー。

頬に貼られた絆創膏が特徴的だった。

 

管野直枝中尉。

通称「デストロイヤー」

 

 以前迷い込んできた雁淵ひかりと同じく、502に所属する扶桑皇国海軍航空魔女(ウィッチ)の1人だ。

 インファイト戦術を好む彼女は敢闘精神旺盛で、銃が駄目なら刀、刀が駄目なら拳まで用いネウロイと戦いで確固たる戦果をあげてきた。

 

 そんな戦歴と、強気な性格とは裏腹に彼女には読書家という一面があった。

非番の日、特にこういう麗らかな昼には管野は本を携えてやってくる。

 管野の憩いの時間だった。

 

 

 

 

 

「はい。お茶だよ」

 

「おう」

 

 コトリと置かれた湯飲みを管野は一瞥し、すぐに視線を本に戻した。

 そんな態度はすでに慣れたもので永田は特に気にすることなくカウンターに戻り、自身の仕事に専念する。ちなみに彼女が店にいる間は他の客がくることはない。以前、酔っ払ったオラーシャ兵が管野に絡んでしまい、その兵士をボコボコにして店から叩き出してしまったのだ。

 それ以降、管野がいる時は誰も来なくなった。

 

 ・・・地味に営業妨害ではあるのだが、そもそもそこまで儲けに拘ってないので永田は気にしない方向でいた。

 

 

 

 店内に流れるクラシックと管野がページをめくる音だけが聞こえる店内。

 永田は大体の仕事を終えてしまったので、カウンターに肘を突いてボゥと読書中の管野を眺めていた。

 日頃ネウロイを睨んでいる目は、今は非常にリラックスして文字を追っている。時々、表情が変わるのは本の内容に感情移入しているからだろうか。窓から差す日差しと相まって、その姿は一枚の絵画と見間違えかねないほど様になっていた。

 

「いつもネウロイを殴り倒しているとは思えないな・・・」

 

「あ?何見てるんだよ」

 

 やわらかな陽気にあてられていつの間にかウトウトしてしまっていたのだろうか。気が付けば、本を閉じた管野が湯のみに口をつけながら永田を睨んでいた。睨んでくるのは今の呟きが聞こえていたからか、それとも読書している姿をずっと見られていたからか。

 

「いやね。何を読んでるのかな~ってね」

 

「んなこと別にいいだろうが」

 

「それはそうだ」

 

 けんもほろろな管野の態度に、永田はそうそうに撤退を決め込む。降参とばかりに両手を挙げると、管野はフンッと鼻を鳴らして再び読書に戻った。永田も再び絵画の鑑賞に戻ってもいいのだが、また機嫌を損なわれでもしたら面白くない。

 とりあえず、冷めてしまっただろう彼女のお茶を代えることにした。

 一度、裏に戻り淹れ直したお茶と簡単なお茶請け・・・扶桑海軍経由で手に入れた羊羹と沢庵である・・・を準備した。

 それらをお盆に載せて管野のテーブルに行けば、相も変わらず読書に没頭する彼女の姿があった。

 

「お茶とお菓子だよ」

 

「おう」

 

 声をかけて帰ってくるのはそっけない返事。

 よほど集中しているのか、悪戯心が生まれて後ろに回りこんだ永田が本を覗き込んでも全く気付かなかった。管野が読み進めていくページを永田も同じペースで読んでいく。

 永田は管野が何時気付くのかと少しワクワクしていたのだが、余りにも管野が気付かず読み続けているので、いつの間にか永田も本の内容に没頭してしまっていた。

 流れるクラシック。

 紙が擦れる音。

 テーブルで本をめくる管野。

 魔女(ウィッチ)の頭越しに本を覗く永田。

 

 控えめに言って相当おかしな空間が形成されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・ふぅ」

 

 管野は今しがた読み終えた本をパタンと閉じて湯のみに手を伸ばした。

 久しぶりではあるが何度も読んだ本ではある。あまりにこの本が自分のイメージとかけ離れているので基地では読めなかったのだが・・・やはり何度読んでも感動と深い余韻が残るものだ。没頭するあまり喉が渇いているのも忘れてしまっていたほどだった。

 喉の渇きを潤すべく湯のみを口元に持って行き・・・そこでふと気付いた。

湯のみに入っているお茶。その水面に写る自分の顔とその上に写る永田の顔に。

 

 菅野がギギギギ・・・と壊れたブリキの人形のように上を見上げると、感心した様子の永田とばっちり目が合った。

 

「へぇ。案外面白いね。『小公女』」

 

 

 

 

 

 

 後日、永田は「あの時の絶叫はイイ感じに脳を震わしてくれた」としみじみと語るのだが・・・それはまた別の話である。

 なお、本を見られた管野が開き直って「とまり木」では堂々と「小公女」や自身のイメージとかけ離れた本を読み始めたのも、また別の話である。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

苦労性修理屋ポクルさん

 

