双主革新奇聞ディストリズム (マッキー&仮面兵)
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第一節:二人の逢瀬。またの名を「説明回」
愛隷の章


オリ主概要
左近衛祈願――愛隷の章視点主。眠目さとり大好き。読みはサコンノエ・イノリ、キガン君と呼んではいけない。

貫井川蓮―――変態の章視点主。因幡月夜と共にいるロリコン。読みはヌクイガワ・レン、話は変わるが小学生は最高だぜ。



『愛隷及び間章担当の仮面兵です。相棒のマッキー共々よろしくお願いします。推しはさとりちゃんです』
――仮面兵


フワフワと、体が浮き上がる感覚に、意識が目覚め身をよじる。

本当に浮き上がっているわけじゃない、これは、寝起きの予兆。

体が揺さぶられる。聞きなれた、間延びした声が耳に触れてくる。

 

「――ぇ――ね~~ぇ?」

「……ぁっ……?」

「も~~ぅ、ねぼすけさ~~ん。さとりが~~起こしにきたよ~~?」

 

目はぼんやりしているけど、頭ははっきりと動き始めてる。

どれくらい寝てたかな?

そう彼女――眠目(たまば)さとりちゃんに向かって紡ぎたい口も、未だ夢の中なのか動いてくれない。

か細い声が自分の喉から漏れるのがはっきりとわかる。

がさり、と衣擦れの音が聞こえた。

あぁ、これはきっといつものパターン。

そう思ったのもつかの間、仰向けな僕の体にさとりちゃんの柔らかな体がのしかかる。

 

「起きない子には~~こうしちゃうよ~~……んむっ」

 

彼女のキスに合わせてはっきりと目が覚めるなんて、僕は眠り姫だな――なんて感想もつかの間。

直後、いつもだったらわかっていたはずのことを、今回は失念していた。ということを思い出した。

 

「んむむむむぅ!!?」

ふぁ~~ふぇ(だ~~め)おふぃおふぃ(お仕置き)~~ジュルルル」

「んぐ、むっ、ふーふー!」

 

息が詰まる。

理由は簡単だ、彼女が思い切り舌を絡まし、空気の入りを妨げているから。

僕の唾液どころか、肺の空気までをすべて吸い取る勢いでされる感覚は未だに慣れないものだ。

だけど感覚はともかく、何度もされるとさすがにどうすれば苦しくないかは慣れるので、最初のころと比べると息を存外保てるようにもなった。

実は剣術を修めているさとりちゃんも、当然僕より息がもつ。

 

――たっぷり数分、彼女がキスを楽しんだところでようやく口が離された。

 

「――おはよう、さとりちゃん」

「ふふふ~~祈願(いのり)ちゃ~~ん、おそようだよ~~?」

 

互いの唾液がべっとりと塗りたくられた口元を制服の袖で乱雑にぬぐい、思い切り消費させられた酸素を、深呼吸で肺に注ぎなおす。

呼吸を整え、刺激的な目覚めを毎度提供してくれるさとりちゃんに軽いげんこつを落とし、自分の袖で彼女の口元もぬぐう。

 

「いふぁ()~~い! 祈願ちゃんひど~~い!」

「毎回言ってるでしょ! 起こすためにキスをしないでって! 寝起きの唾液は汚いでしょ!」

「ええ~~……唾液はいつでも汚いから関係ないよ~~? それに~~、祈願ちゃんのなら好きだからそれも関係ないしね~~」

「関係あるよ……おなか壊したらどうするんだ全く。それと! 外でキスするだなんて誰か来たらどうするの!」

「えぇ~~……ボクは別に見つかってもいいんだけどな~~……それに~~、祈願ちゃんがサボりで寝るところだったら~~ボク以外には見つかりづらいところだもんね~~」

 

――そう、僕は授業をサボって寝ていた。

サボって寝ているので、あまり見つからないように隠れる必要もある。

まぁ、彼女は僕のことを大体見つけてくるんだけどね。

 

「はぁ……で、朝に花酒(はなさか)センパイに呼び出されていたけど、例の転校生の件は結局どうなったの?」

「ん~~、転校生ちゃんについては明日の五剣会議ではなすんだって~~。蕨ちゃんが『さとり姫も必ず参加するのじゃ。左近衛(さこんのえ)を連れてくることも特別に許可してやるぞよ』って言ってたけど~~……祈願ちゃんはくる~~?」

「うん、お断りしたいな。どうせ転校生の話の後に僕らのことについて言及されるのが落ちだし」

「だよね~~。ボク的には別に構わないんだけど~~……見せつければいいのに~~」

「僕が構うよ。僕のせいでさとりちゃんの立場が危うくなるのはうれしくない」

 

――僕ら二人が在籍している、私立愛地共生学園では、さとりちゃんを含めた五人の精鋭のことを天下五剣と称し、数々の権限を与えている。

その権限を用いて活動するうえでの、天下五剣による話し合いが五剣会議。

さとりちゃん曰く、普段の会議は全員揃わないのが普通らしいのだが、転校生という『外敵』の到来に関してだけは必ず全員揃わなければならないらしい。

天下五剣は、そういった取り決めを行う分大きな責任を背負う。

さとりちゃんと僕が人に言えないようなことをしてるなんて、たとえ気づかれていたとしても、わざわざそれを追及される場所にはいたくない。

 

「――そういえば、前回の転校生って誰だったっけ」

「ん~~、斬々(きるきる)ちゃんだね~~」

「あー……女帝さんかぁ。あの時はすごかったねぇ」

 

天羽(あもう)斬々、現在の二つ名は『女帝』。

転校早々、五剣二人がかりで矯正に挑まれたにもかかわらず、あっさり返り討ちにしてしまった強者。

この学園に来るのは、かなり大事をやらかした問題児か、かなり強い腕を持った女帝さんのような人か、そして――権力者によって濡れ衣を着せられた僕みたいな哀れな羊。

大半が五剣によって矯正される結果に終わる中、矯正を退けただけではなく、勝利を遂げた人はほぼいないに等しい。

 

「その前に来たのが~~……ロリコンちゃんだね~~」

「あー、貫井川(ぬくいがわ)センパイか……」

「ボクまだぴちぴちのJKなのに~~BBAって失礼だよね~~」

 

貫井川(れん)、愛地共生学園二年のセンパイ。

さとりちゃんが言うようにロリコン――それも重度のものであり、それが原因でこの学園までやってきた大問題児。

さとりちゃんが聞いた話によると、学園に入学するまで数々の小学生をストーカーしてきたらしく、更生を求めた前学校によりここに送られたのだとか。

入学早々五剣のうち、さとりちゃん含む四名に向かって――

 

『すまないッッ! 俺はBBAに興味はないんだッッッ!! 小学生から出直してきやがれッッッッ!!!』

 

――と、逆ギレをかましてくれやがった。

当然のことながら彼女たちはキレた。

だが貫井川センパイは、キレた四名の猛攻をほとんどよけ切り、なおかつ攻撃もしないというとんでもない結果を残した。

戦績とその過去どちらにおいても、男子学生の中でも特に伝説の人である。

もちろん、さとりちゃんのことをBBAと言った罪は重いので、初めて会った時に一発殴っておいた。

 

一発殴った後は仲良くなったのだけど、ことあるごとに中等部に潜入しようとして僕を巻き込むのだけはやめてほしい。

普段は面倒見のいい、気前もいい、カッコいいセンパイなんだけどね……

 

「あはは……貫井川センパイって今誰が矯正してるんだっけ?」

「ん~~と、月夜(つくよ)ちゃんだね~~。月夜ちゃんって中等部だけど飛び級さんだから~~」

「あー、因幡(いなば)さんは貫井川センパイのストライクゾーンど真ん中ってことか……」

 

五剣の一人であり、貫井川センパイのBBA発言から唯一逃れたのが、唯一の中等部生徒である因幡月夜。

盲目だけどその分耳はいいらしく、それにより学園中の音がほぼ拾えるらしいので――色々と申しわけなくて、僕が全く頭が上がらない子だ。

さとりちゃんが言ったように、彼女は飛び級のため実年齢は小学生ほど。

見た目が合法ロリな花酒(わらび)センパイに一切揺らぐことの無い真性ロリコンな貫井川センパイに、対抗する手段としてはこれ以上に無いくらいベストな人材。

 

「……でも、なんだかんだで因幡さん結構チョロイ子だから、貫井川センパイのこと未だに矯正できてないんだよね」

「月夜ちゃんは~~、お友達が欲しいものね~~」

 

飛び級だし、天下五剣の中ではトップクラスの実力だし、耳年増な面も結構あるけど。

それでも因幡さんは年相応な女の子なんだということをこういう時思い知る。

 

「さとりちゃん、友達で思い出したんだけど、お昼はクラスメイトと食べないの?」

「え~~……祈願ちゃんのいじわるぅ~~……」

「……はいはい、大丈夫だよ、さとりちゃんのお弁当はあるから」

 

そんな寂しがりやな因幡さんとは全く逆で、さとりちゃんにとって友達は不要。

僕さえいればいいとか普段から言ってるだけあって、僕以外と一緒に行動するのは、姉のミソギちゃんだけ。

それなりにコミュニケーション取れるんだからさぁ……と、呆れながら僕は大きめのお弁当箱を一つだけ取り出す。

 

「さすが祈願ちゃんだ~~わかってるね~~!」

「前に二人だからって二つ用意したら、さとりちゃんが一つさっさと食べきって、その上もう一つで『あーん』を強要してきたことはまだ覚えてるよ?」

「ふふ~~そのまま忘れないでくれたらボクはうれしいな~~」

「まったく……ほら、あーん」

「あ~~!」

 

さとりちゃんの口に弁当の中身を放りこみながら、新しく来る転校生のことを考える。

愛地共生学園は元女子校だが、今は超問題児の受け皿としての役割を果たしているため、転校生の大半は男子だ。ゆえに恐らく次来る生徒も男子だろう。女帝は例外だと信じたい。

 

これまでの男子は、偶然にもあらゆる矯正をタイミングよくバックレられた僕や、躱すことなら一流と言える貫井川センパイを除いて、全員が漏れなく矯正推進派によって矯正され、新宿二丁目のような存在と化している。

が、必ずしも推進派が常勝するとも限らない。もしかすると、次来るであろう男子だと思う人物が、推進派の五剣に勝利してしまうかもしれない。

ぶっちゃけた話、推進派の核となる鬼瓦(おにがわら)(りん)センパイと亀鶴城(きかくじょう)メアリセンパイは、天下五剣の中でも序列は弱いほうだ。

方向性の違いで喧嘩するような2人は手を組むことも下手なのでよく自滅してるし。

 

だが、彼女たちが負けてしまうとするなら。

その場合――勝った人は花酒センパイ、さとりちゃんの二人に挑むこととなる。

さとりちゃんを狙う場合、その実力差に真正面からの勝負を諦めてしまうかもしれない。

もしかすると、彼女の弱みを握ろうとして、僕を利用する可能性もある。

もし――もし、僕が原因でさとりちゃんが敗北してしまうことになるのならば……

 

「え~~い!」

「グフゥ!?」

 

突如、何かを思い切り口に突っ込まれたことで、意識がふっと戻る。

舌が痛い、痛い、辛い、なんかひりひりする。この味、生煮えの玉ねぎだ!?

しまった、熱通りきってないものがあったのか!

 

「あ~~、べ~~ってしよっか~~」

 

察してくれたさとりちゃんからティッシュを受け取り、生煮えの玉ねぎを吐き出し、くるんでエチケット袋にしまっておく。

彼女はそれを確認すると、突如お茶を口に含み、口移しで流し込んできた。

 

「むーーー!!」

「んじゅる……レロォ~~」

 

……非力な僕では力いっぱいの抗議も役に立たず、またしても、しっぽり舌を絡めるキスを堪能することとなった。

うれしいんだけど、こうもキスされてばかりだとちょっと男のプライドがどうとかね……情けなくなってくる。

 

そして、一度口を離したあとまたついばむようなキスをして、さとりちゃんは薄く微笑む。

――めっちゃドキッてした。

 

「大丈夫だよ~~」

「……え?」

「さとりは強いからね~~?」

 

――ああ、そうか。

僕はまた要らない心配をしてしまったのだ。

大丈夫だ、彼女は負けない。

なぜならさとりちゃんは――

 

天下五剣の一人として、眠目さとりは君臨しているのだから。

 

 

「ごちそうさまでした~~!」

「お粗末様。じゃあ」

「おなか一杯になったら運動だよね~~?」

「ちょっと待って、なんでまたのしかかってるの? なんで僕の手を――いつの間にか木に括り付けてるし!? あれ!? いつズボン剥いだの返して!? さすがにこれ以上は――」

「静かに~~! 人が来たら祈願ちゃんが困っちゃうんでしょ~~? ほら~~さとりのパンツで口ふさいであげるからじっとして~~!」

「んーー!! むぐー! んぐー!!」

 

……それはそうと、こういう時抵抗できるように、体を鍛えるのは継続しなきゃなぁ……




左近衛祈願転校(原作一年前春、当時祈願中学三年)

貫井川蓮転校(同年秋頭、当時蓮高校一年)

天羽斬々転校(原作春頃)

納村不道転校(初夏頃)

現在学年は上から順に
高1、以下三名高2である。


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変態の章

『変態の章担当マッキーです。勢いと思いつきと月夜ちゃん可愛いで出来てます。深く考えずにお楽しみください』
――マッキー


白い少女が眠るベッドの横で本を読んでいた。まぁ本と言っても官能小説の類だけど。

この部屋に来てからもう一時間、こうして本を読みながら彼女の寝顔を堪能している。

眠りは浅くなってきているようだ、俺がたてる音でもう起きるだろう。寝顔が見られなくなるのは残念だが、起き抜けもまた可愛いので早く起きてほしいものだ。

 

「……あれ?蓮さん?」

「おっ、起きたか。おはよう月夜ちゃん、今日も可愛くてお兄さん嬉しいよ」

「んん~~……おはようございます……おにいさん」

 

まだ寝ぼけているのだろう、俺の事をお兄さんと呼んだ彼女は頭をフラフラ揺らしている。普段は見せない姿を俺だけが見ていることに興奮してくる。

おそらくしっかり覚醒すればお兄さんと呼んだことを恥じらい始めるハズ。そんな彼女も可愛いので止めないけどな!

いまだフラフラが止まらない月夜ちゃん。可愛い!

 

「今の言葉は忘れてください。あれは寝ぼけていたんです、ノーカンですから忘れてください。いいですね?」

「はっはっは、何を忘れろというんだ?具体的に言ってくれないと"今の"じゃ分からないぞ?」

「ですから、その……うぅ、こんな辱めを朝から受けるなんて蓮さんにはガッカリです」

 

ガッカリとは心外だなぁ。俺はこんなにも月夜ちゃんが好きだというのに。

 

「いやいや月夜ちゃんが可愛すぎるのが悪いッ!とはいえ俺の信条は『イエスロリータ・ノータッチ』だからな、手は出さないし出させないから安心するといいよ」

「……それはそれでガッカリです」

「なんだって?俺は君みたいに耳がよくないから、もっと声張ってくれないと流石に分からん」

「いえ、ひとり言ですので気にしないでください」

 

そういって彼女はベッドを出て洗面所に。今のうちに俺はベッドに潜り込む。この優しい温もりと何とも言えない甘い香りが素晴らしい!これだから月夜ちゃんのお付きはやめられない!

俺がベッドにいるからか、残念ながら月夜ちゃんは洗面所を出てくる時には制服を着ている。どうせなら目の前で着替えてほしい……と呟いてしまうのも仕方がないことだろう。

 

「男の人がいると分かっていて目の前で着替える女性はいません。例え絶対に手を出してこないと知っててもです」

「え~?俺は気にしないから生着替えしてくれてもいいのにぃ」

「私が気にします。あと私のベッドに入るのいい加減やめてくれませんか?ああもうゴロゴロしないでくださいクンクンしないでください!」

「ホント可愛いなぁ。今まで見てきた子のなかでもダントツに可愛い!」

 

とは言えこの辺にしとかないと手に持ってるモノでバッサリされかねないので、名残惜しいがベッドから出る。あぁマイスウィートベッド!また明日も来るからな!

まぁ出たら出たで制服姿の月夜ちゃんが見られるからいいけどね!どこか巫女服っぽい制服だが、これがまた可愛い。白い肩が眩しいぜ!

 

「今日も制服可愛いねぇ……全てが可愛いなんて反則だなぁ!」

「はぁ……もういろいろガッカリです。今日は五剣の会議があります。ですから今日は一緒に登校できません」

「会議っていうと例の転校生?」

「はい、対応を話し合うそうです。4人目の例外は作らないと花酒さんが意気込んでました。あ、花酒さんで思い出したんですけど、あなたを連れてきてもいいと言われました。『監視対象から離れるのはよろしくない』だそうですが……どうします?」

「愚問、キミがいるところに変態あり。当然行くさ。少し遅れることにはなると思うけど大丈夫かな?」

「問題ありません、私が通しておきます」

 

確実にアイツは行かないと言ってるだろうから、引っ張っていくことにしよう。たまには武力以外の交流も大事だからな。

問題は緑だが……まぁかばえば何とかなるだろう。

最悪アイツ引きずって逃げたらいいわけだし。授業もサボれば問題ない。

 

「転校生といえば。ここに来た奴らはほとんどみんな矯正されて、俺は例外2号だよな?」

「はい。そして、あなたの後にやって来た女帝さんが3号です。彼女は鬼瓦さんと亀鶴城さんを同時に相手取りながらも一蹴しています」

「そして、1号は祈願だな。アイツは眠目に捕まってからずっと囲われてるからなぁ、他の五剣も手を出しづらいとかなんとか」

「左近衛さんは大人しいのですが、眠目さんが何をするにも立ちふさがるのが現状です」

 

左近衛祈願、愛地共生学園の1年。俺の後輩だ。

転校の理由は本人に聞いたが、何でもイジメてきた相手をボコったらそいつの親が大物だったらしい。それで島流し、不良を矯正すると名高いここに飛ばされたんだと。

実にアンラッキーボーイだが、ここでも不運が重なった。この学園で最も力を持つ学生である"天下五剣"がメンバー、『眠目さとり』に気に入られてしまったのだ。

 

本来"天下五剣"はここに転校してきた生徒―つまり不良―を矯正するのが仕事なのだが、祈願は気に入られ矯正されることはなかった。なかったのだが……眠目は常人と価値観が違った。主に性的に。

それ以来アイツは何をとは言わないが搾られ続けている。当然これは不純異性交遊にあたり、転校理由とは別に五剣から追い回されていたり。なんとも幸薄いヤツである。

 

まぁ1つ言えることはだな――

 

「五剣の面目が潰れかかってるな!」

「誰のせいだと思ってるんですか?そう思うなら大人しく矯正されてください」

「イヤだね!俺がロリコンをやめる時は死ぬ時だからなァ!!」

「大声でそんなこと言わないでください、ガッカリです」

 

そう、俺はロリコン!ここに来る前も暇さえあれば小学生をストーキングしていた男!

たとえ親が出てこようとも警察が出てこようとも!示談と金にモノを言わせてなかったことにする!

 

そう、俺はロリコン!ついには高校から追い出され強制的に矯正されるべく共生学園に送られた男!

たとえ五剣が出てこようとも女帝が出てこようとも!月夜ちゃんという至高のロリッ子がいるならば!五剣も女帝も手綱も関係ない!『イエスロリータ・ノータッチ』の信条を掲げ!ただロリを愛でるのみ!!

 

ちなみに女帝は『天羽斬々』という名前で、雰囲気がおっかないBBA。手綱は祈願のことだ。なんでも『お姫様の手綱取り』って呼ばれてるらしい。俺?俺の二つ名は『軟体変態』だ。カッコいいだろ?

 

「ま、無理なもんはスパッと諦めるのがいいと思うぞ?」

「……今は、そうしておきます。私の刃が届いたときには、矯正してみせるので覚悟しておくことです」

「俺の守備範囲から出ないうちにそうなるのを願っておくよ」

 

いつかは月夜ちゃんも成長してしまうと考えると寂しい。このまま時が止まってしまえばいいのに。

 

なんてメルヘンすぎるか。

 

「こうして話してるのは楽しいんだが、そろそろ行かなくていいのか?」

「む、もうそんな時間ですか。では私は行きます。蓮さんもちゃんと来てくださいね?」

「ロリッ子からの誘いは断れないから安心しろって!俺はカッコいいロリコンだからな!」

 

何ですかそれは、と笑いながら部屋を出ていく月夜ちゃんを尻目に俺も動き出す。具体的には窓に。

外に出て窓を閉める。鍵はかけられないが、いつものことなので気にしない。そのまま俺とは違う隔離部屋へ向かう。

俺たち例外は寮には入れられず、別の部屋に隔離されている。女帝は知らないが、俺と祈願は特段気にはしていないので問題ない。逆に祈願は別室でよかったと思う。なぜなら毎日のように眠目が祈願を性的に襲っているから。

 

……奴らの爛れた学園性活はさておき、今日転校してくる転校生のことを考えてみる。

ここは元女子高だが、今や問題児の受け皿状態。問題児は大抵が男子、女帝は例外中の例外だ。ゆえに今日やってくる生徒は男子だろう。俺と祈願以外の男子生徒は五剣に矯正されてオネエになってるから、次の転校生は骨のあるやつだと嬉しい。

月夜ちゃんを見るのはもちろん楽しいし飽きないが、野郎とバカやってる時も楽しいものだ。他の男子生徒はほとんど思考回路が女になってるからそんなこと出来なかった。

 

転校生と会う時が楽しみだ!

 

「よーっす祈願ィ!ちょっと出かけようぜぇ!」

「ちょ、センパイ何ですか!?出かけるってどこに!?」

「ついてくるだけでいいからさぁ!とにかく行くぞ!!」

「あぁーーー!!」

 

 

 

「ガッカリです」

「ん?どうした因幡「ぁぁぁぁぁあああああ!!!!」なんだ!?」

「ちょっと輪さん!?なぜ急に叫んでいらして!?」

「どう考えても私ではないだろう!本当になんだ!?」

「お客さんが来たようです」

「客だと!?」

 

「な、何をするだァー!あの変態はどこ行ったァ!!」

 

急に会議に突撃して、その後叫び始めた男子生徒がいるらしい。なんて奴だ、常識というものがないのかね?

 

まぁ放り投げたのは俺だけどな!そして人を変態呼ばわりとは…分かっているじゃないか後輩。敬語じゃないのは頂けないが。

 

「あ〜〜祈願ちゃんだ〜〜。来ないって言ってたのに〜〜……来たんだね〜〜」

「あぁさとりちゃん!あの変態見なかった!?」

「変態〜〜?……あ〜〜ロリコンちゃん〜〜?どこかにいるの〜〜?」

「はい、私の後ろに」

 

あぁダメだよ月夜ちゃん!バラしちゃ面白くないじゃないか!

こういうのは気づいてもらうの込みでドッキリなんだからさぁ!その辺分かってないなぁ!

 

ま、居場所もバレたし真面目にしましょう。

 

「やぁやぁ年増の皆さん、お誘い頂いたので参上した次第。何か私どもにご用でも?」

「その戯けた口調をやめんか、気色が悪い」

「あぁあぁこれだから合法ロリBBAは口が悪い」

「お二人ともその辺で、話が進みません。あと蓮さんがロリコンすぎてガッカリです」

 

チッ、月夜ちゃんに感謝するんだなクソババア!

次会ったら覚えとけよ!?

 

「月夜姫に言われては仕方がないのう」

「真面目な話、なんで俺ら呼んだんだ?マジで何か用があるとか?」

「月夜姫とさとり姫に言ったように、監視対象から離れるのはよろしくないというのは本音じゃよ?ただお主らの意見を聞かせて貰おうと思っての」

「意見、ですか?」

 

五剣が目の敵にしている俺たちに意見を求める?一体どういうことだ……何か裏があるのか?

まさかここで俺たちの処遇を決めるとかか!?もしそうならば全力で抵抗させてもらう!!

 

しかし特に敵意が出ていそうな花酒からは何も感じないし……本当になんだ?

 

「今日転校してくるやつのことじゃ。名前は『納村不道』、人を40余り殴り倒してここに送られてきた」

「まぁ40人は多いと思うけど、ここに送られるってことはそんなもんじゃないの?」

「僕も1年居ますけど、人殴るくらいだったら普通じゃないですか?」

「確かに暴行でここに来る者は多い。しかし規模が大きすぎる。こやつ1人で重軽傷合わせて40人は乱闘騒ぎなどと比べて多すぎなのじゃ」

「それで?結局俺らにどうしろと?」

 

確かに規模が大きいってのは分かる。納村ってヤツがおかしいのも分かるが……それを聞いてなにか言えばいいのか?

 

「じゃからこれらの情報を聞いて、この納村という男をどう思った?」

「どうも何も……異常だけどいつもと変わらないのでは?」

「俺も祈願に同意見だ。あんたらが頑張るだけだから俺ら関係ないし」

「実際そうなんじゃがの。これは聞いてみただけ、元からお主らの意見は反映されん」

「は?ならなんで俺たちの意見なんて求めたんだ?」

「ん〜……ただの嫌がらせかのう」

 

ほーん。ほーーん。

つまりあれだな?俺は今このクソロリBBAに喧嘩を売られたってことでオーケー?

 

……。

 

「上等じゃボケェ!いつかはやってやると思ってたが、今すぐ引導渡してくれるわこのロリBBAァ!」

「ひょっひょ、いい加減ババアババアと言われるのも我慢の限界じゃて!この場で切り捨ててやる故、覚悟せい変態!」

「やれるもんならやってみな!そのマントちぎって白旗に仕立てた挙句、その旗振らせてやるわ!」

「ほざきよってこの戯け!妾が軽く捻って斬ってキョーボーに食わせてやろうぞ!」

「おっと!月夜ちゃんが目を見開き始めた!これ以上はお互いマズいし月夜ちゃんブチギレちゃうから!」

 

月夜ちゃんの目が完全に見開かれたとき、その場にいる誰かが【見せられないよ】的なことになるだろう……まぁ主に俺だけどな!

 

見開くようなことしてる俺に非があるのでその時は甘んじて受け止めている。なにより幼女に暴行されるシチュエーションってなかなかクるものがないか?

 

「止まってくれたようで良かったです。これ以上長引くとHRに遅れてしまいますよ?」

「む、もうそんな時間か。では先ほどの通りに『納村不道』の矯正は鬼瓦輪が受け持つ。さっさと矯正してやる」

「あれ?そいつって同じクラス?」

「貴様は!いい加減!授業に出ろォ!!」

「げっ、ヤブヘビ!?じゃあな!!」

 

もちろん授業には出ない!テストでいい点数取れてるし文句は言わさん!

今日も今日とて月夜ちゃんが授業受けてるのを眺めるぞー!

 

 

 

あ、祈願の回収し忘れてた……でも緑いるし大丈夫か!

 




貫井川蓮の由来
現在放送中『天使の3P』主人公の『貫井響』、かの有名な『ロウきゅーぶ』主人公『長谷川昴』、『ブラック・ブレット』の『里見蓮太郎』からそれぞれ拝借。
ロリな見た目より年齢面が重要なので、見た目合法ロリの蕨には一切なびかないどころか辛辣である。


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間章:その名は「親切心」

『人間という物は、自分自身の持ち物と、名誉さえ奪われなければ、意外と不満なく生きてきたのである』
――ニッコロ・マキャヴェッリ

『今回の間章は転校初日、納村君がマスコから教わるシーンから。マスコから見て、二人とはどのような人物なのか……』
――仮面兵


学園敷地内にたたずむ、男子専用の寮――昇華寮。

転校当初、数々の男子から『監獄』と称された施設の一部屋では――

 

「なぁ、外出許可証ってどうやったらもらえるんだぁ?」

「許可証書自体は、五剣筆頭の鬼瓦輪がもってるんじゃない? アンタが今日早速やらかした相手ね、ご愁傷様」

「げぇぇ、そりゃあマジで困ったもんだなぁ……」

「印象がマイナスからのスタート、絶望的ね」

 

――愛地共生学園二年、その見た目から大仏様と言われたこともある増子寺楠男、通称マスコ。

そして、常にけだるそうな、悪だくみをしているようにも見える、納村不道。アクセントは頭につけること、名前に「さん」を付けないことに拘っている少年だ。

彼は今日外部校から転校し、初日HRから天下五剣の鬼瓦輪とひと悶着を起こし、あまつさえ事故と言えど彼女の唇を奪うという暴挙を犯してしまった男。

 

彼ら二人が、同室の好として学園についての話に花を咲かせていた。

――いや、正しくは、マスコによる『愛地共生学園において覚えるべきこと』が納村に聞かせられている。というのが正しいだろう。

 

現在話題に上がっているのは『どうやったら学園外に外出できるのか』ということ。

『従う』ということを極端に嫌うがゆえに、不真面目なことに対しては人一倍に勤勉な納村だが、面倒を避けるためならルールに則ることもさすがに検討する。

無断外出における制裁が、天下五剣二名以上によるものだということをマスコによって教えられ、流石に面倒くさいと感じたのか、彼は正攻法に切り替えることとした。

 

しかしながらここでも問題が発生する。

発覚する問題に対して彼は頭を抱えた。

 

「それに、証書だけじゃ意味がないわ。五剣全員と学園長の印があってこそ、外出許可証としての体を成さないの」

「全員ってか!? それって、『誰がオレにヤキ入れるか』って話し合いしてた連中のだろ!?」

 

納村は転校前におこなった事が事であるゆえに、歴代の五剣会議の中でも特にトップクラスの厳戒態勢を敷かれていた。

それに加えて『女帝』天羽斬々が彼を気にかけたこと、鬼瓦を撃退したことにより、納村に対する警戒は激化。

少なくとも――五剣全員が納村に対してはいい印象を抱いていない。

そう、マスコは判断した。

 

「許可が出た前例ってのはあるのかぁ?」

「あったら最初から教えてるわ。残念ながら0よ」

「あー……頭痛がぶり返してきやがった……」

「あら、痛み止めはあるの?」

 

頭を抑える納村にマスコは心配を投げかける。

 

「包帯と一緒にもらってきた」

「そう、ならいいけど。欲しいものがあるならさっき渡したリストに数記入しなさいよ。もし手持ちがないっていうなら、学園内のバイトがあるから紹介してもらうといいわ」

 

納村はマスコから事前に受け取っていた生活必需品購入リストを眺める。

彼は一つ引っかかるものがあった、マスコの図体だ。

生活必需品だけしか手に入らないというのならば、マスコほどの恰幅の良い男子生徒なぞ誰一人たりとも存在しないだろう。

つまり、彼がその図体を保てるほどの嗜好品を調達するルートが必ずどこかに存在する。

そう判断した納村は早速問いただすことにした。

 

「――もちろん、嗜好品を調達するルートはあるんだろぉ? おたくは必需品だけでそんな体型保てるわけないだろうしよぉ」

「――めざといのね。正解よ、調達屋がいるわ」

 

マスコは舌を巻いた。

納村は少ない情報から裏ルートの存在を推測できたという事実。

彼は大変頭が回る――もしかするなら。

マスコは期待を抱いた、彼ならば、もしかするならば、天下五剣を、今の愛地共生学園に新しい風を吹かせてくれるのではないか。と。

 

「まんま、外国の刑務所じゃねぇかぁ。そいつ、モーガン・フリーマンみたいな女じゃねぇの?」

 

――マスコは期待を撤回した。

それどころか、一瞬でも期待を抱いたことを後悔した。

それはモーガン・フリーマンというよりも、正しくは映画『ショーシャンクの空に』の登場人物『エリス・ロイド・レティング』だ。さらに調達屋という部分でしかかみ合っておらず、立場についても、それは自分たちのような囚人側が言われる表現だろう。

 

それと、これが一番重要だが、モーガン・フリーマンみたいなというのは、間違ってもうら若き女子高生に向けて表現する言葉ではない。

こんなことを言ったと、相手――眠目さとりに言わなければならないこと自体が大変胃に来る案件であるということも相まって、マスコはひどく納村を恨んだ。

 

言わなくて済むならば、それに越したことはないのだが……自分たちの嗜好品を仕入れてもらう為には、こういった情報の密告は必要経費として求められる。

仮にも相手は天下五剣――結局、男子生徒は彼女たちの手の上で生きることを強いられているのだ。だからすまないと、マスコは納村に心の中で謝罪を入れる。

 

「はぁ……ま、相手の機嫌は損ねないことね。忠告はしたわよ」

「そーかい、あんがとさん。で、早速明日の朝までに仕入れてほしいもんがあるんだけどよぉ――」

 

 

マスコに希望を伝えた納村は、ふと気になったことを投げかける。

 

「そーいえばよぉ、校門くぐってたときに叫びながら引きずられてるやつがいたんだよ」

 

マスコの頬がピクリと動く。

二段ベッドの上に陣取るマスコの表情が納村に見えないことが唯一の救いだった。

 

「あとそれを引きずってるやつも見たんだわ。というかよぉ、真ん前つっきてた」

 

マスコは顔を引きつらせる。

彼は絶対に、彼らのことを問いただしてくる。その確証があったからこそ、どう説明するかを今のうちにと、頭で整理し始めた。

 

「あの二人――今思い出したから聞くけど、おたくらみてぇじゃなくて、普通の男子だったよな?」

 

納村は直後マスコのインパクトにやられて一時的に忘れていたのだが、校門をくぐった段階で、叫び声をあげながら引きずられる男子を目撃している。

彼らは大講堂――すなわち、五剣会議の会場へと向かっていった。そう彼は記憶している。

 

「あの二人は天下五剣ってのとなんかしら関係あるんだろぉ?」

「……教えられないわね」

「おいおい、そりゃあないぜマスコぉ……」

 

納村は肩を落とす。

折角見つけた普通そうな男子だ、ぜひともお近づきになりたいものなんだがなぁ。と、落胆の声をあげる。

直後、マスコが語り始めた。

 

「――アタシが独り言言ってたって、周りに言いふらさないでちょうだいよ? まず引きずっていた方の男子。あれは貫井川蓮って言って、アタシたちの同級生。残念ながら授業で顔を合わせる回数はほとんどないわ」

「オイオイ、すげぇサボリーマンだな、単位大丈夫か?」

「頭がいいのよ。成績だけは優良生徒としてトップクラス、出席率の悪さと反比例する成績が教師、そして鬼瓦輪の悩みの種って専らの評判よ」

「……あん? 同じクラス、そして鬼瓦ってことは……天下五剣を相手に授業サボれてるってことか!? オレもワンチャンあるかぁ!?」

「アンタの方が直々に目をつけられてるんだから、うかつにサボれるとは思わないことね」

 

しかしながら、納村の疑問はもっともなものである。

貫井川は鬼瓦の矯正を逃れている。しかし、五剣会議の会場に出向くなど、五剣とは何らかの深い関係がある。

矯正を逃れながらも、そのような立場であれるというのはどういう境遇なのだろうか。

 

「貫井川はアタシたち男子の中でも伝説的よ。共生学園に転校した理由が『幼女のストーキングを日常的に行っていたから』ってことらしいのと、『そのすべてが訴えられることなく全て示談で解決していた』らしいってこと」

「とんだボンボンじゃねぇか!?」

「転校してから、天下五剣によって矯正を求められているけど、半年以上経った今も未だに変わらずじまい、空振りって話よ。おかげで最優先矯正対象として、天下五剣直々に監視されている状態ね」

「監視されてるって結果があれかぁ……」

「一番恐ろしいのはその胆力よ。転校初日から天下五剣相手取って『このBBAども!』って臆せずいえる神経」

「とんだロリコンじゃねぇか……!?」

「当然キレた五剣が攻撃したけど、全部躱して逃げて行ったっていうのは有名な話。あまりにもクネクネ軟体生物のように動くことから、ついたあだ名は『軟体変態』」

「……うわぁ、なぁんか、仲良くなれる自信がなくなってきちまったぜぇ……」

 

納村は愕然とするが、当の貫井川は『バカやれる男が欲しい』と望んでいるので、杞憂になるのはまた別の話。

 

「……で、もう一人は何て言うんだ?」

「もう一人は……」

 

言い淀むマスコに対して違和感を覚える納村。

マスコは意を決して口を開く。

 

「――左近衛祈願。天下五剣の一人、眠目さとりのお気に入りよ」

「お気に入り……だから五剣会議にも参加できたっていうことか」

「アタシからはこれ以上何も言えないわ。ただ、忠告してあげる。彼について下手なことをいうのも、下手に干渉するのもやめておきなさい」

 

マスコは意地悪でそのような判断を下したわけでもない。

彼にとって、眠目さとりは畏怖すべき存在であり、すがるべき存在である。

そんな彼女が目にかけている存在を下手に紹介することはできない。

一つしくじれば、自分たちの首を飛ばすことにもつながってしまうのだ。

それほどまでに、さとりは祈願に依存している――とも、考えられるのだが。

 

「――なぁ、その二人は男子寮にいんのかぁ?」

「いないわよ。あの二人は五剣直々に監視する目的で、特別寮に入っているもの」

「マジかよ、女子に囲まれて朝も夜も過ごせるって天国じゃねぇか!」

「茶かすのもそこまでにしておきなさい。じゃあ、例のものの用意はしておいてあげるわ」

「おう、サーンキュ!」

 

夜は更ける。

なお、納村の発言をきいたさとりはいたく憤慨し、マスコはその様子に恐れ、激しく頭と胃を痛め、祈願に鎮痛剤を譲ってもらうなどということになるのであった。

 




さとりは看守側の調達屋。モーガン・フリーマンは囚人側の調達屋である。

ちなみに、アニメと原作漫画では外出許可書に学園長の印がいるか要らないか大きく違っている。


次回
第二節:開催「ワラビンピック」、二剣の時間は飛ぶ
7/26、21:00より順次公開


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第二節:開催「ワラビンピック」、二剣の時間は飛ぶ
変態の章


『大惨事ワラビンピック開催』
――マッキー


五剣会議で思わぬ蛇に噛みつかれることになるとは思わなかった。これだから年増は嫌いなんだ。

新しい転校生がおかしいとか言ってたけど、こんなところに流されてくる人間がまともな訳ないだろう。たまに祈願みたいな運の悪いヤツも混じってるけどな。

まぁあの五剣がわざわざ警戒するんだ、相当ホネのあるヤツに違いない。同じクラスらしいし、機会があったら是非お近づきになりたいね。

教室で会うことはまずないと思うけど。

 

大講堂を出て校舎に向かっているが、今はちょうど登校時間だ。当然ながら寮から校舎に歩く生徒とすれ違う。

シチュエーションはどこの学校にもあるもの、しかしその光景を作っている生徒の大半がオネエだと途端に異色になる。

何が悲しくて朝から気持ち悪いオネエを眺めなくてはならないのか。

 

眺めるならば女子小学生に決まっているだろうッッ!!

