虹に導きを (てんぞー)
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彼女は望まれていなかった

 ゆっくりと目を開けた先に見えるのは闇だった。完全に闇に包まれた空間の中に自分はいた。さて、ここからどう動くべきだろうか? エスコートを待つべきか? そう考えた矢先、闇の世界が足元からわずかに灯り、先へと進む通路が見えて来た。どうやら自分が文句を言いだす前に用意してくれたらしい。何とも憎い演出ではないか。そう口にしながら前へと向かって歩き出す。歩くたびに靴の裏から鋼の硬質な感触を受け、だんだんと進むにつれて明るくなって行く通路内の中、奥が見え始めてくる。やや広めになってくる通路内で、行く手を遮る様に浮遊する卵型のロボットには見覚えがある。数年前から()があれこれと便利に使っている玩具だ。やれやれ、こんなエスコートは頼んでいないのだが、と呟きながら片手で頭の上の黒いボルサリーノ帽を抑えた。自分のこのトレードマークはなくさないようにしっかりとつかんでおかないとならない。故に右手を帽子を押さえるのに使ったまま、前へと向かって飛び込んだ。

 

 それに反応して二体の卵型ロボットも加速してくる。瞳の様なレンズを光らせ、此方へと向かってレーザーを放ってくる。その出だしを見極めて悠々と回避しながら、左手を振るって袖の中にしまっていた自分のデバイスを取り出した。左手に簡単に収まる細長いそれは一本のクダだ。召喚専用、それに特化したデバイス。どんな次元、どんな次元断層の中であっても問題なく召喚機能を発揮させられるように開発され、それ以来愛用している召喚専用ストレージデバイス。戦闘能力は欠片も存在しないそれを軽く振るえば、中央部分が開き、起動状態に入る。

 

 それと同時に召喚魔法と固有がリンクされ、一瞬で召喚が発生した。

 

 次元を裂いて出現した裂け目から龍の獄炎が放たれた。それは一瞬でロボットの姿を飲み込むと、跡形もなくそのロボットのみを蒸発させ、形さえもあとには残さなかった。軽い運動にはなったな、と思いつつさらに先へと進んで行くごとに、さらに道は広く、そして明るくなって行く。だんだんとだが壁の塗装や紋様が見えてくる。そう思っているとまた新たにロボットが近づいてくるのが見える。今度のは先ほどのよりもかなり大きなサイズをしたロボットだった。彼の遊び心にやれやれ、と思いながらも再び召喚魔法を発動させる。

 

 虚空から出現した無数の巨大な拳が弾丸、雨霰の様に一気に降り注いだ。残像を残さず放たれた無数の拳は敵が破片となって完全に形を失ったのを確認すると、最初から幻であったかのようにその姿を消失させた。その残骸ですらない姿を回避しつつ進み、そろそろ彼の歓迎の仕方を少し考えるように言うべきだろうか、と考え始める。まぁ、彼の悪癖に関しては今始まった事ではない。苦言を呈したところでそこまで効果はないだろう、とどこか諦めを感じているのは事実だ。

 

 それはともかく、奥へと向かって進んで行くと先ほどまでの妨害はなく、段々と施設的な側面が強くなって行くのが見える。剥き出しの配管やコードの類が良く見られるようになり、設置されたカメラもいくつか見える他、設置されているコンソールの類も見かける。しかし、自分の直感は奥、更に奥に彼がいると告げている。そのため、他のものには特に目もくれず、前へと向かって進んで行く。

 

 そうやって先へと進んで行けば、やがて大きな鋼の扉の前に到着する。クダを出して少し強めにノックすべきだろうか? そう考えた所で、

 

『あぁ、待て待て。今開けるからね』

 

 すっかり忘れてた、みたいな言い方をしつつも目の前の鋼の扉は開いた。その向こう側に見えたのは大きなエレベーターの姿であり、それに乗れ、と促しているのだろう。それに乗ると自動的に扉が閉まり、そしてエレベーターが動き始める。エレベーターは恐ろしく静かで、動いているという事さえ感じさせない滑らかさが存在していた。しかもどうやら上下だけではなく、左右にも移動するタイプらしく、複雑な軌道を描きながら施設内を進んでいるらしい。ただ、待っている間は酷く退屈だった。そう思っていると声が聞こえた。

 

『いやぁ、すまなかったねぇ。君を警備の方にゲスト登録するのを忘れていたよ、システムの方には登録していたのに。ちょっとしたうっかりだったよ』

 

 やれやれ、と呟きながら帽子の位置を少しだけ調整した。いつもいつも、自分の好きな事ばかりを見ているからそんなミスをするのだ、と彼を責める。そのせいで失敗したことだって一度や二度ではない筈だ、と言ってやるとそれこそ困ったような声が返ってきた。

 

『うーん、自分ではそこらへん中々解っているつもりなんだけどね。これはもしかして私に与えられた呪いの様なものなのかもしれないね。最後の最後ではどっかドジったりする類の。まぁ、それはそれで結構楽しい、或いは愉快な世界だ。私はこういう凡ミス、嫌いじゃない。笑えるからね』

 

 それに巻き込まれる此方はまるでたまったものじゃないのだが、とため息を吐く。こいつのこういういい加減っぷりはどこか、計算されたものだ。意図的にどこかを適当にする事でわざとランダムな要素を取り入れて完璧じゃなくしている。そのランダム性が予想外の結果を生むのだから面白い、とはまさに狂人の言葉だった。そう、彼は紛れもない狂人だった。だからこそ誰も彼についてはいけない。そして社会も彼を許容することが出来なかった。そんな彼に付き合えるのはこの次元世界でも自分ぐらいだろう、という自負がある。とはいえ、毎回付き合っていると流石に疲れる。悪戯はなるべく止めてほしい。

 

 そんな風に呆れているとエレベーターは動きを停止していた。入ってきた方とは逆方向の扉が大きく開き、そしてその先に続く通路を見せた。ここまでくると完全に明かりが灯っており、普通に内部が見渡せる。一切の装飾が見渡せない実用的な鋼の通路は奥へと通じており、此方は先ほど通ってきた場所よりもさらに修繕か、或いは整備されているように見えるエリアだった。広がっていた通路は奥に見える普通の扉によって終わり、その前に立つと自動的に扉が開いた。

 

 そして、その向こう側に広がる研究施設の様な部屋が見えた。

 

「やぁやぁ、待っていたよ君の事を。この私を待たせるなんて本当に贅沢な時間の使い方をするもんだ」

 

 まるで神にでもなったかのような尊大な物言いを冗談めかしながら、白衣姿に菫色の髪の持ち主―――ジェイル・スカリエッティは宣っていた。部屋には無数の魔法陣と機械が設置されており、それを調整している様な女たちの姿が数人見える。そしてそれとは別に、小さな金髪の少女が目を閉じて部屋の隅のベッドの上で眠っている。傍から見ればジェイルのハーレムでしかないが、蔓延する空気がそれを否定する。

 

 そもそも、こいつに性欲ないだろう、と自分は思っている。

 

「いやいや、一応私だって性欲を持っているさ。ただし一桁歳の子供たちに発情する程見境ない訳じゃないのさ」

 

 どうやら周りにいる女性たちはあまり、口を大きくして言える手段で生まれて来たわけではないらしい。とはいえ、嫌々やっているようには見えないし、悲壮な空気もなく、少女たちはお互いに軽く談笑しながら作業を続けている辺り、ジェイルは悪くない待遇を与えているらしい。

 

「それはそうだろう? 悪く扱ったらその分作業効率の低下って形で不具合が出てくるんだ。人材だって道具の一種だ。だとしたら効率的に運用する為には定期的なケアとメンテナンス、そして正しい使い方をするべきだと私は思うんだけど間違っているかな?」

 

 いや、その言葉は正しい。だからこそそれを時空管理局に対して言って欲しいと心の底から思っている。あの連中はブラックにブラックという言葉を詰め込んでからブラックという言葉でコーティングするのが大好きなブラック集団だ。あそこで働こうとする人間の精神性が理解できない……とまでは言わないが、何を好き好んで自分から自殺したがっているのだろうか、と思わなくはない。まぁ、それはともかく、帽子を持ち上げて、軽く挨拶のポーズをとりながら、その中から一枚のカードを取り出した。

 

 道化師の描かれたジョーカーのカード。それはジェイルからのお仕事の依頼に送られてきた招待状だった。これを目印に誘われるがままにここへとやってきてしまったのだが、果たしてこれでよかったのだろうか、と疑問を浮かべる。そんな疑問に対してジェイルはあぁ、そうだった、と言葉を零す。

 

「いやぁ、こう見えてというか見ての通り私は話す事が好きだからね、コミュニケーションは人類が開拓した文化の中でも最も面白く楽しい物だと自負しているし、それを通して知識を披露するのは研究者として最も楽しい事の一つだ。だから毎回の事だがこうやって無駄に話を逸らして脱線してしまう。悪い癖だというのは解っているのだけれど、話を聞いてくれる相手がいるとついつい話が長くなってしまう」

 

「ドクター、痴呆症の始まった爺さんみたい」

 

「ドクター、今日から服は別々に洗おう」

 

「待ちたまえ君たち。その言葉は結構殺意が高いからやめるんだ。あぁ、私の精神力がまるでこれが現実ではないと否定していられる間にね!」

 

 どうやらジェイルは結構、娘たちと楽しくやれているらしい。まぁ、昔から趣味の男というか、好き勝手にやって盛り上がっている馬鹿ではあった。なら、やはり今も好き勝手に楽しくやっているんだろうなぁ、と思ったが案の定であった。まぁ、数少ない知り合いが楽しくやっているのだから自分に文句はない。それはそれとして、そろそろ財布の中が辛くなってきたので、仕事の話に入ってくれると非常に助かると視線をジェイルへ向ければ、また脱線していたことに気づいてくれる。

 

「あぁ、そうだったね。実はちょっと面白い事に挑戦してみようと思っていてね……事の始まりから話して良いかな? ダメって言われても話すけど」

 

 どうぞ、と告げると、アシスタントらしき女性の一人が椅子とマグカップを持ってきてくれた。帽子を取って挨拶をしながら受け取り、話が長くなりそうなジェイルに付き合うため、椅子に座ってマグカップに口をつけた。その中身はココアだった。そんなこちらに気にする事もなく、楽しそうにジェイルは立ったまま話を続けていた。

 

「まぁ、そんな長くなる話でもないよ。ただ単に私がちょっとした暇潰しに違法研究を見て回っていたら、聖王陛下のクローン成功作とやらを見つけて、それを攫った事が全ての始まりさ」

 

 もうのっけから普通ではないし、面倒な話になりそうな気がしていたが、ジェイルはそんな事には気にせず、ガンガン話すつもりであるように見えた。というかそんなことをやっていたのか、と軽く彼の所業に呆れてしまう。

 

「いやぁ、だって仕方がないだろう? こう見えて私は美学を持つタイプだ。悪事と研究を行うからこそ美学を持つべきだけどね、そういうのを欠片も持たずに無作為な欲望を振り回す連中はどうしても許せない。強い欲望を持つからこそそれを律し、そして振るうべきだとこの無限の欲望は思うわけだ。まぁ、私のモットーだよ。美学のない悪事と欲望なんてただの災厄だからね。そうなってくると人格や主義というものはちっぽけなものでしかなくなる。それは非常につまらな……おっと、また話が逸れてしまったね。いやぁ、君は話を聞いてくれるからどうしても話がそれてしまう。……えーと、どこまではなしたっけ?」

 

 研究を攫った、という話だと思い出させるとジェイルがあぁ、そうだったねと言った。

 

「まぁ、つまり私は管理局の老人会(最高評議会)を捨てて脱出する事に成功して、その目論見をくじいたおかげで色々と計画が狂ったらしいんだ。そして、その狂った計画の一部に聖王のクローンを使ったものがあって、気に入らない研究だから成果を攫って丸ごとデータを潰してやったわけさ! まぁ、そんなわけであそこで眠っている少女が件の聖王のクローンで、そして君を呼び出したこの遺跡がかつては聖王のゆりかごと言われ、次元世界を滅ぼした禁忌兵器(フェアレーター)となる訳だ。もはやこのセットだけでミッドチルダに大打撃が与えられるわけだが……まぁ、つまらないし、欠片も美学を感じられない行いだからこれは忘れておこう」

 

 重要なのは別のところにある、とジェイルは指を伸ばしながら言った。空になったココアの入ったマグカップをどうするかと思っていると、ジェイルの助手がそれを受け取ってくれた。こいつの様なクズのところにほんと良く出来た助手が来たな、と少しだけ感動を覚える。

 

 ジェイルが動きを停止して視線を此方へと向けているので、どうぞどうぞと先を促す。それに満足したのかジェイルが話を続ける。

 

「まぁ、ここからは本当に短い。聖王のクローンとゆりかごが揃ったんだ、このままミッドチルダを攻め落とすのも芸がない。だったら、他の誰もが出来ないことに挑戦するからこそ、私を天才として定義することが出来るんじゃないかなぁと思ったわけだ」

 

「ドクター、こっち配線終わりましたー」

 

「こっちも終わりましたよドクター」

 

「終わったのなら冷蔵庫のプリン食べていいよ!」

 

「わぁーい!」

 

 作業を終わらせた一部が我先にと部屋を飛び出してゆく―――見た目はそれなりに成熟しているが、精神的には一部的にまだ子供らしい、促進培養の弊害という奴なのだろう。まぁ、自分が口を出すようなことではない。それよりも、ジェイルの話の続きが気になる。

 

「うん? 興味を持ってくれたか? つまりはなんだ、私はこの歴史的な二つの遺物が揃ったところで非常に気になったわけだ―――聖王家は何故滅んだ? 一体何がゆりかごをあそこまで暴れさせたのか? 歴史の闇というものをちょっとした趣味で暴こうと思っていてね」

 

 趣味で、と断言するあたりが実にジェイルらしい。となると、データを探る作業でもするのかと考えると、違うとジェイルは言う。

 

「そもそも、そんな作業だったら私が本気を出して数時間で終了するだろう? それにデータとは改竄できるものだ。信用が出来ない。そうなると信じられるのは直接見て確認した出来事になる……あぁ、ここまで言えば解るだろう? 直接()()しようって話だよ。ここには聖王の遺骸を運んだゆりかごが、そしてそのDNAからクローニングされた聖王のクローンがいる。つまり材料としては十分なものが揃っているんだ。ならば、あとは送り込む人間を選出するだけだ」

 

 ジェイルの話す技術関連の事に関しては正直良く解らない。ただ、理解できるのはこの男がまたとんでもない話を引っ提げてきており、歴史を大きく覆すような事に挑戦しようとしているという事実だった。そしてその言葉にジェイルは、無論だともと自信満々の表情を浮かべていた。

 

「私は世紀の大天才、そして君は資質、そして固有共に史上最大の召喚魔導士。だから逆召喚のルーティーンを利用して、君の意識を聖王の血縁と聖遺物という縁を手繰り、システム的にサイコハックの要領で過去の記録へと送り込む。そうすれば君の精神だけを過去へと送り込めるという訳だ! これは一時的な時空干渉にもなるから次元初の試みになるぞぉ! なにせ、場合によってはタイムパラドックスを引き起こすからね! はーっはっはっはっは! まぁ、第一観測時空が塗り替えられたところで、その摂理を改変された事実を観測できる存在が地上には存在しないから、タイムパラドックスが発生したところでそれを認識する方法はないから一生実証できないんだけどね!!」

 

 また一人で盛り上がってるこいつ……そんな言葉に呆れつつも、仕方がないなぁと溜息を吐いた。どうやらジェイルの目的は聖王の真実を面白半分で暴く事と、そして彼が見つけた新しい技術を試す事にあるらしい。確かに召喚適性が理論最高値であり、そして固有能力として召喚に関するものを両方備えている己であれば、それを逆に利用した逆召喚で自分を送り込むというのはそこまで難しくはない話だ―――だがそれは次元の壁を超える話で、時間の壁を超える逆召喚なんて一度も試したことはない。

 

「ま、それは挑戦してみれば解る事さ。理論上は穴がない事は確認済みだ。あとは君さえ了承してくれれば始められるさ」

 

 じゃあ報酬は成果の山分けで、とジェイルに伝えれば、楽しそうな表情を浮かべた。

 

「これはまた欲張りな報酬を求められたものだ―――だけどそうだね、成果を山分けというのは実に夢のある話だ。私も嫌いじゃないね、そういうのは」

 

 成果の山分けとはつまり空手形である。成功するからこそ発生する報酬でもある。どうせ、この男だ。絶対に成功させるつもり以外で大きなことをするつもりはないだろうと思っている。それに聞く話、中々ロマンのある事だった。歴史の闇に消えた古代ベルカの謎、それを追いかけるのは中々楽しそうだ。

 

 その言葉を聞いたジェイルは中々楽しそうな表情を浮かべてくれた。頷きながら、

 

「うんうん、やっぱり君は私の友人だ」

 

「ドクター、唯一って言葉をつけ忘れています」

 

「……唯一の友人だ!」

 

 この男、社会に絶対に出すことが出来ないよな、と思っていると、小さく唸るような声が聞こえた。視線を部屋の隅へと向ければ、金髪の少女が目を覚ますところだった。両手で目をこすり、瞼を開ければその下には宝石の様なヘテロクロミアが隠されていたのが見えた。美しい赤と緑の両目はそれ自体が一つの芸術品のようで、価値のある宝物の様にさえ思えた。起きた少女は頭を持ち上げると、小さくあっ、と声を零し、此方へと視線を向けていた。

 

「おや、どうやら現代の聖王陛下は君が気になるようだね?」

 

 ジェイルが冗談めかす様にそんなことを言ってくる。となると、何か一芸を求められているという事だろうか。ふむ、と呟きながら頷いた。ならば任せて貰おう。この帽子のナイスガイ、こう見えて子供の相手は実に得意であり、好きな事の一つである。とどのつまり、任せろという事である。にこり、と笑みを浮かべながら少女へと近づく。それに少女は少しだけ怯えるような様子を見せるも、興味を持ったのか、近寄る此方からは逃げず、

 

 目の前に到着した。

 

 そして頭の上の帽子が発火して一瞬で燃え尽きた。

 

「ふぇ!? えっ!?」

 

 瞳を大きくして驚愕している少女の姿にふぅ、と満足げな息を漏らしつつ、懐に手を伸ばし、スーツのジャケットの内側からスペアの同じ帽子を取り出して被り直す。皺のない、綺麗で新品の帽子が明らかに入らない筈の空間から出てきて被り直している姿に、少女が頭の上にハテナを浮かべながら何度も頭の上の帽子と、そしてスーツの内側を覗き込もうとして来る。軽くスーツの内側を広げ、その下に来ている赤いシャツや黒ネクタイを見せるが、無論、そこに帽子をしまうスペースなどない。無論、手品なので魔法なんて一つも使ってない。故に魔力反応もない。それが解っているのか、舌足らずな言葉遣いで驚愕の声を零しつつ、此方のスーツや胸板をペタペタと触ってくる。

 

 その様子を見て、ジェイルへと視線を向けた。

 

「相変わらず子供の相手が上手だね……まぁ、好かれているのはいい事さ。人間関係が円滑に進むことは作業効率を上昇させる事だからね! 人間関係は歯車の間に差し込む油の様なものだしね」

 

 スーツの内側から新たな帽子を出して、それを少女に被らせつつジェイルに対して何時から始めるのか聞いてみる。それを受けたジェイルが、そりゃあもちろんという言葉を付け加えて返答してくる。

 

「―――君の準備が出来次第だよ」

 

 溜息を吐きながら、自分の友人は相変わらず性根が腐っているなと溜息を吐いて確信するしかなかった。再びジェイルに少女の無事を確認すれば、ジェイルが其方は問題はないと教えてくれる。そこに、ただしという言葉がつく。

 

「君の方は、完全にという訳じゃないけどね。歴史を追体験するサイコハックだ。場合によって不明な要素が絡んでくる。現代から観測している此方とは違って、実際にダイブする君の心の無事は確約できないさ」

 

 その程度なら問題ないとジェイルには言い返した。悪運と精神の強さに関してだけは、人類最強である事を自分は自負していた。もし心を害する可能性があったとしても、この自分の心ばかりは無理だろうと断言できる。それを聞いたジェイルは相変わらず楽しそうに笑った。

 

「まぁ、そうだね。君ならそういうと思ったよ。その傲慢さこそが私の友人である君の証だ。さぁ、それじゃあ準備を進めようか。其方の椅子の方に座っておくれ、その方がモニタリングしやすいし君も疲れ辛いだろうからね」

 

 ありがたい配慮だった。ジェイルが指さす方向を見れば、そこにはちゃんとクッションの敷いてある椅子があった。その足元には多重にセットされた魔法陣が、そして椅子からはコードが伸びている。それを軽く確認し、自分の理解を超えるテクノロジーの塊である事を完全に理解してから、躊躇することなく椅子に座った。そうやって椅子の上に座ると、ジェイルの助手らしき女性の一人が、ベッドの上にいた少女を持ち上げて此方へと運んで膝の上に乗せた。此方の膝の上に乗せられた少女が、スーツの裾をぎゅっと強く掴んできた。そこは皺になると少し辛いので、出来たらネクタイかシャツを握ってもらいたいものだが、幼子にそれを要求するのは酷だろう。落とさないように片手で少女を抱えつつ、足を組んで背を背もたれに落ち着かせる。

 

「……なんというか、妙に絵になるね」

 

 イケメンは大体何をやっても絵になると、そろそろジェイルは学習すべきだと思った。まぁ、一応こう見えて自称イケメンだ。何をやっても似合う自信はある。それを証明するように軽くポーズを決めるが、ジェイルがそれを軽く無視して機械や魔法陣に対してエネルギーを注ぎ込み始め、それが稼働するのが見えた。流石に少しだけの寂しさを感じていると、それじゃあという声がジェイルからかかった。

 

「準備完了だ。これから君の膝の上のその子を媒体に遺伝子という道を通して時空に介入し、オリヴィエ・ゼーゲブレヒトが、人生のうちに迎えた人生の分岐点とも呼べる場所へとダイブする。それを通して眺めようじゃないか、歴史の真実という奴をね」

 

 軽いノリで歴史の真実を探りに行くのだから、本当にこいつの脳みそはどうかしていると思う。おそらく今、ジェイルが戯れ半分に自分を呼び寄せてやろうとしていることは、全ベルカ人が待望するであろう歴史の闇、真実だ。それに挑戦する事なのだが、この男は面白そうだから、という理由だけで挑戦し、成し遂げる。

 

 まさに天才にして天災。そうとしか説明の出来ない男だ。

 

「さぁ、目を閉じるんだ―――遺伝子を巡り、時を超える旅を始めよう。これはきっと、楽しくなるとも」

 

 物凄い軽いジェイルのノリに苦笑いを零しつつ、軽く帽子をかぶせた少女の頭を撫で、そのまま目を閉じた。完全な闇が視界を支配し、やがて音すらも消え去る。

 

―――そして明確に意識が落ちる。

 

 だが立っていた。

 

 気づけば闇の中で立っていた。意識が完全に落ちて消えるその瞬間を知覚するも、次の瞬間には立っていることを認識していた。その不思議な感覚に軽く首を傾げてしまうが、恰好はいつも通りスーツに帽子と安定した格好を保っていた。さてはて、ここからどうしたものか―――そう考え、この思考は少し前にしたな? と思い出す。天丼するのはネタとして弱い、改めなくては。そう思っていると声が聞こえた。

 

『あーあーあー、聞こえるかい? よしよし、その反応を確認すれば君がちゃんと存在を保っているのは解る。此方でも君の潜行を確認した。次元深度-2350という所だ。ATP粒子も確認できている、ちゃんと時間潜行が出来ている証拠だ』

 

 なるほど、まるで解らん。そう応えることしか出来なかった。その言葉をジェイルは笑った。

 

『まぁ、そうだね……時間軸をマイナス方向に進んでいるのを此方で観測できていると解釈してくれ。人類初の試みだからもう少し何らかのトラブルが発生するかと思ったが、上手く行ったようだ。やはり私の頭脳は人類最強だねっ!』

 

 少し言葉尻を可愛くしたつもりだろうが、気持ち悪い事この上ないので、そういう言い方は止めてほしいと心の底から頼み込む。それはそれとして、周囲が真っ暗でまったく何も見えない事の方が今は問題だ。

 

『あぁ、今は聖王クローンの遺伝子を媒体に時間軸を遡っている所だからね。遺伝子は実に面白い。そこには人の情報の全てだけではない、その先祖やその前の生活や学んだ事、その全てが情報として圧縮して記録されている。だが強烈で強力な出来事などは遺伝子の中でも構成に影響を遺す。それを私はその人物の人生における分岐点だと理解している。まぁ、つまりはその地点まで割り出して遡行しているという事だ。簡単だろう?』

 

 残念ながら非常に解り辛い―――ただし、なんとなくだがジェイルのやろうとしている事は解った。遺伝子をベースに記録を遡ろうとしているのだ、重要な場面まで。やっている事は解った。だがなんでそんなことが出来ているのかが解らない。やはり変態とはこの男の為にある言葉なのだな……とある種の納得を抱いていると、光の粒子が見えて来た。どうやら目的の時は近いらしい。ジェイルの言葉が運ばれてくる。

 

『気を付けてくれたまえよ? こっちは常にモニタリングしているが、通信が繋がるという訳じゃない。状況によっては此方からの言葉を届ける事が出来ない時もあるという事をね』

 

 まぁ、その程度なら問題ないだろう―――そう答えると、世界が闇から色を取り戻す様に形作られて行く。青い空が広がり、足元に緑の豊穣で彩られた大地が広がり、そして周囲を囲む石壁。そこは大きな建造物の中庭だった。囲むように存在する広い中庭は空から降り注ぐ太陽の光を浴びて、草花がその生命を表すかのようにわずかに光を纏っていた―――不思議な光景だった。

 

 その景色の中心に一つの姿が見える。

 

 肩を出した白いワンピースドレス姿の金髪の少女だった。おそらく歳は九ぐらい、膝をついて中庭の花を拾い上げ、それをつなげて冠を作ろうとしているのが見えた。その顔が持ち上げられ、

 

 赤と碧の瞳が見えた。

 

 一瞬、その視線は此方へと向けられたが、此方の姿をその視線で捉えるようには見えなかった―――ジェイルの言ったとおりに、本当に追体験しているだけらしい。少女に近づき、再び花の冠を作ろうとした彼女の肩に触れようとしてみるが、それがすり抜けてしまう。

 

 しかし聖王教会に残された通り、赤と碧のヘテロクロミア―――だとしたらこの少女がオリヴィエ・ゼーゲブレヒトなのだろうか? 彼女の人生の分岐点にしては偉く幼すぎるようにも感じる。片手で帽子を押さえる何時ものポーズで、わずかに感じる違和感を自分の中で消化しようとする。

 

「―――オリヴィエ! いないのか、オリヴィエ!」

 

 すると、名前を叫ぶ女の声が聞こえた。声に反応し、少女が冠から顔を上げ、振り返りながら立ち上がった。その先にあるのは開け放たれた扉であり、

 

「オリヴィエはここに居ますお姉さま」

 

 そう返答した。数秒後、扉の向こう側からオリヴィエと同じ金髪の女が出て来た―――こちらはオリヴィエよりも育っており、年齢は十代半ばごろに見える。薄いピンクのドレス姿は幼さをわずかに残しつつも優美さを見せる恰好であったが、彼女から感じられる怒気がその雰囲気を邪魔していた。彼女はオリヴィエらしき少女を口を開け、そして視線をオリヴィエの手元へと向けた。

 

「……オリヴィエ、それは?」

 

「これですか、お姉さま?」

 

 オリヴィエは手元の冠へと視線を向けてからそれを持ち上げ、姉と呼ぶ女へと見せた。

 

「これは庭師に教わった花冠ですお姉さま、花を編むことで冠を作って―――」

 

「浅ましい……母の命を奪い、それでも玉座を欲するのね」

 

 笑顔で説明しようとしたオリヴィエの言葉を遮る様に言葉叩きつけ、女は一気に近づくと冠を奪い、それを投げ捨てた。あ、と声を漏らすオリヴィエの声を無視するようにその腕をつかむと、引っ張る様に扉を抜けて、中へと戻って行く。

 

「母の命を奪い、聖王核を簒奪して生まれ、それで玉座を求めるとはなんたる強欲……貴女の命が陛下の慈悲によって保たれているという事を忘れたのね?」

 

「ち、違いますお姉さま! そうではありません! 私は、ただ―――」

 

 やがて、女に引きずられてオリヴィエの姿が消える。その姿を視線で追い、軽く溜息を吐いてから庭に落ちた花冠に触れようとするが―――当然の様に指がそれを貫通し、触れる事はなかった。完全に見ているだけの傍観者。

 

 少しだけ、ジェイルの実験に付き合ったのを後悔し始めていた。

 

 それにジェイルの声も聞こえなくなってしまっている―――通信が上手く行ってないのだろうか? まぁ、自分が出来る事といえば変わりなくオリヴィエの事を追いかける事だけなのだろうが。

 

 伝説の聖王にも、こんな苦労した時代があったのだなとどこか神秘的だった偶像に対して親近感を感じつつ、おそらくは城内へと通じる扉をオリヴィエの気配を頼りに進んだ。

 




 リハビリ目的で話数少な目で完結できる話を書こうかなぁ、という事でモットーは【陳腐でもいいから彼女を救おう】というお話で。

 遺伝子を遡って時を超え、彼女の人生に憑依して追体験する。オリヴィエ・ゼーゲブレヒトという少女の人生を追いかけるのだ。


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彼女はそうやって愛を抱く腕を失った

 気配を追って歩けばすぐにオリヴィエと、その手を引く女の姿が見えた。それ以外にもここには大量の鎧姿の騎士の姿が見え、城内らしき場所であると把握が出来た。やはり、彼女がオリヴィエだとして、この年齢であればおそらくは古代ベルカ王城……とでも呼べる場所になるのだろうと思う。それにしても普通に王女二人の後ろを歩いていても誰もこちらを不審がる事はなかった。本当にジェイルの技術は完成度が高いらしい。ここまで完璧に他人の人生にダイブ出来るとは―――ある意味、これは悪魔の発明かもしれないな、そんなことを思わなくもない。と、後ろを歩いていると二人の会話が聞こえてくる。

 

「まったく信じられないわ……オリヴィエがまさかの継承権1位だなんて」

 

「お姉さま、オリヴィエは未熟です。確かに継承権は1位ですがまだ若く、経験も知恵も足りません。私が玉座につくことはおそらくありません。王としての象徴は強く、たくましい方が民に安心感があるからおそらくはお兄様の誰かが―――」

 

「何でもすぐに覚え、実行できるお前がそれを言うのかしら? 本当に母の才能も命も奪った子は言う事が違うわね。それで謙遜しているつもりなの? 才能も努力も一番している子がそういうと嫌味でしかないのよ」

 

「すみませんお姉さま」

 

「別にいいわよ……貴女の事を姉妹と本気で思ったことはないし」

 

 その言葉にオリヴィエが俯く様に視線を下げた。言葉がそこで完全に停止し、オリヴィエが黙って手を引かれるがままに奥へと進んで行くのを後ろを歩いてついて行く。どうやらオリヴィエ・ゼーゲブレヒトという女は幼少期はかなり疎まれていたらしい。話を聞く感じ、オリヴィエの出産時に母親が死亡した、という形だろうか? 聖王教会の公開情報ではそんな話をまるで聞いたことがないという事は、

 

『おそらくは聖王教会でも記録されていない事か、もしくは閉ざされた聖典(クローズドスコア)にでも記録されている事なんだろうね。どちらにしろ、歴史にはあっても現代には語られていない真実の1ページを君は目撃し、知ることが出来た。なかなかの成果じゃないか』

 

 横へと視線を向ければ、半透明のジェイルの姿がややかすれつつも見えた。どうやら現代との通信が回復したらしい。歩くのを止めずに進んでいるとジェイルのホロは足を動かさずにスライドするようについてくる。やはりこっちに来ているのではなく現代から通信を繋げているだけらしい。それはともかく、遅かったな、と思わずにはいられない。そう指摘するとジェイルが少しだけ困ったような様子を浮かべていた。

 

『いや……まぁ、予想通り、のダイブでもないというか……ほら、予想していた時代よりも遥か前に接続したことでなんとなくだけど完全な成功じゃないというのは理解しているだろう? うん……失敗じゃないけどイレギュラーかなぁ! ごめんね!』

 

 こいつ反省してねぇな? そう思いながらも初の試みである以上、仕方がない部分があるのは察していた。だけどまぁ、とジェイルは呟きながらホロを消失させた。

 

『此方から常に君の状態はモニタリングしているよ。君の存在証明率は現在100%だ。つまり100%この世に存在しているという事を証明できている。だから安心して歴史の追体験を進めると良いさ』

 

 言われなくてもそうするつもりだ。ただこの少女オリヴィエがこう、周りからいじめられている姿を見るのは正直心苦しい。できるのであれば手品の一つでも披露して笑顔にしてあげたいところだが、ジェイルの言葉が正しければこれは遺伝子を通して時空をハックして目撃している歴史の追体験。つまりは既に終わり、閉ざされた歴史の出来事だ。干渉する事は出来ない。映画館で上映されるのを椅子から見ているのと同じ状態だ。フィルムをバラバラにしても事実が変わる訳ではない出来事だ。

 

 問答無用のヒーローとしてはその点だけは心苦しい。とはいえ、自分が聞いた限りでの古代ベルカ時代とは欠片も救いのない時代でもあったらしいと聞く。現代ではロストロギア扱いされる数々の遺失物はこの時代で生まれたほか、質量兵器や次元すら崩壊させる禁忌兵器が乱射される戦争が発生し、それによって多くの次元世界がベルカと共に滅んだという話を聞く。その中で活躍し、救国と崩壊を招いたのがオリヴィエという人物だったはずだ。

 

 結局、オリヴィエ・ゼーゲブレヒトはベルカを救った。だがその死後にベルカは滅んだ。聖王のゆりかごと呼ばれる禁忌兵器がオリヴィエの死後に暴走したと言われている。だがその話の大半は歴史の闇の中にあり、見出せない。果たして何故ベルカはゆりかごによって滅んだのか……興味深い話ではある。

 

 聖王教会ではオリヴィエが聖女の様に描かれているが、こんな境遇の中で彼女は本当にそんな精神を育てることが出来たのだろうか? そこを自分は少々疑問に思った。とはいえ、これは映画のようなものだ。追いかけて目撃すればよいだけの話。あまり心情的に深入りしすぎるほうが危険だろうと思う。

 

 そんなことを考えているうちにオリヴィエたちは目的地へと到着したらしく、大きな扉の前で足を止め、扉を叩いてから中へと入っていった。王族がそこまでの対応をする相手といったら、おそらくは一人しか存在しないのだろう。オリヴィエのあとを追うように部屋へと侵入する。

 

 広めの部屋の中央には細長いテーブルが存在し、その周りに座る人たちからすさまじいまでの重圧が空間を満たすのを感じられた。その重圧にオリヴィエと、そして女が足を止めた。それも仕方のない話だ。人外魔境とでも表現すべきプレッシャーがその幼い体に襲い掛かっていたのだから。

 

 室内にいるのはどれも見目の麗しい金髪の美男美女、しかし最も目を引くのは黄金律の肉体を誇る、美しい男の姿だった。一番奥、上座に座った男が最大の気配と圧の発信源であり、最も飾られた服装を着こなす男でもあった。その風格、底知れぬ気配、他者をその存在感だけで従える生物としての絶対強者の証―――説明なんて必要ない。

 

 あれが聖王なのだろう。この時代の。自分の人生で見て来た中でも1,2を争う怪物とでも表現すべき存在だった。まともに戦って勝てるかどうか―――そのことを瞬時に考えてしまうほどの相手でもある。とはいえ、これは過去の記録だ。戦う事は出来ないのが残念というか、安心というか。

 

 ともあれ、あの男、聖王と比べてしまえば他の人間は全てカカシの様なものだ。周りにいる姿の良いおそらくは王子や王女たちも聖王と比べてしまえば彼を引き立たせる引き役でしかなかった。これほどの男がいて滅ぶ古代ベルカという時代に戦慄を感じつつも、オリヴィエを追いかけて上座近くに座る。どうやら座る順番は継承権の高い物ほど聖王に近いらしく、オリヴィエは聖王のすぐ横の席に座った。室内にいる多くのものからオリヴィエに向けられる視線を感じる。

 

 妬み、憎しみ、怒り、困惑、様々な感情が視線には向けられており、そこに好意的なものは僅かにしか感じない。蠱毒の一種か、とこの状況を見て納得する。この環境の中で鍛え上げられた者ではないと聖王は務まらないのかもしれない。そんなことを考えながらオリヴィエの背後に立った。膝の上で拳を握って耐えるようにする少女の頭に触れようとするが、やはり手がすり抜けてしまう。解っていたことだが少しだけ悲しい話だった。

 

「―――ふむ」

 

 聖王が部屋の中にいる全員が座り、揃ったところで全体を見渡した。おそらくこの部屋に集まっているのは王子や王女たちばかりで、その背後には従者や騎士が控えているのが見える。おそらくは個人的な騎士、或いは派閥の人間だろうと察する。オリヴィエ自身が先ほどの発言から継承する気がない事、そして一緒にいる後援者がいないことを見るに、他の王子や王女たちで継承権を巡って争っているのかもしれない。聖王はそんな室内の様子を見渡し、オリヴィエへと視線を向け―――そしてその背後、此方へと視線を向けた。

 

「……ふむ、どうやら中々面白いものを()れているようだな、オリヴィエ」

 

「……?」

 

 聖王が放った言葉は完全にこちらを認識した言葉だった。首を傾げ、そして周辺の王族たちも首を傾げ、オリヴィエの背後―――此方へと視線を向けている。だがその視線は虚空を捉えているように見える。しっかりと帽子の下の瞳を見ているのは聖王、ただ一人だった。まさかこの男、本当に時間を超えて実体も持たない此方の存在をしっかりと捉えているのだろうか? だとすれば恐ろしいほどに驚愕に値する事実だ。そう、

 

―――挨拶をしなければ失礼だ。

 

 帽子を取りながら軽く挨拶し、口を開き、

 

 羊のリアルな鳴き真似をしてみた。

 

「っ!?」

 

「陛下? 大丈夫ですか……?」

 

「うっ、うむ……中々面白いというか愉快というか……まぁ、善き者であるから気にする必要はないか。オリヴィエ、その縁を大事にすると良い」

 

「は、はい……?」

 

 思わず笑い声を零しそうになっていた聖王のリアクションに対して心の中でガッツポーズを決めつつ、やはりこの手の挨拶は成功するな、と自分の中で確信を固めた。だがそれに反して他の王族たちは一切理解できていないのか完全に反応はなく、軽く首を傾げながらも視線は聖王へと集中した。帽子を被りなおしながらオリヴィエの背後で腕を組んで話に耳を傾ける事にする。

 

「これより報告会を始める。それぞれ、順に近況の報告を行うと良い」

 

 聖王の言葉と共にそれぞれの王族が順番に今やっている事、やろうとしている事、その成果の説明などを始める。ただその音声も少しずつ小さくなって行き、最終的にミュートされるのと同時にジェイルの声が聞こえてくる。

 

『驚いたね……まさか此方の存在を補足されるとは欠片も思っていなかったよ。時間軸を絡めたサイコハックの類だと私は認識していたけど、もしかしたら本質的にはタイムハックなのかもしれないね』

 

 専門用語が多すぎて良く解らないので、解りやすい説明をジェイルに求める。そうするとそうだね、とジェイルが言葉を放ってくる。

 

『君の言葉を借りるなら私たちはこれを映画館だと思っていた。だけど違っていた。私達が見ているのはシアターではある。だけどその本質は映画館ではなく舞台劇に近い。遺伝子をフィルム、施設を投射機、そしてスクリーンが景色だと思っていたが……遺伝子がチケット、施設がスクリーンだったという訳だ。成程、どこかで私の関与していない関数が術式に混ざったねこれは? 興味深い結果だ』

 

 なんとなくだがジェイルの言っている言葉は解った。つまりは完全に上映されているだけの状態だったと思っていたこの人生の追体験、実は考えていたのとは少々方向性が違うらしい。ジェイルが興味深そうに観察している辺り、本当にイレギュラーな事態なのだろうと思う。それはそれとして、大丈夫なのだろうかこれ? とは思わなくもない。その疑問に答えるようにジェイルの声が聞こえた。

 

『あぁ、データが少ないから何とも言えないけどね、相当おかしなことをしなければ大丈夫だとは思うよ。とりあえず君の存在証明率は此方でちゃんと確認している。これが減ればおそらくはやってはいけないタブーに抵触するんだろうが、今のところ君の存在率は100%で証明されている。つまり先ほどのジョークは許容範囲内だって事だ。どうやら君を見える存在があるらしいし、それぐらいになら多少遊んでも大丈夫なんじゃないかな?』

 

 何とも頼りになる言葉だ。結局のところ、良く解らないので危険な事はするな、という事に落ち着くのだから。やはり、少々手伝う事に関しては早まったかもしれない……と思わなくもない。予想外にこの技術、ふわふわしてる。判断に困る所だった。

 

 

 

 

 聖王を前に王族たちが己の報告を終える。それが終わると現在のベルカの情勢、周辺諸国の話となり、それが終わればこれからのベルカの動きに関して話し合う事へと続いた。正直な話、そこら辺の話はそこまで深い歴史マニアでもない身としては割と暇な内容であり、半分聞き流していたのは事実だった。そしてそれが終わればあっけなく王族たちの会議は解散となった。その感じからして月に開催される家族会議みたいなものだという認識を自分は抱いていた。しかしその内容は結構大きなもので、王族一人一人が己の有能さをアピールするような場でもあった。

 

 そこに媚びはないのが実にらしいとでも言うのだろうか。

 

 それが終わると本当に解散となり、全員が部屋を去って行く。そこには当然オリヴィエの姿もあり、どうやら勉学に励む彼女は中庭へと戻らず、勉強へと向かおうという腹積もりだったらしい。だが彼女を引き留める存在がいた。

 

「オリヴィエ、少しいいかな?」

 

「お兄様」

 

 部屋から出ようとしたオリヴィエを止めたのは優しそうな顔の青年であり、オリヴィエと同じ金髪をしている。聖王程の威圧感も風格もないが、一国を収めるには十分なほどの気風を纏った青年だった。彼はオリヴィエを言葉で止めると、少しいいかな、と再び言葉を送った。それにオリヴィエは笑みで答えた。

 

「お兄様の頼みを断れる訳がありません。私の様なものでよければなんでしょうか?」

 

「いや、改めてオリヴィエには聞きたかったんだ……君は本当に聖王の座に興味はないのかな、って」

 

「ありません」

 

 青年の問いかけにオリヴィエは寸分の迷いもなく答えた。その瞳はどこまでもまっすぐであり、汚れも穢れも知らない純朴な少女のそれだった。両腕を胸の前に寄せると、オリヴィエは言葉を続けた。

 

「お姉さまやお兄様達は私が才能に溢れ、そして成長すれば能力的に一番優秀に育つであろうと言っています。ですから未来の事を考えれば私が能力的に聖王にはふさわしいのかもしれません」

 

 だけど、とオリヴィエは頭を横に振った。

 

「私は聖王を責務としてしか考えられません。誰かのために、自分の為に、もっと良くする為に、そういう意思で聖王を目指す事は出来ません。王族の責務であるから王族として振る舞うべし。私はそれしかできません。ですから私は聖王になるべきではないと思っています。私では()()()()()()()()()()()という結果しかだせませんから……」

 

 オリヴィエは俯きながらそう呟き、だけど、と言葉を置いた。

 

「お兄様やお姉さまは違います。本気で心の底から聖王になろうとしています。報告会の話を聞けばどれだけ心血を注いでいるのかが伝わっています。本気で国を愛し、それを守り、発展させようという強い意志が言葉の端から感じます。それは私にないものです。ですから私は聖王にはふさわしくありません。きっと、お兄様やお姉さまのほうが100倍ベルカを素敵に出来るはずです」

 

 心からそう信じているようにオリヴィエは断言した。それを見て息を吐きながら青年はそうか、と呟きながらしょうがないなぁ、と言葉を零した。それに続く様にジェイルの言葉が聞こえて来た。

 

『この時期からこんな精神性をしていたのか……確かに聖女の様だとは良く言ったものだ。お兄様とやらもこれは安心したのかな?』

 

 ジェイルの言葉を聞きながら、言葉を返す。だからお前は人の心が解らないんだよ、と。

 

「それじゃあオリヴィエ、話ついでにちょっとだけ頼みをいいかな?」

 

「なんでしょうか?」

 

「実は今度、魔道実験に参加するはずだったんだけど……魔法に関してはオリヴィエのほうが才能があるだろう? 君が参加してくれた方が遥かに効率が良いから手伝ってくれないかな?」

 

「私で良いのなら喜んで」

 

 笑顔を浮かべるオリヴィエと青年の姿を見て、やはりジェイルには人の心というものが良く解っていないな、と断言する。この光景、オリヴィエと青年を見てそんな言葉を吐けるとは中々大した奴であるとさえも言える。一回人間関係を幼稚園から学びなおしたほうが良いかもしれない。

 

 つまりは?

 

 オリヴィエの中にあるのは絶対的な自信だ。()()()()()()()()()()()()という全能感じみた絶対的な自信が彼女の中には存在している。或いは既に確信している。望めば聖王になるだけの力量を自分は発揮できるであろう事実に。そしてだからこそ、彼女は聖王という道を選んでいないのだろう。その結果が既に見えているから。

 

 そして王子はそれを理解し、オリヴィエの精神性を完全に理解している。彼はオリヴィエという存在が正しく怪物的であり、父親である聖王と同じジャンルの人外であることを理解している。先ほど、青年がオリヴィエへと言葉をかけた時、その瞳の中にあったのは()()だった。彼はオリヴィエという存在が心底恐ろしく感じているかのような感情を完全に押し殺して兄を演じていた。

 

『ドクター、王族って怖いっすね』

 

『期待してた聖王家のイメージと全然違う……』

 

『聖王教会にこれを伝えたら面白そうだな』

 

『と、マイ・ドーターズの感想だ。ま、私は人でなしだからね。人間の心の機微なんてわからなくて当然さぁ!』

 

 ほんとこいつどうしようもねぇな……そんな感想を抱きながらも、オリヴィエがどうやら部屋へと戻って行くらしいので、その姿を追おうとするが、それに割り込んでジェイルが言葉を放ってくる。

 

『おっと、ここから数日はどうやら特に起伏のない平坦な流れしか観測できないようだ。数日後までは人生の分岐点に匹敵するような出来事を観測できない。数日先まで時間軸を飛ばそうかと思うんだが―――おっと、でもそうだね、聖幼女の生態とかちょっと気にならなくはないね! 本当にそれだけの才能があるのか私生活を確認しなきゃだめだね、これは! というか服の下は本当に人の体をしているのか? 確認する為にも風呂辺りまで―――』

 

 ジェイルの言葉が聞こえ、女の声に変わった。

 

『申し訳ありません、ドクターは疲労で倒れましたので、オペレーターを一時的に交代させてもらうウーノと申します』

 

 それはいいのだが、ジェイルはもう少しネーミングセンスというものを磨くべきではないのか? と思わなくもない。流石に女にその名前はダメだろ、と。ただ聞いている感じ、本人に不満はなさそうなのが救いなのだろうか。ともあれ、自分としても数日間此方で観察するだけで終わらせるのは時間が勿体ない。早送りする事が出来るならそれに越したことはない。人の時間は有限だ。何もないのならぐだぐだやっていてもしょうがない。

 

『了解しました。では分岐点少し前まで時間を進めます』

 

 ウーノの声が響くのと同時に世界全体がモノクロ色に染まり、完全に時間が停止した。その後で風に吹かれる砂の様に風景が溶けて切り替わって行く。先ほどまでは王城内の一室だったが、その風景は溶けるように切り替わり、木製の狭い空間へと場所は切り替わった。

 

 少しだけ揺れる木製の室内は―――馬車だった。

 

 この時代は移動手段は馬車だったんだな……なんて考えを抱いていた。現代ミッドチルダでは基本的に移動手段は車か、長距離転移用のポートか、もしくは次元航行だ。必然的に馬を使って引かせる乗り物なんてものは非効率的で、淘汰される。だからこそ物凄く珍しい物を見た気分だった。まだ魔道エンジンが存在しなかった頃の遺物―――しかし、確か古代ベルカ時代とは現代でさえ真似でいない超高度技術を保有していた時代ではなかったのだろうか? 普通にエンジンの一つや二つ、存在していない方が違和感がある。

 

 だがその問いに答えは出ない。説明したがりのジェイルはどうやら過労で倒れたままらしい。仕方がない、と思いながら視線を横へと向ければ、そこには馬車の椅子にクッションを敷いて座っている少女オリヴィエの姿が見えた。落ち着いた様子でおとなしめのドレスを着ている彼女の姿にはやはり、王者としての風格が今は宿っている。明確な公務とも呼べる出来事に対して覚悟を決めているのだろうか? 幼い表情を浮かべている癖に、大人顔負けの優雅さを感じる。

 

 軽く帽子を脱いで挨拶をしてみる。だが反応はない。やはり特別なのはあの聖王ぐらいだったらしい。オリヴィエの横に足を組んで座りながら周りを見た。人の気配が恐ろしく少ない馬車だった。感じる気配は馬車に乗っているオリヴィエのもの、そして御者をしている者の気配だけで二つだけだった。

 

 仮にも最大の継承権を持つ人物に対する警備ではなかった。解っていたことだが、オリヴィエは疎まれているらしい―――彼女が聖王の座に興味があるか否かなんてほぼ関係ないらしい。

 

 オリヴィエを消そうとしている人物がいる。それも王族の中に。解りやすいほどに。

 

『だけれども、後世においてオリヴィエ・ゼーゲブレヒトはベルカの希望となってゆりかごに乗りました……それはちゃんと記録として残されています。そうである以上、この後で彼女の人生を変えるような出来事があったのでしょうか?』

 

 だとしても、この状態からオリヴィエが聖王として祭られるようになるのは相当難しい、というか無理さえある様に感じる。まぁ、それもすべては自分が今、見ている光景や歴史が真実であれば、という前提がつく話である。のっけからジェイルの技術が不安定で完全ではないという事が証明されてしまったのだ、流石にエラーが皆無であるとは言えないだろう。

 

『まぁ、確かにそうではありますけど……』

 

 何やらウーノはジェイルの技術に不満があるのが嫌らしい。なんというか、本当にいい助手を持った、いや、この場合は作ったもんだ。あいつの倫理観は一体どうなっているのだろうか。そう思いつつ馬車にオリヴィエと共に揺られて行く。護衛が一切存在しない道行。

 

 それはやがて、停止と共に行く先が判明する。扉を開けてくれる騎士も居らず、御者も降りてこない。これは不敬ではないのか? と思いつつも、オリヴィエは一人で扉を開け、馬車から降りた。自分が知っている王族とはまるで違う。

 

「ここがお兄様の研究所でしたわよね。お兄様の為にも頑張らなきゃ」

 

 言葉だけを聞けば非常に可愛らしい。だがその中身を、そして育っているものを一概にもそうとは言えないのかもしれない。

 

 迷いのない足取りでオリヴィエは馬車から離れ、正面の研究所へと足を向けて進める。その前には当然ながら門番が存在するが、オリヴィエの姿を見て、そしておそらくはその気品と瞳の色を見て、一瞬で背筋を伸ばした。

 

「こ、これはオリヴィエ王女殿下!」

 

「楽にしてください。今日はお兄様に頼まれて魔道実験の手伝いに来ただけですから……ほら、身軽ですよ?」

 

「ハッ! 直ぐにお通しいたします!」

 

 場を和ませるためのオリヴィエの言葉はしかし、門番を恐縮させるだけだった。その事実にオリヴィエは少しだけ唇を尖らせつつも溜息を吐き、出現した研究所の職員に案内され、研究所内部へと進んで行く。男は張り付いたような笑みを浮かべながらオリヴィエを奥へ、研究所の内部へと導く。

 

「ようこそおいでなさいましたオリヴィエ王女殿下。貴女の到着を心待ちにしていました。何度もヘクトル王子からはオリヴィエ様の才に関して聞いていました。自分もあれだけの才があれば……と日常的に言っている程でして」

 

「いえ、私なんてそんな凄くありませんよ。専門の知識がある訳でもないので……私がここに呼ばれたのだってきっと、形式上仕事を割り振る為ですよ、きっと。とはいえ、お兄様の頼みですから、私も全霊をもって応えるつもりです」

 

「それはそれは、何とも頼もしいお言葉ですよ、えぇ」

 

 男の笑顔の裏からはありありと恐怖と殺意と憐憫を感じる。この時点で九割方、これがオリヴィエを殺すための罠であることを察しつつあった。それを口に出してオリヴィエへと伝えてみようとするが、やはり言葉は届かない。あの聖王の様な特殊な人物ではないと時空の壁は超えられないという事なのだろうか。

 

『まぁ、ステージに観客が上がるのはマナー違反だからね。普通は警備員に抑えられるものさ。そしてそれでも登ろうとするならペナルティを支払うものだ。それが我々学者が大好きなルールという奴だ』

 

 お帰りジェイル、お前の声が聞こえなくて寂しいと思っていたところだ。挟み込まれたジェイルの説明に苦笑を覚えつつ、オリヴィエが向かう奥へと一緒に歩く。扉を一つ、また一つと抜ける度にオリヴィエが死地に近づいて行くのを実感し、疑問に思う。

 

―――この子は果たして、どうやってこの死地から生存するのだろうか?