 しんしんと降る雪がペテルブルグの街並みを雪景色に変えてしまう今日この頃。

 しっかりと暖炉の火を保っていなければ寝ている間に凍死しかねない気候でも「とまり木」は毎日休まず営業していた。

 強いお酒で体を温めたくなるような日には一体どんな鳥がやってくるのか・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり寒い日にはおでんだね」

 

 という永田の考えで今日の「とまり木」のメニューにはおでんが追加されていた。といっても大根やこんにゃくといった定番の具材はむしろ少なく、きのこやザリガニ、トナカイの肉などこの地方にある食材を投入している。

 もはやおでんとも言えないような気もしないではないが、おでんの出汁が染みた具材はカールスラント兵士、オラーシャ兵士共々案外好評だった。しかもおでんとウォッカという組み合わせがオラーシャ兵士には受け、大量に飲み食いすることに。カウンターには大量のウォッカの瓶とグラスが置いてあった。

 

 

 それがあんな事態を引き起こすとは思わずに・・・。

 

 

 

 

 

 

 カランカランという呼び鈴の音を聞き、永田はおでんの鍋をかき混ぜる手を止めた。お玉を置き、手を拭きながらカウンターに出ると・・・。

 

「こんばんは。ナガタさん」

 

 頭と肩に少しだけ雪を載せ、コートを着たオラーシャ空軍の魔女(ウィッチ)が扉を閉めたところだった。

 長い金髪に黒いカチューシャの彼女の名は、アレクサンドラ・イワーノヴナ・ポクルイーシキン。

 通称「サーシャ」、階級は大尉。

 502の戦闘隊長でもある。

 密かに「ポクルさん」という勝手な渾名を付けていたりもしていた。

 はにかむように笑うサーシャに永田もにこやかに応えた。

 

「やぁ、外は寒かっただろう?」

 

「少し冷えましたけど大丈夫ですよ」

 

「さすがオラーシャ人だ」

 

 サーシャはコートを脱いで扉の脇にかけると、雪を落としてカウンターに座った。永田は1度裏に戻り、おでんの鍋の火を止めることに。

 

「今日はうちの基地の方々がご迷惑をかけませんでしたか?」

 

「おかげで様で。賑わいがあるのは大歓迎ですよ」

 

「何か暴力行為や破壊行為、支払いの不履行があったらすぐに言ってくださいね?」

 

「502のお偉いさんの教育の賜物で、そんなことは起きてませんよ」

 

(なお、管野の件は除く・・・っと)

 

 顔を付き合わせて話さなくてよかったと少しだけバツを悪くしつつ、永田はカウンターにおでんの鍋を運んだ。

 大して手の込んだものではないのだが、出汁の香りがお眼鏡に敵ったらしい。サーシャ少しだけワクワクした様子で鍋に視線を注いだ。

 

「これは?」

 

「今日オラーシャ兵士達に大人気だった、おでんという料理だよ」

 

「それならオラーシャ人の私が食べない訳にはいきませんね」

 

「当たり前じゃあないか」

 

 先ほどまでおでんをかき混ぜていたお玉を使い、お椀に具材をよそおっていく。その様子を見ながら、サーシャはポツリと呟いた。永田が見るにどこか草臥れているようだった。

 

「こういったとりとめのない会話がすごくありがたいです」

 

「確かにね。基地の中にいるとどこか気が張っちゃうしね」

 

「そう・・・なんですか?」

 

「俺が現役の時はそう感じたけどね」

 

「だったら、私もそうなのかしら?」

 

 悩み始めたサーシャの目の前に、温かな湯気があがるお椀を置かれる。突然目の前に現れたおでんにサーシャは少しだけ目を見開いた。

 お椀を置いた永田は楽しげに言う。

 

「ここで美味しいものを食べて、お酒を飲んで、愚痴を全部吐き出す。ここは飲み屋なんだからね」

 

「そうですね。でも、私はあまりお酒は・・・」

 

「だったら、このおでんを食べる!」

 

「わ、分かりました!」

 

 サーシャは慌てたようにお椀と一緒に出された木製のスプーンを手に取る。その目の前で永田も自分用にちゃっかり準備していたお椀に箸を付けた。作りたての時よりも味が染みて、十分美味しくなっている。

 

「美味しい・・・」

 

 この美味しさはサーシャにも伝わったらしく、口元に手を当て感嘆の声を漏らしていた。

 だが、そこまで感嘆されると嬉しいよりも逆に恥ずかしくなるという面倒くさい感情になりつい口を挟んでしまう。

 

「下原少尉の料理には敵わないけどね」

 

「そんなことはぜんぜん・・・ッング!?」

 

 永田が話しかけてしまったのが災いし、サーシャは不用意にある具材にかじってしまった。

 熱々の餅巾着を。

 巾着に染み込んだ熱々の出汁と、トロトロに蕩けた餅がサーシャの口に襲いかかった。

 ちなみにこの餅巾着は永田が用意した具材の中でとっておきだったりする。

 

「あちゅい!?」

 

「あぁ、しまった。今、水を・・・って」

 

