艦娘症候群 (昼間ネル)
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真夜中の訪問者

「私の名前は潮改二…です!
Lv60になった私はそれにふさわしい新たな力が
生じます!
それは先制対潜爆雷攻撃…です!!」


☆綾波る 艦娘!!




「駆逐艦、潮、帰投しました」

 

「同じく曙、帰投したわよ」

 

「あぁ、ご苦労。成果は聞いてるよ。お疲れ様」

 

「ホントよ、この次はもうちょっとマシな作戦立てなさいよ、このクソ提督!」

 

「アハハ、ごめん。次はもう少し楽できる様に気をつけるよ」

 

 

司令室で潮と曙の二人を労う提督。曙は相変わらず歯に衣着せぬ物言いで提督を責める。

だが、それが照れ隠しと分かっている提督は柔軟に受け止める。

 

「じゃあ、今日は入渠してゆっくりしてくれ」

 

「そのつもりよ、じゃあね。行きましょ潮」

 

「…あ、うん。それじゃ失礼します」

 

そう言って潮はチラッと提督に視線を送る。その視線に提督は目を閉じて答える。

 

「……」

 

その二人を横目で見ながら曙は部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈ウチの鎮守府の提督は、指揮は確かだ〉

 

皆の評判も悪くないし、曙もそれは認めている。些か優柔不断な面はあるが、そんな所も含めて提督の魅力だと思っている。口ではクソ提督と言っているが、そんな曙の毒舌も柔軟に受け止めてくれるのは、曙自身ありがたいと思っている。

 

曙や潮達がこの鎮守府に着任してから、早一年。

提督本人も初めて鎮守府を任された新米だった。最初は右も左も分からず、こんな事でやって行けるのか?と不安に思った物だ。曙は生来の性格からか、アレはこう!こっちはこうよ!と激を飛ばし、彼女なりに提督を助けた。

潮は不安げに、「そんな言い方じゃ提督さん、怒っちゃうよ」と助言したが、幸いにもこの提督は心の広い人間らしく、子供の様な見た目の曙に文句を言われても受け入れる度量があった様だ。

そんなやり取りを見て、潮や漣も提督に心を開く様になった。…朧はどっちなんだかいまだに分からなかったが。

 

そんな提督だが、最近は表情が固い事が多くなった。いつもなら報告に行けば、ちょっとした会話の一つもするのだが、ここ数日はそれも無い。書類に目を通すと「…ご苦労」と素っ気ない態度が続いた。

確かにここ最近、深海棲艦の出現頻度が多くなったのは曙も感じている。提督も何かと気苦労があるのだろう。そう分かっていても割りきれないのは、曙なりに彼の事を心配しているからなのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日は何もなく帰れそうだね~」

 

海を滑る小さな彼女達の一人、潮が胸を撫で下ろす。

最近は、この海域にも深海棲艦の出没頻度が上がり、駆逐艦の彼女達にとっては、例え遠征だろうと命懸けだった。

 

「早く帰って寝たいな」

 

潮の横を走る朧が、やる気無さげに呟く。

 

「そう言えば最近、ご主人様機嫌悪い時あるよね~」

 

並走する漣がため息を付く。

そんな漣に潮が困った顔で答える。

 

「提督さんも大変なんだよ。今日は大丈夫だったけど、この間みたいな戦闘多いし…」

 

「ん~でもさ?それってアタシらのせいじゃないじゃん?文句があるなら向こうに言ってって感じ~」

 

〈それが出来たら苦労はないよ…〉

 

「ん、何か言った潮?」

 

「う、ううん何も」

 

と、漣が急に黙り込んで潮を見つめる。その視線は顔から徐々に下へと…。

 

「な、何?漣ちゃん」

 

「潮だったらご主人様も怒んないって。ちょっと屈んで胸の谷間アピールすればイチコロっしょ?」

 

「たっ、谷間なんて無いよぅ//」

 

「な~に言ってんの、こんないいモン持って、アタシにもよこせ~♪」

 

「あっ、やっ止めて。揉まないでぇ///」

 

そんな会話を聞き流し、前方を駆ける曙。いつもなら突っ込みの一つも入れるのだが、今日は大人しい。彼女も提督が少し焦っているのを感じ取っていた。

鎮守府が見えてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

報告書を出し終えた曙がドアノブに手を掛けようとしたが、手を止めた。

クルッと向き直って提督に何か言いたげに見つめる。

 

「…何だ?報告は終わったろ。今日はもう下がってもいいぞ」

 

「アンタ、最近ちょっと余裕無いんじゃない?」

 

「どうしたんだ急に」

 

「別に。前のアンタだったら冗談の一つでも言ったのにって思っただけよ」

 

「…冗談か。いっそ今の状況が冗談だったらって思うよ」

 

提督は少し剥れて言葉を返した。

だが言った瞬間後悔した。今までにも何度か曙が、自分を思って彼女なりの言い方で諭してくれる事はあった。

それを素直に受け止めないと、途端に「アンタねぇ!」と説教が始まるのだ。

提督はしまった、と思ったが曙は至って平静だった。

 

「…まぁ、最近忙しいし、アンタも頑張ってるのは分かってるわ。でも、ちょっと深呼吸でもしたら?」

 

曙は部屋から出ていった。

 

〈…上からは大本営の侵攻命令、下からはお前達からの不満。このぎゅうぎゅう詰めの状態で、どうやって深呼吸すればいいんだか〉

 

提督は苦虫を噛み潰した様に呟いた。

 

と、司令室のドアが再び開く。

曙が言い足りなくて戻ってきたのか?と苦々しく思っていると、入って来たのは潮だった。

 

「あ、あのさっきの報告書の事で来たんですけど…。何かあったんでしょうか。曙ちゃんが怖い顔してましたけど…」

 

「…」

 

提督は平静を装って答えた。

 

「あぁ、それなんだが…」

 

 

 

 

 

 

それから暫くの間、曙の言葉に頭を冷やしたのか、以前の穏やかな提督に戻りつつあった。

戦況は然程変化は無いのだが、そんな状況を何とかしようとする姿勢が伝わっているのか、曙も小言を言う事もなく提督を見守っていた。

 

そんなある日、司令室から出てきた潮を見かけた曙が声を掛けようとした。

 

「潮…」

 

だが曙の声が聞こえないのか、潮は走ってその場を立ち去ってしまった。

 

「ちょっ、潮?」

 

潮は何か辛そうな表情をしていた。それに、気のせいか涙を溜めていた様にも見えた。

 

ある夜、ふと部屋に潮がいない事に気付いた。その時は、どこに行ったのかと思いはしたが、特に気にする事も無かった。

ところが、数日に一度、皆の目を盗んでは、コッソリ部屋を抜け出す潮に曙は気付いた。

流石に何度もそんな事があったので、曙は気になって後を付けてみる事にした。

そして潮がたどり着いたのは…司令室だった。

 

〈なんで、こんな時間にアイツの所に?〉

 

曙は潮からは見えない様に壁に隠れながら、聞き耳を立てていた。

コンコン。潮がドアをノックすると、部屋に入っていった。

 

〈提督に呼ばれたにしても、何でこんな夜更けに?〉

 

曙はそう疑問に思いながらも、部屋に帰った。

それから一時間程過ぎて、潮が戻ってきた。もう寝ている漣や朧を起こさない様に、静かに自分の布団に戻っていった。

そんな潮の気配を耳で探りつつ、曙も眠りに付いた。

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、潮。昨夜どこに行ってたの?」

 

ある日曙は何気なく潮に聞いてみた。本当はどこに行っていたか等とっくに知っているが、まさか後を付けてた等と言える訳もなく、さも知らない風に聞いてみた。

 

「えっ?特に、どこって訳でも…。ただ…うん、気分転換かなぁ。エヘヘ…」

 

「ふ~ん…」

 

怪しい…。

正直、潮が素直に提督に呼ばれたと言えば、理由はどうあれ納得したはずだった。

ところが、それを隠す事で、曙は返ってなぜそんな嘘を付くのか疑問を持ってしまった。

提督に呼ばれただけなら、隠す理由は無いはず。にも関わらずそれを隠すのは、知られたくない理由があるからなのか…。

 

〈知られたくない理由?〉

 

曙は考えたが、思い当たる理由等一つしか無かった。

提督に何かを強要されている…。

潮は同じ駆逐艦だが、同じ姉妹艦とは思えない程、胸が大きいのは曙の嫉妬の種だ。

時々、提督が潮の胸に視線を送っているのは、曙も気付いている。曙の軽蔑の視線に気付いて、慌てて目を反らすのは一度や二度ではない。

 

〈ホント、いやらしいんだから!ただちょっと…、そうあたしより一回り大きいだけじゃない!私だってあるんだからね!〉

 

最後は何故かその目線が自分に向かなかった事に腹を立てるのだが。

まあ提督も男だし、それは仕方ないと思っている。長門や金剛を目で追っているのはしょっちゅうだ。

だから、仮に…。曙の考えている様な事があっても、それは自分達とではなく彼女達とだろう、と無意識に思っていた。

だからこそ、そんな事がある訳が無いと思いたかった。

 

それから数日後、同室の漣や朧がすっかり寝付いた深夜、潮は音を立てない様にゆっくり布団から出ると、いつもの様に部屋を出た。

曙は部屋のドアが静かに閉まる音を聞くと、目を開けた。

 

 

 

 

 

 

「潮」

 

司令室から出てきた潮はハッと声の方に振り向いた。そこには曙が立っていた。

 

「あ、曙ちゃん…!」

 

潮は動揺を隠せないでいた。いたずらがバレた子供の様に、曙の目を見れずにいた。

 

「アイツに用?」

 

「え?う、うん。そ、その…提督さんに呼ばれて…」

 

「こんな夜更けに?」

 

「えっ、そ、それは…その…」

 

「潮、アンタ最近よく部屋を抜け出してるけど、クソ提督に呼ばれて来てたのね?」

 

「…」

 

「それに、何で服が乱れてるの?」

 

潮はハッとして、よれた服を正そうとした。

 

「潮、アンタ、アイツに何かされたのね?」

 

「えっ?そ、そんな事…」

 

そんな潮の様子を見て、曙は司令室のドアに手を掛けた。

 

「あ、曙ちゃん何をするの!?」

 

「潮、アンタは部屋に戻ってて。あたしはアイツに話があるわ」

 

曙はドアを開けた。

 

 

 

 

 

「どういう事?」

 

「な、何がだ?」

 

「とぼけないでちょうだい。最近、潮が夜中にいなくなる事があったわ。ここに来ていたのね」

 

「あ、あぁ。少し相談する事があって…」

 

「ふぅん、それって服を脱がなきゃできない事なの?」

 

「な、何を言って「提督!!」

 

曙は提督の言葉を遮る様に、両手で机を叩いた。

 

「…潮に手を出したのね?」

 

「…」

 

「…最低ね。アンタは頼りないとこもあるけど、指揮は確かだし、信頼していたわ。なのに…」

 

「…曙、俺からも話がある」

 

「何?言い訳でもするつもり?」

 

「潮に…もう来ない様に言ってくれないか?」

 

「…はっ?」

 

曙は提督の言葉に混乱した。てっきり醜い言い訳でも始めるのかと思った所にこの言葉。一体どういう意味なのか、曙は理解出来なかった。

そんな曙の様子を見ながら提督は話を続けた。

 

「もし、俺の言う事が嘘だと思うなら、憲兵に言うなり好きにしてくれ。だから先ずは、俺の話を聞いてくれ。

 

「まず俺は、潮を呼んだ事は一度も無い」

 

「はあっ?アンタ何を言ってるの!?そ、それじゃあ何?潮が自分の意志で勝手に来てるとでも言うワケ!?」

 

提督は返事をせず、暫く俯いていた。

 

「なっ、何とか言いなさいよ!」

 

「お前が怒るのは理解できるよ。姉妹に手を出したんだ。怒って当然だ。それについては言い訳はしない。だが、何故こうなったのか俺にもよく解らないんだ。…曙、最初から話すから、聞いてくれないか?」

 

曙は最初は提督を言いくるめてやろうと思っていたが、その提督が自分の行為を素直に認めた事、何故か潮に来ないでくれと自分に頼んだ事から、毒気を抜かれた気分だった。

 

「…分かったわ。話を聞いてあげるわ」

 

そう言うと、提督は話し始めた。

 

「あれは一カ月程前だったか。あの時は、あまり鎮守府の運営が上手く行っていなかったんだ。上からのノルマと財政的な理由で、毎日イライラしていたんだ。そんな時、たまたま報告にきた潮に大人気無いが少し怒鳴ってしまったんだ。

 

「潮の大人しい性格をいい事に、お前達は何も気にせず戦っていればいいんだから気楽なものだなと、嫌みを言ってしまったんだ」

 

「…」

 

「何度か愚痴ってる内に、潮は涙目になっていた。その顔を見て、ハッと我に帰って謝ろうとした。だが、その前に潮は部屋を出ていってしまったんだ。

 

「そして、その夜の事だったよ。潮が深夜、司令室に来たのは…」

 

「えっ?」

 

曙は驚いた。てっきり潮は提督の命令で司令室に来ているのだとばっかり思っていた。

提督は話を続けた。

 

「仕事も終え、潮には明日にでも謝ろうと思っていた矢先、その潮が部屋に来た。何でこんな時間に、とは思ったが良い機会だからさっきの事を謝ろうと思った。

 

「俺は潮に大人気ない真似して済まなかったと謝った。…そこからだ。潮の様子がおかしくなったのは。

 

「俺はもう夜も遅いから部屋に帰りなさいと言ったが、潮は何故か帰ろうとしない。そして急に…服を脱ぎ始めたんだ」

 

「!!」

 

曙は提督が嘘を言っているのではと疑ったが、声には出さず、話に聞き入った。

 

「潮が言うには、提督の苦労も知らず、自分はお役に立てない。だから、せめてこんな形で提督を癒して上げたいと言って俺に抱きついてきたんだ。

 

「最初は俺もバカな事を言ってないで、部屋に戻りなさい、と追い払おうとしたが、潮は頑なに離れようとはしない。そんな潮を見て、俺もつい出来心で…」

 

「潮に、手を出したのね…」

 

「…ああ」

 

提督は頷いた。

 

「そこは否定しない。俺は潮を傷物にしてしまった。だが、話はそれだけじゃ終わらなかったんだ」

 

「…どういう事?」

 

「それから数日後、何故か潮が深夜に俺の部屋に来たんだ」

 

「潮が?なぜ?」

 

「俺もそう思ったから聞いたんだ。だが言う事は前と代わらない。提督の役に立ちたい、その一点張りだ。

 

「恥ずかしい話だが、俺は…その度に…潮を…」

 

「…嘘よ」

 

「曙?」

 

「嘘言わないでよ!潮がそんな事する訳ないでしょ!大方、適当な事を言ってるに決まってる。えぇ、そうに決まってるわ!!」

 

「曙…」

 

「あたしの名前を呼ばないで!…アンタの事は悪く思ってなかったわ。でも姉妹を悲しませるヤツの下では働けないわ。…サヨナラ」

 

そう言い残すと、曙は何か言いたげな提督に目もくれずその部屋を出た。

その曙の前に、まるで幽霊の様に無言で立つ黒い影。

 

「潮!?」

 

さっきからその場を離れていなかったのか、潮が暗い表情で立っていた。

 

「話、聞いてたの?」

 

「……」

 

曙は潮を優しく抱き締め、慰める様に頭を撫でた。

 

「今まで気付いてあげられなくてごめんね。でももう大丈夫よ。明日にでも憲兵にこの事は報告するわ。

 

「行きましょ。今日はゆっくり休んで「ダメだよ」

 

 

… …

 

「え?」

 

曙は潮の言葉が何を言ったのか、一瞬理解できなかった。

 

「曙ちゃん。提督さんをどうするつもり?」

 

「ど、どうするって憲兵に報告してあんな奴首にしてもらうのよ」

 

「そんな事させないよ…!」

 

「ヒッ!」

 

先程迄の無表情から一転、潮は目の前の曙を睨み付けていた。曙は初めて見る潮の怒った顔に、思わず彼女から離れた。

 

「曙ちゃん、提督さんを捕まえるなんて許さないよ」

 

「な、何を言ってるの潮!アナタ、提督に乱暴されたんでしょ!?何か弱みでも握られてるの!?」

 

「…違うよ、これは私の意思でやってる事だよ」

 

「そんな、そんなの嘘よ。そうでしょ。提督に脅されてるんでしょ?バラしたら解体するとか。そうなんでしょ?」

 

潮は曙の肩に手を置いた。その手に目を向けた曙が次に潮の顔を見ると、いつもの穏やかな表情に戻っていた。

 

「私ね、優しい提督さんが大好きだったの。私や曙ちゃんに優しくしてくれる提督さんが。

 

「だからいつも提督さんに何かしてあげられないか考えていたの。そんな時だったわ。提督さんがとても困っているのを見たのは。

 

「私、何かしてあげられないか考えたの。でも私にできる事って何だろうって思ったら…こんな事しかできないって気付いたの。

 

「提督さん、たまに私の胸見てたからきっと喜んでくれると思ったわ///」

 

そう言って潮は頬を赤らめた。

 

「う、潮」

 

「なに、曙ちゃん」

 

「アンタ間違ってるわ!」

 

「…そんな事ないよ、曙ちゃん。提督さんは、私を受け入れてくれたわ。私ね、とっても嬉しかったの。…だってそうでしょ?それって私の事を女として見てくれてるって事だもん。

 

「提督さんは疲れてるの。だから、誰かがこうやって提督さんを慰めてあげなきゃいけないの。…これは私にしかできない事なの」

 

〈どういう事?潮は提督に脅されていたのではなかったの?提督の言う通り、本当に自分の意志で提督の部屋に行っているの?〉

 

「…だから曙ちゃん」

 

「痛っ!」

 

曙の肩を掴んだ潮の手が、ギリッと音を立ててめり込んだ。

 

「この事、憲兵さんに言ったら、私怒るよ…!」

 

「い、痛いっ、潮っ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから先の事はよく覚えてない。

どうやって部屋に帰ったかも覚えてない。

潮は今日も提督の部屋に行くのだろう。

 

そう、結局あたしはこの事を憲兵に、大本営に報告する事は無かった。他の艦娘達にも二人の仲は内緒にしてある。

もし、この事を誰かに話したら、潮は絶対あたしを許さないだろう。そう思うと、誰かに言うのが怖かった。

 

「も、もうっ、漣ちゃんったら♪」

 

今、潮は目の前で漣と談笑している。その無邪気な笑顔を見るたびに、昨日の事は夢だったんじゃないかと思う。

同じ部屋に居ても、あたしは無意識に潮を避ける様になっていた。潮は以前の様にあたしに接してくる。でもそれは、自分と提督の関係を誰かに喋ったりしないか見張っているのでは…。

そう思うと、どうしても潮の目を見る事ができなかった。

 

「ねぇ、曙ちゃんも…そう思うでしょ?」

 

ふいに話し掛けられ、潮と目が合った。だが、その瞳にあたしは映っていなかった。

 

何もかも塗り潰す様な黒い闇に、あたしは飲まれていた。

 

 

 

 

 




最初は提督、潮視点で進めてこうかと思ったんですが、何も知らない曙の視点から進めてった方が面白いかな~と思ってこうしました。

提督さん、羨ましス。


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妹達へ…

やったね!姉妹が減るよ!




ある鎮守府の昼下がり。

その司令室で二人の男女がお互いを見つめあっていた。

やがて、男性はそっと小さな箱を出し、意を決した様に彼女に告げた。

 

「金剛、これを受け取ってほしい。私とケッコンしてくれないか?」

 

そう言って彼、提督は箱を開けた。中には銀色の指輪が入っていた。

それを聞いた、金剛と呼ばれた彼女は驚きの表情を見せる。嬉しいのか恥ずかしいのかどちらとも言えない表情を見せた後、暫くうつむいて…

 

「もちろんデス!」

 

言うが早いか彼女は提督に抱きついた。

 

「嬉しいッ。提督、私とっても嬉しいです。」

 

「こ、金剛…」

 

一瞬戸惑った提督も優しく彼女を抱きしめ、その気持ちに答えた。

 

「沈んでいった妹達の分も、私、幸せになります」

 

涙で濡れた目を拭いながら彼女は言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

話は数ヶ月前に遡る。

 

私の名前は金剛型戦艦1番艦、金剛と言います。

今はこの鎮守府で日々戦っています。

私のいるこの鎮守府は今でこそ大規模になり、私達4姉妹も勢揃いしてますが、かつてはもっと小さな規模だったと聞いています。

 

そんな時、私はこの鎮守府に来ました。

提督は私を見るなりいきなり腕を掴み

「待ってた、待ってたよ金剛!」

そう言って熱い眼差しで私を見つめマシた。

あの時の提督の嬉しそうな顔は今でも忘れられまセン。

私は必要とされている事をとても喜びました。

そして誓いました。この人と一緒にここで頑張ろうと!

 

やがて、戦いが進む中、戦力の拡大の為に新しい戦艦も入って来ました。その中には私の可愛い妹達、比叡、榛名、霧島も居ました。どうやら提督がワタシの為に頑張って揃えてくれた様です。

戦いは辛いですが、私には妹達がいる。その妹達を守る為にも今まで以上に頑張りました。

そうすれば、あの人の期待に答えられる。その思いは、いつしか私を一番に見て欲しいと思う様になるのに、さほど時間は掛かりませんでした。

 

…提督は私にとても良くしてくれます。私を大事に思っているのは、間違いありまセン。

でも、女としては…必ずしも一番ではないのかもしれまセン…。

 

加賀サン。私が来る前に建造されたこの鎮守府の最古参の一人。その為か提督は彼女を秘書艦にして重用している様でス。

何か大事な事や大きな戦いの前には、提督は必ず彼女に相談します。

彼女はよく「前に提督が言っていたのだけれど…」「貴女が来る前に提督が…」と、私の知らない提督の話をします。

それは私の方が提督をよく知っている、私の方が提督に相応しい!そう言ってる様にも聞こえました。

 

これは女のカン、の様なモノですが、提督も彼女の事は信頼できる部下、だけではなく一人の女性としても見てる気がします。

そんな二人を見ている内に、私は二人の間には入れない、提督のイチバンにはなれない…そう思う様になっていきました。

 

そんな時でした。

戦いから帰って来た私は提督に呼ばれました。

司令室のドアを開けた私は何やら部屋の雰囲気がおかしい事に気づきました。

そこには何故か、榛名と霧島も居まシた。

二人とも何故か暗い表情でうつ向いてます。

アレ?なんで二人ともココに?比叡が居まセンが…

それを口にしようとした時、提督は口を開きました。

 

「金剛、落ち着いて聞いてくれ…比叡が沈んだ」

提督がそう言うと、ワアッと榛名が泣き出し、霧島に抱きつきまシた。

「私の采配が悪かった。許してくれ!」

 

そう言って提督は帽子を取って深々と頭を下げマシた。

戦いに身を投じている以上、こうなる事もあり得る。

頭では分かっていたつもりでも、とても悲しかったです。

「気にしないで提督。私達もベストを尽くしたネ。でも敵の方がそれを上回った。仕方ないヨ」

泣きついてくる榛名と霧島の二人を慰めながら、私は言いました。

 

次の日の食事の時、鎮守府の皆サンが、代わる代わる私に話かけて来まシた。

「金剛さん、あまり気を落とさないでね」

「比叡の仇はオレがとってやる!」

「金剛さん、私の分のカレーあげるから元気出すっぽい」

 

皆サン、私に優しくしてくれました。皆が私を心配してくれる。皆、今だけは私の事を考えてくれる。それがとても幸せに感じられました。

…この時は、この感情が何なのか気付いていまセンでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある日の戦闘。

この日の戦闘はとても激しかったのを覚えてマス。

私は霧島と同じ艦隊で出撃。予想していなかった敵の待ち伏せに遭い、思ってもみない苦戦を強いられました。

私と霧島の火力でもこの状況を打破するのは難しく、仲間が次々と被弾、中には大破する娘も。

そして何とか活路を切り開こうと躍起になっていた私の後ろに、敵の砲火が。

沈む!

その言葉が頭を過った時、私の前に躍り出る影。

「お姉さま!」

私の前に飛び出した霧島が、攻撃の全てをその身に受けてしまいました。

 

「霧島ッ!」

 

私は思わず叫びました。

 

「ご免なさい、お姉さま。私はもう駄目みたいです…。比叡お姉さまと一緒にあの世から祈っています。どうか、ご無事で…!!」

 

そう言って霧島は私に手を差し向けながら、沈んでいきました。

 

霧島の犠牲で何とか活路を開いた私達の艦隊は無事、鎮守府にたどり着きました。

出迎えた皆の中に霧島がいない事に気付き、その意味を理解したのか涙ぐむ者も出てきました。

 

「提督、金剛艦隊、帰投しました」

 

「お帰り、金剛、皆。…霧島がいない様だが…?」

 

「…霧島は、私を庇って沈みました」

 

提督の顔が驚きの色に代わり、その隣に立つ秘書艦の加賀サンも目を見開き、衝撃を隠せない様でした。

 

「金剛、すまない。掛ける言葉も見つからない…」

 

そう言って提督は私の肩にそっと、手を置きました。

「ウゥ、ウワアァァッ」

 

私は提督の胸の中に泣きながら飛び込みました。そんな私を提督もギュッと抱きしめてくれました。

 

今、提督は私の事を、妹を失った私を心の底から心配してくれている。そう思うと…何故か私の心は満たされました。

 

比叡を…そして霧島と大事な姉妹を二人も失った事はもちろん悲しいデス。

でも、それとは違う、沸き上がるこの感情が何なのか。それが理解できませんでした。

 

翌日、鎮守府の皆サンが以前の様に話かけてきました。

「比叡さんに続いて、霧島まで…。残念だったわね」

「元気出せ。オマエまでそんなじゃ、沈んでいったアイツらも悲しむぜ」

「わ、私もっともっと、皆さんをお守りできる位頑張ります!」

 

あぁ、まただ。今、私は絶対…

 

 

「金剛さん、その…」

 

私がイチバン驚いたのは、彼女の反応だった。

 

「辛かったわね。私も赤城さんが沈んだらと考えると言葉も出ないわ…。すぐには無理だと思うけど、元気出してね」

 

加賀サン。彼女も今、私の事をココロから心配している。もちろん、共に戦う戦友としてだろうケド…。

 

それから暫く、提督は私を慰めようとしているのか、何かにつけて話かけてくる様になった。

秘書艦も加賀サンから私に変えた。

 

私は恐らく皆から妹を二人も失った、それでも健気に振る舞う姉と写っているのだろう。特に提督には。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから数週間後、鎮守府付近に現れた深海棲艦を迎え打つべく、私と榛名は共に出撃した。

以前とは違い、侵攻を予測した私達は提督の作戦に従い、これに当たった。

決して楽な戦いではなかったが、それでも私達は優位に戦いを進めていった。

 

「お姉さま!二人の仇を打ちましょう!」

 

榛名が叫ぶ。

もちろん私もそのつもりでいました。

 

<榛名…。アナタまで沈んだら、また皆、私に同情するんだろうネ…>

 

苛烈さを増す戦場はあの時と、霧島が沈んだ時と同じかそれ以上だった。

私は榛名を、榛名は私を庇う様に戦った。

そのせいか、私と榛名は味方から離れてしまった。辺りに響く爆音と水柱で周りの味方はどこにいるかさえ分からなかった。

「ああっ!!」

 

「榛名!!」

 

榛名が中破した。私は榛名に駆け寄った。

 

「だ、大丈夫です。それよりも敵はあと僅か…。目の前の敵だけです。私とお姉さまとなら倒せます。そしてこの戦いを終わらせましょう!!」

 

榛名は痛みを堪えて私の前に駆け出した。

私は主砲を構え、狙いを定めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「金剛艦隊、帰投しました」

 

「…お帰り皆。金剛、話は無線で聞いたよ。我々の勝利だが、その代償はあまりにも大きすぎた。特に金剛、君にはね」

 

「比叡や霧島に続き、榛名まで…。本当にすまないと思っている」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日後、私は提督にケッコンを申し込まれました。

榛名が沈んだ戦いの後、悲しみを堪え、気丈に振る舞う私に提督は

「妹達を失った悲しみを、私に癒させてくれないか?」とプロポーズしてくれました。

 

これは私にとっても、サプライズな出来事でした。

てっきりケッコンカッコカリの相手は加賀サンだとばかり思ってましたから。

 

そして今、私は提督に受け取った指輪に指を通します。

 

 

 

 

 

『…お姉さま…』

 

だから、この事は私が沈むその日まで内緒デス。

 

『…どうして…』

 

比叡、霧島。そして…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『どうして榛名を撃つんですかっ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの日、私は妹の榛名を撃った。

もちろんこの事は誰も知らない。…榛名以外は。

 

もし、ここで榛名を失えば、鎮守府の皆や提督は私の事を悲しみに負けず最後まで戦った、なんて立派なんだと褒めてくれるでしょう。

そう、褒めてくれる…!!

そう思った時、私の主砲は敵ではなく、目の前の榛名に向いていました。

次の瞬間、私は何のためらいもなく妹を撃っていた。

何が起きたか理解できない榛名の顔は今も忘れられません。

海に沈んでゆく榛名の顔を、その時の私はきっと無表情で見下ろしていた事でしょう。

そして、妹を失った私を皆は誰よりも褒め称え、悲劇のヒロインの様に扱ってくれました。

私は涙を流しつつも、皆に認められている自分、女神の様に崇められている自分に陶酔していました。

 

<もっと見て!>

 

<もっと私を褒めて!>

 

そう、その時私は初めて、この気持ちが何なのか理解しました。醜く、それでいて甘美な願望に。

 

さようなら、私の可愛い妹達。

 

そして…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ありがとう。

 

 

 

 

 




代理ミュンヒハウゼン症候群
周囲の関心を自分に引き寄せる為にケガや病気を捏造する症例だが、その傷付ける対象が自分自身ではなく、身近の者に代理させる。
症例は子を持つ親に多く見られ、その傷付ける対象の多くは自分の子であり、懸命または健気な子育てを演じて他人に見せることによって、周囲の同情をひき、自己満足することを挙げられる。

ちなみに金剛姉妹では、霧島が一番好きです。
今回はハードラックとダンスっちまった様ですが…。
何とかしてやりたい…。


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二週間後の 君へ

「殺るのね!?吹雪ちゃん!!」

「ええ!勝負は今!ここで決めます!!」




暖かい…暖かい光が…

さっきまで真っ暗だったのに…

ここは…どこなんだ…?

あれは…白い、大きな建物が崩れて…

よく分からないが…逃げないと…

今度は…体が宙に浮いて…?

地面が…いや、これは空か…

何でこんなに赤いんだ…

誰だ…女の子…どこかで会った気が…

どうして…みんな泣いているんだ?

 

『…』

 

何だ…?

 

『…!』

 

この娘は…さっき泣いていた娘か…?

 

『…く』

 

うるさいな…俺は眠いんだ…静かにしてくれ…

 

『…れい…』

 

この声は…どこかで聞いた事が…

君は…確か…

 

「司令官!!」

 

〈はっ!?〉

 

「よ、良かった!皆さん、成功ですよ!」

 

「よくやった、明石!」

 

「て、提督!待ちくたびれたヨ!!」

 

「…グスッ…し、司令官…」

 

次に目を開けると、俺は青い液体のプールに浸かっていた。俺の目の前には四人の女が、皆とても嬉しそうに俺の顔を覗き込んでいた。四人共、どこかで会った様な気がする。

何か…とても長い夢を見ていた様な気がする。

どうして俺はこんな所に居るんだ?

それに目の前の彼女達…。見覚えがある。確か名前は…

名前…?

そうだ、俺は誰だっけ?

名前は…確か…

 

俺は…誰だ…?

 

 

 

 

 

 

 

 

『そ、そんな…なんか…』

 

『私より…ちゃんの方が…「司令官?」

 

「はっ…」

 

「あの…司令官、顔色が悪い様ですが…大丈夫ですか?」

 

「あ、いや…大丈夫だ。昔の事を少し思い出して…」

 

「えっ!?じ、じゃあ私の事も…?」

 

「…すまない。まだハッキリとは…」

 

「…そ、そうですよね!大丈夫ですよ、時間はたっぷりあるんですし。ゆっくり思い出していきましょう!」

 

「ああ…ありがとう、吹雪」

 

 

 

 

 

 

 

あれから丸一日…今、私は執務室で一人の女の子と話をしている。

昨日、私は海の様なプールで目を覚ました。

最初に目を開けた時、何人かの女が私の前で涙を流していた。彼女達が何故泣いているのかは解らなかった。だが、彼女達には何処か見覚えがあった。

何が何だか解らない私は彼女達に尋ねた。

ここは何処なのか?

君達は誰だ?

そして…私は誰なのか…。

 

私の質問に彼女達は目に見えてがっかりしていた。そして私は彼女達から、どうして私がここにいるか説明を受けた。

 

私、そして彼女達は深海棲艦と呼ばれる敵と戦っているらしい。

今から二週間前、私が居るこの場所、鎮守府にも敵の攻撃があったそうだ。

彼女達の指揮官である私は、その時の爆撃で吹き飛ばされたそうだ。幸いにも怪我は大した事はなかったが頭を強く打ったらしく、二週間もの間昏睡状態が続いたらしい。

生と死の狭間をさ迷った私は、ようやく昨日目を覚まし、今に至る。

命を失わずに済んだのは幸運かもしれない。だが、その代償に私はこれまでの全て…過去の記憶を無くしていた。

これまでの人生も、彼女達との思い出も…。

 

 

 

 

 

 

 

 

『あの…司令官…良ければ…』

 

『はい…これからは…一緒に…』

 

 

 

 

 

 

 

「…で、私は司令官と共にこの鎮守府に来たんです」

 

あれから数日、私は実務にも取り掛かれる程には回復しつつあった。

 

「もう、司令官、ちゃんと聞いてますか?」

 

「あ、ああ。ちゃんと聞いてるよ」

 

今日も私は吹雪から過去の思い出を聞いていた。

吹雪。

吹雪型一番艦の駆逐艦。お下げの髪型が特徴的な、白いセーラー服と紺のスカートの少女。思い出した記憶のほとんどが彼女との会話ばかりだ。きっと昔は良好な関係を気付いていたんだろう。

吹雪も一日も早くかつての私に戻ってほしいのだろう。だがこればっかりは時間が解決するのを待つしかない。何とも、もどかしい限りだ。

 

「あの時…司令官と一緒にこの鎮守府に来た日の事、私は昨日の事の様に覚えています」

 

「そ、そうか…そう言えば思い出したんだが、前の鎮守府でボヤ騒ぎがあった様な…」

 

「え?あ、あ~…そういえば…そんな事もありましたね」

 

「確か、泥棒が入って…だったかな」

 

「そ、そうですね。よく覚えてますね」

 

「それに…そう叢雲だ、吹雪の妹の。彼女の事も思い出したよ」

 

「叢雲ちゃんか…フフッ、叢雲ちゃん、元気にしてるかな」

 

「大丈夫だよ。吹雪の妹なんだろう?」

 

「艦娘としてはそうですけど…実際は叢雲ちゃんの方が私なんかよりしっかりしてるし、どっちがお姉さんなんだか…」

 

「叢雲か…話した記憶は無いけど…どんな娘なんだろうな」

 

「…司令官、もしかして私より叢雲ちゃんの方が良かったですか?」

 

「な、何を言ってるんだ!そんな訳ないだろう」

 

「本当ですか…?」

 

「…叢雲がどんな娘かは知らないけど、私は吹雪との思い出の方が大事だよ」

 

「そ、それならいいんですけど…」

 

「ところで…君たち艦娘は、その…建造された時からその姿なんだよね?」

 

「え?そ、そうですが…それが何か?」

 

「いや、ちょっと気になったんだ。君たち吹雪型の娘は何人か見た事あるんだが、みんな吹雪と同じ制服だった気がするんだ…どうして叢雲だけ違うんだろうって…」

 

「言われてみれば…昔、白雪ちゃんや深雪ちゃんも叢雲ちゃんは私達と違ってワンピースで可愛いねって…」

 

「ふ、吹雪!偶然、偶然だよ!た、確か高雄型の摩耶とか球磨型の北上なんかも上の姉とは全然違うし!吹雪の制服だって可愛いさ!」

 

「で、でも…一番下の磯波ちゃんは私や白雪ちゃんと同じなんです…どうして叢雲ちゃんだけ…ま、まさか叢雲ちゃん、吹雪型じゃないんじゃ…」

 

「そ、そんな事ないって!そ、そう!髪型なんか似てるし、姉妹って感じがするよ、うん」

 

「そ、そうですよね。妹を疑うなんて、私どうかして…でも叢雲ちゃんだけ頭に電探カチューシャ持って…やっぱり叢雲ちゃん、私の妹じゃないんじゃ…」

 

「そ、そんな事…そ、そうだ、確か軽巡の天龍も妹の龍田と違う電探の形してるじゃないか」

 

「で、でも私達吹雪型で電探カチューシャ持ってるのは叢雲ちゃんだけ…ハッ!そ、そういえば駆逐艦の初春ちゃん、叢雲ちゃんとそっくり…せ、制服も髪型も…」

 

「は、初春?い、言われてみれば確かに…」

 

「…司令官、二~三日休みを貰っていいですか?」

 

「え?どこか具合でも…」

 

「前の鎮守府に行って来ます。吹雪型緊急会議を開きます!」

 

「…そんな理由で行くんじゃない」

 

「で、でも叢雲ちゃんだけ違うんですよ?どうして叢雲ちゃんだけ私達と違う制服なんですか?おかしいですよ!」

 

「そ、それは…そういう仕様なんだろう」

 

「だから上に掛け合って、制服を変えて貰います」

 

「そんな事したら叢雲がかわいそうだろう」

 

「みんな、叢雲ちゃんと同じにして下さいって!」

 

「吹雪達が変えるの!?」

 

 

 

 

 

 

吹雪に限らず、艦娘は姉妹間での絆…とでも言うのか、それがとっても強いんだな。長門や金剛達もそうなんだろうか。少し怖い気もするが。

でも…言われて初めて気付いたが、叢雲と初春はそっくりだな。本当にあの二人、姉妹なんじゃないだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたの白雪、電話?誰から?」

 

「そ、それが向こうの鎮守府の吹雪ちゃんなんだけど…叢雲ちゃんの制服、送ってって…」

 

「はぁ?」

 

「着払いで…」

 

「はぁっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

『司令官は…の事…どう思って…』

 

 

 

 

 

 

 

「よし、演習はこれまで…うん?提督、どうしたのだ、こんな所に」

 

「特に理由は無いんだが…長門や皆の事を見てれば何か思い出すかと思ってね」

 

「…そうか、だが気に病む事はない。提督が戻って来てくれただけでも皆喜んでいる」

 

「そう言ってくれると…ありがたいよ」

 

長門。

長門型一番艦戦艦。腰まで届く黒髪が特徴的な、この鎮守府の纏め役。私の記憶の中の彼女はとても勇ましく、何度も鼓舞されたものだ。

 

「因みに…私の事は覚えているのか?」

 

「あ、あぁ。おぼろ気ながら覚えているよ」

 

「例えば?」

 

「この鎮守府を纏めるリーダーで…皆の信頼も厚い」

 

「ほ、ほう…嬉しい事を言ってくれるじゃないか…だが、まだあるんじゃないか?」

 

「確か…妹の陸奥と共に当時の最高峰のビッグセブンと呼ばれているんだっけ」

 

「フッ…胸が熱いな。だ、だが…まだ何か思いだしたりは…しないか?」

 

「他に…す、すまない。他にはまだ…」

 

「そうか…」

 

「も、もしかして何か大事な事を忘れていたり…長門、言ってくれれば思い出すから、教えてくれないか?」

 

「あ、いや、大した事ではないのだ!気にするな!」

 

「そ、そうか…すまない」

 

「…フフッ」

 

「な、何かおかしいか?」

 

「いや、そうではないのだ。昔を思い出してな。前もこうして二人でよく話したものだ」

 

「そうか…また前みたいになるといいな。あぁ、そういえば…ふと思ったんだが…」

 

「何だ?」

 

「ビッグセブンって…七人いる筈だが。長門と陸奥…残り五人は誰なんだろうと思って…」

 

「えっ!?」

 

「良ければ教えてくれないか?」

 

「うっ、うむ!それはだな…」

 

〈ビッグセブン?語呂が良いから使っていたが…確かに七人という意味だな。七人?そんなにいるのか?誰だ?知らんぞそんなの!〉

 

「長門…?」

 

「私と陸奥の他に…そ、そう、金剛だ!」

 

「金剛が!?す、凄いな。確かに金剛も戦艦だったな」

 

「そ、それに…明石もだ!」

 

「え?アイツが…そ、そうは見えないが…明石って実は凄い奴なのか?」

 

「フ、フフン…見た目で判断する様ではまだまだだな」

 

「そ、そうか。言われてみれば明石って妙なオーラがある気がする。明石がなぁ…」

 

「呼びました?」

 

「うおっ!?」

 

「あ、明石、ちょうどいい所に。君は実は凄い奴だったんだな」

 

「…」

 

「…?何の話です?」

 

「今ビッグセブンの話をしていたんだ。君と金剛もその一人なんだって?大したものだ」

 

「…!」

 

「え?いやだなぁ。金剛さんはともかく私な訳ないじゃないですか~」

 

「え?でも…」

 

「正確には長門さん陸奥さんの他にネルソン、コロラド、ロドニー、メリー「…ジロッ」ヒッ!」

 

「明石?」

 

「あ、後は…そ、そう!金剛さんです!」

 

「そうか…ウチの鎮守府にビッグセブンが二人も…。それは責任重大だな」

 

「うむ、解ってくれればそれで良いのだ!」

 

「あ、あぁ。邪魔したな。じゃあ私はこれで…」

 

「あぁ、無理はせぬようにな」

 

「…」

 

「…」

 

「明石よ…」

 

「は、ハイ!」

 

「すまん…」

 

「…いえ」

 

 

 

 

 

 

 

長門か…。資料には目を通したが、アイツやっぱり凄い奴なんだな。駆逐艦にも慕われているみたいだし。

そんな事も忘れるなんて…早く思い出せればいいが。

それに金剛もビッグセブンの一人だったなんて。確かに明るいし根はいい奴だと思うが…人は見た目にはよらないっていい例だな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『司令官…さんと…するんですか?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヘ~イ、テイトクゥ~ッ!Breakfastにしまショウ!」

 

「ああっ、お姉さま、き、危険ですッ…!」

 

朝の空ろな気分は、執務室に乱入した二人の喧騒によって吹き飛んだ。金剛とその妹、比叡だ。

 

「もう、比叡は心配性ネ~。そんな事ある訳ないネ~!」

 

「そ、そうですけど…」

 

「そんな事…?」

 

「あっ、こっちの話デ~ス。そんな事より朝食持ってきたヨ~♪」

 

「ありがとう。遠慮なく貰おうか」

 

「ワタシの手料理、ゆ~っくり味わってネ~♪」

 

「私も手伝ったんですけど…」

 

 

 

 

 

 

金剛。

金剛型戦艦一番艦、金剛四姉妹の長女に当たる。

白を基調とした巫女装束の様な服装と亜麻色の髪が特徴的な艦娘。

自分の記憶の中の彼女も今と変わらず快活で、見る者を明るくする。それに吹雪や長門達には感じなかった親近感を感じる。記憶を失う前の私とはどんな関係だったんだろうか。

…それに長門の言に寄れば、彼女もビッグセブンの一人に数えられていると言う。う~ん、人…もとい艦娘は見かけに寄らないものだな。

 

彼女に隠れる様に寄り添うのは…確か比叡と言っていたな。そうか、彼女が次女の比叡か。

見た目は金剛に似てはいるが、性格は微妙に違う様だ。確か記憶の中の比叡は、もう少し快活だった気もするが。

それに気の所為か私を警戒している様な…。もしや怒らせる様な事をしたんだろうか…。

 

 

 

 

 

 

「うん、旨いよ」

 

「エヘヘッ…ワタシこう見えても料理得意なんデス!」

 

「わ、私も得意ですよ!…何故かみんな食べてくれないけど…」

 

「比叡の料理はスパイスが強いだけネ。少~し加減すれば、きっとみんな食べてくれるヨ~」

 

「で、ですよね!私が下手なんじゃなくて、みんなの舌が少し変なんですよね!」

 

「…その自信も少し加減した方がいいデ~ス」

 

…何だろう、とても懐かしい気分だ。

金剛とはこうしてよく食事を取った気がする。それに金剛には、長門達にはない感情も湧いてくる様な。

だが仮にそうだとしても、それは前の私にだ。変わってしまった私に、金剛が以前と同じ気持ちでいてくれるとは限らない。

 

「…もしかして、気分が悪いデスか?」

 

「あ、違うんだ。別の事を考えてたんだ。その…昔もこうして食事したなって」

 

「…!じ、じゃあ、テイトク、昔の事を思い出してッ!?」

 

「すまない…そこまでは」

 

「オー…」

 

「あ、あのっ、司令!じゃあ本当にあの事も…覚えて「比叡ッ!」

 

「…?」

 

「ご、ごめんなさい、お姉さま。解ってはいるんです。でも、司令の顔を見るとやっぱり…」

 

「そんな事ある訳ないヨ。だってテイトクは…ん、んんっ!Sorry、ムード壊しちゃったネ~」

 

「…なぁ、金剛。何か隠してないか?もしかして私は何かヘマをやらかしたんじゃ…」

 

「アー…ヘマをしたのはワタシ達と言うか…その…」

 

「何があったんだ?思い出すかもしれないから教えてくれないか?」

 

「え、エーット、その…テ、テイトクッ!これを食べてみてッ!」

 

これは…ポテトサラダか。そういえばまだ手を付けてないな…何故だろう?

 

「これがどうかしたのか?」

 

「食べてみれば…何か思い出すかもしれないヨ!」

 

「あ、あぁ…」

 

これを食べれば何かあるのか?もしや昔の私が好物だったとか。

 

「…ブッ!」

 

「あっ!テイトクッ!」

 

「司令ッ!」

 

な、何だ?これ、サラダだよな?何でこんなに辛いんだ?か、辛いと言うか苦いッ!

 

「ま、まさか隠してる事って…これ?」

 

「sorry…実はそれ、比叡が作ったの…ワタシは止めたんだケド…」

 

「し、司令、酷いですよ!私が二週間も掛けて考えた『胃に優しい&気合いサラダ』ですよ?」

 

い、胃に優しい?気合い?サラダなのに…?

 

「そ、そもそも何でサラダが辛いんだ」

 

「え?せっかくだから隠し味にタバスコをドバッと…」

 

「つ、次からはタバスコは控えてくれ」

 

「だから言ったデショ?唐辛子にした方がいいッテ」

 

何故、サラダに辛さを求める!?

 

「おかしいな~。榛名も霧島も姉さまらしいアグレッシブな味だって褒めてくれたのに」

 

アグレッシブ?サラダなのに?

 

「う~ん…あ、朝はさっぱりした物が食べたいかな」

 

「分かりました!じゃあ残りは夜持ってきます!」

 

まだあるの!?

 

「テイトク…Good Luck…」

 

え?こ、金剛?

それ…どういう意味…?

 

 

 

 

 

 

 

 

そ、そうか。

あのサラダに何故か手を付けなかったのは、本能が回避していたのか。きっと昔の私も比叡の料理に悶絶していたのかもしれない。

しかし金剛は普通に食べていた様な…。

やはり人と艦娘では味覚が違うのかもしれない。

でも…今夜もアレを食わなきゃいけないのか…。

…胃薬あったかな。

 

 

 

 

 

 

「お帰りなさい、お姉さま。どうでした?司令は何か…?」

 

「全然ダメネ~。霧島の言う通りだったヨ」

 

「そうですか…それは残念です」

 

「で、でも!例え昔の事を思い出さなくても提督は提督です!榛名は大丈夫です!」

 

「そうよ、それに司令、私のサラダもちゃんと食べてくれたのよ!」

 

「えっ!?」

 

「あ、あの…サラダを…ですか?」

 

「うん!まだ作り置きあるから、夜も持ってってあげようと思うんだ」

 

「司令…ご武運を…」

 

「勝利を…提督に…」

 

「あ、榛名達の分もあるから安心して♪」

 

「どうして…私の戦況分析が…!」

 

「榛名は…大丈夫じゃありません…」

 

 

 

 

 

 

 

『私は…どう思ってます?』

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

吹雪達を始め、鎮守府にいる皆の事や自分達のおかれている状況はほぼ完全に思いだした。

相変わらず彼女達と過ごした時間だけが、すっぽり抜け落ちてしまっている。時おり思い出す言葉はあるが、どれも断片的な物ばかり。

このまま永久に思い出せないのでは…。少し不安になっていた時だった。

いつもの様に何か思い出す切っ掛けはないかと資料を漁っていた時だった。

机の引き出しに一冊のノートが紛れていた。ひっそりと、まるで資料に隠れる様に。

 

〈これは…日記?〉

 

パラパラと捲ってみるとおそらく過去の私が付けたであろう日記らしかった。

ありがたい。自分が付けた物なら間違いはないだろう。少しでも何かを思い出すヒントになればと、私は日記を読んでみた。

 

 

 

 

 

 

 

『○月×日

『今日から確認の為に、この日記を付ける事にする。

昨日、僕は二週間振りに目を覚ました。だが、おかしな事にその前の事を覚えていない。』

 

『○月▲日

僕はこの鎮守府で提督という立場だと吹雪ちゃんや長門さんから聞かされた。

彼女達の言う通り皆の指揮を統る事になったが、何が何だかさっぱりだ。』

 

『○月□日

僕の作戦がまずかったのか、戦いは負けた。』

 

『○月●日

今回も負けた。皆の僕を見る目が心なしかキツい気がする。吹雪ちゃんは僕を励ましてくれたが、誰の目から見ても僕の原因なのは明らかだ。』

 

『○月◇日

長門さんの妹の陸奥さんが沈んでしまった。その事で長門さんと少し口論になった。仕方ないじゃないか。僕は何も覚えていないんだ。それでも皆がやれと言うからやっているんだ。僕にどうしろって言うんだ。』

 

『○月△日

また轟沈を出した。吹雪ちゃんや金剛さんは僕を庇ってくれるが、皆、僕に不満を言っている。

もう嫌だ。僕は何も悪くない。そんなに不満なら新しい提督とやらを呼べばいいじゃないか。

そうだ、その方が良い。僕なんかがここにいるべきじゃないんだ。』

 

 

 

 

 

…どういう事だ?

この日記を付けた過去の私は今の私とそっくりだ。何故、この私も何も覚えていないんだ?

それに、この日記に書かれている事が本当なら長門や皆は私を憎んでいるんじゃないのか?

とてもそうは見えないが…。

 

もう少し読んでみよう。日付が少し飛んでいる様だが…。

 

 

 

 

 

 

『△月●日

頭はまだ痛いが吹雪や金剛が私を助けてくれる。特に金剛は熱心に私に付き添ってくれる。』

 

『△月△日

金剛の妹の比叡が料理を作ってくれた。辛かった。もしかして私は嫌われているのだろうか。』

 

比叡…この頃から変わってないのか。

 

『△月□日

最近、比叡とよく話す。彼女も金剛の前ではあまり話さないが、二人きりだとよく喋る。それに彼女の料理も慣れてくると美味しく感じる様になった。』

 

う~ん…これには同意しかねるな。

 

『△月◇日

比叡と話せば話す程、彼女の魅力が伝わってくる。姉の金剛の事しか考えていないのかと思ったが、色々な事を考えているみたいだ。姉妹の事、仲間の事、そして私の事も…』

 

『△月●日

比叡に私の事をどう思っているか聞いてみた。以前なら私には金剛お姉さまが、の一点張りだったが、最近はそうでもない。彼女も私に会うのを楽しみにしていると言ってくれた。』

 

 

 

 

 

 

…以前の私は比叡が好きだったのか。

たしかにさっぱりして良い奴だとは思うが。

日記はこのページで終わりかな…まだあるな。

 

 

 

 

 

 

『□月〇日

…どいつもこいつも忌々しい。

艦娘は俺の言う事を聞く人形に過ぎない。黙って言う事を聞いていれば良いものを。』

 

…何だ?

比叡の辺りでも妙だとは思ったが、日付が飛ぶと性格まで変わっている。

それに、この私は今までと違って酷く粗野な気がする。

 

『□月△日

相変わらず吹雪がうるさい。二言目には前の司令官ならと、文句を言ってくる。前の司令官がどんな奴かなんて関係ない。』

 

『□月◇日

文句があるなら睦月を解体すると言うと、吹雪は大人しくなった。』

 

『□月●日

吹雪が出払っている間に睦月を解体した。帰って来た時、どんな顔をするか見物だ。

…だが明石がすんなり受け入れたのは意外だった。仲間を解体するんだ、文句の一つも言ってくるだろうと思っていたのに。』

 

『□月▲日

睦月が解体された事を知った吹雪は泣いてしまった。これで吹雪も少しは懲りただろう。』

 

『□月□日

吹雪は俺の事を恨んでいると思ったが、次の日にはケロッとしていた。それどころか以前よりも俺になついている気がする。何を考えてるんだ?

吹雪だけじゃない。長門も金剛も…。俺が憎くないのだろうか?不気味でしょうがない。』

 

 

 

 

 

 

 

…この私は随分と酷い奴だったらしい。覚えてはいない事とはいえ吹雪には悪い事をしてしまった。

だが…日記にも書かれていたが、もしこれが本当なら長門や吹雪は私が憎くないのだろうか。そんな素振りは見せないが…。

まだ日記は…少し残っているな。だが正直見たくはないのが本音だな。知れば知る程、昔の自分に嫌気が差してくる。

日記に書かれていた事が本当かも気になるが。

 

「…」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、比叡。吹雪を見なかったかい?」

 

「吹雪ちゃんですか?今日は見てませんが…どうかしたんですか?」

 

「い、いや、そうじゃないんだが…そうだ比叡、一つ確認したいんだが…」

 

「はい…?」

 

「もし私が昔の事を覚えているとしたら…」

 

「え…し、司令?」

 

「昔…君に言った事を覚えているとしたら…」

 

「…ッ!」

 

「あ、比叡!」

 

何故か青ざめ、私から逃げる様に行ってしまった比叡を追いかけようか迷ったが…。

やはり何かを隠してるのは間違いないな。

 

「うん?比叡の奴どうしたのだ、あんなに慌てて」

 

「な、長門…」

 

「ちょうど良かった。提督に用があってな」

 

「…私も君に話したい事がある。執務室まで来てくれないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それは本当か!?」

 

「ああ。全てじゃないが思い出したんだ。長門には悪い事をしたな。私が至らない所為で妹の陸奥を沈める羽目になって…」

 

「…全くだ」

 

「な、長門…?」

 

「何故あんな指示を…ッ!」

 

「お、おい」

 

「陸奥は…アイツは私の可愛い妹だった!この世でたった一人の同じ長門型だったんだ!アイツは私を庇って沈んだんだ!

 

「それもこれもキサマがッ!キサマがあんな事になるからッ!!」

 

「ま、待ってくれ!確かにそれは俺の所為かもしれないが…」

 

「…少し取り乱したな、すまない。だが安心しろ。別に私はキサマを恨んではいない」

 

「…?」

 

「そうだろう?キサマはちゃんと帰って来てくれたじゃないか。そうだ、提督よ、キサマはここで私と共に戦い続けるのだ。陸奥もそれを望んでいるはずだ。

 

「…よもや嫌とは言うまい?」

 

「な、長門…」

 

「…だが妙だな。今のキサマがどうして陸奥の事を知って…」

 

「そ、それは…」

 

「まあいい。提督よ、これからもよろしく頼むぞ。大丈夫だ、他の者が何と言おうと、この長門が付いている」

 

「あ、ああ…」

 

 

 

どういう事だ?

あの日記を読んで少し試すつもりで聞いてみたが…。やはり長門は私の過去を隠している。私を傷付けない為だろうか?

だがそれなら何故、以前の私に起きたであろう怪我の事も隠してるのだろうか。

 

「…テイトク」

 

「こ、金剛?ど、どうしたんだ?」

 

「ア~…長門の声が廊下にまで聞こえたケド…ケンカでもしたノ?」

 

「ち、違うんだ、少し口論になっただけで…」

 

「フ~ン…それって比叡にも関係あるコト?」

 

「比叡?比叡が何か言ったのか?」

 

「ウン…昔の事を思い出したッテ。でも、ソレって…嘘だよネ?」

 

「…何でそう思うんだい?それに昔の事を思い出した方が金剛達もいいんじゃなかったのか?」

 

「思い出してくれるのは嬉しいヨ。でも、そっちの事は覚えてる筈ないッテ、ブッキーが言ってたヨ」

 

「吹雪が?」

 

「ウン。じゃあテイトク、試しにその覚えてるコト、言ってミテ?」

 

「あ、あぁ。そ、その…昔の私が比叡を気になっていたり…」

 

「オ~!本当に覚えてるんデスネ!…じゃあ答えて下サイ。どうして比叡を選んだノ?」

 

「そ、それは…」

 

「昔テイトク、ワタシに言いましタ。ワタシとケッコンしたいッテ…なのに…どうして?ネェ、テイトク…答エテ?どうして…

 

「どうしてワタシじゃなかったノ!!」

 

「こ、金剛ッ!」

 

「嘘ツキッ!嘘ツキッ!ワタシが比叡に負ける筈がナイッ!テイトクはワタシの方が好きなンデショ!ネェ!そうだっテ言ってヨッ!!」

 

「お、落ち着いてくれ金剛!」

 

「フーッ…sorry。少しexciteしちゃったネ。少し頭を冷やしてキマ~ス。

 

「…でもネ、テイトク。もし本当に思い出してるナラ…ブッキーにはその事、言わない方がイイヨ」

 

「ふ、吹雪に…?」

 

「だってブッキーは…何でもないデス、see you」

 

「…」

 

 

 

 

吹雪が…吹雪が何か知ってるのだろうか。

だが、もしかして吹雪も長門や金剛みたいに、私が思い出したと知ったら興奮してしまうんじゃないだろうか。

吹雪にも少し聞いてみたい気はあるが…嘘を付かずに正直に聞いてみるとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

「し、司令官、金剛さんに聞きましたが思い出したというのは本当でしょうか?」

 

「…それなんだが。吹雪、実は嘘なんだ」

 

「え?じ、じゃあどうして昔の事を知って…」

 

「それは…これだ」

 

「これは…日記?」

 

「あぁ。どうやら昔の私が付けていたらしい。それを読んで昔の私がどんなに酷い奴か解ったよ」

 

「そ、そんな!司令官は何も悪くありません!」

 

「だが、この日記が本当なら睦月を解体したのは私だ。覚えてないとはいえ、恨まれても仕方ない。すまなかった」

 

「そんな…そんな事はありません。だって…あの司令官は…」

 

「金剛も似た様な事を言っていた…吹雪、何か隠してるんじゃないのか?」

 

「そ、それは…その…」

 

「頼む、吹雪、君の知ってる事を教えてくれ」

 

「…分かりました」

 

「吹雪…」

 

「その前に…私にもその日記、見せてもらえませんか?」

 

「…ああ」

 

吹雪は日記を手に取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

吹雪は私が手渡した日記を驚きながら読んでいた。まるで初めて日記を読んだ私の様に。特に最後のページの辺りで、手が震えているのが分かる程、驚いていた。

…最後のページは、そういえばまだ目を通してないな。

 

「…司令官、この日記…もう全部読んだんですか?」

 

「いや…途中で読むのが嫌になってしまって。何か書いてあったかい?」

 

「い、いえ…そういう訳じゃないんですが…」

 

「その日記で幾つか気になる所があるんだが…昔の私も怪我で二週間眠っていたと書いてあるが、何か怪我でもしたのか?」

 

「そ、それは…最初に言った通り、司令官は頭を打って…」

 

「それは今の私だろう?私は二回も怪我をしたのか?それに長門や金剛は私がその事を覚えてる訳がないと…それは一体どういう事なんだ?」

 

「覚えてる訳がないと言ったのは当然です…。だって司令官は…

 

「一度、死んでるんですから…」

 

「…な、何?」

 

「あの日、司令官は戦闘に巻き込まれて一度死んでしまったんです。長門さんや金剛さんはもちろん、私もとても悲しみました。

 

「そんな時、明石さんから提督を生き返らせる事が出来ると言われました。

 

「高速修復材の応用とか…私にはよく解りませんが、そのお陰で司令官は今こうしているんです」

 

「…」

 

…死んだ?

私は…既に一度…死んでいる?

そ、そんな馬鹿な。

それを蘇らせた?そんな事が可能なのか?

だが、現に私は今こうしてここに…。

じ、じゃあ私は…。

 

「そ、それともう一つ妙な事があるんだ。日記の私は、まるで別人が書いた様に性格が変わっている。これについては…」

 

「それは簡単です。日記を書いてる司令官は…全部で三人いるからです」

 

「な、何だって…?」

 

「司令官…あなたは四人目なんです」

 

「…」

 

「明石さんは言ってました。死んだ司令官の身体の一部を使って新しい司令官を造ってると。今まで三回…いえ、今の司令官で四回、新しい司令官を造りました」

 

まさか…

私が過去の事を思い出せないのは…新しく造られたから…。

最初から過去が無かったからなのか…?

僅かに思い出す記憶は…最初の私の記憶だったのか?

だから、それ以外の…私の前の三人の記憶は無いのか?

長門や金剛が覚えている筈がないと言ったのは、そういう意味だったのか…?

 

だが、ちょっと待て…。

となると、一つ大きな疑問が沸いてくる。

私の前に三人いた…。

だが、今ここには私しかいない…。

 

「ち、ちょっと待ってくれ吹雪。私の前に三人、造ったんだよな?その三人は…今、どこに…」

 

「…殺されました」

 

「…え?」

 

「失敗作だからと…長門さん達に殺されました!」

 

「な…」

 

「日記を見たなら解ると思いますが…一人目の司令官は、優しい人でしたが何も覚えていませんでした。妹の陸奥さんを失った長門さんが司令官を…

 

「二人目は…僅かに昔の事を覚えていましたが…比叡さんを好きになってしまい、怒った金剛さんが…

 

「三人目は…とても酷い人でした。私や皆も何度殴られたか分かりません。最後は明石さんに…」

 

「そんな事が…」

 

「司令官…私と…私と逃げませんか?」

 

「何…?」

 

「ここに居たら、また殺されるかもしれません。だったら何もかも捨てて、私と逃げましょう!誰も知らない場所で、二人で暮らしましょう!」

 

「待ってくれ…気持ちは嬉しいが、どうしてそんな事を…君だって睦月や夕立を失って、私を恨んでるんじゃないのか?」

 

「それは今の司令官の所為じゃありません。それに…もう嫌なんです。司令官が殺されるのを見るのは!」

 

…確かに、吹雪の提案が一番正しいのかもしれない。

もし吹雪の言う事が本当なら、また何かのきっかけで処分されるかもしれない。

それに日記の私も、吹雪だけが自分に優しいと書いていたな。

いつ殺されるかもと怯えながら、ここにいるよりは…吹雪の言う通り、誰も知らない所に逃げた方が…。

 

「…分かった。吹雪…今夜、ここを出よう」

 

「…司令官!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら?長門さんに金剛さん。工廠に来るなんて珍しいですね」

 

「明石、少し聞きたい事があるんだ」

 

「はぁ…そういえば吹雪ちゃんに頼まれた事、始めちゃっていいんですか?」

 

「What?何を頼まれたンデスか?」

 

「え?金剛さん達が決めたんじゃ…ないんですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからの行動は早かった。

私は仕事を早めに切り上げると、ありったけの現金を持ち、闇夜に紛れて鎮守府を出た。長門や金剛に出くわさないか心配だったが、こんな時間に出歩いている者はいない。

吹雪と落ち合う予定の港へ来ると、物陰に隠れていた吹雪が顔を出した。

 

「司令官!」

 

「ふ、吹雪。良かった、無事来れた様だな。で、どうやって逃げるんだ?」

 

「そこにボートが用意してあります。海に出てしまえば、どこに逃げたかは誰にも判りません。とにかく海に出て、それから考えましょう」

 

「そ、そうだな」

 

このボートに乗ってしまえば、もうこの鎮守府ともオサラバか。

長門、金剛…。

悪い奴らではなかったと思うが、あんな事を聞かされては、もう一緒にいられない。

しかし、かわいそうなのは吹雪だ。

あれからずっと考えていたが、やはり吹雪を巻き込んでいいものだろうか。

何があったにせよ、吹雪は艦娘だ。仲間のいるこの鎮守府が一番なんじゃないだろうか?

それを私の我が儘に付き合わせていいのだろうか。

やはり吹雪は…

 

「なぁ、吹雪…私からも一つ提案がある。君はここに残るべきだと思うんだ」

 

「え…ど、どうしたんですか急に…」

 

「私も考えたんだが…こんな事で仲間を裏切る事はないと思ったんだ」

 

「そ、そんな事気にしないで下さい!」

 

「そうはいかない。考えたんだが…この脱出は私が勝手にやった事にするんだ。君はそれに気付いて長門達に私が逃げたと伝えればいい。そうすれば君は裏切ったとは思われないだろう」

 

「…どうしてですか?」

 

「…吹雪?」

 

「私、何か気に障る事しましたか?もしそうなら言って下さい。ちゃんと直します!司令官がやれと言うなら何だってやります!だから…私も連れてって下さいッ!」

 

「吹雪…気持ちは嬉しいが、やはり君は艦娘だ。ここに残るべきだよ」

 

「…」

 

「俺の事はどうとでもなるさ。君の事は絶対忘れないよ」

 

「…分かりました。私はここに残ります」

 

「あぁ、色々とあり「そして五人目を造ります」

 

「…え?」

 

「今度は…今度こそは成功だと思ったのに…今度こそは私と一緒になってくれるって信じてたのにッ…!」

 

「ふ、吹雪…?」

 

「そう思ったから三人も殺したのに…また最後の最後で私を裏切るんですか…!」

 

「殺した…?前の私は長門達が殺したんじゃ…」

 

「長門さん達は中身は違っても司令官には変わらないって言ってましたけど…私に言わせれば只の失敗作です。

 

「私を選ばない司令官なんて要りませんよ…」

 

「な、何だって…」

 

「そしてアナタもね…さようなら、偽物さん」

 

「吹雪、早まるな!」

 

「Wait!ブッキー待つネ!!」

 

聞き慣れた声に振り向くと、長門と金剛の二人が物陰から姿を現した。

だが次に吹雪を見ると、彼女の手にはいつの間にか艤装が…手に握られた連装砲が私を捉えていた。

 

「ふぶ…!」

 

私の言葉を書き消す砲撃音と共に、私の体は木っ端微塵になったボートごと宙に飛ばされていた。

海に落ちた私の視界に、吹雪と彼女に駆け寄る長門と金剛が写った。

長門と金剛は吹雪に何かを言っている様だったが、当の吹雪はまるで表情を変えず立ち尽くしていた。

以前の私達も、こうやって吹雪に殺されたのだろうか。

薄れ行く意識の中で、一瞬吹雪と目が合った気がした。だが、彼女の瞳に以前の光は無く、まるで深海棲艦でも見る様な目付きで私を睨んでいた。

…それが、私が最後に見た物だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふ、吹雪…何て事を…」

 

「ブッキー…アナタ、crazyネ!」

 

「…お二人が隠れている事は知ってましたが、どうして黙って見ていたんです?」

 

「そ、それは…」

 

「本当は二人共、私がいなくなるのが嬉しかったんじゃないですか?」

 

「そ、そんなコト…」

 

「あぁ、一応伝えておきますね。司令官が記憶を取り戻したって言うのは嘘です。この日記を読んで私達を試したみたいです」

 

「日記…?こんな物が…」

 

「でもおかしいと思ったんです。もし日記を全部読んだのなら私に尋ねる筈はないと。だから聞いてみたんです、最後まで読んだのかと」

 

「最後のページ…oh!」

 

「司令官はそこまでは読まなかった様です。だから私は二人で逃げようと誘ったんです。お二人には悪いと思ったので、明石さんに五人目を造る準備をお願いしておきました」

 

「ふ、吹雪…お前、提督を殺して何とも思わないのか?」

 

「ふふっ♪それはお二人もでしょ?」

 

「…why?」

 

「だって私が司令官を処分しましょうと言った時、二人共、私を止めなかったじゃないですか」

 

「そ、それは…」

 

「長門さんは陸奥さんを失った事を、金剛さんは比叡さんに司令官を取られた事を恨んでいた。だから私が造り直そうと言っても止めなかった。そうですよね?」

 

「…」

 

「勝手に鎮守府から逃げようとした事は謝ります。でも、その必要もなくなりました。さ、早く鎮守府に戻りましょう。そして造りましょう…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「新しい司令官を…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『□月×日

万が一の事を考え、この日記に全てを記す。

これを読んでいるという事は、俺はもう殺されたという事だろう。

どうして自分の記憶が無いのか不思議がっているかもしれない。だが、それも当然だ。

何故なら俺たちは最初の自分の複製だからだ。

 

睦月の解体に明石の工廠を訪れた俺は、そこで恐ろしい物を見た。

水槽に入った上半身しかない男の遺体。だか、その顔は紛れもない自分自身だったからだ。俺は何故、自分がもう一人いるのか明石を締め上げた。

明石が言うには本当の俺は既に死んでいるそうだ。

ならここにいる俺は誰なのか?明石は全てを教えてくれた。

俺はその遺体の一部から造った複製だという事。俺が三人目の複製だという事…。

前任の二人はどこにいるのか尋ねると、全て吹雪に殺されたそうだ。

これを読んでいる次の自分よ、悪い事は言わない、今すぐここから逃げろ。でなければ、いつ吹雪に処分されるか分からない。

 

この日記を読んだ次の自分が、俺と同じ末路にならない事を心から願う。

これから生まれてくるであろう…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『二週間後の 君へ』

 




前回は吹雪と無理心中でしたが、今回は提督だけ殺しちゃうオチに変更しました。この方が吹雪の怖さが引き立つかなと思いまして。





艦娘型録

提督 途中までは良かったんです。そう、途中までは…。最後で吹雪連れて行くの面倒だと思ったのが良くなかったんです。吹雪連れてくって言ってれば今頃は…。

吹雪 今回は上手くいくと思ったんだけど…。途中まで完璧だったし。まぁいいや、次行ってみよ~!

長門 吹雪って…こんな怖い奴だったっけ?フ、フフ…怖いぞ。陸奥、戻って来てくれ。わ、私一人じゃ…。

金剛 相変わらずブッキーはcrazyデ~ス!殺したら、また最初からやり直さないといけまセ~ン。でも、次こそは…。

比叡 あれ?お姉さま、昨晩どこへ行ってたんです?それに司令もいないみたいですけど…もしかして、また夜逃げしたんですか?

明石 みんな簡単に言うけどさ、結構大変なのよ?複製造るのって。それをホイホイ簡単に処分しちゃって。そりゃ、うっかり喋っちゃったのは反省してますけど…。

白雪 叢雲ちゃんの服、胸ブカブカだねって。

叢雲 はあっ!?


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二週間前から あなたを

楽しかったですねぇ…夢の様でした…

もう一度話したいなぁ…提督と…

そっか…修理すればいいのよ…
そういう提督に…すればいいんだ…




あの日、私はあの人に会いました。

慣れない事務手続きに手間取り、書類の束を落としてしまった時でした。

私に優しく手を差し伸べてくれた一人の男の人。

その人は何も言わず書類を拾って、私に手渡してくれました。

 

「はい、どうぞ」

 

「あ、ありがとう…ございます」

 

「悪いけど執務室の場所を教えてくれないかな。ここに来たの初めてで」

 

「は、はい。あの、あなたは…」

 

「あぁ、ここの提督さんは僕の先輩でね、今日は用事があってね」

 

「そ、そうなんですか!わ、私は駆逐艦で吹雪型1番艦の吹雪って言います!」

 

「君が吹雪さんか。話は聞いてるよ」

 

「え、わ、私の事をご存知で?」

 

「あぁ、先輩から聞いてるよ。叢雲と吹雪って言う元気な女の子がいるって」

 

「そ、そうだったんですか!あ、案内します。こちらです!」

 

「あはは、元気だなぁ」

 

〈女の子…〉

 

…これが、後に私の生涯の司令官となる人との出会いでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あの人よ吹雪」

 

あ、そうか。叢雲ちゃん、私があの人と面識あるの知らないんだっけ。

うふふ、ちょっと嬉しいかな。

あっ、こ、こっち来た!

髪は…うん、大丈夫。あ、スカートがまだ汚れてる!もう、こんな事なら叢雲ちゃんに付き合って演習なんてするんじゃなかった。

どうしよう、上手く話せるかな…。

 

「あ、吹雪ちゃん、久しぶりだね」

 

「ハイ、お久しぶりです!今日はどうしたんですか?」

 

「うん、今度鎮守府を任される事になってね。手続きの関係でちょっとね」

 

「そ、そうなんですか。おめでとうございます!」

 

「ありがとう。でもやる事は山積みだよ。秘書艦も選ばなきゃいけないしね」

 

「秘書艦…ですか」

 

「あぁ、最初に駆逐艦を秘書艦に選ばなきゃいけないみたいでね。…実は、ここの提督さんからは君と叢雲のどちらかがいいんじゃないかって言われててね」

 

「えっ?私と叢雲ちゃんを?」

 

「うん。よかったら考えてくれないかな」

 

「そっ、そんな…私なんか」

 

「ははっ、やっぱりこんな頼り無さそうな奴の秘書艦なんて嫌かな」

 

「そ、そんな事ありません!…ただ私より叢雲ちゃんの方が優秀ですし。私なんかが秘書艦になってもご迷惑なんじゃないかと…」

 

「う~ん、そんな事は無いと思うけど。まぁいいや。数日中には決まると思うから、ゆっくり考えておいてよ。じゃあね」

 

秘書艦かぁ。

私なんか叢雲ちゃんに比べればダメダメだし、選ばれるワケないよ…。

でも秘書艦になったら、あの人と新しい鎮守府に行くのかぁ。ちょっと興味あるな…。

 

 

 

「吹雪、あんたあいつの事知ってるの?」

 

「うん。前に来た時に少しお話ししたの」

 

「へぇ、そうなの。いい奴そうじゃない」

 

「うん!叢雲ちゃん、先行ってて。私もう一度演習してくる!」

 

「あ、ちょっと!…んもう、吹雪ったら」

 

 

 

 

 

 

吹雪か。

先輩が言ってたのと随分違うな。どっちかと言うと大人しいって聞いてたけど。

駆逐艦の娘は、皆恥ずかしがって近寄って来なかったけど、あの娘だけはやたら積極的だったな。

でも、そうか…。あの娘と叢雲のどっちか、か。

ここの提督の話だと、叢雲の方が何かと優秀だって聞いてるけど、顔見知りの方がやりやすいかな?

まぁ時間はある。明日までに決めるか…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「吹雪、昨夜の事知ってる?」

 

「昨夜?な、何かあったの?」

 

「ここの鎮守府に泥棒が入ったんですって」

 

「泥棒?」

 

「ええ。まぁ特に盗まれた物は無かったらしいけど、放火されたらしいの」

 

「放火?ど、どうして?」

 

「そんなの知らないわよ。大方、盗む物が無くて腹いせに火をつけたんじゃないかって話よ」

 

「こ、怖いね叢雲ちゃん」

 

「あんた艦娘でしょ?シャキッとしなさいよ。…でも、何だってこんな所に泥棒に入ったのかしらね。金目の物なんてあるワケないのに」

 

「そうだよね。間違って入っちゃったのかな?」

 

「それにしたって間抜けよね。ここ鎮守府よ?銃を持った軍の人や私達艦娘がいるのに。下手したら命が無いわ。まぁ書類の一部が焼けただけで済んだらしいけど」

 

「そうなんだ。…今日はしっかり戸締まりしなきゃ」

 

「何言ってるのよ。私達艦娘よ?もし泥棒が来たら逆にふん捕まえてやるわよ!」

 

「はは、頼もしいな叢雲ちゃんは」

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ?わ、私を秘書艦に…?」

 

「うん、彼は君に秘書艦をしてほしいそうだ。嫌なら叢雲に頼むが、どうする?」

 

「い、嫌じゃありませんけど…。私で大丈夫かな」

 

「大丈夫だよ。もっと自信を持ちなさい。彼は私の後輩だからね。力になってあげてくれ」

 

「は、はい。吹雪、頑張ります!」

 

 

 

 

わ、私があの人の秘書艦?

ひゃ~嘘みたいだよ~。

そ、それは成れたらいいな~なんて思ってたけど、絶対に叢雲ちゃんが選ばれると思ってたのに。

どうしよう、上手くやれるかなぁ?

新しい鎮守府の人とも仲良くなれるかな。

…頑張らなきゃ!