 

 それは純粋な疑問だった。才能はあっても彼女はまだ10にも満たない少女だ。それが今、施設の奥へと、厳重な警備の内側へと連れ込まれてゆく。その先で罠にはめるという意図を感じる。ここまで来れば半ば成功したようなものだ。だが後世にオリヴィエの名が残っている、という事は彼女はこの状況から生存したという事だ。

 

 ここまでハマればほぼ確殺とも呼べる状況だ。そんな状況からそう都合よく抜け出せる方法などあっただろうか?

 

 その疑問にはおそらく、この後の時間で答えが出るだろう、と一旦思考するのをやめる。最終的にはこの光景はフィルムを眺めているのとほぼ変わらないのだ。既に終わっている事件を眺めているのだから、答えは確かに存在する。そこは安心して観ていられる要素だった。

 

 彼女は命を狙われ疎まれるどん底から聖王として輝くのだ。

 

―――それが彼女にとって本当に幸せであるのかどうかは別として。

 

 やがて研究施設の奥へとオリヴィエたちが到着する。そこには複数の研究員がおり、大きめの部屋の中央には複数の魔法陣が連結され、大型の魔法陣を形成していた。自分でも初めて見るタイプの魔法陣に、少々興味心をそそられる。それはオリヴィエも同様らしく、少しだけ目を輝かせながら魔法陣へと視線を向けていた。

 

「あれは……魔力の循環魔道式……ですか?」

 

「流石オリヴィエ王女殿下、聖王様に匹敵する才を持つと言われるだけありますね……まさか見ただけで解るとは。えぇ、ですが少々惜しいです。正確には無限円環魔道術式です。もとはゆりかごにあった動力用の魔道式を研究、転用したもので込められた魔力をロス0で無限に再利用しながらそれを少しずつ増幅させるという魔道式です。これによって魔力接合解除空間という魔力を調達できない空間でも、限られた魔力を無限に使用し続けられるのです」

 

『これ一つで世界のエネルギー問題が解決するね。これ、ちょっとコピー取っておくか』

 

 流石ロストロギアを生んでいた文明、スケールからしてまるで次元違いの研究を行っていたらしい。術式とかの類は非常に不得手なので、自分が見てもまるでちんぷんかんぷんである。それだけにそれを一瞬で理解したオリヴィエの知識には驚嘆せずにはいられない。というか幼女以下の頭脳という結果がここで確定してしまった事が地味に心が痛い。

 

「ではオリヴィエ様、私は行かないといけなせんので……質問や命令はここに居るものに好きにやっても良いですから。どうぞ、宜しくお願いします」

 

「いえ、此方も勉強させていただきます」

 

 オリヴィエはそう言って頭を下げる研究員を見送った。アレは逃げたか、と足早に去る姿を見て確信しつつ、視線をオリヴィエへと戻した。オリヴィエは真剣な眼差しを魔道式へと向けており、それを理解しようと頑張っていた。

 

 そんなオリヴィエを周囲は眺めつつ、どうやって接するかに困っていたのが雰囲気で理解できる。実際、興味がないと言っても最も聖王という立場に近い人物ではある。そうなってくると恐れ多いという感情が大きいのだろう。オリヴィエとスタッフたちの間では一切会話が発生することなく、オリヴィエが終始魔道式を眺めているだけの時間がしばらく過ぎると、漸くオリヴィエが口を開いた。

 

「動かす……事、はできますか?」

 

「ぇっ? あ、あ、はい! できます! 今すぐ準備します!」

 

「あ、どうぞ焦らずに。時間はたっぷりありますので」

 

 苦笑いしつつも、オリヴィエから誰かの役に立てる、という事実に喜びを漏らすような感情を感じられた。やはり王宮では疎まれている分、誰かに必要とされることに対して飢えているのかもしれない。あの伏魔殿の中で味方の様な人物は今のところ全く見かけていない。そのことを考えればもっと性格が捻くれていそうなものなのだが。

 

 と、てきぱきとした手際で実験の準備が整えられて行く。

 

 その裏で自分へと向けられる殺意にオリヴィエは気づいてはいない。ただ純真に、そして真面目に自分が期待されていると思って、本気で手伝おうと思っている。それはあまりにも儚く、そして無残な幻想だった。確実に空気に混じり始める濃密な死の気配に、オリヴィエの幻想は砕かれるのだという確信が自分の中で既にあった。生きて鍛え、戦っているうちに、こういう第六感ともいうべき危機に対するアンテナは死線を潜り抜ける度に鍛え上げられる。

 

 故にこの後、この空間を破壊が襲うのは容易に察知できた。自分であれば迷う事無くここから逃げ出すか、或いは実験を停止させるだろう。だがそれに気づかない。オリヴィエは真剣に魔道式を見つめ続ける、その背後で進められることに一切気づかずに。その真剣な姿を眺める。

 

お兄様の助けになったら……お兄様は私を認めてくださるでしょうか?

 

 オリヴィエを眺めていると、彼女の声が聞こえた。それはまるで彼女の心の声そのものが漏れ出すかのようだった。周囲へと視線を向けるが、反応はなく、ジェイルからの反応を確認するが、向こうからも何も言ってこない。つまりは今、彼女の声が聞こえているのは自分だけだった。その原因に少しだけ心当たりを浮かべつつも、片手で帽子を押さえながらオリヴィエの心の声に耳を傾けた。

 

お兄様もお姉さまも誰も私を認めてくださらない……お父様……陛下は誰かに贔屓する事は聖王として許されない。侍女や騎士でさえも私を恐れて近づかない……きっと、私が足らない子だから……。

 

 だから、と言葉は続く。

 

頑張らないと……聖王にふさわしくなくても、王族として恥がないようにならないと。お母さまを私が殺したことに違いはないから。

 

 才人は心が解らない。或いは理解しすぎるからこそもっと簡単なところを見落としてしまうのかもしれない。彼女の心の声を聴いて、確かにオリヴィエになら何かを成し遂げる力があるのだろう、と納得できる。だけどジェイルとは別方向でオリヴィエは人間を理解していない。いや、違うだろう。

 

 オリヴィエが抱える、そしておそらくは後年に死ぬ理由となる致命的欠陥が見えた。

 

『それは―――』

 

 と、言葉が研究者の言葉によって区切られた。

 

「実験の準備完了しました」

 

「本当ですか? でしたら観察しているのでどうぞ実行してください。私もお兄様の為に全力で応えますから!」

 

 意気込むオリヴィエ、そしてその姿にやや恐縮する研究員。しかしその表情からはやや険ともいうものが取れてきている。或いはオリヴィエという人物を理解しつつある証拠なのかもしれない。このオリヴィエという少女は何故なら、自分の事を一切隠そうとはしない為、少しだけ接してみれば彼女がどういう人物なのか、それが解ってしまう。だから彼女の立場を気にしない人間、或いは立場に魅力を感じない人間ではない限り、オリヴィエに対して普通に接する人間はいない。

 

 だからこそ、それが致命傷となりうる。

 

 予測通り。

 

 或いは、当然の帰結として―――魔道実験は失敗した。

 

 目の前で無限の魔力を生み出すと言われた魔道式は暴走した。おそらくながら、それは王子によって用意されたものだったのだろう。一瞬で研究所内を閃光が満たし、そして魔力が満たした。光よりも早く反応できる生物は存在しない。故に全ての生物が反応したのは光った後であり、その時には既に魔法は完成されていた。

 

 研究所は一瞬で炎に包まれ、人間は生きながら腐り始めていた。

 

 それは現代においてはあまりにも人権を、命という存在を無視し、無造作な破壊を生み出し過ぎるという事から禁忌と呼ばれた技術の一端だった。苦痛と絶対なる死を与える事を目的として建造された兵器を禁忌兵器(フェアレーター)と呼ぶ。

 

 この魔道式に紛れ込んでいたのはその一部だ。

 

 だがそれだけでも人を一人、絶死へと追い込むには十分すぎた。腐敗の炎が研究所内を完全に満たし、そして炎の地獄絵図を生み出していた。直感的にシールドを張った男も女も、そのシールドから溶けて肉体を腐らせていた。苦痛と絶望感を味合わせつつ、腐敗という回復の魔法ではどうしようもない領域。細胞という細胞が壊死し、機能を果たす事がなくなる為に腐敗が始まれば切除以外の選択肢はないという鬼畜の所業、それが研究所を満たしていた。

 

 一瞬で腐臭が満ちる空間にそこは変わっていた。出入口は腐敗の炎で満たされ、酸素が少しずつだが腐食して失われてゆく。それこそ明確な殺意でも存在しなければ巻き起こせない事件の中で、

 

―――オリヴィエ・ゼーゲブレヒトは生存していた。

 

 一瞬光って見えたのは虹色の壁だった。まるで不動の壁か、盾か、或いは鎧か。それが幼いオリヴィエの体を守り抜いた。だが衝撃その物を殺せる訳ではなく、まだ幼く体の軽いオリヴィエは爆発の瞬間に巻き込まれて吹き飛ばされ、壁に叩きつけられていた。そのまま壁から落ち、叩きつけられた衝撃で体を痛めたのか、口の端から血を流していた。

 

 そして虹色の鎧が出てきた時間も短かった。その間はオリヴィエは無敵といっていいほどの防御力を持っていた。だがそれが消えた瞬間、腐敗の炎がオリヴィエににじり寄り始め、伝わる熱が床から倒れたオリヴィエの体を、両腕を腐らせ始めていた。その中でオリヴィエは呻くように声を漏らし、立ち上がった。

 

「う、く、はぁ、はぁ……どうし、て……」

 

 そう呟くとオリヴィエは周囲へと視線を向けた。そこには腐敗し、燃えて散る人の形だったものがあった。それを見たオリヴィエが即座に気持ち悪さから口を押えるが、我慢しきれずに嘔吐する。

 

「な、にこれ……?」

 

 呆然とした様子で、オリヴィエがそれを呟いた。その景色に移るのは先ほどまで無事だった光景、普通だったはずの世界だった。それは一瞬にして変化した。その変化にオリヴィエは耐えきれず、嘔吐し、困惑と恐怖を隠せずにいた。オリヴィエの体が小刻みに震え、完全に停止する―――どれだけ才能があろうと、その精神は子供。経験をまるで積み重ねていない弱者、それが今の彼女。

 

 咄嗟に生き残れただけでも拍手して褒めるべき状況だった。

 

 だがそれすら長く続かない。明確に殺意がオリヴィエへと忍び寄るのを感じていた。オリヴィエの方は己の事だけでもはや手一杯だった。周りへと、そして迫りくる凶刃へと意識を向ける事なんて欠片もできない。やがて燃え盛る入り口の向こう側から、何らかの魔法か道具を使っているのだろうか、普通に歩いているはずだが炎が勝手に避けて行く騎士服姿の女が見える。

 

 彼女はオリヴィエを殺すだろう。

 

 唐突にだがそう思った。いや、違う。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()という確信があった。どこか予知じみている直感に、ここが運命の分水嶺だとも知覚する。ここ、この瞬間、この場所で選択肢がこの後のすべてを変える。そんな壮絶な予感があった。否、それは経験に基づく確信だった。()()()()()()()()()()()

 

 ……俺がどうにかしない限りは。

 

 いつも通り片手で帽子を押さえるポーズではて、()()()()だろうかというのを思考した。そして結論に至る。考えていてもこれはしょうがないなぁ、とも。こういう場合、理論や答えというものはあとから出せばよいのだ。つまり、自分がとる選択肢は一つ、

 

跳べ。

 

「っ!?」

 

「なっ―――!?」

 

 それはおそらくありえない事だったのだろう。オリヴィエの表情を見れば解る。自分でさえ何故動いたのかが解っていない。だがその瞬間、オリヴィエは跳躍した。横へ、逃げるように、嘔吐や恐怖や困惑や錯乱のすべてを捨て去って、超本能的に跳躍したのだった。そしてその結果、オリヴィエの意識外から気配を殺しつつ接近していた女騎士の凶刃はオリヴィエへと届かなかった。オリヴィエへと届くはずだったそれは空振った。

 

 女騎士、そしてオリヴィエ、二人が同時に驚愕の表情を浮かべており、先に回復したのはオリヴィエだった。襲撃者である女騎士を見て、声を漏らした。

 

「メアリーベル……お兄様の騎士がなんで……」

 

「オリヴィエ様……」

 

 女騎士はオリヴィエから視線を向けられると申し訳なさそうに、そして痛みをこらえるような表情を浮かべた。しかし次の瞬間には剣を構え直していた。その中には明確な敵意と殺意が混じっており、オリヴィエを殺すという意思を感じさせた。それを受け、オリヴィエが後ろへと一歩下がった。だがそれ以上は腐敗の炎によって逃げ場がなく、足を止めるしかない。故にオリヴィエは口を開けた。

 

「待って、メアリーベル。何かの間違いです貴女がこんなことをするなんて―――」

 

「いいえ、それは違いますオリヴィエ様。私は王子の騎士として貴女の()()()()()()()()()。今日、ここで魔道実験の事故に見せかけて貴女を葬る、と。しかし凄まじい豪運と能力を持っているでしょうから生き延びるかもしれない。故に確実に私が始末をつけろ、と」

 

「えっ……いや、だって……お兄様は……私が別に玉座を欲していない事を」

 

 オリヴィエのその言葉にメアリーベルは静かに頭を横に振った。

 

「オリヴィエ様、最期に教授しましょう。貴女は人の心を解っていない」

 

「いえ、解っています。疎まれている事も、恐れられている事も」

 

「いいえ、だからこそ解っていないと言っているのです」

 

 それはオリヴィエが知らない現実だった。

 

「オリヴィエ様……貴女は優秀すぎるのです。誰よりも才を持ち、生まれながらに聖王核を持って生まれ、神に愛されたかのような美しい姿を持ち、そして継承権でも……貴女は与えられるべく全てを受けて生まれたような存在です。そんな貴女を誰も……聖王様以外は人として見ていません。何かを任せれば成し遂げ、何かを教えれば10を学ぶ。それは天才でも何でもありません。ただの怪物です」

 

「だからお兄様やお姉さまは私を恐れるのですか!」

 

「いいえ、違います」

 

 再びメアリーベルは頭を横に振って、答えた。

 

()()()()()だからです。意思なんてものは水の様なもの、それこそ時の移り変わりで変化する不確かな形のないもの。能力があるけど望まない―――それはつまり望めば何時だって玉座を狙えるという言葉でもあります。そんな不確かな言葉に縋るよりは殺して万全を期した方が遥かに安心できるのですよ、オリヴィエ様」

 

「―――」

 

「そうやって漸く安心できるのです。王は人間に非ず。オリヴィエ様……貴女は人間ではありません。王としての資質は十分にあるでしょう。ですが貴女は人間という生き物を理解していません。人間という生き物は―――」

 

―――もっと愚かで、醜く、即物的だ。

 

 そう、それに尽きる。オリヴィエ・ゼーゲブレヒトという少女は人間に対して幻想を抱いている。誰もが良い人であり、何か悪い事するには相応の理由がある。そういう性善説の考え方を支柱に思考が構築されているように感じる。そこまではっきりとした考えではないだろう。だが幼いオリヴィエは純粋だ。故に、人間という生き物を信じているのだろう。閉鎖された環境の中しか見てないから。今までは疎まれていても、それでもまだ生きていた。殴られたり汚物を投げつけられた訳でもない。

 

 彼女は城壁の外の真実に触れていない、温室の姫君だった。

 

「わ、私は死んだ方が良いのですか!?」

 

「はい。貴女は死ぬべき人です。貴女が生きているだけで貴女以外の王族がみな、息苦しくしています。ある意味それは当然ともいえるのでしょう。ですが継承権1位の者がそこに興味もなく、そして捨てる訳でもなく、いらぬと言って座り続けるのはあまりにも()()()()

 

 オリヴィエが絶句し、言葉を吐き出せずに俯いた。言葉を探そうとし、しかし一切見つからず、絶望と失意の中で自分の存在というものを見失い哀れな子羊の姿だけがそこにはあった。それを見た女騎士が傷ましい者を見るような視線を向けた。

 

「申し訳ありません、とは死んでも言えません。ですがここで死んでいただきます。それが我が主君の命であり、そして同時に主君を玉座へと導く一手となりましょう」

 

「わ、わた、しは―――」

 

 ゆっくりと、スローモーションに時が流れて行く。ジェイルとの通信が繋がらない。果たしてそれは本当に状況が悪いから? それとも最初からちゃんと繋がっていたのだろうか? 残る多くの疑問はさておき、オリヴィエに触れる事は出来なかった。故に当然の帰結として彼女の横に立つこと以外に己が出来そうな事はなかった。

 

 だけど今、この状況でならできるという確信があった。

 

 ここはオリヴィエ・ゼーゲブレヒトの遺伝子に深く、とても深く刻まれた人生の分岐点の一つ。If、ここでなにかが―――ここでもし―――その可能性によって人生が大きく変わる瞬間、その場にある。故にどうしても少女には聞きたい事があった。

 

―――果たして君は草原に浮かぶ雨上がりの虹を見たことがあるだろうか、と。

 

 場違いすぎる言葉にしかし、オリヴィエが反応した。スローモーションの世界、ゆっくりと時が流れて行き、女騎士の姿は未だに到達しない。故にこそ言葉は彼女の中へとしみ込んで行く。

 

 オリヴィエ、君は森の空気を嗅いだ事があるだろうか? 果たして視界いっぱいに広がる大海を眺めた事があるのだろうか? 自由に解き放たれた動物たちのクソによってこの世の終わりみたいな匂いに包まれる道路を歩いた事があるのだろうか? おそらく、オリヴィエにはないのだろう。

 

 俺はそれが心の底から残念だと思えてしまう。

 

 オリヴィエが信じる人間の形は幻想だ。城外へと出て行けば人間はもっと愚鈍で、そして狡猾だ。正直者ばかりが損をする。嘘をついて金を騙し取る奴が最後には勝つ。人間は楽を選ぶ生き物だ。楽をして生きることが出来るのならば、問答無用でそちらを選ぶだろう。それが人間という生き物の本質なのだから。

 

 だけど果たしてそれの何が悪いのか? 好きな事をやって何故怒られなくてはならないのだろうか? 当然、それは法律とモラルという枠組みが世の中に存在しているからだ。

 

 つまり、この法律とモラルで守られる範囲であれば人間は自由なのだ。

 

 だけど―――オリヴィエはその範囲の内側しか見ていない。

 

 真っ白なカンバス。

 

 そこにオリヴィエは虹色を描いている。

 

 だけどそのカンバスの外側、フレームの向こう側はさらに大きなカンバスがある。そこを見てすらいない君の人生は、とても惨めで、見るに堪えない。世界は広く、そしてこんなしみったれた城だけが人生の全てではない事をオリヴィエは、育つ前に知るべきだと思う。そう、世界は広い。

 

 世界のどこかで親友になれる誰かがいるかもしれない。

 

 どこかで君の事を心の底から愛してくれる人がいるかもしれない。

 

 本当に困った時に助けてくれる仲間がいるかもしれない。

 

 オリヴィエはまだその欠片の可能性にすら到達していない。それはとても残酷で、しかし溢れている様な事でもある。世界のどこかで、常に誰かが死んで、そして生まれている。それはとても自然な話で、悲しい事であっても人の命を救うというのは簡単ではない。だけどオリヴィエ、この子は今、自分の命を選べる瞬間にある。

 

 果たして史実はどうだったのだろうか?

 

 それとも史実はこう生まれたのだろうか?

 

 ジェイルは言っていた、人間にタイムパラドックスを観測する方法はない。時空間の改変に対する人間の認識は平面上の行いである為、そこに改変が発生したところでその変化を理解、観測、記録する方法が存在しない―――たとえ、それが起こした張本人であろうとも。故にこれが真実か? それともこれは今から変わって行くのか、答えは出ない。

 

 だが、問答無用として愛のある言葉を贈らなくてはいけない。

 

 それは義務であった。故にこそオリヴィエ・ゼーゲブレヒトに、万感を込めてこの一言を送る事にする。言葉は長くはない。そもそもオリヴィエに言葉の全てが届くとは思えない。あの短い一言でさえ言葉自体は届いていなかった。ただそこに込められた意味だけを彼女は理解した―――そういう風に思えた。故にオリヴィエへと伝えたい気持ち、想いを短く纏める。そこに込められる魂を込め、奇跡をオリヴィエへと吹き込む。

 

―――生きろ、世界は美しい。

 

「……ごめんなさい、私、死にたくありません」

 

 俯いていたオリヴィエの目の端には涙が流れていた。その声はまだ震えている。だが瞳には覚悟が宿っていた。オリヴィエは戦う気であった。明確に生への執着を見せた。その事実にメアリーベルは少しだけ驚いたような表情を浮かべてから笑みを浮かべる。そこにはどこか、軽い喜びの感情さえも感じられた。メアリーベルは剣を握り直すと、騎士の礼を持ってオリヴィエへと構えた。

 

「そう、ですか。ではお相手いたしましょう―――!」

 

 直後、騎士の姿が消えた。常人ではとらえられない速度で一瞬でオリヴィエの横へと回り込み、剣を振り抜いてくる。完全にオリヴィエの知覚を超える速度で振るわれたそれに9歳の少女が避ける事は出来ないだろう―――どれだけ魔力を使って肉体を強化しても、動かせる速度は肉体的な限界が存在する。その一閃はオリヴィエが動かせる速度の限界を超えていた。

 

 故に次の瞬間、結果は出た。

 

 剣が折れた。剣が半ばから折れ、そしてそれが宙を舞う。虹色の障壁を前に、剣を振り抜いた形でメアリーベルは動きを停止させ、笑みを浮かべていた。

 

「お見事です……この目で王子の天下を見れなかった事が心残りでしょうか」

 

 そのまま、虹色の障壁が騎士を壁へと押し付けた―――炎の中へと。何らかの原因で炎が女騎士を避けるよりも早くオリヴィエの障壁によるカウンターが早く決まり、炎の中に叩き込まれた騎士は一瞬で腐敗し、そして即死した。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……ごめん、なさい……私、死にたくないんです……まだ、死ねないんです……!」

 

 噛みしめる様な、吠える様な言葉がオリヴィエの喉の底から響いた。一瞬、誰かを探す様に周りへと視線を向けるが、結局此方の姿を見る事も敵わず、腐敗から黒ずんできた両手で拳を握りながら、オリヴィエは歩き出した―――研究所の出口を探すために。もはやオリヴィエはこの日は大丈夫だろう、と確信した。彼女は生きるという執着をこの瞬間、得た。

 

 何を言われても自分の意思で生を掴むという事を一度は成し遂げた。故に当然ながらオリヴィエは変化するだろう。この先の未来、果たしてそれは歴史通りなのか? それとも本来の出来事として物語は進むのだろうか?

 

 舞台袖からヤジを投げる事しかできない身としては歯がゆくも、物語の続きを楽しみにしているのは否めない。とはいえ、

 

 今夜はこれまでだろう。

 

 炎の中、腐敗していく両腕を引きずりながら出口という光を目指して歩き出すオリヴィエの姿を眺めながらゆっくりと目を閉じた。漸く通信が回復したようで、現代からの声が聞こえるのと同時に電子音が響く。ダイブ終了と共に消えて行く世界の感触に身を委ねつつ、

 

 現代へと帰還する。

 




 現代人とは根本的に思考回路が違うので殺すのは平気という世紀末時代の思考。ただし温室育ち。

 この物語は人生の分岐点、或いは重要な時を観察しつつオリヴィエに適切な助言を与える事で育成し、ラストイベントに向けてオリヴィエを育成するゲームなのだ……。


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彼女は穢れて人と初めて誰かと並べた

「やぁ、お帰り。随分とはしゃいだみたいだね? とりあえず続きの前に軽い休息を入れようか。此方でもデータの洗い出しとかあるからね。なぁに、二時間もかからないさ。食事でもとって待っていればいいさ」

 

 頭を軽く振りながら帽子を取って頭を掻く。気づけば膝の上に座っていた少女は目を瞑って静かに寝息を立てていた。その顔を見て、オリヴィエとはまるで似ていないのを確認し、結局、完全なクローンというのは夢物語なんだな、と認識する。帽子を被り直しながら少女を起こさないように持ち上げ、立ち上がってベッドにまで運んで下ろす。サイコハックか、或いはタイムハックとでも言うべきか、その影響で少しだけだが慣れていない感触を体に感じる。それがどう、という訳じゃないが万全を期すために少しは休んでおくか、そう思ったところでこっちっす、と声がかかった。

 

「こっちで飯を用意したんで休んでおくといいっすよ」

 

 ジェイルの助手、或いは娘の一人がサムズアップと共に隣室を示す。そちらの方から空気に混ざる食欲を刺激するようなスパイスの匂いがする―――どうやらシンプルにカレーを用意してくれたらしい。ボリュームもあるし、文句はない。寧ろ喜んで食べる。自分も非常食に手を出さずに済むのだ、非常に助かる。隣の部屋へと向かう事にする。

 

「ん? 非常食の類を持ち歩いているのか?」

 

 眼帯の子がそんなことを問いかけてくる。とある次元世界には一見は百聞に、との言葉がある。つまり伝えるよりは見せたほうが早いだろう、と軽く指をパチン、と弾く。すると目の前に非常食である栄養バーが出現する。それを軽く掴んでから軽く指でトントン、と叩けば二個に分裂する。それを見ていたまだ若そうな女の子たちがおぉぉ、と声を零す。それをそのまま、プレゼントする事にする。一応非常食には気を使って色々と味のバリエーションを用意してある。今回取り出したのは女子向けのデザートバーともいえるものでイチゴはちみつ味である。

 

「普通に美味しい」

 

「こんな非常食もあるものだな……というよりどこに仕舞っているんだ?」

 

 それはもちろん、冷蔵庫に。正確に言えば時間の流れが発生しない次元世界で保存しているものを召喚術で一瞬で手元に呼び寄せているのだ。普通の人間には地獄、というか寧ろ時獄で一切活動できなくなるのだが、自分の様に裏技の使える人間であれば動く時間を召喚したり、影響範囲を捻じ曲げたり、と結構便利にできる。一般的には接触禁止危険次元であっても工夫を凝らせばそれはそれで便利に使えたりするものである。

 

「成程、ドクターの唯一の友人というだけはあるっすね」

 

 そこでなぜ呆れたような表情を浮かべるかが解らない―――とはいえ、喜んでカレーに飛びつかせてもらおう。そこまでお腹が空いていたわけではないが、スパイスの匂いに食欲が刺激されている。ドロドロ具合が一晩寝かせたカレーを思わせるのが家庭的でなおよし、という感じで個人的な点数は高い。ご飯とかき混ぜて食べるその味も普通に美味い。一切の文句のないカレーだった。

 

「お、カレーを混ぜる派っすか」

 

「邪道の方を選ぶか」

 

「だが混ぜたほうが美味しくはないか?」

 

「いや、ライスとカレーは混ぜるとほら、ご飯がカレーを吸っちゃうじゃない」

 

 なんだか自分の周囲が姦しくなってきたような気がする。まぁ、実際ここに居る男は自分とジェイルを抜けば皆無だ、そりゃあ姦しくもなるか、と納得しながらカレーを口の中へと流し込んで行く。個人的には福神漬けよりもらっきょうを入れている方が好みなのだ。あのしゃきしゃき感、嫌いになれない。それが逆に苦手だという人間の気持ちは微妙に解らない。ともあれ、姦しくなった研究室横のおそらくは食堂で食べながら適当に時間を潰しているとジェイルもホロウィンドウを浮かべながらやってくる。

 

「やぁ、憶測出来るだけの情報が増えたから君と私で情報整理をしようかな、って。と、そうそう。ディエチ、私にもカレーをよろしく。無論、甘口でね」

 

「ドクター、辛いもん苦手ですもんね」

 

「刺激は悪くないけどあの辛さに負けて脳みそから考えてたことが飛んでいきそうでね、どうも辛い物は好きになれないんだよ」

 

 それはもったいないとしか言えない。辛いものはそれはそれで美味しいというものだ。確かに度が過ぎると辛いを通り越して痛いし、それはそれで料理で遊んでないか馬鹿としか言えなくなってくるが、適度な辛さは味覚を刺激するから旨みとして感じられるのだ。そう、辛さがそのままダイレクトに美味しさとしてつながる料理というものはある。それを知らないのは余りに哀れだ。そう、ジェイルは哀れなのだ。

 

「同情的な視線を向けられ始めてるからそろそろ話題を変えようか? といっても当然ながら今回のダイブに関する事なんだけどね」

 

 ホロウィンドウを広げながら甘口カレーをジェイルが受け取り、スプーンを片手に握りつつ、ジェイルはホロウィンドウ内の情報の整理を行い始める。そこにはモニターを通して観測していた此方の事や、オリヴィエの事が記載されている。

 

「さて……まず最初から話を通すなら私達は……いや、君は私の先導で遺伝子を通した過去の記録へのハッキングを行った。これをサイコハックと呼ぼうか。私の目的はこの技術の完成、そして聖王という人物の本当の歴史を知る事だった、一つの興味としてね。その相方として呼び寄せたのが君で、この技術は私の科学技術、この施設の機材、遺伝子ベースとなる聖王のクローン、そして君が持つ超越された召喚とジャンクション(憑依付与)能力を合体させた共同作業であった……ここまではいいかな?」

 

 カレーの乗っていた皿を空にして、デザートのプリンをもらいながら頷く。

 

「では普通にダイブに成功した君は古代ベルカ時代の王族の様子を見る事に成功した。予想していたよりもはるかに幼い時代にダイブしてしまったのは誤算だったけど、おかげで幼い時代の聖王オリヴィエの姿が見れて悪くはない結果だったね。ただし、ここでイレギュラーが発生した。本当は過去の映像を眺めているような筈の技術である筈が、向こう側とコンタクトを疑似的に取れている事が発覚した。オリヴィエもどうやら君の声に反応する事は出来た様子だ。となると何かがおかしい」

 

 そう、とジェイルが言う。

 

「私の技術がおかしいのか? 機材が悪いのか? 彼女の遺伝子が悪かったのか? それとも君が間違えたのか? それとも見えない何かからの干渉があったのか? 疑問は尽きないけど私としては一つの仮説に至ってね」

 

 それは、とジェイルに問いかけた。それを受けてジェイルはにやり、と笑みを浮かべた。

 

()()()()()()()()んだよ。最高の技術と機材とクローンと術者。この次元世界で集められる最高の状態だ。それで本気を出して挑んだんだ。おそらくはサイコハックの領域を超えて、疑似的に時間軸への干渉が出来る領域に突入してしまったんだね。タイムリープというよりはタイムハック。時間軸への限定介入による改善という形が近いかもしれないね」

 

 頑張りすぎた結果、予想外の方向へと結果が飛び込んだ―――良くある話だ。それはそれとして、やっている事がワンランク上の次元へとぶっ飛ぶとは考えもしなかったが。というか考えたくもなかったが。とはいえ、それが事実なら今行っているのは歴史への干渉なのではないだろうか? プリンを食べているスプーンを口に咥えつつ首をひねればジェイルがそうだよ? と首を傾げながら答える。どこか、曖昧な返答だった。

 

「いや、ね。流石に私にも解らない事はある。天才とは99%の努力と1%の閃きだ。この閃きが新しい領域への道を開く。天才とはそれが意図的にできる連中の事だ。まぁ、私みたいにね? ともあれ、その閃きも結局のところは経験と蓄積されたデータによって開けるものだ。つまりは集まった情報がなければ判断を下す事は出来ない、という事でもある―――おっと、私も食後のプリンをもらおうか。糖分が欲しいところだしね」

 

 カレーの皿を片付けさせながらプリンの乗った空をジェイルは受け取り、そうだね、と言葉を吐く。

 

「本当にこれが完全なタイムハックであるのなら、現在私達は同時進行で時空の改変を行っている。つまり本来とは違う歴史が発生し始めているのかもしれない。それを私達は本当に理解しているのか? 認識できているのか? 一応データではなく紙で私が知る限りの歴史をすべて記録してそれを脳内で常に復唱しながら作業を続けているんだよ、強い自我と自己認識と意識の把握が改変への耐性となるからね、とはいえ本当にそれが発生しているのか、既に成っているのか? それを考え続けると無限ループに陥るからね」

 

 成程、と呟く。ジェイルは自分と同じことを考えていたらしい。あの時、オリヴィエに声をかけた時自分は考えた―――果たしてこれが真実の歴史なのか? それとも既に過去の自分が改変したルートを時空のループに従って自分が開拓しているのだろうか? 時間軸が絡む改変、改竄、干渉作業は正直な話、終わりと始まりが見えない。時間の起点という奴が生まれた瞬間にはそれが終わりへと到達しているという部分もある。

 

 だから時間干渉ってめんどくさいのだ。

 

「本当にね。おかげで時間軸に関連する分野の開拓や研究は一種のタブー扱いだからね。実験に失敗した結果時間軸の崩壊とかあり得るところが実に恐ろしい―――まぁ、私はそこら辺一切気にしないんだけどね!!」

 

「流石ドクターっす」

 

「人類の破壊者」

 

「史上最悪のクズ研究者」

 

「生きる価値なし」

 

「クズ」

 

「死ね」

 

「カス」

 

「最後の方もうただの罵倒じゃないかなこれ!」

 

 どうやらこんなクズでカスで死ねとか言われているジェイルだが、そこそこ慕われているらしい。果たして自分と会っていない間にこの男が何をやっていたのかは少々気になる部分もあるが、そこは彼の自由という奴だ。一々突っ込んで話を聞き出すのも面倒だ。ともあれ、そんな事よりも重要なのはこのままダイブを続けた場合の話だ。オリヴィエ・ゼーゲブレヒトの歴史の分岐点にダイブして、憑依してそれを追体験する。それが今自分たちがやっている事だ。

 

 だけどそれを続けた場合、

 

「―――あぁ、うん。歴史そのものが変わってしまうかもしれないね」

 

 プリンを食べ終わった幸せそうな表情でジェイルがそれを言い切った。そして立ち上がりつつ、機材のある部屋の方へと戻って行く。

 

「まぁ、創作におけるお約束として歴史の強制力だー、とか色々あったりもするが、そんなことを科学的に観測できた試しはない。本当はどこかに存在するのかもしれないけど、生憎と私は聞いたことも見たことも感じたこともないし、今回の作業中にそれを観測したことがない。存在しているのであれば私たちがどれだけ悪戯をしたところで本来の歴史通り、何にも心配する必要はない。そして本当に存在したら―――」

 

 ジェイルが足を止め、にやり、と振り返って笑みを浮かべた。

 

「―――君が殴り飛ばすだろう? ほら、君、普通の人間は全く救わないけど、本当にどうしようもなく救いのない人間だけは手段を選ばずに助けるし」

 

 そう言うとジェイルは鼻歌を口ずさみながら機材の方へと戻って行く。その姿は悩みは多くても、非常に上機嫌であるのが伺える。やっぱり、研究出来る事、自分の知らない未知を追いかけるという事に対しては並々ならぬ情熱を持っているらしい。実際、今踏み込んでいる領域は多くの道が混在しているのだ、それを楽しまずにして何が無限の欲望(ジェイル・スカリエッティ)だろうか、と彼は言うだろう。

 

 そして彼がそこまでやる気ならば、自分に否はない。元々自分はジェイルを手伝うために呼び出されたのだ。特に正義感とか使命感とかある訳ではないが、個人的にもあの不幸な聖王になるであろう少女の未来は気になる。彼女の最期は有名であり、聖王のゆりかごと呼ばれる禁忌兵器でベルカを救った後にそれが暴走し、ベルカ共々滅んだらしい。果たして彼女が何を思ってそこまで行動したのか、それは気になる事でもあった。

 

 愛を知らぬが故にか、それとも愛を知ったからだろうか。

 

 どちらにしろ、歴史がこれから教えてくれるだろうと思っている。

 

 

 

 

 休息を終えて再びダイブする。

 

『今度は先ほどの時間軸よりも数年ほど進むみたいだね。逆に言えば数年の間は平和だったようだ』

 

 喜べばいいのだろうか、それとも嘆けばいいのだろうか。あの少女の人生、波乱万丈過ぎないか? まぁ、古代ベルカ文明といわれれば興亡期でもあったのだから、短いスパンで人生を揺るがすような出来事があるのは間違いではない。だからと言って、高い頻度で発生されると守護霊のような、ストーカーの様な立場の人間としては少々困る気もする。まぁ、介入時間が増えるほうが摘まめる人生が多く、映画としては面白いと考えておけば良いだろう。

 

『それじゃあシンクロを開始するよ……前回の接触が原因か、君とオリヴィエの間では縁が形成されている。時間軸を無視した行い、どういう形で結果が返ってくるかは正確には把握できない。あまり無茶はしないでくれ給えよ? 君がいなくなると実験が続けられなくなるからね』

 

 了解、とジェイルの言葉に返しながら形成される景色を眺めた。

 

 変化した先の景色はまず、足元が柔らかく赤いカーペットによって染められており、白い壁に薄い紋様が刻まれ、木細工で飾られた一室だった。天井からはシャンデリアがぶら下がっている。まだ外は明るいようで、窓からは新鮮な春の風が室内を通り、緩やかに部屋の奥、化粧台の前の姿を撫でていた。

 

 化粧台の前には金髪の髪を編みこむように後ろでまとめる少女の姿があった。肩を出すようなドレスの姿に変わりはないが、前見た時とは違い、少し成長しているのか、体格と身長が出来上がってきているのが見えた。その横には侍女の姿が一人見え、女の服装や髪、薄く唇に紅を塗るのが見えた。その女の性格を考えれば彼女一人でもそれが出来ただろう。だがそれは不可能であるのは、女の両腕を見れば解る。

 

 その女には両腕がなかった。

 

 ドレスの袖の中は空っぽで、重力に従ってぶら下がっているだけだった。

 

 そんな中で、彼女は何かを察知したかのようにゆっくりと振り返り、風が彼女の前髪を揺らした。そこで見えるのは赤と碧のヘテロクロミア―――オリヴィエ・ゼーゲブレヒト、その人の証だった。前は9歳ほどであったが、今では十代前半、良いところで14歳程度の淑女になりつつあった。まだまだ子供ではあるが、少しだけ大人びて見えるのは彼女の纏う雰囲気があるからだろうか。彼女は少しだけ室内に視線を巡らせた。何かを探す様に。彼女の視線は此方を横切り、捉えられていない。

 

「ヴィヴィ様?」

 

 その動きを怪訝に思った侍女が首を傾げ、オリヴィエがいえ、と上品に笑った。

 

「ごめんなさい、懐かしい気配を感じた気がしたので少し気になってしまいまして」

 

「えぇと、誰もいませんよ、ヴィヴィ様? あ、あと、ホラー話は出来たら苦手なので唐突に止めてくださいよ? フリじゃないですからね? ……ホラー話ではありませんよね?」

 

 オリヴィエは首を傾げながらさぁ、と可愛らしく笑った。

 

「どうなんでしょう? 私の勘違いかもしれませんし。陛下もあの日以来似たような反応をしてませんし……ですけど、そうね。今日はなにか、少し良い日になりそうな予感があります」

 

「本当に止めてくださいよヴィヴィ様ぁー……。私、夜は一人でトイレに行けないんですからぁー」

 

 そう言って笑うオリヴィエとは裏腹に、此方はやや冷や汗を掻いていた。聖王の血は争えないか、とも驚く。無論、精神だけで此方にダイブしている様な現状、肉体が存在しないのでそれに付随する存在としての気配なんてものは当然ながら存在しない。だがそれを超えた超六感的なもので、オリヴィエの人生にジャンクションされた此方の存在を察知してきた。ただ、聖王の事を考えれば彼女が明確にこちらを認識する時も来るのかもしれない、と思わなくもない。

 

『或いは君がこうやって憑依する事で君の憑依された情報を知覚するか、それとも構築されている縁で変化を認識しているか―――どちらにしろ、興味深い話だね。場合によっては時間改変による第三視点の認識に応用できるかもしれない』

 

 またジェイルが意味の解らないことを言っている。それはともかく、オリヴィエの両腕が存在しないのを認識する。確か前回のダイブの時、オリヴィエの両腕が腐食していたのは見えた―――この結果を見るに、どうやら完全に腐り落ちてしまったらしい様だ。

 

『こちらの方の話は結構有名だね。原因は不明だったけど、聖王オリヴィエの両腕はアガートラームとさえも呼ばれる銀色の鉄腕を振るっていたとされている。彼女の武の才能はそれはもう凄く、敵兵をその両腕で殴り殺していたとされていたね』

 

 今の化粧をしてもらっているオリヴィエを見ている限り、彼女がそんなことを出来る様な人間には―――いや、待て、と、思い出す。彼女はあの炎の研究所の中で襲い掛かってきた騎士をカウンターで即死させていた。戦乱の時代の女に現代と同じ常識が通用すると考えるほうがおかしいか、と納得しておく。現代では非殺傷設定なんてものが存在するが、管理局の設立前のベルカではそんなものは存在しなかったのだから。この時代では戦いの末に殺す、というのは珍しくなかった時代だ。

 

 とはいえ、現代であっても珍しいという訳ではない。

 

 自分の様にアウトローな環境にいれば、必然と非殺傷設定を使う回数、頻度は減る。非殺傷設定ではどうしてもクッションを置いてしまうため、戦闘で不利になりがちなのだ。それにどう足掻いても非殺傷を設定できない攻撃というのも存在するのも理由の一つだろう。

 

「ヴィヴィ様、お化粧の方が終わりました」

 

「ありがとうございます。では馬車の方をお願いします」

 

「畏まりました」

 

 色々と考えている間にどうやらオリヴィエの方も化粧を終わらせたらしく、侍女の方が部屋の外へと出て行く。それで完全に扉が閉まっていないのは、オリヴィエの両手がない事を考慮してるからだろうか。化粧台の前に座るオリヴィエはふぅ、と化粧台の鏡に映る自分の姿を見ている。その背後へと移動すれば、自分の姿は映らず、オリヴィエの姿だけが鏡に映っているのが見える。当然ながら自分はこの時空には存在していない筈なのだから、当たり前と言えば当たり前なのかもしれない。

 

「ねぇ」

 

 オリヴィエが視線を鏡へと向けたまま、口を開いた。

 

「そこに……いるのか、な?」

 

 敬語を使用しない、素の口調でそんなことをオリヴィエが呟いていた。無論、触れる事も言葉が届くこともない。今、強い気持ちを込めてオリヴィエへと言葉を送っても、それがオリヴィエへと届く気はしなかった。だけども、確かなつながりが自分たちの間には存在する。それだけは感じていた。そしてそれをオリヴィエも感じ取っていたのだろう。だからオリヴィエはううん、と呟きながら頭を横に振った。

 

「継承権を失ったけど、話せる人や手伝ってもらえる人が増えたよ……ありがとう。私、頑張って生きてるよ」

 

 そう言うと小さくオリヴィエは微笑み、化粧台から立ち上がって部屋の外へと出て行く。此方に触れる事もなく、此方の横を歩いてオリヴィエは外へと向かう。その姿を見て、あの時、言葉を送ったのは決して間違いではないというのを確信した。それにしても可愛かったオリヴィエが凛々しく、そして美しく育ってきた姿を見て、

 

 これが娘の成長を見る父親の気持ちか、と思った。成程、確かに世の父親が娘を可愛がる理由も解る。これが父性。

 

『君が老け込むにはまだまだ早すぎるとは思うけどね』

 

 それはまぁ、そうだ。そう思いながらオリヴィエを追いかける事にした。場内の姿は前見たものと変わりがなく、オリヴィエの気配もはっきりしており、簡単に追いかける事が出来る。馬車を頼んでめかし込んでいるという事はどこかへと向かう予定があるらしい。それが今回の人生の分岐点なのだろうとは思う。とりあえずは追いかけてみない事には何もわからない。

 

 

 

 

『―――話を聞いている限り、どうやら継承権を剥奪されたようだね』

 

 数年前にオリヴィエが乗った馬車よりも良い馬車、従者一人のほかに騎士の姿が複数馬車の外を歩いている姿が見え、それが夜の道を進んでいた。ベルカ王城を出た馬車はとある目的地へと向かって進んでいるようで、一切の淀みなく街道を進んでいる。ここにきてオリヴィエの待遇は前よりもはるかに良くなっているようにさえ感じるのは目の錯覚ではないのだろう。

 

『面白い話だ。後世で私達の知っているオリヴィエ・ゼーゲブレヒトは確かに聖王だった。ゆりかごを動かし、そしてその果てにゆりかごの暴走によって滅び、死亡したベルカの最期の聖王、って伝わっている。だけど私たちが知る限り、ベルカは健全だ。王族たちも何人も居たし、そう簡単に殺せそうではないのは見てれば解る。なのに彼女は記録には最後の聖王として残されている……何故だろうね?』

 

 そう言われると確かに、と、馬車の壁に寄り掛かりながら立ったまま思考する。実際の肉体が存在しないせいか、ずっと立っていても疲れないのは結構不思議な経験だった。とはいえ、便利なので特に深くは考えたりしないのだが―――そう、王位についてだったか。王位継承の証みたいなものがゆりかごで、ゆりかごがオリヴィエの使用をラストに喪失されてしまったために最後の聖王として伝わったのではないだろうか?

