異常で異質な中、僕だけがフツウである (下上山 峠)
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ありふれた日常

なんともない日常回
さらっと流して次に進んで頂ければ嬉しいです

初回特有の文字数の多さは勘弁してください。これ以降は半分くらいで調節するつもりなので(汗)



ある日ある町のある病室。数日間昏睡状態に陥っていた少年が目覚めた。彼が周りを見渡しそれとなく事情を把握するやいなやことは起こった。

 

「死線をサマヨいながらもよくぞ我をその身にヤドすにイったか。まずはその幸運をホめたたえよう。適合おめでとう。せっかくだ、此度の成功をシュクし、我をウけイれるのならば褒美をやろう」

 

言葉の称賛や喜びとは裏腹に一万もの銃口がこちらに傾いている程の危険が音になったかと錯覚しかねない声が、少年をどこからともなく襲った。

誰もいない病室。聞こえるはずのない声。だが少年は不思議には思わなかった。むしろ納得しかねないほどだった。何せその声を発しているのは他ならない()()()()()()()()()()()()()()()()()。そして残酷な現実はそれにうろたえる時間すら与えないとばかりに続けて声は次のことをなんともないようにぽろりとこぼした。

 

「なに、遠慮はするでないぞ。どうにせよ我をイかすための生存装置にスぎんのだ。何をコうてもユく末はカわりはせんよ」

 

気まぐれ。その表現がしっくりくる。良いことがあったから視界に入った賽銭箱に紙幣をいれてやってもいいか、と一時の気分でことを進めるのと同じ。しかしこれには決定的な違いがある。それはその気まぐれを起こしたのが邪悪ではあっても強大な力を持つ存在であるということだ。

 

「それで、クズれゆく我が肉体の元所有者はいったい最後に何をノゾむのかね。どんなネガいでもヒトつだけカナえてやろう」

 

命を対価にどんな願いでも叶えようと誘うその様はさながら悪魔そのものであったが既に対価は払い済みのようで拒否権がない点は悪魔よりもあくどいとも言える。ともあれ何を言っても既に時遅し。後の祭りである。後夜祭である。

場に緊張が走る中、少年は脳細胞を全て使い考えを張り巡らせる。間違いや失敗は許されないたった一度のチャンスを有意義に活用するために検討に検討を重ねているに違いない。

そして現実時間では少しの間が空いてから少年は、いや僕は頭に渦巻いていた問いの解答をついに選び抜いた。そして堂々と発した。

 

 

 

「なるほど夢なんだね」

 

瞬間、場が凍った。しかしそんなことはお構いなしに少年は続ける。

 

「いつかは来るもんだ、と先生先生がしつこく釘を刺すから半信半疑だったけど。ついに僕にも来てしまったよ。これが俗にいう中二病の初期症状なんだね。深層意識の願望があたかも実体を持って現れているように感じ始めるアレだよね。それにしても命を代価に何かを叶えるってそんなお手軽に悲劇のヒーロー製造機みたいなそんな使い古されたテンプレみたいな文面をわざわざ採用しなくったってじゃなくてもいいじゃないか。僕の想像力の貧相さが滲み出ているのが何より恥ずかしい。うわぁああぁああリセットしたぃぃぃいい目覚めなおしたいぃぃぃ」

 

寝起きの、それも病人とは思えないほど元気にベッドの上で頭を抱えて悶絶して暴れている少年が確かにそこにいた。

それとは別に呆れた声がぼそっと静かに響いた。

 

「…………とりあえず一回シんどけよ俺様(からだ)

「!?」

 

呆れたような、どうでもよさそうな声と同時に起こったのはまるで少年の心臓が誰かに掴まれたような感触。苦しい。本当に掴まれているのか、真偽はともかくとしても急な心臓停止に少年は苦しむことはできてもそれ以上は何もできない。

 

「この体はもう既にこの俺様、悪の帝王様のものなんだぜ。言葉の意味をカみクダいてちゃんと消化できたかよお?脳髄にイタみをキザみこませたかあ?これが現実だとしっかり理解できたかい?さあてユメミるオトコノコくん、テメエがいるのはマチガいなく悪夢みてえな現実だぜ」

 

そんな風にあっけなく正体不明の何か、「悪の帝王」と名乗るモノによって少年は殺された。

そして当然のようにさきほどまで少年の心音をかたどってくれていた心電図が凍り付く病室に鳴り響き渡り生命の危機を必死で警告していた。通常山なりのグラフを模るはずのモニターはただの直線となっていた。

 

「ピィーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」

 

少年:死亡 

 

 

 

 

 

「ピィーーーーーーーーーーーーギィゴガギャジャボデドォ~~」

 

朝から脳みそが裏返りそうな酷い音で僕は目覚めた。「絶対に寝過ごしゼロ目覚まし時計」と割と有名ものらしい。朝から不協和音とか音信不通だとかで頭痛を味わさせられてる僕にはどんなに役立つアイテムも苛立ちの対象でしかないんだけどね。

 

「うる、さぁいねーぇ」

 

そしてこの目覚ましを送ってくれたお祖母ちゃんにも八つ当たり気味に怨んでる。でもそれだって毎朝のことだし今更怨み直してもすっかり怨み慣れ廃れてる。だから意味なんてない。ただそういう気分だからそんなことを思い浮かばせてしまっただけで気まぐれと同じであやふやで不確かな無意味の象徴みたいなもの。だから真に受けないでよね。

カチッと大きいボタンを押して寝起きにしては迅速に動いて消した僕は

 

「おやすみ」

 

二度寝した。

…………。大丈夫だよ三分後にまたなるもん!三分と決まった僅かな間だから逆に思いっきり寝れるんだよ。その後しっかり起きればいいんだよ。オーケー?

 

「ジェソドメッゴゾイ~~」

 

それでもこの目覚まし音声が自動生成される無駄に洗礼された無駄な機能にはいつまでかかっても慣れそうにないね。慣れたら目覚ましとしてのお役目ごめんになるだろうから目覚まし時計くんも目覚まし時計くんで必死なのかもしれないね。存在価値を失われないように全力なのかも。ほら、よく見ると愛嬌ある顔でこっちを眺めてる気がする。こう、横長の凸凹の四角形にモフモフの毛が生えそろうこのシルエットは…………。

 

「これ犬だね」

 

…………。目覚まし関係ないじゃん。変な幻覚が一瞬見えたよ。昨日リビングで見たワンコ特集のせいだ。可愛いかったなあ。買いたいなあ。でも僕がそんな何かのお世話なんてやりきれるはずないし。

何もしてないけど朝から落ち込むよ。簡単に影響受けてその気になっちゃうんだから全く私事ながら困っちゃうよね。はぁ。

 

「よし、おはよう!」

 

機械の気持ちを察することに熱中しちゃったり、犬の幻覚を見るとかきっと寝起きでまだ寝ぼけてるせいだ。気持ちを切り替えて目覚めないと。

 

「そい!……あ、重っ、うぢぇ」

 

