【休載中】TS吸血鬼な勇者は、全てを失っても世界を救いたい。 (青木葵)
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第1章
第1話 鬼との邂逅


処女作です。
この度は拙作をご拝読いただき誠にありがとうございます。
拙作を少しでも多くの人に楽しんでいただければ幸いです。


 オレは闇夜の静けさの中を歩む。

 鬱蒼(うっそう)とした森の中に響くのは、オレが小枝を踏みしめる音だけだった。

 

 行く先に答えがあるかも分からない旅を続ける。

 オレはただの逃亡者だ。与えられた責任を、約束された名誉も、かつての仲間をも、全てを捨ててきた臆病者だ。

 『勇ましき者』としての勲章を投げ打った最低の男だ。

 

「はは……、何が戦争だ。くそったれ」

 

 剣を打ち、槍で穿(うが)ち、矢で貫き、肉の山を築く作業。

 オレはその片棒をここ1年ずっと担ぎ続けた。いや、主犯と言ってもいいだろう。何せ、この世界に来てからオレは文字通り一騎当千の力を持っているのだから。

 

 オレは元々こことは違う世界に住んでいた。

 日本という国に暮らし、戦火の火の粉など降りかからない人生を過ごしていたはずだった。

 事態が急転したのは1年前。

 この世界に召喚され、魔族を滅ぼす(めい)をうけた。

 

 魔族とは、この世界に暮らす人以外の知的生命体を指す言葉だ。

 

 ほとんどが人と同じく二足歩行をし、人と同じく社会的な営みを持つ生物の群体だ。

 地球の創作物に当てはめれば亜人といった部類の存在になるのだろうか。

 ファンタジー小説に登場するような悪魔や獣人のような外見をしている。

 

 当然、彼らを討伐するという突飛な命令を、当時の俺は受け入れられなかった。

 日本に生まれた若者なら当然の要求を、召喚主であるニューヴェリアス聖国王に叩きつけた。

 

 元の世界に戻してほしい。戦いなんてしたくない。

 

 だが国王からはその希求は取り下げられ、俺は戦いを余儀なくされる。

 聖国秘蔵の次元魔法以外に帰還方法はないと告げられた。

 仮に帰還を諦めてこの世界で暮らす事にしても、一切の資産を持たない俺はニューヴェリアス国からの要求を受け入れるしかない。

 拉致、脅迫というのがここまで理不尽な行為だというのを、身をもって知らされた。

 元の世界に返るという、元はと言えば何の利もない報奨を餌にされて俺は魔族討伐に参加する事になった。

 

 それからの生活は肉体的には苦しかったけれど、意外にも精神的には厳しいものではなかった。

 国賓と同等の待遇で受け入れられたので金銭面で困る事はなかった。

 勇者として戦場の第一線で戦い続けたけれど、心強い仲間たちがいてくれたおかげで乗り越えられた。

 仲間は誰も彼も、俺にはもったいない程いい人たちばかりだった。

 

「ああ、裏切っちゃったんだよなぁ……。アイツらを」

 

 ディートリヒは兄貴分としても親友としても良い奴だった。

 この世界に来たばかりで右も左も分からなかったオレに常識や戦い方を教えてくれた。

 それでいて上から目線になる事も、勇者として賞賛されるオレに羨望を向ける事もなく、ただ対等な関係で接してくれた。

 

 今頃、勇者の責務を放棄したオレを怒っているだろうか。

 

 シェリアは敬虔な聖教徒だ。

 ちょっと説教がましい所もあったけれど、いつも皆の様子を気を遣ってくれていた。

 誰が相手であろうと悪行を許さず毅然と立ち向かう彼女に、オレはいつも憧れていた。

 

 きっと戦いから逃げたオレに失望してしまっただろうか。

 

 

 

 それと、彼女は今どうしているだろうか。

 

――――ユーキ! ほら、行くよ!――――

 

 彼女は、今も生きていてくれているだろうか。

 

「考える事が都合良すぎるな、我ながら」

 

 彼女の笑顔を思い出し、思わず苦笑と共に頭をかく。

 すると、ハラリと動いた自分の髪が目に映った。

 

 それはオレ本来の黒髪とは違い、彼女と同じ銀髪であった。

 

「ここまで吸血鬼化が進行したのか……」

 

 体全体を確認すると、若干等身も縮んでいる事が分かった。

 先ほどから微妙に歩き辛かったのは靴のサイズが微妙に合わなくなったからか。

 そうなると、どこかしらで衣類を調達するのが目下の急務になる。

 

「何も無くても、生きている限り目標ってのはすぐ見つかるものなんだな」

 

 何もかもを投げ出してきたつもりだった。

 魔族を殲滅するという義務も、仲間と過ごす楽しい日々も、元の世界に戻る望みも。

 だけど命はまだ捨てられていない。そんな未練がましい自分を唾棄したくなる。

 いっその事、誰かがオレの事を殺してくれれば楽になれるのに――――

 

「その剣、どうやら聖剣ストレシヴァーレのようだが、お主が勇者か?」

 

 そんな望みに答えるように、戦意を剥きだしにした声が後ろから聞こえた。

 

 振り返った先にいたのは、身の丈3メートルほどにもなる巨漢だった。

 人ではあり得ない巨躯、熱を発していると錯覚するほど赤い皮膚、牛頭天王を思わせる2本の長大な角、憤怒の表情を貼り付けたような険しい顔立ち。

 それらの要素が、目の前の存在が人ではなく魔族であると如実に物語っていた。

 

「半分当たってるようなもんだけど、そういうアンタは何者なんだ?」

「儂はギーグ。儂らは自分達をオーガと呼ぶが……、お主に合わせた呼び方をするなら食人鬼かの?」

 

 食人鬼。文字通り人を糧として生きる鬼。生態からして既に人と袂を分かっている存在だ。

 その剛腕で腕を千切り、生のまま肉に(かぶ)り付く。

 そんな習慣を持つ者と隣人になりたい人はいないだろう。

 

 だからこそ、人と魔族は隣人には成り得ない。

 人は魔族を嫌悪する――宗教上では魔族は神の庇護を受けられない存在と見なすほどに。

 魔族は人を踏みにじる――そこには深い悪意はなく、ただ欲を満たすための行為として。

 

「ふむ、噂に聞いていたよりも小柄で童顔じゃのう。お前さん、もしや女か?」

「男らしくないとはよく言われるけど、女っぽいって言われたのは初めてだよ」

「ほう、なら遠慮はいらんか」

 

 その言葉と共に、鋭利な一閃がオレの体を掠める。

 咄嗟に引き抜いたストレシヴァーレでいなしたお陰で無傷だが、命中していれば腕を一本折られていただろう。

 

「やわな体付きの割にやりおるのう。勇者というのは伊達ではないという事か」

「いきなりご挨拶だな。交戦の意思が薄い相手に殴りかかるなんて、魔族の中でも相当野蛮だぞ」

「オーガは強者の血肉を食らう事を誉れとする。

 目の前に人類最強と謳われる勇者がいるのに、全力で殺さないほうが無礼というものよ」

 

 全力を持って殺す。

 その宣言と違わぬほど、先ほどの一撃は確かに強力なものだった。

 拳を聖剣で受けた時、今までに無い程の震えが腕に走った。

 仮に受け流さなかった場合、拳はダマスカス鋼でできたオレの鎧など軽く貫いていただろう。

 

 死が身を裂いていたかもしれない悪寒。

 普段取りであれば、悪寒によって冷静になった思考から最適解を導けていただろう。

 例えば、一旦逃走して仲間と共に策を練り、ギーグに対して有利な状況で戦うなど。

 

 だが今のオレに思い浮かんだ行動は、同じく全力でギーグと戦う事だった。

 明日には人としての肉体が残っているかも分からない。

 仲間を裏切り、勇者としての地位も捨てたオレには人としての尊厳も残っているか怪しい。

 オレには、もう帰る場所なんてどこにもない。

 そんな状況なのに死と生のどちらも明確に選べずにいる。

 

 死ぬ度胸もない癖に、生きる望みを持たないオレにとってこの戦いは最大の吉兆なのかもしれない。

 

「いいぜ、アンタがそのつもりならオレも全力で相手をしてやる」

「ほっほっほ! 中々の闘志、これほど心を揺さぶる相手は久々じゃ。いくぞ勇者よ!」

 

 具現化した死を目の前に興奮を抑えられない。

 コイツは今までに出会ったどの魔族よりも強い。

 

 だからこそ、それを倒した時には生きる事の意味がはっきりと分かるではないか。

 倒せなくとも、半ば望んでいる通り死ぬ事ができるので問題はない。

 そんな強敵に何の名乗りもなく戦うのは無礼だ。

 とち狂ったオレの思考から、ごく自然に言葉が放たれた。

 

「勇者なんて称号はとっくに捨てたよ。オレはただのユーキだ、覚えておけ」

 




to be continued...


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第2話 『鬼』の覚醒

中二病成分マシマシの戦闘回です!
手前味噌ですが大分いい出来になったので楽しんでもらえれば幸いです。


 剣と拳。刃と打撃。鉱物と肉。

 本来ならぶつかり合う事のない物が幾度も衝突し合う。

 斬るという、肉体に確実な損傷を与える攻撃をしているはずなのに、こちらの攻撃はいなされる。

 

「カカカ! どうした、口ほどにもないのう!」

「へっ、ほざいてろ」

 

 斬るという動作も刃を肉にぶつけて初めて成立する攻撃だ。

 刃さえ当たらなければ斬る事はできない。

 

 だからといって、剣の腹を殴って刃をいなす猛者(バカ)がいるとは思わなかった。

 少しでも逸らす角度を間違えば、それだけで手首をもっていかれない行為だ。

 

 だがその攻撃は有効に働いている。

 片手で剣をいなし、残った腕で(ぬき)()などの攻撃を繰り出す。

 此方(こちら)は一手に対し、彼方(あちら)は二手。

 攻手1つに対して、応手と攻手を同時に放てるギーグの方が優勢なのは明白だった。

 

 此方(こちら)は攻手に対して回避で対応するのでどうしても隙が生じる。

 攻手1回避1に対して、応手1攻手1。

 その戦況が、回避1応手1に対して、攻手2に転ずるのに時間はかからなかった。

 

「ならッ、こっちの手数を増やすだけだ」

 

 何も無いはずの自身の背面。

 そこに魔力を練り、炎の槍を6本、円陣状に装填する。

 ――――炎魔法《烈火乃槍・陣(フレアランス・ドライブ)》。

 愛用している攻撃魔法の構えを取る。

 

 これで此方(こちら)の手数は回避1応手1攻手6。

 対抗呪文がなければ、此方(こちら)の圧倒的優勢になる。

 

「カカカッ! 魔術戦か、儂好みじゃ」

 

 対するギーグもまた、雷剣を創造する。

 その手数、4本。

 応手としては1足りないが、回避を(もっ)て補えば凌ぐのには無理のない数だ。

 

 焔刃(えんじん)雷刃(らいじん)が衝突――刹那に爆発する。

 

「――ッシ!」

 

 攻手の数でリードを奪う事ができた。

 続けて剣撃(けんげき)と炎槍の連続で攻勢を維持する。

 例え凌がれようと、残り火による火傷でギーグにダメージを蓄積させる。

 

 だが敵もさる者。

 此方(こちら)の攻撃を、全て徒手と雷光で打ち消す。

 それどころか雷魔法の手数を変え、不意の一撃を此方(こちら)に負わせる。

 

 幾度の衝突を終え、お互いの体にできた傷跡は、多数のかすり傷だった。

 此方(こちら)は手数に押された結果できた傷。

 彼方(あちら)は攻撃力に押された結果負った傷。

 出力と戦力。互いに突出した強みが、オレたちを痛み分けにしている。

 

「カカカカッ。やはりこの緊張感――戦場(いくさば)は堪らないの」

「そうかよ、だがここでフィナーレだ」

 

 攻守を繰り返した結果の、痛み分けで終わらせるつもりはない。

 ここはギーグの言う通り戦場(せんじょう)なのだ。

 敵を(たお)す。

 その目的を果たすまで、お互いに終われない。

 

 オレは(つい)の剣戟を描くため、今ここに切り札を抜剣(ばっけん)する。

 剣を握る聖剣、その刃が白色の一閃を宿す。

 

「――『星憶の晶剣(ストレシヴァーレ)』、起動(ブートオン)

 

 その刹那、脳裏に記憶の濁流が溢れかえる。

 彼が産声(うぶごえ)をあげ、戦場に(たお)れ伏すまでの走馬燈――それを秒にも満たない時間で体験する。

 

 ()の理性が。意思が。信念が。オレの中に溶けていく。

 ()がオレの中に。オレが()の中に。(オレ)が俺の中に。

 ――そしてオレは、『剣聖』になった。

 

「さあ、ここからは俺《オレ》の手番(ターン)だ」

 

 そして、(オレ)は鬼に向かい剣を振るう。

 その一閃に、鬼は応手を打てず回避するしかなかった。

 此方が幾ばくか剣戟を浴びせても、ギーグは今までのような拳でいなす事はしない。

 

「カカッ、なんと面妖な――ッ!」

 

 仮にギーグが拳で剣を受ければ、手首を1つ奪う。

 そうなるよう、(オレ)の攻撃が正確無比に放たれているのだ。

 今まで以上に精緻(せいみつ)に、緻密(ちみつ)に。

 

 記憶の星晶から造られたというストレシヴァーレ。

 その水晶には、この星が誕生してからの記憶が全て詰まっているという。

 その記憶から英霊の御霊(みたま)を己の中に憑依させ、戦闘経験を模倣(コピー)する。

 それが『星憶の晶剣(ストレシヴァーレ)』が持つ能力であった。

 

「なるほど、これが剣聖(きさま)の力という訳か!」

 

 今オレに憑依している英霊は、剣聖『エリアス・ブッシュロード』。

 神代にいたという騎士の魂だ。

 

 オレは1年前、聖剣を手にした時から彼の魂と共に戦ってきた。

 戦闘経験皆無だったオレが一流の剣を振るえるのは、ひとえにこの憑依経験のお陰だ。

 今では憑依がなくとも十二分な剣を振るえるが、全盛の剣を抜くには未だに憑依が必要だ。

 全く、1年たっても剣聖に追いつけないとは、オレは情けない勇者だ。

 

「貰うぞ、腕一本――ッ!」

 

 一閃。

 確実に右腕を捉えた一撃。

 だがそれも、右肩を(えぐ)るだけに終わった。

 

 縮地の術。

 ギーグは右足一歩分下がるはずの距離を、調息(ちょうそく)によって二歩下がる距離にして見せたのだ。

 

「とんだ食わせ物じゃねぇか、アンタ」

「貴様こそ、もはや人とは思えぬ腕じゃ。このままじゃ儂の負けじゃのう、カカ」

「冗談言うなよ」

 

 本当に、『敗北を確信した』などという言葉は冗談でしかない。

 首筋を生温い液体が伝う。それは汗ではなく、血。

 皮一枚分の、薄い傷。

 結果だけみれば微々たるものだが、頸動脈という弱点を的確に狙う技量には背筋が凍る。

 

 ギーグが縮地の術を使ったのは右足だけではない。

 回避の際、左足の一歩で二歩分の距離を前に踏み込んで見せた。

 だからこそオレの首に一撃を加える事ができた。

 

 確かにギーグの言う通り、戦闘が続けばオレが勝つのはほぼ確実だろう。

 基礎の攻撃力が違うのだから。

 だがギーグはあれだけ苦戦しながら、飄々(ひょうひょう)と必殺の一撃を放ってくる。

 油断ならない相手だ。

 

「コイツ相手には確実な一撃が必要だ……」

 

 ほぼ確実に勝てる。それは確率にして九分九厘ほど。

 だが残りの()()。その敗北の可能性を埋めるには、剣聖の力といえど足りえない。

 常人相手であれば無視していいほどのの隙。

 しかし、ギーグという英霊にも匹敵しうる敵であれば別だ。

 

 その力を、どこからか捻出する?

 

 そんな物を、簡単に入手できるものか。

 

 人の領域外にある力。

 眼前の鬼を確実に(たお)すために、最低限必要な力。

 

 ああ、そういえば。

 今からオレは、人じゃなくなるんだったな。

 

「なら、別にいいか」

 

 遅かれ早かれ人でなくなるというなら。

 今この場で、この体を捨ててしまっても構わないかもしれない。

 

 思考がそちらに傾いた瞬間、体内の(けつ)()が、オレの身を喰らった。

 全身が、侵喰する血液に()まれる感触。

 骨髄に、脳髄に、細胞液に、血が満ちていく。

 

「……リリシア、これでいいのか?」

 

 オレが吸血鬼に堕ちる事になった少女。

 彼女が何を想って、オレをこの体に作り替えたのかは分からない。

 

 漠然と、答えが見つかるまでは吸血鬼になってはいけないと思っていた。

 だけどたった今、リリシアの声が聞こえた気がしたんだ。

 『ユーキなら、すぐに分かるよ』と。

 

「矮小な体躯になったのう、坊主よ。いや、もはや坊主という呼び名が正しいかも分からんな。カカカ」

「随分と余裕そうじゃねえか、その首かっ切ってやるから待ってろよ」

「カカ、余裕などありはせん」

 

 ギーグの(げん)の通り、今のオレは大分小さくなった。

 オレとアイツでは、明らかにこちらと倍の差はあるだろう。

 

 だが、オレの全身から(ほとばし)るこの魔力。

 核に匹敵する火炎を発してなお尽きないだろう。

 体格が小さくなった影響で弱くなったと思える筋力も、その細腕に反して増している。

 

 ああ、これなら。

 

「勝ったな」

 

 確信と共に、ストレシヴァーレを振るう。

 切っ先から膨大な魔力の奔流(ほんりゅう)が炸裂する。

 巨大な光の刃となった魔力の塊が、周囲の木々ごとギーグを薙ぎ払う。

 

 それを受けて尚、ギーグは無事だった。

 全身に裂傷を帯びた状態を、無事と呼べるなら。

 

 それでも彼の戦意が消える事はなかった。

 その証拠に、彼はオレとの距離を詰めるべく疾走する。

 でたらめな魔力塊(まりょくかい)をぶつける事のできるオレと相対するなら、当然の行動だった。

 もはやオレにとっては、射程外(アウトレンジ)も、長距離(ロングレンジ)も、中距離(ミッドレンジ)も、近距離(クロスレンジ)同然なのだから。

 

「これで終わりだ」

 

 聖剣を幾度も振り、魔力塊(まりょくかい)を振り撒く。

 それらの魔力に、最も単純な炎魔法《発火(ファイア)》を火種として注ぐ。

 ギーグの周囲は火炎に包まれた。

 高く、高く立ち昇る炎を前に、ギーグは一切の身動きを取れない。

 

 (しま)いの魔法として、切り札の魔法を打つ。

 脳内ネットワークで、魔術式が構築と分解を繰り返す。

 

 ――大気中の魔力濃度を測定、調製(アジャスト)完了。

 ――目標(ターゲット)の存在座標を確認、完了。

 ――設定威力を『対城火力』から『致命傷:個人』に変更、設定完了。

 

「《爆紅蓮花(フローラルイグニッション)》」

 

 ――戦場に、一輪の花が咲いた。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 爆発によってできた、深い深いクレーター。空虚となった空間の中心。

 そこに、オレとギーグはいた。

 勝者の吸血鬼は二本の足で大地に立ち、敗者の食人鬼は地に倒れ伏す。

 

「何故トドメを刺さない」

 

 彼から投げかけられた言葉は、純粋な疑問。

 それには敗北の屈辱も、生への諦観もない。

 だからオレの口からは、正直な本音が漏れた。

 

「分かんないや」

 

 魔族(同族)をこの手で殺せば、答えが見えると思っていた。

 自分の死を、他者の死を(もっ)て乗り越えれば、解が得られると信じていた。

 

 期待に反して、得られたのは虚構。

 (つるぎ)に力を託しても、血に(からだ)を飲まれても、何も、何も、何も……。

 

「なあ、魔族を滅ぼすって正義なのか? 人を殺すのは、正しいのか?」

「お主……」

「何もかもが分からなくなったんだ。勇者なのに。ただひたすらに、魔族を殺すための存在なのに」

 

 元の世界に戻るために。この世界の人間たちのために。ただただ殺し続けた。

 だけど、あの時。

 リリシアに聖剣を突き立てた時。

 魔族と人が、どうしようもなく、同じ存在としか思えなくなった。

 

「カカカ、お主が正しいかどうかは儂には分からんさ」

「そうか」

「それに儂は敗者だからな、儂の言葉には何の意味も存在せんさ」

 

 ギーグのその言葉から、彼がオレの欲しい解を与えてくれないと分かった。

 全力の《御身復元(リザレクション)》をギーグにかけ、その場を立ち去る。

 

「殺さんのか?」

「意味や理由もないのに殺しはしないよ」

「そうかそうか、では儂は引き続き生を楽しむとするかのう。カーカッカカカカ!」

 

 一体、正義とはどこにあるのだろう。

 人間の場合は、人類の存在が不変の正義。

 魔族の場合は、勝者の信念が絶対の正義。

 

 ならば、勝者が何の信念も持たない、人とも魔族とも分からない曖昧な存在なら、正義とは何の価値もないのではないだろうか。

 一体、正義とはどこにあるのだろう。

 

 (敗者)の高らかな笑いと、(勝者)の無声の慟哭だけが、闇夜に響いている。

 




to be continued...


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第3話 ユーキ1/2

シリアス終了です。
ここからは割とほのぼのした回が続くのでゆっくり楽しんでいってね!


「朝か……。いや、日も高いし昼か」

 

 (まぶた)の裏側も照らすほどの明るい陽射しによって、オレは目を覚ました。

 ギーグを倒した後、オレは川辺にキャンプした。

 テントも何もない、木の根を枕にしただけの雑なキャンプだが。

 

 陽射しを手で遮ってみると、服が大分ブカブカになっているのが分かった。

 吸血鬼化の影響でここまで体が縮んでしまったのか。

 結構気怠さが残っているのは体型の変化に体力が追いついていないからだろうか。

 

 朝食として携帯食料(レーション)を口に放り込む。

 それは前世での固形栄養食を思わせる直方体の形をしている。

 

 あれと違って味も匂いがほぼしない上に、水無しでは飲み込めないほどパサついている。

 控え目に言って不味(まず)い。

 その上、ブカブカな袖が引っかかって食べづらい。

 水筒の水を飲みながら携帯食料3個を腹に収め、面倒な食事を義務的に終えた。

 

 食事後、オレは現状整理をする事にした。

 まずは服を脱ぎます。

 ……別にいやらしい意図は一切ない。吸血鬼化の進行がどの程度進んでいるかを確認するためだ。

 視線を下に向けると、オレの体は予想外の変化を迎えていた。

 

「え!? 女になってる!?」

 

 そういえば、ギーグはオレの事を女顔だの、坊主とは呼べないなど言っていた。

 ……あの時点で女性化の兆候も見られたのか。

 苦節16年を共にした、我が息子(マイサン)は別れを告げる事なくオレの元からいなくなった。

 尋常じゃないほどのショックを受けたが、突然変異だから仕方ないと飲み込んだ。

 

「銀髪だったから薄々分かっていたけど、やっぱりリリシアっぽいな」

 

 今の自分の姿を確認するため、川面を覗き込んだ。

 銀髪に翠の瞳。彼女と共通の特徴を確認した後、吸血鬼の象徴とも言える部位を確認する。

 「イー」と発音しながら口を開くと、可愛らしく立つ八重歯が見えた。

 こんな所まで彼女にソックリになっていて思わず苦笑が出た。

 

 顔だち自体ははオレの遺伝子が残っているようだ。

 全体的に可愛い女性らしい物になっているけれど。

 

 体型の方は……ただでさえ薄いリリシアの胸をまな板になるまで擦り下ろしたような絶壁だ。

 というか体のパーツが全て小さい。

 ちんまいという言葉が似あうほど、全体的に小っちゃい。

 

 四肢やお腹は筋肉のキの字も見られないほど肉が落ちており、代わりに程よく脂肪がついている。

 全体的にほっそりしているのに、触ればぷにぷにとした弾力が返ってきた。

 ……控え目に言って少女、有識者(ロリコン)からすると幼女とも呼べる外見になってしまっている。

 

「いや、リリシアに似ているのはともかく、何だってこんな小っちゃくなっているんだ!?」

 

 リリシアはちょっと小柄で150cm前後の背丈ではあったけど、それでも14~15歳だと分かる体型だった。

 どこの辺りがと言われると、ウエストやヒップの艶めかしい曲線がだ。

 胸は……お察しだ。

 

「さらば、オレの身長よ……」

 

 元々チビだったオレは、ここ1年で急成長して176cmまで急激に伸びた。伸びたのだ……。

 目算でしかないが、今のオレはきっと140cmほどの背丈もない。

 ただでさえ地球にいた頃は低身長で揶揄(から)われ、異世界でそれを克服した途端にこれだ。

 知人全員より頭一つ分低い身長は流石に屈辱的だ。

 

 別の意味で、もう皆の(もと)に戻れなくなった。

 アイツらの事だから、きっとこんな姿を見たら全力でおちょくるだろう。

 特にリリシアとシェリアからは禿げ上がるほどに頭を撫でられる。

 色んな意味で絶望し、四肢を地についた途端。

 

 木陰の方から、小枝を踏む音が聞こえた。

 

「誰だ!」

 

 音源の方向に振り返り、即座に火の矢を6本展開する。

 相手には抵抗の意思がないのか、木陰から即座に飛び出して両手を上げてきた。

 

 木陰から出てきたのは、14歳くらいの少年だった。

 戦意がない事をアピールするためなのか、ブンブンと左右に首を振っている。

 

「ああ、急な物音でビックリしたんだ。ゴメンな」

 

 そういってオレは火の(やじり)を収める。

 急に攻撃されそうになったら誰だって驚くだろう。

 

「オレはちょっと旅をしていてな、今はちょっとキャンプから目覚めたばかりだったんだ」

 

 とりあえず自己紹介をしようと、気さくに声をかけてみる。

 だが、彼は。

 

「おーい? 聞こえてるかー?」

 

 もう一度声をかけるも、再び反応なし。

 もしかして小さくなった影響で肺活量が下がり、声量が足りていないのだろうか。

 声を届かせるために近づこうとしたら、彼はようやく口を開いた。

 

「……へ」

「へ?」

「へ、へ、へ、変態だー!」

 

 あ、全裸なの忘れていた。

 




TSしたら裸を見られるのはTSっ()の基本スキル、古事記にもそう書いてある。


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第4話 アレクくんとの出会い

TSっ()、全裸、川原。何も起きないはずもなく……。


「悪いな、人が来るとは思ってなかったんだ」

「こっちこそ、事故とはいえごめん」

 

 全裸の出会いから数分後。

 お互いに落ち着きを取り戻したオレたちは背中合わせで話している。

 何故まだ全裸なのかというと、服がブカブカになってしまったからだ。

 なので服を縫い合わせて、身の丈に合ったサイズにしているところだ。

 

「それにしても、旅をしている様子なのにサイズの合わない服しか持ってないってどういう事なの?」

「いやー、こちらにも複雑な事情がありましてねー」

 

 どこまで初対面の彼に事情を打ち明けていいのか。

 

 ニューヴェリアス聖国では魔族には人権が認められていない。

 元々オレは人間だったけれど、今では吸血鬼という立派な魔族だ。

 これを話せばオレ自身が国に身を売り渡されるに違いない。

 

 それに、オレは元々勇者という特異な立ち位置にいた。

 自身は権力抗争にこそ直接関与しないが、戦場では一騎当千の(つわもの)として、政治的には栄光の象徴的存在として扱われている。

 国の重要人物が脱走してここにいるのも本来はよくないので、これも打ち明けられない。

 

 それなので、自分が元勇者で現吸血鬼だという事実を隠しつつ、元々男だけど変身してしまったと話した。

 半分くらい嘘で補強したので、後でボロがでるかもしれないけど行きずりの関係だ。

 別れてからバレてもいいさ。

 

「遺跡で見つけた霊薬を好奇心で使ったら女の子になってた、ねぇ……」

「おう、笑えるだろ」

「割と深刻だと思うんだけどなぁ」

 

 吸血鬼になってしまった事はともかく、女の子になってしまった事には大きな問題を感じていない。

 どうせ勇者としては戻れないんだ。

 これぐらい別人になっていた方が逃亡生活が捗るというものだ。

 

「よし、できた」

 

 衣服の仕立てが済み、すぐにそれを着る。

 特に違和感はないので、素人ながらよくできたと思う。

 

「これで面と向かって話し合えるな。そういえば、自己紹介もまだしてなかったな」

「ああ、そういえば。僕はアレク。アーガス村の住人だよ」

「オレは……ユウだ」

 

 一瞬本名を名乗ってしまいそうになったが、咄嗟に偽名に切り替えた。

 ユーキという名前はこの世界では珍しいものなので、それだけで身元がバレかねない。

 

 目深にかぶった外套のせいで遠目からだと分からなかったが、近くで向かい合って見るとアレクは結構顔立ちのいい少年だった。

 黒髪に焦げ茶の瞳とこの国では珍しくない容姿だが、顔のパーツは均整がとれた物だ。

 表情こそ憂いを帯びているものの、それをミステリアスな雰囲気に見せる魅力を持っている。

 

「そういえば、何だってここに来たんだ? この森、資源になりそうな物はあんまりなかったと思うけど」

「実は昨日の夜、この森から大きな音が聞こえてね。村からでもはっきり分かるぐらいの閃光も見えたから何があったのか調べにきたんだ」

 

 ほうほう、昨晩この森で異常が。

 その異常事態は騒音と閃光を伴っていた、と。

 きっと森でドンパチ戦闘をしていた馬鹿野郎がいたんだろうなぁ、ハッハッハ。

 

 ――原因、オレじゃね?

 

「あーあー安心してほしい。オレが昨日森を歩いていた様子だと、昨晩は何も無かった。いいか、何もなかったんだ」

「いや、そんな適当に調査を終わらせる訳には」

「何も無かった。いいな?」

「は、はい」

 

 とりあえず気迫で何もなかったと押し切る。

 オレがギーグと戦闘した痕跡を見られたら、オレがいたという状況証拠から正体がバレかねない。

 その上、オレはギーグをそのまま逃がしてしまった。

 アイツは強者との戦闘を好んでいたから村を襲う事はなさそうだが、ギーグを討伐しに村人が向かったらそのまま返り討ちにされかねない。

 

「とりあえず、お互いこの森に用はなくなった訳だし村に行こう。な?」

「うーん……、はぐらかされた気がする」

「そそそんな事はないって! 行くぞ!」

 

 アレクが強引に調査に戻る前に移動しないと隠し事などがオジャンだ。

 できれば村で物資を補給したいので、住人との間に亀裂を作りたくない。

 そう思い、サイズが合わなくなった鎧などをまとめて持ち上げようとしたのだが。

 

「うん? 持ち上がらないぞ?」

 

 当然といえば当然だった。オレの肉体は10歳程度の少女なのだ。

 そんなやわな筋肉で鎧を持てるはずがなかった。

 けれど、勇者であるオレには他の手段もある。

 

「なら《身体強化(エアマッスル)》で……っ!?」

 

 魔力を筋に通し、基礎的な運動能力を補強する《身体強化(エアマッスル)》を使って持ち上げる事を試みる。

 だが使用時に魔力を通した結果、もう一つの異常を見つけた。

 

 この体、勇者だった頃よりも魔力が少ない。

 

「……うそーん」

 

 《身体強化(エアマッスル)》を使えば当然のようにこの鎧は持てる。

 だが、村まで1時間以上の移動距離があったら確実に保たない。

 というか20分保てるかも怪しい。

 

「ねぇ、ユウ。急に止まってどうしたのさ」

 

 オレの百面相に痺れを切らしたのか、オレに声をかけてきた。

 こうなったら恥を忍んで頼み込むしかないか。

 

「……なぁアレクさんや」

「変な畏まり方してどうしたの」

 

「悪いけど、この鎧を運んで貰えないでしょうか」

 




結局のところ何も起きませんでした。(*´ー`*)


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第5話 アーガス村、到着!

軽いノリのパートは筆が乗りやすいんですが、シリアスパートの難しさは何とかなりませんかね。


「いやー、本当に助かった。ありがとさん」

「どういたしまして。村まで運べばよかったんだよね?」

「ああ、後は魔法でどうにでもなる」

 

 オレたちは無事アーガス村に辿り着く事ができた。

 アーガス村は何処にでもある辺境の村といった印象だ。

 畑作を主要産業としたごく普通の農村。

 

 市場を軽く見渡すと、根菜類が主な売り物のようだ。

 民芸品の取り扱いがないので、おそらく観光は盛んではない。

 

「うーん、ここってもしかして宿場とかないのか?」

「うん、ここはよその人は滅多に来ないからね。必要な物があるなら僕たちが街へ買い物に行く立場だし」

 

 店を構えるなら大きな街に。商人にとってのお約束だ。

 そして街はより有力な市場を持つようになり、そこに魅力を感じて多くの人が集まる。

 街に人が集まった結果、どんどん田舎から人がいなくなる。

 ああ悲しきかな、田舎と都会の格差はいつだって広がる一方だ。

 

「とはいえ来る人が皆無って訳でもないだろうし、どこかには泊めてもらえるだろ」

「それだったら……そうだね、村長の家がいいよ。大抵の来訪者はそこに行くし、お風呂もあるから」

 

 まあオレとしては屋根があれば何処でも等しく天国だ。

 勇者といえど、戦場を駆け回る一兵卒に過ぎない。

 野営用テントに入れる機会も多いが、同じぐらいに野宿の機会もあった。

 岩を枕に、砂利をマットレスにする寝心地の悪さは体力に来る物がある。

 

「そういや、アレクの家とかは駄目なの?」

「えっ、僕の家かー……」

 

 村への道中、アレクには鎧運びと道案内で世話になった。

 宿泊代としていくらか支払えばアレクへのお礼にもなる。

 初対面の老人よりは、年代が近い同性のアレクの家に泊まるほうが気楽だしな。

 

「僕の家よりは、やっぱり他の方が……」

「おいアレク、村長への報告はどうした」

 

 アレクが遠慮の言葉を出そうとすると、横から声が聞こえた。

 そこには禿頭の男が一人、眉に皺を寄せて立っていた。

 

「ハイネルさん、えっと、報告は今から行くところでして……。森には特に何もありませんでした……」

「異常なしだとぉ? あれだけの騒動があったのに何もないって事はないだろ」

 

 確かに、オレが隠し通そうとしたせいでアレクの調査は半端な所で終わってしまった。

 だけどそれに責任があるとしたらアレクの物ではない。

 個人の事情で、ギーグとの戦闘を隠そうとしたオレのせいだ。

 

 その後も、ハイネルさんは様々な言葉でアレクを叱責し続けた。

 その言葉にアレクは全く反抗しようともしないし、他の村人も一切とがめようとしない。

 まるでアレクがそう扱われる事が日常であるような、そんな異様な光景が続く。

 そして次の瞬間、その場の空気を凍らす呪詛がハイネルの口から飛び出た。

 

「全く、半端者の分際で怠けてんじゃねぇぞ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、アレクの伏し目がちな様子が更に深まった。

 アレクにとって、半端者という言葉は呪いになっているのだろう。

 涙こそ流していないが、表情から彼の心が傷ついているのは確かだ。

 

 半端者を罵声の言葉として浴びせたのは、ハイネルだ。

 だがハイネルがそれを言う原因を作ったのは、オレだ。

 オレが昨晩の騒動を、軽率に隠そうとしたばかりに――。

 

 ならばオレがすべき事は一つだけだ。

 男らしく、責任を取る。それだけだ。

 

「異常は何もありませんでしたよ」

「ああ? 何だお前は」

「オレ……いや、私はユウといいます。とある豪商の娘で、見識を広める為に旅をしています」

「お前みたいなチンチクリンがか? 馬鹿も休み休み言え」

 

 今のはちょっとイラッとした。

 責任に関係なく殴りたくなるほどに。

 

「まあ私の身分は置いておきまして、異常がないのは本当です。正確にはなくなったというべきでしょうか」

「ああ? どういう事だ?」

「実は昨晩の騒動は、私と【ヒュージワーム】の戦闘音なんです。あまり悪目立ちをしたくなかったので、無理言ってアレクさんの調査を引き上げてもらったんですよ」

 

 流石に食人鬼と戦っていました、とはいえない。

 なので、あの森に生息していそうな巨大な魔物と戦っていた事にした。

 ワーム系の魔物は森林地帯には多くいるので、変異種と戦っていたとしても違和感はないだろう。

 

「嬢ちゃんよぉ。あんまり大人をからかうもんじゃないぜ。

 本当だって言うなら証拠を見せてみな。

 【ヒュージワーム】が何処までデカいワームかは知らないが、上質な素材が取れたはずだぜ」

「本当ですって、塵もなく消し飛ばしたので物的証拠はないですけど」

 

 そう言うとハイネルはきったように笑い出した。

 物的証拠もないのに主張するのは我ながら馬鹿だと思う。

 それでも、オレの行動で起きた不始末はオレが処理しなきゃいけない。

 だからこそ、いくら矛盾していようがアレクを庇うために言葉を続ける。

 

「おいおい嬢ちゃん、それはいくら何でも無理があるってもんだぜ。

 背中にご立派な剣を抱えていれば信じてもらえると思ったか?」

「じゃあ【ヒュージワーム】を倒したという実力を見せれば問題ないですよね?」

「ああ? まあ、ないだろうけどよ」

 

 今のオレの魔力量は少ない。

 単純に考えればオークやコボルトのような人型の魔物すら狩れるか分からない。

 だけど魔法ってのは使い方で如何様にもできる物なんだぜ?