 

 

 

 

 

昨夜の泥棒騒ぎは驚いたな。

まさか軍事施設に泥棒が入るなんて。

資料室が荒らされたって聞いたけど、金目の物なんかないだろうに。

秘書艦には叢雲って書いた書類も燃えたそうだが。

先輩にどっちにするって書いたんだって聞かれて、やっぱり顔見知りの吹雪でいいかと思って吹雪と答えたけど…。

うん、まぁいいか。吹雪となら上手くやっていけるだろ。

 

あぁそう言えば先輩も妙な事言ってたな。ここ軍の施設だし、犯人はどうやって忍び込んだんだって。言われてみればそうだな。

おかしな事もあるもんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「あなたが新しい提督か。私はここの艦娘達の代表の長門だ。よろしく頼む」

 

「同じく、高速戦艦の金剛デ~ス!ヨロシクお願いしマ~ス!」

 

「あ、あぁ。よろしく頼むよ」

 

「その娘は…?駆逐艦らしいが」

 

「あぁ、秘書艦の吹雪だ。仲良くしてやってくれ」

 

「は、初めまして!特型駆逐艦の吹雪です。よろしくお願いします!」

 

「ははっ、元気だな。よろしく頼む。分からない事があったら聞いてくれ」

 

「そんな畏まらなくても大丈夫ネ~。でも長門はアナタみたいな小さい娘が大好きだから、気を付けた方がいいカモネ~♪」

 

「えっ?そ、そうなんです…か?」

 

「こ、金剛っ!ち、違うぞ吹雪。そんなイヤらしい意味では無い!私は駆逐艦の娘達が、あの小さな身体で健気に頑張ってる姿を応援したいと思ってるだけで…。

 

「提督、何故そんな目で私を見る?ふ、吹雪、どうして距離を取るんだ?」

 

「oh~。吹雪、入渠は別々にした方がいいヨ」

 

「…そうします」

 

「な、何故だ?吹雪!?」

 

「長門、ヨダレ出てるヨ」

 

「~っ!!」

 

「さ、テイトク。ワタシが案内するヨ~♪」

 

「お、おい金剛。引っ張らないでも」

 

「ま、待って下さい司令官!」

 

「待ってくれ吹雪!」

 

 

 

 

 

 

 

 

ここが新しい鎮守府かぁ。

上手くやれるか心配だったけど、皆いい人そうで良かった。金剛さんや工廠の明石さんも優しそうだし。…もちろん長門さんも。

同じ駆逐艦の睦月ちゃんや夕立ちゃんとも仲良くなれたし、何とかやっていけそう。叢雲ちゃん、元気かな?

私は大丈夫だよ。お互い頑張ろうね!

 

 

 

 

 

上手くやっていけるか心配だったが、幸先は悪くなさそうだ。

長門も頼りになりそうだし、金剛も俺の事を気にいってくれたみたいだ。ただ、妙にスキンシップが激しい気がするが…。いかんいかん、何を考えてるんだ。

吹雪の奴も早速友達が出来たみたいだし、このまま何事も無ければいいんだが。

 

 

 

 

 

「吹雪、新しい仲間はどうだ?上手くやってるか?」

 

「ハイ!皆さんとっても優しいし、睦月ちゃんや夕立ちゃんとも友達になりました。司令官は大丈夫ですか?」

 

「あぁ。だが覚える事が山積みでね。もう3日も風呂入ってないよ」

 

「あの…司令官。良ければ身の回りのお世話も…しましょうか?」

 

「え?いや、吹雪も毎日演習でクタクタだろう。悪いよ」

 

「大丈夫です!最近は慣れてきましたから、そんなに疲れません。それよりも司令官の方が顔に疲れが出てますよ。お願いです、私にできる事ならさせて下さい」

 

「そ、そうか?じゃあこれ、俺の部屋の鍵だ。すまないが片付けだけでもお願いできるかな」

 

「ハイ!あ、これからは夕御飯は私が作ります!一緒に食べましょう!」

 

「いや、毎日は流石に大変だろう。暇な時だけでいいけど…とりあえず今日は甘えさせてもらうかな」

 

「ハイ、任せて下さいっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここが司令官の部屋かぁ。

ふふっ、もうこんなに散らかして。しょうがないんだから。

シャツも脱ぎっ放し。もう、男の人って皆こうなのかな。私がしっかりしないと!

資料もキチンと纏めておいてっと。これで良し!これからは私が掃除しなきゃ駄目ね。

あ、そうだ。後で明石さんに合鍵作ってもらおっと♪

 

 

 

 

 

 

 

 

早速、吹雪が片付けてくれたのか。

足の踏み場も無かった部屋が見違える様だ。

書類も揃えてくれたのか。マメだな。

あまり、吹雪には迷惑は掛けられないな。できるだけ自分でする様にしなきゃな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

司令官、私の料理美味しいって言ってくれるかな。

ふふっ、美味しいって言ってくれた。やっぱり司令官は優しいなぁ。司令官のシャツも私が洗うって言ったら喜んでくれたし。今度、間宮さんに料理教えてもらおっと。

もっともっと美味しい物食べてもらわなきゃ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

吹雪が料理を作ってくれたのは嬉しいが…。正直美味くはなかったな。ここには間宮さんもいるし、吹雪は訓練に専念しなさいと言っておいたが、上手く伝わっていると良いが。

そう言えばシャツが数枚無いな。もしかして吹雪の奴が洗濯にでも持っていったのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

「吹雪、あまり調子が良くなさそうだが…どうしたのだ?」

 

「あ、長門さん。はい、私あまり実戦に出た事が無いもので…。睦月ちゃんや夕立ちゃんに比べると、まだまだ練度が、その…」

 

「そうか。まぁこればかりは経験を積むしかないからな。頑張る事だ。…それはそうと吹雪よ。提督は私について何か言ってなかったか?」

 

「え?特に何も…。どうかしたんですか?」

 

「い、いや。最近はほとんど出番が無いものでな。少々退屈しているのだ。まさかとは思うが提督に嫌われている…などと言う事はないだろうか」

 

「だ、大丈夫ですよ。司令官は長門さんの事は頼りにしてますし、そんな事はないと思いますよ」

 

「う、うむ。だと良いのだが」

 

 

 

 

 

 

「司令官は、その、長門さんの事はどう思ってます?」

 

「どうしたんだ急に」

 

「あ、いえ。最近長門さん出番が無いので、もしかして司令官に嫌われているんじゃないかって落ち込んでたものですから」

 

「そうか…。ただ今の所、大きな作戦も無いからな。悪いがもう少し先になりそうだ」

 

「そうですか。…因みに長門さんの事…司令官はどう思って…」

 

「え、そりゃあ頼りになる…良い奴だと思うよ。他の皆を引っ張っていくリーダーって感じで。…ただ直情傾向なのは玉に瑕かな」

 

「そ、そうですか。はい、私もそう思います」

 

「…まぁ俺は吹雪が一番頼りになると思ってるけど」

 

「…なっ、何を言ってるんです司令官!もう///」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長門さんは、最初は怖かったけどとても良い人だな。強くて頼りになるし。戦っている所は見た事ないけど、きっと凄く強いんだろうな。司令官も頼りにしてるみたいだし。

でも、司令官は私を一番頼りにしてるって…。

私が一番大事だって言ってくれた。

もう、恥ずかしいな…///

長門さんの方が役に立つのに。

司令官の期待に応える為にも頑張らなきゃ!

 

 

 

 

 

 

「夕立ちゃん、最近の吹雪ちゃん凄いね」

 

「うん、何か凄い気合い入ってるっぽい」

 

 

 

 

 

「いよいよ私の出番か。胸が熱いな」

 

「あぁ。期待してるぞ長門」

 

「フッ、任せておけ」

 

 

 

 

「長門さん、嬉しそうですね」

 

「あぁ。やっと出撃させてやれて俺も嬉しいんだが…」

 

「…?」

 

「頼りになるんだが、その分燃費がな…。色々削らなきゃならない。頭が痛いよ」

 

「あはは、長門さんは戦艦ですから。仕方ないですよ」

 

「あぁ。今日は徹夜になりそうだ。吹雪、今日は先に休みなさい」

 

「え、でも…分かりました。じゃあ」

 

「ああ」

 

 

 

 

 

 

 

司令官はああ言ってくれたけど、秘書艦の私だけが休む訳にはいかないよね。

うん、そうだよ!

よ~し、また司令官の部屋のお掃除してご飯作ってあげよっと。

あ、また散らかってる。んもう、この間片したばっかりなのに。司令官って意外とだらしないんだから。これからは毎日来なきゃ駄目ね!

あ、この棚、鍵掛かって…あ、開いちゃった!

大事な資料なのかな…。み、見ちゃマズいよね?

で、でも気が付いたら開いてたし…。で、できるだけ見ない様に…っと。

うわぁ…皆の事一杯書いてある。こっちはお金の事かな。

これは…司令官の事が書いてある!

勝手に見ちゃ駄目だけど…私と司令官の仲だもん。ちょっとだけ…ちょっとだけなら司令官、怒ったりしないよね?

へ~、ふんふん、成る程…。

はっ!駄目よ吹雪、この位にしないと。

ちゃんと戻してっと。

よしっ。うん、綺麗になった!

ふふっ、司令官喜んでくれるといいな♪

あ、これ司令官の使ってるペンかな。

…いつもこれで書類書いてるのかな。

 

 

 

 

 

 

…うん?

部屋が片付いて…。もしかして吹雪の奴か?

だがおかしいな。鍵は俺が持ってるから、入れる訳ないんだが。どうなってるんだ?閉め忘れたっけ。

まぁいい。身の回りの事をやってくれるのは助かる。

あれ、ここに置いてあったペンはどこに行ったんだ?

吹雪の奴、片付けてくれるのはありがたいが、どこに置いたかも分かると嬉しいな。

 

 

 

 

 

 

 

「ヘ~イテイトクゥ~!ティータイムにしまショ~♪…って、アレ?ヘイ、吹雪(ブッキー)。テイトクは?」

 

「(ブッキー?)あ、金剛さん。提督なら用があるとかでさっき出掛けましたけど。夕方戻るそうです」

 

「オ~そうデスか。せっかくテイトクの為に新しい紅茶持ってきたのに…。残念デ~ス」

 

「…あ、良ければ私が渡しておきましょうか?」

 

「う~ん。そうデスね。じゃあお願いします。テイトクに私が来たって伝えて下サ~イ」

 

「分かりました」

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?司令官、夕方まで戻らないんじゃあ」

 

「あぁ、その筈だったんだが、明石の用事が思ったより早く終わってな。…誰か来た?」

 

「…いえ、誰も。良ければ紅茶でも淹れましょうか?」

 

「ん~、じゃあ頼もうかな」

 

「はい!」

 

「ははっ、吹雪は気が利くな。いいお嫁さんになるぞ、なんてな♪」

 

「も、もうっ!司令官ったら///」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、吹雪ちゃん。工廠に来るなんて珍しいね。何か用事?」

 

「あ、はい。明石さんから要望が出た件に付いて、これを渡してきてくれと」

 

「あ、ちゃんと考えてくれたんだ。どれどれ…ふ~ん、成る程ねぇ」

 

「あ、あの明石さん。何か司令官にお願いしたんですか?…あ、あの、もし良ければ知りたいかな~なんて」

 

「ん?まあ別に隠す事でも無いかな。ハイ」

 

「…高速…修復剤の…人間に対する応用?」

 

「うん、実は前に金剛さんが『テイトクは私と違って人間ですカラ、怪我でもしたら大変デ~ス!』って言ってたの聞いて思い付いたんだ。私達艦娘みたいに人間でも傷がすぐ治せる薬作れないかなって」

 

「そ、そんな事できるんですか!?」

 

「う~ん。理論的には可能だって思ってるんだ。ただ戦力には何の関係も無いからね」

 

「す、凄いですね明石さん!」

 

「アハハ、ありがと…まぁ個人的な研究がしたいってのが本音なんだけどね。私も今の提督気に入ってるしさ、万が一提督に何かあったらって思ってね。

 

「あ、そうだ。吹雪ちゃんからも提督に頼んでみてくれないかな。どうもこの報告書だと、提督さんあまり乗り気じゃないみたいで」

 

「…それって、司令官の為なんですよね?」

 

「もちろん!提督に何かあったら嫌でしょ?特に吹雪ちゃんは?」

 

「えっ?な、何で…///」

 

「ふふっ、顔に書いてあるわよ。まるで金剛さんみたいに」

 

「も、もうっ!明石さんったら…///」

 

「とにかく一回言ってみて?吹雪ちゃんが言えば考え変わるかも」

 

「…そうですね、聞いてみます!」

 

「お願いね~♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

「司令官、明石さんの実験には…反対なんですか?」

 

「個人的には興味あるよ。ただそれが戦力に何の影響があるのかってなると、OKは出せないだろ?」

 

「まぁ、そうですよね。…でも明石さんも金剛さんも心配なんですよ!司令官に何かあったらって…」

 

「気持ちは嬉しいよ。でも仮に俺に何かあっても代わりの提督なんて幾らでも「司令官の代わりなんていません!」

 

「吹雪?」

 

「あっ、す、すいません。…でも、そんな事言わないで下さい。私にとって司令官はたった一人です。司令官の代わりなんていないんです」

 

「…ありがとう。でも心配の必要も無いんじゃないか?」

 

「どうしてです?」

 

「吹雪がいるじゃないか。吹雪だけじゃない、長門や金剛も。俺の事守ってくれるんだろう?」

 

「もっ、もちろんですっ!司令官は私がお守りしますっ!」

 

「ははっ、俺は幸せだよ。こんな可愛い娘にそんな事言ってもらえて。本当は男の俺のセリフだけどね」

 

「そ、そんな…///」

 

「まぁそんな訳だ。明石には吹雪の方からも言っておいてくれ」

 

「…はい」

 

 

 

 

 

 

 

明石か。

妙な実験をしてるから何かと思えば、人間を治す薬か。確かにそんな物が出来れば凄いが、人間は艦娘とは違う。できるとは思えない。

それに何だってそんな物作ろうなんて考えたんだ?

傷を治す?俺に何かするつもりなのか?まさか反乱?

…いや、よそう。あいつらは良くやってる。俺に何かするなんて考えられない。そんな事する理由がない。

その割には吹雪も乗り気だったな。

 

…まさか、な。

 

 

 

 

 

 

 

司令官、何で反対するんだろう。明石さんの実験が上手くいけば何かあっても安心なのに。そりゃあ私がいる限り深海棲艦に指一本触れさせたりはしないけど、万が一って事もあるし。

それにしても…。

フフッ、ウフフッ…。

『吹雪に俺を守ってほしい』だなんて…

そ、そんな面と向かって言われたら照れちゃいますよ///

大丈夫ですよ司令官。

司令官の気持ち、私、解ってますから!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「He~yテイトクゥ、Breakfastにしようヨ~!」

 

「うん、ありがとう金剛…って、カレー?ま、まさか作ったのは」

 

「No problemネ~。比叡じゃなくて今日はワタシが作ったヨ~♪」

 

「そ、そうか」

 

「でも意外だな。金剛って料理もできるんだな」

 

「そ、そんなに上手くはないケド…。で、でも、テイトクがワタシの手料理食べたいなら、もっと頑張りマスヨ?」

 

「それは嬉しいな。こんなに美人に作ってもらえるなんて、俺は幸せ者だよ」

 

「ッ…!ンモ~ッ、テイトクったらぁ!誉めたって何も出ないヨ~///」

 

 

 

 

 

 

 

 

司令官、楽しそうだな。

私の料理食べてる時はあんな笑顔してくれないのに。

もしかして司令官、私より金剛さんの方が好きなのかな…。

何言ってるんだろ私。司令官が誰を好きになってもいいじゃない。司令官が選ぶ事だもの。

わ、私には…関係…無いのに。

じゃあ何で…

何でこんなに心がチクチクするのかな。

 

何でだろう…。

 

 

 

 

 

 

 

 

「テイトク~!今帰ったヨ~!」

 

「お帰り金剛。話は聞いてるよ、MVPだったそうだな、おめでとう」

 

「ミンナのお陰ダヨ~。長門もブッキーも頑張ってるヨ」

 

「そんな金剛にプレゼント…って訳でもないんだが、もしケッコン指輪を渡したいと言ったら…どうする?」

 

「へ?…テ、テイトクッ?そ、それって…」

 

「うん、もし良かったら、だが、その…うわっ!」

 

「もちろんっ…もちろんデスッ!テイトクッ!テイトクゥッ!」

 

「く、苦しいっ!わ、分かったから金剛っ!く、苦しっ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……。

やっぱり司令官、金剛さんの事が好きなのかな。

そ、そうだよね、私みたいな子供と違って、金剛さん、大人っぽいし、とっても綺麗だし…。

アハハッ!私なんかよりとってもお似合いだよね!

…私なんか相手にされるわけないよね。

私は只の初期艦、一緒にこの鎮守府に来ただけ。皆さんよりちょっとだけ司令官と一緒にいた時間が多いだけ。

そうよ、だから勘違いしちゃったのよ。

もう、私ったらそそっかしいんだから。叢雲ちゃんがいたら笑われちゃうよ。

少し残念だけど…うん!司令官と金剛さん、とってもお似合いだよ!

私も歓迎してあげなきゃ!

 

 

 

 

 

 

 

「司令官、金剛さんとケッコンするんですか?」

 

「ん、金剛から聞いたのか?…あぁ本当だ」

 

「どうして…どうして金剛さんだったんですか?」

 

「どうしてって…。何も本当に夫婦になる訳じゃないんだ。大本営からの説明では、力を大幅に強化する為だと聞いている。金剛はうちのエースだし適任だと思ったからだよ」

 

「…じゃあ、金剛さんの事は、何とも思ってないんですね?」

 

「何ともって…。正直、可愛いとは思ってるよ。あんな娘に慕われて男なら誰だって嬉しいんじゃないかな」

 

「私は、どう思ってます?」

 

「吹雪だって大事に思ってるよ。何しろ右も左も分からない俺に着いて来てくれた初めての初期艦だし…」

 

「…私にケッコン指輪、頂けませんか?」

 

「吹雪?いや、吹雪にはまだ早いだろう…」

 

「さっき司令官言いましたよね。あくまで力を強化する為で本当にケッコンする訳じゃないって。だったら誰でも…例え金剛さんじゃなくてもいいと思うんです。…この私でも」

 

「吹雪、どうしたんだ急に?」

 

「司令官。私、司令官さんの初期艦です。まだ不馴れな司令官さんとここに来て、司令官さんの任務をこなせる様に一杯頑張ってます。他の娘にも司令官さんの事、理解して貰える様に一生懸命説明してます。

 

「だから…もし指輪を贈るなら、私が一番じゃなきゃおかしいと思うんです…」

 

「ふ、吹雪?…そう言われると返す言葉も無いが、その…あれだ。指輪は何も一人にしか渡しちゃいけない訳じゃないんだ。だ、だから金剛の後は吹雪に…」

 

「司令官。ちゃんと私にも渡してくれるのは嬉しいです。…でも、最初に指輪を贈るって事は、誰を一番大事に思ってるかだと思うんです。私、一番最初に指輪が欲しいです…」

 

「…そうだな。すまない、そんなつもりじゃ無かったんだが。分かったよ吹雪。最初に指輪を贈るのは吹雪にするよ」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

「あぁ、本当だ」

 

「あ、ありがとうございます!私っ、司令官のお気持ちに応えられる様に頑張ります!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ひゃあ~っ、ど、どうしようっ!

司令官、私にケッコン指輪を渡したいなんて!

嬉しい、とっても嬉しいけど…少し怖いかな。

そりゃあ私が一番、司令官を慕っているって自信はあるけど、私よりも役に立つ娘は一杯いるし。

金剛さんを差し置いて、私なんかで大丈夫かなぁ。

それにしても…ふふっ。

金剛さんより先に、私に渡したいだなんて…。

やっぱり司令官、私の事を一番大事に思ってくれてるんだなぁ。

も、もうっ。やだなぁ私ったら!

司令官も言ってたじゃない。あくまで力を強化する為だって!

だから特別な意味なんて無いの!

べ、別に司令官が私の事を好きだとか…そんな意味じゃないんだから!

でも、もしそうだとしたら…ちょっと嬉しいかな。エヘヘッ♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日の吹雪は何かおかしかったな。

それに、やたらケッコン指輪に拘っていたが。妙な迫力があったな。思わず指輪を渡すと約束してしまった。

確かに金剛に指輪を贈るのは、全く私情が無いとは言えないが。もしかして吹雪の奴、嫉妬しているのか?

…それに、最近部屋の物の置場所が微妙にずれている気がする。いつも適当に置いてはいるが、置いた覚えの無い場所にあったり。

執務室の机の中もどうも見られている気がする。俺はそんなに神経質に揃えたりするタイプじゃない。なのに、書類が綺麗に整理されている。

鍵が掛かっている戸棚も明らかに開けた形跡がある。鍵は俺が持っているから開けられる筈が無いのに。

考え過ぎかもしれないが、吹雪の仕業じゃあ…。あいつがそんな事するとは思えないが今日の吹雪を見ると、怪しくなってきたな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こ、金剛さんっ!ごめんなさいっ!」

 

「Oh~、ブッキー、何の事デスか?」

 

「そ、その司令官、金剛さんにケッコン指輪渡す筈だったのに、先に私が貰う事になっちゃって…」

 

「ふふっ、気にシテないヨ~。…まぁ悲シクないと言えバ嘘になりマスが…。ブッキーなら仕方ないヨ。テイトクと一番ステディなのはブッキーだもんネ!」

 

「す、すみませんっ!私なんかより金剛さんが相応しいって言ったんですが…」

 

「そんな顔しないで下サ~イ!それにワタシ、返って燃えてきまシタ!ワタシ、もっともっとテイトクとステディになってみせマ~ス!そしてテイトク、ワタシと本当にケッコンして…キャ~ッ///」

 

「あはは…。ま、負けられませんね」

 

 

 

 

 

 

 

 

「それは本当か、提督?」

 

「あぁ。今日吹雪が遠征の時に確認してもらった」

 

「この海域はもう解放済みだが、そんな一大戦力が集結を…俄には信じられんな」

 

「俺もそう思いたい。仮に本当だとして、この鎮守府の戦力で支えられない訳では無いが、正直厳しいだろう」

 

「…解った。皆にも警戒する様に伝えておこう。…ところで提督よ。吹雪にケ、ケッコン指輪を贈ると言うのは本当か?」

 

「吹雪から聞いたのか?…まぁそうなった。吹雪とは一番付き合いが長いしな」

 

「そうなのか。最近の吹雪はやけに機嫌が良いと思ってな。そんな理由なら仕方あるまい。…そうか、そうなのか」

 

「…長門、少し先になるが、おまえにも指輪を受け取ってほしいと言ったら、受け取ってくれるか?」

 

「いや、私は別に…」

 

「長門。おまえには色々助けてもらっている。不馴れな俺に変わって皆を纏めてもらっているし、本当に感謝しているんだ。それに、もし吹雪や金剛がいなかったら、俺は長門、最初におまえに指輪を贈っていたかもしれない。どうだろう?」

 

「…そ、そこまで言われては断る理由は無いな。解った。喜んで受け取ろう。だ、だが勘違いするなよ!私はあくまで戦力の向上の為に受け取るのだ。べ、別に提督の事を、あ、いやっ、提督が嫌いと言う事ではないのだ!」

 

「ははっ、解ってるよ。それで充分だ」

 

「う、うむ。…ところでだな。次の偵察任務、吹雪達だけでは危険だと思うのだ。そこで「却下する」

 

「な!まだ最後まで言ってないだろう!」

 

「長門の口車に乗らない様、駆逐艦にも言っておく」

 

「て、提督っ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「司令官、さっきの作戦の説明ですが…」

 

「どうしたんだ吹雪。何か解らない事でも?」

 

「いえ、編成は問題無いと思います!ただ…私だけでも鎮守府に残った方がいいと思いまして」

 

「…何故?」

 

「その…確かに今回の敵の戦力では総力戦になると思います。でも、そうなると鎮守府には明石さん位しか残りません。そうなると誰が司令官をお守りするんです?」

 

「…言いたい事は解る。だが、その心配はしなくてもいい」

 

「え、何でです?」

 

「仮に守りを突破されると言う事はおまえ達が破れると言う事だ。俺はそうはならないとおまえ達を信頼してる。それにもしそうなったらそれまでだ。俺もおまえ達の後を追うよ」

 

「そ、そんな事させません!司令官は私が守ってみせます!でも、やっぱり私だけでも残った方が良いと思います。お願いです。私だけでも残る許可を下さい!」

 

「吹雪、気持ちは嬉しいがその必要は…」

 

「私はただ司令官の事が心配なだけです!司令官は私に言ってくれましたよね。俺を守ってほしいって。だからそうしてるんです。その為には司令官の側にいなきゃ駄目なんです!どうして…どうして解ってくれないんですか!?」

 

「…吹雪。この際だから俺も言わせてもらうが、最近のおまえの行動は少々目に余る。俺の部屋に勝手に出入りしている位なら可愛げもあるが、執務室の書類も鍵を開けて勝手に漁っているだろう。

 

「それだけじゃない。長門や金剛から聞く話とおまえから聞く話では、若干食い違う事がある。おまえに指輪を贈る話も、金剛には俺がどうしても一番最初に渡したいと言ったそうだが…」

 

「そ、それは…その」

 

「吹雪、正直言うと、俺はおまえの事が解らなくなってきている」

 

「…何でです」

 

「…吹雪?」

 

「司令官、私の事が一番大事だって言ったじゃないですか。だから私もその期待に応えようと思ってるだけです。

 

「…なのに、どうしてそんな酷い事言うんです。私が間違った事をしてるとでも言うんですか?」

 

「…吹雪、やはり指輪の件は無かった事にしてくれ」

 

「司令官!」

 

「吹雪、今の俺はおまえを信用できないでいる。暫く考える時間…ふっ、吹雪っ!」

 

「冗談は止めて下さい司令官。私の言った事が気に触ったのなら謝ります。でも、指輪を渡さないなんて、いくら司令官でもそんな冗談は許せません…!」

 

「ふ、吹雪っ!腕を離すんだ。ぐっ!」

 

「あれは…指輪は、司令官が私に対する気持ちを形にした物なんです。それをやめると言う事は、私に対する気持ちが嘘だったと言う事です。

 

「司令官、私の事を好きだって言ったのは……嘘だったんですか?」

 

「吹雪っ!おまえを大事に思っているとは言ったが、それはそんな意味じゃない!くっ!」

 

「きゃあっ!」

 

「わ、悪い。だがおまえも悪いんだ。今日はもう下がるんだ。明日に備えなさい」

 

「…司令官」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうしたんだろう、今日の司令官…。

何かイライラしてたみたい。

私、何か司令官を怒らせる様な事しちゃったかな…。

それに、私に指輪を渡すのを止めるだなんて…!!

どうして…何でです?

もしかしたら私の事、嫌いになっちゃったのかな。

やっぱり私なんかより、金剛さんの方が好きなのかな。

だとしたら、私どうしたらいいんだろう。

 

叢雲ちゃん、私、司令官が何を考えてるのか解らないよ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やはり吹雪はおかしい。

今日の吹雪は普通じゃなかった。あんな顔の吹雪は初めて見た。指輪を渡すのは、やはり止めにした方が良さそうだ。

指輪を渡さなきゃ、俺を殺さんばかりの勢いだった。

まさか金剛や長門達も、もしかしたら吹雪みたいになるんだろうか。考えたくもない…。

 

…俺を殺す?

そう言えば明石が作りたがっていた薬。確か人間を治す薬だったな。そんな物作って何をするつもりだ?

そう言えば吹雪の奴も賛成していたな。

…まさか、いや俺に何かをしようとしているから作ろうとしているんじゃないのか?

俺を…本気で俺を殺す気なのか?

指輪を渡さない、たったそれだけの理由で…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「第一艦隊、出撃する!」

 

「テイトク~、私も行くネ!大丈夫。皆、私が倒しちゃいマ~ス!だから帰ってきたら…ムフフッ///」

 

「司令官、では行って参ります」

 

「…あぁ。頼む」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あぁは言ったものの、やっぱり心配だよ。

もし私達に何かあったら、司令官が危ないもん。

で、でも目の前の敵に集中しなきゃ。私達が勝てば司令官には何も起きないんだから。

それに、司令官もきっと考え直してくれるかも。

こんな頼りになる私にあんな酷い事を言ってごめんって。

やっぱり指輪を渡すのは吹雪しかいないって……!

そうよ、きっと上手く行くよ。頑張るのよ吹雪!

司令官…私に力を貸して下さいっ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この戦いが終われば当面の危機は回避できる。

暫くは大きな戦闘も無くなる筈だ。そうなれば指輪を渡してまで戦わなきゃいけない事態は無いだろう。

金剛には悪いが、吹雪にもこれを理由に断るとしよう。

…艦娘と言うのは、皆あぁなんだろうか。恐ろしく執着心が強いと言うか…。吹雪のあの変わり様を見ると、金剛も信じられなくなってきた。いや、金剛だけじゃない。長門も、明石も…。

 

明石か。

そう言えば明石とは、ほとんど話していないな。

あの明石迄があぁだとは思わないが…。良い機会だ。少し話をしてみるのもいいかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「吹雪、前に出過ぎだ!!」

 

「で、でも長門さんや金剛さんばかりに辛い思いはさせられません!」

 

「ヘイ、ブッキー!ワタシ達は戦艦デス!なめてもらっちゃ困るネ!」

 

「金剛の言う通りだ。おまえは…うああっ!!」

 

「な、長門さんっ!」

 

「ナガトッ!」

 

「だ、大丈夫だ!それより抜かせるなっ!ここを突破されたら鎮守府は丸裸だぞ!」

 

「で、でもワタシ達はここを動けませンッ!」

 

「吹雪っ!おまえ達駆逐艦だけでも後を追えっ!鎮守府に着く前に倒すんだっ!」

 

「はっ、はいっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督さん、どうしたんですか?こんな所に」

 

「いや、あまり明石と話す機会も無かったと思って…。ところで、このプールみたいのは何だ?まさか前に言っていた…」

 

「あ、はい、そうです。…提督さんに言われて研究は止まってますけど」

 

「そうか…。その、一つ聞きたいんだが。何だってこんな物を作ろうとしたんだ?」

 

「それは提督さんの身を案じて…」

 

「…」

 

「…分かりました。私も少し本音でお話します。まずこれは提督さんの事を思って…これは本当です。提督さんは、恐らく吹雪ちゃんを見て私や皆に何か違和感を感じてるんじゃないですか?」

 

「…何故そこで吹雪の名が出てくる?」

 

「吹雪ちゃんは私から見ても、提督さんへの執着が強いと思いますからね。これは金剛さんや長門さん、私達艦娘なら誰でも起こり得る事なんです。…もちろん私もです」

 

「…」

 

「私はこれを”艦娘症候群“と呼んでます」

 

「艦娘…症候群?」

 

「私達艦娘は元は船でした。恐らくそれが起因しているんだと思いますが…船は人を乗せるのを前提に造られています。つまり私達は自分を乗せる人間がいないと完成しないんです。

 

「私達は人の姿を得ましたが、絶えず本能で自分を乗せる人間、いわばパートナーを探し続けています。そしてそれは色んな形で現れます。

 

「金剛さんは提督さんと一緒にいたい。吹雪ちゃんは自分だけを見てほしい…。私は…言うまでもありませんね。この薬がそうです」

 

「だが、長門はそんな事は…」

 

「ふふっ、長門さんも私から見たら同じです。提督さんに褒めてもらいたいってね。気付いていませんか?」

 

「…」

 

「でも、これは単なる愛情表現みたいなものですから、問題はありません。ただ、ある条件で発病します」

 

「条件?」

 

「はい。これは私の推論ですが…やっと手に入れたパートナーを失いそうになった時です」

 

「…もし、そのパートナーとやらを失いそうになった時、どうなるんだ?」

 

「あぁ、誤解しないで下さい!別に危害を加えるとかはありませんから!それじゃ本末転倒ですからね。…ただ、強くなるだけです…って、きゃああっ!」

 

「な、何だっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「吹雪ちゃん、追い付いたっぽい!」

 

「見て、明石さんの工廠が!?」

 

「夕立ちゃん、睦月ちゃん!飛ばすよっ!」

 

「あっ、吹雪ちゃんっ!」

 

「ま、待ってっ!」

 

 

明石さんの工廠があんなにっ…。明石さん大丈夫かな。無事逃げられたかな?

大丈夫っ。司令官は大丈夫っ!私が着くまで大丈夫っ!

待っていて下さいね司令官っ!

吹雪はどんな事をしても…例えここで沈んでも必ず司令官を守ってみせますっ!!

だから、それまでっ…

 

 

 

 

 

 

 

「えっ、ここにも敵がっ?て、提督さんは逃げて下さいっ!後は私がっ!」

 

「なっ、無茶だ明石!駆逐に潜水だけとは言え…十体はいるぞ!」

 

「わ、私も艦娘ですっ!こ、この位っ…」

 

「駄目だ!ひとまず退くんだ!港には待機している連中が何人かいる筈だ、そいつらと合流するんだ!」

 

「わ、分かりまし…あっ、ふ、吹雪ちゃん?」

 

「何っ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「司令官っ!どうしてこんな所に!?」

 

「吹雪ちゃんっ!私と夕立ちゃんが引き付けるから提督さんを!」

 

「う、うん、分かった!」

 

 

 

 

 

どいてどいてっ…。

どいてよおっ!

私の司令官を傷付ける奴は、一人残らず沈めてやるっ!!

後一人っ!このこのっ!沈めぇっ!!

やったぁっ!

た、倒しましたよ司令官っ!

怪我は無いですかっ?今、行きますよ!

 

 

 

 

 

 

 

「て、提督さんっ!私も加勢した方が…」

 

「いや、ここは吹雪達に任せて港に行くんだ!」

 

「で、でも…」

 

 

 

 

 

 

 

司令官っ?

ど、どうして逃げるんですかっ?

待って下さい!待ってっ!

私から離れたら危険ですっ!

あ、明石さんっ!何で司令官と一緒に逃げるんですかっ?

何で…何で?

…明石さんっ!?

まさか私から司令官を奪う気なんですかっ!

…させないっ!そんな事させないっ!

例え明石さんでも許さないっ!

司令官はっ…あの人は、わたしのモノだっっ!!

 

 

 

 

 

 

「ふ、吹雪ちゃん!提督は無事よっ!提督さん、敵は吹雪ちゃんが倒して…って、どうして逃げるんです!?」

 

「~ッッ!!」

 

 

 

 

 

 

な、何だあれはっ!あれが吹雪かっ?

何で俺を睨んでるんだっ?

俺は敵じゃないっ!何でだっ!?

本気で俺を殺す気なのかっ?

指輪を渡さないなんて言ったからかっ?

あ、明石は何故止まる?何故、吹雪の下へ行こうとするっ?あの顔が見えないのか?お、俺達を敵だと思っているんだぞっ!

ま、まさかっ…明石っ、おまえもグルなのかっ?

吹雪に俺を殺させるつもりなのかっ!?

じょ、冗談じゃないっ!

逃げてやるっ!おまえ達に殺されてたまるかっ!

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふ、吹雪ちゃん、何をっ!きゃあっ!!」

 

「明石さんっ!司令官をどうするつもりですかっ!?例え明石さんでもっ…!!」

 

「ち、違うわ吹雪ちゃん!私達は提督さんの指示で、一旦この場を…提督さんっ!外は危険…あっ!ふ、吹雪ちゃん、あそこっ!潜水カ級がまだっ…!!」

 

「えっ!?」

 

 

 

 

まだ敵が残ってっ…!

大丈夫っ、後一匹っ!

 

「く、来るなっ!」

 

大丈夫ですよ司令官っ!

今行きますっ!今すぐ私がそいつを倒してっ…。

敵は私に気付いてないっ!

この一撃でっ!当たっ…

 

「俺に近付くなっ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「吹雪っ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

え?

……

司令…官?

何で…何で私を?

 

何故…私から…逃げ…るの?

 

どうして…?

 

 

 

 

 

 

 

 

「吹雪ちゃん…吹雪ちゃんは、悪くないっぽい…」

 

「ごめんね。私達が敵を見逃しちゃったから…提督さんが…ううっ」

 

「夕立ちゃんも睦月ちゃんも悪くないよ。私が倒せなかったのが悪いんだよ…」

 

「吹雪ちゃん…」

 

「皆、先に帰ってて。私、明石さんにお話があるの。もしかしたら司令官、助かるかもしれないから」

 

「えっ?む、無理だよ!だって提督さん、もう息して…ひゃっ!」

 

「…」

 

「わ、分かった!先に行ってる。皆には私から知らせるっぽい」

 

「お願いね、夕立ちゃん」

 

 

 

 

 

 

「ふ、吹雪ちゃん、凄い怖い顔してた…」

 

「あんな吹雪、初めて見るっぽい…」

 

 

 

 

 

 

「明石さん、さっきはすみませんでした」

 

「い、いいのよ。吹雪ちゃんが来てくれなかったら私も危なかったし」

 

「…明石さん、お願いがあるんですが」

 

「提督さんの事でしょ?解ってるわ。提督さんがここにいたのは、ある意味運が良かったのかもね」

 

「じ、じゃあ、司令官は生き返るんですね!?」

 

「あ~、それなんだけど…。多分、吹雪ちゃんの考えと違うと思うのよ」

 

「…違う?どういう事です?司令官は…!」

 

「ま、まずハッキリ言うとね…司令官は生き返らないの」

 

「…」

 

「お、落ち着いてっ!私達艦娘は例え大破しても高速修復剤や入渠で元通りになるけど、人間がそんな状態になると死んでしまうの。今の提督さんが正にそうなの。

 

「だからね、私考えたのよ。治すんじゃなくて、新しく作ればいいんじゃないかって」

 

「新しく…作る?」

 

「そう。これなら例えどんな事があっても身体が残ってさえいれば何度でも作り治せるわ…ただ、前も言ったかもしれないけど、完全じゃないかもしれないの」

 

「完全じゃない…?」

 

「うん、まぁ身体自体は完璧に治す自信はあるわ。でも心と言うか…。もしかしたら私や吹雪ちゃんの事、忘れてるかもしれないわ」

 

「そ、そんなっ!」

 

「それでも…やってみる?」

 

「…司令官は…蘇るんですよね?」

 

「そこは保証するわ。ただ最低でも…2週間は掛かるけど。それでもいい?」

 

「…やりましょう!」

 

「ふふっ、そう来ると思ったわ。もし吹雪ちゃんが嫌がっても私が勝手にやったけどね」

 

「えっ?明石さんも…?」

 

「うん、まぁね。だからこんな実験してたの。もし何かあっても私が何とかしてあげようって…」

 

「明石さん…」

 

「吹雪ちゃん、もうそろそろ長門さん達も戻ってくるでしょ?説明はお願いね。まぁ長門さんと金剛さんは反対する事はないと思うけど…頼むわね」

 

「は、はいっ!」

 

 

 

 

 

吹雪ちゃんはもう手遅れね。完全に我を失ってるわ。…フフッ、まぁ私も人の事言えないけど♪

提督さん、私達がパートナーを失いそうになった時、どうなると思います?答えは簡単ですよ。

独占欲が強くなるんですよ。それこそ仲間や姉妹艦が眼中に無くなる程、強烈に。

私がこの薬を作ろうとしたのも、吹雪ちゃんにはあぁ言ったけど、もう一つ目的があるんです。もし提督さんに何かあったら治す名目で、提督さんを作り替えるつもりだったんです。今の私と同じ様に。

…私の事しか考えられない様に。

多分、実験は失敗するでしょうね。でも時間は幾らでもある。何回でもやり直せばいいだけ。

長門さんや金剛さん、吹雪ちゃんではなく、私を選んでくれる提督さんができるまで何回でも…

提督さん、あなたはもう逃げられないんです。例え死んだってね。何回でも黄泉から引きずり出してあげますよ。私達の誰かを選ぶまでね…

 

「フッ、フフッ…ウフフッ…クヒヒッ♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

司令官は死んでない!

帰ってくる!

きっと実験は上手く行きますっ!

だって、司令官と吹雪は結ばれる運命だもん!

あの日、私の前にあなたが現れた時、私には解りました。私はあなたの為に…あなたは私の為に生まれてきたんだって!

今回の事は何かの間違いなんですよ。

そう、きっとそう!

 

私には聞こえますよ、司令官の声が。

早く会いたいって…

私に…吹雪に会いたいって言ってるのが!!

今度は…今度は必ず添い遂げましょうね!

 

待ってて…待ってて下さいね、

司令官っ!!

 




一応前の話の前日譚になってます。
まさか吹雪で2回も話作るとは思ってませんでしたが、タイトル(のパロディ)思い付いたので、関連のある話にしてみました。
次の話は吹雪が異動した後の叢雲の話ですが、こっちの吹雪の事知ったらどんな顔するんやろ…。












艦娘型録

吹雪 自分の記憶を都合よく頭の中で改竄する、ちょっと困ったちゃん。鎮守府に泥棒が入ったと聞いた時も、その時自分は寝ていた事になっている。彼女の頭の中では。

長門 自尊心をくすぐると何でもやってくれるチョロイン。駆逐艦達には完全に見抜かれていた様で、上手く利用されていた。本命は暁型。

金剛 今回は提督と相思相愛の正統派ヒロイン扱い。明石の実験はかなり前から知っていた。彼女が準主役の話が内定している。May be…。

明石 予期せず前回の話同様、オチ担当に。まぁ話の展開上、多少はね?この後3回作り治すのは知っての通り。明石はザオリクを唱えた。

提督 疑心暗鬼に駆られた圭一君状態。吹雪の様子がおかしいなんて俺じゃなかったら見逃してるね!この後3回蘇る。おぉ提督よ、死んでしまうとは何事だ。

睦月 夜な夜な吹雪がいなくなったり、吹雪の私物が増えていくのを変には思ってた。吹雪が隠していた提督さんのシャツをクンカクンカしていたのは誰にも内緒。

夕立 朝じゃないよ!夕方だよ!

叢雲 吹雪とは同期。本来なら一緒にこっちに来る筈だった。頭に浮いてるファンネルのせいで龍田と姉妹説あり。


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ルーズレイン

「3人に勝てるわけないでしょ!」

「馬鹿野郎アンタ私は勝つわよアンタ!!」



〈やっと…やっと、この時が来たわ…〉

 

一人の艦娘が廊下を闊歩していた。それだけなら何の事もない。だが、もし誰かが彼女の顔を覗き込んだなら、その鬼気迫る表情に恐れおののくだろう。

 

〈この時をどれだけ待ったか。今…この時を逃したら、もうチャンスは無い…〉

 

〈そうよ、これは私の為じゃない…アイツの為。これは可哀想なアイツを救う為でもあるのよ。アイツだってきっと解ってくれるわ〉

 

彼女は廊下を曲がると、大きなドアの前で止まった。

 

〈落ち着きなさい、私。大丈夫よ…今なら邪魔者は居ない…誰も私を止める事は出来ないわ〉

 

〈待っててね司令官…私がアンタを救ってあげるわ…!〉

 

彼女は大きく深呼吸をすると、ドアを開けた。部屋の中に居た人物は、彼女に気付くと顔を上げた。

 

「ねぇ、ちょっといいかしら」

 

「ん…どうしたんだ?」

 

「少し…私に付き合ってもらうわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ…イヤだなぁ。帰りたい…」

 

鎮守府の廊下を一人の少女が歩いていた。黒い長髪に白いセーラー服を着た彼女は、一人気だるげに廊下を曲がった。

 

「あれ?もしかして…初雪ちゃん?」

 

廊下を曲がった先で一人の少女が声を掛けてきた。髪を両脇で結い、初雪と呼ばれた少女と同じセーラー服を着た少女は、目を見開いて驚くと次第に喜びの表情へと変わった。

 

「もしかして…吹雪ちゃんの代わりに来る娘って…キャッ!」

 

言い終わるよりも早く初雪と呼ばれた少女が彼女の胸の中に飛び込んで来た。

 

「ううっ…白雪ちゃん…!」

 

「どうしたの、そんな顔して」

 

「だって…ここ知ってる娘、誰もいないんだもん」

 

「大丈夫よ、これからは私と一緒に頑張ろうね。初雪ちゃん、司令官にご挨拶は?」

 

「…まだ」

 

「じゃあ一緒に…って言いたいけど、少し後がいいかな」

 

「…何で?」

 

「う、うん…その…今、叢雲ちゃんが…」

 

「ここ、叢雲ちゃんも居るの?」

 

「その…今は行かない方がいいかも」

 

「…?」

 

白雪が初雪から目を反らし言葉に詰まると、目の前の執務室から何やら言い争う様な声が聞こえてきた。

 

「あれ、あの声…もしかして叢雲ちゃん?」

 

「うん…」

 

不意に執務室のドアが開くと、一人の少女が怒鳴りながら出て来た。

 

「いいから私の言う通りにしなさい!いいわね!?全くもう…」

 

執務室から出て来た少女、水色の長髪に白いワンピースの様なセーラー服を着た彼女は目の前に立つ二人に気付いた。

 

「何よ、何見てるのよ…って、アンタ…もしかして初雪?」

 

「う、うん。久しぶり、叢雲ちゃん」

 

「久しぶりじゃない。元気してた?…そっか、吹雪の代わりってアンタだったのね。まぁせいぜい頑張りなさい」

 

叢雲は二人に手を振ると、膨れっ面のまま立ち去った。

 

「…もしかして叢雲ちゃん、司令官と仲悪いの?」

 

初雪は不安そうに白雪に尋ねた。

 

「う~ん、仲は悪くないんだけど…その…最近の叢雲ちゃん、ちょっとね…。そ、そんな事より司令官にご挨拶しなきゃ」

 

「う、うん」

 

白雪に手を引かれ、初雪は執務室の扉を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

吹雪型駆逐艦3番艦の初雪は、先日まで別の鎮守府に在席していた。

ある日この鎮守府に在席していた吹雪が異動になった事で、駆逐艦を何人か回してほしいと彼女の居た鎮守府に要請があった。結果同じ吹雪型の方が良いだろうという事になり、初雪に白羽の矢が立ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「初雪ったら。ホラ、シャキッとしなさいよ。これから演習よ」

 

「え?そ、そんなの聞いてないよ」

 

「私が司令官に掛け合ったのよ。ホラ、急ぎなさい!」

 

初雪がこの鎮守府に着任して一晩が過ぎた。

初雪は同じ吹雪型の部屋で叢雲や白雪らと一夜を過ごし、今日は鎮守府を見て回るつもりだった。だが、そんな楽観視は叢雲の檄によって早くも打ち消されるのだった。

 

「叢雲ちゃん、初雪ちゃんは昨日来たばかりなんだから、そんな急がなくても…」

 

「あら、この鎮守府で一番練度の低い白雪が何か意見かしら?」

 

「そ、そんな…」

 

「む、叢雲ちゃん、そんな言い方しなくても…」

 

「初雪は黙ってなさい。白雪は甘いのよ。あんたが甘やかすから初雪も前と全然変わってないじゃない。初雪は私が預かるわ」

 

「う、うん…」

 

「む、叢雲ちゃん待ってよ。白雪ちゃん…」

 

「その…が、頑張ってね、初雪ちゃん」

 

叢雲に手を引っ張られ部屋を後にする初雪。そんな初雪に申し訳なさそうに、白雪は目を背けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、あまり見ない娘ね。もしかして、叢雲ちゃんの妹さんかしら?」

 

「妹は私の方よ。私の方が強いけどね」

 

「そ、そうなの?ごめんなさいね」

 

叢雲に申し訳なさそうに謝る長身の艦娘、扶桑。その扶桑の横の同じ扶桑型の2番艦、山城が初雪の前に進み出る。

 

「私は扶桑型2番艦の山城、こちらは私の姉さまよ」

 

「は、初雪です。よろ…しく…」

 

扶桑が握手を求めると、初雪も照れ臭そうに彼女の手を握った。

 

「私は扶桑、これから仲良くしましょうね」

 

「は、はい…」

 

「心配ご無用よ。初雪は私と同じ吹雪型よ?優秀に決まってるわ。…何処かの無駄飯喰らいの誰かさん達と違ってね」

 

「なっ!叢雲っ、アンタねぇ!」

 

「いいのよ山城…事実ですもの」

 

「そ、そんなっ!姉さま…」

 

叢雲と山城の睨み合いに挟まれ、どうしていいか分からず固まる初雪。

 

「さっ、行くわよ初雪。アンタはこの人達みたいになっちゃ駄目よ」

 

「あっ、叢雲ちゃん!ま、待って…」

 

固まる初雪を置いて一人行こうとする叢雲に、初雪は慌てて後を追い掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

その日は半日、水上機母艦、千歳と千代田達との演習に費やした。叢雲と違いまだ練度の低い初雪にとってはミスの連続だったが、千歳と千代田の二人はそれを責める事はせず、初雪が着いて来れる迄粘り強く指導した。

 

「ご、ごめんなさい。私、実戦出た事無くて…」

 

「私の方こそごめんね初雪ちゃん。私あまり人に教えるのって苦手だから。大丈夫?給油する?」

 

「アハハッ、千歳お姉は戦いではキリッとしてるけど普段はうっかりさんだものねぇ♪」

 

「もう千代田ったら!でも初雪ちゃんも筋は良いと思うわ。流石は特型駆逐艦ね…給油は平気?」

 

「そりゃそうよ。こう見えても私の姉に当たるんだから」

 

初雪の後ろの叢雲が三人の間に割って入る。

 

「今は練度が低いだけで、すぐにアンタ達より役に立つ様になるわよ」

 

「む、叢雲ちゃんっ…」

 

「そ、そうね、すぐに叢雲ちゃんみたいに強くなれるわ。その時は護衛はお願いね。もちろん給油は任せてね」

 

「…フン」

 

「あ、叢雲ちゃんっ…」

 

初雪は二人に頭を下げると、叢雲の後を追った。

 

 

 

 

 

 

初雪もかつては吹雪、白雪、叢雲と共に同じ鎮守府に居た事がある。その時に姉妹艦である叢雲と過ごし、彼女の気性は知っているつもりだった。

自分には無い自信に溢れた性格は初雪も知っている。初めこそ叢雲に再会した事に喜んでいたが、彼女の司令官や他の艦娘達に対する態度には些か驚きを隠せなかった。

彼女の勝ち気な性格は時に衝突を招く事もあったが、それは相手の事を思えばこその行動でもあった。

だが、久し振りに会った叢雲は言動こそ変わらない物の、明らかに刺があるとでも言うべきか、まるで誰彼構わず喧嘩を売る様な態度に初雪は少なからずショックを受けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どう?ここには馴れた?」

 

初雪がこの鎮守府に来て一週間。

初雪は執務室に報告に来ていた。初日こそ緊張していた初雪だったが、提督や姉妹艦と過ごす内にその態度は軟化し、今では用も無いのに執務室に来る程になっていた。

 

「うん…。白雪ちゃんや、叢雲ちゃんもいるし…」

 

「そうか。やはり同じ吹雪型を呼んで良かったよ」

 

ふと初雪は、辺りをキョロキョロと見回した。

 

「どうかしたかい?」

 

「うん、その…叢雲ちゃんの事、少し聞きたいんだけど」

 

「叢雲が…何かあったのか?」

 

「べ、別に何もないけど…その、叢雲ちゃん、皆の事、嫌いなのかなって…」

 

「その事か…」

 

「なぁに?何か知ってるの?」

 

提督は軽く溜め息を吐くと、椅子に深く腰掛けた。

 

「実は最近、叢雲の様子がおかしいんだ」

 

「叢雲ちゃんが…?」

 

「ああ。叢雲の性格は初雪の方がよく知ってるとは思うが…最近はそれに輪を掛けて口うるさくなったと言うか…」

 

「な、何かあったの?」

 

「分からない。以前はそうでもなかったんだが、秘書艦になった辺りから様子がおかしくなってね。…何かこう、俺が他の艦娘と接触するのを嫌がる、とでも言うか…」

 

「叢雲ちゃん、焼きもち妬いてるのかな?」

 

「それだけなら良いんだが…他の皆からも初雪と同じ様な事聞かれてるから、少し心配なんだ」

 

「ふ~ん…」

 

叢雲が提督を異性として見ているのは、初雪にもすぐに解った。口では提督の愚痴を言う時もあるが、それを話す時の叢雲はとても嬉しそうだった。

聞けば叢雲はこの提督の着任と共に来た最初の艦娘だと言う。それも叢雲がこの提督を気に入っている理由なのだろう。この時の初雪は漠然とそう思っていた。

 

「…あれ、おかしいな」

 

「どうしたの?」

 

「ああ、こっちの話だけど、最近物忘れが多くて…確かここにあった筈…」

 

提督が机の引き出しを探し始めると同時に、執務室のドアが開いた。

 

「あら初雪、来てたの?」

 

「あ、ああ叢雲。何処行ってたんだ?」

 

「…ちょっと白雪に用事があっただけよ。それより何やってんの?」

 

「いや、万年筆無くしたみたいで」

 

「…フン、どうせまた何処かに置き忘れたんでしょ?そんな事よりさっさと書類に目を通してよ」

 

「ああ、悪い悪い。じゃあ初雪、またな」

 

「うん、バイバイ」

 

提督に小言を言う叢雲を尻目に、初雪は部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

〈白雪ちゃん、いないんだ…〉

 

初雪が部屋に戻ると、さっき迄部屋にいた白雪は居らず、少し開いた窓のカーテンが揺れていた。

初雪は自分の布団に寝そべった。

 

〈叢雲ちゃん、どうしたんだろ。白雪ちゃんにも冷たいし…。何かあったのかな?〉

 

布団に大の字になりながら提督とのやり取りを思い出していた初雪は、ふと叢雲の使っている机に置かれている物に目が止まった。別に初雪はそれほど注意力がある方では無いが、叢雲の机に部屋を出る前は見掛けなかった物が置いてあった。それは銀色に光る高価そうな万年筆だった。

 

〈万年筆…?叢雲ちゃん、あんなの持ってたっけ?〉

 

布団から起き上がり、机に近付いた初雪は万年筆を見つめた。

 

〈司令官も万年筆無くしたって言ってたけど…。アレじゃない…よね?〉

 

「あ、初雪ちゃん戻ってたんだ」

 

「うひゃあ!」

 

勢いよく部屋のドアが開くと、初雪は慌てて机から飛び退いた。

 

「…どうしたの初雪ちゃん」

 

「う、うん。な、何でも…ない。白雪ちゃんこそ何処行ってたの?」

 

「え、うん…千歳さんの所」

 

「ふ~ん…」

 

白雪は冷蔵庫から麦茶を取り出すと、喉に流し込んだ。

 

「…ねぇ白雪ちゃん。叢雲ちゃんって、みんなの事嫌いなのかなぁ」

 

「え、そんな事無いと思うけど…。どうしてそんな事聞くの?」

 

「だ、だって叢雲ちゃん、その…みんなと仲良くしたくないみたいだから」

 

「う~ん…。今から言う事は叢雲ちゃんには黙っててね」

 

「え?う、うん」

 

「前は皆と仲良くやってたの。私とも。でもね、初雪ちゃんが来る少し前かな、叢雲ちゃんが急に秘書艦になるって言い出して…。

 

「その辺りからなの。叢雲ちゃんが皆に刺々しくなってきたのは」

 

「何かあったの?」

 

「それは…私には分からないけど…。何て言うか…私や他の皆が執務室に行くと、酷く怒るの。…まるで司令官を誰にも会わせたくないみたいに」

 

〈司令官も同じ事言ってたなぁ…〉

 

「私や千歳さん達も…このままじゃいけないって思うけど、どうしたらいいか分からなくて…」

 

「そ…そうなんだ…」

 

〈叢雲ちゃん、司令官の事が好きだから、皆と喋ってるのイヤなのかなぁ…〉

 

初雪は白雪から受け取った麦茶を飲むと、布団に寝そべった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから、なんでそうなるのって聞いてるのよ!!」

 

暇潰しに執務室を訪れた初雪が廊下を曲がると、離れた彼女にも聞こえる程の大声で怒鳴る叢雲の声が耳に入った。

執務室のドアは開けられており、初雪が恐る恐る中を覗くと室内の三人が言い争っているようだった。

 

「落ち着け叢雲。おまえは任務の他にも初雪の面倒も見てるだろ?だから、おまえの負担を減らそうとだな…」

 

「だからって、何で千歳が秘書艦になるのよ!」

 

提督を睨み付ける叢雲、その叢雲を必死に宥めようとする提督、その二人の間でどうすれば良いか分からず困惑する千歳。

 

「アンタ、私よりこいつの肩を持つワケ!?」

 

「叢雲、肩を持つとかじゃない。おまえ達駆逐艦は日頃の遠征任務がある。それに加えて俺の秘書艦も務めたんじゃ体が持たないだろう。

 

「だから千歳がおまえの事を心配してわざわざ代わろうって言ってくれたんだぞ?」

 

「余計なお世話よ!アンタの世話位、私一人で充分よ!」

 

「とにかくこれは決めた事だ。…俺もおまえの事は大事に思ってる。だから少しは休んでほしいんだ。解ってくれ叢雲」

 

「っ…!この馬鹿司令官ッ!!」

 

叢雲は執務室を飛び出ると、初雪には目もくれず駆けて行った。

 

「…ん?何だ初雪。何か用か?」

 

「え?べ、別に用は無いけど。お邪魔だった…かな?」

 

「そんな事ないよ。ちょうど休憩しようと思ってたんだよ。ちょっと待っててくれ、扶桑から貰った美味しい麦茶があるんだ」

 

提督は執務室の隣の自室へと入って行った。

千歳と二人きりになった初雪は、少々気まずい雰囲気を感じつつも椅子に座った。

 

「あ、あの…千歳さん。叢雲ちゃんが…ごめんなさい」

 

「ど、どうして初雪ちゃんが謝るの?…大丈夫よ、私は何とも思ってないから」

 

「あの、千歳さん…。今度から秘書艦になるんですか?」

 

「ええ。叢雲ちゃん毎日忙しそうだから、少しは代わってあげようとしたんだけど…。叢雲ちゃんの言う通り、余計なお世話だったかもしれないわね」

 

「ご、ごめんなさい!」

 

「だから、初雪ちゃんが謝る事は…」

 

「だ、だって叢雲ちゃん、私の面倒で仕事増えちゃって…そ、そのせいで千歳さんにも気を使わせちゃったから…」

 

「フフッ、大丈夫よ。最近は大きな戦いも無いから時間は有るもの。それに私も一度、秘書艦してみたかったの。だから、初雪ちゃんが気にする事は無いのよ」

 

「そうだぞ初雪」

 

提督がコップとやかんをトレーに乗せ、二人の下へ戻って来た。提督はコップに麦茶を注ぎながら語る。

 

〈ん…これ、何処かで飲んだ様な…いつだっけ?〉

 

「それに千歳は、こう見えて結構気が効くんだぞ」

 

「こう見えてって…提督は普段、私がどう見えてるんですか?あの…どうして胸を見てるんです?」

 

膨れっ面の千歳が提督に抗議すると、千歳の大きな胸が軽く揺れた。思わず初雪も心の中で生唾を飲み込んだ。

 

〈い、いつか私だって…〉

 

「ち、違う…って、そうじゃなくて…オホン!千歳は何と言うか…痒い所に手が届くと言うか、こっちが何を考えてるのか解ると言うか…。

 

「前も野暮用で外出した時に、敵が現れたんだが、千歳の水上機の妖精がいち早く俺の下へ来てな。慌てて鎮守府に戻ったよ」

 

「へ~、千歳さん凄いな…」

 

「た、たまたまですよ。妖精さんに提督に報せてって伝えたら、たまたま近くにいたものですから…」

 

「その時、俺も急だったから忘れ物しちゃってな。そうしたら千歳が、そんな事もあろうかと用意しときました、って代わりを用意してくれてな。忘れ物もその日の内に妖精が取って来てくれてな。あの時は助かったよ」

 

「そ、そんな…///」

 

「それに千歳は物覚えが良いから何処に何があるとか、誰がこうしたいって思ってるとか読み取るのが上手くてな。そんな所も秘書艦にした原因かな」

 

「うふふっ。提督の為なら一肌脱ぎます…って、どうして胸見るんですか!?初雪ちゃんまで!」

 

「「あはは、すいません///」」

 

「…そういえば提督、昨日、間宮さんの所で羊羮貰いませんでした?」

 

「え、もしかして見てた?…あはは、後でこっそり食べようと思ったんだが…。そうだな、今持ってくるよ」

 

「あと初雪ちゃん、間宮さんに提督だけズルいって駄々こねて、こっそり羊羮もらったでしょ?」

 

「えっ?ど、どうして知ってるの?」

 

「ふふっ、私は何でも知ってますよ。…提督さんがあの日、何処へ行っていたのかも…」

 

「えっ!?」

 

「…あぁ言ったイヤらしいお店は良くないと思います。大丈夫です、千代田には言ってませんから。あ、羊羮、私が取って来ますね」

 

千歳は椅子から立ち上がり、初雪の肩に両手を置くと、耳元で呟いた。

 

〈あまりその麦茶、飲み過ぎない方がいいわ。…それと白雪ちゃんに伝えておいて。もう少し上手くやった方がいいわよ、って…〉

 

「えっ?な、何の事?」

 

「フフッ、言えば分かるわ」

 

千歳は提督の自室へ入って行った。

 

「…イヤらしいお店って、なぁに?」

 

「は、初雪!これ、最近巷で話題の《遊戯少年》って携帯ゲーム機だ!よ、良かったら貸してやるよ!だから叢雲にはこの事…」

 

「…叢雲ちゃんには黙っててあげる」

 

「…あんがと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈えっ?もうこんな時間?〉

 

自室へ戻った初雪は、疲れが溜まっていたのか猛烈な眠気に襲われた。今日はやる事も特に無いので軽く一眠りしようと思っていた初雪は、夜中に目を覚ました。

 

〈おかしいな…いつもこんな時間に眠くならないのに〉

 

ふと見渡すと、隣で寝ている筈の叢雲は何故かいなかった。

 

〈叢雲ちゃん…こんな時間に何処行ったんだろ?〉

 

初雪が枕元を見ると、昼間、提督に借りた携帯ゲーム機があった。暇潰しに遊んでみようと思った初雪は、肝心のカセットが無い事に気付いた。

 

〈どうしよう…明日借りに行こうかな…〉

 

暫く迷った初雪は、布団から飛び出した。

 

見慣れた廊下の角を曲がると、執務室のドアが静かに開く音がした。

 

〈だ、誰っ!?〉

 

照明が落ちている為、誰かは分からなかったが、大きな人影がゆっくりと執務室から出て来た。

思わず隠れてしまった初雪は、恐る恐る顔を出し様子を伺った。幸いにも謎の人影は初雪には気付いていない様だった。人影は周囲をキョロキョロと見回すと、闇の中へと消えて行った。

 

〈…今日は出直した方がいいかな…〉

 

「初雪、アンタこんな所で何してるの?」

 

「ひゃあっ!…って叢雲ちゃん?」

 

初雪が振り返ると、そこにはまるで幽霊の様に音も無く叢雲が立っていた。

 

「し、司令官にゲーム借りたから、それで…。む、叢雲ちゃんは?」

 

「私?ア、アンタが居ないから探しに来たのよ!早く帰るわよ!」

 

「そ、そうなんだ、ゴメン…」

 

叢雲に連れられ、初雪は来た道を戻った。

 

〈…あれ?叢雲ちゃん、さっき部屋に居なかった気が…〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、初雪はいつもの様に朝の訓練の為、港へ来ていた。いつもなら千歳と千代田の二人が相手をしてくれているのだが、今日は一人しか居なかった。

 

〈あ、そうか。千歳さんは今日から秘書艦だっけ…〉

 

「おはよう初雪ちゃん。今日も頑張ろうね」

 

「うぅ…部屋で寝てたい…」

 

「もう!そんな弱気な事言ってると、千歳姉ぇに言いつけるわよ?」

 

「が、頑張る!だから千歳さんには言わないでぇ!」

 

「ふふっ、冗談よ。…それに私も千歳姉ぇも初雪ちゃんには期待してるのよ?」

 

「えぇ~。わ、私なんかが強くなれる訳無いよ…」

 

「まぁ強さって意味もあるけど、別の意味でもね」

 

「…別の?」

 

「初雪!!」

 

初雪が海に降り立とうとすると、彼女の後ろから甲高い声が響いた。初雪は思わず足を止め後ろを振り返った。

 

「む、叢雲ちゃん…あっ!」

 

叢雲はズカズカと大股で初雪に近寄ると、その手を力任せに引っ張った。

 

「あ、ちょっと…叢雲ちゃん!」

 

「叢雲ちゃん、初雪ちゃんはこれから私と訓練よ?」

 

「その必要は無いわ。叢雲は私が面倒見るわ。あなたには頼まないわ!」

 

「そうはいかないわよ。初雪ちゃんの事は、千歳姉ぇからも頼まれてるんだから」

 

「そんなの関係無いわ。初雪は私と同じ吹雪型よ?私が面倒見るのが筋ってもんよ。

 

「…それに、アンタと訓練してたら後ろから撃たれかねないからね…」

 

「む、叢雲ちゃん!」

 

初雪は叢雲の手をゆっくりと引き剥がした。

 

「初雪、アンタ私の言う事が聞けないの?同じ吹雪型よりこんな水母の言う事を聞く気!?」

 

「そ、そうじゃないけど…千代田さんも私の為にやってるんだし…」

 

「だから私もアンタの為を思って言ってるんじゃない!いいから行くわよ!」

 

「あっ、叢雲ちゃん!ち、千代田さん、ごめんなさい」

 

叢雲に手を捕まれ、引きずられる様にその場を後にする初雪。千代田は苦虫を潰した様な顔でその姿を見つめるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま~」

 

「お、お帰り、初雪ちゃん」

 

ある日の昼下がり。

初雪が叢雲との訓練から帰って来ると、白雪が自分のタンスの中身を整理している最中だった。

初雪達艦娘はそもそも衣装の類いは必要としない。彼女達は人間と言うよりは精霊や妖精に近い存在で、彼女達の着ている衣服や艤装も含めて一人の艦娘として成り立っている。戦闘でダメージを受けた際には、今の自分の状態を示す意味で衣服が破損する。逆に入渠や高速修復材で回復すると、衣類の破損も自然に回復する。

その為、人間の様に暑さや寒さを感じる事も無ければ外的要因以外で体が汚れる事も無い。

彼女達が今の衣類以外を身に纏う事も出来るが、これはあくまで人間の真似をしている様な物で、ほとんどの艦娘は然して衣装を必要としない筈だった。

それだけに初雪は白雪の持ち物の量をとても珍しがった。

 

「白雪ちゃん、いっぱいお洋服持ってるね」

 

「あ、えへへ…。別に集めてる訳じゃないんだけど、気が付いたら増えちゃって…。どれも思い出があるから中々捨てられなくて…」

 

〈白雪ちゃん、几帳面だから物持ちが良いのかな…。私も見習わなきゃ〉

 

「ふうっ、疲れたわね」

 

初雪がのんびりと白雪を見ていると、くたびれた顔の叢雲が入って来た。

 

「あ、お帰り叢雲ちゃん」

 

「ただいま、って…」

 

叢雲は白雪に目を止めると、何かを思い付いた様に彼女に近付いた。

 

「白雪、これ私が貰うわよ」

 

叢雲は白雪のタンスに目をやると、大きめの白いシャツを引っ張り出した。

 

「あっ…!そ、それは…」

 

「いいじゃない。この私が欲しいって言ってるんだから。文句無いわよね?白雪」

 

「…う、うん」

 

叢雲に一瞥された白雪は、それ以上何も言えずうつ向いてしまった。

 

「ち、ちょっと叢雲ちゃん。それ、白雪ちゃんのだし、その…そういうのは良くないんじゃないかな…」

 

「い、いいの初雪ちゃん。叢雲ちゃんが欲しいなら…」

 

「で、でも…」

 

「…」

 

叢雲はそんな白雪に見向きもせず、自分のタンスにシャツを仕舞った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、ある作戦の説明があり、部隊の中に初雪も加わると告げられた。自分が加わる事はないだろうと思っていた初雪は驚く反面、演習の成果を出せるだろうかと、足取りも重く中庭へ向かった。

 

「隣、いいかしら?」

 

初雪が中庭のベンチで一人物思いに耽っていると、二人の艦娘が声を掛けてきた。

 

「あっ、扶桑さん…」

 

扶桑と山城の二人が初雪の隣へと腰掛ける。扶桑は目に隈が出来ており、どこか眠そうだった。

 

〈何か眠そうだなぁ…夜更かしでもしたのかな〉

 

「あ、あの…何か用事でも…?」

 

「特に用事と言う訳でもないのだけれど、初雪ちゃんとはまだお話した事無かったなと思って…。それに明日は一緒に出撃だから、仲良くなりたいと思ったの」

 

「え?ふ、扶桑さん達も出るんですか?」

 

「よ、呼ばれて執務室に一緒に居たのに…!姉さま、私達ってそんなに影が薄いんでしょうか…」

 

「そ、そんな事ないわよ山城。そんな事…そうなの?」

 

「ご、ごめんなさいっ!そ、その…不安だったので周り見てなくて…」

 

「そう言えば、初雪ちゃんはここに来てから初めての出撃だったわね。フフッ、大丈夫よ。あの叢雲ちゃんの妹さんだもの…。あっ、お姉さんだったわね?ごめんなさい」

 

「ううん、叢雲ちゃんの方が強いし、しっかりしてるし…」

 

「そんな事ないと思うわ。…山城、確か前に居た吹雪ちゃんも今の初雪ちゃんみたいじゃなかったかしら?」

 

「えぇそうですね姉さま。最初はオドオドしてましたね。…叢雲は最初から、あぁだったけど」

 

「吹雪ちゃんが…」

 

「そ、それに叢雲ちゃんも最初から強かった訳じゃないのよ。何度か出撃して強くなったんだから、あなたもすぐに追い付くわ」

 

「姉さまの言う通りよ。あんな頭に靴浮かべてる妹なんて、さっさと追い抜いちゃいなさい!」

 

「や、山城。アレは靴じゃないと思うわ…(そう言われてみればアレ何で浮いてるのかしら…?)」

 

「そ、そうですよね姉さま。日本人なら下駄ですよね」

 

「全然解ってないわね山城…」

 

「あの…」

 

暫しの沈黙の後、意を決した様に初雪は扶桑に尋ねた。

 

「…?何かしら、初雪ちゃん」

 

「む、叢雲ちゃんの事何だけど…」

 

「叢雲ちゃんがどうかしたかしら?」

 

「最近叢雲ちゃん、白雪ちゃんや千歳さんにも意地悪するから…。ふ、扶桑さんなら何か知ってるんじゃないかなって思って…」

 

「そうねぇ…。実はね、私、叢雲ちゃんの前に秘書艦していたの」

 

「扶桑さんが…?」

 

「えぇ。恥ずかしいけれど私、あまり出撃の機会が無くて…。せめてこの位はと、秘書艦にしてもらったの」

 

〈…私の制止も聞かず…妹の山城(わたし)を放っておいてまでねッ…!〉

 

「その時はかなり忙しくてね。それこそ夜中までお手伝いする事もあったの。…その辺りからかしらね。叢雲ちゃんが秘書艦を代わるって言い出したのは」

 

〈ナイスよ叢雲ッ!〉

 

「な、何で叢雲ちゃんは秘書艦を代わるって言ったのかな?」

 

「もしかしたら誤解しているのかもしれないわね。…私と提督がその…そんな仲なんじゃないかって。あ、誤解しないでね、提督の事は尊敬してるわ!で、でも叢雲ちゃんが疑っている様な事は無いわ!…でも提督から誘われたら、私…///」

 

「大丈夫です、姉さま!もし提督が何かしようものなら、私がスリガオに沈めてやりますわ!!」

 

「や、山城っ!提督がそんな事する訳ないでしょ?…で、でも提督に…提督にレイテ沖に突入したいなんてお願いされたら…私///」

 

「ど、どこですか!?姉さまのレイテ沖ってどこですか!?艦橋?弾薬庫?オメ「山城ッ!!///」

 

〈な、何言ってるかよく解んないけど、叢雲ちゃん、司令官が他の人と一緒にいるの焼きもち妬いてるのかな…?〉

 

「あ、あの…扶桑さんは司令官の事が好きなの「そんなワケないでしょ!「どうしてあなたが答えるの山城!?

 

「ハァ…ハァ…と、とにかくね初雪ちゃん!私達、叢雲ちゃんには嫌われちゃったみたいだけど、初雪ちゃんとは仲良くしたいの。だから私とお友達になってくれるかしら?」

 

「う、うん…ふ、扶桑さんみたいな綺麗な人が友達なんて、し、白雪ちゃんが聞いたら驚くかも…」

 

「ウフフ、白雪ちゃんはとっくにお友達よ」

 

「そ、そうなんだ!エヘヘ、う、嬉しいな…」

 

「…私と友達になるのは嬉しくないワケ?」

 

「も、もちろん邪魔し…じゃなかった山城さんとも「今何て言ったの?邪魔城(じゃましろ)?初雪ちゃん、あなた私の事そんな風に「エイッ!」ガハッ!!」

 

延髄に扶桑の手刀を喰らった山城はそのまま地面に倒れ込んだ。

 

「もう、山城ったら。こんな所で寝ると風邪引くわよ?…じゃあね初雪ちゃん、また明日」

 

「は、はい…」

 

扶桑は山城をおぶると、鎮守府へと戻って行った。

 

〈…戦艦、怖い…〉

 

 

 

 

 

〈~~?〉

 

〈~~!?〉

 

〈う~ん、うるさいなぁ…〉

 

「あ、初雪ちゃん!」

 

翌朝、朝の微睡みの中にいた初雪は、騒がしい喧騒で目を覚ました。初雪が目覚めると隣で寝ている筈の叢雲の姿は無く、白雪が慌てた顔で右往左往していた。

 

「お、おはよう白雪ちゃん。どうしたの?」

 

「うん、その…。さっきね、叢雲ちゃんが初雪ちゃんを起こして演習に行こうとしたの。だから私、今日初雪ちゃんは任務だよって言ったら、叢雲ちゃん知らなかったみたいで…。司令官に止めさせるって出て行っちゃって…」

 

「な、何で止めさせようとするの?」

 

「そ、それは…叢雲ちゃんに聞かなきゃ分からないけど…」

 

初雪は、布団から飛び起きると執務室へ向かった。

 

初雪が執務室へ辿り着くと、案の定、提督と叢雲の二人が言い合いをしていた。部屋には千歳と扶桑も居り、二人共困った顔で叢雲を宥めようとしていた。

 

「だから、初雪にはまだ早いって言ってるのよ!代わりに私が行けばいいじゃない!」

 

「初雪も何時までも甘やかしている訳にもいかないだろ。何の為にお前に預けたと思っているんだ?」

 

「初雪の練度じゃまだ早いって言ってるのよ!」

 

「大丈夫だ。その為に千歳と扶桑が、自分達も行くと買って出てくれたんだぞ?」

 

提督の言葉を千歳と扶桑も後押しする。

 

「大丈夫よ叢雲ちゃん。私の水上爆撃機隊を信じてちょうだい」

 

「そうよ。あなたのお姉さんですもの。私と山城で守ってみせるわ」

 

「アンタ達なんかアテにならないわ。大事な初雪をアンタ達と一緒にしたら何が起こるか…」

 

「叢雲!言い過ぎだぞ」

 

「…ッ!そもそもアンタが間抜けだから…!」

 

「む、叢雲ちゃん…」

 

言い合いに夢中になっている皆は、ドアの前に立つ初雪に誰一人気付かなかった。

 

「わ、私、叢雲ちゃんに鍛えてもらったもん。が、頑張ってみるから…私の事、信用して?」

 

「…!!」

 

「…あっ!」

 

叢雲は初雪の腕を掴むと、部屋の外へと引きずり出した。

 

 

 

 

 

叢雲に引きずられた初雪は、誰もいない廊下に来ていた。

 

「叢雲ちゃん、どうしたの?わ、私なら大丈夫だよ」

 

「アイツらと一緒に出撃なんかしなくていいって言ってんのよ!」

 

「な、何でそんなに扶桑さん達の事嫌うの?扶桑さんも千歳さんもいい人だよ?こ、こんな事言いたくないけど…最近の叢雲ちゃん、ちょっとおかしいよ…「馬鹿ッ!逆よ!!」

 

「…え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おかしいのは、アイツらの方よ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「初雪ちゃん、気を付けてね」

 

「う、うん…」

 

初雪は白雪の見送られ千歳、扶桑達と共に海に駆け出した。あれだけ心配していた叢雲は何故か姿を見せず、白雪は初雪の姿が見えなくなるまで手を振っていた。

 

『…出来れば姉妹艦のこんな事、言いたくなかったけど、この際だからハッキリ言うわ。

 

『昨日、私が白雪から無理やりシャツ奪ったでしょ?…アレ、司令官のよ。前にも司令官の万年筆こっそり盗んだから、私が問い詰めて奪い返したのよ。

 

『最近、司令官が物をどこに置いたか忘れたって言ってるけど、だいたい白雪の仕業よ』

 

『な、何で白雪ちゃん、そんな事…』

 

『知らないわよ。ただあの娘は司令官の物を欲しがるのよ。最近はどうやってか知らないけど、司令官の自室にまで忍び込んでる位よ』

 

〈あの白雪ちゃんが…そんな事を?〉

 

「どうしたの、初雪ちゃん。艤装の調子でも悪いのかしら?」

 

「う、ううん!だ、大丈夫…」

 

初雪の前を滑る千歳が振り返った。だが初雪は千歳の目を見る事が出来なかった。

 

『千歳は…アイツはね!艦載機で四六時中、司令官の事を付け回してるのよ。司令官だけじゃないわ!私達の事もよ。この鎮守府でアイツの知らない事なんてないわ!』

 

〈そ、そう言えば千歳さん、私がこっそり羊羮貰ったの知ってたけど…もしかして視られてたの?〉

 

初陣に緊張していると思っているのか、旗艦の扶桑が優しく微笑みかけた。

 

「大丈夫よ初雪ちゃん。あなたは私達の仲間ですもの。必ず守ってあげるわ」

 

「あ、ありがとう…ございます」

 

『初雪、前は扶桑が秘書艦だったって知ってる?多分、司令官は私が無理やり秘書艦に代わったと思ってるだろうけど…どうしてそうしたか解る?

