例えば、組み分け帽子が性急じゃなくて。 (つぶあんちゃん)
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プロローグ編
分岐点


好きなもの。

それはエメラルドグリーンの瞳。

 

嫌いなもの。

それはたくさんある。

父親の怒鳴り声。母親のヒステリックな泣き声。石を投げてくる近所の同級生。周りの人からの化け物を見るかのような目。継ぎ接ぎだらけの洋服。冬の留守番。1人で過ごさなければいけない夜。

ーー今、また増えてしまった。

 

目の前でニヤニヤ笑うポッターとブラック。

 

怒ったリリーは自分の手を引いてコンパートメントを出た。汽車は田園地帯を抜けてぐんぐんと加速する。

 

「またな、スニベルス!」

 

背後からそう言葉を投げかけられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「エバンズ・リリー!」

 

彼女の名が呼ばれた。

 

緊張の中で僅かな笑みを自分に向けると、覚悟を決めたように壇上へと向かった。大広間の天井に瞬く夜空が、彼女をきらきらと照らす。深みがかかった赤毛は自分には眩しくて、彼女の凛とした表情に釘付けだった。

 

壇上へ登った小柄な彼女は、グッと帽子を握りしめるとそのまま勢いよく被った。もう待ちきれない!そう言いたげに。

 

 

どうか--頼む、お願いだ。

 

神など1度も信じたことはないが、縋るように祈った。

どうかどうか、彼女と同じ寮に。

 

この日、この時。彼女の存在は自分の全てだった。

 

 

永遠と思えたほどの、けれども一瞬の静寂。

 

 

「グリフィンドォオオル!!!」

 

思わず、呻き声が洩れた。文字通り目の前が真っ暗になった。

 

リリー・エバンズは頬を上気させて、グリフィンドールのテーブルへと向かう。

 

列車の中で会ったあの憎らしいブラック家の長男、シリウス・ブラックが親しげに彼女に話しかけた。それを見て腸が煮えくり返った。

 

自分の苦しみを他所に、順調に組み分けは進んでいく。

 

「スネイプ・セブルス!」

 

とうとうセブルスの名が呼ばれ、のろのろと壇上へと向かった。

 

どうでもいい。

どうせ自分の行く寮は決まっている。

 

 

そう。セブルスにとっての問題は、彼女がスリザリンに入るかどうか--それだけだったのだ。

だから、彼女と同じ寮になる他の可能性なんて考えてすらいなかった。

 

半ば自棄になって、ボロボロの帽子に頭を突っ込んだ。

 

「これはこれは…君はプリンス家の血を引く子か。 ふむふむ。自分の力を試したいという野望がある。 性格は少々排他的。 それに血筋への誇りも持っているときた。 なるほど、君の寮は決まった。 スリ…」

 

 

物語は変わる。

ほんの少しの、帽子の熟考。たったそれだけで。

 

そう。もし組み分け帽子が性急じゃなかったら。

 

 

「……ん? いや、これはどうしたものか。 君は気付いていないようだが…。 ふむ……そうか、君の本質はスリザリンではない。 むしろ……」

 

帽子はまるで生きているかのように、息を吸い込む素振りをした。

 

 

「グリフィンドォオオオオオオル!!」

 

 

新入生の獲得に赤と金色の獅子の寮から、歓声が上がる。ジェームズとシリウスは盛大に椅子からずっこけ、リリーは目を輝かせて大きな歓声を上げた。

 

 

 

「は……?」

 

 

 

歓声と拍手の中で、一人自分だけが取り残されたように帽子を手に呆けていた。

手足が固まったように動かない。

 

一体、今この帽子は自分に何と言った?

自分がグリフィンドール?そんなことはありえない。ありえるはずがない。だって、自分は何よりもスリザリンを望んでいて·····。

 

あぁ、そうだ。きっと何かの間違いなのだ。帽子は言い間違えただけで、この後やはりスリザリンだと訂正を--。

 

しかし、そんな現実逃避をしても帽子は役目を終えたとばかりに一言も喋らない。静かに次の組み分け者を待っている。

 

 

「どうしたのです、ミスター・スネイプ? さあ、グリフィンドールはこちらですよ」

 

壇上で固まってしまった新入生を見かねたのか、緑色のローブを纏った中年の女性教師が近付いてきた。グリフィンドールの寮監のミネルバ・マクゴナガルだ。

 

「あの、違います。 僕は--。」

 

本当はスリザリンへ行きたかったということを訴えようとした。が、混乱してしまい言葉を上手く紡げない。もごもごと口を動かして、挙句に俯いてしまった。

すると、マクゴナガルは『この生徒は、寮のテーブルに行くのを恥ずかしがっている』とでも解釈したらしい。

およそ普段の厳格な彼女からは想像がつかないほど、優しく微笑んだ。

 

「大丈夫です。 グリフィンドール寮の生徒はみんな私の自慢で、良い生徒ばかりですよ」

 

そして、グリフィンドールの寮へ行くよう背中を軽く押して促した。セブルスは困惑の表情を隠せず、獅子のテーブルへと向かう。

上級生はモタモタしている自分を笑いながらも、未だに拍手を送ってくれる優しい人もいる。

 

「あぁ、セブルス! 同じ寮になれたのね!」

 

セブルスを横に座らせると、リリーが嬉しくてたまらないと言った様子で抱きつく。セブルスは突然のリリーからの抱擁に顔を赤くすると、やっと少し平静さを取り戻した。

 

「あ、あぁ。リリー。 そうだ、確かに一緒だ。 でも、でも……」

 

その時だった。

 

 

「何でこいつがグリフィンドールなんだよ」

 

 

突然吐き捨てるように言われたその言葉に、リリーは隣りの彼をきっと睨みつける。

 

「ちょっと! 何よ、その言い方!」

 

そうだ。グリフィンドールということはつまり、列車の中で会ったこいつらとも一緒だということだ。

 

シリウス・ブラックとジェームズ・ポッター。

 

再び、馬鹿にされた憎しみが腹の中で沸き立つ。

セブルスも彼らを睨みつけ、何かを言い返そうと口を開きかけた。

 

が、そこで意外なことが起きた。

 

「やめろよ、シリウス」

 

ジェームズがシリウスの暴言を諌めた。ジェームズはちょっと複雑そうな顔をしていたが、その目にあったセブルスへの敵意は消えていた。代々グリフィンドールであることを誇りに思うポッター家の嫡男の彼にとって、同じ寮であることでいがみ合う対象ではなくなった。

 

「組み分け帽子は、彼をグリフィンドールに選んだんだ。 僕らが喧嘩し合う必要はないよ」

 

喧嘩腰になっていたセブルスは、ジェームズのその態度に拍子抜けした。

そして、それはシリウスも同じだったらしい。

 

「で、でもジェームズ…こいつはスリザリンに入りたがっていた。 それは間違いないだろう?」

 

彼は困ったような顔で尚も食い下がった。

シリウスとしては列車で啖呵をきったことが尾を引いているのだろう。

 

何としてでもグリフィンドールに入りブラック家に反抗したかったシリウスにとって、スリザリンに入ることを望んでいたやつがグリフィンドールに選ばれる、それは許せることではなかった。

 

これから未知の学生生活を送る幼い彼らにとって、親から与えられてしまった寮の印象は絶対的なものであった。

少々の気まずい沈黙。マグル生まれで寮のことなんてよく分かっていないリリーは困ったように、交互に視線を動かしている。

 

「ジェームズだっけ? 僕も君の言うことに賛成」

 

その時、ジェームズ・ポッターの隣りに座っていた、ブラウンの髪の男の子も口を挟んだ。

確かセブルスの少し前に組み分けされた少年だ。線が細く色白で、どこか大人びた印象を受けた。

セブルスの視線に気が付いたのか、彼はこちらを見て柔らかく微笑む。

 

「僕はリーマス・ルーピン。 せっかく同じ寮になれたのに、初日から喧嘩なんて馬鹿馬鹿しいと思わない? どこに行きたかったとか関係ないじゃないか。もう寮は決まっちゃったんだし」

 

その大人びた客観的な言葉は、少しぴりついていた皆の緊張を溶かしてしまった。そうだ、寮は決まってしまったのだ。その決定はもう覆せない。

 

「そうだよ。せっかく憧れのグリフィンドールに入れたのに! それにしてもセブルス、君変わってるね。 スリザリンに入りたいなんて。 …あ、僕はピーター!」

 

 

第三者の介入によって、居心地の悪かった空気が和み、シリウスは少しバツが悪そうな顔でそっぽを向いた。

 

ジェームズはそれを見て苦笑すると、セブルスに手を差し出した。

 

「列車の中ではスニベルスなんて言ってごめん。 水に流してくれるかい?」

 

セブルスは思わず口をぽっかりと開けたまま、目の前の少年を見つめた。

その目は、純粋に自分との仲直りを望んでいるようで、馬鹿にしたり揶揄おうとする気配は微塵もない。

 

初めてだった。

自分にそんなことを言ってくれたのは。

 

セブルスは照れ隠しにふんと鼻を鳴らすと、仕方ないと言いたげに握手に応じた。

……リリー以外で初めて出来た友人だった。

 

もちろんスリザリンを馬鹿にしたジェームズを許したわけではないし、相変わらずシリウスはそっぽを向いている。

何よりリリーが、見直したようにジェームズを見ているのは気に食わない。それに自分の望む寮は相変わらずスリザリンだ。

 

でも、グリフィンドールもちょっとくらい良いところはある。

きっと、ちょっとくらいは。

 

そんな可愛げのないことを思いながら、リリーによそってもらったローストビーフを口にかきこんだ。

 

 

 

こうして、セブルス・スネイプはグリフィンドール生になった。

 




後先考えず始めてしまいました。
どこまで行けるかわかりませんが、頑張ります。応援してくださったら嬉しいです。


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グリフィンドール

カーテンの隙間から、柔らかな朝日が射し込む。

 

セブルスは穏やかな眠りから覚めると、目を軽く擦る。

ここはどこだ・・・?

未だ寝惚けたまま、ノロノロと体を起こす。そして、赤地に金の刺繍が施された掛け布団を目にしてようやく頭が覚醒した。

 

そうだった。

自分はグリフィンドールに--。

 

 

「やぁ。セブルス、起きたのかい?」

 

「うおっ!?」

 

上の段のベッドから、ひょいとリーマスが頭を出す。堪らず悲鳴を上げたセブルスに、リーマスは慌てて口元に指を当てる。

 

「しーっ!まだ起床時間まで30分くらいあるんだ。皆を起こしたら悪いよ」

 

「おまえが変な驚かし方をするからだ!」

 

声のボリュームを抑えつつも、セブルスはしっかり言い返す。

だが、彼の言う通り、他の皆はまだ寝ているらしく寮は静まり返っていた。自分の下のベッドに居るピーターも、隣りの二段ベッドのジェームズとシリウスも子供らしくすやすやと寝息を立てている。

 

それにしても、こいつらと5人部屋だなんて。不思議な縁もあるものだ。

セブルスは、無意識に昨夜のことを思い返していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、1年生諸君。ここがグリフィンドールの談話室だ。合言葉は定期的に変わるから、各自しっかり覚えておくように」

 

宴が終わった後、1年生は自分たちの寝泊まりする寮へと連れられた。監督生の言葉を1年生たちは真剣に聞いている。

 

談話室の存在は、口数の少ない母さんから聞いたことがあった。--無論、スリザリンの談話室についてだが。

 

スリザリンの談話室は湖の下に位置しているらしい。銀色のランプが荒削りな石で出来た部屋を照らし、母はそこで本を読むのがたまらなく好きだったんだとか。・・・父親の暴力が酷くなる前に、母さんが話してくれたことだ。

 

てっきり自分もそこで学生時代を過ごすことになるだろうと思っていたわけだが--。

 

奇しくも自分が過ごすことになった談話室は、湖の下どころか塔の8階に位置し、深紅色のソファとテーブルが並んでいる。暖炉の中では炎がパチパチと楽しげな音を立てていて、あちこちに羽ペンやら読みかけの本やら生徒の私物が転がっている。何と言うか--温かさに満ちていた。

 

 

「それから寝室のことだけど、基本4人部屋だ。ただ人数の都合でね、1つだけ5人部屋になっている。荷物も届いているから、確認してくれ。それじゃあ、今日は疲れただろう。おやすみ」

 

その言葉を皮切りに、既にぐったりと疲れた1年生は次々と部屋へ向かう。

女子部屋へと向かいながらリリーが、セブルスにおやすみと口の形だけで言った。セブルスも手を振ってそれに返す。

 

「僕たちも行こうよ、セブルス」

 

「・・・そうだな」

 

リーマスの言葉に頷くと、セブルスも男子部屋への階段を上った。

 

グリフィンドールの生徒は皆が皆、傲慢で無謀で猪突猛進な生き物だと勝手に考えていた。が、中にはリーマスのような博識で落ち着いた生徒もいるらしい。彼とは先程のパーティーの時、授業の話で盛り上がり、彼も自分のことを好意的に思っていることが見て取れた。

セブルスは、何となくこのリーマスという少年を気に入り始めていた。

 

案外グリフィンドールも悪くないのかもしれない。

先程までスリザリン以外考えられないと思っていたのに、我ながら単純なものだ。

セブルスは苦笑しながら、自分の寝室となるドアを開けた。

 

 

その瞬間。

 

 

ボスッという、間の抜けた音と共にセブルスの顔に枕が命中した。

一体何が起こったのか。事が把握出来てないセブルスに向かい、目の前のジェームズ・ポッターとシリウス・ブラックはニヤリと不敵に笑った。

 

「ナイス、ジェームズ!次は俺の番だ!」

 

「うわっ!」

 

大きく振りかぶったシリウスの枕が、リーマスの顔にも命中する。

 

「や、やめようよ!」

 

先に部屋に着いていたらしいピーターは、おろおろと2人を止めようとしている。

 

「やるじゃないか、ジェームズ。おまえとはいい親友になれそうだな!」

 

「当然だ!僕たちがこのホグワーツに伝説を作るんだ」

 

--これが後に伝わる『悪戯仕掛け人』誕生の瞬間である。ちなみに、『悪戯仕掛け人』はこの2人だけに留まらず、5人(・・)にまで増えるわけだが・・・この時それを知るものは誰もいない。

 

枕が2つとも命中して気を良くしたのかその場でくるくるとふざけたダンスを踊り始めたジェームズとシリウスに、セブルスは枕をギリギリと握りしめる。

 

前言撤回。

どうか組み分け帽子よ、何でもするから自分をスリザリンに入れ直してくれ。

 

2人に負けないくらい大きく振りかぶると、セブルスは渾身の力で枕を投げつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・セ、セブルス?気分でも悪いの?」

 

朝食の手が止まっていたからか、控えめにピーターが訊いてきた。

 

「お蔭さまで、夜通し枕投げをして初日から監督生に怒鳴られたからな」

 

オートミールを再び口に運びながら、ピーターを睨みつける。

 

「ひ、ひぃ・・・そうだよね、ごめんね」

 

 怯えたような反応をされ、セブルスは少しバツが悪くなった。そもそも、ピーターはあいつらを止めようとしてくれた。

むしろ、巻き込まれただけで被害者なのではないか。

 

 

「何言ってんだよ。自分だってノリノリだったじゃないか、なぁ?スニベルス」

 

「おい、シリウス。そんな呼び方やめろって言っただろ。・・・やぁ!リリー、おはよう。昨日はよく眠れたかい?」

 

友人と大広間に入ってきたリリーに、すかさずジェームズは声をかける。

しかし、リリーは気の強そうなアーモンド形の瞳で一瞥した。

 

「えぇ、もちろんよ。あなたたちの騒ぐ声がうるさくて、とても素敵な夜が過ごせたわ」

 

嫌味を込めて返すと、リリーはそのまま向き直ってセブルスとリーマス、ピーターも軽く睨む。

 

「あなたたちもよ。監督生に怒鳴られたらしいじゃないの。まさか、セブまでこんなことするとは思わなかったわ」

 

これだから男の子は!とでも言いたげにリリーは隣りに座ると、ベーコンとサラダを取り分けた。

そんなリリーに、一緒に大広間に入ってきた少女はふふっと笑った。

 

「楽しそうじゃない、枕投げなんて。あたしもそっち参加したかった!新入生の誰がかっこいいかなんてそんな話より面白そうよ」

 

「あら、それ以上はだめよ!女だけの秘密の話なんだから」

 

リリーに窘められつつも、食事に邪魔なのか金色のショートカットの髪を耳にかけながらその少女はくつくつと笑った。耳には大きな真珠のピアスが垂れ下がって、笑う度にそれが楽しそうに揺れるので一瞬セブルスはそれに目を取られた。

 

「昨日、自己紹介してないわよね。あたしの名前は、レイチェル・フォウリー。リリーと同じ寝室なの」

 

フォウリー家。

確か聖28一族の1つだ。改めて彼女のピアスに目を遣ると、真珠にはフォウリー家の家紋が入っており、彼女が本当に純血貴族であることを表していた。

純血思想について母から教えられた偏った意見しか知らなかったセブルスは、今更ながらそんな純血な彼女がグリフィンドールに居ることに衝撃を受けた。

 

「ねえ、シリウスとジェームズ…だっけ。あなたたち、クィディッチ好きなんでしょ?あたしは特にチャドリー・キャノンズが好きなんだけど。貴方たちはどのチームのファン?」

 

「うえー!チャドリー・キャノンズ?趣味悪すぎだろ…」

 

レイチェルがジェームズたちの話の輪に入る。クィディッチのことはよく分からないセブルスとリリーは何となく話に置いてかれた。

 

「その、リリー。・・・怒っているか?」

 

機嫌を伺うようにセブルスが言うと、リリーは形の良いアーモンド色の目を丸くして・・・プッと吹き出した。

 

「本気で怒ってるわけないでしょ。もう、セブったら。確かに皆に迷惑かけるのは悪いことだけど、それより」

 

リリーはそこで一旦言葉を切ると、真っ直ぐセブルスを見つめた。そして、心から安堵したように口を開いた。

 

 

「セブに友達がたくさん出来て良かった」

 

「な、なに言ってるんだよ、リリー。僕はあんな奴らと友達なわけじゃ・・・」

 

最後まで言い切らぬうちに、背後からガシッと手を掴まれた。

確かめるまでもなく、ジェームズだ。

ちなみに、リーマスのことも同様にシリウスが掴んでいる。

 

「なーに2人の世界に入ってんだよ!初めての授業に遅刻するつもりか?」

 

そうして、ジェームズとシリウスは自分たちの手を掴んだまま走り出す。

 

「待てよ、ジェームズ!変身術の教室わかるのか?」

 

「さあ?まあ、適当に向かえば着くだろ!!間に合わなかったらサボろうぜ。…おっと、ピーターも着いてこいよ!一緒に行こうぜ!」

 

その言葉で、慌ててピーターも走って着いてきた。

 

「お、おい。手を離してくれ。何で僕に構うんだ」

 

ジェームズは手加減することなく、シリウスとじゃれ合いながら廊下を走る。もちろん自分は着いて行けなくて、すぐに自然と息が切れた。必然的にスピードも落ちる。ゼェゼェしながらセブルスがそう言うと、ジェームズは振り返った。

 

彼はセブルスの言ったことがわからないとばかりに、キョトンとしている。

 

その顔は何と言うか…ただただ眩しかった。

 

「何でって・・・同じグリフィンドールの友達だからに決まってるだろ?」

 

ジェームズは自分を掴んだ手を決して離さなかった。

 

 

 

--結局、自分たち5人は全然別の教室に行ってしまい、変身術に大幅に遅刻した。学校中を走り回ったので、足が悲鳴を上げているし、途中何人もの教授や監督生に注意された。そして、極めつけにマクゴナガル教授から容赦のない減点を受けた。

 

 

それなのにどうしてだろうか。

セブルスは隣りでゲラゲラと下品な笑い声を上げるそいつら(ともだち)を見た。思わず吊られて、セブルスの頑固な口角も上に跳ね上がった。

 

心の中は、城の外に広がる秋晴れの大空のように晴れ晴れとしていた。

 

 

 




豆腐メンタル作者なのでめちゃめちゃビビりながら投稿をしたのですが、温かいコメントは早速頂いて舞い上がっております。

ジェームズは完璧な善人とは言えないけど、行き過ぎたジェームズアンチとか苦手です。彼がグリフィンドールにいた混血やマグル生まれのために悪質なスリザリン生や闇の魔法使いに立ち向かったことも、自分の妻と息子のために命を投げ捨てることが出来た男だったのもまた事実


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血筋と素質

グリフィンドールの5人組の噂は瞬く間に、ホグワーツ中に広まった。

 

噂の内容として、ジェームズとシリウスを筆頭としたそのやんちゃさも勿論だが、成績の良さも言うまでもない。そもそもこの5人組が減点されまくっているのに寮から疎まれていないのは、それを上回るほど授業中点数を稼いでいるからだ。

 

そうでなかったら流石のセブルスとて、この4人と一緒にいることを選ばなかっただろう。

無論、グリフィンドールの有名な『悪戯仕掛人』と呼ばれるのは心外だったが。

 

そして、セブルスは勉強が嫌いでなかった。否、むしろ好きだった。

仲間内の中でも落ち着いていて読書量が豊富なリーマスと、セブルスはすぐに打ち解けた。つまり、セブルスにとって親友と言える存在が生まれて初めて出来たわけだ。

 

 

「リーマス、今日も図書館に行くか?」

 

 

漸く今日も1日の授業が終わった。

皆は明るい顔で、談話室で思い思いの時間を過ごしている。

少し離れたところでジェームズとシリウス、ピーターが何やら巫山戯ている。

セブルスも談話室の肘掛け椅子で本を読んでいた。だが、リーマスから返答がなかったため、本から目を離した。

 

「リーマス・・・?朝から思っていたけど、少し顔色が悪いぞ」

 

その言葉にリーマスははっと息を飲み、青白い顔を上げた。そして、無理矢理笑みを貼り付けた。

 

「ごめん、セブルス。…実は、僕のお母さんは病気なんだけど…このあと校長先生に許可をもらってお見舞いに行くことになっているんだ」

 

リーマスは顔面蒼白のまま立ち上がる。

 

「悪いけど、今日は図書館は一人で行ってくれない? ·····ジェームズたちにも上手く伝えておいて」

 

それだけ言うと、リーマスは1度も振り返らずに談話室を出て行った。

 

リーマスの母親が病気だなんて全く知らないことだった。

仕方ない、とセブルスは独り思う。

まだ出会って数週間しか経ってない。お互いの家族のことなんて知らなくて当たり前だ。

事実、自分も家族のことを話したことがない。

 

…なのに、どうしてこんなに寂しい気持ちになるのだろうか。

 

セブルスは本を仕舞うと、1人図書館へ向かった。

 

空には、ぽっかりと満月が浮かんでいる。

閉館時間まで、あと1時間もない。図書館は静まりかえり、自分の足音ばかりが響く。

 

セブルスは足早に本を選んだ。応用編の薬草学、防衛術、それにちょっぴり苦手な変身学は基本編を。

 

「あれ、セブルス?」

 

完全に自分の世界に入り込んでいたセブルスは、突然の背後からの声に驚いて振り向く。

レイチェル・フォウリーだった。

 

「·····フォウリー」

 

「堅苦しいわ!レイチェルでいいよ」

 

レイチェルは困ったように笑うと、セブルスの選んだ本をひょいと覗き込む。

 

「へぇ。セブルス、難しい本読むんだね」

 

「フォ·····レイチェルこそ、その本は3年生用の本じゃないのか?」

 

セブルスの返しに、レイチェルは今度ははにかんだように笑った。表情がころころと変わるその様子を見て、セブルスの心は不思議と弾んだ。リリーとはどこか違う、今まで出会ったことのないタイプだった。

 

「あたしねぇ、こう見えて勉強が好きなのよ。組み分けの時もレイブンクローと迷われたんだ。お父さんがレイブンクローだから、そっちでも良かったんだけどね」

 

「·····レイブンクロー?スリザリンじゃなくて?」

 

言ってからセブルスはしまったと思った。ジェームズやシリウスのようにスリザリンを嫌う人は、グリフィンドールに多い。目の前の少女もそうなのではないか。

しかし、レイチェルは少しだけ不思議そうな顔をしただけだった。

 

「あぁ、もしかしてあたしが聖28一族だから?確かにスリザリンには純血が多いけど、皆が皆じゃないのよ。現にアボット家はハッフルパフ出身が多いし、ウィーズリー家なんてほぼ皆グリフィンドールだし」

 

セブルスは呆気に取られた。

純血は皆スリザリンに入るもの、それ以外の寮は下等、と母から教えられていたからだ。

そして、純血である『プリンス家』の血を継ぐ自分は、スリザリンに入るべきなのだと。

 

「まあ、スリザリンも悪くないと思うわよ。マグル差別はともかく、純血主義自体は悪い事ではないと思うの。それに、スリザリンほど結束が確かな寮も珍しいしね」

 

スリザリンを徹底的に目の敵にしているジェームズやシリウスと違って、レイチェルは少し好意的な言い方をした。

スリザリンに入りたがっていた自分に、気を使ってくれたのかもしれない。

 

「·····でも、もし選ばせてくれるとしてもあたしはスリザリンには入らないかなぁ」

 

短い金髪の毛先を、指先で弄りながらレイチェルは呟いた。

 

「どうして?」

 

「あたし、爬虫類って苦手なんだもん。ライオンの方がもふもふしてて好き!」

 

あっけらかんとして笑ったレイチェルに、セブルスはつられて笑った。

 

その後2人は、笑い声がうるさいとマダム・ピンスに追い出された。

 

その日、セブルスとレイチェルはほんの少し特別な友達になった。

 

 

 

 

 

 

 

学校が始まり、早くも3ヵ月が経った。

漸く授業にも慣れてきて余裕が出てくる頃である。

 

朝食の席では、主に1年生に親からのフクロウ便がひっきりなしに届いた。

特にジェームズの親は高齢出産のためか息子を溺愛しているらしく、2、3日に1度は分厚い手紙が届く。

·····それが羨ましくないと言ったら嘘だ。自分だって、家族からの手紙が欲しい。

だが、生粋のマグルである父のトビアスは自分のことを忌み嫌っている。そして、母であるアイリーンも、父の暴力から自分を守ってくれたことは1度もない。

実を言うと、母からは一度だけ手紙が来た。無事にスリザリンに入れたかどうかを訊いてきた手紙だ。返事としてグリフィンドールになったということを簡潔にしたためて送ったが、その後音沙汰はない。

今から来年の夏休みが憂鬱だった。

 

 

今日も今日とて、雪を纏ったたくさんのフクロウが天井から勢い良く入ってくる。そして、ジェームズ、リーマス、ピーターの前に順に手紙を落として行った。

 

「おまえには家からの手紙が届かないのか、スニベルス?」

 

シリウスが揶揄うようにニヤリと笑った。

行動は共にしていてもシリウスはセブルスのことが気に入らないのか、頻繁に突っかかってくる。

 

「君にも来ていないだろう。それから、僕のことをその蔑称で呼ぶな」

 

いちいち取り合うのも面倒なので普段なら相手にしない。しかし、家族の話という痛いところを突かれて、セブルスは少し癇に障って言い返した。

 

「俺は別にいいんだよ!家族からの手紙なんてこっちから願い下げだね。あんな奴ら、家族だと思ったこともない」

 

挑発するかのような笑みとは打って変わって、シリウスは憎々しげに言い放つ。それは思春期特有の反抗心とは思えない、もっと熾烈なものだった。

 

「…それもそうか。君はブラック家出身なのにグリフィンドールだからな」

 

「は?知ったような口を利くなよ」

 

おまえがブラック家の何を知ってるんだと言わんばかりに、シリウスは爛々と血走った目を向けた。彼にとって「ブラック家」というのはとことん地雷らしい。

セブルスとて親や家の話というのは触れられたくないものの1つだったので、先程の諍いは置いといて、素直に頭を下げた。

 

「ああ、すまない。そんなつもりは無かったんだけど、母親からブラック家の話というのを聞いたことがあったから」

 

偉大なブラック家。王家のブラック家。

昔、母はその話をしてくれた。熱に浮かされたように、うっとりと何度も。

プリンス家からもブラック家へ嫁いでいった者がいる。母からしたらそれは素晴らしい誇りだったらしい。

 

言わずもがなブラック家も聖28一族の1つである。そして、有名すぎるほど徹底した純血主義だ。そんな家の長男がグリフィンドールならば、波風が立つに違いない。

 

 

「似たようなものだな」

 

 

理由はどうあれ、状況だけ見れば自分とこいつは似ている。

セブルスは、ふとそう思った。そして、その言葉は無意識のうちに口から滑り落ちていた。

 

「は?」

 

シリウスは怪訝そうな顔をした。

 

「似たようなものだと言ったんだ。僕の親も·····と言っても父親はマグルだけど·····母親はスリザリンに絶対入れと言っていた。僕はスリザリンに入ることが正しいことだと、ずっと思ってたんだ」

 

初めて聞くセブルスの独白に、シリウスは先程の態度も忘れ目を丸くした。

 

「なんだよそれ。おまえからそんな話初めて聞いたぞ」

 

「初めて言ったんだから当たり前だろう。僕も君と同じで、あまり親の話はしたくないんだ」

 

セブルスはクロワッサンに手を伸ばしながら、あっさりと言った。こういう話はあまり湿っぽくしたくない。気を使われるのも面倒だから。

 

しかし、シリウスはセブルスをじっと見つめるとさらに一歩踏み込んできた。

 

「父親がマグル……。じゃあ、スネイプという姓はマグルのものか。母親の姓は?」

 

「プリンスだ」

 

すると、シリウスは驚いたように目を見開いた。

 

「プリンス!? 俺の4代くらい前のばあちゃんがそんな姓だったぞ!」

 

「へぇ。じゃあ、セブルスとシリウスは親戚関係なんだ」

 

リーマスが家族からの手紙をくるくると仕舞いながら、隣りから口を出した。

 

「というより、純血の名家はほとんどが遠い親戚関係だぞ。僕の家からも、ブラック家に嫁いだ人いるし」

 

ジェームズは、リリーの飲む紅茶の色を虹色に変えながら言うと、ニヤリと笑った。ピーターがそれをきらきらとした瞳で見つめている。

リリーはやれやれといった顔で、新しい紅茶をレイチェルから貰うと、会話に加わった。

 

「知らなかったわ。セブの家って、そんな名家だったのね」

 

「いや、でも確かプリンス家は·····一人娘が家出して血筋が途絶えてるはずだ。じゃあ、おまえ、アイリーン・プリンスの息子か?」

 

いくら家の伝統に反抗していても、シリウスは名家の事情に詳しいようだった。自然と耳に入ってくるのだろう。

突如自分の母親の名前を当てられ、驚きながらもセブルスは頷く。

 

「へぇ·····おまえの母親やるじゃん。プリンス家を家出してマグルと結婚なんて」

 

家に反抗するシリウスにとって、その話は好意的に感じたらしく見直したと言わんばかりに口笛を吹いた。整った容姿と相俟って、妙に様になってるのが少々憎たらしい。

 

「でも、変な話じゃないか?マグルと結婚したのに、君の母さんは君をスリザリンに入らせたがっていたの?」

 

ジェームズがもっともな質問をする。

実を言うと、両親のその辺の機微は未だによく知らない。だから、分かる範囲で話すことにした。

 

「母さんは自分が魔女であることを隠して、父さんと結婚したんだ。一目惚れだったって言ってた。·····でも、父さんは僕と母さんが怖いんだよ。だから、暴力を振るう」

 

ホグワーツに入る前の傷だらけのセブルスを知っているからか、リリーは辛そうに目を伏せた。

あのシリウスでさえ押し黙った。感情の読めない瞳でセブルスの傷だらけの手元を見ている。

 

「母さんが父さんのことを未だに愛してるのかはわからない。でも、母さんはもう勘当されてるから実家にも戻れないんだ。ただ、まだ自分の血筋に未練があるんだと思う。だから、僕をスリザリンに行かせたがったんだ」

 

「それは間違ってるよ」

 

それまで何も言わず話を聞いていたレイチェルが、突然きっぱりと言った。

 

「組み分けは、母親が決めるものじゃないわ。だって、自分の人生だもの。それをセブルスに無理矢理強いるなんて間違ってる」

 

レイチェルは切れ長の瞳に力を込めながら、そう言い切った。

真正面から見据えられて、思わずたじろいでしまうくらい意志の強い瞳だと感じた。

 

「あ、ありがとう」

 

セブルスは顔を赤らめながら、気の利かないお礼の言葉を返した。

 

「そうだよ、セブルス。君はグリフィンドールに選ばれたんだし、もうそれは変えられない。親のことなんて気にしないで、学生生活楽しめばいいんじゃないかな」

 

リーマスも、レイチェルに同調してふんわりと微笑む。その顔色が今日は良いので、セブルスは少し安心した。

 

すると、今までずっと黙っていたシリウスが漸く口を開いた。

 

「·····来年の夏休み、ジェームズの家で過ごさせてもらおうと思ってたんだ。家に帰りたくないからな。おまえも一緒に行くか? ·····セブルス」

 

初めてちゃんと名前を呼んだことが恥ずかしいのか、シリウスはぶっきらぼうに言った。

そして、ジェームズをちらりと見る。

 

「もう1人増えてもいいだろう、ジェームズ?」

 

「僕は大歓迎さ!」

 

ジェームズはにっこりと笑って、手を広げる。

 

「え·····いいの?」

 

セブルスが恐る恐る確認すると、ジェームズは再び力強く頷いた。

心の底が熱くなってくる。

それは、他人からの無償の愛情のようなもので。

実の親からも与えられなかったセブルスには、今まで馴染みがなかったものだ。

 

グリフィンドールに入れてよかった。

 

セブルスは初めて、心からそう思った。

 

「·····朝から湿っぽい話して飽きた。早く、教室行くぞ」

 

シリウスがそう言って、立ち上がる。気付けば、ほとんどの生徒が大広間を出ていた。

セブルスも続いて立ち上がる。

ふと、レイチェルと目が合った。レイチェルは悪戯っぽく微笑むと、口の形だけでセブルスにこう言った。

 

 

グリフィンドールだって悪くないでしょ?

 

 

 

 




たくさんの温かい感想ありがとうございます。大変励みになります。


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親友の正体

1年生の学年末テストが無事終わると、セブルスは一番に家に手紙を出した。

 

今年の夏休みは友人宅で過ごすので家に帰らない、という内容の手紙だ。

 

これは良い傾向なのか、はたまた悪い傾向なのか。ジェームズやシリウスたちと1年を共にした影響で、セブルスの性格も大幅に変わった。

嫌味ったらしい皮肉屋なところは変わらないがユーモアを覚え快活になり堂々としたその少年に、1年前のオドオドとした陰湿な影は見えなかった。

 

それは見た目にも影響した。

周りにシャワーはこまめに浴びろと口煩く言う友人がいるおかげで、あんなにべっとりした髪も今ではサラサラだ。

伸ばしっぱなしだった髪も短く切り揃えて、猫背もすっかり直った。

 

ハンサム--とまでは行かないが、(あくまで悪戯仕掛け人の中では)寡黙で落ち着いていて、そして何より成績トップクラスのセブルスを、憧れの眼差しで見る女生徒もいた。

 

他の悪戯仕掛人曰く、シリウスはともかくセブルスが女の子にチヤホヤされるのは納得が行かないとのこと。

 

そして、この1年ですっかり自信をつけて居場所ができたセブルスが、自身に強く依存するヒステリックな母と、魔法を忌み嫌い暴力を振るう父に嫌気がさしたのも当然と言えば当然のことである。

端的に言ってしまえば、素晴らしい仲間を持った今、両親への未練は無くなっていた。

 

母からの手紙の返事として、セブルスがスリザリンに入れなかったことへの罵詈雑言、家に帰ってこなければ今後ホグワーツに行かせる金は出さないという脅迫の手紙が届いたが、ジェームズがカラフルな花火で燃やしてしまった。他の友人たちも吠えメールじゃなくてラッキーだったじゃんとケラケラ笑った。

こうして、セブルスは親とほぼ絶縁状態になった。

 

ジェームズの家があるゴドリックの谷では、これ以上ないくらい楽しい夏休みが送れた。

ジェームズの親はとても優しく、何も不自由なく過ごさせてくれた。ゴドリックの谷は魔法使いの町であるため、好き勝手に魔法が使えるのも最高だった。(無論、未成年は学校の外で魔法を使ってはいけない決まりだが、誰が使ったか個人まで特定できない魔法界の法則上、暗黙の了解ってやつである。)

そこでセブルスは自身に箒の才能がこれっぽっちもないことが発覚し、夏休みの終わりまでジェームズとシリウスに揶揄われることになった。

 

また、セブルスにとって幸いだったのは、成績が良いおかげで奨学金制度が受けられたことだ。

奨学金制度の申し込みに行った際、現校長アルバス・ダンブルドアはDVによるセブルスの傷を見てすぐに許可を出してくれた。

 

ホグワーツでは助けを求める者にはそれが与えられる。

12歳で親と絶縁なんて、一見無理なようで何とかなるものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

2年生になって間もない時分。

 

開け放たれた談話室の窓からは、さらさらとした秋風が吹き込む。葉の匂いがどこか芳ばしくなり、僅かな肌寒さを感じた。

 

珍しく1人だったセブルスは肘掛け椅子にもたれ掛かれ、本を読みながら時々ウトウトと微睡んでいた。

先程までリリーとレイチェルと共に勉強をしていたが、2人とももう寝室に行ってしまった。

 

ギィ、と太った婦人の肖像画が開き、次々とクィディッチチームのメンバーが帰ってくる。

皆は簡単な挨拶を交わすと、疲れきったように寝室に直行する。後の方から、ジェームズとシリウス、そしてクィディッチメンバーではないが練習を見に行っていたピーターが現れた。

 

「長かったな。 初日の練習はどうだったんだ?」

 

セブルスは読みかけの本を閉じ、欠伸を噛み殺しながら言った。

 

「もう、最高だったよ! セブルスも来ればよかったのに! ジェームズもシリウスもすごくてね--!!」

 

まるで自分のことように、自慢げにピーターが捲し立てた。ジェームズとシリウスも、そう言われ満更でもないらしい。

 

「まあね。 リリーにも見てほしかったな。僕の活躍するところを!」

 

「いいのかよ、セブルス。 大事な幼馴染をジェームズに取られるぜ」

 

シリウスは意地悪くそう笑うと、かぼちゃジュースを一気に飲む。

先程セブルスが練習終わりのみんなのために厨房から貰ってきたものだ。規則違反が当たり前になってしまった自分にちょっと苦笑いをする。

 

「まあ、僕はさっきまでリリーとレイチェルと勉強してたからね」

 

セブルスが涼しい顔で言ってのけると、ジェームズは悔しそうに舌打ちした。

そして、シリウスと同様にかぼちゃジュースを喉に流し込むと、軽く辺りを見回した。

もう談話室には自分たち以外、誰もいない。

 

「リーマスはどうした」

 

「·····いつも通り。お母さんのお見舞いに行くってさ」

 

セブルスのその言葉に、ふぅんとジェームズは不機嫌そうな声を出した。

そして、開け放たれた窓に近寄ると、空を確認する。見上げた空には、満月が煌々と輝いていた。

暫く、誰も何も言わなかった。

沈黙に耐え切れなくて、最初に口火を切ったのはシリウスだった。

 

 

「·····おまえらも、もう気付いてるんだろ?」

 

 

その言葉にジェームズはくしゃくしゃの髪をさらにくしゃくしゃにし、セブルスは何ともやるせない表情で俯く。

ピーターだけが事情を飲み込めていないようで、きょとんとしていた。

 

 

「リーマスは、狼人間だ。」

 

 

セブルスが苦しそうに言ったその言葉に、ピーターは固まりやがて意味が飲み込めるとヒッと短い悲鳴を上げた。

 

「僕たちだって馬鹿じゃない。 毎月、満月の日に居なくなったら気付くさ。 リーマスが狼人間だとしても·····そんなこと僕たちは気にしないのに」

 

ジェームズの声色には、悲しみというより自分たちに打ち明けてくれない怒りの方が込められている。

 

「·····僕たちが気にするか、しないかじゃない。 一番苦しいのは本人だろう」

 

「クソッ!!そんなの分かってる」

 

セブルスのその言葉に、ジェームズはイラついたように机を叩いた。かぼちゃジュースが少し溢れた。

 

「僕たちに何か出来ることないのかな·····?」

 

ピーターが神経質そうに爪を噛みながら皆の顔色を窺うように言ったので、思わずセブルスは眉を顰めてしまった。ピーターのこういった人に意見を出させそれに乗っかろうとするところが少し苦手だった。

 

「人狼になるのを防ぐ薬とかないのか?」

 

シリウスが、魔法薬の成績が学年トップであるセブルスに問う。珍しくその瞳は真剣だ。

 

「現段階では存在してない。·····まあ、例え存在してたとしても、僕達に作れるような簡単なものではないと思うけどな」

 

「じゃあ、おまえ何もしないって言うのかよ!リーマスが苦しんでるのに、このまま放っておく気か!?」

 

食ってかかったシリウスに、セブルスはやれやれと息を吐く。彼の友達思いなところは好ましいと思っているが、短気にも程がある。

そんなセブルスの様子に、シリウスはさらに激昂する。が、セブルスに先程まで読んでいた本を目の前に掲げられると、思わず口を閉じた。

 

本の題名は『人狼の習性と対処法』と書かれている。

 

「その本には何て書かれているんだ?」

 

ジェームズが訊く。

 

「さっきも言ったように、人狼には特効薬がない。そして人間である僕らは傍に居てあげられない。襲われてしまうからな。ただ、それが人間じゃなかったら…動物だったらどうだ?」

 

セブルスは反応を窺うように、一度皆の顔を見回した。

 

「つ、つまり·····リーマスが変身しちゃった時、周りに動物を置いてあげればいいってことなの?」

 

「それも悪くないが·····僕にもっといい策がある。」

 

セブルスがそう言うと、1度言葉を切った。そして不敵にニヤリと笑った。

 

 

「僕達が動物になるんだ!!」

 

 

 

 

 

 

 

談話室が、しんと静まった。それほどに皆は驚いていた。

 

「·····僕たちが動物? つまり、マクゴナガル先生みたいに?」

 

「物を動物に変えるのはよく聞くけど·····自分が動物になるなんて、そんな魔法絶対難しいよ·····」

 

ジェームズとピーターが口々に言う。

 

「そうだ。自身が動物になる変身術を『動物もどき』と言う。かなり難しい魔法だし、多分僕らだったら習得に数年はかかると思う。」

 

「数年!? そんな待てるわけねぇだろ!!」

 

「でも、これ以上いい方法はないぞ。 やるか、やらないかだ」

 

セブルスが落ち着いて言い返すと、シリウスはむくれたように頬杖をついた。付き合いが長くなったから分かる。これは彼の渋々の承知だ。

 

動物もどきは難しい魔法だ。無論、危険も伴うので慎重に取り組まなければならない。教師もなしに自学で習得するのだから、時間も余計かかるだろう。まして--。

 

「それに誰にも見られないように練習しなきゃだから、夜しか練習できない」

 

「なんでだ? 別に闇の魔術でもないんだし…確かに2年生には不相応な魔法かもしれないけど」

 

「違うんだ。 この魔法は、習得したら魔法省に登録名簿を出さなければならない。 つまり届け無しで勝手に動物に変身するのは違法なんだ」

 

「えっ·····? じゃあ、もし習得して見つかったら僕たち逮捕されちゃうってこと? 嫌だよ! 僕、アズカバンには行きたくないよ!」

 

シリウスとジェームズは馬鹿にするように軽く鼻で笑う。

 

「情けないこと言うんじゃねえよ、ピーター。 それでも悪戯仕掛人のメンバーか?」

 

シリウスに呆れたように肩を掴まれ、ピーターはうぅ…と声を漏らした。そんな様子にさらにシリウスは溜息をつく。

 

そんな2人を横目にジェームズが不敵な笑みを讃えてセブルスに向き直った。その瞳は何て君は楽しいことを思いつくんだと言いたげに、爛々と輝いている。

 

「いいのかい?優等生の君がこんな犯罪行為を提案して」

 

ジェームズのその言葉に、セブルスは涼しい顔をした。

 

 

「阿呆だな、ジェームズ。犯罪というのはな、バレなければ犯罪にはならないんだよ。」

 

 

事も無げに放たれたその言葉に、ジェームズとシリウスは目を丸くして・・・そして、豪快に笑うとセブルスを滅茶苦茶に抱きしめた。

 

「君って本当にイカしてる!」

 

「あぁ!そうと決まったら早く練習するぞ!」

 

 

--今なら何でもできる。

 

セブルスは不意にそう思った。

 

こいつらが居れば、できないことなんて何もない。

きっと箒なしで空だって飛べる。

 

満ち足りた気持ちのまま、セブルスは心から破顔した。

何より一番の親友であるリーマスになにかしてあげられるのが嬉しくて嬉しくてたまらなくて、涙が零れそうになった。それをこっそり拭き取った。

 

 

そんな3人の後ろで、ピーターはそっと俯いた。

 




普通のハリポタ二次創作って「賢者の石編」から始まっても大長編じゃないですか。完走するのなんて稀じゃないですか。
まして親世代から始めたら、完結に何年かかるんだ(白目)


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恋慕の芽生えと転機

何度目かのクァッフルのゴールに、観客席がさらに沸き立つ。

 

ジェームズは箒に乗ったままこちらを向くと、ガッツポーズをした。

 

クァッフルが相手のハッフルパフチームに渡る。今期ハッフルパフの期待のチェイサーだ。が、クァッフルを手にしたのも束の間シリウスが凄まじい速さで突っ込み、それを奪う。そして、流れるような動作でジェームズにパスした。阿吽の呼吸。そのままジェームズが敵のゴールに--。

 

「グリフィンドール、ゴォオオル!90対20、依然としてグリフィンドールがリードです!」

 

解説の声とともにグリフィンドール側の観客席がさらに熱狂する。

 

セブルスは、リーマスやピーター、リリーとハイタッチを交わした。皆の顔に赤と金で装飾が施され、この学校におけるクィディッチの熱量を表している。

 

「スニッチはまだ見つからないのかな!?」

 

興奮した群衆の中、ピーターが大きな声を張り上げた。

両チームとも競技場の高いところで、シーカーは目を凝らしてスニッチを探している。

 

クィディッチとは不思議なスポーツだ。

既にハッフルパフには70点も差をつけているが、相手側のチームがスニッチを取ったら150点加算されるので負けてしまう。

 

最初はクィディッチなど全く興味がなかったセブルスだが、周りの熱狂的なファンにしつこくルールを説明され、観客席で応援が出来るほどにはこのスポーツが好きになった。--なんて言い方をしたら、皆にからかわれるかもしれない。大好きな魔法薬関連の読書を放り出してまで、夜中まで自分も横断幕作りに参加したのだから。

 

再びジェームズがクァッフルを手にした。そして、敵チームにフェイントをかけながら背後のフランク・ロングボトム選手にパス。セブルス達より2つ年上の彼は、安定したバランス型の選手である。猪突猛進な選手が多いグリフィンドールには珍しい。

そして、その猪突猛進代表のシリウスがやや強引に得点をきめると、前列の女の子達--別の名を『シリウス親衛隊』--から黄色い悲鳴が上がった。

 

グリフィンドールの優勢は変わらず、ますます勢い付いているようだった。

観客達は熱狂し、激しいコールにもちろんセブルスも加わる。

 

突如、観衆がどよめいた。

どうやら、シーカーがスニッチを見つけたらしい。シーカー同士の一騎打ちが始まった。

抜かし抜かされて、小競り合う。

2人のシーカーはとうとうスニッチに追いつき、同時に手を伸ばした。

皆が固唾を飲む。

 

 

勝負を制したのは。

 

--グリフィンドールのシーカー、レイチェル・フォウリーだった。

 

彼女は自身の金髪と同じ色のスニッチを力強く掲げた。爆発したかのような歓声の中、グリフィンドールのチームが駆けてくる。彼女はすぐメンバーに埋もれ、もみくちゃにされた。

 

そして、観客席にもその熱は伝わっていた。セブルスは、リーマスやリリーでは飽き足らず他のグリフィンドール生とも抱擁を交わして喜んだ。

普段厳格なマクゴナガルがぴょんぴょんと飛び上がりながら拳を突き上げ歓喜しているのはもしかしたら見間違えかもしれない。しかし、それくらいグリフィンドールは熱狂していた。

 

今年のクィディッチ杯は、グリフィンドールの優勝だ。

 

 

 

 

 

競技場の選手入場口から、シリウスとジェームズが出てきた。

彼らは自分たちに群がる女の子のファンを適当にあしらうと、こちらへ向かってきた。

 

「やぁ、見てたかい。リリー。 僕の華麗なクィディッチ」

 

ニヤリと傲慢な態度を隠さず笑ったジェームズだが、今日ばかりはリリーも喜びを抑えきれない。

 

「えぇ、すごかったわ! ジェームズもシリウスも! 何よりレイチェルもね!!」

 

「レイチェルには本当にびっくりだよ。 3年生になって突然チームに入りたいって言い始めて、いざ入ったら早速エースだぜ?」

 

シリウスは少し拗ねたように言った。

人気を取られたのが悔しいらしい。シリウスのそんな子どもっぽさに、リーマスは苦笑いする。

 

「何言ってるのさ。 君だって素晴らしい選手だよ。 ・・・僕も健康だったらやってみたかったな」

 

少し寂しそうにリーマスが言うと、シリウスが間髪あけずにバシンと強く背中を叩いた。

 

「リーマスこそ何言ってんだ。おまえは充分健康だろ。・・・まあ、ほんの少しふわふわした問題(・・・・・・・・)はあるけどな」

 

そして、シリウスは今度リーマスを箒に乗せてやると息巻いた。

 

「早く談話室のパーティーに行こうぜ、リリー。 僕の活躍した話をたっぷり聞かせてやる!」

 

「あら、だめよ。 レイチェルがまだ来ていないもの」

 

ジェームズが馴れ馴れしくリリーの肩に手を回す。リリーはちょっと顔を顰めたが、本気で嫌がってる素振りはない。

 

「いや、皆先に行っていいぞ。 僕はパーティーはあまり好かない。 レイチェルを待ってから、後で行く」

 

「パーティーが嫌いな奴が俺の友人とはな…信じられないよなぁ、シリウス」

 

何でもかんでもお祭り騒ぎにしたがるジェームズが大仰な仕草でそう言うので、皆は思わず笑った。

 

もちろんグリフィンドールの優勝は嬉しいし友人たちのことは大好きであったが、正直セブルスは騒がしい席があまり好きではない。どちらかと言うと、1人で図書館で本を読んでいる方が性にあってるのだ。

 

セブルスの申し出を皆は有難く受け入れると、談話室へと先に向かった。

リーマスが振り返って、頑張ってねと笑いかけた。シリウスも思わせぶりなニヤニヤ顔を浮かべてこちらを振り返る。が、セブルスには一体何のことか分からなくて首を傾げた。

 

暫く競技場の壁を背に、ぼんやりと考え事に耽っていた。

 

遠くでリリーとジェームズが楽しそうに話しているのが見えた。

2人は腕を組んで仲良く歩いている。

 

・・・胸が痛まないと言ったら嘘だ。

リリーは、自分にとって特別な女性だし…初恋の人だった。その感情は胸の中でまだ甘い疼きを持っている。

しかし、同じ寮になり長く一緒に居すぎたのだろう。セブルスもそしてリリーも、互いを大切に思っていたものの、それは恋愛というより家族のような感情へ変化していった。

 

今はただリリーは妹のような(世話焼きの彼女は姉のつもりかもしれないが)存在で、親友の彼女である。そして、心から幸せになってほしい幼馴染だった。

 

 

「あれ?セブルス、どうしたの。」

 

 

競技場の更衣室の扉が開く。

短い金髪が汗で少し濡れているレイチェルがどこか扇情的に感じて、セブルスは少しドキリとした。

 

「遅かったじゃないか。 皆で待っていたんだが、先に行かせたぞ」

 

「なぁんだ、そうだったの。 でも置いていったの薄情じゃない!? あたしシーカーなのに!」

 

レイチェルがおどけたように笑った。

 

--ちなみに、他の皆はこの2人に気を使って先に行ったわけであるが。

 

当の本人たちは全く気付いていない。

 

「もう更衣室には誰も残ってないのか?」

 

「うん、あたしが最後だよ。ピアスを失くしちゃってね。探してたら時間がかかっちゃったの」

 

そう言って、レイチェルは耳元のピアスに軽く触れた。フォウリー家の家紋が入ったそれは母から受け継いだものらしく、大切な宝物のようだ。

夕焼けの中、レイチェルの物憂げな表情が照らされる。

 

レイチェルは、表情がころころと変わる少女だ。

幼子のように笑っていたかと思えば、突然大人っぽい顔をする。

セブルスは自身でも気付いてないうちに、この少女に惹かれている。

 

 

「ねぇ、セブルス。・・・箒に乗ってみない?」

 

 

「正気か?僕の飛行術訓練の成績は知っているだろう。五体満足なのが奇跡だ」

 

突拍子もないレイチェルの申し出に、セブルスは目を瞬かせながら言った。

 

「あたしが後ろに乗せてあげる。 グリフィンドールのシーカーの後ろだよ? すっごく貴重だって!」

 

「自分で言うな」

 

セブルスが思わず笑うと、レイチェルはセブルスの手を掴んだ。

 

「いいからおとなしく着いてきなよ!」

 

そして、2人は逆戻り。再び競技場へと向かった。

 

「レ、レイチェル!談話室でパーティーもう始まってるんだぞ。急いで行かなければ・・・」

 

 

「そんなの別にいいじゃない!あたしはパーティーより、セブルスと今箒に乗りたいの」

 

レイチェルはセブルスの手を掴んだまま振り返ると、にっかり笑った。

 

誰もいなくなった競技場で2人は並ぶ。

 

「ちゃんと捕まっててね」

 

セブルスは顔を赤くしながらも、レイチェルの腰に手を回した。女の子の後ろに乗せてもらうのは何だか情けなくて気まずい。やはり何か理由をつけて辞めようか。

 

「行くよ!」

 

しかし、そんなセブルスの葛藤はレイチェルが地を蹴った瞬間に消え去った。

ふわりと滑らかに体が浮かぶ。

 

--その刹那、はっきりと世界の色彩は変わった。

 

風が、空気の匂いが、木々の揺らぎが、陽の鮮やかさが、少し浮かんだだけなのに地上とまるっきり違う。

 

飛ぶとは、こんなに楽しいことだったのか。

ジェームズの家に行った時や、授業の訓練で最低限の飛行は経験していた。しかし、それとは似ても似つかない経験だった。

 

「ね? 飛ぶのって素敵でしょ」

 

ぽっかりとした大きな夕陽がぐんぐん近付くようだった。

 

「君は--いつだって、僕の知らないことを教えてくれるな」

 

「あははっ! なにそれ? セブルスったら大袈裟なんだから」

 

快活な笑い声を上げ、レイチェルはそう言った。そう言われて初めて、セブルスが柄でもない小っ恥ずかしいことを自分が口にしたことに気付き赤面した。

オレンジ色の空を自由自在に飛び回る彼女は、ただただ綺麗だった。

 

 

結局2人が談話室に着いたのは、夕陽がすっかり落ちて辺りが真っ暗になった頃だった。

もうとっくにパーティーも終わってしまっているだろう。

 

レイチェルは全く気にしていなかったが、セブルスは皆に冷やかされることを考えると少し憂鬱な気持ちになった。

 

ジェームズやシリウスが悪質な揶揄いをしてきたら、『足縛りの呪い』をかけてやろう。

そんな呑気なことを考えながら、太った婦人の肖像画を開けた。

 

しかし、そこに居たのは予想もしない人物だった。

ホグワーツ校長アルバス・ダンブルドアと、グリフィンドールの寮監ミネルバ・マクゴナガルだ。

 

隣りでジェームズ、シリウス、リーマス、ピーター、リリーが神妙な顔つきをしている。

 

「2人とも一体こんな遅い時間まで何をしていたのですか!」

 

マクゴナガルが厳しい声で言い放った。が、ダンブルドアが怒るマクゴナガルを手で制し、柔らかく微笑んだ。

 

「よいよい。 今日はグリフィンドールの優勝だったのじゃ。少しくらいの遅い帰りは目をつぶろう」

 

談話室を見回すと散らかっていたが、やはりパーティーは終わった後だった。

皆、寝室に行ってしまったらしい。・・・いや、もしかしたらダンブルドアが人払いさせるために皆を寝室に行かせたのかもしれなかった。

隣りのレイチェルも状況が読めないのか、困惑している。

 

「あの・・・失礼ですが、どうして校長先生がここに?」

 

セブルスが恐る恐る訊いた。

まさか夜アニメーガスの練習をしているのがバレてしまったのだろうか。

だったら罰則で済むだろうか。ダンブルドアのこの様子からして、流石に退学はないだろう…と信じたい。

そこまで思考を巡らしてから、いや違うなとセブルスは思い直した。もし、アニメーガスの練習がバレただけならリリーとレイチェルはこの場に居ないだろう。

この2人は何も知らないのだから。

 

ダンブルドアは穏やかな瞳でセブルスを見つめていた。その青い瞳には、悲しみと生徒を思いやる慈愛が含まれているようにセブルスは感じた。

 

 

「セブルス、落ち着いて聞いておくれ。君の母上が先程亡くなったと連絡が入ったのじゃ」

 

 

言われたことを理解するまで数秒を要した。

 

母が亡くなった・・・。

あのヒステリックで暴力から自分を守ってさえくれなかった、自分の母親が。

 

「ショックなところ酷な話をして悪いのじゃが、お葬式は君の父親は出す費用がないらしくてな・・・アイリーンの両親が喪主を務めるらしい」

 

母の両親。つまりプリンス家のことだ。

セブルスは、自身の祖父母が健在であったことを今更初めて知った。

 

「ミスター・スネイプ、お葬式には私が同行します。明日は授業を休んで構いません」

 

マクゴナガルの言葉に、セブルスは力なく首を振った。

母はプリンス家から勘当されていたのだ。そんな母の息子である自分が、今更ノコノコと現れても迷惑でしかないだろう。

何より、罪の意識があった。

自分が家を出てしまったから、母は心労で死んでしまったのかもしれない。

自分は、母を見捨ててしまった。そんな暗い考えが嫌でも頭を過ぎった。

 

「家族は失うのは辛いことじゃ。例えどんな関係性であっても、別れはきちんと済ませなさい。君のためにも」

 

ダンブルドアは何か共鳴するものがあるのか重たい口調でそう言った。そして、諭すようにさらに言葉を続けた。

 

「それに、君が葬式に参列しなければいけない理由がもうひとつある。アイリーンの両親がの、つまり君の祖父母だが…君を引き取りたいと申し出ている。1度会ってみなさい」

 

ダンブルドアは優しくセブルスの肩に手を置くと、談話室を出ていった。

 

後には呆気に取られた顔で立ち尽くすセブルスが残された。

 

 




セブリリファンの皆様やめて!石を投げないで!作者をいじめないで!
この2人がくっついたらハリーが生まれないんです(´;ω;`)

ダンブルドアは自身の経験もあり、家族というものに対して少し敏感な気がします。

さてさて、アイリーンの死がセブルスにどのように関わっていくのでしょうか。


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セブルス・プリンスと動物もどき

 

しとしとと、誰しもを憂鬱にさせるようなそんな冷たい雨が降っている。

 

セブルスは制服の上に黒のローブを羽織って閑静な田舎道を歩いていた。隣りのマクゴナガルは自身と同じく黒のローブを纏って、レースのベールが付いた黒いトーク帽を被っている。

時折、マクゴナガルが自分を気遣うように視線を寄越した。が、セブルスは気付かないふりをして平静を装った。

 

母の葬儀はプリンス家で、人知れず行われることになっていた。

母は既に勘当されている。表立って葬式をするわけにはいかないのだろう。

それでも、母は母だ。葬式費さえ出してくれなかった父に代わって、ひっそりとでも葬式をしてくれるのは有難いことだ。

 

プリンス家は、ロンドンから遠く離れた田舎に存在していた。

黒を基調とした屋敷は広壮で趣があり、所々蛇の彫刻が成されている。

治安の悪い粗末な小屋で育ったセブルスは、グリフィンドールの寮より部屋数が多いのではないだろうかとぼんやり考えた。

殺風景な庭には申し訳程度に花が植えられていた。

そして、その庭の中央に棺がある。

集まっている人数はたったの4人だった。そのうち2人はアイリーンの学生時代の数少ない友人のようだ。そして、もう2人は--。

 

 

「貴方がセブルス・・・?」

 

 

白髪が目立つ老婦人が、セブルスに近寄ってきた。否、確かに白髪が多いが、まだ顔立ちは若い。どこか疲れたようなその風貌が、彼女を年老いて見せているらしい。

 

「は、はい。 僕がセブルス・スネイプです」

 

初めて会う親以外の親戚に、思わず上擦った声が出てしまった。母の母にあたる人物ということで、勝手に熾烈な女性をイメージしていた。しかし、目の前の女性は上品な老婦人そのものだった。

女性は嗚呼・・・と声を漏らすと、目頭をハンカチで押さえた。

 

「私はダリア・プリンスと申します。貴方の・・・祖母です。」

 

「・・・初めまして、お祖母さん。あの、母の顔を見ても?」

 

プリンス夫人から許可を貰うと、セブルスは母の棺に近付いた。

1年生の時以来、母に会っていないので母の顔を見るのは久しぶりだ。その顔は安らかなようで、どこかやつれているように思えた。

 

 

「きっとこの子、私たちのこと恨んでいるわね」

 

 

プリンス夫人は呟いた。

そんな口元がセブルスと似ていた。セブルスの母譲りの薄い唇は、元々祖母のものらしい。

 

セブルスは何も言葉を返せなかった。

それを言ったら、きっと母は自分のことも恨んでいるだろう。

 

形は多少歪でも愛されていたのだと思う。幸せな思い出もあるから。

だが、父の暴力を見て見ぬ振りをして、スリザリンに入ることを自分に望み果たせなかった自分を否定した彼女を許せるかと言われたら、それは難しい。

 

 

プリンス夫人はそっとセブルスの頬に触れた。

どうしていいか分からず、セブルスは身を竦めてされるがままになる。

--今はもう薄くなっているものの、セブルスの体には多くの傷がある。彼女はその傷を見留めると、許しを乞うように声を絞り出した。

 

「セブルス。今更こんな話、虫が良すぎると思うのだけれども、貴方が良ければ貴方のことを家族として迎えたいの。アイリーンが死んだ時、初めて貴方の存在を知ったわ。ごめんなさい、こんな目にあっていたなんて・・・」

 

予想外の言葉にセブルスは驚きを隠せなかった。てっきり勘当された娘の息子なんて疎まれると思っていたのだ。

まさか社交辞令ではなく、本当に自分を引き取りたがっているなんて。まして、自分は混血なのに。

 

しかし、自分を案じてくれる肉親がまだ居たかと思うと、手足の先まで満たされるような温かな気分になったのも事実だった。

 

ちなみにこの時のセブルスには知る由もないことであるが、ダリア・プリンスの旧姓はプルウェットだ。彼女もまた紛うことなく純血であり自身の血筋に誇りを持っている。しかし、マグルに対する差別意識は強くなかった。

 

 

その一方で、ダリアの旦那でありプリンス家の現当主エルヴィス・プリンスは、複雑な表情を隠そうともしなかった。

漆黒と形容すべき黒髪はセブルスにそっくりで、四角い眼鏡が厳格な雰囲気に拍車をかけている。

目の前の少年は、後に怒りに任せ勘当したとはいえ、溺愛していた一人娘の息子なのである。それと同時に、自身が忌み嫌っているマグルの血が入っているわけでもある。

その瞳は、セブルスの羽織るローブの下の赤と金のネクタイを見てさらに厳しく細まった。

 

「初めまして。貴方がプリンス家の当主でしょうか?私、ホグワーツで副校長を務めているミネルバ・マクゴナガルと申します」

 

冷たい雰囲気を悟ったのか、空気を変えようとマクゴナガルは穏やかに一礼をした。

 

「・・・エルヴィス・プリンスだ。本日は遠いところを孫の引率、誠に感謝する。」

 

「えぇ。現在は引退されたとのことですが、魔法薬研究の第一人者として、お噂はかねがね聞いております。特に、ハナハッカ・エキスの発明。あれは魔法界に新たな革命を起こしたと言っても過言ではないでしょう」

 

マクゴナガルの言葉には媚びるような色は一切なく、勉学に携わる者としての本心に聞こえた。それがエルヴィスにも伝わったのか、彼は少しだけ機嫌を良くしたらしい。

 

「ふむ。あの薬の発明にはだいぶ手間をかけさせられたからね。そう言ってもらえると嬉しいよ」

 

「えぇ。ここにいるセブルスも成績は大変よろしいのですよ。特に魔法薬の成績は学年トップです」

 

マクゴナガルのこの言葉に、エルヴィスは驚いたように目を見開いた。そして、自分の才能が孫に遺伝しているのが嬉しいのか、不器用ながらも顔を綻ばせた。

 

 

例え、複雑な事情がそこにあろうとも孫は孫。

世間の老夫婦が孫が可愛くて仕方ないように、プリンス夫婦も例外ではなかった。それだけの話なのである。

 

 

こうして、あれよあれよという間に手続きは進み、セブルス・スネイプはセブルス・プリンス(・・・・)となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ。じゃあ、プリンス家ってそんなに純血主義ではなかったのか」

 

ジェームズが暴れ柳のツボであるコブを触りながら言った。悪戯仕掛人は当たり前のようにしていることだが、暴れ柳のこの弱点を知るものは意外と少ない。

 

「いや、純血主義ではあると思う。 2人とも自分の血筋を大切に思っているようだから。 ただ、マグルを排除しようとかそういう過激な考えはないらしい」

 

「ふぅん。 スリザリン出身でもそんな奴いるんだな」

 

ジェームズのその反応に、セブルスは溜息をついた。

 

「前から言ってるが、スリザリンだからといって皆が皆悪者というわけではないだろう。 くだらないスリザリンいじめはもうよせ」

 

「人聞き悪いこと言うな。 あれはいじめじゃなくて復讐! 2年のコーナーがロジエールの野郎にクラゲ呪い掛けられたんだよ」

 

「だからと言って、年下の生徒をシリウスと2人がかりで襲うのが本当に正しいことか? 騎士道が聞いて呆れる」

 

順番に、木の根元から隠し通路に入る。

背後からウワッと悲鳴が聞こえた。セブルスは、転んでしまったピーターを助け起こしてあげた。

 

「はいはい! 我らが王子様(プリンス)がそう仰せなら、気をつけますよっと」

 

「その名でおちょくるな! やり返すことは構わん。 だが、手当り次第スリザリン生に攻撃するのはやり過ぎだ」

 

ジェームズは納得出来ないようで憎まれ口を叩いてるが、意外にもシリウスは確かになぁとボヤいた。

 

「俺の従姉のアンドロメダはスリザリンだけど優しかった。 マグルと駆け落ちしてるし。 まあ、昔からあのクソ女に比べたら天使のような人だったけど」

 

世間では着実に闇の勢力が広がっている。

シリウスが同じく従姉であり、あの人の一番の側近とも言われているベラトリックスのことを言っているのはすぐ分かった。

自分でも暗いことを言ってしまったと気付いたのか、シリウスは明るい調子で言葉を続けた。

 

「アルファード叔父さんがな、俺がもし本当に家出したら援助をしてくれるって言ってたんだ。 そしたら、あんな家おさらばだぜ! どうせ跡継ぎはレギュラスが居るしな!」

 

シリウスはウキウキと心底満足気に言った。

プリンス家という新しい居場所を持てた今、自分と同じく複雑な家庭事情だったシリウスが突破口を見つけているのは、自分のことのように嬉しい。

 

ちなみにプリンス家の長男となってすぐ、今までポッター家から借りていたお金は全て返していた。

 

 

「もう学生時代も折り返しかぁ・・・。」

 

不意にピーターが感慨深そうにしんみりと言う。

 

「実はさ、卒業するまでに作りたいものがあるんだ。僕たち『悪戯仕掛け人』にしか出来ないこと。」

 

ジェームズは何かを企んでいるようで、楽しそうに口角を上げた。

 

「え、それって何!?」

 

ピーターが目をキラキラと輝かせる。

 

「名付けて・・・『忍びの地図』!僕らだけしか知らない秘密の道とか、フィルチの野郎の居場所が分かる最高の地図さ!」

 

「最高のアイデアだな。俺たちにぴったりじゃねぇか!」

 

ジェームズの提案に、シリウスが同調した。

 

「だろ?まあ、この話の続きは後だ。何せ、このドアの向こうには我らのふわふわ(・・・・)した友人が待っているからな。・・・お先にどうぞ、パッドフット。」

 

ジェームズのその言葉を合図に、シリウスは瞬く間に大型犬に変身する。そして、身を翻してドアを開けた。

目の前の狼人間は、突然の気配に襲う素振りを見せたが、犬になったシリウスだと分かると嬉しそうにじゃれ付いた。

 

次に、未だ変身に少し時間がかかるピーターが姿を変えた。小さなネズミとなったピーターは、既に変身を終えたシリウスの背中に飛び乗った。

ネズミという小柄な動物になるピーターは、変身すると置いてかれないよう誰かの背中に乗るのが常だった。

そんなピーターを見て、ジェームズは苦笑を浮かべた。

 

「全く・・・ワームテールももう少し大きい動物になればよかったのに。よし、最後は僕たちだな。行くぞ、シュリル(・・・・)。」

 

「もちろんだ、プロングズ。」

 

その会話を最後に、ジェームズは美しい牡鹿に変身した。と、同時にセブルスも毛並みのフサフサしたキツネに変身する。

少し赤味がかかった金色の体躯が、しなやかに部屋に滑り込む。

 

狼人間、改めリーマスは友人の訪れに嬉しそうに遠吠えをした。

 

今夜も『叫びの屋敷』では騒がしい夜が始まる。

 

セブルスは、前足を器用に使って入ってきたドアを閉めた。

 

ここから先は誰も窺い見ることの出来ない、『悪戯仕掛け人』達だけの時間だった。

 




UA1万超え・・・だと・・・!?
あまりの驚きにお茶を吹きそうになりました。
これも皆様の応援のおかげです。ありがとうございます。

プリンス家のジジババはオリジナルです。

shrill(シュリル)は英語で「甲高い」という意味です。キツネがケンケンと甲高い声で鳴くことからとりました。


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進路

プリンス家の長男として迎えられたセブルスであったが、学校では今まで通りセブルス・スネイプという名前で過ごしていた。

ホグワーツの在学期間が残り少なかったので、わざわざ苗字を変更して紛らわしい思いをしたくなかったからだ。

 

セブルス達ももう7年生。

N.E.W.T(通称・イモリ)と呼ばれる試験も終わり、いよいよ卒業が近付いている。

 

セブルスは全ての試験に合格し、中でも魔法薬ではO(大いによろしい、優)を取れたたため、これにはエルヴィスもダリアも大喜びであった。

エルヴィスは自身と同様に魔法薬の研究の道にセブルスを進ませようとしたが、世間の現状はそんな呑気なものでもない。

世間は今この瞬間にも一刻また一刻と、闇の勢力に呑まれつつあるのだ。

 

 

大イカがゆらりと泳いでいる湖畔の木の下。

今日も今日とて、ここが5人のお気に入りの場所だった。

もっとも、最近ジェームズがリリーにプロポーズしてからは必然的に4人でいることが多くなったが。

ちなみにジェームズとリリーの結婚式は、ホグワーツを卒業してすぐ行われる予定だった。

 

「そういえば、フィルチに取られた『忍びの地図』どうするんだ? 暇だし、取り返しに行くか?」

 

シリウスが欠伸を噛み殺しながら、事も無げに言う。

ジェームズはそうだなぁと同調しかけたが、途中で気が変わったのか首を横に振った。

 

「いや、このままにしておこう。 どうせ卒業したら使わないし。 いつか僕らみたいな誰かがフィルチの引き出しから盗むだろうさ」

 

「それは面白いねぇ。 果たして僕らを超える悪戯仕掛人は現れるのか」

 

リーマスが愉快そうに笑う。

監督生のバッジを光らせている彼であるが、品行方正には程遠い。

 

「僕とリリーの子どもが見つけてくれたら最高なんだけどなぁ」

 

ジェームズが芝居がかった仕草で、誇らしげに言った。

 

「おまえ・・・まさかもうリリーのお腹には・・・」

 

「んなわけあるか!」

 

ジェームズがシリウスの肩を全力で小突いた。

シリウスは大袈裟に痛がりながらも、ケラケラと笑う。

 

 

毎日のように死喰い人の暗躍が報じられているものの、ホグワーツはこれ以上なく平和だった。

ひとえにそれもダンブルドアの存在のおかげだろう。

 

 

「・・・ねぇ。 みんなは卒業したらどうするの?」

 

不意に、ピーターが口を開いた。

その瞳はどこか不安げに揺れている。

 

色々な生徒が居た。

卒業を待たずに学校を辞めていく者。国外に家族と逃亡する者。闇の勢力と戦う決意をする者。そして、死喰い人に下る者。

 

最早、魔法界の社会システムは上手く機能していない。

そのせいか、セブルス達を含めた同年代の生徒たちも、いまいち就職というものにピンと来ていなかった。

 

ピーターの言葉に、それまで和気藹々としていた他の4人も思わず口を噤んだ。

 

暫くは、誰も何も言えなかった。

僅かに張り詰めたような沈黙。

 

しかし、意外なことに最初に口火を切ったのはリーマスだった。

 

 

「私は、不死鳥の騎士団に入るよ」

 

 

その口調は彼らしく穏やかであるが、決意の篭った言葉だった。

そして、驚く4人に向かって照れ臭そうに笑う。

 

「私が君たちに出会えたのも・・・ここにこうして居られるのも、ダンブルドア校長のおかげだからね。 少しでも恩返しがしたいんだ」

 

「・・・おまえらしいな」

 

セブルスは思わず呟いた。

 

リーマスは温厚な性格であるが、意外と頑固だ。そして、人狼であるという負の面を持っているせいか、自分に手を差し伸べてくれた者に対して義理堅い。

 

 

「俺も、入るぜ」

 

 

シリウスが湖を見つめながら、ぶっきらぼうに言った。

彼はもう既にブラック家を家出し、一人暮らしをしている。闇の魔術に傾倒する弟とは対照的に、死喰い人になる気などこれっぽっちもなかった。

 

 

「もちろん、僕とリリーも入るよ。 ・・・あぁ、あとこれはリリーから聞いた話だけど、レイチェルも不死鳥の騎士団に入るらしい」

 

 

ジェームズは、セブルスに向かって意味ありげに言った。

セブルスは一向に取り合わずに、フンッと鼻を鳴らした。が、内心は穏やかではなかった。

フォウリー家は純血だ。それも聖28一族の一員なのだ。その一人娘であるレイチェルが、堂々と闇の勢力に抗ったなら・・・。

 

 

「・・・シュリルはどうするの?」

 

 

リーマスが控えめに聞いた。

セブルスが、難しい立場に立たされてることを案じているのだろう。

 

自分は、祖父母から愛されている。それは疑う余地もない。

しかし、2人ともセブルスの所属するグリフィンドールのことを悪く言ったことは一度もないが、考え方や主義はコテコテのスリザリンなのである。

そんな自分が、大手を振るって反ヴォルデモート組織に入ることは躊躇われた。

 

 

「・・・実は、死喰い人からこちらの勢力につくようオファーが来ている」

 

 

「なんだって!?」

 

セブルスの衝撃の告白に、4人の声が揃う。

 

 

「おい!もちろん断るんだろうな!?」

 

 

「うるさい。パッドフッド」

 

 

般若のような形相のシリウスを、セブルスは面倒くさそうに制した。

 

無論、セブルスは死喰い人になる気などさらさらない。

 

「私の祖父エルヴィス・プリンスとアブラクサス・マルフォイは学生時代からの親友でな。 プリンス家にその気がないなら、何とか上手く口利きをしてくれるらしい。 祖父としてはどちらに付くつもりもなく、中立の立場で居たいらしいからな」

 

 

--『スリザリンではもしかして、君はまことの友を得る』。

スリザリンは一番結束の高い寮だ。一度心を許した者や身内を守るためには、それこそ手段を選ばない。

 

そもそもエルヴィスは権力というものにあまり興味はない。

マグルは下等だと考えている純血主義だが、それを排除しようとまでは思っていなかった。

そして、エルヴィスは筋金入りの学者肌であった。自分がしたい研究だけ出来れば、世の中のことなんてどうでもいいのである。

 

「アブラクサス・マルフォイ?あぁ・・・何年か前に卒業したルシウス・マルフォイの父親か」

 

「いけ好かねぇ奴だよな。シュリル、信用しない方がいいぞ」

 

ジェームズとシリウスが口々にそう言った。

セブルスの影響でいくらか態度が軟化したものの、最早この2人のスリザリン嫌いにも慣れたものだった。

もっとも、実際に死喰い人の殆どはスリザリン出身だったのだから仕方ないとも言えるが。

 

「・・・まあ、何にせよプリンス家は研究に没頭するという名目で中立を保つことになった。 ちなみに、お互い次期当主ということでルシウスとも昨日会って話をつけてきた」

 

マルフォイ家の子息をファーストネームで呼んだことに、他の4人はぎょっとした。が、セブルスは構うことなく言葉を続ける。

 

「向こうにとっても、悪い話じゃないんだ。 私は堂々と闇の勢力に入ることを逃れられる。 そして、無事にダンブルドアが例のあの人を打ち負かしたら、マルフォイ家は脅されていただけで紛れもなく(・・・・・)無実だとプリンス家が証言をしてやる。 まさに、win-winだろ?」

 

そう。プリンス家を庇うことはマルフォイ家にとって何もメリットがないようで、決してそんなことはない。彼らにとって自陣が敗北した際の保険となるわけだ。

セブルスのこの提案を、マルフォイ家はすんなり受け入れた。

ルシウス・マルフォイは、グリフィンドール出身であり混血のセブルスを見下してはいたが、頭の切れる者だということは認めていた。

 

「全く・・・君が何故スリザリン生じゃないのか不思議に思うことがあるよ」

 

リーマスはさすがと言わんばかりに、ヒュウと口笛を吹いた。

 

「というわけで、表には出れないが私も騎士団には所属する。裏方でもやれることは多いだろうからな」

 

こいつには敵わないなと皆が舌を巻いてる中、セブルスは言いたいことを話し終えると、涼しい顔で本を取り出し読み始める。

 

「なんだよ。じゃあ、卒業しても俺ら一緒なのか」

 

シリウスが拍子抜けしたように言う。

 

「え・・・? 僕はまだ何にも・・・。」

 

「正気か? ワームテール。 まさか逃げるんじゃないだろうな? シュリルなんて、こんな危険な思いしてまで騎士団に入るんだぜ」

 

戸惑っているピーターに、シリウスが眉を吊り上げた。

 

「パッドフッドの言う通りだ。 当然、君も騎士団に入るだろう?」

 

ジェームズにもそう言われ、ピーターはとうとう首を縦に振った。

だが、その瞳は変わらず暗かった。

 

--後に、セブルスは思う。

もし、この時少しでもピーターを気遣っていたら、全く違う未来が待っていたのではないかと。

 

 

「ん、しまった。 この本、返却期限今日だな。」

 

セブルスは本を整理しながら、呟いた。

 

「それなら早く返しに行った方がいいんじゃない? 1日でも遅れたら、マダム・ピンスに呪われるよ」

 

「そうだな。 ムーニーも来るか?」

 

「・・・今日はパスかな。この気候じゃ本を読んでても眠くなりそうだ」

 

リーマスは欠伸を噛み殺しながら言った。

穏やかな日差しが照りつける今日、確かに読書日和というよりは昼寝日和だ。

しかし、本の虫であるセブルスには気候など関係ないらしい。

 

セブルスは4人と別れて、図書館へ向かった。

卒業までに、図書館であと何冊の本が読めるだろう。

そんなことを考えながら、図書館に入ると本を返却した。そして、新しい本を物色する。

プリンス家に住むようになったおかげで、読みたい本はエルヴィスがふくろう便で送ってくれる。しかし、それでもやはりホグワーツの図書館の方が蔵書は膨大だった。

 

魔法薬に関連した本棚の角を曲がると、見知った顔が現れてセブルスの胸は高鳴った。

 

そこには、レイチェルが窓際の小ぶりな本棚に堂々と足を組んで腰掛けていた。

時折、短く揺れる金髪を耳にかけながら本のページを捲っている。

少し奥に行けば、机と椅子が並ぶスペースがあるというのに、たったそれだけの距離を我慢出来なかったのだろう。

マダム・ピンスが発見したら怒るであろう行儀の悪さに、セブルスは思わず苦笑した。

 

 

「・・・ん? なぁに、セブルスったら。あたしのこと覗き見?」

 

 

漸く気付いたレイチェルは、どこか気怠げな表情で本から顔を上げた。

 

「戯れ言を。おまえのあまりの行儀の悪さに呆れていただけだ」

 

素っ気なく返すと、レイチェルは恥じ入る素振りさえ見せずに、本を閉じて横に置いた。

『闇の魔術とその防ぎ方』という題名の本だ。

自分と同様彼女も、卒業を前に貪欲に知識を欲しているのだろう。

 

「本ばかり読んだって、こればっかりは実戦あるのみだよね」

 

ぽつりと放たれたその一言が、何だか妙に悲しくて虚しかった。

戦争が身近にあることの恐怖。

もし、例のあの人が居なかったら自分たちは・・・。

そこまで考えて、セブルスは頭を振った。

考えても仕方のないことだ。

 

「リリーはどこに行ったんだ? 一緒じゃなかったのか?」

 

やんわりとセブルスは話を変えた。

レイチェルもセブルスのそんな気遣いにすぐ気付き、いつも通りの様子に戻る。

 

「あれ、途中で会わなかった? さっきまで一緒だったけど、愛しのジェームズを探しに行ったよ」

 

どうやら、リリーとはちょうど入れ違ったらしい。

ホグワーツは広い。その分、廊下も1つではないので入れ違ってしまったとしても不思議ではない。

 

「あの2人もとうとう結婚かぁ」

 

しみじみとレイチェルは言う。

ずっと見守ってきた親友の幸せが、純粋に嬉しいのだろう。

 

「早急すぎるとは思うが・・・このご時世だ。 想いを寄せている人と一刻も早く式を挙げたいと思うのは、当然のことかもしれないな」

 

騎士団に入ったら、いつ死ぬとも限らない。

その覚悟の上で、自分たちは騎士団に入る。

だが、それでもやはり人が人を愛する気持ちは抑えられるものではないのだ。

 

 

「・・・それで、あたしの王子様(プリンス)はいつプロポーズしてくれるわけ?」

 

 

レイチェルが悪戯っぽく微笑んだ。

図書館の陽だまりの中、彼女はこの上なく美しく見えた。

 

セブルスは全てを忘れた。

探していた本のことも、学校の外のことも、難しい立場にある祖父母と自分のことさえも。

 

今この瞬間だけは全てを忘れ、セブルスの意識は彼女1人へと向けられていた。

 

 

「望むなら、今すぐにでも」

 

 

そしてセブルスは、寮の名に恥じぬ騎士のようにその場に跪いた。

 

 





一人称が何人か「僕」→「私」に変化してます。これは大人になったからです。
ちなみに私は、セブの「我輩」という訳が好きではないのでこれから「私」で統一すると思います。

ダレン・○ャンのク○プスリーの「我輩」は、何故かあまり違和感なかったけど。


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束の間の平穏

ホグズミード村、ホッグスヘッド。

 

埃っぽく薄暗い店内で、セブルスはバーテンに一番高いワインを頼んだ。

 

成人した時に祖父からもらった腕時計を確認すると、約束の10分前。

 

セブルスの予想通り、約束の時間ぴったりに彼は着いた。

長い金髪を背中に流し、侮蔑的な瞳で店内を見回す。そして、セブルスを見つけると黙ったまま隣りに座った。

 

 

「呼び出してすまなかったな。」

 

 

セブルスの言葉に、ルシウス・マルフォイは素っ気なく頷く。

 

「・・・用件は?」

 

こんな汚らしい場所一秒でも居たくないとばかりに、ルシウスは言った。

そんなルシウスにセブルスは苦笑して、ワインが入ったグラスを傾けた。

 

「これでもこの店で一番いいワインを頼んだんだ。 貴方の口に合うかはわからないが」

 

ルシウスはほんの申し訳程度に口をつけた。

が、すぐに顔を顰めてグラスを置く。

 

「・・・首席卒業であったらしいな。一応、祝いの言葉くらいは言ってやろう」

 

「あぁ。 それで実は来週、結婚式を挙げるんだ。 私たちだけでなく友人夫妻との合同結婚式なんだが、参加してもらえるだろうか?」

 

「来週は全て予定が入ってる。 気持ちは嬉しいが、遠慮させていただこう」

 

ルシウスは考える素振りも見せず、にべもなく断った。

無論、断られるのはセブルスの想定内である。建前として誘っただけであり、グリフィンドールが多数を占める結婚式にルシウスが来るわけがない。

 

「そうか、残念だ」

 

「相手はフォウリー家の一人娘だろう? プリンス家も勿論だが、フォウリー家とも長い付き合いだ。 手紙くらいは送らせてもらおう。」

 

レイチェルはグリフィンドールであったが、彼女の父親はレイブンクロー、そして母親はスリザリンである。

マルフォイ家ともそれなりに付き合いはあるらしい。

 

「・・・それで? まさか、貴様の結婚式の誘いのために、私をここに呼び出したわけではあるまい?」

 

セブルスは軽く頷いて、赤ワインを口に含む。

1口で飲むのをやめたルシウスと違い、セブルスは美味いと感じた。

 

 

「ダンブルドアが明後日に動く」

 

 

これ以上なく簡潔に放たれた一言に、ルシウスの指がピクリと動く。

 

「・・・ほぅ?」

 

「直々にダンブルドアに捕らえられたら、いくら私でも貴方を庇えない。・・・注意することだな」

 

「・・・肝に銘じておこう。しかし、ダンブルドアが前線に出るとは、随分追い込まれているようだな」

 

ルシウスは、愉快そうに口角を吊り上げた。

だから闇の陣営に入っておけばよかったのに、とでも言いたげな表情である。

 

「ダンブルドアが追い込まれようと、私の知ったことではありませんな。あくまでプリンス家は中立(・・)という立場なので」

 

すっとぼけるセブルスに、ルシウスはとうとう声を出して笑った。

 

「くくっ・・・。っふははは・・・! 全く、何故君がスリザリンではなかったのか理解に苦しむな。 そうであったら私も後輩として可愛がっただろうに。組み分け帽子も耄碌したか」

 

--セブルスとレイチェルはプリンス家の考えに則って中立の立場を貫き、騎士団には関わっていない。

それは建前であり本当は極秘に騎士団に関わっているのであろうということは、死喰い人を含め、セブルスと学年が近かった者は皆想像がついていた。

 

良くも悪くも、悪戯仕掛け人は有名である。

その中で皆が騎士団に所属しているのに、セブルスだけ所属していないなど、あるわけがない。

そして、そんな状態でもプリンス家が目をつけられていないのは、ひとえにルシウスのおかげだった。

 

「それで?何が望みだ、セブルス。無償で私に情報を持ってきたわけではないだろう?」

 

「・・・話が早くて助かる。ポッター家が狙われそうになったらすぐ教えてくれ。あそこの両親は高齢だからな。騎士団が保護する必要がある」

 

「ほう?随分と友達思いじゃないか。」

 

ルシウスの皮肉にも、セブルスは顔色一つ変えないでグラスを傾けた。

 

ルシウスは時が経つにつれ、このプリンス家の長男を気に入り始めていた。

最初はグリフィンドール出身の穢らわしい混血だと思っていた。

だが、今となっては死喰い人である自分を前にしてのこの度胸、頭の回転の速さ。どうしてスリザリンに入ってくれなかったのかが悔やまれた。

 

「・・・いいだろう。また何か困ったことがあれば私を頼るといい」

 

ルシウスは機嫌良くそう言うと、グラスに残っていたワインを飲み干した。

そして、席を立つと、ふと思い出したように告げた。

 

「そうそう。これは忠告だがな、セブルス。親友の両親を心配するのは勝手だが、もっと他の友人も気にかけた方がいいと思うぞ」

 

それだけ言うと、ルシウスはマントを翻して姿くらましをした。

 

後に残されたセブルスは、ルシウスに言われた言葉を頭の中で反芻した。が、何のことをルシウスが言ったのか分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小気味よく晴れ上がった、とある秋の日。

 

プリンス家の所有する別邸で、2組の夫婦の結婚式が挙げられた。

レンガで出来た西洋風のその別邸は、先代のプリンス家当主が酔狂で建てたものであり、小さいながらも小洒落ていた。

レイチェルとリリーら女性陣が率先して準備したため、至る所に花が咲き乱れ、柔らかなランプがキラキラと灯っていて何とも美しい。

 

 

セブルスが聖28一族であるフォウリー家の一人娘と結婚するせいか、エルヴィスとダリアの2人は大喜びだった。

また、マグル生まれであるリリーを敷地に入れることに最初は難色を示していた2人であったが、セブルスとレイチェルの説得により何とか折れてくれた。

 

それは厳かな結婚式というよりはむしろ、仲のいい友人を集めた温かなホームパーティのようだった。

 

プリンス家として壮大な結婚式を挙げたがっていたエルヴィスとダリアは少し不満げであった。が、最終的にはこれはこれで悪くないと思ってくれたようで、時折リリーにさえ笑顔を見せていた。

 

 

「馬子にも衣装とはよく言ったものだな」

 

セブルスが素直じゃない言葉を吐き出す。

レイチェルのいつも無造作な短い金髪はダリアによって細かく編み込まれ、彼女らしい丈の短いウェディングドレスを着ていた。

 

「セブにしては最上級の褒め言葉ね」

 

レイチェルは上機嫌でそう返す。最早、気難しいセブルスの扱いにも慣れたものだった。

 

「全く、シュリルに結婚を先越されるとは思わなかったな」

 

スーツに身を包んだシリウスはいつも以上にハンサムだった。もう既に随分酒を飲んだらしく、頬に赤味が指している。

 

「そろそろおまえも落ち着くことだな、パッドフッド。毎晩違う女をとっかえひっかえするのをやめたらどうだ?」

 

「おまえ・・・! 何でそれを!」

 

底意地悪げに笑うセブルスに、シリウスは赤い顔をさらに赤くして喰ってかかった。

レイチェルとリリーがまるで汚いものを見るかのように、シリウスに目を向けた。

 

「てめえ! それを見て見ぬふりをするのが男の友情ってもんだろうが!」

 

「そんな汚らしいものが友情なら私はいらん!」

 

良く言えば、プレイボーイ。悪く言えば、女ったらし。

自身のプライバシーを暴露され、言い合いになる2人を眺めてリーマスは愉快そうに笑い声を上げた。

 

「こんなめでたい席で喧嘩するの君たちくらいだよ。変わらないねぇ」

 

「当たり前だ。僕たちは今までも、これからも、何一つ変わらない。そうだろう、ワームテール?」

 

どれだけの時間を掛けたのか、くしゃくしゃした髪を珍しくきちっとセットしたジェームズが、ぼんやりと手に取ったグラスを眺めるピーターの肩に手をぽんっと置いた。

 

「ひっ・・・!?」

 

尋常でない悲鳴を上げたピーターに、周りの皆は面食らった。気まずい沈黙が訪れる。

 

「ねぇ、どうかしたの? ワーミー、最近何か変よ?」

 

美しい赤毛をシニョンにしたリリーがそっとピーターに訊いた。レイチェルとは対照的に、裾の長いウェディングドレスを着ている。

 

「な、なんでもないよ」

 

「本当に? なんか困ってることがあるなら私に--」

 

「ごめん、僕体調悪いみたいだ。先に帰るね」

 

リリーの言葉を遮りそれだけ言うと、ピーターは皆と目を合わせないようにあたふたと屋敷を出た。

心配したリリーはすぐ後を追いかけたが、既に彼は姿くらましをした後だった。

 

「一体なんだよ、あいつ。こんな祝いの場でさ」

 

シリウスが不満げに言う。

空気を取り繕うように、リーマスはパンパンッと手を叩いた。

 

「帰ってしまったのなら、仕方ない。私たちだけでパーティを楽しもう」

 

リーマスのその声をきっかけに、軽やかな曲調のワルツが流れる。

 

リリーとジェームズが手を取り合って踊り始めた。

初々しい新郎新婦に周りは目を細め、思い思いペアとステップを踏む。

リリーがくるりと回る度に、ウェディングドレスの裾が翻る。

 

 

「セブ、あたしたちも!」

 

 

レイチェルが華奢な手をセブルスへ伸ばす。

 

「お、おい。待て。 私はダンスなど踊れないぞ」

 

「大丈夫! あたしがリードしてあげる!」

 

戸惑ったような顔のセブルスの腕を、やや強引にレイチェルが引っ張った。

 

さすが名家の娘だけあって、レイチェルはダンスが上手だった。

見様見真似でステップを踏むうちに、セブルスの口角もだんだん上がってくる。

そんなセブルスを見て、レイチェルは満足そうに軽快な笑い声を上げた。

 

相変わらず、戦いは熾烈を極めている。

膨大な数の闇の勢力を前に、騎士団の抵抗は微々たるものだ。

 

それでも、今ここに幸せはある。

 

集まった人々は、その思いを噛み締めながら夜が更けるまで踊り続けた。

 

リリーとレイチェル、両者の女性の妊娠が分かったのは、それからすぐのことだった。

 




ハリーとセブレイの子どもが同学年になることが決定しましたとさ。

ルシウスは自分の得のため、セブルスと交換条件でやり取りをしているだけで、ヴォルに逆らうつもりは微塵もありません。
ただ、セブルスのことが気に入り始めています。


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兄弟、来訪

 

また凍てついた冬が近付いてきた。

 

風の感触が厳しくなり、陽射しはどこか物足りない。

しかし、そんな季節でもプリンス家の屋敷は、レイチェルによって手が加えられ色とりどりの花が庭を埋めつくしていた。最近では、ダリアもレイチェルと花壇を触るのを楽しみにしているらしい。

 

屋敷内は蛇のモチーフや銀と緑を使ったスリザリンの装飾が目立つが、何処か控えめで嫌な印象はない。

 

ブラック家に比べたら何百倍も上品、とはシリウス・ブラックの言葉である。

 

シリウスやリーマス、それに幼いハリーを連れたポッター夫妻は、騎士団での活動に隙間が出来るとちょくちょくプリンス家に訪れた。

ピーターとは結婚式以来、あまり話をしていない。騎士団で見かけて話しかけようとしても、セブルスたちのことを避けていた。

 

最初は気にしていた。しかし、いくら裏方とはいえ騎士団の仕事は忙しく、いつのまにかピーターのことは頭の片隅に追いやっていた。

もちろん忙しかったのは、騎士団の仕事だけではない。

 

初めての子育てに、セブルスとレイチェルは幸せながらも四苦八苦だった。

 

その日も、漸く赤ん坊が寝息をたてた頃、無遠慮に扉が音を立てて開かれた。

赤ん坊が、再び火がついたように泣き始める。

 

「よぉ、シャル。 今日もよく泣いてるな」

 

「…おまえが泣かせたんだ。 馬鹿者」

 

軽口を叩いたシリウスに、げっそりとした顔でセブルスは赤ん坊を抱く。なかなか慣れた手つきだった。

父親の手に抱かれ、シャルロット・プリンスは一瞬だけきょとんとした顔をした・・・が、また泣き始めた。

 

「何の騒ぎよ、もう」

 

隣りの部屋で作業をしていたレイチェルも、顔を出す。そして、シリウスの姿を見ると全てを悟ったようにため息をついた。

学生時代は短かった金髪が少し伸び、出産を経て丸みを帯びた体は健康的だ。今や、すっかり母の顔をしている。

 

「メアリー、いるか? 出来るだけ一番安い紅茶をこいつにくれてやれ」

 

セブルスが言うと、バチンと音を立ててプリンス家の屋敷しもべ妖精メアリーが現れて頷いた。

 

「親友が訪ねてきたっていうのに、随分な扱いじゃねぇか」

 

「…ほぼ毎日来てるだろうが、おまえは。 騎士団だって、人員が少ないんだ。 表立って戦いに出れない私が言えることではないが、遊び歩いてるような立場なのか。 大体だな、パッドフッド…」

 

「あー、もう! 頼むから止めてくれ! あいにく今日は遊びに来たわけじゃねぇんだよ! 真面目な話なんだ!」

 

シリウスはセブルスの言葉を掻き消すように、目の前で手を振った。

イラついて何処か焦ったような顔のシリウスに、セブルスは少し違和感をおぼえる。

 

「何かあったのか」

 

セブルスの問いに、シリウスは神妙に頷いた。

無性に嫌な予感がした。

 

「あたし、シャルとダリアお祖母様の部屋に行ってようか?」

 

レイチェルが気を利かせてそう言ったが、シリウスは首を振った。

 

「いや、レイチェルも一緒に聞いてくれ。 大切な話なんだ。 まあ、あと俺の個人的な相談なわけだが。」

 

「わかった。レイ、隣りに座れ。…メアリー。済まないが、紅茶をあと2つ追加で頼む。」

 

「はい、ご主人様」

 

メアリーは嗄れた声でそう言い、恭しく一礼をすると再び厨房に姿くらましをした。そして、すぐ紅茶のカップを2つ抱えて現れる。

セブルスはカップに口をつけた。味が薄い。自分も飲むのなら美味しい紅茶を入れさせればよかったな、と親友を目の前に失礼なことを考えた。

 

「それで? 話してみろ、パッドフッド」

 

セブルスに促され、漸くシリウスは口を開いた。

 

「あぁ。 プロングズとリリーの『秘密の守り人』のことなんだが…」

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ、話はわかった。 しかし、ワームテールを『秘密の守り人』にするのは・・・」

 

既に、カップの中身は空になった。

 

「シュリルは反対か?」

 

「反対とまでは言わん。 確かに、おまえが『秘密の守り人』というのは分かりやすすぎるからな。 …何なら、私が引き受けるが?」

 

セブルスの申し出に、シリウスは首を振った。

 

「いや。何かあった時、おまえだと立場がやばいだろ。 それにもうおまえはプリンス家の『秘密の守り人』だ。 ・・・赤ん坊もいるしな。これ以上任せられねえよ」

 

「それなら、ムーニーは?」

 

「もちろん、それも考えた。 だけど、あいつはシャルの後見人で、俺はハリーの後見人だろ? 消去法で行くと、ワームテールが適任だと思うんだ」

 

シリウスの言葉に、セブルスは唸った。

確かにシリウスの言う事も、もっともである。

 

ただ、最近のピーターの様子が気になった。このご時世だ。彼は、何か思いつめてるのかもしれない。そんな彼に、更なる責任を押し付けていいのだろうか。

 

「レイ、おまえはどう思う?」

 

セブルスは、隣りに座る妻に意見を求めた。

レイチェルは少し考え込んでいた。が、やがて言葉を選ぶように慎重に口を開いた。

 

「あたしはピーターに頼んでいいと思う。 確かに最近様子がおかしいけど・・・逆に『秘密の守り人』に頼んだら、迷いとか吹っ切れるんじゃないかな? 少し荒療治かもしれないけど」

 

レイチェルの言葉に背中を押されたのか、シリウスは決心したように強く頷いた。

 

「よしっ!じゃあ、ワームテールに頼むことにしよう。 善は急げ、だな。 今すぐ話をつけてくる」

 

シリウスはシャルロットをあやすと立ち上がった。そして、付け足すように言葉を続けた。

 

「あぁ、そうそう。 この話は俺たちだけに留めてくれ。 騎士団のメンバーは信頼してるけど・・・一応な」

 

「無論だ。広まってしまったら、何の意味もないからな。・・・外まで送ろう」

 

セブルスは頷くと、シリウスと共に部屋を出た。

プリンス家はセブルスが『秘密の守り人』になることによって守られているため、姿くらましが出来ない。よって、シリウスが姿くらましをするためには屋敷から出る必要があった。

 

「いやー、しかしシュリルに相談できて良かった。 おまえが居なかったら多分ひとりで決めて実行してたかもしれねえよ」

 

「せっかちな奴だな、おまえも。しかし、ムーニーも当の本人のポッター夫妻も確かに忙しそうだからな」

 

外に出ると、風が肌寒かった。

そういえば、もうすぐハロウィンだなとセブルスは思った。

 

「プロングズの両親が亡くなったのは知ってるか」

 

庭の石畳を歩いてると、その冷たさに呼応されたのかシリウスが硬い声色で言った。

 

「・・・あぁ。辛いものだな。 友人の両親の葬式にも行けないとは」

 

「おまえの立場を考えたら、仕方のないことだ。 むしろ、おまえがプロングズの両親を騎士団に保護させたおかげで殺されずに済んだ。 病気で死んだのは気の毒だったけどな」

 

『例のあの人』に関する予言のせいで、もうジェームズとリリーにも暫く会っていない。

元気にしているか、心配だった。

 

「ここらへんで姿くらましするよ。 じゃあな!」

 

敷地内を出ると、すぐにシリウスはバチンと音を立てて、姿くらましをした。

あんなに厄介者扱いしたというのに、いざ友人が帰ってしまうと寂しかった。

 

セブルスは暫くぼんやりと物思いに耽っていた。

風の冷たさに思わず、身震いする。

自分らしくない、とセブルスは頭を振って屋敷に戻ろうとした。

 

その時だった。

突如、バチンと音がした。

その音ですぐに姿くらましだと分かったが、セブルスは咄嗟に杖を構える。

しかし、それが先程まで会っていた見慣れた親友だと分かると力を抜いた。

 

「どうした、忘れ物でもしたのか…」

 

セブルスの言葉は、最後まで続かなかった。

違う、目の前の男はシリウスではない。

男が、ゆらりと顔を上げた。さらりとした黒髪、灰色の瞳。

その風貌はシリウス・ブラックにそっくりだが、彼ほどハンサムではなく、背も少し低い。

その隣りには、ボロボロの布きれを纏った屋敷しもべ妖精がいた。

どうやら、屋敷しもべ妖精がこの男に連れ添って姿くらましをしたらしい。

 

 

「貴様は…もしやレギュラス・ブラックか!?」

 

 

セブルスの驚愕の言葉と同時に、レギュラスの体はぐらりと傾き、そして倒れた。

苦しそうに口から息が漏れ出る。

 

かちゃり、と音がして彼の手から、大きくSと刻まれたロケットが落ちた。

 

 

 

 

 

「ねぇ! セブ、あなた自分のやっていることを理解しているの?」

 

ぐったりとした男を抱えて廊下を歩き進むセブルスを、レイチェルは慌てて追いかけた。

セブルスの歩幅は大きく、レイチェルは小走りで着いていく。

シャルロットは、リビングでメアリーに面倒を見させていた。

 

「あなただって知っているはずよ! こいつは、シリウスの弟は・・・死喰い人だわ! セブ、あなたはプリンス家の『秘密の守り人』なのよ! そのあなたが、プリンス家の敷地に入れてしまったら・・・」

 

「分かっている! そうは言っても、目の前で倒れた人間を放置するわけにはいかんだろう!」

 

後ろから、レギュラスを連れてきた屋敷しもべ妖精がおどおどと着いてくる。

 

客間のベッドにレギュラスを寝かせると、セブルスはすぐ毒の症状を調べた。

 

「レイ、今からメモする薬を持ってきてくれ。 くれぐれもお祖母様とお祖父様に見つかるな」

 

「・・・わかったわ」

 

レイチェルは一瞬だけ躊躇う素振りを見せたが、すぐに指示に従って部屋を出た。

 

レギュラスは真っ白な顔で、浅い呼吸を繰り返している。

相当、毒を飲んだらしい。

だが、共にいた屋敷しもべ妖精がすぐに連れてきてくれたおかげで、毒はまだ全身に回っていなかった。

 

やがてセブルスの適切な処置のおかげで、レギュラスの容態は落ち着き、呼吸も穏やかなものとなった。

 

「・・・さて、貴様の主人の命を救ってやったんだ。 無論、話を聞かせてくれるな?」

 

セブルスは年老いた屋敷しもべ妖精に向き直る。彼は、一瞬肩をびくりと引くつかせたが口を開いた。

 

「・・・はい。 私めはクリーチャーと申します。 偉大なるブラック家の屋敷しもべ妖精にございます」

 

それから、クリーチャーは、闇の帝王たってのご指名で自身が献上されたこと。しかし、何やら毒の入った水を飲まされて、その扱いがあまりにも酷くレギュラスが闇の帝王に失望したこと。そして、彼が闇の帝王に一矢報いようとこのロケットを、偽物と入れ替えようとしたことを説明した。

 

「レギュラス坊ちゃんはこのことを家族の誰にも言わないようにと仰せになられました。 坊ちゃんは家族を守るために誰にも言わず、死んでしまおうとなさっていたのです!」

 

クリーチャーはその時のことを思い出したのか、啜り泣くように言った。

 

「しかし、クリーチャーはレギュラス坊ちゃんを死なせたくありませんでした・・・。 だから、毒を飲み終わったレギュラス坊ちゃんを連れてクリーチャーは姿くらましをしました。 クリーチャーはレギュラス様があそこに来たという痕跡を残さないように、ブラック家の偽物のロケットも持ってここに来たのです」

 

クリーチャーは、セブルスに偽物のロケットを渡した。

中にはR.A.Bという署名と共に、例のあの人に宛てた内容であろうメモが入っていた。

 

レギュラスがクリーチャーに与えた命令は、大まかに『ロケットを破壊すること』と『家族にこのことを黙っていること』だ。

つまり、クリーチャーは『レギュラスを助けること』も『家族以外(・・・・)の誰かに助けを求めること』も禁止されていなかったのである。

 

この屋敷しもべ妖精は、命令を上手くすり抜けて主人を助けたということだ。さすがブラック家に長年勤めるだけあって、なかなか賢い。

 

「話は分かった。しかし、何故私の元に来た?」

 

「クリーチャーめは、ブラック家以外の方をあまり存じ上げません。 しかし、ブラック家縁の方を頼っては『家族』に含まれてしまいます。 その時、クリーチャーめはレギュラス坊ちゃんが仰っていた・・・シリウス様のご友人の話を思い出したのです」

 

家系図から消された長男の名前を、クリーチャーは少し口ごもりながら言った。

 

「レギュラス坊ちゃんは、シリウス様のご友人を良く仰っていませんでした。 あの方は、穢れた血が多くいるグリフィンドールに入ったうえに素行の悪い生徒と行動を共にしていると。 しかし、そんなシリウス様のご学友の中でセブルス・スネイプ様という方だけは、成績も首席で本当はスリザリンに入りたがっていたと褒めていたのです」

 

成程とセブルスは頷き、そして苦笑した。

久々に、最初自分がスリザリンに行きたがっていたことを思い出した。

 

「それで、ここに来たわけね。 でも、どうして屋敷の場所がわかったの?」

 

それまで黙っていたレイチェルが、漸く口を開いた。

 

「クリーチャーめは、ブラック家の屋敷しもべ妖精でございます。シリウス様の気配を追いましたら、よくこの付近で姿くらましをしているのが分かったのです。 だから、一か八か姿くらましをしたのでございます。しかし、セブルス様がプリンス家の方だとは存じませんでした」

 

「・・・悪いが、クリーチャー。私がプリンス家の者だというのは、あまり知られていない。出来れば、広めないでくれ」

 

セブルスの言葉に、クリーチャーは不思議そうな顔をしたが従順に頷く。

ブラック家の屋敷しもべ妖精なだけあって、純血思想が強く根付いているらしい。

 

「とにかく、このままレギュラスをここに置いておくわけにはいかないな。 お祖母様とお祖父様にばれたら面倒だ」

 

「それなら、こないだ結婚式をやった別邸はどう? 小さいけど、あそこなら誰も来ないし安全よ」

 

「いい案だな。任せてもいいか、レイ?私はこのロケットを確認したい」

 

セブルスの人使いの荒さにため息をついたレイチェルだったが、ここまで来たら乗りかかった船というやつだ。クリーチャーと共にレギュラスを運び別邸に向かった。

 

セブルスは改めて、レギュラスの持っていたロケットを確認する。

高度な闇の魔術がかけられていることは、明らかだった。

 

ホグワーツに入りたての頃は、闇の魔術に興味があったセブルスだったが、グリフィンドールに入り騒がしい毎日を過ごすうちに、すっかり興味は薄れてしまっていた。

 

つまり、自分にはお手上げだった。

 

仕方ない、とセブルスはため息をつくとダンブルドアに宛てて手紙を書き始めた。

 

 




お気に入り1000件超えていました。
いつも読んでくださってありがとうございます。

作者はハリポタ読了済ですが、手元にありません。これ買わなかったら原作ルート書くのきつくない???


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惨劇のハロウィン

セブルスは、この現状を打破する方法を考えていた。

 

セブルスは賢い。

勉学は勿論のこと、臨機応変に対応できる柔軟さ。ルシウスが、セブルスをスリザリンに獲得できなかったことを悔やんだほどに彼を買っているのは、これが理由だろう。

 

--とは言え、この状態はさすがのセブルスでもお手上げだった。

 

 

「・・・おい。何でこいつがここに居るんだ?」

 

 

普段は感情の起伏が激しいシリウスが、このうえなく落ち着いて冷えきった声を出した。

それはそのまま、この兄弟の深すぎる溝を表しているようでもあった。

 

確かに、迂闊だった。

セブルスも油断していた節はあったのだろう。

レギュラスは基本あの別邸に居るので此方に来ることもなく、クリーチャーが世話をしている。しかし、あの別邸は長期間住むことを前提としていないので、クリーチャーがたまに足りない物をこちらに取りに来るのだ。

そこで、たまたまプリンス邸に来ていたシリウスと鉢合わせするなんて、そんな可能性まで視野に入れていなかった。

 

そこからの展開は早かった。

クリーチャーを問い詰めたシリウスは、別邸に向かうとレギュラスに杖を突きつけた。

セブルスが慌てて向かって間に入っていなければ、すぐにでも決闘が始まっていただろう。

 

「パッドフッド、落ち着け。 杖を下ろせ」

 

シリウスは従わず、むしろ杖を握る手に再度力を込めた。

 

「・・・口を挟まないでくれ。シュリル、これはブラック家の問題だ」

 

「へぇ?ブラック家を出た兄上の口から、そんな言葉が出るとは驚きですね」

 

レギュラスが嘲るような口調で言った。その瞳は憎しみに満ち溢れ、兄と同じ表情をしているが、やはりこの2人は似ていない。

シリウスが目に見えて動揺する。

 

「ダンブルドアを呼べ! こいつは死喰い人だ。 早く捕らえろよ!」

 

シリウスは吐き捨てるように言った。

 

「だから、落ち着いて話を聞け。 もうダンブルドアには話はつけてある」

 

「は!? どういう--」

 

セブルスの言葉に、シリウスの瞳は大きく見開かれた。セブルスはさらに言葉を続ける。

 

「いいか、シリウス。 こやつは闇の勢力から足を洗ったんだ」

 

「馬鹿かよ、てめぇは! 1度死喰い人になった奴が、そう簡単に戻ってこれるわけねぇだろ!」

 

シリウスが荒々しく怒鳴った。

クリーチャーは、そんなシリウスを何処か侮蔑的に眺めている。

 

「だが、レギュラスは『例のあの人』に関わる大切な物をダンブルドアに渡している。 つまり、こいつはダンブルドアにもう認められているんだ」

 

「・・・それが『例のあの人』が仕組んだ罠だという可能性は? おい、セブルス。 おまえはこいつの行動を四六時中、見張っているのか?」

 

「いや、そういうわけでは・・・」

 

「だろ!? それなら、おまえがいない間にこいつは死喰い人の元に行ってんだよ! こいつの腕には『闇の印』があるんだ! それが何よりの証拠だろうが!」

 

シリウスは、長袖で隠されているレギュラスの左腕を指さした。

 

「・・・否定はしませんよ。 この『闇の印』は消すことは出来ませんから」

 

レギュラスは左腕を押さえて、僅かに目を細めた。

 

「シリウス、気持ちは分かる。 おまえに黙ってこんなことをして済まなかった。・・・夕飯を食べながら、落ち着いて話そう。 レイがパンプキンパイを焼いているんだ」

 

宥めるようなセブルスの言葉に、シリウスは憎々しげに口を開いた。

 

「・・・俺はこいつとは絶対に一緒に食事をしない」

 

「こちらからも願い下げですね。 私はこの別邸から動きませんから、ご心配なく」

 

レギュラスも兄に負けじと皮肉を言い放つ。

兄弟の同じ色の瞳が、重なり合う。ピリピリと焼け付くような雰囲気に耐えかねて、セブルスはシリウスを連れてプリンス家本邸へと戻った。

 

今日はハロウィン。プリンス家は、メアリーとレイチェルによってフワフワとしたかぼちゃの香りに包まれていた。

 

シリウスは不貞腐れた顔のまま、椅子にどっかりと座る。

まるで子どものようなその仕草に、レイチェルは呆れたようにため息をついた。

 

大皿に溢れんばかりのパンプキンパイ。冷たいかぼちゃのスープ。かぼちゃのカップケーキ。かぼちゃのグラタン。かぼちゃプリン。…絵に書いたようなかぼちゃ尽くしだ。ここまでやらんでも、とセブルスは思ったがレイチェル曰くホグワーツの再現らしい。成程、可愛らしい悪戯だ。

 

「…チキンはないのか?」

 

「わがままなワンちゃんのために今用意してるわよ」

 

結婚した当初は、レイチェルが料理を手伝う度に物凄い勢いで恐縮していたメアリーだが、今では楽しそうに2人で料理をしている。

 

「あうー!」

 

子ども用の椅子に座ったシャルロットが料理に手を一生懸命伸ばしている。

あまりの微笑ましさに、セブルスの眉間の皺も緩まる。

 

抱えている問題は未だ山積みだ。

しかし、セブルスは今とても幸せだった。

 

 

願わくば、この幸せがずっと--。

 

 

その瞬間だった。

白い何かが、するりと部屋に現れた。

 

不死鳥の守護霊。

この守護霊の使い主は、ダンブルドアだ。

不死鳥はゆらりと羽を翻すと、ダンブルドアの声色で言葉を告げた。

 

 

『ヴォルデモート卿が消滅した。ジェームズとリリーが亡くなった。ハリーは無事。そこから動くでないぞ』

 

痛い程の沈黙が訪れた。

ぽとりとパンプキンパイが落ちたのは、誰の手からだっただろうか。

 

 

 

 

 

 

 

「おい、やめろ!ダンブルドアの言葉を聞いただろうが!」

 

セブルスとレイチェルは、2人がかりで今にも飛び出そうとするシリウスを抑えていた。

あまりの騒々しさに、別の部屋で静かに食事をしていたダリアとエルヴィスもやってきた。ダリアは、泣きじゃくるシャルロットを必死にあやしている。

 

「プロングズが・・・ジェームズが・・・! ジェームズとリリーが死んだんだぞ!!」

 

「いいから落ち着いてよ、シリウス! お願い!」

 

レイチェルが今にも泣きそうに叫んだ。

その時、ふくろうが日刊預言者新聞を咥えて部屋に入ってきた。見出しには、『例のあの人、消滅!』と大きく書かれている。

 

「何故ここで待機する必要がある!『例のあの人』は死んだんだろ!」

 

シリウスはとうとう2人の腕を振り切ると、扉を開けた。が、思わずシリウスの足が止まった。

 

扉の前には、アルバス・ダンブルドアが静かに立っていた。

 

ダンブルドアは、シリウスまでここに居るのが予想外だったのか、僅かに目を見開いた。

が、やがていつものような飄々とした表情に戻る。

 

「・・・こんばんは、セブルスにレイチェル。そして、シリウスも来ておったのじゃな。あがってもよろしいかな?」

 

穏やかに、ダンブルドアは微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

ダンブルドアは、勧められてパンプキンパイを口に運んだ。

 

少し落ち着きを取り戻したレイチェルが、メアリーに命じて紅茶を入れさせた。

 

「校長先生・・・。 一体何があったのですか?」

 

「美味しいパンプキンパイをありがとう、レイチェル。先程、守護霊で伝えた通りじゃ。早くも日刊預言者新聞が号外を出したらしいのぅ。直に世間はお祭り騒ぎになるじゃろう」

 

「ふざけんなよ! 何がめでたいものか!! ジェームズとリリーが死んだんだぞ!」

 

プリンス家に、シリウスの慟哭が響く。やがて、それは啜り泣きのような声に変わった。

 

「俺が・・・俺が・・・『秘密の守り人』を・・・」

 

シリウスはそこまで言うと、はっと顔を上げた。

 

「そうだ・・・。ワームテールは・・・ピーターは!?ピーターは無事なのか!?」

 

シリウスの言葉に、セブルスもハッと息を飲んだ。そして、ポッター夫妻の死に意識が行き過ぎて、同じ友人であるピーターのことに今の今まで気が回らなかったことを恥じた。

 

「何故そこでピーターの名前が出るのじゃ?」

 

ダンブルドアが静かに問う。

 

「校長先生! ピーターが『秘密の守り人』だったんです! 俺がこないだあいつと代わったんだ! このことはセブルスとレイチェルに相談して決めたから、この2人も知ってる!」

 

「何じゃと!?」

 

ダンブルドアは驚き、そしてセブルスとレイチェルを見た。2人は頷いて、肯定を示した。

 

「なるほど。ここにシリウスが居たのはそういうことか。 おかしいと思ったんじゃ。 ・・・すぐに騎士団に連絡を。 ピーターが死喰い人に捕らわれて、拷問を受けた可能性が高い」

 

ダンブルドアはてきぱきと指示を出した。

『例のあの人』の消滅に世間が浮かれる中、残っていた騎士団のメンバーはピーターを捜索した。が、すぐに捜査は打ち切られた。

 

調べているうちに、ピーターは連れ去られたのではなく、自ら姿を消した(・・・・・・・)ということが分かったからだ。

 

これには、セブルスもレイチェルもシリウスもショックを隠せなかった。事実上の親友の裏切りだった。

 

「あたしの・・・せいだ。 あたしがあの時、ピーターを『秘密の守り人』にすることに賛成したから! あたしがリリーとジェームズを殺したんだ!」

 

いつも強気なレイチェルが、子どものように泣きじゃくる。セブルスは宥めるように、レイチェルを抱きしめた。

もともと負けん気の強い彼女が、騎士団で表立って戦えないことを気に病んでいたのは、セブルスも知っていた。それなのに、何気ない自分の意見で、結果的に親友を追い詰めてしまっていたのだ。

 

「提案したのは、俺だ。 レイチェルは悪くない」

 

シリウスが苦しそうに呻いた。が、その言葉がレイチェルに届いているのかどうかは疑問だった。

 

「よいか、決して軽はずみなことをするでないぞ。 特に、シリウス。 君が、ハリーの後見人であることを忘れてはいないな?」

 

ダンブルドアは厳しい声でそう言うと、プリンス邸を立ち去った。

騎士団のリーダーとして、『例のあの人』が消滅してもやることがたくさんあるのだろう。

 

シリウスはそのまま、プリンス邸に泊まった。まさかそこまで浅慮ではないと思っていたが、セブルスは一応シリウスを見張りながら寝た。

 

 

 

次の日の朝、レイチェルの姿がどこにもなかった。

 

セブルスはもちろん、シリウスも騎士団のメンバーも死に物狂いで彼女を探した。

 

夕方、レイチェルは見つかった。

彼女の活躍で、ピーターはアズカバンに送られ『吸魂鬼のキス』を待つ身となった。

 

しかし、その犠牲はあまりにも大きい。

追い詰められたピーターは、苦し紛れに強力な爆発呪文を使った。

不意を突かれたレイチェルは、それに巻き込まれた。そして、関係のない12人のマグルも。

 

到着したセブルスとシリウスが目にしたのは、ズタズタになったマグルの死体と。

 

血塗れで辛うじて浅い呼吸を繰り返す、レイチェルの姿だった。

 




ハリー「僕の出番まだ?」

親世代の話は、次話で終わりです。長いプロローグだったぜ。
ハリポタ全巻購入しました( ´ω` )


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2人の父親

乱れた短い金髪が、扇を描くように地面に広がる。

真っ白な首筋までがべったりと血に汚れていた。

 

セブルスは顔面蒼白のまま、足元もおぼつかない様子でレイチェルの元に倒れるよう座り込んだ。

 

「レイ! しっかりしてくれ、頼む!目を開けろ! …レイチェル!!!」

 

悲痛な声で叫ぶセブルスを、シリウスは引き剥がした。

 

「やめろ、揺らすな! 今すぐ聖マンゴの癒者に連絡する!」

 

ここまで平静を失ったセブルスを初めて見て、思わずシリウスは拳を握りしめた。

 

どうして自分の大切な人は皆死んでいこうとするのか、と。

 

 

 

 

 

 

 

連絡を受けて、聖マンゴ魔法疾患傷害病院にはすぐリーマスも駆けつけた。

しかし、病室にはプリンス一家やフォウリー家の人々が来ていたため、リーマスとシリウスは病室に入ることを遠慮した。

 

リーマスはやつれた顔で、廊下にある硬いベンチのシリウスの隣りに腰を落とす。

 

「・・・容態は?」

 

「一命は取り留めた。 怪我の治療は終わったし、後は目を覚ませば退院できるみたいだぜ」

 

リーマスは深く息を吐き出した。最悪のことも覚悟していたのだろう。その顔には、僅かに安堵が広がった。

 

「ジェームズとリリーに続いて、レイチェルまで居なくなってしまうかと思ったよ。 聖マンゴに連絡したのは、君なんだね。 いざという時に頼りになるな、パッドフッド」

 

「・・・あんなに取り乱したシュリルは初めて見たんだよ。 逆にこっちは冷静になれた」

 

そう言ったものの、シリウスの唇の端は奇妙にまだ震えていた。多くのことが一気に起こりすぎて体がストレスを感じているのだろう。

何かを振り切るよう、シリウスは立ち上がった。

 

「どこに行くんだい?」

 

「帰るんだよ。 レイチェルの容態は落ち着いたらしいし。 これから、ハグリッドがハリーを連れてうちに来るんだ。 魔法省にも行って手続きしなきゃいけない」

 

「・・・そうか。ハリーを引き取ったら、君もいよいよパパか」

 

「まさか結婚するより先に、息子が出来るとは思わなかったよ」

 

漸くシリウスは、小さく笑った。

2人とも、敢えてピーターの話題には触れなかった。

 

「君ひとりでは何かと大変なことも多いだろう。 私も子育てのことは分からないけど、困ったことがあったら言ってくれ。 力になるよ」

 

穏やかなリーマスの言葉に、シリウスの目尻に涙が浮かぶ。彼も参ってるはずなのに、こういう時のリーマスの穏やかな声というのはとても効いた。

シリウスは慌ててガシガシと手の甲で目元を擦る。

 

「ありがとな! まあ、大丈夫だろ。 目が覚めたらレイチェルにも手伝ってもらうさ!」

 

シリウスは努めて明るく言ってみせた。

 

「うん、そうだね。彼女なら、きっと文句言いながら手伝ってくれるよ。」

 

「また連絡するよ。じゃあな、ムーニ・・・・・・」

 

シリウスは途中で口を噤み、寂しそうに笑った。

 

「いや、もう俺たちは…あの頃に戻れないんだよな。 じゃあな、リーマス(・・・・)。」

 

リーマスは一瞬、言葉を失った。

青春時代の宝物のようなそれは、あまりにも眩しかった。狼人間で友情なんて諦めていた彼には特に。家族から愛されず家を飛び出した彼にとっても特に。

 

当然のごとく絶対を信じていた友情は、今や昏い光を纏って自分たちを苛んでいた。

 

「確かに、ジェームズもリリーも死んだし・・・ピーターは捕まったよ」

 

リーマスは意を決したように、ピーターの名前を出すと、言葉を続ける。

 

「でも、僕もセブルスも君の親友だ。 レイチェルだってすぐに目を覚ます。それに、ハリーだってシャルだって生きている。 ねえ、シリウス。少しずつ、前を向こう」

 

自分にも言い聞かせるようなリーマスの言葉に、少しだけシリウスの表情は和らいだ。

2人は、レイチェルが目を覚ましたらホッグス・ヘッドで1杯引っ掛けようと約束して別れた。

 

 

しかし、いくら待てどもレイチェルは目を覚まさなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前の女性の癒者が厳しい顔をしていることから、これからされる話がいい話ではないのはセブルスにも想像がついた。

 

「あの・・・妻の容態は?」

 

空気に耐えきれずセブルスが言葉を切り出すと、癒者はクイッと眼鏡を押し上げた。

 

「…芳しくありません。もう外傷はほぼ治癒していますが、どうやら爆発に巻き込まれた時、頭を強く打ったようですね」

 

癒者はカルテを眺めながら言葉を続ける。

その固く事務的な言葉は、セブルスに届くまで時間がかかった。

 

「呪文で負った傷なら治せますが・・・物理的に負ってしまった障害はどうにも。 正直なところ、彼女が目を覚まさない理由が、私たちにも不明なんです」

 

「つまり、レイは・・・妻はもう助からないと?」

 

「いいえ、目を覚ます可能性はあります。 しかし、それが明日なのか明後日なのか・・・はたまた10年後か、わかりません。 脳に関わる治療は、マグルの方が進んでいます。 マグル界のトップの医者に見せれば、万に一つの可能性はあるかもしれませんが・・・確証はできませんね」

 

セブルスは眩暈がして、思わずこめかみを押さえた。

 

言い換えれば、マグル界の医療のトップに見せても万に一つの可能性しかないなんて・・・そんなの絶望的じゃないか。

 

マグルの言葉で言えば、植物人間のようなものなのだろう。セブルスもマグル育ちなので、知識として何となくは知っていた。

しかし、まさかそれが自分の妻に起こるなんて。

 

「酷なことを言うようですが、希望を持ってください。 ミスター・プリンス、貴方の奥さんは死んでいません。 ある日、突然目が覚める可能性だってあるのです」

 

固い表情を最後まで崩さなかったその癒者は、どこか労しげにそう言った。

セブルスはぼんやりと霞がかかった頭のまま、部屋を出た。すると、そこではダンブルドアが待っていた。

 

「話は聞いたよ、セブルス。 ・・・どうするかね?君が望むなら、彼女をマグルの1番いい病院に入れよう。 無論、金額は全て騎士団が負担する」

 

セブルスは少し迷ったが、力無く首を振った。

 

「マグルの病院に入れるなんて、彼女の両親も私の両親も許さないでしょう。 それに、なかなか会えなくなってしまいます。聖マンゴならいつでも来れますから」

 

「・・・わかった。 君はこれから、どうするつもりかね?」

 

闇の時代が終わり、騎士団は解散となる。ちなみに騎士団の殆どの者は、魔法省の闇祓いに就職していた。

 

「私は・・・魔法薬の研究をしようと思います。 すぐに結果が出るものではありませんが、幸いなことにプリンス家の財産もありますし」

 

「ふむ、それは良い。 君の祖父エルヴィスも喜ぶじゃろう。・・・提案なのじゃがな、ホグワーツで教鞭をとる気はないかね? ホラスが退職してな、魔法薬を教えられる教師を探しているのじゃ」

 

ずっと主席だったセブルスの成績を知るダンブルドアは、期待を込めてセブルスに訊いた。

予想だにしない提案にセブルスは面食らったが、すぐに首を振った。

 

「・・・有難いお話ですが、今は魔法薬の研究に専念したいのです。 それに私は自分が教師に向いているとも思いませんし」

 

ダンブルドアは残念そうな顔を隠さなかった。そして、諦めきれないとばかりに言葉を続けた。

 

「それでもよいのじゃ。 魔法薬の研究を優先にしてよい。 副業として、やってみる気はないかね? 君が研究を優先したい時には代理を立てよう」

 

そこまで食い下がられ、セブルスは逡巡した。

 

「時が来たら君の娘も勿論じゃが、ハリー・ポッターが入学する。わしの本音を言うとな、見守ってくれる教師が欲しいのじゃ」

 

闇の帝王は、確かに消滅した。

だが、ダンブルドアによると再び戻ってくるという。

そこまで言われ、とうとうセブルスは頷いた。

 

「わかりました。 しかし、条件があります。私がプリンス家の者だということは伏せて頂きたい。 これは魔法薬の研究でも考えていたことなのですが、エルヴィス・プリンスの孫として評価されるのが嫌なのです」

 

祖父の七光りではなく、自分の実力で魔法薬の研究に携わりたい。

これは前々から思っていたことだった。

 

「あいわかった。・・・ふむ、それならセブルスが忙しい時の代理とスリザリンの寮監を兼任してくれる人はおらんかのぅ」

 

セブルスの頭に、1人思い浮かぶ人物がいた。

彼もまた学生時代は秀才で通っていたし、何より血筋も良いのでスリザリンの現生徒にも受け入れやすいだろう。

 

「・・・1人だけ思いつく人物がいます」

 

 

 

 

 

 

 

 

プリンス家本邸。

どこまでも沈みきった雰囲気のその家で、赤ん坊だけは変わらず、父の帰りを喜んだ。

 

「うー!」

 

セブルスはシャルロットを力強く抱きしめた。シャルロットはきょとんとしたまま、声も出さずに涙をこぼすセブルスを見つめている。

 

「…大丈夫だ、シャル。 おまえのことは何があっても私が守る」

 

シャルロットは父と同じ、闇夜を思わせるような真っ黒な瞳を瞬かせる。だが、まだ短いながらも生えてきた髪は、母譲りの美しい透明感のある金色だった。

 

「貴方にだけ辛い思いはさせませんよ、セブルス。レイチェルに代わって、私がシャルロットの母親代わりになりますとも」

 

目を真っ赤に泣き腫らしたダリアはそう言って、気丈にも微笑んで見せた。

 

「聖マンゴで一番良い癒者をつけさせる。 無論、部屋も一番良い個室を用意させるからな」

 

憤慨したように、エルヴィスもそう言った。

どうやらアブラクサス・マルフォイの伝があったらしく、この数時間後には聖マンゴで一番腕利きの癒者と、最上階で人目につかない広い個室が宛てがわれた。

 

ちなみに余談ではあるが、ルシウス・マルフォイからも直々にお見舞い用の大きすぎる花束と、セブルスのおかげでアズカバン行きをスムーズに逃れられた旨のお礼の手紙が届いた。

 

セブルスはシャルロットの柔らかな肌に頬ずりをした。

レイチェルが目を覚ますまで、絶対に自分たちがこの子を守るのだと強く心に誓う。

 

セブルスは流れる涙をそのままに、シャルロットの額に優しくキスを落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

同じく、こちらもまだ幼い赤ん坊が居るブラック邸。

 

右も左も分からない子育てに奮闘するシリウスの元に、少し疲れた顔をしたリーマスが訪れた。

酒を飲んだらしく、よろめきながら高そうな刺繍の施されたソファに体を埋めた。

 

「・・・また上手く行かなかったのか」

 

「あぁ。 そう簡単に人狼を雇ってくれる職場なんてないさ」

 

魔法省の闇祓いに就任したシリウスとは対照的に、リーマスはいつになっても職が定まらなかった。

自嘲的な笑いを浮かべるリーマスに、シリウスは水を差し出した。リーマスは礼を言うと、それを一気に飲み干した。

 

「しかし、君もせっかく家出したのにまたこの家に戻ってくるとはね」

 

「俺1人なら前住んでた小さいアパートで充分なんだが、ハリーが居るからな。 この子には何不自由させたくないんだ」

 

シリウスは愛おしげに、親友の忘れ形見のハリー・ポッター、否。ハリー・ブラックを見つめる。

正規な手続きを踏んで、無事に義父となったシリウスは再びこのグリモールド・プレイス12番地へと戻ってきた。

 

セブルスの口利きで、ホグワーツに就職したレギュラスは変わらずプリンス家の別邸に住んでいる。

シリウスは弟のことを許していないし、弟は闇の勢力に恐れをなして、こちらに慌てて寝返ったのだと信じている。

 

セブルスはおそらく自分の弟だからという理由で情けを掛けたのだろうが、シリウスはそんなものは不要だと考えている。

肉親の情は全くないし、彼もまたピーターと同様アズカバンに行くべき人物だと考えていた。

 

「んぅ・・・ひっく・・・!」

 

赤ん坊の愚図る声で、シリウスは物思いから抜け出した。

 

「旦那様、ミルクをお作りしますか?」

 

屋敷しもべ妖精のアンが、小走りでこちらにやってきたので、シリウスは頷いた。

 

レギュラスが生きているのをいいことにクリーチャーを向こうに押し付けると、シリウスはすぐに新しい屋敷しもべ妖精を雇った。

純血思想を持っていない屋敷しもべ妖精と初めてまともに接したシリウスは、屋敷しもべ妖精がいかに主人や家風に染まりやすいのかを知った。そして、少しだけクリーチャーに強く当たったことを反省した。

しかし、結果としてクリーチャーもレギュラスに懐いていたので、一番良い形に収まったとも言えるだろう。

 

ハリーはアンの手から美味しそうにミルクを飲んでいる。

稲妻形に刻まれた傷はまだ新しく、無垢な顔と対照的に痛々しい。

 

「・・・さて、私もそろそろ帰ろうかな」

 

酒気が抜けたらしいリーマスが、おもむろに立ち上がった。

 

「無理はするなよ、リーマス。 本当に困ったら、俺かセブルスを頼れ。 仕事を紹介出来ると思うからさ」

 

「ありがとう。 ただ、もう少し自力で頑張ってみるよ」

 

リーマスは少し吹っ切れたように、にっこり笑ってみせると暖炉の中へと消えて行った。

 

 

 

こうして忙しいながらも、暫し穏やかな日々が過ぎていく。

 

ある者は、子育てに追われ。

ある者は、魔法省で身を粉にして働き。

ある者は、魔法薬の研究で多大な成果を上げて。

ある者は、ホグワーツで教壇に立ち。

 

 

特に大きな事件もないまま、緩やかに時間は経っていった。

 




長い長いプロローグだった。(白目)

次回から賢者の石編、つまり原作軸に移ります。
ハリポタ原作も買ったし、読み直しながら並行して頑張って書いていきます。

9月12日、日刊ランキング入りしました!
いつも評価、感想とても励みになっております。ありがとうございます。


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賢者の石編
11歳の誕生日


目覚まし時計の、柔らかなオルゴール音楽が部屋に流れる。

 

天蓋の付いたベッドの上で、少女がまだ起きたくないとばかりに寝返りを打つ。その拍子に長く豊かな金髪がベッドに広がった。

すぐ近くの木目調のサイドテーブルには、白い羊皮紙で出来た手紙が置かれている。何度も何度も読み返したらしく、端が少しよれている。

封筒の宛先には、『プリンス邸 3階右の部屋 シャルロット・プリンス様』と書かれていた。

 

 

「シャル! いつまで寝ているの。 早く準備しないとハリーが来るわよ!」

 

 

曾祖母の厳格な声が階下から響く。

まだ眠たい。シャルロットは、シルクの枕に顔を押し付けて唸る。

ハリー?どうして?

ぼんやりとした寝起きの頭が覚醒するまで、ちょっとだけ時間を要した。

 

8月6日、今日は私の誕生日だ!