 

「そう思わないか月夜ちゃん!」

「何を言い出すんですか。いきなり思わないかと聞かれても意味が分かりません」

「もちろん朝見るべきなのはロリッ子だって話だけど?」

「そんなの知りませんし、なぜ私に同意を求めるのか理解できません。それと小声で叫ぶなんてどれだけ器用なんですか」

「愛の力さ!」

 

愛があれば何でもできる!すべては月夜ちゃんを愛でる為に!

あぁ、その呆れてる表情もいい。これだけで生きてる実感が持てるよ……。

 

「まぁホームルーム中の私に配慮して小声なところは褒めてあげます。ですが、出来れば窓の外からこちらに身を乗り出すのはやめてくれませんか?目立ってしょうがないです」

「え?俺は気にしないけど?先生だって気にしてないじゃん」

「私が気にしますし、先生のは気にしてないのではなく諦めてるって言うんです。そこで見てるなら教室の中にいる方がマシなので、早く入ってきてください」

 

これはあれか?月夜ちゃんに誘われたってことは……合法ってことか!?

認められたならば行くしかあるまい!ここで行かねばロリコンが廃る!

君の瞳にフォーリンラブ!

 

まぁ月夜ちゃんの瞳を見る時はだいたいぶっころ案件(主に俺)だしめったに開かれないから、正しくは『君の瞳』じゃなくて『君の年齢』だね!これはロリコンとして当然の帰結!

 

「ほよ、私が招いたら嬉々として入ってきましたね。そういう躊躇いのなさにガッカリです」

「え~……お兄さんその『ガッカリです』はちょっと理不尽じゃないかと思うんだけど。ほら、先生も呆れてるじゃないか」

「私ではなく蓮さんに呆れているのだと思います。私は優等生なので先生に呆れられるようなことはしませんし」

「おぅふ、自分で優等生って言っちゃったよこの子……先生も何か言ってやってください!」

「いや言わせてもらうと『そもそもお前高等科だろなんでここにいる』とか、『窓の外からHR中の教室に入るとか非常識すぎだろ』とか、『確かに因幡さんは優等生だけどお前が関わるとおかしくなるんだよ』とか主に君に対していろいろあるんだけど……」

 

先生の口から出てきたのは俺に対する文句がほとんど。まぁ言ってることが"それな!"すぎて反論出来ないね!

だが改める気は全くない!これはもはや巡礼、朝から月夜ちゃんとの接触によって1日の活力をチャージ!やっぱり小学生は最高だぜ!

 

「ここに君が来るようになってから色々おかしくなってるわ……今日も百舌鳥野さんが出て行ってしまったし……先生自信なくしそう」

「ののののちゃん出て行ったって、何があったの?あの子は五剣鬼BBAが関わらなけりゃいい子ちゃんだったろ?」

「その通りです。鬼瓦さんは現在件の転校生と戦闘中で、それを見た百舌鳥野さんは慌てて走っていきました」

「転校生と戦闘ぅ?なんだ、初日からトバしてるじゃないか!やっとホネのありそうなヤツが来た!月夜ちゃん、今どんな感じ!?」

「そこから見ればいいとと思いますが……私が解説しながらの方が分かりやすいですか」

 

確かにここからでは大局を眺めるくらいしか出来ないし、月夜ちゃんの解説はホントに分かりやすいから助かる。

はてさて。転校生が鬼BBAの攻撃をひたすら避ける、あるいはいなしている。しかも全てを危なげなく回避していることから、あの転校生の力量がうかがえるね。

 

「鬼瓦さんの流派『鹿島神傳直心陰流』は呼吸法が特殊です。名を『阿吽の呼吸』といい、呼吸で内筋をコントロールするんです」

「呼吸で内筋を?つまりどういうことだ?」

「気管に異物が入ると咳き込みますよね?これは異物の侵入に対して、全内筋を使って体外へ出そうという動きです。この動きを利用して本来意識して動かせない内筋をコントロール、さらには鍛えることも可能」

「ほーん、インナーマッスルを本格的に鍛えるなんて発想はなかった」

 

普通に筋トレはするが、身体の内側を鍛えようと思ったことはないなぁ。なんでも鬼の流派では多すぎる筋肉は呼吸の邪魔でしかなく、つけられない筋肉の分を腰の使い方と呼吸法で補っているらしい。道理でここまで聞こえてくる剣戟の音が"ガギン"やら"ギィン"やら重いわけだ。

 

あの細腕のどっからパワー湧いてるのか常々疑問には思っていたが、やっと解消された。まさしく鬼、あの鬼BBAには出来るだけ近づかないようにしないとな。

 

 

瞬間、教室が沸いた。

 

「なんだ!?ってBBAがふっ飛ばされた!?やっぱ今回の転校生は当たりも当たり、大当たりだ……って月夜ちゃんどうした?おめめパッチリしてるけど……もしかしてうるさかった?」

「いえ、何でもないです。気にしないでください」

「そう?まぁいいけどね!そんなミステリアスっぽい月夜ちゃんも可愛いから!」

「はぁ、本当にガッカリです。……む」

「おぉ!?」

 

また教室、いや校舎が揺れた。

 

転 校 生 と 鬼 B B A が キ ス し て る

 

転校生が鬼を組み伏せているところにののののちゃん乱入、転校生の頭を警棒でしばいたらそのままチュー。

これは予想できなかったなぁ!まさかののののちゃんの一撃でマウストゥーマウスしちゃうなんてなぁ!

 

「いや~これは予想外、こんな展開になるとは誰が予想しただろうか」

「それは鬼瓦さんが負けたことですか?それとも……き、キスしちゃったことですか?」

「両方かな!キスっていうの恥ずかしいなら無理しなくていいのに!そんなところも可愛いなぁ!可愛すぎてツラいよ!」

「うるさいですほっといてくださいブッコロですよ」

「照れちゃってもー!これだから月夜ちゃんは最高なんだ!」

 

――去勢してやるー!!

――そんなんだっけ!?

 

何か聞こえた気がしたが、月夜ちゃん可愛すぎて頭に入ってこなかった。

 

 

 

***

 

 

 

突然ですが、俺は今とてつもなく犯罪臭がする現場に鉢合わせています。

え?お前が今までやって来たことの方が犯罪だって?いやだなー、全部示談で手打ちにしてるからセーフだよ。

 

「泣ーかしたー泣ーかしたー!転校生がー泣ーかしたー!……これはケジメ案件では?」

「茶化しから一転してマジトーンはやめてもらえませんかねぇ!?」

「いや~流石にマズいんじゃないの?鬼BBAのキスに続いて下級生泣かしとは、男としてどうかと思うぞ」

「俺もそう思うし泣きたいのはこっちだァー!!」

 

実際ヤバい。今の光景を客観的に見るなら――泣いてる女の子2人(鞭で縛られてる)のそばで佇む若い男。

完全に事案である。お巡りさん呼ばなきゃ!

 

「ま、この子たちは何とかしておくから教室戻れ。一応知り合いなんでな」

「おっ、マジでか!助かるぜ!」

「そら行った行った、はよ行かんと窓からなんか構えてるクラスメート見えてるぞ?」

「おおおお!?ソフトクリームを投げるなー!しかもチョコ味!」

 

転校生はソフトクリームを全身で受け止めながら校舎に入っていった。あれどう見てもうん……これ以上はやめておこう。

 

よし、とりあえずこれ以上の混乱は避けられた。

さしあたっての問題はこの子たちを泣き止ませることなんだが……どうしよう。

 

「貫井川、センパイ?」

「あら?いつの間にか泣き止んでる。キミら泣き止ませるのどうしようか悩んでたから、良かった良かった」

「えっと、あの××××はどこに……?」

「うんサラッと放送禁止用語使うのやめようね、せめて変態――じゃ俺と被るか。脳ミソ下半身直結野郎とか?」

「さすがにそこまでは……。出来ればこの状態から助けて欲しいのです」

 

確かに鞭が絡みついているせいで動きにくそうだ。なんで彼女たちの身体に触れないように鞭をほどく。

こんな時こそラッキースケベじゃないかって?馬鹿言うな、俺は紳士だぞ?気安く女性(中学生以下)の身体に触っていいわけがないだろう!

 

「すいません、助かりましたですわ」

「本当にありがとうなのです。あの野郎に負けてしまったときにはどうなることかと思ったのです」

「なーに、気にせんでいいさ。知らない仲でもないしな、それに鬼と亀に恩を売るって下心もあったし」

「蝶華ぁー!!」

「噂をすれば、だ」

 

こちらに向かって走ってくる金髪、腰にはレイピアを帯剣している。

つまりは天下五剣であり、月夜ちゃん以外の天下五剣はすなわち皆BBAである。

 

あ、さっきの言葉を五剣はともかく祈願の前で言っちゃいけないぞ?五剣にキレられても何ともないが、緑と仲が良い祈願に嫌われるのはいろいろよろしくない。初めて会ったときに緑をBBA呼ばわりしたことについてで、ちょっとした(当社比)喧嘩になった。

 

「蝶華!無事でしたのね!」

「メアリお姉様!……アタクシ負けてしまいましたですわ」

「とりあえず無事でよかった、ただ死ぬほど情けなくってよ」

「そんなに責めてやるなって。こいつらはまだ中学生、これからだろ?まぁ高校生という名のBBAになってしまうと思うと心苦しいが」

「……どうしてあなたがここにいるのか死ぬほど疑問でしてよ」

 

高校生とBBAという単語にピクリと反応したが、2人の手前なんとか抑えたようだ。この自制はさすが五剣といったところ。

 

「俺はたまたま通りかかっただけ、それはこの子らが証言してくれる。それじゃあ五剣も来たし、そろそろお暇させてもらうよ。ののののちゃんを頼むね、元気に来てくれないと月夜ちゃんが悲しむから」

「ふん、言われるまでもなくてよ」

 

 

後日、月夜ちゃんから転校生と亀BBAが戦っていたのを聞かされた。決まり手は『ザッシ・イッサツヴン・リーツィ・ノヴァース』らしく、可愛く首をかしげて「どんな技なんでしょう」とか言っていた。

 

多分『雑誌一冊分リーチ伸ばす』をそれっぽく言ってみただけじゃないかなぁ!

 

 

 

***

 

 

 

共生共生きょせきょせ共生 明日でなく今日せい

共生共生きょせきょせ共生 兎に角今日せい

 

「相変わらず耳を疑うような校歌だな」

「これでも必死に考えてたみたいですよ?確かにひどい歌詞だとは思いますが」

「この歌を覚えさせて月一歌わせるとかどんな拷問だよ……まぁ出たことないけどな!」

「いい加減一度は出た方がいいのでは?」

「え?いやだよあんなの」

 

なにが悲しくてゴザの上に正座しに行かないといけないんだ。この行き過ぎた男女差別よ、どうにかしろ!

そういえば何か外が騒がしいような……。

 

『ひょひょひょひょひょっ!元気じゃったかーッ!?』

「朝からうるせぇ!!」

『天知る!地知る!わらわが知る!その治世を揺るがす狼藉者よ!』

「別にお前の治世じゃねえぞロリBBAァ!!そしてうるせぇ!!」

『嘆かわしいぞよ!風紀の乱れは精神の乱れ!それ即ち肉体の乱れ!』

「それ祈願の前でも同じこと言えんの?」

 

朝からうるさい、マイク使って大声出すってバカじゃねーの?おかげで月夜ちゃんは手で耳を塞いでいるよ!可愛い!

 

『ならば開催するしかあるまい!血の祭典!die運動会!花酒蕨特製共生メニューその四!』

「え、まさか"アレ"やるの?バカじゃねーの?バカじゃねーの!?」

「花酒さんは本気のようですよ。わーらーびー34がいたるところに配置されているようです」

「待って今のすっごい可愛かった!もう一回言って『"ワラビンピック"じゃあ!!』うるさいふざけんなクソロリBBAがァー!!お前じゃねーんだよすっこんでろ!!」

 

月夜ちゃんの『わーらーびー』にすごく萌えていたのにBBAに邪魔された!今度会ったらただじゃおかねぇ!!

『たかいたかーい』してやるから覚悟しとけ!!

 

ともかく、ヤツの宣言通り"ワラビンピック"は転校生をターゲットに開催されるだろう――




校歌のついては原作漫画を参照。
恐らく曲を作ったのは、先代の理事長などであろうと考えると、鳴神一族(月夜の一族)の剣術以外における方面のセンスのなさはもしかしなくても筋金入りではなかろうか。


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愛隷の章

『あんな頭悪くなりそうな校歌歌いたくない』
――左近衛祈願

『ワラビンピック開催。実は祈願も蓮も経験済みです。あとメアリのフランス語は無理。許してつかぁさい』
――仮面兵


『ワラビンピック』という催し物を知っているだろうか?

僕はこのイベントと、そしてそれを開催する天下五剣の花酒蕨センパイが大嫌いだ。

 

この催しのひどいところは何て言っても花酒センパイの発想そのものに存在している。

本当にあの人は最上級生なんだろうか。高校三年にしては絶対に出てこないような、サウナ上がりの茹った頭で思いついたとしか思えない競技の数々。

頭が初夏でも春爛漫とはこういうことを言うんじゃないだろうか。花咲か爺さんが脳内で過労死してる図が目に浮かぶようだよ。お爺さん、その頭の桜枯らしてもいいんだよ?

全く、そんなことにエネルギーばっかり使ってるからあの先輩は背が伸びないんだ。もっと大事なことに頭を使うべきだと思う。

過去には校舎の大半が焼失したこともあるし、死人じゃなくとも重体を負ってそのまま学園を退学せざるを得ないことになった人もいるし、どう考えても職権乱用のレベルだ。

 

寧ろ今までよく死人でなかったよね、かくいう僕もさとりちゃんがいなければ死んでたかもしれないって思うくらい出だしからしておかしい競技だったし。

どういうことだよ『熊とアルプス一万尺』とかサーカスでもやらないようなことがラインナップされてたんだぞ!? あの時挑んだのが貫井川センパイじゃなかったら間違いなく死んでたと思う。

そんな当の主催者は矯正目的とか、これは暴力ではなくて体育だとか、どう聞いても言い訳にしか思えないようなことの数々しかのたまっていないのだが……

 

 

「第十三回ってことは、この瞬間まで十二回は開催すること許されてるんだぜ……嘘みたいでしょ……?」

「大丈夫だよ~~。今回は~~祈願ちゃんを巻き込まないってことで蕨ちゃんを許してあげたんだから~~?」

「おかしい。さとりちゃんとのキャッチボールが成り立たないのがおかしい!」

 

 

さとりちゃんのいうことが真実だとすれば、なんてひどいことだろうか。

哀れ納村不道センパイ。四十人重軽傷にしたという実績を持っていたとしても、この極悪非道無慈悲ド畜生サーカス団長ロリBBA花酒センパイの前には儚く潰える学園生活となるんだろう。

ちなみに悪口の大半は僕が言ってるけど、ロリBBAに関してだけは僕が言い出したわけではないことを主張しておく。

 

……そういえば女帝センパイの時はワラビンピックやってなかったなぁ。なんていう理不尽。許しがたい。

 

 

 

さて、なぜ急にこんな話をしだしたのかと言えば、僕が月1の朝礼を教室でサボっている間にその『ワラビンピック』とかいう、アンサイクロペディアも記載を自粛するレベルのエ()()トリーム競技大会が開幕宣言されていて、その参加者対象が噂の納村不道センパイ・鬼瓦センパイ・亀鶴城センパイだったという話。

昨夜さとりちゃんが『蕨ちゃんに呼ばれてるから五剣会議行ってくるね』と言っていたのだが、なるほど、こんな洪水に主催者ごと流れてほしい大会について話し合っていたなんてちょっと悲しい。

 

 

「え~~だって会議に出たらぁ~~、この前のお外サボりを~~見逃してくれるって言ってたし~~? それにぃ~~ワラビンピックの開催だけしか話し合ってないから~~?」

「うわぁ……やっぱロリBBAセンパイ気づいてたのかぁ……」

「祈願ちゃんさ~~トラウマなのはわかるけど~~蕨ちゃんに聞かれないようにしてね~~?」

 

 

一体なぜ納村不道センパイだけではなく、鬼瓦センパイと亀鶴城センパイまで参加者に巻き込まれているのかというと……

なんか難しいことを言ってたのだが、理由が大体『天下五剣としてふさわしくない』とかなんとか。

あと今『あの爛れた二人のような例外はもう作らんぞ……!』とか息巻いてたけど、それって僕らのことだよね。

そこら辺に関しては本当に申し訳ございません。できればさとりちゃんを刺激しないで穏便に、そこらへん指導してくれませんでしょうか。

――まぁ、できたら最初からやってるよね。僕もやってる。でもできてないんだ、ほんとごめんなさい。

 

 

「でさ……さとりちゃん」

「ん~~ごめんね~~? 流石に開催は認めちゃってるから~~マスコちゃんを助けるのはできないかな~~」

「そっか……さとりちゃん介入できないもんね……」

 

 

さっきは悲しいとか言ったんだけど、正直今回の五剣会議は詰みだっていう事実がある。

五剣会議の大きな特徴は『普段全員揃わない』ということと、≪同票の場合は年長者を優先する≫というもの。

鬼瓦センパイと、亀鶴城センパイの二人が今回対象に入っているということは、それ以外の三人で開かれたということ。

そして貫井川センパイがいつも付き纏っている因幡さんは、転校生以外の議題における五剣会議には全く顔を出さないので、実質議決者は花酒センパイとさとりちゃんの二名になる。

つまり、さとりちゃんがどっちの意見を出したとしても――花酒ロリBBAセンパイの思うがまま。

体裁だけの理由でさとりちゃん呼びつけてるんだから本当に性格が悪いよあのBBAセンパイ。

 

それと、あのBBAの悪いところは、マスコセンパイ始めとした男子生徒をボコボコにしてちょうぼう室? とか、外に磔にしたりと、平気でなんも悪くない人たちを傷つけてること。

出来れば助けてあげたいけど――さとりちゃんが言ったように、ワラビンピック開催中は五剣間の取り決めで救助できないことになってる。

だけど、ワラビンピックが終わってくれれば……!

 

 

「いちお~~≪お姉ちゃん≫とかには言っておいたから~~合図すれば動けるようにしておいたよ~~?」

「うん……その時はよろしく」

「任されました~~もちろん~~支払いは夜にね~~?」

「……バレない様に、で、お願い」

 

 

――結局、また引きはがせなかった。

悪口をさんざん言ったあとで言うのも恥ずかしいのだが、こういう時しっかり踏み込んで矯正しようとしてくれるクソBBAセンパイの存在というのはとってもありがたい。

 

 

拡声器を使った花酒センパイの声が響き始める。

第一種目だった『けっぱれ! 暴れ大相撲』とかいう、熊と相撲をするなんてまるで金太郎としか思えない、コンセプト自体がばかげている競技を、まさかの大番狂わせで納村不道センパイが勝ちをとった。

それによってなんかいきなり生徒全員が校舎に入り始めたのだ。

なるほど、褒美の授与式という名目で親衛隊総出によるリンチを行う『レッドペッパーなんたらかんとか』が行われるのだろう。

やっぱりあのBBA性格悪いな、貫井川センパイの悪口もあながち間違ってないぜ。

 

 

『納村不道! よくも――いや! ≪よくぞ≫やってくれた! 褒美をとらす! 授与式じゃ!』

「ねぇさとりちゃん、ワラビンピックはこれで終わり?」

「そうだね~~結局キョーボーちゃんがノムラちゃんとお相撲して~~、は~~い終わり~~! だもんね~~」

「じゃあさ……!」

 

 

僕の言いたいことが伝わったのか、さとりちゃんは携帯を弄りミソギちゃんを始めとした親衛隊メンバーに合図を送る。

連絡を取り終わったさとりちゃんは僕の手を取り、教室に入ってくる

 

 

「じゃあいこっか~~?」

「えっ、どこに」

「う~~ん、中から出て行って~~どこか暇をつぶせるところ~~!」

「まったくもう……まぁ、サボれるならいっか……」

 

 

教室に戻っていく各々の生徒の流れに逆らいながら、僕たちは三階に向かって降りていく。

目的は渡り廊下、一番近い出口がそこだ。

道中で花酒センパイの親衛隊『花酒三十四―WRB(ワラビ)34―』のメンバーに出会うが、みんなさとりちゃんがいることに驚いてしまって、その間にさとりちゃんが一撃叩き込んで終わらせちゃうから何もやることなく無事にたどり着いてしまった。

 

ところであのセンパイの親衛隊って秋葉だったり欅坂だったりで公演でもやってそうなんだけど、蕨って地名あったかな?

――さとりちゃんから借りた携帯で見てみたらあったわ蕨市。もうセンパイはここで劇場開いてくれよ。卒業しないでもいいので学園から出て行ってくれると嬉しいかな。

きっと公演に熊を用いることで一躍有名になってくれればしばらく戻ってこないから学園は平和になるし。

 

――ちなみにさとりちゃんの親衛隊は『覆面女子』だ。

皆がみんなカツラとジェイソンマスクを着用して、「テン・ソウ・メツ」とか言いながらどこからともなく集まってくるのと、見た目がものすごいホラーなのでどの人が誰か全く分からないのも特徴だ。

さとりちゃんの姉、ミソギちゃんもわざわざ着用して参加してくるのだから、ここまでくるとカルト的な何かと思ってしまう。

 

いつの間にか渡り廊下まで、僕に何事もあるわけなくたどり着いてしまった。

さとりちゃんは蝶番のあたりを叩き割り、扉を勢いよく蹴り飛ばした。

 

 

「あ~~、ノムラちゃんたちだ~~」

「眠目!?」

「さとりさん!?」

「はろ~~!」

 

 

突入直前の納村不道センパイ一行が一階の方にいた。

こっちの方を最初から向いていたっぽいし、きっとこの渡り廊下から突入する作戦でも考えていたのかな?

 

 

「貴様……クラス全員を1人で倒したと言うのか!?」

「ん~~そうやって驚いてスキだらけだったから一撃入れたら倒れちゃっただけだよ~~?」

「相変わらずの『バケモノ』っぷりでしてよ……!」

 

 

あ、鬼瓦センパイたちがなんか噛みついてる。さとりちゃんはあまり聞く耳を持ってないっぽいけど……

――少しよそ見をしている間にさとりちゃんはいつの間にか一階に飛び降りており、僕の方を見上げていた。

 

 

「祈願ちゃんおいで~~?」

「……降りろって?」

「だいじょ~~ぶ~~! さとりがぁ~~優しく抱きしめてあげるね~~?」

「こっこっ、公衆の面前でっ! はッははは破廉恥だぞ貴様っ!!」

「『スケベ』!この『ドスケベ』!『破廉恥』でしてよ!!」

「うわぁい、ためらっただけなのになんでこんなこと言われてるんだろう……」

「聞いてるだけで想像が膨らんじまいそうなやり取りたぁ……おたくらやるなぁ」

 

 

亀鶴城センパイに至っては何を言ってるかわからないけれど、絶対なんかよくないこと言われてるって、僕はわかった。

あと納村不道センパイも何を想像したのかちょっと聞かせて欲しい。聞かせてもらった後にぶん殴るから。

――直後、体が誰かに持ち上げられる。両隣を見ると、覆面女子の人たちが僕を抱えているではないか。

 

 

「あのさ……せめて一言言ってからにしてくれない?」

『テン……ソウ……メツ……!』

「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 

僕の訴えも空しく、彼女たちによって体はあっさりと落とされ、さとりちゃんの腕の中に納まる結果となった。

担いだ子のこと覚えとこう。あとでミソギちゃんに『もう少し優しく担いで』って文句言いたいし!

 

 

「おおう……男のお姫様抱っこったぁ……やるなおたくら……」

「何意味の分からんことに感心しているのだ馬鹿者!!」

「さとり達はぁ~~ちょぉ~~っとどこかにいってくるからね~~これにて~~!」

「待て眠目、左近衛!まだ話は――」

 

 

鬼瓦センパイの制止も空しく、さとりちゃんは僕を抱えたまま彼女たちの真横を通り過ぎる。

その際に、僕は納村不道センパイの顔をしっかりと初めて見た。

 

 

「さとりさ~~君のことだぁ~~い嫌い。モーガン・フリーマンみたいって言ったし~~?」

「――おたくぁ……!?」

 

 

写真で見るよりも軽薄そうなのにしっかりと前は向いていて、それでいて≪ひどくいじめられた≫感じがする人で……

 

 

「じゃぁ~~ねぇ~~!」

「っ待て!」

「祈願ちゃん抱えてるからやぁ~~だぁ~~」

 

 

でも、強いなって思った。だって、僕と違って逃げないで真正面から反抗できているんだから。

――なんて、うらやましいんだろう。

なんで、貫井川センパイもだけど、意思をはっきりと示せる人が多いんだろう。

なんで僕は――さとりちゃんにずっと頼っているんだろう。

 

 

「ほんと~~鬼ちゃんも亀ちゃんも困っちゃうね~~……祈願ちゃん~~?」

「……降ろして。もう、歩けるから」

「そっか~~、じゃあ手はつなごうね~~」

 

 

僕は情けない。彼女の要望に基本逆らえないから。

そして逆らえない、弱い僕が僕は嫌いだ。

――でも、こうして握ってくれる彼女の暖かさは、好きだ。

 

……でも、いつかはさとりちゃんから離れなきゃ行けない時が来るはずなんだ。

強くなりたい。

納村不道、あなたの強さは…どこから来てますか?




眠目さとり、および覆面女子のモデルは創作怪談の怪異『ヤマノケ』だと考えられる。
掛け声の『テンソウメツ』、さとりの独特な手の動き、学園内にて伝染する『覆面とカツラの女子』――つまり、その怪異による最初の犠牲となった者は……


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間章:「ブローカー」は危機を抱いた

『恩恵は、人々に長くそれを味わわせるためにも、小出しに施すべきである』
――ニッコロ・マキャヴェッリ

『今回の間章はさとりと男子学生の関係性についてから。アニメでもマスコは従っていたのでこういう関係は考えられるなぁと感じて書きました』
――仮面兵


ワラビンピックは無事に閉幕した。

納村不道は天下五剣のうち、鬼瓦輪、亀鶴城メアリ、そして花酒蕨の三人を撃破、掌握した。

目的であった外出許可証の印鑑も、無事に三人分埋まったことで、残るは二人――眠目さとり、因幡月夜の印鑑及び学園長による判となった。

あと三つの印さえあれば――彼は、晴れて堂々と学園外へと外出することができるようになる。

 

だが、彼がその印鑑を得るたびに、五剣の価値は壊されていった。

鬼瓦輪は公衆の面前で、事故によるものではあるが彼に唇を奪われ、トレードマークの般若面をさらに欠く結果となった。

亀鶴城メアリは、可愛がっていた妹分をあっけなく撃退された挙句、あっさりと当の本人も輪とともに篭絡され――

 

――それらに危機感を抱き、五剣としての面目を保とうと、輪・メアリ共々矯正しようと試みた花酒蕨は、ワラビンピックを用いた策がことごとく空回り、挙句の果てには男子生徒を人質に取ったことで腰を上げた祈願とさとりに五剣会議決定内容の隙を突いた妨害を受け、ほぼ万全な納村たちと戦闘に臨むこととなり、結果敗北。

彼女に至っては、花酒三十四の幹部共々に中継カメラの前で褌をつけさせられるという屈辱も味あわされた。

 

納村が野望を果たしていくその傍らで、必然的に着々と天下五剣の崩壊が近づいていることを、まだ誰も指摘できていない。

その崩壊を悟るものが出るまで――

 

 

 

 

夜、守衛以外は基本各々が寮内で寝静まる中、一人の男子生徒がとある女子と逢瀬を広げていた。

 

「――はい、これがみんなから受け取った料金。確認して頂戴」

「は~~い――ひぃ~~ふぅ~~みぃ~~……うん、ちゃ~~んと全額あるよ~~!」

 

男子は言わずと知れた、大仏のような見た目のマスコ。

女子の方は天下五剣にて1、2を争う実力と言われているさとり。

なぜ二人がこんなことをしているのかというと――

 

「ノムラちゃんが来てからはぁ~~注文も頻繁でうれし~~ね~~!」

「そうね……あの子は雑誌に関しては詳しいから……」

 

――『調達屋』、それがさとりの今行っている行為。

さとりの調達してきた男子の嗜好品を、マスコが一手に取引しているのだ。

 

愛地共生学園では、男子生徒は原則最低限の生活品しか取り寄せることができない。

華やかで、自由で、伸びやかな女子たちの生活に反して、男子たちの扱いは獄囚と同様に束縛されている。いや、束縛されすぎている。

 

そこに目を付けたのがさとりだ。

彼女は、自身の姉である眠目ミソギを中心とした親衛隊『覆面女子』のスパイ活動などによる情報網を敷き、得た情報を利用したうえで、これまでほかの五剣が手を出さなかった『男子生徒の学園生活』に介入した。

厳しく制限されすぎた彼らの生活に『施し』を与えるべく、適当に見繕った人物を数人、自分と寮のパイプ役にと割り振った。

 

多少の利益を得るためにと少しだけ値段を釣ったり等と色々条件を付けただけあって、当初は男子全体から警戒をされていたものだが、それでもこれまで手に入れさせてすらもらえなかった嗜好品の数々を、また手に入れられるという本来『手に入れることが』当たり前であるはずの事実に男子たちは歓喜し、パイプ役の男子と施しをくれた女子――さとりにひどく感謝した。

彼女はパイプ役の男子たちに『自分に逆らうと元の寂しい生活に逆戻りだ』と言外に脅迫することで、あまり女子たちに漏れなかった細かな寮内事情を掌握。

五剣の中ではるかに有利な情報アドバンテージを獲得するに至ったのだ。

 

 

「あと、アナタが来てから、男子たちはこれまでより楽しく生活できてる。ありがとう」

「……突然だなんて変なマスコちゃ~~ん? いいよ~~さとりはぁ~~祈願ちゃんが喜んでくれるからマスコちゃんたちを助けてあげるんだしぃ~~?」

「……ええ、そうね。今日のことも感謝するわ。あの子に伝えといてほしいんだけど……」

「もっちろ~~ん。祈願ちゃんも感謝されたって聞いたら~~ますます喜んでくれるはずだよ~~!」

 

もっとも、今のさとりがこの『施し』を続けているのは、『祈願が喜ぶだろう』という確信があるから。

祈願が一言、本心から『彼らを助けないで』と言えば、簡単にさとりは彼らへの『施し』を辞めてしまうだろう。

マスコは祈願の優しい性格にあらためて感謝した。

もし彼が助けてくれなければ――いや、納村が自分たちを見捨てるとまでは思っていないが、それでも、不安は残っていた。

 

 

「あとさ~~この雑誌って誰が頼んだの~~?」

 

 

さとりが取り出したのは一冊の雑誌。

要望リストの中に入っていたのだが、誰が要望したのかわからないまま用意した代物。

さとりの疑問に、マスコは静かに答えた。

 

 

「――アタシ。あの子が前に、この雑誌を読んでいたって話を聞いたから」

「へ~~ふぅ~~ん、ほぉ~~? 一丁前に祈願ちゃんにおせっかいとか~~マスコちゃん生意気だね~~?」

「ごめんなさい……」

 

 

マスコも優しい男だった。

学園に入った経緯は他と大概変わらず、荒くれ物の問題児だったからというのではあったが。

この学園に入り、男子寮で生活していくうちに、自然と彼は男子の代表的な存在となっていた。

『みんなも不安なんだから』と、自分が盾となってさとりと交渉していたりするほどに、確かに彼は優しい男だった。

彼は少し前に祈願と話す時間が偶然あり、その時に漫画の話に聞き、ちょっとした親切心で雑誌を彼にプレゼントするつもりで、購入をさとりに頼んだのだ。

 

 

「ま~~いっかな~~? 祈願ちゃんがこういうの読んでたって初めて知ったし~~」

「……あなたとはそういう話をしないの?」

「ん~~祈願ちゃんって変なところでヘタレちゃんだから~~何を読みたいかさとりに教えてくれないんだ~~」

 

 

――それは『買ってきてって催促してるように聞こえてしまうだろうから』っていう彼のやさしさなんじゃないの……?