 

『…扶桑が司令官を…アイツを眠らせてイヤらしい事してるからよ!』

 

『ふ、扶桑さんが…そんな事…』

 

『初雪、アンタも執務室から出て来る人影見たでしょ?アレ、扶桑よ。どうやってるのかは解らないけど…司令官はその事を知らないのよ。

 

『初雪、私アイツが…司令官が好きなの。アイツとは初期艦としてこの鎮守府に一緒に来たの。ずっとアイツと頑張ってきた。

 

『そんなアイツが私以外の奴を…アイツが選ぶならまだ許せるわ。でも奪われるなんて…考えたくもないわ…。奪われる位ならいっそ…

 

『私は扶桑達からアイツを守ってるの。…でも、もう私一人じゃ無理かもね…』

 

〈叢雲ちゃんからは、あぁ言われたけど…扶桑さん達がそんな事してるなんて信じられない。私、どっちを信じればいいのかな…〉

 

初雪は海を蹴り、速度を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん?どうしたんだ叢雲」

 

ノックもせず執務室に入って来た叢雲に、司令官は顔を上げた。叢雲は何も言わずうつ向いていたが、やがて覚悟を決めたかの様に顔を上げた。

 

「何で艤装を着けたまま…む、叢雲!」

 

「司令官…悪いけど私と一緒に来てくれる?」

 

叢雲の背中から伸びる連装砲の照準が、提督を捉えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あらっ?あの水上偵察機は…千代田の…」

 

海面を走る千歳の肩元に一機の偵察機が止まった。報告を受けているのか、千歳は頻りに頷いた。

 

「な、何ですって!提督が!?」

 

驚いた千歳は足を止め、それに合わせて扶桑、初雪は慌てて千歳の下へと駆け寄った。

 

「千歳さん、どうしました?」

 

「た、大変です扶桑さん!叢雲ちゃんが…叢雲ちゃんが提督を刺して…!!」

 

「!!」

 

〈む、叢雲ちゃんが…?な、何でそんな事…〉

 

『奪われる位ならいっそ…』

 

〈ま、まさか…!!〉

 

「ふ、扶桑さん!一旦戻りましょう!」

 

「そ、そうね千歳さん。初雪ちゃん、ひとまず鎮守府へ引き返しましょう」

 

「は、はいっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふ、扶桑さんっ、アレッ!」

 

鎮守府の引き返した扶桑達が見たものは、港に大勢の艦娘達が集まっている光景だった。そしてその前に立つ二人の姿。叢雲と提督だった。

 

「む、叢雲ちゃん!」

 

「来ないで!」

 

扶桑達が二人の下へ辿り着くと、叢雲は彼女達に連装砲を向けた。

提督は両手を後ろで縛られ、足を刺されたのか白い軍服は赤く染まっていた。叢雲に片手を掴まれ、片足を引き摺りながら歩いていた。

 

「む、叢雲ちゃん!どうしてこんな事を…」

 

「こんな所に…アンタ達の所になんか、コイツを置いとけないからよ!扶桑、千歳…それに白雪。私はアンタ達が何をしているかは全部知ってるわ」

 

痛みを堪える提督が、叢雲に顔を上げる。

 

「な、何の話だ?扶桑達が何かしたのか?」

 

「いっ、いけません提督!傷に障りますっ!」

 

「…ホント呑気ねアンタは。でも、そんなアンタが私は大好きだったけどね。戦いしか無い私の日常に、初めて温もりをくれたアンタが…。

 

「アイツらが出払っている隙に、隣の鎮守府に逃げ込もうと思ったけど、それも無理みたいね。やっぱりこれしかないか…。

 

「司令官、ごめんね…」

 

「叢雲ッ…!」

 

叢雲の連装砲が司令官に向けられる。数発の砲撃が鳴り響く!!

 

だが、撃ったのは叢雲ではなく、二人を取り囲む群衆の一人だった。叢雲は自分を撃った相手を睨み付けた。

 

「し、白雪っ…アンタッ!」

 

砲撃は叢雲の背中の連装砲を的確に破壊し、叢雲の艤装が彼女の背中からずり落ちた。

 

「ううっ、うわああっっ!!」

 

叢雲は左手に装備した酸素魚雷を、提督と自分の間の地面に向けて撃とうとした。

次の瞬間、叢雲は横からの砲撃に弾かれた。

 

「キャアアッ!!」

 

まるで球の様にその場から転がり飛ばされた叢雲は、慌てて体勢を立て直した。自分を撃った相手を睨み付けるが、その相手が扶桑でも千歳でもないと解ると、叢雲の顔は怒りから驚愕へと変わった。

 

「…アンタ、何で…」

 

叢雲の視線の先には、涙を流しながら彼女に銃口を向ける初雪の姿があった。

 

「ご、ゴメンね叢雲ちゃん…叢雲ちゃんの言ってる事、本当かもしれないけど…それでも…こんなのダメだよ…」

 

「み、みんなっ!叢雲ちゃんをっ!!」

 

千歳の号令に、呆気に取られていた周りの艦娘達が叢雲に掴みかかり動きを封じる。

 

「は、離してっ!離してよっ!私はアイツと沈むのよっ!邪魔しないでよぉッ!!!」

 

数人の艦娘に覆い被さられ、叢雲はもう叫ぶだけしか出来なかった。

 

「提督っ!ご無事ですかっ?その足の傷は…」

 

「だ、大丈夫だ千歳。俺が暴れない為に刺されただけだ。殺すつもりはないと思っていたが…まさか、一緒に沈む気だったとは…」

 

「き、傷も浅い様で何よりです。さ、掴まって下さい。すぐに治療しましょう」

 

千歳は提督の肩を抱くと、心配する他の艦娘と共に鎮守府へ戻って行った。

 

〈叢雲ちゃん、ごめんね…〉

 

「初雪ちゃん」

 

「は、はい…ッ!?」

 

「…よくやったわ」

 

初雪の肩に手を置く扶桑。その顔にはいつもの微笑が戻っていた。だが、その顔は初雪が今まで見た事の無い冷酷な微笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、叢雲は提督に危害を加えた罰で軟禁される事になった。提督も彼女の行動には驚いたが、何年も共に過ごした情も働き、上には報告せず別の鎮守府への異動で済ませる事にした。

 

 

 

 

 

 

 

自室へ戻って来た初雪は少々落ち込んでいた。初雪の言う事を俄には信じられなかった事、そして叢雲に銃口を向けてしまった事を。

 

「白雪ちゃん。叢雲ちゃん、ここには居られないんだってね」

 

「…そうみたいね。でも仕方ないわよ。司令官にあんな事したんだもの」

 

「そ、そうかもしれないけど…。白雪ちゃんは悲しくないの?叢雲ちゃんがいなくなっちゃうのに」

 

「もちろん悲しいわ…でも、叢雲ちゃん酷いんだもの。私が司令官の物、苦労して手に入れてるのに、それを邪魔しようとするんだもの」

 

「…えっ?」

 

「…叢雲ちゃんも司令官をお慕いしてるのは知ってるわ。だから、せめて司令官の物で司令官の温もりを感じていようと思っていたのに…叢雲ちゃん、それさえも邪魔しようとするんだもの、酷いと思わない?初雪ちゃん」

 

「し、白雪ちゃん…」

 

「ウフフッ。それより見て初雪ちゃん。これ、さっきまで司令官が着ていたズボンよ。私が捨ててくるって貰ってきたの♪

 

「ハァ…ハァ…///司令官の匂いがまだ染み付いてるわ♪それにここ、司令官の血がこんなに…!!叢雲ちゃん、もっと深く刺しても良かったのに…。そうしたら、もっと一杯…ああっ///」

 

「…」

 

〈ほ、本当だったんだ…白雪ちゃんがそんな事するなんて何かの間違いだと思ってたけど…。叢雲ちゃんの言う事、全部本当だったんだ…〉

 

 

 

 

 

 

 

〈提督…今はグッスリ寝ているみたいね。それにしても…千代田に叢雲ちゃんを見張ってもらって正解だったわ。

 

〈提督と初雪ちゃんの事になると何か言ってくるのに、今日に限って大人しいと思ったけど、まさか、提督を道連れに心中しようとしていたなんて…。

 

〈でも私達の偵察機は何処でも行ける、何時でも見てる。私と千代田に隠し事なんて無駄よ叢雲ちゃん。

 

〈もちろん、扶桑さんのしている事も知ってるけど…。扶桑さんも意外と大胆な一面もあるのね。こ、今度私もっ…!千代田、ゴメンね。お姉ちゃん先に大人の階段登っちゃうわ…///

 

〈それに、高速修復材にあんな使い方があるなんてね。こればっかりは、千代田にもナイショにしなきゃね。ウフフッ♪〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈提督…寝ちゃいましたか?ウフフ、完全に眠ってるわね。では失礼して…。ね、寝ていると解っていても、服を脱がす時はドキドキするわね///出来れば私も提督に脱がしてほしいのだけれど…山城が聞いたら大破しそうね。

 

〈それにしても…高速修復材って面白いわね。私達艦娘は何ともないのに、人間の提督が飲むと眠気に襲われるなんて。

 

〈提督は入渠ドックに近付かないのは、変な下心を出さない為だと思ったけど(別に構わないのだけれど)…この事を知っている大本営が、私みたいな事を考える艦娘を警戒して知らせないのかしら…?

 

〈味もしないから、麦茶に混ぜても疑われる事もない。しかも一度飲んだら何をしても数時間は目覚めない。…そう、何をしても…///

 

〈千歳さんは提督にやたらと麦茶や熱燗を飲ませたがるけど…恐らく知っているわね。

 

〈まぁいいわ。私と提督の一時を邪魔しないなら…。

 

〈提督、どうか私の事をはしたない女だなんて思わないで下さいね?女の私からこうして提督と交わりたいだなんて、とても恥ずかしくて言えません。

 

〈いつか提督から誘って頂けるのをお待ちしています。それまでは、こうして夢の中で…んっ///〉

 

 

 

 

 

 

それから数日後、叢雲は異動という形でこの鎮守府から姿を消した。初雪はそれに付いていけないか提督に尋ねたが、何故かと問われると答える事が出来なかった。

結局、初雪はこの鎮守府に残り、提督にも白雪や扶桑のしている事を知らせる事は無かった。

 

言えなかった。

 

初雪は…彼女は叢雲とは違う。例え戦艦が相手だろうと果敢に立ち向かう強さも無ければ精神力も無い。

叢雲を捉えた時の扶桑の顔を見た瞬間、初雪は理解した。自分はもう、クモの巣に囚われているのだと。

もう自分に味方はいないのだと悟った初雪が最後に選んだのは…

何も見ない事だった。

 

今日も、初雪の何事も無い一日が始まる…。

 

 




いつもだと主人公が…みたいな感じですが、今回は真逆の主人公以外みんなアレみたいな感じです。叢雲どうしちゃったんだ?みたいなのが伝わってれば嬉しいんですが。
タイトルは東方の曲で『策略の雨』って意味らしいです。

早いもので、投稿始めて1年経ちました。最初は設定や構成も好きな作家さんの真似から始めましたが、だんだん自分なりの展開が出来る様になったと思います。書いた後にUA数見ると、読んでくれる人いるんだと思ってホント励みになります。
まだネタはあるので、もう1年位は続けれたらなぁ~と思います。

次回は???で、前にも似た様なの書きましたが無駄に壮大な話です。bad endですが。(28話に当たります)





艦娘型録

提督 叢雲の耳のファンネルを見ていてつい「バニーガール着てみない?」と言ってしまい、パロスペシャルを掛けられた(2回目はOLAP)。3回目は言うまいと注意している。行ったお店には月一で通っている。

叢雲 提督から「バニーガール着てみない?」と言われ、ついついパロスペシャルを掛けてしまった(2回目はOLAP)。もう一回言われたら、着てあげてもいいかなと思っている。

初雪 唯一まともだと思っていた白雪が変な性癖の持ち主でドン引きした。この後、吹雪の居る鎮守府に行けないか尋ねたが、吹雪が一番ヤベー奴だとは夢にも思っていない。提督から借りたゲームでは【戦士達の王 拾三】がお気に入り。庵使い。

千歳 提督(と私の)記録日記が、昨日とうとう10冊を越えた。一部の艦娘から、書籍化を望む声も上がっている。提督の通うお店に爆撃でもしてやろうかと思っていたが、提督のお気に入りの娘が自分に似ていたので大目に見る事にした。

千代田 最近、軽空母に改装したら明らかに胸のサイズが大きくなって、提督の視線を強く感じる。千歳には提督の事は何とも思ってないと言っているが、万が一の時の勝負下着に抜かりは無い。

扶桑 隣の鎮守府に異動した吹雪になつかれていた。本人も満更でも無かったが、風の噂で吹雪の憧れの人が赤城に変わったと聞いて週一ペースで手紙を書くようになった。まだ返事が来ない。

山城 扶桑が修復材を睡眠薬に使える事に気付いたのは、入渠ドックに来ていた提督を覗きと勘違いした山城がドックへ突き飛ばした際に、提督が中で寝てしまったのが切っ掛け。扶桑が夜中に抜け出しているのは知っているが、詳しくは聞けない。

白雪 少し手癖が悪い。匂いフェチ。今回の件ではコレクションがより充実したので、叢雲には感謝している。


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嘘だよね、大井っち

「とぉるるるるん!!
もしもし大井っち?」

『あぁ、北上さん!
私の北上さん!!』


危なかったわ…

大丈夫?北上さん

 

良かった…間に合ったみたいね

私?私の事なんてどうでもいいわ!

 

ねぇ、北上さん

どうして…

 

どうしてそんな顔するの…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「納得できません!」

 

「ちょっ…大井っち、皆の前だから…」

 

ある鎮守府の会議中。

自分の隣で露骨に不満を露にする髪の長い艦娘に、三つ編みの艦娘は慌てて口を塞ごうとする。そんなやり取りに周囲の艦娘が振り返った。

 

「あ、ごめん皆。こっちの話だから気にしないで」

 

部屋内の皆が一斉に振り返ったのに驚いた提督は、その視線の先、彼女に目を止めた。

 

「北上、何か不満があるのか?」

 

チッ大有りよ

 

「ちょっ、大井っち!あ~うん…大井っちもこう言ってるし…出来れば大井っちと一緒の部隊がいいんじゃないかな~なんて…」

 

「…気持ちは解るが、今回は護衛だ。大した戦闘は無いと思うしお前一人入れば充分だろう」

 

「なっ!それは私がアテにならないと言う事ですか?」

 

「大井っち~頼むよ~。あ、ごめん提督さん。私もそう思うよ。それで大丈夫だから」

 

「北上さん!?」

 

「…そうか」

 

膨れっ面の彼女の腕を引っ張り、二人は執務室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう!どうして自分一人でいいなんて言っちゃうの北上さん!」

 

「提督も言ってたじゃん、今回は遠足みたいなもんだって。何も二人も行く必要無いって~」

 

自分達の部屋に戻って来た球磨(くま)型軽巡洋艦3番艦の北上(きたかみ)は、同じ球磨型の4番艦大井(おおい)に不満をぶつけられていた。

ここ最近の北上は大井と別任務に就く事が多く、大井はそれが不満の様で、提督に直談判したそうだった。だが大井が言うには、提督に却下の一言で片付けられたらしい。

大井がここまで自分と一緒に居たがる原因は、間違いなくあの事だろうと北上は察していた。

 

数日前、北上は大井と共に出撃した事があった。戦いも終わり、いざ帰投と誰もが油断した時、撃ち漏らした敵が旗艦の赤城に魚雷を放った。それに気付いた北上は赤城を庇い被弾。彼女も轟沈を覚悟したが、その魚雷は不発に終わり彼女も自分の強運に感謝する程だった。

その時の大井の慌てようは大変な物で、提督への抗議だと大井は部屋から出ようとしなくなり、北上は自分が原因だからと提督に謝りに行った。

だが提督も救われた赤城も、その事に対しては咎めようとしなかった。それどころか大井の好きにさせればよいと言われた北上は、一体どういった風の吹き回しかと首を傾げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「北上さん、居ますか?」

 

北上が大井と自室で寛いでいると、ドアを叩く音が鳴った。立ち上がろうとする大井を自分が出ると手で制した北上はドアを開けた。

 

「ほ~い。あ、赤城さん」

 

「あ、あの…少しお話よろしいですか?」

 

「うん、いいけど…どったの?」

 

「いえ…特に用事という訳でも無いんですが…失礼しますね」

 

北上に案内され、赤城は椅子に腰掛けた。

ふと、北上が大井を見ると、彼女は赤城に何かを言いたそうにまじまじと見つめていた。

 

「…で、赤城さん、一体何の用で私達の部屋に来たんです?」

 

「お、大井っち!」

 

痺れを切らした大井に北上は慌ててフォローを入れた。

 

「…あの、北上さん?」

 

「あ、何でもないの赤城さん!こっちの話。で、赤城さん、何か用かな?」

 

「その…北上さんには悪い事をしてしまったので…様子を見てきてくれと提督にも言われていまして」

 

「あ、もしかして前の戦いの事?も~大丈夫だよ。私もあの時は焦ったけどさ、不発弾なんて運がいいよね」

 

「…そ、そうですね!そう言えばそうでしたね」

 

「私達の日頃の行いが良いからですよ!ね?北上さん」

 

「特にこれと言って何もしてないけどね~」

 

「もう~謙虚なんだから!でも…そんな所も…」

 

「何も…?あの…本当に大丈夫ですか?その…もし不調なら私の方から提督に掛け合いますよ」

 

「大丈夫だって。もう、赤城さん心配性だな~」

 

「そ、そうですか…」

 

「でも赤城さんの話も一理ありますね。なので、どうでしょう!私も同行すると言うのは?」

 

「…大井っちもね」

 

「な、何がです?私が心配性だとでも?わ、私はただ…」

 

「北上さん…やはり今回は止めた方が宜しいのでは…」

 

「え?何で?」

 

「私が見るに…まだ回復している様には見えないので」

 

「そうですよ北上さん!赤城さんもあぁ言ってますし!ね?」

 

「大井っちはそろそろ部屋から出ようか?」

 

「…北上さんの意地悪」

 

「あ、あの…分かりました。提督にはそう伝えておきます。失礼しました」

 

赤城は深々と頭を下げると、名残惜しそうに部屋を後にした。

 

「赤城さんもそんなに心配しなくてもいいのに」

 

「自分の所為で私達を危険に晒したんだから、あの位反省してもいいですよ!」

 

「…魚雷喰らったの私なんだけど」

 

「あ!そ、そうでしたね!北上さんでしたね。でも大丈夫、次は必ず私が守りますから!」

 

「じゃあ部屋から出なって。外に居ても私一人じゃ寂しいからさ」

 

「き、北上さん…そんなに私の事を…」

 

「私一人で駆逐艦の相手すんのメンドいしさ~」

 

「あ~…そうですね…ハァ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら~大井っちったら~」

 

「うう…」

 

朝の間宮食堂。

流石に三日も籠っていたらお腹も空くだろうと北上に言われた大井は、彼女に連れられて食堂に来ていた。

 

「みんな怒ってないかしら…」

 

「別に怒ってる娘なんていないって」

 

「…!き、北上さん!私、提督に謝ってきますね!じゃあ!」

 

「え?お、大井っち…もう」

 

「じゃあね神通さん!あ、北上先輩チーッス!」

 

「げ…(さざなみ)…」

 

「あ~何ですか~その嫌そうな顔。可愛い後輩ですよ~?」

 

食堂に入った北上に早速見知った駆逐艦が声を掛けてきた。綾波型駆逐艦の(さざなみ)と、その姉に当たる1番艦の綾波(あやなみ)。二人は北上と同じ部隊になる事が多い為か、北上とは(主に漣が)軽口を言い合う仲になっていた。

 

「北上さん、おはようございます」

 

「おはよ綾波…あと山並み」

 

「漣ですよ!さ・ざ・な・み☆山並みなのは潮です!」

 

「綾波達も今からご飯?「無視!?」

 

「あ、はい。北上さんもですか?」

 

「うん、大井っちもいたんだけど、ウザいのいるから逃げちゃった」

 

「ちょっ!酷いですよ先輩!お姉ちゃんがウザいなんて!「綾波(わたし)なの!?」

 

「そう言えば次も綾波とだったっけ?」

 

「あ、はい、そうみたいですね」

 

(わたし)も一緒ですよ!」

 

「…敷波も一緒か」

 

「私は漣です!お姉ちゃんじゃないですよ!お姉ちゃん、北上さんがイジメる~!」

 

「あの…私、北上さんの分も頑張りますので…暫くお休みした方がいいのでは…」

 

「うん?大丈夫だよ。あの時はビックリしたけど幸い何とも無かったんだしさ」

 

「そ、そうですか…」

 

「赤城さんから何か言われたの?」

 

「その…それもありますが…私も赤城さんと同じで無理しない方がいいと思いまして」

 

「別に無理なんてしてないって…強いて言えば馬並みと一緒なのがねぇ」

 

「漣です!馬並みなのはご主人さまです!」

 

「「えっ!?」」

 

「ち、ちょっと…///」

 

「さ、漣ちゃん。な、何の話を…///」

 

「だから大きさですよ!」

 

「く、駆逐艦、何でそんな事知ってんのさ?」

 

「ま、まさか漣ちゃん、司令官の…」

 

「はい!漣、ご主人さまに脱いで見せてもらった事あるんですけど、27センチもあるんですって。凄いですよね!」

 

〈にじゅっ…お、男の人のって、そんなに大きいの!?〉

 

〈し、司令官のそんなに…///じゃなくって!!〉

 

「漣と比べたら10センチも違うんですよ!やっぱ男の人は違うっスね!」

 

「く、比べる?漣、あんたまさか…付いて…」

 

「やっぱり男の人は足、大きいよね!ウチらとは全然違います!」

 

「あ!あ~」

 

「ビックリさせないでよ!私てっきり…」

 

「先輩、意外とムッツリですよね♪」

 

「やっぱ駆逐艦ウザいわ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん?どうした北上」

 

「あ、うん。大井っち見ないからさ、こっち来てるかなって。あ、球磨()え」

 

「クマ?」

 

食堂を後にした北上は、大井を探して執務室のドアを開けた。部屋には提督と彼女達の姉である球磨型1番艦の球磨が何やら提督と話している様だった。

 

「大井っちが、やっと部屋から出るって言うからさ~。提督に謝りに来たかなと思って」

 

「球磨…北上、すれ違いになったみたいだな。もう部屋に戻ってるんじゃないか?」

 

「そうなんだ。あのさ~提督…大井っちの事、私からも謝るから大目に見てあげてくんない?」

 

「…気にしないでいい。そんな事よりお前は大丈夫か?」

 

「え?んもぅ、赤城さんも提督も心配し過ぎだよ」

 

「そんな事無いクマ!私も提督も妹が心配だからこうして話しているクマ!」

 

「話すって…何を?」

 

「大井の事クマ!」

 

「球磨…」

 

「…でも!」

 

「北上、大井に伝えておいてくれ。暫くは北上と別の部隊になるって」

 

「うん、そりゃいいけど…また大井っち怒りそうだね。知らないよ?」

 

「お前からも上手く説明してくれ」

 

「ほ~い。んじゃ球磨()え、またね~」

 

部屋に残された球磨は提督を恨めしそうに見つめた。

 

「…そんな顔するなよ」

 

「何で黙ってたクマ?」

 

「今は上手くやってる。暫くは問題無いんじゃないか?」

 

「大有りクマ!いつまでこんな事続けるクマ?駆逐艦も北上の事話しているクマ!」

 

「分かってる…分かってるよ球磨…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「球磨さん…」

 

「赤城、何クマ?」

 

「あの…これを北上さんに渡しておいて欲しいんです。…私が拾った物です」

 

「これって…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、北上さん!遅かったじゃない」

 

「何だ、もう戻ってたんだ。探したよ」

 

北上が部屋に戻ると、既に戻っていた大井が退屈そうにベッドに座っていた。

 

「あ~そう言えば提督が言ってたけど、大井っち、暫く私と別の部隊だってさ~」

 

「知ってます。さっき聞きました!な~にが怒ってないよ、きっちり怒ってるじゃない。全く男のクセにやる事が女々しいんだから…」

 

「アハハ…」

 

〈何だ、提督、大井っちに言ってあるのか。私が言わなくても良かったじゃん〉

 

「じゃあ部隊割りの事は聞いた?」

 

「どうせ北上さんと一緒じゃないんだから、聞いてません!」

 

「ハハ…まぁそんな所だろうと思ったけど。私は綾波と漣と一緒みたい」

 

「漣…あの下ネタ艦ね!」

 

「え?大井っちにも何か言ってたの?」

 

「多分、北上さんと同じ事言いましたよ」

 

「ふ、ふ~ん。でも漣の奴、あんな事どこで覚えてくんだろ。私もビックリしたよ…思わず信じちゃった」

 

「あの娘の言う事なんて大体嘘なんだから、信じちゃ駄目よ!」

 

「そ、そうだよね…うん」

 

「ええ!実際はその半分位だそうよ!」

 

「え!?半分って…え?」

 

「秋雲に借りた漢体これくしょん(うすいほん)に書いてあったじゃないですか!」

 

「あ…そ、そうだっけ?よく覚えてるなぁ大井っち…」

 

〈…興味無いみたいだったけど大井っちも読んだんだ…〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…以上が編成だ」

 

ある日の会議、執務室に集まった艦娘達は提督の指示の下、出撃の準備に向かった。

 

「…何だ北上?何か解らない事でも?」

 

球磨と話していた提督は、自分を見つめる視線に気付いた。

 

「…ねぇ、大井っち。やっぱり言わなきゃダメ?」

 

「北上さんは私と一緒じゃなくてもいいの?」

 

「そんな事ないけど…ね、ねぇ提督、大井っちが私と一緒の部隊になりたいって言ってるんだけど」

 

「大井は球磨と一緒クマ!」

 

「えぇ~っ…球磨姉さんと?」

 

「北上、大井は不満なのか?」

 

「え?うん、そうみたい。ホラ、大井っち」

 

「いやクマ~…」

 

「も~」

 

「…北上、とりあえずお前だけでも出たらどうだ?漣達も待ってるぞ」

 

「ほ~い。んじゃね大井っち、待たね」

 

大井に手を振ると、北上は部屋を後にした。

 

「…提督、()()をどうするクマ?」

 

「今言った通りだ。お前の預りという事で頼むよ」

 

「合わせるのは今回だけクマ」

 

「…ああ」

 

球磨は呆れる様に部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~もう…くそっ!」

 

出撃の前の一時。

三十分後の出発の前に、北上と大井は自室で身支度をしていた。

準備万端の北上とは裏腹に、大井は先程から艤装の点検に悪戦苦闘している様だった。

 

「大井っち、さっきから何やってんの?」

 

「いえ、単装砲の調子が悪くて。前に赤城さんを庇った時に痛めたのかしら」

 

「明石さんに修理してもらったら?」

 

「そうですね。ちょっと明石さんの所に行って予備のを借りてきます」

 

「私、先行ってるよ~」

 

慌てて部屋を出て行く大井を後に、北上は床に置かれた大井の単装砲に目をやった。

 

「あちゃ~。砲頭が完全に品曲がってるよ。こりゃ使い物にならないね」

 

やれやれと、北上は大井の単装砲を自分の机へと置くと、部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふ~っ。今回は少しキツかったね~」

 

「そうですね北上さん。でも北上さんがいてくれて助かりました」

 

敵の主力を撃破した事で、残る敵駆逐艦達は我先にと逃げ出した。その光景を目にした北上は肩の力を抜いた。

 

「赤城さん、私も頑張りましたよ!褒めて褒めて!」

 

「フフッ、漣ちゃんもご苦労様」

 

「どうっスか北上さん、漣マジ頼りになるっしょ?」

 

強がる漣だが既に中破状態で白のセーラー服は所々焼け焦げ、半分に千切れたスカートから白い下着が丸見えだった。

 

「イチゴパンツ丸出しで言われてもねぇ…」

 

「ぐぅ…何も言えねぇ…」

 

「皆さん、引き上げ…あらっ、無線?はい、赤城です…えっ?わ、分かりました!」

 

「どうしたの赤城さん?」

 

「…球磨さん達が苦戦しているみたいです」

 

「え!?」

 

「急ぎましょう」

 

赤城は海を蹴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見えました!」

 

球磨達の部隊の戦闘を確認すると、赤城は艦載機を飛ばし始める。北上、漣達も単装砲を構えた。

 

「大井っち、無事だといいけど…」

 

「へ?…北上先輩…何を言ってるんスか?」

 

「…どういう意味?駆逐艦」

 

「ヒッ!い、いやその「漣さんっ!!」

 

「…赤城さん?」

 

「な、何でもないのよ北上さん!ほら、大井さんも待ってるわよ」

 

そんな彼女達の耳に、一人の駆逐艦の悲鳴が木霊(こだま)した。

 

「あ、綾波さん!」

 

「お姉ちゃん!」

 

「くっ!」

 

軽巡棲鬼の攻撃に晒される綾波に、北上が駆け出した。軽巡棲鬼は完全に虚を突かれたのか、不意に現れた北上に慌てて身構えようとする。

 

「遅いよ!」

 

軽巡棲鬼が身構えるよりも早く、北上は四連装魚雷を発射した。

 

「ギャアアアッ!!」

 

魚雷の直撃を受けた軽巡棲鬼は爆発と共に吹き飛ばされた。

 

「綾波、大丈夫?」

 

「す、すいません北上さん」

 

「お姉ちゃん!」

 

「さ、漣ちゃん…」

 

慌てて駆け寄る漣に支えられて、綾波は体勢を立て直した。北上達の参戦で形勢は覆り、深海棲艦達は撤退を始めた。

 

「北上さん!」

 

自分を呼ぶ声に振り返った北上に、大井が駆け寄って来た。

 

「良かった…大井っち、心配したよ」

 

「球磨姉さんもいるし、私は大丈夫です!それより北上さんは?」

 

「ん、見ての通り」

 

「それにしてもさっきの魚雷!完璧に決まりましたね!どっかのウザい自称アイドルみたいな軽巡棲鬼(ヤツ)も、アレ喰らっちゃイチコロね!」

 

「大井っち…那珂ちゃんの事、嫌いだっけ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

綾波に肩を貸す漣が、狐につままれた様に姉に囁いた。

 

「ね、ねえ、綾波お姉ちゃん…北上さん…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…誰と…話してるの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お~い駆逐艦、さっさと帰るよ」

 

何故か自分を見つめ呆然としている漣達に、北上は声を掛けた。漣達が呼び掛けに気付いて北上の下へ向かおうとした時だった。漣達の背後で黒い人影が静かに浮かび上がって来た。

 

「さ、漣っ!後ろっ!!」

 

「え?」

 

黒いセーラー服が破れ、苦悶に満ちた表情の軽巡棲鬼が鮫の様な下半身から最後の砲撃を放った。

 

「…ッ!!」

 

「きゃっ!」

 

砲撃に気付いた綾波が漣を突き飛ばした。

 

「え…」

 

「綾波っ!」

 

「きゃああっ!」

 

砲撃を正面から喰らった綾波は、絶叫と共に弾き跳ばされた。

 

「この…!」

 

北上は漣を庇う様に前に踊り出ると、軽巡棲鬼へ最後の止めを刺した。

 

「ススムガ、イイサ…その、先には…」

 

北上の砲撃に為す術もなく撃たれた軽巡棲鬼は、呪詛を吐きながら海へと沈んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

戦いは綾波の轟沈という思わぬ形で幕を閉じた。

別れを言う暇も無く、いきなり姉を失う形になった漣はまるで脱け殻の様に別人になり、北上もそんな漣をおぶさりながら鎮守府へと帰投した。

 

「北上、話は聞いてるクマ」

 

「球磨姉さん…」

 

「綾波の事は気にしなくていいクマ。北上は悪くないクマ」

 

「そうです、あれは事故の様な物です。北上さんは悪くないですよ」

 

「大井っち…」

 

「北上…その大井の事で話があるクマ」

 

「大井っちの…事?」

 

「赤城が、これを海で拾ったクマ」

 

「…えっ?ど、どうしてこれを赤城さんが…!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「き、北上さん…ちょっと待って下さい!」

 

球磨の言葉を聞いた北上は、大井の制止も聞かず一人、自室へと向かっていた。

 

「何をそんなに急いでるんですか?」

 

『私が見るに…まだ回復してる様には見えないので』

 

「だいたい球磨姉さんも球磨姉さんよ。()()()冗談言うなんて!失礼しちゃうわ!」

 

『北上…大井は不満なのか?』

 

「北上さん、そんな事より先に入渠しましょうよ!私もうヘトヘトだわ」

 

『北上先輩…何を言ってるんスか?』

 

「ねぇ、北上さん。どうして無視するの?」

 

『もう見てられないクマ…』

 

「返事して下さい!部屋に行くのは後でいいわよ!ねえ北上さん!」

 

『赤城が、これを海で拾ったクマ』

 

「球磨姉さんは嘘を吐いてるのよ!北上さんは私より球磨姉さんの言う事を信じるの?」

 

自分の部屋にたどり着いた北上は、ゆっくりとドアノブを握った。

 

「ねぇ北上さん!止めましょう?そんな事どうでもいいじゃない!」

 

『あの時、魚雷に当たったのは…北上じゃないクマ…』

 

「お願!そのドアを開けないで!北上さん!私に会えなくなってもいいの!?きた…か…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『大井は…あの時に沈んだクマ…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

北上は球磨から艤装の欠片を渡された。だが、それは球磨が持っている筈のない物だった。

 

壊れた大井の単装砲…!

 

出撃前、大井は自分の単装砲の調子が良くないからと、部屋に置いていった。北上もそれは確認している。

にも関わらず、その壊れた単装砲を赤城が海で拾ったと言う。

そんな筈はない…!

ならば、出撃前に自分が見た物は何だったのか…。

きっと何かの間違いだ。あれは別の誰かのに違いない!そうだ、そうに決まってる!

北上はそう自分に言い聞かせ、自分の机の上を覗き込んだ。

 

〈えっ…〉

 

だが、そこには出撃前に置かれた筈の大井の単装砲は無かった。

 

「そ、そんな…」

 

それは、今は彼女の手の中にある。

 

「ねぇ大井っち、ここに置いてあった…あれ?」

 

ついさっき迄、自分を必死に止めようとしていた大井はまるで煙の様に姿を消していた。

 

「ちょっと…大井っち…どこなの?」

 

北上は慌てて外に飛び出るが、廊下には人の気配は無い。

 

「…ッ!」

 

再び部屋の中に戻った北上は、ベッドの中、タンスの後ろ、窓の外と人が隠れられる場所を片っ端から探すが、猫の子一匹見つからなかった。

 

「大井っち…止めてよ…」

 

「冗談でしょ?…こんなの面白くないって…」

 

「大井っち…お願いだから出て来てよ…」

 

「…」

 

「ううっ……」

 

「大井…っぢぃ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大井っちィィィ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結論から言うと、大井は北上の心が作り出した幻だった。

あの日、北上は身を挺して赤城を庇おうとしたが、その北上を庇う様に大井が進み出た。結果、北上は無事だったが、魚雷の直撃を受けた大井は海の藻屑となった。

その光景を目にした北上は、あまりの衝撃に現実を受け入れる事が出来ず、攻撃を喰らったのは自分だが幸いにも不発弾だったと思い込んでしまった。その結果、大井と言う心の隙間を埋める為、妄想の大井を作り出した。

赤城は大井を沈めてしまった罪悪感から本当の事が言えず、それを不憫に思った提督と球磨も北上の一人芝居に付き合う事にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「北上さん、もうすっかりいいみたいですね」

 

あれから数日。

球磨の言葉を受け入れるのに更に数日を要したが、北上はすっかり回復していた。

大井の遺品である壊れた単装砲を見た瞬間から、もう北上の前に大井の幻が現れる事は無かった。現実を受け入れた北上はその場で泣き崩れたが、そんな彼女を提督も球磨も優しく支えた。そんな気持ちに答えるべく、北上は大井の居ない現実に向き合ってみようと、気持ちを改めるのだった。

 

「うん…その…ごめんね、心配掛けちゃって…」

 

「いえ、謝るのは私の方です。私の所為で大井さんを…」

 

「ううん、気にしないでいいよ。それにいつまでもウジウジしてちゃ大井っちも悲しむからさ…。ね、大井っち?」

 

「え!き、北上さん…」

 

「…な~んて言ったらどうする?」

 

「…!も、もう!北上さんったら!」

 

「アハハ、ごめん。でももう大丈夫だからさ。漣だって辛いだろうに私ばっか悲しんでらんないよ」

 

「そうですね…」

 

先日の戦闘で姉の綾波を失った漣は暫くは放心状態だったが、持ち前の明るさでまるでそんな事は無かったかの様に気丈に振る舞った。

北上も、かつて赤城や提督が自分を支えてくれた様にと漣を支え、漣もすっかり元の彼女に戻りつつあった。

…少なくとも北上の目にはそう写っていた。

 

「…あそこね」

 

皆の視界に立ち上る爆煙が目に入った。既に戦闘は始まっている様だった。それを見た北上も気持ちを切り替え、単装砲を身構えた。

赤城は自分の後ろを駆ける漣に振り返った。

 

「漣さん、少し飛ばしますよ!」

 

「かしこま!」

 

赤城の声に笑顔で答えた漣は、横を振り向いた。

 

「あ~あ、せっかく休みだと思ったのに急に出番なんて。駆逐はツラいヨ…

 

「でも北上さんには驚いたわ~。大井さんが沈んだのに全然落ち込んでなくてマジぱない!って思ったけど…

 

「まさか大井さんが沈んだ事、理解して無かったなんて…ドン引きですわ…

 

「ねぇ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

綾波ちゃんそううでしょ

 

 

 




以前のは話があんまり無いな~と思って少し盛ってみました。以前の読んだ人にも楽しんでもらえると思います。
以前は投稿に何度か失敗しまして、一気に書いて投稿するスタイルでした。今はなんとか使いこなしていますので、もうちょっと読みごたえが欲しいと思って書き直してみました。
暇を見て那珂ちゃんの話も書き直したいです。









艦娘型録

北上 最後は回復したが、周りにしてみればラリってた様な物で暫くは皆に会うのが辛かった。薄い本は定期的に秋雲に借りている。

大井 イマジナリーフレンド。本人の出番は無かったが、案外幸せだったのかも。この話が終わる迄は、どの鎮守府でも建造できなかったらしい。

赤城 北上の一人芝居にちゃんと付き合ってあげる気配りの人。やっと解放されたと思いきや今度は漣のカウンセリングをする羽目に。

提督 赤城さんに頼まれて、北上に上手く話を合わせていた。一方で球磨からは急かされて最近、胃が痛い。

球磨 今回一番の常識人。姉として北上の事を心配しているが語尾の所為でイマイチ伝わらない。

漣 無事感染。実は提督の着替えをこっそり覗いた事がある。期待していたが、キリンじゃなくて象だったのでガッカリ。

綾波 綾波型のファーストチルドレン。たまに漣は本当に自分の姉妹なのか疑問に思う事がある。

軽巡棲鬼 深海のアイドル。一度は沈んだが何故か悪口を言われてる気がしたのでラス一撃ってみた。


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ラブソングを あなたに

うん…やっぱ那珂ちゃんの歌は…最高やな!




「ずっと…ずっと提督さんに聞いて欲しかったの…」

 

提督と呼ばれた男は、目の前で恥ずかしげに俯く少女を勇気付ける様に彼女の目を見た。

 

「あぁ…聞かせてくれるか…」

 

「うん…あなたの為に作った歌だよ」

 

男の答えに、彼女は泣くのを堪えながら満面の笑みで顔を上げた。

スウッと深呼吸すると、彼女は口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「那珂ちゃんセンター、いっちばんの見せ場っ!!」

 

目の前の敵を捉えた少女が威勢良く声を張り上げた。白い仮面の様な物を着けた者は、その声に慌てて右手を向けた。

 

「アアアアッッ!!」

 

だが、その砲身の様な手が少女を捉える事はなく、逆に砲撃に撥ね飛ばされた軽巡ヘ級は海へと沈んで行った。

 

「やったな、那珂!」

 

那珂と呼ばれた少女に、同じ服装の少女が二人駆け寄って来た。短髪の少女が那珂の肩を叩くと、彼女は得意気に振り返った。

 

「へっへ~ん、決める時は決める!それがセンターのお仕事!」

 

「おいおい、お前私から旗艦の座を奪うつもりか?」

 

「そんな~、私なんかに川内お姉ちゃんの代わりは無理だよ~。でも~みんながどうしてもって言うなら…那珂ちゃん頑張っちゃう!」

 

「フフッ♪川内姉さんも、うかうかしてられませんね」

 

短髪の川内の隣に並ぶ、やや髪の長い少女が微笑ましく二人を見つめた。

 

「おい神通、お前悔しくないのかよ?」

 

「わ、私は別に…」

 

「う~ん、確かに神通お姉ちゃんは可愛いけど~ちょっとオーラが足りないよね~」

 

「お、オーラ?そ、そうでしょうか…」

 

「神通、真に受けるなって」

 

「な、那珂ちゃん!お姉ちゃん、どうしたらオーラが出せるかしら?」

 

「う~ん、水見式ってのが一般的で~」

 

「おい、止めろ那珂」

 

「那珂ちゃん、私、絶対強化系だと思うの!」

 

「知ってるのか神通!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たっだいま~♪」

 

「あぁ、お帰り」

 

戦いを終えた三人の艦娘が執務室を訪れた。共に川内型軽巡洋艦の姉妹であり、お団子頭の快活な少女は3番艦の那珂(なか)。髪を両脇で結わいた1番艦の川内(せんだい)、長髪で両脇に跳ねた特徴的な髪型の少女が2番艦の神通(じんつう)と呼ばれている。

3人が部屋に入ると2人の先客が居た様で、提督は那珂達に気付くと彼女達に振り向いた。

 

「取り込み中?後にした方がいい?」

 

「いや、こっちの話はもう終わったよ川内」

 

「ちょっと!まだ終わってないわよ!」

 

「まあまあ、大井っち」

 

提督の机の前に立つのは球磨型軽巡洋艦3番艦の北上、同じく4番艦の大井。

大井は話を途中で遮られたのが癪に障ったのか提督に食って掛かるが、隣の北上によって宥められていた。

 

「…まぁいいわ。行きましょう北上さん。川内達もお疲れ」

 

「ああ、またな」

 

「悪いな、報告に来たのか?」

 

「うん、あたし達も今回は小破だけで済んだよ」

 

「MVPは那珂ちゃんで~っす!」

 

「そうか、お疲れ」

 

「んも~っ!せ~っかく提督さんの為に頑張ったんだよ?何かご褒美ないの~?」

 

「那珂ちゃん、あまり提督を困らせちゃ駄目ですよ」

 

「いいんだよ神通。そうだな…じゃあ何がいい?」

 

「え?ほんとにイイの!?じゃあねじゃあねっ!那珂ちゃん、アイドルのライブ行ってみたい!」

 

「ラ、ライブか…俺あんまり詳しくないけど…分かった、じゃあ行ってみるか?」

 

「やった~!提督さん、だ~い好き!」

 

「す、すいません提督、妹の為に」

 

「いや、いいんだよ。神通達水雷戦隊には頑張ってもらってるからね。そうだ、川内と神通も一緒に行ってみないか?」

 

「おっ、イイね。私も少し興味あったんだ」

 

「そ、そうなんですか川内姉さん。私はあまり…その、恥ずかしいと言うか…」

 

「大丈夫だよ神通お姉ちゃん!別に私達が歌う訳じゃないんだから」

 

「そ、そうよね!私達は聴く側だものね…そうよね

 

〈歌いたかったのか神通…〉

 

「でもぉ~偶然そこにプロデューサーさんがいて~那珂ちゃんスカウトされちゃったら、どうしよう!那珂ちゃん一応艦娘だし…」

 

「そ、そんな…駄目よ那珂ちゃん、私達艦娘なんだし…化粧してったがいいかしら…」

 

〈スカウトされたいのか神通…〉

 

「もう、お姉ちゃんったら!那珂ちゃん達はお客さんだよ。皆アイドル見てるって!」

 

「ハハハ、那珂達は可愛いからな。案外声を掛けられるかもな」

 

「や、やだな~提督、那珂ちゃんより可愛い娘なんていっぱいいるよ~…ったないけど

 

「そ、そうだな。でも川内達が歌ってる所も見てみたい気もあるな」

 

「て、提督!艦娘は副業は認められているのでしょうか?」

 

〈デビューしたいのか神通…〉

 

「じゃあ提督さん!今度の日曜日、絶対だよ!」

 

「分かった。俺も初めてだけど楽しむかな」

 

「何言ってるんですか提督、ライブは戦いです!場所取りに始まりグッズの即売、気を抜く暇はありません!」

 

〈ノリノリだな神通!〉

 

「あ~悪いね提督。神通の奴、私と一緒に那珂のライブ手伝ってるからさ」

 

「あ、ああ。気合い入れて行くかな」

 

「そんな堅苦しく考えなくても平気だって。ただサイリウムとタオルは必須だね。それにチェキ代は入場料とは別だからね」

 

「お、おう…(サイ…リ…?チェキって何?)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この鎮守府には個性豊かな艦娘が大勢居るが、川内型三姉妹も一際大きな個性の持ち主だった。

1番艦の川内の夜戦好きは鎮守府では常識で、重巡のK(プライバシー保護の為、名前を伏せています)いわく「夜戦…どこかのバカが好きでしたわね」、同じ軽巡のYいわく「あぁ~、もぅ~、5500トン級が一隻、ホントうるさいですね」と何かと苦情が絶えない。

2番艦の神通は謙虚で大人しめではあるが、一方で姉の川内ですら自分より強いと認める程の猛者である。

また鬼教官としての一面もあり、駆逐艦のKいわく「何よクズ司令官、私今忙し…神通さんが呼んでる?先に言いなさいよ!」、同じ駆逐艦のYいわく「神通教官はとてもイイ人っぽい!美人で…気配りも出来て皆に…皆…川内さん、その漢字なんて読むの?」と色んな意味で恐…慕われている。

慕われている。

 

そんな三姉妹の中でも取り分け個性的なのが3番艦の那珂だった。

那珂はラジオの歌番組を聴くのが好きだった。

ある時、那珂の鼻歌を聞いた姉の川内に『那珂って、歌上手いんだな』と褒められた事があった。川内にしてみれば只のお世辞だったのかもしれない。だが、それを聞いた那珂はその言葉を真に受け、歌う事にのめり込んでいった。そんな那珂を見た神通と川内は那珂の為に曲を作り、気が付けばアイドルの真似事をしていた。

例え艦娘と言えど中身は年頃の少女と変わらない。殺伐とした戦いの日々に少しでも癒しになればと提督も那珂達の活動を後押しした。

いつしか那珂は、鎮守府のアイドルを自称するまでになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督さん、昨日はありがとうね!川内お姉ちゃんも神通お姉ちゃんも面白かったって!」

 

那珂達と出掛けた翌日、朝から執務室に来ていた那珂は昨日の興奮が冷めやらぬ様で、かれこれ一時間も昨日の事を話していた。

 

「ああ、喜んでくれて何よりだ。俺も楽しかったよ」

 

「やっぱり本物は違うな~。那珂ちゃんも見習わなきゃ!」

 

「那珂だって鎮守府じゃ大人気じゃないか。駆逐艦の娘がよく真似してるぞ」

 

「それは嬉しいんだけど…ちょっと違うんだよね~」

 

「違う?」

 

「ねぇ、提督さんは私のライブ見た事あるよね?どう思った?」

 

「それは…可愛いと思ったけど」

 

「本当!?じゃあ、どうしてその後の握手会に来てくれなかったの?」

 

「い、いやその…何人も並んでたし、あの列に並ぶのは流石に勇気がいるな」

 

「も~っ!せっかく提督さんにも握手してあげようとしたのに!」

 

「そ、そうか。それはすまない」

 

「じゃあ~特別に…今から握手してあげます!」

 

「え…いいのか?」

 

「本当はオフの日だから駄目なんだけど~、提督さんは那珂ちゃんファンクラブ会長だから特別!」

 

〈いつの間に会長に…〉

 

艦娘といっても精神的には年相応の女の子と変わらない。表面上は笑顔を装ってはいるが、男性の手を握るのは恥ずかしいのだろう、那珂の手はやや震えていた。そう思うと提督も苦笑しながら那珂の手を握った。

 

「ど、どう?那珂ちゃんからアイドルのオーラ…感じる?」

 

「オーラは分からないけど、普通に嬉しいよ」

 

「それだけ?何か感じない?」

 

「それだけって…ま、まあ…その…」

 

「もっと強く握ってみて!那珂ちゃんの気持ち、感じない?」

 

「う、う~ん…」

 

「失礼するわよ…って、あなた達何してるの?」

 

ドアを開けた大井は、提督が那珂の手を握っている光景に暫く固まった。やがて冷めた目で提督を睨み付けた。

 

「い、いや、これはだな…」

 

「もしかしてセクハラ?撃っていい?」

 

「ち、違うって」

 

「じゃあ何で那珂は泣いてるの?」

 

「な、泣いて…?那珂!?」

 

「グスッ…私、少しでも感じてもらいたいから提督さんの(手を)握ったのに」

 

「か、感じる?握った!?」

 

「オ、オイ、那珂っ!変な言い方するな!」

 

「昨日はあんなに楽しんでくれたのに…もしかして、お姉ちゃん達の方がいいの?」

 

「き、昨日って…そういえばアンタ達、何処かへ出掛けてたわよね?一体何してたの!?」

 

「『今日はいっぱい楽しんでくれ』って提督さんに連れて行かれて…」

 

「連れて行かれた?ど、何処へ!?」

 

「暗くて狭い(ライブ)小屋に…」

 

「…ッ!?」

 

「川内お姉ちゃんも最初は大人しかったけど、最後は自分から『もう一回!もう一回!(見よう)』って言うし…」

 

「も、もう一回?何を!?」

 

「神通お姉ちゃんも『(サイリウム)もっと激しく振らないと(アイドルに)届きません』って…」

 

「んなっ!!な、何てハレンチなの!提督、あなた三人に手を出したの!?」

 

「誤解だ!那珂、変な言い方は止せ!ちゃんと説明しろ!」

 

「だから那珂ちゃんも負けてないって証明したくて、提督さんに(手を)出してって…」

 

「…那珂、あなた席を外してくれる?私、提督に話があるの」

 

「うん…じゃあね提督さん、満足させてあげられなくてゴメンね」

 

「んなあっ!な、那珂っ!」

 

提督が那珂を呼び止めようとすると、大井の手が彼の肩にめり込んだ。

 

「何処に行くの?言ったでしょ…少しお話があるって…!!」

 

「じゃあ何で目が血走ってるんだ!?ちゃんと話す!話すから落ち着け!」

 

「あ、そういえば提督さん、神通お姉ちゃんが昨日はあんな恥ずかしい所見られちゃったから、今日は顔を合わせられないって!」

 

「那珂っ!お、大井っ!痛い!肩痛イグァ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

那珂が歌い始めたのは確かにアイドルの真似事がきっかけだったかもしれない。だが、それが全てではなかった。

自分の歌や踊りを披露すると、皆は誉めそやしてくれる。それに気を良くして提督にも見てもらった事があった。それを見た提督はとても可愛かったと素直に感想を述べた。

その言葉を聞いた時、那珂はこれだと思った。可愛いだけなら他の娘にも言われた事がある。だが提督と他の艦娘とでは言葉の響きが違った。そしてその時、初めて理解した。

 

自分はこの人に、もっと自分を見てほしかったんだと。

 

以来、少しでも自分に興味を持ってほしい、もっともっと自分を好きになってほしい…そんな一念で、那珂は今まで以上にアイドル活動に打ち込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、那珂、大井っち見なかった?」

 

鎮守府の中庭。那珂がベンチに腰掛け思い付いた歌詞をメモしていると、いつもは大井と一緒の北上が珍しく一人で通り掛かった。

 

「大井ちゃん?今、提督さんの所だよ。でも今は行かない方がいいかも」

 

「え、何で?」

 

「那珂ちゃんに夢中なのが気に入らないみたい!お説教されてるよ♪」

 

「ふ~ん、大井っち、ああ見えて嫉妬深いからね~。提督も気の毒に…それ、新しい歌の?」

 

「うん、今までは川内お姉ちゃんや神通お姉ちゃんが書いてたから初めて自分で書いてみたの」

 

「えっ!…あ、アレって川内や神通が作詞してたの?」

 

「うん。那珂ちゃん、歌うのは得意だけど歌詞書くのは苦手なんだ」

 

「じ、じゃあ『恋の2-4-11』は…」

 

「神通お姉ちゃんが書いてくれたの」

 

「その前の『トキメキ!アナタのハートに雷撃戦♪』は?」

 

「あれは川内お姉ちゃん」

 

〈せ、川内っ!アンタあんな可愛い系の歌詞書くの!?〉

 

「因みに川内型の制服は川内お姉ちゃんが具現化(プロデュース)したんだよ」

 

「(川内って…もしかして乙女!?)な、那珂はどんな歌詞書いてんの?」

 

「タイトルは『Heart of fleet』」

 

〈スッゴいCool!!〉

 

「フンフン~♪フフフ~ン♪」

 

〈歌い出した!〉

 

「フフンフン~♪フフン~♪」

 

〈前奏か…にしても長い気が…〉

 

「フフフン~♪…スウッ」

 

〈あ、始まった〉

 

「…フフン♪フ~」

 

〈歌えよ!!〉

 

「私は那珂ちゃん、すべすべ赤ちゃん♪

決めるよワンチャン、いないよカーチャン♪」

 

〈ラップかよ!〉

 

「…(スッ)」

 

「(歌詞…指差した!あ、合いの手?歌えって事?)…ウォ…Wow Wow♪」

 

「深海来たけど 大丈夫~

魔法の魚雷で撃退だ~♪」

 

〈どっかで聴いた事あるぞ!〉

 

「F○cK you~深海「ダメーッ!!」

 

「び、びっくりした~」

 

「それはこっちのセリフだよ!仮にもアイドルがFu○kなんて口にしちゃ駄目だよ!」

 

「そ、そうなの?金剛さんが前に言ってたから使ったんだけど、何て意味なんだろ」

 

「意味解んないで使ってるの!?」

 

「北上ちゃん知ってるの?」

 

「それは…と、とにかく!使っちゃ駄目!いいね!?」

 

「う、うん…」

 

〈金剛さん、意外と口悪いんだな…〉

 

「ところでどうしたの?大井ちゃんに用なら後で伝えとこうか?」

 

「あ~いいよ、後で言うから。明日遠征なんだけど、予定が早まって今日からになってさ。明後日まで帰れないって言いたかっただけだから」

 

「そうなんだ、何処へ行くの?」

 

「すぐそこだよ。駆逐艦の御守りみたいなもんだよ」

 

「頑張ってね、無事に帰って来れる様に祈ってるからね」

 

「アハハ、ありがと。次のライブ決まったら教えてね。こう見えても私も大井っちも結構楽しみにしてるんだからさ」

 

「ホント?那珂ちゃん嬉しい!これからも川内型をよろしくネ♪」

 

「アンタ、ホントにブレないな…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝、北上を見送った那珂は川内達と演習に精を出していた。

 

「ほら、那珂!動きが鈍いぞ!」

 

「うひゃあっ!こ、この位じゃへこたれないよ!」

 

「神通!」

 

「ハイ!」

 

「え?きゃああっ!!」

 

いつの間にか後ろに回り込んでいた神通の模擬弾を喰らった那珂は、その場に片膝を突いた。

 

「前にも言ったろ。お前は攻撃を受ける時、右手で顔を庇う癖があるって。それじゃ敵の動きが見えなくなるだろ」

 

「アイドルは顔が命だもん!ファンの皆を悲しませる訳にはいかないの!」

 

「那珂ちゃん、ファンも大事だけど私達は駆逐艦の模範にならなきゃいけないんだから。こんな姿を見たらそれこそファンが悲しむわよ?」

 

「神通お姉ちゃん…解ってるんだけど、無意識に庇っちゃうの…」

 

「惜しいよな~、その気になれば私より強くなれるのに」

 

「強くなんかなくたっていいよ…艦隊ステーションに出てモタさんに『特技ある?』って聞かれて『砲雷撃戦ですっ♪』なんて言いたくないよ…」

 

「え…で、でも私は、おいしいと思うわよ」

 

「色物街道まっしぐらだよ!那珂ちゃんは正統派なんだから!」

 

「私だったら夜戦って答えるのになぁ」

 

「大スキャンダルだよ!デビュー早々“金曜日”されちゃうよ!…あ、でも熱愛発覚みたいでちょっとカッコいいかも…だ、ダメダメ、那珂ちゃんは清純派なんだから!」

 

「でもバラエティに呼んで貰えるかもよ?那珂も提トーーク出たいだろ?」

 

「それは…ちょっと出たいかも…」

 

「夜戦大好き芸人で呼んで貰えるかもよ?」

 

「それはお姉ちゃんでしょ!それに那珂ちゃんは芸人じゃないよ!?」

 

「な、那珂ちゃん…お姉ちゃん、絶対に笑ってはいけない鎮守府に出たいかなって…」

 

「絶対アウトだよ!那珂ちゃん、タイキックなんてされたくないよ!」

 

「でもさ、私達は人間を守ってる訳だろ?那珂が助けた奴がファンになる事だってあるかもしれないだろ?」

 

「えっ?」

 

「そうよ那珂ちゃん。それがきっかけで『あなたは今幸せですか?』ってどこかのプロデューサーにスカウトされちゃったり…」

 

「プ、プロデューサーさん…?」

 

「そうそう、歌って戦え(バトれ)るニューアイドルで売り出すってのもアリだよな」

 

「ニュ…ニューアイドル…?」

 

「アナタに届け、この魚雷(想い)!とか素敵じゃないかしら?」

 

「そうそう、深海棲艦も魅了して戦争を終わらせた伝説の艦娘M@STERとかさ」

 

「…何か不思議な力が湧いてきた。そうだよね!ファンの期待に答えるのもアイドルの務めだよね」

 

「そう、その意気だ那珂。お前なら川内型…いや鎮守府のセンターにだって成れるさ!」

 

「ええ!『Kan・Kan』の表紙だって飾れるわ」

 

「川内お姉ちゃん、神通お姉ちゃん!もう一回やろう!」

 

「ああ!…神通、お前もノセるの上手いな」

 

「…もう一人で慣れましたから」

 

「うん?もう一人…ちょっと待て神通、それって私の事か!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜も更け鎮守府もすっかり寝静まっていた。そんな中、鎮守府港の砂浜を歩く二つの影があった。

 

「那珂、お前が私に付いてくるなんて珍しいじゃん。お前も夜戦の魅力に取り付かれたのか?」

 

「違うよ、私はダンスの練習がしたいだけです~」

 

「ふ~ん、まぁいっか。んじゃ私はそこら辺駆けてるからさ」

 

「うん!また後でね」

 

川内と別れると那珂は浜辺を歩き始めた。少し歩くと座礁して放置されている船の所へと辿り着いた。以前、ここを通り掛かった際に那珂はこの場所に目を付けていた。

早速船に乗って下を見下ろすと、那珂の想像通り船が小さなステージの様であり、那珂は以前のアイドルのライブを思い出しながら歌の練習を始めようとした。

 

「今夜は貸し切りかな?」

 

「えっ!?提督?」

 

那珂が下を覗くと、浜辺から提督が現れた。とっくりの様な物を持っており、顔も少し赤かった。

 

「もう、びっくりしたな~。提督さん、どうしてこんな所に?」

 

「川内と同じかな。気晴らしに海でも見たくてね。那珂は?」

 

「私?エヘヘ…前に提督さんに連れてってもらったライブが忘れられなくて。ここなら練習出来るかなって…」

 

「そうか、邪魔しちゃったかな?」

 

「あ、そんな事ないよ!提督さんは那珂ちゃんファンクラブの会長だもん。特別にレッスン見学させてあげます!」

 

「ハハッ、たまには散歩もしてみるもんだな」

 

「でもアルコールは禁止で~す!」

 

「そ、そうか…」

 

それから数分程、提督は那珂の歌を聞いていた。月明かりに照らされる彼女は幻想的に見え、酔いが入っていた事もあってか提督は心地よく彼女の歌に聞き入っていた。

 

「ど、どうかな?那珂ちゃんの歌…良かった?」

 

「ああ、まるでこの間のライブみたいだったよ。いや、あれ以上だよ」

 

「ほ、本当?そうかな…エヘヘ…やっぱり提督さんに言われると照れちゃうな…」

 

「本当に良かったよ。俺一人で聞くのは勿体無い位だ」

 

「う~ん…那珂ちゃんは、別にそれでも…いいかな?」

 

「どうしてだい?」

 

「そ、それはその…提督さん覚えてないかもしれないけど、前にライブやった時、提督さん私の歌、良かったよって言ってくれたでしょ?

 

「私ね、それがとっても嬉しかったんだ。何だか提督さんを独り占めしてるみたいで…って恥ずかしいなぁ、もう!」

 

「そうか…そんなに喜んでくれるなんて思ってもみなかったよ。俺も那珂の歌を独り占め出来て嬉しいかな」

 

「エヘヘ…あっ、でも那珂ちゃんは皆の物だからね!独り占めはダメだよ?」

 

「そ、そうか?それは残念…」

 

「で、でもね…もし提督さんがどうしてもって言うんなら…少しサービスしてもイイよ」

 

「サービス?ハハッ、握手でも…」

 

冗談混じりに那珂を見つめた提督は、彼女が自分に顔を向け目を瞑っているのに気付いた。

 

「…っ」

 

なけなしの勇気を振り絞っているのか、那珂の肩は小刻みに震えていた。どうしたものかと思案に暮れる提督だったが、彼女の勇気を無下にするのも気の毒に思い、優しく那珂と唇を重ねた。

 

「…あっ、アハハッ…ウフフ…」

 

「ファンに見られたら殺されそうだな」

 

「だ、大丈夫だよ!その時は那珂ちゃんもアイドル辞めるから」

 

「う~ん、それだと尚更恨まれそうなんだが…」

 

「え?どうして…あ、お姉ちゃん」

 

海を見ると、二人に気付いたのか川内が海から上がって来た。二人を見ると那珂と同じく提督がいる事に驚いている様だった。

 

「あれ?提督じゃん。どうしたんだい、こんな所で」

 

「…川内が来てくれて助かったよ」

 

「え?何で?」

 

イイだったのに

 

「那珂…何か怒ってないか?」

 

「何でもないっ!じゃ、提督さん、またね!」

 

「あ、ああ…」

 

「お、オイ那珂、待てって…何で顔赤いんだ?少し酒臭いぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、朝の訓練を終えた那珂は、中庭のお気に入りの場所で新しい歌の歌詞を考えていた。

 

〈うん、大体こんな感じかな?もうちょっとで出来上がりそう!

 

〈提督さん…喜んでくれるかな。この歌、提督さんの為に作ったって…気付いてくれるかな…〉

 

「…あれ?」

 

誰かが駆ける足音に那珂が振り向くと、大井が髪を振り乱しながら那珂の横をすれ違った。大井は那珂に気付いていないのか、全速力で駆け抜けて行った。

 

〈ど、どうしたんだろ…怖い顔してたけど〉

 

「あ、那珂ちゃん、ここにいたのね」

 

「じ、神通お姉ちゃん。何かあったの?」

 

「それが…昨日、北上さんが遠征に行ったのは知ってるでしょ?」

 

「う、うん」

 

「さっき連絡があってね…北上さん達の部隊が襲われたらしいの…」

 

「ええっ!?」

 

「話を聞いたら、駆逐艦を逃がす為に北上さんが囮になったみたいで…北上さんだけ帰投していないみたいなの」

 

「そ、そんな…」

 

那珂は神通と共に執務室へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから私が救援に向かうって言ってるじゃない!」

 

「落ち着け、大井」

 

執務室は険悪な空気が流れていた。今にも提督に掴み掛からんばかりの大井、それを必死で嗜める提督。その横では北上と共に出撃した駆逐艦達が涙を堪えていた。

 

「これが落ち着いていられる訳ないでしょ!アンタ達、行くわよ!」

 

「お、大井さん、落ち着いて下さい!」

 

「な、何よ神通、アンタまで!今こうしてる間にも北上さんは助けを求めてるかもしれないのよ?」

 

「それなんだが…大井」

 

「何よ…アンタ達も…どうしたのよ」

 

北上と共に出撃した駆逐艦の一人が涙を堪えながら口を開いた。

 

「大井はん、気持ちは解る…でも、もう遅いんや」

 

「どういう意味よ、黒潮」

 

「北上はんは…うちを庇って沈んだんや」

 

「…ッ!!」

 

「勘弁や…勘弁してつかぁさい大井はん…」

 

「…神通、すまないが大井を部屋まで連れて行ってやってくれ」

 

「は、ハイ!大井さん、こっちへ…」

 

茫然自失とした大井を連れて神通は退室した。暫くすると壁越しに大井の泣き声が木霊(こだま)した。

 

〈そんな…北上ちゃんが…〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督さん、やっぱりここにいたんだね」

 

「…那珂か」

 

日も暮れ始めた夕方の海岸。一人佇む提督は聞き慣れた声に振り向くと、いつもとは違い暗い表情の那珂がいた。那珂は座る提督の側に腰を下ろした。

 

「大井はどうしてる?」

 

「もう大丈夫。でも、神通お姉ちゃんも何て声掛ければいいか分かんないって」

 

「だろうな。暫くはそっとしてやろう」

 

「そうだね…。ねえ、提督さん…北上ちゃん、本当に沈んじゃったのかな…」

 

「そんな事ないって言いたいが…黒潮の目の前で沈んだそうだ。期待しない方がいい」

 

「そっか…そうだよね」

 

「…」

 

「ねぇ、提督さん。艦娘(わたしたち)ってさ…沈んだらどうなっちゃうのかな?」

 

「それは…人間の俺には分からないけど、聞いた話だと再び生まれ変わる事も出来るらしい」

 

「そうなの?」

 

「そんな例もあるって聞いた事がある」

 

「提督さん…もしも…もしもだよ?那珂ちゃんが沈んじゃったら…もう一度那珂ちゃんを呼んでくれる?」

 

「…あまりしたくないな」

 

「え…ど、どうして?提督さん、那珂ちゃんの事…嫌い?」

 

「確かに那珂を再び生まれ変わらせる事は出来るかもしれない。でもな…蘇ったから、また今まで通りなんて割り切れるもんじゃないよ」

 

「…」

 

「それに、その那珂は本当に…今の那珂なのかなって」

 

「今の…那珂ちゃん?」

 

「ああ。見た目は同じでも違う那珂かもしれない。俺の事だって覚えてないかもしれない」

 

「そ、そんな事ないよ!那珂ちゃん、提督さんの事、絶対に忘れたりしないもん!」

 

「ありがとう。ファンクラブ会長としては嬉しいよ」

 

「大丈夫だよ!絶対に…絶対に忘れたりなんかしないよ!名誉会長にしてあげる!ずっと那珂ちゃんと一緒にいられる特典も付けてあげるよ!」

 

「え…それって…そうだ。那珂、ちょっといいか?」

 

「何?」

 

「これを…」

 

「それ…提督さんのバッチ?」

 

「徽章って言うんだけどな…こうして…那珂の衣装には不釣り合いかもしれないけど」

 

「ど、どうして那珂ちゃんに?…これ、大事な物じゃないの?」

 

「上には無くしたとでも言っておくさ。それに俺は那珂の方が大事だよ」

 

「て、提督さん…」

 

「もし生まれ変わっても、それ見て思い出してくれよ?一番のファンの事を」

 

「…あ、あのね提督さん…那珂ちゃんね、今度の曲初めて自分で詞を書いてみたの。それでね、その歌…提督さんをイメージして書いてみたの…

 

「出来たら…聴いてくれる?」

 

「ああ、楽しみにしてるよ」

 

「ホントに?」

 

「もちろんだよ」

 

「やっぱり那珂ちゃんをプロデュース出来るのは提督さんだけだよ!」

 

「え?プ、プロデュー…ファンクラブ会長じゃ…」

 

「提督さんはぁ~ケッコンしたら、やっぱり那珂ちゃんに引退して欲しい?」

 

「ケッ…ええっ?曲を聴く話はどこへ…」

 

「那珂ちゃんはぁ、ママドルも悪くないかな~って…」

 

「あの、那珂?ちょっと、こっち戻って来て?」

 

「将来は娘と共演も悪くないと思うの!提督さんはどう思う?」

 

「俺も俳優デビューするかな…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、北上達の任務を続行する形で再び同じ遠征が決まった。名目上は遠征だが、大井が旗艦に任命された事から提督が彼女の気持ちを汲んでの編成だという事は川内達も察していた。

 

「ねぇ、提督。私達も付いていっていいかな?」

 

「川内」

 

「同じ軽巡だし、ほっとけないじゃん」

 

「ええ。私も、もし川内姉さんや那珂ちゃんが沈んだらと思うと…他人事とは思えません」

 

「そうそう!それに北上ちゃん、那珂ちゃんのライブ来てくれたし、ファンは大事にしないとねっ♪」

 

「アンタ達…」

 

「…分かった。大井、良い友達を持ったな」

 

「グスッ…足引っ張ったら承知しないんだから」

 

〈素直じゃないな…〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大井!前に出過ぎだ!」

 

戦闘が開始されて早数分が過ぎていた。

形勢は互角だったが、当の大井だけが我を忘れて前へ前へと一人突出していた。

だが、それも無理からぬ事かもしれない。

 

『北上はんを沈めたんは…』

 

今、大井の目の前にいる重巡リ級こそ、北上を沈めた張本人なのだから。

 

「…よくも!」

 

川内や那珂達はほぼ無傷だったが、大井だけは既に中破状態だった。重巡リ級を目にした瞬間、大井は自分への攻撃など物ともせず、北上の仇を討つ事に躍起になっていた。

 

「くっ!大井ッ!私達の声が聞こえてないの!?」

 

「ね、姉さん!あそこ!見た事もない敵が!」

 

「ひゃあっ!お、大井ちゃん!危ないってば!!」

 

わざと自分を追わせる様に逃げる重巡リ級を追い掛ける大井。そんな彼女の背後に忍び寄る仮面の深海棲艦、雷巡チ級。

白い仮面から覗く青白い眼が、大井の後ろを捉えた。左手の砲身を大井に向けるが、その間に割り込む様に滑り込んだ那珂に、一瞬戸惑いが生じた。那珂はそれを見逃さなかった。

那珂の単装砲の一撃が雷巡チ級を的確に捉えた。

 

「クウッ…!」

 

顔面に直撃を受けた雷巡チ級は、大きくのけ反り片膝を突いた。白い仮面に大きくヒビが入り、ボロボロと砕け落ちていく。

 

「大井ちゃんの邪魔はさせないんだから!」

 

「…ッ!」

 

体勢を立て直すよりも早く、那珂がトドメを刺すべく腕を構えた時だった。仮面の剥がれた雷巡チ級が苦しそうに那珂を睨み付けた。

 

「…え?」

 

「な、那珂ッ!何やってるんだ!」

 

「那珂ちゃん!」

 

雷巡チ級と正面から向き合った那珂は、彼女を撃つ事が出来なかった。何故なら、那珂が見たその顔は…

 

「…北上…ちゃん」

 

雷巡チ級が左手を那珂へと向けた。

その光景を最後に那珂の意識は途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…ハッ

ここは…どこ…海…?

それに…私は…

どうして…こんな所に…

 

〈おめでとう…〉

 

おめでとう?

 

〈新しい仲間が生まれるから迎えに行けって言われたけど…よろしくね〉

 

アナタは…誰?

 

〈名前…?名前なんて無いわ。アイツらは…雷巡チ級って呼んでいたわね〉

 

アイツら…?

 

〈艦娘達よ。私達の邪魔する奴らの事よ〉

 

艦娘…そうだ、そういえばそうだ

私達は…アイツらと戦っているんだった

 

〈アナタも…まだハッキリ思い出せないの?〉

 

思い出す…分からない、何か大事な事があった気がするけど…

 

〈実は私もなの。私もつい最近生まれたの。私も何か忘れてる気がするんだけど…何だったんだろ〉

 

…私は…誰かが待っている気が…誰…?

 

〈ねぇ、さっきから気になってたんだけど…アナタ、前に会った事ない?〉

 

そう言われてみれば…どこかで会った様な気が…

 

〈気の所為かな…それはそうと…早速行くよ〉

 

行く…どこへ?

