フレームアームズ・ガール ~ティア・ドロップ~ (きさらぎむつみ)
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Parts 1 FAガールがやってきた

 新年も明けて一週間が経ち、それでもまだ街からは浮かれた気分が抜けきらないというそんなある日。

 久隅優衣(くすみ ゆい)は午前中の授業を終えて、自宅へと帰ってきた。

 

「ただいま~」

 

 誰もいないはずの家に優衣の声が響くと、二階から「おかえり~」と反応があった。

 

「あれ?」

 

 優衣は玄関に靴を揃えると、そのまま階段を駆け上がっていく。

 

「お姉ちゃん、こんな時間にどうしたの?」

 

 姉の麻衣(まい)が彼女の自室で、キャリーケースに服やらノートPCやらを詰め込んでいるところだった。

 

「いや~、会社行ったら新年早々出張に行ってくれって言われちゃってさ~、急いでその準備ってわけよ」

 

「大変だねお姉ちゃん……いつまで?」

 

「京都に週末まで。ついでだから“里”にも行ってくるわ」

 

「はーい。おみやげは八ッ橋より五色豆がいいな」

 

「りょうかーい」

 

 麻衣の返事を背中に聞きながら優衣は自分の部屋に向かうと、制服から部屋着に着替える。

 階下に降りてキッチンで紅茶を入れる支度をしていると、足元に毛玉の気配を感じた。

 

「ん? どした、はんぺん」

 

 優衣が懐いてきた白猫の名前を呼ぶと、なー、と鳴き声を返された。はんぺんは、優衣の足に二三度その頭を擦り付けたあと、キッチンから出ていく。

 戸棚から出したクッキーの袋とティーカップを両手に持ちながらリビングへ向かい、優衣はソファーに腰を下ろした。

 一枚目のクッキーを袋から出したところで、準備を終えたらしい麻衣が階段を降りてきた。

 

「それじゃー行ってくるねー。鍵よろしくー」

 

「はーい、行ってらっしゃーい」

 

 扉の閉まる音に、優衣は口の中のクッキーが無くなったタイミングで立ち上がり、玄関へ向かう。

 鍵を閉めようと手を伸ばしたとき、どすんと扉の向こう側で音がした。

 

「ん? 忘れ物でもしたの?」

 

 姉が戻ってきたのかと思い扉を開けたが人の姿はなく、代わりにちょうどドローンが高度を上げて去っていくところだった。玄関先には小振りな段ボール箱が一つ。

 

「ああ、宅配便か」

 

 届けられた荷物を持ち上げ、家の中に戻る優衣。鍵をかけるのも忘れない。

 姉の物ならタイミングが悪いなあと思いつつ宛名を確認すると、

 

「あれ? 私宛? ……ファクトリーアドバンス? ってどこ?」

 

 見慣れない差出先に途惑いつつも、リビングに戻りテーブルの脇に箱を下ろす。

 ガムテープを剥がし箱を開けると、緩衝剤に覆われた箱と封筒が入っていた。

 箱には『FRAME ARMS GIRL』と記載されている。

 

「えーっと、なになに……」

 

 封筒から取り出した書類は「この度は弊社のアンケートにご協力いただき、真にありがとうございました」という書き出しで始まっていた。

 あー、そういえば。ドルパのカタログ買いに行った時、アンケートやったっけ。

 優衣は一月ほど前の記憶を思い返し納得する。

 書類は、アンケートの結果により新製品のモニターに選ばれました、という内容のものだった。

 モニターとして協力すると後日、商品券が送られてくるとのこと。

 

「で、その新製品ってのが……あ、これって『フレームアームズ(FA)・ガール』じゃん!」

 

 FAガールのことは優衣も知っていた。年末に参加したドルパの会場でも何体か見かけたのを思い出す。

 書類をテーブルに置き、緩衝剤の中から箱を取り出す。早速開けてみると中には、左右に肩までのツインテールを垂らした紫色の髪をした美少女フィギュアが横たわっていた。

 

「えっと……どうするんだろ、これ。確か、自分で動くんだよね?」

 