 

『まぁ、それも十分あり得なくはない線ではあるね。実際、歴史なんてものは勝者が飾るものさ……知っているかい? 聖王のゆりかごが機能停止し、歴史から完全に消失されたのは150年前の出来事だ。そして150年前と言えば何があったのかを知っているかな?』

 

 無論、ミッドチルダ出身で知らぬ者はいないだろう。150年前と言えば伝説の管理局の創設者、伝説の三人が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()時だ。今では最高評議会という形で脳みそだけを残し管理局を支配する怪物。150年も前から存在し続ける生にしがみつく連中だ。

 

『そう、私が生まれ、そして君の手によって決別する事に成功した連中でもある。まぁ、懐かしい話は一旦忘れよう。重要なのはこの時期が重なるということだ―――そして聖王教会の設立もこの時期がベースとなっている』

 

 通信の向こう側でジェイルがにやり、と笑みを浮かべているのが想像できる。つまり、ジェイルが言いたいことはこういう訳だ。

 

 現在に残る聖王教会、古代ベルカに関連する情報の類は意図的に管理局によって検閲され、操作されているものだ、と。

 

『まぁ、可能性の一つとしてはね? 実際古代ベルカは歴史的観点から見ると歴史の敗北者となってしまう。そしてこの場合、歴史の勝者である管理局はいらぬヘイトを向けられる可能性がある。それにベルカの失敗、愚かさを忘れるなと質量兵器の禁止をプロパガンダのごとく広げているんだ。ここまでくるとベルカ人の感情が悪くなるだろう? だとしたら私だったらベルカ側を引き立てる様なストーリーの一つや二つ用意するよ。英雄の物語や献身の物語は誰が聞いても美しい。最後の聖王! オリヴィエ! 彼女は己の身を削ってベルカを救おうとした! だが不完全な禁忌兵器は、質量兵器が彼女の命を奪ったのだ! おぉ、禁忌よ、危険な技術よ! 汝さえなければ最後の聖王も死ななかったであろう―――なんてね?』

 

 流石に管理局がそこまでブラックホールの如く闇を抱えているとは思わないが、無限図書館で働く眼鏡の似合う司書の姿を思い出すとあながち、否定しづらい。

 

 まぁ、管理局が設立当初から選民思想を持っている事は誰だって知っている事だ。魔法を扱えるものと扱えない者の間にある格差は魔法に傾向した社会構築である以上、仕方のない話だ。自分も、高い資質と素質によって大いに助けられている以上は文句は言えない。

 

 言う気分になったら言うけど。

 

『君のそういう素直なところ、私は好きだよ』

 

『ドクター……』

 

『そこ、声の録音を取らない。合成して体は好きだとか捏造しない。男もいけるけどね!』

 

 しばらくはジェイルから距離を取ろう、そう心に硬く誓った瞬間だった。

 

 ただジェイルの戯言はさておき、管理局とベルカの関係の話は非常に面白いかもしれない。何せ、現代における管理局とベルカ聖王教会に関する関連はずぶずぶとも呼べるのだからだ。聖王教会の人間が管理局に所属しているのは珍しくないし、また同時に管理局の人間が聖王教会に在籍しているのも珍しくない。

 

 有名なのはカリム・グラシアだろうか。彼女は聖王教会の騎士としての役割を持っている他、同時に管理局の中でも地位を持っている。そのおかげで聖王教会と管理局の間での人員をやり取りや顔つなぎを円滑に進めている、という背景がある。

 

 ただやはり、ここまでずぶずぶな人間がいるのを見れば、ジェイルの言葉も否定しづらいというのは解る。管理局も聖王教会もお互いに影響を与えている関係だ。いや、上下関係を考えると聖王教会が半ば管理局に組み込まれている形が近いか。

 

 まぁ、どちらにしろ情報が出てないところで考えても無駄だ。管理局の疑惑に関してはこの疑問からおよそ150年後の話だ。管理局を設立する次元平定の伝説の三人に関しても、まだ生まれてすらいない年代だ。考えるだけ無駄な事だ。その事実を再確認していると第六感に引っかかる感覚があった。それを感じ取り、馬車の壁の向こう側へとすり抜けて出て、馬車の縁を掴みながら夜の闇を見た。

 

 完全に闇に同化して、そこには確かに人の気配を感じた。

 

 騒がしい夜が始まりそうだった。

 




 ちなみに公式だと生まれた時点で継承権がなかったそうです。流石にそこまでやると、ん……? ってな感じがしてくるのでちょっと構成を変えたり。ちょくちょくあちこちいじったり、発掘する公式のベルカ情報に合わせてプロット変化させてたり。頭のおかしい奴って大概バイだから怖いよな、って話だったり。

 今更これ、R18でやればよかったかもしれないって思ってる。


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彼女が腕を見つけるその時

 うーん、これは血を見るな。それが素直な感想だった。自分が直接干渉できれば一瞬で終わらせるんだがなー、残念だなー、でもまぁ、めんどくさいから働かなくて良いのはたぶん悪い事じゃないと思う。このヒーローゲージは後半まで温存しておこう、と心の中で呟く。

 

『でもエリクサーって基本的に最後まで使わないよね。使おうってラストになる時にはなくてもどうにかなっちゃうし』

 

 まぁ、世の中、それが理想でもあると言えるから一概に悪い事だとは言えないのだ。ただの貧乏性なのかもしれないが。ともあれ、馬車から降りてその横を歩き出す。そんな自分の視界の中で、夜の闇に紛れて動く姿が見える―――服装を偽装し、闇に紛れるように色を変え、しかしカモフラージュするように身を同化させる姿は静かに、気配を殺しながら馬車を包囲しつつあった。もう少ししたら手遅れになってしまうぞ、大丈夫か? そう思っていると、

 

「―――止まってください」

 

 オリヴィエの声が馬車の内からした。それと共に馬車の扉が開かれ、中からオリヴィエの姿が出て来た。大きく肩を出したドレスのスタイルは変わらず、袖の中にあるべき腕がないのも変わらない。だが体に致命的な欠陥を抱えた彼女は、昔よりも堂々と、そして美しく輝いて見えた。馬車の外へと出た彼女は軽い跳躍と共に馬車から降りて、そうですね、と呟いた。

 

「包囲されていますよ。総員、抜刀のちに近接戦闘準備を」

 

「っ、はい!」

 

「落ち着いてください。まだ初陣を切っていない者はおとなしく経験のある騎士に従ってください。焦らず、穏やかに、二人一組で絶対に行動してください。貴方達はベルカの騎士です。職業としての騎士であり、精神的にも国防を司る騎士です。相手が夜盗であれば心配はいりません。生きる為に畜生に身をやつした存在では普段から金をかけ、鍛えられた貴方達の敵ではありません。そして相手が他国の間者であろうと―――」

 

 馬車から降りたオリヴィエの姿は頼りない。育ったとはいえ、まだまだ少女と呼べるような年齢で、しかも両腕が存在しないのだ。だが胸を張って鼓舞する彼女の言葉には威厳がある。聞くものを魅了し、そして勇気の炎をその胸に灯す生命の輝きに溢れていた。オリヴィエは一瞬で迷いという言葉を振り払った。

 

「―――迷いも心配する必要もありません。私はベルカが世界最強の騎士を保有する国家だと信じています。故に勝つのは我々です。生き残るのは我々です。いつも通り動き、いつも通り倒し、いつも通り勝利します。それだけです。いいですね?」

 

「ハッ! 魂と剣に賭けて!」

 

『……凄いカリスマだ。ウチの子たちまで皆背筋をピーンと伸ばしちゃってるよ。おそらく現代で彼女クラスのカリスマや王気を放てる人間はいないだろうね』

 

 ジェイルからそんな通信が転がり込んでくる。またジェイルも自分も、性格や根性がかなり捻くれているという事には自覚がある。その為、こういう精神的な高揚効果には一切影響を受けなかったりするのだが、それにしても近年感じた気配の中でもかなり強いものだ。たがやはり、まだまだ未熟。あの聖王に匹敵する程ではない。あの男だったらたぶん存在感だけで気絶や心停止に追い込めそうだ。そう思っている間に騎士たちは一切の淀みもなく配置につき、完全に覚悟と迷いを振り払った状態で抜刀、構えに入っていた。

 

 オリヴィエが本当の意味で王族として育っていたら、おそらく国民全体を死兵にでも変えることが出来るだけの能力を発揮しかねないだろう。そしてその場合、おそらく一番不幸な人生を送る事になるであろう、というのは想像に容易だった。失ってこそ人としてはっきりし始めるとはまた皮肉なものだった。

 

「ヴィヴィ様! 外は危ないですよ!」

 

 馬車の中から侍女が顔を出してくる。オリヴィエに戻ってくるべきだと言っているのだろうが、オリヴィエはそれを笑って受け流した。花の咲くような笑みを浮かべ、

 

「大丈夫ですよ―――なんか、今日はちょっと無敵な気分なんです」

 

 オリヴィエがそう言ったのと同時に気配が一気に動いた。闇の中でもはや隠れている事は不可能と理解したのか、馬車を囲んでいた気配が一気に飛び込んでくる。魔力の気配と人体が出せる速度を超えた動きは魔法特有の強化された動きだった。強化魔法によって強化された肉体で飛び込んでくる姿が馬車に取り付けられたランタンによって明るみになる。

 

「夜盗かっ!」

 

 着崩され、汚れた服装を男たちの姿に騎士の一人がそう叫んだ。それと共に一気に魔力と鋼の気配が強まる。戦闘が始まる。その瞬間にはオリヴィエは跳躍していた。夜空へと大きく、身体強化の魔法でさかさまになる様に跳躍した状態、満月に背を向けるように滞空しながら完全に飛び込んできた襲撃者の頭上を取っていた。

 

「たぶん、今夜は何をしても最強ですよ、私」

 

 言葉の直後に姿が落下した。重力だけでは説明の出来ない超加速落下と同時に直下の夜盗の姿を足の振り下ろしによって砕き、叩き潰した。その動きには虹色の障壁の輝きがあり、必要最低限の武器の様に両足に纏われたそれは斧の様な役割を、或いは鎚の様な役割をはたして人体を破壊していた。それによって発生する一切に汚れや穢れも全て弾き、オリヴィエの姿を純白のまま保っていた。そう、聖王の鎧がある。

 

 それはベルカ王家の、聖王家の証。聖王の直系にしか使えない最強の鎧。虹色の魔力によって生み出されるこの世における最強の防御能力である。それがある限り誰も聖王を傷つけることが出来ない。そういう最強の鎧を武器として使う足にのみオリヴィエは纏っていた。身に纏う事はなく、武器としてのみ使う姿を見せていた。それを油断か、或いは慢心か、そう見た者がその姿を引き裂くために襲い掛かってくる。

 

 だがそれは違う。それは誤りだ、オリヴィエは余裕や慢心というものを抱いていない。それがどういう失敗を引き起こすのか、それを彼女は良く理解している―――自分はそれを感覚的に感じ取っていた。或いはオリヴィエのその感情と感覚を共有していた。アレは、そう、

 

 ―――アレは自分が帽子を被り、片手で帽子を戦闘中に抑え続けるのと同じ理由だ。

 

 護衛が近くにいないのを好機ととったのか、夜盗らしき姿がオリヴィエへと向かって接近する。だがそれをオリヴィエは余裕をもって迎え入れた。接近してくる姿に対して自分から一歩、ステップを踏み出す様に接近した。その動きで自由に揺れるドレスの裾と袖、それが運動によって敵に触れないぎりぎりの領域を把握するようにオリヴィエは接近する回避動作を行っていた。彼女へと向かって振るわれる凶刃、それを回避しながら的確に下段蹴りを放った。それは相手の右足の膝を逆方向へと折り曲げ、骨を肉と皮から突き破らせながら砕けた。

 

 更に接近する姿をオリヴィエは何事もなく、同じように対応する。接近しながら紙一重で回避し、そのまま聖王の鎧を纏った虹色の蹴撃をすれ違いざまにカウンターとして放つ事で完全回避と攻撃を両立させる。それに相手が恐れを見せて動きを止めるのならそのまま大きく足を振り抜いて、虹色の衝撃を蹴り飛ばす。たったそれだけ面白いように敵の姿は蹂躙される。まるで舞う様に放たれる連続攻撃は虹色の光によって照らされ、オリヴィエのソロパフォーマンスの様な幻想的な光景を生み出す。その雄姿を見て騎士たちは鼓舞される―――自分たちの姫がああも輝いている中、自分たちが一人としてこの程度の相手に後れを取るのは恥であると。

 

 気づけば勢いは完全にオリヴィエ達側に傾いて倒れていた。アリを踏み潰す象の様な圧倒的な戦いだった。オリヴィエの言葉の通り、騎士たちはどこか未熟な精神面を抱えたところで()()()()である。一日を訓練に費やし、そして金を使って育成されている。たまにストライカー級が野生から出現するから勘違いされがちだが、

 

 本来は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 当然ながら人材の育成とは金と時間のかかる事であり、職業としての人材育成は職業側が資金と施設と機材を用意してくれる。その環境で金の事を気にせず、ひたすら鍛錬を効率的な指導の下に行えるのだから、突然変異によって出現した怪物ともいえる存在ではない限り、訓練を受けた戦士の方が遥かに強いのが当然だ。

 

 故に夜盗と騎士が衝突した場合、当然ながらまともな訓練を夜盗側が受けていたとしても、その()()()()()が圧倒的に高い、国営の騎士団の方が遥かに強い―――元から負ける理由が存在しない。

 

 それに加え、才能とセンス、そして王家という立場から得られる最高の環境で育ってきたオリヴィエが敗北する理由なんてものは最初から存在しない。とはいえ、

 

『いやぁ、増々楽しくなってきたねぇ―――彼女の戦い方、まるで君の様だったよ』

 

 そう楽しそうにジェイルが言った。

 

 自分が帽子を戦闘中に片手で抑えるのは()()()()()()()()()なのだ。これは誘いであり、同時に自分の余裕を保つ為の手段でもある。それに腕を使わないというのは挑発的な行いである。基本的に自分の戦闘スタイルが相手を誘い込み、そしてカウンターを叩き込むというスタイルである以上、相手から此方へと呼び寄せるの手段の一つとしてスタイルやスタンス、構えのいくつかは持っている。だがその中でもわざと懐を開けるというのはよくある誘いの一つだ―――割と多用している。

 

 ()()()()()()()()というのは一番使っている手段だ。

 

『果たして君が影響されているのか、君が影響しているのか……現状、結果を見るに君の方が影響を与えると言っても良いけど、時間軸を考えると君の方が後だ。いやぁ、実にめんどくさくも楽しい話だね。本当に染められているのはどちらだい?』

 

 さぁ? としか答えようがない。そこまで興味のある話でもないし。重要なのはオリヴィエが元気に動け、そして臣下になり得そうな人物が昔とは違って増えている、という事実である。こうやってジェイルとくだらないやり取りをしている間にもオリヴィエは返り血一つ浴びることなく夜盗を殲滅するし、騎士たちもほぼ無傷で連携を取りながら夜盗を殲滅して行く。凄まじいまでの強さを発揮している。明確に殺しに行く、という動きは現代のミッドチルダでは全く見る事の出来ない動きでもある為、新鮮味すら感じる。

 

「ふぅ……これで最後ですね」

 

 閃光の刃を滑る様に回避し、術者の胸を陥没させるほどに強く蹴り飛ばしながら動いていた最後の夜盗をオリヴィエが蹴り伏せた。それによって夜盗の討伐が終わった瞬間、闇の中から高速でかけてくる気配が出現した。隠れる事も隠す事もない強い気配に一瞬で警戒心が最大へと昇るのが見えた。

 

 そして闇から黒が飛び出してきた。

 

「―――傭兵ヴィルフリッド・エレミアただいま参上! お困りの様子にこの僕が助、太刀……を……あれ……。ん? あれ? なんか、もう、終わってる……?」

 

 勢いよく闇の中から飛び出したのは中性的な声と顔立ちをした若い女だった。年齢はおそらくオリヴィエに近く、特徴的なのは全身を黒一色に染め上げている服装だった。黒、黒、そして黒。着ている服装を全て黒で染め上げ、その髪色も黒で染まっている。センスが欠片も感じさせないその服装はしかし、妙にその少女に対して合っているように感じさせた。確かヴィルフリッド・エレミア、と名乗っていたか。

 

『確か管理局主催のU20次元最強決定戦でチャンピオンの称号を持つ人物の名前がエレミアだったはずだね……えーと……あぁ、あったあった。ジークリンデ・エレミアだね。こっちの彼女も趣味の悪い黒一色の服装を好んでいるらしいし、血族かもしれないね』

 

 どちらにしろ、かなり愉快な性格をしているというのは解った。この状況で飛び込んだ上でえぇ、と声を零しながらどうしたらよいのか、それをすごく悩んでいるように見える。そこで動きを停止させたヴィルフリッドは、

 

「えーと……その、お困り……ではない?」

 

「丁度今終わったところでしたね……」

 

「遅かったかぁ……」

 

 どこか煤けたような様子をヴィルフリッドと名乗った少女は浮かべていた。本当に惜しかった、という感じの表情を見せ、オリヴィエへと視線を向けてから周りの騎士へと視線を見せ、そしてオリヴィエの背後に立っている此方の姿を見て溜息を吐いた。そしていや、まぁ、それもそうか……と、どこか残念そうに呟いた。

 

「これだけ凄い人がいるならそりゃあ敗北する可能性もないかー……あー……」

 

「え、えーと、エレミアさん? その、大丈夫ですか?」

 

「うん? 僕? 大丈夫だよ。一族とは別行動中だけどねー」

 

 ヴィルフリッドのその言葉にオリヴィエは意味が解らないのか首を傾げるが、先ほどまで戦闘から退避していた侍女が何時の間にかオリヴィエの横に戻っており僭越ながら、と言葉を置いてから説明する。

 

「エレミアはこのベルカに存在するエリートとも表現できる戦闘集団です。全員が戦士で一族単位で傭兵を行っているそうです。その実力は一騎当千の猛者揃い、傭兵の中でも最強と呼ばれる集団なのですが凄く好き嫌いが激しく、気に入った相手ではないと雇われようとはしない。ただし参戦した暁には絶対に勝利をもぎ取ってくるとか」

 

 そんな言葉を受け、オリヴィエが視線をヴィルフリッドへと向け、いやいやいや、とヴィルフリッドが手を振った。

 

「僕は見識を広げる為と修行の為に一族を一時的に抜けさせてもらってるんだよ。だから襲われている場所を見てこれはお仕事か名声を稼げるかなぁ、と思ったんだけどなぁー……」

 

 どこか遠い目を浮かべて呟いたヴィルフリッドの様子にオリヴィエがくすり、と笑った。

 

「大変そうなんですね、エレミアさんは」

 

「リッド、ヴィルフリッドって呼んでよ、えーと……どこかのお貴族様? うん、エレミアってのは一族の名前であって僕の名前じゃないからね。無論、一族に対する誇りを僕も持ち合わせているけど、やっぱり同年代の子に呼ばれるなら僕の名前がいいしね。だからヴィルフリッドって呼んでよ」

 

「では私の事もオリヴィエ、と呼んでくださいヴィルフリッドさん」

 

「うん、よろしくオリヴィエ。それじゃあ―――」

 

 と、ヴィルフリッドは何かを言おうと口を開いたところでその腹がぐぅぅ、と虫の音を鳴らした。何か口を挟もうとしていた侍女も動きを停止させ、騎士たちもそっと、ヴィルフリッドから視線を反らした。腹の虫を聞かれたヴィルフリッドは少しだけ体を震わせると、頬をわずかにながら赤く染め、

 

「その……ごめん、何か食べるもの、ないかな……?」

 

「ふ、ふふふ……そうですね、折角ですから少し進んだところでもう遅いですし夜営を行いましょうか。まずは死体の方の処理を行わなければいけませんね。病となる前に死体を燃やして供養しましょう」

 

 イヤッホー、と気分よくガッツポーズをとるヴィルフリッドとオリヴィエの姿はどこか、初対面ながらも漸く得られた旧来の友人、という雰囲気があった。或いはこれが歴史的な出会うべくして出会った友人だったのかもしれない。馬車の中へと戻っていこうと歩き出すオリヴィエと、連れていかれるヴィルフリッドの姿を眺め―――少しだけ違和感を覚え、追いかける足を止めた。

 

 ……何か、小骨が喉に突き刺さる様な感覚を得た。

 

 こう、なんと言うべきだろうか……絶妙な気持ち悪さを感じる。腕を組み、しっかりと感じる。果たして自分がここで感じている気持ちの悪さとは何だろうか? 首を傾げながら和気藹々とする少女たちの姿を見送って行く。そこにジェイルが通信を挟み込んでくる。

 

『ふむ……タイミング良く彼女がここに登場した事かな?』

 

 確かにそれも違和感はある。だけどヴィルフリッドの言葉に偽りはなかった。しかもどうやら彼女は此方の事が見えていたらしい。嘘をつくとも思えないし、嘘をついているのなら俺よりも早くオリヴィエの方が気づくだろうとは思う。ああいう女は誰よりもそういう類の嘘に対して敏感なのだから。

 

『成程、全員疑う事しかない私には解らない感覚だな!』

 

『ドクターったらほんとボッチ体質ですね』

 

『ぼっちではない、孤高なのだよ、私はね。理解できる少数がいればそれで満足なのさぁ! 夜盗の様に掃いて捨てるモブの様な人生を送っていないのさ、私は』

 

『うわっ、ムカつく』

 

 それだ、と指を弾いた。その動きにオリヴィエが動きを停止させ、振り返りながら視線をある一点へと向けた。どうやら此方の感じた違和感へとオリヴィエも到達したらしい―――或いは俺が気づいたからオリヴィエも気づいたというべきなのだろうか。どちらにしろ、オリヴィエは馬車へと踏み込む足を外し、馬車から降りてきた。ヴィヴィ様、と首を傾げる侍女の姿を無視して、オリヴィエが歩いて近づいて行く。

 

『ドクターがムカつくって事実がキーですか?』

 

 違う、それじゃない、と返答している間にオリヴィエが目標へと到達している。その視線の先にあるのは―――夜盗の死体だった。まだ綺麗に形が残されているものであり、その姿が確認できるものだった。夜盗の死体は合計で20程あったが、その大半は一撃で真っ二つにされていたり、ぼろぼろになっていたり、と明確に判別できる死体は騎士たちが燃やし始めたこともあって少なかった。オリヴィエが今見ているのはそういう数少ない判別できる死体の一つであり、

 

「どうしたのですかオリヴィエ様? こちらの死体が何か……」

 

「いえ、違和感を感じていまして」

 

 オリヴィエは軽く頭を横に振ってから首を傾げた。そこに腕があったら両腕を組んでいるだろうなぁ、と思えるポーズでオリヴィエは呟いた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「それは―――夜盗だからでは?」

 

 オリヴィエはそうですね、と答えながら頷く。その言葉にオリヴィエの意図を察したヴィルフリッドがあぁ、成程ね、と言葉を呟き、オリヴィエが質問を続ける。

 

「では聞きますが、何故夜盗だと判断したのですか?」

 

「それはもちろん、夜の闇に乗じたこの者がこちらに襲い掛かってきたからです。包囲するまでの動きは慣れていましたが、襲い掛かった時の動きはバラバラで、そして統率が上手くとれていませんでした。それは訓練されていない者の動きです。そして服装と武器を見れば汚れているだけではなく戦いで傷ついた形跡が見えます。という事はこれが初犯ではなく、過去に戦闘を行ったものであると判断できます」

 

「では質問を続けます―――なんで私達は襲われたのでしょう?」

 

 その言葉に騎士が首を傾げた。良く解っていない様子である為、オリヴィエは振り返りながら侍女へと質問をした。

 

「ネリア、ベルカ国内に現在飢えはありますか?」

 

「ありません。この世界有数の経済大国です。村が潰れたという話もここしばらくは聞いていませんし、飢えが地方で発生しているという話も聞いていません」

 

「という事はベルカ人には現在、略奪や窃盗を行うだけの理由がないって事になるよね」

 

 ヴィルフリッドのその言葉に騎士が気づかされたような表情を浮かべ、そうです、とオリヴィエは頷いた。ははーん、こいつら結構頭が良いな? と個人的に考えつつ、オリヴィエの続ける話に聞き入る。ジェイル達もどうやら聞き入っているようで、先ほどから通信の向こう側が静かになっている。オリヴィエはいいですか、と言葉を置いて注目を集めた。

 

 

「私は今、ベルカからガレアへと親善の為に訪問予定です。ガレアはベルカとの同盟国の一つであり、大国です。この世界の平和の為に友好を保たなくてはならない国の一つです。ですから継承権を失った血筋だけの王族である私が親善に向かいます。血筋はそのままですし、継承権がないのでフットワークが他のお兄様やお姉様方よりは軽いからです」

 

 ですが、と言葉を置いた。

 

「それは公開している訳ではありません。当然ながら私も継承権を失っても王族です。護衛の類はつきます。そして夜盗だって馬鹿ではありません。どう足掻いても勝てない相手に対して勝負を挑みません……どうでしょうヴィルフリッドさん?」

 

「とりあえず王族だって事実に先に驚いていい?」

 

「後でお願いします」

 

「じゃあ後で驚くね―――うん。まぁ、正直ベルカの騎士と言えば海の向こうの国まで勇名が轟いているよ。特に国内ともなればその名声も、実情も完全に知らされているようなものだ。もしこの夜盗が本当にベルカの人間だとしたら、20人程度ではどう足掻いても勝てないってことぐらい解るはずだよ」

 

「目先の欲に駆られる可能性は?」

 

 ヴィルフリッドがそれこそ()()()()()と断言する。肩をすくむように両手を持ち上げる。

 

「生きる為に略奪するんだよ? だからこそ絶対に勝てない相手を避けて勝てそうな相手を選ぶんだ。そもそも夜盗や盗賊、追剥の類は基本的に貴族とかに手を出さないように出来てるんだ。そういう連中に手を出すと絶対に報復が返ってくるって解ってるからね。一度は成功しても、そうなると次がなくなる。生きる為に自殺なんて馬鹿な話になっちゃうからね。だからこそ連中は誰よりも狡猾に襲う相手を選ぶものだけど」

 

「だからなんで私達を彼らは襲ったのでしょうか? ……考えてみると、違和感ありませんか?」

 

 オリヴィエの言葉に成程、と呟きながら腕を組む。明らかに訓練された騎士、護衛の体制、奇襲前に気づかれたのに引かず、そして最後に仲間が殺されても逃げずに戦い続けた姿。その姿を眺めているとどこか、夜盗だけでは済まないと思えてしまうのも仕方のない話だった。だが彼らが夜盗ではないとなると―――一体どこに所属しているのだろうか? そう思ったところで、オリヴィエが騎士に頼む。

 

「申し訳ありません、その手を汚す事になるかもしれませんが―――」

 

「いえ、死体を調査しましょう」

 

 迷いのない返答だった。お願いします、とオリヴィエが言葉を出し、騎士がベルトからナイフを抜く。まだ無事に見える死体にそうして近づこうとしたとき、超直感的に危機を感じ取る。それをおそらくはエレミアも同時に感知したのだろう、此方が言葉を出そうとするのと同時にエレミアが動き出したため、手を出す必要もなく、一瞬でオリヴィエと騎士へと接近し、死体との間に自分の体を挟み込んだ。

 

 直後、ぶくぶくと死体が膨れ上がり、肌の色が裏返った。生理的嫌悪感を生み出す色は次の瞬間には異形へと姿を返そうになり―――それよりも早く、ヴィルフリッドの拳が放たれた。大地を踏み潰しながら放たれたそれは死体が乗っていた大地を持ち上げ、目線の高さまで上がっていた。ノータイムで放たれた拳はその先にある存在を文字通り消滅させて行く。その体が見せる異形への変貌、力、それは全てヴィルフリッドの拳の先に触れる事もなく完全に消え去り、死体そのものが存在したという事実さえも消し去った。

 

「ふぅー……危なっ。たぶん自爆だと思ったから跡形もなく消しちゃったけど大丈夫だよね?」

 

「え、えぇ……流石にこれは責める事は出来ません。寧ろ感謝させてください。あまりの気持ち悪さに私も眺めているだけでしたし……」

 

 オリヴィエが申し訳なさそうに感謝の言葉をヴィルフリッドへと送った。あの死体は確かに見ているだけでも生理的な嫌悪感を感じさせる変化を見せていた。肌の色が裏返り、まるで異形への変貌を肉を膨張させながら見せていた。経験上、ああいうのは純粋な破壊を生み出さない。破壊と同時に精神汚染の類をまき散らす事で効率的に破壊を生み出そうとする冒涜の類だ。つまりは、禁止された技術の一つ。

 

禁忌兵器(フェアレーター)。それに類似する技術をこんなところで見るなんて僕もついてないなぁ」

 

 なんてこともなく、それを一蹴したヴィルフリッドが呟いた。そしてそのままあぁ、そうだった、と言葉を続けた。

 

「聞いてくれたらでいいんだけど、なるべく近寄らずに処理するのが一番だと思うよ。調べるなら少し離れてサーチャーを使った遠隔調査とか。でもやっぱり、自爆しそうなことを考えたら余計な欲を出さずにそのまま一気に燃やしたほうがいいと思う。あんまり良い気配がしないし」

 

「解りました。皆もその通り行動をお願いします」

 

 オリヴィエの出した言葉に従い、騎士たちが行動を開始しする。しかし当然ながらオリヴィエの表情は冴えない。

 

「お兄様にもお姉様にも私を狙う理由はもう存在しない筈です。完全に継承レースから外れている以上、そして宮中に対する影響力をほとんど持たない私では取り込む意味もない。だから排除する理由はもはやないから狙われる意味もありません。だとしたら……ガレアですか?」

 

 考え込むようにオリヴィエは呟いた。

 

「現状私の来訪を知って人を用意できるのはガレアだけでしょう。ですがガレアだとしたら手段が余りにも稚拙。本当にガレアがやったのか疑わしい手段です……となるとベルカとガレアで争わせたい国の陰謀でしょうか? でも私一人を消したところでベルカは……あわわわわ!?」

 

 悩み、呟く様子のオリヴィエの腰をヴィルフリッドは掴み、そのまま馬車の方へと引きずって行く。その様子を見ていた侍女がナイス、とサムズアップをヴィルフリッドへと向けている。

 

「ほらほら、悩むのはあとにしようよ、お姫様。もう僕はお腹ペコペコなんだから、さっきの恩にたっぷりお腹いっぱいにして貰わないとだめだしね、これは。という訳で辛いお仕事は一旦騎士達に任せて、僕たちは僕たちでくつろぎながら夕食の話でもしよう?」

 

「もう、ヴィルフリッドさんったら……」

 

「リッドでいいよ、親しい人はそう呼ぶし」

 

「じゃあ……リッド?」

 

「うん……よろしく、オリヴィエ」

 

 仲の良さそうな少女たちの姿を眺めつつ、歴史は新たな流れを生み出していた。めくれ上がった大地の形跡を眺めながら、どこか、底知れぬ深淵に触れた予感があった。これから先、オリヴィエの人生もまだ波乱と共に混沌とする―――その予感を感じながら帽子を被り直した。此方へと視線を向けたヴィルフリッドにウィンクを返しながら、今回のダイブをここまで、とした。

 

 まだ、歴史の真実には至っていないのだから。

 




 R18だったらなぁ! 肉塊から触手が伸びてなぁ! サービスシーンがなぁ! あ、やっぱねぇわ。そして安定のリッドくんちゃん。個人的に服の下にさらし巻いて胸を押さえているとか妄想してたり。

 気分としてはエロゲで2週目以降に出てくる選択肢を選んでいる気分。1週目になかったルートが選べるから以降の展開も変わりつつあるとかいう気持ち。

 古代ベルカ組、幸せになれるルートがあまりにも存在しないから専用ルートの専用話を用意しないと幸せにできないとかいう理不尽。


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その腕は命を壊す為に生まれた

 むくり。そんな声を零しながら起きた。即座にあまりにも輝かし過ぎるイケメン顔を隠す為の帽子を召喚で取り出して被り直す。ジェイルが実験に使用する場所と聞いて、もしかして寝る場所ないんじゃないか? と思っていたが、普通にキングサイズのベッドが置いてあった事には助かった。流石にベッドまで召喚するのは面倒なのだ。そう思いながらベッドから起き上がり、召喚で着ている服装を新品のものと切り替える。あくびを軽く漏らしながらふぅ、と息を吐いて、立ち上がる。

 

 愛用の歯ブラシセットやお風呂セットはちゃんと召喚でいつでも手元に呼び出すことが出来る。そのことを伝えると能力の無駄遣いと言われてしまうが、便利に使えるものを何故使わないんだ……という見識に関しては友人である彼と完全に同意する事なのだ。ここら辺、自分とジェイルは凄く息が合う。それはそれとして、欠伸を漏らしつつそろそろ歯を磨いて顔を洗うか、と、のしのしと足を引きずる様に歩き出す。

 

 部屋の自動ドアにかけていた呪いを送還させながら開き、その向こう側に出て鋼の通路を見た。昨日の内に館内地図を確認しておいて良かったと、内容を思い出しつつ、風呂場へと向かうためにクダを取り出す。毎度毎度転送装置やエレベータを利用するのも面倒だ、自分の現場に召喚してしまえ、思ったところで、隣の部屋から出てくる小さな姿が見えた。

 

「ぉ……は……よぅ……」

 

 眠そうに目をこすりながら掠れる様な舌足らずな言葉で少女が部屋から出て来た。その片手は人形のウサギの耳を掴んでおり、それを引きずる様にふらふらと歩いていた。危なげな姿に近づいて片手で持ち上げる。まだうとうととしているようで、目を開けたり閉めたりを繰り返し、今にも夢の国へと旅立ってしまいそうな姿だった。

 

 この子がオリヴィエのクローン……そのことを思い出しつつ、似ても似つかない姿に、やはり人物とは環境でどうにかなるもんだな、とこの姿を見ながら思った。オリヴィエの周囲の環境は悲惨の一言に尽きた。両腕が失われて初めて人間として見られる程には。オリヴィエにはいなかったのだ―――母親、人間とは何か、愛を与えられるとはいったいどういう事か。それを教えてくれる人間がいなかった。

 

 そしてこの子もそうだ。父も母も存在しない。故に愛に飢えている。

 

 軽く頭を撫でながら朝風呂を浴びてから歯を磨いてシャワーにするか、と聞いてみると頷きが返ってくる。このまま風呂の中で溺れなきゃいいんだけどなぁ、と苦笑しながらクダを軽く振るって召喚魔術を使って、風呂場の方へと自分を召喚し直す事にする。

 

 

 

 

「やぁ、おはよう。ぐっすり眠れたかな? 君の部屋に置いたアロマポットはアレでも貴重品でね、役に立ったのなら幸いだよ」

 

 朝食を済ませて実験室の方へと戻ると、既にジェイルの姿があった。とはいえ、疲れている様子も無理をしている様子もない。それに予想以上に良い部屋だった。おかげでぐっすり眠れた、と朝の挨拶を返しながら返答した。なんというか、ジェイルって結構被験者とかに対しては大事にするし、無理に徹夜して研究とか進めないよな、と言う。それにジェイルはもちろん、と答えた。

 

「実験とは不確定要素の塊だ。そして難しい研究とはエラーが段々と増えて行くものだ。だとしたら焦るのが一番やってはならない事だ。寝ないで作業なんて脳を酷使して作業効率を下げるだけだ。被験者は貴重な実験に参加する為のキーなんだ、一体どこの馬鹿がそれを使い潰すと言うんだい? 大事な実験だからこそ割れ物を扱う様にメンタル、ボディどちらのコンディションも常に最高の状態でキープするべきなのさ」

 

「おかげで私らも結構いい待遇貰ってますからね」

 

「ドクター、やる事や言動は間違いなくマッドなのに、こういう接する部分では妙に人間的というか現実的というか、逆にそこが生々しいっすよ」

 

「正直キャラじゃない」

 

「君たちはほんとうもう遠慮なく私の事を言うようになったよね。最初の頃はずっと怯えていた癖に」

 

 ジェイルがそう言うとわーわーきゃーきゃーとナンバーズと紹介されたジェイルの個人的な助手集団が盛り上がり始めていた。朝から元気だなぁ、と思って眺めていると、大きな眼鏡を装着した助手が此方へと片手で呼び寄せながら話しかけてくる。

 

「実は管理局の方がこちらを調査している気配があるので、場合によっては衝突するか、逃亡する必要が出てくるので。基本的には小隊規模だったら此方で処理して隠蔽しますが、流石に中隊、大隊規模となってくると辛いですし」

 

 その先は言わなくても解っている。管理局の勢力圏内でこんな怪しい実験をやっているのだ、当然連中としても色々と目があるのだから何かあればバレるだろう。そしてその場合、自分がジェイルと関与しているのがばれたらしつこく追及してくるだろう。ただ、まぁ、管理局に対して中指突き立てて俺を捕まえて見ろよマザーファッカー、それとも俺のケツにキスしてみるか、とケツを晒して挑発するのはそう珍しい事ではない。

 

「やったの!?」

 

 やった。一回だけだが。酒を飲んだテンションで一回だけやったのだ。相手が女性だったのでわいせつ罪まで追加されて別次元まで追いかけられた。最終的にチェーンソー片手に切り落としてやるとまで脅迫された。アレは中々刺激的な半年間だった。もう二度と味わいたくないレベルで。

 

「それはそうもなるでしょう……あ、じゃあ今更犯罪歴を重ねた所で問題ない、と」

 

 まぁ、確かにそうなのだが。管理局連中が本当にどうしようもなくなったら、こっちから逃げる手段を用意するからそこはもう、心配しなくてもいい。何せ、こういうシーンをジェイルに任せると自爆装置でここら一帯そのものを虚数空間にでもぶち込みそうなのだから。

 

「アレ? 私がこっそり搭載した自爆装置の話したっけ?」

 

 ほらね、と呆れているとジェイルが助手たちに締め上げられていた。流石にそれは完全にテロの領域を逸脱しているので締め上げられてもしょうがない。というかお前はいい加減に反省しろ。人間に変形合体機構を作る! とかたまに訳のわからない方向へと全力のバク宙で移動し始めるからこいつは本当に頭がおかしい。そう思っていると、隣の部屋の方からあの子を引き連れながら眼帯の助手がやってきた。

 

 しかし、誰もがこうも白衣姿ばかりだと自分だけスーツ姿で違和感を感じる。そんなことを呟きながら駆け寄ってきた少女を持ち上げて、そのまま実験用の椅子へと座る。眼帯の助手は少しだけ不満そうな表情を浮かべた。

 

「うーむ……完全に懐かれているな。何故だ」

 

 答えは簡単だ―――俺が一番父性を感じさせるからだ。見よ、あの邪悪なる科学者を。完全に人類の敵というかそういう感じの気配しかしないではないか。それに比べて俺はイケメン、優しい、仕事はしっかりとこなす。それでいて文句のつけようがないイケメンだ。つまりジェイルという無限暗夜がそばに存在していると必然的にイケメンの光を求め始める。それが子供というものだ。そうすると自然と俺という父性のイケメンに守られたくなる。

 

 証明完了(QED)

 

「成程。納得だな」

 

「悔しいけど私も納得した」

 

 自分から闇である事を認めるのかこいつ……そんな風にいつも通りのギャグで場を盛り上げながら、膝の上に少女を載せ、ダイブの準備に入る。それに合わせジェイルや助手達が様々な準備を進めている。その間に一つ、これまでの予習をしようと思う。とりあえず、話を最初から追う事にしよう。

 

 今、俺はジェイルの趣味に付き合ってこの施設でタイムハックを行っている。

 

 これは遺伝子をベースに過去の時間軸を投影するはずの技術だったが、相性が良かったのか、それとも性能が良過ぎた結果なのか、一時的に過去へと干渉する事の出来るタイムハック技術となってしまった。そのおかげで憑依し、歴史のベースとなっている聖王オリヴィエ・ゼーゲブレヒトに対して限定的な干渉能力を得ることが出来た。

 

 本来の目的は歴史の真実を知る事であり、もっと後年にアクセスするつもりではあった。だが一番最初にアクセスしたのは幼年期。このころのオリヴィエはかなりひどく宮中で疎まれており、侍女や騎士でさえ彼女を嫌っている、いや、恐れていた。

 

 その原因はオリヴィエの完璧さと潔癖さにあった。聖王としての資質が誰よりも大きかったオリヴィエは誰よりも恐れられた。そしてその結果、オリヴィエは兄である王子の一人から命を狙われた。それは魔道実験という形であり、その暴走によってオリヴィエを殺す計画だった。それによって行われた暴走をオリヴィエは生き延びたが、それを知っていた王子は既に自分の騎士を殺すために向けていた。

 

 そんな女騎士との邂逅でオリヴィエは自分という存在の人間らしさの少なさを自覚した。その結果、生を掴んで人になった。その対価としてオリヴィエは両腕、そして子供を産む機能を失った。それが原因でオリヴィエは継承権を剥奪された。だがそれによって漸く、オリヴィエには人間らしさが生まれた。触れられない絵画だったような少女は見る事の出来る名画になった。

 

 継承権を失ったオリヴィエはもはや王族として争う相手でも媚びを売る相手でもない為、自由に接触できる人物となった。その為、王族たちはオリヴィエを恐れるのも殺そうとするのも、下に見るのも止めた。そして従者の世話なしでは生活できなくなったオリヴィエは一般人以下の部分が増えた。そのおかげで騎士や侍女の間では彼女は庇護するべき存在、守るべき存在、或いは助けるべき存在として認識された。

 

 いまだに王族であるオリヴィエは継承権を失っても、それでも国の為にと王族の仕事をこなす。そんな彼女には一緒にそれを手伝う無数の従者たちの姿がある。不思議な事に彼女のカリスマは両腕を失った事で増しているように自分には感じられた。王ではなく、人になった事で初めてオリヴィエの本来の魅力が開花した、と表現してもいいのかもしれない。

 

 そんなオリヴィエはガレアへと親善訪問する為の道すがら、夜盗に襲われた。しかしその夜盗は実はそれに偽装されていたナニカであり、真相は不明である。だがその際にエレミア一族のヴィルフリッドと出会い、オリヴィエはすぐに彼女と打ち解けた。それから二人は親友としてお互いに接するようになった。

 

 ……少し長くなったが、これまでのオリヴィエの話を纏めてみるとこんなところだろうか? まだ二十歳にもなっていないのにこれだけ波乱万丈な人生を送れるものなのだな、と軽く呆れを覚えるが、それにジェイルが口を挟む。

 

「いやいや、それで言えば君も大概だろうに。ただ、それよりも私が気になるのはちょくちょく君が話している内容だね。直接見ていない筈なのにまるで知っているかのようにしゃべっていることが幾つかあるよ」

 

 その言葉にあー、と呟く。高位精神存在をジャンクションする場合、相性が良かったりすると精神の部分的共有みたいな現象は時々発生する。混ざる訳ではなく情報のコピーの様なものなので、そこまで心配する必要はない。召喚術のプロフェッショナルであり、ジャンクションも手段の一つとして利用している以上、そこら辺の対策はしっかりとしている。断言するが精神汚染や混濁、自我融合の様な事故はない。昔、それで失敗した事があるから対策は忘れていないのだ。

 

「まぁ、君がそう言うのならそうだろうけど……ふむ、しかし王女が君の動きをしていたという事は、そういうことなのかな?」

 

 どうなのだろう、と思う。とはいえ普通はそう簡単に発生する現象でもない。やはり、なんかこの技術には違和感を感じる。とはいえ、システム的な部分はジェイルが全てを管理しているし、ジェイルは実験をノリで破産にするような部分はない。継続する事を考えて必要以上に経験を犯すようなことはしない筈だ。

 

 そして自分も、召喚術とそれに付随する術に関しては熟知している。それこそ一流の料理人が自分の道具を完全に把握するかのように。そして断言する。自分たちが監視できる範囲でイレギュラーな変化を発生させる事は絶対にありえない、と。だからこそイレギュラーがあるのなら残るは一つ。

 

―――少女の存在になる。

 

「……?」

 

 だが訳も解らず首を傾げ、そして此方に寄り掛かって抱きついてくる少女の姿に嘘はない。仮面を被っていればそんなのジェイルが一瞬で剥がす。そういう化かし合いに関しては一切敗北のない男だ。だからこの子は本当に心の底から無垢な子供で、何らかの干渉は行っていない。だからこそ余計な不安が混じる。

 

 とはいえ、自分にできる事は少ない。

 

 実験の参加者、そしてオリヴィエの行く末が気になる者として、ただ、

 

 この既知の未知を追いかける事しかできない。

 

 

 

 

 そして再びタイムハックが開始される。聖王の遺伝子を遡って時間軸を遡る。残された遺伝子の中の記録を時空に対して照合させることによって時空間の出来事を引き出して、精神をそこへと召喚、付与する。そしてベースとなった遺伝子そのものに憑依する事で時間を遡り、遺伝子の持ち主に対しても憑依する。そうする事で世界は暗闇から光を取り戻し、一瞬で景色を変質させる。

 

 そうやって変動する世界の中で、見えてくるのは土の大地であり、そして石壁の存在だった。周囲にはそれなりの人の気配があり、騎士や兵士の様な姿をした人々が壁に寄り掛かりながら中央へと向けて視線を向けているのが見えた。空は青く、まだ明るい空が広がっており、春の陽気を感じさせる色を見せており、そんな場所の中央―――おそらくは練兵場。中央である正面奥には両の拳を握ったヴィルフリッドの姿が見え、そして相対するように正面手前、つまりは自分の目の前にバトルドレスを纏っているオリヴィエの背中姿が見えた。そうやって世界の構築が、タイムハックが完了した瞬間、ヴィルフリッドとオリヴィエの口が開いた。

 

「うん?」

 

「あっ」

 

 オリヴィエの方はどこか調子が良さそうな感じに腕を回し、ヴィルフリッドは此方へと視線を向け、迷う事無く両手をバツの字に変えて来た。

 

「よっし! ちょっと待ってヴィヴィ様! うん! 待とうか! 今日は模擬戦なし! 超なしで! タイム! ストップ! これ絶対ダメな奴だって! ほら、なんかヴィヴィ様ってば凄い調子良さそうだしさ!」

 

「えぇ、なんというか欠けていたピースを取り戻したといいますか、安心感を覚えると言いますか……なんか、ちょっと無敵スイッチみたいなものが入った気分ではありますね。たぶん今日、陛下以外となら誰と戦っても勝てそうな気がします」

 

「うん、たぶんそうだろうね……!」

 

 ヴィルフリッドが帰って、と視線を此方へと向けてくる。それに合わせオリヴィエも振り返って此方へと視線を向けてくるが、彼女の視線は此方を突き抜けて行く。やはり、オリヴィエでは此方の存在を見ることが出来ないらしく、少しだけしょんぼりとして表情を浮かべたが、存在感だけは解るのか、調子が良さそうに腕を―――銀色の義手で拳を握った。

 

「なんかいつも以上に身体操作魔法が通りますし、ちょっと強めに行きますよリッド」

 

「わぁい、逃げたーい―――と、言いたいところだけど僕は今じゃヴィヴィ様の食客としておいてもらっているしね。っよーし、上司兼友達との頼みじゃあ断れないかなぁ……エレミアン・クラッツで戦うよね?」

 

「あ、ちょっと試したい事が」

 

「だと思ったよ」

 

 絶対恨むからな、という表情をヴィルフリッドは浮かべてから一瞬で気配を変質させた。本気を出すつもりはなさそうだが、拳を握る姿からは一切の隙を感じさせず、攻めの難しさを感じさせる。とはいえ、完全に本気という様子でもなさそうだ。これならオリヴィエでも勝てる余地があるな、と判断する。ヴィルフリッドが焦っているのは表面上だけだ。ある程度はふざけているという部分がある。今も構えて切り替えているが、それでも決してオリヴィエに対して必要以上のダメージを出さないように制限している。それだけの実力差が両者には存在している。

 

 故にヴィルフリッドが構えるのに合わせてオリヴィエも構えた―――銀色の義手、その指を丸めるように拳を作った。それを引き、わずかに体を開けるように構えた。それは相手が飛び込んでくるための間を作る為で、ある種の余裕を見せる行いでもあった。それを見てヴィルフリッドがうーん、と呟く。

 

「解っていなきゃ隙だと思うし、解っていれば挑発。どちらにしろ物凄くめんどくさいというか、捻くれた戦い方だよ、それ」

 

「そうですか? なんとなくですが合うんですけど」

 

「うん、なんでだろうねー」

 

 緩い声を発しながらヴィルフリッドが一気にオリヴィエの懐へと飛び込んできた。言葉とは裏腹に鋭い動きは瞬きでもすれば見逃してしまいそうなもので素早く、そして正確にオリヴィエの拳が振るわれづらい場所へと踏み込んできた。だがそれにオリヴィエは反応を向けた。懐へと飛び込んでヴィルフリッドの横を抜けるようにその時は踏み出していた。まるで当然の様に踏み込んでくることを知っていたかのように。そしてそのすれ違いざまに、

 

 回避、そして蹴撃。ヴィルフリッドの拳と蹴りがぶつかった。弾き合いながらもヴィルフリッドがオリヴィエに追従する。流れる様な動きでヴィルフリッドが繰り出す拳と蹴りのコンビネーションをオリヴィエは動きを一切止めることなく、練兵場を横断するように移動しながら紙一重で回避し続ける。それと同時に一撃一撃、ヴィルフリッドが攻撃を挟み込んでくるたびに絶対に一撃をカウンターとして蹴りか拳を返す。

 

「うーん、ヴィヴィ様? その丁寧に一発ずつカウンターするのは人によっては挑発にもとれるから止めた方がいいよ? 性格悪いって思われるから」

 

「そうですか? あまり意識していないんですけれど」

 

 言葉を放ちながらも二人の動きは一切変化せず、回避、攻撃、防御、攻撃、回避、という一連の流れが淀みなく、練兵場を常に移動して回りながら発生し続ける。その様子を眺めている兵士や騎士たちが声援や口笛を吹きながら応援している。

 

「いいぞ坊主―! 今日も勝ってくれ! 夕食のおかずを賭けてるからなぁー!」

 

「ヴィヴィ様―! 負けるなー! 今日は勝ってくれると信じてますからねー!