 

「《爆紅蓮花(フローラルイグニッション)》!」

 

 一輪の花火が、音もなく空に打ち上げられた。

 昼の明るさにも負けない、七色の花がはっきりと見られる。

 

「……スンゲーきれー」

 

 ハイネルさんが魔法で打ち上げた花火に見とれたのか、呆けたように声を出す。

 

 今のは見かけだけ炎魔法のようにみせただけの光魔法だ。

 基本式は光の基礎魔法《光爆(フラッシュ)》だが、ここまで改編すると《爆光造花(フローラルイミテーション)》と呼ぶべきか。

 効率よい魔法式を組み立てたので、見かけほど魔力消費は消費していない。

 これが本物の《爆紅蓮花(フローラルイグニッション)》なら、常人の魔力10人分と引き替えに城を一つ焦土にできるけれど。

 まあ今のオレにはそれだけの魔力がないんですけどね!

 

「これで信じてもらえましたか?」

「お、おう」

 

 田舎という事もあって、オレの魔法を精査できる人はほぼいないだろう。

 昼をも照らす閃光を見せれば、それだけで実力者として理解してもらえた。

 

「……ありがとう。ユウ」

 

 今思えば、出会ってからのアレクは一度も笑ってなかった。

 オレの裸に慌てたり、オレに疑問を持った時に難しげな顔をしたりと、表情自体は豊かだったのに、楽しげな顔をした事がなかったのだ。

 

 けど、お礼を行った時のアレクは、確かに笑顔を浮かべていた。

 元はといえばオレが原因なのでマッチポンプみたいな物だけど、それでもアレクの笑顔が見られてよかったと思えた。

 

「じゃあ行こうぜ、アレク。お前ん家に」

「うん、そのままうちに泊まるっていってよ」

「ああ」

 

 ちょっと気恥ずかしくなったので、話題を切り替える事にする。

 先ほどの話の流れから、そのままアレクの家へ宿泊する事になった。

 

 さて、地面においた荷物を拾ってと。

 そして鎧を、《身体強化(エアマッスル)》で、持ち……上げて……。

 

「どうしたの、ユウ。……もしかして」

 

 いつまでも動かないオレの事情を察したのか、オレに小声で様子を窺ってきた。

 ああ、そうだよ! 後先考えないから、またやらかしちゃったよ!

 

「ごめん。さっきので魔力が切れたから、やっぱり鎧は運んでもらっていいかな」

 

 

 

 

 




ハイネル「特技は《爆紅蓮花(フローラルイグニッション)》とあるが?」
ユーキ 「はい。《爆紅蓮花(フローラルイグニッション)》です」
ハイネル「《爆紅蓮花(フローラルイグニッション)》とは何のことだ?」
ユーキ 「魔法です」
ハイネル「え、魔法?」
ユーキ 「はい。炎魔法です。敵全員に大ダメージを与えます」
ハイネル「……で、その《爆紅蓮花(フローラルイグニッション)》はこの村において働くうえで何のメリットがあるんだ」
ユーキ 「はい。敵が襲って来ても守れます!」
ハイネル「いや、この村には襲ってくるような輩はいません。それに人に危害を加えるのは犯罪だよな?」
ユーキ 「でも、魔族にも勝てますよ!」
ハイネル「いや、勝つとかそういう問題じゃなくてだな……」
ユーキ 「敵全員に100以上与えるんですよ」
ハイネル「ふざけるな! それに100って何だ。だいたい……」
ユーキ 「100ヒットポイントです。HPとも書きます。ヒットポイントというのは……」
ハイネル「聞いてない。帰ってくれ」
ユーキ 「あれあれ? 怒らせていいんですか? 使いますよ。《爆紅蓮花(フローラルイグニッション)》」
ハイネル「いいぞ。使ってみろ。イオナズンとやらを。それで満足したら帰ってくれ」
ユーキ 「運がよかったな。今日は魔力が足りないみたいだ」
ハイネル「帰れよ」


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第6話 TSっ娘ユーキちゃんの手料理!

TSっ()の手料理を食べさせて貰いたいだけの人生だった。_(:3」∠)_


 アレクの家は他の家と比べるとこじんまりとした佇まいだった。

 聞いたところによると、アレクはここで一人暮らしをしているそうだ。

 

「狭くて落ち着けないだろうけど、ゆっくりしていってね」

「おじゃましまーす」

 

 中を覗くと、この家では部屋が居間しかない様子だった。

 炊事場やトイレは別室としてあるようだけど、基本的にはこの部屋だけで生活しているようだ。

 ニューヴェリアス聖国での平凡的な農家といった所だ。

 そのごく普通の家の中で、一際目を引く物があった。

 

「あれは?」

「……ハンモックだよ。あの上に乗って寝るんだ。」

 

 それは地球でも見た覚えのあるもので、網を吊り下げたシンプルな寝具だ。

 村人は(わら)をマットレスにして雑魚寝するのが普通なので、少し驚いた。

 この辺りの地域ではハンモックで寝るが普通なのかもしれない。

 

「お、そうだ。これ、報酬として受け取ってくれ」

 

 そう言ってオレが(ふところ)から取り出したのは数枚の硬貨だ。

 それをアレクの手に握らせると、困惑気な声が返ってきた。

 

「え? 急に報酬って言われても困るよ。しかも何の報酬かは分からないけど結構多めだし」

「村までの案内、鎧の運搬費、あと宿泊費ってところ?」

「いや、こっちとしてはお金を取るつもりはなかったんだけど……」

 

 便利屋稼業が多く営まれている街とは違い、村社会では謝礼を支払う文化がないのだろうか。

 つい街で誰かに依頼した時と同様の感覚でお金を渡していた。

 

「とはいえ、オレとしても受け取ってもらえないとスッキリしないからな……」

「……分かったよ。だけど宿泊費だけね、他は事前に取り決めてなかったんだから」

「オッケー。それでいいや」

 

 お互いに手元に残った硬貨をしまう。

 無理に渡してもよかったのだが、謝礼金を見た時のアレクは本当に困った顔をしていた。

 そんな表情の彼に無理やり渡すというのも酷なものだ。

 

 部屋の隅に荷物を置いて一息つくと、アレクが(わら)を編んでいた。

 彼の隣にある物を見るに、草履(ぞうり)を作っているようだ。

 

「そういや、アレクって一人暮らしなんだよな。何か手伝った方がいいか?」

「いいよ。お客さんなんだし休んでいなよ」

「そう言っても、暇だしなぁ」

「じゃあ、ユウの冒険について話してよ。旅人の話なら面白そうな経験が聞けそうだし」

 

 その言葉に、オレには二の句を継げなかった。

 今のオレは逃亡者だ。そんなオレが、勇者としての冒険譚を話すのは得策ではない。

 それ以上に、オレが仲間たちと楽しく冒険してきた事を話してもいいのだろうか。

 彼らを裏切ったオレに、そんな資格はあるのか。

 

「……話したくない内容だったら、無理しないでいいよ」

「いーや、どこから話すか迷っただけだ。気にすんな」

 

 オレがこの世界で経験したのは、彼らとの冒険だけだ。

 それ以外に話せる内容もないから、仕方なく勇者という事だけを隠して後はありのままの事を話した。

 

 リリシアとは食事の度に肉の取り合いになっていた事。

 ディートリヒと一緒に悪漢を自警団に突き出した事。

 戦闘の時には大抵リリシアと成果で競争になった事。

 シェリアがいつもオレたちを叱ってばかりだった事。

 オレがリリシアの風呂を誤って覗いたら、3日も口を聞いてもらえなかった事。

 

 色々な事を、当たり障りのない範囲で話していく。

 気が付くと窓から射す陽射しが白から朱へと染まっていた。

 思ったよりも饒舌になっていた事に気づき、苦笑がこぼれた。

 

「まぁ、こんな取り留めのない話だったけど楽しかったか?」

「うん、僕はアーガス村以外には隣町ぐらいしか行った事がないから新鮮だったよ」

「そっか、ならよかった」

 

 今では決別する事になってしまった、遠い思い出。

 ほんの2週間ほど前なのに酷く懐かしく感じる。

 離反した以上は記憶の奥に押し込めるしかないと思っていただけに、アレクに話せて(つか)えが取れた気分になった。

 そんな夕暮れのまどろみの心地よさを味わっていると、アレクから思いがけない発言が飛んできた。

 

「話を聞いていて思ったんだけど、ユウはリリシアって子の事が好きなんだね」

「へっ? ななな何を言っているんだ、アレクくん!」

 

 待て、オレはリリシアの悪口ばかり言っていたはずだ。

 自分の中の好意に気づかないほど、流石に鈍感ではない。

 でもオレの中で非常に複雑な葛藤があったため、今の語りも含めて『オレがリリシアを好きだ』という事実は一度も話した事がなかったはずだ。

 というか恥ずかし過ぎて、そんな事は無い様にずっと振舞っていた……はずである。

 

「だってユウはさ、他の2人よりリリシアさんの事ばかり話していたよ」

 

 盛大に墓穴を掘っていた。

 悪口とはいえ、リリシアの話題ばかり話していたらそりゃバレる。

 

「それにリリシアさんの話をする時、ユウの口元が吊り上がってたよ」

 

 ポーカーフェイスもできていなかった。

 ヤバい。顔から火が出そうだ。

 

「そんな調子じゃ、ディートリヒさんやシェリアさんにも気づかれてたんじゃないかな」

 

 もうやめてくれ。

 あまりの恥ずかしさに顔を手で覆った。

 手に触れる皮膚の体温がいつもより熱い。

 

「あー、もうこの話はおしまいな! オレは飯作ってくるから」

「そんなのいいよ、それよりもリリシアさんとの馴れ初めとかを」

「お世話になりっぱなしはダメだからなー! 炊事当番ぐらい任せてくれよなー!」

 

 ほぼ支離滅裂な言葉を発しながらオレは炊事場に向かった。

 吸血鬼になってから、オレにとって初めての敗走であった。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「何というか、随分男前な料理だね」

「そりゃ、男なんだから当たり前だろ」

「そういう意味じゃなくてさ……。見た目が女の子になった事を言いたい訳じゃなくてさ……」

 

 そういったアレクの視線の先にあるのは一品の皿。

 というかテーブルの上にそれ以外の料理はない。

 皿の上に乗っているのは、根菜類、イモ、菜っ葉を適当な大きさに切って、盛りつけただけの簡単手料理。

 

「本当は炒めたかったんだけどな、油が手持ちに残ってなかったから茹でるしかなかった」

「油なんて高級品、普通は持ち歩けないよ……」

「ほら、好きなの振りかけて食べろ。そうすりゃ美味いぞ」

「塩やコショウ……。金銭感覚が根本から違う」

 

 確かに、こちらの世界の調味料はべらぼうに高い物ばかりだった。

 だが、オレの出身は日本だ。

 ジャンクフードに慣れたこの舌では、毎日味気ない食事だと飽きがきてしまう。

 

「ねえ、調味料って他にも持ってるの?」

「スパイスの類は流石に分からないから、後は砂糖ぐらいかな」

「……もっと本格的に料理すれば、より美味しくなるんじゃない」

「料理なんてオレには分かんないよ」

 

 思い返せばオレが炊事番の時はいつもアイツらは不満げな表情を浮かべていた気がする。

 茹でるか煮るか、携帯食料を出すかしか引き出しがなかったから当たり前か。

 

「そういえばフードは取らないの? 食事中まで付けてる事はないだろ」

 

 アレクは出会った時からずっとフードを被ったままだ。

 日差しが苦手な体質かもしれないと思って昼には触れなかったが、日も落ちてきた上に屋内でフードを被る意味はない。

 そう思って発言したのだが、彼の表情が厳しい物に変わってしまい、失言だったと気づいた。

 

「不快に感じたなら、ごめん」

「いや、無神経だったわ。それより飯食おうぜ」

 

 それからのオレたちの会話はぎこちない物だった。

 皿から料理が消える頃には言葉が戻ったものの、夜という事もあり会話は弾まなかった。

 

 昼にアレクと村人の騒動を加味すると、アレクは何かしら問題を抱えているのかもしれない。

 自分に何かできる事はないかと、ふと思った。

 けれど、何か行動を起こすつもりもなかった。

 

 少し前なら、迷いなく彼の助けになろうと考えていただろう。

 でも、今のオレはアレクの仲間には成り得ないから。

 

 オレは、人類の裏切り者で、魔族なんだから。

 




手料理要素が薄く、半ばタイトル詐欺になってしまいました。
結果的には勝手に惚気(のろけ)て自爆して赤面するユーキを書く事ができたので、筆者としては満足しています。


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第7話 レベル1からのリスタート

サブタイトルでは弱体化を分かりやすいレベル1って表現したけど、今のユーキの戦闘力は普通にレベル10ぐらいあると思います。
そりゃショボいMP量とはいえ、1年の実戦経験と知識、基礎の剣術があればオーガやコボルト単体なら無双できますよ、流石に。


 アレクの家に泊まった翌朝、オレはアレクの家の裏で剣を振っていた。

 

「フッ! フンッ! フン!」

 

 袈裟切(けさぎ)り、()ぎ、唐竹など、様々な振りを試す。

 どれも勇者としては十分な力で、少女としては異常な力で振っている。

 

 素振りの最中に、突然痺れを感じた。

 痺れを感じると同時に、剣を地面に置いた。

 

「実戦での限界は、1分ってところか……」

 

 剣の刃が特殊な水晶で出来ているストレシヴァーレは、通常の長剣に比べると重い。

 大剣ほどの重量ではないが、 《身体強化(エア・マッスル)》を使わなければ今のオレには振れない。

 《身体強化(エア・マッスル)》は随時必要な個所の筋力を補強する魔術だ。

 常時魔力を喰らうその魔術は、魔力効率のいい魔法ではない。

 それに剣を振るという作業も加わるので、必要な魔力はより大きいものになる。

 

 その結果が、戦闘時間1分。

 光の巨人よりもずっと短い。

 

「参ったな、これじゃあ聖国に来た時のオレより弱いじゃないか」

 

 剣で戦闘をするなら、必然的に魔力は全て《身体強化(エア・マッスル)》に消費される。

 魔法主体の戦闘をする手もあるが、それでも経戦時間は15分程度しかないだろう。

 それにオレの戦闘スタイルは、元々長剣による近接戦が基本で、魔法はあくまで隙を補うために使っていた。

 

 圧倒的な弱体化。

 オレの手にはもう、勇者と呼ばれた頃の実力はない。

 RPGで言えばレベル1からの初期化(リスタート)だ。

 

 まだストレシヴァーレという切り札もあるにはあるのだが……。

 

「一応試してみるか。起動(ブートオン)

 

 刀身には何の変化もない。

 聖剣ストレシヴァーレは、人類守護の切り札として開発された武器だ。

 魔族になったオレに反応を示さないのは、何かしら防衛機構が組み込まれているためだろう。

 剣に触れる事のなかった常人であっても、僅か1年で剣聖に成長させる兵器なのだ。

 当然の措置だろう。

 

「はあ……。相棒にまで見捨てられるってのは、結構精神に来るものがあるな」

 

 剣を抱えながら、暁のまどろみに身を預ける。

 以前はこうしていれば、何処からか声がした。

 剣の内から響くような、言葉にもなっていないか細い声が。

 その残滓すらも聞こえないという事は、剣に見放された事は間違いないだろう。

 

「本格的に勇者業は廃業か……」

 

 仲間を裏切ったオレには当然の末路かもしれない。

 ならば心機一転して、新しい武器を新調するべきだろう。

 全てを捨てれば、過去へのしがらみを取り払えるはずだから。

 

「嫌だな、やっぱり捨てたくないよ」

 

 聖剣の刀身を見つめるほど、その透き通る輝きに引き込まれる。

 あまりの透明度から、金属の刃とは違いオレの表情など欠片も映さない。

 いや、何も映らない、この刀身こそが今のオレの心情そのものなのかもしれない。

 ただただ空虚で、蒙昧な心そのものーー。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 アレクが起床すると、家にユウの姿は見られなかった。

 荷物はほとんど置いてあるままなので、黙って出立したという事ではないだろう。

 

「剣がないって事は、トレーニングをしているのかな」

 

 旅人の鍛錬がどのような物か気になったアレクは、その様子を見に行こうと身支度を整える。

 いつも通りフード付きの服装に着替え、『自身の耳が隠れるように』それを目深(めぶか)に被る。

 着替え終えたアレクは、ユウを探すべく外に出た。

 

「あ、ユウ。そこにいたんだ……って寝てるし」

 

 ジャガイモ畑に接した家の裏を覗くと、壁に寄りかかって座るユウの姿があった。

 無色に輝く剣を抱えながら、すぅすぅと小さな寝息を立ている。

 

「こうして見ると、女の子なんだって感じるなぁ」

 

 本人曰く、霊薬の作用で女性になってしまっただけで元々は男だったらしい。

 何度か言葉を交わしたアレクとしても、言葉遣い、態度、粗雑さな行動から、ユウを女性として意識した事はほとんどなかった。

 けれども、朝日に煌めく銀髪と剣を持つ彼女の姿は本当に幻想的で、彼女が確かに少女なのだと感じさせた。

 

「ディートリヒ……。リリシアぁ……。シェリア……」

 

 寝言でかつての仲間たちの名前を呟くユウ。

 夢に出てくるぐらいユウにとって彼らが大切なんだと分かった。

 旅の話を聞いた時、本当にユウは楽しそうだった。

 冒険者として活動する彼らが羨ましくなるほどに、快活で、饒舌な話し方だったから。

 

「ごめん、なさい」

 

 だからこそ、ユウのその寝言にアレクは頭を殴られたような衝撃を受けた。

 

「ごめん、リリシア……。ごめん……、ごめん……」

 

 喧嘩こそよくしても、仲間割れなど無縁なパーティ。

 それがユウの冒険譚から受けた、ユウたちの印象だった。

 ユウの言葉に一切の険がなかったから、ユウと彼らの友情に不信など少しも感じなかった。

 だからユウがこうして一人旅をしているのは、穏やかな別れがあってこその物だと思っていた。

 

 けれど、ユウはうなされるように仲間に許しをこいている。

 彼らの別れにあったのは、強い後悔と禍根だったのだ。

 ユウの言葉とともに、彼女の目から一粒の雫が垂れた。

 

 出会ってから笑顔が絶えない、太陽のような人。

 仏頂面ばかり浮かべている自分に対しても、楽しげに話を広げる人。

 そんな人が抱える強い悩みを、どうにかして解消できないかと、アレクは思った。

 

(でも、半端者の僕に何ができるって言うんだ……)

 

 自身のどうしようもないコンプレックス。

 それがユウを助けたいというアレクの心をせき止める。

 

「ごめん……、ごめん……」

 

 けれど、痛ましく泣き続けるユウの姿を見て、自分の悩みなんて些事だと思わされた。

 

(そうだよ、ユウを助けたい気持ちと、僕が半端者なんて立ち位置はなんの関係もないじゃないか)

 

 だからこそ、彼は1つの決心をした。

 それは、今からするようなほんの小さな事だけれど。

 

 ユウの頬を伝う朝露を、アレクは取り出したハンカチで拭った。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 鍛錬を終えてまどろんでいたら、そのまま寝てしまったらしい。

 体力が落ちたせいか、疲れがたまっていたようだ。

 

 アレクの家に戻ると、彼は朝食の準備をしていた。

 一晩明けたせいか、昨晩のギスギスした空気はなくなっていた。

 お互いに挨拶を交わした後、アレクが用意した朝食を食べる事になった。

 

「このスープ、凄く美味しいな。調味料もなくここまで旨味を出せるなんて」

「ソークっていう薬草を使っているんだ。安い薬草だし調味料にもなるからよく使われるんだ」

「いやいや、ソークってあの酸っぱい雑草だろ? こんなとろみのある甘いスープにできるかっての」

「3日間天日干しにしたり、下処理が手間だからね。ソークの美味しさを知らない人は結構いるよ」

 

 美味しい物が食卓に出ていれば、会話は自然に弾むものだ。。

 キリのいい所で、お互いの予定を確認する。

 

「明日にはここを出立するつもりだから、今日は物資補給する予定だ」

「僕は今日はジャガイモ畑に肥料を撒きに行くよ。その後は、ソークやイゴモウとか、薬草類の下処理をするんだ」

「昨日は草履(ぞうり)作ったり、警備しに行ったり仕事が多いんだな」

「まあね、結構苦労するよ」

 

 本当なら、ここでアレクに村の案内をお願いするつもりだった。

 けれど、昨日アーガス村に立ち寄った際に感じた、アレクと村人たちには確執があった。

 事情は分からないけど、アレクを連れまわすとそれだけで迷惑をかけてしまいそうだ。

 

「……ねぇ、ユウ」

「何だ? 頼み事ならついでだしいくらでも引き受けるぞ」

 

 アレクの顔は目深(めぶか)なフードに覆われているけど、それでも緊張した面持ちが隠れていない。

 何か重大な事を言おうとしているのが分かる。

 村人との関係改善の手伝いをしてほしい、などだろうか。

 

「君がよければ、僕の友達になってくれないかな?」

「え?」

「実を言うと村の子供達とはあまり遊ぶ機会がなくて、こんなに話せたのはユウが初めてなんだ。だから、旅に出る前にどうしても言いたかったんだ」

 

 ダメかな? と続ける彼の表情はとても照れくさそうだった。

 人付き合いの苦手そうな彼が出した小さな勇気が感じられる一言。

 

(いや、でも、今のオレは魔族な訳で……)

 

 一瞬、アレクの言葉を受け入れるのに躊躇を覚える。

 けれど、彼の不安そうな声は、表情は本当に健気で。

 それを無碍にする気力は、オレには毛頭なかった。

 

「いいに決まってるだろ。機会があったら真っ先にお前の家に寄ってやるよ!」

「……ありがとう、ユウ」

 

 そういって笑うアレクの顔は、彼にしては珍しく向日葵(ひまわり)のように満開だった。

 




初めてのお友達っていいよね。お約束だよね。


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第8話 憎めない奴ら

サブタイトル、前書き、後書きなんてフレーバーに過ぎないのに、どうしても考えすぎてしまう。
しれっと小洒落た事を書ければ最高にCoolなんですけどねぇ。


 友達になった後、オレたちは個々の目的のために行動し始めた。

 オレの目標は物資補給だ。

 そういう訳で村の道具屋に向かったのだが……。

 

「げっ、嬢ちゃんは……」

「あ、こんにちは」

 

 そこにいたのは、アレクに突っかかっていたハイネルという人だったか。

 正直に言うと彼にあまり良い印象は無かったので、バツの悪い笑みを浮かべる事しかできなかった。

 

 店内を見回すと、店というよりは一軒家の中に大量の農具が置いてあるといった印象だ。

 ほとんどが使い古された様子で、新品のものは数えるほどしかない。

 村という狭いコミュニティだから、販売ではなく修繕の方が需要があるのだろうか。

 

「一応聞きたいのですが、剣ってここで扱っていますか?」

「剣というか武具全般がないな。全く売れないからな」

 

 当たり前と言えば当たり前だ。

 武器は人や魔族と戦う時、つまり戦争の中でしか需要がない。

 緊急時ならともかく、村で武器を取る必要性は少ない。

 (くわ)や斧など、武器として使えなくもない農具もあるが、専用の武器とは使い勝手が違う。

 

「狩猟用のナイフでいいので売ってもらえませんか?」

「分かった。これだ」

 

 そう言って渡されたのは、石の刃で作られたナイフだ。

 ()は動物の骨でできており、削ってできた曲線が指にちょうどよく合う。

 切れ味はともかく、取り回しは便利そうだった。

 

「そういえば嬢ちゃんはご立派な剣を持ってたけど、あれはどうしたんだ」

「あれは戦闘では使えないんですけど……大切な物なので」

 

 貴重品(国宝)なので間違ってはいない。

 大切な物というフレーズと、オレが一人旅をしているという境遇から盛大な勘違いをしたのか、ハイネルさんは若干涙ぐんでいる。

 両親は別の世界だけど、存命中だぞ。失礼な。

 

「そうか、その歳で嬢ちゃんも苦労してるんだな……」

「だ、大丈夫ですよ、結構苦労には慣れてますから。それと、呼び方はユウでいいです」

「いいんだ。無理はしなくてもいいんだぞ、ユウちゃん!」

 

 もう誤解は収まりそうにないし、放置しておくとしよう。

 機会があれば、ちゃん呼びは是正したいけれど。

 

 ハイネルさんは意外と気さくな人のようだ。

 アレクへの態度が辛辣なので、人のよさそうな笑顔、泣き顔に困惑してしまう。

 

「なあユウちゃん、確か昨日はアレクの家に泊まったんだよな?」

「はい、そうですけど……」

「悪いことは言わんが、アイツと付き合うのはもうやめとけ」

「……どういう意味ですか」

 

 またこの雰囲気だ。

 アーガス村の人たち特有の、アレクを排斥しようとする動き。

 何があって、アレクは孤立してしまったのだろうか。

 それを聞いておきたいので、ハイネルさんの言葉に耳を傾ける。

 

「どういう意味も何も」

「邪魔するよ」

 

 続きをハイネルさんが話そうとしたタイミングで、一人の老人が家に入ってきた。

 

「おっと、先にこっちの対応をしていいか? ユウちゃん」

「いいですよ」

「悪いな」

 

 ハイネルさんと老人は、 今年の麦の収穫量は期待できるだとか、キーニスさんの家畜の調子が悪いだとか、村の現状を共有している。

 会話内容から、老人がオーキスという名で、アーガス村の(おさ)だという事も分かった。

 そう言った話に参加するという事は、ハイネルさんは村全体の監督役といった所だろうか。

 

「これで共有すべき案件は一通り話しましたな」

「ああ。ところでハイネルは、そこの彼女と何を話していたのかな?」

「……アレクに関する事を、伝えようとした所でしたよ」

 

 ハイネルさんから気まずそうな雰囲気が流れる。

 神妙な面持ちで納得したオーキス村長は、オレとハイネルさんにこう言ってきた。

 

「その件については、私から話してもいいか?」

「いいですよ、オレ……私も聞きたかった所ですから」

「長い話になるだろう。この後、時間は空いているかな?」

 

 とはいっても、物資の補充以外に別段する事はない。

 ただ買い忘れをしてもいけないので、補給を先にしてしまいたい所だ。

 

「じっくり話を聞きたいから、旅の補給が済んでからでいいですか」

「ああ、もちろんだ」

 

 ハイネルさんから道具を買う用事はもうない。

 食料品の買うため、ここは一旦失礼した。

 

 道すがら、アレクという少年の事を思い返す。

 控え目な性格だけど、優しい少年。

 それが彼から受ける印象だ。

 嫌われる要素はあまり見受けられない。

 

 アレクは過去にオレ以外の友人ができた事がないと言っていた。

 口振りからして、同年代の子と交流すらなかった様子だ。

 

 子供は無邪気で奔放だ。

 放っておけば勝手に遊んで友情が芽生えるのが子供社会の常だ。

 そうならなかったなら、そこに横やりを入れた大人たちの思惑がある訳だ。

 

 そこまでしてアレクを孤立させたい村人たちの意図は何なのだろうか。

 ジクジクと消えない悪寒が、肌から離れなかった。

 




不穏な空気さんがログインしました。


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第9話 発露する想い

 書き貯め切れとのチキンレースになってきました。
 正直厳しい所もありますが、頑張ります!


 所用を終え、オーキス村長の家に向かう。

 日はもう傾きかけている。

 村長に招かれ、オレは茶菓子の置いてあるテーブルに着席した。

 

「ハンモックという物を、アレクの家で見たな?」

 

 その言葉にオレは首肯する。

 

「ハンモックで寝るというのはアーガス村にはない寝具だ。アレは元々、アレクの父が出身の地方で使われていたのだ」

 

 アレクの親。一人暮らしの様子から察していたので本人には聞かなかった情報が流れてきた。

 ここで親についての話をするという事は、アレクが疎まれている理由は、血筋だ。

 

「……回りくどいので、単刀直入に言ってください」

「ああ、すまない。アレクの父は、エルフという魔族なのだ」

 

 やっぱりか。

 エルフは長く尖った耳と、200年ほど生きる長寿が特徴の種族だ。

 森での狩猟生活を好み、ほぼ外との交流を持たずに一生を終えるという。

 

「アレクがフードを被ったままだったのは、そういう事ですか」

「ああ、彼の耳はエルフと同じく長いものになっている」

 

 それを言われて、合点がいく事がいくつかあった。

 例えば、アレクは薬草に関して様々な知識を持っていた。

 それはおそらくエルフ秘伝の知識だったのだろう。

 

「……彼を、疎んだりしないのだな。君は」

「ええ。オレ……いえ、私と彼は友人ですから」

「楽な方でいいぞ」

 

 オレの返事に気が抜けたのか、柔和な笑みを返す村長。

 だが表情はすぐに険しいものに戻る。

 ここからが本題なのだろう。

 

「君に頼みたいのは、アレクの今後についてだ」

「とは言いましても、オレはこの村の住人じゃありませんよ。できる事なんてほとんどありませんけど……」

 

 アレクの生活が楽になるなら、できる事をしてやりたい。

 けれど、逃亡生活を送るオレは決してアレクのために残してやれる事は少ない。

 強いて言えば、理由をこじつけて金銭をいくらか置いていくぐらいだ。

 

「君の旅に、アレクを同行させてやってほしい」

「……は?」

 

 村長からの予想外な言葉に、オレは呆気に取られる他なかった。

 この人は、どういうつもりでその言葉を発した?

 

「村人たちは半魔族であるアレクを疎んでいる。ここに居続けるより、よそに言った方がいい」

「それ、どういう意図で言っているか自覚しているよな」

 

 オレの考えた通りなら、それは。

 あまりにも横暴で。

 あまりにも無責任で。

 あまりにも自己中心的な、思考だからだ。

 

「……ああ。君の想像通りの、考えだ」

「ふざけんな!」

 

 村長の言葉に思わずテーブルを叩く。

 アレクは確かに村で窮屈な暮らしをしている。

 だが、それは元々村人たちに蔑視されているからだ。

 

「つまりアンタは、アレクが邪魔だから村から追い出す言い訳がほしいんだろ!?」

 

 村長はバツが悪そうに視線を逸らすだけだった。

 

「アレクは確か、農作業以外にも様々な労働をしていた! それも魔族の憎いアンタたちが押しつけたものじゃないのか!」

 

 草履作り、森への巡視、薬草の下処理。

 どれか1つだけならともかく、ジャガイモの耕作と平行して行うには重すぎる量の労働を、アレクはこなしていた。

 

「さんざんこき使っておいて、アンタは最後にアレクを捨てるっていうのか!?」

「……結果的には、そうなるな」

 

 気づけばオレは、握り拳の村長の腹にぶつけていた。

 だというのに、村長の体はびくともしない。

 虚弱になった自分の体に腹が立った。

 

「アイツが、今までどんな生活をしてきたかっ……想像もできないのかよ……」

 

 蔑まれ、虐げられる日々。

 アレクにとって、それはどれだけ辛かっただろうか。

 外に出る勇気や機会もなく、ただそれを耐え忍ばねばならない。

 

 苦難を超えた先で、アレクはある意味解放される手段を得たと言える。

 だけど、それも村人の憎しみがあってこそできた事。

 どこまでいっても、彼はこの村にとっての異物だったのだ。

 

 彼にとって、こんなに酷い話があるだろうか。

 

「……なあオーキス村長。まだ言う事があるんだろ?」

「言う事、とは?」

「アンタの態度はどうにも煮え切らないんだよ」

 

 ハイネルを代表とする他の村人とは違い、村長にはどこか罪悪感が混ざっているような態度があった。

 そもそも村長が単純にアレクを嫌っているなら、早いうちにアレクを追い出せばいいだけだ。

 鶴の一声があれば、気兼ねなく村人たちもそれに追従できるのだから。

 

「正直に言ってほしいんだ。アンタがアレクにどんな感情を持っているのか」

「……分かった」

 

 絞るように、彼の口から言葉が漏れる。

 

「アレクは……いや、彼の母は、私の娘だ」

 

 随分と遠回しな表現。

 だが、多くの事が一言で腑に落ちた。

 アレクは、オーキス村長の孫なのだ。

 

「……誘拐されたはずの娘が、ニーナが村に戻ってきた時にアレクの父が一緒にいた。

 まだ赤ん坊だったが、アレクも一緒に」

 

 要領を得ない説明が、ぽつりぽつりと零れる。

 

「私は奴と、その息子が憎かった。奴が病死した時は本当に気が晴れた」

 

 虚空を見つめながら、恨み言が紡がれていく。

 

「だが奴に続いてニーナが床に伏し、アレク一人が残された時、私はアレクに何の感傷も持てなかった。

 彼をあれほど憎んでいたというのに」

 

 最後に口から告げられたのは、どこまでも透明で、空虚な心。

 

「頼む。私にはもう、アレクとどう向き合ったらいいのか分からないんだ。

 私には、私がどうしたいのかがもう見えない」

 

 これまでに経験した事のない怒りが、オレを襲った。

 一方的に人が蹂躙された時にすら、これほどの想いを抱く事はなかった。

 

 ただただ周囲にある物を滅茶苦茶にしてしまいたいほどの、強い感情だ。

 

「っざけんな! アンタはただ逃げ続けているだけじゃないか!」

 

 もうアレクを憎んでいないというなら、村の一員として受け入れればいいじゃないか。

 好きはない現状でも、嫌いでなければ向き合う努力はできるはずだ。

 

 修復不能な関係ならまだいい。

 理解し合えない間柄というのは、どうしようもなくあるから。

 

 それでも、手を伸ばせる相手なら、逃げちゃダメだろ。

 

「アレクの為にあれこれしてたって事は、アイツの事を憎からず思っていたんだろ!?」

 

 ああ。

 

「自分が分からない? アンタ自身の問題だろ、自分で考えて結論を出せよ!」

 

 本当にこの人の言葉には。

 

「アレクの問題を解決したいと思っているんだろ……!

 だったら何で、アイツを直接助けてやらないんだよ……ッ!」

 

 本当に、イライラさせられる……ッ!

 

 

 

 

 

 オレが怒鳴り散らした後、家には静寂が満ちた。

 

「すまない。それでも、頼む」

 

 オーキス村長の一言は、絞り出すようなもののままだった。

 

「……アレク本人に確認を取ります。一応ここは、彼の生まれ故郷ですから」

「ああ、それでいい。……本当に、ありがとう」

 

 感謝の言葉なんていらない。

 いや、オレに向けた言葉なんていらない。

 その言葉を、もっと別の人に、向けて欲しかった。

 

「あなたが祖父である事、あなたから旅の共を提案された事は、彼に話しません。

 それを聞けば、彼は混乱するでしょう」

「分かった」

 

 全てを話し終え、村長の家から退出すた。

 空にはもう、太陽ではなく星々が浮かんでいる。

 

 綺麗だと感傷に耽る日はいつもこうだ。

 心に何か重いしこりが残っていて、陰鬱だというのに。

 風景はどこまでも、残酷に、いつも通り美しいままで。

 

「何で、大切な人と向き合わずに逃げるんだよ……」

 

 どこへともなく発した言葉が、夜の闇に飲まれていった。

 




to be continued...


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第10話 悪意は密かに、そこにある。

 今回がある意味本編スタートの回です。
 お楽しみいただければ幸いです。


 日も沈み、軒並みから炊事の香りが漂う時間になった。

 

 アレクの家では、鍋をかき回す音と上機嫌な鼻歌が合唱を奏でている。

 彼は5年ぶりに誰かに料理を振舞う楽しみを味わっていた。

 今朝の歓談の様子が思い出される。

 

「美味しいって言ってもらえた。母さんのスープを……」

 

 母に初めて教わった料理。

 彼女と同じ笑顔で、ユウに褒めてもらえた。

 

「友達、かぁ……」

 

 初めての友人関係。

 人と違うから自分にはできない、と諦めていた物。

 それを得たアレクの高揚感は体内に留まることなく、口からもれる。

 

 ユウは本当に美味しそうにご飯を食べてくれた。

 ソークの甘味が気に入ったのか、おかわりを要求するほどだ。

 

 だけど、少し不安に思う事もある。

 友情を結ぼうとして言葉を投げかけた時、一瞬変化したユウの顔。

 

「あの人と、同じ目をしていた」

 

 触れる事で、それを壊してしまう不安に怯えた目。

 彼とユウに共通しそうな所なんて一つもなさそうなのに、それを見出した時は本当に驚いた。

 

「母さん、最後まであの人の心配してたなぁ」

 

 アレクの父が病死した後、アレクの母は後を追うように同じ病気に()(かん)した。

 『あの人は強情なだけだから、許してあげて』

 アレクの母が、晩年にアレクへ伝えた言葉だ。

 

 アレクは元々彼を恨んでなどいない。

 苦しいながらも村での生活を送れているのは、彼の密かな助力があってこそだ。

 むしろ機会があれば、礼を言いたいとも思っている。 

 

 それでも、アレクはあの人に感謝の言葉を告げられていない。

 あの人にお礼を言ったら、彼は罪悪感で押しつぶされてしまうから。

 

 こちらから触れても、あちらから触れても崩れてしまいそうなガラスの心。

 面と向かって話す機会が少ないとはいえ、自身の手で『祖父』を潰したくはない。

 

「おかえり! ……ユウ?」

「……ただいま、アレク」

 

 戻ってきたユウの表情に驚きを隠せなかった。

 ユウの目は再び、あの人と同じく怯えの感情を宿した物になっていたのだから。

 

「もうすぐご飯できるから、ちょっと待っててね」

 

 だから、アレクには何気ない言葉をかけることしかできなかった。

 ユウの心はきっと、あの人と同じぐらい弱いものだから。

 自分の手で、初めての友達を潰したくはなかったから。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 昨夜や今朝とは違い、今晩はほぼ会話がなく食事が進んでいる。

 無理もない。アレクはオレに声をかけづらいのだろう。

 今のオレはきっと、酷い表情をしているから。

 

「……なあ。どうしても話さなきゃいけない事があるんだけど、いいかな?」

「うん、いいよ」

 

 こちらから言葉をかけられるのを待っていたかのように、アレクは嬉しそうに返事をする。

 まいったな。そんなに明るい態度を取られると話しづらくなるじゃないか。

 

「オレの旅に、着いてこないか?」

「え?」

 

 突然過ぎる提案に、驚きの声があがる。

 ここからが本題だ。

 

 何故アレクをこの村から連れ出したいか。

 理由を話せば、必然的にアレクの悩みに触れる事になる。

 それでも、オーキス村長との約束があるから。

 アレクの心に傷を負わせてしまっても、それは果たさなきゃいけない。

 

「実は、お前がどうしてアーガス村で差別されているかを、知っちゃったんだ」

「……そうなんだ」

「だからこの村にいるよりは、オレと一緒に旅をした方がいいのかなって思ってさ」

「でも、僕はハーフエルフだし、きっとユウに迷惑をかけちゃうよ」

 

 俯き気味の顔をしたまま、困惑したような声色で言葉を絞り出す。

 そんなアレクを慰めたかったから、オレは今まで隠していた秘密を打ち明ける事にした。

 きっとこれを言えば、人の暮らしに戻る事はできないけれど。

 

「大丈夫だ。オレも本当は、魔族だから」

「……え、ユウが?」

「ああ、吸血鬼なんだ。といっても、なったのは最近なんだけどな」

 

 霊薬で女になったというのは嘘で、本当は吸血鬼になった時に女性化してしまったというのを打ち明けた。

 

「でも、吸血鬼は300年前に絶滅したって……」

「らしいな。でも、オレは確かに吸血鬼としてここにいる」

 

 伝承では既に存在しないと伝えられている種族。

 何故彼女が吸血鬼として存在していたのか、何故彼女がオレを吸血鬼として作り替えたのか、今となっては分からない。

 それでも、オレが魔族として存在し、アレクの助けになれる事に変わりはなかった。

 

「だから、遠慮なく着いてきていいんだ。」

「うん、ありがとう……ユウ」

 

 心の芯から安心したようにアレクは脱力する。

 力の抜けた表情筋が、自然と笑顔の形になっていた。

 

 出発は3日後に延ばそう。

 行く宛はないけど、西へ西へ向かおう。

 魔族領での拠点は街を目標にしよう。

 炊事当番は交代制にしよう。

 

 アレクの同行が決定した後は、どのような冒険をするか言葉が交わされる。

 どこまでも、未来への展望が広がる。

 吸血鬼になってから、初めて穏やかな気持ちで先を考える事ができた。

 

「そういえば、ユウは吸血鬼って事はさ」

 

 何気なく疑問に思った事を、アレクはそのまま言葉にする。

 

「誰かの血を定期的に飲まないといけないんだよね?」

 

 その疑問は、オレの身を凍らせるものだった。

 

 オレが、人の血を飲まなきゃならない?