 優衣は内部パッケージのくぼみにはまっているそのフィギュア、『FAガール』をつついてみる。

 すると、そのまぶたがゆっくりと開いていった。

 

「……おはようございます、でいいのかしら? それとも、はじめまして、の方が先かしら?」

 

「うわぁー、しゃべったー!」

 

 優衣の驚きをよそに、FAガールは箱の中でその身体を起こす。

 

「はじめまして、マスター。私はFAガールのイノセンティアよ、よろしくね」

 

「はい、よろしく。私は優衣だよ。久隅優衣。……すっごい、こんな小さいのにちゃんと会話する……」

 

「このくらいで驚かないでよ、マスター。まだしゃべって、立ち上がっただけじゃない」

 

 イノセンティアは両手を腰にあてて胸を張った。

 

「私、最新型だからもっと色々すごいんだからね!」

 

 えっへん、という空耳が聞こえてきそうなイノセンティアの様子に、優衣のなかでたまらなく愛おしさが湧き起こってくる。

 

「うわぁ……めっちゃ可愛い……」

 

 思わず声に出していた。

 

「そう! カワイイでしょ! でも! それだけじゃないんだからね!」

 

 言うが早いか、イノセンティアは優衣の右手に飛び乗り、たたたっと腕を駆け上がったかと思うと肩にちょこんと腰を下ろした。

 

「わ、すごっ、超うごくじゃん!」

 

 優衣が肩のイノセンティアを見ると、とても得意げな笑みで優衣を見上げていた。

 

「へへっ、でしょー!」

 

 ニコッと笑ったイノセンティアはえいっと反動をつけて前へと飛び下り、くるりと一回転、綺麗にテーブルの上に着地を決めた。

 ぱちぱちぱち、と優衣は拍手をする。

 

「すごいすごい、イノセンティア。FAガールってみんなこんなに動くの?」

 

「さあ? 他の子のことを詳しくは知らないけれど、一般に販売されている子と私とは全然違うわ」

 

「そうなの?」

 

「ええ、詳しくは説明書に書いてあるはずよ」

 

 言われて優衣は、説明書を取り出して目を通し始める。

 どうやらこのイノセンティアというFAガールは、人工自我(AS)というものを搭載しているらしい。それによりまるで人間のような自然な応答を返し、機敏な挙動をおこなえるのだそうだ。

 引き換え、市販されているFAガールは簡単な応答プログラムを組み込まれた人工知能(AI)を搭載しているとのこと。

 AI搭載型とAS搭載型の大きな違いは、個性を獲得し思考する“人格”を確立していること、とあった。

 

(……よくわかんないけど、つまりは「生きてますよー」ってことかな?)

 

 文面が専門的な単語のオンパレードになってきたところで、優衣は説明書をそっと閉じた。

 ふとイノセンティアを見ると、パッケージから取り出した黒のニーソックスを履いているところだった。そばには、このあと身に着けるのであろう黒のロンググローブが揃えてある。

 イノセンティアの身支度が整うのを待ってから、優衣は声を掛けた。

 

「製品モニターって要するに、アナタがウチの子になるってことでいいのかな?」

 

「そういうことかな。もちろん、アナタが良ければ、だけれど」

 

 箱の縁に腰掛けたイノセンティアが、優衣の顔を見上げながら首を傾げる。

 

「うん、全然オッケー! これからよろしく、イノセンティア!」

 

「ええ、よろしくね、マスター」

 

 可愛らしい笑顔で優衣に応える小さな少女を、横から伸びてきた毛の塊がそっとつついた。

 

「うわぁっ!」

 

 突然のことに、イノセンティアはバランスを崩し箱の縁からずり落ちそうになる。

 知らないうちにリビングへやってきていた白猫の前足がイノセンティアを撫でようかどうしようか、という位置で揺れていた。

 

「ああ、だめだよはんぺん。食べ物じゃないよ」

 

 なー。わかった、とでも言いたげな返事をされた優衣。

 