名残惜しくならないように一気に掛け布団をはね除けて僕は体を起こす。でも布団が重くて押し返されて「一気に」と表現できる早さじゃなくなって……。

 

 

 

五月中旬か下旬あたりの梅雨入りが発表されたとかなれてないとか中途半端な今日この頃。入学して二か月近く経て僕はようやく学校に馴染み静かでトラブルのない極々平凡な生活を歩んでる。懸念があるとするなら、そうだねー自宅の使い勝手が未だに覚えらてないから度々困ってるってことくらい。大丈夫そのうち慣れるよ。

さて、体を布団から出せば急に冷えてしまってさっきまでいたベッドがとても恋しくなるよね。

 

「一瞬たりとも離れたくないと思うこの感情は恋人達の心理も似たようなものなのかなぁ」

 

朝特有の特に意味のない思い付きをそっと口に出して僕は自室を出る。布団に心残りがまだあるけど今夜になればまた寝れるんだしそれまでのお楽しみとしてとっておこうかな。

さて起きたばかりの僕の体はとても滑らかに動いているなんて口があっても言えそうにないくらい眠かった。外気にさらされても、部屋を出ても、廊下を歩いてみても眠気は一向に取れそうにない。

 

「眠。い。」

 

視界も踏み出す度にガックンガックンぶれるし、視点も上手く定まらずぼやけたまま。毎日のことだけど酷い起きぞこない模様だよね。

そしてやってくる難関、その名は階段。

 

「このままじゃどうやっても転けるよね?」

 

いや待って!いま凄いこと思い着いたよ。こんな視界ならなくても、いやないほうがむしろ有意義なんじゃないかな?階段を下りるのに動かすのは足。なら目は閉じててもいいんじゃない?一歩ずつ脚を動かすだけならそれこそ目を閉じていてもできるはず。手すりさえ捕まっていれば今の僕はカタツムリ五十メートル走をぶっちぎりで最下位になれる自信があるくらい安全運転中だから……。

 

「うん大丈夫だよ、きっと」

 

そうして僕は視覚に頼ることを完全に諦めてエジプトの砂漠で水を操ってヘリを落とした人のように手すりを頼りにのろのろと階段を下ります。脚を交互に降ろすだけで自動的に下へ向かえるこの単純さには惚れ惚れするよね。そういえば単純な作業などは逆に危険性が増すとかなんとかって聞きますよね。なんでですかねー失敗なんてするはずないじゃないですかー簡単だから単純って呼ぶんでしょ?

 

「あ」

 

そんな眠気に負けてどうにか理由をつけて意地でも目を閉じていたいと思ってしまったがために愚行へ走ったこんな僕がスィッと脚を滑らせて階段から叩き落とされるのに対して弁解や言い訳が入り込むスキはどうもなさそうでした。自業自得とはいえ空中に投げ出されて僕ができることなんて、そうだね、悲鳴をあげるとかかな?月並みに普通だけど。

 

「うわああああああああぁーーーーーーーー」

 

こんな近所迷惑になりそうな朝から大声を響いても大丈夫。この家どころか近所には僕の他には誰も住んでないんだから。

 

「痛たたた」

 

何度か回転したみたいで僕は全身のあちらこちらから来る激しい痛みで完全に目が覚めたよ。体も皮が削れた擦り傷も痛覚に響く刺激もあるけど出血や捻挫はどうもないみたいだ。それに僕は一階にはすでに到着している。

 

「うん、やったね。目覚めて無事でついでに一階に到着している。今日は朝からついてるかも!」

 

そんな前向きなフレーズを唱えてからはっとした。そういえば3日前とかにも同じこと言ってたような。

 

「それで同じように落ちてたよね。今思い出したよ」

 

なんとも気づくのが遅い。ついでに今回が5、6回目の階段滑りだってのも思い出した。つくづく鈍くてなんて学習しない僕なんだろう。

いやね、起きたての寝ぼすけさんが階段を無事に下りるってのはなかなか難易度が高いものなんだよ。ここ2日は無事に降りれたのに今日は転ぶなんて。今日と昨日何が違ったのさ。何も違わないじゃないか。おっかしいなー。全く神様は不公平だなあ。

 

「でもこんなのいつものことだしね」

 

募らせたはずの不満をそんな一言でなんてことなかったように流した少年。その「いつものこと」をいつものことにしているのはそういった自己反省が少ないことや大概のことを気にしない、些細なこととだと割り切れる自身の性格が原因なのだが本人がそれにどこまで分かっていることやら…………。

 

「あ、鼻血が出てきたよ。もう、相変わらず僕のことながら弱っちぃ体なんだから。それでも生きれているならそれ以上は別に望まないからいいけど」

 

節々と痛む体を引きずるようにしながら少年のフツウな日常(いつもどおり)が今日も始まるのだった。

 

 

 

 

 

「いってきまーす」

 

二転三転するといえば逆境で無頼なニートの人生や、闇の深い嘘吐きの大金取り合いゲームや、傍に立っている霊で対決する能力バトルとかが挙げれるけど僕の人生で何か二転三転したものと言われても朝の階段回転落ちを含めなければ特にこれといって何もないよ。そんな異常や異質が跋扈するようなものは僕の日常にはなにもないんだから。

朝から幼馴染が起こしにくることはない。だってつい3ヵ月前に引っ越してきたばっかりなんだから。

目覚めたら血の沼が広がってることもない。だってきちんと法律が整備された文明社会なんだから。

排気ガスにせき込むこともない。だって都会から切り捨てられた田舎なんだから。

妖精みたいなのが助けを要請して魔法使いになることもない。だってこの町は平和なんだから。

 

「そんなのありえて欲しくないしね」

 

ともあれ、確かにあの後の僕が、洗面所で湿っていた足場タオルを踏みつけて転んだり、ゴミ袋の底が破けて惨事が起こったり、おわんを熱さでひっくり返したり、シャツを引っ張り出そうと奮闘してると上に乗っていたダンボールが落ちてきたり、学ランが見当たらずあくせくしてたらかけ布団が匿っ(ハンガーにかけわすれ)ていたり、子供用の甘いのと間違えて選んで盛りに盛って乗っけてしまった辛い歯磨き粉を口に含んでからそのことに気付いてしまって苦い思いして泡を食わされたりすることがあっただけで。ね、散々な目にはあっても別に大したことはなかったでしょ。平凡でしょ?平常でしょ?