 

〈アイツらがまた来てるから沈めに行かなきゃ〉

 

そう…そうか、そうだよね

私達はその為に生まれたんだものね…

そうだよ…沈めるんだ…

 

二度と浮上できない深海に…!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うち、もう…あかん…」

 

「黒潮ッ!」

 

「黒潮ちゃん!」

 

軽巡棲鬼の一撃を喰らった黒潮は、力尽き海へと沈んでいった。

 

〈…黒…潮〉

 

その様を見届ける軽巡棲鬼に神通が迫る。ハッと我に返った軽巡棲鬼が神通に向き直ると、その神通の後ろからもう一つの影が踊り出た。

 

「黒潮の仇ッ!」

 

「クッ!」

 

「…えっ?」

 

軽巡棲鬼は、とっさに右手で顔を隠した。彼女の不意を突いた川内は何故か撃つのを躊躇った。

そんな三人に雷巡チ級が割って入った。彼女に気を取られた瞬間、軽巡棲鬼は二人に砲撃を浴びせ、その場から撤退した。

 

「川内姉さん、どうして…単装砲の調子でも悪かったんですか?」

 

「神通…私、おかしくなっちゃったのかな?一瞬アイツが…那珂に見えちまったんだ」

 

「え?な、何を言って…」

 

「神通、お前も見たろ?あの右手で顔を庇う癖。まるで那珂そっくりだったじゃん」

 

「…」

 

「なぁ、神通…私達が戦ってるのって…」

 

「姉さん、それ以上は言うべきじゃありません」

 

「じ、神通?」

 

「例えそうだとしても、彼女達が黒潮ちゃんを…そして北上さんや那珂ちゃんを沈めた事に違いはないんです」

 

「そ、そうだけど…」

 

「私達も引き上げましょう」

 

「…うん」

 

神通達は踵を返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈ありがとう、さっきは助かったわ〉

 

〈危なかったわね。まだ上手く戦えないの?〉

 

〈そうかも…しれない…〉

 

〈私もそうだったの。でもすぐ慣れるわ〉

 

そう…

それにしても…あの艦娘…

どうして私を撃たなかったんだろう…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雷巡チ級は追い詰められていた。

重巡リ級に食らい付く大井に以前の様に後ろから仕掛けたが、それを看破していた大井は反転、更に川内と神通に挟撃されていた。

 

「前はよくもやってくれたわね…!」

 

雷巡チ級にトドメを刺そうと追いすがる大井に割って入ろうとする軽巡棲鬼だが、川内と神通に邪魔され先に進めずにいた。

 

〈このままじゃアイツが沈む…聞こえるか?〉

 

〈そ、その声は…助けてくれ、このままじゃ…〉

 

〈大丈夫、目の前のそいつに、こう言って!〉

 

〈何を言って〈いいから言って!〉

 

〈わ、分かった…「ヤ、ヤメテヨ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オオイッチ…」

 

 

 

 

 

 

「…え」

 

後は魚雷を放てば目の前の彼女を仕留められる。その直前まで来て、大井は動きを止めてしまった。

 

〈こ、これは…どうして…?〉

 

まさかの大井の硬直に呆気に取られている川内達の隙を突き、軽巡棲鬼は二人の間をすり抜けた。

 

「あっ?」

 

「し、しまった!」

 

自分に迫る軽巡棲鬼に気付きもせず、魂を抜かれた様に雷巡チ級を見下ろす大井。彼女が振り向いた瞬間、軽巡棲鬼の下半身の鮫の様な口が開いた。

 

「きゃああっ!!」

 

「お、大井ッ!!」

 

巨大な水柱と共に吹き飛ばされる大井。その顔は、まだ自分に何が起きているのか理解していなかった。

雷巡チ級の肩を掴むと、軽巡棲鬼は撤退した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈ありがとう、お陰で助かったわ〉

 

〈私を迎えに来てくれたお礼よ〉

 

〈フフ、そういう事にしておくわ。ところで…さっきの言葉は…どういう意味なの?何故あの髪の長い艦娘は私を撃たなかったの?〉

 

〈それは…あの言葉を言えば、きっと…そうだ、どうして私はあんな言葉を思い付いたんだろう…〉

 

〈実は…私も不思議なの。あの言葉…いや、あの艦娘の事が頭から離れないの。一体どうしてなんだろう…それはそうと…アナタの胸に付いているの…何?〉

 

〈胸に…?何だろ、これ。バッチかな…〉

 

〈バッチ…〉

 

〈分からない…でも、何だろう…とても大事な物だった気がする…〉

 

〈…まるで人間みたいね〉

 

〈人間…〉

 

人間…何処かで…

私…何か…誰かを忘れている気が…

バッチ…これと関係あるのかな…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝、重巡リ級の指揮の下、軽巡棲鬼と雷巡チ級は鎮守府近海に来ていた。この辺りで艦娘が目撃された事から、奇襲を仕掛けるべく待機していた。

 

〈そのバッチが気になるの?〉

 

バッチを手に取る軽巡棲鬼が気になるのか、雷巡リ級は声を掛けた。

 

〈うん…何か思い出しそうで…〉

 

〈しっ!艦娘が来たよ〉

 

〈え?あっ…〉

 

海に落ちたバッチを慌てて拾った軽巡棲鬼の頭に不思議な声が響いた。

 

『那珂…仇は取ってやるからな!』

 

〈これは…向こうに見える艦娘の声…?〉

 

『無理はしないで川内姉さん、私達まで沈んだら提督も悲しむわ』

 

〈川内…提督…?〉

 

〈何をしているの?行くわよ!〉

 

〈あ、ああ…〉

 

戦闘が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

戦いは艦娘有利に進んでいた。

重巡リ級は轟沈され、残る味方も残り僅かに減っていた。

そんな中、軽巡棲鬼だけは奇妙な感覚に囚われていた。目の前に迫る艦娘達を敵として戦いつつも、妙に懐かしい、まるで何処かで会った様な感覚に囚われていた。

 

〈一旦引こう!〉

 

雷巡チ級の提案に他の深海棲艦は後退し始めた。だが、軽巡棲鬼だけは、その場から動かなかった。

 

〈何をしているの!危ないわ!〉

 

〈…先に行ってて〉

 

〈な!ど、何処へ行くの!?そっちは奴らの…〉

 

〈確かめたい事があるの!待ってて北上ちゃん!〉

 

〈北…上…?〉

 

軽巡棲鬼は艦娘達を大きく迂回すると、ある場所を目指した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕暮れ。鎮守府から少し離れた海岸に軽巡棲鬼は来ていた。始めて来た場所の筈だったが、彼女は妙な郷愁感に浸っていた。

 

〈私は…ここに来た事がある。確か…この先に…〉

 

記憶に沿って歩いて行くと、寂れた難破船があった。

 

〈やっぱりだ!私はこの場合を知っている!〉

 

「…川内か?」

 

ふと、船の後ろから人の声が聞こえた。やがて声の主は警戒心もなく軽巡棲鬼の前へ姿を表した。

 

「もう帰投して…うわあっ!」

 

声の主、提督は目の前にいるのが軽巡棲鬼だと判ると腰を抜かした。

 

〈ま、待って!〉

 

慌ててその場から離れようとする提督に、軽巡棲鬼は覆い被さる様に倒れ込んだ。

 

「うわっ!は、離せっ!」

 

〈私は…この人間を知っている…〉

 

「…そのバッチ。な、何故お前がそれを…まさか!」

 

軽巡棲鬼を振りほどいた提督の眼は憎しみに染まっていた。

 

「まさか…お前が那珂を…」

 

〈那珂…?〉

 

「うわあああっ!」

 

提督は軽巡棲鬼に掴み掛かると、その首を締めた。軽巡棲鬼は抵抗出来ずにいた。提督の手を振りほどけなかった訳ではない。彼の発した言葉が頭から離れず、抵抗する事を忘れていた。

 

「よくも…よくもっ!!」

 

〈や、やめてよ…〉

 

軽巡棲鬼は彼の手に触れた。次の瞬間、提督の頭に女の声が響いた。

 

「はっ!?」

 

提督は彼女から飛び退くと、辺りを見回した。

 

「な、何だ今の声は…そ、それに今の声は…那珂の…」

 

軽巡棲鬼は起き上がると、ゆっくりと彼に近付いた。

 

「ち、近寄る…」

 

その場から逃げ出そうとした彼だったが、彼女の悲しげな微笑みを見ると自分に敵意がない事が分かった。それどころか、彼女の顔が既にいない部下の顔と重なった。

 

「そのバッチ…お前…那珂なのか?」

 

「ナ…カ…オマエハ…提督…?」

 

「や、やっぱり!お前、那珂なんだな!そうだ、間違いない!那珂、お前は那珂だ!」

 

「私ハ…那珂…?」

 

「そうだよ!だからここに来たんだろ!思い出してくれ!前にここでよく話したろ!」

 

『じゃあねじゃあねっ!…ちゃん、アイドルのライブ行きたいっ!』

 

『…ちゃんは皆の物だからね!独り占めは駄目だよ!』

 

『…ちゃんが沈んじゃったら…もう一度、…ちゃんを呼んでくれる?』

 

「ア…頭ガ…痛イ…」

 

「な、那珂っ!」

 

「私ハ…誰ナノ…」

 

そう言うと軽巡棲鬼は倒れた。憔悴した顔で横たわる彼女を見て、果たして本当に彼女は那珂なのだろうか?今更ながらに疑問に思う彼だったが、今この状況を人に見られるのは不味いと判断し、彼女を人目に付かぬ様に難破船の中へと運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督、どちらへ?」

 

「あ、あぁ…日課の散歩だよ」

 

「そうですか…」

 

神通と別れた提督は執務室を後にした。

あれから数日、提督と軽巡棲鬼に姿を変えた那珂との奇妙な交流はひっそりと続いていた。

軽巡棲鬼は彼に敵意を向ける事はなかった。だが、彼の語る思い出話は今一つ理解していない様で、話は聞くものの、思い出している訳ではなさそうだった。

川内や神通に話そうかと思ったが、黒潮、北上、大井と仲間を失った彼女達が理解を示すとは到底思えなかった。

一体どうすればいいのか…そんな悩みを抱えて早三日が過ぎていた。

 

提督が部屋を後にして十分程後、神通が残る執務室に一人の艦娘が飛び込んで来た。

 

「神通、提督は?」

 

「提督は散歩に行くと言ってましたが…どうかしましたか、川内姉さん」

 

「今、哨戒に出てる連中から深海棲艦を二人見たって…まさか鎮守府には来ないとは思うけど…」

 

「提督は確か海岸に行ったはず…」

 

「…神通、一緒に来てくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…そうだ、お前はアイドルを目指していてな…」

 

「…」

 

いつもの様に那珂の事を軽巡棲鬼に語る提督だったが、当の彼女の方は理解しているのかいないのか、皆目見当が付かなかった。

 

「はぁ…やっぱり思い出すなんて無理なのかな」

 

提督が肩を落とすと、軽巡棲鬼は彼の手を握った。

 

〈ごめんなさい…私が何も思い出せないばっかりに…〉

 

彼女は喋るのは苦手な様だが、相手に触れる事で自分の意思を送る事が出来た。

提督が話し掛ける、軽巡棲鬼が手を介して返答を伝える。この奇妙な会話のお陰で話は伝わっているが、問題の解決には至っていなかった。

 

「俺もこんなケースは初めてだからな。どうしていいか分からないよ」

 

〈私…ここにいたら迷惑?〉

 

「ごめん、そんな意味で言ったんじゃないんだ。ただ、お前の歌が聴けないのかと思うと残念かな」

 

〈ごめんなさい…〉

 

軽巡棲鬼は申し訳なさそうに頭を垂れた。姿こそ違うが、その仕草は紛れもなく那珂にしか見えず、それが一層彼を困惑させた。

 

「…今だからこそ言うけど。那珂、俺お前の歌聴くの好きだったんだ。上手い下手の問題じゃないんだ。気持ちが安らぐって言うか…」

 

〈今の私じゃ…ダメ?〉

 

「そんな事はないよ…って言いたいけど、皆は納得しないだろうな」

 

〈…〉

 

「でも那珂、俺毎日ここに来るよ。今は無理かもしれないけど、いつかきっと昔の事を…那珂だった時の事を思い出せるよ!」

 

〈ありがとう…もし思い出したら、歌を歌ってあげる〉

 

「ははっ、那珂の歌を独占か。ファンクラブ会長になって良かったよ」

 

〈ファン…クラブ…?〉

 

「ん、ああ…言ってなかったっけ?俺は那珂のファンクラブの会長なんだよ…って那珂が言ってたよ」

 

〈…〉

 

『今までは…お姉ちゃんや…が書いてたから…』

 

『あのね提督さん、今度の曲、初めて…が詩を書いてみたの』

 

『出来たら…聞いてくれる?』

 

〈歌を…作ったの…〉

 

「那珂…どうしたんだ?」

 

〈提督…さんに…聴いてもらいたくて…一生懸命…作ったの…〉

 

「な、那珂、まさか思い出したのか!?」

 

〈だから私は…この場所を知って…あなたの事も知ってて…〉

 

「そ、そうだよ!那珂、お前は艦娘だったんだ!そしてここで俺と何度も話したんだ!」

 

〈そうだ…私は那珂…〉

 

「那珂っ!!」

 

提督は軽巡棲鬼に抱き着いた。一瞬戸惑った彼女だったが、やがて彼の肩に手を回した。

 

「ズット…ズット提督サンに聴イテホしかったの〉

 

「ああ…聴かせてくれるか」

 

「うん…あなたの為に作った曲だよ…」

 

軽巡棲鬼は立ち上がり、提督の前へと立つと深呼吸をした。

その時だった。

 

「動くな!提督、大丈夫かい!?」

 

「せ、川内!どうしてここに!」

 

ふと上からの声に見上げると、堤防に艤装を展開した川内が血走った目で二人を見下ろしていた。

堤防から飛び降りた川内は提督と軽巡棲鬼の下へとゆっくり近付いて行く。

 

「さっき報せがあったんだよ、この辺りで深海棲艦を二人見たって。一人は今神通が追ってる。もう一人はこっちに来てたのか」

 

「二人?ち、違うんだ川内!そいつは深海棲艦じゃない!」

 

「な、何を言ってるの?こいつは…お前、あの時の…」

 

「川内、そいつは見た目こそ軽巡棲鬼だが中身は那珂なんだ!俺達の事を覚えてて帰って来てくれたんだ!」

 

「な、那珂…こいつが…本当に…」

 

「せ、川内…お姉ちゃん…」

 

「…!そ、その声…アンタ本当に…」

 

「そ、そうだ!那珂なんだよ。川内、お前の妹の那珂だ!」

 

「…那珂」

 

川内が腕の単装砲を下ろした時だった。

浜辺に鳴り響く砲撃音と共に、軽巡棲鬼はその場から吹き飛ばされた。

 

「うわっ!」

 

「きゃっ!な…じ、神通!」

 

川内の後を追って来たのだろうか、堤防には息を切らせた神通が単装砲を構えていた。

ゆっくりと堤防の階段を降りてくる神通。再び立ち上がろうとする軽巡棲鬼に神通は更に砲撃を加えた。

 

「きゃああっ!!」

 

「や、止めろ神通!止めるんだ!」

 

最早虫の息の軽巡棲鬼を庇う様に、提督は彼女の前に立ちはだかった。

 

「何故撃った!」

 

「な、何を言ってるのですか提督!退いて下さい!彼女はまだ生きて…」

 

「こ、こいつは那珂だ!那珂なんだ!」

 

「お、おい神通、提督の言う事、信じられないかもしれないけどアイツは…」

 

「…そんな筈はありません」

 

「え?」

 

「私の妹の那珂はもう沈みました。提督も川内姉さんも忘れたのですか?」

 

「そ、そうだが…で、でもこいつは那珂なんだ!神通、信じてくれ!」

 

「…仮にそうであっても、それはもう那珂ではありません。提督、そこを退いて下さい」

 

「じ、神通!」

 

動けない軽巡棲鬼の前に立つ提督の肩越しに彼女の手が掛かった。提督の頭の中に彼女の…那珂の声が伝わってきた。

 

〈北上ちゃんと大井ちゃんが呼んでる…〉

 

「…な、那珂?」

 

〈提督さん…アイドルはね、ステージを降りるまで…笑顔でいなきゃいけないんだよ…

 

〈最後にもう一度…提督さんの前で歌いたかったなぁ…〉

 

「ま、待て那珂!俺は…!」

 

「…さよなら」

 

軽巡棲鬼は提督を突き飛ばした。彼を受け止めた川内が那珂に目をやると、軽巡棲鬼の背後の海が静かに盛り上がり、二つの影が姿を表した。

 

「あれは…私が追っていた雷巡チ級!…どうして二人も!?」

 

仮面から青白い眼光を放つ、そして赤い眼光の雷巡チ級が鮫の様な艤装を川内達に向けた。

 

「あ、危ない!」

 

艤装の口から放たれた魚雷は確実に川内を捉えていた。だが、軽巡棲鬼は彼女を庇う様に飛び出した。

 

「なっ!?」

 

軽巡棲鬼に炸裂した魚雷の閃光は彼女を包んで四散した。

 

「きゃああっ!」

 

「な、那珂っ!!」

 

川内と神通に庇われる様に立ち竦む提督が次に目を開くと、そこにはもう軽巡棲鬼はいなかった。雷巡チ級の二人も既に海の彼方へと走っていた。

ふと、吹き飛んだ那珂のいた場所に黒く焦げた物が提督の目に入った。彼が何かと拾ってみると、それは彼がかつて那珂に渡した徽章だった。

 

「…那珂…」

 

黒焦げの徽章を握り締める彼の手に、涙がこぼれ落ちた。

 

「ね、ねぇ…提督。アイツって…本当に那珂だったのかな…」

 

「ああ…きっとそうだよ。だからここに来たんだ。俺や川内の事が忘れられなかったんだよ」

 

「…那珂」

 

「提督、川内姉さん…もう、その事は忘れましょう」

 

「…神通!あ、アンタ何言ってるの?神通も見たでしょ?だからアイツはあたしを庇って!」

 

「もう沈んだんです!私達の妹の那珂は…もう沈んだんです…」

 

「じ、神通…どうして…」

 

「あれが那珂ちゃんだったら…今見た雷巡は誰なんです…北上さん?それとも大井さんですか?」

 

「そ、それは…」

 

「私達は仲間と戦っているとでも言うんですか?」

 

「…」

 

「もしそうだとしても、きっと倒される事を望んでいる筈です。昨日までの仲間を手に掛ける、あの感覚…私はもう二度と味わいたくはありません」

 

「じ、神通…アンタまさか…」

 

「…」

 

神通の答えが何を意味しているのか、川内はそれ以上問う事は出来なかった。

覚えていないだけで、かつては自分も体験している事かもしれない。そう考えると、川内はとても聞く気にはなれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

艦娘と深海棲艦の闘いはそれからも止むことなく続いている。

その後、奇妙な事にかつての軽巡棲鬼の様に単独で鎮守府を目指そうとする深海棲艦が度々現れた。

だが、その多くは鎮守府に辿り着く事もなく轟沈する事がほとんどだった。

彼女達が何故、鎮守府を目指したのか…かつての那珂の様に艦娘としての過去に目覚めた為なのか、それとも違う何かなのか…

 

それは彼女達しか知らない。

 

 

 

 

 

 

 




改訂前の読んでくれた人には申し訳ないんですが、以前のは話を何にも考えないで書いたので、自分でもよく解んないオチでした。やっと新しい話を思い付いたので書き直しました。
重複を避ける為、古いのを消してますが何で消しちゃうんだと思ってる方、すいません。

参考までに。
潮、雪風、大淀、鹿島の話を改訂する予定です。今回の様に話を丸ごと改変するのではなく、会話パートと話を付け足すだけでオチは同じです。
ちな歌はテッドのサンダーソングのパロディです。









艦娘型録

提督 ファンクラブ会長か。これって年会費は…え、取るの?俺会長なのに?そ、そう…。最前列席チケット?駆逐艦の中に混ざって聴くのか…絶対誤解されそう…。

那珂 あれ?提督さん、何書いてるの?え、徽章を無くした始末書?そ、そう…やっぱり返した方がいい?

川内 な~那珂、新しい歌作ったんだけど見てくんない?え?那珂も作ったの?どれどれ…ふ、ふ~ん…まぁまぁ…じゃない?

神通 ね、ねぇ那珂ちゃん、そろそろ新しい展開もいいんじゃないかしら?た、例えばよ?ユニットを作ってみるとか…え?募集してみる?そ、そんな事しなくても側にいるじゃない。川内姉さん?いっそ三人とかは…どう?

北上 そうそう、F○ckなんて言葉使っちゃダメだよ。え?Bi○ch?Ass H○le…M○ther fu○kerって…もっとダメだよ!普段、金剛さんと何話してるの!?

大井 に、握るって何を!?え、腕?な、何だ。びっくりしたじゃない!私てっきり…な、何でもないわよ!え?提督さんのとっても太くて、血管が浮き出てて…ねぇ、本当に腕よね!?

重巡リ級 新人教育係になったのはいいが…どうして私の部下共はどいつもこいつも勝手にどこかに行くんだ?だから雷巡!勝手に行くなって!

黒潮 何でウチの出番少ないんやろ…やっぱりスパッツだからやろか。それとも関西弁やから?でも龍驤はんはピンで出てるやん。何でなん?




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お帰りなさい

「まあ簡単に料理が上達するなんてバカな考えはやめるんだなハハハ」
「出来らぁ!」
「今なんて言った?」
「同じ料理でもっと美味しい弁当を作れるって言ったのよ!」
「こりゃあどうしても美味しい弁当を作ってもらおうじゃないか」
「えっ?同じ料理で弁当を!?」


ある鎮守府の近海で遺体が上がった。

偶然、漁師が引き揚げた物で、死後かなり経過しているのか完全に白骨化していた。

当初は単なる溺死と思われたが検死の結果、胸部を撃たれた事が死因と判った。

死後十数年経過しており身元が分かる物が一つも無い事から、人知れず無縁仏として埋葬された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日からここが…」

 

ある鎮守府の正門に一人の若者が立っていた。

白い軍服に身を包んだ彼の顔は、期待と不安に揺れていた。

彼が門をくぐり中庭へと進んだ時だった。

ドサッと何かが倒れる音に彼は横を振り向いた。見ると桜の木の下で、一人の女性が尻餅を付いていた。

 

「あの…大丈夫ですか?」

 

「はい、お恥ずかしい所を…あっ」

 

青年は手を差しのべた。彼女は暫く呆気に取られていたが、彼の手を握ると立ち上がった。

 

「……」

 

立ち上がった彼女は彼の手を握ったまま立ち尽くしていた。見ればどことなく顔も上気し、彼の顔に見とれているようだった。

 

「あの…手を…」

 

「…はっ!私ったら…申し訳ありません」

 

「い、いえ…」

 

彼女は慌てて手を話すと、両手で顔を隠した。

年の頃は二十代後半、と言った所だろうか。淡い桜色の着物に濃紺の袴、その立ち振舞いにはどことなく威厳がある様にも見える。

 

「提督さん、ようこそ私達の鎮守府へ」

 

「僕の事を知って?」

 

「ええ。龍驤さんからお聞きしています。改めてご挨拶させて頂きます。私は鳳翔型軽空母の鳳翔と申します。これから宜しくお願いしますね」

 

青年も慌てて一礼すると、鳳翔は彼のバッグを手に取った。

 

「自分で持ちますよ」

 

「いえ、この位させて下さい」

 

鳳翔はこちらですと、執務室への案内を買って出た。

 

〈綺麗な人だな…〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

青年には両親が居なかった。

正確には父親と母親の顔を覚えていなかった。

初老の老夫婦が彼の育て親だったが、物心が付いた頃、自分達は実の両親ではないのだと明かされた。彼が親だと思っていた二人は祖父母であり、自分は孫に当たると告げられた。

 

どうして自分には両親が居ないのか?

 

ある時、彼が祖父に尋ねた事があった。

祖父が言うには、父親は軍人だったが深海棲艦との戦いで戦死。母親もそれに巻き込まれ自分を産んですぐに亡くなったそうだった。彼は幼心に、いつか軍人になって両親の仇を討つんだと心に誓った。

祖父が見せてくれたアルバムには、軍服に身を包んだまだ若い彼の父親が写っていた。

母親の写真は無いのか尋ねたが、あいにく一枚も残っていないそうだった。

ある日、今は自分の部屋である父親の部屋の奥から何枚かの写真が見つかった。そこには父と共に一人の若い女性が写っていた。彼はこの女性が自分の母親だと理解した。彼はその写真をロケットに加工し、大事に持ち歩く事にした。

 

彼が十歳になる頃、妖精と話している所を見た祖父が、誰と話しているのかと尋ねてきた。彼はこの時初めて自分以外には妖精が見えない事に気付いた。学校の友達も妖精が見える者はおらず、彼はこの事は内緒にしようと考えた。

 

やがて彼は希望通り軍人になった。

ある時、彼が妖精が見える事を知った上層部が、彼に提督にならないかと話を持ち掛けた。

妖精が見える者が深海棲艦と戦える艦娘の提督に成れるのだと知った彼は、二つ返事で引き受ける事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや~遠路はるばるご苦労さん!」

 

提督が執務室に案内されると、一人の少女が彼を出迎えてくれた。

 

「はは、こんにちは。え~と、君は吹雪型かな?…それとも暁型…」

 

「暁型なのです!…って誰が駆逐艦やねん!「あちょぷ!」

 

少女のキレのいい水平チョップが提督の胸に炸裂した。

 

「そ、そんな強くやったつもりナイんやけど…か、堪忍な(あちょぷって何や)」

 

「もう、龍驤さんったら…(あちょぷ?)」

 

「え?君も艦娘だろ?駆逐艦じゃないのかい?」

 

「…次は本気で叩き込んだろか?「龍驤さん!」

 

「フフッ、冗談や。ウチの名前は龍驤。そこに居る鳳翔と同じ軽空母や。よろしゅうな」

 

「え?軽空母?」

 

「…何や?ウチが軽空母なんが、おかしいんか?」

 

「い、いやその…」

 

「安心しい。ウチと鳳翔はこの鎮守府の一番の古株や。こう見えても多分キミより年上や」

 

「ええっ!?」

 

明らかに未成年にしか見えない彼女が、自分よりも年上。提督は思わず鳳翔に振り返ると、彼女は恥ずかしげにうつ向いて首を縦に降った。

 

「キミの事は色々聞いとるで。将来有望な若モンやってな。何か分からない事があったら何でも聞きや♪「いてっ!」

 

笑顔で背中を叩かれた提督は、再び鳳翔と龍驤を見比べた。艦娘の外見がほとんど変化しない事は知識として知っていたが、実際に見てみると俄には信じられないと背中を擦りながら彼は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『うわあっ!!』

 

『航空部隊、発艦!!』

 

『…え…な、何だ?』

 

『あの…いくら駆逐イ級とはいえ、銃で立ち向かうなんて危ないですよ』

 

『わ、分かってるさ!だが、鎮守府の中まで来たんだ。軍人の俺が逃げる訳にはいかないだろ!』

 

『フフッ、勇ましいですね。でもここから先は私達艦娘に任せて下さい』

 

『か、艦娘…?じゃあ君が…』

 

『鳳翔、そっち行ったで!!』

 

『はい!龍驤さん、今行きます!じゃあ…』

 

『ほ、鳳翔…って言うのか、君は?』

 

『ええ。それじゃ、勇敢な軍人さん♪』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼が鎮守府に着任して一ヶ月。

艦娘達とも打ち解け、何度かの海域攻略も成功させていた。

ある日の鎮守府の港。鳳翔を旗艦にした遠征部隊が帰投した。

 

「しれぇ、ただいま!」

 

「お帰り時津風、雪風…鳳翔さん」

 

「只今戻りました」

 

「今日は大成功だよ、しれぇ!」

 

「そうなのです!雪風も頑張りました!」

 

「そうか、偉いぞ~」

 

「もう、また子供扱いする~」

 

「ああ、ごめんごめん。時津風が可愛いから、ついな」

 

「…じゃあ許してあげる」

 

「司令!雪風も子供扱いして下さい!」

 

「大丈夫、雪風も可愛いから」

 

「じゃあ、しなくていいです!」

 

「あ、ああ…」

 

自分の前で騒ぐ駆逐艦を微笑ましく見つめる鳳翔に、提督は優しく声を掛けた。

 

「今日は思ったより早かったですね」

 

「ええ。珍しく敵と遭遇する事が無かったものですから。これも雪風ちゃんのお陰かしら」

 

「案外そうかもしれないですね」

 

時津風(わたし)も居るんだからね!」

 

「分かってるって」

 

「ところで提督、良ければ今夜、私のお店に来ませんか?」

 

「そう言えば鳳翔さん、小料理屋を出してるんでしたね」

 

「ええ。来て頂けるなら、腕に縒りを掛けますよ」

 

「それは楽しみですね。是非、伺わせて下さい」

 

「お待ちしています」

 

「しれぇ~、私も行っていい?」

 

「う~ん、酒もあるし時津風は駄目かな」

 

「ちぇ~っ、つまんないの」

 

「司令!雪風は行ってもいいですか?」

 

「良い子は早く寝るもんだぞ」

 

「じゃあ、行きたくありません!」

 

「お、おお…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あ、あなたは…また会いましたね』

 

『やあ鳳翔、君を探してたんだ』

 

『私を…ですか?』

 

『ああ。あの時は礼を言う暇も無かったからさ。あの時は君が来てくれなかったら危なかったよ。本当にありがとう』

 

『い、いいんですよ。私達はその為に生まれたんですから』

 

『そうだったな。君は艦娘だったっけ』

 

『ええ…あ、あの…何か?私の顔に何か付いてます?』

 

『ごめん!そうじゃないんだ。その…艦娘を見るの初めてで…』

 

『フフッ、そうですね。艦娘は私や龍驤さんを入れても十人もいないそうですから…もしかして、どこか変ですか?』

 

『い、いや…その逆だよ。その…凄い綺麗だなと思って…』

 

『え?…ありがとう…ございましゅ///』

 

『その…君さ、ここの鎮守府の艦娘なの?』

 

『はい。こちらでお世話になっています』

 

『そうなんだ。実は俺もさ、昨日からここで働く事が決まったんだ、よろしくな。名前は…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら提督さん、こんな所に…珍しいですね」

 

提督が弓道場を訪れると、入り口で鳳翔と龍驤が何やら話している様だった。

 

「ああ鳳翔さん、加賀に用事で…あ、あそこか」

 

「せっかくやから、キミも練習してったらどや?」

 

「やめとくよ。剣道なら得意だが弓は持った事もない。そっちは龍驤達に任せるよ」

 

「へ~♪キミ、剣道得意なんか。じゃあ鎮守府に敵が来ても安心やな」

 

「ああ。お前の仇は取ってやるよ」

 

「そら心強い…って、勝手に沈めんなや!」

 

「悪い悪い。でも…あれ?龍驤って、弓使ったっけ?確か式神だった気が…」

 

「あ、あぁ。ウチは鳳翔に用があったんよ」

 

「ふ~ん。じゃあな、お~い、加賀」

 

提督が加賀と話し出すのを見た龍驤は、囁く様に鳳翔に呟いた。

 

「…分かってるやろな、鳳翔」

 

「ええ…心配し過ぎよ、龍驤さん」

 

「ウチも余計なお節介やとは思っとる…思っとるだけで済めば、ええんやけどな」

 

「…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『こんにちは、今からお昼ですか?』

 

『ああ鳳翔。うん、今から昼飯だよ』

 

『そうですか、ちょうど良かった。あの…これ、私が作ったんですけど…良かったら食べます?』

 

『え?いいの?』

 

『は、はい。ただ…初めて作ってみたので、美味しくはないかもしれないですが』

 

『こんな美人に作ってもらったんだ。それだけでも感謝しなきゃ』

 

『そ、そんな…』

 

『いただきま~す♪』

 

『…ど、どうでしょう。美味しいですか?』

 

『…軽空母って、艦載機どの位積めるの?『どうして今そんな事聞くんです!?美味しくなかったんですか!?』

 

『い、いや…そんな事ないけど…『どうして目を逸らすんです!?』

 

『お、美味しいよ!うん…頑張って…食べて見せるよ『頑張って!?そんなに不味いですか!?』

 

『そ、そんな事ないって!ほら、ちゃんと食べるから』

 

『うう…私、料理の才能無いのかしら…』

 

『い、いや…初めてでこんなに作れれば上出来だよ。ただちょっと…味が濃すぎたかも』

 

『…あの、明日もう一度ここに来て下さい!こ、今度はもっと美味しいの作ってきますから!』

 

『あ、ああ…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、提督さん、来てくれたんですね」

 

「こんばんは」

 

実務を早めに切り上げた提督は、鳳翔の居酒屋を訪れていた。暖簾(のれん)を潜ると既に何人かの艦娘が、ゆったりと夜の一時を過ごしていた。

 

「こんばんは、提督」

 

「ああ。加賀に…隼鷹も来てるのか」

 

「そりゃそうだよ。ここはあたしの別荘みたいなモンだからね。ニヒヒ」

 

「もう出来上がってるのか…」

 

「もう、隼鷹さんったら…さ、提督さん、こちらへどうぞ」

 

鳳翔に手招きされ、提督は座席に腰掛けた。

 

「それにしても、鎮守府にこんな所があったなんて。とても落ち着いてていい雰囲気ですね」

 

「だろ~?」

 

「なぜ得意気なんだ隼鷹…加賀に聞きましたけど…鳳翔さんは、この鎮守府、随分長いそうですね」

 

「ええ、お恥ずかしながら…」

 

「そりゃそうさ。鳳翔さんは最初の艦娘って言われてる位だからね!あたいらの師匠みたいなモンだよ」

 

「そうなのか隼鷹。知らなかったよ」

 

「ふふっ、お陰様で何とか轟沈もせずにやってこれました」

 

「確か最初に艦娘が現れたのが…俺が生まれた辺りって聞いたから…にじゅ「て、提督さんよ~!とりあえず一杯飲もうぜ~!」お、おい隼鷹」

 

〈提督さんよ…女に年の話は禁句だよ〉

 

〈あ、ああ…そうか、すまない〉

 

「そんな事より、さ、提督さん。どうぞ」

 

「美味しそうですね」

 

「あ、あれ~鳳翔さん。随分豪華だけど…あたしらと違くないかい?」

 

「そ、そんな事ありませんよ。その…そ、そう!提督さんにはこれからも来て頂きたいから…さ、サービスですよ」

 

「そ、それにしたって随分豪華だね…あたしもここに通って長いけど、こんな気合いの入った料理見た事ないよ…」

 

「そ、そうなんですか…じゃあ、とりあえず…」

 

「ど、どうでしょう…」

 

「…うん、とっても美味しいです。こんな美味しいの初めて…あ、あの…鳳翔さん?」

 

「…う…ううっ…」

 

「ちょっ…ちょっと鳳翔さん、どうしちまったんだい!?」

 

「あの…僕、何か変な事でも…?」

 

「ち、違います!ごめんなさい…その…玉ねぎが目に染みて…」

 

「な、何だい。びっくりさせないでくれよ。でも鳳翔さんが泣いてる所なんて初めて見たよ」

 

「そうなのか…あの、鳳翔さん、本当に美味しいです。今まで食べた中で一番美味しいです」

 

「は、はい…ありがとうございます…」

 

結局、提督が料理を食べる度に泣き出し、提督達に大丈夫かと心配される羽目になった。提督はもちろんだが、隼鷹や加賀もそんな光景に驚き、次の日には提督が鳳翔さんを泣かせたと鎮守府中で噂になった。

隼鷹と加賀は、なぜか三日間出禁になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ど、どうですか?』

 

『…うん、美味しいよ!』

 

『ほ、本当ですか!?』

 

『凄いな。三日前とはまるで別物だよ。こんなに美味しくなるなんて』

 

『うふふっ。あれから何度も勉強したんですよ。龍驤さんも美味しいって言ってくれたから、今回は自信あったんです』

 

『そうなんだ…。でもこれだけ作れるなら艦娘辞めても料理屋で食べていけるんじゃない?』

 

『そ、それは褒めすぎですよ。でも…そんなに美味しかったですか?』

 

『ああ。これなら毎日だって食べたい位だよ』

 

『…明日も…作ってきましょうか?』

 

『え?いいの?』

 

『はい。最近は大きな戦いも無いので…暫くは大丈夫かと…』

 

『そうなんだ。でも、明日は大丈夫だよ』

 

『え?や、やっぱり本当は美味しくなかったんですか?』

 

『違う違う。明日は…休みで、外に出掛けようと思ってるんだ』

 

『そ、そうなんですか…何か用事でもあるんですか?』

 

『用事って訳じゃないけど…俺、恋人がいるんだ』

 

『…え?』

 

『その…来年に結婚するんだ』

 

『…そ、そうだったんですね!おめでとうございます』

 

『ありがとう…だから、明日はいいよ』

 

『…分かりました』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ加賀、旗艦を頼む」

 

「分かりました」

 

数日後、加賀率いる部隊はある任務に赴く事になった。出発までの間、艤装の整備で時間を潰そうと思った加賀はドックへと向かおうとしていた。

 

〈あら、あれは…鳳翔さんと…青葉?珍しい組み合わせね〉

 

加賀や鳳翔の居る空母寮の隅で、鳳翔と青葉の二人が談笑している様だった。

声を掛けようと思った加賀だが、考えてみれば特に用も無かったなと立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

『…今日は楽しかったよ。じゃあまた』

 

『はい。もうすぐ結婚なんですから、体に気を付けて下さいね』

 

『ああ』

 

 

 

『わ…びっくりした。あの…何か?』

 

『急に悪いな!この写真の男、知ってるやろ?』

 

『え、は、はい。私の婚約者ですが…』

 

『ウチ、アイツと同じ軍で働いてるんやが、アイツ大怪我したんや!』

 

『ええっ!ほ、本当ですか!?』

 

『ああ。アイツがアンタに会いたがっててな。向こうに船を用意してる。一緒に来てくれんか?』

 

『は、はい!分かりました!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、これで一段落ですね」

 

「ええ。ご苦労様です」

 

「もう…敬語はやめて下さいって言ってるのに…」

 

夜の執務室。

鳳翔の手伝いもあり思いの外デスクワークを終わらせた提督は、椅子に深く腰掛けた。

 

「すいません。まだ慣れてなくて…」

 

「いいんですよ。私も暇ですから」

 

鳳翔は慣れた手つきでお茶を淹れると、机に置いた。

 

「…うふふっ♪」

 

「…何か?」

 

「あ、いえ!…やっぱり提督さん、まだお若いだけあって、仕事熱心だなと思いまして」

 

「覚えなきゃいけない事は山程ありますからね。この程度で根を上げてられないですよ」

 

「…でも、提督さん、まだお若いし、仕事は幾らでもあったんじゃないですか?どうしてまた軍人になろうと…?」

 

「そうですね、鳳翔さんにはまだ話してませんでしたね」

 

提督は鳳翔にどうして自分が軍人を目指したかを話した。自身の生い立ち、父親が軍人だった事、母親が戦いの犠牲になった事…。

 

「まぁ…そうだったんですね。それはお気の毒に」

 

「いえ、そうでもないですよ。祖父母はとてもいい人でしたから、特に不満は無かったです…いや、一つあったかな」

 

「…何です?」

 

「母の事です」

 

「…お母さま、ですか」

 

「ええ…」

 

そう言って提督は、胸元から小さなロケットを取り出すと、鳳翔に見せた。

 

「…!!」

 

「…鳳翔さん?」

 

「い、いえ…その…とても綺麗な人ですね」

 

「ええ。でも、母について知ってるのは顔だけなんです」

 

「…と言いますと?」

 

「父と会った訳じゃないですが、祖父母から父はどんな人だったかは聞いてます。ですが母については知らないの一点張りで…。

 

「どうも父と母は駆け落ちだったらしく、祖父母もあまり良く思ってないらしいんです。偶然、父の部屋でこの写真を見つけて…形見変わりにこうしてるんです」

 

「…そうだったんですか」

 

古い思い出を懐かしむ様に眺めていた提督は、ロケットを胸元へと閉まった。

 

「やっぱり…お母さんに会ってみたいですか?」

 

「それは…そうですね。どんな人だったんだろうとか、父と何があったんだろうとか、聞きたい事はありますよ」

 

「そうですか…そうですよね…」

 

「でも最近はそんな気持ちも薄れてきましてね。今はもっと知りたい人がいまして…」

 

「…それは誰ですの?」

 

「…」

 

「…え?て、提督さん?」

 

提督は何も言わずに鳳翔を見つめていた。鳳翔も提督の言わんとしている事に気付き、頬を赤らめた。

 

「も、もう!提督さん、冗談はやめて下さい!」

 

「冗談のつもりはないんですが…」

 

「で、でも…この鎮守府には加賀さんや青葉さんみたいな可愛い娘が居ます。わ、私なんかが…」

 

「…そうですね。でも鳳翔さん、答えは今すぐでなくても構いません。覚えておいて下さい…」

 

「提督さん…」

 

「邪魔するで~♪」

 

不意に部屋のドアが開き、呑気な顔の龍驤が入って来た。提督も鳳翔も急に気まずくなりお互い顔を反らした。

 

「提督さん、ウチの出撃の…事で…」

 

「あ、ああ龍驤!そう言えばまだ言ってなかったな。悪い」

 

「…あ!その前に鳳翔に用事があったわ。提督さん、すまんが鳳翔借りてええか?」

 

「あ、ああ。鳳翔さん…」

 

「…それでは今日はこれで」

 

 

 

 

 

 

 

「…どういうつもりや?」

 

「どうって…龍驤さん、何を怒っているの?」

 

「とぼけんなや!自分、鏡見てみぃ!まるで恋する乙女って顔やぞ!」

 

「そんな事ないわよ…そんな事…」

 

「はぁ…なぁ鳳翔、気持ちは解る。けど、アイツの事はただ見守るだけ。ウチにそう約束したのは誰や?」

 

「な、何もやましい事は…」

 

「…ウチもアンタに()()した身やさかい、強くは言えへん。でも今のアンタを見てると…なんや、間違いを犯しそうで心配やわ」

 

「大丈夫よ龍驤さん。そんな事ある訳ないわ」

 

「ホントに解っとるんか?アイツはアンタの…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あ、あの…船はどこに…』

 

『すぐに来ますよ…三途の渡しが』

 

『あ、あなた誰です?ど、どうして弓矢なんか持ってるんですか?あ、あの人はどこです!?』

 

『…あなたがいると、あの人は私を見てくれないの。それに、あなたにあの人が守れるの?只の人間のあなたに』

 

『きゃああっ!!…あ、あなた…』

 

『…』

 

『ありがとう龍驤さん。まさか協力してくれるなんて思わなかったわ』

 

『鳳翔、何も殺さなくても…身を引く様に脅すだけじゃなかったんか?』

 

『気が変わったのよ。彼女の幸せそうな顔を見ていたら、何か無性に…ね』

 

『だ、だからって…』

 

『龍驤さんも本当はあの人の事…そうでしょ?』

 

『それは…』

 

『さっきも言ったけど…あの人は人間よ。私達艦娘と一緒にいた方がよっぽど安全よ。人間の女といたって何も出来やしないわ。これはあの人の為なのよ』

 

『ほ、鳳翔…』

 

『龍驤さんは先に帰ってて。私は彼女を捨ててくるわ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「加賀さん、敵が逃げて行きます!」

 

「ええ、今回の任務は終了ね。私達も帰りましょうか」

 

「は~い!」

 

加賀率いる部隊が帰路に着こうとしていた。彼女が思っていたよりは苦戦もせず轟沈を出す事も無く、一先ずは肩の荷が降りたと言った所だった。

 

「ねぇ加賀さん、しれぇ褒めてくれるかな~?」

 

「そうね、今回は時津風も頑張ったもの、きっと褒めてくれるわよ」

 

加賀の隣を走る時津風は無邪気に笑うが、急に何かを思い出した様に顔が曇った。

 

「…どうしたの?」

 

「う~ん、でも私ばっかり褒められたら鳳翔さん怒るかなぁ~」

 

「どうしてそこで鳳翔さんが出てくるの?」

 

「だって~鳳翔さん、しれぇの事大好きみたいだし…」

 

「それは…提督も悪い人じゃないし、私も嫌いじゃないけど」

 

「わ~、熱愛発覚?」

 

「そういう意味じゃないわよ…と言うか、そんな言葉どこで…」

 

「鳳翔さんはそうだよ~」

 

「まぁ…否定はしないけれど」

 

〈言われてみればそうね。自分の店に来て欲しいなんて前の提督には言わなかったし…鳳翔さんは若い男性が好みなのかしら〉

 

「私ね~知ってるんだ~。鳳翔さんがしれぇの事大好きなの♪」

 

「そうなの?」

 

「前にね~、雪風と鳳翔さんの部屋に行ったら…あ、これ鳳翔さんに言ったら駄目って言われてたんだっけ」

 

「…鳳翔さんの部屋がどうかしたの?」

 

「だから~言ったら駄目なんだって!鳳翔さんと約束したんだから!」

 

「まあ無理にとは言わないけど…それに私も知ってるわよ」

 

「へっ?なんだ~、加賀さんも知ってたんだ~」

 

「昨日、鳳翔さんとお茶したのよ」

 

「そっか~。私ビックリしたよ!雪風は凄いって喜んでたけど。まさか部屋の中が…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あの…どうかしたんですか?さっきから考え込んでるようですけど…』

 

『鳳翔…まあ、ちょっとね』

 

『もし良ければ…話してくれませんか?』

 

『…実は、婚約者が行方不明になったんだ』

 

『婚約者って…前に話していた人ですか?』

 

『ああ。彼女の親から連絡があって…一週間前に会った後、家に戻っていないそうなんだ』

 

『それは…さぞや心配でしょうね』

 

『ああ。事故に巻き込まれたにしても連絡位はあるはずだし。まさか…』

 

『き、気を落とさないで下さい。そうだ、私も手伝いますから、探してみませんか?』

 

『探すって…警察でも判らないのに』

 

『私は艦娘です。人間には出来ない事も出来ます!』

 

『鳳翔…すまない、手を貸してくれるか?』

 

『は、はいっ!!』

 

 

 

 

『なあ鳳翔…疑う訳じゃないが、どうして海に?』

 

『実は、龍驤さんがこの辺りで戦ったらしいんですが、その日がどうも、婚約者さんがいなくなった日と同じなんです』

 

『…ま、まさか戦いに巻き込まれて!』

 

『そこまでは分かりません。ただあなたが婚約者の方と会っていた場所から遠くありませんし、もしかしたら海に来ていたのではと思いまして…』

 

『わ、分かった。浜辺を探してみよう!』

 

『はい。私も艦載機を飛ばしてみます』

 

〈…彼女と会っていた場所?俺、あそこで会ったって鳳翔に話したっけ?〉

 

『こ、これは!!』

 

『ど、どうしたんだ鳳翔』

 

『私の艦載機が海でこれを…』

 

『…こ、これは彼女のバッグ?何で海なんかに!?』

 

『そこまでは解りません。ただ…言いにくいですが、少し焦げた跡があります。やはり深海棲艦との戦いに巻き込まれたのでは…』

 

『…』

 

『あ、あの…』

 

『う、ううっ…

 

『う、うわああああっっっ!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈鳳翔さんは…今日は雪風達と護衛任務だったわね〉

 

加賀は空母寮にある鳳翔の部屋の前に来ていた。

鳳翔の部屋には何度か来た事があるが、ここ数年は余程の用事でもない限り寄る事もなく、またそれを気にした事も無かった。

だが今は違った。

 

『前にね~雪風と鳳翔さんの部屋に行ったら…』

 

この言葉が気になった加賀は、時津風に鎌をかけてみた。

 

『私も知ってるわよ』

 

鳳翔にも人に言えない秘密の一つや二つあるだろう。大方、時津風は鳳翔の意外な趣味でも知ったのだろう程度にしか思っていなかった。

だが次の瞬間、時津風の口から発せられた言葉に耳を疑った。その言葉がどうしても頭から離れなかった加賀は、悪いとは思いながらも好奇心に勝てなかった。

幸いにも今日一日は鳳翔は戻らない。万が一の為と嘘を付いて、空母寮全員のスペアキーを作った。全ての鍵は疑われない為と鳳翔に預かってもらったが、こっそり鳳翔の鍵を二つ作った。

加賀が鍵を差し込むと、ドアは静かに開いた。

ゆっくり…誰も居るはずがないが、忍び足で部屋へ上がり込む。中央の応接間は以前見た通り。机には湯飲みとお茶うけのお菓子が置かれていた。

 

〈何だ…時津風は嘘を付いたのかしら…〉

 

これと言って変わった所も無く、誰か人に見られる前に部屋を出ようとした時、もう一つの部屋がある事に気付いた。鳳翔が使っているであろう寝室だった。

ゴクリと唾を飲み込むと、加賀は寝室の襖を開けた。

 

〈なっ…!こ、これは…!!〉

 

加賀は時津風の言葉を思い出した。

 

『まさか部屋の中が、しれぇの写真でいっぱいなんて』

 

時津風の言葉通り部屋の中は一面中、いつ撮ったのか分からない提督の写真が部屋の隅から隅まで所狭しと貼られていた。

 

〈ほ、鳳翔さん、提督に気があるのは知っていたけど…これは…〉

 

「勝手に人の部屋に入るのは良くないんじゃないかい?」

 

「…!?」

 

加賀が慌てて寝室を出ると、そこには隼鷹が立っていた。

 

「隼鷹…あなた、どうしてここに!?」

 

「おいおい加賀さん、それはこっちのセリフじゃないのかい?」

 

「…」

 

「鳳翔さんに頼まれたんだよ。部屋を見張ってくれって。そうすりゃ溜まってるツケをチャラにしてくれるっていうからさ」

 

「隼鷹…あなた、この事を知ってたの?」

 

「いや、知らないよ。どれどれ…成る程ね、そりゃ見られたくない訳だ」

 

隼鷹は加賀の横をすり抜け、寝室を覗くと溜め息を吐いた。

 

「鳳翔さんが、あの若い提督にお熱なのは知ってたけど、これ程とはね。いい趣味してるよ」

 

「隼鷹、あなた…」

 

「加賀…鳳翔からの伝言を伝えとくよ。アンタは何も見てないし、この事は誰にも話さない。そうすりゃ今まで通り仲良く出来るってさ。

 

「鳳翔はアンタが嗅ぎ回ってるの、多分知ってたんじゃないか?でなきゃ私にこんな事頼みやしないだろ」

 

「…」

 

「別に鳳翔に借りがある訳じゃないけどさ、鎮守府(ここ)であの人に逆らおうなんて奴はいないだろ。

 

「それともアンタ…あの提督に気があるのかい?」

 

「ば、馬鹿言わないで…///」

 

「だろ?ま~ちっとはイイ男だとは思うけどさ。今回は鳳翔に譲りなよ。それにケッコンってのは何も一人だけって訳じゃないって聞いたしさ」

 

「…」

 

「さ、早く帰んな。この事は黙っといてやるからさ」

 

「…分かったわ」

 

「それにしてもさ…あの提督さん、どうも見覚えがあるんだよね~。どこかで会ったっけ?」

 

「何よ隼鷹、あなたも提督に気があるの?」

 

「え?そりゃアタシだって…っと、この事は鳳翔には黙っといてくれよ!」

 

「さあ…どうしようかしら」

 

「…仕返しかい?」

 

「まあ、そんな所よ…ええ、私は何も見てないわ。これでいいんでしょ?」

 

「ま、それが一番利口さね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『まだ…気に病んでるんですか?』

 

『鳳翔…ごめんな、もう一ヶ月も経つのに…男の癖にいつまでもメソメソと』

 

『い、いえ!気持ちは解ります!私だってあなたに何かあったらきっと…』

 

『ほ、鳳翔…』

 

『あ、その…今のは忘れて下さい!』

 

『…』

 

『なぁ鳳翔』

 

『はい…あっ』

 

『こんな事したら…俺の事、節操の無い男って呆れるか?』

 

『そ、そんな事…でも、私は艦娘です。人間じゃありませんよ?』

 

『そんな事気にしないよ。…鳳翔、俺と一緒に遠くへ行かないか。…俺達の事誰も知らない所で…俺と夫婦になってくれないか?』

 

『ほ、本当に…いいんですか?私は…艦娘ですよ?』

 

『ああ。だから…その、これからも一緒に居て欲しいんだ…鳳翔、俺に着いて来て…くれるか?』

 

『…はい…はい!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…鳳翔…アンタら…!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鳳翔達の部隊は、敵の攻撃に晒されていた。

決して鳳翔や時津風達が弱い訳ではない。ただ護衛任務と言う性質上、どうしても防戦一方になってしまう。そんな中、鳳翔は雪風や時津風をまるで我が子の様に庇いながら戦っていた。

 

「ほ、鳳翔さん!雪風達を庇わなくても大丈夫です!」

 

「そうだよ!そんなんじゃ私よりも先に鳳翔さんが沈んじゃうよ!」

 

「ふふっ、雪風ちゃん、時津風ちゃん、私をなめないで。伊達に長く艦娘をやってる訳じゃないわ」

 

「で、でも…!」

 

「大丈夫、あなた達は絶対に私が守ってあげるから…もう二度と、大事な人を失うのはごめんよ」

 

「ほ、鳳翔さん…」

 

〈そうよ…もう二度と、あんな思いはごめんよ…!〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ここにおったんか!』

 

『り、龍驤!ああ!すぐそこまで敵が来てるんだろ?俺だって…!』

 

『アンタ、今日鳳翔と出てくんやなかったん?』

 

『それはそうだが…鳳翔だって解ってくれるさ!』

 

『なんや、考える事は一緒みたいやな。鳳翔の奴もウチが報せたら走って戻ってきたで』

 

『鳳翔も居るのか?』

 

『ああ、そこのドックに待機してる。行ってやりぃや』

 

『あ、ああ!すまない龍驤!』

 

 

 

 

『はぁ…気分悪いわ。惚れた男を騙すんわ…でも…アンタらが悪いんや。ウチの気持ち…知っとった癖に…ホント、酷い男や…』

 

『鳳翔!どこに居るんだ!鳳翔…居ないのか!?』

 

『攻撃隊、発進…目標は…あのドックや…』

 

 

 

 

 

 

『鳳翔…どこだ…?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督、ただいま帰りました」

 

「ほ、鳳翔さん!その姿は…」

 

雪風や時津風と共に遠征任務から帰投した鳳翔だが、他の者はほぼ無傷なのに対して、彼女だけはまるで集中砲火でも浴びたかの様に、立っているのもやっとの状態だった。

 

「ご、ごめんなさい司令!鳳翔さん、雪風を庇って…」

 

「そ、そうなのか」

 

「申し訳ありません。少々腕が鈍っていた様です。ううっ…」

 

「そ、そんな事より早く入渠ドックへ!」

 

「あ…て、提督さん…」

 

恥ずかしがる鳳翔を気にせず、提督は鳳翔の肩を抱くと彼女を支える様に歩き始めた。

 

「わ、私達も…!」

 

「駄目だよ雪風。私達は後で…ね?」

 

「え?時津風ちゃん、どうして…あ?う、うん。そうだね」

 

雪風と時津風のイヤらしい笑い声を尻目に、提督は鳳翔に語り掛けた。

 

「全くアイツら…でもアイツらなりに気を効かせたのかな」

 

「ふふっ、案外そうかもしれませんね。あの…提督さん…そんなに胸元…気になります?」

 

「い、いえ!その…」

 

「うふふっ…いいですよ別に。加賀さん程大きくはありませんけど…肩を貸してくれたお礼です」

 

「はぁ…じゃあ、お礼ついでにもう一つ、お願い聞いてくれますか?」

 

「提督さん、意外と欲張りさんなんですね」

 

「茶化さないで下さい…オホン!鳳翔さん…俺とケッコンしてくれませんか?」

 

「え…あ、あの…ほ、本気で言ってるんですか?」

 

「やっぱり、俺みたいな若造じゃその気になれ「そんな事ありません!!」

 

「ほ、鳳翔さん…」

 

「違うんです。本当に…本当に私なんかでいいのかと思って…」

 

「はい、俺は鳳翔さんがいいんです。鳳翔さんはこんなどこの馬の骨とも分からない俺を親身になって支えてくれました。

 

「それに…キザな事言わせてもらうと…鳳翔さんとは、何か運命の様な物を感じるんですよ」

 

「ふふっ、お上手ですね。今までもそう言って口説いてきたんですか?」

 

「そ、そんな事ありません!こんな事言ったのは…鳳翔さんが初めてです」

 

「分かってますよ。あなたはそんな器用には見えませんからね」

 

「…褒めてないですよね、それ?」

 

「そんな事ないですよ。とても実直で素晴らしい方だと言ってるんですよ」

 

「じゃあ…」

 

「はい…」

 

『…鳳翔、分かっとるんか?』

 

「私で良ければ…謹んでお受けします」

 

『アイツは…』

 

「これからずっと…あなたの側に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『オマエの実の子やろ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、提督が鳳翔にケッコンを申し込んだ事が鎮守府中に知れ渡った。ある者は喜び、ある者は先を越されたと悔しがるも、皆から祝福を受けた鳳翔は、提督のケッコン相手となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まさか…

まさか、本当に私を選んでくれるなんて…!!

 

あの子の父親と出会ったのは、もう二十年以上前。艦娘として生を受けた私は右も左も解らなかった。

そんな時にあの人と出会った。

彼は私が艦娘である事など気にもせず接してくれた。そんな彼に惹かれるのに、そう時間は掛からなかった。

生まれたばかりの私は、疑う事を知らなかった。

私がこんなに好きなのだから、彼も当然、私の事が好きなのだと信じていた。

信じていたのに…。

 

彼の心には既に別の女が棲みついていた。

それを知った瞬間、私の心に黒い靄が掛かった。面白い事に龍驤さんも、私と同じ事を考えていたらしい。

…私はその女に消えてもらう事にした。

龍驤さんも、何だかんだ言いながらも私に協力してくれた。彼女もあの人が好きだったみたいね。

そして…信じられない事に、彼は私と夫婦になりたいと言ってくれた。

私は浮かれきっていた。彼が私を選んでくれた事、人間の様に夫婦になれる事…これから始まる幸せに想いを巡らせていた。

だが、神様は意地悪らしい。

 

あの人が戦死した…。

 

龍驤さんの話ではドックに居た彼の下に、深海棲艦が現れたらしい。龍驤さんも必死に応戦したが、間に合わなかったそうだ。

私は龍驤さんの胸で大泣きした。

あの人はもういない…私は生きる事に絶望してしまった。

だが、そんな私にある変化がある事に気付いた。

私はあの人の子供を身籠っていた。

信じられない…!

艦娘の私が人間の子供を授かるなんて。

私は皆には内緒で、龍驤さんと共にこの子を育てる事にした。

だが、神様は余程艦娘が嫌いらしい。それとも私が手に掛けたあの女が私の幸せを阻んでいるのだろうか。

彼の両親がどうやって知ったのか、私の下へやって来て、子供を渡せと言ってきた。

私は返してと必死に懇願したが、艦娘のお前に子供が育てられるのかと言われると、返す言葉も無かった。

私は、一度に夫と子供を失った…。

 

それからの私は何も感じなくなった。

例え仲間が沈もうと、鎮守府が滅びようと、心が揺らぐ事はないだろう。そう思っていた。

 

ある日、龍驤さんが慌てて私の下へやってきた。

一体何事かと思えば、新しい提督が来るらしい。なぜそんな事で慌てるのか、そう思った私に龍驤さんは一枚の紙を突き付けた。

 

そこには亡き夫の面影を持つ我が子が写っていた。

 

龍驤さんが言うには、妖精さんが見える事を知った大本営が、彼を抜擢したらしい。

確かに、私の…艦娘の力も受け継いでいるのなら、妖精さんが見えても不思議ではない。

その時の私の喜びは言葉では表せない。まるで氷が砕ける様に、私の心に再び生きる灯火が宿った。

再びあの子に会える!

私は偶然を装って、あの子を迎えた。

でも…あの子の顔を見た瞬間、体中の力が抜けてしまった。そんな私にあの子は優しく手を差しのべてくれた。

こんなに…こんなに大きくなって。

夜は私の店で、あの子の為に料理を振る舞った。

あの子が私の料理を食べてくれる…!!

たったこれだけで、どうしてこんなにも胸が熱くなるのか。これが母性愛と言う物だろうか…。

あの子が、私が手を掛けたあの女の写真を持っていたのは驚いたが…幸いにも、あの子はあの女を自分の母親だと思っているらしい。

その時、私は決意した。

これからもあの子の側に居よう。

 

そう、あの子の妻として…!!

 

ただ、龍驤さんは私の歪な感情に気付いていた様だ。

わざわざ私に釘を刺してきた程だ。だが私はもう止まらなかった。

それからの私は秘書艦になってまで、四六時中あの子と一緒に居た。それこそ今までの時間を取り戻すかの様に。青葉さんにも協力してもらったっけ。ふふっ、感謝しないと。…加賀さんが何か不思議がっていたけど…隼鷹さんに見張りを頼んだから大丈夫でしょう。

そして…そんな私の献身に心を打たれたのか、あの子は私とケッコンしたいと言ってくれた。

そうよ…私の空白の二十年は…この時の為に有ったのよ。

そうに違いないわ。

あの時は奪われたけど…もう誰にも…例え龍驤さんだろうと、あの子を…いや、私の夫を奪わせはしない!!

 

それにしても…

あ、あの子…夜は意外と積極的なのね…。

わ、私もその…二十年振りだから…久しぶりに燃えてしまったわ…。

い、いけないわ。はしたない女だと思われないかしら?

でも、やっぱり若いわね。あの人よりも逞しいかも。

これじゃすぐに子供が出来てしまうわ…。

でも…うふふっ、あの子が望むなら何人だって産んであげるわ。

だから、もう二度と…私から離れないでね…

あなた…。

 

 

 

 

鳳翔は、彼の背中に手を回し、しっかりとその背中を抱き締めた。

もう二度と…二度とこの手を離さないと、固く誓いながら。




北上回をリメイクしたらこっちも書き直したくなって、先に書きました。前回は最後にオチを言って終わりだったので、今回は少し話を膨らませました。
次はユーちゃんの話書きます。ホントだよ?








艦娘型録

鳳翔 バツイチ子持ちの未亡艦。最後大破した際に、胸元だけは自分で破いた。寝室には実は大人のオモチャが合ったので、そっちが見つからないかヒヤヒヤだった。最近妙にお肌がツヤツヤ。

提督 今回のルートでは無事?鳳翔と結ばれたが、もし数年前に龍驤と会っていれば、龍驤ルートに突入して祖父母を殺されていた。どっちにしても厄介な二人に目を付けられた気の毒な人。

龍驤 こっちの話では常識人。自分の話では逆光源氏計画をしようとしていた。ただ鳳翔が婚約者を殺すのを敢えて止めなかった。提督のお父さんを事故に見せかけて殺した。

加賀 脇役で出てくると探偵役が多い。暫くは鳳翔さんと顔を合わせずらかった。

隼鷹 ツケが溜まっているので完全に鳳翔の手下。加賀には黙っている代わりに奢ってもらった。最近、手が震える事がよくある。

時津風 偶然にも鳳翔の部屋に入って顔には出さないがドン引きした。素直に喜べる雪風が羨ましい。

雪風 この娘と出撃すると何かと楽な様で皆から大切にされている。最近鳳翔がやたらと奢ってくれるのが不思議。



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提督誕生

その時、龍驤に電撃走る!

悪魔的…圧倒的、閃きッ…!!
(ナレーション 立木 文彦)



「龍驤…」

 

そう呼ばれた彼女は、自分の名を呼んだ青年の顔を見てしばし呆然とした。数秒の沈黙が流れた。やがて我を取り戻した龍驤は驚いたのか嬉しいのか、どちらとも言えない表情で苦笑いした。

 

「まさか、ここで再会するとは思わんかったわ…」

 

「約束したろ。今度は俺の方から会いに行くって」

 

「…せやったな」

 

青年は龍驤に近付くと、彼女を抱き締めた。

 

「コ、コラッ!自分、何してんねん///」

 

「…これからよろしくな、龍驤」

 

暫く恥ずかしがっていた龍驤だったが、青年の言葉に目を瞑り、そっと抱き返した。

 

「…ったく、待たせ過ぎや」

 

龍驤の目から涙が溢れた。

 

「…ウチこそ、よろしゅうな」

 

鎮守府の中庭の桜が、二人を祝福するかの様に舞い散る。

春の風が、二人を優しく包んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あいたたっ…ここは…?」

 

砂浜に打ち上げられた一人の少女が目を覚ました。

朱色の長袖は所々破れ、黒いスカートも焼け焦げたのかギザギザになっていた。

 

〈そうか…ウチ、あの嵐で〉

 

彼女はここに来るまでの記憶を手繰った。

 

彼女の名は龍驤。

龍驤型軽空母一番艦。ある鎮守府に席を置く艦娘だった。

ある任務を終え帰投する最中、深海棲艦の部隊と遭遇。既に夜中だった事、また急に天候が崩れた事もあり、思った以上の乱戦となった。

戦いの最中、視界が悪かった事もあり龍驤は敵の魚雷を喰らってしまった。本来なら海の藻屑となって沈んでいたかもしれなかったが、嵐と潮の流れによって、この海岸へと流されたのだった。

 

〈ウチ、ここまで流されたんか〉

 

龍驤は辺りを見渡した。

付近に民家もなく、錆びた小舟や貝殻が目に入った。まだ体が重いが、艤装にも異常は無さそうだった。

太陽がほぼ真上にある事から、時刻はだいたい正午といった所か。

 

〈暫くここで休んで、帰るのは夕方やな。皆、心配してるやろな…〉

 

龍驤は肩の力を抜き、とりあえず場所を変えようかと起き上がった。

 

〈うん?〉

 

防波堤に一人の少年が立っていた。

何かを探している様に周囲をキョロキョロ見回していたが、龍驤に気付くと慌てて彼女の方へ走ってきた。

 

「ハァ…ハァ…ねぇ、大丈夫?」

 

年の頃は十代半ば、と言った所だろうか。背格好は龍驤とほぼ変わらない、学生服を着た少年が龍驤の顔を心配そうに覗きこんだ。

 

「ん、あぁ大丈夫や。ウチこう見えても丈夫なんや」

 

〈艦娘やしな…〉

 

「そう…びっくりしたよ。コイツらが急いで来いって髪引っ張るからさ」

 

〈コイツら?〉

 

少年の肩からひょっこりと、龍驤の艦載機の妖精達が顔を出す。

 

「あっ、オマエら。いないと思っとったら…」

 

妖精の内の一匹がジャンプして龍驤の肩へと飛び乗った。

 

「歩いてたら、いきなりコイツらが顔に乗っかってきて、一緒に来てくれって言うもんだからさ」

 

「ふ~ん、そうやったんか…って自分、妖精さんが見えるんか!?」

 

「あ、コイツらの事?うん、皆は見えないみたいだけど、俺、昔から見えるんだよね」

 

龍驤達、艦娘は妖精が見える。だが意志の疎通は出来ても会話は出来ない。一方の人間はまず妖精が見えない。彼女達と同じ様に妖精が見え、会話をする事が出来る者もいるが、極めて稀だった。

 

〈ほえ~っ、驚いたわ。妖精が見える人間なんて提督以外で初めて見たわ…〉

 

「ところでおまえさ、どうしたの。溺れたの?」

 

「ムッ…オマエちゃうわ!ウチには龍驤って立派な名前があるわ!こう見えても立派な艦娘やで!」

 

「えっ、艦娘っ?本当!?は、初めて見たよ!」

 

少年の目が急にキラキラと輝いた。

 

「ふっふ~ん。そうや、ウチは艦娘やねん。どや、びっくりしたやろ」

 

「そうなんだ!でも艦娘って事は…女の子でしょ?…えっ、どういう事?」

 

「ん、何がや?」

 

「だってオマエ…男だろ」

 

龍驤は少年のスネに蹴りを入れた。

 

「痛てっ!な、何すんだ!」

 

「やかましいわボケ!こんな美少女掴まえて何言うとんねん!誰が男や!艦娘言うたやろ!!」

 

「え、お、女の子?俺、てっきり…」

 

足を蹴られてうずくまる少年は龍驤を見上げる。

その視線の先は…

 

「オラァッ!「あちょぷっ!」

 

龍驤は回し蹴りを繰り出した。会心の一撃!

 

「な、何すんだよ!あちょぷとか言っちゃったじゃん!」

 

「やかましいわこのタコ!どこ見て判断してんねん!」

 

龍驤は怒りながらも恥ずかしそうに胸を両手で隠した。

 

「あっ、そ、そうなんだ…そうだよな。ご、ごめんよっ、俺てっきり…それに…」

 

「…それに?」

 

「龍、なんて男みてぇな名前だなって思って♪」

 

「ッシャアッ!!」

 

本日三度目の蹴りが、少年を捉えた。

 

 

 

 

 

 

 

その後、龍驤は事情を話すと、少年は水と食料を持って来た。

少年はこの近くの港町に住んでおり、趣味の釣りに来た所を龍驤の妖精に捕まったらしい。

龍驤は好奇心から、何故妖精が見えるのか尋ねてみた。何でも彼が幼い頃から見え、妖精の方も自分達が見えるのが嬉しいのか、彼に話しかけてくるそうだった。

ところが少年が学校の友人にその事を話しても、誰も見える者はいなかった。その為嘘つき呼ばわりされる事もあり、彼は周囲にはこの事を黙っていた。

彼は育ての親の祖父母にこの事を聞いてみた。彼らが言うには、艦娘やそれを指揮する提督には見えるらしい。なら自分は提督になれるのかと聞くと、何故か怒られたそうだ。

 

「何や、自分、提督になりたいんか?」

 

「いや、別になりたいわけじゃないけどさ。俺も戦いたいじゃん。悪い深海棲艦をバーッて倒してさ」

 

「止めとき止めとき。そんな簡単なモンちゃうで。だいいち人間じゃ深海棲艦と戦えんやろ」

 

「う、うっせーな。そんなの分かってるよ!」

 

「戦うのはウチらに任しとき。その気持ちだけで充分や」

 

「何だよ、俺と同じ位のガキなのに偉そうだな」

 

「だからドコ見て言うてんねん!」

 

「ンアッ!」

 

結局この日、龍驤は数時間程、少年の話し相手を務める羽目になった。

 

 

 

 

 

 

 

「ほなら、自分はもう行くわ」

 

「えっ、もう?か、体は大丈夫なの?」

 

「食うもん食ったら元気出たわ。それに皆もウチの事、心配しとるやろから、早よ帰らな」

 

「そうか…」

 

龍驤は服に着いた砂を払うと、海に立った。その光景が珍しいのか、少年は口を丸くして驚いていた。

 

「フフッ、何やマヌケ面して♪」

 

「う、うるせ―よっ!」

 

「ほなな。メシ、あんがとな。旨かったで」

 

「あぁ。俺、この辺りでよく釣りしてるから、また来いよ!」

 

「ウチもそうそう暇やないんよ」

 

少年は肩を落とし、見るからに残念そうだった。

 

「…でもまぁ、任務でここを通る事もあるから、そん時は寄らせてもらうわ」

 

「!お、おうっ!絶対だぞ!」

 

海に駆け出した龍驤に、少年は手を振って見送った。

 

〈…それにしてもアイツ、何か見覚えがあるんやが…どっかで会ったかいな?〉

 

龍驤は海を蹴り、速度を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから週に一度程、龍驤は任務帰りに少年のいた港に足を運んだ。龍驤と会えた時の少年は、まるで物語の英雄のように彼女を歓迎した。少年は男の子らしく、龍驤の戦いの話を聞きたがり、龍驤も自分の武勇伝を目を輝かせて聞き入る彼に悪い気はせず、いつしか少年との密会を楽しむ様になっていた。

 

「龍驤さん、最近機嫌良いですね。何か良い事でもありました?」

 

龍驤と同じ軽空母、鳳翔の営む居酒屋で、店の主は酒を注ぎながら尋ねた。

 

「別に何もあらへんよ?最近は前みたいな大きな戦闘もないし、のんびりできる思っとるだけや」

 

「イヒヒ、案外男でも出来たんじゃね~の?」

 

同じく軽空母の飛鷹型二番艦、隼鷹が龍驤の頬を指でつついた。

 

「まあっ、龍驤さんも隅に置けないわね♪」

 

「アホかっ、そんな訳あるかっ!第一ウチら艦娘やん。どこで知り合うっちゅ~ねん」

 

〈それにアイツはどっちか言うと弟やろ〉

 

「ウフフ、冗談ですよ。でも、ここ最近の龍驤さん妙に機嫌が良いって加賀さんも言ってましたよ」

 

「だから別に何も無いって…。加賀の奴、余計な事を」

 

「いんや、この顔は絶対、男だ!アタイには分かる!」

 

「自分、男と付き合った事ないやろ…」

 

「う、うるせ―っ!この隼鷹様が男の一人や…二人…位…。飛鷹~っ!コイツがアタイらモテないって虐めるよぉ!」

 

「私、関係無くない!?」

 

隣で静かに飲んでいた飛鷹が、隼鷹に抱き付かれた。

 

「アタシらだって、本気出せば男の一人や二人…。アタシらの艦娘力、見せてやろうぜ出雲丸!」

 

「誰が出雲丸よ!この橿原丸っ!!」

 

いつもの光景に、ハイハイと軽くあしらいながら鳳翔は新しい酒を注ぐ。

そんな鳳翔は、少し寂しげな表情を見せた。

その表情を察した龍驤は、鳳翔に小声で囁いた。

 

〈…大丈夫や鳳翔、〈あの子〉もきっと元気でやっとるって〉

 

鳳翔は、彼女達艦娘が誕生した十数年前、ある男性と恋仲になった。鳳翔と龍驤が所属するこの鎮守府で働く軍人で、龍驤も彼の事はよく知っていた。

自分達を、人間の女性と変わりなく接してくれる彼に龍驤も好意を寄せていた。それとなく彼に想いを伝えた事もあったが、既に彼は鳳翔と恋仲になっていた。

不幸にも彼が戦死した後、鳳翔は彼の子供を身籠っていた。これは鳳翔と龍驤、今の提督しか知らない事だった。

鳳翔は彼の忘れ形見を懸命に育てていたが、彼の両親がどこからかその事を嗅ぎ付け、自分達の孫を返せと鳳翔から息子を奪ってしまった。

愛する子供を奪われた鳳翔は暫く戦う事も出来ず、まるで脱け殻の様だった。落ち込む鳳翔を龍驤は『生きていればいつか会える』と慰め、その言葉が響いたのか鳳翔は徐々に生気を取り戻し、1ヶ月もする頃には龍驤と共に再び戦場に立つ迄に回復した。

 

「…そうね。ふふっ、せっかくの雰囲気が台無しね」

 

「鳳翔さん、熱燗もう一本ね~♪」

 

「…自分、もうちょっと空気読みぃや」

 

「な~に浸ってんだよぉ、飲めコラ~!」

 

「艦娘力って何よ!?」

 

この後、隼鷹は三日間、出禁を喰らった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「自分、両親はおらんの?」

 

あれから数ヶ月。

月に何度か少年と会うのも龍驤のささやかな楽しみになっていた。

ある日の会話で彼の両親の話題になった。何でも彼の父親は軍人だったが、深海棲艦に襲われ戦死したそうだ。母親もその後を追う様に病死したらしい。

 

「せやったか…悪い事聞いたな」

 

「いいよ。親って言っても、生まれてすぐ死んだから会った事もないし、実感ないからさ」

 

「…もしかして、前に深海棲艦と戦いたいとか言うてたのって」

 

「あぁ。俺の友達にも、家族が深海棲艦に殺された奴いるし…」

 

「…」

 

「なぁ龍驤。妖精が見える奴って、提督になれるんだろ?俺、もしかして提督に向いてるのかな?」

 

「それはどうやろな。妖精さんが見えるからって、必ずしも提督になれるワケちゃうで」

 

「そっか…」

 

少年は寂しそうにうつむいた。

 

「別に無理に軍人にならんでも…ウチらが戦ってるさかい、大丈夫やって」

 

「じいちゃんも同じ事言ってた」

 

「じいちゃん?あぁ、自分、父親の祖父母んトコで暮らしとるんやったな」

 

「うん。俺の父ちゃんも軍人だったみたいでさ。俺も軍人になるって言ったら、駄目だって怒られた。戦いは艦娘に任せて、オマエはそんな危険な事するなって」

 

〈何や、感じ悪いな…。孫を危険に晒したくないのは分かるけど。艦娘の事、嫌いなんか…?〉

 

「俺の父ちゃんも海軍にいたらしいんだぜ!会った事ない?」

 

「すまんな。流石にそんな昔の事は覚えてへんわ」

 

「そっか…」

 

体育座りをしていた少年は、残念そうに頭を膝の間に埋めた。

 

「…なぁ、そういや自分、名前何て言うたっけ?」

 

「あれ、言わなかったっけ。俺は…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから、少年と別れた龍驤は鎮守府の資料室に来ていた。

この資料室には、過去、自分達艦娘が来る以前からの人事に関する資料が保管されている。

 

「!!」

 

慣れない調べ物に奮闘する事一時間、龍驤の手はあるページで止まった。

 

〈…やっぱりや〉

 

龍驤は周りに誰も居ないのを確認すると、そのページを引きちぎり懐に忍ばせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後、鎮守府近海で深海棲艦の勢力が観測された。

この辺りに出現する敵は、ごく稀にflagship級がいる程度でそこまで強力ではない。だが近隣には港町もある。被害が出る前にと、龍驤ら軽空母達にも威力偵察の命令が下った。

 

その日の夕方。

 

「よう龍驤、鳳翔んとこに飲みに行かない?」

 

中庭にいた龍驤を見つけた隼鷹が、彼女を誘いに来た。

 

「自分、明日はウチと出撃やん。飲んどる場合ちゃうやろ」

 

「アタシは酒飲まないと調子出ないんだよ」

 

「艦娘ってアル中になるんやな…。悪いがウチは遠慮するわ。ちょっと用事あるし」

 

そう言うと龍驤は足早に去っていった。

 

「なんだよ、付き合い悪いな…ホントに男じゃねぇだろうな」

 

「あら、隼鷹さん」

 

「お、鳳翔じゃん!!」

 

弓道場の帰りなのか、弓を手にした鳳翔が通りかかった。

 

「…龍驤さん、どちらへ?」

 

「あ~、ありゃ絶対逢い引きだわ。っか~イヤらしいねぇ、アタシを差し置いてさぁ。鳳翔さん、あんな薄情者は放っといてウチらでパーッとやろうぜ!」

 

「残念ですが、提督から今日は隼鷹さんには飲ませるなと言われてまして…」

 

「そ、そんなっ!…ま、まさかアンタらグルだったのかい!?」

 

「今日は諦めて、明日に備えて下さいね」

 

「…ふぉい」

 

トボトボと肩を落として歩く隼鷹を見送った鳳翔は、一人物思いに耽る。

 

〈龍驤さん、最近私の店に顔見せないけど、何かあったのかしら…〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん?」

 

少年が帰宅すると、玄関の扉に封筒が挟まっていた。

見ると、海軍から彼の祖父母当てに送られて来た物だった。

 

「じいちゃん、手紙来てるよ」

 

少年から手紙を渡された彼の祖父は、封筒を開けると中の便箋を取り出した。

最初は興味無さげに読んでいた彼だったが急に目を見開き、両手で手紙を掴み食い入る様に読み始めた。

 

「どうしたの、何かあったの?」

 

祖父の珍しく真剣な表情に、少年は少し驚いた。

祖父は祖母を呼んで手紙を見せた。祖母も同じ様に何かに驚いている様だった。

やがて、少年に今日はもう寝ろと伝えると、二人で何かを話し合っている様だった。

 

〈…確か、海軍からだったけど。もしかして俺のポテンシャルに気付いた海軍が提督になってとか誘ってきたのかな?俺ってBIG?〉

 

少年はワケの分からない妄想に浸りながら、眠りに着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「龍驤、そっち行ったよ!」

 

軽巡洋艦、北上の檄に龍驤は振り返る。

 

「うわっとと…こんのーっ!!」

 

龍驤はバランスを崩しながらも敵の砲撃を避けた。

今日の龍驤は、どこか精彩を欠いていた。

いつもなら部隊のムードメーカー的な役割で、皆を鼓舞していたが、今日の彼女はどこか動きも鈍く、いざ戦いが始まっても後手に回っていた。

 

「龍驤、大丈夫かい?制空権はあたしが何とかするから、あんたは下がった方がいいんじゃないかい?」

 

昨日までのだらしない飲んべえ面はどこへやら、隼鷹は先制攻撃を成功させ、戦いを有利に展開していった。

いつもならそれは彼女と龍驤の役割だった。だが、今日の龍驤は明らかに隼鷹より動きが鈍い。

 

「いや、大丈夫や!これしきの敵、どうって事ない!」

 

口では強がる物の、龍驤は防戦を強いられていた。

 

「くっ!」

 

潜水カ級の魚雷をかろうじて交わすが、その結果、龍驤一人だけが部隊から引き離されてしまった。そんな彼女を仕留めに掛かろうと考えたのか、空母ヲ級率いる潜水カ級達が龍驤の後を追う。

 

「マズい!向こうは人が住んでる港だっ!龍驤っ!!」

 

隼鷹の叫びも空しく、龍驤とその追っ手の姿は視界からどんどんと小さくなっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈やっぱり海だ…何でこんな所へ?〉

 

少年は祖父母の後を追って海へ来ていた。

その日の朝、祖父母は真剣な顔でどこかへ出掛けると少年に伝えた。いつもなら気にもしなかったが、昨日の手紙を読んだ後から二人の様子がおかしかった事が気に掛かっていた。

少年は、学校を早退すると祖父母の後を付ける事にした。ところが、いざ付いてきてみれば、いつも自分が来ている海岸だった。一体こんな所に何の用があるのか?そう思った矢先だった。

 

「!」

 

海から爆発音が聞こえた。小さな水柱が何本も立っては消える。

最初は何だと呑気に眺めていた少年も、すぐに誰がが戦闘しているのだと理解した。

しかも銃撃と爆発音はどんどんと祖父母達のいる海岸へと近付いてくる。

 

「あれは…」

 

海の上を滑りながら急接近してくる人影達。その先頭にいたのは彼がよく知る人物。

 

「龍驤?」

 

龍驤は、砂浜に少年の祖父母がいるのに気付いたのか、その場を旋回しだした。少年には龍驤が、祖父母の盾になろうとしている様に見えた。

やがて、空母ヲ級が合図すると、潜水カ級達が、その姿を海面に表し、無数の魚雷を発射した。

 

「龍っ…!」

 

龍驤は咄嗟に回避するが、その内の一発が掠り、爆発に吹き飛ばされた。

そして、残る全ての魚雷は…!!