「……びっくりしたぁ、猫か……はんぺんって名前なの?」

 

「うん。イノセンティアも仲良くしてあげてね」

 

 見るからにちょっと引き気味のイノセンティアが、おそるおそるといった様子で白猫の伸ばした前足に向けて手を差し伸ばした。

 

「えっと……はんぺん、よろしくね?」

 

 なー。イノセンティアと握手した白猫は小さな少女にも返事をするのであった。

 

 

 続く

 



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Parts 2 こんにちは大先輩

「ところで、マスターの他には誰もいないのかしら?」

 

 何かを納得をしたような様子のはんぺんがその場で丸まったあと、イノセンティアがきょろきょろと室内を見渡しながら優衣に訊いてきた。

 

「うん、ちょうどイノセンティアと入れ替わりにお姉ちゃんが出張に行ったばっかり。お父さんとお母さんは今、海外だし」

 

 言いながらキッチンからビニール袋を持って戻ってきた優衣は、イノセンティアの入っていた箱をそのままに段ボール箱の中から残りの梱包材を次々に袋の中へ放り込んでいった。

 膨らんだ袋の口を縛って捨ててから、優衣は段ボールを畳もうとしたが、一足早くはんぺんが箱の中に入り丸くなって優衣のことを見上げていた。

 

「ん、気に入っちゃった? しばらくそうしてていいよ」

 

 はんぺんの背中を軽く一撫でしてから、優衣はテーブルの上に座っていたイノセンティアへと向き直る。

 

「それじゃあ、私の部屋へ行きましょうイノセンティア」

 

「はぁい。あ、この箱を忘れないでよ」

 

 そう言ってイノセンティアは、自分の入っていた箱の上へと飛び乗った。

 

「それじゃあマスター、アナタのお部屋に連れてって」

 

「うん。……あー、私のことは優衣って呼んでよ。なんだか、マスターなんて呼ばれると変な感じ」

 

「わかったわ、優衣」

 

 箱の縁に腰掛けて、イノセンティアは両足をぶらぶらとさせていた。優衣はそのままイノセンティアが落ちないように注意しながら、彼女ごと箱を持ち上げる。

 

「私もイノセンティアをティアって呼んでもいいかな?」

 

「ええ、いいわよ。……なんかいいわね、こういうの! ラボ以外の場所に来た!って感じがするわ」

 

 若干興奮気味に話すイノセンティアから飛び出た聞き慣れない単語に、優衣は首を傾げる。

 

「ラボ? ティアはそこから来たの?」

 

「ええ、私はね。ASの搭載されたFAガールはみんなファクトリーアドバンス社のラボで調整されているのよ」

 

「へえー、そうなんだ。っていうことは、他にもティアみたいなFAガールがいるんだね」

 

「そうよ。同じ『イノセンティア』タイプの子もいたり、ね」

 

「なるほどね。あとでFAガールのサイト、見に行ってみよっと」

 

 階段を上がって自分の部屋の扉を開けて、

 

「はーい、私の部屋へようこそー」

 

 優衣は窓際にある勉強机の上にイノセンティアの乗った箱を降ろす。

 

「……なんか、独特な雰囲気のお部屋ね……」

 

 イノセンティアは机の上から部屋を見渡し、そう感想をつぶやいた。

 

 本棚に漫画がびっしりと並びサイドボードの上に何体ものフィギュアが置かれている光景に、イノセンティアは少々たじろいでいた。

 

「そうかな? まぁ、お姉ちゃんの影響はあるかも……、こんなのをくれたりするからね」

 

 優衣が戸棚にかかっていたカーテンを引いてみせる。

 

「ん? ……わぁ、大きい……」

 

「すごいでしょ、ドルフィードリームの雪ミクちゃんだよ!」

 

 そこには、部屋に並ぶフィギュアやイノセンティアの三倍はある大きさの人形が、サイズの合った一人掛けソファーに腰掛けてこちらを見ていた。

 

「限定品でね、誕生日にお姉ちゃんがプレゼントしてくれたんだ」

 