最後に今日は妙に時間の進みが遅いなー余裕だなー既に世界は1巡して戻ってきたのかなーどっかの神父が生き残った少年を始末するためにーなんて取留めのなくどうでもいいことをボーっと垂れ流していたら案の定時計が止まっていて慌てて家を飛び出しながら、学校まで15分のところに家を手配してもらって本当によかったなーでも5分の場所もあったのにどうして遠ざけるようなことしたのかな、とやや現実逃避しながら走るのが現在の僕なのです。

 

「ゼーハーゼーハーゼーハーゼーハー」

 

今朝を思い返してもやっぱりいつも通り異常のない正常で異質さの素質もない平穏で平凡な朝だったね。きっと今日も一日平和に違いない。

学校に間に合うかどうかを考えないための現実逃避にこうして今日一日を思い返すってことをしてみたけど今日一日っていったって朝から今までってなにも大したことなかったし、ダッシュによる息切れの苦しさにそれを続ける余裕もとっくの昔に消費されちゃったよ。僅か徒歩15分の距離すら満足に走り切れないほどの体力のなさのせいで朝からフラダンス踊りたくなるようなフラフラ度合いだよ。やっぱり鍛えないとだめかな。ついでに今日は遅刻かもしれないね。

 

「そうだ今日帰ったら時計の電池を代えるのを忘れないようにしないと」

 

僕のことだから、もし電池を入れ忘れたりしちゃったら明日も全く同じように慌てて家を出ることになりかねないからね。いいや1日と言わず3日いやいや1週間ぐらいそれが原因で遅刻の危機にさらされてもおかしくない。なにせ学習力のない僕のことだから同じ失敗を1週間続けることなんてよくあることだし……。最初から遅刻ばっかりしてると真面目に授業に取り組んでても出席日数で留年するかもしれないって先生先生が言ってたしそっちの方がよっぽど魔法の存在とか吸血鬼の証明よりおっかないよ。僕主観で言えば、だけど。

 

 

 

 

 

走って息が切れたからしばらく歩こうそして整ったらまた走ればいいや。と走らないための口実を練っている間にあっさり私立仲之宮学園1年1組にたどりつけた僕です。そのまま教室に入ると同時に誰に聞かせるでもない声量であいさつを一つ。

 

「おはよー」

 

返事を期待してるんじゃないよ。家に帰った時に誰もいないことをわかっていても「ただいま」と唱えるのと同じで意味なんてないよ。まあ僕の言葉に元々意味なんてこもってないと思うけど。

ともあれ教室にはすでに僕以外のクラスメイトが全員揃っているみたいだ。

 

「うわーみんな早いなー凄いなー」

 

尊敬の念を持ちながら時計を確認すれば予鈴三分前。……なんだ僕が遅かっただけか。そうだよね遅刻するかもしれないってはしゃいでた僕より遅い人がいたらそれこそ遅刻確定だよね。

さてさて残り時間の少なさに焦りながら早歩きして僕は窓の近い一番奥の列、前から三番目へとそそくさと近づく。しかしその付近には五人の男子生徒がいた。いや別に深夜のコンビニの如く不良のたまり場と化してる、とか僕の席ねえから!とかってはいじめられてるわけじゃないんだよ?

 

「やっほー江覗(えのみ)くん、節折(ふしおり)くん、玄煮(げに)くん、尖幅(とはば)くん、威呼(いよ)くんおはよー」

 

教室にいる誰も彼もが予鈴に備えている中でわざわざ僕の席に集まってくれるようなありがたーい僕の友人達だよ。

 

「ああセンター今日は無事に無遅刻かい?相変わらず家が近いのに遅いね」

 

センター、とあだ名で僕を呼ぶのはメガネかけていかにも賢そうな江覗 缶竹(がたけ)くん。通称はブレイン。寝言で円周率数えるような変な人。

 

「逆に考えるんだよ。これくらい近いからなんとか通えているんだと」

「遠かったら遅刻の常習犯になるってことかい?」

「酷いなー。僕だって頑張ればもう一時間位早く起きれ、起きれ、れれれ、うぅ。…………もっと寝てたいよ」

「ほらな」

「ドンマイ。ブレイン ノ事 ナンカ 気ニスルナ」

「そうだね忘れる。絵覗くんの耳にいたい言葉はいつものことだしね。気にしないことにするよ!ありがとう」

「………ゼンゲンテッカイ。ヤッパリ センターハ 少 シハ 気ニスルベキ ダ」

 

なんかワザとロボボイスっぽい発音をするのが節折 曲局(まつぼね)くん通称サイト。パソコンとか好きだそうで話聞いていても正直何をいってるのか分らないけどその時だけ素の声に戻るからそれほど熱心なのは凄く伝わってくるからそれはそれで楽しい。生まれ変わるなら人工知能がいいと主張する変な人。

 

「それよりもセンターの指をごらんなるのだ。昨日よりも絆創膏が増えてるではないか。あれほど包丁には細心の注意を払えと申しておるのに。どうしてこう不器用なのだセンターどのは」

 

変な口調で僕の指の傷を包丁を使ったものだと言い当てる的外れな迷探偵は玄煮 素炊(そだき)くん通称コック。そのまま、料理好きで中世とかの胡椒の使われ方とか価値が熱いとかこの口調のまま話すので内容と相まってなかなか理解させてくれない料理の話をしてくれる。いつの時代のどんな人種でも美味しい料理の前では笑顔になると言いながら調理の過程でワライダケを仕込みかねないところがある料理の力を信じているのか信じていないのか決めがたいとにかく変な人。

 

「いや僕はトイレットペーパーの端でスパッと切っちゃっただけで包丁で切ったんじゃないよ」

「紙は紙でもトイレットペーパーで指を切るとは。器用なのか不器用なのかはっきりしがたいところがあるのだな。あんな柔らかい物でどうやって指を切れるのだ」

「さあね、気づいたら切れてたからもしかしたら違うかも」

「適当であるなあ」

 

因みに包丁は持ったことがない。眩しいとか重いとか危ないとか料理に興味ないとかも理由の内だけど、この前読んだ流行の小説にハイライトオフにした女性が包丁持って愛を囁きながら迫ってくるというシュチュがあっての後の××な展開も含めて「どうしてこんなのが一家に一本以上常備されているんだ」と怖くて握れてない。使いこなせる気がしないしね。

 

「それに痣も一向に治る気配がないッスな。今朝もまたこけたかぶつけたかしったッスか。いやしかしそれでも今朝も相変わらずいい骨のでっぱりようッスね」

 

サラッと学ランとカッターシャツをめくりあげあばら骨とかをなぞるのは尖幅 走立(はっと)くん通称マッスル。敬語崩れでとっつき易い性格だけど反面、筋肉が人を着てるってくらい凄い体格してる。決して悪い人じゃないんだけどしつこくトレーニングやジムに誘ってきたり今のようにさらっとボディチェックしたり視線が少々粘着質な気がする。僕の過剰意識のせいだといいんだけど。本当に極めた筋肉は喋らないし笑わない、だがカーニバルとイリュージョンを見せてくれると余計に訳が分からないことを自慢げに語りさらに脱ぎたがる変な人。

 

「えっと、ありがとう」

 

返す言葉が感謝でいいのかは甚だ疑問しかのこらないんだけどボディービルダーみたいな人が体を褒めるだから良い骨格だって意味だよね?多分。

 

「おっほんおっほんげふんげふん」

 

声に引かれて顔を向けば、今日はまだ話していないからって意味ありげにさり気ないと表現するにはあからさまなアピールをする男子が一人いた。無理に深刻そうな顔を作って

 