 

シャルロットは、驚かされた子猫のように飛び起きると、慌ててパジャマを脱ぎ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

水色のワンピースを身に纏い、シャルロットは大急ぎで階下へと向かった。

輝くシャンデリアの下、既に家族は朝ご飯を摂っていた。

うっすらと蛇の彫刻が施されたテーブルには、熱々のハムエッグとトースト、彩りの良いサラダが並んでいる。

 

「・・・朝からバタバタと足音を立てるな。 騒々しい」

 

不機嫌そうな声を上げて、父親--セブルス・スネイプはコーヒーのカップを傾けた。

テーブルには、グチャグチャとしたメモが塗れた資料が広がっている。

短い黒髪はボサボサで、眉間に皺は寄り、隈もできている。

セブルスが自身の手がけている研究が行き詰まっている時の特徴だ。恐らく徹夜だったのだろう。

 

「お嬢様、今朝はコーヒーと紅茶どちらになさいますか?」

 

屋敷しもべ妖精メアリーが、忙しげにこちらに走ってくる。

 

「紅茶をお願い」

 

メアリーは頷くと嬉しそうに、再びキッチンへと走っていく。

 

寝癖のついたまま、紅茶を飲むシャルロットにダリアは眉を吊り上げると、杖を一振りする。すると瞬く間に、櫛も通されず散らかっていた金髪は美しく編み込まれた。

ご飯を食べ終わる頃、セブルスがラッピングされた1冊の本を差し出した。

 

「11歳の誕生日プレゼントだ」

 

開けてみると、シャルロットが前から欲しがっていた『魔法薬全図鑑』だった。

 

「嬉しいわ。 ありがとう、パパ!」

 

シャルロットの嬉しそうな声に、セブルスも眉間の皺を和らげる。

そして、我が子の望んだプレゼントのチョイスに少し苦笑いをしながら、再びカップを口に運んだ。

 

「パパではなく、父上でしょう。 全く・・・少しはドラコを見習いなさい。」

 

同い年の幼馴染みを引き合いに出され、シャルロットは少し頬を膨らます。だが、ダリアからのプレゼントを見た途端そんな機嫌も吹っ飛んだ。

深緑色に銀の刺繍があしらわれたワンピース。有名な衣服店のオーダーメイドらしく、とても可愛らしい。

 

「ホグワーツの入学式に着て行きなさいな。・・・そうそう、ルシウスから高級チョコの詰め合わせが届いていたわよ。 後でお礼の手紙を出しなさいね。」

 

「ルシウスおじ様から? わかったわ、曾祖母様(ひいおばあさま)

 

シャルロットは無邪気に微笑むと、ダリアは満足げに頷いた。

 

何年か前に夫のエルヴィスを亡くしたダリアであるが、シャルロットの母親代わりをしているせいか雰囲気はまだまだ若々しい。きちっとしたローブを着こなし、髪を結い上げたその姿はまさに貴族然としている。

 

セブルスがちらりと、時計を確認する。そろそろシリウスとハリーが来ても良い時間だ。

 

今日はシリウスがハリーとシャルロットを、ダイアゴン横丁に連れて行ってくれる予定だった。

 

「ねぇ、今日はドラコは一緒じゃないのかしら?」

 

「ん?・・・あぁ、ドラコは両親とダイアゴン横丁に行くらしい。向こうで会うんじゃないか?」

 

夜のシャルロットの誕生日会はドラコも来てくれるが(無論ドラコの両親は来ない)、やはり幼馴染みの三人で買い物に行きたかったと少し肩を落とす。

そんなシャルロットの様子に、セブルスは違う解釈をしたらしい。

 

「すまないな、一緒に買い物に行けなくて。 どうしても論文が終わらなかったんだ」

 

心底申し訳なさそうに言うセブルスに、シャルロットは首を振る。

 

「私、ハリーとダイアゴン横丁行けて嬉しいから大丈夫よ」

 

「・・・そうか。 明日は、何とか暇をとるから一緒に聖マンゴに行こう。 ママに・・いや、母上に11歳になった挨拶に行こうな」

 

ダリアを横目で見て、セブルスが慌てて言い直す。

 

その時、プリンス家のインターフォンが軽やかな音楽を奏でる。

まもなく扉が開きシリウスとハリーがひょこりと顔を出した。

 

「遅くなって悪ぃ! お誕生日おめでとう、シャル!」

 

シリウスは満面の笑みで、シャルロットを抱きしめた。ふわりと高そうな香水が、鼻をくすぐる。

今日は休日だからか、ラフなジャケットにダメージジーンズというマグルの服装をしているシリウスは、三十路に手が届いても相変わらずハンサムだ。(その服装にダリアが何か言いたげな顔をしたのは言うまでもない。)魔法省でも、多くの女性職員が彼にメロメロなんだとか。

 

「おめでとう、シャル。 セブルスおじさんから誕生日プレゼントは何もらったの?」

 

同じくこちらもマグルの格好のシャツとジーンズを身に纏い、くしゃりとした父親そっくりの黒髪と眼鏡。そして、母親譲りの緑色の瞳をした少年--ハリー・ブラックが、シャルロットの頬にキスをした。

 

「えぇ! 見てよ、この『魔法薬全図鑑』! この素晴らしさが貴方に分かるかしら? 最新の魔法界の薬学情報だけでなく、マグルの新植物まで網羅されていて--」

 

きらきらと瞳を輝かせて捲し立てるシャルロットに、ハリーは理解できないとばかりに呆れる。

 

「また本!? 本なら、シャルはもうたくさん持ってるじゃないか。 箒を買ってもらえばよかったのに。 ドラコも自分の箒を持っているし、これで箒を持ってないのは君だけだよ」

 

ちなみに一週間前に誕生日を迎えたハリーは、シリウスからニンバス2000という高い箒を買ってもらったらしい。

ドラコにも言えることだが、男の子は本当にクィディッチに目がない。

 

「うわ、酷い顔だなぁ。 何としてでも夜のパーティーまでには仕事終わらせろよ。 仕事にしか目がない父親は嫌われるぞ」

 

テーブルに広がる書類を眺め、シリウスが揶揄うようにニヤニヤと笑う。

 

「おまえに言われんでも分かってる。 そういえば、リーマスも今夜は来れるらしいぞ。…新学期前だからな、レギュラスは忙しくて来れないらしい」

 

レギュラスの名に、シリウスはふんと鼻を鳴らす。何か言いたげだったが、子ども達の前だからか遠慮したようだ。

 

シャルロットにとって、レギュラスは親戚のお兄さんのような存在だ。ちなみに、実際には薄いながらも血縁関係はあるので親戚という表記は間違ってないわけだが。

 

レギュラスは昔、闇の勢力に入っていた時代があるらしい。そして、シャルロットは自身の母は闇の勢力に襲われたと教えられている。未だに、母は目覚めない。

だが、それとこれは別問題だとシャルロットは考えている。過去はどうあれ、シャルロットは優しくて博識な彼が好きだった。

 

「シャル、あまりシリウスに甘えるんじゃないぞ。 多めにお金を入れておいたから、そこから使いなさい」

 

セブルスは重めのお財布を、シャルロットに渡した。

 

「よし、じゃあ行くか」

 

「そういえば、ダイアゴン横丁までどうやって行くのかしら?シリウスおじさんとハリーはここまで何で来たの?」

 

シャルロットの問いに、シリウスとハリーは悪戯っぽく顔を見合わせた。

 

 

「「もちろん、空飛ぶオートバイさ!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ…うぇっぷ……」

 

先程食べたトーストとハムエッグが逆流しそうだ。

 

「大丈夫? そんなにパパの運転荒くなかったと思うんだけど…」

 

ダイアゴン横丁の入口でグロッキーになるシャルロットの背中を、ハリーは擦る。

 

「あんたたち、どんな三半規管してるの? 少なくとも私の常識では、バイクの運転で宙返りは…うぷ」

 

「わりぃ、わりぃ。 ちょっと調子乗りすぎた。 そういえば、おまえのパパも乗り物酔いがしやすい(タチ)だったなぁ」

 

シリウスは学生時代のセブルスの壊滅的な箒技術を思い出して豪快に笑った。母親はシーカーだったというのに、残念なことにこの少女の身体的センスは父親似らしい。あまり悪びれていないシリウスを、シャルロットは恨ましげに睨みつけた。

 

こうしてシリウスのバイクのサイドカーで、束の間の空中ドライブを楽しんだシャルロット一行は、久々のダイアゴン横丁に足を踏み入れた。

まさに魔法使いの世界。

いつ来ても、ここは活気がある。

 

新学期前のせいか、物珍しそうにお店を覗く人々が多い。魔法使いの子供の付き添いで来た、マグルの両親も多いのだろう。

マグルと思わしき女性が、店に飾られているドラゴンの心臓を怖々見つめているのを見て、漸く体調が戻ってきたシャルロットはくすりと笑った。

 

 

「まずは、マダム・マルキンでローブを作らなきゃな。 待ってる間に教科書買っておいてやるから行ってこい」

 

シリウスに促され、シャルロットとハリーはマダム・マルキンの洋装店へ向かった。

 

「いらっしゃいませ」

 

愛想の良い笑顔を浮かべた小太りの魔女が、2人を迎えた。

混雑していたが、そんなに待つことなく採寸台へと通された。

 

「お嬢ちゃんとお坊ちゃんも、ホグワーツ?」

 

「はい。そうです」

 

「そう。 先ほど家族で来たブロンドの髪の男の子も、ホグワーツと言っていたわ。 今日は多いわねぇ」

 

てきぱきと寸法を図りながら、魔女はそう言った。

思わず、シャルロットとハリーは顔を見合わせた。

 

「もしかして、ドラコかな?」

 

「ありえるわね。 今日、ドラコも家族とダイアゴン横丁に来るってパパが言ってたもの」

 

「僕、ドラコは好きだけどドラコのパパとママは苦手」

 

ハリーはちょっとだけ、顔を顰めた。

 

ローブの採寸が終わると、シリウスと合流して鍋や羽ペンを買いに行った。ハリーもシャルロットも、一番良い物を購入した。

 

「後は・・・杖だな。 その前に、通り道だからイーロップのふくろう百貨店に寄ろう。シャルにも誕生日プレゼントとして買ってやるから好きなのを選べよ」

 

「本当に!?」

 

シリウスはにっこり笑って頷いた。

 

「ホグワーツに行くならふくろうを持っておいた方がいい。 便利だしな」

 

イーロップのふくろう百貨店では、数多のふくろうが店内を滑空していた。騒がしく落ち着きのない店内で、どうにか目を凝らしてフクロウを吟味する。

 

だいぶ長い時間ハリーとシャルロットは共に悩んだ。結局ハリーは真っ白なふくろう、シャルロットは真っ黒なふくろうを買って貰った。

アジア人の黒髪のような翼をもつそのふくろうに、シャルロットはセレスと名をつけた。ハリーは悩んだ末にヘドウィグと名付けていた。

 

 

 

 

 

 

 

オリバンダーの店は、薄暗く埃の積もった小さな店だった。雑多に杖の入った箱が積み上げられている。

店主のオリバンダー老人は、月のようにキラキラした大きな目で、品定めをするようにシャルロットとハリーを見た。シャルロットは少し居心地が悪くて目を逸らした。

 

「なんと…貴方がハリー・ポッターさんですか。 噂でお父さんのご友人に引き取られたと聞いておりましたが、シリウス・ブラックの元にいたのですね。 えぇ、ハリーさん。 貴方のお父さんの買った杖、お母さんの買った杖。 覚えていますとも。あれは、28センチのマホガニー…」

 

「じいさん、悪いけど長話は今度で。 この後も予定があるんだ」

 

シリウスが軽く咳払いをして、オリバンダーの演説を遮った。

オリバンダーは気を悪くした様子もなく、そそくさとハリーに近付いた。

 

「杖腕は?」

 

「えっと、右利きです」

 

ハリーの杖選びは、時間がかかった。オリバンダー曰く、難しい客だったらしい。

柊で、芯は不死鳥の尾羽。何やら、芯が『例のあの人』と同じと不吉なことを言われて、ハリーは少し傷ついたようだった。

 

「さて、次は貴方です。 貴方は…シリウスの娘ですかな?」

 

「いえ、シリウスおじ様は付き添いです。 シャルロット・プリンスと申します」

 

シャルロットの自己紹介に、オリバンダーは驚いたように目をぱちくりさせた。

 

「何と! プリンス家は血が途絶えたと思っていましたが…あぁ、いや失礼。 それで貴方の杖腕も右ですかな?」

 

「えぇ」

 

オリバンダーが驚くのも、無理はない。

 

プリンス家は、セブルスの母――つまりシャルロットの祖母――のアイリーン・プリンスの家出により途絶えたと思われている。

セブルスがプリンス家に戻ったことを知る者は少ないし、セブルス自身も魔法薬研究やホグワーツではセブルス・スネイプと名乗っている。

知らなくて当然だ。

 

シャルロットは促されるままに、あれやこれやと杖を試した。一つ目の杖では奥の棚が崩れ、二つ目の杖では埃の溜まった窓が割った。

 

「うーむ、では次はこれを。 ブドウの木、セストラルの尾、26センチ」

 

オリバンダーから次の杖を受け取る。と、手の先からじんわりと温かな熱が広がる。

 

この杖だ。

 

シャルロットは確信すると、杖を軽く振った。

杖先から暖かな虹色の光が飛び出し、店内を染め上げた。

 

「ブラボーー!」

 

オリバンダーに大袈裟に拍手され、照れ臭そうにシャルロットは笑った。

シリウスが杖もプレゼントすると言ったが、長い押し問答の末、シャルロットは自分で払った。あまりシリウスに甘えたら、後でセブルスに怒られる。

 

「ねぇ、パパ。 ちょっとだけクィディッチ専門店寄っていい?」

 

支払いが済み、オリバンダーの店を出る時ハリーが言った。

 

「またか? こないだ箒を買ったばかりだろうが」

 

「わかってるよ。 だから、ちょっと見るだけ。 いいでしょ?」

 

自身もクィディッチ好きであるシリウスか頷いた、その時。

 

偶然目の前を見知ったブロンドの髪の男の子が通り過ぎた。

 

 

「「ドラコ!」」

 

 

シャルロットとハリーの声が揃う。

声をかけられた男の子、ドラコ・マルフォイは振り向く。と、冷たいその顔立ちがまたたく間に、笑顔に変わった。

 

「ハリー! シャル! きっと、会えると思っていたよ! 会うのいつぶりだっけ?」

 

「僕の誕生日パーティーで集まって以来だから、一週間ぶりかな。みんな、ホグワーツの準備でバタバタしてたもんね」

 

「そうか。 お誕生日おめでとう、シャル!」

 

「ありがとう、ドラコ。 もう買い物は済んだの?」

 

「あぁ、全て終わって今父上と母上と食事を済ませたところさ」

 

わいわいと楽しそうに三人は話し始める。ドラコの後ろに、両親が控えているのを見つけると、シャルロットは近付いてスカートを摘み挨拶をする。

 

「お久しぶりです。 ルシウスおじ様、ナルシッサおば様。 誕生日プレゼントのチョコレートをありがとうございました。 お礼の手紙を書こうと思ったのですが、今日会えて直接お礼を言えて光栄です」

 

貴族育ちのダリア仕込みである挨拶をすると、ルシウスは満足気に頷いた。

普段は口煩く思っている曾祖母の教育が無駄でないことを、シャルロットはマルフォイ家の人々と関わる度に感じる。

 

「喜んでもらえたなら何よりだ。君がどこの寮になるかは分からないが、スリザリンに入れたなら(・・・・・)ドラコを頼むぞ。」

 

尊大なルシウスの言葉に、シャルロットは曖昧な笑みを見せた。

 

「今日はセブルスと一緒じゃないのかしら? 誰と一緒に来たの?」

 

ナルシッサは彼女にして珍しく朗らかにシャルロットに問いかけた。娘のいないナルシッサは、シャルロットの血筋に思うところはあるものの、礼儀のしっかりしている彼女を気に入っていた。

 

「えぇ。父は仕事が忙しくて。…今日はシリウスおじ様に連れられてダイアゴン横丁に来ました」

 

「…ほぅ?」

 

シャルロットの言葉に、ルシウスは目を細めた。そして、少し離れた所にいるシリウスに視線を投げかける。

シリウスもまた、敵対心のこもった視線を返した。

 

「これはこれは、ブラック。 先日は、ハリーの誕生日会でうちの息子が世話になりましたな。お礼を言うのが遅れてすまない」

 

「はは。 水くさいな。マルフォイ。 子ども同士、仲がいいのが一番だろ」

 

お互いどうにか親しげな笑みを貼り付けると、それらしい会話を繰り広げた。

しかしマルフォイの笑顔はあまりにも完璧すぎて歪であるし、シリウスの唇の端もひくひく引き攣っている。

 

「父上、これからハリーとシャルとクィディッチ専門店へ行ってもいいですか?」

 

ドラコの言葉に、ルシウスの顔が曇る。

 

ルシウスとしては、友人(・・)の娘であるシャルロットはともかく、ハリーは主君を打ち破った人物である。おまけに義父のシリウスは不死鳥の騎士団の元メンバーなのだ。

闇の帝王亡き今、ハリー・ブラックと親しいのは自分にとって利益がある。しかし、ルシウスは内心、複雑だった。

 

それもこれも、幼いドラコをプリンス邸に遊びに連れて行き、偶然居合わせたシリウスとハリーに出会ってしまったことが運の尽き。

幼い子どもたちが仲良くなることを、大人が止められるわけがない。

 

「…あぁ、行っていいぞ」

 

ドラコの顔がぱあっと明るくなる。

何はともあれ、ルシウスは息子に弱い。駄目と言えるわけがなかった。

 

「ねぇ、それならドラコも一緒にそのままシャルの家へ行こうよ。 どうせ夜はシャルの家に行く予定だったんでしょ? ねぇ、パパ。サイドカーにもう1人乗せられるよね?」

 

ハリーの提案に、一瞬だけシリウスは面食らった。が、頷いた。

 

「マルフォイ、それで構わないか? ドラコのことは、帰りも私が責任を持って煙突飛行で届けよう」

 

「…よろしく頼む」

 

親同士の表面上は和やかな会話を終えると、子どもたち三人は早速クィディッチ専門店へ走っていく。

 

ナルシッサは息子との買い物が途中で終わってしまったことに、寂しそうな顔をした。しかし、楽しそうな息子の様子を見て、考え直したらしい。

シリウスに形式上の会釈をすると、夫と共にさっさとその場を後にした。

 

三人はクィディッチ専門店へ行くと、新型の箒を見たり、箒の手入れ道具を選んだ。ドラコは、クィディッチの雑誌を購入していた。

シャルロットは自分の箒を持っていないので、後ろで2人の買い物を見ていた。

 

お店を出た後は、シリウスが三人に大きなナッツ・チョコレートアイスを買ってくれた。

三人はホグワーツでの話に花を咲かせながら、ベンチで食べた。

 

「組み分けってどうやってやるんだろうね? パパに何回聞いても教えてくれないんだ」

 

「僕の父上もだよ。きっと何か簡単なテストをするんじゃないかな?」

 

「テスト? でも、マグル生まれの子だって居るのよ。 いきなりテストなんて出来ないと思うわ」

 

三人の話を、シリウスは楽しそうに聞いていた。

暗黙の了解として、代々組み分け帽子のことはホグワーツに行ってからのお楽しみなのだ。

 

「…ご馳走様でした。 シリウスおじ様」

 

一番に食べ終わったドラコが、シリウスにお礼を言った。

 

セブルスのおかげでアズカバンは逃れたものの、元死喰い人であるマルフォイ家に、シリウスは良い感情を持っていない。それは子どもであるドラコに対してもそうだった。

しかし、息子の幼馴染にキツく当たるわけにいかない。そうして接していくうちにある程度の情が芽生えているのもまた事実だった。

 

「よし。 それじゃあ、買い物も済んだしプリンス家に行くか! ドラコ、バイクなんて乗ったことねぇだろ?」

 

「バイク…?」

 

予想通り、きょとんとしたドラコにシリウスは、自慢げにニヤリと笑った。

 

「俺の持ってる最高にかっこいい乗り物だよ! 乗せてやるから、たっぷり楽しめよ!」

 

「ゆっくり運転でお願い」

 

シャルロットは未だ食べかけのアイスを喉奥に流し込むと、間髪をいれずにそう口を挟んだ。

 

こうして、4人は夕焼け空を翔る美しいドライブを楽しんだ。

 

 

――ちなみに、後からマグルの乗り物で空を飛んだという話を息子から聞いたマルフォイ夫妻は、ショックで失神しそうになるわけだが・・・それはまた別の話である。

 




マルフォーイの性格を大幅に改変。

そりゃ彼だって幼い頃からまともな友人に恵まれたら、イイ奴になります。もちろん純血主義だけどね。

賢者の石編、開幕です。何とか更新頻度を上げていきたい所存。


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ホグワーツ特急

 

シャルロットは、マグルの絵本で読んだ白雪姫を思い出していた。

 

白い頬。自分と同じ透き通るような金髪。長い睫毛。真っ赤な唇。

 

絵本の白雪姫と違うのは、髪の色だけだろうか。

 

いつ見ても、レイチェルは寝ているだけのようで今にも目覚めそうだ。もしかしたら、王子様(プリンス)がキスをしたらドラマチックに目を覚ますのではないだろうか、とそこまで想像してシャルロットは思わず笑いそうになった。

生憎、自分の父はそんな柄ではない。

 

もちろん、曾祖母のダリアはシャルロットがマグルの物に触れるのを好まない。ただ、父であるセブルスはマグルの中で育ったらしいので、絵本や小説はマグルの物も与えてくれたのだ。

 

「本当に、何度見ても寝てるだけみたいだわ」

 

シャルロットの名付け親--リーマス・ルーピンが、花瓶に自身の持ってきた新しい花を入れ直した。

広く無機質な病室が少しだけ華やぐ。

リーマスはこういう所で、気が利く人だ。

 

「ねぇ、ママ。 私、今日からホグワーツに行くのよ。 どこに組み分けされるかしら。 ママとパパと同じグリフィンドール? それとも曾祖母様と同じスリザリン?」

 

シャルロットはベッドに肘を置き、母に語りかけた。しかし、返答はない。ただ、寝息だけが彼女の口から漏れている。

 

「とうとう君たちもホグワーツだね。 シャルロットはどっちがいいの?」

 

代わりに、リーマスがシャルロットに返答をした。

 

「どちらでも。ドラコとハリーと一緒の寮なら言うことないんだけれど」

 

シャルロットはそう言って、時計を確認した。そろそろ行かないと、汽車に間に合わない。

 

「リーマスおじ様、連れてきてくれてありがとう」

 

今日はとうとうホグワーツの入学式。

残念ながら、レギュラスとセブルスは教師のためもうホグワーツに居る。そして、ダリアはまだ元気とはいえ、高齢だ。

そのため、シャルロットのキングズ・クロス駅までの見送りは、名付け親であるリーマスが引き受けた。

 

少し早めにプリンス邸に来たリーマスにシャルロットが、時間があるなら母に会いにいきたいと言ったため、急遽聖マンゴへと寄ったのだ。

 

「とんでもない。 私もレイチェルに会いたかったしね。 じゃあ、そろそろ行こうか」

 

リーマスはシャルロットを連れて聖マンゴを出ると、姿くらましをした。

 

ぎゅうっと体が締め付けられるような圧迫感。

そして次の瞬間には、キングズ・クロス駅のすぐ近くの裏路地にリーマスとシャルロットは居た。

 

キングズ・クロス駅は混雑していた。

シャルロットははぐれないように、リーマスと手を繋ぐ。

マグルの人混みの中で、フクロウや大きなトランクを持ったシャルロット達は目立つ。セレスが籠の中を鬱陶しそうにもぞもぞと動いていた。

 

「リーマスおじ様、ハリーはどこかしら? 待ち合わせの場所決めておけばよかったわ」

 

シャルロットは、マグルの男性にぶつかられた挙句、謝っても貰えなかったので不服そうに言った。

ここまでキングズ・クロス駅が混んでるとは思わなかった。

 

「そうだね。 とりあえず目立つから、9と4分の3番線に入ろうか。 中でハリーを探せばいいよ。 ドラコとは約束をしなかったのかい?」

 

「もちろん、ドラコも誘ったわよ。でも、クラッブとゴイルっていうルシウスおじ様の友達から、その人の息子たちと一緒に行くよう頼まれたんですって」

 

シャルロットは残念そうに言うと、リーマスに促されるまま9と4分の3番線目がけて、壁に突っ込んだ。

ぶつからないと頭では理解していても、咄嗟に目を瞑ってしまう。

 

再び目を開けると、そこには深紅色のホグワーツ特急が出発の準備をしていた。隣りでリーマスが懐かしそうに目を細める。

 

自分と同じ1年生だろうか。

目の前の男の子が、母親に必ず毎週手紙を送るよう約束していた。

あちらこちらでフクロウや猫の声がしている。しかし、ヒキガエルを持っている子どもは殆どいない。あまり人気がないのだろうか。

 

「あ、シリウス!」

 

キョロキョロと、辺りを見回していたリーマスが漸くシリウスを見つけた。

 

「なんだ、今着いたのか? 随分遅かったじゃないか」

 

「聖マンゴに寄ってたんだ。レイチェルにちょっと挨拶にね」

 

リーマスの言葉に、シリウスは悲しそうに顔を歪めた。

彼は未だに、レイチェルの話になると辛そうにする。

 

「・・・シリウスおじ様。ハリーは?」

 

「あぁ、ハリーならおまえのこと探してもう列車に乗ったよ。 ちょうど入れ違いになっちゃったな。 そういえば、アーサーの家の息子も今年一年生らしいぞ。 さっき会って、もうハリーと仲良くなったみたいだ」

 

どうやら、後半の言葉はリーマスに宛てられたものらしい。

 

「アーサーってだぁれ?」

 

「魔法省の職員だ。俺の同僚だよ。さぁ、トランク運ぶの手伝ってやるから、シャルも早く乗れよ」

 

既にハリーが他に友達を作ったのは、先を越されたようで悔しかったが、シャルロットも汽車に乗り込んだ。長く聖マンゴにいたせいで既に出発の時間ギリギリだ。

 

「気をつけてね、シャル! またクリスマス休暇に会おう!」

 

リーマスが大きな声でそう言うと同時に、汽笛が鳴った。ゆっくりと、そして瞬く間に汽車はスピードを上げる。

シャルロットは、リーマスとシリウスに見えるよう大きく手を振った。

 

2人の姿が見えなくなると、シャルロットはハリーを探した。どこのコンパートメントも人でいっぱいだ。

これはもしかしたら、ハリーのいるコンパートメントも既にいっぱいかもしれない。

 

そんなことを考えながら汽車の中を移動していると、ついにハリーを見つけた。赤毛の男の子と2人でいる。きっとあの子が、先ほど言っていたシリウスの同僚の息子なのだろう。

 

コンコンと、扉を叩く。

ハリーは音に気付くと、ぱあっと顔を輝かせて扉を開いた。

 

「シャル! よかった、探したのにどこにも見つからなかったから心配したよ!」

 

「ギリギリに着いちゃったのよ。 ホームでシリウスおじ様に会ったわ」

 

「そうなんだ。 そのワンピース、似合ってるよ。 あ、紹介するね。さっき友達になったロンだよ。 ロン、この可愛い女の子は僕の幼馴染のシャルロット」

 

ハリーが両者に分かるよう、説明する。

 

「初めまして、シャルロット・プリンスよ。シャルって呼んで」

 

「よ、よろしく」

 

シャルロットが握手を求めて手を差し出すと、ロンは耳を赤くして照れたように応じた。

深緑色のワンピースを着て、長い金髪を編み込んでおろしたシャルロットはとても魅力的だった。

 

シャルロットは、ハリーの隣りに座った。

 

すると、ちょうど車内販売の魔女が3人のいるコンパートメントの前で止まった。

 

「何かいかがかね?」

 

蛙チョコレート、バーティ・ボッツの百味ビーンズ、大鍋ケーキ・・・。魔法界育ちのシャルロットには馴染みの深い物ばかりだったが、こうして色とりどりのお菓子が積み上がってるのは壮観だった。

 

「僕は・・・いらないや。ママが作ってくれたサンドイッチがあるから」

 

ロンがモゴモゴと言った。

よれよれの服や、兄のお下がりと言っていた杖などから見るに、どうやらロンの家はそんなに裕福ではないらしい。

 

「じゃあ、私はかぼちゃジュースをもらおうかしら」

 

シャルロットも、メアリーが持たせてくれたサンドイッチがあるので飲み物だけ買うことにした。

人の良さそうな魔女に、銅貨を渡す。

 

「ハリーも何か買うの?」

 

シャルロットが訊くと、ハリーはニヤッと笑った。

そして、たっぷり金貨の詰まった財布を出す。

 

「もちろん! ここにあるの、全種類ちょうだい!」

 

シャルロットは、苦笑して溜息をついた。

 

こういう気前が良いところが、シリウスにそっくりだ。

 

 

 

 

 

 

 

それから暫くは、蛙チョコレートのカードを交換したり、家族の話をして過ごした。

ロンは兄弟が多い上に妹もいるらしく、一人っ子のシャルロットやハリーにとって兄弟の話は新鮮だった。

ちなみに、シャルロットは自身の父親が魔法薬の先生であることは伏せるようセブルスから言われている。セブルスは仕事ではスネイプ姓を使っているので簡単には2人の関係はバレない。

父親が先生となれば、どんなやっかみがあるか分からない。セブルスなりの配慮だった。

 

汽車はどんどん進み、やがて辺りはすっかり田園風景に変わった。

少しだけ窓を開けると、爽やかな風が3人の頬を撫でた。

 

すると、控えめにコンパートメントの扉が叩かれた。

何事かと扉を見ると、ドラコ・マルフォイが笑顔を浮かべて手を振った。

 

「ドラコ!」

 

シャルロットは、扉を開けてドラコを中に招いた。

 

「やぁ。 ここに居たんだね」

 

「ドラコも座りなよ。 ちょうどもう一つ席空いてるし」

 

「悪いがハリー、そういうわけにはいかないんだ。 クラッブとゴイルの面倒を見るよう父上から言い使っているからね」

 

ドラコはちょっと寂しそうに言った。彼とて、幼馴染の3人で汽車の旅を楽しみたかったのだ。

ハリーは残念そうな顔をすると、手元の蛙チョコをドラコに投げ渡した。そして、揶揄うように笑った。

 

「天下のマルフォイお坊ちゃまも大変だ!」

 

ハリーの言葉に、何となく話を聞いていた隣りのロンがハッと顔を上げた。

 

「ハハッ。忘れてるようだけど、君も聖28一族の一員、ブラック家だろ?」

 

ドラコの返答に、ハリーは楽しそうにクスクス笑った。

 

「あぁ、ドラコ。紹介するよ、さっき友達になったロン。面白い奴なんだ。ロン、こいつは僕の幼馴染の・・・」

 

 

「ドラコ・マルフォイだろ。知ってる」

 

ロンがぶっきらぼうに、ハリーの言葉を遮った。そして、ドラコを睨んだ。

 

「へぇ?」

 

ドラコもドラコで思うところがあったらしく、ロンを侮蔑的に見下ろした。

 

「パパが言ってたんだ! こいつの父親は、『例のあの人』の仲間だったんだよ! 2人ともこいつと仲良くしたら駄目だ!」

 

「奇遇だね。 僕も君のこと知ってるよ。 赤毛のそばかすのウィーズリー家。 血を裏切る者の代表だな」

 

「おまえっ・・・!!」

 

嘲るようなドラコの言葉に、ロンは顔を真っ赤にさせて立ち上がった。

 

「やめろよ、ロン!」

 

「ドラコ! あなたも言い過ぎ!」

 

ハリーはロンを、シャルロットはドラコをそれぞれ止めた。

 

「言っておくが、先に突っかかってきたのはウィーズリーだろう。 僕だって、喧嘩を売られてスルー出来るほど大人じゃないのでね」

 

ドラコは嫌味たっぷりに言う。

それもその通りだ。シャルロットは、ロンに向き直る。

 

「確かに、先に喧嘩売ったのはロンよ。 謝るべきだわ。 もちろん、その後にドラコもね」

 

ドラコはふんと鼻を鳴らした。

ロンは理解できないとばかりに、両腕を広げて反論した。

 

「何で、君たちこいつの肩を持つんだよ!こいつの父親はスリザリンだし、間違いなくこいつもスリザリンだぞ!」

 

「じゃあ、君は父親がスリザリンだからってそれだけの理由で、僕の幼馴染を攻撃するわけ?」

 

ハリーの声に怒気が滲む。

思わぬ所からの反撃に、ロンはしどろもどろになった。

 

「いや、そういうわけじゃないけどさ・・・」

 

「それなら、私もロンと友達にはなれないわね。私のパパとママは違うけど、曾祖母様も曾祖父様もお祖母様もうちの家系は殆ど皆スリザリンだもの」

 

シャルロットの言葉に、ロンは驚いたように目を見張った。そして、少しバツが悪そうに俯く。

この言い合い、自分が劣勢だと分かったらしい。何より、ドラコはともかく、せっかく仲良くなったハリーとシャルロットと険悪になってしまうのは嫌だった。

 

「悪かったよ」

 

ロンが呟くように、謝る。

シャルロットが、ドラコを軽く肘で小突くと彼もまた小さな声で、すまなかったと謝った。

 

そして、ちょっと気まずくなったのかドラコはコンパートメントの扉に手をかけた。

 

「じゃあ、僕はクラッブとゴイルの元に帰るよ。 またホグワーツで会おう」

 

ドラコは手をひらひらと振ると、とっとと出ていった。

 

「僕、知らなかった。 シャル、君スリザリンの家系なんだ」

 

「そうよ。でも、そんなこと言ったらハリーだってスリザリンの家系じゃないの」

 

ロンの言葉に、ついシャルロットも棘のある返答をした。シャルロットもロンの先程の失礼な態度に少し腹が立っていたのだ。

 

「いや・・・まあ、僕は確かにブラック家だけど血は繋がってないしね。ポッター家は代々グリフィンドールだよ」

 

ハリーは苦笑して、ロンをフォローした。

 

その時、ノックもなしにコンパートメントの扉が再び開かれた。

 

栗色のくしゃくしゃとした髪。気の強そうな目。真新しいピンとしたローブ。

同い年だろうか。そこには堂々とした佇まいの女の子が居た。後ろには、対照的におどおどした男の子もいる。

 

「ねぇ、あなたたち。トレバー見なかった? ネビルのヒキガエルなの」

 

どこか威張ったような口調で女の子は言った。どうやら、背後の男の子がネビルらしい。

 

「ヒキガエル? 見てないよ」

 

高圧的な物言いが気に入らなかったのか、ロンは露骨に顔を顰めた。

 

「あら、あなたハリー・ポッターね! あなたのこと本で読んだわ! 私は、ハーマイオニー・グレンジャー。 こっちはネビル・ロングボトムよ」

 

ロングボトム。聞き覚えのある苗字だ。

確か聖28一族の1つだろう。

 

「今は、ハリー・ブラックさ。 よろしく、ハーマイオニー」

 

「私はシャルロット・プリンス。 ハリーとは幼馴染なの」

 

「あー・・・えっと、ロナルド・ウィーズリー。ロンって呼んで」

 

「それで、ネビルのヒキガエルがいなくなっちゃったの?僕に任せてよ」

 

自信満々にハリーが言うと杖を取り出す。そして、少々芝居がかった動作で杖を構えた。

 

アクシオ(来い)、トレバー!」

 

僅かな沈黙。

次の瞬間、ハリーの手の中を目掛けて1匹のヒキガエルが飛んできて・・・・・・びたんっと音を立ててコンパートメントの扉にぶつかった。

 

「トレバー!!」

 

ネビルの声は半泣きだ。

 

「あっれー・・・失敗だったかな。上手く言ったと思ったんだけど」

 

「全く・・・エネルベート(蘇生せよ)!あなたの悪い癖ね、ハリー。最後にいつも気を抜くんだから」

 

ぐったりとしたヒキガエルにシャルロットが呪文を唱えると、ヒキガエルは途端にシャキッとした。

 

「あ、ありがとう、シャルロット」

 

「2人ともすごいわね! そんな呪文、教科書に載ってなかったわ!」

 

 

ハーマイオニーは目をキラキラと輝かせる。

最初は高慢そうな子だと思ったが、根は素直らしい。

 

「3人とも、早く着替えた方がいいわよ。もうすぐホグワーツに着くみたい」

 

ハーマイオニーはそう言うと、ネビルと共に出て行った。

 

気付けば、辺りは既に真っ暗だ。

暗闇の中、汽車はずんずんと進んでいく。

とうとう憧れのホグワーツに着くのだと思うと、気持ちが昂る。

 

 

さて。

シャルロットは、自身のトランクを引き寄せると2人をちらりと見た。

 

「あ・・・ご、ごめん」

 

ロンはシャルロットが着替えたがっていることにすぐ気付いた。そして、顔を少し赤くして立ち上がる。

だが、一向にハリーは立ち上がる様子がない。未だに呑気に蛙チョコを齧っている。

 

「ちょっと、ハリー! あなたも出て行きなさいよ」

 

すると、ハリーは驚いたように蛙チョコを口から離した。

 

「え、僕も? シャルの体なんてちっちゃい頃から見慣れてるし、気にしないけど?」

 

「・・・痛い呪いをかけられたいの?」

 

シャルロットはそう言うと、ハリーを無理矢理コンパートメントから押し出す。

 

ハリーはクスクス笑うと、おどけて舌をぺろりと出した。

 




感想、誤字報告ありがとうございます。
量が多いため、返信や確認に時間かかっておりますがご了承くださいm(_ _)m

次回、組み分け。


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組み分け帽子

「イッチ年生はこっち!イッチ年生はこっち!」

 

汽車から降りると、ハグリッドが火の灯ったランタンを掲げて大声をあげている。

一年生が人の波を掻き分けながら、彼の元へ向かって行く。

ハグリッドはハリーたちに気付くと、にっこり笑って手を振った。

 

「ホグワーツにようこそ。 隣りにいるのはシャルか? 暫く見ねぇうちに、また綺麗になったな」

 

ハグリッドはシリウスと親しいらしく、ちょくちょくブラック邸に訪れている。

もちろんシャルロットもハグリッドと面識はあるし仲も良いが、ハリーほど頻繁に会っていない。

シャルロットとハリーも、忙しそうなハグリッドに手を振り返した。彼とはこれから長い付き合いになるだろう。

 

「イッチ年生はこれで全員か? 着いてこい! ボートに乗ってホグワーツまで行くぞ!」

 

突如、道が開け大きな湖の向こう側にホグワーツが見えた。

大小様々な塔が入り乱れたその建物は荘厳で、校舎というよりはまさに城だ。

あちらこちらに浮かぶ暖かなランタンの灯りが、城を優しく照らす。その様はあまりに幻想的で一年生の中から大きな歓声が上がった。

 

ボートは4人乗りだった。

ハリー、シャルロット、ロン、そして先程汽車の中で出会ったハーマイオニーも共に乗ってきた。

暗い湖面を、ボートは滑るように進んでいく。生徒たちは皆昂揚しているようで、話し声でざわついていた。

先ほどのハリーとシャルロットの呪文が気になって仕方ないのか、矢継ぎ早に質問をしてくるハーマイオニーとやや一方的な会話をしていると、すぐにボートは岸に着いた。

 

城の大きな扉が眼前に迫る。

ハグリッドが勿体ぶった手つきで、扉をノックした。

 

 

 

 

 

「新入生の皆さん、ホグワーツ入学おめでとうございます」

 

新入生たちは大きな玄関ホールを抜けて、小さな部屋へと通された。

エメラルド色のローブを纏った黒髪の魔女、ミネルバ・マクゴナガルは新入生に祝いの言葉を述べた。見るからに厳格そうな教師だった。

 

マクゴナガルは、グリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンクロー、そしてスリザリンの4寮の説明をしていたが、シャルロットは既に父親や曾祖母から何度も聞いていたので目新しい説明は特になかった。

 

「もうすぐ組み分けの儀式があります。 皆さん、身なりを出来るだけ整えておきなさい」

 

当たりをキョロキョロ見渡していると、少し離れたところにいるドラコと目が合った。相変わらず隣りにクラッブとゴイルが居るが、ドラコはつまらなそうだ。

ちょうどハリーはロンと話しているので、シャルロットはドラコの元に行った。

 

「ドラコ、貴方はどこの寮かしらね?」

 

すると、ドラコはふふんと鼻で笑い、背筋をちょっぴり伸ばした。

 

「そりゃ、もちろんスリザリンだろう。 僕はマルフォイ家だからな」

 

「それもそうね。 私はどこかしら。 スリザリンに入れば曾祖母様は喜ぶだろうけど、パパと同じグリフィンドールも悪くないかも」

 

「・・・グリフィンドールなんて止めろよ」

 

ドラコが少し不機嫌そうに言った。シャルロットは驚いて、ドラコの顔をまじまじと眺める。

彼は熱心なスリザリン信者であるが、シャルロットの両親や、ハリーの両親と義理父がグリフィンドール出身であるため、今まで2人の前でグリフィンドールを悪く言ったことはなかった。

 

「あ・・・いや、ハリーはグリフィンドールの可能性が高いだろう? 両親もシリウスおじ様もグリフィンドールだし。 それで君までグリフィンドールになったら、僕だけ仲間はずれで寂しいじゃないか」

 

ドラコはあたふたと言い訳のように言った。

それを聞いて、シャルロットはクスクスと揶揄うように笑う。

 

「大丈夫よ。 もし、寮が離れてもドラコとは仲良くしてあげるわ!」

 

でも、出来ればドラコと一緒がいいなぁ。もちろんハリーも。

シャルロットがそんなことを考えていると、大広間に繋がる扉が開け放たれた。

 

いよいよ、組み分けだ。

 

 

 

 

 

一年生はマクゴナガルの引率で、二重扉を通って大広間へと入った。

 

何千という蝋燭が大広間の上に浮かび、四つの大きな長テーブルを照らす。

上級生は既に席につき、テーブルの上には金色のお皿とゴブレットが置いてある。

広間の上座にもう一つ長テーブルがあり、先生たちが座っていた。

 

端の方にセブルスとレギュラスを見つけた。

シャルロットは手を振りたい衝動に駆られたが、自分がセブルスの娘というのは隠すよう言われているので我慢した。

 

マクゴナガルは、四本足のスツールの上にボロボロのとんがり帽子を置いた。帽子がピクピクと動いた。

 

 

「私はきれいじゃないけれど

人は見かけによらぬもの

私をしのぐ賢い帽子

あるなら私は身を引こう

山高帽子は真っ黒だ

シルクハットはすらりと高い

私はホグワーツ組み分け帽子

私は彼らの上をいく

君の頭に隠れたものを

組み分け帽子はお見通し

かぶれば君に教えよう

君が行くべき寮の名を

 

 

グリフィンドールに行くならば

勇気ある者が住まう寮

勇猛果敢な騎士道で

他とは違うグリフィンドール

 

 

ハッフルパフに行くならば

君は正しく忠実で

忍耐強く真実で

苦労を苦労と思わない

 

 

古き賢きレイブンクロー

君に意欲があるならば

機知と学びの友人を

ここで必ず得るだろう

 

 

スリザリンではもしかして

君はまことの友を得る

どんな手段を使っても

目的遂げる狡猾さ

 

 

かぶってごらん!恐れずに!

興奮せずに、お任せを!

君を私の手にゆだね(私は手なんかないけれど)

だって私は考える帽子!」

 

 

歌が終わると、拍手が沸き起こった。

 

「なんだよ! 僕たちは帽子被ればいいだけか!」

 

「よかった・・・! フレッドのやつ、やっつけてやる。 あいつ、トロールと戦わせられるって僕に言ったんだ!」

 

ハリーとロンがそう話してるのが聞こえた。

テストのようなものでなかったので、シャルロットも取り敢えず安心した。

 

マクゴナガルが長い羊皮紙の巻紙を手にして、一歩前に進み出た。

 

「ABC順に名前を呼ばれたら、組み分けを受けてください」

 

シャルロットは自分の鼓動が早くなるのを感じた。

 

「アボット・ハンナ!」

 

金髪のおさげの女の子が前に出た。頬はピンク色に染まり、興奮していることが窺えた。

 

「ハッフルパフ!」

 

女の子が帽子を被ると、帽子はすぐにそう叫んだ。ハッフルパフのテーブルから割れんばかりの拍手が起こる。

女の子は帽子を脱ぐと、少し照れたようにテーブルへと向かった。

 

 

「ブラック・ハリー!」

 

ハリーの番だ。

 

「ねぇ。 今ハリーって言わなかった?」

「私、こないだ雑誌で見たわよ。 『生き残った男の子、今年ホグワーツ入学か!?』って記事」

 

前の方でハッフルパフの上級生がひそひそと話し始めた。

多くの人が同じことを考えたようで、俄かに広間がざわついた。

 

ハリーは四本足のスツールに向かって歩きながら前髪をかきあげると、稲妻の傷をそのハッフルパフの女子生徒に見せつけてニヤリと笑った。

きゃあっと女子生徒が黄色い悲鳴をあげる。

 

 

「じゃあ、本当だったのね! ハリー・ポッターがブラック家の養子として迎えられてるって噂は」

 

「何でもブラック家の当主って、ハリー・ポッターの父親と親友だったらしいぜ」

 

「え、じゃあブラック先生がハリー・ポッターの父親なの?」

 

「馬鹿ね。 レギュラス・ブラック先生は確かブラック家の次男だわ。 それにあの人、スリザリンじゃないの!」

 

騒然とした大広間もハリーが帽子に手をかけると、シンと静まった。

ハリーは自信たっぷりといった様子で、帽子を被った。

 

「グリフィンドール!」

 

間髪開けずに、帽子は叫んだ。

端のグリフィンドールのテーブルから雄叫びが上がる。

ポッターを取った!ポッターを取った!と叫ぶ上級生に、ハリーは困ったように自分の苗字はブラックだと訂正していた。

 

「あーあ。 ハリー、グリフィンドールになっちゃったわね」

 

「・・・まあ、予想通りだな。 それに君だってグリフィンドールの可能性あるだろ。両親2人ともグリフィンドールなんだから」

 

「やぁね、ドラコったらすっかり拗ねちゃって。そんなにハリーがロンと仲良くなったのが気に入らないわけ?」

 

図星を突かれたのだろうか? ドラコはちょっと悔しいような恥ずかしいような顔をした。

 

 

「ち、ちがうよ。僕は・・・」

 

「グレンジャー・ハーマイオニー!」

 

汽車の中で会った少女の名前が呼ばれた。

 

「あら、汽車で会った子だわ」

 

「グレンジャー? 聞いたことのない名前だな。 マグル生まれじゃないか?」

 

ドラコが顔を顰めた。

ハーマイオニーは待ちきれないとばかりに、帽子を被った。

 

「グリフィンドール!」

 

ロンが呻いてるのが聞こえた。

組み分けはとんとんと進んでいく。

 

「マルフォイ・ドラコ!」

 

ドラコの名前が呼ばれ、彼は背筋を伸ばして前に出た。自信に溢れたその態度はまさしくマルフォイ家の一人息子らしい。

 

ドラコが組み分け帽子を被る。

帽子は一瞬だけ迷うような素振りを見せて。

 

「スリザリン!」

 

大声で叫んだ。

彼は満足そうに、スリザリンのテーブルに向かう。マルフォイ家の子息ということで、大勢の上級生が立ち上がって彼に握手を求めた。

スリザリンから一番遠いグリフィンドールの席にいるハリーが、残念そうにドラコを見つめていた。

 

だんだんと待っている人の方が少なくなっていく。

そして、ようやく。

 

「プリンス・シャルロット!」

 

自分の番だ。

ちらりとセブルスの方を見た。セブルスは誰にもばれない程度に小さく頷いた。隣りでレギュラスも見守っている。

 

「プリンス・・・? 久しぶりに聞く名前だ」

 

「魔法薬に優れた家だったか。 まだ血が続いていたとは」

 

純血名家に詳しいスリザリンの上級生の間ではそんな声が上がっている。

 

「シャルはこの僕の幼馴染なんだ」

 

気取ったようなドラコの声で、さらに注目を浴びているのをシャルロットは感じた。

それもそのはず、プリンス家は長らく表舞台から姿を消していたし、セブルスもスネイプ姓を名乗っている。

こればっかりは仕方ないな、とシャルロットは帽子を被った。

 

「ほぅ! プリンス家の子とは久しいな」

 

帽子が、頭の中に語りかける。

 

「君の父上のことも母上のこともよく覚えているよ。 特に、君の父上はスリザリンにいれようとして、すんでのところでグリフィンドールにしたんだ。 ・・・さて君はどうしたものかな」

 

「そうねぇ。グリフィンドールとスリザリンの二択かしら」

 

「そうであろうな。 まあ、レイブンクローの素質もあるが、概ねその二択だろう。 私としてグリフィンドールを勧めるが、君はどちらがよいかね?」

 

どうやら、帽子は自分に選ばせてくれるらしい。

シャルロットは帽子に、あること(・・・・)を望んだ。

すると、帽子はくすりと楽しそうに笑う。

 

「なるほど! そんな理由で君はその寮を望むのかね。 おもしろい! シャルロット・プリンスは・・・・・・スリザリン!」

 

スリザリンから大きな歓声が巻き起こる。一番大きな声で、ドラコは歓声を上げた。

シャルロットはスリザリンのテーブルににこりと微笑むと、向かって行く。

 

「シャル! まさか君がスリザリンなんて・・・こんな嬉しいことはないよ! すぐに父上に連絡をしなくては!」

 

ドラコは大喜びで、シャルロットを隣りに座らせた。彼の隣りにもともと座っていた女の子--パンジー・パーキンソンがちょっと嫌な顔をした。

 

「初めまして、シャルロット。 これからよろしくね。 私はパンジー。 聖28一族のパーキンソン家よ」

 

彼女は、聖28一族というところを強調させて言った。

シャルロットも貴族らしく優雅に微笑んでみせる。

 

「シャルでいいわ。 長い付き合いになるわね。 よろしくね、パンジー」

 

「私はミリセント・ブルストロード。 プリンス家ってまだ続いてたのね。 没落したと思ってたわ。それもマルフォイ家と親交があるなんて」

 

「やめなよ、ミリー。 スリザリンに選ばれたということは、彼女もまた純血なんでしょ。 仲良くして、シャル。 私はダフネ・グリーングラス」

 

濃いブラウン色の髪の女の子が、困ったようにそう取り成した。顔立ちも上品で、他の子に比べるとどこかおっとりとしていそうだ。

 

「皆、よろしくね」

 

「そうだぞ。 シャルは聖28一族じゃないけど・・・すごく優秀だし、それに純血だ。 仲良くしてやってくれ」

 

ドラコが偉そうに言った。

どうやらシャルロットがグリフィンドールになると思っていたらしく、その予想が外れて先ほどは比べられないほど機嫌が良い。

 

ドラコはさらっと嘘をついてくれたが、シャルロットは祖父がマグルのため正しく言うと純血ではない。だが、スリザリンではそれを隠しておいた方がいいだろう。

 

ちらりと教員席を見た。

グリフィンドールと敵対するスリザリンに入ったことで、悲しませてしまったかと思ったがセブルスは優しい瞳でシャルロットを見守っていたので安心した。

レギュラスも自身が寮監を務める寮に入ってくれたからか、嬉しそうだ。

 

ロン・ウィーズリーがグリフィンドールに決まり、やがて組み分けは終わった。

 

アルバス・ダンブルドアが立ち上がった。腕を大きく広げ、にっこりと笑う。

 

「新入生の諸君、入学おめでとう! 簡単にだが、今ここにいる教員を君たちに紹介しよう。 まず、副校長兼変身術の教師マクゴナガル先生じゃ。 彼女はグリフィンドールの寮監でもある。次に、スプラウト先生・・・」

 

ダンブルドアが次々と教職員を説明していく。自分の名が上がると、先生方は立ち上がり一礼をした。

 

「・・・次に、闇の魔術に対する防衛術のクィレル先生。 そして、魔法薬のスネイプ先生じゃ。 例年通り、スネイプ先生は全魔法薬研究会に所属しているため、大変多忙である。 そのためスネイプ先生の都合が合わない時は、今年もレギュラス・ブラック先生が魔法薬の授業を担当する。 またブラック先生がスリザリンの寮監じゃ」

 

セブルスが素っ気なく一礼をしてとっとと座ったのに対し、レギュラスは優雅なお辞儀をした。

 

「先程一部の生徒が騒いでいたように、確かにハリー・ブラックは私の甥です。 ですが、特別扱いは当然しませんのでそのつもりで」

 

皆の前でスリザリン寮監がグリフィンドールの生徒にそう言い放ったため、意地の悪いスリザリン生徒はクスクスと笑った。

 

「全く馬鹿馬鹿しいな。 レギュラスおじ様は・・・いや、ブラック先生は当然のことを言っただけじゃないか」

 

「そうね。 まあ、ハリーはプライド高いからそう考えないでしょうけど」

 

漸く教員の紹介が終わる。

皆、お腹が空いて早く校長の話が終わることを願っているのが見て取れた。

 

「さあ、もう何を言っても皆の頭に入らないだろう! 宴を始めよう。 わっしょい! こらしょい! どっこらしょい!」

 

その言葉を合図に、テーブルの上にはたくさんのご馳走が並んだ。

 

ラムチョップ、ポークチョップ、ローストビーフ、ポテト、サラダ・・・。

 

シャルロットも早速手を伸ばした。

 

「ねぇ、ドラコ。よかったらお皿に盛ってあげましょうか?」

 

パンジーが甘えるような声色で言った。

 

「いや、シャルに取り分けてもらうから大丈夫だ」

 

「全く・・・そのくらい自分でやりなさいよね」

 

シャルロットは苦笑しながらも、ドラコからお皿を受け取りバランス良く盛り付ける。

ますますパンジーから敵意のこもった目を向けられたが、まあこれは仕方ない。

 

「ねぇねぇ、プリンス家って今何してるの? 私も今日シャルに会うまでは、プリンス家ってもうなくなったのかと思ってたよ」

 

ダフネが訊くと、周りも興味津々に耳を傾けた。

しかし、シャルロットより先にドラコが答えた。

 

「そんなことはないぞ。 僕の父上は、シャルの父親と友人だしよく会っている。 ただ…そうだな、あまり社交界に顔を出すタイプではないな」

 

「何の仕事をしているの?」

 

「シャルの父親の仕事は、あまり他人に言わないよう強く言われているんだ。 だが、立派な仕事だよ」

 

今その父親がすぐ側にいるというのに、ドラコが上手く誤魔化した。やはり、ドラコやセブルスと話を合わせておいてよかった。

 

「そうなんだ。 シャルのお母さんは?」

 

「私のママは病気で、もう長いこと入院しているの」

 

「あっ・・・ごめんなさい」

 

この質問にはシャルロットが答えたが、訊いたダフネは慌てて謝った。

シャルロットはこの子と同じ部屋だといいなと思った。

 

楽しい晩餐会は進んでいく。やがて、テーブルの上の料理は消え去り、デザートが現れた。

皆が食べ終わった頃、ダンブルドアが再び立ち上がった。

そして、廊下で魔法を使わないようにとのこと、クィディッチの予選が行われることを話した。

 

「1年生がクィディッチチームに入れないなんて、絶対おかしいよ」

 

拗ねたようにドラコは呟いた。

 

「そして・・・とても痛い死に方をしたくない人は、今年いっぱい四階の右側の廊下に入ってはいけません」

 

ダンブルドアの言葉に、笑った生徒はほんの数人だった。

 

「一体何のことかしらね?」

 

「さあ・・・?」

 

シャルロットもダフネと2人で首を捻った。

 

何ともふざけた歌詞の校歌を歌って、漸く宴会はお開きになった。

スリザリンの監督生に誘導され、大広間を出る。ハリー達におやすみの挨拶を言いたかったが、無理そうだ。

 

スリザリンの談話室は湖の底にあった。エメラルド・グリーンの色合いと銀色のランプが、目に優しくて綺麗だ。

何人かの新入生ははしゃいで談話室を見て回っていたが、あいにく自分にはそんな元気は残っていなかった。

 

「シャル! 部屋いっしょだよ! パンジーとミリセントも!」

 

一足先に部屋に入ったダフネが、喜びの声を上げた。どうやら寮は4人部屋らしい。

寝室は歴代の有名なスリザリン生のタペストリーが飾られていて、アンティーク調のベットが置かれている。

 

部屋には、既に自分たちのトランクが届いていた。

おやすみの挨拶もそこそこに、シャルは緑色の毛布を引っ張ると意識を手放した。

 




スリザリンオリ主の親友みんなダフネ説。

原作とは反対に、組み分け帽子はハリーを迷わずグリフィンドールに入れ、ドラコの組み分けには少し迷いました。
でも結局原作通りですね。

更新お待たせしました!


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レギュラス・ブラック先生の授業

昨夜、疲れ果てて泥のように眠ってしまったシャルロットは朝早くに目が覚めた。

一瞬ここがどこだか分からずに混乱したが、銀色の刺繍が施された緑の掛け布団を見て全てを思い出す。

起床の時間まで少し時間があったが、シャルロットは周りの皆を起こさないようベットを抜け出した。

 

談話室は静まり返り、湖を通して柔らかな朝日がほんのりと入っている。

スリザリンの談話室は、湖の下の地下牢に位置するため、どうしても暗いイメージを持たれがちであるが、そんなことはない。

 

荒削りのゴツゴツした石で囲まれた談話室はむしろ温かみがあって落ち着くし、明かりの全てが緑と銀色のランプで出来ているのも洒落ている。シャルロットは既にここが気に入り始めていた。

窓に押し寄せる水音は心休まるし、まるで小さなアクアリウムのようだ。

誰もいない談話室でゆっくりすることも考えた。が、せっかくなので廊下に出てみることにした。

 

石の扉を開けて、ひんやりとした地下牢の廊下に出る。

すると、廊下に黒髪の男性が歩いてるのを見つけた。

あの人は。

 

「レギュラスおじ様・・・じゃなくて、ブラック先生!」

 

「気をつけなさい、プリンス。 公私の区別は付けなければいけないよ」

 

シャルロットが駆け寄ると、レギュラスは有無を言わさない厳しい口調で諭した。

ゴーストさえ彷徨いていない早朝だというのに、既にレギュラスはぱりっとしたローブを着ている。

 

「ごめんなさい」

 

シャルロットは素直に謝った。するとレギュラスは、まるで少女のような華奢な手をぽんとシャルロットの頭に置いた。

 

「・・・とは言え、今はまだ誰も起きていません。 私の部屋でコーヒーでも1杯いかがです、シャルロット(・・・・・・)?」

 

シャルロットは、ぱあっと顔を輝かせた。

 

「えぇ、もちろん!」

 

「おいで」

 

レギュラスに導かれ、談話室の近くに位置する彼の部屋へと入った。

テーブルと2つの椅子。シンプルなベットに、整頓された本棚。最低限の日用品。

物が少なくこざっぱりとした部屋は、レギュラスの性格そのままに思えた。

部屋の中は、コーヒー豆の匂いで満たされている。シャルロットは胸いっぱいに吸い込んだ。

 

「入学おめでとう、シャルロット。 君がスリザリンに入ってくれて嬉しいです」

 

レギュラスは淹れたてのコーヒーをシャルロットの前に置いた。

ミルクと砂糖をたっぷり入れて、コーヒーを飲むシャルロットを見てレギュラスは柔らかく笑った。

 

「えぇ。パパと同じグリフィンドールも悪くなかったけど・・・スリザリンの談話室はとても素敵だわ」

 

「セブルスも、スリザリンの素質はあったんです。 組み分け帽子はスリザリンにしようとして、すんでのところでグリフィンドールに変えたらしいけれど」

 

レギュラスの言葉から、セブルスもスリザリンに入ってほしかったと思っていることが窺えた。

 

「ダリアお祖母様は元気にしているのかな? 暫くご挨拶に行ってませんが・・・」

 

「えぇ、元気よ。 今は屋敷にメアリーしかいないから寂しい思いをしてないといいけれど」

 

1年のほとんどをホグワーツで過ごすレギュラスだが、未だに休暇はプリンス家の別邸で過ごしている。

シリウスと違い、気品があってスリザリン出身のレギュラスはダリアのお気に入りだった。

 

シャルロットは知る由のないことだが、レギュラスは深く深くプリンス家に恩義を感じている。

もともと一度落としたはずの命だった。信奉していた闇の帝王に失望し離反し、そして因縁を解く間もないままに彼は消えた。途方に暮れていたレギュラスに居場所を与えたのは、ダリアであり、セブルスであり、そしてレギュラスが何者であったかを知らない無垢な赤ん坊(シャルロット)だった。

 

その感謝の気持ちに、今も変わりはない。

 

「そうですか。 暇が出来たら、プリンス家に行ってみます。 ・・・シャルロットはどの授業が楽しみなの?」

 

「もちろん、魔法薬よ!」

 

すると、レギュラスは少し申し訳なさそうな顔をした。

 

「お父さんの授業を楽しみにしているのに申し訳ないですが・・・セブルスが忙しくてね。 初回の魔法薬の教師は私なのですよ」

 

「あら、そうだったの。 でも、レギュラスおじ様の授業も楽しみだわ」

 

これは本心だった。

時計を見ると、もう起床の時間だ。何も書き置きをしていないので、ベットの中に自分が居なかったら皆が驚くだろう。

 

「さあ、そろそろ談話室に帰りなさい」

 

レギュラスにも促され、部屋を出た。

 

寝室に戻ると、皆寝ぼけ眼でローブに着替えていた。

寝起きが悪いらしくベットにかじりつくミリセントを、パンジーが無理矢理起こしている。

 

「あ、シャル! どこ行ってたのさ。今探しに行こうとしてたんだよ」

 

ダフネが欠伸を噛み殺しながら言った。

 

「目が覚めちゃったから、ちょっと散歩に」

 

特別扱いされてると思われるのは嫌なので、レギュラスと会ったことは伏せた。

 

「ちょっと2人とも! 呑気に話してる暇があるなら、ミリセント起こすの手伝いなさいよ!」

 

パンジーが泣きそうな声で言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法薬の教室は同じく地下牢に位置している。

所狭しと色々な瓶が並ぶその部屋は、薬品保存のためか窓がなく暗い印象を受けた。

 

敵対するグリフィンドールとの合同授業ということで、多くの生徒がギスギスとしている。そんな中で、もちろん例外も居た。

 

「おはよう、ドラコ。 シャル。 君たちと寮が離れて残念だな」

 

ローブを着崩して赤と金のネクタイを緩く締めたハリー・ブラックは、ドラコとシャルを見つけるとヒラヒラと手を振った。

 

「ハリー、だらしないぞ。なんだ、そのローブの着方は。 ブラック家らしく身嗜みはしっかりしろよ」

 

「分かってないなぁ。 これがお洒落なんだよ。 で、スリザリンはどう?」

 

「うん、静かで落ち着いていて悪くないね。まあ君はグリフィンドールだと思ってたよ。シリウスおじ様も大喜びだろ」

 

組み分けの時はあんなに拗ねてたくせに。

シャルロットは喉までその言葉が出かかったが、ドラコの名誉のために黙ってあげることにした。

 

「それ言ったら、シャルの曾祖母(ひいばあ)さんも大喜びなんじゃない?」

 

「大喜びだったわよ。 セレスに手紙持たせたら、すぐに返ってきたわ」

 

楽しく談笑をする3人を、ロンは気に入らなそうに見つめ、パンジーとミリセントも眉を吊り上げている。

とは言え、ハリーも養子とは言えブラック家の息子。冷静に考えれば、純血の名家同士が仲良いのはそんなにおかしなことではないのである・・・が、やはり寮の因縁は深い。

 

ふとシャルロットは、見覚えのある女の子が前の端っこの席に1人で座っているのを見つけた。

 

「おはよう、ハーマイオニー。 昨日はよく眠れた?」

 

「あ、あら。シャル・・・おはよう」

 

本を読んでいたようで、ハーマイオニーは少し驚いたようだった。

ちらりと本の内容を盗み見ると、2年生の教科書。マグル育ちなのに、もうここまで勉強してるなんて。

この子には負けたくないなと、シャルロットの中でプライドに火がついた。

 

もう少しハーマイオニーと話したかったが、ちょうど扉が開きレギュラスが入ってきたのでシャルロットは席に戻った。

 

「おい。 やめろよ、マグル生まれと仲良くするのなんて」

 

ドラコがこそっとシャルロットに耳打ちした。

 

「あら、何で? 彼女はきっと、とても頭がいいわよ」

 

さらにドラコは何か言おうとしたが、既にレギュラスが来ていたため何も言わなかった。

 

「申し訳ないが、初日からスネイプ先生は都合が悪いらしいので、本日の授業は私が受け持ちます。 早速教科書を開いて」

 

素っ気なくレギュラスは言い放った。

慌てて皆はパラパラとページを捲る。が、グリフィンドールの後ろの方の席からクスクスと笑う声が聞こえた。

 

「ハリー・ブラック。 いつまで友人と喋っているのですか。 それほど余裕なら、アスフォルデの球根の粉末にニガヨモギを煎じたものを加えると何になるか答えてもらいましょう」

 

ハーマイオニーがピンと手を挙げた。

1年生で習う内容のものではないのに、大したものだ。シャルロットも負けじと手を挙げた。

 

ハリーはちょっと悔しそうに黙っていた。

 

「ブラックは分からないようだね。 それでは、ミス・プリンス」

 

「はい、生ける屍の水薬です」

 

「素晴らしい。 スリザリンに5点」

 

レギュラスは満足そうに、頷いた。

スリザリンの生徒もシャルロットを羨望の眼差しで見つめた。

 

「では、ブラック。 ベゾアール石を見つける際、どこを探せばいいかわかりますか」

 

「いいえ、わかりません。ブラック先生」

 

ハリーが『ブラック先生』というところに皮肉を込めて言う。関係上は叔父にあたるというのに、ハリーはシリウスの影響もあってかレギュラスを嫌っていた。

 

「それでは・・・・・・ミス・グレンジャー?この問題が分かるというのですか?」

 

レギュラスは少し驚いたように、グレンジャーを指名した。

ハーマイオニーは嬉しそうに立ち上がる。

 

「はい、ブラック先生! ベゾアール石は山羊の胃の中から見つかります」

 

「・・・合っています。 グリフィンドールに5点。 それではミスター・ブラック、最後にもう1つ。 モンクスフードとウルフスベーンの違いは?」

 

またしても、シャルロットとハーマイオニーが手を挙げた。

ハリーは黙っている。

 

「わからないようだね。それでは・・・次はミス・プリンス」

 

「両方とも同じものです、ブラック先生」

 

「素晴らしい。 スリザリンに再び5点。 ハリー・ブラック、出来もしないのに騒ぐのは迷惑です。 グリフィンドール10点減点。 次からは出て行ってもらうのでそのつもりで」

 

ハリーはプライドを傷つけられたらしく、レギュラスを睨みつけた。

その一方でハーマイオニーはせっかく自分が点を稼いだのに、ハリーが減点されたので嫌な顔をしていた。

 

その後は、おできを治す薬という簡単な調合に取り組んだ。

2人1組だったため、シャルロットはダフネと組んだ。まともに調合できてない組が多かったが、シャルロットの作った薬は完璧だったためダフネにとても感謝された。

 

時間が余ったたため、ドラコとノットの薬を見てあげていると、突如爆発が起こった。

どうやらグリフィンドールの机らしい。

 

「何をしているのです、ロングボトム! ああ、大鍋を火から下ろさないうちに山嵐の針を入れましたね?」

 

ネビル・ロングボトム。

汽車の中でヒキガエルを探していた子だ。可哀想なことに、もろに薬を被ったらしく顔が酷いことになっている。

 

レギュラスは杖を振って、周りに零れた薬を取り除いた。

 

「ブラック、君は隣りで見ていたのにこれを注意しなかったのですか? なかなか素敵な性格をしていますね。 …彼を医務室に連れて行きなさい。 グリフィンドール5点減点」

 

レギュラスがハリーと目を合わせずに言う。

ハリーは何か言い返そうとする素振りを見せたが、ネビルを医務室に連れていく方が先だと判断したらしい。レギュラスをもう一度睨むと、ネビルを連れて部屋を出ていった。

 

「うーん、今のはちょっと理不尽かしらね」

 

「もう少し仲良くできないものか? 全く・・・ハリーも子どもだな」

 

ドラコは大人びた口調で偉そうに答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法薬の後の午後は、授業が入っていない。

あちらこちらで漸く1週間が終わったことに、ほっとしている1年生が多かった。

 

セブルスの影響で魔法薬こそ完璧にこなせたものの、他の授業はまちまちだった。

特に変身術のマッチを針に変える魔法は、もう少しで上手く行きそうだったが結局色しか変えられなかった。

 

図書館にでも行ってみようか。

そんなことを考えながら昼ご飯のミートパイを咀嚼していると、後ろから肩を叩かれた。

 

 

「やぁ。ハグリッドにお茶に誘われてるんだけど、シャルもどう?」

 

振り返ると、ハリーと・・・少し複雑そうな顔をしたロンが居た。大方スリザリンの奴と過ごすのは嫌だけど、シャルロットはまだマシだしハリーの幼馴染なら仕方がない。そんなところだろうか。

 

「楽しそうね。ぜひ行くわ」

 

「そう来なくちゃ! ドラコも行くだろ?」

 

ハリーの言葉に、今度はロンが露骨に嫌な顔をした。

ドラコも食事の手を止めて、ロンを一瞥する。

 

「・・・いや、遠慮するよ。 僕はあまりハグリッドには好かれてないみたいだし。 それに父上の耳に入ったら叱られるからな」

 

本人は飄々と答えていたが、シャルロットにはドラコの言葉が寂しいものに思えた。

 

「そんなことない。 ハグリッドは、ドラコのことをよく知らないだけなんだ。 ・・・ただ、ドラコのパパが怒るなら仕方ないね」

 

ハリーもドラコを気遣ってか無理強いはしなかった。

 

ドラコと分かれたハリー、ロン、シャルロット一行は玄関ホールを出ると中庭へ出た。歩いてる間中、ハリーとロンはずっとレギュラスの悪口を言っていたのでシャルロットは少し居心地が悪かった。

 

「まあ、でもレギュラス先生は代理だろ。 セブルスおじ・・・いや、スネイプ先生はグリフィンドールだから贔屓してくれるよ」

 

シャルロットはうっかり『セブルスおじさん』と呼びそうになったハリーを軽く小突いた。有難いことに、ロンは全然気付いていないようだ。

 

「ハリーもブラックだし、ブラック先生もブラックだし紛らわしいなぁ」

 

ロンがぼやいた。

 

ちなみにハリーの認識は甘く、セブルスは魔法薬に関しては身内贔屓は一切しない人だと、彼が改めて理解するのはもう少し後の話である。

 

ハグリッドとはブラック邸に遊びに来た時に会ったことは何度もあるが、家へ行くのは初めてだ。

 

ハグリッドの家は禁断の森のすぐ近くに建っていた。

畑に囲まれた小さな家は、牧歌的だった。

木で出来た扉をノックすると、中からガリガリと引っ掻く音がした。

 

「こら、ファング。やめんか!退がれ!」

 

ハグリッドは大きなボアーハウンド犬の首輪を押さえながら、3人を部屋に招き入れた。

 

部屋の中はキジやらハムがぶら下がり、火にかかったヤカンがカタカタと楽しげな音を立てている。そして、何よりベッドの大きさにシャルロットは驚いた。

 

「やぁ、ハグリッド。こっちはロンだよ」

 

ハリーが紹介した。

 

「その赤毛はウィーズリー家の子だな。 おまえさんとこの双子の兄弟を森から追っ払うのに俺は人生の半分を費しているようなもんだ! ほら、シャルも座ってくつろいでくれや!」

 

ロックケーキは歯が欠けるほど固かったが、3人は美味しそうな振りをした。シャルロットは温かい紅茶を飲みながら、ハリーが授業のことを話しているのを聞いていた。ファングが構ってほしそうに、シャルロットの足を鼻でつつく。

 

「そういえばさ、ハグリッドは4階の廊下に何があるか知ってる? 僕、そのうち夜中探検に行ってみようかなぁ」

 

和やかなお茶会だったが、ハリーが4階の右側の廊下の話をすると、ハグリッドが動揺したようにお茶をこぼした。

 

「そんなことしちゃいけねぇ!」

 

あまりの大声に、シャルロットやロンを始めファングまでピクリとした。

 

「・・・え? もしかして、ハグリッド本当にあそこに何があるか知ってるの? ねぇ、教えて教えて!」

 

ハリーが眼鏡の奥で目をキラキラと輝かせて、身を乗り出した。

その時、まるで示し合わせたかのようにティーポットカバーの下から一枚の紙がひらりと落ちた。

どうやら、新聞記事の切り抜きらしい。題名は『グリンゴッツ、侵入される!!』とあった。

 

ハリーは宝物を見つけた少年のように、悪戯っぽく笑った。

 

「ハグリッド、普段新聞なんて読まないよね? ねぇ、もしかしてこの盗まれた物と4階の廊下って何か関係があるの?」

 

ハグリッドは何も答えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レギュラスは眉間の皺をとんとんと指で叩いた。

 

魔法薬は、困難かつ繊細な分野だ。そのため、才能も出やすく初日の課題から酷い出来の生徒も居れば、ほぼ完璧な生徒も居た。

血筋なのか本人の努力か、シャルロットの出来が素晴らしいのは勿論だが、グレンジャーという苗字の少女もなかなかの出来だった。

 

レギュラスはブラック家の次男だ。

マグルを排除すべき下等生物だと考えていた時期も、確かにあった。

しかし、未だ自分の中にマグルへの偏見は燻っているものの、教壇に立ち千差万別の生徒と関わるうちにその考えは薄れていた。

 

不意に、自室の扉がノックされた。

しかし、レギュラスは驚かなかった。この時間に人と会う約束をしていたからだ。

 

「どうぞ、セブルス」

 

レギュラスが声をかけると、扉ががちゃりと開いた。杖を一振りして、ウィスキーのボトルとピカピカに磨かれたグラスを2つ取り出した。もう1度杖を降ると、宙に浮いたボトルがトクトクとグラスにウィスキーを注いだ。

 

「初日から代理を頼んですまなかったな」

 

「構いませんよ。 学会はどうでした?」

 

すると、セブルスは眉をしかめてウィスキーの入ったグラスを一気に呷った。

 

「変わり映えはしないな。 新しい学術の発展より、自分の権力を大切にしてるような奴らばかりだ」

 

不機嫌そうにセブルスはウィスキーをもう1杯注いだ。

 

「そっちはどうだった?優秀な生徒は・・・居たか?」

 

自分の娘を思って少しソワソワするセブルスに、レギュラスは思わずクスリと笑った。それは貴族のような品のある笑い方だった。

 

「えぇ、シャルが勿論一番ですよ。やはりプリンス家の血筋ですかね」

 

レギュラスの言葉に、セブルスは思わず破顔した。

魔法薬学のことしか頭にない研究者気質の普段の彼と違う、父親の一面であった。

 

「そうか。 やはり、シャルが一番か」

 

「えぇ。 ただ、他にも才能を感じる生徒は何人かいました。 特に・・・グレンジャーという生徒をご存知ですか? マグル生まれのようですが、なかなか良い出来でした」

 

「あぁ、既に教員の中で有名だ。 ミネルバのマッチを針に変える課題をクリアしたらしいからな」

 

セブルスは軽く頷いた。

毎年マクゴナガルはこの課題を一年生に課すが、初回で上手く行く生徒は殆どいないのだ。

 

「それはなかなかですね。 全く・・・それに比べてハリー・ブラックと言ったら。 完全に兄上の良くない影響を受けていますね。憎らしいこと、このうえない」

 

レギュラスは相当苛付いてるようだったが、セブルスは思わず苦笑してしまった。

自身はまだ授業を行ってないが、教員の間から又聞きしたハリーの噂があまりにもジェームズにそっくりだったからだ。

 

「・・・聞いていますか、セブルス? ダンブルドアの頼みでなかったら、あんな男のお守りなんてまっぴら御免ですね」

 

「そんなことは言わないでくれ。 確かにダンブルドアの頼みでもあるが・・・私からの頼みでもあるんだ。 私はホグワーツを空けることが多いからな。 ハリーももちろんだが、シャルのことも見守っていてくれ」

 

「それはもちろん。私にとっても、シャルは大切な存在ですから。・・・もし、ハリー・ブラックかシャルロット、どちらかしか助からないとしたら私は迷わず後者を選びますよ」

 

酒が入っているせいか、さらりと過激な発言をしたレギュラスに、セブルスは喜んでいいのか諭すべきか複雑そうな顔をした。が、彼もまた酔っていたので細かいことは気にしないことにした。

 

「引き続き、クィレルの動向を見張ってくれ。 頼むぞ、レギュラス」

 

「御意」

 

どこかで、フクロウがホゥと鳴いた。

風もない穏やかな夜。

 

2人の男は再び酒を満たすと、チンと音を立ててグラスを交わした。

 




感想で、スネイプ先生の授業を楽しみにしていた方ごめんなさい( ̄▽ ̄;)

シリウスの死ぬシーンが辛すぎて、録画した不死鳥の騎士団が見れません。


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2人のシーカー

 

その日、ハリー・ブラックは非常にご機嫌でベーコン・エッグをぱくぱくと口に運んでいた。

 

雲ひとつない青空は飛べばそのまま吸い込まれそうで、絶好のクィディッチ日和だ。

そもそも今日から始まる飛行訓練は、あくまでも魔法使いが最低限箒で飛べるようになるためのものであり、あまりクィディッチとは関係ない。だが、ハリーは手当たり次第に自分が1歳の頃からおもちゃの箒を乗りこなしていた話を繰り返していた。

 

「あーあ・・・せっかくの飛行訓練なのにスリザリンと合同ってのはなぁ」

 

ロンはサンドイッチを口に放り込みながら、憂鬱そうに言った。

 

「そう? 僕は嬉しいけど」

 

「スリザリンとの合同授業で喜ぶのなんて、君くらいのものだよ」

 

朝食を終えると、ハリーとロンは校庭へと急いだ。

校庭での授業は初めてだが、二十本ほどの箒が整然と地面に並べられていたのですぐに分かった。

 

飛行訓練指導のマダム・フーチは白髪を短く切った、いかにも体育会系と言った教師だった。

赤色と緑色でぱっくり分かれている生徒達の中で、仲良く談笑するハリーとドラコとシャルロットはなかなか異質だった。

 

「こら、そこ! 無駄口を叩かないで! さあ、箒の横へお立ちなさい」

 

ハリーは箒をチラリと見下ろした。かなり前のコメットの旧型だ。

何てボロボロなんだろう!

ハリーはちょっとガッカリした。もし、ここにこないだシリウスに買ってもらったニンバス2000があったなら、皆が腰を抜かすほどの飛びっぷりを見せてあげられるのに。

 

「さあ、左手を箒の上に突き出して。 そして、『上がれ』と言いなさい」

 

「上がれ!」

 

マダム・フーチの言葉で、一斉にみんな叫ぶ。

ハリーの箒はすぐさま飛び上がって、ハリーの手に収まった。ハリーは自慢げにふんと鼻を鳴らす。

少し離れたところで、ドラコも1発で箒を手中におさめるのが見えた。しかし、意外なことに上手くいかない生徒は多かった。全く、みんなこの年になるまで箒に乗らないなんてどうかしている。

 

箒と学力はどうやら関係ないらしく、何度も「上がれ!」と叫んでいたがハーマイオニーの箒は微かに身じろいだだけであったし、シャルロットに関しては箒はぴくりとも動かない。ドラコがシャルロットにマンツーマンで教えてあげていた。

 

やがて、マダム・フーチは箒にまたがる方法をやって見せた。

 

「さあ、それでは次は私の合図で地面を蹴ってみましょう。 いきますよ、それ・・・いち、にの・・・」

 

「うわああああああああああああああ」

 

マダム・フーチの言葉は最後まで続かなかった。

ネビルが強く地面を蹴りすぎたのか、すごい勢いをつけて空へと舞い上がった。そして、そのまま箒は真っ逆さまに落ちる。

周りから悲鳴が上がった。

ネビルがドサッと地面に落ちると同時に、ポキッと明らかに骨の折れた音がした。

 

「手首が折れているわね」

 

マダム・フーチはネビルを立たせると、他の生徒に向き直る。

 

「これからこの子を医務室に連れていきますから、その間誰も動かないこと。 さもないと、クィディッチの『ク』を言う前にホグワーツから出て行ってもらいますよ・・・さあ、行きましょうネビル」

 

ネビルの顔は今や涙でグチャグチャだ。よろよろと先生に抱きかかえられるよう歩いていった。

 

「見たかよ、さっきのあいつの顔」

 

マダム・フーチとネビルが遠ざかると、スリザリン寮生のブレーズ・ザビニが嘲笑う。それを皮切りに他のスリザリン寮生もゲラゲラと笑った。しかし、隣りに同じくらい飛べなそうなシャルロットがいるせいかドラコはあまり笑っていなかった。

 

「やめなさいよ、あなたたち」

 

「あら、パーバティったらあんなチビに気があるなんて知らなかったわ」

 

パンジー・パーキンソンの言葉に、さらに2つの寮は険悪になる。

ハリーは草むらに思い出し玉が落ちているのを見つけると、後でネビルに返してあげようとポケットに入れた。

ハリーは箒に跨った。軽く地面を蹴ると、2メートルほど浮かぶ。

 

「ふーん、こんなオンボロでも何とか飛べるもんだな」

 

「ハリー! あなた何をやっているの!? フーチ先生の言葉を聞いてなかったの!? 退学になるわ!」

 

ハーマイオニーの金切り声が飛ぶ。皆の注目がハリーに集まった。

ハリーは思い出し玉をしまったのとは逆のポケットに手を突っ込むと、黄金色の小さな何かを取り出しニヤリと笑った。・・・スニッチだ。

 

「なぁ、ドラコ。競争しないか? どっちがこれを先に取れるか」

 

ドラコは吃驚して、スニッチとハリーの顔を交互に見つめた。

 

「そんなものどこで手に入れたんだよ、ハリー」

 

「もちろん拝借してきたのさ。 で、やるの?やらないの?」

 

「でも・・・バレたら退学だぞ。 君はわかってるのか?」

 

すると、ハリーは突然ケラケラと笑い出した。

 

「僕と君が退学? まさか! そんなことあるわけないだろ。・・・ビビってんのか、マルフォイ坊ちゃん」

 

「なんだと?」

 

ドラコの白い顔にほんのり赤みが刺す。

あっさりと挑発に乗ったドラコは、ひらりとコメットに跨った。

 

「勝負に乗ってやるよ」

 

「そうこなくちゃね」

 

ハリーがスニッチを城の方に思いきり投げる。金色のスニッチは羽を小蜂のように瞬かせ、あっという間に見えなくなった。

ハリーとドラコが同時に追いかける。

 

「やめて、ハリー! だめよ!」

 

ハーマイオニーの声は彼たちに辛うじて聞こえたのか、否か。

ぐんぐんと箒は高度を上げる。

シャルロットが、またかと言わんばかりに溜息をついた。

パンジーや何人かのスリザリン生は黄色い声を上げてドラコを応援してる。

 

風を切って、二人は飛び続けた。やがて城に辿り着くと、塔の周りを回りながらスニッチを探す。勢いよく旋回すると、箒がチリチリと音を立てた。

 

「クッソ! このオンボロめ!」

 

キンキンする耳を押さえながら、ハリーは悪態をついた。全くもってニンバス2000が恋しい。

 

ハリーは箒の柄を掴んだまま、当たりを見渡す。城の中庭の方に、きらりと何かが金色に光った。

 

見つけた。

 

ハリーは箒をぐっと掴むと、急降下した。僅かに遅れて、ドラコも。

耳が弾き飛ばれそうになるほどの風圧。スニッチは再び皆がいる校庭の方にひらひらと逃げていく。

ハリーとドラコはぴったり寄せあって、ぐんぐんぐんぐん加速する。

2人は同時に手を伸ばす。そして・・・。

 

 

「やった! 僕の勝ちだ!!」

 

 

小さな手がスニッチをしっかり握る。

ハリーは息を切らせながら、吠えるように言った。

 

隣りのドラコもはあはあと息を整えている。

 

「クッソ! もう少しだったのに!」

 

「これで28勝27負だな、ドラコくん」

 

ハリーはご機嫌で言うと、ドラコの肩に手を回した。

 

「違うだろ! 27勝27負で引き分けだ。 こないだは僕が勝っただろう!」

 

「あれ、そうだっけ? どっちが正しいが覚えてる? シャルロット・・・」

 

ハリーはシャルロットの意見を聞こうと、皆の方を振り向き、そして凍りついた。

 

そこには、マクゴナガルとレギュラスが仁王立ちしていた。

先程まで大声で観戦していた生徒達も、先生の後ろで小さくなっている。

 

「まあ・・・一体あなた達は・・・よくもこんな・・・大怪我をしていてもおかしくないのに・・・」

 

「全くです。 1年生があんな飛び方を・・・。 さあ、私と来なさい。ドラコ」

 

「あなたは私に着いて来なさい、ブラック」

 

ハリーはさすがにちょっと慌てていたものの、相変わらず生意気そうな顔を崩さずマクゴナガルに着いていく。

ドラコに関しては絶望に打ちひしがれた顔で、手が小刻みに震えていた。

 

 

しかし、2人を待ち受けていたのは最年少シーカーの座と、申し訳程度の3日の罰則だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く、君と付き合うと本当にろくなことないよ」

 

溜息を吐きながら、ドラコは表玄関の大きな窓を拭いた。装飾が無駄に華美なため、拭くところは嫌という程ある。なぜ自分がこんな屋敷しもべ妖精みたいなことをやらなければいけないのか、と言いたげだ。

 

「何言ってんだよ。 シーカーになれることと比べたら、こんな罰則安いもんだろ」

 

「・・・まあね。 でも、うちの親は君のとこみたいに甘くないんだよ。 見せようか? 羊皮紙3枚にわたる説教」

 

「あははは! そりゃ傑作だ」

 

ハリーは心底おかしそうに笑った。

とは言え、その長文の手紙と共にしっかりドラコの持ち物のニンバス2000も送られてきたらしいので、彼の親も口では何と言おうが甘い。

 

「それじゃあ、あなたたちは規則を破ってご褒美がもらえたと、そう思ってるのね!?」

 

ややヒステリックな声に振り返ると、ハーマイオニーが腰に手を当てて立っていた。

 

「気のせいかな? 今、君『あなたたち』って言った? 僕は、君みたいなのと友達になったつもりないけど」

 

ドラコがさらりと皮肉を言う。

 

「やぁ、ハーマイオニー。 元気?」

 

呑気なハリーの言葉に、ハーマイオニーはさらに眉を吊り上げた。

 

「今回は偶然助かったけど、わかってるの? あなた退学になってたかもしれないのよ。 それか軽くても減点よ!」

 

「何言ってんだよ、減点なんてされてなんぼだろ。 なぁ、ドラコ」

 

「いや、僕はそこまで思ってないぞ・・・」

 

「・・・あら、そう。 それなら言っておきますけどね。あなたがくだらない理由で減点されたその点数は、私が獲得したものだってこと忘れないでちょうだいね!」

 

それだけ言うと、ハーマイオニーは肩をそびやかして行ってしまった。

 

「あんなにお節介な人、他に知ってる?」

 

「いいや。だがまあ、彼女の言ってることは正論だぞ」

 

ハリーとドラコは窓拭きを再開した。

ハリーは全く気にしていないようだが、廊下に人が通る度にチラチラ見られて恥ずかしい。

1年生でシーカーが誕生するのすら何百年ぶりかなのに、それが2人ということで最早校内中がこのことを知っていた。

多くの上級者から褒められ悪い気はしなかったが、スリザリン内ではグリフィンドールよりずっと罰則に対して恥を持つ。

 

「あーあ、シャルが昨日みたいに差し入れ持ってきてくれないかなぁ」

 

「来ないだろう。 彼女は今日図書館に行くと言っていた」

 

「ふーん。・・・でさ、さっき話した続き。 三頭犬は何を守っていると思う?」

 

人通りが少なくなると、ハリーは声を潜めてドラコにそう訊いた。

何でも、真夜中の校内探検で立ち入り禁止の廊下で三頭犬が何かを守っているのを見つけたらしい。

 

「さあ・・・分からないけど、それは確かに例の713番金庫から取り出されたものなのか? 僕には、校長があの・・・森の番人にそんな大切なことを頼むとは思えないね」

 

「うーん。 確かにハグリッドはそそっかしいけど・・・信頼はできるいい奴だよ」

 

 

ハリーのフォローに、ドラコは鼻をふんと鳴らした。

 

 

「今夜もう1回見に行ってみようかな。君もどう、ドラコ?」

 

「嫌だね。 君に付き合ってたら、何回退学になっても足りないよ」

 

にべもなくドラコは断った。

 




エタったなんて言わせない。


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ハロウィンは友情の香り

ハリーは、部屋に広がるカボチャの香りで目が覚めた。

寝起き一番で、最初に深呼吸をする。

 

グリフィンドール寮はホグワーツ城の塔の8階に位置している。それなのに、ここまでカボチャの香りがするなんて。

今から夜のハロウィンパーティーが楽しみだ。

 

しかし、同時に今日はハリーにとって大切な日でもあった。

リリー母さんとジェームズ父さんの命日だ。ハリーはベッド脇の写真立てを、そっと手に持つ。写真の中では、リリーとジェームズがくるくるとダンスをして、時々まるでハリーに気付いたかのようにこちらに手を振る。

 

寂しくないと言ったら、嘘だ。

でも自分にはパパ(シリウス)がいるし、幼馴染も友達もいる。

今日はハロウィン。ジェームズ父さんを超えるような、そんな悪戯を誰かにしてやる日である。

 

ハリーがその日仕掛ける悪戯に、教師たちは諌めながらも在りし日の彼の父親を思い出して、微笑ましく思うわけだが・・・もちろん本人は知る由もない。

 

「あら、おはよう。ハリー!」

 

着替えを終えて談話室に降りると、パーバティ・パチルが駆け寄る。そして、甘ったるい声と共に、頬に熱烈なキスをした。

 

「ヒュー・・・おったまげ! 朝からお熱いねぇ、ハリー」

 

少し遅れてロンがニヤニヤ笑いながら、階段を下りてくる。

 

既に2つ上のグリフィンドールの女生徒と付き合っていたハリーだった。が、飛行訓練の時にネビルを笑ったスリザリンに噛み付いたパーバティを気に入って、アタックして射止めたことは寮生なら周知の事実だ。

フレッドとジョージなんて「ハリーの次のお相手予想」でリー・ジョーダンと賭けをしているらしい。

 

「しかし、すごいカボチャの匂いだなあ。 夜が待ち遠しいぜ」

 

『太った婦人』の絵を抜けて、朝食を求め大広間に向かいながら、ロンは起き抜けのハリーが思ったことと全く同じことを口にした。

 

「本当にね。・・・ねぇ、ロン。 可愛い生徒見つけたら教えて。 今日のために取っておきの呪文、考えてあるんだ」

 

ハリーは欠伸を噛み殺しながら、動く階段をひょいと避けた。最初は戸惑ったものの、ようやくホグワーツにも慣れてきた。

 

「何だよ、寝不足? 君、まさか僕を置いて昨日の夜探検に行ったわけ?」

 

「まっさか! 昨日は寝ないで予習してたのさ」

 

ウインクしながらハリーが言うと、ロンはゲラゲラと笑った。

 

「君が予習だって!? 最高のジョークだぜ!」

 

ハリーの言葉がジョークでなかったことは、その後すぐに判明した。

その日魔法薬の授業でハリーはハーマイオニーと張り合うようにセブルスの質問に全て答え、10点を獲得した。(その後、調合中にハロウィンの悪戯と称してあちこちで爆発を起こし、セブルスに容赦なく15点引かれた)

 

「スネイプ先生、陰気で話しかけにくいんだよな。 グリフィンドールのくせに全然贔屓してくれないし」

 

「それは寮監のマクゴナガル先生もだよ。 あーあ、レギュラス先生は結構スリザリンを露骨に贔屓するぜ」

 

ロンとディーンがそんなことをコソコソ話していると、セブルスに私語を咎められてまた減点された。

ハーマイオニーが2人をギロッと睨んだ。

 

次の呪文学の授業では、初めて浮遊呪文に挑戦した。

 

「いいですか、皆さん。 ビューン、ヒョイ!ですよ」

 

フリットウィック先生が、キーキー声で指示を飛ばしながら生徒の間を回る。

 

ウィンガーディアム・レビオーサ(浮遊せよ)!」

 

ハリーが唱えると、羽はふわりと舞い上がった。

隣りでは、ロンの発音にいちゃもんを付けていたハーマイオニーも成功した。

 

「よく出来ました!ミスター・ブラックとミス・グレンジャー大成功です! グリフィンドールに10点! …おっと、ミスター・ブラックは授業の最初になかなかの爆発呪文を見せてくれました! お菓子の代わりに、さらに5点あげましょう!」

 

グリフィンドール生は大喜びだった。

その中でハーマイオニーだけは、気難しい顔をしている。悪戯をしたハリーに追加点が入ったのが気に食わないらしい。

 

「よかったな、ハリー! フリットウィック先生はシャレが通じるみたいだぜ!」

 

ロンがハリーに肩を回して言った。

 

「ねぇ、ハリー。私とラベンダーにも教えて」

 

パーバティが鼻にかかった声でハリーに甘える。

パーバティだけでなく、ハリーと同室のシェーマスやディーンもハリーの周りに集まってきた。

 

「なぁ、ハリー。 僕たちにも教えてくれよ」

 

「そうだよ。 何か昨日ベッドでブツブツ言ってるなって思ったんだよ。 ずるいぞ、1人で予習なんて」

 

わらわらと、ハリーの周りが騒がしくなる。

それと対照的にハーマイオニーの周りには誰も居なく、彼女はぽつんとしていた。

 

授業が終わると、教科書をしまい教室を出た。ロンは少しご機嫌だ。

 

「それにしても、何で急に予習なんて始めたわけ?」

 

「あぁ、こないだハーマイオニーに怒られたんだよ。『あなたが減点されたその点数は私が稼いだものよ』ってね。 だから、僕が獲得した点なら減点されても構わないだろ?」

 

ハリーがこれ見よがしにニヤリと笑う。

 

「なんだ、あいつそんなこと言ったの? 全く悪夢みたいなやつさ」

 

廊下の人混みを押し分けながら、ロンが言った。その時、誰かがハリーにぶつかり追い越して行った。

・・・ハーマイオニーだ。驚いたことに、泣いている。

 

「おい、ロン。 今の聞こえたみたいだよ」

 

「それがどうした? 自分に誰も友達がいないってことは、とっくに気がついてるだろうさ」

 

ロンはそう言ったものの、少し気にしているようだ。

ハリーはロンの腕を掴んで、人混みを掻き分けハーマイオニーを追った。

 

「だめだよ、ロン! 謝りに行こう。 今なら追いつける」

 

「な、なんでだよ。 別に僕は悪いことなんてしてないぜ」

 

「でも僕が昔シャルを泣かせた時に、よくパパに言われたんだ。 女の子を泣かせたら理由はどうあれ、必ず謝りなさいって」

 

しかし、見失ったようでハーマイオニーには追い付けなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大広間中を飛び回る幾千のコウモリに、様々な大きさにくり抜かれたジャック・オ・ランタン。

テーブルを埋め尽くさんばかりのカボチャのご馳走は、果たして全種類食べ切れるだろうか。

 

「うちの家では、毎年ママがパンプキンパイを焼くのよ。 それに屋敷しもべ妖精が、家中にカボチャの飾り付けをするの!」

 

気取った声のパンジーの話を聞きながら、シャルロットはカボチャプリンを平らげた。

スリザリンのテーブルでは、皆がそれぞれの家でのハロウィンの話をして盛り上がっていた。

今日10月31日は、ハリーの両親の命日であり、次の日はシャルロットの母レイチェルが昏睡し始めた日に当たる。そのせいか、プリンス家ではあまりハロウィンのお祝いじみたことはやったことがない。ただ、何度かマルフォイ家でのパーティーには参加したことがあり、その話をするとパンジーにとても羨ましがられた。

 

楽しいパーティーと美味しいご馳走に舌づつみを打っていると、とんとんと控えめに肩を叩かれた。

振り返ると、バツが悪そうな顔のハリーとロンが立っている。

 

「どうしたの?」

 

「いや・・・それがね、ちょっとハーマイオニーと喧嘩しちゃって。 それで女子トイレで泣いてるらしいんだ」

 

ハリーはそこで一旦歯切れの悪い言葉を切る。

 

「悪いんだけど、僕たちじゃ様子見に行けないからさ。 君に見に行ってもらえないかな。…頼むよ、シャル」

 

ハーマイオニー。

シャルロットは優秀な彼女と仲良くなってみたいと思いつつも、寮の垣根のせいかあまり話したことさえなかった。

 

「おい、ハリー。 なんだよそれ。 何でシャルが、そんなマグル生まれの面倒見なきゃいけないんだ」

 

シャルの隣りに座っていたドラコが、迷惑そうな顔で顔を出す。

ロンが何か言い返したそうな顔をしたが、ハリーが肘で小突いて押しとどめた。

 

「・・・仕方ないわね。 いいわよ、見に行ってきてあげる」

 

溜息を1つ吐くと、シャルロットは立ち上がる。

ドラコは露骨に不満そうな顔をした。

 

「あなたも変わり者だね」

 

やり取りを聞いていたダフネが、どこか面白がるように笑った。

 

「恩に着るよ、ありがとう。 シャル」

 

ハリーがシャルロットに向かって手を合わせる。

大したことではないし、グリフィンドールではちょっと浮いてそうなハーマイオニーが少し気になった。

彼女はどちらかというとレイブンクロー気質な気がしたが、組み分け帽子はどうしてグリフィンドールを選んだのだろう。

 

「じゃあ、ちょっと行ってくるわ。・・・ミリー、私の分のパンプキンパイも残しておいてよね」

 

そんなことを考えながら、ミリセントに声をかけた。

 

 

 

 

ハリーの言う通り、1階の女子トイレに入るとすぐに啜り泣きが聞こえた。

パーティーが始まってだいぶ時間が経つのに、こんな所で1人で泣いてたなんて。

 

「ハーマイオニー?」

 

小さな声でそっと呼びかけると、返事はすぐに返ってきた。

 

「・・・だれ?」

 

「シャルよ。シャルロット・プリンス」

 

「ど、どうしてスリザリンのあなたが・・・」

 

どちらかと言うと、戸惑ったような声だった。

 

「聞いたわ。 ドラコがあなたのことマグル生まれって言ったらしいわね。 確かにスリザリンはそういう考えの人多いけど・・・私はあなたと仲良くなりたいと思っているの」

 

個室の中でしゃくりをあげる声が聞こえた。

 

「あ、ありがとう。シャル。でも、私・・・」

 

「私に様子を見に行ってほしいって頼んだの、ハリーとロンなのよ。 2人とも心配していたわ、謝りたいって」

 

そこまで言うと、ハーマイオニーはようやく個室から出てきた。

目が赤く腫れている。

シャルはハーマイオニーにレースのついたハンカチを差し出した。

 

「私も謝りたいの・・・。 ロンにすごく生意気なことを言ったわ」

 

「一緒に行きましょう。 今からでもまだパーティーは楽しめるわよ」

 

シャルロットはハーマイオニーの手を引いて、廊下に続く扉を開けた。

そして、思わず呆然と立ち尽くした。

 

そこにいたのは、身長4メートルにも及ぶトロールだった。

図鑑で見たことはあったが、実際に見るのは初めてだった。

 

 

 

 

 

 

 

大広間は蜂の巣をつついたかのように大騒ぎだった。

 

監督生が各寮の生徒を誘導している。

ハリーとロンは、大広間の外に出た瞬間、同時にハーマイオニーとシャルロットのことを思い出した。

 

2人ともトロールのことを知らない!

 

ハリーとロンはこっそりグリフィンドールの生徒の列を抜ける。視界の端で、何故か4階への階段を駆け上るレギュラスが見えた。どうして他の先生と一緒に地下に向かわないのだろう。

人波を掻き分けていると、真っ青な顔のドラコに会った。

 

「ハリー! ウィーズリー! 君たちのせいだぞ。 シャルがまだ帰ってきてないんだ!!」

 

「わかってる! でも、そんなこと言ってる場合じゃないよ。 ドラコは、誰か先生に知らせて! そうだ、セブルスおじさんに!」

 

ハリーは咄嗟に幼い頃から知っている大人の名前を挙げた。無意識に『スネイプ先生』ではなく『セブルスおじさん』と呼んでしまったが、顔面蒼白のロンは気が付かなかったようだ。

 

「君たちはどうするんだ!」

 

「取り敢えずトイレに向かうよ!」

 

ハリーはそれだけ言うと、ロンと共に走り出した。同じタイミングで、ドラコは教員を探すため大広間に逆戻りした。

 

次の瞬間、辺りをつんざく甲高い悲鳴が聞こえた。

この声はハーマイオニーとシャルロットだ。

 

 

 

 

 

 

 

あまりの臭気と恐怖で一瞬意識が飛びそうになったシャルロットだが、慌てて扉を締めるとトイレの奥に後ずさった。

次の瞬間、トロールが大きな棍棒でドアを突き破る。一歩反応が遅れていたら、危なかっただろう。シャルロットの背筋に冷たいものが走った。

 

震える手で、シャルロットは杖を取り出した。

落ち着け、パパはこういう時どうしろって教えたっけ。

 

インセンディオ(炎よ)!」

 

杖の先に、炎が灯る。

そうだ。確か、獣は火を嫌うってそう教えてくれたんだ。

シャルロットの力量では、攻撃まで至れない。ただ目論見通り、シャルロットの出した炎にトロールは怯んでいた。

 

普段から研究やら授業準備で忙しいセブルスだが、役に立ちそうな呪文や簡単な防衛術くらいは一通り娘に教えていた。

 

ここのトイレにいることは、ハリーもロンもドラコも知っている。

少しでも時間を稼いでいれば、きっと助けが来るだろう。

 

「ハーマイオニー、私の背中から動かないで。 そっと下がりましょう」

 

「えぇ」

 

ハーマイオニーは小刻みに震えていたが、何とか気丈に返事をした。

 

「はぁっ・・・!」

 

どうにか炎を杖先に灯してはいるが、明らかにどんどん小さくなっている。今にも集中力が切れそうだ。

 

「シャル、危ない!」

 

トロールが振り上げた棍棒に、反応が遅れたシャルロットを抱きかかえるようにハーマイオニーが横に転がり込んだ。

あまりの恐怖に、2人同時に悲鳴を上げた。

 

2人の悲鳴に応えるかのように、ハリーとロンが女子トイレに転がり込んできた。

 

「こっちに引きつけろ!」

 

ハリーは無我夢中で叫ぶと、トロールが薙ぎ払った蛇口を力いっぱい投げつける。

 

「やーい! ウスノロめ!」

 

ロンは手当り次第落ちている物を投げている。

 

「早く、今のうちにこっちに!」

 

ハリーが、シャルロットとハーマイオニーを呼んだ。2人はトロールを刺激しないよう、静かに移動する。

しかし、4人が固まると必然的に狙われる。

トロールが再び棍棒を振り上げた。

 

「ウィンガーディアム・レビオーサ!」

 

ハリーが呪文を唱えると、突然トロールの棍棒はその手から離れ空中に上がり・・・そして、ボクッと嫌な音を立てて持ち主の頭上に落ちた。トロールはふらふらすると、そのままドサリと倒れ込んだ。

 

「確かに・・・予習って大切だ」

 

ハリーがポツリと呟いた。

 

「これ・・・死んだの?」

 

「いいえ、気絶しているだけよ」

 

ハーマイオニーの問いには、シャルロットが答えた。

よく見れば、トロールの瞼や指がピクピク動いているのだ。

まさか再び動き出さないだろうと思いつつ、杖は構えたままにしておく。

 

バタバタと足音が聞こえ、セブルスを先頭にマクゴナガル、ドラコ、少し遅れてレギュラスがやってきた。

セブルスは一番にシャルロットを見据え、そして生徒一人一人を見渡して無事なのを確認すると、地を震わすような怒鳴り声を上げた。

 

「大馬鹿者たちめ! 貴様らは自分のしたことがわかっているのか! 死んでいてもおかしくないのだぞ!」

 

あまりの剣幕に、あのハリーさえも身を竦ませている。

 

「あなたたち・・・どうしてここに・・・。一体・・・何があったのです」

 

マクゴナガルはようやくそれだけ声を絞り出した。

どこから話そうかシャルロットが思案していると、口火を切ったのはハーマイオニーだった。

 

「聞いてください、マクゴナガル先生。 4人とも私を助けてくれたんです」

 

皆の視線が、ハーマイオニーに集まった。彼女は言葉を続けた。

 

「私がトロールを探しに来たんです。 私・・・トロールを1人でやっつけられると思いました。 本で読んでトロールについては色々なことを知っていましたから・・・」

 

ハーマイオニーの真っ赤な嘘に、ロンは杖を取り落とし、ハリーは目を見開いた。ドラコでさえ戸惑った顔をしている。

 

トロールと戦うことになったのは完全に成り行きだったので、真実を言っても怒られないとは思う。しかし、女の子を泣かせたハリーとロンのプライドのために、彼女は嘘を言っているのだろう。

 

「なるほど、話は分かりました。 しかし、ミスター・マルフォイとミス・プリンスまで助けに来たとは? あなたがこの2人と親交があったとは記憶していませんが?」

 

それまで黙っていたレギュラスが、冷静にそう切り返した。

 

「いいえ、ブラック先生。彼女とは汽車の中で仲良くなりました。・・・尤も、学校ではあまり話す時間が取れませんでしたが。ドラコはたまたま近くにいたので、先生に伝えるよう私が頼んだのです」

 

黙ってしまったハーマイオニーに代わり、シャルロットが話を合わせてあげた。

何とも苦しい言い訳だが、矛盾点はないだろう。

 

「・・・ふむ。一応、筋は通ってますね」

 

「ミス・グレンジャー、何と愚かしいことを。グリフィンドールから5点減点です。あなたには失望しました」

 

マクゴナガルの言葉に、ハーマイオニーは項垂れた。

ハリーとロンは珍しいものを見るような目で、ハーマイオニーを見つめている。

マクゴナガル先生が、こちらに向き直った。

 

「あなたたちは本当に運が良かった。 しかし、大人のトロールと対決できる1年生はそう居ません。 ・・・それに寮の垣根を越えて友情を育むのは大変良いことです。 1人5点ずつ差し上げましょう。 さあ、私はダンブルドア先生に報告します。寮にお帰りなさい」

 

そのままグリフィンドール生はセブルスが、スリザリン生はレギュラスが寮まで引率することになった。

 

「待って」

 

歩き始めると、ハーマイオニーが小走りで駆け寄ってきた。

 

「あなたたちにまだお礼を言ってなかったわ。助けてくれてありがとう、シャル。・・・マルフォイ」

 

「べ、べつに僕は、おまえを助けたわけじゃない。 シャルが心配だっただけだ」

 

照れ臭そうに笑い、また駆けて行った彼女にドラコの言葉が聞こえたかどうかは分からない。

だが、何となくシャルロットは嬉しくなった。

 

「何ニヤニヤ笑ってんだ、シャル」

 

「別に、なんでもないわよ」

 

 

その日からハリーとロンのコンビの元に、ハーマイオニーも加わった。

 

ハーマイオニーとも仲良くなりたかったシャルロットは、この小さな変化をとても喜んだ。

 




デレフォイ。

UAが10万を超えてました。本当にありがとうございます。
単純マンなので感想やら高評価頂けると、嬉しくて馬車馬の如く執筆をしてしまう。


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ホグワーツ城のクリスマス

パチパチと音を立てて、暖炉の中に青白い火が爆ぜた。

あちこちに蛇の彫刻が施された暖炉の中から、突如黒いマントを羽織った男が現れた。

 

「待ったか?」

 

セブルスの問いに、シリウスは首を振った。

 

「いいや、俺も今帰ったところだ」

 

シリウスは、屋敷しもべ妖精のアンに外出用のローブを手渡し片付けてもらう。そして、杖を一振するとアンティーク調の戸棚が開ける。そこには、シリウスのコレクションである酒が並べられていた。

 

「上等のウィスキーがあるんだ。久しぶりにやらないか?」

 

シリウスはセブルスの方を向き、手首をくいっと傾ける仕草をした。

 

「いや、まだ仕事が残っている。今日は遠慮しよう」

 

「ちぇっ。じゃあ、アン。コーヒー2人分、頼むよ」

 

「かしこまりました。旦那様」

 

アンはキーキー声でそう言い、丁寧なお辞儀をするとバチンと姿くらましをした。

 

「どうだ、闇祓いの仕事は」

 

「相変わらず忙しい。 クリスマスはハリーと出かけようと思ったんだが、休みが取れなかった。 休暇中、もし良ければハリーをおまえのとこで預かってもらえないか」

 

セブルスはふかふかとした銀色と緑のソファに座ると、アンの持ってきてくれたコーヒーを一口飲んだ。

相変わらず、ここの家のコーヒーは美味い。きっといい豆を使っているのだろう。

 

「もちろんそれは大歓迎だが・・・ロナルド・ウィーズリーが今年ホグワーツに残るらしい。 ハリーも彼と一緒にクリスマスを過ごせると喜んでいた。 無理にプリンス邸に呼ぶことはないと思うが」

 

「あぁ・・・そういえばアーサーがそんなことを言っていたな。 何でもモリーと2人でルーマニアにいるチャーリーに会いに行くとか」

 

部署は違くても、魔法省にいると嫌でも色々な人に会う。

同じグリフィンドール出身ということで、シリウスはアーサーとも会えばよく世間話をした。最近は専ら自分たちの息子の話であるが。

 

「いや、それならいいんだ。 ハリーが寂しい思いをしてないならそれでいい」

 

シリウスは穏やかな表情でコーヒーに口を付けた。

彼の体から僅かに女物の香水が香ることにセブルスは気付いていたが、何にも言わなかった。異性関係においては息子の悪い見本になっているものの、兎にも角にも彼はいい父親だ。

 

「用件はそれだけか」

 

「・・・いや、むしろここからが本題だ」

 

シリウスはカップをテーブルに置くと、少し居住いを正した。

 

「セブルス、おまえこないだのクィディッチは観戦に行ったか?」

 

「グリフィンドールとスリザリンの対戦か。いいや、残念ながら学会があって行っていない。ハリーがドラコとの一騎打ちの末に、スニッチを飲み込んだことは、ミネルバから聞いた」

 

レイチェルも素晴らしいシーカーだったので、もしやシャルロットにもその才能が遺伝しているかとセブルスは密かに期待していた。しかし、残念ながらセブルスに似たらしく、シャルロットの箒技術は壊滅的らしい。

 

「あぁ、その時にハリーの箒が調子悪くなったらしいんだ。 とにかくこれを読んでくれ」

 

シリウスは、1枚の羊皮紙をセブルスに手渡した。

ハリーがシリウスに宛てた手紙だ。

 

要約するとこんな感じである。

立ち入り禁止の廊下に三頭犬が居たこと。もしかしたら、そこで守られているものがハグリッドが713番金庫から移したものなのではないかということ。職員室でレギュラスが足を三頭犬に噛まれたとフィルチに話していたこと。クィディッチ中に突然ニンバス2000の制御がきかなくなり、ハーマイオニー曰くレギュラスが魔法をかけていたとのこと。ニコラス・フラメルという人物に聞き覚えがないかということ。

なかなかに長文だった。

 

「ほぅ? ここに書かれたことが本当なら、罰則の数は片手で足りないな」

 

「・・・それは目を瞑ってくれ。 おい、ホグワーツはどうなってるんだ? ハロウィンにトロールが入り込んだことも、偶然とは思えないな」

 

「あぁ、間違いなくそれもクィレルの仕業だ」

 

「クィレル・・・?」

 

シリウスは不思議そうな顔で言葉を繰り返し、やがて思い至ったのか頷いた。

 

「・・・あぁ、今年の『闇の魔術に対する防衛術』の教師か。そいつが何だって?」

 

シリウスがすぐに思い出せなかったのも、無理はない。『闇の魔術に対する防衛術』の教師が毎年1年ずつしか続かない。これは、ホグワーツ卒業生なら誰もが知るジンクスだ。

 

「ここまで来たら全部話すが・・・黒幕はクィリナス・クィレルだ。 彼は『例のあの人』の手下の可能性があり、私とレギュラスで動向を見張っていた。 まあ、あの様子からすると黒だな」

 

セブルスは深い溜息をついた。話が長くなりそうなので、賢者の石の話は省いた。シリウスのことはもちろん信頼しているが、あまりこの話は広めたくない。

しかし、シリウスはまだ食い下がる。

 

「だが・・・ハリーの手紙にはレギュラスが箒に乗った自分に呪いをかけてきたと」

 

「逆だ、逆。 レギュラスはあの時クィレルのかけた呪文の反対呪文を唱えていた。 つまり、ハリーを助けたということだ」

 

「レギュラスが俺の息子を助けた!? そんなことありえない!」

 

シリウスがぶんぶんと首を振った。

 

「ありえなかろうが何だろうが、それが真実だ。 何度も言っているはずだ。 彼はもう私たちの味方だと」

 

「味方だと? 口では何とだって言えるだろ。 おまえこそ分かってんのかよ、死喰い人は犯罪者だ」

 

シリウスは歯をむきだして言った。犬のように威嚇する彼に、セブルスは嘆息する。

この兄弟の溝は深い。このままでは話が堂々巡りになりそうだ。

 

「・・・どちらにせよ、箒のことは既にダンブルドアに報告済みだ。 二度と同じことはさせない」

 

「ハリーに真実を話すべきだと思うか?」

 

セブルスは少し思案して、やがて首を振った。

 

「いいや。 そもそもハリーたちは首を突っ込みすぎている。 もう手を引くよう、おまえからもよく言ってくれ。 ・・・全くハリーだけならともかく、うちの娘まで巻き込まれたらかなわん」

 

セブルスは心にもない悪態をぶつぶつ呟くと、コーヒーを飲み干す。そして、来た時と同様に暖炉の中へ去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は12月。

すっかり吐く息も白くなり、山や木々も霜を被っている。

ヘドウィグはハリーの前に手紙をぽとりと落とすと、寒そうに体を縮めて小さく鳴いた。ハリーは真っ白なヘドウィグの背を撫でると、羊皮紙の封を切った。

 

「お父様からの手紙?」

 

ハーマイオニーが気付いて、訊いてきた。

 

「あぁ」

 

「何て書いてあるんだ?」

 

アップルジャムをふんだんに塗ったトーストを齧りながら、モゴモゴとロンは言った。

 

「いや、大したこと書いてないよ。もし、ホグワーツで何かあっても教師が何とかしてくれるから、勉強とクィディッチを頑張りなさいだってさ」

 

不満げにハリーは言った。

教師が何とかしてくれなさそうだから、シリウスに手紙を出したというのに。

 

「ニコラス・フラメルのことは?」

 

「聞いたことあるような気がするけど、忘れたってさ」

 

ハリーはがっくりと肩を落とした。

シリウスが最後の頼みの綱だったのに。もう少しちゃんと調べてくれてもいいじゃないか。

 

「仕方ないわ。 お父様、魔法省で働いてるんでしょう? きっと忙しいのよ」

 

ハーマイオニーが慰めた。

 

「今こうしてる間にも、レギュラス・ブラックは何かを狙っているのに!」

 

周りに多くの生徒がいるため、小さな声でハリーは憤慨した。

セブルスにも相談することを考えたが、彼はレギュラスと仲が良い。子どもの言うことなんて、真に受けてはくれないだろう。

 

「それにしても、本当にブラック先生がそんなことを・・・。 ハリー、あなたの叔父さんなのでしょう?」

 

気遣わしげにハーマイオニーが言う。

 

「そうだけど、パパはいつもレギュラス・ブラックのこと悪く言ってるよ。昔、『例のあの人』の仲間だったって。 本来はアズカバンに居なきゃいけない奴なんだ」

 

「まあ、スリザリン出身の奴なんてほとんどが『例のあの人』の仲間さ」

 

語弊のあるロンの言葉に、ハリーはちょっと眉を吊り上げた。

 

「取り敢えず、今日も図書館に行きましょう。 ニコラス・フラメルについて調べなきゃ」

 

「そうだね」

 

声のボリュームを落としたハーマイオニーが、ハリーとロンに少し寄る。と、ハリーと別れたばかりのパーバティが涙目でハーマイオニーを睨んでいた。

ハーマイオニーは咳払いをして、ハリーから少し離れた。

 

プレイボーイの友人というのも、楽じゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

研究の方が忙しいのか、セブルスはほとんど学校に居なかった。レギュラスが代理役を務める魔法薬の授業が終わると、行く手の廊下でハグリッドがもみの木を運んでいるのが見えた。

 

「やぁ、ハグリッド。 手伝おうか」

 

ロンが枝の間から頭を突き出して尋ねた。

 

「いんや、大丈夫だ。 ありがとな、ロン」

 

そのまま大広間までもみの木を運ぶハグリッドに着いて行った。

大広間ではフリットウィックやマクゴナガルが、せっせとクリスマスツリーの飾り付けをしている。繊細に編み込まれた柊やヤドリギが壁に飾られ、数えてみるとクリスマスツリーは12本もある。氷柱で出来たツリー、色とりどりに点滅するツリー、ハグリッドほどの大きさのツリー。思わず、見とれる美しさだ。

 

近くの教室でスリザリンの授業が終わったらしく、銀と緑のネクタイの生徒が廊下にたくさん出てきた。

 

「おーい、ドラコ! シャル!」

 

「あら、ハリー。・・・わぁ! 大広間すごく綺麗!」

 

シャルロットは、ダフネやパンジーなど他のスリザリン生に先行っててと伝えると、ドラコと共にこちらに近付いてきた。

 

「ハリー、シリウスおじ様がクリスマス休暇取れなかったんだって? わざわざホグワーツに残らなくても僕の家に来ればよかったのに」

 

「ありがとう、ドラコ。でもホグワーツのクリスマスも楽しそうだ。ロンも残るしね」

 

「・・・ふーん、まあいいけど」

 

ドラコは、自分よりロンを優先されたと思ったのかちょっと拗ね気味だ。

そして、ハリーの隣りのロンは何故か自慢げな顔をしている。

シャルロットは、思わずクスッと笑った。この2人の間にある対抗意識みたいものは、喧嘩にさえ発展しなければ可愛らしい。

 

「ハーマイオニーは家に帰るのでしょう? 明日、汽車いっしょに乗りましょうよ」

 

シャルロットの言葉に、ドラコは露骨に嫌な顔をした。

 

「何言ってるんだ。 クラッブとゴイル、パンジーたちも一緒なんだぞ。 君は僕たちと同じコンパートメントに乗るべきだ」

 

「あら。 そんなに大勢いるなら、尚更私1人くらい居なくても平気よ」

 

「そ、それはそうだが・・・僕は・・・」

 

シャルロットと一緒のコンパートメントに座りたいんだ。

 

しどろもどろになってしまい、その言葉が言えなかったドラコは顔を赤くしてシャルロットの腕を引っ張った。

ハリーがニヤニヤしながら、見物しているのにも腹が立った。

 

「ほら、早く行くぞ!」

 

「そんな急がなくても、もう授業は終わったわよ? ・・・あぁ、ロン。暇なら今度チェスやりましょうよ。 あなた、すごく強いんですって?」

 

シャルロットの呑気な声に、ドラコはさらに彼女の腕を強く引っ張る。

 

「アー・・・ごめん。今日僕たち図書館行かなきゃなんだ」

 

「おまえさんたち、休暇が始まるのに図書館かい? ちょっと勉強し過ぎじゃないか」

 

もみの木を運び終わったハグリッドが、会話に加わってきた。

 

「まあね。 ニコラス・フラメルについて調べなきゃだからさ」

 

ハリーが言うと、ハグリッドはだいぶ慌てた。

 

「ま、まだそんなことを調べてたのか」

 

「あっ、シャル。 マルフォイ。 ちょっと待って。 ニコラス・フラメルって知ってる?」

 

「知るか!」

 

ハーマイオニーの言葉にシャルロットが何か返す前に、ドラコは彼女の腕を引っ張って廊下をずんずん歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クリスマス当日の朝、ハリーは落ちてきたプレゼントに起こされた。

目を開けてみると、ハリーへのプレゼントの山は積み重なり、天井までのタワーになっている。

 

「メリークリスマス。 うわぁ、君が人気者なのは知ってたけど・・・こりゃ、おったまげ」

 

「メリークリスマス、ロン。 君のが終わったら、こっちも手伝ってよ」

 

ハリーはまず親交のある友達からのプレゼントと、そうでない人からの物で分ける。後者のプレゼントは「話したことない女からの手作りお菓子はだいたい怪しい薬が入っている」とのシリウスの教えを守り、丁重に避けた。ほとんどが顔さえ知らない女生徒からだった。市販のお菓子はディーンやシェーマスが帰ってきたら、有難く皆で山分けしよう。

 

ハーマイオニーからは蛙チョコレートの大きな箱、ドラコからは無駄に高そうなクッキーのセットが届いていた。

シャルロットとロンとシリウスからは、クィディッチの本だ。

他にもセブルスからは魔法薬の参考書(正直あまり嬉しくない)、リーマスやダリアからもお菓子が届いていた。

ハグリッドからは、木で出来た笛だった。吹いてみると、フクロウのような優しい音がした。

 

次のプレゼントはとても軽かった。

開けてみると、銀ねずみ色のスルスルとしたした手触りのマントだった。

 

「え、まさかこれ・・・」

 

ハリーは幼い頃読んだ「吟遊詩人ビードルの物語」に出てくる死の秘宝を思い出した。

半信半疑で体に巻いてみると・・・驚くことにそこが消えた。

 

「おい、ハリー! まさかそれ透明マントじゃないか!?」

 

「僕も今同じこと考えてた。・・・待って、手紙が入ってる」

 

『君のお父さんが亡くなる前に私に預けた。 君に返す時が来たようだ。 上手に使いなさい。 メリークリスマス』

 

細長い丁寧な字だが見覚えはなかった。名前も書いてない。

 

「いいなあ。 こういうマントを手に入れるためだったら、僕なんでもあげちゃう。 本当になんでもだよ」

 

ロンはうっとりと眺めた。

 

「うーん。 心当たりないか、パパに手紙出して聞いてみようかな。 でも、それで名前がないなんて危ないって取り上げられたら嫌だなぁ」

 

色々気になることは多いが、取り敢えず一旦置いて次のプレゼントに取り掛かった。これで最後だ。

少し歪な形の大きな包みだった。

 

「えっと、これは誰からだろう?」

 

「この包み、誰からか分かるよ。・・・僕のママだ。 よりによって『ウィーズリー家特製セーター』を君に贈るなんて」

 

ハリーが包みを開けると、厚い手編みのエメラルドグリーンのセーターと手作りのファッジが入っていた。

それを見てロンがさらに呻いた。

ハリーはじっとセーターを見つめている。そして、無言でパジャマを脱ぐとそのセーターを着始めた。

 

「ハリー、僕に気を使うなよ! 無理に着なくていいぜ。 君のガールフレンドたちにも笑われるだろうし・・・」

 

ロンは自身の赤毛と同じくらい真っ赤な顔で、焦ってそう言った。

 

「ううん。 僕、こんな素敵なプレゼント初めてだよ。 ほら、僕たち並ぶと兄弟みたいだ」

 

ハリーはにっこりと笑った。

母親のいないハリーにとって、手編みの服をもらうのは初めての経験だった。

 

その言葉に、ロンはさらに赤くなった。

 

 

 

 

 

 

ホグワーツのクリスマスは人が少ないものの、盛大だった。

山のようなご馳走はもちろんのこと、今日ばかりは教師たちも羽目を外していた。

ハグリッドは何杯もワインをお代わりして、しまいにマクゴナガルの頬にキスをした。三角帽子が横にずれるのも気にせずにクスクスとマクゴナガルが笑ったのを見て、ハグリッドもなかなかやるなとハリーは口笛をヒュウッと吹いた。

教員テーブルには珍しくセブルスが居た。何やらレポートに目を通しながら、ローストポテトを口に運んでいる。隣りには、いかにもこういうパーティーを好まなそうなレギュラスがいた。

 

ハリーとロンはお腹いっぱいご馳走を平らげると、クラッカーのおまけをたくさん抱えて、食事のテーブルを離れた。

 

昼過ぎには、ウィーズリー兄弟たちと猛烈な雪合戦を楽しんだ。

お揃いのセーターを着たハリーは、まるで本当に兄弟のように雪の中を駆け回った。

ウィーズリー夫人が編んでくれたセーターは、本当に暖かかった。

 

びっちょりになったハリーたちは、グリフィンドールの談話室に戻り暖炉の前に居座った。いつもの人気席も今日はガラガラだ。

ロンにチェスをやらないかと誘われたが、昨夜はプレゼントが楽しみであまり眠れず寝不足だったハリーは、肘掛椅子で昼寝をしてしまった。

ロンは、フレッドとジョージはもちろんパーシーにも大差をつけて勝ったと夕食時に聞いた。

 

夕食を終えてベットに入ると、1日よく遊び疲れたのかすぐにロンのいびきが聞こえた。

 

ハリーは昼寝をしてしまったせいか、何となく寝付けなかった。ベットの下から透明マントを取り出して、首の下に巻いてみた。足元を見ると、月の光と影だけだ。何だか、とても奇妙な気持ちだった。

 

 

『上手に使いなさい』

 

 

急に、ハリーの頭の中に手紙のそのフレーズが浮かんだ。

この透明マントを使ってみる時。それはまさしく今じゃないのか。

ロンを起こそうか迷ったが、よく寝ているのでやめた。それに、もしこれが本当に父親のマントなら最初は1人で使ってみたかった。

 

ハリーはこっそりベッドを抜け出すと、真っ暗な廊下にそっと足を踏み出した。

 




ハリポタの訳には色々思うところあるけど、割と「おったまげ」は好き。
最近は平野○ラボイスで脳内再生されてしまうけど(›´ω`‹ )

たくさんの高評価と感想、おったまげー!


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みぞの鏡

 

『すつう みぞの のろここ のたなあ くなはで おか のたなあ はしたわ』

 

図書館でうっかり閲覧禁止の棚の本に触れ、騒ぎを起こしてしまったハリーはフィルチとレギュラスの魔の手から逃れるため、ある教室に逃げ込んだ。

 

今は使っていない教室のようで、机や椅子は重ねて端に置かれて、ゴミ箱は逆さになっている。

しかし、この鏡だけはこの教室にそぐわず・・・何というか異質だった。

 

鏡は天井まで届くほど背が高く、金の装飾豊かな枠には、二本の鉤爪状の足が付いていた。見るからに高価そうな鏡だ。

 

ハリーは鏡に近付き、自分の姿を映した。

 

「なんだ・・・これ・・・? 一体どうして・・・」

 

鏡の中に映ったものに、思わず声が漏れた。

この鏡は、一体何なのだろう。

 

鏡に釘付けになったハリーは、暫くそのまま立ち尽くしていた。

 

次の晩、ハリーはロンもこの鏡の元に連れて行った。

 

 

 

 

 

 

「ハリー、チェスしないか?」

 

「しない」

 

「それじゃあ、下におりてハグリッドのところに行かないか?」

 

「うぅん・・・君が行けば・・・」

 

「おい。 いい加減にしろよ、ハリー。 らしくないぜ」

 

窓に肘をかけて物憂げな顔で雪を見つめていたハリーに、ロンは背後から呆れたように話しかけた。

 

「あの鏡のこと考えてるんだろ?今日は行かない方がいいよ。何だが悪い予感がするんだ」

 

「どうしてさ」

 

ハリーは口うるさいロンに少し苛立って振り向いた。しかし、ロンの顔を見るとそんな気持ちも失せた。彼は本当に心配そうな顔をしていた。

 

「よく考えたら、あの鏡何か怪しいぜ。 君のこと、本当に心配しているんだ。 今日は行っちゃだめだよ」

 

「・・・あぁ、そうするよ」

 

ハリーは素直に頷いた。

しかし、あの鏡に映ったものが、首席でクィディッチのキャプテンになり優勝杯を持った姿だったロンには、自分のこの気持ちは絶対にわからないだろうと思った。

 

 

 

 

ロンの忠告もむなしく、ハリーはその日も欲に負けてベッドを抜け出した。

最早、道には迷わず教室に着けた。あまりにも速く歩いたので自分でも用心が足りないくらい音を立てていた。

 

ハリーはフラフラと歩くと、鏡の前に座り込んだ。

ずっとここで鏡を見ていたい。誰にも自分のことは止められない--。

 

 

「また来たのか、ハリー」

 

 

ハリーは体中が氷になったかと思った。驚きすぎて、悲鳴すら出なかった。

振り返ると、セブルスが腕を組んで教室の壁にもたれかかっていた。

 

「セ、セブルスおじさん」

 

ようやく喘ぐようにそれだけ言うと、セブルスは眉を片方吊り上げた。

 

「学校では『スネイプ先生』だろ。 馬鹿者」

 

その様子にハリーは少し安心した。公私共に厳しい彼だが、今はハリーを減点したり罰則にするつもりはないらしい。

 

「おまえだけじゃない。 数えられないくらい多くの人がこの『みぞの鏡』の虜になった」

 

「この鏡、そんな名前なんだ。 セブ・・・スネイプ先生」

 

途中で慌てて軌道修正したハリーの言葉に、セブルスはフッと笑い眉間の皺を緩めた。

 

「この鏡が何を見せてくれるのか、もう理解出来ているか?」

 

まるで授業のようにそう質問を投げかけられ、ハリーは思わず背筋を伸ばした。

 

「はい。 欲しいものを見せてくれます。 ・・・何でも自分の欲しいものを」

 

「当たりとも外れとも言い難いな」

 

セブルスは苦笑してハリーの隣りに来ると、同じように鏡を見つめた。

 

「この鏡は、自分の心の奥底にある一番強い『のぞみ』を映すのだ。・・・私も初めて見た時、この鏡の虜になった」

 

セブルスは掠れた声で、何か愛おしいものを撫でるかのように鏡に触れた。

ハリーは、彼が鏡の中で未だに目覚めない最愛の妻(レイチェル)を見ているのだと気付いた。

 

「一番強い『のぞみ』を映す・・・」

 

ハリーは意味を噛み締めるかのように、繰り返した。

 

「そうだ。 連日通っていたようだが、おまえには何が見えるのだ?」

 

クィディッチのワールドカップ選手になった自身の姿か、それとも意中の女性と愛を語らう姿か・・・そんなセブルスの予想は、次に紡がれたハリーの言葉でいとも簡単に裏切られた。

 

 

「母さん・・・。リリー母さんが僕に料理を作ってくれて、セーターを編んでる」

 

 

セブルスは目を見開き、思わず一瞬言葉を失った。

 

「リリーとジェームズが・・・おまえには見えるのか」

 

「うぅん、ジェームズ父さんはいないよ。 僕が見えるのは、母さんだけ」

 

真夜中の学校はとても静かで、会話が途切れると物音ひとつしなかった。

 

ハリーには家族がいる。しかし、母親はいない。

 

赤ん坊のハリーにミルクを作り与えたのはアンであり、彼女は乳母のようなものだ。ご飯も洗濯も必要なことは、全てアンがしてくれた。

…ハリーは母親というものを知らない。

 

ウィーズリー家のモリーのように、お菓子や料理を作ってくれて、セーターを編んでくれる母親。子どもにとって無償の愛を与え続けてくれる絶対的な存在。

 

ハリー・ブラックは母性に飢え、それを望んでいるのだった。

 

そして、それは背景は違えど境遇は自分の娘も同じであり、セブルスはさらに胸が締め付けられた。

 

「ハリー、分かっていることだと思うが・・・おまえの母親リリーはおまえを守って亡くなった」

 

「・・・うん」

 

「確かにおまえには母親はいないが、シリウスはおまえを心から大切に思っている。 女癖は置いといて、あいつはいい父親だ」

 

「わかってるよ」

 

ハリーはようやく少し笑った。

セブルスは、父親そっくりの彼の髪をガシガシ撫でて、さらにくしゃくしゃにした。

どんなに大人ぶっていても、まだこの子は11歳の子どもなのだということを改めて痛感する。

セブルスはハリーの目線にしゃがむと、肩を掴み視線を合わせた。エメラルドグリーンの、リリーと同じ瞳だ。

 

「ハリー、おまえが色々と嗅ぎ回っていることは分かってる。 いいか、後は我々大人が解決する。 リリーが守った大切な命なんだ。 もうお遊びはここまでにして、手を引きなさい・・・いいね?」

 

ハリーはシリウスの手紙の返事が何処かはぐらかされているような内容だった理由が、今になって分かった。

セブルスがシリウスにそうさせたのだろう。

 

「で、でも・・・セブルスおじさん。 レギュラス・ブラックが何か狙っているはずなんだ。 ハロウィンの時のトロールだって」

 

ハリーの訴えは、途中でセブルスに遮られた。

 

「『ブラック先生』だろう、ハリー。 彼はそんなことをする人ではない。・・・さあ、もう寮に帰りなさい。 見逃すのは今回だけだ。 次からは減点する」

 

有無を言わさないセブルスに、ハリーは渋々頷くと、ベッドに戻って行った。

 

 

 

「・・・で、いつまで隠れているおつもりか。 ダンブルドア校長」

 

「おお、気付いておったか」

 

セブルスの言葉に、ダンブルドアは姿を現した。見事な目くらまし呪文だ。

セブルスは今更ながら、目の前のこの老人が『あの人』が唯一恐れるほどの偉大な魔法使いであることを実感する。

 

「彼に透明マントを渡すのは、性急すぎたと思いますが。 もう少し大人になるまで待っても良かったのでは?」

 

「何を言っているのじゃ、セブルス。 君も1年生の時分から、ジェームズの透明マントに入ってよく校内を彷徨いていたろうに」

 

痛いとこを突かれて、セブルスはぐっと黙った。

確かに透明マントを脱ぎ捨て鏡の前に現れたハリーを見て、懐かしい気持ちになったのは否定できない。

 

「ところで、こんな夜更けに校長は何を?」

 

セブルスが話を変えた。

 

「君と一緒の理由じゃ。 もしセブルスが現れなければ、儂がハリーに話しかけていたよ。・・・明日この鏡を、例の場所に移す。 じゃが、ハリーももうこの鏡を探しには来なかろう」

 

ダンブルドアは満足げに言った。しかし、セブルスの表情は晴れない。

 

「ハリーが『みぞの鏡』で見たものは予想外でした。 私は浅慮だった」

 

セブルスは、ダリアと休暇を過ごしているだろうシャルロットのことを考える。娘に会いたくてたまらなくなった。

自分はいい父親になれているだろうか。

 

そんなセブルスの気持ちを見透かしたかように、ダンブルドアは微笑んだ。

 

「セブルス。 親がどれだけ子どもを大切にしているか、それは子どもの行動を見れば分かるものじゃよ。 ミス・グレンジャーをトロールから身を挺して守ったのじゃろう? シャルロットはいい子じゃ」

 

教師になろうが父親になろうが、この人の中でいつまでも自分は生徒なのだろう。

セブルスはそんなことを考えた。

 

「・・・そうですね。 だいぶ夜も更けてきました。 先に失礼します、校長先生」

 

「おやすみ、セブルス」

 

やはりダンブルドアは、まるで生徒を相手にするように挨拶をした。

 

不意に、ダンブルドアならこの『みぞの鏡』で何が見えるのか気になった。

しかし、訊かなかった。

無遠慮な質問であるし、この好々爺が本当のことを言ってくれるとは思わなかったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あんなに図書館の本を片っ端から眺めていたハリーたちだったが、どこかで見た気がしていたニコラス・フラメルの名前は蛙チョコのカードに載っているという、何とも力の抜ける結果だった。

 

レギュラスの狙っている物が『賢者の石』だというのも分かり一歩前進だ。

 

次のグリフィンドール対ハッフルパフの試合で、レギュラスが審判をやることになったのでロンとハーマイオニーは心配していたが、ハリーはそうでもなかった。

シャルロットから、次の試合はセブルスも見に来れそうだということを聞いていたからだ。セブルスはハリーの話を真に受けてくれなかったが、いくらレギュラスでも彼の前で露骨に自分を攻撃しないだろう。

 

そして、ハリーの予想通りロンとハーマイオニーの心配も杞憂に終わった。

何と試合にはダンブルドアも来ていた。

 

ハリーは開始5分でスニッチを取るという偉業を成し遂げ、大歓声の中何度も何度も宙返りをして見せた。

観客席には、少し前に対レイブンクロー戦に勝利したドラコがシャルロットを連れて応援に来ていた。惜しくもグリフィンドールに敗れたものの、ドラコもまた優秀なシーカーだった。

 

ハリーは試合が終わると、ニンバス2000を箒置き場に戻しに行った。つい試合の余韻に浸り、遅くなってしまった。

早く談話室に行き、お祝いに加わろう。

そんなことを考えながら、更衣室を出たその時。

 

城の正面の階段を、フードを被った人物が降りてきた。あのせかせかとした歩き方は、レギュラスだ。明らかに人目を避けている。

ハリーは急いでニンバス2000を再び取りに行くと飛び乗り、レギュラスを追いかけた。

ハリーは箒を握りしめ、そーっと近付いた。レギュラスに見つからないよう、木々の間に隠れた。

木の下の薄暗い平地に、レギュラスは居た。1人ではない。クィレルもいた。ここからは表情は見えない。

ハリーは少し体を前のめりにして、耳をそばだてた。

 

「・・・な、なんで・・・よりによって、こ、こんなところで君に会わなくちゃいけないんだ、レギュラス」

 

「えぇ、このことは2人だけの秘密にしようと思いまして」

 

レギュラスの声はゾッとするほど冷たい。

 

「は、はて・・・なんのことやら・・・」

 

「とぼけるおつもりですか。 生徒たちに『賢者の石』のことを知られたらまずいでしょう」

 

その言葉に、思わずハリーはさらに身を乗り出した。

クィレルが何か反論したそうにどもっていたが、レギュラスをそれを遮って言葉を続けた。

 

「あのハグリッドの獣をどう出し抜くのか、もう分かったのですか?」

 

「で、でも・・・レギュラス・・・私は・・・」

 

「いいですか、クィレル。 私を敵にまわしたくなかったら」

 

レギュラスがぐっとクィレルに詰め寄るのが見えた。

 

「レ、レギュラス。 ど、どういうことなのか、私には・・・」

 

「私が何を言いたいか、あなたはよく分かっているはずです」

 

どこかでふくろうがホーッと鳴く。ハリーは思わず箒からずり落ちそうになった。何とかバランスを取り、レギュラスの言葉を聞き取る。

 

「・・・あなたの怪しげなまやかしについても、聞かせていただきましょうか」

 

「で、でも・・・私は何にも・・・」

 

「わかりました、いいでしょう。 それではまた近々あなたとはお話をする必要がありますね。 もう1度、どちらに忠誠を尽くすのがあなたにとって良いのか、よく考えなさい」

 

レギュラスはそれだけ言うと、マントをすっぽりと被ってその場から立ち去った。

 

ハリーは呆然と立ち尽くした。

やっぱり自分の考えていたことは、正しかったんた。

セブルスは騙されている。レギュラスは本当に石を狙っているんだ。

 

辺りはすっかり暗くなった。ハリーは、同じようにクィレルが石のように立ち尽くしているのが見えた。

 





屋敷しもべ妖精の名前が久しぶりに出たので、ちょっとここで整理を。

アン・・・シリウスが雇ったグリモールド・プレイスの屋敷しもべ妖精。ハリーの乳母のような存在。

メアリー・・・プリンス家の屋敷しもべ妖精。ダリアは貴族の育ちであるため、基本の家事はメアリー担当。

クリーチャー・・・皆様ご存知あの妖精。現在はレギュラスの住むプリンス家別邸に居る。レギュラス存命かつシリウスが当主のため、ブラック家そのものよりレギュラスに忠誠を誓っている。

詳しくは過去編をご参照ください。


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深まる疑念

 

ようやく湖の氷が全て溶け、暖かくなってきた頃。

 

ハリー・ブラックは湖のほとりでドラコとシャルロット、2人の幼馴染と待ち合わせた。こうして3人で会うのは久しぶりだ。

 

ノーバート事件のせいでグリフィンドールに居場所があまりないハリーは、羽を伸ばせてウキウキとしていた。

ドラコとシャルロットも同様に楽しそうだったが、ノーバート事件のことを酷く心配していた。グリフィンドールが大幅に減点されてたのは知っていたが、ドラコとシャルロットがこうして詳細を聞いたのは初めてだった。

 

ハリーとハーマイオニー、ロン、さらに3人を止めようとしたネビルまでも減点され、罰則になったらしい。

 

「へぇ、ロングボトム? あいつにそんな度胸があるとは意外だな」

 

「そんな言い方はやめろって」

 

馬鹿にしきったドラコの言葉を、ハリーは苦笑して窘めた。

 

そんなドラコも罰則で禁じられた森に入ったと聞くと、表情を変えた。

 

「禁じられた森に入った!? 生徒にそんなことをさせるなんて・・・父上に言って訴えてやる!」

 

「危険すぎるわ。 夜の森に入るなんて」

 

自分のために怒り狂ったドラコと、心配してくれたシャルロットを見て、ハリーは嬉しくなった。

 

「もういいよ、過ぎたことだし。 それに規則を破ったのは僕たちだから」

 

それでもドラコはぶつぶつと何やら悪態をついていた。

スリザリンはその特性から誤解されがちだが、身内や心を許した者にはとことん優しい。自分がドラコとシャルロット以外のスリザリン生からよく思われてないのは知っていたが、ハリーはそれをわかっていた。

 

「それでさ、その禁じられた森で起こったことが大変だったんだ」

 

周りに人はいないものの、ハリーは少し声を潜めた。

ハリーの話が終わると、2人はさらに顔を青くした。

 

「その森で会った人が・・・『例のあの人』だと言うの?」

 

「まさか! 『例のあの人』は消滅したはずだ。 だって、他でもない君がそうしたんだろう?」

 

「消滅はしてない。 力が弱まっただけだよ。 それに僕の手柄じゃない、母さんのおかげだ」

 

少しだけ、ハリーの声が掠れた。

『みぞの鏡』の中で自分に笑いかけるリリーの姿が浮かんだが、頭から無理やり追い出した。あの鏡のことはもう考えちゃだめだ。

 

「だとしても、何故『例のあの人』が禁じられた森にいるのかしら? ホグワーツにはダンブルドアがいるのよ?」

 

「『賢者の石』を狙ってるんだ。 ドラコには少しだけ話したよな? 立ち入り禁止の廊下で三頭犬が何かを守ってること。 それが『賢者の石』だったんだ」

 

それから、ハリーはドラコと何も知らないシャルロットのためにも全てを話した。

ドラコとシャルロットは黙って聞いてくれた。レギュラスとクィレルの密会の話を終えると、ようやくシャルロットが口を開いた。

 

「・・・それじゃあ、あなたはレギュラスおじ様を疑っているのね?」

 

ハリーは頷いた。

 

「ありえないわ。 あなたはレギュラスおじ様のことよく知らないでしょうけど・・・そんなことする人じゃないもの」

 

「君が昔からあいつと仲いいのは知ってるよ。 ただ今言ったことは本当なんだ」

 

「馬鹿馬鹿しいわね」

 

シャルロットは冷静な声で一蹴した。ハリーの眉がピクリと動く。

 

「君は僕の言うことよりレギュラス・ブラックを信じるの?」

 

「まあまあ、やめろよ」

 

2人の険悪な雰囲気を感じ取ったドラコは、間に入った。

 

「でも、ハリー。 僕はシャルほどレギュラスおじ様と親しいわけじゃないけど・・・やっぱりそんなことする人に見えないな」

 

「ドラコまで、そんなこと言うのかよ」

 

「まあいいわ。 仮にレギュラスおじ様が石を狙ってるとしましょう。 あなたでも気付いたことを、私のパパや校長が気づかないとでも?」

 

「だから・・・みんな騙されてるんだって」

 

湖の中では大イカがゆったりと泳いでいる。

暖かさのおかげで、中庭や湖の周りをうろつく生徒は多い。

ちょうど近くを生徒が通ったので、ハリーは声を潜めて言った。

 

「もっと言うなら、ハリーの言ってることが全て真実だとしましょう。 あなた、自分がレギュラスおじ様に勝てるとでも思ってるの? 魔法覚えたての1年生のあなたが? そんなことより期末試験の勉強はしているのかしら。 それをパスしないと2年生になれないのよ?」

 

シャルロットにそう捲し立てられ、ハリーはぐっと言葉に詰まった。

幼い頃から口喧嘩でシャルロットに勝てたことは1度もない。

 

「・・・君はどうなんだよ、ドラコ。 勉強してるわけ?」

 

咄嗟に言い返す言葉が見つからなかったハリーは、ドラコに話を振った。彼はふふんと偉そうに含み笑った。

 

「当然だろ。 僕はマルフォイ家の跡取りだからな」

 

「ほら、勉強してないのあなただけよ。 あのシリウスおじ様でさえ、テストの成績はそこそこ良かったらしいわよ」

 

「試験なんてまだだいぶ先だよ。君、何かハーマイオニーに似てきたぜ」

 

「おい、シャルをあんなマグル生まれと比べるのやめろよな」

 

シャルロットが何か言う前に、ドラコが不満げな顔でそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シャルロットの言ったことは大げさではなく、やがて始まる期末試験にハリーも『賢者の石』のことは一旦頭の隅に追いやった。

 

学者肌だった祖父エルヴィスはもちろん、セブルスの血を引いてるからか、シャルロットは勉強をすることは好きだった。殆どの時間を彼女は図書館で過ごし、ハーマイオニーにもよく会った。

そもそもスリザリンは、名家の子どもが多数を占めている。そのせいか成績に関しては皆親が厳しく、談話室も日々勉強会が開かれ誰も彼ももくもくと勉強していた。

 

うだるような暑さの中、試験は行われた。

試験は筆記だけでなく、実技も行われた。シャルロットは、フリットウィック先生のパイナップルにタップダンスをさせる試験はもちろん、マクゴナガルのねずみを嗅ぎタバコ入れに変える試験も上手く行った。

終わった後ドラコは、嗅ぎタバコ入れにねずみの髭が1本残っていて減点されたかもと嘆いていた。

魔法薬の試験は、忘れ薬を作るというシャルロットにとってかなり簡単なものだった。間違いなく、百点満点の出来だという自信がシャルロットにはあった。

それでもやはり連日の試験はかなり過酷だった。最後の魔法史のテストが終わった時は、シャルロットも皆と一緒に歓声を上げた。

 

「あー・・・魔法史自信ないなぁ。『鍋が勝手に中身をかき混ぜる大鍋』発明した人の名前、シャル書けた?」

 

スリザリンの談話室に帰ってきてシャルロットとチェスを指しながら、ダフネは言った。

 

「えぇ、何とかね。 ナイト、もらうわよ」

 

「あ、ちょっと待ってシャル! やっぱ今のなし!」

 

シャルロットはクスクス笑った。

皆、開放感を味わうために中庭や校庭に出ているようで、談話室は閑散としていた。

 

背後で扉が開く音がする。誰か談話室に入ってきたようだ。振り返って確認すると、パンジーだった。

 

「シャル、あなたに会いに来たらしくて、ブラックが廊下をウロウロしてるの。 迷惑だわ。どうにかして」

 

パンジーは心底迷惑そうに言った。

 

「え、ハリーが? ちょっと行ってくるわ。ごめんなさいね、ダフネ」

 

廊下に出てみると、本当にハリーはそこに居た。

どうやらスリザリン生の後を付けて、何となく談話室の場所はわかったものの、合言葉も分からず彷徨いていたらしい。

 

「シャル! よかった、君に会いたかったんだよ」

 

「えぇ、パンジーに聞いたわ。 一体どうしたの?」

 

「今夜だ。 レギュラス・ブラックが石を狙うのは今夜なんだよ。シャル」

 

ハリーは辺りを見回して、誰もいないのを確認すると言った。

 

「その話なら、もう私から話すことは何もないわ」

 

「今日、ダンブルドアはいない。 マクゴナガルにも話したけど取り合ってもらえなかった。 頼むよ、シャル。 もう頼れるのは君しかいない。 君からセブルスおじさんに話してくれ。 娘の君の言うことなら、真剣に聞いてくれるかもしれない」

 

「無理よ、ハリー。 今日はパパ夜から学会あるって言ってたもの。もう多分出発してるわよ」

 

シャルロットの言葉に、ハリーは絶望的な顔をした。

シャルロットとしては、レギュラスがそんなことをするとは微塵も思っていない。しかし、幼馴染がここまで言っていると、無視はできなかった。

レギュラスとハリー、シャルロットにとってどちらも大切な人で天秤にはかけられない。

 

「そんな…セブルスおじさんもいないなんて…。 シャル、セブルスおじさんに手紙を書いてくれ。 僕は今夜寮を抜け出して、石を先に手に入れる」

 

「何言ってるの!? あなた既に罰則受けてるのよ。 これ以上規則を破ったら退学になるわ!」

 

「君こそわからないのか!? 石を手に入れたら『例のあの人』は復活するんだ! 退学なんて問題じゃない! いいか、僕の両親は『例のあの人』に殺されたんだ」

 

ハリーは廊下で声を荒らげた。固く握った拳を震わせ、エメラルドグリーンの綺麗な瞳に似つかわしくない怒りを灯すハリーの剣幕に、偶然通りかかったスリザリン生はぎょっとしていた。

シャルロットは暫く黙っていたが、やがて決心したように頷いた。

 

「わかったわ、レギュラスおじ様のことは置いといて誰かが『賢者の石』を狙ってることをパパに手紙で知らせるわ」

 

「ごめん。 大きい声出したりして。…ありがとう、恩に着るよ」

 

「それに私も今夜着いていくわ」

 

シャルロットの言葉に、ハリーは目を大きく見開いた。

 

「正気かい? 危険だ、駄目だよ」

 

「あら、どうせハーマイオニーとロンも行くんでしょ? それに私、あなたより呪文知ってるわよ。 役に立つと思うわ」

 

「・・・わかった。 ドラコには知らせる?」

 

シャルロットは少し考え込んだ。が、すぐに首を振った。

 

「いいえ、知らせたら絶対怒って止めるもの」

 

多分知らせなくても怒るだろうとハリーは思ったが、言わなかった。

どちらにしろドラコの両親は厳しい。彼に規則を破らせるのは申し訳ないとも、ハリーは思った。

 

「オッケー。それじゃ、今夜君のこと迎えに行くよ。透明マントの中に4人も入らないよなあ。僕たちが君とハーマイオニーをおんぶすれば行けるかな?」

 

「・・・あなたのガールフレンドにばれたら殺されそうね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜が更けた頃、ハリーとロンとハーマイオニーはシャルロットを迎えに来た。

 

「・・・遅かったじゃないの」

 

「あぁ、ちょっとね。 ネビルと揉めたんだ」

 

ハリーがシャルロットを、ロンはハーマイオニーを背負った。(ロンがシャルロットを背負ったことがドラコに知られたら面倒だと、ハリーは思ったからだ)

これなら透明マントにも何とか4人すっぽり入った。

途中ピーブスに会うというアクシデントは起きたもののハリーの機転で切り抜け、4人は4階の廊下に辿り着いた。ドアは少し開いていた。

 

「ほら、見ろよ。シャル。 もうレギュラス・ブラックは三頭犬を突破したってことだぜ」

 

ほら見たことかと言わんばかりのハリーに、シャルロットは信じられないという顔をした。

 

「まさか・・・でも、そんなことを・・・」

 

「まあ、いいさ。 進めば分かることだよ。 君たち、本当にいいの?戻りたかったら恨んだりしないから戻ってくれ。 マントも持って行っていい」

 

「バカ言うな」

 

「一緒に行くわ」

 

「最後まで付き合うわよ」

 

ロンとハーマイオニー、それにシャルロットが同時に言った。

ハリーは扉を押した。低いグルルという唸り声が聞こえた。3つの鼻が、4人を求め狂ったように嗅ぎ回っているのだ。

 

「犬の足元にあるのは、ハープかしら」

 

「きっと、ブラック先生が持ってきたんだ」

 

シャルロットの言葉に、ロンはそう言った。

 

「さあ、始めよう」

 

ハリーはハグリッドからもらった横笛を唇に当てた。フクロウの鳴き声がするその笛は演奏とは言い難かったが、三頭犬はトロンとしていた。

ハリーが吹き続けると、やがて三頭犬はぐうぐうといびきをかきながら寝てしまった。

4人はそうっと、仕掛け扉の方に移動した。扉は引っ張れば開いた。

 

「で、誰から行く?」

 

「何言ってんだ、ロン。こういうのは男から行くもんだぜ」

 

空気を和ませようとしたのか、ハリーはロンにウインクすると真っ暗な穴の中へ飛び込んだ。

 




三連休で書き溜めようと思ってはいた。


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罠、そして

穴は深くどこまでも落ちるかのように思えたが、終わりは突然やってきた。

思わず衝撃に備えて目を瞑ったが、何やら植物がクッションになったらしくどこも痛めなかった。

 

「よ、よかったぁ」

 

先に着いたロンが情けなく安堵の息をつく。暗く湿っぽい場所だった。しかし、安心したのも束の間何やら植物の蔓が彼の体に巻きついた。

 

「な、なんだこれ!」

 

同じく腕に絡みついてきた蔓をハリーが空いてる手で千切る。しかし、その間にもどんどん絡みついてきて、きりがない。暴れたせいか植物の魔の手はハリーの首にも伸びていた。

 

「これ悪魔の罠だわ!」

 

「…えっと、確か暗闇と湿気を好む植物で…対処法は…」

 

ハーマイオニーの悲鳴のような言葉に、シャルロットがぶつぶつと続ける。

 

「あぁ、さすが才女のおふたりさん。 何て名前か知ってるなんて大いに助かるよ」

 

蛇のように蔓に巻き付かれながら、ロンは皮肉を言った。

 

「思い出したわ! 悪魔の罠の対処法は火よ! ハーマイオニーお願い!」

 

「でも、薪がないわ!」

 

 

「ハーマイオニー、君はそれでも魔女か!」

 

 

ハリーが乱暴に怒鳴り、シャルロットは何とか悪魔の罠に巻き付かれながらも自分で杖を構える。

 

「あぁ…そうだったわ」

 

「「インセンディオ(炎よ)!」」

 

ハーマイオニーとシャルロットの声が重なり、2つの炎が現れた。悪魔の罠は、みるみる引いていく。4人に巻きついていた蔓は途端に萎れた。

 

「全く『薪がないわ』なんて…気がおかしくなったのかと思ったぜ…」

 

ロンは息を切らせながら言った。

 

「駄目ね、私。 いくら勉強ができてもシャルみたいに実戦で活かせてないわ」

 

トロールに襲われた時のことを思い出してるらしく、ハーマイオニーは少し落ち込んでいた。

 

「咄嗟にインセンディオも言えないくせに、こちらに丸投げしてきた男たちの百倍はマシだから安心しなさい」

 

ハリーとロンは気まずそうに身じろいだ。

 

暗い石の道を奥へ進むと、ぶぶぶと何かの飛ぶ羽音がした。シャルロットは思わず虫を想像したが、やがて開けた場所に出ると思わず目を見張った。

羽の生えた鍵が、空を飛んでいる!

その部屋は天井が高く、真ん中に箒が置いてあった。

 

シャルロットは試しに次の部屋へと続く扉に、杖を定めた。しかしすぐに腕を下ろした。

 

「だめね、開かないわ」

 

「つまり、箒に乗って正しい鍵を捕まえろってことか。 僕のために用意されたような試練じゃないか。 先程の挽回をしますよ、お姫様たち」

 

ハリーはニヤリと笑うと、箒にひらりと跨った。

 

「鍵穴からして、相当古くて大きな鍵じゃないかしら」

 

「あぁ、それで多分取っ手と同じ銀製だ」

 

4人は、空中を飛び交う幾千もの鍵に目を凝らした。

見つけたのは、ロンだった。

 

「あれだ! あの羽が折れてるやつ!」

 

「でかした、ロン! 任せろ!」

 

ハリーは地面を蹴ると、鍵の渦の中に飛び込んだ。

 

「君たちは扉の前で待ってて!」

 

ハリーの箒の乗りこなしは素晴らしかった。羽のついた鍵たちは群れに飛び込んだハリーを攻撃したが、ハリーはそれを躱すと羽の折れた鍵を追い詰めた。そして、とうとう鍵を手中におさめた。

見ていた3人は歓声を上げた。

しかし、喜んだのも束の間、正解を掴んだハリーに他の鍵たちが一斉に襲いかかった。さすがのハリーも怯んだが、どうにか逃げる。

 

「クソッ、鬱陶しいな! 頼むぜ、ロン!」

 

ハリーは悪態をつくと、鍵をロンに向けて投げた。そして急旋回すると、鍵たちの囮になり扉の逆方向へと飛んでいく。

ロンは受け取った鍵を、扉に嵌める。ガチャリと鈍い音がして開いた。

 

「よし、ハリー! こっちに来い!」

 

ハーマイオニーとシャルロットが扉の向こうへ行ったのを確認すると、ロンは叫んだ。

ハリーは鍵を引き連れたままこちらに飛んできて・・・間一髪、ハリーが入るとロンは勢いよく扉を閉めた。向こう側で鍵が扉に刺さる嫌な音が聞こえた。

 

「さすがグリフィンドールのシーカー様」

 

「君に褒められるとは珍しいね」

 

ハアハアと息を整えながら、ハリーは憎まれ口を叩いた。

 

4人はようやく入ってきた部屋に目を向けた。硬い石像がびっしりと立っている。松明に照らされた石像たちは背が高く、この上なく不気味で今にも動き出さそうだ。

 

「これ、チェスだ…」

 

呟くロンのローブを、ハリーが引っ張った。

よく見ると、床もチェスの盤のような模様が付いていた。つまり4人は今巨大なチェスの盤上に居るのだ。

 

「何か…不気味だな。 早く行こうぜ」

 

しかし、4人が進むと向かい側にある白いチェスが突然動き出し、行く手を遮った。一行は怯み、立ち竦む。しかしここまで試練をこなしてきた皆にはその意味することがわかっていた。

 

「やっぱり、勝って進まなきゃいけないんだ」

 

言葉にしたのは、ロンだった。

彼は覚悟を決めたような顔で言葉を続けた。

 

「ハリー、君はビショップの位置に。えっと、シャルはクイーン。ハーマイオニーはルーク。僕はナイトだ」

 

「1度ロンとチェスしてみたかったけど、まさかこんな形であなたのプレイを見るとはね」

 

シャルロットの言葉に、ロンは緊張しながらも泣き笑いのような表情を浮かべた。

 

「生きて帰ったら、何回でもできるだろ」

 

皆が位置につく。いよいよ、始まりだ。

 

「さあ、いくぞ…」

 

ロンは駒を動かした。恐ろしいことに、取られた駒は打ち砕かれてチェスの盤外に放り投げられた。初めてそれを見た時、思わず4人は真っ青な顔で身震いした。

ロンのチェスは確かに上手かった。しかし、相手もかなりの強さだ。駒を取られ、取り返し…その繰り返しが続いた。盤上の駒を少しずつ、だが確実に減っていく。

 

最初に気付いたのは、シャルロットだった。

 

「ロン、何よその手…。 あなた、まさか」

 

震えた声は最後まで続かなかった。

 

「こうするしかないんだよ、シャル。 チェスは犠牲を払うゲームだ。 君も少しは指せるならわかるだろ?」

 

「おい、何の話をしてんだよ。 2人とも」

 

ロンがハリーとハーマイオニーに向き直った。その顔は決意に満ちていた。

 

「2人も聞いてくれ。 いいかい? この次の手で、僕は取られる」

 

「それは駄目だ!」

「ダメよ、ロン!」

 

間髪をあけずにハリーは怒鳴り、ハーマイオニーは悲鳴じみた声をあげた。

 

「ブラック先生を食い止めたいんだろ、違うか!?」

 

ロンも怒鳴り返した。

燃えるような赤毛が、松明の下で炎のように見えた。

 

「いいね? 僕はクイーンに取られる。 ハリー、そしたら君がチェックメイトをかけろ」

 

「…わかった」

 

ハリーは歯を食いしばり、とうとう頷いた。

 

「じゃあ、僕は行くよ。 勝ってもここでグズグズしちゃダメだよ。 先に進んでくれ」

 

「ロン」

 

「なに? ハリー」

 

「君、本当に最高で最強のグリフィンドール生だよ。 絶対に、ブラック先生は僕が止めるから」

 

「よせよ。 君だって逆の立場だったら同じことしてる」

 

行きのコンパートメントで偶像出会っただけの彼らの友情は、1年を通し確固たるものになっていた。

 

ロンはちょっとはにかむと、意を決して前に出た。白の駒がロンの頭を石の腕で殴りつけた。

意識を失う瞬間、ロンは何故かみぞの鏡で自分が見たものを思い出した。首席になるより、クィディッチのキャプテンになるより、今の自分が最高にカッコよくて輝いてるように感じた。

 

ロンはぐったりと盤上に倒れる。

ハーマイオニーとシャルロットは同時に悲鳴をあげ、ハリーは思わず目を背けた。白のクイーンがロンを端に引きずる。ロンの胸が緩やかに上下しているのが見えた。気絶しているだけらしい。

シャルロットは駆け寄りたい衝動を必死に堪えた。

 

ハリーがチェックメイトをかけると、白のキングは王冠を脱ぎ足元に投げ出した。

勝利だ。前方の扉が開く。

 

「ロン…」

 

慌てて皆はロンに元に駆け寄った。

彼は意識を失っていたが、特に大きな怪我はなかった。

シャルロットはロンを抱き起こし、壁にもたれかけた。彼は気絶しているものの呼吸はしっかりしている。何故か口元は笑っているように見えた。

 

「大丈夫よ、軽い脳震盪だと思うわ。…ロンに言われたように先に進みましょう」

 

シャルロットの言葉は、ハリーを励ますというより自分に言い聞かせているようだった。

 

また、通路を進む。次の扉に辿り着いた3人は覚悟を決めて、扉を開いた。

むっと嫌な匂いが鼻につく。匂いの元はすぐに分かった。…トロールだ。どうやらノックアウトされたようで伸びている。しかし、ありがたい事にそのおかげで次の扉は開いていた。

 

「今こんなトロールと戦うことにならなくてよかった」

 

ハリーが思わず溜息をついたその時。

待ち受けたかのようにトロールがむくりと起き上がった。そして、棍棒を地面に叩きつける。大地が震えるような衝撃。

思わず転びそうになったが、3人はすぐに杖を抜いた。しかし、シャルロットが2人を庇うように一歩前に出た。

 

「ハリー、ハーマイオニー。 今なら扉は開いてるわ。 先に進んで!」

 

ハリーとハーマイオニーは同時に首を振った。

 

「こんな怪物の元に、女の子を置いていけるか!」

「危険よ!トロールの威力は、あなたが誰よりも分かっているはずだわ」

 

「1度倒されたはずだから、そんなに体力は残ってないわ。 ロンの言葉を忘れたの? 早く行きなさい!」

 

シャルロットはそう叫ぶと…驚くことにハリーとハーマイオニーに杖を向けた。

 

グリセオ(滑れ)!」

 

「よせ、シャル!」

 

ハリーの制止の声も虚しく、足元に放たれたその呪文に2人はバランスを崩し、次の扉の向こうへと滑り転げて行った。

 

シャルロットは改めてトロールに向き直る。そして、恐怖を堪えて引き攣った笑みを浮かべた。

 

「リベンジマッチといったところかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の部屋へと押し込まれたハリーとハーマイオニーは、立ち上がるとすぐにシャルロットのいる部屋に戻ろうとした。しかし、扉の前に紫の炎が現れた。そして、次の扉の先には黒い炎が燃え盛っている。…閉じ込められた。

この部屋には、テーブルの上に7つの瓶が置かれていた。

 

「一体何をすれば…」

 

「見て!」

 

ハーマイオニーが、瓶の横に置かれている巻紙を手に持った。

それは、かなり複雑な謎かけだった。ハリーもどうにか考えようとしたが、すぐに頭がこんがらがった。

 

「すごいわ…。これ魔法じゃなくて、論理よ。 大魔法使いって論理の欠片もない人たくさんいるの。 そういう人は永遠にここで行き止まりだわ」

 

「これ、君解ける?」

 

ハリーは急いで言った。

 

「任せて。 ちょっとだけ待ってて」

 

それからハーマイオニーはブツブツと何かを呟き、瓶の前を行ったり来たりした。そして、暫くすると手をパチンと鳴らした。

 

「わかったわ! 一番小さな瓶が、黒い火を通り抜けて石の元へ行かせてくれる」

 

ハリーは言われた瓶を手に取った。これが、『賢者の石』に通じている。

 

「1人分しない。 ほんの一口分だ」

 

2人は顔を見合わせた。

背後でトロールと戦うシャルロットの衝撃音が聞こえた。

 

「…紫の炎をくぐって戻れるのはどれ?」

 

ハーマイオニーは一番右端の丸い瓶を指さした。

 

「君がそれを飲んで。 戻ってシャルを助けてあげてほしい。 シャルがスネイプ先生に手紙を出してくれている。 少しの辛抱だ」

 

「ええ、もちろんよ。 でも、ハリー。 あなたは? ブラック先生と『例のあの人』が一緒だったらどうするの?」

 

ハーマイオニーの言葉に、ハリーは無意識に額の傷に触れた。

 

「そうだな。2人まとめて、僕がやっつけるよ」

 

そう言って笑ってみせたハリーだが、その手は震えていた。突然ハーマイオニーは、ハリーに駆け寄り抱きしめた。

 

「あぁ、ハリー! あなたって偉大な魔法使いだわ!」

 

「どうしたの、ハーマイオニー。 今日は随分熱烈だね」

 

ハリーはクスッと笑うと、ハーマイオニーの背中に手を回した。彼女もまた小刻みに震えていて、ハリーはそれに少し落ち着いた。

 

「私、あなたと友達になれて本当によかった! お願い、気をつけてね」

 

「あぁ、君もね。…シャルを頼むよ」

 

ハリーはハーマイオニーの前髪を掻き分け、彼女の幸運を祈って額にキスを落とした。

 

ハーマイオニーは丸い瓶を飲み干すと、もう一度ハリーの方を振り返り、紫の炎の中へと姿を消した。

後に残ったハリーもすぐに、小さな瓶に口を付けた。まるで冷たい氷が、体を駆け巡るような感覚だった。

ハリーは黒い炎の中に、足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幾度目かのトロールの棍棒は、たった今までシャルロットの居たところを粉々に砕いた。濛々と砂埃が舞い上がる。

シャルロットは衝撃で吹っ飛び、腕を擦った。血が流れているのが見えたが、体からアドレナリンが出ているのか痛みは感じなかった。

 

ウィンガーディアム・レビオーサ!(浮遊せよ)

 

シャルロットは粉々に欠けた中でも一番大きな石に呪文をかけると、トロールの頭上に落とした。明らかに致命傷だと思うが、トロールはびくともしない。

 

「ど、どうして!?」

 

シャルロットが悲痛な叫びを上げた。

もうこれで同じ呪文を試すのは何度目だろう。時間の感覚がなかった。

 

トロールが再び棍棒をかかげ、シャルロットに狙いを定めた。シャルロットは逃げようと立ち上がる。

 

「ッ…!?」

 

疲労のせいか、僅かに逃げるのが遅れた。…間に合わない!

しかし、シャルロットに棍棒は当たらなかった。

 

「ハ、ハーマイオニー?」

 

すんでのところで駆け寄ってきたハーマイオニーが、シャルロットの体を庇うように抱いて横に飛んだ。

ハーマイオニーは、こんな局面だというのにシャルロットに向かってニッコリと笑った。

 

 

「今度は私が、あなたを助けに来たわよ」

 

 

ハーマイオニーの言葉に、シャルロットは目を見開き泣きそうに顔を歪めた。

 

「だ、だめよ! このトロール、攻撃が効かないの。 危ないわ!」

 

慌てたシャルロットの言葉にも、ハーマイオニーは強く頷いた。

 

「大丈夫。あなた、スネイプ先生に手紙を出したんでしょう?もう少しの辛抱よ」

 

降りかかるトロールの棍棒から逃げようと、ハーマイオニーはシャルロットの手を引いた。

元来た道をハーマイオニーは引き返そうとしたが、瓦礫に埋もれて扉は開きそうにない。ハリーの元に行くにも、もうあの紫の炎を抜けられる薬はない。

 

つまり、ここで誰かの助けを待つしかないのだ。

 

「…インセンディオ!」

 

ハーマイオニーはいつかのシャルロットのように、杖からリンドウ色の炎を出した。しかし、あの時のトロールには効いたはずなのに、目の前のトロールは怯んだ様子さえ見せない。

どうやらシャルロットの言ったことは本当らしい。

 

「ハーマイオニー! バラバラに逃げましょう! その方が狙われにくいわ!」

 

ハーマイオニーが来てくれたおかげで、少し冷静になれたシャルロットはそう提案した。

ハーマイオニーが頷くと、同時に2人は逆の方向に走る。

室内とはいえ、部屋はそこそこの広さがあり逃げ回ることは可能だった。

羽の生えた鍵の部屋から箒を持ってくればよかったと、乗れもしないのにシャルロットは思った。

シャルロットの体力は切れかけていた。既にかなり魔法も使い、集中力も切れている。どちらを追うべきか逡巡していたトロールだったが、シャルロットに再び狙いを定め追いかけた。そして、棍棒を地面に振り下ろす。直接当たりはしなかったが、シャルロットのすぐ近くに棍棒は落ち、彼女の体は吹き飛んだ。

 

「シャル!!」

 

ハーマイオニーはすぐに駆け寄った。シャルロットは気絶して、ぐったりと倒れている。とどめを刺そうと、トロールは棍棒を再び振り上げた。

咄嗟にハーマイオニーは、両手を広げてシャルロットを庇うように前に出た。

棍棒が襲いかかる。強烈な風圧。ハーマイオニーはぐっと目を瞑り、覚悟を決めた。

 

 

「杖も使わず、立ち向かうとは。 グレンジャー、魔女失格ですよ」

 

 

この場にそぐわない涼やかな声と共に、蛇の形をした真紅の炎がトロールを飲み込むように包んだ。

 

トロールの口から絶叫が上がる。

いつのまにか瓦礫の積もった扉が開け放たれていた。

きつく閉じていた目を開くと、アルバス・ダンブルドアとレギュラス・ブラックが立っていた。今の攻撃は、レギュラスの放ったものらしい。

 

「どうして…ブラック先生と校長先生がいっしょに…?」

 

助けてもらった感謝を言う余裕すらないほどに、ハーマイオニーの頭は混乱した。

 

「レギュラス、ここは頼む。 儂は奥にいるハリーを」

 

ダンブルドアは短くそう言うと、その老体からは想像もつかないスピードで次の扉へと向かって行った。

レギュラスは頷くと、すぐにシャルロットに駆け寄った。そして、彼女に大きな怪我はなく気絶しているだけだと分かるとそっと壁によりかけた。そして、未だ呆然としているハーマイオニーに向き直ると、彼女の髪に降り掛かっている砂埃をそっと取り払った。

 

「怪我はありませんね、グレンジャー?」

 

「は、はい!」

 

顔を覗き込まれ、ハーマイオニーは慌てて返事をした。

スリザリンを贔屓する嫌な先生という印象のせいか、こうしてレギュラスの顔をしっかり見たことはなかった。しかし改めて見ると、レギュラスの顔は端正で整っていた。

 

背後からトロールの雄叫びが聞こえた。体中焦げているが、未だ戦おうとレギュラスたちに向かい棍棒を振り上げた。しかし、レギュラスが杖を一振りしただけで、棍棒は粉々に砕け散った。

 

「『悪霊の火』をその身に食らって尚、生き永らえますか。…なるほど、強化されたうえに服従の呪文か」

 

冷静にレギュラスはそう言うと、再び何やら呪文を唱えた。すると、散らばっていた瓦礫が集まり大剣を形作る。そして、トロールの体に深々と突き刺さった。

トロールは再び絶叫するが、尚も立ち向かおうと藻掻く。

 

「むごいことを。 楽にしてあげましょう」

 

レギュラスはどこか憐れむように、トロールを見つめた。

 

「グレンジャー、こちらに」

 

レギュラスは溜息をつくと、未だ腰を抜かしているハーマイオニーの腕を引き自身のローブの中で抱きしめるよう包んだ。ふわりとムスクの香りが鼻腔をくすぐる。そして、ハーマイオニーが何も見えないよう、彼女の視界を陶器のような白い手で覆った。レギュラスの手は華奢でひんやりとしていた。

 

「…アバダ・ケダブラ」

 

ハーマイオニーは視界を覆われていても、部屋内に緑色の光が溢れるのがわかった。やがて手が離されると、部屋にはトロールが倒れていた。トロールはぴくりとも動かない。ハーマイオニーは本能で、目の前の獣はもう死んでいるのだと分かった。

そして、まるで見計らったようなタイミングで扉からダンブルドアが出てきた。ハリーをおぶっている。

 

「ハリー!」

 

「気絶しているだけじゃ。 直に目を覚ますであろう。 君たちもよく頑張ったのぅ」

 

ダンブルドアは、ハーマイオニーに向かって優しくにっこりと笑った。

 

「校長、クィレルは?」

 

何故こんなところでクィレルの名前が出るのだろうか。

そんなハーマイオニーの困惑を他所に、ダンブルドアは暗い顔で首を振った。

 

「いや、助からなんだ。 トロールは?」

 

「…殺しました。 強化呪文をかけられたうえに、おそらく敵を徹底的に倒すよう服従の呪文をかけられていたかと」

 

「何と残酷なことを。 あいわかった。 …魔法省には儂が上手く話しておく」

 

「お願いします。しかし、この部屋はこのような仕掛けではなかったはずですが」

 

レギュラスは、事切れたトロールを一瞥した。

 

「もちろんそれもクィレルの仕業じゃろうて。 儂とセブルスは魔法省と魔法薬学会という偽の手紙で、学校から追い出すことに成功したのじゃろうが…君を学校から追い出す手段が見つからなかったのではないかな」

 

「それで念の為、トロールにこのような呪文をかけたと。 たかがトロール1匹で、私をどうにか出来ると思ったのでしょうか。 舐められたものですね」

 

レギュラスは自嘲的に笑った。

そして、ダンブルドアはレギュラスのローブの中で、未だハーマイオニーが呆気にとられていることに気付いた。ダンブルドアは彼女の目線に屈んだ。

 

「ミス・グレンジャー、君にも少し休息が必要じゃな」

 

ダンブルドアは優しい声色で言った。

しかし、ハーマイオニーは自分に聞かせたくない話を2人はするのだろうなと感じた。

 

ダンブルドアがパチンと指を鳴らす。すると、ハーマイオニーは突然睡魔に襲われた。ぐらりと傾いた彼女の体を、レギュラスが再び抱きとめた。その優しい腕と、優しいムスクの香りにハーマイオニーは安心して意識を手放し、穏やかな眠りへと落ちていった。

 




額へのキスは友情を表すそうです。ハリーとハーマイオニーが友人以上の関係にならないことを表現したかった( ˘ω˘ )

次回、賢者の石編終わり(予定)


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親の心子知らず

瞼を開けて一番最初に視界に入ってきたのは、何とも不機嫌そうな顔の父親だった。

 

「パパ?」

 

「・…気が付いたか」

 

シャルロットは体を起こした。

無機質な床と壁。ベッドと区切られたカーテン。鼻をツンとつく薬品の匂い。辺りを見回して、すぐにここが保健室であると分かった。

何故自分は保健室に?記憶が曖昧で少し混乱している。

そんなシャルロットを見かねて、セブルスが口を開いた。

 

「おまえは強化されたトロールに吹っ飛ばされて、気絶していたのだ」

 

「・・・そうだ! みんなは!?」

 

漸く記憶が戻ったシャルロットは、思わず声を張り上げた。

マダム・ポンフリーがカーテン越しで睨んでいるのが見えた。

 

「無事だ。 ウィーズリーもグレンジャーも大した怪我はしていない。 おまえが目覚める少し前に、ハリーも目覚めた。 今は校長先生と話をしている」

 

「・・・そう。 助かったのね」

 

誰も死んでいない。その事実に、シャルロットはほっと力が抜けた。

 

「セレスにパパへの手紙を持たせたのだけど、受け取ってもらえたの?」

 

「いや。 残念ながらすれ違ったらしい。 私と校長は偽の手紙で学校から出されていた。 校内にレギュラスが居なければ危なかった」

 

その言葉にシャルロットは、ちょっと得意気な顔をした。

 

「ほら! やっぱり、レギュラスおじ様は無実だったんだわ!」

 

 

「・・・馬鹿者が!!」

 

 

ベッドが揺れるほどの怒鳴り声に、シャルロットは飛び上がり短い悲鳴をあげた。

 

「ちょっとセブルス! ミス・プリンスは怪我人です! 静かにできないなら」

 

「貴方も黙っていてもらおう! これは先生と生徒ではなく、親子の問題なのでね!」

 

あまりの剣幕に、抗議に来たマダム・ポンフリーすらたじたじとした。

怒った時のセブルスは本当に怖い。ここまで怒られたのは、6歳の頃にドラコとハリーと3人だけでマグルの街に遊びに行って、夕方警察に保護された時以来だろうか。

 

「おまえは子どもの冒険のつもりだったのだろうが、どれだけの人に迷惑をかけたのか自覚しているのか! 特におまえはレギュラスが黒幕ではないと分かっていたのだろう! クィレルと『例のあの人』が相手だったのだぞ! 一歩間違えればおまえら全員死んでいた!」

 

セブルスの怒鳴り声に、シャルロットの目に涙がぶわっと浮かんだ。

しかし、残念ながらそんなことで説教を緩めるような甘い父親ではない。

 

「で、でも・・・私たちが行かなければきっと石は盗まれていたわ!」

 

シャルロットは涙声で訴えた。

 

「だからと言って、おまえたちに倒せる相手なわけないだろう!」

 

「だって、パパいなかったじゃない!!」

 

シャルロットの泣きながらの返答に、今度はセブルスが少し怯んだ。

 

「パパは肝心な時にいつもそうだわ! 私の誕生日の日だって結局夜まで仕事してたじゃない! 今回だって・・・私だってパパが居たなら頼ったわ! こんなことしなかったわよ!」

 

一瞬の沈黙。

耐えきれずに、恐る恐るシャルロットが顔を上げた。すると、驚いたことにセブルスは辛そうに顔を歪めていた。シャルロットは咄嗟に言い放ってしまった言葉に後悔した。

 

 

「ほら、言ったろ? 仕事にしか目がない父親は嫌われるって」

 

 

その空気を壊してくれたのは…ひょっこりとカーテンから顔を出したシリウス・ブラックだった。セブルスを揶揄うかのように、ニヤニヤとした笑みを浮かべている。

 

「シリウスおじ様!」

 

見るとカーテンの向こう側に、同じくベッドの上でニヤニヤと笑っているハリーと、少々困ったような顔をしたダンブルドアが居た。

今の親子喧嘩を全て聞かれていたことに気付き、シャルロットは頬がかぁっと熱くなるのを感じた。

 

「俺はすごいことだと思うぜ? 1年生で『例のあの人』と戦うなんてさ。 俺たちの時にそんなことした奴いたか?」

 

「・・・当たり前のことを言っただけだろう。 褒められる行いではない。 おまえがそんな甘いことを言うから、ハリーがつけ上がるのだ」

 

セブルスが冷たく言ったが、シリウスは全く気にしていないようでシャルロットの髪をガシガシ撫でた。

 

「気にすんなよ、シャル。 おまえのパパ偉そうなこと言ってるけど、こいつも昔は規則めちゃくちゃに破ってたからな」

 

「ほぅ? それは聞き捨てならんのう」

 

シリウスの言葉に、ダンブルドアはクスクスと笑った。

 

セブルスはちっと軽く舌打ちをすると、シリウスに髪をぐしゃぐしゃにされたシャルロットの頭に手をぽんと置いた。

 

「レギュラスもドラコもおまえのことを心配していた。・・・グレンジャーは気を失ったおまえをトロールから命懸けで守ろうとしたらしい。 良い友人を持ったな」

 

さっき傷付けることを言ってしまったシャルロットは父親に一言謝りたかったが、セブルスはさっさと保健室を出ていってしまった。

 

「・・・シャル。 セブルスをあまり責めないでやってくれ。 あいつもな、おまえのために一生懸命なんだ。 あんなに仕事に打ち込んでるのも、おまえに不自由させないためだ」

 

相変わらず愛情表現が素直じゃないセブルスに、シリウスは困ったように笑った。

 

「わかってるわ」

 

シャルロットは素直に頷いた。

落ち込んでいるシャルロットを慰めようとしたのか、ハリーは蛙チョコをぽいっと彼女の方に投げた。蛙チョコは緩やかな放物線を描き・・・シャルロットの胸元にすっぽりと入った。シャルロットが悲鳴をあげ、シリウスは笑いを噛み殺す。

 

本当にこの少年に、『例のあの人』を倒せるのだろうか。

先程までハリーに真面目な話をしていたダンブルドアは、ケラケラ笑う彼を思わず遠い目で見つめた。

リリーの妹ペチュニアを知るセブルスの説得やシリウスの強い希望もあり、ダンブルドアはリリーの『血の護り』に細工をしてハリーがシリウスの元で暮らせるようにした。しかし、もしやそれは間違いだったか?英雄としてこれからの使命がある彼が、こんなにちやほやされるのはあまり良い影響ではないのでは?