 優衣は片手で雪ミクを抱きかかえて勉強机の方にくると、もう一方の手で持ってきたソファーに雪ミクを座らせる。

 

「間近で見ると、なおのこと大きいわね……」

 

 雪ミクを見上げるイノセンティア。

 立っているイノセンティアの身長は、雪ミクの膝くらいの高さだった。

 

「こうして並ぶと、まるでティアが雪ミクちゃんのドルフィーになったみたいだね」

 

 ソファーに跳び上がったイノセンティアは、そのまま肘掛けに腰掛ける。雪ミクを見上げると、ちょうど目と目があった。

 

「私、人間やFAガールしか見たことなかったから、なんだかとっても不思議な気分だわ」

 

 雪ミクの透き通ったドールアイを見つめながら、イノセンティアは率直な感想を述べる。

 

「ティアも雪ミクちゃんと仲良くしてあげてね」

 

「そうね、先輩だもんね。よろしく、大きな先輩……っていっても、この子は動いたりしないんでしょ?」

 

 イノセンティアが白いミトンの手袋をはめた雪ミクの手と握手をしながら訊いてきた。

 

「そうだねー。ティアみたいに動くドールは見たことないなー」

 

 優衣は椅子を引いて座り机に向かうと、改めてイノセンティアの入っていた箱を開き始める。

 

「えっと……付属品は、セッションベースと――“充電くん”?」

 

「あ、それは早速使うから出してちょうだい」

 

「なるほど、FAガールの充電はこれでするのね」

 

 優衣の手で取り出された充電くんは、起動すると手足を折り曲げてリクライニングチェアのような形体になった。

 ソファーから跳び下りたイノセンティアが、その充電くんからケーブルを引っ張り出す。

 

「これを、私のここ……腰の後ろの端子に差し込むの」

 

「ここだね、よいしょっと」

 

 優衣の手で充電プラグがイノセンティアに差し込まれる。

 

「んんっ」

 

「ん? なんか色っぽい声があがった?」

 

「……どうしても声が出ちゃうのよねぇ……」

 

 頬をうっすら赤くしたイノセンティアは、椅子モードの充電くんに座り背もたれに上半身をあずけた。

 

「それじゃ、私はちょっとこうしてるから」

 

「うん、私はFAガールのこと調べとく。ティアは休んでていいよ」

 

 優衣はブルーライトカットグラスを取り出して掛けると、カタカタとキーボードで打ち込んで、カチカチとマウスクリックをして、PC画面を進めていく。

 

「……あー、どこかスペース開けてティアの場所も作らなきゃね……あれ?」

 

 ティア、もう寝ちゃってる……。

 イノセンティアは静かな寝息を立てていた。

 

「ふふっ、可愛い」

 

 優衣はハンカチを取ってくると、それをブランケット代わりにティアへと掛けてあげた。

 

(これはお世話のし甲斐がありそうだなぁ)

 

 イノセンティアの寝顔をひとしきり見守って堪能した優衣は、FAガールのサイトチェックへ向かおうと視線をPCの方へ戻した。

 

(あ、ファクトリーアドバンスさんからメールが来てた)

 

 FA社からのメールは二件。

 まずは『FAガール“イノセンティア”発送について』。

 そしてもう一件は、『“セッションモニター”に関しまして』という題名だった。

 

 

 続く



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Parts 3 青い瞳の白ウサギ

 ぱちり。

 イノセンティアが目を覚ますと、そこにはラボとは違う景色が広がっていた。

 

(そうだった。私は今日、ここへ来たんだったわ)

 

 優衣という少女の、新しくイノセンティアのマスターとなった人物の部屋で最初の充電をしていたことを思い出した。

 

(あら、これは……ハンカチ? 優衣が掛けてくれたのかしら)

 

 FAガールには不要なものであったが、その厚意からは優衣の温かな人柄が感じられる。

 

(いいマスターみたいでよかったわ……ところで、そのマスターは?)

 

 夕陽の差し込む室内に優衣の姿はなかった。充電を開始するときにそばにあった雪ミクドールの姿もなく、ノートPCも今は閉じられている。

 

(おでかけかしら?)