「センター。幼女コスプレってどう思う?」

 

飛び出す言葉がこれである。朝から何さ。

 

「おい、マッスル!そこの性癖丸出しの変態の口を塞げ!」

「ちょ、ま、マッスルに頼むなよ!しゃれにならねえよ!?鼻も塞ぐな!窒息する!!」

「お前なら鼻からでもしゃべりかねん」

「人体 ノ 神秘 ダナ」

「おいこら、おまえら俺をなんだと思ってんだよ!」

「それにしてもあーだこーだ言いつつ尖幅くんの筋肉(ちから)での拘束に対抗してるんだから相変わらず威呼くんは凄いよね。細いのに」

 

江覗くんが尖幅くんに止めさせるほどの、この中で一番よく分らない友人。僕らの中で問題児を挙げよと言われたら5人全員一致で彼が当選するはず。クラスで何か問題がおこったら大体彼のせい。ノリとエロで世は渡って行けるが持論で、さっきから紹介しているカタカナのあだ名を僕ら全員につけたその人 威呼 (とお)くん通称グッド。みんな曰くエロことしか話さないらしいけど僕としてはそれに賛成できていない。

いや、まあ、内容が理解できてないだけかもしれないけど。話を聞いてるつもりなのにいっつも押しが強すぎて曖昧に相づち突いて結局笑って誤魔化し終わってしまう。とりあえず変な人。

 

「ギブギブ。抵抗、やめる、だからマッスル参ったから緩めてくれよ」

「っスか」

「全然諦めてないのによくそんな嘘を自然につけるね威呼くん」

「おいセンターそんなこというな!不意は意図しないから意味があるのであってだな---」

「ほほう。私の筋肉から抜け出せる自身があるッスね、よろしいならばこれは拘束ではなく束縛だっスよ」

「「「何が違うんだよ」」」

 

変なところで声が揃う変な友人たち。

尖幅くんのいうところの束縛とやらで彼と威呼くんとの肌の接着面が一気に増えた気もしないでもないけど多分気のせいだ。尖幅くんがとても楽しそうに見えるのもきっと気のせいだ。ほら筋肉を行使する場をお届けできてるからよろこんでるんだよ。…………プロレスラーかな。

こんな人たちがこんな僕の五人しかいないかけがえのない友人達。今まで友達ができたことがなかったからこれが多いのか少ないのか分らないけれど最近になって思うことは

 

「友達って大変だなあ」

 

威呼くんと尖幅くんの格闘を目の前で見てるとふんわり脳内に浮かんでくる。でももう慣れた。そんなものだと思えるようになった。だからこれも僕のいつも通り。例え見てるだけで疲れても、疲れるものなんだと今の僕は納得できるようになっている。

だから僕が朝から騒がしくて元気ではちゃめちゃが隣で行われていても今日も大変だなぁと少し遠い目をして受け止めるだけ。

ただし時間は待ってくれないので無情にも学校の予鈴は時間厳守で鳴るのでした。

 

 

 

 

 

今日は特に移動教室も体育もない机に座学オンリーの比較的問題の少ない日。いくらなんだかんだと失敗したりする僕でも座っていることぐらいできる。ただ腕を振れば毎度のように文房具を落として、当てられれば音読するも数学なんだから問題を解くに決まってるだろと先生に怒られた、だからって音読も滑らかとは言いがたくて…………。

総じて駄目でも大丈夫!四月とかに比べれば全然いける馴染んでる。改善されつつある。これからだよこれから。

 

「いやなんだかんだ言って問題起こす数だけで言えばセンターが一番だからな?」

「そんなー冗談きついよートラブルメーカーの威呼くんに言われたって説得力ないよ。僕はどう見たってノーマルで平凡ないたってフツウのただの男の子じゃないか」

「そんな自分で根拠も持ってないことをなぜそんなに自信満々に断言できるんだ…………。それに俺云々じゃなくたって生まれからして良いとこのお坊ちゃんだしよ。センターの由来だってこんな変な奴(おれとか)を複数を相手に上手く立ち回ってるって雰囲気からとってるし。わかんねえんだよな。センターってよ、凄いような凄くないような-----」

「家柄なんて飾りだよ。僕に関係ないし三男だし期待されてないし名実共に破門されて差別されてるといっても過言じゃないし。それにみんな相手に上手く立ち回ってるだなんてよく捉え過ぎだよ。その場その場で僕ができる範囲でなんとなくやってるだけだよ。だから僕なんか凄くなんかないよ。現にみんなの方が凄いじゃないか」

「いやまあそうだけどよ。俺が凄いってのは何一つ文句なくその通りだがよ。それでも俺とこうしてやり取りしてるわけだろ?」

「それで?」

「それで、って…………あーーもういい!気にすんな忘れろ!」

「そーだーそーだー小難しいこと考える威呼くんはらしくないよーいつも通りチャランポランな威呼くんでいてよー」

「その言われようは俺の若干ガラスハートには痛いが、そうだな!よっしゃ、いつも通り俺の話をきけぇ(どこかのボンバー風)」

「よー」

 

僕の学園生活は十中八九、こんなノリで友人の誰かとおしゃべりして始まり雑談で終わる。え、それ以外?あ、ついでに勉強とか。

ともかく昼休みもおおよそそんな感じ。この時間帯は僕は昼食を取らないから一番早く食べ終わる威呼くんとは必然的に話すことが多くなるよ。それでも昼休み中、彼とだけ話しているってわけじゃなくて随時ほかの友人が話の輪に入ってくるから最終的にはみんな加わってしっちゃかめっちゃかするんだけど。ともあれ今は威呼くんと二人で彼の話を聞いている僕です。

 

「------------で、だ。それを踏まえて考えるんだ幼女に萌えるためでなく服に萌えるためにいっそのこと順番を逆にすればいいんじゃないかってよ。これが今朝の話した幼女コスプレの話になるんだが。どう思う」

「新しいんじゃない?」

「そうかそうか分かってくれるかセンター!ふぇふぇふぇふぇふぇっ」

 

なぜそう嬉しそうな反応をするのさ。僕そんな大層なことは何も言ってないよ。ただ「どう思う?」って聞くからそれとなく相づち打っただけなのに。あたかも何もかも理解しあっている者を見たような表情をするのさ。分かってないかもしれないけど僕、威呼くんの主張をこれぽっちも理解できてないからね?全然追いついてないからね?肉の目のある奴と憎めない奴くらいの溝が僕らにはあるからね?威呼くんが喜ぶ1000分の1も共感できてないよ?