 

「じっ、じいちゃん、ばあちゃんっ!逃げろっ!!」

 

少年は防波堤から乗り出し、二人に叫んだ。

二人も海から現れた化け物が、自分達に何かを撃ってきたのを理解したのか、その場から逃げようとしたが…。

 

次の瞬間、まるで爆弾でも落ちたかの様な爆発が海岸に巻き起こった。

砂煙は、嵐の様に辺りを包む。

 

「うわっ!!」

 

少年は両手で頭を庇いながら、砂煙から身を守る。と、少年の頭に軽い痛みが走った。何かが頭にぶつかったらしい。小石でも飛んできたのかと、それを見てみると…。

それは、真っ赤に染まった祖父の腕時計だった。

 

「っ!!」

 

少年は思わずその場から飛び出し、祖父母の下へと走って行った。

 

「なっ!何でオマエがここに!」

 

急に現れた少年に龍驤は目を丸くして驚いた。龍驤は慌てて彼を庇おうと海面を滑り出した。

 

「じいちゃんっ、ばあちゃんっ…!」

 

少年は涙声で、二人の下へと向かった。龍驤が何か大声で叫んでいるのにも気付かずに。

 

「バカッ!逃げろぉッ!!」

 

少年の数メートル先で爆発が起こり、彼は吹き飛ばされた。彼は砂浜に頭を打ち付け、意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「龍驤!目を覚ましたよ!」

 

次に少年が目を覚ますと、何人かの女達が自分を取り囲んで何やら話していた。

白い上着に赤いスカートを履いた女性が、彼女の名を呼んだ。

 

「良かった!大丈夫か?どこか痛いトコ無いか!?」

 

「龍…驤…?」

 

次の瞬間、少年は生き返った様に飛び起き、龍驤に掴みかかった。

 

「龍驤ッ!じ、じいちゃんとばあちゃんはっ!?」

 

龍驤も側にいた女達も何も言わず、彼から目を反らした。

龍驤の後ろにいた隼鷹が彼の前に立つ。

 

「龍驤から聞いたよ。君、あの二人のお孫さんだったんだってね」

 

「え、えぇ、そうです。じいちゃんとばあちゃんは?無事なんですかっ!?」

 

「あたしらが来た時にはもう…」

 

少年の目の前が暗くなる。ハッと我に帰り龍驤の後ろを見てみた。薄い緑色のセーラー服を着た三つ編みの少女が、浜辺に寝そべる二人を見下ろしていた。

 

「…すまん」

 

龍驤の言葉に少年は駆け出した。

寝そべる二人の下へ来た彼は、その顔を確認した。

砂と血に汚れた、もう動かない祖父母がそこにいた。

 

少年は涙声で絶叫を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日後。

龍驤は、ある任務からの帰還途中、部隊の皆に先に行ってくれと独り別れ、戦闘のあった港に寄った。

特に約束をした訳でもないが、龍驤は少年に会える予感があった。そんな龍驤の予感通り、或いは少年もそう感じたのか、彼はそこに居た。

龍驤は彼の待つ砂浜へと上がった。

 

「…この前は、その…すまんかったな。ウチのせいで」

 

「龍驤は悪くないよ。むしろ俺やじいちゃんを庇ってくれたんだ。感謝してるよ」

 

「…」

 

「俺、幼年学校に行く事にしたんだ」

 

「…軍人になるんか?」

 

「あぁ。俺、もう身寄りが居ないからさ。幼年学校だったら、学費もほとんど掛からないらしいし」

 

「さよか…」

 

「龍驤には、どうしても伝えておきたかったんだ」

 

暫くの沈黙の後、少年は後ろを向き走って行った。少し行くと止まり、龍驤に向き直った。

 

「さよなら-っ!いつか必ず会いに行くからなーっ!!」

 

少年は龍驤に手を振ると、再び走り出した。

彼の姿が見えなくなるまで、龍驤はその場を動かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「龍驤さん」

 

宿舎で休んでいた龍驤の元へ、鳳翔が訪ねて来た。

 

「ん、なんや珍しいな。鳳翔がウチの部屋に来るなんて」

 

「話、聞きましたよ。その子は気の毒だったけど、仕方無かった事です。あまり落ち込まないでね」

 

「…まぁ、そりゃそうやけど、半分はウチのせいやからな」

 

「…その子も、私の子と同じ位の年頃ですってね」

 

「…」

 

「そう思うと、余計同情しちゃってね。だから私も他人事に思えなくて」

 

鳳翔は龍驤の肩に優しく手を置いた。

 

「今日は任務無いでしょう?夜、私のお店に来てね。隼鷹さんも寂しがってるわよ?」

 

「…あぁ、そやな」

 

鳳翔は必ず来てね、と念を押すと部屋を後にした。

 

「ホンマ、堪忍な…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鳳翔…」

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから数年の歳月が流れた。

少年は幼年学校に入った。年に数回、龍驤宛てに自分は元気でやっていると手紙が届いた。龍驤もそれに返事を出す、いつからかそれが当たり前になっていた。

何でも今は近隣の軍港に来ており、近く深海棲艦を想定した演習が行われるそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「狙えーッ!!」

 

三隻の練習巡洋艦が演習を行っていた。

艦長の命令に巡洋艦の砲頭がゆっくり動き、数十メートル先の的に照準を定める。

 

「目標捕捉!」

 

一人の青年が、艦長に答える。

かつては少年だった彼も、今や立派な青年に成長していた。

 

「撃てーッッ!!」

 

艦長の号令の下、巡洋艦の主砲が放たれた。

轟音と共に放たれた砲弾は、その先の的を破壊する…はずだった。

砲弾は的を大きく反れ、海へ消えた。

 

「どこを狙って…何ッ?」

 

動かない筈の的が意志を持った様に右往左往し出した。

 

「な、何だ!?」

 

やがて的は匂いを嗅ぎ付けたかの様に、青年の乗る巡洋艦に目掛けて直進し出した。

よく見れば的の後ろに白い尻尾が浮かび上がる。

やがてその尻尾は二本、三本と徐々に増え、その的の下から人影が浮かび上がった。

潜水ソ級達だった。

 

「し、深海棲艦だっ!」

 

艦長が言うが早いか潜水ソ級達は、青年の前の巡洋艦目掛けて魚雷を放った。

爆音と共に手前の巡洋艦が、煙を上げた。

 

「て、撤収っ!!」

 

艦長の号令の下、青年の乗る船は旋回し始めた。

 

〈こんな所にも深海棲艦が…!!〉

 

焦る青年の頭に何かが落ちてきた。

 

「何だ…あっ、オマエは!」

 

昔、龍驤と初めて会った時、彼を龍驤の下へ連れて行った妖精だった。

 

「何でオマエがこんな所に…。まさか、龍驤が近くまで来てるのか!?」

 

妖精はこくっと頷く。

 

「た、頼むっ。龍驤に助けてくれって伝えてくれっ!!」

 

妖精は彼の肩から飛び降りると、煙の様に姿を消した。

 

「貴様、そんな所で何をぼさっとしておる!」

 

「あっ、艦長。大丈夫です。もうすぐ艦娘達が来てくれます!」

 

「艦娘?な、何でオマエにそんな事が分かる!?」

 

「今、妖精に来てくれと伝えました!」

 

「キ、キサマ妖精が見えるのか…?」

 

艦長が青年の言葉に半信半疑で疑っていると、後ろの通信技師が雄叫びを上げた。

 

「何だっ、どうしたっ!」

 

「か、艦娘ですっ!彼女達の部隊から通信がありました!後は任せろとの事ですっ!!」

 

青年は艦橋に躍り出た。

数十メートル先の海面を滑走する艦娘達。その中には、青年が忘れもしない龍驤の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう龍驤。助かったよ」

 

かろうじて軍港にたどり着いた巡洋艦から降りてきた青年は、龍驤と三年振りの再会を果たしていた。

 

「な、何や自分、随分背ぇ伸びたなぁ!見違えたで!」

 

「ははっ、あれから三年も経ってるんだ。そりゃ伸びるよ」

 

「それにまぁ、大層男前になって…///」

 

「ありがと、龍驤も昔と同じで可愛いよ。…胸は昔のまんまだけど」

 

「やかましい!」

 

龍驤のスナップの効いた回し蹴りが、青年の尻にヒットした。

 

「痛てぇっ!」

 

「昔から一言多いわっ!」

 

「お、おまえも相変わらずいい蹴りしてやがる。変わってないな」

 

「…お互いな」

 

その後、龍驤達の部隊は巡洋艦の艦長と話をした後、自分達の鎮守府へと帰って行った。

 

〈龍驤…また会おうな…〉

 

龍驤達が海の彼方へと消えるのを、青年は何時までも名残惜しそうに眺めていた。

その彼の下へ、一人の将校がやって来た。

 

「あ、艦長。すぐに戻ります」

 

「いや、そんな事より聞きたい事がある」

 

「聞きたい事…。自分に、ですか?」

 

「うむ、貴官は艦娘達の妖精が見えるそうだな…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「知っとるか鳳翔。今日から新しい提督が着任するそうやで」

 

弓道場に向かおうとした鳳翔を見かけた龍驤が、彼女の足を止めた。

 

「まあ、そうなんですか。後でご挨拶に向かわないと」

 

「確か、もうそろそろのはずや。ちょっくら出迎えてくるわ」

 

「あ、龍驤さん、私も一緒に…」

 

「先に行っとるで!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「時間はあってるハズなんやけど…」

 

鎮守府の正門に来た龍驤は、周囲を見回したが自分以外の人影は見当たらなかった。

と、突然、龍驤の視界に何かに遮られた。

 

「な、何や!敵かっ!?」

 

龍驤は自分の顔に覆い被さっている物を掴み上げようとする。ところが、それはまるでガムの様に彼女の耳や眉毛に引っ張り付く。

 

「イタタ、何やねん…うわっ!!」

 

龍驤はバランスを崩し、尻餅を着いた。

 

「った~。何やの…って妖精さん!?」

 

龍驤の艦載機の妖精が、龍驤の前で舌を出してニヤニヤしていた。

 

「ねぇ、大丈夫?」

 

「へっ?」

 

尻餅を着いた龍驤を見上げる一人の青年。彼の肩に妖精が乗ると、二人はお互いに笑いながら親指を突き上げる。

 

「ア、アンタ。まさか今日来る提督って…」

 

「あぁ。今日からよろしくな、龍驤」

 

青年は龍驤の手を掴むと、彼女を起き上がらせた。

 

「まさか、こんな形で会いに来るとはな…」

 

「言ったろ。必ず会いに行くって」

 

青年は龍驤の背中に手を回し、彼女を優しく引き寄せた。

 

「コ、コラッ、自分、何してんねん///」

 

「…これからよろしくな、龍驤」

 

「…待たせ過ぎや」

 

彼の胸に頭を埋める龍驤の後ろに、小さな足音が響いた。

 

「あらあら、お邪魔でしたかしら?」

 

鳳翔の声に、青年は慌てて龍驤から離れた。

 

「クスッ。え~っと、新しい提督さんでしょうか?」

 

彼は軽く咳払いすると、襟を正しながら振り返った…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふぃ~っ。

 

三年…いや四年か?

ホンマ長かったわ。

 

ようやくや。ようやく戻ってきたのお。

 

昔、ウチが惚れた男の忘れ形見…

そして、鳳翔の…

 

あの日、偶然アイツに会った時、何処かで見た顔だと思っとった。

そん時は、気のせいやろ思ったが、アイツの両親がすでにいない、祖父母に育てられとると聞いて、何か心に引っ掛かったんや。

まさかと思て、鎮守府の資料漁ってみたら…

ドンピシャや。

 

アイツ、昔、ウチと鳳翔が惚れた男と同じ名字や。

おまけにアイツの名前。鳳翔とウチが一緒に考えた名前や。忘れるハズがない。

それで確信したわ。

 

アイツは生き別れた鳳翔の息子やと!

 

アイツの父親…鳳翔の夫と知り合ったのは、まだウチら艦娘がこの世に誕生した頃や。

右も左も分からんウチらと一緒に、泣いて笑うて同じ釜の飯食って…。あん時が一番楽しかったわ。

 

そんなアイツに、気が付いたら惚れとった。

コイツと夫婦になれたらなんて、何度思った事か…。

 

でも、ウチは艦娘や。

こんな自分に好かれても迷惑なんちゃうか…その気持ちがどうしても拭えんかった。

だが、アイツはそんな事まるで気にせえへん言うてくれた。だからウチは思いきって想いを伝えようとした。

そんな矢先、鳳翔から言われたんや。

 

『私、あの人にケッコンを申し込まれたの…』

 

なぁ鳳翔…。

あの時のウチの気持ち、アンタに分かるか?

 

アンタらがすでにデキとったやなんて…。

フッ、ウフフ、アハハハッ♪傑作やないか…。

 

フザケんなや!!

 

ウチはまるでピエロやないかっ!!

ウチが真剣に悩んでる時に、アンタらよろしくやっとったんかい!!悩んでるウチを酒の肴にでもしとったんか!?

人を馬鹿にすんのも大概にしいや!!

 

あげくの果てに、鳳翔とここを出てくやと?

…そんなん、ウチが許すわけないやろ…!

 

アイツが鳳翔と駆け落ちする日、たまたま深海棲艦が鎮守府に現れた。

そん時ウチは思ったわ。

やっぱり神様は、正しいモンの味方なんやと。

 

ウチは出撃、アイツは鎮守府の防衛。

深海棲艦は鎮守府のドックに攻撃を仕掛けてきた。ウチはその敵を追って鎮守府へ。

 

ウチは艦載機でドックにいる敵に攻撃を仕掛けた。

…そこにアイツがいるのを知りながらな。

 

ウチの活躍で、深海棲艦は撤退した。大勢の犠牲も出た。アイツもその一人や。

気の毒になぁ…。でもアンタが悪いんやで?

ウチの気持ちを弄んだ天罰が当たったんや…!

 

ウチは笑いを堪えながら、鳳翔に知らせに行った。鳳翔はその場で泣き崩れた。

ウチにすがり付いて泣く鳳翔。もし、そん時のウチの顔見とったら、どんな顔するんやろな?見てみたかったわ♪

 

でもな、鳳翔。

アンタどこまでウチをコケにすれば気が済むんや…。

アイツのガキが腹ん中にいるやと…ッ!

 

ふぅ~、落ち着け龍驤。

アイツはもういない。いないんや。

今、鳳翔の腹ん中にいるのはアイツのガキ。こいつには何の罪も無いんや。

…そう思ってたのになぁ。何でやろ。

鳳翔がガキに乳をあげてるのを見てたら.何やムカムカしてきたわ。

ホンマならそのガキは、ウチが産むはずやったんや…。

今そこで乳あげてるのは、ウチのはずだったんや!!

 

…気が付いたらウチ、アイツの親に鳳翔がガキ産んだ事、バラしとったわ。

案の定アイツの両親、血相変えて乗り込んで来たわ。

可哀想にのぅ。

鳳翔、大事なモン奪われるのがどんな気持ちか、これで分かったやろ。

でもま、アンタは大事な戦友やし、ウチも鬼やない。これで仕切り直しや。また昔みたいにやってこうや。

 

それから十数年、ウチと鳳翔は仲良くやってきた。

なのに…。ウチは会ってしもたんや。

 

鳳翔のガキに…!!

 

最初は何や見覚えのある顔やな思てたが、そりゃそうや。鳳翔のガキやもんな。

そら最初はビックリしたわ。こんな偶然あるんやなって。

…そん時ウチ、ピンと来たんよ。

これって、神サマが引き合わせてくれたんやないか…って。

あん時は鳳翔の邪魔が入って結ばれなかった。だから、ウチを不憫に思った神サマがやり直すチャンスくれたんや!

きっとそうや…。そうに違いない!!

 

ウチはコイツと会いながらず~っと考えとった。どやったら、コイツをウチだけのもんにできるやろか。

そう言えばコイツ、妖精さんが見える言うてたな…。

それでウチ、閃いたんや。

 

提督になってもらおって!!

 

幸いコイツも深海棲艦を父親の仇と思ってるみたいやし…。

でも、それだけじゃ駄目や。

もっと明確な、必ず提督になるんやって、強い意志を持ってもらわな…。

そういやコイツ、祖父母と暮らしとるんやったな。

…悪いな。ちょっと利用させてもらうで。

 

コイツの暮らしとる港町の側に深海棲艦が出た。

ウチは出撃の時間が決まると、コイツの祖父母に手紙を出した。

アンタの息子の遺書が出てきた、渡したいから来てほしい。そう言うてちょうど戦闘の始まるやろう時間に港へ誘い出した。

こっからはウチの演技力に掛かってる。ウチは調子が悪いフリして、一人部隊から孤立する様に動いた。敵さんもウチの事追って来てくれとる。

海岸が見えると二人の人影が見えた。予定通りや。

鬼さんこちら、手の鳴る方へ♪

的はウチや。しっかり〈二人の前に立つ〉ウチを狙うんやで!!

 

ウチの作戦はバッチリ的中した。

ウチが交わした魚雷が不幸にも〈偶然そこにおった〉民間人を吹き飛ばしおった。

別にアンタらに恨みはないんやが…堪忍やで。

 

ただ誤算があったとすれば、その場にアイツもいた事や。あん時はホント焦ったで。

ここでアイツまでイッてもうたら、何もかもパァや。幸い怪我だけで済んだがホンマ、ヒヤヒヤしたわ。

 

ただ怪我の功名っちゅうんかの。目の前で育ての親が死ぬトコ見たのは大きかったな。

これでアイツの心には、しっかりと刻まれたはずや。

深海棲艦への恨みがな。

 

ウチの考えた通り、アイツは軍人への道を歩み始めた。

それから三年、アイツの行動は手紙でつぶさに把握しとった。ときにはこっそりウチの妖精さんを飛ばして、様子を見てもらいもした。

それが良かったんやろな。

たまたまウチらが戦ってる最中に、アイツが演習しとった。ウチは敵をその方角へ誘導する様に戦った。

すぐにアイツの船が見つかった。後は簡単や。敵さんに適当に船を攻撃してもらって、あわや絶体絶命のトコをウチが救う!

これならアイツもウチに惚れ直すやろ!

 

命拾いしたアイツの前に颯爽と現れる…のは良かったんやが…ヤられたわ。

 

逆に惚れてもうたわ…///

えらい男前になって…!

背もすっかり抜かれてもうたわ。

 

やっぱ鳳翔と結ばれたんは、間違いだったんよ。だから神サマがもっかいやり直す為に、生き返らせたんや…。

 

何や聞いた話だと、アイツが妖精さんと意志の疎通が出来る事を知った上層部が、アイツを提督に抜擢したらしいわ。

ホンマ、上手く行く時は行くモンやな♪

 

今日、アイツはここの提督として鎮守府に着任する。

…鳳翔には提督が息子だとは知らせてない。

だが鳳翔のヤツも、アイツの顔見ればイッパツで分かるやろ。

ウチを裏切ったアイツにそっくりやからな…!!

 

鳳翔、悪いな。

旦那はアンタに譲ったんや。息子の方はウチが貰う。それで、おあいこや。

なぁ、そうやろ鳳翔?

アンタなら…分かってくれるやろ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈提督〉は鳳翔に振り返った。

 

「私は鳳翔型軽…空母の…ほ、鳳…翔と…」

 

彼は満面の笑顔で答えた。

 

「初めまして。今日からこちらに着任する事になりました。名前は…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…そん時のウチの顔、鳳翔にはどう写っとったんやろ?

きっと見られたモンやないやろな。

 

イヒヒッ♪

 

 

 

 

 

 

 

 




読んでくれてる方には分かると思いますが、鳳翔回のIFルートになっちゃいました。もしも龍驤の方が先に提督(鳳翔の息子)に会っていたら?みたいな。
最初は単に彼が提督になる様仕向けるだけの話だったんですが、鳳翔回と絡めたら面白いかな~と思ってこうしました。鳳翔さんは思わぬとばっちりでした(゜.゜)

読んでる艦これ物で、10月から更新止まっちゃってるのがあって寂しいです。早く再開しないかな。

次回?あたしだよっ!!ヒャッハ~♪(※30話になります)








おまけ 艦娘型録

龍驤 幼児体型を気にしてる割には、映画館は子供料金で入場する。最近パッドを入れてみたが誰も気付いてくれなかった。

鳳翔 提督の実の母。鎮守府における数少ない非処女勢。最近、下着を集めるのにハマっているが見せる相手がいないのが悩み。

提督 精神的には成長したが頭はハッピーセット。最近、龍驤と鳳翔から頻りに食事に誘われている事からモテ期到来と勘違いしている。好きな漫画は忍空。

隼鷹 ラリパッパ。飲んだ時の事は一切覚えていない一週間フレンズ。最近、飛鷹からアルコール依存症を本気で疑われている。次の話の主役だからお前ら見とけよ見とけよ~。

飛鷹 今回一番の常識人。顔は可愛いし龍驤のパッドも見て見ぬ気遣いも出来る割には人気が無い。飛鷹がモテないのはどう考えてもお前らが悪い。

北上 クレイジーサイコレズ。久し振りに登場。

祖父母 一人息子が艦娘と駆け落ちした挙げ句戦死したり、孫を引き取ってやり直そうと思ったら吹っ飛ばされた、ある意味一番の被害者。最近腕時計を新調した。10回ローンで。


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ヘラに抱かれて

知らなかったのか?

大ヨドーからは、逃げられない…!


二人の男女が鎮守府の正門に立っていた。

男の方は少しやつれた顔付きで、まだ若いのに白髪が見え頬も痩せこけていた。

そんな彼とは裏腹に、女の表情は幸せに満ちていた。

 

「ここでまた最初から、か」

 

男は少し疲れた顔で呟いた。その男の手を取って女は答えた。

 

「大丈夫です、私が着いていますよ。二人で最初から始めましょう」

 

「…ああ。ありがとう、こんな俺に着いてきてくれて」

 

「い、いえ。当然の事です。提督と一緒なら例えどんな所でも、私は着いて行きます」

 

女は少し顔を赤らめる。そんな彼女の言葉に気を引き締めた様に彼は一歩を踏み出した。

そんな彼の背中を、女は幸せそうに見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「艦隊訓練、終わらせておきました」

 

「あぁ、ありがとう大淀」

 

ここは日本に幾つもある鎮守府の中の一つ。

最初は規模も小さな物だったが、深海棲艦の多い海域だった事もあり、今や50人以上の艦娘を抱える大所帯になりつつあった。

そんな鎮守府を纏める提督は、まだ若かったが戦略眼は確かな様で、大本営は勿論、艦娘からの信頼も厚かった。

 

そんな提督の下で働く一人の艦娘。黒い長髪に眼鏡を掛け、白いセーラー服に紺のスカートを履いた彼女。名前を軽巡洋艦の大淀と言った。

彼女は今でこそ明るく振る舞っているが、かつては今からは想像も出来ない位、物怖じする性格だった。

決して能力面で他の艦娘には引けを取らないものの、提督と大本営の橋渡しの様な後方任務が多いせいか、自分は他の艦娘に比べると戦力になっていないのでは?と、強い劣等感を持つ様になってしまった。

今の提督がこの鎮守府に着任した時も、彼女の持つコンプレックスを強く感じた。

提督は彼女に同情し、何とか彼女の自信を回復させようとした。彼女の仕事を理解し、その重要性を説明、事ある毎に必ず声を掛けた。

最初は戸惑っていた彼女だったが、いつしかその表情は自信に満ち、自分は役に立っているのだと、自負する様になった。

 

 

 

 

 

 

 

「香取型練習巡洋艦2番艦、鹿島です。よろしくお願いしますね、提督さん。ウフフッ」

 

「あ、あぁ、こちらこそよろしく頼むよ鹿島」

 

この鎮守府に新しく赴任する事になった鹿島が、その報告に訪れた。この鎮守府も戦力が大きくなるのはいいが、練度の低い駆逐艦の為にと大淀に相談した所、彼女を手配してくれたのだった。

 

「早速、今日からお仕事に取り掛からせてもらいますね」

 

「あぁ、最近は新入りの駆逐艦が増えたからね。今のままでは護衛任務もおぼつかないから。鍛えてやってくれ」

 

「ハイッ!必ず提督さんの期待に答えて見せます!」

 

意気揚々と司令室を後にする鹿島。

そんな提督に大淀が目を細めて呟く。

 

「提督、鼻の下が伸びてます」

 

「な、何を言ってるんだ大淀。そんな事はないぞ!」

 

提督の答えに無言で返す大淀。

鹿島がこの鎮守府に来て数日。鹿島もこの鎮守府に馴染んだ様で、他の艦娘との仲も悪くない様だ。

提督も彼女の事はあくまで部下だと割り切っているつもりだが、大淀からすれば彼女を女性として見てるのは一目瞭然だった。

確かに提督は鹿島の事を好意的に見ているのは間違いなかった。慣れ親しんだ部下の艦娘達とはまた違った新鮮さも含めて、彼女の女としての魅力に心奪われているのは提督本人も自覚していた。

だが、それが大淀の余計な嫉妬を買っている様で、その都度、彼女の機嫌を取る事になるのだが。

 

 

 

 

 

 

 

「大淀さんは、提督さんの事どう思ってます?」

 

「えっ、な、何ですか急に!?」

 

港で艦隊訓練を終えた鹿島から報告を受けていた大淀は、鹿島の突然の質問に慌てて答えた。

 

「いえ、ここで一番提督さんと付き合いが長いのは大淀さんだと聞いた物ですから」

 

「そ、それはそうなりますが…」

 

「正直、男性としてはどう思ってます?」

 

「え、えぇ~っ///」

 

大淀は顔を赤くする。

鹿島がこの鎮守府にやって来て早一ヶ月。当初は練習艦としての自分の役割を終えたら、また次の鎮守府へと行くつもりでいた。だが、この鎮守府の提督に出会い、その考えは変わりつつあった。自分を単なる艦娘としてではなく、一人の女として扱ってくれる提督の下で、これからも働きたい、と。

鹿島も自分に女としての魅力がある事は、提督の反応から少なからず確信していた。それにこの鎮守府にはケッコンカッコカリをした艦娘がまだいないらしい。何より提督はまだ独身の様だった。

大淀が提督を慕っているのは薄々感付いていた。鹿島も彼女の事は良き先輩として慕っている。そんな彼女との軋轢を避ける為の確認、と言うのが本音だった。

 

「ここの提督さん、とても優しいし、憧れちゃうなぁ~って、思いまして」

 

「ま、まぁ確かに提督はお優しいですが…」

 

特にそれについては、大淀が誰よりも知っている。彼女を今の自分にまで立ち直らせたのは、他でもない提督なのだから。そんな提督を一人の男性として意識する様になるのに、大して時間は掛からなかった。

そんな提督を慕う部下が増えるのは、先輩としては喜ばしい事だが、女としては若干、複雑な心境だった。

 

「鹿島さんは、その…提督の事が好き、なんですか?」

 

「…ハイ。できれば部下ではなく、女の子として見てもらえればな~と。キャッ//」

 

一瞬、大淀の表情が固まったが、鹿島はそれに気付かなかった。

 

「そ、そうですか。まぁ提督も鹿島さんの事は悪く思ってない様ですし、構わないんじゃないかな~、と」

 

「…大淀さんは、提督さんの事は好きじゃないんですか?」

 

「…私は提督の部下ですから。そんな目で見た事はありません」

 

「そうですか。…成る程」

 

腕を組んで何かを考えている鹿島だったが、やがて明るい表情になると大淀に礼を言い、その場を去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ある日の司令室。

いつもの様に実務を執り行う提督に、大淀はふと尋ねた。

 

「鹿島さんって、可愛いですよね」

 

「んっ?どうしたんだ急に」

 

提督は大淀の脈絡のない質問に驚いている様だった。

 

「いえ、見た目も可愛いし、私と違って明るいですから、男の人はあんなタイプが好きなんじゃないかと…」

 

正直、大淀の言う通りなのだが、その気持ちが顔に出ない様に振る舞いつつ、また大淀の悪い癖が出たかと思った。彼女はどうも自分と他人を比較したがる所がある様で、それだけならいいが結果「どうせ私なんて…」と自己嫌悪に陥ってしまう。

そんな大淀をどうやって慰めようかと思案していると、大淀から思ってもよらない一言が。

 

「彼女、提督さんになら、何をされてもイイそうですよ」

 

「えっ?」

 

それはどういう意味だ?と思ったが、聞くとまた彼女の自信を傷付けてしまうのでは?と思い、あえて口にしなかった。

 

 

 

 

次の日、大淀は月に何度かある、大本営からの書類を受け取りに行く、と言う名目で鎮守府を一日留守にした。

提督は随分急だなとは思いつつも、同時に別の事を考えていた。

深夜、提督は鹿島に司令室に来る様伝えた。

 

 

 

 

「失礼します。提督さん、こんな夜中にどうしました?」

 

「あぁ、実はちょっとした野暮用でね」

 

「野暮用、ですか」

 

「鹿島ともっと仲良くなりたいな、と思ってね」

 

そう言って提督は鹿島の後ろに立ち、彼女の肩に手を置く。

 

「あ、あの、提督さん?」

 

「鹿島。俺が君の事好きなのは気付いているだろ?」

 

「えっ?そ、それはその…///」

 

鹿島が喋り終わる前に提督は後ろから鹿島に抱き付いた。

 

「てっ、提督さんっ、止めて下さいっ!」

 

「何でだ?お前も俺の事好きなんじゃないのか?」

 

「た、確かに提督さんの事は好きですが、こんな形で結ばれるのは嫌ですっ!」

 

離れようとする鹿島を提督は強く抱き締める。

 

「前から好きだったんだ。いいだろ鹿島、俺の想いを受け止めてくれ!」

 

「イヤっ、お願い、離してっ!」

 

鹿島に覆い被さろうとする提督だが、鹿島にはね除けられ机に頭をぶつける。鹿島は涙ぐみながら、立ち上がった。

 

「私っ、私っ…。提督さんの事は好きでした。でも、今の提督さんは嫌いですっ!!」

 

「かっ、鹿島っ、待ってくれ!!」

 

鹿島は泣きながら司令室を出ていった。

暫くは、茫然自失としていた提督だが、やがて正気を取り戻したのか、後悔の念に襲われた。

 

「クソッ!俺は何て事をっ!」

 

提督は椅子を蹴り飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「鹿島さんに何かしたんですか?」

 

翌日、大本営から帰ってきた大淀は誰から聞いたのか、昨日の事を聞いてきた。

 

「…いや、その」

 

提督は言葉に詰まった。まさか大淀が居ない隙に鹿島に手を出そうとしました、等と言える筈もなく、ただ俯くだけだった。

 

「ここに来るまでに少し噂になってまして、何があったのか聞いてみたら、どうやら鹿島さんがどうとか…」

 

「い、いやっ、何もない。確かに鹿島を呼んだのは本当だが、手は出してないっ!本当なんだ、信じてくれ!」

 

暫くは軽蔑する様な目で提督を見ていた大淀だったが、やがて軽くため息を付いた。

 

「大丈夫です、信じますよ。私は提督の味方です」

 

「大淀…」

 

「とりあえず、他の艦娘達には何か誤解があった様だと言う事にしておきましょう。鹿島さんにも提督は反省していると伝えておきます」

 

「あぁ、すまないがそうしてくれると助かる」

 

大事になりそうにないと分かると、提督は安堵した様に椅子に深く腰掛けた。

 

「…まぁ、彼女も女性の私から見ても、男性が誤解を招く様な感じはありましたから」

 

大淀は提督を慰める様にフォローする。提督は何も答えないが、彼女に感謝していた。と同時に、まさか自分が大淀に助けられるとは、と彼女の成長振りに驚きつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

司令室は緊迫していた。

ある作戦が始まり、提督は大淀を通じて旗艦の艦娘に指示を出していた。

ところが、敵の方が一枚上手なのか、思うように作戦が進まず、その度に大淀の無線に悲鳴と不満が届いた。

 

「提督、既に大破した艦娘も出ています。これ以上の進撃は無理かと…」

 

「…分かった。長門に作戦を中止して、帰還する様伝えてくれ」

 

「…了解しました」

 

提督は頭を抱えて椅子に座った。

 

 

 

 

 

 

「提督、あの指示はどう言う事だ?」

 

作戦の旗艦を務める長門が、不満を隠そうともせず提督に聞いた。

長門が怒るのも無理はない。実際戦っているのは彼女達なのだ。幾ら提督の命令と言っても、みすみす死にに行く様な命令に従う気はない。まして長門は戦場で部下を統率する立場にある。

 

「あの時は、我々の方が優勢だった。それが急に撤退等と。と思えば、戦力的に引くべき相手に突撃しろと…!」

 

「お前の不満はよく分かる。だが、あの時はそれが最善だと判断したからだ。…結果的にはお前の意見の方が正しかった様だが。すまない」

 

提督は長門の目を見れずにいた。

 

「提督。貴方もよくやってくれているのは私も認めている。だが、ここ最近の貴方は少し変だ。疲れているのではないか?」

 

「…そうかもしれないな」

 

「貴方が間違っているとは言わない。だが、貴方の命令一つで我々は全滅してしまうのだ。それを忘れないでくれ」

 

長門は司令室を去った。

苦虫を噛み潰した様な表情の提督を、大淀は黙って見つめていた。

 

 

 

 

数日後、ある海域に現れた深海棲艦の迎撃に向かった艦娘達だが、戦場は混乱していた。

敵の強さもさることながら、指令部の、提督の指示がことごとくずれていたからだ。まるでワンテンポ遅れている様にずれた命令が届く。その度に長門は無線で大淀に本当かと問い質す。だが「提督はそう仰っています」の答えが帰ってくるだけ。

既に周囲を敵に囲まれつつある。対してこちらは大破した者も多数。士気も低下しつつある。

長門は撤退を指示した。

 

 

 

 

 

 

「長門、何故撤退した」

 

「何故、何故だと?」

 

長門は怒りを顕に答えた。

 

「あのままあの海域に留まれば、敵に挟まれ、我々は前後から攻撃を受けて沈んでいた。それなのに進めと言うのか!?」

 

「…!確かに、お前の言い分は正しいのかもしれない。だが、無線での報告では敵は目の前だけと聞いたが」

 

「それは数十分前の話だ。戦況は刻一刻と変化している。敵は待ってはくれないのだぞ!!」

 

「…そうか。どうやら私の判断ミスだったらしい。分かった。お前の命令無視の件は不問にしよう」

 

長門は然も納得がいかないといった表情で司令室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

〈くそっ、何がいけなかったんだ?状況的にはそれが最善だった筈だ。今までだってそうだったじゃないか!一体なんでこんな事に…!〉

 

提督は焦っていた。ここ最近の戦いでの采配の不甲斐なさを痛感していた。以前はこうではなかった。敵の情報を元に戦略も立てている。だが、実際にはまるでこちらの作戦を読まれているかの様に的外れになってしまう。

一体何が駄目なのか?既に轟沈も何人か出ている。艦娘の中には、以前の鹿島の件もあって提督に不満を唱える者も出始めていた。提督は何もかもが上手く行かない事に苛立ちを覚えていた。

 

「元気を出して下さい提督。長門さんが何と言っても、私は提督の判断を信じます」

 

「…」

 

いつの間にか机の前に立っていた大淀が、優しく微笑む。

 

「大丈夫、大丈夫ですよ提督。今はたまたま上手く行ってないだけなんです。焦らず落ち着いて行けば、きっと上手く行きます。だから「うるさい!」

 

提督は大淀に平手を喰らわせた。大淀は小さな悲鳴を上げて床に突っ伏した。

 

「俺の命令一つで味方は沈む!そうならない為にあれこれ考えて出した指示はことごとく外れる!お前に俺の気持ちが分かるのか!?」

 

「提督…」

 

「俺はちゃんと考えてる!必死にやってる!その結果がこれなんだ!…何でなんだ?前は上手くやっていたのに。一体何を間違ったと言うんだ…」

 

提督は頭を抱え、側に大淀がいるのも忘れて涙を滲ませていた。

そんな彼を大淀は優しく抱き締めた。

 

「…同情なんかするな。お前も俺の事を無能だと思っているんだろ?」

 

「…そんな事思った事もありません。大丈夫、あなたはやればできる人です。今は少し上手く行かないだけなんです。きっと良くなります。例えどんな事があっても、私はあなたの側に居ます。だから涙を拭いて下さい」

 

そう言うと大淀はさっきよりも強く提督の頭を抱き締めた。

 

「…大淀」

 

「あっ…」

 

提督は椅子から立ち上がって、大淀を強く抱き締めた。彼女もそれは意外だった様で、顔を赤くして狼狽している。

 

「俺の…側に居てくれるのか?」

 

アワアワと狼狽していた大淀も、提督の言葉を聞くと優しく抱き返し、一筋の涙を流して答えた。

 

「はい…。私で良ければ…ずっとお側に居ます…」

 

彼女は目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、大淀。頼まれてたやつ、手に入ったよ」

 

「ありがとう、明石。後で取りに行くわ」

 

明石は怪訝そうな顔をして大淀に尋ねた。

 

「まぁ、あなたの頼みだから、あの位どうとでもなるけど、何に使うの?」

 

「…迷惑は掛けないわ」

 

「…OK、まっ、それ以上は聞かないわ。私が渡した事は内緒でお願いね」

 

「…恩に着るわ、明石」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この日の鎮守府はいつも以上に慌ただしかった。

それもその筈、深海棲艦の一大反抗作戦が始まったからだった。

ここ最近は比較的動きが無かった物の、数日前に解放海域の近隣に一大勢力が確認された。これを受けて他の鎮守府との連携での迎撃作戦が開始されたのだった。

既に作戦は立案され、艦娘達も出撃を今や遅しと待ち構えていた。

 

夕方、司令室には提督と大淀の二人が居た。

だが、提督の方は何やら落ち着かない様子だった。

 

「提督、気持ちは分かりますが、落ち着いて下さい」

 

大淀は机の前を行ったり来たりする提督が気になっていた。

 

「あ、あぁ。それもあるんだが…」

 

と言うと、提督は深く深呼吸して机引き出しを開けた。何やら小さな箱を取り出し、大淀の前に差し出した。

 

「えっ、提督っ、それって…!」

 

「あぁ、ずっと迷っていたんだがいい機会だ。思いきって言うよ」

 

提督は箱を開けた。中には銀色に光輝く指輪が入っていた。

 

「大淀、この作戦が終わったら俺とケッコンしてくれないか?」

 

「…てっ、提督っ///…!」

 

「色々不甲斐ない所もある。君に当たってしまった事もあった。でも君は、そんな俺の側に居てくれた。それでようやく気付いたんだ。俺には君が必要だと…。

 

「受け取って…くれるかい?」

 

大淀は涙を溜めて提督を見つめている。暫くすると、箱を持つ提督の掌を下から支えて答えた。

 

「はい…はいっ!喜んで…!」

 

提督は大淀を優しく抱き締めた。

 

 

 

 

 

 

 

翌朝、作戦は開始される…筈だった。少なくとも艦娘達は皆そのつもりだった。

だが、いつまで経っても提督の召集が掛からない。まさか作戦は延期されたのか、とも思われたが、それならそれで説明があるはず。

業を煮やした長門が、皆を代表して司令室に向かった。すると、長門と同じ事を思ったのか、大淀が司令室のドアを叩いていた。

 

「大淀、提督は何をしている?もう作戦の開始時間だぞ!?」

 

「わ、私もそう思って来たんですが、中から鍵が掛けてあるのか入れないんです」

 

「…大淀、下がっていろ」

 

「え?長門さん何を…」

 

「フンッ!!」

 

長門は強烈なタックルで司令室のドアを叩き壊した。

粉々になったドアから入った二人が見たものは。

 

酒に酔いつぶれて寝ている提督だった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、提督は長門に叩き起こされたものの、そんな状態でまともな判断ができる訳もなく、散々な結果だった。

作戦自体は他の鎮守府の戦力で無事、成功に終わった。だが、その作戦に遅れて参加したこの鎮守府が大本営に厳しい詰問を受けるのは当然の事で、それが酒に酔い潰れていたとなると申し開きも出来なかった。

提督は首を覚悟していた。

だが、大本営からの査問に大淀が涙ながらに弁明し、どうか提督を首にしないで欲しいと頭を下げて懇願した結果、提督は別の鎮守府に異動、となった。

新しく異動する鎮守府は、戦略的には大した価値も無く、誰が見ても左遷だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小さなバッグを持った男が立っていた。

つい昨日まで自分が提督を勤めていた鎮守府を、名残惜しそうに眺めていた。

迷いを断ち切る様に、彼は鎮守府に背を向けた。その彼の前によく見知った顔の彼女が立っていた。

 

「…大淀?」

 

「提督…」

 

提督は暫く大淀を見つめていたが、やがて自嘲気味に呟いた。

 

「色々すまなかったな。お前のお陰で首だけは繋がったが、最後まで迷惑を掛けてしまった様だ…」

 

「いえっ、迷惑なんて思っていません!」

 

「ありがとう。お前には本当に感謝しているよ。次の提督が俺みたいな奴じゃない事を祈るよ」

 

「…次の提督なんて、いませんよ」

 

「…?どういう意味だ」

 

次の瞬間、大淀は提督に近付くと彼に抱き付いた。

 

「お、大淀っ?」

 

「私の提督はあなただけです。忘れたんですか?ずっとあなたの側にいるって言ったじゃないですか」

 

「何を言って…」

 

大淀は提督から離れ、彼の目を見つめて力強く言った。

 

「私も一緒に行きます」

 

提督は驚いた。今回の件は彼の失態でしかない。むしろ大淀は被害者に当たる。その彼女が何故、自分の左遷に付き合うのか、と。

 

「提督を補佐するのは私の務めです。ですから提督の行く所なら、どこでも行きますよ。…それにもう異動届けも出しちゃいましたから」

 

大淀は照れくさそうに笑った。

 

「それに、提督もヒドいです!私とケッコンしたのに、勝手にどこか行っちゃうなんて。あれは嘘だったんですか?」

 

「いや、だが俺はもうここの提督じゃない。それにこんな俺には愛想が尽きたんじゃないのか?」

 

「…誰にだって間違いはあります。私だって昔は自分に自信がありませんでした。でもそんな私に手を差し伸べてくれたのは提督です。

 

「今度は私が提督を支えます」

 

「大淀…」

 

提督は涙ぐみながら、大淀を抱き締めた。

さっきまでは、失意の念しか無かった。だが、今は違う。こんな自分を支えてくれる彼女の為にも、もう一度頑張ってみよう、そう決意するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

正直、こんな事になるとは思いませんでしたが、結果だけ見ればこれで良かったのかもしれません。

あの日、私は初めてあの人に会いました。

一目惚れでした…。

この人が私の提督!私は雷に打たれた様な衝撃を覚えました。

当時の私は、皆と一緒に出撃する機会が少なかったのがコンプレックスで、少し卑屈になっていました。

出撃する機会が無い訳ではありませんが、どちらかと言うと、私は大本営や他の鎮守府とのパイプ役になる事が多く、出撃の機会はどんどん減っていきました。

その結果、練度にも差が開き始め、私は自分が役に立っていないのでは?と強い自己嫌悪に陥りました。

 

そんな私に手を差し伸べてくれたのが、提督でした。

何をやるにも消極的になりがちだった私を誉めてくれ、如何に私の任務が大事なのかも教えて貰いました。

そのお陰で私は自分が皆の役に立っているのだと、再確認できました。心なしか他の皆の私を見る目も、変わってきた気がしました。

あぁ、提督。お慕い申し上げています!

 

そうこうしている内にこの鎮守府にも艦娘が増えてきました。それはいいです。

問題は提督に、私の提督に良からぬ思慕を抱く者も現れ始めたと言う事です。

その中でも鹿島さん…!あの娘は厄介でした。

ここの艦娘達は、提督を慕っていても露骨に態度に示す様な事はありませんでした。だが、あの娘は堂々と提督とケッコンできればと言い出しました。

 

私の提督に…!!

 

それに男性はああ言ったタイプに弱い様です。鹿島さんと話している時の提督は、始終口元が緩んでいました。

悔しいですが、提督は彼女の事を好きな様です。

今すぐにでも追い出したい所でしたが、そんな事を言えば私が嫉妬していると思われてしまうだけです。

私は逆に考える事にしました。

 

…提督をその気にさせてみては、と。

 

提督が彼女に下心を持っているのは一目瞭然。当の提督は、隠してるつもりなんでしょうが…。

そう考えた私は提督に彼女もその気なのでは?と唆してみました。あえてその日に任務で鎮守府から離れる事もしてみました。

鎮守府に帰ってくると、艦娘達が何やらひそひそ話をしていました。私は明石に何かあったのか聞いてみました。

案の定、提督が鹿島さんにちょっかいを出した様です。

正直、鹿島さんが提督の誘いに乗ってしまうのでは、との不安はありましたが、私の予想通りになりました。

私はその事を提督に聞くと、火消し役を買って出ました。

あの提督が、私を頼ってくれた…!こんな嬉しい事はありませんっ!!

それにしても…。フフっ、あの時の提督の困った顔。今思い出しても可愛かったです♪

 

この事件が引き金になったのか、私は一気に艦娘達の提督への信頼を落とす事を考えました。

出撃した艦娘達に提督の指示を伝えるのは私です。

私はこの立場を大いに利用させてもらう事にしました。

 

と言っても、出鱈目な命令を伝えては、たちどころに私が怪しいとバレてしまいます。

私は考えた結果、命令を伝えるタイミングを一つずらす事にしました。

今の状況ではなく、その一つ前の状況を提督に伝える。提督はその状況に合った命令を下す。私はその命令をそのまま伝える。結果、今の戦況とは違う的外れな命令が伝わる訳です。

これでは、勝てる戦いも勝てません。まぁ、そのせいで犠牲になった娘には、私も気の毒だとは思いますが。

 

私の計画通り、艦娘達は提督に不信感を抱く様になってしまいました。特に長門さんは、皆を代表してその感情をぶつけに来た程です。

私はそんな提督を慰めました。提督も苛立ってはいましたが、私は健気に支え続けました。

その結果、提督は私にケッコンの約束までしてくれました!

それだけじゃありません。

あの…提督と…は、初めて…

一夜を供に…しました///

私も知識だけはありましたが…やっぱり最初は恥ずかしいものですね//

気持ち良かった様な、痛かった様な…///

あまりよく覚えていませんっ…///

 

その後は簡単でした。作戦前日の夜、私は提督と一緒でしたから、明石に手配してもらった睡眠薬を提督のお酒に入れるのは造作もありませんでした。

司令室の鍵も提督からこっそり抜きとっておきました。提督が寝たのを確認して、私は部屋を後にしました。

後は誰かが来るタイミングを見計らって、さも私も今来た風に装うだけ。

長門さんが扉を壊すのは予想外でしたが…。

結果、提督は酔い潰れている所を叩き起こされ、慌てて任務に取り掛かろうとしましたが…。

 

正直、提督が首になるのでは、と私にとっても大きな賭けでしたが、私が必死に懇願した結果、首は繋がった様です。

まぁ、結果として今の小さな鎮守府に飛ばされてしまいましたが。

 

ですが、これも私にとっては好都合です。

ここの艦娘は私を入れても十数名。しかもどうして提督がここに来たかも、事前に情報を流しておきました。恐らく提督にあまり良い印象は無いでしょう。

 

私と提督は今、この新しい鎮守府の正門に立っています。

提督は少し落ち込んでいる様ですが、大丈夫、私が着いています。

また目障りなお邪魔虫が寄り付いても、私が全部払い落としてあげますからね。

だから私を…私だけを見て下さい。

私の…私だけの…

 

提督…。

 

 

 

 




今回はヤンデレの一つ、孤立誘導型をテーマにしてみました。自分で好きな相手を裏から追い詰め、自分で助けて依存させるタイプだそうです。
拉致って監禁、脚バッキンのミザリータイプよりはマシ、なのかな…?
こんなタイプになら捕まっても悪くはないかなぁ…。





おまけ 艦娘人気投票結果発表!

1位 オーヨド 5071票「みんなありがとう」
2位 オーヨド 3072票「フン」
3位 オーヨド 1802票「提督に感謝」
4位 オーヨド 721票「くっ、オーヨドに負けた!」
5位 オーヨド 514票「順当な順位ですね」

キミのお気に入りの
オーヨドは何位だったかな?
たくさんの投票、
本当にありがとう!!!

※ブルーレイ発売記念でハジケてみました。


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間宮さんが見てる

盗聴をしている時はね、自由で誰にも邪魔されず
なんというか救われてなきゃダメなの
独りで 静かで 豊かで…



「間宮さん、おかわり貰える?」

 

「はいっ、喜んで♪」

 

ある鎮守府の昼。

間宮が営む食堂は大勢の艦娘達で賑わっていた。その中に紛れて食事する一人の男性。彼はこの鎮守府で提督を勤めていた。

彼の両脇に座る赤城、加賀の二人も提督の豪快な食事振りに、暫し箸を休める程だった。

 

「提督、最近よく食べますね」

 

「そうですね赤城さん…何だか見ているこっちもお腹が空いてきます」

 

「別にいいだろ、間宮さんの飯は旨いからな。あ、加賀それ食わないならくれよ」

 

「あっ、私の秋刀魚…!」

 

「ほれ、俺のカツあげるから。ア~ン」

 

「えっ、あ、ア~ン…もぐもぐ(美味しい…じゃなくて、これって間接…///)」

 

〈いいなぁ〉

 

〈加賀さん、いいなぁ〉

 

〈ズルいのね…!〉

 

「…(何かしら、凄い視線を感じるのだけど…)」

 

その一部始終を見ていた赤城が、提督の裾を軽く引っ張った。

 

「提督。加賀さんにはあげて、私にはくれないんですか?」

 

「…お好きなのどうぞ」

 

「わあっ!良いんですか♪ありがとうございまふゅ~」

 

〈ズルい…〉

 

〈ズルいでち…〉

 

〈流石、一航戦…!〉

 

 

 

 

 

 

「ふふっ、提督さん、いい食べっぷりですね♪」

 

「そうね、伊良湖(いらこ)ちゃん。あんなに美味しそうに食べてくれると作り甲斐があるわ」

 

この食堂を一手に引き受ける給糧艦、間宮(まみや)が同じ給糧艦の伊良湖と共に汗を流していた。常時、三十人以上の艦娘を抱えるこの鎮守府を影ながら支える間宮は、無くてはならない存在だった。

そんな間宮だったが、最近はいつも以上に気合いが入る日があった。

 

「…やっぱり、提督さんが来てくれると間宮さんも気合いが入りますね♪」

 

「えっ?///も、もう伊良湖ちゃん、何言ってるのよ。私は別に、そんな…」

 

「またまたぁ。さっき提督さん来た瞬間、目の色が変わってましたよ~?」

 

「そ、そんな事無いわよ…そんな事…そんなに違ってたかしら?」

 

「だって、提督さんがカツ丼が好きって言ったら、次の日からカツ丼定食が出来ましたよね?」

 

「そ、それは…あぅぅ///」

 

伊良湖にしてみれば、自分の手本となる憧れの先輩だが、こと提督の事になると、驚く程少女に戻る。そんな所が可愛らしくもあり、少しだけ提督に嫉妬する原因でもあった。

 

「も、もう伊良湖ちゃん、からかわないで頂戴」

 

「うふふっ、ハ~イ」

 

確かに伊良湖の言うとおり、提督がこの食堂に来るといつも以上に張り切る自分がいる。それは間宮も自覚していた。

 

「間宮さん、伊良湖ちゃん、こんにちは」

 

この時間帯にしては珍しい客が、二人の前へ顔を出した。

 

「あら明石さん、こんにちは。お久しぶりですね」

 

「こんにちは間宮さん。最近は新入りの娘が増えて私の仕事も増えちゃって…中々こっちにも顔出せないですよ」

 

「うふふっ、明石さんには特にお世話になってるからね。ゆっくりしていってね」

 

「あっ、いや~はい。アハハ…」

 

「…?」

 

間宮と明石の会話を横に、伊良湖は次の調理へと取り掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ伊良湖ちゃん、また夕方来るから、それまでお願いね」

 

「はい、また後で」

 

昼の賑わいも一段落付き、食堂を伊良湖に預けると間宮は足早に去って行った。

 

〈…最近、この時間は休みたいっていなくなるけど、やっぱり大変なのかなぁ…〉

 

間宮は昼を過ぎると一先ず休むからと自室に戻り、伊良湖もそんな間宮を労り、夕方迄の食堂を一手に引き受けた。だが、間宮の休息の理由は、そんな伊良湖の老婆心とは別の所にあった。

間宮は部屋のドアを閉め鍵を掛けると、机の中から小さな無線の様な物を取り出した。無線に付いているイヤホンを片耳に当てると、布団に横たわった。無線のダイヤルを弄ると、最初は聞こえていた雑音が徐々に消え、何やら人の話し声へと変わっていった。

 

『ピー、ザザーッ…の海域に…の編成で…』

 

〈あ、繋がった。この時間は会議ね〉

 

間宮は無線のボリュームを上げた。

 

『で…た後に…赤城の出番だ』

 

〈うふふっ、提督さん、いつ聞いてもいい声してるわね。なんでかしら、この声を聞いてるとまるで戦闘でもしてる様に血が滾ってくるわ。皆、戦ってる時はこんな感じなのかしら…〉

 

最近の間宮が頻繁に休息を取る理由はこれだった。

ここ数ヶ月前から、この鎮守府の提督は皆との親睦を深める為、間宮の食堂に頻繁に顔を出す様になった。その甲斐あってか、艦娘達の提督への親密度は以前よりも上がっていった。その艦娘の一人に間宮も含まれていた。

 

『間宮さんの料理は絶品だね。毎日でも食べたい位だよ』

 

料理を褒められたのは決して初めてではない。だが、艦娘と提督とでは言葉の響きが違った。艦娘達は、あくまで補給の一環としての食事を取る。だが、提督は純粋に自分の料理を味わう為に食べてくれる。それが間宮には何より嬉しかった。

 

『あ、これ俺の好きなカツ丼じゃないですか!もしかして覚えててくれたんですか?』

 

提督に褒められた日は、一日眠れなかった事もある。

 

〈今日は来てくれなかった。昨日の料理、美味しくなかったのかしら…〉

 

提督が来なかっただけで、食堂の機能が麻痺する事もあった。

そんな事とは露知らず、艦娘達からその事を聞かされた提督は、彼女の負担を少しでも減らそうと伊良湖を呼び寄せた。後にそれを聞いた時は、流石に申し訳なく思うと同時に、自分の為にそこまでしてくれた提督に、更に思慕の念を膨らませていった。

だが、提督はあくまで食事の時だけしか自分には会いに来ない。提督への想いが強くなればなるほど、その不満もまた大きくなっていった。

 

間宮は提督、大淀と共に鎮守府の物資を管理する立場にある。

ある時、届いた食材の中に彼女が注文した覚えのない物資が幾つか見つかった。この事を大淀に相談すると、最初はとぼけていた彼女から明石を交えて話があると呼び出された。どうも話を聞くと、大淀が頼んだ睡眠薬、明石が頼んだ数種類の〈栄養材〉を、怪しまれない様にと食材と一緒に送ってもらったらしい。

こんな物を何に使うのか問い詰めようとした間宮だが、自分の条件を飲むなら今後も協力してもいいと取引を持ち掛けた。その条件は提督の執務室に盗聴器を仕込む事。

大淀に提督を呼び出してもらい、その隙に明石が執務室に盗聴器をセットした。

それ以来、人には言えないこの行為が間宮の大切な日課となっていた。

 

 

 

『あなたが瑞鳳(ずいほう)さんですね。宜しくお願いします』

 

〈この声は赤城さんね。新しい新人さんかしら?〉

 

『初めまして。いつかは赤城さんの様な正規空母並の働きをしてみせます』

 

〈今度の新人さんは空母なのかしら?赤城さんや加賀さんみたいによく食べるのかしら〉

 

『そちらの方は…』

 

『潜水母艦の大鯨(たいげい)です。今は無理ですが、いずれは軽空母に…よろしくお願いします!』

 

〈潜水母艦…初めて聞くわね。イクちゃんみたいに海に潜るのかしら?〉

 

『~以上だ』

 

〈あ、会議終わったみたいね〉

 

『提督、宜しければこの後一緒に食べに行きません?』

 

〈今日も来てくれるの?早く戻らなきゃ!〉

 

『いや、今日はまだやる事あるから止めとくよ。明日な』

 

〈えっ、そんな…!駄目よ赤城さん、もっと強引に誘わなきゃ!〉

 

『そうですか、残念です…』

 

〈本当に残念だわ…〉

 

『お前と行くと、俺の飯がどんどん減っていくからな…』

 

『ち、違いますよ!?べ、別に提督のご飯もあわよくば食べれるなんて、そんな事考えてませんよ?』

 

〈そうよ赤城さん、あの料理は提督さんの為に作ったのよ?〉

 

『冗談だよ。赤城は旨そうに飯食うから、ついつい俺のも食べさせたくなるんだよ』

 

〈駄目よ提督さん。あれはあなたの為に作ったのよ?あなたが食べなきゃ意味無いわ!〉

 

『うぅ~///私、そんなに顔に出ますかね?』

 

〈『自覚無いのか』しら…〉

 

『明日の昼な。多分間宮さんの所に行くと思うから』

 

『ハイッ!楽しみにしてます!』

 

〈今日は来ないのね。じゃあ…〉

 

 

 

 

 

 

「失礼します」

 

すっかり日も暮れ、夜の(とばり)も下りて来た頃、執務室のドアを叩く音に提督は顔を上げた。

 

「どうぞ」

 

開いたドアから間宮が顔を出した。

 

「あ、間宮さん。どうしたんです、こんな時間に」

 

「いえ、赤城さんに聞いたら今日はまだ仕事してるとの事で、お夜食でもと…」

 

「あ、本当ですか?丁度腹が減ってたんです。助かりますよ」

 

「そうなんですか?なら丁度良かったです」

 

間宮は両手に持つトレーを机へ置いた。そこには今作ったばかりであろう料理が並んでいた。

 

「あ、今日は魚料理ですね。丁度食べたかったんですよ」

 

〈提督さん、夜はさっぱりしたのが食べたいって昼間言ってましたものね…〉

 

「ん、何か言った?」

 

「い、いえ。そう言って下さると作った甲斐もあります」

 

「最近、よく持って来てくれますけど、無理しなくていいんですよ」

 

「い、いいんですよ!私が好きでやってる事ですから!」

 

「そうですか、いつも悪いですね」

 

「いえ、じゃあ私はこれで…」

 

間宮は提督が食事に箸を付けるのを確認すると、部屋を後にした。

 

〈うふふっ、今日も美味しそうに食べてくれたわ。タイミングも完璧だったし。明石さんには感謝しないとね♪〉

 

間宮は上機嫌で食堂へと戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

それから数日後、たまたま時間が取れた間宮はいつもの様に盗聴器のスイッチを入れた。

 

〈確かこの時間は執務室にいる筈…随分と静かね。今は提督さん一人かしら〉

 

カリカリと引っ掻く様な音だけが聞こえてきた。おそらく書類でも書いているのだろう。声が聞こえないならと、間宮が盗聴器のスイッチを切ろうとしたその時、ドアを開ける音が響いた。

 

〈あら、誰か来たみたい。誰かしら〉

 

『瑞鳳、どうしたんだ?』

 

〈瑞鳳?確かこの間入った娘ね〉

 

『あの、提督。私ご飯作ってみたの。良かったら…食べる?』

 

『おっ、それは嬉しいな。ありがたく貰うよ』

 

『エヘヘッ。そう言ってくれると嬉しいな』

 

〈…〉

 

『ねぇ、提督。私これでも結構料理得意なんだ。特に玉子焼きは。これからも作ってあげようか?』

 

〈えっ、何を言ってるの?提督さんは私の料理が好きなのよ〉

 

『本当かい?じゃあお願いしようかな?』

 

『うんっ!!』

 

〈提督さんっ…!?〉

 

次の日、提督は食堂には姿を表さなかった。

 

 

 

 

 

 

「…さん、間宮さん」

 

「え?ああ伊良湖ちゃん、ごめんなさい。少し考え事してたものだから…」

 

それから二~三日の間宮は仕事中も、心ここに在らずと言った感じだった。

 

「間宮さん、もし私で良ければ何でも言って下さい。私、間宮さんの力になりたいです」

 

「ごめんなさいね伊良湖ちゃん。心配してくれてありがとう。でもちょっと疲れただけだから」

 

「そうですか?」

 

「えぇ。数日もすれば良くなるわ」

 

「間宮さん…」

 

 

 

 

 

 

その日の夜、間宮はいつもの様に盗聴器のイヤホンを耳にした。そこからは、提督の声とは違う聞きたくないもう一つの声があった。

 

『提督、玉子焼き作ってきたの…食べりゅ?』

 

『食べりゅ~!!』

 

『も、もう///今のは噛んだだけなんだから、真似しないでよっ』

 

イヤホンの向こうからは、提督と楽しく談笑する瑞鳳の声。

 

〈提督さん…どうして…どうして私の所に来てくれないんですか?…新しい娘の料理はそんなに美味しいですか?〉

 

『瑞鳳、皆とは上手くやれてるか?』

 

『うん!最初は不安だったけど、赤城さんが色々教えてくれるから大丈夫…加賀さんは少し怖い…かな』

 

『はっはっは、大丈夫だよ。確かに無愛想だけど、ああ見えて面倒見はいい奴なんだよ』

 

 

 

 

 

「くしゅん!!」

 

「あら加賀さん、風邪ですか?」

 

 

 

 

 

『でも良かったよ。ウチは空母があの二人しかいないから負担掛けてるんじゃないかと心配でな。すぐには無理だろうけど、あの二人に変わる位になってくれ』

 

『赤城さん達の変わりなんて…でも、提督がそう言うなら…私、頑張るね!』

 

『あぁ、その意気だ』

 

暫く二人のやり取りを聞いていた間宮だったが、やがて引きちぎる様にイヤホンを取ると、盗聴器のスイッチを切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「間宮さん、お願いします」

 

「ハイハイ赤城さん。いつものでいいですか?」

 

昼食時の間宮食堂。

ある任務から帰った赤城が、間宮の下へと顔を出していた。

 

「えっ、こんなに?いいんですか?」

 

「うふふっ、任務帰りでお疲れでしょうからね。サービスです」

 

「ありがとうございます!」

 

いつもの倍の山盛りに赤城は目を輝かせて喜んだ。

 

「…ところで赤城さん。新しい娘…確か瑞鳳さんでしたっけ?彼女はどんな感じです?上手くやっていけそうですか?」

 

「ひゃい?あっ、ふいほうはんれふか?…ゲホッ、すいません。ハイ、一度同じ部隊になりましたが、良い娘ですよ」

 

「そうですか…やはり優秀な娘なんですね。提督さんが高く買っていただけはあります」

 

「提督が…高く…?」

 

「その…この鎮守府は空母が赤城さんと加賀さんしかいませんから、それに変わる空母が欲しいとかで、提督さん、とても喜んでいましたから。もしかして…知りませんでした?」

 

「いっ、いえ。提督からは何も…」

 

「あっ、もしかして言っちゃいけなかったかしら…赤城さん、私が言った事は内緒にしておいてね」

 

「は、はぁ…」

 

「でも、提督さんも酷いですね。この鎮守府の古参の赤城さん達を差し置いて、新しい娘にばっかり目を掛けて…」

 

「いえ、そんな事は…提督にもお考えがあるでしょうし…」

 

「そ、そうよね。長門さんと一緒にこの鎮守府の要とも言える赤城さんの事を疎かにするなんて…提督さんがするわけないですもんね。ごめんなさい、私、早とちりしちゃったみたいで…」

 

「はい…」

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日の執務室。とある作戦の会議中。

 

「…ここで瑞鳳の出番となる。その後…」

 

「提督、それは私と加賀さんで充分だと思いますが」

 

提督の説明を遮る様に赤城が割り込んだ。

 

「あぁ、もちろん赤城達でも構わない。だが、瑞鳳にも経験を積ませる意味でも…」

 

「瑞鳳さんを信頼していない訳ではないですが、その海域は瑞鳳さんには少し危険かと…ここは私達の方が適任だと思います。そうですよね?加賀さん」

 

「えっ、ええ…赤城さんがそう言うなら」

 

「うん、まぁ赤城がそう言うなら構わんが…」

 

「わ、私は別に大丈夫ですが…」

 

「申し訳ありません、瑞鳳さん。あなたを信用していないわけではありません。ですが提督の作戦を万全にする為にも、今回は理解して下さい」

 

「は、はい…分かりました」

 

この鎮守府に来て初めての出撃と、張り切っていた瑞鳳は赤城の言葉にガックリと肩を落とした。

 

それから何度か出撃の機会はあったが、その殆どが既に安全な近隣海域のみ。ここぞと言う出番の際には赤城や加賀が、あなたに何かあってはいけないとばかりに、出撃を見合わせる様、提督に進言した。

赤城の善意は嬉しかったが、自分の真価を発揮できない事に、瑞鳳は一抹のやるせなさを感じていた。

 

 

 

 

 

 

「どうしました瑞鳳さん。最近元気がないみたいですが…」

 

港で一人黄昏ていた瑞鳳に、間宮が話し掛けた。

 

「あ、間宮さん。珍しいですね、こんな所で」

 

「うふふっ、私は出撃こそ出来ませんが、よく海を見に来るんですよ」

 

「そうなんですか…」

 

「…」

 

「間宮さんはいいなぁ。皆に必要とされてて…」

 

「何かあったんですか?」

 

「…私、この鎮守府に来た時、提督さんにやっと来てくれた、君の力が必要だって言われてとても嬉しかったんです。

 

「でも、提督さんも赤城さんも、私はまだ練度が低いから気を使ってるのか、あまり出撃させてくれないんです」

 

「そ、それは提督さんにもお考えがあるのでは…」

 

「うん、それは分かってるの。でも、私、もっとお役に立ちたくて…」

 

「…瑞鳳さん。そうがっかりしないで。あ、そうだ。今日、提督さんにお夜食持っていってくれませんか?瑞鳳さんの玉子焼きを一緒に持っていけば、きっと喜んでくれますよ…次いでに出撃できる様、頼んでみては」

 

「…ありがとう間宮さん。提督さん、喜んでくれるかな」

 

「ふふっ、大丈夫ですよ。可愛い瑞鳳さんが持って来てくれるんですから♪」

 

「か、可愛いだなんてそんな…」

 

「ふふっ、じゃあ後で食堂に来て下さいね」

 

「…うん!」

 

 

 

 

 

 

間宮食堂の裏口、人気の無い場所で一人の艦娘が隠れる様に佇んでいた。彼女の目の前の扉が静かに開き、割烹着姿の艦娘が現れた。周囲に人目が無いのを確認すると、彼女はその艦娘に、そっと紙袋を渡した。

 

「あ、間宮さん。頼まれてた物ですが…まだ実験してないから効果は保証できませんよ?」

 

「私は明石さんを信頼してます。大丈夫ですよ」

 

明石は間宮に小さな紙袋を渡した。

 

「…でも、よく私がやってる事分かりましたね。もしかして間宮さん、私の工廠も盗み聞きしてたり…?」

 

「明石さんは、いかがわしい薬なんて作っていませんし、私も提督や明石さんの事を盗み聞きなんてしません…そうですよね?」

 

「…くれぐれも内密でお願いしますね」

 

 

 

 

 

 

「提督、お夜食持ってきたよ!」

 

すっかり日も落ち、仕事も一段落した提督の下に夕食を持った瑞鳳が訪れた。

 

「お、ちょうどお腹も減ってたんだ。助かるよ」

 

「エヘヘッ」

 

瑞鳳はトレーを机に置くと、器を並べ始める。

 

「ん?それにしては量多いな」

 

「うん、間宮さんがせっかくだから一緒に食べたらって…ダメ?」

 

「ハハ、間宮さんも気を効かせてくれたんだな。じゃあ一緒に食べるか」

 

「うん!」

 

提督と瑞鳳は食事に手を付けた。

 

 

 

 

「うん、間宮さんは本当に料理が上手いな」

 

「その玉子焼きは私が作ったんだよ」

 

「分かってるって。瑞鳳の玉子焼きの味を忘れるわけないだろ」

 

「本当?嬉しいな♪」

 

提督と瑞鳳が談笑しながら夕飯を食べ始めて5分程。瑞鳳は提督がだんだんと無口になっていく事に気付いた。いや、提督だけではない。自分も同じだった。妙に身体が火照る。まるで戦場の真っ只中に放り出された様に神経が研ぎ澄まされていた。

 

〈アレ…どうしたのかな私。な、何だか身体がムズムズする…〉

 

チラッと提督に目をやると、提督もまた彼女を見ていた様で、慌てて視線を外す。

何度も瑞鳳をチラ見する提督は、よく見れば顔が上気し息も荒くなっている。そんな提督の様子を不審に思いつつも、気が付けば自分も鼻息が荒くなっている事に気付いた。

 

「ず、瑞鳳…」

 

「ひゃっ!な、何?」

 

「きょ、今日はもう遅いし帰った方が良いんじゃないか?」

 

「あ…う、うん。そうだね…そうする」

 

もしかしたら提督も今の自分と同じ気分なのかもしれない。そう思った瑞鳳はトレーに自分と提督の分の器を乗せようと手を伸ばす。

その手を提督が掴んだ。

 

「あ、て、提督。離してくれなきゃ…持ってけないよ」

 

「瑞鳳、やっぱりその…もう少しゆっくりしていったら…どうだ」

 

「へ…?ど、どうして…んっ!ん…っ!」

 

提督は瑞鳳の体を引き寄せ、唇を重ねて彼女の口を塞ぐ。瑞鳳は提督の腕を引き剥がそうとするが、体に力が入らない。気が付けば自分から提督の背中に手を回していた。

このままでもいいか…そう思いかけた瑞鳳は最後の理性で提督の腕から脱け出した。

 

「す、すまん瑞鳳。これは…その」

 

「て、提督さん…こんな事は…ダメだよ」

 

二人の間に気まずい空気が流れた。そんな雰囲気を壊す様に、執務室のドアが開いた。

 

「失礼します…って、アラ?どうかしましたか?」

 

部屋に入って来た間宮に、顔を真っ赤にした瑞鳳は逃げる様にその場を後にする。

 

「あっ、瑞鳳!」

 

「…あの、もしかして取り込み中でしたか?顔が真っ赤ですけど」

 

「い、いや、何でもない。何でもないんだ。そんな事よりどうしてここへ?」

 

「いえ、もうそろそろ食事も終わる頃だと思いまして、食器を取りにと」

 

「そ、そうか、助かる」

 

提督は間宮から距離を取る様に椅子に座った。そんな提督を不思議そうに眺めながら、間宮は食器を重ね始める。

 

〈改めて見ると、間宮さん胸大きいんだな…何を考えてるんださっきから…〉

 

前屈みでトレーに器を乗せている間宮は、提督の視線に気付くとクスリと笑った。

 

「もう、提督さんったら。そんなに胸ばっかり見られたら恥ずかしいですよ///」

 

「あっ、ハハハ、すまん。ついつい目に入っちゃって」

 

「提督さん、本当に顔色おかしいですよ。どうしたんですか?」

 

間宮が提督の体を引き寄せ、おでこに手を伸ばす。

 

「まあっ、大変!こんなに熱が!」

 

「あぁ、そうだな…間宮、熱が下がるまで側にいてくれないか?」

 

「えっ、それは別に構いま…きゃあっ!」

 

提督は間宮を机に押し倒した。

 

「い、いけません提督さん!人が来ます…」

 

「こんな時間に誰も来ない!だから、なっ?」

 

「ま、待って下さい!こんな所じゃ…提督さんの部屋なら、私…///」

 

提督は、執務室の灯りを消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはようございます間宮さん。いつものお願いします」

 

「あら、明石さん。ちょっと待ってね♪」

 

朝の喧騒も落ち着いてきた食堂。敢えて人気もまばらになった時間に食事を取りに来た明石に、満面の笑顔の間宮が答えた。

 

「…間宮さん、もしかして、あの薬使いました?」

 

「うふふっ、分かるかしら?でも少し(薄味)だったかもしれないわ。もう少し濃くしてみたらいいと思うのだけど…?」

 

「…成る程。後で作り直してみます。あ、あぁその…材料の方なんですけど」

 

「大丈夫よ。大淀さんにも話してあるわ。数日中に(食塩)が届くはずよ」

 

「アハハ…間宮さんには敵わないな」

 

その後、提督と気まずくなった瑞鳳は、自分の出撃に関する事を進言する事が出来ず、提督もまた瑞鳳をそれとなく避ける様になった。

瑞鳳が赤城達と共に出撃するのは一ヵ月先の事になった。

 

 

 

 

 

 

 

それから一週間程。

提督は間宮の食堂へは姿を見せなくなった。一度顔を出した際に、間宮が夜食を持っていこうか尋ねても気にしなくていいと断られた。

 

「最近、提督さん素っ気ないですね。せっかく間宮さんが愛情込めて作ってるのに」

 

間宮の気持ちを知っている伊良湖も、提督の態度には納得いかないものがあった。

 

「仕方ないわよ、提督さんもお忙しいんだから。私の我が儘で引き留める訳にもいかないし」

 

「それはそうですけど…」

 

当の間宮だけは、その理由を知っていた。

 

 

 

 

 

『ハァ…ハァ…』

 

〈どうしたのかしら提督さん。何やら息苦しそうだけど…。まさか病気?大変!すぐに行かなきゃ!〉

 

間宮はイヤホンを外そうとするが、よく聞くと提督の息使いは荒くはあるが、苦しさは感じられない。

 

〈…?苦しそうだけど、悲鳴を上げる訳でもないし…でもこんなに息が上がって…?〉

 

『ハァ…ハァ…』

 

〈…えっ、えっ?これってもしかして…///確か大淀さんに借りた本に…男の人は、人恋しい時に自分で慰める事があるって書いてあったけど…まさか提督さん///〉

 

『ううっ…』

 

〈や、やっぱりそうなんだわ!も、もう提督さんったら。私との一夜が忘れられないのね。そ、そうよね、提督さんもまだお若いですものね。そんな時もありますよね。ウフフッ///

 

〈でも、イヤだわ提督さんったら。そんな事しなくても私に声を掛けて下されば、何時でもお相手するのに///そ、そんなに私の身体は良かったですか?〉

 

『…大鯨…』

 

〈…〉

 

〈…えっ?〉

 

〈……〉

 

〈提督さん…今、何と…?〉

 

 

 

 

 

 

 

 

『提督、お夜食お持ちしました!』

 

『あぁ、待ってたよ大鯨』

 

いつもの様に提督の部屋を盗み聞く間宮の耳に、本来居る筈の無いもう一つの声が飛び込んで来た。

提督が一週間前の夜以来、自分を避けているのは間宮も感じていた。間宮もそれは気にしていなかった。きっと後ろめたさがあったのだろう。いずれは時間が解決する。そう思っていた。

ところが、そんな隙を突く様に大鯨が提督の下へと頻繁に出入りする様になった。

 

〈提督さん、何故、私を呼んでくれないんです?どうしてそんな新しい子を呼ぶんです?〉

 

『大鯨がこんなに料理上手かったなんてなぁ。来てもらって正解だったよ』

 

『えへへ、そういってもらえると嬉しいです。何かリクエストがあったら言って下さいね。私、張り切っちゃいます!』

 

〈この娘は危険ね…〉

 

 

 

 

 

数日後、間宮は早朝の執務室へ食事を持って訪れた。丁度提督が目を覚ました直後に。

 

「提督さん、朝食をお持ちしました」

 

「あ、あぁ、ありがとう」

 

間宮の訪問を予期していなかった事もあるが、提督は彼女の顔を見ると些か面食らった。

 

「…提督さん、最近私の所へ来ませんが、良ければ私がお持ち致しましょうか?」

 

「いや、大丈夫だよ。俺一人にかまけるより皆の事を頼むよ」

 

自分と目を合わせようとしない提督に近付くと、間宮は提督の手をそっと握る。

 

「…!」

 

「提督さん、私を避けていませんか?」

 

「そ、そんな事はないよ」

 

「もしかして、以前の事を気にしておいでですか?…大丈夫です、私は気にしていません。提督さんも男の方ですからね。そんな気分になる時もあるでしょうし」

 

「…そう言ってもらえると助かるよ」

 

「その…もし、よろしければ…こ、今晩もお伺い…しましょうか?///」

 

「えっ!?い、いや。いいんだ!気持ちだけ受け取っておくよ」

 

「提督さん…」

 

 

 

 

 

 

「こ、こんにちは」

 

執務室を後にした間宮は大鯨と目が合った。

 

「あぁ大鯨さん、こんにちは。提督さんにご用ですか?」

 

「は、はい。今日の作戦について…」

 

「そう、頑張ってね…」

 

「あ、あの…!」

 

間宮が愛想笑いを振り撒きながら大鯨とすれ違おうとすると、彼女は間宮を呼び止める様に声を上げた。

 

「…どうしたの?大鯨さん」

 

「盗み聞きは…よくないと思います」

 

「っ…!な、何を言っているの?」

 

「明石さんから聞いたんです。間宮さん、提督さんの部屋に盗聴器仕掛けてるって…大丈夫です、この事は誰にも言いません。だから…あまりそう言った事は…その…」

 

「大鯨さん、あなたもしかして提督さんが好きなの?」

 

「えっ?な、何でいきなりそんな…///」

 

「そうなのね」

 

「それは…はい。私みたいな非力な潜水母艦も大事にしてくれますし…あっ!」

 

間宮が大鯨の肩に優しく手を置く。

 

「大鯨さん。私もあなたと同じ様に戦闘はほとんど出来ないわ。だから私達きっと仲良くなれると思ってるの。

 