 永田が止める間も無く、サーシャはカウンターで目についたグラスを掴み、水のような液体を一気に飲み干した。

 ここで重要なのは、永田はサーシャに飲み物を渡し忘れていたこと。

 そして、カウンターにはオラーシャ兵に出していた大量のウォッカの瓶とグラスが置いてあったこと。

 そう。

 サーシャが飲み干したものは水が入ったグラスではなく・・・。

 誰も手をつけて無かった飲み忘れのウォッカだったのだ。

 

「・・・」

 

「ああ・・・。大尉?」

 

 遅ればせながら水が注がれたグラスをそっと置き、俯いてしまったサーシャを伺う。何か嫌な予感がしたので

、おでんの鍋はカウンターからそっと避難させた。

 その直後にそれは起きた。

 ドカンッと、サーシャがいきなり両手をカウンターに叩きつけ・・・。

 

「もうどうしてこんなことばかりなんですか!!!」

 

 眠れるクマが目を覚ましてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「分かりますか?いつもいつもいつも私には面倒事ばかり!仕事を押し付けてくるし、欲望のままに食べまくるし、ユニットを壊すし、ユニットを壊すし、ユニットを壊すし!!!」

 

「そ、そうだね。大変だね」

 

「大変ですよ!私は戦闘隊長だけど!戦闘の!隊長であって部隊運営はラル隊長の仕事ですし、一時期は隊の食費が危うく成る程ジョゼさんは沢山食事するし!一日何食食べるんですか!?いくら固有魔法がとは言っても限度があるでしょう!?」

 

「下原少尉の料理は美味しいらしいしね」

 

「なんであんな美味しい料理作るんですか!!いつも食べ過ぎちゃうじゃないですか!!」

 

「いや、それは・・・」

 

「何よりも!何よりも!ニパさんに、管野さんに、クルピンスキーさんはユニット壊しすぎですよ!!!1戦闘1ユニットの勢いで壊すなんて正気の沙汰じゃないですよ!!!予算がいくらあっても足りない!!!ユニットが畑から採れるなんて思ってるんじゃないでしょうね!?」

 

「まさか、そんなことは・・・」

 

「ユニット1機に幾らかかると思ってるんですか!?予算に頑張って都合をつけて、それでも壊すから固有魔法まで使って修理して、一息つけると思ったらロスマン曹長から嫌みを言われるし!!!私だって修理に固有魔法なんて使いたくないですよ!!!もっと格好よく戦闘に活かしたいですよ!!!でも、修理で使わないと隊が回らないから駄目じゃないですか!!!」

 

「そうだね。そうだね。大変だね」

 

「大変なんですよ!!!いいですか、私だって・・・」

 

 と、このような具合で始まったサーシャの盛大な愚痴合戦。間違えて飲んだウォッカが恐ろしい程に効いてしまい、日頃の鬱憤を噴出させてしまった。

 永田としては、これは「とまり木」の面目躍如という所なので甘んじて受け止めていた。

 愚痴の合間に彼女が口を浸けるグラスには水しか入れてないのだが、一向に酔いは覚めそうにない。しかも、聞いているうちに本当にサーシャが不憫になってきていた。

 

「こんなこと話せるのはナガタさんだけなんですよ!?あなただって飛んでたんだし分かるでしょう!?聞いてますか!?」

 

「聞いてる。聞いてるよ」

 

「いいですか!?最近はひかりさんまでブレイクウィッチーズの仲間に入りかけてるんですよ!?この店に来た後から!!ナガタさん、何かひかりさんに言ったんじゃないですか!?」

 

「いやいや。俺は励ましただけで特になにも・・・」

 

「当たって砕けろとか言ったんじゃないんですか!?砕けちゃダメなんですよ、ユニットを砕かしちゃ!?嫌み言われながら修理する私の身にもなって下さい!?」

 

「まぁまぁ。少し落ち着こう、ポクルさん」

 

「誰ですか、ポクルさんって!?お腹減りましたおでん下さい!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 サーシャが不平不満をぶちまけ、自棄食いの如く永田の夕食の分まで食べつくし、電池が切れたかようにカウンターに沈むまでの3時間。

 

 

 永田は辛抱強くサーシャの愚痴を聞き続けた。夕食のおでんまで食べられてしまったのは少し痛かったが、それは日頃の感謝ということでグッと堪えることにした。

 流石にカウンターに突っ伏したままは可哀想なので

、自分の私室から持ってきた肩に毛布をかけておく。

 

「まぁ、どこの隊も変わらないな。魔女(ウィッチ)隊も飛行隊も」

 

 俺の隊長も飲み会の度に愚痴ってたっけ・・・と永田は過去の記憶に思いはせ、酒棚に飾ってある写真を眺めた。

 そして、サーシャの頭を優しく撫でて迎えを呼ぶべく裏の電話へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 羽を休める鳥達を見て、時折過去の香りを懐かしむ。

 そんな日もあるさと、それも一つの楽しみにして永田は今日も『とまり木』の扉を開く。

 果たして次に休みにくるのはどんな鳥なのか・・・。

 