 

「王道の相打ち一点狙いですねぇ……」

 

 勝手な言葉を吐きながらも練兵場そのものは盛り上がっており、楽しそうな声が響く。その中心でオリヴィエとヴィルフリッドが踊る様に戦闘を続けていた。オリヴィエとヴィルフリッド、互いにこうやって手を合わせた戦いをするのは初めての事ではないらしく、慣れた様子で互いの手を潰し、受け流し、回避し、防ぎながら動きを停止する事無く戦闘を続行する。

 

 普通に戦っているように一見思えるが、その実は細かい動きをヴィルフリッドが指導しているのに近い。普通に教えるのではなく戦いを通して間違えている場所を指摘、そこへと攻撃を叩き込む事で適応し、自分で修正させて行く。オリヴィエの才能は高い。それこそ天賦と呼べる領域にあるモノを持っている。だからこそ下手に教えるよりは、お手本を見せてその型を体験させ、自分で学習させた方が効率が良い。

 

 ヴィルフリッドの動きを見て、其方此方の動きを覚えて、それをオリヴィエが自分の形として少しずつ形成して行くのが見える。

 

 オリヴィエにしかない武器―――聖王の鎧。エレミア一族の武術を基本的な動きに取り入れる事でどんな状況、環境でも対応できるようにしつつ、要所要所の動きを聖王の鎧で補正し、確実に動きを誘ってから合間を抜けてカウンターを叩き込んで行く。驚異的な事に、動けば動くほど粗がなくなって行く。まだまだ足りない部分は多くても、基本的なスタイルという部分ではだいぶだがオリヴィエの完成された形は見えていた。

 

 後は鍛錬を繰り返し、粗を削るのと地力を高め、経験を積み続けるだけ。

 

 派手さが欠片もない、地味な時間になる―――だが、それでもオリヴィエは楽しそうに体を動かしていた。腕を大きく振るって、それが本当に動くのだ、と証明するようにひたすら何度もヴィルフリッドとぶつかり合っていた。

 

『実際、腕を数年間失っていたからね、動かせるとなると相当楽しいんだろう。腕がないとそれだけで体のバランスは大きく変わるしね。事故で腕を失った人間は急なバランスの変化から良く転んだりするらしいよ? まぁ、そこまで至らないのは流石の才覚とでもいうべきなんだろうけど、今でさえ魔法を使って腕を動かしてるんだ、楽しいのは事実だろうね』

 

 ほんと不幸なのに何故その上で更に不幸になるのだろうか、この娘。

 

 よほど時代そのものが殺しに来ているのだろうか―――それとも狙われたことなのだろうか? どちらにしろ、手出しは出来ない。自分が出来るのはこの娘の軌跡を追いかける事だ。

 

 楽しそうに笑いながらヴィルフリッドと鍛錬をしているのを見ると、少しだけ、胸が痛む。

 

 だがそうやって鍛錬しているのも長くは続かず、オリヴィエとヴィルフリッドの戦いはヴィルフリッドが耐え切ったことで引き分けて終了する。肩で息をするオリヴィエに対し、ヴィルフリッドはまだまだ余裕そうな表情を浮かべていた。オリヴィエは少しだけ頬を膨らませ、勝てなかった事に不服を覚えているようだったが、そこに戦いを見守っていた侍女がやってくる事で表情を元に戻した。

 

「ヴィヴィ様、そろそろ準備をしなくてはなりませんので」

 

 その言葉にそうですね、とオリヴィエは頷き、ヴィルフリッドに別れを告げてから歩き出す。歩き出すオリヴィエの背中姿を眺めていると、ヴィルフリッドが此方へと視線を向けてくるが、周りへと視線を向け、諦める様な様子を浮かべた。

 

『ふむ……話したい事か、確かめたい事があるのかもしれないね。今のところ、直接会話をしたような相手はいない。あのエレミアの子は明確にこちらを認識している。会話が通じるかもしれないし、隙を見て話しかけるのも悪くないかもしれないね』

 

 確かに、と納得していると一瞬で視界が暗転し、それが再び景色を映し出した。先ほどまで練兵場にいたはずなのに、いつの間にか練兵場を出て歩くオリヴィエの隣へと移動していた。

 

 ……どうやら、あまりオリヴィエから離れる事は出来ないらしい。オリヴィエに自分をジャンクションさせていることを考えれば当然と言えば当然なのだが。ただ実験していなかった事であるが故、少し驚いた。ここまでの異次元な経験は自分も初めてであるのに違いはないし。どうやったら話す隙を見つけられるものか……と考えつつ、オリヴィエと侍女は場内へと戻っていった。

 

 その先にあったのはどうやら風呂場らしい。脱衣所で侍女がオリヴィエのドレスに手をかけるところで、

 

『この映像って聖王教会の解る人間に売ったら研究資金に―――』

 

『あ、しばらくオペレーターを交代させて貰いました』

 

 現代から聞こえてくる殴打と唾を吐くような音にジェイルが制裁を受けているのは想像しやすかった。あいつ、そういう所を一切の遠慮もなく口にするからダメなんだよなぁ……と思っている間にオリヴィエはドレスを脱ぎ終わっていた。流石王族、脱がしてもらう事には慣れているのか、と思ったがよく考えれば両腕の動かない時期がある他、その両腕自体が魔法なしでは動かすことが出来ない代物だ。誰かに脱がしてもらうのも当然だった。そう思っている間に義手そのものも外し、置いて行く。

 

 両腕を外し、体を露出し、そしてその肩部の義手用のソケットを晒した状態で、脱衣所内を見渡す様に視線をオリヴィエが向けた。その様子に侍女が首を傾げた。

 

「ヴィヴィ様?」

 

「いえ……なんでもありません。それよりもいつも通りお願いします」

 

「えぇ、解っています」

 

『両腕が使えないと世話は他人に任せるしかない、か。義手を得ても生活用ではないように見える。やはり日常生活の不便は免れそうにないな』

 

 オリヴィエの場合、王族という環境下で付き人や侍女がいるだけまだマシだと思う。求めれば世話をしてくれる人間がいるのだから。とはいえ、憐れんでしまうのはしょうがない話だろう。実際、健全な肉体を持つ人間からすれば彼女は欠損しているのだから。

 

 しなやかな肢体に控えめな胸を持つオリヴィエは天に愛されたとでも表現すべき肉体を持っていた。やはり聖王の血筋を一番濃く受け継いだのは彼女だった、と聖王の姿を思い出しつつ、浴室の壁に背中を預け、二人の会話に聞き耳を立てる。

 

「ヴィヴィ様……どうしても行くのですか?」

 

「えぇ。ベルカとしてもシュトゥラには友好の証を見せたいところでしょう。あそこは小国ですが大勢の魔女が住んでいますし、王家と友好を結んでいます。魔女の使う魔法……魔術は我々が使う魔法とは毛色が違い、戦争になれば間違いなく面倒なことになります。だからそれを利用できるシュトゥラとはなるべくですが敵対したくないのでしょう」

 

「ですがヴィヴィ様、表向きは留学ですが本当のところは―――」

 

「えぇ、人質でしょう」

 

 侍女に体を、髪を、義手の接合部分を丁寧に洗って貰いながらオリヴィエは納得していた。彼女の価値を最大限に利用するのであればこれがおそらく一番良い方法なのである、と。オリヴィエの中にある納得感を自分の中に感じ取っていた。オリヴィエはそこに諦め等の悪感情は抱いていなかった。

 

「それにシュトゥラは元々友好国です。シュトゥラ王も善政を敷き、過度な差別を嫌う人物だと聞いています。留学という名目で人質に出されていますが……その実は陛下が私の幸せを願っての事だと理解しています」

 

「陛下が、ですか? 正直なことをおっしゃると陛下がとは……」

 

「そのような方……には見えないでしょう」

 

 王は人であってはならない。人のまま王になると、人としての判断が王を滅ぼす。その為に人が王であってはならない。これは古くから伝わる言葉だ。そしてそれを聖王は実行している。判断は王としてこなす。だがそこで人心を逃さないようにしっかりと人として個人には付き合っている……のだと思う。だからこそ、

 

「陛下は……たぶん、負い目を感じている所があるんです。私に対しては一度足りとしても人として、親として接した事がありませんでした。ですが継承権を失い、争いから脱落した私であれば、少しぐらい贔屓しても問題ないと思ったのでしょう。それにベルカ国内は悪い思い出が多いですから……出来る事なら国外で幸せになってほしい、という親心があるんだと思います」

 

「陛下が、ですか? ……陛下が、です、か?」

 

「あの、陛下が少しかわいそうなのでそこまで言い淀まないでください。一応あの方は私の父親なので……」

 

『一応』

 

 まぁ、オリヴィエもどこか、父親として振る舞ってくれない聖王の姿に不満を覚えていたのかもしれない。とはいえ、そこからは楽しそうに笑みを浮かべた。

 

「今までは危険だからと何かと理由をつけて義手をつけられませんでしたが、リッドが来てからはそれも改善しました! そしてシュトゥラへと向かえば勉強に鍛錬、買い食いだって出来る筈なんです。王族という身分は変わりませんが、国外に出て留学生という名目であれば必要以上に囚われません……事実上の自由ですよ、これは」

 

 楽しそうに笑うオリヴィエは侍女による洗いを終わらせられ、そのまま大浴場の中に身を沈めた。その姿を見てから天井を見上げ、そして考える。オリヴィエが死んだとされる年齢まで既に半分は過ぎ去って、数年という段階まで到達しているのだ、と。

 

 この旅も既に半分は過ぎているという事であり、段々とだがその終わりの方も見えて来た。最終的にベルカはロストロギアの暴走によって崩壊したと言われている。しかし、そこに進むには何らかの理由が必要である。

 

―――そう、例えば戦乱とか。

 

 あの夜の出来事、オリヴィエを襲った夜盗の姿を思い出し、しかし思考する。このシュトゥラという国への留学は本当にそのまま終わるのだろうか? 自分にはどうしても、これが平穏で終わるとは思えなかった。

 

 オリヴィエの歴史を形作るその最後のピースを形成する為に向かうような……そんな予感を感じていた。

 




 申し訳程度のサービスシーン。

 今回でシュトゥラ行くかなぁ? と思ったけど次回へと持ち越しで。拗らせ覇王ケモ耳魔女っ子とかシュトゥラ、ちょっと属性力高くないかお前? と思いつつこの物語ももう折り返し地点は超えた。メインキャラ全員揃ったらそれでもう終盤突入と思うと古代ベルカはほんと短いというか、圧縮されているというか……。

 やっぱ問答無用で幸せになれるなのセント時空が最強か。


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彼女は解き放たれ死地へと迷い込んだ

「―――これが空、ですか」

 

 横を雲が通り抜けて行く。目の前には無限に広がる空が見え、地上は遥か下に置いてきている。そこは自由の世界だった。魔力障壁によって吹きすさぶ風はかき分けられ、頬をくすぐる様な柔らかさまで抑えられ、寒さを感じないように調整されている。だがこの空は何にも束縛されていない。完全に自由で、どこまでも広がって行く景色にオリヴィエの胸の中に感動ともいえる感情が沸き上がっていた。そう、彼女は生まれて初めてベルカという土地から遠く離れた国へと向かうのだ。ベルカという大地に彼女は縛られていた。そこを出る時もベルカへと戻る事を考えなくてはならなかった。

 

 だけど今、その心配も必要なかった。

 

 王族、上級貴族に限り()()()()()()()()()という許可が出ていた。オリヴィエには既に王族としての価値はないに等しいのは、彼女が継承権を完全に失い、継承レースから外れた事にあった。だからオリヴィエに関して価値があるのはその血筋―――そして聖王家のみが知る、聖王核と呼ばれる核の存在のみ。その存在を他国が知らない以上、狙われる事もない。

 

 故にオリヴィエは王族という立場から自由に降りるチケットを手にしていた。それは彼女にいまだかつてない開放感を感じさせていた。義務がない自由な時間……それがオリヴィエに与えられていた。それを感動と共にオリヴィエは初めて実感していた。その感情が彼女の胸に湧き上がり、此方へと感染するように広がっていた。俺が彼女の考えや感情を感じ取れるのは当然だ―――精神そのものに憑依、付与しているのだから。いうならば寄生している様な状況なのだから。とはいえ、生まれた時からフリーダムだった自分としては自由を得た、それだけでここまでの感動を感じるオリヴィエに対して、愛おしさを感じていた。

 

 ただ未来を知る以上、彼女に輝かしい続きは来ないのも知っている。

 

 ここはシュトゥラへと向かって飛行する飛空艇の上。オリヴィエは突き出るように前方に伸びる甲板の上、進める一番前まで進み、そこから広がる景色に魅入られるように眺めていた。見た事のない空、見た事のない大地、そしてどこまでも続く、ベルカではない世界。初めて鳥かごを飛び出して進んで行く冒険に、彼女はずっと世界を甲板から眺めていた。

 

 そんなオリヴィエから少し離れた場所、ぎりぎり彼女から目撃できない甲板にある入り口付近の影に、壁を背にして寄り掛かっていれば、正面には全身黒の姿が見える―――ヴィルフリッド・エレミアだ。此方の事をしっかりと認識できる彼女は此方の前に立っており、しっかりと両目で捉えているのが見えた。前々から此方を認識していた彼女はしゃべりたそうにしていたが、周りの目もオリヴィエの事もあり、できなかった。だが今、外の世界を見るのに夢中なオリヴィエが意識を回していない時がチャンスだった。明確にこちらに対するコンタクトをヴィルフリッドは取ってきた。

 

「で―――お兄さんでいいんだよね?」

 

 どちらかというとイケメンだと主張したい。その事実の前に男か女だなんて些細な問題ではないのだろうか?

 

「確かに」

 

 そして俺がイケメンであるのと同時に君は美少女である。つまりここにイケメンと美少女という究極のコンビネーションが完成されてしまったという事実が完成された。これを良く考えてほしい……イケメン、そして美少女、そんな二人が実は何もなかった、というのはあまりにも絵的にももったいなくないだろうか? 絵として完成された二人組がこう、一緒にいるだけで見ている側が幸せになる気分はないだろうか?

 

「一理ある」

 

 つまりここで言いたい事は、イケメンと美女が揃った以上、ここは絶対にデートするべきである、という事実だった。

 

『すげぇ……アイツ、過去の人間をナンパしてるぜ……』

 

『ある意味史上初だな』

 

『別の意味で人類には早すぎた』

 

 個人的な事だが美少女を美少女と言って何が悪い、と思う。そして自分がイケメンであることを誇って何が悪いのだ、とも。人間の第一印象なんてものは大体清潔感、そして容姿からやってくる。あ、こいつ綺麗にしているけどちょっと格好悪い……きっちりしているけど恵まれなさそう―――なんて風に思われたりもするのだ。だから人間、しっかりと自分の見た目を適度に気を使っておくべきなのだ。第一印象とは割とコミュニケーションでは重要なところを取るし。そして同時にそういう部分に気を使っている人間はちゃんと褒める。褒めなくては頑張る意味がないから。

 

 そして大抵の人間は褒められてうれしいものだ。

 

 一部は褒められて当然だとか、褒められる事に飽き飽きだとか特殊な方々も存在するが、経験上褒められて気分を悪くする人間は少ない―――そう、イケメンに褒められると大抵の人間は喜ぶのだ。それはそれとして、見事な会話が時空を超えて成立してしまった事が証明されてしまった。なんという恐ろしい事実だろうか。

 

 人類が時空を超えて一番最初に行った事はナンパだった。

 

『あまりにもひどすぎる』

 

 そしてもう一つ、悲しい事実にオリヴィエの守護霊をやっている関係上、肉体が己には存在しない。正確にはここにはないし、持ち込むことも物理的に不可能だ。つまりこうやってヴィルフリッドの可愛いお顔を拝見し、洒落たジョークの一つでも披露してその関心を買うことは可能ではあるが、そのアフタータイムのデートへと誘う事は難しいのである。手でも掴めれば伊達男としてエスコートの一つでもしたのだが、やはり物理的干渉は不可能である。残念ながら、一緒にディナーの約束を取り付けられないのである。

 

「軽い気持ちで話しかけてみたけど面白すぎてちょっと後悔してきた。笑いださないようにちょっと我慢してるから覚悟する時間だけちょっと良い?」

 

 無論、許可を出す。とたんに、ヴィルフリッドが背中を向けながら両手で腹を抱えて、笑いをかみ殺している。その間にサムズアップを虚空―――つまりは現代に存在するジェイル達へと向ける。なんかもう、ミッションコンプリートでもした気分であった。

 

『君、根本的に女の子好きだよね。見かける度にナンパしているし』

 

 当然、女の子の相手をするのは大好きである。可愛いものは愛でたいし、仲良くなりたいし、男としての当然の欲求である。俺はそこらへん、一切隠さないし、抑圧するつもりはない。そういう事を含めて世間を好き勝手生きているのだから。だからこそジェイルとウマが合うのだけれども。

 

『その割には私達の事は誘わないわよね』

 

 助手の一人の言葉にそりゃあそうだ、と答える。ジェイルの言葉で大体の正体は察しているし、自分の審美眼で判断させてもらえれば主観での経験年数はおそらく二桁にも届かないレベルだろう。流石に一桁の子供にアプローチをかける程節操のなさを見せた覚えはない。未来へと向けて清く正しく育つ為に今のうちにたくさん遊んで、たくさん経験して、そしていい女に育ってほしいものだ。自分としてはお誘いを賭けるのは最低ラインで18からと決めているのだ。それ以下は性犯罪者になってしまう。ただレディとして扱ってほしいというのであれば待遇を考えよう。何せ、それが紳士という生き物だからだ。

 

 俺はジェイルと違って性癖は普通なのだ、ジェイルとは違って。

 

『ドクターの友人の癖して常識的な事を言ってる……』

 

 何故そこでそんな扱いをされるのかが解らない……そんなコントを繰り広げている間にヴィルフリッドは覚悟を終わらせたのか、尻尾の様に伸びる艶やかな黒髪を揺らしながら此方へと向き直り、サムズアップを向けて来た。本当に元気な娘だと思う。こういう破天荒さを隠さないタイプは基本的に性質として相性が良いと自覚している為、サクっと会話に入れる。しかしここで同時に思う。自分の目的、そして先の展開をどうにかしてヴィルフリッドに伝えたほうが遥かに早いのでは?

 

 そう思いさっそく実行する。

 

―――kjjはふぇfぴねyらい。ふhふぇsぱ。

 

 完全にダメだった。言語が自動的にスクランブルされて検閲された。自分の口から言葉を出そうとすると自動的に舌が動いて言葉にならない音が出てくるような気持ちの悪い感触だった。これを見るに、未来の情報に抵触する事を伝える事は出来ないらしい。ほかにも手段を試そうとしても、どうせ同じような結果に至るだろう、という事から実行するのは止めておく。

 

『興味深い話ではあるけどね。言葉を話すのを阻害されたという事は自動的に妨害するシステムか、或いはそれを感知する法則が存在するという訳だ。これは面白い。私たちがまだ解明していない、或いは知覚していない概念・フィルターが存在しているという訳だ』

 

 目に見えないものがあるのは残念だ。見えれば殴り飛ばせるのに。そう思いながらヴィルフリッドに少々置き去りにして済まない、と軽く謝る。だがそれをヴィルフリッドは気にした様子を見せなかった。

 

「その様子を見れば善性の存在だっていうのは解るからね。ヴィヴィ様を調子づかせている原因の一つになっているような気もするが、悪い者じゃないってのは解った。本質的には守護者(ガーディアン)みたいなものらしいし?」

 

 そこは心配しなくても良い、と告げる。あの子に対して悪影響を与えるつもりはない。いや、自分が関与していない範囲でどこか悪影響を受けているのかもしれないが、進んで彼女の人生を壊そうという意思はないと断言できる。寧ろその逆で、見守りたいと思っている。まぁ、それにしたって物理的な干渉は叶わないので、見ている程度の事しかできない。たまにエールを送るが、それにしたって聞こえている訳じゃない。

 

「まぁ、感じ取っている、ってだけの感じだよね。良かった……悪いものじゃなくて。シュトゥラに行く前に懸念事項を処理できてこれで僕もすっきり眠れる」

 

 それは非常にようござんした―――果たしてこれが歴史として本当に残るのか、あとの結果として未来に残るのか、そもそも本当に変化を発生させているのだろうか、それらは不明だ。だが自分が体験していることが真実であり、事実であり、現在発生している時間軸の改竄であるならば、そこに意味はあるのだろう。

 

 やや変則的ではあるが。

 

 ヴィルフリッド自身は此方がどういう存在かを大体見極めたらしく、心底安堵を覚えているようで、会話がいったん途切れたところで此方に指を突き刺している。半透明な状態でこの時間軸に具現化している以上、肉体は持たず、ヴィルフリッドが突き刺した指は当然ながら此方の体を触れずに貫通する。

 

「おぉ、凄い。消滅消滅……あ、通じない」

 

 今軽く即死級の攻撃で遊ばれたような気がするが、気のせいとして処理しておこう。それよりもオリヴィエの方がヴィルフリッドを探す様に我に返り始めている為、オリヴィエの方を指させば、此方に手を振ってヴィルフリッドがオリヴィエの方へと戻って行く。その姿を見送ってから帽子を被り直し、軽く位置ズレを直す。なぜだろうか、どうにも嫌な予感がしてきたという感じがある。

 

 自分の経験上、訳の解らない部分が増えるのは良くない兆候だと思っている。場合によってはこういう部分が致命傷につながるのだから。

 

 甲板の端、船首に最も近い場所でヴィルフリッドと、そしてテンションの高くなったオリヴィエがキャーキャー言いながら楽しんでいるのが見える。ここには彼女を守る騎士は居らず、個人的にオリヴィエについて来た侍女が数名居るだけだ。立場から彼女は解放されても、しかし、運命はまだ彼女を解放していなかった。この手で実際触れることが出来るようになればそれこそこの時代から連れ出してやるんだけどなぁ、と思わなくもなかった。

 

『君ならやりかねないから止めなさい。場合によっては私たちが生まれなくなるから』

 

 それはそれでまた一興―――それまでの存在だ、という事だ。俺が本当に誰かに、世界で必要とされているのなら、運命如き捻じ伏せて存在できる筈だ。消えたら消えたでそれだけの話だ。そう考えるとまた、悪戯に、或いは軽率に運命を変えるのも面白いのかもしれない。

 

 

 

 

 現代の様な空港や発着場の様な施設が存在する訳ではなく、飛空艇は直接目的地へと接岸するような形で運用するのがこの時代の基本である。そもそもこの時代、飛空艇の類は数が少なく、長距離の移動は転移か、或いは陸路が基本である。無論、飛行魔法は存在し、飛行して移動する事も出来るが、飛空艇はそれらとは別の娯楽という意味も存在する。

 

 確かに転移などを使えば移動は早いだろうが、飛空艇一つ保持するのに大量の金がかかる他、その技術力や外観は見るものを圧倒することが出来る。美麗な飛空艇を保有する事は一つの自慢になるのだ、ステータスとして。つまりベルカがオリヴィエを飛空艇で送り出したのにはそういう意味があったのと、同時にオリヴィエに対して空の旅を提供する為でもあったのだろう。飛空艇下部にあるガラス張りの壁の部屋では空の景色を眺めながら食事をとることが出来、普段とは違う贅沢を経験できていた。

 

 その味が自分には伝わってこないのが非常に残念であったが。

 

 ともあれ、ベルカから国をいくつか超えてシュトゥラへ。それはベルカの同盟国であり友好国の一つ。オリヴィエの留学先、或いは受け入れ先ともいえる国家であった。シュトゥラの首都、その名前はもはや歴史に残されていないが、そこにはベルカにも負けぬ王城が存在し、そこには突き出たテラスの様な形の場所があった。そこが飛空艇用のポートであったらしく、王城の五階に当たる場所、突き出たテラスに接岸するとそこで浮かんだまま、動きを停止させた。直接王城へと降りるらしい。

 

 現代では警備だとか安全性だとかパスポートとか、そういうことを考えてできないスタイルである。まだ一部の人間のみが個人か集団で保有しているからこそ許せるスタイルとでも言うべきか―――そうやって接岸させると、城と船が繋がり、降りることが出来る。そうやって降りるのはヴィルフリッドとオリヴィエ、そしてついて来た二人の侍女だった。それ以外は誰も降りる人は居らず、それがベルカからついて来た人たちの全てだった。

 

 寂しく思えるも、ちゃんとオリヴィエを迎える人員はいるようで、オリヴィエと同じく、着飾った服装をするヘテロクロミアを持つ緑髪の貴族らしき姿が迎えていた。

 

『今更ながらヘテロクロミアは何らかの形で遺伝子に対する改造を施した証なんだよね。解りやすい形で優性因子の証拠を残すために子孫にはヘテロクロミアを発現するようにしたのかも。まぁ、この時代のベルカでは珍しい話ではなかったらしいね。尤も昔のベルカは次元侵略などを行っていて、そのころはより強力な兵器を作る為に人体改造を日常的に行っていたらしいし』

 

 つまり聖王家も元は人体改造の被害者から生み出された一族―――そう考えるとベルカは色々と負の遺産を残し過ぎているような気もする。

 

『禁忌兵器に質量兵器、現代まで触れるなって認識を残しているしね』

 

 改めて思う、滅びは当然だったのかもしれない、と。そんなことを考えながらオリヴィエを追って飛空艇を降りると、王城の方からの迎えが出て来た。青年が一人、女が数人という様子に後は騎士達だった。そこに大人の姿を見ない辺り、自分から顔を運ぶつもりはないのだろうというのは理解できた。

 

「ようこそシュトゥラへ、オリヴィエ・ゼーゲブレヒト殿下。お待ちしていました」

 

「歓迎ありがとうございます。ですがオリヴィエ、だけで十分です。既に継承権を失った私では王宮に対する影響力はありません。ここでは留学の為、学生という身分で来ましたし」

 

「それでは俺の事もクラウスと呼んでください。この国の王子ですが、立場上は同じ学生になりますから」

 

 凄いイケメン力を感じる好青年がオリヴィエと握手を交わした。義手である鋼の腕と握手を交わしても一切の嫌な顔を浮かべず、疑問にすら思わず、人の良さを表現したような顔をしていた。イケメン力の高さを感じさせる青年だった。ただし、そこで口説きにいかないのは本当にタマついてるのか? と疑問に思わざるを得ない事だった。

 

『君は節操を覚えたほうがいい。というか君、女性と仲良くなるという行動自体が目的だよね? 特定の相手を一切作らないし』

 

 それがおそらくこの世で最も無駄で、スリリングで、そして運の要素が強く、どうにもならない事なのだからこそ楽しいのだ。

 

『最低ですねこいつ』

 

『こういう所は絶対に私に劣らない屑なところだと思って自慢してる』

 

 一部知人の視線がきついと思ったが原因お前かよ、と軽く茶番を挟みつつ、王族たちの様子を伺った。どうやら和やかに話し合う王族たちはこのまま、どこかへと挨拶へと向かうらしい。その間、シュトゥラ側の人間で、此方を知覚できそうな存在は一人もいなかった―――考えてみれば見れたのは聖王、そしてヴィルフリッドの二人だけ。

 

 歴史的に意味のある人間ではなく、特殊な才能か能力が必要なのかもしれない……或いは改変耐性だろうか。そういうのは概念クラスまで突き抜けた能力を持った連中でもない限りは持っていない為、超希少で次元世界を何千と渡って一人、というレベルだ。こんな狭い次元世界に二人も三人もいるとはあまり考えたくないのだが―――どうやら、あのクラウスという青年との接触、そして入学がポイントだったらしい。

 

 たぶん、この時間軸をこれ以上追いかけても何かイベントが起こる事はないだろう。

 

『おや、学生生活には興味はないのかな?』

 

 あんなもの、当人たちが終わった後で楽しむものだ。他人が見たところでこいつら、一体なにが楽しいのだろう? と思ってしまうだけだ。学生生活で生み出される一番重要なものは思い出だ。他人はそれを見て懐かしみ、己の学生生活を思い出す。そしてもう戻らない過去を嘆く。学生生活のなかったジェイルも、テストが嫌だったから職員室を放火した結果校舎までバーンアウトしてしまった自分にとってはつらい思い出ばかりで、あまり思い出したくない。

 

『いや、凄い楽しんでないっすかそれ』

 

 ともあれ、シュトゥラへと舞台は移り、ヴィルフリッドもそばにいる。ここで見るべきものは既に終わっている。ならばさっさと次の時間軸に移った方が建設的というものだろう。学生時代は思い出したくないからな。

 

 学生時代は。

 

『逆に気になる』

 

 そこは勘弁してもらおう、と軽く帽子を持ち上げて去って行くヴィルフリッドに別れの挨拶を向けた。ヴィルフリッドも気づいて此方に対して軽く視線だけを返し、返答する。あの見た目で中身は指折りの強者に入るから自分もうかうかしていられない、そう思いながら次の時間軸をジェイルへと求める。数秒後、仕方がないなぁ、という声が帰ってきた。

 

『ま、確かにしばらくは此方にも波と呼べる波長を観測できないからね、相当平和な時代だったんだろうとは思うよ。こういうのが人間、生きる為の支えとなるらしいし、オリヴィエ・ゼーゲブレヒトのバックボーンの一部となったのかもしれない。それはともあれ、そろそろ次を見ようか。もう少し見ごたえのあるシーンを今度は所望するよ。ポップコーンの進みが平和な時だと悪いからね』

 

 こいつ……映画感覚で見てるな? と思ったけど自分もだいぶ人の事を言えなかったから言葉を飲み込んだ。

 

『ま、そうだね、次に期待して時間軸を動かそうか』

 

 ジェイルの言葉と共に世界が変転した。青空と王城の見える世界は一瞬でその姿を喪失させ、世界は一瞬で黒く染まった。黒いスーツという恰好をしている以上、自分も同化してしまいそうな色をしているのだが、それはそれ、この目立つ赤いシャツがしっかりと自己アピールをしているので大丈夫である。そんな馬鹿なことを考えているうちに場面は、

 

―――切り替わらない。

 

 腕を組みながら数分ほど変化を待つが、世界は切り替わらない。面白くないぞジェイル君、と言葉に出して応答を願うが、ジェイルどころか現代からの応答さえもなかった。流石のジェイルもこんな実験中に悪質な冗談に手を出すとは思えない為、腕を組みながら数秒間考え、帽子を浮かべてから頭を掻いて被り直し、判断した。

 

 あ、これ、ガチな奴だ。

 

 現代で機材のエラーが入ったのか、それとも俺の体が暗殺されてしまったのか、或いは―――どこからか干渉が入ったのか。そういえばダイブする前にジェイルの助手の一人が管理局に探られていた、とか言っていたはずだ。となるとそれ関係で此方の方をサポートできていないという可能性もある。

 

 いや、考えておいてそれはないだろうと否定する。ジェイルは典型的職人タイプの人間だ。奴は自分の仕事に対しては常にプロフェッショナルな姿勢を見せようとするタイプだ。つまり、そう簡単に作業を手放そうとする事はない。たぶん途中で手放すのは死ぬ時ぐらいだろうとは思う。だからあの男に限ってそれはない、という事は最後、どこからか干渉を受けているケースだ。

 

となると話は簡単である。

 

道を蹴り開ければ良い。

 

 アクションがなけりゃあ此方からアクションする、実にシンプルな事である。そう思って袖の中からクダを取り出すと世界が変化する。時空に風穴を開けてやるぜ、と思った瞬間だったので、勢いを削がれた感覚だった。えー、と呟きながらクダを片手にどうしたものか、と判断を遅らせていると、視界が砂嵐の様なモノクロームに包まれた。

 

 時空そのものが乱れる様な感覚に、違和感を抱きつつ、

 

チャンス―――一度―――だけ―――

 

 少女の声が聞こえた気がした。素早く振り返ればモノクロームの砂嵐の中、半透明で今にもかき消えそうな少女の姿が見えた。存在感が希薄すぎて触れればそのまま消滅しそうな少女は頭に獣の様な耳を生やしており、珍しい気配を纏っている気がした。少女は此方が認識したのを見て、縋る様な視線を向けた。

 

お―――助……て―――

 

 そして少女の姿が消失した。最初から存在しなかったかのように砂嵐も消滅した。そして気づけば鋼の天井を見上げていた―――どうやら現代へと帰還していたらしい。椅子に座ったまま、手を開け閉めして自分の肉の感触がそこにあるのを感じ取りつつ、膝の上で眠っている少女の姿を持ち上げた。とりあえず椅子から立ち上がり、部屋の隅のベッドに下ろした。

 

「や、お帰り。このまま続けるより一旦ダイブアウトして休息をとった方が良いように思えてね……ん? どうしたんだ、神妙な表情を浮かべて。君らしくもない」

 

 うーむ、と呟きながら腕を組んだ。その姿を見たジェイルがなんだなんだ、と興味を持った様子を見せる。その間、助手の一人がマグカップを渡してくる。

 

「どうぞ、ホットココアです。考えるにはちょうど良いですよ」

 

 彼女を見習えよジェイル、と言えばジェイルが胸を張る。

 

「つまり作った私の功績だね?」

 

 まったく悪びれる様子のないジェイルの姿に苦笑をしつつそうだな、と呟く。歴史の部分ではないが今回の仕事というか趣味というか遊びというか、大体だがなんで()()()()()のかを把握した、というかたぶん一番近いであろう仮説を立てる事に成功した。

 

「ほう、それは。何度チェックしてもミスが見つからない以上、どこかで歯車を狂わされているんだと思っていたけども―――」

 

 ジェイルの認識で正しいと思う。確かにジェイルの才能、俺の能力、そして最高峰の機材と全てがここに揃っている。だけど機械的なシミュレートを行っているのであればその範囲から抜け出すのは難しい話だ。だとすればそれ以外の第三の要素が影響を与えているという事になる。

 

「つまりは?」

 

―――俺達が潜っているのではない。俺たちは()()()()()()のだ。

 

 それが自分の仮説だった。

 




 一体どこの魔女猫なんだ……。

 つまりタイムパラドックスは発生した時点で既に過去が改ざんされているので無限ループ処理が発生するので、発生したら過去もそうであったという形になる。四次元的に観測する手段がないので人類にはそれが正しいのかどうかを知覚する方法がないのである。

 それはそれとして、オリヴィエ最初で最後の青春の地へ。


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幕間、或いは男たちの余談

「やぁ、煙草はないかな? ちょうど切らしていてしまってね、気分転換に一本欲しいんだ。持っていたら譲ってくれると嬉しいんだが」

 

 そう言って路地裏に血塗れのまま転がっていた姿を見つけたのがジェイル・スカリエッティという男との出会いだった。その時のジェイルも俺も若く、まだまだ未熟だった。特にジェイルも衝動的に自分を製造した管理局に対して反抗して自分の遺伝子バンクを破壊する事に成功したが、それが原因で深手を負ってしまい、致命傷寸前という状態で死を待つだけの状態だった。事実、そこを俺が通りかからなかったらジェイルは死んでいたのだろう。

 

 助ける義理も義務もない。別に、見捨てても良かった。当時はまだ今ほど強くなく、そして便利でもなかった自分は敵を選んでいた部分もある。明らかに非合法に片足を突っ込んでいるジェイルの姿を見て、面倒の気配を感じていた。だから最初はこいつに関わるのは止めた方がいいのだろう、と思いもした。だがその考えが頭からぶっ飛んだのはジェイルの目を見た時だった。

 

 血塗れで、路地裏に転がっているジェイルの姿は控えめに言って瀕死だった。これ以上何らかの戦いにも逃亡にも耐えられるような状況ではなく、ナイフを突き刺せば確実に死ねるという状態だった。だけどジェイルの目は死んでいなかった。それどころかこの状況でさえ楽しむように笑みを浮かべ、治療よりも先に煙草を求めていた。その理由をジェイルへと聞いてみればそれは驚くことに、

 

「―――いや、ほら、良く映画(ホロ)であるじゃないか、血塗れの相棒が煙草を口に咥えてそのまま静かに息を引き取るってシーン? 死ぬ寸前のくせに煙草を吸ってそれが美味しいってバカみたいな事を言うんだ。ふと、こうやって自分でも血塗れになって考えてみたんだ―――アレ、本当に美味しいのか? もしかして気遣っているんじゃないのか? だって、ほら、こんな状況で味を感じられるわけじゃがないか。だとしたら格好つけているだけだろう? どうだ? 気にならないか? 私の実験にちょっと付き合ってみないか?」

 

 正真正銘のキチガイだった。この状況でそんな言葉を言う事が出来たのだから。だけど同時に、自分の興味心を刺激されたのも事実だった。このキチガイの言葉を少しでもいいから聞いてみたい。そう思ったのが自分と、そしてジェイルという半生の友との出会いだった。その後の事も覚えている。再現する為に煙草を渡して、それを口に咥えてジェイルは煙草を吸ってみると、それに盛大にむせて、煙草を吐き出した。

 

「思い出した、私は禁煙家だった。あの煙がどうも苦手でねぇ―――はっはっはっは」

 

 そんな事を血反吐を口から吐き出しながら言うのだから、正真正銘の馬鹿としか評価することが出来なかった。それと同時に、こんな面白い奴を死なせるのはまずありえない、とジェイルを助ける事にしたのだ。それから人生に軽くケチが付いたようなもので、管理局に軽く追いかけられる身となった。知らなかったとはいえ、管理局と敵対するジェイルを拾って治療したのだから当然と言えば当然の事だった。

 

 とはいえ、自分も結構反社会的なもので、管理局の治世は肌に合ってなかった。だからこそ師のところを飛び立ってからは次元世界という次元世界を管理外世界を中心に飛び立っては契約相手を探して旅をする、当てのない冒険を続けていたのだから。だからジェイルとの出会いは漸く、似たような価値観を持つ友人を得たようなものだった。出会ったすぐに意気投合した。この頭のおかしい奴は楽しかった。

 

 そして楽しい事は重要である―――法律を守らず、自分が楽しいと思う事を進み、実践する自分たちの様な輩にとっては楽しく思える友人は重要だった。だからそれ以来、自分とジェイルの友人関係は続いている。

 

 今も、こうやって、女子供のいなくなった食堂で酒を飲むように。

 

 昔を思い出しながらグラスに注がれた酒を眺めた。そこそこ良いものらしいが、酒の良し悪しなんて自分には解ったものではない。だけど美味しい酒であるのは通じた。そして友人と飲む分にはそれ以上の情報は必要なくも感じた。そういう事で、男二人だけで酒を飲み交わしていた。別に実験をさぼっている訳ではなく、整理するべき情報があり、そして考えるべき事があった。

 

 そこに女子供を交えるのには少々抵抗があったというだけの話だった。

 

 そういう訳で二人で酒を飲みながら、昔話に花を咲かせていた。

 

「私はね、元々は不老の方法を探すために管理局の最高評議会に製造されたんだ」

 

 酒を傾けながらジェイルの話を聞く。

 

「150年前の次元平定より生きるご老人方は永劫に次元世界の覇者として君臨する夢を見ている……そのために技術的に不可能を可能に変えられる私が選ばれたんだろうね。まぁ、色々とアプローチは考えたよ。アンチエイジング、クローニング、細胞の補充とかね。アンブロシアやソーマなんて言った神酒の作成も一度挑戦したことがあるかな、私は」

 

 で、結果は? とジェイルに聞いてみれば、笑い声が返ってきた。

 

「そんな都合の良いものがある訳ないだろう? 命というのは終わる為に存在するものだからね。絶対に一定年数を生きれば不意に自殺衝動とも呼べるものが沸き上がってくるのさ。そしてそれを乗り越えると今度は自然死へと向かって行く……私はこれを一度、実験したことがある。死ぬ運命にある人間を脳移植や人格交換等で肉体を入れ替えた場合、果たしてその者は死の運命を乗り越えられるのか? とね」

 

 まぁ、と言葉をジェイルが笑いながら吐いた。

 

「結果はダメだったんだけどね。何をどうしても死が追いついてくるのさ。私はそれを見て思った。運命という観測できず、触れる事さえできない概念を信じる事は出来ない。だけど魂であるならば科学的な根拠があるから立証できる。これは魂の病なのだ。肉体ではなく魂そのものが病んでいる。滅びを求めているのだ、とね。そして魂の治療法なんて私は知らないからね、匙を投げるしかなかったよ」

 

 それはつまり、と言葉を置けばジェイルが笑った。

 

「そう。最高評議会が患っているのは魂の病だ。もうすでに150年以上、脳味噌だけになってまで生き延びた。だけどそれですら限界が来ている。心や体ではなく魂が死にたがっているのさ。どれだけ体を入れ替え、健全な肉体を持つ人間の体を奪っても無駄だ。触れられない魂が死のうとして病んでいるからね。科学とは凄いものだ。完全無欠の肉体を生み出せるようになったのだから。だけど結局はオカルトの領域で敗北するもんだからやってられないものさ」

 

 自嘲するような呟きと共にジェイルは呟いた。今更になって永遠の命とか眉唾物ではあるが―――ジェイルはこう、長く生きる事に何かを思わないのだろうか?

 

「私が? 長く生きるつもり? そりゃあないよ。ないさ。ある訳ないだろう? 自分から選んで畜生になったんだ、そりゃあ確かに失敗すれば死ぬし、やりたい研究もできないだろう。だけど結局はそれすら自分の選択であって、私は()()()()()()()()()()()のさ。そうだろう? そうじゃなきゃあの時煙草を強請ったりせず自分の事を応急治療してたさ」

 

 となると、やはりジェイルは恐れていないのだろう―――自分の存在の消失を。その言葉にまあね、とジェイルは笑った。やはりこの男は笑う。それこそ泣いたり、喚いたりすることは一生ないだろう。自分に向けられた絶望でさえも笑って楽しむだろう。こいつはそういう男だ。だから肩肘をテーブルに突きながら口を開いた。

 

 明確に、歴史の改変を目的として自分をベルカの時代へと招いた存在がいる、と。その言葉にジェイルは頷いた。

 

「時間概念は基本的に不可逆だ。時間遡行を起こすには宇宙一つ分のエネルギーが最低限必要だと言われている。なぜなら時間の逆行運用は本来ありえない現象であり不可能であると共通認識で決められているからだ。故に逆行だけは人類に行えない絶対不可侵の領域だ」

 

 当然ながらもそれはアルハザードでさえ触れる事の出来なかった領域だ。なぜならアルハザードがそんな事を出来ていたのであれば、既に過去を改変してアルハザードの滅びを回避しているであろうというのが解るからだ。つまりアルハザード時代ですらそれに触れる事は出来なかった。

 

 これから先、踏み入れようとしているのはそういう領域だ。おそらくだがあの少女の影はオリヴィエを救ってほしいのだと言っている―――というかそれ以外の心当たりが存在しないのが現状だ。そして彼女が姿を現してくれたおかげで色々と疑問が氷解した。

 

「たしかに。未来から過去への干渉はほぼ無理だと言われているけど、過去から未来への干渉はそうでもない。もしその子が何らかの方法で未来を知ったのであれば、疑問は一気に解消される」

 

 未来から過去へと呼び寄せるという事はそこまで難しくはないのだ。未来は言葉を言い換えれば可能性でもある。その可能性の一つを引き寄せているに過ぎないのだから。だから何らかの方法で未来の情報を取得した場合、それが過去を変動させ、そしてその結果情報が現代へと伝わり、()()()()()()()()()()だろう。その上で確定された未来から呼び寄せればほとんどスムーズに過去へと呼び寄せることが出来る。

 

「つまり私達はサイコハック自体には成功していた―――だけど時間軸Cからの呼び寄せる干渉によってその一段階先へと進んでいた。サイコハックで時間軸を合わせた上で呼び寄せられ、未来から過去への移動ではなく過去から未来に対する呼び寄せという風に順序が変動し、裏技として過去への干渉が疑似的に可能となった……という感じかな」

 

 Aが古代ベルカ、Bが現代だとする。

 

 A → → → B これが正しい時間の流れになる。

 

 だが今発生している疑いがあるのは、

 

 A → → → B → → → A+ → → → B という状況である。

 

 つまりはAからBになるのが普通の時間に対して、AがBの情報を取得してしまったため、AがA+化したのである。つまりBによる干渉での変化ではなく、Aの自発的な変化である。つまりは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という点にある。この際、どうやって未来情報を取得したか、というのは忘れておく。だがそれが原因でAは変化しつつある。

 

 Bはそのままの状態では不確かである。つまり無数にある可能性の一つとして存在していた。だがAがA+となってBを観測した結果、未来がBによって固定された。つまりBに存在する自分やジェイルの存在が確定された歴史の存在となった訳だ。これは歴史が根本から否定されるか、A+視点からBが不確定の状態に戻るまで続行する風になる。そしてBが確定された未来になれば、Bへの干渉が前よりも楽になる。無数の可能性ではなくBという未来から引っ張ればいいのだから。

 

 こうする事で、

 

 A+ → → → B が、 A+B → → → B という状態へと変化する。

 

「つまりは召喚、憑依、付与をA+地点から行う事で一種の降霊を行っている訳だ。A+とBを一時的に同一時間軸として圧縮する事で未来を過去と同期させて干渉を可能とする……うん、確かに理論上は出来るけどその為のコストなどを考えたら少し頭の痛くなってくる話だ」

 

 こうする事で()()()()()()()()()()()()()()する事が出来る。俺の推理が正しければ、この作業が始まったのは()()()()()()()()になるだろう。つまり自分たちがこうやって干渉している時点ではその術は発動すらしていないという事になる。

 

「だけど未来である現代にいる私と君は既に術が発動した後の世界にいる―――つまりは既に発動し、その対象として見られている。一種の無限ループ処理だね、これは。私たちがその術の影響を受けて過去へとサイコハックを試みた結果術が発動し、それがタイムハックへと変質する訳だ」

 

 そしてそれが干渉という因果性を生み出す、と。

 

 めちゃくちゃややこしい。

 

 溜息を吐きながら軽くだが状況を整理するとそうとしか思えなかった。自分が死んだ後で術が発動し、その前に術の効果が戻ってくることで死ぬ前の自分が術の発動者として繋がる様に時間のループ処理を利用したクレバーな術だ。発動者がいなければ術は発動しない。命を対価にしなきゃこんな事、不可能だ。だったら発動して死んで、生きている頃の自分にリンクさせれば良い。

 

 古代ベルカの技術力でもなければこんなゲテモノ魔法、絶対無理だ。それも正規の魔法ではなく、魔女術や呪術と呼ばれるアンダーグラウンドでマイナーな、王道ではない類の方法だ。めんどくさいが、これを使った人物は本気であるという事だけは解る。じゃなければここまで時間軸をぐちゃぐちゃにしないだろう。だがこれに関する本当の問題はこの後からやってくる。

 

 つまりオリヴィエを救うという目的の達成だ。

 

「そうだねぇ……オリヴィエ・ゼーゲブレヒトを救うという事はつまり、彼女をゆりかごに乗せないという事だ。彼女がゆりかごに乗る事で次元世界ベルカは戦争を終結させ、そしてゆりかごの暴走によってベルカは滅ぶ。そして同時にオリヴィエ・ゼーゲブレヒトは死亡する」

 

 オリヴィエがゆりかごに乗らなければゆりかごは暴走しない。いや、可能性としては別の王族がゆりかごに乗るかもしれない。だがあのゆりかごが命を奪って聖王の血筋を動力源として組み込むロストロギアであるのならば、継承権を失っているオリヴィエ以外の王族を軽々と組み込むこともできないだろうとは思う。その場合、ゆりかごは稼働しないと思う。そしてゆりかごが稼働しなければベルカは滅びない。

 

 ……いや、滅ぶだろうが見立てではあと100年近くは存続する。それだけの国力があの国にはあった。アレを一夜で滅ぼせるのはゆりかご級のアルハザード産ロストロギアぐらいだろう。そして、ゆりかごが稼働しないという事は、

 

「……150年前に発生した次元平定がなくなり、時空管理局が設立されなくなる……いや、或いはそれがずっと計画的なものなら後年で設立されるかもしれないね」

 

 ジェイルの言葉に頷き、そして続ける。

 

 時空管理局の設立が発生しない、或いは遅れる。それはつまり、

 

「―――私が生まれてこない」

 

 ジェイルは笑みを浮かべたまま言い切った。それからグラスの中身を飲んだ。なんてことのない、実験の結果を伝えるように。

 

「そうだね……管理局でも私を製造するにはそれなりの準備と苦労があったと聞くよ。そうでもなければ今頃量産型スカリエッティクローン軍団とかが管理局の技術力をインフレさせているだろうしね。それなりに安定した地盤が必要だよ、私の製造には。少なくとも50年程度では私を作成するだけの準備は整わないだろうね」

 

 ジェイル・スカリエッティが生まれなければあの助手の女の子たちも生まれず、管理局がなければあの聖王のクローンの子も技術の発達で生まれなかっただろう、根本的にジェイルに使われている技術と同じらしいのだから。つまり、この場にいる人間で残るのは俺一人になる。

 

 いや、それすら怪しい。時空管理局が存在しなければ多くの次元世界が未開拓のまま、人の住める場所ではなかっただろう。自分が生まれ育った世界もそういう世界の一つだった。管理局の支援による開拓がされ、人が根付き、そして発展して社会を形成した。自分の両親はそんな開拓途中の次元世界へと植民してきた一派だ。その前は流浪していたらしく、その時代は危険な時代だとも聞いている。

 

 つまり、管理局の庇護がなければ何時事故で亡くなっていてもおかしくはなかった。

 

「なんて傍迷惑な娘なんだ! 助ける為に未来の多くの人間に死ねというのか! この私に消えろと言うのか! 私の娘に死ねと言うのか!」

 

 ジェイルは愉快そうに笑みを浮かべながら楽しそうに言葉を吐き出した。あの助けを求めていた少女はおそらくそこまで考えていない。歴史を変えて助けるという方法をルールに触れず、人類が出来る範囲で行う方法を考えたのだろう。そしてその結果、彼女の知らぬ領域で未来が盛大に前提を崩壊し始めた、と言うだけなのだろう。無理もない。時空管理局が形として見えるのはゆりかご暴走から150年後の未来だ。

 

 つまりオリヴィエと同世代の人間は全員死んでいる。

 

 古代ベルカの人間に時空管理局がどういう役割を果たしたのか、その影響力がどんなものなのか、そしてその結果どうなるかだなんて知る訳がないだろう。そこは責められない。だけど我々はその結果を知っている。その影響力を知っている。時空管理局というベルカの屍の上に生まれた花がどれだけ今の次元世界に貢献しているのかを、我々は良く知っている。その恩恵があって生きているのだから。