とは、マスコは言えなかった。

実際、当のさとりは『あれを見たい』と祈願からわがままを言われればすぐにそれを取り寄せようとするので、マスコの予想は全く現実に反していない。

 

 

「それにしても~~マスコちゃんのオススメの漫画は~~いつも面白いね~~!」

「気に入ってくれてるようで何よりだわ。少しだけ古いけど……ね」

「いいえ~~最近の雑誌の漫画より~~さとりは好きかな~~?」

 

 

――一瞬、無言の空間ができる。

さとりの表情を見たマスコは震えた。

――あれは、何かをしでかそうとする顔だ――

祈願と常に一緒にいるようになってからはあまりなくなったのだが、さとりは時たまに自分たちに対してかなりの無茶ぶりを要求してくる。

久々に来るか――マスコは腹を決めることとした。

 

 

「今日はマスコちゃんを助けてあげたしぃ~~、こうしてこっそり色んなもの買ってあげてるしぃ~~? ちょぉ~~っと、さとりのお願いを聞いてほしいんだよね~~?」

「ええ……もちろんよ。でも――しばらくはアタシだけでできることをお願いしたいの。まだ今日のことで男子たちのほとんどは傷ついてて……」

「マスコちゃんやっさしぃ~~!」

 

 

――男子の大半は今日のワラビンピックの際に、蕨たちによって力づくで懲罰房に叩き込まれ、その際にけがをした生徒も多くいる。

そんな彼らをかばうのが、納村と同じ部屋であるという理由で最もキツイ仕打ちを受けたマスコだ。

パチパチとゆったりとした動きでマスコの情に拍手を送りながら、さとりは彼にグッと近づく。

 

 

「だぁ~~いじょうぶだよぉ~~? さとりはぁ~~、そぉ~~んな悲しいこといわないもの~~。マスコちゃんさえお願いを引き受けてくれるならぁ~~……明日にはお薬少し多めにサービスしてあげるよぉ~~?」

「……ほんとうなのね? 分かった、何をすればいいの?」

「ふふふ~~マスコちゃんすてきぃ~~! ……さとりねぇ~~? 一番祈願ちゃんが大事なんだ~~。五剣の立場が奪われちゃったらぁ~~……祈願ちゃんに酷いことするひとがふえるかもしれないんだよ~~」

 

 

祈願に対する思いを吐露しながら、さとりはぐるぐるとその場で回転をする。

 

――さとりの警戒はある意味もっともだともいえる。

天下五剣はこれまで互いに対して警戒を行い、互いを疑うことが大変多い組織だった。

五剣の中では最もマキャヴェリズム――目的のためには手段を択ばないという精神性が顕著だと評されるさとりも、ほかの五剣のことを信用はすれど、信頼することなくずっと君臨してきた。

相手を疑うからこそ、さとりは覆面女子を用いてあらゆる情報を求めるようにもなったのだ。

 

 

「あ~~、今『考えすぎ』って思ったでしょ~~?」

「えっ……ええ」

「甘いよ~~? 祈願ちゃんのこと~~蕨ちゃんも、鬼ちゃんも、亀ちゃんも矯正しようと狙ってるんだよ~~?」

 

 

――それは、あなたたちがあまりにも不純異性交遊に該当することばかりしているからじゃないかしら……

マスコは言葉を紡がなかった。雉も鳴かずば撃たれまい。余計なことを言わないことが、生き残るという処世術なのだ。

 

話を戻そう。

ワラビンピックの際には、その『矯正する以外の共通する目的がなく、目的のための手段が異なることで日々いがみ合う』ような集団から、急に同じ男を軸として手を組み事に当たる者が二人も出てきた。

納村は五剣二人を懐柔し、手ごまとしていると認識されていても何らおかしい話ではない。

その二人――輪・メアリに敗北した蕨だって、もしかすると納村に従う可能性だってある。

そうなると残りとして狙うのは何か――それはおそらく、残った五剣である自分たち。またはそれを上回る地位。

彼女が仕入れた情報からすると、納村だけではなく『女帝』天羽までもが虎視眈々と五剣の地位などを狙っていることも間違いない。

 

 

「五剣はもぉ~~、鬼ちゃんも亀ちゃんも蕨ちゃんも負けちゃったよね~~」

「それが……どうしたの?」

「鈍いなぁ~~……ノムラちゃんがぁ~~邪魔なんだよね~~!」

 

 

納村や天羽が五剣の立場を壊すことで、さとりは今一番優先している『祈願の保護』に努めることができなくなってしまうかもしれない。

そうすると、さとりは祈願のことを喪ってしまう。そう彼女は連想した。

だからこそ、さとりにとって納村という存在は激しく邪魔なのだ。

それほどまでに、彼女にとって祈願という少年は、何よりも大事な存在なのだ。

 

 

「だからぁ~~……マスコちゃんは~~ノムラちゃんを~~祈願ちゃんに近づけないように見張っててね?」

「――なぜ? いえ、頼まれたことはするけれども……理由は、聞いてもいいかしら?」

「祈願ちゃんって~~ぶっちゃけた話しちゃうと弱いんだよね~~」

 

 

――それはあなたが過保護だからじゃないかしら。

マスコは幾度目かの声にできないツッコミを抱いた。

この愛地共生学園に通う男子は、ほぼ全員が元荒くれ問題児としてここに更迭されたのだから、矯正された今も大体の生徒には腕力などがそれなりに自慢できるほどである。

 

しかし祈願は転校事情からしてほかの男子たちと一線を画しているので、筋力やその他諸々がほかの男子たちと比べて弱い。

そのうえでさとりが彼を管理し、保護し、蝶よ花よと言わんばかりの愛で方をするので、一切そこらへんが成長できないのだ。

 

 

「祈願ちゃん自身も気にしてるんだけどね~~? もしノムラちゃんが祈願ちゃんを利用して~~ボクに接触してきちゃったら~~――ノムラちゃんのこと、殺しちゃうかも」

「――ッ!?」

 

 

彼は恐怖した。

――殺しちゃうかも。という言葉を発するときだけ、さとりの表情が全くの≪無≫になったのを見てしまったのだ。

普段から何を考えているかわからない、感情があるのかわからないといわれるような表情だが、今のはそれとは全く違う。

彼は恐怖した。さとりの愛情の重さに、祈願の縛られた環境に。

 

 

「そんなにおびえなくてもいいよ~~? マスコちゃんもさ~~、ルームメイトがいなくなったら寂しいよね~~?」

「わかったわ……! わかった……ちゃんと……アタシが見張っておくわ……!」

 

 

――マスコは恐怖を必死に押さえつけて許諾した。

 

だが、マスコは知らない。

祈願の他にもう一人いる男子(貫井川)が納村に興味を激しく抱いていて、彼との接触を積極的に望んでいるということに。

マスコがどのように努めたところで、四六時中納村を見張ることができないのだから、いずれそれは破綻することだった。

 

同じように、さとりも失念していた。

――祈願へと接触してくるのは、必ずしもさとり(五剣)目当ての人間しかいない。というわけではないのだということを。

純粋に祈願との交流を目当てに近づく人物だって存在する。そしてそれを、『行かないと言い張っていた祈願を五剣会議まで引きずっていく』貫井川のような人物が、手助けしないはずもない。と考えるべきだった。

 

 

「物分かりがいいマスコちゃんには~~お菓子をボーナスだよ~~!」

「あっ……ええ、ありがとう……」

 

 

――夜は更ける。

失念だらけの密会は何事もなく、お互いに気付くことなく終わってしまう。

互いに気づくことなく、指摘する者もいないので当然ながら、さとりの予定道理に物事がうまくいくはずがない。

貫井川にしろ、納村にしろ、彼らはあまりにも自由すぎた。

 

結論から申し上げると――番狂わせが、いつの世もいつの世界でも、面白いのだ。




左近衛祈願の由来
さとりのモチーフである数珠丸恒次の制作者が備前左近衛将監恒次という人物であることから。
さとり、ミソギと言った宗教的用語が並んだため、祈るから派生しイノリ。字はある意味素直に『祈願』とした。


次回
第三節:開け「男子」の会、恋は踊る
7/30、21:00より順次公開


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第三節:開け「男子」の会、恋は踊る
愛隷の章


『さとりちゃんが納村センパイについての話をよくするようになった。理不尽は承知だけど殴ってやりたい』
――左近衛祈願

『祈願は特に自分の状況が異常だと認識しているようでしていません。麻痺してるって感じもあるし、当然だって思ってることもあります』
――仮面兵


――最近さとりちゃんの様子がおかしい。

いや、いつもがそもそもにしておかしいって言われたら、何も言えなくなるんだけど。

その時点でこの話が終わっちゃうんだけど――

 

いや、そういう話じゃなくてね。

最近――特に納村センパイが亀鶴城センパイを打倒したって話を聞いたあたりからさとりちゃんの警戒が激しくなってるのだ。

具体的には、今までそんなに口出ししてこなかった貫井川センパイとの関わりに対して、めっちゃくちゃ干渉してくるようになった。

 

 

『いい~~? ロリコンちゃんはほんと~~に危険ちゃんだから~~祈願ちゃんのために近寄ったらだめなんだよ~~?』

『ロリコンちゃんが来たらボクのこと呼んでね~~? お姉ちゃんとかほかの子とか~~ボクもすぐに助けに行くからね~~!』

『学校にも危険がいっぱいだからね~~祈願ちゃんは無理に登校しなくていいんだよ~~? どうせ授業サボっちゃうんだから~~今日はお部屋でゆっくりしようね~~』

 

 

――と、今まで言わなかったようなことも段々と増えていってる。

そんなわけで、元々授業は大体平均2~3コマに一つはサボっていたのが、これらに加えてここ2週間少しは授業どころか登校自体が2~3日に一回しかしなくなった。

当然、今までただ授業サボってただけの不良生徒として通っていたのが、ここにきていよいよ学校すらサボる類の問題児として認識をされ始めた。

教室にはいたくないけど、教師が好きで受けたい授業があったりするのでそれなりに出るようにはしてたのに、今だとその授業もあまり受けられなくてちょっともやもや気味だ。

 

たまたまこの2週間、貫井川センパイは僕を引きずり出しに来ることもなかったので、さとりちゃんがセンパイとやりあうことなく済んでいた。

あと、きっと今までだったら、僕が学園を休んでいることで花酒センパイが介入してくるのだが、タイミング悪く花酒センパイは修学旅行でハワイにGOしてたばかり。

しかも、帰ってきてすぐにワラビンピックなんて開催しやがったのと、たまたま僕がその日は登校を許されていたというのも相まって、サボり状態だなんて発覚もせず。

 

残った二剣の鬼瓦センパイと亀鶴城センパイは、各々が決闘以来納村センパイにお熱なので僕の矯正に対して一切目が向かなくなったというのもあり、僕がサボリ状態だなんて気づきもしない。

根本的な話として、僕がさとりちゃんに逆らえればいいのだが、物事はそう簡単にできるものじゃあない。

なにせさとりちゃんは強いのだ、武力的にも、そして頭脳的な意味でも。

 

 

『祈願ちゃんがお部屋出て行ったら~~ボクはさびしぃな~~? 探すためになにしちゃうかわかんないなぁ~~?』

『ボクね~~? この前のサボった時の動画撮ってたんだ~~ふふ~~これ、男っ気のない蕨ちゃんに自慢したいな~~?』

 

 

……と、僕にとってはちょっと逆らいづらい事情がある。

僕がさとりちゃんに逆らったせいで、マスコセンパイのようななんも悪くない人たちが危害を負うのは、許せない。

僕がさとりちゃんから離れようとすることで、学園どころかその後の生活にまで影響を及ぼしそうなことを公表されるのもよろしくない。

 

あと花酒センパイをそういう話でいじめるのはほんとやめてあげて。

あの人が最年長だっていう分、実際本人が一番気にしてるっぽいから。

そしてそういう話題になると基本貫井川センパイがいじりだすから。

 

『やっぱり体型だけがロリのBBAな貴様にはBBA趣味の男すら寄ってこないようだなぁ! ねぇどんな気持ち? ねぇどんな気持ち!? 一番仲の悪いあの鬼BBAと亀BBAに先越されて悔しい? 悔しくないのぉ!?』

 

って、喜々として追い打ちかけていく姿が想像つくから。

 

 

「あの……祈願……君……」

「――あ、ミソギちゃん。授業はもういいの?」

「あ……うん……さとりちゃんが……見て来いって……」

 

 

突如部屋に音もなく入ってきたのはさとりちゃんのお姉ちゃんである眠目ミソギちゃん。

僕がさとりちゃんに気に入られるまでは、カツラとか着けて別の名前で在籍していたらしいんだけど……

色々とさとりちゃんとミソギちゃんの関係で頑張った結果、ミソギちゃんは眠目ミソギとして再入学をした。

本当なら名前のことでいろいろとあるにはあるんだけど、今の環境でさとりちゃんも名前が変わってしまうのは混乱も引き起こす。ということで今の形に納まったのだ。

 

 

「そっか……明日は学校いけるかなぁ……?」

「わからない……けど……行けるように……私からも……お願いしてみるね……?」

「ありがとう。ちょっと散歩したいんだけど、それは大丈夫かな?」

「あっ……聞いてみるね……」

 

 

そう僕に断って、携帯を弄りだすミソギちゃん。

覆面女子の大半は携帯を二つ――普段の使用のための機体と、覆面女子活動専用の機体を持っている。

けど、ミソギちゃんは一つしかもっていない。

『別に、私が覆面女子のリーダーだってもうバレちゃってるし』

って言ってる当たり、多分使い分ける必要がないから……ってことなんだろうなぁ。

僕? 僕が携帯電話なんて持ってるわけないじゃん。僕だけじゃなくて、男子生徒が基本誰も携帯を持てないんだ。

さとりちゃんは持たせようとしたけど、五剣会議で却下されたらしいので、今では防犯ブザーを代わりとして持たされている。

 

 

「返事がきたよ……?」

「おっ、さとりちゃんはなんだって?」

「えっと……『お姉ちゃんがしっかり見ててくれるなら仕方がないから帰ってくるまではお散歩行ってもいいよ』……だって……」

「やったぁ!! ミソギちゃんありがとう!」

「えっと……その……どういたしまして……?」

 

 

本当にミソギちゃんはいつもこういう時損な役回りをさせてほんとごめん!

今日は外に行きたい気分だったんだ!

外の空気めっちゃすうぞ!

 

 

 

――こういう時、僕はどんな顔をすればいいんだろう。

 

 

「オイオイ、なぁんでオレぁ武器を向けられてるんだかねぇ?」

「ダマって……! 消えて……!」

「おたくと争うつもりはないって。オレぁただ同じ男子の好ってことで話をしたかっただけでさぁ……なぁ左近衛だよなぁ!? そっちからもその嬢ちゃん止めてくれよぉ!」

 

 

――散歩と称して、ミソギちゃんと校内をブラブラしていたら、噂の納村センパイに出くわしたんだけど。

ミソギちゃんはなぜか警戒心むき出しにしてる。

納村センパイって花酒センパイも倒してるだろうし、そういう理由なのかな?

僕はちょっと、色々と話題な彼と話したくなった。

さとりちゃんがいない今だからできる、僕の意志でやる、小さな小さなわがまま。

 

 

「えっと……ミソギちゃん、納村センパイに武器向けちゃだめだよ? その人女たらしらしいけど、悪い人じゃなさそうだし……」

「…………」

「おたくさ、オレになんか恨みでもあるわけぇ……? オレらって一応初めて言葉交わしてるんだよなぁ……?」

「ええ、多分そうですね。センパイはこんな時間に何を――」

 

 

HAHAHA、恨み? あるに決まってるじゃないか。僕は忘れないぞ、モーガン・フリーマンの件は。

そういえば、この時間って基本校内バイトのない男子生徒は男子寮に居なきゃいけないんじゃなかったっけ?

納村センパイ、もしかして――

 

 

「――ああ、鬼瓦センパイと亀鶴城センパイと別れてから当てもなく独り戻ってきたんですね? 友達いないんですか? あ、男子寮の人たちは真面目だからこの時間に出てこないか」

「めっちゃくちゃ当たりキツイなぁ!? ホントなんか気に障ることしたかぁ!? 覚えがないからそこ聞きてぇんだけどぉ!?」

「モーガン・フリーマン」

「……はぃ?」

 

 

納村センパイがあまりにも必死なので心当たりを教えて差し上げることにした。

教えてあげたのにこの態度。なんて人だ、憤慨を禁じえない。

――とはいうけど、さすがに覚えてないかもしれないし、そもそも僕がそれを言うとは思ってないはずだ。ちゃんと真面目に答えてあげよう。

まずは自己紹介からだ。

 

 

「どうも、左近衛祈願、高校一年生です」

「祈願君……!!」

「大丈夫だよ。彼女は眠目ミソギ」

「よろ……しく……」

「おーおー、なんだかんだで自己紹介できるたぁ見どころあるぜ後輩達。納村不道だ、アクセントは頭に頼むぜぇ?」

「よろしくお願いします、ノ≪ム≫ラセンパイ」

 

 

ご希望に沿ってアクセントをわざと間違えてあげた。

やるなやるなって言ってるときは大体やってくれって言ってるんだって、僕知ってる。

ダチ〇ウ倶楽部は嘘つかない。

 

 

「おたくわかってやってんだろ!? フリじゃねぇって!!」

「あー、本当に≪ノ≫ムラセンパイなんですね。失礼、噛みました」

「最初に普通に呼んでたじゃねぇか!? ところで、モーガン・フリーマンってまさか……?」

「ええ、さとりちゃん――眠目さとりちゃんをそう評したでしょう?」

 

 

今の言葉と、ミソギちゃんの苗字で大体察したのだろう。

納村センパイの表情はかなり渋くなり、居心地の悪そうな顔になった。

ちょっと反省してるのかな? じゃあ赦してあげよう。

 

 

「――まぁ、ぶっちゃけた話それについては特に怒ってないです」

「マジか!? そりゃあ助かる!」

「でも一発殴らせてください。気持ち的に」

「マジかぁ……」

 

 

――面白い。めっちゃこの先輩と話してると面白い。

コロコロと表情豊かで、話しててリアクションがとてもいい。

やっぱりたまにはほかの男子との会話もいいなぁ。

内心喜びに満ちながら、納村センパイとコントみたいな会話をしていると、ミソギちゃんが強く服を引っ張ってきた。

 

 

「祈願君……さとりちゃんが……帰ってくる……」

「あー……さとりちゃんが帰るまでって約束だったっけ……センパイ、そういうことなんで帰ります」

「おー……なぁ左近衛? また話そうぜ。おたくみたいな普通の男子ともっと話してぇからさ」

「……はい!」

 

 

納村センパイの言葉に勢い良くうなずき、その日は別れた。

また会う時が楽しみだなぁ……!

期待に胸を膨らませて、ミソギちゃんが『コケちゃうよ……!』と心配するほどには上機嫌で部屋に帰った僕はまだ知らなかった。

 

 

 

 

「さとり…………ちゃん…………なん…………で…………?」

「ごめんね~~? 祈願ちゃんには~~邪魔されたくないからね~~」

「あの……さとり……ちゃん……」

「ミソギちゃんは~~や~~くぅ~~祈願ちゃんが暴れちゃうでしょ~~?」

 

――僕が納村センパイと話したことが、色んな人に迷惑をかけていたなんてことに。

 

「くふふ~~祈願ちゃんが目を覚ました時には~~ボクたちの時間を邪魔する人たちはみぃ~~んな、消えちゃってるからねぇ~~?」

 

――僕は、どうしたらよかったんだろう。

僕があの時、ささやかな反抗をしなかったら……

自分の意志で動かなかったら――

 

もう後悔は間に合わない。

賽は投げられたんだ、僕の過ちによって。

 

――これは、今ここから始まる、天下五剣の栄華その終焉の事件――




さとりミソギ姉妹の苗字である眠目。
タマバという読みだが、何気に北海道で確認されている。
苗字検索サイトだと、2017年四月時点でも大体全国に十人前後存在するという。
つまり、眠目姉妹の出身は北海道……かもしれない。


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変態の章

『別にホモホモしいってわけじゃないですよ?男子同士の恋が踊るって意味とかありません』
――マッキー


転校生――納村不道が『ワラビンピック』を生き延びてから早いもので2日経った。鬼と亀の間の戦闘で顔を合わせてはいるが、しっかりと話したことはない。ここのところ五剣による彼の矯正が立て続けに行われ、話しかけるタイミングがなかった。

そのワラビンピック以降、納村は女子にモテモテ。整ったルックスと二剣を下した実績で既に人気はあったのだが、全校中継の中でロリBBAに勝ったことで好感度が爆上がり。今や歩けば黄色い声が飛び交い、落とした2人は嫉妬に狂う始末。

 

たびたび彼とお付きの2人が固まって行動しているところを見かけるけど、嫉妬が目に見えて溢れ出している。触らぬ神に祟りなし、っていうのはああいう状況を指すんだろう。実際ほかの生徒は遠巻きに眺めているだけで、あれに交わる勇気は持ち合わせていなかった。仕方ないね。

あのちやほやはいつまで続くのが気になるけど……それよりも気になるのは祈願のことだ。ここ最近アイツの姿を全く見ていない。

 

「そうは思わないか月夜ちゃん!」

「何を言い出すんですか。いきなり思わないかと言われても意味が分かりません」

「辛辣ッ!ってか前もこのやりとりやったよね?」

「はい、鬼瓦さんと納村さんが戦闘していた日にしていますね」

「まぁよくあるよね。月夜ちゃんは祈願が最近学校来てるか知ってる?」

「左近衛さん、ですか?どうでしょう……言われてみればここのところ声を聞いていない気がします」

 

月夜ちゃんが聞いてないなら本当に来ていないのだろう。

いやマジでどうしたのか、授業はともかく少なくとも部屋から出ないなんてことはなかったはずだ。何かあった、って考えるのが自然だよなぁ。

 

「というか授業どころか学校にすら来ないって完全に不良だと思うんだけど月夜ちゃんはどう?」

「不良もなにも、この学校に来ている時点で不良の枠に入るのでは?」

「おっとぉ、これは1本取られたわ。だが祈願の名誉のために言っておくとアイツは被害者だから」

「ほよ、それでも授業を基本サボっているような人は不良でしょう」

「それな!」

 

何を言ったところでサボり魔はサボり魔、これは完全に不良認定受けるね。擁護できなくてすまんな。

 

「その不良さんですが、どうやら隔離部屋にこもっているようです。まぁときどき聞こえる独り言から察するに、おそらく監禁されてますね」

「監禁!?祈願は緑のお気に入りだろ!?五剣に関わってるアイツが監禁てどういう――」

「ですから、その緑が監禁しているんですよ」

「――マジで言ってる?五剣といえど、いち生徒を独断で学校に出席させないでいいの?」

「ダメに決まってます。監禁の事実が明るみに出れば花酒さんが黙っていないでしょう」

 

確かにこの学園における天下五剣の権力は大きいと思う。大きいとは思うが、監禁はいかんだろう。義務教育ではないにせよ、通ってるんだから授業は受けなければならないと思うんだ。

 

「どの口がそんなことを。ならば貴方も授業に出ないといけないでしょう」

「ふっ、何をバカなことを。授業よりもキミが大切に決まっているだろうッッ!!」

「…………ぁぅ」

「あぁ!照れてる月夜ちゃんが可愛すぎてツラい!!」

「うるさいですうるさいです何も言わないでください!」

 

反則級に可愛い!!これだから月夜ちゃんは最高なんだ!世界中に届け!月夜ちゃんの照れ声!

 

「ごちそうさま月夜ちゃん!祈願の情報ありがとう!」

「はやく行ってください!ガッカリです!」

 

 

 

***

 

 

 

午前中ラストの授業時間、俺は月夜ちゃんのもとではなく隔離棟の前にいた。

 

「お、来たか」

「――下駄箱に"ぽい"手紙が入ってるからもしかしてとは思ったんだが……野郎からのラブレターだとはなぁ」

「『可愛い女の子だと思った?残念!貫井川くんでした!』の一文は自分でも上出来だと思うよ?」

「反射的に破り捨てそうになった手を抑えたオレを褒めてやりたいねぇ……!それで?こんなもので呼び出したからには理由あんだろ?」

 

棟の入り口で待っていたところにやって来たのは納村不道。誰もいない朝早い時間、コイツの下駄箱の中に招待状(ラブレター)を入れておいたのだ。理由は書かずに時と場所だけを記しておいたんだけど、本当に来てくれるとは思わなかった。

 

「マジで授業抜けてくるなんてなぁ。来なかったら俺だけで行こうかと思ってたけど、来てくれてよかった」

「よかったなんてよく言うぜ。おたくあれだろ、噂に聞く『変態』だろ?」

「なんだ知ってたのか、自己紹介が省けて楽だな」

「ルームメイトが色々と教えてくれてなぁ。なんでも男共の中で伝説になってるらしいぜ」

「伝説ぅ?そんな敬遠されるような肩書きよりも、俺は一緒にバカやれる悪友が欲しいんだけど」

 

伝説なんて大層なものはいらないから、同性の悪友か月夜ちゃんみたいな素晴らしい幼女くれないかなぁ!

 

「そんなことはいいんだ、重要なことじゃない。あ、本題の前に不道って呼んでいい?」

「いきなり馴れ馴れしいねぇおたく……まぁ名前にさん付けしなけりゃ構わんさ」

「よし、俺のことは貫井川でも蓮でも変態でも好きに呼んでくれ。それじゃ話そうか」

「やっと本題かよ、ここまで長かったなぁおい」

「ちょっと不法侵入してみないか?」

「いきなり何言ってんの!?」

 

不法侵入と聞いて取り乱す不道、何故そんなになるのか分からないんだが……。俺がこの学園に来る前には毎日していたというのになぁ。気になるあの子の様子を家の中まで観察するのがロリコンの宿命……!

 

「不法侵入って言っても男の部屋だから安心してくれ、いざ行かん!」

「安心できる要素がねぇ!そしておたくはなぜに壁に向かってるんだぁ!?」

「窓から入るために決まってるだろ!早く来い!」

「なんでオレがキレられてんの!?わぁったから置いて行くなぁ!」

「登りやすいところ選んでるんだからついて来いよ~?男の子だろ~?」

 

登ると言っても所詮は二階の部屋、たいした労力を使わずに窓に到着。下を見ればちゃんと登れている不道が見える。あとは窓をコンコンと叩いてやれば――

 

「貫井川変パイ!?どうしてここにっていうかどうして窓から!?」

「おう変態とセンパイ混ぜるのやめろ、窓からなのはそういう気分だったからだが?そんじゃま失礼~」

「気分で二階の窓からお邪魔なんてやっぱり変態ですね……ってあれ?後ろから来たのははノム(・)ラセンパイですか?」

「おいおいアクセントは頭につけろっておたく2回目だろぉ!」

「冗談ですよ、後輩のおちゃめぐらい見逃してくださいよノムラセンパイ」

 

あれ?てっきり初対面だと思ってコイツ連れてきたけど……もしかして面識ある?

 

「キミらお互いの顔知ってる感じ?もしかして知らなかったの俺だけだったり?」

「昨日散歩の途中で出くわしまして、軽い自己紹介はしてますよ?」

「うっはマジでか、『そろそろ例外の男子で親睦会的なのやるか』とか思ってた俺ってめっちゃ恥ずかしいヤツじゃん勘弁しろよぉ」

「あ~、自己紹介って言ってもホントに名前くらいだったんで無駄ではないですよ?むしろ嬉しいです、僕もセンパイとは仲良くしたいって思ってましたし」

「オレも噂話だけじゃなく、面と向かって話してみたかったってぇのはあるから助かるっちゃあ助かるぜ?おたくら噂と実物が違いすぎるんでなぁ」

「そう?だったらいいや、ボーイズトークしようボーイズトーク!親交深めようぜ!」

 

せっかく化粧しないでも生き残れてる男が集まったんだからさ、仲良くなるしかないよね!……でもさ、仲良くなる前に聞いておかないといけないことがあったわ。

 

「なぁ祈願、お前どうして監禁されてんの?」

「かんきん??僕お金にされてるんですか?」

「いや普通に考えて囚われてるって意味だと思うんだが……って監禁!?おたくが!?」

「監禁ってそっちですか。僕が監禁されてるって、いやそんなことないですよ?前よりちょっと厳しいけど普通ですって」

 

オーケー分かった、この野郎だいぶズレてきてるな。学校への登校含めた外出を全面的、一方的に禁じるってのは普通じゃないってことすら分からなくなってやがるね。これは早急な対処が必要だぞ……。

 

「ちょっと祈願くんよぉ、緑に何言われてここにこもってるもか教えてくれないか?」

「え?えっと……部屋から出るな、貫井川センパイと会うな、あと特に念押ししてきたのはノムラセンパイの相手をするなってことですね」

「部屋から出るなって、え?おたく学校はどうしてるんだぁ?」

「学校にも行かなくていいって言われたので行ってないです」

「どうよ不道、これでもコイツは監禁って考えてないんだ。だいぶキてるだろ?」

 

反応がない?と思って見てみると絶賛フリーズ中だった。目の前の状況の整理を頑張って行ってるらしいが、もはや『考えるな感じろ』の域に突入してる感じあるから諦めが肝心だぞ?

 

しばらく復活を待ってると、状況把握が済んだのか無事再稼働しだした。

 

「オレも刺激的な生活送ってきたと思ってたんだがなぁ……こいつぁたまげたぜ」

「今は祈願1人だからこの程度だが、緑と一緒のときはもっとやばいからな」

「……もう知ってる、実際この目で見た」

「センパイたちさっきから何を?」

「気にするな、もう少ししたら解決できる問題だから」

 

いい加減ロリBBAあたりがなんとかしてくれると思うんだが……早くしないと両方手遅れになってしまう。もう監禁まで来てしまったんだ、次は拘束でもしかねないぞあの緑。

 

――キーンコーンカーンコーン――

 

とか考えているとチャイムが聞こえた。これは授業終了のやつか。

 

「授業終了のチャイム!?センパイかなりヤバいです!さとりちゃんは毎日ここでお昼食べてるんですよ!」

「ここでお昼?ということは――」

「眠目がここに来る!?そいつぁマズいんじゃねーの!?さっき接触厳禁とか言ってたよなぁ!?」

「リアルガチでヤバいヤツ!ずらかるぞ不道!二階からなら飛び降りられるだろ!」

 

緑に感づかれては一巻の終わり、修羅場は免れないだろう!こんなところで死ぬのはゴメンだ!

 

「じゃあな祈願!今度はちゃんとした男子会やるからな!」

「僕も楽しみにしてます!」

「窓は閉めとけよ!――とう!」

「それじゃオレも行くぜ、次はゆっくり話したいもんだなぁ!」

「はい!また近いうちに!」

 

 

 

***

 

 

 

「見つかってたら即戦闘だった……何とか修羅場だけは回避できたな」

「おたくら2人があんまりにも騒ぐからオレもビックリしたが、実際そんなにヤバかったのかぁ?」

「監禁なんてやらかしてるんだ、今あの緑は相当警戒してる。そこに近づくなと言い聞かせたヤツがいたら確実にちょんぱよ」

「確かに話を聞く限りでは監禁なんだよなぁ……散歩で会ったときはまともそうなヤツだと思ったが、その評価も修正しないといけないかぁ?」

 

祈願に近づく輩は問答無用で攻撃・排除しようとしてくるから質が悪い。今回の件も、誰かが祈願に不用意に近づいたのが原因だと思われる。しかもつい最近に。

 

ん?最近になってアイツに近づいた?え、もしかして目の前のコイツが原因だったり?もしそうなら確実に緑は不道を狙うだろう。出来れば杞憂であって欲しいんだが……まず叶わないだろうなぁ。

 

 

不道よ、強く生きてくれ!!

 

 




納村ではなくとも、初対面時に女子生徒にお姫様抱っこされてイチャイチャと場を去っていく様子を見てしまえば普通の間柄とは思いづらいのではないだろうか。

ちなみに、ワラビンピック授与式の際、さとりが登場するシーンの場所が大きく異なっている。
漫画で輪とメアリが不許可した『二階渡り廊下』を、アニメではさとりがためらいなくぶち破っている。
漫画だとしっかり一階正面から出ているのだが……


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間章:「天通眼」は見逃さない

『君主は、自らの権威を傷つける恐れのある妥協は、絶対にすべきではない』
――ニッコロ・マキャヴェッリ

『さとり始動。走れメロスならぬ駆けよさとり――三巻内容よりお送りします』
――仮面兵


眠目さとりは激怒した。

必ず、かの傍若無人の納村を除かねばならぬと決意した。

さとりには男の交流とやらがわからぬ。

さとりは、天下五剣である。

男を玩具とし、情報を欲しいがままに得て暮らして来た。

けれども祈願に近寄る存在に対しては、人一倍に敏感であった。

 

 

 

――祈願が納村と邂逅したその夜。

さとりは怒りに駆られ、自室にミソギを呼びつけていた。

 

 

「ねぇ~~? なぁ~~んでミソギちゃんがついてるのにぃ~~ノムラちゃんと祈願ちゃんが会っちゃったのぉ~~?」

「ご……めん……なさい……」

「さとりは~~すっごい怒ってるんだよ~~?」

 

 

ミソギは、部屋に入ってすぐさとりの異変に気が付いた。

彼女が自分のことを『ミソギちゃん』と呼ぶのは、祈願と出会う前までだった。

しかし今、彼女はその呼び方で自分を呼んでいる。

それだけではない。さとりは祈願とミソギの前では自身のことを子供のころのように『ボク』と呼称していた。

それが今、ミソギの前でも『さとり』と自身を呼んでいる。

――ミソギは、ただ事ではないということを改めて悟った。

 

 

「さとり困っちゃうなぁ~~? さとりはぁ~~ミソギちゃんがついててくれるっていうから~~祈願ちゃんの散歩を許してあげたんだよ~~?」

「まって……さとりちゃん……! 私も……すぐに去ろうとしたの……!」

 

 

さとりは、納村と祈願の遭遇するその場にいなかった。

故に、どのような事情で納村が祈願に近寄ったかというのを知らない。

納村がただ、夕方に学園内をうろついてただけのところを、同じく何も計画なく散歩していただけの祈願が遭遇していた――という事実を、さとりは見ていなかった。

今のさとりの頭にあるのは、『二度目の邂逅を必ずさせてはならない』と、いう危機感だけ。

その危機感が、祈願と出会う前の彼女を再び表面化させてしまっていた。

 

 

「口答えを~~許した覚えはないよ~~!?」

「がっ……!」

 

 

さとりはミソギの頬を手の甲で強く打った。

ミソギはここ一年で久しぶりに振るわれた暴力に一瞬呆ける。

そんなミソギのことを気にかけず、さとりは彼女の髪をつかみ、自身の顔を近づけた。

 

 

「もう一度聞くよ~~? なんでミソギちゃんがいたのに~~ノムラちゃんは祈願ちゃんに出会っちゃったの~~?」

「ごめ……ごめんなさい……!!」

 

 

ミソギは思い出してしまった。

祈願とさとりが出会い、さとりが祈願の虜になる前に自分が受けてきた痛みの数々を。

 

 

「ごめんなさいだけじゃわからないよ~~?」

「ごめんなさい……! ごめんなさい……ごめんなさい……!」

 

 

ミソギは涙声でただ謝罪をひたすら述べる。

その謝罪は誰に向けてのものなのか、彼女にもそれはわからない。

ただただ、さとりに恐怖し、脅え、何に対してでもなくただ許しを請う姿しかそこにはなかった。

 

 

「も~~ミソギちゃ~~ん。そんなに謝られても困っちゃうよ~~」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい――」

「ほぉ~~らぁ~~さとりをみて~~?」

 

 

さとりはそんなミソギの両頬を両手で、それもかなり強めに破裂音のような音がするように挟み込む。

自身の頬から響く音にミソギはまたもや脅え、声も出せなくなってしまった。

 

 

「さとりは~~ミソギちゃんがだぁ~~い好きだから怒るんだよ~~?」

「うん……そう……そうだね……! さとりちゃん……」

 

 

――二人は過去に立ち返ってしまった。

祈願という存在によって変革した二人は、彼を守るためにという大義名分で元の姿に戻ってしまった。

さとりは指示を出した。

二度と祈願には誰も近づかせまいと。

そのために、徹底的に祈願に近づかせることのできない環境を作ると――

 

 

***

 

 

しかし、彼女の決意は微塵に砕かれた。

なんと、納村は再び祈願に接触してしまったのだ。

それも、今回最も予想だにしなかったポイントは、普段月夜にべったりくっついている貫井川が手を貸したこと。

彼女は困惑した。自分だけではなく、ミソギも部屋から離れた隙を狙って、窓から侵入するとまで考えなかった。

 

 

「なんで~~? なんでなんでなんで~~!? なぁ~~んで祈願ちゃんにみんな近づいてくるの~~!!」

 

 

納村一人じゃ、間違いなく祈願まで会いに来れない。

それを確信してたがゆえに、それを実行するためにわざわざ祈願を学校どころか外にも一歩も出さなかったというのに。

祈願に普段対して興味を持っていなかった貫井川が納村に手を貸してくるだなんて考えられただろうか。

 

――普通は考えられただろう。

普段のさとりやミソギであれば、そこらへんに視点を向けられていた。

しかし今の彼女たちは正常ではなかった。

あまりにも納村を警戒しつづけたせいで、彼女たちは本末転倒に『なぜ納村を排するのか』事態に頭を回せなくなってしまっていた。

だからこそ、『なぜ祈願に近づくのか』ということそのものにも気付けなくなってしまった。

 

 

「わからないよぉ~~! なんでロリコンちゃんが手を出してくるの~~!? 祈願ちゃんはさとりのものなんだよ~~! さとりだけが手を出していいんだよ~~!? 祈願ちゃんを大好きなのはさとりなんだから~~!」

 

 

さとりは『好き』というものに対して歪んだ考えを持っていた。

元々、彼女自身の考え方や行動の全ては彼女の『過去』に由来している。

その本質は『模倣』。彼女は自身が受けた経験から『好き』という物を感じていた。

 

