赤毛の紀行家 (水晶水)
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序章 冒険家を夢見て
冒険に憧れて


 自分の読みたいイースシリーズの二次小説を誰も書いてなかったので、私による私のためのイース二次小説を書きたいと思います。


 意識が覚醒した時、僕は何も無い真っ白な空間にいた。視線を漂わせてみたが視界は白以外何も映さず、それは延々とどこまでも続いているかのように思われた。視線を落としても自分の身体さえ目には映らず、ただでさえ混乱している頭がショートしてしまいそうになる。

 

「困惑しているみたいね」

 

 疑問が次々浮かんでくる頭に突如、女性の声が響いてきた。

 

「ここは……何処なんでしょうか?」

 

 訳の分からないことが続き、こんがらがる頭でとりあえず一番知りたかった問いを僕は見えない存在に投げかける。

 

「そうね……ここは死後の世界。あなたたちの言葉で言う天国、そこへ行く途中の道のようなところね。」

 

 ストン……と女性の言葉が胸に落ちた気がした。そうか、僕は死んでしまったのか……。

 

「死んで……僕は死んでこれから天国へ行くのでしょうか?」

 

「あら、何で死んだのかとか、何で死んでも意識があるのかとか聞かないのね」

 

「聞いてもどうしようもないですし」

 

「ふふ、それもそうね」

 

 僕の返答が予想外だったのか、楽しそうに彼女は笑った。

 

「普通はね、あなたのように天国に辿り着くまでに意識が覚醒するような子はいないのよ」

 

 楽しげな彼女の声色が更に喜色を含むようになる。

 

「えっと、それってもしかしていけないこと……なんですかね?」

 

「いいえ、寧ろ私たちにとっては嬉しいことだわ」

 

 満面の笑みで、早く私に説明をさせてくれと言い出しそうな雰囲気を彼女の声が纏い始める。僕は無言で先を促すことにした。

 

「ここで目覚める人間はね、資質があるのよ。とても強い資質が」

 

 資質? 僕はそこまで褒められるほど才能溢れる人間ではなかったはずだが。

 

「強く心に残ったあなたの未練。まだあなたは死にたくなかったはずで、あなたの魂はその未練によって今ここで覚醒した」

 

 ガツン、と無い頭を殴られたような衝撃が走った。そうだった、僕はどうしてもやりたかったことがあったのだ。

 

「僕は冒険できなかったのか……」

 

 ようやく落ち着いた頭で生前の未練を、絶対に叶えたかった夢を思い出した。しかし、不思議と気持ちは沈まなかった。だってまだ彼女の話は終わっていない。勘がいいとは言えないが、この時ばかりは未だに楽しそうな彼女の話の続きを絶対に聞かなければならない気がした。

 

「ふふふ、その未練、憧れ、とても素敵ね。続きは聞きたい?」

 

 見えていないはずだが、僕は力強く頷いて彼女の言葉を肯定する。

 

「私たちはここで目覚めるほどの強い未練を持った人間たちにね、転生をしてもらうようにしてるのよ」

 

「転生……また生き直すということですか?」

 

「ええ、そうよ。ただし、産まれ直してもらうのは元の世界じゃないわ」

 

 感じない鼓動が早まるような気がした。夢が叶う予感を感じて。

 

「私たちでいうあなたたちの世界、つまり、創造し、管理している世界。まあ、早い話創作物の世界にあなたの魂を飛ばします。魂だけしか飛ばせないからその世界の誰かの身体に入ってもらうことになるけどね」

 

「憑依転生……?」

 

「あら、そういえばあなたの世界ではそういう創作物も流行ってるんだったかしら? 異世界に行って何とか〜みたいな」

 

「く、詳しいんですね……」

 

「神界には娯楽が少ないのよ。だから観察している世界の創作物を楽しんでいるようなのがいっぱいいるの。そして、これもその一環ね。観察している世界の住民が自分たちの観察している世界に入り込んだらどういうことをするか。それを観察して楽しむのが私たちの間で最近流行ってる娯楽ね」

 

 はしゃぎながら話す女性の声を聞き、上位存在が一気に俗っぽくなったような気がしたが、神話の神なんかも割とそんな感じだったことを思い出し、とりあえずこのことは隅に置いておくことにした。

 

「あなたが行く世界なんだけど、これはあなたが一番行きたい世界を選んでいいわ」

 

「つまり、僕は」

 

「ええ、あなたはようやく冒険ができる」

 

 歓喜に脳が打ち震える。長年思い続けて、もう叶わないと思っていた夢が叶うという事実を目の前にして。

 

「行きたい世界は決まった? 考える時間ならまだいっぱいあるけど」

 

「イースの世界へ」

 

 女性の言葉に僕は一瞬の躊躇もなく答えた。稀代の冒険家が物語を綴った世界の名を。

 

「決まっているならよし。ここからはまあ、何というかあなた的にはお約束だろうけど、あなたの旅は一応私たちの娯楽も兼ねているから簡単に死なれたら困るというのは、分かるわよね。」

 

 その後の展開を容易に予想し僕は首肯する。

 

「それでいくつか私からあなたに加護を授けたいと思うの。下位世界への干渉だからだいたいのことは叶うけれど何かリクエストはある?」

 

 女性の言葉に僕は少しだけ考えた。最も冒険を楽しむにはどうしたらいいのか。

 

「では、旅の道具を何処でも出し入れできるような空間を操れるような能力があればいいかなと。可能でしょうか?」

 

「それはできるけど……いいの? もうちょっと欲張ってもいいのよ?」

 

「それなら、今までの身体よりも少し頑丈にしてもらってもよろしいですか?」

 

「あ、あんまり欲が無いのね……。他所のとこが送った子はもっとこう、凄かったわよ?」

 

 いったい何を頼んだのだろうか。気にはなるが、僕は冒険を楽しむために行くのだ。あまり至れり尽くせりだとスリルも無くなってしまって困る。ここで僕は一番重要なことを言ってないことに気がついた。

 

「最後に、出来ればでいいんですけど、イースに関する記憶を消してもらえませんか?」

 

「何でそんな……ああ、冒険に行くんだもんね」

 

「はい、覚えてたらこう、感動というか、そういうのが薄れそうで」

 

「はいはい、分かったわよ。これで全部?」

 

「はい、お願いします」

 

 いよいよ旅立つと思うと、思わずにやけてしまいそうになる。顔はないのだけれども。

 

「あ、そうだ、言い忘れてたことがあったわ。」

 

「何でしょう?」

 

「あなたはあなたが望んだ世界に行ける。ただ、そこはその世界の平行世界で、つまりはその世界の人物の1人がその人ではなくあなただったらというifの世界よ」

 

 何故そんな話をと思ったが、彼女の声はこちらを心配している声色で

 

「まあ、その、ね、だから、あなたはその世界に生まれるべくして生まれるわけで、成り代わってしまっただとか、他の人の人生を違うものにしてしまっただとかは気にしないで、あなたはあなたが思うがままに進みなさい!」

 

つまりは優しい女神様なのである。

 

「はい!」

 

「よし! じゃあ行ってきなさい!」

 

「行ってきます!」

 

 別れの挨拶を済ますと、僕の意識がだんだん消えていくように感じた。これから僕の冒険が始まるんだ。

 

「後悔のないように、精一杯生きなさい」

 

 意識が消える直前、彼女の優しい言葉が僕の頭に響いた。



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冒険家の産声

 本編までは巻きで行きます。


 今世の身体がおよそ2歳になる頃、僕は僕として初めてこの世界を認識した。

 

 僕が産まれたのは住民が100人もいないような小さな村で、畑で作った作物や森で伐採した木などを街に売りに行ったり、たまに訪れる行商人に買い取ってもらったりして村人たちは生計を立てているらしい。

 

 僕は男手一つで育てられていた。自我が宿ってからほどなくしてお父さんにお母さんのことを聞いてみたら、僕を産んでから1年もしないうちに亡くなってしまったと、少し悲しそうな表情で頭を撫でられながら伝えられたのを覚えている。

 

 ある時、僕は村の人からお父さんが紀行家だったという話を聞いて、一目散に家へと駆け込んだことがある。キョトンとした表情で僕を見るお父さんに、僕は村の人から聞いた話が本当なのかどうか尋ねた。すると、お父さんは少し恥ずかしそうな、それでいて誇らしそうな表情をして、それを肯定した。

 

 それから僕は毎晩、寝る前にお父さんに冒険の話をしてもらうようにお願いした。見たこともない、聞いたこともないようなワクワクする話をお父さんはしてくれて、僕はお父さんが呆れるくらい何度も何度も繰り返し聞かせてもらった。その時に一度だけお父さんが血は争えないなと言ったのが僕の記憶には強く残っている。

 

 昼は農作業を手伝い、夜はお父さんの冒険の話を聴く。そんな日常をしばらく過ごして僕が10歳になった頃、僕はお父さんに稽古をつけてくれとお願いをした。お父さんみたいな紀行家になりたいという想いを真っ直ぐに伝えると、お父さんは手伝いをサボらないという条件付きではあるが、驚くほどあっさり承諾してくれた。後で理由を聞いてみると、お前は俺の息子だからな、と頭をくしゃくしゃに撫でられながら言われた。少し気恥ずかしかった。

 

 それから僕の一日は忙しくなった。朝は早く起きて体力作りや武器の扱い方をお父さんに指導してもらい、昼は村の人たちと一緒に仕事をして、夜はご飯を食べてから寝るまでの間、お父さんから冒険するのに必要な知識を教えてもらうという生活を送ることになったからだ。目まぐるしくはあったけど、僕はそれがとても楽しかった。夢に一歩一歩近づいていけていると感じたから。

 

 数年の指導を経て、お父さんから太鼓判をもらってからも僕は鍛錬を続けた。背はあまり伸びなかったけど、村の誰よりも強い身体になれたと思う。

 

 そして、運命の時は来た。僕が15歳の時にお父さんが病にかかってしまったのだ。今の医学では治す術はなく、長くても数ヶ月だと街の医者に言われた。僕は村の人に協力してもらいながら懸命に看病したが、それから3ヶ月後、お父さんは亡くなった。僕の誕生日の前日だった。

 

 僕は泣いた。産まれてきてから一番泣いたと思う。お父さんとの楽しい思い出がより一層悲しみを引き立てた。

 お父さんの葬式には村中の人が集まった。お父さんが慕われていたことを改めて思い知って、僕はまた泣きそうになった。

 

 

 

 僕は今、村の外れにあるお父さんの墓の前にいる。別れの挨拶をしに来たからだ。僕は墓に花を供え、目を瞑って手を合わせた。お父さんとの思い出を振り返り、そして、僕の今後の旅の無事を祈った。

 

「じゃあ……お父さん、お母さんとそっちで仲良くね。行ってきます」

 

 アドル=クリスティン、16歳、旅に出ます。

 



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第一章 失われし古代王国-序章-
プロローグ -呪われた地へ-


 Ys -Ancient Ys Vanished Omen-始まります。


 エレシア大陸エウロペ地方の北部に僕の故郷はある。そこを出てから、僕は約1年の時間をかけてエウロペ地方を南下するように旅を続けていた。

 寄る街々で路銀を稼いだり、街の人たちと仲良くなったりしながら楽しく旅をしていたが、未だに心が震えるような冒険には巡り会えていなかった。

 

 そこで、燻り続ける冒険心に耐えかねた僕は思い切ってロムン帝国へ足を踏み入れることにした。

 最近何かと黒い噂が絶えない国だが、ここら一帯で最も栄えている国と言っても過言ではないので、情報を集めるには丁度いいだろう。

 

 そういうわけで僕はロムン帝国に入国し、東のガルマン地方で情報を集めることにした。

 街を転々としている途中で野盗に襲われていた馬車を助けたことで、馬車に乗っていたあるガルマン貴族に気に入られて数ヶ月彼の領地に滞在するハメになったが、良い仕事先を与えてもらい、情報収集にも協力してもらえたので、結果的にはとても有意義な時間を過ごすことが出来た。

 

 

 

 ガルマン滞在から数カ月が経った頃、男爵から『呪われた地エステリア』について教えられた。

 曰く、エステリアという島国は最近になって上質な銀の輸出が盛んになり、これから栄え始めるだろうと思われていたが、ある日突然『嵐の結界』と呼ばれる近づいた船を襲って難破させる謎の力場で囲われてしまったらしい。

 貿易船も調査船も尽く沈められ、原因不明のまま国交が断絶されてしまってロムンでも今問題になっているのだとか。

 

 僕は今までにない大冒険の予感を感じ取り、話を聞いたその日のうちに男爵家の方々から惜しまれつつもガルマンを出立した。

 目指すはエステリアから南に40クリメライの場所に位置するプロマロックというロムン帝国きっての貿易都市だ。

 商隊の馬車に用心棒として同乗させてもらったり、時には歩いたりしながら数日かけてプロマロックに到着した。

 

 

 

 帝国最大級の貿易都市と言うだけあって、街には多くの人たちが溢れていた。

 エウロペ人だけでなく肌の黒いアフロカ人の姿も大勢確認できる。顔の半分ほどを布で隠した女性はオリエッタの方から来たのだろう。

 

 色々と目移りするが、まずは長旅の疲れを癒すために僕は宿屋へと向かった。

 

 

 

「おや、いらっしゃい、1人かい?」

 

「はい、ひとまず1泊だけお願いします」

 

「あいよ」

 

 宿屋に入り、受付の男と軽く挨拶を交わし、僕は宿帳に自分の名前を記入する。

 

「しっかし、いまどき旅人とは珍しいね」

 

「ええ、父親が紀行家でその跡を継いで僕も紀行家をやっていまして」

 

「ふうん、ロムンは今余所者は動きにくいだろうに。何か面白い場所はあったかい?」

 

「ガルマン地方にしばらく滞在してましたが本にするようなことはまだ何も。なのでエステリアに向かおうかと」

 

 僕の服装を見て旅人だと判断した男は、続く僕の言葉に心底驚いた表情を顔に浮かべた。

 

「……兄ちゃん、悪いことは言わねぇ、エステリアだけは止めておいた方がいい」

 

「嵐の結界に挑んだ人間が一人残らず生還していないからですか?」

 

「知ってて行くってのか!?」

 

 何とも思ってないような僕の様子に、男はカウンターから身を乗り出してくる。顔が近い。

 

「はい、紀行家としてこの冒険を見過ごすことはできませんから」

 

「…今港でエステリアに行ってくれる船は一隻たりともない。行くんなら小舟で嵐の結界に挑まなきゃなんねぇが…それでも行くのか?」

 

「はい」

 

 そのまましばらく僕と男は見つめ合い、やがて男は深いため息をついてカウンターの奥の部屋へ引っ込んでいった。

 そのまま受付前で待っていると、男は蝋で封をした1枚の手紙を持って戻ってきて、それを僕に手渡した。

 

「兄ちゃん、金はあるかい?」

 

「はい、ガルマンでたっぷり稼いできたので」

 

「なら明日、そいつを港にいるノートンって男にビクセンからの紹介って言って見せてみな。それで小さい帆船を売ってもらえる。」

 

「本当ですか!? ありがとうございます!!」

 

「……紀行家ってのはみんなこうなのかねぇ」

 

 傍目から見れば死にに行くようにしか見えない僕の様子に、ビクセンさんは再三深くため息を吐く。

 ガックリと肩を落としているのが目に入るが、僕はエステリア渡航の手段に目処がついて気分が舞い上がっていた。

 

「じゃあ失礼しますね!」

 

「はいはい、これが部屋の鍵だ。2階の一番奥の部屋だからな。」

 

 力無く手を振るビクセンさんに笑顔で応え、僕は明日の準備をするためにさっさと部屋へと向かった。

 

 

 

 その後は特に何事もなく時間が過ぎ、ワクワクのあまり眠れないというようなこともなく無事に朝を迎え、僕は身支度を終えて宿屋を出発した。

 

「アドル!」

 

 宿を出てすぐにビクセンさんに呼び止められて僕は振り返る。

 

「まあなんだ、無事に戻ってきたら一杯やろうや」

 

「はい、料理も美味しかったので是非また寄らせていただきます」

 

「おう、最高のつまみを用意しといてやるよ。お前さんの土産話を楽しみにしてな」

 

 ハニカミながら宿に戻っていくビクセンさんを見届けて、僕は再度港へ出発した。

 

 

 

 港は漁船から魚を運び込む漁師たちが慌ただしく動き回っていた。どうやら漁船の帰還とタイミングが被ったらしい。

 

「参りましたね。これではノートンって人を探すのは大変そうだ」

 

「俺がどうしたって?」

 

 あまりの人の多さに途方に暮れていると、後ろから筋骨隆々の大男に話しかけられた。鍛えられた海の漢というフレーズが似合いそうだ。

 

「あなたがノートンさん?」

 

「おう、確かに俺はノートンだが。お前さんは?」

 

「僕はアドルといいます。それで、ビクセンさんからこれを渡せと」

 

「紹介状?ビクセンの旦那から?」

 

 どれどれと口に出しながら、ノートンさんは手紙の封を開けて読み始める。表情がだんだん険しくなっていくが、僕はノートンさんの返事を待ち続けた。

 

「アドル…と言ったか。お前、本気か?」

 

「はい、僕はエステリアへ行きます」

 

「死ぬかもしんねぇぞ」

 

「いえ、必ず生きてたどり着きます」

 

 威圧感を出しながら、脅すようにノートンさんは僕を真っ直ぐ睨みつけてくるが、僕もしっかりとノートンさんの目を見返す。

 すると、ふいにノートンさんが大声で笑い出した。周りの漁師たちも何事かと視線を向けてくる。

 しばらく笑った後、ノートンさんは僕から体を背けて漁師たちの方へ向けた。

 

「よぉしお前ら聞けぇ!!」

 

 漁師たちが姿勢を正す。

 

「ここにいるアドルという男は今からエステリアに向かうそうだ!!」

 

 漁師たちは驚愕した顔で僕の方を見てきた。

 

「とんだ命知らずの大馬鹿野郎の船出だ!! 派手に送り出してやろうじゃねぇか!!!!」

 

 瞬間、漁師たちの声が大きく港の空気を震わせた。雄叫びの大合唱である。

 

「気に入ったぜアドル」

 

 呆気に取られる僕の背中をノートンさんがドンと叩き、僕は遅れて状況を把握した。

 

「海の男ってのはなぁ、お前さんみたいな無理無茶無謀に挑戦するやつが大好きでな。」

 

 嬉しそうな顔でノートンさんは僕に話しかける。

 

「できねぇって言われて燃えるのが男ってもんよなぁ? 船代はタダにしてやる、代わりに絶対帰ってこいよアドル」

 

 そう言いながらもう1度僕の背中を叩き、ノートンさんは船着き場の方へ歩いていった。僕はそれを慌てて追いかける。

 

 漁師たちに声をかけられ、それに応えながらノートンさんに追いつくと、帆のついた小舟が用意されていた。オールも積み込んであるようだ。

 僕はそれに乗り込み、腰に留めてある剣を抜いて、船着き場と船を繋ぐロープを断ち切った。

 

「ご厚意感謝します」

 

「かまわんかまわん、頑張ってこいよ!」

 

「はい、行ってきます!」

 

 別れを告げ、僕は船乗りたちの声を背に受けながらエステリアへと出航した。

 

 

 

 良い風が吹いていたので順調にエステリアまで進めていたが、ちょうどエステリアとプロマロックとの中間に差し掛かったあたりで空模様が急激に変化するのを目にした。

 

「これが嵐の結界…!」

 

 みるみるうちに悪天候に変化し、今は目を開けるのも辛いほどの豪雨に見舞われている。

 僕は必死に船を進ませたが、閃光一瞬、雷撃が小舟の後部に直撃し舟は大破する。当然僕も衝撃で身体が宙を舞い、勢い良く荒れ狂う海へと投げ出されてしまった。

 入水した瞬間から上下左右の感覚が狂い、水面へ出ようとするが一向に出ることは出来ない。

 そして、抵抗も虚しく、僕は海中で気を失ってしまった。



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A.漂着、エステリア

 PCE版だと普通に船でエステリアにたどり着くアドルさん。嵐の結界とはいったい……。


Main Character:アドル=クリスティン

Location:バルバドの港町

 

 

 

 目が覚めると真っ白な天井が視界に映った。横になっている場所も地面ではなく柔らかいベッドの上で、着ていた服は脱がされて、その代わりに包帯が巻かれていて、それに気づいたら思い出したかのように傷が痛んできた。

 

「あらあら、もう目を覚ましたの?傷は大丈夫?」

 

 ちょうど僕が起きていることに気がついた看護師が部屋に入ってきた。青髪で少しベテランの雰囲気を感じさせる女性だ。

 

「少し痛みますが大丈夫です。あの、ここはどこなんでしょう?」

 

「ここはバルバドよ。ミネアの近くの港町」

 

 それから二、三言看護師のアイラさんと話すと、思い出したかのように先生に僕が目を覚ましたことを伝えてくると言ってパタパタと部屋から出て行った。

 

 バルバドはエステリア南端の港町だとビクセンさんから聞いていた。僕が小舟で入港しようとしていたところでもある。

 身体はボロボロだが、僕はエステリアに辿り着けた事実に遅ればせながら大きな喜びを感じた。

 

「おお、ホントに起きてる。大したもんだ」

 

「ほっほ、では少し身体を診てみるとしよう」

 

 僕が感慨に耽っていると、部屋の入口からそんなことを口にしながらアイラさんと共に新たに2人の男が入ってきた。白衣を着たお年寄りの方がブルドーさんと言って、この診療所で医者をやっているらしい。もう1人の若い男はスラフさんと言って、ブルドーさんの息子で街の自衛団のリーダーだそうだ。

 また、スラフさんは僕が街の近くの砂浜に漂着しているのを見つけて運んでくれたのだという。

 

「おかげで助かりました。ありがとうございますスラフさん」

 

「いやぁびっくりしたよ。嵐が起きたから漂着物が流れてきてないか確認しに行ったら人が倒れてるんだから」

 

 そう言って、頭を下げる僕にスラフさんは笑いかけてくる。

 

「それで、何であんなところに倒れてたのさ」

 

「エステリアまで渡航しようとして途中で難破してしまいまして」

 

 流れ着いた経緯を僕が説明すると、3人は揃って驚愕を顔に貼り付けた。

 

「それは何とも……嵐の結界を越えてきた、というわけかの?」

 

「はい、結果的にはそうなりますね」

 

「あ、呆れた……よく生きてたわねアドルくん」

 

 確かに、我ながら運が良かったなとは思う。二重の意味で。

 

 それから、しばらく3人に質問攻めに逢いながら時を過ごし、お昼になる頃にスラフさんは自衛団の詰め所へと戻っていった。

 僕も外を見てこようかと思いベッドを降りようとしたが、今日一日はゆっくりしておきなさいと2人に宥められ、助けてもらった手前無茶をするわけにもいかず、ベッドで大人しくすることになった。

 

 

 

 その日が暮れる前には女神様の加護のお陰で普通より丈夫になった身体はすっかり回復し、動き回っても問題ないようになっていた。

 

 女神様の加護と言えば、もう1つ物を自由に収納しておける異空間を操る能力を授かっていたが、女神様からの計らいかどうかは定かではないが、自分の所有物なら離れたところにあっても異空間を経由して手元に引き寄せることができるようになっていた。

 これを使って難破した際に紛失した剣を呼び戻すと、着替えた服とともに再び帯剣しておく。

 

「驚いた、傷はもう大丈夫なのかね?」

 

 荷物という荷物は全部異空間にしまってあるので、手早く身支度を済ませて部屋を出ると、ちょうどブルドーさんと鉢合わせた。

 

「はい、こう見えて丈夫なのが取り柄なので」

 

「うむ、そのようじゃの」

 

 僕がニッと笑い力こぶを作り大丈夫であることをアピールすると、ブルドーさんは顔の皺を更に深くして微笑む。

 僕が今日中にミネアまで行くことを伝えると、少し心配をされたが送り出してもらえた。

 

 その後、診療所の2人に別れを告げて僕はミネアへ出発した。

 あと1時間もしないうちに太陽が沈んでしまいそうだが、ミネアの街を囲う高い壁はバルバドからもはっきりと見える。恐らく夜になる前にたどり着ける距離だろう。

 

 

 

Location:城塞都市ミネア

 

 

 

 それから道中は何事もなく、僕は無事にミネアに到着した。こうして近づいてみると、目測で10メライはあるだろうか。この都市の市壁の堅牢さがありありと伝わってくる。

 

 壁を見上げるのを止めてミネアの街に入ると、プロマロックほどではないが、それでもそれなりの活気があるのが窺えた。

 少し浮かれて街を見て回っていたら完全に夜になってしまい、僕は慌てて宿を探すことにしたが不運なことにどこも部屋がいっぱいになってしまったらしい。

 

「お若い剣士殿、少し私の話を聞いてもらえませんか?」

 

 漂流に宿無し、自分の旅の幸先の悪さを呪いつつ再びミネアの街を散策していると、ローブを着た長髪の美しい女性に話しかけられた。

 

「はい、どうかしましたか?」

 

「私は占い師のサラと申します。ここで話すのも何ですので、私の家に寄っていきませんか?」

 

 少し強引な気がしなくもないが、美人に誘われて悪い気はしない。悪い人にも見えないので、無言で頷き返すと、サラさんはにっこり笑った後に僕を先導して歩き始めた。

 僕はその後をついていきながら、長い夜になりそうな気配を1人感じたのであった。



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B.イースの本

 話はゆっくり進みます。



Main Character:アドル=クリスティン

Location:サラの家

 

 

 

 サラさんの家は雰囲気のある、いかにも占い師の館という風な内装をしていた。

 仕事場だと思われる場所を通り抜け、生活スペースに通され、サラさんと僕はテーブルを挟んで向かい合わせで椅子に座った。

 

「ごめんなさいね、突然こんな」

 

「いえ、大丈夫ですよ。それで話とは?」

 

「……私が占い師であるという話は既にしましたね?」

 

 和やかな雰囲気がサラさんの真剣な顔つきで一蹴された。突然の変化に驚きつつも、僕は首肯でそれに応える。

 

「嵐の結界がこのエステリアを覆ってから、私は世界の滅びの未来を占いで見ました。詳しい原因は分かりませんでしたが、このままではそう遠くない未来に魔物の手によって、人の営みが蹂躙されてしまうでしょう」

 

 思いの外深刻な事態に僕は言葉を失うが、サラさんは嘘を言ったような様子でもない。信じ難いところもあるが、とりあえず無言で話の続きを促した。

 

「剣士殿は『イースの本』をご存知でしょうか」

 

 僕は首を横に振る。

 

「『イース』とははるか昔、エステリアの地にあった国の名前です。そしてその本はイースの歴史を示した物。そして、イースが滅びた時、6冊あったイースの本も同時に闇に消えたと言われています。」

 

「その本が予言と関係が?」

 

「恐らくは。占いでは魔物達がイースの本を集めている光景が見えました。しかし、今分かっている本の在処はミネアから北にあるラスティン鉱山の廃坑と、バギュ=バデットに遺棄されたサルモン神殿の2つです。剣士殿、魔物の手に全ての本が集まる前に、どうか本を取り戻してはくれないでしょうか。」

 

「…………分かりました。その話、引き受けましょう」

 

 話を聞いていくうちに、やはりサラさんの話が嘘とは思えなくなり、世界の危機であるというのであれば自分に関係がない話ではなくなってくるわけで、占い師であるサラさんが僕に頼んだということは、少なくとも僕を選んだ理由があると思い、少し時間を要したものの、総合的に判断して僕はその依頼を受けることにした。

 

「本当ですか!ありがとうございます!」

 

 サラさんは僕の手を握り満面の笑みをこちらに向けてくる。余談だが女性特有の柔らかい感触が伝わってきて少しドキドキした。

 

「では、まずは北の道沿いに進んでいった先にあるゼピック村に向かって、私の叔母のジェバに会ってください。これを見せれば神殿を開く鍵を彼女から受け取れるはずです」

 

 そう言って、サラさんは僕にクリスタルを渡してきた。占い師であるサラさんらしい身分証明の仕方なのだろうか。

 

「最後に、まだ剣士殿の名前を聞いていませんでしたね。教えていただけないでしょうか?」

 

「僕はアドル。アドル=クリスティンといいます」

 

「アドル……良い名ですね。ではアドルさん、よろしく頼みます」

 

「はい、任されました」

 

 お互いに無言で深くお辞儀をし合う。予想だにしなかった形で僕の冒険は幕を開けそうだ。

 

「ところでアドルさん」

 

「なんでしょう」

 

 張り詰めた空気が弛緩し、再び和やかな雰囲気に戻る。

 

「今日の宿はもう取っているのですか?」

 

「それが、もう部屋が全部埋まっててですね……。仕方が無いので今から出発しようかと思ってます」

 

 僕はわざとらしくガックリと肩を落とすが、サラさんは何故か楽しそうにニコニコと笑みをこちらに向けている。

 

「あら、それならここで1泊して行きますか?」

 

「い、いや、それは流石に……」

 

「流石に?」

 

「ま、不味いのでは?」

 

「アドルさんは何か不味いことをなさるお方で?」

 

「勘弁してください……」

 

 先程までの真面目な雰囲気は何処吹く風。サラさんはサラさんの攻勢に狼狽える僕をそれはそれは楽しそうにいじり倒してくる。

 

「ふふ、冗談ですよ。あ、泊まっていってもらいたいのは本当ですが。できるだけ万全な状態で旅立ってもらいたいですし」

 

「………………はぁ。えっと、じゃあ部屋の隅の方を寝床として貸してもらえればありがたいです」

 

「ベッドでもよろしいのですよ?」

 

「お断りします!」

 

 深く、深くため息を吐いてジト目でサラさんを見やるが、サラさんは笑顔でこれを受け流す。

 女性経験の無さがこんな所で発揮されるとは思いもしなかったが、とりあえず今日の寝床の確保ができたので良しとする。……良しとする。

 

 その後、手料理をご馳走になり、軽く水浴びもさせてもらってから、完全に夜も更けてしまったので寝ることにした。異空間からこっそり毛布を取り出して寝る準備をする。

 

「では、お休みなさいアドルさん」

 

「はい、お休みなさい」

 

 ふっ、と部屋をやんわりと照らしていたロウソクをサラさんが吹き消した。

 寝れるかどうか少し不安だったが、何だかんだで疲れが溜まっていたのですぐに意識がぼんやりとしてくる。

 

「アド……んの……じ…し……」

 

 サラさんがぼそっと何かを呟いたようだったが、僕はそのまま眠りの世界に誘われた。

 

 




 ここで裏話なのですが、神々の娯楽としてこの世界にぶち込まれたアドルくん。担当の神が女神なので、何やらこっそりともう1つ加護を付与されている模様。
 全然関係ない話ですが、女の人って色恋の話って好きな人が多いですよね。キャラ改変タグはご入用か?


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C.First Step Towards Wars

 誰もがこれを聞いてワクワクしたと思うんですよね。


Main Character:アドル=クリスティン

Location:草原街道

 

 

 

 翌朝、朝食をいただいてから僕は早い時間からミネアの街を旅立った。というのも、バルバドミネア間と比べると、ゼピック村まではかなり距離が離れていて、また、魔物や凶暴化した獣の類も最近は多く確認されているとのことなので、ここ草原街道で野宿することになるのは避けたかったからだ。

 

 魔物に関してだが、元々エステリアは国土の4割が今歩いているような草原で、異変が起きる前はたまに凶暴な獣がいるぐらいで、比較的平和な国だったらしい。

 ところがある日、今は廃坑になっているラスティン鉱山の坑道の奥から数え切れないほど大量の魔物が現れて、またたく間に鉱山を魔物の領域にしてしまった。

 あまりに突然のことに抵抗することもできず、鉱夫達は負傷者を出しながらも命からがら逃げ出して来たのだとか。

 

 エステリアは今現在、ロダの樹という何故か魔物が近寄らない巨大な老木の近くにあるゼピック村と、ミネアの町、バルバドの港町以外の集落を魔物の侵略によって失くし絶体絶命の危機にある。

 嵐の結界のせいでエレシア大陸に逃げることも出来ず、全滅も時間の問題だったらしい。

 

 

 

 サラさんから教えて貰ったことを頭の中で思い返しながら街道を進んでいると、前方から人型の何かがこちらへ向かってくるのを視界に捉えた。

 死人のような青白い肌に長い耳、それと真っ赤な目が特徴の魔物で、確か名前はカーロイドと言ったか。そのカーロイドが3体、ボロボロの剣を携え、こちらを威嚇するような声を上げながら襲いかかろうとしている。

 

 魔物と戦うのは初めてだが、戦闘自体はこの1年半で何度も何度も繰り返してきた。故に僕は焦ることなく腰から長剣を抜刀し、先頭のカーロイドに疾走する。

 

「ふっ! はぁっ!!」

 

 出会い頭に一閃、唐竹割りの要領でまずは1匹絶命させ、続いて来た2匹目に振り下ろした剣を逆袈裟で振り抜いて上半身と下半身を泣き別れさせた。

 

「ギギィッ!!」

 

 舞う血飛沫の向こうから3匹目が跳びかかってくるが、僕はこれをバックステップで回避する。

 最後のカーロイドは盛大に剣を空振り、そのまま着地したが、僕はカーロイドが踏ん張る一瞬を狙って首を両断した。

 

 剣に付着した血を払い納刀すると、カーロイドたちの死体が灰になって消えた。

 ひとまず異空間から革袋を取り出し、水分補給をして一息つきながら、魔物は死体を残さない性質を持っているとサラさんが言っていたことを今更ながら思い出した。

 

 まだ出発してからそこまで時間が経っていないことから、僕はサラさんに聞かされた魔物の恐ろしさをこの身をもって理解した。殺意というか何というか、人間に対する攻撃性が強すぎるのだ。

 

 

 

 結局、それ以降もカーロイドを筆頭とした魔物や魔獣の襲撃に逢いながらゼピック村へと歩を進めることになる。

 橋を渡る時に両側から魔物に襲われるなどといった危うい場面もあったが、太陽が真上に来る頃にはロダの樹の下まで来ることが出来た。ゼピック村まであと少しだ。

 

 

 

 




 区切りのいいところで終わらせようとするとこんな感じで短くなりますが、もっと1話1話のボリュームを増やした方がいいか悩みます。


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D.ゼピック村にて

 淡々と物事が進んでいく病気にかかっております。


Main Character:アドル=クリスティン

Location:ゼピック村

 

 

 

 

 ロダの樹を過ぎてからは魔物に遭遇することもなく、無事にゼピック村まで辿り着けた。

 ゼピック村は青々とした木々に囲まれていて、直に自然の息吹を感じられる良い村だ。村の奥の方に湖も見えるので、水源の確保も容易で住みやすそうである。

 

 入口で大まかに村の様子を見渡してから村に足を踏み入れると、酷く落ち込んだ様子の初老の男性が目に入った。何かを焦るような心情も伝わってくるようだ。

 

「あの、どうかなさいましたか?」

 

「おお、お若いの、少し私の話を聞いてくれんかの?」

 

 僕は彼の近くまで歩いていって話しかけると、彼はゆっくりと疲れた表情をした顔をこちらに向けてそう言ってきた。

 

「はい、僕でよろしければ」

 

「うむ、これは村の者には内密にして欲しいのじゃが……この村はロダの樹の加護と銀の鈴という魔物を祓う力を持つ鈴によって守られておる」

 

 他の集落とは孤立するような立地で生き残っているゼピック村が何故今まで無事だったかが男の口から語られる。

 

「しかし、最近その銀の鈴が奪われてしまったのじゃ。今はまだ何とかなっておるが、いつまで村が無事でいられるかは分からん」

 

「鈴の在処に心当たりは?」

 

「恐らくは盗賊の仕業じゃろうて。やつらは北の山のダームの塔の入口にアジトを構えておる。お若いの、どうか鈴をヤツらの手から取り戻してはくれんか?」

 

「分かりました。任せてください」

 

 流石に村一つが滅びるかもしれない事態を見過ごすという選択肢は無かったので、迷わず僕はその話を引き受けた。

 

「厄介事を押し付けてしまってすまんの」

 

「いえ、気にしないでください。ではこれで」

 

 そう言って僕はこの場を離れようとしたが、寸前で一つ聞かなければならないことがあったことを思い出した。

 

「っと、すいません、ジェバさんという方が何処に住んでいるかご存知でしょうか?」

 

「ジェバ殿? ジェバ殿なら村の北の入口から一番近いところに住んでいらっしゃるよ」

 

「ありがとうございます」

 

 

 

 

 

 それからすぐに僕は教えて貰った家まで向かった。失礼のないように、まずは扉をノックする。

 

「開いてるよ」

 

「失礼します」

 

 中からすぐに返事が返って来たので僕は扉を開けて中に入ると、編み物をしている年配の女性が迎えてくれた。恐らく彼女がジェバさんなのだろう。

 

「おや、見ない顔だね」

 

「はい、島の外から来ました。ここに来たのはサラさんにあなたの元を訪ねるようにと言われたので」

 

「ふむ」

 

 何やらじろじろと値踏みするような視線が向けられる。

 

「あと、これをジェバさんに見せろとも」

 

「……確かに、あの子の水晶みたいだね。若いの、名前は?」

 

「アドルと言います」

 

 僕がウエストポーチから取り出した​──ように見せかけて異空間から取り出した──水晶を見せられて納得したのか、ジェバさんはこちらを観察するのを止めて、椅子から立ち上がって部屋の奥の戸棚の中から何かを探し始めた。

 

「アドル、イースの本を探しに行くのじゃろう?」

 

「はい」

 

「なら、神殿の鍵を持っていきなさい」

 

 そう言いながら、彼女は持ち手に赤い宝石が1つ取り付けられた金色の鍵を手渡してきた。

 

「それとサラのクリスタルがあれば神殿の奥まで進めるじゃろうて」

 

「ありがとうございます。早速出発しますね」

 

「気をつけるんじゃぞ」

 

 ジェバさんに一礼して、僕は足早に彼女の家を後にした。

 

 

 

 村の北口まで向かいながら異空間にクリスタルと鍵をしまい込んでから空を見上げると、まだ日が沈む時間までかなり余裕があるように見える。

 一先ず盗賊のアジトまで行ってから神殿に向かおうと心の中で思いながら、僕はゼピック村から出発した。



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E.銀の行方

 イースの時代設定が、アドルさんが大航海時代を引き起こす原因になった(15世紀)という記述があったり、8世紀末に活躍したという記述があったりでどれが本当なのだろうかという思いがあります。
 銃が最新の武器という記述からも、それが起源(8世紀)なのか、ヨーロッパで生産されるようになった頃(15世紀)なのかで非常に判断し辛い。


Main Character:アドル=クリスティン

Location:バギュ=バデット

 

 

 

 道中、鎧と剣で武装した魔物と何度か戦闘になりながら、僕はバギュ=バデットと呼ばれるプレシェス山にある大地を抉り取ったような大穴の前まで来ていた。穴の底には森林が広がっているようだ。

 落ちたら戻ってこれないだろうなと思いながら、バギュ=バデットから目を離し、僕はここから神殿とは反対方向にある盗賊のアジトへ向かった。

 

 大穴に落ちてしまわないように気をつけながらダームの塔の方に進んでいると、大きな吊り橋とその終点に小屋のようなものがあるのが目に入る。ダームの塔の入口を塞ぐようにして建ててあるので、恐らくあれがアジトだろう。

 一つ深呼吸をして緊張を解し、僕は1つ目の目的を果たすために吊り橋を渡り始めた。

 

 

 

「おや、兄ちゃん、こんな所にいったい何の用だ?」

 

 吊り橋を渡り終えたところで、アジトの外に出ていた茶髪に髭を生やした男がこちらに気がついて声をかけてきた。

 

「実は銀の鈴をあなたたちが盗んだと聞いてここまで来たのですが」

 

「銀の鈴? それってあれか、麓の村の宝の銀の鈴か?」

 

「宝かどうかは知りませんが、大切なものだとは聞いています」

 

「それだったら見当違いもいいところだぜ。俺たちは金持ちからは盗むが、庶民には絶対に手は出さん」

 

 ふむ、いわゆる義賊のようなものだろうか。話を聞く限りでは彼らは彼らなりの理念に基づいて盗賊をやっているらしい。そこに誇りを持っているような感じで、そういった事で嘘を吐くのも嫌いそうなタイプの人間に見える。

 しかし、そうなると誰が犯人になってくるのか…。

 

「それにだ。銀製品に関しちゃ、俺たちのところからもいくつか盗まれちまってる。この辺りで盗賊って言ったら俺たちぐらいしかいないってのにだ。銀の鈴も多分そいつらの仕業なんだろうが、尻尾がこれっぽっちも掴めやしない。正直お手上げだよ」

 

 やれやれ、といった風に男は大袈裟に肩を竦めてみせた。

 本職の人間が分からないなら、外野の僕が考えても恐らく徒労に終わるだろう。なので、仕方ないが一先ず銀の鈴の話は頭の片隅に置いておくことにする。

 

「そうでしたか……。疑うような真似をしてすいませんでした」

 

「いや何、盗賊やってりゃそんなこともあるわな。別に気にしちゃいねぇよ」

 

 僕が頭を下げると、男はそう言って豪快に笑い飛ばした。

 

「しかし、盗賊のアジトに乗り込んできて直談判とは、なかなか肝っ玉が座ってんなぁ。俺はゴーバンってんだ。兄ちゃん、名前は?」

 

「アドルといいます」

 

「なるほど、いい名前じゃねぇか。銀の鈴の件は悪いが何にも分かんねぇが、別に困ったことがあったらまた来てみるといい。力になるぜ」

 

 それだけ言うと、ゴーバンさんはアジトの中へ戻っていった。どうやら気に入られたらしい。

 しかし、銀の鈴の件は村で得た情報も全部無駄になってしまい、完全に振り出しに戻ってしまった。考えるのは後にして、先にイースの本の回収をしてしまおう。

 

 

 

 来た道を引き返し、今度は神殿方面へと歩を進めた。入口付近は魔物が少し集まっていたので、軽く処理をしてから、今は神殿の入口の前まで来ている。

 

「ずいぶんと大きいですね……。ここを探すのは手間がかかりそうだ…」

 

 少し弱気になる気持ちを奮い立たせつつ、僕は異空間から鍵を取り出し、神殿の入口を開放した。

 中は当然人口の光もなく、今は外からの光で薄暗い程度だが、奥まで進んでしまえば何も見えなくなることが容易に想像できる。

 

 僕はクリスタルと松明を異空間から取り出し、鍵とクリスタルをウエストポーチにしまい込んで神殿へと足を踏み入れた。

 松明の光で神殿内を照らしてみると、外観からは想像出来ないくらい狭苦しい構造になっているように思える。

 入口から5メライほど進んだだけで壁に突き当たり、そこから横一直線に他の部屋に通じるような場所もなく、ただ壁が広がっている。あるのは均一の距離で置かれている十数体の女神像だけで、事前に聞いていた魔物の姿も全く見当たらなかった。

 

 何もしないわけには行かないので、とりあえず奥へ進んでいくと、壁際にある1体の女神像だけ違う色をしていることに気がついた。

 明らかに何かがあると踏んでその金色の女神像に触れてみると、突然ウエストポーチの中身が強く輝きを発し、次の瞬間には僕はその場から姿を消していた。

 

 




 言い忘れてましたが、1メライは1.2mで、1クリメライは1.2kmを指し示す単位です。


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F.神殿の守護者

 ロムン(ローマ)の繁栄ぶりから考えると、やっぱり8世紀説の方が正しいような気もしてきました。


Main Character:アドル=クリスティン

Location:サルモンの神殿

 

 

 

「転移したのでしょうか……?」

 

 一瞬の内に視界に映る景色が切り替わり、若干どころではない動揺が僕を襲った。これはいったいどういう技術なのだろうか。

 転移する直前にウエストポーチの中から光が溢れたことを思い出し、荷物の中からクリスタルを取り出して見てみると、力を発揮した際に発した光がまだ薄く残っているのが見て取れた。なるほど、ジェバさんが言っていたクリスタルで神殿の奥に進めるというのはこういう事か。

 気を取り直しつつ、僕は辺りを見回してみると、今度はちゃんと道があるのが確認できた。分かれ道もあるので隈無く探してみるとしよう。

 

 

 

 迷うこと数分、特に本らしきものは見当たらなかったが、怪しそうな扉を見つけ、僕は今その扉の目の前まで来ていた。

 重要な物をしまってそうな仰々しい雰囲気を感じるが、今の今まで結局魔物を確認出来ていないので、気を引き締めつつ僕は扉に触れた。

 鍵穴や取っ手のようなものも見当たらなかったのでどうしようかと思ったが、扉は赤い光を放つと初めからその場になかったかのように消滅してしまった。

 

 不思議に思いつつも、とりあえず先に進めそうなので部屋に足を踏み入れると、左右の壁際に竜の顔を象った置物があるのと、床に何かの紋章が刻まれているのが目に入った。儀式に使う部屋か何かだろうか。

 しかし、それ以上の物は見当たらなかったので、部屋の奥にある扉へ向かおうと足を更に1歩踏み出した瞬間、突如場の空気が重々しいものへと変貌した。

 

 部屋の中央、ちょうど紋章の真上で紫炎が湧き上がり、徐々に人の形を成していく。

 数秒もすると完全に顕現したようで、突然現れたそれは酷くボロボロのローブを着た幽鬼のような存在だった。隙間から見える朽ち果てた身体は既に人のそれとは判別できないぐらい変色していて、僕は直感的にこいつが魔物であると悟った。

 

 僕は反射的に抜剣し、油断なく構える。次の瞬間、ローブの魔物が腕を掲げたかと思うと、それと同時に左右の竜の置物が激しく炎を吹き出し始めた。慌ててその場から跳び退くと、僕が先程までいた場所に炎の塊が着弾する。石造りの床を容易く焦がしてしまうことから、かなりの火力を持っているようだと予想する。

 後ろの扉もいつの間にか閉じられていて、ここから出るにはヤツを倒す他なさそうである。

 

 色々と考えているうちに第2射が飛んでくる。今度は余裕を持って横方向に回避し、着弾と同時に魔物の方へ駆け出した。僕は走りながら剣を構え、

 

「せいっ────!!」

 

魔物が間合いに入った瞬間勢いよく剣を振り抜いた。

 声を発する器官が無いのか、腕を斬り飛ばされた魔物は声一つ上げることなくその場で身悶える。

 僕はこの隙にすかさず2撃目を叩き込んだ。真一文字に振るわれた剣はあっさりと魔物の身体を2つに裂き、別れた上半身と下半身はそれぞれ地面へと倒れ伏した。

 

 完全に動かなくなった魔物と石像を見やり、僕はふっと息を吐く。今回は今までの魔物とは一味違った。

 一応無傷で切り抜けられたが、もしあの炎をまともに食らっていたら危なかったと、遅ればせながら背中を冷や汗が伝う。

 

 緊張で乾いた喉を潤すために水を飲んでいると、ガコンッという大きな音とともに僕が入ってきた扉と部屋の奥にあった扉が同時に開いた。

 イースの本はこの奥だろうか。更なる探索のために、僕は暗闇を火で照らしながら扉の奥の階段を降りていった。

 

 

 

 階段を降りた先の扉を開けると、そこには予想に反して光に照らされた迷路のような複雑な空間が広がっていた。

 松明の火を消して異空間にしまい、代わりに僕は大きめの紙と画板を取り出した。こういうところは自分でマッピングしながら進むに限る。とりあえず簡易的なものでいいので、迷わないために周りに注意しながら描いていこう。

 

 

 

「ふぅ……魔物に気を配りながらだとなかなか探索も進みませんね……」

 

 僕は今しがた襲いかかってきた、首だけになってもなお動こうとする骨の魔物の頭蓋骨を踏み砕きながら愚痴をこぼした。サラサラと骨が灰になって消滅するのを確認してから僕は自分が作った地図を覗き込む。

 

(更に下の階に行く階段も見つけましたし、この階でやることは…………こっちの道を埋めればもう終わりでいいでしょう)

 

 指でまだ描けていない部分を軽く叩いてから、僕は来た道を引き返し始めた。出会った魔物は全部始末したので、戻る分には楽だと思う。

 

(しかし、これはいったい何なのでしょうか)

 

 僕はそう思いながら、道中で見つけた青白い仮面のようなものを手に取って眺めてみる。試しに被ってみたが、景色が灰色になるだけで、これといって役に立つような代物ではないように思えた。しかし、こんな所にわざわざあったのだし、心なしか不思議な力を感じるような気もするので一応持ってきたのだ。異空間があるので荷物が嵩張るような心配もない。

 

 そんなことを考えているうちに、未踏破地点まで戻ってきたので、マッピングを再開する。少し進んでいくと、牢屋のようなものが並ぶ通路に到達した。

 

(神殿に牢? 何というか、似つかわしくないような……)

 

 魔物が住み着いている時点で神聖さも何もあったものでは無いが、それでも神殿と牢獄というものが結びつかずに困惑する。

 それでも一応見てみることにし、牢屋の中を覗き込むと、暗がりの奥の方に何かがいるのが辛うじて分かった。目を凝らして更に注意深く見てみると、そこにいたのは倒れ伏した人間だった。




 何が足りてないのかなと考えて、アドルの心情というか、何かそういうのが足りてないなと気づいた9話目。


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G:囚われの少女

 メインヒロイン登場回です。


Main Character:アドル=クリスティン

Location:サルモンの神殿

 

 

 

「こんな所に人が!?」

 

 あまりに予想外すぎて思わず敵地のど真ん中で叫んでしまった。はっとして口を塞いで周りに警戒してみたが、もうこの階層の魔物は全部倒してしまったのか、こちらに向かってくる気配は感知できなかった。

 再び牢屋に向き直り、中の人を観察してみたが、遠目では生死の判断もできないので、思い切って中に入ってみることにする。

 

(鍵がかかってる……取りに行くのも手間ですし破壊しますか)

 

 剣の柄に手をかけ、姿勢を整えてから大きく1度深呼吸をする。頭の中から雑念を取り払い、ただひたすらに斬る対象のみに意識を集中させ、僕は一呼吸で渾身の力を込めて剣を振り抜いた。

 一瞬遅れてカランと切り裂かれた錠が地面に落ちる音が響き、僕は急いで鉄格子を開放する。老朽化が激しいのか、耳障りな金属音が鳴るが、僕はそれに構わず乱暴にそれを開け放った。

 急ぎ足で少女の元に駆けつけ、容態を確認するために軽く彼女の身体を抱き起こす。

 

(顔色は悪いですが……良かった、まだ息はあるようですね)

 

 長い間捕まっていたのか、身体も衣服もボロボロだ。青く長い髪もかなり傷んでしまっているように見える。

 息があることに一先ず安心したが、かといってゆっくりしていていいわけでもないので、僕は本の探索を一時中断し、少女の救出を優先させることにした。

 

「ん……姉……さん…………?」

 

 少女をどうやって運び出そうか思案していると、彼女は掠れた声でそう口にし、ゆっくりと瞼を開いた。髪色と同じ青色が僕の視線と交わる。

 

「大丈夫ですか?」

 

「あら……あなたは……?」

 

 少女の青い瞳に光が戻り、彼女は意識を覚醒させた。僕の存在に驚いているようにも見受けられる。牢屋に閉じ込められていたことを考えると当然と言えば当然であるが。

 

「あなたを助けに来ました。一先ずこれを」

 

「ありがとう…」

 

 水の入った皮袋を手渡し、それを受け取った少女はゆっくりと喉を潤し始めた。よほど喉が渇いていたのか、彼女は皮袋の中身の半分ほどを一気に飲み干すと、再び礼を言って皮袋を僕に返却した。

 

「色々聞きたいこともあるでしょうが、その前にここを出ましょう」

 

「分かりました。……あの、恥ずかしながら手を貸してもらえると……」

 

「ええ、無理はなさらないで下さい」

 

 そう言って、僕は少女の身体を横抱きで担ぎ上げた。流石にこんな状態の人を歩かせるような真似はしない。

 彼女の顔に赤みが差したが、多少の恥ずかしさは少しの間目を瞑っていただけるとありがたい。

 

 

 

Location:ゼピック村

 

 

 

 先に魔物を蹴散らしておいたおかげで、ゼピック村に戻るまでに戦闘になるようなことはなかった。

 神殿に囚われていたので、ジェバさんならこの少女のことも知っているかもしれないと考え至り、今はジェバさんの家にお邪魔している。結局知り合いではないそうだが、一先ずここで看病することになり、ようやく一息ついたところだ。

 

「まさか神殿に捕まってた人がいるとはね」

 

「僕も驚きました」

 

 解放されて緊張の糸が途切れたのか、すっかり眠ってしまった少女の安らかな寝顔を横目に見ながら、ジェバさんと僕はそう言葉にする。

 

「とりあえず、この子はうちで面倒見ることにするよ」

 

「そう言ってくださると助かります」

 

「何、1人増えるぐらい別に構いやしないよ」

 

 頭を下げる僕にジェバさんはそう言ってくれた。実際問題どうしようかと帰還中に悩んでいたので、流れですぐに決まったのは本当に助かった。

 

「アドル、今日はあんたも泊まっていきなさい。日も落ちたし、今日は疲れただろう」

 

「すいません、お世話になります」

 

 神殿を出た時はまだ昼と言える時間帯だったが、看病やら何やらしているうちにすっかり日が暮れてしまった。

 1つ大きな戦闘もあったし、疲れているのは事実だ。なので、ここは素直に従っておくことにする。

 その後は食事をご馳走になり、部屋の隅の方で毛布にくるまってぐっすり眠ることが出来た。

 

 

 

 翌朝、朝食の前ぐらいに少女が目を覚ました。なので、まずは朝食を食べてから現状の確認を行うことになった。

 

「ずっと前からあそこに閉じ込められていて……その前のことは……自分がフィーナという名前であること以外、何も思い出せないんです……」

 

「姉さん、と口にしていましたが、それは?」

 

 僕の言葉にフィーナさんはキョトンとした顔をする。まるで心当たりがないようだ。目覚めてすぐの夢と現の狭間で無意識に口にしたのかもしれない。

 

「姉さん……分かりません……でも、不思議としっくりくる感じがあるような気がします」

 

 姉さんという言葉を噛み締めるように口にするフィーナさん。記憶が無くても身体が覚えているのだろうか。

 

「あの、話が逸れて申し訳ないのですが、あなたの名前は?」

 

「これは失礼を。僕はアドル=クリスティンといいます」

 

「アドルさん……何故かは分かりませんが、あなたからはとても懐かしい気配を感じます。そんなあなたが私を助けてくれたのは運命だったのかもしれませんね」

 

 ニコリと微笑んでから改めてフィーナさんが頭を下げてくる。フィーナさんのような美人からそんなことを言われると、満更でもない気はしてくる。

 懐かしい気配というのも分からないし、フィーナさんと僕は面識は無かったはずだが、この際それは僕の中では考えることではなくなってしまった。

 

「とりあえず、無事で何よりでした」

 

「ふふふ」

 

 その後は特に得られる情報もなく、雑談することで時間が流れていった。ここまで人と話したのはガルマンに滞在していた時以来だ。

 楽しい時間が過ぎていくが、いつまでもこうしている訳にはいかない。まだやることが残っているので、話もそこそこに僕は再び神殿に行くことにした。

 

「あそこにはたくさんの魔物がいます。アドルさん、どうかお怪我のないように」

 

「はい、気をつけて行ってきます」

 

 フィーナさんとジェバさんに見送られながら僕は出発した。地下1階の探索は終えたので、着いたら早速地下2階に降りることにしよう。僕は頭を日常から冒険に切り替え、足早に神殿へと向かった。




 PSP版だとあることをするとフィーナさんの身長とスリーサイズを測れるんですよね。ちなみに私はフィーナさんと身長が全く一緒です。


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H.神殿攻略

 PCで遊べるイースが半額だから、これを機会にオリジンをがっつりやってみようかなと思う今日この頃。


Main Character:アドル=クリスティン

Location:バギュ=バデット

 

 

 

「そういえばジェバさん、これが何かご存知ないですか?」

 

「んん? 何だいこれは?」

 

「神殿で見つけた物なんですが」

 

「ふむ……私はこれが何か分からないが、ゴーバンに聞けば何か分かるかもしれないね」

 

「ゴーバンさんとお知り合いなんですか?」

 

「知り合いも何も、ゴーバンは私の息子だよ」

 

「えぇ!?」

 

 

 

 プレシェス山を登りながら、僕はフィーナさんが起きる前、ジェバさんに神殿から持ち帰った謎のマスクについて尋ねた時のことを思い返していた。急ぐ用事ではなさそうだが、登るついでにマスクのことを聞いていくのがいいかもしれないと思い、今は再び盗賊のアジトに向かっている途中だ。

 吊り橋がうっすらと見えてきたところなので、もうすぐ到着するだろう。

 

 

 

「これは……アレだな。隠された道を見つけ出す力があるっていうマスクだな。名前は確かマスクオブアイズって言ったか」

 

「マスクオブアイズ……」

 

 ゴーバンさんが口にした名前を復唱する。流石盗賊と言ったところか、道具に関する知識には舌を巻くものがあった。

 しかし、隠された道を見つけ出す力か……。そんな不思議な物を拾っていたとは。

 

「しっかし、魔物の巣窟に飛び込むたぁ、アドルも大胆なことをするもんだ」

 

「まあ、少し用事がありまして」

 

「はっはっは! あんなところに用事か!」

 

 ゴーバンさんが僕の肩を叩きながら上機嫌に絡んでくる。

 

「まあ、何にせよ油断だけはしなさんな。あそこには恐ろしい魔物もいると聞く」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 聞きたいことも聞けたので、僕はゴーバンさんに頭を下げてから盗賊のアジトを後にした。

 

 

 

Location:サルモンの神殿

 

 

 

 あれから真っ直ぐ神殿まで向かい、神殿の地下3階まで踏破した。魔物を斬り倒しながら全ての部屋も通路も探し回ったが、未だに本のほの字も見つけられない。

 女神像も全て手で触れて転移先も虱潰しで探したが、正直もうお手上げ状態だ。

そんなわけで、今は壁に背を預けて休憩している。

 

(地図に誤りがないことはちゃんと確かめましたが……そうなるといったい本は何処に……。まさか隠し部屋なんかがあったりするのでしょうか。………………隠し部屋?)