 

 次元世界は広く、無限に世界が存在し、管理局はその腕を広げ過ぎた結果治安維持に苦労している。成程、道理だ。

 

 無限書庫では常に人員不足に陥っていてまともに運営すらできていなく、ブラック運営が続いている。それも確かだ。

 

 管理局は裏では違法技術などの管理、実験を行っており、そのせいで犠牲になっている人たちが常にどこかに存在し続けている。

 

―――だけど時空管理局のおかげで人の生活が多いに安定したのは事実だった。

 

 それで時空管理局の所業を肯定する訳じゃないし、逆に存在を否定する訳でもない。だが事実として時空管理局が次元世界における人口の爆発的増加に対して貢献したのは事実である。自分やジェイルの様に暗部の中にあるものさえ覗き込まなければ、時空管理局は大衆の味方であり、次元世界を今も平定し続けている。

 

 その事実は何がどうあっても変わらないのだ。

 

 時空管理局が消えればそのシステムが全て崩れる。

 

 安定した生活と治安によって得られた文明の全てを再び捨て去るという事でもあるのだ。いや、そもそもなかったことになるのだから、ここまで平和ではなく、乱世の時代がさらに長引いた可能性もある。

 

 オリヴィエを救うという事はその先の未来の変化を許容する事でもある。その主犯として。だが歴史の改変、事実の変更とはもはや神の領域にあるものだ。それが発生したところで、それを人間が覚えていられる事はできない。

 

 今までの出会い、別れ、それが消える。生まれた事実でさえ消えるのだから、当然とも言えるのかもしれない。だがその事実を前にして出てくる言葉はシンプルである。

 

()()()()()()()()()

 

 悪くない―――そう、悪くない。自分も、ジェイルもそう思っている。これに巻き込まれる世界や人々はたまったものじゃないだろう。

 

「だけどこれは実に好奇心が擽られる。私を生み出した社会と管理局がそれによって無へと帰る姿を見るのは心が躍る―――なによりも、こんな状況、楽しめるのは人生に一度あるか、ないか、そういうレベルの話だ。これは祭りだよ。歴史という存在のね。そんなのに乗り遅れる訳にはいかないだろう?」

 

 ジェイルの言葉は非常にジェイルらしく、苦笑してしまう。そんなこちらのリアクションを見て、ジェイルはじゃあ、と言葉を置く。

 

「君は何で乗り気なんだい?」

 

 自分の場合は色々ともっとシンプルだ。ぶっちゃけ、俺は深く考えない男である。もっと簡単に言えば衝動の男である。感じたままに生きて、思うがままに行動する。社会や法律なんてファック、俺が思う様に生きる為の枷でしかない。だからこそ管理局とは時々衝突するし、場合によっては手伝う事もある。それが自分のライフスタイルである。だがその上で思う事は一つ。

 

―――女を犠牲にして生き延びるような世界ならそのまま滅べ。

 

 俺は俺が救いたいと思ったやつは救う。逆にどうでもいいって思う奴は割と放っておく。自分でどうにかできそうな事に関しては関わる必要もない。だからこそこの案件はやると決めている。

 

 ……オリヴィエに対して情が湧いたかと言われたら否定できない部分もあるのだが。

 

「ま、君の場合は感情とかもある程度ダイレクトに感じてしまう部分もあるから影響されやすいんだろうね。そこは流石にしょうがない、とも言えるかもしれない。とはいえ、そうか、君と一緒に酒を飲めるのもこれで最後かもしれないのか」

 

 残った年月や年代を見れば明らかに物語のクライマックスが近い。たぶんここからはずっとダイブしっぱなし、一気に物語の終焉まで一本道だろう。果たしてそれを覆す手段があるのかは……実際、見ないと解らないだろう。だがそれはそれとして、出来る範囲出来る事はやると決めた。

 

 それを決めるとグラスに中身を注ぎ直し、掲げた。ジェイルも同じように掲げ、声を合わせた。

 

「友情に乾杯」

 

 グラスをぶつけて音を響かせた。色々と終わりが近いのを感じながら。

 




 というわけで頭脳指数が上がりそうな会話。そして結論、自分たちが消えてもいいから助けてみるか、楽しそうだし。

 大体の判断基準:楽しいか否か。

 このssの目標は完全無欠のハッピーエンドです(半ギレ


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彼女の青春はそうして決意を抱かせた

『シンクロ率の向上を観測―――タイムハックの成功を確認―――存在率100%の維持を継続―――良し、時間軸への介入が出来た。気を付けてくれ給えよ、前よりも介入難度が上がっているから君とオリヴィエのシンクロ率を向上させている。其方での影響を君も受けやすくなっているからね』

 

 そこは安心しろ、と現代から繋がる通信へと声を向けた。召喚という概念の延長戦で憑依と付与には日常的に触れ、研究し、何度も構築を繰り返してきた。その上で精神汚染や自我境界線の崩壊などに関しては何重にもセーフティをかけている。これは基本的なものだ。霊、化身、龍、概念、それに触れられるようになるとそれに精神が耐えられなくなるケースが出てくる。召喚というスキルが珍しいのは契約の際に発生する死亡率の高さや、高位の存在と契約する場合に発生する難しさと、その後の維持で発生するコストや精神汚染の問題が付きまとっているからだ。

 

 そこらへん、自分は全部クリアしている。その為、そういう危険性を心配する必要はない。なぜ自分がこの時空に干渉できたのか、そのタネが割れた以上、オリヴィエが此方の技能を少しずつだが意識して使用し始めていたことに対する答えは出ている。もうこれ以上、無意識的に使うようなことはないだろう。

 

『ま、君がそういうのなら信じるさ。やると言ったら確実にやらかすタイプだからね』

 

『ドクター、それ世間じゃ信頼ゼロって言うんです』

 

 俺とジェイルの知っている業界とは違う……そんな事を考えていると、世界の景色が変わって行く。青い空が広がって行く中で、足元は踏みしめられた大地が広がっており、ところどころ花や草によって飾られており、広げられた空間は運動するには適した場所の様に思えた。そして正面の景色の中で、二つの姿が対峙するのが見えた。それは動き出す直前であり、瞬間、自分が登場するのと同時に動き出した。それに一番最初に反応したのは、

 

 横の方で大地に座り込んでいたヴィルフリッドだった。此方が出現した瞬間に怠けていた表情を整え、あっ、と声を漏らした。

 

「クラウス―――! ガード! 魔力を全力でガードへ―――!」

 

 ヴィルフリッドの悲鳴の様な声が響くのと同時に、オリヴィエの残像が正面からクラウスと呼ばれた青年の姿を捉えた。素早く体を低くしながら踏み込みつつ陣地を侵略するように、一瞬で自分の立ち位置を調整した。手で押し出そうとする相手の動きを制しつつ、そこで、と気迫を込めればオリヴィエの足が残像を残して振るわれた。全力、魔力は乗らない一撃が王子の姿を捉え、大地から引き剥がしながらその姿を浮かび上げながら蹴り飛ばしそうになる。心の中で行け! そこだ! 逃がさず手元に寄せるのだ! と、エールを送ればそれに反応するようにオリヴィエが動いた。

 

 召喚魔法で吹き飛びそうだったクラウスを手元へと呼び戻して、蹴り飛ばす。全力の蹴りを普通は叩き込めばそのまま吹き飛んでしまうため、連撃前提の蹴りはある程度相手を吹き飛ばさないように力を抜く必要がある。だが自分が考えたのは相手が吹っ飛んでも手元に呼び寄せればいいんだよ! という発想であったので、全力で蹴り飛ばしても大丈夫。

 

 逃げても大丈夫。

 

 相手が何をしても大丈夫。

 

 何をしようとも目の前に呼び出して蹴り飛ばせばよいのだから。

 

 自分のそのイメージが伝わったのか、横方向のリフティングの様な連続の蹴り作業はクラウスを蹴り飛ばしながら目の前に呼び出すという地獄のループを五周したところで襤褸雑巾となったシュトゥラの国の王子を大地に転がす事で完了した。完全にボール扱いだったクラウスが大地にピクリとも動くことなく転がりながら、ごふっ、とどこかコミカルな息を吐いた。それを見てオリヴィエが義手の拳を作った。

 

「なんかできましたー!」

 

「く、クラウス―――!」

 

『あ、ドクターが今の映像でコーヒーを喉に詰まらせちゃって、医務室へと運ばれているためしばらく交代しますね』

 

 過去と現代で同時に男をダブルノックアウトする女、オリヴィエ・ゼーゲブレヒト。まさに魔性の女であった。そんな頭の悪い事を考えているとヴィルフリッドに一瞬だけ視線を向けられたが、急いでクラウスの方へと駆け寄った。そこにはどこかで見た、獣耳の生えた少女の姿もあった。オリヴィエも歩きながらクラウスへと近づき、

 

「大丈夫でしたか、クラウス? なんか閃いてしまった、と言いますか、アクセルがかかったと言いますか、いい感じにスイッチが入った感覚があったので瞬間的に何かやってしまいましたが」

 

「あぁ、うん。俺の事なら大丈夫ですよ、オリヴィエ。なんか、こう、そうだね……ボールでリフティングされ続けるのってこういう気持ちなんだなぁ、という二度と味わえない新鮮な気分を味わえましたから……」

 

「そんな経験忘れてしまえ」

 

「王子リフティング……流行る」

 

「待ってくれクロ、王子リフティングが流行るとはどういう事なのかぜひ俺に教えて欲しい」

 

 うーん、このカオス、と冷や汗を掻きながら呟く。その原因はおそらく自分にあるのだが。ともあれ、どうやらこれで舞台の役者は全員揃った感じがあった。クロと呼ばれた魔女の少女は此方が見えないようで、クラウスに駆け寄ると回復の魔法をかけて傷やダメージを癒していた。此方を一瞥すらせず、気配も感じられない辺り、やはり未来の彼女が術を発動したのだろうと思う。周りへと視線を巡らせれば、どうやらここが学舎近くの空間であるのが伝わってくる。

 

 他にも多くの人の気配を各所から感じる。そういえばオリヴィエは留学目的でシュトゥラへと向かったというのを思い出し、この魔女とクラウスが学友なのだ、というのを察する。しかし魔女っ子の方は同年代にしては幼く見える―――ロリババアなのだろうか? 流石に違うか、と自分の考えを否定しつつ会話へと耳を傾けた。

 

「それにしても入学してから4年が経ったけど、結局オリヴィエには勝てなかった……」

 

「私、こう見えて強いですから」

 

「人類最高峰の血統ダービーしている所と比べない方がいいよ。シュトゥラ王族って恋愛婚がある程度通るでしょ? ベルカは1から10まで全部そこらへんガチガチだからなぁー……生まれと才能からして次元が違うから、そこまで落ち込む必要はないと思うよ」

 

「今、さらっと今生における鍛錬の全てを否定されたんだが」

 

「気にしない……オリヴィエがおかしいだけ」

 

「えーと……ほら! 私よりもリッドの方が強いですから! つまりこの中で一番おかしいのはリッドです! 生物としておかしい!」

 

「ヴィヴィ様? ちょっとストレート過ぎない?」

 

 そんな会話を繰り広げながらも四人は普通に笑っていた。鳴り響く鐘の音に自由時間の終わりが来たのか、鍛錬か、或いはじゃれあいを切り上げるとヴィルフリッドと魔女を置いてクラウスとオリヴィエのコンビが校舎の方へと向かって行く。授業に出るのは二人だけらしい。必然的にオリヴィエから離れられない自分はオリヴィエとクラウスの後を追う事になる。ヴィルフリッドと魔女を置いて、二人の後を追う。教室へと向かうオリヴィエとクラウスの会話が聞こえる。

 

「それにしてもオリヴィエは相変わらず強いですね。まさかこの4年間で一本も取れないとは」

 

「こう見えて小さい頃から手ほどきを受けてますし、リッドが食客としてついて来てくれるようになってからはエレミアの技とかを教えて貰っていましたしね。腕がなくなってからは体を鍛えないとまともに生活すらできませんでしたし、必然的に死活問題でした」

 

「うーん、それなら俺が勝てないのも納得がいくかぁ……」

 

「まぁ、私はその代わり政治等からは離れたので政治の知識には疎いんですけどね。クラウスは将来的には王位を継ぐ予定でしたよね? だとしたら武門よりも政治が誉れです」

 

「うん……まぁ、そうなんだけどね。一応継承権1位は俺が握っているし、父上も俺に期待してくれている。この国を豊かにしたいとは思っていますし、その為に勉学にも励んでいるけど……やはり、女の子に負けるというのは悔しくてですね」

 

「クラウスがそれを言いますか……政治関連の講義では常にトップじゃないですか」

 

「王位を継ぐ者としてはこれぐらい出来て当然ですよ。だけど現実になると学問だけじゃどうにもならないし、自分だけの臣下を見出したりもしなきゃいけないし、自由もなくなってきます。そう考えるとどうしてもオリヴィエの事が羨ましく思ってしまいました」

 

「うーん、早々に継承権をぽいしてしまった私にはちょっと解らない所ですねー」

 

 オリヴィエの言葉にクラウスが苦笑いを浮かべている。クラウスからすればオリヴィエの自由さ、そして男から見た彼女の強さが羨ましいのだろう。オリヴィエは才能で溢れている。この時代におけるトップクラスの素養を兼ね備えている。あの義手は新たな武器となって彼女の実力を支えている。それが男としてクラウスはたまらなく羨ましいのだろう。だけど同時に、オリヴィエはクラウスの事が羨ましいのだろう。王族という立場で、家族や宮中の者に期待され、そしてやがて王位を継ぐ者として動けている事を。やがてこの国の王として民を守り、導くという事になる事をオリヴィエは羨んでいるのだ。

 

 その嫉妬心が手に取る様に解る。人間は誰しも自分の持たないものを求める。そしてそれは聖人であっても同じだ。そして彼、彼女達は聖人からは程遠い―――俗人だ。欲望を抱き、劣情を抱き、怒りを抱き、そして喜びを知る、普通の人間だ。だけどそれを知ってもなお上手く付き合えている。だからこそこの王族と、元王族ともいうべき存在の間では奇妙な友情が成立しているのだろう。

 

『でも次期国王を襤褸雑巾にしたよね』

 

 たぶん俺の悪い影響である。すまないとは思うが反省はしたくない。蹴られる方が圧倒的に悪いのだと言い訳しておく。

 

 そんなこんなでオリヴィエとクラウスは教室の方へと向かって行く。流石王族の通う学園とでもいうべきか、凄まじい広さと生徒の数で、視線がオリヴィエとクラウスへと集中する。当然ながら既に二人は一種のパートナーとして見られている様な視線もあり、それが理由か異性的アプローチをクラウスへと向ける様な者はなかった。

 

『そこらへん、二人の感情はどうなんだろうね?』

 

 オリヴィエが本当に仲の良い友人だと思っていて、クラウスの方は淡い恋心を必死に隠しているという感じだ。オリヴィエはそもそも恋愛と結婚、付き合いというものを切り離している。良い人だから好きとかでは思考しない。根本的に恋愛観が王族なので結婚した相手を愛する、という考えがベースになっている。だから好きな相手、というのは余り唐突に湧いてこない。それこそダンプカーにでも轢かれる様な衝撃が必要だ。クラウスの方はオリヴィエと比べれば精神が恐ろしく真っ当だ―――というかベルカ聖王家が魔境すぎるのだ。王をほぼシステムとしてしか考えていない。そりゃああんな風になるよ、とは思わなくもない。

 

『良くそんなところまで解るわね……』

 

 助手子の声に当然だろう? と答える。こう見えて、或いは見えなくても自分は一流の召喚術使いである。そしてそれはつまり、魔法使いとしても超一流の領域にあるという事である。一つを極めるように特化するという事は全にも通じる事である。一を尖らせるに当たってはそれ以外の事も知らなければならない。故に当然、突き抜けたやつは見識が広い。そして魔法と召喚方面に突き抜けている自分は超のつく一流の魔法使いなので、人の心や感情を読む程度の事造作もない。だからこれぐらい解りやすい事は完全に心を殺して隠しでもしない限りは簡単に見つけ出せる。

 

 だがそれはそれとして、心が読めるけど空気は読めないので偶にネタを外す。

 

『……ドクターはどうなんですかね、そこらへん』

 

 あいつは人の心を情報として理解するけど、感情としては一切理解しないという非常に特殊なタイプなので話にならない。そもそも人間の感情なんてもっと衝動的で簡単な物なのに、ジェイルはもっと複雑に物事を見てしまう部分がある。だからあいつは対人関係がダメなのだ。自分は本当にシンプルに行動する癖にそれを例外だと言って、自分以外の人間には複雑な理由を求めるのだ。

 

 それはともかく、オリヴィエとクラウスの考えは脇に置き、二人はほぼパートナーとして周囲からは見られているらしい。そんな事もあって接触してくる人は少なく、平和にこの学園生活を堪能出来ているようであった。平和な時代に平和な生活を続け、

 

 オリヴィエも、思春期の終わりを迎えていた。

 

 今では体もほとんど出来上がっていて、もう少女と呼べる年齢にも終わりが来ていた。

 

 この学園生活にも終わりが見えていた。その果てには何をするのかをオリヴィエは漠然として考えているのだろう、今は。どこで働くのか、どこで何をするのか。これから先の事を。とはいえ、

 

 ―――彼女の考えが現実にならないという事を我々が知っている。

 

 始まりは鈍い音であった。何が破裂するような、砕くような音が空気を伝わって広がり、わずかに大地が震動するようにも感じられた。誰かが魔法の制御に失敗したのだろうか? なんて考えが最初に浮かんだのかもしれない。だがそれは断続的に続き、やがて人々は気づく―――これは戦乱で聞き慣れる音だと。

 

 つまり砲撃音だ、と。

 

 やがて多くの者たちが学園の屋上へと向かい、最も高い場所から魔法を使って遠くの景色を眺めようとする。オリヴィエとクラウスも無論、その中の一人であった。息を切らせながら急いで屋上へと走り、そして二人は目撃する、シュトゥラの南部で発生している出来事を。

 

 それは災厄だった。

 

 空には無数の空中戦艦が浮かんでいる。そこから放たれる砲弾が、砲撃がシュトゥラの南部にある大森林を直撃し、大地を腐らせながら生物を死滅させていた。そのおまけで森は炎上し、一切の生存を許さないかのようにすべての生物を殺すという意思だけを感じさせ、燃えていく。それは明確な破壊行為であった。憎しみを憎しみで育てる行い。それが美しかったシュトゥラの大地を穢していた。その非現実的な光景に全ての学生たちがオリヴィエとクラウス含め、停止していた。だがクラウスが屋上から飛び降りるように走り出す。

 

「クロゼルグっ!!」

 

「クラウス、待ってください!」

 

 屋上から飛び降りたクラウスをオリヴィエが追いかけ、降りた先の所で魔女―――クロゼルグを首根っこで掴んで持ち上げるヴィルフリッドの姿があった。学園の出口付近で捕まえた辺り、クロゼルグは急いで戻ろうとしていたのだろう。その姿を捕まえているヴィルフリッドが、

 

「あ、帰ろうとしたから捕まえておいたよ。あと口無しの魔法で口を閉ざさせて魔女術使えないようにしているから、絶対に解除しないでよ。した瞬間森へとすっ飛んで行くだろうから」

 

「んー! んんー!」

 

 クロゼルグが抵抗するように手足を振り回すが、ヴィルフリッドには一切のダメージを出せてはいなかった。ただヴィルフリッドの方もどこか不安を隠しているように感じられ、表情の余裕は演技の様に感じられた。だがそれを察する事の出来ないクラウスとオリヴィエは安堵の息を吐きながらクロゼルグを捕まえたヴィルフリッドを感謝していた。

 

「良かった……ありがとうリッド」

 

「ううん、確かに魔女猫は気に入らないけど自殺させる訳にもいかないしね。それよりもヴィヴィ様もクラウスも僕から離れちゃダメだよ? 一応僕がいれば傷一つつかないようにするから」

 

「情けないけど自分の身分は解っているつもりだよ、リッド」

 

「問題はアレがどこの所属か、という事ですが―――」

 

 遠い空へと視線を向けた。明るい閃光が何度も輝く様に空に瞬く。破壊の閃光と衝撃は唐突にシュトゥラの大地を破壊し、魔女の森を蹂躙していた。その様子をクロゼルグは涙を流しながらヴィルフリッドに拘束され、眺めていた。動こうにも何もできず、そして追いついた時点で何もできないというのを理解しているのだろう。その体からは徐々に力が抜けて行くのが見える。

 

『いやぁ、破壊の光とは何時見ても心が躍るねぇ……』

 

 メインオペレーター(キチガイ)復活。こいつの一言で空気が一瞬で変わる。お前を待っていたんだ。この絶対的などんな状況でさえ楽しめてしまいそうな安心感、ジェイルがいる時じゃないと味わえないだろう。

 

『とりあえず復帰一発目から朗報だ。シュトゥラはこの先の未来において地名が遺らない―――つまりは滅ぶよ!』

 

『前々から思ってけどドクターって頭おかしいっすよね』

 

『何を今更』

 

 ジェイルがしゃべり出すだけで一瞬で空気が破壊されるから凄いな、と思う。そんなこちらの様子を見たのか、ヴィルフリッドから軽い緊張が抜ける。どうやら緊張を抜く為の一役買えたらしい。ただジェイルの話が正しければこの国は歴史に残らないらしい―――やはりゆりかごの暴走によって失われるのだろうか? そう思っていると騎士が飛び込んでくる。

 

「殿下! クラウス殿下!」

 

「声を控えろ! 俺はここに居る! 何事だ」

 

 クラウスのしっかりとした声に騎士はハッ、と声を返しながら息を整え、クラウスの前で膝をついた。

 

「ガレアが宣戦布告し、魔女の森を集中的に燃やしてきました。その中には腐食の禁忌兵器の姿もあり、おそらくは何百年かかろうとも土地を生き返らせることは……」

 

「馬鹿な……彼らは友好国の筈だぞ……? しかも禁忌兵器を持ち出すとは正気か! アレは破壊するだけ破壊して一切の恵みや再生の芽でさえ潰すようなものだぞ!」

 

「つきましては王城にて陛下がお待ちです。ゼーゲブレヒト殿下も一時的に保護するという名目で王城へと退避をお願いいたします」

 

「……仕方がありませんね。解りました」

 

「となると僕もオリヴィエ付きの護衛だから一緒だね。あ、ついでに魔女猫も連れてきても問題ないでしょ? 普段から忍び込んでるし」

 

「え、えぇ……まぁ、そうですね……その……」

 

「俺が保証する」

 

 クラウスが白だと言えば白、それが権力であり、この時代である。クラウスが保証する事で騎士は頭を下げ、そのまま一同は王城へと向かう事になる。

 

 いよいよ、ベルカの終焉を告げる戦争が始まったのだ。

 

 その気配を空を眺めながら感じていた。

 

『ここで少しだけ、のたうち回っている間に調べておいた歴史の話をしよう』

 

『のたうち回っていた』

 

 本当に空気を破壊しなきゃしゃべられない奴だなお前、と呟きながら呆れつつもジェイルのいう事に耳を傾ける。

 

『良いかな? 古代ベルカはロストロギアの暴走で滅び、私の推理が正しければその原因は聖王のゆりかごが原因だと思う。その暴走の引き金がなんであるかは不明だが、この滅びによって多くの家が断絶された。後に発生する聖王統一戦争によって聖王家の血筋を復活させようとしたりしたのが更なる原因なんだけどねー。集めようとしたところで逆に滅びてしまった、という訳だ』

 

 ジェイルは()()()()()()と言う。

 

『普通王族というのはね、完全に血筋を絶えさせないものなんだよ。滅びの可能性が見えて来たら復権できるように庶子でも作ってこっそりと血筋を絶やさないように隠しておくものさ。私が聖王家の人間だったらまず間違いなく王族を別の次元世界へと一人か二人、こっそりと逃がして血筋を残しておくもんだよ。だけどね、聖王家の血筋は完全に途絶えたんだよ……管理しやすい聖遺物に付着したDNAだけを残してね』

 

『ドクター、それじゃあまるで狙って根絶やしにされたって言っているみたいですよ』

 

『実際そうじゃないかな? 150年前に次元平定。それと同時期に発生したゆりかごの消失。そして消え去った聖王の血筋。あまりにも一つの時代に全てが重なり過ぎている。偶然という言葉は怖いねぇー……と、まぁ、これが前置きだ』

 

 まだ話に続きはある、とジェイルは言う。

 

『聖王家の血筋は絶えた。だけどまだ残された血筋は幾つかあるんだよ』

 

 そう言えば前にエレミアの血筋は現代まで残っている、とジェイルが言っていたのを思い出す。そしてその言葉を口にするとそうだ、とジェイルが言う。

 

『オリヴィエと最も近しかった一族であるエレミア一族、そして魔女のクロゼルグ一族は現代でもその存在が確認されている。そして同時にシュトゥラ王家のイングヴァルト一族も名前を変えてストラトスという名前になって存続しているんだよ。これは面白い話だとは思わないかい? 誰とかは言わないけど、周辺の人間は何故か血筋が全部無事で、ピンポイントで聖王家が滅んでいるんだ。別にオリヴィエ・ゼーゲブレヒトに限った事じゃない』

 

 くくくく、と意地の悪い笑い声をジェイルは零した。

 

『オリヴィエが選ばれたのは()()だったのかもしれないね。別にゆりかごに乗ってくれるのであれば誰でも良かった……なんてね』

 

 まぁ、300年前から時空管理局が暗躍して設立を目的としてベルカを滅ぼし、そして150年前の平定で完全に残滓を消し去ってから設立―――だとしたら相当根深い怨念を感じるが、少々非現実的ではないかと思う。

 

 そんな感想にまぁ、とジェイルが言葉を置いた。

 

『一つの推理だからね。私はミステリー小説を読むときは推理しながら読むタイプでね、持っている情報で推測をしつつ読み進めるのが好きなんだよ』

 

 完全にポップコーン片手に映画を眺めている馬鹿野郎だった―――昨晩、消えるかどうかという話をしていたばかりなのに、そういうノリなんだからやっぱり凄い。いや、単純に馬鹿なだけだ、と思う。まぁ、それぐらいのノリでもないとめんどくさくもなるかと納得しつつ、オリヴィエ達の姿を追いかけた。

 

 

 

 

 時間は進み、夜中になった。

 

 シュトゥラ城内の一室、窓から見える夜空をオリヴィエは眺めていた。その側の椅子にはヴィルフリッドが居り、この部屋には二人しかいなかった。既に二人には近隣の情報が入って来ており、現状を理解させられていた。

 

 まず参戦布告をしたのはガレアだけではなかった。ガレア、オーストなどを初めとする多くの大国が一気に宣戦布告を始め、禁忌兵器を持ち出しての滅ぼし合いを開始したという事だった。年々、大国の間で負の感情が高まり、戦の気運が高まっているのも事実であった。小規模な争いは時々発生しているのも事実であったらしい。だがそれとは別に、戦争にもルールが存在する。

 

 それは人類という文明を破壊しない為のルールだ。

 

 かつて、アルハザードという超高度文明が存在した。だがこの文明は今では考えられないほどの高度な技術を誇っていたのに滅んだ。それは高くなり過ぎた技術のせいでアルハザードが自滅したからだ、と言われている。故に兵器の運用にもルールが必要である。行き過ぎた破壊はやがて、殺戮と絶滅へと続く。

 

 人の尊厳を無視し、ただ殺す事と殺戮する事だけを考えて死を生み出すだけの効率的虐殺兵器―――禁忌兵器。それを戦争の道具として利用する事は禁止されていた。禁忌兵器を抜けば最後、それはただの滅ぼし合いになるからだ。禁忌兵器を放った後で()()()()()()()()()()()のだ。つまり侵略で禁忌兵器を使えば、何も残らない。戦った意味ですら存在しなくなる。

 

 そして禁忌兵器には禁忌兵器の報復が来る。奴が使ったのなら、此方も遠慮はいらない。そう言って誰かが放つ。そうやって世界は少しずつ再生もできなくなって滅ぶのだ。故に禁忌兵器は禁止されている。同じ世界内で放ったら滅びの未来しか生み出さないから。

 

 だがそれはシュトゥラへと友好国から放たれた。

 

 それを行ったガレアは当然、ベルカから説明を求められ、シュトゥラやベルカから狙われ、国を守るために先制攻撃を仕掛けたと宣告した。果たしてそれが真実であるのかどうかは不明である。

 

 だが事実として理解できる事が一つある。

 

 それはこのベルカ全土を巻き込む戦争が始まった、という事だった。

 

 これからこの次元世界は未曽有の大戦争へと発展する。それも禁忌兵器を使った大戦争だ。オリヴィエとヴィルフリッドはその状況を正しく理解していた。そしてこれから、どうなるのかをも想像出来ていた。政治に疎い二人ではあるが、オリヴィエは血筋的にはベルカの王族だ。継承権を失っても血がそうである事には意味がある。

 

「……ここでの4年間、楽しかったですね」

 

「そうだねー。ヴィヴィ様も友達を作っていっぱいハッちゃけていたね」

 

 ヴィルフリッドの言葉にオリヴィエは笑い、そしてそうですね、と言葉を置いた。

 

「……私はベルカに呼び戻されるのでしょう。きっと戦争が終わるまでは軟禁でしょう」

 

「ま、それは仕方がないよ。だって戦時中に他国に姫を出すわけにもいかないしね。僕がいると言っても、流石に同じクラスの相手が複数人で来たらやばいからね。やっぱり本国にいるのが一番安全だよ。まぁ、終わるには数年かかるだろうと思うけどね」

 

 その言葉にオリヴィエは黙る。しかし数秒後、少しだけ悩むように口を開いた。

 

「……なんで、戦争が始まったんでしょうか」

 

「利益があるからじゃないかなぁ」

 

 オリヴィエの言葉に軽くヴィルフリッドが答えた。だけど違うなぁ、とヴィルフリッドは言葉を続けた。

 

「禁忌兵器を持ち出したって事は利益を考えない破壊行為だから戦時需要で稼いだとしても最終的に収益が消えるから黒字にはならない。つまり利益外の戦争理由という事だね。そう考えると本気で滅ぼさないと滅ぼされる、ってぐらいには考えているんだろう……うーん、どこかで誰かが戦争を煽っているのかもね」

 

 ヴィルフリッドがその言葉を言い、それが一番現実的なラインだろう、と呟いた。先制攻撃の禁忌兵器。こんなの狂人か或いは本気で滅ぼさないとどうにかなってしまう、と考えている奴でも出来ない、と。それを聞いたオリヴィエは消えそうな声でそうですか、と呟きながら窓の外を見ていた。その背中姿を眺めるヴィルフリッドが声をかける。

 

「……なんとなく考えている事は解るけどダメだよ」

 

「リッド?」

 

 ヴィルフリッドの声にオリヴィエは少し驚いたような表情を浮かべながら振り返ってくる。その表情を見ながらヴィルフリッドは頭を横に振る。

 

「確かにヴィヴィ様は王族で、国民と国に対してその身を粉にして守護する義務があるかもしれない。だけどそれを先に捨てさせたのはベルカで、ヴィヴィ様にはそれは一切求められていなかった。だからヴィヴィ様が何かをしたい、とは思っちゃダメだよ。その結果、ヴィヴィ様が自分の身を犠牲にするようなことがあれば、僕は友人を死に追いやるベルカ聖王家を絶対に許さない」

 

「リッド……いえ、そうですね」

 

 ヴィルフリッドの言葉にオリヴィエが少し弱いが、笑みを浮かべる事が出来た。

 

「リッドがそうやって私の隣で叱ってくれるなら大丈夫そうです。これからもお願いしますね?」

 

「うん、任せてよ。嫌だと言っても叱りに行くからね、育児放棄している聖王陛下と僕は違うんだから」

 

 ヴィルフリッドの堂々とした言葉にオリヴィエは苦笑いから笑い声を零した。少女からしてみれば友人の―――長年の親友の言葉は心強く、そして暖かった。それは突然の状況の前に、そして崩れる現実の前で変化して行く状況に飲まれそうなオリヴィエの心を支えるものでもあった。

 

―――何故なら、オリヴィエは心の強い少女ではなかったからだ。

 

 ベルカ終焉の序曲が鳴り始める中で、オリヴィエの帰還は決定していた。

 




 きっとそんなに心は強くなかった。実家で疎まれ、留学先で楽しい日常を得て、そして燃えるシュトゥラを見て、泣いているクロを見て自分が何とかしないと……と思ってしまったのだろう。誰よりも彼女の親友がそれを知っていた筈だった。

 まぁ、軟禁されちゃうから説得もクソもないんだけどね。

 ナンバーズやクラウス、クロに関する描写が薄いのは掘り下げると短編の領域を超えてしまうのと、オリヴィエメインの物語なので。なので必要なのはメインの役者の二人だけ。


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彼女の道は善意によって死へと導かれた

―――戦時下となるとジャミングの可能性が発生する為長距離転移は禁止され、行えないように対転移結界が張られる。だがこのジャミングを無視して転移をする方法は存在するが、凄まじいまでの金と、そして少人数で短時間という制限がつくのがこの時代であったらしい。ともあれ、オリヴィエのベルカへの帰還は決定され、設定された転移地点であるポートからオリヴィエはベルカへと帰還する事になった。流石にこの状況下で飛空艇を迎えに寄越す訳にはいかなく、転移で送るのが素早く、そして確実だと判断されたのだ。

 

 故にシュトゥラの転移ポート、広く何もない室内の中にはオリヴィエとヴィルフリッド、そしてベルカ側の従者が何人か存在していた。帰還の準備を終えたオリヴィエを迎えるようにポート中央の空白地帯が光り、そしてそこに魔法陣が出現した。魔力光と共にそこが光、出現するのは騎士と、そして黒い服装の男だった。その姿に反応したのはオリヴィエではなくヴィルフリッドだった。

 

「あ、父さん」

 

「久しぶりだな、放蕩娘。お前に許した放浪期限をぶっちぎっているのに気付いているのかお前……」

 

「あ、あはは、あはははは……」

 

 ヴィルフリッドが気まずそうな表情を浮かべながら父と呼んだ男から視線を外し、逃げるように口笛を吹き始めた。その姿を見てオリヴィエが苦笑しつつも、ヴィルフリッドの父へとまっすぐ視線を向け、挨拶をした。

 

「普段からリッドにはお世話になっています。あまり彼女を責めないでください。基本的に気に入って独占してしまった私が悪いので」

 

「いえいえ殿下、こいつ昔からサボり癖がひどいんですよ。自分の興味のない者はとことん関わろうとしないというか。まぁ、今回は不問にしますけど―――この戦争、ベルカ側に付きましたので」

 

「えっ、そうなの?」

 

 ヴィルフリッドの言葉におう、と男が答えた。

 

「聖王陛下が一族全員を揃って衣食住保障して雇ってくれたからな。俺達も戦場に出るならなるべく苛烈で勝てるところが良い。そうなってくると支払いも良いし一番国力があって勝てそうなベルカに付くのが常道だ。お前が顔を利かせていたおかげで交渉もスムーズに進んだしな……それはそれとして、お前には話があるから少し残って貰うけどな。あ、殿下。先にお帰りにどうぞ。言葉じゃ言っていませんでしたが聖王陛下が心配しなさっていました」

 

 その言葉を受けてオリヴィエは複雑そうな表情を浮かべていた。嬉しいような、悲しいような、どうしたか悩むような、そんな表情を一瞬だけ浮かべたが、すぐにそれを消し去り、頷いた。

 

「陛下、がですか……解りました。では一刻も早く戻りましょう」

 

「では……殿下、此方へとどうぞ。不満かもしれませんが、一時的に我々が護衛します」

 

「いえ、そんな事はありませんよ……じゃあリッド、先に戻って待っていますね」

 

「うん、父さんに説教されたらすぐに僕も向かうよ。ヴィヴィ様も寂しがらずに待っていてね」

 

「もう!」

 

 少しだけ頬を膨らませると気が紛れたのか、歩きながらポートの中央へと向かって歩いて行く。男の他にも護衛の騎士が数名居り、彼らがヴィルフリッドの代わりの護衛なのだろう。ヴィルフリッドには劣るが、それでも精鋭であるのは見れば解る。これなら安心できるのだろう、と、ヴィルフリッドも力を抜いているのが見えた。だがそんな中央へと向かうオリヴィエの横に並びながら、

 

―――ふと、嫌な予感を覚えた。

 

 それは二方向から感じた。一つはオリヴィエの行く先だった。或いは彼女の今後とも言えるものだった。超直感的な感覚はこの先の彼女の未来を感じ取っていた。まるでここからオリヴィエ・ゼーゲブレヒトの未来は滅び始めるのだ、と言わんばかりに。事実、オリヴィエのこの先の未来はゆりかごへの騎乗から暴走による死亡だ。そこに彼女の明るい未来はもはや存在していないのだ。だからこの先へと進めばオリヴィエの未来は終わるのだろう。歴史が正しいのであれば。

 

 だがそれと同時に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。直感的にこのまま彼女を放置していけない、と、ヒーローセンス的なセンサーがビンビンと反応を示していた。不吉な予感とでもいうべきだろうか、このまま放置していると取り返しのつかない事態になる様な、そんな気がする。そう考え、足を止めて片手で帽子を押さえながらふむむむ、と声を零しながら考える。

 

『とはいえ今の君はオリヴィエに憑依している様なものだ、無茶は出来ないぞ』

 

 そりゃあそうだ、とジェイルの言葉に答える。とはいえ、このセンサーをあまり軽視は出来ない。なぜなら戦闘者の第六感の類は基本的に()()()()()()()()()()()()()()()とでもいうべきものなのだから。ネットワークは検索した単語を記録し、関連した項目からユーザーの欲しい情報を見出す。それと同じように危機感や直感も今までの経験が集積したところから危機を判断する。つまりそれなりに経験している奴がやばい、と感じた時は大抵本当にやばくなる前兆なのだ。

 

『それで?』

 

 気合と根性で……どうにかするしかないだろう!

 

『素晴らしいまでの科学的根拠ゼロ! 清々しい! 科学技術に頼ってるのに!!』

 

 褒めないで欲しい。

 

『相変わらずこの二人の友情は理解できない』

 

 現代へと向けて心の中でサムズアップを向けながら―――足を止めた。そのまま、オリヴィエが前へと進んで行くのを見ながらも、自分の意識を今の時間軸、空間、存在に固定するように捉え、自分という存在そのものの居場所を変える。かなり感覚的で専門外の作業だが、無理や無茶の二つや三つ、それを通して一流と呼べるのだという自負がある。オリヴィエとの距離は開いていくが、此方はオリヴィエに引き寄せられない。

 

 そしてそのまま、オリヴィエはポートの中央に到達した。

 

 それに合わせこちらも後ろへと軽く下がり、そしてヴィルフリッドの横に戻って並び、そのままポートを中心に発動した長距離転移魔法で一気にベルカへと送られるオリヴィエの姿を見送った―――直後、そのオリヴィエに引き寄せられる感触があったので、急いで自分の存在を空間に固定した。

 

 とはいえ、急場しのぎだし触媒が足りない。長時間はオリヴィエから離れる事が出来なさそうだった。とだが、本当に気合と根性で何とか出来てしまったので、やっぱ気合と根性は頼りになるな! と思った。現代からの通信は困惑の声と爆笑の声で使い物にならないので、無視する。

 

 そうするとこの場にはエレミア親子と、そして数人の従者が残る。ヴィルフリッドは自分が残ったことに対して少し驚いてから納得するような表情を浮かべ、そして警戒心を自身の父親へと向けていた。片手で帽子を押さえつつあまりいい気配じゃないな、と呟けば、それに続く様にヴィルフリッドが口を開いた。

 

「で、父さん。久しぶりに会った娘に対して流石に不意を撃てるように意識を隠すのは少し過激じゃないかな?」

 

「その程度察せないようであればそれまでの娘だったという事だ。お前も俺が見ていない間に成長しているようで一安心だ。それよりもここから先は仕事の話がある。だからお前をオリヴィエ殿下から引き離した」

 

「ふーん……まぁ、大体予測がつくけど? 父さんの口から言ってもらおうか」

 

 ヴィルフリッドの言葉にそうだな、エレミアの男は頷いた。

 

「ヴィルフリッド、お前はもうオリヴィエ殿下と接触するな。彼女をゆりかごに乗せて禁忌兵器を速やかに制圧する事を聖王家では考えている。付き合いの長さと今の話し方を見ていれば解る―――お前なら殿下を説得できる。だけどお前は乗る様に絶対に進言しないだろうな」

 

「当然でしょ? 誰が乗ったら死ぬクソ兵器なんかに親友を乗せるのさ」

 

「親友、か」

 

「そうだよ。少なくとも僕は一度たりとも臣下としてヴィヴィ様に接したことはないつもりさ。それが何よりも彼女を孤独にするだろうしね」

 

 ちらり、とヴィルフリッドは此方へと視線を向けて来た。残念ながら現実への干渉能力は皆無なので、オリヴィエをどうこうと助ける事は出来ない。それに干渉の範囲も限られている為、ずっとオリヴィエと一緒に居られる訳でもない。それは自分の役割ではない。最も近しい友人であるヴィルフリッドの役割であるのだから。自分が出来るのは本当にやばいときに声をかけてあげる程度の事だ。

 

「まぁ、期待してた訳じゃないけどさー。もう少し頼りになって欲しかったなー……。という訳でクソ父上様、そこを速やかにお退きになってくださいませ? 今なら骨折だけで済まして差し上げますのよ?」

 

 ヴィルフリッドの挑発的な言葉を前に父は笑った。拳を握るとそれを覆う様に鉄腕が出現し、その姿からは一切の容赦を感じさせなかった。

 

「ふ……お前ならそう言うものだと思っていた。ならば俺もこうお前に返そう。ヴィルフリッド、今すぐ装備を解除して従え。そうすれば殿下の最期には俺がなんとか合わせよう。でなければお前を拘束し軟禁する」

 

「それが娘に対して向ける言葉か畜生め」

 

「娘じゃなければ既に叩きのめして四肢を千切ってる。お前には才能も時間もあるし、親としての情もある。そうでなければこうも悠長に話しているものか。ヴィルフリッド、もう一度言う。此方に従え」

 

 その言葉にヴィルフリッドは拳を作り、親と同じ鉄腕を作った。闘気を纏いながら魔力を体内で圧縮させ、一瞬で覚醒状態に入った。その圧倒的な気配に父親以外の者たちが後ろへと一歩、無意識的に下がった。それを感じ取り、父親が片手で他の者たちになるべく下がる様に指示を出し、それに他の者たちが従う。

 

「エレミアよりも大事なものを見つけたんだ。僕がここで折れる訳にはいかない。友に対する裏切りを働くなら死んだ方がマシだ。というか前々から言いたかったんだけど僕たちの一族頭おかしくない? 目標おかしくない? 大丈夫? 正気残ってる?」

 

「はっはっはっは、それは父さんも一度通った道だけど生きているうちになんやかんやで有耶無耶にされてまぁいいか! って考えだすから安心しろ……が、仕方がないか、やりたくはなかったんだがな」

 

 溜息を吐き、男は言った。

 

「娘の成長を見るか」

 

 背後から来るぞ、とヴィルフリッドに忠告した瞬間には男の姿がヴィルフリッドの背後にあった。それに反応し横へと体をズラしながら対応すれば拳が空間を穿つ。周辺の空間そのものを消し飛ばすような攻撃はその余波で足元を削り、消滅させている。横にズレたヴィルフリッドの動きは大きく、その余波を避ける様なものであり、しかし細かく、素早い。攻撃後の硬直を狙って放たれた拳は一瞬で男の姿に到達し、貫通した。

 

「分け身ッ!」

 

 言葉と共に男の姿が掠れるように消えた。分け身、つまりは囮の類。ヴィルフリッドの攻撃を狙い打った第三の撃が虚空から男の姿と共に出現し、その姿を捉えた。それを鉄腕で受け止めながらもヴィルフリッドの姿が跳んだ。魔力で強化しても男と女の体格の差と根本的な筋力の差は変わらない―――同じ魔法を使って殴り合う場合、より筋力をつけている方が有利になる。

 

 故に、男である父親の方が純粋な殴り合いは勝る。だがヴィルフリッドも受け慣れているようで跳ね飛ばされてから空中で回転し、着地する。その隙間を縫うように男が滑り込んできた。ヴィルフリッドも対応するように拳を構え、前へと踏み込む。超至近距離からの拳打が互いに連続で放たれる。消滅の効果を纏った拳は消滅と消滅を食い合う様にお互いを破壊し、その衝撃を周辺にまき散らし、床や壁に抉ったような痕跡を生み出す。

 

「おぉ、成長したなヴィルフリッド。昔のお前と来たら殴られたら星の様に飛んで行ったものなのにな……」

 

「それ、5年以上も前の話だよ! 鍛錬と技術は記憶に継承されてるから指導する人間が居なくても関係なく成長するって解ってるでしょ?」

 

「いやぁ、父親としては娘の成長が気になる訳でな―――ところで、男の気配を感じないが大丈夫か?」

 

「彼の男を殺さねばならない。僕はそれを確信した」

 

 足を一瞬たりとも止める事無くヴィルフリッドと父親が縦横無尽に拳を叩きつけ、ポートを破壊しながら戦闘を続行する。その戦いは一見、互角に見える。とはいえ、それはそう見えるだけだ。

 

『エレミア一族は記憶の中に技術と経験の全てを継承する一族らしいね。つまり父と子で技術や経験が一緒になるという訳だ……いや、父のそれを受け継いでいる以上、子世代の方が理論的には強くなっている。だけど現実はそうもいかない』

 

 成熟した大人の男の肉体と、未成熟の女の子供の体。どちらが体力を残し、そして純粋な打ち合いで有利を取れるかは簡単に理解できる。戦闘方法を変えたとしても同じエレミアの経験から引きずり出す場合、その対処方法が既に存在しているため、根本的な状況の改善には至らない。こうなってくると戦闘は純粋に肉体的に優れる者が優位に立つ事になる。

 

―――当然、それは男に傾く。

 

「ふむ、諦めを見せないか。殿下がよほど大切か」

 

「当然でしょ?」

 

 友達なんだから―――その言葉を拳打の音に紛らせてさらにヴィルフリッドが加速する。それに合わせて男の姿も加速し、一般人では視界にさえ捉えられない速度で戦闘を続行する。動きながら一瞬でも攻撃する事を辞めず、拳と蹴りを織り交ぜたコンビネーションの合間、死角に魔力弾に消滅の効果を発揮させながら配置し、放つ。だがそれを同じ経験から察している男が魔力弾に魔力弾をぶつけて相殺するように消滅の波動を撒き散らす。

 

 縦横無尽に移動しながら放たれる破壊の連続はポートという施設を破壊し、抉り、削って行く。エレミアの奥義の数々が殺す為に放たれる。その細かい動きはおそらく、武術に特化している訳ではない自分には一切理解の出来ない事だろう。だがその気迫、そして殺意は理解できる。動きの一つ一つに明確に殺すという意思が含まれているのは感じる。或いはそれは防御を抜いて蹴散らすのか、回避を許さずに殴り通すのか、そういう技術が混ぜられているのだ。先程から攻撃を攻撃で迎撃しながら打ち合い、ポートを破壊して行く。

 

 だが攻撃がヴィルフリッドの身を掠り始める。冷静に戦い続け、理性的に戦い続けている。だけどそれでも子供と大人。遠距離の砲撃戦による魔力勝負にでも入らない限り、大きな変更を持ち出すのは難しい。

 

 奇策、ギャンブル、奇跡―――というものは達人とも呼べる領域では発生しない。

 

 技術、鍛錬とはつまり不確定要素を排除する為の行いでもある。何十、何百、何千、何万回と繰り返す鍛錬は徹底してどんな状況、どんな状態でも鍛錬通りの結果と成果を生み出す為の者であり、一か八か、という運の要素を捻じ伏せて勝利する為の堅実な努力である。

 

 そしてその努力ととれる策を双方ともに完全に理解している。

 

 数百年間の間にわたって溜め込まれた知識と技術と戦闘スタイル。

 

 果たしてたった数年の間だけ積み上げた経験がそれに勝るのか?