サーシャっていう愛称も好きだけど、ポクルさんっていう語感も好き


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

嫉妬とワインと速達便


エイラーニャもニパイラもクルロスも大将夫婦も皆いいものだと思います


 

 

 

 

 つい先日まで、オラーシャでも異常なほどに冷え込んだペテルブルグ。

いままでの冬を乗り越えた暖炉でも不安になるほどの寒さを何とか乗り越えた「とまり木」は、今日も休みにくる鳥達を待っていた。

 

 

 

 

 

誰にでも好き嫌いはあるだろう。

人間関係でも同様に好きな人がいれば、苦手な人、嫌いな人がいるものだ。

聖人君子でない限りそれは必然。

永田にも当然、苦手な人、嫌いな人はいる。

 

そう例えば・・・。

 

「やあ!店長!今日は僕1人だけみたいだね~!」

 

 いけ好かない、軽薄な笑顔を貼り付けた航空魔女(ウィッチ)。もっと個人的感情を含めるならば・・・。

 

「帰れ」

 

 憎っくき恋敵である。

 

 

 

 

 

 

 

 ある人からの連絡があり、ウキウキ気分でグラスを磨いていた矢先のことである。

 

「まぁまぁ。そんなことを言わずにさ~」

 

「おい、俺は帰れって言ったんだ」

 

「まぁまぁまぁまぁ」

 

「何座って・・・って、お前もう飲んできたな」

 

 ニコニコ、いやニタニタと笑ってカウンターに座った航空魔女(ウィッチ)

 ヴァルトルート・クルピンスキー。カールスラント帝国空軍中尉。

 通称「伯爵」

 ニパ、管野に続くブレイクウィッチーズが1人である。

 

「お前を相手にする暇はない」

 

「そんなこと言ってさ~。愛想も女の子にもてる要素の1つだよ?」

 

「少なくともお前への愛想は無い」

 

「でも、ちゃんと相手はしてくれるんだから~」

 

「お前、塩投げつけるぞ」

 

 何が面白いのか1人ゲラゲラと笑うクルピンスキーに白い目を向け、永田は磨いていたグラスを置いた。

 彼自身、彼女を邪険にするには間違っているとは思う。彼女も客。彼女も魔女(ウィッチ)。ならば「とまり木」の店主としてもてなすのが道理である。そして何より、彼女だけを邪険にするのは思いを寄せるあの人に格好がつかない。

 永田は理性を総動員して、引きつった笑顔を作って言った。

 

「で、何か飲むのかい?」

 

「何、その顔。気持ち悪いよ?」

 

「お前本当にいい加減にしろよ」

 

 折角の心意気を簡単に圧し折ってくるクルピンスキーに、永田の先程の気持ちは木っ端微塵に吹き飛んだ。折角注いだグラスの水を彼女の顔面にぶちまけそうになるのを、なんとかカウンターに叩きつけるのに止めた。

 

「ありがと~!いや~、美味しい水だね~!あ、ぶどうジュース頂戴!」

 

「お前は・・・いや、もういい」

 

 もはや苛立つことに疲れ、永田はカウンター裏からワインを取ってきた。下手なワインだとギャーギャー騒がしいことになるので、しっかりと上物を選んでいく。

 酒棚に飾ってあるワイングラスを取り、カウンターに置いてワインを注ぐ。永田は憤然とした表情のまま、しかし丁寧にクルピンスキーの目の前にグラスを置いた。

 

「やっぱりこの店はいいワインを揃えているね」

 

「いいから黙って飲め」

 

 頬杖を突き、店内の明かりにグラスを掲げてワインの煌きを眺める様など、どこからどう見ても美形のイケメンでしかない。男の自分がここまで格好がつくとは思えず、悔しさを滲ませて永田は自分用のグラスにワインを注ぐ。

 

「あれ~?店主自ら飲むのかい?」

 

「お前をもてなすつもりなぞ端からないね」

 

「本当は一緒に飲みたかったんでしょ?。素直じゃないんだから~」

 

「言っておくと手元に塩があるからな?いつでも投げつけられるんだぞ」

 

「でもごめん。君の思いは受け入れられない。なぜなら僕には沢山の子猫ちゃんたちが・・・」

 

「人の話聞けよ」

 

 芝居がかるクルピンスキーを放っておいて、グラスを傾ける永田。扶桑にいた頃に比べて随分とワインに親しむようになったが、最近になってようやく美味しさを理解することが出来始めた。そのお陰かワインに合うつまみを作ることができるようになった。

 目の前の女たらしさえ来なければいい事尽くめだったのだが。

 

「ねぇねぇ。何かつまみ作ってよ」

 

「うるせぇ。女たらし」

 

「急に褒めないでよ~。照れるな~」

 

「シュールストレミング食わすぞ」

 

 とは言うものの、実は試してみたいチーズがあるのも事実。知人に頼んでやっと届いたものをいきなり出すのは気が引けたので、永田はこのすけこましを実験台にすることに決めた。腹立たしいことだが、こいつの意見は参考になる。

 