 

 ふと、ここに来る前にゴーバンさんに教えて貰ったマスクのことを思い出した。取り出してマスクオブアイズを付けてみると、前と同じように視界が灰色に変わる。

 しかし、今回は視界の色だけでなく、見えているものまで変わっていた。マスクをつける前まではあった目の前の壁が無いのである。

 

(なるほど、これが隠されたものを見つけ出す力……)

 

 実際に体験してみると何とも不思議なことか。マスクオブアイズの真価に驚きつつも、新たな探索範囲が現れたため、僕はその見えない通路の先へ歩き出した。

 

 

 

 あの見えない通路の先にあった女神像に触れて、今僕は神殿で一番最初に見つけた扉を更に大きくしたようなものの前に立っている。恐らくここの先にイースの本があるのだろう。

 

 意を決して扉に触れると、あの時と同じように扉が消滅した。扉の奥は広いホールのような構造で、入口の対角線上にまた奥へと続く扉があるのが確認できた。

 先の一件もあり、警戒しながらホールを進んでいると、扉の前まで来たあたりで足元が揺れているのに気がついた。何かが起きる気配を察知して、僕は警戒のレベルを更に上昇させる。

 その時、頭上から石や砂がパラパラと落ちてきて、それに合わせて視線を上に向けると、巨大な壁画が罅割れながら蠢いているのが目に入った。それを見て全身の毛が逆立つほどの悪寒を感じ取り後ろへ全力で跳んだ次の瞬間、それが壁画の中から勢いよく飛び出してきた。それは僕がさっきまでいた場所を易々と砕き、ギチギチと何かが擦り合わさるような音を鳴らしてゆっくりとこちらへ視線を向けてくる。

 巨大なムカデ、そう形容するのに相応しい魔物が僕の前に立ちはだかっている。目測で10メライほどの巨体は今までに味わったことのない威圧感を放っていた。

 

「一筋縄では……いかないようですね……!」

 

 神殿最後の決戦の幕は切って落とされた。



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I.人喰い無限足ニグティルガー

Main Character:アドル=クリスティン

Location:サルモンの神殿

 

 

 

 魔物が猛スピードで一直線に突進してくる。僕は焦らず右方向へ走り出してこれを避けると、魔物は風切り音を立てながら壁へと突っ込んでいった。

 ゴガンッと激しい勢いのまま激突した壁を破砕し、ぐねぐねと身体を動かして壁から抜けようとしている。

 

「せいっ​────!?」

 

 これを好機と捉え、僕は隙だらけの魔物の身体に渾身の力で剣を振り下ろしたが、剣は魔物を切り裂くことはなく、甲高い金属音を鳴らしながら剣を弾き返してきた。

 そこに自由になった魔物がぐるりと方向転換し、その禍々しい口で噛み付こうと襲いかかってくるが、横っ面に剣を叩きつけることで何とか軌道上から外れて逃れることが出来た。

 

(硬い上に素早いときますか。あの甲殻は流石に長剣(これ)では傷一つ付けられそうにない……ならば!)

 

 擦れ違った際に付けられた切り傷に一瞬顔を歪めるが、通り過ぎていく大ムカデの赤々とした甲殻に目をやり思考する。斬ることが出来ないなら​────叩き潰すだけである。

 

 異空間に長剣をしまい込み、無手の状態で魔物を見据える。猛然と迫ってくる魔物をギリギリまで引き付けたところで、僕はその場で回転し、その勢いのまま異空間から引き抜いた身の丈ほどもある大剣を横薙ぎに叩きつけた。先ほどよりも大きな金属音がホールに響き渡り、魔物は殴られた箇所の甲殻を大きく凹ませながら突進の勢いを横に流されて転倒した。無防備に柔らかそうな腹が晒される。

 

「今度こそ!」

 

 大剣をしまい込んで一気に距離を詰め、再び引き抜いた大剣を走る勢いを利用した振り下ろしの一撃で以て大ムカデの頭を叩き潰そうとするが、すんでのところで避けられてしまい、その一撃は頭ではなく魔物の腹に直撃した。

 外見の通り腹は柔らかいらしく、身体の半ば辺りから魔物の身体は切断され、大ムカデは緑色の体液を撒き散らしながら僕と距離をとる。

 

 流石は虫型の魔物といったところだろうか。身体の欠損程度ではそこまで動きのパフォーマンスは落ちないらしい。怒り狂ったようにより一層ギチギチと音を鳴らしながら再び僕を粉砕せんと突撃をかましてきた。

 また避けられると厄介なので、今度はタイミングを合わせて掬い上げるようにして虫頭に一撃を叩き込むと、切断されて軽くなった魔物の身体は面白いように弾かれて綺麗にひっくり返った。起き上がろうと足を必死に動かしているが、僕は大剣を置いて思い切り跳躍し、大ムカデの真上を位置取り、足元に引き戻した大剣を掴み取って、魔物の頭めがけて全質量を乗せた下突きをお見舞いした。

 ぶつりと音を立てて頭が落ち、やがて動かなくなった大ムカデは灰になって消えた。

 

 何もいなくなったホールのど真ん中で大きく息を吐きながら尻餅をつくようにして僕は座り込んだ。地面に深々と突き刺さった大剣が何となく愉快である。

 

(何とか軽傷で倒せましたが……これは後を考えると怖いですね……)

 

 先程の戦闘を思い返し、まだ他にもあんなのがいるのかと思うと、想定よりも油断ならない状態であると少々ゾッとする。しかし、止まるという選択肢がない以上ここで怖気づいてもいられない。後の強敵に思いを馳せ、気を引き締めながら僕は奥に進むべく立ち上がった。

 

 

 

「これは……」

 

 ホールの扉の中に入った後、僕は感嘆のあまり思わず声が漏れた。部屋のそこら中に銀製品が溢れ返っていたからだ。

 

(ということは、銀製品を盗んだのは魔物たち……?しかし、何故そのような……)

 

 明らかに魔物達にとって価値があるとは思えない銀製品の山々を目の前にし、新たに疑問が噴出する。盗むだけ盗まれて放置されている銀は魔物達にとってどういう役割を持つのだろうか。

 しかし、考えても分からないことは分からないので、疑問は頭の片隅で覚えておくことにして、一先ずこれらを村人やゴーバンさんたちに返すべく、いそいそと風呂敷にひとまとめにして異空間に収納し始めた。

 

 

 

 銀製品の山を片付けていると、その奥から更にもう1枚の扉が現れた。回収を終えてからそこを奥に進むと、中には大きな祭壇とそれに祀られた水色を基調とした豪奢な飾りが施してある本が目に入った。

 

(これがイースの本……)

 

 神秘的な雰囲気を放つ本を手に取り、パラパラと捲って読んでみるが、何が書いてあるかは全く分からなかった。所謂古代言語というやつだろうか。読めないのは仕方が無いので、これも傷つけないように異空間にしまい込み、やることを終えたので神殿を出ることにした。




 裏話ですが、ここのアドルさんは最初から基本3種(長剣、大剣、細剣)といくつかの武器の扱いを既に学んでいます。だいたいお父さん仕込みですが、細剣だけはある人に教わってから習得してます(イース全シリーズやってる人はこれまでの話から予測がつくと思いますが)。


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J.束の間の安らぎ

 謎の通行人Bさん、評価ありがとうございます!嬉しすぎて本日2話目を1時間で書き上げました。


Main Character:アドル=クリスティン

Location:ゼピック村

 

 

 

「ふふふ、似合ってますね」

 

「僕には過ぎた代物のような気がしますが」

 

「そんなことありませんよ」

 

 村の人とゴーバンさんたちに銀製品を返した後、感謝の証として銀製の盾を譲ってもらった僕は、ひと休みするためにジェバさんの家まで来ていた。

 今はフィーナさんが新しく盾を装備した僕の姿を見て、微笑んでくるが、何というか、市販の物から一気に格上げされたせいで物凄い身の丈の合わなさを感じているところである。

 

「今夜は村総出でアドルへの感謝を込めて祭りをするそうじゃ。お前さんはしっかり身体を休めておきなさい」

 

 さっきまでイースの本を読んでいたジェバさんがいつの間にかこちらの方へ来ていた。

 

「祭りですか?」

 

「みんなで騒いで食べるだけじゃがな」

 

 そういうことをするのは故郷の村以来だ。少し楽しみになってきた。

 

「しっかり楽しむためにまずはしっかり休んでくださいね。怪我もなさってるんですから」

 

 フィーナさんは目尻を下げながらそう言って、僕の腕に巻かれてある包帯を優しく撫でた。この包帯は大ムカデに切られた傷を村に帰ってきた時に気づかれてフィーナさんに巻かれたものだ。血相変えて医療箱を取りに行った時は何事かと思ったが、それだけ心配してくれていたということだろう。幸い毒を持っていたわけでもないので、大事には至ってない。

 

「ええ、疲労も溜まってますし少し横になります」

 

 そう言って昨夜寝ていた床まで行こうとして立ち上がるのと同時に、フィーナさんが僕の服の裾をきゅっとつまんで引き止めてくる。

 

「フィーナさん?」

 

「しっかり休んでくださいって言ったばかりじゃないですか」

 

 私怒ってます、という風な表情をして、フィーナさんは僕をベッドの方へ連れていったかと思うと、ベッドの上に座った彼女は僕の顔を満面の笑みで見上げながら自身の膝をポンポンと叩いた。…………美人の膝枕の誘惑には勝てなかった。

 

「時間になったら起こしますからね」

 

「お願いします……」

 

 柔らかいふとももに頭を預けると、フィーナさんが髪を梳くようにして頭を撫でてきた。心地よい感触と疲労のせいも相まって、僕の意識はすぐに闇に落ちた。

 

 

 

「アドルさん」

 

 身体を揺さぶられて、頭上から声が降ってくる。ゆっくりと上体を起こし、身体を解してから外を見てみると、もう既に日が暮れていた。

 

「おはようございます、フィーナさん」

 

「はい、おはようございます」

 

 寝ぼけ眼を擦りながらゆっくりと立ち上がりフラフラと外へ行こうとすると、フィーナに誘導されて水場まで連れていかれた。

 顔を洗って頭をスッキリさせて今度こそ向かおうとするが、主役がそれではカッコがつきませんよと言われ、寝癖を直されている。この身体になって感じたことがない母の温もりを感じたような気がした。

 

「これで完璧ですね!行きましょうかアドルさん」

 

「お手数かけて申し訳ありません」

 

「いえ、これぐらいさせてください」

 

 身嗜みを整えてようやく外に出ると、村人たちが大きな火を囲んで料理を食べたり作ったりしているのが目に見えた。もう既に始まっているようだ。

 フィーナさんと並んで火の方に向かうと、村人たちがこちらに気づいて声をかけながら手を振ってきた。手を振って応えると満足そうにして再び各々の作業に戻っていった。

 

「おお、アドル殿、此度は本当に助かりました」

 

「お力になれてよかったです」

 

 どうしようかと辺りに視線を向けていたら、僕に銀の鈴の回収を依頼してきた村長さんがニコニコしながらこちらにやって来た。銀製品を村に返した後、こっそり銀の鈴を返した時に物凄い勢いで感謝されたのは記憶に新しい。あれからすっかり元気になったようで、顔色も良く実に健康的だ。

 村長とは二、三言会話を交わしてから別れて、それからは殺到する村人たちに圧倒されていた。フィーナさんはジェバさんと共に離れたところに避難したので無事だ。

 やんややんやと感謝攻めと質問攻めにあい、へろへろになったところでようやく解放され一息つく。

 

 

 

 家の壁に背を預け腰を落としながら、今は村人たちが渡してきた料理を食べている。山で狩った魔獣の肉と村で採れた野菜を豪快に火にかけた簡単なものだが、素材が良いためかそれだけでも十分に美味しかった。ちなみに魔獣の肉は猪肉のような味がした。

 

 料理に舌鼓を打つのもそこそこに、村の大人たちはお酒を飲んでいた。明日は朝一番にミネアへ帰還するつもりだが、主役が飲まないのも空気的にアレなので、とりあえず1杯だけいただくことにした。口上を上げ、一気に飲み干して盃を掲げると、そこかしこから歓声が上がり、祭りの盛り上がりはピークを迎えた。

 

 

 

「少し風に当たりに行きませんか?」

 

「ええ、お供いたしましょう」

 

 度が強いお酒だったのか、前世以来のお酒に顔を赤くしていると、同じく顔を赤くしたフィーナさんがこちらにやって来た。

 フィーナさんの先導で湖の桟橋まで来ると、フィーナさんが僕の手を繋いできた。お酒と祭りの熱に浮かされているのだろうか。

 

「アドルさん、私、記憶が無くなってからずっと不安でした」

 

 手を握る強さが僅かに強くなる。

 

「でも、アドルさんに助けられてからはジェバさんや村の人たちにも良くしてもらって、今日もこんなに楽しく騒いで、そう考えると神殿で捕まってたのも悪くなかったのかもしれないなって」

 

 フィーナさんが赤らめた顔でニコリと微笑む。月明かりで照らされたそれはとても魅力的に思えた。

 

「アドルさんはこれからも危険な所に行くことになりますが、私はもっとこの幸せに浸っていたいんです。だから、怪我をしないのは無理かもしれませんが、どうか、どうか無事に帰ってきてください」

 

 ぎゅっと身体を寄せられて、瞳に不安の色を滲ませながらフィーナさんは僕の目を見つめてくる。

 

「我が儘なお願いなのは分かっています。それでも私はアドルさんにまたこうして寄り添いたい。こうしていると記憶が無い不安も全部吹き飛んでくれるから」

 

「フィーナさん……」

 

「懐かしい気配がするお方、アドルさん、私の願いを聞き届けてもらえますか?」

 

 顔と顔との距離がだんだんと縮まっていく。お互いの酒気を纏った吐息が混ざり合うような気がした。

 

「分かりました、僕はちゃんとフィーナさんの所に帰ってきます。厳しい戦いになるとは思いますが、絶対に戻ってきます」

 

「アドルさん……」

 

 それから、どちらからともなく影と影が重なり合う。村の外れで交わした約束を月だけが見ていた。




 イチャラブシーンとR-18シーンの描写に定評がある有翼人です。


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K.ミネアへの帰還

 個人的な意見なんですけど、アドルさんのヒロインはフィーナ様ってことは絶対に譲れないと思うんですよね。


Main Character:アドル=クリスティン

Location:城塞都市ミネア

 

 

 

 翌朝、出発直前にフィーナさんと鉢合わせ、お互いに顔を真っ赤に染めながら挨拶し合うという一幕があったが、それ以外は特に何事もなく、ゼピック村を出発することが出来た。双方酔っていたとはいえ、大胆なことをしてしまったなあと、ぼんやりと思考する。

 

「赤毛の剣士…もしや、あなたがアドルさんですか?」

 

 イースの本のことを報告しようとサラさんの家の前まで来たところで、何やら焦った様子の男に話しかけられた。頭に疑問符を浮かべながら応対したが、どうやらサラさんから手紙を預かっているらしい。

 本人の家の前で渡されるのも変な話だが、読んでみればそれも分かるか、と1人で納得して受け取った僕が宛名になっている手紙に目を通してみる。

 申し訳ありませんアドルさん。この手紙があなたの手に渡っているということは、ミネアに私の姿はないことになるでしょう。

 アドルさんにイースの本について依頼した後、私は自身が魔物の手によって殺される未来を見ました。あなたが手紙を読んでいる今、私の生死はともかくとして、少なくともこの騒動の間に私とアドルさんが会うことはありません。

 臆病な私を許してください。イースの本についてはミネアにいるレアという名の詩人に後を託しました。

 逃げ出した私が言えることではありませんが、健闘を祈ります。どうかご無事で。

 なるほど、命の危機に晒されているというのなら流石に責めることは出来ない。乗りかかった船であるし、任された仕事を放り出すわけにもいかないので、サラさんの無事を祈ってこちらはこちらでやれることをしよう。

 

「すいません、詩人のレアという方をご存知でしょうか?」

 

「へ? ああ、レアさんなら多分北の市壁の上にいると思うけど。最近は何だか元気が無いみたいで北の方ばかり眺めてるらしいよ」

 

 元気が無いのは気になるが、一先ずその詩人に会いにいかなければ進展もなさそうなので、僕は男に一礼してから北の市壁へ向かった。

 

 

 

 話の通り、北の市壁を登ると北の方を眺めるそれらしき人が目に入った。確かに遠目から見ても元気がないように見える。

 

「あなたがレアさんでしょうか?」

 

「あなた​​は────っ!?」

 

 赤茶色のローブを着た女性に声をかけると、フード越しで表情はよく見えないが、酷く驚かれたことは何となく分かった。

 そこまで驚くようなものはないと思うが、何となく居心地が悪く、自分の服装などに異変がないか確かめてしまう。

 

「あ、い、いえ、何でもないんです、ごめんなさい」

 

「それなら大丈夫ですが……とりあえず落ち着きましょう」

 

 未だに動揺した様子のレアさんを宥める。レアさんも数回深呼吸をしてようやく落ち着いたようだ。

 

「先程は失礼を。私は詩人のレアです」

 

「僕はアドルと​いい────フィーナさん?」

 

 フードを取って自己紹介をしてくるレアさんの顔を見て、今度は僕が驚くことになった。レアさんとフィーナさんがまるで双子の姉妹かのようにそっくりだったのだ。

 

(まさか、フィーナさんが口にしていた姉さんというのは……)

 

「フィーナを知っているの!?」

 

 そこまで考えたところで、レアさんが凄い勢いで肩に掴みかかって僕を揺さぶり始めた。

 

「レアさん、おち、落ち着いて……!!」

 

「え、あ、ご、ごめんなさい……」

 

 僕の言葉にハッとした顔をしてレアさんは肩を掴んでいた手を離した。淑女らしからぬ行動をしてしまったからか、少し顔を赤らめて俯いている。

 

「その様子だとレアさんはフィーナさんをご存知で?」

 

「…………妹なの」

 

 ポツリと絞り出すようにレアさんはそう口にする。

 

「随分前に魔物に攫われてしまって……多分もう生きて会うことは……」

 

「生きてますよ?」

 

「…………へ?」

 

「今はゼピック村のジェバさんという方の所でお世話になってます」

 

「…………ホントに?」

 

「ええ、元気にしてますよ」

 

「良かったぁ…………」

 

 心の底から安堵したという風に、レアさんは自身の胸に手をやりながら、その場で膝から崩れ落ちた。死んでいたと思っていた妹が生きていたのだ、無理もない。

 

「今は記憶を無くされていますが、あなたのことは少し覚えているみたいでしたよ。会いに行かれたら記憶が戻るきっかけになると思いますが」

 

「記憶が……いえ、今すぐ行きたいと言いたいところだけど、会うのはこの騒動が治まってからにしたいと思います」

 

「分かりました。ではそのように」

 

 今にも走り出しそうなのを我慢しているように見えるが、こう言うならあまりそっち方向に刺激するのもよろしくないだろう。僕はレアさんの手を引いて助け起こしながらそんなことを考えた。

 

「醜態ばかり見せて恥ずかしい限りですが、そろそろ本題に入りましょうか」

 

「はい、サラさんの手紙であなたに後を託したとありましたが」

 

「ええ、サラから確かにこれをあなたに渡すようにと預かっているわ」

 

 レアさんはそう言って、ローブの袖から神殿で見つけたのとは色が違う、赤色の本を取り出して僕に手渡してきた。…………ローブのどこにしまっていたのだろうか。

 

「サラはこれをサラの叔母に読んでもらうように、とも言っていたわね」

 

「そうですね、僕では読めない文字みたいですし」

 

 世界を渡り歩く紀行家見習いではあるが、流石に推定古代言語の習得まではカバーできていない。

 

「一応、これで伝えることは伝えたけど……」

 

「どうかしましたか?」

 

「良ければでいいんだけど、その、私の盗まれたハーモニカを取り返して欲しいの」

 

「それは構いませんが……どういった物を誰からでしょう?」

 

「盗まれたのは銀製のハーモニカで、犯人は多分盗賊だと思うのだけれど……」

 

 どこかで似たような話を聞いた気がする。具体的にはゼピック村で。

 

(また魔物の仕業でしょうか……? 神殿ではハーモニカは見なかったですし、そうなると廃坑に……?)

 

 どうやらミネアにも銀を強奪する魔物の手が伸びていたらしい。そういうことなら、サラさんがミネアから離れたのは正解だったのかもしれない。

 

「分かりました、本探しの片手間になるとは思いますが」

 

「ええ、それで大丈夫よ。お願いね」

 

 これで3冊目のイースの本を探す準備を終えたので、翌朝までに英気を養って行くことにしよう。

 

「ところでアドルさん、一緒に食事でもどうかしら?」

 

「構いませんが……フィーナさんの話ですか?」

 

「ええ、仲良くしてるみたいだし色々聞いてみようかなって」

 

 そう言いながら、レアさんは最初見た時とは打って変わって、見るからに上機嫌な様子で市壁を降りていった。……………英気は養えないかもしれない。

 




 少しシスコン気味のレア様。


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L.Beat of the Terror

 巻きで攻略される廃坑。

8/17 誤字報告ありがとうございます。修正致しました。


Main Character:アドル=クリスティン

Location:ラスティン廃坑

 

 

 

 レアさんの妹トークを何とか日が変わる前に切り上げさせて、へとへとになりながら宿で就寝した翌日、僕は予定通りラスティン鉱山の廃坑まで来ていた。

 割と最近まで使われていたと聞いていたので、比較的新しい地図が手に入るのを期待して、入り口の側にあったボロボロの小屋を探っていると、期待通り坑道内の地図を見つけることが出来た。

 

 必要な物を取り揃えて廃坑に入ってみると、一寸先は闇、中はまるで光を拒むかのような暗闇に包まれていた。当然このままでは探索どころの話ではないため、異空間から松明を取り出して明かりを灯すと、真っ赤な炎が廃坑を照らし出す。それでも先の方は見えないが、ないよりは断然マシである。

 入る前に見た地図によると、廃坑の第3層に坑道には似つかわしくない豪奢な造りの扉があるらしい。神殿にもあったあの扉と同じものだろうと当たりをつけ、一先ずはそこを目指すことにする。

 

 

 

 魔物が出現した場所だけあって、廃坑の魔物は草原街道や神殿にいたそれと比べるとなかなか手強い。多対一にならないように気をつけて魔物を斬り捨てながら、僕は廃坑を奥へ奥へと進んでいった。

 

 そのまま順調に歩を進め、僕は今例の扉の目の前まで来ていた。

 今回は最初から地図があったので、暗闇であったことを加味しても、ゴールが分かっていたのもあって、虱潰しで探索をした神殿の時よりかはかなり楽に探索できたと思う。

 

 恐らく、今回も大ムカデのような強力な魔物と戦うことになるので、しっかり息を整えてから、僕は意を決して扉に触れる。今までと同じように扉が消滅し、部屋の中から光が溢れてきた。どうやら神殿の地下のように自ら発光する素材で作られているようだ。

 松明をしまい部屋に入ると中には前方向に10メライ、横方向に30メライほどの空間が広がっているのが見て取れた。今回は特に怪しいものも見当たらないので、不意打ちにも対応できるように長剣を腰から抜いておき、四方に視線を巡らせる。

 ゆっくりした歩調で部屋の真ん中に来たあたりで、靴音だけが響いていた室内に何かの羽音が混じり始める。甲高い鳴き声も聞こえてきたかと思うと、何処からともなく赤黒い血のような色をした蝙蝠の群れが現れた。

 蝙蝠たちが僕の目の前に群がり、やがてそれは5メライほどの巨体を構成する。翼を持つ真っ赤な目をした赤黒い魔物がこちらを見据えてくる。

 

(こいつは長剣でも斬れそうですが……はてさて、どうなることやら……)

 

 威嚇するように剣を振り払い、こちらも負けじと睨み返す。そして、数瞬睨み合った後に僕らは同時に動き出した。



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M.召喚翼魔ヴァジュリオン

 原作でもかなり苦労させられたヴァジュリオン。蝙蝠にゴリゴリ削られるHPバー。


Main Character:アドル=クリスティン

Location:ラスティン廃坑

 

 魔物が大きく腕を振りかぶり、勢いよく振り下ろしてくる。地面を軽々と砕く攻撃をバックステップで避けるが、大ムカデ以上の膂力から放たれる一撃、あれを食らうのは不味そうだ。

 再び繰り出される振り下ろしを今度はサイドステップで避け、隙を見せた横っ腹に踏み込んで逆袈裟斬りを放つ。驚くほど易々と刃が入り、傷を負わせた​────かのように思えたが、斬られた箇所を起点にして魔物は全身を再び無数の蝙蝠に戻し飛散させた。

 攻撃するためとはいえ近づきすぎた。視界が全て蝙蝠で埋め尽くされてしまう。

 

(いけないっ​……!!)

 

 僕は咄嗟に長剣から手を離し、異空間から1.5メライほどの棒​────六尺棒を取り出し、勢いよく振り回し、回転させて群がる蝙蝠を打ち払う。何とか脱出出来たが、流石に無傷とはいかなかった。身体のあちこちを噛まれたせいで多少の失血感がある。

 

(斬るのがダメなのでしょうか? 打撃が通ればいいですが……)

 

 再び巨体を構成した魔物を睨みながら、六尺棒を握る手に力が入る。相手が血を奪ってくる以上長期戦になるのはよろしくない。試せることから試して出来るだけ早く決着をつける必要がありそうだ。

 

 今度はこちらから仕掛けるために強く地を踏んで魔物へ向かって駆け出した。迎撃するために横薙ぎに魔物の剛腕が振るわれるが、走る勢いのまま六尺棒を地面に突き立て、棒高跳びの要領でこれを大きく上へ回避し、相手の頭上に飛び上がり、空中で回転をかけて魔物の頭に渾身の一撃を叩き込んだ。鈍い打撃音と魔物の呻き声が室内に反響する。

 今度は確かな手応えを感じて、眩暈を起こして後ろへよろめく蝙蝠男に突きのラッシュを仕掛けると、堪らず身体を蝙蝠に戻してこれを避けようとしてきた。

 それを見てから先ほどと同じ轍を踏まないように素早くバックステップで囲まれる前にその場を離脱し、風切り音を鳴らしながら六尺棒を高速回転させて、噛みつこうと飛んでくる蝙蝠たちを弾き飛ばす。

 前方からの蝙蝠を対処していると背後から半分ほどの大きさで構成された魔物が襲いかかってきた。多分半分の蝙蝠を迂回させたのだろう。

 

「ぜあぁぁぁっ!!」

 

 攻撃が飛んでくる前に身を捻って遠心力を加えた一撃を胴体に叩き込み、それが決定打になったのか、そいつはその場に灰を残して消滅した。

 しかし、更に背後で魔物の巨体が構成された。今度は何故か半分の大きさではない。

 

(なっ……! 上半身だけを!!?)

 

 六尺棒を全力で振り抜いた姿勢、つまり隙を晒した状態の僕ではこの一撃を避けることはできない。横薙ぎに振るわれる腕を見て、僕は何とか銀の盾を身体と魔物の剛腕の間に挟み込み、直撃を逃れることしかできなかった。

 

「ぐっ……!!」

 

 小石を弾くかのような勢いで魔物に吹き飛ばされ、受け身をとることも出来ずに地面に落下し、そのままゴロゴロと地面を転がされた。幸い骨は折れていないが、身体の芯にダメージが残っている。傷口からも血が噴き出し、かなり深刻だ。

 六尺棒を杖にして何とか立ち上がり、気持ちを奮い立たせて棒をしっかりと構える。魔物の方も消耗して人型を維持出来ないのか、ボロボロと崩れるように蝙蝠の群れへと戻っていく。数も最初と比べると随分と減らしたようだ。

 

(これが最後の打ち合いになればいいですが……)

 

 そんな思考が伝わったのか、手負いの蝙蝠たちは一斉に僕へと襲いかかってきた。

僕もこれに応戦し、六尺棒を回転させて蝙蝠を打ち払っていく。

 噛まれた側から振り払い、確実に1匹1匹灰に変えていって、最後の方は雄叫びを上げ、残った力を振り絞りながら六尺棒を振り回した。

 

 

 

 全ての蝙蝠を灰にした時、僕の身体は全身血塗れだった。終わったことに気がついて、血を吐くように大きく息を吐き、その場に膝から崩れ落ちる。

 震える腕でヒールポーションを取り出して頭から被り、何とか傷だけは塞ぐが、失った血はすぐには戻りそうにない。きっと今の僕の顔は色を失っていることだろう。血を失ったせいで酸素が回らずに頭がボーッとする。

 思考が危うい状態で、僕の身体はイースの本を求めて無意識に立ち上がり、六尺棒を杖にして移動を始めていた。

 

 入口とは違う方の扉があった場所を通り過ぎると、中には神殿の時と同じように銀製品の山が築かれていた。しかし、何かに呼ばれるように僕はそれを素通りし、奥へと歩を進める。

 更にもう1つ扉を潜ると、その部屋には神殿とは違って祭壇もイースの本も見当たらず、代わりに翼の生えた2柱の女神の像が鎮座していた。神殿で見た像とは違った意匠をしている。

 導かれるようにして女神像の前まで辿り着き、そこでとうとう体力の限界を迎えて、僕は前方に倒れ伏した。

 

《傷つき倒れし私たちの同胞よ》

 

 頭に直接声が響いてくる。何となく目の前の女神像が語りかけているのだと理解した。

 

《ダームが解き放たれてしまった以上、もはや私たちの役目が果たされることはありません。故に、私たちに残された力をあなたに託します。これでどうか​──────》

 

 女神像がそう言った次の瞬間、僕の身体を温かい光が包み込んだ。懐かしいような感じが心地よく、その気持ちよさに身を委ねて僕の意識はそのまま闇に落ちた。




 ボス戦では活躍しにくい基本装備(長剣)くん。


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N.お食事会

 六尺棒は便宜上そう呼んでいるだけで、実際はただの六尺ほどの長さ(1.5メライ、1.8m)の棒です。私自身が棒術をやっているわけではないので、正確には分かっていませんが、その表記でもあまり問題はないかなと判断した次第です。
 あと、ちゃんと確認したはずなのに何故か前話のラスト部分の文章が無くなってたので修正しておきました。


Main Character:アドル=クリスティン

Location:ラスティン廃坑

 

 

 

 温かい夢から目覚め、身体を起こす。何かとても大切なことを聞いたような気もしたが、残念ながら朦朧とした意識の中での記憶は朧気にしか残っていなかった。

 その場で立ち上がってみると、眠る前までの身体の重さが嘘のように消えていて、まるで健康体そのものだ。首を傾げつつも、まあ悪いことではないのでとりあえず良しとした。

 視線をぐるりと回してみると、眠りに就く前にはあったはずの女神像は跡形もなく消えていて、その代わりに足元に深い青色のイースの本と、拳大の真っ赤なゴツゴツとした物が落ちていた。更に頭に疑問符が飛び交うが、やはり考えても分かることではなかったので、疑問は地中の彼方に置いていくことにする。

 一先ずはやれることをやろうと部屋を1つ戻り、恒例の銀製品の回収を始めた。煤で汚れた銀を綺麗にしながら次々に異空間に放り込んでいく。銀製品の山からハーモニカも発掘された。レアさんが言っていた銀のハーモニカもやはりここにあったようだ。

 

 

 

Location:城塞都市ミネア

 

 

 

 蝙蝠男を倒した影響か、廃坑から魔物の姿が消えており、帰りはとても楽に帰ることが出来た。

 外に出ると時間はちょうどお昼頃で、自分がほぼ1日眠っていたことを今更ながら理解する。レアさんには日が変わる前には戻ってくると伝えていたので、心配かけているかもしれない。

 

「あ、アドルさん戻って……」

 

 ミネアの北門を潜ったところで、レアさんと鉢合わせた。何故か僕を見て固まっているが、わざわざ門で待ってくれていたみたいだ。

 

「はい、ただいま戻り……どうしました?」

 

「………」

 

「レアさん?」

 

「キャ​ァァァァァァ!!!」

 

 フリーズ状態から復帰したレアさんから悲鳴が上がる。何事かと周りの人も集まってきた。

 その後、焦った様子のレアさんがその場で僕のボディチェックを始め、終いにはその場でボロボロの衣服を素手で引き裂かれて血の跡が残る身体を隈無く触診されることになった。そういえば衣服も身体も血濡れのまま放置していたことを今更ながら思い出した。というか、レアさん力強すぎません?

 

 

 

「もう! びっくりしたじゃない!」

 

「あはは……申し訳ないです……」

 

 あの後、結局無問題であることが判明し、先の騒動は幕を下ろすことになる。ちょうど人が集まっていたので、廃坑の魔物を排除してきたことの報告と、取り返してきた銀製品の返却を行なった。ミネア市民や炭坑夫たちから感謝され、ボロボロになった服の替えをもらったり、鍛冶屋の主人から取り返してきた銀製のブレストアーマーを譲り受けたりして、今はレアさんと酒場に食事に来ていた。

 

「でも、ホントに大丈夫なの?」

 

「ええ、健康体そのものですよ」

 

 腕を広げて無傷であることをアピールする。

 

「あ、そういえばハーモニカも見つかりましたよ」

 

「あら、ありがとう」

 

 広げていた腕をウエストポーチの中に入れ、ハーモニカを取り出してレアさんに渡すと、彼女はそれを大事そうに胸に抱いた。

 

「じゃあ、お礼に1曲」

 

 そう言うと、レアさんは酒場のステージに上がっていき、ハーモニカを吹き始めた。ハーモニカの独特な音色が酒場を支配する。先程までお祭り騒ぎだった酒場がシンと静まり返り、その場にいる全員がレアさんの演奏に聴き惚れていた。

 しばらくして演奏が終わると、酒場が爆発したかのような拍手が響き渡る。

 

「どうだった?」

 

「思わず聴き入ってしまうぐらいには素晴らしかったです」

 

「ふふ、ありがとう」

 

 僕は聴衆の声に手を振りながら戻ってきたレアさんに素直に思ったことを口にした。僕の貧相な感性では上手く表現出来ないが、村を出て各地を渡り歩いてきた中で会った誰よりも素晴らしい演奏だったことは確かだ。

 

 

 

「そういえばレアさん、これが何かご存知ないですか?」

 

 腹具合もほどほどになってきたところで、僕は廃坑の奥でイースの本と一緒に置かれていた謎の物体をレアさんに見せてみることにした。エステリア独自の物なら何か知っているかもしれない。

 

「これはロダの種ね。果実の方はこれでもかってぐらい美味しいんだけど、こっちはこっちで美味しいわよ」

 

「ロダっていうと、あの?」

 

「ええ、あそこまで成長するには何百年とかかるけど、あの樹の種であることは間違いないわ」

 

 そんな物が何故あんな所にあったのかという気持ちはあったが、食べると美味しいと聞いて少し興味が出てきた。割って中身を食べるのだろうか。

 

「食べると不思議な力が身につくって話もあるぐらいだし、食べてみたら?」

 

「不思議な力?」

 

「植物の声が聴けるようになるって噂があるのよ」

 

「……割って食べればいいんでしょうか?」

 

「ええ、中身を食べちゃって」

 

 レアさんの言う通りに種の殻を割って中身を出してみると、中から真っ赤で光沢があるものが出てきた。それを口に放り込むと、噛んだ瞬間口の中で濃厚な甘い香りが弾けた。

瑞々しい果汁のようなものも溢れ出してきて、種なのにまるで果肉のようだ。

 

「どう? 美味しいでしょ?」

 

「はい、美味しいです。果物みたいですねこれ」

 

 目が覚めるような美味しさに少々動揺しつつも、僕はレアさんにそう返した。これは病みつきになってしまいそうである。

 

 

 

 それから雑談しながら残った料理を食べ、酒場に人が溢れるぐらい集まり始めたぐらいの時に僕らは外に出た。もう日が落ちて辺りはもうすっかり暗くなっていた。

 

「そうだ、アドルさん」

 

 お別れしようとしたところで、レアさんが思い出したかのように声をかけてくる。

 

「どうしました?」

 

「明日、ロダの樹の下に行ってみて」

 

「ロダの樹にですか?」

 

「きっと、あなたを導いてくれるはずよ」

 

 それじゃあね、と言葉を残して、レアさんは雑踏の中に消えていった。ロダの樹の声を聞いてこいということだろうか。

 最後の最後に謎が残ったが、行ってみれば分かるか、と思い直して、僕は明日に向けてしっかり休むために宿屋へ向かった。




 イースメモリアルブックが届きました。


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O.ロダの樹

 不定期更新らしからぬ更新速度。


Main Character:アドル=クリスティン

Location:草原街道

 

 

 

 翌朝、レアさんの言う通りに僕はロダの樹のところまで来ていた。下から見上げると首が痛くなってくるなと思っていると、風が吹いてもいないのにロダの樹の葉がさざめいた。

 

《ふむ? どうやらお前は植物が理解できるみたいだね》

 

 さざめきに混じって何かの声が聞こえてくる。

 

《私の名前はロダ。お前の名前は?》

 

「僕はアドルといいます」

 

 どこに耳の働きをする器官があるのか分からないので、普段よりも少し大きな声でロダの樹に返事をした。

 

《アドル、お前はここから南にいる私の弟の元に行くといい。そこに君の力になる物が埋まっている》

 

「それは何なのでしょうか?」

 

《はるか昔、イースの時代に生み出された物だよ》

 

 イースの本か、あるいはそれに準ずる物だろうか。まあ行けば分かるだろうし、一先ずはロダの樹(兄)の言う通りにロダの樹(弟)のところへ行くとしよう。

 

 

 

 指示通りに南下し、僕はもう1本のロダの樹の前までたどり着いた。木の根元に立つと、兄の樹の時と同じように弟の樹の葉もさざめき始める。

 

《兄者から話は聞いている。勇者よ、少し私の話に付き合ってくれるか?》

 

 ロダの樹からの問いかけに、僕は大きく首肯して応えた。

 

《勇者よ、今エステリアにイースの時代が甦ろうとしている。イースの災いがエステリアの地に降り立ち、その大いなる魔の力はやがてエステリアだけでなく世界中を絶望に叩き落とすだろう。故にだ、勇者よ、これを持っていけ》

 

 ロダの樹がそう言うと、それと同時に彼の根元から眩い銀色の光が溢れ出した。あまりの眩しさに手で顔を隠す。徐々に光が収まり、光の中身がその姿を現した。光を放っていたのは銀の剣だった。

 剣先が少し反り返った片刃の片手剣を手に取り、素振りをして具合を確かめるが、妙に手に馴染むような気がした。

 

《世界を襲う悲劇を救えるのはお前だけだ。残りのイースの本はダームの塔に隠されている。往け勇者よ、今こそ旅立ちの時である!》

 

 その言葉と共に一際大きく葉を揺らし、それっきり、ロダの樹が語りかけてくることは無かった。

 6冊全て集めたらどうなるのかは分からないが、時間もあまり残されていない以上、早いところダームの塔に行ったほうがよさそうだ。

 塔ではこれまでにないぐらいの激闘を繰り広げることになるだろう。しかし、死ぬわけにはいかない。世界のことやまだ見ぬ冒険、そしてフィーナさんとの約束のこともある。僕はより一層気を引き締めて、天高くそびえ立つダームの塔を見やって、ロダの樹の下を離れた。

 




 シルバー装備が揃いました。


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P.イースの災いとエステリアの異変

 僕は可愛いフィーナ様を書きたいんですよね。


Main Character:アドル=クリスティン

Location:ゼピック村

 

 

 

 銀の剣が納まる鞘が手持ちにはなかったので、後で作ってもらおうと思いながらゼピック村に向かうことにする。日が暮れる前には辿り着けたので、失礼な時間になる前に僕はイースの本のことを聞くためにジェバさんの家を訪れた。

 

「アドルさん!」

 

「おっと、フィーナさん」

 

「大事はありませんでしたか?」

 

「ええ、この通り」

 

 家の中に入るとフィーナさんが勢いよく胸に飛び込んできた。軽い衝撃を受け止めて僕はそれに応対する。本当はかなり大怪我を負ったが、今は無傷なので言わなければバレないだろう。

 

「…………本当はどうなんです?」

 

「………………怪我しました」

 

 しかし、フィーナさんの下から見上げてくるジト目にあえなく敗北し、正直に白状する。

 僕の背中に回された腕の力が強くなった。いつの間にこんなに積極的になったのだろうか。

 

「……大丈夫なんですよね?」

 

「ええ、産まれてこの方、約束を破ったことはありません。ちゃんと帰ってきますから」

 

 そう言って、安心させるために彼女の綺麗な水色の髪を優しく撫でた。フィーナさんは気持ちよさそうに目を細めている。

 

「あー、んんっ!」

 

 桃色の空気に耐えかねたのか、ジェバさんが咳払いをしてその場に広がっていた甘い雰囲気は跡形もなく霧散する。

 見られていたことにようやく気がついたのか、フィーナさんがぼふっと顔を真っ赤にして慌てて寝室の方へ姿を消した。

 

「まったく、そういうのは人の目が無いところでやって欲しいんじゃがな」

 

「あはは……申し訳ないです」

 

 大きくため息を吐きながらジェバさんがこちらの方へ歩いてくる。確かに、人様の家でやることではなかった。

 

「そういえばジェバさん、サラさんが姿を晦ませたのはご存じですか?」

 

「ああ、手紙を寄越してきたよ。代わりにイースの本を解読してやってほしいと書いてあった」

 

 見せてみな、と本を催促されたので、荷物の中から3冊のイースの本を取り出してジェバさんに手渡した。

 

 

 

「要約して話すが、いいかい?」

 

 しばらく時間がかかりそうだったので、武器の整備をしながら、戻ってきたフィーナさんと話していると、ジェバさんがそう声をかけてきた。あの分厚い本3冊分全てを話してもらうのも大変なので、僕はそれに首肯で返答した。

 ちなみにフィーナさんにはレアさんの話をして、最初は驚いていたが、この騒動が終わったら会いに行くと言っていたことを話すと、とても楽しみそうな反応を見せてくれた。

 

「では、まずはハダルの章に書かれていた内容からじゃな」

 

 ジェバさんは最初に手に入れた水色の本を手に取った。

 

 昔、イースはクレリアという金属を生み出した。

 サルモンの神殿はその繁栄ぶりを示していた。

 しかし、突然災いが訪れた。

 この国は僅かな領土しかない島国でありながら、クレリアの力のおかげで栄華を誇った。

 だが、繁栄の陰に魔は育ち、人間の驕りの中に悪は生まれた。

 埋め尽くすほど国中に咲き乱れていた芳しきセルセタも、大地とともに焼き払われた。

 この大地には花一輪の希望もないということか。

 

(繁栄していた国が突然崩壊したということでしょうか。これがロダの樹が言っていたイースの災い……? これがエステリアに甦るという言葉の意味は……?)

 

 災いが訪れた、というフレーズに、僕はロダの樹が言っていたことを思い出した。

 

「次はこっち、トバの章の分だよ」

 

 思考をジェバさんの言葉に打ち切られたので、サラさんにもらった赤い本の話に集中する。

 

 イースは2人の女神と6人の神官によって治められた。

 女神は我々の生き甲斐であり、このイースの象徴でもあった。

 1人は秩序、1人は自由。

 もし、その2つのどちらかでも失えば、いかに我々神官が国のために働こうとも、民たちを繁栄に導くことは出来なかっただろう。

 最も強い力は力無き力であり、我々は2人の女神からそれが愛だと知らされた。

 

(2人の女神……廃坑で見たあの女神像と関係しているのでしょうか)

 

 温かい光で死の淵から蘇らせてくれた消えた女神像のことを思い出したが、それ以上のことはこの本に引っかかるものはなかった。

 

「最後はダビーの章じゃな」

 

 最後に、ジェバさんが廃坑で手に入れた深蒼の本を手に取る。

 

 イースを襲った災いについて話そう。

 あいつは突然現れて町を襲った。

 地下より噴き出した溶岩は野原を焼き尽くし、我々はその中で逃げ惑った。

 何がいけなかったのだ。

 恵み多き国の光は突然閉ざされ、天地の異変が相次いだ。

 国中に魔物の気配がする。

 どうやら、クレリアに原因の一端があるらしい。

 我々は光届かぬ地中にそれを封じる。あれに手を出した時、この世に災いが舞い戻るだろう。

 

(突然現れた魔物……天地の異変……エステリアも金属()の輸出が盛んになってからおかしな事が起き始めたと男爵は仰ってましたね……。もしや、イースの災いは完全ではなくとも、既にエステリアの地に甦っている……?)

 

 廃坑の奥から突如として現れた魔物。銀による繁栄が期待された直後に発生した嵐の結界。僕は今までに聞いてきた話から、何となくエステリアの異変とイースの災いに似通った部分があることに気がついた。

 長考した末、僕は整備していてテーブルに出したままだった、件の銀製品である銀の剣にふと目を遣る。

 その瞬間、頭の中でパズルのピースがカチリとハマった気がした。思わず銀の剣を手にして立ち上がり、座っていた椅子が後ろに倒れた。

 

(ロダの樹は銀の剣(これ)をイースの時代に生み出された物だと言っていました。そして、魔物が現れた場所は廃坑で、そこは銀が掘り出された場所で……)

 

 穴空きだらけだったパズルが次々に埋まっていく。

 

(魔物が銀を集めていたのは、これがただの上質な銀ではなくクレリアだったからで、つまり、エステリアの異変は地中深く(廃坑)に埋められていたクレリア()が人の手によって地上(エステリア)に掘り出されたから起きてしまった……?)

 

 その発想に至り、僕の背筋が凍りつく。エステリアには既に災いが舞い戻っていて、恐らくもうすぐエステリアはイースのように滅びてしまうだろう。

 

「ア、アドルさん……?」

 

 フィーナさんの不安そうな声でハッと我に返った。しかし、心臓の鼓動は僕の焦燥を表すかのように激しさを衰えさせることは無かった。

 

「アドル、顔色がちょっと酷いよ。いったいどうしたっていうんだい」

 

「い、いえ……何でもないです……」

 

 僕はかろうじてそう口にし、椅子を倒してしまったことも忘れて座ろうとして、慌ててフィーナさんに抱き止められた。

 

「ジェバさん」

 

「うむ、フィーナ、アドルをベッドに連れて行っておやり」

 

 動揺して半ば放心状態の僕はフィーナさんに連れられて寝室へと移動する。

 

 

 

「アドルさん……いったい何に気がついたのですか?」

 

 フィーナさんがそう尋ねてくるが、正直に話してしまっていいものか悩む。話しても不安にさせてしまうだけではないだろうか。

 ぐるぐるとそういった思考を繰り返していると、フィーナさんが優しく僕の手を両手で包み込み、真っ直ぐに僕の目を青で射抜いた。

 

「私では、アドルさんの力にはなれませんか?」

 

「それ、は……」

 

「私はアドルさんに沢山笑顔にしてもらいました。今日だって姉さんのことを探し出してくれて本当に嬉しかったです。話すだけでも楽になることだってあります。貰ってばかりじゃなくて、私もアドルさんの力になりたいんです」

 

 心の底から誠実なフィーナさんの言葉に、僕の早鐘は徐々に収まってくる。それから、僕は僕が思い至ったことをフィーナさんにゆっくり話し始めた。

 その間、フィーナさんは僕の手を握りながら、黙って話を聞いてくれて、話し終わる頃には僕の心の重りはすっかり無くなっていた。

 

 

 

「ダームの塔に行かないと……」

 

「ダームの塔にですか?」

 

「ロダの樹が言っていたんです。悲劇を救えるのは僕だけで、この異変に関係があるイースの本はダームの塔にあると」

 

 焦りと動揺が頭から無くなり、僕は僕のやるべき事を思い出した。急がないといけないことに変わりはないが、不思議と焦燥感はない。

 

「先ほどはお見苦しいところをお見せしました」

 

「いえ、す、すす、好きな人を支えるのも女の甲斐性ですから、ええ」

 

 先ほどの醜態を詫びると、顔を真っ赤に染めながらフィーナさんがここぞとばかりに攻めてくる。弱みを見せたからだろうか。

 

「フィーナさん、ありがとうございました」

 

「あわわわわわわわ……!!!」

 

 意趣返し…は少し違う。お返しに僕はフィーナさんを抱擁すると、フィーナさんは湯気を噴き出す勢いで顔を更に赤くし、首筋まで真っ赤に染まっていた。

 

「その様子ならもう大丈夫みたいじゃな」

 

「はい、ご心配かけました」

 

 寝室の入口から話しかけてくるジェバさんに、フィーナさんを抱いたまま応対する。とうとうフィーナさんから本当に湯気が出てきた。

 

「ダームの塔に行くなら、今日は泊まって、明日朝一でゴーバンの所に行きなさい。話は通しておくからの」

 

「分かりました」

 

 それだけ言うと、ジェバさんはまた居間の方へ戻って行った。

 

 フィーナさんを解放すると、すっかり火照ってしまった様子であった。今日のお礼を言って床に寝に行こうとすると、フィーナさんが勢いよく僕の手を掴んできた。

 

……一緒に…………

 

「フィーナさん?」

 

「責任取って一緒に寝てもらいますからね!!!!」

 

 耳まで真っ赤にした顔でフィーナさんが、村中に響くかと錯覚するぐらい大きな声でとんでもないことを言い出した。どうやらやりすぎてしまったようだ。

 ジェバさんのため息が再び吐かれたような気がした。

 




 レポート締め切りが1週間後だと思っていたら実は明日だったって感じです。


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Q.フィーナの告白

 親しくなった相手にはだいぶ気安いアドルくん。あとフィーナさん視点の話もちょっと書いてみたいなって。


Main Character:アドル=クリスティン

Location:ゼピック村

 

 

 

 結局あの後、フィーナさんの細身の腕から発揮されたとは思えないほどの力から逃れることが出来ず、大人しく同衾することになった。緊張して眠れないかと思ったが、フィーナさんの温もりを意識しているうちに意外とすんなり眠りにつくことが出来た。ちなみにフィーナさんはとてもいい匂いがした。

 疲れもしっかりとれたので、今はフィーナさんを起こさないようにこっそりベッドから抜け出して、外で軽く身体を動かしている。

 

「アドル、朝餉の時間だよ」

 

「はい、すぐ行きます」

 

 早起きしてきた村の人たちに声をかけられながら、しばらく銀の剣で素振りをしていると、ジェバさんが家から出てきてそう言ってきた。

 汚れを落としてから家に戻ると、既に2人とも椅子に座っていたので、僕もすぐに席に着いて朝食を食べ始めた。

 

 

 

「アドルさん、少しいいですか?」

 

 朝食を終えて、早速プレシェス山に入ろうとしたところでフィーナさんが声をかけてきた。

 

「構いませんよ」

 

 振り返ってフィーナさんの方を見ると、昨日の一件のせいか彼女の顔は朱がかかっているみたいだ。僕はフィーナさんに連れられて、登山口から逸れた林へ移動した。

 

 

 

 ある程度のところまで進むと、フィーナさんがこちらへ向き直ってきた。顔の赤みはまだ少し残っているが、何か決意を秘めたような表情をしている。

 フィーナさんは胸の前で両手を祈るように組んで、1つ深呼吸をする。そしてその青い瞳から迷いの色が消えた。

 

「アドルさん、あなたがダームの塔に行ってしまう前にどうしても伝えておきたいことがあるんです」

 

 1歩、僕とフィーナさんの距離が縮まる。

 

「こんな時に言うことじゃないかもしれませんが、今日ここで言わないと後悔する気がして」

 

 更に1歩距離が縮まって、触れ合う寸前まで近づいた。

 

「アドルさん、私、フィーナはあなたのことを愛しています」

 

 分かってたと思いますけどね、と少し恥ずかしそうにフィーナさんが笑った。確かに、あそこまで言動で示されて気づかないほど鈍感ではない。

 

「本当にこんな大事な時にごめんなさい。でも、この気持ちに気づいてからは止まれなくて……」

 

「フィーナさん……」

 

「ご返事は!ご返事は全てが終わってからでいいんです。私、待ってますから、どうか……」

 

 僕の声を遮って一瞬不安そうな顔をしてから、それを消してフィーナさんは僕にそう言って笑いかけてきた。

 

「帰る場所も、帰りを待ってくれてる人もいるんです。前の約束もありますし、絶対、絶対に帰ってきます。返事、待っていてください」

 

「…………はい!」

 

 花が咲いたような笑顔をフィーナさんが向けてくる。恐らく、何と答えるつもりかはバレてしまっているだろう。だが、こういうのはしっかり自分の口で伝えるのが大事なのだ。

 

「では、行ってきますねフィーナさん」

 

「はい、行ってらっしゃいアドルさん」

 

 帰らなければならない理由が増え、更に決意を固くして僕はフィーナさんに見送られてダームの塔へ出発した。




 女神様たちがにやにやしながら見てそうだなと思いながら書いてました。


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R.Tower of The Shadow of Death

 愉快なオブジェさん、評価ありがとうございます!