 

―――現実は厳しく、答えは否である。

 

「くっ」

 

 ヴィルフリッドが大きく飛び退く。父親との間に距離を作る様に動き、踏み込もうとした父に対して大きく足を大地へと打ち込み、衝撃の壁を作ってその動きを牽制した。衝撃の壁は消える事無く消滅を纏い、そのまま滞空して空間を二つに分けた。もはやポート内に二人以外の人影は存在していなかった。他の者は全員、逃げ去っていた。ヴィルフリッドの頬には切り傷があり、先ほどの攻防からのダメージを証明していた。とろり、と流れ出す血を軽く拭ってから拳を握り直した。

 

「まだやるのか?」

 

 拳を油断する事無く構え直した父親がヴィルフリッドへと言葉を向けた。それにヴィルフリッドが答えた。

 

「当然だよ。特別な見返りを求めた訳でもないけど……それでも向けられた友情には応える。それが友人としての唯一の義務だ。僕はこの友情を裏切らないし、裏切りたくはない。ヴィヴィ様は愛に飢えている。誰か、一緒に居てあげないと死んじゃうほどにね」

 

「俺の娘も言う様になったなぁ……まぁ、成長は喜ばしいけど倒すがな」

 

 その言葉にヴィルフリッドが息を吸い直した。男とヴィルフリッドの間にそう大きな実力の差がある訳ではない。技量的にはエレミアの性質上、拮抗している。問題なのは経験と体格。技術や根本となる技が一緒である以上、才覚以上にそれが明暗を分けている。そもそもバトルセンスそのものでさえエレミアの中で蓄積されているのだから、超天才の個人が生まれたところで、()()()()()()()()()()()()()()()()のだから今更一人増えたところで変化はそう大きくはない。

 

 負ける。

 

 このまま戦い続ければ順当に、ヴィルフリッドは敗北する。

 

 おそらくそれが歴史だったのだろうと判断する。オリヴィエはヴィルフリッドが側にいれば大丈夫だった。ヴィルフリッドはある意味オリヴィエの唯一の理解者である。何故ならそれはヴィルフリッドにはオリヴィエと共にベルカ王宮にいた時代が存在するからだ。ヴィルフリッドは知っているのだ、オリヴィエがどういう扱いを受け、どういう存在であったのかを。だからこそ彼女はオリヴィエの理解者となれた。

 

 それはクラウス・イングヴァルトとクロゼルグには絶対出来ない事だった。二人はオリヴィエの過去を知らない、それに触れていない。シュトゥラからの付き合いだからだ。故に、オリヴィエに対して忌憚のない意見を出せるヴィルフリッドがいなければ―――彼女を正しい方向へと説得できる人物はいなくなる。

 

 そうすれば責任感とプレッシャーでどうとでもなる。オリヴィエは動かしやすい女だ。

 

 だからここでヴィルフリッドが敗北すればすべてが終わる。その気配が如実に男の方から漏れ出している。このまま戦い続ければ負けるというのが見えてきている。だがその中で、ヴィルフリッドは負けるつもりはないというのが解っていた。その瞳には覚悟と闘志の光が宿っている。何があっても絶対に勝利するという執着が見える。

 

 諦める気なんて欠片もなかった。

 

「僕がやらずに誰がやるんだ……そう、僕だけがヴィヴィ様を助けられるんだ。手段を択ばず、何をしても僕は絶対にここで勝利する。そしてヴィヴィ様を助けに行く。今の話を聞いて解ったんだ。ヴィヴィ様はこの世界にいるべきじゃない。もっとどこか、誰の手も届かない遠くへと逃げるべきなんだ、って」

 

「まぁ、確かにそういう女だろうな。とはいえ、王族として生まれたのが運の尽きだ。生まれと血筋からは逃げられない。これに関しては俺とお前も一緒だな」

 

「そんなものはクソ食らえ、だ。僕は諦めない。そう、悪魔に魂を売ってでも絶対に勝利する―――!」

 

 そうして、ヴィルフリッドはその視線を此方へと向けた。力を求めるように、助けを求めるように、藁に縋る様に視線を向けた。だが残念ながら自分とヴィルフリッドの相性は悪いとしか言えない。肉体を運用する事に特化したヴィルフリッド達エレミア一族と、召喚を特化させることにした自分ではここら辺はどうしようもない。ぶっちゃけた話、俺程度の動きであればこの娘は完璧に再現できるだろう。それに俺が直接時間に介入できるわけでもない。なので残念ながら俺自身が何かを出来るという訳ではない。

 

 その言葉にヴィルフリッドは唇を噛み締める。だが言葉を続ける。何もできないという訳でもない。

 

 そう、現代では契約したら最後社畜にさせるソロモンとか、絶望的に容赦のないマーリンとか、王子を引きずり出してシンデレラと踊らせる魔法使いとか、そんな異名ばかりを保有している自分である。こう、いい感じの奇跡の一つや二つ、絶望的に欲しくもない異名を捨ててでも達成してやろうではないか、と思いつつある。

 

『あるのかい? そんな方法が』

 

 そんな言葉をジェイルはお約束として投げて来た。ならば答えよう。残念ながらあるのだ。なにせ、()()()()()()()()()()()()のだから。そう、

 

 ()()()()()()()()()()()()()のだから。故に物語に小さな奇跡を起こす魔法使いとしての言葉をヴィルフリッドに送る。俺はここに存在する魔法使いではあるが、決して良い魔法使いではない。違法契約を交わすし、騙して契約を結ぶことだってするし、それに相手が苦しい時に契約を持ち出そうとする。だけど、そう、自分は契約という事に関しては物凄く誠実であるつもりだ。少なくとも契約する時、その約束を果たすつもりではある。

 

 そしてヴィルフリッド・エレミアは勝利を欲している。故に、ここで自分が送る言葉はシンプルである。

 

 祈りたまえ―――と。

 

 もし、もし―――である。もし、ヴィルフリッド・エレミアが抱くその怒りが、友情が、義憤が、覚悟が本物であるならば―――それが怨念をさえも超える執念であるならば、それがどんな使命よりも強い想いであり、たとえ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のであれば、

 

 その思いが300年を超えても残ると信じられるのであれば、祈ると良い。

 

 汝、祈りを捧げよ。さすれば救われん。

 

 だが祈るのは自分が信じられない神ではない。自分という存在が抱く覚悟、その信念、想いの強さに対する信仰である。それが本物であり、偽りではないのなら、必ず答えは出る。道は開ける。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事に到達できる筈である。

 

 そう―――過去と未来は常に線によって繋がっているのだから。

 

 その祈りと共にヴィルフリッドは目を閉じた。その言葉を信じたのかどうかを判断する術はない。だが今のでどうやら、この空間に存在し続けられるだけの力を使い果たしたらしく、この空間からオリヴィエのいる空間へと自分の存在が引きずられるのを感じていた。やれやれ、最後まで見ていけないのか、と少しだけ残念に思う。

 

 そんな自分の視界の中で、小さな変化が現れた。

 

 ヴィルフリッドが顔を上げ、目を開け―――そして父親を見た。その視線に何らかの変化を感じ取った父親が少しだけ、構えを強める中、ヴィルフリッドが口を開いた。

 

「そう、だね。残念だけど()じゃ父さんを倒せないみたいだ―――」

 

 だから。

 

 ヴィルフリッドの髪が白く染まった。

 

「―――()()()()()()()()()()()()()()

 

 髪が完全に白く染まったヴィルフリッドが父親を睨んだ。直後、二つの姿が一瞬で喪失し、片方の姿が弾丸の如く壁を貫通して吹き飛ばされた。一瞬で人の姿が消え、崩壊を始めるポートから姿が喪失して行きながら、

 

 その戦いの終わりを眺められないことを残念に思いながらオリヴィエの元へと去り、戻る。




 今じゃ勝てない? じゃきん、同じ思いを抱いた未来の子孫に力を貸して貰いましょうねぇー。やり方は既に経験している。どこと契約を仲介すればいいのかは既にジェイルくんが一度発言している。ヒントと答えはあったのだ。

 汚い方のソロモン。マレフィセントを蹴り飛ばす妖精さん。王様を作らない方のマーリン。ブラックサモンカンパニーなアイツ。そんな異名を持つ帽子さん。


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そして彼女は死の道を選んだ

 少し無茶をしてしまったせいか、体に少しだけだるさを感じる。流石に他人の未来を遺伝子を辿って意識を召喚させるのは無理があった。でも奇跡を起こすヒーローとしてはこれぐらい出来なきゃ駄目だよな、というのもあるので、疲労に関しては未来の方向へとぶん投げる事にした。そんな事を考えながら変わる景色の中を歩けば、自分を取り巻く環境が一瞬で変化するのが見えた。

 

 破壊されたシュトゥラのポートから一気に状況は綺麗に整頓された部屋へと変わっていた。その部屋の中にはテーブルと椅子があり、他にはベッドの姿なども見える。おそらくは私室なのだろうか、椅子の一つにゆったりとしたドレス姿で座っているオリヴィエが見える為、おそらくはここが彼女の部屋だと思われる。だが彼女と向き合う様に、男の姿が見えた。

 

「オリヴィエ、解ってくれ」

 

「いえ、今更兄弟面しなくてもいいですよお兄様。お兄様の言いたい事は解ります。他の王族を使用するよりは継承権のない私を使った方が遥かに効率的ですと」

 

「……理解してたか」

 

 えぇ、とオリヴィエは頷いた。

 

「私が王宮から離れていたのも事実ですし、政治から離れていたのも事実です。私が政治を学ぼうとすればそれだけでいらぬ疑いを生み出すでしょうからなるべく身を遠ざけてきましたが、それほど愚かではありません。そして同時にお兄様やお姉さま方が私を道具としか考えていない事も理解しています……いえ、まぁ、王族としては正しいのでしょうが」

 

 そう言ってオリヴィエはですが、と言葉を続けた。

 

「私を侮り過ぎです。目を見れば大体の意思は読めます。お兄様方の目的も解っています。ゆりかごによる電撃作戦。禁忌兵器の中でも最強格であるあれが行動を起こせば確かに一瞬で制圧できるでしょう。それに継承権を持たない私を使うのがおそらく、消耗としては最も最小限である事も理解します」

 

「……やはり腐っても元継承権1位の怪物か」

 

「えぇ、ですが心のある怪物であるつもりです。お引き取りを、お兄様。返答は近日中にさせていただきます。えぇ、リッドにも会いたいですしね。確かポートで問題が発生して遅れているんですよね? ならその分、数日待ったところで問題はありませんよね?」

 

「解った、この話はオリヴィエの覚悟が決まるまで俺が握っておこう。ただ、ゆりかごに乗るまでの時間が延びれば延びる程、国土が荒れ、人が死ぬ。聖王陛下も一時的な戴冠を許すと言っている。判断は早めにしておいてくれよ」

 

「えぇ、解っていますよお兄様。私もこう見えて王族の端くれ。その義務からは解き放たれましたが、国の事は常に想ってきました。無闇に荒れるのは私としても好ましい事ではありません」

 

「そうだといいんだがな……」

 

 そう言葉を残し男は部屋を去った。その後姿をオリヴィエはつまらなそうに眺めていた。完全に扉が閉まって、そして気配が去ったところでオリヴィエは溜息を吐いた。そこには呆れを感じさせるものがあり、またそれとは別に、深い悲しみを感じさせるような溜息でもあった。そのまま、頭を伏せるようにテーブルの上に叩きつけた。小さくごんっ、と音が鳴り、

 

「痛っ」

 

 と、オリヴィエが声を零した。だがそのまま数秒間無言のままテーブルに突っ伏していた。その姿はかつて、この王宮にいたオリヴィエとはまるで違う。いい意味で、彼女は世俗に塗れた。なんというか、そう、

 

『お行儀の良い物語のお姫様から、現実にいる少し庶民好きなお姫様って感じになったよね』

 

『でもどちらかと言うと此方の方が好みです』

 

『え、そう? 寧ろ人形チックの方が使いやすそうですけどぉ?』

 

『クアットロは悪ぶるの好きだよねー。部屋に置いてある少女漫画は―――』

 

『あーあーあーあー! なしなしなし! それはなし! あー! 通信オフ! オッフ!! 内情は死守する……!』

 

 物語はおそらくクライマックスに入っているというのに、まるで緊張感のない連中だった。まぁ、現代の連中はジェイル以外、場合によっては歴史そのものが消滅するという事実さえも知らないだろう。この気楽さはそれが原因かもしれない。それを知ってもふざけられるのが自分とジェイルの関係なのだが。まぁ、それはともあれ、自分は今のオリヴィエの方が好きだ。変わってきた彼女の姿を知っているし、その成長を愛しく思う。できるならこのまま、幸せになって欲しい。だけど状況と環境がそれを許さない。

 

「はぁー……王宮、帰ってきたくなかったなぁ……」

 

 オリヴィエが小さく、ぽつりとそう呟くと、椅子から立ち上がり、窓へと近寄った。そこから見えるベルカの夜空を眺めつつ、オリヴィエが口を開く。

 

「ねぇ、貴方は……そこにいるのかな? ううん、きっといるよね。だってなんとなく、守られてるって安心感があるもんね。辛いとき、新しい事に向き合う時、何時も貴方の存在を感じてたけど、こうやって本格的に話しかけるのは初めて、かな?」

 

 どうかな? とオリヴィエが窓へと視線を向けたまま呟いた。それに対して自分は答えを出してみる。オリヴィエは此方の存在の切れ端を掴んでいる様な状態だ。完全に言葉が通じる訳ではない。だけど、

 

「うん、なんとなくだけど感じるよ。言葉は聞こえないけど、その心が……気持ちは伝わってくるよ。貴方はきっと陛下みたいに頼りになる人だけど、リッドみたいに面白く騒がしい人なんだろうな、って伝わってくるよ」

 

 それは良かった、と呟き返す。なんだかんだで第一印象は大事である。明確にオリヴィエが此方へと語り掛けるというのであれば、紳士として相応の態度で迎えなくてはならない。故に言葉は自己紹介する。自分の名を、そして帽子を取って挨拶をするのだ。とはいえ、此方のイケメン顔を見せられないのが非常に残念だ。

 

「あのね……ずっと、ありがとうって言いたかったんだ、私」

 

 オリヴィエは窓の外を眺めたまま、そう言った。

 

「聖王家の女はね、子供を産むときはゆりかごと呼ばれるロストロギアで子供を産むの。初代聖王様が持ってきて今でもずっと続いている遺産。私達は全員生まれる時にここで生まれるからゆりかごって言われているの。そして生まれる時と同時にゆりかごによって()()()()()()()()()の。そうやって聖王家の人間は生まれてくるんだ。もちろん、私もそうやって生まれてきた」

 

 それは語られない歴史の一部、語られない聖王家という存在に関する事だった。長い歴史の中に消え、そして真実と共に葬られた光の中にある影。それをオリヴィエは語っていた。

 

「私も同じようにゆりかごで産まれて来たんだけど―――でも、皆とは違った。私は母を殺して生まれて来たんだって。生まれた時にお母さんの聖王核を吸収して取り込んじゃって、その上でゆりかごの産後改造で聖王核をもう一個植え付けられたの。今までの聖王家にはない、聖王核二個揃いの王女様。それが私だった。だけどね、その衝撃にお母さんは耐えられなくて、聖王核を奪われたときに死んじゃったんだって」

 

 それをオリヴィエは遠い世界の様に語っていた。実際、話に聞いただけであった事のある人物でもなかった。だが、オリヴィエの中に生まれたのは罪悪感だった。幼い頃からずっと押し付けられた罪悪感と罪。オリヴィエが知らぬところでそれが教育と共に植え付けられた。

 

「昔の私は、ね? 聖王核を二つ持って生まれた事から一番優秀な王になれるだろう、って教育を集中的に受けていたの。だけどその度にお兄様やお姉さまが集中的に私が悪い、親を殺した、親の命を啜って生まれたと言い続けて、それで考えたんだ……きっと私は生まれてはいけない子だったんだ、って」

 

 だがオリヴィエはそれから変わったのを自分は知っている。

 

「うん、私変われたんだ。貴方のおかげで。あの時、あの研究所で私に声をかけてくれなかったら―――たぶん、そのまま死んでたと思う。あの騎士にも感謝しなきゃいけない。あの人の言葉があったからこそ私は漸く人間になれたんだな、って」

 

 楽しそうに、切なそうにオリヴィエはそう言った。

 

「継承権を失ってから、漸く人が来るようになって……リッドと会って……クラウスと会って……クロと会って……知り合いが増えて、知らないことを知って、遊ぶという事を全力で楽しんで、王族だって忘れてただの学生の様にはしゃいで。この4年間は本当に楽しかった。目を瞑っていると今でも思い出せるよ、あの日々の事を」

 

 オリヴィエはそう言うと窓を覆う様にカーテンを閉めた。視線をカーテンから外し、ベッドの方へと向かい―――義手が外れた。ごとり、と音を立ててエレミアの作った鉄腕が床に転がった。両腕、オリヴィエのそれが床に落ちた。中身を失ったドレスの袖はひらひらとオリヴィエの歩幅に合わせて揺れる。義手が落ちた事にも一切気にせず、オリヴィエはそのままベッドに進むと、正面からベッドの中へと倒れ込んだ。

 

「本当に楽しかったんだ」

 

 そして無言になった。正面からベッドに倒れ込んだ状態、無言を維持する。現代からの茶々も入ってこない。好きにやれ、という事だろうか。ふーむ、と呟きながらベッドの上、オリヴィエが倒れている所の横に座る。足を組んで座りながらさて、どうしたものか、と呟く。こう見えてまだ26年程度しか生きていないおかげでこういう時、どう声をかけたらいいのかが今一解らない。ただ、今はこうやって接続している以上、側に居る事しか出来ない。

 

 言葉が届かないのは中々にもどかしい。

 

 いつの間にか、結構入れ込んでいた様だ。

 

「……なんで、王族に生まれたんだろう」

 

 ぼそり、と呟いた。

 

「生まれたら王になるんだって言われて母さんを殺したって言われて勉強と特訓を義務付けられてそれをやっかまれて友達もいなくて遊べなくて兄弟は憎むか敵視するばかりで誰も助けようとしてくれないし陛下は黙認して試練だっていうしその上で継承権を失って放逐したと思ったら呼び戻して好き勝手使おうとするし」

 

 再び無言になってから、オリヴィエは体を起き上がらせた。ちょうど横になる様に座った。ベッドで寝っ転がったせいか、その着衣はところどころ乱れているが、本人は気にするつもりはなく、見えない筈なのにちょうど横に座ったまま、俯く。敬語を捨てた素のままで話す彼女を一度だけ、自分は聞いたことがある。その時は今みたいに他に誰もいない状況だった。

 

 だけど今はその時以上に本音を曝け出していた。言葉だけではなく、心の中さえも完全に吐き出していた。オリヴィエ・ゼーゲブレヒトの心の奥底にあった負の感情を吐き出す様に、オリヴィエは言葉を吐き出していた。

 

「ねぇ、なんで私は王族に生まれちゃったんだろう。なんでもっと平和な時代に生まれる事が出来なかったのかな? シュトゥラに居た時、本音を言うとクラウスに嫉妬していたの。彼はシュトゥラの第一王子なのにその地位を狙われずに、皆に祝福されて期待されてた。期待が重いってなんで……なんであんな風に聖王家はならなかったのかな? なんであんな風にみんなは私の事を手伝ってくれなかったんだろう……なんでだろう……」

 

 吐き出した言葉は止まらない。

 

「4年目になると進路とかの話も出てくるからみんな、卒業後は何をするかって話とか出てくるの。騎士団に行くとか、文官になるとか。でもね、中には結婚したり家業を継ぐって子もいてね、正直国の為になる事よりもそっちの子たちの方が全然羨ましかったの。人にたくさん見られるような場所じゃなくて、守られる側で普通の生活をするというのが本当に羨ましかったんだ」

 

 俯いて言葉を話し続けるオリヴィエを聞く。

 

「普通の女の子に生まれたかった。別に都会で生活する必要はないんだ。魔法の才能もいらない。聖王核もいらなかった。戦う力もなくていいの。小さな田舎の家で朝は井戸から水を汲んで始めて、家の家事を手伝うなんでもない普通の村娘に生まれたかったな……」

 

 そこでオリヴィエの言葉は止まった。彼女は言わないだろう。だがその言葉の端からは伝わってくる。彼女は自分の出自というものを恨んでいた。憎んでいた。怨嗟を向けていた。彼女の人生を考えればそれは当然のことかもしれない。オリヴィエの一生は不幸の一言に尽きる。望まれて生まれて即座に切り捨てられ、失いながら拾ったと思われたら捨てられ、そして呼び戻されて死ねと言われる。

 

 シュトゥラで得た短い安息ですら彼女の最期を彩るスパイスだった。彼女は生まれた瞬間から絶望と悪意のない運命によって死への道を舗装されていた。オリヴィエはその断崖へと続いている道を歩き続けてきた、外れる事も出来ず。

 

「ねぇ、声も聞こえないし姿も見えない素敵な貴方。貴方の言う通りだったよ。世界は美しかった」

 

 オリヴィエは言う。彼女の人生はどこまでも悲惨だった。だけど、それでも世界は美しかったのだ、と。

 

「一番最初にそれを見せてくれたのはリッドだったんだ。まだ暗い内、朝早く起きて連れ出すからどこへ行くのかなー? って思ったら王宮の壁を上り始めて驚いてたらいいからいいから、って連れ出されて王宮の一番上の屋根に上って、そこから朝日を見たんだ。リッドよりもずっと長く王宮にはいたはずだったのに、こんな美しい朝焼けがあるなんて知りもしなかったんだ」

 

 うん、とオリヴィエは俯きながら呟いた。

 

「それからも色々とリッドが連れ出してくれたんだ。たぶんね、リッドは一番私の事を良く理解していたんだ……うーん、貴方とどっちが私の事を良く知ってるのかはちょっと解らないけど、一番長く一緒に居てくれたし、あんな態度を取ってるけど本当はリッド、凄く頭が良いんだよ」

 

 だからね、と言葉を置いた。

 

「私が……愛に飢えているって事を一番良く解ってくれていたんだと思うんだ」

 

 母を知らず、そして父を知らず。そして肉親からは一切の愛を受けず、家臣からは敬意のみを受ける。異性としての恋愛観を向ける存在はシュトゥラでクラウスと出会うまではいなかった。そのクラウスでさえヘタレっぷりで一切アプローチをかけていなかったので、相当なものだろう。

 

「うん、だから貴方には感謝しているんだ。優しく、背中を押して貰う様に見守ってくれる姿に私はどこか父性の影を追っていたんだと思う。リッドもね、解っていたのか友人としてずっと私に接して、親愛の情というのを教えてくれた。私の生まれは不幸だったけど、だけど私はちゃんと皆に支えられて生きて来たんだ―――だから絶対に、人生を不幸だと言えない」

 

 オリヴィエは言う。自分の人生を不幸とは言えない、と。

 

「貴方が背中を押して、リッドは笑わせてくれて、クラウスと競い合って、クロと偶には悪戯をして……そんな風に私の人生は楽しく彩られていた時期があったんだ。それがある限り、私は自分の人生が不幸だなんて言っちゃダメなんだ。生まれがどうあれ、それをあの美しい時間と一緒にしちゃいけないんだ。私は、友達に恵まれていたんだ……」

 

―――故に選ぶのだろう、ゆりかごに乗ることを。

 

「……うん、私はたぶん乗る事になると思うよ、ゆりかごに」

 

 オリヴィエの声がやや震えているのを感じる。

 

「お兄様はあれ、実は多少悪ぶっているんだよね。必要以上に偽悪的というか……ああ見えてお兄様って本当はもうちょっと融通が利くというか、話の通じる人なんだよ? でも最大効率と国の未来を考えるとどうしても私をゆりかごに乗せるのが一番って結論になるしね。解りやすく憎める相手になってくれようとしたんじゃないかなぁ、って思うんだ。お兄様の事」

 

 オリヴィエは信じている、自分の肉親の善性の事を。

 

「うん。そりゃあ悪い人だっているよ? 世の中は悪い事をやってそれを楽しむ人間や、傷つくことを目的に行動する人もいる。他人が苦しむのを見て愉悦する人がいれば、どうしようもない終焉を前に自分の悦楽を理解する人だっている。本当に世の中にはどうしようもない人がいるんだ。だけどね、お兄様達はそういう人種じゃないんだ。あの人たちは本当に必死なだけ。聖王陛下……お父様という大きすぎる王がいるから、それに相応しい継承者になろうって頑張ってるだけなんだ。本当はもっと優しいんだって、今の私になら解る」

 

 この状況に関して、誰かを責める事は出来ないとオリヴィエは言う。これは仕方がない事なのだと思ってもいる。オリヴィエをゆりかごの動力にするのは禁忌兵器が動き出した時点でほぼ決定する自体だろうと思っていた。なぜならそれが一番早く、そして被害を減らせる方法だからだ。そしてもし誰かを責める事が出来るのであれば、それはこの戦争そのものを始めた首謀者そのものになるだろう。

 

 だがそんな奴は本当に存在するのかどうかすら解らない。

 

 結局、オリヴィエの前に残されたのはゆりかごに騎乗しなくてはならないという現実だけだった。

 

「嘆いて、苦しんで、喚いても現実は変わらない―――私はゆりかごに乗らなくてはならないんだよ……ね」

 

 自分の言葉を確認するようにオリヴィエは言った。

 

「そうしなきゃシュトゥラが危ないもんね。もう既に一回ガレアから攻撃を貰っているし。早めにゆりかごを動かさないとまた魔女の森が焼かれてしまうかもしれないしね。それにリッドだってエレミアで傭兵だから、きっと最前線に送られちゃうんだ。早く戦争を終わらせないとリッドが……うん、なんか負けるイメージが湧かないし大活躍しそう。でもそうしたらお別れになっちゃうのかな……」

 

 言葉尻がどんどんと声量を失って行く。そうして黙り込んだ。俯いた状態で、オリヴィエがわずかに唇を動かした。

 

―――嫌だ。

 

 その言葉と共に水滴が一つ、床に落ちた。

 

「嫌だよぉ……私、まだ死にたくないよ……」

 

 小さく、しかし確実にオリヴィエの嗚咽が漏れ始める。その涙を拭うための義手は外れて床に転がり、慰めてくれる親友はここに居なかった。それを見たら慌ててうろたえるであろう青年の姿はなく、そしてその涙の行方を消し去ろうとする魔女の姿はない。そしてこの両腕はオリヴィエの頭に触れる事は出来ず、流れる涙を止めることが出来ない。この場で、オリヴィエを慰められる存在は居らず、

 

 ただ、オリヴィエの涙が流れる。

 

「まだ、死にたくないよ……」

 

 その言葉だけをここに残して―――。

 




 きっと本当の彼女は、人となった彼女はただの少女となってしまったのだろう。

 というわけでオリヴィエの想い。本音。素のままの彼女とかいう奴。

 この物語は全体で15万文字程度のラノベサイズを目指して書いているのだけれども、結構いいサイズで収まりそうなので個人的には安心している所。15万若干オーバーか、15万若干アンダーで終われそうっすわ。


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故に彼女へと送る言葉は―――

―――オリヴィエ・ゼーゲブレヒトはただの少女だった。

 

 彼女は王女だったのかもしれない。だけど彼女の人生はそれを許さなかった。優れている事は美徳かもしれない。だけど人々はそれを許さない。そしてオリヴィエは怪物王女から人間へと成った。その先で死の運命が待ち続けていると知らずに。彼女が王になる事を諦めなければ、きっと希代の名君になっただろうし、おそらくは死の運命と相対する事もなかっただろう。だがオリヴィエ・ゼーゲブレヒトは死ぬ。

 

「―――はい、陛下……いえ、お父様。私はゆりかごに乗ろうと思います。この命と引き換えにベルカを。……これは違いますね。正直な話、ベルカなんてどうでもいいです。私の人生でベルカは奪う事しかしてくれませんでした。優しくしてくれた兄姉も居ませんでした。陛下も、父親としての姿を一度も見せてくれませんでした―――お恨み申し上げます」

 

「そう、か」

 

 オリヴィエ・ゼーゲブレヒトの人生を表現するなら悪意なき悪意と表現するのが一番だろう。そこには純粋な善意しか存在しなかった。ただし、それはオリヴィエへと向けられていない。国と民へと向けられ、王族であるから、切り捨てられる覚悟はある筈だから、それが王の血筋の義務であるから、そういう認識と言葉によってオリヴィエだけ民から爪弾きものにした。王の資格は奪ったというのに。そこに悪意はなかった。だが優しさもなかった。

 

「はい。恨んでいます。お父様も。お兄様も。お姉さまも。助けてくれなかった皆を。苦しいのに解ってくれなかった皆を。ただの学生のままでいさせてくれなかった皆を。本音を言えば今すぐここでこの両手を使って殺してやりたいとさえ思っています。地獄に落ちろ、と正面から叫びたいところです。……お前たちも、全てを失って地獄を味わえ、と同じ目に合わせてやりたいところです」

 

「……」

 

「憎い。心の底から憎い。私を産んでおいて都合が悪かったら捨てて、そして必要になったら利用する。私を王家から追放しておいて必要になったら呼び寄せる。私が聖王家の中で疎まれているのは知っていました。ですから継承権を失ってからはなるべく関わらないように生きて来ました。ですが結局のところ、私は血の通った人間ですらなかった―――ずっとずっと、人形として扱われてきたんだな、と漸く理解しました」

 

 オリヴィエ・ゼーゲブレヒトは王女であった。だが、今の彼女は人間だった。王女だった頃のオリヴィエではこんな言葉を吐かなかっただろう。彼女は美しく、正しく、そして清い存在だった。それは王としての理想的なシステムだとも言えたかもしれない。だがそれを受け入れられる人間はいない。故にそこから失墜し、導かれ、彼女は人となった。そう、誰もが見ても納得できる人間らしい人間に。

 

 彼女を今見ている人間達はオリヴィエの言葉を聞きながら()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。オリヴィエが怨嗟の呪詛を言葉として吐き出す姿が初めて王子たちの姿に映り、彼女がどこにでもいる様な少女である事を自覚させる。彼らはそこで初めてオリヴィエ・ゼーゲブレヒトに溜め込まれた怨嗟の念を理解する。だが表面上、彼らに変化はない。

 

 彼らは貴き血筋を引く者。大国の継承者。犠牲を出して大多数を救うのは当然の事だった。それは何時の時代、誰にだって行われている事だった。少数を捨てて大多数を救う。そうしなければ国家は存続できない。少数が生き延びるという例外を生み出せばシステムは崩壊する。それ故に少数を切り捨てて行進し続けなければいけない。そこには守るべき大多数の幸福が残っているのだから。

 

「ですが私はゆりかごに乗ろうと思います。正直に申せばベルカは滅べ、とさえ心の中で思っている所はあります。ほとんど歩いたことのない城下町。継承権を失ってもやらされる王族としての仕事、出会った事もない騎士や侍女たちには陰口を向けられて生きて来ました。全員死ね、とさえ思う部分もあります。みっともなく泣いてなんで私だけ死ななきゃいけないのかと思う所もあります。ベルカは、どうでもいいです―――」

 

 偽らざるオリヴィエ・ゼーゲブレヒトの本音。それはちょっとした変化が生み出した暴露だった。誰か、秘密にし、そして見守ってくれる存在が話を聞いて、背中を押してくれるから。それがあって訪れた変化だった。誰かに吐き出す、内心を吐露する。それをオリヴィエは実行する事が出来るようになった。或いは見守る存在の悪辣さに似てしまったのかもしれない。オリヴィエがこうやって言葉を残すだけで、消えない傷が王宮に残されて行く。

 

「―――ですがゆりかごには乗ります」

 

 オリヴィエはそれを覚悟した。これから迫りくる死の恐怖には勝てず、その恐怖を反映して義手の指先はわずかにだが震えている。

 

「この国の為ではなく、私がどうしても助けたいと思う友と、友の国の為に……本当に祖国と思えるほどに楽しい時間を過ごしたあの国の為に、私が生きていたという証を残せた場所を守る為にゆりかごに乗ろうと思います」

 

「そうか……この国はお前に何かを与えられたか?」

 

「いえ、なにも。友との出会いも、安らぎも、時間も、全てはこの国以外がくれました」

 

 最後の最後までオリヴィエは呪詛を吐き出した。それが当然の様に。そしてそれを受け止める男は―――聖王だった。周辺には重臣や王族たちの姿があり、数名は吐き出されるオリヴィエの呪詛に顔を青ざめている。そこにある心配はオリヴィエへの扱いに対する後悔―――ではなく、ここまで憎しみを抱いているオリヴィエをゆりかごに乗せた結果、その矛先がベルカへと向けられないかという恐怖であった。だがそれに一切頓着する事無く、聖王は表情を変えず、頷いた。

 

「良かろう、玉座と聖剣オートクレールをオリヴィエ、お前にやろう。……そして敵を滅ぼすと良い、お前の美しい想い出を穢そうとするその存在全てを」

 

 聖王からオリヴィエへと王冠が、マントが、そして聖剣が引き継がれた。そうして歴史はついに生み出した。現代ベルカ史に残す最後にして偉大なる聖王、オリヴィエ・ゼーゲブレヒトの存在を。

 

 歴史には彼女は偉大なる聖王であると記録されていた。美しく、優しく、そして強く。彼女は国を愛し、民を愛し、そして理想の王であったと。彼女は国の危機に憂いた。禁忌兵器による世界の破滅を防ぐために同じ禁忌兵器である聖王のゆりかごに自ら望んで乗り込み、動力源となって死んだ―――そしてベルカは救われ、その後にゆりかごは暴走してベルカをも滅ぼした。

 

 美しい歴史ではあった。

 

 だがそこに真実はなかった。

 

『ここで私達の追い求めていた歴史の真実というものが完全に晒されたね。まぁ、なんというか……これは後世に伝わるときに真実を知る者が大衆操作の為に手を入れているという事が明らかに解る結末だったね』

 

『なんというか……これじゃあ余りにも救いがないです……』

 

『元々オリヴィエ・ゼーゲブレヒトの死は歴史によって決められていたものでしょう? だから彼女が死ぬ事は歴史的には正しいんでしょうね。だけど流石にこれは……ねぇ?』

 

 現代から同じ景色を見て、同情的な言葉が届く。それを耳にしながら、聖王と場所を変えたオリヴィエは王冠を被り、マントを羽織り、そして聖剣を手に玉座に座った。その姿を聖王の横に並んで眺める。

 

「……私は、王である。故に大多数を守る義務がある。それは玉座に座った瞬間から発生した。親でもなく、男でもなく、王というシステムとして国家を維持し続けた。最大限の効率で。それが世界の繁栄の為に必要な事であるのも解る」

 

 だが―――そう、聖王だった男は呟いた。

 

「―――娘に親だと思ってもらえず、呪詛のみを送られるのは流石に堪えるな」

 

 王冠を失った男は誰にも聞こえない様に、後悔するような呟きを放っていた。隣にいる、この時間軸には存在しない、誰にも見えない自分にだけ向けて放った言葉。それは同じ世界に存在する、同じ時間軸に存在する誰にも吐き出せない聖王だった男の本音だった。

 

 そう、この王宮に明確な加害者なんて存在しなかった。

 

 誰もが王族、王政、或いは聖王というシステムによって縛られた被害者だった。

 

『アニメや漫画、小説には常に打倒すべき敵が存在する。だけど現実はそうじゃない。明確に悪徳に走る連中なんてほんの一部さ。特に国家を運営するものが明確に悪へと走る余裕なんてない。組織が大きくなればなる程腐敗は全体を揺るがす……きっと、彼は本気で国を維持し、成長させようとしていたんだね。ただそこに娘を加えるだけの余裕がなかっただけで』

 

『なんか……誰を責めればいいのか解らず、複雑っすね……』

 

 だから善悪という言葉は面倒なのだと思う。捨てられた運命の果てに玉座に座るオリヴィエの姿を見れば、運が良かった悪かった、誰々が良い悪いなんて言葉で判断、片付ける事は出来ない。救いのない話だが、悲劇なんてものはどこでも溢れている。社会の一部として行動する以上はどう足掻いてもルールやシステムに従う必要が出てくる。

 

 オリヴィエ・ゼーゲブレヒトはそういう存在だった。従った結果、大多数をを存続させるために切り捨てられた少数。それが彼女だ。だからこそ自分の様な人間はアウトローを選ぶ。一言で言えばそれが気に入らないから。法律や社会に縛られている状態では絶対にできない事がある。絶対に救えない人がある。絶対に求める事の出来ない物語がある。

 

 別段、社会は悪い訳じゃない。人類という種の存続を考えれば当然のことだ。癌を患ったとき人間はどうする? 無論、腫瘍を切り落として切除する。それが治療だ。そしてそれが社会の構造でもある。社会は間違っていない。システムは極論、大多数が正しいと認識すればそれで正しいのだ。

 

 そこに、少数の否定が入ろうとも大多数が納得すればそれが真実になる。

 

 王冠を脱いだ元聖王の姿はどこか、疲れているようにも、身軽になったようにも思えた。長年患ってきた聖王という衣を脱いだ男の表情は変化はない。だがその胸中は解放された事から今までの様に、王として振る舞い続ける必要はなく、その内心では本音による嵐が吹き荒れているのだろう。果たして、その気持ちを察する方法は自分にはない。ただ解るのは、

 

 彼もまた、望まぬ事を王として行い続けていた、という事実だけだった。

 

 

 

 

「聖王のゆりかごは……初代聖王陛下と共にベルカへともたらされたものであり、古くはアルハザードのものだと言われています。この時代においても完全に解析されたわけではなく、それを構成する技術の多くは不明です。ですが、それがもたらす恩恵と強さは知っています。ですから昔から()()()()()()()()事で本来の姿を隠してきました」

 

 ベルカ城の一角、人々が完全に退避させられていた。城の一角と思える場所は完全に人払いが成されており、誰も近づけない様に結界まで施され、侵入者が出ない様にされていた。そこには王族でさえ近づく事が出来ず、オリヴィエだけが一人で城を割り、その擬態を解除する威容の前に立っていた。一部の城壁などを破壊しながら出現するその巨大な姿は、

 

―――戦艦であった。

 

 形状としては三角形のそれで、数千メートルを超える巨大さを誇っていた。まるで建造したてかの様な真新しい装甲を持ち、その船体には大量の砲塔などが見える。全範囲を狙い、破壊できるように設置されているその多数の砲台だけではなく、内部から感じる凄まじいまでのエネルギーはこれ単体で余裕で国だけではなく大陸規模で破壊が行える超兵器である事が伝わってくる。

 

『これが全盛期のゆりかごか……現代のゆりかごと比べるとまるで別物だねぇ。内蔵エネルギー量、稼働可能な武装の数だけじゃないぞ、これは。おそらく多くのシステムや特殊兵装がまだ稼働する状態だ。この時代だとまだゆりかごをメンテナンスする方法が存在していたんだろうね……あぁ、実に惜しい。その技術が現代にまで残っていれば私が復活させたのに!』

 

 ほんと、歴史からその手の技術が消え去った事を感謝する。ジェイルが船首の上で両腕を組んですごいぞー、つよいぞー、かっこいいぞー、と叫びながらずり落ちる姿が想像できてしまう。苦笑しながら、オリヴィエを見た。

 

「まさかこれを私が動かす事になるとは思いもしませんでした。思いたくもありませんでした……うん、やっぱり怖いなぁ。かっこつけられないや」

 

 そう言ってオリヴィエは埃を下ろし、わずかに浮かび上がったゆりかごを見た。その船体は被っていた埃を払いながら少しずつ降下を着地の為に進めていた。おそらくは搭乗者であるオリヴィエの気配を悟ってシステムが稼働しているのだろう。ゆりかごを完全な形で稼働させるための最後のパーツを受け入れるべく、自動で動いていた。

 

 それはオリヴィエにとっての死だった。

 

 乗り込めば最後、オリヴィエは人間ではない―――ゆりかごの一部、パーツとして接続されて動力源として消耗される。それがオリヴィエに用意された未来だった。故に言葉を贈る。別に、逃げてしまってもいいのだと。それを責める人間は間違いなくいるし、腐るほどいるだろう。だけどそんな事はどうでもいいと自分は告げた。それを誰よりもオリヴィエの痛みを知る自分は、責めない。寧ろ推奨する。オリヴィエはただの少女である。

 

 だとしたらただの少女の人生を送るべきであると思っている。

 

「うん……言葉は伝わらないけど、その暖かい気持ちは伝わってくるよ。ありがとう。その気持ちだけでも頑張れるよ」

 

 オリヴィエが降りてくるゆりかごを見上げながら口を開いた。

 

「……あのね、なんとなくだけど貴方の事が解ってきたの」

 

 剣を下に向けて大地に突き刺し、両手を柄に乗せた状態で揺れる事もなく立ち続けながらオリヴィエは言う。

 

「貴方はきっと、未来から来たんだって。なんとなくだけどそう思うんだ。何故そう思ったのかは知らないし、そこまで興味のある事でもないんだ。だけどね、貴方から伝わってくる暖かい気持ち、そして見守る言葉はいつも私の背中を押してくれたんだ。貴方はきっと、とても素敵な人だと思うんだ」

 

 なぜかは解らないけど―――だけどオリヴィエは確信していた。時空を超えた旅人がそこにいる筈なのだ、と。彼女は最初からずっと感じ取っていた。最初からずっと影響され続けて来た。少しずつ此方を学んで適応していた。なぜならこれは憑依であり、付与だから。彼女の一部として同じ人生を感じていたから。つまり自分の一部が彼女に付着していたという事でもある。そこから彼女は一を聞き、十を知る才能で理解に至っていただけだった。

 

 常人であればこの程度は問題なかった。

 

 だが彼女は聖王核が二つ存在する万能の天才であった。

 

 何を覚え、何をしても完璧になれる。そういう圧倒的素質と才能の持ち主として生まれて来た。だから時空を超えて、対策を施して自我の融合が起きなくても、カスや欠片、或いは破片とも呼べる物が彼女に付着すれば、そこから彼女は覚え、察する。

 

 そうやって彼女は答えに至った。

 

「ありがとう、名前も知らない貴方。きっとどこかの未来で生きている素敵な貴方。この大地にはリッドやクラウス、クロがいる―――そしてみんながいるこの大地がきっと未来へと続くのなら、貴方が生まれてくる。それはきっと、とても素敵で優しい事だと思うの」

 

 うん、だから、と、オリヴィエは笑った。

 

「怖いし、死にたくないし、泣きそうだし、今も体が震えそうだけど―――頑張るよ」

 

 頑張る、それはつまり同時に()()()()()()()という言葉でもあった。少女となってしまったオリヴィエ・ゼーゲブレヒトは無理をしている。彼女はここに立つべき人間ではなかった。彼女はベルカへと帰ってくるべきではなかったのだ。

 

『……こう、何とか出来ないもんなんですか? ドクター』

 

『さぁ? 元々私は出来る事を全部やっているさ。それで漸く時空に介入しているんだから、これ以上を求められても困る事さ。第一あのアルハザードでさえ滅びを覆す事は出来なかったんだよ? それ以上を私に求めるのかな?』

 

『いいからとっとと働けよドクター』

 

『辛辣……! だけどそこが癖になる! まぁ、私にはないさ、文字通り全力だからね! 私がこの状況を維持しつつ管理局を全力で攪乱するのにどれだけ苦労しているのか全く理解できないようだなぁ―――! ……まぁ、ヒントは出ているから頑張りたまえ』

 

 ()()()()()()()

 

 魔女猫クロゼルグはそう言った。その彼女は既に未来で死亡している。その為、彼女の言葉は理解することが出来ない。だが彼女は一度、そう言った。だとしたら一度だけ、という事でもある。

 

 一回だけ、全ての理不尽をひっくり返すだけの事が行える。

 

 クダを片手に抜いて握った。だがそこまで手を動かしたところで、停止させる。いや、まだこのタイミングではダメだ、と。そう。忘れてはならない。オリヴィエ・ゼーゲブレヒトの死に対して憤る人物は未来に居る自分たちがメインではない。寧ろ自分たちはこの物語においては脇役でしかない。本編の主役たちはこの時代に存在する連中である。それはつまり、

 

―――結界の破壊音と共に飛び込んでくる連中になる。

 

「っ!」

 

 結界に穴が生まれ、そこから素早く飛び込んでくる二つの姿が現れた。どちらもひどく汚れている姿を見せており、既にどこかで戦いを繰り広げたのか、ところどころダメージを受けている様な姿を見せている。緑色と白の服装の青年と、そして黒一色の服装の少女の組み合わせだった。この場に飛び込んできた二人の姿を見てオリヴィエは大きく目を見開いた。

 

「クラウス、リッド! なんでここに……」

 

「無論、君を助けに来た以外の選択肢があるものか!」

 

「父さんを山ごと叩き潰して一族のヘッドになったからね、魔女猫の一族と協力して一緒にベルカ王城に突入してきたんだよ! 魔女猫は足止めに置いて来たからここに居ないけど許してね!」

 

 イエーイ、と言いながらヴィルフリッドは親指を持ち上げている。ここに来るまで相当の無茶をしていたのだろうか、良く見ればクラウスもヴィルフリッドも魔力を損耗しているのが解る。だがそれを超える覇気がその体には満ちていた。何があっても絶対に負けないという気概がそこには存在していた。その光景をぽつん、とした表情でオリヴィエは眺めてから、頭を横に振った。

 

「クラウス、リッド、来てくれたのは嬉しいですけれど帰ってください。ここは聖王のみが入ることを許されている場所です。退去をお願いします」

 

 オリヴィエのその言葉にクラウスとヴィルフリッドは視線を合わせ、同時に答えた。

 

「断る!」

 

 当然の様に言葉をクラウスとヴィルフリッドは返した。

 

「そもそもここまで突破してくるのにどれだけお金と苦労を割いたと思ってるの!? 僕なんか父さんを無闇に叩きつけた上で砕いてへへ……もう……お前に教えるものなんてないぜ……とかいう臭い流れまでやったんだよ!? しかも父さん今は元気に騎士を相手にヒャッハ―してるし! 感動が台無しだよ!!」

 

「俺も王子という身分を捨てる覚悟でここへと来てみれば家族からはにやにやした視線を送られるばかりか花束まで持たされたぞ! 何かうちは色々と勘違いしてないか!? こう、もっと緊張感のある状況だった筈だったんだが……!」

 

「リッド! クラウス! ふざけないでください!」

 

 オリヴィエの怒声が響く。

 

「このままだと……このまま各国を放置していれば禁忌兵器によって国土が荒廃します! あれは戦後の事を考えない世界そのものを滅ぼす類の兵器だというのは解っているはずです! ベルカが……私が率先して止めなくてはならないんです。既に王位は継承しました。聖王として、私が先陣に立って民を導かなくてはいけないんです」

 

「いや、その必要はない」

 

 クラウスは頭を横に振った。

 

「これは俺の国の問題で、オリヴィエ、貴方の国の問題ではない。これはシュトゥラが立ち向かうべき問題だ―――我が国はベルカとの同盟を切って、一国としてガレアの脅威に対して立ち向かう覚悟がある」

 

「いえ、それは許せません。第一シュトゥラは国力でも戦力でもガレアに劣っています。そんな事をすればベルカのバックを恐れなくなったガレアがシュトゥラを蹂躙するだけです。ベルカは同盟の盟主としてそれを見過ごせません。自分よりも弱く、助けの必要な者を見過ごしません」

 

「―――だけど、そんな事一言も頼んでいない」

 

「―――」

 

 ヴィルフリッドは頭を横に振った。

 

「僕らは一度たりともそんな事を頼んでいない。助けて、とか。力を貸して、とか。王位を継いで、とか。だって元々僕らはそんな事が関係なくヴィヴィ様の事が好きになったんだもん―――おい、ヘタレ王子そこで顔を赤くするのやめろ状況を考えろ思春期じゃなくて……うん、つまりは別に助けてってヴィヴィ様には頼んでないって話」

 

 とても簡単だろう? とヴィルフリッドが言う。

 

「僕らは人間だ。助けが必要なら助けを求めるさ。別にやせ我慢をしている訳じゃないんだ」

 

「だけど俺達はそんな風に助けを求めていない。助けが欲しかったらベルカの王族に頼む。君じゃない、ベルカの王族にだ。そしてシュトゥラは必要ないとそう判断している」

 

 だから、とクラウスは言葉を置いた。

 

「勝手に俺達を死ぬための理由に使わないでくれ。君に居なくなられると……寂しい」

 

「……」

 

 その言葉にオリヴィエは黙りこんだ。クラウス一人では―――という所ではあるだろう。だがここにはヴィルフリッドも居た。彼女の言葉は付き合いの長さから一番オリヴィエに届く力を持っていた。だからこそヴィルフリッドは事前に動きを止められそうになっていたのだ。故に、クラウスとヴィルフリッドの言葉は合わさってオリヴィエへと届いていた。

 

 だけど、オリヴィエは頭を横に振った。

 

「ありがとう、クラウス、リッド。その気持ちは凄く嬉しいです。だけどね、ダメなんです。私は聖王となったんです。それは国家の象徴で、私はベルカを導く義務があるんです」

 

「何が義務だ! 何が象徴だ! ふざけるな! 少女一人を都合の良いように使って存続しなきゃいけない国、滅びてしまえ! その義務は君がそう思い込んでるものだよヴィヴィ様! そんなもの、最初からなかったんだよ!誰でもない、この国が君から取り上げたんだ!」

 

「ううん、あるんです。お父様から王位を譲ってもらったときにその重さを改めて知りました。お父様……まるで、燃え尽きた薪のようでした。今まではそんな風に見えなかったのに、王であり続ける間はまるで疲れを知らない超人だったかのようなのに……それを見て解ったんです。お父様もずっと王位という立場に苦しんでいたんだと。でもそれに対して一度も文句を言いませんでした」

 

「それは彼が望んで王となったからだオリヴィエ! 彼は王になろうとして王になった、それが彼の覚悟だった! 彼は自分から義務を背負ったんだ!」

 

「私も自分から義務を背負いました! この戦争を終わらせるという事が私に出来る事なんです!」

 

 明確なオリヴィエからの拒絶。それはオリヴィエが死を覚悟したともとれる言葉であり、それに二人が激怒する。そしてそれを察知したオリヴィエが大地に突き刺さった、透き通った氷の様な、水晶の様な刀身を持った幅広の両手剣を握り、構えた。聖剣オートクレール。それは王位の継承と共に前聖王からオリヴィエへと渡されたものの一つであり、

 

「……()()します。貴方達は現在、ベルカ王家にのみ許された私有地へと侵入しています。立ち去るのであれば咎めません。ですが残るというのなら……、っ、排除します!」

 

「無理してそんな事を言って……!」

 

 明らかに無理をしているのは見て取れた。だがオリヴィエは本気でクラウスとヴィルフリッドを追い出すつもりだった。一瞬で魔力を圧縮させながら取り込み、そして自身を一気に強化しながら迎撃の体制を整えた。オリヴィエは戦う、ヴィルフリッドとクラウスと。その姿を見て、自分も歩き出す。

 

 オリヴィエの横から、ヴィルフリッドとクラウスの背後へと。此方を視線が捉えていないが、オリヴィエが苦笑を漏らした。

 

「やっぱり……貴方もそっちなんだね……」

 

 無論、というか当然。美少女が死ぬとか歴史的大事件なのだから、死なせる訳ないだろう? という当然の話だった。それはそれとして、物質的な干渉は出来ないし、自分が出来る事と言えば応援するぐらいだ。だけど、それでも十分だろう。

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 クラウス、オリヴィエ―――そしてヴィルフリッドが揃ったこの時点で。

 

 それを肌で感じていた。

 

 故に一手―――運命を変える一手がここに揃った。

 

 ヴィルフリッドは初めて見せる顔を見せていた。普段は笑みを浮かべてばかりいる少女、笑ってふざけて遊んでいる強さを見せる少女だったが―――今は、その目の端に涙を浮かべており、

 

「この―――解らず屋っ―――!」

 

 叫び声と共に涙を散らし、ベルカの行く末を変える戦いを始めた。

 




 本来の歴史では軟禁されたことによって決してオリヴィエとの最後に合えなかったヴィルフリッドの。

 その結果、vsオリヴィエでワンパンどころかかすり傷さえつけることが出来なくリフティングされたかのようなボロボロの姿で地面に転がるリフティング王子の姿が。きっと原作でも聖王の鎧で護身完了させながらサッカーボールにされたんだなぁ、って……。

 覇王流はそう考えるとオリヴィエ敗北後の時期に生み出したものなんだろうなぁ、と思う。もう存在しない次は絶対に負けない様に生み出した武術。ただ恋愛感情はなかったらしいのでお前、なんでそこまで拗らせるの……? って首を傾げる。

 エンディングが見えて来たわねー。


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―――黙って救われろ

 戦闘の始まりの流れは完全にオリヴィエが掴んだ。

 

 戦闘が始まるのと同時に、クラウスとヴィルフリッドは前に出ようとした状態で()()()()()()()()し、一瞬だけ体を完全に動かせなくなる。それと同時に聖剣を構えたオリヴィエがそれを振り抜いた。蒼空を思わせる刀身から放たれた光の斬撃は一瞬で二人の姿を飲み込み、大地に亀裂を穿つ。だがそれが到達するよりも早くヴィルフリッドが抜け出し、広く広がった光の刃を拳で破壊し、消滅させた。そこを食い破ったクラウスが一気に前に出て、振り抜いた姿のオリヴィエに接敵する。

 

 だがその動きは最後の一歩を踏もうとしたところで完全に停止した。

 

「これ、は―――」

 

 虹色の障壁だった。

 

 それも掌サイズの板に形成された。

 

 オリヴィエが行ったのは簡単だった。聖王の鎧、それを掌サイズまで小さくし、なるべく見えない様に処理しながら、動き始める体に合わせてそれを設置しただけだった。踏み込むときは、膝の前と足首の前に設置すれば動き出しの速度を完全に相殺して動きが停止する。攻撃に合わせて肘の内側と肩に出現させれば、それだけで攻撃動作が停止する。

 

 最強の防御力とは攻撃を防ぐことにあるのではなく、攻撃すらさせないという点で発生している。オリヴィエの聖王の鎧の使い方は対処法を編み出さない限りは一方的に相手を蹂躙するような、そういう類の技術だった。道場や遊戯、習い事で覚える様な技術ではない。優雅さが欠片も存在しない、戦場での敵の殺し方の類の技術だった。それは日々の中でヴィルフリッドから学習した使い方であり、同時に、柔軟な発想はこっちから学習したものであるというのも理解できた。

 

 おそらくは、本来の歴史よりも一段と強くなっている。彼女の環境がそうやって強くなることを許した。

 

 故に動きが停止したクラウスにオリヴィエの一切容赦のない凶刃が迫る。オリヴィエは止まるつもりがなかった。最早止められなかった。彼女は真面目すぎた。自分で選んだ道を捨てられないほどに。故に一瞬でクラウスが敗北してくれるように祈りながら光を込めてクラウスへと刃を振り下ろし―――それがヴィルフリッドへと阻まれた。

 

「おっとぉ、これは僕がいなかったら速攻で終わってたかもね」

 

「すまないリッド……助かった」

 

 クラウスとの間に割り込んだヴィルフリッドが掌底で閃光を破壊しつつ、逆の手で剣を反らした。その動きは非常に不可解な物であり、まるで幾何学模様を描くような読めなさと奇妙さが入り混じった動きだった。だがそれは不思議とオリヴィエに阻まれる事無くその動きに対応していた。それを見ていて成程、と思う。動きの起点をバラバラに体を動かしているのだ、ヴィルフリッドは。基本的に動きには理想の動きが存在し、鍛錬すればするほどそれに近づき、囚われて行く。故に超一流の戦士等は最速で最短の動作で行動し続ける。

 

 逆に言えば武芸をかじった存在であればある程度最短の動きが理解できている。

 

 トラップじみたやり方でその動きを潰す様に壁を設置すれば、それだけで動きは潰せる。だがそれを回避するようにヴィルフリッドは動きを最短から外したのだ。初速は落ちるし、威力も下がるし、効率も悪くなる。だが最終的に行動は読めず、止められなくなる。つまりは行動停止よりもはるかに良い状態へと体を持って行く事が出来るのだろう。

 

 数百年以上の戦闘経験を実戦形式で継承し続けているエレミア一族でない限り、こんな曲芸は行えないだろう。

 

「オリヴィエに才能で劣る事をこれほど嘆く日が来るとはな!」

 

「生まれ持ったものは時間でしか覆すことが出来ないからそこはしゃーない。それはそれとして、イケメンさんの助けが切実に欲しいけどね……ちらっちらっ」

 

 クラウスと共に距離を開けるようにヴィルフリッドが下がった。その姿をオリヴィエは静かに佇む様に待ち構える。自分から攻めこむ姿勢は見せない。その間にヴィルフリッドが此方へと向かって口でちらちら、と言葉を漏らしながら視線を送ってくるが、そんな事をされても困る。いや、別に俺が困る訳じゃない。何せ俺は読み手なのだ。この物語に関しては本来、傍観者的なスタンスだ。

 

 本の中にある完成された物語を読んでいる側の人間なのだから。確かにヴィルフリッドの時に一度だけ、力を使って助けたのも事実だ。ヴィルフリッドの敗北に記述してある頁を引き裂き、そこに新しい頁を挟み込んで羽ペンで物語を加筆した。そこに関しては認めよう。だけどそれは余りにも無粋だと思う。既に口を出しているし、軽く手を出している以上、これ以上言うのも非常にアレな事なのだが、

 

 それで、いいのだろうか?