 

 イノセンティアはハンカチを充電くんの横に畳んで置くと、改めて部屋を見渡した。

 本棚にサイドボード、ベッドにクローゼットと白を基調にした家具が並んでいる。おかげで、カーテンや漫画の背表紙がカラフルに目立っていた。

 部屋のドアノブはレバー型だった。やりようによっては、イノセンティアでも開けられそうだ。

 そのドアノブが、ガチャリと音を立てて回った。

 

「ん? あ、ティア起きたんだ」

 

 ドアを開けた優衣が、イノセンティアに近付いてくる。

 

「大変だよ、ファクトリーアドバンスさんからまた何か届いた!」

 

 

      ◇

 

 

 肩に乗せたイノセンティアと一緒に優衣はリビングへと降りていった。

 そこには、先ほど夕食の買い物から帰ってきたときにはすでに玄関先に届いていたファクトリーアドバンス社からの段ボール箱が二つ、置いてあった。

 

「早速開けてみましょうよ」

 

「うん。またティアみたいなFAガールかな?」

 

 優衣は段ボール箱の片方を開けて、中からイノセンティアの入っていた箱とよく似た色違いの箱をテーブルの上に置いた。

 

「やっぱりこれもFAガールみたいだね。えっと……『BASEL――」

 

 パッケージの表記を優衣が読み始めた時だった。

 

 

 

「ぱんぱかぱーーーん!」

 

 

 

 パッケージのふたを自ら持ち上げて、そのFAガールは箱から飛び出してきた。

 

「――」

 

「……」

 

 優衣もイノセンティアも反応ができずにいると、

 

「あ、あらぁ……もしかして、すべっちゃいましたかぁ?」

 

 そのFAガールはきまり悪そうな困り顔で訊いてきた。頭飾りから伸びた白いパーツが、ふにゃっと力無く垂れ下がる。

 

「アナタの姿は見たことあるわ。“バーゼラルド”ね?」

 

 イノセンティアの言葉に、そのFAガールはぱあっと花の咲いたような笑顔になって、優衣とその肩にいるイノセンティアを見上げてきた。

 

「はぁいっ! わたくし、バーゼラルドと申しますぅ! はじめましてぇ!」

 

 持ち上げていた箱のふたを放りだして、バーゼラルドは両手で優衣の指を掴んでくると上下に揺らしてきた。

 

「よろしくお願いいたしますぅ!」

 

「あ、はい。よろしく……」

 

 あっけにとられる優衣の指をひとしきり振りおえると、バーゼラルドは優衣の肩に乗るイノセンティアへと目を向けた。

 

「はじめまして、こんにちはぁ。イノセンティアさんですねぇ?」

 

「ええ、そうよ」

 

「あなたの最初の対戦相手としてこのたび送られて参りました。よろしくお願いしますねぇ」

 

「なるほど、そういうことね」

 

「ん? ティア、どういうこと?」

 

 優衣は肩の上で腕組みして頷いているイノセンティアに訊ねた。

 

「私たちFAガールのバトルデータを取るには、まずは対戦相手が必要だもの。そのためにこの子は送られてきたのよ」

 

「ああ、説明書に書いてあった“セッション”ってやつね。モニターに参加すると謝礼がもらえるっていうからOKをポチッたけど、もう送られてきたのかあ」

 

 恐るべきはファクトリーアドバンス社驚異の輸送システムである。

 

「それで、バトルってどうやるの?」

 

「私の付属品に“セッションベース”ってあったでしょ。あれを使って展開したバトルフィールドの中で戦うのよ」

 

「これでぇーす」

 

 バーゼラルドが充電くんと協力してパッケージから六角形のパネルを引っ張り出していた。

 

「まずは御挨拶代わりに一戦、いかがでしょうかぁ?」

 

 バーゼラルドはパッケージから付属品を一つ一つ取り出しては、充電くんに引っ掛けていく。それらは機械の腕と発射口らしきものの付いた装甲のようにみえた。

 