Main Character:アドル=クリスティン

Location:盗賊のアジト

 

 

 

 プレシェス山を進むのも慣れたもので、短期間に何度も登り下りしたおかげで随分スムーズにバギュ=バデットまで辿り着いた。

 その後は真っ直ぐ盗賊のアジトへ向かうと、ゴーバンさんが入口まで出迎えに来ていた。

 

「ようアドル、お袋から聞いてるぜ」

 

 こちらに気づいたゴーバンさんがそう言いながらこちらへ近づいてくる。

 

「はい、今日はお願いします」

 

「まあ、俺は入口を開くだけで仕事は終わりなんだがな」

 

 僕が頭を下げると、ゴーバンさんはそう言って笑った。

 

 

 

 アジトの中を素通りし、大きな岩で塞がれた塔の入口の前まで辿り着いた。これで塔の魔物が地上に出てこないようにしているらしい。

 

「アドル、俺たちは塔から魔物が出てこないように、お前さんが侵入してすぐに入口を閉じなきゃいけねぇ。中へ入ったら最後、お前さんはその入口からこちらへ戻ってくることは出来ないが、準備はいいか?」

 

「問題ありません」

 

 ゴーバンさんの最終確認に迷わず肯定する。その姿を見てゴーバンさんはニヤリと笑い、僕の背中を叩いて送り出してくれた。

 

 

 

Location:ダームの塔

 

 

 

 ダームの塔は青い石のようなものを主として設計されているようで、外部から見る分にはどうともないが、内部に入るとそれが何だか不気味な雰囲気を漂わせていた。壁の高い所で火が焚かれているので、明るくて視界は十分に確保できそうだ。

 

 

 

「オォォォォォ!!」

 

 少し内装を眺めている間に気づかれたのか、ガッシャガッシャと鎧を鳴らして魔物が正面から走ってくる。流石に魔物の本拠地だけあって魔物の数が多いのだろう。

 

「ふっ​─────!!」

 

 魔物は手に持った剣を振り下ろしてきたが、僕は魔物の剣をクレリアの剣で真っ二つに断ち斬り、そのままそれは魔物を鎧ごと斬り捨てた。

 剣の血を払い、軽く拭いてから刀身を見てみるが、全く傷はついておらず、振るう前と同じ姿を僕に見せてくれた。どうやらクレリアは相当丈夫な金属らしい。

 そのまま魔物を斬り伏せながら入口のあった階層を長い階段を登って抜けると、ダームの塔の周囲の光景を一望出来る回廊へと出た。朝日が差し込んでクレリアの武具が光を反射する。

 道筋に沿ってダームの塔の外周を回っていると、また塔の内部に戻る入口が現れた。どうやらこうやって塔を登っていくみたいだ。

 内部に戻ると、その階層は宝物庫のようだった。折角なので相手側の戦力の低下を図るために、置いてあるものは全部奪っていくことにしよう。魔物が相手なのでまるで心は痛まない。ヒールポーションの山や禍々しい気配がする指輪も何でもかんでも全部異空間に放り込んでいく。

 

(…………人の時はこういう使い方はしないようにしましょう)

 

 人相手にこれを悪用するのは止めようと心に誓った。

 

 

 

 宝物庫の階層はあそこで行き止まりだったため、来た道を戻って来ると、先程とは別の階段を見つけた。そこから再び回廊へと抜けて進んでいくと、今度はひたすら石像が立ち並ぶだけの階層に出たので、不思議に思いつつもその階層は後にする。

 その後はしばらく特に何も無い階層を素通りしていき、入口を見張るように石像が3つ置かれた階層に辿り着いたと思ったその時、その石像が不気味な光を放ってきた。その光を浴びた瞬間、僕の意識は闇に落ちた。

 

 

 

「おや、起きられましたか」

 

 目が覚めると、頭に羽飾りをつけた茶髪の男が覗き込んでいた。

 

「ここは……?」

 

「ダームの塔の地下牢のようですね」

 

「地下牢……そうでした、僕は気を失って……」

 

 僕の呟きに律儀に反応して男がここが何処か教えてくれた。僕は気を失う直前のことを思い出して大きく溜息を吐く。

 ふと、自分の身体が軽いことに気がついて視線を落とすと、クレリアの装備が全て奪われてしまっていることに気がついた。少し考えた後、男が目の前にいるが気にせずに装備を呼び戻しておくことにする。

 クレリアの武具が手元にあるイメージをすると、身体が輝き出して自分が捕まる前の姿に戻った。

 

「それは…まさか魔法……?」

 

 予想通り、男は驚愕を顔に貼り付ける。少し驚きすぎなような気もするが。

 

「そういえば、自己紹介がまだでしたね。私はルタ=ジェンマという者です」

 

「僕はアドル=クリスティンといいます」

 

 僕がルタさんの方へ向くと、彼は居住まいを正して一礼しながら自身の名を名乗った。僕もルタさんに倣い名乗り返す。

 

「それで、アドルさん、あなたが今使ったのは魔法なのでしょうか?」

 

「すいません、実はこれが何なのかは自分でも分かってないんです」

 

 そもそも、この世界に魔法の概念が存在していたということを今初めて知った。今まで意図的に人には見せないようにしてきたため、この力がこの世界ではどういうものになるのか考えたことはなかったなとぼんやりと思う。

 

「そうですか……。しかし、もしかするとアドルさんは神官の子孫なのかもしれませんね」

 

「神官? イースを統治していたというあの?」

 

「はい。女神の加護を受けていた6人の神官はそれぞれが異なった魔法を使えたと言い伝えられています。かく言う私もその神官の子孫なのですが、血を継いでいてもこの時代で魔法を使える者はいないと言われていたので」

 

 なるほど、過剰に驚いていたのはそういう理由があったようだ。

 

「先祖返りみたいなものかもしれませんね」

 

「ええ、あなたからは女神様の気配を強く感じますし、本当にそうなのかもしれません」

 

 それは多分本当に外の世界の女神から力を授かったからだと思います、とは流石に口にできずに飲み込んだ。

 

 話も一段落したところでちょうど牢屋の前を何かが横切った。奇襲に備えてルタさんを庇うように立つと、牢屋の壁が轟音を立てて崩れ去る。そして、壁に空いた穴の向こうから筋骨隆々の青髪の青年が現れた。

 

「おう、若いの、助けに来てやったぜ」

 

 ガラガラと瓦礫を踏み越えながら青年が近づいてくる。

 

「俺はドギってんだ、お前さんは?」

 

「アドルといいます」

 

「おう、アドルだな。アドル、ここは何が起きるか分からないところだ。ここを登っていくつもりなら、ラーバという老人を探して塔について聞いてみるといい。ついでにこいつを届けてやってくれ。奥の人も早く逃げろよ」

 

 自己紹介を終えるとドギさんは口早に情報を伝え、僕に何かの偶像を渡すとさっさとどこかへ行ってしまった。

 しかし、気絶させられた部屋までで人を見かけたことはない。どうしたものか。

 

「アドルさん、そのご老人なら心当たりがあります。私も連れて行ってくれませんか?」

 

「そういうことならお願いします、ルタさん」

 

 虱潰しに捜索しようかと考えていると、ルタさんからそう提案される。断る理由もないので、僕はルタさんの同行を受け入れた。

 

「ルタさん、何か扱える武器はありますか?」

 

「そうですね…杖のような物なら人並みには扱えるかと」

 

 そういうことならと、僕は異空間から六尺棒を取り出してルタさんに手渡す。少し驚かれたが、ルタさんはそれを受け取って、ラーバさんの所へ案内を始めた。




 WINGを使うと いしのなかにいる 状態になって死ぬと噂のダームの塔編です。Zまでで終われる気がしないけどモーマンタイ。


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S.Tower of The Shadow of Death II

 原作では戦う力がないから隙を見て逃げるので先に行ってくださいって言ってくるルタさんですが、ゲームシステムっていうメタい制約がなければ普通は着いてこようとしますよね。


Main Character:アドル=クリスティン

Location:ダームの塔

 

 

 

「ここです。この石像の間の壁に消えていったんですよ」

 

 牢を脱出してから、僕達は再びあの石像が立ち並ぶだけの階層まで戻ってきていた。ルタさんの話によるとこの階層のどこかにいるらしい。

 

「消えていった、と言いますと?」

 

「まるで見えない道があるかのように歩いていったんです。追いかけようと思ったのですが、その直後に魔物に捕まってしまいまして」

 

 見えない道を探す力ならちょうど心当たりがある。僕は異空間からマスクオブアイズを取り出して装着すると、石像と石像の間に奥へと続く道があるのが確認できた。

 

「ありました。ルタさんこっちです」

 

 ルタさんを先導して壁の中へ入り込むと広い空間に出た。部屋の奥の方に人影が確認できる。恐らくあの人がラーバさんだろう。

 

「あなたがラーバさんですか?」

 

「いかにも、わしがラーバじゃが、お前さんたちは?」

 

「アドルと申します」

 

「私はルタ=ジェンマです」

 

 それぞれが一先ずは自己紹介をする。

 

「実はドギさんから、あなたが塔について詳しいとお聞きしまして。あとこれをどうぞ」

 

「おや、それはわしの偶像じゃないか。ありがとう。お礼に2人にはこれをやろう。邪悪な力から守ってくれるネックレスじゃ。これで塔内のトラップも全て回避できる」

 

 偶像をラーバさんに手渡すと、代わりに青い宝石があしらわれたネックレスをルタさんと僕に渡してくれた。早速首からかけてみる。

 

「ラーバさん、魔物が大切な何かを守ってそうな部屋は塔内にありますか?」

 

「そうじゃな……入口に3つ石像が置いてある階層から更に2つ先の階層に何やら大きな扉で固く閉ざされた部屋があったが、もしかしたらそこに何かあるかもしれんの」

 

 扉と聞いて、神殿と廃坑で見たアレを思い出した。多分それだろう。

 

「そこに何か用があるのか?」

 

「はい、多分そこに僕が探している物があります」

 

「ふむ、ではわしも着いて行こうかの。なに、心配はいらん。これは気配を消してくれる代物でな。邪魔にはならんじゃろうて」

 

 そう言って、ラーバさんは得意気に偶像を軽く掲げる。

 

「分かりました。それでは行きましょうか」

 

 2人が首肯したので隠し部屋から抜け出して再び上を目指した。

 

 

 

 2人を護衛しながら3つの石像の階層に辿り着くと、ラーバさんの言う通り、また謎の光を浴びたが今度は気絶することなく先に進むことが出来た。そのまま次の階層まで進むと、青髪の青年、ドギさんが前から現れた。

 

「何だ、ラーバさん、合流したのか」

 

「流石に偶像があっても、この老体1人でダームの塔にいるのはな」

 

 既知の仲のようでドギさんとラーバさんが親しげに話している。2人とも塔の中で出会って結構長い付き合いらしい。

 

「よし、じゃあ俺も着いていくとするか。単身乗り込んできたアドルはともかくとして、他2人は俺も少し心配だ」

 

「はい、私も借り物の武器はありますが戦いはからっきしですからね」

 

 六尺棒で結構危うい感じで魔物と戦っていたルタさんがドギさんの同行を後押しする。僕としても、本を守る魔物と戦っている間にドギさんが2人を守ってくれるなら安心して戦いに集中できるので、ドギさんの同行を断る理由はない。

 

「こちらからもよろしくお願いします」

 

「おう!このドギ様に任せておけってな!」

 

 そう言って、ドギさんはドンと自身の胸を拳で叩いた。体躯も合わさって実に頼もしい。

 

 

 

 ドギさんも加えて更に上の階層へ進むと、ラーバさんが言っていた豪奢な造りの扉の前まで辿り着いた。やはり例の扉で間違いないようだ。

 

「ここじゃな」

 

「では行ってきます。ドギさん、2人をよろしく頼みますね」

 

「任せとけ」

 

「アドルさんもお気を付けて」

 

 手で触れて扉を消し、3人に見送られながら奥へ進むと、巨大なカマキリ型の魔物が奥の扉を守るようにして立ち塞がっていた。

 魔物は僕を視界に入れると威嚇するように声を上げ、鎌を振り上げてくる。それに応えるようにしてクレリアの剣と盾を構えた。

 ダームの塔における、イースの本を守護する魔物との第一戦が幕を開ける。




 内容自体はは弄っていませんが、全話読みやすいように訂正しておきました。


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T.残虐なる鎌ピクティモス

 ボスラッシュ1匹目、ファイッ!!


Main Character:アドル=クリスティン

Location:ダームの塔

 

 

 

 まだ大きく距離が空いているにも関わらず、大カマキリが自身の鎌を振り下ろしてくる。嫌な予感に従い大きく横へ転がると、鎌が描いた軌跡の直線上に鋭い斬撃痕が走った。

 

(真空刃といったところでしょうか。遠距離攻撃ができないこちらの分が悪いですね)

 

 続けて飛んでくる真空刃を走って避けながら魔物との距離を詰める。直接打ち合って質量差による力負けは怖いが、どの道僕は近づかなければ倒すことが出来ないのだ。クレリアの性能を信じよう。

 剣の間合いまで侵入し、鎌の直接攻撃を盾で受け流して、大カマキリの脚目掛けて剣を振るう。強力な魔物と言えど、クレリアの剣の前ではその硬さも紙同然のようで、驚くほどあっさり魔物の脚を1本斬り飛ばした。緑色の体液が噴き出し、魔物は痛みのせいかより激しく暴れ始めた。

 滅茶苦茶に振るわれる鎌による攻撃を至近距離で何とか避け続ける。直撃コースはクレリアの剣で上手く角度をずらして弾き、鎌の方にもじわじわとダメージを負わせていった。

 数合打ち合って罅割れた鎌に叩きつけるように剣を振るうと、魔物の鎌が大きな音を立てて砕け折れる。

 

「これでっ!!」

 

 破片が空中に飛び散る中、僕は武器を破壊されて隙を晒した大カマキリの胴体に全力で横薙ぎの一撃を放った。剣は僅かな抵抗もなく魔物の胴体を素通りし、間もなく大カマキリは真っ二つに両断され、灰になって消滅した。

 大きく息を吐いて剣に付着した体液を払うと、休む間もなく奥の扉へ進んだ。扉の向こうにはイースの本が祀られた祭壇が設置されていたので、僕は黄色の装丁の本を異空間に放り込むと、すぐさま幾重もの斬撃痕が残る部屋を後にした。

 

 

 

 戦闘時間は体感数分ぐらいだったが、部屋の外に出ると3人の姿は見当たらなかった。辺りを見回してみると壁や床に強力な力で破壊されたような跡が見受けられる。恐らく魔物の襲撃にあってドギさんが暴れたのだろう。

 来た道を早足で戻っていったが、破壊の跡は上の階へ続いていっているようだった。途中血痕は見なかったので、無事ではあろうとは思いつつも、僕は急いでその痕跡を追っていくことにした。

 

 

 

「うおぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!」

 

 上の階層に進むと、ドギさんの雄叫びが奥の方から聞こえてきた。声の方へ急行すると、狭い通路で立ち塞がるようにして魔物の群れを相手にしているのが見えた。僕は群れの後ろから強襲して一匹残らずこれらを灰に変える。

 

「すまねぇ、アドルが部屋に入った後に魔物が大勢押し寄せてきてな……。守りながらじゃ相手できそうに無かったから2人を先に行かせちまった……」

 

 肩で息をしながらドギさんが何があったかを説明してくれた。

 

「とにかく無事で良かったです。急いで2人に追いつきましょう」

 

「あぁ、そうだな」

 

 ドギさんが息を整え終えてから僕とドギさんは2人を捜索するために走り出した。

 

 

 

 魔物を倒しながら道なりに進んでいると、僕達は分かれ道に直面した。

 

「俺はこっちに行く。アドルはあっちの方を頼んだぞ」

 

「はい、そちらは任せます」

 

 素早くそれぞれの道へ分かれ、再び走り出す。

 更に上の階層へ進むと、何やら今までとは雰囲気が違う紫色の不気味な階層に辿り着いた。入った瞬間から奇妙な音が聞こえ、それのせいか身体に気持ちの悪い感覚が走っていく。

 

「アドルくん!こっちじゃ!」

 

 危うい足取りで何かの部屋の前を横切ろうとした時、中からラーバさんの声が聞こえてきた。声に従って部屋の中に転がり込むと、身体を蝕んでいた感覚が消え去っていく。

 

「すまない、あの後魔物に捕まってしまっての……」

 

「いえ、ご無事でなによりです」

 

 少し血を流しているが、それ以外は特に問題なさそうなラーバさんを見て安堵の息を吐く。

 

「廊下で変な音を聞いたじゃろう?あれは悪魔の曲と言って、外から吹き込まれる風で奏でられているみたいなんじゃ」

 

 僕が渡したヒールポーションを傷にかけながらラーバさんがそう言う。

 

「ここから反対側の回廊にある柱が風を通す管になっているらしい。アドルくん、そこまで行って風を止めてきてくれんか。ここから先に進むにはそれが必要じゃ」

 

 僕はラーバさんの言葉に頷き、ドギさんが登っていった道を目指して部屋から飛び出した。




 やっぱりこのぐらい余裕が無いとボスラッシュキツいと思うんすよ。


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U.飢えたる奇岩コンスクラード

 現在地はダームの塔11階です。


Main Character:アドル=クリスティン

Location:ダームの塔

 

 

 

 ラーバさんの指示通り、反対側の回廊まで来ると、そこには魔物の顔が掘られている柱が並んでいた。一つ一つそれを見ていくと、殆どはただの魔物型の柱だったが、1本だけ奥の方まで繋がっている穴が空いた柱があった。恐らくこれが管になっているらしい柱なのだろう。

 

「アドル!」

 

 どうしようかと考え込んでいると、僕が来た方とは反対の方からドギさんとルタさんがやって来た。そういえば、ドギさんは牢屋の壁を拳一つで壊していたような。

 

「ドギさん、この柱を壊すことってできますか?」

 

「んん? それは余裕だが、何だってそんなことを?」

 

「ラーバさんが言うには、これを壊さないと先に進めないらしいんです」

 

「なるほど、そういうことなら任せな。おらぁっ!!」

 

 掛け声一つ、ドギさんの鍛え上げられた拳は易々と悪魔の石柱を粉々に破壊した。流石である。

 

「では、ラーバさんの所へ戻りましょう」

 

 独りにしておくのは不味いので、ラーバさんがいた悪魔の部屋まで走って戻っていく。道中、ルタさんとラーバさんは女の子を連行している魔物達に見つかったせいで離れ離れになったのだと教えられた。どうやらまだ他にも人がいるらしい。

 

 

 

 紫色の階層まで戻ってくると、さっきまで流れていた奇妙な音が聞こえなくなっていた。息苦しさも感じないので、風が送られなくなったということだろう。

 

「おーい! こっちじゃ!」

 

 ラーバさんが小部屋から顔を出して呼んでくる。一先ずこの安全な小部屋で今後の方針を話すことにした。

 

「わしは攫われていた女の子を助けるべきだと思うんじゃが」

 

「はい、私もそうした方がいいかと」

 

 僕としても人を見捨てるつもりは無いのでその意見には肯定である。ドギさんも腕を組んで首肯しているので満場一致だ。

 

「どこに連れていかれたのか、心当たりはありますか?」

 

「うむ、恐らくラドの塔に連れていかれたのじゃと思う。しかし、ラドの塔まで行くにはロッドが必要なんじゃ」

 

 聞きなれないワードが耳に挟まる。

 

「ラーバさん、そりゃいったい?」

 

「この階層を抜けた先に鏡の間というのがあるんじゃが、そこを抜けるために必要な物なのじゃ。わしが持っておった分は魔物に奪われてしもうての。この先にあるアドルくんが開ける扉の向こうまで持っていかれるところまでは見たんじゃが……」

 

「では、とりあえずそれを取りに行きましょうか。案内をお願いします」

 

 どうやら、イースの本がある部屋までロッドというものが持っていかれてしまったらしい。

 

 

 

 その後はラーバさんの案内に従って鏡の間と呼ばれる階層まで進んだ。ラーバさん曰く、ここの階段を進んでいった先に例の扉があるらしいので、皆には鏡の間で待っていてもらい、僕は1人で扉の前まで来ていた。

 扉を消して入室すると、部屋のそこら中に瓦礫が転がっていた。そして、部屋の中心には妖しく光る巨大な赤い宝石のようなものが浮いている。それが一際大きく輝いたかと思うと、部屋の瓦礫が浮遊し始め、それがゆっくりと纒わりつくように宝石の周りを回転し始めた。

 回転する瓦礫を避けながら距離を取ると、宝石を中心として球状に瓦礫の鎧を形成した何かが動き出す。これは本当に魔物だろうか……?

 ぐるぐると回転する瓦礫の隙間から宝石が見え隠れする。何というか、なんとも分かりやすい弱点である。しかし、不用意に近づいて攻撃するわけにもいけないので、僕は異空間から長弓を取り出し、矢の代わりにクレリアの剣を弓に番えて、宝石に向けて構えた。意識を落ち着けて撃ち抜くべき一点に集中する。

 

「疾ッ​──────!!」

 

 宝石目掛けて真っ直ぐクレリアの剣が弓から放たれる。剣は高速で回転する瓦礫の間をすり抜けて進み、寸分違わず宝石の中心に突き刺さった。突かれた一点を起点に罅が広がり、やがてそれはバラバラに崩れ去ると、瓦礫ごと灰になって消え失せた。

 長弓をしまいこんで放った剣を拾い上げて、目的の物を回収すべく奥の扉へ進むと、祭壇の上に黄緑色のイースの本と柄が短い杖のような物が置いてあるのが目に入る。それらを手早く回収して、僕は皆が待つ鏡の間へ走っていった。

 




 イース界1弱いと名高い(?)コンスクラードくん。残念ながらこの小説でも一瞬で退場してもらいました(原作でも寿命10秒以下の模様)。武器の貯蔵は十分です。


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V.ラドの塔に御座すは

 あぐれっしぶるがーるなお方が登場します。

 リリア フォレティアさん、leafさん、評価ありがとうございます!

8/18 誤字報告ありがとうございます。修正致しました。


Main Character:アドル=クリスティン

Location:ダームの塔

 

 

 

「ラーバさん、これがロッドでしょうか?」

 

「おお、これじゃこれじゃ」

 

 鏡の間まで戻ってきてロッドをラーバさんに手渡すと、それを受け取ったラーバさんは鏡の前でそれをかざした。すると鏡に波紋が生まれ、ラーバさんはその中へ飛び込んでいった。その様子に驚きつつも、僕達はラーバさんに倣って鏡の中へ飛び込んだ。

 飛び込んだ先は先程とは完全に違った場所だった。まるで神殿での転移みたいだなと思いながら、1人でずんずん進んでいくラーバさんの後を追いかける。どうやら道は完全に覚えているらしい。

 

 

 

「あそこがラドの塔じゃ」

 

 あっという間に鏡の間を抜けて、僕達は次の階層へ辿り着いた。魔物は僕とドギさんで処理しながら進み、今はダームの塔から突き出したような形で存在するラドの塔が目の前に見える渡り廊下まで来ている。平時なら素直にここから見える絶景に感動できただろうが、今はそれを楽しむ余裕は4人とも持ち合わせていなかった。日が沈みかけた水平線を一瞥して、僕らはラドの塔へと急ぐ。

 

 

 

Location:ラドの塔

 

 

 

 ラドの塔の中に入ると、塔全体が監獄になっているような印象を受けた。酷く薄暗く、生者の気配を感じさせない塔を登っていくと、恐らく最上階と思われる階の突き当たりに1つ扉が設置されていた。

 

「アドルさん、そこを開くにはイーヴィルリングと呼ばれる指輪が必要よ」

 

 扉を開けようとしてみたが、どうやっても開かずに途方に暮れていると、中から聞き覚えのある女性の声が聞こえてきた。

 

「​この声……もしかしてレアさんですか?」

 

「ええ、2日ぶりねアドルさん。それはそれとして、髑髏があしらってある禍々しい指輪を拾ってない?」

 

 記憶を探ってみると、宝物庫を漁った時にそんなものを拾ったような気がする。それを異空間から取り出して扉に近づけると、先ほどまで何をしても開かなかった扉が、まるで主人を迎えるかのように独りでに開いた。

 中に入ると、窓際の椅子に座っているレアさんが微笑んでくる。捕まったのに余裕がすぎるような気がしなくもない。

 

「レアさん、どうしてここへ?」

 

「アドルさんに渡したい物があってわざと魔物に捕まったのよ」

 

 少し理解し難い言葉がレアさんの口から飛び出してくる。

 

「ず、随分肝の据わった姉ちゃんだな……」

 

 ドギさんが引き攣った顔でそう口にすると、後ろの2人も同じような顔をして頷いていた。その言葉には全面的に同意であるが。

 

「あまり無茶なことはしないでくださいね……」

 

「大丈夫よ、助けてくれるって信じてたもの」

 

 自信たっぷりな顔でそう言われると、こちらとしても口を噤むしかなくなるので、この件についての追求は1つため息を吐くことで終わりにした。

 

「それで、渡したい物とは?」

 

「はい、これよ」

 

 軽い調子で水色のレンズのモノクルのような物を手渡してきた。このタイミングでオシャレアイテムを渡してくるような人ではないので、マスクオブアイズのような何かしらのマジックアイテムだと推測する。

 

「新しくイースの本を手に入れたでしょう? それをかけて読んでみて」

 

 言われるがまま、まずは異空間から黄色のイースの本を取り出して読んでみると、驚いたことに僕でも読むことができた。約3名今の光景に驚いているが、僕はそれに構わず本を読み進める。

 我々は遂にサルモンの神殿まで追い詰められた。

 巨大な魔物が手下を従えて迫ってくる。

 時が欲しい。

 災いの狂気から逃れても、分断された民たちは悲しみの日々を送らねばならないだろう。

 しかし、時の可能性は救世主の望みも映し出す。

 いつの日か、共に暮らせる日が来ることを信じて、プレシェスに最後の望みを委ねる。

 これが黒い真珠を我々が使う最後の仕事になるだろう。

 メサの章と題打たれた本にはだいたいそんなことが書かれていた。恐らくイース滅亡寸前の出来事が書かれているのだろう。黒い真珠とやらが何かは分からないが、何か大事なものなのは間違いない。必要になる時がくるかもしれないので頭の片隅に置いておくことにする。

 メサの章をレアさんに預けて次に黄緑色の本を取り出すと、ルタさんから声が上がった。

 

「どうかしましたか?」

 

「あ、いえ、アドルさんが何故ジェンマの章をお持ちなのでしょう……?」

 

 なるほど、ルタさんのご先祖様が書いた本だったようだ。それなら驚くのも無理はない。

 

「僕はイースの本を探しにダームの塔まで来たんです。これもロッドを取りに行った時に回収したんですが」

 

「なるほど……魔物の手に渡ってしまっていたのですね。道理でいくら探しても見つからないはずです」

 

 合点がいった、という風な顔で顎に手をやってルタさんはそれきり黙り込んだ。とりあえず続きを読むとしよう。

 あいつが魔物を引き連れて迫ってくる。

 人々がその恐怖に怯える中、女神が我々の前から姿を消した。

 それ以来、女神の姿を見た者はいなかった。

 我々は女神に見捨てられたのだろうか。

 いや、そんなことはありえない。

 そうだ、我が家系に伝わる聖なるアミュレットがある。

 透き通るような青い金属でできた女神から託された品だ。

 これには魔物が仕掛けた呪いを打ち破る力がある。

 これでしばらく時間が稼げるはずだ。

 本に時々出てくるあいつとは何なのだろう。文脈から察するに魔物を統べる者という解釈でいいのだろうか。消えた女神とアミュレットとやらも気になるが、どうにもこれ以上本から得られる情報はなさそうだった。

 

「ルタさん、聖なるアミュレットという言葉に何か心当たりはありませんか?」

 

「アミュレットですか?もしかすると……」

 

 心当たりがあったようで、ルタさんは懐から複雑な模様が組まれたお守りのような物を取り出した。記述の通り透き通るような青色だ。

 

「あら、それは……」

 

「レアさん?」

 

「それがあれば恐らく塔の頂上に掛けられた呪いを打ち破ることが出来ると思うわ」

 

「これにそんな力が……」

 

 レアさんの言葉にルタさんはまじまじとアミュレットを見つめる。

 しかし、イースの本が読めるようになるモノクルを持っていたり、アミュレットに見せた反応だったり、レアさんはレアさんで謎が多いなとふと思う。

 

「今更で悪いんだけどよ、結局姉ちゃんは何者なんだ? アドルとは知り合いみたいだが」

 

 僕が思考に耽っていると、ドギさんがそんなことを口にする。レアさんの方を見てみると、何か思いついたような悪い笑顔を浮かべていた。

 

「詩人のレア、と名乗りたいところだけど……そうね、ここまで来たのなら遅かれ早かれ知ることになると思うし、教えておきましょうか」

 

 レアさんはそう言うと、椅子から立ち上がって窓の前に立つ。一瞬強く風が吹いたかと思うと、月明かりに照らされて見惚れてしまうような笑顔を浮かべたレアさんの背中から、2枚の光り輝く純白の翼が生えていた。

 

「イースの女神、その片割れのレアよ」




 女神が賜った品ということは、ブルーアミュレットは青エメラス製だったりするんですかね。


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W.女神再臨

 自分用のPCを手に入れたのが最近なので、実はオリジンやったことないんですよね(アドルさん出ないしいいかなという気持ちもあった)。


Main Character:アドル=クリスティン

Location:ラドの塔

 

 

 

「と言っても、今はほとんどその力はないんだけどね」

 

 純白の翼がまるで幻だったかのように消える。しかし、足元には翼を広げた時に落ちた羽が何枚か残っていて、先程の光景が真実であることを語っていた。

 3人の方を見ると皆目を見開いて驚いていた。僕も驚いてはいるが、心のどこかでそうかもしれないという気持ちがあったので、そこまで衝撃的ではなかった。

 今回の件やイースの本に関わりがあったり、ロダの樹のことをまるで長年見てきたかのような言葉を発したりしていたことで薄々感づいていたのだろう。しかし、レアさんが女神ということは……。

 

「ひょっとして、フィーナさんも……?」

 

「ええ、あの子もそう」

 

 思わぬところでイースの2柱の女神の謎が解けた。でも、僕の心は何故だか今までよりも親近感が増したような気がした。

 

「お2人は何故今エステリアに?」

 

「……長い間、あるものを封印していたんだけどね、その封印が打ち破られて、その時に私達も地上に解き放たれたのよ」

 

「あるもの、とは?」

 

「イースの本にあいつと書かれていた存在、魔王ダーム」

 

 イースの本に出てきたあいつの正体がレアさんの口から語られる。ダームの塔と同じ名前をもった、恐らくエステリアに災いを齎さんとする者の名。

 

「復活した魔物から逃げる途中でフィーナと離れ離れになってしまって、それで私は詩人として今回の事件を解決してくれる人をサラに協力してもらって探していたの」

 

 人と話す機会も多い職業だと思わない? とレアさんがウィンクを飛ばしてくる。

 

「イースの本を集めてもらっていたのは、アドルさん、あなたに今も存在するイースを救ってもらうため。恐らく今、イースはダームによって支配されているはず」

 

「イースは滅びたのではないのですか?」

 

「いえ、イースは今もなおここより遥か上空に存在し続けているわ。プレシェス山に大きな穴が空いていたでしょう?あれはイースが空へと浮かんでいった跡なのよ」

 

 メサの章にあった、プレシェスに最後の望みを委ねるという一節が頭をよぎっていった。魔物をどうにかするために大地ごとイースの地を切り離したということだろうか。

 

「イースの本を6冊集めた勇者がイースを救う救世主としてイースの地に足を踏み入れることになる。黙っていたことに関しては本当にごめんなさい。でも私たちにはあなたしか頼れる人がいなくて……」

 

「構いませんよ。世界の危機にじっとしていられるほど我慢強い方でもないですし、自分で勝手に行っていたかもしれません」

 

 本のネタにもなりそうですしね、と付け加えると、レアさんは下げていた頭を上げて微笑んでくれた。話はまだ終わらない。

 

「最後のイースの本はダームの塔の頂上にいるダルク=ファクトという男が持っているはずよ。神官ファクトの血を継ぐ者で、その身を魔に堕としてしまった人」

 

 レアさんが何かを憂うような表情をする。遠くの何かを思い出しているような感じだ。

 

「恐らく彼はエステリアを支配するつもりで、後に地上に降りてくるダームと共に世界を支配する算段だったのでしょう。アドルさん、ダルク=ファクトを打ち倒して最後の本を」

 

「分かりました」

 

 レアさんの願いに力強く頷く。旅の予定が少し延びたが、それはそれで良い。

 

「ん? 話は終わったか?」

 

「ええ、もう大丈夫よ」

 

 あまり話を聞いていなさそうな様子だったドギさんが身体を解しながら話しかけてくる。

 

「アドルくん、行き先は最上階でいいんじゃな?」

 

「はい、お願いします」

 

 今の言葉で何気にラーバさんがダームの塔全域の構造を覚えていることが明らかになった。いったいどれだけの間塔にいるのだろうか。

 

「レアさん、あなたも」

 

 ラドの塔を出発しようとしたら、レアさんが残ろうとしているのが目に入る。

 

「…………そうね、やっぱり私も着いていきましょう。アドルさん、エスコートはお願いできる?」

 

「仰せのままに」

 

 お姫様を演じるように片手を優雅に伸ばすレアさんに対し、こちらも芝居がかった台詞を吐きながらレアさんの手を取る。少し笑いあった後に、僕はレアさんの手を引いて走り出した。




 Wで双子の女神の正体が分かるってことに何となく運命を感じなくもないです(ただの偶然)。ちなみに既にエピローグまで書き終えました。


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X.ヨグレクス&オムルガン

 顔面兄弟(?)の回です。

 劇鼠らてこさん、評価ありがとうございます!

 評価バーがアドルさんの髪の色になったので感激の極みです!


Main Character:アドル=クリスティン

Location:ダームの塔

 

 

 

「そういえばアドル、本を何も無い所から取り出してたあれは何なんだ?」

 

 それなりに増えたメンバーでダームの塔に戻った時に、ドギさんがそう口にした。他の人たちも気になっていたようで、足は止めずに興味深そうな視線をこちらに向けてくる。

 

「あー、何と言いますか……生まれた時から使えたんですけど、自分でもこれが何なのかよく分かってないんですよね。ルタさんはこれが魔法だと言っていましたが」

 

「レア様は何かご存知ないのでしょうか?」

 

 僕の言葉のパスをルタさんはレアさんに転がした。

 

「そうね……少なくとも私がアドルさんに力を与えたことはないわね。見ている限りだと借り物の力ではなく自分自身で力を引き出して使っている……と思うのだけれど……」

 

 確信がないようで、レアさんは煮え切らない表情でそう言った。女神様にもらった力なので借り物と言えば借り物なのだが、魂の状態で直接付与されたので定着具合が普通に力を与えるのとでは違うのだろうか。

 

「本人も分かんねぇ、女神様も分かんねぇってんならもう何か便利な力ってことでいいんじゃねぇか?」

 

「話を切り出したドギさんが言うことではないと思いますよ」

 

「はっはっはっ! こまけぇこたぁいいんだよ!」

 

 ルタさんのツッコミを受けたドギさんが豪快に笑い、一先ずこの話は終わることになった。

 

 

 

 そうこうしているうちにもう一つの鏡の間を抜けて、今はまたあの扉の前に立っていた。扉を消して先に進むと、突き当たりに1枚の鏡があった。ロッドがないと先に進めないため、今回は皆に待ってもらうことはできなさそうだ。ラーバさんにロッドを使ってもらい、全員で鏡を潜ると、それはお馴染みの大広間に繋がっていた。

 部屋に入った瞬間、部屋の中心に描かれた紋章から何かがせり出してきた。紫電を走らせながら現れたそれは赤と青の2つの巨大な顔だった。

 ギロリと2つの顔がこちらを睨んできたかと思うと、それらは大量の火の玉を放ってきた。ギョッとしつつも、3人を庇うように僕とドギさんが前に出て飛んでくる火の玉を叩き落としていく。

 

「熱ッ!!」

 

 ドギさんの声を聞いてそちらの方を見ると、ドギさんの腕から煙が上がっていた。防戦一方では不味いか。

 

「ドギさんこれを!」

 

「サンキューアドル!」

 

 僕はドギさんにクレリアの盾を投げ渡して魔物の方へ突貫した。ドギさんは盾で上手いこと火の玉を弾いているようだ。

 

「アドルさん! その魔物は赤い方を倒せば両方倒せるわ!」

 

 走って高速で飛来する火の玉をクレリアの剣で切り裂きながら魔物との距離を詰めていると、後ろからレアさんの声が聞こえてきた。

 

「はあぁぁぁぁ!!」

 

 跳び上がって弾幕から抜けて、赤い顔面の真上からクレリアの剣を突き立てると、それは抵抗なく深々と突き刺さり、赤い魔物を灰へと変えた。それにつられるように青い方も消滅する。

 

「アドル! やったじゃねぇか!」

 

 盾を投げ返しながらドギさんが声をかけてきた。僕はそれを受け取って皆の元へ戻っていく。

 ドギさんの腕にヒールポーションをぶっかけてから鏡の反対側にあった扉を抜けると、長い長い階段が目に入った。その階段を登った先には今まで見た物よりも、頑丈で豪奢な造りの扉が待ち構えていた。

 

「い゛っ​──────!!」

 

 扉を開けようとして触れてみたら、腕に鋭い電撃が走った感覚がした。扉を見てみると、黒い稲妻が薄く走っているのが見て取れる。

 

「ルタ殿、アミュレットを」

 

「はい」

 

 レアさんの言葉に従ってルタさんが扉の前でアミュレットを掲げると、扉に纏わりついていた黒雷が綺麗さっぱりなくなった。

 

「アドル! 今度はしっかり護衛しておくから、頑張ってこいよ!」

 

「はい、頼みますドギさん」

 

 ドギさんが突き出した拳に僕も拳を合わせる。

 

「アドルくん、後は任せたぞ」

 

「はい、任されました」

 

 頭を下げてお願いしてくるラーバさんに頷いて意思を示す。

 

「アドルさん、同じ神官の子孫として、ダルク=ファクトのこと、お願いします」

 

「はい、この手で決着をつけてきます」

 

 真摯な目でルタさんが訴えかけてくるのを力強い言葉で返す。

 

「アドルさん、勝ってきてね」

 

「ええ、必ず」

 

 最後にレアさんの言葉に送り出され、僕は重い扉の向こう側へ進んだ。




 この投稿ペースは多分第二章までしか維持できなさそう。


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Y.ファクトの血を継ぐ者

 顔色が悪い男の回です。


Main Character:アドル=クリスティン

Location:ダームの塔最上階

 

 

 

 扉を抜けるとそこは、ドーム状の天井に覆われた半円状の広間になっていた。円周にあたる部分からバルコニーのような所に出られるようで、そこから外の様子が見て取れる。もうすっかり夜になってしまったようで、エステリアは既に夜の闇に沈んでしまっていた。

 

「来たか……」

 

 部屋の中央で待ち構えていた男が口を開いた。ローブを着た金髪で身長が高い男だが、頭からは大きな赤い角が生えていて、肌の色もおおよそ人のものとは思えないほど色が落ちている。特に異質さを発揮しているのがその目の色で、元々白かったであろう部分は真っ赤な血の色に染まっていた。

 

「ダルク=ファクト……」

 

「よくここまで来たものだ。それに関しては誉めてやろう」

 

 髪と同じ金色の瞳がこちらを射抜く。誉める気など毛頭ないどころか、視線だけで射殺さんばかりの勢いである。

 

「銀の装備を揃えたようだが、お前は所詮人間。魔の力をこの身に宿した私に敵うはずもなし。私の計画のために​──────死んでもらうぞ」

 

 瞬間、ダルク=ファクトの身体から真っ黒な禍々しいオーラが溢れ出した。あまりの威圧感に思わず1歩下がりそうになるが、何とか踏みとどまってクレリアの剣と盾を構える。

 

「ハアァッ!!」

 

「ッ!!」

 

 ファクトが手のひらをこちらに向けて黒い球状の魔力の塊を放ってきた。それは凄まじい勢いで僕のところまで飛来するが、何とか盾で上方向へ弾き飛ばすと、それは天井をそのまま突き抜けて大穴を開けた。瓦礫が部屋中に落ちてきて、月の光が崩落した天井から差し込んでくる。

 

「流石にこの程度は防ぐか。ではこれはどうだ?」

 

 そう言うと、ファクトはオーラを手元に集めて、黒い1本の直剣を作り出した。それはあらゆる光を吸い込んでしまう闇そのものを剣の形に整えたような剣だった。

ファクトが剣を振りかぶって一足で僕の目の前にたどり着き、そのまま上段からの一撃を振り下ろしてくる。それを剣で受け止めようとしたが、先程言っていた魔の力の恩恵のせいか、膂力に大きな差が出てしまっていた。

 受けきれないと判断して黒剣を受け流して地面に振り下ろさせるが、彼は既にこちらに左手を向けており、僕の眼前で魔力を爆発させた。何とかクレリアの盾で防いだが、踏ん張れていない体勢であったのもあって、勢いは殺しきれずに大きく後方へ吹き飛ばされてしまう。

 

(手強い……っ!)

 

「ふむ、思っていた以上にやるようだな」

 

 ファクトは再び僕との距離を詰め、今度は黒剣によるラッシュを繰り出してきた。圧倒的な膂力から放たれるそれを剣と盾で何とか受け流していくが、そのせいで防戦一方になり上手く攻めることが出来ない。

 

「ぐぅッ​────!!!」

 

 とうとう連撃を捌くことができなくなり、クレリアの鎧越しに鋭い突きをもらってしまった。鎧は貫通しなかったが、突きの衝撃が身体を貫いたせいで吹き飛ばされ、勢い良く壁に叩きつけられる。

 

「やはり、人と魔の者の力の差は歴然であろう。疾く諦めるがよい」

 

 こちらの戦意を削ぐように言葉を投げかけながら、ファクトはゆっくり近づいてくる。しかし、絶対に諦めるわけにはいかない。僕は身体に喝を入れてファクトを睨みながら立ち上がった。

 

「何故諦めぬ。勝ち目がないことなど既に分かっているだろうに」

 

「必ず帰ると約束しましたので、死ぬわけにも諦めるわけにもいかないのですよ」

 

「ふん、馬鹿馬鹿しい」

 

 ファクトは僕の言葉を鼻で笑い、黒剣を構えてこちらに向かってくる。確かにこのままでは勝ち目がないのは言われるまでもなく明白である。流れを変えなければ朝日を拝まないうちに僕は命を散らすことになるだろう。

 故に僕はクレリアの剣を彼に向かってぶん投げた。

 

「自棄になったか」

 

 回転しながら飛んでくるクレリアの剣を黒剣で弾き飛ばしながら、全速力で走ってくる僕にファクトは吐き捨てるようにそう言った。だが、間違っても自棄になった訳では無い。

 

(切り札を切らせて頂きます……!!)

 

 僕が剣の間合いに入った時、まだファクトの腕はクレリアの剣を弾くために振り上げたまま戻ってきていない。たった一度きりしか通用しない技だが、故に最大限の効果を発揮させてもらう。僕は無手で剣を振り抜く体勢に入りながら、弾き飛ばされた剣を手元に呼び戻した。

 

「なっ​──────!?」

 

 ファクトの驚愕する声が聞こえてくる。そして、そのまま黒剣がこちらに到達する前に、クレリアの剣は光り輝く軌跡を描きながら黒剣を持った彼の腕を斬り飛ばした。

 

「貴様ァァァァァァァァッッ!!!!!!」

 

 腕を斬り飛ばされたファクトが鮮血を撒き散らしながら憤怒の表情で叫ぶ。こっちは早々に切り札を切るハメになったのだ。腕の1本ぐらい我慢して欲しい。

 

(しかし、余裕がなかったとはいえ、腕1本しか奪えなかったのは少々辛いですね……どの程度戦力が低下してくれるか分かりませんが、ここからが正念場です……!)

 

 ファクトは怒りに身を任せて魔力の弾をばら撒き始めた。精彩を欠いた攻撃だが、その一撃一撃は馬鹿にできない威力を誇っているようだ。壁や床を破壊する弾幕に当たらないように、比較的薄い欠損した右腕の方に迂回しながらファクトとの距離を詰め、先程から何故か光っているクレリアの剣を防御ができない右脇腹に向かって振り下ろす。しかし、彼は左腕から黒いオーラの鉤爪を伸ばしてこれをギリギリのところで防いだ。光と闇が拮抗する。

 

「死ねェッ!!」

 

 片腕となっても力の差があるようで、ファクトは剣を弾き飛ばして僕の体勢を大きく崩そうとしてきたが、流れに沿って身体を回転させてこれを後方に逃れた。浅く腕を斬られてしまったが、再び距離を詰めて近接戦に持ち込む。

 乱暴に振り抜かれる鉤爪を盾で防ぎながら、僕はクレリアの剣で確実にファクトの身体に傷を負わせていく。爪を受け止める度に重たい衝撃で腕が軋むが、両腕が健在な分、今は何とか僕が攻めに回れていた。

 

「せいっ​────やぁぁぁっ!!!」

 

「ぐおぉぉぉぉぉぉっ!!?」

 

 クレリアの盾に打ちつけ続けて罅割れた鉤爪をシールドバッシュで叩き割り、隙を晒したファクトの胴体に全力で横薙ぎの一撃を振り抜く。これで決めるつもりで放ったが、腹に無視出来ない傷を与えて殺すまでには至らなかった。咄嗟に後ろに逃れられたようだ。

 追撃を繰り出すために前に出ようとしたが、ファクトが足元を爆発させたので後方へ跳び退く。距離を離されるとまた弾幕に晒されるので、急いで走り出そうとして彼の方を見ると、何やらファクトの様子がおかしいことに気がついた。

 

「私の計画は完遂されなければならない……ダルク=ファクトの名を歴史に刻むためにも……!」

 

 彼の長い金髪が根元からだんだん灰色に変わっていく。彼の怨嗟の声に呼応して塔が揺れているような気がする。

 

(いや……これは不味いっ!!)

 

 嫌な気配を感じ取り、僕は一直線にファクト目掛けて全力で足を動かした。到達する前に剣を構え、剣の間合いに滑り込みながら袈裟斬りを放つ​──────が。

 

「遅いッッッ!!!!」

 

「ッッ​────!!」

 

 剣がファクトに届く前に、彼の貫手が僕の腹を貫いた。

 

(ここで止まったら死ぬ…………っ!!)

 

 しかし、血を吐きながらも僕は勢いを止めずにクレリアの剣をそのまま振り抜いた。剣はファクトの左腕を根元から断ち切り、腕を抜こうとしていた彼は後方へバランスを崩して倒れていく。彼はまるで有り得ないものを見たかのような顔をしていた。

 倒れ込むファクトに止めを刺すべく、腹に腕を残したまま前進する。1歩動く度に意識が飛びそうになるが、今チャンスを逃せばもう僕の命はない。

 

(止まるなッ! 行けッ! 今行けッ! すぐに行けッ! 絶対に止まるなッッッ!!)

 

 動かなくなりそうな身体を心で奮い立たせ、倒れ込むファクトの真上に跳躍し​──────光り輝くクレリアの剣で彼の心臓を貫いた。

 

 




 Zまでいきませんでしたね。


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エピローグ -Victory!!-

 このあたりからアドルくんの役割が原作から離れていきます。


Main Character:アドル=クリスティン

Location:ダームの塔最上階

 

 

 

「お、のれ……ここ、まで、か…………」

 

 怨嗟の声を吐き、ダルク=ファクトは身につけていたものを残して灰となって消えた。元は人間だったとはいえ、魔に堕ちた以上その性質は魔物のものとなってしまっていたらしい。

 ファクトが消えたことで僕の腹の傷を塞いでいた彼の腕も消滅し、栓が無くなったことでもはや穴となったそれから鮮血が溢れだした。身体の力が抜けて右方向に身体が流れ、扉が消滅するのを横目で見ながら、ダルク=ファクトの遺物の横に僕は仰向けで倒れた。疲労と怪我のせいでもう指1本動かせそうにない。痛みはもう麻痺してしまった。

 空を見上げると少しずつ明るくなっているようだった。どうやら朝を迎えたらしい。

 

「アドル!!!」

 

 意識が遠くなっていく中、ドギさんが僕の元に駆けつけて上半身を軽く抱き起こす。その顔は悲壮な表情を貼り付けていた。

 

「倒し、ましたよ……」

 

「ああすげぇよ! よくやった! だから今は喋るな!」

 

 ドギさんに声をかけられながら、僕はかすかに何かを身体に浴びる感覚を感知した。恐らくヒールポーションを傷にかけているのだろう。だが、流石にそれでは間に合わない。

 もうダメかと思われたその時、ダルク=ファクトが着ていたローブが輝き出した。ローブが独りでに浮かび上がり、ズレて地面に落ちて、僕の眼前に光り輝くイースの本が現れた。それに呼応するように異空間から勝手に5冊のイースの本が飛び出してきて、それらは僕の周りを回転し始めた。

 本から溢れ出た光が僕の身体を包んだかと思うと、その光が僕の傷をみるみるうちに癒し始めた。驚くほどの速さで傷が塞がっていき、程なくして僕の身体は少しの疲労感を残して無傷の状態へと戻った。

 

(これは廃坑の時と同じ……?)

 

 あの時と同じ温かな光にその場の全員が目を白黒させていると、ローブの中から出てきた黒い装丁の本が僕の手に自然と収まった。読めということだろうか。不思議に思いつつも、僕はモノクルを取り出してその本を読み始める。

 再びあいつが現れた時のために、イースを結集した力をこの本に封じ込めておく。

 6冊を手にした者にその力は与えられ、その者こそ、平和に導く指導者となるだろう。

 だが、この書を目にする者はもう1度よく考えてほしい。

 力を行使する者はその力に敗れる。

 心を置き忘れた繁栄がどれだけ虚しいものかを。

 元凶を追求する者は何を悪と定めるだろうか。

 美しい宝玉の金属も聖なる心があってのものだ。

 6冊の本を手に入れた者に力が与えられる。魔物を利用して本を集めさせていたのはこれが理由であろう。先程の癒しの力だけでも凄まじい力であると理解できるだけに、揃えられる前に奪還できて本当に良かったと思う。

 ファクトの章を読み終えて考え込んでいると、イースの本の光が僕の中に全て吸収されたと思った直後に、何やら背中に違和を感じ、鎧と衣服を取り去った。

 

「アドルさん……やはり……」

 

 レアさんの口から漏れ出た言葉と皆の視線が僕のやや後方に向かっていることに気が付き、同様に後ろを向いてみると、レアさんが見せたのと同じような純白の翼が僕の背中から生えていた。

 頭が疑問符で埋め尽くされる。男衆も同じようで、口をあんぐりと開けて固まっているようだ。唯一事情を知っているであろうレアさんも何やら考え込んでいるようで、この場が沈黙で支配される。

 

(レアさんは救世主としてイースを救ってもらう、と言っていましたが、これはつまり……女神と同じ姿の者としてイースを平和に導け、ということなのでしょうか?)

 

 何故翼が生えてきたのかを自分なりに考察する。女神と同じ姿をしていれば、救いの象徴として非常に分かりやすいのであろう。恐らく。

 ところで、依然として光り続ける身体が少しずつ浮かび上がっているような気がするのだが大丈夫だろうか。

 

「レ、レアさん、イースって空にあるんでしたよね?」

 

「え? あ、ええ、そうよ」

 

 嫌な予感がしてレアさんに1つ質問を飛ばすと、急に話しかけられて驚きながらも答えを返してくれた。

 

「……翼が生えたことと、今まさに少しずつその空に近づいていってることってそれに関係ありますかね?」

 

「………………ごめんなさい、こんなに急だとは私も思ってなかったです」

 

(あっ、これダメなやつですね)

 

 レアさんの間を置いた本気の謝罪にこの後起きることを理解してしまった。

 

「……あ、後で私も追いかけるから、一先ずアドルさんもイースに着いたらサルモンの神殿を目指してね!」

 

「せめて1回帰りたかっ​──────」

 

 いっそ清々しいほど開き直ってサムズアップしてくるレアさんに文句を言う前に、僕の身体は朝焼けの空へ浮かび上がっ​────否、射出された。




 アドル砲発射しました。


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第二章 失われし古代王国-最終章-
プロローグ -To Make The End of Battle-


「ダームの塔が沈黙しました。如何が致しましょうか?」

「面白い。アドルとやらが何処までやれるか見てみるとしようぞ」

「承知致しました」


Main Character:アドル=クリスティン

Location:エステリア上空

 

 

 

 僕は今光の球のようなものになって、ダームの塔からほとんど射出されたような勢いで空へ向かって飛んでいる。みるみるうちにエステリアが小さくなっていき、雲を突き破って雲上に出た。

 それでもまだ勢いは衰えることなく、僕はイースへ向かって飛んでいた。雲を抜けた時から見えていたが、本当に天空に大地が浮かんでいる。

 

(あれがイース……)

 

 感慨に耽っていると、あっという間にイースを飛び越して、上からイースを見下ろす形になった。色んなものが目に入るが、一番目を引くのはバギュ=バデットの側に遺棄されたサルモンの神殿と似たような造りの区域で、あそこが恐らくレアさんに言われた僕が目指すべき場所。

 

(あそこに魔王ダームが​い──────)

 

 事件の黒幕のことを考えていたら、再び引っ張られるようにイースへ向けて光球が動き出した。今度は地表に向けて一直線である。

 

(あぁ、イースの本たちに傷を癒されたのってもしかして​──────)

 

 本の不思議な力に納得したところで、僕は勢い良く地表に叩きつけられた。着地どころかもはや着弾である。

 

(傷を癒せば乱暴に扱っていいわけではないでしょうに……)

 

 イースの本の力を天空から上半身裸の翼が生えた男が勢い良く飛び込んでくるような設計にした、かつての神官たちに文句を言わねばならないような気がした。

 

 

 

Location:イース

 

 

 

 あわや惨殺死体になるところだったアドル砲事件(本人命名)が終わり、派手に着弾した際に付着した土を払いながら立ち上がると、辺り一面に草原が広がっているのが見て取れた。遠くの方に遺跡が見えるが、人里のようなものは視界には映らない。

 

(せめて自由に飛べればひとっ飛びなんですがね……)

 

 自身の翼を見ながら1つ溜め息を吐く。自分の意思で動かすことは出来ても、それは風を起こすだけで、とても飛行するといったことはできなさそうだった。そのあたりも含めて、やはりノータイムで送り出されたのはかなり痛手のように思われる。そこはレアさんも予想外だったみたいだが。

 

(使えないなら邪……いや、流石にそれは失礼がすぎますね……)

 

 ガクッと肩を落としてもう1度大きく溜め息を吐いた。

 

(せめてしまっておければいいのですが……。あ、そういえばレアさんは出したり消したりしてましたね。あれはどうやるのでしょうか)

 

「あ、あの!!」

 

 どうやったら翼を隠しておけるか悩んでいると、いつの間にか長い茶髪で碧眼の少女が隣に現れていた。その瞳は僕の顔と翼を行ったり来たりしている。

 

「もしかして、神様でしょうか?」

 

「いえ、女神の命によってイースに遣わされた者です」

 

「それなら……天使様ですね!」

 

 流石に神を自称するのは恐れ多いので、事実に基づいたそれらしい感じのことを少女に説明すると、僕は天使ということになったらしい。まあ、神の使いという意味であれば天使で間違いではないのだが。

 

「あ、翼が……」

 

 とりあえず消えるように強く念じたら翼が消えたようだ。少女の目が白黒している。

 

「すいません、この辺りに人里はありませんか?」

 

「はい、案内しましょうか? 天使様」

 

「えっと、天使ではなくアドルと呼んでもらえると助かるのですが」

 

「分かりました。アドルさんですね、よろしくお願いします。私はリリアです」

 

 そうこうしているうちに、リリアさんの案内で人里に行けることになった。何故かちらちらと顔を赤らめながらこちらを見てくるリリアさんに着いていくことにしよう。

 

(………………そういえば今裸でしたね)

 

 天空の地の風は少し肌に染みた。




 YsII -Ancient Ys Vanished The Final Chapter-始まります。


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A.ランスの村

 To Make The End of BattleはPCE版のやつが一番好きです。


Main Character:アドル=クリスティン

Location:ランスの村

 

 

 

 村に向かう道中、ダームの塔の最上階にクレリアの装備を全部置きっぱなしにしておいたことを思い出し、服を取り出すついでに呼び戻しておいた。それ以外は特に何事もなく、リリアさんの故郷であるランスの村にたどり着くことが出来た。

 

「ただいまお母さん!」

 

「おかえり、リリア。おや、そちらの方はどなただい?」

 

「この人はアドルさん。遺跡の方の平原で迷ってたのをここまで連れてきたの」

 

「アドル=クリスティンと申します。サルモンの神殿に行く途中で迷ってしまいまして、それでリリアさんにこの村に案内してもらったのです」

 

「神殿へ? 何だってそんなところに?」

 

「約束がありまして」

 

 僕の言葉にリリアさんのお母さん​──後でリリアさんに聞いたがバノアさんと言うらしい​──は心底不思議そうな表情を浮かべた。恐らく、人が行くような場所ではないといったところだろうか。

 

「お母さん、アドルさんは天使様なのよ!」

 

「天使様?」

 

 バノアさんが完全に不審者を見るような目で見てくる。残念ながら当たり前である。

 

「空から凄い勢いでやって来てね! 翼も凄い白くて綺麗だったんだから!」

 

 テンションが上がりきったリリアさんはそんなバノアさんの様子に気づくこともなく次々に爆弾を投下していくが、娘の言うことだからか、少しずつバノアさんの顔から疑いの色が消えていく。

 

「でもリリア、その綺麗な翼とやらが見えないのだけれど」

 

「アドルさん!」

 

(お、押しが強い……)

 

 バノアさんの言葉に待ってましたと言わんばかりに瞳を輝かせて、リリアさんが僕に催促してくる。いや、まあ、不審者扱いされて通報されたり追い出されたりするよりは、きっちり証明しておいた方がいいのだろうか。とりあえずそう考え至ったので、後ろを向いてから背中を出すように服を捲り上げて、強く翼が広がるイメージを想い起こす。

 

「おぉ……なるほど、確かに天使様みたいだね」

 

 ばさりと広がる白翼を見て感嘆するバノアさんに、リリアさんがでしょー? と楽しそうに話しかける。人間なので天使ではないのだが、信じてもらえて何よりだ。……イースにいる間は背中の部分が開いた服を着るべきだろうか。

 

「私、村の皆に教えてくるね!」

 

「あっ、それは……ってもう行っちゃいましたか……」

 

 リリアさんが凄い勢いで飛び出していったので、この場にはバノアさんと僕だけが取り残された。とりあえず翼を消してから服を元の位置に戻しておく。

 

「アドルさん、1つ聞いてくれるかい?」

 

 何やら、先程とは打って変わって深刻そうな表情をするバノアさん。リリアさんに案内してもらった恩もあるのでその言葉に頷いて肯定する。

 

「リリア、とっても元気にしてただろう?」

 

「はい」

 

「実はね、病気なんだよ。本人には伝えていないけど、余命はほとんど無いかもしれない」

 

 重い病気と聞いて、僕は今世のお父さんのことを思い出した。

 

「……治療法はあるんですか?」

 

「フレアっていうこの村の医者が見つけたらしいんだけどね。その新しい薬の材料を探しに行ったっきり姿を見ないんだよ。だから、フレア先生を見かけたらこの手紙を渡しておいてくれないかい?」

 

 バノアさんはそう言って、僕に1枚の手紙を渡してきた。

 

「私はあの子を残して探し回るわけにはいかないからね。会うことがあったらでいいから、頭の片隅に留めておいてくれないかい?」

 

「分かりました」

 

 病気で大切な人を失うのはとても辛い。それを知っていたから、僕はバノアさんの依頼を迷わず承った。

 

「湿っぽい話をしてすまないね。もう神殿に向かうのかい?」

 

「いえ、もう少しゆっくりしてから村を出ようと思います」

 

「そう、なら村をゆっくり見て回るといいよ。ここはいいところだからね」

 

 

 

 バノアさんに送り出されてから、僕はランスの村の中心で村人に囲まれていた。ニコニコしているリリアさんがその輪の中にいたので、本当に翼のことを村中に伝えて回ったのだろう。

 結局大衆の圧力に負け、翼を見せることになったが、その後の村人たちの盛り上がりようが凄かった。そのうちの何人かが天使様がイースを救ってくださると言っていたので、今のところ女神の使いとしての威厳はあるみたいだ。

 

「皆大変だ!!」

 

 ランスの人たちがようやく落ち着き始めた頃、慌てた様子の男が広場に走り込んできた。何やら手紙を持っているようだ。

 

「どうしたのレノアさん」

 

「リ、リリア、実は兄貴の鳩がさっき飛んできてこんな手紙を……」

 薬草を取りに洞窟へ入った私は落盤に遭い、壁の中に閉じ込められてしまった。誰かこの手紙を受け取ったなら助けに来て欲しい。

フレア=ラル

 

 男が持ってきた手紙はついさっきバノアさんが言っていたフレアさんからの手紙だったようだ。

 

「落盤……ってことはフレアさんは廃坑に?」

 

「ああ、何日も前に廃坑に行ったっきり戻ってきてないから多分……」

 

 それを聞いて村人たちがざわつき始める。聞こえてくる声から魔物という言葉があったので大体のことを察した。そして予想通り、村の人たちの視線がこちらへ向けられる。

 

「アドルさん……」

 

「分かりました、これでも女神の使いです。魔物を相手取るなら適任でしょう」

 

 不安気なリリアさんの声に僕は一瞬の迷いもなく返事をした。人の命がかかっているのを無視出来るはずもない。

 

「ではすいません、入口まででいいのでどなたか案内を」

 

「こ、こっちだ赤毛の兄ちゃん!」

 

 僕の呼び掛けに手紙を持ってきたレノアさんが応える。村人たちに見送られて、僕たちは廃坑へと走り出した。




 少し早いですが、第三章-セルセタの樹海-はどのバージョンで進めようかなと悩んでいる今日この頃。


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B.剛腕の狂騒獣ベラガンダー

 恒例の巻きで攻略されるダンジョンくん。


Main Character:アドル=クリスティン

Location:ラスティーニの廃坑

 

 

 

 レノアさんの案内で遺跡の地下から聖域トールと呼ばれる場所を抜けて、僕は廃坑の入口まで来ていた。彼はもう帰ってしまったので、今は村で借りた地図と松明を手にして廃坑を奥へ奥へと進んでいるところだ。

 魔物を斬り伏せつつ複雑に入り組んだ道を隅々まで探索して回ったが、結局フレアさんを見つけることは出来ずに残った最深部までの道にたどり着くと、見覚えのある物を見つけた。

 

(これは……イースの本の時と同じ扉……?)