彼女にとって、『さとり』という人物にとっての『好き』は『傷つけること』。

だからこそ、祈願を独占し、人としての尊厳を傷つけることが、彼に対しての『好き』を示す。

他の人に『傷つけさせない』ことが、自分だけ『好き』を伝えられるというアドバンテージだと、彼女は考えてしまっているのだ。

 

 

「こうなったら~~……ノムラちゃんを消すしかないよね~~ミソギちゃ~~ん?」

「っ……うっうん……!」

 

 

――こうなったのも、全部納村不道ってやつの仕業なんだ。

そうさとりは結論付けた。

彼が来てから、すべては歪んでしまったのだと。

彼こそが諸悪の根源だと、さとりは決定づけた。

 

しかし彼女は気づかない。

納村を嫌いだからこそ、『消す』という手段で『傷つける』。

『好き』ではない相手を『傷つける』という論理は、彼女の中で『成立してはいけない』ものだということに。

 

 

「でも~~……またロリコンちゃんに邪魔されたら困っちゃうよね~~? どうしよっか~~?」

「えっと……部屋を施錠して……窓も封鎖しちゃえばいいと思う……」

「それだぁ~~! ミソギちゃんすばらしいよ~~!」

 

 

貫井川の一番問題なところは『空間があれば大体どこからでも入ってくる』というところ。

今回納村を連れてでも窓から入ってきたのだから、入ってこれないように封鎖する以外はない。

それを破るためには実力行使、物理的に窓やドアなどを壊せるような存在でなければならない。

しかし貫井川はさとりの記憶違いでなければ今のところドアや窓を壊すような物理的手段を持ち合わせていない。

 

 

「じゃあ~~ノムラちゃんはどうやって消しちゃおっか~~?」

「彼は……その……外出許可証のハンコを……集めてる……」

「あ~~そういえばそうだったね~~……じゃあ、それ奪っちゃおっか~~?」

 

 

現在外出許可証は鬼瓦輪が証書発行をしている。

発行においては一人一枚と制限をされており、紛失した場合には翌年まで発行ができない。

過去に一度、模範男子生徒が外出許可証を紛失したと偽り、許可証の発行ビジネスを裏で行っていたということがあった。

そこから『第三者の手に渡らないように』と、使用期限を一年とし、再発行は翌年度からという制約が生まれた。

 

納村は今、外出許可証の印を集めることに集中している。

さとりに必ず会いに来るのだろうが、普通に会いに来させても彼を消すことが難しい。

輪、メアリの二名が必ずくっついてくるという確信が彼女にはあったのだ。

故に、さとりは『納村が二人に言い出しづらい』事情を作り出し、『自分に会いに女子寮まで忍び込みに来る』という手段を起こすことにした。

 

 

「もし失敗しても~~……フフフッ……あ~~楽しみだなぁ~~!」

 

 

さとりの敵はあくまでも納村不道一人であって、ほかの五剣は別に今下すものではない。

彼女の頭にはすでに、いかにして納村を『消す』か。もうそのことしか考えが及んでいなかった。

 

 

「それじゃあ~~祈願ちゃんは動かないように部屋に縛り付けておかなきゃね~~!」

「……っ」

「ミソギちゃ~~ん、やるよ~~?」

「……はい……さとり……ちゃん」

 

 

***

 

 

「くあぁ……ねみぃぜ」

「だらしないぞ、男ならばもう少しシャキッと立て!」

「そうは言うけどよぉ……」

 

 

さとりの決意から翌日。

自身の昨日の行動が輪などには発覚していないことに安心しつつ、納村はいつも通り登校していた。

彼は自身が入学してから段々と増え始め、だんだんと距離が近くなっていく女子生徒たちに対して内心焦りつつも表面上は余裕そうに振る舞う。

 

 

「納村くーん! おはよー!」

「おーおはようさん!」

「カッコいいなぁ……」

「おう、聞こえてるぜお嬢さんがた、サンキューなぁ」

 

 

女子の波に押し出されるように、少しずつ離れていく輪とメアリ。

『あの二人ならまぁ問題はねぇか』と若干の信頼を寄せる納村は、軽く後ろの二人に手を振る。

しかし、二人にとって、納村は女子に囲まれているために姿と現状がわからない

――五剣という最強のボディーガードの視界には、彼が映っていないということがどういうことか――

 

 

「――キャッ!」

「おぁ!? すまんな、ケガはないか?」

「あ……ごめんなさい……」

「気にすんなって、ちょっと役得だって思ったくらいだ」

 

 

一人の女子生徒が、女子生徒たちによって築かれた壁のせいで端に寄り損ね、納村に真正面からぶつかってしまった。

彼はぶつかられたことを咎めず、軽口をたたく。

ぶつかられたことは大して気にならない。

ちょっとばかし女子たちの寄りが近かったので、そこから意識をそらしてくれたことはありがたいの一言に尽きる。

 

 

「納村ァ!!」

「――ヤベ、教室過ぎてたじゃねぇか」

 

 

意識をそらしすぎて、教室の位置を間違えてしまったことには反省をしなければ。

少しだけ罪悪感を覚えた納村は、輪の元へと急ぐことにした。

周りの女子生徒たちは、輪の叫び声に反応し、蜘蛛の子を散らすようにいつの間にか去っている。

 

輪の元へ向かう時、先ほどぶつかられた部分などに触れた納村は違和感を感じた。

――なんか入ってやがる。

それはどうやら紙の類。靴箱ではなく、直接ポケットにほおりこむラブレターとは実に赴き深い。

いいお友達になれるかもしれないな。と、しょうもない思考を抱えながら、納村は怒鳴る輪をしり目に紙を取り出し、目を通す。

 

 

「本当に貴様と――おい、納村。何があった?」

「――いや……わるいな鬼瓦……何でもないさ……」

「……そうか、では教室に入れ。HRが始まるからな」

 

 

――時は動き出す。

全ては狂った少女の願いから。

その標的は、一人の反抗心豊かな少年。

少年への招待状は届かせられた。

少年は招待状を把握した。

 

では始めよう。

これが本当の、崩壊の始まり――




さとりは原作で『最もマキャヴェリズムを体現している』と評されているが、実はこの表し方は少々間違っている。

原作タイトルでもあるマキャヴェリズム。
これは考え方そのものを表すのであり、思想行為者ともいえる作品人物たちは総じて『マキャベリスト』や『マキャヴェリアン』と表すのが正しい。
つまり天羽さんは、『眠目さとり。お前は名誉マキャヴェリアンだ』と言った方が良い。

ちなみにマキャヴェッリの思想は『マキャヴェッリ的知性仮説』等、生物学にも利用されている。


次回
第四節
8/3、21:00より順次公開


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第四節
間章:歪んだ「姉妹」


『別の人格を装うことは、場合によっては賢明な方法になることがある』
――ニッコロ・マキャヴェッリ

『蕨VSミソギ、納村VSさとりです。原作三巻以降での蕨のイケメンさにときめきクライシス』
――仮面兵


――時は納村不道が招待状を受け取った日の夜。

招待状の代金は彼の大事な外出許可証だ。

一体いつの間に奪われたのか? そもそもいつからなかったのか?

彼は変に忘れっぽかった。だが、招待状には彼の外出許可証を持っている眠目さとりの写真があったことは現実だ。

彼は当然取り返しに動く。お目付け役の鬼瓦輪と亀鶴城メアリには内緒で来い。と指定されていたのもあって、こっそりと動かざるを得なかった。

 

『なんじゃ、こんな時間に忍び込む戯け物を見つけてしもうたわ』

『花酒か……悪い、ちっと黙っといてくんねぇか!?』

 

彼は変に不器用だった。女子寮に侵入したときには独り動かなければならなかった。

だが、天は彼に味方した。

最上級生の花酒蕨が彼を見つけたのだ。

実はワラビンピックの後行われた蕨たちの褌公開着用の際に、使っていたカメラは彼の心遣いで電源が入っていなかった。

情けをかけられたと気づいていた蕨は、女子寮に侵入した事情を彼から聞きだすことで、さとりが暴走しているのだということまでも見抜いた。

 

『――なるほどのぉ……左近衛を監禁し、お主の外出許可証を強奪し、終いには女子寮侵入を推奨とはのぉ……! それは笑って捨て置けん。さとり姫の元じゃな? 今から向かうのであろう? わらわも同行するぞよ』

『花酒蕨院……!? ありがてぇ……助かるぜ……!』

 

そして、『輪とメアリには内緒に』とは言われたが、『蕨に気付かれてはならない』と言われてない。

と、暴論を振りかざしながら、五剣最年長としての誇りを掲げ、さとりの制止に力を注ぐべく、彼に同行することを選んだ。

様々なハプニングがあったものの、どうにかさとりの部屋まで向かうことができた二人。

今彼らは、さとりの部屋を捜索した後。最後の砦、皆が遠慮しあうさとりの入浴時間の大浴場に足を踏み入れるのであった――

 

 

「――ノムラ!」

「声の大きさに気をつけろよー? どうしたぁ、何かあったかぁ?」

「逆じゃ……! さとり姫の刀がない……ッ! 置いてあるのは鞘だけじゃッ!!」

「――ってことはまさか……!?」

 

 

脱衣所にて、さとりの衣服を漁っていた蕨は、さとりの刀が抜き身でどこかに持ち去られていることに気付く。

二人の視線は戸の向こう側にある風呂場へと向く。

――直後、何者かの気配を感じて二人はさらに振り向く。

 

 

『テン――ソウ――メツ――』

「……ノムラ、気づいとるな?」

「ああ。オタク、ミソギって名前だったよな――あの時左近衛と一緒にいた女だな!」

 

 

現れたのはホッケーマスクを着けた、長髪のカツラを被った少女――ミソギ。

既に彼女はミソギの名で学園に在籍してしまっている。

故にその姿であったところで、覆面女子としての役割を果たすことはできない。

――だが、『ミソギ』にとって、本当に必要なのは姿見を隠すことではなく、眠目ミソギというただ一人の少女が覆面女子としての『ミソギ』として、振る舞うことそのものである。

 

 

『テン――ソウ――メツ――』

「おいおい、返事もないってのはちょっとひどくねぇかぁ?」

「ノムラ、こやつはまるで――左近衛が来る前の『ミソギ』じゃ。ひたすら役割だけに徹する……依り代よ」

「なんだぁ? つまりは無視ってことだろ……少し傷つくぜ」

 

 

軽口を叩く納村。

彼がよそ見をする間に、ミソギは武器の竹筒を構え、矢を吹き出す。

その距離実に六メートル以内。いくら彼の動体視力が五剣の剣を見切れるほどのものだとしても、初動に反応できなかった時点で避けられないことは確定している。

――それを防いだのが、蕨だった。

 

 

「――戯けっ! 油断するでないわ!!」

「花酒っ!? スマン! 大丈夫か!?」

「大事ないわ……!」

 

 

針に何かしら塗られていることを前提とし、針を抜いた直後血を吸いだしながら納村に返答する蕨。

初手の天秤はミソギに傾いてしまった。

二人は先手を譲ってしまったことによる精神的敗北を一瞬感じ、一歩後ずさってしまう。

 

――そこに、風呂場の扉が開く。

現れたのは――

 

 

「あ~~、待ってたんだよぉ~~? でもぉ~~蕨ちゃんがあんなことされたのに手を貸すなんてわからないなぁ~~?」

「さとり姫……!!」

「おいおいおい……嘘だろ……!?」

 

 

現れたのはさとり。予想通り抜き身の刀を携え、納村の外出許可証を防水パックして胸元に垂らしているまでは、まだよかった。

しかし彼らが一番驚いていたのは――

 

 

「なんであいつ……水着着てやがんだ!? それもちょっと過激!? あ、結構似合ってんな!」

「お主もう少し反応するところあるじゃろうが!!」

「うわぁ~~祈願ちゃん以外に褒められてもうれしくない~~」

 

 

蕨はともかく、納村は数えの齢が17のごくごく健全な男子高校生。視点が少しばかり邪なものに向かうのには仕方がないと思える。

さとりに気を取られた彼を狙うべくミソギが矢を吹くものの、二度の手は食わぬとばかりに彼は矢をつかみ取る。

 

 

「そうだね~~それで終わったら面白くないよねぇ~~?」

「……ノムラ、分担するぞよ。さとり姫は主に用があるらしいでの、ミソギはわらわが引き受けよう。風呂場で存分に語らうといい」

「花酒……すまねぇな、頼むぜ」

 

 

蕨の言葉を受け、さとりに向き合う納村。

さとりが水着のままで風呂場に移動しようとする姿を見て、彼は細やかな苦情を述べる。

 

 

「おいおい、服くらいきたらどうだぁ? 水着じゃあ湯冷めしちまうぜぇ?」

「ノムラちゃんってニブチンだぁ~~これでいいんだよ~~? 戦略のうちだしね~~?」

「おいおい……!」

 

 

さとりは納村の苦情に対し向き直り、やや胸を寄せるポーズで返答する。

彼はただそれを見て、こう漏らした。

 

 

「やっぱ思ったけど花酒よりあるなぁ……鬼瓦には負けるか……いや、逆かもしれねぇなぁ――あっやべぇ、これじゃあ魔弾が撃てねぇ……!?」

「今からお主の敵に回ってやろうか阿呆!? 真面目にやらんかノムラァ!!」

「うわぁ~~最初は裸も考えたけど~~水着にしててよかったぁ~~……」

 

 

男子高校生には少々刺激の強すぎる今の状況。

男性特有の生理現象によって前かがみとなったことで本能的に自身の不利を悟った納村に対し、蕨は自身の体型への暴言も含め烈火のごとく言葉を飛ばす。

 

そのまま蕨は扉を閉め、直後ふらつく。

――やはり薬が塗っておったか。

常識とは言え、薬自体に対して対策を講じなかったのは愚だったか。と反省を思う。

とにかく……どのようなことをしてでもここは守り通さねばならぬ。

 

 

「ミソギ――死合う前に聞くぞよ。お主は……何故……何故! 今、あの頃に立ち戻ってしもうた! ノムラが原因だとしようと、さとり姫があそこまで狂うまで放置したのはなぜじゃ! 何故主が止めようとせんかったのじゃ!!」

「――ッ!!」

「フッ! ……なるほどのぉ……今の動作にためらいが見えたぞえ? じゃがそれが答えならば……話すつもりがないとするなれば――この事態を事前に防げなかったわらわにも非がある。その予兆を知れなかったわらわには責任がある……ゆえに、わらわがその責をとって矯正してくれるぞよ!!」

 

 

 

 

「まったく――おたくがわからねぇなぁ……!?」

「さとりにも~~全く分からないよぉ~~?」

「安心しろよ……おたくの観察眼はちゃぁんとバケモノ染みてるぜ……!」

 

 

納村は多大な苦戦を強いられていた。原因は一つ、さとりの不規則な動きだ。

さとりの視野の広さとその広さを生かした行動に先手を取られ続け、そして風呂場という足場の悪さ等環境の悪条件が重なった結果、納村は思ったように動けていない。

 

 

「バケモノかぁ、よくいわれるよ~~? でもさとりは嬉しいんだぁ~~」

「……嬉しい?」

「そうだよ~~? だって祈願ちゃんに近づく人を減らせるんだよ~~?」

 

 

納村は思い出した。

自身が現在このような状況に在るのは、蕨曰く『左近衛に近づいたから』だということを。

――正直理不尽極まりない。

理不尽・強制・上から目線などがものすごく嫌いな納村にとって、さとりの行動理由は大変納得しがたいものだった。

 

 

「あー……撤回するぜ、少しわかったわ。おたくさぁ……左近衛に近づくやつをーって言ってるがなぁ……! オレぁそうやって束縛して自由奪って自分の思い通りにできるって考えるやつが大っ嫌いなんだよなぁ!」

「そうなんだぁ~~さとりもおんなじだよ~~? 祈願ちゃんに近づくやつはみぃ~~んな大っ嫌いだよ~~!!」

 

 

――おんなじじゃねぇじゃん! という納村のツッコミは届かない。

さとりにとっての『同じ』とは、互いに向ける感情が一致しているということ。

しかしなぜ祈願に近づく人がみな嫌いなのか、なぜ納村が自信を嫌っているのか、その点について彼女は自分自身と議論を行わない。

故に、彼女は率直な自身の望みで納村を排そうとする。

 

 

「――ッ!」

「だからぁ~~! ノムラちゃんは早く死んでねぇ~~!!」

「死ねるかよっ! 男子会やるって貫井川と左近衛と約束してんだッ!」

「――死ねぇッ!」

 

 

祈願の名前が納村の口から出てきたとき、さとりの動きは単調化する。

荒く、激しく、そして感情的な刃が納村を襲うが、彼は難なくと防ぐ。

争いは未だ、終わる兆しがない。

 

 

 

 

「――薬の周りが激しくなったか……!」

 

 

蕨は未だ脱衣所でミソギとの戦闘を継続していた。

最初に受けた矢に塗られていた薬がだんだんと回り始める。

痛みで無理やり目を覚ましていたのにも限界がある、蕨はだんだんと足元がおぼつかなくなっていた。

 

 

『テン――ソウ――メツ――』

「グゥッ!?」

 

 

矢傷の場所を筒で撃たれた蕨は更なる薬の周りを自認する。

――まったく、一昨年ほどまでのこやつらまんまではないか――

蕨は歯噛みした。さとりと祈願の関係は自分たちで解決してくれるだろうと甘く見てしまったが故の結果がこれだ。

何が最上級生か、何が天下五剣最長か。

これでは結局――何の秩序も守れてないではないか。

 

――それはいけない。それではならない。

己を奮い、彼女は唇の上側を噛みきる。同時に、手に持つ剣で傷口を大きく割いた。

 

 

「――!?」

「おーおー……言いたいことはわかるぞよミソギ。愚策とは自覚しておるぞ? しかしのぉ――勝つのはわらわじゃ! 言ったであろう、責をとるのはわらわの務めであると!」

「ッ!!」

「かかってこい戯け者! まだわらわは屈しておらんぞ、勝ちの確信は倒れるまでするものでないわ!」

 

 

 

 

「――おたくさぁ、何をそんなに殺意向けてんだぁ?」

「決まってるじゃ~~ん? ノムラちゃんが祈願ちゃんに近づくからだよ~~!」

 

 

納村は攻めあぐねていた。

さとりの使用する流派が警視流の木太刀型と見抜いたまではよかったのだが、彼女の『秘密の遊び』である剣術文字鎖が中々に厄介。

合間合間に、『なぜ自分がこのような目に合うのか』ということを問いただそうとしても、返事に来るのは『祈願に近づいたから』のみ。

――賭けに出るか――

あまりにも進歩しない自分の状況に対し、納村は一か八か、勝負を打つしかなかった。

 

 

「おたくさぁ! さっきからオレが左近衛に近づいたからって言ってるがなぁ! それってなんで近づいちゃダメなのかわかんねぇんだけどなぁ!?」

「ん~~? 祈願ちゃんに近づいたから消す……それの何がいけないの~~?」

「そこだよ、おたくの言ってることが全然正気じゃねぇんだ。オレぁ『なんで祈願に近づいたらいけない』のかってことが知りてぇんだよ!」

 

 

――さとりの動きが止まった。

なぜ、なぜ、なぜ。さとりは今まで正気を失ったことで気づけなくなっていた『なぜ』を探し、思考がもぐってしまった。

――決まった。

納村はすかさず、さとりに更なる疑問を投げつける。

 

 

「それだけじゃねぇ。なんでおたくは貫井川の奴も警戒してんだ? 貫井川は確かに二階の窓に上がるようなとんでもねぇ奴だが、おたくが恐れるようなことは何もしてねぇだろ!」

「ぬくいがわ……ロリコンちゃんが~~……あれ……あれれ……な~~んでさとり……あれ~~?」

「……オレらはな、左近衛のやつと仲良くしてぇだけなんだよ。男同士楽しく学園生活してもいいだろうが!」

「なか……よく……?」

「そーだ仲良くだ! オレらは左近衛に危害なんざ加えねぇよ!」

 

 

さとりは困惑した。

何故納村と貫井川を排しようとしたのか――祈願に近づいたからだ。

ではなぜ祈願に近づいたらだめだったのか――祈願を傷つけるからだ。

でも納村は祈願を傷つけないといった――では何のために自分は――

 

 

「――1発キツイのぶち込んでやる。その考えまとめる助けになりゃあいいなぁ!」

「――ッ!?」

 

 

納村は踏ん張った。

もしさとりの格好が全裸であったならば、水にぬれた体に対して魔弾を撃つのは不可能に近かった。

しかし、さとりは水着で、手をある程度固定するための布地があった。

ならばあとは気合でふんじばるだけのこと。

 

さとりが『祈願以外の男に裸を見せたくない』という乙女心を持ち、それに気づかぬまま無意識に水着を着用して勝負に挑んだが故のチャンス。

放たれた魔弾、彼の思いを込めた渾身の一撃はさとりを大きく湯船の中に吹き飛ばす。

 

 

「……おたくはさ、ちゃんと一回、左近衛の奴と話した方がいいぜ」

 

 

勝者納村、勝鬨はここにあげられた。

――が、この空間はすぐに壊される。

 

 

「もう投げるのはやめろあぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「なんだっ!?」

「――祈願ちゃん?」

 

 

――ほかならぬ、事件の中心たる少年の存在によって。

 

 




さとりは警視流の木太刀型と居合型(原作四巻の無双返し)を習得している。
ちなみに、警視流には『柔術型』という物も存在していたという。
現在は世界的に使用されている講道館柔道に取って代わられてしまっている柔術型だが、かなりごちゃごちゃしたラインナップになっているらしく、各流派技一つずつ10種の木太刀型や五流派一本ずつの居合型と比べ、無名の技や名称のみ違うが実質同じ技などが多くみられている。
もしかすると、さとりは警視流つながりで柔術型も習得しているのではないだろうか(願望)


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愛隷の章:「眠目さとり」は間違えた、彼は否定する

『僕は変だったのだろうか?ずっと『普通』だと思っていた生活は、僕の周りがみな「異常だ」と言っていた。僕が『異常』だって言っていた時は、みんなは「普通」だって言っていたのに……』
――左近衛祈願

『ここから、愛隷と変態各章のサブタイトルが明確につき始めます。さとりの案件を通じてより比較されていく二人の姿をお楽しみください』
――仮面兵


――なぜ僕が叫び声をあげながら大浴場の風呂に飛び込んでいくことになったのか。時は数十分前にさかのぼる。

 

 

 

気絶している間にさとりちゃんとミソギちゃんに縛られて、口にテープを貼られていて、目隠しされていて、ヘッドホンで耳も塞がれ、その上ごはんまで抜かれていたからそろそろおなかが限界になってきて。

僕が気絶した時から一体どれくらいの時間がたったのか、今外は何時なのか、のど乾いたなぁとか、おなかすいたなぁってことだとか、多分今日も学校いけなかったなぁとか、色々と考えながら『はやく二人とも帰ってこないかなぁ』と部屋で独り待つことになっていた。

 

今まで、ベッドに括り付ける目的とかで腕を縛ってくることはあったけど、ここまで徹底的にやってくることは一回もなかったのに……

気絶する前にうっすらと聞こえた、さとりちゃんの『ボクらの時間を邪魔する人はみんな消えてるからね』という言葉が気がかりなんだけどね……さとりちゃん、ほかの人に迷惑かけてなければいいんだけど……

 

――突如、耳からヘッドホンが取り外される。

ずっと音がなかった状態から急に音が入る状態になったので、耳が痛く感じる。

誰だかわからないけど、この外し方乱暴だな……さとりちゃんたちではなさそうだ。

目隠しも外された、凄くまぶしい、いきなり光入るから思わず目を閉じてしまった。

 

 

「――い! おい、祈願!」

「蓮さん、今の左近衛さんは聴覚と視覚を急に解放されて混乱状態です。もう少しいたわった方がいいかもしれません。様子から知るに、丸一日は拘束されていたと言ってもいいのではないでしょうか」

「――なんだ、貫井川変態と因幡さんか。二人がこんな時間に此処に来るはずないし、夢だろうなぁ……」

「おうコラ、折角助けに来たってのになんだその言い草は。放置して帰ってやろうか」

「やめてください蓮さん、彼を放置して帰ったら眠目さんを止める手段がなくなります。状況がわかっていないのでしょう、まずは説明することの方が先決です」

 

 

――どうやら夢ではなかったようです。

貫井川センパイと因幡さんが僕の部屋にいて、僕の拘束を外しているということは――

 

 

「そうだね、ちゃんと説明してあげなきゃだめだよね! と、いうわけで祈願、お前自分がどういう状況か、まず言えるか?」

「えっと……」

 

 

自分の状況を説明してみる。

僕の話を聞くにつれて、だんだんと苦虫をかみつぶした顔をしだす二人。

僕が話し終えた後には、二人は顔を見合わせて同時にため息をついた。

 

 

「――昨日の今日だけどダメだわこいつ」

「ほよ、昨日私のところに来ず授業をサボっていた時にそんなことをしていたのですか、がっかりです」

「違うよ月夜ちゃん! 決して浮気はしてないさ! 俺は今君一筋だからねっ!」

「……いつまでもじゃないところががっかりです」

 

 

――いや、僕を置いてけぼりにして話を進めないでもらえませんかね?

イチャイチャするために僕を出汁にするのマジでやめてください変態。

 

 

「おっとすまんな――それよりもだ、祈願……緑がお前を拘束する前に何て言ったか、思い出せるか?」

「ええ……『目が覚めたら邪魔はみんな消えてる』って……でも、冗談でしょう?」

「冗談でもなく、事実眠目さんが行動を起こしていると言ったら?」

 

 

僕は言葉を失った。

さとりちゃんには、『関係ない人を傷つけたりしないでね!』と再三話をしていたのに――誰かを傷つけてる?

 

 

「だれを……ですか……?」

「あいつは今不道を狙っている――いやちがうな。既に不道はあいつの策に乗せられて女子寮に忍び込む羽目になっている。緑は、不道のことを消すつもりなんだろうよ」

「おそらく、その次は蓮さんを狙うでしょう。蓮さんは納村さんをあなたの元へ導いた張本人、許さない道理はないと思えます」

「そんな……さとりちゃんが……!」

「じゃあお前は、現状をまだ夢だって言いたいのか?――少し歯を食いしばれ」

 

 

センパイは言葉を言い終わらないうちにパーで思いっきり僕の頬を叩いた。

――夢じゃない。センパイと因幡さんは今まで必要ないことで嘘を言わなかった。

じゃあ――つまり――

 

 

「わかっただろ? そうと決まれば、緑を止めに行くぞ」

「時間がありません。花酒さんが納村さんの友軍としてミソギさんと戦っています。私は先に向かって改めてエヴァに要請をしてきますので、あなた方はこれを持って正面から来てください。場所は大浴場ですからね?」

「え? ロリBBAが不道側に加勢してんの? それなら想定よりはもつな!――ってこれ月夜ちゃんの手書きじゃん! やったこれ家宝にしていい!? 使うのもったいないわー!」

「そんなものを家宝にしないでくださいブッコロですよ!?」

 

 

因幡さんが僕らに渡してきたのは、『一回きり! 女子寮特殊入館許可証!』と、実に因幡さんの手書きらしい紙。

裏面を見ると『許可証について疑問の方は天下五剣因幡月夜まで!』と書いてある……

 

 

「――コホン、では、先に行きますから」

「あとから君に会いに行くからねー!」

「――センパイ」

「……祈願、お前はどうしたい?」

「どうしたいって……」

「俺たちはバカどもを止めに行くつもりだ。だが、お前が行きたくないというならば無理に連れて行かん。その場合は月夜ちゃんの手書き許可証をよこせ。正直な話、緑を止めるなら俺たちだけでも行けるんでな」

「そんなの――」

 

 

――決まってる。

納村センパイを呼び出した結果、花酒センパイが動いてて、因幡さんと貫井川センパイが僕の元に来た。

さとりちゃんは間違いなく色んな人を傷つけて、迷惑をかけている。

ミソギちゃんも止められなくて、一緒に傷つける側に立ってしまってる。

だったら――

 

 

「――行きます。さとりちゃんを止めなきゃ」

「止めるのか……で、その時に緑が謝ったら、お前は許すのか?」

「それは……」

 

 

いつもだったら、さとりちゃんが少しくらい大事をしてても、僕のためにしてくれてるって知ってたから許せていた。

だけど今回は、あまりにもやっていることが大きすぎる。

彼女は『僕を守るため』に周りを攻撃してるってことだけど……

 

 

「……許したい。だけど、今回は今までとは違って、僕が許せるようなものじゃないって思います」

「だったら、どうする?」

「……こうなったのは、僕も責任があるのかもしれません。僕の現状が『異常』だっていうなら、それをずっと『普通』だって思ってた僕自身にも、原因があるから。だから――」

「そうじゃないだろ」

「――え?」

「――、――――」

「センパイ……? あっ、いつの間に部屋の外に!?」

 

 

センパイはいつの間にか部屋の外にいた。

置いて行かれないように、急いで追いかけた僕には、センパイがどういう意味で『違う』って言ったのか、理解することができなかった。

 

 

 

***

 

 

 

――センパイを追いかけて、女子寮に許可証を掲示して真正面から突入したところ、なぜだかばったりと、寮内を団らんしながら歩く鬼瓦センパイと亀鶴城センパイに遭遇してしまった。

二人は、ある意味当然なんだけど『なぜおまえたちが此処にいる!』と臨戦態勢に。

『ちゃんと因幡さんから招待受けてますよ!』って、因幡さん直筆の許可証を持っていることを掲示しながら説明しても、『そんなウソ信じられるか!』と聞いてくれない二人。

否応なしに戦闘の苦手な僕らが衝突する羽目になったのだが……

 

戦闘を手っ取り早く終わらせたい貫井川センパイが『俺に秘策がある』と言ったので、センパイに対して少し警戒はしつつもその話に乗ったところ、行われたのは僕をたまに見立てて相手に向かってぶん投げる……いわゆる『人間砲弾』。

全く無警戒な方向性の技が飛んできたことで、一纏まりで動いていた鬼瓦センパイと亀鶴城センパイは僕の頭がクリティカルヒットしたことであえなくダブルノックアウト。

僕も意識が危うくブラックアウトしかけたが、直前で変態に対する怒りを抱いたのが功を制したのか何とか意識は保てた。

『メンゴメンゴ』とか言ってた変態は絶対に許さない、絶対にだ。

 

こうしてなんとか納村センパイを大好きなセンパイ二人を退け、どうにかこうにか運よくほかの女子に見つかることなく僕らが大浴場に着いたところ、既に因幡さんと、彼女のお付き兼女子寮母長の肩書を持つエヴァさんが入り口前で待っていた。

 

『来るのが遅い!』とどやされつつ、ほんのちょっと前まで戦闘音がしていたらしい脱衣所に、エヴァさん先導で突入。

そこに居たのは……ぐったりと壁に寄りかかって座り込むミソギちゃんと、血を流して立っている花酒センパイだった。

花酒センパイの手の甲はザックリと切れていて……どう見ても軽症じゃない跡だらけ。その手にはミソギちゃんの吹き矢筒が握られていた。

花酒センパイは、僕らが来たことに気付いたのかこちらを振り向く。かなり、弱っているようにしか見えなかった。

 

 

「おーおー、主役の阿呆が今頃来おったわ……今までどこで何しておった戯けめ……わらわも待てずに気を飛ばすところじゃったわ……」

「おい、BBA。お前その傷は……いや、いい。無理にしゃべるな」

「ふん……いつもなら……何か言い返すところじゃが……いまのわらわはちと限界での……急げ左近衛……わらわはここでりたいあじゃ……貴様がさとり姫を止めよ……わらわはもう……やす……む……」

「花酒センパイ!?」

「落ち着け祈願、不用意に動くな。寮母さんがいるから何とかなる」

 

 

貫井川センパイに強く言い返すことも無く、僕に対してさとりちゃんを止めろと言い残すと、花酒センパイは座り込み、横に倒れてしまった。

心配で駆け寄ろうとしたけども、その前に貫井川センパイに引き留められる。

その横からすかさずエヴァさんが近寄り、彼女の体に触れ容態を確かめた。

 

 

「寮母さん、ロリBBAの容態は?」

「こりゃマズイ。薬がかなり回ってますでさぁ、出血の量も笑えねぇもんです。とはいっても、傷の方はすぐ塞がります。むしろ問題は花酒の体格による薬でやがりますかねぇ……」

「何とかなりそうですか?」

「当然ですお嬢。マッ、専門なんで――で? なんでテメーさんは動かねぇでいてやがりますか」

「え? 僕のことです? え、なんでセンパイ僕の腕つかんでるんです?」

 

 

エヴァさんの言葉と共に、貫井川センパイが僕の腕をむんずと掴む。

そのまま俵を担ぐように僕を持ち上げて――おい、待ってくれ。持ち上げるということは、その持ち上げ方はまさか……

 

 

「寮母さんや、祈願は惚けてるし、思いっきりぶん投げちゃってもいい?」

「全然、やってくだせぇ。コイツみたいにナヨナヨしてて覚悟が全然追いついてない男には、無理やりぶっ飛ばすくらいはやっちまうのがスジってもんですかんね。お嬢!」

「ええ、戸を開ける準備は整っています。蓮さんは後先考えず思い切り投げてください」

 

 

待ってくれ……また『人間砲弾』をやるってのか……?