 

 本当に一番大事なこの瞬間を、誰か外側にいる外野に任せて突破してそれでいいのだろうか? なんというか、それで悔いなく生きていける? という話である。

 

 少なくとも、そこの青年は弱く、力が足りなくても欠片も心が折れていない。

 

 俺の事なんか知らず、力の差を知っても、それでも体が動く限りは一切諦めるつもりはないように見える。

 

 そう、クラウスは自分とオリヴィエの間の力量差を知っても諦める様子は欠片も見せなかった。ここは絶対に勝たなくてはならない所なのだとクラウスは理解していた。そして同時に自分が足手まといになっているという事実がある事も。おそらくはヴィルフリッドが自分を放置して戦えばもっと効率的に戦えるのだろう、とクラウスは理解していた。だけど、それでもクラウスは戦う事を諦めないし、止めない。

 

 自分から望んで戦いを挑んだのだ、正しいと思って。それを男である以上退く事はできない。ただそれだけのシンプルな事であった。そう、クラウスは男なのだ、王子である前に。格好つけなきゃ生きていけない人種なのだ。そしてここは絶対に格好つけなきゃならない場所でもあった。

 

 ならば完全に動けなくなるその瞬間まで、クラウスは戦い続けるだろう。

 

 それが格好良い男という生き物だ。

 

 此方の言葉にヴィルフリッドは並んだクラウスを見て、そして視線をまっすぐオリヴィエへと向けた―――その表情にはもう、迷いの様子はなかった。冗談を言えるラインも既に通り過ぎていた。認めたくなくても、オリヴィエは本気だった。悩んで悩んで悩んで―――そして逃げ場がなく背中を押され続けた。

 

 だからこんなところまで来てしまった。それをヴィルフリッドは止めなくてはならない。もう、言葉だけではオリヴィエは止まれなかった。それほどまでに立場というものは雁字搦めに彼女を縛っていた。

 

 故に攫うしかない。

 

 もはや言葉はいらなかった。ヴィルフリッドとクラウスが前に出て、それをオリヴィエが迎撃に回った。ヴィルフリッドも両手に消滅の力を纏って正面から聖王の鎧を砕く為に腕を振るう―――だがそれをゆがませるも、突破するまでの破壊力は出ない。普通の聖王の鎧ならともかく、オリヴィエには己と母の分、二人分の聖王核が存在する。それによって補正された聖王家の才児は、おそらく歴代最強の資質を兼ね備えていた。

 

 故に無敵の防壁がヴィルフリッドの攻撃を塞いだ。そしてそこを抜けるようにクラウスが前に出る。拳を握り、全霊を込めてオリヴィエを倒すために前に出る。才能はオリヴィエにもヴィルフリッドにも遠く及ばずとも、それでも王子という身分でありながら乗り込んできたその気概はおそらく、

 

 この場にいる誰よりも強かった。

 

 だがそう来るだろう、とクラウスの事をオリヴィエは知っていた。そしてそれはある意味誘いでもあった。一番弱いところから心を折る為に片付ける。的確に、容赦なく、倒すためにクラウスを引き込んでから、拳をわずかに体をズラして回避しつつ、カウンターで体を切り裂いた。戦闘装束を構成する魔力が斬撃と共に切り捨てられ、クラウスの体に浅い傷を生み出しながら体力を削る。その体が吹き飛ばされ、入れ替わる様にヴィルフリッドが飛び込む。クラウスを切り飛ばした隙間を縫うように飛び込んできたヴィルフリッドを前に、オリヴィエが一瞬だけ隙を晒す。その意識を奪う様に放たれた拳はしかし、

 

「無駄です」

 

 オリヴィエの眼前に出現した虹色の壁によって完全に止められた。微動だにせず立ち続けるオリヴィエが動きを止められたヴィルフリッドへと視線を向ける。ところどころその体には虹色の障壁による拘束が発生しており、それが動きを抑え込んでおり、それが逃げ出す事を許していなかった。

 

「確かにリッドは強いですが―――今はこの呪われた力でさえ使う事を厭いません。普段はこれが聖王家由来だと解っているのであまり使いませんが……リッドを屈服させる為であるならば、全力で使わせて貰います」

 

 このまま一気にヴィルフリッドを蹂躙するというオリヴィエの言葉にヴィルフリッドが小さく笑った。

 

「ヴィヴィ様―――この程度で僕を抑え込めると思ってるとか舐めすぎじゃない?」

 

 直後、ヴィルフリッドの髪色が変色した。黒から反転するように白へと髪色が変貌した。それに合わせ、体を捕らえていた虹色の光を割って破壊した。瞬間、オリヴィエが後ろへと下がるのと同時にヴィルフリッドの拳が壁を貫通して空を凪いだ。その体に誰かが憑依しているという訳ではないが―――一度の経験で、調子を掴んだらしく、未来で生み出される筈の奥義の一部を体得したらしい。

 

 下がったオリヴィエとヴィルフリッドの間に距離が生まれ、その間にクラウスが戻ってくる。ダメージは増え、さらに姿はぼろぼろになっても、クラウスは諦める姿を見せず、無言のまま構えなおす。

 

 そして戦いが再開される。

 

 飛び出すクラウスとヴィルフリッドの姿に牽制の斬撃が閃光として走った。空間を切断する虹色の閃光に反応できるのはそれを先読みしたヴィルフリッドのみ。故に真っ先に消滅を乗せた攻撃でそれを砕いたところでクラウスが前に出て―――当然にように一合交わしただけでクラウスが切り飛ばされる。そしてそこにヴィルフリッドが飛び込む、クラウスの体を張った隙作りを利用するように。

 

 ヴィルフリッドの拳とオリヴィエの剣が衝突する衝撃と魔力を周辺にまき散らしながら今までにない速度で斬撃と拳撃が衝突する。両手で握る剣を回転させるように素早く動かす事で間隔の短いヴィルフリッドの拳に対応し―――動きを引き込んだ。攻撃の瞬間を体に掠らせながら聖王の鎧で動きを反らし、その隙間に切り返した。

 

 斬撃が―――初めて、一撃がヴィルフリッドを通った。だがそれを殺す様に衝撃を逃がし、自分から大地へと向かってワンバウンドしながら転がって拡散、起き上がりながら次の瞬間には踏み込み終わっていた。

 

 斬撃が空を切り、蒼空の軌跡を描く。七色の剣閃が煌きながら虹を斬撃として刻む。

 

 一刀で手数が足りぬのであれば増やせばよい。たったそれだけのシンプルな理論で聖王の鎧を分割し、各々の色に鎧を斬撃に変換して分けた。七色の斬撃が同時に逃げ場を食らう様にヴィルフリッドに襲い掛かり―――そこにクラウスが割り込んだ。

 

 咆哮するような声が大地に響く。クラウスが踏み込む声だった。その動きは鋭く、荒々しく、しかし未熟だ。ぼろぼろの体は既に体を十全に動かせなくなる領域まで痛めつけられている。だがそれでもクラウスは体を動かす。

 

 才能はある―――だが突き抜けた才能ではない。ヴィルフリッドの言う通り、時間が必要となる才能だ。いうなれば基盤、或いは土台。()()()としての才能ともいえるだろう。突き抜けた部分はないが、ここから世代を経て積み上げて行くスタート地点。そういう才能をクラウスは持っている。つまり現時点ではそこまでは才能を発揮できる訳ではない。

 

 それと比べればヴィルフリッドやオリヴィエは完成を目指して成長しているエンドタイプを目指した才能とでも言うべきだろう。土台を通して必要な能力や素質を選別、その上で環境を用意し、血筋を純化させている。そしてその上で必要な部分のみを優秀な母体を通して継承してきた。つまり才能と言っても土台が既に完成されている為、即座に能力を発揮し、その上で成長できるというタイプになる。

 

 だがそれをクラウスは持たない。

 

 300年後の未来に居る子孫であれば話は違うだろう。

 

 だがこのクラウスには今日に至るまで、そこまで必死になる理由も環境も背景もなかった―――或いは大事な友人たちと離れ離れになる、一生抱き続ける後悔が生まれれば修羅となって何かを得るだろう。だがそれが今のクラウスにはない。だから彼はレベルで言えば才能のある青年程度のレベルだ。国家を運営する側の人間としては十分すぎるレベルと言っても良い。

 

 だけど世界最高クラスの才能と肉体の持ち主と比べれば、圧倒的に劣る。

 

 経験も、才能も、技術もまるで劣る。このレベルに至るまでの背景も年数もまるで違う。男だからというアドバンテージなんて存在しない。

 

―――それでもクラウスは前に出た。

 

 ヴィルフリッドとオリヴィエの戦いを一言で表現するなら人外魔境の一言に尽きるだろう。大きな破壊はそこにはない。だが細かい技術と経験と、そして圧倒的才覚による終わりのない連撃が続いている。消滅という能力の上にエレミアによって継承される経験と技術とはつまり、()()()()()()()というプロセスを全て省くという事になる。プロフェッショナルの戦闘家が基礎や応用を学ぶのに最速で20年から30年かけ、そこから一生を通じて馴染ませるための基礎鍛錬を行って行く中、その数十年という単位を自動的にエレミアは免除される、しかも数百年単位の戦闘経験を持って。防御不能、そして絶対的な経験量から行われる近接戦闘は問答無用で相性差を殺し尽くす。

 

 そしてオリヴィエのそれは天性的なセンスだ。人工的に生み出された天賦と言っても良い。元々聖王核は才能というあやふやな存在を増力するものであり、それを二つ保有しているオリヴィエの才能はもはや言葉で語れるものではない。人類の上限。そう言葉で表現するのさえも早いのかもしれない。その上で超直感的に情報や技術を吸収し、即座に反映する能力を持っているため、一分一秒ごとに成長と進化を続ける。生きていればそれだけ強くなり続ける。そういう才能を持っている。

 

 それに比べればクラウスという青年は役者不足だと言える。

 

 ()()()()()。それがおそらく割り振られたクラウスの役割だった。無力で、何も出来ず、そして悲劇がその結末を結ぶ瞬間を目撃してしまう第二の犠牲者。オリヴィエ・ゼーゲブレヒトの人生において彼女が被害者だとすれば、彼女はクラウスの加害者だった。

 

『悲劇は誰かが見てないとならない。そうではないと記録されないし、記憶されないからだ。だからオリヴィエ・ゼーゲブレヒトの物語をその最後まで語り継ぐオリヴィエの唯一の被害者が必要だった。クラウス・イングヴァルトという青年はおそらく運命に、或いは隠れて歴史を生み出している存在にその役割を割り振られたんだろうね』

 

 だから足りていない。頂点の立つ舞台に足を踏み出すだけの力が。

 

()()()()()()()

 

 クラウスはまた、切り殴られながら大地へと投げ飛ばされた。そのカバーをするためにヴィルフリッドが少しだけだがダメージを負った。だけどそれよりもはるかに多くのダメージをクラウスは受けた。もはや無事ではない場所を探す方が難しいというレベルでクラウスの体はぼろぼろだった。だけども、それでもまた、咆哮と共に立ち上がった。そして愚直にオリヴィエへと立ち向かって行く。その姿をオリヴィエは一刀で切り伏せ、ヴィルフリッドとの戦いに戻る。

 

―――だがクラウス・イングヴァルトは再び立ち上がる。

 

「元々俺が劣っている事は知っていた。いや、恵まれてはいる。だが同年代の女子たちよりも劣るという事は自覚していた。それをコンプレックスに感じていたのがあるのも事実だ」

 

 クラウス・イングヴァルトは折れなかった。或いは折れない。その心は気高く、黄金とも呼べる精神をしていた。既に肉体は限界を超えていた。だけどもそれは未だに普通に戦闘行為を行い、オリヴィエと数秒も戦闘しないうちに蹴散らされる。その度に傷跡が増えていき、ついに防御する為の魔力が切れる。

 

 切り傷が体に増え、クラウスの体から血が流れ始める。

 

「君程優れた先見性がある訳ではない。そうだな、俺は君たちと比べれば明確に劣っているのだろうな、あらゆる面で」

 

 クラウスの体はふらふらとしていたが、一定のラインを超えると一気に安定する。体力さえも底を尽きる程に切り倒されても起き上がる事にオリヴィエが躊躇を覚える。だがクラウスは体を動かす。前に、前に。それすら死を厭わぬ様にオリヴィエを倒す為だけに命の炎を燃やす。

 

 だがそこにご都合主義はない。

 

 突然才能に覚醒する事なんてありえない。

 

 突然対処方法を覚える事なんてない。

 

 突然強くなって逆転するなんてことは―――何よりもあり得ない。

 

 故に命を懸けてもオリヴィエに拳を届かせる事は出来ない。ヴィルフリッドとの対面の合間にあしらわれる様にクラウスは切り倒される。何度も、何度も何度も、立ち上がるたびに切り倒される。だけどそれでもクラウスは起き上がる。

 

「何度、俺にもその才能があれば、と思わない日はなかった。妬み、そしてそれと同じものを欲した」

 

 クラウスが命を懸けたところでオリヴィエは倒せない。奇跡は安くない。

 

「だけどそれがどうした。俺は君の友人で、君は俺の友人で―――君が、いなくなるととても寂しいんだ。君に消えてほしくないんだ。だからこうやって無様を晒しているし、さっき、そこで、リッドに身体操作魔法を教わったんだ。これで体力が尽きても魔力が続く限り体を動かす事が出来る」

 

 そこにはシンプルに意地しか存在しなかった。気迫とも言う。文字通り命を懸けてオリヴィエを救う。その一点に関してはもはやヴィルフリッドに匹敵するものがあった。傷つき、倒れ、それでもさらに血を流して起き上がる姿にオリヴィエが涙を溜めながら剣を振るう。

 

「もう、止めてください! 私は皆を守りたいだけなの!」

 

 それを受け、再びクラウスが弾き飛ばされる。だが今度は大地を転がらず、両足で体を止めながら立ち上がったままだった。オリヴィエの叫び声に戦場が停止した。ヴィルフリッドも動きを停止させ、

 

「俺たちが好きでこんなことをやっていると思うのかッ!!」

 

 クラウスの咆哮が響いた。

 

「こんな馬鹿みたいに痛い事を進んでやると思っているのか! 誰にでも! ふざけるなオリヴィエ・ゼーゲブレヒト! こんな無茶、君の為でなければする訳ないだろ! 全身が砕かれたように痛い! 泣きたいのはこっちだ! 血が流れてきて意識だって朦朧としているんだぞ!」

 

 言葉遣いとかをかなぐり捨てた言葉だった―――心の底から、偽る事のない咆哮。

 

「今も意識が途切れそうだから痛みで意識を保っているが今度はそれで泣きたくなる! だけど! それ以上に! 君をそうやって追い込んでしまった状況から救えなかった俺自身の無能加減に怒りが抑えられない! 何が次期王だ! 友を一人救えず、何が王子だ!」

 

 クラウスの全てを捨て去る様な気迫にオリヴィエの動きが完全に停止する。剣を握る手は震えており、防御だけは半ば無意識的に構えているが、

 

「オリヴィエは、望んでそこにいるのかっ!」

 

 クラウスの言葉に、オリヴィエが小さく唇を動かした。

 

「―――」

 

 震えるように。唇を動かした。

 

「―――い」

 

「言ってくれ、オリヴィエ! 本音じゃなきゃ伝わらないんだ! それを聞く為だけに俺達はここに来たんだ―――!」

 

 本音の叫び声。それがクラウスの中から放たれた―――或いは、それが()()()()()()()()()()()()なのかもしれない。どんなに近くても、ヴィルフリッドは強い。だからその弱さを隠すことが出来る。だけどクラウスは弱い。

 

 殴られ、倒れ、傷つき、その弱さが露呈する。

 

 それでもクラウスはぼろぼろになりながら立ち上がる。その姿にこそ本当に見るべき価値と貴さがあった。弱いという事を理解し、嫉妬しているという事を告白し、それでもなお、折れない意思で絶対に助けると声を張り続ける。

 

 ここにヴィルフリッドがいなければ、ここまでクラウスは意識を保ち続けることが出来なかっただろう。本気で助けに来たという事を証明する前に叩き伏せられ、一瞬で戦闘は終了していただろう。だが歴史の流れは変わった。

 

 ヴィルフリッド・エレミアが間に合ったという一つの事実によって。

 

 そして、オリヴィエ・ゼーゲブレヒトが王女ではなく―――その心はとっくの昔に王族からただの少女へと成り下がっていたことに。王女であれば言葉を否定し、戦闘を続行しただろう。だが既に結末は見えていた。オリヴィエ・ゼーゲブレヒトは死にたくない、と涙を流した。彼女は生きたい。だけど守るためには、とゆりかごへと騎乗を迫られていた。

 

 彼女は悲劇の中を揺蕩うものでしかなかった。

 

 だからこそその決意は脆い。本当に助けようとする覚悟を前に崩れる。だがそれでいい。それの何が悪い。他人の事を思う心は美しい。それが間違った方向へと進んだのであれば、助けるのは部外者の仕事ではない。助けたいと心の底から願う友の出番である。

 

 剣がその手から零れ落ち、涙がオリヴィエの頬を伝う。

 

「死にたくない……死にたくないに決まっているじゃないですか! 怖いよ! 寂しいよ! 死にたくないよ! やっと心を許せる友達に出会えたのに! やりたい事がいっぱいできたのに! だけどこんなのってないよ! 私が死ななきゃどうにもならないじゃないですか……」

 

「馬鹿、それを一緒に悩んで相談する為に僕たち(ともだち)がいるんじゃないか……」

 

「君は決して一人じゃないさ、オリヴィエ。俺も、リッドも、クロもいるんだ。一緒に考えて頑張ろう。女の命を奪って成し遂げる様な平和に価値があるとは俺は到底思えない。だから力を合わせてこの苦難を乗り越えよう……お、っと、っと」

 

 気が抜けてしまったのかクラウスはそこで尻餅をつく。ヴィルフリッドもオリヴィエに近づき一発、鉄腕を解除した素の手でオリヴィエの頬に平手を叩き込んでから、強くその体を抱きしめた。一瞬だけオリヴィエが呆けた表情を浮かべるが、すぐにその表情がくしゃりと涙に歪んだ。そのままヴィルフリッドを抱き返しながら憚ることなく大声で泣き始めた。

 

「怖かった、怖かったよリッド……国を救うためにってみんな私に死ねって言うんだ……」

 

「うん……うん……解ってる、聞いてるよ……うん」

 

 大泣きするオリヴィエに釣られてかヴィルフリッドも静かにだが涙を流し始め、クラウスも自然と涙を流していた。だが恥ずかしそうに逆方向へと視線を反らすと、彼女たちとは違って涙を拭い、結果を誇る様に胸を張った。

 

 かくして、かつて古代ベルカで発生した悲劇は覆されるのであった。

 

 確かにそこには僅かな助言があったのかもしれない―――だが結局のところ、切り開いた道は己の手によるものであった。

 

 そこにはご都合主義の力はなく、美しく彩られる愛と友情の物語があった。

 

 めでたし、めでたし。

 

―――と、言いたいところではあるが、先程から現代と繋がる通信機がクソ煩い。

 

 具体的に言うとこれでもか、というレベルで泣き声が爆音として通信に叩き込まれてくる。今、一体何人が同時に現代でこの物語を見て泣いているのだろうか、と爆音に呆れている。というかボリュームコントロールすることが出来ないのでやや呆れている。この長旅もこれで漸くエンディングが見えた、

 

 と、思いかけ、考え直した。

 

『―――そうだ、忘れていなかったようだね?』

 

 少女たちの声に割り込む様にジェイルの声が聞こえた。

 

『私も、そして君もまだ時間軸に存在し続けている。こっちでは時空の変化も何も観測されていない。つまり今、一時的に流れが変わっただけの状態で、結末(エンディング)が変わっていない状態だ』

 

 もし、本当にここに居る少年少女たちが救われたのであれば―――そもそも、自分やジェイルが時空から消え去る筈なのだ。

 

 それが歴史の改変という行いである。

 

 それ以前、歴史が否定された場合はこのタイムハックでさえ不成立になって時間の外側へと弾き出される。それはつまり、

 

『まだ終わってはいないみたいだね―――本当の敵はここからかもしれない』

 

 ジェイルのその言葉が終わるのと同時に、大地が揺れ、それが揺れた。その震源地へと視線を向ける。

 

 オリヴィエ達が戦っている間は完全に沈黙を保っていたはずの聖王のゆりかご―――それが()()()()()()()()()()()。オリヴィエが騎乗していない状態であるにかかわらず、虹色の魔力をその船体にみなぎらせながら大地と空を巻き込む様にその力を無限に発揮し始めていた。

 

「嘘、そんな、なんで―――」

 

 オリヴィエの驚愕の言葉を置き、大地に着陸していたゆりかごは浮かび上がった。

 

 その機能を果たすために。




 うるせぇ、黙れ、俺達に助けられろ。助けに来たんだよ。泣いてもいいんだよ早く泣けよ抱きしめるからって話。

 王女オリヴィエならそのまま戦闘続行したし身を犠牲にしたかもしれない。だけどここに居るオリヴィエは帽子ニキとリッドとの交流を通じて、シュトゥラの日常でただの少女となってしまった。守りたいから、とゆりかごに乗る事を決意しても結局は少女レベルの決意。

 それはあっさりと砕けてしまうのです。だがそれも悪い事じゃない。少女には少女なりにふさわしい人生があるだろうから。


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そして物語は美しく閉ざされた

『超弩級次元航行戦艦……通称聖王のゆりかご。その本来の名称は歴史の闇の中に消え去っている』

 

 天地を鳴動させながら心血に魔力が注がれる様に虹色の魔力が船体の溝を走っている。その力は文字通り、世界を揺るがすレベルだった。

 

『だが一つ、私が過去の記録を調べて把握したのはこれがアルハザード産であり、()()()()()()()()()()()()()()()であるという記録だ。データベースを探っていると古代ベルカの更に前、そうだね、その300年前からもさらに昔になるから大体200年以上も前の時代に別次元への侵略の為に利用された兵器であるという事だ』

 

 浮かび上がるゆりかごの姿、そしてその姿が生み出す不吉な気配に誰もが言葉を失っていた。それは本来、ゆりかごに動力源として接続される聖王の血筋が存在しなければありえない兵器だった。だからこそゆりかごはある意味安全だと言われた。聖王の血筋そのものが馬鹿げた才能を持つ怪物ばかりで、それを拉致するのはほぼ不可能に近く、それを接続させるなんてありえない話だ。だけどその現実は否定されていた。

 

『次元跳躍砲。空間破砕弾。次元震弾。ハーモニクスイレイサー。虚数転移砲。アルハザードを出自とする数々の禁忌兵器を複数同時に運用する事を目的として建造された、禁忌兵器をばらまく為の空母とも言える存在だ―――ちなみに、現代で私達がタイムハックを行う為に利用しているのもゆりかごだ』

 

 ジェイルは残念ながら、と言葉を付け加える。

 

『私達の時代だと経年劣化とかつての運用から一切メンテナンスされていないから兵装のほとんどが稼働不能になっているけどね。だけど、本当に残念な話だけど―――この時代だとまだメンテナンスし、機能を維持しようとする技術が残っている。喜びたまえ、私達は今、一切劣化していないアルハザードの遺産を目撃しているのだ』

 

 絶望を孕んだ船が空へと浮かび上がった。それを見て一番最初に復活したのはヴィルフリッドだった。

 

()()()

 

 ヴィルフリッドは酷く焦った表情でゆりかごを見ていた。おそらくは自分と同じく、あの破壊兵器が持っている不吉な予感を、絶死の予感を感じ取っているのだろう。アレをあのまま動かし続けてはならない。それがヴィルフリッドには感じられていたのだろう。それを理解した瞬間、ヴィルフリッドは再び髪色を白く染め上げ、オリヴィエから離れた。

 

「一体だれがどうして動かせているのかは解らないけど―――嫌な予感しかない。ごめん、ヴィヴィ様。悪いけどちょっとぶち抜いてくるよ」

 

「あ……」

 

 いまだにどうすればいいのか混乱しているのか、悩んでいるのか、ショックが続いているのか、オリヴィエの返事は薄かった。だがヴィルフリッドは焦った様子でクラウスへと視線を向け、クラウスが頷きを返した。どうやら通信を通して既にクラウスがゆりかごの稼働と、その避難を命じていたらしい。行動が早い。そしてそれに従う様に、ヴィルフリッドが大地を蹴り飛ばし、一気に空へと浮かび上がった。

 

「何をするか解らないけど、消し飛ばして進めば―――」

 

 ヴィルフリッドがそう言葉を吐いた。消滅の能力で片っ端から攻撃を消滅させれば何が来ても怖くない。実際、聖王の鎧ですら消し去って戦闘を続行できたヴィルフリッドなのだから、ありえない事でもないのだろう。だが空へと浮かび上がったゆりかごはその船体に纏った虹色の光を波動の様に全方向へと向けて放った―――瞬間、存在していた魔力の結合が全て切断され、ベルカ王城を中心とした一帯から魔力そのものが消し飛ばされた。

 

「ぐっ」

 

「しまっ―――」

 

「なっ」

 

『アンチ・マギリンク・フィールドを外側へと向けて強制展開したか! 凄いぞこれは! 魔法を使った戦術が完全に使えなくなったぞ! いや、魔法そのものが使えない! リンカーコアの中身まで完全に空っぽだ!』

 

 笑いごとじゃねぇんだよ、と現代へと通信を戻しながら落下してくるヴィルフリッドを見た。彼女は見事に着地する事に成功したらしいが、ジェイルの言葉通り、クラウスもオリヴィエも、リンカーコアの中身から魔力を結合解除されてしまったか、酸素を求める様な苦しさで胸を押さえている―――おそらく、このベルカという国がそんな事態に追い込まれているのかもしれないが。その力、範囲は底知れなかった。

 

「そんな……本当に完全稼働している……。なら、私は何の為に……」

 

「それを悩むのは後だ! 機械式の通信機を持ち込んできて助かったな……おい、大丈夫か! みんな!」

 

 クラウスが被害状況を確認しようにも、三人の顔色は全く回復する様子を見せなかった。それもそうだろう。リンカーコアとは体内にある魔力を蓄える為の器官である。それは大気中の魔力を濾過するようにフィルタリングして体内に溜め込み、そして自分の使用可能な魔力へと変換しつつ、そのまま自分の体力などを魔力へと変換して生み出す魔法使い、魔導士に必要な器官だ。

 

 あのゆりかごのAMFと呼ばれる波動は、そのリンカーコアの機能でさえも一時的に不全を起こしているという事だ。魔力が生み出せない、魔力が操れない、魔力を蓄えられない。

 

『現代に残ったデータからの再現だと魔力の結合解除程度しかできなかったけど……そうか、本来のスペックならリンカーコアそのものを殺す事が出来るのか……いや、本当に恐れ入ったよ。この私でさえその技術の凄さには認めるしかない。大した化け物だね、アルハザードの技術者達は』

 

 ジェイルの感嘆の声を聴きつつも、ゆっくりと上昇して行くゆりかごの姿を見た。それを見てダメ、とオリヴィエが言葉を吐いた。

 

「アレをそのまま昇らせちゃダメです……ゆりかごは軌道上に乗る事で世界のどの場所からも自由自在に攻撃出来るようになります―――次元すら超えて」

 

「宇宙空間に逃げられたら人類じゃどうしても攻撃が届かないんだよねー……」

 

「リッド、どうにかならないのか?」

 

 クラウスの声に、ヴィルフリッドが苦笑する。

 

「……まぁ、魔法が使えたらどうにかできたかもしれないよ? 接近できるって事だしね。固有能力の類はAMFの影響を受けずに行使できるし。だけど空が飛べないんじゃさすがの僕でも無理がある、かな」

 

 あははは、と笑っていながらもその声に一切の遊びはない。あのゆりかごを浮かべてはならない、と本能的に察しているのだろう。だがクラウスも、オリヴィエも、ヴィルフリッドも、何も出来ずにその上昇を眺めていた。

 

『……まるで茶番ですね』

 

 地上から、物語が美しいエンディングを迎えたはずの場所から空を眺めていると、泣き止んだ助手の声が聞こえて来た。

 

『頑張って頑張って頑張って、それでせっかく悲劇をひっくり返したのに、それが放送局の都合の悪い展開だったからコマーシャルを挟んで、内容を変えている様な気分で……』

 

『あぁ、うん。なんかそういう感じはあるよね』

 

『私も、そういう偏向報道はつまらないから嫌いだなぁ……で、君はそこらへんはどうなんだい? マイ・フレンド』

 

 ジェイルの言葉にそうだなぁ、と呟きを返す。クラウスはもうボロボロで、ヴィルフリッドも割と苦しそうにしており、オリヴィエは―――オリヴィエは泣いていた。助かっても良い。そう言われたはずなのに、目の前でそれを見えぬ何かが裏切った。そう、彼女はこの流れで間違いなく助かる筈だった。だがそれを否定した流れがここにはある。それが自分は、

 

―――どうしても許せなかった。

 

 そう、言葉として表現すれば簡単だ。許せない、その一言に尽きる。自分は今まで一つの本を読んでいた。オリヴィエの人生という名の本だ。その本は最後まで書き綴られていたが、最後の最後で、作者が新しく書き直して今、美しいエンディングを迎えるはずだった。

 

 シンデレラが王子と結婚するように、白雪姫が目を覚ます様に、アリスが夢から覚めるように。

 

 物語の終わりはどこか、美しくなくてはならない。そこに滅びの美はいらない。自分が好む美しさとは笑顔である―――即ち、ハッピーエンドのみに限るのである。こんなクソみたいなちゃぶ台返しを一体だれが望んだ? 誰が望んでいる? 少なくとも俺はそんなものを認めない。認めたくはない。ここまで頑張って生きても良いと思わせた少女に涙を流せる等、

 

 運命がそうしろと言おうとも、この俺が蹴り飛ばす。

 

―――そういう訳だ、ジェイル。

 

 そう言葉を浮かべた。覚悟は決まった。いや、既に決まっていた。この旅が始まった時点で既にこうする事は決まっていたのかもしれない。だがそれを実行する以上、やはり一言言葉を挟むのが礼儀だというのだろう。だから自分はジェイルへと言葉を継げる。

 

 お前との馬鹿は実に楽しかった、と。お前と一緒に色々とやった無茶を自分はおそらく一生忘れる事もない。お前は自分の人生における最高の友人であった、と。

 

『あぁ……私も君みたいなイカレた友人を持てて幸せだったよ。悪を蹴り飛ばし、そして善も蹴り飛ばす。気に入らなければ善悪の区別なんていらない、思うが儘、自由に、欲望のままに暴れまわって人を助けて人を殺して、私達はそういう友人だったね―――うん、好き勝手やった結果なんだ、私も後悔はない』

 

 では、さようならだ、と言葉を贈る。

 

『あぁ、さようなら―――また何時か、新しい歴史で会おう』

 

 ジェイルとの通信が途切れた。それと同時に本気を出した。既に道は用意されていた。チャンスは一度。介入は一度切り。だけどそんな言葉は()()()()()だ。この、次元世界で最も自由な男が、その程度のルールで縛られると思っているのだろうか。この俺が、手段もやり方も選ばない人間がこの程度の時間差をどうにか出来ないとでも思うのか。

 

 いつも通り、気合と根性と、そして胸いっぱいのロマンを詰め込む。

 

 現代からの通信が切れる。バックアップが途切れる。ガラスを粉砕するような音と共に現実が破壊された。既に自分の心はそこにあった。故にあとは体をそこに呼び出すだけ―――自分を精神が存在する場所へと召喚し直すだけである。

 

 それで時間軸への完全介入は完了。

 

 人類の未知―――時間遡行の完了だ。

 

「えっ」

 

 空間が砕ける音と共に時空そのものが割れ、時間が破損した。それと共に歴史そのものが歪み始め、未来が未定になりつつある。ヴィルフリッドの声が一番最初に漏れて、此方の存在に気付いた。それと共に帽子を脱ぎ、それを軽く払ってから被り直す。スーツにも少しだけだが時空の粒子がくっついている。ばっちぃので掃ってしまおう。やれやれ、と呟きながら泣いているオリヴィエに近づき、その涙を指で拭った。彼女の顔が持ち上げられ、此方へと向けられた。

 

「あ、なた、は―――」

 

 無論、君の魔法使い様である。ちょっと無茶をして君の為に出て来ただけなので気にせず泣き続けていると良い、と言う。きっと泣いて泣いて泣きまくったらすっきりするだろう。その果てでまた立ち上がってくれるのであれば自分としては願ったり叶ったりである。

 

「というか来ちゃったんだ君」

 

 ヴィルフリッドの言葉に来ちゃったんだよ、と笑いながら答える。あまりにもヴィルフリッドが情けないので出てきてしまったのだ。もうちょい早くゆりかごを破壊してくれれば俺が出てくる必要もなかったんだけどなぁー! と笑いながら口にすると、クラウスが困惑した様子で、此方を見た。

 

「えーと、貴方は一体?」

 

 クラウスの言葉に答える―――知らんのか、と。

 

 お気に入りの帽子を頭から外し、それをオリヴィエに被せた。左袖を軽く振るえばクダが出てくる。これで完全に臨戦態勢となった。ここまで来たらもはや止められない。ルールだとかそれが摂理だとか言う言葉はファック&ファック、知った事ではないのだ。自分は今、最高傑作の小説を読んでいたら編集者が原作者に無断で続編を作って、しかも前作で綺麗に終わった物語を最悪な感じに引き裂く、ああいうクソ作品を眺めているような気分である。

 

 童話、小説好きとしてはこういう展開は断じて許せないのである。

 

「あ、趣味が結構可愛い」

 

 失礼な。そんな事を呟きつつも、では俺が何者か、という質問に答えるとする。

 

 

真の主役だよ、と。

 

 

 一分で片付ける。そう宣言するのと同時にゆりかごの空へと浮かび上がる動きが停止した。その原因はゆりかごを見上げれば解る。ゆりかごの上から()()()()()()()のだ。その超質量の落下がゆりかごを頭上から叩き、上昇を阻止した。その姿を見てハ? と三人が首を傾げるのを見て笑い、ゆりかごと高度を合わせる為に空へと自分を飛ばした。

 

 固有技能にAMFの干渉は関係ない。自分の召喚技能は素質x魔法x技能という組み合わせだ。元々魔法を封じられた場合の対策は何十通りと用意してある。この程度ではどうにもならないと思ってほしい、と、笑みを浮かべながら空に足場を召喚しつつ着地し、ゆりかごと正対した。

 

 さぁ、落ちようか、と。

 

 ゆりかごの全砲門が開き、一斉射撃による偏光レーザーが放たれた。曲がりくねるレーザーは逃げ場をなくすように迫りくるがそれよりも自身を後部へと召喚し直し、レーザーの範囲外へと出現しながらさらに追加で山を召喚し、上から山の雨を落とす。放たれていたレーザーは再び形を変えて山の迎撃を行い、その隙に今度は海を呼び出した。一瞬で環境が激変し、深海の底へとゆりかご諸共自分が沈み込んだ―――だがそれによって影響を受けるのはゆりかごのみ、

 

 どこの馬鹿が自分にも影響が及ぶようにするのだろうか。

 

 深海5000kmの圧力であれば一瞬で圧潰出来ないかと思ったが、そんな事はなく次元弾によって全方位に放たれた砲撃は深海を消し飛ばして本来の空を取り戻す事に成功した。だがその瞬間には炎だけで構成された煉獄の魔人の巨体が出現する。虚空から上半身だけを現した魔人は炎の腕を無数に増やし、ゆりかごを掴み、砲撃されている事実に関係なく消滅しながらその船体を投げ飛ばした。

 

 その先に待っているのは巨人の兄弟である。全長60mを超える巨人の兄弟がそれに見合う鋼の大剣を握り、まるで野球を遊ぶかのように迫ってきたゆりかごへと大剣をスイングして叩きつけた。凄まじい衝撃と破砕音に空間が揺れるが、ゆりかごを聖王の鎧が守護しており、攻撃は船体に傷をつける事はなかった。そのまま、零距離から放たれた砲撃が兄弟を飲み込み、そのまま数百キロ先までの景色を荒野へと変えるように破壊を生み出す。

 

 うひゃあ、おっかねぇ、と召喚した翼竜の背中に立ちながらその破壊を見て呟いた。だけどこれぐらい耐えてくれないとずっと見ていた鬱シナリオのストレス発散にもならないだろう、と獰猛な笑みを浮かべながら認めた。

 

 なので成層圏の向こう側から適当な隕石を選んで召喚した。

 

 終末もかくやという景色が発生する。成層圏を超えて降り注ぐ無数の隕石が流星群の如くゆりかごへと向かって落ちてくる。ポーズをキメながら高笑いを上げてみるが、むせそうになるのでおっと、と笑うのを止め、レーザー砲台で迎撃し、大技をぶっ放そうとするゆりかごの気配を感じ取った。

 

 これが人型、或いは生物だったら相互契約を結んでペイントレードして即死させてやるのだが、無機物相手にその手は通じない。困ったものだ、と此方へと向かってくる主砲を再召喚で空間を飛び越えて回避する。足場となった翼竜が消し飛んでしまったので、新しい足場を呼び出してその上に着地した。

 

―――よし。

 

 ならばこうしよう、と口に出す。お前のAMFクソうざいぜ、とも口に出す。だけど同時に思う、これはちょうどよい舞台なのではないのか? とも。なぜならAMFだ。つまり魔力がゼロにされてしまうため、魔法が使えない。これは非常にめんどくさい。そして魔法が使えないという事は魔導士としては死滅するしか手が残されていないのだろう。だけど逆に考えよう。

 

 魔力が化け物過ぎて普段は全力で暴れる事の出来ない奴を出しちゃってもいいじゃないか、と。

 

 ぶっちゃけた話、俺自身はそこまで特別強いという訳ではない。肉体的なリソースは全て先読みと回避能力に叩き込み、魔法的資質も召喚と契約、憑依と付与という部分に全てリソースを回している。その為、一般的な強化魔法や回復魔法でさえ最低限のものも一切できない。だからこそ出来る部分を出来るところまで完全に突き抜けるのだ。そしてそれで突き抜ける事に成功すれば―――それですべてをこなしてしまえばよい。

 

 俺が戦う必要はない。誰かに戦いを任せれば良い。

 

 俺が足を延ばす必要はない。足場が俺の所に来れば良い。

 

 俺が攻撃を防ぐ必要はない。代わりに受ける奴を用意すれば良い。

 

 俺が回復も、回避も、強化も、研究も、難しい事を考える必要もない。つまり究極のサマナーとは出来る奴を用意してそれに全部任せるという究極の他力本願である。口八丁が回って契約さえ結べるのであればそれで役割は完了なのである。ならばいつも通り、勝てる者を用意すれば良い。勝てる者を代わりに戦わせれば良い。何せ、それが召喚特化型という存在の戦い方であるのだから。本人は生き延びる事だけを考えれば良い。

 

 では―――始めるとしよう。

 

 クダが開き、召喚陣が出現する。もうすぐ一分に到達しそうなので、この状況で引きずり出せる奴で一番やんちゃなのを呼び出す事にする。

 

 即ちゼロに相対する側、その正反対の概念。存在しないものの対極。

 

 即ちは、

 

―――無限である。

 

「呼ばれて飛び出てどっかーん! 出勤ですよー!」

 

 言葉と共に天空を濃密な魔力が纏った。召喚陣を粉砕しながら出現した小柄な姿は紅を纏いながら魔力が消え去り、今もゼロへと回帰を続けるAMF空間内に濃密な魔力を滾らせた。その体から湧き上がるのは無限の魔力であり、ゼロに対して拮抗せず、それを飲み込む勢いで己の周囲に魔力を復活させた。ふははは、と笑いながらむせれば背に展開された紅の翼が大きく広がった。無限とゼロが衝突する事でその力は幾割か、削がれているのは事実だった。それを理解していやぁ、と現れた少女の姿の決戦兵器は額を拭った。

 

「―――これなら星を破壊せずに全力出せますね!」

 

 良い笑顔を浮かべた少女が結晶を固めて杭を生み出し、それを投擲した。迎撃のレーザーを貫通したそれは聖王の鎧に衝突し、動きを停止した。だが途切れる事のない魔力で強化された少女は一瞬で肉薄、翼ですべての干渉を殴り飛ばしながら吹き荒れる魔力の暴風で無理やり砲台の狙いを弾き飛ばし、悪鬼の如き笑顔で鎧に接触し続ける杭の裏側に足をかけ、

 

「エーンーシェーンートー……」

 

―――そのまま、押し込んだ。

 

「マトリックス!」

 

 聖王の鎧ですら防げない無限の燃料と出力が不壊である筈の城壁を破壊し、そのままゆりかごの船体に杭を貫通させて突き刺した。そのままゆりかごを大地へと向かって突き刺すと、翼を広げた。

 

「ジ・アンリミテッド!」

 

 突き刺した杭を中心に、ゆりかご内部に数百、数千という夥しい数の杭が出現し、ゆりかごをその内部から串刺しにした。そのまま、貫通した個所は結晶化を始め、ぽろぽろと崩れ始める。もはや破壊の杭に浸食された存在に後はない。ゆっくりと滅びる運命を前にするだけだ。

 

「いやぁ、やっぱり必殺技叩き込むのって楽しいですねー! じゃあ次―――」

 

 とか、何か妄言を言っているがこれ以上暴れられたらベルカの大地がやばそうなのでさっさと送還する。第一、ゆりかごを今、一瞬で完全に破壊してしまったら現代から接続しているという事実そのものが消滅してしまう。そうなると俺も一瞬で消滅してしまうため、破壊するまでしばしの時間が欲しいのだ。文句を言う子を本来の場所へと送り返しながらふぅ、と息を吐き、元の場所へと自分を移動させる。

 

 既にAMFは死滅していた。魔法を封じるフィールドは消え去っており、戻った大地には顔色の良い三人の姿が見えた。とりあえずゆりかごを沈めてきた、とオリヴィエから帽子を回収しつつ被りなおしたところで、口にする。

 

 これでゆりかごでベルカをどうにか、ってのは無理だな、と。いい仕事をした。

 

 ところでここからどうすればいいのだろうか……。

 

「考えてなかったよこの人……!」

 

 そりゃあそうだ。衝動の人間でもなければこんなことに首を突っ込むはずもない。元々最初は人生を眺めるだけに留めるつもりだったのだが情が湧いてしまったのだからこうだ、どうしてくれる。帰り道がないんだが。

 

「えぇー……というか寧ろ国が所有する重要兵器を破壊した事で逮捕の方があり得る線なんじゃないかな」

 

 それを考えていなかった―――が、まぁ、どうせ、オリヴィエが死ぬ事で生まれる未来から自分はやってきているのだ。その原因であるゆりかごがあの状態だ。破壊されればその未来も完全に途絶える。そうすれば自分もこの時空から完全に消滅するだろう。

 

 その果てに自分が存在し続けられるかどうか、それはもはや自分の気合と根性に賭けるだけの話だ。そう、歴史という時空のうねりさえもこの精神論で屈服させれば、俺が人類最強のイケメンである事が証明されるのだ。

 

 まぁ、なんだ。

 

 自分の活躍で可愛く綺麗な子が一人、救われたのであればそれは良い事だ。恥じる事はない。俺は自分の思うままに、我儘に生きた。ならばそれを悪く言う事は誰もできない―――被害者以外は。

 

 つまり今から歴史が消え去る事で被害を被る皆様は盛大にキレていい。

 

「その前に助けてくださったのは結構ですが、どちら様でしょうか」

 

 クラウスが話について行けていないようなのだ、オリヴィエ専用ストーカーだとサムズアップで名乗っておく。クラウスが困惑した表情を浮かべている。が、大体これで合っているので訂正はしない。それよりもだ、

 

「―――貴方が、そうなんですか……?」

 

 オリヴィエが膝を大地に突く様に、此方を見上げていた。その姿を見て帽子を軽く持ち上げて挨拶をしながら答える。いかにも、自分が君を時々導いていた妖精さんである、と。

 

「あ、あの―――」

 

 オリヴィエが見上げた状態で何か、言葉を紡ごうとしている。だけど何を言えばいいのかそれが解らず、困っている様子でもあった。とはいえ、それをずっと待っていられる訳でもない。そもそも無理やりこの時間軸に自分を召喚したのだ。

 

 最初から限界を超えている。

 

―――遠くで何かが崩壊する音が聞こえた。

 

 おそらくどこかの最終兵器が放った奥義が漸く完全に浸食を終わらせたのだろう、この時代に残された最悪のロストロギアの一つが漸く崩壊した。それに伴い。未来が意味を喪失した。完全に今から自分の存在するルートが絶たれ、自分という存在があやふやになるのを、気合と根性で食いしばってみる―――が、長くは無理そうだ。どうにも、自分が消えるという感触を感じる。

 

 いやはや、楽しかったので後悔はないのだが。

 

 気づけば体が淡い光に包まれており、徐々に消えてゆくのを知覚していた。やっぱり気合と根性じゃ無理かー、と思って笑っていると、

 

「どうして……」

 

 オリヴィエが声を向けるのが見えた。

 

「どうして、そんな風になるって解って助けてくれたの?」

 

 オリヴィエの言葉に対して、とてもシンプルな答えを出す事にする。というかそもそも、個人的にヒーローって答えに悩み過ぎじゃね? とか考えている。そりゃあ善悪の概念があるし、色々と主張する事もあるだろう。だけど結局のところ、

 

 そこに理由なんてない。

 

「な、い?」

 

 そう、説明するような理由なんてない。俺がやりたいと思ったからやった。この子を助けたいから助けた。君の笑顔を美しいと感じたから助けた。誰かを助けるにはそんな動機があればいいし、そんなもの理由とすら呼べない。つまり、理由なんてないんだ。

 

 誰かを助けるのに理由を求めるほうがおかしいのだ。

 

 好きなら好きだと言えばいい。

 

 一緒に居たいなら一緒に居たいと言えばよい。

 

 それが出来るかどうか、はまた別の話だろう。だけど素直な気持ちは常にそこにあるのだから、それを偽って理由で固めるのは馬鹿々々しいと思う。そう思って今までの人生を歩んできたら化け物ばかりを社畜に育成したり、キチガイの様なテロリストが友人に居る。だけどまぁ、人生そんなもんだろうと思っている。

 

 悔いがあるかないかで言えば悔いの多い人生だった。

 

 だがそれとは別に満足している。

 

 そしてさらに満足できるだろう―――君が笑顔を見せてくれれば。

 

 それだけで全て、報われる。

 

「聞こえてる王子? アレをサラッと恥ずかしがらずに言えるのが真のイケメンという奴だって」

 

「恥ずかしくないのだろうか彼は……」

 

 余裕を取り戻した瞬間それかよお前ら。現代に居た頃とあんまりノリが変わらない。……いや、そうなのだろう。どの時代でも結局人間に変化と呼べるようなものは薄い。どこまでも馬鹿で、阿呆で、そしてくだらなく……素敵なものなのだろう、そう思う。

 

 まぁ、それはそれとして、そろそろタイムリミットである。

 

 世界が時間の粒子に飲み込まれ、存在そのものが歴史の果てに消えて行く―――まだ生まれてこない未来へと。果たして時間の流れそのものを崩壊させた大罪人に待つのは消滅か、永遠の虚空か。どちらにしろ、楽しみであるのに間違いはない。

 

 そんな事を考え、消える間際、

 

 オリヴィエが視線を持ち上げ、立ち上がったのが見えた。

 

―――そしてそのまま、抱きついて来た。

 

 感じる体温の感触と軽い体の感触に意識が囚われた瞬間、世界が時と共に解けて消えるのを感じた―――。

 




 次回、エピローグ。

 ヒャッハ―な彼女はきっと、映画の予告に来てくれたんでしょうねぇ……。という訳で古代ベルカのお話はここで終わり。次回はエピローグでこの話は終わり。あとがきもあるけど。

 本体はクソ雑魚でも、ならそれが出来る奴を呼び出せばよいというのが召喚特化。究極的には突っ立っているだけで全部召喚してフィニッシュしてくれるのが理想。でも召喚ってそんなもんだろ? 自分から攻撃しに行くのとかサブサマナーじゃないか、と。


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めでたしめでたし

―――歴史が崩壊して1年が経過した。

 

 自分は、生き延びた。

 

 己というアイデンティティを持って。五体満足で。特に消える事も困るようなこともなく、普通に生き延びてしまった。格好つけたはずなのになぁ、なんてことを考えながらそう、1年も経過してしまった。新歴史、或いは新世界、新時代。そうとも言える場所へと漂流、とでも表現すべきか。そんな場所へと自分は到着した。本来であれば絶対にありえない現象だったが、それは成立してしまった。つまり、生きているのであれば生き続けなければならない。

 

 生の命題である。

 

 

 

 

 大空を青い大鳳が飛翔する。それはやがて高台に居る此方の姿を捉えるとゆっくりと速度を落としながら、突き出した此方の腕の上に乗っかってくる。両足をしっかりと腕に固定した大鳳は小さく首を振るいながら翼を畳む。そして軽く頭を振ってから此方へと視線を向けてくる。

 

「―――いやぁ、全然ダメっすよ旦那。ちょいと三千世界を渡って参りやしたけどね、どこもどうも文明の形跡はあっても、それが超高度魔法文明まで至っている所はありやしませんねー。次元航行を行える文明はどこも途絶してやすねぇ」

 

 次元世界を見て回ることが出来る召喚獣の首を軽く撫でながら、良くやった、とその苦労をねぎらう。もはやこうやって召喚獣に任せて次元世界を見て回らせるのも1年が過ぎ去った。漂着した世界は魔法の概念はあっても、存在自体が認知されない世界であった。魔法のない科学文明を構築した世界―――そこに漂着した。

 

「旦那、悪いっすけど正直これ以上表層部分を探っても何か見つかるとは思えませんぜ。オイラが見て回っている限り、魔法文明は存在しても次元の移動などに関してはほぼロストテクノロジーみたいな領域に突っ込んでいる感じっすよ。少なくともこの次元前後の数百内はそんな感じっすな。もし残ってたとしたら相当秘匿されているっすよ」

 

 成程、と呟き召喚を解除した。時を超え、歴史を超えて多くの召喚獣が歴史の流れと共に消え去ったが、遥か古代、古代ベルカよりも前から存在していたり、歴史が変わったところで影響を受けないような連中ばかりは契約を残したままであった。つまり、今の大鳳もそういう召喚獣の一体であった。単独で次元移動可能で、ステルスや索敵能力が高く、偵察には便利な奴であった。そしてそれによる1年間の調査が終わった。

 

 高度魔法文明は滅んでいた。

 

 否、言葉を変えよう。

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 その原因は何だろうか? ジェイルの推理が正しければゆりかごによってベルカを崩壊させ、その後でゆりかごを討伐する事で管理局は生まれた。疲弊した土台に救世主が出現する事で次元世界を一瞬でまとめ上げた、とも取れる。つまりゆりかごが存在しなくなった結果、ベルカを素早く滅ぼせず、裏に居る何者かの暗躍をゆりかごの自動起動で察させてしまった為に探り、戦う機会を与えてしまったのだろうか?