 

 微妙に意匠が異なる両開きの物のようだが、同じようなデザインの扉を見つけて少し嫌な予感がした。

 

(坑道に魔物が出るようになったのは、エステリアと同じように魔物を統率する魔物が住み着いたからのようですね)

 

 そういうことなら、この奥にいるであろう存在を倒せばこの廃坑の魔物も姿を消すかもしれない。考えていなかった状況ではあるが、より一層気を引き締めて目の前の扉を開けて先に進むことにした。

 

 

 

 奥の方を見ていた巨大な魔物が扉を開けた音に気づいたのか、ゆっくりとこちらを振り返ってくる。

 全身を覆う真っ赤な鎧のような甲殻と鋭く長い爪が特徴の魔物のようだ。クレリアの剣も通るかどうか怪しいが、ギョロリとした青い大きな一つ目を狙えば十分に勝機はあるだろう。関節を狙うのもいいかもしれない。

 お互いに睨み合い闘志を高めていると、突然クレリアの剣が輝き出したので松明を後方に放っておき、再び魔物を見据える。下半身はあまり発達していないようなので、素早い動きで翻弄すれば戦いやすいだろうか。

 

「グオォォォ!」

 

 緊張の糸が張り詰めたところで、先に仕掛けてきたのはあちらの方だった。目から魔力の塊を放ってきてこちらを攻撃してくる。幸い、そこまでの速さはなかったので、大きく右に回ってこれを避ける。

 

「グオォォォォォォ!!」

 

「遅いっ!!」

 

 避けられて怒ったのか、先程よりも大きな雄叫びを上げながら腕を振り下ろしてくるが、大振りの攻撃に当たってやるほど甘くはない。廃坑の地面にめり込むほどの威力のようだが、当たらなければどうということはない。

 走る勢いのままこれを避け、腕を地面から抜かれる前に跳び乗り肩まで登ると、身体を激しく揺すり振り落としてこようとしてくるが、そうなる前に深くクレリアの剣を突き立てて、抉るように腕を斬り落とす。

 

「ギィィィィィィィ!!?」

 

 足場が無くなり腕と一緒に自然落下し、暴れる魔物から1度距離をとる。離れながら異空間から取り出した弓矢で目を狙って見たが、暴れつつも冷静なようで、残った片腕でしっかりと防がれてしまった。

 距離を取ると魔力の光線で攻撃してくるようなので、再び距離を詰めて振り下ろしを誘発させるように行動すると、同じように腕を叩きつけてきた。先程の焼き直しのように腕に跳び乗ると、今度は斬り落とさせまいと自分の腕ごと魔力の塊で僕を焼き払おうとしてくるが、クレリアの盾でこれを弾き飛ばして目に跳ね返した。咄嗟に目を閉じたようだが、その隙に残った腕も斬り落とし、落ちる前に魔物の肩を蹴って跳躍し、ゆっくりと開かれる魔物の大きな目に向けてもう1度取り出した弓にクレリアの剣を番えて構える。

 

「これで終わりです​────っ!」

 

 目を庇う腕をなくし、更に目を開いた直後なのもあって、放たれたクレリアの剣は何にも阻まれることなくその青い瞳に突き刺さった。

 

「グオ゛ォ゛ォォォォォォ…………!!!」

 

 それが決定打になったようで、魔物は地の底に響くような断末魔を上げながら地に伏し、そしてその身を灰に変えた。

 手から離れたクレリアの剣は光を放たなくなっていたので、放っておいた松明を拾い上げてから剣を手にして、最初に魔物が見ていた先にある扉の奥へと歩を進めることにする。この奥は最下層のはずだが、恐らくフレアさんはこの先にいるだろう。

 

 

 

 巨大な魔物を倒した影響か、やはり魔物の姿が見えなくなっていたのであの後は楽に進むことが出来た。奥へ奥へと進んでいると、落盤が起きた場所を発見できた。地図によると水場になっている場所のようだが。

 

「フレアさん! そこにいらっしゃいますか?」

 

「おお……誰か助けに来てくれたのか」

 

 呼びかけてみると奥の方から男性の声が聞こえてきた。良かった、一応無事だったようだ。

 

「すまない、薬の材料を取りに来ただけだったから何も持ってきていないんだ。マトックがあればこのぐらいの落盤なら脱出できたんだが……」

 

マトック……そういえば、路銀稼ぎで数日炭坑夫の仕事をした時に、古くなったから譲ってもらった物があったはずだ。

 

「分かりました。少し下がっていてください」

 

 フレアさんにそう指示を出し、異空間から取り出したマトックを振り下ろして岩を削っていく。幸い硬い層ではなかったようで、これを繰り返していくだけでやがて人が通れるスペースを確保することが出来た。

 

「ありがとう、助かったよ。ん? 村の人じゃなかったのか」

 

「はい、ランスの村の人たちからお願いされてあなたを助けに来ました。あと、こんな時で申し訳ないですがこれを」

 

 穴の向こうから出てきて驚くフレアさんに、バノアさんから預かった手紙を渡した。フレアさんがそれを読んでいくと、だんだんと険しい顔つきになっていく。

 

「そうか……リリアちゃんがあの病気に……。いや、でもある意味ちょうど良かったかもしれない。実はね、その病気の特効薬を作るのに必要な材料を取りに来ていたんだ。ほら、これだ」

 

 そう言って、フレアさんが深い蒼色の花を見せてくれた。これはどこかで見たことがあるような……。

 

「セルセタの花……?」

 

「おお、知っているのかい?」

 

「はい、確か色々な薬の材料になるとかで重宝されていると聞いたことがありますが」

 

 人伝に聞いたことを口にしながら、異空間から前に人にもらったセルセタの花を取り出すと、フレアさんがひどく驚いた顔をした。

 

「それはセルセタの花の原種……! それをどこで!?」

 

「あぁ、えっと……」

 

 フレアさんに詰め寄られ、戸惑いながらも前にお世話になった人に危険な旅になるだろうからと言われいくつか渡されたこと、その旅がエステリアへの渡航で、それから紆余曲折あって女神の命によりイースまでたどり着いたことを説明した。

 

「なるほど……女神様の使いか……」

 

 フレアさんはどこか納得したような様子だ。

 

「使い方も分かりませんし、良ければお譲りしましょうか?」

 

「いいのかい? 貴重なものだろうに」

 

「僕が持っていてもそれこそ宝の持ち腐れですよ。これは使える人が持っておくべき物です」

 

 そう言って、半ば無理やりフレアさんに持っていたセルセタの花を渡した。

 

「うむ……そうだね。原種の方がより良い効果が出るらしいし、リリアちゃんのためならこっちの方がいいかもしれないね。……よし、じゃあ早速戻ろうか!」

 

 フレアさんが軽い足取りで出口へと向かっていく。僕も遅れないように慌ててそれを追いかけた。




 最近夢によくフィーナ様が遊びに来てくれるので寝るのが楽しみな有翼人です。


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C.イースの神官

 一纏めにしておきました。


Main Character:アドル=クリスティン

Location:聖域トール

 

 

 

《イースの本を揃えし勇者よ、その扉を潜り我らの前に姿を見せてくれないだろうか》

 

 フレアさんと共に魔物がいなくなった廃坑から帰る途中、聖域トールにある例の扉に似た大きな扉の前を通りかかった時に、そんな声が僕の頭に響いてきた。

 

「アドルくん?」

 

 突然のことに足を止めてしまったので、それに気づいたフレアさんが不思議そうな顔でこちらを振り返ってくる。

 

「どうやら、女神の使いとしての仕事があるみたいです」

 

「そうか……。じゃあ、僕は一足先に戻ってるよ。皆心配してるだろうし、リリアちゃんの薬を作らないといけないからね」

 

 戻ってきたら1度診療所に寄ってくれ、と残してフレアさんは聖域から村へと向けて歩いていった。それを見送ってから僕は目の前の扉を開いて中へと入っていく。

 

 

 

 扉の向こうには祭壇を囲むようにして6体の聖職者のような格好をした石像が並んでいる空間が広がっていた。イースの本に関わりのある6人ということは、彼らがイースの神官だろうか。

 考え事をしながら石像の前まで来ると、ダームの塔の時と同じように、異空間から勝手にイースの本が飛び出してきた。本たちは1度僕の周りを回った後に、1冊ずつそれぞれの石像の前まで飛んでいき、石像に吸い込まれるようにしてその姿を消した。

 

《我らはイースの神官。勇者よ、よくぞ全ての本を揃えてここまでたどり着いてくれた》

 

 威厳のある声が僕に語り掛けてくる。

 

《今この天空の地では、地上より舞い戻った魔王ダームの影響で、眠っていた魔物たちが再び活動を始めてしまっている。かつてイースを襲った災いが復活しようとしているのだ》

 

 イースの書に記されていた魔王ダームと魔物による大侵攻、それが再び起ころうとしているらしい。

 

《元々ダームはただの魔力炉だった。しかし、女神の制止を振り切り、魔法の力と魔法銀(クレリア)を産み出すことで国の発展を優先させた結果、その魔力炉に人間の負の感情が蓄積され、それがやがてダームという存在を産み出すことになった》

 

 繁栄の陰に魔は育ち、人間の驕りの中に悪は生まれた。イースの本にそう記されていたことを思い出す。

 

《魔物は魔法から生まれたものだ。故に、国1つをたやすく発展させるほどの魔力炉としての性質を持っているダームを打倒せねば、イースの災いを収束させることはできない。勇者よ、女神と同じ力を持つ者よ、どうかサルモンの神殿に赴き、ダームを倒してくれないだろうか》

 

「元より僕は女神によって、災いを治めるためにこのイースの地に遣わされたのです。魔王ダームを打倒することがその道となるのであれば、僕にそれを断る理由はありません」

 

《そう言ってくれるか。ならば、我らの力をあなたに託そう》

 

 神官たちの声に応えるように祭壇の上に1本、神官の像の目の前に4本、計5本の杖が光を放ちながら顕現した。

 

《これはロダの樹で作られたイース王国の指導者の証となる杖。名を神界の杖と言う。これを手にし、指導者としてイースを平和に導いてくれ》

 

 神界の杖が独りでに浮かび上がり、主人の元へ舞い降りるようにして僕の手に収まる。女神の使いとして持っておくべき物なのだろう。

 

《次に、これらは我ら神官の魔法を行使するための杖である》

 

 神界の杖に続いて4本の杖が僕の前に降りてくる。2本足りないのは魔物に奪われてしまったのだろうか。

 

《赤い宝石が先に嵌められているのは力の神官トバの魔法。魔力を炎に変えて放つことが出来るファイアーという名の魔法だ》

 

 赤い宝石の中に炎が燃え盛る杖が僕の手に収まる。持ち手の部分がクレリア製なので鈍器としても使えそうだ。

 

《青い光が灯されているのは光の神官ダビーの魔法。その聖なる光は暗闇と真実を照らし出すライトという名の魔法だ》

 

 先端で光が揺らめいている松明ほどの長さの杖が降りてくる。両手とも塞がっているので、一先ず異空間にしまっておこう。

 

《女神の翼が象られているのは大地の神官ハダルの魔法。あなたが訪れたことのある場所へ瞬時に帰還することができるリターンという名の魔法だ》

 

 先端で2枚の翼が広がる杖が舞い降りてきた。先ほどと同様に異空間へしまっておく。

 

《最後に、杖の先に魔物の姿が象られているのは知恵の神官ジェンマの魔法。使用者の姿をかつて女神に仕えていた聖獣の姿へと変え、人外の者との対話を可能にするテレパシーという名の魔法だ》

 

 蜘蛛のような形をした物が先端に取り付けられた杖が降りてくる。再三異空間を開き、これもしまっておく。

 

《残り2本はこの聖域には残っていない。可能であれば魔物に悪用されないように回収して欲しい》

 

「承りました」

 

《うむ、勇者よ、聖域にあるサルモンの神殿への道を開いておく。ここを通り、サルモンの神殿へ向かってくれ》

 

 神官の像がそう言った直後、ガコンッと何かが開く音が地を鳴らしながら響いた。恐らく聖域にあるもう1つの扉が開いた音だろう。

 

《勇者よ、イースに平和を齎してくれ》

 

 その言葉を最後に、神官の像は物言わぬ石像になってしまった。一気に色んなことが起きて少し混乱しているが、一先ずランスの村に帰ろう。石像に1度頭を下げてから聖域を後にし、僕は村への帰路についた。




 残り2本の扱いはどうしようかなと考え中。


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D.双子の女神像

 だいぶ難産だった回。


Main Character:アドル=クリスティン

Location:ランスの村

 

 

 

 かつての神官たちとの話を終え、ランスの村に帰ってくると、僕は村人たちの盛大な歓声で迎えられた。神界の杖を目にすると更に興奮が増し、熱狂する村人たちに応対しながら何とかフレアさんの診療所まで転がり込むと、真剣な表情で薬を調合するフレアさんが目に入る。

 

「おや、お帰りアドルくん。もうすぐできるから待っていてくれ」

 

 指示に従って、椅子に座りながら部屋に漂う薬品特有のあの何とも言えない匂いを楽しみながら待っていると、しばらくして2つの瓶を持ったフレアさんがこちらへやって来た。

 

「ほら、これがリリアちゃんの薬だ」

 

 そう言いながら、液体の入った青い小瓶をフレアさんが渡してくる。

 

「数日開けちゃって仕事が溜まってるから、申し訳ないけど代わりに届けてくれないかい?」

 

「はい、構いませんよ」

 

 フレアさんの頼みを、そういうことならと引き受け、僕は特効薬を受け取った。

 

「原材料はアドルくんに貰ったセルセタの花の原種だから、お礼と言えるかは微妙だけど、これをあげるよ」

 

 フレアさんが持っていたもう一つの小瓶を渡してくる。今度は赤い小瓶だ。

 

「これは?」

 

「セルセタの花の成分を抽出したものを薬にしたものでね、そこらのポーションよりもずっと効果がある薬さ。何でも、どんな傷だろうと忽ち治してしまうらしい」

 

 話の通りなら何とも凄い効能である。やはりフレアさんに花を渡して正解だったようだ。名前をつけるならセルセタの秘薬と言ったところだろうか。

 

「ありがとうございます、フレアさん」

 

「いやいや、お礼を言うのはこっちの方さ。原種もこんなに貰ったしね。それよりも、早く行っておやり」

 

「はい、失礼します」

 

 フレアさんに促されたので、僕はバノアさんに薬を渡すために診療所を後にした。

 

 

 

「これが……これでリリアの病気が……ありがとうアドルさん」

 

「いえ、フレアさんの力があってこそですよ。僕は何もしていません」

 

 薬を渡すと、バノアさんは涙ぐみながらそれを大事そうに胸に抱えた。

 

「そのフレアさんを助けたのはアドルさんよ、村の人も皆感謝してたわ。本当にありがとう」

 

 バノアさんが真っ直ぐにこちらを見据えてから深く頭を下げてくる。こういう風に感謝されるのは素直に嬉しいが、何となく恥ずかしくなって指で頬をかいて誤魔化した。

 

「では、僕はそろそろ」

 

「何も返せなくてごめんなさいね」

 

「いえ、リリアさんにはここまで案内してもらった恩がありますので」

 

 そう言って、バノアさんの家を後にした。外に出ると、広場の方で子供たちが遊んでいるのが目に入る。そこから少し離れたところでリリアさんが座ってその様子を見ているようだ。出発の前に挨拶ぐらいはしていこう。

 

「リリアさん」

 

「アドルさん、戻られたんですね」

 

 僕に気づいたリリアさんが、立ち上がってこちらの方まで歩いてくる。

 

「もう行かれるんですか?」

 

 リリアさんは身支度を終えた僕を見て出発するのを察したようだ。

 

「はい、サルモンの神殿までの道も分かりましたので」

 

「そうですか……気をつけてくださいね」

 

 少し寂しそうな表情をした後、リリアさんはニコリと笑ってそう言った。

 

「では行って参ります」

 

「はい、ご健闘をお祈りします、アドルさん」

 

 

 

Location:ムーンドリアの遺跡

 

 

 

 あの後、村の人たちに惜しまれながら出発した僕は、村の外でレグスさんという人に女神像の存在を教えられて、遺跡の奥の方へ足を運んでいた。聖域からサルモンの神殿へ行く前にお祈りぐらいはしておいた方がいいと思ったからだ。

 

(改めて見てみると、確かにフィーナさんとレアさんに似ている気がしますね)

 

 特に迷うこともなく女神像の前までたどり着き、石像をじっくり観察してみると、既知の女性の面影を石像に感じるような気がした。

 しかし、全く関係ないが、何故この石像はこうもボディラインを強調するような造形をしているのだろうか。職人は何というか、まあとんでもない人だったんだろうと推測する。

 そんな風に思考が若干逸れ始めた時、双子の女神像が突如輝き出す。

 

《イースの本を集めし勇者よ、よくぞ参られました》

 

「あ、フィーナさん、記憶が戻られたんですね」

 

《……? 失礼ですが何処かでお会いしたことがありますか?》

 

 やたら他人行儀なフィーナさんの声に思わず首を傾げる。もしや記憶が戻った時にその間の記憶を失ったのだろうか。

 

《……なるほど、地上に降りた後に私と知り合った方のようですね》

 

「えっと……つまりどういうことでしょう?」

 

《私たちは女神が地上に降りる前に、未来の勇者を導くために残された、言わば残留思念のようなものです。記憶の共有はしていないので、私たちがあなたのことを知らないのであれば、つまりはそういうことなのでしょう》

 

 そういうことらしい。一瞬忘れられてしまったのかと思って動揺してしまった。

 

(ん……? 翼が勝手に……?)

 

《え、あ、な、何故突然服を……!?》

 

 女神の力に反応したのか、僕の背中から勝手に翼が顕現したので服を脱ごうとすると、フィーナさんの声が慌て始める。

 

「ああ、すいません、突然翼が出てきてしまったようでして」

 

《え、えっと……翼を広げるのに服を脱ぐ必要はありませんよ……?》

 

 ……………………そう言われると、確かにレアさんはラドの塔であのローブ姿のまま翼を広げていたような気がする。あの服は背中が開いたデザインではなかったはずだ。

 

《翼が着ている服を透過するイメージをしながら翼を広げてみてください》

 

(透過するイメージ……)

 

 一旦翼をしまってから、服を着てもう1度何にも阻まれない自由な翼をイメージしながら背中から翼を展開してみた。

 

「おお、上手くいきました」

 

 パタパタと服を透過しながら翼を動かしてフィーナさんに主張してみる。少し楽しい。

 

《今までそれでは不便でしたでしょう? ひょっとして、神官たちから受け取った魔法も使い方が分からなかったり……?》

 

 フィーナさんの言葉で、そういえば使い方を全く聞いていないことに気がついた。確かにその時は混乱していたのもあったが、それにしたってしっかり聞いておくべきだろうに。

 

「良ければ教えて下さると助かります」

 

《そうですね……。ではまず、身体の中にある魔力について説明しましょうか》

 

 魔法だ魔物だと今まで散々聞いてきたが、そもそもその魔の力、すなわち魔力については何の説明もないままここまで来てしまったので、いい機会ということでしっかり聞いておこう。

 

《魔力とは心臓から生み出される奇跡を起こすための力。そしてそれは心臓を起点として全身に巡っているものです》

 

「それは誰でも持っているものなのでしょうか?」

 

《いいえ、魔力を持つ者は限られています。私たちと同じ存在や黒き魔力で動く魔物。他には後天的に魔力を与えられた、言わば神官たちのような者以外には恐らくいないでしょう。そして、私たちは呼吸するように魔力を扱うことができますが、後天的に得た者はそうはいきません》

 

 そうなると、僕は後天的に女神の加護やイースの本のアシストで魔力を得た者になるのだろうか。

 

《魔力を糧にして引き起こされた奇跡を私たちは魔法と呼びます。魔法は使用者の強いイメージがなければ効力を発揮しません。私たちの翼は魔力で編まれたものですので、先ほどの翼を透過するイメージというのも、展開する翼に魔力を上乗せして、物質を透過する効果を付与するのに必要な行為だったわけです》

 

「つまり、イメージ次第では翼に色々な効果を付与することも可能ということでしょうか?」

 

《そういうことになりますね》

 

 そういうことなら、魔力の可能性というのは凄まじいものだ。ダルク=ファクトが絶対の自信を持っていたのも分からなくはない。

 

《次に、あなたの中にある魔力を知覚してみましょう。心臓から温かいものが溢れ出すのをイメージしてみてください》

 

 言われた通りにしてみると、心臓が熱を持ち、その熱が全身に巡っていくのが知覚出来た。これが魔力か。

 

《できましたか?》

 

「はい、全身が温かくなってきました」

 

《では、その魔力を……そうですね、あなたが持つクレリアの剣に流すイメージをしてください》

 

(…………これは廃坑の魔物と戦った時と同じ……?)

 

 剣に熱を移すイメージをすると、クレリアの剣が眩い光を放ち始めた。あの時は無意識に魔力を使っていたということだろうか。

 

《移せたようですね。それでは、あなたのイメージを乗せて剣を壁に振るってみてください》

 

(剣にイメージを……それなら​──────っ!)

 

 思い出すのはダームの塔で戦った大カマキリの飛ぶ斬撃。あれが出来れば剣だけでも遠近どちらも対応できて良いだろう。

 強いイメージを以てクレリアの剣を振り下ろすと、剣の軌跡に沿って光の斬撃が飛んでいき、遺跡の壁を破壊した。

 

《やはり、筋はよろしいようですね。しかし、クレリアは魔力を通しやすいですが、慣れないうちは神官に与えられた魔法の杖を使って魔力を魔法に変換する感覚に慣れると良いでしょう。あれは単一の魔法しか発動できない代わりに、魔法の発動自体は比較的簡単にできるようになっていますので》

 

 フィーナさん的には非常に好感触だったようだ。だが、確かに初めての試みのせいか、一振りで疲労感が薄く身体に纒わり付いている。発動までに時間もかかっているし、これでは実戦ではまだまだ使えないだろう。なので、言われた通りにしばらく遠距離攻撃はファイアーの魔法を使うことに決めた。

 

「ご指導ありがとうございました」

 

《いえ、イースの女神として当然のことをしただけですよ》

 

 女神像に深く一礼すると、嬉しそうな声色でそう返してきた。

 

《勇者よ、聖域の扉を越えるとそこは氷に閉ざされた地です。たどり着いたらまずはそこにいる私たちを探して訪ねてください》

 

「分かりました」

 

 魔法講義が終了し、次にするべきことをフィーナさんが示してくる。寒いところならしっかり着込んだ方がいいだろうか。

 

《最後に、私たちに触れてもらえないでしょうか?》

 

「え? ああ、はい、これでいいでしょうか?」

 

 思考がフィーナさんの声から逸れている時に、フィーナさんからそう指示された。戸惑いつつも、僕は右手をフィーナさんの像の右手に添えると、女神像の輝きが増し、その輝きが僕の中に流れ込んできた。

 

《これで私たちの役目は終わりです。勇者よ、あなたに残った私たちの力を託します。世界を、イースを救ってください》

 

 その言葉を最後に女神像の光は消え、女神像は物言わぬ石像になってしまった。

 自分の中に強い熱を感じる。力が漲ってくるようだ。

 

(この感じ……流れてきたのは女神像に残されていた2人の魔力……?)

 

 フィーナさんとレアさんの力を受け取り、何となく気分も上がったような気がする。

 

(そろそろ行きましょうか)

 

 翼を1度羽ばたかせてから消し、2人の温かさを感じながら、僕は聖域の方へと足を向けた。

 




 冒険と冒険の間の物語とか、晩年に北極点を目指す途中に行方不明になったアドルくんが実は軌跡世界に神隠しに逢っていたっていう話とか、TRPG繋がり(イースのTRPGが実はある)で、アドルくんがクトゥルフ神話の探索者になる番外編とか、色々と本編以外でも書いてみたい話は結構あったりする。


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E.氷壁の守護者ティアルマス

 石の靴くんはいいやつだったよ……(なお他のアイテム)。

 緑汁さん、評価ありがとうございます!


Main Character:アドル=クリスティン

Location:ノルティア氷壁

 

 

 

 遺跡を後にし、神官によって開かれた聖域の扉を抜けると、そこには雪と氷に包まれた世界が視界一面に広がっていた。壁のように反り立つ氷がこの地の異常さを際立たせているように思える。

 

(隣接する遺跡や村はあんなに穏やかな気候だったのに……いくら何でもこれは……)

 

 予想以上の寒さに面食らいつつ、異空間から外套とファイアーの杖を引っ張り出して装備する。魔力の扱いの練習のために発熱の効果を付与した翼を編んでおこう。

 

 

 

 フィーナさんが女神像を探せと言っていたので、僕の中に流れる2人の魔力が惹かれる方に進んでいると、歩いて行ける範囲で一番高いところに女神像が鎮座しているのを発見した。雪と氷を専用の靴でしっかりと踏みしめて、滑らないように気をつけながら何とかそこまでたどり着く。

 

《勇者よ、よくぞノルティア氷壁までたどり着いてくれました》

 

 今度は女神像からレアさんの声が聞こえてくる。恐らく残留思念だろうから、今回はそのあたりは流していこう。

 

《峻厳なる氷に覆われたここノルティアは、魔物の侵攻を防ぐための結界の影響でいくつかの仕掛けが発生しています。この異常な寒さもそれの1つです》

 

 どうやらこの地を覆う結界とやらの力で、隣の地域に影響を与えずに極寒の地を作り出しているらしい。規模の大きな魔法だとこのようなこともできるのだろうか。

 

《そしてもう1つ、氷壁の内部へ侵入して神殿に向かうためには、真実の扉を見つけてもらう必要があります。今見えている結界で歪められた虚構の扉を真実を暴く光で照らし出してください》

 

(確かライトの魔法にそんな効果がありましたね……。扉を探して早めに抜けてしまいましょう)

 

 神官にされた説明を思い返しながら、次に行くべき場所を見定める。まあ、場所が分からないので結局探し回ることになるのであるが。

 

《氷壁を抜けたら、溶岩の海に囲まれた私たちを探してください。次への道を示してくれるでしょう》

 

 溶岩の海……寒暖差で死にはしないだろうかなどと少々不安になりつつも、僕はレアさんの声に頷いて肯定を示した。

 

《では、最後に私たちに手を》

 

 レアさんの指示に従い、遺跡の時と同じように手で女神像に触れると、これまた前回同様に女神像の光が僕の中に流れ込んできた。僕の中に流れる魔力量も増大していく感じがする。

 

《勇者よ、サルモンの神殿へ急いでください》

 

「分かりました」

 

 それっきり、光を発しなくなった女神像は声を出すことはなくなる。僕はそれをしっかり見届けてからその場を後にした。

 

 

 

 氷の身体を持つ魔物やこの寒さに耐えるために毛皮で覆われた魔獣などをファイアーで焼き払いながら進んでいると、レアさんの言っていた扉を見つけることが出来た。廃坑で見たのと似たような構造なので、恐らくこの奥には行く手を阻む番人がいることだろう。

 試しに扉に触れようとしてみたが、扉が水面のように波打ち、僕の手は扉に触れることなく突き抜け、扉の向こうにある冷たい氷壁に触れた。

 

(なるほど、実体がないわけですか)

 

 虚構の扉という表現に納得しながら、異空間からライトの杖を取り出し、魔力を流して発動させてみると、辺り一面が目が眩むほどの光に照らされた。光が収まってからゆっくりと目を開くと、先程まであった扉が姿を消し、その隣に真実の扉が姿を現した。

 その扉に触れてみると、今度はゆっくりと開いていき、氷壁の中へ入る道が出来上がった。巨大な魔物に備え、ライトの杖からファイアーの杖に持ち替えてから、僕はその扉の先へ進んだ。

 

 

 

 扉の向こうは広大な空間が広がっていた。巨大な魔物も余裕で暴れ回れそうな広さだ。部屋の奥にはいつものように1枚の扉があり、恐らくあそこから溶岩の海とやらに行けるのだろう。

 警戒しながら部屋の真ん中まで進むと、猛スピードで何かが近寄ってくる気配を察知した。急いでその場から跳び退くと、赤い何かが先程まで立っていた場所に落ちてきた。その衝撃で大小様々な雪塊が辺りに撒き散らされるが、跳び退いている時に翼を広げて魔法を使う準備を終えていたので、自分に飛んでくる物を炎で焼き尽くしてこれをやり過ごす。

 視界が晴れて降ってきた物が僕の目に映る。異常に発達した脚と、それに反して上半身が細い歪な形をした魔物だ。身の丈ほどの長さもある腕もその魔物の異様さを引き立たせている。

 魔物がこちらを一瞥したかと思うと、瞬時にその場で跳躍して襲いかかってくる。杖に魔力を流して先端で殴るようにして炎を放つと、流石に空中で体勢を変えることはできなかったようで、魔物は炎に直撃し、爆発しながら後方へ吹き飛ばされていった。しかし、接地とほぼ同時に体勢を整え、今度は地面だけでなく壁や天井も利用してこちらを翻弄し始める。随分と身軽なようだ。

 

(流石にこれ相手に剣を当てるのは無理そうですね)

 

 三次元機動を駆使して攻撃してくる魔物を何とか魔法とクレリアの盾で捌きつつ思考する。これだけ動き回られると当てにくいというのもあるが、着地する瞬間に攻撃を当てようにも、着地の衝撃で勢いよく雪と氷の塊を弾き飛ばしてくるので接近できない。何とかファイアーで隙を作って倒すしかないだろう。

 

「狙うなら​──────ここッ!」

 

 天井に向かって跳躍する魔物に先行して、ファイアーの魔法を飛ばして爆発で天井の一部を崩落させる。その崩落してきた氷壁の一部は、そこ目掛けて跳んでいっていた魔物を巻き込んで一緒に地面に落下して、魔物は背中を強かに打ち付けた。そして大きな隙が生まれる。

 

「これで終わりです!!」

 

 起き上がろうともがく魔物に向けてチャージした魔法を全力で放つ。今出せる最大火力の一撃は魔物に着弾すると、部屋を半分ほど覆い尽くすような爆発を引き起こした。

 爆煙が晴れて視界が確保されると、そこには焼き尽くされた魔物の姿があり、それはほどなくして灰になって消えた。

 

(魔法のおかげで随分と楽に勝てましたね)

 

 そう思いながら手に持っているファイアーの杖に視線を送る。魔法がこれほど強力なのは思ってもいなかったが、嬉しい誤算だ。

 

(さて、ここを行けば次は溶岩地帯でしたか。寒暖差で体調を崩さなければいいですが)

 

 人間の身体は体温調節ができるようになっているが、流石に超自然的な環境を前にしてはそれもあってないようなものだろう。旅に支障が出るので自分の身体に気を使わなければならないなと思いながら、僕は扉の向こうへと歩を進めた。




 実際、原作でもライトの魔法で真実の扉を暴くことは出来るんですよね。鏡がないと進めませんが。


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F.聖獣ルー

 魔法というか、魔力を扱う時にアドルくんは翼が展開するようになっています。かっこいい。

 SERANさん、赤毛のアドルさん、赤チリさん、銀腕アラムさん、評価ありがとうございます!

 ところで、この作品が日間ランキング5位に載ってて思わず5度見ぐらいしてしまいました。これも皆様のおかげです、ありがとうございます。


Main Character:アドル=クリスティン

Location:バーンドブレス

 

 

 

 ノルティア氷壁の内部へ続く扉を潜ると、すぐに身体が異変を訴え始めた。つい数秒前まであれだけ寒かったというのに、既に身体に熱を孕んだ空気が纏わりついてくるのだ。

 

(これも氷壁と同じような結界の影響……?)

 

 レアさんの言葉を思い返しながら、この異常気象の原因に当たりをつける。まあ、分かったところでどうしようもないのではあるが。

 

 

 

 余分な衣服もさっさと脱ぎ去り、翼の特性も発熱から冷却に魔力で上書きしてから進んでいると、氷壁の時とは違ってすぐに女神像を見つけることが出来た。

 

《勇者よ、よくぞ来てくれました》

 

 女神像が輝き出し、フィーナさんの声が聞こえてくる。

 

《今あなたを苦しめているこの灼熱の溶岩地帯は、六神官が魔物たちの侵攻を阻むために作り出したものです。環境を変える結界は私たちにとっても辛いものでしたが、時間を稼ぐにはこの方法しかありませんでした》

 

 当時のイースはどうやら相当切迫した状況だったらしい。本で幾らか把握していたが、こうやって当事者の口から聞いてみると、また違った思いが湧き上がってくるようだ。

 

《この地には、今は魔物を生み出し、活性化させるダームの心臓となってしまった物を模倣して作られた黒い真珠が安置されています。勇者よ、これをこの地に潜む、人ではない協力者と共に奪還して魔物の力を弱めてください。少しは進行が楽になるでしょう》

 

「そのような危険な物でしたら、破壊した方がいいのではないでしょうか」

 

《いえ、あれはあの場にあることで魔物への供給機関としての役割を果たします。故にそこから動かされてしまえば、その力は発揮されません。それにあなたならば黒い真珠を使いこなすことも可能ですので、奪還後は上手く活用してください》

 

「上手く活用するというのは?」

 

《魔力を増幅させる効果がありますが、恐らく実際に触れてみた方が使い方は理解できると思いますよ》

 

 思わせぶりな発言だが、フィーナさんがそう言うのならばそういうことなのだろう。

 

《これで私たちの役目は果たされました。残された力をあなたに渡しますので手を》

 

 前と同じように女神像に触れて2人の魔力を授かると、背中に違和を感じた。それは背中から翼となって顕現し、僕は今2対の翼を生やしている。イースの本の力や今までの供給分を合わせて2人分の魔力に達したということだろうか。

 

《勇者よ、協力者はこの近くに生息しています。まずは彼らを探してみてください》

 

 その言葉を最後に女神像の輝きが霧散する。道はしっかり示してくれたので、一先ず言われた通りに協力者とやらを探してみよう。

 

(人ではない協力者……そうなるとテレパシーの魔法で交流できるだろうか………………おや?)

 

 どうやって接触しようかと考えていると、視界の端で何かが動いたのを捉えた。視線をその方向に向けると、複数の0.5メライほどの大きさの生物が、物陰からこちらを覗き込んでいるのが見える。視線が交差し、あちらはこちらが気づいたことに気づいたのか、奥の方へ引っ込んでいった。

 

(まさかあの可愛らしい生物が……?)

 

 とりあえず後を追おうとしてそちらへ足を向けるのと同時に、先ほどより数が増えた獣が凄い勢いで殺到してきて、あっという間に取り囲まれてしまった。殺気はまるで感じないのでいいのだが、それとは別の圧を感じる。

 獣たちは僕を囲みながら外見と同じく可愛い鳴き声で何かを訴えかけてくるが、今の姿では何を言っているのかさっぱり理解できないので、使おうとして出していたテレパシーの杖に魔力を流し、魔法を発動させた。発動と同時に身体が光に包まれ、それが収まると、僕の身体は獣たちと同じぐらいの大きさになっていた。

 

(身体の構造を変化させる魔法ですか……。しかし翼は生えたままのようですね)

 

依然として残る翼や変わってしまった身体の動きを確かめてみるが、問題なく動けそうだ。

 

「女神様が僕達と同じ姿に!」

 

「びっくりしたぁ!」

 

 子供のような可愛らしい声が周りから聞こえてくる。今度は言葉が理解できるようだ。ところで、僕の姿が彼らと同じということは、彼らが女神に仕えていた聖獣ということだろうか。

 

「すいません、黒い真珠がどこにあるか知っていますか?」

 

「黒い真珠?」

 

「きっとあれだよ、魔物たちが守ってるあの丸いやつ!」

 

「女神様、あれが欲しいの?」

 

早速黒い真珠について聞いてみると、話を聞く限りでは在処を知っているようだ。僕のことを女神と誤認しているのは気になるが、僕の中にある魔力から判断しているのだろうか。特に不都合はないのでこのまま訂正しなくてもいいだろう。多分。

 

「はい、それがないといけないみたいなんです」

 

「じゃあ僕たちが案内するね!」

 

「あっ、でも魔物はどうしよう?」

 

「それは僕が元の姿に戻って対処します」

 

「なら安心だ!」

 

「行こう行こう!」

 

 その言葉を発端に、聖獣たちは楽しそうに声を上げてぴょんぴょんと跳ねながら先へ進み始めた。僕も人の姿に戻り、これを追いかける。女神(偽)と聖獣の大行進の始まりだ。




 アド=ルーくんはセルセタの樹海版のアド=ルーの姿に翼が生えたのを想像してください。ちなみに女の子のルーは耳が垂れてて可愛いです。


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G.救出作戦

 《闇》あたりの設定をいまいち把握しきれてない有翼人です。セルセタ入るまでには何とかしておきたい。

 ゴレムさん、yuki000さん、マンドラゴルァさん、小説スキーさん、葉介さん、評価ありがとうございます!


Main Character:アドル=クリスティン

Location:バーンドブレス

 

 

 

 色とりどりの獣たちが上下するのを視界の下半分で捉えながら、聖獣たちに襲いかかってくる魔物を斬り伏せて溶岩地帯をぐんぐん進んで行くと、壁際に台座が設置してあるのを発見した。彼らも歩を止めて僕の顔を見上げてきているので、どうやらあそこに件の真珠があるらしい。

 視線に促されて台座の方へ進むと、台座の窪みに手のひらに収まるぐらいの大きさの宝石が嵌っているのが見て取れた。近づくとそれが発する魔力の波動の強さに少し及び腰になったが、意を決して抜き取るとその威圧感も霧散してしまった。そして、それと同時に手にした黒い真珠から情報が流れ込んでくる。分かりにくい感覚だが、何となくそんな感じがした。

 

(真珠に魔力を込めると、使用者の魔力を一時的に増幅させることができる……?  フィーナさんが言っていた触れれば理解できるというのはこういうことでしたか)

 

 なるほど、こうすることで感覚的な理解が出来るというのであれば、口で説明するのは確かに無駄な手間だろう。フィーナさんが残した言葉を内心で納得しながら聖獣たちの元に戻ると、何やら何かを訴えかけるように鳴き声を上げていた。

 

「女神様たいへん! 今さっき魔物が人間の子供を攫っていったらしいよ!」

 

 テレパシーの魔法を使って声を聞いてみると、何やら不穏な事態に陥っているらしい。

 

「何処に連れていかれたか分かりますか?」

 

「多分牢屋だと思うよ! でも入口は分かんないや……」

 

「では、その牢屋がどの辺りにあるかは分かりますか?」

 

「牢屋の壁があるところなら知ってる!」

 

「案内はお願いできますか?」

 

「分かった!こっちだよ!」

 

 壁を掘る道具なら持っているので、時間はかかるかもしれないが、入口からじゃなくても助けることはできるはずだ。何故魔物が子供を攫ったのかは分からないが、見捨てるわけにはいかないので、僕たちは目的地を魔物が管理する牢屋に変更し、そこへ向かって走り出した。

 

 

 

「ここだよ女神様!」

 

 溶岩地帯の突き当たりで聖獣たちの案内が止まった。早速救出に取り掛かるためにマトックを異空間から取り出そうとした時、黒い真珠が再び威圧感を放ち始めた。

 

(使え……ということでしょうか?)

 

 真珠が発する意思のようなものを受信したのでそれを手に取ると、真珠はそれを肯定するかのように更に圧力を強めた。不思議なことに、根拠は全くないのに僕もそれが正しいような気がしてくる。

 

「すいません! 今から壁を破壊します!! 出来る限り壁から離れてください!!」

 

 これから大規模な破壊が起きる予感がしたので、壁に空いていた穴から中にいるであろう人たちに向かって、大声でそう呼びかける。そして、しばらく待ってから僕は黒い真珠を握り込んで魔力を流し始めた。

 真珠に流れ込んだ魔力が急速に増加し、暴走しそうになるのを何とか抑え込みながら、慎重にファイアーの杖先へと集めていくと、先端の赤い宝石が煌々と輝き出した。極限まで高めた魔力を杖を振るうことで解き放ち、そしてそれは壁にぶつかると轟音を立てて炸裂し、天地がひっくり返るような衝撃を起こしながら爆発した。音にびっくりした聖獣たちは文字通りひっくり返ってしまったようだ。

 巻き起こる爆風から腕で顔を庇い、煙が晴れるのを待つと、壁が跡形もなく消し飛び、牢屋の中に入れるようになっていた。

 

 

 

「ご無事でしょうか!」

 

 思っていた以上の爆発が起きたので、子供が無事かどうかはらはらしながら牢屋の中へ侵入すると、奥の方に人影が2つあるのを確認できた。1人は恐らく聖獣たちから教えて貰った子供で、もう1人は人型の魔物だった。

 

「ま、待て! いや、お待ちください女神の同胞よ!」

 

 想定外の状況に思わず身構えるが、事が起きる前に魔物が人語を発して静止を掛けてくる。よく見ると、子供も魔物に対して怯えた様子を見せてない​──むしろこっちの方が奇異の視線を向けられているような気がする──ようなので、一先ずは話を聞く体勢に入ることにした。

 

「あなたは?」

 

「俺の名前はキース=ファクト。神官ファクトの子孫です」

 

 魔物の口からファクトの名前が出てきた。脳裏にダルク=ファクトのことが過ぎったが、何だろう、ファクトの一族は魔物化する宿命にでもあるのだろうか。

 

「キースさん、何故魔物の姿を?」

 

「ダームの腹心にかけられた呪いのせいでこのような姿にされてしまいました。その後は人里に戻ることも出来ず、弱ったところを魔物に捕えられてこの灼熱の牢獄に」

 

 こちらを真っ直ぐ見据える瞳を見ると、キースさんが嘘を吐いているようには見えなかった。何故呪いをかけられるような事態に陥ったかは分からないが、複雑な事情があったのだろう。

 

「女神の同胞よ、よろしければあなたのことを教えていただいても?」

 

「僕はアドル=クリスティンといいます。このイースの地には女神の使いとしてやって参りました」

 

「何と……」

 

 僕の言葉にキースさんは目を見開いた。そうか、神官の子孫的には今の僕はかなり重要な役割を持っていることになるのか。

 

「ここに来たのは聖獣たちに、魔物が人間の子供を攫ったと聞いたからです。君も無事で良かった」

 

「え、あ、は、はい!」

 

 キースさんと話していたせいで今の今まで放置していた青髪の少年に声をかけると、不意打ちで驚いたのか、あるいはよく分からない人に声をかけられたからか、若干挙動不審になりながら反応された。

 

「えっと、ありがとうございます」

 

「いえ、お礼はこの子たちに言ってあげてください。彼らがいなければ気づいていませんでしたから」

 

「わ、分かりました。君たちもありがとう」

 

 少年の感謝の言葉に、聖獣たちはその場でぴょんぴょんと跳ねて反応を示した。人語を理解出来ているのだろうか。

 

「さて、キースさんはこれからどうしますか? 僕は彼を人里まで送ってから神殿まで向かいますが」

 

「……俺はこの姿ですから村に入るわけにはいきません。別ルートで先に神殿に侵入しようと思います」

 

「では一先ずお別れですね。ご武運をお祈りします」

 

「はい、アドル殿もお気を付けて」

 

 キースさんはそう言って一礼してから颯爽とその場から去っていった。今見せた俊敏な動きも味方であるなら頼もしい限りである。

 

「では、僕たちも帰りましょうか。道は分かりますか?」

 

「はい、こっちです」

 

 キースさんを見送ってから、僕は少年と聖獣たちを引き連れて人里の方へと歩き出した。ここについてから動き回ってばかりなので、人里に着いたら一旦休憩しようか。




 毒ガス地帯はどうしようかなと思いましたが、ルーたちの力を別の形で借りることになったのでカットさせて頂くことになりました。毒ガス地帯のファンの皆様(?)、申しわけありません。


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H.戒めの頭蓋ゲラルディ

 夢に出てくるフィーナ様がもっとイチャイチャさせろとせがんできます。

黒須家さん、評価ありがとうございます!