 

 

「校長先生、百味ビーンズいかがですか?」

 

 

無邪気なハリーの声で、ダンブルドアは思案から抜け出した。その瞳はキラキラとした緑色で、リリーそっくりだった。

 

悪い癖だな、とダンブルドアは自分で思った。

例え、彼にいずれ想像もつかないほどの重荷を背負わせることになるとしても、今彼が幸せならそれに越したことはないではないか。

 

「おお、ハリー! 儂は若い頃、不幸にもゲロ味が当たってのう。 それ以来あまり好まんのじゃが・・・この美味しそうなタフィーなら大丈夫だと思わんか!」

 

ダンブルドアは確かに合理的な策略家だ。しかしまた、愛というものを誰よりも理解している人物でもあった。

 

「いや、校長先生それ多分・・・」

 

ハリーの制止の声より前に、ダンブルドアはにっこり笑って茶色のビーンズを口に放り込んだ。途端に噎せ返った。

 

「なんと! 耳くそ味だ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハリーとシャルロットはそれから学年末のパーティーの日まで、保健室からの退院を許されなかった。

クィレルと対峙したハリーはともかく、大した怪我をしていないシャルロットまでこんなに入院が長かったのは、セブルスが保健室で吠えたせいなのではと思った。

シャルロットにもお見舞いの品がだいぶ届いたが、ハリーへの量はさらに凄まじかった。天井まで届くほどのお菓子の山が3回目に崩れた時には、マダム・ポンフリーがとうとう癇癪玉を爆発させた。

 

生徒と面会は許されなかったものの、レギュラスはたまにシャルロットに会いに来てくれた。いわゆる教師権限というやつなのだろう。

シャルロットは一言でもいいから、レギュラスに対してハリーに謝って欲しかったが、彼が来るといつもハリーは狸寝入りをした。

シリウスのことは好きだが、自分の兄弟のいざこざを息子にまで吹き込まなくてもと、今更シャルロットはちょっと呆れた。

 

他にもハグリッドがやってきて、ハリーの前でわんわん泣きながら謝罪をしていた。何でも、彼が三頭犬の出し抜き方をクィレルに話してしまったらしい。

 

そんなわけで2人がロン、ハーマイオニー、それにドラコに会えたのは退院する日・・・学年末パーティーのほんの数時間前くらいだった。

 

 

「「「ハリー、シャルロット!!」」」

 

 

3人は声を揃えると、退院支度をしているハリーとシャルロットに駆け寄った。

 

「ああ、よかったわ!本当に2人とも無事で!」

 

ハーマイオニーは感極まって涙目になっている。

 

「聞いたわよ、ハーマイオニー。 トロールから私を守ってくれたんですって? 本当にありがとう」

 

シャルロットはハーマイオニーをぎゅっと抱きしめた。

あの1件は彼女たちをさらに特別な友達にさせた。

 

「今じゃ学校中でこの話持ち切りだぜ! 僕たちちょっとしたヒーローだよ」

 

ロンは胸を張って自慢気に言った。

 

「ふざけるなよ、ウィーズリー。 僕はシャルを危険な目に合わせたことを許してないからな! 何で僕も連れて行ってくれなかったんだよ、ハリー!」

 

怒りながらも寂しそうな声で言ったドラコに、ハリーは慌ててごめん、と謝った。

 

「君まで巻き込むの悪いなと思ったんだ。 シャルだって巻き込みたくなかったよ、本当は」

 

「そうね、私も無理に着いていったようなものだし」

 

「・・・次にこんな危ないことする時は、僕も絶対ついていくからな」

 

ドラコは拗ねたように言った。

 

「なあ、それより早く学年末パーティーに行こうぜ! 飾り付けがすごいんだ、グリフィンドールとスリザリン両方の飾り付けがしてあるんだよ! 多分同点優勝なんだ!」

 

ロンは目を輝かせて言った。

今のところグリフィンドールは最下位のはずだが、きっとパーティーの前にハリー達の活躍の追加点をくれるのだろう。

 

「あーあ、僕がクィディッチでハリーに勝ってればなぁ。 そしたら、スリザリン優勝確定だったのに」

 

ドラコは同率優勝が気に入らないのか、悔しそうに言った。

 

「何言ってんだよ、ここまでの活躍をしたんだ。 本来グリフィンドールの優勝だけど、ダンブルドアは君たちスリザリンが可哀想だから同率優勝にしてくれたんだと思うぜ」

 

「もういっぺん言ってみろ、ウィーズリー! シャルだって活躍しただろう! 彼女はスリザリンだ!」

 

ロンとドラコが再び喧嘩を始める。最早止めるのもめんどくさいのか、ハリーは2人を無視してベッドの上を片付けていた。

 

そんな中で、ハーマイオニーはシャルロットの耳に口元を寄せた。

 

「ねえ、シャル。 まだパーティーまで時間あるわ。 着いてきてほしいところがあるの」

 

ちょっと緊張したようなハーマイオニーの言葉に、シャルロットは何事かと少し驚きながらも頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学校中が自分たちの噂で持ち切りというロンの言葉は決して大袈裟ではなく、校内をハーマイオニーとシャルロットが彷徨いていると皆が皆話しかけたがった。

 

2階の廊下に、レギュラスは居た。何やら生徒のレポートのようなものをたくさん抱えている。

 

「ブ、ブラック先生!」

 

ハーマイオニーが少し上擦った声で呼び止める。レギュラスは気怠げに振り返り、少し驚いた顔をした。

 

「プリンスと…グレンジャー。 何か用ですか?」

 

「えっと…その…」

 

レギュラスの冷たい声に、ハーマイオニーは少し怯んだ。

 

「用があるなら早く言いなさい。 パーティーまでにレポートの採点をしなければならないので忙しいのですが」

 

シャルロットは、応援するかのようにハーマイオニーの背中にそっと手を当てた。

すると、それに勇気づけられたのかハーマイオニーは、突然ガバッと頭を下げた。

 

「ブラック先生、疑って本当にすみませんでした! それから! 助けて頂いて、本当にありがとうございました!」

 

頭を下げているハーマイオニーには知る由もないが、レギュラスが少し面食らっているのがシャルロットには分かった。

 

「グレンジャー、取り敢えず顔を上げなさい」

 

レギュラスはどうしたらいいのか分からないようで、およそ彼らしくない口振りで困ったように言った。

 

「これに懲りたら、二度と愚かしい真似はしないことです。…まあ、杖も抜かずトロールに立ち向かうなんて、大人でも出来る人はそういません」

 

レギュラスは素っ気なくそう言うと、一度も振り返らずその場を後にした。

ハーマイオニーは困惑した顔で、首を傾げた。

 

「今のって…呆れられた? それとも、もしかして褒められた?」

 

「多分…ブラック先生なりに褒めたつもりじゃないかしら?」

 

シャルロットが苦笑して言うと、ハーマイオニーはほんのり顔を赤くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大広間はまさにお祭り騒ぎだった。

広間の飾り付けは半分は赤と金、もう半分は緑と銀で装飾されていた。ライオンとヘビの横断幕がまるで競い合うかのように、ハイテーブルの後ろの壁を覆っている。

グリフィンドールのテーブルはこれから待ち受ける追加点を予想し、ハイテンションになっている。ハリーは輪の真ん中で、何度も何度も冒険譚を人々に聞かせていた。

 

スリザリンではグリフィンドールの生徒と仲良くするシャルロットを悪く言う者も一部居たが、殆どの者がまたしてもトロールと戦ったシャルロットを称えて話を聞きたがった。

 

「私もう一生分のトロールと戦った気がするわ…」

 

「いや、トロールなんて一生戦わないのが普通だよ」

 

溜息をついたシャルロットに、ダフネが尤もな突っ込みをした。

 

「まあ、これに懲りたらグリフィンドールとつるむのはやめることね」

 

パンジーは偉そうに言って、ミリセントは横で同意するようにコクコクと頷いた。

 

あちらこちらでお喋りに盛り上がっていた生徒たちもダンブルドアが現れると一斉に静かになった。

 

「また1年が過ぎた!」

 

ダンブルドアが朗らかに言った。

 

「これから、寮対抗杯の表彰を行う! その前に・・・飾り付けを見て気付いた者もいるじゃろうが、つい最近のことも勘定に入れよう!」

 

大広間中がシーンとなった。

 

「まず、ロナルド・ウィーズリー! 近年ホグワーツ城でも見なかったような素晴らしいチェス・ゲームを見せてくれた! グリフィンドールに50点!」

 

ロンは自身の赤毛と同じくらい真っ赤になると、友人や兄弟たちにもみくちゃにされていた。

 

「そして、ハーマイオニー・グレンジャー! 火に囲まれながら冷静な論理を用いて対処し、さらに身を挺して友人を助けに行った勇気に50点!」

 

ハーマイオニーは腕に顔を埋めている。きっと嬉し泣きをしているのだろう。

 

「次にシャルロット・プリンス! 強化されたトロールと戦うなど大人でも出来ることではない! スリザリンに50点!」

 

スリザリンからも歓声があがり、その中でもドラコは一際大きな歓声を上げた。

 

「そして・・・最後にハリー・ブラック!その類まれなる精神力と勇気を称えて、グリフィンドールに60点!」

 

グリフィンドールのテーブルから爆発的な歓声が起こった。フレッドとジョージが、ハリーとロンを肩車しているのが見えた。

しかし、もしこの状況で計算ができている人が居たなら、首を捻っていたに違いない。未だ、グリフィンドールはスリザリンに10点負けている。

 

漸く広間が静かになると、再びダンブルドアが口を開いた。

 

「勇気にも色々な種類がある。 敵に立ち向かうにも大きな勇気が必要じゃが、同じくらい仲間に立ち向かうにも勇気がいる。 そこで儂はネビル・ロングボトムに10点与えたい!」

 

ネビルは驚いて青白くなっていたが、グリフィンドール生にもみくちゃにされて見えなくなった。

これでグリフィンドールもスリザリンも同点だ。

 

「ということで、今年はグリフィンドールとスリザリンの同率優勝じゃ! おめでとう!」

 

ダンブルドアのその言葉が、宴の始まりの合図だった。

テーブルに数々のご馳走が現れる。

 

スリザリン生は喜びながらも、既に来年の寮対抗杯に向けて意気込んでいた。

ドラコも上級生と共に来年のクィディッチの対策を練っていた。

 

これ以上ないくらい、素敵な晩餐だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日、試験の結果が発表された。

ハーマイオニーは学年1位、なんとシャルロットは2位だったがその差は大きく、シャルロットはとても悔しかった。しかし、魔法薬の成績だけはハーマイオニーより良かった。そのおかげでセブルスの機嫌もかなりよく、柄にもなく鼻歌を歌っている姿が何人かの生徒に目撃され困惑された。

ロン曰く、「100点満点で112点を取るハーマイオニーも156点を取るシャルロットも頭おかしい」とのことである。

 

ちなみにドラコも学年9位とかなり健闘していて、意外なことにハリーとロンの成績も良かった。

 

そして、あっという間に洋服簞笥は空になり旅行鞄はいっぱいになった。

休暇中に魔法をつかわないようにとの注意書きも配られ、ホグワーツ急行に乗る日がやってきた。

 

ハリーに誘われたので、ドラコとシャルロットも最初はハリー達と同じコンパートメントに乗り合わせたが、例によってドラコとロンが喧嘩をしたので途中でコンパートメントを変える羽目になった。ドラコに手を掴まれ何故か自分も連れて行かれたシャルロットは、スリザリン生のコンパートメントでダフネやパンジーにさえ同情された。

 

汽車はぐんぐん走り、マグルの街を何個も超えた。

キングズ・クロス駅に着くと、ホームは人混みでごった返していた。プラットフォームから出るのには少し時間がかかった。たくさんの生徒が一気に出ると、マグルがびっくりするため数人ずつゲートから出されていた。

 

「見て! ハリー・ポッターよ! ママ、見て!」

 

シャルロットがドラコやダフネと共にゲートを出ると、赤毛の女の子--おそらくロンの妹だろう--が、ハリーを指さしているのが見えた。

 

「ポッターじゃなくて、ブラックだよ。 君も来年ホグワーツ? 同じ寮になれるといいね」

 

ハリーはそう言うと、赤毛の少女の頬にキスをした。少女の頬はまるで林檎のように真っ赤になり、きゃあきゃあと騒いでいる。

そんな愛すべき妹に、ロンがアイツだけはやめとけ!と本人の前で失礼なことを宣った。

 

ハリーとドラコとシャルロットは夏休みにも頻繁に会うと分かっていたので、挨拶もそこそこに別れた。

シャルロットはハーマイオニーの両親に挨拶に行くと、夏休み中に家にぜひ遊びに来てほしいとハーマイオニーを誘った。

 

シャルロットの迎えは、行きと同じくリーマスが来てくれた。

リーマスはシャルロットを見つけると、にっこりと笑った。

 

「どう? ホグワーツ1年目は楽しかった?」

 

「えぇ、最高だったわ!」

 

さんさんとした陽射しの中、シャルロットもとびきりの笑顔で答えた。

 

楽しい夏休みの、始まりだ。

 

 




二次創作でダンブルドアって黒い人間として描かれること多いですが、当小説のダンブルドアはオフホワイトです。


賢者の石編、これにて閉幕でございます。
下手したら過去編でエタりそうと予想していた駄目作者ですが、思いのほかたくさんの応援や評価を頂けて賢者の石編書き終わることができました。
たくさんの感想、評価、お気に入り登録、本当に本当に励みになっております。この場でお礼を言わせてください。いつもありがとうございます。


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秘密の部屋編
ドビーの襲来


今年1年を恐怖のどん底に陥れる事件も、始まりは些細なことだった。

 

「え? 僕に手紙を出しただって?」

 

ハリーは素っ頓狂な声を上げた。

 

時は8月3日。夏休みの真っ最中。

7月31日に誕生日を迎えたハリーと、8月6日に誕生日を迎えるシャルロットの合同の誕生日パーティーが、プリンス邸で行われていた。広いリビングルームには、装飾豊かなテーブルや椅子がたくさん置かれ、ご馳走の真ん中には大きなバースデーケーキが2つ並んでいる。

 

「ええ、そうよ。 プレゼントは今日渡そうと思ってたけど、せめて誕生日カードでも当日にと思って」

 

プリンス邸に訪れたハーマイオニーは初めての魔法使いの家に興奮してキョロキョロしながら、ハリーにそう言った。

広々とした豪邸に、ちょこまかと給仕に動く屋敷しもべ妖精のメアリー。その様子にロンは羨ましいという言葉を何回も連発していて、ハーマイオニーは屋敷しもべ妖精が給金を貰ってないことを知り驚愕していたが、屋敷しもべ妖精とはそういうものなのだとシャルロットに先程諭されていた。

 

「えー…おかしいなぁ。 ねえ、パパ。 届いてなかったよね?」

 

ハリーがシリウスにそう尋ねると、シリウスはそういえばと首を捻った。

 

「ハーマイオニーに限らず、この夏休みハリー宛の手紙が届いてないな。 誕生日当日にも手紙は1通も来なかったし。 人気者の我が息子に限っておかしいなと思ったんだ」

 

「え、どうしてだろう…」

 

ハリーが不安そうな顔をする。

シリウスは慌ててハリーを安心させるように、頭に手をぽんと置いた。

誕生日パーティーの主役の1人であるハリーに、今日はそんな顔をさせたくなかった。

 

「心配するな。 魔法省の魔法運輸部には知り合いがいる。 後で聞いてみるよ」

 

ハリーは安心したのか頷くと、ニコニコしながらハーマイオニーからのプレゼントを開け始めた。

 

「今日は来てくれてありがとうね。 ハーマイオニー」

 

同じくこちらも主役の1人、深緑色のワンピースを着たシャルロットがふんわりと微笑んだ。胸あたりまで伸びている長い金髪を、まるで貴族のように結い上げている。いや、まるでという言い方には語弊があるかもしれない。

聖28一族ではないとしても、プリンス家もまた歴史のある名家であり、貴族に他ならないのだから。

 

「その…私、本当に来ても大丈夫だったのかしら?」

 

ハーマイオニーは困ったように小さな声でシャルロットに訊いた。

視界の端では、ドラコがダリアに挨拶をしている。純血でない自分がここに呼ばれたことに負い目を感じているのかもしれない。

 

そんなハーマイオニーに、シャルロットはブンブンと首を振った。

 

「大丈夫に決まってるじゃない! それに、ダリア曾祖母様(ひいおばあさま)は隠したがるけど、私の祖父もマグルなのよ」

 

シャルロットがそう言うと、漸くハーマイオニーは安心したらしく、ハリーやロンと共にご馳走を取りに行った。

 

パーティーは夜更けまで続いた。

 

仕事終わりのセブルスとレギュラスが現れると、事情を知らないロンとハーマイオニーはかなり驚いた。レギュラスという宿敵の登場にハリーとロンは気分悪そうな顔をして、シリウスはワイングラスを割りそうになっていた。

 

そして、しっかりと口止めしたものの、シャルロットの父親がセブルスであることに2人は相当驚いていた。ロンは「僕、絶対スネイプ先生って独身だと思ってた」と失礼な発言をして、ダリア・プリンスに睨まれた。

 

ハーマイオニーがパタパタとシャルロットの元に走ってくる。

 

「ね、ねぇ、シャル。 ブラック先生と貴方ってどういう関係なのかしら?」

 

ハーマイオニーがボサボサの自身の髪を何とか手櫛で整えながら、シャルに耳打ちした。

 

「あぁ、レギュラスおじ様はね、訳あってプリンス家の別邸に住んでるのよ。ほら、シリウスおじさんとの兄弟仲が悪いのはハリーから聞いてるでしょう?」

 

ハーマイオニーは未だ頬を赤くしたまま、なるほどと頷いた。何せ去年は、賢者の石をレギュラスが狙っていると疑っていた程だ。ハリーから、シリウスとレギュラスの確執を聞いているのだろう。

 

ちなみにどうにか整えようとしたのだろうが、ハーマイオニーの髪の毛はあまり変わってなかった。

よく効く縮毛剤を今度プレゼントしようかしら、とシャルロットは思った。

 

「ねえ、シャル。 それじゃあ、ブラック先生もその…純血主義なのかしら?」

 

「変な質問をするわね。うーん…そうね。レギュラスおじ様は純血主義よ。 でも、貴方がマグル生まれだからって魔法薬の点数下げたりはしないわよ!」

 

シャルロットは冗談っぽく笑った。

 

「…そうなのね」

 

しかし、ハーマイオニーはちっとも笑わず何やら物憂げな顔でシャルロットの言葉を聞いていた。

その様子に、シャルロットは少し不安になった。もしかしてダリアやドラコが、彼女に嫌なことを言ったのだろうか。

 

「ハーマイオニー。 確かに純血とか…そうじゃないとか気にする人もいるけど、今は減ってるのよ? あまり気にしないで」

 

シャルロットが心配してそう言うと、ハーマイオニーはちょっと寂しそうな顔で、ありがとねと言った。

 

純血か、マグル生まれか。

確かに魔法界の名家では未だに、純血思想が根強い。だが、それは限られた一部のことであり、殆どの魔法族は血筋のことなんて気にしていないのだ。

 

しかし、これから始まる1年で--魔法使いの血筋--それに大きく関わる事件が起きることを、この時知る者は誰も居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

真夜中頃、ようやくパーティーはお開きとなった。

ロンやハリー、ドラコは煙突飛行粉で帰ることができるものの、ハーマイオニーの家はマグルのため暖炉などない。彼女がマグル生まれであるせいかダリアは少々渋ったが、セブルスの強い勧めもありハーマイオニーはプリンス家にお泊まりすることになったので、シャルロットはとても喜んだ。

 

きゃっきゃと騒ぐ2人を見て、「僕も一緒に泊まろうかな」などと軽口を叩いたハリーは、女子会の邪魔とシャルロットにさっさと追い出されて少しむくれていた。

 

おやすみの挨拶をすると、シリウスとハリーはプリンス家の暖炉の炎に足を踏み入れる。そして「グリモールド・プレイス12番地!」と叫ぶ…と、次の瞬間には見慣れた我が家だった。

 

「おかえりなさいませ、旦那様。 坊っちゃま」

 

屋敷しもべ妖精のアンが駆け寄り、シリウスとハリーのローブを預かる。

 

「アン。 悪いが、何かハーブティーを入れてくれ。 ちょっと飲みすぎたな」

 

セブルスと共にかなりのワインを空けたシリウスは、唸りながらソファーに寝転んだ。

 

「そういえば、今日リーマスおじさんは来なかったね」

 

「…あぁ、声はかけたんだが忙しいらしい。ドーラにも声を掛けたんだがあいつも闇祓いの試験真っ最中だしな。 でも、プレゼントは届いててるだろ?」

 

ハーブティーを一口飲みながらシリウスは言うと、ハリーはしゅんとして首を振った。

 

「うぅん、届いてないよ。 リーマスおじさんもトンクスも毎年誕生日プレゼントくれてたのに」

 

シリウスは眉を吊り上げた。少し酔いが冷めたらしい。

 

「それは…おかしいな。 そそっかしいドーラは置いといて、リーマスらしくない」

 

「やっぱり僕の手紙とか荷物、届いてないんじゃないかな?」

 

「いや、早速さっき魔法運輸部に問い合わせたが異常はないらしい」

 

シリウスは思案する。

そもそも自分の荷物や手紙は普通に届いているのである。

ということは、ハリーだけ誰かに妨害を受けている?一体、何のために?

ハリーは魔法界では有名人だ。妨害の理由を考えても、あまりに色々な可能性がありすぎる。

 

「…何だか、きな臭い話になってきたな。 明日の朝一番に魔法省に行って、ちゃんと調べてもらうか。 取り敢えず、今日はもう寝ろよ」

 

ハリーは素直に頷くと、2階にある自身の部屋に向かった。

扉を開くと、屋敷しもべ妖精のコウモリのような耳がベッドに見えた。

 

「あれ、アン。 掃除してくれてたの? 悪いけど、明日にしてくれない? 僕もう眠くて…」

 

欠伸を噛み殺しながらハリーが言うと、屋敷しもべ妖精はこちらを振り向いた。その瞬間、ハリーの眠気が吹き飛んだ。

違う、アンじゃない。

 

「君は…だれ?」

 

屋敷しもべ妖精は、ぴょこんとベッドから飛び跳ねた。

 

「お会いできて光栄でございます! ハリー・ポッター様!」

 

キーキー声で、目の前の屋敷しもべ妖精は言った。

 

「今はポッターじゃない、ブラックだよ。 君はだれ? 何の用? 悪いけど…ブラック家では屋敷しもべ妖精は足りてるんだ」

 

申し訳なさそうに言うと、屋敷しもべ妖精はふるふると首を振った。

 

「ドビーめには、既にお仕えしてるご主人様がいらっしゃいます! 私はあなた様に危険をお伝えようとやってきたのです!」

 

どうやらこの屋敷しもべ妖精はドビーという名前らしい。

 

「あー…ドビー、危険って何?」

 

「いいですか、ハリー・ポッター様! あなた様は今年ホグワーツに行ってはなりません!」

 

痛いほどの沈黙が訪れた。

ハリーには、ドビーの言いたいことが分からなかった。

 

「だから、ブラックだって。 それに何言ってるんだ? ホグワーツに戻るなだって?」

 

「そうでございます! 今年ホグワーツでは恐ろしいことが起こります! 罠が仕掛けられているのです! ドビーめはそのことを何ヶ月も前から知っておりました!」

 

ドビーは全身をわなわな震わせて言った。

 

「世にも恐ろしいこと? 誰がそんな罠を?」

 

ハリーが訊くと、ドビーは喉を絞められたような奇妙な声を上げて・・・ハリーの贔屓のクィディッチチーム、ファルマス・ファルコンズのポスターが貼ってある壁に頭を打ち付けた。

 

「ドビーは悪い子! ドビーは悪い子!」

 

「うわああああ! 頼むからやめてくれ! そのポスター、限定品なんだ!!」

 

ハリーは妖精の腕を掴んで、引き戻しながら叫んだ。

 

「わかったよ! 言えないんだな?」

 

「はい、そうでございます。 とにかくハリー・ポッターはホグワーツへ行ってはいけません!」

 

「そんなこと言ったって・・・無理だよ。 ホグワーツに行かないなんてパパが許すわけないし、僕は学校が好きだもの」

 

「ドビーめは色々考えました! もしかしたら、友人からのお手紙が来なければハリー・ポッターはホグワーツに行かないのではとも!」

 

ドビーはゼェゼェと息を切らせながら言った。

途端に、ハリーの顔が険しくなる。

 

「・・・僕の手紙と荷物を止めたのは君なんだね?」

 

今まで冷静に話を聞いていたハリーだったが、頭に血が上るのを感じた。

しかし、ぐったりと項垂れているドビーを見て少し可哀想にも思った。

 

「はい…しかし、あまり効果がなかったと思い知りましたでございます・・・」

 

「もういいよ…。僕の考えが変わらないのは分かっただろ?手紙と荷物を返してくれ」

 

友達からの手紙が来なかったらホグワーツに戻りたくなくなるのではないかなんて・・・何とも浅い考えだ。

うんざりしたようなハリーの言葉に、ドビーはしょんぼりしながら指をパチンと鳴らした。

 

すると、空中から何重にも積み重なった手紙とプレゼントがどっさりと落ちてきた。

 

「痛っ!!」

 

ハリーの頭にもろに手紙の束が直下する。

 

階下を震わす衝撃に、シリウスがどうした!と心配して階段をかけ上がる音が聞こえた。

 

「ハリー・ポッター、ドビーめは諦めません。 貴方様はホグワーツに戻ってはならないのです!」

 

ドビーはそれだけ言うと、まるで空気に溶けるように姿を消した。

 

シリウスが勢いよく扉を開けると、そこには大量の手紙と荷物にまみれたハリーが居た。

 

取り敢えず、彼は明日の朝一番で魔法省に行かなくても良くなったわけだ。

 

 

 

 

 

 

 

「えーっと、これはラベンダーからで、これはディーンからか。・・・うえっ、パーバティからネックレス来てる。 別れたのに、重すぎるよ」

 

やれやれと首を振るハリーに、シリウスは自分そっくりに育ってしまったなと苦笑いした。

ハリーは明日1日を手紙の返事に費やすことになりそうだ。

 

「リーマスおじさんからのプレゼントあったよ! 見てよパパ! 新しいチェスだ!」

 

ハリーは目を輝かせて、包装紙を開けていた。

赤と黒の小洒落たチェスセット。相変わらずリーマスはセンスがいい。

 

「それで、どんな屋敷しもべ妖精だったんだ?」

 

嬉しそうなハリーに水を差すのは気が引けたが、シリウスは訊いた。

 

「うん、ドビーって名前だった。 僕にホグワーツに行くなって。 魔法省に調べてもらえば何か分かるの?」

 

ハリーの問いに、シリウスはいやと首を振った。

 

「妨害してるのが魔法使いならともかく、屋敷しもべ妖精になると特定は難しいだろうな・・・」

 

ハリーにはまだ難しい話だが、シリウス曰く魔法族と屋敷しもべ妖精では魔法の種類が違うらしい。

そもそも屋敷しもべ妖精は魔法界に膨大に居るし、個体の識別なんて魔法省に問い合わせてもわからない。ましてドビーなんてありふれた名前である。

 

「うーん…確かにホグワーツに戻るなって言うのは気になるが、その屋敷しもべ妖精に敵意はなさそうだったんだろう?」

 

「うん。 どっちかって言うと、主人に背いてわざわざ僕に教えに来てくれたみたいだった」

 

「そうか。 大丈夫だと思うが…もし、ホグワーツで何かあったらすぐ俺に知らせるんだぞ」

 

シリウスはぽんぽんと息子の頭を撫でると、今度こそ寝るように促した。

そして、リビングに戻ると冷めきったハーブティーを口に含んだ。

 

シリウスは何となく嫌な予感がした。今年も何かが起きる、そんな予感が。

 

願わくば、息子たちが何の問題もなく学生生活を謳歌できますように。

 

シリウスは嫌な考えを振り切るかのように、カップの残りを飲み干した。

 




秘密の部屋編、始動!

そして、ハー子!まさかの初恋の予感!
そりゃイケメンに颯爽と助けられたらね、年頃の女の子だしね。そういうこともあるでしょう。


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子どもは親にそっくり

謎の屋敷しもべ妖精から襲来を受けたハリーだったが、夏休みはそれ以外特に変わったことはなかった。

 

夏休みの後半、ハリーはロンの家『隠れ穴』に遊びに行った。ロンは自身のボロくて狭い家にコンプレックスを抱いていたようだが、長年シリウスとアンの3人で暮らしていたハリーには大家族というのはとても新鮮で羨ましいことだった。

『隠れ穴』に居る時に今年の教科書リストが届いたので、ハリーもウィーズリー一家と共にダイアゴン横丁に連れていってもらうことにした。向こうではハーマイオニーとも会うことになっていた。

 

ダイアゴン横丁は夏休みということもあり、どこもかしこも人でごった返していた。

ハーマイオニーの両親はダイアゴン横丁に来るのは初めてらしく、物珍しそうにキョロキョロとしていた。

 

「ねえ、ハリー! このあと残りの教科書買ってもらうのよ! 一緒に来て!」

 

晴れて9月から入学するジニーは、ハリーの手を引っ張った。

憧れのホグワーツにとうとう入学できるということで、ジニーはずっと興奮状態だ。

 

「まるで貴方がお兄ちゃんみたいね、ハリー?」

 

ハーマイオニーはその様子にクスクスと笑った。

『隠れ穴』に来てすぐはハリーに会う度に真っ赤な顔をしていたジニーだが、ハリーがそれを面白がって構ったため、今ではすっかり彼に慣れていた。ずっとジニーはハリーの後をくっついて回り、まるで子犬のように懐いている。

ハーマイオニーの言葉に、ロンはちょっと面白くなさそうに鼻を鳴らした。

 

「…まあ、僕たちも教科書買わないとだしね。 皆で一緒に行こうか」

 

「そうね。 でも、本のほとんどがギルデロイ・ロックハートのものよ」

 

「多分新しい『闇の魔術に対する防衛術』の教師は魔女だぜ。 それも熱狂的なファンだな」

 

ロンは自身の家庭の出費を考慮してか、少し忌々しげに言った。ロックハートの本のせいで、ジニーの新しい教科書は半分くらい中古品なのだ。

 

「ハリー、あなたはこの人の本読んだことある?」

 

「ない。 でも、シャルが昔『雪男とゆっくり1年』読んでたよ。 現実に起きたこととは思えないって言ってたけど…」

 

ハリーの言葉は最後まで続かなかった。フローリシュ・アンド・ブロッツ書店に着いたものの、そこには人だかりが出来ていたからだ。

こんなに混んでいるのは初めて見た。

 

書店の窓にはでかでかとした横断幕が掲げられている。

 

『サイン会 ギルデロイ・ロックハート 自伝「私はマジックだ」』

 

人集りの殆どはウィーズリー夫人くらいの年齢の魔女だった。

 

ハリー、ロン、ハーマイオニー、そしてジニーは急いで本を選ぶと、列に並んだ。

 

ロックハートの座る机の周りには、自分自身の大きな写真がこれでもかというくらい貼られ、写真はひっきりなしにウインクを振りまいている。本物のロックハートは瞳の色とぴったりの忘れな草のローブを着て、波打つ髪に三角帽を小粋な角度で被っている。人気ぶりからも窺えるように、確かにハンサムだ。

 

日刊預言者新聞のカメラマンが、ロックハートが白い歯を見せる度にカシャリと音を立てていた。

 

ふとこちらをロックハートが見た。と次の瞬間、その目を大きく見開いた。

 

「あなたは、ハリー・ポッターではありませんか!」

 

その声にざわついていた店内は静かになり、人垣はハリーを中心にぱっくりと割れた。

 

有名人に名を覚えられていたのが嬉しかったのか、ハリーは自ら一歩前に出た。

ロックハートはハリーの手を引き正面に出すと、カメラの正面で握手をして見せた。

 

「さあ、ハリー。 にっこり笑って! 明日は、君と私で一面大見出し記事ですよ」

 

長い撮影が終わると、ロックハートは今年の『闇の魔術に対する防衛術』の教師は自分であることを発表した。

そして、いかにもハリーが長らくロックハートのファンであったような物言いをした。最初は調子に乗っていたハリーだが、だんだんとその表情が曇る。

 

「ラッキーじゃないか。 ロックハートの全著書もらえるなんて」

 

漸くロックハートに離してもらえたハリーに、ロンはニヤニヤと言った。

 

「最初は悪い気分はしなかったけど…何かだしに使われたみたいでムカついた」

 

ハリーはげんなりしていた。

未だ、モリーや他の中年魔女たちはロックハートに黄色い悲鳴を浴びせている。

 

「君はロックハートに興味ないの?」

 

「そうね。 少なくとも彼は私のタイプじゃないわ」

 

人混みを抜けて店を出ると、ハリーがハーマイオニーに訊いた。すると、彼女はあっさりそう答えた。

 

「へえ。 そういえば、今まで聞いたことなかったな。 君の好きなタイプってどんな人なの?」

 

ハリーのその言葉に、ハーマイオニーの脳裏に1人の男性が浮かんだ。

 

すっきりした目元に鼻筋。さらりとした黒髪に、まるで美術品のような美しい手。…そうだ。彼はその手で自分を危険から守り、目をそっと覆って--。

 

「おい、ハリー。 ハーマイオニーに限って好きなタイプとかないだろ。 あいつは本が恋人なんだから」

 

ロンのからかうような言葉で、ハーマイオニーは物思いから抜けた。

今自分は、一体誰を思い浮かべていた?

 

「し、失礼ね! あなたには言われたくないわよ、ロン!」

 

ロンとハーマイオニーが口論をしていると、背後から気取ったような聞きなれた声がした。

 

「相変わらず有名人じゃないか、ハリー・ブラックくん」

 

振り返ると、プラチナブロンドの髪に相も変わらず青白い顔。ドラコ・マルフォイがニヤッと笑った。隣りにはシャルロットもいる。

ロンがドラコの顔を見て、小さく舌打ちをした。

 

「ドラコじゃないか! シャルも! 君たちも来てたのかい?」

 

ハリーが2人に抱きつく。

ドラコとシャルロットは既にたくさんの荷物を抱えていた。

 

「あぁ。 セブルスおじ様は忙しいからね。 父上がシャルも一緒に買い物に連れてきたんだよ」

 

ドラコとシャルの後ろには、ルシウスもいた。

 

「これから父上に競技用の箒を買ってもらう予定なんだ」

 

「えっ、ずるい! 君は僕とお揃いのニンバス2000あるじゃないか! 抜け駆けする気かい?」

 

むくれたハリーに、ドラコは自慢げにニヤニヤ笑う。

 

「もう…そんな何個も箒持ってたって仕方ないじゃない」

 

シャルロットは呆れたようにそう言うと、言葉を続けた。

 

「でも、ハリー。 あなたに会えてよかったわ。 もしかしたら、汽車の日まで会えないかと思ったもの」

 

「今日は君も誘おうと思ったんだけど。 シリウスおじ様に聞いたら、君がその…ウィーズリーの元に居ると聞いてね。 大丈夫かい? まともなもの食べさせてもらってたかい?」

 

「どういう意味だよ、マルフォイ!」

 

またしても一触即発の2人に、ハリー、ハーマイオニー、シャルロットはやれやれと呆れた。こういうのを犬猿の仲と呼ぶのだっけ。

 

「えっと…ルシウスおじさん、お久しぶりです」

 

ハリーがルシウスに話しかけると、ロンは信じられないという顔をした。

 

「…ハリー、君の交友関係に口出しする気はないがね。 君は仮にも(・・・)ブラック家だろう? そのような連中と一緒に居るのは感心しないね」

 

ルシウスは侮蔑的にロンを見やりながら言った。

思わずハリーが何かを言い返そうとしたその時。

 

「おーい、みんな。 無事に教科書は買えたかね?」

 

アーサーが人混みを押し分けて店から出てきた。脇にはグレンジャー夫妻もいる。

人懐こい笑顔も、ルシウスを見つけると瞬く間に引っ込んだ。

 

「…ルシウス。 私の子どもたちに何をしていた?」

 

「これは、これは…アーサー・ウィーズリー」

 

ルシウスはぞっとするような薄笑いを浮かべた。

 

「魔法省はお忙しいらしいですな? あれだけ何度も抜き打ち調査をするとは…当然、残業代は支払われているのでしょうな?」

 

「はて。 後ろめたいことがないなら何度調査をされても困らないはずだが?」

 

ドラコとロンも仲は悪いが、それはたかが子ども同士の喧嘩だ。しかし、ルシウスとアーサーはその比ではなかった。

 

真夏だというのに、冷ややかな空気が流れる。

ルシウスは、アーサーの隣りでハラハラしながら事の成り行きを見守るグレンジャー夫妻を一瞥した。

 

「…このような連中とつるむとは、とことんあなたも落ちるとこまで落ちましたな」

 

「なんだと!?」

 

ルシウスの嘲笑に、とうとうアーサーの堪忍袋の緒が切れた。

アーサーはルシウスに掴みかかった。負けじとルシウスも拳を振り上げる。・・・取っ組み合いの喧嘩だ。

 

ハーマイオニーやシャルロット達、女性陣が悲鳴を上げた。

フレッドとジョージは拳を突き出して父親を応援している。

 

 

「お辞めください、父上!」

「辞めてよ、パパ!」

 

 

先程まで反目し合っていた2人の声が珍しく合致した。

 

「ルシウスおじさん、アーサーおじさん! 落ち着いてよ! やめて!」

 

両方の父親と親交のあるハリーもどうにか止めようとした。しかし大の大人2人の喧嘩である。所詮子どもでは止められない。

 

 

「何をしとるんだ、おまえたち!」

 

 

漸く喧嘩を止めてくれたのはハグリッドだった。荒々しく、2人が引き離される。ルシウスは唇を切り、アーサーは目の上に痣ができていた。

 

「ハ、ハグリッド!」

 

「よぉ! おまえら皆揃って、買い物かい?」

 

ハグリッドは一瞬だけニコッとこちらに笑うと、またしても険しい顔で大人の方を向いた。

 

「一体、いい大人が道の真ん中で何をしとったんだ」

 

「…離してくれたまえ」

 

ルシウスが乱暴にハグリッドの手を振り払う。彼の足元には、ジニーが買ったはずの中古の『変身術入門』が落ちていた。先程の喧騒で落としたのだろう。

ルシウスはそれを掴むと、ジニーの大鍋に投げ入れた。

 

「ふん…君の家ではそれを買うのがやっとのようだ」

 

ジニーは耳まで顔を真っ赤にした。

ルシウスはそう吐き捨てると高級そうなローブの皺を直しながら、さっさとその場を去った。

 

「えーっと…じゃあ、またな。 ハリー」

「ロンとハーマイオニーも…また汽車でね」

 

気まずそうな顔でドラコとシャルロットは早口で言った。そして、慌ててルシウスの後を追いかけて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聖マンゴ魔法疾患傷害病院、最上階の特別室。

 

面会時間ギリギリの夜更け。

セブルスは疲れた足取りで、部屋に入るとベッド脇に用意されている椅子にどっかりと座った。

 

部屋には特別な魔法がかかっていて、許可された人しか入れない。

世間の好奇の目を嫌ったプリンス家の意向により、一般人はもちろん聖マンゴでもこの特別室の存在を知る者は少ない。聖28一族でもないプリンス家がこのような破格の待遇を受けられることが出来たのは、ひとえに祖父エルヴィスの無二の親友だったアブラクサス・マルフォイのおかげだろう。

 

一方で、プリンス家の財産はあると言えど特別室の料金は高い。それにシャルロットの学費や将来のための貯金もしなければならない。

そこそこ華やかな暮らしはしているものの、そこまでプリンス家に金銭のゆとりがあるわけではなかった。

 

それでもシャルロットに何一つ不自由はさせず、貴族らしい生活が出来ているのは、やはりセブルスの魔法薬の研究成果に尽きる。

しかしその忙しさで娘に寂しい思いをさせているのは事実であって、去年学期末に保健室で言われた言葉と共に罪悪感が胸を苛んだ。

 

「今年もシャルロットをダイアゴン横丁に連れて行けなかったよ、レイ」

 

ほとんどの子どもが親と買い物をするダイアゴン横丁。シャルロットは、きっと寂しく思っただろう。

 

目の前に横たわるレイチェル・プリンスは何も答えない。ただシューシューと呼吸音だけが部屋にこだまする。

眠りについた当時は肩の長さまでしかなかった髪は、たまに手入れはしていても今では腰まで伸びている。それは彼女がまだ生きていることの証明に他ならず、セブルスはもどかしい焦燥感に狂いそうになる。

 

「レイ…頼むから目を覚ましてくれないか。 思春期の娘は、父親1人では手に負えそうもないのだ」

 

セブルスは寂しそうにくしゃりと笑い、レイチェルの金髪を手で梳いた。

 

保健室の一件以来、セブルスとシャルロットの親子関係は未だギクシャクとしていた。

もともとセブルスの仕事の忙しさもあり、家庭の団欒は少ない方だった。しかし、最近は明らかに娘に避けられていた。

 

シャルロットも今年で12歳になった。

それに去年ホグワーツに行った1年で、世界も広がり大人に近付いたのだろう。反抗期を迎えるのも仕方ないのだろうか。

 

セブルスはレイチェルの頬を撫でるように触れた。とても温かかった。その感触に涙が溢れそうになった。

 

カタン、と扉が開く音がした。

シリウス・ブラックが、黄色と赤の淡い花束を持って部屋に入ってきた。しかしセブルスが居ることに気づくと、足が止まった。

 

「あー…日を改めるか?」

 

セブルスから視線を外し、ちょっとバツが悪そうに彼は言う。

気遣い下手な友人のその態度に、セブルスは柔らかく微笑んだ。

 

「いや、大丈夫だ」

 

セブルスがそう返すと、シリウスは部屋に入り、慣れた手つきで花瓶の花を入れ替えた。

リーマスもそうだか、シリウスもお見舞いに来る度に花束を持ってきてくれる。

 

「…おまえも忙しいだろう。 毎週来なくても大丈夫だぞ」

 

「俺の好きで来てるんだから口出しすんなよ」

 

こんなやり取りをもう何年も続けている。シリウスはセブルスの隣りに椅子を出すと、腰を下ろした。

 

レイチェルが倒れてから、毎週必ずシリウスはお見舞いに来る。

シリウスがレイチェルの一件を負い目に感じているのは気付いている。レイチェルのことだけではなく、ジェームズとリリーの死も。

 

自分が『秘密の守り人』をピーターと代わらなければ--。

 

今でもシリウスがそう後悔してるのは、痛いほど伝わっていた。

 

時間が多少解決してくれたものの、シリウスもまた過去の戦争で酷く傷付き苦しんだ。「お互い、一番しんどい時に子どもたち(ハリーとシャル)に救われたな」と、シリウスは以前酒を飲んだ時に洩らした。確かに忙しい子育ては、悲しみを忘れさせ傷の痛みを癒してはくれた。

 

「…今日も仕事だったのか?」

 

「ああ。今年もシャルに寂しい思いをさせてしまったな」

 

シリウスの質問に、セブルスは呟くように返した。

 

「今日ルシウス・マルフォイにシャルを預けたんだってな?」

 

「そうだが…何故知ってる?」

 

セブルスが驚くと、シリウスは今日ハリーもウィーズリー家と共にダイアゴン横丁へ行っていたことを話して聞かせた。

そして、そこで起こったことも。

 

「なるほど、ルシウスがそんなことを」

 

セブルスは溜息をつくと、眉間をとんとんと叩いた。

 

「ああ。 ハリーも『君もブラック家ならロンと付き合うな』みたいなことを言われたらしくてな、怒っていた」

 

「彼奴なら言いそうだな」

 

「セブルス、ルシウスとの交流が必要なのは分かる。 でもなぁ、必要以上に関わるのはやめろ。 シャルをあの家に預けるなんて・・・悪い影響になるだけだ」

 

シリウスとて、順調にキャリアを積んできた役人である。学生のまま大人になったのならいざ知らず、社会で円滑に生きていくうえでは好まない人との交流も時には必要だというのはわかる。貴族社会なら特に。

 

しかし、ルシウス・マルフォイは『例のあの人』が消える時まで明確に死喰い人だったのだ。命を奪い合っていた敵陣営同士。それが現実であった。

 

「そうは言ってもな…シャルはナルシッサによく懐いている。 それに我々の子どもはドラコとも仲がいいだろう」

 

「…別にドラコのことは悪く言ってねえよ。 父親の悪いところを受け継いでる気がするが、ハリーのことを大切に思っているのは見てりゃ分かる」

 

シリウスはちょっと気に入らなそうに言った。とことんグリフィンドール気質の彼としては、最大限の譲歩なのだろう。

今更ながらセブルスは、シリウスも変わったなと実感した。

 

「だがな、ルシウス・マルフォイが死喰い人だったのはおまえが一番知ってるんだろう! そんな奴のもとに、大事な娘を預けるな! 忙しかったら俺を頼れよ!」

 

病室にも関わらず、シリウスは声を荒げた。

 

「…そうだな。 ルシウスとの関係を切ることは出来ないが、次からはおまえを頼るよ」

 

セブルスがそう言うと、漸くシリウスの溜飲は下がったらしい。低い声で返事をすると、座ったまま足を組み替えた。

 

シリウスは色々変わった。しかしすぐ感情的になるところは学生の時のままで、セブルスはそれに少し安心する。

 

少しだけ開いてたカーテンの隙間から、薄い月光がベットを照らした。レイチェルの長い金髪が、キラキラと輝いて見える。

 

2人は暫く黙ったまま、ぼんやりとしていた。

 

「…シャルと仲直りはできたか?」

 

先に沈黙を破ったのは、やはりシリウスだった。

セブルスは緩やかに首を振った。

 

「いや…シャルに避けられていてな。 会話も殆どしてない」

 

「まあ、思春期の女の子って難しいよな!」

 

シリウスは、セブルスの背中をバシバシと元気づけるように叩いた。思いのほかそれが力強かったため、セブルスは痛みに顔を顰めた。

昔からシリウスはこうだ。恋愛は百戦錬磨なくせに妙に不器用で、落ち込んでいる自分に彼なりに気遣ってくれる。それなりの乱暴な優しさで。

 

「全く、こういう時こそ母親が必要だな。 とっととレイにも目を覚ましてもらいたいものだ」

 

セブルスは努めて明るく言った。

 

「ところで私の話ばかりになったが…ハリーは元気か? 変わったことはないか?」

 

セブルスの言葉に、シリウスは一瞬屋敷しもべ妖精ドビーのことを話すか逡巡して・・・首を振った。これ以上この親友に心労をかけたくない。

 

「いや、特に何も。 ハリーは最近プレイボーイに磨きがかかってきたぞ。 それこそ、こういう時に母親がいた方がいいんだろうが…」

 

頭を掻きながら苦笑したシリウスに、セブルスは口の端を吊り上げた。

 

「何を言ってる。 おまえなら今でも引く手数多だろうが。 良い女性を紹介しようか?」

 

セブルスの軽口に、シリウスの顔はげっそりとした。

面倒事が嫌いなシリウスは派手に遊んでいるようで特定の相手は殆ど作ったことがないのを、この旧知の友はよく知っていた。

 

「・・・冗談も休み休み言ってくれ」

 

 




レイチェル「正直、病室では静かにしてほしい」

無事(?)に例のブツがジニーの元に渡りました。原作通りですね。
ただいま過去編の文章がおかしかったり描写が足りない場所など加筆修正しております。もちろん物語の大筋は変わってませんのでご了承お願いします。


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ドタバタの新学期

 

汽車が、出発した。

手を振る親たちもどんどん遠ざかり、瞬く間に汽車は速度を上げた。

 

去年ホームまでリーマスに着いてきてもらったシャルロットは、今年も同様に彼に見送りに来てもらった。

 

身なりの貧しいリーマスを見て、早速パンジーが「もしかして、あれがあなたのパパ?」と言ってきたが、名付け親だと返答した。

ドラコも何度かリーマスに会っているため、揶揄おうとしたパンジーをすぐに止めてくれた。

久々の再会早々にパンジーに嫌味を言われたシャルロットだが、彼女がドラコと仲のいい自分に嫉妬をしているだけだと分かっていたので気にしてなかった。

 

しかし、シャルロットはもどかしい気持ちになった。

セブルスは、ホグワーツでは魔法薬の教師だし全魔法薬研究会にも所属している、自慢の父親だ。それを友達に公表できないのが残念だ。

 

結局、意地を張ったままでセブルスとはろくに話もしていない。厳しい父親だが、こんなに長く反抗したのは初めてだった。

ホグワーツに行っても父親は居るわけだが、仲直りすればよかったとシャルロットは後悔していた。

 

車内販売が回ってきた頃、シャルロットは席を立った。ドラコにどこに行くのかと問われたが、トイレと誤魔化した。

たくさんのコンパートメントを覗きながら、汽車内を進んだ。

目当ての人物はすぐに見つかった。しかし何故か彼女は1人だった。シャルロットは首を傾げた。

 

軽くノックをしつつ、コンパートメントの扉を開ける。

 

「ハーマイオニー? ハリーとロンは一緒じゃないの?」

 

ハーマイオニーはシャルロットの姿を見ると、一瞬ぱあっと顔を輝かせた・・・がすぐに不安そうな顔をした。

 

「あぁ、シャル! 聞いてちょうだい。ハリーとロンがいないのよ!」

 

シャルロットは空いてる座席に座った。ちょうどハーマイオニーの真正面だ。

 

「・・・本当に? よく探したの?」

 

「えぇ、もちろん。 でもどこにもいないのよ」

 

ハーマイオニーが困ったように眉を寄せる。

 

「どうせハリーのことだから、何か悪戯して汽車に間に合わなかったんじゃないかしら」

 

「・・・ありえるわね」

 

シャルロットの言葉にハーマイオニーはちょっぴり笑った。

 

最初は何か事故に巻き込まれたのかとハラハラしたハーマイオニーとシャルロットだが、ハリーにはヘドウィグもいるし、何か困ったら連絡をしてくるだろうと結論づけた。

 

「ところで、シャルは何故ここに来てくれたの? その・・・スリザリン生たちはいいの?」

 

ハーマイオニーの遠慮がちなその言葉に、シャルロットは思い出したように手をぽんと叩いた。

 

「そうだわ! これをあなたにあげようと思って。 こないだ誕生日パーティーに来てくれたお礼よ」

 

シャルロットはローブのポケットから薄ピンク色の小瓶を取り出すと、ハーマイオニーに手渡した。

 

「これ、何?」

 

「スリークイージーの直毛剤。 ちなみに発明者はハリーのおじいちゃん。 1滴で驚くほど髪がまとまるわよ。 それ使ってレギュラスおじ様の元に質問に行きなさいな」

 

「な、なんで…そこでブラック先生の名前が出るのかしら?」

 

目に見えてハーマイオニーが動揺した。

すると、シャルロットは何を今更と言いたげに首を傾げた。

 

「だって、あなたレギュラスおじ様のことが好きなんでしょう?」

 

「…シャル、あなたってとてもストレートな人ね」

 

あっさりとシャルロットに言われ、ハーマイオニーは頬を真っ赤にしたまま、目の前の彼女を恨ましそうに睨んだ。

 

「…確かにブラック先生は素敵だし憧れてるけど、好きなんかじゃないわよ」

 

認めないハーマイオニーに、シャルロットは笑いを噛み殺しながら眉を吊り上げた。

 

「あら、そうなの? じゃあ、この直毛剤はいらないのかしら?」

 

「いいえ、有り難く頂くわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2人がガールズトークに弾む少し前。

 

ハリー・ブラックとロナルド・ウィーズリーは、キングズ・クロス駅で呆然としていた。

時刻は11時を少し過ぎた。汽車は出発してしまった。

結局、今朝まで『隠れ穴』に滞在していたハリーはウィーズリー一家と共にキングズ・クロス駅に向かい、そして9と4分の3番線の改札に何故か弾かれて…今に至る。

フクロウと大きいカートを持っていたハリーとロンはそれはそれは目立った。

 

「あーあ…ハリー。 汽車、出発しちゃったよ」

 

ロンが頭を抱えて呻いた。

 

「何でだよ。 ホームに入れないなんて聞いたことない! とにかくホグワーツに向かわなくちゃ」

 

すると、ロンはウィーズリー家の空飛ぶ車でホグワーツまで行くことを提案した。

その提案に、ハリーは思わず楽しそうにニヤッと笑ったが首を振った。

 

「それはすごく魅力的だけど…人に見られたらまずいな。 残念ながらロン、マグル界では車は空を飛ばないんだ」

 

「じゃあ・・・どうする?」

 

「僕の家に行こう。 バスに乗ればすぐなんだ」

 

グリモールド・プレイス12番地はロンドンに位置している。ハリーたちは取り敢えず一旦そこに向かうことにした。いつもはシリウスの姿くらましでキングズ・クロス駅まで行っているため、バスに乗るのは久しぶりだった。

空飛ぶ車は却下されたものの、マグルのバスに乗るのはロンは初めてだったようで彼的にはかなりの大冒険だったらしい。

 

「さあ、着いたよ。 僕の家だ」

 

ハリーはすり減った石畳を歩くと、ロンが慌ててハリーの肩を掴んだ。

 

「お、おい! 一体どこにハリーの家があるんだ?」

 

「あ、そうか。 君、僕の家に来るの初めてだったね。 これを見て」

 

ハリーはすっかり忘れてた、と笑うと、ロンにメモを渡した。メモには『グリモールド・プレイス12番地』と書かれている。途端に、ロンの目の前に家が現れた。否、見えるようになったという方が正しいのだろうか。

古びているが掃除の行き届いた扉には、銀色の蛇の形を模したドア・ノッカーが付いている。

 

ハリーが扉を開くと、そこはブラック邸だった。

名前の通り黒を基調とした家具が置かれ、どこもかしこにも蛇の装飾が成されている。ハリー曰く、これでもかなり減った方らしい。

 

扉の開いた音を聞いたのか、リビングルームの掃除をしていたらしい屋敷しもべ妖精のアンが走ってきた。そして、ハリーの姿を見ると、元々大きいガラス玉のような瞳をさらに見開いた。

 

「ハリー坊っちゃま! どうなされたのですか? 今日はホグワーツに出発する日では?」

 

「友達の前でその呼び方しないでよ! …そのはずだったんだけどね、何故かホームに入れなくて。 誰か大人に連絡とりたいんだ。 パパは仕事忙しいかな?」

 

ハリー坊っちゃまというフレーズがツボにはまったのかゲラゲラと笑っているロンを睨みながら、ハリーが言った。

 

「暫しお待ちを!」

 

アンはバチンと音を立てて姿くらましをした。

アンの連絡はシリウスにはすぐに届いたらしく、彼は午後休みをとってホグワーツまで送ってくれることになった。

 

3人暮らしと思えないほど大きなキッチンで、ハリーとロンがアンの作ったベーコンサンドウィッチを食べていると、暖炉が青く燃え上がった。そして、きっちりと仕事用の黒いコートを着こなしたシリウスが現れた。

 

「ハリー! アンから連絡をもらったよ。 一体乗り遅れたとはどういうことだい?」

 

シリウスは慌てたようにハリーの元に駆け寄り、そしてロンにも気が付いた。

 

「君も汽車に乗り遅れたのか、ロン? 俺がホグワーツに送って行くが、一応アーサーとモリーにも連絡を入れとくか」

 

「おかしいんだ、パパ。 9と4分の3番線に僕たちだけ入れなかったんだよ。 その前のパーシーとかジニーは入れたのに」

 

ハリーの言葉に、ロンもコクコクと頷いた。

 

「そんな話は聞いたこともないな。 取り敢えず、出発しよう」

 

「姿くらまし? それとも、煙突飛行粉?」

 

ハリーが荷物をまとめながら訊いた。

 

「いや、ホグワーツでは両方とも許可がもらえないと出来ない。そんなことしてる時間ないからな、少し遠いがバイクで行こう」

 

シリウスはヘルメットを2つこちらに投げながら言った。

 

空飛ぶ車は使わなかったものの、結局空飛ぶバイクという何とも大差ない結果となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

渋滞がない空の旅といえど、ホグワーツに着いた頃は陽もとっぷり落ちていた。

 

校門ではセブルスが待っていた。

 

シリウスのバイクが無事に着地すると、セブルスが門を開く。

 

 

「全く…汽車に乗り遅れるとは何と愚かしい。 自分の寮の生徒でも減点したいくらいだ」

 

 

セブルスはやれやれといった顔で嫌味を吐いた。

 

「違うんだよ、セブルスおじさん。 何故かホームに入れなかったんだ!」

 

ハリーがむっとして、すかさず抗議した。

 

「セブルスおじさんではなく、スネイプ先生だろう。 父親(シリウス)に似て学習能力のない奴め」

 

「そう言うなって。じゃ、ハリーを頼んだぞ」

 

思わぬ飛び火を食らったシリウスは、さっさとバイクに跨ると再び空へとアクセルを踏み抜いた。

ハリーとロンはシリウスに手を振ると、セブルスに着いて城への道を進んだ。

 

「まだ歓迎会は続いている。 お腹が減っただろう?」

 

「うん。 組み分けは終わったの?」

 

「あぁ、終わったぞ。 よかったな、ウィーズリー。 末妹はグリフィンドールだぞ」

 

その言葉にロンは安堵したように、息を吐いた。が、妹の組み分けも見届けたかったのか少し残念そうだった。

 

大広間に着くと、ハリーとロンはこっそりグリフィンドールのテーブルに向かった…つもりだったが、皆の視線を浴びていた。

 

「ハリー、ロン! あなたたち心配したのよ! どうしてたの!」

 

席につくなり、ハーマイオニーがそう言ってきた。

他の生徒たちも、こちらの会話に聞き耳を立てているのが分かる。

 

「アー…説明するから、ちょっと待ってくれ」

 

ハリーとロンはローストビーフとマッシュポテトを口に詰め込みながら、モゴモゴとそう返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

授業が始まる日の朝食時、多くのグリフィンドール生は突如現れた美しい髪の女生徒を二度見した。

 

そして、その生徒がハーマイオニーだと分かると殆どの人があんぐりと口を開けた。

 

それもそのはず、鳥の巣のように縮れボサボサだった髪は、滑らかにまとまり彼女が動くたびに波打っている。

ハーマイオニーは多くの人から注目を浴び、少し恥ずかしそうにオートミールを口に運んでいた。

 

そんなハーマイオニーを、ロンはまじまじと穴が開くほど見つめ、ハリーは「誰か好きな人ができたんでしょ!」とからかい騒ぎ立て、ハーマイオニーから呪いをかけられそうになった。

 

魔法薬の授業の時、いつも水蒸気を吸って膨らむ彼女の髪はしっかりと束ねられ、時折見えるうなじに数人の男子生徒は目を逸らした。

 

「ブラック先生」

 

授業が終わり片付けが済んだ生徒から地下牢を出て行く中、ハーマイオニーはレギュラスに声をかけた。

 

「なんですか」

 

レギュラスはちらりと一瞬だけ視線を向けると、素っ気なく返事をした。

 

「あの、今日の授業で扱った『ふくれ薬』について質問が」

 

ドキドキしながらも平静を装ってハーマイオニーは言った。

 

レギュラスは意外そうに目を瞬かせた。

自分がスリザリン贔屓で、グリフィンドールを嫌っているのは自他共に認める事実である。

どうせならグリフィンドール出身で魔法薬研究会に所属するセブルスに質問に行った方が、遥かに有意義なはずだ。

 

とはいえ、教師である以上生徒からの質問を無下にできない。

 

「…見せてみなさい」

 

既に誰もいなくなった地下牢の教室で、大釜がコポコポと静かに沸き立つ音だけが聞こえる。それがどうか自分の心音をかき消してくれるよう、ハーマイオニーは祈るばかりだった。

 

 

「やめなよ、あんな奴に質問行くなんてさ」

 

 

地下牢の外で待っていたハリーは、ハーマイオニーが教室を出てくるなり言った。ロンと共に不機嫌そうに、眉を寄せて壁にもたれかかっている。

 

「だって、次の試験ではシャルに勝ちたいんですもの」

 

「だったらスネイプ先生のとこに行けばいいじゃん」

 

「スネイプ先生、いない時の方が多いじゃないの。 …あら、もうこんな時間?」

 

ハーマイオニーは時計を見て驚いた。

もうすぐで『闇の魔術に対する防衛術』の授業が始まってしまう。

ハーマイオニーは、ハリーとロンに待たせたことを謝ると、慌てて階段を駆け上がった。

 

3人が教室に入ると、他の生徒たちはもうみんな席に座っていた。

ハーマイオニーが謝ろうとする前に、ロックハートは困ったような笑顔でやはり真っ白の歯を見せた。

 

「おやおや、ハリー! 初日に続いてまたまた遅刻ですか。 いいですか、ハリー。君が目立ちたい気持ちはよーく分かるよ。 ただね、遅刻で目立とうのするのは、よくないことだね」

 

まるで父親が幼子を諭すかのような言い方だった。

何人かの生徒がクスクスと笑う。ハリーは少し顔が熱くなった。

 

「違うんです、ロックハート先生…」

 

「ミス・グレンジャー。 ハリーを庇いたい気持ちは分かるとも! 取り敢えず席に着いて着いて! これから簡単なテストをしますからね」

 

ハーマイオニーの言葉を、ロックハートは遮った。

テストという単語に目の色を変えたハーマイオニーは、誤解を解くのも諦めてとっとと椅子に座った。

 

ハリーとロンも渋々座る。

すぐにテストペーパーが配られた。ハリーは問題を読んだ。

1問目は、『ギルデロイ・ロックハートの好きな色はなに?』だった。よく見ると他の問題も似たようなものだった。あまりの馬鹿らしさにハリーは羽根ペンを置き、白紙で提出した。

 

「・・・チッチッチ。 皆さん、勉強が足りていないようですね。 私の好きな色はライラック色ですよ。 『雪男とゆっくり一年』に書いてありますよ?」

 

ロックハートはそう言いながら、集めた解答用紙を捲った。

 

「おっと、ハリー。白紙回答かい? 君が私に嫉妬するのは分かるさ。 しかし、授業はちゃんと受けないといけないね。 私は君の教師なのだからね!」

 

ロックハートは完璧な笑みで、バッチリとウインクをした。

 

その後、ロックハートはピクシーを紹介し教室に放った。

生徒たちがパニックになる中、教壇を見ると既にロックハートはいなくなっていた。

 

「全く、ふざけた先生だわ! 授業らしいこと何もしてないじゃないの!」

 

ピクシーに引っ掻かれ少し髪が乱れたので、ハーマイオニーはカンカンだった。

 

「ほんとだぜ。 去年も酷かったけど…今年もなかなかパンチが効いてるな。 ハリー、何か君目つけられてるみたいだよ」

 

ロンもうんざりしながら言い、3人は連れ立って教室を出た。

 

「勘弁してほしいよ、全く。 僕が遅刻で目立ちたがるなんて…そんなちゃちなことするわけないじゃないか」

 

「・・・そこかよ」

 

憤慨したように言うハリーに、ロンは苦笑した。

 

「ロン、やっぱ君の言う通りフォード・アングリアで空から学校に突っ込んだ方が良かったかな? そしたら、ロックハートのやつどんな顔しただろう?」

 

ハリーはロンに向かって悪戯っぽくニヤッとした。

 

「そんなことしたら、悪いけどあなたたちとは絶交よ」

 

ハーマイオニーは、呆れてそう言った。

 




魔法使い、なんでもかんでも空飛ばせたがる説。


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穢れた血

 

新学期が始まり、ようやく訪れた週末。

夏休みですっかり寝坊癖のついたハリーはゆっくり寝過ごそうと考えていた。しかし夜明け前にウッドに叩き起こされた。

 

「な、なにごと?」

 

完全に寝惚けていたハリーは、頓狂な声を出した。

 

「起きろ、クィディッチの練習だ!」

 

「え、正気? まだ夜が明けたばかりじゃないか、オリバー」

 

ハリーは大きな欠伸をしながら、窓を開けた。薄桃色の空には、まだ星が居座っている。

 

ハリーは真紅色のローブを探すと、ロンにメモを残して談話室を出た。

ウッドの声を聞きつけたのか、ハリーの熱狂的なファン、コリン・クリービーが起きてきて絡まれた。いつもなら上機嫌で構ってやるハリーだが、さすがに寝不足にあのテンションはきつく、つっけんどんにあしらった。

 

更衣室に着くと、張り切っているのはウッドだけで皆似たようななものだった。フレッドとジョージは数分に1回頭がかくんと揺れているし、アリシアの髪には寝癖がついたままだ。

 

ウッドは新しい作戦とやらの説明をくどくどしている。去年の最後のクィディッチ杯は自分がいなかったせいで大敗したため、ハリーはどうにか頑張って起きて聞いていた。

 

「・・・よし、以上だ! 質問は?」

 

ウッドのその言葉で、ハリーはいつのまにか自分が夢の世界に旅立っていたことに気付いた。

 

「なあ、オリバー。 何で今の話、昨夜じゃ駄目だったんだ?」

 

欠伸を噛み殺しながら、フレッドが言った。

 

ウッドはむっとしたように、皆を更衣室から追い出した。

 

競技場に出ると、ロンとハーマイオニーが観客席にいた。既に外は明るくなっていて、2人はマーマレード・サンドイッチを手にしている。

ハリーのメモに気付いて、練習を見に来てくれたのだろう。

2人がこちらに気付いて手を振っていた。ハリーは自分のお腹がぐぅと鳴るのを感じた。

前の方の観客席ではコリンが懸命にシャッターを切っていた。先程雑にあしらってしまったのを思い出してバツが悪くなったので、手を振ってやれば半狂乱に喜んでいた。悪い気持ちはしなかった。

 

「よーし! みんな、さっき説明したポジションに移動してくれ!」

 

オリバーの怒鳴り声に、ハリーは焦った。先程うとうとしていたせいで、説明された自分のポジションをよく覚えていない。だが、周りの皆も似たようなものだった。

仕方ない。ハリーがオリバーに聞こうと思った、その時。

 

競技場に緑と銀のユニフォームを纏った生徒たちが現れた。・・・スリザリンのクィディッチチームだ。後ろの方に小柄なドラコは居た。

 

「やあ、ドラコ」

 

「おはよう、ハリー。 朝は結構寒いな」

 

朗らかに挨拶を交わしたのはシーカー同士だけで、あっという間に両チームは険悪になった。

 

「フリント! 我々の練習時間だ。 出て行ってもらおう!」

 

ウッドが噛み付かんばかりの勢いでそう言うと、フリントと呼ばれた大柄の男はずる賢そうに笑った。

 

「悪いがこちらにはブラック先生がサインしてくれた許可証がある。 出ていくのはおまえたちだよ」

 

ただならぬ雰囲気に、ハリーとドラコは顔を見合わせた。

ハリーは天敵の名前を出されて、ちょっと顔を顰めていた。

 

「それにな、俺たちはドラコのお父様が買ってくださった新しい箒で練習をしないとでね」

 

フリントのその言葉を合図のように、スリザリンチームは皆、箒を掲げた。箒の柄には金色の字で『ニンバス2001』と刻まれている。

 

「おい、ドラコ! 何だよこれ。聞いてないぞ!」

 

ハリーが怒ったように言ったが、ドラコはふんと鼻先で笑った。

 

「悪いな、ハリー。 勝つことに関して僕たちは手段を選ばない。 今年こそ君に絶対勝つよ」

 

とことんスリザリン気質のその言葉に、ハリーは軽く舌打ちをした。

 

「ルシウスおじさんもさ、こんな皆に箒送るなら僕にもくれればいいのに」

 

「…そこかよ。 何で敵の君にプレゼントを送らなきゃいけないんだ」

 

ドラコが呆れて腕を組んだ。

 

「おい、どうしたんだ? 何で練習しないの?」

 

何事かと心配したロンとハーマイオニーが、芝生を横切ってこちらにやってきた。

 

「やあ、ウィーズリー。 僕の父上が買ってくださった箒をみんなで賞賛していたところだよ」

 

「それで、練習が被っちゃってね」

 

挑発するようなドラコの言葉をフォローするように、ハリーは困ったように笑った。

 

「何だよ、それ! 先に来たのはグリフィンドールだ!」

 

ロンがドラコに食ってかかった。

 

「いや、こちらにはブラック先生のサインがある」

 

ドラコも一歩も引かずに言い返す。

 

「そんなの関係ないね! 早いもの順だ!」

 

「第一、君はクィディッチチームじゃないだろ。 尤も君の家じゃ箒を買う金は、双子の兄の分で精一杯だろうけどね」

 

ドラコはフレッドとジョージを一瞥して嘲笑った。ロンの顔がかぁっと紅潮する。

 

何となくここまで来たら、両者引けないようなそんな雰囲気だった。

周りのチームメイトたちも殺気立っている。

 

「あの…それなら、時間を分けて練習すればいいんじゃないかしら?」

 

ピリついた空気を打破しようと、ハーマイオニーはおずおずと口を開いた。

すると、ドラコは苛ついたようにハーマイオニーに視線を向けた。

 

「君に意見は求めてないね、この…『穢れた血』め」

 

冷たい声でドラコが言い放った。

途端に、空気が変わった。

 

グリフィンドールから轟々と非難の声が上がる。フレッドとジョージはドラコに飛びかかろうとして、アリシアは金切り声を上げた。

 

ハーマイオニーは大きく目を見開いて、涙をたくさん溜めると…どこかに走り去ってしまった。

 

「…ドラコ、今の言葉は撤回しろ」

 

杖を取り出したロンを制止して、ハリーが1歩前に出た。ハリーの顔は険しい。

幼馴染のその厳しい顔にドラコはちょっと怯んだが、顔色は変えずに口を開いた。

 

「真実を言っただけだろう。 何か問題でも?」

 

「…君のこと見損なったぜ。 行くぞ、ロン。 ハーマイオニーを探す方が先だ」

 

尚も呪いをかけようしたロンも、その言葉に納得したのかドラコをひと睨みするとハリーの後を着いて行った。

ハリーは1度も、ドラコの方を振り向かなかった。

すっかり日は登り絶好の練習日和になっていたが、ハリーは構うことなくハーマイオニーを探した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スリザリンの談話室。

暗い湖の下に位置するこの談話室は、常時暖かな色のランプが灯っている。週末で授業もないせいか、外に出ている生徒も多いのだろう。談話室は閑散としていた。

漸くクィディッチの練習が終わったチームたちが帰ってきた。

シャルロットがランプの下で本を読んでいるのを見つけると、ドラコは近寄って行った。

 

「シャル、本読んでたのか? 練習見に来ればよかったのに」

 

「…おかえりなさい」

 

シャルロットが顔も上げず素っ気なく言ったので、ドラコは彼女が先程起きたことを全て知っているのだと悟った。

 

「何だよ。 誰から聞いたんだ?」

 

「本人から。 さっき泣きながら私のもとに来たのよ」

 

事情を知っているシャルロットからすれば、当然のことだった。

ただでさえ、こないだからハーマイオニーは自分の血筋を気にしていた。憧れのレギュラスが狂信的な純血主義の家の生まれなのだから仕方ない。

 

「何で…あいつがシャルのとこに来るんだよ。 僕への当てつけか?」

 

ドラコは少しバツが悪そうな顔で、シャルロットの隣りのソファーに腰掛けた。

 

「さあね。 ところでドラコ、あなた私と話していていいの?」

 

「は?」

 

訳のわからないシャルロットの言葉に、ドラコはおよそ彼らしくない間抜けな声を上げた。

シャルロットが漸く顔をこちらに上げた。しかし、普段の快活さが抜け落ちたその表情はまるで能面のようだった。

初めて見る幼馴染の表情に、ドラコは呆然とした。

 

「だって、そうでしょう?『穢れた血』とは話したくないのよね?」

 

「いや、君は違うよ。 だってスリザリンだし。 それにハリーだって…」

 

しどろもどろと言い訳をするドラコに、シャルロットはきっぱりと首を振った。

 

「何も違わないわ。 私は祖父がマグルだし、ハリーだって母親はマグル生まれの魔女よ。あなたが言った言葉はそういう意味なのよ」

 

ドラコは何か考え込むように俯き、暫く2人の間に沈黙が訪れた。

 

「…ごめん」

 

小さな声で、やがてドラコは謝った。

 

「謝るべき相手は私じゃないわ。 ハーマイオニーでしょ」

 

シャルロットは未だ苦い顔で、そう訂正した。

 

それからドラコは、ハリーたち3人組を見つける度に何か言いたげな顔をしていた。だが、ハーマイオニーに謝ることは結局できなかった。

彼のプライドがそれを許さないのだろう。ただ、ドラコが反省していることは、シャルロットもよく分かっていたのでそれ以上は何も言わなかった。

 

 

 

 

 

 

それから3日後。

朝食時、5匹ほどのふくろうがそれはそれは大きな包みを携えて大広間に入ってきた。

ふくろうは緩やかに下降すると、荷物をハリーの前に置いた。

周りが何事かとざわつく。

 

ハリーは皆に見えるよう、包みを紐解いた。

するとそこには--『ニンバス2001』が朝日を浴びてキラキラ輝きながら、チームの人数分入っていた。

 

その時のチームメイトの顔は、暫くハリーは忘れないと思う。

特にウッドは、雷に打たれたかのように立ち尽くしかぼちゃジュースの入ったゴブレットを落とした。そして、言葉にならない声で何か喚きながらハリーの体を折れるくらい抱きしめた。

 

アリシアやケイティたち女性陣も大喜びし、フレッドとジョージは朝食の乗ったテーブルの上でタップダンスをしてマクゴナガルに減点された。しかし、そのマクゴナガルでさえもいつもは真一文字に引き締められた唇を僅かに緩ませ、頑張りなさいと声をかけた。

 

「よーし! これでスリザリンチームと条件は同じだ! ハリーのお父さんに感謝しろ!!」

 

オリバーが叫ぶように言った。

 

しかしシリウスも甘い父親だな、とハリーは自分のことながら思う。

尤もマルフォイ家とブラック家は家柄でいえば同等(むしろブラック家の方が上)であるし、シリウスは闇祓いなので給料も良い。

こんな甘やかされて贅沢をさせてもらってることが日常になっているハリーは、改めて胸の中でシリウスに感謝した。

 

「ハーマイオニー、あとでニンバス2001乗せてあげよっか?」

 

ハリーが馴れ馴れしく、ハーマイオニーの肩を抱く。しかし、ハーマイオニーはあっさりとその手を払い除けた。

 

「嫌よ。 あなたのガールフレンドたちにまだ殺されたくないもの」

 

ハリーはクスッと笑いながらも、ハーマイオニーがもうあのことを気にしていないようで安心した。

しかし博識とはいえ、マグル生まれのハーマイオニーが『穢れた血』という言葉を知っていたのは驚いた。何か純血思想に関わる本でも読んだのだろうか?しかし、そんなものを何故?

 

まさか本人に聞くこともできないので、そんなことをハリーがぼんやりと考えていると、大広間の反対側のテーブルに位置しているドラコと一瞬目が合った。だが、思わずハリーはすぐに逸らしてしまった。

 

幼馴染なのだ。ドラコの性格はよく分かっている。

おそらく勢いで言ってしまっただけで、今は反省しているのだろうということも。

 

しかし、ハーマイオニーのことを考えるとまだもう少しドラコとは距離を起きたかったし、何よりまだドラコを許しきれていない自分がいた。

 

「ねえ、ハリー。 それじゃあ、私をニンバス2001に乗せてよ」

 

考え事をしていると、箒を眺めてうっとりとしているジニーに話しかけられた。ジニーも兄たちの影響を受けてクィディッチの大ファンであることを知っていたハリーは、快くそれを了承した。

 

「いいか、ジニー! お兄ちゃんはハリーとのお付き合いは認めないからな! こいつは女からしたら悪魔みたいなやつなんだからな!」

 

「おいおい、親友を悪魔呼ばわりかよ」

 

本人を目の前に失礼なことを言うロンに、ハリーはそう呑気に返した。

 

当のジニーは先に朝食を終えたらしく適当な返事をすると、大広間を出ていった。

すると、出た瞬間に生徒とぶつかった。

 

「きゃっ!」

 

お互いの荷物が床に飛び散る。

前を見ると、緑と銀のネクタイが目に入った。宿敵の寮の生徒ということで、一瞬身構えたジニーだったが、その生徒には見覚えがあった。

美しく伸びた金髪、闇夜を想像する真っ黒で切れ長の瞳。よくハリーやハーマイオニーと共に居るスリザリン生だ。

 

「・・・あら、ごめんなさいね」

 

そして、彼女もまた床に散らばった教科書を掻き集めると、ジニーの顔をまじまじと見つめた。

 

「あぁ、あなたロンの妹でしょう? 髪の色がとてもそっくりだわ」

 

スリザリン生はそう言って微笑むと、落ちた『基礎呪文集』をジニーに手渡した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜、1日の授業を終えたシャルロットは談話室で授業の復習をしようとバッグを開けて…そして首を傾げた。

 

見知らぬノートがバッグに入っていた。

確か今日ロンの妹とぶつかって教科書を落としたが、どうにも彼女の持ち物には見えなかった。

 

日記帳だろうか?

ページをパラパラと捲ってみたが、特に何も書いていない。白紙だった。

裏表紙を見てみた。そこには細長い丁寧な字で、こう記されていた。

 

 

「T.M.RIDDLE」

 

 




オリキャラのイラストを読者に書いていただくのが夢だったりする。

追記.夢叶いました。素敵なイラストありがとうございました。


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部屋は開かれた

『・・・なるほど、それで父親と気まずくなってしまったんですね』

 

『ええ、そうなの。 パパはいつもそうなのよ。 仕事、仕事、仕事ばっかり』

 

『分かりますよ。 大人というのは身勝手な生き物ですからね』

 

『その通りよ。 きっと、パパは私より仕事の方が大事なんだわ!』

 

『シャル、君の話に母は出てきませんね?』

 

『ママは…長いこと目覚めなくて、ずっと入院してるの』

 

『そうですか。失礼な質問でしたね』

 

『トムの親はどんな人?』

 

ペンの動きが少し鈍った気がした。

 

『僕の母は…偉大な魔法使いの血を引いてる魔女でした』

 

『すごいわね!』

 

『えぇ、僕を生んですぐに亡くなりましたが』

 

--おい。

 

『そうなの。父親は?』

 

『・・・すみませんが、あまり父の話はしたくありません』

 

『ごめんなさい! 嫌なことを聞いてしまったかしら?』

 

『いいえ、いいんですよ』

 

---おい!

 

「おい、シャルったら!」

 

耳元で大きな声を出され、漸くシャルロットは顔を上げた。

目の前には不審そうな顔のドラコが立っている。クィディッチの練習の帰りらしく、ユニフォームには少量の泥がこびりついていた。

 

「あ、あぁ・・・ドラコ」

 

どうにかシャルロットはそれだけ言った。辺りを見回すと、既に談話室には自分たち以外誰もいない。

時計を見て、シャルロットは驚いた。どうやら自分は2時間もこの日記と対話していたらしい。

 

「こんな時間まで何してたんだ?」

 

「何してたって…もちろん勉強よ」

 

シャルロットはそう言ってから、しまったと思った。テーブルの上に出された日記は、知らない人から見たらただの白紙だ。

予想通り、ドラコは怪訝な顔をした。

 

「…君、ちょっと疲れてるんじゃないか? 休んだ方がいいよ」

 

「えぇ、そうね」

 

取り敢えず、それ以上の追求がなかったことに安堵したシャルロットは、促されるまま寝室へと向かった。…大事そうに、日記を抱えて。

 

なんだか、頭の中が霞がかかったようにぼんやりとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

考えてみると、ハリーはこんなに長い間ドラコと口を利かないのは初めてだった。

 

幼い頃から彼とは日常的に喧嘩はしたものの、それは子ども特有のくだらないものだったし次の日にはもうお互い忘れていた。

 

ドラコと仲直りはしたい。しかしまた、ハーマイオニーの気持ちを考えると自分から彼に話しかけることははばかられた。

 

そして、ハリーの悩みは目下あと2つあった。

1つ目はある日、廊下を歩いていたら壁の中から恐ろしい声が聞こえたこと。「血の匂いがする…八つ裂きにしてやる…」と確かにハリーにははっきり聞こえたが、ロンとハーマイオニーには聞こえなかったようで、それが尚更気味が悪かった。

ドビーの1件があったため、すぐにシリウスに手紙を出したが、彼にもその声の正体は分からないようだった。

 

2つ目の悩みは、ひょんなことこから首なしニックに絶命日パーティーの誘いを受けたことである。

去年トロール事件により、ろくにハロウィンパーティーを楽しめなかったハリーは断ろうとしたのだが、首なしニックがあまりにも悲壮感溢れる顔をしたため、途中からそちらに参加するという約束をしてしまった。

 

ハロウィンが近くなり、ダンブルドアが骸骨舞踏団を呼んだと聞いてから、さらにハリーは絶命日パーティーに行く気が失せた。

 

「骸骨舞踏団を見終わってからでいいよな、絶命日パーティーに行くのは」

 

「あなたが安請け合いするからいけないのよ。 まあ、ゴーストたちのパーティーなんてちょっと興味あるけどね」

 

談話室でレポートに取り組みながら、ハーマイオニーは言った。今日は長い髪をまとめてポニーテールにしている。

 

「うぇー・・・自分の死んだ日を祝うなんて正気じゃないぜ」

 

ロンは、露骨に顔を顰めた。

 

「ところで君、さっきから何やってるわけ?」

 

「見てわからない? ブラック先生からの、特別課題よ」

 

ハーマイオニーは目の前のロンに出来上がってきたレポートをひらひら翳した。

そこには几帳面な字がびっちりと書かれている。

 

毎回質問に来るハーマイオニーに最初は鬱陶しそうだったレギュラスだが、飲み込みの早いハーマイオニーの向上心を彼なりに好意的に捉えたらしい。最近は上級生向けのレポートを課した。授業が終わった放課後、そのレポートの出来を見てもらい添削してもらう時間が、最近のハーマイオニーの楽しみだった。

 

「なんだよそれ。ハーマイオニーにだけレポートを課すなんて・・・まるで罰則みたいじゃないか」

 

事情を知らないハリーはロンと共に、憤慨して大嫌いなレギュラスの悪口を言い始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『もうすぐハロウィンね。 聞いてよ、トム。 私去年のハロウィンでトロールと戦ったのよ』

 

『トロールと? それはすごいですね。 大人でもトロールと戦うのは大変と聞きます』

 

『えぇ、ハーマイオニーを助けるために戦ったの』

 

『ハーマイオニー? 初めて聞く名前ですね。 友達ですか?』

 

『そうよ。 グリフィンドールの友達』

 

『シャルはスリザリンであるのに、グリフィンドールにも友達がいるのですね。その子はマグル生まれですか?』

 

『えぇ。でも、学年一の秀才なの』

 

『・・・なるほど。 あなたは純血主義ではないのですか? マルフォイ家の少年と友達と聞いたので、てっきり純血主義かと』

 

『私はそんなことないわ。 確かにドラコは純血主義だけど、彼に悪気があるわけではないの。 ハリーとドラコは親友だし』

 

『ハリー? まさかハリー・ポッターですか? 彼と知り合いなのですか?』

 

『ええ。 今はハリー・ブラックだけど。 ハリーとは幼馴染よ』

 

『ハリーの話をもっと聞かせてください』

 

『いいけど、どうして?』

 

『生き残った男の子に興味があるだけですよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

ハロウィンの朝、去年と同じように校内はかぼちゃの香りで満たされていた。

トロール事件が起きた去年の埋め合わせをするかのように、さらに今年は飾り付けが豪華だった。生徒も皆どこか浮き足立っていた。

 

あちらこちらでコウモリが飛び回り、かぼちゃの形のランプの下、多くの生徒が「トリック・オア・トリート!」と叫びあい返答を聞く前に他愛ない悪戯を掛ける。

 

夜のパーティーで骸骨舞踏団の生演奏に感激しながら、ハリーは友人たちと共にかぼちゃタルトにかぶりつき、悪戯に精を出した。

 

おそらくハーマイオニーが2人を引っ張らなければ、ハリーとロンは絶命日パーティーの約束をすっぽかしただろう。ハリーとロンは渋々、まだまだパーティー真っ最中の大広間を後にした。

 

「最高だよ。 まさか骸骨舞踏団の演奏を生で聞けるなんて!」

 

「あぁ! 今じゃチケットなんて、プレミアものだもんな!」

 

廊下を歩きながら、ハリーとロンは尚も興奮気味にそう話した。

魔法族なら誰でも知っている人気バンドの骸骨舞踏団であるが、一方でマグル生まれのハーマイオニーにはピンと来ていないようだった。

 

絶命日パーティーはお世辞にも楽しいムードとは言えなかった。

 

細蝋燭には真っ青な炎が灯り、階段を下るたびに体温が下がっていくようだった。3人は思わず身震いした。

黒板を爪でひっかくような嫌な音がしてきた。

 

「あれ、音楽のつもり?」

 

ロンが2人にしか聞こえないよう囁いた。

 

ニックは羽飾りのついた帽子を被って入口付近に立っていた。

 

「これは、友よ。 遅いので来てくださらないのかと思いました」

 

恭しくニックがお辞儀をすると、3人を中に招き入れた。

 

仄暗い地下牢は数百ものゴーストがふわふわと飛び回り、ワルツを踊っていた。なかなか圧巻の光景だ。

 

「取り敢えず、見て回ろうか」

 

ハリーは足がガチガチに冷えてきたのでそう提案した。

 

殆どは見たことがないゴーストだったが、中には見たことのあるゴーストもいた。ハーマイオニーは『嘆きのマートル』というゴーストを見つけて、慌ててこちらに逃げてきた。どうやらちょっと厄介なゴーストらしい。

 

「ご飯、済ませてきてよかったわね」

 

腐った魚や焦げた山盛りのケーキが盛られた銀の皿を見て、ハーマイオニーは顔を顰めた。

 

その後も暫く地下牢を彷徨いた3人だが、何も楽しいことは起きなかった。

 

「僕もう寒くてだめだ」

 

ロンがブルブル震えながら言った。

 

「もう、行こう」

 

ハリーも同じ思いだったので、とっとと地下牢を後にした。

 

「どうする? もう寮に戻る?」

 

「うーん。僕デザートもう少し食べたいな」

 

ハーマイオニーの問いかけに、ロンは少し迷ってそう答えた。

ハリーも体が冷えてしまい、何か温かいものが食べたかったので同意するよう頷いた。

 

皆が大広間に集まっているせいか、廊下には人っ子一人居なかった。

 

その時、ハリーはあの声が聞こえた。

 

「引き裂いてやる・・・殺してやる・・・」

 

あの声だ。こないだ聞いたのと同じ声。

何とか恐ろしい、身震いするような声。

 

ハリーはよろよろと石の壁に近付くと、耳をぴったり付けた。廊下をじっくり目を凝らして見てみたが、何もいない。

 

「おい、ハリー。 どうしたんだ?」

 

「またあの声なんだ! 静かにしてくれ!」

 

「血の匂いだ・・・殺してやる・・・」

 

「ほら聞こえる!」

 

ハリーは焦ったように言ったが、ロンとハーマイオニーは何も聞こえないようで当惑した顔で立ち尽くしている。

 

声はだんだん幽かなものになっている。それは上に向かって遠ざかっていくようだった。

どうして、この声の主は石の壁を通り抜けられるのだろうか。ハリーの脳裏に先程たくさん見たゴーストの姿がちらついた。

 

ハリーの心臓が緊張と恐怖で早鐘を打つ。

 

ハリーは3階の廊下へと、声を追いかけるよう走った。ロンとハーマイオニーは息せき切ってハリーを追いかけた。

 

「おい…ハリー、これはどういうことなんだ…?」

 

ロンはゼェゼェと息を切らしながら言った。額には汗が滲んでいる。

 

「見て!」

 

ハーマイオニーはハッと息を呑むと、廊下の隅を指差した。

 

向こうの壁で、何かがヌラヌラと光っていた。真っ赤なペンキのようなもので、何か文字が書かれている。

 

 

 

『秘密の部屋は開かれたり

継承者の敵よ 気をつけろ』

 

 

 

「ねぇ、何かあそこにぶら下がってない?」

 

ロンの声は微かに震えていた。

 

3人はじりじりと文字に近付いた。何故か水溜りがあったので、危うく転びそうになった。

ぶら下がっているものが何か分かると、3人は声も出せずに飛び退いた。

 

フィルチの飼い猫、ミセス・ノリスだ。

その姿に生気はなく、目だけカッと開いたままだらりとぶら下がっていた。

 

3人は暫く動けなかった。やがて、ロンが口を開いた。

 

「ここを離れよう」

 

「そうだな。 誰かにここにいるところを見られたら不味い。 そんな気がする」

 

ハリーもそう同調したが・・・既に遅かった。

楽しそうなざわめき声が聞こえた。どうやらパーティーは終わり、生徒たちは寮に帰ろうとしているらしい。

 

生徒たちはおしゃべりに興じながら廊下を歩いてきた。そして、先頭の生徒たちがミセス・ノリスの姿を見つけると、おしゃべりは一斉に止んだ。

 

ハリー、ロン、ハーマイオニーは真ん中にぽつんと残され、皆の注目を浴びていた。

 

 

「まさか、こんなことが起きるなんて。穢れ・・・いや、マグル生まれが狙われるぞ」

 

蒼白な顔をしたシャルロットの隣りで、ドラコはそう呟いた。

 




絶命日パーティー、絶対行きたくないよね( ˇωˇ )


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狂ったブラッジャー

次の日から学校は、秘密の部屋への噂話で持ちきりだった。

 

ハーマイオニーによれば図書館の『ホグワーツの歴史』が全巻貸し出し中になったというのだから、余程のことなのだろう。

 

それでもハーマイオニーがビンズ先生に秘密の部屋について質問してくれたため、彼から大体のことは聞けた。

 

ロンは、ドラコをスリザリンの継承者だと思っているらしかった。

 

「君だって、こないだあいつがハーマイオニーに酷いこと言ったの見ただろう?」

 

「…それについてはドラコを庇う気はないよ」

 

ドラコがスリザリンの継承者だとは信じられないものの、ハリーは苦い顔をした。

 

「マルフォイは有名な純血だ。 スリザリンの末裔でもおかしくないぜ」

 

ロンは興奮したように言った。

 

「ハーマイオニーはどう思う?」

 

ロンが質問を振ると、ハーマイオニーは渋い顔でそれまで読んでいた『古今東西魔法薬大図鑑』をパタンと閉じる。

 

「うーん…マルフォイを継承者と決めつけるのは早い気もするけど、『秘密の部屋』について何か知っているかもしれないわね」

 

ハーマイオニーは口を引き結んで腕組みをした。

 

「…聞いてみる価値はあると思うわ」

 

「正気か、ハーマイオニー。 マルフォイに直接聞くわけ? 『やあ、マルフォイ。君がスリザリンの継承者かい?』って?」

 

皮肉のこもったロンの言葉に、ハーマイオニーは未だ悩んでるような曖昧な笑みを浮かべた。

 

「1つだけいい方法があるの。 校則を50個ほど破ることになるけれど」

 

--こうして3人のポリジュース薬作りが幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

凍てつく冬が気配を現しはじめたとある休日。

 

シャルロットはダフネやパンジーと共に、グリフィンドール対スリザリンのクィディッチ戦を見に来た。

犬猿の仲である二寮の対決ということに加え、両チーム全員ニンバス2001というプロ顔負けの財力のかけ方だったため、ホグワーツ中の人の興味を惹いたようだ。ほぼ全校の生徒が見に来ていた。

 

フリントとウッドがお互いを射殺さんばかりに睨み合いながら、きつく握手を交わした。

マダム・フーチのホイッスルを合図に、赤と緑の選手たちが曇天に舞い上がった。

 

最初に異変に気付いたのは、ダフネだった。

 

「ねえ、ブラッジャーがさっきからブラックばかり狙っているのだけど…気のせいかな?」

 

ダフネは双眼鏡を手にしたまま、きょとんと首を傾げた。

それまで自寮のチームばかりを見ていたシャルロットは、ハリーを目で追った。ウィーズリー家の双子のどちらかがドラコに向けて打ったブラッジャーは、まるで意志を持っているかのように途中で方向を変えてハリーの頭ギリギリを飛んでいった。

 

「…本当だわ」

 

教員席を見ると、セブルスとレギュラスが渋い顔をしていた。何かしらブラッジャーに手が加えられているようだが原因が分からない、大方そんなところだろうか。

 

たまらず、グリフィンドールはタイムアウトを要求した。

チーム同士が何か話していたようだが、特に何も打開策が見つからないまま再び競技場に飛び上がった。

 

天候は悪化し、雨が降ってきた。

90対20。未だスリザリンがリードだ。とはいえ、この点数差ならハリーがスニッチを取ったら逆転されてしまうため、油断はできない。

 

グリフィンドールの女選手がゴールを決めた。赤色の客席が沸き立つ。

これで90対30だ。ニンバス2001同士の戦いはあまりにも圧巻すぎて、観客はみんな魅入っていた。

 

ハリーはスニッチを探して、競技場内を縦横無尽に飛び回っていた。

その時。再び、ハリーを狙ってブラッジャーが突っ込んできた。

 

「…危ないっ!」

 

突然放たれた半ば悲鳴のような言葉に、間一髪ハリーはブラッジャーの魔の手を避けられた。

 

声を上げてくれたのはドラコだった。

咄嗟に口から言葉が突いて出てしまったものの、彼はちょっと気まずそうに目を逸らし、箒を握り直した。

 

ハリーはドラコに何か言いたそうな顔をしたが、今は競技中であることを思い出してとどまった。

ハリーは改めて競技場をぐるりと見渡す。

 

その瞬間、ハリーの目はドラコのすぐ近くで、金色に光りながら飛ぶものを捉えた。

 

ドラコもすぐに気付き手を伸ばしたが、すんでのところで届かない。

同時にドラコとハリーは加速した。ぐんぐんと放たれた矢のように、2人はまっすぐ飛んでいく。

箒の性能は同じだ。だからその分、スニッチに近いところにいたドラコが有利だった。

ドラコが再び手を伸ばす。

 

勝負を制したのは、ドラコだった。

頬を紅潮させたまま、スニッチを頭上に高く掲げる。

 

スリザリンの観客席から爆発的な歓声が起こった。

シャルロットもひとまずダフネやパンジーとハイタッチを交わす。

スリザリンのチームがドラコの周りに集まる。大柄な選手たちにドラコは揉みくちゃにされてすぐ見えなくなった。

 

一方、グリフィンドールは悔しそうな顔を隠そうともせず地に降りたった。

キャプテンのウッドなんて今にも男泣きしそうだ。ハリーもしょんぼりして、箒を握りしめている。スニッチの獲得が大きな役割を持つクィディッチでは、どうしてもシーカーに責任が行きがちだ。

フレッドがハリーを慰めようと背中を叩こうとした、その時。

 

試合が終わり既に役目を終えたはずの、ブラッジャーが飛んできた。

 

ガツン!

 

鈍い音を立てて、ハリーの腕に直撃した。

 

「…あああっ!?」

 

ハリーが痛みと驚愕で目を見開き、その場に膝をつく。

同時に、観客席から悲鳴が上がった。

ブラッジャーは尚も獲物を捕らえようと飛んできたが、先生方によって魔法で取り押さえられた。

 

シャルロットは、思わず体が勝手に動いていた。観客席の階段を一気に駆け下りる。そして観客席と競技場の仕切りを超えると、ハリーの元に走り寄った。ほぼ同じタイミングでロンとハーマイオニーもハリーの元に着いた。

 

「ハリー、大丈夫!?」

 

ハーマイオニーは顔が真っ青だ。

 

「うーん…多分今ので骨折れた」

 

ハリーは弱々しくそう言った。

 

「おやおや、骨折ですか。 それなら私にお任せください!」

 

ハリーとハーマイオニーの会話に割って入るかのように、ロックハートは人垣を掻き分けて ニコッと笑った。

 

「ロックハート先生。 まずはマダム・ポンフリーの元に連れていった方が良いのでは?」

 

嫌な予感がしたシャルロットはやんわりロックハートを止めたが、彼にはその気持ちは伝わらなかったらしい。

 

「心配はご無用ですよ、プリンス! 私に任せなさい。 さあ、みんな下がって!」

 

「ちょっと待っ…」

 

ハリーの制止の声も聞かず、ロックハートは翡翠色のローブの袖をたくし上げた。そして、ハリーの腕に杖を向ける。

彼は何やら聞いたこともない呪文を唱えた。

 

周りはハラハラしながら、成行きを見守り…息を呑んだ。

 

「あっ」

 

ロックハートが間抜けな声を出した。

 

ハリーの腕はまるでゴムの手袋のように芯がなく、ぐにゃりとしていた。

 

「そう、まあね。 時にはこんなことも起こるでしょう。 考えてみなさい。これでもう骨は折れていない。それが肝心でしょう」

 

あまりの事態に皆は言葉を失っていた。

 

「ねえ、ハリー? あー…えっと、プリンスにグレンジャー、ウィーズリー。彼に付き添ってあげてください。マダム・ポンフリーが、その君を…あー…きちんとしてくれるでしょう」

 

ロックハートは何か誤魔化すように、ハハハと笑った。彼はハリーの骨を抜き取ってしまったのだ。

 

思わずシャルロットがロックハートに文句を言い募ろうとしたその時。

シャルロットより先に口を開いたのは、真っ赤な顔で怒り狂ったハリーだった。

 

「よくもこんなことしてくれたな! いいか、僕のパパは魔法省の闇祓いの局長だ! このことは、パパに言うからな!」

 

ロックハートの口元がひくりと歪んだ。しかし、辛うじてまだ何とか笑みを保っている。

 

「ロックハート先生、あなたは誰に向かってこんなことしたのか分かっているのかしら? ハリーは『生き残った男の子』であると同時に、養子とは言えかの高名なブラック家の一人息子なのよ。 早く荷造りを始めた方がいいんじゃなくって?」

 

シャルロットは冷えきった声で、ロックハートを一瞥した。

普段の快活に笑っている時はともかく、シャルロットは冷たい顔をすると目元がセブルスにそっくりだった。

 

今度こそ、ロックハートの顔から笑みが完全に消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結論から言えば、非常に残念なことにロックハートは退職にならなかった。

 

大事な息子が骨を抜き取られたことに怒り狂ったシリウスは、自身の闇祓い局長の立場とブラック家の名前をフル活用して、すぐさま魔法省に訴えた。

 

しかし、意外なことにそれを止めたのはダンブルドアだった。

 

「シリウス。 気持ちはわかるが、どうか退職だけは勘弁してやってくれんかのぅ」

 

ダンブルドアにそう頭を下げられたら、シリウスも強くは出れない。

まして『闇の魔術に対する防衛術』の教師は全然見つからず、ギリギリになってようやく捕まったのがあのロックハートであったという事情をシリウスは知っていたので、渋々彼はダンブルドアの言葉を受け入れた。

その代わり、シリウスは法外な価格の損害賠償をロックハートに請求した。

 

しかしこれにより、ロックハートはハリーを避けるようになった。自身の著書のお気に入りのシーンを生徒に舞台の如く繰り広げさせていたロックハートの授業では、それから一度もハリーは指名されなかった。

 

 

再びのドビーの襲来と、骨を生やす激痛に苛まされろくに眠れなかったクィディッチ戦の次の日の朝。

 

ハリーは左手でぎこちなくオートミールを掬い、口元へ運んだ。

頭の中は秘密の部屋のことでいっぱいだった。

昨日夜中にコリンが襲われ、保健室に運ばれてきた。そして、ドビーの言ったことを信じるなら秘密の部屋が開かれたのは今回で2度目らしい。

 

「順調に治っていますね。朝食を食べたら退院してよろしい」

 

マダム・ポンフリーは満足げに言った。

 

ハリーはパジャマから制服のローブに着替えると、保健室をとっとと後にした。

しかし、グリフィンドールの談話室にハーマイオニーとロンは居なかった。

それならと思い、3階の女子トイレに向かうとやはり2人はそこに居た。

 

「ごめんなさい。 あなたのお見舞いに行くべきだったんでしょうけど、コリンが襲われたって聞いて、早く薬を完成させた方がいいと思って」

 

ハーマイオニーは鍋を掻き回しながら、申し訳なさそうに謝った。

 

「…あのさ、僕やっぱりドラコはスリザリンの継承者じゃないと思うよ」

 

「おいおい、今さら何言ってんだ」

 

ロンは相変わらずドラコがスリザリンの継承者だと信じている。

 

「ハリー、こう考えたらどう? マルフォイがスリザリンの継承者じゃないって確かめるために、ポリジュース薬を使うって」

 

ハーマイオニーのその提案にロンは納得いかなそうだったが、ハリーは頷いた。

 

「そうだね。 確かに、ドラコは何か知ってるかもしれない」

 

「でも、まだこの薬これで半分なのよ」

 

ハーマイオニー曰く、この薬の完成のためには二角獣の角と毒ヘビツルの皮を手に入れなくてはならないらしい。しかし、そんな珍しいものは魔法薬教授の研究室の棚にしかない。

 

ちなみに余談だが、セブルスの本業は教師ではなく研究者であるので、プリンス家に大きな研究室を持っている。

そのため、ホグワーツ城には研究室はない。最低限の薬棚と寝室があるだけだ。

 

「じゃあ、ブラック先生の部屋から盗むしかないな」

 

スリザリンの寮監よりグリフィンドール出身の教師の部屋に忍び込む方が見つかったときの罰が軽いと思ったのか、ロンはちょっと残念そうに言った。

しかし、ハーマイオニーが慌てて反論した。

 

「だめよ! ブラック先生の部屋に侵入するなんて!」

 

言ってから、ハーマイオニーはしまったという顔をした。しかし幸いにもハリーとロンは特に疑問に思わなかったらしい。

 

「優等生の君がそう思う気持ちはわかるよ。 でも、そうじゃないと手に入れる当てがないだろう?」

 

「…当てならあるかも」

 

ハリーの言葉に、ロンとハーマイオニーはちょっと驚いたようにこっちを見た。

 

「僕、シャルの家でその2つ見たことある気がする。 シャルに頼んだら取ってきてくれるかも」

 

スリザリンの談話室に忍び込むためにスリザリン生徒に協力を仰ぐのは気が引けたが、これが一番良い方法に思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後。

授業の終わった放課後に、ハーマイオニーはシャルロットに呼び止められ、小さな紙袋を渡された。

 

「はい、頼まれたものよ!」

 

「ありがとう、シャル! 助かったわ」

 

「感謝してよね。 曾祖母様にばれたら面倒だから、わざわざメアリーに頼んで送ってもらったのよ」

 

シャルロットはふふっと笑った。

 

「ねぇ…シャル。 私たちが何をしようとしているのか聞かないの?」

 

夕食を食べに多くの生徒が大広間に向かう中、ハーマイオニーを声を落として言った。

 

二角獣の角と毒ヘビツルの皮を手に入れたい、とのハーマイオニーの怪しい申し出をシャルロットは二つ返事で了承したうえに、何も訊いてこないのでハーマイオニーは不思議だった。

 

シャルロットはきょとんとした。

 

「訊くも何も…恐らく貴方が作っているのってポリジュース薬でしょ?」

 

「え!」

 

言い当てられ、ハーマイオニーはドキッとした。

 

「材料見れば分かるわよ。 まあ、半信半疑だったけど、その反応じゃ正解みたいね」

 

さすがセブルスの娘だ。ハーマイオニーは、今年の期末テストこそシャルロットに魔法薬で勝つつもりだが、少し自信がなくなった。

 

「今度は何を企んでいるのか知らないけど…気をつけてよ、ハーマイオニー」

 

シャルロットは気遣わしげにハーマイオニーの手を握った。

彼女が秘密の部屋の怪物のことを言っているのが、ハーマイオニーにはすぐに分かった。

 

「ありがとう、大丈夫よ」

 

ハーマイオニーはにっこり笑った。

 




原作でこの試合スリザリンが負けたのって、ドラコがハリーを馬鹿にしてて頭上を飛ぶスニッチに気付かなかったからなんですよね。

もちろんこの小説のドラコはそんなことしないので!スリザリンの勝利です!やったねドラコ!


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継承者は誰?

コリンが襲われたことで、校内では皆固まって移動するようになった。今やマグル生まれ生徒は目に見えて怯えている。

 

学校中がパニック状態のある日の放課後、ハリー、ロン、ハーマイオニーが玄関ホールを歩いてると、掲示板の前に人集りが出来ていた。

何やら羊皮紙が張り出されている。

 

どうやら『決闘クラブ』なるものが開催されるらしい。

 

「へぇ、楽しそうじゃないか。 役に立つかもしれないし」

 

ロンは乗り気のようだ。

 

「そうだね。 まあ、教えるのがあいつじゃなければいいけど・・・」

 

ハリーはまだロックハートのことを根に持っている。

 

3人はその晩8時に大広間に向かった。

いつもある食事をするための長テーブルは退かされて、金色の細長い舞台が置かれている。何千もの蝋燭が宙を浮かんで、舞台を照らしていた。

天井には夜空で星が煌めいている。

ほとんどの生徒が集まっているようで、皆はぺちゃくちゃとお喋りに興じている。

スリザリン生徒の塊の中に、ドラコも見えた。しかし、珍しくシャルロットは居なかった。

 

時間になり、現れたのは…ロックハートだった。

 

未だファンである何人かの女生徒は黄色い悲鳴を上げて、対照的にハリーは呻き声を上げた。

 

「君の嫌な予感が当たったな」

 

ロンが、ハリーの耳元で囁いた。

 

「…今回勇敢にもアシスタントをセブルス・スネイプ教授が引き受けてくれました。 彼は全魔法薬研究会に所属しているということで、ちょっと(・・・・)ばかり有名なようです! さて、普段デスクワークの彼の決闘の実力はどの程度か! 皆さん、ご注目ください!」

 

もったいぶった話し方をしたロックハートに続いて、セブルスも舞台に上がった。

いつも顰め面のセブルスだが、今や眉間は一層深まり、口の端がピクピクしている。

 

「アー…完全にセブルスおじさんキレてるね」

 

その表情に、ハリーは幼い頃セブルスに怒られた時を思い出し身震いした。怒った時のセブルスは、尋常でなく怖い。

 

ロックハートとセブルスはお互い向き合って一礼をした。まるで舞台俳優のように大仰な礼をしたロックハートに対して、セブルスはほんの僅かに首を動かした程度だった。

 

観客はしーんとしている。

 

「3つ数えて最初の呪文をかけます。 もちろん、どちらも相手を殺すつもりはありませんからご心配なく!」

 

ロックハートは場違いなほど茶目っ気たっぷりにウインクをした。

 

「いち、に、さん--」

 

ロックハートとセブルスは杖を高く掲げた、

 

エクスペリアームス(武器よ、去れ)!」

 

セブルスの呪文はまったく無駄のない動きで、華麗にロックハートに直撃した。彼の手から杖はもぎ取られ、舞台の端まで飛んで無様に倒れた。

 

一部の女子生徒を除いて、殆どの者が大歓声を上げた。珍しいことに、グリフィンドール出身であるセブルスに向かってスリザリン生徒も拍手を送っている。

ハリーも胸がすく心地で、大きな拍手をセブルスに送った。

 

ロックハートはよろよろと立ち上がった。

 

「良い戦術でした! しかし、言わせてもらえれば見え透いた戦術でもありましたね」

 

ロックハートはどうにかいつも通りの笑みを浮かべた。しかし、セブルスの殺気立った表情を見て、慌てて生徒の方に向き直った。

 

「さあ、では実際に生徒諸君にもやってもらいましょう。 次にやってみたい人は?」

 

誰も手を挙げなかった。

 

「・・・ふむ。それではこちらから指名しよう。 ブラックとマルフォイ、舞台の上へ」

 

セブルスは生徒たちの顔を見回して、その中に自分の娘がいなかったので少し気落ちした。

 

そして、ハリーとドラコを指名した。

ドラコは学年9位に食い込むほどの好成績であるし、ハリーは成績は中の上ながら実技への勘は光るものがある。皆も納得の人選であった。しかし、それは表向きの理由で、セブルスには自分の娘の幼馴染たちの実力を見てみたいという好奇心もあった。

 

シーカー同士との対決ということも相まって、観衆たちは興奮していた。

 

しかし、当の本人たちは少々顔を曇らせて渋々舞台に上がった。この2人の間に起こったことを知らないセブルスは怪訝な顔をした。

 

早速、ロックハートが開始の合図をした。

 

ハリーとドラコは、お互い礼をする。

そして、ハリーは素早く杖を構えた。

 

リクタスセンプラ(笑い続けよ)!」

 

ハリーの放った銀色の閃光がドラコのお腹に命中した。ドラコは笑い転げて体をくの字に曲げた。

 

タレントアレグラ(踊れ)!」

 

ドラコは声を詰まらせたまま、ハリーの足に杖を向けた。まさか笑っている状態で彼が呪文をかけられると思わなかったので、ハリーの反応は遅れてしまった。

ハリーの足が、ピクピクと動き始める。

 

ドラコはヒーヒー笑い続け、ハリーはタップダンスを踊っている。…なかなかカオスだった。

 

このままじゃ勝負がつかないと思ったのか、セブルスが杖を上げた。

 

フィニート・インカンターテム(呪文よ 終われ)!」

 

2人のかけ合った呪文が落ち着いたのも束の間、すぐにドラコは杖を構えた。

 

サーペンソーティア(蛇よ いでよ)!」

 

ドラコの杖の先が炸裂して、長い黒蛇がにょろりと鎌首をもたげた。

近くにいた生徒が数名悲鳴を上げた。

 

セブルスは、ドラコの呪文が完璧なことに驚いた。生き物を出す呪文はそこそこに高度である。

しかし、出した蛇を消す術をドラコは知らない。勢いに任せて蛇を出したものの、ドラコはこの後どうするべきか困っているようだった。

 

ハリーもまた威嚇する蛇から一歩後ずさり、辟易していた。

 

「動くな、ブラック。 私が消そう」

 

「私にお任せあれ!」

 

助け舟を出してくれたセブルスの言葉を、ロックハートが遮った。

 

ロックハートが杖を振り回すと、バーンと大きな音がして・・・蛇は消えるどころか宙を飛び、ジャスティン・フィンチ・フレッチリーのすぐ近くに落ちた。

 

ハリーは危険を感じて無意識に、蛇の前に進んだ。

 

「手を出すな。 去れ!」

 

ハリーはそう言ったつもりだったが、何故か自分の口から出た声はシューシューとした奇妙な音だった。

 

「一体、何をふざけているんだ!?」

 

ジャスティンは恐怖の表情の中に怒りを見せた。

 

セブルスは杖をひと振りして、蛇を消した。蛇は呆気なく黒い煙を出して消え去った。

 

周り中がヒソヒソと噂話をし始めた。そして、ロンがハリーの袖を引いて大広間を出ると、皆はぱっくりと道を開けた。

まるでハリーが何か病気を持っていて、それを移されるのを嫌がるかのように。

 

 

 

 

 

「どうして君、パーセルマウスであることを僕たちに教えてくれなかったの?」

 

グリフィンドールの談話室につくと、ロンが漸く口を開いた。

 

「…いや、僕も知らなかった。 さっき初めて蛇と話せたんだ」

 

「少なくとも、私たちには貴方が蛇をそそのかしてるように見えたわ」

 

ハーマイオニーは言葉を選ぶように言った。

 

「違う! 僕はジャスティンを助けようとしたんだ」

 

「ねえ。こないだ汽車に乗り遅れた時、僕君の家に上がっただろう? あの家、蛇の装飾がたくさんあったよな。 もしかして、ブラック家はスリザリンの末裔なんじゃないか?」

 

「…知らない。 もし、そうだとしても関係ないよ。 僕は養子だもの」

 

ハリーはがっくりと肘掛け椅子にもたれかかった。

 

ハリーは知っていた。サラザール・スリザリンがパーセルマウスであったことを。

そして、明日から自分がどんな目で見られるかということを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『決闘クラブ!面白そうですね。 どうしてシャルは行かなかったのですか?』

 

『だって、トム。 あなたと話してる方が楽しいもの。 それに、私最近変なのよ。何だか体中が怠くて』

 

『・・・風邪じゃないですか? 早く寝ることをおすすめします』

 

『記憶が飛んだり、知らないうちに体に血がついてる風邪なんて聞いたことある? やっぱり、私おかしいんだわ』

 

『大丈夫ですよ、シャル。 きっと、すぐ治ります。 …さて、今夜は何の話をしましょうか』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハリーはシリウスに手紙を書いた。

もしかしたら、ジェームズがパーセルマウスだったのではないかと聞きたかったからだ。

 

しかし、シリウスからの返事の手紙はハリーを落ち込ませるものだった。

ジェームズはパーセルマウスではなかったし、ポッター家にパーセルマウスがいた話も聞いたことないらしい。

 

ブラック家がスリザリンの末裔では?との質問もしたが、シリウス曰く「その可能性も捨てきれないが、残念ながらわからない」との正直な答えか返ってきた。そもそもサラザール・スリザリンは何千年も前に存在した人だ。いくらブラック家に代々の家系図が描かれたタペストリーがあろうとも、そんな昔のことまで分からなかった。

 

生徒の殆どは、ハリーこそスリザリンの継承者と考えているらしかった。

 

そのせいでハッフルパフのガールフレンドにも避けられて振られたし、自寮の中にもハリーを疑っている人はいて談話室には居づらく、最悪だった。

 

かと言って図書館に行けば、友人だと思っていたアーニーやハンナが自分のことを話しているのを聞いてしまった。

 

「だからさ、僕はジャスティンに言ったんだ。 自分の部屋にいろって。 あいつ、ハリー・ブラックに自分がマグル出身だって話してしまったらしい」

 

「じゃあ、あなたはハリーが犯人だとそう思ってるの? あの人軽いところあるけど、そんなに悪い人には見えないわ」

 

「僕、ブラック家について調べたんだよ。 やばいぜ、あの家。 昔から熱狂的な純血主義なんだ。 ハリーも隠してるだけで、マグルなんて皆殺しにした方がいいって考えてるぜ」

 

「そんな…」

 

ハンナの恐怖に慄く声で、ハリーはまたしても落ち込んだ。授業の時は、アーニーともハンナとも仲良しだったのに。

 

 

しかし、悪夢は終わらなかった。

 

図書館の帰りに、ハリーはジャスティンと首なしニックが石にされているのを発見した。そして、ちょうどその現場を、ピーブスに見つかった。

 

その場でハリーはマクゴナガルにダンブルドアのいる校長室へ連れていかれた。しかし、ダンブルドアはハリーが犯人だとは思っていないようなので、ハリーは少し安心した。

 

初めて入ったダンブルドアの部屋は、面白そうなものに溢れていて、もっと他の時に入りたかったなとハリーは思った。

 

もちろんハリーには味方もいた。

ロンとハーマイオニー、シリウスやハグリッドはもちろんのこと、フレッドとジョージもハリーが継承者だとは露ほど信じていないらしい。

 

「パーシー、そこをどけ。 ハリー様は秘密の部屋へお急ぎなのだ」

 

「そうとも。 ハリー様はこれから身の毛もよだつ怪物とティータイムなのだ」

 

フレッドとジョージの軽口にパーシーは冷たい反応をしたが、ジニーはくっくと笑った。

彼女もまたハリーのことを心から信頼し、相変わらず子犬のように懐いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クリスマスの日、漸くポリジュース薬が完成した。

ホグワーツ城の外は一面の銀世界が広がり、校内にはクリスマスツリーが並んでいた。しかし、人の姿は見かけない。

秘密の部屋を恐れたせいか、例年に比べて殆どの生徒は帰宅していた。その中で、ドラコやクラッブ、ゴイルがホグワーツに残っているのは有難かった。

 

「今夜、決行しましょう」

 

3人は未だグツグツと泡立つ大鍋を、3杯に分けた。

ハリーはゴイルに、ロンはクラッブに変身することになっている。ハーマイオニーは、ミリセントの髪に加えて、シャルロットの髪も用意していたが・・・さすがにシャルロットに悪いので、ミリセントに変身することにした。そもそも、シャルロットに変身したなら、いくら何でも幼馴染であるドラコの目は誤魔化せないだろう。

 

髪を入れた薬を、ハリーは2口で飲んだ。不味い。煮込みすぎたキャベツのような味がした。

体が熱くなり、ぐんぐん縦横に伸びる。

視界がぼやけた。眼鏡を外すと、景色が良く見えた。どうやら、ゴイルは視力はいいらしい。

 

その後、何故か個室から出てこなかったハーマイオニーを置いて、ハリーとロンは2人でスリザリンの談話室に向かった。

 

ハリーは去年『賢者の石』についてシャルロットに話があった時、1度スリザリンの談話室に行ったことがあったので道筋には困らなかった。

しかし、合言葉は分からない。

 

ハリー(ゴイル)とロン(クラッブ)が廊下でもたついていると、背後から気取った声がした。

 

「おまえたち、こんなところにいたのか」

 

ドラコだった。

ハリーの胸の中に、騙している罪悪感が漣のように広がる。

 

「2人とも今まで広間で馬鹿食いしてたのか? こんなとこに立ち止まってどうしたんだ」

 

「アー・・・合言葉を忘れちゃって」

 

ロンは、クラッブの愚鈍な調子を真似て言った。

ドラコは呆れたように溜息をついたが、よくあることなのだろう。何も追求はしなかった。

 

「今週の合言葉は『純血』だ。覚えておくんだな」

 

ドラコの言葉に、壁に隠された石の扉はスルスルと開いた。

 

談話室に入るとドラコは彫刻入りの椅子にどっかりと座った。ハリーとロンもそれに倣って、ドラコの前のソファに重たい体を落とす。

 

「なあ、ドラコ。 秘密の部屋について君の考えを何か教えてくれよ」

 

ロンが早速訊いた。何せ時間は限られている。

 

「またその話か、クラッブ。 言っただろう、僕は何も知らない」

 

ドラコはうんざりしたように言った。

 

「君が知らなくても・・・父親(ルシウス)は何か知ってるんじゃないか?」

 

「何度も言わせるな。 父上は全てご存知だと思うが、僕に何も教えてくれない。 前回、秘密の部屋が開かれた時は『マグル生まれ』が1人死んだらしいが」

 

ハリーは、ドラコがもうマグル出身の生徒を『穢れた血』と呼んでないので安心した。

やはり、ドラコがスリザリンの継承者なわけない。ハリーは今すぐにでも自分の正体を明かしたい気持ちに駆られたが、我慢した。

 

「じゃあ、ハリー・ブラックについてはどう思ってる?」

 

今度はハリーが訊いてみた。

すると、ドラコは痛いところを突かれたように顔を顰めた。

 

「ハリーには…悪いことをしたよ。 あんなことになるって分かってたら、蛇なんて出さなかった。 まさかハリーがパーセルマウスだったなんて…」

 

「じゃあ、君はブラックが継承者だって思ってないんだね?」

 

ハリーが急いでそう言うと、ドラコはむっとしたような顔をした。

 

「当たり前だ。 ゴイル、それ以上言ったら怒るぞ。 大方ハリーがブラック家だから、君や他の皆はそう思ってるのかもしれないが、彼は養子だ。…何より、ハリーがあんなことするわけない」

 

ドラコの最後の言葉に、ハリーの胸はじんわりと温かくなった。

 

「…そっか。ありがとう」

 

「…何でおまえがお礼を言うんだ?」

 

ドラコが怪訝な顔をした。ロンは、ドラコに見えないようにハリーを小突いた。

 

「じゃあ、何か最近変わったことはなかった?」

 

ロンが訊いた。

ドラコは少し考え込み、やがて何か思い当たったようだ。

 

「そういえば…シャルの様子がちょっとおかしいな。 何だか、いつもぼんやりしているような」

 

「シャルが!?」

 

予想外のドラコの言葉に、ハリーが聞き返したその時。

ロンの髪が赤くなってきた。鼻も少し高くなっている。

ハリーは自身の体が縮もうとしてるのを感じた。

・・・タイムリミットだ。

 

「ちょっと医務室行ってくる」

 

どうにかハリーはそれだけ言うと、一目散に談話室を突っ切り、廊下へ飛び出した。そして、3階の女子トイレへ急ぐ。

 

すっかり元の姿になりダボダボのローブを引きずったハリーとロンを迎えたのは、猫に変身したハーマイオニーだった。

 




ぐぬぬ・・・次話が難産。


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襲撃は終わらない

マダム・ポンフリーは入院中は恐ろしく厳しいものの、怪我人や病人に詳しいことは聞かない。

ハーマイオニーの毛だらけの顔を誰にも見られないよう、床まで届くカーテンを付けてくれた。

 

ハーマイオニーの入院期間は思っていたより長かった。毛だらけの顔は漸く治ったが、未だ頭から猫の耳はぴょこんと出ているし、咳やくしゃみをすると猫の鳴き声が出る。尻尾も生えたままで、これはとても寝づらくてストレスだった。

 

とはいえ深刻な病気ではなかったので、マダム・ポンフリーはお見舞いには寛容だった。

ハリーとロンは毎日ハーマイオニーを訪ねた。「尻尾が生えてる時くらい勉強休んだら?」とはロンの台詞であるが、ハーマイオニーは他にすることもなかったので勉強をして過ごした。

 

だからその日も、マダム・ポンフリーが「お見舞いですよ」と言ったとき、てっきりハリーとロンだと思い込んだままカーテンを引いた。

 

そして、きゃっと悲鳴を上げた。

 

目の前に居たのは、レギュラス・ブラックだった。

 

「そんなに驚くことですか」

 

レギュラスは少し呆れたように言った。

 

「個人的にあなたの頭から耳が生えてることの方が、余程驚きですが。 一体何をしたらそうなるんです?」

 

ハーマイオニーは顔が熱くなるのを感じた。

とはいえ、ポリジュース薬を作って飲んだことが知られたら、退学問題なので口を噤んだ。

有難いことにレギュラスはそれ以上探ってはこなかった。

 

「あの、ブラック先生はどうしてここに?」

 

ハーマイオニーが恐る恐るそう聞くと、レギュラスは紺のローブからレポート用紙を取り出して渡した。

 

「レポートの採点が終わりましたので。 これは貴方にだけ出している特別課題ですから、直接届けた方がいいかと」

 

膨れ薬についての改良方法の意見をまとめたレポートには、びっしりと添削が書き込まれている。

 

「そのために、わざわざ保健室まで? ありがとうございます」

 

「…今も勉強していたのですか。頑張っているようですね。 プリンスに魔法薬を勝ちたいのですか?」

 

ベッド脇の小机に置かれた本と羊皮紙を見て、レギュラスが言った。

 

「ええ! 次こそ、勝ってみせます」

 

ハーマイオニーはちょっとはにかんで笑った。

レギュラスは思案するように、華奢な右手を顎に当てた。

 

「しかし、貴方がこれ以上のことを望むならセブルスを頼るべきでは? 言うまでもないことですが、彼の魔法薬の技術は私とは比べようもありません」

 

「いえ! 私はブラック先生に教わりたいんです! …ほら、その、スネイプ先生はお忙しいですし、ブラック先生にならいつでも質問に行けますから」

 

どこか言い訳がましく、慌ててハーマイオニーは言った。彼女のお尻から生えた猫の尻尾は、天を突くようにピンと立っている。

 

「そうですか。 確かにそれも一理ありますね。…では私はこれで」

 

レギュラスはくるりと踵を返し、保健室を出ていった。

 

ハーマイオニーは改めてレポートに目を通した。すると、最終ページにチョコレートがピンで1つ留められていた。流行に疎いハーマイオニーでも知っている、高級チョコレートだ。

レポートの羊皮紙からは、チョコレートのいい匂いと共に、彼のつけている香水のムスクの香りもした。

 

 

 

ハリーとロンがその日もハーマイオニーへのお見舞いついでにその日の課題を渡しに行った帰り、またしても3階の女子トイレは水が溢れていた。

 

ハリーはもろに水溜りに足を突っ込んでしまって、顔を顰めた。びっちょりだ。

 

「またマートル、癇癪起こしたのかな?」

 

「慰めてやれよ。 君、そういうの得意だろう」

 

「…勘弁してくれ。 さすがに守備範囲外だ」

 

こうして、ハリーは女子トイレの手洗い台の下で、『T.M.RIDDLE』と書かれた日記を見つけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シャルロットは狂いそうな焦燥感に襲われていた。

 

どうして、あの日記を手放してしまったのだろう。

 

もしかしたらあの日記のせいで、自分の体調はおかしいのだと疑った。そうしたら急にあの日記が不気味な物に見え、咄嗟にトイレに投げ捨てた。

 

しかし、それは間違っていたのだ。

自分には、あの日記がなくてはならないものなのだ。早く取り戻さなくては。でも、一体誰が持っている?

 

トムに会いたい。疑ったことを、早く謝らないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

厳しい冬は通り過ぎて、ホグワーツ城の周りの雪もきらきらと溶け始めた。

最近は襲撃された人もいなく、マンドレイクも順調に育っているということで、俄にホグワーツ城にも明るさが戻ってきた。

 

魔法史の課題のために図書館を訪れていたハリーの視界に、見慣れた金髪が飛び込んできた。

 

「シャル」

 

マダム・ピンスに怒られたら大変なので、ハリーは小声で呼びかけた。

シャルロットは本を抱えたまま、こちらを振り向いた。確かに少し顔色が悪い気がした。

 

「あら、ハリー。 久しぶりね」

 

「そうだな。 僕は今年もクリスマス休暇は学校に残ったからね。…大丈夫?ドラコが君のこと心配してたよ。 何か様子がおかしいって」

 

「いつのまにドラコと仲直りしたの?」

 

シャルロットが不審そうな顔をした。

 

未だにドラコとは仲直り出来ていないハリーは、ちょっと微妙な顔をした。

しかし、まさかゴイルに変身してドラコに話を聞いたとは言えないので、ハリーは適当に誤魔化すことにした。

 

「いや、してないんだけどさ…えっと、体調悪いならセブルスおじさんを訪ねたら? 何か薬くれるんじゃない?」

 

言ってからハリーはしまったと思った。去年の学期末から、シャルロットとセブルスとギクシャクしていることを失念していた。

ハリーの懸念通り、シャルロットの表情は曇った。

 

「娘の体調が悪くても放っておいて、いつも忙しい忙しいって言ってる割には、楽しく決闘クラブに勤しんでいる父親なんて知らないわ!」

 

「いや・・・多分セブルスおじさんはシャルの体調のこと知らないし、それに決闘クラブだって無理矢理手伝わされてるって感じだったよ・・・」

 

ハリーは精一杯セブルスをフォローしたが、シャルロットの顔はつんとしていた。

ハリーは話を変えることした。もっと大切な話があった。

 

「それより、シャル。 聞いてくれよ。秘密の部屋について、情報を掴んだんだ。 50年前、秘密の部屋を開けたのはハグリッドだったんだよ!」

 

ハリーは周囲に人がいないことを確認してから興奮気味に捲し立てた。

シャルロットは驚いたように、本をバラバラと取り落とした。

 

「まさか、ハグリッドが!?」

 

「そう。 秘密の部屋の怪物はね、ハグリッドのペットの大蜘蛛だったんだ」

 

あまりにも突飛な話にシャルロットは辟易したが、ハリーの顔は大真面目だ。

友達思いのハリーがここまで言うということは、それなりの根拠があるのだろう。

 

「その話、誰から聞いたの?」

 

ハリーはニヤッと笑った。

 

「トム・リドル。 今から50年前の人さ」

 

「なんですって!?」

 

シャルロットの顔色がさっと変わる。

しかし、そのシャルロットの驚愕の表情をハリーは別の解釈をしたようだった。

 

「ふふん。 今から50年も前の人にどう話を聞いたのか気になるだろう?」

 

ハリーは真っ赤な表紙をした日記をかばんから取り出した。一見何の変哲もない日記にしか見えない。

 

「この日記にね、文字を書き込むと返事が返ってくるんだ。 どんな構造か知らないけど。 それで50年前のこと、教えてくれたんだよ」

 

シャルロットは食い入るように、日記を見つめた。

 

「…シャル?」

 

様子がおかしいと思ったハリーは、シャルロットの肩を掴んで軽く揺すった。

ハッとしたシャルロットは、こめかみに手を当てて溜息をついた。

 

「嫌ね。…私、疲れてるみたい」

 

「そうみたいだね。 君もハーマイオニーも勉強のしすぎだ。 あまり酷いようなら、マダム・ポンフリーの元に行きなよ」

 

「ええ。 そうするわ」

 

シャルロットはぎごちなく笑みを浮かべてみせたが、その瞳はまるで沼のように濁って澱んでいた。

 

その後ハリーはシャルロットと他愛のない世間話をして、本来の目的だった課題のための本を借りて図書館を後にした。

 

そのまま大広間に向かい、ハーマイオニーとロンと合流すると、ハグリッドに秘密の部屋のことを尋ねるか話し合った。

しかし、とりあえず次に襲われた人がいたら考えようとの結論に至った。

 

その日の献立のミートパイをたらふく食べて寝室に戻ったハリーは、かばんを整理して・・・そして、日記がないことに気付いた。

 

「ロン! 日記がない。 どこかで落としたかも・・・」

 

ハリーは、隣りのベッドの寝支度をしているロンにすぐ言った。

 

「なんだって? 心当たりはないの?」

 

「図書館に行ったときはあったけど・・・その後かばんを椅子に置きっぱなしにして本探してたし・・・大広間で落としたかもしれないし・・・」

 

「別にいいんじゃないか? もともと拾ったものだし、知りたいことは知れたじゃないか」

 

もともと日記に懐疑的であったロンは、あっさりそう言った。

ハリーは自分でも何故こんなにあの日記に惹かれるのか分からなかったが、探す手立ても見つからないので諦めるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『よかったわ、トム! また貴方に会えて』

 

『・・・けいなことをしてくれましたね』

 

表れた文字は、すぐに消えてしまったので読めなかった。

 

『今なんて言ったのかしら? 消えるの早くて読めなかったわ』

 

『僕もまた貴方に会えて嬉しいと言ったのですよ。 シャル、貴方に聞きたいことがあります』

 

『何かしら?』

 

『前、ハーマイオニーという友達のことを話してくれましたね。 彼女はマグル出身で間違いないですか?』

 

『ええ、そうよ。 だから、狙われないといいんだけど。…ねえ、トム。 私、最近もしかしたら秘密の部屋を開けているのは私なんじゃないかって思う時があるの』

 

『どうして?』

 

『気がつくと3階の廊下にいたり、体に血がついてたり・・・おかしいでしょう?』

 

『・・・大丈夫ですよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後、寮対抗クィディッチ杯のグリフィンドール対ハッフルパフが行われることになっていた。

 

その日の朝食時に、「八つ裂きにしてやる・・・殺す・・・」とまたあの声が聞こえたハリーは飛び上がって驚いたが、やはりロンとハーマイオニーには何も聞こえていないようだった。しかし、ハーマイオニーは何か思いついたようで図書館に走り去って行った。

 

 

前回スリザリンに負け、殺気立っていたグリフィンドールチームはせかせかと競技場に向かった。

 

「いいか、今回のハッフルパフには絶対勝つぞ! これで負けたら、ニンバス2001をプレゼントしてくださったハリーのお父さんに合わす顔がない!」

 

ウッドが更衣室の中を歩き回りながら吠えた。

紅色のユニフォームと黄色のユニフォームを着た2チームが競技場に出た。両チーム、万雷の拍手で迎えられる。

スリザリン戦ほど殺気立ってはいないが、グリフィンドールはここで負けたら後がない。

 

ハリーは緊張を押し隠して、箒に跨ったその時。

 

試合が始まる寸前だというのに、ピッチの向こうからマグゴナガルがやってきた。マグゴナガルの顔色は真っ青だ。

 

「この試合は中止です」

 

マグゴナガルは押し合いへし合いで満員のスタジアムに向かって、メガフォンでそうアナウンスをした。当然、スタジアムから文句や非難の野次が飛び交う。

ウッドはまるで雷に打たれたような顔で、マグゴナガルに駆け寄った。

 

「全校生徒はそれぞれの談話室にすぐに戻りなさい! そこで寮監から詳しい説明があります!」

 

マクゴナガルはそこまで言うと、メガフォンを下ろした。そして、ハリーに向き直る。

 

「ブラック、貴方は私と来なさい」

 

ハリーはまた誰か襲われたんだと直感した。

しかし、自分は競技場に居たのだから、犯人にはなり得ないはずだ。

しかし、そんなことを言える雰囲気でもなかったのでハリーは黙って、マクゴナガルの後を着いて行った。途中で観客の群れから抜け出して、ロンが訝しげな顔でやってきた。しかし、マクゴナガルはロンが合流しても反対しなかった。

 

「ああ、ウィーズリー。 貴方も来なさい」

 

周りの生徒はクィディッチが中止になったことに文句を垂れながら城へと向かった。ハリーとロンもマクゴナガルに着いて、大理石の階段を上った。

 

連れて行かれたのは、保健室だった。

ハリーとロンは嫌な予感がしてお互いの顔を見合わせた。

 

「少しショックを受けるかもしれません。 今度は二人同時に襲われました」

 

マクゴナガルは、およそ普段の彼女らしくないほどの優しい声で2人を気遣うように言った。

 

ハリーは足元がクラクラした。

 

保健室には新たに2つのベッドが加えられていた。1つには、レイブンクローの女生徒が石になったまま寝かせられている。確か監督生だったと思う。見覚えがあった。

そして、もう1つのベッドには・・・。

 

「ハーマイオニー・・・」

 

ロンが呻いて、その場に膝をついた。

ハーマイオニーはまるで彫刻のように固まっていて、その瞳はまるでガラス玉のように大きく見開かれていた。

 

「2人は図書館の近くで発見されました。ブラック、ウィーズリー。これが何で2人の傍にあったか、説明できますか?」

 

マクゴナガルは、小さな丸い手鏡を手にしていた。

 

「それは…ハーマイオニーの持ち物です」

 

漸くハリーはそれだけ言った。

ハーマイオニーがよくその手鏡で髪型を直しているのを見たことがあった。

隣りでロンがそれを肯定するように頷いた。

 

「そうですか。 貴方たちのことは、私が談話室まで送りましょう。 どちらにしろ、生徒にこのことを伝えなければなりません」

 

マクゴナガルは疲れきったような重苦しい声でそう言った。

 

結果としてこの一件で、ハリーが継承者ではないかという疑いが晴れたのは何とも皮肉な話だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロン、もうハグリッドの所に行って詳しいことを聞こう」

 

ベッドで無言で横になっていたハリーは決心して、ロンにそう言った。

 

「僕もそう思ってた。 今度の犯人はハグリッドだとは思わないけど・・・でも、怪物を解き放したのが彼だとすれば、『秘密の部屋』に入る方法は知ってるはずだよね」

 

ロンも覚悟を決めたように立ち上がった。

ハリーはトランクの一番下に隠している透明マントを取り出した。

今こそ、このマントを使う時だ。

 

ハリーとロンは未だに談話室にいたネビルとシェーマス、ディーンがベッドに入り寝静まるのを待ってから、透明マントを被った。

 

暗いホグワーツ城では、先生や監督生、ゴーストたちが2人1組で見回りをしていた。

ハリーとロンは姿は見えないものの、物音は消してくれないし、ぶつかったらバレてしまう。

細心の注意を払って城を出たので、ハリーとロンはかなり時間がかかってしまった。

外に出てみると、校内の暗い雰囲気とは対照的に星の明るいいい夜だった。

小屋のすぐ前で、透明マントを取ると大きな扉をノックした。

ハグリッドはすぐ扉を開けたが、何故か大きな石弓を2人に向けていた。

 

「うわっ!」

 

ハリーが驚くと、すぐにハグリッドは武器を下ろした。

 

「なんだ、おまえらか。 こんなところで何しとる?」

 

ハグリッドはまじまじと2人を眺め、取り敢えず部屋に招き入れた。

 

ハグリッドの様子はおかしかった。まず、こんな危ない時に2人が訪ねてきたことに対して何も咎めなかったし、紅茶を淹れようとしてティーバッグを入れ忘れたりしていた。終いには、ポットを取り落として粉々に割ってしまったので、とうとうロンが口を開いた。

 

「ハグリッド、大丈夫?」

 

その時、突然戸を叩く大きな音がした。

ハリーとロンはパニックになり、慌てて透明マントを被って部屋の隅に引っ込んだ。

 

ハグリッドは石弓を構えたまま、戸を開けた。

そこには、アルバス・ダンブルドアとルシウス・マルフォイが立っていた。

 

「ルシウスおじさん・・・」

 

小さい声でそう呟いたハリーの横で、ロンは敵意の篭った目を向けた。

 

「こんばんは、ハグリッド。 武器をおろすのじゃ」

 

ルシウスに石弓を向けるハグリッドを見て、ダンブルドアは穏やかな声で諭した。

 

「しかし…ダンブルドア先生…」

 

「威勢がいいね。 しかし、そのような態度は君の立場をさらに悪くするが?」

 

ルシウスは黒く長い旅行用のマントを身にまとって、冷たくほくそ笑んだ。

 

「俺は…無実だ」

 

漸くハグリッドはそう言った。その声はあまりにも哀れっぽかったが、残念ながらルシウスの同情を引けなかった。

 

「君には不利な前科がある。 すぐにアズカバンに送られるだろう。 そして、ダンブルドア。 先ほども申し上げましたが、誠に残念なことに(・・・・・・・・)ね。 ここに12人の理事が署名した『停職命令』がある。とうとう退く時が来たようですな」

 

ルシウスは底意地の悪い笑みを浮かべた

 

「ルシウス、ハグリッドをアズカバンに送っても何も変わらんよ。 無論、儂も理事たちが望むならもちろん退陣しよう」

 

ダンブルドアは青い瞳を燃え上がらせながら、言葉を続けた。

 

「しかし、覚えておくがよい。 儂が本当にこの学校を離れるのは、儂に忠実な者がここに1人もいなくなった時じゃ。 ホグワーツでは助けを求める者に、必ずそれが与えられる」

 

ダンブルドアはほんの一瞬だけ、ハリーとロンの居るところを見た。ハリーは一瞬だけドキリとした。彼は透明マントのことなどお見通しなのだろう。

 

「あっぱれなご心境で。 まもなく魔法大臣がこちらに来るだろう。 彼と待ち合わせをしているのでね」

 

ルシウスが鼻で笑った。

そして、再び戸が叩かれた。

 

「おお、噂をしたら来たようだな」

 

ルシウスは上機嫌で扉を開けて、苦虫を噛み潰したような顔をした。

 

そこには、縦縞の妙なスーツに山高帽を被った男、コーネリウス・ファッジ魔法大臣がいた。日刊予言者新聞ではよく見るが、ハリーも実物を見たのは初めてだった。

そして、驚くことにその隣りには黒いローブを羽織ったシリウス・ブラックがいた。

 

「パパ…!?」

 

思わずハリーは小さい声でそう言った。慌ててロンが、ハリーを小突く。

今やそんなに広くないハグリッドの家は満員だ。

 

「これはこれは。 魔法大臣と・・・闇祓い局の局長まで」

 

ルシウスはどうにかそれだけ言った。シリウスが来るのは予想外だったらしい。

 

「やあ、マルフォイ。 ハグリッドをアズカバンに収監するとか…妙な噂を聞いたんでね」

 

シリウスは飄々とした表情で、ルシウスに挨拶をするよう手を上げた。

 

「はて? 噂とは聞き捨てなりませんな。 彼には前科がある。 アズカバンに収監するのは当然かと」

 

「今回のことに関して、ハグリッドがやったという証拠は? 無実の者をアズカバンに送っては、魔法省の威信に関わる。 魔法大臣と会議を重ねた結果、闇祓いを1人ハグリッドの見張りとして立てることにした。 それでハグリッドの証拠を掴めたなら…マルフォイ、君の望み通りハグリッドをアズカバンに送ろう」

 

シリウスはこれ以上なく穏やかに言い返した。

 

「アー…すまないね。 ルシウス、もうこれは決まったことなんだ」

 

両者の勢いに押され、ファッジは少し小さくなっている。

 

「それじゃあ…俺はアズカバンに行かなくてもいいんか?」

 

ハグリッドは声をぶるぶる震わせてそう言った。

 

「そうだよ、ハグリッド」

 

シリウスは足元にじゃれついてきたボアーハウンド犬のファングを構いながら、ニッコリと笑った。彼の上質そうなローブはファングの涎でベトベトだが、シリウスは構うことなく耳の後ろをカリカリと掻いてやっていた。

 

「…なるほど」

 

ルシウスの青白い顔は、湧き上がる怒りのために赤みが差している。

 

「しかし、ダンブルドアの退陣は止められないはずですな? ホグワーツの校長の任命権も停職命令も、全て私たち(理事会)が握っている」

 

「それは…如何にも」

 

今度はシリウスが顔を顰めて、渋々頷いた。

 

「それでおまえは何人を脅したんだ。 え?」

 

ハグリッドはルシウスに向かって唸った。しかし、ルシウスは相手にせず小屋の扉に向かって歩いた。

ルシウスはシリウスとすれ違った際、彼にしか聞こえないよう囁いた。

 

「君とは、お互い愛する息子のためにも良い関係を築きたいと思ったんだがね」

 

「俺もそう思ってるよ。 ただ友人がアズカバンに送られそうになっているのを、指を咥えて見てられるほど薄情でないんだ」

 

「はっ! 半巨人の友達か。 ブラック家も素晴らしいご友人をお持ちのようだ」

 

ルシウスはそう嘲ると、今度こそダンブルドアとファッジと共に家を出て行った。

 

部屋には、ハグリッドとシリウス…そして隠れているハリーとロンだけが残された。

 

「ありがとう…ありがとうな、シリウス」

 

ハグリッドは溢れる涙をピンクのハンカチでガシガシ拭いた。

 

「だ、だが…ダンブルドアが居なくなったらホグワーツはおしまいだ…」

 

ハグリッドはしゃくり上げた。

 

ハリーが透明マントを脱ぎ捨て父親の前に姿を現そうか迷っていると、シリウスが口を開いた。

 

「俺たちはハグリッドがやったなんてこれっぽっちも思ってないぜ。 明日から闇祓いが1人見張りにつく。 鬱陶しいと思うが我慢してくれな」

 

それだけ言うと、シリウスは懐かしそうに小屋を見回して家を出て行った。

 

ハリーとロンは少し気まずい思いで、透明マントを脱ぎ捨てた。

そして、未だ泣いてるハグリッドの肩をぽんぽんと叩く。

 

そして、ハリーは言葉を選びながら慎重に口を開いた。

 

「ねえ、ハグリッド。 ハーマイオニーが襲われたのは知っているだろう? 僕たちにも、ハグリッドの知ってることを教えてほしいんだ」

 

ハグリッドはピンク色のハンカチで鼻をちーんとかみながら頷いた。

 

 




ハグリッド、アズカバン回避!よかったね!!