「それってバーゼラルドの装備品?」

 

「はい、そうですよぉ」

 

「ねえティア、ティアにあんな装備品ってあったっけ?」

 

「……無い、わねえ」

 

「え、じゃあ、ティアは素手で戦うの?」

 

「……そうなるのかしら?」

 

 優衣の問いかけに首を傾げて答えるイノセンティア。

 

「あぁ、それならわたくし、適当に見繕って持ってきたものがありますからぁ。そちらの箱を開けてくださいませぇ」

 

 バーゼラルドがまだ開封していない方の段ボール箱を指差した。

 優衣がそちらの箱を開けてみると、FAガールの入っていたものよりも小さな箱が二つ入っていた。

 

「えっと……『モデリングサポートグッズシリーズ』? “シールド”と“マシンガン・ミサイルランチャー”……」

 

 それらの箱を開けてみると、中には数々の部品がランナーについたままの状態で入っていた。

 

「さしあたって、それらで武装していただければよろしいかとぉ」

 

 バーゼラルドが微笑みながら優衣を見上げていた。

 

「これって、プラモデルみたいに組み立てないといけないんだよね?」

 

「そうね」「そうですよぉ」

 

 二人のFAガールから同時に回答された優衣だった。

 

「……お姉ちゃんの部屋に確かこういうのに使う道具あったはず。ちょっと待ってて、取ってくる」

 

 少し考えたあと優衣が立ち上がったので、イノセンティアはその肩から跳び下り、テーブルの上に降り立った。

 優衣はリビングを出て、二階へと駆け上がっていく。

 

「ねえバーゼラルド。わたし以外のイノセンティアもやっぱり色んなところに送られたのかしら?」

 

「さぁ、そうだと思いますよぉ。わたくしの他にも迅雷さんやスティレットさんが“他の”イノセンティアさんのところに送られるところでしたからぁ」

 

「そうなのね、ふーん」

 

「やっぱり、さびしいですかぁ? 同型がそばにいないのはぁ?」

 

 装備一式を充電くんに掛け終えたバーゼラルドが、イノセンティアの方に振り返る。

 

「そんなことはないけれど、でも……そうね、ラボのスタッフやFAガールが誰もいないのは新鮮だわ」

 

「もうわたくしが来てしまいましたけどねぇ」

 

「アナタだってラボの外は初めてでしょ?」

 

「えぇ、ですからわたくしも箱から出てくるときはドキドキワクワクでしたよぉ」

 

 胸の上で手を合わせているバーゼラルドが、にこにこしながら言葉を続ける。

 

「ですから、これから行うセッションもとっても楽しみでドキドキしてますぅ」

 

「それはいいけど……さっきの、箱から出てきたときの“あれ”はどうかなって思ったわ」

 

「…………ふにゅーん……」

 

 バーゼラルドは力無く肩を落とすのだった。

 

 

 続く




今回登場したバーゼラルドは、TVアニメに出てきたバーゼとは別個体な設定です。
キット準拠で身長も他のFAガールと同じサイズです。


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Parts 4 初めてのセッション!

 しばらく二階へ行っていた優衣が階段を降りてリビングへ戻ってきた。

 

「お姉ちゃんの持ってたコレで大丈夫だよね?」

 

 優衣の手には小型のニッパーと細身のカッターナイフが握られていた。

 

「えーっとぉ……はい、大丈夫ですよぉ。神より与えられし至高にして究極のコトブキニッパーッ! ……ではないのが残念ですが、そのニッパーでも問題無いですぅ」

 

「よかった……メーカー指定とかあるのかと思った」

 

「そちらのメーカーさんもホビー関係では有名どころですしぃ」

 

 持ってきたニッパーとカッターナイフには、それぞれの持ち手に二つ並んだ星マークを四角で囲っているロゴが入っていた。

 優衣はキッチンの奥から一冊の週刊誌を持ってきて、テーブルの上に置く。カッター台にするつもりらしい。

 

「はー、カッターとか久しぶりだから緊張するなー。まずはこっちの“シールド”からいってみようか」

 