 刹那、口に広がったのはあの時と同じ味。

 粘り気を持った赤い液体が、渋い甘味を以て舌に絡みつく感触。

 

 やめろ、思い出すな。

 その味を拒否した脳が、それを口から洗い流すべく胃に命令を送る。

 強烈な酸味を持つ液体が、口から逆流した。

 

「うっ、おえええええええ」

 

 鼻孔を焼く、強烈な刺激臭が辺りに充満する。

 口には舌が痺れる酸味が広がった。

 だけど、消えない。消えてくれない。

 むしろその痺れさえ、脳は血の味だと錯覚している。

 

「あ……、ああ……」

 

 消えない。消えない。

 

 手に剣を握る重さが。

 それが肉を貫いた時の反動が。

 返り血が手を朱に染め上げる光景が。

 

 最後に、口に血の渋みが広がる味覚が。

 

「ああああああ……!」

「……ウ! ユウ!」

 

 延々と続くフラッシュバックが、オレの心を苛む。

 追憶と現在の判別がつかなくなっていく。

 アレクがオレの体を揺さぶっているのが、かろうじて知覚できる程度だった。

 

「大丈夫っ! ユウが魔族でも、僕は大丈夫だから……!」

 

 その言葉に、オレは理不尽な怒りを覚えた。

 さっきは自然と、魔族である事を受け入れられたのに。

 アレクと共に道を歩んでいこうと、胸を張って言えたのに。

 

 吸血行為をする必要がある事実を突きつけられると、どうしようもなくこの体を捨ててしまいたくなった。

 

「うるさいっ……。アレクが大丈夫でも、オレは大丈夫じゃない!

 あんな物を啜らないと生きていけないなんて、オレには無理だ……ッ!」

 

 オレの心にある、大きな後悔。

 血の味はその記憶を強烈に結びつける楔だ。

 今まで禁忌的行為をする必要性に、気づかないでいられたのに。

 いや、目を逸らし続けられていたのに。

 

「そんな事ならオレは、魔族になんか……ッ、吸血鬼になんかなりたくなかった……ッ」

 

 オレの言葉に含まれる魔族を拒絶する毒が、アレクの表情筋を痺れさせる。

 

 それと同時に、オレが魔族にどのような感情を抱いていたのか理解してしまった。

 オレは、魔族の存在を受け入れられていない。

 彼らにどこか同情している癖に、心の奥底では見下している。

 

 彼らが、人と同じ環に入れない存在だから。

 自分が魔族だと認めると、自分はそこに戻れなくなるから。

 

 オーキス村長と同じじゃないか。

 半端な優しさを持っておきながら、自分の保身のために魔族を突き放す。

 自分の事しか考えていないのに、誰かに優しくできるマトモな存在だと自認したいが為に同情する。

 だからオレは、彼の言葉に苛立ったんだ。

 

「ユウ……」

 

 やめろ、オレを心配そうな目で見ないでくれ。

 何で、何でオレの事を嫌ってくれないんだ。

 

 今までお前に同情していたのだって、自尊心を守りたいがためだったんだ。

 こんな、全部の感情が嘘に嘘で嘘を塗り固めたような奴なんだ。

 いっその事、オレと決別してもらえた方が楽なのにっ――。

 

「ユウ、待っ――」

 

 気づけばオレは、アレクの家から逃げ出していた。

 静止の言葉など聞かず、行く先も定まらないままに、ただ駆ける。

 

 手に残っていたのは、何も映さない聖剣がただ1つだけだった。

 




to be continued...


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第11話 もう戻れない、あの時

今回と次回は回想シーンになります。
そして今回、初めて純粋な女の子キャラが登場します。
ガールズラブタグが今まで詐欺だと思っていた人、よかったな!
本作はちゃんと女の子が登場する作品だぞ!


「おい、ユーキ! 雑に炙っただけの肉を料理として出すのはやめろ!」

 

 これは、いつの記憶だろう。

 

「ディートリヒの言うとおり。少しは工夫して献立を考えて」

 

 そうだ、これはあの時の。

 

「うっせー! 食えるなら特に問題ないだろ。特にシェリア、メシマズのお前にだけは言われたくないやい!」

 

 まだ、皆と一緒にいた頃のーー。

 

「はいはい、ユーキがまたバカやらかすのは分かってたわよ。こっそりスープ作っておいたから、これで満足して」

「なにおう!? でもリリシア、よくやった!」

 

 ーーオレの大切な、思い出だ。

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

「しょれで、ほんどの作戦ふぁ確かーー」

「ユーキ、食べ終わってから喋って!」

 

 リリシアの注意を受け、そのまま飲み込もうとした結果窒息しかける。

 呆れた顔のディートリヒが説明を引き継いでくれた。

 

「今回の目標はジェーブリクト(がい)。戦力の要となっている魔道具製造工場の破壊だ」

「そのために私たちが奇襲。(けい)()の薄い西方部から進入、そこから直接工場を襲撃。後は本隊が東側から押し寄せて、どーん」

 

 投げやり気味にシェリアが締める。

 今回のオレたちは単純な陽動部隊。

 

「でもよ、オレたちが単純に先陣を切るんじゃダメなのか? いつもはそうやってきただろ」

「本作戦ではジェーブリクトの破壊ではなく制圧を重視しているからな。おそらく、連合国軍の独自技術を聖国は欲しているのだろう」

 

 魔族が主となる国家で最大の国土を誇るのが、ワースマル帝国だ。

 国民がほぼ魔族で締められる国の事を魔族領と呼ぶのだが、ワースマル帝国はその面積の7割を占める。

 その他の代表的な国は、リージヴァルト公国、マルナリア共和国だ。

 

 元々魔族の国家同士は種族の違いから一枚岩では無かったが、人との戦争が激化した為に連合国軍を結成。

 共有された魔道具の技術によって人の攻勢を押し返す事に成功したという訳だ。

 

「なるほど、その拠点を潰した上で奪えれば一石二鳥って訳だな」

「出撃時にも説明された事よ? アンタって相変わらず抜けてるわよね」

「ぐっ……」

 

 からかう様な笑みと共に告げられたリリシアの正論に口を噤んだ。

 

「作戦内容はちゃんと覚えてるわよね? ユーキ」

「ああ、実行は5時間後の明朝3時だろ? 分かってる」

 

 今思えば、この頃のオレは魔族を殺す事に抵抗感を持っていなかった。

 確かに魔族はほとんどが人型で、知能指数も人と対して違わない。

 

 だが、外見的特徴が著しく異なる種族が多い。

 エルフやドワーフなど、ほぼ人と同じ外見の者もいるが、ほとんどがコボルトやオークのように、獣に近い特徴を持っている。

 

 何より、人とは違う価値観を持つ。

 その中には食人、異常性欲など、人と相容れない嗜好を持つ者も多い。

 彼らを隣人と思う事なかれーーニェーヴ聖教典においてもその様に語られている。

 

 おそらく、オレが魔族を人とは別の存在と捉えてきたのは、これらの先入観と、戦場における彼らしか見てこなかったからだ。

 何の躊躇いも無く、人を殺す為に武具や魔導を振るう。

 その蛮行は同族に向けるべき物ではなかった。

 今思えば、暴力を(もっ)て相手を制圧しているのはお互い様だというのに。

 

「よっし、そうと決まれば仮眠だ! 2時間半で交代な!」

「ディートリヒと」

「それじゃあ私はユーキとね。結局いつも通りの組み合わせじゃない」

「今回は特に重要な任務だからな。普段通りの緊張感がちょうどいいさ」

 

 先発の見張り番はオレとリリシアがする事になった。

 二人がテントに入る姿を見届けた後、オレはリリシアの隣に腰を下ろす。

 

「はぁー。炙っただけの肉に何の不満があるんだか」

「ユーキの場合は臭みを取ったりしてないでしょ。せめて酒とか使いなさいよ」

「と言われても、元の世界じゃオレは酒を飲めなかったからなー。そういう勝手は分からん」

 

 オレが地球の話を少し出すと、リリシアは興味あり気に身を乗り出してきた。

 近づく顔の距離に少しドキリとしながらも、オレはリリシアの言葉を聞いた。

 

「ユーキのいた世界って、ニホンっていうんだよねっ? またそこの話、聞かせてもらえる?」

「い、一応言っておくけど日本は国名だからな。まぁ、暇だしいいぞ」

 

 そうしてオレは日本、ひいては地球についての思い出を語りだす。

 大きな戦争がなかったり、種族が人間しか存在しない世界というのが彼女には面白いようだ。

 どこまでいっても平穏が続く、そんな夢物語の世界のようだという。

 

「ベニヤ板にペンキを零したソイツが泣きそうになってさ。

 でも皆ですぐに許して、それを当日までに何とか塗り直したよ。大変だけど、文化祭は成功したし楽しかった」

「ペンキを零したの、ユーキじゃないんだね」

「相変わらずオレを何だと思っているんだ……。むしろオレはフォローする側の方が多いぞ」

 

 その後も、地球での色々なエピソードを語る。

 リリシアはそのどれをも楽しく聞いてくれるので、ついこちらも饒舌になる。

 いくらかの思い出を語った後、リリシアは神妙な表情で質問をしてきた。

 

「……ねぇ、ユーキ。1つ聞いてもいいかな」

「ん、何だ?」

「戦争を終わらせたら、ユーキは元の世界に戻るんだよね」

「ああ、もちろんだ。こっちの世界も居心地は悪くないかもしれないけど、それでも地球に残してきた物の方が多いから」

「……そうだよね」

 

 そう告げると、バツの悪そうな表情をリリシアが浮かべた。

 彼女にそんな表情を続けてほしくない。

 そんな思いから、オレの正直な本音が口から発せられていた。

 

「なぁ、リリシア。オレ、お前にかなり感謝しているんだ」

「え?」

「この世界に来たばっかりの頃のオレは、死ぬのが怖くて上手く戦えなかった。

 そんなオレを、お前が助けてくれたんだ」

 

 恐怖で震えたオレの手を、リリシアは支えてくれた。

 折れそうなオレの心に、救いの手を差し伸べてくれた。

 

「だから、本当にありがとう。オレ、あっちに戻ってもリリシアたちの事を忘れないから」

「どういたしまして。私も、みんなも、何があってもユーキの事を仲間だと思っているから」

 

 お互いに信頼を確認し合ったら、夜の涼しさが妙に気恥ずかしく感じた。

 何か、何か気まずさを誤魔化すような話題はないか、と思っていると、リリシアの方が声をかけてきた。

 

「――あ、砂時計がもう、とっくに切れてる」

「ああ、じゃあ残念だけど、2人を起こさないと、な……」

 

 仮眠の交代を使用とテントへ振り向くと、そこからは2つの生首が生えていた。

 仮面のようにニヤケ面を貼りつかせた彼らは、見つかった途端に堂々とテントから出てくる。

 

「おふたがた、あなたたちはいつから、おはなしを?」

「大丈夫だ、何も聞いてないぞ。大事な仲間の話を盗み聞きするほど、俺は酔狂な人間じゃない」

「この事は忘れない。ユーキがあっちに帰っても」

「ぷっくくくく、やっぱりユーキを揶揄うのは楽しいわ! 事前に2人と取り決めしておいてよかったー!」

 

 どうやら、オレの本音を聞きたいがためにリリシアと作戦を立てていたとの事。

 こうして夜にいい雰囲気を作れば、こんな風に話してくれるだろうと算段を立てていたらしい。

 3人からチョロイわー、チョロイな、チョロっ、とチョロの三重奏が奏でられた後、オレの怒りは沸点に達する。

 

「お、お前ら~! 今すぐそこに直れー!!」

 

 オレの怒号は、他の3人の笑い声によってかき消されていった。

 




チェロの三重奏ならぬ、チョロの三重奏。

今回は読者の皆さんに大事なお知らせがあります。

本日分の投稿で書き貯めが切れた上に夏コミで遠征しに行くので、明日は更新できない可能性が濃厚です。
本作を楽しみにしている皆さんには申し訳ありませんが、今しばらく次回をお待ちください。

幸い学校が夏季休暇に入ったので、13日以降は毎日投稿する予定です。
詳細は活動報告の方にあるので、そちらを参考にしてください。


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第12話 終わりの記憶・前編

今回はもうちょっと書く予定だったのですが、結局のところ前半部分しか書けませんでした……。
投稿予定時間に間に合わないよりはマシと判断したので、前半のみのアップになります。
もう少し話数が溜まったら、後半部分である13話と統合する予定です。

やっぱり書きだめが切れると辛いよ……。


 城砦都市ジェーブリクト――仰々しい名前の通り、魔族にとっての軍事拠点となる場所。

 魔道具の研究開発、並びに量産をする軍事工業が存在する一大都市だ。

 

 命を流血で清算する武具によって生活の糧を得る――そんな都市に住む魔族達は、きっと悪逆非道の存在に違いない。

 あの日まで、オレはそう思っていた。

 

 阿鼻叫喚の悲鳴と共に、街は制圧されていく。

 戦場であれば、何処でも聞こえるものだ。

 その様にいつも思っていたので、気には留めなかった。

 

 オレが制圧を担当された工場の最終区画、そこに彼女はいた。

 犬の頭と毛深い四肢を持つ魔族、犬頭族(コボルト)の少女だった。

 

「ひっ!?」

 

 きっと、彼女にはオレが幽鬼のように見えたのだろう。

 姿を視認するなり、恐怖に染まった双眸(そうぼう)をこちらに向けてきた。

 小柄なオレよりも小さな体格をしており、腰を抜かしている様子から、戦闘能力は一切ないだろう。

 

 それでも魔族()である以上、不意に攻撃される自体が起こりうるかもしれない。

 そう考えたオレは、1本の火の矢を生成する。

 これで眉間を一刺しすれば、それでお(しま)い。

 狙いを定めるべく、彼女の顔を視認した瞬間。

 

 今まで感じた事もないほどの既視感が、オレを襲った。

 

「ひぃ……、ぁう……」

 

 意味を為さない嗚咽と、上下の歯がカチカチと不規則なリズムでぶつかる音。

 もはや涙なのか、鼻水なのか分からないほど透明液体で濡れそぼった顔。

 様々な感情が混じり合い、左右非対称に震える表情筋。

 

 それはまごう事なき、死に直面した時の、人の顔と同じものだった。

 

 戦時中だから、オレはその顔を以前にも見た事がある。

 だが、その表情を浮かべていたのは、魔族ではなく人の少女だった。

 その街に救援に駆け付けた時は、もう何もかも手遅れで、虐殺された魔族から僅かな人々を救出する事しかできなかった。

 そこで何度も見た、絶望の表情。

 

 目鼻立ちも何もかも、人とは違うはずなのに。

 今は彼らが、人と同一の存在としか認識できなかった。

 

「……っ!」

 

 オレが呆けている間に決心を固めたのか、彼女は魔道具の先端をこちらに向けてきた。

 どんな効果かは分からないが、この軍事都市にあった物だ。

 十分な殺傷性能はあるのだろう。

 

 それでも、彼女の口からは未だに泣きだしそうな嗚咽が漏れている。

 どういった意図で攻撃を躊躇っているのか。

 反撃への恐怖か、初めての殺傷への緊張か。

 理由は分からないが、彼女は引き金に手をかける事を躊躇っていた。

 

「ぅぅううう……! 《風だn(シュートバレッt)》ッ!?」

 

 反射的に、火の矢を放つ。

 彼女が魔道具に込められた魔法を放つよりも早く、確実にオレは命を奪っていく。

 それは思考すら一切絡まない、ただの作業だった。

 

「……ぁ?」

 

 戦場に似つかわしくない呆けたような声が漏れたのは、歴戦の戦士であるはずのオレの口からだった。

 同時に、オレの三半規管の機能が麻痺し、正しく上下左右を認識できなくなる。

 

 オレの脳が、魔族を殺したはずなのに、人を殺した罪悪感で埋め尽くされていく。

 

 そこからオレが何をしていたのかは記憶していない。

 ディートリヒたちが言うには、意味もなく街を彷徨っていたとの事だ。

 

 全てが終わった後、オレたちは街を一望できる丘でキャンプしていた。

 オレは街を見ないように、必死になって目を背け続けた。

 だが、風に漂う(すす)の香り、微かに肌を火照らせる光源が、背後の光景を如実に物語っている。

 

 ジェーブリクト(がい)――そこの工業地帯ではなく、住宅街が絶え間なく炎上している。

 オレは、殺しに関わった経験のない魔族(ヒト)たちを手にかけてしまったのだと気づかされた。

 




to be continued...


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第13話 終わりの記憶・中編

ごめんなさい、中編にまでもつれちゃいました。
何卒、何卒ご慈悲を!


 魔族と人は同じ存在――その認識が、脳裏に貼りついて消えない。

 だからオレは逃げた。

 思考を止め、(オレ)の足が辿り着いたのは戦場。

 

 文字通り自我を消して剣を振るい、大地に(かばね)の山、血の河、(つるぎ)の森を築く。

 腕力を無光の聖剣(ストレシヴァーレ)に、意思を嘗ての剣聖(エリアス・ブッシュロード)に託し、(オレ)はただ一人、勝者として君臨する。

 戦いの果てに、戻る場所(地球)がある。

 そこまで逃げ切れば、全てを忘れられると妄信して。

 

 時折、聖国軍の人達が(オレ)を止めにきたが、彼らは魔導の(やじり)を示すだけで怯えて撤退した。

 例え魔族相手であろうと、個人が暴走して一個師団にも匹敵しうる戦果を上げているのは問題なのだろう。

 もう聖国にも、戻る場所はない。

 だったら最短で帰り道を歩くだけだ。

 

 時間間隔はほぼ麻痺していたが、1ヶ月ほど経過していただろう。

 たった一人で死の行軍を続ける。

 それでも、(おれ)の旅に終わりはない。

 

 (おれ)の旅が終わるのは、この世から一人残らず魔族を殲滅してからだ。

 (おれ)は奴らを許さない。

 ――奴らが母さんを、父さんを、親友を殺し、挙句に村に火を放った時の記憶は、鮮明に残っている。

 

 時折、聖国軍の連中が(おれ)を止めにきたが、一人残らず剣の錆びにした。

 元より聖国に戻るつもりなどない。

 (おれ)はただ、自らの道を邁進(まいしん)するだけだ。

 

「待って、ユーキ!」

 

 懐かしい声を聞いた瞬間、(オレ)は即座に振り向く事ができなかった。

 馬鹿だな、(オレ)の事なんて放っておいてくれればいいのに。

 

「アンタ、逃げればどうにかなると思ってるんじゃない?」

「逃げたい時は逃げればいい。そういったのはお前だろ、リリシア」

「ッ! それはそうだけど、でも今のアンタは逃げても辛そうにしている。

 だったら、私は何としてもユーキを引き止めてみせる。

 それが今の私にできる、最大限の償いだ!」

 

 宣誓と共に、彼女は剣を構える。

 リリシアの実力は(オレ)であれば同格だが、(おれ)が相手となるとこちらが上手だ。

 適当にあしらって、早くワースマルに乗り込もう。

 

 そう思い、(オレ)も剣に手をかける。

 

「そうだ、アンタに一つ言わなきゃいけない事があるんだった」

 

 何気なく彼女の口から放たれた一言。

 

「実は私、人間じゃなくて吸血鬼なんだ」

 

 言葉と共に湧いて来たのは、(オレ)にとっては度し難く、(おれ)にとっては当然の、激しい怒り。

 (おれ)の内側から湧く負の感情が、(オレ)を飲み込んでいく。

 ――復讐だ。復讐だ。復讐だ。

 (おれ)の心に満たされたのは、剣聖が生涯抱き続けた怒りだけになった。

 

 冷静沈着な殺戮兵器(キリングマシーン)となった(おれ)は、怨敵(リリシア)に剣を放った。

 初撃、次撃、追撃と、絶え間なく剣戟を浴びせる。

 普段通りであれば四度目の一閃で彼女は(たお)れる。

 

 しかし、彼女は(たお)れない。

 それどころかこちらを押し返さんとすべく、聖剣に向かって剣を打ち合う。

 腕力で言えば勝っているはずのこちらが、一歩間違えればはじかれそうになる。

 彼女の剣が聖剣に絡みついてくる様が錯覚として現れるほどだ。

 

「お前ッ、そんな力をいつッ……!」

「ごめんね~。私ってば昼行燈なの、吸血鬼だからね!」

 

 (つば)の付近を叩く一撃が、聖剣を高く打ち上げる。

 此方(こちら)の連撃を封じられた。

 だが、無理な体制で放たれたのか、彼女の切っ先はあらぬ方向を向いている。

 彼方(あちら)の追撃もまた不可能。

 

 ――互いに残心。

 剣戟の技量は互角。

 なればこそ、戦いの舞台を魔術戦(第二ラウンド)に移すのが道理というものだ。

 

 得意の炎魔法《烈火乃槍・陣(フレアランス・ドライブ)》を展開する。

 6本の炎槍が、彼女の四肢、心臓、頭蓋を的確に貫く――。

 

「《基底回帰・六(バニッシュフェノメナ・ヘキサ)》」

 

 直前、霧散。

 励起状態だったはずの魔力は詠唱によって基底状態になり消滅する。

 

「それじゃあお返しに、《烈火乃槍・陣(フレアランス・ドライブ)》!」

 

 意趣返しに彼女も同じ攻撃魔法を使用。

 全霊で放たれるその炎槍の本数は、実に9本。

 紅蓮の一斉掃射が(おれ)を襲う。

 回避不能な槍だけを無詠唱(ノータイム)の《基底回帰・肆(バニッシュフェノメナ・テトラ)》で無効にし、弾幕の隙間に身を潜める。

 

 そこからは、火炎、雷光、烈風の入り混じる乱戦状態。

 魔法だけでは手数不足とお互いに判断し、戦場は中距離(ミッドレンジ)から近距離《クロスレンジ》へと移行する。

 この場に天災の惨状が顕現した。

 

 当然、渦中で剣を振るう(おれ)たちは無傷では済まない。

 無詠唱の(おれ)は速度で、魔術の自力が高いリリシアは火力で互いを圧倒する。

 皮膚を()き、肉を裂き、骨髄を痺れさせる。

 

 極限状態の中での剣戟は、瞬く間の失態が死に繋がる。

 音鳴り止まぬ台風(タイフーン)中心()で、確実な生を得るために剣を振る。

 ――幾度となく続く暴圧。

 それに決着がついたのは、思いがけない瞬間であった。

 




to be continued...


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第14話 終わりの記憶・後編

遅刻投稿になりました、ごめんなさい!
今回で回想編は終了です。
というよりプロット段階でコレを1話で収めようと思ったのは流石にアホだね!
後で2話分の編集に直しておきます。


 迫る(らい)()を打ち消し、旋風を剣圧(けんあつ)で押し返す。

 白刃(はくじん)(とう)()が衝突する度、新たな火花が咲き乱れる。

 

 敵は目の前の《リリシア》だけではない。

 焼かれた大気が(はい)()を焦がそうとしている――燃焼で酸素不足になっているのだ。

 その極限環境にさえ適応しているのか、リリシアの刃に衰えは見られない。

 吸血鬼の肉体というのは、何処まで強靭なのか。

 

「案外体力ないのね~、男の子の癖に!」

「ッ! 言ってろっ!」

 

 脳神経のパルスを走らせ、風魔法《風圧操作(ブラストリインフォース)》を起動。

 大気の流れに指向性を与え、(おれ)の体内に酸素が送られるようにする。

 気道の確保は完了した。

 これで条件は五分(イーブン)だ。

 

「ッラアアアァアアッ!」

「っック!?」

 

 剣技、魔法の速度では(おれ)が勝っている。

 魔法自体の威力では若干劣るものの、手数の打ち合いで本来なら(おれ)は十分優位に立てるはずだった。

 

 だというのにリリシアに決定的な一打を加える事ができないのは、彼女の大局観が異常なまでに広いからだ。

 敵の剣技、魔技(まぎ)の実力を瞬時に把握する。

 その上で形勢を判断し、

 これが極平凡な、一流の戦士が持つ大局観だ。

 

 一方、リリシアの持つ大局観は異様の一言。

 全力の彼女と相対して、初めて理解できた。

 彼女は戦場の全てを、360度の全てを()(かん)している。

 

 敵の戦闘能力だけではない。

 大地に転がる砂礫、刻一刻と変化する風の流れ。

 戦場の環境、その変化すらも把握しているのだ。

 

 故に彼女は見逃さない。

 此方(こちら)が砂一粒のせいで僅かにずれた踏み込み、微かな焦燥で過剰になった火力、5分後の疲弊さえも。

 それらの隙とも呼べぬ隙を見抜き、一打を加える。

 

 生半可な敵が相手であれば、彼女は開戦の法螺貝が鳴ると同時に詰みまでの棋譜を描く事ができるだろう。

 

「舐めるなァ!! ッォオオオオオオッ!」

「チィッ!? これだから脳筋で戦える奴はッ!」

 

 読み合いで勝てないというなら、それに応じた攻め手を講じればいいだけ。

 ――常に最大火力の連撃を放つ。

 単純にして、最も暴力的な解答。

 一手一手、それら全てが打消必至(マストカウンター)である以上、彼女はそれらの応手を打たなければならない。

 

 そうすれば、彼女は絶対にジリ貧になる。

 彼女の対応速度は、詠唱のせいで(おれ)より劣る。

 消し漏らした一撃の残り火に()かれた彼女にはいずれ限界が訪れるはずだ。

 

 彼女の白刃を弾き、無理矢理上段に構えさせる。

 ここで全力の一撃を構築――打ち消しすら不可能な一撃を、回避不能な間合いでぶつける。

 

 壱の式――《爆紅蓮花(フローラルイグニッション)》を構築。

 弐の式――《雷霆以裁(ディヴァインボルテージ)》を展開。

 参の式――《烈風陣災(ブラストゲイル)》を連立。

 並列した三大魔術。これらを1つの魔導として束ねる。

 

 脳を焼くほどの頭痛――それらを抑え込み、全霊の一撃を放つ。

 三位一体の究極攻撃魔法、《迅烈乃雷焔渦(トリコロールテンペスト)》。

 全ての音を掻き消すほどの暴力を以て、迅雷、火焔、烈風が吹き荒れる。

 

 対岸で《基底回帰・∞(バニッシュフェノメナ・インフィニット)》を唱える声が微かに聞こえたが、その魔導の詠唱、効力のどちらも打ち消すほどの暴威が彼女を襲う。

 だが、この程度の一撃で(たお)れるような奴じゃない事は、よく分かっている。

 (おれ)ではなく、(オレ)自身が。

 

 聖剣の刺突を(もっ)()いとするために突撃する。

 勝利を確信し、表情が歪むのが分かる。

 

 だからこそ、雷火が晴れた後に彼女が浮かべていた顔に驚愕する。

 彼女は、(おれ)の合わせ鏡のように同じ表情を浮かべていた。

 

 だが、全霊を込めた一撃はもう止まらない。

 どんな応手が来ようとも、(おれ)はそれに対抗する事ができない。

 ストレシヴァーレの刃が、彼女の腹を貫いた瞬間――。

 

 リリシアの唇が、『オレ』の唇に重なった。

 

 驚嘆が漏れそうになるも、口蓋は完全に塞がれている。

 動揺を見逃さず、彼女の舌が(オレ)の歯列に割って入った。

 刹那、口に生暖かい液体が流れ込む。

 

 液体の半数は(オレ)の口内にもある、唾液。

 だがもう半分は、鼻腔をも貫く鉄臭さを帯びた、強烈な粘り気を持っていて――。

 

 彼女の(ぜつ)()は、それでは終わらない。

 (オレ)舌体(ぜったい)を丹念に舐め上げ、必死に閉じようとする顎の力を弛緩させる。

 そして喉奥を、先端で優しく一突きする。

 反射的に、(オレ)は口内に満たされていた液体を(えん)()する。

 

 幾度も、幾度も、妖艶な舌の踊りによって、多量の液体が『オレ』の内部に送り込まれる。

 やめろ。

 その量は、手に降りかかる返り血にも匹敵するのではないかと錯覚する。

 やめろ、死んじゃうぞ。

 さっきまで殺陣(たて)を繰り広げていたとは思えないような心配が、『オレ』の心に広がる。

 

 何秒、何分、何時間か分からなくなるほど、刺激的に行われた液体の供給。

 彼女の口が離れると、その唇は真紅(ルージュ)に染まっていた。

 

 ――血を飲まされた。

 理解と同時に、全身の細胞が血液に()まれるような苦痛に襲われる。

 

 苦痛と共に、剣聖としての自我が消え、オレの自我が戻ってきた。

 その時に知覚したのは、鮮烈な惨状であった。

 

 腹を聖剣に貫かれたリリシア。

 魔導によって荒れ果てた草原。

 

 いや、それだけではない。

 全てから逃げるために、聖剣に全てを託してしまったが故に、今まで切り捨てた魔族たちの顔一つ一つ。

 その全てが、オレの脳裏にフラッシュバックした。

 

「オレは……オレはぁ……! ぁあああああああッ!」

 

 どうしようもないほどの過ちを犯した後悔。

 慟哭(どうこく)が――戦場に響き渡った。

 




to be continued...


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第15話 剣を抜く意味は、何処にある。

今日も今日とて遅刻投稿です、ごめんなさい!
3800字と気合いを入れたので許してください!
あ、何でもはしません。(真顔)


「ッ! はぁっ……はぁっ……」

 

 気づけばオレは、再び森の中にいた。

 アレクから全力で逃げたオレは、体力が尽きるまで足を止めなかったようだ。

 そのせいか全身は土と汗にまみれ、強烈な不快感を発していた。

 

 木々の隙間から夜空を見上げる。

 星の傾きから2、3時間は走ったのではないことが伺えた。

 また、森の植生の違いからここはギーグと戦った場所ではないとも。

 

 逃避の果てに、森の深淵へと辿り着く。

 あの時と全く同じ光景だ。

 勇者としての責を捨て、解放されたいと願ったあの時と。

 

「結局オレは、何も変わっていないじゃないかッ」

 

 行動に伴う責任なんて全く考えず、気安く引き受ける。

 気づいた時にはそれに押しつぶされ、無責任に全てを投げ出す。

 

 オレの人生は、そんな愚行の繰り返しだ。

 幼い頃から、1年前から、つい数週間前から、まるで成長していない。

 

 リリシアを傷つけた。

 ディートリヒとシェリアを裏切った。

 そして今度は、アレクの心を弄んだ。

 

「一体オレは、どうすればよかったんだよっ!」

 

 自分はいつから失敗していたのか。

 つい数週間前か、1年前か、それとも最初からか。

 だが愚かにも、何処で何を間違えたのか、そんな事も分からない。

 

「誰か教えてくれよっ……。オレはどうやって、どうやってアイツらに謝ればいいんだ」

 

 自分にできる限りの償いはしたい。

 でも、逃げ出した自分にそんな資格なんてある訳がない。

 自分をどん詰まりに落とす二律背反の思考に、心底辟易させられた。

 

 突如、その堂々巡りを止める声が聞こえた。

 

「その星晶の剣、勇者ユーキ殿とお見受けして間違いないな」

 

 振り返った先にいたのは、複数の男たち。

 深緑を基調に斑紋のあるローブを着ており、腰には鈍色に光る暗器を携えている。

 

 言葉を発したのは中央に立つ男だ。

 決してオレを逃がさない意志を感じさせる鷹のような瞳で、こちらを睨んでいる。

 

「そういうお前たちは、聖国第零番工作部隊……シュンナムか」

「どうだろうな。先ほどの質問を否定しないという事は、そのように受け取って構わないな?」

「へっ、それもどうだろうな」

 

 意趣返しの返答をしつつ啖呵を切ってみたものの、この状況をどう打破すべきか。

 シュンナムは聖国お抱えの工作部隊――その重要性から勇者であるオレにすら組織の存在しか明かされていない。

 所属者の素性や組織の所属を示す意匠(シンボルマーク)などは、一切秘匿。

 一般人にはまことしやかに実績が語られるだけ――徹底的な情報封鎖と脅威の主張によって、裏から人社会の治安維持を担ってきた者たちだ。

 

 オレがその正体を当てる事ができたのも、勇者であるオレを拘束しうる戦力に当たりをつけたら彼らしか存在しなかったから。

 もっとも、全盛期のオレであれば本当に捕らえる事ができたのかは怪しいものだが――。

 

「さて、我々が今の君に接触したのがどういう意味か分かるかな?」

「勿体ぶって質問ばかりぶつけてくるんじゃねーよ。単刀直入に言え。狙いは、この聖剣だろ?」

 

 剣の持ち主に英雄と同等の力量を与えるストレシヴァーレ。

 それを手にしたオレはもはや戦略級兵器にも比肩する戦力を持っているだろう。

 

「文字通り一人を生け贄に英雄を召喚できる。上等な宝具じゃねぇか、奪還したいのは当然だよな」

 

 だが、それに相応するデメリットは当然ある。

 英雄の色に染まるのは、使用者の実力だけではない。その心もだ。

 少なくとも力を使用している際はほぼ憑依させた英雄に自我を食われる。

 初期に数度だけ力を解放し、そこで体感的に剣技を身につけたオレは運がいい方だ。

 その方法を取らなければ、もっと早い段階で英雄に飲み込まれていたのかもしれない。

 

「大方、別世界からオレを呼び出したのも自国民を生け贄にするのは世論的に不味いからだろ?」

「実に合理的な考え方だね。もっとも、それが真実かを答える義理はないがね」

「ふざけんな、お前たちの戦争に、オレたちの世界を巻き込むんじゃねぇぞ! この世界に呼び出される奴がっ……」

 

 どれだけ辛い思いをするのか。

 自分が苦労を強いられてきたと暗に示すその言葉だけは、口から出せなかった。

 

 言えば、安い同情を誘っているようにしか思えない。

 勇者としての役目を強制されたとしても、最終的に責任を問われる行動をしたのは自分なのだから。

 多くの魔族の命を奪い、仲間たちを裏切った罪だけは、オレが背負わなければならない物だ。

 

「とにかく、こんな物を人の手には置いておけない。オレが手厚く葬らせてもらうぜ」

「断る。それは泥沼の抗争を最終戦争へと変えるものだ。聖剣さえあれば、人は一滴の血も垂らす事なく平穏な世界を手にする事ができるのだからな」

 

 シュンナム構成員たちは、同時に暗器を構える。

 統率された彼らの動きに、脱出する隙はない。

 彼らとて一流の戦士だ。

 常時のオレが相手であっても、団の結束を(もっ)てすればオレにも劣らない対応ができるだろう。

 

 圧倒的に弱体化したこの肉体で、この状況をどう切り抜けるか――。

 

 思案と同時に、オレは右手の構成員一人に対して《放電(ショック)》を放つ。

 相手を気絶させれば御の字程度の微弱な電流を流す魔法だ。

 命中すれば、か細い希望程度は作れる。

 

 だが、その願いも虚しくコートにローブに当たった電撃は霧散する。

 シュンナムほどの組織ともなれば、対魔機構(レジスト)なんて組み込まれていて当然だ。

 

 だが、諦める訳にはいかない。

 少しでも、少しでもオレが許されるためには――。

 オレの手で、聖剣を葬らなければならないのだから。

 

 そして手にしたのは、石の刃。

 鈍ら刀にも劣る、今のオレのような弱弱しい武器。

 それを携え、電撃を向けた構成員に刃を突き立てる。

 

「なんだぁ? そのへっぴり腰はよぉ」

 

 玉鋼の暗器に石のナイフは折られる。

 骨の柄との噛み合いが上手くできていなかったのか、石自体の強度が弱かったのか。

 どちらにせよ、手に伝わってきたのは確かな敗北の振動だった。

 

 腹部を殴られ、崩れ落ちた四肢を踏みつけられる。

 完全な拘束状態だ。

 高威力の魔法も打てない今では、ここから脱する(すべ)はない。

 

「あれま、勇者ともあろう人が随分弱くなってまぁ。吸血鬼様の伝承とやらも眉唾物か?」

「黙れッ! オレは何としてでも、その聖剣を封印するッ!」

「おー、怖い怖い。でも、ちょっとだけ大人しい子供の方がおじさん好みかなー?」

 

「ギィイッ!?」

 

 闇夜に暗く光る暗器が、右腕に突き立てられた。

 同時に広がる血の匂いに吐き気を催しかけるが、それを上回る苦痛が嘔吐を抑える。

 

「さて、伝説とやらが本物か、御開帳といきますか」

 

 傷から短剣が引き抜かれると同時に、異変が発生する。

 裂傷とは違う熱がそこに集中する。

 炙られるような痛みが気絶しそうになるが、それが引くと明確な異変が右腕にみられる。

 既に流血が止まっていたのだ。

 

「再生……能力……?」

「はっはっは! 弱っちいから拍子抜けだったが、上等な化け物になっちまったみたいだなぁ!」

 

 急所を狙っていなかったので、深い傷ではなかった。

 だが、浅い傷でもない。

 数秒で血が止まるなど、本来はありえない。

 人の身どころか魔族としても規格外な能力だ。

 

 確かに化け物と侮蔑されても、仕方のない体だ。

 

「だからどうしたっ」

「あ?」

「例え怪物になったとしても、オレはオレだッ!」

 

 他人に化け物と忌み嫌われようと。

 無責任な自分が好きになれなくても。

 オレはオレでしかない。

 だったら、その業も罪も全部背負って、最後まで抗うしかないじゃないか。

 

「はぁー……お前、本気で自分に生きる価値があるとかまだ思っている訳?