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秘密の部屋

漸く落ち着いたハグリッドは割ってしまったポットを片付けると、新しくお茶を入れ直した。ハグリッドの用意してくれるマグカップは大きく、ゆうに2.3杯分はある。

ハリーとロンはいつもの椅子に座った。ハグリッドが作ったというその無骨な木の椅子はいつも通りに彼らの腰を包む。しかし、ハーマイオニーの分の椅子が空いてるのが寂しくて落ち着かない。

 

「…それで何が聞きたいんだっけか?」

 

「秘密の部屋について、ハグリッドの知ってることを教えて」

 

ハリーが直球でそう切り出すと、ハグリッドは少し逡巡しながらも口を開いた。

 

「俺がホグワーツにいたとき…まあ俺はおまえさんたちと同じグリフィンドールだったんだが…秘密の部屋は開けられた」

 

ハリーとロンは同時に息を飲んだ。

 

「当時も今みたいに大騒ぎだった。 生徒たちはみーんな怯えとった」

 

ハグリッドは1度そこで言葉を切った。

その頃を思い出しているのだろう。遠い目をしていた。

 

「俺が…ちぃーっとばかり動物が好きなのは、おまえらも知ってるだろう?」

 

「そうだね。 ちぃーっとばかりね」

 

ノーバートの1件でえらい目にあったハリーとロンはちょっと苦い顔をした。

 

「その時、俺はちょうどアクロマンチュラを飼ってた。 アラゴグっちゅう名前だ。 俺は地下牢で隠れてそいつを飼ってたが、ある日スリザリンの監督生に見つかっちまったんだ。 そんで、アラゴグが秘密の部屋の怪物だと決めつけられた。…けどな、誓って俺もアラゴグも秘密の部屋とは関係ねえ!」

 

気が昂ったのか、ハグリッドはマグカップをドンとテーブルに置いた。小屋が少し揺れて、ロンの顔に溢れたお茶が降りかかった。

 

「じゃあ、犯人は誰だったの?」

 

ハリーは急いで訊いた。

 

「知らん。 だが、その時レイブンクロー…だったか。 マグル出身の女生徒が襲われてトイレで死んだ。それで、俺は…アー…退学になったんだ」

 

ハグリッドはやけっぱちのように、お茶をガブリと飲んだ。

 

「それでもダンブルドア先生だけは俺を信じてくださった。 それで俺に森の番人の仕事を与えてくれたんだ」

 

「じゃあ、トム・リドルは犯人を間違えたんだね?」

 

ハリーがそう言うと、ハグリッドは驚いたようだ。

 

「なぜおまえがリドルのことを知っちょる? …ああ、あいつはスリザリンの監督生で俺が怪しい生き物を飼っていることを疑ってた。 だが、俺もアラゴグも秘密の部屋とは本当に無関係だ」

 

ハリーは、アクロマンチュラがどのような蜘蛛か知らなかったが、怪物と間違えられたくらいなら余程恐ろしいものなのだろうと思った。

ハグリッドが秘密の部屋を開けた冤罪をかけられたのは可哀想だが、ノーバートの1件で懲りていたハリーはトム・リドルに対しての怒りは差程湧かなかった。

 

「リドル…か。 スリザリンの監督生だっていうから、有名な名家かと思ったけど聞いたことないんだよね」

 

ブラック家としてそこそこに純血の名家を知っているハリーは首を傾げた。

 

「そのアラゴグは今どうしてるの?」

 

ロンが訊いた。

 

「禁じられた森で暮らしとる。 俺の大事な親友だ。…よかったら、今から会いに行くか?」

 

2人は丁重にお断りして、再び透明マントを被りベッドへと向かった。

 

 

 

 

ベッドに四肢を放り投げながら、ハリーは失望の色を隠せなかった。

そして、少し自己嫌悪した。ドラコを騙したり、ハグリッドを疑ったり、自分は大切な友達に何をしているのだろう。

 

結局ハグリッドは、秘密の部屋とは何の関係もなかったのだ。

 

無論今回の事件はハグリッドは関係ないと思っていたものの、過去秘密の部屋を開けたのはハグリッドだとハリーとロンは信じていたので、何ともバツの悪い気持ちだった。

 

これでもう手がかりは何もない。

万事休す。そんな言葉が頭をよぎった。

 

とろとろと眠くなりかけた時、突然ハリーはあることを閃いた。

 

「ロン!」

 

ロンは蹴り飛ばされた犬のような声をあげて、寝ぼけ眼で起き上がった。

 

「ロン。 ハグリッドは、前回死んだ女の子は、トイレで死んだって言ってた。 もし、その子がまだそこにいるとしたら?」

 

ハリーの声は興奮で上擦った。

ロンは目をゴシゴシ擦りながら、眉根を寄せた。

 

「もしかして…まさか嘆きのマートル?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深夜。

興奮したハリーとロンですら、すやすやと寝息を立てだした頃。

 

保健室の扉が開けられた。

レギュラス・ブラックは無表情で薬品くさい保健室に足を踏み入れると、ハーマイオニーの横たわるベッドへと向かった。

 

レギュラスは困惑していた。

自分は純血主義だ。闇の帝王の配下だった頃--彼を盲信していた頃--は、マグルは皆滅ぶべき下等生物だと考えていた。杖も振れない奴らに何の価値もないと本気で思っていた。

やがて闇の帝王が消え、教員として働く上で、マグル生まれと関わる機会は増えた。最初こそ戸惑いはしたし、自分の思想が僅かに和らいだ自覚はある。それでも、根っこは変わっていないはずだった。

 

そもそも、グリフィンドールの…ましてマグル生まれの生徒にこんなに懐かれたのは初めてだった。

 

最初は鬱陶しいだけだった。

憎き兄の養子ハリーと仲のいい"穢れた血"。

何かを企んでいるのかとすら思った。

 

しかしいくら疑わしいレギュラスでも、毎時間質問に来て熱心に話を聞くハーマイオニーに他意がないことはすぐに分かった。

ハーマイオニーの意見は鋭く、真剣に勉学に励んでいるのは一目瞭然だった。

褐色の瞳はどこまでも素直で混じり気がなく、真っ直ぐ自分を見つめてくるそれに何度もレギュラスはたじろいでしまった。--今まであまり触れてこなかった感情だった。

 

ふと知性に貪欲な彼女が、どうしてレイブンクローではなくグリフィンドールになったのか気になった。

 

いや、彼女の向上心や野心を見るとスリザリンでもきっと--。そうしたら、こんな目に遭わなかったのでは。

 

そこまで考えて、レギュラスは緩やかに首を振った。

疲れているのだろうか。自分は何を考えているのか。

 

彼女は、過去の自分が憎み排他すべきだと考えていた"穢れた血"のはずじゃないか。

 

それなのに、それなのに何故こんな胸がざわつくのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさかマートルが襲われた女の子だったなんて…僕たち冬の間ずっとあそこにいたんだぜ?」

 

ロンは朝ご飯のアップルパイを齧りながら、改めて溜息をついた。

 

「ああ。あの時に聞けてたらなあ。 今じゃもう…」

 

ハリーはピリピリとしている教師席をチラリと盗み見た。

 

再び2人のマグル生まれの生徒が襲われたことで、学校は騒然となってしまった。

そのうえダンブルドアが不在となり、不安はまるでウイルスのように広まり、今や授業の移動にも教師の護衛がついているのだ。

 

 

そんなことをヒソヒソと話すハリーたちとは反対側に位置する、スリザリンのテーブル席。

 

自身のプライドや意地が邪魔をして、ついぞハーマイオニーに謝るきっかけが掴めぬまま彼女が石になってしまったドラコは苦い顔で紅茶を胃に流し込んだ。

 

継承者は一体誰なのだろう。

普通に考えてスリザリンに居る可能性は高いものの、思い当たる人物はいなかった。

そして、ドラコの心配事は秘密の部屋のことも勿論だが、目下は隣りに座る幼馴染だった。

 

シャルロットの手から、ポトリとアップルパイが滑り落ちた。テーブルにリンゴがビチャリと跳ねる。

それでも尚シャルロットは上の空で、宙をぼんやり眺めている。

 

「…大丈夫か?」

 

ドラコは杖を振ると、覚えたての魔法でテーブルを綺麗にした。そしてナプキンを渡して、手についた汚れを拭わせる。

 

「シャル、今日という今日は絶対に保健室に行ってもらうぞ」

 

シャルロットの顔は人形のように白かった。目には隈ができ、座っているというのにフラフラしている。

 

「…ええ。 そうするわ」

 

「間違いなく行けよ? 僕から1時間目のビンズ先生に伝えておくから。…というか、着いて行こうか?」

 

ドラコがシャルロットの肩を支えるように体を寄せる。が、シャルロットはその手をするりと拒絶した。

 

「大丈夫よ。 それより、私の分のノートも取っておいてね」

 

シャルロットがぎごちなく笑ってみせる。こんな時にまで勉強の心配かと、ドラコは苦笑いを返した。

そして、ふと首を傾げた。

 

シャルロットの瞳の色は、こんなに赤かったかと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日後。

 

マグゴナガルの口から、マンドレイクが収穫できそうだと発表された。石にされた生徒が元に戻るので、皆はお祭り状態だった。

 

ハリーとロンは、授業の合間になるべくハーマイオニーのお見舞いに行った。しかし、今や生徒の移動には必ず教師がつくので頻繁には行けなかった。

 

その日も久しぶりに保健室にお見舞いに行くと、ベッド脇の小机に小さな包みが置いてあった。魔法界で有名店の高級チョコだ。

ハーマイオニーの友達はそんなに多くない。このチョコを持って来たのは誰だと思うか、ロンがハリーに聞こうとしたその時。

 

「ロン、これを見ろ!」

 

ハーマイオニーの握りしめていた手の中には、秘密の部屋の怪物の正体があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

すぐ誰か教師に伝えようとしたハリーとロンだったが、それより前に廊下に魔法で拡大されたマグゴナガルの声が響き渡った。

 

内容は生徒は皆寮に帰り、教師は職員室へ集まれとのことだった。

 

「また誰か襲われたんだ…」

 

絶望的な声色でロンは言った。

 

「取り敢えず、職員室に行こう!」

 

ハリーはロンの腕を引っ張って走り出した。

 

職員室に着くと、中から話し声が聞こえたのでハリーとロンは耳を壁につけた。

 

「…全校生徒を帰宅させなければ。 ホグワーツはもう終わりです」

 

マクゴナガルはわなわなと震える声で言った。ハリーは、マクゴナガルのこんな声を初めて聞いた。

 

「とうとう生徒が秘密の部屋に連れ去られたのですね」

 

フリットウィックの啜り泣きが聞こえる。

 

「ミネルバ、一体誰が襲われたのです?」

 

今度はスプラウトの声だ。

ハリーとロンは思わず緊張して互いの顔を見つめると、さらに強く壁に耳を押し当てた。

 

「プリンスです。 スリザリン生のシャルロット・プリンス」

 

ハリーは思わず脱力してその場に膝をついた。

 

「プリンス…。 あの学年2番の。 しかし、彼女はスリザリン生です。 マグル生まれではないはずです」

 

フリットウィックは慎重に言葉を選びながらキーキーと言った。

 

「レギュラス、すぐにセブルスに連絡を」

 

「もう出してあります。 すぐに彼も来るでしょう」

 

レギュラスが苛ついたように言った。こんな余裕のないレギュラスも見たことがない。

今日に限ってセブルスはホグワーツに不在のようだ。

 

「か、彼女がスリザリンの継承者なのでは!?」

 

「滅多なことを言うものではありません、ポモーナ!」

 

マクゴナガルの厳しい声が、壁を通して聞こえた。

 

ハリーとロンのいる反対側の扉が開く音がした。

 

「つい、ウトウトと…おや、どうしました?」

 

この場にそぐわない呑気な声。ロックハートだ。

壁1枚越しでも、向こうの空気が凍りついているのが分かった。

 

「どうやら適任者が来たようですね」

 

レギュラスの声はどこまでも冷たく尖っていた。

 

「はて? 適任者とは?」

 

「とぼけるおつもりですか。 秘密の部屋に女子生徒が連れ去られました。 貴方は確か…とっくに秘密の部屋の居場所をわかっておいでとか?」

 

「い、いやその…」

 

「それではギルデロイ。 あなたに全てお任せしましょう。 伝説的な、あなたの力にね」

 

マクゴナガルはとっととこの男を追い出したがっているようで、鬱陶しそうにそう言った。

 

「え、ええ。 もちろんですとも。 すぐ部屋に戻って支度を」

 

ロックハートがどうにかそれだけ言うのを、ハリーは聞いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グリフィンドールの談話室は静まり返っていた。

スリザリンの生徒で、おまけに世間から純血名家だと思われている娘が連れ去られたということで、最早純血の生徒でさえも怯えていない者は居なかった。

 

ちなみにスリザリンの他の生徒たちは、両親の話を殆どしないシャルロットのことを実は『穢れた血』なのではないかと噂話をしているらしい。彼女こそスリザリンの継承者なのではと言い出す者もいたが、シャルロットがハリー達グリフィンドール生と仲がいいことは周知の事実なので、前者の噂の方が広まっていた。

 

グリフィンドールの殆どの生徒は、ハリーとシャルロットが懇意であったことを知っているので、そっとしておいてくれているのがせめてもの救いだった。

 

ハリーはロンと相談して、セブルスが学校に着いたらすぐにバジリスクの話や秘密の部屋の場所の仮説を話しに行こうと思っていた。

 

ハリーはそわそわと談話室を歩き回っていた。談話室内を10往復ほどしたところで、漸くロンが口を開いた。

 

「気持ちは分かるけど落ち着けよ。 こっちまでおかしくなる」

 

「…ごめん」

 

ハリーはがっくりと椅子に座った。

ドラコに会いたかった。彼もまた落ち込んでいるはずだから。

 

「そうだ! ロックハートに秘密の部屋のことを話しに行こうか?」

 

ロンがそう提案した。

 

正直ハリーはロックハートが役に立つとは思えなかった。しかし、今は何でもいいから出来ることをしたかったので、ハリーは頷いた。

 

2人はすぐに談話室を飛び出ると、闇の魔術に対する防衛術の教授室に向かって駆けていった。

ノックもせずに部屋に入ると・・・部屋は片付けられて閑散としていた。部屋中に貼ってあったロックハートの写真もない。

部屋の真ん中には大きなトランクに荷物をしまい込みながら、気まずそうな顔をしたロックハートがいた。

 

「ロックハート先生、どこかへ行かれるのですか?」

 

予想外の部屋の様子に、ロンは呆然としつつそう聞いた。

 

「あー…あのちょっとね。 うん、スリザリンの女生徒のことは実に残念だ」

 

ロックハートは2人と目すら合わせずに、荷物をまとめながらせかせかと部屋の中を歩き回った。

 

「そんな! 先生はあの本の中であんなに勇敢だったのに…!」

 

「書いてあることが真実とは限らない。 そう、それを誰が成し遂げたかもね」

 

含みのある言い方に、ハリーはピンときた。

 

「あなたは人の手柄を横取りしたのか!」

 

「…考えてもみなさい、ハリー。 私だから本は売れたのです」

 

ロックハートはそう言って、最後のローブをトランクにしまい込んだ。そして、こちらにくるりと向き直る。

 

「さて…君たちの記憶を消さなければいけな」

 

「「エクスペリアームス(武器よ 去れ)!」」

 

ロックハートが何か言い終わる前に、ハリーとロンは同時に武装解除呪文を掛けた。

ロックハートは杖をもぎ取られ、無様にひっくり返る。

 

「決闘クラブなんて開催したのが間違いでしたね」

 

ハリーは冷たく言い放った。

ハリーとロンはロックハートを追い立てるように背中に杖をぴったりと当て、部屋を出た。そして、1番近い階段を上がって嘆きのマートルのいるトイレに着く。

 

話を聞くと、やはりマートルはバジリスクにより殺されたらしかった。

マートルはハリーがお気に入りのようで、あれこれと話してくれた。

 

「なるほど。 じゃあマートル、君がその黄色い目玉を見つけたのはどのへん?」

 

マートルは考え込むように、腕を組んだ。

 

「そうね。 確か、あのあたり」

 

マートルが透き通った指で指し示したのは、小部屋の隣りにある手洗い場だった。

2人は隅々まで調べた。すると、銅製の蛇口に引っかいたような蛇の彫刻があった。

 

「開け」

 

ハリーは本能のまま、そう言った。口から漏れたのはシューシューという奇妙な音だった。

次の瞬間、手洗い台が回り始めて沈み出す。やがて剥き出しのパイプが姿を現した。

 

「これが、秘密の部屋の入り口」

 

ロンが隣りで呟いた。

 

「もうセブルスおじさんも着いたはずだ! このことを知らせよう!」

 

「それでは…私はお役御免ということでよろしいかな?」

 

ロックハートが弱々しい笑みを浮かべた。

 

「まさか。 貴方は教師でしょう。 先にこの中に入って調べてください。 シャルの命がかかってるんだ」

 

「ねえ、冗談でしょう。 ブラック、君の骨を抜き取ったのは悪いことをしました。しかし・・・」

 

「ああ、もう早く入れよ」

 

ロンがロックハートを小突いた。

 

「うわああああああ!」

 

ロックハートはぐらりとバランスを崩し、咄嗟にロンを掴む。ロンを助けるために手を伸ばしたハリーはそのまま巻き添えをくらい…暗い穴の中を3人は滑り落ちて行った。

 

真っ黒な滑り台はどこまでも続くかのように思えた。きっと地下牢のずっとずっと下に続いているのだろう。

突然終わりは来た。ドスンと音を立てて自分の体は投げ出され、鈍い痛みが体に広がる。

 

「湖の下かな、ここ」

 

ロンは体を擦りながら立ち上がった。全身ヌルヌルしている。

 

ルーモス(光よ)!」

 

ハリーが唱えると、トンネルの中に眩い光が満ちる。

ロックハートが間抜けな悲鳴を上げた。

目の前に、鮮やかな緑色の蛇の抜け殻が横たわっている。まだテラテラと光っていて新しそうだった。

 

「なんてこった」

 

ロンが呻く。

 

「優に6メートルはあるな…。 勘弁してくれ」

 

ロックハートは完全に腰を抜かしていた。

 

「おい、立てよ」

 

ロンが杖を向け、きつく言った。

すると、突然ロックハートはロンに殴りかかり杖を奪った。

 

「ロン!」

 

ハリーは何とかしようとしたが間に合わない。ロックハートは荒い息をしながら、立ち上がる。

 

「さあ、君たち! お遊びはここまでだ! 記憶に別れを告げなさい!」

 

ロックハートは勝ち誇ったように笑った。ゆらりと、自分に杖を向ける。

 

その時、先程ハリー達が通ってきたパイプの中をヒューッと誰かが降る音が聞こえた。

セブルスだろうか?いや、しかし自分たちがここに来たのは誰も知らないはずだ。

 

幸いにも、興奮したロックハートはそれに気付いていないようだった。

 

オブリビエイ(忘れ)・・・」

 

エクスペリアームス(武器よ 去れ)!」

 

突如パイプの中から現れた人物は、そう叫んだ。声変わり前特有のちょっと甲高い声だ。

不意をつかれたロックハートの手から杖は失われ、衝撃でロックハートも壁に吹き飛んだ。

 

助けに現れた人物は、間に合ったことにほっとしながら杖を下げた。いつも綺麗に着こなしているローブも、緑と銀のネクタイも、美しいブロンド髪も、何もかもが泥でぐちゃぐちゃだ。

 

「ド、ドラコ!」

 

「無事だったか、ハリー…と、ウィーズリー」

 

息を切らせたドラコ・マルフォイが、ハリーとロンに近寄ろうとしたその時。

 

「危ない!」

 

ロンが短く叫んだ。

トンネル内が揺れている。先程の武装解除呪文の衝撃で、トンネルの天井が崩れた。大きな石の塊がボコボコと落ちてきた。

やがてトンネルの真ん中を仕切るように、石は積もった。

 

「ローン! ドラコ! 無事か!」

 

「ああ、僕はここだ」

 

ロンはすぐ隣りにいた。しかし、ドラコがいない。

 

ハリーは顔を青ざめて、狂ったように素手で石をどかした。

 

「ドラコ! ドラコ!!」

 

「大丈夫だよ、ハリー! 僕は無事だ!」

 

降り積もった岩の隙間から、ドラコのグレーの瞳が見えた。どうやらこの岩の壁の向こう側に居るらしい。

 

「ごめん。 僕が武装解除したばっかりに」

 

「何言ってんだ! 君が来てくれなきゃ、僕とロンは今頃廃人だよ! …あ、ロックハートは無事?」

 

ハリーは今思い出したとばかりに付け足した。

 

「のびてるけど、一応なんとかね」

 

「どうして君がここに?」

 

少しだけ気まずい沈黙が流れた。

ハーマイオニーの『穢れた血』の一件から、ドラコとまともに話すのは初めてだった。

 

「シャルが拐われて…何かしたい一心で校内を彷徨いていたら、ロックハートと君とウィーズリーがトイレに入るのを見つけたんだ。 それで、セブルスおじ様がちょうど着いたから、このことを伝えてから君のあとを追ったんだよ。 セブルスおじ様、すぐ準備をして向かうって」

 

「セブルスおじさんに伝えてくれたんだね! 助かったよ」

 

「おまえを許したわけじゃないけど…今度ばかりは助かったぜ、マルフォイ」

 

岩の向こう側でドラコは少しムッとしたようだが、何も言わなかった。

 

「ドラコ、シャルのことが心配だ。 僕はロンと共にこの先を進むよ。 ロックハートを頼む」

 

覚悟を決めたようにハリーが言う。

ドラコもハリーがそう言うのは予測していたらしい。心配そうに頷いた。

 

「わかった。 シャルを頼む、何としてでも助けてくれ! 気をつけろよな。…ウィーズリーも」

 

「さっきから付け足しみたいに言うなよ、陰険マルフォイ」

 

「ふん。金がないと心も狭くなるらしいな、貧乏ウィーズリー」

 

ハリーは、壁越しだというのに今にも喧嘩を始めそうなロンの首根っこを掴むと先に進んだ。

 

背後からドラコの何とか岩をどかそうしてる音が聞こえた。…そして、僅かに彼の嗚咽も。

 

もしかしたら、シャルロットはもう--。

 

どうしても頭をもたげる暗い考えを押し込めて、ハリー達は進んだ。

何度も何度もくねくねとしたトンネルを曲がった。隣りにロンが居るとはいえ、ハリーは度々恐怖で押し潰されそうになった。

 

やがて2体の蛇の彫刻が施された壁に行き着いた。蛇の目には大きな赤いルビーが禍々しい光を放っている。

 

「開け」

 

今度は躊躇うことなくハリーは蛇語でそう言った。

 

壁はハリーの声に反応して2つに分かれ、みるみるうちに引っ込んで新たな道ができた。

 

ハリーとロンはお互いの目を見つめて、覚悟が決まっているのが分かると、部屋に足を踏み入れた。

 

部屋には、血の気が失せたままぐったりと横たわったシャルロットと。

 

トム・リドルが待っていた。

 




ト、トム・リドル!?彼は一体何者なんだ!!


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リドルとの戦い

 

「シャル!」

 

ハリーの頭の中では何故ここにトム・リドルが居るとかいう疑問より、幼馴染の安否の方が勝った。ハリーは青ざめた顔で、シャルロットの元に駆け寄り膝をついた。

 

「死なないで! シャル! 目を覚ましてよ!!」

 

ハリーがシャルロットの体を揺する。彼女の体は冷たく、ぐったりとしている。しかし、心音が聞こえてきたのでハリーは少し安心した。彼女はまだ生きているようだ。

 

「お、おまえがスリザリンの継承者だな?」

 

ロンは、緑と銀のネクタイを締めたリドルに杖を向けた。ロンの手は震えていた。

リドルはそんな様子のロンを、能面のような無表情さで見つめている。

 

「違うよ、ロン。 その人が僕が日記であったトム・リドルだ。 でも、どうしてあなたがここに? あなたはゴーストなの?」

 

ハリーが訊くと、リドルは端正な顔を崩さずにクスッと笑った。そして、ぞっとするような冷たい表情を浮かべた。

 

「いいや、ハリー。 この少年が言っていることは正しいよ。 …僕がスリザリンの継承者だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

随分、昔の夢を見ていた。

 

その夢の中で、シャルロットは赤ん坊だった。

しかし視点は赤ん坊の自分としてではなく、映画のワンシーンを見るかのように俯瞰的にそれを眺めていた。

 

赤ん坊の頃の記憶なんて残ってるわけないから、きっとこれは魔法により見せられたものなのだろう。

夢心地の中でシャルロットはそれに気付いていた。

 

舞台はプリンス家だった。

しかし、今よりもずっと綺麗だ。レイチェルの趣味なのか、辺りにはカラフルな家具がたくさん置かれていて、今のプリンス家の重苦しい家の雰囲気を打ち消していた。

窓からは美しい花々がこれでもかというくらい花壇に咲き誇っている。

 

「ああ、可愛い可愛いあたしのシャルロット」

 

シャルロットの母--レイチェル・プリンスは心底愛おしげにそう言って、赤ん坊を抱きしめた。赤ん坊はキャッキャと笑い、母親に頬擦りをする。

その隣りでセブルスも微笑みながら、シャルロットの伸びたばかりの金色の髪を撫でた。セブルスは今よりずっと若々しくて素敵だった。

今みたいに仕事に追われていないようで、髪はブラシが通っているようでサラサラとしていた。魔法薬研究用の真っ黒な蝙蝠のような格好ではなく、オリーブ色の洒落たローブをばっちり着こなしている。

幸せそうに微笑み合うレイチェルとセブルスの背後には、ダリアとエルヴィスも居た。

 

 

「どうだ? 素敵な夢だろう」

 

 

いつの間にか現れていたトム・リドルが、シャルロットの肩に手を置いた。

 

「ええ。 とっても」

 

シャルロットは恍惚とその光景に見惚れて、頷いた。

母は植物状態なんかではなく健在で、父も若々しくて自分を構ってくれて、祖父も生きている。

 

「僕に体を明け渡してくれれば、君はこの夢の中で永遠に暮らせる」

 

トムの言葉はどごまでも甘美で麻薬のようだった。シャルロットの心はトムの作り出した幻影に絡めとられる。

 

シャルロットは幸せな夢に、手を伸ばした。

 

「祖父にマグルの血が入ってるのが頂けないが、プリンス家は由緒ある純血だ。 僕の復活の礎となることにスリザリン生として誇りに思え」

 

トム・リドルは最早本性を隠そうとせず残忍に笑った。

 

シャルロットの指がまさに夢の中のセブルスに触れようとしたその時。

 

体に鮮烈な痛みが走った。

それは夢なんかではない、もっと…リアルな痛みだ。

 

目の前の幸せな夢は陽炎のようにゆらりと消えた。

 

「ちっ…邪魔が入ったか。 まあいい。 この女の体は、ハリー・ポッターを倒した後にいくらでも奪える」

 

ハリー?

トムは何の話をしているのだろうか。

 

体中に鈍い痛みを感じながら、シャルロットは目を覚ました。

辺りは濛濛とした砂煙が立ち込めている。何か爆発が起きたようで、足に壁の一部であったのだろう石が落ちていた。先程感じた痛みはこれだろう。

 

記憶が混濁していた。

ここはどこだろう。

蛇の彫像に囲まれた、石造りの大きな部屋だった。地下だろうか。

 

砂煙が晴れた。

 

部屋の入口には粉々になった扉の石と共に、怒りで顔を歪ませたセブルスが立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

時は少し前に遡る。

 

フォークスの出現によってバジリスクは盲目と化し、剣も手に入れた。

 

しかし、ハリーとロンにはそれでも目の前のこの大蛇を倒せるとは思わなかった。

 

ハリーの杖は油断していた時にトムに取られてしまったので、杖はロンしか持っていない。しかし2年生の扱える呪文などたかが知れていた。

ハリーはがむしゃらに剣を振るい、ロンもバジリスクの興味を逸らそうと思いつく限りの呪文を放った。

 

インセンディオ(炎よ)インセンディオ(炎よ)!…クソッ、ハリーに近付くなよ。 この化け物め!」

 

ロンの杖から放たれた炎は、バジリスクの硬い鱗に阻まれ虚しく消えた。しかし、バジリスクは鬱陶しそうにロンの方に鎌首をもたげた。

 

「赤毛の子どもは放っておけ! もう1人の子どもを殺すんだ! 匂いを辿れ!」

 

リドルはシューシューと蛇語で命じた。

バジリスクはぬめりとした体を翻して、ハリーを追った。バジリスクは狂ったように体をハリーに打ち付けようとする。

ハリーは剣を何とか振り回すが、自分には重たく上手く扱えない。

 

とうとうバジリスクがハリーの体を捕らえた。

 

「駄目だ! ハリー、逃げろ!!」

 

ロンが悲痛な声を上げた。

目の前のバジリスクは今にもハリーを食らおうと、がばりと赤黒い大口を開けた。

ハリーは覚悟を決めて、目をぎゅっと瞑る。

 

その瞬間、辺りを劈くような強烈な爆発音と衝撃が部屋を襲った。

 

劣化していたのであろう天井や壁の一部がボロボロと落ちてきた。大きな石の塊がバジリスクの尾に当たる。バジリスクは怒り狂ったようにシューシューと声を上げた。

 

ハリーは離れたところで意識を失っているシャルロットが石の下敷きになってないか心配したが、ここからは彼女の様子は分からなかった。

 

粉々に壊された部屋の入り口からは、セブルスが入ってきた。そして、一瞬で状況を理解するとバジリスクに向かって呪文を唱えた。

 

セクタム・センプラ(切り裂け)!」

 

バジリスクの腹部がぱっくりと割れ、夥しい血が流れ出した。

可愛いペットへの致命傷に、リドルは激昂した。

 

「おのれぇええ! 邪魔をしやがって!!」

 

リドルが加勢しようと、こちらにやって来る前にハリーはバジリスクの口蓋に剣をぶすりと立てた。同時に腕に熱い痛みがさっと広がった。バジリスクの長い牙が1本ハリーの肘を刺し貫いていた。

 

「ウィーズリー! リドルの日記をこちらへ!」

 

セブルスが短くそう命令すると、衝撃で転んでいたロンは日記を抱えてハリーとセブルスの元に駆けた。

 

バジリスクは血をダラダラと流しながら、ぐったりと倒れた。

ハリーは痛みに喘ぎながら、牙を肘から抜いた。体中に毒が走るのが分かった。

 

「おい! やめろ…何をする!!」

 

セブルスはハリーの手から牙を引ったくると、日記に深々と牙を突き刺した。

耳を塞ぎたくなるほどの、苦痛に満ちた絶叫。日記から黒黒とした穢らわしいインクが溢れ出した。

 

「ぐわぁああああああああああああ」

 

リドルは獣のように咆哮すると、大きく身悶えして…消えた。

 

フォークスが一声鳴くと再びこちらへ飛んでくる。そして、ハリーの腕に止まり、ポタポタと涙を垂らした。

不死鳥の涙。それにはバジリスクの毒さえも癒す効果がある。

 

セブルスはシャルロットの元に駆け寄る。シャルロットが目覚めていることを確認すると、怪我がないか体に触れて確認した。足を少し打撲しているものの、幸いにもその程度らしい。

セブルスはシャルロットの頬を手で包んだ。その瞳から涙が流れた。

 

「シャル…どうして私に相談しなかった…? 無事なのだな?」

 

シャルロットは何も言わなかった。ただセブルスをぎゅうっと抱きしめた。

 

セブルスの顔は汚れが飛び散り疲れ切っていて、お世辞にも素敵とは言えなかった。相変わらず服装は真っ黒な蝙蝠のようだったし、慌てて来たせいか頭はクシャクシャでおまけに薬草がついていて薬品の匂いがぷんぷんする。

 

それでも、何より自分が愛する父親だった。

 

「ハリー、ウィーズリー。 大丈夫か?」

 

セブルスはシャルロットをひょいと抱き上げると、ハリーとロンにそう訊いた。

 

「あんな怪物に噛まれて大丈夫なわけあると思う? 遅すぎだよ、セブルスおじさん」

 

ハリーが恨みがましくそう言った。しかし、不死鳥の涙の効力は素晴らしく、その腕はまるで傷など最初からなかったように綺麗なものだった。

セブルスはニヤリと笑った。

 

「軽口を叩ける元気があるなら大丈夫だろう」

 

そして、言葉を続けた。

 

「ドラコから秘密の部屋のことを聞いてな。すぐ準備をして3階の女子トイレに向かったのだが…恐らく入口は、時間が経つと勝手に閉まる仕組みなのだろう。 おまえたちの姿もなく流石に焦った」

 

「えっ、じゃあどうやって入口見つけたの?」

 

「分からなかったから女子トイレをあちこち爆発させた」

 

事も無げに涼しい顔でそう言ったセブルスに、ハリーとロンはこんな状況にも関わらずゲラゲラ笑った。

 

「ば、爆発させたって・・・! マートルに聞けばせめて場所くらい教えてくれたのに」

 

「ああいったネチネチしたゴーストは好かん」

 

ヒィヒィ笑うハリーに、セブルスは顔を顰めてそう返した。

 

「えーっと、それでスネイプ先生。 ここからはどうやって帰るのですか?」

 

ロンは未だ笑いを噛み殺しながら、まるで授業の質問のようにセブルスに言った。

 

「ミネルバが箒を持って向かってくれることになっている。 ドラコとロックハートは既に保護されて、保健室にいるぞ。 まあ、ロックハートがいずれ行く先はアズカバンだがな」

 

ドラコが無事ということを聞き、ハリーとロンも安心したようだ。

 

「ド、ドラコ…? ドラコまで私を助けに来てくれたの? 一体何が…? やっぱり私なの? 私が秘密の部屋を…」

 

1人だけ状況が飲み込めず今にも泣き出しそうなシャルロットに、セブルスは彼女の頭をぽんぽんと撫でた。

 

「大丈夫だ、シャル。 今は眠りなさい」

 

箒を持ったマクゴナガルが髪を振り乱して心配そうな顔で着いた時には、既にシャルロットの意識は深い眠りへと落ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ハリーとロンとシャルロットを抱いたセブルスはマクゴナガルの引率のもと、無事トイレに戻ってきた。トイレはセブルスの話した通り滅茶苦茶だった。鏡は粉々に割れて、壁も取り払われ、蛇口からは噴水のように水が溢れている。

 

マートルはハリーが死んでいないことに落胆し、ロンはハリーをからかった。

 

校長室に行くと、フォークスは既にそこにダンブルドアと共にいた。

セブルスはシャルロットを先に保健室に連れて行ったので、ハリーとロンだけがダンブルドアとマクゴナガルに全てを話した。

 

そして、ハリーとロンとドラコの3人に200点とホグワーツ特別功労賞が授与されることになった。

これにはクタクタだった2人も大喜びだった。

 

全てを話し終えてハリーとロンは念の為保健室に行くことを指示された。ドアノブに手をかけたその時。すごい勢いで扉は開かれた。

 

目の前に怒りながらも何とも微妙な顔をしたルシウス・マルフォイと…ドビーがいた。

 

「ド、ドビー!?」

 

ルシウスへの挨拶より先に、ハリーは驚きの声を上げた。ルシウスからお仕置きを受けたらしく、ドビーの手は包帯でグルグルだった。

ドビーはハリーに何か訴えるように日記とルシウスを交互に指差して、自分を殴った。

…ハリーは全てを理解した。誰が日記をホグワーツに持ち込ませたのかを。

 

「それで、性懲りも無くホグワーツに戻ってきたのですな?」

 

ルシウスはダンブルドアを冷たく見据えた。

 

「はて? 奇妙なことに理事の殆どが儂に手紙をくれたよ。 皆、君に脅されたとね」

 

ハリーとロン、マクゴナガルでさえ居心地の悪い顔をしていた。

 

「今回のことは解決したわけですな? 犯人も無事捕まったとか?」

 

「ああ、犯人は前回と同じ者だった。 ハリーたちのおかげで犯人を暴くことが出来た。 そうでなければ、ミス・プリンスが犯人にされていたであろう」

 

ルシウスの口元がピクリと動いた。

 

「…ええ、そうですね」

 

「君の息子、ドラコもお手柄じゃったのう。彼が居なければハリーたちも無事には帰って来れなかったじゃろう。 ホグワーツの特別功労賞じゃ。 父親の君も誇らしかろう」

 

ダンブルドアはにっこり笑った。ルシウスの顔がこれ以上ないくらい歪んだ。

 

「…ドビー、帰るぞ」

 

ルシウスは短くそう言うと、部屋をあとにした。

ハリーは一瞬だけ迷ってダンブルドアをちらりと見た。すると、ダンブルドアが頷いたのでハリーは部屋を出てルシウスを追った。

 

「ルシウスおじさん!」

 

「…何だね、ハリー」

 

ルシウスは足を止めて振り返った。

 

「あの…ルシウスおじさんは、どうしてあんなことを…」

 

ルシウスは、ハリーが自分が黒幕であると気付いてることに驚愕と戸惑いの表情を見せた。しかしそれも一瞬で、すぐにいつもの飄々とした顔に戻った。

 

「何のことを言っているのか分からないな」

 

「でも…」

 

「ハリー、これだけは言っておこう。 私は君の味方にはなり得ない。 きっと、永遠にね」

 

息子のことを考えたのか、何処か辛そうにそれだけ言ったルシウスはくるりとハリーに背を向けホグワーツを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

期末テストは免除され、今年の寮杯はギリギリのところでスリザリンに持っていかれた。今回の1件でハリーとロンは合わせて400点グリフィンドールは稼いだものの、ドラコも200点貰っているし何よりクィディッチ杯をスリザリンが勝ち取ったのが大きかった。

クィディッチでドラコに負けたのが悔しかったハリーは今年の夏休みは、全て箒の練習に費やすことを決意した。

 

ちなみに噂でルシウスが理事を辞めさせられたことを聞いた。

さらにドラコ本人からドビーがクビになったことも聞いた。ドビーにとってはその方が良かったのかもしれないとハリーは思った。ドビーは悪いやつではないが、手紙を打ち止めたりホームに入れなくしたりブラッジャーをけしかけたことは、少し根に持っていた。

 

ハリーはルシウスが黒幕であったことを誰かに話すべきか迷ったが、結局誰にも言わないことにした。

親友の父親の悪事を広めてドラコやシャルロットが傷つくことは1番避けたかったし、ダンブルドアが知っているならそれで充分だと判断した。

 

 

今年のお祝いは夜通し続いた。

石にされた者も元に戻り、皆パジャマのまま飲んで食べて大いに騒いだ。

 

ハーマイオニーは満面の笑みで、ハリーとロンを抱きしめた。そして、何故か目の前のご馳走そっちのけで、お見舞いにもらったという高級チョコをご機嫌で齧っていた。ハリーとロンが誰にもらったチョコなのかしつこく聞いたが、ハーマイオニーは教えてくれなかった。

 

シャルロットもすっかり元気になった。

彼女が秘密の部屋に攫われたことから、スリザリン内からは『穢れた血』なのではと考える人もいるようだが、シャルロットはまったく気にしていないようだった。

 

ご馳走がすっかりデザートに変わった頃、ドラコがそわそわとしながらグリフィンドールのテーブルにやってきた。

 

「やあ、ドラコ!」

 

ハリーはシュガー・ドーナツを頬張りながら、声をかけた。

しかし、ドラコはハリーの挨拶に無言で頷き、つかつかとハーマイオニーの前まで向かった。そして、緊張した面持ちで口を開いた。

 

「その…この前は悪いことを言った。 もう、あの言葉は言わない」

 

それは謝罪と言えるものかどうか分からないが、ドラコはそれだけ言った。プライドの高い彼としては、これでも誠心誠意、謝ったつもりだったのかもしれない。

 

ハーマイオニーは目を大きく見開いて、ちょっと微笑んだ。

 

「もういいわよ、マルフォイ。 あなたには去年のハロウィンで助けてもらった借りもあるしね。 …チョコレートいかが?」

 

「おい!僕にくれなかったチョコ、何でマルフォイにはあげるんだよ!」

 

すかさずロンが文句を言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テストがなくなったせいか、ダラダラと残りの学校生活をハリー達は過ごした。

 

ハリーとロンは学校中のヒーローのように扱われ、ハリーはとてもご機嫌だった。

ちなみにドラコのおかげでスリザリンは寮杯を取れたので、彼もまた寮内ではヒーローだった。しかし、『僕はスリザリン生なのに、グリフィンドール生を助けて加点なんて恥ずかしい』と、ちょっとズレた照れ方をしていた。

 

瞬く間に、再びホグワーツ特急に乗る時がやってきた。

パーシーに彼女が出来たことをフレッドとジョージがからかい倒したり、爆発スナップで遊んでいるうちに汽車はロンドンに着いた。

 

今年はテストの採点もないおかげで、殆どの先生も生徒と同じ汽車に乗って自宅へ帰った。

 

友達と別れたシャルロットは、生徒に見つからないようセブルスとキングス・クロス駅から少し離れた場所で待ち合わせた。

 

「待たせたな、シャル。 …せっかくロンドンに来たんだ。 必要な物があれば、買い足しなさい」

 

「うん!」

 

シャルロットはにっこり笑った。

 

去年の終わりから2人の間にあった溝は、すっかり取り除かれていた。シャルロットとセブルスはロンドンで買い物をして、レイチェルのお見舞いに寄ってから帰宅した。

 

久しぶりの我が家では、曾孫が心配で気が狂いそうになったダリアと、シャルロットの好物ばかりを作ったメアリーが待っていた。

家の中から、パイのいい匂いがふわふわ広がっている。

 

「おかえりなさい! シャルロット、危ない目にあったんですって? 大丈夫なの?」

 

ダリアはシャルロットを強く抱きしめると、気遣わしげにあちこちをぺたぺたと触った。

 

「おかえりなさいませ、お嬢様!」

 

「ただいま。 曾祖母様、メアリー! ええ、もうすっかり元気よ!」

 

シャルロットはニコッと笑うと、メアリーの作った料理に惹かれてダイニングへ向かった。

 

「こら、シャル! 先に手洗いうがいをしなさい!」

 

そんなシャルロットをダリアが追いかけた。

セブルスは再びやってきた平穏に、眉間の皺を和らげた。

 

「ああ、そうだ。 セブルス、あなた宛に来た手紙ここに纏めておいたわよ」

 

セブルスは頷くと、夕飯まで少し時間がありそうだったので、自室で手紙の整理を始めた。

殆どは魔法薬に関するダイレクトメールだった。必要な物といらない物にてきぱきと分類していく。

 

その中で他とは毛色の異なる手紙を見つけた。カラフルなダイレクトメールの中で異質な、真っ白の手紙だ。

 

特徴のない文字で『セブルス・プリンス様』と書かれている。

魔法薬研究でも教師としてもスネイプ姓を使っているセブルスに、プリンス姓で届く手紙は少ないのだ。

 

何気なく、その封筒を裏返した。そして、そこに書かれた小さな文字にセブルスの顔色は変わった。

そこには同じく特徴のない字で『魔法省 魔法法執行部』と記載されていた。

 

セブルスは封を破り、中から羊皮紙を取り出した。

 

 

 

 

『セブルス・プリンス様 (関係 被害者の夫)

 

この度、囚人ピーター・ペティグリューに吸魂鬼のキスの執行日が決まったことを、ここにご連絡致す。

 

執行日 8月26日

 

魔法法執行部 部長 アメリア・ボーンズ』

 

 

 




これにて秘密の部屋編、終わりです。お付き合いくださりありがとうございました!

トム、出番少なかったかな・・・何かセブルスメインになって本当にごめん。

最後の吸魂鬼のキスの執行について、何故今さら?と感じるかもしれませんが、死刑のように執行まで時間がかかるとでも考えてくだされば幸いです。

次回からアズカバンの囚人編、始まります。まあ当小説ではシリウスは捕まってすらいませんが。

追記.手紙の内容少し変更しました。


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アズカバンの囚人編
脱獄囚


ジリジリと照りつける午後の陽光がようやく和らいできた黄昏時、アルバス・ダンブルドアは校長室の戸を叩く音で顔を上げた。時計を見ると、ぴったり約束の時間である。それまで捲っていた分厚い本を片付ける。

 

「お入り」

 

ダンブルドアの言葉を合図に扉が開く。

長期休み中だというのにキッチリとローブを着こなしたレギュラス・ブラックは、軽く一礼をして室内へ入った。

 

「時間をぴったり守る癖は相変わらずじゃのう」

 

ダンブルドアは朗らかに笑った。そうすると、皺も相まって彼は一層人のいい年寄りに見えた。しかし、レギュラスは彼がただの好々爺ではないことを知っている。

 

ダンブルドアは杖を一振りした。すると、フカフカした椅子とティーセットが現れた。

どうやら長話になりそうだ。

 

「マグル界で有名な紅茶じゃ。 君の口に合うといいが」

 

「用件は何です?」

 

マグル界の物なんて十年前の自分なら口にしなかっただろう。何となく自虐的な気持ちでレギュラスをティーカップを口元に運んだ。…なかなか美味しかったそれは、さらにレギュラスを暗鬱な気持ちにさせた。

 

「ふむ。 先日、セブルスと共に行った日記の分析が終わってな…。 あの日記もトムの分霊箱に間違いないじゃろう」

 

ダンブルドアは落ち着いた声色でそう言い、ズタズタに引き裂かれた日記と…穴の開いたロケットを机の上に出した。ロケットにはSと刻まれている。紛れもなくレギュラス本人が『例のあの人』から盗み出してきた代物だ。

 

「やはり…そうでしたか。 分霊箱が1つではないのは薄々気付いておりましたが」

 

「ああ。 これはまだ仮説じゃが、儂は彼が魂を分けた個数は7つだと考えておる」

 

「7つ…!?」

 

普段落ち着いているレギュラスでさえ、動揺を隠せず目を見開いた。

 

「確かに7というのは、魔法として強力な数字です…しかし…」

 

魂を分かつというのは想像を絶するほどに残酷な行為だ。過去に闇の魔術に傾倒したことがあるレギュラスは、その恐ろしさが分かっていた。

 

「…じゃが、トムはもしかしたら…あの時本人も予期せぬ分霊箱を作ったかもしれない」

 

突然ダンブルドアはどこか独り言のように言った。

 

「どういうことです?」

 

「…いや、何でもない。 あくまでまだ仮説じゃ。 そうでないことを祈ろう」

 

ダンブルドアが何処か苦しそうな顔をしたので、レギュラスはそれ以上聞かなかった。

 

「…ミス・プリンスは元気かね?」

 

ダンブルドアは話を変えた。

 

「ええ、とても。 相変わらず魔法薬の勉強ばかりしてますが」

 

レギュラスはプリンス家別邸に住んでいるが、夜ご飯はちょくちょく本邸の方に食べに行っていたのでシャルロットにも頻繁に会っていた。

 

「元気になったなら何よりじゃ。 そうそう。 ミネルバがミス・グレンジャーとミス・プリンスに『逆転時計』の使用を提案したらしい。 2人とも秀才だからのう」

 

その話はレギュラスも知っていた。

シャルロットは迷ったらしいが、セブルスはマグル生活が長くそれがシャルロットにも影響しているため『マグル学』はいらないこと、そして同じくセブルスが『占い学』は多分シャルロットに合わないからとアドバイスしたので、『逆転時計』の使用は断った。確かに、魔法薬に心酔している――言ってしまえば理系脳である――シャルロットに『占い学』は合わないだろう。

 

「ミス・グレンジャーは使うことにしたらしい。 ところで、レギュラス。 彼女に今年1年個人授業を行っていたらしいのう?」

 

「ええ。 シャルロットに勝ちたいようで。 尤も今年の期末試験はキャンセルされましたが」

 

「セブルスがなぜ彼女はレギュラスにだけ質問に行って、自分の元に全く来ないのか不思議がっていた。 素晴らしきかな、青春じゃ」

 

ダンブルドアは心底楽しそうにクスクスと笑った。

レギュラスはダンブルドアの真意が分からず、ティーカップを手にしたまま首を傾げた。

 

ふとダンブルドアは真面目な顔になった。

 

「レギュラスよ。 儂は立場上、どうしても冷酷にならざるを得ないこともある。もしもトムが復活を果たしてしまった暁には、君に危険なスパイ任務を頼むように」

 

ダンブルドアはレギュラスをじっと見据えた。

 

レギュラスは『例のあの人』に失望した時、持ち出した分霊箱を壊してさらに自分を受け入れてくれたダンブルドアに全幅の信頼を置いてはいる。しかし、彼のために命を捨てたいかとまで聞かれたら嘘になる。

 

だが、自分の恩人であるセブルスと幼い頃から自分に懐いてくれたその娘のシャルロットを守るため、そして自分の贖罪のためならその任務も仕方なしと考えていた。

 

「…それは了承しておりますが」

 

「しかしな、教え子の1人として君にも幸せになってほしい。 そう思ってしまう儂を偽善者だと詰るかね?」

 

既に日は落ち、外は既に群青色の闇が広がっている。

 

ダンブルドアの瞳はどこまでも深い海のような、穏やかなブルーだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グリモールド・プレイス12番地。

 

ヴァルブルガの肖像に悪態をつかれるという何でもない日常をこなしながら、ハリーは欠伸を噛み殺した。

 

そういえば、幼い頃はこのシリウスの母の肖像が怖くて怒鳴られる度に泣いていたっけ。

 

「おはよう、パパ」

 

シリウスに挨拶をしながらリビングに降りたハリーは、慣れた手つきでテレビをつけた。

 

「ハリー、ロンから手紙が届いていたぞ」

 

シリウスは花模様の入った高いコーヒーカップを2つ出すと、淹れたばかりのコーヒーを注いだ。

そして、ハリーに手紙を渡すとまるで舞台俳優のように芝居がかった仕草でハリーを抱きしめた。

 

「愛しい息子よ、ハッピーバースデー!」

 

ハリーは返事の代わりにニッコリと笑った。

今日のハリーの13歳の誕生日の予定は、昼間はシリウスとマグルのテーマパークに遊びに行き、夜はブラック邸でパーティーを開く手はずになっていた。

 

ハリーはロンの手紙の封を破りながら、リモコンを弄った。

シリウスは純血貴族のくせにその家風に染まらず、マグルのものをよく好む。そして、そんなシリウスがハリーは好きだった。

 

見慣れたバラエティ番組に耳を傾けながら、手紙を広げた。

 

 

『ハリー、ハッピーバースデイ!

 

今日は君のパーティーに参加出来なくてごめんね。

ねえ、ハリー。エジプトって本当に素晴らしいよ!古代エジプトの魔法使いがかけた呪いって信じられないくらいすごい。

パパが『日刊予言者新聞』のくじで七百ガリオンも当てるなんて僕びっくりさ!今回のエジプト旅行でほとんど無くなっちゃったけどね。

また夏休み終わる前に会おうぜ!

 

ロンより

 

追伸 パーシーは首席だってさ!』

 

 

ハリーは同封されていたプレゼントの包みを開けてみた。

中にはかくれん防止器が入っていた。

 

「パパ、僕もエジプト行ってみたいな」

 

手紙を折りたたみながら、どこかおねだりするようにハリーが言った。

 

「うーん…そういえば、俺もエジプトは行ったことないな。 若い頃はよくジェームズたちとあちこち旅行に行ったものだけど」

 

「そういえば、パパって昔の写真あまり見せてくれないよね。 ジェームズパパたちとの旅行の写真見たいのに」

 

ハリーは少しむくれて、コーヒーにミルクを入れて1口飲んだ。

 

その時、何気なく見ていたテレビの画面が変わった。バラエティ番組から、緊急のニュース番組に画面が切り替わる。

 

 

『番組の途中ですが、ニュースをお伝えします。 大量殺人の犯人であるピーター・ペティグリューが脱獄した模様です。 繰り返します、大量殺人の犯人であったピーター・ペティグリューが…』

 

 

テレビでよく目にする女性のアナウンサーが早口でそう捲し立てた。

 

ガシャンッ!

シリウスの手からカップが滑り落ちた。高級品であったカップは粉々に割れ、ブラックコーヒーの黒い染みが毛足の長い絨毯に広がる。

 

「どうしたの、パパ?」

 

ハリーはニュースより、シリウスがカップを落としたことに驚いた。

 

シリウスは真っ青な顔をしていた。手も小刻みに揺れている。

 

「パパ…?」

 

もう一度ハリーがそう呼ぶと、シリウスははっとして我に返った。

そして彼はおもむろに立ち上がると、出勤用の黒いローブを手にかけた。

 

「ごめんな、ハリー。 俺はこれから魔法省に行かなければならなくなった。この埋め合わせは絶対する。 …夜のパーティーまでには帰るから」

 

心底申し訳なさそうにシリウスは言った。

 

「え、ちょっと待ってよパパ! 今日は前からの約束だったじゃない…」

 

煙突飛行粉を手にしたシリウスに、ハリーは尚も食い下がった。しかし、シリウスはもう一度、ごめんと謝ると青い炎の中に消えていった。

 

いつのまにかリビングに来ていたアンが、シリウスが派手にこぼしたコーヒーを掃除していた。ハリーに気を使ってくれたのか、焼き菓子がテーブルの上に置いてある。

 

拗ねた気持ちで、ハリーはクッキーを齧った。

シリウスのドタキャンにより、突然ハリーは夜まで暇になってしまった。

 

夜まで何をしよう?

アンにチェスでも付き合ってもらおうか。

 

一瞬そんなことを考えたが、すぐに辞めることにした。

アンはハリーとチェスをすると気を使ってすぐに負けようとするので、暇つぶしにもならないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法省はてんやわんやだった。

 

ペティグリューのアズカバン脱獄を告げる日刊預言者新聞の号外が目にも止まらぬ速さで刷られている。

 

とはいえ、テレビで放送されたマグルより魔法界の方が情報の伝達が遅いのは如何なものかとシリウスは思った。

 

「やあ、チャールズ」

 

偶然ロビーを同僚が通ったので、シリウスは軽く手を上げた。

 

「おお、シリウス。 今日は非番だと聞いていたがもう大臣に呼び出されたのかい?」

 

彼は残業続きなのかローブの裾はよれて髪もボサボサだった。

 

「いや、ニュースを見てすぐ来たのさ。 家にいてもどうせ呼び出されるだろうしね。 …それで大臣はどこに?」

 

「執務室に居ると思うよ」

 

シリウスは礼を言うと、足早にエレベーターに乗り込んだ。

 

ファッジは執務室の中でイライラと爪を噛みながら歩き回っていた。最早彼のトレードマークとも言える山高帽を浅く被り、紺の縦縞のスーツを着ている。恐らくマグルの首相に会ったためにこの格好なのだろう。

 

「失礼します、大臣」

 

相変わらずセンスのない格好だなとシリウスは思ったが、もちろんそんな様子をおくびにも出さずに控えめに頭を下げた。

 

「おお、シリウス! 今まさに君に連絡を取ろうと思っていた! 大変なことになってしまった。 これでは私の評判は…」

 

「大臣、何故ピーター・ペティグリューは脱獄を?」

 

シリウスはどうにか落ち着いてそう遮った。ファッジの権力への執着心に付き合ってる暇はない。

 

「吸魂鬼のキスを恐れての脱獄だろう。 彼はネズミに変身できる! しかし、それを踏まえて収監していたはずなのに何たる失態!」

 

まさかあの孤島からネズミに変身して泳いで逃げるとは。

 

「すぐ吸魂鬼を手配しろ、シリウス!」

 

「お言葉ですが、大臣。 吸魂鬼は無差別に人に襲いかかる可能性があります。 ネズミを探すなら闇祓いを手配した方がよいかと」

 

「何でもいい! 早くペティグリューを捕まえろ!」

 

シリウスは執務室を出た。

出来たての日刊予言者新聞を銜えた幾千ものフクロウが、魔法省からバサバサと飛んでいく。

 

シリウスは再び魔法省の暖炉から煙突飛行粉を掴むと、「プリンス家!」と叫んだ。最早慣れきった不愉快な回転。次の瞬間、ブラック家とそっくりの蛇の彫刻が目に入った。

 

リビングには日刊予言者新聞を握りしめてわなわなと震えるダリアがいた。

 

いつもなら、アポイントメントもなしにふらっと訪れるシリウスに対して「全くレギュラスを見習って欲しいわね」と皮肉を言うダリアだが、今はそんな余裕もなさそうだ。

 

「シリウス…! これは本当なの、シリウス」

 

「…残念ながら本当です。 今闇祓いたちが捜索にあたっています」

 

ダリアは噛み締めるようにシリウスの言葉を聞いて…ぐったりと椅子に倒れ込んだ。

 

「どうして? どうしてセブルスだけがこんな辛い思いをしなければならないの?」

 

ダリアは悲痛な声でそれだけ言った。

 

「プリンス夫人、セブルスは?」

 

「2階の書斎に。 リーマスも来ているわ」

 

運のいいことにシャルロットは、ハリーの誕生日プレゼントを買いに出かけているようだ。彼女は、母親を植物人間にさせた犯人の正体を知らない。

 

書斎に着くとノックもせずに扉を開けた。

セブルスは眉間に皺をこれでもないくらい寄せて、ソファーに体を投げ出していた。テーブルにはファイアウイスキーの空き瓶とグラスが2つ置かれている。

 

 

「やあ、シリウス。 ニュースを見たが魔法省は彼が『動物もどき』であることを公表しないんだね」

 

反対側のソファーに座っていたリーマスは、右に寄ってシリウスの座る場所を作った。

リーマスは怪しい呂律で皮肉げに笑った。酒に弱い彼は、酔うとちょっと卑屈で攻撃的になる。

 

「魔法省の隠蔽体質は相変わらずだな」

 

セブルスはうんざりしたように言った。

未成年が『動物もどき』を習得していた事実を隠すため、ピーターがネズミに変身できることは自分たちを除けば魔法省のトップのごく一部しか知らない。

 

「…面目ない」

 

シリウスは暗い顔でそう謝った。それ以外言葉が見つからなかった。

 

「奴は…見つかるのか?」

 

セブルスが苦しそうな顔で、頭痛を抑えるように眉間をとんとんと叩いた。

セブルスがここまで飲むのも珍しい。

 

「何とも言えないが…正直厳しいだろうな。 どこの国にいるかわからないネズミを1匹探すなんて、それこそ砂漠の中から金を探すのと同義だ」

 

「そうだよねぇ…」

 

リーマスも額に手を当てて嘆いた。とはいえ、一様に3人は複雑な気持ちだった。

 

ジェームズとリリーを殺したこともレイチェルを昏睡させたのも許せない。しかし、青春を共にした友人の処刑を喜べるわけもなく、彼への吸魂鬼のキスが執行されるその日にちが決まったときから胃をキリキリとさせながら毎日を送っていた。

 

「俺が、絶対あいつは捕まえる。 例え捜査を打ち切られても、俺一人で」

 

シリウスはセブルスの目を真っ直ぐ見たまま、贖罪するかのような口ぶりで言った。

 

「…シリウス、おまえがあのことで自分を責めているのは知ってる。 だが、思い詰めるな。 例えピーターが死んでも、ジェームズとリリーは戻ってこないし、レイが目を覚ますわけでもない」

 

セブルスは静かに言って、言葉を1度切った。

 

「じゃあ…彼がこのまま見つからなくてもいいと思ってるのかい?」

 

リーマスが慎重に言葉を選ぶようにそう言った。

 

それはシリウスも気になっていたところだったので、セブルスの顔色を窺った。シリウスの予想では、もっとセブルスは怒り狂っていると思っていたのだが、意外と彼は落ち着いていたのでむしろ不気味だった。

 

すると、セブルスは驚くことに、薄っすら笑ってみせた。しかし、それは恐ろしいほど憎しみに満ちた笑みだった。

 

「ああ、そうだな。…ところで、追跡者に怯え死ぬまで逃亡生活を繰り返すのはどれほどの苦痛だろうな? あの臆病者にとって」

 

今まで怒りの色を見せなかったセブルスは声を震わしてそう言った。シリウスとリーマスは背筋に冷たいものが走った。

 

暫く、部屋には深い沈黙が続いた。

 

「…飲みすぎみたいだよ、セブルス」

 

リーマスは自分のことを棚に上げて、徐に優しくそう言った。少し酒が抜けたのか、穏やかで慎重な彼が俄に戻ってきていた。

シリウスは無言で杖を振ると、瓶とグラスを片付けた。

 

突然、階下から扉の開く音とシャルロットの元気な声が聞こえた。

無邪気なその声にそれまで暗かった3人の表情も自然と柔らかくなる。

 

「そうだ。 今日はハリーの誕生日だったな」

 

「ああ。 夜のパーティーには絶対来いよ。 もちろんリーマスもな」

 

去年ハリーの誕生日に来れなかったリーマスは、もちろんと笑った。

 

「…そういえば、リーマス。 ダンブルドアから『闇の魔術に対する防衛術』の教師の依頼を受けたらしいじゃないか」

 

セブルスが思い出したように言った。

シリウスは初耳だったらしく、へえと驚いた。

 

「いい話じゃないか。 セブルスと同じ職場なら脱狼薬も作ってもらえるし」

 

「私のような者に教師なんて勤まるのかな。 セブルスにも手間をかけてしまうし。 ただ去年あんなことがあったからかさらに教師が見つからないらしくてね、ダンブルドアからお話を頂いたんだよ」

 

リーマスは少し困ったような顔をした。だが、その顔は照れ臭そうでもある。ダンブルドア直々に仕事を紹介されたのが嬉しいのか、満更でもなさそうだ。

 

「『秘密の部屋』の真犯人はまだ見つからないのか? 一歩遅ければ私の娘は死んでいたんだぞ」

 

「残念ながら。 とはいえ、ピーターのことで忙しくなりそうだし、『秘密の部屋』の捜査は打ち切られるだろうな」

 

ちょうどシリウスがそう言った時、扉がばたんと勢いよく開いた。

去年に比べ随分長く伸びた金髪をポニーテールにしたシャルロットは、嬉しそうに部屋に飛び込んできた。

 

「シリウスおじさん、リーマスおじさん! 来てたのね! って…何よこれ! すごくお酒臭いわ」

 

入るなりシャルロットは顔を顰めた。

その様子があまりにも子どもらしかったので、3人はクスッと笑った。

そういえばレイチェルも表情がコロコロ変わる少女だったっけ。

 

学生時代のレイチェルは髪を短く切り揃えていて目つきも鋭かったので人によってはきついイメージを持たれていたが、シャルロットは彼女より雰囲気が柔らかかった。

セブルスは未だにレイチェルの昏睡した詳細をシャルロットに話していない。

母親を植物人間にさせた犯人はさらにハリーの両親の死の原因を作り、その正体が父親の親友だなんて、13歳の少女が聞くには残酷すぎるだろう。

 

 

「おかえり、シャル。 ハリーへのプレゼントは何を買ったの?」

 

「夜まで内緒よ」

 

リーマスが訊くと、シャルロットは悪戯っぽくそう答えた。

夜のハリーの誕生日会が楽しみなようで、シャルロットは終始浮かれていた。

 

それは夜のグリモールド・プレイス12番地に行っても変わらなかった。

ハリーとシャルロット、そしてハーマイオニーへの接し方が僅かに軟化したドラコたち4人は夜が更けるまで遊び回っていた。

 

それを大人たちはかつての青春を思い出し、微笑ましく見守っていた。

 

子どもたちに何の不安も与えたくない。このまま健やかに元気に成長してほしい。

 

一様に皆、そう願いながら。

 

 





【挿絵表示】


Miari様より、とても可愛らしいシャルロットのイラストを頂きました。魔法薬の図鑑を持っているのが、また嬉しい!

アズカバン編、開幕です。オリジナル要素が強い年になりそうですので、ちょっと執筆速度遅くなりそう。

ハリポタ用のTwitterアカウント作りました。
作りたてほやほやでFFが0なのでぜひ絡んでやってください。
@tsubuan_chan_


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ルーナ・ラブグッド

ロンドン、キングズ・クロス駅。

 

どこまでも空気が澄んだ空は夏の香りを残しつつも、まさに秋晴れと呼ぶに相応しい。

 

キングズ・クロス駅は久しぶりの友人との再会を喜ぶ声や逆に家族との別れを惜しむ声にごった返していた。

 

そんな中、ハリーは少し不機嫌だった。

ハリーを悩ます目下の問題は親友2人の喧嘩だった。

 

「おい、その猫ホグワーツに連れてく気か!? 僕の可愛いペットが襲われたらどうしてくれるんだよ!」

 

「当たり前でしょう、私のペットだもの! それに猫がネズミを襲うのは当然だわ」

 

今までペットを飼っているのはハリーだけだったが、こないだハーマイオニーは3人で出かけたダイアゴン横丁でクルックシャンクスという名の猫を購入した。

 

そして奇しくも時をほぼ同じくして、ロンはエジプトで死にかけのネズミを保護したらしい。ハリーには、そのネズミがどこからどう見てもドブネズミにしか見えなかったが、自分のペットを持つのが初めてのロンはスキャパーズと名をつけて可愛がっているらしかった。

 

ハリーはこれならドラコとシャルロットと一緒に行けばよかったなぁと薄情なことを考えながら、コンパートメントに乗り込んだ。

 

「じゃあね、パパ! 体調崩さないでよ!」

 

窓から身を乗り出してシリウスにハグをする。

シリウスはペティグリューという名の脱獄犯のせいで連日仕事で大忙しだった。そのせいか普段の美貌も少し衰えている。

 

「ああ! ハリーもな! そうそう、学校行ったらきっとびっくりするぞ!」

 

シリウスはまるで少年のように悪戯っぽく笑った。

汽笛が鳴った。11時ぴったり、出発だ。

 

「え、何!?」

 

汽車はぐんぐん速度を上げる。

あっという間にシリウスが遠ざかっていく。

 

「それは学校についてからのお楽しみだ!」

 

手を振って大きく叫んだシリウスの声が辛うじて聞こえた。

 

汽車はあっという間に都会を抜けて、穏やかな田園風景へと突入した。

 

ハーマイオニーとロンの口喧嘩は止んだものの未だ冷戦状態らしく、コンパートメントには何とも気まずい空気が流れていた。

だから、ジニーがノックをしてひょっこりと扉から顔を出した時はハリーは天の救いだと本気で思った。

 

「久しぶり! 座ってもいい? どこもいっぱいなのよ」

 

「ジニー! もちろん大歓迎さ! …おっと、友達?」

 

ハリーは両手を広げてジニーを歓迎すると、後ろにいる女の子に気付いた。見たことがない子だった。

 

私服が何ともへんてこりんで、耳にはカブのピアスがついていた。しかし、暗みのかかったブロンド色の髪は綺麗で、顔立ちもくっきりとしていた美人だった。そのせいか何となく彼女は浮世離れして見えた。

 

そもそもハリーは魔法界で育ったため、魔法族のマグル服へのセンスのなさは知っていた。だから、彼女の服装にも然程衝撃は受けなかった。

 

「ええ、友達のルーナ・ラブグッドよ。 寮はレイブンクローなの」

 

ジニーが紹介すると、ルーナは屈託なくにっこり笑った。

 

「あんたがハリー・ブラックなんだ」

 

「そうだよ、よろしく。 ルーナ」

 

ハリーが手を差し出すと、ルーナと握手した。彼女の手は少しだけひんやりしていた。

 

「それじゃあ、あなたがブラック家の末裔なのね? 昔キメラと結婚した人がいるブラック家の」

 

「いや、僕は養子…って何だって? キメラ?」

 

ハリーは素っ頓狂な声でルーナの言葉を反芻した。そして、ハーマイオニーに視線を送る。分からないことは彼女に聞けば大抵解決するからだ。

しかし、ハーマイオニーも困惑した顔で首を傾げた。

 

「あら、みんな知らないの? だからブラック家はキメラの血が流れてるんだよ」

 

ルーナはどこか夢見る口調で言った。

 

「ルーナってこういう子なのよ。 でも悪い子じゃないの。 とっても楽しい子よ」

 

皆が唖然として口を開けていると、ジニーが兄の蛙チョコを齧りながらあっけらかんと言った。

 

「本当だもん。 パパが言ってたよ、ブラック家はいずれコカトリスも仲間にして魔法界を乗っ取るって」

 

あまりにもルーナが真面目くさって言うので、とうとう我慢できずにハリーはぷっと吹き出した。

 

「あははっ、君おもしろいこと言うんだね。 でも、人の家に対して魔法界を乗っ取るつもりなんて言うのは良くないよ」

 

ルーナはちょっと思案するような顔をした。物憂げなその瞳は銀を混ぜたようなグレーで、ハリーはちょっと惹き込まれた。

 

「そうだね。 あたしもラブグッド家がナーグル率いて魔法界を乗っ取るつもりって疑われたら嫌かも」

 

「ナーグルって何?」

 

「見たことない? ヤドリギによく生息しているよ」

 

「…見たことないな。 木より目の前のレディーに集中するからね。 だってヤドリギの下はキスするところだろう?」

 

ハリーがニヤッと笑う。

その回答はルーナの想像を超えたらしく、彼女はちょっと驚いたようだ。そして、クスッと笑った。

 

「ジニーが、あんたのこと好きなの分かる気がする」

 

その言葉にジニーはちょっと恥ずかしそうに頬を赤く染め、ルーナを睨んだ。

 

「やあね、ルーナったら。ハリーは私にとってのアイドルなの。好き(LOVE)ではないわよ」

 

「そりゃ残念だ」

 

ハリーはクスクス笑って、ジニーの頭をわしわしと撫でた。

 

一人っ子のハリーは、相変わらず自分に懐いてくれるジニーをまるで妹のように可愛がっていた。

 

どことなくギスギスしていたコンパートメントもジニーとルーナが来たことによって、かなり和やかになった。

 

皆でお菓子を食べてゲームをした。そして、もう何回目かの爆発スナップに飽きてきた頃ハーマイオニーは日刊預言者新聞をバックから出すと読み始めた。

 

そういえばハリーへの誕生日の手紙で、最近新聞を購読していると彼女は言っていた。どうやら彼女の向上心は留まることを知らないらしい。

 

「何か変わったニュースあった?」

 

「ペティグリューのニュースばかりよ。 昨日はオランダで、今度はアメリカで目撃されたんですって!」

 

「うーん…イマイチ信憑性にかけるね」

 

座りっぱなしで疲れたハリーは伸びをしながらそう言った。

連日の捜査で疲れきっているシリウスを見ると、早くペティグリューに捕まってほしかった。

 

「そもそも、あのアズカバンをどうやって脱獄したんだろうね?」

 

ロンが尤もなことを口にした。

 

脱獄不可能の要塞として知られたアズカバンから脱獄者が出たということで魔法省は激しくバッシングされた。そして、同時に幾多の著名人がペティグリューの様々な脱獄法を考えては提唱して話題になっていた。

 

「きっと吸魂鬼を倒したのよ!」

 

ジニーがそう言った。

 

「そうかしら…? そんな簡単に倒せるならもっと脱獄者は過去たくさんいるはずよ。 それに杖だって没収されてるわけだし」

 

ハーマイオニーが反論する。

 

「やっぱり脱獄したのは『吸魂鬼のキス』が怖かったからかな?」

 

「そうじゃない? 一体今どこに逃げてるんだろうね」

 

「もしかして、実はずっと近くにいたりして。 ほら、ジニー…君の後ろ!」

 

「きゃっ! やだ、驚かせないでよ。 意地悪ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シリウスの言葉の意味を知ったのは、大広間に入った時だった。

 

組み分けを控え待機している新入生を除く在校生が、お喋りに興じながら広間に足を踏み入れる。

 

燭台の火が柔らかく大広間を照らし、天井には紺色の空が写っている。

教師陣たちは既に奥の横長テーブルの席についていた。

 

その中に、ハリーはよく見知った顔を見つけた。

 

「リーマスおじさん!?」

 

質素だが身綺麗な藍色のローブを纏ったリーマスは小さくこちらに手を振った。

 

「なんだ、ハリー。 知らなかったのか? 今年の『闇の魔術に対する防衛術』の教師は、リーマスおじ様だぞ」

 

近くにいたドラコが呆れたように言った。隣りに視線を写すと、シャルロットもドラコの言葉を肯定するように頷いた。彼女も知っていたらしい。

 

「知らなかった。 パパったらひどいや」

 

「シリウスおじ様のことだから、きっと内緒にしてあなたを驚かせようとしたのね」

 

リーマスの隣りには相変わらず険しい顔をしたセブルス、そしてその隣りには例年通りレギュラスもいた。

 

「でも、リーマスおじさんって確か病気なんじゃなかった?」

 

「…ええ、そうよ。 だからパパがサポートしながらやっていくみたい」

 

リーマスが難しい病気にかかっていることはハリーもドラコも知っていた。しかし、その病気の詳細はシャルロットしか知らなかった。

シャルロットも、セブルスがリーマスの薬を調合する際に偶然材料を見て知ってしまっただけで、セブルスから固く口止めされていたのだ。

 

ハリーもドラコも、リーマスの病名が気になってはいたが、本人に気を使ってそれ以上詮索をしたことはなかった。

 

もっと2人と話をしたかったが、グリフィンドールとスリザリンのテーブルは反対側に位置する。人の波に押され、それ以上会話はできなかった。

 

ハーマイオニーが何故かマクゴナガルに呼び出されてしまったため、ハリーはロンと2人で席についた。

さっきあれほどお菓子を皆で食べたのに、目の前の空っぽのお皿を見るとお腹がきゅんと鳴った。

 

新入生の組み分けの儀式がつつがなく終わる頃、ハーマイオニーはこっそり大広間へ入ってきた。

 

「マクゴナガルと何話してたの?」

 

ハリーが訊いた。

 

「え? あぁ…えっと、時間割の相談をしてたのよ」

 

ハーマイオニーの言葉から何となく何かをはぐらかしているような、そんな印象を受けた。詳しいことを聞こうとしたが、ダンブルドアが挨拶のため立ち上がったので、ハリーは口を噤んだ。

 

「皆の者、新学期おめでとう!」

 

ダンブルドアは立ち上がり、にっこりと微笑んだ。

 

「今年は新任の先生を2人迎えておる! まずは紹介しよう。『闇の魔術に対する防衛術』の教師リーマス・ルーピン先生じゃ」

 

リーマスが立ち上がり、穏やかな笑顔で礼をした。去年も一昨年も『闇の魔術に対する防衛術』の教師が酷かったため、生徒たちはやる気のない拍手を送った。

その中でハリーたち3人組と、ドラコとシャルロットは大きな拍手を彼に送った。

 

「そしてもう1人!『魔法生物飼育学』のルビウス・ハグリッドじゃ。 ケトルバーン先生が引退なさったからのぅ、彼に森の番人と教師を兼任してもらう」

 

ハリーとロンとハーマイオニーは驚いて顔を見合わせた。グリフィンドールから大きな拍手が上がる。

スリザリンでは殆ど喜んでいる生徒はいなかったが、シャルロットと微妙な顔をしたドラコが辛うじて手を叩いていた。

ハグリッドは感極まったようにハンカチで目頭を押さえながら、何度も何度も深くお辞儀をした。

 

「そうだったのか! どうりで噛み付く本なんて指定するわけだぜ!」

 

ロンが叫んだ。

 

「さあ、これでおめでたい話は以上! 宴じゃ!」

 

ダンブルドアの声を合図にテーブルの上には零れ落ちそうなほど、ご馳走が現れる。

ハリーは早速ミートパイを手にとるとさくりと噛み締めた。相変わらず、ホグワーツのご飯は美味しい。

 

デザートのかぼちゃプリンを食べ終わり、すっかりテーブルの上が片付いた頃、ハリーたちはハグリッドのいる教員席に駆け寄った。

 

「おめでとう、ハグリッド!」

 

「ありがてぇことだ・・・。 ケトルバーン先生が引退なさることになったら、ダンブルドア先生が1番に俺を推薦してくれたんだ。 本当に偉いお方だ、あの人は」

 

ハグリッドがテーブルクロスで涙を拭いたので、マクゴナガルが軽く咳払いした。

 

「それにリーマスおじさんまで! ひどいや、僕にだけ教えてくれないなんて!」

 

「おや、『ルーピン先生』だろう? ブラックくん」

 

ハリーが口を尖らせると、リーマスは笑いながらたしなめた。

 

きっと、今年の『闇の魔術に対する防衛術』は最高のものになることを予想してハリーは今からウキウキした。

 

宴会は終わり、監督生に連れられて生徒達は広間を出た。

パーシーが1年生に授業のことを一方的に語っていたが、彼のバッジの『首席』の文字は双子によって『石頭』に変えられていたので、1年生は笑いを噛み殺していた。

 

3人も他のグリフィンドール生と共に大理石の階段を登り、廊下を進み、『太った婦人』の肖像の前に来た。

 

「いいかい、諸君。 新しい合言葉は『フォルチュナ・マジョール』だ」

 

パーシーが勿体ぶってそう言った。

ネビルが隣りで悲しげに呻いた。忘れっぽい彼にとって、合言葉を覚えるのは毎回大変なことなのだ。

 

初めて談話室に入った1年生がはしゃぐのを微笑ましく見ながら、ハーマイオニーにおやすみの挨拶をして男子寮へ続く階段を登った。

 

例年通り部屋には既にトランクが届いていてた。ハリーはロンやシェーマス、ディーンと夏休みのことを話しながらダラダラと荷物を解いていった。

 

ロンが贔屓のチャドリー・キャノンズのポスターを壁に貼っている時に、事件は起きた。

 

「ぎゃああああああああ!!!」

 

シリウスに誕生日にドタキャンされた話をシェーマスに愚痴っていたハリーは、ロンの突然の悲鳴に引っくり返りそうになった。

 

「何!? どうしたの!?」

 

「見てくれ! 蜘蛛だ!! 蜘蛛がいる!!」

 

今にも泣きだしそうな顔でロンが壁を指さした。ロンの指の先を見ると、確かに壁に小さな蜘蛛が這っていた。

黒に灰色の薄らとした斑点のついた、親指の爪ほどの小さな蜘蛛だった。

 

思わず、3人は吹き出した。

 

「おいおい。 こんな小さな蜘蛛には大きすぎる悲鳴だったな、ロナルドくん?」

 

ディーンがからかってニヤッと笑った。

 

アラーニア・エグズメイ(蜘蛛よ 去れ)!」

 

ハリーがヒィヒィと笑いを噛み殺しながら唱えると、杖から白い光が迸り蜘蛛は消えた。

 

「君って本当に蜘蛛が苦手なんだな」

 

「いいか、シェーマス。 小さい頃にテディベアを大蜘蛛に変えられた経験がないからそんなこと言えるんだぜ」

 

ロンは恥ずかしさを隠すように頬をポリポリと掻いた。

 

ハリーはちょっと首を傾げた。

基本的にホグワーツはしもべ妖精が掃除をしてくれているわけで、グリフィンドールの寮もその例に漏れない。

彼らの仕事は完璧なはずなのに、寝室に蜘蛛がいたことが少し引っかかったハリーだが、たまにはそんなこともあるかと勝手に納得した。

 

疲れ果てていた4人は口々におやすみを言うと、灯りを消した。一人、また一人と穏やかな眠りへ落ちていく。

あっという間に、部屋には4人分の寝息だけが聞こえるようになった。

 

 

もしも…もしも、この時この場に蜘蛛に詳しい者が居たなら。

 

先程見た蜘蛛が、致死量の毒を持つ危険な種であったことが分かっただろう。

 

 

ハリーはまだ幼さの残る寝顔で、むにゃむにゃと何かを言いながら寝返りを打った。

 

 

…どこまでも安全なはずのホグワーツで、黒い思惑が動き始めていた。

 




ハリーの女慣れした過度なスキンシップが、逆にジニーに恋心を持たせなかったようです・・・( ˇωˇ )

そして、ルーナ少し早めの登場!


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動き始めた悪意

「…今日の授業はこれまでにします。 皆さん、今日学習した『笑わせ呪文』をよく復習しておくように!」

 

フリットウィッグ先生がキーキー声でそう言うと、スリザリン生は皆ほぼ同時に立ち上がった。

 

夏休み明け最初の授業、まだ久々の勉強に慣れない生徒たちは休息を求め我先にと大広間へランチを食べに向かった。

 

「はあ。 まだやっとお昼か」

 

すっかり休日ボケしているドラコは憂鬱げに溜息をついた。

 

「情けない人ねぇ。 でも、午後の授業は『魔法生物飼育学』よ。 外でやるみたいだし、気分転換になるんじゃないかしら」

 

伸びてきた髪を鬱陶しげに束ねながら、シャルロットは言った。9月といえど、まだ晴れた日は夏のようだ。

 

「シャル、正気かい? 確かに、ハグリッドはハリーと仲良いし、悪い人間とまでは言わない。 ただ、あいつにまともな授業が出来るとでも?」

 

ハグリッドとドラコは何とも微妙な関係である。両親とも親交があり幼い頃から何度も会っていたシャルロットは例外として、ハグリッドは基本的にスリザリンが嫌いだ。

共通の友人がいるおかげで両者とも表立って悪口は言わないが、互いのことを良くは思っていなかった。

 

ドラコの愚痴は続く。

 

「そもそも何だよ、あの指定された噛み付く教科書は。 クィレルと言い、ロックハートと言い…ダンブルドアの教師を選ぶセンスは狂ってる」

 

「あら、リーマスおじ様を選んだのは評価するべきよ」

 

「それは…まあ、言えてる。 それにしても今年は先生が知り合いばっかりだな」

 

大広間への近道となる廊下を曲がると、3人組にばったり会った。

 

「やあ。 ドラコ、シャル。 2人でデートかい?」

 

「お生憎様。皆が皆あなたみたいなわけじゃないのよ」

 

ハリーの軽口に、シャルロットはにべもなく言った。

 

「今年から選択科目ができたからな、ますます君と被る授業が減るな。 ハリー」

 

「そうだな。 しかし、『占い学』、本当にぶっ飛んだ授業だったよ。 君たち取らなくて正解だぜ。 僕なんて、初回から死相が出てるって言われたんだ。 勘弁してほしいよ」

 

ハリーは心から迷惑そうに言った。

5人は喋りながら大広間は向かった。

 

「なんだよそれ! そんな教師、僕が父上に言って…!!」

 

憤慨したようにドラコがそう言いかけて、そしてはっと口を噤んだ。自分の父親が既に理事会を解雇されていることを思い出したのだ。

少し気まずい空気が流れた。ロンでさえ、ちょっとバツの悪い顔をしている。

 

シャルロットは話を変えることにした。

 

「ハグリッドの授業、楽しみね。 どんなことをやるのかしら?」

 

「危険な生き物じゃないといいけど…まさかまたドラゴン連れてきてたり、大蜘蛛持ってきてたりしないよな…」

 

ロンがちょっと不安そうに言った。

何せハグリッドには過去の例がある。

 

「きっとハグリッドならいい授業するわよ。 『占い学』は本当にトロール並の授業だったわ」

 

ハーマイオニーがここまで辛辣に教師を批判するのは初めてだったので、皆は驚いた。

 

「そうなの。 取らなくて正解だったわ。 同じ占いって言葉が入った教科でも、『数占い』は素晴らしい授業だったのにね」

 

「ええ、そうね。 ピタゴラスについてのレポート、何書こうか迷うわ」

 

ハーマイオニーとシャルロットの会話を聞いて、ハリーは怪訝な顔をした。

 

「待ってよ、ハーマイオニー。 君はまだ『数占い』の授業は受けてないはずだ。そうだろう? 1時間目は僕たちと『占い学』を受けたじゃないか」

 

「えっ!? …あ、そうだったわね。 私、先に飲み物取ってくるわね」

 

ハーマイオニーは何かをはぐらかすように、パタパタと向こうのテーブルにオレンジジュースを取りに行った。

 

その反応でシャルロットはピンときた。おそらく彼女は逆転時計を使用しているのだろう。

そもそもシャルロットは断ったものの、学年2位の自分にまでオファーが来たのだから、ハーマイオニーにも勿論来ているはずだ。

 

そんなことを考えながらスリザリンのテーブルで、シャルロットは卵のサンドイッチをかきこんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リーマス・ルーピンは懐かしさに浸りながら校内を彷徨いていた。

目を閉じれば、ジェームズやリリーの笑い声が聞こえてきそうだ。ホグワーツには青春が詰まりすぎている。

 

幸いにも初授業は明日なので、久々の母校を見て回っていたのだ。

 

地下の角を曲がると、ちょうど栗色の髪をまとめた少女が部屋から出てきた。ハリーやシャルロットの誕生パーティーで会ったことがあり、見知った顔だったため手を挙げて挨拶をする。

 

「やあ、ハーマイオニー。 昼休みにこんなところでどうしたの?」

 

「あ、リーマスさん…じゃなくて、ルーピン先生。 ブラック先生の個人授業を受けていたんです」

 

リーマスは、思わず不意をつかれた顔をした。

 

シリウスからレギュラスの悪い噂はそれこそ耳にたこができるほど聞いていたからだ。熱烈な純血主義者、『例のあの人』の狂信的な信者、そのくせに闇の勢力が傾い途端あろうことか兄の親友(セブルス)に助けを媚びた卑怯者・・・。

 

もちろんダンブルドアの下で悪事を働くとは思っていないし、レギュラスはシャルロットを可愛がっているので、彼が情を全く持っていない人間だとは思ってない。

 

しかし、ハリーからレギュラスはグリフィンドールを堂々と嫌ってスリザリンを贔屓すると聞いていたので、マグル生まれのハーマイオニーにそこまで熱心に向き合ってるのが意外だったのだ。

 

「…そう。勤勉家なんだね。 でも、君は『逆転時計』も使っているはずだ。無理は良くないよ」

 

彼女が『逆転時計』を使っていることは教師は皆知っている。

 

「はい、ルーピン先生の授業も楽しみにしてます」

 

ハーマイオニーは笑顔でそう言うと、次の授業に走って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『魔法生物飼育学』の初回の授業は禁じられた森のすぐ近くで行われた。

 

昨日の雨もすっかり上がり、雫が乗る草を踏みしめて一行は向かった。

 

今年始まって、初めてのスリザリンとの合同授業だ。

 

ハリーたちを待ち受けていたのは、ヒッポグリフという不可思議な生き物だった。

 

ワシの頭で馬の脚と尾をもつその生き物は、オレンジ色の目を持っていた。嘴は鈍い光を放ち、鉤爪は恐ろしいほど尖っていた。

 

「ほーれ、美しい生き物だろう?」

 

ハグリッドは自慢げに言い、ヒッポグリフの好物であるイタチの死骸を目の前に放った。

 

確かにハグリッドの言う通り、初めて見た時は驚いたが慣れてみるとその翼や体毛はつやつやと美しく惚れ惚れしてしまう。

 

「綺麗・・・! ヒッポグリフを生で見るのは初めてだわ!」

 

シャルロットは、ほうとため息をつきながらしみじみと言った。

 

「ヒッポグリフは誇り高い。 触る前には必ずお辞儀をしないといかんぞ! これ、バックビーク!」

 

バックビークと呼ばれたそのヒッポグリフは、イタチを食べず何かを嫌がるように頭をふるると振った。

 

「なんだ、緊張しているのか?」

 

ハグリッドは怪訝な顔をした。

 

「よし! じゃあ、誰か最初にバックビークを触ってみたいやつは? 運が良ければ、背中に乗せてもらえるぞ!」

 

ハグリッドはぐるりと皆を見回した。

しかし、ヒッポグリフへの興味はあるものの皆二の足を踏んでいた。

 

「おい、ハリー。 手を挙げないのかい? 英雄の君が目立ちたがらないとは珍しいね」

 

ドラコがくっくっと笑って、ハリーをからかった。

 

「飛ぶのは箒だけで充分さ。 君こそビビってんのか? そういえば君って昔、犬に追いかけられて泣いたことあったよね」

 

ハリーも負けじと言い返した。

ドラコは後ろでクスッと笑ったシャルロットを横目で見て、顔を赤くした。

 

「ずるいぞ、それは言わない約束だろ。 ハリー、君が何歳までおねしょしてたかバラしてやろうか」

 

「おまえさんたち、何コソコソ喋っとる。 そしたらハリー…と、マルフォイ。2人でやってみるか?」

 

今にも小競り合いが始まりそうになったところで、ハグリッドにそう言われた。

 

ハリーとドラコは渋々前に出る。

 

「こりゃ、どうどう! 落ち着け、バックビーク!」

 

バックビークは未だ言うことを聞かず、手網から逃れようとしているかのように暴れている。

 

「ハグリッド、本当に大丈夫なんだろうね?」

 

ハリーは皆に聞こえないよう、小さく確認した。

 

「もちろんだ。 いつもはそりゃもう、いい子なんだぞ。 ちぃーっと緊張しているだけだ。 なあ、バックビーク」

 

バックビークはグゥゥと威嚇するかのように低く鳴いた。オレンジ色の瞳はギラギラと光り、見るもの全てを嫌っているようだ。

 

取り敢えず言われた通りにハリーとドラコはお辞儀した、次の瞬間。

 

バックビークは翼をはためかせてドラコに飛びかかり、獰猛な鉤爪でドラコの腕を引き裂いた。

 

「ぅぐっ…!」

 

ドラコが腕を押さえて、よろめいた。

 

「ドラコ!?」

 

ハリーが咄嗟にドラコの体を抱く。ドラコのローブがみるみるうちに血に染まった。

 

生徒たちの中からも悲鳴が上がる。その中で一際パンジーが甲高い悲鳴を上げた。

シャルロットは2人の元に駆け寄った。

 

ハグリッドは蒼白な顔で、藻掻くバックビークを慌てて取り押さえた。

 

「何しちょる、バックビーク!」

 

バックビークは尚も興奮状態で、ハグリッドの巨体の下で翼をはためかせている。目は爛々と輝いており、まるで正気を失っているように見えた。

 

 

「ハグリッド、早く保健室に!」

 

一番最初に冷静さを取り戻したハーマイオニーはそう言った。

 

「ドラコ、僕の背中に乗れる? …一緒に来てくれ、ロン」

 

ハリーは自身のローブが血に汚れるのも気にせず、呻き声を上げるドラコを背負った。

ロンも珍しく文句も言わず、付き添って行った。

 

「最低! ドラコが死んだらどうするのよ!」

 

パンジーが悲鳴に近いような声でハグリッドを糾弾した。それに伴ってスリザリン生からの野次が上がる。

 

「ち、ちがう! バックビークは普段こんなことしねえ!」

 

ハグリッドはしどろもどろになりながら、尚も暴れるバックビークをどうにか宥めようとした。

 

おかしい。

シャルロットは不意に思った。

 

ハグリッドほど動物の扱いに慣れてる人はいない。

それに生で見たのは初めてとはいえ、誇り高いと言われるヒッポグリフはあんなに気性の荒いものだろうか。

シャルロットの目から見て、ドラコは特にヒッポグリフを刺激させるようなことをしていない。

 

ふと、シャルロットは放り捨てられたイタチを目に留めた。

 

シャルロットはバックビークが口をつけなかったイタチの死骸に近付いた。そして、恐る恐る鼻を近付ける。

 

そして、はっとした。

 

「ハグリッド! このイタチからスナーガラフの匂いがするわ!」

 

「な、なんだと!?」

 

ハグリッドが血相を変えてこちらに駆け寄り、シャルロットに倣ってイタチへ顔を近付けた。

 

スナーガラフ草。

茨のような棘をもつ魔法植物であり、その実は独特の匂いをした毒を持つ。

ヒッポグリフのような肉食獣の駆除剤にも用いられる植物だ。この草の香りは、肉食獣が嫌うものなんだとか。

 

シャルロットは『魔法薬全図鑑』に書いてあった記憶を辿った。

 

この匂いを嗅いだせいでバックビークがあそこまで興奮状態になったのだろう。

 

「何でそんなもんの匂いがこのイタチから…?」

 

ハグリッドは心底不思議そうに首を傾げた。

 

「このイタチはどこで手に入れたもの?」

 

「ノクターン横丁で安く買ったもんだ。 だが、俺が買った時はもちろん、昨日の時点でもスナーガラフ草の匂いなんてしなかったぞ」

 

 

微妙な空気のまま、授業は流れ解散になった。

ハグリッドの悪口を捲し立てるパンジーを諌めながら校舎に戻ると、シャルロットはなるべく人目を忍んでグリフィンドール寮に位置するセブルスの部屋を訪れた。

 

コンコンとノックをすると、ぶっきらぼうな声で「どうぞ」と聞こえた。

 

セブルスは相変わらず何やら研究のレポートに精を出していたようで、シャルロットの顔を見ると少し驚いた顔をした。

 

そして、杖をひと振りしてテーブルの上を片付けるとココアがなみなみ注がれたマグカップを出した。

 

「何かあったのか?」

 

シャルロットは頷くと、事の顛末をセブルスに話して聞かせた。

ヒッポグリフがあまりにも落ち着かなく凶暴だったこと、ドラコが怪我をしたこと、そしてイタチの死骸からスナーガラフの香りがしたのでそのせいでヒッポグリフの様子がおかしかったのではないかということ。

 

「なるほど。 それは…おかしいな。『禁じられた森』を含め、ホグワーツ校内にはスナーガラフは生えていないはずだ。 もちろんレギュラスの管理する魔法薬室の棚にはあるだろうが」

 

セブルスは不謹慎ながらも、自分の娘が香りだけで薬草の名を当てたことを少し誇らしく思いながら、そう言った。

 

「じゃあ、誰かがそれを盗んでわざとイタチにあの匂いをつけたってこと!?」

 

セブルスはココアを片手に、顔を顰めて頷いた。

 

「その可能性が高いかもしれない」

 

「そんな、誰がそんな恐ろしいことを。 何の目的で?」

 

「まだ分からないが…ハグリッドをクビにしようとしたのか…それとも…」

 

セブルスはぶつぶつ呟きながら考えを巡らしていたが、目の前の娘が不安そうな顔をしていることに気付くと表情を和らげた。

 

「大丈夫だ、シャル。 心配することは何もない」

 

「でも…」

 

「教えてくれて助かった。 ココアを飲んだら寮に戻りなさい」

 

セブルスはそう言って、シャルロットの頭をぽんぽんと撫でた。

 

それ以上何か聞いても教えてくれなそうだと思ったので、シャルロットは大人しくそれに従った。

 

スリザリンの寮までの帰り道、シャルロットは思案した。

 

一体誰があんなことをしたのだろう。悪戯にしてはタチが悪すぎる。

 

ハグリッドを好まない連中。スリザリンに多そうだが、わざわざあそこまで手の込んだことをしてまでハグリッドのクビを願う人物には心当たりがない。

 

シャルロットの背筋をぞくぞくとした悪寒が走った。

これ以上何も悪いことが起きないことを願いながら、シャルロットはドラコのお見舞いのために保健室へ向かった。

 




イタチの死骸をクンクンする系オリ主。


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まね妖怪と毒入りクッキー

水に濡れたカラスの羽のように、光を放つ黒髪。すっきりとした二重に、筋の通った鼻。唇には真っ赤な口紅が引かれている。

 

華奢な体はぴっちりとした艶やかなドレスに包まれ、ふんだんにレースのフリルに縁取られていた。

 

それは滑稽というよりは、むしろーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

リーマスの授業は、初回からまね妖怪との実施訓練だった。

 

一昨年は言動がエキセントリックなうえに『例のあの人』の配下、去年は無能な詐欺師と来たもので、みんな今年の先生にも不安な気持ちを抱いていたようだった。しかし、授業が始まって数分で、その不安は覆された。

 

「今日君たちに対峙してもらうのは、まね妖怪だ。 これについて知ってる人はいるかい?」

 

がらんとした部屋に真ん中にある箪笥を指さしながら、リーマスは生徒たちを見回した。

すぐにハーマイオニーが手を上げた。

 

「形態模写妖怪です。 私達が一番怖いと思うのはこれだと判断すると、それに姿を変えることが出来ます」

 

「素晴らしい。私でもそんなに上手くは説明できなかっただろう」

 

リーマスの言葉に、ハーマイオニーの頬がピンクに染まる。

 

リーマスの説明は続いた。

まね妖怪を退治するのに必要なのは、『笑い』らしい。

 

「初めは杖なしで練習しよう。私に続いて言ってみて・・・リディクラス(馬鹿馬鹿しい)!」

 

リディクラス(馬鹿馬鹿しい)!」

 

全員が一斉に叫んだ。

 

「よし、いいぞ。 ここまでは簡単なんだけどね。 呪文だけでは十分じゃないんだ。 …そうだな。じゃあ、ネビル!君に見本を頼もう!」

 

目立たないよう端っこにいたネビルはひくりと体を震わせた。そして、おずおずと前に一歩出た。

ネビルは先程の魔法薬の授業で材料の分量を間違えレギュラスに怒られたので、少し--いや、かなりナーバスだった。

 

「あの、ルーピン先生。 僕より、ハーマイオニーとかハリーの方が…」

 

「いいや。 君に頼みたいんだ、ネビル」

 

リーマスは明るく、しかしきっぱりとそう言った。

 

「さあ、ネビル。 君が世界で一番怖いものはなんだい?」

 

ネビルの唇が微かに動いた。

 

「ん? ごめん、聞こえなかった」

 

リーマスがネビルに聞き返した。すると、ネビルは再び蚊の鳴くような声で答えた。

 

「ブラック先生」

 

生徒の殆どが笑った。

しかし、リーマスだけは真面目な顔をしていた。

 

「ブラック先生か。 …ネビル、いいかい? この箪笥を開いたら、まね妖怪が出てくる」

 

ネビルは一言一句聞き漏らさないよう必死で聞いている。

 

「そして、まね妖怪はブラック先生に変身する。 君はそれを笑いに変える想像をしなければならない。 わかったかな?」

 

「はい。でも…うーん…」

 

ネビルはレギュラスを『笑い』に変える術が思いつかないのか、難しい顔で腕を組んだ。

 

「何でもいいんだよ。 彼を滑稽な姿に変えるんだ」

 

「ねえ、ネビル。 こういうのはどう? 箪笥からレギュラス・ブラックが出てきたら…女装してるとか。 笑えるんじゃない?」

 

くくっと意地の悪い笑みを浮かべてハリーが言うと、周りのグリフィンドール生はハーマイオニー以外どっと笑った。

 

「こら、ブラック先生だよ。 ハリー」

 

リーマスは苦笑しながら、ハリーをたしなめた。

 

「それ、最高だ!どうせなら、フリル付きのドレスとかどうだ!」

 

ロンがこれまた意地の悪い顔で提案する。

 

「じゃあ、真っ赤なバックも持たせましょうよ!」

「ヒールの高い靴も履かせて、化粧もしちゃう?!」

「どうせなら、髪型もロングにしちゃうのどうだ?」

 

…こういった悪ノリが過ぎるところはグリフィンドールの欠点かもしれない。

皆は口々にそう言うと、新たな提案が出る度に笑った。

 

「ちょっと、あなたたち悪ふざけにも程があるわ!」

 

飛び交う自由な意見に、ハーマイオニーが腕を組んで憤慨した。

どうして皆レギュラスのことを悪く言うのか。彼は--確かにスリザリン贔屓で嫌味な先生だけど--向上心のある者には勉強を教えるし、それに優しい人なのに。

 

「どうだい? ネビル、できそう?」

 

「は、はい。 頑張ります」

 

蒼白な顔のまま、ネビルは上擦った声でそれだけ言った。

 

「ネビルが首尾よく追い払えたら、まね妖怪は次々と君たちに襲いかかるだろう。みんな、一番怖いものをちょっと考えてくれるかい? そして、大切なのはそれをどうやって滑稽な姿に変えるかだ!」

 

ざわついていた部屋が静かになった。

隣りでロンが「足をもぎ取って…」と呟いていた。

 

ハーマイオニーは考える。

自分にとって一番怖いものは何かと。

 

忘れてしまったレポート?0点の答案?

 

『穢れた血め』

 

否。

不意に、去年ドラコに放たれたあの言葉が頭の中にまざまざと蘇った。

ドラコのことはもう恨んでいない。彼は謝ってくれたし、今では友人と呼べないこともないだろう。

 

しかし、純血思想。それが存在することをハーマイオニーは知ってしまった。

 

『穢れた血め』

 

涙が溢れそうになる。

 

もし、もし。レギュラスにそんなことを言われたら。

分かっている。自分はただの生徒だし、相手は教師だ。

 

それでも怖い。

レギュラスに嫌われるのがとてつもなく怖い。

 

「さあ、それじゃあ行くよ。 いち、にの、さん!」

 

リーマスの言葉で、ハーマイオニーは物思いから抜け出した。

 

いけない。何か他で怖いものを考えないと。

 

ネビルが杖を構える。

リーマスの合図で箪笥の扉が開き、まね妖怪が飛び出してきた。

 

 

 

--こうして、まるで中世の貴族階級から抜け出してきたような麗しいブラック夫人が生まれてしまった。

 

まね妖怪は退治できたものの実際笑ったのは数人で、その他の生徒は想像と違う目の前のレギュラスに何とも気まずい思いを抱え…ハーマイオニーに至っては先程の葛藤もコロリと忘れあまりの衝撃に金魚のように口をパクパクとさせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…それじゃあ、またね。 ハリー」

 

チョウ・チャンは、年不相応なほど妖艶に笑うとハリーの頬にキスを落とした。

 

ハリーも満更ではなさそうに、彼女に向かって手を振った。

 

現在付き合っているチョウは黒髪のアジア系美人であり、ハリーの2個上のレイブンクロー生だ。

 

チョウはクィディッチではハリーと同じシーカーのポジションであり、前からハリーのことを好意的に思っていたようで、今年に入って猛アタックを始められ…今に至る。

 

才色兼備であり何よりクィディッチの話で盛り上がれるチョウのことを、ハリーもかなり気に入っていた。

女特有の嫉妬深さやしつこさがたまに気に障ることもあるが--シリウスの言葉を借りるなら「欠点のない女なんてつまらない」。

 

寮とは反対方向の階段を降りたところで、バッタリとシャルロットに会った。

こんなところで会うということは、彼女もまた自分と同じ目的だろう。

 

「あら、あなたもドラコのお見舞いね?」

 

ハリーは頷くと、シャルロットの隣りを歩いた。

 

「今度のガールフレンドは珍しく長く続いてるじゃない。 私、ダフネと賭けをしているの。 私は今週中に別れるに1ガリオン賭けてるんだけど…どう? そろそろ別れてくれない?」

 

幼馴染の幸せよりガリオン金貨を優先する薄情なシャルロットに、ハリーはクスッと笑った。

 

「人の恋愛をつつく暇あるなら自分のこと考えろよ。 で、ドラコとはどうなのさ?」

 

「さあ? 彼とはただの幼馴染だし、何かあっても貴方だけには言わないわ」

 

シャルロットはさらりと質問をかわした。

そして、ハリーが持っているクシャクシャの包み紙に目を止めた。

 

「あら、それなに?」

 

「あー…これね。 ハグリッドから預かってきたケナガイタチのミートパイ」

 

大事な一人息子が大怪我させられ激怒したルシウスは、当初魔法省に訴えようとした。

 

しかし、ドラコが父親に訴えるのは辞めるよう頼んだおかげで大事にはならなく済んだ。

ドラコとしては、ハリーとシャルロットが傷つくことを避けたかっただけだのだが結果的にハグリッドからも深く感謝されることになった。

 

「…多分、絶対ドラコは手つけないわね」

 

「同感」

 

ドラコの具合はだいぶ良くなってきたようで、マダム・ポンフリーは割とあっさり面会を許してくれた。

 

やはりドラコは、ケナガイタチのパイを匂いを嗅いで顔を顰めると、その後一切手を付けなかった。

 

「取り敢えず、お茶入れましょうか。 ドラコ、このクッキー好きだったでしょう?」

 

シャルロットはダリアお手製のジンジャークッキーを持ってきていた。

久しぶりに幼馴染3人、水入らずのティーパーティーだ。

 

「退院はまだなのか?」

 

「ああ、明後日には出来るはずだ。 全くリーマスおじ様の最初の授業も受けれなかったし…えらい目にあったよ」

 

ドラコはたっぷり恨みのこもった目で、ミートパイを見つめた。

 

「リーマスおじ様は今までで一番の教師だわ! まね妖怪、ハリーは何に変身したの?」

 

シャルロットの前ではレギュラスを女装させたことを言わないでおこうと、ハリーは思った。そんな悪事がバレたら、確実にシャルロットは呪いを飛ばしてくるだろう。それもうんときついやつを。

 

「ヒッポグリフ。 あんな距離で親友が襲われるの見たんだぜ? 立派なトラウマだよ」

 

本当は一番怖いのは『例のあの人』だが、それを想像するのは辞めた。他の皆を怖がらせてしまうと思ったからだ。

 

「シャルロットは何に変身されたの? 怒った時のセブルスおじさん?」

 

ハリーが揶揄うと、シャルロットは少し頬を赤くした。

 

「失礼ね! 私はトロールよ。 それもムキムキに強化されたやつ」

 

シャルロットの中では、1年生の時に戦ったトロールが未だに根強い恐怖を残しているらしい。

 

「へえ。 僕だったら何に変身したのかな」

 

ドラコは紅茶を1口飲むと、ジンジャークッキーに手を伸ばした。そして、さくりと音を立てて満足そうな顔で咀嚼する。

 

ハリーもドラコに倣い、手を伸ばした。

基本的に全ての家事は屋敷しもべ妖精に任せるダリアだが、お菓子作りは昔から趣味なようで得意だ。その中でも、彼女の作るクッキーは絶品なのである。

 

「うっ」

 

突然ドラコが噎せた。

慌てて食べるからだとハリーは笑い、彼の背中をさすってあげようとして…動きを止めた。

 

何か様子がおかしい。

 

「ぐぅぅうええっ…うがっ……」

 

ドラコの口端から泡がぶわっと溢れる。ドラコは目をカッと見開き、ベットの上で藻掻く。

その拍子に紅茶の入ったカップが弾かれ、床に落ちて割れた。

 

「どうしたのです!?」

 

音を聞きつけたマダム・ポンフリーが、カーテンを勢いよく開き、飛び込んできた。

 

「ミスター・マルフォイ!? どうしたのですか!?」

 

「ぁ…がっ…ぐっ……!!」

 

突然シャルロットは、隣りで呆然としているハリーの腕を掴んだ。

 

「このクッキーだわ!!」

 

シャルロットはそれだけ叫んで、ハリーの手からクッキーを叩き落とす。そして、自分のバックを引っ掴み、中から大きめのピルケースのようなものを取り出した。

 

「退いてちょうだい!!」

 

そして、その中にある小さな何かを掴むと、マダム・ポンフリーを突き飛ばし、ドラコの口の中に突っ込んだ。

 

ドラコの息が少し落ち着いた。

 

「ハリー! パパを呼んできて!!」

 

ハリーはシャルロットの声で我に返ると、一目散に保健室から出ていった。

 

「ドラコ! しっかりしてよ、ドラコ!!」

 

間違いない。ドラコは毒を飲んだんだ。

 

シャルロットが、彼の口に突っ込んだのはベゾアール石の欠片だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…全く、ベゾアール石を持ち歩いてたことも、咄嗟の判断でそれをドラコの口に突っ込んだのも大したものだよ」

 

リーマスは落ち着いた寝息を立てるドラコを尻目に、しみじみそう言った。

 

「たまたまよ。 今日ちょうど魔法薬の授業があったから。 パパの授業がある時は、魔法薬の材料を一通り持ち歩いているの」

 

「さすがセブルスの娘だね」

 

リーマスはシャルロットの髪をクシャクシャと撫でた。シャルロットはちょっと擽ったそうな顔をする。

 

「半狂乱でハリーが私の部屋に来た時は、さすがに驚いたぞ。 大事に至らなくて本当によかった」

 

病気や怪我ならまだしも、毒となるとセブルスの方が専門家だ。彼はすぐに駆けつけて迅速な対応をしてくれた。

 

先程、癒師を呼び検査をしてもらったが彼の体内に毒は残らなかった。聖マンゴに入院する必要もないらしい。

 

マダム・ポンフリーはせっせとドラコの看病をしている。

そのベッドの周りに、リーマスとセブルス、ハリーとシャルロットが立っていた。

 

普段ならマダム・ポンフリーに追い出される状況だろうが、今回に限ってはセブルスの処置のおかげなので何も口出しはしなかった。

 

しかし、マダム・ポンフリーの名誉のために付け加えると、決して彼女が無能なわけではない。むしろ、苦しんでる人間を目の前に、原因の毒を当てて適切な薬をすぐに調合したセブルスの方がレアケースだ。

 

「さあ、ハリーとシャルはそろそろ戻りなさい。 もうすぐ晩ご飯の時間だろう?」

 

リーマスが諭すように言うと、シャルロットはハリーと顔を見合わせた。

 

「でも…」

 

「私たちも部屋に戻る。 ドラコはもう大丈夫だが、彼には静かな休息が必要だ」

 

セブルスの言葉に、マダム・ポンフリーは大袈裟なほど頷いた。

 

シャルロットも納得したのか4人は連れ立って保健室を出た。そして、ハリーとシャルロットは夕飯のため大広間の方へ歩いて行った。

 

 

「今回のことどう思う、リーマス」

 

 

子どもたちが遠ざかると、セブルスが低い声で隣りの友人に問うた。

 

「…こないだの一件と犯人は同じだろうね。 それから、ダリアさんのクッキーに毒を仕込むのが出来るのはスリザリン生だけだと思う」

 

「ああ。 それか犯人が私の祖母であるか、どっちかだな」

 

「君にしては冴えたジョークだね」

 

セブルスは余計なお世話だと言わんばかりに、ふんと鼻を鳴らした。

 

「前回のヒッポグリフの件に関しては、悪戯と捉えることもできる。 だが、今回のことはれっきとした殺人未遂だぞ」

 

大広間へ向かう生徒たちの楽しそうな笑い声が、風に乗って聞こえてきた。

その中にシャルロットやハリーの声も混じっているだろう。

 

子どもが危険な目にあって、平気な顔で居られる親が居るものか。

セブルスは無意識のうちに拳を握りしめていた。

 

「でも、現状だと犯人の特定は難しいよ。…それに君より教師歴の短い私が言うのもアレだけど…生徒の中に犯人が居るなんて考えたくないな」

 

リーマスの言うことも尤もだったので、セブルスが苦々しい顔で頷いた。

 

ホグワーツでは教科ごとに教師が全学年を受け持っている。レギュラスの代理授業が多いとはいえ、長年教壇に立っているセブルスは全校の生徒の顔も名前も殆ど覚えている。

その中に犯人が居る可能性を考えるのは、出来ればやりたくない。

 

「…取り敢えず、校長に報告しよう。 これ以上事件が起こるようなら魔法省も介入することになるだろう」

 

セブルスがくるりとマントを翻すと、リーマスもその後を追った。

 

だいぶ離れているというのに大広間から美味しそうなシェパードパイの匂いが漂ってきた。

セブルスは突然自分のお腹が猛烈に減っているのを自覚した。

 

今日は久しぶりのホグワーツの授業なうえに、自身の研究も落ち着いていたので、久しぶりにゆっくり食事を楽しめると思っていた。しかしこの分だと食べ損ねることになるだろう。

 

「ところで、リーマス」

 

やり場のない些細な苛立ちに襲われたので、隣りを歩く友人に八つ当たりをすることにした。

 

「なんだい?」

 

「レギュラスに女装させたらしいじゃないか。おまえにそっちの趣味(・・・・・・)があるとは知らなかった」

 

「…反省してるよ」

 




もっしゅ様からの頂き物です。


【挿絵表示】


美しすぎるシャルロット!目の色がセブルスと同じなのがまた素敵です(*´-`*)♡


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思いは交錯して

10月末、ハロウィンの日。

 

3年生にとって初めてとなるホグズミード行きの日だ。新学期が始まってから皆この日を心待ちにしていた。

 

『三本の箒』でロンとハーマイオニーと共に初めてのバタービールを堪能したハリーは、2人と別れマダム・パディフットの店へと足早に向かった。そこでチョウと待ち合わせをしているのだ。

 

ここのところペットのことでやや険悪である2人を残して行くのは少し気が引けたが、初めてのホグズミードで浮かれているのか今日はいくらかマシだった。

 

「ごめん! 待たせたかな?」

 

マダム・パディフットの店の前に既にチョウはいた。

周りの生徒より少しませているチョウは、睫毛にたっぷりとマスカラを乗せ、唇には真っ赤な口紅も引かれていた。

そんなチョウだがハリーに気付くと、眉を吊り上げる。そんな仕草まで愛らしく見えた。

 

「…遅かったじゃない」

 

つんとしたその表情は、ハリーが先程までハーマイオニーと一緒にいたことが気に食わないことを物語っていた。

 

「ごめんね。 初めてのホグズミードは一緒に行こうってあの2人と前から約束してたんだ。 ところで、今日はいつにも増して可愛いね、チョウ」

 

「今さらご機嫌とりかしら?」

 

チョウが口を尖らせてそう言った。

その様子があまりにも幼く見えたのでハリーがクスッと笑うと、チョウもとうとう我慢できずに吹き出した。

 

ハリーはチョウの腰に手を回すと、自分たちと同じようなカップルに溢れたマダム・パディフットの店へ足を踏み入れた。

 

店内は何もかもピンク色に統一されて、あちこちにフリルがあしらわれていた。

カップルはあちこちで濃厚なキスを交わしている。

 

ここがチョウのお気に入りの店ということは、前付き合ってた人とここにも来たのだろうか。

ハリーの頭の中で、ちょっと意地悪な考えが頭をもたげた。

 

チョウがマダムにコーヒーを2つ頼むと、すぐに運ばれてきた。

だが、ハリーは先程バタービールを飲んだばかりなので喉が渇いていなかった。

 

何も言わず、ハリーはチョウの首筋に手を添え顔を近付けた。チョウももちろん拒むことなく、うっとりと柔らかく微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レギュラスは自室を出ると、土曜日の割には生徒が少ないなということに訝しみ、そこで初めて今日はホグズミード村に行ける日だと気付いた。

相変わらず生徒のことには関心が薄い。

 

それでは…さすがに今日はあの子も来ないだろう。

 

レギュラスは、心のどこかでハーマイオニーを待っていたことに気付いて戸惑った。

馬鹿馬鹿しい。自分らしくない。

『穢れた血』の生徒を心待ちにしていたなんて、何かの間違いに決まっている。

 

しかし、ホグズミード村。何と懐かしい響きだろうか。

自分も在学中には遊びに行った。しかし、これと言って青春らしい記憶はなかった。

 

スリザリンに所属し、ブラック家の期待の次男として周りから見られていたレギュラスは、やはり同じ聖28一族の子息子女と付き合うことを母から強要された。

 

ホグズミード村に来ても、暗くジメジメしたホッグズ・ヘッドに溜まり、同じく純血思想の同胞と闇の帝王の偉業を語り合った。それが当時は何より有意義に感じたはずなのに。

 

ゾンコの悪戯専門店に行ったり、安いパブで寮の垣根なくバタービールを引っ掛けたり、当時は馬鹿馬鹿しいと思っていたことが、今になって同じことをしている学生があまりにも眩しい。

 

レギュラス自身は絶対に認めないが、彼はシリウスが羨ましかった。

 

悪戯専門店を練り歩き、女の子を引っ掛けて、ブラックの名を捨てても周りに人がすぐ集まり、友達と大声で笑っているシリウスが。

自由に生き、いつだって友達に囲まれているシリウスが。

 

レギュラスがシリウスを執拗に憎む理由は、幾つもあるが、その中には嫉妬もあるのだろう。

 

そんな物思いに耽っていると、扉がコンコンと叩かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハーマイオニーが肩をいからせて廊下を突き進んだので、殆どの下級生が慌てて道を開けた。

 

楽しみにしていたホグズミードが台無しだ。

これも何もかもロンのせいである。

 

ハリーが居た時はまだ良かった。初めてのホグズミードに浮かれていたし、バタービールも最高に美味しかった。

 

しかし、ハリーがガールフレンドに会いに行ってしまってロンと2人きりになってから空気が変わった。

 

ロンはスキャバーズ--こないだ彼が拾った汚いネズミだ--がクルックシャンクスにいつも襲われているとネチネチ文句を言ってきた。そんなことを言われても、猫がネズミを追うのは当たり前だ。

 

そのせいで、ここのところ形を潜めていた戦争が再発してしまった。

 

結局最後は喧嘩別れのように『三本の箒』を出た。

ロンはディーンやシェーマスと合流してしまい、ハーマイオニーは一人ぼっちになってしまった。

 

シャルロットと合流しようかと思ったが、彼女は退院したばかりのドラコと2人で回ると言っていた。ドラコの自分への態度は軟化したものの彼はいい顔をしないだろうし、何よりデートの邪魔をしたら悪い。

 

ハーマイオニーは改めて自分の友人の少なさに落ち込んだ。

 

結局1人でスクリベンシャフト羽根ペン専門店やハニーデュースクの店を冷やかしたハーマイオニーは、ホグワーツに帰ることに決めたのだった。

 

ハーマイオニーは魔法薬学の教室の前に着くと、手鏡を取り出して乱れた髪型を整えた。

 

ノックをすると、中から「どうぞ」といつも通り素っ気ない声がした。

 

部屋に入ると、レギュラスはちょっと驚いたように目を見開いた。

今日はハーマイオニーが来るのは予想外だったのだろう。

 

もしかして友達が少ない可哀想な子だと思われただろうか。

ハーマイオニーは自分の顔が火照るのを感じた。

 

「…昨日出した『老け薬』についてのレポートがもう終わったのですか?」

 

有難いことに、レギュラスはホグズミードに関してのことは突っ込まなかった。

 

「え? …あ、はい!そのことに関して分からないことがあったので、ブラック先生に聞こうと…」

 

「そうですか。見せてみなさい」

 

ハーマイオニーは慌ててバックの中から羊皮紙を取り出して拡げた。

レギュラスが羊皮紙を覗き込んだので、彼の顔が近くなりハーマイオニーの鼓動の速度が上がる。

薬草の匂いに混じって、ムスクの香水がふわりと鼻腔を擽る。

 

「あぁ、なるほど。 ここのニワヤナギと蛙の肝臓の配分についてですか」

 

「ええ」

 

この頬の熱さが、この心臓の早鐘が、彼に伝わってはいないだろうか。

 

「ふむ…それなら実際にやってみた方が早いかもしれませんね」

 

レギュラスはそう言って立ち上がる。ムスクの香りが、おあずけと言わんばかりに遠ざかった。

 

 

 

 

薬を煮込むフツフツという音が2人の間を縫っていく。

 

魔法薬の調合は困難かつ繊細だ。

そして、危険が伴う。常に作業に集中しなければいけないというのは1年生の時から耳にたこができるほど言われていることである。

だから、そのことはハーマイオニーももちろん人一倍理解していた。しかし、今日のハーマイオニーはどこか上の空だった。

 

「その後、切り刻んだイラクサを鍋に入れます」

 

自分はロンに悪いことをしてしまっただろうか。

確かに、誰だって自分のペットが襲われたら嫌な気持ちになるに決まってる。

 

でも、それにしたってあんなきつい言葉を言わなくてもいいじゃないか。

 

「この時の順序が大切ですね。 その後に蛙の肝臓を入れなさい。 …聞いていますか、グレンジャー」

 

「あ…は、はい」

 

その言葉に考え事から連れ戻されたハーマイオニーは、慌てて目の前の蛙の肝臓を掴んだ。そして、鍋に入れ込む。

 

「グレンジャー!!」

 

途端に強い力でレギュラスに引っ張られ、ハーマイオニーは彼の胸の中にすっぽりおさまった。

 

鍋が大きな音を立てて爆発したのと、レギュラスが無言呪文でプロテゴ(盾の呪文)を張ったのはほぼ同時だった。

 

「いっ…た……」

 

しかしあまりにも咄嗟のことだったので、レギュラスの作り出したプロテゴが守ったのはハーマイオニーの顔と上半身だけだった。彼女の右足はもろに薬品が飛び散り、皮膚が真っ赤に焼け爛れている。

 

レギュラスは無言のままハーマイオニーの怪我に触れないよう膝の下に手を入れて、軽々と抱き上げた。

 

「ブラック先生! 私、自分の足で歩けます!」

 

ハーマイオニーは赤面しながらも慌ててそう言った。しかし、レギュラスは何も返さずハーマイオニーを抱き上げたまま、研究室の隣りに位置する自室へと向かった。

 

レギュラスはハーマイオニーをソファーの上へ降ろすと、棚の中から薬品をいくつか出した。

 

「…右足を出しなさい」

 

「え…でも…」

 

太ももの近くまで火傷しているせいか、目の前のレギュラスにそこまで晒すのは抵抗があった。

しかし、ハーマイオニーが戸惑っているとレギュラスはどこか苛ついたようにスカートを捲り上げた。ハーマイオニーが何か言い募る前に、レギュラスは軟膏のようなものを手に取る。そして、手ずから彼女の足に塗り広げた。

レギュラスの手はあの時と同じように冷たかったが、少しでも痛くないよう気遣われながら塗られてるのが分かった。今やハーマイオニーの鼓動は爆発寸前である。

 

何となくそのレギュラスの態度に気圧されたハーマイオニーも、黙ったまま居心地の悪い顔をしていた。

 

部屋は静まりかえっていて、辛うじて時計が時を刻む音だけが聞こえた。

 

レギュラスの部屋に入ったのは初めてだった。その部屋は彼の性格を丸ごと表しているようで、家具は最低限しかないものの置かれているものは洗練されていて一目で高級品だと分かった。

 

軟膏を塗り終えると、レギュラスは漸く口を開いた。

 

「暫く痛いかも知れませんが痕は残らないでしょう。 塗り薬を今調合しますから、そこに座って待っていなさい」

 

レギュラスが杖を一振りすると、戸棚の中から銀色の花模様が入ったティーセットと、これまた高価そうなクッキーが入ったお皿がテーブルに置かれた。

ティーポットは宙に浮くと自動でカップへとお茶を注ぐ。そして、流れるようにハーマイオニーの前へとふわふわ飛んできた。

 

ハーマイオニーの戸惑った顔に、レギュラスは違う解釈をしたらしい。

 

「…ああ、今日はマダム・ポンフリーが不在なのです。 私でも薬の調合は可能ですが、明日念の為医務室に行きなさい」

 

「あ…はい。 ありがとうございます」

 

もう少し気の利いたお礼が言えたらいいのに。

ハーマイオニーは美しいティーカップを絶対落とさないよう気をつけながら、口をつけた。良い茶葉を使用しているのだろうが、味なんてわからなかった。

 

レギュラスの自室でお茶を飲んでいる。

あまりにも信じられないこのシチュエーションに頭がクラクラする。

 

「あの…手順を間違えてしまってすみませんでした」

 

沈黙に耐えられなかった。

レギュラスは相変わらずこちらに背を向けたまま、薬の調合を続け、鍋に材料を入れている。

 

「魔法薬の調合中は集中しろと私はもちろんセブルスも何度も言ってきたはずです。 ほんの些細なミスで命を落とすことだってある」

 

ぐうの音も出ない。

これ以上ないくらい厳しい正論に、ハーマイオニーは項垂れた。

 

「何かありましたか?」

 

「え?」

 

ハーマイオニーは思わずティーカップを取り落としそうになり慌てた。

 

「貴方がぼんやりしてしまうほどの何かがあったのかと聞いているんです」

 

「いや、あの…大したことないんです」

 

「話してみなさい」

 

一体どんな気まぐれだというのか、レギュラスは何やら薬の材料を刻みながらいつも通り素っ気ない口調で促した。

 

ハーマイオニーはおずおずと、自分のペットの猫がロンのネズミを追いかけるせいでここのところ上手くいってないこと。そして、先ほどホグズミードで彼と大喧嘩をしてしまったことを話した。

 

口に出せば出してみるほど、それはまるで幼い子どもの喧嘩のようでハーマイオニーは恥ずかしくなり、だんだんと声が小さくなった。

 

「すみません。 こんなくだらない話を聞かせてしまって」

 

最後は殆ど消え入りそうな声で、彼の背中に向かいハーマイオニーはそう締めくくった。すると彼は魔法薬を掻き回しながら、ちらりと振り返った。

 

「いえ、くだらないとは思いませんよ。 私にも--私の場合は屋敷しもべ妖精なのでペットとは異なりますが--大事な存在がいます。 傷つけたり、誰かに悪く言われたら私も貴方のように怒ると思います」

 

ハーマイオニーは驚いて、レギュラスの顔をまじまじと見つめた。すると、彼は露骨に顔を顰めた。

 

「何ですか? ハリー・ブラックからどんな噂を聞いているのか知りませんが、私とて血の通った人間ですよ」

 

ハーマイオニーは慌てて首をぶんぶんと振った。

 

「いえ! そういう意味ではありません。 ただ…魔法使いの多くは屋敷しもべ妖精に…その、強く当たると聞いていたので…」

 

「--ああ、そう言った魔法使いも確かに多いですね」

 

レギュラスは顰めっ面のまま言った。

 

「…しかし、そのようなことがあったとしても薬の調合中にぼんやりしていい理由にはなりません」

 

「はい。 すみませんでした」

 

ハーマイオニーはしおらしく謝罪の言葉を口にした。レギュラスから失望された。もしかしたら、嫌われてしまったかもしれない。…もちろん、最初から好かれてるわけなんてないのだけれど。

 

レギュラスは、薬の調合過程が終わったのかティーカップを取り出すと自分の分の紅茶も入れた。

そして、ハーマイオニーの向かい側のソファーに座る。

 

「しかし、生徒に怪我をさせてしまったのは私の監督責任でしょう。 あと15分ほどで薬が出来上がりますのでそれを持っていきなさい」

 

俯いていたハーマイオニーは思わず顔を上げた。レギュラスのその言葉から、どことなく自分を心配してくれる優しさを感じた気がした。

 

いや、彼は紛うことなく優しいのだ。

ハリーはレギュラスが元死喰い人の極悪人だと言っていた。しかし、そんな人が屋敷しもべ妖精を大切にするだろうか?

 

「助けてくれてありがとうございました」

 

ハーマイオニーは改めてきちんと頭を下げた。

レギュラスは軽く頷くと、紅茶を傾けた。その仕草はごく自然なのに優雅で品があった。

 

ハーマイオニーは思わず見惚れてしまいそうになる。

 

「1年生の時も、ブラック先生は私を助けてくれましたね」

 

「あれは成行きです。私は…クィレルが『賢者の石』を手に入れるのを止めなければならなかった」

 

レギュラスはそう言ってから、ちょっとバツが悪そうな顔で再び紅茶を口に含んだ。どうやら失言だったと後悔しているようだ。

 

ハーマイオニーもあの時はレギュラスが犯人だと思い込んで行動をしていたため、気まずい思いに駆られた。

今思えば、レギュラスを疑っていたなんて信じられない。

 

今でもあの時のことはまざまざと脳裏に蘇る。

トロールの攻撃に死を覚悟したその時、颯爽と現れて自分を助けてくれた。

あまつさえトロールの酷い死を見せないよう、私の視界をその手で遮ってくれた。

 

レギュラスは確かにグリフィンドール嫌いだし、冷たくて、皮肉屋で、何を考えている人なのか分からない。

 

それでも彼の中に優しさがあって、それが僅かにでも自分に向けられているのは自惚れではない気がした。

 

 

「--ブラック先生。 貴方が、好きです」

 

 

あまりにもごく自然に、口から言葉が滑り落ちた。

 

目の前のレギュラスの表情が、動作が、そして思考さえもが完全に静止した。

彼は暫くそのまま固まっていたが、おもむろに手に持っていたティーカップをソーサーの上に置く。

 

ハーマイオニーは体中がかっと熱くなるのを感じた。

 

今、自分は何と言った?

 

「あ、あの…これは…違うんです」

 

しどろもどろになりながらもそう言うと、ハーマイオニーはばっと立ち上がった。そして、慌てて一礼をすると振り返らず一目散に部屋を出て行った。

 

頬が燃えるように熱い。

ハーマイオニーは廊下をバタバタと走った。もし、マクゴナガルに見つかったら減点されるだろうが、今はそんなことを考える余裕はなかった。

 

もちろん自覚していた。レギュラスが好きなのだと自覚はしていた。

ハーマイオニーにとって、初恋だった。

 

ただ彼の生徒で居られて、彼に魔法薬の成績を褒めてもらえるならばそれで充分だと…幸せだと思っていた。

 

先程のレギュラスの戸惑ったような顔が浮かぶ。

 

もともと体力なんて殆どないハーマイオニーはすぐに走り疲れてしまい、階段の手すりへと体を傾けた。

 

--報われない。報われるわけなどない。

 

だって、自分は『マグル生まれ』なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何か言葉をかけようとした時には、彼女はもう部屋を出て行った後だった。

 

彼女の飲みかけの紅茶と、先程より数の少なくなったクッキーだけが取り残されている。

 

今、あの少女は何と言ったのか。

 

もし自分の聞き間違いでなければ--。

 

気付けば、他人からあんな純粋な愛情を向けられた経験は少ない。

彼女の真っ直ぐなチョコレート色の瞳は、どこかレギュラスをいつも居心地悪くさせた。それが自分への無償の愛だったことを、レギュラスは今初めて思い知らされた。

 

在学中も闇の世界に入っても、周りに仲間は居た。しかし、それは自分が『ブラック家』であるからだ。

友人なんてほぼ居ない。いや、正確に言えば『ブラック家』としての友人は居たが、その殆どがアズカバンに今囚われている。

親から愛情を受けたのも、自分がシリウスと違って『純血主義』だったからだ。

 

レギュラスを愛する人物を強いて挙げるとすれば、ダリアやセブルス、クリーチャー。そして、何よりシャルロットくらいだろうか。

 

なのに、グリフィンドール生まれで『穢れた血』であるはずの彼女から--。

 

いや、きっと何かの間違いだろう。それか、自分の勘違い。

 

自分のスリザリン贔屓は周知の事実であるし、彼女が自分に好意を抱くなどありえない。

 

レギュラスはティーカップを片付けながら、自分にそう言い聞かせた。

 

彼女が自分を好きになるはずないと幾つも幾つも、理由を挙げてみる。

しかし、それは自分がどうにか納得したいがための言い訳にしか聞こえなかった。

 

それでは、自分は彼女のことをどう思っているというのだ?

 

ガシャンッ。

レギュラスは、綺麗に洗ったばかりのカップを勢いよく床に投げつけた。耳障りな音を立てて、高価なティーカップが粉々に割れる。

 

脳内に不意に浮かんだ意地悪な質問を、レギュラスは無理矢理シャットアウトした。

 

苛立ったように短い黒髪をかきあげると、杖をひと振りして破片を集め、ゴミ箱に叩き込む。

 

全くもって--。

 

全くもって、こんな感情など馬鹿馬鹿しい。

 




ここのところドラコが命を落としかけたり、さらにドラコが命を落としかけたりしていたので箸休め恋愛回。


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ペデュグリューの罪

休日は長めのパンツで怪我を隠していたハーマイオニーだが、当然授業が始まれば制服を着ることになる。

 

プリーツスカートから覗く大きな包帯に、ハリーとロンは驚き心配した。

 

そして、どうやらホグズミードの一件のことでハリーからロンに説教があったらしい。朝食の時ロンはバツの悪そうな顔で「スキャバーズのことは許してないけど…こないだはごめん。わざわざホグズミードで言うことなかったよな」とボソボソ言われた。

 

例えそれが友達である自分への対応だとしても、本当にハリーは女の子の扱いに長けていた。ハーマイオニーは苦笑いしながらも、早めの仲直りにほっとした。

 

「それで、どうしたの? その傷」

 

ハリーは欠伸をしながらアップルパイに齧り付くという器用な芸当をこなしながら訊いた。

 

「…ブラック先生の個人授業中にちょっと失敗しちゃったの」

 

隠しても仕方ないのでハーマイオニーは正直にそう答えた。無論、彼の自室で起きたことは誰にも言う気はない。

 

「何だって!?」

 

ハリーは憤慨してロンと共にレギュラスの悪口を並べ立てた。

 

「だから言ったろ? もうあいつと個人授業なんてしちゃ駄目だよ。 もしかしたら、怪我させたのわざとだったのかもしれない」

 

ロンはまるで何かを挽回するように悪口に同調した。

 

「そんなことないわ。 調合に失敗したのは私だもの。 …でも、もう個人授業に行くのは辞めるわね」

 

ハーマイオニーが曖昧に微笑むと、2人は満足そうに何度も頷いた。

 

配布された今週の時間割を見ると、有難いことに暫く魔法薬の授業はなかった。

ハーマイオニーはどこかほっとして、サラダをを少しだけ取り分けた。あまり食欲がない。

 

「やった! 今日は1限からルーピン先生だ!」

 

ハリーが嬉しそうに言ったので、ハーマイオニーも気持ちを切り替えるようミルクを一気に飲んだ。

 

授業に集中しないと。

ただでさえ自分は逆転時計を使用しているのだから。

 

3人は連れ立って『闇の魔術に対する防衛術』の教室へ向かった。

しかし、いつもなら生徒が来る前から教室に待機しているリーマスが今日はいない。

 

「ルーピン先生、寝坊かな?」

 

ハリーがクスクス笑ったその時、扉が開いた。そこには不機嫌な顔をしたレギュラスが立っていた。

生徒たちのお喋りがぴたりと止む。

ハーマイオニーは驚いて羽根ペンと羊皮紙をバサバサと落とした。

 

「ねえ、何であいつが入ってきたんだ?」

 

「私語は慎みなさい。 グリフィンドール5点減点」

 

ハリーの声は小さかったが、レギュラスはそれを目敏く指摘した。

ハリーがギロリと反抗的な目でレギュラスを睨む。しかし、レギュラスは臆すことなく教壇に立った。

 

「…本日ルーピン教授は体調が悪いようですので、私がこの授業を担当します。 48ページを開きなさい」

 

途端に教室はリーマスへの心配と落胆の声でざわつく。

レギュラスはさらにグリフィンドールを減点してから、授業に入った。

 

淡々と授業をこなす彼だが、視線は時折ハーマイオニーへの傷へと逸れた。しかし、両者が目を合わせることはついぞなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

授業の終わりを告げるチャイムが鳴ると、グリフィンドール生たちはとっとと教室を後にした。

 

レギュラスはハーマイオニーの姿を探す。その手にはこないだ渡しそびれた薬が握られていた。

 

そこに特別な感情なんてもちろんない、とレギュラスは自身に言い聞かせる。

そもそもあんな一回り以上年下の少女が、自分を好いていたからなんだと言うのだ?

思い返せば、今までだってスリザリンの女子生徒に恋愛感情を持たれたことは数度あったのである。

 

つまり、これは個人的に質問を受けていた優等生がたまたま怪我をして、さらにたまたま校医が不在だったから作った薬を渡すだけ。

 

しかし、彼女の姿はなかった。まだ遠くへ行ってないはずなのに。

教室を片付けるふりをして辺りを見回す。

 

そして、はたと思い当たった。

そうだ。彼女は逆転時計を持っている。きっとそれを使って次の--いや、時間を戻るわけだから、正確には前ということになるのか?--の授業を受けに行ったのだろう。

 

明らかに避けられている。

飲み込みようのない苛立ちに襲われたレギュラスは、柄にもなく舌打ちをした。

苛立ちの正体さえも分からなかった。

 

今度こそ授業の後始末を終えて教室を出ると、外出用のローブを着たセブルスにばったり会った。

どうやら今帰ってきたところらしい。

 

「随分早いですね。 今日の学会は長引きそうだと言っていたので、てっきり夜までかかると思いました」

 

「ああ、こんな時間に帰ってこれるのは久しぶりだ。 …今日の午後のハッフルパフの魔法薬は私が受け持つ。 リーマスの穴も埋めねばならないし、おまえも大変だろう」

 

ちなみに余談だが、セブルスの魔法薬の授業もレギュラスの魔法薬の授業も評判はどっこいどっこいである。

 

セブルスはレギュラスのようにあからさまな贔屓はしないとはいえ、厳しくまた高度な彼の授業についてこれる生徒は殆どいないのだ。

 

「大したことではありませんよ。 セブルスが疲れているなら、午後の授業も私で構いませんが」

 

「いや、疲れてはいないのだが。 …ああ、それなら授業は私が受け持つから、リーマスの脱狼薬を煎じてくれないか?」

 

セブルスは最後の言葉を声を潜めて言った。

 

脱狼薬は調合も複雑な上にかなり時間を要する。セブルスとしては授業を代わってもらうより、そちらの薬を作ってもらえる方が負担は減る。

 

「脱狼薬ですって? 私は構いませんが、ルーピンが私の作ったものに口をつけるとは思えません」

 

「そんなことはない。 リーマスはホグワーツに来て、おまえを見る目が変わったようだぞ。 おおかたシリウスから悪い噂しか今まで聞いていなかったんだろうな」

 

レギュラスは興味なさそうに鼻を鳴らした。

レギュラスは、シリウスとジェームズを筆頭にした悪戯仕掛け人たちが心底嫌いなのだ。命の恩人であるセブルスだけが例外なのである。

 

「見る目が変わったなら、まね妖怪を使って私に女装させたりしないはずですが? ルーピンも兄上と一緒で素敵な性格をしていらっしゃいますね」

 

「そのことに関してはリーマスに強く言っておいた」

 

セブルスが眉根を寄せて困った顔をしたので、レギュラスはちょっとバツが悪くなった。

 

「…わかりましたよ。 貴方の頼みなら断れません。 私が脱狼薬を作りましょう」

 

「ああ。 恩に着るよ。 これで今夜は早めに寝れる」

 

「大袈裟ですよ。…それにしても未だペティグリューは捕まらないのですが? 本当に闇祓いというのは無能なのですね」

 

憎んでいる兄が闇祓いの局長であるのも相まって、レギュラスは痛烈に批判した。

とはいえ、レギュラスは悪戯仕掛け人たちが動物もどきであったことはもちろん知らない。

 

「シリウスのことは責めないでやってくれ」

 

シリウスがたった1匹のネズミを捕まえることに血眼になり最近は殆ど寝ていないのを、セブルスは知っていたのでそう窘めた。

 

レギュラスは可愛がっているシャルロットの母親の仇であるピーターを、当然憎んでいた。

 

お互いを嫌い合い共通点などほぼないこの兄弟であるが、憎む相手だけが同じであることにセブルスは何とも言い難い不思議な気分になるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

秋はまるで何かに追われているかのように姿を消し、今年の初雪はホグズミード週末の日だった。

 

こないだのクィディッチのハッフルパフ戦で勝利を掴んだハリーは、それはそれはご機嫌でロンとハーマイオニーと共にホグズミードへ向かった。

これでグリフィンドールは、さらに優勝に近付いた。

ウッドも今年で卒業してしまうせいでチームの練習はさらに熱が入り、ここのとこは毎日猛特訓が続いた。なので、今日は久々の休暇だった。

 

白銀の世界となったホグズミード村はまるで絵画の一部を切り取ったかのように美しい。茅葺き屋根の小さな家には雪が薄く積もり、どの家にも戸には柊のリースが飾られていた。

 

途中、ドラコとシャルロットに出会った。

 

「やあ、君たちデートかい?」

 

ハリーがからかうと、ドラコは顔を真っ赤にした。それが面白くて執拗にからかったので、シャルロットにきつく怒られた。

 

「全く、ドラコもドラコよ。 いちいちハリーの言葉を真に受けるんだから!」

 

しかし、そんなシャルロットの態度も満更ではなさそうだ。

こいつら本当に付き合いそうだなとハリーは考えながら、2人と別れた。

 

最初は子どもらしく休日と初雪が被ったことを喜んだハリーたちだったが、しんしんと積もる雪は次第に3人の体を芯から凍りつかせた。

 

「ねえ、『三本の箒』でバタービール飲んで温まらない?」

 

ハリーの提案に2人はマフラーに顔を埋めながらコクコクと頷いた。

 

この気候のせいで『三本の箒』はかなり混んでるかと思いきや、ハリーたちは入り口から離れた一番奥の席を確保できた。

 

早速バタービールを3つ運ばれてきた。

 

「メリークリスマス!」

 

3人は乾杯して半分ほど一気に呷る。

温かい甘さが、3人の冷たい体を解いていく。

 

「ハーマイオニー、お髭ができてるよ」

 

ハリーがクスクス笑うと、ハーマイオニーは慌てて口元を拭った。

 

チリンチリンと音を立ててドアが開き、また誰かが入ってきた。扉が開いた拍子に、足元に冷たい風が流れる。

 

「…全く、今日は冷えますな。 しかし、仕事とはいえ久々のホグズミードは懐かしい」

 

「特に今日は生徒たちも来ていますからね。 尚更でしょう。 ああ、マダム。 私はギリーウォーターのシングルを頂きましょう」

 

「それでは、私はさくらんぼシロップソーダを」

 

「俺は蜂蜜酒を…そうだな。 4ジョッキ分くれ」

 

聞き覚えのある声に思わず視線を向けると、そこには何と驚くことに魔法大臣コーネリウス・ファッジと、フリットウィック、マクゴナガル、それにハグリッドが居た。

 

「へぇ。珍しいメンツだね」

 

ロンが興味津々に首を伸ばした。

こちらからは4人の席が良く見えるが、向こうからこちらは死角らしい。ハリーたちに気付いてる気配はなかった。

 

マダム・ロスメルタが飲み物を運んでくる。

 

「ありがとうよ、ロスメルタ。 君にまた会えて嬉しいよ。 よかったら君も一杯どうかね? ご馳走しよう」

 

「まあ大臣! 光栄ですわ」

 

大臣の言葉に、マダム・ロスメルタが体をしならせて微笑んだ。

 

「それで大臣。 どうしてこんな片田舎にお出でになりましたの?」

 

マダム・ロスメルタが席につきながらそう問うた。

ファッジを辺りを注意深げに見回す。そして、これ以上ないくらい声を潜めたので、ハリーたちは耳をそばだてた。

 

「君も知っているだろう? 殺人犯ペティグリューの件だ」

 

「まさか! 彼がこのホグズミードに潜んでいると言うんですの!?」

 

マダム・ロスメルタが怯えながら自分の肩を抱いたので、ファッジが慌てて顔の前で手を振った。

 

「いや、いや! そうと決まったわけじゃない! イギリスの主要な町には、全て捜査が入ってるんだよ」

 

「しかしね…私は未だにあのペティグリューが、本当にあんな恐ろしいことをしたのかと考えてしまうんですよ」

 

マクゴナガルがおよそ彼女らしくない悲哀の篭った声を出したので、ハリーは思わず二度見してしまった。

 

「ああ…。 ペティグリューはミネルバの寮の生徒でしたもんね」

 

フリットウィックは彼女を慰めるように肩に手を置こうとした。しかし、彼の小さな腕はマクゴナガルの肩まで届かなかったようだ。

 

「まあ! それじゃあ、ペティグリューはグリフィンドールでしたの!?」

 

マダム・ロスメルタが口に手を当てて心底驚いたように言った。

そして、ハリーたちも顔を見合わせた。

 

「ま、まじかよ! あいつグリフィンドールだったのか」

 

「ロン、静かにして!」

 

ロンの声は相当小さかったが、それでも尚ハーマイオニーに小突かれて渋々黙った。

 

「まあまあ! 私、勝手にペティグリューはスリザリン出身だと思っていましたわ! …ほら、あの寮はそういう人が多いでしょう?」

 

マダム・ロスメルタは興奮したようにそう言ったが、教師の前だからか最後に慌てて言い訳を付け足した。

 

「いいえ。 彼は私の寮の生徒でした。 大人しくて、少しばかり劣等生で、でも優しい子だと私は思っていました」

 

「ペティグリューか。 私は彼のことより、彼の回りにいた子たちの方が印象に残ってるね」

 

フリットウィックはさくらんぼシロップソーダをストローで掻き回しながら、懐かしそうに目を細めた。

 

「ええ。 あの子たちほど手を焼かされた生徒は他にいません!」

 

「さあ? ウィーズリーの双子も負けてはおらんぞ」

 

早くも酔いが回ったハグリッドは、クックッと楽しそうに笑った。

 

「あら、それは誰ですの?」

 

「マダム。 貴方もホグワーツに通っていたなら知っているでしょう。 …ジェームズ・ポッターやシリウス・ブラックたちですよ」

 

ハリーはジョッキを取り落としそうになった。

 

「あら…じゃあ、もしかしてペティグリューって、あのポッターやブラックの後ろをいつも着いて回っていた子? あの小さくて太った男の子のことなのかしら?」

 

「ええ、ええ。 そうですよ。 あの2人のことをまるで英雄のように崇めている子でした」

 

マクゴナガルの声がちょっと湿っぽくなる。

 

「そんな大人しい人物が、あんな大胆な事件を起こすのだからな。 全くもって恐ろしい。 早く捕まえなければ、魔法省の威信に・・・」

 

ファッジが溜息をつきながら頭を抱える。

極悪人の脱獄を許した魔法省へのバッシングは、未だに終わりが見えない。

 

「ところで今更なのですが、ペティグリューの罪状とはどのようのものなのです?」

 

「なんだ、ロスメルタ。 そんなことも知らなかったのか?」

 

ファッジが咎めるような視線を送る。

マダム・ロスメルタの頬が赤くなったのは、アルコールのせいではないだろう。彼女はあまり新聞を読まないタイプだった。

 

「ペティグリューはな…」

 

ファッジが再び口を開きかけたその時。

チリンチリンと扉が開き、寒さで鼻を赤くしたハッフルパフ生の団体が入ってきた。

 

「いらっしゃいませ」

 

マダム・ロスメルタはすぐに立ち上がると、店主としての顔に戻る。

生徒たちを空いてる席に通し、にこやかに注文を聞いた。

 

「混んできましたね。 私たちもそろそろ出ましょうか」

 

マクゴナガルの言葉を皮切りに、一行は立ち上がった。

 

「それじゃあ、ロスメルタ。 どうもご馳走様」

 

どうやらこの席はファッジの奢りらしい。彼が硬貨をテーブルに置くと、1人また1人と扉から出て行った。

 

ハリーは呆気に取られたまま、その様子を見送った。手元のバタービールは既に温くなってしまっていた。

 

「おい、どういうことだよ。 君の本当のお父さん(ジェームズ)とシリウスさん、ペティグリューの友達だったの?」

 

「いや…きっと何かの間違いだよ。 だって、そんな話パパから聞いたことないよ…」

 

ハリーはゆらゆらと首を力無く振った。

しかし、マクゴナガルたちの態度から見ても、さっきの話は真実な気がしてならなかった。

 

「あなたのお父様がペティグリューとお友達だったってことは、ルーピン先生やスネイプ先生もそうだったってことじゃない? 聞きに行ってみたらどう?」

 

今まで親たちが自分たちに何か隠し事をしているのは何となく気付いていた。

そろそろ教えてくれてもいい頃かもしれない。

 

「うん。 そうする」

 

ハリーたちはゾンコの悪戯専門店に行くのを辞めて、雪の中ホグワーツ城へと向かった。

 

冬休み前最後の週末ということで、生徒に加え教師たちもホグズミードに羽を伸ばしに行っているらしく、ホグワーツは閑散としていた。

 

城に残っているのは1、2年生とO.W.L試験やN.E.W.T試験を控えた上級生、それに外に出るのを億劫がる数名の教師くらいだろうか。

そして、出不精のリーマスとセブルスはまさしくそれだった。

 

グリフィンドール塔のすぐ近くにあるセブルスに与えられた部屋をノックすると、すぐ中から「どうぞ」と声がかかった。

 

ドアノブを捻ると、セブルスとリーマスはアフタヌーン・ティーの真っ最中だった。

テーブルの上には紅茶のセットとケーキやクッキーが置かれている。リーマスはかなりの甘党だが、セブルスは甘いものを好かない。よって、ここにある甘味は全てリーマスの胃におさまるのだろう。

 

ハリーの姿に、セブルスとリーマスは少し驚いた表情をした。が、すぐにセブルスは眉間の皺を和らげて、リーマスはにっこりと笑った。

 

「なんだ、ハリー。 ホグズミードには行かなかったのか?」

 

「今日は寒いもんね。 君の分の紅茶も入れよう。 ケーキ、食べるかい?」

 

「うぅん。 遊びに来たんじゃないんだ。 2人に聞きたいことがある」

 

ハリーの真剣な眼差しにつられて、セブルスとリーマスも居住まいを正した。

 

「なんだい? 授業の質問かい?」

 

ハリーは首を振った。

暫く視線を落として逡巡していたハリーだが、やがて決心したように顔を上げた。

 

 

「ねえ、ジェームズ父さんとパパは…ペティグリューと友達だったの?」

 

 

リーマスの顔が驚愕に染まる。フォークを持つ指が小刻みに揺れていた。

対照的にセブルスは妙に落ち着いていて、深く深呼吸をした。

 

「…誰からそれを聞いた?」

 

セブルスのその言葉は、肯定を意味しているのと同然だった。

 

「やっぱり本当なんだ。 さっき『三本の箒』でマクゴナガル先生たちが話しているのを聞いちゃったんだ」

 

「そうか」

 

「その2人がペティグリューと友達だったなら、リーマスおじさんとセブルスおじさんも友達だったんじゃない?」

 

ハリーは思いきって訊いた。

 

「確かにペティグリューとは同学年で同じ寮だったから、それなりに親交はあった。 しかし、それだけだ」

 

ハリーはまるで用意されたかのようなその言葉に、セブルスは本当のことを言ってないと悟った。

 

「でも…それなら何でそのことを今まで僕たちに教えてくれなかったの? ペティグリューと同級生だったなんて」

 

尚もハリーは食い下がる。

しかし、セブルスの回答はにべもないものだった。

 

「わざわざ犯罪者の話などしても愉快でなかろう」

 

ハリーは苛ついて、自身の頭に血が上るのを感じた。

もともとハリーは少々短気なとこがある。しかし、それを踏まえても死んだ父親の話をあまりしてくれず、写真もろくに見せてくれず、まして漸く知った数少ない情報をはぐらかされたことに腹が立った。

 

ハリーはシリウスをそれこそ実の父親のように思っているし、愛している。だが、それでも血の繋がった本当の父親のことを知りたがるのは当然のことであった。

 

「何だよ…! いつまでも僕たちのこと子ども扱いしてさ。 そんなにジェームズ父さんのことを知りたがるのは悪いことなわけ? もういいよ!」

 

「…そうじゃないよ、ハリー。 一旦落ち着いて、紅茶でも」

 

自分が幼いことを口にしているのは、自覚があった。しかし、止まらなくなったハリーはそれだけ吐き捨てると、諌めようとしたリーマスを無視して乱暴に扉を閉めた。

あまりにも扉から大きな音がしたので、近くを歩いていた下級生が怖々とハリーを見た。

 

苛苛とした足取りのまま、談話室に向かう。

 

「スカービー・カー!」

 

居眠りをする『太った婦人』に八つ当たりするかのように大声で合言葉を叫ぶ。『太った婦人』は短い悲鳴をあげ、文句を言いながらハリーを談話室へと入れた。

 

暖炉の前の特等席にハーマイオニーとロンはいた。ロンの膝の上ではスキャバーズが安心しきったように寝そべっている。どうやらクルックシャンクスは不在らしい。

 

「何か教えてもらえた?」

 

「…うぅん、何にも。 でも、あの態度は間違いない。 絶対ペティグリューと何かあったんだよ」

 

スキャバーズがぴくりとロンの手の中で身じろいだ。

 

ロンとハーマイオニーはちょっと顔を見合わせると、おずおずと1枚の新聞を取り出した。

 

「あのね、ハリー。 貴方がスネイプ先生たちを訪ねている間に、私たちは図書館に行ってきたの」

 

ハリーは渡された新聞の日付を確認する。今から12年ほど前の新聞だ。

 

「もしかしたら、ペティグリューの事件が何か載ってるかもしれないと思って。 それで、見てちょうだい。 その一番上の記事」

 

ハーマイオニーに促されるまま、ハリーは記事に目を通した。

 

そこにはこう書かれていた。

 

『昨日未明、消滅した「例のあの人」の配下ピーター・ペティグリューが逮捕された。 彼は捕まる前に大規模な爆破呪文を使用し、関係のないマグル12人が死亡。 さらに1人の魔女が重体で聖マンゴ魔法疾患傷害病院へと搬送された。ペティグリューを追い詰めたのは彼女だと推測される。 (中略) 裁判は後日行われる予定である。 しかし、吸魂鬼のキスの執行が免れることはないだろう』

 

その記事の横には重傷を負った魔女の写真が小さく載っていた。

その写真にハリーは思わず息を飲んだ。

 

「なっ…シャルロット?」

 

否。その女性はシャルロットにそっくりだが、よく見ると違う。

シャルロットより髪は短いし、目つきも鋭い女性だった。

 

「あっ。 この人…レイチェル・プリンス、シャルのお母さんだ」

 

ハリーの言葉に、ハーマイオニーは気まずそうに目を伏せた。

 

「やっぱり。 シャル、前に言ってたもの。お母さんが長い間入院してるって」

 

「…このこと多分シャルは知らないんだよな?」

 

ロンがスキャバーズを片手で構いながら言った。スキャバーズはまるで3人の話を聞いているかのように、じっとしている。

 

「知らないと思う。 …そっか。 だから、さっき2人ともペティグリューについて何も教えてくれなかったんだ」

 

きっと、母親をあんな目に遭わせた犯人が脱走していると知ったらシャルロットはショックを受けるから。まして、その犯人が父親たちの友人であったのだから。

 

だから、シリウスはペティグリューを捕まえるのにあんなに必死になっていたのか。

 

ハリーは自身の怒りが急速に萎んでいくのを感じた。

 

先程2人に言ってしまった言葉への後悔と罪悪感が波のように押し寄せる。

 

シリウスやリーマス、セブルスたちが自分の父親(ジェームズ)のことを心から大切に思っていて未だに死を悲しんでいるのは、もちろん知っていた。だからこそ、そのことをあまり話してくれないのには何か理由があるはずだと少し考えれば分かることじゃないか。

 

「…吹雪いてきたわね」

 

ハリーが何も言わず項垂れていると、ハーマイオニーが窓を見つめて不意にそう言った。

 

ホグズミードにいた頃は舞うほどであった雪は、今では窓を激しく打ち叩いている。

 

「あー…チェスでもやるかい、ハリー?」

 

慰めるのが下手くそな親友に、ハリーは思わずクスッと笑った。

 

「嫌だよ。 絶対君には勝てないもの」

 

何もかもを隠すように雪は降り積もっていく。

 

ペティグリューが、この雪で凍えてしまえばいいのに。

 

先程まで静かだった城内が徐々に騒がしくなる。悪天候により殆どの生徒はホグワーツへ帰ってきたようだ。

 

喧騒が大きくなる談話室で、ハリーはそんなことを思った。

 




クィディッチについては吸魂鬼がいないため、ハリーたちグリフィンドールチームは順調に勝ち進んでいます。

そして、まだハリーはペデュグリューが『秘密の守り人』になり両親を裏切ったことまでは知りません(›´ω`‹ )
親たちの同級生で、幼馴染の親友の敵!くらいの認識でしょう。


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クィディッチ優勝杯

クリスマス休暇は今年もシリウスは休みを取れなかったのでハリーはプリンス邸で過ごすことになった。

 

口煩いダリアが苦手なハリーとしては些か不満はあったものの、プリンス邸は田舎に位置していて思う存分に箒で飛び回れるので大人しく従った。グリモールド・プレイスは住宅地なので、クィディッチをするほどの庭がないのだ。

 

ドラコの入院により代理のシーカーを立てたスリザリンはレイブンクローに僅差で負けてしまい、優勝杯戦はグリフィンドール対レイブンクローに決まった。ドラコはそれはそれは悔しがり、ハリーに「絶対優勝しろよ」と不貞腐れたように言った。

 

「ねえ、シャル。 本ばかり読んでないでさ、僕と箒で遊ぼうよ」

 

ハリーは、行儀悪くソファーに寝転んで『魔法薬の神秘』を読み耽るシャルロットを尻目に、これみよがしに溜息をついてみた。

 

「嫌よ。 私が箒に乗るの嫌いなの、知ってるでしょう」

 

「嫌いっていうか…恐ろしく下手だよね」

 

シャルロットはぱたんと音を立てて本を閉じると、ハリーを睨んだ。そして、ダリア特製のクッキーに手を伸ばす。

 

「うるさいわね。 私のママはグリフィンドールのシーカーだったのよ? 私はパパに似ちゃっただけで」

 

ハリーは思わず曖昧な笑みを浮かべた。

つい先日シャルロットの母親レイチェルを植物状態に追い込んだ犯人が、逃亡中のペデュグリューだと知ってしまったからだ。

 

しかし、何も知らないシャルロットは言い返してこないハリーを不思議そうに見てキョトンとした。

 

「何よ、変な顔しちゃって」

 

「学年一のプレイボーイに失礼だろ」

 

「…随分と自信がお在りなようで。 でも、確かに暇ね。 魔法薬の宿題でもやる?」

 

シャルロットの提案に、ハリーは思いっきり顔を顰めた。シャルロットと言い、ハーマイオニーと言い、ハリーの周りの女の子は何故暇つぶしの感覚で勉強をしたがるのだろう。

 

しかし、宿題が全く終わっていないハリーにとってそれはそんなに悪い提案ではないように思えた。

ハリーは了承すると、プリンス邸の中にある魔法薬の研究室へ向かった。そこには大きな鍋や見たこともない植物が所狭しと…しかし、持ち主の性格を体現したようにきっちり分類して陳列されている。

 

「置いてあるものに勝手に触らないでね。 パパに怒られるし、貴方の指も2.3本無くなるわよ」

 

紫色のうねうねと曲がった茎の植物に触ろうとしたハリーは、思わずビクリと手を引っ込める。

それを見てシャルロットが可笑しそうに笑ったので、ハリーはからかわれたのだと気付きちょっとむくれた。

 

シャルロットは慣れた手つきでテキパキと鍋に火をつける。

 

「えーっと、宿題の内容は『膨れ薬』の提出ね。 あなたは材料を刻んで」

 

シャルロットの言われた通りに、材料を刻んで大鍋へと入れる。

大鍋はあっという間にグツグツ煮立ち、真冬だというのに汗ばむほど部屋は暑かった。

 

「髪、切っちゃおうかしら」

 

シャルロットは鬱陶しそうに垂れ下がる金髪をかきあげた。

 

「ねえ、シャル。 変なこと聞くけどさ、セブルスおじさんから昔の話してもらったり、写真見せてもらったりしたことある?」

 

シャルロットは髪を結きながら怪訝な顔をした。

 

「そりゃあ、あるわよ。 リビングにパパとママの結婚式の写真だって飾ってあるし。 ママの話、よくしてくれるわよ」

 

「いや、そうじゃなくて…パパとかジェームズ父さんとかリーマスおじさんと一緒に写ってる写真」

 

すると、シャルロットは鍋を掻き回す手を止めた。

 

「…そういえば、ないわね。 パパが見せてくれるのはママの写真ばかりで。 男の子同士の友達たちってあまり写真を撮らないのかしら?」

 

「ふーん、そっか」

 

ハリーは何でもないことのように会話を終えようとしたが、シャルロットは何かを探るようにまじまじとこちらを見た。

 

「なんで突然そんなこと聞いたのよ?」

 

「いや、ちょっと気になっただけ。 ジェームズ父さんの写真がこの家にあるなら見たいなーと思って」

 

その答えにシャルロットは納得したらしく、それ以上何も聞いてこなかった。

 

次の日、シャルロットは髪を短く切った。

その様があまりにも新聞で見た若い頃のレイチェルにそっくりだったので、ハリーは驚いた。

 

同じことをセブルスも思ったようで、夕食時にはシャルロットの顔を物憂げな瞳で見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

あっという間にクリスマス休暇が終わり、ホグワーツに戻ったハリーを待ち受けていたのは親友2人の大喧嘩だった。

 

とうとうクルックシャンクスはスキャバーズを食べてしまったらしい。ロンのベッドの上には少量の血とオレンジ色の猫の毛が落ちていた。

 

ハリーとしては2人の仲を取り持って仲直りをさせたかったが、残念ながらその時間が訪れたのは2週間後くらいのことだった。クィディッチ優勝杯戦が近付いてきてウッドはいよいよ狂人じみてきたので、チームメイトは皆練習に追われていたのだ。

 

「おい、ハリー。 分かってるだろうな? おまえが誰と付き合おうが文句は言わない。 しかし、そのせいで手を抜いたら…」

 

「その話するの何度目だよ、ウッド! 僕が恋人のためにわざと負けるシーカーだって本気で思ってるのか!」

 

ハリーは疲労のせいか、苛ついたように怒鳴った。

 

グリフィンドールとレイブンクロー。お互いのシーカー同士が恋人ということで、この試合は色々な意味で皆の好奇心をくすぐったらしい。

ウッドだけに留まらず、似たようなことを他の人にも何度も言われた。

 

その日も雨に打たれビチョビチョに濡れたハリーを、談話室でウトウトしながらロンが待っていた。そして、かなり離れたところでハーマイオニーは黙々と勉強を続けている。

 

「いい加減、仲直りしたら? 拾ったばかりのネズミだろ? そんな思い入れもないじゃないか」

 

「…あいつが謝ってくれればね」

 

ロンはハーマイオニーにも聞こえるよう大きな声で言った。

お互いどうやら意固地になっているらしい。

 

「ムキになるなよ、ロン。 …好きな子を追い詰めて楽しいか?」

 

最後の言葉は他の人に聞こえないよう、彼の耳元でこっそり言った。

 

「なっ…!?」

 

ロンは呆気にとられ、そして自身の赤毛と同じくらい頬を真っ赤にした。

 

「あれ、違うの?」

 

ハリーはロンの反応に驚いて怪訝な顔をした。

ハリーは、シリウスの影響もあり恋愛面に関してはかなり大人びていた。

思春期真っ盛りで懸命に恋心を隠す周りの友達と違い、ハリーの恋愛はかなりオープンなのだ。そこがまた、周りの女子生徒から魅力的に思われるのだろう。

 

何となくハリーもロンも、ハーマイオニーに好きな相手がいることは気付いている。つまるところ、今回の喧嘩の悪化の原因にはロンの嫉妬もあるのだろう。

 

「い、いや! 好きっていうか…その…」

 

しどろもどろになるロンの手をハリーは掴むと、ハーマイオニーの前へと引っ張る。

ハリーは不意に1年生の頃のトロール事件を思い出した。あの時もこうやって2人の仲を取り持った気がする。

 

「とにかくさ、女の子を1人にさせるなんて紳士のすることじゃないぜ。 ・・・ハーマイオニーにも謝らせるからさ、仲直りしろよ」

 

やや強引な仲直りだったが、2人を前にしたハーマイオニーはここのとこいっぱいいっぱいだったようでポロポロと泣き出した。彼女は毎日勉強をしていたし、日課だったレギュラスへの質問もピタリと止んだ。色々限界だったのだろう。

涙を流すハーマイオニーを見てロンも罪悪感に駆られたらしい。もういいから、と何度も何度も言ってハーマイオニーの背中を不器用に摩った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「優勝杯、絶対とれよ!」

 

「がんばれよ、ハリー」

 

「ブラック! 応援しているわよ!」

 

優勝杯戦の日の朝、廊下ですれ違う人ほぼみんなにそう声をかけられた。その度にハリーは不敵に笑ってみせたが内心は穏やかではなかった。

もし自分のせいで負けたら…。そんな考えが嫌でも頭をもたげる。

何も食べる気が起きず、プレッシャーをかぼちゃジュースで飲み込んだ。他の選手も似たようなもので青い顔で朝食を食べていた。

 

大広間では、既に横断幕を広げる生徒や寮の色をモチーフにしたコスチュームを着た生徒たちで賑わっている。朝食時のマナーとしてはどうかと思う騒がしさだったが、今日だけは先生も目をつぶっているようだ。

むしろマクゴナガルもソワソワしているようで、彼女らしくないことに何度かフォークを取り落としてはその度に頬を赤らめていた。

 

「じゃあな、ハリー。 後で競技場で行くからな!」

 

「頑張ってね!」

 

ハーマイオニーとロンのその言葉に、さらにプレッシャーがかかりつつもハリーは何とかニヤリと笑ってみせた。しかし、今にも胃の中が逆流しそうな思いに駆られながらハリーは大広間を出た。

選手たちは早めに競技場に行かなければならない。皆、大広間で食事をしているせいか城内は閑散としていた。

玄関に差し掛かったところで、ダークブロンドの髪が目に入った。階段に腰掛けて、サンドイッチを齧っている。

名前は確か--。

 

「やあ。 ルーナ」

 

話しかけられた少女はふわりと髪を靡かせて振り返ると、ニッコリ笑った。…コルクのネックレスと蕪のイヤリングが無ければ彼女はさらに魅力的であっただろう。

膝の上には、大広間から持ち出したのであろうサンドイッチが木のカゴに入っている。

 

「ハリー、あんた頭の上にムカットの群れが飛んでるよ」

 

「ムカットって何?」

 

「知らない? 吸血鬼と尻尾爆発スクリュートのハーフだよ」

 

ハリーは思わず緊張も忘れて吹き出した。

 

「何でこんなとこでご飯食べてるの? 1人?」

 

「うん、そうだよ。 でも、あたし1人が好き。 1人でいれば、誰もあたしのことルーニー(変人)って呼ばない。 そうでしょ?」

 

ハリーは思わず言葉に詰まった。

奇抜な外見や言動から薄々気付いていたものの、彼女は友達が少ないようだ。

 

「…少なくとも、僕は君のことそんなふうに呼ばない」

 

「うん。 知ってる。 でもね、ここでご飯食べるの楽しいんだよ。 風は気持ちいいし、ムカットもへーダルリックも遊びにきてくれる」

 

へーダルリックが何か少し気になったが、訊かないことにした。

 

「ねえ、サンドイッチ1つもらっていい?」

 

先程まで全くなかった食欲が少し湧いてきた。

 

「うん。 いいよ」

 

もう競技場に行く時間なので、ハリーはサンドイッチを二口で飲み込んだ。

そんなハリーを見て、ルーナは顔をくしゃりとさせて微笑んだ。大人ぶってクスクス笑う周りの女子生徒と違う、そのあどけなさに思わずハリーは目を奪われる。

 

「またね、ハリー。 心配しなくて大丈夫。 きっとあなたならスニッチとれるもん」

 

「君はレイブンクローだろ?」

 

すると、ルーナは心底不思議そうにキョトンとした。

 

「友達を応援するのは当たり前だよ。 違う?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合開始の合図と共に、赤と青のユニフォームたちが舞い上がった。

観客たちも興奮の最高潮で湧き上がる。

グリフィンドールの1番大きな横断幕には「我らの最高のシーカー、ハリー・ブラック」と書かれ、ハーマイオニーのかけた魔法により数秒毎に赤と金に点滅していた。

 

試合は開始数分で40対0とグリフィンドールの優勢だった。それもそのはず、グリフィンドールはチーム皆がシリウスからプレゼントされたニンバス2001である。

少し話は逸れるが、スリザリンが優勝杯を取ることが多いのも、やはり裕福な家庭で良い箒を買えるというのもあるからだろう。

 

とはいえ油断はできない。

レイブンクローはチームワークがやや欠けるものの、その分個々の実力は目を見張るものがある。

 

「レイブンクロー初得点! 40対10! 未だグリフィンドールのリードです! それもそのはず、グリフィンドールは去年と同様チームメイト全員がニンバス2001なのです。 チャン選手のコメット号では到底追いつきません…」

 

「ジョーダン!」

 

レイブンクローは野次があがり、マクゴナガルは実況中のジョーダンを窘めた。

 

「オッケー、オッケー! しかし、予想外です。 てっきり優勝杯戦はグリフィンドール対スリザリンになると思いましたが、勝負は何が起こるか分からないものなのです。 シーカーマルフォイが怪我をしてくれたおかげで…いや、非常に残念なことに怪我をしていただけたので…」

 

「ジョーダン! いい加減になさい!」

 

「軽い冗談ですよ、マクゴナガル先生。 さあ! アリシアがクァッフルを取りました! ゴールまで行けるか!」

 

ハリーは飛び交うブラッジャーを避けながら、縦横無尽に競技場を飛び回る。

ニンバス2001には対抗できないと思ったのか、チョウはハリーの周りをちょこまかと飛び邪魔をしていた。しかしその目は本気で、恋人のために手を抜こうとする気配は一切ない。

 

「ハリー! 相手を箒から叩き落とせ! 彼女だろうが関係ない! やるときゃやるんだ!」

 

ゴールの近くを通った時、ウッドがそう吠えた。

 

「ああ、わかってるよ!」

 

そう怒鳴り返したが、レイブンクローの猛攻を防いでいるウッドの耳に聞こえたかどうか微妙であった。

 

グリフィンドールの観衆は皆、声を枯らして応援している。

ハーマイオニーとロンの隣りに…だいぶ間を上げてドラコとシャルロットがいた。グリフィンドールの衣装こそ着てないもののアウェイな空間だというのに、腕を上げてハリーに声援を送ってくれている。

 

スニッチを見つけなくては。

早る鼓動を抑え、競技場内を見渡す。

 

そして…とうとう見つけた!