「私は提督さんの事をお慕いしてるわ。同じ様に大鯨さんとも仲良くなりたいの。後はあなたが私を好きになってくれれば、皆幸せになる。そう思わない…?」

 

「あうっ!ま、間宮さんっ…!」

 

間宮の顔はさっきと変わらぬ人懐こい笑顔を浮かべている。だが、大鯨の肩に置かれた手は徐々に彼女の皮膚に食い込む様に沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

「うん、これで大丈夫」

 

「ありがとうございます、明石さん」

 

数週間後、提督は中部海域への進撃の為、部隊を編成した。すっかり鎮守府の一員として馴染んだ大鯨もその中にいた。ここ数日の連続出撃で傷んでいた大鯨の艤装を明石が調整していた。

 

「大鯨ちゃん!早く行くでち!」

 

「皆、準備できてるのね!」

 

「あっ、待って!あ、明石さん、じゃあこれで!」

 

同じ部隊に編成された潜水艦達に腕を引っ張られ、大鯨は工廠を後にした。

大鯨が港に行くのと入れ替わる様に、一人の艦娘が明石の工廠へ現れた。後ろに立つ彼女の影に明石は呟いた。

 

「…一応、これで上手く行く筈ですが」

 

 

 

 

 

 

 

AL海域戦場。

決して戦力では負けてはいないものの、戦いの均衡は崩れようとせず、皆疲れが見え始めていた。

中でもあまり戦い向きではない潜水艦達は尚更だった。

 

「くうっ!」

 

たまたま水面に浮上した伊19は、運悪く敵の砲火を浴びてしまった。それに慌てた大鯨が慌てて彼女に駆け寄ろうとする。

 

「あっ!た、大鯨ちゃん!来ちゃダメなのね!」

 

隙だらけの大鯨にたちまち敵の砲火が集中する。

 

「え?きゃーっ!!」

 

 

 

 

 

「少しでも攻撃を受ければ艤装が不調になる様にしておきました。後は…大鯨さんの運次第ですね」

 

「ありがとう明石さん。無理言ってごめんなさいね。でも明石さんも悪いのよ?まさか大鯨さんに秘密を洩らすなんて」

 

明石の顔を見つめる間宮は、どこか彼女を責める様な顔をしていた。

 

「あはは、すいません。彼女は物資の輸送が仕事ですからね。それが元で感付かれちゃいまして…」

 

「もう済んだ事ですから何も言いませんが…。それにしても残念だわ。私、彼女とは似た様な艦娘だから仲良くなれると思ってたのに…」

 

〈大鯨さんもきっとそう思ってるかも…〉

 

「…何か言いました?」

 

「あっ、いいえ!」

 

この数時間後、大鯨が敵の攻撃を受け消息不明になったとの連絡が鎮守府に入った。

 

 

 

それからというもの、間宮は我が世の春を謳歌していた。

提督は昼間こそ自分の食堂には来なかったが、間宮は毎晩提督の下へ夜食を届けに行った。提督は当初は気を使わなくていいと言っていたが、彼女の押しの強さに負けたのか、すっかり彼女を受け入れた。

間宮は度々、提督を誘惑した。間宮との関係は止めようとする提督だったが、その度に自分の意志の弱さを後悔する事になった。

それが食事に混ぜた薬のせいだとも知らずに。

 

 

 

 

 

 

「提督さん。夜食をお持ちしました」

 

「…ありがとう」

 

「どうしました?何かありましたか?」

 

「いや、そうじゃないんだが…。間宮、明日からは夜食はいいよ」

 

「え?何故です?」

 

「前も言ったが、俺一人特別扱いは皆に悪い…。それに、今度から瑞鳳に頼むよ」

 

「…瑞鳳さん?」

 

「あぁ。だから間宮は、皆の…」

 

「…何故です?」

 

「ま、間宮?」

 

「提督さん、私の料理美味しいって言ってくれたじゃないですか。あれは嘘だったんですか?」

 

「う、嘘なんかじゃない」

 

「じゃあ、これからも私が作ります。何の問題も無い筈です」

 

「い、いやだから間宮も俺一人の為にそこまで「提督さん!!」

 

「な、間宮…?」

 

「そんなに瑞鳳さんの料理は美味しかったですか?この私よりも!」

 

「そ、そんな事は…」

 

「だったら証明して下さい、今すぐ。この料理を食べて下さい!!」

 

「ど、どうしたんだ急に。いつもの間宮らしくないぞ」

 

「誤魔化さないで下さい!元はと言えば提督さんが悪いんですよ。私がこんなに愛情を込めて作っているのに、瑞鳳さんや大鯨さんに目移りして…!」

 

「べ、別に目移りなんか…」

 

「提督さん、私は誰よりもあなたの事を知っています。他の艦娘達は戦う事はできても、あなたを支える事はできません。

 

「その点、私は給糧艦ですから、提督さんのお身体を労る料理を作る事ができます。も、もちろん提督さんが望むなら夜戦のお相手も…///

 

「だから提督さん。私が一番大事だと証明して下さい。さぁ、早くその料理を食べて下さい。冷めてしまいます」

 

「あ、あぁ…」

 

提督は間宮の迫力に、椅子に座って箸を握った。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日後の鎮守府。

工廠でいつもの様に明石が艤装の修理に追われていた。

 

「ふうっ、この辺で休憩でもしようかな」

 

明石がレンチを置き、水筒に手を掛けた時だった。

 

「明石さん…」

 

「…あ、あなたっ!」

 

工廠の入り口に、もう二度と会う筈のない人物が立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

〈提督さん、仕事熱心ね。もう一時間も机に向かって。秘書艦に成れれば手伝ってあげられるのに。他の娘が羨ましいわ…〉

 

今日も間宮は日課の盗聴に精を出していた。もう少し聞いて、特に何も無ければ食堂に向かおうと思った矢先、執務室に、けたたましく電話の音が鳴り響いた。

 

『はい、もしもし』

 

書類に目を通していた提督は一旦手を休めると受話器を取った。

 

『…えっ?何ですって?それは本当ですか!?』

 

〈何かあったのかしら?とても驚いてる様だけど…〉

 

『本当に大鯨が!?』

 

〈…大鯨さんっ!?〉

 

『はい、はい。分かりました。明日こちらに戻ってこれると。はい!』

 

〈大鯨さんが…戻ってくる?どういう事?あの娘は戦いで沈んだんじゃ…〉

 

間宮はイヤホンを耳から外すと、大急ぎで部屋から飛び出した。間宮が部屋を出て数分もしない内に、執務室のドアが開いた。

 

『あぁ大淀。どうしたんだ、そんなに慌てて。それよりも聞いてくれ、大鯨が…』

 

 

 

 

 

 

「明石さん、どういう事ですか?」

 

息を切らせて工廠へ走って来た間宮は、明石を捕まえると鬼気迫る表情で彼女を問い詰めていた。

 

「もしかして、大鯨さんの事ですか?」

 

「そうで…どうして明石さんがその事を?この事はまだ提督さんしか知らない筈ですが」

 

「あはは、実は執務室の盗聴器、私も聞ける様にしてまして…」

 

「じゃあ、さっきの電話も?」

 

「はい、知ってます。で、こちらに来るだろうなと思いまして」

 

「…抜け目ないんですね。まぁ話が早くて助かります。で、大鯨さんの事なんですが…艤装に細工して沈んだんじゃなかったんですか?」

 

「えぇ、私もそう思ってました。でも、海を漂っている内に隣の鎮守府の艦娘に発見されて救われたそうです」

 

「…?さっきの電話では大鯨さんが見つかったとしか。どうしてそんな事が分かるんです?」

 

「後ろの彼女がそう言ってました」

 

「えっ!?」

 

ハッと驚く間宮は、振り返るよりも早く衝撃に弾き飛ばされた。

 

「きゃああっ!!」

 

吹き飛ばされた間宮を明石が抱き止める。

 

「うっ、ううっ…な、何が」

 

明石に捕まれた間宮がゆっくり振り向くと、そこには連装噴進砲をこちらに向けている大鯨が立っていた。

 

「た、大鯨さん、どうして…そ、それにその姿は…」

 

確かにそこにいるのは紛れもない大鯨本人だった。だが以前の様な白い割烹着ではなく、エメラルド色の着物、雄々しい肩当てに艤装を纏った姿だった。

 

「確かに私はあの海で倒れました。私もここで沈むのかと思っていた時、運良く別の鎮守府からの救援隊に発見されたんです。

 

「それだけじゃありません。回復した私は自分の力が強化されているのが解りました。今の私は潜水母艦、大鯨じゃありません。

 

「軽空母の龍鳳(りゅうほう)ですっ!!」

 

「か、改二ですか…っ!」

 

間宮を抱き抱える明石の手に力が込められる。

 

「っ!あ、明石さん…?」

 

「申し訳ありません間宮さん。実は大鯨…あ、いや龍鳳さんでしたっけ?彼女に問い詰められて全部話しちゃいました。

 

「で、最初は龍鳳さんも仲間に引き込もうとしたんですが、彼女は間宮さんの事が許せないみたいでして…

 

「提督さんに洗いざらい話すって聞かないものですから、一つ取引をしたんですよ」

 

「と、取引?」

 

「はい、仲間になって頂く代わりに間宮さんには抜けてもらおうと…」

 

明石は力一杯間宮を突き飛ばした。倒れた間宮が顔を上げると、いつの間にか明石は艤装を展開していた。

 

「な、何をっ!?」

 

「私の工廠にはぐれ深海棲艦が侵入、からくも駆け付けた龍鳳さんと共に撃退するも、偶然そこにいた間宮さんは犠牲に…あぁ、大淀には提督をこちらに近付けない様に時間稼ぎをしてもらってます」

 

「…っ!!」

 

間宮が何かを叫ぼうとすると同時に、明石と龍鳳の連装砲が彼女を捉える。

大音響と共に工廠の壁が吹き飛んだ。

 

「…っ、ううっ」

 

砲撃の煙が晴れた時、そこには最早指を動かす程度の力しかない間宮が倒れていた。

 

「すみません間宮さん。でも私達艦娘は、例え沈んでも建造で再び生を得る事が出来ます…次は仲良くしましょうね、間宮さん」

 

「ま、待って…」

 

残る全ての力で間宮は声を絞り出す。

 

「さ、最後に頼みがあるの…もし叶えてくれるなら、私はこのまま沈んでも構わないわ…お願い、私の最後の頼みよ…」

 

流石に味方を手に掛けた罪悪感からか、明石は間宮に近寄ると、その手を優しく握った。

 

「あ、明石さん!」

 

「大丈夫よ、龍鳳さん。間宮さんはもう長くないわ…言って下さい。私に出来る事なら必ずすると約束します」

 

「…」

 

間宮は明石の耳元で何やら囁いた。

 

「…えっ?ほ、本気ですか!?」

 

明石の驚愕の表情を見た間宮は、満足そうに笑うと目を閉じた。

 

「あ、明石さん、間宮さんは何と…?」

 

「…やっぱり間宮さんには敵わないな」

 

「…?」

 

〈そこまでして提督さんと…やっぱり一番提督さんを想っているのは間宮さんかもしれないな…ふふっ、悔しいけど妬けちゃうな〉

 

明石はもう動かなくなった間宮を抱き上げると、工廠の奥へと向かった。

 

「分かりましたよ間宮さん。あなたを手に掛けた私が言うのも難ですが…

 

「同じ艦娘として…いえ、女として、あなたの最後の願いは私が責任を持って叶えてみせます。

 

「だから、安心して眠って下さい…間宮さん」

 

 

 

 

 

その後、爆発音を聞き付けてやってきた艦娘や提督には、明石と大淀が事前の打ち合わせ通り、はぐれ深海棲艦の仕業だと説明した。と同時に大鯨が姿を変えて生還した事も提督から説明があった。

間宮を失った事には鎮守府の誰もが悲しんだ。

 

━━━事の真相を知る三人を除いて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん、どうしたんだ明石。珍しいなお前がこっちに来るなんて」

 

執務室に入ってきた明石は、両手に持つトレーを机の上に置いた。

 

「いえ、たまたま食堂に行ったら伊良湖ちゃんが提督さん今日も来ないって言ってたものでしたから、私が代わりにお持ちしまして。…エヘヘ」

 

「そうか、ありがとう。今は伊良湖一人だから仕事を増やすのも可哀そうだと思ったんだが…悪いな」

 

「いえいえ、私も丁度暇でしたから。…あの、せっかくなんでご一緒してもいいですか?」

 

「ハハハ、構わないよ。一緒に食べよう」

 

「わぁ!ありがとうございます♪」

 

「おっ、今日は唐揚げか。旨そうだな」

 

提督はその一つを箸に摘まむと、口へと運んだ。

 

 

 

『明石さん…私、提督さんと離れたくないの。

だから、お願い…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『私を提督さんに食べさせて…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

艦娘の体は、大破、轟沈すると人の姿を保てなくなり霧の様に霧散する。

明石は、後は消え去るだけの間宮の体を建造ドックへ運んだ。

 

明石は開発、建造ならば何度も経験している。どうすれば成功確率を上げられるかも誰よりも熟知している。

だが、今回明石がしようとしているのはいつもの真逆、失敗するのが目的だった。

建造に失敗すると謎の生物?通称失敗ペンギンが生まれる事がある。果たしてこれを生物と呼んでいいのかは疑問だが…。

明石の目的はこの失敗ペンギンを発生させる事だった。

間宮を建造機の中に入れ、意図的に暴走させる。案の定開発は失敗。いつも通り失敗ペンギンが出てくるはずだった。

だが、そこにいたのは明石の半分程の背丈の美しい鳥だった。しかも只の鳥ではなく、孔雀の様にきらびやかな、例えるなら鳳凰とでも言うべきだろうか。

その鳥は自らの足で明石の前に進み出ると、その場に座り込み、死んだ様に動かなくなった。

その目に涙が見えたのは、明石の錯覚だろうか…。

 

明石はその鳥を掴むと、大事に箱に詰め、伊良湖に渡した。

提督に食べさせる為に、以前間宮さんが頼んだ鶏肉だと言って…。

 

 

 

 

 

 

「提督さん、美味しいですか?」

 

「う~ん。美味しいっちゃ美味しいけど…いつもと味違う気がするな。何の肉だこれ?」

 

「もう、そんなのどうだっていいじゃないですか。ちゃんと食べないと、間宮さんも…か、悲し…」

 

提督が肉を口に運ぶのを見た明石は、突然言葉に詰まると泣き出してしまった。

 

「お、おい、どうしたんだ明石!」

 

「い、いえ胡椒を…かけ過ぎて…」

 

「そ、そうなのか。びっくりしたな」

 

「アハハ、な、涙が…止まんないれす。本当に…辛いや…」

 

 

 

 

『ねぇ、提督さん…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『私…美味しいですか…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふと、提督は背後に人の気配を感じた。

チラッと横を見るが誰かがいる訳もなく、気のせいかと思った彼は、口の中の唐揚げを飲み込んだ。




最後は(一方的に)ハッピーエンドにするか悩んだんですが、たまには結ばれない落ちもいいかなと思ってこうしました。建造ドックについては、あまり突っ込まないで頂けると助かります。最後のオチに持ってくの、自分ではこれが限度…。








艦娘型録

間宮 元々ラジオのハガキ職人だった事もあり、明石に盗聴器の件を頼んだ。好きな番組は「伊集院光の深夜の馬鹿力」最近、新人投稿者の笑美莉に自分以上のセンスを感じている。因みにペンネームはハチミツガール。肩に「TT」の焼き印がある。嘘。

伊良湖 実は間宮に性を越えた憧れを抱いていた。間宮の事を少しでも知りたくてラジオも聞き始め、気が付けばハガキ職人に。ペンネームは笑美莉。間宮のペンネームは知らない。

明石 鎮守府に一大ハーレムを築く為の薬を作っていた所を間宮さんに感づかれ協力する羽目に。最後は大鯨の方が御しやすいと思ったのか乗り換えた。因みに提督の○○ボイスは最高音質で録音。一日三回は聞いている。

提督 間宮さんは嫌いではないが、どちらかと言うと瑞鳳や大鯨みたいな可愛い系が好き。この後の運命は明石と大淀に握られている。間宮、キサマ聴いているなッ!!

大淀 明石に睡眠薬を頼んだ所を以下略。この後、明石のハーレムが完成する前に左遷された提督と共に鎮守府を出て行けるかは彼女次第。

瑞鳳 ファーストキスを奪われた。誕生してまだ日が浅い為か、提督が何をしようとしていたのか多分解ってない。でもファーストキスは奪われた。

大鯨 ロリ巨乳。ただここの提督は、瑞鳳みたいなツルペッタンが好きな様で、今後の争奪戦に影響を与える程ではない。イク達には頼りになるお姉さんと言うよりは、餌を持ってきてくれる飼育係の様に思われていた。


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たった一人の冴えたやり方

「紅茶しか無かったんだけど…いいかな?」



私の名は、明石型工作艦1番艦、明石と言います。

この鎮守府で主に修理や兵器の改装等を手掛けてます。

戦闘は…あまり得意ではありませんが、簡単な修理ならお手のものです。

そんな事もあり、皆さんには重宝してもらってます。それは私も自慢だったりします。

 

そんな所を認めてもらったのか、提督さんのご好意で工廠とは別に、ちょっとしたお店も出させて貰ってます。

こちらは装備関連とはまた違った、便利屋みたいな物ですね。日用品から嗜好品迄、大体の物は手に入りますよ。艦隊の皆さんは勿論、提督さんもたまに利用していたりします。

 

ただ、最近ちょっと困ってると言いますか、皆さん、私が何でも作ってくれると思ってるみたいで…。そりゃ、多少の事は用意できますが。

でも、限度があると思うんですよ…。

 

『運が上がる改装をして欲しいのだけれど…』

 

すいません、私が出来るのは改装だけで、そっちは神様に頼んで下さい。

 

『睡眠薬を取り寄せてもらう事できる?』

 

…誰に使うの?イヤ、出来るけど。まさか提…

 

『若くて結婚適齢期の男性がいないかしら?』

 

結婚相談所に行って下さい。…って言うか、私が紹介して欲しいですよ…。何で、ぜ〇しぃ買ってくんです?相手いないですよね?

 

とまぁ、こんな感じで最近は皆さんの趣味に走ってる気がします。

そしてもう一つ、たまに一部の皆さんに頼まれる物があります。それは…。

 

『『惚れ薬、作れる?』』

 

主に提督さんを慕っている方々がほぼ間違いなく聞いてきます。

こちらの提督さん、意外と人気あったりするんですよね。顔は悪くないと思いますし、無茶な命令も出したりしません。

実は私も密かに好きだったり…///。戦闘ではあまりお役に立てない私にも、活躍の場を与えてくれたのもあります。改装が上手くいった時に〈明石のお陰だ。ありがとう〉と言われると、本当に嬉しいです。

でもそれだけじゃ無かったりします。

以前、珍しく艦隊に編成された時、やはり練度の低い私だけが、大破してしまった事がありました。

私は申し訳ない気持ちで一杯だったんですが、提督さんは私を叱りもせず、無茶をさせて済まなかったと逆に謝ってくれました。期待に応えられなかったのは私なのに…。

この人は、本当に私達の事を大事に思ってるんだなぁ、と思いました。

…それに、服がボロボロの私を照れた顔で見てました。普段、同じ艦娘としか接しないので、そんな事気にもしませんでしたが、あ~そっか、私が女の子だからか、と急に恥ずかしくなっちゃいました。

 

思えばその時からかなぁ、提督さん、どんなタイプが好みなんだろって気になり出したのは…。

 

愛宕さんの胸を見てた事があったから、胸は大きめが好きなのかなぁ。私も結構あると思うんだけど。近代化改修で大きくならないかな…。

あ、そう言えば大淀が、「提督ったらスカートの切れ目チラチラ見てるのよ///イヤらしいんだから!」って言ってたっけ。…その割には顔赤くして、嬉しそうだったよね?何でその後、高そうな下着注文したの?

私も大淀と同じスカートだから、提督さん悩殺できるかな。…私も下着注文しよっかな。

 

…でも、惚れ薬か。

妖精さんに協力してもらえば、出来るかな?

試してみるか…!

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後、思ったよりも早く出来ました。

これも妖精さんのお陰です。約束の間宮さんの羊羮あげないと。

早速、試してみたいけど、自分で飲んだらデータが取れないし。どうしよう…。

 

「He~y、明石~♪頼んでた紅茶葉、届いてますカ~?」

 

「あ、金剛さん。ええ、届いてますよ。今出しますね」

 

……

 

「あれ?どこに置いたかな?…あっ、この中に仕舞ったんでした。…よっと」

 

「Thank-you~明石!アナタも飲んでみる?とっても美味しいヨ~」

 

「い、いえ。今回はいいです。それに私がのんだら、妹さん達の分、無くなっちゃいますよ」

 

「oh~、それもそうネ~。じゃあ、今度は明石の分も頼んであげるヨ~」

 

「あ、ありがとうございます。楽しみにしてますね」

 

「それじゃ、See you♪」

 

「…」

 

上手く行きました。紅茶葉の中に惚れ薬を少し垂らしておきました。あの薬は飲んだ後に見た者に愛情を抱く効果がある筈です。まぁ、雛鳥の刷り込みみたいな物ですね。

どんな結果になるのか、今から楽しみです。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ明石、知ってる?」

 

「あ、大淀。どうしたの?」

 

次の日、大淀が私の店に来るなり聞いてきた。

 

「金剛さん達の事」

 

「金剛さん?」

 

それから大淀に昨日、金剛姉妹が起こしたちょっとした騒動に付いて聞かされました。

何でも昨日は、霧島さんが任務で出撃予定だったそうです。ところがいつまで経っても姿を表さず、提督が直接呼びに行ったそうです。

そこで見た物は、姉妹仲良くむつみ会う姿、と言えば聞こえは良いですが、実際は何故か姉妹揃ってずっと抱き合って動こうとしなかった様です。

一番驚いたのは、あの提督への愛情を隠そうともしない金剛さんが、提督には見向きもしなかったとの事です。

最初はふざけていると思った提督も、何やらただ事ではないと感じたのか、長門さんや他の艦娘達に一旦引き離す様に命じたそうです。

引き剥がされた霧島さんと金剛さん達姉妹は、それはそれは大泣きして、提督をまるで親の仇の様に罵ったそうです。

しかも何とか出撃した霧島さんも、任務を途中で放棄して、勝手に鎮守府に帰ってしまったとの事です。

これには他の艦娘の皆さんは勿論、提督も怒ったそうですが、当の霧島さんはどこ吹く風、自分達を引き離した提督に逆に食って掛かったそうです。

本来なら懲罰の一つも言い渡されそうな物ですが、提督もあまりの剣幕に何も言えなかった様です。

ところが、今朝になって金剛さん達が4人揃って司令室に出頭し、昨日の事を謝りにきたそうです。

当の霧島さんも、どうしてあんな事をしたのか自分でも分からないと困惑していた様です。

 

「へぇ~っ。あの金剛さん達がねぇ。想像も付かないわ」

 

「そうでしょ。私も一部始終見てたけど、いまだに信じられないわ。特にあの冷静な霧島さんが、あんなに泣きわめくなんて初めて見たわ!」

 

大淀は何やら興奮冷めやらぬ、と言った感じだ。それにしても、あの霧島さんがねぇ…。見てみたかったかも。

 

「…明石、もしかしてアナタこの件に絡んでたりとかは…?」

 

うっ。流石、大淀。鋭いなぁ。

 

「なっ、何を言ってるのよ大淀っ。そんな事ある訳ないじゃない。そ、それに艦隊の運営に支障を来す様な事したら、ただじゃ済まないわ」

 

「…う~ん。まぁ、言われてみればそうかもね。あぁそう言えば前に頼んでいたアレなんだけど…」

 

大淀は注文の品を買って帰って行った。

 

今回の件で分かった事は、惚れ薬の効果時間は約一日、と言ったところか。

金剛さん達は、おそらく姉妹全員で紅茶を飲み、結果、姉妹同士で惚れあってしまった、と言った感じかな。

なるほど。薬自体は問題無かった様だ。効果時間が一日しか持たなかったのは、量が少なかったからだろう。

よし、もう少し調整して効果を高めてみよう。

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃい曙ちゃん。月刊釣りガール入ってるわよ」

 

「ありがと、大淀さん」

 

曙ちゃんは月に一度、この雑誌の発売日によく来ます。何でも最近釣りにハマったとかで、たまにそれ関連の物も取り寄せられないか聞かれた事もあります。

 

「曙ちゃん、最近は忙しいみたいね」

 

「えぇ、本当はもっとゆっくりしたいんだけど、クソ提督が次はこっちも頼むって言ってくるから、仕方なくよ。お陰で釣りに行く暇もありゃしない!」

 

と、一見提督に不満を持っている様に見えますが、その割には嬉しそうだったりします。う~ん、これがいわゆるツンデレってやつですね。提督さんが曙ちゃんを重宝するのも案外こんな所だったりして。

曙ちゃんも提督が好きなのは常連の駆逐艦、漣ちゃんからよく聞いてます。漣ちゃん曰く、もう少しデレを見せないとご主人様は落とせない、ツンデレ道は奥が深いそうです。私もちょっと真似してみようかな?

 

……

 

「あ、そうそう。金剛さんに貰った紅茶葉、少し余ってるから、良かったらどうかな」

 

「紅茶?そうね、たまには飲んでみるのもいいかも。じゃあ貰うわ」

 

曙ちゃんは雑誌と〈紅茶葉〉を抱えて帰って行きました。

さぁ~て、今回は少し効き目が強い筈です。曙ちゃん、期待してますよ。

 

 

 

 

 

 

それから数日後、工廠に立ち寄る駆逐艦の娘達は、何やら深刻そうな顔をしていました。そう言えば曙ちゃん見ませんね、とたまたま側にいた陸奥さんに聞いても「私の口からは…」と、言葉を濁して教えてくれません。

曙ちゃん、早速何かしたみたいですね。

私は工廠にいた潮ちゃんと漣ちゃんに何かあったのか、詳しく聞いてみました。

な、何と曙ちゃん提督に、あろう事か夜這いを仕掛けたそうです!

いつもは提督に食って掛かる様な感じですが、ここ数日は妙に大人しかったそうです。提督に任務報告しても顔を赤くして目も合わせず、皆に話し掛けられても心ここに在らず、と言った様子だったそうで。

提督さんも、自分が何か怒らせる様な事をしたか、潮ちゃんに聞いたそうです。

そして昨夜、曙ちゃんは提督の私室に忍び込み、提督に自分と関係を持つ様に迫ったとの事です。

驚きました…。まさか、いきなり最終手段に打って出るとは…!

何でも曙ちゃんはそのまま提督に取り押さえられ、軟禁状態だそうです。

 

「いや~、私も驚いたよ。まさか、よ、夜這いするなんて!」

 

「うん、曙ちゃん、どうしちゃったのかなぁ。あ、あんなエッ…チな事するなんて///」

 

漣ちゃんと潮ちゃんは曙ちゃんの行動に少なからず驚いている様です。無理もないか。二人とも曙ちゃんが提督を好きな事は知っていた様だけど、こんな大胆な行動に出るなんて、思ってもみなかっただろうし。

まぁ、原因は私なんだけど。

金剛さんから分けて貰った紅茶葉に、改良した惚れ薬を入れて誰かで試そうと思った所にたまたま曙ちゃんが来たので実験に付き合ってもらいました。

う~ん、今回は少し効き目が強すぎましたね。まさか、そんな強硬手段に出てまで想いを叶えようとするとは。

でも、効果はまだ続いてるみたいだし、量はだいたいこんな感じかな。

ただ、私の予想では一緒に紅茶を飲んだ駆逐艦仲間の誰かを好きになると思っていたんですが、曙ちゃんの場合はその場にいない提督に愛情が向いていました。

これは少し修正の余地ありですね。

曙ちゃんのお陰で貴重なデータが取れました。惚れ薬はほぼ完成です。

 

 

 

 

あれから数日、細かい調整をして一度飲めば約一週間は効果が持続する様にしました。

ただ、私は大事な事を失念していました。

…どうやって、提督に飲ませるか?です。

提督が私のいる工廠に来てくれれば、あっさり解決ですが、提督がこっちに来てくれるのは、月に一度位です。

私が司令室に行って、何も言わずにこれを飲んで下さい、って訳にもいかないし…。

それに提督に飲ませる事ばっかり考えてましたが、仮に上手くいったとしても、後をどうするか…。

私とはほとんど接点の無い提督が、いきなり私にベタ惚れって状況は、幾らなんでも不自然過ぎます。私が何かしたってバラしている様なものです。

困ったなぁ…。

せっかく惚れ薬は完成したのに。

 

 

 

 

 

 

あれから数日、霧島さんも迷惑を掛けた艦娘達に謝り、曙ちゃんも我に帰った様で、すっかり元通りです。

うん、仲が良いのが一番ですね。戦場では、辛い事もあるでしょうし、せめて鎮守府にいる時位は仲良くしてたいですよね。

こんな日常を見てると、わざわざこの平穏を壊してまで提督と結ばれようと思ってた事に罪悪感を覚えます。

やっぱり私は提督とは結ばれない運命なのかな…。

提督を好きな艦娘は他にもいるし、彼女達が諦めるとも思えない。考えれば考える程、道は険しいんじゃ…。

 

うん…?

 

彼女達が、提督を諦める?

アレ?確かにそんな事はないだろうけど、これってやり方によっては…。

 

そうか…!何でこんな事に気付かなかったんだろう!

 

フフ、アハハハ。

そうだ、そうなんだ。考えてみればとても簡単だ。

もし私の考え通りに行けば、私と提督は結ばれ、皆もそれを祝福してくれる筈。

そうだ、皆が幸せになる、こんなすばらしいやり方があるじゃない!

幸い惚れ薬は完成してるし、充分な量がある。

私は早速、この考えを実行に移す事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ、明石。今日も可愛いよ」

 

「も~///提督、変な所触んないで下さい。皆が見てますよ」

 

今日も提督は、私の工廠に用も無いのに入り浸っては私に抱き付いてきます。

周りには他の艦娘達も何人か居ます。ところが、彼女達は目の前でイチャつく私達に文句を言うどころか、微笑ましく見守っています。

 

「oh~、提督と明石、今日も仲良いネ~♪」

 

「本当ですねお姉様。まるで私達姉妹の様ですわ」

 

金剛さんと霧島さんがまるでカップルの様に寄り添いながら、私と提督を見つめています。

その横では、曙ちゃんと潮ちゃんが手を握ってモジモジしています。

 

「あ、曙ちゃん、皆の前で恥ずかしいよ///」

 

「いいから黙って私の手を握ってなさい。離したら承知しないわよ」

 

私は工廠にいる彼女達に軽く咳払いして言った。

 

「みんな、そろそろ席を外してくれないかな?」

 

「イエース,明石の頼みなら断れないネ~。霧島?」

 

「はい、お姉様」

 

「明石お姉様がああ言ってるわ。潮、私達も行くわよ」

 

「う、うん…♪」

 

皆は寄り添いながら、幸せそうにその場を後にした。

残るのは私と提督だけです。

提督は、待ってましたとばかりに私をお姫様抱っこします。

 

「明石、ようやく二人きりになれたね」

 

「て、提督っ。まだ昼間ですよっ///」

 

「構うもんか。明石がこんなに可愛いのが悪いんだ。あぁ、明石。僕はもう君無しじゃ生きていけないよ」

 

「わ、私もです、提督っ///」

 

私と提督はどちらからともなく、熱いキスをしました。

 

 

 

 

 

 

 

あの後、私は惚れ薬を使いました。

と言っても、相手は提督ではありません。

仲間の艦娘にです。

私がした事はとても簡単です。

まず、艦娘姉妹の長女や旗艦を務める娘に上手く惚れ薬を飲ませ、私を好きにさせます。そうなれば彼女達は、私の言う事には何でも従います。私は彼女達に命令して、自分の姉妹や部下に惚れ薬を飲ませる様に命令しました。そうやってこの鎮守府にいる全ての艦娘に惚れ薬を飲ませ、私に惚れさせる事に成功しました。…まぁ、姉から薬を飲まされた艦娘は、微妙に私よりも姉の方が好きな様ですが、これは私の予想の範囲内です。その愛情が提督に向きさえしなければ、問題はありませんからね。

その後、私は彼女達に一つの命令を出しました。

 

〈私と提督の仲を祝福する事〉

 

と言っても、彼女達はいまやすっかり私の虜。提督の事はもう眼中にありません。

これで、私と提督が結ばれても誰一人不満は言いません。…いえ、私を好きになった艦娘からは勿論不満は出ましたが、私達を祝福しないとアナタの事嫌いになるかもと言えば、皆迷わず従いました。

 

これで私と提督の邪魔をする者は誰もいません。

ホントは、ゆっくり私を好きになってもらいたかったんですが、もう我慢しなくていいんだと思うと、ついつい惚れ薬を使っちゃいました。

お陰で提督は、いまや私しか頭にありません。実務を放り出してまで、私に会いに来てくれます。

ただ、艦娘達と提督が私を巡って対立する事があるのは予想外でした。その度に間に入って宥めなきゃいけないのは、毎回苦労しますが。

 

でも、今の私はとても幸せです。

大好きな提督に愛され、周りの皆も祝ってくれます。勿論、薬が切れる迄と言う制限はありますが、その時はまた薬を飲ませればいいだけです。

ホントはこんな事したくなかったんですが、皆が幸せなら、問題無いですよね?

 

私達も幸せになりましょうね、

 

提督さん♪

 

 

 




泊地修理拳
南方泊地海域第一、第二作戦のボスに勝利すると仲間になる明石の必修技。彼女を艦隊に加える事で利用が可能。また、彼女がいると通常工廠の他に改修工廠が使える様になる。彼女に改修された艦娘は、あたかも水を得た魚の様であったと言う。
余談ではあるが、彼女の名前は道具を取ってもらう時に「あ、貸して」と言ったのが訛り、明石に変化したと言う説が支配的である。
民明書房 刊「猿でも分かる艦これ入門(通称サル艦)」より

惚れ薬の話は一度はやってみたかったので、明石でやってみました。他の人とネタ被んないか考えた結果、このオチにしました。大丈夫だよ…ね。

次は〇〇で、正統派ヤンデレです。


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君は無慈悲な夜の女王

リメイクシタノニ…
ナニモ…カワッテイナイ…
サビシイナァ…




「ソンナ…ワタシガ…オチルト…いうの?」

 

そう言うと彼女は膝から崩れ落ちた。

白く美しい肌に亀裂が走り、赤く痛々しいヒビが音を立てて全身に広がり始める。

 

「い、今だ!」

 

彼女の眼前に群がる女達が、背中に背負う自身より大きな砲門の照準を一点に集中させる。

 

「撃てェッ!!」

 

空を引き裂く様な爆音と共に、無数の閃光が空を埋め尽くす。そしてその光は大地に流星の如く降り注いだ。

 

「ココマデノ…ヨウネ…ゴメンナサイ…フタりとも…」

 

凄まじい爆発と共に、彼女は閃光に飲まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ…一週間振りの鎮守府か」

 

海を跨ぐ巡洋艦のデッキで、一人の青年将校が思いっきり手を伸ばした。

 

「みんな…ちゃんとやってるかな」

 

彼はある鎮守府で提督を任されていた。ある会議の為、出張していたが、それも終わり帰路へと就いていた。

空を飛ぶカモメが彼の頭上を旋回していた。

 

「…お前も帰るのか?」

 

彼はポケットから出したパンを千切ると空へ放り投げた。カモメは急降下して彼に寄って来たが、急に反転すると慌てた様に船から離れて行った。

 

「何だ?どうしたん…うわっ!」

 

急に船が大きく揺れ、彼は尻餅をついてしまった。見れば船尾から煙が上がっていた。船員が彼に大声で叫んだ。

 

「深海棲艦です!中に戻って下さい!」

 

「な、何だって!うわあっ!」

 

船の上空を無数の黒い物体が旋回し出した。船に体当たりし、まるでカラスの様に不気味な雄叫びを上げていた。

 

「あ、あいつらは…深海棲艦の艦載機?」

 

ふと、妙な殺気に射竦められ海を振り返ると、この光景を眺めている一人の女がいた。だが只の人間がこんな場所に、まして海の上に居る筈もない。

 

「あ、あれは…深海棲艦の…飛行場姫…?」

 

彼が自分に気付いたのを察知したのか、彼女は彼を指差した。

 

「な、うおっ!」

 

無数の黒い物体がピタッと動きを止めると、その不気味な顔を彼に向けた。

 

「ま、まさか…」

 

次の瞬間、化け物達は彼目掛けて殺到した。

 

「く、来るなっ!」

 

化け物達がイヤらしい笑い声と共に口を開けた。その中から火が噴き出した光景を最後に、彼は気を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ねぇ、お姉ちゃんは?』

 

『よく聞いてね…お姉ちゃんはもう帰って来ないの』

 

『…どうして?』

 

『戦いで…沈んだの』

 

『沈んだの…じゃあ、もう会えないの?』

 

『そうね…』

 

『そっか…』

 

『大丈夫よ、まだ私がいるから。これからはお姉ちゃんと一緒に戦っていくのよ』

 

『…うん、分かった』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈うう…〉

 

『ねぇ…大丈夫?』

 

「はっ…こ、ここは…?」

 

「良かった…」

 

青年は目を覚ました。覚ました筈だったが、辺りには暗闇が広がるだけ。僅かに声のする方を向くと、朧気(おぼろげ)ながら人影が捉えられた。

 

「君は…誰だい?俺はどうしてここに…?」

 

「…私達、あの船から落ちて流されたのよ」

 

「流された?…そうだ、そう言えば、俺は…グッ!」

 

「まだ動かない方がいいわ。怪我してるもの」

 

「…そうみたいだね」

 

彼は自分の体に触れた。ハッキリとは見えないが布が巻かれているのが解る。幸いにも骨は折れていない様だが、動く度に身体中が悲鳴を上げた。

 

「さっき船から落ちて…って言ってたけど、もしかして君もあの船に乗ってたのかい?」

 

「…ええ。それで気が付いたら、アナタと一緒にこの島に流れ着いていたの」

 

「島?こ、ここは鎮守府…いや、病院か何かじゃないのかい?」

 

「ご、ごめんなさい…」

 

「い、いや…君が謝る事は…」

 

「その…浜辺で気を失ってるアナタを見つけて、ここまで運んだの」

 

「そうだったんだ…手当ても君がしてくれたのかい?ありがとう。お互い災難だったね。良ければ名前を教えてくれないか?」

 

「…サヤ。私の名前はサヤよ」

 

「良い名前だね。俺はある鎮守府の提督をしてるんだ」

 

「知ってる…」

 

「え?」

 

「そ、その…軍人の服着てるし…」

 

「ああ、確かに。あの船に乗ってたって事は、君も軍の関係者かい?」

 

「ええ…その…看護婦をしているの」

 

「そうか…道理で手当てが上手い訳だ」

 

「そ、そんな事ない」

 

「暫くは付き合う事になりそうだけど、よろしく、サヤさん」

 

「サヤって呼んで」

 

「え?あ、あぁ。よろしく、サヤ」

 

「…」

 

目には見えないが、彼女は微笑んでいる…彼にはそう見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、彼はサヤから今の状況を詳しく聞かされた。

深海棲艦の襲撃で海に流された自分達は、幸運にもこの島に流れ着いた。今、二人が居る場所は元々住んでいたらしい島民の家で、簡単な日用品なら揃っているとの事だった。

目の負傷も全く見えない訳ではなく、うっすらと物の輪郭程度なら捉える事が出来た。とは言え、彼にしてみれば暗闇を歩いている様なもので、まして身体中のあちこちにまだ痛みが残る。こんな状態で彼女、サヤが一緒に流れ着いてくれた事を、彼女には悪いが彼は感謝していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま…」

 

「ああ、お帰り」

 

彼がこの島に流れ着いて丸一日。

サヤは動けない彼に代わって食料の調達に出回っていた。彼女が言うには、船の漂着物が流れ着いた場所があり、そこから缶詰やら使えそうな物を拾ってきているそうだった。

 

「君がいてくれて助かったよ。一人じゃどうなってた事か…」

 

「ううん、気にしないで。私も一人じゃ寂しいから、アナタが居てくれてとても嬉しいの」

 

「顔には大して自信無いんだけど、そんな風に言って貰えると嬉しいよ」

 

「だ、大丈夫よ。私も…あまり自分の見た目には自信が無いの」

 

「そう?顔は分からないけど、声はとっても綺麗だと思うよ」

 

「そ、そんな事…あ、あの…傷、大丈夫?包帯…替える?」

 

「そうだね…じゃあ、お願い出来る?」

 

「ええ、任せて」

 

彼が上着を脱ぐと、サヤは包帯を外し始めた。彼の体を労ってだろうか、まるで卵でも握る様に優しく彼の体に触れているのが感じて取れた。

 

〈う~ん…顔は分からないけど…胸が大きいのも間違いないな…〉

 

彼女はあまり警戒心が無いのか、彼に触れる分には細心の注意を払っているが自分の体、特にその大きな胸を彼に押し当てる事にはまるで無頓着(むとんちゃく)の様だった。

 

〈目が見えないのが残念だな…いかん、命の恩人に何を考えているんだ…〉

 

「あの…次は下の服を…」

 

「え?あ、あぁ、下はいいよ」

 

「でも、足下も怪我して…」

 

「そ、そっちは…自分でやるから…」

 

「もしかして私、あまり上手くない?」

 

「そ、そんな事はないと思うよ。ただ、恥ずかしいと言うか…」

 

「でも包帯巻くのに、その…一度服を脱がしてるから…」

 

「え…そ、そうなんだ。まぁ…また今度頼むよ」

 

「そう…」

 

〈今はマズいんだよね…〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お帰り、お姉ちゃん。大丈夫だった?』

 

『平気よ、今日はアイツらを追い返してやったわ』

 

『凄い!お姉ちゃんは強いんだね!』

 

『そうよ、お姉ちゃんの分も私達が戦わなきゃいけないのよ』

 

『…うん、そうだね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、何をしているの?」

 

翌朝、彼が小屋から出ると、それに気付いたサヤが急に慌て出した。

 

「今日から俺も君の手伝いをしようと思って。体も痛みは引いてきたからさ」

 

「だ、大丈夫よ、私一人で平気だから…」

 

「そうかもしれないけど…二人の方が沢山拾えるんじゃないか?」

 

「そ、そうじゃないの…その、この辺りは私達の船を沈めた人が彷徨(うろつ)いているの」

 

「し、深海棲艦が?」

 

「ええ。アナタは、まだ目が見えないでしょう?だから、また襲われるかもしれないの」

 

「そうか…確かに今の俺じゃ気付かないか」

 

「でも、あの小屋に居れば絶対に見つからないから。だからお願い、あまり小屋から離れないで…」

 

「…分かったよ。じゃあ、島の探索は君に任せるよ。もし危なくなったらすぐ逃げてくれよ。俺達じゃ深海棲艦相手に戦えないからな」

 

「大丈夫、私こう見えても…って言っても見えないでしょうけど足は早いの。アナタに何かあってもすぐ駆け付けるから安心して」

 

「ああ、お言葉に甘えてゆっくりさせてもらうよ」

 

サヤの足音が消えると、彼は小屋に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜、サヤの取ってきた魚を口にしつつ、彼は疑問に思っていた事を尋ねることにした。

 

「なぁ、サヤ…漂流物がある場所って、船か何かがあるのかい?」

 

「ううん、船の残骸があるから…その中を調べてるだけ…」

 

「そうか…じゃあ無線の類いはある訳ないよな…」

 

「ごめんなさい…」

 

「いや、別に君を責めてる訳じゃないんだ。ただ連絡手段が無いと、この島から出るのは難しくなりそうだなと思ってね」

 

「そうね…あの、もしも…もしもだけど、この島から一生出れないとしたら…どうするの?」

 

「この島から…?う~ん、仲良く飢え死にかな」

 

「食料は…魚で良ければ幾らでも取ってこれるわ」

 

「そういえば、この魚も取ってきたんだっけ。そうだね、飢え死にの心配は無くなったか。じゃあ、俺と一緒にこの島で暮らすかい?」

 

「ええ…私はそれでも構わないわ」

 

「ハハッ、じゃあいっその事、夫婦にでもなるかい?子供は何人欲しい?」

 

「二人…ううん、三人位は欲しい…」

 

「アハハ♪こりゃ頑張らないと。でもこんな島じゃ子育ても出来ないだろうし、まずは救助される事を考えないとね」

 

「…そうね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ねぇ、お姉ちゃん…私達のお姉ちゃんはアイツらに沈められたの?』

 

『そうよ…でも本当に悪いのは…よ』

 

『…?でも…はアイツらより弱いんでしょ?』

 

『そうね。でもね、アイツらは…の為に戦っているの。本当に忌々しいわ』

 

『そうなんだ…』

 

『アイツらは…の…に従ってるの』

 

『…?』

 

『私達のお姉ちゃんみたいなものよ。お姉ちゃんも…に沈められた様なものよ。私は絶対に許さないわ。アナタもそれを忘れちゃダメよ?』

 

『うん、分かった…』

 

〈…か。どんな顔してるのかな。怖い人かな…〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、行ってくるわね」

 

「あぁ、気を付けて」

 

いつもの様にサヤを見送った提督は、体を伸ばそうと小屋を出た。相変わらず目は見えないが、日射しの強い日は薄明かりにハッキリと物の輪郭を捉える事が出来た。

 

〈…サヤもいないし、少し位なら出歩いてみるか〉

 

彼は側に落ちていた枝を拾うと、杖代わりに浜辺へ向かう事にした。

 

ものの五分も歩くと、潮の匂いと漣のせせらぎが耳に入ってきた。

朧気に見える海の水平線を見ると、彼は鎮守府の事を思い出した。

 

〈今頃、皆が探してくれてるんだろうか…何かのきっかけで、この島に誰かが通り掛かってくれればいいが…〉

 

そう思った彼は、自分の目元をなぞった。

 

〈だが仮に帰れたとしても、この目じゃ…ろくに文字も読めやしない…フフッ、サヤの言う通り、本当にここで暮らすのも悪くないかな〉

 

彼が感傷に浸っていると、微かだが空気を揺らす音が耳に入ってきた。ふと空を見上げると、一つ二つ、黒い塊が空を旋回している様だった。

 

〈何だ…カラス、いやカモメか?〉

 

その内の一つが彼に気付いたのか、彼に向かって急降下してきた。

 

「おいおい、俺が餌を持ってる様に見える…こ、コイツは!」

 

彼はその生物に見覚えがあった。例えハッキリと見えなくても忘れる訳がない。その音、形…彼の怪我の原因は間違いなくこの生物なのだから。

 

〈あ、あれは…間違いなければ深海棲艦が使っていた艦載機か?サヤの言ってた通りだ。まだこの辺りを彷徨いているのか?〉

 

彼は慌てて走り出し切り立った岩壁へと姿を隠した。彼の頭上をウロウロとしていた化け物達も彼を追う事に飽きたのか、やがて海へと舞い戻って行った。

 

〈よ、良かった…向こうに行ってくれた。だが、あれがいるって事は…ん?〉

 

ふと、海辺から大きな音が聞こえ、彼は岩影からそっと頭を出した。何やら白い人影が浜辺に上がった様だ。

 

〈あれは…サヤ…いや、違う!あ、あの形は…飛行場姫か!?〉

 

浜辺に上がった白い影は、そのまま陸へ…彼の住む小屋の方角へと歩いて行った。

 

〈ま、まずい…深海棲艦がこの島に!ど、どうする…このまま立ち去るのを待つか?〉

 

白い影が陸に上がって数分、彼が迷っていると砂浜を全速力で走り抜ける人影が映った。息を切らしながら走るその人影は彼に気付く事もなく飛行場姫の向かった方角へと迷わず走って行った。

 

〈あ、あれはサヤか?マズい!今行ったら飛行場姫と鉢合わせだ!〉

 

「…くそっ!」

 

彼は手に持った杖を握り絞めると、サヤの後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

痛む体を引きずりながら戻って来た彼は、警戒しながらゆっくり小屋へと近付いた。

 

〈やけに静かだな…まさか、サヤは…〉

 

そう彼が思った時、小屋から人影が現れた。その影は彼に気付くと慌てて彼に駆け寄った。

 

「よ、良かった…無事だったのね!」

 

「さ、サヤか?そっちこそ大丈夫なのか?今こっちへ深海棲艦が来ただろう?その後にサヤが見えたから、慌てて戻って来たんだが…」

 

「わ、私にも分からないの。でも小屋にはアナタが居るから急いで戻って来たの。一体どこへ行っていたの?」

 

「い、いや…一日中寝てるのも暇だし、少し散歩でもしようと思って…」

 

「もう!勝手に出歩いちゃダメじゃない!本当に心配したのよ?」

 

「す、すまない…まさか本当に深海棲艦が彷徨いているとは思わなくて…」

 

「バカ、バカッ!アナタに何かあったらって…本当に心配したんだから!」

 

「…悪かったよ。でもそれは君だってそうだろ?もし深海棲艦に遭ったらどうするんだ?」

 

「もう…私の事なんてどうでもいいのに。アナタは目も見えないし体だってまだ治ってない。取り返しの付かない事になったらどうするの?」

 

「それを言われると…何も言い返せないな」

 

「…約束して。もう二度と勝手に出歩かないって。もし外に行きたいんなら私も一緒に行くから」

 

「…あぁ、約束するよ。これからはサヤの言う通りにするよ」

 

「…もうっ!」

 

サヤは力一杯彼を抱き締めた。彼女が彼を心から心配してくれているのは抱き締める腕から伝わってくる。とは言え、その理由が勝手に出歩いたからと、まるで母親に叱られている子供の様で彼は(いささ)か照れ臭くもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜。いつもより早めの夕食を終えた提督は眠りに就こうとしていた。だが、昼間の騒動の所為か、サヤは寝ようとせず、いつも以上に彼にべったりだった。

 

「さ、サヤ。もう大丈夫だから、寝た方が良いんじゃないか?」

 

「分かってる…分かってはいるの。でもアナタが何処かへ行ってしまう様で…」

 

「こんな体で何処にも行ける訳ないだろう。それにサヤに見捨てられないか俺の方が心配だよ」

 

「そ、そんな事ない!私がアナタを見捨てるなんて…そんな事絶対にないわ!」

 

「…ありがとう。何で俺みたいな冴えない男を心配してくれるかは分からないけど」

 

「ううん、それを言ったら私だってそうよ。私…とっても醜い姿をしているの。だから…アナタには悪いけど…アナタの目が見えなくてホッとしてるの…」

 

「別にそこまで自分を卑下する必要はないと思うけどなぁ。こんなに優しいんだ、もし本当にそうだとしても嫌いになったりはしないよ」

 

「…本当に?」

 

「ああ」

 

「信じて…いいの?」

 

「サヤは命の恩人だからね」

 

「…」

 

「あ…サ、サヤ!?」

 

暫く無言だったサヤは、彼の腰に(また)がった。彼の肩に手を掛けると、ゆっくり彼を横に倒した。

 

「私…昔からずっと一人だったの。だから今とっても嬉しいの。ここに居ればアナタは私だけを見てくれるから…」

 

「…顔が見れないのが残念だけどね」

 

「顔を見たら、きっと私の事を嫌いになるわ…あっ」

 

彼の手が優しくサヤの頬をなぞった。

 

「逆にもっと好きになりそうで怖いよ」

 

「わ、私の事を…好きになってくれるの?」

 

「嫌いになる訳ないだろ」

 

「嬉しい…」

 

彼の顔を優しく包むと、サヤは彼に口を重ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『前に言ったわね…お姉ちゃんの仇は…だって』

 

『うん、それがどうしたの?』

 

『…が…この辺りを通るの。上手く行けばお姉ちゃんの仇を討てるかもしれないの』

 

『…』

 

『見ていてね。お姉ちゃん、きっと仇を討ってみせるわ』

 

『ねぇ、お姉ちゃん…頼みがあるの』

 

『何?あなたが頼みなんて珍しいわね』

 

『あのね、その…を…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝、小屋の外に鳥でもいるのだろうか、小さな囀ずりの声で彼は目を覚ました。昨夜は一緒だったサヤの姿は無かった。

 

〈また散策にでも行ったのか…うおっ!〉

 

起き上がろうとした彼は、急に足を引っ張られバランスを崩した。何かに片足を掴まれた様な感触に、彼は自分の足に触れてみた。片足に鉄の輪が巻かれ、部屋の柱に括りつけてある様だった。

 

「こ、これは…鉄…鎖か?」

 

「…おはよう」

 

「うわっ!サ、サヤッ、いたのか!?」

 

微かな声の方に目を凝らすと黒い塊が映った。彼が起きる迄ずっとその場に座っていたのだろうか、彼には全く気配を感じさせなかった。

 

「サ、サヤ。そんな所で何を…い、いやそんな事より、これを付けたのはサヤか?取ってくれないか?」

 

「ごめんなさい…それは出来ないの」

 

「な、何を言ってるんだ。これじゃこの小屋から一歩も外に出られない」

 

「私も本当はしたくなかったの。でも、こうしなければアナタを守れないの…」

 

「守る?海を彷徨いてる深海棲艦の事か?そ、そんな事はどうでもいい、この鎖を外してくれ」

 

「それは出来ないの。もし外したらアナタは、きっと私から逃げようとするもの…」

 

「ど、どうして君から逃げる必要があるんだ。俺は目も見えないし、逃げる事も出来ないよ」

 

「…もし、アナタの目を治す薬があるとしたら…欲しい?」

 

「目を治す薬?そ、そんな物ある訳ないじゃないか。だいいち、そんな薬があったとして、どうしてサヤがそれを持ってるんだ?」

 

「それは言えないの…でも、私、その薬を持ってるの」

 

「…もし本当だとしたら、どうして今まで黙っていたんだい?」

 

「前にも言ったけど…私の姿を見たら、アナタはきっと私を嫌いになってしまう。でも私はアナタとずっと一緒にいたいの。だから…こうするしかなかったの」

 

「俺も前に言っただろ。そんな理由で命の恩人を嫌いになったりしないって。だから、お願いだ。この鎖を外してくれないか?」

 

「…アナタの言葉を信じたい。でもアナタがここに居なきゃいけない理由はもう一つあるの」

 

「もう一つ…それは?」

 

「…ううん、今のは忘れて。アナタは知らなくてもいい事だから。大丈夫、何もかも上手く行くわ。私が何とかしてみせるから」

 

「さっきから話が見えない。話せない理由は何なんだ?せめて、この鎖だけでも外してくれ、お願いだ」

 

「…ごめんなさい、やっぱりそれは出来ないわ」

 

「サ、サヤ!」

 

「その代わり…薬はあげる。これを飲めばすぐに目が見える様になるわ」

 

「薬を…?」

 

「だから約束してほしいの。これからも私と一緒に居てくれるって」

 

「…分かった。約束するよ」

 

「ありがとう。大丈夫よ、これからは私が面倒を見てあげるから。欲しい物があったら私が何とかするし、アナタの頼みなら何だって聞くわ」

 

サヤは彼の目の前に小瓶を置いた。

 

「私は外にいるわね。薬を飲んだら呼んで…」

 

サヤが部屋から出ると彼は小瓶を掴んだ。彼女にも言ったが、そんな都合の良い薬がある訳がない。仮にあったとして、どうやって手に入れたのか?何故、その事を隠していたのか。

そもそも何故こんな真似までして自分を縛り付けようとするのか…

彼はサヤに得体の知れない畏怖を抱き始めていた。

だが、それは治ってから考えれば良い。

そう思った彼が瓶の蓋を開けようとした時、足枷(あしかせ)の輪が思ったよりも緩い事に気付いた。ここ数日、大した食事をしていない所為か、彼の足は少し肉が落ちていた。今の状態なら足を抜き取る事も可能なのでは?ゆっくり足枷を引っ張ると少し痛いが抜けそうになった。

 

「もう飲んだかしら?」

 

「ま、待ってくれ!今飲むから…」

 

ひとまずは視力を取り戻すのが先だ、そう考えた彼は小瓶の液体を一気に喉に流し込んだ。

 

「の、飲んだぞ!」

 

「そう…じゃあ目を開けて。すぐに…見える様になるから」

 

「…こ、これは!」

 

正直、サヤの言葉を全く信じていなかった彼だが、徐々に視界が明るくなっていくのが解った。先程迄はうっすらとしか見えなかったが、今はハッキリと部屋の輪郭を捉える事が出来た。

 

〈こ、こんな事が…一体あの薬は何なんだ?〉

 

「…入ってもいい?」

 

「…!ま、待ってくれ!服が乱れてるんだ、少し待ってくれ」

 

「そ、そう…分かったわ」

 

〈…よし、外れた!〉

 

彼の足首が足枷から抜け出た。目が見えなかった時は気付かなかったが、部屋にはガラスの窓があった。部屋の中には小さな椅子や鉄製の工具の類いが幾つか置かれていた。

 

〈…〉

 

彼は椅子を掴むと、窓に向かって思いっきり振りかぶった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ね、ねぇ…やっぱり…」

 

部屋の外で待つサヤは、やはり自分から部屋に入るべきか悩んでいた。()()彼は薬を飲んだ事で視力も回復しているだろう。自分の姿を見てどう思うだろう…やはり薬は渡すべきではなかったのでは…。

だが彼は自分を嫌いになどならないと言ってくれた。きっと全て上手く行く…そう考えていた時だった。

 

《ガチャン!!》

 

「え?」

 

彼の居る部屋からガラスを割る音が聞こえた。一体何があったのかとサヤはドアを開けた。

そこには彼の姿は無く、割れた窓ガラスの破片が散らばっていた。

 

「…!!」

 

彼が窓から逃げたのだと理解したサヤは、怒りよりも酷く焦った様に慌てて部屋を出て行った。数秒後、彼女の足音が無くなると、ドアは独りでに閉まった。

 

〈…よし、上手く行った!〉

 

実は彼は部屋を出ていなかった。椅子を窓に叩き付けると同時に素早くドアの後ろに隠れ、サヤに自分は窓から外へ逃げたと錯覚(さっかく)させるのが狙いだった。案の定サヤは彼が窓から逃げたと勘違いしてくれた。恐らくサヤは窓の側を探しているだろう。その隙に小屋から抜け出そうと、彼は物音を立てない様に小走りで駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小屋が見えなくなる程の距離迄走ると、彼の目の前に砂浜が広がっていた。照り付ける太陽、柔らかな砂の感触…彼は久し振りに生き返った様な解放感に包まれた。

 

〈ふぅっ…目が見える事がこんなに嬉しいなんて〉

 

だが、そんな気分は一瞬にして掻き消された。以前とは違い今度はハッキリと…あの忌々しい球体を目にしてしまったから。

 

〈し、深海棲艦の艦載機!やはりこの島は奴らのテリトリーなのか?〉

 

彼が慌てて逃げ出すと、それに気付いた黒い球体が何匹も彼を追い始めた。

 

「く、くそっ!来るな!あっちへ行け!」

 

ケタケタと不気味な笑い声を上げながら彼の後ろに付きまとう化け物達。やがてその内の一匹が彼の行く手を阻むと、その口から機銃の様な火を吐いた。

 

「うわあっ!!」

 

目の前の砂浜が吹き上がり、彼はその場に尻餅をついた。だが、化け物達はそれ以上攻撃しようとせず、その場を行ったり来たりするだけだった。

 

〈な、何だ…?殺す気はないのか?〉

 

「…ドウイウ事ナノ?」

 

「なっ!」

 

彼が振り返ると、そこに一人の女が立っていた。彼はその姿に見覚えがあった。彼が最後に見た光景に居た女…飛行場姫だった。

だが飛行場姫は彼に襲い掛かる訳でもなく、むしろ何かに驚いている様だった。

 

「ドウシテアナタガ…」

 

「…くっ!」

 

何故か怯んでいる飛行場姫の隙を突き、彼は元来た小屋へと走り出した。後ろを振り返ると飛行場姫は彼を追う事はせず、彼とは違う方角を見ている様だった。

 

〈どうしたんだ?と、とにかく今は小屋へ戻るんだ。サヤと一緒にアイツを防がないと!〉

 

いつからそこに居たのか、飛行機姫の後ろに一人の女が立っていた。それに気付いた飛行場姫は彼女を睨み付けた。

 

「コレハドウイウ事ナノ?ナゼ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アノ人間ハ生キテイルノ…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ…ハァ…サ、サヤ!居ないのか!?」

 

彼が小屋に戻って来ると、サヤはまだ戻っていないのだろうかドアは開けっ放しだった。小屋の中へ入るも人の気配は無く、彼は慌てて扉を閉めた。

 

〈まだ俺を探してるのか…見つかってなきゃいいけど〉

 

このまま小屋に隠れているべきか、一旦小屋を出てサヤを探しに行くか…彼が悩んでいると、小屋の外に足音が聞こえた。

 

〈だ、誰だ?サヤか、それとも…〉

 

コンコンとドアを叩く音と共に、聞き慣れた声が聞こえてきた。

 

「私よ、サヤよ…ここを開けて」

 

「サ、サヤか!分かった、今開け…」

 

ドアを開けようとした彼だったが、ふと脳裏を過った疑念が彼の手を止めた。

 

〈ちょっと待て…サヤが無事だったのはいいが、アイツは…飛行場姫はどうなったんだ?遭わなかったのか?〉

 

「どうしたの?私よ、開けてちょうだい」

 

「サ、サヤ…アイツに…飛行場姫に遭わなかったか?」

 

「もう大丈夫よ、ここには来ないから」

 

「ここには来ないって…何故そんな事が分かるんだ?アイツには遭っていないのか?」

 

「…開けて」

 

〈やはりおかしい…あそこから小屋まで一キロも無い。もしサヤが引き返して来たなら絶対に遭遇する筈だ…

 

〈そ、そういえば前も似たような事があったな。あの時は気にしなかったが…二人共小屋に向かったんだ、出遭わない訳がない!〉

 

「サヤ、君は…何者なんだ?」

 

「どうしたの?何故そんな事を聞くの?お願い、ここを開けて」

 

「答えてくれ。どうして飛行場姫が来ないと言い切れるんだ?」

 

「…やっぱり私の事が嫌いになったのね?」

 

「違う、君には感謝してる!だからハッキリさせたいんだ。だから「嘘よ!」

 

「サ、サヤ…?」

 

「私の事、好きって言ってくれたじゃない!これからも私と一緒に居てくれるって…あれは嘘だったの?」

 

「そ、そうじゃない!」

 

「じゃあここを開けて!私の姿を見てもう一度言ってちょうだい。これからも一緒に居てくれるって!」

 

「…」

 

「駄目よ…許さないわ…私から離れるなんて…アナタの事信じたから私、お姉ちゃんを…」

 

「お姉ちゃん?《バキッ!!》うわあっ!!」

 

木製の扉に穴が開き、白い(もり)の様な物が伸びて来た。よく見ればそれは巨大な手の様に見えたが、少しずつ形を変え、人間の手に変化した。

 

「なっ…サ、サヤ…」

 

穴から伸びる手が鍵に手を掛けると、カチッと鍵を回した。手が穴から引っ込むと、ゆっくりとドアが開いていった。

 

「ねぇ…」

 

一歩、彼女が部屋へ足を踏み込んだ。薄明かりの部屋に彼女の輪郭が浮かんだ。

 

「私の事…好きって言ってくれたわよね?」

 

また一歩、彼女の足が床を踏んだ。

 

「私がどんな姿でも…嫌いにならないって…」

 

白い肌、額に浮かぶ黒いツノ、巨大な鈎爪の様な左手。

 

「言ったわよ…ね?」

 

彼が戦う深海棲艦…港湾棲姫だった。

 

「うわあああっ!!」

 

彼は小屋の隅へと逃げ出した。目の前に落ちている木片や皿を掴むと彼女に投げ付けた。

 

「く、来るなっ!」

 

「ま、待って…この手が怖いの?だ、大丈夫よ。私、一生懸命練習して人間と同じ大きさに出来る様にしたの。これなら怖くないでしょ?」

 

彼女の左手がみるみる小さくなり、真っ白ではあるが人間そっくりの手に変化した。

 

「ね?大丈夫だから…」

 

「な、何が目的だ!俺を食べる気なのか!?」

 

「そ、そんな事しない…」

 

「じゃあ何で俺を殺さないんだ!」

 

「違うの!お願い、話を聞いて。わ、私はずっとこの島で…二人のお姉ちゃんと一緒に暮らしていたの。お姉ちゃんは優しかったけど…私、とっても寂しかったの。

 

「そんな時、お姉ちゃんの一人が沈んだの。倒したのは艦娘だけど…それを命令したのは提督(アナタ)だって聞いたの…」

 

「だ、だから俺を捕まえて仇を討とうとしたのか!?」

 

「ち、違う!お姉ちゃんはそのつもりだったけど…私、何度もアナタの事を聞かされて…その内どんな人なんだろうって憧れる様になったの。

 

「ある時、アナタの船がこの辺りを通るって聞いたの。お姉ちゃんは沈めようとしたから、私お願いしたの。その人間は私が沈めるから、私にちょうだいって…」

 

「俺に復讐したいのか?お、お前達だって艦娘を沈めてるじゃないか!」

 

「分かってる…本当は私、戦いなんてどうでもいいの。私、アナタを沈める気なんて本当に無いの。お願い、信じて…」

 

「…仮にそうだとして、一体何が目的なんだ?俺が憎くないのか?」

 

「アナタを憎いだなんて考えた事もないわ…それに、アナタは私が思った通りの人だった…こんな私に優しくしてくれて…私の事が好きって…」

 

「そ、それは目が見えなかったから…お前が深海棲艦だって知らなかったからだ!」

 

次の瞬間、彼の背中に悪寒が走った。あたかも死神の鎌を喉に突き付けられた様な、ドス黒い殺気に包まれた。

 

「ウソ…よね?」

 

「目が見えてたら、最初からお前なんかと…!」

 

「…どうして…どうしてそんなヒドい事言うの?」

 

「…ッ!や、止めろ、来るな…」

 

「これからも一緒に居てくれるって…私と一緒に居てくれるって言ったじゃない」

 

「う、うわあっ!」

 

彼は目の前に落ちている物を片っ端から投げ付けた。一瞬、彼女が怯んだ瞬間、体当たりする様にドアを抜けた。一目散に小屋の外へ出ると、そこには…

 

「お、お前は!」

 

「ウ、ウウッ…」

 

足を引き摺る様に立つ飛行場姫。その苦悶の表情は、どう見ても人間にしか見えなかったが、全身から発せられる強い殺気が彼女が人ではない事を告げていた。

 

「ヤハリ…連レテクルベキデハ…ナカッタ…」

 

「な、なに…?」

 

「二…人間…ソコヲ…動クナッ!」

 

「…うおっ!」

 

飛行場姫の背中から黒い巻物の様な滑走路が現れると、何度も彼を追い回した黒い化け物が一匹飛び出した。化け物は彼に噛み付こうと突進したが、彼女同様弱っているのか、人間の彼でもギリギリ躱す事が出来た。

 

「バカネ…セッカク…助ケテアゲヨウト…シタノニ」

 

「た、助ける…?」

 

次の瞬間、後ろから強烈な殺気を感じ振り返ると、彼を追って来た港湾棲姫がいた。だが、その表情は今までの様な弱々しいものではなく、目を血走らせた怒りの顔だった。

 

「例え、お姉ちゃんでも…許さナイ…!」

 

「うわあっ!」

 

突如巻き起こった、爆発の様な突風に彼は吹き飛ばされた。彼が再び顔を上げると、そこには黒い要塞の様な艤装に腰掛ける彼女が居た。

要塞の砲台の一つが飛行場姫に狙いを付けると、無慈悲な一撃が放たれた。

地震が起きたかの様な爆発に彼は吹き飛ばされ、そんな彼を港湾棲姫は庇う様に抱き留めた。

煙が消えた時、そこには飛行場姫の姿は無く、その破壊力の大きさを物語る様な大穴が空いていた。

 

「もう大丈夫よ…これで私達の邪魔をする者は誰もいないわ…」

 

「は、離せっ!お、俺は帰るんだ!」

 

一瞬、彼女の掴む力が弱まり、彼はその手から逃れようとした。勢いよく走り出そうとした瞬間、片足を掴まれ彼は頭から転んだ。

 

「う、ううっ…ハッ!」

 

全身を包む悪寒に、彼はゆっくりと振り返った。彼の足は彼女の巨大な鈎爪の様な手に握られている。

ゆっくり…ゆっくりと彼は視線を上げ彼女の顔を覗き込んだ。そこには、いつもの…目の見えなかった彼が想像していた様な穏やかな、慈愛に満ちた表情をした彼女がいた。

 

「サ…」

 

次の瞬間、彼の足を握るその手に力が込められた。

 

「何を言ってるの…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アナタハココデズット私ラスノヨ

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女がもう一度力を籠めると、木が(きし)む様な音と共に彼の足が有り得ない方向へと曲がった。

次の瞬間、砂浜に彼の絶叫が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女、港湾棲姫は三姉妹の末の妹に当たる。

今から一年程前、長女の中間棲姫が戦場に倒れた。彼女…港湾棲姫も悲しくはあったが、生来争いを嫌う彼女にとっては然したる問題でも無かった。

次女である飛行場姫は姉を沈めたのは提督と呼ばれる人間で、私達の手で仇を討つのだと事ある(ごと)に彼女に説いた。

彼女、飛行場姫にしてみれば復讐の念を絶やさない為だったのかもしれない。だがその結果、港湾棲姫は姉を討った人間に、お伽噺(とぎばなし)の王子様に似た強い憧れを持つ様になった。

 

ある時、彼の乗る船が近くを通ると知った飛行場姫は船を沈めようとしたが、妹から一つの頼み事をされた。

 

『その人間は自分が沈めるから、生きたまま連れてきてほしい…』

 

別にそんな事をしなくても自分が沈めればと思った飛行場姫だったが、大人しい妹の初めての頼みを無下にする事も(しの)びなく、その願いを叶える事にした。

 

生かされたまま連れて来られた提督を見て、狂喜した港湾棲姫だったが、一つ大事な事を失念していた。

彼は人間なのだ。

もし自分の姿を見れば、彼は間違いなく自分を拒絶するだろう。そこで彼女は、ある事を試した。

彼女達、深海棲艦の体液は傷口に塗る事で絆創膏(ばんそうこう)の様に傷を塞ぐ事が出来る。彼女は彼の目を体液で塞ぎ、言わば〈(ふた)〉をしたのだった。

彼女の目論見通り、彼は自分を人間と勘違いしてくれた。こうして彼女の(つたな)い恋は成就(じょうじゅ)した。

正体を隠しているとはいえ彼も自分に愛情を抱く様になり、彼女も献身的に彼に尽くした。雌の本能に突き動かされ彼に迫ったが、そんな自分を彼も受け入れてくれた。

彼女は幸せの絶頂にいた。

 

そんな彼女の唯一の懸念は姉、飛行場姫の存在だった。

たまたま彼女が島に来た際は、運良く彼が小屋を抜け出していたお陰で彼を(かくま)っている事を知られずに済んだ。

だが、彼はまた勝手に島を歩き回るかもしれない。小屋に閉じ込めて彼の存在を隠そうとしたのは正しかったかもしれないが、彼女はここで余計な仏心を出してしまった。

 

『例え私が深海棲艦だと判っても、彼はきっと私を愛してくれるわ…!』

 

彼に渡した薬は只の水に過ぎない。彼が飲んだのを見計らって念を送り、彼の目を塞ぐ〈蓋〉を剥がしただけだった。

もし彼が只の人間ならば必要以上に彼女を怖がる事もなかったかもしれない。だが彼は彼女達の敵である艦娘の指揮官なのだ。彼にとって港湾棲姫(サヤ)は憎むべき敵でしかないのだ。

結局、そんな甘い考えの所為で彼は自分から逃げ出そうとし、姉にも彼を匿っている事がばれてしまった。

やはり彼の目は治すべきではなかった…そう思った時はもう遅かった。

 

彼女の幸せは唐突に終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遊ビニ行ッテクル!」

 

「怖イ人達ガイルカモシレナイカラ、アマリ遠クニ行ッチャ駄目ヨ」

 

「ヘーキ、艦娘ナンカヤッツケチャウモン!」

 

「ソウ言ッテ泣キナガラ帰ッテ来タデショウ?」

 

「泣イテナイモン!ホッポ、ママミタイニ泣イタリシナイモン!」

 

「…?ママハ泣イテナンカ…」

 

「昨日モパパ二乗ッカッテ「ホ、ホッポ!!」

 

「ママノ泣キ虫~オッパイオバケ~♪」

 

「…モ、モウ〈今日カラ気ヲ付ケナイト…〉」

 

 

 

 

 

 

あれから一年。彼女は子供を産んでいた。

彼が全てを知ったあの日、彼女は激情に駆られ彼の片足を折ってしまった。

その後、何度も傷付ける気は無いのだと弁明し、それを証明する為に今まで以上に彼に尽くした。

彼女が目を離した隙に、彼が小屋から逃げ出した事も何度かあった。だが最近は彼も彼女から逃げられないと悟ったのか、すっかり大人しくなった。

彼を傷付けてしまった事は後悔しているが、結果的にはこれで良かったのだと彼女は満足している。

 

「サヤ…少し散歩してくるよ」

 

「あっ、待ってアナタ。肩を貸すわ」

 

「一人で大丈夫だよ、心配性だな」

 

「もう、夫婦なんだから心配するのは当たり前でしょう?」

 

「…ああ、そうだな」

 

「あっ…」

 

「…どうした?」

 

「フフッ…お腹の子が早く外に出たいって…アナタに会いたいって」

 

「そうか…」

 

「ねぇアナタ…私、今とっても幸せよ…アナタは?」

 

「そうだな…走れる様になれば、もっと幸せかな」

 

「イジワル…」

 

あの日以来、彼は自分を拒む事もなくなり、まるで人間の夫婦の様に穏やかな時間を過ごしている。

生気の無い笑いを浮かべる彼を見る度に彼女は思う。彼は、まだ完全には心を許していないのかもしれない。

でも彼は、もう何処にも行ったりはしない。まだ時間は掛かるかもしれない。

だが、それでも…

 

「ねぇ、アナタ」

 

「何だ」

 

彼が自分の愛情を理解してくれる日が、いつかきっと来る。

 

「愛してるわ…」

 

彼女はそう信じていた。

 

 




ちょっとだけ解説。
改訂前のだと飛行場姫の役割が潜水ソ級だったんですが変更してオチ担当に昇格させました。次の○○の話でも飛行場姫がオチ担当ですが、次話の飛行場姫は…(↓次の話>>をクリック!)。
キャラが二人だとギャグパート入れにくい…
設定としては長女が中間棲姫、次女が飛行場姫、港湾棲姫が少し年の離れた三女と思って下さい。
名前はゲーム沙耶の唄から取りました。



艦娘型録

提督 見える様になって初めて気付いたけど、凄いカッコしてるのな。横乳見えちゃう見えちゃう!俺でなきゃ見逃しちゃうね!これで額のテ○ガさえなけりゃ…

港湾棲姫 思わず折っちゃったけど絶対怒ってるわよね。死んだ魚みたいな目してるし。本当にワザとじゃないの。でも逃げなくなったし…後はホッポね。もう一つ小屋建てようかしら。

飛行場姫 別に先を越されたとか言わないわ。でもね、本気で撃つ事ないんじゃないかしら…怒ってないわ、ええ、本当に怒ってないわよ。でも一応お姉ちゃんよ…ヒドくない?

中間棲姫 この娘が妹の…可愛いわね、あの娘の小さい時にそっくり。え?今何て言ったの?違うでしょ、お姉さんでしょ?二度と伯母さんなんて言っちゃ駄目よ。ワ カ ッ タ ワ ネ ?

北方棲姫 パパ、私、妹が欲しい!…うん、ママに言ったらパパに頼みなさいって!…え?もうすぐ産まれるの?やった~♪後三人は欲しい!…勘弁?それってどういう意味?