 なぁユーキ嬢ちゃん、いい事を教えてやろうか?」

「っ、何をだ……!」

 

 嗜虐的な笑みを浮かべつつ、棟梁の男はオレにその言葉を告げた。

 

「お前が異世界から召喚されたっていうのはな、ちょっと語弊があるんだ」

「何……?」

「お前はただの複製体なんだよ。聖剣の、星の中に記録された一体の人格のな」

 

 言っている意味が、よく分からない。

 

「星ってのはな、ある種の生命体なんだよ。誕生してから死滅するまで、確かな鼓動を続けている。その一生の記憶が星晶宮って場所に記録されてるんだ。

 だけどなぁ」

 

「ごくたまに、この星にないはずの情報(バグ)が紛れ込んだりしてるんだよ。それがお前だ」

 

 理解が、わずかに追いついてしまった。

 

「星も生きてる以上、夢を見るもんだ。その荒唐無稽な情報の集合体、それがお前を構成する要素だ」

 

 お願いだ、やめてくれ。

 だってオレは確かに地球で生まれて、育って、それから――。

 

「チキュウとかニホンとか言ったっけか? そんな世界はこの世のどこにも存在しないんだよ!

 星が記憶を整理する上で偶然生まれた、妄想の産物って訳だぁ!」

 

 やめてくれ。もうそれ以上は聞きたくない。

 

「聖国はそれを拾い上げて適当に人間の体に当てはめてやっただけにすぎない」

 

 全部が終わったら、オレは帰るんだ。

 故郷(ちきゅう)に。

 

「お前の存在はなぁ、一から十まで全部偽物なんだよ!」

 

 空虚なのは、心だけじゃなかった。

 体も、経験も、全てが虚構。

 嘘偽りでしかない存在なのに、周囲には災厄しか振り撒く事ができない。

 

 ああ――もう、無理だ。

 生きる意味が、見つけられない。

 

「そんなお前に残された価値はただ一つ」

 

 もう何もかもどうだっていい。

 どうにでもしてくれ。

 

「伝説の魔族、吸血鬼の生き残り。

 それを大罪人として公衆の場で処刑する。

 そうすれば人々は歓喜に震える事ができるって訳だぁ!」

 

 オレが死ぬ。

 殺される。

 そんな事でも、人間の希望として(いしずえ)になれるというなら。

 

 

 

 そんな最期も、悪くないかもしれない。

 




to be continued...


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第16話 始まりの思い出

遅刻投稿に慣れ過ぎてそろそろ罪悪感が薄くなってきたのは不味いですね。
あらすじに書いた通り7時前後には間に合っているので勘弁してほしくはありますが……。


 荷馬車が揺れる度に走る痛みが煩わしい。

 どうせ逃げる意思も力もないのだから、縄か何かで適当に縛ってくれればよかったのに。

 見せしめにするにしても、今から十字架に杭を打ち付けて拘束する必要はないのではないか。

 

 ああ、でももうすぐ死ねるなら、そんな事はどうでもいいか。

 オレにはもう、何もない。

 友達も、仲間も、想い人も、聖剣(相棒)も、生きる理由も。

 

 そういえば、あの日もオレはこんな喪失感を抱いていた気がする。

 オレがこの世界に来たばかりの、あの頃にも――。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 この世界に来てから1週間が経った。

 その間、オレはほぼ何もしていない。

 僅かな義務感から、模造剣に何度か触れて素振りをしてみた程度。

 

 転移してすぐさま、戦いに身を投じろと命じられた。

 経験や覚悟の不足は、聖剣を握れば全て解決する。

 だから、何も気にせずに戦え。

 これが彼らの言い分だ。

 

 だけどオレは、初めの一歩である剣を手にする勇気が持てなかった。

 命を危険に晒すのが怖かったのだ。

 

 そんな意気地なしのオレでも、聖国の人達は救世主として受け入れてくれた。

 少なくとも、最初は。

 

『何で勇者様はまだ立ち上がらないの?』

『憎い魔族の連中を滅ぼしてくれるんじゃないのか?』

『彼自身も元の世界に戻る為には戦うしかないのに、その現実を直視できてないとはな』

 

 何もせずに3日ほど過ごしてから、そんな言葉を聞く様になった。

 永い永い戦争にようやく終止符が打たれるという期待を裏切られた為、失望する人達の声。

 何故彼は責任を果たそうとしないのか。

 

 言われなくても分かってる。

 それしか選択肢がない以上、戦場に出立するほかない事ぐらい。

 

 でも、怖いものは仕方ないじゃないか。

 責任だって、聖国の人が無理矢理押し付けた物だ。

 本当なら従ってやる義理はない。

 

 だから部屋に閉じこもって、現実を直視しないぐらい許してくれたっていいだろ。

 悪いのはオレばかりじゃないんだから。

 

「はーい、ちょっとお邪魔しますよー」

 

 陰鬱な空気が漂う部屋とは正反対の、晴れやかな声がドアから聞こえた。

 そこに立っていたのは、月明りを思わせる銀髪を棚引かせた少女だった。

 

「私、リリシアっていいます。この度は貴方の部隊に所属する事になりました。

 よろしくお願いします!」

 

 初対面のこちらの緊張を(ほぐ)すためか、彼女は明るい挨拶をしてくる。

 彼女とあまり交流を取り合う気のないオレは憮然とした表情のまま、しかし何も反応を返さないのは気まずいので取り合えず頷いておいた。

 きっと彼女も、オレが適当にあしらえば事務的な会話すら嫌になるだろう。

 オレと彼女は、違う世界の住人なのだから。

 

「ねぇ、早速聞きたい事があるんだけどさ。貴方の事、色々聞かせてほしいの」

「オレの事なら召喚した魔術師たちに話した。聞くならそっちに行ってくれ」

「あー、そういう事じゃなくてねー」

 

 オレの不愛想な返事に、彼女は呆れたような笑みを浮かべて。

 

「貴方自身の事を、本人の言葉で聞きたいんだ」

 

 ごく普通の、優しさに溢れた言葉を告げた。

 不信感に満ちていたオレは、一瞬それを正常に理解できなかった。

 何でだ、お前もオレを英雄(ゆうしゃ)としての駒としか見ていなんじゃないのか。

 

「ほら。ああいう場での自己紹介ってさ、ただお互いの情報をとりあえず知るだけでしょ。

 名前とか分からないと話すのも困難だし。

 そういう事じゃなくて、貴方本人がどんな人か知りたいんだ。

 これから長い旅になる訳だし、仲良くしたいからね」

 

 初めてだった。

 この世界に来てからのオレは、勇者としての役目だけを嘱望されていた。

 誰も彼もオレ自身の事はどうでもいいと思っていたのに、彼女はオレと仲良くしたいと言ってくれた。

 

「あれ? 何か地雷踏んじゃった!?

 ごめん、まさか泣くほど人と話すの苦手な人だったの!?」

 

 違う、違うんだ。

 嬉しかったんだ。

 友達も家族もいない、孤独の中で彷徨っていた所を見つけてもらえて。

 オレを、一人の人間として見てくれて。

 

 それからオレが話した内容は相当支離滅裂だったと思う。

 自分でもハッキリ覚えていない。

 というより、思い出したら恥ずかしさで憤死するだろう。

 それでも彼女の腕の中は、今まで感じた何よりも温かかったと覚えている。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 それからリリシアに連れられて、ディートリヒとシェリアを紹介された。

 彼らもリリシアと同様に、オレを一人の仲間として受け入れてくれた。

 

 そうだ。

 あの時はリリシアが手を差し伸べてくれたから立ち直れたんだ。

 オレの事を召喚された勇者じゃなく、ただ一人の人間として見てくれたから。

 

 今思えばリリシアはきっと、オレを助けるために吸血鬼にしたのだろう。

 身体(からだ)精神(こころ)の両方を侵喰する英雄の魂。

 それを鬼の血肉によって上書きすれば、肉体はともかくオレの人格は守られるはずだから。

 

 半ば乗っ取られていたとはいえ、そんな事にも気づかずに剣を突き立ててしまった。

 いや、あの場から逃げてしまった。

 せめて逃げずにいれば、彼女に助けを求める事もできたのに。

 こんな絶望を味わわずに、済んだのに。

 

 きっと、助けてくれたのはリリシアだけじゃない。

 ディートリヒもシェリアも、オレには見えない場所で何かしらの助力をしてくれたのかもしれない。

 アイツらはそういう、優しい人達だから。

 

 それに長い間一緒にいた訳じゃないけど、彼もそうだと確信できる。

 彼は動揺したオレを抱きしめてくれた。

 でもオレは彼を突き放してしまったどころか、酷い事を言ってしまった。

 あの時に彼の腕に甘えていれば、違った道を歩めたかもしれないのに。

 

「助けて」

 

 手を払った自分に、そんな資格がないのは分かっている。

 

「誰か、助けて」

 

 今まで誰かを傷つけてばかりだった自分が、許されてはいけないとも思っている。

 

「助けてよぉ……リリシア、みんなぁ……」

 

 あの日のように助けてほしかった。

 そうすれば、たった一言だけ謝る機会を得られるかもしれない。

 

 たった一度。一度だけでいい。

 オレに、ごめんなさいを言わせてほしい。

 

 だけど、あの日と違って助けが来るはずがない。

 オレは大罪人として処刑される運命だ。

 英雄としての覇道を望まれている時とは違う。

 オレに手を差し伸べるのを、世界が許してくれない。

 

 それでも、心からの気持ちを口にしなければ、たった今気づいた罪悪感を誤魔化せなかった。

 もう嗚咽を止める事ができない。

 

 誰もここに来られない事は分かっていても。

 誰かに、この謝罪を聞き入れてほしかった。

 

 そう思った直後、荷馬車の揺れが急激に増大した。

 かと思えば、車は急停止する。

 

 同時に、破砕音と共に男たちの悲鳴が聞こえる。

 まさか、まさか。

 

 本当ならしてはいけない期待に、心音が高鳴る。

 それが最高潮に達した時、垂れ幕が剥がされた。

 

「――ユウ! 大丈夫!?」

 

 そこにいたのは、ハーフエルフの少年。

 今まで目深(めぶか)に被っていたフードは取り払われている。

 オレはこの時、初めてアレクの素顔を見た。

 




to be continued...


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第17話 少年の旅立ち

所用があるので早めの投稿です。
今日は遅刻してないぞ! やったね!
……明日大幅に遅刻するフラグだこれ。


「ユウ! どこだ、ユウー!」

 

 アレクは鬱蒼とした森の中で、友の行方を追っていた。

 彼の衣服は木々に引っかかったせいかボロボロになっている。

 様々な迫害から彼を守ってきたフードはもはやその機能を果たせなくなっている。

 

 それでも、彼はその足を止めない。

 今ここでユウを見失えば、彼女はきっと無理をし続ける。

 絶対に、彼女を引き留めなければ――。

 

 突然、彼の鋭敏な耳に枯れ枝の折れる音が聞こえた。

 音の響きからして、恐らく人の物。

 ユウである事を期待して呼びかけようとするが、それを躊躇わせる音が続いた。

 

 耳をすませば、それは足音ではなく雑踏だった。

 ユウ以外の人物がいる。

 それも深夜の森の中に、多数。

 危険を察知したアレクは、木陰から彼らの様子を(うかが)った。

 

 確かに、ユウはそこにいた。

 男たちに、麻袋でも扱うかのように雑に担がれた状態で。

 

 怒りのあまり、思わず飛び出しそうになる。

 しかし自分が彼らに対抗できる可能性が薄い事に気づき、もう一度身を潜めた。

 

 彼らは8人組だ。

 同一の衣装を着ていることから、一つの集団として組織されている事も(うかが)える。

 また、彼らはユウを無力化してしまっている。

 ユウの剣技を見た事はないが、業物の剣を持っているから弱くはないはずだ。

 それを制圧してしまえる彼らは、戦闘経験のないアレクでは到底太刀打ちできない。

 

 どうすればいい。

 統率された男たちの手際は素早い。

 少し目を離しただけでも見失ってしまいそうだ。

 

(逃がして、たまるかっ!)

 

 移動する方角からして、おそらく盆地に向かっている。

 そこは森とは違い開けた場所であるため、そこに馬車などの移動手段があるのだろう。

 

 幸いアレクにはこの辺りの土地勘がある。

 一旦村に救援を呼びに行き、先回りするだけの余裕は十分にある。

 

 そう決め込んだアレクの行動は早かった。

 彼は道とも言えぬ道へと引き返す。

 木々がフードに覆われていない頬を掠め、傷つける事にも構わずに。

 

 

――――――――――

 

 

 

 村に着いたアレクはオーキス村長の家の前で立ち止まった。

 即座に扉に手をかけようとするが、躊躇いが生じたようにその手が止まる。

 

(村の人たちを……何より、オーキス村長を巻き込んでいいはずないッ!)

 

 彼らは手練れの戦士だ。

 この村の人たちでは一切太刀打ちできないはずだ。

 勝ち目がないのに個人的な感傷で村人でない者を助けるなんて、協力してもらえるはずがない。

 

 しかも自分はハーフエルフ、蔑視の対象なのだ。

 だからこそアレクには誰も深い干渉をしてこなかった。

 そんな少年の言い分なんて誰も聞くはずがない。

 

 それに消極的な形ではあるが、彼は村の人によくしてもらった方だ。

 隣町のマールトへ買い出しに行った時に、一度見た光景。

 半淫魔(ハーフサキュバス)の少女が住民たちに石を投げられていた。

 最終的に裏路地へと連れていかれた彼女がどうなったのかはアレクには分からない。

 だけど彼女が今も人間的でない暮らしをしているのは確かだろう。

 いや、彼女が生きているのかすら怪しい。

 

 それに比べれば、アレクはまとも仕事を貰え、料理などを楽しみながら暮らせている。

 その恩を仇で返すような事をしていいものか。

 

(でも、どうすればいいんだよ……)

 

 ユウを助けたいがために、村に戻るまではガムシャラに走る事ができた。

 だけど、満点の星空の下で平穏が続くアーガス村の空気を壊すのにも躊躇いが出てしまった。

 

(いっその事、皆が嫌いなら巻き込むのにも抵抗感がなかったのに――!)

「アレク? 帰ってきていたのか」

 

 外出から帰って来ていたのか、オーキス村長がアレクの背後に立っていた。

 

「村長、こんな時間に外出なんて何処に行っていたんですか」

「お前の所に行こうかと思ったら、誰もいなかったのでな。こうして戻ってきた訳だ」

 

 何の用があったのか気になり、アレクは村長の言葉を待つ。

 二の句を継ぐにはあまりにも長い()を置いた後、村長は思いがけない事を言った。

 

「――すまない、アレク。私は、お前を随分と傷つけた」

 

 謝罪の言葉に、アレクは驚愕の表情を浮かべた。

 

「ユウという少女に言われて気づいた。

 私は今まで、お前の境遇から目を背けていた。

 最低限身の保証をしているから十分だと。

 本当なら、もっと――個人として接するべきだったはずなのに」

 

 村長は、家族として接するべきとは言えなかった。

 苦虫を噛み潰したような表情で、俯いている。

 

(ああ、オーキス村長はきっと、怖いんだ。

 許されるのも、拒絶されるのも、どっちも)

 

 だからこそ大事なことを告げた今でも本音を割って話せない。

 罪悪感を持った自分が、救済されるのを許さない。

 臆病な感情の自分が、人から嫌われるのを許さない。

 

(だったら、本音で向き合えばいいだけだね)

 

 そこからは、アレクは淀みなく自分の気持ちを話せた。

 そうでないと村長は、いや、彼らは自分を許せないだろうから。

 

「オーキス村長。僕は昔、村の皆が嫌いでした。

 ハイネルさんや村長、それに、父や母も」

 

 蔑視され続けるという環境は、幼少期のアレクには耐えられないほど苦痛だった。

 そうなると分かっていながら子を為したり、ここに生活の拠点を構えた両親もまた許せない。

 聡明なエルフの血を引いてしまったが故に、彼はその境遇になってしまい、理解も届いてしまった。

 だから、皆を憎んでいた。

 

「でも、結局憎みきれませんでした。

 皆、心のどこかに優しい部分を持っていたから。

 きっと、どこか違えばもっと仲良くできたはずなのに」

 

 ハイネルさんが自分を排斥しようとしたのも、エルフという存在が村を脅かすのが怖かったから。

 アレクがたまたま優先度が低かっただけで、他の人への思いやりは人一倍ある。

 

 村長は消極的ながらも、アレクが村に居続けられるように尽力してくれた。

 その恩だけは、決して忘れてはいけない。

 

 両親は自分を愛してくれていた。

 確かに彼らの判断はアレクを苦しめていた。

 それでも、彼らの愛が本物だった事に嘘はない。

 

「だけど、僕もその気持ちを皆に伝えられませんでした。

 村長と同じで、自分を見せるのが怖かったんです」

 

 でも、彼女はアレクを友と呼んでくれた。

 アレクがエルフの血筋だと分かっても、それは変わらなかった。

 

 彼女に突き飛ばされた時、アレクは一瞬困惑した。

 だが村長と話した事で、今なら彼女の気持ちが分かる。

 

(ユウもきっと、自分を見せるのが怖かったんだ。

 今ならそれが分かる)

 

 自分の一番見せたくない醜さ。

 そこを晒してしまったが故の混乱だ。

 アレクにとって、それぐらいは許してもいい事だった。

 

 何故なら、アレクとユウは友達だから。

 

「だから、村長と僕の関係はお互い様です。村長だけが気に病む必要性はないですよ」

 

 そして、村長とアレクにあった関係の亀裂もまた、すれ違いによって生まれた悲しいものだ。

 だから本心から許したいと思えた。

 

 言葉を交わしたことは少なくても、アレクにとってオーキス村長は家族だから。

 

「村長、僕は今から事件に巻き込まれたユウを助けに行きます。

 皆さんの助けはいらないので、僕一人で大丈夫です」

 

 頭の整理がつけば、アレクの判断は早かった。

 ユウと出会った時、執拗に隠された森の騒動。

 

(あの場所に、きっと何かある)

 

 ユウを助けられる手がかりではないかもしれない。

 それどころか、そこに行くだけでアレクは命を落とすかもしれない。

 

 だけど、そんな事で今更躊躇うアレクではなかった。

 アレクの心にあるのは、ユウを助けるために全力を尽くす――その覚悟だけだった。

 

「いってきます、お爺ちゃん」

 

 オーキス村長は、アレクの言葉に思わず止まってしまう。

 初めて成功した祖父への悪戯に、アレクは笑みを浮かべながら別れの会釈をした。

 




to be continued...


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第18話 鬼神との契約

フライング更新2回目ぇ!
今回は久々にあのキャラが登場します!

また、第1章は今回含めて後3話で完結します。
しばらくプロットの再整理や書き貯めで投稿から離れる事になるので、1週間ほど時間をいただきます!
詳しくは1章完結時に活動報告で連絡します。

では、今回の話をお楽しみください。


 アーガス村の外れにあるクレーターは、天災ではなく人災によってできたものである。

 その中心に座し、蹲踞(そんきょ)の姿勢をしているのは一体の鬼だった。

 

 彼、ギーグの半生はまっこと酔狂な物であった。

 

 オーガは生来の魔力が少ない種族である。

 それ故に他者の死肉を喰らい、より強大な魔力を得る風習ができた。

 一時期はそのために殺戮を是とする風聞があったほどだ。

 

 現代では魔族間での交流が進み、食肉の為に殺害を行う行為は禁忌とされた。

 他部族を敵に回すようになれば、その抗争で此方が滅びかねないからだ。

 だが、オーガの中には未だに食してもよいとされる種族がいる。

 

 それが魔族の不倶戴天の敵、人間だ。

 魔族に比べると平均的な魔力は劣るが、それでも動物の肉よりは効率がいい。

 オーガ達はこぞって戦場へ(おもむ)き、食人鬼として人々に畏怖されるようになった。

 

 ギーグもまた、戦場で人を喰らい続けたオーガの1体だった。

 だが、彼は満足できなかった。

 喰らった血肉があまりにも不味かったからだ。

 

 ギーグの内包する魔力は、オーガとしては規格外のものだ。

 彼の呼ぶ雷霆(らいてい)は岩をも砕き、烈風は一軍を殲滅せしめる。

 魔力の枯渇した並みのオーガならともかく、彼にとって人の肉など酸味が強いだけのものだった。

 

 満足のいかない戦闘(しょくじ)をする日々を過ごす内、彼はいつの間にか将の地位を得た。

 将軍として指揮をするのは、一兵卒として戦っていた頃よりも退屈だと彼は思った。

 直接、己の手で敵将を(ほふ)れない。

 疲れで乾ききった口で血を(すす)る事もできなくなり、彼の不満は増すばかりだった。

 

 誰も彼もが弱すぎる。

 弱者の肉は不味い。

 己の中で、いつか極上の血肉を喰らう事がギーグの夢となっていた。

 

 ある日、自身を統率する存在こそが甘美な味わいを持つのではないかと気づいた。

 ワースマル帝国皇帝であり魔帝の称号を得た男、ハウンドヴェルズ・ジーギガス。

 武を(もっ)て魔族領内の戦国乱世を集結せしめた彼の物なら或いは、己の舌を満足させてくれるかもしれない。

 

 結果は、ギーグの満足のいくものにはならなかった。

 ――血の一舐めすらも許さない、圧倒的な魔帝の暴力。

 帝国四将軍として畏怖されていたギーグさえも太刀打ちできない。

 それが魔帝ハウンドヴェルズの実力だった。

 

 ギーグは確信した。

 己を満足させるには、将などという狭い器に収まっていては駄目だと。

 強者の血肉を口にする為には、何よりも自由で、暴力的な存在、鬼神へと昇華しなければならないと。

 

 それからのギーグの行動は単純だった。

 帝国から脱走――同時に逃走を許さぬ他の四将軍を殲滅し、彼らを腹に収めた。

 以後は飽くなき旅を続け、すれ違い様に強者を喰らう。

 いつの日か、魔帝の肉体に齧り付くために。

 

 ギーグの彼岸への旅を始め、30年ほど経過したある日の事だった。

 森の深淵にいたのは、少年とも少女とも見分けの付かない外観の人間。

 あてもなく歩みを続ける姿は弱弱しく、今にも果ててしまいそうな枯れ木のようだ。

 

 だが、その肉体から(ほとばし)る魔力は格別。

 手にした剣も、希代の宝剣を思わせる煌めきを放っている。

 

 その姿を目にした瞬間、ギーグは心臓の鼓動を抑える事ができなかった。

 彼の体は、魔帝にも匹敵する美味だろう。

 いや、もしくはそれ以上。

 

 己を満たしてくれるという確信と共に、彼に挑戦する。

 戦ってみれば、その勇者はただの抜け殻だった。

 何も信念も持たず、ただこの世への妄執だけで彷徨う亡者。

 

 そんな抜け殻だけの勇者に敗北した。

 満たされるためだけに強者に挑み、勝利を収め続けた。

 その半生の全てが、空っぽな人間に倒される事で否定されたというのに。

 その事実が、ギーグにとっては何故だか愉快だった。

 

 自身がこのような感傷に至っている理由を知りたい。

 今のギーグにはそれが食欲以上に重要だった。

 

 答えを知る為、彼はあれからずっと瞑想に耽っている。

 その集中を削ぐ音が、3時の方角から聞こえた。

 

何奴(なにやつ)っ!」

 

 その方向に立っていたのは、此方(こちら)誰何(すいか)に怯んだ様子の少年だった。

 黒髪の中から尖った耳が覗いており、エルフの血を引いているが分かる。

 

「っ、僕はアレクと言います。ここにどうしても必要な用事があって来ました!」

「ふん、知った事ではない。とっとと立ち去れ」

「帰れません! ここにはユウを、友達を助ける手がかりがあるかもしれないんです!」

「ここは見ての通り何もない。儂と小僧でドンパチやった結果、焦土にしてしまったのでなぁ!」

 

 カカカと笑いながらギーグが発した言葉。

 その言葉からエルフ族の少年は何かの確信を持った様な反応を見せる。

 

「その子って、僕より一回り小さい背丈で銀髪じゃありませんでしたか!?」

「そうじゃが、どうかしたのか?」

「やっぱり……そうなると、ユウが残した物がここにあってもおかしくないか」

 

 少年の言葉を聞き、ギーグの中で一つの答えが出た。

 勇者ユーキは何かトラブルに遭遇してしまった。

 

(あやつ、何もかも失った抜け殻だと思っておったが……)

 

 全てを失っても、誰かと親密な交友を築いている。

 ギーグの心にはユーキへの強い関心が生まれた。

 

「なぁ坊主よ、お主はユーキ……いや、ユウとやらを助けたいだろう?」

「当たり前だよ! 僕とユウは友達なんだから」

「なら、儂から一つ提案がある」

 

 鬼神は獰猛な笑みを浮かべて、少年へと語りかけた。

 

「その救出の全てを、儂に任せてもらえないかの?」

 




to be continued...


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第19話 落涙

また遅刻投稿かよって感じですね。
次回で1章はエピローグを迎えます!
長くて暗いプロローグになりましたが、楽しんでいただけたなら幸いです!
2章以降は設定や世界観も深く掘りこんでいきますので、お楽しみに!


 ギーグの脇に抱えられた状態で、アレクはユーキの下へと案内をする。

 視界の端を木々が疾駆していると錯覚するほどの速度だった。

 掠めた()()が頬を裂くのを見て、この男がどれほど規格外かをアレクは実感した。

 

 一方、ギーグもまたアレクの異常さに驚嘆していた。

 アレクに自覚はないだろうが、彼は驚くほど頭の回転が速い。

 

 ギーグがアレクに伝えたのは、ユーキが元勇者であった事――それだけだ。

 既知の情報と照らし合わせ、彼はユーキが聖国の者に拉致されたと辺りをつけ、即座に追跡ルートを特定した。

 その証拠に、ギーグの鋭利な視線の先には数台の荷馬車がある。

 ギーグ自身の優れた視力の賜物でもあるが、追跡開始から僅か数十分で彼らに追いつけたのは間違いなくアレクの功績だ。

 縮地の歩法であと数歩だけ進む。

 それだけで彼らは荷馬車の前方を陣取ってみせた。

 

「さて、ここからは儂の本領発揮じゃな」

 

 視界を閉じ、脳のシナプスを走らる。

 複雑怪奇な式を要求する魔法式を、ギーグは僅か数秒で完成させた。

 彼が目を見開いた瞬間、破砕の一槌(いっつい)が馬車の進路上に放たれる。

 風魔法の最大威力を誇る《烈風陣災(ブラストゲイル)》――それは大地に一本の亀裂(クレバス)を創造した。

 人喰い鬼のような大口が、先頭の馬車を一飲みする。

 割れる大地の咆哮は、馬車の滑落音や悲鳴をも掻き消すほどだった。

 

 災禍に巻き込まれた工作部隊(シュンナム)たちが、様子を(うかが)うために馬車から出る。

 それが命取りだった。

 刹那、彼らの心臓は鋭利な貫手(ぬきて)によって(えぐ)られた。

 寸での所で心臓を貫かれなかった者も、肺を刺されたために即死――他の者より生の鼓動が3秒だけ長く続いただけだった。

 

「小僧はあの小童(こわっぱ)を助けにいけ。気配からして最後尾の馬車にいるはずじゃ。

 儂はちと様子を見る」

「わ、分かりました! どうかご武運を!」

 

 あまりの無双ぶりに多少怯えながらも、アレクは目的の為に駆ける。

 ギーグは最新の地図にも記されていない谷間を覗きこむ。

 そこには底の見えない暗い昏い闇が広がっている。

 

 だが、ギーグには一つの光芒が見えた。

 そして、その輝きは徐々に移動しつつある。

 

「あの奇襲を受けてなおまだ生きておるか……。

 聖剣を回収するのは無理そうじゃの」

 

 誰であろうと確実に無力化できる確信があった。

 だがユーキを助ける事こそできたが、至上の殺戮(さつりく)兵器を野放しにする事になってしまった。

 

 ギーグは密かにほくそ笑む。

 今まではただただ退屈な旅だった。

 それがユーキと絡んだだけで上手くいかない事の連続だ。

 

 彼は何かを持っている。

 自分の我欲を満たしてくれる、甘美な何かを。

 その味を想像したギーグはもはや笑いを堪える事などできず、カカカという笑いが闇夜に響いた。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「よかった、ユウ。間に合ったんだね」

 

 安堵したような様子でアレクはオレの元に駆けよってきた。

 十字架に縛られた四肢の出血が悪化しないよう、注意しながら彼は杭を抜いた。

 四肢の傷跡が即座に完治した事に驚愕したようだったが、オレの呆然とした表情を見た途端、破顔してこう言った。

 

「無事で、本当によかったっ」

 

 言葉とともに全身が温かく、緩やかに包まれた感触がした。

 オレはそれを、反射的に跳ね除けてしまった。

 そこに浸る事が、ただただ怖かった。

 

「何で、何でオレを助けたんだよっ……!

 さっきまで、オレの腕は杭で貫かれてた……。

 その怪我ももう完治してしまってる!

 オレは他の魔族と比べても、規格外の化け物なんだぞ!」

 

 アレクにただただ離れてほしい。

 その一心で、自分の異常さを必至に主張する。

 言葉の棘が無自覚に、大切な物を貫いている事にも気づかず。

 

「それにオレは、星の泡沫(ゆめ)から生まれたんだ!

 生まれた意味も、理由も何処にもない存在なんだよ。

 人間ですら、ないんだよ……」

 

 自分が何でここにいるかも分からない、曖昧な存在だ。

 こんなあやふやで気持ち悪い奴に、彼らが関わっていい道理はない。

 

「仮に人間だったとしても、オレはアレクや皆に酷い事をしてしまった……。

 もう、どうやって償ったらいいか分からない。

 どうすれば皆に許してもらえるか分かんないよ……」

 

 さっき助けてほしいと思ったのは一瞬の気の迷いだ。

 ただ、自分が楽になりたいからそう思ってしまった。

 

「お願いだから、オレの事なんて放っておいてくれよぉ……」

 

 違う、こういう事を言いたいかったんじゃない。

 もっと、単純に、謝罪の言葉を告げたいはずなのに。

 それでも、口からは拒絶の言葉しか出なかった。

 

 寂寥(せきりょう)の時が続く。

 オレの視線はただ下を向いている。

 彼に、アレクに合わせる顔がなかった。

 今更どんな表情をすればいいのかが分からない。

 

 沈黙を破ったのは、温かな感触と言葉だった。

 

「ユウ、ごめんね」

「……アレク?」

 

 突然の謝罪と抱擁は、オレの思考を止めるほどの衝撃だった。

 何で、ここまで来て酷く拒絶してしまったのに、何故。

 

「僕は、ユウや吸血鬼の事をちゃんと理解してなかったから、ユウを傷つける事を言ってしまった。

 それに一緒に旅立つって話し合った時も、どこかユウに甘える気持ちが強かった」

 

 そんなの、謝るほどの事じゃない。

 オレがしてしまった事に比べれば、些細なすれ違いの結果起きた事なんだから。

 

「でもね、ユウが僕に言った事も、僕は気にしてないよ。

 だって、ユウは言った後で凄く後悔してるじゃないか。

 僕に対してそこまで真剣に立ち向かってくれてる人の事を嫌いになる訳がないよ」

 

 オレの雁字搦めの心を解すように、ユウは言葉を紡ぐ。

 心の障壁はそれだけで崩れ落ちてしまいそうだった。

 

「何で、何でオレを許してくれるんだよ……。

 そんな価値、オレにはないのに」

 

 残された意地が、オレ自身を許してくれない。

 今すぐにでも、こんなに醜いオレを嫌ってほしい。

 そうすれば、また逃げに徹する事ができるから。

 辛い現実から、逃げられるから。

 

「だって、僕らは友達じゃないか。

 そこに価値なんて必要ないよ」

 

 もう、全てを抑え込むなんて無理だった。

 醜くてもいい。

 逃げられなくてもいい。

 ただただ、自分の本心を、彼に打ち明けたかった。

 彼に、謝りたかった。

 

「ごめん、アレクっ! オレっ、本当は皆に嫌われるのが嫌でッ!

 なのに、自分の事も許せなくなって……!

 そのせいで、皆に嫌われたいなんて考えて、頭の中がゴチャゴチャになって、そのまま逃げてッ……!」

 

 視界が水泡に包まれていく。

 頬を伝うその一筋は、止めどなく流れていった。

 

「本当はアレクに、皆に謝りたかったッ!

 でも、嫌われるかもしれないって思ったら逃げる事しかできなくて……!

 それなのに、逃げれば逃げるほど、どんどん自分が許せなくてっ!

 謝りたい気持ちだけが膨らんでいったのに、それを抱えるのも辛くてっ!」

 

 ただただ獣のように叫んで、()いて。

 でも、そこにあったのはオレの偽りない本心だった。

 ようやく吐露できた、空っぽなはずの自分にも残っていた本当の自分だった。

 

「ユウ、いいんだよ。

 きっと、今からでも皆は許してくれる。

 リリシアさんも、ディートリヒさんも、シェリアさんも。

 だって、彼らもユウの大切な、友達なんでしょ?」

 

 その言葉を受け入れると、もう意味のある言葉を発する事すらできなくなっていた。

 滂沱の涙と泣き声。

 それが枯れ果てるまで叫び続けた。

 友達の温もりを、感じながら。

 




to be continued...


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第20話 いざ、聖都へ

フライング投稿! フライング投稿!
Foooooo!


 土を掘った穴の中に、男たちの肉体を収める。

 自分の手で土葬をしたのは、初めてだった。

 

「悪いな、手伝わせちゃって」

「いいよ、これぐらい」

 

 ギーグが殺したシュンナムの人たちは、大木の根本に埋葬した。

 墓石も戒名もない墓だけど、作らないよりはいいだろう。

 

「カカカ、わざわざ埋葬するほどでもなかろうに。

 あやつらはお主を殺そうとしていたのだぞ」

「シュンナムの人だってオレを襲ったのに悪意があった訳じゃないし……。

 言ってしまえば、お国騒動に巻き込まれただけだからな」

 

 救国の英雄が異形の怪物へと変貌した。

 例え自我が残っていようと、人としての外見を保っていようと、それでは正義の旗印として担ぎ上げるには不安定な存在だ。

 オレにとっては理不尽だけど、致し方ない事だと思う。

 

 だから、オレが彼らを恨む道理はない。

 恨んでいないなら、墓ぐらいはちゃんと作ってあげるべきだ。

 

「それで、ユウはこれから何をするつもりなの?」

「とりあえず、オレは聖都フォートランデに向かう。

 あそこは聖国の首都だ。

 ディートリヒやシェリア、それと聖剣はあそこに戻ってる可能性が高いだろうし」

 

 それに、リリシアも。

 ふとそう思ったが、可能性は薄い。

 オレ自身が吸血鬼と判明した以上、彼女も同様に吸血鬼だとバレているだろう。

 生きているとすれば、聖都の連中が追跡部隊を組んでいるはずだ。

 

「ディートリヒとシェリアの拠点は聖都にある。

 リリシアはいないだろうけど手がかりぐらいは見つかるだろ。

 ストレシヴァーレは、オレの見立てが正しければ王宮に再安置されるはずだ。

 アイツらに謝らなきゃいけないし、聖剣なんてもんは野放しにできないしな」

 

 仲間への謝罪もそうだが、それ以上に重要なのは聖剣ストレシヴァーレだ。

 人の自我を喰らい、過去の英雄を召喚する――それはもはや魔剣と呼んだ方がいいだろう。

 アレが存在するか魔族が討滅されない限り、悲劇は止まらない。

 一人、二人――終戦まで、何人が飲まれるか分かったもんじゃない。

 

「アレク、ギーグ。二人には迷惑をいっぱいかけちまったけど、こうして立ち直れたのはお前らのおかげだ。

 本当に、ありがとう」

 

 上手く笑えているかは分からないけど、精一杯の笑顔で礼を言う。

 二人とも笑顔を返してきているので、きっとオレの笑顔も自然な物になっているだろう

 ただギーグのは、強面というのもあって……少し怖い。

 

「それじゃ、またな」

「え?」

「んむ?」

 

 今生の別れを告げると、二人は驚嘆の声をあげた。

 

「ユウ、まさか一人で旅立つつもりだったの?」

「いや、お前らこそ付いてくるつもりだったのかよ!」

 

 やめろ、ジト目で見るな。

 でも、常識的に考えれば置いていくのは仕方ないんだ。

 

「いいか、オレはこれから聖都に行くんだぞ。

 オレもお前らも魔族だ。

 お尋ね者のオレはともかく、お前らは歓迎ムードなしの危険な旅になるんだぞ?」

「危険など、儂の前には無いも同然よ。

 小童こそその細腕でどうするつもりじゃ」

「うっ……」

 

 確かに今のオレは一兵卒相手でも戦えるかが怪しい。

 シュンナムの人たちが持っていた短剣を武器として拝借しているが、この筋力では心もとない。

 

「わ、分かった。

 百歩譲ってギーグは同行は許可するとしよう。

 でもアレクはアーガス村に戻れ。

 あそこならとりあえずの衣食住を確保できるはずだ」

「嫌だよ」

「何でだよ!」

 

 安全の為だと言っているのに理解してもらえない。

 聞き分けがないアレクを言い含めるべく思案しようとするが、彼の言葉の方が速かった。

 

「ユウは一人になると絶対に自滅し始めるから放っておけない。

 昔の話とか、出会ってからの印象から鑑みて、一人旅を出すには不安過ぎる」

「ううっ! ズイブンと辛口評価なんですね、アレクさん……」

「だって、勝手に突っ走った結果が荷馬車で連行でしょ。

 それに聖都に行くのだって元はと言えばユウの不始末を処理するためだし、一人で行かせたらまた課題が増えそうじゃないか」

「ぐぎぎぎぎぎ」

 

 悔しいけど反論の余地がない。

 だけど、アレクを巻き込むのはオーキス村長に悪いしな……。

 ギーグはオレたちのやり取りを見て愉快そうに笑ってやがる。

 そのギーグに人差し指の先端を向け、アレクへこう反論した。

 

「コイツが保護者という事で、今回は勘弁願えないでしょうか?」

「ギーグさんは強いけど、絶対に生活能力皆無だからダメ。

 野営するのと蛮族になるのは違うっていうのを覚えて」

 

 ダメだ、これは(てこ)でも動かないパターンだ。

 ちくしょう、これでも野営ぐらいは一人でできるんだぞ。

 というか、何で蛮族認定されたのにコイツは高笑いを続けられるんだよ!