 

ハッフルパフの方の観客席に金色のものがチラチラ輝いている。

 

ハリーは箒を急加速させた。

チョウがハリーの進路を妨げるように突っ込むよう飛び込んだ。

ぶつかりそうになったが、すんでのところでそれを交わした。

 

放たれた矢のように、ぐんぐん箒は加速する。

あっという間にチョウを突き放した。

 

優勝杯まで、あとすこし! ハリーは唸る風の中で手を思いっきり伸ばした。

 

やった!

ついに、バタバタ藻掻くスニッチをハリーは手中に収めた。

 

水を打ったような一瞬の静寂。

そして、次の瞬間グリフィンドールは爆発したように歓喜の嵐となった。

 

ハリーは金色のスニッチを掲げて、観衆の上を高々と飛んだ。

教員席ではリーマスが涙目になりながらハリーに手を振り、セブルスは満面の笑みでリーマスの背中をばしばし叩いていた。 …もしかしたら、ポジションは違うもののハリーと亡き親友を重ねているのかもしれない。

 

「ハリーがスニッチをとりました! やったああああ! グリフィンドールの優勝だあああ……ぐえっ!!」

 

ジョーダンの叫びは、感極まったマクゴナガルの強すぎる抱擁によって途中で遮られた。

 

「優勝よ! 私たちが優勝杯をとったのよ!」

 

アンジェリーナとケイティ、アリシアの声が聞こえた。同時にウッドはぐしゃぐしゃの泣き顔でこちらに飛んでくると、ハリーを抱きしめた。

フレッドとジョージがハリーの背中を叩いて雄叫びを上げた。

抱きしめ合い、もつれ合い、泣きながらチームメイトたちは地上に降り立つ。観衆たちは柵を飛び越え、選手たちの方に雪崩込んできた。

 

「優勝だ! グリフィンドールの優勝だ!!」

 

誰かが再びそう叫んだ。

 

マクゴナガルは大粒の涙を横断幕で拭いていた。ロンとハーマイオニーが人混みを掻き分けてこっちに来ようとしていた。2人とも感極まって言葉が出てきていない。

 

ハリーは肩車をされたままスタンドへと向かった。

にっこりしたダンブルドアから優勝杯のカップを渡されると、ハリーは雄叫びを上げてそれを天に掲げてみせた。

 

観衆は、またしても沸き上がった。

 

 

 

 

 

 

夜が更けても談話室でのお祭り騒ぎはおさまらなかった。

 

皆はお菓子を食べ、ジュースを飲んで、騒ぎ尽くした。

ハリーはその中でヒーローだった。誰もが彼と話したがり、何度も何度も乾杯をしたがった。

 

途中ターバンで髪を包み、ネグリジェを着たマクゴナガルが談話室に入ってきた。こんな夜更けまで騒いでいたことを怒られるかと談話室は一瞬静かになった…が、マクゴナガルは「かぼちゃジュースは足りてますか?」と確認すると、改めてチームに労いの言葉をかけて出て行った。

 

夜中になるにつれ談話室の人は少なくなっていったものの、まだまだ盛り上がっていた。

途中ウィーズリーの双子が談話室を出て行ったかと思うと、かぼちゃジュースとバタービールのビン、そしてクッキーやスコーンを抱えてすぐに帰ってきた。

 

「ねえ、それってどこでもらってるの?」

 

ハリーはふと疑問に思った。

基本的、ホグワーツの食事は決められた時間に大広間でしか出来ない。

 

「「よくぞ聞いてくれた!」」

 

フレッドとジョージは互いに顔を見合わせると、ニヤリと笑って大仰に手を広げた。

そして、人の少ない部屋の角にハリーを引っ張った。

 

「いいか、俺たちももう5年生。 O.W.Lの年になってしまった。 つまり後継者を探している」

 

「それで俺たちは偉大なるシーカー、ハリー・ブラック様にこれを授けようと思う。 なぁに、遠慮はいらない!」

 

そう言うと、フレッドはポケットから1枚の羊皮紙を恭しく取り出した。

四角いくたびれた何の変哲もない羊皮紙だった。

 

「なんだい、これ?」

 

「ジョージ、説明してやってくれ」

 

「よろしい。 我々がまだ1年生だった頃--君と違ってまだクィディッチをしてなかったからな。 クソ爆弾を廊下で投げるスポーツに励んでいた」

 

ハリーは思わず吹き出した。

 

「そしたら何故か知らんがフィルチの不興を買ってしまい、事務所まで引っ張られた」

 

「そして、我々はあることに気付いた。 書類棚の引き出しの一つに『没収品・とくに危険』と書いてあるじゃないか」

 

「もしかして…」

 

ハリーは耐えきれずニヤリと笑った。

 

「ジョージがもう1回クソ爆弾を爆発させて気を逸らしてる間に、俺が素早く引き出しを開けて掴んだのがこれさ」

 

「そうとも。 そのせいで、俺はさらに説教が伸びた。 …さあ、使い方を教えよう! 『われ、ここに誓う。われ、よからぬことを企む者なり』」

 

ジョージは杖を取り出し、羊皮紙に軽く触れてそう言った。

 

すると、杖が触れた場所からたちまちインクの線がクモの巣のように広がり始めた。線があちこちで繋がり、交差して、ホグワーツの地図になる。そして、地図上には小さな点が散らばり、名前が書かれていた。

 

例えば、アルバス・ダンブルドアは校長室にいるし、事務室にはフィルチがいる。その他の先生は殆ど自室にいるようだ。

三階の廊下には、ミセス・ノリスが徘徊していた。

そして、この地図の最も素敵なことに色々な抜け道も書かれていた。

 

「ちなみにここの道はホグズミードに直行さ。 とはいえ、生徒が1人で彷徨いてたら目立つ。 ホグズミード週末以外に行くのはおすすめしないね」

 

「で、地下の廊下の絵画の梨をくすぐると厨房に入れる。 俺たちはいつもここから食べ物を失敬してるってわけ」

 

フレッドとジョージは得意げにニタリと笑った。

 

地図の上には、緑色の字でこう書かれていた。

 

『プロングズ、パッドフット、ワームテール、ムーニー、シュリル われら「悪戯仕掛け人」がお届けする自慢の品』

 

「我々はこの5人の諸兄にどんなに御恩を受けたことか」

 

フレッドは芝居がかった厳かな口調で言った。

 

「使い終わったら、こうだ。 『いたずら完了!』忘れずに消しとけよ」

 

ジョージがとびっきりのウインクをしてみせた。

 

「いいの? 僕がこんな素敵なものもらっちゃって」

 

「ああ、俺たちは道は暗記してるからな。 君なら俺たちと変わらないくらい素晴らしく使ってくれるだろ」

 

「ロニー坊やにも使わせてやってくれよ。 そんないいもの君にあげたと聞いたら拗ねるだろうから」

 

フレッドとジョージはそう言うと、意気揚々とお祝いの席へ戻っていった。

 




ハリーの女ったらし癖が、ロンとハーマイオニーの仲直りだったり変なところで役に立つ。

ここのとこ素敵な感想ばかりもらってウキウキで執筆してます( ´ω` )
感想が最大のスタミナ!!本当にいつもありがとうございます!!


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忍びの地図

ハーマイオニーとは寮が違うものの会うのは容易い。

図書館の奥まった大テーブルにだいたい彼女はいるからだ。

 

「ハァイ、ハーマイオニー!」

 

シャルロットが今日も定位置にいるハーマイオニーの肩に手をポンと置く。すると、ハーマイオニーは教科書から顔を上げずに「久しぶりね」とだけ言った。

テーブルには今にも崩れんばかりの本が並べられている。

 

シャルロットは一度溜息をつくと、ハーマイオニーの頬を引っ張って無理矢理こちらを向かせた。

 

「い、いたっ! ちょっと何するのよ、シャル!」

 

頬を伸ばされながらハーマイオニーは文句を言う。可愛い表情をしているというのに、目の隈は色濃く顔色はゴーストのように青かった。

 

成程。ハリーとロンが心配するわけだ。

 

「ハーマイオニー、あなたそろそろ倒れるわよ。 ちょっと『逆転時計』貸して」

 

「私なら大丈夫--なんですって!?」

 

ハーマイオニーの瞳が驚愕に染まる。しかし、シャルロットはそんな彼女の反応を無視して首元に垂れ下がるペンダントの鎖を引っ張った。想像通り、その鎖の先には小さな砂時計のようなものが付いていた。

 

「これが『逆転時計』ね」

 

シャルロットは興味津々にそれを見つめた。

 

「ど、どうして私が『逆転時計』を使っていることを?」

 

「私もオファーを受けたのよ。 断っちゃったけどね」

 

漸くハーマイオニーは納得したように数回頷いた。が、すぐに顔を顰めた。

 

「それなら、尚のこと勉強の邪魔しないでちょうだい。 私がどれだけ大変か分かるでしょう」

 

「ええ。 だから気分転換しましょうよ。 いい天気だしピクニック日和よ! …2回くらい引っ繰り返せばいいかしらね?」

 

シャルロットはにこっと笑って、バケットの中に入っているアップルパイと紅茶のボトルをハーマイオニーに見せた。

 

「何言ってるの!? シャル、『逆転時計』は自分の利益のためだけに使うのは違法なの! あなたもオファーを受けたなら知ってるはずよ!」

 

だんだん声が大きくなるハーマイオニーを、軽く手で制した。これ以上騒いだらマダム・ピンスに追い出される。

 

「馬鹿ね。ハーマイオニー、犯罪っていうのはバレなければ犯罪じゃないのよ」

 

シャルロットはくつくつと笑う。

ハーマイオニーは忘れてたわけではないが、目の前の友人がスリザリンであることを今更実感した。

 

 

『逆転時計』を違法な目的で使ってしまった罪悪感も、図書館を出た途端吹き飛んだ。

 

うららかな春の陽気はどこまでも優しく、勉強で凝り固まったハーマイオニーの心をみるみる溶かした。

 

「頭がちょっと硬すぎるわよ、ハーマイオニー。 そこが貴方のいいところでもあるんだけどね」

 

シャルロットとハーマイオニーは、湖畔の木の下でアップルパイと紅茶に舌鼓を打った。

 

「このアップルパイどうしたの? また曾祖母(ダリア)さんが作ってくれたの?」

 

ほろほろした甘い林檎を咀嚼しながらハーマイオニーは訊いた。

 

「いいえ。 屋敷しもべ妖精に厨房でもらったの。 あそこの厨房、ハリーに教えてもらってから私もちょこちょこ使ってるのよ」

 

「屋敷しもべ妖精に迷惑じゃないかしら? 私、やっぱり無償で屋敷しもべ妖精が働いてるのって変だと思ってしまうの」

 

「うーん、でも彼らはそれが幸せなのよ。 人間とは価値観の違う別の生き物って考えた方がいいわ。 …確かに、それをいいことに屋敷しもべ妖精に酷くあたる人もいるの。 かなりマシになったけど、ルシウスおじ様も最近までそうだったわね」

 

シャルロットはちょっと苦笑する。

ルシウスは良くも悪くも昔気質の貴族なのだ。ちなみに今は亡き、自身の曾祖父にあたるエルヴィスも屋敷しもべ妖精にはキツく当たっていたと聞く。

 

「ふぅん。 でも、ブラック先生は屋敷しもべ妖精を大切になさっているようだったわ」

 

「え! その話、本人から聞いたの?」

 

ハーマイオニーはゴホゴホと噎せた。隣りでシャルロットがニヤニヤと笑っている。

 

「へー…レギュラスおじ様、そんなプライベートな話を貴方にしてるんだ」

 

「このアップルパイ美味しいわね! 今度、厨房にお礼を言いに行かなくちゃ!」

 

ハーマイオニーは慌てて話を変えた。

これ以上疲れてる彼女をいじめるのは可哀想なので、シャルロットはそれに乗ってあげることにした。

 

「それにしても、ハリーったら誰にあんないい場所教えてもらったのかしらね?」

 

「…どうせまたあの地図でしょう」

 

ハーマイオニーは不満げに鼻を鳴らした。

彼女だけはハリーが最近手に入れた『忍びの地図』を胡散臭く思っていた。

 

去年リドルの日記によってあんな目にあったばかりなのに、みんな警戒心が薄すぎる。

 

「話が戻って悪いんだけど、最近レギュラスおじ様のところに質問は行ってないの?」

 

シャルロットとしては今日はそれが一番聞きたいことだったのだ。

いつも羨望の瞳でレギュラスを見ていた彼女が、あまりにも彼から視線を逸らしていて--それがあまりにも不自然で痛々しかったので気になっていた。

 

「…ええ。 忙しくてね」

 

ハーマイオニーが酷く傷ついた顔をしたので、シャルロットは何かがあったことは察した。しかし、詳しく聞かないことにした。

 

「そう。 『占い学』もキレて飛び出したらしいじゃない。 やっぱり、あなた無理しすぎなのよ」

 

「やだ…その話どこで聞いたの? 噂になってて色んな人から聞かれるし、変な尾ひれが着いてるみたいなの」

 

ハーマイオニーは恥ずかしそうに頬に手をあてて俯いた。

 

「私はハリーから聞いたけど、キレてテーブル振り回してトレローニーにパンチ食らわしたんでしょ?」

 

「ちょっと! まさか変な噂流してるのってハリーなの!?」

 

ハーマイオニーは呻いた。まさか、犯人が一番身近な人だったとは。

お調子者のハリーには、身の回りで起こった面白いことをちょっと誇張するというハタ迷惑な癖がある。

 

シャルロットはケラケラ笑った。

テスト前で皆談話室に引きこもっているのか、湖畔に人気はなく自分たちの貸切のようだった。

 

暫くその後も取り留めのない話をしていたが、疲れているハーマイオニーがこっくりこっくり船を漕ぎ出したので、そっと頭を自分の肩に置いてあげた。

スースーと規則的な寝息が聞こえる。シャルロットはそれを微笑ましく思いながら、紅茶を飲み、バッグから取り出した本のページを捲った。

ハーマイオニーの影に霞み気味だが、シャルロットもまた学年2位の好成績なので今更そんなに焦って勉強する必要もなかった。

 

夕方頃起きたハーマイオニーは寝すぎたと焦っていたけれど、顔色がだいぶ良くなっていた。

2人で城の方に歩くと、夕飯を作るいい香りが漂ってきた。今日のメニューはローストビーフだろうか。

 

「そうそう。 シャル、テスト終わったらマルフォイを連れて一緒にハグリッドの家に行ってほしいの」

 

ハーマイオニーは目を擦り、欠伸を噛み殺しながらそう言った。

 

「ドラコを連れて?」

 

「ええ。 ほら、バックビークのことお父様が訴えようとした時、マルフォイが辞めさせてくれたでしょう。 それで、ハグリッドったらマルフォイに直接お礼が言いたいそうよ。 私たちと一緒にお茶会しましょうって」

 

ドラコが聞いたら、ハグリッドのためにやったことではないと言い募りそうだが--ハグリッドが感謝していることに変わりない。

 

「成程ね。 そういうことなら引っ張ってでも連れていくわ」

 

シャルロットは短く切った髪を耳にかける。すると、夕陽を帯びて彼女の金髪をキラキラ光った。

 

本当に、新聞で見たレイチェル・プリンスに似てる。

ハーマイオニーはそう思って暫し、シャルロットに見惚れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ハリー・ブラックは連日のところ大層ご機嫌であった。

 

その理由はもちろん双子の兄弟に貰った『忍びの地図』である。

 

この地図と透明マントがあればまさに向かうところ敵無しで、ハリーとロンは毎日のように夜遊びをしていた。

 

こないだの冒険は試しに焦眼の魔女の像から、ホグズミードへの抜け道を進んでみた。出たところはハニーデュスクの地下だった。透明マントを使ってホグズミード内を彷徨いてみたものの、当然どこのお店もあいてない。

ハリーとロンはすごすごホグワーツに戻ったわけだが、こんなにときめく冒険は他になかった。

 

そんなわけでハリーはここのところ寝不足だった。もうすぐテストなのに勉強も身に入らない。

地図のことをよく思っていないハーマイオニーから、たまに咎めるような視線を感じていた。

 

しかし、それでも好奇心旺盛な13歳の冒険心は引き止められない。

 

その日もシェーマスとディーンが勉強疲れで深い眠りに付いたころ、ハリーは下のベットで狸寝入りを続けるロンをちょいちょいと突っついた。

ロンはその合図にニヤリと笑って起き上がる。

 

「…今夜はどこに行こうか」

 

ハリーは寝室を出ると声を潜めてロンに意見を伺った。

 

「うーん、昨日行った魔法薬品庫は面白くなかったし…フィルチの事務所は鍵かかってたし…」

 

「取り敢えず、厨房でお菓子でも貰う?」

 

「賛成」

 

行き先が決まると、ハリーたちはとっとと談話室を出た。

透明マントを被っているが、『太った婦人』に「またあの2人でしょう! いい加減になさい!」と怒られた。

 

マントの下でハリーとロンは顔を見合わせてニヤニヤ笑った。

 

厨房は24時間屋敷しもべ妖精が交代で働いているようで、いつ行っても彼らは歓迎してくれる。(初めて訪れた時、ドビーと再会した。マルフォイ家をクビにされたあと彼はここで働いている。)

その日も絶品のチョコレートケーキをご馳走されたハリーとロンは、ご機嫌で厨房を出た。

 

気になっていたところは殆ど行ってしまったため、特に目的もなく夜の学校はうろつき回った。

 

「いてっ!」

 

ハリーが急に止まったので、ロンはもろにハリーの肩に頭を打った。

そして思いの外大きな声が出てしまったので、慌てて自分の口を手で塞ぐ。

 

「なんで急に止まるんだよ。 危ないだろ」

 

声を落としてハリーに文句を言う。

しかし、ハリーは立ち止まったまま手元の地図を凝視していた。

 

「おい、ハリー?」

 

「ねえ。 僕、寝ぼけてるのかな? 変な名前が見えるんだけど」

 

ハリーの顔は青ざめていた。

ロンは『忍びの地図』をのぞき込んだ。そしてまた、彼もみるみる顔を青くさせた。

 

「まさか…ありえない!」

 

地図の中の、禁じられた森の近くに人を表す黒い点が描かれていた。そこまではいい。

問題は名前だった。

 

ピーター・ペティグリュー。

 

間違いなくそう書かれていた。

ハリーは透明マントがはだけるのも構わずに、窓へ走りよった。そこから禁じられた森の方向を見下ろす。

地図が正しければそこにペデュグリューが居るはずだが、暗いのも相俟ってよく分からない。ハリーは必死に目を凝らした。…しかし、やはりよく見えない。少なくとも肉眼で確認できるような人影はなかった。

 

「お、おい…これどういうことだ?」

 

ロンの言葉は震えていた。

ハリーも自身の腕に鳥肌がぶわりと立つのを感じた。もう春なのに急に寒くなったような気がする。

 

「取り敢えず…今日は寝室に戻ろう」

 

2人は急いで談話室へ向かった。

終始無言だった。もし一言でも言葉を発したら、ペティグリューに居場所を知られて攻撃される妄想に駆られた。

 

怖々と眠りについたハリーとロンだが、朝になって再び『忍びの地図』を確認するとピーターの名前はなかった。とはいえ、この地図が表すのはホグワーツの敷地内くらいだ。外に出てしまえば、名前は表示されない。

昨夜2人でピーターの名前を見間違えたとは思えなかった。

 

「どうする、ハリー。 あれって本当にペティグリューだったのかな? もしかしたら地図が故障してたのかも」

 

「…昨日色々考えたんだけどさ、僕この地図リーマスおじさんかセブルスおじさんに渡そうと思う」

 

ロンはちょっと惜しそうな顔をしたが、ハリーの決断を予想していたらしい。

もし本当にペティグリューがこの城内に居るなら大変なことだ。

 

先生に提出したら罰則どころか退学案件のことをしているが、リーマスとセブルスならどうにか甘く見てくれるだろう。…もちろん説教は不可避だろうが。

 

今日は休日なので、朝食を食べたらすぐにセブルスかリーマスの部屋に行くことにした。2人の意見は一致して、優しいリーマスを選んだ--が、いざ行ってみるとリーマスの部屋にはセブルスも居た。

扉を開けた途端、リーマスの後ろに不機嫌そうな黒衣が見えたので思わずハリーとロンは呻いた。

 

「やあ、ハリー。 ロン。 こんな朝早くからどうしたんだい?」

 

そんな2人の心境を露知らず、リーマスは柔和に微笑んだ。

 

「あのね、リーマスおじさんと…セブルスおじさんに伝えたいことがあるんだ」

 

もうここまで来たら引き返せないので、ハリーはそう切り出した。ポケットから一見羊皮紙の切れ端にしか見えない『忍びの地図』を取り出す。

 

その途端、リーマスとセブルスの顔色が一変した。しかし、怒られることを危惧しているハリーとロンはその異変に気付かなかった。

 

「これ『忍びの地図』って言うんだ…。 ある人からこれを貰ってね。 すごいでしょ、こうやって使うんだ」

 

ハリーは杖を取り出し、「われここに違う。われ良からぬことを企む者なり」と唱えた。

あっという間に羊皮紙の切れ端は、素晴らしい魔法アイテムに変化した。

 

「…確かに素晴らしい地図だ。 それで、これをどうして私たちに提出する気になったんだ?」

 

セブルスはどうにか表情を顔に出さず、それだけ訊いた。そして、隣りで何か言いたそうにウズウズしているリーマスの足を踏んづけた。

 

「びっくりしないで聞いてよ? 昨日これを使ってたら…禁じられた森の近くに、ピーター・ペティグリューって名前があったんた」

 

ハリーはちょっと誇らしげに言った。

まるで、自分こそがペティグリューを見つけたのだと言わんばかりに。

 

僅かな沈黙。

次の瞬間、セブルスがすごい剣幕でハリーの胸倉を掴んだ。ハリーはぎゅっと爪先立ちになり、少し首が絞まる。

 

「…どこだ。 どこに奴が居たというのだ!」

 

セブルスがそう吠えた。あまりの怒声に窓が震えた。

 

「セブルス!」

 

リーマスも鋭く叫んだ。彼もまた狼狽えていたが、それ以上にセブルスの動揺は著しかった。

 

ハリーはあまりのセブルスの剣幕に圧され、胸倉を掴まれたまま口をパクパクとさせている。

 

「今すぐ答えろ!!」

 

「いい加減にしないか、セブルス!!」

 

普段温厚なリーマスがここまで声を荒らげるのを、ハリーは初めて聞いた。隣りのロンはどうしていいのか分からず青い顔で固まっている。

 

セブルスはリーマスに両肩を掴まれ、そこで漸くハッとしたようにハリーを離した。

支えを失ったハリーの体はすてんとその場に尻餅をつく。

 

「…ッ…ハリー! すまなかった! どこか痛いところはないか?」

 

セブルスは慌ててその場で膝をつき、ハリーが怪我をしてないか確認するためペタペタと彼の体に触れた。

 

「ぼ、ぼくは大丈夫。 でも、セブルスおじさん。 この地図が正確なものかは分からないんだ。 もしかしたら故障とか…それか去年の日記みたいに危ないものかもしれないって」

 

仮にペティグリューの名前が本物じゃなかった場合を考えて、ハリーは慌ててそう言った。セブルスにぬか喜びをさせるのは悪いと思ったからだ。

 

しかし、ハリーは知る由もないことだが、この地図が何より正確で信頼出来るものだということをセブルスとリーマスは知っていた。

 

「…そっか。ハリー、これを届けてくれてありがとう。 セブルスが悪いことをしたね。 びっくりしただろう? 私たちでこの地図のこと調べてみるよ。 …ほら、君たちは帰りなさい。 テスト前なんだから」

 

リーマスは先程と同様に優しく笑ったが、その口調は有無を言わせないものだった。

 

ハリーはショックを受けていた。ハリーにとって、シリウスも含めセブルスやリーマスは絶対的に信頼ができる大人たちであった。

そんな大人があそこまで取り乱すところを初めて見て、驚いたのだ。

 

隣りのロンも見てはいけないものを見てしまった心持ちなようで、バツの悪い顔をして部屋を出た。

 

「僕たち、正しいことをしたんだよな…?」

 

暫く廊下を歩いてから、ロンは不安げにそう言った。

ハリーはちょっと困ったように眉根を寄せた。

 

「正しいことはしたと思う。でも…僕、今日になってペテュグリューが僕のおかげで逮捕されるかもって、調子に乗ってた。 セブルスおじさんのこと、もう少し気遣うべきだった」

 

彼は、ペティグリューのせいで最愛の妻を失いかけたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

「…すまない」

 

ハリーとロンが出ていった後、セブルスはポツリと呟いた。

リーマスは、心底反省しているセブルスの肩に慰めるよう手を置いた。

そして、早速『忍びの地図』を起動させる。まさかこんな状況でこの地図と再会するとは。

 

「これを誰から譲り受けたのか、聞くの忘れちゃったね」

 

「ああ。 …しかし、血は争えないものだな。 あの子が地図を使うところを見たとき…ジェームズが帰ってきたのかと思った」

 

セブルスもリーマスも、学生時代の頃を思い出していた。

そういえば、ジェームズは自分の子どもが『忍びの地図』をフィルチから盗み出すのを期待していたっけ。 …遠い日の在りし記憶だ。

 

「それで、ペティグリューは?」

 

冷静さは取り戻したものの、セブルスは尚も鋭い声で訊いた。

 

「今は…いないね。 ただホグワーツに来ているのなら、何か目的があるのだろう。 また姿を現すはずだ」

 

リーマスの言葉に、セブルスは思いつくことがあった。

 

「もしや、こないだのヒッポグリフや毒の件はペティグリューの仕業か?」

 

「私も今同じことを考えていた。 目的は…まさかハリーか?」

 

リーマスの瞳がスッと細まる。

 

セブルスは自身の体が憎しみで燃え盛るのを感じた。

奴は、妻を昏睡させたのでは飽き足らず、娘や親友の息子にまで危害を与えようとしていたのか。

 

「リーマス、取り敢えず魔法省に連絡を」

 

「そうだな--いや」

 

リーマスは同調しかけて、やはりと首を振った。

 

「事を大きくして、ペティグリューに逃げられたら元も子もないな。 取り敢えずシリウスにだけ知らせよう」

 

リーマスは、てきぱきと羊皮紙を取り出すと羽根ペンを走らせる。

 

そもそも『忍びの地図』は自分たちが子どもの頃作ったものであり、その存在を知るものは少ない。それでペティグリューを見たと訴えても、魔法省がまともに取り合ってもらえるかは怪しい。

 

「…すまない、リーマス」

 

セブルスはガックリ肩を落としたまま、全てをリーマスに任せていることを謝った。

リーマスはそんな彼を見て困ったように笑った。

 

「さっきから君は謝ってばっかりだね。 こういう時は『ありがとう』の方が嬉しいかな。 君が辛い目にあっていたら、助けるのは当たり前だ。 …友達だろう?」

 

リーマスの言葉は、セブルスの中に燻る憎しみをほんの少しだけ和らげてくれた。

 

「そうだな。 ありがとう、リーマス」

 

改めてセブルスがそう言うと、彼は満足そうに頷いた。しかし、同時にセブルスは少し苦い気持ちになった。

 

ペティグリューも・・・いや、ピーター(・・・・)もまた自分の友人だったことに変わりはないのだから。




原作見ていつも思うんだけど、フレジョは何故スキャバーズの正体に気付かなかったんや・・・。


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スキャバーズの正体

椅子に座っているだけで汗ばんでくるような初夏。

鬱陶しい気候の中で、期末試験は無事に終わった。

 

「…それでさー、トレローニーが急に恐ろしい声で言ったんだ。 闇の帝王が、召使いの手を借りて再び立ち上がって、なんとかって」

 

ハリー、ロン、ハーマイオニーのいつもの3人組にシャルロットと嫌そうな顔をしたドラコを加えた一行は、中庭を通ってハグリッドの家へと向かっていた。

 

「あんなインチキ占い師にそんな力ないわよ。 あなた、からかわれたんだわ」

 

この辛辣なコメントをしたのは、途中で占い学に見切りをつけて教室を飛び出したハーマイオニーである。

漸くテストも終わり、ここのところ皆が辟易していた彼女のヒステリー癖は形を潜めていた。

 

「そうねぇ。 占い学は一番不確かな分野だってパパも言っていたわ」

 

「そうかなあ。 でも何ていうか、ちょっと尋常じゃなかったんだよ。 トレローニーの様子」

 

まだハリーは納得をしていなかったが、ちょうどハグリッドの家に着いたのでその話はそこまでになった。

 

「おめえら、よーく来てくれた! おお、シャル!髪切ったんか! 母さんにそっくりだ!」

 

ハグリッドはピンクのエプロンをつけたまま、5人を出迎えた。その格好に、ドラコの唇がひくりと震えた。

しかしそんなことに気付くほどハグリッドは繊細でない。彼はドラコににっこり笑いかけた。

 

「マルフォイは俺の家に入るのは初めてだな? ちっこい家だが、寛いでいってくれ!」

 

「ええ…どうも」

 

ハグリッドの言葉は決して比喩ではなく、5人を迎えた家はいっぱいいっぱいだった。

ハグリッドは得意料理(だと本人は思っている)ロックケーキを振舞った。

 

「マルフォイ、ちゃんとお礼を言いたかったんだ。 バックビークのこと、本当にありがとうな…ビッキーはおまえのこと襲っちまったのに…」

 

ハグリッドは涙声混じりにそう言うと、ドラコの手を握りぶんぶんと振った。その勢いで、小柄なドラコは吹き飛びそうになった。

 

「あれは別に貴方のせいではないでしょう。 悪いのは、毒のある植物を餌に仕込んだ奴だ」

 

ドラコは嫌そうな顔をしていたが、ハグリッドの手を振りほどくことはしなかった。

 

「犯人は結局誰だったのかな」

 

「きっと生徒の悪戯だろ。 全くいい迷惑だ」

 

首を傾げたロンにそう言うと、ドラコはロックケーキを1口齧った。…確実にどこかの歯が欠けた音がした。

ドラコがげっそりした顔でフォークを置くと、珍しくロンが同情的な視線を向けた。

 

ハグリッドがせっかくだからバックビークに会っていかないかと言ったので、5人は外に出た。

その提案にドラコとハリーはちょっと迷惑そうな顔をしたが、落ち着いてる時のヒッポグリフはなかなか魅力的な生き物だった。少なくともハリーはトラウマを克服したらしい。

 

「可愛いわねぇ」

 

シャルロットが、バックビークの嘴をあやすように撫でる。バックビークは気持ちいいのか目を閉じていた。

 

「まるでレイチェルの若い頃を見ているようだなぁ。 あの子もリリーも、動物が好きな女の子だった」

 

ハグリッドは懐かしそうに目を細めた。

ハリーとシャルロットは何だか擽ったいような気持ちになり、顔を見合わせて笑った。

 

ハグリッドの家を出たのは夕方頃だった。青々とした草を踏みしめて、5人はダラダラと城へ向かった。

 

ハリーがお気に入りのクィディッチチームの連勝記録を話していたその時、ロンが大声を上げた。

 

「スキャバーズ!!」

 

突然ロンがその場に跪いたので、他の4人も驚いて立ち止まった。ロンが再び立ち上がると、その手の中には汚いドブネズミ--スキャバーズ--が確かに居た。

 

「…なんだい、その汚らしいネズミは」

 

ドラコが顔を顰め、ロンから距離をとった。しかし、死んだと思ったペットを見つけて興奮しているロンには聞こえなかったらしい。

 

「よかった! スキャバーズ! 生きてたんだ!」

 

「本当に! 信じられないわ…よかった」

 

クルックシャンクスが食べたと思い、傷ついていたハーマイオニーも喜びの声を上げた。

 

「ああ! 見てくれよ! ほら!」

 

「よかったな、ロン! でも、ハーマイオニーに疑ったこと謝るべきだ。 そうだろう?」

 

ハリーがそう促すと、ロンはスキャバーズを抱きしめながらバツの悪そうな顔をした。

 

「あー…そうだね。 クルックシャンクスのこと疑って悪かったよ」

 

「いいのよ。 疑われるようなことしたのはクルックシャンクスですもの」

 

ハーマイオニーがそう言うと、何故かロンはちょっと頬を赤くした。

そして、ハーマイオニーは手を伸ばしスキャバーズの頭を撫でようとした。

 

その時、スキャバーズはロンの手の中からぴょんと飛んだ。

 

「あっ!」

 

スキャバーズは草むらの中を走って逃げていく。

 

「スキャバーズ! 待てって! ごめん。 みんなスキャバーズのこと捕まえて!」

 

ロンが慌てて追いかけながら言った。

 

ハリーとハーマイオニー、そしてシャルロットも追いかける。ドラコも「何で僕がウィーズリーのペットなんかを…」とぶつくさ文句を垂れながら、ネズミを追いかけた。

 

スキャバーズはまるでこちらの様子を窺うように何度も振り返ると、つかずつかれずの距離を保って走って行った。

 

やがてスキャバーズは、暴れ柳の根元の近くで姿を消した。

ロンは焦って何度も幹に躓きながら、木に近付く。

『暴れ柳』はその名の通り暴れ狂って、シャルロット目掛けて枝を振るった。

 

「危ないっ!」

 

間一髪、ドラコが間に合ってシャルロットを庇った。

 

「うっ…」

 

ドラコの足首にずきりとした痛みが走る。捻挫してしまったらしい。

 

ハリーとロンは漸くスキャバーズを見つけたようだ。木の根元の穴の中にスキャバーズは入ってしまったらしく、懸命に手を伸ばしている。…人間も入れそうな大きな穴だ。

 

「おい! スキャバーズ、来いってば!」

 

「危ないぜ、ロン! よせよ!」

 

今にも穴に入らんばかりのロンを引っ張ってどうにか制する。

 

その時、とてつもなく不思議なことが起こった。先ほどスキャバーズが居たはずの穴の中から、にゅっと1本の人間の腕が伸びてきた。

 

「なっ…!?」

 

驚いたのも束の間、ロンはその腕に引っ張られ穴の中に姿を消した。同時にロンを掴んでいたハリーも穴の中に引き込まれる。

 

「ハリー! ロン!」

 

シャルロットは、穴の中に入ってしまった2人に声をかけた。しかし、穴の中は通路になっているようだ。どんどん2人の声は遠ざかっていく。一体どうなっているのだろうか。

 

「ハーマイオニー! 誰か先生を呼んでちょうだい!」

 

「わかったわ! シャルとマルフォイは!?」

 

「私たちは2人を追いかけるわ! 怪我しているかもしれない!」

 

ハーマイオニーは危険だと止めようとしたが、暴れ柳が再び攻撃を振るってきたので諦めた。シャルロットの言う通り、先生を呼んだ方が賢明だ。

 

ハーマイオニーは暴れ柳の猛撃を掻い潜ると、脱兎のごとく城に向かって走り出した。

 

それを見届けたシャルロットは、ドラコと共に穴の中に飛び込んだ。

穴の中は薄暗く蜘蛛の巣が張っている。そしてやはり通路になっていた。恐らく人工的に作られたものだろう。

 

「ドラコ、あなたはここにいて。 足怪我しているでしょう」

 

「馬鹿いうな! 一緒に行くに決まってるだろう。 僕は歩けるぞ」

 

間髪あけずにドラコにそう言い返されたシャルロットは、尚も何か言い募ろうとしたが諦めた。

言い合いをしている時間はない。

幸いドラコは痛そうに足を引きずっているものの、骨に異常はないようだ。本人の言う通り歩けているし、シャルロットはそれ以上何も言わなかった。

 

杖を懐から取り出し、警戒しながらトンネルを進んだ。

トンネルはかなり長かったが、やがて上り坂になり薄らとした光が零れた。トンネルはここで終わりらしい。

 

シャルロットはドラコと顔を見合わせた。

正直、何が起きているのかさっぱり分からない。しかし、ここから先に恐ろしいことが待ち受けていそうな気がしてシャルロットの背筋に悪寒が走る。

咄嗟に杖腕ではない方の手でドラコの手を握った。ドラコはちょっと驚いたようだが、すぐ握り返す。いつもひんやりしている彼の手は、珍しく熱く汗ばんでいた。

 

覚悟を決めてシャルロットはドラコとトンネルを出た。

 

朽ち果てた家具。埃まみれのカーペット。窓にはひとつ残らず、板が張ってある。

部屋のあちこちには何かで引っ掻いたような痕があった。

 

「ここって…まさか叫びの屋敷?」

 

シャルロットが呟いたその時。上の部屋で、物音が聞こえた。

ドラコとシャルロットは、今にも崩れ落ちそうな階段を駆け上がり、ドアを開けた。

 

「駄目だ! ドラコ、シャル! 逃げろ!」

 

部屋にいたハリーが呻き声をあげた。

ハリーとロンは部屋の隅で怯えたように、体を小さくしていた。

 

2人の対角線上に、薄汚れた背の小さな男がいた。

 

ピーター・ペティグリューだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後から思えば、完全に無意識だったと思う。

 

職員室の方が近いうえに確実に誰かしら居るはずなのに、パニックの中で無意識に辿り着いたのは地下に位置するレギュラスの研究室だった。

 

「ブラック先生!!」

 

レギュラスは期末試験の採点をしていたようだった。

 

ノックもなしに現れた来客に一瞬レギュラスは不快な顔をしたが、ハーマイオニーだと分かると驚いたように目を瞬いた。

 

「ブラック先生! 助けてください! ハリーたちが暴れ柳に襲われて、何故か木の中に! シャルも巻き込まれて!」

 

普段の彼女らしくないことに、ハーマイオニーの説明は支離滅裂で充分とはいえなかった。しかし、レギュラスに事の緊急性は伝わったようですぐに彼は立ち上がった。

 

「落ち着きなさい! 暴れ柳で、何かが起きたのですね?」

 

「はい!」

 

レギュラスは今にも部屋を飛び出そうとして、はたと足を止めた。

その視線の先には、何やら薬の入ったゴブレット。

 

「…グレンジャー。 私はこの薬をルーピンに届けなけばならない。 その後すぐに暴れ柳に向かいます」

 

「私も行きます!」

 

間髪あけずにハーマイオニーはそう答えた。しかし、レギュラスは迷うことなく首を振った。

 

「いいえ、貴方はここにいなさい」

 

「嫌です!」

 

ハーマイオニーは涙目で、しかし強気な態度で首を振った。

 

レギュラスの頭にふつふつと血が上る。

1年生の時もそうだった。どうしてこの少女は大した魔法も使えないくせに、誰かを守ろうと躍起になるのか。自分の身だってろくに守れないのに。

 

どうして、この少女はここまで自分の心を掻き乱すんだ。

 

「…貴方が来ても足手まといだと言っているんです! ここに居なさい!!」

 

レギュラスの激昴した態度に、ハーマイオニーは一瞬怯んだ。しかし、すぐに元通りの強気な態度に戻った。

 

「襲われているのは私の友人です。 私も行きます」

 

ハーマイオニーの決意の篭った瞳に、レギュラスはゴブレットをどこかに投げつけたい衝動に駆られる。

 

この瞳が、どこまでも自分を惑わす。

 

以前1度だけ、この子がスリザリンだったならと思ったことがある。

しかし、目の前の少女は--どこまでも憎き兄と同じ--紛うことなきグリフィンドール生だった。

 

 

 

 

スリザリン贔屓の教授とグリフィンドールの首席というまさかのツーショットに、廊下を歩く生徒たちは皆怪訝な顔で道を開けた。

 

廊下を駆け抜けて、『闇の魔術に対する防衛術』の教授の部屋に行くと、そこにリーマスは居なかった。

 

「なぜ…今日は満月なのに」

 

レギュラスが呆然と呟いた。

その時、ハーマイオニーは机の上に置いてある『忍びの地図』を見つけた。

 

そこには暴れ柳に向かっているリーマス、セブルス、そして何故かシリウスの名前まであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いくら魔法が使えたって、杖がなければ何の意味もない。

 

ペティグリューに杖を奪われたハリーとロンは、そのことをこれ以上ないくらい痛感した。

そのうえ長いトンネルの中を引き摺られたハリーとロンは、既に満身創痍だった。当たりどころが悪かったのか、ハリーの足からは血がダラダラ流れている。

 

目の前のペティグリューは、ボロボロの衣服を身に纏った小汚い男だった。しかし、瞳だけは妙にギラギラしていて異様である。

 

シャルロットは無意識に生唾を飲み込んだ。

 

ずっと歩いてきたせいで足が痛むのか、ドラコは小さく呻き声を上げた。

 

「怪我しているのか、マルフォイ」

 

それに気付いたロンはドラコに肩を貸した。ドラコは小さな声で「すまない」と言うと、彼に寄りかかった。

 

「…マルフォイ? ルシウス・マルフォイの息子か?」

 

ペティグリューは虚をつかれたように、そう言った。そして、見定めるようにドラコをしげしげと見つめた。

 

「今すぐ立ち去れ。 そうすれば、危害は加えない。 私が今宵殺したいのは、ハリーだけだ」

 

その言葉に、一番に反応したのはシャルロットだった。

 

「ハリーは殺させないわ!」

 

シャルロットはそう怒鳴ると、ペティグリューに杖を向けた。

 

短く切りそろえた金髪。母親譲りの切れ長の瞳。杖を向けるその強気な態度。

 

「またしてもその顔が、私の前に立ちはだかるか」

 

ペティグリューは憎々しげにそう言った。その姿は否が応でも、シャルロットの母親を思い出した。

 

「その顔? 何を言って--」

 

「駄目だ! シャル、聞いちゃ駄目だ!」

 

ハリーが慌てたように、声を上げた。

しかし、ペティグリューは残忍な笑みを浮かべた。

 

 

「本当に知らないんだな。 ならば教えてやる。 君の母親レイチェル・プリンスを瀕死にしたのは…私だよ」

 

 

まるでシャルロットの反応を楽しむかのように、ゆっくりとペティグリューは言った。

 

シャルロットの体が痙攣するように、ひくりと震えた。

闇色の瞳が揺れる。

 

「エクスペリアームス!」

 

ペティグリューはハリーから奪った杖でそう唱えた。

シャルロットの杖は弾かれ、反対側の部屋の方へと落ちた。

 

「ぁ…」

 

ペティグリューはさらに杖を振った。すると、シャルロットの体は吹っ飛ばされ壁に叩きつけられる。

意識こそ失っていないものの、シャルロットは痛みに呻いた。

 

「もう一度言う。 ハリーを渡せ」

 

ペティグリューが冷たい声でそう言い放った。

 

「嫌だ!」

 

ロンとドラコは、ハリーと攻撃を食らったシャルロットを庇うように一歩前に出た。

 

その態度にペティグリューは表情を崩さないまま、ため息を吐いた。

そして、静かに子どもたちに杖を向けた。沈みきった泥のような瞳に見据えられる。それは、人を殺したことがある者の瞳だった。

凄まじい恐怖感に思わず、子どもたちは腰を抜かす。死を待つより他はなかった。

 

「アバダ--」

 

「エクスペリアームス!」

 

ペティグリューが呪文を唱える前に、赤い閃光が迸った。

閃光が走った先を見ると、そこにはシリウスが立っていた。

闇祓い局長としての腕は噂通りのようで、たかが武装解除の呪文だというのにペティグリューの体は吹っ飛んだ。彼の持っていたハリーの杖は弧を描き、シリウスの空いている手に収まった。

 

「パパ!」

 

ハリーは安心して、泣きそうになった。

もう大丈夫。自分たちは助かったのだ。

 

シリウスの背後にはリーマス、さらにセブルスまでも居た。

 

 

「ペティグリュー、君は私の娘までも手にかけようとしたのか」

 

 

セブルスの言葉はこの場にそぐわないほど穏やかだった。しかし、そこに込められた怒りは凄絶で、誰もが--リーマスとシリウスでさえも--圧に飲み込まれそうになった。

 

「シリウス…リーマス……セブルス」

 

ペティグリューは喘ぐようにそれだけ言った。

先程までの殺気に満ち溢れた彼は消え、形勢は逆転した。

 

シリウスは顔色1つ変えずに、ペティグリューに杖を向けた。

 

「ああ、親愛なる友よ。 覚えていてくれて光栄だな。 きみの友達は、髑髏の仮面に変わってしまったようだからな」

 

「この1年ヒッポグリフをけしかけたり、クッキーに毒を仕込んだのは君だね。 狙いはハリーか?」

 

リーマスが訊くも、ペティグリューは能面のような顔のまま何も答えない。

 

「答えろ!」

 

シリウスが怒鳴ると、ようやくペテュグリューはフッと自嘲的な笑みを浮かべた。

 

「ああ、そうだ。 まさか『あの人』の元に手ぶらで行くわけにはいかない。 もっと色々な仕掛けを仕込んだのだが、発動したのがそれだけとは。 落ちこぼれの私らしいだろう?」

 

「ネズミになれる君なら、ヒッポグリフの餌に細工をするのもクッキーに毒を仕込むのも容易かっただろうね」

 

「ネズミ!そうだ、おまえスキャバーズをどこにやった!?」

 

驚きの連続にペットのことを忘れてしまっていたロンが、そう怒鳴った。

 

「何言ってるんだ、君の目の前にいるだろう? 君がエジプトで拾ってくれて助かったよ。 おかげで私は餓死せずに済んだ」

 

「何をわけのわからないことを!」

 

ロンが顔を真っ赤にして食ってかかった。

その様子を見て、リーマスは同情的な視線をロンに向けた。

 

「ロン。 ペティグリューは『動物もどき』なんだ。 つまり、スキャバーズはペティグリューだったんだよ」

 

ロンはあまりのショックに呆然と立ち尽くした。

仕方ないことだろう。一年弱可愛がっていたはずのペットが、脱走していた殺人犯だったのだから。

 

そんなロンを一瞥すると、今度はペティグリューが口を開いた。

 

「しかし、一体どうしてここが…」

 

「忍びの地図だよ、ペティグリュー。 君もよく知っているだろう」

 

ペティグリューは目をカッと見開いた。そして、全ての合点が言ったように歯をギリッと食いしばった。

 

「どうして、ペティグリューがあの地図を知ってるんだ?」

 

思わず口から零れ落ちたハリーのその問いには、リーマスが答えた。

 

「黙っていてごめんね、ハリー。 その地図を作ったのは--悪戯仕掛け人は私たちなんだ」

 

どこか懺悔するような口振りでリーマスは続けた。

 

「ムーニーが私だ。 パッドフットがシリウス。 シュリルはセブルス。プロングズが君の父さんのジェームズ。 そしてワームテールが…ピーター・ペティグリュー」

 

ハリー、ロン、ドラコ、そしてシャルロットはあまりの衝撃に言葉を失った。

特に父親たちとペティグリューが友人であったことを今さら知ったシャルロットは、あまりの過度な情報に混乱して唇をわなわな震わせている。

 

「私は愚かだった…。 人生で初めてできた友人たちを危険に晒し、法律を破らせ…挙句の果てに保身に走った。 彼が鼠に変身できると公表していれば」

 

「それ以上はやめろ。 黙っていたのは俺とセブルスもだろ。…同罪だ」

 

「パパ!何やってるんだ。ペティグリューを早く逮捕して!」

 

話し続ける大人たちに、最初に痺れを切らしたのはハリーだった。

そして、同時に疑問に思った。どうして、シリウスは部下を1人も連れてきていないのだろう。

 

「…いいや、ハリー。 ペティグリューは捕まえない」

 

「何を…」

 

ハリーが絶句していると、同じく無言のままリーマスとセブルスがシリウスの隣りに並んだ。そして、2人も杖を抜く。

 

 

「今ここで、ペティグリューを殺す」

 

 

シリウスの口から放たれたその言葉に、子どもたちは呆然とした。

 

そして様子が変わったのはぺティグリューもだった。

 

「私…を……殺すと言ったのか……?」

 

掠れた声でそれだけ言った。

信じられないものを見るような目で、シリウスたちを交互に見つめる。

 

「如何にも。 むしろ、どうして命を助けてもらえるとそう思ったんだね? 君は私の大切なものを奪ったはずだが?」

 

セブルスは冷えきった声でそう言った。

 

「はは…。 馬鹿馬鹿しい。 君たちに…私を殺すことなんてできるわけが…」

 

ぺティグリューはどうにか虚勢を張っているが、様子が変わったのは明らかだった。

どうやら、旧友たちは命までは取るまいと高を括っていたらしい。

汗がふつふつと額にあふれ出す。そのまま、ぺティグリューはたじたじと後ずさった。

 

「シリウス、子どもたちに見せるべきではない」

 

しかし、リーマスは意に介さず厳しい声でそう言った。

 

「…そうだな。 ハリー、今すぐ友達を連れてここから出ろ」

 

シリウスの言葉で漸くハリーは我に返った。

 

「…こんなのおかしいよ!! 何でパパたちがペティグリューを殺さなきゃいけないんだ! こいつはアズカバンに戻ればいい、そうだろう!」

 

「ハリー! まだ何も知らないくせに口を出すな!!」

 

シリウスが、ハリーに怒鳴りつけた。

義父に叱られたことなど殆どないハリーはショックを受けたようだが、負けじと言い返す。

 

「僕は知ってる! そいつが、シャルロットのお母さんを昏睡に追い込んだんだろ! だから、パパは昔の写真を見せてくれなかった! ペティグリューと友達だったとバレてしまうから!」

 

「そうじゃない!! それだけじゃねえんだよ…こいつは……こいつはッ!!」

 

シリウスの杖を持つ手がぶるぶると震えた。

美しい美貌は壮絶に歪み、一種の狂気を窺わせた。

 

「シリウス」

 

セブルスは、激情に駆られているシリウスを窘めるように鋭く名を読んだ。まるで、これ以上言うなと言わんばかりに。

 

「いや、いずれハリーも知るべきことだった。 そろそろ潮時だろう」

 

シリウスはどうにか感情を抑えて言葉を吐き出した。

セブルスは小さく頷き、リーマスもまたシリウスの意見を尊重した。

 

「君がそう言うなら反対はしないよ」

 

シリウスはギリッと爪が食い込むほど、杖を強く握りしめた。

 

「いいか、ハリー。 よく聞いとけよ」

 

シリウスの脳裏にこの世で一番愛した親友とその妻が浮かんだ。

憎しみが、唸りを上げて加速する。

 

「おまえの両親はこいつのせいで死んだ。 ジェームズとリリーを死に追い込んだのは、ピーター・ペティグリューなんだッ!!」

 




原作よりピーター凶悪じゃね?って思うかもしれませんが、原作と違いレイチェルを殺しかけてアズカバンに入ってしまったので、吹っ切れてるというか・・・もう戻れる場所が闇の勢力側しかないんですよね。


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人狼と少女

「ペティグリューが僕の両親を殺した…?」

 

ハリーはシリウスが言ったことをそのまま繰り返した。それくらい突飛なことで、ハリーは頭で理解するまでに数秒を要した。

そして、首を振った。

 

「そんなはずないよ。 僕の両親はヴォルデモートに殺されたんだ」

 

「ああ、直接手を下したのはヴォルデモートだ」

 

ハリーの顔がぐっと険しくなる。

 

「…どういうこと?」

 

「ジェームズとリリーの隠れ家の場所を、あいつに売ったのはペティグリューだ」

 

シリウスははっきりとそう言い、端正な顔を苦しそうに歪めた。

 

「君の両親はね、『例のあの人』に狙われていた。 だから、君を連れて隠れたんだよ。 シリウスを秘密の守り人にしてね」

 

話すのが辛そうなシリウスに代わって、続きはリーマスが引き継いだ。

 

「秘密の守り人?」

 

「そういう魔法だよ。 守り人が秘密を漏らさない限り、ジェームズとリリーは死なないはずだった」

 

「…俺なんだ。 俺のせいなんだ」

 

ハリーはぎょっとした。

いつだって尊大で、強気で、明るいシリウスがこんな声を出すなんて。

これは本当に自分の父親なのだろうか。

 

「ハリー、俺はこの話をおまえにするのが怖くて仕方なかった」

 

驚くことにシリウスは--泣いていた。

ハリーは、彼の涙を見たのは初めてだった。

 

「俺が、ピーターに秘密の守り人を代えることを提案した。 ジェームズとリリーを間接的に殺したのは…俺だ」

 

「そんなことない!!」

 

ハリーは弾かれたように声を張り上げた。

未だに頭は混乱している。秘密の守り人というのが、どんな魔法制約なのかも分からない。ただ、シリウスの言葉が間違っていることだけは分かった。

 

「そんなことあるさ。 きっと死の間際ジェームズとリリーは、俺が裏切ったと思っただろう」

 

「違うってば!!」

 

ハリーは自分を抑えるドラコとロンの手を振り切って、シリウスにズカズカ近付くと胸倉を掴んだ。

 

「じゃあさ! パパが同じ目に遭ったら、ジェームズ父さんのこと疑う!?」

 

シリウスは驚き、瞠目した。

そんなこと考えたことなかったと、言わんばかりに。

 

「どうなのさ! ジェームズ父さんが自分の保身のためにパパを裏切ったって、そう考えるの?」

 

「い、いや…きっとジェームズに何かあったんだと、むしろ彼を心配する」

 

「ジェームズ父さんだって同じだよ! パパを疑うなんてあるわけない!」

 

ハリーが息を切らせてそう叫んだ。シリウスは何も言わない。しかし、見開いた灰色の瞳からはボロボロと涙が零れた。

 

セブルスは目の前の少年を、まじまじと見つめた。少し背が高くなり骨ばってきた体は、幼さが抜けてきた。

今までハリーはジェームズに生き写しだと思っていた。容姿も、悪戯好きのその性格も。

しかし、この意志の強さと頑固さ、そして優しさは…間違いなく母親(リリー)のものだった。

 

そんなハリーの言葉に、水を刺すような笑い声が聞こえた。

先程まで怯えていたのに、ペティグリューはくつくつと笑っていた。

 

「…何だ、ペティグリュー」

 

セブルスが脅すように杖を近付けながら、気怠げに訊いた。

 

「いや、何とも素晴らしき友情だと思ってね」

 

「君に私らの友情を語る資格はもうないと思うが?」

 

リーマスがきつい口調でそう言った。

しかし、ペティグリューは皮肉げに口を歪めて再び笑った。

 

「そうかい? むしろ私にこそ、あると思うね」

 

「何が言いたい?」

 

 

「君たちは本当に私を友だと思っていたのか?」

 

 

ペティグリューの言葉に、シリウスが再び激昴した。

 

「てめぇっ! 言わせておけば…!」

 

「そうだろう? シリウス、君の一番の友はジェームズだった」

 

「それは否定しねえよ! ただ、俺はリーマスもセブルスもおまえのことも大切に思ってた!」

 

「じゃあ、今度はリーマスに訊くよ。 君の一番の親友は誰だい?」

 

ペティグリューの言葉に、リーマスは唇を噛んだ。ペティグリューの言わんとしていることが理解出来たからだ。

それはセブルスやシリウス、また話を聞いていただけの子どもたちにも何となく理解できた。

 

「そうだね。 私の一番の親友は…セブルスだ」

 

リーマスは静かにそう答えた。

はぐらかさず答えたリーマスに、ペティグリューも僅かに溜飲が下がったらしい。

ぽつぽつと皆に語りかけた。

 

「余り者だった私の気持ちがわかるか? 君たちには唯一無二の存在がいた。 私はいつだって劣等感と疎外感を抱えていたよ」

 

「馬鹿馬鹿しいッ!」

 

シリウスはそう吐き捨てた。

 

しかし、ハリーやドラコ、ロン、シャルロットには彼の気持ちは少しだけ共感できた。思春期真っ盛りの4人にはその友情の機微は理解できるとこがあった。

 

「決定的だったのは、騎士団に入ることを話している時だった。 あの日、私は本当は騎士団なんかに入りたくなかった。 家族が狙われるかもしれない。それが怖かった。 しかし、君たちは私も当然騎士団に入るだろうとそう決めつけた! 私の悩みになんて一度も気付かなかった!いや、気付こうともしなかった!」

 

ペティグリューは血走った目で吠えた。

 

「何が悪い!? 君たちには唯一無二の存在がいたように! 私にとってのそれは親だった! それだけだ!」

 

リーマスも、シリウスも、セブルスも、あの日のことがまざまざと瞼に蘇った。

晴れた湖のほとりで、将来のことを語った。

あの時、その中の友人1人と袂を分かつていたなんて誰が気付いただろう。

 

「それなら俺たちに言えば良かったんだ! んなこと言われなきゃわかんねえよ!」

 

「言ったら君たちは私のことを、弱虫扱いしただろう! 君たちに私の気持ちなんてわからない!」

 

「ああ、そうだな! 弱虫の気持ちなんて全くわかんねえよ! 俺だったら、友を裏切るくらいなら死を選ぶ!!」

 

シリウスがそう怒鳴ると、ペティグリューは静かになった。

燃えるような瞳で自身に杖を突きつけるシリウスを見て、ぐっと唇を噛み締めた。そして、悲痛な掠れた声がその唇から漏れた。

 

「私は、昔も今も死が怖い。 両親の死も怖かった。 それだけなんだ。 それがそんなに悪いことなのか?

 

リーマスは静かに首を振り、下ろしていた杖を再び上げた。

 

「気持ちは分からなくはない。 だが、それとジェームズとリリーを裏切ったのは別の話だ。 君を許すことはやはり出来ない」

 

改めて、3人から杖を向けられペティグリューの顔は絶望に染まった。

 

「助けてくれ、ロナルド! 私はいいペットだった! そうだろう?」

 

ペティグリューはロンの方を向いて這い蹲った。

 

「ハリーとシャルの敵をベッドに住まわせていたなんて!」

 

ロンはだいぶ離れているに関わらず、さらにペティグリューから距離を取ろうとした。

 

「ああ、ルシウスの息子よ。 私を助けてくれ。 ルシウスなら私の気待ちを分かってくれる」

 

「父上を侮辱するな! それに僕はハリーの味方だ!」

 

ドラコがそう怒鳴った。

それは何かしらシリウスの心の琴線に触れたようで、彼はドラコをじっと見つめた。

 

「シャルロット…ハリー…」

 

「よもや私たちの子どもに命乞いをするわけではなかろうな? 一体どんな神経をしているのだ?」

 

ペティグリューが最後の足掻きとばかりにハリーとシャルロットを見つめたので、セブルスは子どもたちが見えないよう立ちはだかった。

 

「話はこれ以上ないくらい聞いた。 もう、いいだろう?」

 

シリウスはぶっきらぼうにそう言った。

 

「君たちには…子どもがいる。本当にいいのかい? 私1人でやった方が…」

 

リーマスはここに来て少し躊躇した。が、セブルスとシリウスの気持ちは変わらなかった。

 

「愚問だな」

 

「ああ、共に蹴りをつけよう」

 

ロンとドラコは思わず目を瞑った。

そして、3人が同時に杖を振ろうとした、その時。

 

 

「やめろ!!」

「やめて!!」

 

 

ハリーとシャルロットがぴったり同じタイミングで、ペティグリューの前に飛び出した。

 

「一体何をしている、退け!」

 

シリウスが怒鳴ったが、2人は退かない。

 

「やっぱり駄目だ! パパに人殺しなんてしてほしくない!」

 

「俺たちがやらなきゃいけない! 退くんだ、ハリー!」

 

「アズカバンにもう一度引き渡せばいい! パパがこんなことしたら、ジェームズ父さんも母さんも悲しむ! …どうしてそれがわからないの、パパ!」

 

ハリーは最早半泣きで、シリウスに抱きついた。

シリウスは何かに気付いたように、体を震わせた。

 

「ねえ、パパ。 もしここでペティグリューを殺してしまったら、ママが目覚めた時に…ママに胸張って会える?」

 

シャルロットは静かに父親と同じ闇色の瞳から、涙を流した。

セブルスの胸に、言葉にならない何かが迫った。

 

「お願い、パパ…。 こんなことしないで」

 

「もう辞めようよ、パパ」

 

2人の子どもにそう言われ、セブルスとシリウスはぐっと言葉に詰まった。

 

暫く、誰も何も言わなかった。

ペティグリューのゼェゼェした声だけが部屋を支配していた。

 

「ハリー、シャル。 そこ退いてくれるかな?」

 

傍目で見ていたリーマスは、暫く逡巡した後に口を開いた。そして、全く退こうとしない2人に困ったように僅かに微笑む。

 

「ペティグリューを縛るだけだよ。 本当だ」

 

「リーマス、それでいいのか?」

 

セブルスは杖を下げるかどうか未だ迷っているようだ。

 

「…この子たちは間違ったこと言ってないよ。 私はシャルとハリーの意見を尊重したい」

 

リーマスの杖から縄が飛び出し、ペティグリューの体に巻き付いた。

 

「…わかった。それなら、とりあえずホグワーツに戻ろう」

 

シリウスはハリーと目を合わせないように、彼の頭をグシャグシャ撫でた。そして、ドラコとロンの元に近付いた。

 

「…2人とも巻き込んで悪かったな。 ドラコ、俺の背中に乗れよ。 どれ、怪我の具合を見せてみな」

 

ドラコは、昔から自分がハリーの友達でいることをシリウスが快く思っていないのを気付いていた。そのため、その意外な提案に目をぱちくりとさせて…おずおずと彼の背中に甘えた。

 

無言のまま、一行はトンネルを通った。

先頭にセブルス、ドラコを背負ったシリウス、そしてペティグリューの縄を持ったリーマス、ハリー、ロン、シャルロットの順番だ。

 

気まずい行進の中で最初に口を開いたのは、リーマスだった。

 

「そういえば、ハーマイオニーはどうしたんだい? このメンバーなら彼女も居そうなものだけど」

 

「えっ? ハーマイオニーには、先生への助けをお願いしたんだけど…途中で会わなかったの?」

 

シャルロットの言葉に、リーマスは首を振った。

 

「会わなかったね。 もしかしたら、レギュラスの部屋の方に行ったのかな?」

 

トンネルはちょうど終わりに差し掛かった。

 

「レギュラス・ブラックの部屋!? ハーマイオニーがそんなとこ行くわけない!」

 

「そうだよ! あいつこないだレギュラスに怪我させられて、それで行くの辞めたんだぜ!」

 

ハリーとロンが口々にそう捲し立てたので、シャルロットは若干冷たい視線を2人に向けた。

 

「ブラック先生だろう、2人とも。 ふむ…レギュラスなら今日部屋に居るはずだ。 何せ、リーマスの薬の調合を頼んでるし」

 

「はあっ!? おまえ、あいつにリーマスの薬頼んでるのか! やめろよ、いつ毒を盛られるか分かったもんじゃない!」

 

漸く終わったトンネルを出ると、子どもと同じ次元の悪口をいうシリウスに、今度はセブルスが冷めた視線を送った。

 

その時、セブルスはあることに気付いて、はたと立ち止まった。

 

「ちょっと待て。…ということは、リーマス、今夜の分の脱狼薬は飲んだのか?」

 

セブルスがそう言ったのと、雲の隙間から満月が除いたのはほぼ同時だった。

リーマスは雷に打たれたかのようにその場に立ち止まり、その手からペティグリューの縄を取り落とした。

 

瞬時に事を理解したシリウスは、ドラコを降ろしハリーとロンに託す。そして、子どもたちをリーマスから遠ざける。

 

子どもたちはシャルロットを除いて、リーマスの病気のことを知らない。しかし、ただならないその様子に怖々と距離をとった。

 

「ペティグリューが!!」

 

ハリーが叫んだのと、ペティグリューがリーマスの杖を握ったのは同時だった。

ペティグリューはネズミに変身する寸前に、ハリーにニヤリと薄汚い笑みを見せた。そして、ネズミに変身すると夜の闇の中へと走って消えた。

 

「何事ですか!?」

 

考えうる限り、最悪のタイミングでレギュラスとハーマイオニーも到着した。

 

リーマスは一瞬満月を見て呆然としたかと思うと、その体からみるみる濃い茶色の毛が生えてきた。そして、苦しげに満月を見て遠吠えをする。

 

「狼人間…!」

 

思わず、ハーマイオニーはそう叫んだ。狼人間は声のする方に興味を引かれたのか、ハーマイオニーの方へと突っ込んできた。

 

レギュラスは咄嗟に前に出ると、狼人間に杖を向けた。

 

「攻撃するな!!」

 

レギュラスがリーマスを殺してしまうとでも思ったのか、シリウスは鬼気迫った様子で怒鳴った。

そのせいでレギュラスは一瞬だけ攻撃を躊躇った。しかし、その僅かな躊躇いが仇となった。

 

狼人間はレギュラスに襲いかかった--その瞬間、ハーマイオニーが彼を庇うように前に躍り出た。

 

鋭い爪先がハーマイオニーの腹部を諸に直撃し、鮮血が迸った。

怪我はそんなに深くないようだが、恐怖からか彼女は気を失った。

 

「グレンジャー!?」

 

レギュラスはハーマイオニーの体に、狼人間の手が伸びるのが見えた。

 

セブルスの顔がみるみるうちに真っ青になる。

 

「まずいな。 私たちが気を逸らすしかない」

 

「ちっ! 鈍っててくれるなよ・・・行くぞ、シュリル(・・・・)

 

セブルスとシリウスは、同時に変身した。

何十年ぶりかの動物もどきだが、2人は難なく変身を終える。

 

間一髪。狼人間がハーマイオニーの喉元に食らいつこうとした刹那、黒い大型犬が狼人間に体当たりした。

狼人間はギャンッと悲鳴を上げて転がる。

金色の毛並みをしたキツネが、狼人間の関心を引くように周りをくるくる走り回る。

 

狼人間はセブルスとシリウスを仲間と見なしたようで、2人の後ろを追って森の方へと走っていった。

 

ハリーはドラコを背負ったまま、ロンと共に腰を抜かしていた。

リーマスの病気が人狼であったのに驚いたのはもちろん、身近の大好きな人が理性のない恐ろしい獣に変わるのを見るなんて、まだまだ13歳の子どもには過ぎたショックだ。

 

「ハーマイオニー!!」

 

その中でリーマスが狼人間であることを前から知っていたシャルロットは、一番ショックが薄かったのだろう。ハーマイオニーの元に駆けつけようとした。

 

しかし、こんな状況だというのに思わず途中で足を止めた。

 

「グレンジャー! どうして……グレンジャー! グレンジャー!」

 

レギュラスは、我を失ったように何度も何度もハーマイオニーの名を呼んでいた。

 

ブラック家の特徴とも言えるその灰色の瞳は彼女だけを映し、透明な雫がぼたりぼたりと流れ落ちた。

 

似てない似てないと言われるブラック兄弟であるが、シャルロットはレギュラスの泣いている横顔が兄にそっくりであることに気付いた。

 

そして、シャルロットはレギュラスがどんなに冷たく人に当たっていても、本当は兄と同じく愛情深い人間であることも知っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦いなんて、死喰い人の時代に数えきれないほどした。

幾多の『穢れた血』をこの手で殺した。

 

だから呪文を躊躇ってしまった一瞬で、狼人間に襲われることを直感した。そして、咄嗟に目を瞑った。

 

しかし、庇うように顔の前に突き出した腕に跳ねた血は、自分のものではなかった。

『穢れている』と蔑んでいたはずの血は、自分を守るために流された。

 

 

--自分は彼女のことをどう思っているというのか。

 

 

あの時浮かんだ問いが、再び頭に浮かんだ。

 

そんなの最初から分かっていたじゃないか。

 

心を掻き乱された理由。

それは、この少女に惹かれたからだ。

 

純血主義に染まりきり死喰い人として多くの人間を殺した自分に、素直な愛情をぶつけてくれたこの少女に。

 

一切の打算なく、誰かを身を挺して守ることができるこの少女に。

 

血まみれになった少女の名を擦り切れる声で叫び、体躯を震える手で抱きしめた。

 

 

ああ、もう誤魔化せない。心に嘘なんてつけない。

 

 

この子が、愛しい。




この展開に色々思うところはあるかもしれませんが、ついてきてくれたら嬉しいです


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愛しい人、大切なもの

昨夜ペティグリューを見つけて、さらに逃がしてしまったことを長々と魔法省の役人から尋問されたハリー、ロン、シャルロット、ドラコはぐったりしたまま保健室で分かれた。

 

リーマスのことが心配だったが、まさかそれをマダム・ポンフリーに話すわけにもいかない。

シリウスとセブルスは何度も狼人間の時のリーマスと過ごしている。きっと大丈夫だろうと、考えるしかなかった。

 

余談であるが、後にペティグリューを殺そうとしたことでリーマスたちはダンブルドアからこってり叱られたらしい。

そして、リーマスは自身を受け入れた校長の信頼を裏切っていたことを心から悔い、友が動物もどきであることを打ち明けた。しかし、ダンブルドアはとうの昔からそれに気付いてたらしく穏やかに笑って許した。

 

単身でペティグリューを捕まえ殺そうとしたことで、シリウスはファッジにすごい剣幕で怒鳴られた。シリウス曰く、「クビにならなかったのが奇跡」である。

 

シャルロットとハリーはペティグリューを自分たちのせいで逃がしたと落ち込んたが、結果的にはこれで正解だったのだろう。

 

閑話休題。

事件の翌朝、素晴らしい目覚めとは言い難かったがシャルロットは早起きするとレギュラスの部屋へ向かった。

 

しかし、部屋に彼はいないようで反応はない。逡巡の後、取り敢えず一旦寮に戻ろうと踵をかえしたシャルロットは、1つ目の曲がり角でレギュラスに会った。

 

「ブラック先生」

 

「…おはようございます。 プリンス、具合はいかがですか?」

 

レギュラスは優しく笑いかけた。しかし、それを問うた本人である彼の目の下には大きな隈ができていた。それでも尚、美貌が衰えていないあたり流石ブラック家といった感じであるが。

 

彼は、ずっとハーマイオニーに付いていたのだろうか。

 

「私は大丈夫です。 もともと大きな怪我はしていませんから。 あの、スネイプ先生は…?」

 

「無事です。 ルーピンも人間に戻り、今は眠っています。…ちょうど着替えに戻ってきたところなんです。 部屋に入りますか、プリンス」

 

シャルロットは頷くと、部屋に入り近くのソファーに腰を下ろした。

レギュラスは廊下を窺って誰もいないのを確認すると、部屋に鍵をかける。

 

「昨日は辛かったでしょう。 ゆっくり休んでいてよかったのですよ」

 

レギュラスは気遣わしげに、シャルロットの金髪を指で梳いた。

 

「この時間まで、ずっとハーマイオニーに付き添っていたのですか?」

 

レギュラスの髪を撫でる手がぴたりと止まった。その不自然さは、そのまま問いの肯定を表しているようだった。

 

「もしかして、ブラック先生は…その…ハーマイオニーのことを……」

 

シャルロットは驚きを隠せなかった。

ハーマイオニーがレギュラスのことを好いてるのは喜ばしいことだし、心から応援していた。

しかし、(詳細は知らないものの)レギュラスが過去に死喰い人であったこと、また彼はブラック家の次男として血筋に誇りを持っていることを、シャルロットはよく知っていたので、彼女の片思いが簡単な道のりではないことも誰より分かっていた。

 

「それ以上の言葉は、貴方でも許しませんよ」

 

レギュラスの低い声に、シャルロットは思わずたじろいだ。

 

「…どうしてですか? 私は、2人のことを思って」

 

「黙りなさい」

 

シャルロットの言葉は最後まで続かず、レギュラスの一喝に遮られた。

 

「私はブラック家の者です。母が生きていた頃には、聖28一族との結婚話だってあった。そもそも私は過去に『穢れた血』を…」

 

「その言葉を使わないでください!!」

 

突然シャルロットがヒステリックに怒鳴った。レギュラスがハッとして口を噤む。

 

「去年のドラコも、ブラック先生も、どうして簡単にそんな言葉を使うの…!? 私だって、パパだって、マグルの血が入ってます!!」

 

シャルロットは荒く息を吐き、髪を無造作にかきあげた。レギュラスは肝心のことを何も分かっちゃいない。

 

「ブラック先生だって、『穢れた血』なんて--その言葉がもはや無意味であることに気付いているのでしょう?」

 

シャルロットはレギュラスが大好きだ。幼い頃から自分を可愛がってくれる親戚のおじさんのような存在だった。

そんな彼が、昔の思想に囚われたままで自分のことまで否定するのは辛い。

純血とかマグルとかどうでもいいし、心底嫌になる。

 

「ミス・プリンス、最後まで聞きなさい」

 

「聞きません」

 

シャルロットは瞳を涙で濡らしながらも、きっぱりと言う。その態度にレギュラスは困ったように笑った。

 

「貴方のそういう頑固さは、母親にそっくりですね」

 

「話を逸らさないでください」

 

「セブルスが私を助けてくれた時も、レイチェルは反対したのですよ。 『死喰い人』である私を屋敷に入れるなと」

 

シャルロットは目をぱちくりさせた。

そんな話は初めて聞いた。

 

「ミス・プリンス。 幼い貴方には、まだ分からないでしょう。 貴方は過去の戦争は知らないのだからね」

 

レギュラスはそこで一度言葉を切った。あまりにも穏やかで物悲しい口調だった。

 

「ただ、私はブラック家出身で死喰い人だった過去があります。 …無実な人を、たくさん苦しめた。 私の気持ちがどうあろうと、彼女の気持ちを受け入れるわけにはいかないんですよ」

 

シャルロットは唇をきつく噛んだ。

確かに過去の戦争のことなんて自分は知らないし、大好きなレギュラスがそんなことをしていたなんて考えたくない。

ただ母親がレギュラスを最初拒絶したことからも戦争が残した遺恨は、シャルロットの想像より遥かに大きいのだろう。

 

「それに…貴方もそうですが、彼女はまだ若い学生です。 教師に憧れを持つのは一過性のものなんですよ。 助けられた感謝を恋心と勘違いしているだけです」

 

でも--でも、それなら目の前のレギュラスは、何故こんな辛そうな顔をしているのだろうか。

ハーマイオニーの恋心が生半可なものじゃないことをシャルロットは知っている。そして、レギュラスだって知っているはずだ。

 

どうして2人とも想い合ってるのに、それを確認することすら出来ないのだろう。

 

シャルロットは歯痒い気持ちと焦燥感で涙が溢れそうになったが、ぐっと我慢した。一番辛いのは自分ではないのだから。

 

「わかりました。 でも、これだけは言わせて。 …私は先生としてではなく、大事な家族として、貴方にも幸せになってほしいって思ってるの。 それだけは本当よ、レギュラスおじ様(・・・・・・・・)

 

「…公私の区別はしっかり付けろと言ったはずですよ。スリザリンから1点減点」

 

「あら、学校でこんな話してる時点で公私混同なんて言われたくないわ」

 

強気にどこかふてぶてしく笑う彼女は、母親に生き写しだった。

 

シャルロットは涙を堪えてクスッと笑うと、レギュラスの部屋を後にした。レギュラスも同様に部屋を出て、保健室の方へと向かって行った。

 

再び、ハーマイオニーの目覚めを待つために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を覚まして一番最初に目に入ったのは、真っ白の天井だった。

最早、見慣れた保健室である。

 

マグルのプライマリースクールに通っていた頃は保健室なんて殆ど使ったことなかったのに、ハリーやロンと友達になってからはすっかり常連である。

 

「気付いたのですね」

 

寝起きでぼんやりとした意識は、部屋に響く涼やかな声で覚醒した。

 

ハーマイオニーはがばりと飛び起きると、慌てて寝癖を手櫛で整えた。

 

「ブラック先生!?」

 

保健室の無機質な壁にレギュラスは体を預けていた。端正な顔は乱れ、いつもより顔色が悪い気がする。

レギュラスは細い指を立てて、自身の口元にそっと持っていった。

 

「…大声を出さないように。 傷口が開きますよ」

 

素っ気ない言葉の中にも、どこか優しさを感じてしまったハーマイオニーは頬を赤らめた。急に、昨夜自分のとった行動が無様なものに感じてくる。

 

窓に視線を上げると、朝日が差し込んでいる。

自分は一晩グッスリ寝ていたらしい。

 

頭の中を様々な疑問が渦巻いたが、口から出た言葉はあの人の安否だった。

 

「あの、ルーピン先生は?」

 

「彼なら無事ですよ。 プリンスもマルフォイも…ブラックもウィーズリーも、みんな無事です」

 

「よかった…!」

 

ハーマイオニーはほっとして、再びベッドに寄り掛かった。

 

「人のことより自分を心配しなさい」

 

「ごめんなさい」

 

レギュラスが酷く不機嫌そうに言ったので、ハーマイオニーは慌てて謝罪の言葉を口にした。しかし、それでも尚レギュラスの表情は変わらなかった。

 

「貴方は…彼のことを恨まないのですか。 ルーピンが狼人間だということを初めて知ったうえに、貴方は怪我をした」

 

「恨みません。 ルーピン先生は素晴らしい先生ですし、それに………いえ、やはり何でもありません」

 

ハーマイオニーは頭に浮かんだ言葉を口に出すことを、途中でやめた。

2人の間にちょっとだけ気まずい沈黙が流れる。

 

「傷は残らないそうです。 しかし、呆れて言葉も出ません。 2年前から貴方は全く変わっていませんね。 杖も抜かず、敵の前に飛び出るなんて……貴方はそれでも魔女ですか?」

 

「ルーピン先生は敵ではありません」

 

「屁理屈を言えとは言ってません」

 

レギュラスは咎めるようにぴしゃりと言った。思わず、ハーマイオニーは口を噤んだ。

 

「どうして、私を庇うようなことをしたのですか? それから…どうして私の元に助けを求めに来たのですか? 職員室の方が近いはずでしょう」

 

レギュラスの口から放たれたその言葉からは、彼の真意は窺えなかった。

しかし、怒ってるような気配はなかったのでハーマイオニーは正直に言うことにした。

 

「両方とも分かりません。 気付いたら勝手に体が動いていたし、助けを求めようとしたらブラック先生のことが一番に浮かんだんです」

 

「分からない…ですか? 学年一の秀才のあなたが?」

 

レギュラスの口ぶりからは僅かに皮肉さが伺えた。

 

「強いて言うなら」

 

ハーマイオニーはそこで一端言葉を切った。

 

レギュラスに拒絶されるのは、怖い。でも、このまま宙にぶら下がったような状態はもっと嫌だった。

 

 

「ブラック先生のことを信頼し、大切に思っているからだと思います」

 

 

ハーマイオニーは、彼の瞳を真っ直ぐ見つめて言い切った。

 

レギュラスの灰色の瞳が、ぐらりと不安定に揺れた。

 

「本気で…言っているのですか」

 

「嘘でこんなこと言いません」

 

ハーマイオニーはちょっと笑った。

 

純血主義である彼に、自分が受け入れてもらえるわけなどない。

それでも彼にこんな顔をさせたののは、一矢報いたというか、少しだけ優越感を感じてしまった。自分だけしか知らない、彼の顔。叶わぬ恋なのだからそのくらいの反撃は許されるだろう。

 

「ブラック先生、私はこれ以上何も望んでいないんです。 先生にご迷惑はかけません。 ただ気持ちだけ、伝えたかったんです」

 

どこまでも彼女らしい芯の強いその言葉に、レギュラスは思わず腕を伸ばした。無性に彼女を抱きしめたかった。

しかし、その手は途中で行き場を失って、宙に浮いた。

 

「先生…?」

 

 

「貴方の気持ちに応えることはできません。 今も、これから先もずっと」

 

 

覚悟していたはずの痛みは、想像を遥かに超えて彼女の心に突き刺さる。

この凛とした声の裏側に狂いそうな苦悩が込められていることを、彼女は知らない。

 

「ええ。 わかっています」

 

どこまでも強いその少女は、涙を零さないで笑った。

 

「…それでも、貴方との魔法薬の個人授業は私も学ぶことが多い。 来年も遠慮せずに来なさい。 次こそは、プリンスを超えられることを祈っています」

 

「じゃあ、今年も…」

 

レギュラスは今日初めてフッと口元を和らげた。

2人の間にあった緊張感が解ける。

 

「惜しかったですね。 彼女との差は、たったの4点です」

 

学年一の秀才ハーマイオニー・グレンジャーは今年も魔法薬だけ、親友(シャルロット)に負けた。

 

 

 

 

 

 

 

ハーマイオニーは残りの学校生活を保健室で過ごした。ちょうど試験も終わっているし、学校中にはのんびりとした空気が漂っている。彼女のお見舞いには、ハリーとロンやシャルロットは毎日訪れ--驚くことにドラコも数回顔を出した。

ぺティグリューに殺されかけるという共通の危機を体験したことで、ロンとドラコの関係は幾分軟化したようだ。それでも病室で顔を合わせる度に、結局彼らは小競り合いになり、マダム・ポンフリーにつまみ出されることになった。

 

ハリーとシャルロットは自分たちのせいでペティグリューを逃がしたと後悔していたし、ロンは未だにスキャバーズのことを引きずっている。

 

さらに魔法省が介入したことで、ルーピンは学校を辞めさせられることになった。彼はハーマイオニーを襲ったことを酷く悔いているようで、彼女へ一方的な謝罪の手紙を残すと事件の次の日にホグワーツを後にしてしまった。

 

そんなわけでハリー達からしたら今回のことは大団円とは言い難く、苦い気持ちで学期末を過ごすことになった。

 

学期末のパーティーのほんの10分前、漸く退院の許可が出たハーマイオニーが準備をしていると、来訪客があった。

 

ダンブルドア校長だ。

 

「こんばんは、グレンジャー嬢。 すこーしだけ話をしてもよいかの?」

 

床を引きずるほどの長い濃紺のローブを羽織ったダンブルドアは、彼女が頷くのを見るとニッコリ笑って手近の椅子に腰掛けた。

 

「怪我は良くなったかね?」

 

「ええ。 マダム・ポンフリーに治せない傷はありませんから」

 

ハーマイオニーもニッコリと笑顔を返した。

 

「おお! これはこれは、シビルに続いてポモーナの給料も上げるべきかのぅ」

 

ハーマイオニーとしては何故あのインチキ占い師まで絡んでくるのか分からなかったが、ダンブルドアが楽しそうなので気にしないことにした。

 

「さて」

 

いくつか世間話をしてから、ダンブルドアは本題に入った。

思わず、ハーマイオニーも居住まいを正す。

 

「ミス・グレンジャー、いくら怪我が治ったとはいえ君にはルーピン教授とそれを雇用した儂を訴える資格がある。 もし、訴えたいと言うなら儂はそれを受け入れよう。 …どうするかね?」

 

ハーマイオニーは予想してなかったその質問に面食らった。が、すぐにきっぱりと首を振った。

 

「いいえ。 そんなつもりは全くありません」

 

「彼を許すと言うのかね?」

 

ダンブルドアが静かに問うた。

 

「…いいえ。 許すも何も恨んでいません。 彼が人狼であったのは全くもって不幸な偶然(アクシデント)で、私は教師としての彼を尊敬しています」

 

「あいわかった」

 

ダンブルドアはまたしてもニッコリと笑った。

自分を見る目つきはどこまでも優しく、ハーマイオニーは思わずフランスに住む自分の祖父を思い出した。

この人が、『例のあの人』ですら恐れる魔法使いだなんて。

 

「それに」

 

「ん?」

 

ハーマイオニーは一旦言い澱んで、そして言葉を続けた。

 

「人狼だとか…マグル生まれだとか、そんな自分の持つ素質に何の価値があるんだろうって思うんです。 私は自分の目で見て、その人がどんな人なのか決めたいんです」

 

こないだレギュラスに言いかけて、やはり言うことが出来なかった言葉だ。

 

ダンブルドアは雷に打たれたかのように一瞬固まった。そして、感極まったようにゆるゆると首を振る。

 

「ほんに、魔法が使えることや血筋を誇ることの何と愚かしいことか。 君くらいの年でそれに気付けるのは、素晴らしいことじゃ。 レギュラスのことを好いてくれたのが、君のような少女で本当によかった」

 

何で自分の気持ちを知っているのかと思わずハーマイオニーは叫びそうになったが、何とか押しとどめた。

 

きっと、この偉大なる魔法使いには何でもお見通しなのだろう。

 

 

 

 

今回のペティグリューの事件について、彼に立ち向かったということでハリー、ロン、ハーマイオニー、シャルロット、それにドラコにはそれぞれ50点が追加された。

 

今年のクィディッチ対抗杯も勝ち取ったということで、スリザリンと僅差ながらもグリフィンドールの優勝だった。

 

赤と金の旗の下で、この時ばかりはハリーたちも逃したペティグリューのことを忘れ、大いに飲み、食べ、騒いだ。

 

次の日、生徒たちはホグワーツ特急に乗り込んだ。ハリーはチョウの誘いを断って、ロンやハーマイオニー、シャルロット、ドラコと共に過ごした。何となく今はこのメンバーで居たかったし、チョウのお喋りな友人たちに今回のことを詮索されたくなかった。

 

話題は、専ら夏に行われるクィディッチワールドカップのことである。おそらくロンとドラコがこんなに話が弾むのは、最初で最後だろう。

 

クィディッチに興味のないシャルロットとハーマイオニーは時折話して、本を捲りゆっくり過ごした。ハーマイオニーは、来年から逆転時計を使うのを辞めるらしい。ハリーとロンは、逆転時計のことを彼女が打ち明けてくれなかったことに憤慨していた。

 

そして、ハーマイオニーは今は静かに過ごしていたいようだが、ロンは時折構ってもらいたそうにチラチラと視線を投げては大きな声でクィディッチの話をした。

 

これはまた、来年一波乱起こりそうだ。

シャルロットは本で顔を隠しながら、クスッと笑った。

 

キングス・クロス駅ではシリウスが何故かフクロウの入った籠を持って、待っていた。

灰色の豆フクロウが狭い籠の中を、ブンブンと飛び回っている。

 

「よお、ハリー! おかえり!」

 

シリウスはハリーをしっかり抱きしめた。

またしてもペティグリューを逃がしたことにより魔法省はてんてこ舞いだったが、漸く落ち着きを取り戻してきたらしい。

シリウスの美貌もすっかり元通りだ。

 

「ただいま。 どうしたの? このフクロウ」

 

「ああ、ロンにお詫びとしてプレゼントしようと思ってな。 ほら、スキャバーズの件で辛い思いをさせただろう?」

 

「えっ、僕に!?」

 

ロンは目をキラキラとさせ、籠を持ち上げた。そして、しげしげと豆フクロウを眺め、近くに居たクルックシャンクスに差し出す。

 

「どうだい? 今度こそ、ちゃんとしたペットかい?」

 

ハーマイオニーに抱かれたクルックシャンクスが機嫌良さげにゴロゴロと鳴いたので、ロンは満足そうにフクロウの籠を持ち上げた。

 

「よかったじゃないか、君の家じゃフクロウ1匹買うのも大変だろ?」

 

ペコペコと何度もシリウスにお礼を言っているモリーを横目に、ドラコは皮肉る。

ロンが何か言い返す前に、彼は颯爽と家族の元に向かって行った。同時にシャルロットも駅から離れた場所にいるセブルスと合流するらしいので、そこで分かれる。

 

「またな、シャル! ドラコ!」

 

ハリーが手を振ると、ドラコとシャルロットも笑顔で手を振った。この幼馴染たちとは、どうせまたすぐ会うだろう。

 

「よかったな、ロニー坊や」

 

「こいつぁ、エロールの数倍働いてくれそうだ」

 

フレッドとジョージが両脇から、ロンの肩を小突く。ロンはちょっと照れくさそうに笑った。

 

「君たちがフレッドとジョージだろ? 『忍びの地図』をフィルチから盗み出したっていう」

 

シリウスが双子にそう話しかけると、2人は思いっきり顔を顰めてハリーを見た。

 

「おいおい、父親に話すのは卑怯じゃないか?」

 

「そうとも! 信頼できるハリー様だから俺たちは譲ったんだぜ?」

 

そんな2人の様子にシリウスは大声で笑うと、目の前で手をヒラヒラと振った。

 

「いや、君たちを責めたんじゃない。 それにハリーから聞かなくてもその地図のことは知っていたよ。 …何を隠そう、俺はパッドフットだからね」

 

「「なんだって!?」」

 

これ見よがしにシリウスがニヤリと笑うと、双子の驚きの声がシンクロした。そして、フクロウを貰ったロン以上に目を輝かせる。

 

「そうだよ。 ちなみに、ハリーの父親ジェームズがプロングズさ」

 

「マーリンの髭だ! 会えて嬉しいぜ、俺たちの師匠よ!」

 

「ああ! それじゃあ、ハリーに渡したのは正解だったな。 彼こそが、正統な後継者だ!」

 

双子は最もらしく何度も頷き、ロンを引っ張って鼻歌を歌いながら帰って行った。

 

「さあ、俺たちも帰ろうか」

 

「…うん」

 

ハリーは頷くと、シリウスの腕を掴む。

体中が狭いパイプに押し込まれたかのような閉塞感。そして、次の瞬間そこはグリモールド・プレイス12番地だった。

 

屋敷しもべ妖精アンからの熱い帰宅の歓迎を受けたハリーは、好物だらけの夕食に舌鼓を打った。

 

「ハリー坊っちゃま、ココアでもいかがかな?」

 

夕食後ハリーがソファーでクィディッチの雑誌をパラパラ捲っていると、ココアの入ったマグカップを2つ持ったシリウスがふわりと微笑んだ。

彼はカップを1つハリーに渡すと、自身も隣りに腰掛けた。どこで引っ掛けたのか、女物の香水の香りが鼻腔を擽った。

 

「パパ、女くさい」

 

「それは失敬」

 

シリウスは悪びれもせず、ニヤッと笑った。思わず、ハリーも悪戯っぽく笑う。

 

「今の彼女とはどうなんだ? チョウ…だったか?」

 

「そこそこ。もうちょっと嫉妬深くなければ尚いいんだけど」

 

ハリーは顔を顰めて、ココアを1口飲んだ。温かな甘さが、何かを解きほぐすよう体に広がる。

ハリーはふうと息を吐いた。

 

 

「まだペティグリューのことを後悔しているのか?」

 

 

シリウスは静かにそう訊いた。

 

「…うん。 だって、あの時僕たちが止めなかったらペティグリューを逃がさなかったでしょ」

 

「そうだな。 そして、俺たちは殺人犯になっていただろう。 あの時の俺たちは完全に平静さを失っていたよ。 ジェームズやリリーに顔向け出来なくなるところだった」

 

シリウスはそう言うと、マグカップに口を付けた。

ハリーは何かを言おうと口を開きかけ、そしてまた閉じ、何度も逡巡してから結局口を開いた。

 

「ダンブルドア校長がね、きっといつかペティグリューを助けたことを心から良かったと思う日が来るって言ったんだ」

 

「そうか」

 

その言葉からは彼の明確な感情は窺えなかったが、温かな優しさが込められているのだけはハリーには分かった。

 

「…本当に、おまえは俺の自慢の息子だよ」

 

シリウスはそう言うと、ハリーの父親そっくりの髪をわしゃわしゃと掻き回した。ハリーがフフッと笑い声を上げる。

 

「どうした?」

 

「きっと、今頃シャルもセブルスおじさんと同じような会話してるんだろうなって」

 

シリウスは友人を想って、穏やかに口角を上げた。

 

「明日あたりリーマスの家に行かないとな。 そりゃもう落ち込んでるらしい」

 

「ハーマイオニーは全然気にしてないのにね」

 

ハリーは落ち込んで寝込んでるリーマスを想像して、苦笑にも似た表情を浮かべた。

 

「ねえ、パパ。 我儘言ってもいい?」

 

ハリーは両手でマグカップを持ちながら、こてんと首だけシリウスの肩に乗せた。

 

「何でも言ってみなさい、我が愛する息子よ」

 

「あのね、ペティグリューが出てきてもいいから、ジェームズ父さんの写真を見せてほしい。 それから父さんの話をたくさんして」

 

シリウスは一瞬だけ戸惑った顔をした。が、何かを堪えるよう唇を噛み、ハリーをきつく抱きしめた。

 

「…もちろんさ」

 

シリウスは掠れた声で、それだけ言った。




アズカバンの囚人編、これにて終了です。お付き合いありがとうございました。

今回は、ストーリーより登場人物たちの心の動きをメインにした章だった気がします。何度も消しては書き直してを繰り返した章でした。

過去にグリンデルバルドと共にマグルを支配しようとしたことがあるダンブルドアだからこそ、ハーマイオニーの言葉は響いたのかもしれない。


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炎のゴブレット編
クィディッチ・ワールドカップ


冷たく暗い空気の淀んだ墓地。

遥か昔は栄えていたのだろうがすっかり寂れた屋敷。

 

忘れるわけがないヴォルデモートの声。そして、こないだ取り逃したワームテール。

--2人が自分の存在に気付いた。

 

何故かマグルの老人の体になっていた自分に、杖が向けられた。

 

悲鳴をあげる暇もない。

 

緑色の閃光が、目の前で迸った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ちゃま! ハリー坊っちゃま!」

 

はっと目を開けると、目の前にテニスボールのような大きな瞳があった。

一瞬ぎょっとしたが、すぐにそれはアンだと分かった。

 

グリモールド・プレイス12番地。

そしてここは、2階の隅に位置する自分の部屋である。アンが開けてくれたのであろうカーテンから眩い朝日が差し込み、赤と金で統一された部屋をキラキラと染めている。

寝るまでに見ていたアルバムは窓から入る風でページが捲れ、どの写真も両親やその友人たちが手を振っている。

 

部屋には冷却呪文が常時かけられているのに、起き上がるとパジャマは汗で体に張り付いていた。

 

「申し訳ありません! 坊っちゃまの眠りを妨げてはいけないとアンは存じていらっしゃいました(・・・・・・・・・・・・)が、あまりにも坊っちゃまが魘されていましたので…」

 

アンが耳をしおらしく曲げて謝ってきたので、慌ててハリーは否定するよう手をひらひらと振った。

 

「ううん。 起こしてくれて助かったよ。 すぐに着替えて下に行くね」

 

ハリーは未だにバクバクと鳴る心臓を抑えるよう、胸に手を当てる。

ズキリと額の傷が疼いた。

 

何だったんだ、さっきの夢は。

 

アンが姿を消すと、ハリーはベッドから降りて深呼吸をした。

そこは恐ろしい墓場でも寂れた洋館でもなく、慣れ親しんだ我が家だった。

机の上には魔法史の宿題--『エジプトで栄えた魔法文明について羊皮紙二巻分述べよ』というレポート--が広がっているが、あまり進んではいない。部屋にはあちこちにクィディッチのポスターが貼られ、朝から彼らはポスターの中で何度も宙返りしている。

 

ハリーは乱雑にパジャマを脱ぐと、籠に投げ込む。そして、自室についてるシャワールームに入り、熱いお湯を頭から浴びた。

 

 

 

 

 

 

階下に降りると、シリウスは既に朝ご飯を終えていた。

コーヒーを片手に日刊予言者新聞を読んでいた彼は、ハリーが来たことに気付くと心配そうに立ち上がった。

 

「アンから聞いたよ。 魘されていたらしいな」

 

「あのね、すごく嫌な夢を見た」

 

「…どんな夢だい?」

 

シリウスはハリーのただならぬ様子に、新聞を横に押しやった。

 

「ヴォルデモートと…ペティグリューが出てきた。 夢の中で何故か僕はマグルのお祖父さんだったんだ。 暗いお墓のある屋敷を僕は進んで…あいつらに見つかって…緑色の閃光が」

 

次第に声を震わすハリーを宥めるよう、シリウスは力強く抱きしめた。いつもの嗅ぎなれた香水が鼻腔をくすぐる。

ハリーは少し落ち着きを取り戻した。

 

「それで、目が覚めたら傷痕がすこく痛んだんだ。 パパ、これってただの夢かな?」

 

「いや、俺もよくわからない。 もしかしたら、闇の魔法か…?」

 

シリウスは真剣な声色でそう言うと、手を伸ばしハリーの額の傷を撫でた。

 

「パパにも分からないの?」

 

「ああ。 夢というのは、魔法界でもまだ謎が多いジャンルなんだ。 神秘部の奴らなら分かるのかもしれないが…」

 

「神秘部?」

 

初めて聞く言葉にハリーは首を傾げた。

 

「ああ、魔法省にある不思議な部署だよ。 俺でさえ詳しくは知らない。 …取り敢えずアラスターにでも聞いてみよう。 闇の魔法に関してはあいつの右に出てくる奴はいない」

 

「アラスター? それってアラスター・ムーディーのこと? 聞いたことあるよ。 パパの前の闇祓い局長でしょ?」

 

「ああ。 ハリーも小さい頃会ってるんだが、さすがに覚えてねえだろうな」

 

1度見たら忘れる面じゃないが、とシリウスは小さい声で呟いた。

そして、レモンパイとサラダをたんまりと皿に盛りハリーへと渡すと、この話はこれで終わりとばかりにニコッと笑った。

 

「心配しなくても大丈夫だ。 ほら!朝ご飯かきこんどけ! 今日は…待ちに待ったクィディッチ・ワールドカップ決勝戦だぜ!」

 

今日の休みのために何日も残業続きの日々を過ごしていたシリウスは、パリッとした新品のローブに身を包み子どものようにはしゃいでいた。

 

そんなシリウスを見て、ハリーも自然に口元が綻んだ。ハリーもまた今日この日を指折り数えて楽しみにしていたのだ。

 

…しかし、それはそれとして。

 

「パパ。 楽しみなのは分かるけど、家からそれはやりすぎじゃない?」

 

「えっ」

 

両頬にでかでかとブルガリアとアイルランドの国旗を描いたシリウスが、間抜けな声を上げて固まった。

 

 

 

 

会場まではシリウスの姿あらわしで向かった。

シリウスによると、姿あらわしの習得が済んでない人は移動キーで来るらしい。

ハーマイオニーを連れたウィーズリー一家は恐らく移動キーを使うのだろう。

 

未だ慣れない吐き気を堪えて、会場の入口に降り立つと、たまたまそこにはシリウスの部下が多くいた。

 

「やあ、シリウス! すっかり準備万端じゃないか」

 

亜麻色の髪の男は、シリウスの両頬を見てククッと笑った。隣りには彼とこれまたそっくりの亜麻色の髪の小さな男の子かいる。多分息子だろう。

 

「おや、ブラック局長! 早めに会えてよかった。 チケットを取れたのは君のおかげだからな。 挨拶に行こうと思ってたのさ」

 

「まあ、主人がいつもお世話になっておりますわ。 こちら息子のリックです。 息子も今日のワールドカップをすごく楽しみにしていましたの」

 

「お! こちらが噂のハリーかい? 局長に似て利発そうな息子さんですな!」

 

シリウスとハリーはわらわらと大勢の人に囲まれた。

バグマン氏から伝で今回のチケットを手に入れたシリウスは自分たちだけでなく、部下たちにも惜しげなくチケットを振りまいたので、それはそれは感謝されていた。

 

「知り合いがいっぱいいるね」

 

屋台と人混みの中で、遠くにセドリックの姿を見つけたハリーは手を振った。彼とは同じシーカー同士。会えば話をする間柄だ。

 

「ああ。 全く、セブルスたちも来ればよかったのにな」

 

シリウスとしてはもちろんプリンス一家とリーマスも誘ったのだが、セブルスとシャルロットは口を揃えて「あまり興味がない」、リーマスは残念ながら用事があるらしかった。しかしハリーは、リーマスは本当は予定なんかなく未だに去年のことを引きずっているのではないかと思っていた。

 

あちらこちらで花火が鳴ったり、宣伝のビラを撒く箒が飛んでいる。馬鹿騒ぎをする人混みを縫うように歩く。すると、目立つ赤毛の集団がチラチラと見えた。

 

「ロン! ハーマイオニー!」

 

ハリーは人混みを掻き分け、2人に飛びついた。

 

「ハリー! 久しぶり!」

 

「きっと会えると思っていたわよ!」

 

ロンとハーマイオニー、そしてウィーズリー家のみんなは久々のハリーとの再会を喜んだ。

 

「師匠! これ見てくれよ!」

 

ハリーとの挨拶もそこそこにフレッドとジョージは、シリウスに駆け寄った。そして何やらガサガサと杖やお菓子のようなものを取り出すとヒソヒソと話している。

シリウスが愉快そうな笑い声を上げた。

 

「何あれ?」

 

「ああ、フレッドとジョージが作った悪戯グッズ。 中でも『だまし杖』なんてすごいぜ。 ママはおかんむりだけど」

 

「私のおすすめはトン・タン・トフィー。 なかなかイケてるわよ」

 

ロンとジニーがそう教えてくれた。

 

赤毛の集団に加え、ハリーやシリウスも居るといくら人混みでも目立つ。

露店の店主がこちらにまで歩いてきてセールスを始めた。

 

「どうだい? 万眼鏡さ。アクション再生ができる…スローモーションで。 必要なら1コマずつ静止させることもできるぞ」

 

「わあ!」

 

ハリーは歓声を上げて、真鍮製の双眼鏡のようなそれを手に取る。そして、目をキラキラとさせシリウスを振り返った。

 

「パパ、これ欲しい! 買って!」

 

「ん。 これで足りるか?」

 

シリウスは二つ返事で、ずしりと金貨の詰まった袋を投げた。

ハリーはそこから10枚ガリオン金貨を取り出すと、店主に渡す。店主はホクホク顔でハリーに商品を渡した。

 

ロンは物欲しそうにそれを見つめた。

 

「こんなもの買うんじゃなかった」

 

そして、踊るクローバー帽子と大きな緑のロゼットを指差してそう呟いたが、興奮しているハリーには聞こえなかったようだ。

 

「何言ってるの、それも素敵じゃない」

 

ハーマイオニーは努めて明るくそうフォローしたその時。

「大臣だ! 父さん、大臣ですよ!」

 

角縁の眼鏡をかけたパーシーが興奮したようにそう叫んだ。思わず、皆そちらを振り返る。

 

「やあやあ、シリウスじゃないか。 ハリー、ちょっと見ない間にさらに逞しくなったな。 …おお、アーサーたちも来ていたのかね」

 

コーネリウス・ファッジが親しげにハリーと挨拶をするのを、パーシーは心底羨ましそうに見つめた。

 

「ご存知、ハリー・ポッターですよ! …いや、今はハリー・ブラックだが」

 

ファッジは、隣りにいる金の縁取りがされた豪華な黒ローブを纏ったブルガリアの大臣にハリーを紹介した。

ブルガリア大臣は言葉が伝わってないようだが、ハリーの稲妻の傷を指差すとワアワアと騒いだ。

 

「ブルガリア語が分かるものを呼んだ方がいいのでは? 例えば、バーティとか」

 

シリウスの言葉に、何故かパーシーが誇らしげな顔をした。

後からハリーは聞いたのだが、バーティ・クラウチは今年魔法省に入省したパーシーの上司にあたるらしく彼にお熱らしい。ロン曰く、「そのうちあいつら婚姻届出すぜ」とのこと。

 

「バーティには会ってないが、席取りをする彼の屋敷しもべ妖精を見たな。 …ああ、これはこれは、ルシウスの到着だ!」

 

皆が振り返ると、マルフォイ一家がきちりとしたローブに身を包み歩いてくるところだった。 ウィーズリー一家の顔が強ばる。

しかし、父親そっくりの冷たい顔立ちのドラコは、ハリーの姿を見留めた瞬間にパッと明るくなった。

 

「お元気ですかな、ファッジ。 息子のドラコと、妻のナルシッサとは初めてでしたな?」

 

ルシウスはピカピカのステッキを仕舞うと、気取った仕草でファッジに手を差し出した。

ファッジも過剰なくらいの笑顔でそれに応じる。2年前ホグワーツからハグリッドを追い出そうとした時、シリウスの意見を優先した負い目があるのだろう。

 

「シリウス、アーサー。 ここにいるルシウスは先日聖マンゴ魔法疾患総合病院に多額の寄付をしてくださってね。 今日は私の客として招待なんだ。 …ああ、確かシリウスはマルフォイ夫人と従兄妹同士でしたな」

 

その言葉に、ナルシッサは嫌悪感を隠そうともせず顔を顰めた。

 

「ええ、血縁上はそうなりますね」

 

シリウスは素っ気なくそう言ったが、魔法大臣に招待され得意げな顔をしたドラコにだけは優しい顔をしていた。

いくら息子の親友とはいえどこかでドラコのことを斜に構えていたシリウスだが、去年の一件で彼の印象を改めたらしい。

 

「それは、それは結構なことですな。 …さあ、そろそろ試合の時間だ」

 

アーサーは無理矢理笑みを取り繕ってそれだけ言った。そして、息子やハーマイオニーを連れてその場を後にしようとした。

 

「ハリー、君たちの席はどこなんだ? 近くだといいけど」

 

ロンはマルフォイ一家から遠ざけようと、ハリーの腕を引っ張った。

しかし、ハリーはちょっと困ったような顔をした。

 

「アー…ごめん。 僕とパパもドラコたちと同じ貴賓席なんだ。 その…また後で絶対会おう」

 

ロンはショックを受けたように固まった。が、すぐに引き攣った笑顔を作った。

 

「な、なんだよ。 気使うなよ。 兄貴とハーマイオニーたちと楽しむから大丈夫だよ」

 

「そういうことだ、ウィーズリー。 早く一般席に行った方がいいんじゃないか? 混むと思うぞ」

 

ドラコはいつも通りロンを煽った。

 

「やめろよ、ドラコ!」

 

すぐにハリーは窘めた。

ドラコにとってこれは(いくらか)関係が好転したロンへのコミュニケーションだったわけだが、さすがにロンもいつもの軽口を返せていなかった。

 

「なんだ、本当のことじゃないか」

 

ドラコはそう言いながらも言い返さないロンにちょっと不満げだった。

 

ハリーは気まずい顔でロンたちに口パクで「ごめん」と伝えると、ドラコを引っ張った。

 

お互いの親とファッジと共に貴賓席へ上がる。貴賓席は両サイドのゴールポストのちょうど中間にあり、金箔の椅子が並んでいた。

 

ファッジとは話すくせに互いに見えてない振りをするシリウスとルシウスとは対照的に、ハリーとドラコはお喋りに興じた。

 

「最高の席だ」

 

「ああ、ここならクラムが良く見えるぞ!」

 

ハリーはあまりの興奮に先程のロンのことも吹っ飛び、無邪気に椅子を揺らした。

 

階段上になっているスタンドや大きなピッチから目を離し、振り返ると後ろの席にちんちくりんな格好をした屋敷しもべ妖精が居た。

多分、先ほど話に出たクラウチ氏の屋敷しもべ妖精だろう。

 

唐突に、金色の文字が輝いては消えていた広告が黒板消しに消されたかのようにサッと見えなくなった。

 

そして、「ブルガリア0 アイルランド0」と表記された。

 

「レディース・アンド・ジェントルメン!」

 

ルード・バグマン氏の声が鳴り響く。観衆が待ってましたと言わんばかりに沸いた。

 

ハリーはドラコと顔を見合わせニヤッと笑った。

 

クィディッチ・ワールドカップの、始まりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「パパ、見てた? あの最後のクラムのスニッチを獲るところ! こうやってさ!」

 

「全く…ハリー。 同じ話するの何回目だ?」

 

身振りを交えて話すハリーに、シリウスは苦笑しながらも上機嫌でファイアー・ウィスキーの入ったグラスを傾けた。

 

「最高の試合だったな。 これ以上アイルランドには追い付けないとクラムは判断したんだろう」

 

シリウスはほろ酔いのまま、最もらしく何度も頷いた。

 

「パパ、僕もそれ飲みたい」

 

「おまえには早いだろう? まあ、特別な夜だし、1杯だけだぞ」

 

甘えるように言ったハリーに、シリウスは悪戯っぽく笑った。

 

外では先程からずっとアイルランドのお祭り騒ぎが続いている。あちらこちらでレプラコーンが飛び交い、花火がバンバン鳴っている。

しかし、シリウスの買った大きなテントの中では殆ど音が聞こえず、快適だった。

 

「さあ、そのウィスキーを飲んだら寝なさい」

 

シリウスも欠伸混じりで言ったので、ハリーは素直に従いパジャマに着替えるとベッドに入った。

未だ興奮冷めならぬハリーだったが、体はすっかり疲れていたらしい。あっという間に意識は飛んだ。

 

 

--どれくらい寝ただろう。

 

 

夢の中で、ワールドカップで飛び交っていたハリーはクラムと一騎打ちの末スニッチに手を伸ばした。

もうすぐ手が届く、その時。

 

「起きろ、ハリー!!」

 

シリウスに叩き起されたハリーは、ベッドから転がり落ちた。

 

「な、なに?」

 

「…死喰い人だ。 着替えてる時間はない! 逃げるぞ!」

 

ハリーは上着だけ引っ掴むと、シリウスに引き摺られるようにして外に出た。

外は相変わらず大騒ぎだった…が、先程のお祝いの雰囲気とは全く違う。

あちこちで怒声と悲鳴が飛び交っている。

 

少し離れたところに、のっぺりとした髑髏の仮面をつけた真っ黒な集団が見えた。空中にマグルの人間をぶら下げて、狂ったように笑っている。

 

ハリーはぞくりとして思わず、シリウスにしがみつく。

シリウスは真剣な顔で、ハリーの肩を両手で掴んだ。

 

「いいか? 俺は奴らを止めに行かなきゃならない。 真っ直ぐ森に向かって走れ! いいな!」

 

やだ、一緒に逃げようとハリーが言おうとしたその時。

 

「ハリー!!」

 

ドラコが駆けてきた。

貴賓席こそ隣りだったものも、不仲な親同士がまさか隣り同士にテントを張るわけはなく、マルフォイ家はこちらから反対側にテントを貼っていたはずだ。

それなのに、わざわざこちらに走ってきてくれたようだ。

 

後ろには複雑な顔をしたナルシッサが渋々着いてきている。

 

「ドラコ! ハリーを頼むぞ!」

 

シリウスはナルシッサを見て一瞬だけ迷う素振りを見せたが、結局そう言うと仮面の集団の方に脱兎のごとく駆けて行った。

 

ハリーはドラコ(とナルシッサ)に連れられて、死喰い人に燃やされたテントの合間を縫うように走った。

何度か躓いて転んだ。しかし、痛みも気にならないほどがむしゃらに走った。

 

「うわっ!」

 

森の中を走っていると、前にいたドラコが誰かにぶつかった。

 

「いたたた…。 って、マルフォイ!?」

 

聞き覚えのある声に、ハリーはハッとした。

 

「ハーマイオニー、無事だったんだね!」

 

「え、ええ! でも私たち…皆と逃げてきて、何が何やら…」

 

珍しくハーマイオニーが狼狽えた声を出した。

ロンたちとはぐれたのか、とハリーが聞こうとした時すぐ近くからロンや双子たちがハーマイオニーを呼ぶ声が聞こえた。

 

「グレンジャー。 君は…マグル生まれだ。 ウィーズリーとなるべく遠くに逃げろ!」

 

ドラコが素早くそう言うと、ハーマイオニーの手を取りロンたちの声のする方へ走った。

ナルシッサがそれを見て、小さな悲鳴を上げた。

 

ハーマイオニーがロンたちと合流できた声を聞きほっとしながら、さらにハリーたちは別の方向へ走った。

ドラコが漸く足を止めたのは、森を抜けた先の小高い丘の上だった。

 

ハリーたちはハアハアと息を整える。

 

「母上、大丈夫ですか?」

 

温室育ちで運動など殆どしたことがないナルシッサは苦しそうに膝をついた。

わざわざハリーを迎えに来なければ、ナルシッサとドラコはもっと早く短い距離でここまで来れただろう。

今更ハリーは申し訳ない気持ちになった。

 

「ナルシッサおばさん、すみません」

 

ハリーは謝ったが、ナルシッサの反応はこちらを見向きもせず冷たいものだった。

 

丘の上からは、火の手が上がって滅茶苦茶になっているキャンプ場が見渡せた。

未だ死喰い人たちはマグルを宙に浮かせている。それが人質になっているらしく、魔法省の職員たちはジリジリと死喰い人に近付こうとしているが、攻撃に至れていない。

 

「パパ…」

 

流石にこの距離では顔の判断はつかないが、あそこにシリウスはいる。

急に心細くなったハリーは無意識にそう呟いていた。

 

「僕の父上も…あそこにいる」

 

気付けば、隣りに固い表情をしたドラコが立っていた。

 

「ドラコ!」

 

ナルシッサが咎めるような声を上げた。

 

「母上、少しの間ハリーと2人だけで話させてください」

 

彼女はさらに何か言いたそうだったが、ドラコの有無を言わさない口調に圧されたようで渋々黙った。

 

ハリーとドラコは丘の上を歩いた。

火の手が上がっているせいか、辺りは明るい。ついさっき2人でクィディッチ観戦をしたのが信じられないほど、ドラコの表情は暗かった。

 

そしてハリーも、ドラコの顔がどうしてこんなに暗いのか、今まで息子の親友として最低限の付き合いはしてくれたナルシッサがどうしてこんなに突然冷たくなったのか、理解した。

 

 

自分たちの親は、敵同士なのだ。

 

 

今まで何となくしか分かっていなかったそれが、重たくのしかかった。

大好きな親友の父親があそこで髑髏の仮面を被り、マグルを嬲っている。ハリーは先程飲んだファイアー・ウィスキーがせり上がってくるのを感じた。

 

「…どうした、ハリー? 具合悪いのか」

 

吐き気を堪えて体をくの字に曲げたハリーの背中を、ドラコが心配そうにさすった。

 

「い、いや…大丈夫」

 

ハリーはさらに数回咳き込んだ。

頭がくらくらした。ドラコはハリーが落ち着くまで暫く黙っていた。

 

 

「ハリー、僕たち距離をとった方がいいんだろうか」

 

 

出し抜けに、ドラコは緊張した面持ちでそう言った。

ハリーはきゅっと唇を噛み締めた。

 

このままドラコと仲良くし続けたら、もしかしたらシリウスに迷惑がかかるのかもしれない。

 

ーーでも。

 

「馬鹿言うなよ。 父親のことなんて関係ない。 僕たちはこれからも、ずっと親友だ」

 

 

ハリーは迷うことなく、はっきりとそう言い切った。

 

きっとシリウスも…同じことを友人に言われたら、こう答えるだろう。そう思ったから。

 

そして、何より自分にとってドラコは大切な親友だから。

失うことなど考えられるわけがなかった。

 

すると、ドラコは安堵したように息を深く吐いた。

 

「ああ、そうだよな」

 

ハリーは、馬鹿だなともう一度笑うとドラコに手を出した。ドラコは気が抜けたようにふにゃりと笑うと、ちょっと照れたように改めてハリーの手を握った。

 




お待たせしました。今日から炎のゴブレット開幕です。

シリウスのチケット占拠のせいで、ウィーズリー家が一般席に追いやられる悲劇!!


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変化していくこと

「闇の印…!」

 

そのままドラコたちと一緒にいたハリーは、不意に森の中から禍々しい緑色の髑髏が打ち上げられるが見えた。

思わず、ハリーもドラコもナルシッサまでもが言葉を失った。

 

やがて、暫くすると森の木立の中で眩い閃光が飛び散った。

 

そして、怒号。怒号。

 

ハリーはその中にシリウスの声を聞いた。目を凝らして見ると、どうやら魔法省の職員たちが騒いでいる。

闇の印を打ち上げた犯人でも捕まえたのだろうか。

 

「あっ」

 

「ん? どうした?」

 

ハリーが突然声を上げたので、ドラコはぎくりとした。

 

「どうしよう。 僕、杖を落としちゃったみたい」

 

ポケットの中は空っぽだった。さっき逃げている時、何度か転んだ。その時に落としたのだろう。

 

「なんだって?」

 

念の為、2人で丘の上に杖が落ちていないか探してみたが一向に見つからなかった。

 

「とにかく君はシリウスおじ様と合流しなよ。 僕たちと一緒にいたら不味い」

 

「そうする。 ごめんね、ドラコ。 色々ありがとう」

 

ハリーは急いでそう言うと、丘を駆け抜けた。

森の近くまで来ると、焦げ臭い嫌な匂いが鼻についた。

魔法省の職員の喧騒の中ハリーはシリウスを見つけると、走りよって抱きついた。

 

「ハリー! よかった…無事だったんだな」

 

シリウスも抱きしめ返し、ハリーの頭をくしゃくしゃ掻き混ぜた。

 

「うん! でもね、僕森の中で杖を落としちゃった」

 

ハリーが気落ちしてそう言うと、シリウスはあまり驚いた素振りもなく、むしろ納得したように頷いた。

 

「なるほどな。 だから、ここにおまえの杖が落ちていたのか」

 

シリウスは円になっている職員たちの中心を指さした。

 

ハリーは魔法省の職員たちが囲んでいるのが自分の杖だと気付きハッとした。直前呪文を調べる魔法がかけられたのか、杖からは小さな緑色の髑髏がぷかぷかと浮かんでいる。

 

魔法省の職員たちの視線がハリーに集まる。

 

「現行犯だ!」

 

不意に誰かがそう叫んだ。

声のした方を見ると、それはセドリックの父エイモス・ディゴリーだった。

 

「違う! 僕はやってない!」

 

「しかし、それはおまえの杖だろう! じゃあ、今まで何をしていた? 1人だったのか?」

 

「それは…」

 

ハリーはまさかドラコとナルシッサと共に居たとは言えず、口ごもった。

エイモスが勝ち誇ったような顔をした。

 

「エイモス」

 

それまで黙っていたシリウスが口を開いた。

 

「おまえはヴォルデモートを打ち破った、かの有名なハリー・ポッターが闇の印を打ち上げたと言うのか? 奇しくも闇祓い局局長である俺の息子のハリーが?」

 

シリウスは冷静に切り返した。その顔は冷たい怒りに溢れ、それは彼が端正な顔立ちであるがゆえに殊更壮絶に見えた。

周りの職員は、ヴォルデモートの名とシリウスの態度にたじろいだ。

 

「い、いや…そういうわけでは…」

 

エイモスはしどろもどろになった。

そして、そのすぐ後に森の中に倒れていたクラウチ氏の屋敷しもべ妖精ウィンキーが発見され、彼女が疑われた。

 

 

 

 

 

 

--そこまで話したところでシリウスは一息つき、紅茶のカップに手を伸ばした。

 

「そんなわけでウィンキーは無実だと思うのだが、クラウチにより解雇された。 それで取り敢えず事態は収束したってわけだ」

 

「何はともあれ、無事でよかった」

 

プリンス邸、リビングルーム。

『ワールドカップに闇の印現る!』と大見出しがついた日刊予言者新聞を読みながら、セブルスはしみじみと言った。

 

「そういえば、マッド・アイ・ムーディーから手紙の返事が来ないと言ってたが、来たのか?」

 

セブルスは思い出したように言った。

 

「ああ、来たぜ。 新学期の準備で忙しかったんだろう。 あの人が教師とはな…今年はスリザリン生から死人が出るぜ」

 

時は8月31日、明日から新学期が始まるわけだが例年のごとくハリーは宿題が終わらず、こうしてプリンス家でシャルロットに手伝ってもらっているわけである。言ってしまえば、夏の風物詩のようなものだ。

 

2階にあるシャルロットの部屋から時折2人の笑い声が聞こえる。本当にハリーの宿題は進んでいるのかと野暮な心配を抱きながらも、同じく明日から出勤となるセブルスも最後の休みをゆっくり過ごしていた。

 

「しかし、一体誰が今さら闇の印を?」

 

「闇祓い局としての見解は、元死喰い人たちの面白半分の犯行だということだが…どうにも嫌な予感がする。 魔法省でもバーサ・ジョーキンズが行方不明だ。 それにハリーが変な夢を見たのも偶然とは思えない」

 

セブルスは、険しい顔で頷いた。

 

「ああ、それに加えて去年ハリーが聞いたトレローニーの予言だろう? あの後すぐに予言通りペティグリューは逃亡した。 予言によると、『闇の帝王は再び立ち上がる』。 嫌な予感しかしないな」

 

「馬鹿言え。 ヴォルデモートが復活するって言いてえのか?」

 

シリウスは隣室にいるダリアに聞こえないよう、少し声のボリュームを落とした。

 

「分からない。 だが、この世には私たちが想像もできないような恐ろしい闇の魔法もあるだろう?」

 

「ああ、それに関しては俺の弟が専門だ。 喜んで教えてくれるぜ」

 

「シリウス」

 

彼の強烈な皮肉を咎めるよう、セブルスはたしなめた。シリウスはふんと鼻を鳴らすと、お茶菓子のクッキーをバリバリ食べ始めた。彼もまたダリア特製のジンジャークッキーが大好物なのだ。

 

「想像もしたくないが…もし、あいつが復活したら死喰い人も再結成されるはずだろう?」

 

「ん? ああ、そうだな」

 

セブルスは再び読んでいた日刊予言者新聞から目を離し、頷いた。

 

「…もし、そうなったとしてもドラコだけは助けられねえかな」

 

シリウスがぽつんと、そう呟いた。

セブルスは、これがあんなにスリザリン嫌いだったシリウスから発された言葉かと驚いた。子がそうであるのと同じように、親というのも子どもの価値観から影響を受けるのかもしれない。

 

そんなセブルスの驚きの表情を、シリウスは他の解釈をしたようで「いや、なんでもない」と慌てて言った。

 

「さらに今年は『三大魔法学校対抗試合』もある。 今年も気苦労が増えそうだな、セブルス」

 

シリウスは揶揄うようにニヤッと笑いながら、話題を変えた。その言葉に、セブルスはげっそりとした。

 

「気苦労の8割はおまえの息子だぞ。 17歳以下がエントリーできないのは不幸中の幸いだ」

 

だからこそ、今年はさすがのハリーも大人しくしているだろうと。

セブルスのこの予想は見事に打ち砕かれることを知る者はまだ誰もいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わってマルフォイ邸。

プリンス家も豪邸であるが、それとは比べものにならないまるで古城のようなこの家で、一人息子のドラコはせっせと荷造りに励んでいた。

 

と言っても、必要なものは全て屋敷しもべ妖精が済ませておいてくれたので、あとはドラコのお気に入りのクィディッチ雑誌や休日用の私服を詰める程度の気楽な荷造りだ。

 

ドラコの広すぎる自室は優美な家具に囲まれ、全てが高級メーカーの一点物である。

去年のクリスマスにシャルロットからもらったマフラーをこれまた洗練された真っ黒のトランクにしまったとき、扉をノックされた。

 

「ドラコ、入ってもいいかしら?」

 

ドラコが返事をすると、ナルシッサが黒地に薄らと銀の刺繍の入ったドレスローブを持って入ってきた。

 

「ほら、完成したのよ。 上品なデザインね。 きっと貴方によく似合うわ」

 

「ありがとうございます。 母上」

 

上機嫌な母親に釣られ、思わずドラコの顔も綻ぶ。

三大魔法学校対抗試合が行われることを既に父親から聞いていたドラコは、自分がエントリーこそ出来ないもののイベント自体を楽しみにしていた。

 

「ダンスパーティーは誰と踊る予定なの?」

 

ナルシッサの歌うような声に、ドラコはちょっとはにかんだ。

 

「そもそもオッケーしてもらえるかどうか分かりませんよ」

 

「まあ! マルフォイ家の長男である貴方を断る女の子なんていないわ! パンジー? ミリセント? ああ、ダリアも可愛らしい子よね」

 

「いいえ、母上。 僕はシャルロットを誘おうと思ってます」

 

途端に、空気が凍った。

ナルシッサの顔からすっと笑みが消える。ドラコは母親のその急な変化に驚き、戸惑った。

 

「母上?」

 

「ドラコ。 それは…許すことはできません」

 

ナルシッサは静かに、しかし厳しく言い放った。

 

「どうしてでしょうか?」

 

「…シャルロットのことを悪く言いはしません。 彼女のことは幼い頃から見ていますし、私だって可愛がっていたつもりです。 しかし、ドラコ。 もう貴方も14歳になるのです。 付き合うべき人を考えなければなりません。 貴方はマルフォイ家の跡取りですよ」

 

「マルフォイ家の長男だという自覚は持っているつもりです。それと、ダンスパーティーの相手をシャルロットにすることに何の関係があるのでしょう?」

 

ドラコは自身の口から出た言葉が挑発的であることに驚いた。母親に対してこんな口の利き方をしたのは初めてだ。

 

「みなまで言わないと分かりませんか? いいですか、ドラコ。 今まで私とルシウスは、貴方がシャルロットとハリーと仲良くすることを許してきました。 仲のいい貴方たちを引き離すのは可哀想だと思ったからです。 しかし、最近のあなたを見ていると、どうやらそれは間違いだったようですね」

 

ナルシッサは不快だと言わんばかりに眉をきゅっと寄せると、そう言い放った。

 

「ハリーとシャルロットと仲良くさせてくれたことには感謝しています。でも、最近の僕が何か問題でしたか?」

 

「問題に決まっているでしょう! ハリーにルシウスの話をしたことだって……それに『穢れた血』に逃げるよう忠告し、あまつさえ触れるなど、本当に穢らわしい! 私は貴方をそのように育てましたか!」

 

「母上! その言葉は使ってはいけない言葉です!」

 

少々ヒステリックになったナルシッサに対抗するよう、ドラコも自然と声を荒らげた。

 

「なにを…」

 

息子から真っ向に否定され、ナルシッサの陶器のような白い肌に僅かに赤みがさした。

しかし、ドラコは真っ直ぐナルシッサの瞳を見据えた。

 

自分は間違ったことを言っていない。

 

『穢れた血』。その言葉がどんなに他人を傷つけるか、そして何の意味も持たないか、ドラコは2年前に学んでいた。他ならぬ大切な友達に教えてもらったのだ。

 

たとえ、マグルの血が入っていてもハリーもシャルロットも自分の大切な友達だ。

 

「母上、少し1人にさせてください」

 

これ以上話しても平行線を辿るだけだろう。

 

ドラコがそう言うと、ナルシッサはさらに何か言いたそうな顔をしたが、黙って部屋を出ていった。

 

ホグワーツに行く前夜だというのに、その日の夕飯は気まずく味気ないものだった。

ルシウスが訝しげな顔で、ドラコとナルシッサを交互に見つめていた。

てっきりナルシッサが告げ口し、ルシウスから叱られると予想していたドラコだったが、彼女は何も話さなかったようだ。彼女なりに、何か思うところがあったのだろうか。

ドラコはご飯を食べ終えると、とっととベッドに潜り込んだ。

 

翌日の駅への見送りは、ナルシッサだけだった。ルシウスは何か用事があるらしい。

ナルシッサに連れられ、直接ホームに付き添い姿あらわしをした。

 

汽車に乗り込んでも尚、気まずそうな顔で目を合わせないドラコに、ナルシッサは困ったように微笑むと身を乗り出して抱きしめた。

 

「母上…」

 

「気をつけて行ってきなさいね。 今年も、たくさん手紙を書きます」

 

ドラコが何か言う前に、汽車は走り出した。控えめに手を振るナルシッサが、どんどん遠くなる。

クリスマス休暇まで、母親とは会えない。

今更ながら後悔がドッと押し寄せた。

 

ドラコはそのままコンパートメントにも入らず、暫く通路に佇んでいた。

 

「ドーラコっ!」

 

「うお!?」

 

突然背後から大きな声で驚かされ、ドラコは間抜けな声を出す。

振り返ると、薄ピンクのパーカーにジーンズという実にマグルらしい出で立ちのシャルロットがクスクス笑いながら立っていた。

 

「何ぼーっとしてんのよ」

 

「驚かせるなよ。 それに、なんだその格好」

 

「あ、これ? 今日早めにロンドンに来てハーマイオニーとご飯を食べたの」

 

シャルロットはずっと魔法界育ちとはいえ、父親のセブルスはマグルでの暮らしが長かった。マグルらしい服装なんてお手の物なのだろう。

 

「それより大丈夫だった? ワールドカップの事件、新聞で見て心配してたの」

 

「ああ、大丈夫だったよ」

 

「そう。 この話、ロンの前でしちゃだめよ。 ロンったら酷いの。 ドラコのパパのこと疑ってるのよ」

 

シャルロットは腕を組んで憤慨したが、ロンの言うことはむしろ的を得ているのでドラコは曖昧に微笑んだ。

 

「コンパートメントに席とってるの。 私たちも早く行きましょう」

 

いや、僕はクラッブとゴイルの面倒を見なきゃいけない。父上にそう言われてるから。

 

そう答えようと思ったが、ついにそれは言葉にならなかった。

 

ドラコは気付いていた。

そこに例えロンやハーマイオニーが居たとしても、皆で過ごす方が楽しいということに。自分がもう彼らのことを蔑んでもなく、嫌いでもないということに。

 

汽車は都会を突き抜け、緑いっぱいに広がる田舎を走っている。

 

通路を進み、ハリーたちのいる扉を開けると、ちょうど車内販売が来たところなのかコンパートメント内はお菓子に溢れかえっていた。

 

「遅かったじゃん。 場所わかんなかったの?」

 

ハリーは当然のように、ドラコのために席を空けてくれていた。

ロンは蛙チョコのカードを開けるのに夢中だったが、マルフォイが入ってくると視線は合わせずに「よお」とだけ言った。シャルロットとハーマイオニーは宿題の答え合わせを始め、ハリーがやめてくれと顔を顰めた。

 

友達は大好きだ。でも、家族のことだって愛している。

 

何を選ぶべきかなんて、分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハリー・ブラックは呆然としていた。

 

クィディッチ寮対抗戦が開かれない。そんなことがまかり通っていいのだろうか。

 

ふと周りを見渡すと、フレッドとジョージも悲痛な顔を隠そうともせず、他の選手も似たようなものだった。

 

確かに三大魔法学校対抗試合が開かれるのは嬉しい。しかし、そのためにクィディッチを中止しなくてもいいじゃないか。

こないだのクィディッチ・ワールドカップで覚えた作戦を試せると思ったのに。

 

「なるほど。 汽車の中でマルフォイが言ってたのは、これか」

 

ロンは気の毒そうに、ハリーを見遣りながら言った。三大魔法学校対抗試合のことは機密事項だったが、ドラコは父親から聞いていたらしい。汽車の中で、ドラコは勿体ぶったように今年1年はすごい年になるぞと言っていた。

 

「こうなったら俺たちもエントリーするしかねえな!」

 

「当然だぜ、兄弟!」

 

こういう時スイッチの切り替えが早いのが、双子のいいところである。

ハリーは気を取り直し、自分もエントリーしようと息巻いたその時。

 

ダンブルドアから成人した魔法使いしか出場できないことが発表された。つまり、資格があるのは実質七年生だけだ。

当然、大広間は非難轟々の嵐である。

 

「そんな馬鹿な話あるか!? 俺たち4月には17歳だぜ?」

 

「『老け薬』を数滴使えば何とかなるだろう」

 

フレッドとジョージがヒソヒソとそう話した。隣りに座るハーマイオニーは彼らの会話の内容が聞こえたのか、思いっきり顔を顰めた。

 

「僕にも分けてくれよ。 カップに1杯飲めば17歳になれるかな?」

 

ハリーが言うと、ロンも慌ててストロベリーシャーベットを飲み込んだ。

 

「僕も立候補するかも。 だってやってみなきゃわかんないもんな…あ、いや冗談だよ冗談」

 

ハーマイオニーの顔色を窺って慌ててロンはそう言った。

 

宴もたけなわ、長テーブルにズラリと並んだデザートを食べながらあちこちで生徒は喋っている。話題はもちろん三大魔法学校対抗試合のことだが、新任のマッド・アイ・ムーディのことも生徒の興味の対象だった。

 

傷跡に埋もれた顔、明るいブルーの義眼、馬のたてがみのような暗灰色の髪。男の風貌はあまりにも恐ろしく、そして年頃の生徒の興味を引いた。皆は会話の端々で彼のことをチラチラと盗み見ていた。

 

「マッド・アイ・ムーディ…あの人知ってるよ。 こないだ、誰かが自分の庭に忍び込んだって大騒ぎしたらしい。 そのせいで父さんが休日だったのに魔法省に駆り出されたんだ」

 

ロンが勿体ぶったようにそう教えた。

そういえばシリウスがムーディからなかなか手紙の返事が来ないと憤っていた。恐らくこれが原因だったのだろう。

 

ハリーの傷跡が痛んだことで、シリウスはムーディに心当たりの知識はないか聞いたようだが、残念ながらこれといって的を得ていそうな返事ではなかったらしい。シリウスが彼らしくないと首を捻っていた。

 

「ハリーのお父様の、前の代の局長ってことよね?」

 

「そうだよ。 今は隠居してるらしい」

 

そんな会話をハーマイオニーとしていたところで、校長が再び立ち上がった。

ボーバトンとダームストラングの生徒は十月に到着するらしい。就寝の挨拶を終え、生徒たちは未だ尽きぬお喋りに興じながらゾロゾロと大広間を後にする。

 

「あれ、ハリーどこ行くの?」

 

生徒の波に逆らうハリーに、ロンが欠伸を噛み殺しながら言った。

 

「うん。 ちょっとね」

 

ハリーはそのまま大広間を突っ切ると、ムーディの元に向かった。ムーディはハリーの姿を見留めると、スッと目を細める。まるで品定めをするかのようなその視線に、ハリーは少し居心地が悪くなった。

 

「おまえがハリー・ポッター…いや、ハリー・ブラックか」

 

ムーディは唸るような声色でそれだけ言った。

 

「はい。 パパから僕が小さい頃に会ったことがあると聞いたので。 それにこないだ手紙を頂きました」

 

「額の傷が痛むと言っていたな。 …直にその理由もわかる」

 

「え?」

 

後半はボソボソとした声だったので、あまりよく聞き取れなかった。

ハリーは聞き直したがムーディは何もなかったかのように、義眼をグルリと回しハリーを隅々まで舐めるよう見つめた。

 

「ああ、確かにおまえさんのことはよく知っている。 それはもう、な」

 




気付けば、この小説を投稿し始めて1年が経っていました。来年の今頃までには完走したいです。


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許されざる呪文

『魔法生物飼育学』で尻尾爆発スクリュートというとんでもない動物もとい怪物を育てさせられた後、皆はワクワクしながら『闇の魔術に対する防衛術』の教室に向かった。

 

マッド・アイ・ムーディの授業は既に評判で、ハリーたちはこの日初めての授業だった。

 

「そんな物、しまってしまえ」

 

鉤爪つきの木製の義足をコツコツと鳴らしながらムーディは教室に入ってくると、唸るように言った。

皆は慌てて教科書を鞄にしまった。

 

「…さて、魔法法律により最も厳しく罰せられる呪文が何か、知っている者はいるか?」

 

何人かが中途半端に手を挙げた。ロンもハーマイオニーも、そしてハリーも手を挙げた。

ムーディは義眼でぐるりと見渡すし、ロンを指名した。

 

「パパから聞いたんですけど…確か『服従の呪文』とか?」

 

ロンは恐る恐ると言った口調で言う。

 

「その通りだ。 おまえの父親なら知っているだろう」

 

ムーディは褒めるように言うと、瓶の中から蜘蛛を手の平に出した。ロンが小さく身じろいだ。

 

「インペリオ!」

 

ムーディがそう唱えると、蜘蛛は軽快なタップダンスを始めた。

皆が笑った。ムーディ以外の皆が。

 

「面白いと思うのか? わしがおまえたちに同じことをしたら、喜ぶか?」

 

ムーディが静かな低い声で言うと、笑い声が一瞬でおさまった。

 

恐ろしい魔法であることを皆が理解したのだ。

この魔法を使われたら、自分は相手の意のままに操られてしまう。タップダンスを踊らされることも、水に溺れさせられることも、窓から飛び降りさせられることも。

 

「何年も前、多くの魔法使いがこの魔法の被害にあった。 この魔法はかかった者を見分けるのが実に難しい」

 

教室はしんとして、誰もがムーディの言葉に耳を傾けていた。

 

「『服従の呪文』と戦うことができる。 これからそのやり方を教えていこう。しかし、誰にでも出来る訳では無い。 個人の持つ真の力が必要だ。 できれば、呪文をかけられぬようする方が得策だ。…油断大敵!」

 

ムーディの大声に、みんな飛び上がった。

 

「他の呪文を知っている者はいるか?」

 

ハーマイオニーがぴんと手を挙げた。そして、驚くことにネビルもおずおずと手を挙げた。

ムーディはネビルを指名した。

 

「おまえは…ロングボトムだな?答えてみろ」

 

「『磔の呪文』…」

 

ネビルは、消え入りそうな小さい声でそれだけ言った。

ムーディは満足そうに頷くと、再び蜘蛛に杖を向けた。

 

「クルーシオ!」

 

途端に蜘蛛は、ビクリと足を震わせもがき苦しみ始めた。その様は鬼気迫るものがあり、もし蜘蛛に口があったなら劈くような悲鳴が聞こえたはずだ。

ネビルは顔を真っ青にして固まっている。

 

「や、やめろ!」

 

思わずハリーは立ち上がった。

ムーディは徐に呪文を解くと、義眼でハリーを真っ直ぐ見据えた。

 

「三つ目の呪文を知っているな? ポッター…いや、ブラック」

 

「えっ…」

 

ハリーが何か言う前に、ムーディは杖を構えた。

 

「アバダ・ケタブラ」

 

途端に緑色の閃光が蜘蛛を射止めた。蜘蛛は一瞬僅かに身じろぐと、息絶えた。

何人か悲鳴を上げた。しかし、悲鳴すら上げられず息を呑む者が殆どだった。

 

その中でハーマイオニーは雷に打たれかのように固まると、体を震わせた。ロンが心配そうにハーマイオニーを見つめた。

 

「これが死の呪文だ。 反対呪文は存在しない。 当たれば、確実に相手の息の根を止める。 それから逃れることが出来たのは、ただ1人だ」

 

ハリーは、ムーディの言葉で一斉に注目を浴びているのを感じた。

何かと目立つのが好きなハリーだが、この時ばかりは居心地が悪く静かに顔を下に向けた。

 

ハリーには幼少時の記憶に、緑色の光でいっぱいになる映像のイメージがある。それが両親の死に際の朧気な記憶であること、恐ろしい呪文であることをシリウスから聞いて知っていた。

しかしいくら知っていたとはいえ、実際に目の前で見るのはまた全然違う。

 

授業は、実技から板書に移った。

ハリーはびっしょりかいた手汗を拭って、羽根ペンを握り直した。

 

漸く落ち着いて当たりを見渡せば、どんな時も授業に集中しているあのハーマイオニーでさえ、うわの空だった。

 

 

 

 

授業は終わり、皆はそそくさと教室を出る。

目の前で、ムーディは未だ顔色の悪いネビルをお茶に誘った。とんでもない授業だが、教師として生徒のアフターフォローをする程度の気遣いは持ち得ているらしい。

 

「あの、ムーディ先生」

 

ネビルを連れ教室を出ようとしていたムーディは、引きずり気味の足を止めた。

 

「おまえは…ふむ。 グレンジャーだったか?」

 

「ええ、そうです。 質問があります」

 

「なんだ?」

 

再び、ムーディの義眼がギョロギョロと回り始めた。

 

「あの、先程の呪文はどのような人が使ったのでしょうか?」

 

「答えるまでもない。 死喰い人だ」

 

ムーディが唸るよう言ったので、ハーマイオニーはちょっと萎縮した。しかし、勇敢にも質問を続けた。

 

「あの…その他には、使った人は居たのでしょうか?」

 

「グレンジャー、これは恐ろしい呪文だ。 使う人も呪われている。 そんな簡単に使う奴はおらん」

 

ムーディの言葉にはどこか自嘲めいた響きがあった。彼は、言葉を続けた。

 

「…確かに過去の戦いで、魔法省にもこの魔法を使わざるを得なかった者はいる。 全ての敵を生け捕りにできるわけではない。 しかし、それもわしの知る限り片手におさまる程度だな。 その殆どは罪悪感から魔法省を辞めた」

 

これで知りたいことは知れたか、と言わんばかりにムーディは僅かに首を傾けた。

 

「…ありがとうございました」

 

ハーマイオニーは軽く頭を下げ、その場を後にした。少し離れたところにハリーとロンが待っていた。

 

「どうしたんだよ、あんな変な質問して」

 

「ちょっと…ね」

 

ハーマイオニーは曖昧に微笑んだ。しかし、その顔色は青白い。

 

「ハーマイオニー、大丈夫? 医務室行く?」

 

ハリーの心配そうな言葉に、ハーマイオニーはゆらゆら首を振った。

 

「ううん。大丈夫よ。 でも…ちょっと外で空気吸ってくるわ」

 

今日の授業はこれで終わりだ。ハリーとロンは着いてこようとしたが、ハーマイオニーはそれを断り1人で湖の畔に出た。

まだそんなに寒くないこの季節、湖の周りには生徒がたくさんいた。大イカを日光浴を楽しむかのように水面に近いところを泳いでいる。

 

しかし、そんな陽気もハーマイオニーの気分を良くしてはくれなかった。

 

脳裏に蘇るのは、先程の眩い緑の閃光。ムーディの言葉。

 

そして。

 

 

『むごいことを。 楽にしてあげましょう』

 

 

3年前のレギュラスのあの言葉。そして、あの呪文。

 

あれは間違いなく、死の呪文だった。

 

例え自分を守るために放ってくれた呪文だとしても、彼はあの呪文を初めて使ったわけではなさそうだった。何度も使ったことがあるようだった。

--つまり、彼は誰かを殺したことがある。

 

「……」

 

彼はスリザリンだ。そして、狂信的な純血主義と言われるブラック家の出身だ。死喰い人だったとしてもおかしくない。

 

クィディッチ・ワールドカップの時に見た、マグルを吊り下げて高笑いしていた仮面の魔法使い。…レギュラスもその仲間?自分が、彼の優しさだと感じたものは気のせいだったというのか?

 

 

「そんなの、分からないわよ…」

 

 

ハーマイオニーはぽつんと独りごちた。

少し冷たい風が、彼女の美しい髪を揺らす。

 

物憂げな顔で木に寄りかかる彼女を、数人の男子生徒が遠巻きに見惚れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カツカツ、という音にシリウスは振り返った。

 

窓にはヘドウィグが張り付き、足でガラスを叩いている。

シリウスは窓を開けると、括りつけてある羊皮紙を紐解いた。

 

 

『パパへ

 

ひどいよ! 三大魔法学校対抗試合のこと知ってたんでしょ? ドラコは知ってたのに…僕に教えてくれないなんて。

でも七年生しかエントリー出来ないなんておかしいよね? パパの権限で、変えることできないの? 僕も出てみたかったよ。

昨日ムーディ先生の初の授業があったんだ。 すごく怖い授業だった。 許されざる呪文っていうのを、僕たちの前でやって見せたんだ。 ネビルなんて今にも倒れそうだったし、ハーマイオニーでさえちょっと変になってた。

あ、僕は大丈夫だよ。 ちょっと驚いたけど、パパからあの呪文のことは聞いたことがあったから。

来月にボーバトンとダームストラングが着くんだって!

パパも仕事頑張ってね!

 

ハリーより』

 

 

ハリーのやんちゃでそれでいて微笑ましい手紙をニコニコと読み進めていたシリウスだったが、後半につれその表情は険しくなっていった。

 

「ハリーからの手紙かい?」

 

グリモールド・プレイスに訪れ、チョコレートケーキをつついていたリーマスは呑気な声でそう言った。

去年の一件で長らく落ち込んでいたリーマスだったが、最近になり漸く調子を取り戻し新しい仕事に就けた。このケーキはそんな彼の手土産だった。

 

「そうなんだが…ちょっとおまえも読んでみてくれ」

 

「え?」

 

リーマスはちょっと驚いた顔でフォークを置くと、手紙に目を通した。そして、先程のシリウスと同様に渋い顔をした。

 

「4年生の授業に許されざる呪文? ちょっと…いや、かなり行き過ぎだね」

 

「アラスターが本当にこんなことしたのか…?」

 

再び手紙を食い入るよう見つめるシリウスに、リーマスは同情的な視線を送った。

 

シリウスが魔法省に入り闇祓いになった時、ずっと目をかけてくれたのがマッド・アイ・ムーディだった。彼はシリウスの実力を高く買い、局長の座を引くときも後釜はシリウスしかいないと断言した。

 

よって、当然シリウスもムーディには並々ならぬ恩義を感じている。引退し隠遁生活を始めてしまった彼とは顔を合わせて会うことこそ十年ほどしていないものの、手紙のやり取りは続いていた。こないだシリウスがムーディに手紙を送った際、 返事がなかなか来ないことを訝しんだのはそのためである。

 

「誰よりも闇の魔術を嫌っている人間だぞ!? 許されざる呪文の実演なんて、そんなことするわけがない!」

 

「彼は闇祓いを引退して、精神的に少しおかしくなってしまったと聞いたことがある」

 

リーマスは遠慮がちに言った。

もちろんそれはシリウスも知っていたことだ。現に手紙のやり取りでも、異常な程の警戒心をよく表していた。

 

ムーディはそこまで気が狂ってしまったのだろうか。しかし--。

 

シリウスは心の内でやるせない気持ちを抱えながらも、まるで喉に魚の小骨が刺さったような、そんな漠然とした違和感を禁じ得なかった。

 

 

 

 

 

 

クィディッチの練習もないせいで退屈で、そして平和な日々が続いていた。

これと言って変わりのない日々ではあったものの、三大魔法学校対抗試合の話は盛り下がることを知らず何処か皆浮き足立っていた。

 

そんな皆のテンションも、ボーバトンとダームストラングの両学校が到着すると最高潮に達した。

ボーバトンの生徒は何と大空から天馬の引く馬車で、ダームストラングは湖から大きな海賊船のような船でという両者負けず劣らず派手な登場だった。

 

「クラムだ! ビクトール・クラムだ!」

 

なんとダームストラングの中にはあのビクトール・クラムも居たのだ。これにはハリーも驚き、彼と一言でも話をしようと人混みを押し分けた。しかし、クラムは残念ながらスリザリンのテーブルの方へ行ってしまった。

 

「マルフォイにとられた!」

 

ロンが心底悔しそうに言ったので、思わずハリーは笑った。

 

その日の夕食は何とも豪勢なものだった。両校の国に合わせてか、世界各国のご馳走が並んだ。

 

「見ろよ、ロン! 最高にあの子可愛い!」

 

ハリーはフランス料理であるブイヤベースを口いっぱいに詰めながら、レイブンクローの近くにいる美少女を指さした。

 

「あ、やばい。今の会話チョウに聞こえたかも」

 

シルバーブロンドの美少女の隣りに座るチョウは、その席が気に入らないらしくちょっとご機嫌斜めのようだった。

テーブルの端っこでは、ルーナが一人でご飯を食べている。しかし、彼女はそれを惨めに思ってはいなそうで、のんびりとフランス料理を口に運んでいる。

ハリーは何となく、ルーナが気にかかった。

 

「ヴィーラの血が流れてるな。 まあ、でもホグワーツにだって可愛い子はいるぜ」

 

ロンがちょっと顔を赤くして言った。その席の隣りには髪をシニョンに結ったハーマイオニーが居る。彼女はちょうどラベンダーと話していたので、ロンの言葉は聞こえなかったようだ。

 

夕食を終える頃、ダンブルドアが立ち上がった。

 

「時は来た。 今こそ三大魔法学校対抗試合が始まる。 まずはゲストの紹介からしようかのう。 ボーバトン校長、マダム・マクシームじゃ!」

 

ハグリッドと同じくらい大柄な女性は立ち上がると、優雅な一礼をした。

 

「ダームストラング校長、カルカロフ校長じゃ!」

 

カルカロフは座ったまま、素っ気なく会釈した。

 

「続いて、国際魔法協力部部長バーテミウス・クラウチ氏。そして魔法ゲーム・スポーツ部部長のルード・バグマン氏じゃ」

 

クラウチは如何にも堅物と言った感じの人物であるのと対照的に、バクマンは人懐こい笑顔の男だった。

魔法省の役員の紹介に、何故かフレッドとジョージがしかめっ面で顔を見合わせた。

 

ダンブルドアの言葉は続く。

 

「代表選手たちが取り組む課題の内容はもう決まっておる。 無論どれも簡単なものではない。 勇気・論理性・推理力、そして言うまでもなく危険に対処する能力も求められる。 …フィルチ、それでは箱を」

 

ダンブルドアはフィルチにそう命じて、木箱を持ってこさせた。そして、その中から大きなゴブレットを取り出すと、大広間がざわついた。ゴブレットから青白い炎が燃え盛った。

 

「よいか。 代表選手に名乗りをあげたいものは、羊皮紙に名前を書きこのゴブレットに入れよ。 明日のハロウィンの夜に代表選手は決定される」

 

つまりタイムリミットは丸一日。

あちらこちらで我こそがという声が聞こえてくる。

 

「年齢に満たない生徒が誘惑にかられないよう、『年齢線』を引くこととする。 十七歳に満たない者は、何人もその線は超えられぬ」

 

ハリーは、ロンとウィーズリー双子と目配せした。

 

ダンブルドアからくれぐれも安易にエントリーしないようとの忠告を最後に、宴は終わった。

ボーバトンやダームストラングはやってきた馬車と船で寝泊まりをするらしく、大勢の生徒がぞろぞろと大広間から出て行く。

 

「なあ、ハリー。 師匠に手紙を出してほしいんだけど」

 

グリフィンドールの寮に向かう途中、ウィーズリー双子の片方--おそらくフレッドがハリーの耳元でそう言った。

 

「パパに? いいけど、どうして?」

 

「実は…クィディッチ・ワールドカップでバクマンと賭けをして勝ったんだけどさ、あいつレプラコーンの金貨で払いやがったんだ。 手紙を送っても無視してやがる。師匠は魔法省でも偉いんだろ? バクマンに言ってほしいんだ」

 

今度はジョージがさらに声を落として言った。

 

「オッケー。 でも、あの人お金にだらしなくて有名な人だよ。次からは人を選んだ方がいい」

 

「うわ。 ハリー、それ賭けをやる前に言ってくれ。 まあ、ダメ元でもいいから頼むよ」

 

「オッケー、パパに手紙書くよ。でも、それには一つ条件がある」

 

「何でも言ってみなされ、英雄殿」

 

ハリーは悪戯っぽくニヤリと笑った。

 

「僕にも、老け薬分けてくれる?」




お盆中に書き貯めると言ったな!あれは嘘だ!