Main Character:アドル=クリスティン

Location:溶岩地帯の村

 

 

 

「お父さん!」

 

「タルフ!!」

 

 溶岩に囲まれた集落に着くと、少年は顔を喜色に染めて駆け出して行った。向かった先からも少年と同じ髪色をした男性が走ってきているので、親子の感動の対面と言ったところだろうか。

 聖獣たちと2人が笑いながら抱き合っているのをしばらく見ていると、周りの家々からも何事かと人が出てき、僕らを見てギョッとした顔をして、青髪の親子の姿を見て微妙な表情で何かを察するような顔をしていた。

 道中タルフ君から攫われた経緯を聞いていたが、どうにも赤毛の男​、つまり僕のことを足止めするための策略として、黒衣の男がタルフ君を幽閉するよう魔物に指示したらしい。早い話、攫われた原因が攫われた子を連れて帰ってきたので困惑しているといったところだろうか。

 

「タルフを助けてくださってありがとうございます」

 

「いえ、元はと言えば僕が原因のようですので……」

 

 そう言って抱擁を終え、誠心誠意に頭を下げてくるタルフ君の父親に頭を上げるよう促すが、彼は深く頭を下げたままだ。

 

「タルフからあなたが女神様の使いであることを聞きました。それは魔物にとってあなたが脅威であり、私たちにとっては希望の光であることを意味します。ならば、魔物が今回のような手段に出ることも理解できますし、私たちがあなたを責めることは筋違いであることも理解しております。何より、あなたを謗ることは神官ハダルの子孫として最も恥ずべきことです」

 

 そう言って、最終的に跪いて彼は僕に礼を尽くしてきた。しかし、タルフ君たちが神官の子孫だったとは。それなら確かに、腹立たしいが下手な人質よりは周りへの影響も考えるとこの上なく効果的であろう。

 

「僕自身が偉い訳ではありませんよ。頭を上げてください」

 

「しかし……」

 

「あまり慣れてないんです。楽にしていただけると助かります」

 

 そう仰るのならと、ようやくタルフ君の父親は立ち上がってくれた。その目には未だに畏敬の念が宿っているが、それはもう血筋が為すものとして諦めよう。しかし、何というか敬われるのはやはり慣れない。

 

「神殿に向かうにはどちらに行けばいいでしょうか?」

 

「ここの橋を下ろせば、後は道なりに進めば辿り着けます。しかし、途中で巨大な魔物が道を塞いでまして……」

 

 魔物が徘徊していたのでそうだろうとは思っていたが、やはりこの溶岩地帯にもそれらを統率する個体がいるらしい。

 

「魔物に関しては問題ありません。橋を下ろせるのはいつ頃になるでしょうか?」

 

「今からでも大丈夫です。下ろしましょうか?」

 

「はい、お願いします」

 

 少々お待ちになってくださいと残して、タルフ君の父親は跳ね橋の方へ駆け足で向かっていった。待ち時間を有効活用しようと思い、橋が下ろされる間に聖獣たちと話すために、僕はテレパシーの魔法を発動させる。

 

「皆さん、ここまでの案内ありがとうございました」

 

「僕たち役に立った?」

 

「はい、とても」

 

「やったー!!」

 

 僕の言葉に、心底嬉しそうな声を上げて聖獣たちが跳ね回る。可愛い。

 

「女神様、頑張ってね!」

 

「女神様、これあげる!」

 

「これは?」

 

「ロダの実だよ! 食べると甘くて頭がとってもスッキリするの! 疲れたら食べてね!」

 

「ええ、ありがとうございます」

 

 お礼を述べると、聖獣たちは激励の言葉とロダの実を残して、住処の方へ帰って行く。最初から最後までずっと元気だったな。

 

 

 

Location:バーンドブレス

 

 

 

 聖獣たちと別れた後、無事に跳ね橋も下りたので、僕は村人たちに見送られながら神殿へと向けて出発し、いつまでも慣れない暑さに辟易としながら進んでいると、突き当たりに紋章が刻まれた扉があるのを発見した。扉を開いてその先に進むと、部屋の中はドーナツ状に溶岩に囲まれたドームのような造りになっているのが見て取れた。そして、中心の溶岩から10メライほどの魔物の上半身が突き出ているのも確認できる。あれほど大きいと、こんな所に生息している魔物なので炎は有効そうに見えないが、距離を取りつつファイアーで攻撃するしかなさそうだ。

 

(気づかれましたか)

 

 どう攻めるか考えていると、あちらもこちらに気づいたのか、ゆっくりとした動作で僕の方へと身体を向け始める。しかし、軸を合わされる前に、僕は杖に魔力を回しながら走り出した。それを追いかけて、地面を這うようにして横薙ぎに振るわれる腕を跳び上がって避け、着地と同時に杖を振るい、振り抜かれた腕にファイアーの魔法を着弾させると、激しい爆発の衝撃で魔物の巨体が大きく揺らいだ。

 姿勢を崩したところに怒涛の勢いで魔炎を放ち、容赦なく連撃を撃ち込んでいくと、魔物は身体の歯車を軋ませながら苦しそうな呻き声をあげる。

 

(黒い真珠の衝撃で忘れてましたが、これは素の状態でも氷壁の時より威力が上がってますかね)

 

 思い出すのは女神像に残された力を受け取って、翼の枚数が2枚増えた出来事。神様や天使の格は翼の枚数で決まると何処かで聞いたことがあったが、翼が2対になった影響で魔力の出力も増えたのだろうか。

 そんなことを考えながら、魔物の周りを回りつつファイアーを撃っていると、魔物が溶岩を手で掬い、こちらの方へ乱暴に撒き散らしてきた。流石にあれが当たれば重傷どころの騒ぎでは済まないので、杖先で魔力を溜めてから一気に溶岩に向けて放ち、引き起こされる爆風でまとめて溶岩を吹き飛ばす。しかし、爆炎が晴れるとその向こうから真っ直ぐに魔物の腕がこちらに迫ってきていた。

 

「そぉ​────れっ!!」

 

 魔物の腕をギリギリまで引きつけ、杖先に魔力をチャージしながら遠心力を乗せた杖での直接攻撃をカウンター気味にぶつけると、より指向性を持った爆発が魔物の腕を弾き飛ばし、その勢いのまま片腕を引きちぎった。僕も当然至近距離の爆発に晒されるが、翼を魔力で強化し、これを身体と爆発の間に上手く挟み込むことで、衝撃を最小限に抑えることに成功する。

 晴れた視界の先には大きく仰け反った魔物の姿が映り込んでいる。僕がこの隙を逃すはずもなく、戻ってくる魔物の顔に向かって、極限まで溜めた炎の魔法を解き放ち、引き起こされた爆発は巨大な魔物の顔を身体と泣き別れさせた。

 

「はぁ…………」

 

 灰になっていく魔物の残骸を見ながら、灼熱の地で動き回ったせいで、身体にすっかり篭ってしまった熱を吐き出すつもりで大きく深呼吸をする。とにかく、これでようやく神殿へ行くことが出来る。しばらく暑いのも寒いのも勘弁願いたいと思いつつ、僕は奥の扉へ進むべく足を動かした。




 ゲラルディはオリジンの方のデザインですね(クロニクルズ版のあいつをどう表現していいか分からなかった顔)。


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I.突入、サルモンの神殿

 Ysの二次小説増えないかな。


Main Character:アドル=クリスティン

Location:ラミアの村

 

 

 

 洞窟を抜けると、肺まで焼き尽くすような灼熱の空気が、淀みのない澄んだ空気に変わった。視界一面に空が広がっているのに気づいて、改めて自分が天空の地にいるということを思い知らされる。

 どうやら人里に直接繋がっていたようで、視線を外の方から内に向けると、木製の家々が立ち並んでいるのが目に入った。

 一先ず手っ取り早く人の目を引いて情報を集めるために、あえて翼を大きく広げ、神界の杖を手にして歩いていると、村の人たちがそれに気づいたのかざわつき始めた。

 

「すいません、どなたか神殿に詳しい方はいらっしゃいませんか?」

 

 ある程度人が集まり始めたところでそう村の人たちに呼びかけると、人混みの奥から1人の老人が現れた。

 

「儂は魔物が復活する以前神殿の調査をしておりました。名をレグと申します」

 

「これはご丁寧に。私は女神によりイースに遣わされたアドルという者です」

 

 お互いに一礼して自己紹介を済ませると、女神に遣わされたというフレーズに周りの人のざわつきが更に大きくなった。

 

「レグ殿、神殿について詳しく教えてくださいますか?」

 

「分かりました。では一旦儂の家まで来てください。神殿内部の地図と照らし合わせながら説明します」

 

 

 

「これが儂が調べた神殿の構造になります」

 

 そう言いながら、レグ殿は4人がけのテーブルが容易く埋まるほどの大きさの図面を広げて見せてくれた。ざっと見ても下手な都市の何倍も広い上、地下水路まで張り巡らされており、相当複雑な造りになっているようだ。

 

(これがかつて栄華を誇ったイースの象徴……。流石に全部を見て回るのは骨が折れるどころの話ではないですね……)

 

「これで大方調べられているとは思いますが、実はイースの中枢にはまだたどり着けておらんのです」

 

 中枢、名前の響きからして恐らくダームがいるであろう場所。

 

「行き方も何も分からないのでしょうか?」

 

「いえ、一応行き方は分かっておるのです。入口正面の建物にある女神像から、金のペンダントという、この銀のペンダントと対になる物を持つ者だけがイースの中枢に進むことが出来ると言われております」

 

 レグ殿はそう言いながら地図の上に銀色のペンダントを置いた。うっすらと魔力を感じるので、恐らく識別用の魔道具か何かだろう。

 

「この銀のペンダントは何処へ通じる鍵になるのでしょうか?」

 

「これは女神の王宮と鐘撞き堂へ通じる道を開く鍵になります。女神の王宮は読んで字が如く、かつて女神様が暮らしていらした宮殿です。今は女神像が2体置かれているだけのようですが……」

 

 今までのことを考えると、また重要な話が聞ける可能性は十分にあるだろうか。一先ず1つ、この広い神殿の中から行くべき場所として覚えておこう。

 

「そしてこの鐘撞き堂ですが、今ここは魔物たちによって捕えられた人間が収容されている場所になります」

 

「収容……いったい何のために?」

 

「生け贄です。魔物たちは1日1人、鐘を5回鳴らした後に見せしめとして殺しておるのです」

 

 レグ殿の言葉に思わず顔を顰める。タルフ君の時といい、随分と卑劣な真似ばかりをするようだ。

 

「この村の人間も先日捕まってしまいました。その娘は、マリアは若く幸せの絶頂にありましたが……どうか救ってやってください」

 

「分かりました」

 

 涙を押し殺すような声を出して頭を下げてくるレグ殿の言う通り、まずは鐘撞き堂に行って人質をどうにかするとしよう。とにかく人命が優先だ。

 

「では、ペンダントはお借りしていきます」

 

「もう行かれますか。どうかご武運を」

 

 必要最低限の内部構造図を手帳に書き写し、銀のペンダントを懐に入れてから、僕はレグ殿の家を後にした。向かうは神殿へと続く大きな正門だ。

 

 

 

「アドルさん! 俺も連れて行ってください!」

 

 門を開いてもらおうと門番に話しかけようとした時、そんな声が後ろから聞こえてきたので振り返ると、視線の先には装備を整えた男がこちらの方へ走ってくるのが見える。身につけているのは魔力を帯びた立派なクレリア製の武具のようだ。

 

「サダ、お前……」

 

「絶対に足でまといにはなりません! お願いします!」

 

 門番が悲痛な表情で名前を呼ぶのも気づかずに、必死の形相でサダという名の男性が懇願してくる。

 

「一応、理由を聞いても?」

 

「俺の婚約者が魔物に捕まってるんです……! マリアを取り返すためにも俺は行かなきゃいけません!」

 

「…………剣の腕に自信は?」

 

「村で1番であると自負してます」

 

「分かりました。一緒に行きましょう」

 

「アドルさん、いいんですか?」

 

 僕の肯定の言葉が予想外だったのか、門番が驚いた顔でそう尋ねてくる。

 

「はい、戦力は少しでも多い方がいいですしね。それに、居ても立っても居られない気持ちは分かりますので」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 腰を90°に曲げてサダさんが礼をしてきた。こちらとしてもさっきの言葉は何の嘘偽りもない。戦える人が増えるのは歓迎すべきである。

 

「では行きましょうか。門を開けてください」

 

「は、はい! アドルさん、ご武運を。サダも無理だけはするなよ」

 

 門番の激励を背に受けて、サダさんと一緒に門の向こう側へ進むと、更に大きな門が視界に広がっているのに気づいた。どうやらあちらの門番は魔物のようで、鎧や兜の隙間から異形が覗き込んでいる。

 

「サダさん、神殿に入ったらまずは鐘撞き堂を目指します。覚悟はよろしいですか?」

 

「マリアを救うためなら何だってやりますよ、俺は」

 

 その意気や良し。サダさんの闘志を剥き出しにする瞳を見て僕も気合を入れる。

 黒い真珠とファイアーを異空間から取り出すと、異変に気づいたのか、何かを喚きながら門番の魔物がこちらへ向かってくる。しかし、魔物が辿り着く前に魔力のチャージを終え、僕は眩い光を放つファイアーの杖を前方に向けて魔力を解き放った。杖先から放たれた魔炎は通りすがりに魔物を蒸発させて門に衝突すると、イース中に響くかと錯覚するような爆音を引き起こして炸裂した。門が跡形もなく吹き飛び、破片が神殿中に降り注ぐ。

 

「さあ、行きましょう」

 

 目指すは鐘撞き堂。人間の反撃の狼煙が今、派手な音を立てて上がった。




 実は原作よりもかなりハイペースでイースを攻略しているアドル君。


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J.蠢く捕食者ドルーガー

 間章ネタを考えてたんですけど、そういえばVIIIのDLCに水着があったなと。


Main Character:アドル=クリスティン

Location:サルモンの神殿

 

 

 

 黒煙が上がり続ける門の残骸を踏み越えて神殿に侵入すると、そこら中で慌てふためく魔物の姿が目に入った。右方の魔物がこちらに気づき向かってくるが、もう1度、黒い真珠で増幅させた魔力を込めたファイアーの魔法でこれを一気に焼き払う。再び爆炎が巻き起こり、侵入1分と経たずに神殿の入口付近は廃墟のような様相に成り果てた。

 

「騒ぎを起こすのはこれぐらいでいいでしょう。女神像のところまで行きますよサダさん」

 

「………………レグ爺さん、卒倒しないよなこれ」

 

 あえて事を大きくしたのには一応理由がある。これだけ派手にアピールすれば、既に神殿に侵入しているキースさんも、僕が来たことに気づいてくれたことだろう。若干引き気味のサダさんや神殿マニアのレグ殿には悪いが、これも必要なことなのだ。

 

「っ! サダさん回避!!」

 

 女神像がある正面の建物に入ろうとした時、前方から巨大な威圧感を感じ、僕らはそれぞれ左右に転がって距離をとる。その直後、壁を破壊しながら巨大な白い蜘蛛の形をした魔物が僕らの目の前に姿を現した。

 

「僕が注意を惹きます! サダさんはその隙に脚を!」

 

「分かりました!」

 

 サダさんに指示を飛ばしながら、異空間からライトの杖を取り出して目が眩むような閃光を放つ。光に釣られてサダさんを見失ったようで、魔物は完全に僕を標的にしてこちらに向かって前脚を振り上げながら加速してきた。

 

「よっ​────と!」

 

 振り下ろされる鋭い前脚を後ろに跳び上がりながら避け、魔物を地面に縫い付けるように上からファイアーを浴びせると、魔物はそれに耐えるように脚を地に踏ん張らせた。

 

「ここだぁぁぁ!!」

 

 しかし、その隙を上手くついて、サダさんのクレリアの剣が魔物の片側の脚を素早く斬り落とすと、魔物はバランスを崩してその場で転倒する。魔物が残った脚でどうにかしようともがいている所に、クレリアの剣を頭に突き立てると、数秒のたうち回った後に灰になって消滅した。

 巨大な魔物を倒したことで更に魔物たちの間で動揺が広がっているようだ。冷静になられる前にさっさと目的地まで走り抜けよう。サダさんの方を向くと、僕の顔を見て1つ頷き、建物の方へと走り出した。

 

 

 

 崩壊した建物を進んでいくと、最奥地の女神像が安置してある所にたどり着いた。頑丈な造りになっていたのか、この部屋には崩落の跡は見受けられない。

 

《勇者よ、よくぞ神殿にたどり着いてくれました。イースの中枢に行くためにはあなたが持っている銀のペンダントと対になる金のペンダントが必要になります》

 

 女神像から聞こえるレアさんの説明はレグ殿が言っていたことと一致しているようだ。しかし、金のペンダントの在り処が分からなければどうしようもない。

 

「金のペンダントが何処にあるかは分かりますか?」

 

《正確な場所は分かりませんが、ダームの腹心であるダレスか、あるいはその忠臣であるザバなら持っていても不思議ではないと思います》

 

 国の重要施設に行くための鍵なので、幹部級の敵から奪う以外はやはり方法がないかと、内心顔を顰めるも、どの道打ち倒さねばならない相手であることに変わりはないので、すぐに気持ちを切り替える。一先ず、それを考えるのは人質を助けてからだ。

 

「一先ず僕たちは鐘撞き堂に向かいます」

 

《それがいいでしょう。では、先に進む前に手を触れてください。あなたに力を託した後でも転移は問題なく行えるので心配は無用です》

 

 レアさんの指示通りに像に触れて残存魔力を譲渡されると、今までのように女神像の輝きが霧散する。

 取り入れた魔力を身体に馴染ませてから、銀のペンダントを取り出してもう1度女神像に触れると、僕とサダさんの姿がその場から消えた。

 

 

 

「ここが本殿西翼でしょうか」

 

「鐘撞き堂があそこに見えるので合ってると思いますよ」

 

 転移後にすぐ建物から出て、書き写した見取り図と現在地を照らし合わせる。サダさんの指の先には最上階に鐘が設置されている建物がそびえ立っているので、地図に間違いはないようだ。しかし、だいぶ距離はあるので、急ぎながら少し無茶な道を2人で走り抜けた。

 

 

 

「アドル殿!」

 

 壁を乗り越えたりしながら、文字通り真っ直ぐ目的地を目指して進んでいると、鐘撞き堂に辿り着く直前で大勢の人を引き連れたキースさんと鉢合わせた。

 

「やはりあの爆発はあなたでしたか」

 

「気づいていただけたみたいですね。ところで後ろの人たちは?」

 

「鐘撞き堂に捕えられていた者たちです」

 

 予想はしていたが、やはり人質にされていた人たちらしい。しかし、何故かキースさんの表情は暗い。

 

「アドル殿、1つお願いしてもよろしいでしょうか」

 

「何でしょう?」

 

「実は、人質を解放している途中で敵の魔導師の襲撃に逢い、1人だけ逃げ遅れたのです」

 

 キースさんの言葉に不穏な空気が場を支配する。

 

「名をマリア。私と同じラミアの村の……」

 

「今マリアと言ったか!?」

 

 キースさんの言葉の途中でサダさんが婚約者の名前に食いついた。

 

「サダ!? お前何でこんな所に……」

 

「俺の名前も知って……お前まさか……キース……?」

 

「ああ、今は呪いでこんな姿だがな。いや、しかし……なるほど、マリアを救うためにここまで来たか。ならば急いだ方がいい。あいつはもうすぐ鐘を鳴らすと言っていた」

 

 人語を話す魔物の正体にサダさんは呆然としていたが、続くキースさんの言葉にサダさんは血相を変えて鐘撞き堂へと走り出した。

 

「キースさん、一先ずあなたたちは女神の王宮に向かってください。後で僕たちもそちらへ行きます」

 

「分かりました。アドル殿、マリアとサダをよろしく頼みます」

 

 キースさんたちに指示を出してから、僕もすぐにサダさんを追うために走り出す。視界の上に映る、かつて福音を鳴らしていたであろう鐘が、今は途轍もなく禍々しい物に見えたような気がした。




 アドルくんが平行世界のファル学時空に迷い込んで、アドルさんと鉢合わせてえらいことになるってネタも機会があればやってみたい。


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K.無慈悲なる女魔道師ザバ

 よくよく考えたら、長期休暇なのに普段より忙しいことに気がついた有翼人です。

 唯心さん、麗王六花さん、評価ありがとうございます!


Main Character:アドル=クリスティン

Location:鐘撞き堂

 

 

 

 鐘撞き堂に入ると、すぐサダさんに追いつくことが出来た。僕らと奥へと続く道の間に何者かが立ち塞がっていたからだ。

 

「あら、もう1人いたのね」

 

 奇抜な形のローブを纏った青白い肌で白銀の髪をした魔道師然とした女が口を開く。あくまで人型であるキースさんとは違い、完全に人の形をしている。こいつもダルク=ファクトのように魔をその身に宿した人間なのだろうか。

 

「赤毛に翼……なるほど、あなたが報告にあった、女神と同じ翼を持つ者……。確かに、忌々しいほど澄んだ魔力をしているわね」

 

 コツコツとヒールの高い靴を鳴らしながら一歩一歩こちらへと近づいてくる。

 

「ここは僕が引き受けます。サダさんはマリアさんの救出を」

 

「…………ありがとうございます」

 

 小声でサダさんにそう呼びかけると、数瞬迷う素振りを見せた後にサダさんは走り出した。目の前の魔道師がわざわざ足止めのためにここにいる以上、残されている時間はあまりないと考えた方がいい。

 

「行かせると思って?」

 

「そちらこそ、邪魔をさせるとお思いですか?」

 

 女魔道師がサダさんに杖を向けるが、何かされる前に挟み込むようにしてファイアーを放ち妨害する。それを防いだ魔道師は走り去るサダさんから意識を外し、僕の方を見据えてきた。

 

「あなた、私の美しい肌が火傷したらどうするのよ」

 

「お得意の魔法で治したらどうなんです?」

 

 はあ、と息を吐いて自身の露出された部分を撫で回しながら魔道師は視線を強くした。

 

「まあいいわ、それよりあなた、私たちと共に来る気はない?」

 

「この期に及んで何を言うかと思えば、巫山戯ているんですか?」

 

「いいえ、至って真面目よ。ダーム様とダレス様の力だけでも十分世界を支配できるけど、そこに更にあなたの力が加われば、永遠に世界は私たちの物になるでしょう。どう? 悪い話ではないと思うのだけれど」

 

 見え透いた時間稼ぎだ。瞳の奥に見える色にこちらを嘲るような気配しか感じ取れない。

 

「あの忌々しい女神から鞍替えしない? あなたになら、このザバが磨き上げてきた美しい肢体を好きにする権利を与えるのも吝かではなくてよ?」

 

 そう言って、女は艶めかしいポーズを取りながら瞳を薄める。確かにそのプロポーションに男としては感じないものがないわけではない​──────が。

 

「申し訳ありません、年増には興味がありませんので」

 

「………………あ?」

 

 絵面としては童顔の17歳の少年を誘惑するざばさんじゅうななさいと言ったところだろうか。色んな意味でそれはキツいだろう。

 こちらとしては見え透いた時間稼ぎに対する見え透いた挑発のつもりだったが、どうやらザバの触れてはいけない何かに触れてしまったらしい。いや、冷静に考えると女性に歳の話は普通にNGである。

 

「これほど八つ裂きにしてやりたいと思ったのはあの小僧の時以来ね……。ぶっ殺してやるわ」

 

「御託はいいのでさっさと始めましょう。後がつかえてるんですよこっちは」

 

「いつまでその舐めた口が聞けるかしらね!!」

 

 まんまと挑発に乗ったザバの激昂によって戦いの火蓋は切って落とされた。彼女の身体を闇のオーラが包み込み、その身を魔物の姿へと変える。下半身を鮮血のような色の触手に変え、3メライほどまで巨大化したようだ。

 

「行きなさい! 私の眷属たち!!」

 

 ザバの背後で魔法陣が展開し、赤黒い蝙蝠が大量に飛び出してくる。これはエステリアの廃坑で見たあの魔物だ。蝙蝠たちを力任せのファイアーで焼き払い、合体される前に全て撃ち落とすと、煙の向こうから猛然と1本の触手が突っ込んできた。クレリアの盾で後ろに下げられつつもしっかりと受け止め、引き戻される前にこれを斬り落とすと、触手はびちびちと数秒這い回った後に灰になって消滅した。

 

「流石にここまで来るだけはあるようね」

 

 そう言いながら、ザバは斬られた触手を即座に再生させた。少し心に余裕が戻ったようにも見える。

 

「この程度で八つ裂きにするつもりだったんですか?」

 

「減らず口を!」

 

 再び挑発すると怒りを乗せた一撃が飛んでくるが、これも問題なく無力化し、僕はザバの方へと前進する。触手と召喚した魔物を使って苛烈に攻め立ててくるが、クレリアの剣とファイアーの魔法でこれらを全て撃ち落とす。

 

「おのれ!!」

 

「甘いッ!!」

 

 ザバは近づいてきた僕の周りを囲うようにして触手を展開して絞め殺そうとしてきたが、魔力を纏わせたクレリアの剣を構えてぐるりとその場で旋回し、根元に近い部分から触手を斬り落とした。

 ザバがバランスを崩したところにトドメを刺そうと迫るが、召喚された蝙蝠たちに邪魔されて距離を取る。蝙蝠を打ち倒している間に体勢を整えたようで、ザバは既に立ち上がったようだが、斬られすぎたせいなのか、少し再生が遅くなっているようだ。

 

「エルディーン……! お前たちはまた私たちの邪魔をするのか!!」

 

「きっかけがあったとはいえ、元々平和だった国を荒らし、イースの滅亡を決定的なものにしたのはあなたたちでしょう? これは邪魔ではなく因果応報と言うのですよ」

 

「うるさいうるさいうるさい!!!!!」

 

 ザバは頭を抱えながらヒステリックに叫ぶ。そして、大量の触手を一斉に、一直線に僕へ向けて飛ばしてきた。

 

「死ねぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

「死ぬのはあなたです。今まで弄んだ人の命に報いなさい」

 

 飛んでくる触手を跳び上がって避け、そのまま触手の上に着地して更に跳躍する。そして一気にザバの眼前まで迫り、横一文字に振るわれたクレリアの剣によってザバの首が宙を舞った。

滑るように着地し、ゴトリと重い頭が地面に落ちる音がした方を向くと、まだザバの息があるように見えた。存外しぶといらしい。

 

「うふ、ふ……つかの間の勝利に喜び、そして絶望するといいわ……」

 

「何を言って……」

 

 ザバの意味深な言葉を追及しようとした時、突如鐘の音が響き渡った。

 

「ダレス様の処刑が始まるわ……。あと4回鐘の音が鳴れば、それで生け贄は死ぬ……。うふ、あはは、あははははははは!!」

 

 その言葉を遺言にして、ザバは身につけていた物を残して灰になって消えた。ザバが残した言葉の意味を考えると、まだサダさんはマリアさんを救えていないのだろうか。とにかく急ぐ必要がありそうだ。

 

 

 

 あの後、すぐにサダさんの後を追いかけて奥に進むと、青みがかった髪の女性が鎖に繋がれた部屋にたどり着いた。あれが恐らくマリアさんなのだろうが、どういうわけかサダさんの姿が見えなかった。マリアさんの方に魔力でできた強力な結界があるのを考えると、直接鐘の方を止めに行ったのだろうか。

 

「そこのお方! どうかサダをお救いください!」

 

 数瞬逡巡していると、マリアさんの方からそう懇願される。その表情はひどく悲痛な想いを秘めていた。

 

「私は大丈夫ですから! どうか今はサダを!」

 

 自らが命の危機に瀕しているとは思わせないほどの力強さで、マリアさんはサダさんの方へ行くように促してくる。確信めいた何かがあるのか、その瞳の奥に潜む力強さが伝わってくる。

 

「…………後で必ず戻ります!!」

 

「ありがとうございます!」

 

 ここで扱いの分からない結界の前で手をこまねいていても何にもならないのも事実。結局マリアさんの言葉の力強さに負けて、僕も鐘撞き堂の最上階に向けて走り出した。

 2回目の鐘が鳴った。タイムリミットが刻一刻と迫ってくる。

 

 

 

「ぐあぁぁぁぁぁ!!?」

 

 最上階に登る途中でもう1度鐘が鳴り、あと少しでたどり着くというところで、サダさんの声が木霊した。

 

「サダさん!」

 

「ア、アドルさん……」

 

ボロボロになったサダさんが階段から滑り落ちてくるのを受け止める。そして、4度目の鐘が鳴り響いた。

 

「サダさん、これを」

 

「マ、マリアを……」

 

「分かってます!」

 

 サダさんにヒールポーションを渡してから、数段飛ばしで階段を駆け上がっていく。そして大鐘楼まで登り詰めると、鐘の下に黒衣の男が立っているのが目に入った。

 

「あなたがダレスかッ!!」

 

「いきなり随分な挨拶だな……っ! 翼を持つ者よ……っ!」

 

 出会い頭にクレリアの剣を叩きつけると、男は手に持っていた杖で防いできた。金属同士が擦れ合う不快な音が響きながら杖と剣が拮抗する。

 

「700年前は静観しておいて、何故今更貴様が我らの邪魔をする……ッ!!」

 

「何の話を……っ!?」

 

 力任せに杖を振り抜かれて腕が弾かれる。そして、がら空きになった腹に蹴りを入れられ、ダレスとの距離が開かされた。

 

「ようやく我らの悲願が達成されるのだ! 貴様は女神とイースが滅びゆく様をそこで見ていろッッ!!」

 

 ダレスの血を吐くような絶叫と共に5度目の鐘が鳴り響き、そして鐘撞き堂に黒雷が降り注いだ。




 歳の話をすると、(見た目はともかく実年齢的に)フィーナ様とレア様も吐血することになるぞアドル君。ちなみに年増発言は金髪の彼のオマージュです。


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L.女神の王宮

 ストックが切れるか切れないかのギリギリのデッドレースが行われております。


Main Character:アドル=クリスティン

Location:鐘撞き堂

 

 

 

 飛来した黒雷が建物の側面に直撃し、鐘撞き堂全体を揺るがす。バランスを崩して倒れそうになるが、何とか堪えてダレスを睨みつける。

 

「ははは! これで準備は整った!」

 

「お前​────ッ!」

 

 ダレスは一転して勝ち誇ったような表情をローブの下から覗かせる。

 

「今の贄でイースは地上へ降り始めた。ここまで1人で奮闘してきたようだが、地上に降りてしまえば、ダーム様はより多くの人間の悪意を取り込めるようになる。これが意味することが分からないわけではあるまい」

 

 繁栄の陰に育った人の負の感情からダームは生まれた。つまり、エネルギー源である人の悪意を何かしらの方法で得ることで、更に大きな力を得るといったところか。

 

「ではな、翼を持つ者よ。イースが地上に降りるまで無為に過ごすといい」

 

「待てッッ!!」

 

 ダレスが足元に魔法陣を展開して転移しようとするのを慌てて止めに入るが、剣が到達する寸前で魔法が完成してしまった。剣が空を斬る音を残して、鐘撞き堂を静寂が支配する。

 鐘を止めることが出来なかった罪悪感から暫し呆然としてしまうが、無理矢理気を持ち直して階下に視線を送ると、そこにはサダさんの姿がなかった。恐らくマリアさんの所まで戻っていったのだろう。そう思い当たり、僕も大鐘楼を後にして生け贄の間へと降りていった。

 

 

 

「マリア……! マリア……!!」

 

「サダ……! 私のためにこんな……!」

 

 1階まで戻ると、そこには泣きながら抱き合うサダさんとマリアさんの姿があった。少し頭の理解が追いつかない。いや、生きてくれているのは嬉しいのだが、ダレスの言葉もあって、もう亡くなったとばかり思っていたので、想定していた光景との違いに頭が疑問符で埋め尽くされている。

 

「神様、私はマリア=メサ。つまり、神官メサの末裔です。私が生きているのは神官縁の品が私の身代わりになってくれたからなんです」

 

 余程顔に出ていたのか、いつの間にか抱擁を終えていたマリアさんがそう説明してくれた。よく見ると、彼女の足元には原型が何なのか分からないぐらいに砕かれた金属の破片のような物が散らばっている。所有者の身代わりになる魔道具か何かだろうか。

 

「…………僕たちも宮殿まで向かいましょうか」

 

 僕の言葉に2人はしっかりと頷いた。まだ話したいことはあるだろうが、こんな所で話し込むわけにはいくまい。

 

 

 

Location:女神の王宮

 

 

 

 道中戦闘になることはあったが、何とか無事に女神の王宮にたどり着くことが出来た。周辺とその内部は聖なる気で満ちていて、魔物が近づきにくくなっているようなので、ここを集合場所にした選択は間違っていなかったようだ。

 

「アドルさん! やっぱりアドルさんだったんですね!」

 

 助け出された人たちの中から聞き覚えのある声がしたかと思うと、笑顔のリリアさんが目の前に飛び出してきた。

 

「リリアさん!? 何故こんな所に……?」

 

「アドルさんが村から出発した後に聞いたんです。アドルさんが私の病気のために貴重な物をフレア先生に無償で渡してくださったって。それで、薬を飲んだら本当に身体が楽になって、お礼を言おうとして慌てて追いかけたら、その、魔物の人間狩りに遭遇して……」

 

「……一先ず、無事で良かったです。大事はないですか?」

 

「はい! 少し怖かったですけど、身体の方はお陰様で」

 

 そう言って、リリアさんは明るい笑顔を見せてくれた。驚きはしたものの、本当に何事もないようでほっと胸を撫で下ろす。

 

「アドル殿、少しよろしいでしょうか」

 

「どうかしましたか?」

 

 立て続けに色々と起きすぎたので頭の中を整理していると、キースさんが真剣な面持ちで声をかけてきた。何かあったのだろうか。

 

「イースの女神があなたをお呼びです。この奥の女神の間までお進み下さい」

 

 どうやら奥にある女神像からお呼びがかかったらしい。これは予想していたことなので、キースさんの言葉に頷いてから、僕は1人王宮の奥へと歩を進めた。

 

 

 

《アドルさん、よく来てくださいました》

 

 女神像の前まで来ると、今までとは違って勇者ではなく自身の名前で呼びかけられた。

 

「もしかして、本物のフィーナさん?」

 

《はい、今回は私自身がイースの中枢から呼びかけています》

 

 今までが偽物であったわけではありませんけどね、と付け加えてフィーナさんの話は続く。

 

《先程、イースは地上に向けて降下を始めました。完全にイースが地上に降りてしまえば、今度はもうダームを止められなくなるでしょう》

 

 ダレスの言っていたことは本当らしい。破滅の時は刻一刻と迫ってきている。

 

《だから手遅れになる前にアドルさんにはイースの中枢まで来て欲しいの。金のペンダントはファクトの血を継ぐ者が回収しているみたいね》

 

 今度はレアさんの声が語りかけてきた。話によるといつの間にかキースさんがペンダントを回収していたらしい。王宮に来る途中でザバの遺品が無くなっていたことを不思議に思っていたが、恐らくあの間にキースさんが動いていたのだろう。

 

《今、神官の血を継ぐ者たちに中枢に集まるよう呼びかけています。アドルさんもこの場にいるファクトの血を継ぐ者とメサの血を継ぐ者を連れて来てください。お願いします》

 

 その言葉を最後に、女神像の光が霧散する。今回は魔力の譲渡はないようだが、それを気にしている余裕はないようだ。

 すぐに皆がいる場所に戻ると、僕に気づいたキースさんとマリアさん、サダさんが近づいてきた。

 

「女神の声が聞こえました。行きましょうアドル殿」

 

「アドルさん、ここの守りは俺が残ります。ですから、マリアをお願いします」

 

「はい、こっちは任せますね」

 

 サダさんと頷き合ってから、僕は2人を連れ立って夕暮れに染まる神殿を走り出した。




 物語が核心に迫りつつあります。


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M.至境の暗黒魔道ダレス

 ファルコムミュージアムには金のない地方民ゆえ行けませぬ。ちくしょう。


Main Character:アドル=クリスティン

Location:サルモンの神殿

 

 

 

 あれから女神像の所まで戻って金のペンダントを掲げると、銀のペンダントを使った時とは違う場所に転移させられた。それからは魔物の襲撃に対処しつつ道なりに進んでいくと、行き止まりに巨大な宝玉が嵌め込んであるのを見つけた。大きな魔力の流れを感じるので、何かしらの魔道具だと思われるが……。

 

「この奥へと続いていく感じ……もしかしてここが中枢に繋がって……?」

 

「うっすらと女神の気配も感じます。これを起動させれば中枢まで転移できるのでは?」

 

「ふむ、もうここまでたどり着いたか」

 

 目の前の宝玉について推理していると、部屋に突如としてダレスの声が響き渡り、声に少し遅れてその姿もその場に現した。

 

「キースさん、マリアさんをよろしく頼みます」

 

「分かりました、御武運を」

 

 キースさんに指示を出してマリアさんと共に一旦部屋から退避してもらう。残っていればこの場で起きる戦闘の余波で傷つくことは明白だ。

 

「間もなくイースは地上へ辿り着くぞ?」

 

「あなたとダームを倒す時間は十分ありますよ」

 

 ダレスの挑発にこちらも挑発で応じる。お互いの戦意で空気が張り詰め始めた。

 

「あの時とは随分と違うようだな。まあそれはいい、何であろうと戦うことに変わりはあるまい」

 

 そう言って、ダレスは身体を黒いオーラで包みこんだ。色々と聞きたいことを飲み込んで、僕もクレリアの剣とファイアーの杖を構えて戦闘態勢に入る。

 オーラが解き放たれて、ダレスの真の姿が顕になった。身体が巨大化し、黒衣を脱ぎ去って禍々しい鎧のような何かを展開したその姿は、物理的な圧を感じさせるほどの魔力を纏っている。

 

「イースが地上に降りるまで付き合ってもらおうか」

 

「申し訳ありません、美人との先約があるので手早く切り抜けさせてもらいます」

 

 言い終わるよりも早く、ダレスへと向かって突撃すると、ダレスは背後に無数の魔法陣を出現させて、魔力で生成された火山弾を飛ばしてきた。自分に当たる物だけをファイアーで撃ち落とし、背後で発生する熱風に煽られながら懐に潜り込み、クレリアの剣に魔力を走らせて致命的な一撃を叩き込む​──────が。

 

「ちぃっ!」

 

「自分の弱点ぐらい把握しているとも!」

 

 魔力でできた障壁に剣を阻まれて大きく金属音が鳴る。思わず舌打ちをしながら急いでその場から離脱すると、足元から赤い魔方陣と共に炎の柱が立ち昇った。大きい図体で小回りが効かないと踏んで強気で攻め込んでみたが、本人もそこを突かれることをしっかり認識しているようで対策は万全らしい。

 

(あれを突き抜けなければ傷すら付けられませんか……)

 

「考え事とは随分余裕なようだな!」

 

 障壁をどうやって突破しようかと頭を回転させていると、ダレスは更に攻勢を強めてきた。嵐のように激しい魔力の奔流を、攻撃を受けながらもどうにか掻い潜って再びダレスに接近すると、今度はクレリアの剣の全体に纏わせていた魔力を練り上げて切っ先に集中させて突きを放つ。

 

「ふっ​──────せやぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!」

 

「ぐおぉぉぉおおおぉぉぉぉぉおッッッ!!!?」

 

 光の尾を引きながらクレリアの剣が突き刺さり、それと同時に切っ先から解放された魔力が障壁に大きな罅を入れる。ダレスが発生した衝撃で怯んでいる隙に、伸びきった腕を引き戻しながら身体をその場で回転し、クレリアの剣の刀身に魔力を走らせて巨大な光の刃を形作り、遠心力を乗せた全力の横薙ぎの一撃で障壁ごとダレスを叩き斬った。土壇場の思いつきだったが、遺跡の時のように魔力を魔法に変えて放つのではなく、魔力のまま纏わせるように使ったので何とか上手くいってくれたようだ。

 

「まだ終わらんッ……!」

 

 ダレスは鮮血を撒き散らしながら大きく後方へ飛ばされたが、致命傷を負ったにも関わらず、その瞳に宿る戦意は未だに衰えるばかりか、一層増したようにも見える。こちらもそれなりに魔力の攻撃を被弾して無視出来ない傷を負っている以上、ここで一気に攻め立ててトドメを刺したいところではあるが……。

 クレリアの剣を構え直し、三度ダレスに接近する。

 

「ぬうっ!?」

 

 走りながらファイアーの杖とライトの杖を取り替え、すぐさま魔法を発動させると、白い閃光がダレスの目を焼いて視界を一瞬奪った。その隙に狙いの定まらない攻撃を一気に加速して潜り抜け、そのままダレスの巨体に肉薄する。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 ダルク=ファクトがやっていたように魔力で身体を強化し、至近距離から高速の連続突きを放つ。一撃一撃がダレスの強固な身体を打ち砕き、10発目の突きでついにダレスの鎧を完全に破壊した。人間態に戻ったダレスが血だまりの中に沈んでいく。

 

「何故……かつて女神を見捨てたお前が……」

 

「誰と勘違いしているかは知りませんが、僕は1度も彼女たちを見捨ててなんかいませんよ」

 

 これ以上言葉を綴れないように、倒れ伏したダレスの心臓を一突きすると、ダレスは最後に血を吐いた後に灰になって消滅した。戦闘の終わりを自覚するのと同時に疲労感が重く身体にのしかかってくる。

 異空間から取り出したヒールポーションを頭から被って雑に治療していると、ダレスの死を察したのか、キースさんとマリアさんが部屋に戻ってきた。キースさんは安堵の息を吐き、マリアさんは僕の破れた服の隙間から見える全身の火傷の跡に痛ましそうな視線を向けてきた。

 

「そろそろ行きましょうか」

 

 応急処置を終えてからすぐに宝玉の方へと足を進める。しつこいようだが、とにかく今は時間が惜しい。

 一息で魔力を手から宝玉へ流すと、僕たちの周りの空間が歪み始めた。そして一瞬強い光を放ったかと思うと、次の瞬間には異質な雰囲気が漂う空間へと転移していた。

 

「ここがイースの中枢……」

 

「何だかピリピリしますね……」

 

 ダームがいる影響からなのか、空気にですら魔力が混じっており、それが僅かな圧迫感を感じさせているようだ。一先ず女神がいるであろう中枢奥地まで微妙な不快感を覚えながら進んでいくと、混沌とした雰囲気を放つ部屋の前まで辿り着いた。僕は直感でここに2人がいることを理解した。

 意を決して部屋の中まで入ると、そこには大きな禍々しい扉と、その左右に黒い何かで囚われた生身の双子の女神の姿があった。




 書き始めた当初からプロットが2転3転4転5転ぐらいしてます。


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N.長い1日を経て

 前回のアレはオーラフェンサーとスラストレインです(試験的なスキルの運用)。


Main Character:アドル=クリスティン

Location:イース中枢

 

 

 

《讃えよ、魔の偉大さを。祝え、魔の時代の到来を》

 

 突如として空間が歪みだし、圧倒的な魔力の威圧感とともに謎の声が部屋に響く。

 

《2人の女神は我が力に屈し、女神を支えし6人の神官も今は亡い。総ての加護を失った人間どもよ、我が前にひれ伏せ》

 

 2人を覆う黒い呪縛に視線が行く。祈りのポーズのまま微動だにしないフィーナさんとレアさんを見て少し心に陰が差した。

 

《700年前はあのような結果に終わり、幾万もの屈辱の日々を送ることになったが、それも終わりを告げる時が来た。今こそ約束の時! 魔が人間に代わり世界を支配する時が来たのだ。時は満ちた。同胞よ! 眷属よ! 我が子らよ! 我が声を聞け! 人間どもに本当の魔の恐ろしさを教えてやろう!》

 

「おっと、そいつはちと困るな」

 

 謎の声を遮るように聞き覚えのある声が背後から聞こえてきた。振り返って声の主を見ると、そこには地上にいるはずのゴーバンさんの姿があった。よく見ると、その後ろからも見覚えのある人たちが続々と部屋に入ってきているようだ。

 

「ゴーバンさん!?」

 

「おう、女神様に呼ばれたんで来てやったぜ。さてアドル、まずはこいつで女神様たちを解放してやんな!」

 

 僕の驚きに笑顔で返すゴーバンさんが、何かを放り投げてくる。落とさないようにしっかり受け止めて手の中を見てみると、それはレアさんのハーモニカだった。

ハーモニカの吹き方なんぞ今までで聞いたことすらないが、これはクレリアで出来たハーモニカである。

 

(これに魔力を流せば……)

 

 直感に従ってハーモニカに魔力を流してみると、頭の中に自然と演奏の仕方が経験として流れ込んでくる。思い浮かぶのは酒場で聴かせてもらったあの曲だ。

 魔力を切らさないようにしながらハーモニカに口をつけると、そこからは身体が勝手に動き出し、あの時と変わらない音楽が部屋に響き渡った。魔力を乗せた澄んだ音色が場を支配する重々しい魔力を浄化し、演奏が終わる頃にはフィーナさんとレアさんを覆っていた黒い呪縛も完全に無くなったようだ。

 

「アドルさん!」

 

 呪縛から解放されたフィーナさんが跳びついてきたので、しっかり抱き止めて地面に下ろした。眩しいぐらい満面の笑みを向けてくるフィーナさんに、これから決戦であることも忘れてしまうぐらい心が穏やかになる。

 

「アドルさん、本当によくここまで来てくれたわね」

 

 同じく台座から下りてきたレアさんが横から話しかけてきた。

 

「この扉の奥にダームはいるわ。もはや私たちだけでは力を増した彼を封印することすらできないの。力を貸してくれる?」

 

「はい、そのためにここまで来ましたから」

 

 レアさんの問いに迷わず答えると、レアさんは薄く微笑んでくれた。

 

「アドルさんには魔の根源たるダームを、彼が取り憑いている黒真珠から引き剥がして欲しいの。フィーナ、あれをアドルさんに」

 

 レアさんに言われたフィーナさんが懐から何かを出して手渡してきた。

 

「指輪……ですか?」

 

「これは魔の力を弱める効力があります。ダームの攻勢もこれで少しは抑えられるかと」

 

「なるほど……ありがとうございます」

 

 お礼を言って右手の中指にフィーナさんの指輪を嵌めると、身体を聖なる気が覆うような感覚がした。

 

「ダームは魔そのものだから普通の魔法は効かないどころか吸収されてしまうわ。ダーム相手にはクレリアの剣だけで戦うようにしてね」

 

「アドルさんが持つ白い魔力を込めた剣なら、ダームにも有効な攻撃を与えられると思います」

 

「白い魔力?」

 

「はい、翼を持つ者だけが扱うことが出来る魔力のことです」

 

 そういえば、ザバが僕のことを見て忌々しいほど澄んだ魔力をしていると言っていたような。魔物やそれに類するものに対して有効な力を持つということか。

 

「苦しい戦いになると思うから、私たちの魔力も持って行って」

 

「話したいこともいっぱいあります。どうか、無事に帰ってきてくださいね」

 

 フィーナさんとレアさんにそれぞれの手を握られ、2人の温かい魔力が僕の中に流れ込んで来る。魔力の譲渡が終えると、背中に違和感が走り、それは3対目の翼として顕現した。過剰な魔力が身体からも溢れ出てきているような気がする。

 

「あなたにイースの未来を託します。御武運を」

 

「アドルさん、あなたの勝利を信じて待ってます」

 

「はい、皆さん、行ってきます」

 

 2人だけでなく、その場にいた全員の激励を背中に受けながら、僕は扉の奥へ走り出した。

 

 

 

 奥へ進むと、円形の広い空間に出た。中心には禍々しい魔力を放つ頭ほどの大きさもある黒真珠が浮いている。あれが討ち取るべき敵、魔王ダーム。

 

《我が名はダーム。魔法の力の源にして、魔の根源》

 

 2人が封印されていた部屋でも聞いた威厳のある声が頭に響いてくる。

 

《真にイースを創世せしは我が力……! 真にイースを支えしは我が力……! 愚かなる者どもよ、絶望の果てに我が糧となれ!!》

 

 そう言い終わるのと同時に、黒真珠がオーラで覆われて魔物の姿を形成し始めた。それは獣のような形をした巨大な漆黒の鎧となり、各部のパーツがまるで生きているかのように動いている。黒真珠は核のように鎧に埋め込まれていて、そこから黒い魔力が溢れ出し、空間が軋みを上げていた。

 こちらも負けじと全身から白い魔力を放出する。それを纏うようにイメージすると、身体中から力が漲ってきた。

 地上にいた人たちがここまで登ってこれた以上、残された時間もあと僅かだ。僕はクレリアの剣に魔力を流してダームを真っ直ぐに見据える。

 そして、世界の存亡をかけた闘いが今幕を開けた。




 完全に技量不足案件なんですが、上手い戦闘描写というのが書けないですわ。


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O.天理の超越魔王ダーム

 失われし古代王国編ラストバトル、ゴーファイッ!


Main Character:アドル=クリスティン

Location:イース中枢

 

 

 

 ダームが武器を手にした腕を振り上げるのを合図に、戦いの火蓋は切って落とされた。頂点まで持ち上げられた剛腕が風を切り裂きながら振り下ろされる。地を砕く斧剣の一撃を横へ大きく避けて攻撃範囲から逃れ、迂回するようにダームへと接近しようとすると、ダームの身体から放出された黒い魔力が実体を持ち、巨大な波となって襲いかかってきた。

 

「はぁっ!!」

 

 気合一閃、魔力を込めた剣の薙ぎ払いでそれを消し飛ばし、すかさず間合いを詰める。ダームが無限の魔力を持つ上、タイムリミットもある以上、こちらは短期決戦を仕掛けるしかない。

 魔力の弾幕に穴ができた所を突き抜けるようにして進み、ダームに肉薄してクレリアの剣を全力で叩きつけると、白と黒の魔力が干渉し合って凄まじい反発力が生まれる。

 

「ぐっ​────!」

 

《ぬぅっ​────!》

 

 ダームが苦悶の声を上げているので効いてはいるのだろうが、このペースでは恐らくジリ貧で魔力切れまでに倒せない。ここはダレスの障壁の時のような突破力を求めるべきか。

 魔力同士の反発に身を任せて、1度大きく後方へ跳躍して距離を取る。漲る魔力をクレリアの剣だけでなく全身に回して、身体能力の底上げを図り再び突貫すると、今度は先程よりも大きな魔力弾を複数こちらへ向けて飛ばしてきた。足で急制動をかけつつ力が入るように踏ん張り、クレリアの盾による腰の入ったシールドバッシュでこれらを弾き飛ばすと、それを読んでいたとばかりに、動きが止まった僕に唐竹割りの要領で斧剣が振り下ろされる。全力のサイドステップで直撃は避けたが、発生する衝撃波までは防ぐことが出来ず、鎧に覆われていない部分に無数の傷が刻まれた。

 しかし、血が滴るのを気にも止めず、ダームに向けて走り出す。斧剣を振り下ろして攻撃に転じれない今のうちに勝負を決めるつもりで距離を詰め、あの時以上の魔力をクレリアの剣の切っ先に集中させて、核となっている黒真珠に向けて高速の突きを放った。先程の反発が嘘の様に抵抗無く光の刃が突き刺さり、黒真珠に小さくだが罅が走る。

 

(これでッ!)

 

《ぬ゛ぅおぉぉぉおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!!》

 

 魔力を解放して黒真珠を破壊しようとしたその時、ダームの地を揺るがす絶叫とともに目の前で爆発的な魔力の奔流が発生して、僕は咄嗟のことで回避することも出来ずそれに飲み込まれた。身体が宙を舞い、自由落下して地面に叩きつけられる。骨が軋み、身体中から悲鳴が上がる。魔力で身体を強化していなければ今頃消し炭になっていたであろう。

 

《ふんッッ!!》

 

「ッ​──────!!」

 

 凄まじい勢いで横合いから斧剣が迫ってくるのを強化したクレリアの盾で防ぐが、激しい金属音とともに散る木の葉のように易々と弾き飛ばされてしまった。腕の半ばから嫌な音が響き、鈍痛が走る。今度は無様に地面を転がされることは無かったが、その代わりに完全に片腕をへし折られてしまった。額に嫌な汗が浮かぶ。

 

(あと一撃……一撃入れれば黒真珠を破壊できるのですが……)

 

 自身が突いた一点から罅が広がる黒真珠を見据える。タイムリミットが自分に不利に働く以上、このボロボロの身体でも受け身ではなく攻めていかねばならない。

 

(もう少しだけ無茶に付き合ってください……っ!)

 

 全身に過剰なまでの魔力を流して身体能力を強化して、ダームに最後の特攻を仕掛けた。余剰魔力が身体から溢れ出し、白い魔力が僕を染め上げる。全身の節々から悲鳴が上がるが、更にそこから残る全ての魔力をクレリアの剣に流し込んで光の刃を形成させた。

 当然ダームもこれを黙って見過ごすはずもなく、ありったけの魔力弾と魔法を駆使して僕を打ち倒そうとしてくるが、光の刃でそれらを切り伏せ、ダームに向けて確実に一歩一歩前進する。

 

《死ねぃ!!》

 

 斧剣が頭上から迫ってくる。足を止めず、軋む全身に力を込めてこれを無理やり剣で弾き飛ばす。よほど予想外だったのか、黒真珠(ダーム)から驚愕と動揺の意思が伝わってきた。

 無理な動きに血が噴き出し、力が抜けそうになるが最後の力を振り絞ってダームの頭上に跳躍すると、再び黒真珠に膨大な魔力が集まり始める。斧剣も振れる体勢でなく、弾幕で止められる距離でないので、恐らく先程の大技を撃ってくるのだろう。

 

「あ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あああああああぁぁぁぁぁああああああ!!!!!」

 

《お゛ぉ゛ぉ゛お゛おおおおぉぉぉぉぉおおおおおおぉぉ!!!!!》

 

 白と黒の極大な魔力同士がぶつかり合う。黒い魔力の奔流に呑まれ、身体が端から焼け落ちるような感覚が走るが、それを無視して許容量の限界を超えた魔力をクレリアの剣に注ぎ込む。鬩ぎ合い、膠着状態が永遠に続くとも思われたが、クレリアの剣にビシリと一筋の罅が走る。もう駄目かと思われたが、突然フィーナさんの指輪が輝き出し、それと同時に白が黒を押し始めた。

 

「貫けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッッ!!!!!」

 

《があ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ゛あ゛あ゛!!!?》

 

 闇の奔流を侵食して光の刃による下突きが黒真珠に到達する。そして、その全身全霊の一撃はついに黒真珠を白い魔力の刃で貫き、漆黒の鎧が霧散した。

ゴトリと重い音を立てて黒真珠が地面に落下する。力を失ったのか、中で揺らめいていた炎も凪いでいて、ダームの声も聞こえなくなった。

 

(終わり……ましたよ…………)

 

 気が抜けて全身に回していた魔力が途切れ、そのせいで身体を支える力を失ってその場で崩れ落ちる。限界を超えて動いていたため、もう指1本動かす気力も湧いてこない。そのまま意識も遠くなっていき、僕は黒真珠の側で倒れ伏したまま気を失った。




 決め手:ソルブレイカー


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P.伝えられる真実

 種明かし回です。ボリューム的には2話分ぐらいあります。

 テレビスさん、評価ありがとうございます!


Main Character:アドル=クリスティン

Location:女神の王宮

 

 

 

 ゆっくりと意識が浮上し、温かな光の中で目が覚める。重い瞼を開くと、目の前にはフィーナさんの顔があった。青い瞳が僕の目覚めを知覚し、不安一色だったフィーナさんの表情が明るいものへと変わる。

 

「アドルさん……良かった……!」

 

 フィーナさんが膝枕の体勢から覆いかぶさるように抱きついてきた。抱き返すつもりで腕を動かそうとしたが、酷く反応が鈍く、思う様に身体が動かせない。考えるまでもなく、無茶した分の反動が返ってきたことを理解した。

 

「フィーナ、そろそろ離してあげて。アドルさん困ってるわよ」

 

「ご、ごめんなさい……!」

 

 無抵抗なのをいいことに、たっぷり体感1分ぐらい静寂に包まれた空間で抱擁し続けたフィーナさんが、顔を真っ赤にして僕から離れる。視界が開けると、周りには困った顔をしたレアさんの他に、神官の血を継ぐ人たちやリリアさんなどの顔見知りの人たちが僕たちを囲むようにして立っていた。

 

「ダームはどうなりました?」

 

「今は完全に沈黙しているわ。イースの危機は去ったと考えていいわね」

 

 フィーナさんに支えられながらゆっくりと身体を起こし、僕が寝ていた横に長いソファーのような物に深く座り直して、一先ず現状確認をしてみると非常に簡潔な答えが返ってきた。今更ながら決戦を制したという実感が湧いてくる。

 

 

 

 その後はしばらくその場にいた人たちと談笑して時を過ごした。ラミアの村の門番​であるゴートさんも神官ダビーの子孫である事実を知らされたり、見覚えのない青年が1人いるなと思っていると、その青年が魔物の姿から戻ったキースさんだと教えられたり、驚くようなこともあった。

 イースに来てからゆっくり出来なかった分、それを精算するかのように、たくさんの時間皆が心の底から笑い合って話す光景を見て、平和の訪れを静かに実感していた。平和を目指して進んできた以上、それを喜ぶ気持ちは当然あったが、僕はどこかまだ腑に落ちていないことが幾つかある。ダレスの僕と誰かを重ねて見ていたような発言や、今もなお生えている翼のことだ。

 

「アドルさん、やはりまだ具合が悪いですか?」

 

余程浮かない顔をしていたのか、隣にいたフィーナさんが心配そうに覗き込んできた。

 

「…………フィーナさん、レアさん、お二人にお聞きしたいことがあるんです」

 

 数瞬悩み、結局自分の中のもやもやを打ち明けることを決めた。恐らくイースに深く関わりのある2人に聞かねばこれ以上の進展はないだろう。

 

「はい、私たちに答えられることなら何でも」

 

「多分翼のことでしょう?」

 

 姿勢を崩していた女神たちが居住まいを正して真面目な雰囲気を纏う。レアさんは僕がそれを聞くことを事前に予想していたのか、薄く微笑みながら僕に言葉を投げかけてきた。順序はどちらでもよかったので、僕はそれに首肯する。

 

「どこから説明したものかしら…………そうね、まずは私たちの話からしましょうか」

 

 その言葉を皮切りに、レアさんの昔話が始まった。

 

「私たちはイースに渡ってくる以前、ここより遥か西の地で暮らしていたの。そこはとても文明が発達した所で、私たちのような翼の生えた人たちの他にも、普通の人間や動物の特徴が身体に表れた人たちも生活していたわ。その多様な種族が暮らす地の名はエルディーン。エメラスと呼ばれる魔法ガラスによって栄えた今は亡き王国」

 

 レアさんの口からザバが言っていたエルディーンという言葉が放たれる。それは翼を持つ者の故郷の名。

 

「そして、ある時私たち翼を持つ者は、エメラスの中でも白エメラスと呼ばれる、生物としての性質を強く持つ物を生み出し、生身の肉体を捨ててその白エメラスの身体に魂を移し替えたの」

 

「それが切っ掛けで、私たちは実質的な不老不死化とともに、その身に魔力を宿した人間となりました」

 

 だから何百年も生き続けてるんですよ、とレアさんの説明を補足するようにフィーナさんが口を開く。

 

「白エメラスの身体といっても、不老不死であることと魔力があること以外は普通の人間と何も変わりは無かった。だからね、ある時、流れ着いた人間と恋に落ちた有翼人が、その人間と子供を産んだの。産まれた子供は白エメラスと生身が混じった身体をした翼の生えた子だったわ」

 

 異種族間で産まれた不思議な子供。物語ではよくある話だ。

 

「その子は人間の親そっくりの赤い髪で、有翼人の親そっくりの翼をした子でした​──────アドルさん、今のあなたのように」

 

 そんなことを思っていると、続くフィーナさんの言葉で心臓を射抜かれたような感覚が身体に走った。周りの人たちも予想外だったのか騒然としている。今すぐ口を挟みたい所だが、まだ話の途中である。逸る気持ちをどうにか抑え込んで、僕は話の続きを促した。

 

「その後、私たちがイースに来る切っ掛けになった事件でその子は両親を失って、それで、特に仲良くしていた私とフィーナがその子の世話を買って出て、共にイースに渡ったのが800年前のこと」

 

「あの子は身体の半分が生身なので、人よりは成長がゆっくりでしたが、イースが王国になる頃には、私たちよりはずっと大人の姿になってました」

 

 2人の表情がどこか昔を懐かしむようなものになる。

 

「でも700年前、イースに災いが襲いかかった際、その動乱の最中に行方が分からなくなったの」

 

「その時は魔物の侵攻で亡くなってしまったと思っていましたが、どうにか島の外に逃れられていたのでしょう」

 

「ここまで話したら流石に分かっていると思うけど、アドルさん、あなたは恐らくイースの外で産まれたその子の子孫。あなたが独自の魔法を使えたり、白い魔力を生み出すことができたりすることから、間違いないと思うわ」

 

──つまりはその世界の人物の1人がその人ではなくあなただったらというifの世界よ。

 

 レアさんの言葉を聞いて思考が急激に加速する。思い出すのは外の女神が言っていた言葉だ。女神は僕が得たいと願った能力を与えるために、僕を白エメラスの身体を持った人間として産まれさせたということなのだろう。つまり、異空間を操る能力は魔法で、僕はそれを知らずに使っていて、ダームの塔で初めて翼が生えたのも、魔力が増えたのを切っ掛けに顕現しただけで、イースの本や2人の力ではなく、それは元々僕が持っているはずだったものだということか。

 

「驚いていただけたみたいね」

 

 レアさんとフィーナさんがイタズラに成功したような無邪気な笑顔を浮かべる。余程驚いた顔をしていたのだろう。

 

「では、ダレスが僕のことを知っているような口ぶりだったのも……」

 

「恐らく、外に出る前のあの子と会う機会があったんでしょうね。私たちは翼のない頃からアドルさんの知り合いだったから間違えなかったけど、翼が生えてたら本当にあの子にそっくりだもの。間違えるのも無理はないわ」

 

 有翼人が基本的に不老不死なのもその辺りに拍車をかけたのかもね、と言いながら、レアさんは一息ついた。話すことは話し終えたという感じだ。

 一先ず疑問は氷解した。女神の同胞などと呼ばれることがあったが、彼らは恐らく僕に有翼人の血が流れていることに気がついていたのだろう。

 

「随分とスケールの大きい話だったが……とりあえず、女神様とアドルは同族だってことでいいのか?」

 

「はい、その認識で間違いありません」

 

 聴衆の1人と化していたゴーバンさんの言葉にレアさんが頷いた。他の人よりも復活が早いあたり、流石は盗賊団の頭領をするだけの胆力があると言ったところか。

 

「いやあ……何かこう、急に遠くに感じちまうなぁ。アドル様って呼んだ方がいいか?」

 

「あはは……変な感じがするので今まで通りでお願いします」

 

 ゴーバンさんの冗談を効かせた台詞に、静まっていた王宮の空気が再び笑いに包まれた。

 

 

 

「んじゃまあ、あいつら回収しに行かなきゃならんし、俺はそろそろお暇するぜ。アドル、また後でな」

 

 話し込んで時間も日が暮れる頃合になってきたところで、ゴーバンさんが王宮から去っていった。それを皮切りにして、他の人たちも続々と一言僕らに挨拶してから足早に出ていってしまった。急にどうしたのだろうか。

 

「フィーナ」

 

「大丈夫」

 

 フィーナさんと短く言葉を交わし、レアさんも立ち上がって出口の方へ歩き始めた。

 

「アドルさん、よろしくね」

 

 去り際にウィンクを1つ飛ばして出ていってしまったが、今のは何を頼まれたのだろう。

 状況がよく分からず、助けを求めてフィーナさんの方を見ると、いつになく真剣な表情をしてこちらを見据えるフィーナさんと目が合い、思わずたじろいでしまった。

 

「こうして2人きりで話すのも、何だかとても久しぶりのような気がします」

 

 まだ1日しか経っていないのに変ですよね、とフィーナさんが曖昧に笑いかけてくる。

 

「アドルさんがエステリアを解放した後、私の記憶は戻りました。それですぐに姉さんが迎えにきて一緒にイースまで帰って……後はご存知の通りです」

 

 僕と別れてから起きたことを噛み締めるようにフィーナさんが口にした。

 

「記憶を失っている間、女神ではなく1人の女の子として過ごしたことで分かったことがあるんです」

 

 揺らぐ青色でフィーナさんが僕の瞳を覗き込んでくる。

 

「女神の自分が知らない世界で、人はこんなにも強く、美しく生きていて、もう私たちのような女神や神官がいなくても、人は自分たちの力だけで歩いていけるってことをこの目で見て学びました。そして悟りました。私たちの築いたイースという国は、もう過去の国になってしまったんだなって」

 

 揺らぎが大きくなり、2つの青が滲みだす。

 

「今まで何百年も生きてきて、楽しい思い出はたくさんありましたが、何より、アドルさんと出会えて過ごした日々が1番楽しくて、嬉しかったです」

 

 白磁の肌をしたフィーナさんの手が、壊さないように慎重な手つきで僕の手に触れた。

 

「アドルさん、あなたとは女神としてではなく、フィーナという名の1人の女の子として過ごすことが出来たから。短い間でしたが、本当に心の底から嬉しかった……」

 

 しかし、その顔は酷く悲しみに濡れていて、これではまるで​──────

 

「でも、もうそれも終わりなんです。失われた国イースの女神としての最後の仕事、私と姉さんは2度と黒真珠が復活しないようにそれを封印しに行かないといけません」

 

​──────今生の別れを告げるようではないか。

 

「黒い魔力を放つ黒真珠を封印できるのは私たち有翼人だけです。そして、それを完遂する頃には、私たちはもう生命活動を続ける力を残してはいないでしょう」

 

 フィーナさんの双眸から1粒涙が零れ落ちた。

 

「アドル、さん……あなたの、思い出に消え、ることを、許して…………」

 

 それを切っ掛けに、耐えきれなくなったフィーナさんの青い瞳から涙が溢れ出した。

 

「ときどきで、いいから……思い、出してください……私の、ような、女の子がいたって、ことを…………! もう、お別れ、です…………」

 

 くしゃくしゃに顔を歪めながら、フィーナさんは僕の手から手を離し、涙を拭って王宮の外へ歩き出した。

 フィーナさんの涙混じりの言葉を聞いて僕は​──────

 

「フィーナさん」

 

​──────去りゆく彼女の身体を後ろから抱き止めた。




 原作既プレイ勢じゃないと分からないことを堂々と使って申し訳ないという気持ちはあります。


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Q.Stay with Me Forever

 私は原作のEDで引くぐらい泣きました。

 MkH86さん、mark6さん、評価ありがとうございます!