あっ待って、待ってください。それだけは……

 

 

「ゴートゥーテルマエ! 突撃あの子の湯船の中――ってなぁぁぁ!!」

「また投げるのだけはやめろァァァァァ!?」

 

 

こうして、僕は女子寮の浴槽に服を着たままダイビングするとかいう、常軌を逸した体験をすることとなった。

ホントあの変態絶対に許さない。

 

 

 

***

 

 

 

変態のせいで風呂の中に飛び込む羽目になった僕だが、着水後すぐに顔をあげて空気を確保する。

数度頭を振り目を開けると、なぜか水着を着ているさとりちゃんがジャブジャブと荒くお湯を波立てて僕の元へ向かってくるのが見えた。

 

 

「――プハァ!!」

「い……祈願ちゃん! 大丈夫~~!? 体強く打ってない~~? その前に~~なんでここにいるの~~!?」

「――さとりちゃん」

「そうだよ~~祈願ちゃんのさとりだよ~~!」

 

 

チラリと風呂場全体を見渡すと、視界の端には体中傷だらけで血を流している納村センパイがいた。

――ああ、信じたくなかったけど……さとりちゃんは本当に傷つけてしまってたんだね……

僕は、ペタペタと体を触り、安全を確認してくるさとりちゃんを引きはがした。

 

 

「――祈願ちゃん?」

「……ごめん」

 

 

右手を振りかぶり、さとりちゃんの頬を張ろうとして――

 

 

「……ごめん。さとりちゃん」

「なんで祈願ちゃんが謝るの~~? ごめんね~~? ボクね~~負けちゃったんだよ~~……謝るのはね~~? ボクの方なんだよ~~?」

 

 

――その手を降ろした。

さとりちゃんが泣いていたからだ。

さとりちゃんは、僕を守るために勝たなきゃいけないって思いこんでいた。

本当なら……本当なら、抱きしめてあげたい。さとりちゃんは震えているんだから、抱きしめてあげなきゃいけない。

 

『その時緑が謝ったら、お前は許すのか?』

 

ふと、貫井川センパイの言葉が頭をよぎった。

――許しちゃいけないんですか? そう反論を叫ぶ思いが、僕の胸をよぎる。

 

『現状をまだ夢だって思いたいのか?』

 

――夢じゃない。これは、許しちゃいけない。

僕は……怒らなきゃ、許さないって言わなきゃいけない。

それが――僕の責任だって、そういったじゃないか。

 

 

「祈願ちゃんを守れなくなっちゃうよ~~! どうしよう、ねぇ祈願ちゃん! ボクたち……どうしたらいいのぉ!?」

「……ねぇさとりちゃん」

「……祈願ちゃん?」

「――ッ!!!」

 

 

僕は、責任を取って、彼女から距離を取ります。こうなったのは、僕が悪かった。僕が彼女に甘えてたからいけなかったんだ。

 

『お前はどうしたいんだ?』

 

そう、許したい思いに蓋をして――

 

『――そうじゃないだろ――』

 

――僕は、さとりちゃんを、叩いた。

 

『――それじゃあ、誰も救われないのにな』

 

 

「……なんで……祈願ちゃん……なんでボクを……叩いたの……?」

「……大嫌いだから」

「なんで……? ボク祈願ちゃんのこと大好きだよぉ? 大嫌いなのに叩くのぉ?」

「ああ嫌いだよ!」

 

 

――言ってしまった。

 

 

「きらい……? 祈願ちゃんが……ボクを……嫌い……?」

「きらいだよ……さとりちゃんは、色んな人に、迷惑をかけすぎたんだ」

「なんで……? 祈願ちゃんを守るためだったんだよ!?」

「僕はッ! そこまでして……みんなを傷つけて! 殺してまで守ってほしくない!!」

「だって……祈願ちゃん傷つけられてたでしょ!? ボクと会うまでずっと傷ついてたでしょぉ!? だから……だからボクが守ってあげるって!!」

「うんざりなんだ!! もう嫌なんだ!! 僕はずっと弱いまんまじゃないか! 僕は……僕は君と一緒に居られない!」

 

 

――ダメだ。これ以上何か言ったら、僕は間違いなくまた彼女に甘えてしまう。

彼女は僕を本気で守ろうとしてくれた。僕はそのやさしさにずっと甘えていた。

だから彼女は、僕を守るため、僕を傷つけさせないため、僕が傷ついてた原因の『他人』を――

 

我慢の限界だった。僕は逃げ出した。

後ろで、さとりちゃんが僕の名を叫んでるのが聞こえたけど……無視して走った。

 

気づいたときには僕の部屋だった。

凄く寒かった。当然だ、風呂に投げられて、着替えもせずにそのまま走って部屋に戻ってきたんだ。

足が痛い。当然だ、はだしのまま走ったから石が刺さったりして血が出てるんだもの。

 

――僕はなんて最低なんだろう。

さとりちゃんを一方的に突き放して、彼女の叫ぶ声を無視して、走って帰ってきて、何事もなかったかのように着替えて――

 

 

「……クソォッ!!!」

 

 

机の上に置いてあった、さとりちゃんにもらった防犯ブザーを思い切り投げ捨てようとした。けど……できなかった。

結局、僕は彼女から離れたいと思いきれなかった。

でも、もう言ってしまった、叩いてしまった、逃げてしまった。

 

僕を守ってくれて、居場所をくれてた唯一の人を、僕は身勝手な態度で失った。

なにが自立しなきゃだ、なにが離れなきゃだ、何が大嫌いだ、何がうんざりなんだ。

 

 

「全部嘘だよ……大好きなんだよ……大好きだよ……!!」

 

 

もう、僕の居場所はどこにもないのかもしれない。

学校を出て行ってもいいのかもしれない。どこに行こう、居場所がないのに、探しに行っても見つかると信じてるのだろうか。

あほらしい、彼女を棄てた僕はどうせろくな死に方をしないだろう。

 

 

 

……気づいたら朝日が昇っていた。

いつの間にか眠っていたらしい。

とても熱っぽい、やはり、風邪をひいていた。

 

 

今日は当然のことながら、さとりちゃんは来なかった。

さとりちゃんどころか、誰も来なかった。

本当に独りぼっちだった。自業自得、バカな男だ。僕のことだよ。

誰もいない時間しかないのがこんなにつらいなんて、久々すぎて忘れてしまってた。

 

 

寝て起きたら治っていた。

日付は一日過ぎていた。

いっそのこと、そのままこじらせて肺炎にでもなればよかったのに。そう思う自分があほらしかった。

――なんだか、無性に学校に行きたくなった。

時計を見ると、まだまだHRまで時間がある。

 

今日は屋上に行ってみたいと思った。

学園から去るか、去らないか。答えを出す前に……さとりちゃんと出会ったあの場所に、最期に一回だけ、行きたかった。

行くなら早い方がいい。今の時間ならきっと誰もいない。

――悩むなら、一人でいたほうがいい。

そう決意して、僕はクローゼットから制服を取り出す。

……独りで学校行くのも、一年ぶりだったかな……




因幡月夜の付き人として登場しているエヴァ。
メイド服だし、寮母だし、アニメでの声優も女性だし。で、一人称がオレなオレっ娘キャラだと思うだろうが――
残念ながら、男である。
鎌の使い手でもあるというデータがあり、いずこかのるろうに作品をほうふつとさせる。


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変態の章:「因幡月夜」は説教した、彼は失神する

『祈願パートはシリアスだったけど、こちらのターンでぶち壊す』
――マッキー


む、幼女の気配……。

 

「失礼します蓮さん、お話したいことがあるのでベッドの下から出てきてください。隠れようとも部屋の中という限られた空間でしたら、呼吸音くらいは聞こえてます。バレバレです」

「いや~、幼女を察知すると隠れて観察するのが癖になっててね。あと今の俺を見破れるのは月夜ちゃんくらいだよ?でも呼吸音聞かれ続けるってプレイも――」

「おふざけはいらないぐらいの緊急事態です、真面目に聞いてください」

「――そんなにヤバいこと?一体何が起こったの?」

「ほよ、眠目さんが現在進行形で暴走しています。具体的には納村さんを亡き者にしようと一騎打ちを仕掛けました」

「一騎打ち?そんなのよくある……って亡き者?」

 

亡き者にってことは殺る気マンマン?あれ、それってかなりヤバいのでは?確かに月夜ちゃんに余裕が全く見えないし完全に事案、それも緊急だよこれ!緑のヤツそこまでイったか!

 

「祈願が監禁されてたのはそういうことか!そういうことなら、とにかく一刻も早く緑を止めないと人死にが出るぞ……!月夜ちゃん、祈願(ストッパー)は今どこに!?」

「落ち着いてください、冷静に行動しないとですよ。左近衛さんは自室で拘束され身動き一つ取れない状態です。ゆえに今から救出に向かいますが……ついてきますか?」

「当然、アイツじゃないと緑は止められないからね。とにかく急ごう!」

 

俺の部屋は一階、祈願の部屋は1つ上。隔離部屋だというのに天井の厚さがその辺の家と変わらないらしく、普段なら祈願(上のヤツ)の生活音が聞こえたりはしている。今アイツは部屋にいるらしいが、何の音もしないということは月夜ちゃんの言う通りに縛られてるってこと……。

 

依存がエスカレートしていつかはこうなる思っていたが、こうも過激にやってくるとはなぁ。どうしてこんなになるまで放っておいたんだ五剣!あぁ、緑も五剣だったわ!

 

「おーい月夜ちゃーん!ドアにデカい鍵ついてて開けられないんだけど!」

「ちょっとどいててください、今回は事態が事態なので多少の損害は許すとのことですので」

「損害……ああそういう、やったれ月夜ちゃん!」

「では――『雲耀』」

 

抜刀は一瞬、気がついたら月夜ちゃんは刀を振りぬいた姿勢になっていた。やっぱり見えないな……速すぎだよ。

 

「ん~見えない、いつかは見切れるようになりたいね」

「素人に見切られたら、示現流に限らず刀の流派はいらない子ですよ」

「そういうもんかねぇ……外野から見ると流派とかを口上で言うのはカッコいいと思うんだっと、見事に鍵ぶっ壊れてらぁ」

「カッコいいから剣をやってるわけじゃないです。ないですからね?」

「ゴメン、ゴメンて。聞き流してくれてもいいじゃんか~、早く連れ出して緑止めないといけないだろ?」

「それはそうですけど、色々ガッカリです」

 

ミッションは祈願を救出し、緑の暴走を止めること。まずは現状の説明だ――

 

 

 

***

 

 

 

祈願を連れ出したのはいいんだが、改めてコイツはどこか壊れてるなと感じた。正常な感性を持っていたら拘束、ないし監禁されたらおかしいと思うだろうに。ホントどうしてこんなになるまで放っておいたんだよ……。

 

「マジでどうにかしろよお前」

「……分かってます。こうなったのは僕の責任ですから」

「まぁ、お前なりに決着つけろ。それがどう転がろうと、緑とお前の問題だからな。んじゃ重い話題はここまでだ、ぶっちゃけこの空気しんどい」

「センパイってホント人生で苦労してなさそうですね」

 

こんなシリアスは俺の専門じゃないんだ。学生生活ってのは楽しくないともったいないだろ?あと苦労してなさそうとか失礼なこと言いやがって、俺だって苦労ぐらいしてる。主に月夜ちゃんからのお仕置きにな!

 

「これから女子寮に乗り込むわけだが……高校生の年増に遭遇すると考えたら帰りたくなってきたわ。今から別行動しようぜ」

「帰りたくなったって話のあとの別行動の提案なんて却下に決まってるでしょ。それに、ここで帰ったら因幡さんに何されるか分かりませんよ?わざわざ手書きの許可証まで作ってもらってますし」

「そこなんだよなぁ、月夜ちゃんの依頼を裏切るのは論外ってのがツラい。これも全部不道が悪いってことにしとく」

「ノムラセンパイも災難ですね……僕が言えたことじゃないですけど」

「確かに『今日のお前が言うな大賞』はそれだよ、おめでとう」

 

発端は祈願と不道があっちゃったことだし仕方ない。でも不道をコイツの部屋に連れて行ったのは俺なんだよな……あれ?もしかして俺にも責任あったりする?うん、これは気にしないほうがよさそうだ。

 

許せ不道……俺の分まで戦ってきてくれ!

 

「正面から女子寮にお邪魔することになるとは思ってなかったわ。この学園の性質的に、女子に目の敵にされたら学生生活終了のお知らせだし」

「正面からってことは、どこかから侵入したことはあるってことですよね?」

「ばっかお前ここでそんなこと言うなよ!一応五剣には許可もらってるし!」

「ちなみにその五剣とは?」

「月夜ちゃん」

「知ってましたよ。女の子の部屋に押し入るなんて、貫井川変態だけは僕のことを非常識とか言ったらいけないと思います」

 

それな!

だが校内校外問わずにゃんにゃんしてる輩と同列にされるのは心外だ!お前の場合は『学生生活』じゃなくて『学生性活』なんだよ!愛を持ってロリッ子に接している俺と、高校生の身空で性に溺れている貴様を一緒にするんじゃない!

 

「黙ってろインモラル少年。はよ行くぞ」

「分かりましたよロリコン変態」

「「ぶっ飛ばす」」

「何がぶっ飛ばすだ貴様ら!正面から入って来るとはいい度胸だな、ここで何をしている!?」

「ありゃりゃ、これはこれは鬼BBAさん。こんばんは、いい夜ですね」

「そんな顔して挨拶されると軽く殺意が湧くからやめろ!もう一度聞くぞ、ここで何をしている?」

 

誰とも会いたくなかったのに、よりにもよって鬼と亀に出くわしたら嫌な顔の1つや2つ出るってもんよ。むしろ夜の挨拶を口からひねり出しただけ褒めて欲しいところなんだが。

 

何をしているかと聞かれたら合法侵入としか答えられないが……月夜ちゃんからもらった許可証(手書き)を見せても絶対信じないだろうなぁ。もうやだ部屋に帰りたいぜ……。

 

「ちょっとしたお宅訪問、祈願(コイツ)をお届けしないといけないヤツがいてな。この通り、五剣お手製の入館許可証も持ってる」

「届け物、それに五剣だと?貴様らに関わりがあるのは眠目と因幡だが……そんなウソが通じるとでも思っているのか?」

「はいはいこうなるって知ってたよ、少しは信用してくれてもいいと思うんだがね。ま、どうせ何言っても信じてくれないだろ?ならば道は1つだ……そこをどいてもらうぞ、力づくでな」

「え、ちょ、ちょっと待ってくださいよ変態!本気でやろうってんですか!?相手は五剣2人です、いくら変態といえども勝ち目はないです!」

「センパイが完全に変態になってんな、お前この案件終わったらぶん殴っぞ?それと、俺1人でやるみたいなこと言ってるけど、もちろん祈願も参加するんだからな?」

 

当たり前だろ、当事者が見物決め込んでどうするって話だ。いくら貧弱ボーイと言ってもここに送られるくらいのことはしでかしたんだ、気合い入れろよ?

 

「ああもうやりますよやってやりますよ!そのかわり変な期待はしないでくださいよ!」

「大丈夫だ、私にいい考えがある」

「それはダメなセリフだ!」

「安心しろ、いざとなればトランスフォームするから」

「完全に司令官じゃないですかやだー!マジで頼みますよ!?一応センパイのこと信じてますからね!?」

 

はっはっは、俺に任せとけ。この状況を華麗に切り抜けるグゥレイトな策を思いついたからな!こんなウルトラC、俺くらいしか実行に移さないって自信があるね!

 

「作戦は決まったか?話し合っても無駄だとは思うが……自分だけならともかくこの場には亀鶴城もいるんだ、簡単には逃げられんぞ?」

「輪さんの言う通りでしてよ。あたくし達から無傷で逃れられるなんて、死ぬほど甘くてよ?」

「それはどうかな?そっちは剣だがこっちは弾丸だ、対応はできまい」

「弾丸?センパイ、弾なんてどこにもないですよ――ってどうして僕の後ろに立つんですか?そしてなんで僕を抱えようとしてるんですか!?もうオチ読めましたよこれ!」

「女だろうと容赦はしない、男女平等にぶっ飛ばす!俺が愛するのは幼女だけだからなぁ!行けや『宙を舞う弾丸ボーイ』!」

 

『宙を舞う弾丸ボーイ』――それは重力から解き放たれ床と水平に飛ぶ祈願が、真っすぐ対象に向かいドタマぶちかます絶技である。この技を使えば攻撃対象を激しい頭痛で行動不能、ないしは気絶させることが出来るのだ。別名『人間砲弾』。

 

言ってしまえばただ単に祈願を抱えて、敵にぶん投げるだけの技だ。ここでポイントなのが相手の頭に向かって投げるというところ、祈願は結構な速さで頭から飛んでくるために当たればまず痛い。そして音が――

 

ゴッッッ!!

 

わぁこれは痛い。

 

「輪さん!?倒れてビクビクしてましてよ!?」

「おっ……おぅ……頭が揺れる……」

「しっかりしろよ~?まだ標的は残ってるからな?」

「ふざけんじゃないですよ!1人だったら普通に戦えばいいでしょうがぁぁぁぁああああ!?」

「ちょ、ちょっと待っ――」

 

ゴッッッ!!

 

「ふぅ。邪魔者は滅びた、やったぜ」

「ふっ……ざけんな……!」

「いや~お前がいなかったら危なかった、恩に着るぜ」

「弾扱いじゃなければ……喜んで感謝されてましたけど……!治療費請求してやるから覚えてろ変態ィ!」

「敬語なくなってるよ?後輩は先輩のために手となり足となり、時には弾となって協力しなければいけないってことだよ」

「そんなこと生まれてこの方聞いたことないですよ!地獄に落ちろ!」

 

地獄とは酷い。死後に行くなら是非とも幼女パラダイスがいいね。その辺の天国なんていらないから、幼女だけ集めた世界に放り込んでくれ。

 

 

 

***

 

 

 

「ゴートゥーテルマエ! 突撃あの子の湯船の中――ってなぁぁぁ!!」

「また投げるのだけはやめろァァァァァ!?」

 

よし、任務完了。あとは緑と祈願の問題、俺たち外野が関わるのはよろしくないだろう。ただ……アイツの考えや決意を聞いてると、この件は簡単には丸く収まらないんじゃないかって思うんだよなぁ。

 

両方が苦しい思いをしながらも事件を収めるよりも、後で笑い話にできるような後腐れのない終結を目指すべきだと俺は思う。

 

「これで何とかなるかねぇ」

「一応は解決では?左近衛さんを投げ入れた時点で眠目さんは止まるでしょうし、眠目さんが止まれば納村さんも止まります」

「マッ、あっちは大丈夫だろうしオレはコイツ等診てきますんで。お嬢もテキトーなところで帰ってきてくだせぇ、そこの野郎がいやがるんで風邪ひくなんてことはないと思いますがね」

「失礼ですね、身体が弱いと言っても少し出歩いたくらいで風邪なんてひきません。エヴァは早くその人たちを、お願いしますね」

 

へぇへぇ分かりました、なんて言ってエヴァさんは緑の姉とロリBBAを担いでいった。両肩に人間乗せてる寮母さんを見て、何も知らない生徒はどう思うんだろうか……。少なくとも驚くには違いないが。

 

「さて、私は納村さんに少しお話がありますのでここに居ます。蓮さんはどうします?もう帰りますか?」

「いやいや帰らないよ、エヴァさんに月夜ちゃん頼まれたし。それに不道となに話すか興味あるしね」

「別に頼んだわけではないと思いますが」

「言葉にされてないところも察するのが大人の機微ってもんなの。まぁ月夜ちゃんにはまだ早いかな?もうちょっと大きくなったら……俺の好きな月夜ちゃんじゃなくなっちゃうじゃん!ダメダメ!そのまま成長止めて!」

「嫌です、私はまだまだ伸び代ありますから」

 

なんて無慈悲!あぁ神よ、この世に永遠の小学生(エターナルロリータ)はいないのですか!?……え?未来の遺伝子技術に期待しろ?そんな未来が来たらいいなぁ!

 

とか言い合ってたら、風呂場のドアが開いて不道が出てきた。全身から"オレ疲れてますオーラ"を放ちながら。

 

「よぉお疲れさん、とんだ災難だったな。中はどうなってる?」

「ホントに勘弁してほしいぜ……中じゃ眠目と左近衛が話し出してな、オレぁ完全に空気と化してたから出て来たってワケ」

「そうかそうか、なら動いたかいがあったな。それでだな不道、疲れてるとこ悪いが少し話がある」

「話ぃ?いいけどよォ、手短に頼むぜ?こちとらガチで命のやり取りしてたんだからな」

「短くなるかはお前次第だし、加えてお前が話すのは俺じゃない――」

 

瞬間、刃が閃いた。やはり抜刀から納刀までの動作はおろか、刀身すら全く見えない。それは不道も同じだったようで、冷や汗が半端ない。多分当てられた刀の冷たさだけを感じたのではないのだろうか。俺も最初はそうだった。何をされたのか全然分からないのに、首筋に残っている金属の感触はそれはもうヤバい。

 

「貴方は今死にました」

「!!?」

「安心してください、何処も斬ってませんよ。これは警告です」

「そいそいそい月夜ちゃん、いきなり居合当てて警告って何のことだか分からんからね?混乱して当然だからね?ほら不道もそんな顔してるし。だからちゃんと説明してあげて?」

「なんで諭す風に言ってくるんですか?それではまるで私が子供のようではないですか、ガッカリです」

 

実際まだまだ子供じゃん、とか言ったらこっちに雲耀(さっきの)飛んでくるんだろうなぁ。見切れないし痛いから胸にしまっておこうね。

 

「実は私、学園長から貴方のことを任されてまして。その際2度まで粗忽を多めに見るように、と仰せつかってます。女子寮の鬼瓦さんの部屋への侵入が1度目、眠目さんに脅されて浴場に侵入で2度目。今回の件は眠目さんの暴走なのですが、侵入したことには変わりありません」

「それは大目に見てくれませかねぇ……確かに1回目はオレ自身の意思だが、ここに来たのは外出許可証がパクられたからなんだぜ?」

「それでもです。こんな学園ですから、私も多少のことで腹は立てません。ですが女子寮は別、ここは私の世話役が管理を任されてます。ここで起きた不祥事の責任は全てその者に行くのです。仏の顔も3度、次はありませんよ」

「破ったらどうなるか是非ともご口授してもらいたいぜ……それとだ、どうしておたくみたいな子供がオレを任されてんだぁ?」

 

確かに気になるよねぇ。月夜ちゃんのことをよく知らなければなおさらだ。普通なら同じクラスになる鬼とかに頼むよな、うん。

 

「3回目は振り切りますので、首ちょんぱです。あとみんなして私のこと子供って言いますが、中学生なんですよ?飛び級はしてますけどちゃんと勉強もついて行けてます。この私のどこが子供だというんですか?」

「身長とか言動とか、今みたいに学年をすぐ引き合いに出すところとか痛い痛い!無駄に技使って殴らないで!」

「まったく、蓮さんは少し黙っててください。それで何故私が貴方を任されているかですが、大きくはふたつ。第一に私が貴方より強いこと、そして2つ目は……もう分かっているのでは?蓮さんを斬ったのはふた回り遅い"忽"でしたから」

 

月夜ちゃんの流派『薬丸自顕流』の居合には3つの速度がある。1番速いのは雲耀で、1番下が忽。まぁ1番下って言っても、一般人には目にもとまらぬ速さには変わりないんだけど。

 

「つまりおたくぁ――」

「そう、貴方と同門です。しかしながら貴方は剣士としては既に壊れていますね?指導者に恵まれませんでしたか、ガッカリですね」

「ハハ……そんなオレなんかをよくもまぁ同門だと……」

「持っていた情報もそうですが、まず速度域が違います。剣を拳で相手取るには自分も剣の挙動を知っていなければならず、ならば剣を修めていたと考えるのが自然です」

「いい……推理だぁ……やるじゃねえか……」

 

あ、不道に褒められてちょっと照れてるね。そんな月夜ちゃんもモチロン可愛いんだけどさ、な~んか不道の挙動が怪しくない?言葉も間が空いて絞り出すようだし、すげぇフラフラしてるし。

 

下手したら話の途中にぶっ倒れるんじゃないの?それはそれで面白いから見てみたいけど。

 

「なにより貴方の魔弾、あれを使う際に起こっている腸腰筋の正中線への衝突がダメおしです。これは我々のごく一部にのみ伝えられる秘中の秘ですから」

「あぁ……」

「以上が貴方を同門と結論付ける根拠です」

「……」

「返事がありませんね、聞いてますか?」

 

月夜ちゃんが反応を返さない不道に近寄って、刀の柄で軽く小突いた。すると不道の身体がぐらりと揺れて、背中から床に倒れてしまった。う~んこれは見事な大の字、完全にのびてますねこれ。

 

「うわ~月夜ちゃんがやっちゃったよ~、疲労困憊の不道にトドメさしちゃったよ~。これどうするのさ」

「えっと、私は何もしてないですよ?確かに突いてはみましたけど、ほんの軽くですから」

「まぁ緑との戦闘は下手すりゃ死人出るような激しいのだったろうし、そこに月夜ちゃんのぷちお説教が襲い掛かったわけだ。かろうじて精神力でつないでた身体が説教受けて限界迎えたんでしょうよ」

「まるで私の話が悪かったみたいな言い草ですね。ガッカリです、本当にガッカリです」

「だって不道最初に手短にって言ってたじゃん。ま、とりあえずコイツもエヴァさんのところに運びましょうかね」

 

外傷は大したことなさそうだし、これはホントに説教で精神ポイント持ってかれたのかもしれんね。恐るべし月夜ちゃんのお説教……。

 

 




月夜の使用する『雲耀』(剣術の究極速度値とされているらしい)は、彼女オリジナルの『瞬光』という物。
同原作者の描く『しなこいっ』/『竹刀短し恋せよ乙女』では、『疾風』と『迅雷』の二種類が存在している。
ちなみに、納村の隠し弾である『魔弾』は、この雲耀の中でも疾風に属する理論で発動しているのだとか。


次回
第五節:動き出した「女帝」
8/8、21:00より順次公開


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第五節:動き出した「女帝」
愛隷の章:遅すぎた喪失


『僕はこの学校に来てから、学生であることを拒むような生活をしていた。逃げるだけの日々、そんな日々を終わらせてくれたのが彼女だった。「彼女が守ってくれるから」ずるずると自分で立つということから結局逃げてたことに気付かないまま……また僕は、喪ってしまった』
――左近衛祈願


『祈願の受けた被害と、彼の特異性について少しだけ明らかにします。お気づきですか?祈願のそばには、絶対にいつも蓮か眠目姉妹がいることに……』
――仮面兵


部屋を出て、一階に降りて、学校に向かっていく最中。

騒ぎ声が聞こえる方向を向いてみると、そこは女子寮の方で。

バタバタとあわただしく出入りする人は確か……亀鶴城センパイの関係者だった気がする。

何があったのだろうか、まぁ、僕には関係ないか。

 

――こういう時、さとりちゃんがいてくれたら何が起こってるかわかるんだけどなぁ……

そう考え、頭を振るう。バカじゃないのか、何にも反省してないな僕は。

 

視線を外し、学校に向かって歩き出す。

結局僕は、一人じゃ誰かとかかわることからも逃げてしまう。

 

『――左近衛君っていうのか、僕は――』

『――仲良くしよう。今日から僕らは友達だ――』

 

……友達か、僕はあの日から、誰も求めてなかったのかな。

僕は本当に、納村センパイたちと友達になりたかったのだろうか?

 

『――友達ぃ? そんなんお前に気を許してもらう為だけの――』

『――お前に姉いたよなぁ……それも結構美人のさぁ――』

 

……僕に近づいてくる人は、何か考えてる人ばっかりだった。

大人も、変な建前で、なにか自分の欲望を満たすために近づく人ばっかりだった。

 

『――悪かったよ! 許してくれよ! 友達だろ――』

『――覚えてろ! お前から全部奪ってやる――』

 

傷つけられないように抵抗したって、反抗したって、結局は失うだけなんだ。

最初から、ない方がよかったんだろう。

僕は何も持たない方がよかったんだろう。

もとうとしない方が、一番よかったんだろう。

持とうとしてしまったから、こうなってしまったんだ。

 

『――僕に何か用ですか』

『そうだね~~、君がサコノエキガン……であってるかな~~?』

『誰ですかそれ、僕の名前はサコンノエイノリですけれども』

『そうそう~~さとりはそのサコンノエちゃんに用があってきたんだよね~~――』

 

――ああ、ホントは今すぐ彼女を探して、謝って――

また頭を振る。そんなんだから、『覚悟が足りない』って言われるんだ。

 

 

 

***

 

 

 

校舎に入り、階段をのぼっていくと窓を通して向かいの校舎に花酒センパイご一行が何かを探している姿が見えた。

――いったい何を探してるのか。

いや、それも僕には縁のないことだ。

 

向こうはどうせ僕に気付いてもないだろうし。

そう誰かに言い訳を垂れながら、すぐに視線を外し屋上へと向かいなおす。

道中、ほかの学生たちとすれ違うが、みんな僕を見てぎょっとしていた。

――何か変な特徴でも見えたのだろうか?

明らかに違う学年の人たちにも驚かれるなんて、僕には全然心当たりがない。

 

しいて言えば、さとりちゃんが一緒にいないことくらいかな……

 

 

屋上の扉を開く。

この時間にはいつも誰も来ていない。

独りで悩むには、独りで考え込むにはうってつけの場所だ。

そう、思っていたのに――

 

 

「……あ、天羽センパイですか……偶然ですね……」

「……ほう、左近衛祈願か。その様子を見るに、示し合わせてこの場に来たわけでもないということか。なるほど、仲違いしたという話は真実だったのか」

 

 

屋上には先約がいた。

女帝……天羽斬々センパイ。

普段授業以外では部屋に引きこもってるか、大講堂にしかいないはずなのに……

 

 

「『なぜここにいる』……とでも言いたげだな。なに、簡単な話だ――私の他に誰がいるか気づいてるか?」

「……祈願君……!?」

「…………」

「……さとりちゃん……ミソギちゃん……?」

 

 

天羽センパイの言う通り周囲に視線を送ると、彼女たちがいた。

今一番、会いたいけど会いたくなかった……さとりちゃんとミソギちゃん。

まて――さとりちゃんの様子がおかしい。なぜ彼女は……膝をついてるんだ?

――ああ、天羽センパイ……そういうことですか……?

……僕は、結局、決意したことも守れないようなバカなんだな……

 

 

「気づいたか左近衛祈願。見ての通り、私は眠目さとりを下したところだ」

「……なん……で……?」

「なぜ。愚問だな、私は天下五剣を欠陥だと感じていた。だから私がその上に立ち、すべてを支配する。それ以外に理由はあるまい」

「なぜ今!?」

「天下五剣は弱り切った。あれらにはもう抑止力としての力はない」

「それは間違いだ……力がないなんてことはない!」

「四人、四人だ。四人が五剣から敗北した。無様に、情けなく、哀れなほどに。その権力は失墜した。故に私が上に立つ、それが今だ……満足だろう?」

「それはあまりにも暴論だ……その手段で権力を得たからと言って、あなたの満足の行く学校にできると思うんですか?」

「できないなどというわけがないだろう。すべては私が望むようにする、私が支配する。そのことにしか意味がない」

「ばかげてる、そうやって傷つけてばかりいたら、大事なものだって失ってるんじゃないんですか!」

「……ああ、そもそも大事な者など、私にはいないからな」

 

 

――時間を稼げ。

僕の視界の端では、さとりちゃんが刀に手をかけてる。

突くのか、斬るのか。分からないけど、時間を稼がなければならない。

だから僕にできるのは……天羽センパイを問い詰めて、その真意を確認するとともに時間を稼ぐこと。

 

『――お前はどうしたい?』

 

貫井川センパイ……やっぱり、責任とか、色々見栄張ってのたまいましたけど……

僕は――

 

 

「――ッ!!」

「……うそ……!?」

「――無駄な時間稼ぎだな左近衛祈願……だが、視線を動かさず、気にしてるそぶりもせず、私が少しでも眠目さとりの方を向かないようにと努めたその能力は誉めてやろう。さすがは『模倣犯』と言われただけのことはある。天通眼の模倣までこなすとはな」

「……御見通し……だったんですか……?」

 

 

さとりちゃんの突きは、天羽センパイに通らなかった。

防がれた……のではない。確かに突きは入ったけれども……刺さらなかったんだ。

そして――

 

 

「まさか。私はお前を褒めよう。全く、気づかなかったよ。仲違いしたという割には良い共同作業だ。だが……私には通らない」

「がっ……!」

「さとりちゃん!!」

 

 

――天羽センパイの手刀が、さとりちゃんの胴体に刺さっていた。

駆け寄ろうとしたけど……天羽センパイがゼロ距離にいる。その時点で助けに行くのは大変難しい……

いや、やるしかない。助けるんだ。

 

もう、視点を利用したトリックは望めない。

やるなら真っ向勝負で行くしか……!

――ん? これは……

 

 

「……ほう、構えるか。向かってくるというのであれば、お前も同じようにしてやろう。左近衛祈願」

「あいにくと……僕は撃たれ弱いので。やるなら優しく、豆腐を切るようなやさしさでお願いしますよッ!!」

 

 

僕は天羽センパイの前に駆け出す。狙うは天羽センパイの脚、組み伏せれば!

感覚がスローに感じた。まるでゲームをしているかのようなスローモーション。

天羽センパイは不敵に笑ってたたずんでいる。余裕そうだな。

ひと泡――吹かせてやりますよ。

 

――BiBiBiBiBiBiBiBi!!!――

 

風が、強く巻き起こり、僕を薙いだ。

 

 

「――左近衛祈願……今、何をした?」

「……あなたの弱点は、格下に対してとことん手を抜いて、その優れた反射神経に頼るところです」

 

 

――天羽センパイの脚は、僕がポケットから空に投げた防犯ブザーを切り裂いていた。

さとりちゃんは、その隙を突いて横を通り抜ける際に、僕が救出した。

 

なぜそうなったのか、簡単なロジックだ。

人というのは、視線に敏感だ。

さとりちゃんが普段僕のどこを見ているか、視線だけで全部わかるし、彼女も然り。

そして、視線にさらされると動かしたくなるむずがゆさを感じる。

どっちも個人差はあるけれど、僕はこれを利用して天羽センパイの脚を動かす対象にした。

センパイは脚でやったのだから、僕の賭けは成功した。

 

それと、人というのは急に意識に入ったものを避けるか、攻撃するかだ。

虫が目の前を横切った時僕と貫井川センパイは避けるけど、さとりちゃんと因幡さんは斬るし、ミソギちゃんは筒で叩く。皆それを意識して行ったわけじゃなく反射的にやっている。

そこで僕はギリギリまで近づいたときに天羽センパイの眼前に防犯ブザーを投げた。

もちろん音は鳴らす。防犯ブザーの真骨頂は、そのけたたましい音が唐突になるところなのだから、鳴らさないなどありえない。

防犯ブザーはさとりちゃんにもらったものを結局捨てられなくて思い出の品として、持ってきていた。ありがとう、さとりちゃん。

 

天羽センパイはさとりちゃんの突きに『気づけなかった』と言ってたのに、手刀を刺すことはできていた。

つまり、彼女は反射的に攻撃をしていることとなる。

視界で認識していなくても、身体的に触れただけで発動するカウンターだとするなら、間違いなく意識して封じない限りは逆手にとれる。

――読み以上だったのは、天羽センパイは脚までも刀のようなエグさを持っていることだけど。

 

 

「ククク……そうか、侮っていたよ。まさかあの一瞬の攻防だけでこのような策を思いつけるとはな……そこまでして眠目さとりが大事か?」

「僕がさとりちゃんを――」

 

 

腕の中にいるさとりちゃんを見る。

いつもとは逆の目線、見慣れない立場で彼女を見たその感想は――ああ、やっぱり僕は君を大好きなんだな――だった。

さとりちゃんは、僕がいることを信じられないって顔をしている。当然だ、二日前にあんなこと言って叩いて逃げ出した男が自分を抱きしめてるんだ。信じられるわけがない。

それなのに、一言も謝ることなくこの場にいるなんて、僕はほんとうに、どうにかしてる。

 

 

「――大事じゃなきゃ、こんな無茶できませんよ」

「イノリ……ちゃん……? ほおが……」

「いてて……テレビのまねはしばらくしたくないや……」

 

 

刃のように鋭い脚が真横を過ぎた時点で、無傷でいられるわけもなく、僕の頬はぱっくりと裂けてしまっていた。

傷は思ったよりも深い、血の出が悪いのは代謝が悪い証拠かもしれない。鉄分も足りないかな……?

それだけじゃない。さとりちゃんを助けるときに、テレビのスポーツ番組でやっていた動きを真似して無茶な態勢で飛び込んでしまったからか、脚もグリッとひねってしまった。

めっちゃくちゃ痛い、変な音してたもん。

でも、必要なことなんだ。僕の決意、覚悟が足りないから足踏みをする。でも、さとりちゃんを助けなきゃって思ったら動けた。それだけ、やっぱり好きなままなんだなって、改めて認識できた。

だから、今の僕の痛みは、必要だったんだ。

 

 

「……ゴメンさとりちゃん。最低な僕を許してとは言わない。だけど……今だけはまだ、好きでいることを、許してほしい」

「……うん……うん……!」

「――茶番だな」

 

 

天羽センパイの顔は怒りに染まっていた。

僕らを見ているように見えるけども、その奥では僕らではない誰かを見ているようだ。

――天羽センパイは、納村センパイと何かしらの関係がある。

五剣会議の日、僕らが来る前に彼女が乱入していて、納村センパイとの関係をほのめかしていたって、さとりちゃんが教えてくれてたことを思い出す。

もしかすると……天羽センパイは納村センパイを――

 

 

「恋だの愛だの、そのようなもので私が図られたというのか……!? 腹立たしい……実に腹立たしい……! 我慢ならぬ――すべて、すべてお前たちのそれをえぐりつぶしてくれる!」

 

 

――どうやら、想像以上にあの人の女性事情は混迷しているらしい。さすがは女たらし、ひどいもんだ。

怒った女の八つ当たり程、怖いものはないって僕も学んだはずなんだけどなぁ……

いやぁ困った、思った以上にひねり方がエグかったらしい、痛みであまり動かせない。

さっきの音とかで向こう校舎の花酒センパイに気付いてもらえたらなぁ……

 

ひょいと体が持ち上がる感覚。

いつの間にかさとりちゃんが僕の腕から抜け出して、僕の腕を自身の肩に回して僕を引き上げていた。

 

 

「さとりちゃん……体は大丈夫なの……?」

「祈願ちゃんよりは力があるからね~~」

「あー、うん。否定できないや……」

 

 

成すがままに担がれるまではいいのだが、ここから去ろうにも僕らが目指す屋上のドアは天羽センパイの背後側。

さっきの方法はもう使えない。さてさて……どう逃げたらいいのやら……

 

 

「逃がすと思うか?」

「――は?」

 

 

悩んでいる一瞬で、天羽センパイは距離を詰めた。

うっそだろおい、今全く、さとりちゃんも気づかなかったぞ……!?