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四人目の代表選手

「よーし、決行だ!」

 

双子の片方--おそらくフレッドはそう言うと、ぬるりとした乳白色の液体が入ったゴブレットを手に取った。

中身はもちろん老け薬。そして、集まったメンバーはフレッドとジョージ、ロン、そしてハリーである。

 

「分かってるだろうな? この中の誰かが上手くいって選ばれたら…優勝賞金は山分けだぞ」

 

「その話するの三回目だよ、フレッド」

 

早く決行したいのか、うずうずして待ちきれないとばかりにロンは言った。

 

「馬鹿。 俺はジョージだ。 …それじゃあ、乾杯!」

 

四つのゴブレットが、チンと小気味よい音を立てた。

ハリーは中身を一気に飲んだ。腐った果実のような、変な味がする。隣りでロンも顔を顰めている。

ハリーとロンに比べ、双子は老け薬の成分が少ないからか一息に飲んでしまっていた。

 

四人は目配せすると、同時にゴブレットの中に名前と学校を書いた紙を投げた。

…特に何も起こらない。これは上手くいったのではないか、そう思った瞬間。

バチンッという音と共に、四人は金色の線の外まで弾き飛ばされた。

 

「うわっ!」

 

ハリーは強かに尻もちをついた。ロンも近くに転がっている。

 

「いたたた。 みんな、大丈…ぷっ!!」

 

ハリーの言葉は最後まで続かなかった。真正面から、ロンと双子の顔を見てしまった。二人の顔にはダンブルドア顔負けのフサフサとした髭が生えていた。慌てて自分の顎に手を持っていくと、同様にフサフサした何かがある。

 

「あははは! おまえら何だよ…その顔!」

 

「兄貴たちだって…くくっ!」

 

とうとう四人は互いの顔を指さしゲラゲラと笑った。

大広間で成り行きを見守っていた生徒たちもクスクスと笑っている。

 

「忠告したはずじゃよ」

 

ダンブルドアがどこからともなく現れた。しかし、その口調に咎めるような気配はなく、むしろこの状況を楽しんでるようにすら見えた。

 

「さあ、四人ともその素敵な髭をどうにかせねばならんのぅ。 マダム・ポンフリーの元に行きなさい。 君たちと全く同じことをした先客がおる」

 

老け薬の用量が多かったのか、ハリーの顎髭は今や床を引き摺っていた。

大広間の笑いは、さらに大きくなった。

 

「ちぇっ。 上手く行きそうだったのになあ」

 

マダム・ポンフリーの小言を聞き流しながら、ハリーは呟いた。顎髭はこれ以上ないくらい苦い薬を飲んだら、あっという間にスルスルと短くなって消えた。

 

「他にいいアイデアないかな?」

 

ロンは未だしぶとく残る髭を引っ張りながらぼやいた。

 

「うーん…ダメ元であと1個試してくる! 先に寮帰ってて!」

 

ハリーはそう言うと、双子とロンを置いて保健室を後にした。後ろからマダム・ポンフリーの声が聞こえてきたが無視した。

 

ハリーが向かったのはグリフィンドール寮のすぐ近くに位置するセブルスの部屋である。今日は確かホグワーツにいるはずの日だ。

思った通り、ノックをするとすぐに「どうぞ」と無愛想な声が聞こえた。

 

セブルスは訪れた人物がハリーだと分かると、論文を書く手を止めてニヤッと笑った。

 

「髭の調子はどうだ?」

 

「なんだ。 もう知ってたの? みんなお喋りだなあ」

 

ハリーはバツの悪そうな顔でふにゃりと笑った。

 

「おまえはジェームズと同じで派手なことが好きだからな。 変わった事件が起きたら、だいたい犯人はハリーだと思うことにしている」

 

失礼だなあ、とハリーは頬を膨らませて言った。しかし、セブルスたちからジェームズにそっくりだと言われるのは嫌ではない--むしろ好きだ。

 

「ところで何か用があったんじゃないのか、ハリー? 早く済ませないと夕食に遅れるぞ」

 

今夜はハロウィン。そして、代表選手たちが発表される晩餐でもある。

今頃屋敷しもべ妖精たちが腕によりをかけてご馳走を作っているだろう。

 

「うん。 あのね、セブルスおじさん、ポリジュース薬ちょうだい。 …あ、悪いことには使わないよ。 ちょっと遊ぶだけだから」

 

想像通りの質問に、セブルスは思わず笑いそうになった。本人は何気なく言ったつもりなのだろうが魂胆が丸見えだ。

大人びたようで、目の前のハリーはセブルスから見るとまだまだ子どもだった。

 

「駄目に決まっているだろう。 そもそもポリジュース薬で大人に変身しても、年齢線を超えられないぞ」

 

「…ばれた?」

 

「当たり前だ」

 

 

 

 

 

 

そんなわけで、ゴブレットから名を呼ばれて一番驚いたのは間違いなく本人だった。

 

「ハリー・ブラック」

 

大広間は一瞬の静寂の後、蜂の巣をつついたような騒ぎになった。

予想外の出来事に思わずハリーも固まった。しかし、一番最初に平静さを取り戻したハーマイオニーによって前に押し出された。

 

いざ前に出ると、どうして名前を入れることが出来ない自分がという疑問と共に、選ばれたという嬉しさが胸に押し寄せる。

 

いつも通りニヤッと笑って、生徒たちの座っている方を振り返った。

 

しかし、そこにあったのは、ハリーの予想に反して敵対心の籠った視線だった。

 

 

 

 

教師やバクマンとクラウチに詰問された(特にレギュラスにはきつい嫌味をお見舞された)後、ハリーは何となく気まずい思いで恐る恐る寮へと帰った。先程の大広間での皆からの視線が気になった。

 

「フリバディジベッド」

 

合言葉を唱えて、寮に入る。しかし、ハリーを待ち受けたのは皆からの歓迎だった。

 

「あ! ハリーが帰ってきたわよ! やったわね、ハリー! 私は選ばれなかったけど貴方が出れるんだわ!」

 

同じクィディッチチームの仲間アンジェリーナはそう言って、ハリーに抱きついた。

 

「抜け駆けは禁止って言ったじゃないか、ハリー」

 

「そうとも! 優勝賞金は山分けって話、忘れてないだろうな?」

 

フレッドとジョージのどちらかに肩車をされた。今や皆がハリーをキラキラとした眼差しで見ている。

 

「ねえねえ、ハリー! どうやってゴブレットに名前をいれたの?」

 

ハリーの熱烈なファン、コリン・クリービーがカメラのシャッターを夢中で切りながらぴょこぴょことジャンプした。

 

--後から思えば、ここで例え信じてもらえなかったとしても、自分で名前を入れたことを否定するべきだったのだろう。

 

しかし、皆からキラキラとした羨望の視線を浴びて調子に乗ったハリーは…つい悪い癖が出てしまった。

 

「ふふっ、それは内緒さ! でも、絶対優勝してみせる! だから応援してよね!」

 

ハリーが大仰に手を広げてそう言うと、皆も興奮したように歓声を上げた。

 

そのあと漸く寮生から解放してもらえたハリーは、寝室に行くとベッドに音を立てて飛び込んだ。

先に寝室に着いていたロンは、既にパジャマに着替えている。

 

「…で、本当はどうやってゴブレットに名前入れたわけ? もちろん僕には教えくれるんだろうな?」

 

ロンは自分から話しかけた割にはこちらを見ようともせず、様子がおかしかった。

しかし、疲れきっていたハリーは、ロンの口調に帯びる刺々しさに気付かなかった。

 

「ああ、それなんだけどね。 みんなの前では言わなかったけど…本当は僕入れてないんだよ」

 

ハリーはあっけらかんと言うとローブを脱ぎ、パジャマに袖を通した。そして、ふわっと欠伸をする。

ロンの口元がひくりと歪んだ。

 

「へえ? 保健室のあと一人でどこかに行ったじゃないか」

 

そこでようやくハリーも、目の前の親友のおかしさに気付いた。

 

「それはセブルスおじさんにポリジュース薬もらえるか聞いただけだよ。 もちろん貰えなかったわけだけど。 どうしたんだ、ロン?」

 

「どうだかね。 目立ちたがりの君のことだ。 君だけ貰って隠しておいたんだろ? それで大人に変身して名前を入れたんだ」

 

「だから入れてないってば! そもそもポリジュース薬でも年齢線はごまかせないってセブルスおじさんが言ってた」

 

「本当かよ? いつだってスネイプ先生は君を贔屓する。 だって大好きなシリウスパパの親友だもんな? それに、皆の前では如何にも特別な方法で出し抜いたように振舞ってたじゃないか」

 

ハリーは自分の中の感情がすっと冷めていくのを感じた。

 

「確かに僕の行動も悪かったよ。 調子に乗りすぎた。 でも、僕の言葉を信じてくれないわけ?」

 

痛いほどの沈黙が流れた。

目の前にいるのは、本当に自分の親友のロンだろうか。

 

「…早く寝れば? 明日も写真撮影とか杖調べとか忙しいんだろ」

 

ロンは一度も目を合わせず、カーテンを乱暴に引いた。

怒りとショックで頭がごちゃ混ぜになったハリーは、乱暴に毛布を手繰り寄せ頭に被った。

しかし、寝付けたのはかなり時間が経ってからだった。

 

 

 

朝起きると、既にベッドにロンは居なかった。仕方なく一人で着替えて寮を出ると、大広間に向かう。

そこでハリーは自分が昨日感じた視線が、決して気のせいではなかったことを思い知った。

ハリーが大広間に入った途端、ヒソヒソ話の声は大きくなったし、いつも声をかけてくれる他の寮の友達ですら目を合わせようともしない。

 

そして何より誰が作ったのか知らないが、多くの生徒は『セドリック・ディゴリーを応援しよう。汚いぞ、ハリー・ブラック』という中傷バッジを付けている。

ハリーの頭の中はぐちゃぐちゃになった。

 

ロンはちょうど朝ご飯を終えたところで、ハリーの姿を見つけるなり席を立った。ロンの隣りにいたハーマイオニーはこちらに来ようか迷ってるようだったが、ハリーは大丈夫だとジェスチャーを返した。

 

ロンの気持ちは知っている。ここでハーマイオニーが自分を気遣ったら彼はさらに臍を曲げるだろう。

 

とはいえ、ここで嫌な視線に耐えてまで食事をとる気にもならなかった。

結局ハリーはトーストを何枚かナプキンに包むと大広間を後にした。

向かったのは、中庭に続く玄関。

…彼女は居るだろうか。角を曲がり、ダークブロンドの髪が視界に入ると、ハリーの心拍数はちょっと上がった。

 

「ルーナ」

 

名を呼ぶと、またしても玄関で朝食を取っていたルーナはにっこり微笑んだ。話すのは今学期始まって初めてだ。

 

「元気だった、ハリー? 何か大変そうだね」

 

「…うん。 トースト食べない? 多めに持ってきたんだ」

 

ハリーはルーナと二人でトーストを分け合った。さくっと音を立ててパンを齧る。

ルーナが何も聞いてこないので、ハリーは張っていた緊張が解けるのを感じた。

暫くは静かな時間が流れた。日向に手を置いているような暖かさ。ルーナの隣りはいつだって不変的に穏やかだった。

ついにハリーは自分から話したくなり、口を開いた。

 

「昨日はつい僕の手柄みたいな態度しちゃったけど…本当は僕、名前いれてないんだ」

 

「そうなんだ」

 

ルーナは何でもないことのように、けろりと相槌を打った。

 

「信じてくれるの?」

 

「ハリーは嘘を言ってるの?」

 

質問に質問で返され、ハリーは虚をつかれた。

 

「嘘なんてついてないよ」

 

「それなら信じるよ。 友達だもん」

 

ルーナはあっけらかんと笑った。

ハリーは不意にルーナに触れたくなった。何か言おうとしたその時。

 

「ここに居たのね、ハリー」

 

子どもらしくない鼻にかかった甘い声で、チョウ・チャンは背後からハリーに抱きついた。

 

「…やあ、チョウ」

 

「このあと杖調べがあるんでしょう? バグマンが貴方のこと探していたわ。 一緒に行きましょう」

 

「ああ、うん。 それじゃあ…またね、ルーナ」

 

「バイバイ」

 

ルーナはさっきと同じようににっこり笑っていたが、ちょっと寂しそうに見えたような気もした。

 

「ハリーったら、ルーニー(変人)と何話してたの?」

 

チョウはクスクスと笑った。

驚いてハリーは、チョウの顔をまじまじと見つめた。校内で1.2位を争うほど美人な彼女だが、その笑みにハリーは不快感を感じた。

 

「彼女の名前はルーナだろ。 そんな呼び方やめろよ」

 

「あら、何よ。 ハリーったら今日は機嫌悪いのね」

 

「…別に」

 

自分の隣りに居るのがルーナなら今どんなに気持ちが楽だったことだろう。

それからハリーは杖調べの会場に行くまで、一言もチョウと話さなかった。

 

 

 

 

 

「やあ、ハリー。 セブルスおじ様が君のこと探してたよ」

 

杖調べも終わり、一人で中庭を歩いているとドラコにそう話しかけられた。隣りにはもちろんシャルロットも居る。

こいつらスリザリンに他の友達いないのだろうか、とハリーは失礼なことを考えた。

 

「セブルスおじさんが? オッケー」

 

三人は久しぶりに連れ立って歩いた。

 

「大丈夫だった? リータ・スキータが居たんでしょ? あの人にパパも酷い記事を書かれたことがあるの」

 

「え? 大丈夫だったよ。 むしろ何かすごい気を使われた」

 

ハリーは先程インタビューを受けた派手な女を思い浮かべた。

グルグルとした巻き毛に、装飾がやたらついた眼鏡をした中年の魔女だった。底意地の悪そうな人物だったが、ハリーには簡単な質問と抱負を聞いただけで「お父様によろしくね」とだけ言うと、媚びるような笑みを浮かべて去っていった。

 

「ああ、それはシリウスおじ様がファッジのお気に入りだからだよ。 日刊予言者新聞は魔法省に言いなりだからな」

 

ドラコの考えが合っているなら、全くもってブラック家のブランド様々である。もし、自分がシリウスの息子じゃなかったらどんな悪評を書かれたのだろうと、ハリーは今更ながら恐ろしくなった。

 

ちょうどその時、数人のスリザリン生がすれ違いざまに「汚いぞ、ブラック」と笑いながら悪態をついた。

それを見たドラコは心底申し訳なさそうな顔をした。

 

「悪いな、ハリー。 止めさせたいところなんだが…」

 

ハリーは首を振った。

ドラコにだってシャルロットにだって、スリザリン寮で立場というものがあるだろう。むしろ無理して止めさせて、対立なんてしてほしくない。

ハリーにとっては、ドラコとシャルロットがあの馬鹿げたバッジをせず一緒に居てくれる、それだけで充分だったのだ。

 

「そんなことどうでもいいよ。 君たちは僕のこと応援してくれるだろう?」

 

「そうね。 応援しないと貴方いじけそうだし」

 

「間違いない。 しかし、皆よくハリーが自分で入れたと信じるよな。 たいして成績の良くないハリーが、ゴブレットを出し抜けるわけないじゃないか」

 

「ちょっと待って。 僕の成績は真ん中より上…って、二人とも薄情すぎない?」

 

ハリーがむくれると、二人は顔を見合わせて冗談だと笑った。ハリーも吊られて笑った。少し涙が出そうになった。

ひとしきり笑った後、ふとシャルロットは真面目な顔になった。

 

「ロンと喧嘩でもしたの?」

 

ハリーは思いきり顔を顰め、昨日のやり取りについて話した。

 

「酷いと思わない? 僕が抜け駆けしたと思ってるみたいなんだ」

 

すると、シャルロットと…驚いたことにドラコでさえ微妙な顔をした。

 

「ハリー…それ多分だけど、ウィーズリーは本気で君が抜け駆けしたとは思ってないと思うよ」

 

「どういうこと?」

 

「わからないの? 貴方って友情に関しては鈍感なのね。 …きっと、ロンはあなたに嫉妬しているんだわ」

 

シャルロットは言いにくそうに言った。しかし、当のハリーは意味がわからず眉をひそめて首を傾げた。

 

「嫉妬?」

 

「ええ、そうよ。 貴方たちは仲がいいけど、いつだって目立ってるのはハリーだわ。 きっとロンは劣等感を感じているんでしょうね」

 

ハリーはシャルロットの言葉に対して何か言おうとしたが、ちょうどセブルスの部屋に着いてしまったため話はそこまでになった。

 

「スネイプ先生、マルフォイとプリンスとブラックです。 入っていいですか?」

 

代表してドラコがそう言うと、すぐ扉は開いた。部屋にはセブルスしか居ないと思ったが…。

 

「よお!」

 

暖炉から聞き慣れた声がした。見ると、炎と薪がシリウスの顔を形作っている。煙突飛行ネットワークによる部分通信だ。

 

「パパ!」

 

ハリーは嬉しそうに声を上げた。

 

「大丈夫か、ハリー? セブルスから事情は聞いたぞ。 シャルとドラコも元気そうだな」

 

セブルスは早速お茶を沸かすと、ハリーたちに座るよう促した。

 

「悪かったな、ハリー。 急に呼び出して」

 

ハリーはふるふると首を振った。確認するまでもなく、呼び出したのは三大魔法学校対抗試合についてのことだろう。

 

「まず確認するが…おまえは自分で名前を入れてないんだな?」

 

「入れてないよ!」

 

ハリーは即答した。

 

「だろうな。 ハリーにあの年齢線が超えられるとは思わない」

 

「ああ。 それにハリーは嘘なんてつかねーよ」

 

そんなことはわかっている、とセブルスは頷いた。

ハリーは胸の中がジワジワ熱くなるのを感じた。

 

問題は、とセブルスが言葉を続ける。

 

「どうやってゴブレットに名前を入れたかじゃない。 誰が入れたかだ。 シリウス、心当たりは?」

 

「一番可能性が高いのはカルカロフだな」

 

シリウスの言葉に、そうだろうなとセブルスも同調する。

 

「カルカロフってあのダームストラングの校長?」

 

ハリーは、先程も見かけた髭をたくわえた仏頂面の男を頭に浮かべた。

 

「ああ。 元は死喰い人だったが、仲間を売ることで逮捕を逃れたやつだ」

 

「シリウス、ハリーの出場資格を取り消すことは出来ないのか?」

 

「ちょっと待ってよ! たしかに入れたのは僕じゃないけど…せっかく選ばれたのに!」

 

ハリーは憤慨したように抗議した。が、すぐに厳しい声でシリウスに窘められた。

 

「ハリー、これはそんなに簡単なことじゃない。 誰かがおまえを危険な目にも合わせようとしてるんだ。 …だが、セブルス、無理だな。 魔法ゲーム・スポーツ部に掛け合ったが相手にしてもらえない」

 

「おまえが掛け合ってその結果なら、どうにも出来ないな」

セブルスは眉間を寄せて溜息を吐いた。

 

「だが、最初の課題の内容は聞けた。 どうやら、ドラゴンらしい」

 

「ドラゴン!?」

 

シャルロットとドラコとセブルスは、同時に叫んだ。

 

「馬鹿な…危険すぎる。 十七歳相手でも難しい課題だぞ。 ましてハリーは大した呪文を知らない」

 

セブルスの顔は今や青白くなっている。

 

「僕、ドラゴンと戦うの…?」

 

ハリーもここに来て漸く危機感を感じた。選ばれた嬉しさにかまけて、課題のことなんてすっかり頭から抜け落ちていたのだ。

無論ハリーはドラゴンに効果的な魔法なんて何も知らないばかりか、本物のドラゴンを見たことすら少ない。

 

「今から『結膜炎の呪い』を覚えるか? いや、間に合わない。 それなら『失神呪文』か…しかし」

 

「セブルス、相変わらず頭が固いな。 どれも今からじゃ間に合わない。 もっと、ハリーの得意なことを応用させるんだ」

 

どうやら既にシリウスには案があるらしい。

 

「得意なこと?」

 

ハリーは自分でさえ思い当たらず、きょとんとした。

すると、隣りでシャルロットが思いついたと言わんばかりにパチンと手を叩いた。

 

「わかった! 箒ね!」

 

「正解」

 

暖炉の中にあるシリウスの顔は、ニヤリとした笑みを形作った。

 

試合中に箒を手に入れるための『呼び寄せ呪文』はハリーは一応取得している。しかし、箒ほど重いものを呼び寄せたことがないので、これに関しては放課後セブルスが練習に付き合ってくれることになった。晩ご飯を前に三人はセブルスの部屋の前で分かれた。

 

大広間からは良い匂いが漂ってくる。ハリーは朝に比べて、かなり気分が軽くなっているのを感じた。

 

そもそも自分の態度も悪かったのだ。ハリーは自分の手柄で名前を入れたように振舞ったのを、今さら後悔した。

 

よく見れば、皆が皆バッジを付けているわけではない。グリフィンドールの友人は誰一人付けてないし、ハッフルパフやレイブンクローもハリーのことを好意的に見ている女の子たちは付けていない。

 

「頑張ってね、ハリー!」

 

名前も知らないハッフルパフの女の子が、すれ違い様に頬を赤らめてそれだけ言った。

 

こんな状況でも、応援してくれる人も、信じてくれる人も居る。

ハリーは未だ解決していないこともあるものの、それを本当に幸せなことだと感じた。

 




1.2.3巻と比べられないくらい、4巻から先のページ数がエグい


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すれ違い

ハリーはロンと喧嘩して初めて、彼が自分の中で占めていた大きさをひしひしと感じることになった。

 

ドラコもシャルロットもハーマイオニーも、親友だ。

それでもハリーにとってロンは初めてホグワーツで出来た友達だし、他の誰よりも悪戯や冒険を楽しめる相棒だった。

だからこそ、ショックだった。まさか自分といて、彼が劣等感を感じていたなんて。

 

「…集中しろ、ハリー」

 

セブルスの声で、ハリーは物思いから抜け出した。目の前にあるニンバス2001はちっとも動いていない。

コポコポと火にかかった魔法薬の煮立つ音だけが、部屋を支配していた。

 

「おまえの悩んでることは分かる。 だが、今は目の前のことに集中しなさい。 いくらおまえが『呼び寄せ呪文』を習得していると言っても、軽いものしか成功したことがないだろう。 一度に全てを解決しようとしてもそれは無理な話だ」

 

セブルスの穏やかな説教はいつだってこれ以上ないくらい正論で、ハリーの耳にすっと入ってくる。魔法薬の研究者と教師という二足のわらじをはいて多忙なセブルスは、無理矢理時間を作って自分のために個人授業をしてくれているのだ。

 

「ごめんなさい、セブルスおじさん」

 

ハリーが項垂れると、セブルスはフッと苦笑する。

 

「なんだ。 今日は随分しおらしいな。 …少し休憩をしようか」

 

セブルスはそう言うと、ポットに茶葉と水を入れ魔法薬の鍋の隣りのコンロに火にかけた。

そして、研究者の知り合いからもらったという高そうなチョコレートの缶を開ける。

 

「ねえ、セブルスおじさん」

 

「なんだ」

 

ホグワーツ入学当時は口を酸っぱくしてスネイプ先生と呼びなさいと言い続けたセブルスだが、ハリーは少なくとも人前ではそのルールを守っているので、他の生徒がいない場ではうるさいことは言わなくなった。

 

 

「セブルスおじさんは、パパとかジェームズ父さんと喧嘩したことある?」

 

 

驚いてハリーの顔をまじまじと見ると、その瞳は真剣そのものでセブルスは思わず可笑しくなった。

 

「笑わないでよ、真面目な話!」

 

「ああ、悪い悪い。 …喧嘩か。 それはもう沢山したよ。 そうだな、殴り合いの喧嘩をしたこともあったし、何日も口をきかないこともあった」

 

「そうなの!?」

 

ただ1人こそ道を違えたものの、ホグワーツ史上最高の悪戯仕掛人と呼ばれ、今のハリーから見ても絆が固い彼らが喧嘩をしていたなんて想像もつかなかった。

 

「当たり前だ。 特にシリウスとは最初馬が合わなくてな。 仲良くなってからも動物もどきの練習中、何回も大喧嘩したよ」

 

「何か、すごく意外」

 

ハリーは感慨深げにそう言うと、チョコレートを齧った。甘ったるい味が口いっぱいに広がる。

自分から見てセブルスとシリウスは信頼し合った親友に見えたし、馬が合わない時があったなんて信じられない。

 

「私は最初スリザリンに入りたがっていたんだよ。 …母の影響が強くてね。 しかし、シリウスは最近軟化したとはいえ…大のスリザリン嫌いだったろう?」

 

「そうだね。 でもシリウスの気持ちもわかるよ」

 

養子とはいえ長くブラック家にいると、その辺は首肯できる。金切り声で『穢れた血』だと罵るシリウスの母親の肖像は、軽いトラウマものだ。

 

「ハリー、喧嘩するのは悪いことではない。 むしろ、きちんと本音でぶつかり合える友人なんてそう何人も出来ないぞ」

 

セブルスはそう締めくくると、再びハリーの特訓をするべく立ち上がる。

 

ハリーも少し元気が出たのか、先ほどよりすっきりした顔でティーカップを置いた。

心のもやつきが少し晴れたせいか、そのあとの練習はスムーズだった。

 

「…うむ。 これなら、課題の日までに間に合うだろう」

 

セブルスが額の汗を拭い、満足げに言った。

 

「セブルスおじさん。 セドリックに第一の課題のこと伝えようと思うんだけど、いい?」

 

「そうだな…ハグリッドの話ぶりからして、おそらくカルカロフもマダム・マクシームも知っているのだろう。 早く教えてあげなさい」

 

ハリーはセブルスとの練習を終えると、研究室を後にした。セドリックは割とすぐに見つかった。ハリーはセドリックに控えめに、手を振る。

ハリーの姿を見つけると、セドリックの取り巻きたちは敵意の篭もった目を向けてくる。

セドリックはそれを宥め、一人でハリーに近付いてきた。

 

「嫌な思いさせてすまないな」

 

セドリックは、目の前のハリーに心底申し訳なさそうに言った。

ハリーは緩く首を振った。

自分の態度のせいで大多数の生徒がハリーが不正をして選ばれたと思ってる中、セドリックの自分への接し方はむしろかなり紳士的だと言える。

 

「それで何の用事かな、ハリー?」

 

「うん。 あのね、第一の課題のことについてなんだけど、課題の内容は…ドラゴンだ」

 

ハリーは殊更声を潜めて囁いた。

セドリックはポカンとした顔でハリーを見つめた。もちろんその顔は驚いているように見えたのだが、何となくハリーは違和感を抱いた。

 

「セドリック?」

 

「あ…いや、実はそれ僕もう知っていたんだ」

 

セドリックは気まずそうに、ハリーから目線を逸らした。

 

「双子の弟の…名前はロナルドだったかな。 彼から聞いた。 てっきり君と仲いい子だと思ってたから、ハリーも知ってるんだとばかり」

 

ハリーの胸がすっと冷える。

どういうことだ?課題のことをロンが知っていた?

いや、知っていたことはこの際問題ではない。問題はそれを--。

 

「す、すまない! 君が知らないと分かっていたら、僕だってすぐ教えた!」

 

--自分に教えてくれなかったこと。

 

ハリーの暗い顔に違う解釈をしたセドリックは、がばりと頭を下げた。

ハリーは適当にセドリックとの会話を切り上げると、ぼんやりとしたままグリフィンドールの寮に向かった。

 

寮を見渡すと、ハーマイオニーはいない。コリンが手を振り、双子がハリーに軽口を叩く。

 

ディーンとシェーマスが曖昧な笑みで挨拶をしてきた。最近ロンはハーマイオニーと居ないときは彼らと行動を共にしている。彼らとしては、まるでロンの味方をしているようで気まずいものがあるのだろう。

 

ハリーはつかつかと男子寮の階段を上がった。ディーンが止めようと口を開きかけたが、無視をした。

 

寝室に、やはり彼はいた。

妙なレースがひらひらついたドレスローブを憂鬱な顔で眺めている。

扉の開く音で、ロンはハッとしたようにトランクにドレスローブを押し込んだ。

 

「親友だと思ってたのに。 …最低。 二度と僕に関わるな」

 

ハリーははっきりと言い放った。

これまで冷戦状態が続いていたため、唐突な暴言にロンは一瞬呆気に取られた。しかし、何故そんなことを言われたかという疑問より、怒りの感情が勝ったらしい。

まるで自身の髪の色のように顔を紅潮させた。

 

「それはこっちのセリフだよ。 この自分勝手の、目立ちたがり屋」

 

「目立ちたがり屋?」

 

ハリーは鼻で笑うと、トランクから覗くレースを一瞥した。

 

「そんなに君も目立ちたいなら、ダンスパーティーでその素敵なローブを着ればいい。 皆が君を注目するだろうさ!」

 

「おまえっーー」

 

ロンがドレスローブを投げつけた。それは避けきれずハリーの顔に当たった。

 

「何するんだよっ!」

 

ハリーはロンの胸ぐらを掴んだ。

 

「おまえにっ…僕の気持ちが分かってたまるかよ! そうだろ、ブラック坊っちゃん? 裕福で何も困ったことないような顔してさっ!…いッてえな!この!」

 

ハリーは思わず、途中でロンの頬を殴った。が、同様にすぐにロンに殴られ返す。口の中で鉄の味がした。

 

「ずっとそれが言いたかったのか!? 僕と仲良くしてる振りをして、心の中ではそう思っていたのか? じゃあ、君に僕の気持ちも分かるのかよ!! 優しいママが居てさ! 『生き残った男の子だから』、そんな理由で誰かに嫌がらせを受けたことあるか?」

 

その時ドアが勢いよく開いて、ディーンとシェーマスが入ってきた。そして、それぞれに引き離される。ロンの目は血走っていた。多分自分もそうなっていたんだろう。

 

「おいっ!!」

 

ディーンがそう叫ぶ。

 

「何があったかは大体予想つくけどさ。 いい加減にしろよ、おまえら」

 

「ごめん」

 

落ち着いたシェーマスの声にハリーはそう返した。そして、さらに言葉を続ける。

 

「もう離して。 1人になれる場所に行きたい」

 

シェーマスは何か言いたげな顔を一瞬したが、結局は離してくれた。

 

ハリーは目頭がつんと熱くなるのを感じて、慌てて瞬きを繰り返す。ハリーは振り返ることもせず、寝室を出た。

先程の喧騒は談話室にも聞こえていたようで、ハリーが降りてくると皆目を逸らした。

あまりの居心地の悪さに談話室を飛び出す。

 

ハリーが向かったのは、レイブンクローの談話室の入口。

ブロンズ色のワシの形をしたドアノッカーに手をかける。ワシの目がぐるりと回ってハリーを見据えた。

 

「白と黒、貴方にとってどちらが真実?」

 

「あー…僕はレイブンクロー生じゃない。 会いたい人が居るから入れてくれる?」

 

「フクロウとネコ、生き物なのはどっち?」

 

「僕がクイズがしたいんじゃなくて! 会いたい人がいるから入れてって言ってるの!」

 

「人は死ぬとどうなるか?」

 

「だから!!」

 

ドアノッカーにとって幸運なことに、ハリーがドアを壊すより先にチョウが通りかかった。

 

「あら、ハリー。 何してるの?」

 

「チョウ! 君を探してたんだよ」

 

取り巻きの女の子たちは2人を見てクスクス笑いをしながら、チョウを置いて談話室に戻った。

 

「私に会いに来てくれたの? 嬉しいわ」

 

甘えた声で、チョウはハリーの腕をとった。

たまにうんざりすることもある彼女のベタベタ癖も、今だけは心が安らいだ。

 

「どこか静かなとこにでも行く?」

 

「そうねぇ。 今なら玄関ホールのラウンジが空いてると思うわ」

 

チョウの言葉通り、ご飯の時間が近いからかラウンジの人は少なくハリーとしては居心地がよかった。

 

「何かあったの?」

 

落ち着いて座ると、チョウは首をこてんと傾げた。

 

「…うん。ロンと喧嘩したんだ」

 

ハリーそう切り出すと、経緯をかいつまんで話した。

彼女も、ロンが課題の内容を知っていたにも関わらずハリーに伝えなかったことには流石に驚いたようで、長い睫毛を瞬かせた。最後まで黙って聞いたチョウは、ふーんと声を漏らす。

 

「そう。別にいいんじゃないかしら?」

 

「ん?」

 

チョウの言いたいことが分からなくて、ハリーは聞き返す。

 

「前から思ってたのよね。 あなたとロンって、周りからは何で仲いいのかしらって見られてるのよ」

 

「何それ」

 

ハリーの言葉が尖ったことを、チョウは気付いていない。

チョウはうーんと思案するように、口元に指をあてがう。

 

「ハリーはどこに居ても目立つけど、ロンってあまりパッとしないのよね。 私はあまり好きじゃないけどマルフォイといる方が華やかに見えるし…あなたはそういう人と一緒にいる方が似合うわよ」

 

「…もういい」

 

「ちょっと何怒ってるのよ、ハリー」

 

今まで可愛くて仕方なかったはずのチョウのきょとんとした顔が腹ただしく見える。

 

ハリーはその言葉に何も返さず、その場を後にした。

チョウの言いたいことは理解できるし、そういった見方をされていることを視野に入れてなかったわけではない。

 

それでも、せめて恋人にだけは気持ちを分かってほしかった。

誰に何を言われようと、ハリーにとってロンは親友なのに。そう思っていたのに。

 

結果的にはシリウスが課題の内容を知っていたから、問題はなかった。

ロンが何故課題を知っていたかは分からない。しかし、親友ならたとえ喧嘩をしていても、ピンチには力になってくれるものではないのか。

 

ロンにとって、自分はそんな程度の友達だったのだろうか。

 

ハリーの足取りは、重かった。

 

 

 

 

 

 

 

時を同じくして、こちらはレギュラスの自室。

こちらの教師と生徒はティータイムの最中だった。

 

そもそもの始まりは、今学期に入って初めてレギュラスの元を訪れた日のこと。質問と個人授業を終えて、帰ろうとしたハーマイオニーをレギュラスは呼び止め、お茶に誘った。ハーマイオニーは驚いたものの、意中の彼に誘われて断る理由はない。もちろん快諾した。

そして、これは彼を訪ねた日の日課となった。

 

「4年生の授業はどうです? 貴女なら何の問題もないとは思いますが」

 

「いいえ、そんなこともありません。 特に変身術はネズミを他の生き物に変える授業に入ったのですが、なかなか難しいです」

 

変身術において動物を無機物に変えることはまだしも、動物を他の動物に変身させるのはかなり困難だ。つまり、だいたいの人はここで躓く。

 

「ああ、そのコツはイメージですね。 変える動物の細部まで記憶することが大切なのです」

 

そして、他愛のない世間話に興じる。

去年この部屋に足を踏み入れ、お茶をご馳走になった時は酷く緊張したのに、今となってはハーマイオニーもすっかりリラックスムードだ。

 

とはいえ、ハーマイオニーは彼の真意が読み取れなかった。

レギュラスはいつでも気軽に質問に来るよう言ってくれたものの、自分は去年彼に想いを伝えそしてきっぱりと断られている。

 

それなのに、こうして自室に招き入れお茶を振舞ってくれるのはどうしてなのだろう。

言わずもがな、レギュラスはスリザリンの寮監。こんな所を寮生に見られたら、良い視線は向けられないだろう。

要するに、彼にとってのメリットが思いつかなかった。

 

どうして自分をお茶に誘ってくれるのですか。

 

それに--貴方は昔悪い魔法使いだったのですか。

 

「グレンジャー、クッキーはいかがですか」

 

「…ええ。 いただきます」

 

とはいえ、彼のことが未だに好きなハーマイオニーはこの時間を壊したくなくて、そんな質問を口にする勇気はない。

 

「あの、ブラック先生は--友人と喧嘩をしたことはありますか?」

 

代わりに口をついて出てきたのは、子どもっぽい質問だった。

レギュラスはこの質問がハリーとロンのことを指してのものとすぐに分かったようで、少し不快気な顔をした。

 

「ありませんね」

 

「そ、そうですか」

 

レギュラスの言葉があまりにもにべがなかったので、ハーマイオニーはちょっと戸惑った。

レギュラスは物憂げに、ティーカップに手をかけ視線を遠くに投げる。その姿があまりにも様になっていて、ハーマイオニーは目を奪われる。

 

「羨ましいとは感じますね。そこまで本音を曝け出せる友達というのが」

 

レギュラスの口からするりと零れ出たその言葉は、誰かに向けたものというよりは独白めいていた。

ハーマイオニーには、言葉の真意がわからない。

 

「ブラック先生…?」

 

レギュラスははっと我に返って、ちょっとバツが悪そうに咳払いをした。

 

「…何でもありませんよ。 忘れてください」

 

そう言って紅茶を含むレギュラスはやはりどこまでもかっこよくて、そして優しげに見えて。

 

ハーマイオニーには、どうしてもこの人が悪人であるとは思えないのだった。

 

 

 

 

 

 

乱される。彼女といるととてつもなく、ペースが乱される。

 

レギュラスは最早すっかり彼女専用となってしまったティーカップを片付けた。

 

こうして彼女と過ごす時間を無理矢理作っているのは、エゴでしかない。

卑怯なことをしているのは分かっている。きっちり気持ちを伝えてくれて、それでいて今のままで充分だと言ってくれた彼女に対して、中途半端な優しさは残酷だと言うことも。

 

「気でも狂ってしまったのでしょうか、私は」

 

歳が二回りも違うマグル生まれの少女に、ここまで心を掻き乱されるなんて。

どんなに自制しても、視線は彼女を追ってしまう。あまつさえ触れたいとすら願ってしまう。

 

自分にそんな権利などないと言うのに。

 

相反する気持ちを振り切るかのように、レギュラスは腕を捲り生徒のレポートの採点に差し掛かろうとしたその時。

 

レギュラスは雷に打たれたかのように、固まった。

 

視線の先にあるのは、左腕の黒々とした印。嫌でも自分の過ちを思い出させるその印。

 

--明らかに濃くなっている。

 

レギュラスは、肌がぞわりと粟立つのを感じた。

 




地味にファイアボルトを手に入れてないハリー。

更新遅れてすんません!!!


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第一の課題

気に入らないことは、今までもたくさんあった。

 

例えば、そんなにかっこいいわけじゃないのに皆がチヤホヤするのも気に入らなかったし、自分が周りからハリーのおまけのように思われてるのも気に入らない。

 

自分が中古のドレスローブで我慢しなければいけないのだって、絶対にハリーにこの気持ちは分かりっこない。兄弟に霞んで劣等感に悩まされたことだって絶対分からない。

 

でも…。

同じように、自分だって彼の痛みを分かっていなかった。

ロンにとって母親の存在は当たり前だったし、『生き残った男の子』故に曝される好奇の視線の苦しみだって今も想像つかない。

 

 

 

 

「…そのくせ、応援にだけはしっかり来るわけか」

 

第一の課題が行われる競技場。

この言葉を発したのは、憐憫と軽蔑の視線をロンに向けるドラコである。

 

言わずもがなスリザリンの大多数はハリーのことをこれっぽっちも応援していない。そんな席でハリーに声援を送るのは憚られるということで、ドラコとシャルロットはハーマイオニーの勧めによりグリフィンドールの観客席に来ていた。

 

「うるさいな。 とっとと自分の住処に帰れよ。 マルフォイ」

 

他に空いてる席がなかったのか仕方なさそうにロンの隣りに腰を下ろしたドラコは、はあと深い溜息をつく。

 

「君だって、ハリーが自分で名前入れてないって分かっているんだろう? ハリーは確かにあんな性格だけど…友達は大切にする奴だ。 嘘はつかない」

 

自分のことは棚に上げ、ドラコは偉そうに説教を垂れた。

 

「わかってるよ! だけどな、おまえにも僕の気持ちが分かるわけない!」

 

同じく一人っ子であり実家が裕福で恵まれている彼に、ロンが噛み付く。

どうしてこいつに自分の惨めな気持ちが分かるだろうか。劣等感なんてこいつに分かるわけがないと。

 

喧嘩になるかとロンは思ったが、驚くことにドラコは唇をちょっと噛み切なそうな顔をした。

 

「それを言ったら、君にだって僕の気持ちはわからないだろう。 親のしがらみがなく堂々とハリーと仲良くできて…何が不満なんだ。 1年生のときチェスで大活躍したのも、2年生のときハリーとバジリスクと戦ったのも、君じゃないか。 僕がそれをどんなに羨ましく思ったか考えたことあるか?」

 

ロンは驚いて、ドラコの顔をまじまじと見つめる。ドラコのそんな本音を聞いたのは初めてだった。

ドラコは言葉を続ける。

 

「僕はスリザリン生だ。 スリザリンに選ばれたことに誇りをもっているし、この寮が大好きだ。 でも、僕だって…ハリーと同じ寮になりたかったに決まってるだろ。 君より付き合いはずっと長いんだ。 …ハリーは確かにすぐ調子に乗るし軽薄だよ。 ただ、僕の見た限り、ハリーが一度でもウィーズリーのことを軽んじたことはないと思うが?」

 

ロンは言葉を失った。

その時。

 

「さあ!皆様お集まりですかな?ふむ、ふむ!よくぞ集まってくれた!」

 

魔法により拡声したバグマンが口火を切った。観客席のテンションは今や最高潮である。

 

「第一の課題のお相手は…ドラゴン!! 無論、簡単な相手ではありません。 さあ、4人の選ばれし者たちはどんな戦いを見せてくれるのか! 最後まで目を離さず、とくとご覧あれ!! さあ、最初に挑戦するのはホグワーツ校から!! セドリック・ディゴリー!!」

 

ハッフルパフから一際大きな歓声が上がり、顔を青白くさせたセドリックを迎えた。

 

次にフラー、そしてクラム。

 

獲得しなければならない金の卵が一部潰れて減点されたり、ドラゴンの炎によって怪我をした者も出たが、課題は概ねつつがなく進んだ。

 

次はとうとう、ハリーの番。

 

彼と親しい友人たちは、固唾を飲んで彼の登場を待った。

 

「さて、最後はお待ちかね! 皆さんご存知『生き残った男の子』、ハリー・ブラックゥゥ!!」

 

今までで一番小さな歓声だった。それも殆どがグリフィンドールからと他の寮にいるハリーファンの女の子だけだ。

 

さすがのハリーもいつもの軽い調子はどこへやら、今にも緊張で押し潰されそうな顔で現れた。

 

目の前には凶暴なハンガリー・ホーンテールが待ち構えている。

 

「課題、開始!!」

 

バグマンの言葉が先だったか、ドラゴンの口から炎が放たれたのが先だったか。

 

ハーマイオニーとシャルロットが悲鳴を上げ、手で顔を覆う。

 

ハリーは転がって、炎を避けると杖を掲げた。

 

「アクシオ、ニンバス2001!」

 

間一髪、ドラゴンが次の炎を吐く前にハリーは大空へと飛び立った。

現役クィディッチメンバー、それもシーカーの飛翔に、ハリーの応援をしていない観衆すら沸き立つ。

 

「ナイス、ハリー!!」

 

ドラコが一際大きな声を上げた。

 

ニンバスに跨ったハリーは、まさに水を得た魚のようでドラゴンの周りを飛び回る。たまらず、ドラゴンは威嚇するように咆哮し、大きた翼をはためかせ飛び上がった。

舞台は空中戦に切り替わった。とはいえ、ドラゴンは警戒したように卵のすぐ上を低く飛んでいる。

 

ハリーはドラゴンを挑発するように、ちょこまかと飛び回る。ドラゴンは五月蝿そうに、長い首を振って払い除けようとした。

 

いくらハリーが腕のあるシーカーとはいえ、空中戦ではドラゴンの方が格上である。

 

「うわッ!?」

 

再びドラゴンの放った炎が、ニンバス2001を掠める。一部が燃えた箒は、制御を失い一瞬傾いた。

観客が短い悲鳴を上げ、そして静まり返る。

 

 

「しっかりしろ! 君の実力はそんなもんじゃないだろ!!」

 

 

その声は、まるで呪文の閃光のように一直線にハリーに届いた。

声を発した主は、ロナルド・ウィーズリー。

 

「ロン…?」

 

「ハリー! ドラゴンなんかに負けるな!!」

 

ロンは耳まで真っ赤になりながら、拳を天に突き上げた。

 

ハリーは空中で一瞬呆気に取られたかと思うと、頷いて唇を噛み締める。

 

そして、ハリーは再び箒を握り直すと、ドラゴンの炎を掻い潜り突然急上昇した。ドラゴンは唸り声を上げて、ハリーに追いついてくる。

壊れかけた箒がミシミシと嫌な音を立てる。

 

高度がぐんぐん上がり、ハリーはドラゴンは連れて真っ青な空に飛んでいく。

 

そして、次の瞬間。ハリーは突然急降下した。

 

再びハリーが墜ちると思った観衆たちは悲鳴を上げ、顔を背ける。しかし、対照的にグリフィンドールの観衆たちは顔を見合わせてニヤリと笑った。

 

いきなり急上昇、そして急降下して追っ手を切り離す。これはクィディッチでハリーの得意とする戦法だ。

 

我を失っていたドラゴンは一瞬反応が遅れた。そして、金の卵が奪われることを悟ったのだろう。次の瞬間ドラゴンも凄まじい勢いで下降しハリーを追いかける。

 

ドラゴンが怒りに任せて炎を吐き出す。しかし、そんなことではハリーは止まらない。追いつけない。

 

やがて、ハリーは地上すれすれで地面と平行に方向を変えると--金の卵を掴み、そのまま箒から飛び降り、転がった。

 

爆発のような、歓声。

 

ハンガリー・ホーンテールは瞬く間にドラゴン使いたちに押さえられる。ハリーは弱々しく立ち上がると金の卵を掲げ、ふにゃりと笑った。

 

「やった! やったぞ!!」

 

ドラコは彼にして珍しく、感情を剥き出しにしてその場で飛び上がる。そして同じく、興奮して訳の分からないことを喚いているロンと固く抱き合い、背中や肩をバシバシ叩いた。

 

「よかった…本当によかった!」

 

ハーマイオニーはハリーを応援する横断幕で涙を拭き、シャルロットは脱力してその場にへたり込む。

 

ハリーに対して良くない感情を抱いていたものでさえ、感動したように祝福の言葉を送っている。

 

「さあ、ハリーの元に行きましょう!」

 

ハーマイオニーは横断幕を放り投げ、人混みを掻き分ける。シャルロットも慌ててそれに続いた。

 

「「ぎゃあああああああああ!!」」

 

二人の背後で、我に返ったドラコとロンが、悲鳴を上げ互いに互いを突き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

「あーあ…見てよ、パパ。僕のニンバス2001がぁ……」

 

大した怪我はないもののマダム・ポンフリーに手当てを受けていたハリーはがっくりと項垂れる。

有給を取りセブルスと共に観戦をしていたシリウスは、苦笑してハリーの肩を叩いた。

 

「仕方ないだろ。また新しい箒買ってやるよ」

 

その言葉にハリーは救われはしたものの、やはり長年使ってきた箒は愛着がある。未だにちょっと落ち込み顔だ。

 

「ハリー!」

 

選手控えのテントが開き、ドラコ、シャルロット…そしてハーマイオニーに腕を掴まれたロンが気まずそうに顔を出した。

 

ちょうどよくマダム・ポンフリーの治療も終わったので、ハリーはシリウスと分かれ皆と合流する。

 

「…ほら、二人で話してこいよ。 全く世話が焼けるな」

 

ドラコはぶっきらぼうに言うとハリーの肩をロンの方に押し出す。シャルロットとハーマイオニーも空気を読んで、彼らから距離を取った。

 

「おい! 余計なことを…」

 

ハリーが何か言う前に、三人は目配せしてどこかへ行ってしまった。

ハリーとロンの二人だけがポツンと残されている。

 

「あー…少し、歩く?」

 

ロンは目を合わせずそれだけ言った。ハリーは頷いて、ロンの隣りを間をあけて歩く。ぎこちない距離感だ。

 

陽は落ちてきて、禁じられた森の上には橙色の夕焼けが広がっている。

 

「チョウと別れたんだって?」

 

唐突に、ロンは言った。

影になっているため、彼の表情は見えない。

 

「…うん」

 

「馬鹿なことをしたもんだなー。 もう少しでダンスパーティーだぜ?」

 

ロンは軽い口調でそう言った。ようやく彼の顔を正面から見た。彼は笑っている。

 

「ううん。 正しい決断だったよ。 チョウは君のことを悪く言ったんだ」

 

ロンは驚いたようにハリーの顔をまじまじと見た。

 

「ふ、ふーん…」

 

またしても沈黙が訪れた。次に沈黙を破ったのはまたしてもロンだった。

 

「ハリーさ、こないだ何であんなに怒ってたの?」

 

「だって君、第一の課題がドラゴンってこと僕に黙ってたじゃないか。 そのくせセドリックには伝えたくせに」

 

もう許そうと思っていたはずなのに、ハリーの言葉にはチクリとした嫌味を孕んでいた。

すると、ロンは合点が言ったように、あー…と声を漏らした。

 

「なるほどね。 僕、本当は君に一番に伝えようとしたんだけど、何か気まずくてさ。 チャーリー兄さんに頼んで、ハリーのパパに伝わるようにしてもらったんだ」

 

ハリーは吃驚して思わず立ち止まった。

 

「なんだよそれ…。 全然気付かなかった」

 

ロンは、本当にハリーが嫌いになったわけではなかったのだ。

 

「…あのさ、パパが昔着たドレスローブが家にあるんだ。 その、もし君が良かったらだけど、あのヒラヒラしたやつよりマシかなって」

 

ロンの表情がさっと曇った。

 

「でも…」

 

「勘違いするなよ」

 

ハリーはロンの言葉を遮ると、さらに続ける。

 

「僕は君を可哀想と思ってそうするんじゃない。 大事な親友にダンスパーティーを楽しんでほしいから、そうするんだ」

 

ハリーはきっぱり言い切った。

ロンは暫く何かを逡巡するように、口を開いて閉じてを繰り返していたが、ついにハリーの方に向き直った。

 

「僕、君の言葉を信じるよ。 そりゃ君はちょっとばかり(・・・・・・・)目立ちたがり屋だけど、君が名前を入れてないって言うんなら信じる。 酷いことも言ってごめん」

 

「僕こそごめん。 殴ったとこ傷になってなくて良かった」

 

ハリーもロンの顔を穴があくほどまじまじと見つめた。そして、クスッと笑う。

 

「じゃあ、仲直りってことでいいかな?」

 

「ああ、もちろん。 ごめんな、ハリー」

 

ロンも緊張の糸が解けたように、緩みきった笑顔を見せる。

 

「もう謝るなって。 僕だって悪かった。…だけど、忘れんなよ。 一年生の時君がいなければマクゴナガルのチェスに勝てなかったし、二年生の時だって君がいなかったら僕は今頃バジリスクの栄養分さ。まあ、三年生の時は君のネズミに迷惑かけられたけど」

 

「ああ、もうネズミは一生飼わないよ」

 

ロンがげんなりしてそう言うと、二人は顔を見合わせて同時に吹き出した。ここ最近の空白を埋めるように、ゲラゲラと声を上げてずっと笑った。

 

 

 

 

 

 

第一の課題も終わり、一息ついたかと思いきや、校内はダンスパーティーに向けさらに色めきたった。

 

授業にはダンスの練習も組み込まれ、青春真っ盛りの生徒たちにこれで浮き足たつなと言う方が無理である。

 

ハリーはシリウスからダンスを教えてもらった経験があるとはいえ、代表選手は皆の前でダンスをしなければならないので練習に勤しんだ。もちろんこれは皆一緒で、休み時間になればあちこちでステップの練習をする生徒を目にした。

 

今週に入ってハリーは、既に女の子の方から三人ほど声を掛けられたが殆どが話したこともない生徒だったので断った。

 

「もったいない。 今の子、結構美人だったぜ」

 

ロンは玉砕してトボトボ歩くハッフルパフの上級生の女の子を眺め、そう言った。

 

「そんなこと言っても…パーティーは夜中まであるんだ。 大して知らない子と行く方が苦痛だよ」

 

ハリーの言葉に、それもそうかとロンは頷いた。

 

「ところで、あの噂聞いた? ビクトール・クラムがハーマイオニーをダンスパーティーに誘って断られたってやつ」

 

「聞いたよ。 タチの悪い噂だよな」

 

ロンは馬鹿馬鹿しいと鼻で笑い、一蹴する。

 

「いやそれが、本当らしい。 本人に聞いてみた」

 

「はっ!?」

 

ロンは廊下の真ん中で、教科書をバラバラと落とした。

 

「何であんなガリ勉をクラムが誘うんだ? それに、断っただって?」

 

ロンは信じられないとばかりに言った。恐らくハーマイオニーは今頃、校内中の女の子から目の敵にされているだろう。

 

「そんなことない。 ハーマイオニーは魅力的な女の子だよ。 …まあ良かったな、ロン。 君にもチャンスがあるってわけだ」

 

「…何のことか分からないな」

 

ロンはそう言い、誤魔化した。が、寮に戻り図書館から帰ってきたハーマイオニーと合流すると、早速そのことを聞いていた。

 

「ねえ。 まさかと思うけど、あのビクトール・クラムの誘いを断ったって本当なの?」

 

「ええ、そうよ」

 

大量の魔法薬の本を手にしたハーマイオニーは、今日一日で散々同じことを聞かれたのか、ちょっとうんざりしたように答えた。

 

「もったいない! 彼は今世紀最高のシーカーだ」

 

「そりゃ知ってるけど…」

 

ハーマイオニーの言葉が濁った拍子に、ロンは畳み掛ける。

 

「女の一人は惨めだぜ。 もし僕でよければ一緒に行っても…」

 

「お生憎様!」

 

ハーマイオニーはぴしゃりと言うと、本をまとめた。

 

「クラムだけじゃないわ。 他の人からも声くらい掛けられてるわよ! 私がダンスパーティーに行く気がないだけ!」

 

ハーマイオニーはすごい勢いでそう捲し立てると、ツンとした顔のまま談話室を出ていってしまった。

ロンは呆気に取られ、ハーマイオニーの背中を見送る。

 

ハリーは可哀想なものを見る目付きで、ロンに視線を投げかけた。

 

「うーん…今のはあまりにも紳士的じゃないぜ、ロン」

 

 

 

 

 

ハーマイオニーは怒りに任せて、談話室を出ていったあと空き教室に足を踏み入れた。

 

そこで漸く冷静になり、先ほどロンには言い過ぎたかなと反省する。

 

ハーマイオニーはレギュラスが好きだった。誰に何を言われようと、例え本人から拒絶されたって、その気持ちは変わらない。

だから、とてもじゃないが他の男の子とダンスをするなんて考えられなかった。

 

「ハーマイオニー…?」

 

恐る恐る扉が開けられる。そこにはバツの悪そうな顔をしたロン。

おおかた女の子の扱いができてないとかハリーに怒られて、慌てて追いかけてきたのだろう。

 

「さっきはごめんなさいね。 私が言い過ぎたわ」

 

「…あのさ、ハーマイオニー。 僕とダンスパーティーに行ってくれない?」

 

再び告げられたその言葉にハーマイオニーは吃驚して、ロンの顔を見たが彼の顔は至って真剣だ。

 

「ロン…。 女の子を誘うのが面倒くさいからって、手近で済まそうとするのは良くないわ」

 

ハーマイオニーは困ったように言った。

 

「違うよ! そうじゃない。 さっきはついあんな言い方をしたけど、僕は君とダンスパーティーに行きたいんだ」

 

空き教室に広がる、一瞬の静寂。

 

「えっと…あの、ロン。 それってどういう意味かしら?」

 

ハーマイオニーが思わずそう言うと、ロンは言葉に詰まり目を泳がせた。

 

「ほ、ほら。 だから、あれだよ。 ハリーも言ってたけど、大して知らない人とダンスなんかしても楽しくないだろ? どうせなら仲良い人と行った方が楽しいじゃないか」

 

一度、ロンは言葉を切り、そして続ける。

 

「だから、僕とダンスパーティーに行かないか? …その、友達として」

 

友達として。

成程。そんなダンスパーティーの楽しみ方もあるかもしれない。

ハーマイオニーは心の中で呟いた。

 

ロンなら気心も知れてる友人だから、きっと楽しめるだろう。

ハーマイオニーはそう結論付けた。

 

「ええ。 それなら、いいわよ」

 

「やった!!」

ハーマイオニーが言い終わる前に、ロンは心底嬉しそうにガッツポーズした。




ダンスパーティーでロンとハーマイオニーが踊る二次創作レアかもしれない。


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ヤドリギの下で

「ここに居たの」

 

1階の何年も使われていない空き教室。

少し息の切れたハリーの声に、目の前の少女は首を傾げた。

 

「探したよ。 君を見つけるのは…そうだな。 『しわしわ角スノーカック』を見つけるくらい難しかった」

 

ハリーがニヤッと笑う。

彼女は重なった机の上に腰掛け、無防備に足を放り出していた。空中に投げ出されたむき出しの足は雪のように白く、ハリーは思わず視線を逸らす。

 

「あたしのこと探してたの? それなら一緒だね。 あたしも探し物してたんだ」

 

「何を探してたの? こんな場所で」

 

「あのね、あたしの靴」

 

少女--ルーナ・ラブグッドは何でもないことのようにさらりと言ってのけた。しかし、その衝撃の発言にハリーの表情はさっと変わる。

 

「どうして靴が失くなるの?」

 

「うーん。 あたしがルーニー(変人)だから、かな?」

 

「そんなのは君の靴を隠す理由にならないよ! …アクシオ!」

 

ハリーが苛立ったように唱えると、どこからともなく彼女の靴は飛んできた。

 

「わあ! すごい。これ、ハリーがドラゴンと戦う時使ってたやつだ。 ねえ、そうでしょ?」

 

「あの試合見てくれてたんだ」

 

靴を抱えながら無邪気な瞳で見上げられ、ハリーは怒りもどこへやら照れたように首をかいた。

 

「もちろん。 すごくかっこよかったよ!」

 

屈託なく笑うルーナはどうしようもなく可愛くて、ハリーの鼓動はドキンと早鐘を打った。

 

「今度あたしにもこの呪文教えてよ。 そしたら探し物が楽になるもん」

 

「探し物なんて、しなくていいよ」

 

ハリーは彼女の言葉を半ば遮るように言った。

ルーナは目をぱちくりとさせる。

 

「うーん…どういう意味?」

 

「君がこの呪文を覚えなくても、いつでも僕が代わりに探すってこと」

 

ハリーは自分の耳と頬が熱くなるのを感じた。

女の子をデートに誘うのなんて何でもないことのはずなのに。…自分はどうしてこんなに緊張しているのだろうか。

 

言うなら今しかないと思ったハリーは、未だきょとんとした彼女の神秘的な瞳を真っ直ぐ見据えた。

 

「ルーナ、僕とダンスパーティーに行こう」

 

その言葉に、ルーナの瞳はみるみる大きく見開いたかと思うと--彼女はまるで花が綻ぶように、とびきりの笑顔を見せた。

 

 

 

 

 

 

「…とまあ、そんなわけで僕はルーナとダンスパーティーに行くよ」

 

グリフィンドールの談話室。

いくら校内が浮き足立とうと課題は待ってくれない。皆はクリスマスを楽しみにソワソワとしながらも、懸命に羽根ペンを走らせていた。

 

「えー! もったいない。 君ならもっといい人誘えただろうに!」

 

大袈裟に驚いてみせるロンを、ジニーは汚いものでも見るかのように目を細めた。

 

「いいえ。 ハリーの判断は素晴らしいと思うわ。 ルーナはとってもいい子だもの」

 

まだ三年生で課題も少ないジニーは、二人を尻目にのんびり暖炉前の椅子で『スクイブでも出来る!簡単魔法ヘアアレンジ!』を読んでいる。

炎の前に刺したマシュマロの串を引っこ抜き美味しそうに齧ると、時折ハリーとロンにも分けてあげていた。

 

「そういえば、君はダンスパーティーに誰と行くの?」

 

ハリーははふはふと熱々のマシュマロを頬張りながら訊いた。

今や話題の9割がダンスパーティーについてと言っても過言ではないほどの現状で、不意にハリーはこの小さな妹分のパートナーを知らないことに気付いた。

 

「そうだそうだ。 僕も聞いてないぞ」

 

何と、それは実の兄も同じであったらしい。

ロンが不満そうに口を尖らせる。

 

「ふふっ。 ナイショよ」

 

しかし、ジニーは悪戯っぽく笑うとぱちんとウインクをした。

 

 

 

 

 

 

 

いつも通りレギュラスとの個人授業を終え、部屋を出たハーマイオニーが向かった先は、やはりいつも通り図書館だった。

古めかしい本の匂いをいっぱいに吸い込む。図書館は自分にとって家の庭のようなもの。迷うことなく、レギュラスに出された課題についての本が置いてある棚に向かった。

 

「…おっと」

 

魔法薬関連のものが置いてある本棚の角を曲がったところで、ドラコにばったりと会った。

 

「あら、マルフォイ」

 

ドラコは素早く辺りを見渡して、他のスリザリン生がいないことを確認すると漸く表情を弛めた。

 

「今日も勉強かい? 精が出るね」

 

人が見たら冷たいと評すであろう整った顔を、年相応に崩しながらそんな軽口を叩く。

スリザリン生の目がないところならドラコは彼女と話を交わす。少し奇妙な関係だが、それは友情と呼べないこともないだろう。

 

「ええ。 …そうそう、貴方にお礼を言い忘れてたことに気付いたの。 ワールドカップの夜はありがとう」

 

「…いや。 大したことはしてない」

 

その話題にドラコの顔は曇る。

しかし、ハーマイオニーは目当ての本が見つかったようで、背伸びをして本を何冊か手に取っていてそれに気づかなかったらしい。

 

ちらりと目を向ければ、その本は6、7年生レベルのものばかり。毎年学年トップ10に入ってるドラコでも、殆ど理解のできない内容だろう。

 

彼女はマグル生まれだというのに、どうしてこんなに勉強ができるのか。悔しさと歯痒さと、少しばかりの羨望。

…羨望? 自分がマグル生まれに対してそんな感情を抱いてると知ったら、両親は何て言うのだろう。

 

「ダンスパーティーはウィーズリーと行くらしいな。 あいつでいいのか? 結婚したら苦労するぞ」

 

ドラコは唇の端を吊り上げ、揶揄うように言った。

 

「やあね、マルフォイったら。 ロンとはそういうのじゃないわ。 親友として誘ってもらったの」

 

これっぽっちもロンのことなんて好きじゃないドラコだが、さすがにこれは彼に同情した。周囲から見れば、ロンが彼女に恋心を抱いているのは一目瞭然だったからだ。

 

「あなたとシャルはダンスに慣れてそうで羨ましいわ。 私たちはダンスパーティーなんて初めてよ」

 

「な、なんで僕がシャルと踊ること前提なんだ」

 

思わず、ドラコの声が裏返った。

そんな彼にハーマイオニーは本を探す手を止め、怪訝そうな顔をする。

 

「違うの?」

 

「いや、その…」

 

ドラコの態度は煮え切らない。そんな彼にハーマイオニーは眉根を寄せた。

こういう時、男の子は女の子に敵わないものだ。

 

「早くシャルのこと誘ってあげて。 きっと待ってるわよ」

 

「よ、余計なお世話だよ」

 

「そんなこと言わないで。 あなたたちは両思いなんだから、ね」

 

そう言って、ハーマイオニーは笑った。ドラコは彼女の笑みがあまりにも寂しそうなことが気になったが、聞くことは出来なかった。

 

「それじゃあ、またね。 マルフォイ」

 

「…待ってくれ」

 

気付けば、ドラコは彼女をそう呼び止めていた。

ハーマイオニーは、キョトンと振り向く。長いポニーテールがふわりと揺れた。

 

ドラコは、何故かマグル生まれの彼女にならこの葛藤を話せる気がした。

 

「ちょっと話を聞いてくれるか?」

 

「ええ。 いいけど…」

 

ハーマイオニーは不思議そうな顔をしつつも了承する。すると、ドラコはほうと溜息をつき口を開いた。

 

「知ってると思うが僕の両親は…純血主義でね」

 

ドラコの言葉に彼女は、不快なことを言われるのかと思わず身構えた。しかし、次の瞬間ハーマイオニーの耳に届いたのは予想外の言葉だった。

 

「…そのせいでシャルと踊ることを許してもらえてないんだ」

 

そう吐き出された言葉はあまりにも苦しそうで、ハーマイオニーは一瞬でも彼を疑ったことを恥じた。

 

「そ、そうだったの」

 

ハーマイオニーは知らずのうちに、彼の複雑な悩みに土足で上がり込んでしまったことに気付いた。

 

「ごめんなさい。 私、あなたの事情を知らずに出しゃばったこと言ったわね」

 

「いや、いや! 君が謝ることじゃない。 ただ、誰かに話したくなったんだ。かと言って、こんなこと…僕の周りの友達(スリザリン生)には話せないし」

 

ハーマイオニーは何を思ったのか、手にしていた本を1度テーブルに下ろすと、項垂れているドラコの隣りに座った。

暫しの沈黙。それを破ったのは、ハーマイオニーだった。

 

「あのね、私の両親って歯医者なのよ」

 

ハーマイオニーは何かを思案するようテーブルに頬杖をつき、視線だけドラコに向けた。

 

「ハイシャ?」

 

「ああ…マグルの歯専門の病院のことよ」

 

「マグルには歯専門の病院があるのか? 随分ニッチだな」

 

思わずハーマイオニーは苦笑した。

久しぶりに魔法界とマグル界のギャップを感じた。

 

「私、あなたと同じ一人っ子なの。 だからね、両親は私に歯医者を継いでほしかったみたい」

 

ドラコには、目の前のマグル生まれの魔女が何故こんな話をするのか、さっぱりわからない。

 

「でも、ある日いきなりホグワーツから手紙が届いてね。 本当に驚いたし、最初は半信半疑だったわ! 魔法が当たり前だったあなたにはピンと来ないでしょうけど。 本当に夢みたいで、私は魔法使いになりたいって心から思ったわ」

 

「…ご両親は反対しなかったのか?」

 

「最初はしたわよ」

 

でもね、とハーマイオニーは言葉を続ける。

 

「最終的には汽車に乗り込む私を笑顔で送ってくれたわ」

 

「そんな話をどうして僕に…?」

 

「ねえ、マルフォイ。 きっと親って…子どもが本当にそうしたいなら一番に応援してくれる、そういうものじゃないかしら?」

 

ドラコは何かが弾けたようにぱっと顔を上げた。しかし、その表情はまだ揺れている。

 

「そうは言っても…僕の家はマルフォイ家だ。 わがままは言えないし、簡単には行かないさ」

 

「そうよね。 でも貴方が両親からものすごく愛されてるのは分かるわ。 きっとご両親は、最終的には家の伝統より貴方の気持ちを優先しそうって思ったの。 気に障ったらごめんなさい」

 

ハーマイオニーは曖昧に笑うと、本を抱えて今度こそ立ち上がる。

そんな彼女に思わずドラコはこんな言葉を投げかけた。

 

「君、何か雰囲気変わったな。 出会った頃はもっと刺々しかった」

 

彼の脳内に浮かんだのは1年生の頃出会った頭でっかちな彼女。最初はハリー達とも不仲だったんだっけ。

 

「それ、貴方が言うの? 誰よりも変わったのは貴方じゃない」

 

ハーマイオニーは心底おかしそうに笑い声を上げた。彼女の脳内にも、過去に自分を蔑み尖った言葉を投げたドラコが思い浮かんでいた。

 

ドラコもつられて笑った。マダム・ピンスに叱られた。

 

変わったことは、たくさんある。

その中でドラコは、変わって欲しくないものも抱えられないほどあるのを酷く痛感した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダンスパーティーの夜。

いつもの学校とは思えないくらい飾り立てられた城内もさることながら、年頃の少女たちがこれでもかと言うほど着飾った姿はあまりにも煌びやかだった。パートナーの男の子たちは皆、いつもと違う女子生徒の様相にタジタジとした。

 

ハリーがダンスパーティーの相手にルーナを誘ったというニュースは瞬く間に校内に知られ、そのせいでルーナへの嫌がらせが増長しないかとやや自意識過剰な心配をしたハリーだが、それも杞憂に終わった。むしろ嫌がらせは減ったらしい。

 

純白にスパンコールがあしらわれたドレスを纏い現れたルーナは派手で目立っていたものの、その格好は彼女の白い肌やブロンド、そして浮世離れしたキャラによく合っていた。シャンデリアの光を反射させキラキラと輝く彼女は、さながらおとぎの国の妖精のようだった。

 

そして、ハリーとロンを一番驚かせたのはセドリックのダンスパーティーの相手がジニーだったことだ。

 

少し前まで子どもだった彼女は今やすっかり大人びた表情で、シックな黒いドレスを着て代表選手のパートナーとしてくるくると皆の前で踊って見せた。(それをロンが複雑そうに眺めていたのは言うまでもない)

 

「ハァイ! 楽しんでる?」

 

妖女シスターズの演奏が一段落すると、ドラコとシャルロットが腕を組んで現れた。

 

曾祖母ダリアの手作りらしい深緑のドレスは細身で大きなスリットが入った大胆なデザインだが、シャルロットはばっちり着こなしている。

 

「なんだ、ウィーズリーにしては随分と良いローブを着てるじゃないか。 少しデザインが古いけど」

 

ドラコがしげしげとロンのローブを眺めた。

 

「これ、パパが昔着てたお古なんだよ」

 

「ああ、シリウスおじ様の物なのか。 それなら納得だ。 ウィーズリーにこんな上質な物買えるわけないし、着こなせるわけないからな」

 

「なんだと!?」

 

いつも通り喧嘩を始めた2人をハーマイオニーとシャルロットが止める。そして、2人を引きずり、再びダンスをしに向かった。いつの世でも、こういう時男は尻に引かれるものらしい。

 

「ん? どうしたの、ルーナ。 疲れちゃった?」

 

再びダンスを踊り始めた二組を眺めているルーナにそう声をかけると、彼女はこくりと頷いた。

 

「あたし、外の空気吸いたいな」

 

ハリーとルーナも代表選手のペアとして皆の前で踊った。そのためか、さすがのルーナも少し疲れたようだ。

ハリーは彼女の手を取ると、バルコニーへと出た。

冬のきんとした冷気が肌を刺し、自然に2人は肩を寄せ合う。

そして、頭上には魔法で色が変わるように細工されたヤドリギ。…なかなかロマンチックだ。ホグワーツの屋敷しもべ妖精はなかなかいい仕事をする。

 

突然ハリーはクスッと笑った。

 

「君と初めて会った時、ヤドリギの話をしたよね」

 

ルーナは寒さにほんのり鼻を赤くしながら、同じようにクスッと笑う。

 

「ああ、ナーグルのこと? 今だってここにたくさん居るよ。 ハリーには見えない?」

 

ルーナの表情は幼子のように無邪気で、ハリーはたまらなく彼女に触れたくなった。

 

「うーん。 見えないな。 どこ?」

 

「ほら、あそこだよ!よく見て!」

 

ルーナはぴんと腕を伸ばして、ヤドリギを指さす。

ハリーはルーナの視線に合わせるように顔を近づけた。

 

寒さの中で、二人の体温が同調する。

 

ハリーは悪戯っぽく笑うと、ルーナを抱き寄せた。

 

「ねえ。 あの時さ、僕がヤドリギの木の下は何するところって言ったか覚えてる?」

 

ルーナの返事は、ハリーからの優しい口づけに重なって消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…全くハリーも取っかえ引っ変え飽きないなあ」

 

再び一曲ダンスを終え、庭園からハリーがいるバルコニーを偶然見つけてしまったドラコは呆れたように言った。

 

「そうかしら? あの子とは続きそうな予感がするけど」

 

シャルロットは手に持ったファイア・ウィスキーのグラスを呷った。先程から随分とハイペースで飲んでいるが、彼女が酩酊している様子はない。酒には強いらしい。とはいえ、こんなに飲んでいるシャルロットを見たら厳しい彼女の父親(セブルス)は眉を顰めるだろう。

 

「飲みすぎじゃないのか、シャル」

 

「そんなことないわよ」

 

マスカラでたっぷり縁取られた睫毛に、色白を引き立たせるようなチーク、赤いルージュを引いた彼女は、いつもと違い何処か妖艶にすら見えた。

 

「ねえ、ドラコ。 ハリーの恋愛に口を出す前に、私たちだって話さなきゃいけないことがあるはずよ」

 

シャルロットはいつもとは別人みたいに綺麗だった。

 

「な、なにを?」

 

しどろもどろになるドラコに、シャルロットは呆れたように腕を組む。

 

「気付いてないとでも思ったの? 今学期に入ってから貴方、私と距離置こうとしているでしょ」

 

図星を突かれ、ドラコは視線を気まずそうに逸らす。

 

「おそらく理由は、貴方のご両親のこと。 違う?」

 

またまた図星。

こういう時、シャルロットの勘は物凄く鋭い。最もドラコが分かりやすいだけかもしれないが。

ドラコは参ったとばかりに、両手を上げて情けない顔をした。

 

「そうだよ。 ダンスパーティーのことでね、母上に君を誘うことを反対されたんだ」

 

本当はそれに加え、父親がクィディッチ・ワールドカップで死喰い人として暗躍する姿を見てしまったことも、シャルロットから距離を置こうとした原因の一つである。しかし、この場では言わなかった。言いたくなかった。

 

「ふーん。 そんなことだろうと思ったわ」

 

シャルロットはあっけらかんとした口ぶりで、腕を組み壁に背中を預けた。

ドラコはシャルロットの反応があっさりとしたものだったので、嬉しいのか悲しいのかよく分からなくなった。

 

「怒らないのか?」

 

「別に怒らないわよ。 …だって難しいことじゃない? 私だって、貴方とパパどっちを優先するかって言われたらすぐには答えられないもの」

 

シャルロットの、感情より理屈で考えるような--こういった物の見方はセブルス譲りだ。

 

それに、と言葉を続けたシャルロットの表情は今までで一番穏やかで優しかった。

 

「結局私のことパートナーに選んでくれわけだし。 ねえ、ドラコ。 私がどうしてスリザリンに入ったと思う?」

 

「どうしてって…組み分け帽子が選んだからだろう?」

 

変な質問に戸惑うドラコに、シャルロットは笑い声を上げた。

 

「ふふっ。 違うのよ。 帽子にはグリフィンドールを勧められたのだけど…私は貴方と一緒に居たいからスリザリンを自分で選んだの」

 

「なっ…」

 

ドラコは驚きすぎて言葉が続かず、呆けたように口をパクパクとさせた。そんな話、初めて聞いた。

 

「貴方の難しい立場は分かってるわ。 でも、そんなこと忘れたいくらい、貴方のことが好き」

 

そう言ったシャルロットの頬がピンクに染まっていたのはアルコールのせいか、それとも--。

 

「狡いぞ。 その言葉は僕が先に君に言いたかったんだ」

 

ドラコもまた青白い頬を紅潮させると、上擦った声でそれだけ言った。

 

「あら、貴方がいつまで経っても言ってくれないからでしょう」

 

「それは--! タイミングを見計らってたんだ!」

 

「じゃあ、今が一番いいタイミングだったじゃない! 早く告白しなさいよ!」

 

二人はおめかししているに関わらず、まるで時だけ遡ってしまったように子どもみたいな口喧嘩をする。

そして…こんな時に喧嘩をするのがおかしくなったのか同時に吹き出す。二人は、ふにゃりと笑うと徐に手を繋いだ。

 

この瞬間、2人の関係は幼なじみから恋人に変わった。

 

「僕の両親の立場のせいで君に迷惑かけるかもしれない。 それでも、いいか?」

 

「ええ。 私だって、過保護なパパが控えてるもの。 貴方に迷惑かけるかもしれないわよ?」

 

含み笑いするシャルロットに、ドラコはうっと声を詰まらせる。

 

万が一、シャルロットを傷つけるようなことをしてしまったら--自分は魔法薬の材料にされてしまうだろう。

 




ダンスパーティー編、もうちょっと続きます。

偶然ですがクリスマスシーズンにぴったりの章ですね。12月25日までに次の更新したいな。


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私とワルツを

友人たちがそれぞれにいいムードになっていれば、そりゃ期待だってしちゃうわけで。

 

彼女に好きな人が居るのは気付いていたけれど、パートナーを引き受けてくれたなら自分にだって脈はあるかもって、そう思うじゃないか。

 

「すごく素敵な人よ。 私のことなんて好きになるわけないけれど…同じ学校に居られるだけで私は幸せなの」

 

それなのに、そんな顔で言うから。

 

--『ハーマイオニーの好きな人ってどんな人?』

 

この恋は報われないと言いながら、それこそ心底幸せそうに言うハーマイオニーに、ロンは自分が入り込む余地なんてないことをまざまざと思い知った。

 

「…ふーん」

 

だから、返せたのはそんな当たり障りのない返事と。

 

「そんなの、やめればいいのに。 振り向いてもらえないのにずっと好きなんて馬鹿みたいじゃないか。 頭のいい君らしくないよ」

 

思わず口を突いて出てしまった言葉が、想像以上に彼女を傷付けてしまったことを彼は知らない。

途端にハーマイオニーの表情が、さっと変わった。

 

「そんなの…私の勝手じゃない」

 

--ロンとしてはちょっぴり・・・ほんのちょっぴり口が滑ってしまっただけだと思ったのだ。

 

「そうだけどさ。 向こうが君を好きになる可能性低いんだろ? だったら他の人を好きになった方が…」

 

「余計なお世話よ! 私は彼氏が欲しくてその人を好きになってるわけじゃないわ!」

 

ハーマイオニーがそれ以上の言葉を拒むようにぴしゃりと言い放ったので、思わずロンの頭にも血が上った。

 

「な、なんだよ! 僕は君を思って言ったんだ!」

 

売り言葉に買い言葉とはこのことだった。よもや自分の言葉が彼女を傷付けていると気付き謝罪に至れるほど、彼はまだ大人ではなかった。

 

「だから、それが余計なお世話だって言ってるの」

 

ハーマイオニーはもう沢山だと言わんばかりに、そう吐き捨てた。

険悪な雰囲気が流れる。

 

「…外に出てくるわね」

 

ハーマイオニーはそれだけ言うと、くるりと背を向けた。

その声が震えていたので、もしかしたら泣いているかもしれないとロンは思ったが、何故か追いかけることは出来なかった。

 

パートナーに置いていかれたロンは、ぶつかってきたレイブンクローの下級生--確かクラムのパートナーだったと思う--に八つ当たりのように気をつけろよと怒鳴ると、ハリーの元へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

恋をしていた。

それが許されることではないことも、自分にそんな資格がないことも分かっていた。

それなのに理性と感情は伴わなくて、自分の中の彼女を追い出そうと躍起になっても視線はいつだって彼女を追っていた。

 

彼女が、男と二人で楽しそうに踊っているのを見て気が狂いそうになった。ウィーズリーに友愛以上の気持ちを抱いていないであろうことは想像できたが、それでも何故か憎々しい兄と同じ格好で彼女と手を取るあいつが許せなかった。

そして、普段から親しいせいもありその2人は傍から見ればお似合いで、初々しいカップルにすら見えた。それが自分では彼女に不釣り合いなのだということを嫌でも実感させられた。

 

「どう…したのです?」

 

偶然か、必然だったか。

 

凍えるような寒さだった。誰もいないはずの裏庭で自嘲的な物思いに耽っていたその時、薄ピンクのドレスを着た彼女が濡れた瞳で現れた。

 

 

 

 

 

 

 

「結局ハーマイオニーの好きな人って誰なんだろうね」

 

ハリーからしたらロンの行動は恐ろしく紳士ではなかったが、さすがに彼も失恋した親友にそれを言うほど鬼ではない。

 

「それが分からないんだよなあ。 同じ学校って言ってたから、僕たちも知ってる人の気はするんだけど」

 

ロンはヤケクソのようにもう何杯目かの蜂蜜酒をがぶ飲みした。

ハリーの隣りにいるルーナはそれを心底おもしろそうに見つめている。

 

「でも、叶わない恋みたいなこと言ってたんだろう? 上級生かな? …もしかして、セドリックとか?」

 

「僕が何だって?」

 

2人の下世話な詮索話は、まさかの本人登場で幕を下ろした。

振り返ると、セドリックはキョトンとした顔で首を傾げている。

 

「やあ、セドリック。 君のパートナーがジニーだったとはね。 知らなかった」

 

ハリーは何事もなかったかのように、そう笑いかけた。

セドリックの隣りには彼と腕を組んだジニーがいる。

 

「いいか、ジニー! 兄ちゃんはこいつとのお付き合いを許してないからな!」

 

ロンの不貞腐れた八つ当たりに、ジニーは呆れて溜息をつく。

今日の彼女と大人びた装いとも相俟って、これではどちらが兄なんだが姉なんだか分からなくなる。

 

「許すも何も、私もう2ヶ月も前からセドと付き合ってるんだけど」

 

「な、なんだって!?」

 

妹の爆弾発言にロンがさらに何か言い募る前に、2人はひらひらとこちらに手を振り、再びダンスに行ってしまった。

初めての彼氏なのだろう、嬉しそうにセドリックの腕をとるジニーにハリーまでもほっこりとやさしい気持ちになる。

 

「…ほらほら! ロンも気分転換に踊ってこいよ」

 

未だ不貞腐れているロンを、ハリーが肘でせっつく。

すると、タイミングのいいことに同寮であるラベンダー・ブラウンが一人で通りかかった。

 

「あ、ラベンダー!」

 

ラベンダーは自分の名前に掛けたのか、何重にもレースがあしらわれたラベンダー色のドレスを着ていた。

ハリーがそう呼びかけると、こちらに気付いたおしゃべりな彼女は聞いてよ!と口火を切った。

 

「私のパートナー、シェーマスなんだけどね。 本当にひどいのよ! 彼ったら疲れたって帰ってしまったの! あんまりでしょう!?」

 

お姫様のように綺麗に編み込んだ金髪を揺らしながら、ラベンダーはぷんぷんと憤った。おませな彼女はメイクも完璧にこなし、年不相応なほど大人っぽく見えた。

まさに、グッドタイミング。

 

「ねえ、ラベンダー。 もし良かったらロンと踊ってあげてよ」

 

余計なことを、と言いたげにロンはハリーの足を慌てて小突いた。

ラベンダーはちょっと驚いたように瞳を見開き、そしてロンを頭のてっぺんから足先まで値踏みするようにしげしげと見つめた。

 

「ふうん。 まあ、いいわよ。 私も踊り足りなかったし」

 

幸運なことに、ロンの身だしなみは彼女の合格基準に達していたらしい。

ちゃんとエスコートしてちょうだいと言わんばかりに、ラベンダーは勿体ぶって手を差し出すとロンが慌ててその手を握った。そして、ハリーをもう一度ひと睨みすると、彼女と踊りの輪の中に加わった。

 

 

 

 

 

 

 

友人の何気なく放たれた言葉に傷付き、誰もいない裏庭を歩いていたハーマイオニーは突然放たれた声にビクリとしながらも、顔を上げた。

 

そして、目を疑った。

 

「ブラック先生…!」

 

シックな黒いドレスローブに裾の長い外套を着たレギュラスは、絵画から抜け出たようにさまになっていた。

彼は訝しげにこちらを見つめている。

 

顔がかぁっと熱くなる。

見られた!ブラック先生に見られた!

こんな恥ずかしいところを。クリスマスパーティーの夜に、一人でこんなところで泣いているなんてすごく惨めじゃないか。

 

「いえ、何でもありません…」

 

戸惑ったようなレギュラスの視線から逃げるように、ハーマイオニーは踵を返す。

と、その瞬間。

あまり手入れのされていない裏庭の石畳に靴のヒールが引っ掛かる。ハーマイオニーの体はバランスを失い、ぐらりと傾いた。

 

「きゃっ!!」

 

--しかし、ハーマイオニーの体が冷たく固い石に打ち付けられることはなかった。

 

ふわりと香るムスク。

ハーマイオニーの体は、レギュラスに抱きとめられた。

 

「…そそっかしいですね、貴方は」

 

顔を上げれば、レギュラスの困ったような顔。

端正な鼻筋、形の良い唇、気だるげな目元。

たまらなく全てが愛しい。

 

心がどうしようもなく、震えた。

 

彼が『許されざる呪文』を使った?悪い魔法使いだったかもしれない?

 

「ブラック先生に助けてもらうのは…もうこれで3回目です」

 

そんなことが何だと言うのだろう。

目の前の彼は、こんなにも--優しいと言うのに。

 

ハーマイオニーは、レギュラスに抱きとめられたまま彼の外套を手で握りしめた。まるで--離さないでと、もう少しだけこのままで居てほしいと、言わんばかりに。

 

それに気付いて、レギュラスの体が強ばった。

ハーマイオニーは自分が拒絶されることを予感した。

 

しかし、信じられないことにレギュラスの華奢な手が自分の背中に添えられた。凍えそうな外気の中、レギュラスの温もりを痛いくらい感じる。

恋人同士のように抱き合う体勢であるこの状況に、喜びより困惑の気持ちが勝ったハーマイオニーはとうとう彼のローブに埋めていた顔を再び上げる。

 

互いの瞳が重なり合う。

 

ブラック先生。どうして、そんな苦しそうな顔をしているのですか。

 

そんな心に浮かんだ問いはついぞ言葉にならなかった。

 

その時。緩やかなワルツの音色が校内から聞こえてきた。ダンスパーティーももう佳境。暖かい会場では、幾多の恋人たちが体を寄せ合い甘い時間を過ごしているのだろう。

 

本当に--同時だった。

どちらからともなく、互いの手を握る。

雪が降ってきた。ちらちらと舞うような粉雪の中2人は、ゆっくり回り出した。視線だけがずっと重なり合っている。

 

彼の表情は何かを耐えるような辛いものだったが、ハーマイオニーにその理由が読み取れるわけがない。ただ、彼の温かさだけが指先からじんわりと伝わって心臓に届いた。

 

レギュラスのエスコートはどこまでも優雅で、ダンスに不慣れなハーマイオニーでさえ流れるように踊った。

 

やがて、音楽が止まった。

2人の手が自然に解ける。

 

「…もう寮に戻りなさい。 風邪を引きますよ」

 

再び仰ぎ見たレギュラスの顔は、いつも通りの飄々とした教師の顔だった。先程の表情はもしかしたら、雪が見せた幻影だったのかもしれない。

 

「あ、あの…ブラック先生…」

 

言葉が出てこなかったハーマイオニーは、答えを欲しがるように彼の名を呼んだ。

すると、レギュラスは僅かに表情を崩して--少なくとも笑ったようにハーマイオニーには見えたのだが--彼女の栗色の髪に乗っている雪をはらった。

そして、そのまま肩に手を置くと…彼女の額にキスを落とした。

 

「貴方の夢が幸せでありますように」

 

レギュラスは雪に消えてしまいそうな小さな声でそう囁くと、一度も振り返らず校内の方へと向かって行った。

 

夢のようだった。いや、本当に夢だったのかもしれない。

 

ハーマイオニーは誰もいない裏庭で自身の体を強くかき抱いた。その体からは、彼の甘いムスクの香りがして先程のことが夢ではないことを物語っていた。

 

「どうして私に優しくするの…?」

 

校舎の方から、雪の訪れを喜ぶ恋人たちの声が聞こえてきた。

体にまとわりついた雪が水に変わり、ハーマイオニーの体は髪はしっとりと濡れている。先程まで熱を持っていた体は嘘みたいに冷え切っていた。

ハーマイオニーの問いに答えてくれる人は、誰もいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

何と愚かなことを。

 

誰もいない城内で、レギュラスは震えるように深い息を吐き出す。ひとけのない城内は水を打ったように静かで、コツコツという自分の足音だけが反響する。

 

もし誰かに見られたら。

そんなことを想像出来ないほど、自分は馬鹿ではなかったはずだ。

 

レギュラスは自身の手の平を名残惜しげに見つめ、そしてぎゅうっと握った。まるで彼女が残していった温もりを逃がさなくするように。

 

いつの間に、あの子はあんなに大人になっていたのだろうか。

トロールから守った時はろくに魔法も使えないで小さく震えてる子どもだったのに。

 

「…レギュラス」

 

突然呼びかけられ、レギュラスは思わず体を硬くした。

声の主はイゴール・カルカロフ。ダームストラングの校長だ。

 

一瞬先程のハーマイオニーとの逢瀬を見られたのかとヒヤリとしたが、目の前のカルカロフの様子から見てそうではなさそうだ。

彼の立派な山羊髭の下にある唇は震え、眉は中央にきゅっと寄り、視線だけが縋るようにレギュラスを見つめている。そう、カルカロフは怯えているのだ。

 

「何の用です」

 

簡潔にそう言うと、カルカロフを気にもとめず再び自室へと向かう階段を降り始める。

 

「待ってくれ! 君も気付いているのだろう!」

 

カルカロフはレギュラスの前にばっと出ると、自らの左袖を捲りあげた。そこにあるのは黒々とした闇の印。明らかにはっきりと色濃くなるそれに、思わずレギュラスも足を止めた。

 

「…別に大騒ぎするほどのことではないと思いますが」

 

「レギュラス! 何も起きてないふりをすることはできない!」

 

落ち着き払ったレギュラスの声に、カルカロフは信じられないと言いたげに自慢の山羊髭を震わせた。

 

「この数ヶ月の間に、ますますはっきりしてきた。 私は真剣に話しているんだ! 否定できることではないだろう!」

 

「それならば、逃げることをお勧め致します」

 

レギュラスは彼と目を合わせることなく素っ気なく言った。

 

「逃げればよろしい。 私が言い訳を考えてあげましょう。 …私はホグワーツに残りますが」

 

カルカロフが何か言う前に、玄関ホールの方から生徒の笑い声が聞こえた。

ようやくダンスパーティーも終わったらしい。

言うまでもなく自分の部屋はスリザリンの寮の近くに位置している。直にここも多くの生徒がやってくるだろう。

 

「今日はお引き取りください。 貴方にとってもそれが最善のはずだ」

 

それでも尚カルカロフは何かを言い募ろうとした。が、確かにレギュラスと2人でコソコソ話しているのを第三者に見られるのは、まずいと思い直したらしい。唇をぐっと噛み締めると、足早に今来た階段を引き返した。

 

彼が去ったのを確認すると、レギュラスもまた自室へ向かっていた足を反対方向に進める。

まだ余韻が抜け切らないのか羽目を外しすぎている自寮以外の生徒をバシバシ減点すると、ガーゴイル像へと向かった。

 

「蛙チョコレート」

 

馬鹿馬鹿しい合言葉を唱えれば、のっそりとガーゴイル像が道を作る。先程までダンブルドアも会場にいたが、さすがにもう部屋に戻っていたらしくいつも通りレギュラスを迎えた。

 

「おお! レギュラス。 実に良い夜だったのう。 あれほど間近で妖女シスターズを見れる機会はそうそうないじゃろうて!」

 

ダンブルドアはふぉっふぉと愉快そうに笑う。

 

「カルカロフが逃げようとしています」

 

「ほう?」

 

ズバリと本題に切り込んだレギュラスとは対照的に、ダンブルドアは慌てた様子も驚いた様子もなく、穏やかに相槌を打った。

狸爺め、とレギュラスは独りごつ。目の前の校長のこの飄々とした態度は相変わらず苦手だ。

 

「カルカロフは随分と魔法省の役に立ちましたからね。 報復を恐れているのでしょう」

 

「…いよいよヴォルデモートの復活が近いと言うことか」

 

ダンブルドアは重々しく呟き、傍らにいるフォークスの背を撫でた

それに応えるようレギュラスもまた左の袖を捲る。そこにはカルカロフと同様に、黒々とした蛇がいる。…自身の罪の証だ。

 

「良いのか、レギュラス」

 

ダンブルドアの声は普段の彼らしくないことに、何かを思いあぐねているように揺れていた。

 

「何がです」

 

「ヴォルデモートが復活した時、君に頼む任務はあまりにも危険じゃ。 死ぬ可能性も充分ある。 儂は…君の掴むかもしれない幸せを奪うことになる」

 

その言葉に、レギュラスはため息をつくと顔にかかる前髪を鬱陶しそうにかきあげる。

 

「思い上がらないでください。 貴方が、私の罪を全て知ったうえで私を受けいれ、ここに置いてくださったことには感謝しています」

 

レギュラスは、そこで一度切ると再び言葉を続けた。

 

「しかし、私は貴方のためだけに命をかけるわけではありません。 私を信頼してくれたプリンス一家やクリーチャー……罪を犯した私を再び愛してくれた人を守ることに繋がるならとこの任務を受けるのです」

 

 

「そして、グレンジャー嬢のためにかの?」

 

 

レギュラスは思わず言葉を失い、目の前の校長の顔をまじまじと見た。

ダンブルドアの透き通った青い瞳はあまりにも悲しみに満ちていて、自身の気持ちそして彼女の気持ちまでも知っていることをレギュラスは悟った。

 

「…覗き見とは、ダンブルドア校長は良い趣味をお持ちでいらっしゃる」

 

「あいにく校長室の窓は裏庭に面しているのでのう」

 

レギュラスの嫌味を、ダンブルドアは涼しい顔で流した。

 

「健気なことよ。 あの少女は懸命に君への想いを周囲に隠している。 それを大っぴらにすれば、君に迷惑をかけると分かっているのじゃろうな」

 

賢い子じゃ、とダンブルドアはゆるりと首を振る。

まるで自分の行動を咎められているようで、レギュラスは爪の跡がつくほど拳を握りしめた。

 

分かっているのだ。

中途半端な優しさはさらに彼女を傷つけるだけだと言うことを。

自分が、こんな想いは抱いてはいけないということを。

 

「…私に、幸せになる権利などありませんよ」

 

苦しそうに言葉を吐き出すレギュラスに、ダンブルドアは何も言わず瞼を閉じた。彼もまた過去に思いを馳せていた。

 

幸せになれと周りが言うことは簡単だ。

でも、過去の罪はいつになっても消えることはない。

 

「私は臆病者です。 そのうえ彼女と向き合うことを恐れているのに、突き放すこともできない卑怯者だ」

 

そんな彼の気持ちが、長らく己の罪と向き合うことから逃げ続けたダンブルドアには痛いくらい分かった。

 




題名の「私とワルツを」は鬼束ちひろさんの同名の曲からとりました。とっても大好きな曲です。興味があったら、聞いてみてください( ´ω` )


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第二の課題

「エクスペリアームス!」

 

放たれた赤い閃光は真っ直ぐと、セブルスの元へ向かっていった。しかし、彼の元に辿り着く前にそれは杖のひと振りで防がれた。

 

「ステューピファイ!」

 

ハリーの呪文は、またしてもプロテゴを使うまでもなく弾かれる。有効打が打てないことに焦ったハリーは連続で呪文を唱えた。

 

「エクスペリアームス! ステューピファイ!」

 

「エクスペリアームス」

 

しかし、連続で呪文を打ったことにより、未熟なハリーには隙ができた。

そんなハリーに、鮮やかな武装解除呪文が直撃する。腕からするりと杖が離れ、セブルスの空いている手にそれは収まった。

 

「ゲームセットだな」

 

セブルスの言葉を合図に、尻をついていたハリーはのろのろと立ち上がり、そして杖を受け取る。

 

「もうちょっと手加減してよ」

 

「しているだろうが。 第一、水中の生き物は手加減はしてくれんぞ」

 

第二の課題まであと1週間もない。

 

卵の謎に関しては、第一の課題のすぐあとセブルスの部屋で開けてみた途端彼に「ああ、これはマーミッシュ語だな」と言われ、謎が解けてしまった。

 

「マーミッシュ語?」

 

キーキーと甲高い悲鳴をあげる卵をハリーは耳を抑えながら慌てて蓋をした。

 

「水中人の話す言葉だ。 あまり知られていないがな。 水中で聞いてみるといい。 …監督生の大きな風呂に入れるよう許可証を書いてやろう」

 

この時煙突飛行ネットワークで暖炉から頭だけお邪魔していたシリウスから言わせれば、「セブルスは時々博識すぎて気持ちわりぃ」とのこと。

 

鰓昆布をセブルスが当日までに用意してくれることになったものの、やはり未だ四年生のハリーに不利なことは変わらない。よって、相変わらずセブルスの部屋で実戦の特訓をしているのであった。そして、それにはたまにドラコやシャルロットも参加した。

 

「ん、もうこんな時間か」

 

セブルスが自身の机の上にある時計を見れば、もう生徒の消灯時間間近。教師としては、この時間を超えて返すわけにはいかない。

 

「今日はここまでにするか」

 

「ねえ、セブルスおじさん」

 

真冬とはいえ、暖かい部屋で模擬決闘をしていたハリーの額には汗が滲んでいる。セブルスはタオルを彼の頭にぽふっとかけると、どうした?と問うた。

 

「卵の言ってた大切なものってなんだと思う? 僕の箒だったらどうしよう。もし、水に濡れたりしたら…」

 

ハリーはこないだシリウスに買ってもらった『炎の雷』を思い浮かべ、不安そうにそう言った。それ一つで小さな家なら建ってしまうほど高価な箒である。

セブルスは、ふむと何かを考えこむように顎に手を当てる。

 

「恐らくだが…私はその卵の言う大切なものは人間なんじゃないかと考えている。 その方が盛り上がるだろうしな」

 

「に、にんげん!?」

 

「ハリーだったら、最近付き合い始めたラブグッドだろうな」

 

セブルスがそこまで言って、目の前のハリーが真っ青になっていることに気付いた。そして、思わずハハハッと彼らしくないことに大口を開けて笑った。

 

「馬鹿者。 人質たちの安全は完璧に確保されているに決まっておるだろう」

 

「だって! 卵の歌では、1時間超えたら二度と戻らないって!」

 

「そんなものただの脅しだ。 よく考えてみろ! そんな危険なことを魔法省や学校関係者が許すわけないだろう」

 

セブルスは未だ笑いを顔に残しながら、そう言った。

言われてみればその通りだとハリーは思ったが、卵の歌をその通りに信じていたのが恥ずかしく、むくれたようにぷくっと頬を膨らませた。

 

「…ほら、本当に消灯時間を過ぎてしまうぞ。 早くベッドに行きなさい」

 

ハリーとしてもクタクタだったので、はぁいと気の抜けた返事をすると杖をポケットにしまい、部屋をあとにする。

 

ハリーは忍びの地図を起動させた。代表選手であるハリーだけ特別に個人レッスンを施されていると、多くの人に知られるのは良くない。セブルスにそうアドバイスされたハリーは、毎回セブルスの部屋と自分の寮を行き来する時にはこうして忍びの地図を使っていた。

 

「ん?」

 

何気なく地図の右下、レギュラスの魔法薬室に目をやるとそこには小さな点でバーテミウス・クラウチと書いてあった。

どうしてクラウチがこんなところに? 確か、彼は体調が悪く仕事を休んでいるはずだ。その代わりにパーシーが来ているのだから。

 

そうしてクラウチのことにばかり思考を走らせていたからか、ハリーは自分に近付く点に気付かなかった。

 

薄暗い廊下で、この学校で最も会いたくない人と前から鉢合わせた。

 

おや、とレギュラスはわざとらしく眉を上げた。

 

「まだ消灯時間ではありません、ブラック先生」

 

ハリーが反射的に先手を打ってそう言う。さりげない仕草で、忍びの地図をローブのポケットに突っ込んだ。

 

「…そのようですね。 しかし、覚えておくといい。 次に私の研究室に立ち入り物を盗んだなら、今度こそ私が直々に退学にしてあげましょう」

 

ハリーは敵意も忘れ、きょとんと首を傾げた。身に覚えのないことであった。

 

「とぼけても無駄ですよ。 そうですね、盗まれた材料を見る限り…ポリジュース薬でも煎じるつもりですか?」

 

確かにポリジュース薬を煎じたことはあるけれど。ハリーは心の中でそう呟いた。

とはいえ、無実の罪を擦り付けられたのは癪だ。ハリーが、何かを言い返そうとしたその時。

 

コツン、コツンと音を靡かせ現れたのはマッドアイムーディだった。

夜更けに突然現れ、眼帯の目玉をぎょろぎょろさせるその様はさながらマグルのホラー映画のようで、彼が自分の味方だと理解しつつも思わずぎょっとした。

 

「何をしているのだ?」

 

ムーディは低い声でそう問うた。

 

「何をしている、ですか? 消灯時間間際に生徒が彷徨いていたのでね。 注意を促しただけですが」

 

レギュラスの声色は落ち着いたものだったが、言葉の端々から棘を感じた。

 

「それだけならば、もう用事は済んだだろう」

 

「いいえ、それだけではありません。 私の研究室から材料が無くなっていたのでね。 ハリー・ブラックに訊いていたのですよ」

 

ムーディの義眼がぐるりとレギュラスを睨め回した。

 

「それで何故この小僧を疑う理由がある? おまえの研究室に小僧の眼鏡でも落ちていたのかね?」

 

「ブラックは何度も規則を破った前科があります。 疑うのは当然かと」

 

レギュラスは素っ気なくそう返した。

コツ、とムーディがさらに一歩レギュラスに近付いた。松明の明かりが不気味に彼の顔を照らした。

 

「本当にそれだけか?」

 

「何を言いたいのです」

 

「ダンブルドアは、誰がハリーに恨みを持っているのか大変興味がおありだ。 レギュラス・ブラック、わしはな…洗っても落ちないシミがあるものだと考えている。 決して消えないシミがな。 どういうことか、分かるはずだな?」

 

レギュラスは突然奇妙な動きを見せた。発作的に、右腕で左の前腕をぐっと強く掴んだ。 …そう、まるで左腕が痛むかのように。

 

思わず、ハリーははっと息を飲んだ。

死喰い人は自身の左腕にあの人への忠誠を、刻印として文字通り刻む。幼い頃から魔法界にいて、かつ闇祓い局の局長である父を持っていれば当然知りうる知識だ。

かつて死喰い人だった(とシリウスから聞いている)レギュラスにだって、その印はあるのではないか?

言われてみれば、彼はどんなに暑い日でも生地が透けない厚いローブを着ていることに今更ながらハリーは気付いた。

 

「ベッドに戻れ、レギュラス」

 

ムーディが笑い声を上げた。

 

「貴方に命令される覚えはありません」

 

レギュラスは自分に腹を立てるかのように右手を離し、努めて冷静に言葉を続けた。

 

「しかし、ハリー・ブラックが魔法薬を盗んだ証拠もないことは事実です。 私はこれにて失礼します」

 

レギュラスはそれだけ言うと、目も合わせずローブを翻し暗い廊下へと消えて行った。

 

「危なかったな、ブラック。 …む?何か落ちたぞ」

 

ムーディはステッキを置き屈むと、ハリーのポケットから滑り落ちた紙を拾い上げた。

 

「あ、それは…」

 

「これは驚いた!」

 

ハリーが説明する前に、ムーディはそう言葉を漏らした。彼の魔法の目はぎゅるんぎゅるんと勢いよく回っている。

 

「大した地図だな、これは」

 

「はい。 実はこれ、僕のパパが学生時代に友達と作ったものなんです」

 

地図を褒められ気を良くしたハリーはそう教えてあげた。

 

「ほう、シリウスが! 大したものだ。 ふーむ」

 

ムーディはじっくり地図を眺め、そして再び口を開いた。

 

「ブラック、この地図でレギュラスの研究室に誰が忍び込んだか、もしや見たのではないか?」

 

「え…あ、はい。 見ました。 クラウチと書いてありました」

 

ハリーは正直に答えた。

途端ムーディの顔色にさっと警戒が浮かんだ。

 

「クラウチとな? それは…それは、確かなんだな。 ブラック?」

 

「間違いありません」

 

「ふむ。 やつはもうここにいない。 …しかし、クラウチか。 まっこと、おもしろい」

 

ムーディは地図を睨んだまま、暫く何も言わなかった。

 

「あの、ムーディ先生。 クラウチさんは、どうしてレギュラス・ブラックの研究室に忍び込んだのでしょう?」

 

ムーディの目が--本物の目も義眼も両方だ--がハリーを見据えた。鋭く、射抜くような視線だ。

 

「…わしが現役をおまえの父親に譲ってから長い時が経った。 人は皆、わしを闇の魔法使いを捕らえることに取り憑かれてると言う。 しかし、わしなどまだ小物よ。 バーティ・クラウチに比べたらな」

 

「それはどういう…」

 

「ブラック。 わしが一番憎いのは、野放しになっている『死喰い人』よ」

 

ハリーは思わずムーディをまじまじと見つめた。もし、ムーディが言ったことが、ハリーの考えるような意味だとしたら?

 

ハリーがさらに何か聞く前に、ムーディはほんの僅かに眉間の皺を緩めてハリーの肩に手を置いた。おそらくこれが彼なりの最大限の優しい顔なのだろう。

 

「…門限時間を過ぎてしまったな。 ブラック、寮まで送る。 グリフィンドールはこっちだったな?」

 

「あ、はい」

 

ムーディは片方の足を引きずっていると思えないほどさっさと歩くので、ハリーは小走りで着いていかなければならなかった。

 

「ところで、第2の課題は問題なさそうか? 手段は見つかったか?」

 

「はい。 えら昆布を使おうかと」

 

「ほう? いい方法だ。 えら昆布は手に入ったか? ないなら用意してやらんこともないぞ」

 

「いえ、セブルスおじ…スネイプ先生が用意してくれたので大丈夫です」

 

ムーディはそうかそうかと満足したように頷いた。

どうやら自分のことを心配してくれていたらしい。強面で怖いところもあるが、ハリーはちょっとほっとして、ムーディに追いつくと並んで歩いた。

 

「ところで、ブラック。 頼みがあるのだが」

 

ムーディは『太った婦人』の前に着くと、突然そう言った。

 

「はい?」

 

「その便利な地図を暫く貸してくれないか?」

 

ハリーは予想外の言葉にちょっと目を瞬かせた。しかし、

 

「いいですよ」

 

と快く頷いた。今夜はレギュラスに難癖をつけられたところを助けてもらった恩があるし、何よりシリウスの元上司だ。

 

「いい子だ、いい子だ。 これこそわしが求めていたものかもしれん。 …ああ、今夜のことはシリウスに黙っていてくれ」

 

「どうしてです?」

 

「バーテミウス・クラウチのことは、わしが個人的に調べる。 おまえの父親は常に忙しいからな。 これ以上面倒事は増やすのは可哀想だ」

 

ムーディは上機嫌でそう言うと、『太った婦人』の肖像画の奥に消えていくハリーを見送った。

その間にも、ムーディの義眼を何かを探るようにギョロギョロと自分を睨め回し、やはりハリーは居心地の悪い気分になるのであった。

 

 

 

 

 

 

「あーあ、始まっちまったか」

 

そう言って髪をくしゃくしゃかきあげながら、セブルスの隣りに腰を下ろしたのはシリウスである。

 

「残業終わりか?」

 

「ああ。 これでも一睡もしないですっ飛んできたんだ」

 

シリウスはぐーっと腕を天に伸ばして、欠伸を噛み殺した。そして、ボトルに詰めていたコーヒーをぐびぐびと飲む。

 

「ハリーは?」

 

「無事にえら昆布を食べてスタートしたぞ。 水中の生き物とも対等に戦える程度の呪文を無理矢理教えこんだ。 何事もなければ1位通過間違いなしだろう」

 

セブルスは少し自慢げにそう言った。

 

第一の課題の時は大きなドーム状の競技場だったそこは、今や湖の周りを取り囲んで階段状の観客席になっている。

 

特に席は決まっていないはずだが、良くも悪くもホグワーツの特徴なのだろう。4つの寮はざっくりと分かれて座っている。ダームストラングやボーバトンは1つに固まって応援しているというのに。

しかし、ハリーというイレギュラーを炎のゴブレットが排出してしまった以上仕方のないことなのかもしれない。

 

グリフィンドールの観客席の中には、ロンやハーマイオニーなど見知った顔が並んでいる。その中に、シャルロットと…そしてドラコの顔を見つけた。

 

「あまり感情を入れ込むなよ」

 

セブルスはシリウスの視線の先に気付いたらしく、静かな声でそう言った。

 

「わかってるよ」

 

クィディッチ・ワールドカップでの死喰い人の騒動。十中八九、それにはルシウスも関わっているだろう。

 

「シャルがな、正式にドラコと付き合い始めたと報告してきたんだ」

 

「…まじか」

 

セブルスは渋い顔で頷いた。

状況が状況なので、娘に彼氏が出来たことを素直に祝福できないのだろう。

 

「というより、ドラコの両親は恐らく認めていないだろうな。 ルシウスがシャルに優しくしているのは私への見返りを求めてだけだろう」

 

「そりゃそうだ。 もともとそういう付き合いだったんだろ?」

 

「そうだ。 だから、シャルと付き合っているのは…ドラコの独断なのだろう」

 

グリフィンドールの応援軍団の端っこでシャルと断幕を掲げるドラコ。スリザリンの中には、彼がマルフォイ家だから黙っているだけであってそうした彼の行動を快く思わない生徒もたくさんいるだろう。

 

シリウスは両親に反発し続けた子ども時代を思い出した。今でこそ自分の家名を利用している節があるが、昔はどんなにブラック家という肩書きが邪魔で仕方なかったことか。

 

境遇も状況も違うが、シリウスはドラコに共感すべきところがあった。

そしてドラコが、ハリーのことを本当に大切に思っているのも知っていたから余計に彼に同情してしまう。

 

その時辺りを劈く悲鳴に、シリウスとセブルスは同時に湖へと視線を戻した。

ボーバトンの代表生徒フラー・デラクールが水中から助け出され、震えていた。ここからだとよく見えないが怪我を負っているらしい。

 

「---!!」

 

何かを大声で訴えているが、早口のフランス語のため分からない。

 

「なんて言ってるんだ?」

 

「おそらく妹の名前を呼んでいる。 …全くあの少女といい、ハリーといい、本当に人質が戻ってこないわけなかろう」

 

「本当に信じてたのか。 ハリーもまだまだ子どもだなあ。 …って何ヶ国語喋れんだ、おまえは」

 

気持ち悪いものを見るような視線を親友から向けられ、セブルスは心外だと眉を顰めた。

 

フラーはマダム・マクシームに肩を抱かれ、テントの中へと入って行った。

ボーバトンの観衆からは明らかな落胆の声が聞こえる。

 

数分後には、妹と思われるフラーそっくりの美少女が湖から引き上げられた。

 

「…ところで、アラスターを見なかったか?」

 

シリウスは話題を変えた。

 

「どこかの警備に当たってるんじゃないか? 先程スタートの時にはちらっと見かけた」

 

「今日俺が観戦にくることを知っているはずなんだが」

 

シリウスは不審そうに首を傾げた。

第一の課題の時にも、ムーディには会えなかった。ここまで来ると、まるで避けられているようにすら感じる。

 

「こないだから妙にアラスターのことを気にしているな。 何か引っかかってるのか?」

 

「当たり前だ。 アラスターが生徒の前…それもハリーやアリスとフランクの息子の前で、許されざる呪文を使うわけがない」

 

「それに関しては…職員の間でも問題になった」

 

しかし、とセブルスは言葉を続ける。

 

「別に彼は狂ってなどいないと思うぞ。 それにおまえの息子だからだろう。 ハリーのことも気にかけてくれている」

 

「…それもおかしいんだ。 ハリーにえら昆布が必要か聞いたんだろ? アラスターがそんな露骨な贔屓をするわけない。 俺の息子なら尚更、一切手を貸さずにどこまで出来るか見たがるだろう」

 

何なら、毎日廊下で出会う度に「油断大敵!」と怒鳴りながらハリーに呪文を飛ばしてくる方が余程想像に容易い。

 

ざわめく会場とは対照的に、シリウスとセブルスの間に重苦しい空気が流れる。

 

「…何が言いたいんだ?」

 

セブルスは単刀直入にそう訊いた。が、シリウスは未だ確証がないのか「さあな」と言葉をぼかした。

 

「まだ何とも言えない。 だが、ゴブレットにハリーの名前を入れたやつがホグワーツにいることは確かなんだ」

 

「それが…アラスターだと言いたいのか? まさか服従の呪文にかかっているとでも? だとしたら…目的はハリーの命か」

 

「いや、そしたらハリーに好意的なのが気になる。 辻褄が合わないだろう。 何でハリーに手助けするんだよ」

 

「それは確かに」

 

「とにかくおまえに余計な先入観を持ってほしくないからな。 ただアラスターの動向に気をつけてくれ」

 

「しかし、服従の呪文か。 いくらアラスターが引退して長いと言っても、そんなヘマを踏むとは思えないがな。 もっとも私は彼とは騎士団時代に数回話したことがある程度だが」

 

「俺もそう思ってるよ。 ただ、最近色々とおかしいんだよ。 日刊予言者新聞読んでるか? バーサは行方不明のまんまだし、バーティも一度も魔法省に顔を見せない」

 

「読んでいる。 バーテミウス・クラウチか。 確かに、病気で長らく休むような人物には見えなかったな」

 

精悍な顔立ちできっちりとローブを着こなしていたクラウチを思い出しセブルスがそう呟くと、シリウスは首を傾げた。

 

「うん? おまえ、バーティと面識あるのか?」

 

「レイの…ペデュグリューの事件で顔を合わせている。 彼がまだ魔法法執行部の部長だった時に」

 

ああ、とシリウスは悲痛な声を漏らした。

 

「…悪いことを聞いた」

 

「昔から何度も言っているがな、おまえが罪悪感を抱く必要は全くない」

 

そう言うセブルスの表情は穏やかだった。

後は本人の目覚める意志だけ、と癒者には言われている。その時を、セブルスはどんなに時が流れても信じて待つしかない。

 

「おーっと!! 今度こそ、1人目の選手が帰ってきたようです! さあ、誰か!! そして人質を連れ、無事に帰って来れたのか!!」

 

水面がコポコポと揺れ、観衆たちはわっと沸いた。

 

「…さて、一番乗りは誰だと思う?」

 

「そりゃもちろんハリーに100ガリオン」

 

「阿呆め、自分の息子を賭けのだしに使うな」

 

セブルスが苦笑したのと同時に、水面からざばりとハリーが顔を出した。その腕には、しっかりとルーナが抱かれている。

 

マダム・ポンフリーが慌てて2人に駆け寄り、タオルを掛けた。大きな怪我はしてないようだが、救護室のテントへと連れて行かれる。

 

ハリーはテントに入る前にこちらに気付いたようで、シリウスに大きく手を振った。

 

次いで、ジニーを抱えたセドリック。レイブンクローの女子生徒を抱えたクラムの帰還をもって第二の課題は終了した。

 




1月9日(セブルスの誕生日)に更新しようと思ったのに10日の遅刻です。ひえっ。

今年こそ完走したいですねぇ。よろしくお願いします。


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クラウチという名の男

「それじゃあ、あれが第三の課題なんだ」

 

クィディッチ競技場に突如増設された巨大迷路。植物がうねうねと複雑に絡み合って出来ている生垣は、中を伺い見ることができなく一層不気味だった。

 

「そうだよ。 さっきバグマンから説明があったんだ。 迷路の中心に優勝杯があって、それを最初に手にした人が優勝なんだって」

 

「シンプルでいいね」

 

ルーナはちょっとだけ笑った。

2人は今、禁じられた森の中にいる。鬱蒼とした茂みは昼間でも冷ややかなものを感じるというのに、夕闇が迫るこの時間になってもルーナはへっちゃららしい。

 

「君はこの森が怖くないの? 僕、1年生の時ここに罰則で入ったことがあってね。 その時から夜の森は苦手だ」

 

「どうして森が怖いの? 森は私たちが悪いことをしない限り、攻撃してこないよ。 もちろん守ってもくれないけどね」

 

ルーナの言葉は時に示唆的で、ハリーはつい返答に時間を要してしまう。

ハリーが口を開く前に、ルーナはふと視線をずらすと何かを見つけたようで、それに駆け寄り撫でるような仕草をとった。しかし、ハリーには何も見えない。

 

「アー…えっとナーグルかい? それともガルピング・プリンピー?」

 

「…そっか。 ハリーには見えないんだね。 ここにセストラルがいるんだよ」

 

ルーナはそう言うと、背伸びをして透明な何かに顔を埋めた。推し計るに、馬のような外見をしているらしい。

 

「セストラル? 聞いたことあるかも。 なんだっけ?」

 

「優しい動物なんだよ。 見た目は変わってるけど。 セストラルはね、死を見たことある人にしか見えないんだ」

 

ここには自分たちしか居ないというのに、ルーナは秘密を打ち明けるように囁いた。

 

「…誰かの死を見たことがあるの?」

 

「ママ。 すごい魔女だったけど、ある日実験に失敗して死んじゃった。 あたしは9歳だった。 でも寂しくないよ。パパがいるもん」

 

「僕も同じだ。本当の父さん(ジェームズ)も母さんも死んじゃったけど、頼りになるパパが居るから寂しくない」

 

ハリーは恐る恐る近付いて、ルーナが触っているところに手を伸ばしてみた。すると見えないけれどそこに何かしらの生物が居ることはわかった。ゴワゴワとした毛並みの、骨ばった生き物だ。

 

「でも、どうして僕には見えないんだろう? 父さんと母さんが死んじゃった時、僕もそこに居たはずなのに」

 

「その時ハリーはまだ幼かったから、きっと死を認識できなかったんじゃないかな。 でもそれって不幸なことじゃないと思うよ」

 

またしても示唆的なルーナの言葉の意味をハリーが噛み締めていると、撫でていたセストラルがするりと逃げ出した。

 

そして、背後からガサガサという音がした。

ハリーは咄嗟に杖を抜くと、ルーナを自分の背後に回した。

 

「誰だ!」

 

先程ルーナの言った、森は怖くないという言葉はなるほど本当のことだろう。自然は自分たちを襲ってこない。しかし、そこに悪意のある人間が紛れ込んでいたら話は別だ。ハリーの脳裏に、3年前に見たユニコーンの血を啜る恐ろしい姿の人物が浮かぶ。

 

すると大きな樫の木から突然男がよろよろと現れた。杖を突きつけたものの、その男は弱っていて、とてもじゃないがこちらに敵意はなさそうだった。

しかし、その男をよく見るとハリーは見覚えがあることに気付いた。

 

「…あれ、クラウチさん?」

 

ハリーは恐る恐るそう問いかけた。

しかし、クラウチは正気を失っているのか、ボソボソと何かを呟いている。おかしいのは言動だけではない。彼のローブはところどころ破れ、血が滲んでいる。ハリーの記憶の中ではきっちりと整えられていた髪も髭も荒れ放題だ。

 

「……それが終わったら、ウェーザビー。 ダームストラングの生徒の数を確認して…ああ、そうだな。 ダンブルドアにもふくろう便を送ってくれ」

 

「クラウチさん?」

 

ハリーは杖を構えたまま、慎重に声をかけた。

 

「………なに? まだマダム・マクシームに連絡を取っていないのか? …迅速に頼むよ、ウェーザビー」

 

「何か変だね、この人」

 

いつもはのほほんとしたルーナも、木に向かって喋り続けるクラウチを警戒している。

 

「クラウチさん? 大丈夫ですか?」

 

ハリーが少し大きい声でそう言うと、初めてクラウチの視点がこちらと合った。

 

「き…君は……ハリー・ブラック…! シリウスの息子のハリーだったね!?」

 

クラウチは喘ぐようにそう言うと、ハリーのローブをぎゅっと掴んだ。

 

「頼む! 今すぐシリウスを呼んでくれ! 話さなければ…私の過ちを…!」

 

「落ち着いてください! クラウチさん! パパはここにはいません。 魔法省に居るはずです。 ここホグワーツですよ?」

 

「ホグワーツ……そうだ! ホグワーツだ! ダンブルドア! ダンブルドアに会わせてくれ! バーサが…死んだ! 全て…私のせいだ…! 例のあの人の力が…強くなった…!」

 

「ダンブルドアですか? 分かりました、一緒に行きましょう!」

 

ハリーがそう言うと、またしてもクラウチの様子が一変した。

 

「ありがとう。 ウェーザビー、紅茶を1杯くれ。 今夜はファッジご夫妻とコンサートに行くのだ」

 

またしてもクラウチは流暢に木に向かって喋り始めた。

 

「…そうなんだよ。 息子はO.W.L試験で十二科目もパスしてね。 …ああ、自慢の息子だ。 本当に満足だよ。 私も鼻が高い。 将来が楽しみなんだ」

 

「ハリー、あたしがこの人のこと見てるからダンブルドアを連れてきて。 そっちの方が早いよ」

 

ルーナは落ち着いた口調でそう言った。

 

「でも…」

 

ルーナの言い分は分かる。

しかし、女の子を…それも自分のガールフレンドを狂人と2人で真っ暗な森に残していくのは気が引けた。

 

「早く! あたしは大丈夫だから!」

 

珍しく強い口調でルーナにそう押し切られ、ハリーは仕方なく頷くと全力疾走で森を抜け、城に入り廊下を駆けた。

 

「レモンキャンディー!」

 

ガーゴイル像の前に行くと、そう叫んだ。

しかし、像はビクともしない。それもそのはず、合言葉がレモンキャンディーだったのはハリーが2年生の時だ。

 

仕方なくハリーはセブルスの部屋へ向かうことにした。時間のロスだが、仕方ない。走り始めたちょうどその時。

 

「何をしているのです、ブラック」

 

レギュラスがガーゴイル像の裏から現れた。

 

「レギュラス・ブラック…先生! ダンブルドア先生に会いたいんです! 合言葉を教えてください!」

 

普段なら絶対に頼み事なんてしたくない相手だが、そんなことは言っていられない。ハリーは半ば叫ぶようにそう言った。

 

「…何故貴方が校長に会う必要があるんです? 貴方と違って校長は忙しい」

 

「クラウチが! クラウチが禁じられた森に現れたんです! 何故かボロボロで、それでダンブルドア先生に会いたいって! だから、早く!!」

 

「クラウチ…?」

 

レギュラスは思ってもいなかった人名に驚きつつも、ハリーを胡散臭そうに眺めた。大方、ハリーの言葉が嘘かどうか吟味しているのだろう。

 

やきもきしたハリーがついに怒鳴りそうになったその時。

 

「何事じゃ?」

 

再びガーゴイル像がするすると動き、ダンブルドアが現れた。

 

「校長先生! 大変なんです! クラウチさんが突然禁じられた森に現れて…」

 

レギュラスが何か言う前に、ハリーはダンブルドアに駆け寄るとそう訴えた。ダンブルドアは何も質問をせず、すぐに案内するようハリーに命じると、その老体からは想像できないほどのスピードで走り出した。

 

「クラウチ氏は何と言ったのかね、ハリー?」

 

大理石の階段を下りながら、ダンブルドアが訊いた。

 

「先生に話したいことがあると…何か大変なことをしてしまったと言っていました。 あとはバーサ・ジョーキンズが死んだと…それにヴォルデモートが…強くなっているって」

 

「なるほど」

 

ダンブルドアは短くそう言うと、ハリーと共に既に日が落ちて真っ暗になった禁じられた森に急いだ。

ハリーは急にルーナのことが心配になり、さらに走る速度を上げた。

 

しかし、いざ禁じられた森に着いてみるとそこに待ち受けていたのは倒れたルーナだけだった。

 

「ルーナ!?」

 

ハリーは慌てて駆け寄り彼女の体を抱いた。一瞬ヒヤリとしたが、彼女は規則的に息をしているし体も温かい。

 

ダンブルドアは杖から半透明な鳥のゴーストのようなものを出すと、その鳥はハグリッドの家の方へ滑るように飛んで行った。そして、次に杖をルーナに向けた。

 

リナベイト(蘇生せよ)!」

 

「こ、これは一体…」

 

ルーナが呻き声を上げて目をぱちぱちし始めた頃、ハグリッドとそしてムーディが辿り着いた。

ムーディは相当急いで来たようで、息がぜいぜいと切れている。

 

「アラスター、クラウチが現れたらしい。 すぐに探し出さなくては」

 

「承知した」

 

ムーディは唸るようにそう言うと、義足を引き摺りながら禁じられた森の奥へと消えて行った。

 

「ハグリッド、ハリーとラブグッド嬢を校内まで送り届けてくれるかの?」

 

ハグリッドは重大な使命を申し付けられたような顔で神妙に頷くと、未だそこに残りたそうな顔をしていたハリーの手を掴み、半ば引き摺るように歩いた。

 

「全くおまえさんたち、こんな時間まで森の中で何をしとった?」

 

「何って…ただのデートだよ」

 

ハリーはちょっとバツが悪そうにそう答えた。

 

「おまえさんの名前をゴブレットに入れた犯人も分かってねえのに、あんな所をウロウロするべきじゃねえ! …それにルーナ。動物が好きなのは分かるが、今年ばかりは外部の人たちが来とるんだ! 2人とも危険なことばかりしおって」

 

珍しくハグリッドの言ってることは正しかったので、ハリーとルーナは黙って頷いた。

 

「ハグリッド、僕セブルスおじさんの部屋に行くからここまでで大丈夫。 ルーナのことは談話室の前まで送ってあげて」

 

玄関ホールに差し掛かると、ハリーはそう言って2人と分かれた。

グリフィンドール塔の近くにあるセブルスの部屋へ続く階段を駆け昇る。

 

この時間なら煙突飛行ネットワークを使って、仕事終わりのシリウスも呼べるだろう。

 

今起きたことを全て、話さなければ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法省は主に、魔法法執行部、魔法事故惨事部、魔法生物規制管理部、国際魔法協力部、魔法運輸部、魔法ゲーム・スポーツ部、神秘部の7つから成り立っている。

 

闇祓い局は、魔法法執行部の中にある管轄である。

近年までその魔法法執行部の部長こそがバーテミウス・クラウチだったわけだが、とある不祥事をきっかけに彼は国際魔法協力部に異動となった。俗に言う、左遷である。

 

その不祥事というのが、他でもないクラウチの息子が死喰い人だったという事件である。…とはいえ、息子が死喰い人だったことが問題で左遷になったというよりは、家族を顧みず息子の教育を怠ったからと世間からバッシングされたことが原因だったりする。 (そもそもシリウス自身、無実だと一応認められてはいるものの死喰い人だった弟を持っているのだ)

 

クラウチの政策の中には、闇祓い局に闇の魔法使いを殺害することを認めるものもあった。支持する者がもちろん多かったが、中には過激すぎる彼の政策を非難する者も少なからず居た。出る杭は打たれると言ったところだったのだろう。

 

…とまあ、シリウスの知るクラウチの知識はこんなものである。そもそもシリウスが闇祓いになった頃は既に部長はアメリア・ボーンズだったため、事件のことは詳しくは知らない。

しかし、クラウチと面識があるシリウスにはどうしても彼が病欠を続けたり、先日ハリーから聞いたように支離滅裂なことを口走った挙句に失踪する人物には思えないのだった。

 

シリウスはその日の仕事を終え、キングズリーに引き継ぎを終えると、闇祓い局の本部の部屋を出てエレベーターに乗り込んだ。

 

「あ、待って待って! 閉めないで! 私も乗る!」

 

扉が閉まる寸前に、ニンファドーラ・トンクスが息せき切って乗り込んできた。ショッキングピンクの髪色がパチパチと鮮やかに色を変えた。

 

「お疲れ様です、ブラック局長!」

 

トンクスは大仰な身振りでピシッと敬礼をして見せた。

彼女の着ている闇祓い局の制服である黒いローブはは未だ真新しく、それが何とも初々しい。それもそのはず、彼女は非常に困難と言われている闇祓いの訓練を終え、漸く念願の闇祓いになったばかりだ。

 

「あー、よかった間に合って! この時間てさ、エレベーターすごい混むんだもん」

 

エレベーターが今度こそ閉まると、トンクスは砕けた口調でそう言った。

シリウスとトンクスは仕事中こそ上司と部下という関係だが--。

 

「お疲れ。 ドロメダは元気か?」

 

一歩職場を出れば、親戚同士という関係である。トンクスの母親のアンドロメダは、シリウスとは従兄妹に当たる。

 

闇祓いの訓練に入ってから忙しくなったトンクスはめっきり遊びに来なくなったものの、それ以前はよくシリウスの家に遊びに訪れ幼いハリーの遊び相手になってくれていた。

ハリーにとってトンクスは、クィディッチの話で盛り上がれる楽しい親戚のお姉さんである。

 

「元気よ。 最初は私が闇祓いになることに猛反対してたけど、やっと最近認めてくれたみたい」

 

「そうか。 …ったく、変な気分だよ。 ついこないだベビーだったおまえが俺の部下なんてな」

 

チンと音がしてエレベーターがエントランスのある階に着く。再び扉が開きトンクスは降りると、きょとんとこちらを振り返る。

 

「あれ? シリウスは帰らないの?」

 

「ああ。 ちょっと野暮用があってな」

 

「また他の部署の女の子引っ掛けるの? いい加減にしないと、そろそろ刺されるよ」

 

呆れたように腕組みをするトンクスの姿が妙にアンドロメダに似ていたので、余計なお世話だと苦笑するとシリウスはとある階へエレベーターを動かした。

 

向かった先は、魔法法律評議会など裁判所があるフロア。

エレベーターを降りて間もなくに、シリウスは目当ての人物に会えた。

 

「よぉ、チャールズ」

 

彼はシリウスに気付くと、手を上げた。

チャールズは闇祓いの訓練を同時期に終えた同僚である。しかし、彼は結婚と妻の出産を機に、戦闘の最前線に立たなければいけない闇祓い局からウィゼンガモット法廷の仕事に異動をしていた。

 

「久しぶりだな。 飲みの誘いか? すまないが答えはNOだ。 今日は残業で帰れそうにない」

 

「いや、そうじゃない。 頼みがあって来たんだ。 …10年くらい前の裁判の記録を見せてほしい」

 

敢えてクラウチの名前は出さず、ぼかした言い方をした。

 

「部長の許可証は?」

 

「もちろんない」

 

シリウスはニヤッと笑った。

チャールズはすっと目を細め、周囲に誰もいないことを確認した。

 

「おい。つまり…不正の頼み事かい?」

 

「こないだ飲んだ時に貸した金、チャラにしてやるよ」

 

「…仕方ねえな。 なるべく早く済ませろよ」

 

「よし。 交渉成立だな」

 

シリウスは満足げに頷くと、裁判の記録が所狭しと並ぶ資料室へと入った。

クラウチの事件があった頃はちょうど多くの死喰い人が逮捕された時期であり、膨大なデータの中から探し出すのはなかなか骨が折れる作業だった。

 

「お、これか」

 

分厚い記録書とにらめっこを始めて2時間を回った頃、漸くシリウスは目当ての裁判記録を見つけた。

 

「…ん? 被告人の名前もバーテミウス・クラウチだったのか」

 

シリウスは初めてクラウチの息子の名前を知った。

記録書の中では、識別のためか魔法法執行部の部長が「バーテミウス・クラウチ・シニア」、被告人の名前には「バーテミウス・クラウチ・ジュニア」と示されている。

 

息子の方のバーテミウスはアズカバンに収監され随分前に亡くなっているらしい。しかし、亡くなる少し前に母親と面会した記録がある。そして、息子が亡くなってすぐに母親は後を追うように亡くなっている。

 

「…なるほどな」

 

傍聴人席にムーディやダンブルドアの名前がある。ダンブルドアに聞けば、もっと詳しく分かるだろうか。

 

それにムーディへの違和感だ。

最初は服従の呪文にかかっているのかと思ったが、セブルスにレギュラスの薬品室からポリジュース薬の材料が盗まれたことを聞いた。 (腹立つことにレギュラスはハリーの仕業だと思ったらしい)

 

ムーディが敵の手に落ちたことは考えたくないが、逆にポリジュース薬を使っているということは本物の彼は生存していることを意味する。

 

ホグワーツでいきなり偽物を襲撃するわけにもいかない。周りの生徒に被害が出たら大変だ。慎重に行動に移さなければ。

 

ムーディが偽物である可能性。

クラウチ・ジュニアの死。

クラウチ・シニアの不可解な言動と失踪。

そして、クィディッチ・ワールドカップの時に何故か空席だったクラウチの貴賓席。

そのすぐ後に無くなっていたハリーの杖と無実のウィンキー。

 

点と点が繋がってきた。

 

「…とりあえず明日ダンブルドアに会いに行くか」




今回はハリーとルーナ夜のデートと、名探偵シリウス回でお送りしました。

そういえば12月にファンタビ2見たんですけど、あれファンタビから見始めた人は口ポカーンですね(゜д゜)
ハリポタ好きにはたまらないファンサービスのあめあられでした。


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そして、第三の課題

ハリー・ブラックは、その軽薄に見える性格から誤解されがちだが決して成績は悪くない。

 

毎年の期末試験の順位は、中の上には必ず入っている。特に『呪文学』や『闇の魔術に対する防衛術』の実技は素晴らしく、足を引っ張る科目がなければハリーはもっと上位の成績を目指せるだろう。

 

では何の教科が足を引っ張っているか。

ずばり『魔法史』と『占い学』だろう。ゴーストであるビンズ先生の抑揚のない声で語られる魔法界の歴史は死ぬほどつまらない。ホグワーツきっての不人気科目だろう。まともに聞いているのなんてハーマイオニーくらいだ。

 

そして、今はまさにハリーが受けている『占い学』。

霧の奥から届くような不可思議な声(だと本人は思っている)のトレローニーの授業は、端的に言って最悪だ。授業の行程は恐ろしく面倒くさい。その割に何の役にも立たない。

 

教室は閉め切っているので暑苦しく、空気が悪い。

 

「…酸欠になるよ、こんなの」

 

ハリーはトレローニーにバレないようこっそり窓を開けた。隣りでロンがよくやったと言わんばかりに親指をぐっと立てる。

イースター休暇も終わり、風は夏の匂いを運んできた。その心地良さに思わず欠伸が出る。

ちょっとだけ--そんな甘い言い訳をして、ハリーは目を閉じた。

 

 

 

 

夢の中で、ハリーはワシミミズクの背に乗っていた。

ワシミミズクは澄み切った青空をするする飛んでいく。やがてワシミミズクは高い丘にある蔦の絡まった古い屋敷でハリーを落とした。

 

「ワームテール、貴様は運のいいやつよ」

 

冷たい甲高い声に、夢の中だと言うのにハリーはぞくりとした。姿が見えていなくても、この声の主がヴォルデモートであると分かった。

 

「我が君…どうか…お許しを……」

 

ワームテールは心底怯え切った顔を床につけ、懇願している。

 

「貴様はしくじったが、すべてが台無しにはならなかった。 やつは死んだ」

 

部屋の中でするすると大きな蛇がとぐろを巻いた。赤い舌がちらちらと不気味に揺れる。

--まるで、獲物を食べ損ねたことに憤慨するように。

 

「我が君…どうか…」

 

「二度とおまえがしくじらないよう、体に刻み込まなければいけないな?」

 

ヴォルデモートの嘲るようにそう言うと、ワームテールの顔が絶望に染まった。

 

「クルーシオ!!」

 

耳を劈くような悲鳴を上げ、ワームテールが転げ回った。

同時にハリーの額の傷が焼きごてをあてられたように、かっと痛んだ。耐えきれず、ハリーも悲鳴を上げる。

 

 

 

「ハリー!! 大丈夫か!?」

 

 

ロンの声で、ハリーは漸く自分が教室の真ん中で倒れていることに気付いた。周りを生徒達が取り囲み、そこには心配と好奇をごちゃ混ぜにした瞳が並んでいる。

 

「何ということでしょう!」

 

トレローニーが声を上げ、ハリーに近付いた。

 

「ブラック、どうなさったの? 夢で何を見たのです? 不吉な予兆? 亡霊?」

 

「なんにも」

 

ハリーは嘘をつくと、ロンに手を借りて立ち上がった。体が震えているのが自分で分かった。

 

「あなたは間違いなく占いの素質がありますわ! これまでにも--」

 

「すみませんが、医務室に行かせてください」

 

トレローニーが興奮した顔でさらに何かを言い募ったが、ハリーは鬱陶しそうにそれを振り切って占い学の教室を出た。

 

向かった先は医務室ではなく校長室。

先ほど見た夢は、ただの夢なんかではないという自覚があった。じんじんと痛む額の傷を揉みながら、ガーゴイル像の前に辿り着く。

 

「レモン・キャンディー」

 

ダメ元で呟いてみた合言葉は、やはり違ったようでガーゴイル像は動かない。

 

「よーし…梨飴。 杖型肝臓飴。 ドルーブルの風船ガム。 百味ビーンズ。 うーん」

 

像はピクリともしない。

 

「蛙チョコレート! フィフィフィズビー! ゴキブリゴソゴソ豆板!」

 

ガーゴイル像に命が吹き込まれ横に退き、階段が現れた。

 

「うえー…校長先生、本当にあんなのが好きなのかな」

 

ハリーは思わずそう呟いて、階段を登った。

ゴキブリゴソゴソ豆板といえば、魔法界のお菓子ランキングで10年連続ワースト1位の商品だ。

 

来年のクリスマスには、ダンブルドアにゴキブリゴソゴソ豆板を箱で送ってあげようか。

相当グロい絵面になることを想像し、ハリーは先程の夢も忘れて悪戯っぽい笑い声を零した。

 

「校長先生、失礼します。 ブラックです」

 

ノックをして、声をかけたが返事はない。

 

「校長先生?」

 

ハリーは控えめにノブを回し、ちょっぴり部屋を開けてみた。

しかし、ダンブルドアは居なかった。

ハリーは勝手に入っては行けないと思いつつも、好奇心に負け部屋に足を踏み入れた。

 

「やあ、フォークス」

 

真紅と金色の羽根を持った不死鳥は見惚れるほどの美しさで、ハリーに優しい瞳を向けた。

 

ダンブルドアの部屋は不思議なもので溢れていた。触らないよう色々な道具を見て回る。

そんな中ふとハリーの目を引くものがあった。

 

淡い光を放っている水盆。

しかし、その水面には何やら景色のようなものが映し出されていた。好奇心を擽られたハリーはもっと良く見ようと、水盆を覗き込んだ--その瞬間。

 

ハリーの体は吸い込まれ、気づけば知らない景色の中にいた。

 

そこは階段状になっている円形の傍聴席で、どうやら裁判所だということが分かった。

人々は拘束されている男を見下ろしている。ハリーはその人物に見覚えがあった。…カルカロフだ。

 

さらにムーディやダンブルドアが傍聴席に共に座っていた。

 

カルカロフは怯えた顔で、仲間の死喰い人の名を挙げていた。

 

「あとはレギュラス・ブラック! 彼も死喰い人だ!」

 

カルカロフが喘ぐように言うと、ダンブルドアが立ち上がった。

 

「彼はヴォルデモートが力を失う少し前から儂と通じていた。 もう闇の勢力に関わっていないことを、儂が保証しよう」

 

「聞いた通りだ」

 

裁判長を務めているクラウチ氏はやや不服そうであったが、そう頷いた。

 

「それならルシウスだ! ルシウス・マルフォイ! 彼は間違いなく死喰い人だ」

 

「残念ながらルシウス・マルフォイも既に無罪と証明済みだ。 証人はセブルス・プリンス」

 

いよいよカルカロフの顔が絶望に染まった。

しかし、次に挙げたオーガスタス・ルックウッドに関しては魔法省も掴んでいない情報だったらしく、カルカロフは何とか司法取引を成功させた。

 

裁判は続いていく。

 

次に引き立てられてきたのは、なんとクラウチの息子だった。

彼の罪状はベラトリックス・レストレンジたちと共に、ロングボトム夫妻を正気を失うまで拷問したとのことだった。

ハリーはネビルの不幸な生い立ちを、この時初めて知った。

 

「お父さん…やめて! 僕はやっていない!」

 

クラウチ・ジュニアは悲痛な声で何度もそう訴えた。

しかし、クラウチはその声に応えなかった。

 

「助けて!! お母さん、お父さんを止めて!!」

 

「この者たちをアズカバンに終身刑とす。 異論ある者は挙手せよ」

 

手を挙げる者は誰もいない。

 

「お父さん! やめて! 僕をあそこに送らないで!! お父さん!! 助けて!!」

 

「黙れ!! 私に息子などいない!」

 

クラウチの吐き捨てるような言葉に、ジュニアは目を大きく見開いた。

 

「おまえなど…私の息子ではない。アズカバンで朽ち果てよ」

 

その言葉を合図に吸魂鬼が這いずるように現れた。

初めて吸魂鬼を見たハリーは、これが記憶ということも忘れ身を竦ませた。

 

「お父さん! お父さん!!」

 

「闇の帝王はいつかまた立ち上がる! その時私たちは身に余る光栄を授かれるだろう!」

 

見捨てられても尚父に助けを乞うジュニアの声は、ベラトリックスの気が狂ったような笑い声に掻き消された。

 

「ハリー、そろそろいいじゃろう。 校長室に帰らんかの?」

 

びくりとして振り返ると、そこには記憶ではない本物のダンブルドアが立っていた。

次の瞬間、ハリーはダンブルドアと共に元いた校長室に立っていた。

 

「あの、すみません。 僕--勝手に見る気はなかったんです」

 

ハリーは慌ててそう言った。

 

「好奇心は悪いことではない。しかし、慎重に扱わなければいけない」

 

穏やかにダンブルドアはそう言った。彼から怒っている気配は窺えなかったので、ハリーは質問をしてみることにした。

 

「あれは…校長先生の記憶なのですか?」

 

「いかにも。 これは『憂いの篩』と言ってな、溢れた想いを頭の中からこの中に注ぎ込んで、時間のある時に吟味するのじゃよ」

 

ハリーは不透明な銀色に光るその水盆を、改めてまじまじと見つめた。

 

「ちょうど君が来る少し前にこの記憶をある人に見せていてのう。 片すのを忘れておった。 年をとると忘れっぽくていかん」

 

ダンブルドアはクスクスと笑った。

 

「校長先生、あの先程の記憶のロングボトム夫妻ってもしかしてネビルの…」

 

恐る恐る問うと、ダンブルドアは先程の笑みを瞬時に打ち消し、疲れきったような表情を浮かべた。その様があまりにも老いて見えたので、ハリーは少しぎょっとした。

 

「彼は、君たちにその話をしていないのかね?」

 

言われてみれば、ネビルの口から『ばあちゃん』の言葉は何度も聞いても『パパ』や『ママ』という言葉を聞いたことがない。

 

ダンブルドアは彼の両親が拷問され廃人状態になっていることを改めて聞かせた。しかし、ハリーはこのことを誰にも言わないようにしようと思った。

ハリーも死んだ両親のことを詮索されるのは嫌いなので、ネビルが そのことを話したがらない気持ちが何となく分かった。

 

「先ほどのクラウチさんは…」

 

ハリーは少し逡巡してからそう訊いた。

あまりにもショッキングな記憶だったため、訊いていいかどうか迷ったのだ。

 

「見ての通りじゃよ、ハリー。 息子のクラウチ・ジュニアが死喰い人として逮捕され、アズカバンに送られたのじゃ」

 

「彼はその後どうなったのですか?」

 

「…すぐに死んだ。 アズカバンはのぅ、ほとんどの人がたちまち気が狂ってしまう。 …ところで、ハリー。 儂に何か用があって、来たのではないかね?」

 

ハリーはそこで漸く、自分の傷が痛んでいたことを思い出した。

 

夏休みにハリーの額の傷が痛んだことを、ダンブルドアはシリウスから聞いていたようだ。

ダンブルドアは、ハリーとヴォルデモートに何かしらの繋がりがあると考えているようだが、詳しくは教えてくれなかった。

 

「ダンブルドア先生」

 

ハリーは部屋を出る際、校長を呼び止めた。

 

「まだ質問があるのかね、ハリー?」

 

その声に咎めるような色はなく、どこか楽しんでるようにすら聞こえた。

 

「どうして校長先生は、レギュラス・ブラック…先生が無実だと信じたのですか?」

 

「それはのう、ハリー。 私とブラック先生の問題じゃ」

 

ダンブルドアは穏やかに、それだけ言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

生徒は慌ただしくご飯をかきこむと、皆我先にと競技場の方へ向かった。

 

とうとう最終課題が行われる。

 

みんな誰が優勝杯を取るのか見届けようと、いい観客席をとるため急いで向かっていた。

 

和気あいあいとじゃれ合う生徒が、かつての自分たちと重なって胸が痛む。ジェームズ、リーマス、セブルス…そして。

 

「いよいよ三大魔法学校対抗試合の最終試合が行われます! 速やかに観客席に向かってください!」

 

ソノーラスで拡大されたバクマンの声で、シリウスは追憶から抜け出した。

 

わいわい騒ぐ生徒を追い越すと、競技場の中の選手控え室へと向かった。

全く同じブロンドの髪を持つフラー親子と妹、ガッチリした体格をしたクラムの父親に軽く会釈をする。エイモスとは魔法省で親交があるものの、ハリーが不正をしたと信じて疑っていないらしくシリウスの視線をするりと躱した。

セドリックの隣りにはジニーが居て、エイモスからすれば『ハリー贔屓』のウィーズリー家の末娘が自慢の息子と付き合っていることも快く思っていないようだ。

 

「あ、パパ!」

 

こちらに気付いたハリーは嬉しそうに近寄ってきた。その隣りにはルーナもいた。

また少し背が伸びた。昔はシリウスの姿を見つける度抱きついてきたものだが、今はそこまではしてくれない。息子の成長に僅かな寂しさを感じた。

 

「いよいよだな」

 

「うん。 任せて! 優勝杯とってくる!」

 

ハリーは強気にそう言ったが、緊張してるのは一目瞭然だった。

 

「…頑張れよ」

 

シリウスはそう言って、ハリーの頭をかき抱き自分の胸に押し付ける。

 

「やめてよパパ! もう子どもじゃないんだから」

 

近くにガールフレンドのルーナや他の代表選手がいるせいか、ハリーは恥ずかしがってシリウスの体を押し返した。

 

「そうだったな」

 

シリウスは軽く笑うと、ハリーの耳元に口を近付けた。

 

「いいか、ハリー。 本当に危ないと思ったらすぐ棄権の信号を打て。 先生たちが迷路の周りを見張っているはずだが、万が一のことがある」

 

「でもパパ…棄権なんて…」

 

「おまえの名をゴブレットに入れたやつが何か仕掛けてくるとしたら、この試合しかないんだ。 もっとも俺が居るからにはそんなことさせないけどな」

 

魔法省の役員が選手たちを呼びに来た。

 

「行ってこい、ハリー!」

 

シリウスが背中をばんと叩くと、ハリーは痛そうに顔を顰めながらもスタート地点へと向かった。

 

現在1位のハリーは観衆の歓声に包まれながら、一番最初に迷路へと足を踏み入れて行った。

 

それを見守り終えたシリウスは、観客席とは真逆に位置する迷路の裏へと急いだ。辺りは既に薄暗く、空の橙色はどんどん闇に侵食されていった。

 

目当ての人物がなかなか見つからず焦り始めてきた頃、ようやく片足を引き摺って歩く、あの聞き慣れた音が聞こえた。

シリウスは素早く杖をいつでも抜き出せる位置に構える。

 

 

「やあ、アラスター」

 

 

ムーディは驚いたようにひくりと体を揺らすと、こちらへ振り向いた。

その顔に広がる一瞬の動揺。しかし、すぐにそれは打ち消された。…見事な演技だ。

 

「ああ、シリウスか。 こんな所まで儂に何の用だ? 儂はこの試合が安全に恙無く終わるよう、監視する責務があるのだが」

 

「つれない返事だな。 何年も戦場を共にした仲間だろ? 今年は俺も何度かホグワーツに来ていたのに、全く顔も合わせてくれなかったじゃないか」

 

シリウスはフランクに笑いかけ、そして久々の再会を喜ぶように手を差し出して握手を求めた。

 

「たまたまタイミングが合わなかっただけに過ぎん。 別にいちいちお前と会う用事もない」

 

ムーディは握手に応じ、そう言葉を返した。

 

「ああ、それもそうだな。 ところでアラスター…いや」

 

シリウスは一度そこで言葉を切った。

 

 

「おまえ、偽物だろ?」

 

 

ムーディの行動も速かったが、シリウスの方が1枚上手だった。

 

「インペディメンタ!!」

 

繋がれたままだった手でムーディを引き寄せると、空いている方の手で素早く杖を抜き妨害呪文を飛ばした。

 

呪文を諸に食らったムーディは弾け飛び、転がった。しかし、瞬時に反撃に出た。

 

「クルーシオ!!」

 

「プロテゴ・マキシマ!!」

 

シリウスは緑の分厚い盾を出して凌いだ。

 

「とうとう本性を表したな。 バーテミウス・クラウチ・ジュニア! 違うか?」

 

ムーディは…否、ムーディの顔をしたクラウチ・ジュニアは大口を開けて笑った。

 

「はははははははっ!! その通りだ。 長年共に働いたおまえの目は誤魔化せないと思って、距離を置いたんだがな! 何故気付いた?」

 

再びクルーシオが飛ばされ、シリウスは横っ飛びにそれを避けた。

 

「アラスターが授業で許されざる呪文を披露するわけない! それに忍びの地図でクラウチの名前を見つけたのも大きかったが、確証を得たのはたった今だ」

 

呪文を避けながら狙いを定める。

 

「どれだけ長い付き合いだろうと、アラスターが握手に応じるわけねえだろ! 本物の彼なら間違いなくこう言う--『油断大敵』!!」

 

シリウスは再び呪文を放った。

宵闇の中、光線が交差する。眩しい光が辺りを照らす。

 

しかし、ここなら生徒達に気取られることはないだろう。今日までシリウスが行動を起こすのを待ったのは、ホグワーツでは生徒を巻き込む可能性があると判断したからだ。

 

再びシリウスの放った赤い閃光がクラウチ・ジュニアに襲いかかった。

 

「プロテゴ!」

 

クラウチ・ジュニアは杖を振るい、シリウスの猛攻を防いだ。

 

妙だなとシリウスは思った。

先程から磔の呪いは放ってくるものの、イマイチ決定打に欠けている。

 

味方の加勢の機会を伺っている?いや、ホグワーツに忍び込むのは並大抵のことではない。

シリウスは戦いに身を浸しながら、冷めた頭で考える。

 

それならば…時間を稼いでいる?

 

その考えに至った瞬間にシリウスの背筋をぞくりと冷たいものが走った。

 

「…インペディメンタ!!」

 

シリウスはそう唱えると、杖を宙に放り投げた。

 

「なっ!?」

 

シリウスの予想外の行動にクラウチ・ジュニアは一瞬呆けた。

シリウスの杖は光線を散らしながら、地に落ちた。驚いたクラウチ・ジュニアに一瞬隙ができる。

 

シリウスは間合いを詰めると、クラウチの杖腕を握り捻った。そしてそのままクラウチの体ごと持ち上げ地面に落とす。

 

「ぐぅっ!!」

 

「ふん! おまえら死喰い人は馬鹿にしてるけどな、マグルの体術は覚えといて損はないぜ」

 

シリウスは転がっていた自分の杖を取ると、クラウチ・ジュニアを縛り上げた。そして彼が首からぶら下げている瓶を手に取る。

 

「成程な、これにポリジュース薬を詰めて飲んでいたのか。 考えたもんだぜ」

 

「アラスターの居場所を吐け。 それに炎のゴブレットにハリーの名を入れたのはてめえだな? 目的を今すぐ言え」

 

ところがクラウチ・ジュニアは、この場に及んでニヒルに唇を吊り上げた。

不気味に笑う偽物のその顔が、シリウスの知るアラスターの顔と一致しなくて嫌な予感が溢れる。

 

「早く吐け! そうすれば、罪は少しでも軽くなるんだぞ! てめえの負けだ!」

 

辺りは既に闇に包まれた。

遠くで観客席に居るのであろう生徒たちの喧騒が僅かに聞こえる。

 

「俺の負け? いや、それは違うな」

 

「…何が言いたい?」

 

「俺の役目は、お前が大事にしているあの小僧をあの方の元に届けることだった。 そして、恐らくそれは既に成し得た! お前がのんびり俺と戦っている間にな!!」

 

ムーディの顔をした化け物が、気が狂ったように歯をむきだして笑った。

いや、既にこいつは気が狂っている。自身の父親すら手にかけた男なのだから。

 

「俺は成し遂げた! 成し遂げたのだ! あの方へ一番の忠誠を示した! 俺は--」

 

「黙れっ!!」

 

シリウスは失神呪文をクラウチ・ジュニアに放った。

ぷつりと糸が切れるように、クラウチ・ジュニアは縛られたままその場に倒れる。

 

「…クソッ! ハリー!!」

 

シリウスは青ざめた顔で、息子の名前を呼んだ。




ひええ、また期間空けてしまった。


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帝王の復活

薄ら靄のかかった道は数歩先の景色すら見えず、不安でたまらなくなる。

 

ハリーは杖を強く握りしめたまま、迷路を進んだ。

 

しかし、そんなハリーの緊張感を裏切るように全く敵には会わなかった。

 

おかしい。

強烈な違和感を振り切るように、ハリーは汗をローブで拭った。

 

シリウスは危険なことがあれば、すぐに棄権しろと言った。しかし、こうも何も起きないなら棄権のしようもない。

結局ハリーは、薄暗い迷路を進むしかなかった。

 

どれくらい歩いただろう。

突然、辺りを劈く悲鳴が響き渡った。それがフラーのものだと分かると、ハリーは思わず声のする方に向かおうとしたが、この入り組んだ道では辿り着けるか分からない。

 

やがて棄権を知らせる閃光弾が空に打ち上がるのが見えた。フラーのものだろう。

 

結局ハリーは、殆ど敵に会わないまま迷路の奥へと辿り着いた。

その先にあるのは金色に輝くトロフィー。

 

おかしい。こんなに最終課題が簡単なわけない。

これは罠なのではないか?実はあのトロフィーは偽物なのでは?