Main Character:アドル=クリスティン

Location:女神の王宮

 

 

 

「アド、ル、さん……?」

 

 後ろから回した腕にフィーナさんの涙がぼろぼろと落ちる。

 

「フィーナさん」

 

「うぅ……!」

 

 もう1度名前を呼び、腕に力を入れてフィーナさんを抱き寄せると、彼女は僕の手に手を重ねて、更に涙を零した。王宮内にフィーナさんの啜り泣く声が響く。

 

 

 

「アドルさん、どうして……?」

 

 泣き止むまで子をあやす様に頭を撫でていると、目元を真っ赤に腫らしたフィーナさんが胸元から顔を上げた。

 

「こんなの……別れが辛くなるだけじゃないですか……」

 

「……僕は、フィーナさんとお別れするつもりはありませんよ」

 

 僕の言葉に合点がいってないのか、フィーナさんは首を傾げる。

 

「黒真珠を封印できるのが有翼人だけということは、恐らく白い魔力が関係してるんですよね?」

 

 僕の言いたいことを理解し、フィーナさんはハッとした顔をした。言葉が出てこないのか、口をパクパクと動かしている。

 

「そ、それはダメです! アドルさんも戻れなくなるかもしれないんですよ!」

 

 やっと出てきた言葉は焦燥に塗れていて、その表情は心の底から僕のことを心配していた。

 

「僕の中にはフィーナさんとレアさんから預かってきた白い魔力があります。3人で力を合わせれば、きっとどうにかなりますよ」

 

 少々楽観的とも取れる僕の言葉に、忘れていた、という表情でフィーナさんは少しの間呆然とする。しかし、すぐに彼女は首を横に振った。

 

「それでも、足りなくて、もしアドルさんまで帰れなくなったら……」

 

 その顔に浮かぶのは恐怖。巻き添えで殺してしまうかもしれないということを酷くフィーナさんは恐れている。だが​──────

 

「フィーナさんが思っているのと同じで、僕もフィーナさんに生きていて欲しいんです。僕はあなたに置いていかれたくない」

 

 僕の言葉にフィーナさんが目を見開いて、すぐにくしゃりと顔を歪め、再び僕の胸に沈んでいった。背中に回されたフィーナさんの腕に力が入り、お互いの鼓動が伝わるほど身体が密着する。

 

「それに、約束もまだ果たせてないですし」

 

「やく、そく……?」

 

 瞳からぼろぼろと涙を零しながら、フィーナさんが僕の顔を見上げてくる。僕はそんな彼女に見える様に自身の右手を持っていって、中指に嵌めたフィーナさんの指輪を外して​──────

 

「帰って来たら、返事をするって言ったじゃないですか」

 

​──────左手の薬指に嵌め直した。

 

「あ…………」

 

「告白にエンゲージリングまで渡しておいて、僕を置いていくって、少し酷いんじゃないですか?」

 

 一生独り身になっちゃいますよ、と笑って付け加えながら、僕はフィーナさんを抱きしめる。

 

「ずっと、これからずっと一緒に生きてくれませんか?」

 

「は、い……ぃ…………!」

 

 掠れた声でフィーナさんは僕の返事を受け取ってくれた。そして今までで1番深い抱擁が交わされる。

 

「フィーナさんの分の指輪は今度見繕いに行きましょう」

 

「は、い…………!」

 

「結婚式はゼピック村で挙げましょうか」

 

「は、い……!」

 

「そのために、まずは3人で黒真珠を封印しましょうね」

 

「はい……!」

 

 フィーナさんの声に活力が戻ってきた。返ってくる言葉には絶対に生き抜くという意志を感じることが出来る。

 

 

 

「レアさんを待たせているんでしょう? そろそろ行きましょうか」

 

「はい、アドルさん」

 

 愛を分かち合ってから、僕らはしっかりとした足取りで立ち上がり、レアさんがいる場所へと向かうために歩き出した。

 

 

 

「あら……」

 

 王宮の入口に驚いた表情のレアさんが待っていた。それから、手を繋いで歩いてくる僕たちを見て何か納得したような顔に変わる。

 

「アドルさん、その選択に後悔はない?」

 

「微塵もありませんよ」

 

 即答する僕を見て、レアさんは満足気な表情を浮かべた。

 

「では、行きましょうか。全てが始まった場所へ」

 

 

 

Location:ラスティン廃坑 最奥部

 

 

 

 僕たちは黒真珠とともに、かつて僕が女神像の幻覚を見た場所まで来ていた。2人が言うには、クレリアが再度掘り起こされる前まで、ここで黒真珠を封印していたらしい。

 

「アドルさん、黒真珠を見てください」

 

 フィーナさんの突然の指示に内心首をかしげつつも、僕は黒真珠に目を遣った。

 

「何か気づくことはありませんか?」

 

 そう言われると、確かにおかしな所があるような気がする。

 

「罅割れていたのが治ってますね」

 

「そうです、これが黒真珠の厄介なところなんです」

 

「一時的に活動を止めることが出来ても、それはやがてこういう風に自己修復して、いつの日か活動を再開させるようになっているのよ」

 

 激闘の末につけた傷がまるっきり無くなっていることに気づき、2人が命懸けで黒真珠を封印しようとする理由を察した。確かに、何度もこんなことを繰り返されてはたまったものじゃない。

 

「では、いったいどうすれば?」

 

「まずは暴走している黒真珠に白い魔力を流し込んで、制御権を奪い返します。それから、内部に残る黒い魔力が無くなるまで、私たちのリソースを消費して中和します」

 

「リソース?」

 

 聞きなれない言葉をオウム返しで口にする。

 

「魔力は消費した分は時間の経過とともに元の状態に戻っていくでしょう?」

 

 ダームとの戦いで消費した魔力が、王宮で会話している間も回復している感覚を味わっていたので、それには覚えがある。

 

「その魔力を水だとしたら、リソースはコップね。魔力()リソース(コップ)を超える量は貯まらないわよね? つまり、リソースはその人が扱うことが出来る魔力の最大量みたいなものかしら」

 

 なるほど、この世界にはまだ存在しない物だが、ゲーム的な言い方をすれば最大MPの値がリソースということだろう。2人が帰ってこれないかもしれないと言っていたのは、白エメラス(魔法ガラス)の身体の生命活動を維持する分のリソースさえも残らないぐらい消費してしまえば、当然動けなくなり、また、魔力が自然回復することもないので、死んだような状態になるということか。

 

「アドルさんは、私たちが女神像に預けてきたリソースを回収してきているので、そのリソース(コップ)が他人よりも大きい状態ですね」

 

「ああ、翼が6枚も生えてきたのはそういうことだったんですね」

 

「ええ、普通ではありえない状態だけど、今回ばかりは非常に助かるわ」

 

 知らぬ間にファインプレーをしていたらしい。しっかり女神像を訪問して回ってよかった。

 

「では次に中和についてですが、これは口で説明するよりも実際に始めた方が理解出来ると思います」

 

 フィーナさんの言葉で思い出すのは、黒真珠の模造品である黒い真珠を手にした時に情報が頭に流れ込んできた感覚。口振りから察するに、あれと同じことが起きるのだろう。

 

「長引かせても私たちが不利になるだけだし、早速やっちゃいましょうか」

 

 レアさんの言葉で、僕たちは黒真珠を囲うようにして座り込んだ。黒真珠に手を添えると、あの時と同じように膨大な情報が頭に流れてくる。

 

「では、始めましょうか」

 

2人が翼を展開するのを見て、僕もそれに倣い3対の翼を背中から広げた。そして、掌から黒真珠の中に白い魔力を注入し始める。

 

「アドルさん、私たちはもう身体にほとんどリソースを残してません。ですので途中からは1人で頑張ってもらうことになりますが……」

 

「そもそもお2人の分のリソースを預かってるのは僕ですからね。それぐらいは頑張らせていただきます」

 

 暴れ馬のように荒れ狂う黒真珠の意志を白い魔力で以て抑え込みながら僕はそう返した。

 

 

 

「あっ……」

 

 力の抜けた声とともに翼が霧散して、フィーナさんは後ろによろめくようにして黒真珠から離れた。

 

「姉さん、アドルさん、ごめんなさい……」

 

「何言ってるの、よく頑張ったわね。ゆっくり休みなさい」

 

 肩で息をしながらフィーナさんが謝ってきたが、レアさんがそれに軽い調子で気にするなと返す。しかし、レアさんも額に汗を浮かべていて、顔色も既にだいぶ悪いようだ。

 

「レアさんも、無理しないでください。フィーナさんの晴れ姿、見れなくなってしまいますよ」

 

「…………なら、お言葉に甘えちゃおうかしら。アドルさん、後はよろしくね」

 

 僕の言葉でレアさんも汗を拭い、翼を霧散させて黒真珠から離れる。レアさんが妹好き(シスコン)だったので、説得が容易で助かった。

 

 

 

「あ、炎が……」

 

 再び燃え上がっていた黒真珠の炎が完全に沈黙するのと同時に、僕の2枚の翼が形を維持出来なくなって消滅した。しかし、まだ黒真珠の中に根付いた意志は消えていない。

 

「アドルさん、あともう少しで……」

 

「はい……!」

 

 フィーナさんの声援で、切れかけた集中を持ち直し、再度気合を入れて白い魔力を黒真珠に流し込む。

 2対目の翼も霧散した。疲労感が重圧になって身体にのしかかってくる。心臓も魔力を流すためにはち切れそうなぐらい駆動し、頭も集中のあまり神経が焼き切れそうだ。

 そして、ついに黒真珠に宿っていた意志が消滅し、それは粉々になって崩れ去った。

 

「やっ……た……?」

 

「アドルさん!?」

 

 黒真珠の封印を成し遂げた安心感から、身体の力が抜けて、そのまま横向きに倒れ込んだ。今更ながら、ダームの塔に入ってからひたすら走り続けてきたことを思い出して、自然と瞼が閉じていく。今は、瞼越しに感じられる残った2枚の翼の光が少しだけ眩いような気がした。




 ぶっちゃけダームの塔突入あたりから、このシーンを書きたいがためにこの小説書いてたところあります。


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エピローグ -In Adventure World Called Ys-

 私がフィーナさんがイースシリーズ通してのヒロインだと思ってるのは、前話のサブタイにもなってるんですけど、IIのEDのタイトルがStay with Me Foreverで、それが最後にアドルさんが口に出しかけて胸にしまった言葉だと思ってるからなんですよね。


Main Character:アドル=クリスティン

 

 

 

「アドルさん、あ〜ん♪」

 

「あ、あ〜ん……」

 

 僕が気絶した後、力を完全に失った黒真珠は灰になって消滅したらしい。結果的に僕たちは最後の賭けで勝利をもぎ取ることに成功したということになる。

 イースもとい、エステリアからは完全に魔法の気配が消え去り、クレリアもただの純度の高い銀になったとか何とか。

 そして、僕は今ジェバさんの家でフィーナさんに看病​────いや、介護されている。というのも、ダームとの戦いで身体の外側を、黒真珠の封印で身体の内側をこれでもかというぐらいボロボロになるまで酷使したせいで、自分で身動きできないぐらいまで身体能力が低下しているからだ。更におよそ2人分のリソースを一気に失い、そのギャップで心臓の機能が一時的に弱まっているのもこの状況に拍車をかけていた。

 バキバキに折れた腕も添え木と包帯で固定している​──こういう大きな怪我はポーション等で無理矢理治すと、歪な形で修復されるらしい──ので、実状と外見も相まって、酷く病人然とした姿に落ち着いている。

 そこで、僕の身の回りの世話を買って出てくれたのがフィーナさんというわけだ。プロポーズをした影響なのか、お見舞いに来たドギさんやリリアさんたちが若干引くぐらいのやる気を出してくれている。今のように延々と1口サイズに切られた林檎を食べさせてきたり、勢い余って転んだりで、空回っている気がしなくもないが。

 

 

 

 そんな日々が1週間ほど続き、僕はようやく自分で動き回れる程度には回復した。フレア先生の見立てでは1ヶ月は動けないだろうとのことだったので、『丈夫な身体』様々である。フィーナさんの喜んでいる表情に、ちらと残念そうな色が映ったのは見てないことにした。

 回診に来ていたフレアさんの診断を受け、身体を動かしていいということになったので、リハビリを兼ねて、この冒険で訪れた村々をフィーナさんと一緒に歩いて回っていくことになった。

 バギュ=バデットにすっぽり収まるようにして着陸したイースの気候もエステリアに適したものに変化し、かつて氷壁や溶岩地帯となっていた地域も多少温度に差があるレベルにまで落ち着いていた。比較的穏やかな気候の心地良さを身に染みて感じながら、通りがかりの聖獣​──フィーナさん曰くルーという名前らしい──が苦い顔をして何処かへ去ってしまうぐらいには甘い時を過ごしながら、かつてのイースの地を渡り歩いた。

 

 

 

 訪れた先でも色々なことがあった。ランスの村ではリリアさんやレノアさんといった面々に歓待を受けたり、旧溶岩地帯の村ではタルフ君にせがまれて、僕が故郷を出てから始めた旅の話を朝から晩まで話したりと、とても楽しい時を過ごすことが出来た。皆が心の底から笑い合えるような日常を送っているのを見て、胸に熱いものがこみ上げてくるのは、きっと正しい反応なのだろう。

 最終目的地であるラミアの村に着くと、そこは活気に満ち溢れていた。まあ、理由は事前に知らされているので知っているのだが、サダさんとマリアさんの結婚式がまさに今日挙げられるのだ。

 

「アドルさん、フィーナさん、来てくださったんですね」

 

「お待ちしてました」

 

「お2人とも、ご結婚おめでとうございます」

 

 会場が女神の王宮だとレグ殿に教えてもらい、真っ直ぐ会場へ向かうと、準備係の人に案内してもらって、新郎新婦の簡易の控え室まで連れてきてもらった。2人は白を基調とした衣装に身を包んでおり、その表情はとても幸せに満ちたものだ。

 

「アドル殿、フィーナ様、こちらです」

 

「キースさん」

 

「お久しぶりです、キースさん」

 

 挨拶もそこそこに、長居するのも悪いので、控え室を後にして一足先に会場入りすると、キースさんと出くわした。メインテーブルに1番近い場所に呼ばれたので、恐らくそこが僕たちが座る席なのだろう。式場では新郎新婦に近い場所から順に上座になっていると聞いたことがあるが、僕たちはどういう枠で呼ばれていることになっているのだろうか。

 

 

 

 とりあえず席に着いてキースさんや後から来たゴートさんたちと話をしていると結婚式が始まった。楽しい時はすぐに過ぎ去るもので、恙無く式は進行し、最後のブーケトスが行われる時間となる。そわそわするフィーナさんを後押しして送り出し、男衆で壁の方へと避難すると、やる気に満ちた女性たちの様子がよく見えるようになる。背を向けたマリアさんがブーケを放ると、それは綺麗な弧を描いて飛んでいき、フィーナさんの手の中に収まった。

 

「アドルさん!」

 

 ブーケを手にしたフィーナさんが満面の笑みでこちらへかけてきた。その輝かんばかりの姿を見て、今はただこの笑顔を守るために生きていこう。僕はそう改めて決意を固くした。

 

失われし古代王国編 The End




 次話から間章に入ります。セルセタ行きはもうしばらく後になりますね。

 結局、解説(?)などは活動報告を利用して書くことにしましたので、気になる方は御手数ですがそちらをご覧ください。


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間章 第二の故郷で
プロローグ -The Dawn of Ys-


 所謂冒険と冒険の間の物語です。フィーナ様とアドル君のイチャイチャ祭りとも言います。

 くろいひとさん、べるさんさん、アオモさん、評価ありがとうございます!


Main Character:アドル=クリスティン

Location:ゼピック村

 

 

 

「よし……やっと書き上がりました……!」

 

 手にしていたペンを机の上に置き、長時間書き作業を続けたせいで凝り固まった筋肉を解すために身体をたっぷり10秒伸ばした。身体の節々から音が鳴り、心地良さが全身に伝わっていく。

 

「アドルさん、ここ最近ずっとそうしてましたけど、何を書いてたんですか?」

 

 僕の声が聞こえたのか、隣の部屋にいたフィーナさんが部屋の入口から顔を覗かせていた。その視線は机の上に置いてある2冊の本に注がれている。

 

「今回のことを本にしてたんですよ」

 

 ほら、元々僕は紀行家ですし、と言うと、目を輝かせたフィーナさんが部屋に入ってきた。

 

「読んでみてもいいですか?」

 

「はい、読者第1号はフィーナさんにお願いしますね」

 

 やった、と小さな仕草で喜びを示し、フィーナさんは本を持って部屋に備え付けられたベッドに腰掛けて本を読み始めた。

 

 

 

「ふぅ……」

 

 足をパタパタさせながら静かに本を読んでいたフィーナさんが、一息吐いてから本をベッドの上に置いた。

 

「何というか、自分も冒険してるような気持ちになれたので、とても読んでて楽しかったです」

 

「それは良かったです」

 

 何と言われるかドキドキしながら見守っていたが、フィーナさんの好意的な反応に思わずほっと胸を撫で下ろす。実際に本にしたためるのは初めての試みだったので、とりあえず上手くいったようで良かった。

 

「でも、翼のことは書かなかったんですね」

 

「あはは、何というか、自分でも未だに実感湧いてきませんから……」

 

 前世を含めて、数十年間完全に何の変哲もない人間として生きてきたので、最近は全然翼を外に出していないのもあって、口にした通りに自分が有翼人であるという実感がないのだ。

 

「アドルさんは翼で飛んだりもしませんしね」

 

「あ、この翼ってやっぱり飛ぶのに使えるんですか?」

 

「はい、そうですよ。……そうだ! 今度時間を作って空を飛ぶ練習をしてみませんか?」

 

 名案です、といった風にフィーナさんが自身の胸の前で両手を打ち合わせた。満面の笑みが少し眩しい。

 

「どうしたの? 大きな声を出して」

 

 フィーナさんの声に反応して、別室にいたレアさんも僕の部屋に入ってきた。

 

「姉さん、今度アドルさんに空の飛び方を教えましょう!」

 

「あら、楽しそうね。いいわよ、いつにするの?」

 

 入ってきたレアさんにフィーナさんが跳びついて、そのまま楽しそうに話しながら部屋から出ていってしまう。恐らく別室で案を考えるのだろう。一気に部屋が寂しくなってしまったが、まあ、姉妹仲が良いのは良いことだ。

 

(さて、では何をしましょうか)

 

 ベッドの上の本を机の上に戻すと完全に手持ち無沙汰になってしまった。

 

(最近篭りきりでしたし、久しぶりに外出しますか)

 

 窓から外を見てみると、太陽が元気よく照っているのが目に入る。怪我のせいもあってしばらく鍛錬を休んでいたので、そろそろ再開してもいい頃合かもしれない。

 

「久しぶりに外に出てきます!」

 

「はーい! 夕飯までには帰ってきてくださいね!」

 

 玄関の扉に手をかけながら、奥の部屋にいるフィーナさんに声をかけると、いつもより気待ち弾んだ声色で返事が返ってきた。計画は楽しく練られているようである。

 玄関を出ると、快晴の空から陽光が降り注いでくる。今日もエステリアは平和だ。




 私の中の悪魔がR-18版を書けと囁きかけてきます。それはさておき、早速序章・第一章の振り返りが出来ましたので、見たい方は活動報告の方をご覧ください。


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A.健やかなる一日

 目覚めなかった期間と動き回れなかった期間を合わせて、アドル君は1ヶ月ぐらい横になってました。


Main Character:アドル=クリスティン

Location:ゼピック村

 

 

 

 外に出て、自分が出てきた建物を見上げる。いつ見ても立派な外観​──もちろん内装も立派である──だが、これは僕が寝たきりの状態だった時に、ゼピック村の人たちが建ててくれたものらしい。フィーナさん曰く、エステリアを救ってくれたお礼と結婚祝いを兼ねた物だとか何とか。

 流石に家を贈られる経験はなかったので、最初は断ろうと思ったのだが、フィーナさんの鶴の一声で承認することになった。今は乗り込んできたレアさんも含め、3人で暮らしている。

 

「ようアドル! 久しぶりだなぁ!」

 

「ドギさん、こんにちは」

 

 家を見上げながら感慨に耽っていると、ドギさんが山道の方から降りてきた。最近はエステリアの復興のためだとかで彼方此方駆けずり回っているそうだが、今日は纏う雰囲気から察するに休息日らしい。

 

「リハビリか?」

 

「まあ、そんな感じです。そろそろ鍛錬も再開しようかなと思いまして」

 

 筋肉も結構落ちちゃいましたから、と身振りも交えてアピールすると、ドギさんは自身の顎に手をやって何事かを考え始めた。

 

「銀の剣は確か今折れてるんだっけか?」

 

「ああ、はい、ダームと相打ちになる形で折れてしまったみたいで」

 

 そう、ドギさんの言う通り、今クレリアの剣は折れてしまっているので鍛冶屋に預けているのだ。怪我が治ってから呼び戻した時に、刀身が半ばからポッキリと折れた剣が手元に現れて、思わず絶叫してしまったのも記憶に新しい。

 

「アドル、お前さん、格闘技には興味はねぇか?」

 

「格闘技ですか? 興味が無いと言えば嘘になりますが……」

 

「おぉ、それなら今日はちょっとばかしやってみようぜ」

 

 このドギ様が特別にレクチャーしてやるぜ、とドギさんが自身の厚い胸板を叩きながら主張してくる。

 いや、確かに男として産まれてきた以上、己の身一つで闘う格闘技に興味はあるのだが、如何せん体格に恵まれていないこの身体では何というか、カッコがつかないというか。ドギさんのように背が高く、ガッチリした体型ならそれはもう映えるだろうが、どうにも僕がそういう風なことをやっているイメージが湧いてこない。

 

「じゃあ、お願いしてもいいですか?」

 

「おうよ! 任せとけ!」

 

 しかし、色々とネガティブな思考が回ったものの、それでドギさんの厚意を無碍にするのはちょっと違うだろう。まあ、せっかくの機会なので軽い気持ちでやってみるのも悪くは無いかもしれない。

 

 

 

「なかなか筋はいいじゃねぇか」

 

 まだ激しく動けるレベルまで回復してないのが残念だ、と豪快に笑いながらドギさんが水分補給用の水を煽る。一方、僕は久しぶりの運動だったのもあって、肩で呼吸をしてその場にへたりこんでいた。

 意外というのは失礼だが、何処か大雑把なイメージがあったドギさんの指導は的確で分かりやすいものだった。ドギさんは僕達が住んでいる家を建てるのにも協力してくれたそうなので、見た目の割に色々と器用なのかもしれない。

 

「今日はありがとうございました」

 

「また時間がある時に見てやるからよ。じゃあまたな!」

 

 汗を拭ってからドギさんにお礼を言うと、彼はこれまた豪快に笑いながら山道の方へと帰って行った。 

 しかし、実際に動いてみると楽しかった。これを上手く応用できれば、他の武器戦闘の時にも色々と役に立つだろう。しばらくは旅に出る予定もないので、これを機に素手での戦い方を修得するのもいいかもしれない。

 

(おっと、もう日が沈みますね)

 

 太陽が真上にある時間から始めて、もうこんなに時間が経っていたらしい。運動と執筆だけで1日が終わってしまったが、フィーナさんに夕飯までに帰るよう言われているので、今日は素直に帰るとしよう。

 

 

 

「お帰りなさい、アドル」

 

「ただいまです、レアさん」

 

 真っ直ぐ帰宅して玄関を開けると、椅子に座って本を読むレアさんが迎えてくれた。台所の方からいい匂いがするので、フィーナさんは恐らくそっちの方にいるのだろう。

 

「むぅ、レアさんじゃなくて、お義姉ちゃんって呼んでって言ってるじゃない」

 

 そう言って、わざとらしい膨れっ面になりながらレア────義姉さんが本から目線を外してこちらを見てきた。フィーナさんにプロポーズをしたことがバレて以来、レア義姉さんは僕にそういう呼び方を強要するようになったのだ。同時に、僕に対する態度も弟に対するソレへと変化した。

 

「あはは、まだ慣れてなくてですね……」

 

「もう! そのちょっと距離を置いた話し方もダメ!」

 

「これはもう癖ですので」

 

 義弟(おとうと)が懐いてくれなくてお義姉ちゃん悲しい、とテーブルの上に倒れるようにして義姉さんは姿勢を崩した。呼び方はともかくとして、話し方については本当に染み付いた癖なので勘弁して欲しいところではある。

 

「でも、フィーナとベッ痛いッ!?」

 

 何事かを口走ろうとしたその時、台所の方から何かが飛来し、それはレア義姉さんの頭に直撃した。そして、奥の部屋からゆらりとフィーナさんが現れる。

 

「姉さん?」

 

「ごめんなさい……」

 

 フィーナさんの凄みに圧されてレア義姉さんがしゅんとする。これではどちらが姉なのか分かったものではない。いや、まあ、双子なのでその辺りの判定もそもそも曖昧なような気もするが。

 

「お帰りなさいアドルさん」

 

「はい、ただいま戻りました」

 

「すぐできるので、かけて待っていてくださいね」

 

 今日はピッカードのお肉を分けてもらったんですよ、と言いながら、フィーナさんは再び台所の方へと消えていった。撃沈したレア義姉さんを一瞥し、とりあえず僕も座って待つことにする。今日はたくさん動いたのでお腹も減っている。待ちきれない想いを抑えつつ、フィーナさんの手料理に思いを馳せるのであった。




 レア様がお義姉ちゃんって何かイケない感じがしません?(何が?)


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B.大いなる空へ

 アドル君が念願の飛行を覚えます。


Main Character:アドル=クリスティン

Location:ゼピック村

 

 

 

「アドルさん、今日は時間ありますか?」

 

 机に向かって書き物をしていると、フィーナさんが僕の肩に両手を乗せて、上から覗き込んできた。下りてくる絹のような髪が鼻に優しく触れて、彼女の髪が纏ういい匂いが鼻腔をくすぐる。

 

「はい、特に予定はないので構いませんよ」

 

「では、空を飛ぶ練習をしませんか?」

 

 そういえばそんな約束もしていたな、と数日前の記憶を手繰り寄せる。もう少し後になるかなと思っていたが、どうやら今日決行するらしい。

 

「分かりました、行きましょうか」

 

「頑張りましょうね!」

 

 そうして、僕以上に張り切るフィーナさんに手を引かれて、僕たちは家の外へと飛び出した。

 

 

 

Location:ゼピック村の外れ

 

 

 

「翼の透過は問題なく出来ているみたいですし、飛ぶこと自体は恐らくそんなに時間はかからないと思いますよ」

 

 村の外れの開けた場所まで移動して翼を広げると、僕の翼の様子をまじまじと見つめて、フィーナさんがそう口にした。

 

「では、透過と同じように、飛ぶという強いイメージを翼に乗せてみてください」

 

「分かりました」

 

 フィーナさんの言う通り、自分の中で空を飛ぶイメージを想起させる。思い出すのは自身が飛んだ唯一の経験であるダームの塔の最上階での出来事。

 

「わあ! 浮いてますよ! その調子ですアドルさん!」

 

 翼が白く輝き、ふわりと身体が地面から離れていく。出だしは好調のようだ。

 そして、僕はそのままふわふわと直上に浮かび上がっていき​──────凄まじい勢いでエステリアの空へと射出された。

 

 

 

「し、死ぬかと思いました……」

 

 まさかの第二次アドル砲事件が勃発し、盛大な土煙を上げながら着弾した僕は今、地面に倒れ伏している。

 よもやこんなことになるとは予想だにしていなかったが、考えるまでもなく、思い浮かべたイメージが良くなかった。

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

「なんとか……」

 

 大地の鼓動を感じていた身体を起こし、土を払い落としながら立ち上がる。

 

「凄い音がしたけど、2人とも大丈夫?」

 

 フィーナさんに背中の方の土を落としてもらっていると、村の方からレア義姉さんが歩いてきた。心配しているような呆れているような、微妙な表情をしてこちらを見ている。

 

「で、何があったの? 塔で見たアレみたいなのが見えたような気がするのだけど」

 

「実は……」

 

 かくかくしかじかとレア義姉さんに事情を説明すると、今度は何やら考え込んでしまった。

 

 

 

「ではこうしましょう」

 

 しばらく2人で待っていると、手を一つ鳴らして義姉さんがこちらに向き直る。何やら名案が浮かんだらしい。

 

「姉さん、何か思いついたの?」

 

「ええ、とびっきりにいい考えをね」

 

 そう言ってとても悪い笑顔を浮かべるレア義姉さんを見て、フィーナさんの顔が引き攣った。

 

「アドル、フィーナを抱きなさい」

 

「抱っ……!?」

 

 ぼふんっとフィーナさんの肌が頭の先から首元まで真っ赤に染まる。

 

「レア義姉さん、多分言葉が足りてないと思います」

 

「あら、そう?」

 

 僕の指摘に義姉さんは笑みを深くした。これは確実に分かってやってる顔だ。

 

「私は抱きかかえてって意味で言ったんだけど、ねぇ?」

 

「も、もう! からかわないで!」

 

 わざとらしく語尾を上げてフィーナさんに視線を送るレア義姉さんに、フィーナさんの弱々しい拳がぽかぽかと当たる。

 

「大丈夫なんですか? さっきみたいに飛んでいったりしたら……」

 

「飛んでいかないようにするためよ。アドルもフィーナを抱えてたら危ない動きをしないように、意識的にも無意識的にも細心の注意を払うでしょう?」

 

 なるほど、それは確かに一理ある。巫山戯ているようでしっかり考えてくれていたようだ。

 

「でも、からかう必要ありました?」

 

「フィーナが可愛いのがいけないのよ♪」

 

「それは分かります」

 

「アドルさんまで!!」

 

 ふしゃーっとフィーナさんの怒り(可愛い)がこちらにも飛び火した。今のは自分が全面的に悪いのだが、始めるのはもう少し時間がかかりそうだ。

 

 

 

「では、失礼します」

 

「よ、よろしくお願いします」

 

 あれから2人がかりでフィーナさんを宥めて、どうにか練習を再開することが出来た。まだ顔に赤みが幾らか残るフィーナさんを姫抱きにして抱えあげると、重心を安定させるためにフィーナさんの腕が首の後ろに回ってくる。その一連の動きのせいで僕と彼女が密着する形になるが、イメージを安定させるために1つ深呼吸をして気持ちを落ち着けた。

 

「浮き始めはちゃんと出来ていましたし、あのぐらいの加減で飛んでみるといいかもしれませんね」

 

 フィーナさんの囁きが僕の耳を刺激する。思わず思考が逸れそうになるが、何とか踏み止まって浮き上がるイメージを想起させると、再び僕の身体がゆっくりと地面を離れ始めた。

 

「その調子、その調子です」

 

 順調に浮かび上がっていくのを見て、フィーナさんが更に追い打ちをかけてくる。完全にそのつもりではないのだろうが、距離を考慮して声を抑え、吐息混じりの声で囁かれるのは、何とは言わないがたいへんよろしくない。

 結局、真面目な様子のフィーナさんにそれを指摘するわけにもいかず、その後もしばらく無自覚な誘惑に耐えながら飛行訓練を続行することになった。

 

 

 

「うんうん、やっぱりすぐに飛べるようになったわね」

 

 流石は私の義弟ね、と見事なまでのドヤ顔をキメる義姉さんを空中を漂いながら見下ろす。湧き上がる煩悩に抗いつつ、繊細な魔力のコントロールをすることになるこの練習法が思いの外功を奏し、割とすぐに飛行のコツを掴むことができた。今はもうそれなりの速度で空中での機動を行えるようになっている。

 

「よっ……と」

 

「ふふ、久しぶりに飛ぶ気分が味わえて楽しかったです」

 

 衝撃が来ないようにふわりと地面に着地してフィーナさんを降ろすと、満面の笑みを浮かべたフィーナさんにお礼を言われた。これでこの笑顔が見られるのなら、こちらとしても色々耐え忍んだ甲斐があったというものだ。

 

「いつでも飛びたくなったら言ってくださいね」

 

「はい!」

 

「あら、お姉ちゃんは仲間外れなの?」

 

 妹夫婦が仲良しで妬けちゃうわ、とレア義姉さんが僕とフィーナさんに抱きついてきた。

 

「もちろん義姉さんもよろしければ」

 

「うふふ、義姉想いの義弟を持って幸せだわ」

 

「わ、私の方が優先ですからね!」

 

 そして、わーわーと抱きつかれて揉みくちゃになったまま2人が騒ぎ出す。先ほどと違って騒がしくなったが、たまにはこういうのも悪くは無い。2人に押し倒された状態なのはカッコがつかないが、まあ、とにかく良しとした。




 私もフィーナ様に耳元で囁かれたいですわ(宝剣エメロードでトドメを刺される音)。


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C.2本の杖

 最近、レア様を筆頭にキャラクターが勝手に動いているので、第三章と同時進行で書いているのですが、間章は意外とスラスラ進めることが出来ております。


Main Character:アドル=クリスティン

Location:ゼピック村

 

 

 

「そういえばアドルさん、先日いただいた杖は使ってみないのですか?」

 

 そう言いながら、フィーナさんは僕の部屋の壁に立てかけてある2本の杖に視線を送る。これは先日レグ殿が神殿で発見した物で、使い手が僕しかいないということで譲ってもらった物だ。

 

「まだ使う必要はないかなと思ってましたが……見たいですか?」

 

「はい!」

 

 平和な日常を謳歌している今、急いでこれらの魔法を使ってみる必要性はないと思っていたが、あそこまでキラキラと期待に輝く瞳を向けられては、それに応えねばならないという使命感が湧いてくるというものだ。

 

「では、外に出ましょうか」

 

 

 

Location:ゼピック村の外れ

 

 

 

 貰った杖を持ち出して、僕たちは数日前に飛行訓練を行った場所まで来ていた。何が起きるか分からないのでフィーナさんに少し離れてもらいながら、まずは杖の先端に8の字のオブジェが取り付けられた杖を手に取る。

 

「では始めますよ」

 

 フィーナさんが首肯したのを見てから魔力を杖に流し込み始めると、すぐに魔法が発動する兆候が表れ、そして世界が動きを止めた。

 

(これは時を止める魔法……?)

 

 視界に映る世界から色が失われ、フィーナさんだけでなく、風で揺れていた足元の草や木々の枝葉など、僕以外のあらゆるものが微動だにしなくなっている。杖に流している魔力も急速で失われていくあたり、このように非常に強い力を発揮する魔法なのだろう。

 

(あまり多用はできなさそうですね)

 

 魔力の消費量の観点から、戦闘で使うとなると使い所を選びそうな魔法だと思う。万全な状態での初撃の奇襲か、緊急を要する場合以外はあまり使えないと考えていいだろう。

 

「あら? アドルさん? どこへいひゃぁんっ!!?」

 

 2本目の魔法もあるので、一先ずフィーナさんの背後に回って魔法を解除すると、彼女が突然視界から消えた僕を慌てた様子で探し始める。そして、隙だらけなフィーナさんの背中に指を走らせると、仕掛けたこっちの方がびっくりするような声を出しながら、その場にへたりこんでしまった。

 

「ア、アドルさん! ダメですよこんなところで!!」

 

「ご、ごめんなさい」

 

 フィーナさんが座ったまま振り返ってきて、顔を朱に染めて目をぐるぐるさせたまま、注意を飛ばしてくる。僕としてもあそこまで反応がいいとは思わなかったので、ここは素直に怒られておいた。あれは淑女が外で出していい声ではない。

「そ……うのは……ドの…………」

「フィーナさん?」

 

「!? ご、ごほん、何でもないです!」

 

 正座で怒られていると、途中でぶつぶつとフィーナさんが呟き出した。呼びかけるとわざとらしい咳払いとともに元の状態に戻ったので結局何かは分からなかったが。

 

「アドルさんが今使った魔法は、時の神官メサが操る、あらゆる時間の流れを凍らせることができるタイムストップの魔法です」

 

 非常に強力な分魔力の消費も激しいですけどね、とフィーナさんによる魔法の解説が始まる。やはり、さっき見た通り時間を止める魔法だったらしい。

 

「そうなると、こちらの魔法は心の神官ファクトが扱う、心で構築した障壁を物理的な障壁として現実に呼び出すシールドの魔法になりますね」

 

 使ってみてください、と先の方に鈴のような風鈴のような何かが2つ垂れ下がる杖を手渡してくる。言われた通りに魔法を発動させてみると、バチッという音とともに僕の身体を中心とした球状の障壁が発現した。

 

「それでこの魔法はですね……えいっ」

 

 可愛らしい掛け声とともに、フィーナさんが僕に向けて拳大の石を放り投げてくる。それは放物線を描きながら障壁に衝突すると、激しい音を立ててあらぬ方向へと弾き飛ばされていった。

 

「どうでした? 魔力がぐっと減りませんでしたか?」

 

「あぁ、はい、そう言われると確かに」

 

 発動している間にもじわじわと魔力は減っていたが、石を弾いた時に一気に持っていかれる感覚があったような気がする。

 

「さっきの石程度ではそれほどでしょうけど、巨大な獣を相手にする時なんかは、魔力の減りに気を付けるようにしてくださいね」

 

「はい」

 

 障壁を解除して身体から力を抜いた。飛翔魔法で慣れたつもりだったが、やはり常時発動型の魔法は神経を使うようだ。

 

「あら? そういえば今日は翼が出てないんですね」

 

 そう言いながら、障壁を解いた僕に抱きつきながら、フィーナさんが僕の背中を両手で触ってくる。手つきから察するに、どさくさに紛れて甘えたいようだ。あざとい。

 

「はい、魔力の使い方も少しは慣れてきたので」

 

 そう、飛翔魔法を毎日練習した甲斐があったのか、少し魔力を使ったり、普通に杖を媒介する魔法を使ったりする程度なら、いちいち翼を展開しなくても使えるようになったのだ。戦闘においては不用意に的になる部分が減るので、もっとしっかりと魔力のコントロールを身につけていきたいところである。

 

「えへへ……もっと……♪」

 

 考え事をしながらついついフィーナさんの頭を撫でると、蕩けた声と表情のまま僕の胸元に沈んでいった。

 

「さ、家に帰りましょうか」

 

「はぁい♪」

 

 満面の笑みでバッと胸から離れるフィーナさん(甘え上手)の手を引いて、僕たちは帰路についた。後々聞いた話だが、これを偶然見かけたルタさんとゴーバンさんが苦い物を求めて村を彷徨ったのだとか何とか。




 活動報告の方に質問が来ないので、読んでくださっている皆さんはあの拙い説明で全部理解してくださったんだなとポジティブに捉えていきます。


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D.エステリアの白き角

 VIIIのDLCに水着があったので水着回です。ポロリはありません。

 K.Kさん、評価ありがとうございます!


Main Character:アドル=クリスティン

Location:ゼピック村

 

 

 

「アドルさん、今日はミネアまで買い物に行きませんか?」

 

 書き物でもしようかなと、朝食を終えて自分の部屋に入ろうとしたところで、フィーナさんが後ろから僕を呼び止めてきた。

 

「何か欲しい物でもあるんですか?」

 

「実は……」

 

 フィーナさんによると、嵐の結界が解除されてエステリアと大陸との貿易が復活した影響で、ミネアで何やら変わったものが輸入されてきたのだそうだ。

 

「昨日ミネアから帰ってきた村の人から聞いたんですけど、海に入るために着る専用の衣装なんだそうですよ」

 

「…………ひょっとして、水着のことですかね?」

 

「みずぎ?」

 

 聞き慣れていないのか、少したどたどしい口調でフィーナさんの言葉が帰ってくる。

 

「アドルさんは知っているんですか?」

 

「ああ、はい、ここに来る以前はポピュラーなものでしたので」

 

 ここに来る以前というのは前世のことなのだが、それは言う必要はあるまい。しかし、この世界でまた水着のことを聞くことになるとは思わなかった。文化の発展具合から海水浴が行われているとは思っていなかったし、何より、この時代の人は​──少なくともエウロペでは──むやみに肌を晒すのを嫌う傾向にあったと思うのだが。

 

「結構露出が激しいと思いますが、大丈夫ですか?」

 

「ええと……とりあえず見てから考えてもいいですか?」

 

 露出のフレーズに少し悩んだものの、買い物に行くのは決定事項らしい。まあ、それ自体は全然構わないのだが。

 

「構いませんよ。何時頃出発します?」

 

「あ、えっと、姉さんも誘ってくるので少し待っててもらえますか?」

 

 そう言い残してから、ぱたぱたと義姉さんの部屋の方へとフィーナさんが走っていった。

 

 

 

「お、お待たせしました」

 

 何故か顔を真っ赤に染めたフィーナさんが戻ってきた。後ろにレア義姉さんの姿が見当たらないが、何かあったのだろうか。

 

「義姉さんは何と?」

 

「今日は用事があるみたいです」

 

 珍しいこともあるものだ。レア義姉さんなら、こういったイベントなら先約の予定を廃してでもついて来そうだと思っていたが、よほど大事な用事があるらしい。

 

「それなら仕方ないですね。2人で行きましょうか」

 

「はい!」

 

 目に見えて上機嫌になるフィーナさんを微笑ましく思いつつ、異空間からリターンの杖を取り出す。発動対象は僕とフィーナさん、転移座標は……ミネアの市壁の上にでもしておこう。転移に必要な条件を設定してから杖に魔力を流すと、僕たちの身体を光が包み込み、その場から姿を消した。

 

 

 

Location:城塞都市ミネア

 

 

 

 市壁の上で光が収束して四散すると、2人の人間が姿を現した。言うまでもなく僕たちである。突然現れたことに、市壁でぼーっとしていた人が驚いていたが、正体が僕であることが分かると、納得した顔で会釈をしてきたので、こちらも軽く会釈を返しておく。

 

「フィーナさん、お店の場所は分かりますか?」

 

「あ、はい、水着のことを教えて貰った時にだいたいの場所も聞きましたので」

 

「では、案内はお願いしても?」

 

「任せてください!」

 

 はぐれないように手を繋ぎましょう、と言いながらにこにこと左手を差し出してきたので、その手に絡めるようにして右手で握ると、満足気な顔になったフィーナさんがゆっくりと進み出した。始まったばかりであるが、楽しそうで何よりである。

 

 

 

「あわわ……本当に露出が凄いですね……!」

 

 目的の店にたどり着き、早速色々と見て回っているが、ふとフィーナさんの方へと視線を遣ると、ビキニタイプの水着の前で顔を真っ赤にして目を回しているのが見えた。それを着ている姿が気にならないと言えば嘘になるが、フィーナさんはそういう系統の水着を着るタイプではないだろう。

 

「フィーナさん、こっちのなんかはどうでしょう」

「で……れで……ルさ……悩殺でき…………」

「フィーナさん?」

 

「えっ、あっ、はい! 何でしょう!?」

 

 神妙な顔で白ビキニを見つめるフィーナさんに声をかけると、慌てた様子でこちらに反応を返してきた。

 

「ほら、あれなら上に何か羽織れば露出もほとんど気にならなくなると思いますが」

 

 そう言って、下半身をロングパレオで隠す黒の水着を指さすと、フィーナさんがそれを手に取って具合を確かめ始める。

 

「確かにこれなら……でも、黒って私に似合いますか?」

 

 やはり白の方が……、とフィーナさんは先ほど眺めていたビキニの方へと視線を泳がした。そんなに気に入ったのだろうか。

 

「ああ、白い水着は止めた方がいいですよ。濡れると下まで透けるので」

 

「す、透け……っ!?」

 

 僕の言葉にぼふっとフィーナさんの顔が真っ赤に染まるだけでなく、ババッと男女問わず店中の視線が突き刺さる。何だろう、これは詳しく説明しないといけない流れなのか。

 

「布地が薄くて白い服を着てる時に水がかかったら、服が張り付くだけじゃなくて、肌が透けて見えることがあるでしょう? あれと同じですよ。普通はそれを防ぐために下に別のそれ用の水着を重ね着するのですが」

 

 前世では白い水着の中にインナーを着たりアンダーショーツを履いたりすることで、普通に白い水着でも海水浴やらを楽しむことは出来ていたが、白ビキニが平気で単体で売られている時点で何となく察していた通り、水着が開発したてらしいこっちの文化では、まだそういう概念がないようだ。

 身振りを交えた追加の説明を聞いた店の面々が、彼方此方で色んな感情を交錯させている。騒がしい。

 

「それに、フィーナさんは白だけじゃなくて黒も似合うと思いますよ? 僕が保証します」

 

「はへ、は、はい、ありがとうございます!?」

 

 まだ混乱から脱し切れていないフィーナさんがあわあわとお礼を言ってくる。積極的な面が強い印象だが、実は意外と押しには弱いのであった。

 

 

 

Location:ホワイトフォーンの砂浜

 

 

 

 あの後は流れで買い物を済ませ、僕たちはミネアから出て、バルバドから更に南の方にある砂浜まで来ていた。

 真珠貝の欠片を敷き詰めたように真っ白で美しい浜辺で、現地の人たちからはホワイトフォーンの砂浜と呼ばれているらしい。他でもない、僕が漂着した場所でもある。

 普段から観光スポットではあるらしいが、水着が入荷したことで海水浴が流行り出したのか、僕たち以外にも水着を着た人たちがそれなりにこの浜辺に足を運んでいるようだ。それを見越してか、浜辺の入口付近に特設の簡易的な更衣室のようなものも設置してある。

 

「ア、アドルさん、お待たせしました」

 

 着替えのために別れて、先に着替え終えたので海を眺めて待っていると、控えめな呼び掛けとともにフィーナさんがやって来た。

 黒を基調として上下で揃えられた水着が、深いスリットが入ったグラデーションになっているロングパレオや、羽織っている白のラッシュガード​──のような上着からちらりと見える様はなかなかにそそるものがある。また、黒という色が白エメラスの肌を引き立たせているようで、フィーナさん自身もいつもとは違った雰囲気を漂わせているような気がする。

 

「あ、あの……?」

 

「ああ、すいません、つい見とれてしまって。よく似合ってますよ」

 

 思ったことを素直に口にすると、フィーナさんは耳まで赤くしたのを見えなくするために、被っていた麦わら帽子で顔を覆い隠してしまった。

 

「フィーナさん」

 

「あ、は、はい!」

 

 名前を呼び、来た時とは逆に今度はこちらから手を差し出すと、フィーナさんが慌ててそれを掴んできた。

 手を引いてゆっくり歩きながら周りを見渡してみると、他の海水浴の客たちはほとんどが海に入って存分に泳ぎを楽しんでいるのが目に入る。空を見上げてみると、太陽は燦々と照っているようだ。あの様子だと、照り返しの分も含めて日に焼けて地獄を見ることになりそうである。

 

(砂浜も白いのでどちらにいても大差は無いような気はしますけどね)

 

「アドルさんアドルさん」

 

 何をするべきかと頭をひねっていると、フィーナさんが繋いでいない方の手でくいくいと僕の上着を控えめに引っ張ってくる。

 

「どうしました?」

 

「あの、海ではどういう遊びをするものなのでしょうか?」

 

 こういうのは初めてで……、と上目遣いに僕の方を見てくるフィーナさんはきっと僕のツボを心得ているのだろう。そんな視線を向けられれば、期待に応えずにはいられないわけである。

 

「そうですね……ああいう風に泳ぐのももちろん楽しみ方の1つなんですが……」

 

 水着はそもそもスイムウェアなので、海で泳ぐというのは大正解ではあるが、あいにくと僕はともかくとしてフィーナさんの格好は泳ぐのに向いていない。そして、この時代にビーチボールやバナナボートなんかはあるはずもなく、そうなるとかなり出来ることは限られてくるが……。

 

「フィーナさん、砂でお城を作ってみましょうか」

 

「砂でお城を?」

 

 異空間からバケツを出しながら放たれる僕の言葉に、フィーナさんがきょとんと首を傾げる。

 

「ええ、ミニチュアスケールの建物を砂を使って作る遊びがあるんですよ。やってみますか?」

 

「はい!」

 

 元気よく返事をするフィーナさんにもバケツを渡しつつ、波打ち際から少し離れた場所にあたりをつける。

 

「では、まずは土台をしっかりさせましょう。足で踏み固めてもらえますか?」

 

「えいっ……えいっ……」

 

 バシャッと砂浜に海水を撒き、そこをフィーナさんに足で何度も踏み固めてもらう。カーテシーのようにパレオを少し指でつまみ上げて、一所懸命足踏みをするフィーナさんが少女のようで可愛い。

 

「次に、この上に少し水を混ぜながら砂を盛っていきましょう。ホントに少しでいいですよ」

 

「このぐらいですか?」

 

「はい、そのぐらいで大丈夫です」

 

 砂場で山を作るように、交代でバケツに水を汲んできながら、ぺたぺたと仮の土台を2人がかりで作り上げていく。それなりの大きさのものを作るつもりなので、ここの作業は結構大事だ。

 

「フィーナさん、どんなのを作りたいですか?」

 

「そうですね……。あ、女神の王宮なんかは作れたりしますか?」

 

 ある程度まで砂の土台を組み上げたところでフィーナさんにそう聞いてみると、自身がよく見慣れたであろう建造物の名を口にした。女神の居住地を女神自身が作るのも何だか変な話だが、パッと見はそこまで難しい造形はしていなかったので、初めて取り組むには丁度いいかもしれない。

 

「できますよ。あ、でもフィーナさんの方が形は詳しいと思いますので、指示の方はお願いしてもいいですか?」

 

「任されました!」

 

 

 

「はい、これで完成です!」

 

 昼過ぎぐらいに始めた作業は、日が傾き始めた頃にようやく終わりを告げた。フィーナさんが初めてなのもあるが、細部までそれなりにこだわったせいだろう。主に、大事な思い出の場所なので、と僕がプロポーズをしたバルコニー作りに時間をかけたせいであるが、サンドアートは20年以上も前にやったきりだったが、意外と身体が覚えているものである。

 すっかり王宮建築に熱中していた僕たちは、気がついたら素肌も水着も砂まみれになっていた。後で一緒にお風呂に入りましょうね、と耳元でお誘いを頂いたのは今日のハイライトと言っても過言ではないかもしれない。

 

「どうです? 楽しかったですか?」

 

「久しぶりに童心に帰ったような気がして、とても楽しかったですよ」

 

 完成した王宮を見に来た観光客や海水浴客を遠巻きに眺めながら、2人で今日のことを振り返る。楽しんでいただけたのなら、提案した甲斐もあったというものだ。

 

「今度はレア義姉さんも誘って来ましょうか」

 

「はい!」

 

 地平線に浮かぶ夕陽に負けないぐらい輝かしい笑顔を浮かべて、フィーナさんが抱き着いてくる。いつもより薄い布地から伝わってくる感触は、いつもよりも柔らかかった。

 

「お腹も空きましたし、帰りましょうか」

 

「せっかくですし、今日は海の幸で何か作りましょう」

 

 1日中遊んでくたくただが、もう少しだけ仕事は残っている。今日は義姉さんにも手伝ってもらって色々作ろうかと話しながら、沈みゆく陽光に照らされるホワイトフォーンを後にした。




 女神時代はミニスカ履いたり極深スリットの服キメたり、結構イケイケだった双子の女神。公式イラストでミニスカチャイナ着たり巫女服着たりしてるから、コスプレも好きだったりするんですかね。


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E.ある日の朝

 初のアドル君以外がメインの回。


Main Character:フィーナ

Location:ゼピック村

 

 

 

「ふんふふんふんふ〜ん♪」

 

 私の仕事である朝食作りを鼻歌混じりでこなしていく。最初の頃は上手くできないこともあったが、今はもう慣れたもので、こんな風に小躍りしながら料理するのもお手の物である。

 

「よし……と、アドルさーん! 姉さーん! 朝ご飯出来ましたよー!」

 

 皿に盛り付けを終えてから、まだベッドの上で夢の世界に旅立っている2人を大声で起こす。朝が弱い姉さんもだいたいはこれで起きてくれるが、意外や意外、それ以上に朝が弱いアドルさんはこれで起きてくれることは稀なのだ。

 

「おはようフィーナ。あら、今日はベーコンエッグなのね」

 

「おはよう姉さん。ちょっと先に食べてて」

 

「ゆっくりでいいわよ〜」

 

 間延びした姉さんの声を聞き流しながらアドルさんの部屋へ向かう。普段はしっかりしているのに、彼は起きるのだけは本当に苦手なのだ。そういうところも可愛いのだけれども。

 部屋に入ると、そこにはベッドの上で姿勢良く眠るアドルさんがいた。規則正しい寝息を立てていて、放置していたら、まだあと2時間は寝ていそうだ。

 

「アドルさん、朝ですよ」

 

 無防備な寝顔を眺めていたい衝動を堪え、アドルさんの肩に手をやってゆさゆさと身体を揺さぶって起こそうとするが、彼の可愛い寝顔は揺らす前と比べて何も変化が起きなかった。今日は一段と手強いようだ。

 

(きょ、今日は眠いが深い日みたいですね……)

 

 どうやら今日は2週間に1回ほどの周期で来る、アドルさんの眠りが深い日らしい。明らかに私の挙動が不振になるが、これは仕方がないことなのだ。

 

(ま、まずは……)

 

 起こさないように慎重な手つきでアドルさんの頬に触れると、すべすべとした感触が私の手に伝わってくる。ああ、これはいつになっても飽きることのない魅惑のほっぺ……。

 気持ちの悪い笑いが口から漏れそうになるのを我慢して、満足のいくまで堪能すると、次に私の身体はアドルさんに軽く馬乗りになった。

 ギシリとベッドが軋む音を聞きながら、上から覆いかぶさるようにしてアドルさんの寝顔を再三観察する。最近18歳になったと言っていた​──もちろん誕生日は盛大に祝った──が、この幼さ残るどころかまだ抜けきれていない顔を見ると、それも何だか信じられない気がしてくる。アドルさんが背が低くて童顔なのは、恐らく白エメラスが身体の一部になっているせいだろうが、それにしたってこの可愛らしさは少し反則級だと思う。

 起きている時の、この可愛らしい顔からは想像出来ないぐらい落ち着いた雰囲気や、戦う時のキリッとしたカッコ良さが巻き起こすギャップも大好きだが、こういう風にストレートに可愛さを見せてくるのも​────おっと、ここで思考に熱中してしまってはいけない。

 馬乗りの状態で視か​────んんっ、観察を続けるのも悪くはないが、時間は限られているので早く次に進むとしよう。

 

「んっ……」

 

 アドルさんの寝顔を見るのを止めて、私は顔をゆっくりと近づけていき、未だに眠りこけるアドルさんに口付けを落とした。口を尖らせて相手の唇に軽く接触させるキス​──アドルさんはバードキスと言っていた──を1度、2度、3度と何度も重ねて気分を高めていく。

 

「んふっ……ちゅっ……」

 

 啄むのもそこそこに、1度距離を取ってから再びアドルさんの口にキスをする。今度は舌と舌を絡ませる​──アドルさんはディープキスと言っていた──キスだ。アドルさんが寝ているせいで、相手側の反応が薄くて少し味気ないが、一方的に蹂躙するこれはこれで良いものである。

 

「んん……?」

 

「!!」

 

 キスに夢中になりすぎたせいで、アドルさんが起きる兆候を見逃していた。激しい攻勢に出ている最中にアドルさんの重い瞼が開かれ、至近距離で視線が交わる。まだ状況を理解できてなくてぼんやりとしているのも可愛い。

 

「ぷはっ……お、おはようございますアドルさん」

 

「……おはようございます?」

 

 アドルさんが起きれるように一旦離れると、寝惚け眼のアドルさんもそれを追従するように半身を起こしてくる。

 

「朝ご飯出来てますよ。先に行って待ってますから」

 

「……あぁ、すいません、また起きなかったんですね」

 

 くあぁ、と大きく欠伸をしてから身体を伸ばすアドルさんから降りて、赤くした顔を見られないように足早に部屋から出ていく。

 今日はいつもより少し激しく攻めたせいで、あそこまでしかいけなかった。次の勝負はまた2週間後になるが、その時は最後までいけるよう頑張ろう。

 




 フィーナ様のスリーサイズと身長から算出した結果、フィーナ様はEカップであることが判明したことをここに記しておきます。サブタイのEとお揃いですね(イシオスブレードが額に刺さる音)。


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エピローグ -Feena-

 キャラ紹介を活動報告に上げているので、よろしければそちらもどうぞ。

 Deckさん、zeronetwoさん、評価ありがとうございます!