 

「だー、もう! 分かったよ。

 ただし、ここから先の生活圏の住人は人が中心だ。

 だから、基本的にオレの指示に従ってもらうからな!」

 

 アレクはアーガス村で生活していたが、その他の場所を見た機会は少ないだろう。

 それらを加味すると、一番人の常識に触れているのはオレという事になる。

 隠遁生活だろうと、そこを理解してないと捕まる可能性がある。

 

「カカカ、コイツは楽しくなりそうじゃのう」

「これからよろしくね、ユウ」

 

 全く、こうしてみると問題児だらけのパーティじゃないか。

 元勇者、現吸血鬼、非力貧弱虚弱のオレ。

 常識人だけどハーフエルフで、戦闘力皆無なアレク。

 素性がよく分からない上に、筋肉隆々な肉体のせいで人だと誤魔化せないギーグ。

 

 でも、何故だか不安じゃない。

 1年前もこうだった。

 リリシアたちと一緒に聖都を立ったあの日も。

 

「よし、じゃあ行こうか。聖都へ!」

 

 今度は出立じゃなくて潜入だけど、気持ちはあの時と同じだ。

 きっとこの二人となら、目的を成し遂げられる。

 

 そんな予感がする。

 




はい、今回で第1章は完結になります!
ここまで読んでくださった皆様には本当に感謝しています。

突然ですが、この小説の投稿を1週間停止します。
理由は活動報告の方に記載しているのでそちらをお読みください。
という訳で、第2章の連載は8月30日(水)の19時からになります!

今後もユーキたちの冒険を楽しんでいただければ幸いです。
それでは、しばらくさようなら!


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幕間1 ぶっしほきゅーの巻

確かに私は本編の投下は1週間後になると言った……!
だが、幕間が投下されないとは一言も言っていない!
という訳で、ちょっと息抜き回になります。
ゆるーく楽しんでいってください。


「お、あそこに街がある」

 

 ちょうど兵糧も尽きそうだし、今日はここらでキャンプを取ろう。

 その意思をアレクとギーグの二人に伝え、野営の準備をする。

 力仕事は今の細腕ではできないので、オレは手持ち物資の再確認をしている。

 

「えーっと足りないのは灯油と非常食、か。

 あと荷紐や寝袋なんかもあった方がいいな」

「それにしても、ユウの持っている野営用品は便利なのが多いよね」

「まあ、元軍人な訳だしな。

 基本的な装備はそのまま持ってきた訳だし」

 

 とはいえ人数が増えたために買わなければならない物が多い。

 アレクの家に荷物が置いたままになっていたのは不幸中の幸いだ。

 あそこには全財産が入っていたので、拉致された時にアレを持っていたら無一文の旅だっただろう。

 

「つーか何も持たずに一人旅を続けていたお前は何者なんだよ、ギーグ」

「カカカ、旅の支度など行く先々ですればいいのだよ」

 

 コイツ、この計画性の無さでよく30年も冒険できたな……。

 本人曰く魔族連合軍の将だったというが、実力以外に信用できる要素は何もなかった。

 

「さて、オレは夕方まで街に行って物資補給してくるわ。

 お前らはここで留守番な」

「一番人に近づくのが危険なのはユウのはずなんだけどなぁ……」

「あんまり言いたくはないけど、やっぱり外見的特徴があるからね?」

 

 ギーグとかいう全身筋肉達磨は一発で検問NG。

 アレクは長耳(ながみみ)以外は普通の少年だけど、そこを万一見られたらそれだけで迫害されかねない。

 本当に、そこさえ除けは普通なはずなんだけどな。

 

「つってもオレだって弱い訳じゃない。

 ギーグと稽古つけてる時のオレの動き見ただろ?

 そこいらの一般兵相手なら余裕で帰ってくるさ」

「分かってるけど……。でも、気を付けてね」

「おう、分かってる」

 

 万一何かあった場合、風魔法と光魔法の併用でドデカイ花火を打ち上げる手筈になっている。

 アレクはともかく、ギーグの俊足ならすぐに助けに来られる。

 

「それじゃ、行ってくるわ」

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「おーい、戻ってきたぞ!」

「おかえりー……ってユウ、服装変わってるね」

「おう、前までのは素人仕立てで着心地悪かったしな。

 大分傷んでたし買い替えた」

 

 そう、今のオレの服装は一新して、小麦色の短パンと半袖の服を着ている。

 その他にも胸当て、脛当て、小手など革製の防具も購入済みだ。

 また、防具ではないが防寒具として藍のポンチョも着ている。

 

「帽子も買ったんだね」

「おう、髪型を誤魔化す為に必要だと思ってな」

 

 オレの長髪は後頭部に髪留めでまとめた上から黒のニット帽で覆い隠している。

 銀髪長髪の少女として指名手配されていたら即座に捕まりかねないので、身バレ回避の為だ。

 

「これで少なくとも女って見られることはないだろ」

「何を言っておるんじゃお主は」

「えっ」

「えっ、じゃないよ。

 僕らからすると中身がアレだから男に見えるけど、外見はどう見てもボーイッシュな女の子だよ」

 

 そういえばこの顔はリリシアそっくりだったんだ。

 あまり認めたくはないけど、彼女と似ているとなればオレの顔だちもかなりの童顔のはずだ。

 ところで、幼児体型の場合は童顔という概念自体が適応されるんだろうか。

 

「ええー……、結構男物を意識して選んだつもりだったのに、無駄だったってのか……。」

「まあ大丈夫じゃろ、どうせ検問に引っかかっても話せば女子(おなご)と思われる事はないからのう」

「そうだね、ユウだもんね。

 でも、服装をなるべく男に近づけたのは正解かもね。

 街中(まちなか)ですれ違った時ならともかく、遠目だと男の子か女の子か分からないし」

「ぐぬぬぬ……。

 男扱いされてるのに、何だこの屈辱感は……」

 

 おかしい。

 暫定的かつ消去法とはいえ、チームリーダーはオレだったはずだ。

 それなのに、オレはどうしてこんなにヒエラルキーの低い立ち位置になっているんだ……。

 

「あー、色々と不条理だ」

 

 何か手立てがあるなら、男に戻りたいものだ。

 そうすれば元の高身長に戻れるし、きっと戦闘能力だって元に戻るから威厳も得られるはずだ。

 

「おお、大事な事を聞き忘れておったわ」

「何だよ」

「お主、下着は何を着ておるんじゃ?」

「男物だボケ!」

 

 カカカと高笑いしている様子から、下心は一切感じられない。

 絶対オレを揶揄(からか)うためだけに質問したな、チクショウ。

 

 チーム内ヒエラルキーは近い内に下克上してやる。

 心の中でそう誓ったのであった。

 




……おかしい!
TSっ()の新規衣装お披露目回だというのに、コヤツ、色気が一片たりとも存在しないだとッ!

あ、活動報告の方に第2章のあらすじを公開したのでよければ見ていってください。
本当はなろう同様、本編として投下するつもりだったんですが、ハーメルンでは投稿可能な文字数が1000字以上なのを失念していました。


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第2章
第0話 剣聖、荒野に斃れ伏す


新章スタート……の回ですが、今回はユーキが出てくる話ではないので、サイレント更新です。
本編は今日の19時更新になります!
12時間後をお楽しみに!


 長い長い旅路だった。

 その過程で、数多くの賞賛があった。

 その果てに、剣聖という称号を賜った。

 

 だが、人からの賛美では俺の心は満たされなかった。

 俺の欲求を満足させる唯一の(すべ)は、ただただ血潮で大地を満たす事だけだった。

 

 魔族を、人ではない者を、怪物どもが跋扈する西方の地を、ただ一振りの(つるぎ)で蹂躙する。

 醜悪な顔貌(がんぼう)、迫り来る刃、宙を舞う血飛沫。

 獰猛な咆哮、逃げ惑う悲鳴、絶え間ない怨嗟。

 鼻を突く鉄臭さ、戦場に舞う塵の香り、死肉が焼け落ちる刺激臭。

 視覚、聴覚、嗅覚がそれらで満たされてこそ、俺は生きているという実感を得られる。

 

 剣という武器は実に素晴らしい。

 取り回し、リーチが共に程よいバランスなので振りやすい。

 刺突、斬撃、打撃と戦況へのアプローチをする手段も多い。

 魔族を殺すのに、これほど優れた武器はないだろうと確信している。

 

 魔法という技術もまた素晴らしい。

 剣には足りない物、長距離への攻撃手段、爆発的な破壊力を補ってくれる。

 応用次第では防御手段にも使えるため、その汎用性は異様に高い。

 魔族由来の技術だというのは気に食わないが、外法(げほう)を以て外道を殺せるならそれもまた一興だ。

 

 俺は決して許しはしない。

 魔族という、人にとって不倶戴天の仇を。

 奴らは身を挺して俺を守った人を、母を笑いながら殺した。

 奴らは戦場に出兵した人を、父を帰らぬ存在とした。

 奴らは最後に残された大事な人を、親友を嬲り殺しにした。

 

 あの時から、俺の研鑽の日々は始まった。

 他の物は一切顧みず、戦場へとひた向きに赴く。

 

 1日目は剣の重さに惑わされ続けた。

 1週間後は殺す事に満足感を覚えていた。

 1ヶ月後は何体殺さなけらばならないと義務感に駆られた。

 1年後は、何の感慨もなく殺し続けた。

 10年後には、戦場以外の場所では生きる意味を見出せなくなっていた。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 辿り着いた果ては何もない荒野だった。

 将の首は既に斬り落とした。

 兵卒の身は焼き尽くした。

 味方の兵は、一人たりとも残っていなかった。

 

 魔族の奸計(かんけい)によって、俺たち人側は劣勢の中での戦いを強いられた。

 逃げ場は防がれ、突破口を切り開かねば即座に死が襲ってくる過酷な戦場だった。

 そこを踏破できたのは、ただ一人だけ。

 両軍相打つという結果は、どちらが勝者と言っていいのだろうか。

 

 俺の20年に渡る復讐劇は、熾烈な物から陰惨たる物へと変貌していた。

 初めは魔族を殺す事に充足感を得ていた。

 今は殺しても満たされる物はない。

 逆に殺しをしなければ不安を感じるようになっていた。

 

 そんな人生でも、俺はいいと思った。

 そうでなければ、死んだ彼らに報いる事ができない。

 当時10歳だった自分が何もできなかったのは当然だった事ぐらい分かっている。

 それでも、俺は自分と魔族を許す事ができなかったのだ。

 

 死者ばかりが地を這う荒野。

 生者(せいじゃ)はただ自分一人だけ。

 そこに、もう一人の人物が現れた。

 

 彼女の銀髪は月明りのような燐光を放っていた。

 翠色の双眸もまた、宝玉のような煌めきを携えている。

 美の頂点として存在するために生まれたような姿だった。

 肌、髪、瞳、いずれの輝きも作り物としか思えない艶めかしさがある。

 表情に人間味を見出せなければ、動く彫像と言われても疑わなかっただろう。

 

 俺は問う。

 お前は人か。それとも魔族か。

 彼女は数秒考え込んだうちに、こう答えた。

 私は吸血鬼だ。

 

 吸血鬼。人ならざる者。

 そうであれば、俺の解もただ一つだ。

 この身に携えた一振りの剣を(もっ)て、彼女を討伐する。

 それが魔族殺しの果てに剣聖の称号を得た、俺の役目だ。

 

 俺の人生は、その地で終わりを迎えた。

 




to be continued...


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第1話 特訓開始!最弱魔法剣士の行く道

ついに本編投下ですよ!
投稿しない間に色々ありましたが、私は元気です!
進捗? ダメです。
キツかったら事前報告して2日に1回になるかもしれません。

2017/08/30 誤字の指摘があったので修正しました。
シャイタル様、ありがとうございます。


 迫り来る手刀。

 超速で飛ぶその一閃は、真紅の肌色も相まって大気との摩擦で赤熱しているかのようだ。

 その必中必殺の一撃を、寸での所で短剣を当てて受け流す。

 拳が鉄塊以上の重さでオレを押しつぶそうとする。

 

 膝を折り体勢を敢えて崩す事で緊急回避する。

 無理のある挙動に腰が悲鳴を上げそうになっているが、この際四の五の言っていられない。

 それに彼方(あちら)も低身長の相手に全力の一撃を放ったためか、多少のふらつきがみられる。

 

 お互いにコンマもない時間の内に姿勢を直し、臨戦態勢に戻る。

 今度は此方(こちら)からいかせてもらおう。

 

 《射炎撃・弐(シュートフレイム・ダブル)》の術式を展開し、同時に手にした2本の短剣を投擲する。

 四の太刀による同時攻撃だ。

 その攻撃に加えて五の太刀として、自分の身一つでの攻撃に映る。

 《射炎撃(シュートフレイム)》は薄い鉄板程度なら貫く威力がある。

 オレのなけなしの魔力を何とかひねり出して構築した、今のオレにとって最大火力の攻撃だ。

 

 当然、彼方(あちら)は同威力の《電衝撃・弐(エレクトロショック・ツイン)》によって炎を迎撃する。

 短剣は確実に急所を狙っているものの、彼の反応速度であれば腕で払い落せる。

 後は突進するオレを対処すればこの戦いはオレの詰み(チェックメイト)で終局。

 そうなるはずだった。

 

「ムッ……」

 

 短剣を払いのけた際、彼は腕の痺れに身を捩らせた。

 投擲の際、短剣には魔法で電撃を帯びさせていたのだ。

 それは致命的なダメージを生むほど強い物ではない。

 だが、意識外からの一撃は確実な隙を生じる。

 

 全ての布石を撒き終え、裸一貫になったオレは跳躍する。

 

 人間の弱点には二種類ある。

 一つは生命活動に綿密に結びついているので、そこへの一撃が致命傷になりうる器官。

 心臓、肺、脳などがそこに該当する。

 もう一つは、戦闘維持が不可能になる後遺症を負う器官。

 眼球を打たれれば視界は消失し、手足を失えば機動力や攻撃手段を失う。

 オレが今狙っているのは、後者の弱点だ。

 

 どのような進化を経て、生命はその弱点を露出するようになったのかはオレは知らない。

 だがその器官は男の象徴として股間に存在し、他の内臓と違って骨や筋肉の庇護下にないため、そこに一撃を加えれば戦闘不能になる激痛が走る。

 そう、オレが狙う弱点とは――睾丸(キンタマ)

 玉袋という薄皮1枚だけの薄い防御を、オレは破る!

 

 全力の飛び蹴りを、オレはギーグの股間に放つ!

 

「貰ったァァアア! うぉおおおおお……お?」

 

 空を疾駆するオレの動きは、空中にて突然静止する。

 そして逆さに宙吊り。

 完全勝利かと思った状況から足を掴まれたのだ。

 反撃の狼煙をもって逆王手をかけたかと思えば、随分マヌケな詰み(チェックメイト)

 

 やはりこの男、ギーグの底は計り知れない。

 

「カカカ、23秒とは随分保ったほうじゃのう」

 

 確かにギーグとの模擬試合でこれだけ経戦できたのは初めてだ。

 自己ベスト更新と考えれば上々の結果だ。

 だけど、全く足りない。

 オレの目標を達成する、そのための力としては。

 

 不意に足から手を離され、重力のままに落下したオレは地面に衝突する。

 大地との接吻、口には苦々しい土と砂利の味が広がる。

 

「あークソ、やっぱり魔力循環も筋力もダメダメだ!

 全っ然実用的なレベルじゃねぇ!」

「お疲れ様。はい、水筒」

「おう、ありがとな」

 

 水を顔や口に振り撒けて泥を洗い流した後、乾きに渇いた喉を潤す。

 ついでなので朝食代わりに干し肉を一齧(ひとかじ)りする。

 普段は塩味がキツくて食べられた物じゃないが、疲れきった体にはちょうど良く塩分が染み渡る。

 

「だー、こんな調子じゃ聖剣奪還なんてできたもんじゃねぇよ。

 近衛兵一人ぐらいなら倒せるだろうけど、魔力的には1戦限りのびっくり箱でしかないからな」

 

「僕からするとそれだけでも凄いと思うんだけど……。

 聖剣のある部屋まで逃げ続けるっているのは?

 そうすれば魔力消費も抑えられるし」

 

「逃げるだけじゃダメなんだよ。

 聖国お抱えの騎士団は強い。

 実用じゃなくて実戦で足り得る技量じゃないとすぐに拘束されるのがオチだ」

 

「じゃあ、ユウたちの考える実戦レベルの技量って?」

 

 干し肉の最後の一かけらを飲み込み、数秒思案する。

 うーん、今までの戦場での経験からすると……。

 

「魔術師のいない防衛拠点を一人で落とせる程度はこなせる、かな」

 

「一個師団を無傷で殲滅ぐらいはせんとな! カカカッ!」

 

「この二人の言う実戦レベルはおかしい……。

 僕、この戦いに付いていけるのかな?」

 

 アレクの顔には引きつったような笑いが貼りついている。

 オレも随分勇者としての常識に毒されてしまったようだ。

 1年前のオレだったら、彼と同様の反応をしただろう。

 

 それだけオレは、勇者としての力を振るい続けてきたという事だ。

 

「英雄に足る力、か」

 

 今は失ってしまった、勇者の力。

 新たに得たはずだけど、上手く機能しない吸血鬼の力。

 

 前者はともかく、後者を得るのに手っ取り早い方法はもう分かっている。

 ただ、オレの中で踏ん切りがつかないだけ。

 

 まだオレは、あの時と変わらず怯えている。

 この二人に助けられたってのに、情けない(ざま)だ。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 3人で旅を始めた頃の出来事だ。

 これからの行動指針を定めるため、各自の戦力を確認し合ったのだ。

 

「よし、まずギーグだな。

 オレは相対したから分かるけど、アレク向けに分かりやすく」

 

「自分で言うのは何じゃが、オーガの一族に伝わる徒手空拳の実力者じゃ。

 あまりにも腕が立つ故、将軍などと祭り上げられた事もあったのう」

 

「そ、そんなにですか……」

 

「将軍ってのは初めて知ったが、実力は本物だ。

 ワシの拳は岩をも砕く! なんて程度の事は実践できそうだぜ」

 

 あまりの異様さに思考がオーバーフローしたのか、アレクの頭上に多数の疑問符が浮かんでいる。

 魔法も使ってないのに? とか、本当に生き物の体? と大分失礼な事を言っている。

 内容にはオレも全面的に同意するけどな。

 

「あと、コイツは魔法の技量に関しても一流だ。

 雷系なら無詠唱かつ高威力で使える」

 

「カカカッ、儂の見た限り全ての魔法を無詠唱で使っていたお主が言うか!

 まあ小童の言う通りじゃ。

 それに加え、風魔法も同程度の威力で使えるぞ」

 

「そりゃ随分とハイスペックなこった。

 あと、小童じゃなくてユーキって呼べ」

 

 超人的な格闘技術に高出力の魔法使い。

 オレみたいな養殖物と違い、天賦の才だけでその領域にまで達した彼は、正に豪傑と呼ぶにふさわしい存在だろう。

 だけど小童呼びはムカつくのでしっかりと正しておく。

 

「えーと、そうなると僕もユーキって呼んだ方がいいのかな?」

 

「あー、アレクはそのままでいいや。

 ユウって呼ばれる方が慣れてるからな」

 

 あだ名としても自然な呼び方だから何も問題はない。

 むしろ今からユーキと呼ばれる方が面映ゆい。

 

「それで、アレクは戦闘に活かせそうな技能ってあるか?」

 

「いや、全くないよ。

 兎とか小動物を捕らえる罠を作るぐらいだったらできるけど……」

 

「そっか、じゃあアレクには最低限の自衛ができるよう、オレたちで稽古をつけようか」

 

「えっ」

 

 アレクは豆鉄砲を食らったような顔をしている。

 まあアレクもギーグのハチャメチャな無双ぶりは目撃しているだろうし、そんな彼の鍛錬を受けろと言われて『生きては帰れない! 地獄のブートキャンプ』みたいな内容を想像したのだろう。

 

「カカカ、アレクよ。儂の鍛錬は厳しいぞ」

 

「いや、お前が座学でオレが実戦担当な。

 ぶっちゃけ魔法理論については門外漢でな。

 基礎的な事は教えられるけど、上級呪文に関しては全く教えられないぞ」

 

「あれだけ戦術級の魔法を乱発しておきながらそんな事を言うのか?」

 

「自分でもよく分かんないけど、魔法式のイメージが自然と浮かぶんだよ。

 だから綿密に理論を組むってのはオレには無理だ」

 

 オレは不思議な事に魔法理論に一片の理解も持たないままに魔法発動に成功してしまった。

 きっかけは、他の人が魔法を使用している様子を見ただけだ。

 通常は魔法陣や星痕(スティグマ)、詠唱に記された魔法式を元に魔法は発動する。

 

 だがオレは全ての魔法を、それらの魔法式無しで発動できる。

 ギーグのように無詠唱魔法を使える者もいるが、それは一部の例外だ。

 むしろ、2つの系統魔法で無詠唱発動できる彼は異端中の異端だ。

 

「という訳でギーグは座学側だ。

 そもそもお前にアレクへの鍛錬を任せたら3秒で全身複雑骨折になりかねないだろ」

 

「むむぅ。儂にもそれぐらいの分別はあるぞ」

 

「あのー、一応聞くけど僕の意見は……」

「「こっちで決める問題だ」」

 

「あっ、はい」

 

 悪いけど危険な冒険についてくるなら、これぐらいの覚悟は決めてもらう必要がある。

 オレが危なっかしいからついてきたと言っても、戦闘能力で一番不安なのはアレクだ。

 彼にもかかる火の粉を払う力ぐらいは持ってもらわなければならない。

 

「さて、最後はオレだな。

 オレに関しては、弱体化し過ぎているな」

 

「具体的には、どのぐらい?」

 

「まず、剣の技量についてだ。

 剣の振り回し方とか、技術的な面は今まで通り。

 だけど筋力の方が問題だな。

 長剣は正直かなり振りづらい」

 

 《身体強化(エア・マッスル)》で筋力を底上げしてようやく長剣を振れる、それが今のオレの筋力だ。

 今までの得意武器が使えなくなったというのはそれだけで痛手だ。

 加えて、今のオレは身長と体重が両方低下している。

 身長が低ければそれだけ戦闘のリーチも短くなり、体重がなければ一撃は軽くなる。

 

「そう聞くと、本当にポンコツだね……」

「だろ? 正直直感的に敵の攻撃を(さば)かないと即座に負ける。

 ま、そこらのゴロツキ相手ならノシてやるけどな」

 

 気楽なオレの発言を信用できないのか、アレクは頭を押さえている。

 そんなにオレが勝利する雄姿を予想できないのかよ。

 まあ、こんな弱っちい女の子の体なら仕方ないのかな?

 

「次は魔法について。

 オレの魔力はどういう訳だかスカスカだ。

 1日にマトモな攻撃魔法を3~4発撃てればいい方だな」

 

「なんと、そこまで弱体化していたのか。

 儂と戦った時はあれだけ大火力の魔法を放っていたというのに」

 

「そうなんだよなー……、しかも原因が全く分からないからお手上げ状態だ」

 

 考えられるのは吸血鬼化ぐらいなんだけど、変身直後は膨大な魔力を引きだせたはずなんだよなぁ。

 聖剣の力も問題なく使えてたし、何が原因なんだろうか。

 

「ユーキよ。そこにうつ伏せになれ」

 

「え? 何だって急にそんな事を」

 

「お主の容態を調べる。

 ちと魔力の流れがどうなっているのかを確認したい」

 

 指示通りうつ伏せになると、上着を捲られて背中が露出する。

 そして肩甲骨辺りを一撫でする。

 んっ、マッサージみたいなものか?

 撫でる動作を終えた後、ギーグは親指でオレの背中を一突きする。

 その瞬間、オレの全身に電流が流れたのかと錯覚するほど膨大な魔力が流れた。

 

「あいだだだだだだ!」

 

「我慢せい、たかだか5分の辛抱じゃ」

 

「ぞっ、そんなごといってもっ」

 

「うわぁ……」

 

 引かないでくれアレク!

 これ、マジで痛いんだぞ!

 人間としての尊厳を失う表情をするぐらい許してくれ!

 

「ふぅ、終わったぞ」

 

「うぁあー……あっ、おぅ……」

 

「すごい……カエルみたいに痙攣してる……!」

 

 おそらく、今のオレは惨憺たる姿になっているだろう。

 目の焦点が合わない上、目と口と鼻から液体が垂れ流しになっている。

 全身はアレクの言う通りの(ざま)だ。

 呼吸も肺に大気が上手く入らない感覚がする。

 

「うぼゎぁあ……! 死ぬかと思った……!」

 

「あ、復活した」

 

「ようやくか。さて、本題に戻るぞ」

 

 誰のせいだと思っているんだ、誰のせいだと!

 とはいえそこを糾弾しても仕方ないので、大人しく診断結果を聞く。

 

「お主の体は、人とも魔族とも断言できぬ物になっておる」

 

「え? どういう意味だ」

 

「魔族としての肉体、人としての肉体が歪に融合しておる。

 聖剣(ストレシヴァーレ)による憑依、吸血鬼への変異をお主は同時に経験したであろう?

 おそらくはそれが原因。

 聖剣による精神や肉体への侵喰と吸血鬼への変化が同時に合わさった結果じゃ」

 

 人と魔族の、融合体?

 確かに、後天的にそんな肉体になった人物はいないだろう。

 だが、それだけで魔法が使えなくなる物なのか?

 

「魔族と人とでは魔力伝導率、星痕(スティグマ)の配置など、魔法に関わる要素が何もかも違う。

 魔法を使用する際にはその肉体に最適の魔力を練る必要がある。

 ところが今のお主は2つの特性を持つ肉体を持っておる。

 双方の肉体が魔力の伝達を阻害し、一見すると使用できる魔力が少ないように見える訳じゃな」

 

「待て待て。

 人と魔族の肉体が中途半端に融合した結果、魔法が使えなくなっているって理屈は分かった。

 だけど納得はできない。

 オレはギーグと戦っていた時に魔法を全力で行使できたじゃないか。

 あの時にできて今はできないってどうなってるんだ」

 

「儂との決闘時、吸血鬼への変化はピークを迎えていた。

 同時に、ストレシヴァーレによる侵喰もじゃ。

 戦闘後はそれらが双方停止。

 半端な融合状態で肉体が完成した、というところじゃろ」

 

「何で融合中なら魔法が通常通り使えるんだ。

 肉体が合いの子状態ならどっちにしろ阻害が起こるんじゃないのか?」

 

「魔法を使用するため無意識に強制侵喰を起こしていたのかもしれんの。

 普通なら肉体が()ぜる所じゃが、吸血鬼の再生能力があるのならば十分可能じゃろう」

 

 強制侵食――随分とぞっとしない事実が浮上した。

 再生能力で欠点を強制的にねじ伏せられるとはいえ、常軌を逸した魔力行使だ。

 無自覚にそんなリスキーな事をしていたとは……。

 

 それを認識したからには、半端な融合体という状況を解消するしかない。

 だが、それをするには――。

 

「どうすれば、元に戻るんだ。

 いや、どうすれば魔法が使えるようになるんだ」

 

「そんな事、お主はもう理解しておるじゃろ」

 

 ああ、分かってるよ。

 だけど、それを納得したくないだけだ。

 

「完全な吸血鬼への変化を促すために血を吸う。

 もしくは人に戻る手段を模索する。

 これしか道はない」

 

 半端な色が混ざり合っているというなら、一色に染まってしまえばいい。

 人か、魔族か。

 実にシンプルな回答だった。

 

「人に戻る手段として取り得る有力な物は、今のところ聖剣による英雄化の侵食ぐらいじゃ。

 儂としては手っ取り早く吸血するのを薦めるぞ」

 

「そんなことっ! ……いや、少しだけ、時間をくれ」

 

 英雄の侵食――確かに人の肉体を取り戻すには妥当な手段だ。

 だけど、それを終えた時にオレの人格が生きている保証はない。

 ギーグとしては、事実を端的に伝えているだけなのだ。

 

 オレが吸血に忌避感さえ抱いていなければ全ては解決する、そんな単純な事だ。

 それでも、オレは吸血鬼になる事を即決できなかった。

 全部諦めていた時は、あんなにすんなり受け入れられたのに。

 

「ユウ……」

 

 心配そうな表情を浮かべるアレクも、何と声をかけたらいいか分からないのか視線をこちらに向けるだけだった。

 

「大丈夫。すぐにでも決めるから。

 だから、今は一人で考えさせてくれ」

 

 多分、綺麗に笑えていたと思う。

 そこの川辺に行くから、と告げてオレは二人の前から立ち去った。

 

 あれから3ヶ月。

 もう数日で聖都へと辿り着ける。

 それだというのに、あの日の選択をオレは未だに決断できていなかった。

 




初っ端から解説回です。
むしろほぼほぼ今までマトモな説明回を入れていなかったのが異常なんですけどね。


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第2話 フォートランデ攻略作戦

第2回の説明回!
ギュイーンキュピーンって感じにピカーッってなる回です。
何を言っているのかはオレにも分かりません。


「着いたぞ! あれが聖都フォートランデだ」

 

 白亜の高い城壁で円形に覆われた街全体が視界の彼方に映る。

 遠く離れたここからでは、街内部の様子は中央地区に建つ大聖堂の頂部しか確認できない。

 

 フォートランデは別に閉鎖的な都市である訳ではない。

 現に聖都への道には数多くの人々が(ひし)めいている。

 雪染めの山嶺(さんれい)がごとき城壁は外敵を払う為に建造された物――遙かな昔、ここが戦場の最前線だった事を証明する物に過ぎない。

 国防の手段としてはもはや無用の長物だが、ここ聖国ニューヴェリアスにおいては威光の象徴としてその白磁の肌を爛々(らんらん)と輝かせている。

 

「凄い……! こんなに大きな街、初めて見たよ」

 

「ニューヴェリアスの首都だからな。政治的にも商業的にも、ここが聖国の心臓部って訳だ」

 

「帝国には規模こそ同等の街はあれど、ここまでの活気はなかったのう」

 

 そうギーグは言うものの、オレたちには小鳥がさえずる声しか聞こえない。

 まあコイツなら聞き取れてもおかしくないか。

 

「あそこは聖国で見ても特に異様な街だからな」

 

 フォートランデが異質とされる理由、それは生活施設の一部が既に自動化されている事だ。

 下水道程度しか自動化されていないとはいえ、排泄物は基本的に垂れ流しのこの世界では画期的な開発だ。

 きっと100年もすれば照明などの設備も充実するだろう。

 

 その生活基盤の根幹を担っている超常技術、フォートランデに潜入するにはそれを十分に理解する必要がある。

 

「これから潜入作戦を説明するぞ。

 まずは必要な事前知識からだ」

 

 とはいえ、説明するのは難しい内容ではなく魔法の基礎知識だ。

 ギーグはとうの昔に理解しているだろうし、3ヶ月で知識を詰め込んだアレクの理解度の再確認を兼ねたものだ。

 

「アレク、魔法を発動する為には何が必要だ?」

 

「魔力と魔法式、だよね」

 

 そう、魔力と魔法式が魔法を起動する重要なファクターだ。

 他の要因もあるといえばあるが、これらを理解していれば十分だ。

 

 銃――とはいってもこの世界には存在しないが――をイメージするのが一番近いかもしれない。

 魔力は火薬が爆発する際に発生するエネルギーに相当し、魔法式は弾丸を射出する機構、すなわち銃の構造に相当する。

 術者本人、あるいは空気中からくみ上げた魔力をどのような形で放出するのか、またエネルギー放出の指向性などを決定づけるのが魔法式である。

 

 もっとも銃とは違い、魔法の場合はエネルギーで何かしらの物質を射出するよりエネルギーの塊をそのままぶつける事の方が多い。

 物質の射出などは摩擦によりエネルギーのロスが多く発生するからだ。

 ほとんどの魔法が火、風、電気、光などエネルギーに変換しやすい現象が中心となるのはそれが理由である。

 

 また、魔法式は魔法発動において最も重要なファクターだ。

 銃の構造同様、魔法式に少しでも不具合があれば、運が良ければ不発――最悪の場合、術者の命に関わりかねない。

 そのため、魔法式を扱う場合はそれまでの研究で実用性が認められた物を使用する魔術師が大半だ。

 素人が生半可な知識で組み立てた銃が実用に足る訳がないのと同じだ。

 即興で実用レベルの魔術を放てる魔術師など、この世界においては――戦略級兵器に匹敵する存在だ。

 

 ……冷静に考えればここに該当者が2名ほどいるのは内緒だ。

 アレクの魔法の才能は今のところ特異な物が見られないので、彼が異端の道を歩む事はおそらくない。

 彼には既存の魔法を駆使してもらう事になるだろう。

 

「じゃあ次の質問だ。

 魔法式として使用される代表的な物は何だ?」

 

「魔法陣、呪文の詠唱、それと星痕(スティグマ)だよね」

 

「よし、大丈夫みたいだな。

 じゃあアレクがちゃんとそれらを用いて魔法が使えるか実践してみてくれ」

 

 とはいっても、訓練の時に発動できるのは既に確認済みだ。

 この演習は魔法学基礎の最終試験みたいなものだ。

 

 アレクは木の枝を筆として、大地のキャンパスに魔法陣を描く。

 

 魔法陣とは、この物質次元上に魔法式を視覚可能な状態で表した図形の事だ。

 平面図形でも立体模型でも、目に見える形で記されていればなんでもいい。

 アレクが地面に描いているのは、ルーン文字と円を組み合わせた魔法陣だ。

 ルーン文字は魔法陣の簡略化を目的として開発された物で、2~5画程度で書ける容易さから重宝されている。

 事前に式を準備できる事から、魔術師はこれを記した装備を戦場に持ち込む事が多い。

 

 アレクが木の枝を陣内に置き、魔力を流し込む。

 すると小さな火花が発生し、木の枝に引火する。

 今回は木の枝1本だったのであまり火の勢いは激しくないが、焚火などを起こすには十分な火種だ。

 この準備に10秒程度しかかからないのだから、魔法というのはつくづく便利だ。

 

「風よ吹け、《息吹(ウィンド)》」

 

 アレクがそう告げると、右の手のひらから微風が流れる。

 既に燻りかけてた火種はその一息で鎮火する。

 

 今のが呪文を用いた魔法だ。

 言葉の抑揚、文意、声量などによって魔法式の意味を構築、それにそった魔法を起動する物だ。

 魔法陣と違って事前の準備が必要ないので、覚えていれば状況に応じて魔法を使い分けられるのが利点である。

 他方で、呪文の詠唱中は無防備になりやすい欠点もある。

 簡略化した呪文で魔法を発動する手もあるが、その分過剰に魔力を消費してしまう。

 総じて見ると、選択肢は広がるが使いどころの見極めが難しい魔法だ。

 

 また、魔族がその名を冠するのは呪文と星痕(スティグマ)の魔法が人間より強いからだとされている。

 彼らは人よりも広い声域を持っており、より多くの魔法を使う事ができる。

 魔族の魔法を人が使おうとすれば、発声できない音のせいで暴発する危険性がある。

 

「最後は星痕(スティグマ)だな。

 《身体強化(エア・マッスル)》を使ってみてくれ」

 

 アレクは地面から小石を一つ拾い、《身体強化(エア・マッスル)》を発動しながらそれを握り拳の中にしまう。

 彼が手を開くと、そこには粉々になった石が残っていた。

 

 人体には筋紋、血管、骨格など模様と解釈できる部位が存在している。

 それらも捉え方によっては天然の魔法陣と考える事もできる。

 生まれついて人体にある魔法陣、それが星痕(スティグマ)だ。

 

 星痕(スティグマ)由来の魔法は、《身体強化(エア・マッスル)》のように任意で魔力を流して発動する物と、魔力を自動で喰らって常時発動し続ける物が存在する。

 おそらく吸血鬼特有の再生能力は後者だ。

 常時発動型の星痕(スティグマ)は基本的に強力だが不意に魔力を消費する事も多いので、『魔術師としては』大成できない人が多い。

 吸血鬼の場合は尋常でない魔力量があるので例外だろうけれど。

 

「さて、あと例外としてあるのが無詠唱魔法だけど……アレクはどうだ? 感覚的に発動できそうだと思った物はあるか?」

 

「いや、全くないよ。魔法式を脳で組み立てろって言われても、何をイメージすればいいのか全く分からなくて……」

 

 この世界において究極とされる魔法系統、それが無詠唱魔法だ。

 星痕(スティグマ)を用いた魔法は、使用した際に魔法陣として機能している体の部位に微熱が走る。

 だが、星痕(スティグマ)どころか一切の魔法式を介さずに魔法を発動できる異例な人たちがいる。

 その異例な人こそが、俺やギーグなのだ。

 

 彼らが魔法を発動できる理由の仮説として最も有力なのが、脳内で魔法式を組み立てているという物だ。

 俺もこの解釈で間違っていないと思う。

 人間の脳内には多数のニューロンがシナプスで繋がった網目状構造(ネットワーク)が存在する。

 ここを電気信号が走り、その命令によって初めて人間は思考した通りの行動を取る事が可能になる。

 思考の際の電気信号の疾駆、これは見方に寄っては立体型の魔法陣を構築していると考える事もできる。

 

「という訳で頭の中の網をギュイーンキュピーンって感じにピカーッって何かが走っているのをイメージすれば発動できると思うんだけど……」

 

「ごめん、その説明10回目ぐらいだけどやっぱり理解できないや」

 

「安心しろ、オレもなんで使えるか全く分からん」

 

「ユウ、殴っていいかな?」

 

 とは言っても、本当に分からないんだから仕方ない。

 このイメージだって、あの時どうやって魔法を使っていたのかを思い出しているに過ぎない。

 ただ炎の魔法を使いたい。

 そう思えば炎を出せる。

 完璧に記憶した数学の公式のように、思考を巡らせずとも答えがすぐに出てくる。

 それがオレにとっての脳内魔法式だ。

 

「だから具体的に説明しろって言われても無理なんだよ。

 これが数式だったら共通言語である数学記号を使えばいいけど、無詠唱魔法には誰にでも理解できるように説明できる言葉が存在しない。

 だから擬音だらけの曖昧な説明しかできないんだ」

 

「儂の場合、風魔法は大気を練り込むイメージを、雷魔法は魔力をそのまま叩きつけるイメージをしておる。

 個人でもイメージの様子が食い違っている以上、その統計化は難しいじゃろうな」

 

「やっぱり無詠唱魔法は才能の問題なのか……」

 

「残念だけどそういう事だな。

 ない物をねだるより、ある力を振り絞った方がいい。

 という訳でアレクは引き続き魔法陣主体で魔法を覚えてくれ」

 

 無理をし過ぎたりするのはよくないからな。

 それに無詠唱が使えないという凡才ぶりから、魔法陣魔法の天才になった人をオレは知っている。

 彼女と同レベルになれとは思わないが、自分ができる分野で可能な限りの努力をするのが成長には大事な事だと思う。

 

「魔法の基礎理論への理解は十分みたいだし、フォートランデの特徴について説明するぞ」

 

 そう言ってオレは地面に二重丸の図と、上下にすり鉢状の絵の底に二本の直線を引いた図を描いた。

 

「大分簡略化したけど、こんな感じにフォートランデは上から見ると城壁に囲まれた円形、横から見ると地上と地下水道の二層に分かれた構造になってる。

 そんで、地上の大通りを大まかに書き足すとこんな感じ。

 地下水道の構造は行った事がないから分からないけど、地上の通りと同様にある規則性を持って作られているはずだ」

 

 そう言いながら、オレは二重丸の内部に多数の直線を引いていく。

 それは緻密さこそ異なるものの、アレクが先ほど火花を出すために描いたあの図に似ていた。

 

「まさか……フォートランデは街そのものが巨大な魔法陣になってるの!?」

 

「そういう事。

 住民の間じゃ常識だけど、アレクはあんまり出る機会がなかったから知らなくても仕方ないだろうけどな。

 これが住民のインフラと、フォートランデが金城鉄壁の城砦である理由を支えてるんだ」

 

「なるほどのう……。

 魔族領でもこのような計画立案は進んでいたが、人は既にこの技術を確立しておったか」

 

「とは言っても、この魔法陣はそこまで強い効力はない。

 現状実装されてる機能は下水の自動浄化と、街中の監視ぐらいだな」

 

 魔法陣型の都市が確立されたのは、オレがこの世界に生まれ落ちる数ヶ月前の出来事だったらしい。

 あれから1年半の歳月が流れているとはいえ、著しい技術向上がある訳ではない。

 せいぜい監視の網が都市全体へと広がっているぐらいだろう。

 

「という訳で、地下水道からなら見つからずに都市内部へと潜入できる。

 重要施設の大体の位置は覚えてるし、そこから地上に上がって一気に大聖堂まで向かう。

 後は聖剣をちょろまかして即時退散だ」

 

「でも……ユウはそれでいいの?