 

ハリーがそう逡巡し、進むのを躊躇ったその時。

 

「や、やった! ゴールだ!!」

 

ハリーの居るところの少し先にあるもう一本の道から、ローブをボロボロにしあちこち怪我を負ったセドリックが現れた。セドリックが目を輝かせながら、トロフィーに走り寄る。それに釣られて、思わずハリーも一歩足を踏み出した。

 

「クルーシオ!!」

 

セドリックが悲鳴を上げながら、その場に倒れ落ちる。思わずハリーは、セドリックの背後に杖を突きつけた。

 

そこに居たのは、能面のような表情をしたビクトール・クラムだった。

 

 

 

 

激しい魔法がいくつも打ち込まれる。

 

セドリックとハリーは二人がかりで漸くそれを押し留めていた。

 

「クソッ! どうなってるんだ!!」

 

好青年として評判高いセドリックが、らしくない悪態をつく。彼の頬すれすれを磔の呪文が飛び交った。

 

「多分『服従の呪文』だ!! 習っただろ! 授業で!!」

 

ハリーも横っ飛びに呪文を避けながら、そう怒鳴り返した。

 

「一体、誰がこいつを操っているんだ!?」

 

セドリックは息も絶え絶えにそう言うと、妨害の呪文をクラムに打った。代表選手に選ばれただけあって、実に強力な呪文だった。しかし、それは弾かれた。

 

埒が明かない。このままではジリ貧だ。

ハリーは覚悟を決めた。

 

「セドリック! 僕にプロテゴをかけて! 頼む!」

 

ハリーはそう叫ぶと、クラムに走り寄った。

クラムの意識がハリーに向く。

 

「な、なにを……っ…プロテゴ!!」

 

セドリックが呪文をかけるのと、クラムが磔の呪文をかけるのはほほ同時だった。

セドリックの放った厚い防御呪文は見事にハリーの身を護った。

 

「うぉぉおおおおお!!」

 

磔の呪文のように強い魔力を要する攻撃は、そう何度も続けて打てない。操られてるとはいえ未成年のクラムの魔力なら特にその例に漏れない。

 

ハリーはその隙をついた。

杖を投げ捨て、クラムの胸元を左手で掴み--右手で全力のパンチを撃ち込んだ。

 

「どうだ! パパ直伝のマグル式パンチ!!」

 

クラムの体は吹っ飛び、そのまま意識を失った。ふんす、とハリーは鼻息を荒くしながら構えていた手を解いた。

 

「君ってやつは……」

 

セドリックは言葉を失い、へなへなとその場に崩れ落ちた。

 

「斬新すぎるよ。 杖捨てて殴るって…」

 

「パパから教えてもらったんだ。 魔法界に慣れてる人ほど、この戦術は有効だよ。 まあ…喧嘩以外で--実戦で使う日が来るとは思わなかったけど」

 

セドリックとハリーは、同時に顔を見合わせた。…そして、どちらからともなく笑った。

 

「僕を信用して…プロテゴかけてくれてありがとう。 君がいなかったら勝てなかった」

 

「お礼を言うのはこちらの方さ! 素晴らしい判断だったよ。 …クラムが気の毒ではあるけど」

 

セドリックはバツが悪そうに頭をかいた。

しかし誰かがが優勝をすれば、すぐにクラムにも助けが来るだろう。

 

優勝杯。目の前にある黄金に光るそれに、暫し2人は目を奪われた。ほんの一瞬の沈黙だったが、それは長く感じた。

 

やがてセドリックは何かを決心したようにこちらに向き直った。

そして、ハリーの肩に手を置く。

 

「さあ、君が優勝杯を取れ」

 

ハリーは驚いて目を丸くした。

 

「冗談だろ? クラムが居なければ、セドリックの方が先に優勝杯を取っていた。 君が取ってくれ」

 

「馬鹿なこと言うなよ。 ハリー、君は第一の課題も第二の課題も、僕より優れてた。 ···ちょっと嫉妬しちゃうくらいね。 だから、君が取れ」

 

ハリーの頭の中に、優勝杯を持った自分が浮かんだ。

シリウスが誇らしそうな顔で抱きしめ、ルーナからはキスをしてもらえるかもしれない。ロンやハーマイオニー、ドラコやシャルロットも祝福してくれるだろう。リーマスやセブルスだって、褒めてくれるに違いない。

 

でも--。

 

そんな考えは、目の前のセドリックの頑なな表情を見て直ぐに吹き飛んだ。

 

「それなら、セドリック。 2人で同時に取ろう。 ホグワーツの同時優勝だ」

 

今度はセドリックが目を丸くした。

 

「君は--それでいいのかい?」

 

「もちろん。 ···ただ信じてほしい。 つい自分でゴブレットに名前入れたように振舞っちゃったけど、僕本当に入れてないんだ」

 

セドリックはハリーの瞳を見て考え込むような素振りを一瞬見せたが、すぐに力強く頷いた。

 

「わかった。 信じるよ。 君はすごい魔法使いだ」

 

「セドリックほどじゃないよ。 でも来年のクィディッチは負けない。 あとジニーを泣かせたら、僕とロンが承知しないぞ」

 

ハリーとセドリックは和やかに笑い合った。

共通の敵を倒したことで、2人の間には確かな絆が生まれていた。

 

優勝杯の前に辿り着くと、2人は目配せし同時にそれに触れた。--途端、臍の辺りをぐいっと掴まれるような浮遊感に包まれ、全てが回った。

 

 

 

 

 

 

 

シリウスはムーディの形をしたクラウチ・ジュニアを彼の部屋まで引き摺ると、乱暴に投げ飛ばした。

 

クラウチ・ジュニアは椅子に当たり、呻き声を上げて身動ぎした。

 

シリウスの背後にはマクゴナガルとダンブルドア、セブルスが控えている。

 

「セブルス! 早く『真実薬』を持ってこい!」

 

「···今、レギュラスに持ってこさせている」

 

激昂するシリウスとは対照的に、セブルスは一見冷静に見えたがそれでも抑えきれない焦燥が窺えた。

 

「校長、本当にアラスターが偽物だとするなら観客たちをこのままにしておくのは危険では?」

 

マクゴナガルがおよそ彼女らしくない不安げな声を出した。

 

「いや、ここ以外でどこに避難させるか思いつかないほど、ホグワーツは安全な場所だよ。 それに変に大勢の観客を興奮させたら危険だ。 このまま何も知らせるな」

 

「…わかりました」

 

自分の教え子であるシリウスににべもなく言われたが、戦いに関しては彼の方が余程場数を踏んでいる。マクゴナガルは反論することなく引き下がった。

 

扉が開き、小瓶を手にしたレギュラスが入ってきた。

 

「貸せ!」

 

いつもなら弟が作った薬なんて触りたくもないシリウスだが、切羽詰まったようにそれをひったくる。そして、クラウチ・ジュニアの顎を抑えて喉に注ぎ込んだ。

彼のその余裕の無さに、レギュラスも悪態をつく暇さえなかった。

 

それと同時に、ポリジュース薬の効き目が切れたのか、ムーディの傷まみれの顔は跡形もなく消え去り、その下から30代ほどの男の顔が現れた。さらに髪の毛も白髪から茶色にすっかり変わり、瞬く間に義足がごろんと転がった。--これがバーテミウス・クラウチ・ジュニアの本当の顔ということだ。

 

「ハリーは今どこにいる!? 殺されたくなければとっとと話せ!!」

 

シリウスの瞳が剣呑に光る。

我を失うほど怒り狂ったシリウスは、唾を撒き散らしながらクラウチ・ジュニアの胸倉を掴んだ。

 

「シリウス」

 

凄まじい剣幕のシリウスを咎めるようダンブルドアは名を呼んだ。

しかし、ダンブルドアの顔にもいつもの好々爺である優しい校長はいない。恐ろしく冷たい顔をしていた。

 

真実薬を嚥下したクラウチの目は直ぐにとろんとして頬が緩んだ。

 

「自分の名は分かるか?」

 

セブルスが問う。

 

「バーティミウス・クラウチ・ジュニア…」

 

クラウチは夢に浮かされているように答えた。

 

「ハリーをどこにやった?」

 

「リトル・ハングルトンの墓地…あの方の父君が眠るところだ」

 

「シリウス!」

 

ダンブルドアが短く叫ぶ。

シリウスは部下の闇祓いに連絡を取るべく、脱兎のごとく部屋から出ていった。

 

 

 

 

 

 

「…ここは?」

 

いたた、とハリーは頭に着いた葉を振り払う。

 

「優勝杯がポートキーになっていたのか…?」

 

ハリーと同様セドリックも葉っぱまみれの頭を犬のように振り、辺りを見回した。

 

規則正しく並んだ石。やや荒れて生い茂る植物。何よりジメジメとした嫌な空気。

 

紛れもなく、そこは墓場だった。

 

「ここはどこだ?」

 

ハリーはもう一度言った。

そこには自分より年上のセドリックに、ここがどこか知っててほしいという願望もあった。

 

「わからない…。 取り敢えず杖を出しておこう」

 

セドリックが不安そうに言った。

 

助けを求めるにも辺りは人の気配がない。

しかし、墓場の奥には寂れた小さな教会と堂々とした古臭い館が見えた。

 

あそこに行ってみようか、とハリーが提案しようとしたその時。

 

草を踏みしめる足音が聞こえた。

 

「誰か来る」

 

セドリックが囁いた。

 

暗がりの中からフードを目深に被った人物が近付いてきた。その手には赤ん坊のような何かを大切そうに抱いている。

 

セドリックとハリーは訝しげに視線を一度交差させると、また近付く怪しげな人物に目を戻した。

 

人影はやがて、一段と大きな大理石の墓石の前で歩みを止めた。

 

その時、突然ハリーの額の傷が燃え盛るように疼いた。

あまりの痛みにハリーは杖を落とし蹲る。

 

セドリックが隣りで何か声を掛けたが、よく聞き取れない。それどころではなかった。

 

「余計なやつは殺せ」

 

今にも頭が割れんばかりの痛みに呻く中で、甲高い冷たい声が聞こえた。

 

 

「アバダケタブラ」

 

 

もう一つ、別の甲高い声がした。

緑の閃光がハリーの瞼の裏で迸り、そしてドサッという重たい音がした。

 

吐きそうな痛みの中、ハリーは恐る恐る瞼を開けた。

 

灰色の瞳と目が合った。

しかし、彼の瞳はもう何も写してない。空虚な死だけがその目に浮かんでいた。

 

彼の口は驚いたように半開きになり、握りしめたはずの杖は呪文を受けた際に弛緩したのか、力無く彼と同様横たわっていた。

 

セドリックは死んでしまった。

 

悲鳴すら出なかった。

感覚が麻痺していたのだろう。ハリーは一瞬が永遠にも感じられた。

 

気付けば、フードの人物にハリーは引き摺られていた。

 

『トム・リドル』

 

墓碑銘にそう書かれているのを、ハリーはぼんやりと霞がかかったのような頭で認識した。

 

やがてハリーはその墓石に縄できつく括りられた。

 

その時、フードが僅かに揺れた。冷たい月明かりが彼の顔を照らす。

 

「おまえはっ……!!」

 

「久しぶりだな、ブラック」

 

ピーター・ペティグリューは、汚い歯を剥き出してニヤッと笑った。

しかし、その顔はどこか怯えているようにも見えた。よく見たら、縄目を確認する指も小刻みに震えている。

 

「今すぐこれを解け!!」

 

「残念だが、いつも助けに来てくれるパパはここには居ないぞ」

 

ペティグリューはそう嘲ると、杖を振って石の大鍋を出した。中には並々と何かの液体が入っている。ペティグリューは火を出すと、石鍋はすぐにぐつぐつと煮立った。

 

ハリーはその間何とか縄の結び目を解こうとした。しかし、それは無駄な努力に終わった。

 

ズルズルと何かが這いずり回る音に、ハリーは唯一自由の効く首を下に向けると、大きな大蛇がハリーを睨んでいた。

 

たとえ縄が解けたとしても、こいつから逃げ切るのは無理だろう。

 

やがて準備の終わったペティグリューは恐る恐る赤ん坊のような包みを手にした。

 

そして--とうとうそれを開いた。

 

中からは、醜いのっぺりとした顔の何かが現れた。目が見えなく、動くこともままならないそれは、細い手足を僅かに震わせている。

 

ペティグリューはそのモノ(・・)を大仰に掲げると、静かに大鍋の中に入れた。

 

溺れてしまいますように…!!

ハリーは強くそう願った。

 

ペティグリューは杖を上げ、目を閉じて唱えた。

 

「父親の骨、知らぬ間に与えられん…父親は息子を蘇らせん…!」

 

しかし、やはりその声はどこか恐怖に引き攣っていた。

 

「しもべの肉……よ、喜んで差し出されん。 ……しもべは……ご主人様を……蘇らせん」

 

ペティグリューは最早泣いているように聞こえた。

そして、ペティグリューは大ぶりなナイフを左手に構え、右手を前に出した。

 

何が起こるのか察したハリーはきつく目を閉じた。しかし、夜闇を劈く悲鳴までは遮ることは出来なかった。

 

パシャンッという、何かが液体に落ちる音がした。

 

「助けて…パパ……」

 

ハリーはほぼ無意識にそう呟いていた。

途中で棄権をすればよかった。優勝杯に触れるべきじゃなかったんだ。

 

ペティグリューがナイフを手にしたまま、よろよろこちらに近付いてきた。自分も腕を切り落とされると思ったハリーは、恥も外聞もなく喚いた。

 

「敵の血……力ずくで奪われん……汝は……敵を蘇えらせん」

 

ペティグリューはハリーの右腕を切りつけた。そして、ガラス瓶に血を流し込む。

 

再びペティグリューは石鍋に向き直ると、それを液体の中に流し込んだ。

 

頼む…溺れてくれ…!!

 

しかしハリーの願いも虚しく鍋からは白い蒸気が溢れ、その中からゆらりと細長い影が起き上がった。

ハリーの額の傷が何かに反応するよう再び疼く。

 

やがて蒸気が晴れた。

 

骸骨の如く白い顔。

細長く真っ赤に光る不気味な目。

蛇のように平らな鼻。

 

ハリーが何度も夢の中で出会い、そして苦しまされた人物だった。

 

ヴォルデモート卿が復活した。




長らくお待たせしましたm(_ _)m


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墓場の戦い

静寂に包まれた墓場で、ヴォルデモート卿は冷たく笑った。

 

「ハリー……ポッター……」

 

腕を、胸を、次に頬を。

それぞれ調子を確かめるよう愛おしげに触れる。真っ赤にギラギラ輝く蛇のような双眼に見据えられ、ハリーの傷跡は燃え盛るばかりに傷んだ。

 

「ああ、今はハリー・ブラックと名乗っているのか。 忌々しいことよ。 混血風情がその名を語るとは…ベラトリックスはさぞかし腸煮えくり返っているだろう」

 

ハリーは今にも殺されることを危惧した。

心臓は早鐘を打って自身の中で痛いくらいに動悸が鳴り響く。

 

しかしヴォルデモートはそんなハリーの怯えを嘲笑うように、ハリーの前を通り過ぎた。

 

「ご苦労だった、ワームテール。 さあ、腕を出すがいい」

 

「おお…我が君…畏れ多いことでございます…ありがとうございます……」

 

ワームテールは悲痛な泣き声を上げながらも、喜色の表情を浮かべヴォルデモートの足元に縋り着いた。そして、血に濡れた右手を差し出す。

 

しかし、ヴォルデモートは大仰に笑った。この世のものとは思えないほど残忍な笑い声だった。

 

「違う。 別の方の腕だ」

 

ヴォルデモートはワームテールの左手をぐいと掴み、捲りあげた。そこに刻まれていたのは口から蛇が飛び出している禍々しい髑髏だった。

ハリーはこれを見たことがあった。クィディッチ・ワールドカップで空に打ち上げられていた闇の印だ。

 

闇の印にヴォルデモートが杖の先を押し当てた。ワームテールはまたしても苦痛に顔を歪めた。

ヴォルデモートが手を離すと、闇の印は黒黒と光沢を放っていた。

 

「さあ、戻る勇気のある者が何人いるか」

 

ヴォルデモートは再びハリーに向き直った。

 

「ハリー・ポッター、今お前は俺様の父の遺骸の上にいる。 マグルの愚か者よ…。 そうだ、俺が殺した。 しかし使い道はあったわけだな?」

 

ヴォルデモートは高らかに笑った。

 

その時、暗いイチイの木陰から、墓と墓の間から、暗がりという暗がりから、マントを翻す音がした。

 

目深にフードを被り、仮面で顔を隠した魔法使いが姿を現した。彼らはゆっくり慎重に、我が目を疑うかのように主へと近付く。

 

「見ろ、ポッター。 これが俺様の真の家族だ」

 

ヴォルデモートは満足げに彼らを眺め回した。

 

「ご主人様…ご主人様……」

 

仮面の男の1人が跪き、ヴォルデモートのローブへ接吻した。それを機に、他の仮面の男もすぐさま膝をつき全く同じ行動を繰り返した。

 

「よく来た。 『死喰い人』たちよ。 13年という長い月日が流れた。 …しかし、おまえたちはまるで昨日のことであったかのように呼び掛けに応えてくれた」

 

ヴォルデモートは恐ろしい顔を仰け反らせ、辺りを睨め回した。

 

「罪の匂いがする」

 

辺りは重苦しい沈黙に包まれた。耐えきれず、一人の死喰い人が許しを乞うた。しかし、ヴォルデモートは残忍な笑い声を立て磔の呪文を放った。

 

「俺様は許さぬ。 俺様は忘れぬ。 十三年もの長い間だ…これから罪は償ってもらう。 しかし、ワームテール…貴様はその一部を既に返したな」

 

ヴォルデモートは今更思い出したかのように、足元で啜り泣く男を足蹴にした。

 

「はい…ご主人様……どうか…」

 

「虫けらのような裏切り者だが、ヴォルデモート卿は尽くした者には褒美を与える」

 

ヴォルデモートは杖を空中で回すと、一筋の銀のようなものが現れた。それは形を変えて人の手になり、ワームテールの手首へと嵌った。

ワームテールは泣きやみ、信じられないものを見たかのように瞬きすると同胞と同じように主へ跪いた。

 

「これは…素晴らしい……ありがとうございます…我が君……」

 

「ワームテールよ。 貴様の忠誠心が二度と揺るがぬよう」

 

「我が君…我が君…決してそんなことは…」

 

ヴォルデモート卿はワームテールを無視して、右側の男に近付いた。そして乱暴に仮面を剥ぎ取った。

 

「ルシウス、抜け目の無い友よ」

 

その下から現れた顔は、ハリーもよく知る顔だった。

 

「ルシウスおじさん!! 助けて!!」

 

思わずハリーはそう言葉を発した。

仮面の男たちが、そしてヴォルデモートさえも小馬鹿にするよう嘲笑った。

 

「ルシウス、偉くなったものだな。 英雄ハリーにここまで懐かれているとは。 さぞかしダンブルドアから寵愛を受けたであろう?」

 

「いいえ、我が君。 私はずっと準備をしておりました。 あの小僧を取り込んでおいたのも、その時がきたらいつでも我が君に差し出せるように…それに他なりません」

 

ルシウスはハリーに一瞥もくれず、流れるような言葉でそう語った。

 

「ほう? それは真か? ホグワーツに入り込んでいる俺様の忠臣によれば、貴様の息子はこの小僧と親友とのたまっているらしい。 それに、この小僧を取り込む前に他にすべきことがあったのではないか? 例えば…俺様を探し出すことがおまえには出来たはずだ」

 

ルシウスは口を噤んだ。

 

「おまえには失望した。 これからは更に忠実に俺様に仕えてもらうぞ」

 

「もちろんでございます…。 我が君…お慈悲を感謝致します」

 

ルシウスは深々と頭を下げた。

 

「さあ、今ホグワーツに俺様の忠臣が入り込んでいると言ったな? その者がこうして今日来賓を連れてきてくれた」

 

皆の視線がハリーへと向かった。

 

「クルーシオ!!」

 

「ぐっ…ああああああ!!」

 

目の奥が真っ赤に染まり、全身の血が煮立つかのような想像を絶する苦痛。

いっそのこと殺してくれ。ハリーはそう強く感じた。

 

「ワームテール、縄を解いて杖を返してやれ」

 

未だ苦痛にふらつくハリーは、そのまま無抵抗にどさりと倒れた。

 

「ルシウスおじさん…」

 

奇しくもハリーが倒れた目の前には、未だ跪いたルシウスがいた。

しかし、彼の顔は全ての表情を押し殺した能面のようなものだった。

 

「…2年前言ったはずだ。 私は君の味方にはなりえないと」

 

彼はハリーにだけ聞こえるよう、冷たくそれだけ言った。

 

ワームテールが銀の手で、ハリーの目の前に杖を放った。

ハリーはふらつきながらもそれを握りしめ、立ち上がった。

 

「決闘のやり方は知っているな?」

 

「ああ。 パパから習っている」

 

ハリーは威嚇するよう目の前の仇を睨みつけた。

 

助けは来ない。自分はここで嬲られて死ぬのだ。

父さんと母さんは自分を守って死んだ。パパは今も闇の勢力と戦い続けている。

それなら…自分も親の名に恥じないよう、死ぬまで立派に戦うんだ。

 

向かい合って一礼。そして、背を返して互いに離れるように三歩。

 

「アバダ・ケダブラ!!」

 

「エクスペリアームス!!」

 

2人の杖からそれぞれの呪文が迸ったのは、ほぼ同時だった。

2つの閃光は空中でぶつかりあった。

 

--その時、不思議なことが起こった。まるで電流で貫かれたように、杖が振動し始めたのだ。

 

杖と腕が、そして信じられないことにヴォルデモートの杖までもが一帯になって、眩い金色の光に溢れた。

 

光の中からまるで花が綻ぶように、淡い人影が現れた。

 

セドリックのゴーストだった。

 

「ハリー、がんばれ。 もっと君と仲良くなりたかったよ」

 

そう言って彼は端正な顔立ちでくしゃりと笑った。

 

次に現れたのは知らない人だった。いや、正しくは夢の中で見たことがあった。夏休みに見た夢で会った老人だ。

 

「それじゃあ、あいつは本当に魔法使いだったのか! 俺を殺しやがった……やっつけろ! 頑張れ、坊や!」

 

またすぐに光の中から人影が現れた。

痩せぎすの女性だった。ハリーはその女性を日刊予言者新聞で見たことがある。魔法省で行方不明になったバーサ・ジョーキンズだ。

 

「あんたが、シリウスがいつもベラベラ自慢してた息子だね。 私の仇をとるんだよ! いいかい? 絶対杖を離すんじゃない!」

 

ハリーの杖がぶるぶると震えた。

そして--また新たな人影が現れた。ハリーには、セドリックが現れた時からずっとそれを待っていたように、誰なのかが分かっていた。

 

「母さん…」

 

ハリーが誰よりも強く心に思っている女性だった。

 

リリー・ポッターはその名を冠する通り、花のように優しく微笑んだ。

ハリーはそれだけで頬に熱いものが止めどなく流れた。それでも杖だけは離さなかった。

 

「お父さんが来ますよ…大丈夫……がんばって…」

 

そして、金に輝く光の中から自分そっくりの人物が現れた。背が高く、がっしりとした、くしゃくしゃ髪の--父親だ。

 

「おまえを誇りに思うよ、ハリー。 シリウスが愛情深く立派に育ててくれたおかげだな。 あいつにお礼を言ってくれ。 …さあ、つながりが切れると私たちはほんの少ししか留まっていられない。 すぐポートキーまで走りなさい」

 

こんな状況だというのにジェームズ・ポッターはニヤッと笑って言葉を続けた。

 

「しかし、大丈夫だよ。 もう一人(・・・・)のおまえの親がもうすぐ着くようだからな」

 

ハリーはぶるぶる震える杖を両手で抑えながら、グチャグチャの顔のままどうにか頷いた。

 

「ハリー、お願いだ。 僕の体も連れて帰ってほしい…両親の元へ」

 

セドリックの影が囁いた。

 

「さあ…今だ!」

 

父親がそう言ったのと同時に、ハリーは渾身の力で杖を上に捻じあげた。

金色の糸は消え、光がはち切れた。

 

ハリーは走った今までで一番の力を出して、セドリックの遺骸まで走った。

 

視界の端で、両親たちがヴォルデモートからハリーの姿を隠すよう迫って--そして消えた。

 

ハリーは無我夢中に走ったが、死喰い人たちの呪文が耳元を何発も掠めた。

 

その時、ハリーの走る進行方向に姿あらわしで何人もの魔法使いが現れた。

新たな敵の増援に、ハリーは絶望しかけた。しかし、現れた人の顔を見てすぐその感情は払拭された。

 

「パパ!」

 

「俺の息子に何をする!」

 

シリウス・ブラックが、挨拶代わりに手近の死喰い人をぶっ飛ばした。

 

トンクスやキングズリーは既に多くの死喰い人と相見えていた。

幾多の閃光が飛び交う。

 

「どけ! 俺様が殺してやる! 雑兵は貴様らがどうにかしろ!」

 

ヴォルデモートの怒り狂った声が背後からした。

 

シリウスはハリーを庇うように抱いて走った。

 

「アクシオ!」

 

そして、セドリックの元に辿り着いたと同時にシリウスは優勝杯を呼び寄せた。

途端に臍の裏側がぐいっと引き寄せられ、何かもかもが遠くなり--風と色の渦の中ハリーとシリウスと、そして物言わぬセドリックはぐんぐん飛んでいった。

 

永遠と続くかと思われた浮遊感は、突然終わりを告げた。ドサッと乱暴に地面に叩きつけられる。

 

辺りを歓声が包んだ。しかし、それも一瞬でどうして競技に臨んでいたはずのハリーがシリウスと居るのか、そして…動かないセドリックを抱えているのか、戸惑いの声が上がり始めた。

 

「ハリー!」

 

ダンブルドアが屈んでハリーの顔を覗き込んだ。後ろにはファッジもいる。

 

「何事だ!? 何が起きたというのだ?」

 

「ヴォルデモート卿が…復活したんです」

 

ハリーは喘ぐようそれだけ言った。

ハリーの声はそれほど大きなものではなかったが、観衆の間にそれは漣のように広がった。瞬く間に皆は騒然とし軽いパニックとなった。

 

「セド!」

 

スタンドのすぐ下で観戦していたジニーは、彼の両親より先にセドリックへと辿り着いた。

 

そしてもう冷たくなった頬に触れ、指が唇をなぞった。

 

「ハリー! 校長先生! セドリックが息をしてないわ! 早く医務室に連れて行って!」

 

ジニーは真っ青のまま声を震わせた。

セドリックの両親が血相を変えてこちらに駆け寄る。

 

「いや、もう手遅れだ。 この子は死んでいるよ」

 

ファッジは低い声でそれだけ言った。

ジニーの喉からヒュッと空気が漏れ、体がカタカタと震え始めた。

 

「どいてくれ!!」

 

ディゴリー夫妻がジニーを押し退け、息子の前へ膝をついた。

 

「セドリック…」

 

ハリーは小さな声で呟いた。

セドリックにもう一度駆け寄りたかったが、シリウスとダンブルドアがそれを許さなかった。二人に両腕を支えられたまま、城へと連れて行かれた。

 

ぼんやりとした頭の中で2人が言い争うのが聞こえた。

 

「この子には休息が必要だ! 怪我だってしている。 取り敢えず眠らせてやりましょう。 何もかもその後でいい!」

 

「否、ハリーは知らなければならん。 納得して初めて回復があるのじゃ。 一時的に痛みを麻痺させれば、後になって感じる痛みはもっと酷い」

 

結局ハリーが連れて行かれたのは、医務室の温かいベッドではなく、バーティミウス・クラウチ・ジュニアが縛り付けられた部屋だった。

 

セブルスやマクゴナガルは油断することなく、彼に杖を突きつけている。

 

無事なハリーを見ると、2人は安堵したように一瞬微かな笑みを浮かべた。

しかし、ダンブルドアがセドリックの死を伝えると沈痛に顔を歪めた。

 

「…起きろ。 もう一度、これまでしてきたことの話を繰り返せ」

 

セブルスが冷たい瞳で、クラウチ・ジュニアを小突いた。

 

クラウチ・ジュニアは語る。

 

母親が入れ替わってくれたおかげでアズカバンから出たこと。

長年父からの服従の呪文で家に閉じ込められていたこと。

ハウスエルフのウィンキーが父に頼みこんで、クィディッチ・ワールドカップに来たこと。

そして、そこでハリーの杖を盗み闇の印を打ち上げたこと。

ムーディに化けてホグワーツに忍び込み、ハリーが優勝できるよう根回ししていたこと…。

 

彼の話が終わると、今度はハリーの番だった。

 

もう何も考えたくなったし、思い出したくなかった。

きっとシリウスとセブルスがハリーの背を優しく摩ったり、肩に手を置いてくれなければ最後まで話し終えることなど出来なかっただろう。

 

ハリーがワームテールのことを話すと、シリウスは無言で拳を震わせ、セブルスもまた壮絶な顔をしていた。しかし、身を削って語るハリーの話を遮ることはしなかった。--それはハリーが両親のゴーストの話をした時もだった。ただ2人が涙を堪えるよう痛いくらい力を入れているのが分かった。

 

全てを話し終えると、ダンブルドアは優しいブルーの瞳でハリーを見つめた。

 

「ハリー、君は今夜信じ難いほどの勇気を示してくれた。 ヴォルデモートの力が最も強かった時代に戦って死んだ者たちに劣らぬ勇気を示した。 辛かったであろう。 話してくれてありがとう。 さあ、シリウスと共に医務室へお行き」

 

医務室にはロンやハーマイオニー、ルーナやシャルロット、ドラコ…皆がいた。

 

しかし、有難いことに何も聞かずハリーを一目見るとそっと医務室を出て行ってくれた。

 

シリウスもまた何も言わず、静かにベッドへと導いてくれた。

 

「パパ…」

 

マダム・ポンフリーから薬の入ったゴブレットを受け取りながら、ハリーは父の名を呼んだ。

 

「なんだ?」

 

「ヴォルデモート卿もクラウチ・ジュニアも自分で父親のこと殺したって言った。 でも、僕は今日2人のパパに助けてもらった」

 

「…そうだな」

 

眠かった。頭が朦朧としていた。疲弊しきって、熱も少し出ていたのかもしれない。

 

「ねえ、パパ」

 

だからか、ハリーの口から出た声は年不相応で幼さが滲んでいた。

 

「もし僕が死喰い人になって、悪いことをたくさんして…それで捕まったらどうする?」

 

シリウスは一瞬だけ言葉に詰まった。

が、すぐに悪戯を思いついた子どものようにニヤッと笑った。その姿は、不思議なくらい先程墓場で会ったジェームズに似ていた。

 

「そうだな。 おまえのこと1発思いっきり殴って…それで逃げる」

 

シリウスはハリーの頭をガシガシ撫でた。

 

「おまえと逃げて逃げて逃げまくって、世界の反対側にだって行ってやる」

 

クサい言葉だったが、シリウスが言うとまるで舞台のセリフのようにすんなり聞こえてしまうから不思議である。ブラック家の遺伝子は恐ろしい。

 

「かっこつけすぎ」

 

ハリーは笑った。

いや、笑ったつもりだったのに、喉から出たのは上擦った涙声だった。

 

「あのね、パパ」

 

「…もう寝なさい」

 

「ううん。 これだけ話させて」

 

さっきダンブルドアには墓場で起きたことを全て話した。

だけど、これだけは言わなかった。シリウスだけに伝えたかったから。

 

「さっきね、ジェームズ父さんに会ったって言ったでしょ? その時父さん言ってたんだ…。 シリウスにお礼を言ってくれって。 愛情深く立派に育ててくれてありがとうって」

 

シリウスは雷に打たれたかのように、体をびくりと震わせた。

 

ハリーは知っていた。

彼が未だに自分がジェームズとリリーを死に追い詰めたと後悔してることを。

 

「ね、去年言った通りだったでしょ? 父さんも母さんも最期の時、パパが裏切ったなんて考えもしなかったと思う」

 

シリウスはとうとう両手に顔を埋めた。だから、ハリーはすぐ眠ってしまったふりをした。

そして、いつの間にか本当の眠りへと落ちていた。

 

 




次話で炎のゴブレット編完結です。

先日、あまりにも悪質なアンチコメが感想欄に連投されまして…。目にした方も不快になるかなと削除させて頂きました。


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決別

ここはどこだろうなんて考えるまでもなかった。

目を覚ますと、そこは見慣れた保健室のベットだ。同時に昨日の記憶が全て甦り、ハリーの口からヒュッと短い呼吸が漏れた。

 

まだ微睡んでいたい。何も考えたくない。

瞼の裏にはセドリックが甦る。緑色の光--虚ろとなったセドリックの瞳。

それを無理矢理心の奥へと押しやった。

 

すぐ近くにシリウスが座っていた。腕を組み、ウトウトとしている。どうやら自分のために一晩ここで明かしてくれたようだ。

 

その時、こちらへ向かう足音がした。どうやら足音の主は2人らしい。

1人は間違いなくこの部屋の主、マダム・ポンフリーだ。そして、もう一人は驚くことに--。

 

「大臣! ここには病人がいるんです! どうか…」

 

「すまないがマダム。 至急の用事だ。 シリウス! 報告を」

 

シリウスはその声で弾かれたように立ち上がった。

こちらをチラリとシリウスが見たので、ハリーは眠った振りを続けた。

 

「闇祓いたちは負傷するも全員無事です。 セルウィン、トラバースなど一部の死喰い人は捕らえましたが逃亡大多数。 そして、先程も守護霊で伝達した通りです。 …あの人が復活した」

 

ファッジは目に見えて動揺した。ずり落ちた彼のトレードマークと言える山高帽を所在なさげに弄る。

 

「……今、ダンブルドアとも話してきたが…君たちはその…本気かね?」

 

「なんですって?」

 

「アー……シリウス。 君も本当に…その『例のあの人』が復活したと?」

 

「どういうことです?」

 

シリウスの眉がピクリと動く。

 

「考えてもみたまえ。 シリウス、今ここでそんなことを公表してみなさい。 今まで築き上げてきたものが全て消えてしまう」

 

シリウスは唖然と大臣を見つめている。彼らしくない呆けた表情だった。

 

「私が築き上げたこの平和な魔法界が! …それは国民も望まない事だ」

 

「保身のために真実を隠蔽するおつもりか!?」

 

シリウスはとうとう犬のように吠えた。

ここは保健室です!とマダム・ポンフリーが数回目となる至極真っ当な抗議をしているが、彼は構っていられなかった。

 

「…そんな言い方はしていないだろう。 もちろん死喰い人が……アー…騒ぎを起こしたことや闇祓いと交戦したことを伝えるとも」

 

「それだけが真実ではない! あの人は復活した! ルーファスもキングスリーもトンクスも目撃しているんだ!」

 

シリウスは最早最低限の敬意をかなぐり捨ててそう叫んだ。

 

「そうだ。 逆に言えば、まだ闇祓いたちしか目撃していない」

 

「いや、俺の息子も目撃している」

 

シリウスは唸った。

両者の視線が自分に向いたので、ハリーは冷や汗をかきながら狸寝入りに勤しんだ。

 

「だから何だと言うのだね? 君の息子が世間から大嘘つきだとバッシングされたいなら、勝手に行動すればいい。 リータ・スキーターという記者をもちろん君は知っているだろうね?」

 

「それは…脅しですか?」

 

そこには愛想がよくハリーのことも可愛がってくれた、人のいい大臣はいなかった。

 

「どう捉えてもらっても構わないよ。 ブラック家の財産だって無限ではない。 君だって『闇祓い局長』という地位は惜しかろう?」

 

その時、突然ダンブルドアとマクゴナガル、レギュラスが入ってきた。

 

「な、なんということを…!」

 

マクゴナガルの唇はわなわなと震え、拳は怒りに震えている。どうやら今までの会話は聞こえていたらしい。

 

「あなたはそんな…そんなくだらないことのために、シリウスやこの子の言うことを信じないと言うのですか…!」

 

ダンブルドアは落ち着いてはいたが、皺の1本1本に冷たい怒りが刻み込まれているようだった。

 

「どうしても見ない振りを続けると言うのじゃな?」

 

「アルバス、その話は終わったはずだ」

 

ファッジは取り付く島もなかった。

すると、黙っていたレギュラスがつかつかとファッジに迫り自身の左腕のローブを捲った。

薄目で様子を伺っていたハリーはハッと息を呑みそうになるのを必死に堪えた。視界の端でシリウスの体も何かに反応するように、ひくりと揺れた。

 

黒々とした髑髏から放たれた蛇の証。

 

「貴方も前の戦を知っているなら、この印の意味が分かりますね? 今まで反応しなかったこれが、この1年でこんなにも濃くなった。 それでも貴方は目を逸らすと言うのか」

 

ファッジはその印を見たら自分も呪いを受けてしまうと信じてるかのように、後ずさった。金魚のように口をパクパクとして言葉を絞り出す。

 

「何が言いたいのやら…私には分かりかねますな…」

 

「そうか。 君とは袂を分かつ時が来たということじゃな」

 

ダンブルドアは疲れきった声でそれだけ言った。

 

「お引き取りください」

 

マクゴナガルが毅然としてそう言うと、ファッジはマントの下から大きな巾着袋を取り出した。それを無造作にシリウスに渡す。

 

「君の息子の優勝賞金だよ。 とてもじゃないが表彰式なんて開く場合ではないのでね」

 

ファッジはそれだけ言うと、マントを翻しその場を後にした。

患者がいたのに…と尚もブツブツ言うマダム・ポンフリーをマクゴナガルが宥めている。

 

ダンブルドアは徐に、レギュラスに向き直った。

ハリーはダンブルドアの表情があまりにも痛々しかったので言葉を失った。

 

「君に…頼む時が来てしまった。 本当に良いのか?」

 

しかし、レギュラスは素っ気なく首を縦に振った。

 

「ええ。 そんな申し訳なさそうな顔は不要です。 貴方に恩義は感じていますが、それが全てで動くわけでは無い」

 

レギュラスが出ていくと、シリウスはその後を胡散臭そうに見つめた。

 

「あいつに何を命令したんです? 見たでしょう。 あの闇の印を。 それでも貴方は信用に値すると言うのか?」

 

「シリウス、儂がレギュラスを信用するかどうかは儂が決めることじゃよ」

 

ダンブルドアは微かに微笑んだまま、さてさて、とハリーに近付いた。

 

「まだ夜中じゃよ。 君はもう一度薬を飲んで休まないといかんのう」

 

シリウスは驚いたようだったが、この偉大な校長には自分の狸寝入りはバレバレだったらしい。

 

ハリーは考えたいことがたくさんあったが、大人しく薬を飲んだ。またしても暖かな眠りが襲ってきた。

 

起きた後に、クラウチ・ジュニアが吸魂鬼のキスを受けたことを知った。

 

 

 

 

 

セドリックのお別れ会は数日後に行われた。

皮肉なくらい初夏の空は晴れ渡って、どこまでも青が澄んでいた。

 

泣き崩れている生徒の多さが、それだけセドリックの人望を表していた。中でもジニーの憔悴っぷりは凄まじく、兄弟たちは気が気でないようだった。

そして、少し意外なことにネビルがジニーにずっと付き添っていた。彼もまた大切な人を闇に奪われた被害者だ。きっと感じるところがあるのだろう。

 

「ジニー…」

 

啜り泣く小さな妹分にたまらなくなって、ハリーは髪を撫でようと手を伸ばした。

 

「触らないでっ!!」

 

ジニーのヒステリックな声に、ハリーは思わずビクリと身を疎ませた。

 

ジニーの目は泣き腫らしてウサギのように真っ赤だった。

ハリーの唖然とした表情を見た瞬間それは後悔とせめぎ合い……やはり絶望には打ち勝てなかった。

 

「考えてしまうの! ハリーが…貴方が連れていかなければ…セドは死ななかったのにって!!」

 

「ジニー、おまえっ…なんてことを!!」

 

すぐに兄弟が止めた。

 

「わかってる! 今私すごく嫌な女だってわかってるっ! でもっ--!!」

 

ジニーは一層声を震わせしゃくりあげた。そばかすの上を止めどなく涙が伝った。

 

大好きな人を失った悲しみはどこへ遣ればいいのだろう。

ジニーだってその遣り場が怒りとしてハリーへぶつけることではないのは、本心では分かってるのだ。

 

「…わかったよ。 ロンたちも、ジニーのこと責めないであげて」

 

ダンブルドアが生徒にヴォルデモートの復活を告げた。その言葉さえどこか遠くに聞こえた。

 

ハリーは城の外へ出た。

そこには待ち伏せていたかのように幼馴染が立っていた。

 

「どうしたの、ドラコ?」

 

ドラコの顔はいつもよりずっと青白く、ここ数日でやつれたようだった。

 

「少し…話さないか」

 

彼の声もまた掠れていて細かった。

いつも幼馴染3人組が会う時そうするように、湖の畔へと何となく足を進めた。

城内を湿らす悲しみもいざ知らず、今日も大イカはゆらりと体を轟かす。

 

ドラコは今にも倒れてしまいそうだった。

ハリーは妙に嫌な予感がした。

 

「おい、本当に大丈夫か? 具合悪いんじゃ…」

 

「君は優しいな。 僕にわざと父上の話をしないのだろう?」

 

思わずハリーは固まってしまった。

ゆっくりと彼の灰青の瞳を見つめる。凪いだ水面のようなその瞳はどこまでも悲しかった。

 

「やっぱり、そうだったんだな」

 

ハリーの沈黙は彼の問いを肯定したも同然だった。

ドラコは諦観にも似た笑みを浮かべた。

その顔があまりにも寂しくて儚かったので、咄嗟にハリーはドラコの肩を掴んだ。そうしなければ、このまま彼が消えてしまうと錯覚した。

 

「ドラコ、前も言ったはずだ。 父親なんて関係ないだろ? 僕たちは僕たちだ」

 

しかし残酷なことにハリーのその言葉は、ドラコの地雷を踏み抜いてしまった。

 

「…ッ…君の父親は! シリウスおじ様は!!」

 

ドラコの顔が歪んだ。

 

「去年僕を助けてくれた! ペティグリューから守って、怪我した僕を背負って医務室へ連れて行ってくれた!」

 

ドラコは今にも泣きそうだった。

 

「それなのに! 僕の父上はっ--殺されそうになってる君を見捨てたんだ!」

 

遠くではセドリックの死を悼む泣き声がする。学校全体が静かな痛みに満ちていた。

 

「ドラコ--。それは…違う」

 

ハリーは喘ぐよう言葉を絞り出した。

何とかこの目の前の親友を止めないと二度と取り戻せなくなる、そんな心地だった。

 

「…違わないよ、ハリー。 僕にはもう君を親友と呼ぶ資格がない」

 

ドラコは、そっと自身の肩を掴むハリーの手を拒絶した。

 

「ドラコっ…」

 

「僕たちの友情はここまでだ。 …さよなら、ハリー」

 

そう言ってドラコは背を返した。

 

少しして城の方から状況を察知したシャルロットが駆けてきた。シャルロットはドラコの肩を抱く。離れているのに、彼の肩が震えているのがわかった。

 

シャルロットはハリーに何か掛ける言葉を見つけているようだったが、ハリーは首を振ってそれを制した。

 

ふらふらとした足取りでレイブンクローの寮へ向かった。ただルーナに会いたかった。

 

心の中にいくつも空いたこの穴を埋めてほしかった。

 

「目に見えることだけが、その人の気持ちじゃないと思うよ」

 

ルーナはやはりいつもと全く変わらない表情で声色でそれだけ言った。

ハリーは誰もいない裏庭で自分より小柄な体躯の少女の胸に埋まりながら、静かに泣いた。

 

大広間で皆と死を悼むことは自分には許されていないような気がした。

 

ルーナはそんな自分の感情を否定しなかった。理解しようともしなかった。

ただ寄り添ってくれた。それが一番有難かった。

今どんなに君のせいじゃないと言われても、それは気休めにしかならなかったから。

 

「セドリック、いい人だった。 あたしの靴を探してくれたことがあるの。 寮も違うのに、あたしと話したこともないのに」

 

ルーナは小さな声で歌を歌い始めた。

聞いた事のない外国の歌だった。

誰もいない裏庭でそれは空に吸い込まれていく。舌っ足らずでどこか幼い彼女の歌声は鎮魂歌のように。

 

 

 

自分が寝ている間に、ダンブルドアは大広間であまりハリーに詮索しないことそっとしておくことと諭したらしく、静かに過ごすことは出来た。

 

しかし、ダンブルドアの言葉を信じているのは半々と言ったところだろうか。ハリーは遠巻きで奇異の目で見られることに耐えなければならなかった。

 

だからこそ、ボーバトンが帰り、ダームストロングが帰り(ロンは結局クラムからサインを貰った)、やがて汽車に乗る日が来た時は心底ほっとした。

 

帰りの汽車は久しぶりに3人で静かに過ごした。

ロンもハーマイオニーも何も聞かず、呑気に夏休みの話をしてロンのつまらないギャグを聞いて爆発スナップをして遊んだ。

それが仮初の楽しさだというのは分かっていたけれど、ハリーにはその時間が必要だった。

 

「ハグリッド、無事に帰ってくるといいわねえ」

 

ダンブルドアの使命なのだと嬉しそうに旅立っていった大きい友人を思い浮かべた。

 

「ハグリッドもいい事言うよな。 来るもんは来る。 来た時に受けて立ちゃいいって」

 

ロンがあまりにもそっくりハグリッドの真似をしたので、2人は笑った。

 

「きっと、僕たち今年はまたすぐ会うことになるんじゃないかな」

 

駅に着くと、トランクを引っ張りながらロンは言った。

 

「多分ね。 パパが昔の仲間に片っ端からふくろう便出してるの見たよ。 きっとダンブルドアの組織があるんだろ」

 

「ああ、それパパとママから僕も聞いた事ある。 かっこいいよな、僕も入れてくれないかな」

 

「お言葉ですけど、学生の本分は勉強よ! 夏休みの宿題を終わらせてから言うことね」

 

9と4分の3番線に向かいながら、そんな軽口を叩き合った。

 

セドリックはもう帰ってこない。

ドラコとはもう元通りになれないのかもしれない。

ファッジはきっとハリーの周囲の人に不利益をもたらすだろう。

シャルロットとも疎遠になるかもしれない。

そして、ジニーはきっと自分のことを恨むだろう。

 

それらの傷口は未だに新しくズキズキとハリーを苛む。

 

でもロンとハーマイオニーは隣りに居てくれる。

他のコンパートメントで友達と過ごしていたルーナがまたねと自分に微笑んだ。

遠くでシリウスが手を振っているのが見えた。

 

ハリーは駆け足で、マグルの世界へと戻って行った。




皆様お久しぶりです。
あけましておめでとうございます…体調にはお気をつけください… (更新遅れてまじですんませんでした)

お詫びと言ってはなんですが、活動報告のところにハリーとドラコの出会いの短編を載せました。本編に入れようとして蛇足かなと思い直しボツにしたものなのですが、興味がある方はぜひどうぞ。もちろん読まなくても本編に差支えはないです!

炎のゴブレット編終了です。エタらないで完走します。多分。


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不死鳥の騎士団編
邂逅


 

冷気を孕んだ風がペチュニア・ダーズリーの頬を突き刺した。ハロウィンが終わると瞬く間に冬は駆けてくる。

 

もう少し厚いセーターを着ればよかったかしら。

少し身震いしながら、箒を握りしめると枯葉を掃いていく。

 

愛すべき息子のダドリーはまだ1歳。

眠っているうちに早く外の掃除をしませてしまわなければ。

あの子の泣き声と言ったら、きっとインド象だっておしりを丸めて逃げてしまうだろう。

 

コツコツ、と革靴の音が聞こえた。

顔を上げてみれば、喪服のような出で立ちの蝙蝠のような男がいた。

朝の平和なプリベット通りに現れた全身真っ黒の男は、どこか浮世離れした印象を抱かせた。

 

男はペチュニアの顔を見ると、ハッとして立ち止まった。

 

ペチュニアは近づいてきた彼の服装がなかなか質の良いものであること、革靴がピカピカに磨かれていることに気付いた。

それは彼女の判断基準の中で、少なくともまともな人間であるという合格ラインを超えた。

だからこそ、ペチュニア・ダーズリー夫人は奇妙な格好の男に不信感を抱きながらもそれを上手に隠して愛想笑いを浮かべた。

 

「バーノンの…うちの夫のお客様かしら。そうでしたら、夫は仕事に行ってしまいましたの。 日を改めてくださらない?」

 

男の瞳にみるみる涙が溜まったので、ペチュニアはぎょっとして後ずさった。

 

「ペチュニア…」

 

名を呼ばれ、ペチュニアの記憶は遥か昔に呼び戻された。

 

姉を魔法使いだと言った痩せっぽっちの少年。自分を傷つけた少年。2人を乗せて赤い汽車は遠くへ行ってしまった--。

 

「リリーが…リリーが死んでしまったんだ」

 

とうとう男は--セブルスは両手で顔を覆った。それに呼応するように、家の中からけたたましいダドリーの泣き声がした。

 

 

ダーズリー家はペチュニアの性格をそのまま表したかのように、埃一つなく本も家具も何もかもがきっちり整頓されていた。

 

おそらく裕福な男と結婚したのであろう。出されたお茶のティーカップひとつをとっても良い品質のものだった。

 

「どういうこと…なの」

 

ペチュニアは泣きわめく幼いダドリーをあやした。そして、眉間を抑えぐったりとソファーに身を沈めながら、それだけ言った。

 

「…ハロウィンの夜、本当にいきなりだった。 ヴォルデモートという闇の魔法使いに殺された」

 

「殺された…」

 

呆然とペチュニアはショッキングなその言葉を繰り返した。

 

「ヴォルデモートのことは知っているか?」

 

「あの子から…リリーから何度か聞いたことあるわ。 その…そっちの世界でトップクラスの犯罪者なのでしょう」

 

セブルスは重々しく頷いた。

 

「ジェームズがまず殺されたんだ…そしてリリーも。 幼いハリーを守って死んだ。 本当に不思議なことなんだが…死の呪文が--ああ、そういうものがあるのだが--それがハリーにだけは効かなかった。 ヴォルデモートは消滅した」

 

「消滅した? 死んだってこと?」

 

「分からない」

 

「それじゃあ…リリーの息子は…ハリーは生きているのね」

 

ハリーの名前が出ると、セブルスは佇まいを僅かに正した。

 

「実は今日そのことで話をしに来たんだ。 …ダンブルドアのことを知っているね?」

 

まだ受け止めきれぬ悲しみの中にいたペチュニアはその名前に、眉をひくりと動かした。彼女にとって最悪な記憶が掘り起こされる。

 

「あの学校の校長先生でしょう」

 

「すまない。 君を不快な気持ちにさせるつもりはなかった。 …ダンブルドアはハリーを君に預けようとした」

 

「私に?」

 

「ああ。 実はリリーは死ぬ直前にある魔法を残してね。 古い魔法なんだが…それがある限りハリーは成人するまで護られる。 そのためにリリーと血の繋がりがある君の元へ預けようとしていた」

 

「…勝手な話ね。 魔法使い様は私の気持ちなんてお構い無しってわけ?」

 

ペチュニアは怒りというより、どこか疲れたように言葉を吐き出した。

 

「…私は反対した。 リリーから君が結婚してハリーと同い年の子がいると聞いていた。 私も子どもがいるから分かるが…この年の子どもは手がかかるだろう? まるで押し付けるみたいに感じた」

 

「お礼を言ってほしいの?」

 

ペチュニアは皮肉っぽく口の片端を吊り上げた。しかし、セブルスはそれをするりと躱して言葉を続けた。

 

「ハリーには後見人がいる。 ジェームズの親友だったやつだ。 ハリーはそいつの養子になるだろう。 しかし、そうすると『護りの魔法』の効果が切れてしまう」

 

セブルスは頭を下げた。

 

「だから、お願いだ。 どうか貴方の甥っ子を護るために毎年血を送ってくれないだろうか」

 

血という言葉に、ペチュニアは怯えたように両手で肩をかき抱いた。

 

「怖がらないでほしい。 本当に試験管に半分程の量で大丈夫なんだ。 どうか、頼む」

 

再びセブルスは深く頭を下げた。

どれくらい沈黙が続いただろう。ペチュニアの息子は腕の中ですやすやと寝息を立て始めた。

 

「帰ってちょうだい」

 

突然ペチュニアは冷たい声でそう言った。

 

「ペチュニア…頼む…」

 

「帰ってよ!」

 

彼女の頬には涙が伝い落ちていた。

 

「突然妹が死んだと言われて、わけのわからない奴に殺されたと言われて…! それで次は血をくださいですって? 私たちを下に見て…馬鹿にするのもいい加減にしてよ!」

 

ペチュニアは甲高い声でそう怒鳴った。

赤ん坊が再び火がついたように泣き出す。

 

「…すまない。 三日後にもう一度来る。 リリーのお墓は魔法使いの村にあってね…君をそこに案内して遺品を渡したい。 どうかもう一度考えてほしい」

 

セブルスは家を出ると、すぐに姿くらましをした。

 

 

約束通り、それから三日後の昼間にペチュニアとセブルスは待ち合わせた。

付き添い姿くらましをすれば一瞬なのだが、魔法に対して強い忌避があるペチュニアにそれを強いることは出来ずマグルの列車での旅となった。

 

「コーヒー飲むか?」

 

「結構よ」

 

列車も空いている時間帯だ。

2人しかいないコンパートメントに向かいあって座りながら、ペチュニアはにべもなく断った。

 

「そんなこと言わずに。 あと一時間はかかるぞ」

 

セブルスが苦笑して渡すと、渋々彼女はそれを受け取った。

 

暫く黙ったまま列車の窓を眺めていた。

立ち並ぶ都会のビルが無くなり、田園風景に差し掛かった頃、とうとうセブルスは口を開いた。

 

「すまなかったな」

 

ペチュニアはこちらへ視線を向けた。

 

「いや、こないだのことじゃない。 ずっと前。 私は君を傷つけてしまった」

 

彼女はゆっくりとコーヒーに口をつけると、静かに嘆息を漏らした。

 

「…もういいわ。 そんな昔の話思い出させないでちょうだい。 あんな学校に入れてくれって手紙出したなんて…私の中にある最悪の記憶の一つよ」

 

「あの頃私は…嫌な子どもだった。 人の気持ちを考えることが出来ず、自分の興味だけで君のプライバシーを覗いてしまった」

 

ペチュニアは頭のてっぺんから爪先まで、まじまじとセブルスを見つめた。

ペチュニアの知る彼は--12歳くらいの記憶で止まっているけど--小汚くて育ちの悪いマトモじゃない子どもだった。

 

「あなた、確かに雰囲気変わったわね」

 

「ホグワーツに入ってからな。 親とはすぐ縁を切った。 何となく気付いてたと思うが…父親が酷く暴力を振るう男でね。 親と会わなくなって、すぐに母が死んだ。 …今でもそれだけは後悔してる」

 

ペチュニアは何も言わず聞いていた。

彼女と同じ緑ではないのに、その思慮深い瞳にリリーの面影を感じた。

 

「私は君たちの家が羨ましかった。 温かく理想の家庭だった」

 

「そんなことないわよ」

 

ペチュニアは吐き捨てるように言ったので、セブルスは少し虚をつかれた。

 

「両親はリリーに首ったけ。 可愛くて優しくて魔法使いになったあの子は自慢だったんでしょうね。 私の寂しさは私だけにしか分からないわ」

 

ペチュニアは目を細めてそう言った。

 

列車の窓を少し開けると、牧場の青くて冷たい空気が入り込んだ。

 

「今は…幸せか?」

 

セブルスが訊いた。

 

「そうね。 あなたは?」

 

「そうだな。 訳あって妻は不在だが、幸せなのだろうな」

 

「そう」

 

それが最後の会話だった。

ペチュニアはふいと再び窓に視線を向けた。

リリーと違うブロンドの髪が靡いた。やはり、彼女に似ていると思った。

 

 

 

ゴドリックの谷は、例のあの人が消えた祭りの余韻がまだ残っていた。奇抜な格好の人を見る度に、ペチュニアは冷たい目を向けた。

 

それでも村の外れにあるお墓だけは停滞した静けさに包まれていた。

 

「ここだ」

 

セブルスが歩みをとめた先にあったのは、真新しい白いお墓だった。墓碑には名前と共に『最後の敵なる死もまた亡ぼされん』と刻まれている。

 

リリー…あなた本当に死んだのね。

 

頭の中で反芻するとよりいっそう真実味が増した。

いつか元通りになれるなんて、どうして思ったのだろう。

また妹は遠くへ行ってしまった。今度はもう帰らない。

 

「君が持つべきだと思う」

 

セブルスは白いハンカチを差し出した。

百合の刺繍があるそれは、ペチュニアが昔プレゼントしたものだった。ずっと昔の事だ。

あんなに仲が険悪になっても、捨てないで持っていてくれたのだろうか。

 

涙が溢れて、冷たい墓石へと落ちていった。

 

「来たい時はまた言ってほしい。 いつでも案内する」

 

自分も悲しいはずなのに、セブルスは優しい声でそれだけ言った。

思わずキッと睨みつけた。

 

「昔に比べて随分まともになったと思ったら…やはり貴方変わってないわ。 あの子の…リリーの墓前に連れて行き遺品を渡して、恩を売れば…私がお願いを断れないとそう踏んでのことでしょう? 本当に性格が悪いわね」

 

セブルスは黙っている。

 

「もう二度とここには来ないわ。 あの子は死んだ。 もう私と魔法は何の関係もない」

 

「君はやはりリリーに似ているな。 頭が良くて、頑固で、どこか気高い」

 

「あの子と似ているなんて言われたの初めてよ。 実の親にすら言われたことないわ」

 

「いや似ている。 きっと君も、自分の守りたい者のためなら何だって懸けられるんだろう」

 

ペチュニアはもう一度リリーの墓を一瞥すると、すんと鼻を鳴らした。

そして、奪うように試験管と魔法の注射針を彼の手からもぎ取った。

 

「やっぱり私、あんたのこと大嫌いよ」

 

 

 

 

--あれから14年。

 

ペチュニアは毎年欠かさず、血の入った試験管を送ってくれた。

 

彼女はマグルの世界で幸せを見つけていたのだろうし、叶うことなら二度と会いたくなかった。

 

しかし、それは許されなかった。

 

ペチュニア・ダーズリー一家はヴォルデモートの復活により、引越しを余儀なくされた。彼女たちがハリーの血縁者であることは調べれば簡単に分かる。闇の勢力たちはハリーを捕える人質として、一家を狙うかもしれない。

そこで住まいを変え騎士団により護りを固めた上で、過ごしてもらうことになる。

 

グリモールド・プレイス12番地。ブラック家が誇る豪華絢爛な応接間に、ペチュニアは呼ばれることになった。

 

ハリーは自分の家だと言うのに、視線は落ち着きなく何度も扉と時計を行ったり来たりした。

 

リリーに妹がいたというのは--自分に血の繋がった叔母さんと従兄弟がいるのは知っていた。

 

あちらはマグルだから会えないのだとシリウスから教えられていたが、まさか叔母が毎年血を送ってくれたおかげで自分が今まで生きながらえていたとは知らなかった。

 

セブルスはペチュニアにハリーを会わせる予定はなかった。その緑の瞳はリリーの死から立ち直っている彼女に辛い記憶を与えてしまうから。

 

しかし、ハリーは夏休みに入ってからほぼ毎晩セドリックが死ぬ夢に魘された。そして、決まって最後は泣きながらリリーとジェームズを呼ぶのだ。

そんな息子が見ていられず、シリウスもこの夏で少し衰弱した。そんな彼から、リリーの妹にハリーを会わせてくれと頼まれてセブルスは断れなかった。ハリーにとって良い方向に向かうならと。

 

「ハリー、俺まで移るからそんなソワソワするなよ。 ほら、クッキーでも食べなさい」

 

シリウスは去年の一件からさらに過保護になり、やたらとハリーに食べ物を与えようとした。

 

ハリーが3枚目のクッキーに手を伸ばした時。

扉がノックされた。

 

セブルスと共に部屋に入ってきた女性は--残念ながらリリーに全く似てなかった。

ハリーは期待を裏切られて少し寂しくなった。それでも血が繋がった人と会うのは初めてなせいか不思議な感覚が体に広がるのを感じた。

 

「ペチュニア叔母さん…?」

 

目の前の女性はおよそ美人とは言い難い。首が長く痩せぎすな風貌はどこか馬を感じさせた。

灰色の瞳がハリーの瞳をじっと捉えた。

 

リリーを思い出しているんだろうと、ハリーは思った。

 

「…初めまして」

 

ペチュニアは記憶の中にいる嫌な男(ジェームズ)とそっくりな男の子に、つっけんどんな声色でそう言った。しかし、ハリーは臆すことなく朗らかに笑いかけて握手を求めた。

 

「会えて嬉しいな。 昨日パパに聞いたんだ。 僕のために毎年血を送ってくれてありがとう。 叔母さんのおかげで生きてこれたよ」

 

アーモンド型の緑色の瞳がキュッと細まる。ペチュニアは反射的に握手に応じたが、その手は不自然に震えた。

 

目の前の男の子は大切な妹を奪っていったあいつに瓜二つだけれど、この子にはリリーの血が流れていることをどうしようもなく気付かされた。

 

「これもさっき初めて聞いたんだけど…僕のせいで狙われるから引っ越さないとになったんでしょ? ごめんなさい」

 

毎年血を送るなんて本当は嫌で嫌でたまらなかった。忘れたいのにそれは嫌でもペチュニアに魔法界のことを思い返させたから。でも、自分の血のおかげでこの子はこの歳まで生きてこられたとお礼を言った。

 

目の前の男の子が自分の甥っ子だということを、ペチュニアは唐突に理解した。

 

私はリリーの息子を護ったのか…。

あの子の残した忘れ形見に、気付かないうちに感謝されるようなことをしていたのか。

 

「ダッダーちゃんも…息子と夫も護衛ありの条件で、学校も職場も今まで通り通えるの。 ただ引越すだけだから謝らなくていいわ」

 

嫌いなはずなのに、流れるように出たその言葉は自然で、棘のないものだった。

 

「セブルス、悪いけれどもう帰らせてもらうわ」

 

「え!? 来たばかりじゃないか! アンが今ご馳走を作っているんだ。 良かったらご飯も食べて行ってくれ! リリーとジェームスの積もる話でも…」

 

シリウスは慌てて立ち上がりそう止めたが、彼女は首を振った。

 

「夫と息子が家で待ってますから。 引越しの準備もありますし」

 

セブルスはすぐに頷くと、入ってきたばかりの扉を再び開けた。

 

「わかった。 今日も無理を言って来てもらったようなものだからな。悪いが、シリウス。 このまま彼女を駅まで送るよ」

 

「待って! 僕が送る!」

 

ハリーがそう言うと、セブルスとペチュニアは驚いた顔をした。

しかし、セブルスが彼女に了承を伺うかのように視線を向けると、ペチュニアは構わないと頷いた。

素っ気ない会釈をしてとっとと扉をくぐった彼女を、慌ててハリーは追いかけた。

 

「なんだよ。 リリーの妹っていうからどんな美人な女性かと思ったら、全然似てないし陰気だな。 …いやハリーに血送ってくれたことは感謝してるけどさ」

 

シリウスがこっそりセブルスにだけ聞こえるよう耳打ちした。

 

 

 

 

館の外に出ると、もう夕方だというのにジリジリと強烈な日差しが降り注いでいた。

 

2人は連れ立って歩いた。

ペチュニアは未だこの甥っ子との距離感が掴みきれないのか、チラチラと顔を伺い見てきた。

 

「従兄弟ってどんな人なの?」

 

ハリーは好奇心を抑えきれずそう訊いた。

 

「ダッダーちゃんは…可愛いくて優しくて皆からの人気者よ。 今はボクシングを習っているの」

 

『ダッダーちゃん』とやらが本当にその賞賛通りの息子なのかハリーはちょっと怪しいと思ったが、自分と同じくらい愛されて大切に育ったんだろうなと感じた。

 

「へえ…いつか会ってみたいな。 これもさっき聞いた話だけど、セブルスおじさんが止めなければ僕は叔母さんの家で育てられてたんだって。 そしたら、きっとダッダー?とも兄弟で…叔母さんがママだったのかな」

 

ママという言葉が慣れないのか、ハリーは耳を赤らめてくすぐったそうに口にした。

 

ペチュニアは胸のあたりがきゅっと締まるのを感じた。

目の前の甥っ子が自身に母性を求めてるのは痛いくらい分かったが、あの時この子を家族に迎えていたら愛せていたか自信がなかった。

 

「これ、貴方にあげる」

 

返答の代わりに、ペチュニアは百合の刺繍が入ったハンカチを押し付けるよう渡した。

 

「えっと…?」

 

「元は私がプレゼントしたんだけど、あの子が遺したものよ」

 

ハリーは慌ててそのハンカチを押し戻した。

 

「そんな大切なもの受け取れないよ!」

 

「もう大切じゃないわ。 あまり仲の良い姉妹じゃなかったの。 だから貴方が持っていなさい」

 

ハリーは嘘だと悟った。

大切じゃないならこんなに綺麗にアイロンがかけられているわけないから。

 

「帰っていいわよ、ここでタクシーを拾うわ」

 

駅まで続く大通りに出ると、ペチュニアはそう切り出した。

 

「え! どうして? 駅まで送るよ」

 

「いいの。 こっちの方が近いから。 …親が心配するわよ、早く帰りなさい」

 

タイミングよくタクシーがペチュニアの前へと停まった。

 

何となく自分があまり好かれていないことには気付いていた。それでも自分にとって、たった一人の叔母なのに。

 

浮かない顔で俯くハリーの額を、手が触れた。

ペチュニアは彼の額にかかった髪の毛を優しくかきあげた。見上げると、その顔はやはりハリーに対して複雑な感情を抱いていることが読み取れた。

 

「…元気でね」

 

しかし、掛けられた声は優しいものだった。

ペチュニアはそのまま一度も振り返らずタクシーへと乗り込んでいった。

 

タクシーが目で追えないくらい小さくなると、ハリーは自分が涙目になっていることに気付いた。慌てて拳で目を擦る。

 

最近すっかり涙もろくなってしまった。一人でいると、心の隅へ押しやっていた記憶が蘇ってしまう。

 

セドリックの死、ドラコとの決別、あの人の復活、ジニーからの拒絶…。

 

ハリー頭を振ると、道を引き返した。

早く家へ帰ろう。きっと今頃アンの料理が出来上がって…シリウスとセブルスも自分の帰りを待っているだろう。

 

すると、突然背筋にぞくりとしたものが走った。

思わず振り返りながら、ポケットの中の杖に触れた。

 

何だ今の悪寒は…?

 

先程まで茹だるような暑さだった気温が急激に冷えていく。みるみるうちに空は黒いものへと変わっていった。

 

ハリーは家を目指して走り出した。嫌な予感がした。

すぐに後ろから何かが追いかけていることに気付いた。それはまるでハリーを弄ぶように、一定の距離感でジワジワと追いかけてきた。

 

ハリーはとうとう振り返り、杖を抜くとそれと対峙した。

 

黒い闇の中から、気味の悪い幽霊のようなものが滑るように近付いてきた。

それを目にした瞬間、ハリーは全身の血の気が引いていくのが分かった。

それが何なのかは知っていた。去年、憂いの篩で目にしたことがある。

 

「吸魂鬼……!!」

 

恐ろしい掠れ声を上げながら、吸魂鬼はハリーへ襲いかかった。




不死鳥の騎士団編開幕です。

初めて賢者の石読んだ時は小学生だったなあ。ペチュニアのこと嫌なおばさんとしか思わなかったけど、この歳になって最終巻まで読んだ今はちょっと彼女の苦悩分かったり。

あ、シリウス局長のおかげで吸魂鬼がホグワーツに行ってないので何気にハリーは初めましてです。守護霊の呪文も当然使えません。つまり大ピンチです。


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吸魂鬼

「インペディメンタ!」

 

震える手をどうにか抑えて呪文を放つ。

しかし、目の前の化け物には何の効果も与えない。

ハリーを追い詰めるように、それはジリジリと近付いてくる。

 

「エクスペリアームス! …クソッ! こっち来るなよ!」

 

ハリーは思いつく限り全ての呪文を放った。

 

「インセンディオ!」

 

手が悴む。

先程の暑さはどこに行ったのか、冷たい雨が空を切り裂くように降ってきた。

 

頭が眩むほどの嫌な匂いが鼻についた。ガラガラという気味の悪い呼吸音が耳に障る。割れそうなほどの頭痛にハリーは思わず膝をついた。

 

カランという音で自分が杖を落としてしまったことに気付いた。

凄まじい悪寒と恐怖心にハリーは悶える。

 

目の前の化け物が--吸魂鬼が腐ったような灰色の腕をハリーへ伸ばした。

 

『やめて! ハリーだけは…! ハリーだけは…!』

 

視界がぐるぐると回る。

女性の声がした。悲痛な声だった。

 

『お願い…! ハリーだけは助けて! 私はどうなってもいいから…!』

 

この声を自分は知っている。体から力がどんどん抜けているのを感じた。

女性の--母さんの声が鮮明になっていく。

 

頭が朦朧として何も分からなかった。何かを拒否するように体が痙攣している。

 

いよいよ吸魂鬼がハリーに触れようとしたその時。

 

「「エクスペクト・パトローナム!!」」

 

自分の横を銀色の獣が二体通り過ぎた。

大型の犬と狐の風貌をしたそれはハリーを守るように躍り出て、吸魂鬼へと向かっていく。

 

ハリーは激しく咳き込んだ。どうやら自分は呼吸も禄に出来ていなかったらしい。

 

気づけば、自分を庇うように2人の男性が立っていた。

もう母親の声は聞こえない。

 

「ハリーー!!!」

 

吸魂鬼を追い払ったシリウスとセブルスがこちらに駆け寄る前に、ハリーは意識を手放した。

 

 

 

 

 

セブルスから伝言をもらったシャルロットは、すぐにメアリーに頼んで付き添い姿くらましをしてもらった。

 

曾祖母ダリアは高齢なのに加えて今年のこの異常な暑さですっかり体を弱め、シャルロットは夏休み中ずっと看病をしていた。

 

曾祖母は心配であるが、それと同じくらい目下の心配事はドラコだ。

しかし彼は全く自分に連絡を寄越してくれない。何度かふくろう便を出したが、帰ってきたのは一通。それも「迷惑だから連絡しないでくれ」のたった一言。

それが彼の本心でないのは分かっていたけれど、落ち込む気持ちは止められなかった。

 

そんな訳で、ハリーが吸魂鬼に襲われたと伝言を貰ったシャルロットは心配と不安な感情がカンストしそうになりながら、グリモールド・プレイスへ向かったわけだ。

 

「吸魂鬼に襲われたですって!?」

 

玄関に着いたシャルロットはメアリーを帰すと、鼻息荒くリビングへと入った。

 

「やあ、シャル。 可愛い顔が台無しだよ」

 

ホットチョコレートを啜りながらハリーは軽口を叩いた。

しかし、その顔は青白い。未だに手も小刻みに震えてる。

 

おそらくオーダーメイドなのだろう、ブラック家の家紋が刻印されたフカフカなソファで、ハリーの両脇にロンとハーマイオニーが寄り添うように座っていた。

 

「あら? ハーマイオニーとロンも来てたの?」

 

「ハァイ、シャル。 ええ。 魔法界のことが知りたくて…最近はロンの家にお邪魔してたの」

 

ロンがそれを肯定するよう頷く。

 

「おう、シャルも来てくれたのか」

 

有名ブランドの黒ローブを羽織りながら、そう言ったのはシリウスだ。

明らかに仕事モードな彼の格好にシャルロットは首を傾げる。今日は休みのはずだ。

それに答えるかのように、シリウスはテーブルに置かれた手紙を指さした。

 

「な、なにこれ…!?」

 

手紙に目を通したシャルロットは驚愕の声を上げた。

それもそのはず、それは未成年が学校外で魔法を使ったことによる退学通知だった。

 

「一方的すぎるわ! そもそもやむを得なく身を守る場合は未成年の魔法は許されているのであって--」

 

「ストップ、シャル。 さっき全く同じ説明をハーマイオニーがしたからカットで」

 

ハリーは未だ優れぬ顔色のまま、笑いながら言った。そして、そのまま言葉を続ける。

 

「退学はそりゃ嫌だけど…。 それよりまずいのは、パパとセブルスおじさんにも魔法省に出頭命令が出てるんだ。 2人が魔法を使ったのはマグル街だからね」

 

「大丈夫だって! 吸魂鬼がマグルの街に現れるなんて異常事態だぜ。 すぐ正当防衛が認められるよ」

 

ロンは楽観的に笑い、未だ青い顔をしたハリーの背中をバシバシ叩いた。

 

--そう。

魔法界において、マグルに発覚される恐れがある場所で魔法を使うのは違法だ。しかし、正当防衛のように必要に応じた場合確かにそれは認められる。

 

問題は、とシャルロットは一人思考を深める。

それが魔法省が認めた場合ということなのだ。

去年のファッジの一件がある。仮に魔法省の誰かが吸魂鬼をあやつっていたら?

つまり、今回の件が魔法省の誰かが意図的に起こした事件だとしたら…?

他の目撃者がいないこの状況は、かなり不利なのではないか。

 

ハーマイオニーと視線が重なった。

彼女もまた不安げに眉を下げた。彼女も同じことを考えていたのだろう。

 

 

 

 

 

 

煙突飛行で魔法省に現れたシリウスは大臣の元に行く…と思いきや向かったのはとある執務室だった。

 

闇祓いは現場仕事や訓練が職務内容の殆どであるが、魔法省の仕事は所謂デスクワークが大多数を占める。そのため執務室は部署ごとに当然大部屋となるわけだが、シリウスが目指すそれが個室であることがその主の位の高さを示していた。

 

扉をノックする。「どうぞ」と甘ったるい声が聞こえた。

薄ピンクのレースがかかったドアノブに手をかけようとして--シリウスは嫌悪感から手を離し杖を使って開けた。

 

「あら、珍しい来客ね。 貴方が私を訪ねるなんて。 --いかがしました、シリウス? 確か貴方は出頭命令が出てたはず。 こんな所に来てる場合ではないでしょう?」

 

悪趣味としか言いようがないピンクに埋め尽くされたその部屋で、同じくフリフリのピンクに身を包んだその女は、にこやかな顔で小首を傾げた。

そして、弾んだ声で「お座りなさいな」と言った。

 

杖をひと振りして椅子を用意し、紅茶のセットを運び込む。

薔薇が所狭しと描かれたセンスの無いティーセットだ。見るからに安物のそれをシリウスは鼻で笑った。

 

「いや結構。 喉は乾いていないのでね」

 

「あらあら、それは残念ね」

 

目の前の女は大して残念そうでもなくあっさりと引く。瞬く間にシリウスの分の紅茶はどこかへ消え去った。

 

あくどい手段でのし上がってきた女だ。何を入れられてるか分かったものではない。

 

「面倒な駆け引きはなしにしようぜ。 何が望みだ、ドローレス?」

 

目の前の女--ドローレス・アンブリッジはガマガエルのようにニンマリと笑みを深くした。

自分用の紅茶を口に含み、唇を蛇のようにちょろりと舌を出して舐める。

 

「仰ってることが分かりませんわ。 それより、ご子息が未成年魔法を使って、退学通告されているとか? 残念ですわね。 貴方に似て将来有望だったでしょうに」

 

「とぼけるのは終わりだ。 おまえしかいないだろう。 あんな街中に吸魂鬼を向けるなんて…俺の息子を殺すつもりだったのか?」

 

ギラリと目に剣呑な光を見せるシリウスに、アンブリッジは思わず口に寄せたティーカップを戻した。

長年にわたり闇祓い局の局長として最前線を張り続けていたシリウスの殺気は、並大抵の迫力ではない。…とは言え、それで引いてくれる相手なら目の前の女もここまで成り上がっていないだろう。

 

「心外だわ。 何故私がそんなことをしなければならないの?」

 

「前から私のことを目障りに思っているのは分かっていたよ。 だが直接手出しは出来なかった…自分で言うのも何だが、私はファッジのお気に入りだったからな」

 

アンブリッジは笑みを浮かべたまま、ただ聞いている。

 

「転機となったのはこないだの一件。 私の息子がヴォルデモートを見たと証言したことだ。…ああ、その話の真偽をここで話すのは止めておこう。 私の息子はファッジの不興を買った。 それは同時に私への不興も意味する。 おまえはチャンスだと思い、吸魂鬼を差し向けた。 ここで私の息子を葬れば、魔法省はさそがし助かるだろうよ」

 

「ふふっ。 面白いお話ね。 仮に今の話が真実だったとしましょう。 私が証拠を残してるとお思い?」

 

「いや全く」

 

あっさりとしたその返答に虚をつかれたらしい。部屋に入って初めて、アンブリッジのどす黒い笑みは消えた。

 

「今回の件、結果はおまえから見たら失敗だろう。 確かに目撃者はいないから、息子は無実を晴らせない。 このまま退学となる。 だが、それだけだ。 ホグワーツを退学になっても、ブラック家の嫡男なら他の魔法学校に転入は出来る。 ダームストラングは好かないがな」

 

「私に息子の進路相談に来たの?」

 

アンブリッジが苛ついたように、指でデスクをとんとん刻んだ。連動して、真っピンクの部屋に飾られている写真の中の愛くるしい猫が、毛を逆立ててシリウスに威嚇した。

 

犬と猫って仲悪いよな。シリウスはそんなどうでもいいことを考えた。

 

「失礼、話が逸れたな。 さらに私と友人に出頭命令が出ているが、これも大したものではないだろう。 せいぜい訓告、悪くて罰金程度だろう」

 

「そうでしょうね」

 

客観的な事実に、あっさりとアンブリッジは返答した。

しかし、その瞳には警戒の色が濃い。目の前のこの男が何を言い出すのか読めないのだろう。

 

「取り引きをしないか。 おまえにとっても得はあるぞ、ドローレス」

 

漸くシリウスは核心に切り込んだ。

 

「聞くだけ聞いてあげましょう」

 

この場の主導権を握られたくないのか、挑発的にアンブリッジも返す。

 

「息子の退学を取り消せ」

 

アンブリッジは再び余裕を取り戻し、濃いグロスが引かれた唇で弧を描いた。なんだ、この男は結局息子の嘆願に来たのかと。

 

「おかしいわね。 それだと私に何の得もなくてよ」

 

「いや、あるさ。 もしそれを呑んでくれるなら、私は闇祓い局長の座を引こう。 言っていることが分かるか? 邪魔だった私が魔法省を辞めるということだ」

 

シリウスは--まるで今日は晴れてるね、夕方雨が降りそうだねと天気の話をするかのように--涼しい顔で言い切った。事も無げに。

 

一瞬の沈黙。

予想していなかった申し出にアンブリッジはぽかんと間抜けな顔になった。

そして、事の意味を理解するとたちまち獲物を前にした獣のように、彼女の小さな目がギラギラと輝いた。

 

「貴方が--魔法省を辞めると、そう言ったのかしら?」

 

「そうだ。 悪くない条件だろう…」

 

しかし、クックッと彼女はいやらしい笑い声を上げた。

 

「いいえ! 足りないわね。あなたが魔法省を辞めることと、そうね…もう1つよ。 同じく出頭命令が出てるセブルス・プリンスがホグワーツ教師を辞めることも条件。 それならハリー・ブラックの退学を取り消せるわ」

 

「はぁ? セブルスが…あいつがホグワーツ辞めておまえに何の得がある?」

 

今度はシリウスが予想外の言葉に、眉をくっと吊り上げた。

 

「それを貴方に教える義理まではないわ。 呑むの? 呑まないの?」

 

シリウスは押し黙った。

立場としてはアンブリッジの方が優位である。

 

「まあいいわ…。 ミスター・プリンスがいない状況ではすぐに結論も出せないでしょう。 数日以内に…」

 

「いや、その条件で呑もう」

 

シリウスがそう言うと、驚いたようにアンブリッジは目をパシパシと瞬かせた。やがて、再びニンマリと唇を三日月形に引き伸ばした。

 

「あらあら、貴方とプリンスはご学友だと聞いてたけれど。 息子を守ってもらったのに薄情なのね、ブラック局長。 --いいえ、もうミスター・ブラックと呼びましょうか?」

 

腹立つガマガエル女め、とシリウスは舌打ちをした。

こんな煽り方をされて躱せるほど、シリウスは大人ではなかった。

 

「ドローレス…いや、アンブリッジ上級次官。 一つだけ忠告してやる。 俺は血筋なんてどうでもいいと思ってる。 だが、純血だと周囲に嘘をつくのは品格に欠けるぜ。 じゃあな」

 

首まで真っ赤にしたアンブリッジが、何か言い募る前にピシャリと扉を鼻先で閉めてやった。

いい気味だ。シリウスは少しだけ胸がすいた。

 

歩きながら今後のことを考える。

自分が辞めるとなると、後釜は…普通に考えたら現在副長を務めるルーファス・スクリムジョールだろう。実力からしても申し分ない。

 

「でもあいつ…頭硬いんだよなあ。 大丈夫かなあ」

 

シリウスは先程の威勢とは打って変わって少々気弱な声を出した。

そして、不死鳥の騎士団が再結成した今、闇祓い局の局長という自身のポストは魔法省の内部を探るのに大きな役割を持つものであったのは自覚してる。

 

説教されそうな団員を数え…片手を超えたところでシリウスは数えるのを止めた。取り敢えず一番怖そうなダンブルドアはセブルスに任せよう。

 

 

 

 

 

「で、これは何のパーティーなのよ?」

 

「パパとセブルスおじさんの無職記念パーティー」

 

グリモールド・プレイス12番地。

夜更けまでパーティー…という名の大人たちの飲み会は続いている。

 

「ちなみにリーマスおじ様も今無職よ」

 

「そりゃ有難い情報をどうも」

 

シャルロットは、ベランダで夏の夜風に当たっていたハリーにファイアウィスキーの入ったグラスを手渡すと、隣りに座った。

風の中に潜む冷たさが、秋がもう近いこと--つまり夏休みの終わりを告げている。

 

「宿題は終わってるの? 今年はあまり手伝う時間なかったけど」

 

「今年はハーマイオニーが見てくれた」

 

ハリーはぺろっと舌を出しておどけた。

シャルロットはクスッと笑う。ハーマイオニーのことだ、きっと厳しく彼の学力向上に付き合ってくれたのだろう。

 

「ロンとハーマイオニーはさっき隠れ穴に帰ったわよ」

 

「あはは…。 気使わせちゃったかな?」

 

ハリーの吸魂鬼襲撃に伴いブラック邸にいたロンとハーマイオニーは、その後帰宅したシリウスからハリーの無罪と引き換えに、2人の大人が職を失ったことを聞いた。

ショックを受け静かになったリビングで、突然シリウスが「パーティーでもしよう。リーマスも呼べ」と言って…今に至る。

 

「落ち込んでる?」

 

ハリーはあまりに直球に聞いてくる幼馴染の顔を見上げて、力無く笑った。シャルロットのこういう所が好きだった。

アルコールのせいか僅かに頬に赤みが差しているシャルロットは、子どもっぽさが消えて写真で見た彼女の母親に益々似ていた。

 

「まあね。 僕の退学取り消しが、パパが闇祓い辞めてセブルスおじさんがホグワーツ辞めるんじゃ…吊り合わないよ」

 

「そう思うなら勉強を頑張りなさいよ。 今年はふくろうの年なんだから」

 

「シャルは恨んでないの? 僕のせいでセブルスおじさんホグワーツ辞めさせられたんだよ。 その--お母さんの入院費用だって…かかるでしょ?」

 

最後の言葉は思わずくぐもった。

しかし、シャルロットの返答はあっさりしたものだった。

 

「当の本人が何とも思ってないのに、何で私が恨まなきゃいけないのよ?」

 

ハリーは少し気が楽になって、グラスに口をつけた。

 

ハリーもシャルロットも分かってるのだ。

大人たちがどれだけ自分たちを愛しているのかを。ハリーの命が助かることに比べたら、職を失うことなんてそれこそ天気の話のように些細な問題なのだ。

 

「パパたちの絆って特別だよね。 言葉がいらないっていうか…繋がりあってるっていうか…。 家族の僕たちでも入り込めないって時ない?」

 

シャルロットもウイスキーを飲み進める。なかなかの量を彼女は飲んでいる。

 

部屋の中でシリウスの大きな笑い声が聞こえた。セブルスも屈託なく笑って彼の背中をバシバシ叩いてる。

そこには何の遺恨もない。

 

リーマスは先に潰れたのか、ボトルを抱えたままソファーで足を投げ出して寝ていた。どうやらシリウスが彼の顔に何やら落書きをしているらしい。

いい年こいてやってることは完全にティーンエイジャーだ。

 

「えぇ。 でも私は……私たち幼馴染の絆もそうだと思ってる」

 

「うん」

 

「今一番辛い思いしてるのはドラコよ」

 

「わかってる」

 

ハリーはポツリと言葉を返した。

シャルロットに倣ってウイスキーを呷る。喉の奥がカッと熱くなった。

 

「パパたちの絆が深いことは否定しないけど、でも一人それを永遠に失った人がいるでしょう。 私はドラコを絶対にそうはさせない」

 

「それは…幼馴染の絆ってより君の恋心じゃないの?」

 

ハリーがわざと意地悪なことを言ってみた。

すると、シャルロットはアハハッと彼女らしくなく快活に笑った。それがハリーの本心じゃないことなんて、言葉にしなくても分かっていた。

 

「馬鹿ね。 3年前のハリーが私にそうしてくれたように、私とドラコも貴方のために命賭けられるわ。 そんなの貴方が一番わかってるでしょう?」

 

「当然」

 

少し酔いが回っているのか、彼女にしては珍しく饒舌だった。

小っ恥ずかしいことを言ったのを自覚したのか、誤魔化すようにシャルロットは話を変えた。

 

「あーあ、早くドラコをどうにかしないと。 パパは無職だし、こうなったら何がなんでもマルフォイ家に嫁ぐしかないわよ! 玉の輿だわ!」

 

シャルロットの声は不自然なくらい明るかった。

彼女もまた表には出さないだけで、ドラコのことで深く傷ついているのだろう。

 

「君はおじいさんがマグルだもんなあ。 マルフォイ夫妻の説得は時間かかるかもね」

 

「そうよねぇ。 ナルシッサおば様もルシウスおじ様も私に良くしてくれるけど、どこかで線引かれてるのは気付いてるのよ」

 

「あの2人は特に強烈な純血主義だからね。 ナルシッサおばさんも僕がブラック姓名乗ってるのは、内心では許せないと思うよ」

 

シャルロットは、ダリア曾祖母の「貴族はいかなる時でも本心を見せてはならない」という教えを思い出した。自分は全く守れてないけれど。

 

それでも、ナルシッサやルシウスの見せてくれた優しさが全て嘘だとは思いたくなかった。

 

「まあ、ドラコとどうしても結婚したかったら既成事実つくるしかないんじゃない?」

 

「どういうことよ?」

 

「赤ちゃん作っちゃうのさ」

 

あっさりハリーは言った。

隣りでぷるぷると震えるシャルロットにも気付かず、ハリーはぺらぺらと言葉を続ける。

 

「マルフォイ家は一人っ子が多い家系だから、特に後継ぎ問題に敏感なんだ。 だから、例え血筋に思うとこがあっても子どもが出来ちゃったら--」

 

最後まで言いきらぬうちに、ハリーの頬に滅茶苦茶に痛いビンタが放たれた。

 

そして、どちらからともなくゲラゲラと大笑いした。

一頻り笑ったあと、ふとシャルロットは真面目な顔をした。

 

「今年からはあまり寮で話せなくなるわね」

 

「そうだね。 まあ、ふくろう便でも飛ばすよ。 ドラコのこと頼むね」

 

「…ええ。 そういえば、明日あたり学校から手紙届くかもね。 監督生、狙ってるのよ」

 

「へえ」

 

わざと興味無さそうにハリーは返した。

 

「セブルスおじさんは教えてくれないの? 今日辞めたとしても、もう監督生はとっくに決まってるだろ?」

 

「パパはそういうの厳しいの。 教師間の学校の情報は私にすら教えてくれないわ。 …なに? まさか貴方も狙ってた? ハリーはどうかしらねえ。 お世辞にも授業態度良くないでしょ?」

 

「確かに僕は真面目じゃないけど…。 でも僕以外にふさわしい人いる?」

 

「随分自分に自信がお在りのようで。 あなたが監督生になったら、グリフィンドールは終わりよ」

 

シャルロットは腕を組んで呆れたように息を吐いた。

 

「はあ? 君みたいな暴力女が監督生になったらスリザリンこそ終わりだよ」

 

まだピリピリと痛む頬を、これみよがしにさすりながらハリーは言った。





住んでるのがグリモールド・プレイスなので近くにフィッグおばさんも住んでません。そのため原作と異なり証人がいません。


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夏休みの終わり

 

『堕ちたブラック家の権威

 

純血一族の王者ブラック家。 中世から永盛を極めた貴族も転落は儚いものだった。 生き残った男の子ハリー・ポッター、彼がブラック家の養子であることはあまりに有名だが、彼が最近起こした事件をご存知だろうか? ハリー・ブラックは愚かにも、マグルの住む街で面白半分に魔法を使った。 ご存知の通り、マグルのいる場で魔法を使うのは違法である上に彼は未成年である。 未成年魔法禁止法に則り、彼は本来退学になるべきだが、父親シリウス・ブラック(闇祓い局元局長、またブラック家現当主)の司法取引により退学は免れた。』〈日刊予言者新聞〉

 

 

『生き残った男の子、ハリー・"ブラック"の素顔

 

「わがままで目立ちたがりだよ、あいつ」 記者にそう語るのは彼の同級生マイケル(仮名)である。 生き残った男の子と持て囃され、さらにブラックの名を養子として引き継いだ彼がどれほど甘やかされて育ったのか。 「あいつは選考も受けずに1年生の頃からシーカーだったよ。おかしいよね」。 ホグワーツに通った読者の皆さんなら、一年生がクィディッチ選手になれない決まりを知っているだろう。 耳を疑うような話だ。 ホグワーツでこのような露骨な贔屓が横行しているのを我々は許して良いのだろうか? さらにマイケルの話は続く。「去年の三大魔法学校対抗試合だって、彼だけ特別に選ばれるなんて変だよ。そりゃ最後は悲しい事件が起きたけど…」。 ホグワーツで特別に選ばれたもう1人の選手ハリー。 そして、命を落とした"本当の選手"セドリック。 本当にその事件はただの"事故"なのだろうか。 次章では今年ホグワーツを揺るがした一人の少年の死に迫る。』 〈ハリー・ポッターの真っ黒(ブラック)な真実〉 (著 リータ・スキーター)〉

 

 

『ブラック家没落の陰にプリンス家

 

今話題のブラック家没落のニュースについて我々は散々目にしているが、ブラック家の司法取引に巻き込まれたプリンス家を知るものは少ない。 当主はホグワーツで教鞭を取りながら魔法薬研究会にも所属していたセブルス・プリンス。 彼は父親のマグル姓であるスネイプを名乗っていた。 シリウス・ブラックとは学友であったが、息子の退学との天秤に負けたということだろう。 何故このセブルス・プリンスまでも職を失ったのか取材中であり詳しいことはまだ分からない。 しかし、この若き当主たちの友情に亀裂が入ったのは間違いない…』 〈週刊魔女〉

 

 

「インセンディオ!」

 

ハリーが読んでいた雑誌は途端に炎に呑まれた。

 

「…うわ!? あちちちち!」

 

没頭していたハリーの反応は少し遅れ、あまりの熱さに雑誌から手を離す。雑誌だったものは瞬く間に灰へと変わった。

 

「なんて情けない反射神経なの! それでも本当に現役クィディッチ選手?」

 

わざとらしく溜息をついてみせたのは、髪を涼し気なミントグリーン色にしたニンファドーラ・トンクスだ。

七変化であるトンクスは会う度に違う容姿をしている。

 

シリウスが仕事を辞めたあと、ダンブルドア率いるレジスタンス組織『不死鳥の騎士団』本部はグリモールド・プレイス12番地へと移された。

 

毎日多くの人が訪れ、会議が開かれる。

だらしない格好でテレビを見ていたところに、マクゴナガルが現れ「宿題は進んでますか、ブラック」と厳格な声で言われた時には文字通り飛び上がった。夏休み中に学校での気持ちを思い出させてくれるなんて、何て素晴らしい教師かと涙が出そうになる。

 

そして、騎士団の人間がみんながみんな清廉潔白でハリーに好意的なわけではない。中には、レギュラスやマンダンガスのように気に食わない人と顔を合わせることもある。

特に、レギュラスは長年居候していたプリンスの別邸を何故か最近出たらしく、頻繁に騎士団に出入りしている。(そもそも彼にとってここは実家であるが、現在の主人のせいもあり望んで出入りしていないのは確かだ。)

 

そんな目まぐるしい環境の中で、普段闇祓いの仕事に忙しくなかなか会えない姉貴分のトンクスと会えるのはハリーの数少ない楽しみだった。

 

「トンクス! 僕の部屋に入る時はノックしてっていつも言ってるだろ!」

 

思いのほか早く会議は終わったらしい。

会議の内容は毎度少し気になるけど、大人たちが自分に聞かせる気がさらさらないのは知っている。

 

ハリーは焦って出しっぱなしだった下着や、机の上に散らかされた手紙を背後に隠した。

思春期って嫌ねぇとトンクスは呟く。そして、我が物顔で少し皺の寄ったベッドへと腰掛けた。

 

「昔はニンファドーラ姉ちゃんと結婚するって言ってたんだよ。 あんた」

 

トンクスがニヤニヤ笑う。

窓から差し込む夕陽に照らされて、彼女のミントグリーンの髪は芽吹いた植物のように生き生きしていた。

 

「やめてよ、そんな子どもの頃の話」

 

「今も子どもじゃん」

 

「トンクスだって、リーマスおじさんの前では少女みたいになるじゃん。 まさか初恋なんて言わないよね?」

 

うっとトンクスは声を漏らした。痛いところを突かれてしまった。

トンクスの髪が心中を表すかのように、目まぐるしく色を変える。青々としていた緑は鮮やかな赤に、そして紫に黄色に変わり、それはハリーの目を疲れさせた。

卒業してだいぶ経ち闇祓いの仕事もまあまあこなしているというのに、恋愛面において年下の子どもに一本取られるのは情けなさすぎる。

 

「あんたますます生意気になるわね。 ガキンチョのくせに」

 

「心配しないでよ。 黙っておいてあげるから」

 

悪態をつくトンクスに、ハリーはのんびりと笑って返した。

 

慣れたようにトンクスはクィディッチ雑誌を物色した。そして、お目当ての今月の新刊を手に取ると、行儀悪くごろんと寝転がる。

 

ファンなら自分で買いなよとハリーによく言われるが、元ブラック家であり深窓の令嬢だったアンドロメダはスポーツ雑誌を集める色気のない娘に口煩い。

雑誌の趣味が合うトンクスにとって、ハリーの部屋は便利な図書館だ。口では生意気なことを言うハリーも、こうしてお互い好きな雑誌を読んで過ごす時間が好きなのを知っていた。

 

 

トンクスは先程までハリーが呼んでいた雑誌の山を横目で見る。燃えたのはほんの一部でまだまだ多くの大衆雑誌があるのが見えた。

 

「やめなよ、あんなの読むの」

 

トンクスは今期のクィディッチ注目選手の記事を眺めながら、さらりと言った。

 

「うん」

 

ハリーは素直に頷いた。

その様子が子どもらしくて可愛かったのか、トンクスはハリーの頭をくしゃりと掻き回して抱き寄せた。

 

「不安にならないの! そりゃ多分ハリーが学校行ったら今年は嫌な思いするかもしれない。 でもね、ハリーのこと大切にしてくれる人はちゃんといるよ」

 

「うん」

 

「だからね、その大切な人の幸せは喜ぶべきだと思うよ。 嫉妬する気持ちはわかる。 でもその友達はハリーがクィディッチ選手に選ばれた時、喜んでくれなかった?」

 

ハッフルパフ出身である彼女は底抜けに明るくてひょうきん者なくせに、シリウスでも気付かないようなハリーの心の機微に気づくことがあった。

 

--急いで隠したつもりだったが見られていたのだ。

ハリーの机の上には、ロンとハーマイオニーとシャルロットからの手紙があった。内容は同じで、監督生に選ばれたという手紙だ。

返事はまだ出していない。

 

「ロンのこと大好きなのに、何で…自分じゃないんだろうって思ってる。 成績もそんな変わらないし…僕の方が今まで活躍したのに」

 

ポツポツとハリーは言葉を漏らした。拳をぎゅっと握るとそのまま膝を抱える。自分がとてつもなく嫌な人間に感じた。

 

 

「ハリー、何か勘違いしてない? 監督生って、派手なことした人に送られる賞だと思ってる?」

 

 

トンクスはちょっと笑った。

 

「そんなこと思ってないけどさ!」

 

ハリーはムキになって口を尖らせた。

 

「ロンって、チャーリーにもよく似てるわよね。 兄弟だから当たり前だけど」

 

トンクスはドラゴンの研究をしている彼と同級生だ。今は疎遠らしいが、学生だった当時はそれなりに交流があったとか。

 

「あたしもあんたと同じ一人っ子だからよく分からないけどさ、兄弟がたくさんいる家族って空気読むのが上手いのよ。 周りを見ることに長けてるの。 そういう子って、監督生向いてるとあたしは思うよ」

 

ロンのジョークで、何度も空気を変えてもらい助けられたことがあるハリーにはそれが誰よりも分かっていた。

そして、そんなことをハリーが分かっているのもさらにトンクスは見抜いていた。

 

「早く返事書いてあげなよね」

 

ハリーは子どものように素直に頷いた。

 

 

 

 

 

「守護霊の呪文…?」

 

そうだ、とセブルスは頷く。

 

プリンス邸の小綺麗なキッチンで、久しぶりに体調が良く起き上がってきたダリアと共にシャルロットはジンジャークッキーを焼いていた。

ハウスエルフのメアリーも、最早慣れきったように見守っている。

 

材料をきっちり計り秒単位で焼き時間を見極め、空いた時間でテキパキと片付けに勤しむシャルロットの料理は、まるで魔法薬の調合のようだ。

それなのに、毎回てきとうな分量で作るダリアの方がおいしいのがシャルロットは腑に落ちない。

 

「守護霊の呪文って、こないだハリーがシリウスおじ様から教えて貰っていた魔法?」

 

「ああ、そうだ。 覚えていて損は無い。 明日から練習するぞ」

 

セブルスは職を失ってからの殆どを、家とレイチェルの病室を往復する生活に費やしている。

この状況で不謹慎かもしれないが、仕事でずっと忙しかった父親が家にいて、構ってくれるのは嬉しかった。

 

母親の入院費用は全て今後シリウスが責任をもって支払うと言ったらしいが、セブルスとの口論の末に一部だけ負担することに落ち着いたらしい。

 

「あら、それはいい考えね。 授業で教わったことだけで満足しては駄目よ。 常に努力をしなければいけないわ」

 

ダリアはオーブンの温度を確かめながら、朗らかに言った。

彼女もまた学生時代は主席で優秀な生徒であった。

 

「確かに興味はあるけど…夏休みが終わるまであと数日よ? ハリーでさえ、あんなに習得に時間かかったのに」

 

シリウスは例の事件の後、ハリーにマンツーマンで守護霊の呪文の練習をさせた。

セブルスもブラック家へ行った時、一度だけその場を見た事がある。

 

--ちげえよ! もっと、ぶわっと幸せな記憶を思い浮かべろ。 それでその魔力をこう杖に乗せて--

 

シリウスの教え方は、これで本当に闇祓い局の訓練の指揮がとれていたのかと疑いたくなるほど、かなり感覚的なものだった。

それでコツを掴み習得したハリーもハリーである。--つまり、似た者親子。

 

だが、シャルロットは理論を把握してからコツコツと練習を重ねるタイプだ。セブルスは決して守護霊の呪文に長けているわけではないが、同じ性質の自分が教えた方が手っ取り早いだろう。要するにこちらも似た者親子なのである。

 

不死鳥の騎士団の本部はグリモールド・プレイス12番地になったことで、そのせいで、シャルロットも前のように気軽に遊びに行けなくなってしまった。

そして、突然レギュラスも別邸を出てしまいなかなか会えない。それが騎士団に関係する理由なのだろうということは想像がついたが、聞いても本人はもちろん誰も教えてくれなかった。

 

結果的に毎日をプリンス邸で、曾祖母や父親、そしてメアリーと穏やかに過ごす。

勉強をしてお菓子を作り本を読み、騎士団の業務から帰った父親と夕食を囲む。思うところがないとは言わないが、シャルロットは平穏であった。しかし、それもあと少し。

 

学校が始まる--。

 

 

 

 

 

 

ぽかんと突き抜けた青空のキングス・クロス駅。

秋風というよりは夏の匂いがまた濃い風に頬を撫でられて、9と4分の3番線に足を踏み入れた。

 

新生活に希望沸き立つ新入生たちを横目に、ハリーはトランクをゴロゴロと転がした。籠の中のヘドウィグは久々の喧騒に不満げな鳴き声を漏らす。

 

そして、その喧騒は自分に向けられていることにハリーは嫌でもすぐに気付いた。保護者はもちろん生徒からの視線もかなり厳しく、噂話を隠そうともしない。いや、噂話なんて可愛いものではなく明確に悪口と思われる内容も耳に入ってきた。

 

大丈夫。これくらいなら耐えられる。ハリーはそう自分に言い聞かせた。

そんな気持ちになれるのもひとえに--。

 

「ハリー、久しぶりだね」

 

ルーナ・ラブグッドは何やらヌメヌメした素材の緑色の変なピアスを揺らしながら、ふわりと微笑んだ。

 

「やぁ。 …イカしたピアスだね。 えーっと、何のピアス?」

 

「ラックスパートの鱗で作ってあるの。 お揃いにする? ハリーの瞳の色とも良く似合うよ」

 

ハリーは思わず吹き出した。そしてひとしきりゲラゲラ笑うと、ルーナに少々熱烈な挨拶のハグをした。

格好つけて彼女のトランクを持つと(何が入っているのか彼女のトランクは死ぬほど重かった)、空いているコンパートメントに入った。

 

「ねえ、ルーナ。 僕が君にどれだけ感謝しているか、多分君には一生分からないだろうな」

 

ハリーは深紅の座席に腰を下ろしながら、心からそう言った。当の本人であるルーナはきょとんとする。

 

汽車は出発すると、瞬く間にロンドンの都会を通り過ぎた。

車内販売の魔女が現れ、マグル生まれと思われる一年生は特に興味津々にそれを眺め購入している。

 

大鍋ケーキを2人でつついていると、見知った丸顔の少年がコンパートメントを通り過ぎていくのが見えた。

 

「やあ、ネビル!」

 

絶賛成長期らしい彼は、幾らか背が高くなっていた。

人の良い穏やかな顔でこちらに笑いかける。

 

「ハリー、夏休みは…ゆっくり過ごせた? ルーナも久しぶりだね」

 

ネビルらしい優しい言葉であった。

ハリーは彼があの滅茶苦茶な記事を信じてないことに改めて安堵しつつ、笑顔を浮かべて頷いた。

 

「気使ってくれてありがとう。 良かったら、大鍋ケーキいっしょにどう? 僕たちにはちょっと多いんだ」

 

「アー…ごめん。 嬉しいけど、実はコンパートメントに待たせてる人がいるから」

 

「あ、そうなんだ。 ディーンたち?」

 

ネビルは目に見えて気まずそうな顔をした。

 

「いや…ジニーだよ」

 

突如、ハリーの気持ちは去年のセドリックのお葬式へと引き戻された。

思い出さないようにしていたはずなのに、小さな妹分の泣き腫らした顔と憎しみに満ちた瞳が甦る。

 

言葉を失ったハリーの肩に、小さな手が添えられた。ルーナだった。

 

「ジニーは元気を取り戻した?」

 

穏やかにそう訊いた。

しかし、その瞳は彼女らしくないほど悲しみに満ちていた。

 

…どうして気付けなかったのだろう。

ハリーは自分のことが心底嫌になった。

ルーナとジニーは寮は違えど、友達同士なのに。ルーナはどれほど彼女の傍に居てあげたいだろうか。

 

「たくさん泣いてるよ。 それにとても痩せた。 でも、たまに笑ってくれることもある」

 

「そう。 あんたが傍に居てくれるなら安心だね」

 

「ルーナ、君は僕の成績知らないの? 僕なんて…馬鹿だし愚図だし、取り柄もないし、何も出来ないよ。 今日だってジニーは泣いてるのに、気の利いたことなんて何ひとつ言えてない」

 

「成績の話なんてしてないよ。気の利いたこと言う必要もない。あんたは誰かが辛い時にその気持ちに寄り添うことができる人ってだけ」

 

ネビルは目をぱちくりした。

そして、言葉の意味を呑み込むとちょっと頬を紅く染めた。

 

「えっと、それじゃあまたね。 ハリー、ホグワーツ着いたらミンビュラス・ミンブルトニアを見せるよ。 アルジー叔父さんに誕生日にもらったんだ」

 

ハリーはミンビュラス・ミンブルトニアが何のことかさっぱり分からなかったが、興味が湧いたような顔をつくった。

 

「そりゃ楽しみだ。 ネビル、これ。 僕から貰ったことは内緒にして、2人で食べて」

 

ハリーは大鍋ケーキを分厚く分けると、ネビルに押し付けた。

 

ネビルがコンパートメントから出ていくと、生徒の見回りをしている監督生が通り過ぎて行くのが見えた。

ロンとハーマイオニーがこちらに手を振る。

そして、距離を開けてシャルロットと--ドラコ。

想定はしていたが、やはり彼は監督生に選ばれたらしい。

 

ドラコはわざとらしいほどに、こちらを一切見ず通り過ぎた。ハリーの胸がきゅうっと痛む。

どうやら彼はシャルロットとも距離を置いているらしい。シャルロットは戸惑ったような顔で、彼の後を少し遅れて着いて行っていた。

 

「ハリー、そろそろローブに着替えようか」

 

「そうだね…--って待った待った!」

 

気持ちを切り替えたハリーが、ルーナの方を振り返った…その瞬間。ハリーは自身の手のひらを前に出し、自分の視界から彼女から遮った。

ルーナは着ていたTシャツを無防備にお腹の辺りまで捲っていた。

 

「何してるの君は!」

 

「え? だから着替えようって」

 

ルーナはこれっぽっちも警戒心の無さそうな顔で首を傾げる。

 

「全く君は--! それ絶対に僕以外の男にしちゃ駄目だからね! いや、僕の前でもしちゃ駄目だから! コンパートメントの外に出てるから着替え終わったら教えて」

 

顔を赤らめながら、ハリーは扉の外に出る。

今までたくさんの女の子と付き合ってきたのに、これほどまでにペースを狂わされる彼女は初めてだ。

先程の自分の対応があまり格好良いものではなかったことに頭を抱えながら、ハリーは窓へと視線を移した。

 

ずっと遠くにホグワーツ城が薄らと見えた。

しかし、その空には分厚い雲がかかり今にも雨が降り出しそうである。

 

暗い曇天がそのまま今年一年のハリーの運命を表しているように感じてしまい、ハリーは知らずのうちに身を震わせた。





1年半も放置したお詫びという訳ではありませんが、活動報告の方に番外編を上げました。

感想も順次返していきます。


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最悪の新学期

 

汽車がホグズミード駅に停車する。

 

イギリス唯一の魔法族だけの村は、いつだって絵本から飛び出してきたかのようだ。

魔法使いらしく気まぐれにデコボコとした茅葺きの家々は、生徒の帰還を祝うように暖かな光に満ちていた。

 

たんまりと荷物が入った重たいトランクを引き摺りホームに降りたシャルロットは、いつも聞いていたハグリッドの声がないことに寂しさを感じた。

ハグリッドがどこに行って何をしているのかは知らない。今後はこうして、騎士団の使命により親しい大人と、物理的にも精神的にも距離が離れてしまうのかと思うと少し寂しい。

シャルロットは引手のいない馬車に向かいながら、キョロキョロと周囲を見渡してハリーを探す。

 

ハリーは恋人であるルーナと汽車の旅を過ごしていたようだった。

ハリーは、引き手がいないはずの馬車で--まるでそこに動物がいるかのように、ルーナと共に撫でるような素振りをしていた。一体何をしているのか気になったが、彼の顔が穏やかであることに一先ずは安心した。

 

何故ハリーがあんなに辛い目に合わなければいけないのだろうか?

未だに傷が癒えていない幼馴染に心を痛めながらシャルロットは自身の居場所である緑色のネクタイをした蛇の集団に紛れ込んだ。

 

 

 

組み分けの儀式は過去最低だった。

 

帽子は世の危機に迫る歌詞を歌ったのも愉快なものではなかったが、なんと言っても特筆すべきはガマガエル女の登場である。

ずんぐりむっくりとしたお世辞にも綺麗と言えないその女は、ピンクのスーツに身を包み、不気味なほどの笑顔を浮かべていた。

 

魔法省がホグワーツに介入する。

あの女はふてぶてしくもダンブルドアの言葉を遮ってまでそう宣った。

 

自分の父親を無実の罪で解雇させた魔法省のクソ役人が、新任の先生とは何の冗談だろうか。

 

「ご機嫌いかが? シャルロット・スネイプ(・・・・)さん?」

 

ニタリと嫌な笑みを携えたパンジーとミリセントに両脇に挟まれた。

 

「あら、監督生おめでとうの言葉が先じゃなくて? 週刊誌ばっかり読んでるから私に監督生取られたのよ、パンジー」

 

彼女が監督生を狙っていたことを知っていたシャルロットは、仕返しに言い返す。

すると、パンジーは顔を顰めて舌打ちをした。

 

「今に見てなさい。 貴方に穢れた血が入ってるってことは、私がドラコと結婚する可能性はうんと高まったわ」

 

「パンジーはポジティブでいいねぇ。 ふむ、やっぱりホグワーツのマッシュポテトが一番だ」

 

呑気にそう晩餐を楽しむのは、シャルロットの真正面に座るダフネである。口の端にポテトを付けているその様子はとてもじゃないが、良家のお嬢様に見えない。

 

「で、本当はいつからみんな気付いてたの?」

 

あちらこちらで生徒たちは久々の再会話に花を咲かし、新入生の食事の面倒を見ている。しかし今年はそれほど活気がないように感じた。

 

「んー、まあ3年生の頃くらい薄々?」

 

ダフネがのんびりと笑った。

従姉妹であるミリセントがナプキンをダフネに渡すと、ふんと鼻で鳴らした。

 

「あれで隠してるつもりだったの? あんなにグリフィンドールの寮監の部屋に入り浸って」

 

「なによ、ミリー。 気付いてたなら訊けばよかったじゃない」

 

シャルロットが口をちょっと尖らす。

 

「あんた、馬鹿じゃないの? 訊くわけないでしょ」

 

そう言ったのはパンジーだった。

またひと夏を超え、身体的にも精神的にも大人びた少女たちの頬を煌めく蝋燭が照らしている。

大広間の空は、今日は曇っているのか星空が見えない。

 

「相手のことを何でもかんでも詮索するのが友情ではないでしょ。 …特にスリザリンの私たちはね。 言いたくないことなんて沢山あるわ」

 

「あんたそれ遠回しにシャルと友達だって言ってるようなものじゃん」

 

ダフネの言葉に、パンジーは凄い形相でハァ?と金切り声を上げた。

 

「違うわよ! 今年はO.W.Lの年だから成績の良いシャルを利用するだけ! 穢れた血が入ってるあんたなんて卒業したらポイよ、ポイ」

 

「何を大騒ぎしてるんだ?」

 

姦しい会話に、疑問符を浮かべた声で入ってきたのはドラコである。

パンジーをやや押しのけてシャルロットの隣りに座ると、お皿にローストビーフを取り分ける。

 

「あら、私のこと避けてるんじゃなかったの?」

 

「…そのつもりだったんだが、あの女の演説を聞いて気が変わった。 何を企んでいるのか知らないが、セブルスおじ様をクビにした女だろう。 君も目付けられてる」

 

要するに、マルフォイ家である自分がシャルロットの傍にいればアンブリッジが危害を加えることも出来ないだろうと。

 

自身も辛い渦中にいるはずなのにドラコの優しさが変わっていなくて、シャルロットは安心する。

 

「つまり、パンジーの目論見は早くも消え去ったわけだ」

 

ダフネがデザートをつつきながら言うと、パンジーは顔をくしゃっと顰めて舌打ちした。

シャルロットはその顔が何かに似てると感じ、やや考え思い当たった。

 

「パンジー、あなた普通にしてたら可愛いんだからそんな顔しちゃダメよ。それじゃあ、まるでパグみたい」

 

「本当にあんたって嫌な女ね!!」

 

 

 

 

 

 

ハリー・ブラックにとって、新学期は最悪だった。

 

日刊予言者新聞のせいで遠巻きに生徒から距離を置かれるだけならいざ知らず、同室のシェーマスまでもがそれを信じているのはショックだった。ジニーもやはりハリーと目を合わせようとしない。寮の中でも、ハリーは気持ちが安らがなかった。

 

セブルスもハグリッドもいないホグワーツはあまりにも寂しく、寒々としていた。

もうあの部屋でドラコやシャルロットと、セブルスの入れた熱々のココアを飲むことは出来ないのだ。

 

シリウスと手紙をやり取りするにしても、アンブリッジの--もっと言うなら魔法省の検閲を恐れ、大事なことは書くなと釘を刺された。

ヘドウィグとセレスを使った、校内のシャルロットとの手紙も同じく。

 

本来なら他愛のないやり取りを楽しむための手紙も、書く内容をいちいち吟味し考え巡らし、恐る恐るフクロウに託すのでは楽しめたものではない。

 

そんなわけで、フラストレーションが溜まりまくったハリーが『闇の魔術に対する防衛術』でブチ切れたのは当然と言えば当然のことかもしれなかった。

 

「--今、何と言ったのかしら? ブラック」

 

教室中が水を打ったように静まり返る。

その静けさはむしろハリーの激情をさらに熾烈に駆り立てた。

 

「ヴォルデモートが戻ってきたと、そう言ったんです。パパも闇祓いのみんなも見たはずだ! なんで魔法省はそれを隠すんですか」

 

そう怒鳴るハリーを心配そうに見つめる生徒もいたが、大多数の生徒の目には恐れと好奇心が満ちている。

 

「罰則です。 ブラック。 あなたもあなたのお父様も、そんなくだらない嘘をつくことは品格に欠けますよ」

 

ガマガエルのようなその女は耳に触る声色でそう言った。

挑発されていると分かっていたが、ハリーの感情は既に唸りを上げていて止まれなかった。

 

「嘘じゃない! セドリックはあいつに殺された!」

 

その人物の名前に、クラス中に緊張が走るのを感じた。

 

「馬鹿馬鹿しい。 あれは単なる事故です」

 

「事故!? 違う! 僕は見たんだ! あの時--」

 

「もう結構」

 

アンブリッジはニタリと嫌な笑いを浮かべて、言葉を遮った。

 

「もう結構。 罰則です、ブラック」

 

 

 

 

「遅かれ早かれこうなると思っていました」

 

職員室でのマクゴナガルのその反応は、思春期真っ盛りのハリーのプライドを大いに刺激した。

 

「でも、マクゴナガル先生だって知ってるはずです! 僕は嘘を言ってないし、あの時あいつが復活するのを見た!!!」

 

「ええ。 もちろん知っていますよ。 …ブラック、そこにお座りなさい」

 

マクゴナガルがあっさりと認めたことで、少しだけハリーの溜飲は下がった。

 

彼女が杖を一振りすると、小ぶりのやかんとクッキー缶が飛んできた。

そのやかんには見覚えがあった。

ハリーがじっと見つめていると、それに気付いたのかマクゴナガルは少しだけ口角を緩めた。

 

「セブルスがここを去るとき譲り受けたんですよ」

 

マクゴナガルは熱々のココアをハリーに出した。

不思議なもので、同じはずなのに何故かセブルスが作るものと味は違った。

 

「ブラック、今の魔法省の実情はわかっているはずでしょう。 少しは自分を抑えることを学びなさい」

 

マクゴナガルの言葉はこれ以上なく正論だった。

同じ甘ったるいココアを飲んでいるはずなのに、マクゴナガルは微塵もそれを感じさせずキビキビと言葉を続けた。

 

「これから貴方への魔法省の風当たりはさらに強いものとなるでしょう。 自分を律しなさい。 相手にしてはいけません。 …そうでなくては、貴方を退学から守ったシリウスとセブルスに顔向けできますか」

 

好きで守ってもらったわけではない--。

あまりにも幼いそんな言葉が、喉から出かかったがどうにか抑えた。その言葉が良識のボーダーラインを超えてると理解していた。

 

ドラコとの友情に亀裂がはいり、シェーマスや他の友人たちも自分を嘘つき扱いし、あんな最低な教師に目の敵にされる。こんなホグワーツに戻りたかったわけじゃない。

 

黙ったままのハリーに、マクゴナガルは深い溜息をついた。

事が事ではあるが、この歳の男の子はこの状態になると何も響かない。それは彼女が長い教師人生で知り得たことである。

 

「寮に戻りなさい、ブラック。 やるべきはずの課題が貴方にはたくさんあるはずです」

 

真っ当な説教を終えたマクゴナガルはそう締めくくる。

ハリーは彼女に背を向け、職員室から出ようとした。

 

「ところで、ブラック」

 

そう呼び止められ、ハリーは首だけくるりと振り返った。

 

「貴方、シリウスが今何をしているかについて知っていますか」

 

「パパが何をしているか…ですか?」

 

予想だにしなかった質問に、ハリーはそのまま言葉をオウム返しした。

マクゴナガルは軽く頷き、肯定の意を示す。その様子は何かを探るようだった。

 

「いえ、知りません。 魔法省をやめて自宅にいるとは思いますが」

 

ハリーは少し考えた挙句、正直にそう答えた。

マクゴナガルはハリーが嘘をついてるか見極めるかのように、瞳をまじまじと見つめた。

 

暫く逡巡していたマクゴナガルだったが、やがてその言葉を信じたようで素っ気なく「そうですか」と言った。

 

そして、言葉を続けた。

 

「いいですか、ブラック。 貴方は今年O.W.Lを控えた大事な時です。 くれぐれも父親のやってることに巻き込まれないように」

 

マクゴナガルはきっぱりそう言うと、事情が飲み込めずポカンとするハリーを職員室から追い出した。

 

 

 

 

 

「どうしたんだ? 随分と浮かない顔をしてるじゃないか」

 

スリザリンの談話室。

目の前の湖には魚の大群が渦をつくっている。

緑のビロードで形作られたソファーで、本を片手に頬杖をついていたシャルロットにドラコは声を掛けた。

 

読んでいるのは、魔法薬における治療薬の本。

普段はウキウキとページを捲る手が止まらないシャルロットだが、その手つきは鈍い。

 

「なんでもないわ」

 

「そうか?」

 

ドラコは当たり前のように、彼女の隣りに腰を下ろす。

宿題をこなそうと羊皮紙を並べるドラコを見つめ、シャルロットは何度か口を開きかけ、そして閉じた。

それが数度繰り返されたのち、とうとうドラコは眉をひそめてこちらを向く。

 

「おい、言いたいことがあるなら言えよ。 そんな素振りされたら逆に気になるだろ」

 

シャルロットは観念したように、息を吐いた。

幼馴染の前では嘘はつけない。

 

「あまり聞きたくないかもしれないと思って。 ハリーの話なの」

 

ドラコの唇が不自然にひくついた。そして、ゆっくりとした仕草で周囲を確認する。

濁ったエメラルドグリーンに照らされた談話室は、下級生が数人談笑している程度で人は少ない。

 

「…いいよ。 話してくれ」

 

「ハリーがアンブリッジの初回の授業で楯突いたのは知ってる?」

 

ドラコは頷いた。

 

死喰い人の親を持つ生徒が多いスリザリン寮では表立ってわざわざその話題をする者はいない。しかし、ホグワーツという狭いコミュニティの中で、ハリーのその話を知らない者もまたいないだろう。

 

「それで……ハリーが罰則を受けているんだけど、内容がね……」

 

アンブリッジの悪辣な罰則の内容を話すと、彼の顔色はみるみる変わった。

 

「人間の血をインクにする羽根ペンだって!? そんなの完全に闇の道具じゃないか!」

 

憤るドラコを見て、シャルロットは未だ彼がハリーを大切に想っていることに切なくなる。

 

「魔法省はおかしいわ。 ロンのお兄さん(パーシー)もややこしい事になってるみたいなの。パパがクビにされた理由だって、要するにハリーの味方を無くすためでしょ?」

 

「間違いなくそうだろうな。 シャル、君が混血だということは知れ渡っている。 出来れば…ハリーに関わるな」

 

心底、苦しそうにドラコはそう言った。

シャルロットは驚いて、ドラコの顔を見つめた。

子供の時から見慣れていたはずだったその顔からは幼さが消え、精悍な顔つきはルシウスによく似てきていた。

 

「らしくないこと言うのはやめて」

 

「何て思われてもいい。 これは…まだ殆どの生徒が知らない情報なんだが、アンブリッジはスリザリンの生徒を選りすぐって自分のための配下を作るつもりらしい。 要するに親衛隊だな」

 

「馬鹿馬鹿しい」

 

シャルロットは一蹴した。

 

「ああ、全くの同意見だよ。 だが僕はそれが本当に作られるなら一番に立候補するだろうし、リーダーを目指すつもりだ」

 

「それが私を守るためだって言うの? 望んでないわ」

 

「君が望むか望んでないかなんて心底どうでもいい。 グリフィンドールへの適性もあった君と違って、僕は根っからのスリザリンだ。 手段は選ばない」

 

その言葉を受け止め、シャルロットは本を閉じると嘆息した。これ以上の言葉を続けさせたくなかった。

 

やんわりと話題を元に戻した。

 

「ハリーの手の治療薬を作ろうと思うの。 ハーマイオニーにもロンにも内緒にしてるみたいだし……そもそもハーマイオニーより私の方が作るの上手だしね」

 

最後ちょっとだけおどけてそう言うと、ドラコも僅かに笑った。

 

「ハリーと会う時はなるべく人目につかないようにするわ、安心して」

 

ドラコの細い手に、自分の手を重ねた。

 

「ちょっとあんたたち! イチャつくなら他所でやってよね!」

 

寮に戻ってきたパンジーが、キャンキャンとパグ犬のように喚き立てた。





多分ですけど、1週間以内には次話あげられると思います。


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W.B.W

 

日刊預言者新聞は、ハリーに妄想癖と虚言癖があることをねちっこく書き続けた。

 

罰則は未だに続き、手の甲は疼くらしい。シャルロットの作った薬がなければさらに地獄だっただろう。

 

「…癇癪を抑えることはできないの?」

 

アンジェリーナと大喧嘩し鼻息荒くソファーに戻ったハリーに、ハーマイオニーはそっと問いかけた。

 

卒業したウッドのあとを継ぎ、アンジェリーナがクィディッチの新キャプテンとなった。

新しいメンバーの選考会に、シーカーという大切なポジションであるハリーが罰則で欠席することに対して、キャプテンとしての彼女の怒りは尤もなように感じた。

 

ハリーはまだ溜飲が下がらないのか、ギロリと視線を向ける。

怒りの矛先が自分に変わったことに気付いたハーマイオニーは、先制して言葉を続けた。

 

「分かってるわよ。 もちろん貴方が一番それに参加したかったって気持ちはね」

 

今年の夏休み中、ハリーはロンと会う度にクィディッチの練習に付き合っていた。

どうやらロンはウッドの後釜としてキーパーを狙っているようで、トンクスやら暇になったシリウスを巻き込んでかなり熱心に練習していたのだ。

 

そんな張本人であるロンは、同じ談話室内にいるものの一緒には居ない。

 

少し離れたソファーでラベンダーと顔を近づけてクスクスと何やら笑っている。

2人は去年のダンスパーティーの時から急接近したようだ。

 

ハーマイオニーは--時たまラベンダーが勝ち誇ったような顔で此方を見るのは置いといて--それを微笑ましく感じている。

 

親友が幸せになるのは嬉しいし、必要以上にお喋りなところや感情の高低差が激しい点に目を瞑れば、本質的にラベンダーはいい子だ。

ハリーに対しても最初は魔法省のキャンペーンを信じていたようだが、最終的にはロンの言葉を信じたらしい。

 

傍から見て、2人はなかなかいいコンビに見えた。

 

「そりゃ僕だって、アンブリッジにその日だけ罰則をずらしてもらえるよう頼んださ! だけど結果は今アンジェリーナに話した通りだよ!」

 

ハリーは苛ついた口調を隠さずそう言った。

 

ハリーの手の甲は今やズタズタに傷ついている。

彼はプライドを守るためなのか暫くの間、この残酷な罰則を自分とロンに隠していた。

 

だが、幼馴染には弱音を吐けたようでシャルロットはそれを知り、薬を調合してくれたらしい。それに助かりはしているが闇のマジックアイテムで負った傷を本質的に治療することは出来ず、いわば応急処置のようなものだ。

 

そんな状況下のハリーが精神的に余裕がないのも分かっていたので、ハーマイオニーは彼のフラストレーションを無言で受け流した。

 

気まずい空気を変えたのは、双子だった。

 

「さあさあ! お立ち会い! 我らがお届けする、魔法のスーパーアイテムだ!」

 

「こりゃ見なきゃ損だぜ! ほら、そこの新入生の君たち、ぜひ前の特等席に来てくれたまえ」

 

大仰な仕草で談話室みんなの興味をかっさらった双子は、あれやこれやと物品をテーブルに並べた。

 

「あの2人は…また……!!」

 

くらりと眩暈を覚えたハーマイオニーが、同じ監督生という身分であるロンをギロッと睨む。

ロンは自分に止めるのは無理だとでも言いたげに、首を竦めてみせた。しかし、その視線は双子に向いており興味津々なのは明らかだった。

 

「さぁ、最初に紹介するのはこれだ! インスタント煙幕! 投げれば、ほらこの通り! 簡単に暗闇が作れる」

 

双子のひとり--恐らくジョージ--が、小さな球体を掲げそれを地面に叩きつける。

目の前で実演され、下級生たちはキャッキャと声を上げて反応し、目を輝かせた。

 

「見てくれたか? 素晴らしいアイテムだと思うだろう、これで君たちは例え先生に追われても逃げおおせるわけだ」

 

「仮に見つかって没収されても、くれぐれも我らの名前は出さないように」

 

わざと重々しくそう告げれば、観衆たちは堪らずクスクスと笑う。

さすがこの双子は人の心を掴むのが上手かった。

 

「なんと! これを今見てくれた君たちみんなにプレゼントしよう!」

 

「なーに!上級生からのほんのプレゼントさ!これでホグワーツをより良く楽しんでくれたまえ!」

 

双子は『インスタント煙幕』を惜しみなく前方にいる生徒たちに振りまく。

そして練習したかのように--いや双子だからこそ出来る芸当なのか、息ぴったりにこう続けた。

 

「「もし気に入ってくれたなら次は俺たちから買ってくれ! 」」

 

商品と共に手作りらしいビラを配る。

怖いもの知らずの彼らは涼しい顔でハーマイオニーにもそれを手渡した。

ハーマイオニーが何かを言い募る前に、ハリーにもそのビラを渡す。実演販売を見て少し機嫌を直したハリーに、双子はウインクした。

 

「おっと、もちろん君からはお金は取らない」

 

「好きなだけ商品を自由に使ってくれ。もちろん宣伝はしてくれよな!」

 

手渡されたビラにはカラフルな文字でこう書かれていた。

 

『悪戯専門店W.B.W !!』

 

正式名称はウィーズリー・ブラック・ウィーズ。

 

 

 

 

 

 

 

一応、闇祓いのトップとして前線を走り続けてきた親友にこんなことを言うのは失礼かもしれない。

しかし、セブルスはこう思ってしまうのを止められなかった。

 

--間違いなく、悪戯専門店がこいつの天職であると。

 

「それでな、次はこいつを見てくれ。『だまし杖』だ。使おうとすると…こうなる!」

 

どこからどう見ても本物の杖に見えたそれは、ポンと音を立てるとチューチュー泣くゴムのネズミへと変化した。

 

ワハハとシリウスは得意げに笑った。

魔法省を辞めてから伸ばし始めた髪は、無造作に肩までかかりむしろそれが以前より若々しく見える。

 

「すごいな。 これはどういう仕組みなんだい?」

 

グリモールド・プレイス12番地、応接間で持参したケーキをつつきながらリーマスは目を輝かせた。

 

「成程。縮小呪文と対象の出現呪文の重ね掛けか。それで杖にネズミを隠し、動かすと反応するわけだな」

 

セブルスが推察した持論を述べると、シリウスは露骨に嫌そうな顔をした。

 

「おい。 これから俺が説明しようと思ったのに取るんじゃねーよ」

 

どうやら大正解だったらしい。

 

仕事を失ったシリウスが、ウィーズリー家の双子のスポンサーになったのはつい数ヶ月前のこと。

事情を知ったモリーと激しい口論を交わしたのもつい最近のことである。

 

『実際、かなりの商才があるよ。あの2人は』

 

スポンサーになったばかりの頃、シリウスは大真面目な顔でそう言った。

 

『失敗すると思ってる事業に金出す馬鹿はいないさ。ブラック家だって財産が無限にあるわけじゃない。 あの二人となら仕事をやってもいいと思えたから手を出したんだ』

 

悪戯グッズで生徒の知名度を上げたあとは、身を守るための魔法アイテムを売ることを提案したのもシリウスである。

 

相談もなしに勝手に魔法省を辞めた挙句に悪戯グッズをウキウキと弄るシリウスに、最初ダンブルドアは頭を抱えていたようだが、店の方向性を聞いたあとは何とか許して貰えたらしい。

 

シリウス曰く、『この年でそんな何度もダンブルドアに説教されたくねえよ』とのこと。…これに対して自業自得だと評したのは騎士団全員である。

 

「それで…ハリーはどうしてるんだ? 元気なのか?」

 

セブルスが訊く。

去年までは毎日のように顔を合わせて手が届く距離に居た分、校内のハリーとシャルロットが心配で仕方なかった。

 

「いやまあ…元気ではあるんだろうが……」

 

シリウスは一転渋い顔でそう言った。

手紙は送られてくるものの、魔法省の閲覧を考慮し無難なやり取りしかしていない。

正直な話、今ホグワーツで何が起こっているのか分からないのだ。

 

「まあ、碌でもないことになってる可能性は高いね。 この女がいるんだから」

 

リーマスが彼らしくない冷えきった声を出した。その目には、反人狼法を起草した人物への静かな怒りが溢れている。

 

日刊預言者新聞には『ドローレス・アンブリッジ 高等尋問官に就任』と大きな見出しが付けられ、ガマガエルのようなその女は厭らしい笑みを浮かべていた。

 

馬鹿馬鹿しいと、去年までホグワーツにいたセブルスは心から思う。

あのダンブルドアが生徒を私兵にすると、まさか魔法省は本気で信じているのだろうか。

 

「この女が教師になるとはなぁ… 」

 

シリウスは頭を抱える。

セブルスはこの女と接点はないが、友人たちの反応を見る限り度を越して悪辣な人間なのだろう。

 

「きっとハリーは…辛い思いをしているんだろうな」

 

セブルスの口から呟くように言葉が漏れる。

側にいてやれないのが心苦しい。

 

「ああ。 額の傷も最近は頻繁に痛むらしい」

 

「ダンブルドアはやはりハリーと『例のあの人』に繋がりがあるとお考えなのか」

 

リーマスの言葉に、シリウスは彼らしくない慎重な面持ちで頷く。

 

「明言はしていないが、恐らくそうなんだろうな。 去年の夏休み、ハリーが夢で見たあの館でヴォルデモートと…ぺティグリューがマグルの老人を殺したのは実際に起きたことだった。 それを偶然とはできない」

 

「厄介なのは、それを『例のあの人』が気付いていた場合だな」

 

「それなら、ダンブルドアはハリーに閉心術を教えるつもりかもしれないね」

 

リーマスは再びケーキをつつきながらそう言った。もう3個目だ。

見てるだけで甘ったるくなったセブルスは、紅茶に口をつける。

 

「閉心術か。俺、苦手なんだよな」

 

シリウスは呻くように言う。

閉心術は、自身の感情や内面への侵入を防ぐ魔法である。言うまでもなく、感情の振り幅が大きいシリウスに適性があるとはお世辞にも言えまい。

 

「ダンブルドアが直々にハリーに教えてくれたら助かるが…忙しそうだもんな、あの人」

 

シリウスの言葉に、セブルスは適任者を思いついたが口には出さなかった。

 

未だ目の前のこの男にとって、弟の存在はとことん地雷なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

淹れたばかりの芳醇な紅茶の香りが室内を満たす。

 

校内の屋敷しもべ妖精が焼いてくれたスコーンは文句のつけどころがない出来である。

 

外には寒さが迫るものの自室は暖かく、仕事の合間に訪れた最高のティータイムだ。

 

ただ一人、招かれざる来訪者を除いては。

 

「あらあら、ちょうどお茶の時間でしたの? ご一緒していいかしら」

 

鼻にかかった甘い声で、ドローレス・アンブリッジは笑みを深くした。

 

「勿論です。 席をご用意しましょう、ドローレス」

 

嫌悪感を顔の後ろに隠し、レギュラスは柔らかく微笑んでみせた。

どんな笑みを浮かべれば相手が自分を気に入るのか熟知していた。

 

憎々しい兄が魔法省で一波乱起こしたからか、最初はアンブリッジから警戒を持たれた。

しかし、彼女はレギュラスは兄と全く違うとすぐに悟ったらしい。

 

容姿も優れ、根っからの純血主義だと誰からも思われているレギュラスは、今やアンブリッジの大のお気に入りであった。

レギュラスとしても、多くのスリザリン寮の生徒がアンブリッジ側についている今、この状況は好都合だった。

 

尤も生徒たちの内心は冷ややかなものである。

 

家族の大多数が同じくスリザリンである彼・彼女たちはアンブリッジの血筋も魂胆も知っているのだ。

 

それでもアンブリッジに尻尾を振るのが、家族を守るため、この学園で今一番安全に暮らすためならば、躊躇いなくそうする。それを狡猾と言わずしてなんと言うのだろうか。

 

「まあ、さすがレギュラスですわ! センスが良いんですのね」

 

無神経に部屋を歩き回るこの女に反吐が出そうになる。

アンブリッジはティーカップを勝手に物色し始めた。

 

「この柄が一番素敵ですわね。 これでお茶を頂いても?」

 

レギュラスの指がピクリと痙攣する。

 

「…すみませんが、それはとある客人専用でして。 他のものなら好きなのを」

 

「あら、そう」

 

幸いなことにアンブリッジはそこまで大した興味はなかったらしい。あまり残念そうでもなく、他のティーカップを選んだ。

 

紅茶が注がれ、アンブリッジは腰を下ろす。

 

「先日シビルの査察から始めたと伺っています。高等尋問官でしたっけ、大変そうですね」

 

皮肉を込めて言ったのだが、アンブリッジはにんまりと厭らしい笑みを浮かべた。

小さな瞳は、蛙を狙う蛇のように捕食者の様相である。…似ているのは蛙の方なのだが。

 

「ええ、ええ。 やはりホグワーツの教師陣は魔法省が求める水準に達しているとは言い難いですわね」

 

「まあ、確かに」

 

この女のことはいけ好かないが、正直レギュラスもこれには賛同してしまった。

シビル・トレローニーは本当の預言者(・・・・・・)としての才能は置いといて教師としての実力は酷いものだし、去年ハグリッドが教師になったこともレギュラスは否定的な意見だ。おまけに『闇の魔術に関する防衛術』の教師はここ数年、殆どが犯罪者だったのである。

 

アンブリッジは気を良くしたようで、エヘンと少女のような咳払いをした。

 

「でしょう? ああ、もちろん貴方は別ですわよ。 レギュラス。 きっと素晴らしい授業をなさるんでしょうね。 スリザリンの可愛い生徒たちも貴方のことを大変尊敬しているようですわ」

 

「それは恐縮ですね」

 

レギュラスはあっさりと謙遜を返した。

 

「ねえ、レギュラス」

 

気味が悪いほどの猫撫で声であった。

 

「貴方はこんなとこで終わる人間でないと、私は思っていましてよ。 言ってる意味がお分かりかしら? 私でしたら大臣にお話を通せますわ」

 

何となく予感していた話ではあった。

レギュラスは僅かな笑みをたたえたまま、紅茶を嚥下した。

 

何て答えるのが最適なのか、表情を崩さず黙考していると控えめなノック音が鳴った。

このタイミングの客人とは何と有難いことだろう。

 

「どうぞ」と促すと、扉がそっと開かれた。

来訪者は…レギュラスが一番この部屋に来て欲しい人物で、そして同時に今は一番来て欲しくなかった人物だ。

 

ハーマイオニー・グレンジャーは戸惑った顔で、奇妙なお茶会の出席者を交互に見つめた。

 

アンブリッジの瞳に鈍い嫌な光が帯び、そして口元を悪辣に歪めた。本人としてはこれは微笑んでいるつもりなのだろうか。

 

「あらあら、ミス・グレンジャー。 グリフィンドールいちの才女の貴女がここに何の用かしら?」

 

「グレンジャーにはグリフィンドールクラス分のレポートを集めておくよう頼んだのです。 あの寮は遅れるものが多いですから」

 

ハーマイオニーが何か口を開く前に、嘲笑を交えた口調でレギュラスは言った。

視界の端でハーマイオニーが明らかに狼狽しているのが分かり、胸に鈍い痛みが走る。

それに蓋をして、言葉を続けた。

 

「グレンジャー、此方の教室へ。…ああ、ドローレス。すぐ戻るのでゆっくりしていてください」

 

かび臭い魔法薬学室に入ると、後ろ手で扉を閉める。

 

「ブラック先生…?」

 

「グレンジャー、もう今年から私の部屋に来てはいけません」

 

きっぱりとレギュラスは言った。

ハーマイオニーは驚いたような傷ついたような顔をして、しかし食い下がった。

 

「どうしてでしょうか? 生徒が教師に質問をするのは当然の権利だと思います」

 

放たれた言葉は彼女らしい芯の強いもので、そしてそれは正論だった。

 

「貴方は…ハリー・ブラックと近いから目をつけられている。 私としても迷惑なのです」

 

狡い言い方をしているのは分かっていた。

そもそも部屋に入れるようにしたのは自分だというのに。

 

「いいですか、グレンジャー」

 

レギュラスは彼女の背に合わせて少しだけ屈むと、チョコレート色の瞳を覗いた。

 

「あの女に何か飲み物を差し出されても絶対にそれを飲まないこと。 これは…貴方のお仲間にも伝えてあげなさい。 わかったならお行きなさい。 この部屋にはもう二度と来ては行けません」

 

ハーマイオニーは羊皮紙を手にしたまま俯いた。

そこにはいつも通り、魔法薬への質問がたくさんあったのだろう。

 

彼女は暫くの沈黙のあと、再び意志の強い瞳を上げた。

 

「ブラック先生、最後に質問です」

 

「なんでしょう」

 

「ブラック先生は…その…ダンブルドア校長の味方なんですよね? つまり…悪い人の味方ではないんですよね?」

 

レギュラスは少しだけ微笑んだ。

 

「グレンジャー、貴方はどうやら勘違いをしているようですね。私は過去も今も、変わらずずっと悪人です」

 

そして、扉は閉められた。

 





少し遅刻しました。すみません。


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ダンブルドア軍団

 

暗澹たる日々が続く中で、もちろん嬉しいことも起きた。

 

親友のロンが晴れて、クィディッチチームのキーパーに抜擢されたのだ。

 

「正直ウッドには適わない。でもなかなか良い反応してた。 最初は君が友達を贔屓して推してるのかと思ったけど、みんな納得の選抜さ」

 

前キャプテンの魂を引き継ぎクィディッチ狂いとなったアンジェリーナだが、暖かな談話室で満足そうにそう言った。

練習終わりのロンが隣りで自身の髪と同じくらい顔を赤くした。

 

「そりゃあ夏休み中、僕のパパとトンクスに相当しごかれたからね」

 

「トンクス? ハッフルパフチームだった、ニンファドーラ・トンクスのこと?」

 

アンジェリーナな意外そうに目を瞬かせた。

 

「ああ、知ってるんだね。 僕の遠い親戚なんだ」

 

ハリーの入学と入れ替わりで、トンクスは卒業をしている。考えてみれば上級生のアンジェリーナは彼女と共に試合をしているはずだ。

 

「なるほどねぇ。 ロンに緊張したか聞いたらね、どうりでハリーの家族と練習した方が余程スパルタだったって言ってたわけだ」

 

ドレッドヘアを揺らしながらアハハと彼女は豪快に笑うと、自室へと戻って行った。

夜が更けるにつれ、談話室の生徒も一人また一人と部屋へ上がる。

暖炉の火だけは楽しそうにパチパチと爆ぜていた。

 

自分も早く眠りたい。

ここのところ、扉をめざして長い廊下を歩く不思議な夢を見続けていた。

しかし、まだ自室へと行けない理由があった。

 

「…それで、ハーマイオニー。 馬鹿げた話の続きを聞かせて」

 

ハリーがやれやれと言った口調で話を戻した。

大事なブレインである彼女に"馬鹿げた"なんて言う機会は最初で最後かもしれない。

 

予想通りハーマイオニーはギロリと目を剥いた。

 

「馬鹿げたですって!? 教師役として貴方以上の適任はいないわ! 今まで成し遂げてきた偉業もそう。それにお父様は闇祓いの局長じゃない!」

 

「元、ね。 今はクビになってしがない悪戯専門店の経営者」

 

ロンが隣りで吹き出した。

ひとしきり笑ったあと彼は、そういえばと意外そうに言葉を続ける。

 

「君、興味ないんだな。 てっきりシリウスの影響受けて闇祓い目指してるのかと思った」

 

「まさか! 勘弁してくれ。 休みもないし危険だし、そもそも試験に受かるのも大変なんだぞ。 トンクスが苦労してるの間近で見てたから尚更だよ」

 

あら、とハーマイオニーも驚く。

 

「そうだったの。 じゃあ、あなたの将来の夢って何なの?」

 

「それは--って、別にいいだろ! 今そんな話は関係ないじゃん」

 

「…まあ、そうね。いい? ハリー、私たちは立ち上がるべきよ」

 

ハーマイオニーが本来の目的に話を戻したため、ハリーはそれ以上の追求を逃れた。

 

「アンブリッジは……酷いわ!! あんなやつ…最低のゴミ以下よ!!」

 

何があったというのか、彼女のアンブリッジへの嫌悪はここ最近でさらに強まったようだ。

勘のいいハリーは、ハーマイオニーから教師としてのアンブリッジを嫌っているというより、もっと深い根があるような憎悪を感じる気がするのだ。

 

「まあ、その評価には賛成だけど」

 

ロンが頬杖をつきながら、そう口を挟む。

 

「ねえ、ハリー。貴方が適任だと本当に思ってるの。 自主的に勉強して訓練しましょう」

 

「ん…でも…」

 

ハリーはまだ首を縦に振らない。

 

「このままでは駄目よ。 アンブリッジは私たち学生に力を持たせないようにしている。 屈してはいけないわ。 だって」

 

ハーマイオニーは何かを逡巡するように一度言葉を切った。そして。

 

「だって……ヴォ、ヴォルデモートが復活したのだから」

 

ロンが悲鳴を上げて深紅のソファーから転がり落ちた。

ハーマイオニーはとてつもなく恐ろしい名を言ったことに、呼吸を乱している。

マグル生まれである彼女ですら、『例のあの人』の名を出すことは今までなかった。

その彼女が、ここまで強く訴えている。

 

ハリーは隣りで未だずっこけたままの親友と顔を見合せ、そして頷いた。

 

 

 

 

そんなわけで、その話はシャルロットにも回ってきた。

聞き終えたシャルロットはそれはそれは可笑しそうに笑った。

 

「アハハ! あなた、ハリーに期待し過ぎじゃない? あいつが教師役なんて……んふ、だめ。やっぱ可笑しい! 」

 

カラカラと弾むようなシャルロットの笑い声は、聞いてるこっちも明るい気持ちにさせる。

彼女にとって生意気なあの幼馴染が教師役と言うのは、余程面白いことらしい。

 

遠くの山は色彩を徐々に失い、冬の気配がやってきた。

寒さが強まってきた中で、校庭はひとけがなく内緒話には打って付けだった。

 

低い石壁に2人は座る。

ハーマイオニーはボトルに温かな紅茶を、シャルロットは…いつもなら曾祖母お得意のジンジャークッキーを持ち寄るが、今日は市販のものだ。ダリアの体調は芳しくない。

 

「そんな笑わなくてもいいじゃない。 いい考えだと思うんだけど」

 

ハーマイオニーは拗ねたように口を尖らす。

 

「ううん、笑ったのはハリーが教師役なのが面白いだけよ。 良い案だと思うわ。 実技に関しては一番実力あるでしょうし」

 

途端にハーマイオニーの顔がぱっと明るくなる。

 

「本当? 貴方に背中押されると安心するわ。ついでにその…ぜひ仲間になってくれると嬉しいんだけど」

 

「お誘いありがとう。でも、今の私の立場を考えると無理ね」

 

誘ってくれて嬉しかったのは本音だった。

ただシャルロットはスリザリンの監督生であり、同じく監督生のドラコと付き合ってることは多くの生徒が知っている。

 

シャルロットの返答を予想はしていたのだろうが、それでも残念そうにハーマイオニーは頷いた。

もう少し寒さが厳しくなったらこの女子会は何処か他の場所を探さなければならないだろう。

寮が違うというだけで、何故人目を気にしなければないのかと悲しくなる。

 

「でも、私に手伝えることなら何でもするわよ」

 

「ありがとう。 それなら早速だけど、場所が見つからないのよ。 大勢の生徒が呪文の練習をしても誰にも見つからない場所。 でも、そんな都合のいい場所ないわよねぇ…」

 

すると、シャルロットは齧っていたクッキーを口から離し、きょとんとした顔を向けた。

 

「え、なに?」

 

そんなシャルロットの真意が分からず、ハーマイオニーまで同じような呆けた顔になってしまった。

 

「あなたたち、『必要の部屋』を知らないの?」

 

「必要の部屋?」

 

ハーマイオニーは初耳だった。

 

「ええ。 別名あったりなかったり部屋。その人が望んたものを用意してくれる部屋よ。例えばね…」

 

シャルロットに説明されたその部屋は、まさに望んでいたものドンピシャだった!