 永田はもう1度カウンター裏に引っ込み、床下の貯蔵庫からとっておきにしていた幾つかのチーズを取り出した。

 青カビ系、白カビ系、ハード系のチーズを切り取り、それぞれに合うようにクラッカーやドライフルーツ、そしてこれまたとっておきのキャビアを皿に載せていく。味を確かめるだけなので本気で盛り付けはしないが、見苦しくない程度に配置してカウンターに持って行った。

 永田がいない間にどれだけ飲んだのか、すでに瓶の中が半分以上減っているのに白い目を向けつつも、クルピンスキーの前に皿を置いた。

 

「ほら」

 

「いや~さすが店長。チーズをいいものを・・・」

 

「何だよ」

 

 チーズの盛り合わせを目の前にして一瞬盛り上がるクルピンスキーだったが、何を思ったのか急に黙ってしまった。いつもなら喜色満面でかっ喰らっているはずだが、チーズを見て何やら考え込んでいる。永田は別に毒なぞ仕込んでないぞと心の中で呟きつつ、無視してグラスを傾けていると・・・。

 

「これ、ロスマン先生用に準備したんじゃないかい?」

 

「ッ!?」

 

 いきなりの核心を突く言葉に、永田は危うくワインを噴出しそうになるのを寸でのところで押し止めた。平静を装ってグラスを置き、クルピンスキーに目を向ける。彼女は先程までの酔っ払いの表情ではなく、無駄に妖艶な笑みを浮かべていた。

 

「まぁ確かに?僕なら先生の好みも分かるし、妥当な判断だよね」

 

「・・・腹立たしいがな」

 

 苦々しい表情でクルピンスキーの言葉を肯定する永田。彼女の言うとおり、これらのチーズは502に所属する航空魔女(ウィッチ)、そして永田が恋焦がれる女性である、エディータ・ロスマン曹長に振舞うために準備したものだった。以前ロスマンが訪れた際に偶然手に入れたワインをいたく気に入った為、次の機会にはと準備していたのだ。

 

「で、も」

 

 もったいつけて口を開くクルピンスキー。

 何を隠そう、この目の前の女たらしは、ロスマンとの只ならぬ関係であるのは殆ど周知の事実であった。永田が現役だった当時にはロスマン本人からは違うという言葉は聞いたものの、状況からしてそんな訳無く、永田はクルピンスキーに対して言いようのない嫉妬を抱いていた。

 

「店長が先生をちゃんともてなすことができるのかな~?僕が教えてあげるとは限らないよぉ?」

 

「・・・ほお?」

 

 見せつけるようにキャビアを載せたチーズを摘み上げて口に運ぶ姿は、相反するはずの格好良さと妖艶さが相まって、酒が回り始めたからか不覚にもドキリとさせられてしまう。   

 しかし、永田もやられるままは性に合わないので反撃することにした。

 

「じゃあお前はロスマンさんに不味い物を食べさせるつもりなんだな?」

 

「む」

 

「しょうがないな。俺はロスマンさんに美味しく食べて欲しいと思っていただけなのに。それをあろうことかお前が邪魔してくるなんて・・・」

 

「おいおい。その言い方はないんじゃないかな」

 

 形のいい眉を寄せて渋面を作るクルピンスキーに対して永田も負けずに睨み返す。バチバチと火花が散りそうなほどの睨み合いは、お互いに視線を外したことですぐに終わった。   

 こうやって喧嘩しても意味が無いのはお互いに身を持って知っている。

 

「はぁ。もういいから、黙って飲め」

 

「飲むのはいいけど黙りたくはないな。そうだな・・・君の先生への恋の話を肴にしたいな?」

 

「お前な?その減らず口をどうにかしないといい加減、愛想尽かされるぞ」

 

「心配してくれるの?やっぱり、店長はいい人だな~」

 

「はぁ。大体お前は初めて会った時からいつも・・・」

 

 いつの間にか口が進み、グラスが進み、適当に出していたツマミも食いつくし、それでも更に追加のワインを投入して。

 相手に気を使わない会話に永田もクルピンスキーも言葉を紡いでいく。友情でも恋愛でも喧嘩でもない不可思議な関係は今夜もゆっくりと進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・クシュッ!!・・・ん?」

 

 

 刺すような冷気を体を震わせて永田は微睡みの中から目を覚ました。へばり着くような頭痛は間違いなく飲み過ぎによる二日酔いである。どうやら、深酒しすぎてカウンターに突っ伏して寝落ちしてしまったようだった。

 重い頭を上げると、目の前には同じように寝落ちしているクルピンスキーが。ワインボトル抱いて小さくイビキをかく姿はどこか幸せそうだった。

 だが、こんなちゃらんぽらんな姿を見せていても一度ストライカーユニットを履けば、航空魔女(ウィッチ)としてネウロイと果敢に戦う。そんな魔女(ウィッチ)達を永田は尊敬しているし、それはクルピンスキーにも同様だった。

 本人には絶対に言うつもりはないが。

 

「全く・・・。眠りこけやがって。無防備にも程があるだろう」

 