彼女は手を振りかぶる――マズイ、この距離と態勢じゃ逃げられ――

 

 

「――ほう、そういえばお前もいたな……全く動かないから忘れてしまっていたよ……眠目ミソギ」

「なんで……なんで逃げなかったの……!?」

「わたしだって……あなたたちが……すきだから……!!」

 

 

僕らを庇って……ミソギちゃんが刺された。

ミソギちゃんは天羽センパイの手をつかんでいる。

攻撃しても通らないほど固いのだから、あえて攻撃をせず受ける――あまりにも無理やりすぎる。でも、そうしてまで彼女は……

 

 

「にげて……!!」

 

 

僕らを、逃がそうとしたんだ。

――ありがとう。

声にならない感謝を思う。

さとりちゃんに声をかけて、ミソギちゃんの望み通りに屋上から退避しようとした。

瞬間、悪寒に従ってさとりちゃんを突き飛ばす――

 

 

「ぐが……!」

「感動的だったよ……! 眠目ミソギは実にいい愛情劇を見せてくれた……しかしそれは無意味だ、三文芝居にしかならない。私にとっては、その全てが憎らしく見える。なぜか――それはおまえの存在だ左近衛祈願。私はお前が心から憎い……だからこそ、お前だけは……逃がしはしない」

「――ギィィ!?」

「祈願ちゃん!? 斬々ちゃんやめてぇ!!」

 

 

痛い痛い痛い痛い!

お腹に……お腹に刺さっているのは本当に手なのか!?

手刀だとは思えない……ねじられる……声が出ない……!

 

 

「お前に感謝しよう、まだ私にも『羨む』ことと、『憎む』ことが人相応にできるのだと改めて気づけるのだからな……!!」

「斬々ちゃん……祈願ちゃんを離せぇぇ!」

「喧しいぞ眠目さとり――私は今いいところなのだからな」

「ぐぅっ……!」

 

 

さとりちゃんが吹き飛ばされる。声が出せない……腹に力が入らない……!

 

 

「ふむ……二度も穿ったにもかかわらず、まだそこまで動ける余力があるのか……そうだな、折角だ、左近衛祈願を目の前で喪えば――」

「――うそ……まって……斬々ちゃん……まって……!」

「――お前は、私を愉しませてくれるかどうか。ということも、試してみることにしよう」

「まってえぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」

 

 

――痛みとともに意識が、遠くなる感覚がした。

なぜか目の前が、暗くなった。

さとりちゃんの、悲鳴が、きこえる。

なんで、こう、なったん、だっけ?

ぼく、弱、かった、から?

あやまろう、して、やめた。

つたえる、こっち、方、いい。

 

――だいすき、さとり、ちゃん

 

……さいてい、ぼく




左近衛祈願 別称『模倣犯』
注視した動きを頭で再現し、実際にそれを「負荷を無視して」やってみるという『模倣』技術にたけている。
体の理論などを把握していないため動きに比例して負荷が大きくかかることと、あくまでも目に見える動きしか模倣できないため、反射神経が重視される自動反撃などの模倣は不可能。


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間章:砕かれし「天下五剣」

『相手を、どんなことにしろ、絶望に追い込むようなことは、思慮ある人のやることではない』
――ニッコロ・マキャヴェッリ


『女帝無双。サクサク行きます。天羽さんチートですよね。絶対的な性能の意味合いのチート。あれを容易く傷つけた理事長って……』
――仮面兵


――天羽斬々は動き出した。

彼女は察していた。天下五剣というシステムが崩壊の時を刻んでいたことに。

その根拠はただ一人自身を昂らせた男、納村不道の存在。

彼が愛地共生学園に転校したことに運命を感じながらも、同時にある確信を得ていた。

それが――天下五剣の崩壊。

 

彼女が転校してきた際、天下五剣から二人の少女たちが矯正に動いた。それが鬼瓦輪と亀鶴城メアリ。

しかし、当の斬々は二人をいともたやすく退かせた。

その日から実力に畏怖した生徒に名付けられた二つ名は『女帝』。

だが、彼女は満足していなかった。彼女はまだ、天下五剣全員を下してない。

いつかは下さねばならぬ、それが強者としての務めである。

そう期を伺っていた。いくら斬々と言えども一度に五剣全員を相手にするのは難しかった。

 

そんな時に納村が学園に訪れた。

彼女は運命のいたずらに感謝した。彼がいるならば、必ずやもう一度自身が支配し、彼を求めようと。

もちろん、最初はためらっていた。彼女たち二人の間柄に出来上がった溝は深い。

しかしながら、彼と輪が不遇の事故による口づけを交わしたときから、メアリと親しくなり、彼女らの妹分二人も混ざり、日々過ごしていく様子を見るたびに彼女の気持ちは抑えが効かなくなっていた。

 

そして彼女は決行した。天下五剣を下し、自身が権力を持ち、再び納村を求めるために。

彼女は獲物を選ぶために屋上へと昇った。

いつもHR前の時間には誰もいないはずのそこには先客がいた。

そう、二日前に納村と一戦闘起こした眠目さとりである。

彼女は納村との戦闘直後に、彼女にとって何においても最も優先すべき存在である左近衛祈願からの拒絶を突き付けられ、彼との思い出の場所で呆けているところだった。

斬々はさとりの姿がどこかかつての自分に被って見えた。

 

 

何時もべったりとくっついていることで有名な二人が昨日は一切一緒にいる姿を見かけなかった。さとりが祈願の話題を出されると脅えた目をした。等々……

うら若き女子学生の集団は少しの異変に目ざとく騒ぎ立てる癖がある。

いつもであればただの姦しい集団だと笑い捨てるのが女帝だったが、さとりの件については前前から少しばかり興味を持っていた。

五剣有数の実力者であると高名な彼女が、そこまで入れ込むとはどのような男か。

 

探った彼女はすぐに落胆した。

――なんて何もない普通の少年か――

斬々は納村の実力などを高く買ったうえで、自身にふさわしい男だと考えていた。

しかし、さとりと祈願の間にあるのはそのような関係ではない。

斬々は失望するとともに、少しだけ『なぜ彼女はあのような男に入れ込むのか』ということに興味がわいた。

 

結果としてわからなかった。

結局、さとりと祈願に接触をとることは中々にかなわず、その理由を知る前に、この時が訪れてしまったのだ。

 

 

斬々はさとりにここぞとばかりに接触した。

自身の中にある懐疑について、そのままにしておくことが気にくわなかった。

そのついでに、あわよくば自身の手駒としてスカウトしてやろう。そう考えていた。

 

 

「私に従え眠目さとり。私がこの学園を手中に収めた暁には、お前を邪魔する存在は全てねじ伏せられるだろう」

「……あ~~お断りするね~~……これ以上……ボクは祈願ちゃんを喪うことはしたくないんだ~~……」

「その左近衛祈願をお前の求めるままにできるとしてもか?」

「祈願ちゃんはね~~……ボクのそういうところが嫌いだったんだって~~……だから~~斬々ちゃんには従えないなぁ~~……」

 

 

彼女はひどく困惑した。

さとりという人物はとにかく祈願を第一とし、祈願さえ自分の元に居ればなんだとしても良いという結果を求めていたのではなかったのか?

そう、調べていたがゆえに、理解できない現実に立ちはだかられた。

彼女が仲違いした際に彼に拒絶された。ここまではいい。だが、それによって彼女が『自身に問題があった』と落ち込むまで予想できなかったこと。

斬々自身が、自身と納村の仲違いの原因を自分に求めてなかったが故の思い違い。

彼女は衝動的に激昂した。自身とさとりの何が違うか、それを知りたかったというのが根底にあったのだろうが――自身を制御できない今の斬々では荒々しい暴力での対話しかままならない。

 

故に、さとりを下した。

下してようやく、当初の目的を思い出した。

その時――さとりと同じく心神喪失状態に陥っていた左近衛祈願が、招かれざる客として訪れたのだった。

 

 

 

女帝――いや、天羽斬々という一人の恋い焦がれる乙女は、自身の目の前で行われた愛情劇に酷く嫉妬した。

――なぜ自分は彼とあのようになれなかったのか。

なぜあの男のように彼は自分に愛をささやいてくれなかったものか。

なぜあの男は何もないくせに自身より幸せそうに笑い会えているのか。

――たかが模倣しかとりえのない男に――

乙女は自身ごと燃やす炎に身をゆだねた。

炎の名は『怒り』、燃やしたい相手は目の前の男――左近衛祈願。

 

彼の体を貫いた、彼の体内を抉った、彼の慟哭を聞いた、彼女の悲鳴を聞いた。

それだけで溜飲が下がる。

とどめを刺す――その瞬間に、またもや乱入者が訪れた。

その名は天下五剣唯一の獣使い花酒蕨。

いつ気づいたのか、おそらく彼女が切り裂いた防犯ブザー、あのけたたましい耳障りな音だろう。

 

斬々はまたもや自身のする予定だったことを思い出した。

殺してやろうと思った祈願への興味はすっかりと失せ、失神した彼の体をさとりの側へほおり投げる。

彼の体を受け止めたさとりは、祈願が生きていたことに安堵し、涙し、もともと限界まで到達していた意識を手放した。

 

 

 

 

「どうした花酒蕨?」

「あー、取り込み中じゃったか……! 出直すかのぉ……!?」

「なに……ゆっくりしていけばよい。演目は一通り終わってしまったがな?」

 

 

蕨は自身が救援に入るタイミングに、遅すぎたか……! と歯噛みした。

けたたましい音が隣の校舎から響いたからと目を向けてみれば、そこはかの女帝とさとり、祈願が一堂に会する様子。

2日前の当事者かつ、その結末を後から聞いた立場である蕨からしてみれば、なぜ喧嘩別れをした二人が体を抱き合わせて支え合っているのか、なぜ二人は今日に限って屋上にいるのか。などと疑問を抱くことが山積みだが、ひとまずは女帝が動き出した事実を認識し、二人の救援に当たることを選んだ。

 

だが、一歩間に合わず。

たどり着いたその時にはすでに祈願は抉られ、ミソギは刺され、さとりは祈願を守る様に覆いかぶさって気絶している。

――一昨日の今日でこの様かえ……ままならぬのぉ――

蕨は女帝と相対することに恐怖した。

しかし、逃げるわけにはいかぬ。

天下五剣たるもの、脅かす存在には全霊をもって立ち向かうのみ。

 

その強い意志とともに、彼女は相棒の熊『キョーボー』とともに、刀を振りかぶった。

 

 

 

 

『アモオォォォォ!!!』

「……ククッ」

 

 

愛しの彼の叫びが聞こえる。

斬々は階段を下りながら口を愉しそうに歪めた。

天下五剣、残る刃は三本のみ。そのうちの二振りは既に一度砕いた。二度目も負ける道理がない。

問題は五剣最年少因幡月夜の方。彼女は、剣鬼一族として伝説になるほど高名な『鳴神一族』の血筋が一人。

この愛地共生学園における理事長であり、現世での一族最強と謳われる『鳴神虎春』を超えるために、虎春の同族である彼女は必ずや超える必要がある。

自身の腕がどこまで通るか、その期待に震えを感じながら、斬々は階下へと降りてゆく。

 

もはや彼女の中には先ほど抉った少年の存在など失せている。

同時に、彼によって感じさせられた怒りも鎮火した。

きっとその怒りが再燃するには――同じようなシーンを見る必要がある。

納村以外にも、女子と仲睦まじくやっている男子がもう一人いることに彼女が気づくのは……しばらく後のことであった。

 

 

 

 

「お前たちは蒙昧だ。馬鹿正直に受けてやる通りなどない……」

「足刀までも……文字通り刀だと……!」

「素手で刀を……!」

 

 

――愚かなものだ。

斬々は、輪とメアリを足刀によって吹き飛ばしながら、二人の愚者っぷりに落胆した。

自身に挑んだ際よりも、コンビネーションという物が出来上がっていること自体は喜ばしい。

しかしだ、二人の性質が変わらず前のめりであった。

作戦自体は変わらずじまいだというのに、どのようにして愉しめようか。

こんなのであれば、まだ不意を突かれた分さっきまでの方が愉しめた――

 

さらに言えば、因幡月夜は居らなかった。これでは不完全燃焼極まりない。

 

そうだ、では彼女らにとって大事である妹分二人を傷つけてみればどうか。

彼女は思い立った。

これまで大事な相手、関わる相手を傷つけたことで、左近衛祈願は奇策を用いて一矢報いた。眠目さとりは悲鳴をあげつつもがむしゃらに立ち向かってきた。花酒蕨はただ見ることについて泣きわめいて許しを乞うてきた。

そして――あの男はあの日『魔弾』を魅せてくれた。

 

斬々はニタリと口をゆがめた。

彼女にとって、弱い者いじめだとかそういう理論は無に等しい。

あるのはただ――弱肉強食、強き者がすべてを下すという暴力的真理。

妹分二人か、輪とメアリの二人が一言『アナタに従います』と言えば彼女は抜いた刃を納めることだろう。

しかしこの四人からはその言葉が告げられることなどありえない。

 

――突如、輪とメアリの妹分である百舌鳥野のの、鵜薔薇咲蝶華のそばに誰かが立ちはだかった。

斬々が今現状一番砕きたい剣、天下五剣最年少の鳴神一族、居合の達人――因幡月夜だ。

幸かそれとも不幸か、奇跡的な状態に斬々は感謝した。

天下五剣としながらも、特殊な立場としてかかわっている彼女が出張る理由は正直どうでもいい。ただ強者との戦い、それが斬々の喜び。

彼女も超えられれば――あとは理事長と、あの男のみ。

 

 

 

 

 

「――もし、お前が真剣を使っていたならば、刃挽きをしていたとしても敗北していたやも知れんがな……これでは、負けるわけがない」

「ゴホッ……ヒュー……ヒュー……」

「因幡まで……負けたというのか……!?」

 

 

月夜の刀が眩き煌めく、気づいたときには斬々の体には三度の斬撃。

悲しきかな、その刃が模造である故の通りきらぬ結果。

斬々はその反射神経による手刀を容易に放つことができてしまった。

彼女は哀しんだ。まさか最後の相手までもこの程度かと。

加えて月夜は病弱。その一度の一瞬のみの戦闘であると知っているがゆえに、その結果がこんなものだと思えば、その落胆ぶりが多少は伝わるのだろうか。

 

戦闘は終わった。結果は月夜の続行不可。

後に残るのは事後処理という名の一方的な制裁のみ。

月夜は当然のごとく武器を構えて抵抗をしようと望むが、元々病弱ゆえの体調が整わないことと、武器の模造刀が半分ポッキリと砕け折れていること、カウンターの手刀によって体を穿たれていることなどが重なって武器を思うように掲げられない。

 

――瞬間、彼女の体は大きく引き寄せられた。

斬々は月夜の体を動かした相手を視認する。

その男は彼女の求めた男ではなくて……

 

 

「悪いけど、せめてもの時間稼ぎだ……クソBBA、お互い望みの相手じゃなくて残念だろうが――本命来るまでダンスでも如何かな! とびっきりの長丁場でだけどな!」

「虫の様に非力な男が私の望むような踊りができるとは思えないな――貫井川蓮!!」

「一寸の虫にも五分の魂ってあるんでね! 精々ご期待くださいませ!」

 

 

因幡月夜のためにその身を戦いに投じられる男。

その名は、貫井川蓮。

――天羽斬々の怒りが再燃するまで、あと数分。




因幡月夜が盲目であることと病弱であることについては、彼女が度重なる近親相姦によって設けられた子という点が答えとなる。
色素が全体的に薄い点、アルビノである点なども踏まえると、遺伝子病と言えるだろう。
月夜の一族は能力面の伝承でのデザインベイビーを利用しているという背景があるため、実は背景が現状一番ダークな子でもある。


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変態の章:兎はためらう

『こんな学校にいるけど、彼女はまだまだ子供。年上として諭してあげるのがお兄さんの義務ってものだろう?』
――貫井川蓮


何の変哲もない日、今日も月夜ちゃんといつものように登校していた。ここ最近立て続けに事件起きてるからなぁ、いい加減平和な日々を送りたいものだが。

 

そんな叶いそうもない願いを思い描いていると、急に月夜ちゃんが耳を塞いだ。いったいどうし――

 

 

――BiBiBiBiBiBiBiBi!!!――

 

 

何処からか防犯ブザーの音が聞こえてくる……これは、屋上からか?

 

 

「どうやら屋上で女帝さんがはしゃいでいるようです」

 

「はしゃぐ?それって具体的には?」

 

「眠目さんが敗北、重症を負っています。さらに花酒さんもその場へ向かっているようで、おそらく二の舞になるでしょう」

 

「緑が!?ということは祈願のヤツも闘りあってるのか!?」

 

「左近衛さんともうひとりの眠目さんも一緒に戦っていますが……3人とも今すぐ病院直行くらいの重症です」

 

 

はぁ!?いくら女帝と言ってもそんな流血沙汰起こしたらタダでは済まんだろう!しかもそのキリングフィールドにロリBBAが突っ込んでるんだったら、もっと犠牲者が増えることになる!しかし今から行っても間に合う気がしない……!

 

 

「どういうことだ!?なんで今さら女帝が動く!?」

 

「落ち着いてください蓮さん」

 

「落ち着いてなんかいられないさ!こうしている間にも怪我人は増えてるかもしれないのに!俺は屋上に向かう、手当だけでもしないと!」

 

「……どうしてです?左近衛さんを除く上の彼女たちはお友達でもないのに、どうして助けようとするんですか?私には分かりかねます」

 

「どうしてって、目の前に倒れてる人がいたらそれがBBAであっても流石に救急車くらいは呼ぶだろ?怪我してる人がいたら手助けするってのが一般的な良心ってもんなの!」

 

先の発言で分かると思うが、この子はどうにも常識に欠ける……というかそれが年相応の考え方なのかなとも感じる。ここは高校だが月夜ちゃんの実年齢は小学生であって、大人もへったくれもない。

 

普通の小学生であれば、こんな切った張ったとは無関係の生活を送っているはずである。その小学生を日頃から見続けていた俺が言うんだ、信じてもらって構わない。というかそれが世間一般の認識であるハズだ。

 

 

「月夜ちゃんは友達が1番かもしれないけど、それじゃあ心が狭くなっちゃうよ?」

 

「……幼女1番の貴方には言われたくないです」

 

「おっとぉ、痛いところ突いてきたじゃないか。確かに俺がこんな説教なんてしても響かないだろうことは分かるけど、それでも俺はこう言うよ――」

 

 

そこで言葉を切り、1度息を整える。

 

 

「――今この状況の全てを把握しているキミが動かないのは、年齢抜きにしても”人として”間違っている」

「俺が好きな月夜ちゃんは、年齢が小学生であってもこの学校にいるキミは、俺に祈願に不道にBBA’sと共に過ごしてきた因幡月夜は」

「事件や厄介ごとに巻き込まれたこともあったけど、きっと人のつながりが大事なものだと理解していることを信じている」

「もちろんこれは俺の勝手な想像、価値観の押し付けだ。でもさっきも言ったように、これは一般的な感性であり常識。キミがその歳でここにいるのは、何か特別な理由があって普通じゃないのは分かってる」

「それでも、それでもだよ。ここで救出の一手を出せないなら、俺はキミとの関わり方を変えなくちゃいけない。知らないヤツならともかく、友と呼んでも不思議でないヤツらを見捨てるような『人でなし』とは一緒にいられない」

「さあどうする?これを聞いてどう思うんだ月夜ちゃん!!」

 

 

しばしの静寂。この曇り空も相まって重苦しい空気が流れる。

 

やや間が空いて彼女が口を開いた。

 

 

「……やはり友達以外を助けるという行為に必要性を感じません。蓮さんは私を良く見てくれてますが、友達になっていないような関係の浅い人たちは放っておいてもいいと思ってます。私にとっては友達が基準なので」

 

「そうか…………そうか。であれば本当に残念だ「ですが!」……」

 

「ですが……蓮さんも言っていたように私はまだ子供、立場は中学生ですが世間知らずなのでしょう?」

 

「まぁそうだね、逆にキミの歳で老成されてたら違和感バリバリだよ」

 

「ですからこれから貴方が教えてください、私をそこまで買ってくれているのなら」

 

 

……教えるというのは何を?

 

 

「貴方の言う一般常識、私がそれに反するようなことをしたら教えてください。あと出来れば、友達の作り方も。もっとお友達が増えれば私の心持ちも変わるかもしれませんから」

 

「あー、まぁ常識はいいよ。けどさ、友達の作り方レクチャーって何すればいいの?正直友達って人から習って作るようなモノじゃないと思うんだけど」

 

「そのあたりは蓮さんにお任せします。私は生徒ですから」

 

 

そう言って月夜ちゃんはクスリと笑った。かわいい。……久しぶりに笑顔を見た気がする。かわいい。

 

 

「まずは人助けをしてみようと思います……が、体の弱い私にできることは少なそうです。()()()()()行ってきてもらえますか?」

 

「――あぁ任せろ!!」

 

「はい、お任せしました」

 

 

月夜ちゃんがいい子でよかった。俺も好きで離れると言ったわけではなかったから。彼女の決意の分まで背負っていこう。

 

 

「その変化は好ましい!ぜひとも俺好みになってくれ!」

 

「ん~……考えておきます」

 

 

背中を向けているのに、月夜ちゃんは笑っていると確信できた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

月夜ちゃんと別れて屋上への階段を駆け上がる。半分ほど登ったところで人影が見えた。男子の制服、あの後ろ姿は――

 

 

「不道!」

 

「うおっ、とぉ?なんだ貫井川、おたくか。その様子だと屋上行くのかぁ?」

 

「そうだ!少々どころかとてもヤバい事態なんだよ!行くなら急ぐぞ!」

 

「おいおい!?なんで急いでんだよ!理由ぐらい聞かせちゃあもらえませんかねぇ!」

 

「女帝が緑姉妹と祈願を半殺しにした!分かったら行くぞ!!」

 

 

なぜこんなに焦っているのか気づいたらしい、不道も顔色変えて追ってきた。そういえばコイツは何で屋上に向かっていたんだ?

 

 

「なぁ不道!俺は月夜ちゃんから聞いてきたが、お前はどうして屋上に行こうとしてたんだ!?」

 

「あぁ!?んなもん防犯ブザーの音と、あれだ、嫌な予感ってやつだ!」

 

「まったく大した勘してるぜ!そんなキミに追加情報だが、俺たちより前に花酒のBBAも向かってるらしいぞ!」

 

「そいつぁ聞きたくなかったねぇ!花酒は無事か!?」

 

「分からん!行って確認するしかない、今は急げ!」

 

 

走りながらの会話なので、自然と怒鳴りながらも足は止めない。流石は男子高校生、この会話で屋上にたどり着いた。

 

たどり着いたはいいが……そこはまさに『地獄絵図』だった。

 

 

「アァァァモォォォウ!!!!」

 

「不道!気持ちは分かるが手当が先だ!ひとりひとり確認しろ!」

 

「……クソッ、あぁ分かってる「ノムラかや……?」っ花酒か!?」

 

「わらわより……他の者は……?どうなっておる……」

 

「あぁ、おたくよりかは軽傷さ……!っておい!しっかりしろ!!」

 

 

どうやら目をやられたらしいロリBBAは再び意識を失ってしまった。一通り見て回ったが、全員が病院送りは免れないだろう大怪我を負っている。

 

まず緑姉妹と祈願、腹や背中を手刀で貫かれている。出血が多く重傷だ。

次はロリBBA、目を切り裂かれている。考えなくても重傷。

狐と狸と猿、この3人は顔を重点的に殴られている。病院行きだろう。

キョーボー、斬られる抉られるを多数受けた模様。どう見ても重傷。

 

 

「傷が深すぎてどこから手を出したらいいか分からねぇ!貫井川何か案ないか!?」

 

「……いや、正直お手上げだ。素直に教師かエヴァさん呼んできたほうがいいだろう」

 

「ここから職員室まで結構あるぞ!?その間放っておいたら死んじまう「そうならない為に私がいる……」のわぁ!?」

 

「目を斬られてるけど眼球まで達していない……手術で治る。他の生徒も同様に、応急処置を施して病院へ運べば大丈夫……」

 

「なんだおたく急にっ……いや、こいつらは助かるんだな?何か手伝えることは?」

 

 

まるで忍者のように現れた女性、その女性が誰かよりも皆の無事を優先する。それでこそ男だ不道!

 

冗談はさておき。不道が何か手伝うことはあるかと聞いているが、恐らく彼女に任せるのが1番いいだろう。しかし不道は本当に目の前の人が誰か分かっていないのだろうか。まぁここに来て日が浅いから仕方ないが。

 

 

「ここは手が足りてる……貴方はあれを……」

 

「あれって……っアイツ!!」

 

「女帝に鬼亀とその妹分、どう見ても穏やかじゃないねぇ……」

 

「下に行く!止めないとここみたいになっちまうぞ!」

 

「それにあっちには月夜ちゃん……?まさか、女帝に向かってるのか!?確かに助けろとは言ったが、わざわざ戦火の真ん中に突っ込むことはなかろうに!いくら強くても体弱いんだから!」

 

 

俺にも下に降りる用事が出来た。だがいちいち階段を下りていたんじゃ時間がかかる、だから俺は――

 

 

「おいおい、おたくフェンス登って何してんだぁ?」

 

「何って、下に降りるんだよ。階段使って下りるよりも壁行ったほうが早いからな……地上で会おう!」

 

「おい待て正気か!?」

 

「もちろん!じゃあなぁ!」

 

 

壁から降りる、と言っても飛び降りる訳ではないぞ?この高さから落ちたら流石に死ぬ。受け身とっても行動不能は確実だ。

 

窓のでっぱりや雨樋を掴んで着実に、かつ迅速に地面に近づく。フリーランやクライミングで鍛えたこの身体に月夜ちゃんを想う心があれば、この程度の障害は軽い軽い!!

 

無事に地に降り立ち、騒ぎを見た。見てしまった。

 

 

 

女帝を揺らした雲耀を。刀を折られ、傷つけられた月夜ちゃんを。

 

 

 

沸騰しかける思考を黙殺、ここで突っ込んでいけば屋上のヤツらの二の舞になってしまう。頭は冷静に、されど心は滾らせて。

 

女帝!ぜってぇ許さねえぞ!!

確かに俺に武器はない、勝てはしないだろう。だが負けもしない!

王子様が来るまでの時間稼ぎ、無傷で乗り切ると!

俺の女神(月夜ちゃん)に誓おう!!

 

 

「悪いけど、せめてもの時間稼ぎだ……クソBBA、お互い望みの相手じゃなくて残念だろうが――本命来るまでダンスでも如何かな! とびっきりの長丁場でだけどな!」

 

「虫の様に非力な男が私の望むような踊りができるとは思えないな――貫井川蓮!!」

 

「一寸の虫にも五分の魂ってあるんでね! 精々ご期待くださいませ!」

 

 

俺の心を滾らせたんだ!終演まで付き合ってもらうぞ!




学園長である藤林祥乃はNINJAである。
ドーピング、暗殺などによる闘いをするらしい。
同原作者前作からの登場キャラだが、なんとその時から現理事長である鳴神虎春が好きというデータを残している。
つまり百合ん百合んである。
実は前作時代から数人生命的に葬ったこともある仕事人。
虎春のほうは「竹刀で人が殺せる。」と月夜の明言があるのでこちらもきっと殺っている。

ちなみに、声優は『しなこいっ』のドラマCDから能登麻美子が続投。
残念ながら、虎春の方は水樹奈々の続投ではなかった。


次回
第六節:魔弾と女帝
8/12、21:00より順次公開


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第六節:魔弾と女帝
変態の章:兎と変態の「軌跡」


『最初で最後かもしれない、変態の見せ場』
――マッキー

『俺は自他共に認めるロリコン。そんな正常なヒトとは違う俺だからこそ、性癖以外の常識には厳しくあるべきなんだと思う』
――貫井川蓮


「目が良いのが納村(アイツ)だけの特権だと思うなよ!」

 

「ちょろちょろ動き回りよって……!少し撃ち込んで来てみてはどうだ!」

 

「カウンター持ちにそんなこと言われてホイホイ行くと思ってんのか!?」

 

「なに、ちょっとした冗談、だ!!」

 

「だからっ、見えてるんだよぉ!」

 

 

女帝にケンカを売ったことは後悔していない。この学園で五剣の矯正から逃れてきた程度の力は持っているから。まぁ力といっても俺の得意分野は『回避・逃走』であって、得物も無ければ武術の類も知らないんだが。

 

“そんな逃げ専の俺が女帝に勝てるのか?”なんて疑問を壁下り中に抱いたが、思えば別に勝つ必要はないわけで。屋上で吠えてたヤツが来るまでやられなければいいんだ。こう考えると回避に特化した俺が王子サマ(納村不道)の到着まで時間稼ぎするのが最善手。

 

 

「考え事とはずいぶん余裕ではないか、気を抜いた瞬間に抉ってしまうかもしれぬぞ?」

 

「ん~、どう時間稼ぎしたものかと悩んでな。見切りは出来るんだが、俺の貧弱なボディじゃ一発掠れば落ちかねん。痛みにも耐性ないし」

 

「お前は武術をかじったことが無いと見える、であれば道理か。ではどうするのだ?」

 

「何も変えないさ。あんたはカウンターが怖いのであって、こっちが攻撃しなければ反撃はこない。加えてそっちの攻撃は見切れるときたら、変えるわけにはいかんだろう」

 

「……面白味のない男だ。虫と形容したのは間違いではなかったか」

 

「虫で結構。面白くもなんともなかろうが、俺はあの子の前で傷つかないと誓ったんだ」

 

 

後ろをチラと見る。5人の女子、その中でも1番幼い彼女を。

 

 

「さぁインターバル明けて第2ラウンドだ。それとも、こうやって会話してくれるか?こっちの方が楽で助かるんだが……」

 

「聞かなくても分かるであろう!」

 

「知ってた!」

 

「遊びは終わりだ、獲りに行くぞ!」

 

「品切れにつきお引き取り下さいな!」

 

 

右手刀の袈裟斬り

右足を引いて半身で避ける

 

左手刀の薙ぎ払い

一歩飛びのいて避ける

 

詰めて右手刀の突き

上半身を逸らす、ようはマトリックスで避ける

 

手を引いて右足刀の振り上げ

地面に手を突いてバク転で避ける

 

バク転中に女帝が後ろを向いているのが見えた。左足を軸に右足を浮かしている――肘を曲げて手に力をこめる、そして地面を押しのけて全身を宙に浮かせる!

 

回し蹴り――水平ではなく、上から下への振り下ろし――が俺の目の前を通り過ぎていく。ふわりと重力に逆らう前髪が切り取られていくのが見えた。とても危ない!

 

 

「流れるような殺人コンボやめろや!それとなぁ、今の回し蹴りは首持ってく気マンマンだったろ!避けられなかったら死んでたぞ!」

 

「流石に首は獲らんさ。当たりそうだったら止めていた」

 

「そういう問題じゃねえよ!目の前を踵が掠めていったのなんて初めてだわ!もう1回言うが死んでたからな!?」

 

「しかしあれだな、ここまで攻撃して全て避けられたことはない。貴様は誇っていいぞ?」

 

「聞けよ!人の話を聞けよ!!」

 

 

もうやだこのBBA!こっちは割と真面目に命の危機だったってのに話を聞かない!並の人間だったらここで殴りかかってるぞ!?殴りに行ったらあっという間に返り討ちだけどな!!

 

ヒーローはまだ来ないのか!?俺の手には少し余るぞ、早く来てなんとかしやがれ!

 

 

「だが……ふむ、お前も愉しませてくれるかどうか。それを確かめるのも一興か」

 

「……なんだと?」

 

「目の前で愛する者を喪えば――」

 

 

その言葉を聞いた瞬間、着地して膝をついていた体勢から一気に走り出していた。走りながら右の肩・肘・手首を()()。そしてそのまま――

 

 

「ふざけたことを!!ぬかしてんじゃねえぇぇぇええ!!!」

 

「なにっ――」

 

「女帝を投げ飛ばしただと!?」

 

 

バカなことを宣った女帝が宙を舞う。文字通り俺が()()()()()()()

 

やったことは簡単。右手の肩・肘・手首の関節を外し、それをヤツの右腕に蛇がごとく絡ませて動きを封じる――ただ腕を掴むだけでは確実にカウンターで抉られるから――。後はジャイアントスイングのように回して浮かせて投げるだけ。

 

クライミングで鍛えた腕力にかかれば祈願のようなひょろひょろボーイは勿論、がっしりした不道さえ飛ばしてやれる自信がある。無論、女性である女帝ならば投げるのは容易かった。

 

普段は女に手を出されても手はあげない主義で通している。だから五剣の矯正――という名の暴力行為――でも避けはしても反撃はしなかった。だが、だが!!

 

 

「月夜ちゃんに手を出すだと!?そんなこと俺が許さんぞ!俺だけを狙うならよかった、痛い思いをするのは俺だけだからな。だがお前はあろうことか部外者を巻き込もうとした!それも既に傷を負っている月夜ちゃんをだ!」

 

許さない

 

「上にいた祈願と緑姉妹の状況、それと今のお前の発言を聞けば分かる……あらかた好き合ってる、もしくは大切に思ってるヤツらを傷つけて逆上させてるんだろうよ。ふざけるな!」

 

許されない

 

「好きなヤツが、大切なヤツが、目の前で倒されたら怒り狂うのは当たり前だ!それを自分の愉しみで引き起こすような輩は人間とは言えねぇよ!」

 

許してはいけない!

 

「祈願と眠目の絆は!俺と月夜ちゃんの絆は!お前みたいな怪物が己の快楽のために引き裂いていいような代物じゃないんだ!!」

 

守る

 

「お前のようなヤツに、俺の大切なヒトを!」

 

守り抜く

 

「俺の短い人生で初めてできた、守りたいと思ったヒトを!」

 

守ってみせる!

 

「これ以上、傷つかせてなるものか!」

 

覚悟しろよ!!!

 

「月夜ちゃんには指1本触れさせねぇ!お前の相手は俺だぞ女帝ぃぃいいい!!!」

 

 

 

 

「…………いいところすまないが、その辺にしてやってくれ。因幡が凄いことになってるぞ」

 

 

鬼瓦に声を掛けられてはっとする。あれ、今すごく恥ずかしいこと言ってなかったか……?許さないとか、守りたいとか――

 

 

「…………ぁぅぁぅ」

 

「ぬあぁぁぁあああ!!!」

 

 

言ってた!超言ってた!めっちゃ恥ずかしい!!

人生で1番恥ずかしいよコレ!誰か助けて!

 

 

「あー、その~……月夜ちゃん?」

 

「…………」

 

「こんな恥ずかしいこと言ってゴメン!でもでも、大切とか守りたいとか、この学校で出会ってからキミのことしか考えてないとかは本当だから!」

 

「何を追い打ちかけているんだ貴様は!?それに何か付け足されてるぞ!」

 

「ここまで夢中になった子はキミが初めてだったり、通報しないでくれたり、いつでも俺の相手をしてくれたり!あとここに転校したのはキミが理由だったりするから!全部本当で、マジで好ましく思ってるから!」

 

「またいらない情報が増えましてよ……」

 

 

――って俺はまたいらんことをぉぉぉおおお!!

なんなの!?なんで女帝を投げ飛ばしたと思ったらこんなことになってるの!?わけがわからないよ!!

 

 

「なんかもうホントにごめん!」

 

「……もういいです」

 

「だよねぇ……もうあっち行っとくよ」

 

「――です」

 

「え?」

 

 

 

 

「私も……大切、です」

 

「はぇ?」

 

「だから、私も……~~~っっっ!!」

 

「え、ちょっ、まじぽん?」

 

「なんなんだこれは……」

 

「あたくしに聞かれましても……」

 

 

ああもう意味が分からない!俺は月夜ちゃんが大切で、月夜ちゃんも俺のことが――のおおおぉぉおおう!!

 

ダメだ、混乱してきた……いったん落ち着かなければ。

ってあれ?なにか忘れているような――

 

 

「1度ならず2度までも……!お前たちが『羨ましい』、お前たちが『憎らしい』!故に私はその羨望を、憎悪を、その元であるお前()()にぶつける!もう逃がしはせんぞ!!」

 

「ちっ、結構な力で投げたんだぞ?それでも無傷か……」

 

「当然だ。私は全身が一振りの刃、強度も硬度も鋼に準ずる」

 

「んで?なんで羨ましい憎らしいかは予想がつくが、それでお前はどうしたいんだ?」

 

 

月夜ちゃんが何か合図を送ってくる。なるほど、やっとか。

 

 

「その感情を受け止める役は俺じゃ力不足なんだよ。だから大人しくキミの想い人を待ったほうが良いと思うんだが?」

 

「ほざけ!お前を引き裂くことに意味があるのだ、故にここで斃させてもらうぞ!!」

 

「そうかい」

 

「しっかり見極めねば抉って持っていくぞ!」

 

右手の正拳突き

半身で躱す

 

右拳を解き手刀の薙ぎ

身を屈めてやり過ごす

 

それは悪手だとばかりに女帝が嗤い、腰だめに構えた左手刀を突きだしてくる。

俺は笑う、それこそが狙いだったと――!