 地上に出れば僕らが魔族の集団だってすぐにバレるし、街は大混乱だよ。

 そうなったら衛兵たちとの乱闘は避けられない。

 僕は乱闘の時に自分を守りきれる自信がないよ」

 

「その点は大丈夫だ」

 

 3ヶ月の旅の間、ずっと考えてきた。

 元はといえば、オレの失態で始まった不祥事だ。

 だから、決着はオレの手でつけないといけない。

 

「地上には、オレ一人で出る。

 お前とギーグは地下水道で待機してもらう」

 

 それを聞くなり、2人がギョッとした表情を見せる。

 

「無茶だ!

 今の状態じゃマトモに戦えないって言ってたのはユウ自身じゃないか!

 だったらギーグは最低限ついていかせるべきだろ!」

 

「オレが地上に出た事に気づかれれば、捜索隊が地下にも来るかもしれない。

 そうすれば一人で孤立したアレクには抵抗できる手段がないだろ。

 その保険としてギーグも待機だ」

 

 その後もオレとアレクの議論は平行線のまま続いた。

 ギーグはその事態を見かねたのか、オレに言葉をかける。

 

「ユーキよ。

 お主の作戦はある意味間違っていない。

 戦力にならないアレクを安全圏へと置いていく。

 非常に合理的な選択じゃ」

 

 ギーグはオレを肯定するように言葉を紡ぐ。

 だが、彼の表情はオレを諫めようとしている。

 

「じゃがのう、お主の作戦は破綻しておる。

 それはユーキが圧倒的強者であって初めて成り立つ作戦じゃ。

 そもそもの特攻部隊が攻撃力0では、敵陣に切り込むなどとてもじゃないができぬ。

 だからお主は強者としての力を取り戻す必要がある」

 

 作戦の矛盾を、抉るように指摘する。

 最終的にギーグが何を言いたいのか、二の句を聞かずとも理解できてしまう。

 

「どうしてもその作戦を決行するというなら、儂らの血を啜れ」

 

「……ッ!」

 

 最後まで先延ばしにし続けていた決断。

 それをこの場で下せと、ギーグは確かに告げた。

 

「お主には今まで相当な時間があったはずじゃ。

 吸血鬼としての生を得る、アレクを置いて孤軍で城砦に突撃する、全てを投げ出して平穏な生活を送る。

 その時間があれば、これらのいずれかを選ぶ事ができたじゃろう。

 じゃがお主はいずれも選ばず、儂らと戦う事を選んだ」

 

「……どの選択肢も、そう簡単に選べるもんじゃないだろっ」

 

「それでもお主は、選択しなければならない場所に来てしまった。

 だったらこの場で決断を下すしかない。

 儂らとお主自身の為に」

 

 戦いから逃げるのも怖くて、ズルズルと居心地のいい冒険を続けてしまった。

 すべき事を後回しにしたツケが、今になって回ってきただけだ。

 ここで答えを出さないといけないのだろう。

 それでも、オレは――。

 

「……地下水道に行きつくまでに3日ほど、そこで必要な工作を行うのにもう何日かかかる。

 それまでには、答えを出しておく」

 

「ユウッ! それはあまりにも不誠実じゃないの!?」

 

「儂はそれで構わん。

 それまでに答えが出せるというなら、な」

 

 再び打ってしまった、逃げの一手。

 アレクの言う通り、ギーグに対して失礼な返答だ。

 でも、まだ血を飲むのが怖いんだ。

 もう少し整理する時間が欲しい。

 

「ごめん、ギーグ。

 それまでには血を吸うって決断するから」

 

「……そうか。

 それでもお主は戦いの道を選ぶのじゃな。

 儂好みの返事じゃ」

 

 犠牲者を増やさないために、聖剣ストレシヴァーレを奪取する。

 この目的だけは間違えない。

 

 だから、戦う事は躊躇(ためら)っちゃいけない。

 衛兵たちが立ち塞がるなら全員昏倒させてでも道を切り開かなければならない。

 

「ユウ。

 もしその時でも吸血しないなんて言ったら、二度と戦場には立たないでね。

 そこでも逃げたりしたら、ユウにはその覚悟がないって事なんだから」

 

「ああ、分かってる」

 

 アレクもギーグも、オレの我儘(わがまま)に付き合ってくれている。

 それも最大限の譲歩付きで。

 

 だったら、覚束(おぼつか)ない足つきでも進まなければならない。

 それがオレにできる、唯一の償いだから。

 




大放出って感じに設定垂れ流したけど、本編に必要な事だからね。
仕方ないね。


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第3話 友たちの思い

今回は違う視点からのシーンです。
回想にしか出てなかった奴らがちゃんと登場するぞ!


「ディートリヒ。入るよ」

 

 ノックもしない不躾な態度でシェリアが部屋に入る。

 癖っ毛の混じった金髪のショートヘアと、眠たげな目元が印象的な少女だ。

 

 それに対して、ディートリヒと呼ばれた部屋の主は呆れたような仕草を見せる。

 オールバックに(まと)めた暗い茶髪、髪と同色の鮮鋭な瞳を持ち、見る者に鋭利なイメージを与える。

 

「ユーキがここに来てる。

 私たちに会いに」

 

 彼女はいつも通りに、必要最低限の言葉だけで意思疎通をする。

 どのようにしてユーキが来ているか、その話をどこから聞いたからなど、普通なら話すような内容は一切告げない。

 このように端的な話し方ばかりするので、彼女はどこの団体でも孤立しがちだった。

 

 もっとも、1年間冒険を共にしたディートリヒからすれば、その言葉の裏を読み取る事など容易ののだが。

 ユーキが来るという話は衛兵たちの立ち話から知ったのだろう、と適当に当たりをつける。

 

「彼を迎えに行く。

 ディートリヒも行こう?」

 

 ユーキの帰郷、それによって彼と久々に再開できる。

 運が良ければリリシアも一緒かもしれない。

 また仲間四人で、楽しく冒険できる。

 それまで一人きりの時間を多く過ごしてきたシェリアにとって、それはとても喜ばしい事だった。

 だからこそ、仲間の一人であるディートリヒもこうして誘っているのだが――、

 

「俺は行かない」

 

 彼から放たれたのは拒絶の一言だった。

 シェリアにもその言葉は半ば予想できていた。

 だがディートリヒがユーキとの決別を望んでいる事をハッキリ見せつけられるのは、二人の仲を近くで見てきたシェリアにとっては辛い事実だった。

 

「おそらく、お前の言うユーキが俺たちに謝罪しに来るという目的も間違ってない。

 だが、アイツの狙いには聖剣ストレシヴァーレも含まれているだろう。

 アレは人が現状持ちうる兵器の中でも最大火力のものだ」

 

 自責の念を感じたユーキは、間違いなくその原因である聖剣を破壊しようと目論む。

 ディートリヒはユーキの本心にどこまでも臆病な一面があると知っている。

 贖罪(しょくざい)を求めるユーキは、そうやって責任を取らなければ重圧から解放されないだろう。

 だが、それは人類に対する反逆だ。

 

「もしそれを奪うというなら、アイツであっても俺たちの敵だ」

 

 敵対するというなら、かつての仲間であっても斬り捨てる。

 それが聖国に剣を捧げる騎士として育ったディートリヒの信念だった。

 

「でも、私たちは……」

 

「仲間だと言いたいのか? 随分と腑抜けた事を」

 

 未だに仲間意識を大切にしているシェリアは、ディートリヒの割り切り方に納得できなかった。

 今からでも仲間として関係を修復したいと強く願っている。

 だがディートリヒは決別をハッキリさせるために、シェリアの抱える暗い心を公開する。

 

「一番魔族を憎んでいたのはお前だろう、シェリア。

 もはやユーキもリリシアも、俺たちにとっては敵対者でしかない」

 

「……ッ! 分かってる!

 魔族に父さんと母さんが殺されたって!」

 

 復讐心、それはシェリアが幼少期から持つ生への原動力だった。

 魔族が時折見せる人間味のある表情も、聖教の教文を支えとして無視し続けてきた。

 魔族を滅ぼす事で、父母が死んだ時のような悲しい戦いを終わらせる。

 実に平凡な魔力量しかない彼女が一流の魔術師としての腕を手に入れたのも、その執念があってこそのものだ。

 

「でもリリシアもユーキは、それでも仲間だもん!」

 

 だがシェリアにとってユーキたちと冒険した1年は、復讐に全てを捧げた10年よりも重かった。

 だからこそ、1年の友情を守る為に10年来の復讐を捨てる決心を叫ぶ。

 口下手な彼女の口調も相まって、その叫びは子供の癇癪(かんしゃく)のようだった。

 

「そう思うなら好きにするといい。

 だが彼らの肩を持つというなら、それは人類への裏切りだという事を知れ。

 ここには、二度と来るな」

 

 どこまでも真っすぐなシェリアの訴えも、ディートリヒの心には届かない。

 国のため、民のために剣と共に生きてきた彼は、仲間という些事(さじ)()すべき事を(たが)える事はない。

 それを貫くためなら、未だ人であるシェリアであっても敵とみなす事を躊躇(ちゅうちょ)しない。

 聖騎士としての称号を賜ったディートリヒとは、そういう男だった。

 

「馬鹿ッ!

 君が一番会いたがってる癖にッ!」

 

 これ以上の問答に意味はないと悟ったシェリアは、目から雫を散らしながらディートリヒの部屋から走り去る。

 捨て台詞のように吐かれた罵声は、シェリアがそうであって欲しいと信じる願いだった。

 

「……こちらから行かずとも、アイツは必ず来る。

 聖剣が安置された大聖堂、その地下庭園に」

 

 涙ながらの本心で迫ろうと、ディートリヒの信念は揺るがない。

 彼は生まれてからずっと剣を握り、剣と共に生きてきた男だ。

 彼と言葉を交わそうというなら、言葉ではなく剣でなければ伝わらない。

 それをディートリヒ本人も理解しているからこそ、聖剣を臨む場所でのユーキとの決着を望む。

 

「ユーキ。人という立場を失ったお前には、この国の居場所などない。

 (つるぎ)(もっ)てそれを分からせてやる」

 

 ディートリヒから見たユーキという少年はどこまでも強く、同時にどこまでも弱い。

 彼には、ユーキにどうしても伝えなければならない事がある。

 だからこそ、何の(うれ)いもなく決闘のできる場所を欲する。

 

 聖騎士の手を伝う震えは期待感の現れだった。

 ディートリヒとユーキが剣を交わしたのは、訓練中の緩撃(かんげき)だけだ。

 未だ交わした事のない強者との剣戟、かつての仲間との信念をかけた決闘。

 これほどの高揚感を感じたのは、ディートリヒという男の18年の人生で初めての出来事だった。

 




シェリアちゃんの口調がちょっとロリっぽくなったけど、これでも160cmぐらいの設定のつもりだし、おっぱいはまな板のリリシアと違ってちゃんとついてm(ここから先の項目は《爆紅蓮花(フローラルイグニッション)》されました。


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第4話 潜入、地下浄水魔法陣!

ちょっと急ぎ足で書いたので分かりづらい描写が多々あるかもしれません。
後で見返して改稿するかもしれませんが、大筋は変わりません。


「魔法で浄化されてるって聞いたから綺麗なのかと思ってたけど、結構臭いんだね」

 

「あくまで下水道だからな。一応浄水機能はあるとはいえ、水の底はヘドロだらけだぞ」

 

 ランタンから溢れる赤橙色の(あか)りが石畳で覆われた通路を照らす。

 他に光源のない闇の道は、平衡感覚を麻痺させる重圧を帯びている。

 

「これから魔法陣に細工をしていくぞ。

 ちょっとついてきてくれ」

 

 そうしてオレたちが辿り着いたのは、少し開けた広間だった。

 石畳に四方を囲まれている(さま)から、さながらここは玄室のようだ。

 

「見て分かる通り、ここの床には魔法陣が書いてあるだろ?

 これが上部の街と地下通路にある魔法陣全てと連動して、1つの魔法陣として機能しているんだ」

 

 二重円に六芒星、2つの四角形を組み合わせ、情報補完のために多量のルーン文字が散りばめられた魔法陣。

 この魔法陣は水路で他の魔法陣と連結され、結果として都市の魔法陣全体が1つのそれとして機能する。

 

「この中から都市の監視装置として機能している魔法式を読み取る」

 

 オレの右手から魔力が放出され、魔法式の内容に沿った効果が僅かに現れる。

 微弱な魔力を流し、その発動内容から魔法式を解読する。

 魔術師にとって基礎とも言える解読方法である。

 

「これで内容は大方分かった。

 後はこうやってっ!」

 

 魔法陣にナイフを突き立て、僅かに情報を改変していく。

 監視機能を掌握するには大規模な改変を要求される。

 ここの魔法陣だけでなく、全体の7割に手を加える必要があるほどだ。

 

 だが、この作業は慎重さも要求される。

 魔法式の改変は、内容によっては消費される魔力量も変化する。

 その違いに気づかれれば即座に侵入がバレかねない。

 

 大胆、それでいて慎重に。

 5分ほど時間をかけてこの魔法陣の改変を終えた。

 

「とまあこんな感じで、地下水道全体の魔法陣に手を加えてくって訳だ」

 

「なるほどね。でも、これだけ大掛かりな作業だと結構時間がかからない?

 ヘドロが水中に溜まってるって事は定期的に清掃員も来るだろうし、見つかったら全部パーになるよ」

 

「要所要所だけやっていけばすぐに終わる。

 多分3日ぐらいで仕上がるだろうな」

 

 この魔法陣の改変だって5分で終わった。

 ギーグとオレで二手に分かれて作業すれば、恐らくすぐに終わる。

 

「せっかく弄るんだし、この魔法式は存分に使わせてもらおう。

 さぁーて、どうやってイジイジしていくか」

 

「……ユウ、すっごく悪い顔している」

 

「面倒な悪戯小僧じゃな。

 もっと大胆に破壊した方が楽じゃろうて」

 

「ギーグさんも自分の価値観を基準にしないでください」

 

 呆れた2人の姿を見ながらも、オレは改変作業を続けていく。

 どういう風に改変するのかをギーグに伝え、完全に飲み込めたであろう時に作業分担の旨を伝える。

 

 弄るのは音の反響で物体の位置関係を捕捉する魔法式だ。

 いわゆるソナーの要領で敵の位置を確認し、逃走経路を確認するためのものだろう。

 この方法は対象を視覚的に捉える事が難しい。

 物体の位置を捉えられても、そこに立っている者の姿までは確認できないからだ。

 この魔法式の精度なら大まかな背丈しか分からないだろう。

 

 これなら、もうちょっと大胆に改変作業に当たっても大丈夫そうだ。

 

「よし、これならいける。

 オレはこれから地上に出て、フォートランデ街で直接工作行為をする」

 

「えっ!?」

 

 オレの言葉に驚愕の声をあげるアレク。

 発言があまりにも突飛だったので無理はないが、割と合理的な理由がある。

 

「この魔法式の探査精度はあまり精密じゃない。

 敵の位置を確認した後、追跡を確実にするために導入された物だ」

 

 ソナー探知の監視網など白黒(モノクロ)のカメラ以上に使い勝手が悪い。

 これなら街中に出ても、最低限人の姿をしているオレなら怪しまれずに済む。

 

「地下水道の魔法陣だけで都市全体の魔術が機能している訳じゃない。

 手っ取り早くやるには地上にも出る必要がある」

 

 改変作業を早く済ませられるならそれに越した事は無い。

 むしろ改変でこの魔法式をこちらの手に掌握できれば、こちらを圧倒的優位に立たせる事もできる。

 フォートランデ攻略の為に、地上への進出はどうしても必要な作業だった。

 

「だから……その……」

 

 地上に出る必要性はもう話せた。

 だから最後に、それを実行するための切り札を手に入れなければならない。

 そのために、オレは2人に大事な頼み事をしなければならない。

 

 2人の血を飲む。

 

 それはオレが吸血鬼としての生を得るためには必要な行為だ。 

 人の国では元英雄の反逆者、魔族の国では虐殺の殺戮者。

 そんな立場のオレが細々と生き延びるには、どうあっても力が必要だ。

 そしてその力は、吸血をするという簡単な行為で取り戻せる。

 

 だというのに、震えの止まらない口からは何も言葉が出ない。

 

「ユーキよ。地上に行くというならこれを持って行け」

 

 意気地なしのオレを諫める訳でもなく、ギーグは何かを渡してきた。

 それは2本の試験管だった。

 容積は10mL(ミリリットル)にも満たない、小さな小さな物だ。

 だがそれを満たす液体はどこまでも赤く、紅く、朱く、そこに命の重みがあると否応なしに実感させられる。

 

「これって、2人の……」

 

「儂とアレクからの餞別(せんべつ)じゃ。

 これさえあれば、お主も戦えるじゃろ」

 

 正直に言えば、これを口にするのはまだ怖かった。

 密閉容器に入っているというのに、見るだけで鉄の香りが鼻を突く錯覚がする。

 同時に胃から込み上げそうになる酸味も、無理矢理抑え込まなければならなかった。

 体も心も、吸血行為を拒否している。

 

「どうしても詰みそうな時はすぐにでも飲ませてもらうぜ」

 

 それでも、オレはその2本の試験管を大事に仕舞った。

 あくまでも危機に面した時に対処するための血液。

 そこには即座に牙を突き立てる事を強要しないアレクやギーグのささやかな気遣いが感じられる。

 

 それにも答えられないようじゃ、この先に何かを為せる訳がない。

 体の震えは、自然と止まっていた。

 

「じゃあ、僕も覚悟を決めるよ」

 

「アレク?」

 

「フォートランデの街までついていく。

 フードを被れば僕の見た目は人間と同じなんだし、誤魔化すのに手間はかからないはずだよ。

 今のユウは1人にするとやっぱり心配だしね」

 

「お前、そういって最初からついてくるつもりだったろ」

 

 あらかじめ用意したような理由付けに、思わず苦笑してしまう。

 覚悟を決めるだなんて取ってつけた言い方しなくてもいいのに。

 

「いざという時はユウが守ってくれるんでしょ?

 だったら何の問題もないって」

 

 相変わらずコイツの肝っ玉は据わり過ぎている。

 フードの壁なんて風一つで取り除かれるのに、その不安以上にオレを信じてくれる。

 

「ああ、オレがばっちり守ってやるよ。

 そうさ、やってみせるさ!」

 

 2人のお陰でちょっとだけ前向きになれた。

 ディートリヒにもシェリアにも謝って、聖剣を奪取してみせる。

 その先をどう生きるかはまだ分からないけど、前に進むための決意は固まった。

 

「それじゃ、ギーグはさっきオレがやったように地下の工作を続けててくれ。

 オレたちも終わったら一旦戻るから、ここで落ち合おう」

 

「やれやれ、人使いの荒い奴じゃ。

 こう見えても儂は老体なのじゃぞ」

 

「アンタなら10代の奴らと競える体力ぐらい有り余ってるだろ」

 

 相変わらず皮肉の好きな奴だ。

 だからオレも、ギーグに対しては皮肉で返す。

 これが一番彼と気軽に言葉を交わせる手段だから。

 

「それじゃ、行ってくるぜ!」

 

 出立の言葉を告げ、オレとアレクは街の東端に位置する出入り口を目指す。

 そこは住宅街が広がる場所だ。

 昼のこの時間なら仕事で多くの人が出払っているので、目立たずに侵入できる。

 

 

 




しょぼい監視網なら掌握しなくて良くね? って思うかもしれませんが、それについてはまた詳しく説明します!


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第5話 再開の時

昨日は全体的に倦怠感に支配されていたので、執筆ができませんでした。
また、日曜日の更新は今後私情により難しくなると思われます。
楽しみにしている人たちには申し訳ないのですが、何卒よろしくお願い申し上げます。


 石造りの軒並みがどこまでも広がり、成人男性の数倍はあろう背丈の建物がどこまでも高く伸びる。

 それらは城壁と同じく深く清らかな白亜で彩られており、頂部である屋根だけが赤褐色に染められている。

 風化した跡と修復された跡が幾重にも重なり、目立たないマーブル模様が壁面に描かれているのは、まさにここフォートランデが幾年もの歴史を積み重ねてきた証拠だった。

 

「こんなに活気のある街並み、初めて見たよ……。

 首都ってこんなに凄いものなんだね」

 

「ここまで賑わってる場所は聖国だと他にないかもな。

 政治、宗教、商業の中心地を全てここが担っている訳だからな」

 

 四方を見渡せば、人がいない隙間などない。

 ここが商業街というのもあるが、アレクにとっては初めての人混みだ。

 はぐれない様に注意しなければいけないだろう。

 

「アレク、手ぇ繋ぐぞ。

 お前は人混み慣れしてないだろうし、はぐれたら大変だ」

 

「ユウこそ、その小さい体格のせいで流されないように注意してね」

 

「ちっさい言うな。結構へこむんだぞ」

 

 そう言い合って握ったアレクの手は想像以上に大きかった。

 アレクの手の大きさは吸血鬼になる前のオレとそう変わらないはずなのだが、握った時のギャップのせいか相対的にオレが小さくなった事を実感させられる。

 

「工作する場所の目星は大まかにつけてあるから、そこに行くまでは適当に買い食いでもしようぜ。

 オレ、腹減っちまってさ」

 

「のんびりしてていいの?

 こういうのってコソコソと素早く終わらせた方がいいと思うんだけど」

 

「いいのいいの。

 むしろ変な風に嗅ぎ回るような動きの方が怪しまれるってもんだ」

 

 銀髪の少女、という特徴からオレはマークされている。

 聖国では珍しくはない容姿とはいえ、そんな奴が怪しく動き回っていたらそれこそ正体が元勇者ユーキだと自白しているようなものだ。

 

 それに、久々に味わう都会の喧騒だ。

 少しぐらい楽しませてもらったって罰は当たらないだろう。

 ギーグにはちょっと悪い気もするが、何か美味しい物を持って帰って手打ちにしてもらおう。

 ……アイツの味覚を満足させる物があるかは別だが。

 

「すいませーん!

 ソーセージ4本ください」

 

「あいよ!」

 

 オレたちは市場の屋台を巡り、様々な食料品を買い漁った。

 今後の旅を考えて保存性の高い食料であるドライフルーツなどが中心だが、屋台だからこそ楽しめる新鮮な味わいもある。

 たった今焼かれたソーセージなんて溢れんばかりの肉汁が染み出ている。

 共に買ってきたチーズは匂いこそキツいが、久々に食べる乳製品という事もあって胃が期待感を込めて鳴ってしまった。

 

「自己流の食べ方だけど、このソーセージにチーズをつけて食べるのが上手いんだよ。

 アレクもやってみな」

 

「へー。

 うん! これはいいね!」

 

 初めての味覚に舌鼓を打つアレクを見て満足したので、オレもそのチーズ塗りソーセージを頬張る。

 チーズの濃厚な味わいが肉を咀嚼(そしゃく)する度に熱い汁と共に混じり合い、強烈に舌へと絡みついてくる。

 最近は干し肉以外では塩味の薄い食事が中心だったので、口全体を焦がすような刺激が堪らない。

 

 あっという間に1本目を平らげてしまい、2本目はチーズだけでなくケチャップもかけて(かぶ)り付く。

 トマトの爽やかな酸味がチーズとソーセージの塩辛さを中和してくれている。

 清涼感と濃厚な味が絡み合い、早く食べろと口へ話しかけているようだ。

 

 アレクも見よう見まねでオレと同様の食べ方をしている。

 やはりこちらも満足したのか、笑みを浮かべてながら食べている。

 オレとアレクがソーセージを完食するのはほぼ同時だった。

 

「ごちそうさまでした。

 こうやって賑わいの中で食べるのも、いいものだね」

 

「そうだろそうだろ。

 話し合ってもいないのに皆と溶け込めている感じがするんだよな」

 

 きっと、こんな日常を交わせれば人と魔族が争う事もなくなるのに。

 そんな考えがよぎる。

 それは現状では不可能なのだろうという事も理解しながら。

 半魔族のアレクがこうして楽しくしていられるのだから、世界がそういう風に優しくなればいいのに。

 

 いけないいけない。

 こんな後ろ向きに考えていたら、当面の行動に支障が出かねない。

 一瞬だけ憂鬱気味になった思考を切り替えると、アレクの右頬に注目がいった。

 

「おい、ほっぺにケチャップがついてるぞ」

 

「え、どの辺り?」

 

「右側だよ。この辺の」

 

 自分の顔で同じ部分を指さしながら、汚れの位置を伝える。

 アレクが自身のハンカチでそこを拭うと、ケチャップは綺麗に取れた。

 失敗したと思っているのか、熟れかけのトマトのように若干赤面している。

 

「しっかり者だと思っていたけど、お前も結構抜けてるんだな」

 

「う、うるさいよ! それにユウにだけはそう言われたくない!」

 

「何おう! まるでオレが普段から抜けてるみたいな言い分だな!」

 

「そういう意味で言ったんだよ!

 大体ユウはいつもいつもぉ!」

 

 若干ケンカ腰になりながらも、いつもより熱く会話が弾む。

 この街の喧騒に当てられただろうか。

 掛け合いのヒートアップは止まる事なく、外からの刺激が新たに加わるまで続いた。

 

 それはオレにとっては非常に懐かしく、今向き合うべき問題の一つだった。

 

「リリシア?」

 

 そう発言したのは、確実にオレではなかった。

 発信源はアレクの方向、もっと言えばその向こう側にいた。

 そこに立っていたのは、癖っ毛の金髪を肩で切りそろえた髪型の少女だった。

 

「……シェリア?」

 

 かつてのオレの仲間の一人で、一流どころか超一流の魔法の使い手。

 口数こそ少ないものの感情表現はとても素直で、抜群のスタイルの良さに反して子供のような印象を抱えた少女だ。

 

「リリシアぁ! リリシアぁ!」

 

 シェリアはそのまま感極まったような表情でオレに飛びついてきた。

 何やら彼女は酷い誤解をしているようだった。

 

「待てシェリア! オレはユむぐっ」

 

 それを解消すべくオレは交渉の言葉を紡ごうとするが、それはシェリアの抱擁によって遮られた。

 小さくなった体全体に、彼女の体重がそのままのしかかる。

 というよりっ、顔に胸がっ、息ができないっ。

 

「会いたかった! リリシア、リリシアぁ!」

 

「むごごごごご」

 

 抵抗虚しく、シェリアはオレを抱きしめる力を強くする。

 そのバストは実に豊満であった、などと熟考する余裕もなく呼気から酸素を奪われていく。

 窒息――残された思考を埋め尽くしていたのはその二文字だけだった。

 




ようやくガールズラブタグが仕事するような内容を執筆できた気がする。


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第6話 魔導士シェリア

日常回は筆が乗るぅ!
という訳で本日分の投下となります!


「うぉー……危うく彼岸へと至りかけるところだった」

 

 乱れた呼気を整える為に深呼吸を行う。

 脂肪で遮られた時と違い、清涼な空気が肺を満たす感覚がする。

 死ぬなら巨乳に埋もれて死にたいと昔は思っていたが、あれは撤回しよう。

 

「ごめんユーキ。

 吸血鬼化は聞いてたけど、リリシアそっくりだとは思わなかった」

 

「外見の変化ぐらいならそっちにも伝わってるだろ。

 もうちょっと考えてくれ」

 

 随分と泣きじゃくっていた彼女をアレクが説得するのには大分骨が折れたらしい。

 彼は死にかけのオレと同じぐらい息を切らしている。

 

 だけど、彼女がオレをリリシアと間違えるのは無理もないだろう。

 シェリアはリリシアとかなり仲が良かった。

 なんでもシェリアは幼い頃から魔法の修行にばかり明け暮れていたので、オレたちとパーティを組むまでは友達がいた経験がなかったそうだ。

 初めてできた同性の友達という事もあり、彼女といられなかった時間が辛かったのだろう。

 

 その寂しさを抑える土俵が、リリシアに似たオレを見て決壊したのだろう。

 無理もない。

 ディートリヒは隣にいただろうけど、アイツも人付き合いが得意な性分ではないし彼女を上手く支えられていなかっただろう。

 

「でも……こんなにリリシアにそっくりなのに」

 

「リリシアはここまでチビじゃないぞ、そこで気づいてくれよ……」

 

 とはいえ、本音を言えばこの身長差から違和感を持ってほしかった。

 息もできないほど苦痛な抱擁を思い出し、自分でコンプレックスを刺激するのも(いと)わず彼女に毒づく。

 確かにオレも水面に映った自分を見た時、リリシアが幼ければこんな容姿なのだろうと思ったけれども。

 

「確かに、リリシアはこんなに目つき悪くない」

 

「目元を突くな、危ないだろ。

 あと、目つきが悪い件について詳しく聞こうじゃないか」

 

 油断をしていると、シェリアが顔を触ってきた。

 というより近い、異性間の距離じゃない。

 こいつ、さてはオレが女性化したせいで接触に抵抗感なくなってるな?

 

「でも、お肌は変わらずぷにぷに」

 

「ほっぺを突くな」

 

「髪も同じくサラサラ」

 

「隠してるんだから、わざわざ帽子から引き摺り出すな!」

 

「胸は……リリシアの方がちょっとある」

 

「セクハラすんなやぁ!」

 

「いたい」

 

 徐々にエスカレートしつつあったシェリアの接触を止めるべく彼女に腹パンを加える。

 当たった時の音がポスンという気の抜けるものがだったので、多分痛みはなかっただろう。

 痛い、という発言も恐らくただのポーズだ。

 ちくしょう、折檻する力もないのは実に悔しい。

 

「それはそれとして、久しぶり。

 また会えて嬉しい」

 

「ああ、俺もだ。

 久しぶりだな、シェリア」

 

 聖剣奪還とは別件だけど、シェリアたちとの再会もオレの重要な目的だ。

 先ほどの狼狽(ろうばい)ぶりからリリシアの行方は知らなそうだが、ディートリヒが今何をしているのかは分かるだろう。

 それらの新しい情報をシェリアから色々と聞きたい所なのだが――。

 

「「……」」

 

 今までの出来事、これからの行動、話したい事も話すべき事はいくらでもあるのに、言葉が出てこない。

 それはシェリアも同じらしく、お互いに無言のまま時間が過ぎていく。

 不和の原因がオレとはいえ、彼女にも思うところがあったのだろう。

 その結果築かれた微妙な距離間が、二の句を継ぐ事を許してくれなかった。

 

「あの、シェリアさんですよね。

 元はユウ……いや、ユーキと以前旅をしていた」

 

「うん。君は?」

 

「あ、僕はアレクです。

 今はユウと一緒に行動しています」

 

 無言のオレたちを見かねたのか、アレクが助け船を出してくれた。

 アレクならきっと、彼女との会話の足掛かりを築いてくれる。

 

「そう。安心した」

 

「え?」

 

「ユーキは一人で抱え込むから。

 支えてくれる人と新しく出会えたみたいで」

 

 何やらアレクと自己紹介をしただけで、シェリアは納得したような表情を浮かべている。

 理解が早いのは助かるが、それを全て彼女の頭の中だけで処理されてるので、急展開に思わず困惑してしまった。

 彼女はオレが一人きりじゃなくて安心したとの事だ。

 確かに自分から孤独に走ってしまって迷惑をかけてしまった自覚はあるが、そこを指摘されるのは非常にこそばゆい。

 

「やっぱり、ユーキの助けになりたい。

 できる事は私も手伝う」

 

「いいのか? 言っちゃ悪いが、オレに付いてくると迷惑ばかりかけると思うぜ」

 

「うん、放置してるとまた暴走しそうだし。

 私が安全装置になる」

 

「人を暴れ馬みたいに言いやがって……」

 

「仕方ないんじゃないかな、ユウだし」

 

「お前もか、アレク」

 

 そんなやり取りに思わず苦笑してしまう。

 会話の流れでシェリアの協力を得られるようになったのは有難い。

 2人から微妙に悪い扱いを受けているのは気になる。

 だが、それ以上にシェリアの助力と関係の修復が嬉しかった。

 

「それじゃ、ついてきて」

 

「何処に行くんですか?

 僕たち、夕方までに済ませたい」

 

「ユーキのこれからに必要になる物、それを手に入れる」

 

 いつになく固い表情で、シェリアはその言葉を告げる。

 これは四の五の言わずについていった方がよさそうだ。

 彼女は天然気味だが、ふざける性分ではない。

 そんな彼女がこの先旅で必要になる物というなら、それは絶対に手に入れておきたい。

 

 全幅の信頼を彼女に置き、オレたちはその背中を追いかける。

 その選択を後悔する事になるとは、この時は予想だにしていなかった。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 どうしてこうなった。

 

「なあ、この買い物はオレのこれからに必要なんだよな」

 

「うん、必要」

 

 彼女は自信満々に告げる。

 彼女の口角は綺麗に吊り上がっていた。

 ドヤ顔の一例として飾りたいぐらいに出来がいい。

 

「まあ、オレもシェリアの仲間だしな。

 言わんとする事は分かるぞ」

 

「理解が早い。助かる」

 

「だけど納得するかは別だぁ!