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深世海へ

「あふれる母性で返り討ちにしてあげるわ」





雲一つ無い晴天の空の下、一人の女が海を滑る様に走っていた。

海には不釣り合いな着物を着た彼女は、眼前に小さな島を捉えると歩みを止めた。

 

「提督…雲龍姉さま…私が必ず…」

 

背中に背負った包みから巻物を取り出すと、彼女は再び海を滑り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう少しで懐かしの我が家か…」

 

海を進む大きな巡洋艦のデッキで、一人の男が海を眺めていた。

彼はある鎮守府の提督をしていた。とある出張が終わり、自身の鎮守府への帰路へと就いているところだった。

彼の頭の上でカモメが旋回していた。彼はポケットからパンを取り出すと、それに気付いたカモメが彼に群がってきた。ところが、急に方向を変えると飛び去ってしまった。

 

「な、何だ…?」

 

「…!!」

 

眼下の海から何かを叫ぶ声が聞こえる。声のする方に頭を出すと、一人の女が海を滑っていた。

 

「あ、あれは…雲龍?」

 

「…!!」

 

白い巻き毛が特徴的な正規空母の艦娘、雲龍。

彼の鎮守府の所属ではないが、彼女の妹に当たる部下の天城から何度か特徴を聞かされていた。

彼女はしきりに何かを訴えているようだった。

 

「…!」

 

「雲龍、どうしたんだ!?」

 

「…げて!」

 

彼女の声に耳を傾けようとした時だった。大きな爆発音と共に船が大きく傾いた。

 

「うわあっ!!」

 

手すりにしがみついた彼が後ろを見ると、海の中からピラニアの様な黒い怪物が姿を現した。

軽母ヌ級、駆逐イ級。

無数の深海棲艦達が我先にと彼の船へ群がってきた。

その大きな口から、無数の魚雷が発射されると船の船尾へと吸い込まれていく。

 

「や、やめろっ!」

 

彼は慌て船から飛び降りた。彼が海に落下すると同時に、船は轟音と共に爆発した。

 

「うわああっ!!」

 

「…!」

 

船が爆発する瞬間、一つの影が彼に覆い被さった。

 

〈う、雲龍か…?〉

 

次の瞬間、巨大な爆風と津波が二人を押し流し、頭に何かがぶつかった様な強烈な痛みに、彼は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ねぇ…くすぐったいの…そろそろいいかしら?』

 

優しい女の声に、彼は目を覚ました。だが目の前には暗闇が広がるだけ。何か大きな物に顔全体が包まれているのか、息苦しさから彼は目を開けた。

 

「…ぶはっ!」

 

「ンッ…やっと起きたのね」

 

「ここは…前が見えない…」

 

「目を怪我したみたいね。応急措置はしたけど…」

 

「け、怪我…?」

 

彼が動こうとすると全身に鈍い痛みが走った。骨は折れてはいないが、全身に無数の捻挫でもあるのか動く度に体が悲鳴を上げた。自分の目に触れると、包帯が巻かれているのが判った。

 

「ここは…」

 

目が覚めると同時に、彼はついさっき起こったであろう出来事を思い出していた。自分は船に乗っていた事。その船が深海棲艦に襲われた事。海に落ちた自分はそこに駆け付けた艦娘に助けられた事…。

 

「君は…雲龍?」

 

「あなた…提督ね?今さらだけど、初めまして」

 

「あ、あぁ…ここは…鎮守府なのかい?」

 

「そうだって言ってあげたいのだけど…」

 

「え?じゃあここは?」

 

「あなたが乗っていた船は沈んだの。その後、私…あなたを背負ってこの島にたどり着いたの」

 

「島?ここは鎮守府じゃないのか?」

 

「…えぇ。ごめんなさいね…」

 

「…そうか、そうだったのか。随分と面倒掛けたみたいだな。先ずはありがとう。君の事は妹の天城から聞いた事があるよ。これも何かの縁かもしれないな。よろしく」

 

「縁…そうね。そうなのかもしれないわね。私もそう信じてるわ」

 

「雲龍…?」

 

「それはそうと体は大丈夫?ずっと高熱でうなされてたからし…もう駄目かと思って心配したわ」

 

「そ、そうだったのか。でも気分は悪くないよ。傷は痛むけど」

 

「フフッ、あんなに気持ち良さそうに寝ていたものね。私の胸…そんなに良かった?」

 

「え?ど、どういう意味?まさか…」

 

「えぇ、ずっと私の胸を枕にして。別にいいけど…」

 

「そ、それは…まぁその…すまない」

 

「もう一度…する?」

 

「え!?」

 

「冗談よ…何か凄い不満そうな顔ね。分かったわ、じゃあもう少し…」

 

「い、いや、大丈夫だよ、うん。一人で寝れるから…」

 

「そう?じゃあ私、食料探してくるわ。いい子にしててね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから提督は彼女に詳しく説明を受けた。

彼女が言うには、別の任務で通り掛かった際に彼の乗る船が襲われている所に遭遇、唯一の生存者である彼を背負い、たまたま発見したこの島へと避難したとの事だった。

この島が何処なのかは彼女も判らず、また周囲に深海棲艦が頻繁に現れるので、彼女一人では島を出るのも難しいそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「魚…あまり好きじゃない?」

 

「あ、いや、そんな事はないよ」

 

「それならいいけど…」

 

彼が島に着いてから三日目が経っていた。

彼女は動けない彼に変わって毎日魚を取りに出掛けていた。だが三日も魚を食べていると飽きてしまうもので、口には出さずとも表情に出ていたのかもしれない。

彼女もどうやっているのか焼き魚を持ってきてくれるのはありがたかったが、海が汚れてでもいるのだろうか不思議な味がした。

それに目の見えない彼にも、彼女が酷く疲れている雰囲気が察してとれた。魚を取って帰って来た時は必ず数時間の休憩を必要としていた。

 

「この包帯…そろそろ取ってもいいかな」

 

「その…私はあまり取らない方がいいと思うの」

 

「痛みはないんだけど…そんなに酷かった?」

 

「その…もし見えなかったらとても悲しむと思うから…」

 

「取ってみないと判らないよ」

 

「あ…」

 

彼は包帯を取り目を開けた。

最初は暗闇だった視界が朧気ながら明るくなってくると、彼の目に一人の女が映った。

銀髪にも見える白い髪、開いた胸元からこぼれ落ちそうな大きな胸、膝上の白いミニスカート。彼の目の前の彼女は、少し怯えている様に後ずさった。

 

「…」

 

「うん、見えるよ」

 

彼女は手を伸ばすと、彼の顔にそっと触れた。

 

「痛みはないけど、傷が残ってる?」

 

「え、えぇ、少しだけ…」

 

「はは、せっかくの男前が台無しだな」

 

「…」

 

「ここはお世辞でもいいから、そうねって言ってほしかったな」

 

「ご、ごめんなさい…その、一つ聞いてもいい?私、変じゃない?」

 

「見た所大破もしてないし、流石、天城のお姉さんだけあるよ。とっても美人だ」

 

「え…」

 

「俺は…好みのタイプじゃなかったかな?」

 

「そ、そんな事ないわ!でも…そうね、主砲が二門あって夜戦可能なら「来世で頑張るよ。まぁ冗談はさておき、改めてよろしく」

 

「え、えぇ…やっぱり私、変なんじゃないかしら」

 

「…?どうして?」

 

「だって、さっきからずっと胸ばかり…」

 

「あ~うん、つい…」

 

「あまり見つめられると恥ずかしいのだけど」

 

「…すまん」

 

〈…暫く寝た振りしてれば良かったな…〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょ…ちょっと…どこへ行くの?」

 

歩ける迄に回復した彼が寝泊まりしている小屋から出ると、彼女が慌てて彼の腕を掴んだ。

 

「流石に三日も寝たきりは退屈だからさ、俺も食料集めを手伝うよ」

 

「で、でもあなたの体はまだ完全に…」

 

「大丈夫だよ、これでも体力には自信あるんだ。ほら、この通り…イタタッ!」

 

「もう、だから言ってるのに。あなたは私とは違うんだから、あまり無理はしないで」

 

「わ、悪い。でも、それを言ったら雲龍もだろ?いつも魚を取ってきてくれるのは助かるけど、とてもつらそうだったろ」

 

「気付いてたのね…。でも私達はある程度の時間があれば回復できるから」

 

「そうなんだ。こんな時は人間の体が恨めしいよ」

 

「…フフッ♪」

 

「何かおかしいかい?」

 

「ううん、そんな意味じゃなくて。でも、そうね、実は向こうに船の残骸が流れ着いてるの。今日はそこに行こうと思ってたから、手伝ってもらえる?」

 

「本当かい?何か美味しい物があればいいんだが」

 

「やっぱり私の魚、美味しくなかったの?」

 

「そ、そんな事ないよ!とっても美味しかったよ」

 

「じゃあ今日も魚にする?」

 

「…」

 

「冗談よ。私も他の…たまには別の物食べてみたいし」

 

「そ、そうだろ?よし、行こう!アイテテ…」

 

「もう、無茶しないでって言ってるのに。ほら、私の肩を貸すわ…別に胸に触れても構わないわよ?」

 

「あ~…ワザとじゃないんだが、位置的にな…」

 

「その割には嬉しそうだけど…」

 

「すまん…」

 

「フフ…それ言うの二回目…いや、三回目かしら?」

 

 

 

暫く歩くと、切り立った岸壁へとたどり着いた。

彼女が指差す場所を見ると、浜辺に幾つもの漂流物が打ち上げられていた。その中には缶詰めや割れていない瓶が残っていた。提督は喜んで拾おうとしたが痛んだ体では思う様に運べず、結局彼女が一人で持ち帰る事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや~、こんなに落ちてるなんて。探してみるもんだな」

 

「…そんなに魚じゃないのが嬉しい?」

 

「そ、そうじゃないって。俺、まだこんな体だろ?少しは雲龍の負担減らしたくてさ」

 

「まぁ、そうね。正直役には立っていないかも」

 

「ぐっ…はっきり言うな…」

 

「でも私がいるじゃない」

 

「それは…そうだけど」

 

簡単な食事も終わり、彼は真面目な顔で尋ねた。

 

「それにしても、こんな島に人が住める小屋があるなんて。前に人が住んでいたのかな」

 

「そうみたいね。魚を捕まえる網もあったから、私も助かってるわ」

 

「そうか…深海棲艦が現れたんで人がいなくなったのかな。まぁお陰で寝泊まりできて助かるよ」

 

「そう言ってくれると嬉しいわ」

 

「あぁ…ところで鎮守府との連絡は、付きそうにないかい?」

 

「残念だけど、そういった物は…」

 

「…そうか。となると、誰かが救援に来てくれるのを待つしかないか」

 

「…来てくれるかしら?」

 

「え?」

 

「その…この辺りは深海棲艦が多いでしょ?だから、わざわざこんな所まで探しに来るかしら?」

 

「となると、この島で俺と暮らす事になるけど、雲龍はそれでもいいのかい?」

 

「私は別に構わないわ。私、大勢でいるのは苦手なの…でも一人は寂しいし。理想的じゃない?」

 

「おいおい…天城が悲しむぞ」

 

「そうね…とても悲しむでしょうね」

 

「あぁ。それに今頃鎮守府の皆も俺達を探してるだろうし。海からでも判る旗でもないか、明日もう一回探しに行こう」

 

「…そうね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝、いつもより早く起きた提督は、まだ寝ている彼女を尻目に小屋を出た。歩ける迄回復した彼は散歩がてらに浜辺に向かった。

貝殻を踏まない様に海辺を歩いていると、目の前で魚が跳ねるのが目に入った。

 

〈…雲龍はアレを毎日取ってきてくれたのか〉

 

何故か魚に好奇心をそそられた彼は暫く海を眺めていた。

 

〈何だろう…無性に雲龍の取ってきてくれた魚が食べたいな。俺、別に魚好きじゃないのに…〉

 

心境の変化に戸惑いながら、いつもの様に漂流物を漁っていると、機械の残骸だろうか鉄の塊が流れ着いていた。

 

〈何かの部品か…どこかで見覚えがある様な…ん?〉

 

錆びたエメラルド色の残骸の中に黒い物が混ざっていた。見た目の割には重いがほとんど新品同様の、まるで誰かがついさっき置いていったかの様な棒だった。

 

〈少し短いけど…これにシャツでも括り付けて旗にでもすれば誰かが見付けてくれるかもしれない〉

 

提督は意気揚々と小屋へと引き返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう、姿が見えないからびっくり…それ、どこで見つけたの?」

 

提督が小屋に戻ると、何やら心配した顔付きの彼女が駆け寄ってきた。

 

「少し遠出してね、そこで見つけたんだ。深海棲艦に襲われた船の残骸じゃないかな」

 

「そう…気を付けてね。あなたはまだ…治っていないんだから」

 

「心配し過ぎだって。雲龍の魚のお陰で治りが早いんだ。なぁ…もし面倒じゃなきゃ、また取ってきてくれないかな」

 

「いいけど…フフッ、もう魚は飽きたんじゃないの?」

 

「あ、あぁ。俺もそう思ってたんだが、急に恋しくなってね。雲龍が取ってきてくれたからかな?」

 

「もう…しょうがないんだから。じゃあ、いい子にしてるのよ?」

 

「はいはい、ちゃんとお留守番してますよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん、旨い!魚がこんなに旨いなんて思わなかったよ」

 

「褒めてくれるのは嬉しいけど…火で焼いただけよ?」

 

「雲龍が取ってきてくれたから美味しいのかな。料理は愛情って言うからね…アイテテ」

 

「ほら、まだ治ってないんだから…仕方ないわね」

 

「お、おいおい」

 

彼女は提督の後ろに座ると彼の体を強引に引っ張り寄せた。彼の頭を胸の谷間に押し込むと、魚を彼の口元へとゆっくり運んだ。

 

「う、雲龍…」

 

「大丈夫よ、私が食べさせてあげるから。ハイ、ア~ンして」

 

「子供じゃないんだから」

 

「いいのよ、ママがやってあげますからね」

 

「…雲龍って、意外と世話好きなんだな」

 

「そうかもしれないわ。私こう見えて駆逐の娘に懐かれてるのよ。それにね?…恥ずかしいんだけど、私、子供が欲しかったの」

 

「俺、もうすぐ三十路だぞ…子供にしちゃ老けてないか?そういえば雲龍って造られて何年…あ、熱い!雲龍、そこ口じゃない!」

 

「そんな話する子、ママ嫌いよ」

 

「わ、分かったって!…もうちょい下」

 

「ねぇ、この間言ってたわよね。あなたとこの島で暮らす事になったらどうするって」

 

「そういえば言ったな。本当にそうなりそうで不安だよ」

 

「どうして?私といるのはイヤ?」

 

「そうじゃない。雲龍だって鎮守府に帰りたいだろう。…まぁ雲龍が側にいれば食事の心配はなさそうだけど」

 

「そうよ、もしそうなっても私がいるわ。いっぱい甘えていいのよ?」

 

「う~ん…子供だったら素直に嬉しいんだが…俺は大人だからなぁ」

 

「…そうね、ママ相手にこんなになってる悪い子だものね」

 

彼女はスッと、彼の股間に手を滑らせた。

 

「お、おいっ!」

 

「あらあら、オマセさんね。イケナイ子」

 

「勘弁してくれよ…俺も男だから、こんな事されたらなぁ…」

 

「ウフフ…ママの胸はそんなに気持ちいい?」

 

「…雲龍」

 

「アン♪ダメよ、ママに何する気?ウフフ♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝、いつもの様に浜辺へやってくると彼女は何やら考え込んでいる様だった。

 

「どうしたんだ?」

 

「少し島の周りを探索してみようと思うの。まだ船の残骸が残ってるかもしれないから」

 

「俺も行こうか?」

 

「あなたはここで探してて。もし敵が現れたらすぐ逃げてね」

 

「あぁ。一人で大丈夫か?」

 

「この島には危険な敵はいないわ。それに坊やを一人残して沈めないわ」

 

「それは確定なのか…」

 

提督をからかう様に手を振ると、彼女は浜辺に沿って歩いて行った。

 

〈敵に遭わなきゃいいけど…〉

 

彼女を心配しつつ、提督は漂流物を漁り始めた。

 

 

 

 

 

 

〈これも使えそうだな〉

 

彼女と別れて数十分程。

漂流物を漁っていた提督は、気が付けば元いた浜辺からかなり遠くまで来ている事に気付いた。

ふと、壁の様な岸壁の向こうから煙が上がっているのが目に入った。

 

〈煙…雲龍か?他に人がいるのか?〉

 

と、その時、岸壁の向こうから海を滑る様に二つの影が躍り出た。

 

〈あれは…艦娘?助けに来てくれたのか?〉

 

提督は二人に気付くと彼女達を呼び止めるべく、大声を張り上げた。

 

「おーい!待ってくれ!ここだ!」

 

彼の叫びに気付いた二人は彼の顔を見ると一瞬固まった。

 

「君達は確か…神通と春雨だったかな…あ、おい!」

 

神通と春雨の二人は、彼の顔を一瞥すると何もなかった様に再び海を滑り出した。

 

「お、おいっ!どこへ行くんだ?待ってくれ!」

 

痛む体を引きずりながら彼女達を追って海へ入るも、二人は既に海の水平線へと消えていた。

 

〈どうなってるんだ…俺の鎮守府の艦娘じゃないから俺が判らなかったのか…?〉

 

不審に思いながらも、彼は煙が上がる岸壁へと向かった。そこには座礁した船の残骸が音を立てながら燃えていた。

 

〈これは…俺の乗っていた船の一部…?それにこれは硝煙の匂い?まさかアイツらが撃ったのか?〉

 

再び海を振り返るも二人の影も形もある訳もなく、彼は帰路に就く事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「艦娘が…?」

 

「ああ。顔を知ってる訳じゃないが、あれは川内型と白露型の艦娘だったと思う」

 

提督は先程の出来事を興奮気味に語った。それを聞いている彼女は今一つ信じていない様で、些か言葉に詰まっている様だった。

 

「疑う訳じゃないけど…本当に艦娘だったの?」

 

「おいおい、仮にも俺は鎮守府を任されている提督だぞ。その俺が艦娘を見間違うと思うのか?」

 

「でも…私も島の周りを見て回ったけど、艦娘は…」

 

〈艦娘…?艦娘を見たって…もしかして…〉

 

「それに俺の乗っていた船の一部が流れ着いていたんだが、ついさっき壊されたみたいな感じで…アイツらがやったとは思いたくないが…」

 

「…」

 

「もしかして俺をこの島に住んでる人間だと思ったのかな」

 

「その娘達、駆逐の娘だったのよね?あなたにいやらしい事されると思って逃げたのかしら」

 

「冗談はよしてくれ…それに軽巡ならともかく、駆逐の娘は…そんな邪な目で見た事はないよ」

 

「そうね、坊やはママの事がだ~い好きだものね」

 

「…はっきり違うと言えないのが何とも…」

 

「ここには私達しかいないんだから、恥ずかしがらなくてもいいのよ?ほら、こっちに来て。ママと一緒に寝ましょうね」

 

「…ああ」

 

まるで催眠術にでも掛かった様に彼女の胸に顔を埋めると、彼女も彼の頭を撫でながら横になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、いつもの様に彼女が出掛けるのを見計らって、彼は船のある場所へと向かった。昨日は気が動転していたが、もしかしたら無線が使えるかもしれない、また艦娘達がやって来るのでは…?僅かな希望を抱き、彼は目的の場所へと辿り着いた。

 

〈やはり駄目か…〉

 

船に積んである機械や計器の類いは、どれも使い物に成らなかった。特に機械類は完全に破壊されていた。

 

〈これまた徹底的にやってくれたもんだ。これじゃ近くを通りかかった船に連絡を取る事は無理だな〉

 

以前は暫くすれば救援が来るだろう…そう楽観的に考えていた彼だったが、その考えが甘かった事を思い知らされた。

だが、彼の心に悲観的な気持ちは無かった。彼自身も不思議だったが、このまま雲龍とこの島で暮らすのも悪くない…そんな気持ちさえ芽生えてきていた。

 

〈どうしたんだ俺は…一日も早くこの状況を何とかしなきゃいけないのに…何でこんなに…〉

 

自身の心の揺らぎに驚いている彼の目に、ある物が写った。

 

〈あれは…深海棲艦!?〉

 

何人かの深海棲艦と思われる者達がこの島へと向かっている様だった。

 

〈ま、マズい、隠れないと!〉

 

壊れた船の船体からそっと離れようとしたが、運悪く船の一部が砕け海に落ちた。その音を聞き付けたのか、深海棲艦の一人が彼に気付いた。彼女、軽巡棲鬼が真っ直ぐにこちらへ向かって来ると、他の者達もその後に続いた。

 

「し、しまった!くそっ!」

 

「そこにいるの!?」

 

「う、雲龍か?」

 

彼が浜辺に上がると、息を切らせた彼女が岸壁から顔を出した。

 

「やっぱりここにいたのね」

 

「そ、そんな事より大変だ。深海棲艦に見つかった!」

 

「ええ、解ってるわ。あなたはここから離れて」

 

「ひ、一人で戦う気か?無茶だ!」

 

「フフッ、大丈夫よ。私こう見えても凄く強いんだから。それに軽巡と空母、駆逐艦が数隻なら…どうって事ないわ」

 

「だ、だが…」

 

「でもあなたがここにいると巻き込んでしまうわ。私の姿が見えない位、遠くに行ってちょうだい」

 

「わ、分かった!沈むなよ!」

 

「大丈夫、私を信じて」

 

彼にウインクすると、彼女は海へと向かった。提督も彼女の邪魔をしない様にと、その場から走り出した。全力で走り、息切れに一呼吸しようと立ち止まった時、海の方角から砲撃と爆撃が入り交じった音が彼の耳に届いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから一時間も経った頃、提督は再び海へと向かった。

海から砲撃の音は聞こえず、戦いはひとまず終わった様だ。どちらが勝ったのか、もしや彼女が負けたのでは?そんな不安に駆られた彼は一目散に海へと走った。

 

「…う、雲龍!」

 

「…心配して来てくれたの?ありがとう、私は平気よ」

 

浜辺の周辺からは焼け焦げた硝煙の匂いが漂っていたが当の彼女はどこ吹く風、まるで戦闘など無かったかの様に涼しげに佇んでいた。

 

「ひ、一人で退けたのか…」

 

「言ったでしょ?私、こう見えても強さだけは自信あるの。私を倒したいなら一個艦隊は…あっ」

 

「無事で良かった…本当に良かったよ…」

 

「…ごめんなさい、心配掛けて…でも安心して。あなたを置いて沈んだりはしないから。約束よ」

 

「…フフッ、本当ならそれは男のセリフなんだが…こんな抱き着いた状態で言っても説得力ないな…」

 

「そんな事ないわよ。坊やを守るのはママの仕事だもの…あなたは何も言わずに甘えていればいいのよ…こうやってね」

 

「…それも悪くないか」

 

抱き着いた自分の背中を、彼女はさらに強く抱き締める。感情が混もっているのか少し痛い位に感じたが、その痛さをもう少し味わっていたいと、彼は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜、いつもの様に食事を取っている最中だった。

 

「ううっ…」

 

「どうしたの?」

 

提督は急激な頭痛に襲われ、その場へ突っ伏した。

 

「な、何だか…気分が悪いんだ…」

 

「そう…大丈夫よ、私がいるから」

 

「ああ…」

 

彼女がソッと彼の頭を撫でると、彼は急に眠気に襲われ、深い眠りへと落ちて行った。

 

 

 

 

 

 

 

「うう…」

 

「ハァハァ…」

 

「ぐああっ…!」

 

その日は一晩中熱が引かず、彼は身体中に妙な痛みが走るのを感じた。それを見守る彼女は少しでも痛みが和らぐ様にと彼の手を握り続けた。

痛みが引いた頃、彼の手を握りながら眠ってしまった彼女に彼が気付くと、朝の日光が小屋に降り注いでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう大丈夫?」

 

提督が小屋の外で体を伸ばしていると、たった今起きたのか、まだ寝惚け眼の彼女が心配そうに彼の顔を覗き込んだ。

 

「ああ、心配掛けたな。でも大丈夫、自分でも不思議な位気分が良いんだ。まるで生まれ変わったみたいだ」

 

「フフッ、あながち間違っていないかも」

 

「…ああ、それと雲龍…俺、考えたんだが…」

 

「…!!」

 

彼が言い終える前に、突如彼女は彼を庇う様に立ちはだかった。

 

「う、雲龍…?な、ア、アイツは…!?」

 

雲龍の肩越しに顔を出すと一人の深海棲艦が二人を睨んでいた。大破でもしているのか所々服が破れ、露出した手足にも赤いヒビが痛々しく浮かんでいた。

 

「ヨクモ…ヨクモ…ッッ!!」

 

「あ、あいつは…確か飛行場姫…?雲龍!」

 

「昨日撃ち漏らしたみたいね。あのダメージだからもう来る事はないと思ったのだけど…」

 

「アイツ、まだやる気だぞ」

 

「ええ、少し離れていて。私も艤装を出すから」

 

「あ、あぁ!」

 

彼が離れると、彼女の周囲に黒く巨大な霧が現れた。やがてそれは徐々に形作り、まるでそれ自体が一つの基地の様な砲台が現れた。

 

〈う、雲龍の艤装って、あんなだったのか?確か雲龍は空母だった筈…あれじゃまるで…〉

 

「ユルサナイッ!ヨクモ…ヨクモ…ッッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テイトクトウンリュウネエサマヲッ

 

 

 

 

 

 

 

 

〈な、何?…提督って…〉

 

殺気立つ飛行場姫の周囲から、無数の黒い艦載機が放たれた。

 

「うわっ!」

 

空を舞う艦載機達が一斉に反転し、二人に襲い掛かるが、それを察知した彼女が提督の前に立ちはだかり、その攻撃を一身に受けた。

 

「くっ!」

 

「う、雲龍っ!」

 

流石に正面からこれだけの攻撃を受けたのはキツいのか、彼女は片膝を突いた。

 

「この至近距離は流石に堪えるわね…でも、次は私の番よ」

 

「クウッ…!」

 

彼女の巨大な砲台が目の前の敵を捉えた。最早逃げる事も出来ず青ざめる飛行場姫に、無慈悲な一撃が放たれた。

辺り一帯を吹き飛ばす爆風が周囲に広がった。

 

「うわああっ!」

 

「大丈夫よ!」

 

彼女が提督の体をしっかり掴んで爆風から身を守った。やがて煙が晴れると、その攻撃をまともに喰らった飛行場姫が、最後の力で立ち上がろうとしていた。

 

「ゴメンナサイ…ウンリュウネエサマ…カタキヲウテズ…テイトクヲ…トリモドセマセン…デシ…タ…」

 

飛行場姫は力尽きその場に倒れると、その体は霧の様に消えて無くなった。

 

「まだこれだけの力が残っていたなんて…大丈夫?怪我はない?」

 

「あ、ああ。なぁ、雲龍…今その深海棲艦、雲龍と提督をって言わなかったか?

 

「どういう事だ?…何故、深海棲艦のそいつが俺達の仇を討とうと…?まるで俺達の方が深海棲艦みたいじゃないか…

 

「そ、それに雲龍…お前…その姿は…」

 

気が付けば彼女、雲龍はついさっき迄とは違う姿に変貌していた。

腰まで届く白い髪、額に生えた黒いツノ。所々に生えた牙の様な塊、そして白く変貌したその肌…。

 

「何?私の姿…どこか変かしら?」

 

「いや…別に…」

 

「フフッ、おかしな坊や♪さぁ、いらっしゃい」

 

「…ああ」

 

〈雲龍の姿…まるで深海棲艦じゃないか。確か…港湾水鬼だったか…じゃあ俺の敵なのか?いや、違う…雲龍は俺の味方だ…

 

〈それに…雲龍が深海棲艦だったら何だっていうんだ…そうだ…艦娘の方こそ俺達の敵じゃないか…

 

〈そうだ…アイツらは敵なんだ…俺達、深海棲艦が倒すべき…邪魔な敵なんだ…

 

〈そうだ…そうなんだ…〉

 

〈……〉

 

両腕を広げる彼女に吸い込まれる様に抱き締められると、彼は今自分が何を考えていたのか、もうどうでもよくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

驚いたわ…

最後の最後で元通りになるなんて。

でも、もう何の問題も無いみたいね。

 

あの日、私の島に雲龍と言う名の艦娘が現れたのが全ての始まりだったわね。

こんな所に一人で来るなんて、そんなに沈みたいのかしらと思ったけれど…成る程…彼を庇ってこの島に辿り着いたわけね。

でも…人間が私達の世界で生きていける訳がないし、海にでも捨ててこようと思ったけど…彼を見て気が変わったわ。

何かしら…酷く弱っている彼を見ていると…母性本能とでも言うのかしら…彼を助けたい…何でもしてあげたい気持ちが芽生えてきたわ。

 

私は彼の命を救う為に色々試してみたわ。その中でも一番効果が合ったのが、私の体の一部を体液にして彼に飲ませる方法だったわ。

彼が目を覚ます迄、毎日口から私自身を注ぎ込んで…彼が目を覚ましてからは魚に混ぜて彼に与えて…。

一時は助からないかと思ったけど、彼は徐々に回復していったわ。

 

それに…嬉しい誤算もあった。

彼が目の包帯を取りたいと言った時、私はいざとなったら彼を殺してしまおうと考えていた。

ところが、どういう訳か彼には私が艦娘に…彼が一緒にいた雲龍とやらに見えているらしかった。

これには私も驚いたわ。

もしや…私の一部が彼の体に入った事で私が同族に見えるのでは…?別にそこまで想定していた訳じゃないけど…面白い事もあるものね。

 

それに…私が艦娘に見えるだけじゃない。その逆も…艦娘も深海棲艦に見えるみたいだった。

万が一にも、この場所が判らない様に…彼が鎮守府に連絡が取れない様に、私は部下の軽巡棲鬼と駆逐棲鬼に船や無線の類いを見つけたら破壊しろと命じておいた。

運悪く彼はその場を発見してしまったみたいだったけど、彼には二人が艦娘に見えていた様だった。

彼が雲龍の…私が倒した艦娘の艤装の一部を持ち帰って来た時はびっくりしたけど…。艤装も破壊しておくべきだったわね。後でもう一度確認しておかなきゃ。

 

そして、偶然にも彼を発見した軽巡と空母…確か天城って言ったわね…彼には深海棲艦に見えていたらしいけど、恐らく彼を探しに来ていた艦娘でしょうね。

ちゃんとトドメを刺しておくんだったわ。お陰で彼に私の艤装を見られちゃったじゃない。

…でも、それも心配無かったわね。彼はまだ気付いていないみたいだけど、もう彼の体は完全に深海棲艦(私たち)に変化してるわ。

もう彼には私が元の…本当の港湾水鬼(わたし)に見えてるみたいだけど、それを受け入れたのがいい証拠。

でも、それを知ったらきっと悲しむでしょうね。それは私も見たくないわ。そうね…この事は内緒にしておきましょう。

 

そうよ、言う必要なんてないわ。

彼には…坊やには私がいればそれでいい。

ここにいる限り誰も手出しはできない。

ずっと私が守ってあげるわ。

あなたはずっと…私の胸の中にいればいいのよ。

ねぇ…そうでしょ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ…さっき何か言おうとしていたみたいだけど?」

 

「そうだったっけ…?もう思い出せないよ…」

 

「そう…じゃあもう鎮守府なんかに帰らないで…ずっとママと一緒にいてくれる?」

 

「鎮守府…?もうどうでもいいよ…俺はずっと雲龍と…ママと一緒にいたい…」

 

「ウフフ…そう言ってくれると思ったわ。ほら、あなたの大好きなママのおっぱいよ。アアン…♪もう、そんなにがっつかないの♪ママは逃げたりしないわよ。

 

「これからは全部ママが面倒見てあげるからね…だからず~っと…ママと一緒にいましょうね…

 

「可愛い可愛い…私の坊や…」

 

もう彼は自分が誰かのか…何故ここに居るのかさえ忘れていた。

ただ一つだけ覚えている事があるとすれば…

彼女が自分の愛しい母親である事だけだった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




以前書いた港湾棲姫の話を書き直すつもりだったんですが、途中でアイデア思い付いたのでこうしました。13話消すのも勿体ないし、棲姫じゃなく水鬼だったらのIFルートって思って下さい。

関係無いですが、誤字の報告等いつもありがとうございます。打ち間違いは読み直して気付くんですが、漢字はこれかな?って探り探りやってるので…。










艦娘型録

提督 別に大きければ良いって訳じゃないんです。小さくてもそれはそれで。でもアレは反則だと思うんです。何ですかアレは。胸元全開でスイカ並みじゃないですか…。これに抗える男はいるの?これが…バブみか…。

港湾水鬼 その…触るのはいいのよ、触るのはね…私も嫌いじゃないし。でもね…引っ張るのは痛いから、止めてくれると…ママ嬉しいかな♪

雲龍 やだっ…私の出番、少なすぎ…?

天城 え~、私こんな風に見えてるんですか?そりゃあ改で和服から一気に露出上がってますけど…あそこまでじゃないと思うんですよ。飛行場姫さん…でしたっけ?そんなに似てるでしょうか…。








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メールシュトロームの中心

フタタビ…コノ話ヲ…
閲覧…シタイノカァ…!?
キサマラガ…ッッ…!

(またこの話を読んでくれるの?
中枢棲姫カンゲキ!!リメイクしたから
ゆっくりしていってネ!)訳:戸田 奈津子

新しい話はこの次に出すので許して下サイヤ人。深海チームは中々出せないので、書いてて楽しくなってしまいました。



「うう…提督…逃げて…」

 

至る所から火の手が上がり、遠くの海では砲撃音が鳴り響いている。そんな中に一人の男が佇んでいた。

苦しそうに地面に這う女が、彼に手を翳した。

だが、そんな彼女の声は届いていないのか、彼は辺りを右往左往するばかりだった。

やがて彼女に気付いたのか彼が駆け寄ろうとすると、その瞬間を待っていたかの様に、目の前の海に一斉に水柱が上がった。そしてその中から現れた、人であって人ではない者達。

二つのツノを生やした黒いドレスの者。

小さなツノに足まで達する白髪の者。

白い髪に重々しく光る黒い鎧を着た者…。

彼女達を筆頭に十数人の女達が妖気を放ちながら、男を取り囲んだ。

男は慌てて懐から銃を取り出した。

 

辺りに銃声が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう一日…いや、二日か」

 

浜辺の横倒しされた丸太に座る男が、海を見ながら呟いた。

 

〈今頃、鎮守府の皆は俺を探してるだろうな〉

 

「食べ物ヲ持ッテキタ…」

 

彼は背後に人の気配を感じた。

その声に振り返ると、黒い袴の様な服を着た少女、駆逐古鬼が大きな箱を抱えていた。少女は男の前に箱を置くと背を向けた。無言で立ち去ろうとする少女に男は声を掛けた。

 

「俺を殺さないのか?」

 

〈…そんな命令は受けていない〉

 

彼女、駆逐古鬼はさっきと違って一言も発していない。だが彼の頭にはっきりと彼女の声が響いた。彼女達深海棲艦は海で生まれた生物の為か、人間には無い能力を持っている様で、このテレパシーもその一つらしい。

 

「良かったら一緒に食べないか?一人の食事は寂しくてね」

 

彼は肩をすくめ、おどけて見せたが、少女は顔色一つ変えず彼の顔を一瞥した。

 

〈…それはオマエが食べる為に持ってきた。私が食べる訳にはいかない〉

 

「そうか…ダイエット中だったかな?」

 

〈…だい…えっとって…何だ?〉

 

「一緒に食べてくれたら教えるよ」

 

〈…〉

 

少女は背を向けると海に姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼はある鎮守府で提督を務めていた。

これと言って評価も高く無いが、上手く艦娘達を纏め評判も悪くなかった。

戦いは均衡状態を保ち一進一退を繰り返していたが、ある日それは一変する。

ある日から彼の艦隊は、(ことごと)く勝利を手にする事になった。一度ならまぐれかもしれない。だが彼の作戦は面白い様に成功し、着々と海域を拡げていった。

人も艦娘も、なまじ勝ちが続くと慢心するもので、いつしか自分達は強いのだと信じて疑わなくなった。

 

ある海域に敵が集結しているとの報を受けた提督は、主力艦隊をその海域に向けた。

だが、いざ戦いが始まると敵はまるで戦う意思が無いかの様に散り散りに逃げ出した。

何はともあれ勝利に沸き返る艦娘達の下に、悲痛な無線が届いた。

 

『鎮守府襲撃!!』

 

その時になって初めて艦娘達は気付いた。これが連中の狙いだったのだと。

艦隊は全速力で鎮守府に帰還した。幸いにも鎮守府は大した被害も無く艦娘達も安堵したが、その彼女達を迎える者は姿を現さなかった。彼女達はすぐに理解した。

 

提督は拐われたのだと。

 

鎮守府で報告を待っていた提督は、予想外の知らせを受けた。鎮守府近海に敵が現れたと。

主力のほとんどが出払っている鎮守府は容易に侵入を許し、あっと言う間に占拠された。逃げようとした提督は、黒い影を見たと思った瞬間、意識が途切れ、気が付けば無人島に寝ていた。

目を覚ました彼に一人の少女が近付いてきた。駆逐古鬼だった。当然身構えた提督だったが、彼女は自分に危害を加える気は無いらしい。それどころか日に何度か水と食料を置いていく。途方にくれながらも彼は、どうやってこの島から脱出するか思案を巡らせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

駆逐古姫は些か不機嫌だった。

部下の駆逐古鬼と共に待機していた彼女は、鎮守府を一気に攻め落とすつもりでいた。ところが戦艦棲姫からの命令は彼女が想像すらしない事だった。

 

『艦娘達を束ねる提督を拐え』

 

血気に逸る駆逐古姫だったが、まさか命令に背く訳にもいかず、提督を拐うことに成功した。

駆逐古鬼に予め用意させた島に彼を囲うと、後は何もしなくていいと告げられた。

 

〈一体何で、あんな人間を…〉

 

ふと浜辺を見ると、彼女に付き従う駆逐艦が集まっていた。

 

「くそっ…!!」

 

駆逐古姫が左手に持つ鬼の様な艤装で乱射すると、駆逐艦達は慌てて海の中へ潜って行った。

 

「あの…」

 

「…ん?」

 

駆逐古姫が振り返ると、彼女と全く同じ姿の駆逐古鬼が立っていた。

 

「食事を…運んで来ました」

 

「…そうか」

 

駆逐古鬼は一礼すると、その場を去ろうとしたが、何かを思い出したかの様に足を止めた。

 

「古姫サマ…一つ聞きたい事が…」

 

「聞きたい事…何だ?」

 

「だい…えっと、とは何ですか?」

 

「何だそれは…あの御方にでも聞いてみればいいんじゃないか?」

 

「…!この島に…来て!?」

 

「今頃、あの人間に…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オマエ達は…」

 

食事を終えた提督がその場を立ち去ろうとすると、再び波の音が上がった。てっきり駆逐古鬼が引き返して来たのかと思い振り返ると、そこには三人の女が立っていた。

白い長髪を片方で束ね、黒いセーラー服の様な物と黒い甲冑を着けた者。

黒い長髪、額に二本のツノを生やした黒いドレスを着た者。

そして、その後ろに立つ、三人の中で最も強大な存在感を放つ者…。

 

「オマエが…俺を連れて来たのか」

 

〈そうだ…〉

 

提督の頭に透き通った女の声が響いた。

手前の二人、空母棲姫、戦艦棲姫は(うやうや)しく道を開けると、彼女は提督の前に進み出た。

足元まで届く白い髪、一糸纏わぬ均整の取れたその姿に一瞬提督は見とれたが、よく見れば規則的に空いた縫い目の様な隙間から紅い光が漏れている。

その少女の様な顔を上げると、彼女は口を開いた。

 

〈私は中枢棲姫…オマエ達がそう呼ぶ者だ…〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日以来、彼女、中枢棲姫は毎日の様に提督の元を訪れた。提督も、最初は戸惑っていたが、彼女に敵意が無い事…少なくとも自分を殺すつもりは無いのだと知ると、次第に彼女の話に耳を傾ける様になった。

 

「…じゃあ、俺を殺すつもりは無いんだな?」

 

〈そのつもりなら、最初から拐ったりはしない〉

 

〈頭の中に声が響く…凄いな〉

 

「…人間ノ様二、口デ話シタ方ガイイカ?」

 

「い、いや、そうじゃなくて。まだ慣れないだけだから」

 

〈そうか…人間は不便だな〉

 

「まぁ、その美声が聞けないのは残念だが…」

 

「ヤハリ口デ…」

 

「い、いや!さっきので頼むよ」

 

〈そうか…〉

 

〈声はいいけど、カタコトなんだよな…〉

 

「そんな事より…どうして俺を拐ったんだ?何か聞き出したいのか?」

 

〈そうではない…。ただ、言っても理解できないかもしれない。私自身でも解らないのだから〉

 

「自分でも…解らない?」

 

〈それについては…追い追い話そう。ここから逃げ出そうとしなければ危害は加えない〉

 

「そんな心配は無用だよ。泳ぐのは得意じゃないし、アイツらが水遊びは駄目だとさ」

 

提督は目の前の海に目を向けた。そこには巨大な魚の様な敵駆逐艦、兜の様な黒い化け物の口元からそっと顔を出し、こちらを伺う潜水艦達で溢れかえっていた。

 

〈アイツらにはオマエの護衛を命じてある〉

 

「護衛…ここにはお前の部下しか居ないだろう?」

 

〈オマエを取り返すそうとする奴らが来るかもしれない〉

 

「…面倒掛けて、すまないな」

 

〈食料は足りているか?何か必要な物があれば部下に持って来させよう〉

 

「そうだな、鎮守府と連絡を取る無線が欲しいかな」

 

〈構わない〉

 

「…本気か?」

 

〈だが、そんな事をしなくても私が直接伝えに行こう…部下を全員引き連れて〉

 

「…暫く休暇も悪くないか」

 

〈…この島にある物は好きにしていい〉

 

「そうか。請求書は鎮守府に廻しといてくれ」

 

〈フッ…もう代金は貰っている〉

 

「…え?」

 

〈…今日はもう帰ろう。明日、また来る〉

 

「あ、ああ」

 

中枢棲姫は立ち上がると、黒い獣の様な艤装に乗り海へと消えて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中枢棲姫が自身の島へ戻ると、戦艦棲姫と空母棲姫が彼女を出迎えた。いつもなら特に用も無ければここへは来ない二人が揃っている事に彼女は疑問を感じた。

 

「どうかしたのか?」

 

「いえ…」

 

「姫、聞きたい事があります」

 

「ん?」

 

二人の後ろに一人の少女が立っていた。駆逐古姫だった。

 

「こ、こら!」

 

駆逐古姫の姿を見た空母棲姫が彼女を手で制しようとするが、彼女は構わず口を開いた。

 

「あの人間をどうするつもりですか?」

 

「…どうもしない」

 

「今ならアイツの鎮守府は弱体化しています。一気に攻めるべきです!」

 

「駆逐古姫よ、姫はその必要は無いと言っている」

 

「な、何故です!私と空母棲姫(アナタ)が一緒に攻めれば…!」

 

「アナタにもいずれ解るわ…あまり嬉しくはないけれど」

 

「…?戦艦棲姫、それはどういう…ハッ!」

 

「…」

 

途中まで言い掛けた駆逐古姫だったが、背中を向ける中枢棲姫に無言の圧力を感じ、それ以上話すのを止めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やぁ、今日もいい天気だね」

 

朝、提督は起きると必ず島の海岸へと向かう。すると、それを待っていたかの様にどこからともなく一人の少女、駆逐古鬼が彼に近付いてきた。

 

〈食事を持ってきた〉

 

「ありがとう。名前は…何て言うんだい?」

 

〈名前は…無い〉

 

「そうか。でも名前が無いと呼びづらいな。そうだな…不知火(しらぬい)って読んでもいいかな」

 

〈シラ…ヌイ?何だそれは?〉

 

「俺の鎮守府に居る艦娘の一人だよ。何と言うか雰囲気が似てると思ってね。嫌だったかな」

 

〈…シラヌイ〉

 

「お、気に入ってくれたみたいだな。じゃあよろしく不知火」

 

〈…ああ〉

 

「じゃあ不知火、一つ頼みがあるんだ」

 

〈何だ?〉

 

「良かったら一緒に食べないか?前も言ったけど一人じゃ寂しくてね」

 

〈…でも、それはオマエの〉

 

「一緒に食べてくれないと、不知火が飯を食べちゃったって言い付けちゃおうかな…」

 

〈わ、私はそんな事はしない!〉

 

「あ、インスタントのラーメンか。これ好きなんだよ。食べた事ある?」

 

〈…〉

 

「凄い美味しいんだよ。これ食べないなんて人生損してるよ」

 

〈…そんなに…オイシイの?〉

 

「ああ。食べないなら俺が全部食べちゃおっかな…」

 

〈…私も…食べる〉

 

「ハハ、嬉しいな。他の奴には内緒にしとくからさ、な?」

 

〈…うん〉

 

駆逐古鬼は内心釈然としなかったが、彼に言われるまま腰を下ろした。彼女は気付いていなかったが、その表情はどこか嬉しげだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈さっきまで駆逐古鬼(あの娘)が居た様ね〉

 

食事を終えた提督が砂浜を散策していると、彼を待ち構えていたかの様に中枢棲姫が立っていた。

 

「…やあ。今日は早いんだな」

 

〈そうか?少しいいかしら〉

 

「俺に拒否権は無いよ…」

 

そう言うと彼は砂浜に座った。暫く彼を見つめていた中枢棲姫も彼の隣へと腰を下ろした。

 

「なあ、前から思ってたんだが…一つ聞いていいか」

 

〈…何だ?〉

 

「お前達の…服って、誰が作ってるんだ?」

 

〈服…?部下達が着ている物か?〉

 

「ああ。その…一人一人違うから、自分で作ってるのかと思って」

 

〈私は着ないから解らないが…今度聞いてみよう〉

 

「いや…別にそこまでしなくてもいいが」

 

〈…私も着た方がいいか?〉

 

中枢棲姫の言葉に、提督は彼女の身体を眺めた。確かに所々人とは違いはするが、見た目は成人女性とほぼ変わりない。改めて見れば大きくはないが形のいい胸、締まった腰と、男なら思わず見とれてしまっても無理はなかった。

 

「い、いや…今のままの方が…嬉しい…かな」

 

〈…どうして胸を見るのだ?〉

 

「いや…見るなと言われてもなぁ」

 

〈私の仲間の中に胸が大きい者が居たが、一部の艦娘に目の敵にされていたと聞いた事がある。やはり不快なのでは…?〉

 

「そいつもしかして、帽子被ってる軽空母の艦娘じゃ…」

 

〈気になるなら隠そう…〉

 

「いや、別にそのままでも。ミロのビーナスみたいで綺麗だよ」

 

〈き、綺麗…私が…か?〉

 

「あ、ああ…」

 

〈…その、“びいなす”と言う者よりも?〉

 

「ウエストは負けてないんじゃないかな。ビーナスが見たら嫉妬するかもな」

 

〈そ、そうか…私は綺麗なのか…〉

 

彼女は言葉を反芻するかの様に何度もブツブツと呟き、暫くは提督の問い掛けも届いていない様だった。

その後、一時間程会話をすると、彼女は島を去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら…」

 

戦艦棲姫は目の前を歩く駆逐古鬼に目を止めた。彼女は中枢棲姫から提督の世話係りを任されており、今日も輸送ワ級に届ける食事を積んでいる様だった。それだけなら戦艦棲姫も気に止めなかったが、今日はいつもとは違う事があった。

 

「ねぇ、アナタ…彼の所に食事を届けに行くのよねぇ」

 

「はい、今から向かう所ですが…」

 

「それにしては…量が多いんじゃないかしら。彼に頼まれたの?」

 

「そ、そういう訳では…」

 

「…ねぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝、提督がいつも通り海岸に座っていると輸送ワ級が島に近付いてきた。だが、昨日とは違う事が一つだけあった。

 

「…今日はあの娘じゃないのか?」

 

〈“しらぬい”じゃなくてガッカリした?〉

 

「…聞いたのか?」

 

〈ええ…アナタとはずっと話したかったの。姫が来る迄の間だけどネ〉

 

「そうだな…まあ座れよ。何も無くて悪いな」

 

〈お構い無く…で、合ってるかしら?〉

 

戦艦棲姫は腰を下ろした。

 

〈ねぇ…アナタ、駆逐古鬼に何か言ったの?〉

 

「何かって…あの娘が何か言ったのか?」

 

〈あの娘、妙に食料を多く持って行こうとしたから、気になって聞いてみたのよ。そうしたらアナタと一緒に食べるからって〉

 

「あの娘が…?ああ、一緒に食べないかとは言ったが。まずかったかな」

 

〈そうじゃないわ。ただ…驚いてるのよ。私達と違って駆逐の娘達は人間が嫌いな娘が多いから。あの娘が自分からそんな事するなんて…〉

 

「そうか…それは嬉しいな。無理に付き合ってくれって言ったのは俺だ。叱らないでやってくれ」

 

〈そうね…じゃあ一つ聞かせてくれる?〉

 

「…何を?」

 

〈私って綺麗?〉

 

「…どうしたんだ急に」

 

〈アナタ、姫に聞いたんでしょ?私達の服って自分で作ってるのかって〉

 

「アイツ…本当に聞いたのか」

 

〈服は着ない方がいいとも言ったのよネ?〉

 

「…まあね」

 

〈じゃあコレは邪魔かしら?〉

 

「えっ!?」

 

戦艦棲姫は黒いワンピースの肩紐に指を掛けると、グイグイと引っ張ってみせた。指に引っ張られた衣服が大きく広がり、半分以上露出している胸元がこぼれ落ちそうになった。

 

〈ウフフッ♪どこを見てるのかしら?」

 

「悪かったな」

 

〈別に怒ってるんじゃないのよ。だってそうでしょ?私、人間の女に負けない位、綺麗って事でしょ?〉

 

「まあ…俺も驚いてるよ。深海棲艦ってのは、もっとおどろおどろしい化け物かと思ってたが、こんな美人揃いとはね」

 

〈び、美人?そ、そう…私、美人なの…。嬉しい事言ってるくれるわね〉

 

「ああ、そんな君に頼みがあるんだ」

 

〈ウフフッ、何かしら。ここから逃がしてほしいって頼み以外なら聞いてあげるわよ〉

 

「…暇潰しに雑誌でも欲しいな。ついでにモーターボートも」

 

〈雑誌…の方は用意させるわ〉

 

「そりゃどうも、陸奥(むつ)

 

〈ム…ツ…?〉

 

「ああ、すまん。ウチの鎮守府に居る艦娘だよ。何か陸奥と喋ってる様な気がして。嫌なら別の〈ムツ!!〉

 

「な、何だ?」

 

〈ムツ…そう、これからは私の事、ムツって呼んでちょうだい〉

 

「気に入ったのか?」

 

〈ええ。シラヌイって呼ばれて、あの娘とっても嬉しそうだったから。私も羨ましくてね〉

 

「分かったよ。まあ宜しく頼むよ、陸奥」

 

〈…!!ええ!…でも、そのムツって艦娘、気になるわね。一つ聞きたいのだけど…その艦娘と私…〉

 

「…もちろん君の方が綺麗だよ」

 

〈ありがと。モーターボートの件も考えておくわ〉

 

「そりゃどうも」

 

〈…ねえ〉

 

「今度は何だい」

 

〈私と中枢棲姫サマ…どっちが綺麗?〉

 

「…それは」

 

〈…!返事はまた今度でいいわ。それと私がここに来た事は内緒にしてね。じゃ〉

 

戦艦棲姫は彼の肩を掴むと、頬に口付けした。彼女は名残惜しそうに手を振ると、来た方角と逆の砂浜に消えて行った。

 

「…」

 

暫く呆気に取られていた彼だったが、目の前の海に人の気配を感じると、なに食わぬ顔で彼女を迎えた。

 

「おはよう…そりゃ本人の前じゃ聞けないわな」

 

〈…何の話だ?〉

 

「こっちの話だ、気にするな」

 

〈…?〉

 

中枢棲姫は彼の横に腰掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深海中枢泊地にある、中枢棲姫の居城。

本来なら彼女と数名の護衛しか居ない筈だったが、あいにく城の主は不在だった。本来なら自分達の領域ではない場所で、二人の女が顔を合わせた。

 

「あら、空母棲姫。こんな所で何をしているの?」

 

「べ、別にどうでもいいじゃない。そう言うアナタこそ、どうして?」

 

「ムツよ」

 

「…何?」

 

「私の事はこれからはムツって呼んでちょうだい」

 

「どうしたの急に…まるで人間みたいに」

 

「知りたい?」

 

「…ええ」

 

「う~ん、でも、これ言ったらアナタ怒るかもネ」

 

「…怒らないから教えてよ」

 

「そ~お?…やっぱりや~めた!」

 

「…」

 

「ちょっ…!そんな怖い顔しないでよ!…あの人間に名前を付けてもらったのよ」

 

「名前…?」

 

「そう。彼の艦娘の名前だけど、よく似てるって言ってたわ。まぁ、私の方が美人らしいけど♪」

 

「…アナタ…嬉しいの?」

 

「フフッ、ええ。だって、私の事を名前で呼んでくれるなんて…私が特別って事でしょ?」

 

「特…別…」

 

「中枢棲姫サマだって、まだ名前で呼んでもらってないのよ。…私達は姫サマに限り無く近い…身も心も。アナタもそうなんでしょ?」

 

「…」

 

「そういえば彼、退屈だから何か読む物が欲しいって言ってたわよ」

 

「…それがどうかしたの?」

 

「別に?言っただけよ」

 

「ねえ、ムツ…聞きたいのだけど…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…どうしたんだ、その…格好は」

 

翌朝、昨日の様に駆逐古鬼を引き止め一緒に朝食を取った後、入れ替わる様に中枢棲姫が現れた。

だが、彼女は昨日とは一つだけ違う事があった。外見だった。昨日までの彼女は、ゆたかな髪で覆われている事を除けば、一糸纏わぬ姿だった。ところが今日は、まるで戦艦棲姫と同じ様な黒いワンピースを身に纏っていた。

 

〈に、似合わない…か?〉

 

「い、いや…そんな事はないが…」

 

〈そ、そう…良かった〉

 

中枢棲姫は安堵の吐息を吐くと、彼の横へ座った。

 

〈あ、あまり見ないで…〉

 

「ああ…すまない。だけど、一体どういった風の吹き回しで…」

 

〈昨日、アナタに会った後、何故か無性に…その、身体を隠したくなったの〉

 

「それは…恥ずかしいって事か?」

 

〈解らない。ただ昨日、オマエは私の胸をしきりに見ていただろう〉

 

「そんな事は…」

 

〈そうか?私が目を反らす度に妙な視線を感じたが…〉

 

「うん、まぁ…すまん」

 

〈昨日は何とも思わなかったが…今日になって、なぜかその姿で行くのに躊躇ってしまって…

 

〈い、いや、私を見るなと言っているのではない。私が綺麗だから見たくなる気持ちは判る。ただ…その…身体を直接見られると思うと…急に…隠したくなって…〉

 

「うん…まあ、それが普通なんじゃないか」

 

〈そ、そう?私は今まで間違っていたの?〉

 

「いや…深海棲艦って魚とか鯨みたいな物だと思ってたから…」

 

〈我々をあんな単純生物と一緒にするな!〉

 

「わ、悪かったよ。…まあ、その割にはお前の部下の戦艦棲姫とかは普通に服着てるから、その…もしかして、そういった趣味なのかと…」

 

〈そういった…趣味?何だそれは?〉

 

〈うん…その…裸を見られて喜ぶタイプかと…」

 

〈…!!わ、私はそんな趣味は無い!!〉

 

「だ、だから悪かったって!本当に知らなかっただけなんだから、怒らないでくれよ」

 

〈見られて…わ、私がそんな事で喜ぶ訳が…〉

 

「分かってるよ。だから今日はそんな格好で来たんだろう?」

 

〈そうか…アイツらが身に纏うのは…そんな理由があったのか…知らなかった…〉

 

「まあ…そっちも似合ってるよ」

 

〈…オマエは何も着けない方がいいのか?〉

 

「え?い、いや…やっぱり服は着た方が…」

 

〈分かった。明日もこの姿で来る事にしよう〉

 

「そう…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中枢棲姫も帰り、海の水平線に夕日が沈み始めた。特にする事もなく、彼は少し早いが寝床に戻ろうとしていた時だった。波打ち際に大きな音を立てて一人の女が現れた。もちろん、こんな場所に人間が、まして独力で来れる筈もない。

空母棲姫だった。

彼女は自分の倍はある黒い鮫の様な艤装から降りると、恐る恐る近付いてきた。

 

〈す、少し用事があって来たの。迷惑だと言うなら…帰るわ〉

 

「迷惑じゃないが…今日は来客が多いと思ってね」

 

〈姫サマと…ムツが来ていたのね〉

 

「ああ。まるでホストになった気分だよ。今度から指名料でも取るかな」

 

〈お、お金を取るの?どうしよう…私、人間のお金は持ってない…〉

 

「い、いや冗談だよ。と言うより…行った事あるのか?」

 

「ムツに聞いた事があるの。その…下着一枚のオスが踊っていて…自分の側に来たらお金を…し、下着に挟むって〉

 

「…空母棲姫だったな。オマエ多分からかわれてるぞ」

 

〈…ええっ!?じ、じゃあお互いにお菓子を口に加えるポッキーゲームや、当たりの棒を引いた者の命令を聞く女王様ゲームも…で、出来ないのッ!?」

 

「いや、その位だったらするお店もあるかもしれないけど…て言うか、したいのか?」

 

〈フ、フザけないで!!私が人間相手にそんな事する訳ないでしょ!〉

 

「うん…だよな。俺もやりたいとか言われたらどうしようと思ったよ」

 

〈それはどういう意味?私とじゃイヤなの?〉

 

「いや…別にイヤじゃないけど…」

 

〈なぜ私とはイヤなの?ム、ムツとはしたんでしょ!?〉

 

「お前、もう少し人を疑う事を覚えた方がいいぞ」

 

〈そう…出来ないの…〉

 

「…そんな事より、用があって来たんじゃないのか?」

 

〈ハッ!そ、そうだったわ。その…ムツの奴に読む物を持ってきてくれと頼んだでしょ?彼女は艦娘の相手があるから、仕方なく…そう、仕方なく私が持ってきたの〉

 

「(嘘だな…)ありがとう、いい気分転換になるよ。陸奥にも礼を言っといてくれ」

 

〈持ってきたのは私よ?〉

 

「ありがとう…加賀(かが)

 

〈…!!私にも名前を付けてくれるの!?〉

 

「まあ…呼んで欲しいのかと思って」

 

〈フ…フフッ…カガ…か。悪くないわ。ちなみに…これも艦娘の名前なの?その…カガと言う奴は…どんな奴なの?…その…つまり…〉

 

「大丈夫、お前の方が可愛いよ」

 

〈…!そ、そう…私は…可愛いの…フ…フフ…〉

 

「…取り込み中悪いが、受け取っていいかな?」

 

〈え、ああ!ごめんなさい、この中に…〉

 

空母棲姫は、待機している艤装の口元を開かせると強引に腕を突っ込み、大きな袋を取り出した。

 

「(なんて所に…)じゃ、ありがたく…ってオイ!」

 

〈な、何?濡れてはいない筈だけど…〉

 

「そうじゃなくて…玉子倶楽部に雛倶楽部…男の俺にどうしろと…」

 

〈な、何?〉

 

「いや…これは子供がいる女性が読む物だ」

 

〈そ、そう!…これは私が貰うわね〉

 

〈なぜ?〉

 

〈後は…人間の裸が…写真って言うの?〉

 

「不謹慎な…でも一応目を通して…『ドキッ、男だらけの相撲大会!ポロリもあるよ♪』って、力士か!」

 

〈き、気に入らなかった?〉

 

「もしかして、これ買ったのって…」

 

〈ムツだけど「だと思ったよ!!」

 

〈ご、ごめんなさい。一応私も選んで持ってきたけど…〉

 

「深スポ、週刊渦潮…あぁ、こんなので良いのに」

 

〈…〉

 

「…?えっと…ありがとう、助かったよ」

 

〈…うん…〉

 

「…」

 

〈……〉

 

「か、加賀…どうして帰らないんだ?」

 

〈えっ!?女王様ゲーム、しないの!?〉

 

「い、いや…お菓子〈ここにあるわ!〉

 

「…じゃあ、する?」

 

〈ア、アナタがどうしてもって言うなら…付き合ってもいいけど…〉

 

「俺は別に…」

 

〈…明日から、シラヌイ来なくなるかも〉

 

「女王様ゲーム、やらないか?」

 

女王様ゲームは、なぜか空母棲姫だけが当たりを引き、彼が当たりを引く事は無かった。当たりの棒を見せろと詰め寄ると、ゲームは一方的にお開きになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝、目を覚ました提督は、浜辺へ向かおうと寝泊まりしている小屋を出た。すると入り口の脇に小さな女の子が座っていた。

 

「不知火…?」

 

「スウ…スウ…ハッ!」

 

シラヌイこと、駆逐古鬼はすっかり眠りこけていた様で、彼の言葉に慌てて立ち上がった。

 

「おはよう」

 

〈お…おは…よう…〉

 

「今日は随分と早いね。それにどうしてこんな所まで?」

 

彼の言う通り、いつもなら浜辺で座っているとシラヌイが現れる。そこで食糧をもらい、彼女と話しながらの食事が日課となっていた。

ところが今日は、彼女の方から彼の寝倉に訪れた。寝ていた所から察するに、彼が目を覚ますのを待っていたらしい。

彼女は寝ていた顔を見られたのが恥ずかしかったのか、少し顔が赤かった。

 

〈い、一緒に…食べようと思って…〉

 

「ありがとう。ここじゃ狭いから浜辺へ行こうか」

 

〈うん〉

 

彼女と共に歩きながら、提督は見れば見る程、彼女は不知火に似ていると不思議がった。

見た目、雰囲気、駆逐艦とは思えないオーラ。艦娘と深海棲艦は何らかの縁があるのだろうか?暇潰しに考えてみるのも悪くない、そう考えながら彼は腰を下ろした。

 

「今日は何を持ってきてくれたのかな?」

 

〈焼き魚…前にお箸があればって言ってたから作ってきた〉

 

「あ、ありがとう。覚えててくれたんだ」

 

〈それと…その…前に好きだって言ってたカップラーメン…持ってこれなかった…〉

 

「え…あ、いや別に気にしなくても」

 

〈その…人間の町には行ったの!で、でも…買い物の仕方が解らなくて…買えなかったの。御免なさい…〉

 

「い、いや…いいんだよ。…て言うか買い物行ったんだ。凄いな…」

 

〈『しゃしん、撮らせて』とか『ユー、私に着いて来なよ』とか一杯言われた。凄く怖かった…〉

 

「あ~…そら怖いわな」

 

〈お店で、これ欲しいって言ったら『西瓜(すいか)はお持ちですか?』って…。ムツさんから、これ渡せば買えるってお金貰ったのに…西瓜(すいか)と交換なんて聞いてない…騙された…〉

 

「あ~…それは、騙されたんじゃなくて、別の“スイカ”の事かと…」

 

〈私、“ぱすも”しか持ってないのに…〉

 

「カードの意味は理解してるのね」

 

〈だからムツさんが前にやってた事、マネすれば貰えると思ったの…〉

 

「前に?ムツは何をやったんだ?」

 

〈こう…しゃがんで胸の谷間見せて『オマケして?』って…〉

 

「アイツ絶対、前世は人間だろ」

 

〈でも、この服じゃ胸見えないってムツさんに言ったら、別のやり方教えてくれた〉

 

「…一応聞くけど、どんなやり方?」

 

〈『オマケして、お兄ちゃん』って言えば上手くいくって…〉

 

「もうアイツの言う事は聞かない方がいい」

 

〈そしたら、お金いっぱいくれた〉

 

「実践したんだ!てか、人間チョロいな!」

 

〈この魚、全部そのお金で買った〉

 

「今度は上手く買えた!少し感動したよ!」

 

〈シラヌイ…偉い?〉

 

「ああ、そのお陰でこんな旨い魚食えるんだから、感謝してるよ」

 

〈…ゥフフ♪〉

 

「お、初めて笑ってくれたね」

 

〈わ、笑ってない〉

 

「悪い事じゃないんだよ。深海棲艦でも女の子なんだから、笑ってた方が可愛いんじゃないかな」

 

〈シラヌイ…可愛いの?〉

 

「ああ、ウチに居る不知火も、この位可愛げがあればいいのに」

 

〈私…そのシラヌイよりも可愛い?〉

 

「ああ。だから次はラーメンもよろしくな」

 

〈うん!シラヌイ頑張ってみる。次はスイカも忘れない〉

 

「そこは忘れような。あと…さ、ちょっと頼みがあるんだけど…」

 

〈何?しゃしん?〉

 

「いや、それもいいけど…『不知火に落ち度でも?』って言ってくれないかな?」

 

〈いいけど…どうして?〉

 

「さっきも言ったけど、こっちの不知火にそっくりでさ。聞いてみたくなって」

 

〈…シラヌイに落ち度でも?〉

 

「おお…頼んでもいないのに、ツリ目も再現して…そっくりだ」

 

〈ホント?そんなに似てた?〉

 

「ああ…でも笑顔はこっちの不知火の方が可愛いかな」

 

シラヌイは突然立ち上がると、海へ走り出した。

 

「し、不知火!どうしたんだ!?」

 

〈待ってて!ラーメンいっぱい買ってくる!〉

 

「い、いやいいから!また今度で!」

 

〈待っててお兄ちゃん!〉

 

「それはもっとダメ!!」

 

この後、必死に買い物に行こうとするシラヌイに引き摺られ、海水をたらふく飲む羽目になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「古鬼…最近姿を見ないがどこに行ってるんだ?〉

 

「そ、それは…」

 

「…それは…あの人間の為の食料か。持っていけと言われたのか?」

 

「い、いえ…あの人間が…食事の時は一緒に居てくれると嬉しいと言うので…」

 

「…?命令ではないのか?」

 

「ひ、姫もあの人間は大事な人質だから大切にしろとおっしゃっています」

 

「それはそうだが…」

 

「で、では行って参ります」

 

「…」

 

〈おかしい…〉

 

駆逐古姫は妙な違和感に囚われていた。

元々彼女は物事を深く考えるタイプでは無いが、ここ数日の仲間達の変化に困惑していた。

あの人間、提督を拐った事も彼を人質にして艦娘達を攻撃するのだと思っていた。

ところが、主である中枢棲姫からそれ以上の命令はない。戦艦棲姫、空母棲姫の二人も事ある毎にあの人間の島に通っている。

妹の様な存在である駆逐古鬼も、自分には内緒であの人間との食事を楽しみにしている様にも見える。

 

〈あの人間は危険だ…ここに居るべきではない〉

 

中枢棲姫が何を考えているのかは解らない。だが、何を考えているにせよ、あの人間は自分達を変えてしまうのでは…。

駆逐古姫の焦燥感は日々募っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ…そろそろ聞かせてくれないか?どうして俺を殺さない?何の為に拐ったんだ?」

 

提督がこの島に来て早や三日目。

中枢棲姫は毎日彼の元を訪れる。彼は自分を拐った目的は、鎮守府や艦娘に関する情報を引き出す事だと思っていた。ところが話す事は差し障りの無い日常会話だけ。特に何かを聞き出そうともしない。

この数日で、彼も彼女の人となりを把握し始めた。痺れを切らせた彼は話の核心へと触れる事にした。

 

〈いいだろう…。だが前にも話したが、上手く説明できないかもしれない〉

 

「説明できない…?」

 

〈どこから話そうか…そうだな、私の部下に…オマエ達が港湾棲姫と呼ぶ者が居る。ある時、彼女は姿を消した。私はてっきり戦いで沈んだのだろうと思っていた。

 

〈ところがある時、部下から彼女がある島に居る事を知らされた。それだけなら驚きもしなかった。彼女は元々争いを好まなかったから、大方、争いに嫌気が刺しただけだろうと…。

 

〈私は…只の気紛れに、彼女の島を訪れてみた。…今思えば行くべきではなかったと後悔している〉

 

「…何かあったのか?」

 

〈その島には彼女を含めて三人が住んでいた。一人は仲間、そしてもう一人は…人間が〉

 

「人間って…もしかして、俺みたいに拐ってきたのか?」

 

〈それは判らない。だが本当に驚いたのは…彼女と一緒に居た仲間、北方棲姫だ〉

 

「その…”ほっぽちゃん”とやらが、どうかしたのか〈勝手に名前を付けるな…

 

〈彼女は…港湾棲姫が産んだ子供だ〉

 

「それがどう…え、ちょっと待ってくれ。それって…もしかして父親は…」

 

〈…その人間だ〉

 

「…!?」

 

提督は暫し唖然としていた。

彼女達、深海棲艦は人間の前に立ちはだかる天敵の様な物。確かに姿形は人を模してはいるが、明らかに人ではない。その深海棲艦と一緒に暮らし、あまつさえ子供をもうけるとは…。

そんな事が可能なのか。そもそも何故その港湾棲姫とやらはその人間を襲わないのか。何故その人間はそこから逃げないのか…。今の彼には幾ら考えても答えの出る事では無かった。

 

〈どうやら彼女…港湾棲姫は、その人間に強い愛着を示している様だった。私は…ほんの戯れに彼女に聞いてみた。『もし、その人間を沈めるとしたら?』と。彼女は敵意を剥き出しで私に言った。

 

〈『彼を沈めて、アナタも沈めます』とな…〉

 

「…」

 

〈私は驚いた。彼女の変貌振りに。一体何が彼女をここまで変えたのかと…〉

 

「…その人間が、何を考えて彼女と一緒に居るかは解らない。でも、お前みたいな美女にそんな事言われたら男冥利に尽きるな」

 

〈…私が同じ事を言ったら…嬉しい?〉

 

「『彼を沈めて』が無ければね」

 

〈私と沈むのは…イヤ?〉

 

「こうして話す事は出来なくなるけど、それでもいいのかい?」

 

〈それは…イヤね〉

 

「部下達も悲しむぞ」

 

〈フフッ、返って喜ぶかもしれない〉

 

「…どうして?」

 

〈直に解る…〉

 

「…そうか。ところで俺を拐った理由だが…」

 

〈理解できると思ったのだ〉

 

「理解…その、港湾棲姫の気持ちが、か?」

 

〈ああ…今なら彼女の気持ちが解る。…人間、オマエは恨むかもしれないが…私はお前を帰したくはない〉

 

「…」

 

〈その代わりと言っては何だが…もし望むなら、何でも言って欲しい。も、もちろん…この私でも…〉

 

「…フッ、もし子供が出来たら俺は海の王様になるのかな?」

 

〈オマエが望むなら…私はそれでも…〉

 

中枢棲姫は提督の掌に自分の手を重ねた。暫くは彼女の成すがままにさせていた彼だったが、やがて優しく彼女の手を振りほどいた。

 

〈あっ…〉

 

「少し…考えさせてくれないか?」

 

〈…明日、また来る〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「古姫様…何を?」

 

翌朝、いつもの様に彼と朝食を共にしようと駆逐古鬼が出掛けようとしていた時だった。駆逐古姫は輸送ワ級に積んだ食料を何故か下ろしていた。

 

「それは、あの人間に持って行く物です」

 

「…もう、あの人間の下へは行くな」

 

「…!何故です?姫の命令ですか?」

 

「オマエはあの人間に食料を届けると言ったが、ならなぜ一緒に食事をしている?監視しろとでも言われたのか?」

 

「そ、それは…」

 

「私が今から、あの人間の所へ行く」

 

「な、なぜ古姫サマが?」

 

「…あの人間を殺す」

 

「なっ…!そ、それは姫の命令ですか!?」

 

「姫もそうだが、戦艦棲姫も空母棲姫も皆おかしい…オマエもな」

 

「わ、私の何がおかしいのです?私は言い付け通り…」

 

「元々オマエは私と同じで、あの人間を連れてくる事に反対だった筈。それがどうだ、今やあの人間の下へ行く事を喜んでいるじゃないか」

 

「ひ、姫の…中枢棲姫サマの命令に背くのですか!?」

 

「私があの人間を殺せば、姫もオマエも目を覚ます。待っていろ、直ぐに正気に…なっ!」

 

駆逐古鬼が鮫の様な艤装を古姫に向けた。艤装が禍々しい口を開けると、彼女に狙いを定めた。

 

「オマエッ、な、何をしているんだッ!?」

 

「…そんな事させない」

 

開かれた口から放たれた砲撃に、駆逐古姫は海へと弾き飛ばされた。

 

「な、なぜ…?わ、私は…オマエの姉だぞ…」

 

「例え、姉サマでも…許さない。そんなの絶対に…ユルサナイ…!」

 

駆逐古姫は力尽き、その場に倒れた。

たった今迄、自分に憎しみを向けていた駆逐古鬼は食糧を拾うと輸送ワ級に詰め込み始めた。その瞳を見た駆逐古姫は理解した。もう彼女の頭の中に、自分など居ないのだと。

 

〈あんな人間…連れて…来なけれ…ば…〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよう、不知火」

 

〈今日は…アナタの好きなの持ってきた…〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈顔色が悪い様だが…具合が悪いのか?〉

 

「い、いや…そうじゃないんだが…」

 

翌朝、いつもの様に中枢棲姫が訪れたが、彼は表情が暗かった。いつもなら彼の方から話し掛けるが、今日の彼は心ここに在らずといった感じで、彼女の話に黙ってうつ向くだけだった。

 

「その…部下達が、どうしてるか気になってね」

 

〈オマエの部下の艦娘か…おそらく必死に探しているだろうな〉

 

「拐った本人に心配されたくなかったな…」

 

提督は海を見つめた。もちろん陸が…彼の鎮守府が見える訳でもでもない。

 

〈帰りたいの…?〉

 

「浦島太郎っておとぎ話知ってるかな。亀を助けた人間がお礼に竜宮城に招かれて、乙姫にもてなしてもらうんだけど…

 

「帰ろうとすると、玉手箱を貰うんだ。で、地上に戻ると何十年も経っていて、玉手箱を開けると老人になってしまうんだ。

 

「鎮守府に戻ったら誰も俺の事、覚えてないんじゃないかって怖くなってきてね」

 

〈その時はまたここへ来ればいい〉

 

「老人になるよりは、マシかもな」

 

〈…私が”おとひめ“では不満?〉

 

「そんな事はない。だから玉手箱は結構だよ」

 

暫しの沈黙が流れた。お互いに何かを言い淀んでいる様だったが、次に口を開いたのは彼だった。

 

「…一つ、提案がある」

 

〈なん…〉

 

彼は中枢棲姫の手に自分の掌を重ねた。

 

〈な、何故…どうして…て、手を…〉

 

彼女は彼の突然の行動に狼狽えたが、彼の手を振り払う事はしなかった。それどころか、気が付けば自分から彼の手を握り返していた。

 

「俺を鎮守府に帰してほしい。その代わり二つの事を約束する。一つはこの海域へは攻撃しない。

 

「もう一つは…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…もうそろそろ引き返さないと、お前はまずいんじゃないのか?」

 

翌朝、彼は戦艦棲姫と共に中枢棲姫の下を出発した。小さな舟に乗った彼は、戦艦棲姫の巨人の様な艤装に引かれ、海を進んでいた。

 

〈大丈夫よ…あ、見えて来た〉

 

戦艦棲姫の言葉に彼は目の前を見るが、陸は見えない。どうやら戦艦棲姫は、先に見える小さな島へ向かっている様だった。

 

「おいおい、俺を鎮守府に帰してくれるんじゃなかったのか?」

 

〈その前に寄りたい所があるのよ〉

 

「お花でも摘む…うわっ!〈あら、ごめんなさい〉

 

彼が言い終わる前に舟は激しく揺れた。

戦艦棲姫と提督は、目の前の島へと降り立った。

 

「一休みか?水でも持ってくれば良かったな」

 

〈ねえ、一つ聞きたいのだけど…どうして姫サマはアナタを帰す気になったの?〉

 

「…アイツに話すなと言われてる」

 

〈そう…。ところで…ここで私が引き返したら、アナタはここから動けないわね〉

 

「おい、約束が違うぞ!」

 

〈それは姫サマとの約束でしょ?私はそんな約束してないわ〉

 

「…何が望みだ」

 

〈私だって女よ…言わせないで欲しいわ…〉

 

戦艦棲姫は肩紐に手を掛けると、黒いワンピースが脱げ落ちた。

 

「お、おい…」

 

一糸纏わぬ彼女は、恥ずかしげに胸を隠すと、彼に近付いた。

 

〈この島までが姫サマとの約束よ。でも、ここから先は私との約束が必要よ…姫サマと同じ条件で…ね〉

 

彼女は彼の手を取ると、自分の胸へ導いた。

 

 

 

 

翌朝、彼はある漁村で倒れている所を保護された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督、よく戻って来てくれた!」

 

「大丈夫か?アイツらに変な事されなかったか?」

 

鎮守府に戻ると、長門や天龍を始め、皆が彼の無事を喜んだ。聞けば彼の居ない一週間程、彼女達は方々に手を尽くして探し回ったらしい。それを聞いた彼は申し訳なく思うと同時に、そこで起きた事を洗いざらい話すべきか悩んだ。だが、ある事をした後ろめたさが、彼の口を固く閉ざしていた。

 

 

 

 

 

 

 

提督が戻って来て一ヶ月、鎮守府がかつての様に機能し始めた頃、その報せは訪れた。

 

『深海中枢へ進軍せよ』

 

他の鎮守府の艦隊と共に、敵の本拠地へと進めと言う、任務自体は何らおかしい事は無い。部下の艦娘達も一度はしてやられた事に対して、復讐に燃えていた。

だが、当の提督だけは乗り気では無かった。

彼は自分を解放する条件として、彼女…中枢棲姫の海域へは手を出さない事を約束した。だが、まるでその事を試すかの様なこの命令。

彼もその約束自体は深く考えていない。あくまで中枢棲姫の許から逃げ延びる為の口約束に過ぎない。

だが、彼は滞在した一週間程で、深海棲艦達の戦力を観察してきた。果たして自分の艦隊で倒せるかどうか…。

とは言え大本営の命令に逆らえる筈もなく、彼は言われるがままに艦隊を派遣する事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督、やりました。我々の勝利です!」

 

長門からの無線を受け取った大淀が、息を切らせて執務室へと飛び込んで来た。

 

「そうか…では、中枢棲姫は倒せたのか?」

 

「いえ…中枢棲姫を倒すには至らなかったそうで…姿を眩ましたそうです」

 

「そうか…こちらの損害は?」

 

「大丈夫です。大破した者はいる様ですが、皆、無事です」

 

「分かった。皆にも伝えてくれ」

 

「は、はい!」

 

提督は椅子に腰を下ろすと、深い溜め息を吐いた。

 

〈ひとまずは…一件落着か〉

 

彼が懸念していた事、それは敗北する事だった。

もし負ければ、中枢棲姫は約束を破った自分を決して許しはしないだろう。それだけが不安の種だったが、その心配も無くなった。

…そう、これであの場所で起きた事を知る者は、誰も居ない。

 

 

 

 

 

 

 

数日後、艦隊が帰投する日の事だった。

そろそろ艦隊が帰って来る頃合いかと提督が席を立とうとした時だった。廊下の方が何やら騒がしい事に気付いた。

 

〈もう帰って来たのか?予定より早い気が…〉

 

そんな呑気な考えを打ち砕く様に、大きな爆発音が鳴り響いた。

 

「な、何だ!?」

 

彼は慌てて廊下へ飛び出ると、窓から顔を出した。港方面で無数の砲撃音が鳴り響き、至る所で煙が立ち上っていた。

 

「て、提督!」

 

「お、大淀、これは一体…」

 

「て、敵です!無数の深海棲艦が鎮守府に現れて…!」

 

「な…!」

 

窓の外の砲撃音は、徐々に大きくなってきていた。

 

「大淀、一旦皆を引かせろ。鎮守府はもう放棄する」

 

「て、提督は…」

 

「俺もすぐに追い付く。先に行っていろ」

 

「わ、分かりました!」

 

提督は重要な書類を鞄に無理やり押し込むと、銃を懐に港へと走り出した。

港は至る所から火の手が上がり、傷付いた艦娘達が何人も倒れていた。

 

「う、うう…提督…」

 

「お、大淀!」

 

そこには、ついさっき別れたばかりの大淀が倒れていた。彼女は最後の力で提督へ手を伸ばす。

 

「に、逃げて…」

 

提督は彼女に近寄ろうとしたが、その先に一人の女が立ちはだかっていた。もう、二度と会う筈の無い者が。

 

〈久しぶり…だな…〉

 

「お、お前…生きていたのか!?」

 

そこには白い肌の半分以上が焼け焦げた様に黒く染めた中枢棲姫がいた。かつての優雅な佇まいは最早無く、立っているのもやっとと言った感じだった。

提督は懐から銃を取り出すと、彼女に向けた。

 

〈フ…案ずるな…私はもうすぐ息絶える。…だが、最後にもう一度、オマエの顔を見たくなってな〉

 

「…」

 

〈最後の…最後のお願いだ。もう一度、私を抱き締めてくれ。あの時の様に…頼む〉

 

本来ならこんな頼みは無下にするかもしれない。だが、今の彼女は戦うどころか抵抗する気力も残っていない。そう感じた彼は、彼女の願いを聞き届ける事にした。

 

「…分かった」

 

提督は彼女の前で両手を広げると、彼女は倒れる様に彼の胸に飛び込んだ。

 

〈フ、フフッ…不思議だ。もうすぐ沈むというのに…とても満たされた気分だ…〉

 

「…約束を破った事は謝る」

 

〈気にしなくていい。それは…私も同じだ〉

 

「…何?」

 

〈前に言ったな…港湾棲姫の島へ行った事を、私は後悔していると〉

 

「それが…どうかしたのか?」

 

〈私達、深海棲艦は頭で考えた事を周りの者に伝える力がある。今、オマエの頭に念を送っている様に…

 

〈だが、それは何も考える事だけでは無いのだ…その者の感情も…受け取ってしまうのだ…〉

 

「感情を…受けとる…?」

 

〈そう…私が…オマエを拐った本当の理由は…港湾棲姫の感情を受け取ってしまったからだ。

 

〈その人間を…自分だけの物にしたいと…〉

 

「…」

 

〈出来れば港湾棲姫の人間を奪ってやりたかったが…私は変わりの人間を探す事にした〉

 

「…それが俺だったと言う訳か」

 

〈そうだ…そしてそれは、他の者も同じなのだ〉

 

「それは、どういう…」

 

〈私が抱いた、オマエを自分の物にしたい気持ちは…そのまま他の者にも伝わっている…〉

 

「な…ま、まさか…」

 

()()が何故、こんな危険を侵して迄、ここへ来たのか…解っただろう〉

 

「じ、じゃあ…まさか…あいつらも…」

 

〈私は…もう満足だ。後は他の者に任せるとしよう…サラ…バ…〉

 

彼女は力が抜けた様に、スルリと彼の胸から崩れ落ちた。そして、まるでその瞬間を待っていたかの様に、周囲に無数の水柱が立ち上がった。

 

「…!!」

 

その中に現れたのは無数の深海棲艦達。

 

「う、うわあっ!」

 

彼は慌てて逃げようとしたが、既に周囲を囲まれていた。

そんな中、見知った顔の者が一人、前へ進み出た。

 

〈久しぶりね…顔色良くないわヨ?〉

 

「…お前に言われたくはないよ」

 

彼の前に立つ戦艦棲姫は惚けた顔で笑った。よく見れば、空母棲姫、駆逐古鬼もその中に居た。だが、戦艦棲姫を含め、以前の様な穏やかな雰囲気は無かった。まるで何かを決意したかの様な血走った目で彼を見ていた。

 

「こんな所迄、何しに来たんだ?まさか観光って訳じゃあるまい?」

 

〈それも悪くないわね。でもこんな殺風景な場所じゃ話も出来ないわ…場所を変えない?〉

 

「…嫌だと言ったら?」

 

〈…勘違いしないで欲しいのだけど、私達は別にアナタを傷付けるつもりはないのよ。姫サマも仰ってたでしょ?〉

 

「ああ。だから尚の事、誘いには乗れない。残念だったな」

 

〈と言っても、この状況をどうにか出来て?〉

 

「…ああ。一つだけな」

 

〈…それは?〉

 

「…こうだ!」

 

「…ナッ!ヤ、ヤメテッ!!」

 

辺りに銃声が木霊(こだま)した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日の新聞に、ある鎮守府が襲われた記事が載り大きな波紋を呼んだ。鎮守府に居た艦娘は轟沈。慌てて戻った艦娘達も轟沈を何名か出す、戦いが始まって以来の敗北だった。

その鎮守府から提督の物と思われる拳銃と血に濡れた衣類が見つかった。遺体こそ発見出来なかった物の、これ等の遺留品から、壮絶な最後を遂げた勇敢な提督と、国民の涙を誘った。

 

 

 

 

 

 

 

 

提督は、自分が囚われたのは情報を引き出すか、或いは自分を人質にでもするつもりだろうと思っていた。

ところがいつまで立ってもそんな様子は無く、何が目的なのか皆目検討が付かなかった。

彼女、中枢棲姫が自分を拐った理由を聞く迄は。

彼女が港湾棲姫の感情、人間の男性を独占したい気持ちを共有していると知った提督は、ある取引を持ち掛けた。

 

『自分との間に子供を作ってもいい』と。

 

中枢棲姫も彼を手離すのは惜しかったが、駆逐古姫の様に彼を匿う事に疑問を持つ部下も出始めている。

このまま彼を閉じ込めるのは容易い。

だが、彼を愛でる気持ちが僅かに彼を縛り付けようとする気持ちに勝り、彼女は彼の提案に乗る事にした。

 

彼女の唯一の気掛かりは、生まれたばかりの子供を残して来た事だけだったが…部下に無理を言って最後に彼の顔を見る事も出来た。後は部下達に全てを託し、彼女はその生涯を終えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深海棲艦に囲まれた提督は、中枢棲姫の最後の言葉を思い出していた。

彼を自分の物にしたい気持ちは、そのまま他の者も共有している…。

自分を囲む彼女達の獲物を見つけた肉食獣の様な眼を見て、彼は全てを悟った。仮に彼女達に捕まっても、殺される事はないだろう。

そう、死ねないのだ。

もし捕まれば、一生彼女達と共に過ごさなければならない。その恐怖に耐えきれなくなった彼は、自分の頭を撃ち抜く事で、この現実から解放される道を選んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どういう事ムツ?話が違うじゃない!」

 

「わ、私だって…まさか彼が自殺するなんて思わなかったのよ」

 

「こ、この人は…もう修復出来ないのですか?」

 

「それは無理よシラヌイ。彼は私達や艦娘とは違うの。治す事は出来ないの」

 

「そんな…」

 

「姫サマが…最後に会いたいって言うから連れてきたのに…姫サマが居なくなれば、また私達の許へ来てくれるって思ったのに…」

 

「そう落ち込まないでよカガ。忘れたの?姫サマが私達に残した、あの子の事を」

 

「…そうだった。私達には姫サマの子供が居る」

 

「そうよ、早く帰りましょう。でも私達と戦った艦娘達が、大急ぎで引き返して来ているわ。無事に帰れるかどうか…」

 

「大丈夫よ、あの時は姫サマを守りながら戦っただけだもの。今度は手加減なんてしないわ」

 

「艦娘…潰す…」

 

「そうね。私も少しムシャクシャしてるから思いっきり暴れたいわね…行きましょう」

 

彼女達は提督と中枢棲姫の遺体を回収すると、海へと降り立った。

 

〈カガも言ってたけど…まさか彼が自殺するなんて。彼の性格からして、観念して大人しく着いてくると思ったんだけど…

 

〈まぁ、いいわ。私達には姫サマの残した子が居る。それに…

 

〈カガやシラヌイと違って、私の身体の中にも命が宿っているのを感じるわ。二人がこの事を知ったら、さぞ羨ましがるでしょうね♪〉

 

「ムツ!艦娘達だ!」

 

彼女達の視線の先に、血眼の表情の艦娘達が、こちらへと進んで来るのが見えた。

 

「皆、姫サマの弔い合戦よ!準備はいい?」

 

「「おお!!」」

 

戦艦棲姫の号令の下、空母棲姫達が雄叫びを挙げた。それに答える様に彼女達の生きた艤装も唸りを挙げる。

長門率いる艦娘達と戦艦棲姫率いる深海棲艦の最終決戦が、今ここに幕を開けた。

 




以前の話だと他のキャラがイマイチ出て来た意味が無かったので、少し出番を増やしてみました。
参考までに会話の表現について。
深海棲艦同士→普通に平仮名表記。
深海棲艦が提督に話し掛ける→カタカナ表記。
深海棲艦が提督にテレパシー→平仮名表記。
タイトルはウィザードリィってゲームの「災禍の中心」からです。

ろ~ちゃんの話を書いた後は、年内に別の話のリメイクを載せるつもりです。その次は天龍と妙高さんの話を考えてます。天龍は記憶に関する話、妙高さんは愛が重い話です。








深海目録

提督 相手が誰であろうと積極的に話しかける社交性溢れる人。今回はそれが裏目に出た。ちなみにどっちかと言うと、戦艦棲姫の方が良かったみたい。

中枢棲姫 見た目の割りにしゃべり方がババ臭い。意外と年イッてるのかもしれない。服を着る概念が無いヌーディストのオボコ。

戦艦棲姫 深海では一番ススンでる。多分非処女。一時期ホストクラブにハマっていた。この後、女の子を出産。

空母棲姫 根は小心者で騙されやすい。人間の振りして夜の街に行くも、いつも入れずに引き返してくる。

駆逐古姫 深海勢の中では、唯一の良識派。提督の事が嫌いというよりは、妹にちょっかい出すのが気に入らなかった。

駆逐古鬼 あまり男と話した事が無い田舎の中学生みたいな感じ。提督の好きなラーメンをわざわざ買いに行っていた。

大淀 伝言係。今回はいいトコ無し。

長門 この後、戦艦棲姫と二回戦目に突入する。

天龍 今回はチョイ役。少し先でピンの話が内定している。


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誰が為に彼女は泣く

旨いわぁ!
旨すぎて、ふりかけが欲しいわぁぁぁ!!