 

 

「獲ったぞ貫井川蓮!」

 

「それはどうかな!」

 

 

身体を左にずらす。手刀が頬をかすめ、ぱっくりと皮膚が裂けて鮮血が舞う。だがそんなものには構わない!懐に潜り込み、自分の肩を女帝の腹にあてがう。そして、ちょうど米俵のように()()()()()

 

突然のことで流石の女帝も固まっている。まさか持ち上げられるとは思わなかったのだろう、だがしかし彼女の様子などには目もくれずに発射準備。左手は胸に右手は腹に持っていき、前に投げる体勢に入る。つまるところ――

 

 

「行くぞ王子サマ!しっかり受け止めてやれよ!」

 

「無茶言うな!」

 

「マーク3・『飛ばすは飢える女帝様(エンプレスランチャー)』!!」

 

 

――人間砲弾だ。

 

 

「マジで飛んできやがった……!分かったよやってやるよ!」

 

 

「アァァァモォォォウ!!!!」

 

「ノォォォムラァァア!!!!」

 

 

ゴッッッ!!!

 

 

おおよそ拳がぶつかり合ったとは思えない音が響いた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「これが最後だ、ノムラ。この私のモノになれ!」

 

「いやだね、断る!まっぴらごめんさ――」

 

 

ドン……

 

 

不道の『魔弾』が女帝を貫き、そのまま地に背中をつけた。互いにボロボロになりながらも、最後まで立っていたのは不道。ここに『女帝の乱』は終結した――

 

 

「テン……ソウ……メツ……」

 

 

――かのように見えた、この覆面女子が女帝にたかるまでは。

 

 

「おいおたくら!なにしてっ……」

 

「やめとけ不道。その身体で無茶すんな、すぐに病院送りの傷なんだ。無傷の俺に任せろ、それに問いただしたいこともある。なぁ――」

 

「ぐっ……じょ、てい……!」

 

「――祈願」

 

 

そう、倒された女帝に寄ってきたのは覆面女子ではなかった。正しくは”覆面女子に支えられた左近衛祈願”だ。こいつは屋上でぶっ倒れていたはず、それも相当の重傷を負って。包帯などの応急手当は見えるが、こうして動いていいはずがない。

 

 

「その傷で動いて、ここまで来て何がしたいんだ?」

 

「じょて、い……!」

 

「おーい、祈願くーん?聞こえてるかー?」

 

「たおす……じょてい、を、たおす……!」

 

「だめだ聞いちゃいない。うーむ、手っ取り早く殴って止めるか――っておいおい!その警棒どっから出した!?覆面のヤツらもか!?」

 

 

どう見ても女帝にトドメ刺そうとしてるよな!?いかに倒れてるコイツがムカつく女だって言っても、こんな卑怯なことを見過ごすほど嫌いじゃない!

 

 

「待てお前ら「その必要はないです」っと、月夜ちゃん?」

 

「心配ありません、祥乃(ゆきの)が降りてきましたから」

 

「ユキノって……学園長の?」

 

「そうです」

 

 

瞬間、覆面女子と祈願が握っていた警棒が宙を舞う。かすかに見えたが……あれは糸、か?さすが忍者。

 

 

「校内では役職で呼んで……私……学園長ですので」

 

「学園長!貴女がいながらどうして祈願がここに――」

 

「気がついたら……逃げられてた……」

 

「逃げられてたって貴女ねぇ……」

 

「今度は逃がさないから……許して……」

 

 

そう言うやいなや、祈願はかくーんと眠るように落ちた。え、いったい何したの?さすが忍者で片づけていいの?なんか怖いよ。

 

 

「予鈴はもう鳴ってる……全員教室に入って……あぁでも貴方は別……」

 

 

言葉を切り、指をさした。その人物は――不道だ。

 

 

「そりゃどういう……?」

 

「決まってるでしょう……」

 

 

 

 

「貴方は退学です……」

 

ファッ!?




貫井川蓮
別称『軟体変態』
身体の異常なまでの柔らかさが異名の由来。
その柔らかさは現役の新体操選手にも匹敵するとされるどころか、オリンピック選考候補に入っていても不思議ではないほど。
もう一つ軟体的な動きとして特徴に上がるのは、全身の関節を意図的に着脱可能なところである。


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間章:再動せよ天下五剣。少女たちは「意義」を問う

『一個人の力量に、頼っているだけの国家の命は短い』
――ニッコロ・マキャヴェッリ


『天下五剣とはかくあるべきだったのか。これまでも含め、作者側の個人思想が駄々洩れですが、私達二人はこうあってくれたらいいなと考え、こんな展開を作りました』
――仮面兵


「――皆の者、そろったかえ?」

「何の用であたくしたちを呼び出したので?」

「花酒が呼び出したことは構わないが……居ない者がいるぞ」

「来てない方はいますよ。眠目さんです」

「あぁ……さとり姫は題材が題材故に呼ばんかった。いまだ予断を許してはいない状況だと聞いておる」

「……左近衛か」

「うむ」

 

 

天羽斬々による一連の騒動は、彼女の別称から『女帝の乱』として愛地共生学園、天下五剣の歴史に記されることとなる。

この騒動は一つの大きな疑念を学園内部にもたらした。

それは、『現在の天下五剣という存在の意義』。

 

元々天下五剣の成り立ちそのものが、かなりの曲者だった。

女子校だった当学園が共学へと変革されていく際に、風紀組織の中から行き過ぎた女子生徒によって過激派武装自警団が設立され、その中でも上位実力者五名が『天下五剣』の原型であった。

成り立ち自体が暴力機構としての面を色濃く抽出してしまったがゆえに、現在の五剣も極端な更生を続けていた。

 

年月が過ぎ、人の心に多様性という物が生まれ、多面的な視点が得られるようになったことで、その暴力的側面の強い『天下五剣』に対して、強い疑念を抱くものも多かった。

しかし人は基本弱いもので、力がある者に対しては逆らいの意を述べようとしない。

――裏を返せば、力を亡くした時こそ、そのような反感的な態度が噴出し始める。

その力を亡くした時というのが、この女帝の乱によって、天下五剣がなすすべもなく敗北し、それを解決したのが天下五剣に目を付けられている男子『納村不道』であったという現実。

即ち、『天下五剣の弱さの露呈』ともいう。

 

反抗する者にとって、天下五剣が未だ強者であるかどうかが重要なのではない。

その暴力機構が上回る暴力によって粉砕され、その暴力を下したのが暴力機構によって狙われた存在であった。と言うことが反抗者の声を大きくさせた。

 

 

「……では、この四名で緊急の五剣会議を開く。眠目には後程わらわから内容を知らせておく。よいか?」

「事前に聞いている内容からして、自分に異論はない」

「あの話が事実とするなら、これは死ぬほど深刻でしてよ」

「……ひとしきり話終わったなら私から一つ希望があるのでそれもお願いします」

 

 

現五剣最年長の蕨はこの事態を重くとらえた。

自身らが絶対的権力として学園でふるまえていたのは無敗であったからだ。

輪とメアリが女帝に敗れたときも、納村がワラビンピックを攻略した時も、未だ敗れていない面々がいたからこそ不満を抑え込めていた。

しかし、さとりが独断の暴走によって動いた挙句、普段より連れ添わせている祈願もろとも女帝に重傷を負わされた姿、自身を始めとした花酒三獣士の完敗、歴代五剣の中でも上位に座すると賞されることもある因幡月夜の辛い敗北。

数々の五剣の敗北が重なった今、抑え込めるほどの力がないと舐められてしまったのだ。

 

蕨は思案した。元々現状の五剣の在り方が時代錯誤だと思う者もいる、と。

暴力機構ではなく、秩序を守る風紀機構として、原初のあるべき姿に作り直す必要があるのではないかと。

改革をするのであれば、現在の五人全員が一丸となる必要がある。バラバラの秩序をつかさどったが故に、さとりの暴走を許し、月夜の独自立場という形での不干渉を許してしまう等の不備も多く犯したのだから。

 

なれば、今一度一丸となるための準備としてまずはどうしていくべきか、自身の考えを伝える必要がある。

故に彼女は、普段始業前に行っていた五剣会議をあえて放課後に設定した。

題目は――眠目さとりと左近衛祈願について、および今後の天下五剣の在り方について。

 

 

「まず、件のさとり姫と左近衛のことじゃ。女帝の乱数日前に、ノムラ、左近衛、貫井川の三名が女子寮の床を踏んだことは周知よな?」

「左近衛さんと蓮さんについては私が。我が弟子については花酒さんの方が詳しいでしょう」

「おうとも。ノムラはこの三名の中で唯一不法侵入としておったからな。事情もその時聴いた故、月夜姫の様に権限での許可証発行までは至れなんだ」

「あの時は私も緊急事態として、女子寮母も兼任するエヴァに話を通して特別に発行したものです。おそらく二度目以降はあり得ないかと……まぁ、事情を碌に確認せずあの二人を襲った人もここにいるのですが」

「うっ……すまない……自分はありえないと前提から疑ってしまった……」

「死ぬほど紛らわしくてよ。あたくしたちにはその話を通しておくのが『マナー』という物ではなくて?」

「亀鶴城さんは緊急事態だという言葉をきいていましたか? 事前に話を通す余地がないから特殊発行をしたのですが……」

「『クソガキ』!」

「亀鶴城、落ち着け。因幡も剣を収めろ、事前に確認できないほど事態が切羽詰まっていたというのは納村から聞いている。あの二人を疑う前提で話を聞かなかった自分たちにも非がある」

「ええいそういう話をしてるわけではないわ! いや、する予定じゃが今はその話ではない!」

 

 

蕨が話を中断する。

このままほおっておくと脱線してしまう。

 

 

「ノムラ達が女子寮に訪れたというのも、元々はさとり姫がノムラの外出許可証を奪取したのが原因。さとり姫がその行動に及んだのは、左近衛に対する異常なあやつの保護心によるもの。本当ならばこれだけでみるなればさとり姫か左近衛に重い処分を下すものじゃが……」

「……だが、天羽の件では左近衛が防犯ブザーを使用したことで色々と救えた事実も、否定できない。左近衛が天羽に向かったのは眠目を想うが故の決断だった」

「学園長にどのような『意図』があるかは不明ですが、退学・休学などを選ばなかったのですから、処分はなくてもよくて?」

「話を最後まできけい。いまおぬしらが言ったように、あやつらに助けられたこともそれなりにある。わらわたちの中ではさとり姫がぶっちぎりで暴走しがちで、その理由は左近衛じゃが、さらにその大元の事情をわらわの伝手で調べたのじゃ」

「祥乃に無理を言って個人情報を私に仕入れさせておいてそれを言うんですか花酒さん」

「ぐっ……許せ月夜姫。コホン、それでじゃ、調べたところ……わらわは少しばかり左近衛に同情を抱いてしもうた」

 

 

そういいながら、蕨は祈願についての情報をまとめたレジュメを取り出し、輪とメアリにそれを渡す。

ちなみに月夜は学園長から仕入れた情報を耳で聞いているため、大体の内容は把握している。

 

 

「これは……!」

「……『ひどいものね』」

「ミソギから聞いた話によると、左近衛が一度授業中に過呼吸に陥っていたこともあったそうな。他者を触れさせようとしないことにさとり姫が過剰になったのもまぁ、わからいでもない」

 

 

レジュメの内容に一通り目を通した二人は怒りを抱く。

基本男嫌いとして学園内でも有名な両者ではあるが、弱者をいたぶるという行動などを嫌う、高潔な精神の面が強い。

男女のステレオ染みたジェンダーを押し付けがちという難点が特に目立つものの、それは裏を返せば『正々堂々』を基礎とした武士道や騎士道に傾倒しているという潔さを表してもいる。

そんな二人が祈願の過去――転校理由を含めた彼のうけた行いや、精神科医による鑑定のデータを見たならばどんな反応をするか、想像に難くはない。

 

 

「授業の方を頻繁にサボっておるのは、まぁ元々逃げたがるところもあるのじゃろうが、こういったトラウマ症状を抱えているからということも大きいじゃろう」

「それで花酒……自分たちに何を提言する?」

「話が早くて助かるぞい。そうさな……こやつのトラウマを軽減させ、さとり姫の暴走する理由を減らしてやろうでじゃないか」

「それは良い考えです。眠目さんは左近衛さんがまた『他人』によって傷つけられることを恐れました。私たちまで警戒していたのは、左近衛さんにとって私たち全員が『他人』だったからにすぎません。おそらく、我が弟子もその中に含むでしょう。少なくとも警戒する対象を減らせれば、眠目さんは少しなりとも気を張らずに済みますし、私たちが混ざることで『私たちも左近衛さんを守る側です』と彼女に認識させることもでき、暴走する危険性を一つでも減らせられるともみます」

 

 

立て板に水を流すがごとくスラスラと述べる月夜に対して少しばかりの冷や汗を流しつつも、蕨はその理解の速さに感謝した。

しかしそこに疑念を投げるものも当然いる。この場合はメアリだった。

 

 

「……さとりさんのためにあたくしたちが彼を助ける必要がどこにありましてよ?」

「当然の疑問じゃな亀姫。ここでわらわが二つ目に提言した『これからの天下五剣』につながるのじゃ」

「つまり、花酒さんは『天下五剣という一つの組織としてまとまるために、その一歩として眠目さんと左近衛さんについて一丸となっていこう』ということを言いたいのです」

「月夜姫、わらわのセリフとるとか鬼か……?」

「別に、手柄を取られた分取り返そうなんて考えていません。がっかりです」

 

 

しらじらしい月夜の言葉にガックシとうなだれながら、蕨は彼女の解釈に肯定する。

ミソギの協力の元覆面女子を通じて入手した、天下五剣に対しての現在の生徒の反応をまとめたレジュメをまたもや取り出し、二人に渡す。

 

 

「それを見ればわかる通り、わらわも含め今代の五剣は好き勝手やりすぎたとおもうての」

「蕨さん、それはワラビンピックを続けたアナタに責任の大半があるのでは……?」

「……ゴホン。まぁ、元々天下五剣自体がぶっちゃけてしまえば暴力機関じゃ。現在の矯正プランも、とりあえず剣で殴って従わせるか逃げ出させるかの二択。その方法や基準も各々五人ごとに大きく異なっておる」

「……確かに、だな。そう言われれば納得もできる」

「ただ、急に手を抜いても舐められるのが現実。なれば、プラン自体は未だ変えぬとして、その方法や基準を五人で共有しようという話じゃ。女帝の件も、女子寮侵入の件も、バラバラにやっていったがゆえの結果じゃとわらわは反省しとる故な」

 

 

各々がそれなりの心当たりを回想する。

そして、蕨の言葉に同意するようにうなずく。

 

 

「無論、風紀を守る組織として、一致団結し学園を守っていこうという話である故には、わらわも、その後任になるであろう存在にも徹底はさせてゆく。少なくとも、ノムラと貫井川と左近衛と言った男子生徒三人が仲良くやっとるのに、わらわたちが意地張ってガンつけあっては笑い話にしかされぬであろうしなぁ」

「……そうですね、蓮さんは私たちの関係を『友だちと呼んでも不思議ではない』って言っていました。ちゃんと私たちが友達になる……というところには、賛成です」

「あやつそんなこと言っておったのか……あやつらしいのぅ」

 

 

『友だち』という点に対し、四者は一同にどこか気恥ずかしさを覚える。

コホンと咳ばらいをし、月夜は神妙な表情で話を切り出した。

 

 

「友だちになったら……携帯電話でやり取りをするのがよくあることだって、蓮さんが言ってました。ですから、私たち全員もそうしていく必要があるのではないでしょうか」

「……月夜姫は目が見えんからそのやり取りは難しいじゃろ……」

「ほよ、でしたら蓮さんやエヴァに手伝ってもらいますので、お構いなく。ああそれと、折角なので蓮さんたち三人にも携帯電話を使ってもらいましょう」

「何を言っているのだ因幡。男子の携帯使用は禁止、所持も禁止だ!」

「いや、存外いい案じゃとわらわは思うぞえ?」

 

 

輪を諫め、何かをたくらんだ表情になる蕨。

月夜は表情が見えないため、自分の案に蕨が乗ったことに喜び、顔がほころんでしまう。

 

 

「よく考えてみよ。さとり姫の件は、左近衛の奴が監禁されていたことなどが表に出なかったということも問題であった。直接接触する相手がさとり姫とミソギに限られておったのだから、いたしかたもなくはないが……携帯電話という形で気軽に連絡をとれるツールがあったなら、もしかすると未然に防げたという線もあり得たのじゃぞ?」

「それはさすがに死ぬほど『こじつけ』がすぎましてよ!?」

「あやつらとわらわたちが連絡先を持ち合っていることで、不法侵入の件は少なくとも解決したやもしれぬのぉ」

「ぐっ……それを言われると……」

「何より、気軽に話ができればよりわらわたち五人が密にやり取りできる故、友だちとしていい経験にもなりそうじゃのぉ?」

 

 

この合法ロリ最上級生、実に悪い顔をしながら述べていく。

先入観による失態を突かれた輪は消沈し、友だちというワードに弱い発起人の月夜は首を痛めない範囲でブンブンと縦に振っている。

唯一蕨に飲まれていないのはメアリだけだが、彼女も彼女でそれなりに負い目はあるし、心はせる納村に対してより密に接しやすくなるなどと言われては揺れ動くのは仕方がない。

 

 

「で……言い出しっぺの月夜姫、どうかの? わらわは賛成したいと思うのじゃが……」

「ま、待ちなさい! 肝心の携帯電話はどうするおつもりですの!?」

「……月夜姫、学園側でレンタル専用の携帯電話を用意することは可能かえ? 卒業時返却用とかでのぉ」

「できます。いえ、させます。間違いなく、実現できます」

「なぁに、心配なれば機能を制限すればよい。通話機能、メッセージ機能だけでもあれば十分じゃろ? 亀姫が何に懸念を抱いてるかまでは知らぬが……なぁ?」

 

 

メアリは敗北を悟った。

ライバルを通り越して相棒のような存在になりつつある輪は、「通話……やり取り……」と若干トリップしてしまっている。

なんて羨ましいことか、自分も早くそうすればよかったと後悔するが、それはそれで敗北を宣言することになるのを彼女は気づいていない。

――とにかく、彼女は屈した。

 

 

「よし、なれば月夜姫。まずは貫井川とノムラに携帯の準備じゃ。任せたぞ」

「任されました――私の分も用意してもらってきます」

「ではわらわはさとり姫に説明に行くでの。暗くなる前に寮に戻るのじゃぞー」

 

 

ウキウキと上機嫌で出ていく蕨を見送り、メアリはシミュレーションに取り組んだ。

題材は『納村とのメッセージやり取りの一言目をどうするか』である。

結局、輪がいち早く復帰し、彼女を引きずって寮に帰る事になるのだが、それは語られることもないだろう。

 

――そして、その数日後、祈願の体調が面会可能まで回復したと、ミソギから蕨に連絡が届いた。




天下五剣の実力構図としては、原作での会話等から見るに
月夜>>さとり>蕨≧輪≒メアリ
となっていると考えてもよい。
かといって輪とメアリが本当に弱いかと言うと実はそうでもない。
時の運で輪は蕨から勝利を掴める。
服装次第では相性的にメアリはさとりを下すことも可能。
月夜だけ飛びぬけているのは、同作者前作時代からの継続故に技量が大きく異なっているからかもしれない。
ちなみに前作当時月夜はまだ小学生未満。とんだデザイン英才教育ベイビーである。


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愛隷の章:僕とボクの「決着」

『僕は他人が怖い。なぜだかあの変態は例外だけど、基本誰かと向き合うことや、囲まれることが大の苦手だ。向き合ってろくなことが無かったからなのだけど、それ以外にも僕は『僕自身』と向き合うことも、苦手だったのかもしれない』
――左近衛祈願


『これにて彼ら二人の六巻までの物語は完結。やりたい話はまだまだあるので、作品自体は完結しません。七巻発売が待ち遠しいです』
――仮面兵


――目が覚める。

見慣れない天井。ここはどこだろうか。

……ああ、見慣れないけど見覚えはあった。

学園の医療棟、前に僕は一度ここで治療されたことがあったなぁ。

……なぜ僕はここにいるんだろうか。

 

『さ……な……ら……』

『やめろ左近衛ェェ!』

 

――ああ、思い出した。

うろ覚えで、全然もやがかかってはいるんだけど、思い出した。

僕は天羽センパイを……そうとしたんだ。

なんで、どうして、何のためになのか、全部わからない。

けど、確かに、僕はあの人を……

 

 

「――先生!彼が目を覚ましました!」

 

 

ああ……僕はまた何日も眠っていたんだな……

……さとりちゃんは体調を戻せたのだろうか……

……ミソギちゃんはあの後大丈夫だったのだろうか……

想いを馳せながら、また僕は目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

僕が目を覚ましてから数日。

今日で大体、あの日から一週間たつらしい。

体の傷は何とか塞がり始めた。だけど、まだ動くと痛い。

昨日ミソギちゃんがお見舞いに来てくれて、教えてくれた話によると……

 

納村センパイは退学になったらしい。

天羽センパイは本校である『誇海共生学園』への転校が決まって、今日空港に向かったらしい。

それで、納村センパイは天羽センパイを追っかけて空港に向かったらしい。

……ああ、訂正がある。確か退学は嘘だったんだっけ。あれは学園長のお茶目……お茶目でいいの?

何はともあれ、あの人の退学は回避されたらしくて何よりだ。

 

……それと、やっぱり納村センパイは天羽センパイとただならぬ関係があったみたいだ。

ちゃんと別れは告げられたんだろうか、気になるところである。

ちゃんと別れが告げられなかったなら僕が八つ当たりされた意味がなくなるので許せないところがあるともいえる。

 

そして、肝心のさとりちゃんについては――何とか出歩けるレベルに回復したらしい。

また、先週以前に納村センパイから奪い取っていたという外出許可証も、持ち主へハンコを押して返却したのだとか。

ただ……僕の所へ来る気はまだ持てないらしい。

 

率直な話嬉しかった。

『自分はまだ行っちゃだめだと思うから。と言ってたけど、私に代わりに行ってほしいってお願いするくらいには祈願君のこと気にしてたよ』

と、ミソギちゃんが言ってくれたから。

こんな僕相手でも、まだ会いたいって思ってくれるんだって、思わず泣いてしまった。

 

ちなみにだが、僕はあと一週間くらい車いすか松葉杖を余儀なくされるらしい。

そろそろ動いてもいいと言われたけど、リハビリの問題上運動は全面的に禁止された。

ああ、早く彼女に会いたい。

 

 

 

 

 

 

 

あれからまた数日後。

今日も今日とて、ミソギちゃんから受け取ったノートの写しを見ながら、課題のプリントに記載していく。

いつもと変りない光景でしかないのだけど、だんだんと体が癒えてきていることと、リハビリの進行度がそれなりに進んでいることが、今の僕に起っている変化だ。

これなら来週には松葉づえで歩き回れるようにはなる。と言ってくれたので、学校復帰も近い。

 

しかしながら正直ここまで休んでいると、元から居づらかった学校にさらに居づらさを感じるので復帰したくない気もする。

元々転校するかどうか考えてたし、そろそろしっかり考えなきゃだめかもしれないよな……

でもさとりちゃんと別れたくもないんだよなぁ……

 

 

「おーす未来の新婚野郎今日も一日課題頑張ってるかい?」

「変な曲調で病室に入り込んでくるのやめてくれませんか変態」

 

 

センチメンタルな気分を一瞬でぶっ壊してくれやがったのは貫井川変態。

変態にしては珍しくドアから普通に入ってきた気がする。

果たして一体どのような用件で来てくれやがったのだろうか。いまだ退院できない僕をあおりに来たってなら本当に一回拳で語りあう必要がある。

さぁ来やがれ変態、出るところは出てやる!

 

 

「ステイステイ! そんなに拳握らなくてもいいと思わない!? お前まだケガ人なんだから無理すんなって!」

「大丈夫です? 僕が拳降ろしたらその場でなんか変なべちゃべちゃしたもの投げつけてくるとか考えてます?」

「なに? 投げつけてほしかったの? ベチャベチャしたものとかお前ほんとインモラルな妄想ばっかりなんだからぁ。欲しがりな後輩には、そうめんでもぶつけてやろうか?」

「だったらセンパイの方にインモラルらしくローションぶっかけてやりましょうか? なんともベチャベチャ耳障りな音が響いて因幡さんには逃げられそうですね!」

「「……ぶっとばす!」」

 

「久々に話す相手に対して投げかける言葉じゃねぇ!? おたくら目がマジじゃねぇか!?」

「はっはっは、冗談だよ不道。これから後輩の入院期間伸ばすだけだから」

「奇遇ですね変態、アンタのこと入院させてやりたいって今ちょうど思ってたんです。気が合いますね」

「冗談のやり取りにはみえねぇんだっての! ホントよぉ、おたく(貫井川)はあんまコイツ(左近衛)を刺激すんなぁ? おたく(左近衛)もあんまり無理すんなよ、まだ傷が塞がりきってねぇんだろ?」

 

 

センパイを諫めるように入室してきたのは納村センパイ。

スパンといい音のするスリッパで頭を叩く当たり、きっと彼には関西人の誇りが備わってる。そう思える気がした。

そうだ、言わなきゃいけないことがあった。

今一度納村センパイに体を向けて頭を下げる。

 

 

「……納村センパイ、退学だそうですね。短い間ですけど、お疲れさまでした」

「あー、オタクさ、その噂なんだけどよぉ……それ 「ああ、嘘だって知ってます」 嘘――って知ってんじゃねぇか!? どこでそれ聴いたぁ!?」

「ミソギちゃんです。彼女は先週位から毎日来てくれるので」

「あー、姉の方か成程なぁ……だけど、緑の方は来てないんだな?」

 

 

貫井川センパイの言葉に短くうなずく。

未だにあれからも、さとりちゃんは僕の前に現れないし、僕は僕でさとりちゃんに会いに行くという勇気が出ない。

ちゃんと面と向かって謝らなきゃいけないけれど、その時にもしかすると別れを告げなければならない時も考えなきゃいけない。

だけれども、僕にはまだ別れたくないって望んでるし、それでもいざあった時どう話せばいいかがわからない。

あの時は単純にがむしゃらだったからこそ、色々と恥ずかしいことを言った気がするけど。

僕は貫井川センパイたちの様に頭が回るわけでもないんだよね……

 

 

「ってぇこたぁ……まだ喧嘩別れ中ってことだろぉ……おたくぁ、眠目の奴とどうしたいんだぁ?」

「そりゃあ、もう一度やり直したいですよ。僕はまだ彼女が好きだから」

「……随分はっきりと言うもんだなぁおたくぁ……聞いたこっちがこっぱずかしぃぜ……」

「気持ちだけは本物だって思ってるんです……まぁ、うじうじしてる状態で言っても説得力がかけらもないっていうのはわかってますが……」

「いいんじゃねぇの? 俺としてはお前の本心がそれなんだから100点満点よ。無理して意地張ってサヨナラしようとしなくなっただけでも十分な進歩じゃねぇか」

「……ぁ、わりぃな。ちょっと電話でてくるぜぇ」

 

 

納村センパイが退室する。

というか携帯持ってるんかい、持てないはずなのにどうしてやら……

 

 

「なぁ祈願」

「なんですかセンパイ」

「やり直したいって言ったよな」

「ええ、言いました」

「だがやり直しても、今のままだと多分また繰り返すことになるぞ」

 

 

――そうだ。

結局、ただ、繰り返してはいけない。

僕が弱いから、さとりちゃんは躍起になってた。

だったら、まず、強くなって、ただ守られるしかできない人じゃなくなれば、少しくらいは変わるのかもしれない。

 

 

「……強くなります」

「強くなる?」

「守られるだけのお荷物じゃなくて、彼女を助けられる、さとりちゃんだけのヒーローになります」

「……なんか思った以上に大きなことが出てきたぞ」

「それくらい、それくらいはできないと、また同じことになるかも知れないから」

 

 

本当は『それくらい』って話じゃないのは知ってる。

だけど、それくらいはって言いきれないと、ほかにも変えてかなきゃいけないところはたくさんあるから。

 

 

「……適当な態度でその言葉吐いてるってわけでもないのはまぁわかるか。幸い、先生になる奴は最低でもこの学校に五人はいるもんな、何とかなるだろ」

「ははは……さとりちゃん以外の相手と、しっかり向き合ったら震えが止まらないんですけどね……」

「間違いなく恐怖ですねわかります――っておふざけはともかく、まだそっちの方は割り切れてないってことか」

「はい。特に集団に囲まれるのはすっごいダメです。お医者さんたちに囲まれて一回吐いちゃいましたし」

 

 

――そう、さとりちゃんのおかげで、ほとんどそんな機会がなかったから長らく経験せずに済んでいたのだが、僕は集団に囲まれることが生理的に無理だ。

学校に行ってるとはいうけど、結局それもいつでも退室できるような状況と位置にいないと、すぐに動悸とか嘔吐に襲われる。

条件さえそろっていれば、一時間程度なら教室で授業を受けることもできるがそれ以上の時間となると、一度どこかで休息をとらないとすぐさま保健室ルートへ直行もの。

こんな体質もさとりちゃんが居ればなんとかなるけど、あいにく彼女は別クラス。

 

他にも慣れない相手との1:1環境は厳しいものがある。

集団で囲まれるよりかははるかにましなんだけども。

こういうことがダメになったのはこの学校に流されてきてからだ。

原因はわかってる、その原因を吹っ切れないのも、きっと僕が弱いから清算できないのだ。

 

 

「そういうのは一朝一夕で慣れるもんじゃないしな。お前と1:1になって平気なのは緑と、その姉と、そして俺くらいだろう?」

「納村センパイたちには申し訳ないとも思ってるんですけどね、できればさとりちゃんかミソギちゃんかセンパイを加えて寄ってきてほしいものなんです」

「そんなお前に朗報だ。いま緑とその姉をとっつかまえた、このままだとらちが明かないってわかってるから仲直りさせてやる」

「さっきからなんか弄ってんなと思ったら携帯なんで持ってんですか!? あと僕の会話につなげる努力はしてくれませんかね、何がどうしてどうなって朗報なんですか!」

「だってこの空気に疲れたんだし~~? あと携帯は月夜ちゃんが五剣会議で無理くり認めさせてくれた。不道も同様だし、お前も対象内だからついでにその受け渡しもする」

「はぁ!?」

 

 

色々と突っ込みたいし、いまいち理解できてないところが結構出てきたのだが、それらに対して解説も補足もしてくれない変態センパイ。

セカセカと僕を車いすにのっけて『ぶ~~ん!』とか変なテンションでさり気に丁寧な運転をする変態。

なんかギャップ激しくて衝撃を受けた。

 

 

***

 

 

車いすで連れ出された先は、大講堂。

日もすっかり夕暮れな時間に、大講堂に僕や……さとりちゃんたちを招集するとは、何を考えているのやら。

 

 

「お待た~~、祈願連れてきたぞ~~」

「おぉ、こっちも眠目姉妹引っ張ってきたぜぇ?」

「離してよノムラちゃ~~ん! もう逃げないからせめて解いて~~!」

「祈願君に……!こんなところ見られるのは……!」

 

 

僕の目に映ったのは、ぐるぐる芋虫状態まで縄で縛られたさとりちゃんとミソギちゃん。

そしてそこから伸びる縄を握って引きずっているくそ野郎な納村センパイだった。

 

 

「ねぇセンパイ」

「なんだ後輩」

「僕の目には最低な顔をしてる納村センパイがさとりちゃんたち襲ってるようにしか見えないんですけど、投げるものあります?」

「落ち着け祈願。お前の代わりに俺が殴っておくから」

 

 

そういってスタスタ納村センパイのところまで行って、どこからか取り出したハリセンでいい音を響かせながら彼を殴った貫井川センパイ。

何やらさとりちゃん巻き込んできゃーぎゃー騒ぐ声が収まると、二人はすたすたと僕の元へ来て、無言でさとりちゃんたちの前へと車いすを動かした。

 

 

「じゃあ、俺たちはちょっと出てくるから」

「おたくらはしっかり話せよぉ!」

「――いや、何が何だかわかんないですけれども!?」

 

 

なんかいきなりサムズアップして講堂出ていきやがった。

なんだあのセンパイ二人まるで意味わかんない!