でも何をどう分かり合えてないのかすら分らないから否定も肯定もできず、僕はただただ威呼くんの話の勢いに流されていく。いつも通りに。それは威呼くんとに限った話でなくて、どうしてもこうなる。話を聞くのは好きだし熱心に語る姿はなんであれ誰であれ憧れる。けど僕の理解力の低さがその熱についていけてなくて、最後にまとめられても「え、あ、そんな話してたんだ」と素で答えちゃう自分が恥ずかしい。悪気はないんだけどね。

 

 

 

僕がいて、周りがいて、環境があって、それなりの自由の中で何気なく生きて、何気なく話して、何気なく時間を過ごして、何気なく死んでいくんだろうなー。いつも思うけど平穏で平凡で平常で平和で平静で平行で、最上に良い幸福とは言いがたく最下に悪い不幸とも言いがたい微妙なゆるりとしたどこまでも曖昧な―――――――そんな日常。

僕にはそんなこの日々が何よりも大切なんだ。だってそうでなければ僕みたいな弱い奴は簡単に死ぬんだから。こういった整っている場所でしか生きられないんだから。

だってそうでしょう?いきなり手ぶらで無人島に送られる、あるいは急に勇者として目の前の魔王に挑む、あるいは脈絡も関係もなかった圧政者から民を守るために反逆する、などなどそんなのいきなり用意されても何もできずに死ぬに決まってるじゃないか。

それじゃあ例えばの身近な話、今爆弾が落ちてきたら何ができる?何もできない。地震が起こったら?何も。クラスメイトがナイフで一人一人刺されたら?…………。

これ以上は僕の心が痛いから切り上げるとして。つまり僕はいざとなった時何もできない。それくらいに弱い。だからそんな僕が生きるためにはただ平和であればいい。逆に平和でないと生きられない。だから僕はこれだけを望むしこれだけしか望みようがない。だって命以上に大切なものなんてないんだから。

でも大丈夫、どれだけ曖昧で微妙なラインの上で成り立っている世界とはいってもやっぱり僕みたいな弱い奴なんかがどうにかできるはずがないんだから。

 

と、

 

そんな変に自虐ながらに自信に満ちた意識があったことが僕の中にあったんだね。と、遅まきながらに気付くことができたのは今日、この日あの人に出会ったからなんだけどね。その出会いが幸か不幸かはともかくとして、主に不幸でしかなかったけど、でも確かにあれから僕は、僕の全ては良くも悪くも変わってしまったのでした。もっとも、それを自覚したのも遠い先の話だけど。

ともかく今から思えばその辺の鈍さも含めて「ああやっぱりこの頃の僕も僕なんだなあ」って感じたりしまうのです。

災害が起こってもきっと僕には害がなく、戦争が起きても僕は変わらない、なんて甘くて温い気持ちのままきっと誰よりも先にあっけなく死ぬ、まるでかませ犬のような奴とは十中八九僕みたいな人のことをいうのでしょう。

それでもまだ何も知らないこの頃の僕の頭の中はどう贔屓めに見てもお花畑だったんだよね。だって災難が起こるであろう今日のことも僕はいつも通り一文で簡潔に

 

「へーぃわーっだなぁー♪」

 

だなんて悲しくなるくらい呑気に甘い評価をくだすんだから。




友人は雰囲気で感じ取ってもらえれば幸いです
皮肉っぽい賢い眼鏡
無表情っぽいロボ男
中太りふっくら料理人
さわやか筋肉
憎みがたい変態
と伝われば十分です。はい。

あと感想とか待ってます



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不穏な影に飲み込まれて

右を換え左を変え上を替え下を代え
間違って消去して……
ともかく長らく時間がかかってしまいました。m(_ _)m
次はもっと早く投稿するぞ(フラグ)


僕は今日恐るべきことを知ってしまったよ。

ああ!今でも思い返すと寒気がするよ。

話をしよっか。あれは今から7時間いや2時間前だったかな。まあいいや。僕にとっては今さっきのことだけど君にとっては多分…………10分後に知る話であり、1時間前には知ってる事実だよ。

いいかな?ありのまま今日起こったことを話すね。

僕は昼休み終了間際にトイレに行った。誰かが掃除をしたのか下は水浸しだった。僕はその時点で気付くべきだったんだよ、あの恐るべき現象に。

ほどなくして僕は教室に向かって歩いていたんだ。するとふぁり、体が宙に浮きあがったんだ!そして次に目を覚ました時には保健室ベッドの中にいたんだよ!

さらにそれだけじゃないよ。本当に恐ろしいのはここからなんだよ。

なんと学校の授業が終わっていたんだよ!!

催眠術だとか超スピードだとかそんなちゃちなもんじゃ断じてないよ。もっと恐ろしいもの片りんを味わったんだよ!

つまりさ

 

「空間移動と時間操作できるちゃったんだけど威呼くんどう思う?」

「センターってバカなんだろ」

 

なんとも率直な意見に惚れ惚れするよ。僕だったら煮え切らない曖昧な相づち打ってなんとなく話を合わせてるだろうからね。

 

「やーだなー威呼くん。今まで僕が一瞬たりとも天才になった時なんてないじゃないか」

「そこは嘘でもバカじゃないって否定しろ」

「だって僕は嘘つきにはなりたくないから丁重にお断りするよ」

 

嘘のようで本当のことなんだけどね、実は今まで嘘を一度もついたことがないだよ。だからこれからも嘘をつかないことにしてるんだよね。ほらよく言うでしょ?嘘つきは政治家のはじまりって。……何か違うような違わないような。まあいいか。

 

「ああ!寒気が止まらないよ!」

「今まで温かい布団に包まって寝てりゃそら寒いだろ!」

 

寒い寒い。せっかくいい感じに寝てたのに外気にさらされたお陰ですっかり目が覚めちゃったじゃないか。早く二度寝したいところだけど生憎、掛布団は威呼くんの手の中なんだよね。寝てる人を乱暴に起こすなんてそれが人のやることですかね。って寝込み?

 

「威呼くん」

「なんだセンター」

「寝込みを夜襲する趣味がおありで?」

「センターなんかほっといても死ぬだろ」

「そんな、人を、人の命を、威呼くんはいったいなんだと思ってるのさ」

「人に変な趣味を疑う奴に言われる義理はないからな?」

 

無理やり起こしていいのは近所の幼馴染と目覚まし時計だけに許された特権で、それ以外は他人の睡眠を妨害するのは例え神様であっても万死に値する罪だって威呼くんは知らないのかな。

 

「いいから起きろ。もう放課後だぞ」

「仕方ないね。起きるよーでももうちょっと起こし方なんとかならなかったのかな?」

 

二度寝したいけど二度寝できない。そんな僕の限りなく八つ当たりに近い鬱憤が威呼くんを襲う。

 

「俺の女子声真似の幼馴染風ボイスでそんなに起きたかったのかよ変態め」

 

僕そこまで言ってないよね。むしろ罰ゲームっぽいし、どっちが罰受けてるのか分からないけど。それとしっかり幼馴染をチョイスしてくるあたり狡いよね。

 

「威呼くん」

「なんだセンター」

「そんなところに力を入れるならリアル女子高生を連れてきて欲しかったよ」

「あぁん!!俺に画面越し以外の女子に話しかけろってか!ふざけんな、あんなのの前に立ったら恥ずかしいだろ」

 