 な・ん・で! 半ばオレのファッションショーみたいになってるんだよ!」

 

 そう、オレがシェリアに連れてこられたのは洋服店だった。

 それも女性物専門の。

 その中でオレは、シェリアの選んだ服をとっかえひっかえ着せられていた。

 

 今無理矢理着せられているのは、黄色のワンピースだ。

 段のようについたフリルが花弁のようになっており、さながら大地に咲くタンポポの花のようだ。

 きっと、オレもこの光景を傍から眺めていれば可愛い女の子がいるなぁ、と思っていただろう。

 今の外見に似合っているのは否定できない。

 だが、オレ自身はこんなのを着たいとは微塵も思っていない。

 

「確かに女性化したオレが怪しまれないよう、女性物の服を買うってのは妥当な考えだ!

 だけど、オレがそれを素直に聞くと思ったか!」

 

「ユーキは変な所で合理的。

 現に今も着てくれてる」

 

「二択で渡してくるから、比較的マシな方を選んでるだけだ!

 というより最初のドレスといい、何でフリフリの服ばっかり持ってくるんだよ!

 オレたちはこれから放浪の旅に出るっていうのに、そんなの着られる訳ないだろ!」

 

「似合うと思ったから」

 

「だー! 会話が成立しないィ!」

 

 謎のスイッチが入ってしまったのか、笑みを浮かべながら新しい服をオススメしてくる。

 時折渡されるボーイッシュで機動性を阻害しない物以外は全て却下しているので、購入予定のカゴに入っているのは渡された1割にも満たない。

 何でそんなにガーリッシュな服装ばかりオレに薦めるんだよぉ!

 

「アレク。感想は?」

 

「何のですか?」

 

「服の」

 

「うーん、そうだね……」

 

 シェリアは突然にアレクへと質問を投げかける。

 まだ彼女独特のテンポに慣れないのか、質問で返す事も多い様子だ。

 だが、これはいい機会だ。

 ここでアレクが適当に切り上げる提案をしてくれれば、多数決ですぐに出られるだろう。

 期待の意味を込め、ワクワクした視線をアレクに送る。

 

「馬子にも衣装、かな?」

 

「ぶっとばすぞてめぇ」

 

 アレクから帰ってきた返答は、普通にファッションへの品評である上にオレを的確に傷つける発言だった。

 言葉の意味としては褒め言葉として言っているのは分かるが、微妙に(とげ)のある表現だ。

 まるで普段のオレの言動がガサツ過ぎると言いたいのだろうか。

 その上、着たくもない服を似合っていると言われたオレの心情を(おもんばか)ってほしい。

 

「馬子にも衣装の評価に怒る。

 つまり現状に納得してない。

 より可愛く着飾るしかない、うん」

 

「そういう意味じゃねーよ!

 勝手な解釈で自己完結するな!」

 

 謎の結論に至ったシェリアは、秒速で洋服店の端々から可愛らしい服をかき集めてくる。

 全力を尽くしたためか、彼女の息は荒い。

 いや、よく聞けばそれは疲れからくる荒さではなかった。

 フンスフンスと鼻を鳴らす、興奮していた様子の物だ。

 

「リリシアはガードが固かったから。

 ふふふ、色々と新鮮」

 

「た、助けてくれアレク!

 この猛獣は危険すぎる!」

 

 目の前の捕食者(プレデター)の魔手から逃れたい。

 だが魔法も十分に使えない今のオレでは、抵抗すらできないだろう。

 

 本日何度目か分からないアレクからの助け舟を、今度は自分から求める。

 3ヶ月の付き合いで分かった事だが、彼は意外にも口が回る。

 きっとシェリアの事も上手く言い含めてくれるだろう。

 

「しぇ、シェリアさん。

 ユウも嫌がってますし、このへnゴフッ」

 

「大人しくして」

 

 チョ、チョークスリーパーホールドォ……。

 瞬時に決まった即死技に、思わず背筋が凍る。

 技をかけるついでにアレクの首が360度回転していたが、本当に大丈夫なのだろうか。

 

「……ごめん、僕には無理だったよ」

 

「アレクぅぅううううー!」

 

 2秒で死に体と化した彼に、思わず追悼の意と無念さを込めて叫んでしまう。

 ああ、逃げ場はもう失われてしまった……。

 

「さぁ、ユーキ」

 

「ひぃっ」

 

 拝啓、リリシア様ならびにディートリヒ様。

 今、貴方がたが何処で何をしているのか、残念ながら僕の存じ上げる所ではございません。

 ですが、確かに伝えたい事があります。

 

「これ、着てくれるよね?」

 

「お、お手柔らかにお願いします……」

 

 僕は今日、男として大事な尊厳を失います。

 さようなら。

 ユーキより。

 

 シェリアの右手に握られた桃色のロリータドレスが、彼女の足音と共に迫ってきた――。

 




シェリアさんは真面目です。
ええ、真面目ですとも。
少なくとも本人の視点からすれば。


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第7話 決別

大遅刻投稿になります……。
完成したのが昨晩12時でもう眠くて仕方なかったので、唐突な昼間の投稿になります。
今晩間に合うかは怪しいです。


「ひ、酷い目にあった……。

 首、大丈夫かな? 変な方向に向いてない?」

 

「ああ、大丈夫だ。

 いつも通り背筋も首筋もピンとした、姿勢のいいアレクだぞ」

 

 洋服店での一悶着をどうにか脱し、オレたちは街中を歩いていた。

 その後の買い物で、旅に必須の消耗品である灯油や食料も買い足した。

 その間、シェリアはずっと不服な表情で後ろをついてきた。

 

「むー。似合ってたのに」

 

「諦めろ。

 あくまでオレの中身は男だ」

 

「美少女はもっと着飾るべき。

 リリシアもそう言っていた」

 

「なるほど……ってリリシアの言葉なら何でも鵜呑みにすると思うな。

 いくら外見がこんなんでも、オレにはオレの心情ってものがあるんだよ」

 

「ユウが美少女か……うん、事実は小説より奇なりだね」

 

「一々オレの内と外のギャップに言及しないと気が済まないんかい!」

 

「痛い痛い! 手を(つね)らないでよ!」

 

 相変わらずオレの扱いが雑なアレクに、地味な抵抗をもって抗議する。

 確かに急に変わりきったこの肉体から変なギャップが生じるのはしょうがないが、もうちょっと変化に戸惑っているオレの心情を考えてくれてもいいだろう。

 これでもションベンの時とか、発射角度が変わって苦戦しているというのに。

 

兄妹(きょうだい)みたい」

 

「お? そうか?」

 

「凄く仲良さげ」

 

 人間関係の良さを他の人に指摘されるのはちょっとこそばゆいけど、悪い気はしない。

 多分、アレクとは出会ってすぐに本音をぶつけ合ったからこんなに仲良くなれたのだと思う。

 それにしても兄弟(きょうだい)か。

 うん、なるほど。

 

「そっか、じゃあオレが兄としてしっかりしなくちゃな!」

 

「いや、ユウが弟か妹でしょ。

 大抵のトラブルの原因だし、意外と打たれ弱いし。

 それに、背も僕よりかなり小さいじゃん」

 

「どう見ても妹」

 

「そこまでガッツリと否定しなくてもいいだろ!?

 あとシェリア、妹って女性限定の表現はやめてくれよ!」

 

「やめない。溢れ出る妹力(いもうとりょく)

 

 アレクより年上だとアピールのできそうな隙があったから兄主張したらこの様だ。

 オレ、そんなに頼りないんだろうか。

 あと、シェリアには妹力(いもうとりょく)という謎の概念について詳しく詰問したい。

 

「あー、こういう話題になるとオレが不利で敵わん。

 それじゃ、次の目的地に行くぞ」

 

 買い出しはもう終えた。

 なら、地上に出た本命の目的を果たすだけだ。

 

 きっと、そこに行けばこの楽し気な時間は終わってしまうだろう。

 シェリアは協力したいと会った時に言ったが、おそらく彼女はオレたちと同じ物を見ていない。

 あの発言も仲間なのに離れ離れになる寂しさから逃れたいが故のものだ。

 

 慰めの言葉をかけて一緒にいるのが、仲間としてすべき事なのだろう。

 けれども、オレには聖剣奪還という義務がある。

 それを果たすためには、彼女との決別はしなければならない。

 

「そういやシェリア、リリシアにも普段からセクハラしてたのか?

 一緒にいた頃はそんな様子はなかったと思うんだけど」

 

「さっきも言った。

 彼女はガードが固い」

 

「生まれついての女性っていうのが関係しているんですかね。

 ユウなんてしょっちゅうガニ股ですし」

 

 だけどもう少しだけ、何の(いさか)いもないこの時間を味わいたい。

 別れの場所に行くまでの間、オレたちとシェリアは楽し気に言葉を交わしていた。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「さて、この辺りだな」

 

 オレたちが辿り着いたのは、薄暗い裏路地だった。

 清掃が行き届いているのか目立った汚れこそないが、背丈のある住宅から落ちる影がそこに黒い印象を植え付けている。

 オレはその地面に、迷いなくナイフを突き立てる。

 手首を回す度、一画、二画と石畳に傷が増えていく。

 

「……何をしてるの?」

 

「魔導士のシェリアなら分かるだろ。

 都市魔法陣に手を加えている」

 

 オレが傷つけているのは、何の変哲もない石畳。

 一見すると、子供が地面に落書きをしているように思えるだろう。

 だが都市部は生活空間と一体化しているため、このように何の変哲もない路地裏自体が魔法陣の一部になっている。

 時には老朽化の傷に偽装して魔法陣の一部にされている物もある。

 オレは意図してそれに手を加え、魔法陣へと改造を施す。

 

 説明などしなくても、魔法陣をどのように改変しているかは彼女は理解してるだろう。

 彼女は魔術師などという凡百の存在に収まらない、規格外の魔導士だからだ。

 

 魔術師とは戦術的に魔法を扱い戦う人々の事を指す。

 攻守、布石などを熟考し、適切な魔法式を構築して使用するのが魔術師のセオリーだ。

 

 彼女の魔法はそんな生易しい物ではない。

 戦闘の過程で必要な魔法が、自然と彼女の手元へと導かれる。

 思考時間、魔法式の構築などの手間を、奇妙にも瞬時に済ませてしまう。

 

 そんな彼女にオレの思いを伝えるなら、実際に工作している様子を見せるのがいいと判断したのだ。

 下手な言葉よりも早く、的確に意図を理解してくれるだろう。

 

「聖剣を奪っても誰の得にもならない。

 むしろ人類の不利益になる」

 

「へぇ、オレに協力してくれるんじゃなかったのか?」

 

 意地悪な質問をシェリアにぶつける。

 人と魔族、どちらに立つべきかを困惑させるための発言。

 それは彼女への思いやりなんてない、ただ自分本位の言葉だった。

 

「暴走を止める。そうとも言ったはず」

 

「そっか。そういやそうだったな」

 

 これは一本取られた。

 オレが彼女の考えをよく知っているように、彼女もオレの思考をよく理解している。

 どうやら揚げ足取りは通じないようだ。

 なら、オレの意図を直接伝えるしかない。

 

「アレは、聖剣はただの殺戮兵器だ。

 只人(ただびと)を無理矢理即席の英雄に仕立てるだなんて、その力も開発動機も尋常じゃない。

 特に、魔法のおかげで一英雄が戦況を左右するこの世界じゃな」

 

「同時に、人類守護の希望。

 ストレシヴァーレのおかげで救われた命は多い」

 

「確かに、それは人の立場からすると正しいのかもしれない。

 だけどオレはもう、理不尽に誰かの血が流される光景を見たくないんだよ」

 

「……ユーキは優しい。

 だけど慈悲をかける必要はない。

 彼らが多くの命を奪ったのは事実」

 

 シェリアの両親は魔族との戦争で亡くなった。

 それ以来、彼女は復讐の牙として魔法の腕を磨いてきた。

 半生を憎悪と共に過ごしてきた彼女としては、魔族は滅ぶべき存在であるという考えは到底変えられない物なのだろう。

 だけど、今のオレとシェリアが仲間であるには枷にしかならない感情だ。

 

「オレも虐殺者で魔族。

 それもまた変えられない事実だ」

 

「……ッ! でも、それは後天的要因でッ!」

 

「その原因はリリシアだ。

 つまり、アイツも種族上は吸血鬼で、魔族に分類される」

 

「分かってるッ! だけど、二人は人の為に戦ってくれていた!

 私たちに変わらず接してくれたッ!

 種族上はそうでも、アイツらとは違うもん!」

 

 仲間として戦ってきたから、敵対せねなければならない事実を受け入れられない。

 だからこそ、オレたちを仲間だと信じられる材料を取り繕おうとしている。

 仕方ない事だ。

 だけど、その分別をつけるのは彼女の魔導士としての立場を守る為には必要なことだ。

 だったら、オレを助けるなんて無謀な事は諦めてもらわないといけない。

 

「優しい魔族は、アレクみたいな人は、どこにでもいる。

 オレやリリシアは、特別な名誉人間なんかじゃない」

 

 シェリアはオレの言葉に驚きを隠せない様子だった。

 意図を汲んだアレクは、フードを取り去り自身の耳を彼女に見せる。

 それは紛れもなく、アレクがエルフの血筋の者だと証明する物だった。

 

「こいつは父親が魔族なんだ。

 そのせいで幼い頃からたくさん苦労してきた。

 そんな中で育ったのに、誰かに優しくできる奴になったんだ」

 

 オレはコボルトの少女を見て、魔族も人と変わらないのではないかと思い始めた。

 そしてアレクと出会い、旅をして、その考えはもはや確信になっている。

 

 オレは魔族に光を見出し、彼女は魔族の闇に呑まれた。

 その違いのせいで、オレたちの意見が交わる事はきっとない。

 

「オレが考える優しい魔族の一面も、お前がいう残酷な魔族の一面も、どっちも間違っていない。

 ただ、出会いの切っ掛けが違うから価値観が違うだけだ。

 オレにとっての魔族は人と同じように助けたい存在だけど、シェリアにとって魔族はどうなってもいい存在だ」

 

 オレを止めるのも手助けするのも、シェリアにとっては苦しい選択だ。

 両親を奪われた苦しみなんて、簡単には取り払えないだろう。

 かといって、オレがかつての仲間であった事実も捨てられない。

 聖剣奪取を止めるのであれば、オレと敵対する。

 それを手伝うのであれば、間接的かつ甚大な規模で魔族に貢献する事になる。

 

 だから、彼女とはここで決別するしかない。

 

「オレとシェリアは、もう同じ世界を見ていない。

 だからシェリア――」

 

 ――もう、オレたちは仲間に戻れない。

 

 それを告げると、彼女の瞳から滂沱の涙が溢れ出てきた。

 彼女にとっては初めてとなる仲間からの別離の言葉。

 その涙の量が、オレの言葉の残酷さを物語っていた。

 

「何で……何でそう言うの……」

 

「私はッ! ユーキやリリシアにもう無理してほしくないッ!

 それだけなのにッ!」

 

 泣きはらした目でこちらを睨みながら、彼女に似つかわしくない大声で叫ぶ。

 それはきっと、拒絶に戸惑いながらも必死に絞り出した彼女の本音だ。

 だけど、オレはそれすらも否定する事しかできなかった。

 

「……ごめん。だけど、もうこの道を行くって決めたんだ。

 今まで迷惑や心配かけた上にこんな我儘(わがまま)を言うのは間違ってるかもしれないけど、オレがやらなくちゃいけない事だから。

 本当に、ごめん」

 

「何でッ! 何で皆分かってくれないの!

 リリシアもッ! ディートリヒもッ! ユーキもッ!

 私は皆と一緒にいたいのに! 何でッ!」

 

 そう告げるなり、彼女はどこかへと駆け出してしまった。

 追う選択も脳裏に浮かんだが、逃走の元凶であるオレにその資格はない。

 彼女の姿が見えなくなった事を確認すると、オレは魔法陣改変の作業を再開した。

 

「今のユウは最低だと思うよ」

 

「ああ、分かってるよ」

 

 シェリアは無自覚にオレやリリシア、アレクのような立場の人に突き刺さる棘のある発言をしていた。

 だけどそれは、オレたちへの悪意じゃない。

 シェリアはオレやリリシアを魔族だと分かっていても、仲間だと信じようとしている。

 だからこそ魔族と共通する要素を思考から取り除いていた。

 むしろ、彼女は一から十までこちらの事を信頼してくれていたのだ。

 

 自らの贖罪(しょくざい)に巻き込まないため突き放したと言えば聞こえはいいが、その本心は自分勝手な要素が強い。

 結局の所、彼女の好意が邪魔になるからそれを斬り捨てただけだ。

 

「それとアレク。

 お前にも悪い事しちまったな」

 

「それについてはいいよ。

 全く気にしていないから」

 

 シェリアにオレの思いを告げるのに、アレクの境遇を利用した。

 アレクにとっては乗り越えられた事だけど、他人のオレがその過去へ不用意に踏み入るのは無礼千万だ。

 それなのに、アレクはオレに全てを一任してくれている。

 初めての友人という信頼が、奇妙に働いてしまっているのではないか。

 

 シェリアとの論争中に一切口出ししなかったのは、アレクは身内の揉め事を個人で解決すべきだと考えているからだろう。

 アレク自身はオーキス村長とのすれ違いを出発前に解消したらしい。

 今のオレにも自分の手で不仲を解消してほしいと思っているのだろう。

 だけどオレにその気はない。

 きっとどちらを選んでも、シェリアを傷つける事になるから。

 

「さあ、作業はこれからが本番だ。

 夕方まで時間一杯街中を回るからな」

 

 気持ちを別の方向へ切り替える為、目標を再確認する言葉を発する。

 それはある意味、シェリアの問題から逃避する行為だ。

 だけど、オレはそうしなければいけない。

 聖剣奪取という大望を果たすには、そちらに目を向けている余裕なんてないのだから。

 



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第8話 ユーキの決意

 5日も更新サボってしまいました。
 2000字ぐらい書いたのを没にしたり、机に向かわなかったり、プリヤ映画見てたりしてたらこんな事になってました。
 これから更新はマイペースに進めます。
 絶対終わらせるからそこは安心して……。


 夢を見た。

 シェリアと決別してしまった結果、彼女が孤独にむせび泣く夢を。

 シェリアと決別できなかった結果、彼女が魔族との接触に葛藤する夢を。

 

 夢を見た。

 アレクを同行させ続けた結果、彼を死地に追いやってしまう絶望を。

 アレクと離別した結果、オレ自身が挫けてしまう絶望を。

 

 夢を見た。

 永遠(とわ)の時の果てで、リリシアとの再会が為らない旅路を。

 久遠の時の彼方(かなた)で、リリシアの訃報を耳にする航海を。

 

 夢を見た。

 聖剣を奪取してしまった結果、泥沼の戦場で人と魔族に多くの死人が出てしまった光景を。

 聖剣を奪取できなかった結果、魔族という存在が塵芥も残らないほど死に絶えた世界を。

 

 ――夢を見た。

 ■■■■■■■■■■をしたおかげで、皆が笑い合える世の中になった世界を。

 ■■■■■■■■■■できたために、人と魔族が手を取り合っている世の中を。

 ■■■■■■■■■■がきっかけで、リリシアたちと復縁できた光景を。

 

 夢の彼方にあったのは、何れも絶望だけ。

 思えば、オレの選択の果てにはいつも絶望しかなかった。

 聖剣を手に取った結果、多くの魔族を死に至らしめた。

 ただ絶望に流され続けた結果、庇護すべき人とは決別してしまった。

 失敗の責任を清算するために、仲間の心を傷つけてしまった。

 

 オレの希望はいつだって、誰かが与えてくれた物だ。

 リリシアが孤独から救ってくれた。

 ディートリヒやシェリアが友情を与えてくれた。

 ギーグが身を守る(たて)になってくれた。

 アレクが、自己嫌悪に陥ったオレを(ゆる)してくれた。

 

 それなのに、オレは誰かに希望を与えられていない。

 与えたのは絶望だけ。

 だからだろう。

 希望に溢れた世界を夢想しても、その過程が伽藍洞(がらんどう)なのは。

 絶望に満ちた風景を想像すれば、それが現実の光景として創造されるのは。

 

 ――夢を見た。

 復讐の果てに、荒野に斃れ伏す男の夢を。

 彼はオレではなく俺。

 聖剣を介して繋がったからこそ見える、俺の人生の総決算。

 

 彼の人生は正に災厄と呼ぶに相応しかった。

 ただ生きるだけで死を振り撒き、魔族に絶望を与える。

 人々が救われ、彼が剣聖という賞与を得たのも、復讐の副産物に過ぎない。

 

 男の人生は無意味だった。

 結局魔族への復讐も、道半ばで吸血鬼の女に阻止された。

 報復のみを是として掲げた生も、久遠の時を持つ生者(きゅうけつき)に容易く手折られた。

 だというのに彼は、死の間際に笑みを浮かべていた。

 まるで(おの)が人生に満足を得ていたかのように。

 

 何故、お前は満ち足りている。

 お前も、オレと同じじゃないのか。

 ただひたすらに(ゆる)しと答えを求め、この世を彷徨い続けた亡者(せいじゃ)ではないのか。

 

 そのオレの問い掛けに、剣聖()は答えてくれなかった。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 両の目が開き、泥沼の夢想から意識が覚醒する。

 夢。

 そう認識するのに、時間はかからない。

 何度も繋がったとはいえ、聖剣がない現状で彼と出会える術はそれしかないのだから。

 

 目覚めたばかりだというのに五感は鋭敏だ。

 拘泥した思考に、吐泥(ヘドロ)の腐敗臭が鼻を突く。

 普段には不快に感じるそれも、悪夢から逃れる気付薬(きつけぐすり)として考えれば悪い気はしなかった。

 

 シェリアの決別からは、1日が経過している。

 あの時から彼女と接触する機会は一度もなかった。

 オレの言葉が相当堪えたのだろう。

 こちらとしてはその方が好都合だ。

 一切の邪魔が入らずに作戦を進行できるのだから。

 

 だが後悔の念は大きい。

 シェリアが仲間思いであり、反面そこがそのまま弱点である事は分かっていた。

 彼女を孤独に追いやるのは、巻き込まないための措置としては正しい。

 けれど、その為に彼女の心にどれほどの傷を負わせてしまっただろうか。

 いっそのこと彼女を仲間に引きつれ、ここから逃げ出した方が良かったのかもしれない。

 一瞬その光景を夢想するが、そこでも彼女を苛む現実がありありと浮かぶ。

 

 どの選択をしても、後悔するに決まっているのは分かってる。

 それがオレの在り方だからだ。

 どの道を選んでも後悔しかない。

 

 だったら、少しでも苦しみが長くない道を選ぶしかない。

 きっとシェリアなら、その内新しい仲間ができるだろう。

 ディートリヒだって近い先に彼女と復縁できるはずだ。

 それなら、この選択は間違っていないはずだ。

 

 そう思っているのに、この胸の後悔は晴れてくれなかった。

 

 悩みを消化できずに熟考していると、意識の端に動きを捉えた。

 視界こそ闇に遮られているが、音からして寝袋で彼が(うごめ)いている。

 

「悪い、起こしちまったな」

 

「ん、いや。大丈夫だよ。

 こんな時間にユウは何をしてたの?」

 

「いや、ちょっと考え事をな」

 

 魔力を発火源とし、ランタンに火を付ける。

 昼とも夜とも区別のつかない地下の闇に、夕陽よりも(あか)い火が灯った。

 

「やっぱりシェリアさんの事、後悔してる?」

 

「ああ、当たり前だろ」

 

「今までの事を考えると、後悔してない方が少ないんじゃないの?

 凄く後ろ向きな考え方しているよね、ユウって」

 

「色々あったんだよ、色々と……」

 

 本当に色々な事があった。

 その(ことごと)くの果てに悔恨があった。

 人を救いたいと戦っても、結局は誰かを傷つけてばかりで。

 1年の時を経て心を通わせた仲間が相手でさえも、結局は仇で返す事しかできていない。

 

 今まで様々な場面で間違え続けてきた。

 これから先も間違え続けるだろう。

 一体どうすれば、誰かに希望を与える事ができるのだろうか。

 

「ねぇ、ユウは今までたくさん後悔してきただろうし、これからもいっぱいすると思う。

 だけど、1つだけ分かっていてほしいことがあるんだ」

 

「何だよ、急に真面目くさった言い方になって」

 

「ユウはした事は確かに間違っていたのかもしれないけど、正しかった事もあると思うんだ」

 

「そんな事はないぞ」

 

 本当にそんな事はない。

 オレが築いてきたのは屍の山と踏み(にじ)った絆だ。

 アレクの事だって、いつ傷つけてしまうか分からない。

 ただ、こうして一緒にいる方が楽だから今は旅をしているだけだ。

 きっと機会があれば、オレはすぐにでもアレクと決別するだろう。

 

 そんな薄情なオレが正しい行いなんてできている訳がない。

 

「ううん、そんな事あるよ。

 だって僕はユウに救われたんだから」

 

 アレクの慰めは、オレの耳を疑うような一言だった。

 オレが、アレクを救えた?

 冗談だろう。

 むしろオレはアレクに救われてばかりで、その恩を何も返せていない。

 

「なるべく村では明るく振舞っていたけど、それは僕にとって攻撃されないための自衛手段だった。

 害意のない存在だって思われれば、以前より扱いは悪くならないだろうから。

 誰かに優しくしたいって気持ちはあったけど、自分も優しくされたいって見返りを求めてるみたいで、どうにも手を伸ばせなかったんだ」

 

 アレクが自分から弱みを晒したのは初めてだった。

 以前はオレが不用意にそれを暴き、自分勝手に助けようとした。

 その結果はオレの自滅で、結局オレがアレクに助けられる羽目になった。

 

 そんな情けないオレに何故弱みを晒してくれるのだろう。

 

「だけど、ユウと出会って考え方が変わった。

 最初は僕を魔族だと知らなかったとはいえ、普通に接してくれた。

 ユウの境遇が特殊とはいえ、知ってからもそれは変わらなかった。

 そんな人間関係、僕はお父さんとお母さんでしか知らなかったんだ。

 それを思い出させてくれたのは、間違いなくユウだよ」

 

 そんな事はない、と否定しようと思えばできただろう。

 心の底では、どこか魔族を下に見た憐憫や哀れみがあったと。

 だが、それは以前にぶつけた醜悪な感情そのものだ。

 それを聞いてもなお、アレクはオレに恩義を感じている。

 

 そのひた向きさを、オレの意固地で否定できる訳がなかった。

 

「ユウの後悔した日々だって、その裏で救われてきた人は絶対にいる。

 誰かを助けたいって思っているユウが、誰一人として助けられていない訳がない。

 その証明として、僕がここにいるんだから。

 ありがとう、ユウ」

 

 その言葉のおかげで、オレは気づけた。

 ああ、オレは意地になっていただけだったんだと。

 

 自分の力で誰かを救えた。

 その事実を認めてしまえば、自分の心も救われてしまうから。

 だから死に目を向け、生から目を逸らす事で救いを絶った。

 そうしなければ、犠牲にしてしまった人に報いる事ができないから。

 

 だけど、こうしてアレクに感謝を告げられて気づかされてしまった。

 オレは犠牲になった人に報いたかった訳じゃない。

 オレは誰かを助けて、その人に感謝されたかったんだ。

 

 リリシアと会ったあの日も、アレクに助けられたあの日も。

 オレを助けてくれた人の顔は、どこまでも眩しかったから。

 オレも彼らのように、誰かを助けられる人になりたかったんだ。

 

「そうか……アハハッ! そうだったんだ! ハハハッ!」

 

 一度気付いてしまえば、全ての感情が怒濤の様に押し寄せてくる。

 涙も鼻水も、滂沱の勢いで流れ出てくる。

 だが、笑いもまた止まらなかった。

 

 おかしい訳でも、嬉しい訳でもない。

 かといって、今までの自分を嘲笑するものでもない。

 堰を切ったように押し寄せる感情が、笑いという手段でしか表現できないのだ。

 だから、感情の奔流が止むまで涙も笑いも止めなかった。

 

 誰かを救うのなら完璧でありたいと思った。

 憧れた人たちがあまりにも格好良かったから、それを継いだ自分にも汚点があってはいけないと。

 

 それが増長し、汚れたくないという願望にすり替わっていた。

 だけど同時に、他者の救済を捨てきる事もできない。

 血の様にこびりついた感情は、いつしか歪な意固地へと変貌していた。

 ――オレの心はいつの間にか、瘡蓋(かさぶた)だらけだったのだ。

 

 その瘡蓋(かさぶた)がようやく剥がれた。

 オレがかつて持ち、今取り戻した本当の夢――それを見つける事ができたのだ。

 

「ありがとうアレク。

 お前のお陰で、オレが何をしたいのかが見えたよ」

 

「いや、どういたしまして」

 

 顔にこびり付いた液体を拭いながら、オレは感謝を告げる。

 謝罪しか言えなかったあの時とは違い、何だか面映ゆさが(にじ)み出てくる。

 だけど、確かに言えたのだ。

 その返礼の挨拶もアレクから返ってきた。

 こうした何気ないやり取りが、オレはずっと欲しかったんだ。

 

 なら、この信念を貫く行動を見せなければならない。

 そうじゃなきゃ、二度と『勇者』なんて誇りは背負えないだろう。

 

「そうと決まれば……。おい、ギーグ! 起きろ!」

 

「何じゃ。夜更けに騒々しい。

 少しは老体を労わらんか」

 

「その筋肉で衰えてる訳ないだろ。

 そんなことより見つかったんだよ、オレの答えが!」

 

「ほう……それはどのようなものか?」

 

「それを今から見せてやる!

 組手だ、組手の準備をしろ!」

 

「何でこの話の流れで組手になるの!?」

 

 困惑するアレクを放置しながら、オレとギーグが対峙する。

 赤橙色のランタンの(あか)りが朧影(おぼろかげ)を生み出す。

 揺れる(ほむら)の光の下では、ギーグの影がオレの3倍以上もあるように見えた。

 現状の実力差も、その長さと同じ――いや、その程度では収まらないだろう。

 

 だが、オレにはギーグを満足させる解を見せられる自信があった。

 彼が両の拳を中段に構える。

 オレもそれに呼応し、中段に構える。

 徒手のまま、1本の剣を携えて。

 

 意図の分からないポーズに、アレクの困惑は深まっていく。

 オレの手には当然何も握られていない。

 だが、構えは中段に両手剣を握る剣士のもの。

 この構えの意図、目の前の鬼には一目瞭然だろう。

 その証拠に、彼の目は闘志の炎で爛々(らんらん)と輝いている。

 

 開戦の狼煙は、互いの視線が交差した刹那だった。

 

 コンマの時が過ぎた時、二人の肉体はすれ違う。

 一本取った。

 そう確信できる一撃を打ち込んだ。

 

 しかし、当然一本取られたのはオレの方。

 手加減されたとはいえ、重い鈍痛が五臓六腑に響く。

 

「……なるほど、カカカッ!

 なんと欲張りな! 面白い!」

 

「ぼ、僕には何を見せたいのかさっぱりだよ……」

 

「うおおお……いてぇ……」

 

 だが、オレの一撃は完璧だった。

 手に握られた虚空の(つるぎ)は、確かに側腹部を裂いた。

 絶無の魔力と無力な膂力、この2つの相乗が生み出す無刃(むじん)の一閃。

 伽藍洞のこの身では、無為の一撃にしかならない物だ。

 だがその中身を満たす物があれば、確実に届く。

 その虚構の事実は、ギーグの高笑いが証明している。

 

「ねぇ、筋肉だけで分かり合える世界に入らないでよ。

 さっぱり理解が追いつかいじゃないか」

 

「おお、悪かった。

 だけど、ようやく決心がついたよ」

 

 この夢は大きすぎて、誰かに言えば10人中9人が笑うだろう。

 きっとこの体格の子供ですらそんな夢はみないだろう。

 

 だけど、気恥ずかしさなんて微塵も湧かなかった。

 眩しさに目を背け、泥沼に逃げたけれど、この世界でずっと持ち続けてきたものだから。

 

「オレは、人と魔族の争いを終わらせてみせる!

 妥協なんて一切しないッ!

 目の前の奴らを片っ端から救う!

 オレの目指す未来(ゆめ)は、そこだ!」

 




 ようやっとユーキを主人公っぽく書ける……!


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第9話 闇に潜む者

すみません、かなり久々の投下になります。
執筆してなかったのはモチベが上がらなかったからです。
次回は11/7(火)更新します! こっちは完成しているので確実に間に合います。


 栄光に(かげ)りの無い聖都も陽が沈めば闇夜に落ちる。

 光のない街で(ひし)めくのは、警邏の任を担う者、あるいは酒や女に癒しを求める者と――闇の中でしか生きられない者だ。

 彼はその第三の人物で、人の世を裏から操るべく日々暗躍する。

 今日の彼は非番だった。

 そのせいか仕事に鬱憤をぶつける事もできず、苛立ちは煙草の煙となって室内に充満していた。

 

 3ヶ月前の任務で、第零特殊工作部隊シュンナムは壊滅した。

 頭目である彼、ジーラ一人を除いて。

 吸血鬼に変貌した勇者を抹殺する任務は、対象の著しい弱体化によってあっさりと解決するはずだった。

 だがそこに横槍が入る。

 正体不明の食人鬼が起こした天変地異――地獄の大口へと、部隊は呑まれた。

 ただ逃走を続けるだけの彼女にいつそんな縁を結べる機会があったのかは定かではない。

 

 重要なのはただ一つ。

 人に劣るはずの存在である魔族が、己に楯突いた上に此方(こちら)を羽虫のようにあしらった事だ。

 

「俺は断じて認めねぇ……ッ」

 

 聖教の教義では人が唯一星に認められた優生種であり、魔族は劣生種とされている。

 これは聖国の人々なら誰もが持っている考えだが、彼は生い立ちからその観念への執着が人一倍強い。

 泥塊のようにこびり付いたその価値観は、彼の生い立ちが切っ掛けだった。

 

 彼は孤児だった。

 物心ついた頃には、いつの間にか両親がいなくなっていた。

 不運にも彼は養母も養父も得られず、孤児院にすら身を寄せる事ができなかった。

 生を掴む為には、畑を荒らし、惨めに物乞いし、雨風に身を晒される(けだもの)に身を(やつ)すしかなかった。

 

 そんな彼の人生が一変したのは、彼が13歳の時だった。

 盗みと殺しを生業(なりわい)として生きてきた彼を、聖国は大胆にも拾ったのだ。

 

 人と違って魔族に手を下すのは心地良かった。

 人に対して盗みや殺しをするのとは違い、罪悪感を一切意識しなくてよい。

 彼らは星に選ばれた人間たちとは違い、虐げられて当然の卑しい存在なのだから。

 人間に生まれながら家畜以下の生を歩んできた彼にとって、これほど痛快な娯楽はなかった。

 

 時折人に手を下す仕事もあったが、彼らは魔族と和解を望む穏健派だった。

 人ならざる者に人と同等の立場を与えようなどと考える気狂いは始末されて当然だ。

 だから彼らにも何の躊躇も無く凶刃を突き立てた。

 

 だというのに、彼は魔族に敗北した。

 それは彼の劣等感を逆撫でするには過剰過ぎる程の刺激だった。

 

 ようやく人並み、いや、それ以上の立場を得られたのだ。

 その証拠に一般の兵士などとは比べ物にならないほど貰えている。

 食、酒、調度品、煙草、女――財の限り贅を極める事もできる。

 人としては最上位の立場にいるはずなのだ――だというのに、彼は満たされない。

 

 何かに渇き続けた彼の衝動は、屈辱によってもはや暴発寸前だった。

 

 豪奢な時計が21時の鐘を告げる。

 本来の彼であれば、夜の街へとしけこむ時間だ。

 だが苛立った彼はそんな児戯では満足できない。

 渇きを満たす、極上の血肉が欲しい。

 

 焦燥した彼の耳に、扉から響くノック音が聞こえた。

 苛立ちを隠さずに彼は客人を出迎える。

 

「ジーラ様、この度はお耳に入れねばならない事がありましてここに参上しました」

 

「けっ、俺は今そんな気分じゃねぇ。

 どうしても重要な事だけこの場で言いな」

 

 慇懃な言葉遣いで話しかけるのは、聖王に仕える初老の執事だ。

 ジーラは目の前の男が好きではない。

 いや、この城にいる全ての人物に対して嫌悪を抱いている。

 

 彼らの言葉は表面上は取り繕ってあっても、ジーラを便利な道具と蔑む意図が端々に現れていた。

 賃金というものも、彼らからすれば人への対価ではなく道具への維持費の投資でしかない。

 それを直に感じている以上、ジーラが彼らに返すべき物は任務の成果と侮蔑の視線だけだった。

 

 憎々し気な一瞥を執事に与えた後、ふとした疑問が彼の脳裏をよぎった。

 思えば自分は嫌悪を態度で示した事はあれど、言葉で発露した事はなかったのではないか。

 それが何故彼女の目の前では爆発したのか。

 ただ正義に従う事しかしない愚鈍な勇者へと心地よい罵声を浴びせた、その時の心情を慮ってみるも得心はいかなかった。

 分からないならただの気まぐれだと捉え、目の前の新任務の話に集中した。

 

「例の勇者ユーキについて報告が入りました。

 彼らはどうにもここ聖都を目指している様子で、数日中にはここに辿り着くものかと。

 貴方にはその迎撃に当たってもらいたい」

 

 その報告を受け、ジーラの心は歓喜に震える。

 それは件の勇者がここに来ているという事実と、甘い見通しを立てている王族一連に対してのものだ。

 

 散々コケにされただけでなく、どうしようもなく苛立ちを覚えさせる勇者に対する復讐の機会を得た。

 これに乗らない手はない。

 渇きを癒す(みず)を目の前に差し出されてそれを飲み干さない謙虚さはジーラには無縁のものだった。

 

 そして、その首級は今頃地下に転がっているだろう。

 王族は数日中などと言っているが、魔術師が本気で地を駆ければ赤兎にすら勝る。

 その優勢はかつて勇者たちが築いた勝利の山でようやく為されたものであり、弱体化したとはいえ勇者が敵に回った以上は薄氷の優勢すら維持できる訳がない。

 そんな形勢判断もロクにできずそういった平和ボケに微睡(まどろ)む王族達に冷や水をかける手立てになりうる。

 

 気に食わない奴らを出し抜きつつ、不要な害虫を駆除する。

 降ってわいた享楽として、それは上等すぎるものだった。

 

「おい、俺は今から出る。

 お前はもう帰れ」

 

「こんな時間にどちらへ?」

 

「何って、決まってるだろ」

 

 とぼけたような執事の質問に、ジーラは獰猛な笑みを浮かべて答える。

 今から狩りに赴く猛獣のような喜色を声色に滲ませてながら。

 

「正義のお仕事、悪党退治って奴さ」

 

 独善的な哄笑は夜の帳に籠る事なく、闇に響き渡った。

 



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第10話 違える道を行けども

次回の投稿日は11/10(金)です。


 吐泥(ヘドロ)臭の抜けない地下水路で、最後の工作を行う。

 石畳に一画を刻む音が、果てなく広がる通路に響く。

 これで準備は完了だ。

 

 後もう一つの準備さえ終えればいつでも出撃できる。

 

「アレク……また頼む」

 

「うん、いいよ」

 

 そう言って彼は背を向けると共に、服の襟をはだけさせる。

 露出した肌に、オレは牙を突き立てた。

 アレクが苦痛に身を捩らせると同時に、口の中に温かな液体が流れ込む。

 鉄臭さの中に若干甘さを帯びた味に、思わず吐き気を催しかける。

 

 だが、ここで止めてしまえば意味はない。

 オレ自身が、戦う決意をしたのだ。

 それを嘘にしない為にも、胃液と血を無理矢理嚥下(えんげ)する。

 血管、筋組織、細胞が作り変わる痛みが走る。

 痛みと共に、体全体に熱も伝わる。

 魔力の循環が良くなっている証拠だ。

 

「ちゃんと飲み込めた?」

 

「ああ、相変わらず生臭いエグさがキツいけどな」

 

 本当は鉄臭さはあるものの甘い果実のような味だったので美味しかったのだが、若干オドケて吸血への抵抗感を誤魔化す。

 決意をしてから、アレクとギーグの2人からは2度ずつ血を吸わせてもらった。

 血の味自体は舌の構造のおかげか美味しく感じるのだが、リリシアを傷つけた時に無理矢理飲まされたトラウマが抜けていない。

 その吐き気を無理矢理押さえ込むせいで、吸血鬼への変化が上手く馴染んでくれないようだ。

 

「震えるぐらい厳しいなら、無理はしなくていいんだよ?」

 

「カカカ、子鹿の方がもう少しマシに立つぞ?」

 

「してねーって」

 

 強がってはみせたが、どうやらアレクたちにはこちらの虚勢がバレているようだ。

 だが、無理をした価値は十分にあった。

 確かに吸血鬼としての肉体への置換は順調に進行している。

 おかげで勇者だった頃の7割程度の魔力まで回復できた。

 本当は万全の状態で出撃したい所だが、そうは行かない事情がある。

 

「流石にそろそろ潮時だろうからな。

 聖都の連中に感づかれる前に特攻しないと」

 

 今こそ人間側からの接触はないが、いつこちらの所在に気づいて攻撃を仕掛けられるか分からない。

 オレとギーグが過剰戦力とはいえ、こちらはアレクという非戦闘要因を一人抱えた状態だ。

 あちらの攻勢で乱戦に持ち込まれれば、まず優勢には立てないだろう。

 

 また、ここがあちら側の拠点である事もまた不利に繋がる材料だ。

 ある程度魔法陣を掌握したとはいえ、地の利、物資、人員、全ての面であちらに利がある。

 長期戦になれば魔法陣を奪還される可能性も高くなり、戦況は即座に返されるだろう。

 

 そうなれば、オレたちの選択肢は逃走のみになり、聖剣の奪還は困難になるだろう。

 オレの目標へ辿り着くには、この手に聖剣を手にする必要がある。

 廃棄ではなく、この手に握るために。

 そうでなければ、人と魔族を繋ぐ標にはなり得ないから。

 

「それじゃ、留守番頼むぜ?