一体何を話したのか、さとりちゃんたちの顔は真っ赤になってて、見たことの無い色んなものがごちゃごちゃになった表情をしている。

……ほんと何話したんだろう、あの二人余計なこと言ってなければいいんだけど……

 

 

「……祈願君」

「祈願ちゃん……」

「…………そうだね、僕ら三人とも、自分たちじゃうまく動けない。苦しくても逃げ出せないね」

「祈願ちゃん苦しいの~~!? ロリコンちゃんたち呼び戻してお医者さん連れて行かないと~~!!」

「さとりちゃん……今のは言葉の綾ってものでね……?」

「ミソギちゃんはよく冷静にツッコめるね……」

 

 

なんだか、可笑しさで笑顔が出てきた。

変に重いまま話を切り出すよりも、こっちの方が本当はよかったんだろうか。

常日頃から貫井川センパイが言っている『この空気疲れるんだよね。しんどい』という意味がようやく分かった気がする。

確かに少しくらい、笑い合いながら話したって誰に怒られるわけじゃない。

――少しだけ、参考にします。

 

 

「さとりちゃん」

「っ……はい……」

「僕は、あれから考えたけどやっぱり君が大好きだなって。学校やめようかとも悩んだけど、君と離れること考えたら無理そうなんだよね」

「祈願君……そんな軽く言っていいことじゃないと思う……」

「いいの。だって僕は疲れたんだ。ウジウジ自問自答して、本当に好きだったのかとか、学校やめてどうしようとか、難しいこと考えて重い空気背負うのがしんどいんだ」

「……そっか」

「でも僕は変わらずさとりちゃんのことは大好きだ。重い軽いとか関係ない次元で好きだって思ってるからさ」

 

 

さとりちゃんが僕にバッと顔を向ける。

僕はすかさず頭を下げる。

 

 

「――本当にごめん。君の言葉も聞かず、僕はただ勝手に別れを告げた。勝手に責任を感じて、僕が離れなきゃって独り善がりなことやって、君を苦しめた」

「――うん、ボクね~~? 祈願ちゃんに『嫌い』って言われたとき~~……すっごい苦しかったよ」

「嘘をついてごめんね。さとりちゃんは嫌いじゃない。いや、それどころか嫌いになれない。君と少し離れて、よくわかった――だけど」

「だけど~~?」

「だけど、僕がこんなに弱いから、さとりちゃんをあの時の様に苦しめてしまったって思ってる。僕は、弱い僕が大嫌いだ」

 

 

さとりちゃんの顔が困惑に染まる。

ミソギちゃんは、きっと僕の言いたいことがなんとなくわかるんだろう。

ちゃんと『お姉ちゃん』の目をしていた。

 

 

「――強くなるよ」

「……つよく~~?」

「ああ、強く。ずっと守られてたから、僕は間違えてしまったんだ。だから、これから先、さとりちゃんの後ろで守られるんじゃなくて、横に一緒にいられるようになりたい」

「祈願ちゃんが……戦うってこと~~?」

「ああ。ひ弱な僕にも、できる戦い方はきっとある。さとりちゃんの荷物にはならない。僕は君のヒーローになりたい」

 

 

そう言い切って、僕は車いすから降りる。

まだ重心が安定しないからすぐに四つん這いと情けない姿になるけれども。

少なくとも、これで高さが合うからさとりちゃんを抱きしめられる。

 

 

「――やり直しをさせてくれませんか?」

「……祈願ちゃんが~~……そう望むならいいよ~~?」

「怒らないの?」

「祈願ちゃん言ったよね~~? 『重い空気はしんどい』って~~!」

 

 

そう意地悪い笑顔を見せたさとりちゃんに、僕は笑顔とともに、誓いの口づけをささげた。

 

 

 

 

「とぉころがギッチョン! 『幸せなキスをして終了』なんて甘いことさせねぇぜ祈願ィ!」

「このクソ変態! ムードってものがアンタにはないのか!!」

「ノムラちゃんのことは誤りだったけど~~! ロリコンちゃんのことだけは消さないとだめだよねぇ~~!!」

「HAHAHA! 重い空気もしんどいが! 甘ったるい空気もぶっちゃけしんどいんでなぁ! 講堂に集めたのは元々『チキチキ! 天下五剣With例外男子三人親睦会』を開くためだったという真実をここで暴露してやるぜぇ!」

「その名称だとミソギちゃんが入ってないじゃないか変態!!」

「あれぇ怒るところそこぉ!?」

 

 

ムードぶち壊しをしてくれやがった変態。

彼の言葉と共にゾロゾロと入ってきたのはほかの五剣の皆々様方。

――ああ、僕らだけじゃなくて、この学園の『天下五剣』もやり直せるんだ。

僕もやり直さなきゃ。

さとりちゃんとの関係じゃなくて、僕自身のことも。




左近衛祈願には現役アイドルの姉がいる。
話題に挙がる以外に出てくることはないが、名前を出せばそれなりに通じる有名どころ。
しかし彼自身が過去の経験から家族の話をしたがらないのと、見た目はあんまり似ていない為に気付かれるということもない。じつはさとりや蓮たちもこれについて聞いたことが無い。

おまけにもう一つ小ネタを。
アニメのOPのイントロ部、吹奏楽感あふれるメロディで各五剣の剣を持つ姿が流れるが、これは原作マンガの目次での姿と全く同じである。
アニメ放送第四話時で原作未読であった仮面兵は、蕨の方が先にメイン登場していたにもかかわらず、なぜアニメのOPではどのカットにおいてもさとりの順番が先だったのか。と悩んだものだが、漫画の表紙や目次の順番でもさとりのほうが先だったと知った今では『いいリスペクトだ』と感じている。




第六節――完

『次回第七節以降と続きます。今後ともよろしくお願いします。
七節以降の公開は現在未定ですが、少なくとも第七巻が十一月発売なので、それまでには2~3節くらい公開する予定です。
それでは、次の節公開をお楽しみください』
――マッキー&仮面兵


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第七節:新たな「一歩」、新たな「空間」
愛隷の章


『自慢の姉、素晴らしい両親。そんな人たちから離れなきゃって思って、この一年連絡を取らなかったのに……忘れられないのはなぜだろう』
――左近衛祈願


『第七節からは間章を基本入れない方針です。今まで彼らが関わらなかったからこその視点が、彼らの変化によって関わらない視点がなくなっていく。二人の交流が増え、関わる様になっていくという意味も込めて

愛隷の章七節は、問題児祈願君の環境整備です。段々と蕨の株が自分の中で挙がっていますが、それでもワラビンピックだけは許してはいけない』
――仮面兵



変態たちが主催した『チキチキ! 天下五剣With例外男子三人&五剣関係者親睦会』から数日。

僕について、大きな変化がいくつか起こった。

 

まず一つ、僕は夏休み以降にさとりちゃん、ミソギちゃんと同じクラスで授業を受けられるようになった。

今まで二人とは違うクラスで授業を受けていたからがゆえに、僕自身の問題から満足に出席も叶わなかったけれども、二学期以降はその心配がなくなると花酒センパイが教えてくれた。

わざわざ学園長に掛け合ってくれたというのだから、初めてセンパイに直接面と向かってお礼を言ったほどありがたい話。

代償として二学期以降の怪我や病気を除いた出席率は90%を下回らないことを約束づけられたけど、彼女たちと同じ教室で授業ができるならそれくらいの条件は安いものだと思ってる。

 

 

『お主が学生としての本文を碌に果たせぬ理由を勝手ながら調べさせてもろうたぞ』

『は? 花酒センパイそれって……』

『……そうじゃの。それについては謝ろうではないか。じゃが、それがあるからに、わらわはお主の環境を一つ変えてやろうと思って居る』

 

 

人の家庭事情勝手に調べたことは怒りたくなったが、あの人は『決して五剣外には漏らさぬよう努める』と言ってくれたから、この頑張りを含めて赦そうかなって思える。

……うん、あの人は姉の話をしなかったし、今は信じてもいいかもしれない。

 

ちなみに夏休み前までは、授業をできる限り受けるようにと、現状維持みたいな形になったけど、何もない時はさとりちゃんたちか、変態から勉強を教わる様にって指令が出された。

 

二つ目だが、親睦会前に変態が言っていた通り携帯電話を持つこととなった。

機能は通話とメッセージだけに限られたが、五剣及び同環境男子と仲良くするために特例&実験的に許可したらしい。

もらったのは親睦会中で、もらった直後にさとりちゃんが僕の携帯を奪って真っ先に自分の連絡先を登録したのだが、その奪い取り方が衝撃的だったのはまだ鮮明に残っている。

 

 

『じゃあ祈願、これがお前の携帯な。月夜ちゃんが頑張って用意したんだからありがたく受け取れ』

『そうなの? ……ありがとう因幡さん。僕たちのために』

『いえ……卒業の際には返却してもらいますからね』

『じゃあ早速祈願のメッセージアカウント製作な! ――できた!』

『あ、じゃあ――あれ? 携帯がない!?』

『さとり姫……少々気合入りすぎではないかのぉ?』

『なんて速度だ……オレやわが師でもなけりゃ見逃しちまうぜぇ……』

『ほよ、目が見えない私に「見逃す」とはいやみですか我が弟子?』

 

 

あの時だけはさとりちゃんの速度が因幡さんの剣筋に匹敵していた。というのは納村センパイの供述だった。

直後納村センパイがどうなったかは知らない。知らないったら知らない。

 

三つめが、納村センパイに因幡さんという師ができたように、僕にも師が出来ました。

なんと花酒センパイです。

なんだかんだで花酒センパイは長年五剣に在籍しているのと、最上級生という立場なのと、その体格が理由で剣術以外にも柔術を収めている故にほかの五剣と違ってどちらに向いていても指南ができるなどの点から、場の雰囲気ありきで決まった。

 

 

『そんでロリBBA、こいつ強くなりたいらしいんだけど五剣で援助ってできない?』

『左近衛が? ひょっひょっひょ! 面白きこともあるもんじゃのぉ! ……然様か……ふぅむ、そうはいうても得手不得手がわからぬ以上のぉ……内筋が無いと教えにならぬ鬼姫とか、ちょっと競技偏重なきらいのある亀姫とか、流派的にそもそも無理じゃろって感じの月夜姫とかがのぉ……』

『緑は緑で指導に向いてるってタイプじゃねぇだろうしなぁ』

『喧嘩でよけりゃぁオレぁ教えてやれるんだがなぁ……コイツ多分殴れるタイプじゃねぇんだよなぁ』

『それ選択肢一つしかないじゃろ。わらわに話持ってきたのも最初からそれが目的じゃろお主ら』

『あ、バレた? というわけでBBA頼むわ』

『任されてやるがお主はここで矯正してくれるわっ!』

『やなこったぁ! おい祈願、このBBAがお前さん鍛えてくれるってよ感謝しなぁ!』

 

 

――僕の意志なんてなかった。

一応僕は見て学ぶことできるはずだからさとりちゃんに教えてもらうのもありなんだけど……納村センパイの言う通り、多分殴れなさそうなんだよなぁ僕は……

まぁ、じーっと考えてたってどうにもならないってものだし、ありがたく機会に乗っかろう。

……まぁ、僕が指導を受けられるのは松葉杖が要らなくなってからなんだけどね……

 

そして四つ目。

結構重要なことなんだけど、納村センパイが外出許可証の無期限停止を食らったのと同時に僕と変態の二人に外出許可証が発行されることになった。

どうやら僕ら二人に学園長なりの感謝だとか因幡さんが言ってたけど、変態はともかく僕は何もしてないし普段から学園長に大分迷惑かけてると思う。

ちなみに、学園外に外出するためには事前に書類による申請が必要なのと、五剣&関係者から同行者を各一人ずつ選ぶようにともいわれた。

納村センパイが鬼瓦センパイと亀鶴城センパイひっつれて、転校前の学校でだいぶ暴れた代償がこんなところにくるとは……

あと気づいたら、皆さんに迷惑かけたからと、さとりちゃんとミソギちゃんが寮母さんのお手伝いをすることになっていた。

 

そして、なんだか今回の女帝の乱が終わったことによるお疲れ様会的な感覚で、夏休み中の天下五剣&僕ら三人での慰安旅行が企画された。

納村センパイの許可証はこの時だけ臨時で停止解除するとか言ってて、それ無期限じゃなくね? って思った。

 

 

『慰安旅行は温泉宿で確定するぞい! わらわは断然箱根じゃのぉ!』

『Hakone……いいですわね。あたくしは花酒さんの希望に賛成でしてよ!』

『え~~ボクは海行きたいから熱海がいい~~! ね~~祈願ちゃ~~ん?』

『え……いや……僕は箱根の方がいいかなぁ……って……』

『祈願ちゃんの裏切り者~~!』

『私としてはどちらでもいいのですが……強いて言うなら箱根よりも人が少ない熱海の方です』

『あ、俺も熱海がいいな! 月夜ちゃんの水着が見られるんだろ? じゃあそっち!』

『蓮さんの理由にがっかりです』

『いやいやいや!? 何故その二択なのだ! 鬼怒川とか、湯布院とか、草津とか温泉地はほかにもあるだろう!?』

『鬼瓦……ここでそういう選択肢増やすのは明らかに空気読んでねぇって話になるぜぇ? あ、オレぁ箱根で』

『ちなみに鬼姫、今挙がった場所は距離と時間の都合で無理じゃ』

『あぁ……AtamiもYuhuinもKinugawaもKusatsuも全部捨てがたいですわ……Onsen……なんてJaponらしい……!』

 

 

行先は大分もめてたけど、多分定番の箱根か熱海になるんじゃないかな。

熱海はできれば勘弁してほしいんだけどなぁ……引っ越していなければ、僕の家がそっちだもん。

実はさとりちゃんたちに家がどこかって話はしてないし、知ってるのは花酒センパイと因幡さん、あと因幡さん経由での変態くらいじゃないかな。

あと水着姿に拘る変態は、外出許可証があるんだからそれ使ってプールでも行って視てくればいいと思う。

 

そして五つ目。

これも結構重要なんだけど……

さとりちゃんとミソギちゃんの名前が、改めて変わりました。

変わったというか、本来の元鞘に戻ったというか……

去年の時は『周りを混乱させるから』と直さなかった名前を、何か気持ちの変化があったのか、元の名前でちゃんとやっていこうと思ったらしい。

だからさとりちゃんは()()()ちゃんに、ミソギちゃんは()()()ちゃんに名前を変えて、登校し始めた。

当然の事なんだけども、先生やクラスメイト、覆面女子のみんなは結構困っているみたいで、二人の名前を普通に間違えてる。

かくいう僕も、まだ変えて数日だから間違えてる。なんとか間違える率は三割くらいに減らせたけども。

僕の時だけ、間違えると不機嫌になるんだもん。間違えられないよね……

 

 

こうして、結構いろんなことが決まったりして、変わっていくことになったんだけど。

まだ変わらないことがある。

それは、慰安旅行や花酒センパイに対する認識が関係しているんだけど……

僕の家、と言うより、僕が愛地共生学園に通う前に通っていた学校での生活に対しての……いわゆるトラウマってやつ。

 

外出許可証が発行されたけど使う予定が僕にはない。

変態は喜々として地元の小学校まで舞い戻る予定だし、納村センパイは前の学校で想い残しを清算してきたらしいけど、僕は戻らない。

できるならこのままここに居続けて、両親と姉に二度と会わない人生を送っていきたいって思ってるまである。

もちろん、家族が嫌いなわけではないけど……僕があの場所に戻ることで、今度こそ家族に手を出される可能性だってある。

前回は僕一人で全部背負ってどうにかなったけど……

ともあれ、僕は、帰らない。

 

 

 

***

 

 

 

「さて、今日からお主の指導を開始するわけじゃが……今日はとりあえず、お主の動きを見させてもらおうと思うんじゃ。病み上がりな体に無理はさせられぬでな」

「押忍! お願いします師匠!」

「……お主、キャラ無理やり作るくらいなら素でよいぞ……?」

「はい、花酒センパイ」

 

 

何とか松葉杖を外せるようになった。

そんなわけで早速花酒センパイに指導をお願いしたところ、その日の放課後を使ってみてもらうことになった。

ギャラリーにみそぎちゃんとサトリちゃんがいてくれるので、花酒センパイと向き合ってても恐怖感とかが沸き上がっては来ない。

 

 

「動きを見るといっても、基礎を知るためにひたすらキョーボーから避けてもらうって感じじゃ。無論手加減はさせる故な、体が無理じゃと思うならすぐ言え」

「はい!」

「ではキョーボー、頼んだぞえ」

「GAaaaaaaaaaa!!」

 

 

一瞬死のヴィジョンが見えたけど、大丈夫。この熊は花酒センパイの相棒なんだ、死ぬ前に止めてくれるさ!

 

 

「キョーボー、手加減しろと言うたが、あくまで寸止めじゃぞー? 左近衛も寸止めじゃと気を抜いて居ったら死ぬやもしれんから真剣に避けるのじゃ!」

「あ、それ死んだかも」

 

 

熊はめっちゃ怖い。今までキョーボーさんとまともに向き合ったことなかったから少し舐めてたけど、この日あのトラウマを忘れそうになった。

 

 

 

「左近衛の動きを見て率直に感じたことを言わせてもらうぞよ」

「どうぞセンパイ」

「お主、その動きどこで覚えた? 動き方が素人ではなかろうが、その動き方に体自体が付いていっとらん。お主の治療症状に必ず捻挫や肉離れなどが在るのは何か関係があるのかえ?」

 

 

……あ、僕肉離れにも常習的になってたのか……じゃなくて、そういえば花酒センパイたちは僕が見たものをまねできるタイプだって知らないのか。

 

 

「えっと……どこで覚えたっていうか、みんなの今までの戦い見て、思い出したからそれをやったというか……」

「バカかお主!? わらわたちの動きとか思い付きでできるものではない!」

「できてるものは仕方がないと思うんですが……」

「それが中途半端にしか出来とらんからこうしていっとるんじゃ戯け!! お主はその言葉を真に受けたとするなら、見てくれしか真似できておらんと言うことじゃろうが!」

「それは……」

「お主は正しい体の動かし方を全くわからぬまま、理論がわからねばまともにできぬ動きをマネしよるからこそ、捻挫などするのじゃ戯け!」

 

 

……ごもっともです。

確かに、どんなに頑張ってもさとりちゃんたちの持ってる刀を同じようにはもてない。

動きだけしか真似できないから、納村センパイのお得意を僕には打てない。

僕にできるのは見た目の真似だけ。頑張って鍛えてはいても、その鍛え方は標準の筋トレしかできない。

 

 

「……まぁ、お主の見たものをマネする質がわかったことで、ようやく『模倣犯』と言われていた理由がわかったのでな、その性質は身体内部の動きを理解すれば大きな強みになるとは確信したぞえ」

「模倣犯……」

「そう落ち込むでないわ。お主が捻挫などに悩まされるのはその、がわだけまねる質が理由じゃ。わらわが動き方という物を教えてやろう、タイ捨流は幸いにも五剣が扱う流派の多くにとって源流としたもの。ちと厳しいが、お主のその質ならば想像以上に早く習得もできるじゃろう」

「花酒センパイ……」

「お主の性質的に、学ぶものは柔術がメインとなるが……並行して剣術の修行も行うぞえ。お主の質を合わせれば、相手の動きをよりつかみやすくなる故な」

 

 

花酒センパイが『プランを作らねばのぉ』と意気込む。

筋トレの方は既存の内容に加えて、鬼瓦センパイが呼吸法を指導してくれることになったし、基礎体力自体も納村センパイたちが一緒に体動かすらしいし、本格的な剣術以外の鍛錬も充実することになってうれしい限り。

 

ふとみそぎちゃんの方に視線を向けると、ぷく~と擬音が聞こえそうなくらいに頬を膨らませていた。

……もしかして花酒センパイたちに嫉妬しているのだろうか。

だとすると、ちょっと申しわけないことしたなと思う。

 

 

「みそぎちゃん」

「つ~~ん! ボクじゃなくて蕨ちゃんに頼る祈願ちゃんの事なんてしりませ~~ん!」

「寂しい想いさせたならごめんね。せっかく外出許可証もらったし、今度外に遊びに行こうよ」

「……どこでもいいの~~?」

 

 

そう聞いてくるみそぎちゃんの言葉に、僕は首を横に振るべきだった。

 

 

「うん。君と一緒ならどこでも」

「じゃあ~~――」

 

 

頷いてしまったから、僕は自分の決意をあっさり無に帰してしまうこととなったのだ。

 

 

「――祈願ちゃんのお家に行ってみたいなぁ~~!」

「……それは……」

「……だめ~~?」

 

 

コワイ、怖い、こわい、恐い。

だけど……だけど……

 

 

「……いや……いいよ……?」

 

 

みそぎちゃんの前で、初めて『笑いたかったのに、笑えなかった』顔をした気がした。

 




慰安旅行についてはDVD一巻初回購入限定特典の書下ろし漫画より。
この特典漫画で蕨→月夜の呼び方や、さとりとメアリの相性について判明する等、何気に重要な情報が連なっている。
時系列は月夜と納村が師弟関係になっていることから六巻以降、もろもろ一連のお疲れ様会といった旨の発言が蕨から出ていることから、おそらく夏休みごろではないかと仮定した。

ちなみに納村のこの半年にも満たない期間の動乱っぷりは異常ともいえる。
原作四巻さとり屋上での発言などから見ると、納村の転校は五月半ば以降~六月頭ごろにかけて。
案件一つ一つの間が最長でも一週間少し(VSメアリ~ワラビンピック間)と考えると、彼はほぼ一か月足らずで五剣&取り巻き&女帝を全員相手取った計算になる。
オーバーワークにもほどがあるとは思えないだろうか?


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変態の章


『そろそろ攻撃手段を持ってもいい頃だと考えた。一方的に避け続けるってのはぶっちゃけ飽きてくるんだよ……目指せ華麗なクロスカウンター!!』――貫井川蓮

『相変わらず愛隷がシリアスですねぇ……だがそんなの知ったこっちゃねえ!ギャグ要素マシマシで行きましょうや!』――マッキー


「おやおやおやぁ?これはこれは先日お外でやらかして、外出許可証の無期限停止食らったノ~~~ムラ君じゃないですか!!」

 

「ぐっ……事実だけに言い返せねぇ――」

 

「ここにありまするはぁ、新品の外出許可証!キミの許可証は絶版だが、代わりに俺と祈願が貰っちゃって悪いねぇ~!悔しいでしょう!悔しいに決まってるかぁ!」

 

「この野郎……!!全快して出てきた途端にとんだご挨拶じゃねぇかぁ!?いい加減にしねーとぶっ飛ばすぞ!」

 

「なに、嫉妬?嫉妬してるの?やだねぇ、男にされると見苦しいだけだぜ。もちろん月夜ちゃんくらいの子にされるなら大歓迎だけど」

 

「自分が最近失くした大事なものと同じものを自慢されて、それでも冷静に対応できるヤツなんているか!大抵の人間は嫉妬と殺意が湧くに決まってんだろうが!!おたくも分かっててやってんだろ!?」

 

 

何を言い出すかと思えば、”分かっててやってるだろ”だと?そんなの……

 

 

「は?当たり前じゃん何言ってんの」

 

「……オーケー、何か言い残すことはあるかぁ?」

 

「『俺は月夜ちゃん一筋だ、愛してる』とでも伝えておいてくれ」

 

「一言一句違わずに伝えといてやる。とりあえずぶん殴る、覚悟しやがれ」

 

「はっ、俺を殴りたければ『雲耀』でも持ってくるんだな。タダで当たってやる気はねぇぞ?」

 

 

そう言ってお互いに右手を大きく後ろに引く。1歩踏み込めば届く距離だ、ここまで近いと拳が相手にたどり着く早さはあまり変わらない。さらに俺も不道も目の良さには自信がある、この攻撃が当たるとは思わないがそれでいい。

 

鏡のように同じタイミングで右手を突き出す。2つの拳が交叉する――

 

 

――ガシィ!

 

 

固く握っていた手は解けていた。示し合わせていたように握手を交わしていたのである。

 

ていうか、もとより殴り合いをする気は全くなかったんだよなぁ。なんというか……悪ノリ?この学校に来てからこんなことするのは少なかったからな、バカに飢えていたのかもしれん。

 

 

「いや~、こんなやり取り久しぶりだわ!月夜ちゃんと過ごすのもいいんだが、こんな風に何も考えずノリで会話するのはやっぱイイな!」

 

「同感だぁ、ここの野郎どもは揃いも揃って女に成りきってやがる。こっちはもっとフランクに行きたいのにねぇ」

 

「それが共生学園の特色だから仕方ないだろ。そうじゃなかったら今頃ここは不良の溜まり場、そこらじゅうで喧嘩が起こって秩序も何もないカオスな校風になってただろうよ」

 

「そんな生活も刺激的で中々に魅力があるなぁ……なにより、誰にも縛られない自由がある。まぁ今も結構自由を享受できてるとは思うが」

 

「そりゃあお前さんが強かったからだ、天下五剣を下せる程にな。そこらにいるようなただの不良クラスだったら女装まっしぐらだよ。その点では鬼瓦と亀鶴城に気に入られてよかったな」

 

 

不道の外出許可証が無期限停止になったのは、授業の時間帯にも関わらずに女帝を追いかけて空港に行って出先で喧嘩したからだ。原則として許可証を使った校外への外出には五剣、それも2人以上の付き添いが必要であり不道の外出に鬼と亀が付き合った。

 

この事実だけで不道が気に入られていると判断するのは簡単だろ?わざわざ矯正対象に手を貸すんだから。ちなみに鬼亀の2人は喧嘩の際に抜刀し怪我人を出したことで、現在女子寮で奉仕活動中である。ざまぁねえな!

 

 

「実際あいつらがいて助かったぜぇ、1人であの数を相手するのは手間だったからなぁ」

 

「だいぶ派手にやったらしいな?学園長がボヤいてたぞ、処理が面倒だって」

 

「そりゃあ悪いことした、かつての母校でテンション上がってたってことで許してくれねぇかなぁ?」

 

「それで許されてたら無期限停止はねぇよ」

 

「違いねぇ」

 

 

なんていって笑い合う、あぁこんな会話したかった!外聞気にせず言いたい放題!異性の前では遠慮するような汚い話題でも、男同士なら問題ない!軽い会話サイコー!

 

……さて、そろそろ現実を見ようか。今俺の視界には2()()の人間が映っている。1人はもちろん不道、ではあと1人は?

 

 

「ところで不道、話は突然変わるんだが」

 

「あん?」

 

「お前が異性2人と待ち合わせしていていたとする」

 

「はぁ?急にどうしたぁ?」

 

「いいから聞け。とにかく女2人と待ち合わせしていた、しかもその女たちは普段あまり関わることがないヤツらだ。それで時間通りに待ち合わせ場所に向かうと、その2人が楽しそうに会話していたんだ」

 

 

まぁよくあるとは思う。だがここで重要なのは『あまり知らないヤツらが楽しそうに会話している』ってところだ。しかも話題が自分に合わないものであれば尚更である。

 

 

「お前、そこに割って入れるか?女2人、それも両方あまり知らないヤツの会話に」

 

「……そこまでの度胸は持ち合わせてねえなぁ」

 

「よほどのコミュ力がないと無理な話だ、少なくともこの学園にはいないと思う。さて、この話を踏まえて後ろを向いてほしい。それでお前もなんでこんなこと言うのか察するだろう」

 

 

怪訝な表情で振り向く不道、そして小さく「あぁ……」と呟いた。

 

 

 

そこには男同士の会話に割って入れず、何をするでもなくただ立ち尽くして途方に暮れる月夜ちゃんの姿が!涙目でとっても可愛い!目ぇ見開いてるけど、見開いてるけど!!

 

普段閉じられている月夜ちゃんの瞳は、怒りのボルテージを表している。すなわち全開の今は完全にプッツンしてるということだ!自分で言ってて怖くなってきた!

 

 

「あー、わがし?放置してたのは謝るから刀から手を放して――」

 

――ゴッ!

 

「のぉぉぉおおおぅ…………」

 

「おぉ不道よ、しんでしまうとはなさけない……俺は許してくれるよね?」

 

――ゴッ!

 

返事は抜刀術でした。頭が割れるように痛い!!

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

しばらく俺と不道は頭のてっぺん押さえて転げまわってたよ。わざわざ”抜き”で殴ることはないと思わない?絶対に技術のムダづかいだろ。

 

 

「痛そうですね、我が弟子」

 

「……おかげさんでなぁ、わがし」

 

「それじゃ『和菓子』じゃね?アクセントはお前が最も大事にするもんじゃないのか?」

 

「そうです、アクセントはお尻に」

 

「ハイハイわぁーったよ」

 

 

『我が弟子・我が師』と呼び合っていることから分かるが、納村不道は因幡月夜に弟子入りすることを決めたようだ。今まで人の下につくことや他人の束縛を嫌っていたハズだが、それを曲げるほどの変化があったのだろう。

 

 

「2人はしばらく謹慎らしいですね」

 

「あぁ。当のオレがこうやって自由に動けるのに、あいつらには付き合わせて悪いことをしたぜ」

 

「授業のサボり、さらには他校生との諍いを起こした上に抜刀したのはまずかったですね。今回の件では事後処理に学園長(ユキノ)も大分骨を折ったようです」

 

「う……おたくもしかして怒ってるのかぁ?」

 

「いいえ?マッタクです。むしろ寮母(エヴァ)は労働力が増えて喜んでるくらいですから」

 

「不道はダメダメだな~。月夜ちゃんが怒ってるかぐらいはパッと見て分かるようにならないと、弟子として失格じゃないのか~?ただでさえ表情出ないんだから、察せるようにならんとこれからしんどいぞ~?」

 

 

月夜ちゃんのデフォは無表情、そこから崩れることはないとは言えないが少ない。ただまぁ最近は友達が増えて嬉しいのか口元が緩むことが多くなってる気がする。良いことだよ。

 

 

「蓮さんうるさいですよ、今は我が弟子と話しているんですから入ってこないでください」

 

「……ほーん?それはあれかな、『初めてできた弟子との会話が嬉しいから邪魔者は入って来るな』っていう感じのやつ?ジェラシーなんだね月夜ちゃん!」

 

――ブゥン

 

「えぇい無言で抜くんじゃないよ!あとちょっと遅かったら当たってたじゃんか!」

 

「当てる気なんですから避けないでください」

 

「……おたくらいつもこんな感じかぁ?」

 

「まぁな、これも修行の一環だ。やり続けたら”忽”見切れるようになるぞ?それまでは痛い思いし続けるが」

 

「マジか!?」

 

「適当言わないでください……と言いたいところですが、蓮さんは本当に避けられるようになってしまいました。剣士として色々とガッカリです」

 

 

毎日のように見ていたことや鍛えた目の良さがあってか、気がついたら条件反射的に避けられるようになってたんだよなぁ。不意にやられると、刀が見えてても身体がついてこないこと多いけど。

 

目の良さに関してはフリーラン・パルクール由来だ。あれは走って跳んで回って落ちるモンだからな、空中とかでも地面や壁見失わないように意識してたら自然と動体視力は上がった。てか、これがなけりゃ女帝と戦った時に死んでる。

 

 

「それよりここへ来たということは、私に弟子入りする決心が付いたと判断して良いのですか?」

 

「……オレが学園外の良い病院にかかれるように、許可証に判付いて学園長にも掛け合ってくれたんだろぉ?ここまでやってもらっちゃあな……」

 

「あれ、月夜ちゃんそんなことしてたんだね?不道とは友達になってなかったんじゃないの?」

 

「貴方に言われてから私も変わっているんです。目の前の人を助けただけですよ」

 

「渾身のドヤ顔ありがとう!」

 

 

うーんドヤってる月夜ちゃんもかわいい、かわいいんだが……話が進まねぇ。かわいいから仕方なし!

 

 

 

「……コホン。それで我が弟子、理由はそれだけですか?」

 

「――あの時耳打ちされた『天羽に無防備に突っ込め』ってのともうひとつ、『魔弾を撃つ際は後ろ足の接地を大事にしろ』。意識してみたら今までにない手応えを感じたんでね、興味がわいたのさ」

 

「女帝さんが貴方に付き合って自動防御(オートカウンター)を抑えてなかったら、実質負けてましたからね」

 

「ぐ……」

 

 

耳打ちというのは、不道が肌を晒して女帝に突っ込んで隙を作ったのがひとつ。もうひとつは、その後に凄まじい威力を見せつけた"魔弾"のことだろう。アドバイスひとつであれだけ変わるとは。

 

なんでも女帝は人の肌を斬るのに抵抗があるとかなんとか。斬られた胸の傷もそんなに出血が酷くなかったことからも、なるほど的確だと思う。魔弾はよく分からん、専門じゃなけりゃ同門でもないし。

 

 

「でも、そう……動機付け、大事ですよ。あとは敬意ですかね……」

 

「自由を愛する不道に、敬意やら尊師やらは縁遠いと思うけどねぇ」

 

「そこ、うるさいですよ。どうやら貴方は人に教えを受けることに抵抗があるようです。余程酷い人の下についたようですね。けれど安心して下さい、少なくとも私――」

 

 

そう言って座っていた噴水の縁から飛び降り、右足を踏み込むところまでははっきりと見えた。右手がブレたと思ったら月夜ちゃんが不道を腹パンしてたでござる。どういうことなの……。

 

 

「ガ……!!」

 

「自分で出来もしないことをわめくのは指導と呼びません。まず師たるを見せることで、尊敬も生まれるというものです」

 

「魔弾の……改良型……!!」

 

「どうですか?加減しましたし、どうせ私の体重では威力なんて高が知れてますが……目は覚めたでしょう?我が弟子」

 

「ああ……おかげさんでなぁ、我が師……!」

 

 

どうやら月夜ちゃんは魔弾、それも不道のヤツの改良型を撃ち込んだらしい。まぁ女帝も吹っ飛んでたし、改良ってなら小さい月夜ちゃんがデカい不道ぶっ飛ばしてもおかしくない……のか?

 

 

「いやはや、盛大にぶっ飛んだな。地球の重力に打ち勝った感想はあるか?」

 

「腹の衝撃とちょっとした窒息でそれどころじゃなかった」

 

「お前はそれを今まで人に撃ってきたんだからな?因果応報ってやつだろ」

 

「うっせぇ言ってろ」

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

あ、そうそう忘れてた。

 

 

「あぁそうだ、2人に聞きたいことがあったんだった。ちょっといいか?」

 

「あん?どうしたぁ?」

 

「いやさ……自分で言っちゃうけど、俺ってば攻撃を避けることは超一流じゃん?」

 

「確かにそうですね、避けること"だけ"は一人前だと思います」

 

「なーんか強調されたが気にしてると進まんからスルーな。それでだ、いい加減ちょっとした攻撃手段を持たないとな~って考えた。それも『必殺技』って感じのヤツ」

 

 

なんで必殺技なのかって?かっこいいからに決まってんだろ!男って生き物は、いくつになっても『必殺』って言葉に胸が躍るんだよ!!

 

 

「攻撃手段なぁ……だがおたくはオレと同じく徒手だろぉ?得物相手にすると圧倒的にリーチ足んねぇぞ?オレぁ踏み込みで距離潰せるからいいけどよぉ……」

 

「それは攻撃避けながら接近すれば解決するし、俺にはそれが出来る……雲耀とか飛んでこなければな。あれはダメだ、全く見えん」

 

「まぁリーチ云々は置いておくにしても、徒手空拳で決定打を与えるとなると少し……というか、かなり難しいのでは?我が弟子には『魔弾』がありますが、蓮さんには何もないでしょう?」

 

「そこなんだよねぇ月夜ちゃん。何もないところから、有用なものを生み出すために聞きたいことがあったんだ。――2人は雲耀や魔弾を使う時に、腰から生み出したエネルギーを腕や足に伝達するだろ?あれのコツを聞きたいんだ」

 

「は?」「はい?」

 

 

揃って「何言ってんだコイツ」みたいな目を向けるなよ。月夜ちゃんはともかく野郎に見られても嬉しくない。

 

だが聞かなきゃならないのは事実、これを聞きだすまで帰らねぇからな。

 

 

「だーかーらー、体内での力の伝達について教えて欲しいの!」

 

「……あー、なんでそんなこと聞きたいんだぁ?」

 

「俺が実現させようとしてるモノと雲耀、ひいては魔弾の原理――生み出した力を他の所へ持っていくっていうのが似てるんだよ。なもんで専門家に聞いてんのさ、オーケー?」

 

「……理屈は分かりましたが、その技は危険がないんですか?私たちの技に似ているということは、結構身体に負荷がかかるはずです。それに速度域も通常の戦闘と変わってきますし」

 

「負荷はかかるだろうし、速さも尋常じゃないだろうね。なにせ理論上は音速超えるし、繰り出してる俺でも見えない攻撃になると思う。これぞまさに『"誰にも"見えない不可視の一撃』ってわけだ」

 

 

まぁ実際に出すとなれば速くて亜音速、普通は雲耀以下のスピードになるだろう。そこまで身体丈夫じゃないし、生まれたエネルギーをロスなく伝えるのは難しいだろうから。

 

 

「音速だぁ!?」

 

「あくまで理論上、だ。仮に音超えたら俺の腕はソニックウェーブでズタズタになっちまうし。まぁ超えない程度に抑えても、当てた側の俺の拳やらが無事である保証もない。だから必殺技なんだよ、そんなにポンポン出せないって意味でな」

 

「……それは十分キケンじゃねえのかぁ?」

 

「お前の魔弾と似たようなもんさ。不道が撃って問題ないなら大丈夫だ、なんかあったら責任取らせるから覚悟しとけ?」

 

「なんつぅ理不尽ッ!」

 

 

身体の鍛え具合に差があるとはいえ、俺と不道はそこまで背格好に違いはない。だったらワンチャンあるって!

つまりそういうことだ。

 

 

 

「……蓮さんは、どうして攻撃手段を持とうと思ったんですか?」

 

「なんでって、強いて言うなら『備えあれば憂いなし』だな。これから先何があるか分からからなぁ……こないだの女帝の乱みたいな事件があるかもしれないだろ?だったら自衛くらい出来ないとカッコ悪いじゃん?」

 

「自衛、とは今の回避術だけじゃ足りないんですか?」

 

「当たらなくても、当てられないんじゃあ千日手だ。確かに攻撃されなきゃ負けることはないが、相手を打倒しなきゃいかん場合もある。誰かを助けに行くとかね」

 

 

一刻も早く駆けつけたいのに、目の前の敵が邪魔してくるなんてシチュエーションは容易に想像できる。だからこそ一撃必倒の攻撃、つまりは初見殺し・不可視の一撃!

 

 

「俺は俺でちゃんと考えてるのよ?もちろん無茶はしないと約束する。だから――」

 

 

 

「俺を鍛えてくれ!!!」

 

 

 

そう言って頭を下げる。不道が月夜ちゃんに弟子入りしたように、俺も2人に弟子入りしようと考えた。身近にスペシャリストがいるなら、頭下げてでも教えを乞うべきだろ?

 

 

「――オレぁ構わねーぜぇ?誰かに教えられながら、誰かを教えるってのはいい息抜きになりそうだからなぁ」

 

「すまんな不道、恩に着るぜ。まぁ月夜ちゃんは嫌ならそれでいいよ、教える人数増えたら大変だろう「そんなことないです!」……っとぉ?」

 

「我が弟子だけだと悪ノリで無茶しそうです」

 

「おい言われてんぞ不道よぅ」

 

「おたくもだよ!」

 

「2人だけじゃ心配ですから、私が監視役として蓮さんも面倒見ましょう」

 

 

(実年齢)小学生に心配される男子高校生たちの図。

 

なんて信用がないんだ……お兄さんは悲しいぞ!でも恐らくその予想は当たってるから何にも言えない!絶対悪ノリするし!

 

 

「酷い言われようだ……だがまぁ、これからはよろしくな。先生として頼りにしてるから!」





今回のヒントだけで蓮の必殺技(展望)が予測できた読者の皆さんはあの作品(マキャヴェリズムではない)を読み込んでいることでしょう……



次回八節――公開時期未定、こうご期待


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