なんとなく言った冗談の一つのせいで自称エロ大魔王の意外な弱点露呈したのでした。

 

 

 

僕は荷物を教室に取りに行くから威呼くんには校門に先に行ってるようにお願いした。

 

「じゃ後で」

「あ、待って威呼くん」

 

僕は靴を履き終えて顔を少し伸ばして威呼くんと視線を合わせて言いそびれたものを忘れないうちに済ませることにした。

 

「起こしてくれてありがとう」

「おうよ」

 

威呼くんは返事は短く切ってすぐ出て行ってしまった。

当然でしょ?放課後に保健室まで起こしに来てくれた友達なんだよ?感謝しないとね。

 

「でも5月なのに未だに帰宅部って威呼くん暇人だよね。ほかのみんなはそれぞれ部活入ってるのに、変わってるね」

 

完全に「お前がいうな」な発言であったが生憎この場にはそれに齟齬を感じる者も反論する相手も不在であり、そんなのは夕日に焼かれて燃え落ちていった。

 

 

 

 

「ところでさっきの話なんだけどね」

 

僕は摩訶不思議な現象について下校しながら威呼くんに再度話題を上げた。が、

 

「あ?センターが昼休みに階段から落ちて放課後まで気絶してたことか」

 

なんだか夢のない現実の話になって帰ってきた。ジャックのお爺さんもこんな感じだったのかな。ジャックが動物性タンパク質(うし)を連れていったのに持って帰ってきたのが植物性たんぱく質(だいず)だった気分ってさ。

 

「夢がないね」

「二次元を三次元へ変換する装置が生まれない限りこの世に夢はない」

 

厳しいのか厳しくないのか分からない条件が提示されてちゃったよ。

 

「あーあせっかく特別な力を得たと思ったに」

「だから思い過ごしだろうが」

 

某学園都市ではそういう思い込みが超能力を引き出す的なことを幼女先生が解説していたような気がするけど。

 

「そんなに特別な何かが欲しいのかよ」

「え、いらないけど」

「……俺、ときどきお前と同じ日本語の文法を使ってるか心配になる時があるわ」

 

そんなの僕なんて威呼くんの話聞いてる間はずっと思ってるけどね。ロリとか○○〇とか○○〇○○〇○○〇とか横文字ばっかり使ってさ(よく覚えてない)。

 

「だって僕だよ?僕なんかがそんなの使いこなせるわけないじゃないか」

「そりゃそうか」

 

あっさり納得されちゃった。なんだろ、この、のび太だから仕方ないみたいなのは。

 

「『静かに生存する』!それだけ……それだけが満足感よ!」

「急に、過程や方法などどうでもいいのだ、とか言いそうな吸血鬼ネタぶっこんでくるのやめろ」

 

怒られた。ラスボス感だそうとして失敗した例だね。ラスボスにしては迫力ないかな。でもその次の章の殺人鬼はそんな感じだったよね。

なんて話しを意味なくしてるとついに終わりがやってきた。田舎でも三車線あるくらい広い通りにはいくらか車の音がするものです。ここが僕らの分岐点。僕は近所だからこの辺りで威呼くんと別れることになる。

 

「じゃあな」

「うんまた明日ね」

 

僕は引き返すか突き進むか考える。引き返せば確実に家にたどり着く。突き進むば家との最短距離を発見できるかもしれない。

 

「おいセンター」

 

別れのあいさつはしたから今日はもう話し終わったのかと思ったから威呼くんの不意の呼びかけに僕は少し驚いた。

 

「なにかな」

「今日は、いやこの放課後はよくしゃべるのな、なんかあったのか?」

 

何もない。何もなかった。いつも通りだった。僕は普通通りだった。それなりの失敗があり、そこそこの成功のある僕の日常そのものだった。

だけど、確かに今の僕は思い返せば、そうだねよく話していたように思う。いつもより話していたように思う。いつも通りじゃなかったように思う。だからいつも通りじゃなかった。

 

「さあどうだろ。階段で頭を打ったのかもね」

「いや大丈夫かよそれ」

「大丈夫!そんな壊れて不味いものは頭の中には(ここ)ないからね」

「大丈夫の理由なってないぞそれ。センターは相変わらず柔軟な鉄人だな」

「柔軟と鉄人って矛盾してるんじゃないかなー」

 

威呼くんは笑っていたけどいつもと違って少し演技臭い気がした。

別に誤魔化しているんじゃないよ。僕にだって分からないから曖昧にしかできないだけでさ。嘘つきたくないから余計なことを言わないように濁しただけでさ。

威呼くんは気を使ったのかそれ以上は踏み込んではこず背を向けて去っていった。いつも通りに。

 

「…………じゃ真っ直ぐ帰ろっと」

 

探索する気分じゃないや。

スッと体をひねって半回転して後ろを向こうとしたら案の定こけた。あんまりにも滑らかなこけざまに僕は地面にぶつかって痛みを感じるまでこけたとは気付けなかった。

多分、滑らかなのは関係なくてただ僕の反応がとてつもなく鈍くてついそう感じただけなんだろうけど。

 

「バランス崩したのにそれに気付かないで手も付けないまま無防備に倒れるなんて僕には本当に反射神経が備わってるのかな」

 

自分のダメさ加減に僕が人間か疑わしくなってきたよ。

だけど1人になって緊張が緩んだせいか、こけて少し変になったのか、威呼くんが変なことを確かめてきたせいか。「体を半回転させる」たったそれすら為せない恐ろしいまで不器用ぶりに僕が僕であるという実感がどことなく湧いてきた。うん大丈夫、いつも通りだね。

 

「くふ。くふふふふ」

 

続けて不意に口元が緩んできちゃった。

なんでか単純行動の失敗(どうでもいいこと)で僕が僕なんだって確証を得た気分になる。この笑いはそんな自分の小さ(コンパクト)さのせいかな、それとも哀れみのせいか悲しみのせいか。

さらには身も振るえているみたいだ。いや、さっきのこけた痛みで足に上手く力が入らないとかそんな理由かもしれなけどね。

 

「ふふっふ、へへへ、あははははは」

 

急に笑い出して僕はどうしたんだろうかな。

深く考えようとしたけど閉ざす気が特にない口は開く一方。つられて笑い声も露わになってきた。どうも考えるには煩い。だけどまあせっかく1人で人気のない帰り道だし誰かに聞かれることもないはず。んじゃ笑えてるんだしここは素直に笑っておこっと。

 

「はははっははっはあっはっはあは-----------」

 

なんでもない平凡。そんな中に生きる彼はなんの理由なくただ楽しそうに笑った。彼のことだからきっと本当に理由などないのだろう。なんとなく笑えたから笑ってるだけ。促進するでも衰退させるでも抑制するでも強制するでもなく。ただありのまましたいように、なるように受け止めただけ。

嬉しいわけでもなく

悲しいわけでもなく

痛いわけでもなく

辛いわけでもなく

楽しいわけでもなく

苦しいわけでもなく

それとなく、なんとなく。

 

そう彼はいつでもいつまででも笑い続けるだろう。

 