 カウンターに放置されていたクルピンスキーの略帽を取り上げ、未だに眠りこける彼女の頭に乗せる。

 それでも起きないクルピンスキーに苦笑を漏らした永田はふと壁の時計を見て、顔を青くした。

 

 午前5時30分。

 確か、記憶が正しければ彼女達の任務開始時間は6時からである。

 

「おい!クルピンスキー!お前、今日非番か!?」

 

「ん~?もう、なに~?頭痛いな~」

 

 乱暴に肩を揺すって起こしたせいか、クルピンスキーは不満げな声をあげる。しかし、永田は労りなどを気にしている余裕は無かった。

 

「お前、今日は非番なのかって聞いてんだよ!!」

 

「非番?毎日毎日出撃があるのに、そんなのあるはずないだろう?」

 

 まだ夢の中にでもいるつもりなのか、クルピンスキーはホワホワと答える。その答えに、永田は顔を更に青くした。急いで立ち上がり、クルピンスキーをカウンターから立たせる。

 

「ちょっと、乱暴にしないでよ~。やるならもっと優しく・・・」

 

「後30分でお前の首が飛ぶんだよ!!」

 

 最悪、脱走扱い。

 この店で飲ませたせいなんて言われたら溜まったもんじゃない。

 

 この店から502基地まではそんなに距離はないが、車は解凍していないから使えない。走っていけば十分間に合うはずだが、ふらふらしているクルピンスキーが走れるとは思えない。

 つまり・・・。

 

 

 

「ちょ・・・ちょっと、余り揺らさないで・・・。き、気持ち、悪・・・」

 

「走らないと間に合わないんだよ!というか、酒臭すぎるからしゃべんな!!」

 

「それはひど・・・ッゥプ。吐きそう・・・」

 

「背中に吐きでもしたら許さねぇからな!?」

 

 グロッキー状態のクルピンスキーを背負い、無人のペテルブルグの街を全力で走る永田。

 こんな見るも無惨な魔女(ウィッチ)の姿を一般市民が見ることがなくて、永田は初めてペテルブルグが無人なことに感謝した。

 何が悲しくて恋敵を背負って全力疾走してるのだか。

 

「・・・そんな君だから、先生も・・・」

 

「ゼェ・・・ゼェ・・・。ロスマンさんが・・・何だってぇ・・・!?」

 

「先生も・・・あ、吐きそう」

 

「耐えろ!全力で耐えろ!!」

 

 

 

 

 

 

 その後、永田はなんとか5時55分に基地の門に送り届けることができた。しかし、その日一日は急激な運動によって残っていたアルコールが一気に回って二日酔いが更に酷くなり、店を閉める羽目になってしまった。

 クルピンスキーはというと、何とか間に合ったものの一日酷い有り様で使い物にならず、1週間の外出禁止令を食らったらしいが・・・それはまた別の話。

 

 

 

 

 

 

 





でも、魔女達には普通に男性と結ばれて欲しいと思うのは異端だとしてもいいと思う

異論は認める
でも、ミハイルとフレデリカの例もあるし多少はね?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

昔の話とこれからの話と

 

 

 

 この前までの芯まで凍える寒波はどこにいったのか。

 相変わらずの雪景色ではあるが、暖かな日差しも差し始めたペテルブルグ。

 極寒の中にある希少な日に、「とまり木」にある魔女(ウィッチ)がやってくる。

 それは永田にとって一番長い日になった。

 

 

 

 

 

 

 今日の開店は一段と気合を入れていた。

 あらかじめ、午後は店を閉めることは告知済みである。午前中はオラーシャ、カールスラントの兵達に機嫌よく酒やら料理やらを提供し、午後からは徹底した店内清掃。ゴミ1つ、塵1つ残さない勢いで床を掃き、窓を拭き、暖炉の薪を入れ替える。

 そして、自分の準備。いつもの厚手の服と使い込んだエプロンじゃあ格好がつかない。普段は箪笥の肥やしになっているギャルソンの衣装を糊を効かせて着込み、いつもは失礼ならない程度に整えている髪もキッチリとセットした。

 思えば、この髪も現役の頃に比べて随分と伸びたものである。

 

「さて・・・もうそろそろか」

 

 壁の時計を見ると時刻は午後5時30分。

 約束の時間は午後6時。

 この30分は長くなりそうだ。緊張を解すためにもグラスでも磨いておこうか。

 

 

 

 グラスを磨き続けてちょうど5個目になった時、壁の時計が鳴った。無心になって磨いていたが、いつの間にか30分経っていたらしい。磨き上げたグラスをカウンターに置いたその瞬間、カランカランと扉の呼び鈴が鳴り・・・永田の心拍数が一段落上がった。

 

「こんばんは。待たせちゃったかしら?」

 

「そんなことない。・・・お待ちしておりました。ロスマンさん」

 

 礼儀正しく腰を折って出迎えた永田の姿に、エディータ・ロスマン曹長はクスリと笑って見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「外は寒かったでしょう?最初はコーヒーにしますか?」

 