ここならば、実技の練習も問題なく行えるだろう。

 

「素晴らしいわ! こんな部屋が存在してたなんて!」

 

「『忍びの地図』に書かれてないのね。パパたち悪戯仕掛け人にも知らない場所があったんだ」

 

シャルロットは少し満足そうに言った。

すると、興奮が冷めてきたハーマイオニーが漸く訊いた。

 

「貴方はどこでこんな部屋のこと知ったの?」

 

「ドビーに教えてもらったの。 ほら、ドラコの家の元屋敷しもべ妖精よ。今ここの厨房で働いてるじゃない?」

 

「ああ、あのお騒がせ妖精ね」

 

ハーマイオニーは成程と頷きつつ、苦笑した。

シャルロットはまだあの妖精と親交があるらしい。

 

「でも助かったわ、シャル。 使っていいかしら?」

 

「いいも何も私の所有物じゃないんだから、お好きにどうぞ。 貴方たちの方が必要(・・)みたいだしね」

 

シャルロットは笑ってそう言った。

校舎から香ばしいソースの匂いがふわふわ漂ってくる。もうすぐ夕飯の時間らしいので、そろそろ女子会はお開きということになった。

 

校舎に向かいながら、ハーマイオニーはふと頭に浮かんだ疑問をそのまま口にした。

 

「シャル、貴方は必要の部屋で何してたの?」

 

先を歩いていたシャルロットは眉をちょっぴり吊り上げながら、振り返った。

 

「あら。 ハーマイオニーったら意外と野暮なこときくのね」

 

秋の夕暮れは早い。

シャルロットの肩にかかった金髪は、濃い夕日を豊かに浴びている。

 

「ドラコと過ごしてるのよ。 これ以上は言わせないでちょうだい」

 

ふふと口元に弧を描き、目を細めた彼女は蠱惑的にすら見えハーマイオニーは耳を赤くして城までの道を急いだのであった。

 

 

 

 

待ちに待ったその日は、これから待ち受ける寒い日々を先延ばしにするかのような最後の秋晴れだった。

 

空は青さに澄み切り、こんな日にホッグス・ヘッドに行きたがる生徒なんていないだろう。

 

ホッグス・ヘッドはお世辞にも素敵な店とは言い難かった。

 

店内は寂れていて、何故か山羊の匂いがぷんぷんとする。

フードを目深に被った客たちと、年老いて髭を伸ばした店主(何故か会ったことがあるような気がした)はハリーたち3人組が入ると胡散臭そうに視線を向けた。

 

煤に塗れたテーブルにバタービールが置かれると、ハリーは突然不安になってきた。

 

「ハーマイオニー、本当に誰か来るんだろうね? 何人くらいに声をかけたの?」

 

「まあ…ほんの数人よ」

 

しかし、その言葉が控えめな表現であることにはすぐに気付くことになった。

 

扉が開き、薄暗い部屋に光が差し込む。

 

先頭にいたのはフレッドとジョージだった。この2人はホッグス・ヘッドの独特な空気にもあてられず悪戯っぽい笑みを浮かべている。背後にはリー・ジョーダンも控えている。

続いて、ディーンやラベンダー、パーバティとパドマのパチル姉妹とクリービー兄弟。それにグリフィンドールのクィディッチメンバーもたくさん。

 

他寮からはルーナ・ラブグット、アーニー・マクミラン、ハンナ・アボット、ジャスティン・フィンチ・フレッチリー、アンソニー・ゴールドスタイン、マイケル・コーナー、テリー・ブート、他にも他にも……。親しい人もいれば話したことが殆どないような生徒もいる。

 

そして最後に--驚くことに、ネビルと共にジニーまで現れた。

ハリーは驚いてバタービールを取り落としそうになったが、ジニーが視線を逸らしたので慌ててハリーも視線を外した。

 

あっという間にホッグス・ヘッドは満員になった。

皆が座れるように椅子を用意し、追加の注文をする。

 

全員に埃っぽいバタービールが行き渡ると、ハーマイオニーはこほんと咳をしてから立ち上がった。

皆の視線が彼女に向く。それは酒場の雰囲気も相俟って少し異様な光景でもあった。

 

「えっと…みんな、まずは来てくれてありがとう」

 

ハーマイオニーの声は緊張して少し上擦っていたが、絶対にこの演説を成功させるという強い意志を感じた。

 

「何故ここに集まってくれたかは分かってくれてると思うわ。 私は『闇の魔術に対する防衛術』をきちんと学ぶべきだと考えているの。 アンブリッジが教えているようなクズみたいな授業ではなく」

 

ハーマイオニーの瞳に、アンブリッジへの敵意が宿る。

そうだそうだ、と何人かが野次を飛ばした。ハーマイオニーはそれに気をよくしたようで言葉を続ける。

 

「つまり適切な自己防衛を習うべきだと思うの。 単なる理論ではなく本物の呪文で、私はきちんと身を護る訓練を受けたい。 なぜなら--」

 

ハーマイオニーは一度、言葉を切った。

 

「--ヴォルデモート卿が復活したからです」

 

皆の間に衝撃が走った。

ある者は金切り声を上げ、ある者は体を震わせ、ある者はバタービールを派手に零した。

 

しかし、誰もハーマイオニーの言葉を遮ることはしなかった。目を爛々とさせ、続く言葉を待っている。

 

「既に場所の確保はできているの。 先生役はもちろん、こちらのハリー。 皆さん一緒にやりたければ、時間を話し合って決めましょう。 以上が、私の計画です」

 

ハーマイオニーがそう締めくくると、拍手が起こった。双子とリーはヒュウっと口笛を鳴らす。

 

きっと何度も練習したのだろう。ハリーとロンから見ても彼女の演説は完成度が高かった。

 

しかし、そんなハーマイオニーのつくりあげた雰囲気を切り裂くように口を挟んだ者がいた。

 

「『例のあの人』が戻ってきたという証拠はどこにあるんだ?」

 

ハッフルパフ生のザカリアス・スミスという生徒だった。

 

「ダンブルドアがそう言っていたでしょう」

 

ハーマイオニーがすぐに言い返す。

 

「ダンブルドアがそいつを信じてるって意味だろ。 僕たちは、なぜ『例のあの人』が戻ってきたなんて言うのか、正確に知る権利があると思うな」

 

ザカリアスはハーマイオニーから視線をずらし、ハリーを真っ向から見つめた。

 

「ちょっと待って! この会合の目的はそういうことではないはずよ!」

 

剣呑とした空気を察してか、ハーマイオニーが素早く割って入る。

しかし、ハリーはそんな彼女を手で制した。

 

「構わないよ、ハーマイオニー」

 

息を吐いて気持ちを落ち着ける。今、癇癪を起こしたら駄目なのはわかっていた。

 

「僕がなぜ『例のあの人』が戻ってきたって言うのかって? 僕はやつを見た。 そして、ダンブルドアが何が起きたのか話したはずだ。 それを信じないなら、これ以上僕は君に話すことは何も無い。 時間の無駄だ」

 

ハリーは真正面から見据え、そう言い切った。

毅然と理性的に話せたはずだ。横でハーマイオニーが胸を撫で下ろしているのが見えた。

だが、ザカリアスは尚も食い下がった。

 

「でも…でも、ダンブルドアが話したのはセドリックが殺されたってことだけだ」

 

ジニーの肩がひくりと痙攣した。

それを視界に捉え、とうとうハリーは爆発した。

 

「彼女の前で、セドリックの話をするなんてどういう神経をしているんだ!? そのことを聞きに来たなら今すぐ出ていってくれ!! 二度と僕にその顔を見せるな!!」

 

小さなホッグズ・ヘッドが揺れたようだった。

怒髪天を衝くほどのハリーの声に、完全に空気は凍った。

 

やってしまった。

ハリーは手がジワジワと冷たくなるのを感じた。ハーマイオニーの目論見を壊してしまった。これでは大失敗だ。

 

永遠と思えるほどの沈黙だった。

バーテンも、そして怪しい他の客さえもこの沈黙に支配されているようだった。

 

「…私は信じるわ」

 

きっと、こんなに静かでなければ聞き漏らしてしまうほどの小さな声だった。

明るい茶色の目が、ハリーを捉える。目が合うのはとても…とても久しぶりだった。

そう、あの日。セドリックのお葬式で、憎しみに満ちた瞳を向けられて以来--。

 

「ジニー……」

 

「ハリー、酷い態度をとってごめんなさい。 貴方が悪くないことなんて分かってた」

 

ぽつり、とジニーは言葉を漏らす。

 

「もし私を許してくれるなら、私にも防衛術を教えて。 …前を向かなくちゃ。 セドに胸張れるように」

 

ジニーはぎこちなく笑ってみせた。

その笑顔は深い悲しみに満ちていたけれど、希望に向かって藻掻いているのが窺えた。

 

「それでこそ」

「ウィーズリー家の妹だ」

 

双子はウインクする。

 

「まだ文句あるやついるなら出てこいよ」

 

ロンが全員を睨めつけると、ザカリアスは居心地の悪そうな顔をした。しかし、ついに誰もパブを出ていくことはなかった。

 

「さて…それじゃあ、みんな賛成ということでいいかしら?」

 

ハーマイオニーはそう纏めると、たいして減ってないバタービールを押しのけて薄汚いテーブルに紙を拡げた。

 

「私たちは、この活動のことを他の人に言いふらさないよう全員が約束すべきだと思うの。ここに名前を書けば、私たちの考えていることをアンブリッジにも誰にも知らせないと約束したことになるわ」

 

嬉々としてすぐに名前を書いた者もいれば、躊躇った者もいた。

それでも最終的には皆が署名をした。

ハーマイオニーが羊皮紙を回収すると、慎重にカバンに仕舞う。

すると、グループ全体に奇妙な感覚が流れた。まるで何かの盟約を結んだかのように。

 

--こうしてダンブルドア軍団は結成された。





いくつかストックが出来たためしばらく断続的に投稿できそうです。
誤字脱字のチェックもしたいので、3日後の夕方に次話あげます。


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友情の終着点

 

「馬鹿じゃねえの、あの女。 ホグワーツを独裁国家にでもするつもりか?」

 

ワハハとシリウスは豪快な笑い声を上げた。

 

「笑い事じゃない!」

 

セブルスはぴしゃりと言う。

 

「学生の組織を禁止する教育令だと…? そんな馬鹿げたことが許されてなるものか」

 

元・教育者として思うところがあるのか、その声には怒りが滲んでいる。

 

今日も今日とて、グリモールド・プレイス12番地。縦にも横にも広いリビングルーム。

 

ホッグズ・ヘッドでのマンダンガスからの報告を受け取ったセブルスは頭を抱えた。

 

「全く…私のクビと引き換えに退学を免れたのに、また退学の危機とはな」

 

「まー、これに関しては仕方ないな。 俺たちが学生だったら同じことしてるだろ」

 

まだ笑いが抜けきらない顔で、シリウスは言う。無駄に長い足をカウチソファーから放り投げ、くわっと欠伸をした。

そんな呑気な友人をセブルスは睨みつける。

 

「親としてどうなんだ? その考え方は」

 

シリウスは肩を竦める。

 

「褒められたものじゃないだろうな。 でも俺はいずれハリーは戦いの場に駆り出される… そんな気がするんだ」

 

「そうならないために我々大人がいる!」

 

「あと2年で成人だ。 子どもじゃなくなる時は近い。 俺はあのトレロー二ーが残した予言なんて信じちゃいないが、『例のあの人』と繋がっているのなら、ハリーは知らんぷりして安穏とは暮らせないさ」

 

シリウスの顔は険しい。

 

「今は嵐の前の静けさだ。 再び闇の時代が訪れるのはおまえらも分かってんだろ」

 

「それは……」

 

「だから、身を護ろうとガキたちが自分で考えてるのは、出来はどうであれ意識だけでも立派だと思う。俺は賛成」

 

セブルスはむっすりと腕を組み、口を真一文字に引き伸ばしてる。

 

「私は…そうは思わない。 卒業した後ならまだしも、子どもが戦争に積極的に関わるべきでない。 反抗は何も行動を起こすことが全てとは限らないだろう。 耐えて、機会が訪れるのを虎視眈々と待つのも反抗だ」

 

「かーっ! そんなスリザリンみてえな考え方は気持ち悪いからやめろ! 本当におまえとはこういう時に意見が合わない!」

 

シリウスが大仰に手で顔を覆ったので、セブルスは蛇の装飾が彫られたテーブルに肘をつきこれ見よがしにニヤリと笑った。

 

「ブラックくん、お忘れですかな? 私はもともとスリザリン志望でしてね」

 

「けっ! もしもてめーがスリザリンだったら、天地がひっくり返っても仲良くなれてねえな!」

 

シリウスは顔を顰めて舌打ちをした。

 

「まあ、ハリー1人が突っ走ってるならともかく…この報告見る感じ、発起人はハーマイオニーみたいだしね」

 

それまで黙ってお茶菓子をつまんでいたリーマスが口を挟んだ。

 

「どちらにせよ、もうすぐクリスマス休暇だ。 帰ってきたら詳しいことを聞けばいい」

 

「さあ楽しい休暇の前に、大人は会議の時間だ。 リーマス、片付けるぞ」

 

「え? …あぁ!!!」

 

セブルスが杖をひと振りし、お茶とお菓子を片付けるとリーマスは悲痛な声を上げた。

彼のふさふさした耳としっぽが、しょんぼりと垂れる幻覚を見た気がしてセブルスは少し笑った。

 

 

 

 

ダンブルドア軍団の最初の特訓に選ばれた呪文は、武装解除呪文だった。

 

会合の初回の出来としてはかなりイケていたとハリーは思う。

松明に照らされた広々とした部屋は、壁際に本棚が並び、椅子の代わりに大きな絹のクッションが床に置かれていた。そのクッションは呪文の練習を受けた生徒たちがバランスを崩すと、優しく体を守ってくれた。

 

教育令によるクィディッチの再申請も何故か中々通らず、授業中アンブリッジの査察も続く中(トレローニーはヒステリック状態になっており、この先生が好きではないハリーでさえ不憫に感じた)、ハリーは久しぶりに心から楽しい時間を過ごしていた。

 

2人1組で練習してもらった武装解除呪文は、基礎的な防衛術であるからか皆なかなかの出来だった。

その中で予想外の上達を見せたのはネビルだった。教師のプレッシャーがないこの環境で、彼は本来の実力を思う存分出すことが出来たようだ。

もしかしたら、1つ年下のジニーと組んでることも良い所を見せたい彼のやる気に火をつけたのかもしれない。

 

「僕、やって良かったと思う」

 

皆の練習を周りそれぞれ指導して、ようやくパートナーであるルーナの元に戻ってきたハリーは満足気にそう言った。

 

「あたしもそう思うよ」

 

ルーナも綻ぶような笑顔でそう返す。

ひと休憩とばかりに、ハリーはルーナの横へと腰を下ろした。先程まで体を守ってくれたクッションが椅子代わりになってくれた。

 

「ルーナ、辛い思いはしていない? 僕のせいでアンブリッジから目付けられてるだろ?」

 

「ンー、特に何も。 最初の頃はちょっかいかけてきたけど…あたしはこんな感じだし、パパも魔法省とはあまり関係ないモン」

 

ルーナの父は『クィブラー』という雑誌で生計を立てているらしい。 (ハリーも数回見せてもらったことがあるが、なかなかユニークな雑誌だ)

 

「そっか。 ならいいんだけど、気をつけてね」

 

「ハリーもね。 まだ変な夢は見てるの?」

 

「うん。 変な長い廊下を歩いてるんだ。その先の扉に向かって」

 

ハリーは思いっきり顔を顰めた。この夢を見ると、傷痕が痛む気がする。

 

「ふーん。もしかしたら、ラックスパートがハリーの夢を操って食べているのかもね。 でも廊下を歩いてるだけなんて、そんな夢って美味しいのかな?」

 

ハリーは盛大に吹き出して、クッションからずり落ちた。

 

 

 

 

大成功に終わった1回目のDAだったが、それから直ぐに何度も集まる訳にはいかなかった。

 

クィディッチのシーズン開幕が近付いていたからだ。

DAのメンバーにはクィディッチ選手も多く、まして寮もバラバラとなれば日時を合わせるのは一気に困難になった。

だが、開催日時が不定期になればアンブリッジにも勘づかれにくい。

ハーマイオニーが偽ガリオンコインを使った天才的な伝達方法を考え出し(コインの識別のための数字の代わりに日時を刻印するのだ!)、この会合の秘匿性はさらに強まったと言える。

 

しかし、初戦が近付くにつれガリオン硬貨が数字を変えることはめっきりと減った。

 

「ロン、これから始まる初試合と夏休みの最後にやった試合、どっちが緊張する?」

 

「どっちもどっち。 でも君のパパとトンクスの試合は二度とやりたくない」

 

ナーバスで今にも吐きそうなロンに、更衣室でハリーは声を上げて笑った。

周囲の選手にも笑いが伝染する。どんな強豪戦士でもプロでも、初試合なんてそんなもんだ。

 

ちなみにハリーの言う夏休みの試合というのは、トンクス、シリウス、ハリーでやったキーパー練習特訓である。手加減というものを知らない闇祓い2人(正確に言えばシリウスは元である)は、ロンをけちょんけちょんに甚振った。

 

「通過儀礼みたいなもんだよ。僕と…ドラコも何度も泣かされた」

 

青い顔のままちびちびと水を飲んでいたロンは、はっと顔を上げた。

ハリーの顔はロンと同じくらい痛々しいものだった。

 

「…みっともないだろ。 僕、手が震えてるんだ。 ドラコと試合するのが怖くてたまらない」

 

周囲にも聞こえない、蚊の鳴くような声だった。

 

「今学期に入って、一度も目を合わせてくれないんだ」

 

「ハリー、でもあいつは…」

 

「わかってる、わかってるよ。彼の父親は悪いやつだ。 でも、ドラコはそうじゃない」

 

ロンは口を噤んだ。ロンは言うまでもなくドラコが好きではない。金持ちなのをひけらかすし傲慢で典型的なスリザリンの嫌な奴だ。

それでも、ただの「嫌な奴」ではないことはもう知っている。

 

「初試合の君に、こんなこと頼むのはおかしいの分かってる。 でも、僕この試合は自信ないんだ。 頼むよ、何とかゴール守ってくれ」

 

泣きそうなハリーの声に、ロンは思わず立ち上がり強く頷いた。

 

「任せて」

 

声は掠れていた。

 

「さあ! みんな集まれ! 最後の作戦確認だ!」

 

アンジェリーナの声に、2人は同時に箒を手に取った。

 

 

試合は長期戦になった。

 

教師の中には一部を除いて、ダンブルドアの陣営の事情を知っている者が多い。

 

幼い学年から仲良しだったシーカー同士が、ギクシャクとお互いを居ないように扱い、試合をしているのを見るのは痛々しいものだった。

 

それでも、最後スニッチを手にしたのはハリーだった。

 

歓声の中、獅子のチームは凱旋さながらに着地する。

ロンはすぐ仲間にもみくちゃにされた。かなり点は取り逃したし、勝ったのはハリーが早めにスニッチを取ったおかげだ。それでも、彼は初試合をやり切った。

 

「箒から落ちなかっただけで偉いぞ、ロニー坊や」

「そうとも。 しかし次はぜひ、ウッドの魂が乗り移って欲しいものですな」

 

蛇のチームは少し離れたところで地に降りた。

幾人かの選手がこちらに悪態をつく。同意するかのように、ドラコは嘲った。

 

ハリーには全てが聞こえたわけじゃなかったが、彼らがロンの家の悪口を言っているのはわかった。

 

「ドラコ」

 

ハリーは気付けば、スリザリンの方に足を踏み出していた。

両方のチームから視線が集まる。

 

ドラコは僅かに目を見開いたが、冷たい声で「なんだ」と言った。久しぶりに彼の瞳を正面から見た。

 

「君が--そんな心にもない悪口に同調するところは見たくない。 考え直してくれ。 僕は…ドラコを助けたい」

 

あまりにもストレートな言葉だった。

闇の陣営から、彼を抜け出させたかった。ここまで来てしまったら、彼の親なんてどうでもいい。ハリーはドラコだけでいいから助けたかったのだ。

 

彼の仲間たちはけたたましく笑った。

 

「助ける? 何言ってんだおまえ。 ウィーズリーと仲良しこよしで頭の中も貧相になったのか?」

 

「言ってやるなよ。 こいつの父親は魔法省クビになって金に困ってんだろ。 お似合いだぜ、グリフィンドール」

 

ドラコは何も言わなかった。

 

「僕はドラコに言ってるんだ。 おまえらと話してない」

 

彼は無表情のまま応酬を聞いている。

その顔は気持ちがこそげ取られているようだった。

 

周囲の視線が自分に向いたことを悟ると、ドラコはようやく口を開いた。

 

「ブラック、君はいつまで僕の友達のつもりでいるんだ?」

 

聞いたこともない、氷のような冷たい声だった。

 

「わからないのか? 君と仲良くしていたのは、父親が闇祓いの局長だったからだ。 そうでなくなった君に、価値は無い。 二度と僕に話しかけるな」

 

気付いたら、ハリーはドラコを押し倒していた。

グラウンドの青々とした芝の匂いが鼻に刺さる。

 

「何でそんなこと言うんだよ!! 親なんて関係ないって…ずっと親友だってあの夜誓ったじゃないか!!」

 

溢れる涙をそのままに、ドラコの胸ぐらを掴むと強く揺さぶった。

それはまるで暴力を振るっているように見えたのだろう、周囲から悲鳴が上がる。

 

マクゴナガルが険しい声で何かを指示した。

ハリーはチームメンバーに押さえられ、ドラコから離される。

 

アンブリッジが勝ち誇った顔をしていたのも、今のハリーにはどうでもよかった。

 

こうして、ハリーは終身クィディッチ禁止という処分に遭った。

 

 

 

 

ドラコがようやく鉄仮面を脱ぎ捨てられたのは、恋人と2人になれた時だった。

 

静かな夜更けに邪魔する者は誰も居なかった。

ドラコは静かに泣き続けた。全てが悲しくて辛くて、自分が許せそうになかった。

 

どうしてハリーの隣りで笑うことが許されないのだろう。彼みたいに。

 

「僕はウィーズリーになりたい。 そんなこと言ったら笑うか?」

 

「んー、そうね。 私は赤毛よりあなたのブロンドが好きよ」

 

ドラコは顔をくしゃくしゃにして泣きながら笑った。

昔から声を出さず震えるように、彼は泣く。

夜は深まる。愛しい幼馴染をシャルロットはずっと抱きしめ続けた。





チョウが既にハリーと破局してるため、原作と違ってDAにチョウとマリエッタが未加入です。
またフレジョがクィディッチ処分に遭っていません。

次話は24日の夕方に投稿予定です。
感想、嬉しいです。創作意欲が上がるので、初期のものから1つずつ何度も読み直してます。本当にありがとうございます。


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休暇は平穏からは遠く

 

「あんた、どう思う? アンブリッジとブラック先生がデキてるって噂」

 

スリザリン寮、湖深くに位置する談話室。

冬が深まり湖の風景も単調になってくると、談話室はどうしたって寒々しい印象になる。それでも暖炉は軽やかな音を爆ぜ、生徒が紅茶を沸かす音は冬の風物詩だ。貴族の多いスリザリンでは、紅茶の香りが特に芳しい。

 

刺繍が施された厚手のブランケットを抱き寄せると、シャルロットはクッキーに手を伸ばした。

 

「馬鹿馬鹿しいと思う」

 

にべもないシャルロットの返答に、質問の主であるパンジーはニヤッと笑った。

 

「やっぱり? ありえないわよね。あんたの前で言うの悪いけど、アンブリッジって半純血だしね」

 

たいして悪びれてなさそうにパンジーは言った。

周囲に純血だと宣っているアンブリッジだが、本当の出自は名家に詳しい貴族なら大概が知っている。

 

「あと確かにアンブリッジはブラック先生のこと気に入ってそうだけど…『ブラック』の肩書きと容姿しか見てない気もする」

 

「ああ、それわかる」

 

ミリセントが同調してくれた。

今日のお茶菓子は彼女が用意してくれたのだが、上品な甘さで美味しい。…曾祖母のお手製クッキーには敵わないけど。

後で店名を聞こうとシャルロットは決めた。

 

「私たちのためにブラック先生も、アンブリッジに愛想良くしてる気はするよねー」

 

パンジーはちょっと悪どい笑みを浮かべる。

15歳となった自分たちには少しずつそう言った大人の機微が見えるようになってきた。最も社交術に重きを置くスリザリンが、それに顕著なのかもしれない。

 

「あと私の勘だけど、ブラック先生って好きな人いるよね」

 

今まで黙って話を聞いていたダフネが、クッキーを齧りながら口を開いた。

 

「うっそ!? 私、卒業したら狙おうと思ってたのに!」

 

パンジーが大仰な仕草で肩を落とした。

そんな他愛ない友人のやり取りを眺めながらも、ダフネの勘の鋭さにシャルロットは内心舌を巻いた。

 

 

 

 

ハグリッドが帰ってきた。

 

絶望の淵にいたハリーだったが、友の帰還に禁じられた森の入口にある彼の家へ馳せ参じた。

 

久しぶりに入るハグリッドの小屋は懐かしささえ感じた。

ファングはハーマイオニーに飛びかかり、大きな薬缶は煮え立ち、香ばしい藁のような匂いが小屋に充満している。ベッドは少し埃っぽくなっていたので、3人で協力して呪文を掛けるとフカフカ布団の出来上がりだ。

しかし、そんな穏やかな住居の中で家主は傷まみれだった。

 

「どうしたの、その大怪我!」

 

再会の喜びより先に、彼の顔を見た瞬間ハーマイオニーは悲鳴に近い声を上げた。

 

「よぉ、おまえさんたち。 元気にしてたか?」

 

ハグリッドは3人の顔を見るなり相好を崩したが、そうするとさらに傷は酷く見えて痛々しい。

 

ハリーはお世辞にも元気とは言えない精神状態だったが、目の前のボロボロの友人を見て一先ず彼の近況が気になった。

 

ハグリッドはバケツのように大きいマグカップを4つ取り出すと、紅茶を並々と注ぐ。

いつもの定位置にそれぞれが腰を落ち着かせると、ハグリッドの話は始まった。

 

ハグリッドは巨人に、ダンブルドア陣営に付くよう交渉してきたようだった。

マダム・マクシームとのロマンスを交えたその物語は、残念ながらいい着地点にはならなかった。

巨人との交渉が、決裂したのだ。

 

既に学校外では、死喰い人が暗躍していることを知り、ハリーは背筋に冷たいものが走った。

 

ハグリッドの話はさらに続きそうだったが、間の悪いことにアンブリッジが訪れた。十中八九、ハグリッドの偵察に来たのだろう。

 

ハリーたちは慌てて透明マントに隠れ、事なきを得たのであった。

アンブリッジの悪辣な態度を見て、ハグリッドの授業査察が上手くいかないであろうことを3人は悟りつつ、そのままハグリッドの家を後にした。

 

城までの道すがら、雪が舞い降りていることに気付く。

 

「もうすぐクリスマス休暇ね」

 

ハーマイオニーは家族と共にスキーに行くのだと言う。ロンは、マグルが板を足につけて山から滑り降りるというこの娯楽に大爆笑だったが、ハリーもシリウスと行ったことがあると知ると少し興味を抱いたようで、今度行ってみたいと手のひらを返した。

 

「休暇は嬉しいんだけど、ほら僕の家って今は騎士団のアジトになってるじゃん? 落ち着かないんだよね、色々な人が出入りして」

 

「まー、確かに休みの日にマクゴナガルの顔は見たくない」

 

ロンは笑ったあと言葉を続けた。

 

「それなら隠れ穴に遊びに来いよ」

 

その提案は悪くないものに思えた。

 

「いいね。 パパに訊いてみるよ。 アーサーおじさんとモリーおばさんにも久しぶりに会いたいな」

 

短い道中でも、玄関ホールに着く頃にはハリー達の手はかじかんでいた。

雪が髪に降り積もり、薄ら湿っている。早く寮の暖炉にあたりたい。

 

「DAは休暇前に集まれるの、あと1回かしらね」

 

ハーマイオニーは『DA』と言う単語を声を潜めて言った。

 

「んー、そうだね。 休暇前に新しいことしても仕方ないし、その日は復習の回にしようか」

 

ハリーの言葉に2人も賛同してくれた。

例年よりも休暇が待ち遠しいのは、今の学校生活がそれくらい陰鬱なのがあるだろう。

 

そしてハリーは休暇前の最後のDAのあとに、蛇の夢を見たのだった。

 

 

 

ハリーの体は冷たい夢を這っていた。

視線はかなり低い。床にぴったりと腹這いで、見覚えのあるエントランスを進んでいる。

辺りは暗いのに、変な鮮やかさで周囲が視認できた。

 

…そう、ハリーは夢の中で蛇だった。

 

どれくらい進んだのだろう。

ずっと冷たい石の床をハリーは這っていた。徐々に辺りの壁の様子も変わり、奥深くに入り込んでいるのが分かった。

 

やがて、行く手に男が見えた。どうやら居眠りをしているようだ。

 

殺したい。この男を殺してやりたい。

 

ハリーは高々と伸び上がり、その男の体に歯を立てた。夥しいほどの血が迸る。

 

ハリーは自分の絶叫で目が覚めた。

 

「ロン! 大変だよ! アーサーおじさんが!!」

 

ロンは既に起きていた。いや、ネビルもディーンもシェーマスも起きていた。

そのくらいハリーの絶叫は凄まじいものだったのだろう。

 

火を当てられたかのように、傷跡が鮮烈に痛む。

ハリーはベッド脇に激しく嘔吐した。ロンは心配そうに何かを言いながら近寄り、背中を摩り始めた。

 

ハリーは今まで見続けていた夢の場所が、魔法省であることを理解した。

 

「アーサーおじさんが!」

 

ハリーはぜえぜえ息を吐きながら、もう一度言った。このことを直ちに伝えて分かってもらわなければいけないと思った。

 

「どうしたんだよ。 僕のパパがなんだって?」

 

ロンは目をぱちくりとしている。

 

「魔法省で大怪我したんだ! 夢だけど…夢じゃないんだ! マクゴナガル先生を呼んで!」

 

ロンは未だ戸惑いながらも、緊急性は感じたようでパジャマのまますぐ部屋を出て駆けて行った。

 

数分後、寝間着姿にターバンキャップを巻いたマクゴナガルがきびきびとやってきた。

休暇中に会いたくないなどと憎まれ口を叩いたが、この時ほど騎士団のメンバーであるマクゴナガルを有難く思ったことはなかった。

そして、ロンと共にハリーは校長室へと向かうことになった。

 

ダンブルドアはいつもと同じように、校長室で静かに佇んでいた。違うのは、彼が白い寝間着に上等そうなガウンを羽織っていることくらいだ。

 

ハリーは起きたことを全て話した。

まだ動揺しているせいか、言葉は明瞭にならずもどかしかった。今この瞬間にもアーサーが死んでしまうかもしれない、そう思った。

 

ダンブルドアは一度もハリーのことを見なかった。

 

「エバラード、ディリス」

 

全てを聞き終えたダンブルドアは鋭い声で、狸寝入りを続ける額縁へと指示を出した。

 

「ミネルバ、他のウィーズリーの兄弟もここに呼びなさい」

 

やがて連れてこられたパジャマ姿のまま戸惑いと焦燥の色が隠せないウィーズリー兄弟妹たちに、ハリーの胸は痛んだ。

ジニーは今にも倒れてしまいそうだ。

ようやく恋人の死から立ち直りかけてる彼女に、これ以上惨いことが起きていいわけがない。

 

「そんな顔するな、まだ親父は死んでねーよ」

 

ジョージが彼らしくないぎごちない笑みを浮かべて、ジニーの肩に手を置いた。

 

「さあ、ここに来なさい。 グリモールド・プレイスでシリウスが待っておる。 病院へいくのに、隠れ穴より便利なはずじゃ」

 

ポート・キーを掴むその瞬間、ダンブルドアの青い瞳がハリーの顔を捉えた。

ハリーの中に突然憎悪が湧き上がった。あまりに暴力的なその激情は、途端にハリーを支配した。

 

目の前のこの老人を殺したい。牙を喉に突きつけてやりたい--!

 

臍の内側がぐいっと引っ張られる。

視界がぐるぐると回ると、次の瞬間そこは慣れ親しんだ我が家だった。

 

目の前に心配そうな顔をしたシリウスとリーマスがいる。

ハリーの中の荒れ狂った憎悪が風船のように萎んでいくのが分かった。

 

今すぐにでも聖マンゴに押しかけようとする子どもたちを宥めると、一先ず皆は腰掛けた。

 

「倉庫にバタービールがあったはずだ。 リーマス手伝ってくれ」

 

項垂れて声も発しない皆に、シリウスは努めて明るく立ち上がった。

 

「待って、僕も行く」

 

慌ててハリーも追いかける。

そして、倉庫に入るとハリーは先程のことを2人の大人に打ち明けた。

 

蛇の視点でアーサーを襲ったこと、そしてダンブルドアに先程殺意を抱いたことを話すと、シリウスとリーマスの顔は険しさを増した。

バタービールを手にしたままハリーの話を聞いていた2人は、聞き終えるとどこか覚悟が決まったかのように目配せをする。

 

「なに? 何か知ってるんだね?」

 

ハリーはそれを見逃さず、すかさず畳み掛けた。

 

「パパたちが、騎士団に僕たちを関わらせたくないのは分かるよ。 でも僕は当事者だ」

 

ハリーの緑の瞳を真正面から受け止めると、やがてシリウスは頷いた。

 

「分かった。 あとで必ず話すと約束する。だが、今はとにかくアーサーの様態が先だろ。 ハリー、このバタービール持っていってくれ」

 

そうしてせっかく人数分を出したバタービールだが、結局は皆ほとんど口を付けなかった。

 

永遠とも思われる長い夜のあと、アーサーの容態が安定し命に別状がないという知らせが届いた。

薄ぼんやりとした夜明けの中、皆は心から安堵し、ジニーは涙ぐんだ。

 

 

 

 

聖マンゴ魔法疾患傷害病院。

 

子どもたちの前で無理をしていただけかもしれないが、思いの外元気そうなアーサーに会えた。

 

家族のお見舞いも束の間、騎士団の話になり子どもたちは追い出され、ハリーとロンは何となく立ち寄ったカフェルームで奇妙な組み合わせに会った。

 

「あら、ハリー」

 

シャルロットとネビルだった。

校内ではまず見ない組み合わせに驚いたが、次の瞬間ハリーは合点がいった。

2人とも、親がここの長期入院患者だからだ。

 

「あれぇ? ネビル、君も誰かのお見舞い?」

 

事情を知らないロンが訊く。

ネビルは何も言いたくなさそうに俯き黙ってしまったので、シャルロットが彼を小突いた。

 

「言いたくないならそう言いなさいよ。 黙ってたら一番困るわ」

 

「アー、うん。 …いや、言うよ。 2人ともDAの仲間だもん。 僕の両親ね、ここにずっと入院しているの」

 

「そうなんだ。怪我?」

 

「いや……死喰い人に拷問されておかしくなっちゃったんだ。 僕のこともわからない」

 

途端にロンは恥じ入った顔をした。

聞いてはいけないことを聞いたと思ったのだろう。

ハリーも『憂いの篩』で知っていたが、まさかそれをネビルに気取られるわけにはいかない。どうしていいか分からず黙り込んでしまった。

 

「私のママと少しだけ境遇が似てるからね、ネビルとはよく会うのよ」

 

空気を察してかシャルロットはそう話をまとめると、病院に備え付けてある紅茶をカップに注ぎ、ハリーとロンに手渡した。

今日のシャルロットは質の良い濃紺のローブに身を包み、いかにも魔法界の貴族然としている。本人はマグルの格好の方が楽で好きらしいから、恐らく曾祖母に着せられたのだろう。

 

ハリーは手渡された紅茶を口に含む。びっくりするほど味が薄くて不味かった。

 

「僕はそろそろばあちゃんのところに戻るね」

 

逃げるような勢いのネビルと別れると、シャルロットは母親に会っていかないかと提案した。そしてハリーとロンは彼女の案内のもと特別病室へと向かった。

 

部屋にはセブルスも居た。

穏やかな顔で妻の髪を梳いていたセブルスは、ハリーとロンが近づくと僅かに笑いかけた。

 

「来てくれたのか」

 

「うん。 レイチェルおばさん、また髪伸びたね」

 

時々セブルスの手によって、眠り姫の髪は手入れされているらしい。それでも彼女の髪は腰を通り越すほどに長く伸びていた。

 

「こんにちは。 スネイプ先生」

 

思わず校内で会ったような挨拶をするロンに、セブルスはふっと表情を弛める。

 

「もう私は教師ではない。 ···紹介しよう。 ここでお昼寝してる女性がシャルの母親だ。 良かったら何か話しかけてあげてくれ」

 

ロンがおずおずとベットに近付いた。

 

「本当に寝てるだけに見えるでしょ」

 

「うん。 君とそっくりだね」

 

シャルロットはくすぐったそうな照れた笑みを浮かべた。

 

「そういえばね、こないだ気付いたんけど貴方の好きなクィディッチチーム…えっと、名前なんだっけ? ママも好きだったらしいのよ」

 

「え! チャドリー・キャノンズを? 君のママは見る目があるねぇ!」

 

ロンは顔を輝かせて、目の前の眠り続ける女性を見つめた。

彼女が目を覚ましたら、ぜひともそのチームが未だに負け続きな事実を教えてあげて欲しいところだ。

 

「どんなチームなの? ママはどの選手が好きだったのかしらね」

 

ロンは、楽しそうにチャドリー・キャノンズの説明を始めた。

 

「例のあの人との…絆の話を聞いたらしいな」

 

雑談に話を咲かせる2人を横目に、セブルスはそっとハリーに囁いた。

 

「…うん」

 

ハリーは小さく頷く。

シリウスから話されたその話は、衝撃が大きく未だに自分の中で噛み砕けていない。しかし、納得できる部分が多かったのも事実だ。

 

「大丈夫か?」

 

セブルスは眉を寄せ困ったような顔で、ハリーのくしゃりとした頭に手を置いた。

父親と同じ髪質は彼らにとって懐かしいのか、幼い頃からよくこうして頭を撫でられていた。

 

しかし、記憶にあるよりずっとセブルスとの顔が近い。

どうやら自分はまた身長が伸びたらしい。

 

「セブルスおじさん、白髪あるよ」

 

「なんだと!?」

 

セブルスは、らしくない大声を上げた。

そしてブツブツと呟きながら髪を弄っている。それが可笑しかったので、ハリーは笑った。セブルスもつられて相好を崩す。

 

「ハリー、何も心配することはないんだぞ。 私たちがついている」

 

「そんなこと言ったって…ヴォルデモートはきっと僕を狙うよ」

 

どこか強がるようなその言葉に、セブルスは胸が痛くなる。

それを隠して、セブルスはふんと鼻で笑った。

 

「それを子どもが気にする必要はない。 勉強でもしてろ。 ジェームズもシリウスも、O.W.Lは悪くなかったんだぞ」

 

恐らくセブルスは、あの人との絆のことを知って欲しくなかったんだなと、ハリーは漠然と思った。

 

「もう子どもじゃないよ。あと2年で成人だ」

 

「つまり、まだ子どもだ」

 

ロンのジョークがハマったのか、シャルロットは大きな笑い声を上げた。

大人びた格好をしていても、未だにその顔は少女時代の残り香がある。

 

「シャルもおまえも…そう急いで大人になろうとするな」

 

唐突にセブルスはそう言った。

思わず、ハリーは彼の顔を見つめた。

 

「もう少し私たちのために、子どもでいてくれ」

 

目覚めない妻を見守りながら、そう言うセブルスはどこまでも淋しそうだった。

 

 

 

 

休暇が終わる目前、その諍いは起きた。

 

レギュラスがハリーに閉心術を教えることになったのだ。

 

アーサーの退院が決まり、そのお祝いの食事会が開かれることになった。騎士団の本部であるグリモールド・プレイス12番地に、スキー帰りのハーマイオニーやシャルロットも集まり最後の休暇の晩餐を楽しむことになったのだ。

 

そこに、苦虫を噛み潰したような顔のレギュラスが現れ今に至る。

 

「死喰い人が、俺の息子に何を教えてくれるって言うんだ? 服従の呪文か?」

 

「私が教えたいと懇願したとでもお思いなのですか? ダンブルドアからの指示に決まっているでしょう。 それすらも分からないとは無職は悲しいですね」

 

「あ? 俺の友人の情けで、その仕事にありつけたのに偉そうな立場になったもんだな」

 

「おや、大嫌いだったブラック家の財産で食いつないでる貴方も偉そうな立場だと思いますが? くだらない出資もなさっているようですね」

 

2人の間にビリビリと圧が行き交う。

今にも杖を抜きそうな剣呑とした雰囲気を壊してくれたのは、モリーだった。

 

「子どもたちが見ているんですよ! 兄弟喧嘩は他所でやってください!」

 

この2人の溝は兄弟喧嘩という言葉で括れるような程度では無いのだが·····ウィーズリーの母は強し。あのシリウスとレギュラスが同時に口を噤んだ。

 

「シリウス! 貴方ここの家主でしょう。準備、手伝ってちょうだい! レギュラスはここで食べていくのかしら? それなら貴方も手伝いなさい」

 

叱られたシリウスはむっすりと湿気こんだ顔で、モリーに着いていく。

レギュラスはにべもなく断ると、さっさと暖炉のフルパウダーを手にした。シャルロットしか気づいていなかったが、その様子をハーマイオニーが残念そうな顔で見つめていたのは言うまでもない。

 

「モリーおばさん、すごい」

 

レギュラスと個人授業という最悪な決定事も忘れ、思わずハリーは感心した。

 

「モリーは…ギデオンとファビアンを亡くしているからね。 血の繋がっている兄弟同士が仲違いするのが見ていられないんだろう」

 

リーマスは遠い目でどこか疲れたようにそう言った。

それはハリーに聞かせるつもりはなく、本心がつい漏れ出た言葉のようだった。

 

ハリーは、屋敷しもべ妖精のアンと朗らかに笑い合いご飯の支度をするモリーへ視線を戻した。

快活に振舞っている彼女だが、よく見るとだいぶやつれているように思えた。

 

ハリーは双子から聞いた、パーシーがクリスマスプレゼントを送り返してきたという話を思い出した。

 

休暇は終わり、ハリーたちは一先ずテストに追われる学生へと戻っていく。

 

それでも少しずつ、戦争の足音が近付いていることをハリーはどうしようもなく実感した。

 





次話は27日に投稿予定です。


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閉心術とクィブラー

 

休暇が終わる時は、誰しも心が塞ぎ込むものだ。

 

それでも長い寮生活を続けている学校には愛着があるもので、友人や教師と再会しいつもの寮のベッドに着くとそれなりに落ち着いた気持ちになったりする。

 

しかし今年は今までで一番ホグワーツに戻りたくなかった。

暗澹たる気持ちも、レギュラスとの個人授業の時間が近付くとさらに拍車がかかった。

 

「おい、嫌なのは分かるけどさ…頑張れよ」

 

気の毒に思ったのか、ロンは何度もそう発破をかけてくれた。

それに慰めを見出したものの、憂鬱な心持ちは変わらないまま地下牢の魔法薬室の扉をノックした。

 

「そこに座りなさい」

 

暗がりの中から、レギュラスは素っ気ない声をかけた。

用意された丸い木椅子に腰掛けると、レギュラスは再び口を開いた。

 

「良いですか? 『閉心術』とはその言葉の通り、記憶を盗み見る『開心術』の対抗技術です。 心を閉ざし、鍵をして、心と記憶を守ることを貴方には学んでもらいます」

 

ハリーが黙ったまま聞いてると、レギュラスは冷たい瞳で「返事は?」と促した。

 

「はい、ブラック先生」

 

ハリーは出来る限り皮肉っぽく聞こえるよう返事をした。

 

「闇の帝王は優れた開心術師です。 あの方の前では嘘をつくことは通用しない。 貴方が魔法薬の授業より、まともな結果を出すことを祈るばかりですね」

 

嘲るようにレギュラスは笑った。

そして、自分のこめかみに杖を当てる。そこから銀色の蜘蛛のような銀白色の糸を引き抜くと、背後の棚に置いていた『憂いの篩』へふわりと投げ入れた。

ハリーは、ダンブルドアの持ち物であるはずのそれが何故この男の手元にあるのか気になったが、レギュラスはそれを説明する気は一切ないようだった。

 

「さあ、立ちなさい。 ハリー・ブラック」

 

唐突にレギュラスが杖を構えた。

 

「え? 僕は何をすれば…?」

 

驚いて、思わずそんな間抜けな声が出た。

 

「どんな手段を使っても構いません。 抵抗しなさい。 これから私がかける呪文から!」

 

レギュラスは、ハリーの目を見据えたまま『レジリメンス!』と唱えた。

 

その瞬間、ハリーの中に奇妙な感覚が押し寄せた。

自分の心と気持ちがコマ送りのように流れ、そこに無理矢理に押し入れられていく。

 

5歳くらいの頃、家の中を箒で飛び回りシャンデリアを壊してしまった。アンがおろおろと困り果て、その横でシリウスがプリンス邸の庭を貸してくれないかとセブルスに頼んでいる。

 

7歳の頃、遊園地でシャルロットが泣いている。ハリーがちょっかいをかけ、そのせいで彼女はアイスクリームを落としてしまったのだ。

 

11歳の頃、ホグワーツからの手紙が届いた。ドラコとお揃いの箒を買ってもらい、プリンス邸で勝負をしている。

 

ハリーの意識は突然遮断された。

 

「全く出来ていません。 集中しなさい。 もう一度」

 

「待ってください! ブラック先生、防ぎ方を教えてもらっていません」

 

ハリーは膝をつき、息を切らしながら抗議した。

しかし、レギュラスはそれを一蹴した。

 

「貴方に理論を事細かに説明しても、理解できないでしょう。 感覚で掴みなさい。 --レジリメンス!」

 

12歳の時、ハーマイオニーの顔が猫の毛で覆われている。シャルロットが秘密の部屋でぐったりと横たわっていた。

 

13歳の時、シリウスとセブルスとリーマスが見た事のないほど恐ろしい顔でピーターに杖を向けている。

 

14歳の時、初めてルーナとキスをした。ドラゴンと戦った。墓場でガラスのビー玉のようなセドリックの瞳が--。

 

「あああああああああああああ!!!」

 

頭蓋骨の内部から押し出されるような頭痛で、ハリーは地面に転がった。

暴れ回る心臓を抑えながら、レギュラスを見ると手が赤く腫れていた。

 

「針刺しの呪い、ですか。 しかし、まだまだです。 私の侵入を許していますね」

 

レギュラスは淡々とそう言ったが、さっきよりも動揺しているように見える気もした。

 

こんなにも記憶を無理矢理暴かれるのがストレスだとは思わなかった。

打ちのめされた気持ちのまま、ハリーはどうにかふらふらと立ち上がった。

 

「さあ、もう一度」

 

死刑宣告のように思える言葉だった。

 

 

 

 

 

「ハーマイオニー、君ってやっぱイカれてるよ。 何であんなやつに好きこのんで質問に行けるんだ」

 

ハリーはぐったりと図書室の長机に倒れ込みながらそう言った。

 

「あら、失礼ね」

 

ハーマイオニーはつんと顔を逸らす。

 

「あいつ僕に教える気なんてないんだ」

 

「そんなことないわよ」

 

「いいや、絶対そうだよ」

 

「少なくとも、ブラック先生はこちらが真面目な態度で接すれば、それに応えてくれるわよ」

 

「何それ、僕が真面目に取り組んでないって言いたいわけ?」

 

ハリーがムッとして顔を上げると、ハーマイオニーは困ったように眉根を寄せた。

 

「そんなこと言ってないわよ。 …ハリー貴方すごく顔色が悪いわ。それだけ辛かったんでしょう」

 

「今日は早めに休んだらどうだ?」

 

ロンが心配そうな顔でそう提案する。

近付くO.W.Lにピリピリとしているハーマイオニーなら普段は目くじらを立てるところだが、今日ばかりは同調するように頷いた。

 

「うん、そうしようかな」

 

ハリーは未だ勉強を続ける2人と別れ、寮へと向かった。途中何度も足がもつれて転びそうになるほど疲れきっていた。

夏休みにシリウスからスパルタで守護霊の呪文を習得させられた時も、このくらい満身創痍だった。それでも精神的な負荷は今日の方が桁違いに酷い。

 

『太った婦人』を超え自室への階段をのろのろと登りながら、ハリーはレギュラスの感覚的な物事の教え方が、シリウスとかなり似ていることに気付いた。

 

どんなに仲が悪かろうと、彼らは家族だった時が確実にあるわけで、魔法族である彼らはホグワーツに上がるまで両親や一流の家庭教師から同じ教育を受けたはずだ。

それに血縁者であるからには、元来持って生まれた魔法の質も似通っているのだろう。

 

あの兄弟が似ているだなんて言葉をハリーの口から聞いたら、シリウスは文字通りショックで卒倒してしまうだろう。ふと頭に過ぎったその考えに、ハリーは苦笑しながらベッドに潜り込んだ。

 

疲れている体は睡眠を欲していたようで、瞬く間に意識は遠のいた。

しかし、ハリーはあの人が歓喜で震える夢を見て飛び起きた。

 

朝になり、ハリーたちはベラトリックスを筆頭とした死喰い人が大量脱獄したことを知ったのだった。

 

 

 

勉強漬けの日々が続き、クィディッチも奪われたハリーにとって、DAが唯一の楽しみと言っても過言では無かった。

 

年が明け、盾の呪文に入ったダンブルドア軍団はより一層練習に励んだ。

特にネビルの快進撃は凄まじく、ハーマイオニーの次に盾の呪文をものにして見せた。恐らくこれが彼の本当の実力なのだろう。

 

ハリーたちはあの一件以降、ネビルの両親に触れることはなかったが、ベラトリックス・レストレンジの脱獄がさらに彼を奮い立たせてるのは間違いなかった。

 

ネビルがそれほど頑張っていると言うのに、一方でハリーの閉心術は全くと言っていいほど上達しなかった。

むしろ毎回だんだん下手になるような気さえした。それに伴うように、傷跡の痛みは酷くなっていった。

毎晩、真っ暗な扉の前で何かを渇望しながら立ち尽くす夢はハリーの精神を摩耗させていった。

 

「ハリー、ちょっといいかしら?」

 

ハリーが、未だコツが掴めない様子のテリーやパドマたちにアドバイスをしていた時だった。

 

振り返ると、ペアを組んでいたハーマイオニーとルーナが居る。ちなみに少し離れたところではロンとラベンダーが盾の呪文の練習にしてはくっつき過ぎなほど近い距離で練習している。

 

「なんだい?」

 

ハリーはハッフルパフの友人と別れ、何やら緊張したような顔のハーマイオニーに問いかける。

 

ただならぬ話だと思ったハリーは、あちこちで盾の呪文が迸る必要の部屋の端っこへと体を寄せた。

 

「ルーナと話したんだけどね、ハリー…貴方はやはり真実を語るべきだと思うの。 ほら、例の脱獄事件があったでしょう。 きっと魔法省に不信感を持つ人が増えた今なら、貴方の話に耳を傾ける人はいるわ」

 

ハーマイオニーは慎重にそう切り出した。

ルーナは相変わらず夢見るような顔で、ハリーとハーマイオニーの顔を交互に見比べている。

 

「気持ちは分かるけど、日刊預言者新聞が僕の話を聞いてくれると思う? パパなんて未だにバッシングされてるんだよ」

 

ハリーは深々と溜息をついた。

去年の三代魔法学校対抗試合の時、あんなにへりくだった態度で「お父様によろしく」と言ってきたリータ・スキーターは、シリウスがクビになった途端けちょんけちょんに記事で扱き下ろした。

 

尤も、それは氷山の一角だ。

魔法省時代にシリウスにお世話になった人たちも、彼を今や腫れ物扱いしている。ハリーはなんて恩知らずなんだと許せないが、当のシリウス本人は「そんなもんだろ」と苦笑していた。

 

気付かないうちに、今までハリーはシリウスの立場にかなり護られていたことを実感する。

 

「ええ。 日刊預言者新聞はクソよ」

 

ハーマイオニーが汚い言葉を吐き捨てたので、ハリーは笑った。

DAを企画したり、らしくない悪態をついたり、最近彼女は反抗期なようだ。

 

「つまりね、新聞に拘る必要はないと思うの。 例えば、魔法省の息がかかってない雑誌。 真実を載せてくれるならそれで十分だと、そうは思わない?」

 

ハリーは、彼女の言わんとすることを理解した。

 

「まさか」

 

「そう! クィブラーよ!」

 

ハーマイオニーは、悪戯を思いついた子どものようにキラキラと瞳を輝かせた。

 

 

 

話はトントン拍子で進んだ。

 

まさか恋人の父親への挨拶の機会が、記事の相談になるとは思わなかった。

 

ハリーは何度もルーナに確認した。

もしかしたら父親も謂われのない誹謗中傷に曝されるかもしれないこと、それがルーナにも及ぶかもしれないこと。

 

しかし、予想外にルーナは頑固だった。

 

「パパは大衆が知る必要があると思う重要な記事を出版しているモン。私もパパも悪口なんて気にしないよ」

 

父親のジャーナリズムはしっかり娘に受け継がれているらしかった。

果たしてしわしわ角スノーカックが、大衆が知る必要のある重要な記事かは不明なため、例によってハーマイオニーは何か言いたげに口をモゾモゾとさせたので、ハリーが小突いて黙らせた。

 

ハーマイオニーの行動はびっくりするほど素早くテキパキとしていた。

かくして彼女は、ルーナの父であるゼノフィリウス・ラブグッドと連絡を取り、次のホグズミード行きで会う約束を取りつけた。

 

「ちょっと待ってよ! その日バレンタインデーじゃん!」

 

ハリーから非難が上がったが、どちらにせよルーナも同行するのだから我慢しなさいとハーマイオニーに押し切られた。

 

「最近の君、何か革命家みたいだぜ」

 

こう評したのはロンである。

ハーマイオニー本人は満更でも無さそうだった。

 

ロンにも出来れば同行して欲しかったが、残念ながら彼はクィディッチの練習がありホグズミードには行けなかった。ちなみにハリーの代打のシーカーはジニーに決まり、今やグリフィンドールのチームは半数がウィーズリーである。それをスリザリンが嘲笑の格好の的にしているのは言うまでもない。

 

ゼノフィリウス・ラブグッドとは『三本の箒』で落ち合う予定だったが、ハリーとハーマイオニーはルーナに紹介されるより前におそらくあれが彼だろうなと分かった。

 

テーブルの奥に座っていたのは、いかにも変わり者といった風体の男だった。奇抜なスーツに、ルーナとお揃いのメラメラ眼鏡を首からさげている。

 

ハリーは正直、ヴォルデモートが復活した夜のことは思い出したくなかったし話したくなった。

レギュラスとの閉心術で何度もセドリックの死を追憶していたのも、その気持ちに拍車をかけていた。

 

それでも大量脱獄のニュースを目にしたあの時から何かをしたいという燃えるような思いに駆られていたハリーは、懸命にあの夜のことを思い出し、そして話した。

 

脂汗をかき言葉を詰まらせながら話すハリーの様子は、ゼノフィリウスの琴線に何かしら触れたようだった。

彼も真剣な面持ちで一言一句逃さず訊き、自動速記羽根ペンが彼の持つメモ帳を激しく埋めつくした。

どうやら記事の作成にはハーマイオニーも関わるつもりらしく、そのメモ帳を読んでは何かを書き足したり消したりして文章を作り上げていた。

 

取材を終えたあと、ゼノフィリウスはこれからもルーナをよろしくと、その見た目からは想像つかないほど真面目な顔でハリーと握手をしたのだった。

 

数日後の月曜日の朝、大量の手紙がハリーの前に落とされた。

その量は凄まじく、ハリーの飲みかけの紅茶が吹っ飛んだほどだ。

 

「君の話が大っぴらになったってわけだ」

 

ディーンが感服したようにそう言った。

向かいの椅子でシェーマスは興味無さそうにチキンパイをかき込んでいたが、耳はこちらに傾けているのはバレバレだった。

 

「いい事したね、ハリー。 その…話すの辛かっただろう?」

 

ネビルは気遣わしげにそう言った。

 

「うん。 でも、みんな知らなきゃいけないんだ。 あいつが何をしたか」

 

「そうだよ。 それに死喰い人がしたことも…知るべきなんだ」

 

ネビルは言葉を途切らせながら、どこか遠い目でそう言った。

 

ロンとハーマイオニーが包みを開けると、夥しい量の手紙がグリフィンドールの食事テーブルに広がった。

 

「駄目だ、これは君のこと精神病扱いしてやがる」

 

早速ロンが紙をぐちゃぐちゃにして投げ捨てた。

 

「こっちもよ。 聖マンゴで一度見てもらいなさいだって」

 

「見て! これは僕のこと信じてくれるって!」

 

幸運なことにハリーが手に取った一通目の手紙は当たりだった。

 

面白そうなことに目がない双子たちも、手紙を開き始める。

 

「こいつはどっちつかずだな。 『君が狂ってるとは思わないが、例のあの人が戻ってきたと信じたくない。 だから今はどう考えていいのか分からない』」

 

「なんともはや、羊皮紙の無駄遣いだな」

 

ジョージは苦笑した。

 

「こっちにもう一人説得された人がいるわ! ハリー、貴方の記事を読んで辻褄が合ってると思ったって! 無駄じゃなかったのよ!」

 

ハーマイオニーが興奮したように言った。その時。

 

「何事なの?」

 

少女のような甘ったるい作り声がした。

 

ハリーは封書を両手一杯に抱えたまま、アンブリッジを見上げた。

 

「どうしてこんなに手紙が届いたの? ミスター・ブラック」

 

「手紙をもらうことが罪になるのか!?」

 

フレッドが大声を上げた。

そんな彼を、ハリーはアンブリッジから見えないように手で制した。

 

遅かれ早かれ、取材を受けた時からこうなるのは覚悟の上だった。

 

「僕がヴォルデモート卿が復活した夜のことについて、インタビューを受けたからです。 それで皆が手紙をくれたみたいなんです」

 

アンブリッジは、近くの下級生が読んでいたクィブラーをひったくると表紙を凝視した。

表紙には『ハリー・ブラック ついに語る! 名前を呼んではいけないあの人の真相』と大々的かつセンセーショナルに書かれている。

 

アンブリッジの青白いたるんだ顔が、醜い紫のまだら色になった。

ハリーは怒りでここまで顔の色が変わる人を初めて見た。トンクスの七変化みたいだなぁと、そんな呑気なことを考えていた。

 

「ミスター・ポッター、貴方にはもうホグズミード行きはないものと思いなさい」

 

アンブリッジは怒りに手をぶるぶる震わせながら、言葉を続けた。

 

「私は貴方に嘘をつかないよう何度も何度も教え込もうとしました。 どうやら浸透しなかったようですね。 グリフィンドール50点減点、それと今夜から1週間罰則です」

 

罰則は予想していたことだった。

ハリーは挑戦的に、アンブリッジを睨みつけた。

しかし、想定外のことが起きた。

 

「アンブリッジ先生、ハリーにインタビューを受けさせて記事に関わったのは私です」

 

ハラハラと事の成り行きを見ていたグリフィンドール生は声の出処を振り返り、あんぐりと口を開けた。

 

燃えるような瞳をしたハーマイオニーが、立ち上がり真っ向からアンブリッジを睨みつけていた。

 

アンブリッジは口元をひくりと歪ませ、さらに恐ろしいほど甘ったるい声を出した。

 

「そうですか。それなら貴方も私の部屋に来るように。 仲良く罰則です」

 

アンブリッジは肩をいからせながら、その場を去った。

 

「馬鹿! 君まで罰則を受けることないだろう!」

 

ハリーが怒鳴ったが、ハーマイオニーはふんと鼻を鳴らし、冷めきったカップの中身をを魔法で消し去ると、紅茶を新しく淹れ始めた。

 

罰則はその日の夜、ピンクまみれの部屋で並んで行われた。

少し治りかけていたハリーの手の甲は、再び鮮血が滲んだ。

 

ようやく部屋から出されたハリーは、自分の傷の確認より先にハーマイオニーの手を掴んだ。

 

「この罰則が自分のせいだと思ったのか? 君までこんな目に遭う必要はなかっただろ。 女の子の手になんてことを…!!」

 

ハリーは険しい顔でそう言った。

確かに発案者は彼女だった。記事に携わったのも間違いない。ただその話に乗った時点でそれはハリーの責任だ。ハリーは、ハーマイオニーを責めるつもりなどこれっぽっちもなかったのだ。

 

しかし、ハーマイオニーは驚くことにこんな状況で笑った。強がりではない、どう見ても本当の笑顔に見えた。

 

「意外と古風なのね、ハリーって。 大丈夫よ、こんな傷気にしてないわ」

 

「馬鹿言うな! 残ったらどうするんだ!?」

 

「いいの。 だって今の私は革命家なのよ? この傷はむしろ、勲章よ」

 

口角を上げて力強い瞳でそう言い切る彼女は、ハリーから見てもかっこよかった。

 





リータが制裁を受けていない…だと…!?
のびのびやりやがって!コガネムシ!

レギュラスのこともあり原作よりアンブリッジに嫌悪マシマシのハー子が記事に携わりました。


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アンブリッジの姦計

 

『ホグワーツ高等尋問官令

 

ザ・クィブラーを所持しているのが発覚した生徒は退学処分に処す。

以上は教育令二十七号に則ったものである。

 

高等尋問官 ドローレス・ジェーン・アンブリッジ』

 

もはや言論統制の域に達してきたその教育令で、生徒たちが縛れるとアンブリッジは本当に思っているのだろうか。

 

つまり、あっという間に全校生徒中がその記事を読んだということだ。

 

多くの生徒が、ハリーの言葉を信じてくれたようだった。

今年度が始まった時のように、猜疑の視線を向けられることは目に見えて減った。

 

ハリーはアンブリッジがこの教育令を出した翌日に、シェーマスから謝罪された。母親にもこの記事を読ませて信じさせると約束してくれ、ハリーも快く彼のダンブルドア軍団への途中加入を受け入れたのだった。

 

クィブラーは未曾有の売り上げを叩き出してるらしく、ゼノフィリウスは増刷に追われているようだ。何故しわしわ角スノーカックの記事より、ハリーへのインタビューが売れるのか彼には理解できないようだが、ルーナは喜んでいるし自分の行動で彼女の実家が潤うのは悪い気持ちはしない。

 

スプラウト先生は如雨露をハリーが取ってくれただけでグリフィンドールに二十点も加点したし、フリットウィック先生は授業終わりにハリーに砂糖菓子を一箱押し付けた。

 

マクゴナガルはハリーたち--主にハーマイオニー--の反抗に少しだけ頭を痛めているようだが、生徒がクィブラーをこっそり読んでいた時、咳払いだけで済ませていたのを目撃した。

 

ハリーの心は大いに晴れ、ここ最近のストレスは消え去ったがそれでも閉心術は上手くいかなかった。

 

ハリーは夢を見続け、魔法省の長い廊下の先にある黒い扉を開けたくてたまらなかった。その先に何があるのか、何をそんなに欲しているのかは分からない。

それでも、ヴォルデモートと心を共にしていると思うとたまらなく肌が粟立った。

 

「きっとハリーは心を空っぽにするのが苦手なのよ」

 

幼馴染はそう言った。

寒さが厳しく雪に埋もれた中庭。つまり見られたくない密会には適している。

 

ハリーとシャルロットは校内で話すことを控えていた。特にドラコと決定的に袂を分けてしまったあの一件から、2人は周囲の目を殊更気にするようになった。

 

ハリーはシャルロットのその言葉に慰めを見出した。

自分としては努力をしているつもりだったのに、夢は毎日続いていたのだ。

 

「こないだ読んだ本に書いてあったんだけどね、魔法にも適正、不適正があるらしいの。 ほら、身近で言うとトンクスは変身術はそりゃ得意だけど、闇祓いの試験の隠密追跡術は落第すれすれだったらしいじゃない?」

 

ハリーはニヤッと笑った。

 

「あー·····なるほど。 要するに君は魔法薬は天才的だけど、箒に関してはヨチヨチの赤ん坊レベルってことだね」

 

「殴るわよ」

 

シャルロットはじっとりとこちらを睨みつける。その顔が、子どもの頃と同じだった。

 

「…そういえば貴方、将来の夢簡単に諦めるんじゃないわよ」

 

シャルロットは思い出したように唐突に言ったので、ハリーは心の準備も出来ないままその言葉を食らった。

 

「何言ってるんだ、だって僕はもう……」

 

「仮に取り消されなかったとしても、いくらでも手段はあるでしょ。 少しは頭を使いなさい。 諦めちゃ駄目」

 

「シャル……」

 

シャルロットはふと思慮深げな顔になった。

 

「閉心術もよ。皆が貴方に習得することを望んでいるの。 きっと少しずつ上手くいくわよ。 大丈夫」

 

シャルロットは自分だって大変な立ち位置にいるのに、優しくそう言った。

ドラコの話は2人の間で禁句になっていた。

それでも、話を聞かなくても彼が酷く苦しんでいることがハリーには分かるのだ。どんなに拒絶されても親友なんだから当たり前だ。

 

「そういえば、こないだハグリッドを見かけたんだけど…あれ大丈夫なの?何があったの?」

 

仕方の無いことだがスリザリンのシャルロットは、ハグリッドとも疎遠になっているらしい。

 

「アー、うん。 ちょっとした兄弟喧嘩みたいなもんだよ」

 

「はぁ?」

 

ハリーの言葉はこれ以上ないくらい的確だったのだが、シャルロットは訝しげに首を傾げた。

 

「いや、なんでもないよ。 君まで巻き込まれることないからこれ以上聞かないで」

 

「貴方って…ことごとくトラブルに巻き込まれる体質なのね」

 

シャルロットは心底気の毒そうに嘆息した。

その時、少し離れたところで下級生の声がした。この寒い中、雪合戦をするつもりらしい。O.W.Lに追われ勉強漬けの五年生にはその呑気さが羨ましく思えてしまう。

 

「そろそろ解散しよう」

 

「ええ。 ハリー、例の会合のこと…注意して。 アンブリッジは放課後ごっそり生徒が居なくなることに気付いてるわ」

 

シャルロットが早口でそう伝えると、ハリーは神妙に頷いた。

寒さで悴んでしまった手を折り曲げる。この厳しい寒さの中では、下級生が現れなくてもそろそろ潮時だっただろう。

 

「あ、ハーマイオニーから伝言預かってたんだ。O.W.L、絶対魔法薬も君に勝つってさ」

 

「アハハ! 受けて立つって伝えといて」

 

緑と銀のマフラーに顔を埋めながら快活に笑うと、手をヒラヒラとこちらに振った。

 

ハリーも獅子寮の暖かな暖炉を求め、彼女と反対方向へ分かれた。

 

--その時、偶然渡り廊下から2人の逢瀬を発見したアンブリッジは嫌な笑顔を浮かべたのだった。

 

 

 

 

どれだけクィブラーの雑誌が出回っても、情報に半信半疑の生徒たちはやはり本人に聞くのは気まずいらしい。

 

そんなわけで、ハーマイオニーは多くの人から突然話しかけられるようになった。ちなみに同じ現象はロンにも起きているらしい。

 

女子トイレで噂好きのレイブンクロー生に捕まっていたハーマイオニーは、漸くそこから脱出すると図書館に向かった。

 

一週間に及んだ罰則は、彼女の時間を奪った。

廊下を小走りで駆け抜けていたその時。

 

空き教室からにゅっと出てきた手がハーマイオニーを掴み、中へと引っ張りこんだ。

 

DAの特訓の賜物だろう、思わず空いている手で杖を掴んだハーマイオニーは、目の前の顔を見て夢を見ているのかと錯覚しそうになった。

 

「咄嗟に杖を抜きましたか。 少しは魔女らしくなったようですね」

 

「ブラック先生!?」

 

ハーマイオニーの心臓は爆発寸前に跳ね上がった。

 

シッとレギュラスは細い指先を唇に当てた。ムスクの香りが漂う。

それがあまりにも様になっていたので、驚きも忘れハーマイオニーは見惚れてしまう。

 

レギュラスはハーマイオニーの掴んでいた手をそのまま持ち上げ、手の甲を確認した。

 

"私は嘘をついてはいけない"

 

痛々しいその傷を目にすると、レギュラスの口元が痙攣するように揺れた。

 

「女性の手になんてことを!」

 

思わずハーマイオニーは笑ってしまった。

 

「なんですか?」

 

「いえ、ハリーと同じこと言うんだなと思いまして」

 

レギュラスは心底気分を害したようだった。

そして顰め面のまま小さな器に入った軟膏を彼女に手渡す。

 

「闇の魔術への抵抗力を持つ塗り薬です。 作り方は聞かないでください。 私は教師を辞さなければいけなくなります」

 

「私にですか?」

 

チョコレート色の瞳を真ん丸にさせて、ハーマイオニーはレギュラスの顔と軟膏を交互に見つめた。

 

「他に誰がこんな禍々しい罰則を自分から受けるのです」

 

レギュラスは吐き捨てるように言った。

どうやらアンブリッジに啖呵を切ったのは朝の大広間だったため、彼にも目撃されていたらしい。

 

レギュラスの冷たい怒りに触れ、ハーマイオニーは内心気にしていたあの噂が根も葉もないものだと改めて理解した。

 

「いいですか、あの女に逆らうのは止めなさい。 聡明な貴女にはそれが分かると思っていましたが」

 

「でもブラック先生、何か行動を起こさなければ変わらないと思うんです」

 

「貴方たちがしてることがあの女への抵抗のつもりなら、それは子どもの浅知恵に他なりません。耐えて機会を待つのも同じくらい抵抗なのです」

 

レギュラスは冷たい声で言った。

 

「全くよりにもよって『クィブラー』ですか。 どのみち魔法省が報道を隠し通すのも限界がある。 その時に真実を民衆が知れば良いだけです」

 

「クィブラー、読んでくださったんですか!?」

 

ハーマイオニーは目を輝かせたので、レギュラスは居心地悪そうに咳払いをしてから睨みつけた。

しかし、彼女がそれに臆さずニコニコとしているので、諦めて溜息をついた。

 

「何年貴方のレポートを推敲してると思ってるんです。 貴方もあの記事に関わっているのは文章を見ればわかります。 所々、貴方が書いているでしょう」

 

「ええ。 知り合いに記者なんていませんし。ルーナのお父様は編集長ではあるけれど、プロのライターではありませんから」

 

それでハーマイオニーが手伝ったのだ。

雑誌の作成に直接関わった以上、ハリーにだけ罰則を受けさせるのは忍びなかった。

 

「とにかくこれ以上愚かしい行為を重ねないように」

 

しかし、ハーマイオニーはその言葉に返事は返さなかった。

 

「ブラック先生、この薬ハリーに分けてもいいですか?」

 

「どれだけお人好しなんです。 ハリー・ブラックは貴方を巻き込んだ張本人でしょう。 …いえ、言っても無駄ですね。 貴方に差し上げたものですから、捨てるのも他者に使うのもご自由に」

 

「やっぱり、優しいですよね。 ブラック先生」

 

レギュラスは珍しいものを見るような視線をハーマイオニーに向けた。

 

「何故そのような思考回路になるのかさっぱり分かりません」

 

「私にだけ分かってればいいんです」

 

レギュラスは一度だけ不自然に唇を噛むと、仏頂面で嘆息した。

 

「貴方は…いつまで私に見当違いな初恋をしているつもりなんですか。 それは甚だしい勘違いですよ」

 

「そんなこと言われても好きな人が他に出来ないんです」

 

ハーマイオニーは困ったように眉を寄せた。

レギュラスはそんな彼女に更に何かを言おうとしたその時。

 

甲高い女性の叫び声が聞こえた。

2人は他に誰もいない空き教室でぎくりとし、思わず顔を見合わせた。

 

「何かあったようですね。 グレンジャー、少し時間を空けてここを出なさい」

 

レギュラスは扉を少し開け左右を確認し、誰もいないと分かるとさっと出ていった。

 

またしても女の泣き叫ぶような声がする。

ハーマイオニーは何となく聞き覚えがあるその声に、首を傾げた。

 

やがて時間を置き、空き教室から出ると既に人は疎らになっていた。

そして、ハーマイオニーはマクゴナガルに抱きかかえられ啜り泣く女性を見て、先程の声の主がシビル・トレローニーであることに気付いた。

 

事の顛末を知ったのは、寮に着いてからだ。一部始終を見ていたらしいハリーとロンからトレローニーが解雇され追い出されそうになったが、ダンブルドアが現れ止めたこと、新しい占い学の先生としてケンタウルスのフィレンツェが就任したことを知ったのだった。

 

 

 

 

クィディッチを失ったハリーにとって不幸中の幸いだったのは、ジニー・ウィーズリーが優れたプレイヤーだったことだ。

 

ハリーには及ばないが彼女のセンスは光るものがあったし、何より血の繋がった兄弟であるフレッドとジョージ、ロンがチームメイトなのも息を合わせやすいのだろう。

 

ロンはまだまだ肩に力が入りすぎているが、それでも彼のキーパーは間違いなくグリンフィンドールの優勝へと貢献した。

この時ばかりは悔しそうなアンブリッジに皆が溜飲を下ろしたものだ。

 

ハリーもこの勝利を心から喜んだが、それでも自由に空を飛んでいるクィディッチメンバーを見ると、たまらない焦燥感に駆られ憂鬱な気持ちになるのであった。

 

何はともあれ、クィディッチ杯が終わったということでDAに時間を割ける時間が増えたのは間違いない。

 

ついにハリーは皆に守護霊の呪文を教えることになった。

高難易度の魔法ではあったが、連日新聞紙を騒がせる犯罪報道は皆の向上心を高めたようで懸命に練習に励んだ。

 

守護霊の実体化に至るまではかなり苦戦をした者も多かった。それでも部屋中を銀に乳白色を混ぜた閃光が広がった瞬間は景観としても美しく、ハリーも充足感に満たされた。

 

それは皆も一緒らしく誰しもが手を止め、それぞれの守護霊を眺める。ちょっとした動物園のようだった。

 

その時、必要の部屋の入口が開いた。

ふわふわした大きなお耳にテニスボールのような大きな瞳、清潔感のあるタオルのようなもので体を巻いた妖精がいた。

 

「あれ、ドビーじゃないか」

 

ハリーが声をかけると、ドビーは大きな瞳を震わせた。

まるで何かに怯えるようなその表情に、ハリーは違和感を覚える。

 

「シャルロットお嬢様が………」

 

水を打ったように静かになる。

 

「シャルがどうしたんだ!?」

 

皆は杖を下ろし、妖精の話に耳を傾けている。緊張感に気圧されるようにドビーは唾を飲んだ。

 

「お嬢様が…あの方に無理矢理お薬をお飲まされになりました」

 

「あの方? 薬って?」

 

ハリーは目の前がクラクラするのを感じた。

反射的に聞き返したが、『あの方』が誰かなんて確認するまでもなく想像がついた。

 

「アンブリッジ先生です! 恐ろしいお薬でございます。 それを飲むと何でも話してしまうのです! お嬢様は押さえつけられてそれを飲まされ、この集まりのことをお話になられました……」

 

「今すぐ逃げろ!!」

 

呆然と立ち尽くす皆に、ハリーは怒号を放った。

次の瞬間、蜂の巣をつついたように生徒たちが一斉に扉に群がる。

 

「なるべく固まるな! 出来ればすぐ寮に向かわず、他の場所に行け!」

 

ハリーは自身も扉の方に走りかけ、はたと足を止めるとドビーの腕を掴む。

 

「教えてくれてありがとう、ドビー! でもこれを君に指示したのは誰!?」

 

ハリーはこの妖精と縁はあるが、彼がホグワーツのハウスエルフとしての職務を怠ってまで忠告をしてもらえるほど義理はない。ハリーの推理が正しければ……。

 

「ドビーはそれは言うことが出来ないのです! ハリー様!」

 

悲鳴のような声でドビーは言った。命令者から口止めされているのだろう。

しかし、それはつまり答えを表してるのとほぼ同義だった。

 

「·····わかった。 君も早く逃げて!」

 

ドビーは煙のように『姿くらまし』をした。

 

「ドラコ……」

 

ハリーは呆然とその名前を口にした。

痛いほど拳を握りしめる。

 

「ハリー! 早く!」

 

ロンとハーマイオニーの言葉で我に返った。

気付けば、半数ほどもう扉から抜け出している。ハリーも慌てて必要の部屋から脱出した。

 

--その先で、ニヤニヤと笑みを浮かべるアンブリッジと尋問官親衛隊が待ち受けていたのであった。





原作よりほんの少しだけハリーとドビーの絆は希薄。くわしくは秘密の部屋参照。

次の話は7月4日に投稿予定です。


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レギュラスの秘密の記憶

 

「ウッ……オエッ………ウェップ……」

 

年頃の少女が出していい声ではない。

シャルロットはもう何度目か分からない嘔吐きに、横隔膜を震わせた。

 

ドラコは険しい顔のまま、シャルロットの背をさすり続けている。

 

「もう少し嘔吐薬を増やすか?」

 

「…いいえ、大丈夫。 もう全部吐ききったみたい」

 

ようやくシャルロットは青白い顔をゴミ箱からあげた。

ドラコが差し出してきた、いかにも高級そうなシルクのハンカチを有難く頂戴すると口元を拭う。

 

「落ち着いたら話してくれ」

 

ドラコは杖を一振りしてゴミ箱を片付けると、談話室のソファーに改めて腰掛けた。

シャルロットもそれに倣ったが、まだ少し体が怠かったので寝転び足をソファーの外に放りだした。行儀悪い格好だが、さすがのドラコも諫めはしなかった。

 

「呪文学の授業のあと、私だけ質問で教室に残ったでしょう? そのあと廊下を歩いてる時に…やられたわ」

 

このムカムカとした吐き気は先程の名残に加え、不甲斐ない自分への苛立ちからもきている。

 

「空き教室からモンタギューが手招きしていて。 何事かと思って、教室を覗いたの。 そしたら……」

 

「アンブリッジがいたのか」

 

ドラコが呻いた。

 

「他にも数人いたわよ。 ワリントンとか全員上級生だったけれど」

 

そして大柄な男子生徒に抑え込まれ、シャルロットは真実薬を無理矢理飲まされた。

アンブリッジがDAのことだけ聞き出すと、すぐに解放してくれたのは不幸中の幸いだった。シャルロットは殆ど情報は持っていないものの、不死鳥の騎士団のことを聞かれていたらと思うとゾッとする。

 

親たちが自分らに情報を与えないのは、単に子どもに聞かせたくないという感情論とは別に、未だに自分の身を守れないこの有様だからなのだろう。

 

「別れたふりでもする?」

 

「しない」

 

ドラコは即答した。

 

「した方がいいと思うわよ」

 

声の方向を向くと、談話室の入口である石の壁がスルスルと開き、尋問官親衛隊が帰ってきたところだった。

声の主パンジーは眉をちょっと上げて言葉を続ける。

 

「嫌がらせで言ってるわけじゃないわよ。 客観的な事実を踏まえての意見。 ちなみに良いニュースと悪いニュースどっちから聞きたい?」

 

「良いニュースだけ聞きたい」

 

これ以上悪い話なんて聞きたくなくて、シャルロットは絶望的な心地でそう言った。

しかし、目の前のパンジーという女性は性格がそれほどよろしくない。

 

「じゃあ、悪いニュースから。 ダンブルドアが逃亡したわ」

 

「はぁ!? 何故そうなる?」

 

ドラコがソファーから崩れ落ちそうな勢いで驚いた。

 

「ブラックの組織は実はダンブルドアが首謀者だったらしいわ。 大臣に逮捕されそうになって、そのまま逃亡」

 

「あれって本当だと思う? 私的にはダンブルドアがあいつらを庇って罪を被ったようにも見えたけど」

 

ミリセントが口を挟む。

シャルロットはこちらが真実だと気付いたが、もちろん口には出さなかった。

 

「で、良いニュースは?」

 

ドラコが促す。

 

「貴方に関することよ、ドラコ。 このおバカちゃんが真実薬を飲まされたことが逆にラッキーだったわね。 ドラコがあの集まりにこれっぽっちも関わってないってことが証明されたから、尋問官親衛隊には明日から復帰できるらしいわよ」

 

パンジーは、『おバカちゃん』ことシャルロットに視線を移す。

 

「あんたも場所を提供しただけで、一度もあの会合に参加してないし、メンバーでないことがわかったから今回は厳重注意で終わりだって」

 

シャルロットは複雑な気持ちのまま俯いた。

パンジーの言い方から察するに、きっとハリーたちDAのメンバーは彼女のあのあくどい罰則を受けるのだろう。

『必要の部屋』を教えた自分が無傷なことに、何となく罪悪感を感じてしまう。

 

「あんたねー、ドラコに迷惑かけるのも大概にしなさいよ」

 

黙った自分に苛立ったのか、パンジーがそう言う。

 

その時、少し遅れて戻ってきた数人の上級生が談話室に入ってきた。

シャルロットの存在に気付くと、気まずそうな顔になる。

そのうちの一人がこほんと咳払いした。

 

「あー、プリンス。 さっきは手荒なことをして済まなかったな。 しかし、今回のことは君に非がある」

 

「もし繰り返すならば、その時は君にまた同じことをする。 アンブリッジには逆らわないよう親から言われてるんでね」

 

口々にそう言うと、自室へと戻っていく。

 

「プリンス、いい加減身の振り方を考えろ。 ドラコと付き合ってるなら尚更だ」

 

最後にやや尊大な口調で、モンタギューがそう締めくくった。

そこに考え方の差異はあるものの、シャルロットは正直ぐうの音も出なかった。自分の行動が中途半端であることも自覚していたからだ。

 

シャルロットはどこか縋るように、ドラコに視線を送った。

しかし彼もまた思い悩んだような顔で腕を組み、俯いた。

 

 

 

 

そうして、アンブリッジの天下が始まった。

 

校長に赴任した彼女だが、肝心の校長室はうんともすんとも言わず彼女を部屋に入れることを許さなかった。

 

ホグワーツには古く強い魔法がかかっている。

『ホグワーツの歴史』を全巻読破しているハーマイオニーの意見だと、学校が彼女を校長と認めていないのだろうとのことだった。

 

ハリーは深い罪悪感に苛まれていた。

ダンブルドアは自分を庇ってホグワーツを去ってしまったし、DAに参加してくれた仲間たちが例の罰則で手を痛めつけられている姿を見るのは居た堪れない心地だった。

 

「こんな傷、すぐ治るさ」

「大丈夫だよ」

 

双子が、手をおさえシクシクと泣く下級生に優しく声をかけた。

もともと兄としての面倒みの良さもあるのだろう、最近の彼らはアンブリッジに痛めつけられたDAの仲間や下級生の元を駆け回って慰めていた。

 

「ありがとう、2人とも。 本当は僕がやるべき役目なのに」

 

下級生が居なくなったあとハリーは項垂れてそう言った。

 

「責任を感じなさんな、英雄殿」

「ああ、本当はクィディッチ杯も終わったしこのまま派手なことでも起こして退学しちまおうと思ってたんだけどな」

 

相変わらずとんでもないことを考えつく双子に、ハリーは舌を巻いた。

悔しい気がするが、間違いなく悪戯仕掛け人に近いのは自分ではなくこの二人なのだ。

 

「君のパパに止められたのさ。商売する上で大事なことだから何とか卒業はしとけって」

 

「あと君の面倒を見てやってくれと頼まれたのも大きい。 ふむ、スポンサーに頼まれたら断れまい」

 

「ロニー坊やに加え、ハリー坊やのお世話もしないといけないとは。我らの本業はベビーシッターだったらしい」

 

双子は両手を上げ大袈裟にため息をついてみせた。

 

「嫌だなぁ、もう。 パパったらそんなこと頼んでたの? いつまでも子ども扱いして」

 

「ちなみにモンタギューが行方不明なのも我々の仕業なのである」

 

「そうともグリフィンドールの下級生をいびっていたからキャビネットに押し込んでやった」

 

とうとうハリーはゲラゲラ声を立てて笑った。

確かそいつはシャルロットに無理やり真実薬を飲ませた連中の1人だったはずだ。いい気味である。

 

それに気を良くしたのか双子もつられてニヤッと笑みを浮かべた。

 

「まあ、そんなわけだから何か困ったら」

「我らに相談したたまえ」

 

そんな2人に勇気づけられ、ハリーは嫌で堪らない閉心術の訓練へと向かったのだった。

 

地下にいる魔法薬学室は今日も黴臭く陰気だった。

レギュラスは容赦なく何度も『開心術』を掛けてきた。

 

「レジリメンス!」

 

もう何度目なのかも分からなかった。

遠のきそうになる意識の中で、乱暴に記憶がかき混ぜられる。

 

心を空っぽにしようと思っているのに、どうしても出来ない。

小さな頃の些細な出来事から最近の授業まで、全て併せてぐちゃぐちゃと混濁する。

 

「·····今の記憶はなんです? 暗い廊下の扉の前で貴方が立っているのは」

 

レギュラスがこちらを探るように見つめる。

その瞳はシリウスと同じもので、正面から見据えられるとハリーは居心地が悪くなってしまう。

 

「一昨日見た夢です」

 

正直に答えると、ぞっとするほど重苦しい沈黙が流れた。

 

「貴方がここに来ているのは夢を見ないようにするためだと、私は思っていました」

 

冷たい声でレギュラスは言った。

ハリーは悔しさに歯噛みした。

 

「学ぶ意志のない者にこれ以上付き合う暇はないのですが。 ·····レジリメンス!」

 

「プロテゴ!」

 

咄嗟にハリーは盾の呪文を張ってしまった。

その時、不思議なことが起きた。

ハリーの中に全く知らない記憶が流れ込んできたのだ。それはあまりに突然で、ハリーは拒むことも出来ずに受け入れるしかなかった。

 

今よりも活気のあるグリモールド・プレイス12番地。

若いシリウスが、濃い黒髪の女性と激しく言い争っている。

その女性をハリーは肖像画で見たことがあった。グリモールド・プレイスにて自分に罵倒を浴びせてくる女性だ。

肖像画より若く、そして美しい女性ヴァルブルガ・ブラックは一際ヒステリックな怒鳴り声を上げた。

 

凄まじい口論を繰り広げる2人から見えない階段の物陰で、レギュラスが耳を強く抑えて目を瞑っていた。聞きたくない、見たくない、争ってほしくない--。

少年の心情が痛いくらい、ハリーに流れてきた。

 

次の瞬間、ハリーは魔法薬学室の冷たい床で呆けたように座り込んでいた。

 

レギュラスが杖を持つ手を震わせてよろめいた。

 

「今のは、進歩と言わざるを得ないでしょう」

 

次の瞬間には彼は平静を取り戻し、そう言った。

 

「ブラック先生、今のは?」

 

「盾の呪文を使えと教えた記憶はありませんが、確かに貴方は開心術を防ぐことに成功しました」

 

レギュラスを有無を言わさない口調でそう言った。

その態度でハリーは、先程垣間見た記憶がレギュラスのものであることを確信した。

 

「さっきのはブラック先生の記憶ですよね? 開心術を防ぐと、逆に相手の心に侵入することがあるんですか?」

 

さらに踏み込んできたハリーに、レギュラスは少し苛立ったように唇を歪ませた。

 

「必ずではありません。しかし、良く起こる現象と言えるでしょう」

 

乱れた前髪を直すと、レギュラスは再び杖を上げた。

 

「今の感覚を忘れてはいけません、もう一度いきます。レジリ·····」

 

「ブラック先生!」

 

突然ドラコがノックもせず入ってきた。

そして、ハリーの存在に気付くと驚いたように目を見開く。

 

「どうしました、ドラコ。 ノックをしないとは貴方らしくない」

 

「すみません、その、モンタギューが何故かトイレで見つかりまして」

 

「はい? どうしてそんなところで?」

 

レギュラスは露骨に面倒くさそうな顔をしたまま、杖を仕舞った。

そして、ちらりとハリーを見遣る。

 

「ここで待機しているように」

 

簡素にそれだけ伝えると、ドラコと共に廊下へ出て行った。

残されたハリーはよろよろと椅子にもたれかかった。

レギュラスの教え方は酷くスパルタで感覚的なものだったが、それが奇しくも自分に合っているのも自覚していた。それでも尚、ここまで苦戦するのは、やはり自分に閉心術が向いていないからだろう。

 

ハリーは座って伸びをしながら、先程見たレギュラスの記憶を思い返していた。人の心情を垣間見てしまうというのは不思議な心地だった。

 

意外だったのは、普段の彼からは想像つかないほど先程のレギュラスの記憶は人間味があったことだ。

少なくともあの瞬間、彼は兄も母もおそらく愛していたし、争うことを嫌がっていた。

 

ハリーはふと室内に視線を向け、変わらず卓上に『憂いの篩』があることに気付いた。

そして同時に、何故そこにそれがあるかを理解した。

 

ハリーに見られたくない記憶をそこに隠しているのだ。

 

抗いがたい好奇心がむくむくと膨れるのを感じた。

もしかしてその記憶は、兄と弟の確執に迫れるのではないか。

何故彼が死喰い人になったのか分かるのではないだろうか。

 

ハリーの心臓がどきどきと高鳴る。

見たいという欲求を抑えきれず、ハリーは篩に顔を押し付けた。

 

篩に引き込まれると、銀色の糸がくねくねと渦巻いて物質を作り上げる。それは次第にハリーが見慣れたホグワーツへと形を変えた。

 

雪が降っていた。

レギュラスが学生だった頃の記憶なのかと最初は思った。しかし、ハリーが見知った生徒たちがたくさん居たので、すぐにこれが最近の記憶であることがわかった。

 

華やかに着飾った生徒が多い。

どうやらこれは去年のクリスマス・ダンスパーティーのようだ。

 

ひとけのない裏庭でレギュラスはぼんやりと物思いに耽っていたようだ。

黒い外套に雪が少し積もっているから、彼は長いことここに居たらしい。

 

ふとレギュラスが顔を上げ、ハリーを超えて遠くを見た。

誰か知り合いを見つけたのだろうか。つられて、そちらの方向へ振り返る。

次の瞬間、ハリーはぎょっとした。

 

そこにいたのは自分もよく知る顔だったからだ。

 

ハーマイオニー・グレンジャー。

 

ピンクのドレスを纏った彼女は同じく驚いた顔でレギュラスを見つめていた。

 

転びかけてしまった彼女をレギュラスが助け起こす。

そしてワルツが流れると、2人は雪の中で静かに体を傾けて踊り始めた。

 

 

ハリーは今にも頭がパンクしてしまいそうだった。

この記憶はなんだ? 一体何が起きているんだ?

 

 

音楽が終わると、レギュラスは見たことないほど優しい顔でハーマイオニーの額にキスを落とした。

 

呆然とその様子を見つめていたハリーは、突然首根っこを捕まれ引っ張られた。

次の瞬間ハリーは、魔法薬学室の冷たい床の上に派手に打ち付けられた。

 

目の前には怒りで蒼白になったレギュラスが立っていた。

 

「すると·····貴方は見たのですね?」

 

彼は唇をわなわなと震わせながら、ようやく言葉を絞り出した。

 

「今の記憶は何なんだ! おまえハーマイオニーに何をした!」

 

我を取り戻したハリーはそう怒鳴った。

 

「おまえ…! まさか……うっ」

 

ハリーが再び何か言い切る前に、ありったけの力で彼に胸倉を掴まれた。

息がつまり言葉が途絶えたハリーに、レギュラスはぞっとするほどの視線を投げかけた。

 

「もしも、貴方がこれを誰かに話したら·····私は貴方を殺します」

 

ハリーは背筋に冷たいものが走るのを感じた。

彼の灰色の瞳には、脅しではなく確かに自分への強い殺意が存在していた。

 

「このことで彼女を問い詰めたり、彼女を傷つけた場合もやはり殺す」

 

剣幕に気圧され、呼吸もできずはくはくと口を動かしながらハリーは何度も頷いた。

レギュラスが手を離し、再びハリーは床に打ち据えられた。

 

「出て行ってください。 二度とここで貴方の顔を見たくありません」

 

そう言葉を吐き捨てられ、ハリーは脱兎のごとく部屋から飛び出した。

 

心臓がばくばくと跳ね回る。

ハリーは彼の研究室から遠く離れたところでようやく足を止めると、痛む箇所をさすりながらどうにか心を落ち着けようとした。

 

ハリーは、ハーマイオニーの長年の片思い相手を知ってしまったのだ。

それはあまりにも衝撃的な事実だった。

 

どうしてよりにもよってあいつを?

裏切られたような気持ちになり、怒りがハリーの中に広がる。

 

しかし、ハリーの怒りは沸騰しきらなかった。

まるでさっきの2人は愛し合っている恋人同士のように見えたし·····何よりも。

 

レギュラスの彼女を見つめる目が、シリウスが自分を見るものと同じだったのだ。

 

その慈愛のこもった瞳に、元死喰い人で悪人だと教えこまれていた彼が、血の通った人間であることをハリーは今更ながら理解したのだった。

 





原作だと、ジェームズがスネイプをいじめているのを見てしまうシーンですね。

次回投稿は明後日の6日です。
不死鳥の騎士団編は書き終わっているので、このまま止まらず投稿していきます。


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進路相談とふくろう

 

 

頬に感じる空気の生温さに、本格的な夏の訪れを感じる。

闇を刻んだ左腕を隠すためのローブはいつも長袖だ。そのためこんな夜更けでも汗ばんでしまう。

 

もうそんな時期かと思うと同時に、それはつまり5年生と7年生の試験が近いことを意味している。

 

すっかり自分の季節感が教師職に沿ったものになっていることに、レギュラスは苦笑いしてしまう。

 

進路相談の時期になると、自分が学生の頃を思い出す。

あの頃自分は当時の寮監であるスラグホーンと何を話したのだっけ。

そもそも闇の帝王全盛期であったため、のんびり将来の夢を掲げる時代でもなかったかもしれない。

当然自分が教師になるなんて想像もしていなかった。

······別に今も向いてるとは思ってないけれど。

 

いや、自分の場合そもそも今生きていることさえ奇跡と言える。

冷たい湖の底で息絶えていた可能性をふと想像する。夜風にすら熱を感じる時期だと言うのに身震いしてしまった。

 

不思議なものだ。

あの時は死ぬことに恐れなど感じなかったのに、今はあの子の成長をずっと見ていたいと一一生きていたいと思ってしまう。

 

そんな感傷的なことを考えていると、目的地に着いた。

 

暗い抜け道を這い出て、頭上の板を持ち上げると古びた屋敷へと出る。

 

『叫びの屋敷』に似つかわしくないフカフカとしたソファーにゆったり腰掛けた老人一一アルバス・ダンブルドアは微笑んだ。

 

「おお、レギュラス」

 

目の前の老人は、突然の訪問だというのに全く驚いた様子を見せなかった。

 

レギュラスを出迎えるように、もう一つソファーが現れた。そしてオーク樽熟成蜂蜜酒のボトルとグラスが2つふわふわ浮いてくる。

対面するかのように腰掛けると、グラスに黄金色の液体がトクトクと注がれた。

 

「ドローレスもまさか貴方がこんな目と鼻の先に居るとは思わないでしょうね」

 

「灯台もと暗し、というやつじゃ」

 

ダンブルドアは茶目っ気たっぷりにウインクした。

外から見ると廃墟同然のこの屋敷であるが、ダンブルドアの魔法の影響なのかこの部屋は居心地が良さそうだ。

 

しかし、騎士団本部であるグリモールド・プレイスではなくここに滞在しているということはやはりホグワーツへの·····もっと言うならハリーへの懸念があるということなのだろう。

 

レギュラスはこれからする報告を考えると憂鬱になる。

 

「何用じゃ」

 

そんなレギュラスの心持ちを見透かすように、目の前の老人は本題を促した。

 

「ハリー・ブラックの閉心術の習得に失敗しました」

 

「·····失敗とは?」

 

ダンブルドアがあまりにも穏やかな声で問うので、レギュラスは居心地が悪くなる。結局は観念して憂いの篩をハリーに見られた顛末を話した。

 

聞き終えたダンブルドアは萎びた手で眉間を揉みながら溜息をついた。

 

「言われたくないと思うが、お主らはそっくりじゃのう」

 

「本当に言われたくないです」

 

誰のことを指しているか分かったため、レギュラスは仏頂面で即答した。

 

「あんな愚かな兄と私のどこが似ていると言うんです」

 

「すぐ感情的になるところじゃ」

 

痛いところをつかれて、レギュラスはぐっと言葉に詰まった。

そういえば母も気性の激しい人だった。

 

「グレンジャー嬢が不憫でならんよ。 ハリーと揉めていないと良いがのう」

 

「話していないみたいです。 かなり強く口止めしましたので」

 

·····殺害予告までしたことは黙っておくことにしよう。レギュラスは誤魔化すように蜂蜜酒を口に含んだ。

 

そんなレギュラスを咎めるように、ダンブルドアはグラスから手を離しこちらを見据えた。

 

「よいか、レギュラス。あの子に閉心術を教えることをやめてはならぬ」

 

予想していた言葉にレギュラスは天を--いや『叫びの屋敷』の汚い天井を仰ぐ。

 

「まだ奴との繋がりがどこまでなのかも分かっていないのじゃ。 直ちに再開せよ」

 

上司にこう命令されたら、レギュラスの答えはYESしか残されていない。

 

「·····承知しました。 しかしO.W.L試験が迫っております。 再開は試験後でよろしいでしょうか」

 

呷った蜂蜜酒の味が苦々しく感じた。

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、ハリー。 本当に閉心術はもう教わらなくていいの?」

 

習得したから個人授業はもう無くなったというハリーの嘘に、ハーマイオニーは納得できないのか執拗に確認してきた。

 

しかし、君の記憶を見たから無くなったと言うわけにもいかない。

 

「もう十分だと判断されたんだよ。 だからこの話は終わりだ、ハーマイオニー。 いいね?」

 

結局ハリーは、レギュラスの記憶について黙りを決め込むことにした。

勝手に記憶を盗み見た罪悪感が芽生えたことも勿論だが、ハリーは正直レギュラスのことが分からなくなってしまった。

彼は悪人なのか、それとも·····。

 

しかし、それについて深く悩むことを、近付いてくるO.W.Lが許さなかった。

 

ハリーはカレンダーを見て、ずっと遠い先にあると思っていたO.W.Lが間近であることに愕然とした。

人生を左右する試験でもあるからか、5年生のプレッシャーは並大抵のものではなく、差はあれど誰も彼もパニックに陥っていた。

 

試験勉強に追われる中で、進路相談はおこなわれた。

時間通りにマクゴナガルの部屋をノックする。

 

「失礼します」

 

「お掛けなさい、ブラック」

 

ハリーは部屋に入り、呻きたい気持ちを何とか堪えた。

部屋の隅で、アンブリッジがフンフンと鼻を鳴らしていたからだ。

ごちゃごちゃとした趣味の悪いフリルのブラウスを着て、気味の悪い薄ら笑いを浮かべている。膝にはお決まりのクリップボードを構えていた。

 

「さて、この面接はあなたの進路について話し合い、6年目、7年目でどの学科を継続するかを決める指導をするためのものです。 ホグワーツ卒業後、何をしたいか、考えがありますか?」

 

マクゴナガルはたくさんの案内書を束ねながら、授業の時と同じトーンで問いかけた。

どうやらアンブリッジのことは無視する方針らしい。

 

「えーっと、実は考えているものがありまして·····」

 

「なんです」

 

ハリーはローブから一枚の羊皮紙を取り出す。そして照れ臭さを隠し、なんでもない事のようにそれをマクゴナガルに差し出した。

 

「実はクィディッチのプロ選手になりたいと考えています。 それで入りたいチームの候補を書き出してみました」

 

「·····なるほど」

 

マクゴナガルは平静を装ってはいるが、眼鏡の奥がきらりと光ったのをハリーは見た。

そして同時にハリーの意図も彼女は理解したらしい。

 

「エフン、エフン」

 

「ブラック、それは素晴らしい進路です。 寮監の贔屓目を除いても、貴方のクィディッチセンスは素晴らしい。 プロの世界でも充分に通用すると思いますよ」

 

「ありがとうございます、マクゴナガル先生」

 

「エフン、エフン·····」

 

マクゴナガルが羊皮紙を手にしたまま、ずいっと椅子ごと身を乗り出す。

その勢いに思わずハリーも椅子ごと後退りそうになった。

 

「ちなみにどのチームが第一希望ですか?」

 

「まだ考え中なのですが·····ここか·····こことか·····」

 

「エフン、エフン!!」

 

さすがに無視できない大きさの咳払いに、マクゴナガルはとうとう顔だけ振り返った。

 

「のど飴が必要ですか、ドローレス」

 

酷く面倒くさそうに、マクゴナガルが言った。

アンブリッジは一瞬面食らったようだが、すぐニタリと笑みを浮かべた。

 

「結構ですわ。 ミネルバ、もしかして·····お忘れなのかもしれないと思いまして」

 

「何をです」

 

素っ気なくマクゴナガルは返事した。

 

「私の記憶が正しければ、その子はクィディッチを終身禁止されたはずですわ」

 

アンブリッジは自分の言葉の響きを楽しむかのように甘ったるく言った。

 

「ああ、そんな罰がありましたね。 しかし、今はこの子の将来の話をしているのです。校内のルールが何か関係ありますか、ドローレス」

 

「ええ、ええ! ありますとも! ミネルバ、勘違いされているようね。 私は校長ですが、同時に魔法大臣上級次官です。 私の言葉は魔法省の言葉と捉えて頂かないと」

 

ようやくマクゴナガルは体ごとアンブリッジに向き直った。

 

「つまり何が言いたいんです」

 

アンブリッジはにんまりと笑いながら、クリップボードを指で叩いた。

 

「魔法ゲーム・スポーツ部という部署をご存知ですわね? クィディッチも魔法省の管理下であるということ」

 

一度言葉を切り、アンブリッジは言葉の余韻に浸りながら勝ち誇った顔をした。

 

「この子がクィディッチのプレイヤーになるのは有り得ないんですわ」

 

「いえ、そんなことありません」

 

アンブリッジは横面を引っぱたかれたかのような顔をした。あまりにもマクゴナガルが間髪いれずに返したからだろう。

そんな彼女に、マクゴナガルは見えるように羊皮紙を掲げる。

 

「どうぞ。こちら、ブラックが書き出してきたチームです。 ジンビ・ジャイアント・スレイアーズ、ハイデルベルグ・ハリヤーズ、サンデララ・サンダラーズ、トヨハシ・テング·····お気づきですか? 全て海外のクィディッチチームです」

 

アンブリッジの小粒な目が、限界まで大きく見開かれた。

 

「アフリカ、ドイツ、オーストラリア…それから最後のは日本でしたかね」

 

「さすがマクゴナガル先生、よくご存知ですね」

 

ハリーはようやく口を挟んだ。

マクゴナガルはハリーだけに見えるように、口角を悪戯っぽく吊り上げた。

 

アンブリッジの顔は未だに硬直している。

 

「ドローレス、この子は海外のクィディッチプロチームを目指しているということです。 そんなところまで我が国の魔法省が介入できるとでも?」

 

「それは--」

 

名前を呼ばれようやく我に返ったアンブリッジは、心底悔しそうに言葉を探している。

 

ハリーは胸がすき、にやけそうになるのを我慢しなければならなかった。助言をくれた狡猾な幼馴染に感謝しないといけない。

 

「しかし、ブラック。 貴方の今までの学期末テストはお世辞にも素晴らしい結果とは言えません。特に魔法薬と占い学·····おや、魔法史も酷いですね」

 

マクゴナガルは先程とは一転、教師の厳粛な顔でぎろりとこちらを見た。

呪文学と闇の魔術に対する防衛術はかなり良い成績のはずなのだが、何故教師は悪い科目ばかり目につけるのか。

 

「いいですか、O.W.Lは手を抜いてはいけませんよ。 選手生命というのは予想がつかないものです。 その後のキャリアのためにも成績は良いに越したことはありません」

 

「はい、マクゴナガル先生」

 

「それに海外での活躍を目指すなら、言語の習得も必要不可欠です。 早めにその勉強も始めなさい」

 

「うぇー·····。 あの·····それは、その時になったらパパに頼んで通訳を雇ってもらおうと」

 

マクゴナガルの瞳がギラリと厳しく光った。これは説教に入る危険信号だ。

 

「何を愚かしいことを言っているのです! 貴方は試合中、箒の後ろに通訳を乗せるつもりですか! イギリスの恥さらしです、そんなこと私が許しません!」

 

マクゴナガルは鼻息をふんすと立てながら言葉を続ける。

 

「そもそも会話ができなくて、チームメンバーと連携が取れると思いますか? 試合中の指示が分からなかったらどうするのです!」

 

至極真っ当な意見である。

ハリーにぐうの音も出ようがない。

 

アンブリッジがこめかみを痙攣させながら歯噛みしているのを尻目に、進路相談は終わった。

結局、6年生からの選択授業は職業の幅が利きやすそうなものを無難に選んだ。

 

「ブラック」

 

ハリーが頭を下げて部屋を出ようとすると、呼び止められた。

マクゴナガルは今や嬉しそうな顔を隠さずに微笑んだ。

 

「頑張りなさい。 私は貴方が世界で活躍している姿をぜひ見てみたいです」

 

 

 

 

 

かくして、普通魔法レベル試験--O.W.Lは始まった。

 

日差しが厳しくなってきた夏日に、試験官が来校すると緊張感はピークになった。

 

ハリーは一旦不穏な世相も忘れ、これ以上ない学生らしい日々を過ごすことになった。

 

楽しいことを全て奪われたあとに、勉強を続けるのは辛かった。

クィディッチもない、DAもない、セブルスの部屋でのんびりココアを飲むことも出来ない。あまりにも娯楽に欠けていた。

それでも非情なことに時は止まらない。

ハリーは全てのストレスをおさえて、勉強に励んだ。

しかし、何もハリーひとりが不幸なのではなく5年生は皆ノイローゼになりかけていた。

 

ハーマイオニーは想像通り半狂乱になったし、ロンは上級者の売る怪しい薬を買いかけた。

ある日に廊下ですれ違ったシャルロットは濃い隈ができていて、研究に行き詰まった時のセブルスの顔そっくりだった。

アーニーは会う人みんなに一日何時間勉強しているかをしつこく訊いて回っていたし、ハンナは突然授業中に泣き出したらしい。

要するにみんな似たり寄ったりだった。

 

汗ばむ原因が緊張か気温によるものか分からない気候の中、試験は呪文学から始まった。

筆記試験から始まった試験は午後は実技も行われた。

試験管の前で呪文を披露するのは緊張し、杖を握る手に汗が浮かんだ。しかし、思ってたより悪い出来にはならなかったはずだ。

 

そして、変身術、薬草学と続いた。

 

ハリーは『闇の魔術に対する防衛術』ではO()を取れた自信があったし、他もまあまあの出来であった。

占い学は間違いなく不合格の気がしたが、あんな科目どうでもいいので気にしないことに決めた。

 

やがて永遠に感じた試験も終わりが近づいてきた。

5年生の顔はやつれながらも徐々に晴れやかなものへと変わっていく。

 

天文学の試験中、その事件は起きた。

夜に行われる試験だからか、疲弊が溜まっている生徒たちは欠伸を噛み殺しつつ手元にある解答用紙に一心不乱に書き込んでいる。

空に雲はなく、星を見るのに適している静かな夜だった。

 

その静謐を、突如大きな音が切り裂いた。

生徒たちは一斉に顔を上げた。

 

音の出処はハグリッドの小屋からだった。

 

アンブリッジが部下を引き連れて、ハグリッドを攻撃したのだ。

 

皆は試験中なのも忘れ、天文学塔の上からその顛末を目撃することになった。

ハグリッドは複数人の闇祓い相手に激しく抵抗した。その抵抗もファングに失神呪文が当たると、さらに勢いを増した。

 

ハリーは初めてハグリッドがここまで激昂するのを見た。

威嚇するかのような怒声が放たれ、手近にいた闇祓いが吹っ飛ばされる。

 

ハーマイオニーが試験中なのも忘れ、悲鳴をあげた。

 

「おやめなさい! 何の理由があってルビウスを攻撃するのです! 何故こんな仕打ちを……」

 

鋭い声が校舎の玄関から投げかけられる。

あの喋り方ときびきびとした歩き方はマクゴナガルだ。

しかし、彼女の言葉は最後まで続かなかった。

数名の闇祓いの放った失神呪文が全てマクゴナガルの胸に当たった。赤い閃光に照らされ、マクゴナガルは一瞬硬直すると、ばったりとそこに倒れた。

 

「卑怯者! けしからん仕業だ!」

 

生徒たちへの注意も忘れ、試験官のトフティ教授も顔を真っ赤にして叫んだ。

ハグリッドは一際大きな唸り声をあげると、さらに闇祓いたちにパンチを食らわせた。

そして、そのままファングを抱え闇の中へと走り去って行った。

 

ハリーたちは天文学塔の上からそれを呆然と見ていることしか出来なかった。

ハグリッドを逃がしたアンブリッジのヒステリックな声が聞こえたのを最後に、再び沈黙がおりた。

しかし、寝ていた下級生もこの騒ぎに目を覚ましたのか城内にひとつまたひとつと灯りがつく。

 

「あ·····えー·····残り5分です」

 

我に返ったトフティ教授が弱々しい声色でそう言った。

しかし、答案に顔を落とす生徒はもう居なかった。

試験が終わった途端に、皆は興奮したようにあちこちで話し始めた。

 

マクゴナガルは意識不明の重体で聖マンゴに運び込まれたと明朝に知った。

 

セブルスも、ダンブルドアも、ハグリッドも、そしてマクゴナガルまでも一一。

ハリーはホグワーツに信頼できる大人が全員居なくなったことに気付き、呆然としたのだった。

 





明日、次の話も投稿致します。


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悪夢、再び

 

O.W.Lの最後の試験は魔法史だった。

ここまで来ると、少しでも良い点をと言うよりは早く終わって解放してくれという気持ちの方が強い。

 

前日の天文学塔の事件のせいで寝不足なのも辛かった。

アンブリッジも何もそんな日を狙わなくても、と思ってしまう。

 

欠伸を噛み殺しながら、ハリーは魔法史の問題文に目を通す。

 

--杖規制法は十八世紀の小鬼の反乱の原因になったか。それとも反乱をよりよく掌握するのに役立ったか。意見を述べよ。

 

--国際魔法使い連盟の結成に至る状況を説明せよ。また、リヒテンシュタインの魔法戦士が加盟を拒否した理由を説明せよ。

 

瞼が重く垂れ下がってきた。

もうこの科目で終わりなのだから最後のひと踏ん張りなのに、ハリーの集中は続いてくれなかった。

 

周囲の羽根ペンを動かす規則的な音が心地よくすら感じてしまう。

いつの間にかハリーは目を瞑っていた。

 

ハリーはまたしても魔法省の奥深くの冷たい廊下を歩いていた。

石の廊下を真っ直ぐに進んでいく。

今日こそ目的を達成するのだ·····。

黒い扉が開き、ハリーを中に入れた。

大聖堂のような広い部屋には、凄まじい数のガラス玉が陳列されている。

 

手に入れるのだ。これを手に入れるのだ。

 

突き当たりの床に、蠢く人影が見えた。

酷く疲弊して弱っている男だった。

 

「クルーシオ!」

 

その男は凄まじい苦痛に絶叫する。

床でのたうち回るその拍子に髪が乱れ、男の顔がようやく視認できた。

 

一一シリウスだった。

 

 

 

ハリーは声にならない叫び声を上げて、椅子から倒れ込んだ。傷跡が火のように熱く、思わず額を抑え込む。

 

ハリーの周りで大広間は騒然となっていた。

 

試験のプレッシャーかと心配する監督教授の腕に引かれ、ハリーは医務室へと連れていかれた。

やがて試験の終わりを告げるベルが鳴り響く。

看病をしようとするマダム・ポンフリーの腕を振りほどき、ロンとハーマイオニーのところへ向かった。

 

二人はすぐ見つかった。

一緒にシャルロットも居た。

大方、ハーマイオニーとロンに事情を聞こうとしていたのだろう。

三人とも試験が終わった開放感を感じつつも、やはり先程倒れ込んだハリーが心配だったようで、こちらに気付くとすぐ近寄ってきた。

 

「ハリー! 大丈夫? 気分が悪くなったの?」

 

ハーマイオニーのその問いには答えずに、ハリーは声を潜めた。

 

「パパがヴォルデモートに捕まった」

 

「え!?」

 

三人は声を上げて固まった。

 

「さっき試験中に居眠りした時に見たんだ」

 

「それって夢ってこと? あなた閉心術は習得したって言ってたじゃない!」

 

ハーマイオニーは咎めるような視線を向けた。

 

「そんなことは今はどうでもいい! 場所は分かってる、魔法省だ! 今すぐそこに僕は行く!」

 

試験からの開放感に浮かれる喧騒を縫うように、ハリーは自室へ向かい始めた。

今すぐ準備をして向かわなくてはいけないと思った。

 

「落ち着いてよ、ハリー! 何か変よ!」

 

ハーマイオニーが、ハリーの肩を強く掴む。

彼女もまた必死の形相だった。

 

「今は夕方よ? そんな時間に魔法省にあの人が入り込めるなんておかしいわ!」

 

ハリーは何故彼女が止めるのか分からなかった。

 

「僕を疑ってるのか!? あの夢はただの夢じゃないんだ! ロンのパパだって本当に起きたことだっただろ!」

 

「疑ってるわけじゃない! でも罠の可能性があると言いたいの!」

 

「それが何だって言うんだ!? 罠じゃなければ今頃シリウスは拷問されてるんだ!」

 

ハリーが大きな声で怒鳴った。

どうしてこの緊迫感が皆には伝わらないのか苛立った。今この瞬間にも一一。

 

「ハリー」

 

それまで静かに聞いていたシャルロットが名を呼ぶ。

顔をそちらに向けた次の瞬間、鋭い力で頬を平手打ちされた。

 

「なっ·····!」

 

「落ち着いた?」

 

「君まで夢だと疑ってるのか·····?」

 

ハリーは絶望的な心地でそう言った。

シャルロットは迷うような素振りを見せ、そしてこちらを真っ直ぐ見据えた。

 

「ええ。 正直疑ってるわ。 だって三年前、あいつは私にも夢を見せて支配しようとしたもの。ママが目を覚ましてパパとみんなで過ごしている夢を見せてね」

 

ハリーは驚いて言葉を失った。

『秘密の部屋』のことを彼女の口から聞くのは初めてだった。

それと同時に少し頭が冷えるのを感じた。

 

「いいかしら、ハリー。 仮に夢じゃなくて本当の出来事だったとしましょう。魔法省へ行ったとしても、『例のあの人』がひとりでいる保証はないのよ」

 

「そうよ。たくさんの死喰い人に襲われたら私たちじゃ勝てるわけないわ!」

 

ハーマイオニーはすかさず畳み掛けるように、言葉を続けた。

 

「私たちがすべきことは、魔法省に行くんじゃなく騎士団の大人に連絡を取ることよ! シリウスが無事か確認するの」

 

「·····確かに。 それがいいんじゃないか」

 

ロンが何度も頷きながらそう言った。

 

言葉をようやく飲み込めたハリーも、それが最善手であるように感じた。

確かにここにいる皆で魔法省へ乗り込んだとして、一体未成年の魔法使い4人で何が出来るだろうか。

 

「·····うん。 そうだ、そうだよな。 ごめん、みんな。僕すごく焦ってた」

 

ハリーの口から自然にそんな言葉が突いて出た。

先程の自分は驚くほど視野が狭くなっていた。

 

「きっとそれがあいつらの狙いなのよ。貴方の周りから味方の大人を全員排除して、孤立させておびき出させようとしたのかもしれないわ」

 

このまま『例のあの人』の思惑通りに魔法省へ向かってたかと思うと、ハリーはゾッとした。

 

「でも、どうやって連絡を取る? 暖炉は全て見張られてるんだろ?」

 

ロンが眉を八の字にして困ったように言う。

 

「·····アンブリッジの暖炉よ」

 

シャルロットに視線が集まった。

 

「正気?」

 

ハーマイオニーは頭を抱えて呻いた。

頭の良い彼女はこの案しか残されていないことを瞬時に察したのだろう。

 

「·····よし、それなら僕は透明マントを持ってくる。 シャル、君は怪しまれる前にもう行け。 できたらスリザリンの奴らがアンブリッジの部屋に行かないようにして」

 

「わかったわ!」

 

ハリーはグリフィンドールの談話室へと向かった。

夕食前のこの時間は皆思い思いの時間を過ごしているようで、人で賑わっていた。

 

下級生の輪の中に双子は居た。

どうやらまたしてもアンブリッジに虐められた生徒を慰めていたらしい。

 

「おや、英雄殿」

「ふむ、O.W.Lの疲れで一段とハンサムになったようだ」

 

「フレッド、ジョージ! 力を貸してくれ! アンブリッジの部屋に忍び込みたいんだ!」

 

ハリーが急いだ口調でそう伝えながら双子の前を通り過ぎ、自室への階段を一段飛ばしに上がった。

 

ヒューッと背後で小気味の良い口笛が2つ聞こえた。

 

「英雄殿は我らをこき使いたいらしい」

「そんな面白い提案には乗るしかなかろう」

 

透明マントを片手に談話室へ再び戻ると、そこでハリーは呆気に取られた。

 

ハーマイオニーとロン、それに双子の他に、ネビル、ディーン、シェーマス、ジニー、リー、アリシア、ケイティ、たくさんのDAメンバーが集まっていた。

 

「今アンジェリーナが他の寮のメンバーにも声掛けてる。 リーダーの危機だ、立ち上がれって」

 

驚いて立ち尽くすハリーに、フレッドがウインクする。

我に返ったハリーは首を激しく振った。

 

「ダメだ! バレたら危険すぎる!」

 

「何言ってんの、もうDAはバレてるじゃない。 ここまで来たら罰則のひとつやふたつ一緒よ」

 

ジニーが呆れたように言い返す。

 

「それでこそウィーズリー家の妹だ。 ほら、ハリー。行くぞ」

 

クソ爆弾を片手に今度はジョージが片目をパチンと閉じた。

どうやら説得の時間は無さそうだ。

 

「あーもう!みんな知らないからな!」

 

 

 

 

 

幾つ目かのクソ爆弾の反響と怒号、そして狂ったような笑い声が聞こえた。

 

もう誰も彼もストレスの限界だったのだろう。

みんな仲良く退学、案外それも悪くないかもしれない。

ダームストラングに転入したとしてもDAのメンバーが一緒なら楽しめるだろう。

 

ハリーは半ばヤケクソ気味にそんな現実逃避をした。

 

現在、DAのメンバーは結託してアンブリッジや尋問官親衛隊の撹乱、下級生が巻き込まれないように動いてくれている。

 

なかでも卒業間近の7年生のはっちゃけぶりは凄まじかった。

フレッドとジョージはもう我慢の限界だったのだろう。後先考えず暴れ狂っている。それに他の下級生が触発されるというあまりよろしくない状況が起きている。

 

ハリーとハーマイオニーはアンブリッジの部屋に辿り着くと、透明マントを脱いだ。

 

そしてアンブリッジのドアノブに手をかけたハーマイオニーはハッと声を上げた。

 

「なんてこと! この扉、アロホモラじゃ開かないわ!」

 

焦ったように言うハーマイオニーと対照的に、ハリーは冷静にドアノブに顔を近づけ錠前の中を覗く。

 

「んー、これならいけそうだな。 ハーマイオニー、悪いけどヘアピン1個ちょうだい」

 

「一体何を·····?」

 

ハーマイオニーは訝しげな顔をしつつも、後頭部の後れ毛を留めていたヘアピンを外す。

 

「僕よりハーマイオニーの方が詳しいでしょ。 こんなシーン、テレビでよく見ない?」

 

ハリーはニヤッと笑って、それを受け取ると錠前に差し込む。そして器用に弄ると一一すぐにカチッと音がして扉が開いた。

 

「·····私、どんなに成績が良くても貴方に勝てる気がしないわ」

 

呆けるハーマイオニーをせっついて、鬱陶しいほどの猫の絵が踊る部屋に入り込む。

全てがピンクに塗れた身の毛のよだつような部屋で、彼女は素早く窓を確認するとこちらに頷いて見せた。

 

ハリーはすぐにフルーパウダーを手にすると、暖炉に頭を突っ込んだ。

 

「グリモールド・プレイス12番地!」

 

くるくると回転しながら幾多の暖炉を通りすぎ、次の瞬間ハリーの頭はロンドンに到着した。

 

「ハリー坊っちゃま!?」

 

リビングルームの掃除をしていた屋敷しもべ妖精アンは、驚愕の声を上げる。

 

「アン! パパは!? パパはどこにいる!?」

 

ハリーは怒鳴るようにそう訊いた。

アンは未だに驚いてはいるが、彼の語調から何か緊迫性を感じ取ったようだ。

 

「だ、旦那様でございますか? 今の時間なら書斎にいると思いますが·····」

 

「何の騒ぎだ?」

 

ガチャリとドアが開き、涼しげなサマーニットを似たシリウスが顔を覗かせた。

 

「パ、パパ!!」

 

「ハリー!? 一体何があったんだ?」

 

シリウスが慌てて暖炉に近寄ってくる。

その顔を見て、ハリーの目からぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。

 

一一無事だった。 無事だったのだ。

 

「お、おい。 どうしたんだよおまえ」

 

言葉にならず泣き続けるハリーに、シリウスは面食らっている。

 

「何故ハリーがここにいる!?」

 

再び扉からよく見知った顔が出てきた。

どうやらセブルスも来ていたらしい。

 

ハリーは嗚咽を漏らし時々しゃくりあげながら、何が起きたかを話した。

 

話しているうちに皆を巻き込んだ責任と罪悪感が込み上げて、感情が爆発してしまったのだ。

 

ハリーもまた精神的にかなり追い詰められていたのだ。全ての娯楽を取り上げられ、信頼できる大人たちは一人また一人と居なくなり、O.W.Lにも追い込まれた。 そして閉心術はうまく行かず、『例のあの人』の夢に苦しみ続けた。

 

一一きっと心身ともに限界だったのだ。

子どものようにハリーは泣きじゃくり続けながら、言葉を繋いだ。

 

「それは間違いなく、奴の罠だ」

 

シリウスはハリーのクシャクシャの髪を撫で回しながら、険しい声で言った。

 

「説教は山ほどあるが·····とにかく魔法省に行かなくて本当に良かった。 おまえが無事で何よりだ」

 

セブルスは心から安堵してそう言うと、すぐに守護霊を呼び出した。

銀色のキツネが颯爽と現れ、たちまちどこかへ消えていく。

 

「ダンブルドアにか?」

 

シリウスが短く聞くと、セブルスは頷いた。

両者は同じことを考えていた。

ハリーがおびき出されそうになったということは、つまり一一

 

「すぐに騎士団のメンバーを集めろ。魔法省に向かうぞ」

 

一一ヴォルデモートと死喰い人が待ち伏せしているということ。

 

「ハリー、もう一度話してくれ。 見た夢は魔法省のどんな場所だ?」

 

「廊下をたくさん進んだ先のかなり奥の部屋だよ。 何かガラス玉みたいなのがたくさんあった」

 

ハリーは鼻を啜りながらもそう話す。

シリウスは何か思い当たることがあったようで、眉をぴくりと動かした。

 

「なんてこった、神秘部か」

 

「つまり奴の狙いは·····予言か」

 

セブルスが思わずそう呟いたのと、不死鳥の守護霊が現れたのはほぼ同時だった。

 

ダンブルドアの声で、直ちに魔法省への出動命令が出た。

シリウスとセブルスの空気感が変わる。

 

「僕はどうしたらいい?」

 

ハリーは泣き腫らした顔で、急いでそう訊いた。

 

「今すぐホグワーツに戻れ! 危険なことは一切するな!」

 

セブルスが厳しい声で告げた。

 

「友達に誠心誠意あやまっとけよ! なーに、退学になっても俺がどうにかしてやる」

 

シリウスはローブの襟をただしながら、ニヤッと笑う。

 

そして、リビングルームからシリウスが出ていく一一その時だった。

突然ハリーは無性に不安な気持ちに襲われた。

 

まるでシリウスがすごく遠くへ行ってしまうような一一もう二度と会えなくなるような。

 

強い不安に駆られた。

 

「パパ!」

 

思わずそう呼び止めた。

シリウスはこちらを振り返る。

 

「無事に帰ってきてよ! 絶対だからね!」

 

「バーカ。 誰に言ってるんだ? 闇祓いの局長だぞ、俺は」

 

「元、でしょ」

 

ハリーはようやく少し笑うと、二人を見送った。

事の成り行きを見守っていたアンに先程怒鳴ったことを謝ろうとしたその時。

 

後頭部に激しい痛みが走った。

誰かに引っ張られている。

ハリーは抵抗しようしたが無理だった。少しずつ暖炉から引きずられる。

思わずアンに手を伸ばしたが、届かない。

そしてそのままハリーはギュッと引っ張り出され、アンブリッジの暖炉に無様に転げ出た。

 

ハリーの頭を掴んでいたのは、怒りで顔がどす黒くなったアンブリッジ本人だった。

 

「みんな!」

 

ハリーは悲痛な声を上げた。

部屋の中ではDAのメンバーが皆、尋問官親衛隊に拘束されていたからだ。

双子やロンなど特に暴れたのであろう仲間たちは、怪我も負って満身創痍だ。

 

「さて」

 

アンブリッジが怒りで震えながら言った。

「誰に連絡を取ろうとしていたのか言ってもらいましょうか」

 

「父です」

 

ハリーは急いでそう言った。

これ以上DAのメンバーを酷い目に合わせるわけにはいかなかった。

 

「シリウス・ブラックに? 何故?」

 

アンブリッジに詰問され、思わずハリーは黙ってしまった。

どう話していいのか分からなかったのだ。まさか夢を見たと言うわけにもいかない。

 

しかし、黙り込んだハリーの態度をアンブリッジは『反抗』と解釈したらしい。

 

「そう。 言いたくないならそれでいいわ。·····ああ、レギュラス。 待っていたわよ」

 

ドアが開き、レギュラスとドラコが入ってきた。ドラコの姿がここに見えないと思ったら、どうやら彼を呼びに行っていたらしい。

 

「お呼びですか」

 

「ええ! 真実薬が欲しいのよ。 この子は、貴方の兄に連絡を取っていたの! きっと何か企んでいたに違いないわ!」

 

アンブリッジは興奮したように言う。

 

「真実薬は貴方にこないだ渡したので最後ですよ」

 

「なんですって?」

 

「言うまでもなく聡明な貴方はご存知でしょうが、真実薬は作るのに時間がかかるのです。 この前もそうお伝えしましたよね?」

 

「·····ええ、ええ。 もちろん知っていますわよ。 そう、それなら他の手段を使うしかないわね」

 

アンブリッジの小さな瞳に、昏い光が帯びる。

 

「な、なにを一一」

 

ハリーは未だ強く掴まれている痛みに喘ぎながら言った。

 

「貴方がそうさせるのですよ。 私に反抗し、素直に言わないから」

 

アンブリッジが薄く笑い、ハリーに杖を向けた。

そして、脅すように杖を順番に他の拘束されてる仲間にも向ける。

ネビルが抵抗するように酷く藻掻き、ハーマイオニーもまた杖に懸命に手を伸ばそうとした。それをアンブリッジは心底楽しそうに嘲笑った。

 

「それとも一一仲間が拷問されてる姿を見た方が言いたくなるかしら?」

 

ハリーは自分の顔が青くなるのを感じた。

その時だった。

 

「ドローレス」

 

レギュラスが柔らかい声でそう呼んだ。

 

「なにかしら」

 

「差し出がましいかもしれませんが、外が騒がしくなってきましてね」

 

ハリーは呆気に取られた。

まさか一一彼は自分たちを庇おうとしてくれているのか。

 

「面倒なことにピーブスも未だ暴れているようなのです。 模倣犯が出たら厄介でしょう。 先に城内を落ち着かせることが先かと」

 

ちなみに現場を見ていないハリーとハーマイオニーは知らないことだが、レギュラスの言葉は嘘ではない。

DAのメンバーが酷く暴れたため、城内は本当に滅茶苦茶な有様なのである。

 

そして今は授業も終わった夕食時で生徒も多い。騒ぎになるのは必然と言える。

 

「でも、レギュラス·····この子にシリウスと会った目的を聞き出す方が先だわ」

 

レギュラスはこれ見よがしに深々と溜息をついた。

 

「ハリー・ブラックは単に貴方の行動を告げ口しようとしただけでしょう。 だいたい魔法省を辞めた無職の兄に一体何が出来るんです?」

 

未だアンブリッジは逡巡している。

 

「この愚か者たちは地下牢にでも閉じ込めて置きましょう。 城の復旧が済んだ後に、ドローレスが気の済むまで問い詰めたらよろしいかと」

 

その時、部屋の外でシャンデリアが割れるけたたましい音がした。

それでアンブリッジの意向は決まったらしい。

彼女はゾッとするような笑みを浮かべた。

 

「ええ、そうね、そうね。 この私に楯突いたのです。 あとでゆっくりと全て吐かせて厳しい罰を与えましょう」

 

アンブリッジは、ハリーを掴んでいた腕を乱暴に離すと手持ち無沙汰になっていたドラコへ押し付けた。

ドラコは驚いたように身を固くしたが、目を合わせずにハリーを拘束する。

 

「この子たちを地下牢に閉じ込めておきなさい。

·····行きましょう、レギュラス」

 

「仰せのままに」

 

尋問官親衛隊にそう指示すると、レギュラスと共に部屋を後にした。

 

残されたハリーたちはスリザリンの談話室近くにある地下牢へ繋がれることになった。

 

--そして、時を同じくして。

魔法省の奥深くで、闇の勢力と光の勢力が激突した。





ハリーは大人が周りにいる分、原作より精神年齢が幼めです。原作よりちょっと成績も悪いかな。


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神秘部の戦い

 

激しい閃光が交差する。

 

セブルスは渾身の力を込めて、死喰い人に呪文を放った。

 

魔法省、神秘部。

とうとう『不死鳥の騎士団』は、『死喰い人』と相見えた。

 

ダンブルドアから予言の間での戦闘は避けよ、との命があった。

どうやら予言を壊したくないのは向こう側も同様だったようで、その部屋を脱しての乱戦となった。

 

セブルスの放った呪文を杖で弾いた死喰い人一一ルシウス・マルフォイは不敵な笑みを浮かべた。

 

「武装解除とは随分お優しい。 ここはホグワーツでしたかな?」

 

ルシウスの放った強烈な赤い閃光が、セブルスの耳を掠めて飛んでいく。それを躱しながら思わず言葉が漏れる。

 

「貴方と戦いたくはなかった」

 

「おい! ここに来てふざけたこと抜かしてんじゃねえぞ!」

 

シリウスが3人もの死喰い人を相手にしながらそう叫んだ。

視界の端でロジエールやドロホフが吹っ飛ばされてるのが見えた。

 

「あたしが相手だ。 血を裏切る者め」

 

「久しぶりだな、ベラ。 これはこれは·····アズカバンはやはり美容に良くないと見た」

 

「·····殺してやる!」

 

ベラトリックス・レストレンジは熾烈な笑みをたたえて呪文を放つ。脱獄して間もないからか、昔は美しかったであろうその容貌は痩せこけ、見る影もなかった。

 

シリウスが飛んできた呪文を弾く。そのまま無言で失神呪文をいくつか放った。

こちらが怯んでしまうほどの凄まじい魔力の応酬だった。

 

シリウスも軽口を叩いたものの、明らかに額に汗が滲み始めていた。

歴戦の戦士である彼にとって有り得ないことだが、仮に油断をしたらベラトリックスに葬り去られてしまうことだろう。

 

不意にセブルスは、決闘の練習でロックハートが自分のことを『普段デスクワーク』と揶揄したのを思い出した。成程、悔しいが確かにあれはその通りだったのかもしれない。

 

闇祓いの前線として戦ってきたシリウス、ムーディ、それに新米のトンクスにすら自分は遅れをとっていた。

 

「くっ·····」

 

セブルスは後ずさった。

ルシウスは強い呪文を躊躇いなくバシバシと撃ってくる。

 

防戦の一方になっていたセブルスは、扉を開き次の部屋へと逃げ込んだ。

奇妙な脳味噌がぷかぷかと浮かぶ不気味な部屋だった。

 

「おや、逃げるとはグリフィンドールらしくありませんな」

 

「何を隠そう、組み分け帽子は最初スリザリンに入れようとしたので」

 

セブルスは減らず口を叩きながら、再び体勢を立て直し杖を振るった。

しかし簡単に防がれ、逆に強い呪文を投げられる。

 

堪らずセブルスは不気味な水槽の影へと身を潜めた。

 

「いつまで追いかけっこを続けるおつもりか」

 

呪文が直撃し、水槽が砕け散る。

セブルスは再び姿を現さざるを得なくなった。

 

「ご子息のためにお縄につく気はないか、ルシウス」

 

セブルスの苦し紛れに撃った呪文は脳味噌にあたり嫌な音を立てて破裂した。

それを躱しながら、ルシウスは初めて僅かな動揺を見せた。

 

「何のことやらわかりませんな」

 

「·····それならば、貴方とこれ以上話すことはない」

 

激しい競り合いだった。

呪文を撃たれ、躱し、弾き、そして放つ。

あちこちで怒号が飛び交い、セブルスは久しぶりに戦争の空気感に身が浸るのを感じた。

 

もう平和な日常は戻らない。

それならば、娘のために勝たなければならない。

 

セブルスの放った失神呪文がルシウスを掠りそうになる。

体勢を崩したルシウスがまたひとつの扉に手をかけ、そこへ入り込んだ。

 

セブルスはそれを追う。

そして·····入った部屋は。

 

今までとは明らかに異なる不思議な部屋だった。

 

円形になっている部屋は講堂のようで、中央が一段高くなっている。

そこにはアーチがあり、黒いカーテンのようなものが風も吹いていないのに揺れている。

 

セブルスは知らず知らずのうちに自身の肌に鳥肌がたっていることに気づいた。

ルシウスもまたこの部屋のもつ独特な雰囲気に気圧されているように見えた。

 

暫く2人は、何も言えず動けぬまま対峙した。

 

その部屋に満ちていたのは、あまりに静謐でしかし濃厚な死だった。

アーチからは何やら囁き声が聞こえる。

それがこの世ならざるものであるのが直感で分かった。しかし、不思議と嫌な感じはしなかった。

 

ルシウスは目に見えてそのアーチに怯えていた。

『死喰い人』など大仰な名を騙っているくせに、彼もまた死が怖いらしい。

 

いや、死は誰だって恐ろしい。

それでもセブルスたち親にとって、一番の恐怖は愛する子どもの死なのだ。

 

一一それは目の前の男も同じはずなのに。

 

「貴方がその陣営にいることが、息子の死に繋がるとどうして理解できないのか」

 

セブルスの冷たい言葉は、彼を真正面から突き刺した。

動揺したルシウスに、セブルスは失神呪文を放った一一その時、不思議な感覚がセブルスの全身を支配した。

まるで体の内側から力が溢れるようだった。心臓を、腕を、そして手の先までそれは駆け巡り、杖から迸った。

 

呪文は強烈な閃光となり、ルシウスを穿いた。

 

気絶して地に伏したルシウスを、セブルスはやや唖然と見つめる。

自分の力量を遥かに超えた不思議な力が宿ったような、そんな心地になった。

 

懐かしいような、温かいような、この感覚を自分は知っている。

そう、まるで一一。

 

「む、マルフォイをやりおったか」

 

後方のドアからアラスター・ムーディが現れた。

足が不自由であるのにそれを感じさせない俊敏な動きに、去年偽物に騙され続けたセブルスは一瞬身構えてしまう。

 

ムーディは手馴れたように、杖からしゅるしゅると縄を出すとルシウスを拘束した。

 

「ダンブルドアが直に到着する。 残党退治に行くぞ」

 

唸るようなその言葉に、セブルスは頷く。

しかし、どうしても直ぐにその場を後にする気持ちになれずアーチを振り返った。

 

「あれは危険だ。 近付いてはならん」

 

「·····貴方にもあの声が聞こえますか」

 

「あのブツブツした囁きのことか。 あれは死の世界に誘う声よ。 相手にしてはならん」

 

ムーディはおぞましそうに吐き捨てた。

常に最前線に立ち、殊更に死が身近であった彼は嫌悪感を隠そうともしなかった。

 

セブルスは後ろ髪をひかれる思いだったが、戦いの最中にそんなことも言っていられない。

彼と共にその部屋を後にしたのだった。

 

広く開けた魔法省のアトリウムは騒然としていた。

シリウスによると、ダンブルドアとヴォルデモートがついに相見えたらしい。

アトリウムが滅茶苦茶になっているのが、衝突の激しさを物語っている。

凄まじい魔力のぶつかり合いだったようだが、やはり我らがダンブルドアが圧し勝った。

 

それをファッジ含めた魔法省の職員らが目撃したようだ。あまりに遅すぎたが、彼らはヴォルデモートの復活を認めざるを得ないだろう。

 

「クソッ·····ベラトリックスを逃しちまった」

 

隣りでシリウスが心底悔しそうに歯噛みした。

追い詰めたらしいがあと一歩のところで、ヴォルデモートが現れてしまったたらしい。

 

「トンクスは? かなり重傷を負ったと聞いたけど」

 

遅れて合流したリーマスがそう訊く。

 

「キングスリーが連れ添って今は聖マンゴだ。 なーに、おまえが見舞えばすぐ回復するさ」

 

「え? どういうことだい?」

 

リーマスがきょとんと不思議そうな顔をしたので、シリウスだけでなくセブルスもこれにはトンクスに同情した。

 

「皆の者、ご苦労じゃった」

 

未だ情けなく取り付くファッジを鬱陶しそうにいなしながら、ダンブルドアはこちらへ向かってきた。

 

「このまま儂は戻らせてもらう。 悪いが、後始末を頼むぞ」

 

「どちらに戻るのです?」

 

「もちろんホグワーツじゃ。 ハリーと話さねばならぬ。 一一良いな、シリウス。 あの子に予言のことを話す時がきた」

 

ダンブルドアは酷く疲れた顔で、シリウスに向き直った。

その表情のわけは、魔力を消費したことだけが理由ではないだろう。

 

シリウスは一瞬だけ動揺した素振りを見せた。

しかし、すぐに口を真一文字に引き結んだまま頷いた。

 

「お待ちください、校長。 あの子はまだ未成年です。 せめて成人まで待っても良いのでは」

 

耐えきれずセブルスはそう口を挟んだ。

 

アトリウムにフクロウの大群が飛び交った。ヴォルデモートの復活を告げる日刊預言者新聞が早速魔法界中に届くのだろう。

 

「ならぬ。 此度、彼奴はハリーをここへおびき出そうとした。 予言の通り、あの子が戦いから逃れることは不可能じゃ」

 

ダンブルドアは頑なにそう言い切った。

『一方が生きる限り、他方は生きられぬ』。セブルスはこれからハリーが知る残酷な真実に、胸を痛めた。

 

「無論、あの子を守るためにお主らがいるのじゃ。頼りにしているよ。 一一悪戯仕掛け人の諸君」

 

「その呼び方は勘弁してくださいよ、校長」

 

シリウスは叱られた子どものように気まずい顔をした。

ダンブルドアは一瞬だけ穏やかな笑みを見せると、次の瞬間姿を消した。

 

シリウスやリーマス、そしてアラスターなど戦いを通して無事だった団員たちは魔法省の後始末の対応に追われることになった。

特にシリウスは元々の立場があったからか、てんてこ舞いだ。ファッジがシリウスの後を着いてまわり、頼むから戻ってきてくれと泣きついている。

 

その喧騒の中でセブルスは、そっと気配を消すと再び『神秘部』へと向かった。

 

 

 

 

 

暗く湿った地下牢で、この世の終わりのような心地でハリーは落ち込んでいた。

 

しかし、それも長続きはしなかった。

 

ドラコを含めた数人のスリザリン生徒がアンブリッジを拘束して現れたのだ。

 

聞こえてきた足音にアンブリッジからの拷問を予想し震えあがったDAの仲間たちは、その張本人が拘束されていることに戸惑った。

 

「魔法省が『例のあの人』の復活を認めた。 こいつはアズカバン行きになるらしい。 おまえたちは出ろ」

 

ドラコはハリーと目を合わせずに、ぶっきらぼうにそう告げた。

背後のスリザリンの連中も清々とした顔をしていることから、どうやら皆アンブリッジに嬉々として従っていたわけではないらしい。

 

突如解放されることになったDAの仲間たちは急展開に一瞬顔を見合わせたが、すぐさま牢から這い出た。

 

「ドラコ、僕は君を助けることを諦めないからな」

 

ハリーは彼の横を通り過ぎるとき、他の人には聞こえない小さな声でそう言った。

ドラコが体を固くするのが分かったが、それ以上はここで話せそうになかったため立ち去るしかなかった。

 

 

 

ドラコは彼らしくない乱暴さでアンブリッジを牢屋へ押し込んだ。

アンブリッジは何かを訴えるように、拘束された口からフガフガと声を漏らしている。

 

「皆、先に出ていてくれ」

 

ドラコはスリザリンの他の仲間にそう告げた。

仲間たちはドラコの胸中を察してくれたのだろう。何も言い募ることなくその場を後にした。

 

二人だけになると、ドラコはおもむろにローブから杖を引き抜く。

 

全てが滅茶苦茶だった。

父はアズカバンに収監されるらしい。·····それも恋人の父親に捕縛されて。

恐らく自分の立場は酷いものになるのだろう。

 

この行き場のないやるせなさを、どうすればいい?この虚しさはどうすれば解消される?

 

シャルロット。大切なシャルロット。

 

騎士団員の娘なのに、地獄の中でずっと自分の味方で居続けてくれたシャルロット。

そんな彼女を傷つけた、目の前の憎きガマガエルにぶつけたっていいじゃないか。

 

アンブリッジは不自由な手足を必死にばたつかせ一一と言っても短いので大して動けていないが一一喉からヒィヒィ声を漏らした。

 

そんな哀れな姿を見ても、ドラコの心はこれっぽっちも揺れ動かなかった。

そして杖を構えたその時。

 

「お止めなさい、ドラコ」

 

厳しい声だった。

振り向くと、そこにはレギュラスが居た。

彼はそのままドラコの前を通り過ぎると、アンブリッジの口枷を外した。

 

途端にアンブリッジが激しく咳き込む。

そして、爛々とした瞳でレギュラスを見上げた。

 

「ああ! ああ! レギュラス、貴方ならわたくしを助けてくださると、そう信じていましたわ!」

 

「ブラック先生·····どうして·····」

 

ドラコは杖を下ろすのも忘れ、呆然と言葉を漏らした。

レギュラスは汚い物を触るかのようにその口枷を放り捨てると、立ち尽くすドラコの方を振り返った。

 

「ドラコ、その年で憎しみに我を忘れるようなことをしてほしくありません。汚れ仕事は大人が引き受けますから寮にお戻りなさい」

 

優しい口調でレギュラスは言った。

ドラコは目を見開いた。そして一瞬だけ迷う素振りを見せたが、ついに杖を下ろし何も言わず地下牢から出て行った。

その横顔は濡れていた。

 

「さて」

 

レギュラスはポキリと手首を鳴らすと、アンブリッジに向き直った。

そこに先程までの優しい表情は消え失せていた。

 

「ど、どういうこと? レギュラス、わたくしを助けにきてくれたんでしょう」

 

「ドローレス、先程お話したではありませんか。 城の修繕が終わったら拷問をする予定だったでしょう」

 

レギュラスは突然ニッコリと微笑んだ。

 

「尤も、配役に少々変更があったようですが」

 

アンブリッジは愕然として、不自由な体のままどうにか後ずさろうととした。

 

「嘘よ、嘘でしょう」

 

「貴方には聞きたいことがたくさんあるのです。 言っておきますが、私は人を拷問するのは初めてではありません。 早めに全てを吐いた方が身のためですよ」

 

「全部話すわ! 何でも話します!」

 

「素直なのは大変よろしいですが、全て吐いて頂いても貴方を許すわけにはいきません。 あなたは私の大切な女性を傷つけましてね」

 

「プリンスのこと? それなら謝るわ! 彼女にも謝罪します!」

 

恥も外聞も捨て、アンブリッジは金切り声でそう叫んだ。

 

レギュラスは杖を上げた。

先程浮かべた笑みを打ち消し感情が抜け落ちたレギュラスの顔は、端正さと相俟って人形のように不気味だった。

 

「半分正解で半分不正解です。 もう一人、私にとってかけがえのない女性を貴方は傷つけました」

 

一一きっと自分は死喰い人として、罪のないマグルを傷つけていた時も同じ顔をしていた。

 

地下牢に熾烈な閃光が弾けた。

 

 

 

 

 

 

再び、『神秘部』奥深くにあるアーチの間。

 

セブルスは穏やかな顔でアーチに近付いた。

囁き声は変わらずカーテンの影から聞こえる。

セブルスにとってそれは恐ろしいものではなかった。

 

セブルスは気付いたからだ。

その声が誰のものか。先程感じた懐かしさの正体を。

 

アーチに微笑みかけた。

 

「こんなところに居たんだな、レイチェル」

 





次回で不死鳥の騎士団編も終わりです。
明日更新します。


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帰還

 

「一方が生きる限り、他方は生きられぬ·····」

 

ハリーは呆然とその言葉を繰り返した。

 

神秘部にあるヴォルデモートが狙っていた予言は、ダンブルドアの命により壊してしまうらしい。

 

『闇の帝王を打ち破る力を持った者が近づいている。七つ目の月が死ぬとき、帝王に三度抗った者たちに生まれる·····。そして闇の帝王は、その者を自分に比肩する者として印すであろう。しかし彼は、闇の帝王の知らぬ力を持つであろう·····。一方が他方の手にかかって死なねばならぬ。なんとなれば、一方が生きるかぎり、他方は生きられぬ。 闇の帝王を打ち破る力を持った者が、七つ目の月が死ぬときに生まれるであろう……』

 

ダンブルドアの記憶の中で、今より少し若いトレローニーはそう予言した。

 

久しぶりに入った校長室は、以前の捕物騒ぎで滅茶苦茶になったことを感じさせないほど元通りだった。

こまごまとした銀細工のマジックアイテムが意思を持つかのように踊り、額縁の肖像画は部屋の主の帰還に嬉しそうだ。

 

魔法省での戦いはヴォルデモートとベラトリックスこそ逃したものの、騎士団の勝利と言っていいはずだ。

 

しかし、ダンブルドアはずっと沈痛な表情のままだった。その意味をハリーは理解した。自分にこの話をするからだったのだ。

 

「つまり父さんと母さんは予言のせいで殺されたんですか?」

 

「そうじゃ」

 

ダンブルドアは重々しく頷いた。

 

「そんな·····そんなもののせいで·····」

 

「あまりにも残酷なことじゃ。 しかしハリー、お主もシビルの予言が全くの出鱈目でないことを知っているはずじゃのう」

 

ハリーは2年前の占い学の期末試験に見たトレローニーを思い出した。

確かに、あの時の彼女の様子は尋常ではなかった。

 

「真実を話す時が来た。 わしはのう、ハリー。この予言を君に話す日が来ないことを祈っていた。 しかし、彼奴が復活した今、言わざるを得なくなってしまった」

 

ダンブルドアは心底疲れきった顔を自身の老いた手に埋めた。彼の似つかわしくないその行動に、ハリーはぎょっとしてしまう。

 

「ハリー、わしは君を戦争になんて関わらせなくなかった。 大人たちに守られ、健やかに育って欲しかった。 しかし、運命は許してくれないようじゃ」

 

久しぶりにダンブルドアと視線が交わった。

深い海の底のような彼の瞳は、あまりに悲しみに満ちていた。

 

「予言はのう、不思議なことにもう一人当てはまる人物がいた。 君もよく知る人物、ネビル・ロングボトムじゃ」

 

「ネビルが?」

 

「しかし、重要なのはヴォルデモートがハリーを選び印を付けたということじゃ」

 

ハリーは無意識に、額の稲妻の傷に触れた。

ネビルは大切な友達だし、彼も家族のことで苦労してるのは知っている。しかし、もしかしたら『生き残った男の子』は自分でなくネビルだったかもしれない。ジェームズとリリーが生存し、家族で共に笑いあっていた未来を想像するとハリーの心は軋んだ。

 

「知っての通り、君の母は尊い魔法を遺してくれた。 古の『護りの魔法』じゃ。 あの魔法は血縁者がいる家を家と認識することで持続する。 わしは君をリリーの妹ペチュニアに預けようとした」

 

ハリーは夏休みに会った、ブロンド髪の痩せぎすの女性を思い出した。

 

「でもそうはならなかった。 夏休みにペチュニア叔母さんに初めて会いました。 僕にずっと血を送ってくれていたと」

 

「そうじゃ。 セブルスは彼女と旧知の仲でのう、酷く反対された。 ペチュニアには既に君と同い年の赤ん坊がいるうえに魔法に対して強く忌避感を持っていると。 シリウスが後見人として自分が引き取りたいと熱望したのも大きかった。 わしは魔法に細工を加え、ペチュニアに血を送らせることで君を守れるようにした」

 

ダンブルドアはその頃を思い出すように、遠い目をしていた。

 

「シリウスやセブルスは予言に懐疑的ではあった。 しかし、ヴォルデモートがいつか戻ってくることは危惧していた。 君を守るため、シリウスは闇祓いとして官僚の道に進み、セブルスは来たるべき時のためホグワーツで働いてもらうことにした」

 

「パパは僕のために闇祓いになったんですか!?」

 

ハリーは思わず声を上げた。

 

昔からずっと疑問だったのだ。

シリウスはお世辞にも公務員の仕事が合う性格ではない。今の悪戯専門店を経営している方が余程生き生きしている。

さらに極端な話をするとブラック家の財産とポッター家が遺した養育費を考えれば、彼は働く必要はないのだ。

 

「そうじゃ。 結果論ではあるが、君を守るためだけでなく彼にとっても良い経験となった。ブラックの家名に優遇されていたとしても、ひとりの役人として働くことはシリウスを精神的に大きく成長させた」

 

「ふん。 曲がりなりにもブラック家の当主が、庶民と肩を並べて労働するとはなんと情けない話か」

 

シリウスの祖先である、肖像画のフィニアス・ナイジェラス・ブラックが小さく悪態をついた。

その横槍でダンブルドアは、話が脱線したことに気付いたようで再びハリーへと視線を戻した。

 

「そして、時はあっという間に巡り、君はホグワーツへとやってきた」

 

ハリーは黙って聞いていた。

 

「君は一一まさにジェームズに生き写しに育った。 裕福に育ち、友に囲まれ、しかし傲慢に染まらず·····うむ、いや少しだけ目立ちたがり屋かのぅ」

 

ダンブルドアはぎこちなく僅かに笑った。

 

「しかし、また心根はリリーのように優しく思慮深く育ってくれた。 わしはそれが嬉しかったのじゃ。そして毎年、君は驚くほどの勇気を示してくれた。 どんなにそれが誇らしかったか」

 

窓の外は俄に明るくなってきた。

長い長い夜が終わり、朝が近付いている。

ダンブルドアの深く刻まれた皺をくっきりと光が照らし、それが彼を酷く年老いて見せた。

 

「ハリー。 わしはのう、君をあまりにも愛おしく思いすぎた」

 

一一それなのにハリーは戦いの渦に身を投げなければならない。

ヴォルデモートを殺すか、ヴォルデモートに殺されるか、どちらかの運命は選ぶために。

 

ハリーは何も言えなかった。

未だ凄まじいショックの渦中にいて、到底二つ返事で受け入れられるようなものではなかった。

自分に押し付けられた運命はあまりに残酷で、理不尽で、そして歪なものだ。

 

しかし一一それでも自分はここまで生きてこれた。

 

一年生の時、クィレルの魔の手からダンブルドアと·····不本意ながらレギュラスに助けられた。

 

二年生の時は、大きな蛇に食い殺される寸前にセブルスに助けられた。

 

三年生の時は、セブルスだけでなく、シリウスとリーマスもホグワーツに来てぺティグリューに立ちはだかってくれた。

 

去年だって、シリウスは闇祓いを引き連れてあの墓場まで駆けつけた。

そして·····ゴーストの姿ではあったけれど、ジェームズとリリーも。

 

ハリーは理解していた。

自分に課せられた運命は過酷なものであるけれど、多くの大人が自分を愛し、守るためにずっと動いてくれたということを。

 

「先生」

 

「君には、長年黙っていたわしを詰る資格が十分にある。 何でも言っておくれ」

 

「僕も校長先生のことが大好きです」

 

ダンブルドアは酷く驚愕して長い髭を震わせた。

 

「DAの時は勝手に名前を使ってすみませんでした。

一一あの時も守ってくださりありがとうございます」

 

「ハリー·····」

 

ダンブルドアは目元を抑えながらゆらゆらと頭を振ったかと思うと、大粒の涙が頬を伝った。

 

「老いぼれは若者には勝てぬ。 君にもグレンジャー嬢にも、あまりに学ぶことが多い。 そしてそれこそが·····彼奴になく君たちが持っているものじゃ」

 

ダンブルドアは思いに耽るように、窓の外を見遣った。すっかり太陽は顔を覗かせていた。

校長室に豊かな光が広がり始める。

 

どうして目の前の老人を恨むことができるだろう。

恨むなら自分を選び印をつけたヴォルデモートだ。

 

「あ、でも一つだけ恨んでいます。 何で僕を監督生にしてくれなかったんですか?」

 

「ふむ·····君は監督生に選ぶにはあまりに悪戯坊主すぎた」

 

ダンブルドアは髭まで滴った涙を、紫色の派手なハンカチで拭いながら今度こそ朗らかに笑った。

その時だった。銀色のキツネが壁を通り抜け、ふわりと二人の間に着地した。

 

「レイチェルが目を覚ました。 今すぐ聖マンゴへ」

 

キツネはセブルスの声で急いだ口調でそう言った。

意味を飲み込んだハリーとダンブルドアは、あまりの衝撃に目を見合わせた。

 

 

 

 

 

 

一人の女性が座るベッドに何人もの癒者が取り囲む。

あちこちと体に触れ、そして記憶の混濁がないことを確認している。

これは奇跡だ·····と一人の癒者が呟いたのを最後に診察が終わった。

同時に扉が開いた。

そこには誰よりも早く病室へ着いたセブルスが立っていた。

 

何度も夢に見た。

彼女が目を覚ますそんな日を。

そして夢の中で彼女の笑顔に触れようとすると、いつもそこで叶わずに目が覚めた。

 

セブルスはふらふらと熱に浮かされるように、ベッドに近付いた。

思わず拳を握りしめると、爪が手の平に食い込み痛みを感じた。これは夢ではないのだ。

 

「レイ·····」

 

「·····あたしがお昼寝してる間に、随分おじさんになったのね」

 

「鏡を見ろ。おまえだっておばさんだ」

 

ひょうきんな表情を浮かべたまま、彼女は声を上げて笑った。

セブルスは彼女の笑い声が成長したシャルロットにそっくりなことに今更気付き、視界がぼやけた。

 

ようやく彼女に再会できたのだ。

 

彼女の頬に、震える手を伸ばす。

 

その時だった。

黒い大きな獣が、凄まじい勢いで部屋に転がり込みながら、人間の姿へと戻っていった。

そのまま唖然とするレイチェルにひしと抱きつき、シリウスはおいおいと声を上げて泣いた。

 

「ごめん、ごめんよ、レイチェル! 俺のせいだ! 俺が馬鹿で、ピーターに任せたから! 俺が! 」

 

子どものように泣きじゃくるでかい大人に、皆は呆気に取られる。

シリウスは構わず泣き続けて、腕に力が入りレイチェルを絞め殺しそうになっている。

 

「このワンちゃん、父親になってもこんな感じ? ハリーはちゃんと育ったの?」

 

レイチェルはせっかく目覚めたのに殺されては堪らないと彼の腕をおさえ、まさに犬をあやすように頭を撫でる。

そして困ったようにセブルスに視線を送った。

 

「まあ、女癖以外は概ね」

 

「うわ! 一番最悪なところが似てるじゃん」

 

レイチェルは顔を顰めた。

セブルスは行き場の失った腕を下ろすと、同じく到着したリーマスに仏頂面で振り返る。

 

「私より先に妻に抱きつく馬鹿を、他に知ってるか?」

 

「まあ、そこがシリウスの良いところであり悪いところでもあるというか」

 

リーマスは苦笑する。

レイチェルはそんな彼に気付くと、目を細めて笑った。

 

「リーマス、久しぶり。 ちょっと傷が減ったかしら?」

 

「ああ。 君が眠っている間に脱狼薬っていう便利なものが出来たんだ。 ·····ほら、シリウス。 行くよ。 シャルが今こっちにダンブルドアと向かっているんだ。 家族水入らずにするべきだろう」

 

リーマスは爽やかな笑顔と裏腹に、有無を言わせない口調でそう言う。そして未だに泣き止まず鼻水を垂らしているシリウスを、ローブごと首根っこで掴むとそのまま床を摺りながら引っ張った。

二人が部屋を出た時、ちょうどシャルロットとダリアが到着した。

 

雷に打たれたかのように立ち尽くすシャルロットに、母親は軽快な笑い声を上げた。

 

「待って、あんたシャルなの? 赤ん坊だったのにそんな大きくなっちゃって! あら、スリザリンなの? 学校は楽しい? 血筋で虐められてない? 友達はたくさんいる? クィディッチのポジションは?」

 

矢継ぎ早な質問に答えることなく、シャルロットは母親の胸に飛び込む。

それは彼女にとって記憶にある限り初めての、母親の温もりだった。

 

「一度にそんな訊いても困るだろう。 しかし私からひとつ答えるならば、この子は父親似で箒に触れることすら危うい」

 

「マーリンの髭!」

 

レイチェルは泣きながら笑った。

 

「ダリア、お元気そうで」

 

「元気じゃないわ。 この年で母親の役をやってご覧なさい、ヨボヨボよ」

 

「ダリアだけということは·····」

 

ダリアとセブルスは目に見えて顔を曇らせた。

 

「ああ、私の祖父も·····それに君の両親も亡くなった」

 

レイチェルは唇を震わせたが、すぐ明るい声を出した。

 

「そう! 仕方ないわよね、あんなちっちゃい赤ん坊がこんなティーンエイジャーになっているんだもの」

 

愛しげに自分と同じ金髪の少女を抱きしめる。

シャルロットは未だに啜り泣きながら、さらに顔を深く埋めた。

 

「あたし、どうしてこんな髪長いの? 短い方が好きなの知ってるでしょ」

 

先程の暗い話題を掻き消すように、レイチェルは明るい口調を努めているようだった。

レイチェルの髪は時折整理されていたものの、今や腰を通り越し足の付け根まで伸びている。

 

「·····切れなかったんだ。 君の髪が伸びるのだけが、君がまだ生きているという証明だった」

 

セブルスの声が奇妙なくらい掠れた。

本当に妻は、自分の元に帰ってきたのだ。

 

レイチェルもまた言葉を失った。

どんなに目の前の愛しい人たちを待たせたか、そして苦しめたか、それが分からない女性ではなかった。

 

セブルスは妻と娘ごと強くかき抱いた。

 

「ただいま、セブルス」

 

「おかえり」

 

 

 

 

 

 

 

ホグワーツはすっかり元通りになった。

 

よく晴れた夏の日、7年生は卒業していった。

最後の一年は最悪なものだったが、フレッドやジョージは先日暴れ狂ったおかげかスッキリとした顔で学び舎を後にした。

 

アンジェリーナは「チームを頼んだよ」とハリーの肩を強めに叩いた。

まだ自分がキャプテンになるか分からないとハリーは一応謙遜してみせたが、アンジェリーナは笑い飛ばした。次のキャプテンがハリーなのは火を見るより明らかだった。

 

「あーあ、兄貴たちもみんな卒業しちゃった」

 

入学した当時から兄が校内にずっと居たロンは少し寂しそうで--それでいて清々もしていた。

 

今、三人は湖畔に居た。

湖を7年生たちがボートで去っていくのを眺めている。

大イカがゆらりと轟き、生徒たちを祝福するかのように水飛沫をあげた。

幾人かの水中人、水魔なども顔を覗かせている。

 

アンブリッジの支配から解放されたホグワーツは久しぶりに和やかな雰囲気に満ちていた。

多くの生徒が、最高学年の新たな出立を城の窓や湖の近くで見送っていた。

 

突然一隻のボートから地を震わすような音が響く。そして嘘のように大きい花火が上がった。

誰の仕業かは言うまでもない。

 

無理を言って退院してきたらしい杖をついたマクゴナガルが、見たことがないほど優しい顔でそれを見上げた。彼女にはもう彼らを減点する権利はない。

 

ボートが全部見えなくなると、ハリーたちは立ち上がった。

自分たちはまだ来年も再来年もここに居るが、一先ずは夏休みだ。

 

「あのさ、ブラック先生のこと」

 

城に戻る道中で、ハリーは迷いながらも口を開いた。

 

「あの時、僕たちを守ってくれたわけだよな」

 

「でもあれは、あそこで僕たちを拷問させるのを止めなかったら後々ダンブルドアにバレるだろう? 仕方なく止めたのかも」

 

ロンがすかさず言う。

 

「ブラック先生はそんな酷いことしないわ!」

 

「·····うん。 ブラック先生は·····確かにムカつくし僕も大嫌いだよ。 でも今は騎士団側の人間なのは間違いないのかも」

 

ロンもハーマイオニーも酷く驚いた顔をしていた。

そんな親友たちの様子に、ハリーは機嫌を損ねてそっぽを向いた。

 

「なんだよ。 やっぱ今の無し。 ブラック先生は陰険でスリザリン贔屓のカス野郎」

 

ハリーがふんと鼻を鳴らすと、下級生たちがじゃれあいながら自分たちを追い越して行った。

 

夏休み前の最後の晩餐。

寮対抗杯は今年もグリフィンドールの優勝だ。

 

城中を滅茶苦茶にしたのに加点される生徒は恐らくハリーたちが初めてだろう。

しかしそれに対して異議を申し立てる生徒も教師も居なかったので、いかに皆がアンブリッジに不満を溜め込みあの騒ぎに胸がすいたのかが窺える。

 

「そういえば、アンブリッジって結局どうなったの?」

 

ロンが思い出したように口にした。

 

「理由は分からないけど、酷く錯乱してて聖マンゴに入院中よ。 治り次第アズカバン行きらしいけど」

 

「君、まだ日刊預言者新聞を読んでるの?」

 

「ええ。 今やハリーとダンブルドアは英雄扱いよ。 手のひら返しもここまで来ると笑えるわね」

 

大して笑えなさそうな顔で、ハーマイオニーは言った。

手の甲の傷は完全に消えることはなかったが、翳さないとわからないくらいにまで薄くなっていた。

 

夏の陽射しにギラギラと灼かれながら道を進む。

玄関ホールに着いた頃には、三人は汗ばんでいた。

 

「君たちはさ」

 

ハリーはとうとう立ち止まってそう切り出した。

自分の口から漏れ出たのは、囁くような小さい声だった。

 

「僕から離れたいと思わないの?」

 

予言の内容を全て伝えた日、ロンとハーマイオニーは酷くショックを受けていた。

·····しかし、それだけだった。自分への態度が変わることはついになかった。

 

「怖くないのか? 僕と一緒にいたら君たちも危険なんだぞ」

 

ロンとハーマイオニーは顔を見合わせる。

そして、ロンは厳かな声で咳払いをしてみせた。

 

「君が今、心配すべきはそんなくだらないことじゃない。 夜のデザートにトリークルタルト(糖蜜パイ)が出るかどうか、それだけだ」

 

ハリーは吹き出した。

同時に胸のつっかえが軽くなったのを感じた。

 

「ほら、早く行くわよ。 パーティーが始まっちゃうわ」

 

玄関ホールまで良い匂いが漂ってきている。

きゅんと鳴るお腹をおさえ、ハリーたちは大広間へと向かった。

 





おかえり、レイチェル。
彼女が目覚める瞬間と寝てる時に見てた夢もちょろっと書いてたのですが、蛇足と感じてカットしました。
気が向いたら短編で載せます。

不死鳥の騎士団編おしまいです。
誰も死ななかったうえに原作に比べて孤独感がほぼないため、ハリーとダンブルドアの会話は割と和やかでした。

謎のプリンス編は現在執筆中なので、少し書き溜めたらまたボチボチ更新します。鈍い更新ですが、未だついてきてくださる読者の方には心から感謝しています。本当にありがとうございます。

執筆意欲が上がるので、もしご迷惑でなければ評価や感想いただけると嬉しいです。



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