自分の周囲がいつも通りだと思い続ける限りいつまでも

 

そんなありふれた幸せが尽きるまで

 

 

 

 

 

 

 

 

残りあと7分。

 

 

 

 

周知のように僕の家は学校からかなり近い場所にある。それから学校から見ればこの大通りと家との方向はほとんど変わらない。

だけど密集する住宅、真っ直ぐだけど直線でない道、方向感覚を揺さぶる120度くらいの微妙な曲がり角、唐突な行き止まり、回避経路が用意されていない壁。そんな住宅街特有の入り組んだ立地のせいで家の方角に向かってなんとなく進んでるつもりなのにどうにもたどり着けないみたい。地図が手元にないこともあってこの町は「空間が歪んでる」なんてトンデモ発言されてもそれが有名な学者さんとかに力説されると信じてしまいそうになるくらいには入りんでいる。

そんな街と僕のダメダメさの相性というか相乗効果は凄まじいものがあるみたいで今まで1時間以上彷徨っても未だにこの大通りから家にたどり着いたことがないんだよね。ここだけは僕には珍しく自信を持って断言できるよ。

 

「なんだって昨日も迷ったし間違えようがないからね!」

 

先週も3回は迷ったし。いくらちょーっと忘れっぽい僕でもこれだけ同じ失敗すれば簡単には忘れないよ。ただし同じ過ちを繰り返さないとは限らないけど。

それにしても通算で今どれ位かなー?迷ってあっちこっち歩き回ったお陰でここ1、2ヵ月で隣町も含めてこの近辺には詳しくなってきたはずなんだけどね。

 

「それでも僕が迷わず家にたどり着ける日はまだまだ遠そうだねー」

 

僕のやることなすことの大半はどうしてかどれもこれもどうにもこうにも上手くいかないんだよね。

道さえ間違えなければどうということない住宅路。僕はその中をのんびりと歩く。ほらただでさえ僕が急ぐとロクなことは起こらないから。本当は朝だって急ぎたくはないんだけどいつの間にか毎日、走らないといけない時間になってるんだよねーフシギダネー。

急がないからか僕は辺りをぼんやりとだけ見渡す。引っ越してきた時は何か思ったろうけど毎日通うから今ではすっかりもの珍しさもなくなってしまった僕の通学路。

今にも崩れそうなボロ屋敷だったり、ボコボコに凹んだ塀だったり、黒野良猫が横切ったり、血で染めたみたいに赤黒っぽいペイントがあったりするだけで珍しくもないただの喉かな田舎道。

強いて不思議なこと挙げるなら

 

「まだこの辺りで人に出会ったことがないねーってくらいかな」

 

そういえばそうだね。近所でも通学路でも誰ともすれ違ったこともないかも。そもそも住宅街なのに人の住んでる感じがしない気がする。夜散歩にでかけてもどこも暗いし……。みんな朝が早いのかな田舎だし。

まあ目撃されないでいいけれどさ。

偶然か必然か。それとも僕はよそ者扱いで避けられてるとか?小さい町だしそれだけ地域ぐるみの繋がりも強いのかも。ま、多分その内会えるよ。

まだ見ぬ他人のかるーく流して、そろそろ家も近い。今日は学校で寝たし家では何時間くらい寝ようかなー。

なんて考えていると噂をすればなんとやら。

 

「おおい、そこの、坊ちゃん。ちょっと、ええかね」

 

そんなしがれた声が後ろから聞こえたね。くりっと今度はこけることなく半回転に成功した僕の前にはよぼよぼのおじいさんがゆ~っくり動いていました。

ほら、人発見。

―――――――――うん?後ろって。ここしばらくには分岐も身が隠れられる場所もないのにね。あのゆ~っくり度で僕を追いかけて来たには少々現実味がないよ。なら、この老人はいったい()()()()()()()()()()()()()()

さっき僕がこの老人を追い抜いたってことなのかな。でも人は見なかったような気がするし、でも現に目の前にいるし。僕の思い過ごしかな。この辺で人を見ることがなかったから同然いないものとして思い込んでしまっただけかも。

それとも置物とかと見間違えてたーとか、まっさかぁ~いくら僕でも………………ありそうで怖いなぁ。

 

「はい、僕なんかになんの用ですか」

 

何はともあれ無視する訳にもいかないし疑問は適当にまいっか、と区切りをつけて僕は傍まで駆けよる。

 

「そお、大通りに、行きたいんじゃが、迷ってしまっての、案内して貰えんかねえ。ついでに荷物も、持ってくれると、助かるんじゃがあ」

 

ああなるほど。そりゃそうだよね。こんな田舎の住宅地をうろつくのは住人か訳有りか迷い人くらいだもんね。特にこの辺りは住人(ぼく)も迷うくらいだからね、よその人が迷っても仕方ないね。

なんでか複雑にできてるんだよねーこの町不思議だねー。

 

「いいですよ。どの荷物ですか?それとどこに行きたいとかってありますか?」

 

完全に道を網羅してるとはお世辞にも言えないから「どこ」についてはあんまり正確に指定されちゃったらかなり大回りなルートを案内することになるかもなー。

ともあれ困っている老人を無碍にはできないからね。背伸びすればなんとか家の屋根が見えるんじゃない?と感じるほど自宅まであと少しとなかなか歯がゆい場所で道案内の頼まれだけど、こんな場所に放置するなんて常識人として恥だからね。

 

「これを。それと、あっ、ちの方になる、んじゃ、が」

 

老人がゆっくり降ろされた荷物は ゴンとなかなかの重音を響かせました。幸い僕はリュックなので両手は空いてるけど。

…………持てるかな。僕、力には自信ないんだよね。ほかに自信あるものなんてのもないけどさ。

と、とりあえずはチャレンジ精神で試してみよっか。それと、えっとあっちの方、ね。ああ、あっちね。そこは前も行ったことあるから道はなんとかなるかな。覚え間違いしてなきゃいいけど……。

 

「さてっと」

 

「あっち」側に体を向けながらいったん脱力~そして全身に活を入れて僕は荷物の持ち上げにとりかかります。

あれ?意外と、うんん拍子抜けってくらい軽い。

音が大きく響いたただけあって想像の重さとの差に驚きを隠せないよ。

 

「思っていたより全然軽いですね。これならよゆ……グッ!? 」

 

うだね、と最後の三文字を言え終わらないうちに突然リュック越しに伝わる何かがぶつかったような衝撃に自然と僕の体が前へと飛び出る。

 

荷物に気を取られていて急な変化に体がついていけない。そのままバランスが崩れていっちゃう。危ないと思っても体がついてこない。文句の言葉も追いつかない。それに倒れる方をありのまま眺めれば-------

 

(そっかまた階段か)

 