「もう寒さにも慣れたわ。ワインを頂戴。それに、ロスマンさんなんて。そんな畏まった話し方は変よ?」

 

「やっぱりか」

 

 最初の礼儀正しい口調をやめた永田はロスマンと軽い口調で言葉を交わしていた。

 

 エディータ・ロスマン。カールスラント帝国空軍曹長。

 通称「先生」

 

 実はこの2人、8年来の友人同士でもある。初対面だけなら一番の付き合いの長さになるのだ。もっとも、そこから4,5年は会わず、再開したのはここ数年前のこと。そしてこうやって会うようになったのは、永田が店を構えてロスマンが502に配属されてからだった。

 永田は丹精込めて磨き上げたワイングラスをカウンターに置き、あらかじめ準備していたワインボトルの栓を抜く。このワインは以前彼女が来た時に気に入ったものだった。丁寧な動作でグラスにワインを注ぎ、そっとロスマンの前に置いた。

 

「とうぞ」

 

「ありがとう」

 

 カウンターに座ってグラスを取ったロスマンの微笑みに更に心拍数を上げつつ、永田はつまみを作りに一度奥へと引っ込む。そして気合を入れなおして、包丁を握った。つまみはクルピンスキーに先日出したものを更にアップグレードさせたもの。各種チーズと生ハムやドライフルーツ、クラッカーと、彼女が好むキャビアをトッピングするのも忘れない。

 自分のセンスを総動員して皿に盛り付けてカウンターに出ると・・・思わず息を呑んでしまった。

 頬杖をついてグラスの淵に指を這わすロスマンの姿があまりにも幻想的だったから。

 そして、固まっているであろう自分に気付いて向けてくれた微笑みがあまりにも美しかったから。

 

「・・・永田?」

 

「あっ・・・いや、なんでもない」

 

 ロスマンに声をかけられやっと永田は再起動した。

 なんとか顔に笑顔に戻し、ロスマンの前に皿を置いた。それを見て嬉しそうに顔を綻ばせる彼女の姿に永田は内心ホッとした。どうやらお眼鏡に適ったようだ。

 

「相変わらず美味しそうね」

 

「喜んでくれて何より」

 

 さっそくワインを飲み、チーズを摘み上げるロスマン。その姿を永田はどこか感慨深げに眺めていた。

 

(随分と大人になったものだ・・・)

 

 初めて会った時はロスマンは12歳。永田は18歳。仕事の中で知り合い、時々言葉を交わす中になり、友人・・・いや6歳の差があれば殆ど妹のような感じで接するようになった。   

あの時は自分がこんな感情を持つようになるなんて露とも思っていなかった。

 

「こんなご時勢に、よくこんな美味しいものを集められたわね?」

 

「観戦武官付き通訳の時の伝手でね。伊達に色んな国を回っていた訳じゃない」

 

「その最初がヒスパニアだったの?」

 

「そう。本来の夢とは違ったけど・・・まぁ結果オーライかな。あの時はパウラと呼ばれていたか?」

 

「懐かしいわね。その名前を知っているのも、ここではあなたぐらいよ」

 

 カウンター越しにロスマンと向かい合って昔話に花を咲かせる。片方は夢目掛け道を歩き始めたばかり、片方は夢破れ道が閉ざされたばかりの頃のことだ。

 

 だから永田はロスマンに話した。

 

 だからロスマンは永田と話した。

 

 8年前のヒスパニアの戦場で。

 

 ロスマンはチラリと奥にある棚に置かれた写真を見て・・・しかしすぐに視線を永田に戻した。

 

「あなたも飲んだら?こんな美味しいワインを1人だけで飲むのは勿体無いわ」

 

「ならお言葉に甘えて」

 

 ロスマンに言われた通り、永田も自分のワインを用意し口に運ぶ。ようやくワインに飲みなれた舌でゆっくりと味を楽しんで呟いた。

 

「美味い」

 

「でしょう?」

 

「そういえば、今回仕入れたチーズはどうだい?」

 

「ええ。なかなか美味しいわ」

 

「よかった。これはガリア軍人の伝手でね」

 

 アルコールが入ってしまえば、後は楽しむだけだった。戦闘に明け暮れている彼女に気を紛らわすような世間話。1度、無くなってしまったつまみを補充したのをきっかけに話はこの店にやってくる客に移った。

 

「ひかりさんも来たの?」

 

「ああ。道に迷った末にね。君に随分と怒られらた後だったらしいけど?」

 

「訓練だもの。厳しくするのは当然よ」

 

「そりゃあね。よく分かるよ。俺も随分と教官にしごかれたもんだ」

 

「ひかりさんも頑張っているから・・・、必ず生き残ってもらいたいの」

 

「・・・君の思いは伝わっているさ」

 

「そうだといいけど・・・」

 

 話しながらワインを空けていく2人の口は更に滑らかになっていく。4杯目のワインをロスマンに注いでいた時、ふと永田はあることを思い出した。

 

「・・・そういえば、あのスケコマじゃない、クルピンスキーは間に合ったのか?あの俺が背負って放り出したんだが・・・」

 