 優衣は片方の小箱を開けて、中から部品の付いたままのランナーを取り出す。右手に握ったニッパーを、カチカチと鳴らしてみた。

 

「ゲートの切り残しとかに注意してくださいねぇ」

 

「優衣ってこういうのやったことあるの?」

 

 ぱち。ぱち。ぱち。

 

「うーん、簡単なやつくらいはねー。ドールの小物関係でちょっとだけー。えーっと、この部品はこの向きで……こうか」

 

 かちかち……かちっ。

 

「で、次はこれっと」

 

 ぱち。ぱち。ぱち。かりかり。かちっ。

 

「……意外に手馴れてるじゃない」

 

「まあ、小さいものいじくるのは好きかもだねー」

 

 優衣は二人の小さな観客に見守られながら、次々と組み立て説明書の指示を進めていく。

 みるみるうちに、シールドはそれらしい形へと変わっていった。

 

「はい、これでこっちは完成。ティア、持ってみて?」

 

「ええ……へえ、意外と大きさがあるわね。持ち手は……うん、この高さで良さそう」

 

 イノセンティアは渡されたシールドを右手で持ってみたり、左半身で構えてみたりしながら感想を述べた。

 

「よし、次はこっちの武器セットだ」

 

 優衣はもう一つの箱から取り出したランナーに取り掛かり始める。

 ぱち。ぱち。ぱち。ぱち。

 かり。かりかり。

 かちっ。

 

「……わたくしはセッションベースの準備のほうをしてしまいますねぇ」

 

 しばらく優衣の作業を眺めていたバーゼラルドだったが、手持ち無沙汰になったのか、優衣が二階から一緒に持ってきたイノセンティアのセッションベースと充電くんを自分のものと同じように配置する。

 

「イノセンティアさん。あなたのとわたくしのセッションベースを連結するので、少し手伝ってくださいませぇ」

 

「あ、オーケー」

 

 二体のFAガールが抱えたそれぞれのセッションベースがつつがなく接続される。テーブルに置くと、充電くんがセッションベースを挟んで向かい合った位置に移動した。

 

「準備完了ですわぁ」

 

「こっちも完成だよー」

 

 優衣の手に乗っているのは二丁の銃らしきもの。それをイノセンティアの方へと向けて見せる。

 

「どう、上手く出来てるかな?」

 

 イノセンティアは優衣の手から一丁を受け取り、ためつすがめつしてみながら両手で扱ってみた。

 

「そうね……うん、いいんじゃない? 綺麗に出来てると思うわ」

 

「よかったー。あ、このシールドの裏にね、ここにこうして武器を掛けておけるみたい」

 

 手に残ったもう一丁を、優衣は指でシールドのラックに引っ掛ける。

 

「なるほどね。それじゃ、この銃を持って……反対の手はシールドを構えればよさそうね」

 

「そちらの準備も整ったようですわねぇ」

 

 とりあえずではあるが、初の武装に気を良くしているらしいイノセンティアに、バーゼラルドも安心したようだ。

 

「えーっと、あとはセッション用にアプリを立ち上げなきゃだった。二人ともちょっと待っててね。なうろーでぃんぐなうろーでぃんぐ……」

 

 優衣はスマホを操作し、説明書に指示されていたアプリのダウンロードに取り掛かる。

 イノセンティアとバーゼラルドはそれぞれ自分のセッションベースへ向かった。

 

「それじゃバーゼラルド、お手合わせよろしくね」

 

 銃とシールドをハンガーラックに掛け終えたイノセンティアが、セッションベースの中央でバーゼラルドへと振り向く。

 

「ええ、お手柔らかにお願いいたしますわぁ」

 

 バーゼラルドもやわらかく微笑みながら対峙した。

 

「よーし。ダウンロード終了、アプリ起動! 準備いいよー!」

 

 優衣の元気な声がスタートの合図となった。

 起動したセッションベースから上がってくる淡い光に照らされる、二体のFAガール。

 

「イノセンティア!」

 

「バーゼラルド!」

 