ああ平面が遠いね。僕の眼下には今日転んだ家や学校の階段より比較にならない程に長く固い石畳の階段が整っていた。

そして、家や学校のものと比較にならないくらい痛んだろうねーそうだねー。今日は階段に愛されてるなあ。

遠い目でぼやいてみても僕はすでに空中。残念なことに空中コンボや空中受け身は未実装なノーマルキャラ(ぼく)なものでして、はい。落ちるに比例して確かに近づいてくる凹凸を認識するので僕の意識はすっかり消沈して頭であれこれ考える前に諦めたようで自然と僕はそっと目を閉じました。

 

「そうだ。あっちの方にある。――――――地獄までちょっと俺様にツきアってくれや少年」

 

そんな幻聴が聞こえたような聞こえなかったような。聞こえなかったことにしておきたいです。

でもこんなことできるのって、人の骨が砕けないくらいの程よい速さと、超精密なコントロールと、人のバランスを乱す程度の威力しか保持してない超小粒隕石が僕の背中に降ってきたー

とかじゃない限り確率的におじいさんしか犯人いないですよねー。嫌だなぁ見てもないし証拠もないのに人を疑うようなことはしたくないんだけどね。

あ、そっか。こんな町にいるんだから住人じゃないなら迷い人だってほぼ確実に訳有りに分類されるよね。

そーゆーの手遅れになってから、遅まきながらその辺に気付くあたりなんとも僕らしいよね。

それにしても人間はいったい何歳の時に飛べないものだという残酷な現実に気が付いたのだろうか……。多分落ちるってことを知った時だろうな~と僕は思いましたまる(現実逃避気味に)

 

 

 

でも実は僕の体は保健室のベッドの中で、これは全部夢なんだよ!

そんな(うそ)であってほしいと切に願ったけど、僕はきっと悪くない。

 

「う、ぐぐぅ」

 

どうなったんだろか。体は動いてないからもう下まで辿り着いたみたいだけど立ち上がって確認もできないや。痛くて。

あれもこれもそれもどれも痛いばっかりで動させない。それ以外は何も分からない。

 

----死ぬのかな。

 

答えはでない。ぼんやりと鈍重な霧がかった僕の頭じゃ現実が理解できるほど察せない。悲観に浸って諦めるべきなのか、温情の入り込む猶予があるのか、生存を夢見ていいのかどうかも分からないや。

頭の中で生死や思い出や痛覚や感情が渦巻いて僕にだって何がなんやら。思考がまとまらない。自問や疑念が湧いて湧いて。でもそれに答える余力もなくて、何もかもが空回りして言葉にならない。

でもそのお陰なのかな、死ぬかもしれないけど怖く感じないや。

|「死ぬかもしれない」と「死なないかもしれない」《はっきりしないふたつ》が天秤に乗って上へ下へ右へ左へ世話しなく躍動してる。そんな決める気がない判定に、行く末を見守るのもどうでもよくなってきた。

 

痛い。つまり生きてる。

 

まるで「それで十分だろ」とでも言いたげに簡潔にまとまった1文が脳裏に響く。

さすが僕というか。ぐうの音も出ないというか。そうだね。

そんなのを素直に肯定して満足して納得してめでたしめでたしと全てを終わらせてしまう。そんなおめでたいのはお前の頭の中の方だと怒られそうだけど、それが僕だからね。

 

そんな安心感もさっきの老人が階段を下って僕の視界へ映るまでの僅かなものだった。

老人の陰に見えた物が、老人に見える影へ

老人に見える影が、人に見える影へ

人に見える影が、人型に見える影へ

人型に見える影が、人型をした影へ

人型をした影が、型をなした闇へ

どんどん

どんどん

濃く悪く黒くなりながら近づいてくる。それはさながら「地獄の使者」なんて安直でファンタジーに片足埋まった者として僕には見える。

月並みに怖いとか恐ろしいとか叫んでしまいそうだけど

異常が来る。逃げたい。異質が来る。避けたい。関わりたくないと必死になるけど

----でもできない。 

動けない僕にには何も許されていない。

だから僕のことであっても僕なんかにできることは何一つたりともなくて

ああ、

 

「ィツモでぉれd」

 

あはは、喉も傷ついたみたいでしっかり発音もできたない。締まらないや。でもここで死んでも仕方ないよね。だって僕は普通の男の子なんだから。

そして僕は気を失った。いつも通りに。

 

 

 

 

 

老人の姿を辞めた俺様は動きやすい体に変質させた。階段を降り切った俺様は先に転がって血まみれになった少年を見下ろす。

 

「やべっ。ついツきオとしちまったぜ」

 

でも少年が悪りぃんだぜ?こんな人通りもねぇ場所でお人好しに人助けしようと無防備な背中を見せるから。

 

「だからついコロしたくなっちまったじゃねぇか」

 

お前さえいなけりゃ俺様はこんなことしなくたってすんだっつうのによぉ。

 

「ああ、くそったれ」

 

こちとら新しい器探しに忙しいつぅのになんだぁこの町。全然人がいねぇじゃねえか。世界様(システム)は俺様を殺す気かよ。こちとらに残された時間は僅かなのは明確だろうが。ちっとは優遇したって罰は当たんねぇだろ。もっとも神様すら内包する世界に誰が罰を当てるのかなんざ知らねぇがな。

 

「この際ついでだ。このコロがってる肉体(これ)でいいか」

 

転がる少年を見るにどぉ見ても普通そうでつまらねぇ。まあ人助けするくれぇだ、敵とか刺客とかじゃねえだろ。そう考えれば身を潜ませるにはこれ以上なく相応しいのかもしんねぇがな。

 

「ぃっう」

 

ちくしょぉ、頭が痛てぇ。そろそろ限界かよクソが。

 

「しゃーぁねぇこれで勘弁してやるぜ」

 

だから、俺様は、今だけは、こいつに賭けよう。

俺様は魂を賭けよう。誰でもない俺様のためになぁ。

 

「だからちゃあ~んと俺様をイかしてくれよ、少年?」

 

俺様はまだ生きてぇんだ。俺様はまだ憎んでいてぇんだ。俺様はまだ世界に歯向かっていてぇんだ。

だから、才能を経験を技術を能力を威厳を意思を努力を精神を肉体を意地を何もかもを

テメエの全てを俺様に寄こせ。俺様が骨の髄まで使い込んでやるからよぉ。

 

途端、俺様の体に亀裂が走る。その合間からはどろどろとゲル状の黒い何かが零れて漏れて、やがて体に見えたものさえそのゲルに変化してく。

どろどろと液体状に崩れる俺様は保てなくなり切り離されていく元俺様(ゲル)を少年に降り注いだ。それは少年の傷口から口から目からありとあらゆる穴から内部へ潜り込んでいく。

まるで巣穴に帰る大群の蟻のように。

 

 

 

そんな柄にもなく自分以外の他人に微量であれ、期待をいだく彼であったが、

彼はまだ知らない

自分の器に選んだ者がそんなプラスで利点で旨味で構成されているような優等生などではなく

嫌になるほど否定的で、何も害せないほど無力で、どうしようもなく凡庸で、とてつもなく中途半端な、弱者でしかないことを、

彼はまだ知らない。

 



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