 

「そしてその結果、共倒れして後退された文明が残って……って線が濃厚っすね。オイラが見た感じ、科学の発達ではこの世界とどっこいか、或いはそれ未満で魔法技術も結構遅れている感じっす。次元移動の方は突然な発掘をするか、それを編み出すまで数百年って規模っすかねぇ」

 

 まぁ、元々管理局時代に存在した次元移動の法は()()()()()()()()()()()()()()()()であり、ベルカやミッドチルダで開発されたものではないのだ。それにつながる過去へのエヴィデンスが消え去ったとなったら……次元の壁を超える方法が遺失してもおかしくはない。

 

「となると旦那だけがこの広い次元世界でそれを伝える事の出来る人間になるっすね。……遺失の魔法を覚える謎のスーツのイケメン……これ、地味にかっこよくないっすか!?」

 

 確かにかっこいい。だがそれはそれとして、この世界から今のところ旅立つ予定はない。1年もここでのんびりしてしまっているが、ここの空気は大分気に入っている。それに時空管理局が存在しないこの時空では急いで次元世界を渡り続ける必要もない。後数年、ゆっくりするのも悪くはないだろうと思っている。

 

「そっすか。まぁ、自分らは旦那と契約している身っすからね。旦那がそう思うなら文句はねーんですわ。とりあえずオイラは次元世界をまた渡ってきやすわ」

 

 腕を軽く振るえば再び青い大鳳は空へと飛びあがった。基本的に飛び回っているのを好んでいる性格な為、放し飼いにしている方が楽しめて良いだろう。そう思い、特に文句もなく空へと放った。大空へと飛び立ち、透明となって姿を消し去った姿を見送ってから帽子を脱ぎ、軽く頭を掻いてから帽子を被り直した。本当にどうしようもなかった。

 

 ―――まさか、少女を一人救っただけで次元世界全体が平和になるとは、誰が解ったか。

 

 進み過ぎた技術が、文明が悪意を産むのだろうか。それともそれを寝床に悪意が芽生えてしまうのだろうか。それとも絶対正義が絶対悪を求めてしまうのだろうか? その答えは管理局が消えてしまった今、探す事さえできない。

 

 ただ自分に解る事は、自分はその結末の全てを見て、そしてこれからも見続けることが出来るという事だけだった。

 

 さて、そろそろお腹が空いて来たので家に帰るか。そんな事を考えているとわわわ、とそそっかしい声が聞こえた。おや、と呟きながら視線を自分のいる高台に昇ってきた声と気配を感じた。このまま魔法で帰ろうかと思ったが、人がいるのでは仕方がない、と諦めて片手で帽子を押さえながら高台の出口へと向けて歩いて行く。

 

 柔らかい風が吹き、咲いたばかりのサクラの花びらを風に乗せて運んで行く。

 

「うぅぅー、シュテるーん……」

 

「何を情けない表情をしているんですか、もう……」

 

 どこかの聞いたことがある声におや、と思いつつ足を進めてみれば、高台を降りる為の階段その登り切った場所に腰掛ける二人の少女の姿を見つけた。青髪の少女と、そして眼鏡をかけた茶髪の少女の姿だ。二人して階段に腰掛けて何をやっているのかと思えば、青髪の子が堪える様な表情で膝を押さえていた。背後から歩いてくる此方に気づき、茶髪の少女の方が顔を上げる。

 

「あっ、貴方は……」

 

 挨拶等いいのだ、と片手を振りながら軽く挨拶をしつつ、どうしたのかと青髪の少女の膝を見た。どうやら、転んだらしく膝を擦り剝いてしまったらしい。

 

「レヴィ、絆創膏を持ち歩いている訳じゃないんですから、怪我をするときは持ち歩いている時にしてくださいと何度も何度も……というかもう小学生じゃないんですから、少しは恥ずかしい真似を控えてくださいよ」

 

「シュテるんが凄いキツイ……! しかし僕は強い子! 泣かない! 負けない! シュテるんの小言にも!」

 

「一発いいのぶち込むべきでしょうかこれ」

 

 それで立ち上がろうとした少女の頭を片手で抑えた。それでばい菌でも入ったらどうするのだ、と。子供だからとはしゃぐのはいいが、ちゃんと治療は受けておこう、と伝える。それを聞いて茶髪の少女が首を傾げた。

 

「絆創膏をお持ちで?」

 

 残念ながら生まれてこの方、そんなものを持ち歩いた覚えはない。とはいえ、この帽子のお兄さんは実は物凄い魔法使いで、ないのであれば持ち出してくるのが非常に得意なのだ、と言う。その言葉に疑いの眼差しを少女たちが向けてくるので、まずはポケットの中が空であり、袖の中には何もない事を少女たちに確認させてから、手をポケットに突っ込む。

 

 そこから消毒液と絆創膏を取り出す。

 

「えっ!? 嘘っ!? 今のどうやって取り出したの!?」

 

「確かに何も入っていないのを確認した筈ですけど……」

 

 片や目を輝かせ、もう片方は疑いの視線を向けながらペタペタとスーツを触ってくる。それを無視しながらさっさと傷口を消毒し、絆創膏をパパっと貼っておしまいである。再びポケットに手を突っ込んで、四次元ポケットー、と軽く悪ふざけをしながらミッドチルダ産のキャンディバーを取り出す。時空と共にお前が消え去らなかったのが地味に不思議だったよ。そんな事を考えながら少女たちへの施しを終わらせ、立ち上がる。これ以上怪我をするなよ、と。

 

「ありがとうございました」

 

「お兄さんバイバーイ!」

 

 グランツ教授にもよろしく、と言葉を残しながら高台を降りる道を歩いて行く。あの元気の良さはどっかのエレミアを思い出させるものがあるな、と思いつつ。桜の花びらが舞う中、自分の足で歩いて進んで行く。

 

 たまにはそんな日も悪くはない、と。

 

 もはやミッドチルダを覚えているのは自分ひとりだけ。あの世界、あの文明、あの時代の文化や文明は今更ながら、本当に異常発達していたんだなぁ、とこの世界の文明を眺めながら思い出していると思う。まぁ、消えてしまった事はしょうがない。あのころに聞いていた曲でも口ずさみながら帰るか、と自分としては懐かしい異郷のメロディを口ずさみながら歩けば、再び見知った顔を見つけた。

 

「お、奇遇だな」

 

「こんにちわー!」

 

 美味しいのでちょくちょく入り浸っている喫茶店の長男と末っ子の少女だった。名前も、そしてその容姿もどこぞのエース・オブ・エースを思い出させる為、地味に少女の存在は苦手としていたのだが、美味い飯にはどうしても勝てない。片手で帽子を持ち上げて挨拶を返せば、兄の方が苦笑いをする。

 

「お前は本当に何時見てもスーツと帽子姿だな……なんというか、清潔だからいいけどそれしか服がないのか?」

 

 いや、別にそういう訳じゃないのだが。この帽子に似合うコーディネートを探すとなるとやはり、スーツ姿となるのだ。仕事だったり気合を入れたりする時は大体この恰好だし―――まぁ、確かにいつもスーツ姿かもしれない。だがこう見えて家の中では割とだらしないのだぞ、と言ってみる。

 

「へぇ、お前がだらしない、か。あんまり想像できないな」

 

 そりゃあ外にいる間はミステリアスでイケメンの優しい兄さんというキャラクターを全力で作り上げているのだ、そう簡単に剥がれて貰っては困る。

 

「それ、自分で言っちゃおしまいだと思うんだけどなぁ……あははは……」

 

 と、エース・オブ・エース似の少女が口にした。まぁ、自分が道化を演じて誰かが笑えるのであれば、それで割と自分は幸せなのである。少なくとも今の生活はかなり気に入っているし。このままでいいんじゃないかなぁ、って思う部分はある。それはそれとして、兄妹揃ってどこかへと用事なのだろうか?

 

「ん? あぁ、P&Tへとなのはが行くのに便乗して俺はお使いだよ」

 

「あ、あはは、ははは……その、身内の恥をさらすようだけどお姉ちゃんがゲーム買ってきて、って……」

 

 身内の恥を一切隠さないそのスタイル、嫌いじゃない。しかしゲームと言えば最近、新作のゲーム機が発売された、という話を聞いた。なんだか人気でどこも品薄状態だっという噂だった筈だが。

 

 その言葉にうん、と少女は頷いた。

 

「プレシアさんが一個取っておいてくれたんだ。まぁ、私はフェイトちゃんと遊びに行く予定なだけだけど」

 

「と、いう訳で俺がポストマン扱いだ。まったく、神速でとってくればいいってアイツ人の事をなんだと思ってるんだ」

 

 中々愉快な家族関係を構築出来ているようで、羨ましい限りだ。そう呟くと、彼がん? と言葉を漏らしながら首を傾げた。

 

「なんだ、家庭、上手く行ってないのか?」

 

 いや、好調なのだが―――いや、寧ろ好調すぎるというか。あまり、束縛されるのが好きな男じゃないというか、こう、存在感だけで満足するタイプなので自分は。そこまで引っ付かれても困るというか、嬉しいのはそうだけど。

 

「あー……全部言わなくてもいい。言いたい事は解る。女はそこらへん執拗というか、どうしても言葉や行動に出して貰いたがる所があるよな」

 

「女としての意見を挟ませてもらうなら、行動や言葉にしてもらわなきゃ伝わっているのかどうか解らないから、不安に思うものだよ? ちゃんと日ごろからデートとか誘っている? こういうのって偶にやるんじゃなくて、ある程度日常的にやるから伝わるものだよ?」

 

 恋愛処女がいいよるわ、と言ってやると露骨に顔を赤くして来るので笑える。そんな妹の姿をなじっている兄の姿を見て軽く微笑み、手を振りながら別れを告げる。なんだかなぁ、と呟きながら再び帰路に就く。

 

 そんな場所、どんな時代でアレ、一般人は変わらない。

 

 幸せを求め、日々の糧を得て、そして生活をする。

 

 それで幸せであるという自覚は―――難しい。人間は生きている以上、それが普通の状態であると感じてしまう。だから突然の不幸でも経験しない限りは、その普通という状態が一体どれだけ恵まれているのかを理解する事が出来ない。そしてその時には大体手遅れなのだ。

 

 だけどああやって誰かが幸せであるのを見れば、

 

 まぁ、自分が1年前にやらかした事も、そう間違いではなかったんじゃないか? と思わなくもないのだ。完全に言い訳染みているし、大戦犯であることはこの際、認めるとしよう。だけどそれをひっくるめて、

 

 割と、消え去った他人とかどうでも良くない? と思っている。

 

 生き残った奴が時代的に勝利者なので、旧歴史から唯一生き延びた自分がつまりは時代の覇者なので、俺が一番偉いのだ、と意味もなく道路の真ん中で胸を張る―――空しい。

 

 魔法化社会のほとんどが崩壊した今、魔法の素質で就職―――なんてものはない。禁忌兵器が見つかる事も、それで次元世界が危機に陥る事も、よほどの成長や発展、文明の超加速的な取得が行われなければ発掘される事もないだろう。

 

 俺もいよいよ、年貢の納め時なのかもしれない。

 

 そんな事を考えているうちにこの街にある一軒家に到着してしまった。完全に歴史から抹消された身分として、この世界にも、この次元世界のどこにも自分という人間の足跡は残っていなかった。それでも家を用意できたのはもはや手品程度の役割しかないこの魔法が残っていたのと、この街に住んでいる優しい人たちのおかげだったのだろう。

 

 鍵を召喚術で手元へと呼び出しながら玄関の鍵を開け、中に入る。ただいま、そう声を出せば、

 

「―――おかえり」

 

 声が返ってきた。靴を脱いで家に上がり、後ろで鍵を閉めながらリビングへと進めば、そこからはキッチンが見えた。そこに立っているのは一人の女の姿だ。

 

 前は頭の後ろで丸めるようにまとめていた髪を今では解いて、自由に垂れるポニーテールにしてある。キッチンで昼食のパスタをしている背中姿が見えるが、調理器具に触れるその両手は少し不格好な鋼色の義手をしていた。

 

 ちらちら料理をしている間に揺れるポニーテールの合間から見える首筋が辛い。誘惑的な意味で。アレは絶対に誘ってる。だが誘うのは此方である、と意味不明な理論を構築して耐える。

 

 ただその普通に料理をする背中姿を見て、

 

 それがおそらく、彼女が元々いた場所では絶対に見れなかったであろう景色という事を思い出し、少しだけ、達成感を感じて息を吐く。それを聞こえたのか、彼女が―――オリヴィエ・ゼーゲブレヒトが振り向いた。

 

「どうしたんですか?」

 

 いや、と彼女の言葉に答えつつ、ソファに倒れ込んだ。

 

 改めて思っただけなのだ、と。

 

 これはきっと、年貢の納め時なのだろう、と。

 

 何せここからは冒険も糞もない、平和でどこにでもある様な日常ばかり続くのだから―――。

 




 これにておしまい。次回、あとがき。


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・あとがき

またエタると思ったお前!

 

そうだよ! お前だよ!

 

法廷で会おう!!!!

 

ハッピーエンドになるとは思わなかった奴もな!!

 

 

 あ、これあとがきです。エピローグがまだの人は一つ前へ。以下、一切容赦のない裏話やネタバレマシマシで。

 

 

 はい、どうも、お疲れ様でしたてんぞーです。久方ぶりに完結です。最近はデータぶっ飛んだり、パソコンそのものが死亡。こう、最近はモチベーションはあったのに事故ってぶっ飛んだりすることで霧散したりできなくなったりで結構エタ率高かったなぁ、って事で始めたのがこれ。オリヴィエ専用救済SSでございます。まぁ、その発端はなんというか、

 

「オリヴィエ出演するたびに死ぬよな」

 

「オリヴィエはベルカにして死亡」

 

「死が似合う女ナンバーワン」

 

 とかいう話をした結果なのよね、これ。そして見返せばこの女、マジでベルカ環境だと死んでしかいねぇな……これはやばいわ……そろそろ本格的に祟られない? ……良し! 生かそう! 手段を択ばずにオリヴィエを助けよう! あ、無理だ、ベルカクソゲー! とんだクソゲーだぞこの時代! 調べれば調べる程クソゲーだこれ!! そりゃあお前も死ぬよな!

 

 というハイテンションでしたとも、えぇ。

 

 調べれば調べる程噴出するベルカの闇。そりゃあ闇の書のシナリオや、ゆりかごのシナリオを見れば滅んであるという事を前提に考えているんだから、きっと当時設定を書いた人も、

 

「やっべwww滅ぶすならぶっこむわwwwww」

 

 レベルで色々と滅びの要因をぶち込んだんだろうなぁ、と……え? そもそもリリカルシリーズの設定ががばがば? そんな話は今は受け付けていないので、えぇ。都合の良い事に聞こえません。最初から最後までがばがばだったとか。後付けオンパレードで実はひどい事になってない? 大丈夫? ガバ拡張されてない? もうされてたかー……。と言う感じだけど。

 

 まぁ、そんなわけで始まりましたオリヴィエを救うためのss。これに当たっては自分自身にいくつか制限を設けていたわけで。

 

 どんなに陳腐でもいいのでオリヴィエを救う事。

 

 ハッピーエンドで終わらせる事。

 

 起承転結をはっきりさせる事。

 

 そして短編で纏める為に15万文字前後とする事。

 

 結果、エピローグで15万803文字になりました。まぁ、15万前後で±で大体5000~2万ぐらいかなぁ? と読んでいた自分としてはかなり目標に近づける形だった、と。まぁ、つまり1ラノベサイズです。

 

 つまり君たちはラノベ1冊分の短編を呼んだという事だ。おめでとう、本屋で1000円使う手間が省けたね? それで何か美味しい物を食べるといい。

 

 個人的には偶には外に出てコーヒーを片手にドーナッツを食べるのをお勧めする。チープなのじゃなくて1000円で食べられるぐらいの所を。それでゆっくりと時間を過ごしてくれると嬉しい。人生ゆとりが大事だからね。

 

 まぁ、インドに居る身としてはそこらへん、ゆとり過ぎて道端に牛とかコブラいるんですが……って感じだけど。

 

 ともあれ、この物語は非常にチープな終わり方でもいいので、オリヴィエを助けようというお話。オリヴィエを助けるのはどうすべきか? 面白くするには、その後に続くには―――それを考えつつてんぞーの個人的な趣味を考えた結果がこれでした。まぁ、多少遊んでたエロゲーに影響された事も否定は出来ない。

 

 エロゲーはいいぞ。

 

 オリヴィエを確実に幸せにするためにはそもそもベルカという時代から彼女を連れ出す必要があった。そしてそれとは同時に最終決戦の場でオリヴィエを生かすためにはヴィルフリッドという、古代ベルカ時代における無敵最強のアイコンも必要でした。ですから特に気を使ったのが、

 

 ヴィルフリッドの到着。

 

 クラウスを完全な道化にはしない。

 

 オリヴィエをベルカから連れ出す。

 

 という三点だった。これで問題になってくるのはまさかの尺だった。今までは長編連載ばかりだったのでそこまで意識していなかったけど、15万文字とは非常に短い!!! 超短いのだ。信じられないほどに短い。これで本当に書きたいものを全部かけるのか? そう思ってしまうほどに薄い。だがやるのだ、やってしまうのだ。

 

 登場するキャラクターを減らし、描写数を減らし、脇役ではなく背景の存在として扱う。その上で完全に誰だこれ? とならない程度には読者に通じる様なキャラ性を通す。ナンバーズは一切説明が入らなかったけど、大体の読者なら喋り方や応答であぁ、あいつか……なんて思えたりもしただろう。そういうのをメイン以外のキャラクターに対して行うのだ。会話やわずかなイベントから、どういう人物なのかを察せる様に書くのだ。

 

 やはり15万文字辛い。

 

 だけどやったぜ。

 

 そんなわけでプロットを段階的に分けて管理しました。

 

 このシーンからこのシーンは大体~~~文字数で管理。次にこのシーンは大体~~~文字数で管理、って感じですね。その結果は大体話数って形で見て貰えていると思います。シーン=話で大体管理しているので、それで物語を区切りつつ進めた訳です。それがおそらく一番管理しやすいから。そうやって構築し、描写のポイントを閉めたら、あとはもう書き始め。

 

 毎日執筆、毎日更新というループの繰り返し。

 

 大体15話前後で完結するのは見えていたので、まぁ、大体予想通りのスケジュールかなぁ、って結果です。

 

 それじゃあキャラの話、という事で謎多き帽子さん。

 

 帽子さん。何度か言っているけどモデルは存在する。だけどあくまでもモデルだけ。そこからはもうほとんどキャラの軽さとか行動原理とか、そこはもう別物で。動きもスタイルも完全に別だしな! とはいえ、元を借りたのはこいつレベルじゃねぇとこの女の運命はどうしようもねぇなぁ……って考えからもあったりするのでした。まぁ、そんな訳で選ばれた主人公の帽子さん。名前はない。そこは読者自身が自由に入力してやってください。

 

 そんな訳で登場した帽子さんは完全な召喚特化型。動くなら相手を動かしたほうが楽。自分より強い奴を呼び出せばよい。回復も他人に任せる。強化も、防御も、移動も、全部出来る奴がやればいいじゃん! 俺? 立って召喚するだけだわ。そういうスタイルのキャラです。召喚・憑依・付与、そして契約っていう特性に特化した怪物だと思えば宜しいです。あちこち回っては詐欺めいた口八丁と契約スキルで契約件数を伸ばし、死んでも魂を束縛しているのでそのまま魔力で肉体を作って社畜生活続行! 死んでも働かせる! 絶対だ!

 

 ブラック企業の方のソロモンと彼は呼ばれた。

 

 悪魔も泣いて労基に飛び込む方のダンテ。

 

 エクスカリバーを折って捨てるマーリン。

 

 決まった展開やルールというのが大嫌いな奴だった。

 

 そういう徹底的に理不尽で、反社会的だけど独自のルールを持っていて、それに従って生きているめちゃくちゃな奴、というのが帽子さんでした。或いはRPGの主人公で徹底してカオスな選択肢を選び続けるけど、要所要所ではかっこいい選択肢を選んでしまう我々。そういうタイプの人間でした。基本的にハッピーエンドが好きだけど、出来るなら楽したいし、自分の能力も有効に使いたい。まぁ、言ってしまえば欲張りな能力のある奴だった。

 

 ただこれレベルで理不尽なご都合主義メイカーじゃなきゃオリヴィエの生存も難しかっただろうなぁー……というのも事実で。これ以外となるとオリヴィエが生まれる前から準備し始めるか、効率度外視で聖王家の王族がゆりかごに乗り込んでダイナミック自殺を決めてくれるのを頼むぐらいでしょうか。

 

 ねぇなそれ……。

 

 オリヴィエー!! 俺は人間を止めるぞー!!

 

 ゆりかごのパーツとしてな!!!

 

 一発ネタにはなりそう。二発目は死ぬからない。

 

 まぁ、そんな訳で最強無敵、そしてどこまでも大胆不敵で()()()()()()()()()()()()という主人公が必要でした。ちょくちょく挟む主人公の理不尽っぷりは読者の意識下にこいつならやってくれそうだ……という一定の安心感を大規模な活躍をさせずに植え付けておくための準備でもありました。

 

 最後に登場したユーリはアレ、読者に対して「なのは世界で最も解りやすい最強」という存在のアイコンである為に持ってきました。また同時にこれを引っ張ってこれるなら笑ってハッピーエンドを認められるな! という気持ちを生み出す為でした。

 

 その後、歴史が崩壊し、再編された未来でなのセントの世界につながったのは、根本的に公式で出されている世界観で誰も死なず、みんな幸せで一切の事件のない世界がなのセント世界だからです。ここを終着点にすることでこれ以上の事件はない、ここからはずっと平和で、どこにでもある日常を仕事したり、ゲームしたりで生きて行く……という事に対するアイコンでした。

 

 ちょーっと本編中では説明が難しかった話。

 

 時間の接合性と主人公召喚の話。

 

 この全ての始まりはクロゼルグが未来を見た事から始まります。

 

 クロゼルグが未来の知識を得たのが始まりで、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ですがクロゼルグが未来の知識を獲得して死んだ事で、それが後世に―――つまりは未来のクロゼルグに伝わります。そうする事で情報の伝達が一週する訳です。

 

 ですがここで発生したのは時間のループ処理。

 

 つまり【未来のクロゼルグが過去で未来を見た、という情報を得た】のを【過去のクロゼルグが観測】しました。時間の情報取得によるループ処理で1週し、未来の情報が更新されたのを過去のクロゼルグが獲得しました。

 

 そしてこれをクロゼルグが使える、と理解しました。

 

 未来から過去への移動は不可能です。

 

 ですが未来視などで未来から過去へと持ってくるのは可能です。これがクロゼルグがやっていたことでした。

 

 つまり()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事です。ここからクロゼルグのトライアル&エラーが始まりました。少しずつ過去での行動を影響する事で未来の情報を増やそうとしました。オリヴィエを救う情報を過去へとつなげる為に。そしてそれはクロゼルグにとって良い方向へと動きました。

 

 未来のクロゼルグが、ゆりかごに無断侵入してサイコハッキングをしていた男達の話をニュースで見ました。つまりは帽子さんとジェイルのコンビです。そしてその内容も軽くだが取り上げられ、クロゼルグは過去へと介入できる存在がある、と理解しました。

 

 そこで用意したのが召喚術。

 

 自分の命を対価に生きている自分の存在を起点として召喚術を発動させる。

 

 精神とはつまり()()()()である。肉体を捨てたサイコハック中は精神という情報体に帽子さんはなっていました。故にクロゼルグの召喚術は未来視が未来の情報を過去へと引き寄せたように、未来から来た情報体である帽子さんを過去へと一歩、さらに強く踏み出させたのです。

 

 情報の塊なので、無論データの塊です。

 

 オリヴィエが妙に帽子さんに近かったり、懐いたり、覚えたりしたのはこのコードを聖王核で無意識的に感知し、読み取って影響されていたからです。精神とか自我とか、それとはまったく関係のないクロゼルグの仕業でした。

 

 召喚術の対象を帽子さんに絞っていたので、帽子さんが過去へとダイブした時点で術者は死んだクロゼルグから生きている頃の過去のクロゼルグにシフト、ですが対価は既に未来のクロゼルグによって支払われています。

 

 つまり過去のクロゼルグはこれ、コストが支払い済みの術の起点として、或いは中継点として利用されただけでした。

 

 セリフ、なかったけどちゃんと重要な役割でした。

 

 まぁ、そんな訳で帽子さんの精神は、或いは存在そのものは肉体を現代において、既に常に過去の世界で存在し続けていたものでした。なので肉体を精神と同じ座標へと移動させるだけなので、最終決戦においてはあっさりと肉体を引っ張ってこれました。

 

 まぁ、説明してしまえばこんなもんでした。

 

 最後に、私はオリヴィエ・ゼーゲブレヒトが本当に大好きです。

 

 定期的に絵を求めてブラウズしますがまったく新規の絵が見つかりません。ヒロインの話を探してもまったく見つかりません。もっと、もっと彼女の魅力を回りの人に知ってほしい……と、そう思いながら毎回殺して悲劇のヒロインに仕立て上げて来ました。ですがそれを一回反省して、こうやって立派なヒロインとしてエンディングを与えられました。

 

 私は彼女というキャラクターが非常に好きです。古代ベルカという大地を捨てればきっと、さらに美しくなるキャラクターだと思っています。悲劇のヒロインなだけで終わらせるのは実にもったいなく、ただの王女だけで終わらすのも実にもったいない。

 

 彼女の様な悲劇の王女様は、そのベールをはぎ取ってただの少女にしてしまえば、きっと恐ろしく可愛く、そしてもっと素敵になるだろうと思いました。

 

 最後のシーン、キッチンでポニテ―ルで髪を纏めている姿はおそらく、古代ベルカに居る限りは一生到達できる事のない姿だったでしょう。彼女は王族という立場がある上に、日常生活用ではなく戦闘用の義手を貰っていた。身の世話は従者が行い、身分からして、そんな姿はあり得なかった。

 

 だからこそ、誰か、他人の為に料理を作る、というシンプルなシーンで終わらせたかった。

 

 そこにはきっと、本来のオリヴィエには出来ないけど、解放されたからこそ見れる彼女の魅力があったからと信じているからです。その一端でも、この気持ちが伝わってくれれば幸いです。

 

 文字数との闘い、表現の幅との闘い、中々厳しく辛い時間でしたが、同時に達成感と楽しさに溢れる時間でした。しばらくは裏で色々と作業をやっているので次の更新は遅かったりゆっくりとなったりしますが、それではまた何らかの魅力をみんなに伝えられたら……と思います。

 

 それではあとがきはこれにておしまい。

 

 お疲れ様でした。




 追記 活動報告にて完結記念支援絵アリ。


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愛しいと、そう思った

 ジングルベル、ジングルベル。

 

 街を歩いているとクリスマスソングが聞こえて来る。

 

 海鳴の街は冬になっていた。空は冬の色を加え、そして空気は冷たく澄んでいた。軽く口を開けて息を吐き出せば白い息が漏れて来る。こうやって寒さを感じるとやはり冬なんだな、と思わせられる。魔法を使えばこの程度の寒さどうにかなるのも事実だが、それはそれで情緒という物がない。やはり冬ならば、その寒さを楽しめるものではないと意味がないとも思っている。故に、何時ものスーツに、帽子という恰好で冬の街に出ている。

 

 どこもかしこも人だらけ。急いで帰る者も、絶望の表情で仕事し続ける者もいる。右を見ても左を見ても人、人、人。当然のように街もクリスマス一色に染まっている。まぁ、それも当然だろう。

 

 今夜はクリスマスイブだ。

 

 聖者が誕生した時が直ぐそこまで迫っているのだから。

 

 とはいえ、その事実はこの日本という国ではあまり意味を持たない。基本的にお祭り騒ぎを好む日本人という気質が社会に大きく影響し、人は元の理由を無視して好き勝手騒ぎ。企業はそれに便乗してクリスマスセールを行う事で少しでも営業を上げようとする努力をしていた。何が何でも金、金、金。

 

 やれやれ、全く疲れる世の中だ。

 

 欠片もそんな事を考えていないのだが。

 

 ふぅ、と息を吐き出す。

 

 白く染まるそれを見ながら足を止めて、過ぎ去って行く人混みへと視線を向ける。家族で出かける姿が目撃出来る。まだ明るい事を考えると、今から買い物してから家で……という形だろうか?

 

 その姿を見て、軽く頭の帽子を押さえる。

 

 さて、どうしたもんか。

 

 少々、悩んでいる部分があるのは事実だった。その気持ちに決着をつける為に、こうやって外に出てきたが、眺めていると更に悩む部分がある。果たして良いのだろうか? そんな考えが珍しく、自分の中にあった。これが自分だけの事であれば、迷う事無く直ぐに決断することが出来るだろう。だが事はそこまで簡単な事ではなかった。だからこそ困っている。どうしたもんか。

 

 そう考えている所に、

 

「おや、君がこんな所で一人で黄昏ているとは中々珍しいね」

 

 ん? と声を零しながら振り返ってみれば、知っている顔の男が居た。顔は良いが、魂がどす黒い色をしている研究者の男―――今はグランツ研究所で娘に見張られつつ生活をしている声と顔だけが良い男、

 

 フィル・マクスウェルだ。

 

 今日も魂のどす黒さが良く見える。

 

「相変わらず君は辛辣だねぇ。まぁ、そこが君の味なのかもしれないけれど」

 

 そう言ってあっさりとフィルは受け流す。まぁ、この男が自分の友人に監視されている間は、特に心配する必要もないだろう。それよりもこの男がこんな時間に外を出歩いているのが驚きだった。

 

 暇さえあれば養子縁組を迫る様な変態がついに野放しにされたのだろうか?

 

「いや、流石に辻養子縁組はしないよ。するとイリスに刺されかねないからね。それでもシュテル達に養子縁組を申し込んでみたらレバブローから飛び蹴りをくらわされたけどね。最近の女学生たちは中々にワイルドだと思わないかい?」

 

 爽やかに言えば何でも許されると思っているイケメンがこいつだ。本当にこの顔面を一回陥没させるべきだし、既に娘のイリスが何度かやっている。

 

「む、才能ある子供の気配がするね?」

 

 イリスの代わりにフィルの顔面にビンタを一発叩き込んでおく。やっぱりこいつ、放っておくと絶対に辻養子縁組を始めかねない。それはともあれ? 今日は一人というのは中々に珍しいものを感じる。

 

 今日はどこの子供をハントしに来たのだろうか?

 

「そんな変態みたいに言わないでくれよ。これだよこれ」

 

 フィルはそう言うとズタ袋を担ぐようなポーズをした。あぁ、成程。

 

 ついに攫うのか。

 

「イリスに怒られるから止めてくれよ。クリスマスだよ、クリスマス。プレゼントの受け取りがあるからね。イリスが居ない間に回収に向かおうかと思ってね」

 

 そう言うフィルはどことなく、楽し気な気配をしている。いや、実際に楽しんでいるのだろう。彼が前の世界ではどういう悪人だったかは全く興味はない―――というか絶対に悪人だっただろうなぁ、とは予測がつくのだが―――少なくとも、この時間軸、世界におけるフィル・マクスウェルというのはちょっと奇抜ではあるものの、悪い父親ではない。

 

 彼はちゃんと、自分の娘の幸せを願えている。

 

「ま、私はそろそろ娘が出かけている間にプレゼントを受け取りに行くよ。じゃあね」

 

 そう言うとフィルはそのまま、デパートの方へと向かっていった。娘―――つまりはイリスのクリスマスプレゼントを受け取りに行ったのだろう。奇行が目立つ部分もあると言えばあるのだが、それでもフィル・マクスウェルがちゃんとした親をやれているのはまた事実だ。その姿を見ていると、自分がこうやって悩んでいる姿が少し、悲しくなってくる。

 

 アレでさえ親の真似事は出来るのに……。

 

 いや、まぁ、フィルは結婚せずに養子縁組でイリスを引き取ったから参考になると言えば微妙なのだが。それでも親子としてちゃんとイリスに対して愛を注げている姿を見る限り、アレは誰かを愛する人としては、自分よりも上等なのかもしれない。

 

 フィルが消えた方から視線を外す。そして視線を近くのウィンドウへと向ける。

 

 デパートのウィンドウの中には、コートなどが飾られているのが見える。何か、手土産があった方が良いのかもしれない。そんな事を考え腕を組む。だがプレゼントを用意したら、それはそれで物で釣っているようで、ちょっと、個人的にもにょる部分もある。ここはやはりストレートに言葉で決めるべきだろうか?

 

 あぁ、馬鹿々々しい。こんなの全く自分のキャラではない。もっときざったらしく、しかしストレートに言ってのけるのが自分というキャラクターではないだろうか? 少なくとも、ここでぐだぐだと悩んでいるようなタイプではない。

 

 流石にここまで、引っ張りすぎたのが原因なのではあるのを自覚している。とはいえ、答えを出すのであればなるべく真摯に向き合いたいというのも事実だった。

 

 ―――オリヴィエの好意に対して。

 

 彼女が唯一頼れる人物だから俺に惚れている―――という訳ではなく、全うに一緒に暮らして、そして好意を向けてきている。その事実を良く理解している。始まりは歪だったかもしれないが、今の彼女は自立している。その上で好きだ、という感情を向けてきている。

 

 そろそろ、そろそろ答えなきゃならない。

 

 明確な言葉で。

 

 

 

 

 海鳴のセンター街から歩いて出てきた所で、ぶらりと立ち寄ったのは住宅街の方だった。此方の方には商店街が存在し、センター街と比べて比較的に落ち着いていると表現できるエリアでもある。自分が住んでいる所もこっちの方になってくる。いつの間にか自宅へと向かって歩いている自分の足を思えば、既に覚悟や結論の方は出ているのだろう。それでもあーだこーだ、と言葉を自分の中で濁そうとしているのは、ちょっとした不安が残されているからなのかもしれない。

 

 そう思って自宅への帰り道を適当にゆっくりと歩いていると、商店街で買い物する姿を見つけた。

 

「お、帽子のにーさんやんか」

 

「よう」

 

「どうも、こんにちわ」

 

 八神堂の主である八神はやて、その家族であるヴィータ、そしてシグナムの三人組だった。旧歴史の流れである従者という関係は消えたはずだが……今では八神ファミリーという形で夜天の守護騎士たちが残されている状況は、実に面白いとしか事情を知る者としては言えない。なんで日本人と外国人が普通に並んで違和感を持ってないのだろう。そもそもこの街、喋る動物さえ普通と認識されるし。

 

「帽子のにーちゃんはなんや? 今夜はねーちゃんとアレか?」

 

「はやて。はやて??」

 

 はやてが親指を指の間に差し込むシンボルで煽ってくる。それをシグナムが頭を叩いて止めさせる。この娘、そんなロックなやり口を一体どこで覚えてきたのだろうか? ヴィータの方は軽くショックを受けて凍り付いている。

 

「全く、本当にどこでそういう事を覚えて来るのですか……」

 

「いやぁ、この間半裸でギターを振り回すおっちゃんを見かけてな。こら平成最後のシド・ヴィシャスやな、って思って短期的な弟子入りを」

 

「はやて、後で家族会議です」

 

「そんなー」

 

「いや、当然だろ」

 

 ヴィータのツッコミにしょぼくれるはやての姿にやれやれ、と声を軽く零す。それで、と声がヴィータの口から洩れる。

 

「今夜はオリヴィエ様と一緒か?」

 

「あの方を悲しませてはならんぞ。泣かせようものなら叩き斬りに行くからな」

 

「なんでか知らんけど皆、妙にねーちゃんには過保護やなあ」

 

「なんでだろうな……」

 

「妙にそうしなければならないという感覚が強くて……」

 

 聖王の血筋、そのカリスマ性は未だに消えない、という事なのだろう。まぁ、この二人がその事に関して心配する必要はない。少なくとも自分はオリヴィエを悲しませるような事はしない。するつもりもない。彼女に似合うのは笑顔だ。そして一生分の悲しみは既に終わらせているのだ、だったらもう不必要な涙を流す事はない。それはこの地上最強で最も格好良い男として断言できる事である。

 

「かっこいいって部分には疑問が残るけどな」

 

 何故。

 

「いや、基本ふらふらしてるしお前」

 

「にーさんちゃんと働いてるん? もしかして養われているん?」

 

「二人が済まない……」

 

 シグナムの申し訳なさそうな表情に、問題はないと返す。まぁ、自分は一回で大きく稼いで休みをもらうタイプの仕事なのでそこまで必死に働く必要はないのだ。無論、その内容は秘密なのだが。

 

「凄い気になる」

 

 だが秘密だ。良い男とは常に格好良い秘密の一つや二つを抱えている。まぁ、持っている能力を正しい所に売り込むのが一番金を稼げる方法だと説明だけはしておく。

 

 その言葉にはやてが解った、と声を放つ。

 

「ホストや!」

 

「はやてほんとさぁ……」

 

 惜しい。

 

「惜しいのか!? 気になって来るぞ!?」

 

 正解はというと、どちらかと言うと正義の味方系の職業なのだ。そう、世界平和を貰ってお金をもらう仕事をしているのが自分である。

 

「全く違うじゃねぇか!」

 

 ヴィータの半ギレの言葉に軽く肩を揺らしながら、揶揄うのを止める。今日は家でゆっくりと過ごすつもりなので、そろそろ散歩を切り上げて帰るつもりだった。故にさようなら、と手を振って歩き去る。

 

「ほな、またな!」

 

「さようなら」

 

「じゃあな!」

 

 元ベルカ組―――今ではただの人間となった守護騎士とその主に手を振りながら去る。

 

 管理局が存在した世界では、人間ではない事に苦悩していたが、今ではそんな事もなく、普通の人間としてこの街で幸せに暮らしている。そんな姿を見ていると、果たして魔法が存在した事に意味があったのだろうか? とは思わなくもない。便利で文明を発展させたのも事実だ。

 

 だがその犠牲になっていた存在が、余りにも多すぎた。

 

 魔法はこのまま、闇に消えるのが一番良いのかもしれない。

 

 クリスマスイブには似合わないそんな事を考えながら帰り道を進む。

 

 ここまで来るとほぼ近所で、近くに住んでいる連中の姿が見えて来る。妹のティアナと手を繋いでいるティーダがプレゼント選びの為に出かけている姿が見えた。恭也が恋人の忍と腕を組んでいて、此方を見かけると軽く手を振ってきた。ジェイルがサンタの格好をしながらロボ型トナカイに乗って爆走しているのを娘たちが追いかけている姿が見える。

 

 相変わらず、どの歴史でもはっちゃけているアイツの姿を見ていると安心感さえ覚える。だがそういう安定感が重要なのかもしれない。

 

 車に突っ込んで事故った友人の姿を見届けてから住宅街、自宅まで戻ってくる。鍵を召喚して開けながら家の中へと戻る。軽くただいま、と声を零しながらリビングへと戻れば、厨房の方から料理の準備を進めている彼女の姿が―――オリヴィエの姿が見える。

 

 帰ってきた此方に気づく様に、彼女は振り返りながら微笑む。

 

「お帰りなさい」

 

 エプロン姿で振り返りながら微笑むと再び鍋の方へと視線を向ける。厨房に自分も入り込んで覗き込んでみれば、そこで作られているのはビーフシチューだった。

 

「桃子さんにレシピを教わったのですけど、今回初めて作るんですからちゃんと意見を……あ、ちょっと!」

 

 鍋に軽く指を突っ込んで味見してみる。

 

 うん、悪くはない味をしていた。いや、寧ろ自分好みの味だ。

 

「もう、そんなことしなくても味見はさせてあげますから……」

 

 呆れながらオリヴィエはそう言うとサイドテールを軽く揺らしながら横に置いておいたグラスを取って、その中身を飲む。こちらに来てからオリヴィエは軽く髪を伸ばす事を決めたようで、その髪の毛は昔のそれよりも長くなっている。胸の起伏がない分、別方面で女性らしさを伸ばしているのだろうか―――サイドに纏められている髪によって首元が見えており、そこにかなりぐっとくるのも事実だ。

 

 的確に好みを抑えられている。

 

 入れ知恵したのは誰だろうか。

 

 と、そこでオリヴィエが料理しながら飲んでいるのがワインだと気づいた。

 

「あはは……すみません、ちょっと我慢しきれませんでした」

 

 そう言う意味ではないのだが―――いや、まぁ、ベルカでは若いうちから酒を飲んでいたな、と思い出す。

 

「私も元は王族ですから。嗜みとして飲み慣れていますから酔い潰れる心配はありませんよ? ほら、そこまで飲んでいませんし」

 

 そう言って息を確かめさせるようにオリヴィエが顔を寄せて来る。このまま顔が近づけば、唇が重なる位置まで来るだろう。毎度毎度この手のはそれとなくするりと躱してきた事でもある。なのでオリヴィエとしても特に期待している訳ではなく、明確な好意を見せる為のアプローチとしてやってきているのだろう。

 

 だから唇が近づいてくる。覗き込む此方の顔にオリヴィエの顔が接近し、息を感じられる距離まで近づいた。

 

 そこでオリヴィエの方から接近が止まった。

 

「……キス、しちゃいますよ?」

 

 いいんじゃないだろうか? まぁ、なんだかんだでずっとオリヴィエの好意を躱してきたからここら辺、疑われてもしょうがないなぁ、とは思っていたりもする。だがそれはそれとして、そろそろその気持ちには応えたいと思う部分もある。そして逃げるのも自分らしくはない。そう思わなくもない。

 

「勘違いしちゃいますよ?」

 

 盛大にどうぞ、としか言えない。

 

「気がないと思ってたんですけど」

 

 真面目な話をすると、ただその気持ちに真摯にありたかっただけだと言わせて欲しい。オリヴィエの気持ちは純粋である。或いはそういう風になったのは自分が原因である。だとしたら、それが偽りでも依存でもなんでもなく、心から来ているものだと見極めたかったのと、

 

「と?」

 

 ……惚れられているから応える、とかあまりに男として頭が悪いし格好悪いだろう? だったら心の底から惚れて応えたい。

 

「……もう、本当に馬鹿な魔法使い様」

 

 男は馬鹿じゃないと生きられないし、格好つけないと生きられない。オリヴィエもそれを知っていたはずだ。

 

「知っていますよ……知っているからこうやって好きになったんですから」

 

 そう言うとオリヴィエは僅かに目元を潤めながらゆっくりと顔を近づけ―――最後の距離を詰めた。

 

 唇と唇を重ね、ちょっと早いかもしれない愛という事実をクリスマスプレゼントに受け取った。

 

 こうやって、どこまでも何事もなく、

 

 普通で愛しい生活は続くだろう。




 2018年年末企画。


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