 夜明け頃に堂々と凱旋するから、それまで待ってろ」

 

「ユーキよ、万全の状態になったら儂と決着をつけようではないか」

 

「決着ならついただろ、相変わらず好戦的だな」

 

 ギーグのその言葉は、冗談なのか本気なのかよく分からない。

 だがオレの帰還を望む気持ちだけは確かなので、それはありがたく受け取った。

 

「それじゃアレク、行ってくるぜ」

 

「うん、いってらっしゃい」

 

 別れの挨拶を終え、オレは再び戦場へと戻る。

 ここからには事の一切を仕損じる訳にはいかない、無謀な電撃作戦の始まりだ。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 石畳を叩く音が歩調に合わせて反響する。

 20分も歩けば地上に出られる。

 そろそろ頃合いだと思い、細工をしていた魔法陣へと手を伸ばす。

 

 音というのは空気上を瞬時に伝わる特性から、様々な技術に応用される。

 この都市では音の反響を元に敵の位置を割り出す技術があり、それはこちらに掌握済みだ。

 

 それに加え、オレは魔法式の改変によって新たな機能を追加した。

 地球ではもはや常識的になっていた、遠距離通信だ。

 魔法陣の中に限定されるが、任意の対象と声で通話する事ができる。

 本来ならそんな広域魔法陣が存在しないので使い物にならない魔法だが、今回はここ聖都そのものが魔法陣だ。

 1度切り、この聖都でしか使えないものの即興の一芸としては十分だろう。

 

 これら2つの魔法を起動するため、手から流れる魔力と、大地から魔法陣へと供給される魔力を練り上げる。

 同時にアレク側でも魔力を同様に練っているので、その通信回路が繋がる――そのはずだった。

 

 魔力回路(パス)は何処かで断絶されたのか、接続されなかった。

 

 行き場を無くした魔力は光となって霧散し、空気中へと消えていく。

 ランタンの赤橙色と魔力の白光が混じり幻想的な光景を生み出すが、それに反してオレの心中には暗澹たる光景が浮かんだ。

 魔法陣への細工を攻略された。

 そうなれば、確実にオレたちが潜入済みである事はバレている。

 

 悪い確信を得た途端、呼応する様に背後から殺気を感じた。

 音も気配も極限まで消えている――だがその鎌首は、間違いなく此方(こちら)を捉えている。

 

「くっ!?」

 

 咄嗟に身を捩らせたのが幸いした。

 首筋を正確に狙った一閃は掠る事もなく虚空を過ぎる。

 その一閃は、見覚えのある暗器によるものだった。

 

 体制を整えて襲撃者に視線を向ければ、そこには予想通りの人物がいた。

 

「お前はッ……!」

 

「よう、久しぶりだな。

 軟弱勇者様よぉ」

 

 ギーグからは、あの時に一人だけしとめ損ねたと聞いていた。

 まさか出発直前にこんな奴に出鼻を挫かれるとは思わなかった。

 

 獰猛な狩人の眼光を向けて舌なめずりをする男は、オレを処刑の為に捕らえようとしたシュンナムのリーダーだった。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「……ッ!? これは!?」

 

 魔法訓練の再確認も兼ねて、アレクはギーグの補助を受けながら魔法陣へと魔力を流した。

 だがそれは失敗に終わる。

 光の粒子となって霧散した魔力が、その証明材料だった。

 

「ねぇ。この状況、ユウは大丈夫なの……?」

 

 即座に暗雲が立ちこめたこの状況に不安を覚え、アレクは慣れしているギーグに問いかける。

 だがその返答はギーグよりも早く、彼らの背後から返ってきた。

 

「心配ない。発動を妨害しただけ」

 

 説明としては言葉足らずなその声に、アレクは聞き覚えがあった。

 聖都フォートランデの街で出会った、かつてのユーキの仲間だ。

 

「アレク、久しぶり」

 

「シェリアさん……」

 

 以前とは違いローブを身に纏い、シェリアは闇からその姿を現す。

 ユーキの教えで、魔術師は魔法式を組み込んだ装備を持ち戦場に赴くと聞いたのをアレクは回想する。

 おそらくあのローブがそうなのだと当たりをつける。

 魔法陣の状況、彼女の服装から、シェリアの出現にどんな意味があるかを検討付け、その質問を投げつけた。

 

「この妨害は、貴方がやったんですか?」

 

「その通り。ユーキをもう戦わせないために」

 

 ユーキが決意したのと同様、彼女もまた決意を新たにここへ参上したのだ。

 自分が傷ついてでも、仲間に無茶をさせないために。

 

「ユウはもう、戦う決意をしてます。

 この程度の障害じゃ止まりませんよ」

 

「ならふんじばってでも止める。

 そのためにユーキを追いかける。

 そうした所だけど……」

 

 言葉は続かず、代わりに取り出されたのは2つの短剣だった。

 その刃はアレクにこそ向けられていないが、もう一人の赤肌の男の首を掻っ切らんと構えられている。

 

「小娘よ。何を思って刃を向ける?」

 

「元魔帝四将軍が一柱。

 ここで取り除く必要がある」

 

 シェリアはその姿を認識しただけで、ギーグの正体を当ててみせた。

 おそらく戦闘記録や噂などで彼の事を耳にしていたのだろう。

 弱体化していたユーキをシュンナムから救う――それを実行しうる実力者でなおかつユーキに肩入れ可能な立場の人物。

 そうなると判断材料が絞られるため、彼女も鬼神の正体を当てる事ができたのだ。

 

「待って! ギーグはユウの為に行動してきた、僕たちの仲間だ!

 戦う必要性なんてないよ!」

 

 当然ながら、戦意を納めない彼女に対してアレクは静止の言葉をかける。

 だが、シェリアはそれに応じる気は一切ない。

 静止に応じるには、ギーグという男の存在がどうしても障害だった。

 

「ある。

 ユーキを戦場に喜々として送り出す存在。

 その上、人間の不倶戴天の敵。

 これ以上理由は必要ない」

 

「魔族だからって、敵対しなきゃいけない理由にはならないよ!」

 

「正論かもしれない。

 憎しみは状況に応じて押さえ込むべき。

 ……認めたくはないけど、分かってる」

 

 アレクに刃を向けず、ユーキの静止を選択した辺り、彼女も相当感情を押さえ込んでいる事が察せられる。

 激情を潰すように握られた拳がその様子を物語っている。

 だが、その覚悟を以てしても、彼女を押さえ込むには至らない。

 ギーグという男の立場はあまりにも特異過ぎるのだ。

 

 刹那的快楽を求めてさまよう鬼神。

 ギーグは己の欲望のためなら何でも――それこそ魔帝のところに舞い戻る可能性もあり得る。

 それがシェリアの推測で、またギーグはその通りの人物であるのも真実だ。

 だから、人のためにもユーキの為にもここで禍根を絶たねばならない。

 

「だけどこの男は別。

 元魔帝四将軍ならここで討つ」

 

「カカカッ! よい、よいぞ、その闘志!

 久方ぶりの余興じゃ、精一杯儂を楽しませてくれたまえよ?」

 

「ああ、待ってよ!

 ダメだ! 二人とも話を聞かない!」

 

 好戦的なギーグの性格も相まって、戦いの火種はいつの間にか戦火へと変わっていた。

 アレクが静止の声をかけるも、それは二人にとってゴング代わりでしかない。

 鬼神から放たれる風弾、少女の打ち消しが交錯し、たちまちそこは戦場と化した。

 

「ユウ……無事でいてよ……」

 

 意図せず、地下水道では2つの決戦が同時に発生した。

 アレクは呆然と、目の前の戦闘を見守る事と、親友の心配しかできなかった。

 



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第11話 凡才の意地

次回投下は11/13(月)となります。


 初撃は風弾だった。

 そのまま受ければ、肺腑(はいふ)に満ちる空気を吐き出す羽目になるだろう。

 胸部を狙う見えない弾丸は、物理的に対処不能な速度でシェリアに迫る。

 

「霊気よ、あるべき素へと帰れ。《基底回帰(バニッシュフェノメナ)》」

 

 対するシェリアはギーグの攻撃を難なく無力化する。

 大気圧を狂わす魔力はその詠唱だけで基底(ゼロ)へと戻る。

 魔法の無効という、魔術師にとって基礎の防御手段で一撃を止めた。

 

 その初撃を引き金に、戦闘は熾烈な物へと変貌した。

 

「カカカッ!」

 

 ギーグの哄笑と同時に迅雷が飛ぶ。

 網膜を焼く閃光は視認と同時にシェリアの肉体を貫くはずだった。

 

 その魔法が放たれるよりも早く、彼女は懐から魔道具を取り出していた。

 それぞれの指の間に1つずつ、合計8つの球体が挟まれている。

 球から鋼糸(ワイヤー)が射出され、即席の鉄条網が誕生した。

 放たれた電流は金網の蜘蛛の巣へと吸収される。

 

「なら、これはどうじゃ」

 

 続き放たれる風雷の交錯。

 それも魔法と鋼糸(ワイヤー)による抗戦で防がれる。

 電撃は網へと霧散し、烈風の尖刃は同等の魔力に相殺された。

 

「――ッ!」

 

 だがこの均衡はいずれ崩れる。

 それはシェリアの頬を伝う液体が証明している。

 汗などとは比較できないほどの粘性と臭気を放つ物――それは血液だ。

 相殺の間に合わない鎌鼬(かまいたち)は、確実なダメージとなって彼女に蓄積していく。

 

「ふん、意気込みだけは立派じゃのう」

 

 失望の声がギーグから漏れる。

 自身の正体を知ってなお挑戦する豪胆さから強敵を予想したギーグにとって、並みの魔術師程度の戦いしかできないシェリアは期待外れだった。

 

 冷める熱意とは裏腹に、戦況の苛烈さは増していく。

 ギーグの瞳が冷ややかに薄くなる毎に、鎌鼬(かまいたち)の剣は薄刃の刀身となって襲い掛かる。

 飽きを覚えた以上、彼にこの戦いに執着する理由などない。

 決着の刻限への針を進めるべく、鬼は風を織り成す。

 

 対するシェリアは自身の敗北のみを回避し続ける。

 致命の一撃が二撃三撃と続き、その(ことごと)くの太刀筋を見極めてゆく。

 だが死神の鎌は避けられど、身を切り刻む烈閃が幾重にも重なる。

 手負いの身体を酷使する心臓は酸素を求めてより高鳴り、その余波が傷口から溢れ出る。

 王手が連打される必至の状況がいずれ詰みへと転換するのは時間の問題だった。

 

「逆巻け、一陣の刃。《旋刃風(ブラストウィンド)》……ッ」

 

 攻撃を放つも、それは致命傷を重傷に抑える為の受けの一手。

 防ぎ切れない怒濤の刃は骨にまで達し、少女の身体を切り刻む。

 荒波となった風を、即席で出した防壁の風で防げるはずもなかったのだ。

 受け手の風は3秒で決壊し、余波は断頭台(ギロチン)となって彼女の首へと襲い掛かる。

 

「ッ!!! ――――ァァアアアアッ!」

 

 死が刻まれる1秒前。

 彼女が刻んだのは血の魔法陣。

 そこから出でる鉄槌、《風槌撃(エアロブラスト)》は大地を穿ちシェリアの足場を崩す。

 

 緊急回避として足場を砕くのは、戦場ではさして珍しい行為ではない。

 だが風刃の波動を避けれはしても、その代償として瓦礫の驟雨(しゅうう)がシェリアの身を貫く。

 敵からの裁断ではなく自らによる殴打が刻まれる。

 体表面に留まってた傷は体内にまで広がり、喉頭(こうとう)から血反吐が溢れ出た。

 

 土石流に晒された肉体はそのまま倒れ伏し、そのまま赤い泉へと沈んでいく。

 立ち上がる為に四肢に力を込める度に泉の水位は上昇し、それに反して身体(からだ)の力は抜けていく。

 

「ぐっ……」

 

 歯を食いしばって出した呻き声すら、立ち上がる発破としては不十分。

 裂傷が比較的浅い右腕の力で何とか四つん這いの体裁を保つも、もはや戦えないどころか立ち上がる事もできないのは明白だった。

 足は骨折したかと錯覚するほどの鈍痛が走り、戦う意思を嘲笑うかのように震える。

 

「守る……絶対に……ッ」

 

 それでもなお、届かない発破を己にかけ続ける。

 立ち上がる事を諦めない。

 それはかつて立ち上がり続けた己を無駄にしない為に。

 

「あの日初めて取り零した。

 (さら)えなかった命を無駄としない為にッ、私は復讐を誓った――」

 

 家族も友も、彼女にとっては過ぎ去った後悔だ。

 だけどそれを無価値としない為に、彼らの無念を解消するためにあの日のシェリアは立ち上がった。

 

「そうして身に着けた力を()ってしても、仲間をまた取り零した。

 リリシアは――遠くへ行ってしまった」

 

 研鑽(けんさん)の傍らに得た新たな絆すらも浚えなかった。

 その度に心は傷つき、立ち上がる為の足は麻痺していった。

 

「それでもッ! それでもまだ救えるッ!

 ユーキはここにいるッ! 彼をッ、いや、彼女を今なら引き留められるッ!」

 

 友に、ユーキに離別を告げられた時、その心は折れてしまいそうだった。

 リリシア、ディートリヒとの不可抗力な別れを経験した彼女にとって、最後の仲間の喪失は心の支柱に致命の一撃を加えうるものだった。

 事実、聖都のとある寝室にあるシェリアの枕は今でも多量の雫で濡れそぼったままだ。

 

 だが折れた大腿(だいたい)でも立てない道理はない。

 今までも後悔を雪ぐため、それだけを目的として戦い続けた。

 であればこれからの人生を、失う事で後悔しない為に戦うことなどッ、容易――ッ!

 

「だからッ――立ち上がらなきゃならないッ。守る為にはッ!

 ――――《継接復活(パッチワークリジェネレート)》ッ!」

 

 彼女の体表の傷が次々に癒えてゆく。

 凡庸な魔術師である彼女が行使できないはずの、詠唱のほとんどを破棄しての治癒魔法。

 明らかな異様――だが万能の技ではない。

 再生した組織は薄膜程度でしかなく、身体を(よじ)るだけで再び出血しうるほど頼りない。

 

 この程度、絶体絶命の状況を打破するものとしては不十分。

 だが、立ち上がる発破としては十二分――ッ!

 

 同時に先ほどの魔法陣を流用、大地に《風槌撃(エアロブラスト)》を放つ。

 空砲は第2ラウンド開始を告げるゴングとなり、辺りに灰塵(かいじん)を巻き上げる。

 あからさまな目潰しなどギーグ相手には意味を為さない。

 遠慮など微塵もない刃の濁流がシェリアへと襲い掛かる。

 砂の煙幕を引き裂き、視覚不能の刃が迫り来る。

 

「一陣の風よッ、《旋刃風(ブラストウィンド)》」

 

 風の刃を潰すため、風の刃を打ち据える。

 その一合は刹那の鍔迫り合いを終えた後、衝撃波となってシェリアの横腹を()ぐ。

 空中へと軽々しく投げられる少女の体躯。

 足場のないそこは一切の回避の許されない、ディスアドバンテージへと落ちる虚空。

 

 鬼は止めの風刃を呼び出し、投擲。

 その一閃は心臓を裂き、確かな決着をもたらす詰みの一手。

 落下するシェリアに向かい、無質量の刃は重力に引かれるように迫る。

 

 ――それを彼女は、跳躍を以って(かわ)す。

 

 跳ねた彼女が過ぎ去った虚空を空振りの風が裂く。

 今まで視覚されないように潜まされていたその足場は、風に揺らされ一筋の煌めきをもたらす。

 それは鋼糸(ワイヤー)

 ギーグの電撃を無力化して以来、無用の長物として放置されていた魔道具。

 貼られていた布石がここに、起死回生の足掛かりとなって結実する。

 

「風よ舞えッ! 《操風(フォローウィンド)》!」

 

 ギーグの背後に着地。

 即座に風で灰塵(かいじん)を宙に舞わせ、土気色の煙幕を張る。

 それで稼げる時間など秒にも満たない。

 刹那のコンマカウントが終わる時。

 それが最期の時。

 

 完成した、という確信。

 その僅かな時間を以って、呼吸を整える。

 撒いた布石は今ここに。

 石は四丁のごとく連鎖し、シェリアを導く勝利への道筋となる。

 

 調息で得た酸素を循環させ、その全てを解放する。

 体温とは異なる(まりょく)を感じる。

 クールタイムを終わりだ。

 凡百の魔術師はここに、最強の魔導士と()る。

 ――全ての魔法(じしょう)は彼女の掌中に。

 ――総ての戦況(じしょう)は彼女の術中に。

 ただ個人で一軍に並ぶ戦力(ちから)を率いる、最強の軍神へと己が技量を昇華する――!

 

「萌え爆ぜよ獄蓮(ごくれん)――」

 

 守勢に回っていた彼女の、初めての攻勢。

 今までの急場を凌ぐ一撃ではなく、明確な攻撃の意思を持った攻撃の用意だ。

 ギーグはそのシェリアの行動を不可解に感じる。

 

 『獄蓮』という単語から判断して、追撃は炎魔法で対城火力を誇る《爆紅蓮花(フローラルイグニッション)》だろう。

 対城火力呪文を完成させるために要求される一般的な詠唱の数は――都合32節。

 

 彼女の魔法の腕前は、あまりにも凡庸。

 ローブに《爆紅蓮花(フローラルイグニッション)》用の魔法陣が仕込まれていたとしても、20節はかかるだろう。

 それ以前に《爆紅蓮花(フローラルイグニッション)》の消費魔力は膨大で、そもそも彼女に発動できるものではない。

 この狭い地下道で過剰火力の一撃を放つ判断も、倒壊により自身を巻き込むリスクを考慮していない。

 明らかな愚手。

 それがギーグの理性が導いた結論だ。

 

(まが)つ災禍の中心にて、一輪の烈火と()(ほこ)れ!」

 

 彼女が唱え終えたのは僅か3節。

 このまま貫手を放てば、それで決着。

 だからこそ、ギーグは『そのまま後ろへと身を引いた』。

 

「《爆紅蓮花(フローラルイグニッション)》!」

 

 視界を埋めるは、絢爛(けんらん)に咲く大火。

 落城の篝火(かがりび)が、個人を(ちり)と返す(ほむら)となる。

 凝縮された魔力の内に入れば、どんな対抗手段を以てしても身を焼き尽くされただろう。

 

 ギーグがこの大火を回避できたのは、あくまで本能的に危機を察知できたからだ。

 あの場面で長い詠唱を要求する魔法を発動するなど、本来なら歯牙にもかけず攻撃するべき盤面である。

 シェリアの瞳に燃える闘志と、先ほどの不可解な復活がなければここで決着していただろう。

 

「――予想外。次は『()き尽くす』」

 

 ギーグの生存を確認した彼女は、何気ない発言と共に炎槍を創造した。

 同時にそのまま射出。

 連撃を予期していなかったギーグは、それを雷刃で受け止める。

 

「燃えよ、(たけ)よ、烈火」

 

 (ささや)くように、(うた)うように彼女は言葉を紡ぐ。

 呟きでしかない彼女の言葉は本来明瞭な意思など付与されておらず、詠唱などと呼べるものではない。

 だというのに、彼女の下には炎槍現れては射出される。

 《烈火乃槍・陣(フレアランス・ドライブ)》――彼女が使用しているのは、紛れもなく上位攻撃魔法だった。

 

「カカカッ、獅子が猫を被っておったかッ!」

 

「ううん。私は最初から、『全力全開』ッ」

 

 呟きと共に、彼女の手足の先端から光が迸る。

 それは攻撃の意図こそ込められていないが、彼女の異常な魔法行使の原因を如実に物語っていた。

 

 光の疾駆は石畳の継ぎ目を線路(レール)とし、瞬時に幾何学模様を創造する。

 視界を埋め尽くすほど膨大な量の魔法陣がその場に出現した。

 

「爆音を言霊とし、戦場を陣とし、それら全てを織り重ねて1つの術と為す。――これが凡人(わたし)の至った極致――汎用型実戦魔式構築術(ジャック・イン・ザ・ボックス)ッ!」

 

 光陣の包囲網から一斉掃射される雷撃。

 回避を一切許さない弾幕がギーグを覆う。

 

 人並みの魔力量しか持たないはずの彼女が放つ集大成の一撃。

 それはシェリアが仇敵(まぞく)を滅する為に辛酸を舐めながら会得した、執念の境地だった。

 



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第12話 魔導士の矜持、そして

次回の投稿は11/16(木)です。


 降り注ぐ雷撃の豪雨。

 ミリ単位の隙間もなくギーグを襲うそれが石畳を焼く。

 元より雷魔法の扱いはギーグの土俵。

 同威力の魔法で相殺し、生み出した間隙から抜け出すなど彼には容易い。

 

 しかし雷雨を(かわ)そうとも新たに炎が襲い掛かる。

 立て続けに強襲する炎を身を捩ってギーグは回避する。

 開戦直後と違い、その戦況は逆転していた。

 

 シェリアの魔法、その威力自体はギーグに劣る。

 純粋な火力勝負ともなれば確実に彼が競り勝つだろう。

 だが、彼女が圧倒的なのはその手数。

 ギーグが千の手数で攻める間に、シェリアは万の手札を()って迎え撃つ。

 今は回避も間に合っている為に手傷を負っていないが、いずれ残り火が彼を焼くだろう。

 

 平均程度の魔力量でありながら、怒濤の連撃を繰り返す奇怪な戦法。

 そのリソース源は彼女が駆ける戦場に存在する。

 足跡には無数の光源。

 それは無造作に転がる瓦礫だったり、吐泥(ヘドロ)がのたうつさざ波だったり、石畳の隙間を縫う雑草だったりする。

 シェリアはそれらに一切の魔術的加工を加えていない。

 ただそれを魔法式と見立て、魔力を流しているだけだ。

 児戯にも等しい小細工に過ぎない。

 

 だがその小細工こそが、汎用型実戦魔式構築術(ジャック・イン・ザ・ボックス)の正体。

 魔法の発動に必要なのは、如何様(いかよう)に魔力を運用するか、それを記した方程式。

 その方程式――いわゆる魔法式は、呪言(ことだま)記号(まほうじん)など多彩な方法をもって描かれる。

 

 そして人体には生まれながらにして魔法式を持っている。

 筋組織の並び、骨格の立体構造、脈拍と共に流れる血流――元々生命活動をするためだけに備え付けられた構造に魔法的意味を見出し、天然の魔法式として運用する。

 これが星痕(スティグマ)と呼ばれる天然魔法式の仕組みだ。

 

 だが、天然の魔法式は人体だけとは限らない。

 石の並び、川の流れ、風の動き。

 これらは星における筋組織、血流、息吹も同然。

 人の身に星痕(スティグマ)があるというなら、星の身に星痕(スティグマ)があるのも道理。

 

 それら天然の魔法式は自然に溢れる魔力(マナ)と反応し、度々小火(ボヤ)を起こす事もある。

 なればこそ、それは天然の地雷原として運用可能。

 戦場に左右されるが、魔法式の構築を破棄して多くの魔法運用が可能になる。

 だがシェリアの魔法行使はそんな生半可な領域に収まらない。

 

 刻一刻と変形し続ける戦場。

 そこには多数の瓦礫の残骸が足場を埋め尽くしている。

 物理法則に従いただ衝撃のままに吹き飛ばされ、無造作に立ち並ぶだけの岩塊。

 意図を持って組まれた環状列石(ストーンサークル)ならともかく、取っ散らかっている以上の意味はない。

 ――だが、無意味なはずのそれらに意味を見出す事ができれば、それすらも立派な魔法式と成り得る。

 

 つまるところシェリアは戦場で適切な一手を繰り出すために魔法式を構築しているのではなく、戦場そのものを魔法式に見立てその中から最適な一手を選んでいるのだ。

 天然の要害も、人工の石畳みも、戦闘による爪痕も、彼女にとってはただの戦術的に利用可能な一画。

 

 膨大な魔法式を把握し尽くし、戦況の変化を常に把握する。

 多数の情報処理の果てに得られる手札は膨大だ。

 即時発動できる魔法。

 2秒後に発動可能になり得る魔法。

 10秒後の発動を望む魔法。

 望んだ魔法を実行する為には、どのような破壊を()って魔法式を刻めばいいか。

 それら全てがシェリアの脳内では整理され、勝利のために最適な魔法を使用していく。

 

 敵の破壊、自身の破壊。

 爪痕が描く軌跡を把握し、予測し、理解し――それらの拙い魔法式を束ね、一つの大魔術として結実させる。

 彼女の手札(まほう)はごく自然に手元に導かれ、適宜最善手を切っていく。

 それが魔導士シェリアが編み出した戦法、汎用型実戦魔式構築術(ジャック・イン・ザ・ボックス)だ。

 

 紅蓮と無色が相乗し、爆裂となって鬼神を襲う。

 火炎とそれに酸素を送る風のコンビネーション――唯一ギーグが得意でない炎魔法を駆使し、威力を特化させた攻めの刃。

 だがそれでもギーグには届かない。

 火の輪くぐりのようにすり抜ける。

 

 対するシェリアも緩手は打たない。

 ギーグの風魔法は確かに強力だ。

 だが風魔法である以上、下手を打てば相手が放った火炎に空気を送り、その威力を増大させかねない。

 風の刃を防ぐため、炎の弾幕によって彼の反撃の奪う。

 攻撃こそ最大の防御を実践した戦法だ。

 

 二手の片方を潰されたギーグは残された雷斧を振るうしかない。

 音をも超える速度で放たれる閃光が迫り来る。

 それを予期していたシェリアは手に握った8つの球に魔力を込める。

 それだけで地蔵(おきもの)と化していた鉄条網が(ひし)めき、避雷の盾となる。

 

()けろ、()けろ! 咲巻(さかま)(ほむら)

 《炙紅弔火(インシネレートフラワー)》!」

 

 幾千の兵へと手向(たむ)ける弔花(ちょうか)が咲き誇る。

 視界は赤一色。

 触覚は熱一辺倒。

 《爆紅蓮花(フローラルイグニッション)》と同じく、明らかに彼女の持つ魔力量を超過した詠唱。

 まるで外付けの魔力槽でも備え付けたかのような火力だ。

 大気に可燃性ガスが満ちていると言われても納得してしまうような熱量が充満している。

 

 その考えは間違いではなく、シェリアは此処(ここ)、聖都フォートランデから魔力を汲み上げて己が力としている。

 元々フォートランデの都市魔法陣は半永久浄水槽として設計されていたものだ。

 なればこそ、それを稼働させる魔力源がある。

 

 それは大地そのもの。

 星が鼓動し、脈動し、息吹く事で得ている魔力をかすめ取る事でその浄水器は作動している。

 

 そしてそれを利用しようとする者がいた。

 それはユーキたちだけではない。

 彼らによる悪用を阻んだシェリアでさえも、この魔法陣を盗用するつもりで細工をしていたのだ。

 魔法陣のエキスパートである彼女にとって、大型掃除機を巨大エネルギータンクに変えるなど朝飯前だった。

 

 ここが平場(ひらば)であったならシェリアはギーグに対してワンチャンスの勝機しか掴めなかっただろう。

 だが好条件を掴める天賦の運もまた戦闘の才能。

 ――今のシェリアは全盛の勇者(ユーキ)にも比肩しうる力量に至っている。

 

 一度取ったイニシアティブ。

 それを足掛かりとし、彼女は八分の勝利へと邁進する――ッ!

 

 再び特大級の火炎を放つ。

 逆巻く炎球が大気と擦れる度、(ごう)という音が(とどろ)きと共に聴覚を焦がす。

 逃がしはしない。

 シェリアの決意が確かに現れた一手だった。

 

「ハァァァアアアッ! カッッ!」

 

 その業火をも裂く、秒速の拳圧。

 拳に風をメリケンサックの様に纏わせ、指先を切っ先へと変えたのだ。

 それは拳に切れ味を与えただけでなく、拳を放つ射出台にもなりその威力を乗算させている。

 2秒間の虚空を穿つ。

 刹那、炎に空いた風穴をギーグは駆け抜ける。

 

 それはシェリアにとっては不意の一撃。

 だが不都合ではない。

 確かに中距離(ミドルレンジ)から長距離(ロングレンジ)における戦闘は彼女の土俵。

 だが近距離(クロスレンジ)を不得手とする訳ではない。

 中距離以上で活きる絶技があるのなら、接近された時の返す刃として接死の必殺を用意するのは必然。

 

 指を捻り、手元の魔力操作によって命令を送る。

 都合8本の鋼糸(ワイヤー)が重なり、無限の斬撃と化して疾駆する。

 石畳を砕きながら迫るその(さま)は、可視化された鎌鼬(かまいたち)のよう。

 その鮮烈な破壊力は鋼糸(ワイヤー)の側部付けられた極小の棘によって(もたら)されたものだ。

 その切れ味は高速の機動力と相乗し、相克する不動の大地を砕きながら疾駆する。

 

 ギーグはその攻撃を躱すのではなく、突進していく。

 右の五指、左の五指の都合十指(じっし)で網を掴み、無理くりに迫る。

 彼の皮膚には一筋の傷もつかない。

 棘による切れ味も、神速の切れ味も無力化する、恐ろしいほどの技量。

 彼の半生を賭けて得た戦闘技量は、鋼糸(ワイヤー)による殺意の包囲網を中央突破し得るだろう。

 

「『痺れろ(ショック)』」

 

 だがそれを予期していたシェリアは即座に鋼糸(ワイヤー)に電流を流す。

 棘から発せられる高圧電流は麻痺毒など比較にならないほどの凶悪さを()って体内を焼く。

 初の有効打。

 八分の勝率は九分へと増大。

 あとの一分を詰めれば、勝利に至る。

 

「カカッ! 見事ッ!」

 

 ギーグは咄嗟に飛び引く。

 鋼糸(ワイヤー)の疾走は止まらない。

 逃げ場などない――上方、前方、後方、左方、右方、何処へ避けようともその一閃は確実に届く。

 ならば下方。

 風を放ち、崩壊した石積みの中へと身を潜める。

 奇しくもそれは、汎用型実戦魔式構築術(ジャック・イン・ザ・ボックス)を完成させる直前のシェリアによる回避と似通っていた。

 

「無駄ッ!」

 

 だがそれも障壁には能わない。

 岩盤ごと細切れにする――そう言わんばかりに疾走は続く。

 全身に裂傷が生まれる。

 例え瓦礫が緩衝剤となろうともこの攻撃は止まらない。

 5秒後には一人前の挽き肉ができあがるだけだ。

 

「待っておったぞ」

 

 それでもギーグはシェリアの必殺に笑いを()って答える。

 そう、待っていたのはこの瞬間。

 彼女が扱う鋼糸(ワイヤー)は今、ギーグの皮膚に食い込んでいる。

 そして魔力で操作しようとも、糸を手繰り寄せれば彼女の手元に繋がる。

 

 彼と彼女はか細い橋渡しの状態になっている。

 ならばそこを疾駆する秒間の攻撃手段があれば、その一撃は必ず届く。

 当然その状況下で選択されるのは雷霆(らいてい)

 最大出力が必殺の毒となって襲いかかる。

 

「無駄だと、言っている」

 

 それでも彼女には届かない。

 電撃を毒として扱う彼女がそれへの応手を用意していない訳はない。

 応手によって身を裂くほどの張力は鋼糸(ワイヤー)からは失われたが、それでも戦闘に糸を引く傷を残す。

 

 瞬間練金――非常に何度の高い技。

 通常、物質を変成させるにはかなりの手間がかかる。

 それは短くて数時間単位。

 長い物であれば人の寿命をゆうに越える。

 

 だが、彼女にとってこの鋼糸(ワイヤー)だけは例外。

 汎用型実戦魔式構築術(ジャック・イン・ザ・ボックス)を扱う際にどうしても魔法陣の一画が足りない戦況が多すぎた。

 それを補うため、柔軟性、硬度、導電性、あらゆる事柄を調整し、自在な軌跡を描ける物質が必要だった。

 そのためだけに開発されたシェリアのメインウェポンが、この鋼糸(ワイヤー)である。

 

 電流が通っていたはずの鋼糸(ワイヤー)に電流が通らなかったのはそういう理由があっての事。

 導電体が絶縁体へと変貌し、敵の計算を狂わせた。

 その狂いは戦場では確かな致命へと至りうる、絶対的な隙だ。

 

 走る。

 シェリアは走る。

 時折魔法が障害となるも、十分に対応できる量でしかない。

 既にギーグは満身創痍なのだ。

 

 だがそれは彼女も同じ事。

 拙い縫合によって参戦権を得たが、それは僅かなダメージによって消滅する。

 だから確実に終わらせる必要がある。

 その為に危険を承知で、一合打ち合える間合いへと接近する。

 

 シェリアはギーグの背後に回る。

 彼の応手は全て潰した。

 虫の息であろうと、手数ではまだまだ此方(こちら)が上なのだ。

 ルーチンのように繰り返させる魔法は確実に彼の手札を削っていく。

 

 反撃が確実に来ない確信。

 それを得たために、彼女は手元の鋼糸(ワイヤー)に力を入れる。

 瞬間錬金によって柔軟性をましたそれは糸のようにうねり、彼の首に巻き付いてその呼気を締め上げていく。

 

 数秒経過した。

 風が()く声が聞こえる。

 息のかすれる音だ。

 ここまで来て抵抗できる者はいない。

 であれば、即座にとどめを刺すのが慈悲だろう。

 

 瞬間錬金を再び起動する。

 生糸のしなやかさが刀の鋭利さへと変貌する。

 もはや落とされた断頭台(ギロチン)を止める術などない。

 手首を僅かにひねれば、そこには一人の首なしができあがるだけ。

 

 ゴトリ、と肉体が大地に落ちる音がした。

 



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