Main Character:フィーナ

Location:ゼピック村

 

 

 

 朝の一幕からは特に何事もなく時が過ぎた。2人に手伝ってもらったのですぐに家事も終えて、今は各々が自由に過ごしている時間だ。

 こういう風に何もすることなくぼんやりとしていると、記憶を失ってからのことをよく思い出す。目覚めたら冷たい床の上に倒れていて、拘束されるようなことは無かったけれど、固く閉ざされた鉄格子からたまに見張りの魔物がギョロリと目を向けてくるのがたまらなく怖かった。

 いつ終わるともしれない地獄のような日々を過ごして、気が狂いそうな時もあったけど、ある時それは突然終わりを告げた。

 

 何かに抱きかかえられて目を覚ますと、そこには赤があった。何も変わることのなかった景色に、懐かしい気配を漂わせて突然現れたそれは、私にとっての王子様だ。今思うと、もうこの時から私はアドルさんに恋をしていたのかもしれない。

 そこからはあっという間に助け出されて、囚われの日々とは違って、1人の女の子としての生活が始まった。慣れないことばかりで大変ではあったけど、記憶が無い私に優しくしてくれる人がたくさんいて、私は忙しくとも充実した日々を送ることが出来た。

 本集めの合間に会いに来てくれたアドルさんに、何も分からないなりに必死にアプローチをして、それで少し困った表情をしながらも相手をしてくれるアドルさんが大好きで、アドルさんのために色々頑張ってジェバさんをよく呆れさせていたのも昨日の事のように思い出せる。

 

 ダームの塔から眩い光が放たれて、その時に私の記憶は戻ってきた。突然のことに混乱していると塔の方から姉さんがやって来て、そこからすぐに黒真珠を封じるためにイースへと上がっていった。でも、イースにたどり着く前にダームの呪縛に囚われてしまって、アドルさんが中枢に来るまでずっと動けないでいた。

 囚われている間もアドルさんは命をかけて戦っていることを思うと、その状況が酷く歯がゆくて、それでもやっぱり祈ることぐらいしかできなかった。

 ダームのところへ行くアドルさんを送り出す時も、本当は行って欲しくなかった。本来関係がないはずのアドルさんを死なせてしまうかもしれないと思うと、胸が張り裂けそうになってしまって、でも、アドルさんはそういうことも全部分かった上で、イースを救うために笑って引き受けてくれた。

 その笑顔を見てつい安心してしまって、やっぱり私はこの人のことを心の底から愛してるんだなって。

 

 だからこそ、黒真珠の封印にだけは巻き込むまいと、愛する人に生きていて欲しいという思いでアドルさんへの想いを振り切ろうとしたけど、アドルさんは私がアドルさんのことを大好きなのと同じぐらい私のことを愛してくれていて、その時に告白の返事としてプロポーズまでしてくれて、女神として最後の役目を果たそうと思っていたけど、自分はもう女神じゃなくてただの1人の女の子になれたってことに気がつけて、そうしたら、アドルさんと死ぬまで一緒に生きていたいって気持ちがだんだんと強くなっていった。

 

 それから、本当に3人とも生きたまま黒真珠を封印することが出来て、今は本当に幸せな生活を送っている。一緒に生活することで、今まで見ることが出来なかったアドルさんの一面を見つけるのが最近の楽しみで、毎日が発見の日々だ。

 

「アドルさん」

 

「はい、何でしょう?」

 

「何でもありません♪」

 

 アドルさんのベッドの上から、何かを書いているアドルさんにそう呼びかけた。不思議そうな顔をするアドルさんに微笑み返し、私は自分の左手に視線を落とす。左手の薬指にあるアドルさんと一緒に買った、お揃いの元クレリアのエンゲージリングがつけられているのを見て、自然と口角が上がっていくのが何だかとても面白い気がした。

 

「明日、ですね」

 

「はい、長く待たせてしまいましたが」

 

 もう何度目かも分からないぐらいの問いかけにも、こうやってアドルさんは律儀に返してきてくれる。

 

「えへへ、幸せにしてくださいね?」

 

「任せてください」

 

 書き物を止めてアドルさんがこちらに向き直り、優しい瞳で私を見つめてきた。何だかたまらなくなって、私はベッドから立ち上がってアドルさんへ抱き着くと、彼もそっと抱き返してくれる。

 じっとお互いに見つめ合い、いつまでもこんな風に暮らせていけたらいいなぁ、と思いながら、私はアドルさんの胸に沈んでいった。




 そういえば、この世界はスク水なんかがあったりしますけど、イース世界の衣服の発展の歴史ってどうなってるんですかね。ゲームのビジュアル的な問題って言われたらそれまでなんですけども。


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第三章 セルセタの樹海
プロローグ -招致ノ時-


 YsIV -The Foliage Ocean in CELCETA-始まります。


Main Character:アドル=クリスティン

Location:ゼピック村

 

 

 

「手紙? 僕宛てにですか?」

 

「はい、セルセタの方から届いたみたいですけど」

 

 イスパニ北東部とロムン西部に挟まれるように位置する広大な樹海、通称セルセタの樹海と呼ばれる地域から僕に手紙が届いたらしい。樹海入りして帰ってきた者がほぼいないせいで、地図でも空白地帯になっているほどの未開の地のはずだが、そんなところから何故、しかも僕宛てに手紙が届いたのだろうか。

 

「誰からの手紙なんでしょうか?」

 

「…………アドルさんの名前しか書いてないみたいですね」

 

 謎の手紙の謎が更に深まってしまった。そもそも、ロムンに知り合いはプロマロックとガルマンにしかいない上、イスパニに至っては行ったことすらないのだ。いったい誰が僕に手紙を出すというのか。

 

「……とりあえず読んでみましょうか」

 

 こうも事前情報が出てこない以上、何はともあれ、これを読まねば始まらないので、フィーナさんから手紙を受け取って読むことにした。

 

 

 突然の手紙をお許しください。エステリアを平定したというあなたに知らせねばならないことがあったので、筆を取らせていただきました。

 我々は樹海の外の人に知恵を授ける方の手伝いをしている者です。今回手紙を送ったのは、そのお方からあなたをこのハイランドの地にお呼びするよう言付かったからなのです。

 この手紙が届いてから半月後に樹海の側に位置する都市、キャスナンまで迎えの者を送ります。この話をお受けになる気がないのであれば、キャスナンまで来られなくても結構です。

 しかし、我々としてはあなたの良き返事を期待しております。

 

 

 色々と何とも言えない怪しさを漂わせる手紙だった。樹海の中にあるという人里に、知恵を授ける​──内容から察するに賢者か仙人のような類の者がいるのだろうか。

 

「どんな手紙だったんですか?」

 

「何というか、怪しい手紙でした」

 

 渋い顔をしながらフィーナさんに手紙を手渡すと、フィーナさんもふんふんと手紙を読み始める。手紙を読み進めていくうちに彼女も渋い顔つきになっていったが、何か謎が解けたのか、ハッとした表情になって顔をこちらへ向けてきた。

 

「もしかしたら、私と姉さんが知っている方が関係しているかもしれません」

 

「フィーナさんと義姉さんが……ということは、有翼人絡みですかね?」

 

「はい、確かその人はセルセタの方へ渡ったと聞いたことがあるので、まだご存命であれば間違いないかと」

 

 有翼人が関係しているとなると、評価が一転して俄然興味が湧いてきた。

 

「どんな人なんでしょう?」

 

「『太陽の仮面』と『生命の書』という、この世の過去、現在、未来全ての記録を見ることが出来る神器を扱う方ですね。手紙の知恵を授けるというのも恐らくこれが関わっていると思います」

 

 何というか、随分とスケールが大きい人のようだ。つまり、その神器とやらで得た未来の知識を、それを必要とする人たちに教えているのだろうか。

 

「興味があるなら会いに行ってみるのもいいと思いますよ?」

 

 気になっているのが余程顔に出ていたのか、フィーナさんがにこにこ笑いながらそう言ってきた。

 

「では、そうしてみます」

 

「はい、あっ、お土産待ってますからね」

 

 おや、完全に一緒に行く気だったのだが、どうやらフィーナさんは留守番をする気満々らしい。

 

「あれ、一緒に行かないんですか?」

 

「あちら側は大事な用事のようですし、勝手にこちらの人数を増やすのは不味いと思いますよ?」

 

 そう言われると、こちらとしては反論は出てこない。招待されている以上は僕だけを名指しした先方の意思を汲み取るべきか。

 

「では、しばらく家を空けますね」

 

「はい、夫がいない間に家を守るのも妻の仕事ですからっ」

 

 まあ、姉さんもいるんですけどね、とフィーナさんが舌を出してウィンクをしてくる。ついつい可愛いフィーナさんの頭を撫でつつ、僕は座っていた椅子から立ち上がった。

 キャスナンは確か5年ほど前にロムンが属州化したイスパニの鉱山都市で、ロムンの西端に位置する都市だったはずだ。まだ行ったことのない場所なのでリターンの魔法が使えないとなると、少し早めに出た方がいいだろう。

 

「行ってきます、フィーナさん」

 

「はい、行ってらっしゃいアドルさん」

 

 挨拶を交わしてフィーナさんの後頭部に手を回して優しく引き寄せると、力が抜けたフィーナさんの柔らかい感触が伝わってくる。

 

「も、もうちょっとお願いしてもいいですか……?」

 

 数瞬口づけをしてから離れると、名残惜しそうな表情をしたフィーナさんが上目遣いでこちらを見上げてきた。しかも服の裾を掴んでくるオプション付きだ。

 結局、フィーナさんが満足して離れてくれたのは30分ほど経った後で、その間ずっとキスを要求されるのであった。(元)女神の祝福を大量に分けてもらって、僕の第二の冒険が幕を開けた。




 資料漁ってて思ったんですけど、空白期間を考えると、セイレン島(VIII)とカナン諸島(VI)の間で絶対1作分、もしかしたら2作分冒険があってるんですよね。そこに辿り着く前に新作出てくれませんか。


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A.セルセタ地方へ行こう

 原作同様先行して樹海に突入することになります。

 恐竜ドラゴンさん、評価ありがとうございます!


Main Character:アドル=クリスティン

Location:貿易都市プロマロック

 

 

 

 リターンの魔法でプロマロックまで飛び、キャスナン行きの馬車の乗合所まで行くと、そこは大勢の人がごった返していた。ざっと見た感じ、鉱夫のようなかっこうをした人たちが多いような気がするが、どういう集まりなのだろう。

 

「アドルじゃねぇか! どうしたんだこんな所で」

 

「ドギさん、それにフレア先生も」

 

「おや、久しぶりだね。あれから調子はどうだい?」

 

「はい、おかげさまでこの通り」

 

 遠巻きに人集りの様子を見ていると、背後から見知った2人に声をかけられた。全くもって偶然の邂逅だが、彼らもキャスナンに行くのだろうか。

 

「お2人もキャスナンへ?」

 

「僕はセルセタの花の原種を採りに行くためにね」

 

「俺はその護衛ってわけだ」

 

 ということは、2人とも僕と同じで樹海の方に用事があるということか。

 

「僕はこんな手紙が届きまして」

 

「んん? …………随分と変わった手紙だなこりゃ」

 

「フィーナさんが言うには、これが有翼人が関係しているらしくて、それでこの話を受けようかなと」

 

 なるほどなぁ、と納得した様子でドギさんが手紙を返してきた。

 

「でもこの様子だと、キャスナンまで行くのは大変そうですね」

 

「ああ、アドルくんそれなんだけどね、アドルくんさえ良ければ僕たちと一緒に行かないかい?」

 

 もうキャスナン行きの馬車を確保しているんだ、とフレア先生がにこにこと笑う。同乗させてもらえるのならこちらとしてもそれは願ったり叶ったりではあるが。

 

「まあ、代わりに護衛として仕事をしてもらうことになるけどね」

 

「それは構いませんが、よろしいので?」

 

「今は商隊も人手が欲しいんだとよ。ここは素直に話に乗っとこうぜ」

 

 なんでも、今キャスナンではゴールドラッシュが起きているらしく、ロムン中の商人や鉱夫がこぞってキャスナンまで向かっているらしい。また、それを狙った野盗なども増えているらしく、お金をかけずに護衛が増えるなら商隊側としても望むところなのだそうだ。

 

「そういうことならよろしくお願いしますね」

 

 まあ、お金を払わなくていいならそれに越したことはない。タダより高いものはないと言うが、万が一の時は武力行使も辞さないつもりでいれば何とかなるだろう。

 

 

 

Location:辺境都市キャスナン

 

 

 

 馬車に揺られる数日の旅を経て、僕たちはキャスナンに辿り着いた。街は活気に溢れた様子で、もう昼間なので鉱夫たちの姿は見当たらないが、それでも多くの人が街を賑わしている。

 

「僕たちは明日から樹海に入るつもりだけど、アドルくんはどうするんだい?」

 

「そうですね……」

 

 商隊の人たちとは別れて、昼間なのもあって若干人入りが疎らな酒場で料理を摘みながら、僕たちは今後の話を進めていた。

 想定よりも早く到着することが出来たので、1週間ほど迎えを待たねばならない時間が生まれてしまった。リターンの魔法があるので一旦ゼピック村まで戻るのもありと言えばありなのだが、それをしてしまえば、出発した時のことを考えると、次は家から出れなくなりそうだ。

 

「まだ約束の時間までかなりありますし、僕も同行していいですか?」

 

「おお、アドルが来てくれるなら百人力だ。先生も早めに村まで帰れるかもな」

 

「うん、あまり診療所を空けるわけにもいかないし、僕としてもアドルくんがそうしてくれるなら助かるよ」

 

 そういうわけで同行を願い出ると、2人は快く迎え入れてくれた。身の上の都合のせいでもあるが、交友関係が狭い僕にとって、2人のように友人として接してくれる人は素直にありがたい。

 

「じゃあそうだね、明日の朝にまたここに集合しようか。宿は2人の分も取っておくから、折角だし街の方を見てくるといいよ」

 

 僕は慣れない長旅で疲れてるから先に休ませてもらうね、と言いながら、先生は酒場の上階にある宿へと歩いていった。

 

「だとよ、どうする?」

 

「僕は色々と樹海について聞いて回ることにします。僕は別件でも用事がありますし」

 

「分かった、じゃあ俺はその辺を適当に出歩いてくるとするか」

 

 また明日な、と背中越しに腕を上げながらドギさんが酒場から出て行く。僕も腹拵えを終えたし、あまり期待出来ないだろうが、少しでも情報を集めるとしよう。

この後のことを考えながら、僕もドギさんの後を追うようにして席を立った。




 結婚したってことはもうフィーナ=クリスティンって事なんですよね。思わず気持ちの悪い笑みを浮かべてしまいました。


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B.The Foliage Ocean in CELCETA

 私は気づきました。Ysの真面目な二次小説も、ギャグ風味の二次小説も、甘々でラブラブな二次小説も、えっちな二次小説も、どえらいえっちな二次小説も、全部自分で書けばいいんだってことを。
 ということで、外章やら別作品やらを含めて、現在色々と構想を練っている有翼人です。私が需要にして供給源だ(全然Ysの二次小説が増えなくて色々と拗らせた顔)。


Main Character:アドル=クリスティン

Location:辺境都市キャスナン

 

 

 

「いやぁ、2人とも助かったよ! おかげでもう村に帰れそうだ!」

 

 にこにこと上機嫌なフレア先生の横には、プランターに移し替えられたセルセタの花の原種が幾らかまとまった量あるのが窺える。恐らくエステリアまで持って帰って栽培するのだろう。

 

「しかし、樹海に入って割とすぐに見つかったな。何というか、拍子抜けだったぜ」

 

 ドギさんの言う通り、セルセタの花は樹海に入るとそこら中に生えているような代物だった。イースの本にも、魔物の侵攻以前はエステリアでもそこら中に生えている物だったと記述されていたので、名前の由来になっている場所ならこれも当然の結果と言えなくもないが。

 

「目的も達成できたし、僕たちはこれで退散することにするよ。アドル君も気をつけてね」

 

「じゃあなアドル。怪我して帰ってくるとまた嫁さんに泣かれるぜ?」

 

 事前の予想に反して、1日とかけずに樹海遠征が幕を閉じる。大荷物を抱えて酒場から出ていく2人を手を振って見送ると、再び僕は空き時間に頭を悩ませることになった。

 

 

 

「ねえ君、樹海から帰ってきたって本当?」

 

 とりあえず腹拵えをしようと思い至り、幾つか注文した物を食べていると、突然背後から女性の声が飛んでくる。口に含んでいたものを飲み込んでから振り返ると、そこには若干露出過多な女の人が立っていた。

 

「はい。まあ、すぐに目的は達成したのでほとんど奥には進んでませんけどね」

 

「それでも、あの帰らずの樹海から帰ってきたんだから凄いと思うわよ?」

 

 そういう風にこちらを煽てながら、女性が僕の対面の席を陣取る。ふむ、こういう場合は何が目的なのだろうか。

 

「ところであなたは?」

 

「あらごめんなさい、私は情報屋のルージュ。樹海から帰ってきたあなたから情報を買いに来たって訳よ」

 

 やや強引に話をぶった切って相手の素性を尋ねてみると、目の前の女性が情報屋であるということが分かった。なるほど、確かに数少ない樹海からの帰還者相手から得る情報なら、そういうものを生業にする者にとっては千金の価値になるのかもしれない。

 

「大したことは話せないと思いますよ?」

 

「大したことかどうかは私が判断するからいいのよ。ささ、早く早く♪」

 

 

 

 結局あの後は前のめりになって話を急かすルージュさんに負けて、樹海の様子やセルセタの花について話すことになった。情報代は先ほど酒場で注文していた分を払ってもらえれば個人的には十分だったので、それで手打ちにするとルージュさんが異様に喜んでいたのが少し印象的だった。

 情報の売買を終えた後に明日からもまた樹海に行くことを話すと、また情報を売ってくれと言われ、それを二つ返事で了承すると、何やら周りで悔しがる人が数名見受けられたが、あれは何だったのだろうか。ひょっとしたら他にも情報屋がいたのかもしれない。

 酒場を後にして宿屋に戻り、ベッドに倒れ込みながら僕は思考に耽る。未知の樹海に挑むことに冒険心を燻られ、今日は想定よりも早く帰ってきたせいでかなり消化不良だが、明日以降の探索でそれも解消しようと心に決めた。約束の日まではまだあと1週間もあるので、満足がいくかどうかはさておき、ある程度はこの心のざわつきも落ち着けることは出来るだろう。ついでにキャスナンには売っていなかった地図なんかを描いてみるのもいいかもしれない。

 エステリア渡航以来の冒険だが、そう思うと久しぶりにわくわくしてきた。この1週間で白地図をどれだけ埋められるか挑戦してみよう。

 そうと決まれば、少し早いが明日に備えて身体を万全の状態にするために寝ることにしよう。楽しみすぎて寝不足になりましたでは笑い話にもなりやしない。

 

 

 

Location:暁の森

 

 

 

 翌朝、モーニングコールでどうにかこうにか起きることができ、重たい瞼に抵抗しながら身支度を済ませ、日が昇りきらないうちに樹海の入口へとリターンの魔法で転移した。転移の光から解放され、視界一面が陽の光を拒むように鬱蒼とした森林が広がるのを見て、魔法が成功したことをしかと確認する。

 

(いやはや、未踏の地を進んでいくこの感じ、パイオニアでなければ味わえないこの感覚は何ものにも替えられませんね)

 

 正確には昨日3人でここは通ったのだが、それを言うのは野暮というものだ。要らぬ思考は頭の隅の方に追いやりつつ、僕は通算2回目になる樹海突入を敢行した。

 

「あっ、お兄ちゃん! また会ったねぇ!」

 

 樹海に足を踏み入れると、どこからとも無く幼い子供のような声が聞こえてくる。

 

「あれ? 今日は1人なんだね」

 

「はい、2人は昨日のうちに帰ってしまいましたので」

 

「そっかぁ」

 

 僕はそれに動じることなく、声の主である1本の苗木(・・)の前で腰を落として話しかけた。本人曰くこの苗木はロダの樹の苗木らしい。恐らく、僕はエステリアでロダの種を食べた影響で苗木の声を聞けるのだろう。その証拠に、同行していたドギさんとフレアさんはこの子の声を聞くことはできなかったようだ。

 

「今日はどうしたの?」

 

「今日はちょっと奥の方まで行くつもりでして」

 

「そうなの? なら兄弟たちにもよろしくね!」

 

 ぼんやりとした光を放つ苗木から楽しそうな声が返ってくる。兄弟ということは、他にも苗木がこの樹海に植えられているということなのだろう。

 

「今日は休憩していくの?」

 

「いえ、早いうちにあなたの兄弟たちのところへ行ってみようと思います」

 

「そっか! 気をつけてね!」

 

 ばいばーい、と幼い声に送られながらその場を後にする。ロダの苗木が言っていたことなのだが、苗木の周りはエステリアのロダの樹の周辺のように聖なる気が巡っていて、獣が寄り付かないようになっているらしい。まだ苗木故に、ロダの樹ほどの効果範囲はないものの、安心して休める空間としては十分すぎる力を発揮してくれるので、野営のためにも日が暮れる前に次の苗木を見つけておきたいところだ。

 

(まずは…………あの大樹の方へ進んでみますか)

 

 樹海の入口から北西の方に見えた、ロダの樹にも劣らないほどの大きさの樹のことを思い出す。ランドマークとして目立つというのもあるが、単純に興味を刺激する大樹を間近で見てみたいという気持ちが強かったため、第1の目的地として掲げることにした。己の心に従って進むことも大切なのだ。

 

(飛ぶのは流石に風情が無さすぎますし、地図も描けませんからね、歩いて行きましょう)

 

 頭上を覆う木々の葉からの木漏れ日を浴びながら歩いていると、奥へと続く道が2つに分かれている地点まで辿り着いた。

 

(右は大樹のルートから外れますし、行くなら左ですかね)

 

 前方の巨大な湖の向こうも気になるが、まずは歩いて行ける場所から踏破していくことにしよう。そう思いながら、僕は左方へと足を進めた。

 

 

 

(おや、これは……?)

 

 たまに襲いかかってくる樹海の獣を退けつつ進んでいると、何やら魔力の気配を感じ取った。魔物が放つ黒い雰囲気ではなく、寧ろ聖なる気の流れであるが、これはもしやさっき苗木が言っていた兄弟だろうか。

 しばらく魔力の流れを辿るように歩いて行くと、予想した通り、ぼんやりと光を放つ苗木が地面から顔を出している場所へと辿り着いた。

 

「こんにちは」

 

「わあびっくりしたぁ!」

 

 苗木に声をかけると、苗木は心底驚いたような声を上げる。本当に子供のような反応なので、少し微笑ましく思えてくるようだ。

 

「あれ? お兄さんはコモドの人じゃないね」

 

「コモド? 人の集落がここの近くにあるんですか?」

 

「そうだよ! お兄さんが来た方の道を南の方に道なりに進んで行くと明るいところに出るから、そこから大樹の方に向かってみて! それとあっちの方に行くと迷いの森に出ちゃうから間違えちゃダメだよ!」

 

 そう言いながら、苗木が僕が来た道とは反対の方向を指し示した​────ような気がした。苗木が言う迷いの森というのも気になるが、今はそれより人の集落だ。まさか目指してきた地点にそんなものがあるとは思いもしなかったが、これは嬉しい誤算である。ハイランドではないみたいだが、これでより樹海のことについて分かるというものだ。

 ふと、視線を上に送って空を見上げる。空の様子から察するに時刻はまだ昼のようで、休むにはまだまだ早すぎるだろう。

 

「ここからコモドへの距離はどのぐらいでしょうか」

 

「そんなにかからないよ! さっきお昼になったばっかりだし、お昼の間には着けると思うよ!」

 

 そういうことならば、ここを野営予定地として、先にコモドまで行くというのも、選択としては十分ありだろうか。少しの間思考に没し、僕は今日中にコモドまで行ってみることに決めた。

 

「では、コモドまで行ってみることにします」

 

「分かった! 気をつけてね!」

 

 本日2度目の見送りを背に受けながら、僕は樹海の人里へと向けて出発した。




 Ysはモブキャラにもちゃんと一人一人名前がついてるから、二次創作的には意外と助かる場面が多いです。


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C.樹上集落コモド

 ちょっと場面のカットの思い切りの良さが凄まじい気がしてきた今日この頃。

 如月遥さん、Danさん、しうきちさん、評価ありがとうございます!


Main Character:アドル=クリスティン

Location:ギドナの大穴

 

 

 

 ロダの苗木の言う通りに進んで行くと、木々に囲われた薄暗い空間から解放されて開けた場所に出ることが出来た。中心部に地面を抉りとったような大穴が空いていて、そこをぐるりと1周するように足場が残った変わった地形で、何となくバギュ=バデット周辺を思い出させる様な場所である。

 北の方へ視線を向けると、大樹までは目と鼻の先のようで、少しぼやけて見えていた姿も今でははっきりとこの目で見ることができる。よく見ると、大樹の周囲に何やら人工物のような物も見えるので、苗木の言う通り人の集落があるようだ。地図を描きながらの探索だったので遅めの進行であったが、何とか昼の時間の間には辿り着けそうである。

 

 

 

 少し勾配が急な坂道を登っていくと、やがて木と動物の骨で組まれた門らしき物が見えるようになってきた。その向こうには木を加工して作られた足場が大樹に寄り添う様に組み上げられていて、その上に人が住まう住居のような物がいくつか存在しているのを見て、少数民族のようだが、想定よりも立派な集落があることを認識する。

 

(眺めるのもいいですが、とりあえず入れてもらえるかどうかを​──────ッ!!)

 

 キョロキョロと辺りを見回しながら歩いていると、突然僕の耳が風切り音を捉えた。それと同時に背中に悪寒が走り、勘に従って振り向くのと同時に腰からクレリアの剣を抜剣してこれを一気に振り抜くと、金属と金属がぶつかる甲高い音が鳴って軽い何かが弾き飛ばされる。一瞬だけ飛ばされた物に目を向けると、それは鉄製のナイフだった。

 ナイフが飛んできた方向とは逆の方に大きく飛び退きながら全身に全開で魔力を巡らせる。翼が背中から顕現するが、攻撃をされるまで気づけないぐらい気と身体の扱いに長けた何かが敵意を持って襲いかかってきている以上、決して出し惜しみはしていられない。

 

(しかし、武器を扱うほどの知性がある獣ですか……! 流石は魔境と呼ばれるだけのことはありま……す……ね……?)

 

 襲いかかってきた敵の正体を視界に捉えるべく、思考を巡らせながら顔を上げると、そこには口元に手を当てて目を見開いた少女が立っていた。獣などではなく、人間の少女だ。お互いに思考がフリーズしたのか、僕も少女もお互いを見据えたまま、その場を静寂が支配した。

 

 

 

Location:樹上集落コモド

 

 

 

「ほんっとうにごめん!」

 

「大事には至らなかったので気にしないでください」

 

 あの静寂の後、僕は少女とその一行に連れられてコモドの集落まで案内されて、今はその入口で心底申し訳ないという顔をした少女が謝罪の言葉を口にするのを、僕は何でもない風に受け入れているところだ。本当は死ぬほど驚いたのだが、表情に出さなければバレはしまい。

 

 

「いやはや、姉のカーナがいきなり失礼なことをしてスミマセン」

 

 集落の入口で合流した、カーナさんと同じ橙色の髪をした少年​──レムノスさんが軽い調子でそう口にした。

 

「獣だと思ったら身体が動いてたって言うけど、動くものを見たら咄嗟に攻撃するなんて、これじゃどっちが獣か分かんないよな」

 

「あはは……」

 

「わ、悪かったわよ……いきなり狩ろうとして」

 

 カーナさんをここぞとばかりにからかう口調のレムノスさんに苦笑していると、横合いからカーナさんが拗ね気味に口を尖らせる。気を悪くした様子はないようなので、これが2人なりのコミュニケーションの形と言ったところだろうか。

 

 

 

「ふむ、お前が樹海の外からやってきた者か」

 

 コモドの人に遠巻きに見られながら3人で話していると、威厳たっぷりの声が頭上から降ってきた。視線を上げると、集落の方からガタイのいい壮年の男が歩いてくるのが見える。カーナさんとレムノスさんと同じ髪色だが、ひょっとすると彼女たちの父親なのかもしれない。

 

「はい、アドル=クリスティンと申します」

 

「姉貴の百発百中の投げナイフを剣で弾き返すほどの凄腕の剣士だそうだ」

 

「ほう、年齢の割になかなかの修羅場を潜ってきた、というわけか」

 

 レムノスさんの補足説明に、2人の父親​──アサドさんは驚いた様子で僕の身体を足先から頭の天辺までじっくりと眺めてくる。森の戦士という言葉が似合うアサドさんにそうされると威圧感が凄まじいが、別に見られて困るものでもないので、見られるがままにされておく。

 

「そういえばアドル、さっきまであった翼はどこにいったの?」

 

 気になったので聞いてみた、という風な表情でカーナさんがそう口にすると、アサドさんとレムノスさんの表情が変化した。こちらとしてはできれば黙って欲しかったが​────いや、そもそもカーナさん以外にも見られていた以上、話が伝わるのも時間の問題だったか。まあ、樹海の外に話が漏れることは恐らく無いと考えていいので、ここは翼を見せることで得られる最大限のメリットを取りに行くのが正解だろう。

 

「これは……」

 

「翼が生えた人間……か。樹海の外から人がやって来ることだけでも珍しいが、まさかこれほどの珍客とはな」

 

 魔力を流して翼を編むと、集落中にどよめきが走る。アサドさんはそれほど驚いたようには見えないが、他の面々​──特にレムノスさんはその表情を大きく驚愕の色に染めた。先程までの飄々とした様子がまるで嘘のようだ。

 

「僕がセルセタの樹海までやって来たのは僕と同じ翼が生えた人を探すためなんです。何かご存知ないですか?」

 

「…………セルセタ王国に縁のある遺跡に翼の生えた人間の像が祀られているが、それと関係があったりはするのか?」

 

「セルセタ王国?」

 

 レムノスさんの口から興味深いワードが飛び出してくる。

 

「ああ、約800年前にセルセタの地で栄華を誇ったとされる国の名前だ。資料もほとんど残ってないんで、時間がある時に遺跡なんかに行ったりして色々と調べてるんだが……」

 

 いやあ、これは思わぬ進展かもしれないな、とレムノスさんが居ても立ってもいられないような雰囲気を醸し出し始めた。

 しかし、800年前となると、レア義姉さんが言っていた2人が故郷からエステリアまで流れ着いた時期と一致するが、ひょっとすると、件の有翼人もその時期にセルセタの地にやって来たのかもしれない。

 

「なあアドル、オレの家でその話詳しく聞かせてくれないか?」

 

「僕は是非ともそうしたいところですが……」

 

 面白いものを目の前にした幼子のように目を輝かせるレムノスさんの言葉に個人的には乗っかりたい気持ちではあるが、レムノスさんの家にお邪魔するということは、コモドの集落に、そしてカーナさんとアサドさんの家にお邪魔するということである。流石にそれを僕の一存で決めるわけにはいけないので、2人に視線を送ってみると、嫌な感情は抱かれていないようだった。

 

「色々と変わってはいるが折角の外からの客人だ。コモドの族長としてはアドルを歓迎しよう」

 

 娘が迷惑をかけたからというのもあるがな、とアサドさんは威厳増し増しで頷いて肯定の意を示してくれる。今更彼が族長ということが発覚したが、まあそうだろうなという感じはしていた。

 

「じゃあさ、その話が終わったら私と勝負してみない?」

 

 今度はどっちが強いか正々堂々戦ってみましょう、とポニーテールを揺らしながら、カーナさんはにこにこと僕に近寄りながら話しかけてくる。カーナさんの中では、もう既に僕を招き入れるつもりだったらしい。

 

「えっと、では少しの間お世話になります」

 

「よっし、じゃあ早いところ語り明かすとしようか!」

 

「おっと……!」

 

「あっ! 2人とも待ちなさい!」

 

 言い終わるが早いか、僕は食い気味のレムノスさんにぐいと手を引かれ、集落の人々の波を掻き分けるようにしてコモドの集落を上へ上へと連れていかれる。その後ろを何やら素手がどうやら武器がどうやら騒ぎ立てながら、カーナさんが追い掛けてくるようだ。どうやら予定よりも滞在期間が延びそうだと僕は心の中で独りごちた。




 全然関係ない話なんですけど、フィーナ様と身長、バスト、ヒップのサイズが一致していたので私は実質的にフィーナ様ということで間違いないでしょうか。


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D.コモドの双子

 そういえば、セルセタの樹海(Vita版)ってアドルさんに惚れてる感じの女の子っていましたっけ?辛うじて金髪の娘(未登場なのでぼかした表現)がそれらしきシーンがちょろっとあったぐらいだと思うんですけど。

 放課後のJさん、評価ありがとうございます!


Main Character:アドル=クリスティン

Location:樹上集落コモド

 

 

 

「ささ、適当な場所に座ってくれ」

 

 僕は今、上機嫌な様子で笑顔を浮かべるレムノスさんに連れられて、コモドで1番大きな建物に案内されている。家の中は中心に囲炉裏のような薪を燃やすためのスペースが確保されていて、その周りに座るのに使うのか、動物の皮を広げて鞣した物が床に敷いてあるようだ。少し生々しい。

 座れということは恐らく目の前にある動物の毛皮に座れということなのだろう。初めてのことなので少しおっかなびっくりではあったが、腰を下ろしてみるとそれの座り心地はなかなかに悪くなかった。

 

「さてと、早速始め……」

 

「だー! 追いついたー!」

 

 火のついていない薪を挟んだ対面にレムノスさんが座るのと同時に、凄い勢いでカーナさんが家の中に走り込んで来た。話の腰を折られたレムノスさんの顔が少しムッとしているようだ。

 

「姉貴、今からアドルと大事な話をするんだ。ちょっと静かにしててくれないか?」

 

「む、その大事な話は何時頃終わるのよ」

 

「さーて、何時頃だろうな。ひょっとしたら夜通し語り明かすことになるかもしれないな」

 

「えー! それじゃあ何時アドルと戦えるの?」

 

 そんなに待てない、とカーナさんが癇癪を起こした子どものように騒ぎながら、何故か僕の腕を取って上下にぶんぶんと振り始める。

 

「カーナさん、明日あなたの気が済むまで付き合いますので……」

 

「ホント!? それなら何でもしていいのね!?」

 

「え、えぇ」

 

「やったー! ありがとアドル!」

 

 カーナさんが僕にギュッとハグをかまし、邪魔にならないように出てるねと言葉を残して、あっという間に何処かへ行ってしまった。何というか、嵐のような一幕だった。

 

「あー、すまんアドル」

 

「……まあ、鍛錬と考えればそう悪い話ではありませんよ」

 

 申し訳なさそうな顔のレムノスさんに、前向きに捉えた自分の意見を述べ、とりあえず先程の出来事を横に置いておくことにする。

 

「…………仕切り直すとしますか」

 

「はい」

 

 一先ずはカーナさんの襲来で始まる前に止まった話を無理やり再開させることにした。だが、僕が得られそうな情報はあまり無さそうなので、先手を打って先に欲しい情報だけ手に入れることにしよう。

 

「その前に1つ聞きたいことがあるのですが」

 

「ん? 何か気になることでもあったか?」

 

「レムノスさんはハイランドという場所を知っていますか?」

 

「それは樹海の中の話か?」

 

「はい、樹海にあると聞いてます」

 

 ふむ、とレムノスさんが顎に手をやって考える姿勢を取るが、それもあまり長い時間は続かなかった。

 

「いや、すまん、記憶の限りでは聞いたことは無いな」

 

「そうですか……」

 

「だけど、心当たりならある」

 

 確証はないがな、と少し気落ちしていた僕にレムノスさんが話を続ける。

 

「この樹海には樹海を大きく分断するように流れる大河があってだな、その向こう側をオレたちは始原の地と呼んでいるんだ。だが、その始原の地に辿り着いた者は少なくともコモドには1人もいない。だから、そのハイランドって所があるのなら、多分そこだとオレは思う」

 

「始原の地……」

 

「詳しく知りたいなら、大河の側にある集落に行ってみるといい。多分オレからよりは有益な情報が得られるはずだ」

 

 レムノスさんから樹海にもう1つ集落があることを思いがけずして教えてもらった。これは思わぬ収穫だ。

 

「セルセタ王国も多分その始原の地が大きく関わっているんだが、如何せん渡る手段が分からなくてなぁ」

 

 おかげでどうにも研究が進まないんだ、とレムノスさんは大きく肩を竦める。

 

「そうだ、アドルの翼でひょいっと渡ったりはできないのか?」

 

「海を越えろと言われれば流石に無理ですが、それぐらいなら飛んでいけますよ」

 

「おぉ……!」

 

 感嘆の声とともに、レムノスさんが僕の方へ身を乗り出してきた。

 

「しっかり翼としても機能するんだなそれ」

 

「翼自体がというより、魔法の力によるところが大きいんですけどね」

 

「魔法?」

 

「魔法はですね​──────」

 

 

 

「いやぁ、実に有意義な時間だった!」

 

 あれから魔法のことや有翼人のことについてレムノスさんと話し込んで、気づけば辺りはすっかり闇に包まれる時間になっていた。

 

「アドルのおかげで研究の方も少しは進みそうだ」

 

 ありがとな、とレムノスさんが屈託の無い笑顔で笑いかけてくるので、僕も釣られて笑顔になる。数時間話し通しになったが、レムノスさんは聞き上手だったので特に苦もなくスラスラと話すことができて楽しかった。

 

「アドル、そういえば夕餉はどうするんだ?」

 

「持ってきている物を食べようかと思ってましたが……」

 

「ああ、魔法で持ち運んでるっていうアレか」

 

 レムノスさんの言う通り、水や食料などの旅に必要なものは全て異空間にしまってあるのだ。時が止まっているのかどうかは定かではないが、異空間の中に保存しておけばそれが長期間であっても中身が腐ることはないので非常に重宝している。冷蔵庫要らずだ。

 

「それなのだが、今日はここで食べていくといい」

 

 そんなわけで、とりあえず何か取り出そうかと思っていると、途中から黙って話を聞きに加わっていたアサドさんが口を開いた。アサドさんが顎をしゃくり何かを指し示していたのでそちらの方を向くと、カーナさんが台所で鼻歌を歌いながら包丁を扱う光景が目に入る。

 

「いつになく張り切っているようだから折角だ、食べてやってくれ」

 

「そういうことでしたら是非に」

 

 

 

「よし、みんなお待たせ!」

 

 何か手伝おうとしたら、客人なのだから大人しくしておけと追い返されたので、部屋の隅で武器の手入れをして待っていると、カーナさんの、大きな声とともに美味しそうな匂いが部屋に広がり始めた。匂いの正体に目を向けると、それは木蓋が開けられた鍋から漂ってきているようだった。

 

「お、今日はごった煮か?」

 

「ええ、今日は活きのいいお肉が手に入ったから」

 

 2人の会話を耳に入れながら部屋の中央で火にかけられた鍋を覗き込むと、山菜と獣肉がぐつぐつと煮えている様子が見えた。これは美味しそうだ。

 

「さて、じゃあいただきましょうか」

 

 それぞれが煮込み料理を器に取り、それを確認したカーナさんの掛け声とともに全員が静かに手を合わせる。それから誰からともなく動き出して、少し遅めの夕食が始まった。

野菜にキノコにお肉、どの具材も美味しそうで何から手につけようか思案していると、右方向​────つまりカーナさんの方から何やら視線を感じた。ちらとそちらに目を向けると、僕が料理を口にするのをそわそわした様子で見守るカーナさんが目に入る。

 視線の圧力に押されたわけではないが、一先ず先程話題に上がった肉を食べてみると、熱々の肉汁と肉に染みたスープが口いっぱいに広がった。よく煮込まれた獣肉も非常に柔らかく食べやすい。

 

「ど、どう……?」

 

 想定以上の美味しさに口の中に意識を没入していると、少々不安気な声色でカーナさんが話しかけてきた。もちろん返す答えは1つである。

 

「美味しいですよ」

 

「ホント? 良かったぁ……」

 

 僕の言葉に、カーナさんが肩の力を抜いてほっと一息吐く。何故そんなに緊張していたかは分からないが、客人自体が珍しいとアサドさんは言っていたので、身内以外に振る舞う初めての料理だったのかもしれない。

 

「おかわりもあるからたくさん食べてね」

 

「ふむ、では頂こうか」

 

 僕とカーナさんの会話の横合いから、アサドさんが自身の持つ空の器にごっそりと鍋の中身を掬い入れる。まだ食べ始めたばかりなのだが、恐ろしいほどの早食いと大食いだ。

 

「親父は相変わらずだな」

 

「あれだけ食べないと父さんみたいに立派な戦士にはなれないわよ」

 

「いやぁ、オレは戦士じゃなくて芸術家だからなぁ」

 

「全く、またそうやって腑抜けたことを……」

 

 アサドさんの健啖ぶりに驚いていると、何やら2人が言い争いを​────いや、レムノスさんがカーナさんの言葉を受け流しているだけか。飄々とした様子を崩さないので、暖簾に腕押しといった感じだ。

 

 

 

「ふぅ、ごちそうさまでした」

 

 姉弟喧嘩に勤しむ2人を横目に、アサドさんと黙々と料理を口に運び続けて一足先に食事を終える。ちなみにアサドさんはまだ食べるようだ。

 

「あ、アドルはもういいの?」

 

「はい、食べすぎて明日のコンディションを乱すわけにもいきませんし」

 

「そっか、なら仕方ないわね」

 

 レムノスさんに説教をしていたカーナさんが僕の方に向き直ってきた。解放されたレムノスさんが小さくため息を吐いているのは見ないふりをしておく。

 

「明日はどういう風に戦うの?」

 

「普通に模擬戦でいいのではないでしょうか?」

 

 それもそうね、とカーナさんは僕の提案をあっさりと承諾した。何でも言うことを聞くことになっていたので何を言われるかと思っていたので、少し肩を透かされた気分だ。

 

「そういえば、アドルは今日何処で寝るんだ?」

 

 うちにはベッドは3つしかないぞ、とレムノスさんが話に割って入ってきた。今から野営地に戻るのも有りだが、それだと、早朝から色々付き合わされそうな様子のカーナさんのことを考えると、寝過ごしてしまいそうであることに気がつく。

 

「部屋の隅の方をお借りできるとありがたいのですが」

 

「もしかして、ベッドも持ち運んでるのか?」

 

「いえ、流石に野営では使わないので……」

 

「床だと安眠できないんじゃない?」

 

 明日に影響出ちゃうわよ、とカーナさんが不満気な顔をこちらに向ける。そうなると、キャスナンまでリターンで戻るしかなくなるが、旅の途中で一々宿屋まで戻るのは無粋極まりないと思うのだ。

 

「あ、じゃあ私と同じベッドで寝る?」

 

 思考中に放たれたカーナさんの爆弾発言に、男3人が同時に吹き出す。その提案は女の子としてどうかと思うぞお兄さんは。

 

「げほっ、ごほっ……! あ、姉貴いきなり何を言ってるんだ」

 

「え? だってこの中で1番小さいのは私だから、ベッドのスペースもその分空いてるかなって」

 

 名案じゃない?とウィンクをキメるカーナさんを見て、レムノスさんは顔を覆い天井を仰いだ。アサドさんはアサドさんで、何やら真面目な顔で思案しているようだが、まずは娘を止めて欲しい。

 

「既婚者が異性と同衾するのは流石に問題が……」

 

「確かに適齢期ではあるけど、私はまだ結婚してないわよ?」

 

「いえ、カーナさんではなく僕がです」

 

 僕の言葉に今度は族長一家が僕をキョトンとした顔で見てくる。ああ、これはまたあの流れが来るのか。

 

「え、アドルってまだ子供よね……?」

 

「こんななりですけど、もう18ですよ」

 

「同い歳っ!?」

 

「嘘っ!?」

 

 まだ幼さが残る容姿の僕の実年齢を聞いて、双子がひっくり返らんばかりの勢いで同時に後ろへ仰け反った。もうこの一連の流れも慣れたものだが、それはそれとしてこの大げさな反応を見るのは少し楽しい。

 

「むぅ、結婚していなければカーナの婿にとでも思っていたが……」

 

 アサドさんはアサドさんでこのタイミングでなんて事を言うのか。

 

「…………何だか勝負してないのに負けた気分だわ」

 

「オレもだ……」

 

 打ちひしがれる双子を横目に、僕は話は終わったとばかりに部屋の隅の方に立ち上がって移動を始める。ここまで落ち込まれると、何だか悪いことをしたような気がしてきた。

 

「ということで、こちらをお借りしますね」

 

「うむ、すまんな」

 

「いえ、一応寝具はありますので」

 

 おやすみなさい、と異空間から毛布と枕を取り出して横になる。目を閉じるとまた双子が騒ぎ出したが、今日は歩き通しで疲労が溜まっているので、それも次第に遠くなっていき、すぐに僕の意識は闇に落ちた。




 アドルさんがモテモテのイラストとかファンアートを見ると、「あ、そういえばこの人素でモテたな」ってことを毎回思い出します。


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E.森の戦士

 私のイメージの中で、青系統の髪の女の子のヒロイン力が高いなということに最近気が付きました。個人的な好みだと金髪の娘が好きなはずなんですけどね。


Main Character:アドル=クリスティン

Location:樹上集落コモド

 

 

 

「さてと、アドル、準備はいい?」

 

「はい、構いませんよ」

 

 翌朝、待ちきれない様子のカーナさんに叩き起こされ、僕はコモドで1番高い所にある広場のようなところまで連れてこられた。朝餉の前に一戦交えておきたいそうだ。

 そういうわけで、お互いに軽く準備運動を済ませて、今はお互いに少し距離をとって向かい合っているところだ。そして、僕たちの周りにはカーナさんの話を聞いた集落中の人たちが集まっている。

 

(今回は……これでいきましょうか)

 

「あれ、剣は使わないの?」

 

 クレリアの剣を異空間にしまい込み、代わりにファイアーの杖を手元に出現させると、カーナさんが意外そうな口調でそう尋ねてきた。魔法を見た観衆がざわざわとしているが、今は無視して構わないだろう。

 

「ええ、今回はこれが丁度いいかなと思いまして」

 

「……へぇ、それはつまり」

 

 僕の言葉を聞いて、ゆらりとカーナさんの上体が揺れる。

 

「私を舐めてるってことでいいのかしら!?」

 

 地を蹴る音がしたと感知するのと同時にナイフを構えたカーナさんが眼前に迫る。しかし、不意打ち気味ではあったが、僕目掛けて突き出されるナイフの動きに沿わせるように杖を前に出し、そのまま僕の後方へとカーナさんを受け流した。

 

「ッ!」

 

「勘違いしないでくださいね」

 

 すれ違いざまに目を見開くカーナさんに声を掛けながら、再び正面から僕たちは向き合う。

 

「僕は(こっち)も剣と同じぐらい扱えますよ」

 

 宣言と同時に魔力を流して赤い宝玉に光を灯すと、カーナさんの表情がより一層引き締まる。

 

「では次はこちらから!」

 

 初撃のカーナさんのように一足で距離を詰め、避けにくい横薙ぎの一撃を振るうと、カーナさんは少し反応が遅れつつも、ひょいと跳躍して僕の頭上を越えていった。着地の音が背後で鳴るのを聞くのと同時に、手元で杖を回しながら振り返ると、下方から鋭い突きが飛んで来る。

 

「くっ……!」

 

 これを焦らず回転の勢いで弾き、体勢が崩れたカーナさんの膝裏を杖で打って膝を地につかせ、杖を首に向けて振るい、当たる寸前にこれを止めた。すると、悔しそうな表情をしたカーナさんが黙ってナイフを手放して両手を肩の高さまで上げる。それを見た観衆が大きな歓声を上げるのと同時に、僕たちの間に張り詰めていた緊張の糸がぶつりと切れて落ちた。

 

「あーもう! 悔しい!」

 

 1回目の模擬戦が終わり、カーナさんはそう言いながら勢いよく立ち上がった。眉を逆八の字にして目の端に涙が少し溜まっているので、本当に心の底から悔しそうだ。

 

「魔法が来ると思って警戒してたのに来ないじゃない!」

 

「あはは、だから言ったじゃないですか。杖の扱いも上手いですよって」

 

 八つ当たり気味に僕にぽかぽかと拳を当てるカーナさんを笑って受け流して、飛んでくる拳を手のひらで受け止める。確かに魔力を流してはいたが、流石にここ(樹上集落)ファイアー(炎の魔法)を使うわけにはいかない。

 

「なるほど、単身で樹海を踏破してきた実力は伊達ではないようだな」

 

「アサドさん」

 

 カーナさんとじゃれ合っていると、観衆の中からアサドさんが僕たちの前まで出てきた。

 

「カーナもコモドでは1、2を争うほどの実力者なのだがな」

 

「うぅ、面目ないです……」

 

 アサドさんの言葉にカーナさんが露骨に肩を落として落ち込む。

 

「アドル、まだ朝餉には早かろう。どうだ、試しに俺と一戦交えてみないか?」

 

 思いもしなかったアサドさんの提案に、僕以上にコモドの人たちが驚いた。族長をしているぐらいなので恐らく集落一の実力なのだろうが、どよめくほどのことなのだろうか。

 

「わはぁ! 父さんが戦うところ見れるの!?」

 

 それとは対照的に、カーナさんの機嫌は先ほどまでの落ち込みが嘘かのようにうなぎ登りしていった。バトルマニアのカーナさんが待望するほどの強者となると、相当な実力を持っていると考えていいだろう。

 

「では胸を借りるつもりで」

 

「うむ、久々に血が滾るな」

 

 そう言いながら、アサドさんは口元から獰猛な笑みを漏らし、背負っていた大剣を勢いよく引き抜いた。僕は杖を異空間に収納して、繋いだ時空の穴に手を突っ込んで、アサドさんと同じように大剣を引きずり出して正面に構える。ここで魔力を流して筋力を強化するのも忘れない。

 

「では、今度はこれで」

 

「大剣も扱えるのか。よかろう、来い」

 

 言い終わるや否や、これ以上言葉は不要とばかりにアサドさんの戦意が揺らめく炎のように身体から噴き出してくる。この圧倒的な圧力は長年戦いの中に身を置いてきた者が放つことの出来るものだ。ピリピリとした空気に僕の背中に冷や汗が一筋流れていった。

 感覚を研ぎ澄ませて余分な情報を切り捨てていき、アサドさんの一挙一動を逃さないように意識を集中させる。息が詰まりそうな緊張の中、顎を伝った汗が顔から離れて地面に落ちた瞬間、僕とアサドさんは同時に駆け出した。

 

「ぬぅんッ!」

 

「でぇいッ!!」

 

 お互いに袈裟斬りの要領で剣を振りぬき、激しい金属音を立てながら切り結ぶ。ギリギリと歯を食いしばって力を込めて押し返そうとするが、アサドさんの巨躯は少しも動いてくれない。

 

「嘘っ! あの細身で父さんと力で張り合ってる……!」

 

 カーナさんの驚愕の声がうっすら聞こえてくるが、こちらからすれば魔力のブースト無しで互角どころか若干こちらを押しつつあるアサドさんの怪力に驚きである。そうなると、やはり大剣(これ)でまともに戦うのは厳しいか。

 

「ッ!!」

 

「はッ!」

 

 徐々に悪くなる形勢を変えるべく早速手札を1枚切ることを決め、手元から大剣を消滅させて、すり抜けてくるアサドさんの大剣を身を捩って躱しながら回し蹴りを叩き込むと、アサドさんは体勢を崩しながらもこれを腕でキッチリと受け止める。勢いは殺せずに後退していったが、ダメージはほとんど入っていないだろう。

 

「なるほど、その魔法はそういう使い方もできるのか」

 

 蹴りを受け止めた腕を軽く振るいながらアサドさんが言葉を放つ。しかし、あれが初見で防がれるとは思いもしなかった。長年培ってきた戦闘の勘というのは馬鹿にできないということか。

 

「受け止められると厄介というのならば────!」

 

 アサドさんが大剣を構えながら地を蹴り高速で飛来してくる。リーチに入った瞬間に剣を振り下ろしてきたので慌ててこちらも異空間から大剣を引き抜いて相手の剣の動きに合わせた。

 今度は先ほどのように鍔競り合うのではなく、アサドさんが自身の怪力に任せてこちらの剣を弾き飛ばすように大剣を振るってくるので、お互いに打ち合うような形になる。アサドさんの鬼神の如き攻勢を体捌きと強化した筋力で何とかやり過ごすこと数十合、息が切れ始めた僕に対してアサドさんの動きに変化が表れた。

 

「おぉぉぉぉぉ!!」

 

「ッ!」

 

 片手で持たれた大剣が大上段から迫ってくるのを受け止めると、剣を掴んでいない剛腕が僕へと飛んでくる。

 

(避けきれな────いいやッ!)