「・・・あなたのおかげで一応間に合ったわよ?けれど、完全に酔い潰れて使い物にならなかったわ」

 

「・・・なんたる結果」

 

「迷惑かけて本当にごめんなさい」

 

「いや、いいさ。・・・あいつにも世話になることがあるしな」

 

「そうなの?」

 

「まぁね」

 

 空いたワインの瓶を眺め、新しい1本を取り出す。

 お互いのグラスを満たし、ワインの味を楽しんだ先に行き着くのは再び昔話。

 

「・・・ブリタニアで会った時は、正直驚いた」

 

「あら、どうして?」

 

「パウラって呼ばれていたはずが、先生って呼ばれていてね。大きくなったものだと」

 

「・・・そう言われると恥ずかしいわね」

 

 羞恥とアルコールで頬を染めたロスマンの表情はあまりにも刺激が強すぎて、永田はワインを飲むことでなんとか自分を誤魔化した。グラスを置き、ワインの香りに染まった溜息を吐くと、ジッとロスマンが永田の顔を見つめていた。

 

「・・・どうした?」

 

「ブリタニアで再開して手紙のやり取りを始めたと思ったら、いきなり軍を辞めるって言い出して。しかも、ここでお店を開くなんて。私の方が驚いたわよ」

 

「・・・おお。言われてみれば、俺の方が色々とやらかしているな」

 

「本当よ!・・・なんで軍を辞めたの?」

 

 しっかりと目を見つめられ、永田は思わず視線を落とした。何故と問われれば、永田は自然と辞めようと思ったとしか言えない。ストンと胸に落ちるように納得して永田は辞意を上官に伝えたのだ。けれど、その時の思いを言葉にするのなら・・・

 

「もう辛かったからな・・・。戦闘機の近くにいるのが」

 

「・・・そう。分かったわ」

 

 それだけでロスマンは静かに頷いた。そう彼女ならこの言葉だけで理解してくれる。

 戦闘機に憧れ、挑み、しかしどうしても身体的な問題を克服できず降りるしかなかった自分をしっているロスマンなら。

 後悔がないはずがない。しかし、これは代えようのない現実でもう思い出だ。棚に置いてある写真は、自分が所属していた飛行隊の集合写真。戦闘機から降りる前で、飛行服に身を包んだ自分が笑っている。今は、少しだけの苦味だけで思い出に浸ることができる。

 

「嫌なことだけじゃなくて、いいこともあったさ」

 

「あら、何かしら?」

 

 もう一度視線を上げれば、ロスマンが肘をついて両手を組み、そこに顎を乗せて微笑んで首を傾げている。その笑顔に釣られるように、永田も微笑んで言葉を紡いだ。

 

「こうしてパウラとワインが飲める。こんなに嬉しいことはない」

 

「・・・やめてよ。ニセ伯爵みたいなことを、あなたが面と向かって言うの」

 

 照れるじゃない・・・。

 

 赤くなって顔を逸らしたロスマンは今日一番愛おしかった。

 

 

 

 

 

 壁の時計が鳴り、この時間の終わりを告げる。

 

 前回のクルピンスキーの教訓を活かし、ここから基地への移動時間を考えて日付が変わる30分前に時計が鳴るように設定していたのだ。

 

「あら、もうこんな時間なのね」

 

 キャビアを乗せた小ぶりのバゲットを齧っていたロスマンは、残念そうに咀嚼して飲み込んだ。永田は新しいグラスを取り出して、冷たい水を差し出しつつ尋ねる。

 

「基地に連絡して向かえを呼ぶか?」

 

「歩けないまで酔ってないから大丈夫よ」

 

 水を飲み干したロスマンは数枚の紙幣を置いて立ち上がり、扉に向かう。永田はそれに先んじてカウンターから出て扉を開けた。雪が積もる道路に2人揃って出る。

 

「送っていきたいんだが・・・」

 

「明日の準備があるんでしょう?あなたのお店は基地の皆が楽しみにしてるんだから」

 

「すまない。今度はしっかりエスコートする」

 

「楽しみにしているわ」

 

 基地への帰路へ踏み出す前に、ロスマンは振り返って永田と向かい合った。小柄なロスマンと永田が向かい合えば、自然と彼女が見上げる形になる。

 

「今日はありがとう。また来るわ」

 

「いつでも歓迎する」

 

「それに・・・久しぶりにパウラって呼ばれて嬉しかったわ」

 

「それもいつでも呼ぶさ」

 

「他の人がいる時は呼ばないでね。示しがつかないから」

 

「ああ」

 

 そしてロスマンは小さく手を振り微笑みながら帰路に着いた。

 永田はその後姿を見えなくなるまで見送り、胸に満たされた熱い思いを抱いたまま「とまり木」へと戻った。

 

 

 

 とまり木で休んだ鳥は再び飛び立つ。

 たまには、飛び立つ鳥に大切な思いを乗せるのもいいだろう。

 それが彼女の力になればと願いながら。

 





クルロスはいいものだ。
でもこういうのも、いいんじゃないかなって


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。