「「フレームアームズ・ガール セッション!」」

 

「レディ、ゴーッ!」

 

「行きますよぉ」

 

 

      ◇

 

 

「廃墟の街、って感じね」

 

 FAガールが戦闘を行うための仮想空間――バトルステージへと転送されたイノセンティアは、周囲に広がる風景を見て一言呟いた。

 左右を崩れたビルの残骸で挟まれた道路の中央にイノセンティアは立っていた。アスファルトの道路は至るところでひび割れていて、ひしゃげた車が何台も転がっている。

 イノセンティアはすぐ近くの廃ビルに近付き、出入り口の脇に身を潜める。

 

 ――まずは、バーゼラルドを見つけないと……どこかしら?

 

 周辺には何も気配は感じられず、とりあえず先制を取られることは無さそうだと判断する。

 バーゼラルドは通常の武装で飛行が可能だ。見つかればイノセンティアの方が一方的に不利になる。最初の一撃で大きなダメージを与えて、出来ればそれで決めてしまいたいくらいだ。

 それには、いま右手で構えているマシンガンよりもシールドの裏側に掛けてあるミサイルランチャーの方が頼りになりそうだった。しかし。

 

 ――弾数が心許無いのよね……。

 

 上下に並んだ二つの射出口。片手で撃てる大きさと引き換えに、装弾数が二発という点がこのミサイルランチャーの欠点だ。

 一度に撃って確実に当てるためにも、どうにかバーゼラルドの不意を突きたいのだが……。

 

 ――どこか狭いところに誘い込んでみるかな?

 

 そう思い至ったイノセンティアは、外を警戒しつつビルの内部へと進む。

 ぱっと見渡してとっさに一番大きいビルへと駆け込んでいたのだが、意外なほどに大きなビルだったことにイノセンティアは驚いた。

 このビルの内部は吹き抜けの空間となっていて、抜け落ちたらしい天井の構造材が瓦礫となって中央にうず高く積み上がっている。その虚ろな空間を支えるかのような階層同士を繋ぐエスカレーターが、DNA二重螺旋の様な原形を辛うじて保っていた。

 遥か頭上を見上げれば、四方を切り取られた薄暗い空を雲が流れていくのが見える。

 もしここに誘い込めたら――と、イノセンティアは考えを巡らせ始める。周囲を見渡し吹き抜けを再度見上げて、自分のこれからの行動が実際に可能かどうか検証に入る。

 今はもう動くことの無いエスカレーターをイノセンティアが足早に上り始めた、その時だった。

 

「あー、あー。ティア、聞こえるー? 何やってんのー?」

 

 機械を通した優衣の声がイノセンティアの耳に届いた。

 

「見ての通りよ、ビルの中を駆け上がってるところ。ここの吹き抜けを利用してバーゼラルドと戦おうと思ってね」

 

 イノセンティアはその速度を落とすことなく、階段を上がっていく。

 

「なるほどー……あ、この会話ってバーゼラルドに聞こえてないよね?」

 

「それは大丈夫、私にしか聞こえてないはずよ」

 

 七階まで来たところでイノセンティアは歩調を緩め、吹き抜けを見下ろした。

 

「このくらいあればいい……かなぁー?」

 

 自信なさ気に考え込むイノセンティアは、崩れかけた欄干に持っていたシールドを立てかけると左手でミサイルランチャーのグリップを掴み、改めて両手に二丁の武器を構え直す。

 

「このくらいって……ティア、こんな高いところまで来て急降下キックでもするつもり?」

 

「……なるほど。キックってのは思いつかなかったわ……」

 

「ん、んー? 私、よけいなこと言っちゃったかなー?」

 

「まあ、それはそれとして……よし! もうこれ以上考えてても始まらない!」

 

 顔をあげたイノセンティアの瞳がキラリと輝いたように優衣には見えた。

 

「不利は承知! 当たって砕けてやるから覚悟しなさい、バーゼラルド!」

 

 その力強い言葉に思わず固唾を飲んでしまう優衣だった。

 

 

 続く



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