 

 思考が加速して鋭敏化した感覚がアサドさんの動きをスローモーションで捉え始める。迫りくる剛腕を注視しつつ、振り下ろされたアサドさんの剣を強引に横に流し、その勢いを利用して僕は大剣を異空間へ飛ばしながらその場で身体を旋回させた。回転の勢いのまま眼前に到達したアサドさんの腕に横合いから手のひらを押し当て、力の流れを逸らせて拳を回避しながらアサドさんの後方へと抜けていくと、がら空きになった相手の脇腹が晒される。アサドさんの顔が驚愕で染められるのを見届けて、ぐるぐると独楽のように回りながら大剣を引き抜いて全力で振るい、そしてそれがアサドさんに到達する寸前に時が止まったように2人は動きを止めた。

 

「はぁ……! はぁ……!」

 

「見事……!!」

 

 自身の負けを認めるアサドさんの言葉が静まり返った広場に響き、その数瞬後に爆発したような歓声が場を支配した。

 

「アードールー! 凄いじゃない!!」

 

「ぐふっ!?」

 

「あ……ごめんなさい」

 

 大剣を戻して大きく息を吐いていると、横からカーナさんが砲弾のように跳んできて、ラグビーのタックルの如き勢いで押し倒される。馬乗りの状態で謝られても困るだけであるのでもぞもぞと抜け出しつつ立ち上がると、レムノスさんもこちらにやって来た。

 

「いやぁ驚いた、まさかあの親父に勝っちまうとは」

 

「あはは、運が良かっただけですよ。次は恐らくこう上手くはいきません」

 

「いやいや、それでも未だ負けなしと謳われていた親父から白星を捥ぎ取ったんだ。大したもんだよまったく」

 

 レムノスさんの手放しの称賛を恥ずかし気に受け取ると、横に立ち上がったカーナさんもうんうんと深く頷く。しかし、全力全開の殺し合いならともかく、模擬戦でまた勝利できるかと聞かれたら、やはり素直に首を縦に振ることはできない。それぐらいアサドさんは強かった。

 

「既婚者であることが本当に惜しいな。そうでなければ今すぐコモドに迎えたいぐらいなのだが」

 

「それならアドルのお嫁さんも連れてきてもらえばいいんじゃない?」

 

「そこまでさせるのは少々酷というものだろう。我らがコモドから離れないのと同様に、アドルたちにもまた離れられない大事にしている場所がある」

 

 そうだろう? というアサドさんの問いかけにしかと頷きで以って返答すると、カーナさんから残念そうな声が上がったが、結局は納得してくれたようだ。

 

「む、ちょうどいい頃合いか。お前たち、朝餉の時間だ。家に戻るぞ」

 

 激しい運動をしたせいか、アサドさんの腹の虫が鳴るのを合図にこの場はいったん解散することになった。興奮冷め止まぬコモドの人たちがそれぞれの家路へと着いていく。

 

「さ、私たちも帰りましょう。お昼もいっぱい稽古つけてもらうからね!」

 

 模擬戦ではなくいつの間にか稽古をつけることになっているようだ。これは昼はもっと忙しくなりそうだが、まずはしっかり腹拵えをすることにしよう。僕も動き回ったのですっかりお腹が空いてしまったようだと空腹を訴える胃のあたりを手で摩りながら内心で独り言ちる。

 ちなみにこの軽い見通しで昼まで過ごした後、集落中の戦士たちと模擬戦をすることになり、結果として解放されるのが3日後になることはこの時点で知る由もなかった。




 じわじわとペースが落ちてきている今日この頃。本編に入ればこのペースもどうにかなるだろうか。


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F.灰色の気配

 最近話の進みが遅いことに気がついてやべぇなってなってます。本編が始まる頃にはアルファベット半分ぐらいまで進んでそうで怖いです。


Main Character:アドル=クリスティン

Location:樹上集落コモド

 

 

 

「ではな、気を付けて行くといい」

 

「ありがとうございます。お世話になりました」

 

 見送りに来たコモドの人たちに頭を下げると、それぞれが思い思いの反応を示してくれた。にこやかに手を振ってくれる人もいれば、道場の挨拶のように少々堅苦しく頭を下げてくれる人なんかもいるようだ。

 コモドで過ごした4日の間で、集落の人とはだいぶ仲良くなれたとは思う。想定外の滞在だったが、こういう繋がりができるのもまた旅の醍醐味である。

 

「何か分かったら教えてくれよな」

 

「はい、帰りにまた寄らせていただくと思いますのでその時に」

 

「ホント!? じゃあその間に強くなってリベンジしないと!」

 

 セルセタ王国についての話を期待するレムノスさんと、また模擬戦をしようと張り切るカーナさんを見て、こうも双子で興味の方向性が違うものかと苦笑しながら、僕は手を振ってコモドの集落を後にするのだった。

 

 

 

Location:暁の森

 

 

 

 出発してから大穴を大樹に沿って迂回するように進んでいると、また森林部へと戻ることになった。コモドの1番高い所から観察して西の方角の方に大河があることは確認しているので、この森を抜ければレムノスさんが言っていた大河の集落に辿り着くことができるだろう。

 

(……? 鳥が一斉に────ッ!!)

 

 森の中を歩いていると突然木々に止まっていた野鳥たちが飛び立っていった。何事かと訝しむのも一瞬、樹海を言い知れぬ何かの圧力が支配する。ビリビリと肌を物理的に刺激するほどの魔力の塊が上空から迫ってくるのを察知して視線を上へ向けると、巨大な何かがこちらへ猛スピードで迫ってきていた。

 すぐさま戦闘態勢に切り替えて謎の襲来者に対して身構えると、それはほとんど間を置かずに僕の目の前に着地した。見上げなければ顔も見えないほどの巨体が突如として現れ、僕とそいつの間で緊張が走る。ミネアの市壁と同じ──いや、それ以上の大きさだが果たして勝てるかどうか。

 

「駄目ですよソル、この方は敵ではありません」

 

 この場に似つかわしくない女性の声が響いたかと思うのと同時に、ソルと呼ばれた巨大な生物はしゅんとしたような仕草をしながらその身体から魔力を放出するのを止めた。雰囲気が弛緩していく中、ソルが胸の前で交差していた鋭い爪が伸びる手のひらの中から金髪の少女が跳び降りてくる。

 

「驚かせてしまって申し訳ありません。あなたがアドル=クリスティンさんですね?」

 

「はい、そうですが……あなたはいったい?」

 

「これは失礼を。私の名前はリーザ。ハイランドよりあなたのことを迎えに参りました」

 

 何故自分の名前を知っているのかと思ったが、うっすらと予想していた通りこの人が例の手紙にあった僕をキャスナンまで迎えに来る人だったようだ。まだ予定より早い迎えのようだが何かあったのだろうか。

 

「まだ約束の日まで数日ありますが、何かあったのでしょうか?」

 

「いえ、キャスナンに滞在している者よりあなたが樹海入りしたという話を聞きまして、それとその話を聞いてこの子が早く迎えに上がりたいと言ったものですから、少し予定を繰り上げさせていただきました」

 

 何か問題が起きたわけではなかったようだが、それはそれで悪いことをしてしまったかもしれない。一応期日までには戻るつもりではあったが、それも伝わらなければ意味はあるまい。

 

「お気になさらなくて大丈夫ですわ。どちらにせよハイランドにしばらく滞在していただく予定でしたので。アドルさんがよろしければ少し滞在期間が延びることになりますが今からハイランドにお連れします。もちろん、まだ樹海を探索していきたいのであれば約束の日に改めて迎えに参りますが」

 

 考えていたことが顔に出ていたのか、リーザさんからフォローの言葉が入る。そういうことなら厚意に甘えることにしよう。大河の集落に行けなかったのは残念だが、そちらは用事が終わってから寄っても遅くはないはずだ。

 

「ではよろしくお願いしますリーザさん」

 

「ふふ、承りましたわ」

 

 ではこちらへどうぞ、という言葉とともにリーザさんは上りやすいように地面に降ろされたソルの手のひらに再び乗り込み、こちらを振り返ってにこやかに笑う。巨大生物に乗って移動するのは何とも浪漫溢れる話だが、よもやこんなところでそれを経験するとは思わなかった。おっかなびっくりではあるが言われた通りに手のひらの上に跳び乗ると、ソルは1つ大きな咆哮を上げて空の彼方へ飛び去っていった。

 

「きゃっ!?」

 

「おっと、大丈夫ですか?」

 

「え、あ、ありがとうございます」

 

 急発進するソルの勢いに負けたリーザさんの身体がふらつくのを支えた拍子に僕とリーザさんの手が強く握り合う形になり、リーザさんの顔が林檎のように真っ赤に染め上がる。手が触れ合うだけでこのような反応をされるとは思いもしなかったが、恐らく僕よりも年下のリーザさんは花も恥じらう純真な──これ以上はただの下衆の勘繰りなので止めよう。

 実際問題飛べる僕はともかくとして、ただの人間であるリーザさんが空から真っ逆さまという事態になるのは流石によろしくないどころの話ではないので、必要なことだったということで大目に見てもらえると助かる。

 

「い、いつもはこんなことはないんですけど……張り切っているのでしょうか」

 

 顔に赤みが差したままのリーザさんの口からそんな言葉が零れてきたが、普段の彼を知っているわけでもないので何とも返しようがない。とりあえず曖昧に笑っておこう。

 

「この調子だとハイランドにはすぐに着きますので、少しの間空の旅をご堪能ください」

 

 柔らかい笑顔を向けてくるリーザさんに頷いて返答をして、僕は目まぐるしく変わる眼下の景色を捉えながら今後のことを夢想した。




 どうせなら原作とは思いっきり違う動きをさせてみようという試み。


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G.叡智の街ハイランド

 褐色肌の若き族長には申し訳ないことをしたと思っています。


Main Character:アドル=クリスティン

Location:叡智の街ハイランド

 

 

 

「到着しました。ここが私たちが暮らす街、ハイランドですわ」

 

 超特急な空の旅を終えてリーザさんと共にソルの腕から地面に着地すると、彼女が街の方に手を遣ってそう言葉を紡いだ。

 ハイランドの街は今まで見てきた他の都市と比べると、街の規模自体は小さいが随分と進んだ造りをしているようだ。特に目を引くのは、この時代ではまだ見たことがない街のあちこちに設置された風車の存在だろうか。他にもロムンの主要都市ぐらいでしか見たことがないような街灯もかなりの数設置してあるようだ。樹海の奥という僻地にある街だが流石は他者に知恵を授けているというだけはある。

 

「アドルさん、まずハイランド滞在の間に過ごしていただく屋敷に案内しますので着いてきてください」

 

 目新しい物ばかりで視線が右往左往する僕にリーザさんが微笑みながら、先導して街で1番大きな建物の方へ歩き始めた。置いていかれるわけにはいかないので慌てて追いかけると、僕に気がついた街の人たちが挨拶をしてくれる。1つ1つ返しながら小走りでリーザさんの後を着いていくと、程なくして屋敷の前に辿り着いた。

 

「ただいま戻りました」

 

「あ、リーザ姉さんお帰りなさい」

 

 両開きの扉を潜ると、中には桃色の髪をした少女が椅子に座りながら本を読んでいるのが目に入る。その少女は僕たちに気がつくと本を机の上に置き、立ち上がってこちらの方までやって来た。リーザさんのことを姉さんと呼んでいるが姉妹なのだろうか。

 

「カンリリカ、町長様は今どちらに?」

 

「おじいちゃんは今は少し外に出てますが……そちらのお方は?」

 

「こちらはアドル=クリスティンさん。エステリアからいらっしゃったのよ」

 

「エステリアってあの『悪魔の塔』の!?」

 

 リーザさんによる僕の紹介を聞いて桃色の髪の少女──カンリリカさんはその顔を驚愕の色に染めた。

 

「最近訪れた旅行者が解放したって、エルディール様が言ってましたけど……もしかして……?」

 

「ふふ、確か会いたがっていましたよね?」

 

 投げかけられるリーザさんの言葉でカンリリカさんが俄かに慌てる素振りを見せ始める。まあ、本人の目の前でそういうことをばらされたら焦りもするか。

 

「べ、別にそんなこと……! だ、だいたい、わたしはエルディール様が勇者とか言うから、もっと長身のたくましい人だって……」

 

 慌てた様子のカンリリカさんの口から綴られる言葉に内心ダメージを受けるが、僕の背が低いことは自他ともに認める純然たる事実であるので、とりあえずそれに関しては受け流しておく。

 

「それに、まさかわたしと同い年ぐらいの人が未曽有の危機を救っただなんて……」

 

「あはは……成長が遅いだけで、僕はもう18歳ですよ」

 

「えっ!?」

 

「リーザ姉さんよりも歳上!?」

 

 続くカンリリカさんの言葉に、これだけは真実を伝えたかったとばかりに口を開くと、カンリリカさんだけでなくリーザさんからも驚愕の声が上がる。知らされていなかったのか……。

 

「わ、若作りの天才……?」

 

「羨ましい……!」

 

 純粋に体質の問題である。

 

「え、えっと……?」

 

「ご、ごめんなさい、つい取り乱してしまいましたわ」

 

 空気が止まったことに困惑していると、固まっていたリーザさんが硬直状態から回復して1つ咳払いをする。それと同時にどこからか鐘の音が響いてきた。ここに来る途中に見かけた教会のものだろうか。

 

「あら、もうこんな時間に……申し訳ありませんアドルさん。私は今からエルディール様に、アドルさんが後日会っていただくことになるお方の所に報告に行かねばなりません」

 

 鐘の音を聞いたリーザさんが僕の方に向き直ってそう言葉にする。

 

「私はしばらく戻りませんので先に幾つか説明させていただきますが、アドルさんはこの屋敷で寝泊りをしてください。基本的に滞在中はハイランドから出なければ何をして過ごしていただいても構いませんが……」

 

「どうかしましたか?」

 

 リーザさんが不自然に言葉を切って視線を泳がせるのを僕は訝しむと、彼女は少し言いにくそうにその言葉の続きを綴った。

 

「その、ここハイランドでは外からの情報は集まるのですが、実際に出かけることはほとんどできないんです。ですので、よかったらカンリリカに色々と話を聞かせてあげてはくれませんか?」

 

「リーザ姉さん……」

 

 なるほど、リーザさんが言いにくそうにしていたのは街での僕の自由を縛ることになるのを憂慮してくれていたわけだ。しかし、そういう風に言われてはこちらとしてもその期待に応えてみせようと思うわけで。

 

「はい、構いませんよ。読書も好きみたいですし、よろしければ外の世界の書籍もお見せしますが」

 

「本当ですか!?」

 

 快諾する僕の言葉を聞いてカンリリカさんの瞳の輝きが増したような気がする。尻尾が生えていたら左右に激しく揺れていそうだ。

 

「ふふ、ありがとうございますアドルさん」

 

 それでは後はよろしくお願いしますね、と恭しくお辞儀をしてから、リーザさんは屋敷の外へと歩いていった。それをしっかり見届けてからカンリリカさんの方へ視線を戻すと、彼女はもう待ちきれないといった様子で僕の言葉を待っていた。

 

「あはは、どこにも逃げませんから安心してください」

 

「む、あ、あんまり子ども扱いしないでください」

 

 宥めるような僕の言葉にカンリリカさんは仄かに頬を染めてそっぽ向いてしまった。自分でも子供っぽかったと分かっているが故のささやかな反抗であろう。

 

「では、何から話しましょうか……」

 

「あっ、その前にもうお昼時ですし何か食べに行きませんか?」

 

 そう言われると少しお腹が減っているような気がしてくる。ああ、さっきの鐘は正午を知らせる鐘だったのか。

 

「そうしましょうか。案内はお願いできますか?」

 

「はい! 着いてきてください!」

 

 パタパタとカンリリカさんが屋敷の外へと出ていくのを、僕は微笑ましいものを見る目で眺めながらその後を追う。ハイランド滞在は退屈することはなさそうだ。




 全然関係無い話なんですけど、メモリアルブックのVIIIの所に載ってる没キャラのロムン帝国の刺客ちゃんがめちゃんこ可愛かったです。


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H.セルセタの白き翼

 朝から良質なアドフィー漫画を読んだので今日は気分がいい有翼人です。


Main Character:アドル=クリスティン

Location:叡智の街ハイランド

 

 

 

「それでそれで、女神様にプロポーズした後はどうなったのですか!?」

 

「ふふふ、それはですね​────」

 

 ハイランドに来てからカンリリカさんに来る日も来る日も外での話をせがまれる日々を送り、日替わりメニューのように自分が外で経験してきた色々なことを話しているうちに、カンリリカさんにすっかり懐かれてしまった。

今は店で居合わせたハイランドの人たちと会食することになり、その食後の質問攻めの中で僕が既婚者であるということが判明したことで、カンリリカさんを筆頭とした人たちに要求されて僕とフィーナさんとの馴れ初めについて話しているところだ。

 やはりというか、どこの世界でも共通のようで、女性は他人の色恋の話が好きな生き物らしく、滞在中で最も盛り上がる時間となっている。カンリリカさんもその例に外れていないようで、ふんふんと興奮気味に僕の話に食いついてきているようだ。そういう類の話に耳敏いお年頃なのだろう。

 

 

 

 

 

「あら、こちらにいらっしゃいましたか」

 

 話が終わり皆が余韻に浸っていると、店の入口が開いてリーザさんがひょっこりと顔を出してくるのが見えた。

 

「アドルさん、そろそろ出発しますので準備の方をよろしくお願いします」

 

「いつでも行けるので大丈夫ですよ」

 

 リーザさんの呼び声に立ち上がりながら答え、出口の方へと足を運ぶ。今日は例の有翼人であるエルディールという人の所に行く日なのだ。

 

「行ってらっしゃいリーザ姉さん、アドルさん」

 

 カンリリカさんの言葉に手を軽く振ってから外に出ると、ソルが既に独特な形をした翼を広げて待機をしていた。飛び立つ準備は万端のようである。

 

「では行きましょうかアドルさん」

 

「はい、お願いしますね」

 

 

 

Location:導きの塔

 

 

 

「それではアドルさん、しばらくこちらでお待ちください。準備が整い次第改めて声を掛けますので、それまでは部屋の中を自由にご覧になっても構いませんわ」

 

 リーザさんの言葉に頷きで返し、部屋が散らかった様子を一瞥して小さくぼやく彼女を視線で見送ってから、改めてこの大きな部屋に視線を移す。

 雷雨の聖域と呼ばれる場所をソルに乗って抜けてハイランドの北の方に見えていた塔の最上階で降ろしてもらって、僕は図書館のような造りになった部屋まで案内されていた。数えるのも億劫なほどの分厚い本が壁と一体になった本棚の中にぎっしりと詰められており、他にもとっ散らかった机の上には何かの図面や研究資料のような物が見受けられる。

 ざっと部屋を見渡してから、入ってからずっと気になっていた部屋の中心に設置された巨大な地球儀のような物へと目を向ける。球体の表面にはエウロペやアフロカ、オリエッタの地図だけでなく、まだこの世界のこの時代では明らかになっていない、前世で言うアメリカ大陸や日本列島のような地形も描かれていた。

 他の資料などもよく見てみると、見たことのない軍船の設計図であったり、前世での日本語や中国語で書かれた語学書や研究書等が置かれていて、未来をも観測する神器の力の一端を見せつけられたような気分になる。

 

「アドルさん、お待たせしてしまい申し訳ありません。どうぞ、こちらのバルコニーまでいらしてください」

 

 無造作に置かれていた天体望遠鏡を手に取って観察していると、上階からリーザさんの呼び声が聞こえてきた。待たせるのも悪いので望遠鏡を元の位置に戻して2階のバルコニーへと進むと、そこには聖域の黒雲をバックにして2対の翼を背中から生やした男が僕のことを待ち構えていた。

 

「アドル=クリスティン君だね?」

 

 真っすぐにこちらを見据えて投げかけられるエルディールさんの問いに頷きで以って返すと、彼は僕に背中を向けて曇天の空を眺め始める。

 

「突然こんな場所に呼ばれて驚いたでしょう?」

 

 そう言いながら、エルディールさんは手にしていたまだこの世界には存在しないはずの飛行機の模型のような物を塔から外へとゆっくりと放り投げた。手から離れたミニチュアスケールの飛行機は真っすぐに塔から飛んでいき、それはその姿が見えなくなるまで地に落ちることはなかった。

 

「──人はいつか空を翔ることになる予定です。このように、自らが創り出した翼の力によってね」

 

 エルディールさんは僕の方を振り返り、口元に僅かに笑みを浮かべると、今度は空のその向こう側を見据えるようにして塔の外へその端正な顔を向ける。

 

「ですが、今はまだその時ではありません。扉は1つずつ開かれねばならない」

 

 遠く離れた所を見るような表情を止め、今度はエルディールさんが身体ごと僕の方へと向き直ってきた。

 

「さて、まずは自己紹介をしましょう。私の名前はエルディール。一応、この世界に調和をもたらしてきた者です」

 

 温和な笑みを浮かべながらあくまで謙虚に、セルセタの地に翼を降ろした神の名が彼自身の口から語られた。

 

 

 

 

 

「リーザ、失礼しますよ」

 

 エルディールさんとともに1階の研究室のような所まで戻ると、リーザさんが机の上に散らかっていた物と独り奮闘していた。

 

「じー……」

 

「や、散らかしてごめんなさい」

 

 口から発せられる擬音付きのジト目でリーザさんに睨まれ、エルディールさんはバツが悪そうな顔で両手を肩の高さまで上げて謝罪の言葉を零す。

 

「……後ほど、また片づけますわ。ここでお話されるようでしたら、私は一旦下がりますね」

 

「いつも、ありがとうございます」

 

 深くため息を吐くリーザさんの様子と2人の言葉から察するに、どうやらエルディールさんの散らかしっぷりはいつものことらしい。レア義姉さんといい、エルディールさんといい、有翼人は片付けが苦手な人が多いのだろうか。

 リーザさんが部屋の入口のあたりまで下がったのを見て、エルディールさんは僕の方へと視線を移してくる。話が始まるらしい。

 

「さて、アドル君。ここにある書物や図面……これらは全て将来発明される予定のものなんだ」

 

「やはりそうでしたか」

 

 この時代よりも遥かに進んだ文明である前世を生きてきた経験から想定していたことだが、改めてそう口にされると驚きは大きい。

 

「おや、気づいてましたか」

 

「少し事情がありまして」

 

 僕の言葉に驚いてみせるエルディールさんに少しぼかした表現でそう伝えると、彼は少しだけ神妙な顔つきへと変わった。

 

「これから人に渡すあらゆる分野の知恵のはずなんですが……ふむ、私は少し君自身に興味が出てきました」

 

 そう言いながら、本当に興味深そうな表情でエルディールさんが髪色と同じ銀の瞳でぼくの双眸を見つめてくる。

 

「私はここの知恵を人に与えることで、何百年もの間人の歴史の調和を計ってきました。アドル君、その知恵を既に知っている君はいったい何者なのでしょう?」

 

 2つの銀閃が僕の身体を射抜く。吐くつもりはないが、この様子では恐らく嘘を言ってもバレてしまうだろう。

 

「最初に手紙をいただいた時にはここに来るつもりは無かったんです」

 

「ふむ、それは何故?」

 

 突然始まった僕の話に訝しみつつも、エルディールさんは続きを促してくる。

 

「手紙の内容にどうにも食指が動かなかったというのもありますが、結婚してからすぐだったので村から遠出する動機が薄かったというのが主な理由ですね」

 

「えっ!?」

 

 続く僕の言葉に後方で驚く声が上がった。振り返って見てみると入口付近に立っているリーザさんが口元を抑えているのが見える。

 

「も、申し訳ありません……!」

 

 突然の奇行に2つの視線が集中したせいで、リーザさんは顔を真っ赤にして頭を下げてきた。

 

「では、どうしてアドル君はそれを改めてここに来ようと?」

 

エルディールさんの助け舟で途切れた会話が再開させられる。

 

「妻から聞いたんです。有翼人がこのセルセタの地にいると」

 

「……もしや君は……君の奥さんは……?」

 

「はい、僕の妻は有翼人です。そして、僕自身も有翼人の血を継ぐ人の子です」

 

 宣言と同時に広げられる僕の翼を見て、静まり返った部屋に息を呑む音が響く。後ろのリーザさんの表情は見えないが、恐らく目の前のエルディールさんの顔と同様に、驚愕の色で染められていることだろう。

 

「神器の話については妻から聞いております。僕は自分の知る未来とあなたの知る未来の違いを確かめに来たんです」

 

「まぁ……!」

 

「これは驚いた……」

 

 少しだけ意地の悪い笑顔を浮かべてそう言うと、エルディールさんの心情がそのまま口から出てきたかのような言葉が漏れ、少し遅れて困ったようにその口元を歪めた。

 

「他人の空似と思っていましたが、あの子の子孫でしたか……。や、立派に育ってくれましたね」

 

 遠い過去を懐かしむように目を細め、エルディールさんが僕の頭を優しく撫でる。まるで親戚の子に久しぶりにあった世話焼き叔父さんのようだ。

 

「あ、あの……」

 

「おっと、これは失礼。昔を思い出してつい」

 

 柔らかい笑顔とともにゆっくりと僕の頭から手が離れていく。まさかこんな扱いをされるとは思ってなかった。

 

「ところで、君の正体は分かりましたが、結局のところ何故アドル君は未来のことを知っているんだい?」

 

 あの神器は2つとないはずだけど、と逸れた話題から軌道が修正される。

 

「産まれが特殊なせいか、1000年以上未来のこことは少し違う世界で生きた人の記憶が僕の中にあるんです。ここにあるものはその人の記憶の中にあるものと一致するものがたくさんあります」

 

 正確にはそれは同一人物なのだが、第1第2の人生で分けて考えるとすれば、あながち別人と言っても間違いではないだろう。一応嘘は言っていない。

 

「ふむ、あの子はそんなことはなかったですが……不思議なこともあるものですね……」

 

 僕の言葉を聞いて、エルディールさんは自身の顎に手をやって何事かを考え始めた。

 

「しかし、そうなると少し困ったことになりましたね。……アドル君はここエウロペを代表する西世界と海の向こうにある東世界とを繋ぐ東西航路は既に知っていますか?」

 

「はい、一応は」

 

 恐らくだが、教科書なんかにも載っている偉人が発見したアレのことだろう。すぐ側にある仮称地球儀にも描かれているこの世界でのアメリカ大陸へと渡る航路のことだ。

 

「ふむ、アドル君にはそれに関する知恵を授けて活躍して欲しかったのですが……。それに、アドル君が白い魔力を持っているとなると記憶についても……」

 

 深く、非常に深く眉間に皺を刻みながらエルディールさんは思考に没頭する。これはひょっとしなくても申し訳ないことをしてしまった。

 

「あの、白い魔力があると何か問題があるのでしょうか?」

 

 唸りながら口から漏れるエルディールさんの言葉の中から気になることが飛び出てきたのでそれについて疑問を投げかけると、エルディールさんは唸るのを止めてこちらに向き直った。

 

「ここハイランドには、存在を秘匿するためにある特殊な結界が張ってあるんです。簡単に言えば、ハイランドから出てしまうと、ここで見聞きしたことをすっぱりと忘れてしまうっていう魔法なんですけどね」

 

 確かにソルに運んでもらっている途中、具体的には始原の地に入るあたりで薄い魔力の膜のようなものを感じ取った様な気がする。来る時は触れても特に何事も無かったのでスルーしていたが、アレにはそういう効果があったらしい。しかし、そうなると1つ疑問が湧いてくるが……。

 

「ここでの記憶が残らないなら、知恵を授かっても忘れてしまうのではないですか?」

 

「いい質問ですね。確かに知恵、知識としては残りませんが、ここで与えたものはやがてその人の閃きへと変わるのです。とどのつまり、自分で考え出したこととして外の世界でその知恵を活用してもらうわけですね」

 

 エルディールさんの説明に曖昧ながらも僕は理解を示す。所謂天啓だとか神が降りてきたと表現されているものとして人に知恵を与えるということか。

 

「しかし、我々有翼人は魔法を扱う関係から人より魔法への抵抗力が強くてですね。人の身と混じっているとはいえ、恐らくアドル君にもその効果は出ないでしょう」

 

「つまり、僕にハイランドのことを話さないようにして欲しいと」

 

「はい、そうしてくれると助かります」

 

 にこりと笑みを浮かべながらエルディールさんは僕の言葉に頷くが、すぐにまた真剣な顔つきに戻り何事かを思案し始める。

 

「一応これで心配事はなくなりましたが……アドル君には悪いことをしてしまったかもしれませんね。これでは遊びに来てもらっただけと変わりません」

 

 新婚ホヤホヤだというのに本当に悪いことをしてしまいました、とエルディールさんが眉を下げて申し訳なさそうな顔を見せてくる。こちらとしては自分の意思でこの話を受けたのでそこまで気にしてもらわなくても構わないのだが。

 

「……そうだアドル君、君はエメラスを知っていますか?」

 

「? はい、確か有翼人が創り出す魔法ガラスでしたよね?」

 

 突然転換した話題に対して、記憶に朧気に残る女神の王宮での会話を思い出しながら僕はそう口にする。レア義姉さんがそのようなことを言っていたはずだ。

 

「その通りです。正確には私たちの故郷であるアトラス大陸特有の土を材料にして産み出すことができる物質のことを指します」

 

 アトラス大陸……前世では古代に存在したと言われる伝説の大陸を指す言葉だったような──いや、あれはアトランティスだったか。

 

「君にはそのエメラスの作り方を教えます。エメラスはアトラス大陸でしか作れませんが、精製法自体は他の物にも流用は可能ですからね。」

 

 ちょうど君の腰にある剣のようにね、とエルディールさんの視線がクレリアの剣へと向かう。黒真珠を封印する以前とは違って、魔力を自分で供給しなければただの銀と変わりがないクレリアだが、見る人が見れば魔力を纏っていない状態でもこれが何であるか看破できるようだ。年の功といったところか。

 

「覚えていればきっと役に立つ時が来ると思いますが、どうしますか?」

 

「是非、お願いします」

 

 エルディールさんの申し出に僕は迷わずそれを快諾する。フィーナさんや義姉さんに教わるのもいいが、折角ならここで覚えていって驚かせてみるのも悪くない。

 

「やる気は十分のようで結構。リーザ、恐らく今日中には終われませんので、今日のところはもうハイランドに戻ってもらっても大丈夫ですよ」

 

 僕に1度笑いかけてから、エルディールさんはリーザさんに本日の仕事の終わりを告げた。昼過ぎで終われるとは実にホワイトな職場である。

 

「分かりました。では私はもう少しここを片付けてから戻らせていただきますね」

 

 少し言葉に棘を含ませて、リーザさんはエルディールさんに実にいい笑顔を見せる。何度言っても散らかしてしまう彼に灸を据えているようにも見えてきた。

 

「……バルコニーに戻りましょうか」

 

 バツの悪そうな笑顔を浮かべて、エルディールさんはさっさと2階のバルコニーへと戻っていってしまった。それに対して小さくため息を吐くリーザさんを見て、多分これは改善されることはなさそうだと心の中で独り言ちた。




 流石にR-18版の方に1話あたりの最多文字数で負けたままなのはいかんでしょ、ということで今回はだいぶ長めです。


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I.覚醒する黒き翼

 エメラス周りの設定は資料にも表記のブレがあって解読するのに頭を捻ることが多いですね。


Main Character:アドル=クリスティン

Location:導きの塔

 

 

 

「アドル君、少しよろしいでしょうか?」

 

 あれから数日の間、僕はエルディールさんにエメラスの精製法を教えてもらいながら塔で生活を送ることで時を過ごしていた。魔力の有無が重要なだけで技術的な面ではさほど難しいことは要求されなかったので、何とか滞りなく土を魔法的物質に作り変えるぐらいはできるようになって、この前エルディールさんに太鼓判を押してもらったところだ。

 そんな日々を過ごしているある時、エルディールさんが何やら神妙な面持ちで僕をバルコニーへと誘う声を発する。たまに考え事をしていることがあったが、それに関することだろうか。

 

「昨日の内に教えられることは全て教えてしまいましたので、もうアドル君とはお別れになりますね」

 

 寂しくなります、と塔の外に身体を向けてエルディールさんは口にする。

 

「──アドル君、実は君にお願いしたいことがあるのです」

 

 しばらく僕とエルディールさんとの間に沈黙が流れてから、彼は普段の優しい雰囲気を感じさせない重い口調で僕にそう語りかけてきた。

 

「僕にできることであれば構いませんが……」

 

「君ならそう言ってくれると思いました」

 

 優しい子ですからね、と言いながら、エルディールさんは自身の懐から何かを取り出す。すっと差し出すように僕に向けられたそれは変わった意匠をした金色の仮面だった。それは顔の上半分を覆い隠す小さい物だったが、その仮面が内包する魔力はとてつもなく巨大だ。見ているだけでビリビリとした気配が伝わってくるが、これはもしや……。

 

「これは『太陽の仮面』です。ご存知の通り神器の1つなんですが、来たるべき時までこれを君に預かっていて欲しいんだ」

 

「それは……よろしいので?」

 

「はい」

 

 そんな貴重な物を、預かるだけとはいえ軽々しく渡していい物かと尋ねるが、エルディールさんは一瞬の躊躇いもなく頷いてみせた。

 

「お願いできますか?」

 

「……はい、分かりました」

 

 納得できない部分もあるにはあるが、突然こんなことをするのにもきっと事情があるのだろう。そう思って口を開こうとしたとき、突然エルディールさんの様子が急変する。

 

「ぐっ……!!」

 

「エルディールさん!?」

 

 膝をついて苦しみだしたエルディールさんに駆け寄ろうとすると、彼は胸元を片手で押さえながらも手にした仮面を僕の方へ差し出してきた。

 

「仮面を持って今すぐここから離れなさい!!」

 

 何かを焦るように、ただならぬ気配を漂わせながらエルディールさんはそう叫ぶ。若干気圧されつつも仮面を受け取ろうとしたその時、何処からともなくバルコニーに黒い羽が舞い散った。

 それを見て全身の毛が逆立つ悪寒を感じて咄嗟に仮面をエルディールさんの手から弾き飛ばすのと同時に、禍々しい力の奔流が僕の身体に襲い掛かった。

 

「がふッ……!」

 

 背中から勢いよく壁に叩き付けれられ、肺から強制的に空気が吐き出される。咳き込みながら立ち上がりエルディールさんの方に視線を戻すと、そこには優しかった白い翼の彼はおらず、代わりに髪も翼も漆黒に染まり、まるで地を這う虫を見るかのような視線でこちらを見据えるエルディールさんにそっくりの何かが立っていた。

 

「フン、半端者風情にあれを預けようとするとは、無駄な足掻きをする……。貴様はそこで黙って見ていろ」

 

 いつもより低い声で黒いエルディールさんの口から言葉が紡がれる。しかし、空へと視線を向けて放たれるそれは僕に向けられたものではないように思われる。

 

「仮面を落としたか……まあいい、アレはお前を殺してからゆっくり回収するとしよう」

 

「!!」

 

 僕の方に向き直って片手をゆっくりと翳すエルディールさんの姿を見るのと同時に、僕は弾かれるように塔の外へと跳び出し、その直後、彼の手から放たれた雷撃がバルコニーを轟音を立てて破壊した。

 

 

 

Location:聖域の参道

 

 

 

「ぐうっ!?」

 

「ははは! 動きが鈍ってきたのではないか?」

 

 太陽の仮面を今のエルディールさんの手に渡すわけにはいかないと判断し、落ちた仮面を回収してから雷雨の聖域を飛翔魔法の最大速度で抜けたまではよかったが、当然仮面と僕の命を狙う黒いエルディールさんは追いかけてくるわけで、何とか後方から襲い来る雷撃を避けつつ逃げていたが、迫りくるプレッシャーと徐々に溜まっていく疲労のせいで動きが鈍くなったところを彼の放った雷に僕の翼を撃ち抜かれてバランスを失い岩肌に落下する。派手に岩場に溜まる水を被りつつ立ち上がると、黒い翼をはためかせながらエルディールさんが僕の目の前まで高度を下げてきた。

 

「大人しく仮面を渡せ。そうすれば命だけは助けてやろう」

 

 降伏勧告とともにエルディールさんが僕の手にある仮面をよこすように言ってくるが、それを素直に聞くわけにはいかない。しかし、力の差を考えるとこのままでは命と仮面を奪われてしまうのも明白である。逃げの一手を打ちたいところであるが……。

 

「フン、あくまで渡さぬか。ならばその命を貰い受けるとしよう」

 

 そう言いながら放たれる雷撃に向けて、異空間から取り出したファイアーの杖に全開の魔力を込めて振るうと、中心で衝突したそれは強烈な爆発を起こして互いの魔力を食らい合って消滅する。まだ余裕がありそうなエルディールさんに対して全力でこれである以上、やはり勝ちの目は相当薄いようだ。

 

(……死ぬほど痛いでしょうがやるしかありませんね)

 

「半端者がいくら足掻こうと無駄だ」

 

 限界以上の魔力を流して大上段に杖を構えるのを見てエルディールさんが嘲笑する。そして止めを刺そうと雷撃を放つ直前に、僕は魔法の杖を勢いよく足元に振り下ろした。

 杖が接地するのと同時に、宝玉に込められた許容量以上の魔力が魔炎となって顕現し、それは激しい爆発を引き起こして岩盤をも派手に吹き飛ばす。当然爆心地にいる僕が無事で済むはずがないが、僕はこの爆裂を利用して超高速でその場から吹き飛んで離脱し、眼下にあった大河に落下して急流に飲み込まれた。痛みを通り越して感覚すら吹き飛ばして何も感じなくなる自爆戦術だが、あの爆発に巻き込まれたのであれば恐らくエルディールさんもしばらく追ってはこれまい。少しだけ勝ったような気分になったが、極限状態の身体では意識を保つことすらできず、僕はそのまま闇の中へと溶けていった。




 何を今更という感じではありますが、一人称視点で書き始めたのは間違いだったかなと思い始める有翼人です。


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J.謎の男

 エルディール様は原作ではどうか知りませんが、今作では設定上シリーズ通して最強格のお人です。IIラスト時ならともかく、現時点において1人ではどう足掻いても勝てません。

 濡れ書生さん、ナゾノ・ヒデヨシさん、評価ありがとうございます!


Main Character:アドル=クリスティン

Location:獣宴の平原

 

 

 

「うっ……?」

 

 沈んでいた意識がゆっくりと浮上し、自分の身体が定期的に揺れていることに気づくと、次いで誰かが僕のことを背負って移動していることに気が付いた。恐らく大河沿いの何処かに流れ着いた僕を見つけてくれたのだろう。未だに身体の感覚はないがとにかく助かったようだと、ぼんやりとする頭で思考する。

 

「お、気が付いたみたいだな」

 

 動くこともままならないのでとりあえず大人しく運ばれておこうかと考えていると、先ほど僕が発した呻き声が聞こえたのか、僕を運んでいた銀髪の偉丈夫が語り掛けてきた。

 

「す、いま、せん……一度、降ろしては、くれませ、んか……?」

 

「おいおい、そんな傷で何言ってんだ。一先ずキャスナンの病院まで連れてってやるからそれまで大人しくしとけ」

 

「それには、及び、ません……治す、手立てが、既に、ここにあり、ますから……」

 

 重傷を負った僕の無茶な願いを男は一蹴するが、続く僕の言葉に一瞬訝しんだものの、一度大きくため息を吐いてから、手頃な木陰で僕を降ろしてくれた。

 上手く動かない腕を腰のポーチに突っ込み、中を漁るふりをして異空間へと接続する。目の前の人に恩があるのは事実だが、だからと言って無暗に魔法の力を晒すべきではないと判断したからだ。

 じくじくと感じ始めた痛みに耐えつつ目的の物を取り出すと、僕はその瓶の蓋を開けてから半分ほどを一気に飲み干して、残りを勢いよく頭から被った。

 ボロボロになった身体を以前フレア先生に貰ったセルセタの秘薬がみるみるうちに治療していく。これがあったのであの自爆特攻紛いの戦術を取れたわけだ。しかし、あらゆる傷を治すと聞いてはいたが、実際にその効能を身を以て経験するとその凄まじさたるや、あっという間に多少の火傷跡を残しつつも、僕の身体は黒いエルディールさんに襲われる前の状態とほぼ同等のレベルまで回復した。

 

「それは……セルセタの花で作った薬か?」

 

「ええ、たまたま知り合いの医師が調合した物を持っていまして」

 

「なるほど……しかし、あの爆発の中でよく瓶が無事だったな。運が良いのか悪いのか……」

 

 ふむ、随分とこの薬に詳しいようだが、帰還者の人だろうか。ロムンには薬の材料として幾らか流通していたようだがもしかしてこの人が持ち帰って────────

 

「今何と?」

 

「やっべ……!」

 

 男が己の失態に気づいて慌てて口をふさぐが、流石に今のを聞き逃すほど間抜けではない。どうやらこの男は始原の地での出来事を見ていたようだ。

 

「待て待て待て! 俺は敵じゃねえっての!」

 

 思わず鋭い視線を浴びせると、男は慌てふためきながら敵意がないことを示してくる。僕を助けようとしていた以上その言葉に嘘はないのだろうが、ハイランドの街では1度も見たことがないこの男、その正体は暴かなくてはなるまい。

 

「……わぁったよ、知ってる事は全部話す。だからその疑いの目を向けるのは止めてくれ」

 

 しばらく睨み合いが続くと、やがて男は観念したかのように両手を肩の高さまで上げてそう口にした。

 

「俺の名はデュレン。アドル=クリスティン、一先ずキャスナンまで戻ろう。話はそれからだ」

 

 大きく肩を竦めて男──デュレンさんは自身の名を名乗り、そう僕へと提案する。こちらとしてもそれを断る理由はないので首肯で以て肯定の意を示すと、どちらからともなく僕たちは立ち上がり、キャスナンの方へと移動を始めた。

 

 

 

Location:辺境都市キャスナン

 

 

 

「さて、と……まずは何から聞きたい?」

 

 酒場の隅の方でドカッと椅子に座ったデュレンさんが僕にそう投げかけてくる。ふむ、聞きたいことは山ほどあるが……。

 

「では、まずあなたのことを」

 

「まあ、そうなるよな」

 

 最初に何を聞かれていたか予想していたようで、デュレンさんは1度頷いてから自身の正体について話し始めた。

 

「俺たちは始原の地の奥にあるダナンっていう集落に住む人間で、今回はアドル、お前さんを監視するためにハイランドの方まで出張ってたんだ」

 

「監視……いったい何のために?」

 

 想定していたよりも物騒な単語がデュレンさんの口から飛び出してきた。見張られるようなことをした覚えはないが、何が原因だろうか。

 

「あぁ、正確に言うと、最近様子がおかしかったエルディール様が招致した人間だからってのが理由だがな」

 

 心当たりがあるだろう? と聞かれて、脳裏に黒い翼のエルディールさんが思い浮かぶ。

 

「つまり、エルディールさんがああなった理由を知っているので?」

 

「いや、理由はすまないが分からん。が、ああなったエルディール様が何を引き起こすかは知っている」

 

 返ってきた言葉に少し肩を透かされた気分になったが、続くデュレンさんの言葉に気を引き締める。

 

「セルセタ王国は知っているか?」

 

「?? はい、800年ほど前に滅びた国ですよね」

 

 突然の話題転換に疑問符が頭に浮かぶが、背中に張り付いた嫌な予感はずっと蠢いたままで、やがて僕の頭の中で2つの話が点と点で繋がった。

 

「知ってるなら話は早い。そのセルセタ王国が滅びる原因となったのがあの黒いエルディール様で、その災いが800年ぶりに再びセルセタの地に甦ろうとしているってわけだ」

 

 直前で頭の中で出来上がった仮説とデュレンさんの口から語られる話が寸分の狂いもなく合致する。やはりあれはそういう類のものであったか。

 ふと、ここで太陽の仮面のことを思い出して荷物を探ってみたが、どこにも仮面は見当たらなかった。あれは何故か異空間の干渉を受け付けないので仕方なくポーチに入れたままにしておいたのだがと思ったところで、全身に悪寒が走った。

 

「デュレンさん、僕が流れ着いた場所に黄金の仮面がありませんでしたか?」

 

「黄金の……? ってことは太陽の仮面か? いや、あれは始原の地にいる俺の仲間が回収したはずだ」

 

 まだセルセタの地に異変が起きてない以上上手くいっているはずだが、というデュレンさんの言葉にほっと胸を撫でおろす。ここにあるのが一番良かったのだが、それでもあれがエルディールさんの手に渡っていないだけでもよしとしよう。

 

「まあとりあえずだ、まだ黒いエルディール様が目覚めたばかりで不安定な今のうちに事を収めないと手遅れになっちまう。そこでだアドル、本来部外者であるお前さんには悪いが、協力してくれないか?」

 

 頼む、と言って頭を下げてくるデュレンさんを見て僕は少しだけ思考する。前にもあったような話だが、このままこの一連の出来事を放置して帰ってしまうと、少なくともこのセルセタの樹海に何かしらの災厄が降りかかることになるだろう。そうなると、樹海にあるコモドやハイランドで仲良くなった人たちの身に不幸が訪れるわけで……。

 

「分かりました、一緒に行きましょう」

 

「……すまねぇ」

 

 そこまで思考が行きついて、それを見捨てるという選択だけは取れなかった。旅行が長くなってフィーナさんに怒られるだろうが……うむ、帰ったら目いっぱい構い倒そう。

 

「なら出発は明日からだ。まだ身体に疲労が残っているだろうが、あまり悠長に時を過ごしている余裕はない。悪いが1日で体調を整えてもらうぞ」

 

「はい、こう見えて丈夫なのが取り柄なので大丈……」

 

「大変だぁぁぁあ!!!」

 

 デュレンさんの言葉に承諾の意を返そうとしたその時、酒場に飛び込んできた男の声で場は不穏な空気に包まれる。まだ休めなさそうだと、静かに内心で独り言ちた。




 とりあえずネタ出しのために思いついた作品を1話だけ別名義で投稿(匿名投稿で書くことによって、まるで複数の人間が自分の需要を満たす作品を書いているかのように錯覚させる高等技術)したんですけど、この前文字数がどうこうの話をしたばかりなのに、そっちの文字数が1話8000文字越えしちゃって、やっぱり18禁の方が才能輝いてんじゃねぇかって1人で笑っていた有翼人です。
 ところで連載3本って滅茶苦茶キツイデスネ。今作がメインで他2作はほどほどに執筆していくつもりではありますが、そろそろ学校が始まるので前々から言っていた通り投稿ペースは落ちていくと思います。


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K.鉱山の魔物

 某柑橘系ソフトのエロゲやってたり、英雄伝説に浮気してたりしたらもうこんなに時が経っていました。

 キリ_さん、むつきさん、keraさん、ゴレムさん、評価ありがとうございます!


Main Character:アドル=クリスティン

Location:辺境都市キャスナン

 

 

 

 客も疎らで閑古鳥が鳴いていた酒場が瞬く間に喧騒に染められていく。ゴールドラッシュで沸き立つ最中、最も重要になる坑道から魔物が現れたせいだ。何でも、古代の遺跡に行き着き、そこから眠っていた魔物が目を覚まして活動を再開させたらしい。

 その騒ぎを耳に入れたアドルは、考える間もなく酒場から飛び出して件の坑道へと駆けつけるべく足を動かした。同席していたデュレンは慌てて呼び止めようとするが、聞く耳を持たずにあっという間に出ていってしまったアドルを見て、一つ大きく溜息を吐きつつもすぐに彼を追いかける。

 

 野次馬を辿るようにして坑道前まで辿り着くと、そこには頭や腕から血を流し、ロムンの衛生兵から治療を受ける大勢の鉱夫たちの姿があった。幸い命に別状のある者はいないが、坑道内に残された人がいるらしく、予断は許さない状況のようだ。

 

「あまり状況は良くないみたいですね」

「みたいだな」

 

 そう言いながらアドルとデュレンが見るのは、ロムン兵に縋り付きながら懇願する鉱夫と、それを渋い顔で応対するロムン兵の姿だ。彼らの長がまだ坑道の最奥に取り残されているらしく、それを助けて欲しいということなのだが、タイミング悪く、ただでさえ少ない本国から来た兵が今は遠征で出払っているようで、ここにいるロムン兵は皆キャスナンで徴兵された練度の低い兵士なので、魔獣ならいざ知らず、魔物を相手にするとなると無駄な犠牲を生むだけになりかねないとのことらしい。

 

「デュレンさん、僕は坑道に入って救助に行きますがどうします?」

「どうしますってお前さん、さっきまでボロボロだったのに首突っ込むってのか?」

 

 度を越えたお人好し発言を放つアドルに向かって、デュレンは思わず目を剥いて言葉を返すが、それに対してアドルの意思は固そうだった。真っすぐに揺らぐことのない彼の瞳の輝きがそれを如実に示している。

 

「……止めたって行くって顔してるな?」

「はい」

「はぁぁぁぁ……わぁったよ。しかし、俺も着いて行くからな。怪我でもされて倒れられたんじゃたまったもんじゃない」

 

 デュレンは肩を竦めてそう言ってみせるが、人命を見捨てること自体は彼自身も忌避していることだ。今は優先するべきことがあるのでこのような態度を取っているが、心の奥底ではこっそりと安堵の息を吐いていた。尤も、目の前にいる赤毛の男にはそれを察されているのだが。

 

「では行きましょう」

「おうよ」

 

 そうして、誰もが手をこまねいている中、アドルとデュレンは迷わず魔物が蔓延る坑道へと飛び込んでいった。

 

 

 

Location:キャスニア鉱山

 

 

 

 ランプの明かりで照らされる仄暗い坑道を二人は進んで行く。道中何度も魔物と遭遇することになったが、エステリアとイースを平定するために死地を潜ったアドルはもちろんのこと、立派に鍛え上げられた肉体を持つデュレンも復活したばかりの魔物相手に後れを取るようなことはなかった。

 

「流石にこれだけ魔物がいたら鉱山長たちも奥から動いてないみたいですね」

「賢明な判断だろうよ。こっちとしても下手に動かれるよりかはいいしな」

 

 要救助者を探しながら奥へ奥へと進み続け、残りは最奥部のみとなった状況で、その最奥部へと続くであろう道の前で一度休憩すべくアドルとデュレンは足を止める。道中の小物たちならいざ知らず、奥から強大な気配を漂わせている魔物相手には万全な状態で挑むべきだと判断したからだ。

 

「デュレンさん、準備は良いですか?」

「おう、というか俺としてはアドルの方が心配なんだがな」

「それならこの通り」

 

 決戦前なので緊張感は保ったまま、アドルは心配するデュレンに対して少しだけ大げさに動いておどけてみせる。何やってんだかと、わざとらしい溜息をデュレンは吐くが、これで彼の中の懸念は無くなった。

 こうして、お互いに準備万端であることを確認すると、二人はどちらともなく鉱山奥の遺跡へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

「こいつはまた……随分とデカいこって」

「言ってる場合じゃないですよ。来ます!」

 

 明かりもないのに照らされる不思議な通路を抜け、広間のような空間に抜けた時、それは二人の目に入った。

 三角形の頂点となるように配置された小さな三つ目で侵入者である二人を見つめてくる巨大な魔獣の名はアルドヴォス。青白い甲殻と鉱石でその身を覆っており、その身に刃を通すのは至難の業だろう。また、全体的に丸みを帯びたフォルムをしているのと、鞭のようにしなった動きをする腕をしているせいで、甲殻の隙間を縫って切断するということも難しそうだ。

 しかし、防御面では優秀であるが、それがアルドヴォスの身体を鈍重にしており、発達した上半身に比べて、甲殻に覆われているとはいえ下半身は貧弱そのものなので、速さで攪乱すれば勝機を見出すのは難しいことではないかもしれない。

 

「ヴォオォォォォォォォ!!!」

 

 眠りに就いていた所を無理矢理起こされたせいで機嫌の悪いアルドヴォスは、地の底に響くような咆哮を上げながら自身の屈強な腕を何度も何度も叩き付け、その度に地は揺るぎ、抉れていく。

 そして、アルドヴォスの鉱石のような瞳とアドルとデュレンの瞳が交差した時、決戦の幕は上がった。




 後章-赤毛の軌跡-で割と普通にネタバレしていくスタイル。あ、別作品になってますので、そちらの方もよろしくお願いします(露骨な宣伝)。


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L.目覚めし鎧獣アルドヴォス

 デュレンさんの性格は若干旧盤混じってそうだなって感じになってますね。




Main Character:アドル=クリスティン

Location:キャスニア鉱山 最奥部

 

 

 

 

 

 フロア中央にアルドヴォスの怪腕が叩きつけられ、礫が四方へ高速で飛散する。何もせずに受ければ一発一発が重い一撃となり得るが、流石にそれを容認するほど二人はやわではなかった。

 アドルは翼を広げて攻撃範囲外である上方へ飛翔し、デュレンは己の全身に魔力を纏わせて礫の雨をやり過ごす。魔力を使いこなすデュレンの姿を見てアドルは驚愕するが、戦闘中であると気を持ち直して、その疑問を今は頭の隅へと追いやる。

 

「ふんっ!」

 

 散弾の如き土塊を受けきり、デュレンは腕を振り下ろして隙を晒すアルドヴォスへと突撃し、魔力を纏わせた鉄製の手甲を厚い甲殻が覆う魔物の腕へと叩きつけるが​────

 

「〜〜〜〜っ!」

 

 激しく金属同士がぶつかる様な音が鳴り響き、頑丈な鎧のようなそれは逆に攻撃してきたデュレンへと衝撃を弾き返してきた。思わぬ反撃に彼は顔を顰めて一歩下がり、アルドヴォスはそれを腕を振り上げて追い縋る。

 

「デュレンさん下がって!」

「っ! おう!」

 

 が、アルドヴォスと対峙しているのはデュレン一人ではない。先制攻撃を受けて魔物の視界から逃れるように飛び上がっていたアドルがデュレンへと指示を飛ばしながら、異空間から取り出したファイアーの杖からアルドヴォスの腕に向けて火球を飛ばすと、デュレンを薙ぎ払わんと振るわれていた腕にそれが着弾するのと同時に爆発し、再び魔物の腕を地面に縫い付けた。

 

「すまん助かった!」

「いえ、それよりも腕には打撃も通りそうにないですか?」

「あぁ、ありゃあちっと硬すぎるな。ほれ、お前さんの魔法でも無傷みたいだぜ」

 

 そう言いながらデュレンは爆煙が晴れたアルドヴォスの方へと顎をしゃくり、アドルの視線をそちらへと促す。アドルはそれに倣って自分が魔法を放った腕へと視線を向けると、そこには煤を被っただけで、傷一つついていない魔物の剛腕があった。

 

「見た目通り……いえ、見た目以上に頑丈なようですね」

「まったく、骨が折れるどころの話じゃないな」

「やはり比較的弱そうな胴体を狙うしかなさそうですが、デュレンさんに任せても?」

「しゃあねぇな、適材適所ってやつだ。代わりに援護は頼んだぜアドル!」

 

 思わぬ甲殻の堅牢さにアドルは奧噛みするが、瞬時に頭を切り替えて攻撃の通りそうな部位を探りそれを見つける。それはデュレンも同様だったようで、目線を鋭くして自身が飛び込むべきアルドヴォスの懐を見据える。

 そして、言い終わるが早いか、デュレンは真っすぐに魔物へと跳び出した。当然アルドヴォスもそれを傍観するだけでなく、今度は腕を薙ぎ払ってこれを阻止してこようとするが、それは当然アドルも同じである。彼は先ほどよりも出力を上げたファイアーの魔法の爆炎で以て弾き飛ばし、風を切り裂きながらデュレンへと迫っていた腕はあらぬ方へと向けられた。

 進行ルートを確保されたデュレンは迷わず場に残る黒煙の中を突っ切って直進すると、彼の目の前に見るからに腕よりも装甲が薄い魔物の下腹部が現れる。それを見たデュレンは走る勢いのまま拳を大振りに構えると────

 

「お……らぁっ!!!」

「!? ギィィィィィィィィィ!!!」

 

 全力でそれを叩き付けた。魔物の甲殻に拳を起点としてビシリと放射状に大きく罅が走る。

 彼らの目論見通りそこは弱点であったようで、アルドヴォスから悲鳴のような咆哮が上がり、魔物に大きなダメージが入ったことは明らかだ。

 

「そらもう一発ッッ!!」

 

 怯む魔物へダメ押しの一撃。拳よりも大量の魔力を込めて放たれるデュレンの必殺の回し蹴りは罅割れた魔物の腹部を貫き、それが致命的な傷になったのか、アルドヴォスはアドルがエステリアやイースで見た魔物たちと同様にその巨躯を灰へと変えてこの世から消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

「やりましたねデュレンさん」

「へへ、俺もなかなかやるもんだろ?」

 

 地面へと降りてきて翼を消しながらデュレンへと声をかけるアドルに対して、デュレンは自慢気な笑みを浮かべながらそう返す。

 

「はい、正直どんなものかと思っていましたが心配するだけ損でした」

「はっはっはっ! まあ、伝説の翼の民のお眼鏡に適ったってんなら里でも自慢できるってもんよ」

 

 アドルの素直な賞賛に更に気分を良くしたのか、デュレンは大口を開けて声を上げて笑う。彼は割と調子に乗りやすい質であった。

 

「さて、鉱山長たちはこの奥か」

「ええ、恐らくは。行きましょうか」

「おう」

 

 デュレンが一頻り笑った後、二人はアルドヴォスが塞いでいた遺跡の奥へと続く道へと視線を送る。

 もう巨大な魔物を討伐した影響で魔物の気配は感じなくなったが、要救助者たちの容体が分からない以上急ぐに越したことはないだろう。そんな風に考えながら、アドルたちは再び坑道の奥へと歩を進め始めた。




 緊迫する戦闘描写ってやっぱり難しいですね。


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