一人の女が、海を前に立ち竦んでいた。

眼前の海には人であって人では無い者達が、彼女を取り囲んでいた。その数は二十~三十はいるだろうか…。目の前に立つ女に今まさに襲い掛かろうとしていた。

そんな異形の敵に囲まれた彼女の心中にあるのは恐怖だろうか、それとも諦めだろうか…。

彼女は後ろを振り向くと、一人呟いた。

 

「あなた…すぐ会いに行きます。どうか私を見守って下さい」

 

彼女は未練を振り切る様に頬を叩き気合いを入れると、矢を弓につがえる。強く引き絞られた矢が空に放たれた。

杖を付いた女が右手を掲げた。それを合図に異形の者達は一斉に躍り掛かった。

 

彼女は海へ駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、提督…」

 

「何だ赤城…」

 

「いえ…とても美味しそうだなと思いまして」

 

提督と呼ばれた男は、目の前の女の視線に箸を止める。

 

「…やらないからな?」

 

「ムッ!私、そんなに意地汚くありません!」

 

「と言いつつ視線が箸から離れないのは何故?」

 

「索敵は大事です!」

 

「焼き肉船団は俺が守護(まも)る!」

 

「航空戦ですか?負けませんよ!」

 

「くっ!手強い。加賀!救援を!」

 

「了解。赤城さん、加勢します」

 

「お前そっちかぁ!」

 

「一航戦の力」「見せて上げます」

 

肉無(ニクナ)シヤァァァアッッ!!」

 

「うっさいわよ!クソ提督!」

 

「あ、すんません」

 

「やりました」

 

「やりましたじゃねえよ一航戦、思わずノッたけど人の肉、横取りしてんじゃねぇよ」

 

「まあまあ、いいじゃないですか提督。じゃあこうしましょう!半分こと言う事で…」

 

「…しょうがないな」

 

「ハイ、加賀さん、こっちどうぞ♪」

 

「って、お前らで分けるんかーい!!」

 

提督との制空権争いに勝利し報酬(焼き肉)を手に入れた赤城は、自分を睨む彼の視線はどこ吹く風、ほくほくと舌鼓を打っていた。

 

 

 

 

 

 

私、正規空母の赤城がこの鎮守府に来て一年。もうそんなに経つのね…。

 

私の居る鎮守府は、あまり評判が良くないみたいです。と言っても提督が酷い人だとか私達が言う事を聞かない訳ではありません。何でもこの鎮守府は深海棲艦の出現頻度の高い危険な海域らしく、一度この鎮守府は深海棲艦に攻め込まれ壊滅寸前になったとか。

当時の提督は生死不明、それからも何度か目と鼻の先に深海棲艦が現れ、何度も打撃を被ってきました。

その度に提督が怪我をする事もあり、聞いた話ではこの鎮守府に着任するのを皆嫌がる様です。

無理もありませんね。私も着任してから何度か沈みかけた事もあります。艦娘の私でさえこの有り様なんですから、私達と違って修復の効かない人では命が幾つ有っても足りません。前任の提督も怪我をしたのをこれ幸いと、逃げる様に辞めて行きました。

それから1ヶ月、提督の指示の無いまま私達は戦い続けました。

大本営は私達を見捨てたのだろうか…。誰もがそう思った時でした。あの人がやって来たのは。

 

『今日からここで提督をする事になったから』

 

第一印象は…あまり良くありませんでした。何と言うか飄々としていて、とても軍人には見えませんでした。

それは皆さんも同じ様で、中には『自分達は見捨てられた』『ここであの人と沈むんだ』と嘆く娘達も。…かく言う私もですが。

確かにあまり優秀な人、とは言い難いですね。

長門さんや天龍さんによく怒られていましたし、曙さんにもク…オホン!よく貶されています。

 

それから数ヵ月。よく見れば鎮守府が活気に満ちている事に気付きました。

最初は私もこんな人に提督が勤まるのかしらと思っていました。でも、ふと気づけば以前の様な厭戦気分は無くなっていました。

これは提督の人柄なのかもしれませんが、私達艦娘と話す時も上官と部下ではなく、まるで姉妹とでも話す様な気さくさがあります。

長門さんや那智さんも『しょうがない奴だ』と一見呆れている様に見えます。その実、まるで手の掛かる弟にでも接するかの様に微笑ましい目で見ています。

もしかしたら提督は最初からこんな雰囲気を作るのが狙いだったのかしら…。

後に知りましたが、提督は自分からこの鎮守府に来る事を望んだとか…。

ある時、私はどうしてこんな危険な鎮守府に来たのか尋ねました。すると提督は、いつもの呑気な笑顔で答えました。

 

『誰かがやらなきゃいけないだろ?それが俺だっただけだよ』

 

怖くないんですか?

人間のあなたでは死ぬかもしれないんですよ?

 

『俺と一緒に心中はイヤかい?』

 

この時、初めて私は気付いた。

この人は死ぬ覚悟でここに来たのだと…私達と共に沈む気なのだと。

 

…それが、この人の事をもっと知りたいと思ったきっかけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ提督さん、どうして翔鶴姉えは出撃できて私は演習なの?」

 

「ず、瑞鶴!すいません提督、どうしても聞くって聞かなくて…」

 

ある日、提督と私の居る執務室に五航戦の二人、翔鶴型正規空母の翔鶴さんと瑞鶴さんがやって来た。

瑞鶴さん、少し怒ってるわね。

無理もないかしら…最近は瑞鶴さん、ほとんど待機ですものね。

 

「そんな怒るなよズイズイ。せっかくのお休みだ、ゆっくり羽伸ばせよ」

 

「誰がズイズイよ!私が言ってんのは、その事じゃないわよ。どうしてそこに居る赤城さんや翔鶴姉えは出れて私はお留守番なのかって聞いてるのよ!」

 

「お前、鎮守府を守るのも大事な仕事だぞ?お前が居てくれるから俺も安心して昼寝…じゃない「昼寝?今、昼寝って言ったわね!?」

 

「言ってないズイ」

 

「だからそれ止めなさいよ!駆逐艦の娘が真似すんのよ!」

 

「悪い悪い。でもお前をノケモノにしてる訳じゃ無いって。お前も大事な戦力(フレンズ)だよ。よ!ツインテ!幸運艦!マリアナターキー!」

 

「フレンズって何?あと最後のマリアナターキーって何!?絶対褒めてないでしょ!?」

 

「関係無いけど瑞鶴と鹿島って髪型似てない?」

 

「鹿島って誰よ!?…ハァ、もういいわよ。全く、何でこんなふざけた人が提督に成れたんだか…」

 

「強いて言えば顔かな?」

 

「あんたが成れるんだったら世の中提督だらけよ!」

 

「翔鶴姉え~、瑞鶴が苛めるよ~」

 

「何でアンタが翔鶴姉えって呼ぶのよ。翔鶴姉えは私のよ!」

 

「瑞鶴…お前、こんな昼間っから///」

 

「ず、瑞鶴…気持ちは嬉しいけど…お姉ちゃん、ちょっと恥ずかしい…かな///」

 

「なっ!そ、そんな意味じゃ無いわよ//」

 

「あ、1時間位…席、外そうか?」

 

「お姉え!この人、爆撃しちゃっていいかな!?」

 

「だ、駄目よ瑞鶴!提督は人間だから修復に時間掛かるのよ?」

 

「爆撃するのはいいんかい!」

 

「もう!行こう、翔鶴姉え!」

 

「待って瑞鶴。じゃあ提督…」

 

フフッ、瑞鶴さんも随分元気になったわね。提督が来る前は翔鶴さんが心配する位、元気無かったのに。

…ところで鹿島さんって誰かしら?

 

「提督…もしかして翔鶴さんには話してあるんですか?」

 

「ああ…元々、翔鶴の提案を俺が飲んだ様な物だからな」

 

そう…翔鶴さんも覚悟を決めたのね。

 

瑞鶴さんには黙っているけど…今、この辺りの海域に大規模な深海棲艦が集まりつつある。恐らくこの鎮守府の総力を懸けても勝てるかどうか分からない位の。

それを聞いた時、私も加賀さんも、翔鶴さんもここで刺し違える覚悟を決めた。

でも提督は、翔鶴さんの嘆願もあり誕生して一年にも満たない瑞鶴さんを自分達に付き合わせたくなかったのかもしれない。少し先だけど、この鎮守府に瑞鶴さんの後輩に当たる葛城さんが着任するみたい。提督は今の内に瑞鶴さんを鍛え、葛城さんと共に後を託すつもりなのでしょう。

 

「俺達に何かあっても瑞鶴なら大丈夫だ…多分

 

どっちなんです…?

 

「勿論、鹿島もな」

 

だから、鹿島さんって誰ですか!?

 

 

 

 

 

 

「ただいま、赤城さん」

 

「あ、お帰りなさい」

 

あ、そうか。今日は加賀さん、瑞鶴さんの演習に付き合ってたのね。しばらく秘書艦していたから忘れてたわ。

フフッ、曙ちゃんもどうして私まで?って怒ってたわね。

 

「調子はどうですか?」

 

「あの娘は集中力が無いのよ。ちょっと褒めると天狗になって…。曙の方がよっぽど根性あるわ」

 

「ウフフ、そんな事言いながらも後輩の指導を買って出るんですから、加賀さんも優しいですね」

 

「茶化さないで下さい。…でも心配なのよ。もし私達に何かあったら、あの娘一人でやっていけるかしら…」

 

「大丈夫ですよ。翔鶴さんの妹ですもの、すぐに私達を越えますよ」

 

「…それはそれで、気に入らないわね…」

 

加賀さん、もしかして瑞鶴さんで日頃の鬱憤張らしてるのかしら…。

 

「小耳に挟んだんですが…深海棲艦の大攻勢は、約一週間後だそうです」

 

「…本当ですか、赤城さん」

 

「ええ…。さっき鳳翔さんから聞きました。鎮守府海域に現れるのはその位みたいです」

 

「そう…。いよいよですね」

 

「だ、大丈夫ですよ加賀さん!まだ私達が負けると決まった訳じゃありません!案外、皆さん沈まずに済むかもしれません!」

 

「…そうですね。私達は沈んでもどこかの鎮守府で、また生まれ変われるかもしれません。でも提督は…あの人はそうは行きません」

 

「そ、そうですね…」

 

「赤城さん、これが最後かもしれません。想いを伝えてもいいんじゃないですか?」

 

「な、何の事ですか?」

 

「提督ですよ」

 

「んなっ!!な、何ですか加賀さん、急に///」

 

「ハァ…普段の赤城さんを見ていれば解りますよ」

 

「わ、私は別に…その…」

 

「もし何かあっても、また生まれ変われるか分かりません。ここで言わないと悔いが残りますよ?」

 

「う…うぅ…///」

 

「…実は私も提督の事が好きでして。赤城さんが言わないなら私が貰いますね」

 

「だっ、駄目です!提督は私の…///」

 

「冗談ですよ。でも、それが赤城さんの気持ちなんでしょう?これが最後かもしれません。思いきって伝えてみては?」

 

「そ、そう思いますか?」

 

「ええ。それに瑞鶴も提督の事を慕ってる様ですし」

 

「ず、瑞鶴さんが?」

 

「あの娘、口ではあぁ言ってるけど、提督と話してる時、生き生きしてるもの。今までの提督の時はあんな顔しなかったわ」

 

「…そうですね」

 

「大丈夫、提督はちゃんと答えてくれますよ」

 

「加賀さん…」

 

「でも、曙ちゃんたちも居ますから、いかがわしい事は人目の付かない所でお願いしますね」

 

「い、いかがわしい事って何ですか///?」

 

「え、そ、その…せ…」

 

「せ!?」

 

「接吻とか…///」

 

「え?…は、ハイ!接吻ですね?」

 

「何だと思ったんです?」

 

「加賀さん!明日も早いです!早く寝ましょう!」

 

「は、はぁ…」

 

あ~びっくりした!

か、加賀さんってたまによく解らない時があるわね…。

 

それにしても…確かにこれが最後かもしれない。加賀さんの言う通り悔いを残したまま沈むのはイヤね。どうせ最後なら…駄目元で気持ちを聞いてみるのも…いいかもしれないわ。

そうね…それがいいわ。

 

フフッ、ありがとう加賀さん。

もし沈んでもまた一緒の場所に生まれたいですね。

その時はちゃんと話しますよ。どうなったかを…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈…何だと思ったのかしら…〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふわぁ…。

加賀さん、早起きね。もういないわ。昨日はグッスリ眠れたし、今日も秘書艦頑張りましょうか!

…あら?この声は…曙さん?それに翔鶴さんも…。

どうしたのかしら?何か揉めてる様だけど。

 

「おはようございます。…あの、皆さん、どうかしたんですか?」

 

「あ、おはようございます赤城さん。そ、その…」

 

「…翔鶴さん?」

 

「ねぇ赤城さん!深海棲艦がもうすぐ鎮守府に攻めてくるって本当なの?」

 

「あ、曙さん…どうしてそれを?」

 

「さっき翔鶴さんと加賀さんが話してるのを聞いたのよ!どういう事!?」

 

「ご、ごめんなさい赤城さん!加賀さんと話してるのを聞かれてしまったみたいで…」

 

どうも姿を見ないと思ったら…加賀さん、逃げたわね。

 

「曙、赤城を責めるな。俺が黙ってろって命令したんだ」

 

「そんな事どうでもいいわよ!どうして私に黙っていたワケ?…まさか私が怖じ気付いて逃げるとでも思ったの?馬鹿にすんじゃないわよ!!」

 

曙さん、本当に勇ましいわね。駆逐艦にしておくのは勿体無いわ。…この娘、前世は戦艦だったんじゃないかしら?

 

「そうじゃない曙。今度の戦いは正直勝てるか分からない。だから瑞鶴やお前みたいな生まれて間もない連中だけは残そうって考えたんだ」

 

「…イヤ

 

「曙…?」

 

「赤城さんや翔鶴さんが戦ってるのに私だけ逃げろっての?私も戦うわよ!!」

 

「曙ちゃん…」

 

「曙…本当にいいのか?下手をしたら沈むかもしれないんだぞ?」

 

「そこを何とかするのがアンタの役目でしょ!このクソ提督!!」

 

「…フッ、確かにな。こいつは一本取られたな」

 

「え?提督、じゃあ曙さんも…」

 

「あぁ。赤城、お前の護衛にでも着かせるさ」

 

「提督…」

 

「フン!当然よね?私は「確かに曙さんは駆逐艦の中ではトップクラスです。きっと力に成ってくれますよ」

 

「そ、そうよ!私は「そうだぞ赤城。何しろ最初に言ったセリフがクソ提督だからな。大した玉だ」

 

「…それに駆逐「確かに曙ちゃんは駆逐艦ですが、戦艦並に頼もしい「わせなさいよーー!!

 

「何なのよアンタ達!人のセリフ取るんじゃないわよ!!」

 

「え?」「別に」「取ったり」

 

「「してない「ですよ」」ぞ?

 

「それがムカつくって言ってんのよ!!しかも最後合ってないじゃない!ちゃんと揃えなさいよクソ提督ッ!」

 

「なぜ俺だけ!?」

 

「とにかくっ!私を置いて出撃なんて許さないからね!分かったわね?赤城さん、翔鶴さん!!」

 

「フフッ。ええ、頼りにしてるわ曙さん」

 

「…フン」

 

 

 

 

 

結局…曙ちゃんも巻き込む事になってしまった。

駆逐艦の娘は少しでも多く残して置きたかったけど、一人でも戦力が欲しいのも事実。これで良かったのかしら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、提督。鳳翔さんから聞きましたが…そんなに大きな戦いになるのでしょうか?」

 

「あぁ。何度も話してるが、良くて引き分けだろうな。正直お前達には悪いと思ってるよ。沈めと言ってる様な物だから」

 

提督の顔が暗くなった。やはり無茶な戦いだと言うのは提督が一番解ってるのだろう。そして、それを伝えなければいけない事も。

例え私達に恨まれようとも…。

 

「その事で提督を恨んだりはしませんよ。でも、今回の戦いはこの鎮守府も危ないんですよね?その…せめて提督だけでもここから離れては?」

 

「そうもいかないだろ?前も言ったけど、お前達が沈むなら、俺も付き合うよ」

 

「で、ですが!提督は人間です。私達みたいに修復は出来ません!もし何かあったら、それこそ命に係わります!」

 

「…もう最後だから、言ってもいいかな。この鎮守府は捨て駒みたいな物なんだ」

 

「捨て駒…?」

 

「聞いた事無いか?二年程前、深海中枢に攻め行った艦隊がいたろ?」

 

「…!そ、そう言えば聞いた事が…確か深海泊地にまで達したとか…そ、それってもしかして…」

 

「ああ。この鎮守府の艦隊だ。結局、親玉の中枢棲姫を倒すには至らなかったらしいが…。それが原因か分からないが、この鎮守府はやけに狙われてね。連中はこの鎮守府を落とす事に躍起になっているみたいなんだ」

 

「…余程、恨まれてるみたいですね」

 

「自分ちに土足で踏み込んで好き勝手暴れたんだ。そりゃ怒るだろ。だが大本営はそれならそれで、ここに敵を引き付けてその間に戦力を建て直そうと思ったみたいだ。早い話が時間稼ぎさ」

 

やはり…。そんな事情があったのね。戦いはあまり思わしくないみたいね。

 

「でもなきゃ、俺みたいな冴えない奴が着任する訳ないさ」

 

「そ、そんな事は…」

 

「いいって。自分が一番解ってるさ。赤城、お前達には本当にすまないと思ってる。…それで考えたんだ。せめて一人位、お前達に付き合う馬鹿がいてもいいんじゃないかって」

 

「じゃあ…提督は、私達に付き合ってここで死ぬつもりなんですか?」

 

「ハハッ、もうちょっとイイ男の方が良かったかな?」

 

「そ、そんな事ありません!て、提督はとってもイイ男の人だと思います!」

 

「やっぱり?実は俺も顔には自信が…」

 

「そ、そんな意味じゃありません!」

 

「…ありがとう赤城。お前もイイ女だよ」

 

「え?な、何ですか急に///」

 

「こんな無茶な戦いに文句一つ言わず…。幾ら艦娘だからって怖くない訳ないだろうに」

 

艦娘…か。

やっぱりこの人も、私の事はあくまで艦娘としてしか見てくれないんだろうか…。

 

「確かに怖くないと言ったら嘘になります。…でも提督、理由はそれだけだと思います?」

 

「それだけって…他に理由があるのかい?」

 

「…艦娘である前に私も女です。女が好きでもない人に命を預けると思います?」

 

「…赤城?」

 

「き、今日はもう遅いですし、上がりますね!お、お休みなさい!」

 

「あ、あぁ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

ああ~っ!言っちゃった!

さ、流石にあんな言い方したらバレバレよね?

どうしよう…明日も顔会わせなきゃいけないのに。

どんな顔すればいいのかしら…。

加賀さんに言われて、ついその気になっちゃったけど…言うんじゃなかったわ。

 

でも…

どうしてだろう。笑うのを止められない♪

い、いけない!栄えある一航戦の私がこんな…み、皆に示しが付かないわ!

で、でも…今日位は…い、いいわよね?

ウフフッ♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「す、鈴谷…あれ、赤城さん…ですわよね?」

 

「う、うん。熊野…赤城さんもあんなニヤケ面するんだね…ちょっとキモい…」

 

 

 

 

 

 

 

翌日、執務室に来た私は提督に何を話せばいいのか分からなかった。提督も昨日の事を聞こうとはしなかった。

今日一日、こんな気まずい雰囲気が流れると思ったが、それは彼女の訪問で一変した。

 

「ねぇ…提督さん。この鎮守府が落とされるかもしれないって…本当なの?」

 

瑞鶴さん…。

まぁ曙さんですら知ってしまったし、今更隠すのは無理だと思っていたけど…少しショックだったかしら。

 

「瑞鶴…どうしてその事を?」

 

「加賀さんに聞いたのよ。それに私は戦いに参加させないつもりだって。本当なの?」

 

「あぁ…本当だ」

 

「どうして私だけ「あなたがいても足手まといだからよ」

 

「!?」

 

「加賀?」

 

「ごめんなさい提督。翔鶴にしつこく尋ねるものだから、つい言ってしまったわ」

 

「て、提督さん!どうして私だけ?」

 

「これは翔鶴とも話したんだが、まだ戦闘経験の浅いお前達には、この鎮守府から離れてもらおうと思ってたんだ」

 

「な、何で!?」

 

「お前はまだ誕生して1年にも満たない。人間だったら赤ん坊だ。まだ沈みたくないだろう?」

 

「くっ…そ、それは…」

 

「それに少し先だが、お前の後輩に当たる葛城もこちらに来る事になってる。敵討ちはお前達に頼むとするよ」

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!それじゃ皆、沈むみたいじゃない!」

 

「勝手に沈めないでちょうだい。戦うとは言ったけど、負けるとは言ってないわ」

 

「じゃあ私が居た方が…!」

 

「あなたが居ちゃ勝てる戦いも勝てないわ。五航戦の面倒まで見れないわよ」

 

加賀さん…。

本当は一番、瑞鶴さんの事を気に掛けているのに。最後まで素直じゃないんだから。

 

「…馬鹿にしないで」

 

「瑞鶴?」

 

「私だって艦娘よ!沈むのが怖くて戦いなんてやってらんないわよ!」

 

「ず、瑞鶴さん、提督も言いましたがあなたは生まれて間もないわ。こんな所で私達に付き合う必要は無いのよ?」

 

そうよ、こんな負け戦に付き合うのは私達だけで充分よ。…それに、あの人も私と来てくれるなら…私だけでも充分よ。

 

「…確かに私は赤城さんや加賀さんに比べたら赤子みたいな物だけど。この一年で私だって強くなったわ!すぐ加賀さんなんか追い抜いてみせるわ!」

 

「言ったわね瑞鶴。なら次の戦いでどちらの撃墜数が上か勝負しましょう」

 

「お、おい!」

 

「加賀さん!?」

 

「提督、赤城さん。この娘は私達と同じよ。一人で逃げろって言っても聞きはしないわ」

 

「当たり前よ!」

 

「ハァ…曙と言い瑞鶴と言い…何でこの鎮守府には沈みたがりが多いのかね…」

 

「ため息を付きたいのはこっちです。私達がこうなったのも提督、あなたの所為ですよ」

 

フフッ、確かに。やっぱり私と加賀さんは似てるわね。

 

「お、俺の…?か、加賀、それはどういう…」

 

「人間のあなたがここから逃げないって言っているのに、艦娘の私達が逃げられると思って?」

 

「え?て、提督さん、ここに残るの…何で?」

 

「あなたと同じよ瑞鶴。変な意地張ってるのよ」

 

「そ、そうなの…提督さん」

 

「…まぁ給料分は働かないと将来、退職金貰えないしな」

 

「呆れたわね。お金の為に命捨てるなんて…」

 

「人間は欲深いんだよ」

 

「…でも、あなたのそんな所、嫌いじゃないですよ」

 

「俺も加賀のそんな所好きだよ…美人だし」

 

「か、からかわないでちょうだい///」

 

加賀さんの照れた顔なんて初めて見たわ。…昨日の私もあんな顔してたのかしら?

それにしても提督は加賀さんみたいな感じが好みなのかしら?

私も…負けてはいないと思うんだけど…。

 

「…じゃあ瑞鶴、いいんだな。まず無事には帰れないぞ?」

 

「…もし帰って来たら、一つお願い聞いてくれる?」

 

「お願い?何だ、欲しい物でもあるのか?」

 

「デ、デートして…///」

 

へ?瑞鶴さん、何を…。

 

「瑞鶴、あなた何を言って…!!」

 

「そ、そうよ瑞鶴さん!て、提督の都合もありますし!!」

 

「い、イイじゃない、その位!わ、私だってさ、艦娘だけど女の子だし…そ、そういうの…してみたいじゃない」

 

そ、そうだけど提督にも都合が…じゃなくて、わ、私だってデートなんかした事無いのに、ず、瑞鶴さんズルい!

 

「あ~…俺でイイんなら付き合うけど…」

 

て、提督!?

いいんですか!?言ってみるものね!

 

「ま、待ちなさい!五航戦が一航戦より先にデートなんて生意気だわ。ここは私が…」

 

か、加賀さん?

どうして張り合うの!?

 

「な、何でアンタまでしゃしゃり出てくんのよ!アンタ関係無いじゃない!」

 

「ここは譲れません」

 

「譲りなさいよ!何ドヤ顔で決めゼリフ言ってんのよ!」

 

「ふぅっ…提督、この部屋暑いですね。胸当て外してもいいかしら?」

 

え?か、加賀さん、そんなに胸元はだけて…だ、駄目です、はしたない!こ、溢れちゃいますよ!?

 

「ちょ、ちょっと卑怯よ!胸見せるなんて!」

 

「私はただ暑かっただけよ。何ならあなたも…アラ、ごめんなさい、見せる程も無いわね」

 

「何ですってぇ~!…や、やぁね~年を取ると。自分を安売りしちゃってさ。その点?私は一航戦の先輩達と違って若いから?このままでも勝負出来ますけどぉ?」

 

瑞鶴さん…それ、もしかして私も含まれてます?

 

「ちょっと待ちなさい。若いって…それは私が年寄りって事かしら?」

 

「言ってないわよオバサンなんて」

 

ハッキリ言いましたね!?

 

「頭にきました…」

 

「な、何よ!」

 

「おい、お前達、その変に…」

 

「「あなたはってて!!」」

 

「サーセン…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…翔鶴さん、空母って皆あぁなの?」

 

「そ、そんな事無いわよ曙ちゃん!た、多分…」

 

〈あ、危なかった…!曙ちゃんに会わなかったら参戦する所だったわ…〉

 

〈何よ!ちょっと胸が大きいだけじゃない!…胸だけでも戦艦サイズにならないかしら?〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後、鎮守府にけたたましくサイレンが鳴り響いた。それまでの平穏な日々は、文字通り音を立てて終わりを告げた。

遂にその日はやって来ました…。

 

「て、提督!哨戒部隊が攻撃を受けたと言うのは…」

 

「ああ。曙が攻撃を受けたらしい。二~三日先かと思ったんだが、案外せっかちみたいだな」

 

曙さんが…無事だといいけど。

 

「敵にも都合があるんでしょう。そんな事より提督、当初の作戦通りでいいのね」

 

「そうしてくれ加賀。赤城、今から出れるか?」

 

「はい、勿論です」

 

「あら、赤城さん、艤装の整備がまだ出来ていないんじゃないかしら?」

 

「え?そ、そんな事はありませんが…」

 

「そう、でも自分一人じゃ気付かない事もあるわ…そうね、提督に確認してもらったら?」

 

「え…あっ、か、加賀さん…///」

 

「加賀…」

 

「先に行ってるわ。でも皆戦ってるんだから…間違っても()()だけにして下さいね?」

 

「か、加賀さんっ…///」

 

「お前も点検したいな~」

 

「結構よ…でも、そうね。無事帰ってこれたらお願いしようかしら?」

 

「ええっ!?」

 

「フフッ。赤城さん、ご武運を」

 

もう、加賀さんったら…!

で、でもこれが最後かもしれない。い、言わなきゃ…。

あ、赤城っ、勇気を出すのよ!

て…

 

「赤城…」

 

「は、はいっ!!」

 

「もう最後かもしれないし、思いきって言うよ。俺、お前の事が好きだったよ」

 

て、提督…?

 

「正直、ここに来た時は何もかも諦めようって思ってたんだ。でも赤城の笑顔に随分励まされた。気が付いたら毎日赤城と話すのが楽しみになってたよ」

 

提督も…私の事が…。

 

「赤城…もし、生き残ったらケッコン前提に付き合ってくれないか?カッコカリじゃない。本当の所帯を持って、俺の子供を産んで欲しい」

 

…。

 

「はは、まだ付き合ってもいないのに気が「そんな事ありません!!」

 

「あ、赤城…?」

 

「わ、私も…私も提督の事が好きです!その…ケッコンしたら食事は出来るだけ減らします!だ、だからこれからも…よろしくお願いします!!」

 

「ありがとう。その…大事にするよ」

 

「…はい」

 

「でも食事か…すっかり忘れてたよ。こりゃもっと出世しないといけないな」

 

「もう、それは忘れて下さい!出撃しなければ人並みしか食べませんよ」

 

「そうしてくれると助かるよ。子供も生まれてくるだろうしな」

 

「こ、子供?て、提督、気が早いですよ///」

 

「ハハッ、艦隊が組める位作るか?」

 

「提督がもっと出世してくれたら考えます」

 

「…こりゃこんな所で死んでられないな」

 

「大丈夫ですよ。私が居ます。死なせたりはしませんよ」

 

「…頼りにしてるよ、赤城」

 

「あっ…」

 

提督は私を抱き締めると…唇を重ねた。

何だろう…体の芯が熱くなる様なこの感覚は…。

大丈夫です。どんな時も一緒に居ます。

約束しますよ…提督。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、赤城さん。思ったより早かったのね。もう少しのんびりしても良かったのに」

 

「も、もう…!今はそんな時じゃないって言ったの加賀さんじゃないですか」

 

「その顔だと…想いは伝えた様ですね」

 

「ええ…。もう思い残す事はありません。加賀さん、行きましょうか!」

 

「ええ。お供しますよ、赤城さん」

 

私は加賀さんと共に海を駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「加賀さん、長門さんは?」

 

「駄目です、連絡が取れません。無線は通じてる筈なのだけど…」

 

戦いが始まって数時間、もう日も落ち始めたが、敵の数は一向に減らない。鎮守府に戻ろうにも私と加賀さんの二人では、活路を開く事も出来ない。

と、そこに敵の隙間を縫う様に一人の駆逐艦が近付いて来た。

 

「あれは…曙さん?」

 

「あ、赤城さん、大変よ!鎮守府が!」

 

「どうしたの?曙さん」

 

「翔鶴さんの部隊が突破されて、鎮守府が攻撃を受けてるって!!」

 

「なっ…!?」

 

「…曙、翔鶴は…瑞鶴はどうなったの?」

 

「瑞鶴さんは行方不明、翔鶴さんはもう…」

 

「…そう。赤城さん、あなたは鎮守府に戻って」

 

「加賀さん?わ、私はまだ…」

 

「そうじゃないわ。私達も補給に戻るつもりだから、鎮守府に張り付いてる敵を倒して欲しいの。お願い出来る?」

 

加賀さん…私が提督の事を心配しているのを気遣って…。

 

「大丈夫よ赤城さん。私と加賀さんが居ればこの程度の敵なんかあっと言う間に倒してみせるわ!だから、赤城さんはアイツの所に行ってあげて。今頃一人で震えてるかもしれないわ!」

 

「曙さん…わ、分かりました!加賀さん、曙さん、ごめんなさいね」

 

私は無我夢中で海を走った。後ろで大きな水柱が上がるのを気にも止めずに。

やがて数分もすると、馴染みの鎮守府が目に入る…筈だった。私は鎮守府の変わり果てた姿を見て愕然とした。

建物は半壊し、至る所から煙が上がっていた。かつての面影は消え失せ、周囲には敵の駆逐艦や軽巡が味方達と撃ち合っていた。

建物の中に入った私は執務室を目指した。

 

「て、提督っ…!!」

 

ど、どこですか?ま、まさか建物の下敷きに…!

お願い、返事をして!

 

「あ、赤城…」

 

「て、提督っ!だ、大丈夫ですか!?」

 

「まだ死んじゃいないが、足をやられて…」

 

足?た、確かに右足が血だらけだ。おまけに軍服も所々破れている。瓦礫の破片にでも当たったのかしら。

 

「それに赤城…来てくれたのは嬉しいが、まずい時に戻って来たな」

 

「…?ど、どういう意味です?」

 

「実は今、鳳翔から連絡があって、この鎮守府は完全に包囲されたからすぐ逃げる様にと…」

 

「鳳翔さんから?で、ですが今は加賀さんも曙さんも戦っています。きっと救援に来ます!」

 

「いや、もう無理だろう。長門や翔鶴からの連絡も途切れている。おそらくもう…」

 

「…」

 

「赤城、お前だけでも逃げろ。お前なら何とか突破出来るだろう」

 

「な、何を言うんです!提督を置いて逃げるなんて…そんな事出来ません!!」

 

「気持ちはありがたいが、俺はここに居て、皆からの連絡を待たなきゃならない。それにこの体じゃ逃げる事も出来ない」

 

「では私もここに居ます」

 

「赤城!」

 

「言いたい事は解ります。でもさっき提督も言った通り、ここは囲まれています。私も必死に戻って来ましたが、流石にもう一度突入するのは…」

 

「…そうか」

 

「ですが、ここなら多少の補給は出来ます。救援が来る迄、提督を御守りします」

 

「赤城…本当にすまない」

 

「死なばもろとも、ですよ…あなた」

 

もし、今一つだけ幸せがあるとしたら、隣にあなたがいる事…かしら。

ええ、そうよ。

あなたがここで死ぬと言うなら、私もここで沈みましょう。

絶対…絶対に離れてなるもんですか…!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから五日が過ぎました。

日に何度か敵が鎮守府の港にやってくる。私はそれを撃退、次の襲撃に備えて補給を取る。その繰り返しでした。

艦娘の私でも食事を取らず、不眠不休で五日も戦い続けるのは正直辛い。それでも耐えれたのは、偏に提督を…あの人を守りたいと言う想いがあったからでしょう。

だが、それも限界の様です。

艦娘の私と違って提督は…あの人は人間です。五日も飲まず食わず…まして怪我で衰弱しきっている。

それに資材は底を尽き補給は効かない。今ある艤装の矢はあと三本。これを打ち切ったら後は無い。多分、次の出撃が最後でしょう。

加賀さん、曙さん、瑞鶴さん…あれから五日経つのに誰一人戻って来ません。皆、沈んでしまったのでしょう。鎮守府に引き返した私だけが生き残ってしまった。

 

あぁ…出来ればあの人と結婚して、家族を持ってみたかった。艦娘の私でも子供は作れるのかしら。

子供は…男の子と女の子が一人ずつ欲しいわね。

名前は…そうね、女の子だったら加賀にしようかしら。

曙…ぽっちゃりさんになりそうな気がするのは何故かしら?

 

それにしても…身体に力が入らない。もう三日も何も口にしていない。足元がふらつく。いけない…これじゃ出撃する前に倒れてしまう。もし海に出ても弓を弾く事も…。

だ、駄目よ赤城。

お腹が空いて沈みましたなんて…笑い話にもならないわ。

立ちなさい赤城。立って戦うのよ…。

大丈夫よ…きっと救援が来るわ。私もあの人も助かるに決まってる。

 

あなた…この戦いが終わったら…

二人で暖かい家庭を築きましょうね。

私、きっと良い妻になってみせます。

そうよ…私はこんな所で…

沈む訳にはいかない…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなた…私です。赤城です…分かりますか?」

 

「…あぁ。だが目も霞んできた。俺はもう駄目だ」

 

「そんな事言わないで下さい。まだ助からないと決まった訳じゃありません」

 

「だが…今日で五日だ。味方は一人も戻って来ない。恐らく…」

 

「だ、大丈夫です。きっと救援が来ます。だから…そんな弱気な事は言わないで…」

 

「…そうだな」

 

「…」

 

「…行くのか」

 

「はい…う、うう…」

 

「そんな足元がふらついて…戦えるのか?」

 

「私は艦娘です…沈むなら海で…」

 

くっ…だ、駄目…足に力が…。

動いて…お願いだから…。

 

「待て…赤城」

 

「何です?」

 

「赤城、確か空母は艦載機を飛ばす為に、他の艦娘の倍のエネルギーが必要な筈。せめて何か食べていけ」

 

「フフッ…そうしたいですが…もう食糧はありません」

 

「あるだろう…ここに」

 

「…え?」

 

「赤城…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺を喰え…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…え?

 

「あなた…何を…言って…」

 

「俺を食べろと言ったんだ…そうすれば、あと一度位戦えるだろう…」

 

赤城…今、何を考えたの…

 

「もう待っても味方は来ないだろう…」

 

駄目…駄目よ赤城…

 

「俺の我が儘に最後まで付き合ってくれた…せめてもの償いだ…」

 

止めて…止めなさい赤城!

そんな事を考えるな…

あなたが…

 

「俺も…お前と一緒に…」

 

こんなに…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

美味しそうだなんて…!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『グァツ、グァツ…』

 

『グチャッ、グチャッ…』

 

『ギギィーッ…ブチィッ!!』

 

『モグモグ…』

 

『バリッ!!グチャッ!!』

 

美味いッッ!

こんなに…こんなに美味い物がこの世にあるなんてッ!!

解ってるのに…頭では解っているのに…!

食べるのを止められないッッ!!!

力がみなぎってくるわッ!

美味い!美味い!美味い!美味い!美味い!!

美味いッ!美味過ぎるッッッ!!!!!

あぁ、あなたッ!

これで私達は文字通り一つよ!

誰にも私達を引き離す事は出来ないわ!

だからもっと…もっと食べさせてッ!

手も!脚も!身体も!頭も!脳みそもッ!

深海棲艦に殺される位なら…

私が全部、食べてあげるわッ!

誰にも渡さない!!

あなたは…足の先から髪の毛一本までッ!

全部、全部全部全部全部全部ッ…!!

私のモノよォッッ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うっ…ここは…

そうか…私は眠っていたのか。

 

「ねぇ、あな…」

 

そうだった。あの人はもう居ない。

…いや、違う…違うわ。

あの人は、私と一つになったのよ。

やっぱり私達は結ばれる運命だったのね。

不思議だわ…さっきまで動けなかったのが嘘みたい。

まるで、あの人の意思が乗り移ったみたい。

…そうよ。

あの人は生きてる。私の胎内で…。

私の血となり肉となり…私に戦う力を与えてくれた。

これなら戦える。

 

「あなた…加賀さん…今、行きますからね」

 

行こう…最後の戦いへ。

矢が尽き弓が折れ…海に沈むその時まで…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれは…私と同じ…空母のヲ級…だったわね」

 

どことなく加賀さんに似てるわね。

フフッ、加賀さんが深海棲艦に化けて私を迎えに来たのかしら。

他にも見た事がある敵が居るわね。

駆逐古鬼…空母棲姫…戦艦棲姫。

ざっと見ただけでも一個艦隊は居るわね。

フフッ、私一人相手にこんなに…。

いいわ…私の最後に相応しい…。

精々、派手に散ってみせるわ!!

 

「一航戦、赤城…出ます!!」

 

『…!?』

 

…何?どうしたの?

 

『…!!』

 

…爆撃音…仲間割れ?

 

『…!!!』

 

ど…どういう事なの?

て、敵が逃げて…ま、待って!待ちなさい!!

私はここよ?…戦う迄も無いとでも言いたいの?

ば、馬鹿にして…ッ!!

わ、私と…たたか…

 

「…さん!」

 

…この声は…

 

「か、加賀さん!赤城さんは無事よ!!」

 

瑞鶴…さん…?

あなた…まだ沈んで…

 

「助けに来たわよ!!」

 

…曙さん…

 

「赤城さん、遅れてすみません」

 

…加賀さん…

 

「加賀さん、アイツら私達が来たから逃げて行くわ」

 

「私が来たからよ」

 

「…本当にそうだったりして」

 

「瑞鶴、それはどういう意味かしら」

 

「そ、そんな事より赤城さん!遅れてすみません!!」

 

遅れて…あなた達、どうしてこんな所に…。

 

「…加賀…さん」

 

「良かった…本当に良かった。赤城さん、よく無事で…」

 

「…」

 

「私達、舞鶴鎮守府の艦隊に助けられたの!あそこを見て!葛城や榛名さんも来てくれたわ!」

 

「…」

 

「赤城さん、翔鶴も無事よ。私達の鎮守府は…残念だけど放棄して、舞鶴に移りましょう」

 

「…」

 

「…赤城さん?」

 

「そんな事より、赤城さん!アイツは?赤城さんがいるって事は、アイツも生きてるんでしょ?」

 

「…」

 

「赤城さん…提督は無事ですか?もしや怪我でもして動けないのでは?」

 

「…」

 

「ねぇ赤城さん、ここも危ないわ。早くアイツを連れてここから離れましょうよ」

 

「…」

 

「赤城さん…顔色が悪い様ですが…大丈夫ですか?」

 

フフ…フフフ…

アハハ…

皆、生きてた。

全部私の早とちり…

どうして…どうして今さらノコノコ現れたの?

どうして今さら助けになんか来たの…

どうして私を沈ませてくれなかったの…?

もうあなた達は沈んだと思ったから…

あなた達の後を追うつもりで…

一緒に沈むつもりだったのに…

 

「フッ…」

 

私は一体、何の為に…

 

「ウフフッ…」

 

あの人を…

 

「あ、赤城さん?」

 

あと一日…

 

「ね、ねぇ…赤城さん、アイツ、生きてるんでしょ?」

 

あと一日、待っていれば…

 

「まさか、提督はもう…!」

 

「…アハッ♪アハハッ…」

 

「…?赤城さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アッハハハハハハハハハッ!!!」

 

「あ、赤城さんッ!?」

 

「死んだッ!死んだッ!死んでしまったッッ!」

 

あの人の身体を引き裂いてッ!

 

「死んだのよ!死んでしまったのよッッ!!」

 

血も、肉も、全て残さずッッ!

 

「髪の毛一本残さずッッ!」

 

私が食べた!…私が食べたッッ!!

 

「あの人はいなくなってしまったッ!」

 

私が食べたからッッ!!

 

「…そんな」

 

「アイツが…嘘よ…そんなの嘘よ…」

 

「…赤城さん…」

 

「うっ…ううっ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イヤアアアアアアアッッッッッ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから三日が過ぎた。

 

気が付くと私は見知らぬ布団に寝ていました。

加賀さんの話では、錯乱する私を連れて舞鶴鎮守府へ向かったらしい。私の鎮守府で生き残った艦娘達も何人か居ました。

私はこの鎮守府に新しく加わる事になりました。

ここの艦娘達は皆、いい娘達です。葛城さんと言う後輩が出来て瑞鶴さんも張り切っています。

提督を…あの人を失った事は…一生忘れられないだろうが、私も早く復帰しなくては。

きっと、あの人もそれを望んでいる。

 

「赤城さん、食事に行きましょう。今日は私が奢りますよ」

 

「ええ」

 

加賀さんは本当に良い人です。本当は自分も辛いだろうに。私はここまで強くなれない。

…でも、いつまでも悲しみに浸っていたら、きっとあの人も怒るに違いない。

それにあの人は死んでなんかいません。

私の中で…永遠に私と共に生き続けている。

 

…でも、以前と変わった事が一つだけある。

 

「…あら、赤城さん。そんな少しでいいんですか?」

 

「大丈夫です、今日はあまり食欲が湧かなくて…」

 

そう、あの日から食べる量が…加賀さんが心配する程減りました。

以前は宝の山に見えた料理を目の前にしても、何の感慨も沸きません。まるで乾いた砂を噛んでいる様に、何の味もしません。

これは私に対する罰なのでしょうか…

最後まで仲間を信じなかった…

救援を待てなかった…

もう助からないと自分を騙し…

あの人の言葉に乗った振りをして…

自分の欲求を満たした私に…

一生を懸けて償えと、神様が言っているのでしょうか。

それは分からない。

 

ただ、もう…

 

どんなに美味しい料理を食べても、それを美味しいと思う日は二度と来ない。

…そんな気がしました。

 

 

 

 

 

 




赤城さんの話は絶対これで行こうと思ってたんですが、さてどうやって食わせようかと悩んでいたので後回しになっちゃいました。
最初は提督を自分の意思で食べて、皆には死んだって嘘を付くってオチだったんですが、こっち思い付いたのでこうしました。
長門は沈みました。

次は(多分)ろ~ちゃんですって! はい!(33話に当たります)











艦娘型録

提督 悲しき中間管理職。生き残れたら赤城と住もうと物件を探していた。普段から赤城の食事を見ているので自分の安月給で食わせていけるか心配していたが、実はそうでもないと知って心の底からホッとした。僕の身体をお食べよ!

赤城 頼りにはなるが、海原雄山並みにエンゲル係数が高い。ちなみに一番美味しかったのは腿肉。寝る度に変な老人と血を賭けた麻雀をする夢を見ていたが、最近は見なくなった。

加賀 赤城が釜ごと食うタイプなら、加賀は死ぬまでおかわりをするタイプ。この数年後、囚われた提督を助けたり金剛に余計な事言って榛名が酷いメに遇う。性の知識は駆逐艦レベル。

瑞鶴 思春期空母。後輩の葛城に懐かれたのはいいが、その所為で加賀に対する本当の気持ちに気付き禁断の扉が開きつつある。続きは薄い本で。

翔鶴 一応生存。赤城達と共に新しい鎮守府に来たはいいが、全員空母なので食費が一気に上がる事を申し訳なく思っている。でもおかわりはする。

曙 AKBN。新しい鎮守府にいる霞とキャラが被るのが気に入らないのか、しょっちゅう喧嘩してる。その所為で最近、駆逐艦達からハブられ気味に。ただしあけぼの、テメーはダメだ!!

舞鶴提督 馬鹿みたいに食う奴が一気に4人も増え、今さら「この辺にぃ~、別の鎮守府もあるんだけど…行かない?」とも言えないし頭が痛い。この数年後、戦艦棲姫に拉致られて無人島生活を送る羽目に。

榛名 この数年後、姉妹三人からフルボッコに。特に理由の無い砲撃が榛名を襲う!

鈴谷 109に行ってみたい。

熊野 一度神戸に行ってみたい。

長門 知らない子ですね。

鳳翔 伝言係。

葛城 スール。

戦艦棲姫と愉快な仲間達 只今絶賛子育て中。




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王の帰還

いい夢を…見させてもらったぜ…





寄せては返す波。

砂浜に佇む二つの人影。

その一人が、海を見つめるもう一人に話し掛けた。

 

「また〈あちら〉を見ていたのですか?」

 

〈…〉

 

「はい、こことは違う世界があります」

 

〈…?〉

 

「それは…。例え姿は違えどもアナタは我々にとってかけがえのない方です」

 

〈…〉

 

「そんなに…気になりますか?」

 

〈…〉

 

〈やはり血がそうさせるのでしょうか…〉

 

「…あちらに行ってみますか?」

 

〈…!?〉

 

「もしかしたら、それが一番いいのかもしれません」

 

〈…〉

 

「ただ、これだけは覚えておいて下さい。我々は…いえ、私はいつまでもアナタが帰ってくるのを待っていると」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「テイトクッッ!!」

 

全速力で海を駆ける金剛と榛名の前に鎮守府が見えてきた。その鎮守府から煙が上がっているのが見えた。

鎮守府の港からは銃声と爆発音が鳴り響いていた。

 

「うっ…」

 

金剛が急に止まりその場に倒れそうになる。

 

「お姉さまっ!」

 

榛名が今にも崩れそうな金剛を慌てて支える。

 

「離して榛名っ!テイトクがっ!まだテイトクがあそこにっ!」

 

「お姉さまはもう大破状態ですっ!提督もきっとご無事です!」

 

無理にでも前へ進もうとする金剛を榛名は必死で制する。

 

「提督は私がお救いします」

 

「…No!それはダメね榛名っ!アナタ独りじゃ…!」

 

「私はまだ小破状態です。それに…」

 

榛名は後ろを見上げた。

 

「比叡お姉さま達もすぐ来ます」

 

「榛名…」

 

「提督は必ず助け出してみせますっ!」

 

榛名は金剛を安心させる様に抱き締めた後、鎮守府へと駆け出した。

 

「…Shit!!」

 

榛名の背中を見送るしかできない無力感に、金剛は海面を叩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…名、榛名!」

 

「…ここは」

 

榛名が次に目を覚ますと、そこは鎮守府のドックだった。

 

「お姉さま、榛名、気が付きましたよ!」

 

「榛名、榛名っ!」

 

まだ夢心地の榛名に金剛が抱き付いてきた。その後ろには比叡と霧島も嬉しそうに彼女を見ていた。

 

「あれっ、私は…」

 

「大丈夫です、ここは鎮守府です。深海棲艦達はもういませんよ」

 

「霧島…。あっ、金剛お姉さまっ!提督は?」

 

「Don't worry、大丈夫よ榛名。アナタが救いだしてくれまシタ!」

 

〈あぁ、そうか。確か私は提督を担いで…〉

 

入渠で体の疲れが取れたお陰か、榛名は提督を救いだした時の記憶が甦りつつあった。

 

金剛と別れ、単身敵に囲まれつつある鎮守府へと榛名は向かった。

敵駆逐艦、軽巡と遭遇するもこれを突破。何発か被弾しつつも鎮守府へとたどり着いた。

鎮守府の港には二つの人影があった。

一人は仰向けに倒れている提督、そしてもう一人は…

かつて戦った事のある、戦艦棲姫だった。

 

何故こんな所に姫級が!?榛名は轟沈を覚悟した。

だが、戦艦棲姫は榛名に見向きもせず海へと向かった。他の駆逐艦達もその後に続く様に榛名から離れていった。

戦艦棲姫が視界から消えると、榛名は安堵からかその場に倒れた。

 

「そこへ私と霧島がたどり着いて、助けに行ったら提督と倒れてて…。びっくりしたよ」

 

「ご免なさい比叡お姉さま。でも提督もご無事な様で何よりです」

 

「提督より榛名お姉さまの方が心配ですよ、全く…」

 

「心配かけちゃいましたね霧島。でももう大丈夫」

 

ふうっ、と榛名は思いっきり身体を伸ばした。

あの時、深海棲艦達は随分残っていた気がする。あの中に一人で飛び込むなんて我ながら恐ろしい事をしたもんだと、榛名は今更ながらにゾッとした。

 

「深海棲艦達は、戦艦棲姫は比叡お姉さま達が倒したんですか?」

 

「戦艦棲姫?な、何でそんなのが鎮守府に!?霧島見た?」

 

「いえ、私達が駆け付けた時は敵は残っていませんでしたから…。見間違いでは?」

 

「そう言われると…。あの時は私も必死だったから。言われてみればそうかも…」

 

確かにあの時は私も必死だったし…。

そう思いながら、榛名は湯船に頭を沈めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この鎮守府は元々、然したる激戦区でも無かった。

だが、ある時期から深海棲艦の勢力が増し、徐々に劣勢に追いやられつつあった。

そんな時、進撃に出た艦隊の隙を付く様に鎮守府海域に深海棲艦の部隊が出現した。

出撃していた金剛達の下に、大淀から大至急戻る様にとの連絡が入ったが、金剛達が着いた時には鎮守府海域は深海棲艦達に取り囲まれていた。

普段なら冷静な金剛も、提督に何かあってはと冷静さを欠き、我が身を顧みずその中へ突入した。

先行した金剛、それを追いかける榛名。比叡と霧島が追い付き決戦が始まると思われたが、何故か深海棲艦の部隊は撤退を開始していた。

 

 

 

 

 

 

 

「テイトク~ッ!!」

 

「ああ金剛、うわっ、待っ!」

 

司令室に入るなり金剛は提督へとダイブする。慌ててそれを受け止める提督。まるで恋人の様に提督に抱き着く金剛。

 

「心配したヨ~ッ」

 

「あ、ありがとう。だがまだ傷が治ってないんだ」

 

「oh~、sorry。でも元気になって良かったヨ~」

 

そんな光景を微笑ましく見つめる榛名。その視線に気付いた提督が榛名に向き直った。

 

「そう言えば、俺を助けてくれたのは榛名だと聞いたよ。ありがとう」

 

「い、いいえっ。榛名は何も…」

 

「だが、俺を助ける為に負傷したと聞いている。すまない」

 

「ンモ~ッ、テイトクッ!?ワタシだって頑張ったんだからネ!!」

 

「あぁ、勿論金剛にも感謝しているよ。すまない」

 

「Boo~!何かついでみたいデ~ス!」

 

金剛のご機嫌を取るのに必至な提督を見ていると、怪我も大した事はなさそうだと、榛名は胸を撫で下ろした。

 

「でも提督、何事もなくて良かったです。戦艦棲姫を見た時は、榛名もう駄目かと思いましたよ」

 

「…戦艦棲姫?そんなのが鎮守府にいたのか?」

 

「い、いえ、あの時は榛名も必死でしたから、もしかしたら見間違いかも…」

 

「…そうか」

 

「きっと見間違いネ~!もしそうだったら今頃こうしてハグできないよ!」

 

金剛はさっきよりも激しく提督に抱き着く。そんな金剛を少しだけ羨ましく思いつつ、微笑ましく見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆、今まで心配を掛けた。また今日からよろしく頼む」

 

俺は司令室に集まった皆にすっかり回復した事を告げた。皆も温かく迎え入れてくれた。

それからの毎日は決して楽では無いが、今迄以上の充実感を感じた。

 

「提督、次の出撃ですが…」

 

榛名が遠慮がちに尋ねてきた。

 

「あぁ、以前はこの進撃ルートだったが、少し修正をしてこうしたいと思っているんだ」

 

「それは、どの様な意図で?」

 

隣にいた加賀が少し不満気な顔をした。

 

「今回の鎮守府が攻められた事を考えて、少し見方を変えてみようと思ったんだ。そう思うと、この海域が怪しいと思ってね」

 

加賀は次の作戦の為に彼女なりに考えていたのだろう。それが大幅に変更されたのだ。少し不満に思うのも無理はない。他の者もいまいち納得していない、と言った面持ちだった。

 

「分かりました。提督の判断を信じます」

 

「ああ、頼む。健闘を祈る」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鎮守府近海。

つい先程迄、嵐のように砲弾飛び交う戦場だったが、今は嘘の様に静まり返っていた。

戦艦ル級、軽巡ヘ級を倒した事を皮切りに深海棲艦は総崩れになり、戦いの勝敗は決した。

 

「…驚きました。この海域はもう解放したから何の問題も無いと思っていたのに。これだけの勢力が潜んでいたなんて」

 

「そうですね加賀さん。もし提督の指示がなければ又、鎮守府が襲われたかもしれませんね」

 

加賀と榛名は顔を見合わせた。

加賀の言う通りこの海域は既に解放済み。加賀もそんな海域に何故出撃するのかいささか疑問だった。

だが蓋を開けてみれば、深海棲艦が再び集結を図っていた。

深海棲艦達も、もうこの海域はノーマークだと思っていたのか、数こそ多いもののほとんど統制が執れておらず撃破は容易だった。

 

「確かに榛名さんの言う通りね。…正直言うと私、少し不安だったの。何と言うか…復帰してからの提督、以前と雰囲気が変わった様な気がして」

 

「…雰囲気、ですか」

 

実は榛名もそれは感じていた。だがそれは、怪我をして少し弱っているだけだろうと、考えない様にしていた。

 

「…でも、どうやら杞憂だった様ね。安心したわ」

 

「…ハイ」

 

艦隊は撤退を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「今回は危なかったですね」

 

書類に目を通す提督に榛名は話し掛けた。

 

「ああ、何となくここが怪しいと思ってね」

 

「加賀さんも驚いてました。こんなに敵が集結していたなんて、って」

 

「自分でも驚いてるよ」

 

提督は書類を置き、紅茶を飲みながら椅子に頭を掛ける。

 

「フフッ」

 

「…どうかしたのか?」

 

「いえ、加賀さんも言ってましたけど提督、少し雰囲気変わった様な気がしまして」

 

「…そうかい?」

 

「あっ、悪い意味じゃないんですっ!ただ前と雰囲気違うから、まだ怪我が治ってないんじゃないかな~と思いまして」

 

「ははっ、それはもう大丈夫だよ。…それとは別に榛名に一つ頼みがあるんだ」

 

「頼み、ですか。榛名にできる事ならいいですが…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「テイトクッ!榛名を秘書艦に任命したって本当デスかっ!」

 

予想してはいたが、案の定金剛が朝一番で乗り込んで来た。無理もない。今迄は金剛に秘書艦をしてもらっていたのだから。それが急に変更となれば、理由の一つも聞きたくなるだろう。

 

「あぁ、榛名に少し仕事を手伝ってもらおうと思ってね」

 

「それなら、今迄通りワタシでも!」

 

「提督、やはり金剛お姉さまのままでいいのでは?」

 

後から着いてきた榛名が申し訳なさそうにしている。

 

「いや、榛名にも少し慣れてもらおうと思ってね。金剛が嫌いになったとかじゃないから、誤解しないでほしい」

 

「…まぁテイトクがそう言うなら仕方ないデス」

 

金剛は頬を膨らませながら渋々頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、提督…」

 

司令室で書類を片付けていると、榛名が物怖じしながら尋ねてきた。

 

「どうして秘書艦を金剛お姉さまから榛名にしたんでしょうか。別に金剛お姉さまのままでも良かったのでは…」

 

そう言われてみれば自分でも不思議だった。

榛名の言う通り、今迄通り金剛でも良かったかもしれない。だが、今の自分には金剛よりも榛名に側にいて欲しかった。やはり助けられた事が原因だろうか。

 

「そうだな、自分でも何でだろうと思うよ。ただ…」

 

「ただ?」

 

「もう少し、榛名の事を知りたいな、って理由じゃ駄目かな」

 

「えっ?そっ、それって…///」

 

榛名の顔がみるみる赤くなっていくのが分かった。

 

「今は金剛よりも、榛名と多くの時間を過ごしたいんだ…。駄目かな?」

 

「だっ、駄目じゃありませんっ!!」

 

ガタンと音を立てて榛名が椅子から立ち上がった。

 

「あ、すっすみませんっ」

 

今度は萎縮して椅子に座り直した。

 

「で、でも金剛お姉さまとの約束は…」

 

「約束?」

 

「はい、将来は必ずケッコンして指輪を送る約束をしたと、前に聞いた事があって…」

 

「そうか…」

 

正直、そんな約束したかなと思うが、もし忘れたなんて言ったらどんな顔するか…。考えただけで怖い。

 

「それについては、もう少し時間があるから考えるよ」

 

「…そうですね。お姉さまもきっと楽しみにしていると思います」

 

「…」

 

約束、か…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「テイトク~ッ!第一艦隊、帰還したヨ~ッ!」

 

司令室のドアを開けた金剛は、俺の顔を見るなり満面の笑みで報告をしてきた。

 

「ああ、お疲れ。その様子だと勝利、と思っていいのかな?」

 

「モチロンデ~ッス!テイトクの読み通り、敵の裏をかいて大勝利だったヨ!」

 

俺が提督に復帰してから数ヶ月が経っていた。

怪我の後遺症なのか、暫くは実務を思い出すのにいささか戸惑った。

加賀や榛名からも雰囲気が変わったと言われたが、正直実感は無い。

一つだけ、以前と違っている事があるとすれば勘が冴えた、と言う所だろうか。

あの鎮守府襲撃以来、自分でも驚く程の勝利が続く様になっていた。

ここが怪しいと思えば必ず深海棲艦はその海域にいた。深海棲艦はきっとこう来るだろうと想定した作戦は、見事に的中し、味方に勝利をもたらした。

大本営からも近々勲章が授与されると、大淀からも聞いていた。

 

「テイトク~。ワタシ、鼻が高いでス」

 

「どうしたんだ、急に?」

 

「テイトクが世間で何て呼ばれてるか知ってますカ~?」

 

「…何て言われてるんだ?」

 

「深海棲艦との戦いを終わらせる英雄デ~ッス!!」

 

「そ、それは買い被り過ぎじゃないかな」

 

「いいえ、榛名もそう思います」

 

金剛の隣にいた榛名も目を輝かせて俺を見つめていた。

嬉しくはあるが、何かむず痒くもある。

 

「そう言えば、今日の戦いのMVPは…」

 

「oh~、そ、それは…」

 

「は、恥ずかしながら榛名です」

 

榛名が金剛に申し訳なさそうに手を挙げた。

 

「凄いじゃないか。確か前回も榛名だったと思うが」

 

「み、皆さんや金剛お姉さまがフォローしてくれたお陰です」

 

「ははっ、謙遜して。そんな榛名も可愛いよ」

 

「そっ、そんな…。可愛いだなんて///」

 

「…」

 

一瞬、金剛が榛名を睨んだ気がした。だがもう一度金剛の顔を覗きこむとさっきと変わらぬ笑顔を称えていた。…気のせいだろうか?

 

「…ah~、そう言えば大淀が言ってマシタ。近々、例の指輪が届くと。ホントですかッ?」

 

「大淀め、秘密にしておいてくれって言ったのに…。あぁ、本当だよ」

 

「Oh~!!テッ、テイトクッ!そ、それじゃあケッコンの相手を決めたンデスかっ!?」

 

「実は、まだ決めかねているんだ。でも届く頃には答えを出すよ」

 

「テイトクッ!ワタシ、覚えてマスからネッ!テイトクが私に指輪をくれるって約束ッ!」

 

…そんな約束したかな。

それにケッコンと言っても、実際に夫婦になる訳じゃない。あくまで能力を底上げするだけだ。

ただ、例え真似事でもそこまで喜んでくれると男としては嬉しい限りだ。

 

ふと榛名を見ると、喜ぶ金剛とは裏腹にどこか寂しげな表情をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督、お電話です」

 

資料に目を通していると、隣の部屋にいた大淀がドアを開けて俺に言った。

 

「大本営からか?」

 

「いえ…フフッ、お母様からです」

 

「お袋?」

 

「きっと心配なさってるんですよ」

 

「あぁ、そうだろうな」

 

俺は隣の部屋に行き、電話の受話器を取った。

 

「もしもし?」

 

それから数分程、何て事のない話をした。お袋は何度も何度も怪我は治ったのか、本当にもう大丈夫なのか、しつこく聞いてきた。

母親と言うのはどうしてこう心配性なのだろうか。それだけ俺の事を案じてくれていると思うと、嬉しい反面照れ臭くもあるが。

 

『…じゃあ、本当にどこも悪い所は無いんだね?』

 

「あぁ、大丈夫だよ。心配性だな」

 

『そりゃ良かったよ。わたしゃてっきりまだ具合が悪いんじゃないかと思ってねぇ』

 

「え、何でまた…」

 

『だって、前と声が少し変わってるからさ。まだ怪我が治ってないんじゃないかと思ってねぇ…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「テイトク…」

 

「…金剛?」

 

もう日も暮れ、鎮守府も夜の帳に包まれていた。提督も就寝に就こうと思った矢先、執務室のドアが静かに開いた。

 

「…どうしたんだ、こんな夜更けに」

 

「Ah~、そ、そのデスね~」

 

金剛はドアの前で気まずそうに照れていた。目も泳いでおり、提督と目が合うと反らし、また合うと反らす、そんな事を何度も繰り返していた。

 

「何か話があるのかい?」

 

「は、話といいマスか~…」

 

何がしたいのか分からない金剛に、提督は軽く溜め息を付くと、椅子から立ち上がった。

 

「今じゃなきゃ言えない話なのかい?」

 

「…」

 

コクコクと金剛は無言で頷いた。

 

「なん…」

 

提督が言い終わる前に、金剛は彼の胸の中へ飛び込んだ。

 

「こ、金剛」

 

「テイトク、前にワタシに言ってくれた約束覚えてマスか?」

 

「約束…、もしかして指輪の事か?」

 

金剛は提督の胸の中で頷いた。

 

「前に、テイトク言ってくれマシタ。『もし指輪を贈るって言ったら、貰ってくれるか?』って」

 

「…」

 

「ワタシ、とても嬉しかったデス。テイトクは他の人が好きなんじゃないかって、思ってマシタから…

 

「でも、榛名を秘書艦にするって言った時、テイトク、あの約束、忘れちゃったのかナってショックデシタ。

 

「テイトクは…榛名の方が好き…なんデスか?もうワタシの事は…好きじゃ…ないんデスか?」

 

「そ、そういうワケじゃ…」

 

「だったら…」

 

金剛は提督の背中に両手を回した。

 

「ワタシの方がスキだって…証明してクダサイ」

 

金剛は顔を上げた。涙混じりの目を閉じると金剛は提督に唇を重ねた。

金剛は顔を離すと、提督の胸に顔を埋めた。提督は金剛の肩が震えているのに気付いた。

 

「今夜は…ココにいてもいいデスか?」

 

いつもの金剛とは思えない、か細い声で彼女はそっと囁いた。

しばらく迷っていた提督は、優しく彼女の肩を抱いた。

金剛は一瞬キャッと驚いて顔を上げたが、提督の顔を見ると安心した様に目を閉じた。

金剛は、再び提督の胸に中に飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大きい波に揺らレッテ~戦いにゆくのデ~ッス♪」

 

廊下を歩く金剛はとても、隣の榛名が若干引く位ご機嫌だった。

提督がケッコン指輪を取り寄せる。まだ自分が選ばれていないにも関わらず、彼女は我が世の春を味わっていた。もちろん、それだけではないのだが…。

 

「ふふっ、お姉さま良かったですね。提督はきっとお姉さまに指輪を贈ってくれますよ」

 

「ま、まだそうと決まったワケじゃないヨ~///でももしそうだったら…!イヤ~ン、テイトクのエッチ~♪」

 

一人身悶えする金剛を見て、榛名はこれで良いと思った。

金剛が提督を慕っているのは誰よりも知っている。自分が秘書艦に任命された時は、どうなるものかとヒヤヒヤした物だ。だが指輪を取り寄せたと言う事は、提督も金剛の気持ちに答えるという事なのだろう。

自分も提督を慕っている。だが、姉の幸せを壊す位なら…。自分の気持ちは一生、胸に閉まっておこう。

榛名はそう思った。

 

 

 

 

 

 

数日後、大本営からの命令により艦隊はいよいよ深海中枢の前縁部への強硬偵察に出ることになった。

加賀を旗艦にした部隊が、次の中枢侵攻への足掛かりとするべく奮戦していたが、既に勝敗は決していた。

 

「提督の予想通りの展開だったわね。こちらはほぼ無傷。敵の本拠地はそろそろ近いと言うのに」

 

「犠牲が出ないのはいい事じゃないですか、加賀さん」

 

「それはまぁ、そうなのだけれど…。何か上手く行き過ぎて、気味が悪いわ」

 

榛名の答えに複雑そうな顔をする加賀。彼女は決して好戦的ではないが、それでも弱すぎる敵にいささか張り合いの無さを感じていた。

 

「まぁいいわ。私達の任務はここまでよ。一端帰投しましょう」

 

加賀が踵を返す。それに続き榛名も後に続く。

 

「あら?」

 

「どうしました、加賀さん?」

 

「あ、いえ…戦闘に夢中で気付かなかったけど、ほら、あそこ…。あんな所に小さな島があったのね」

 

榛名が加賀が指差す方向に目を向けると、数百メートル先に小さな島が見えた。

 

「あ、ほんとですね。私も気付きませんでした」

 

「…榛名さん、先に行っててくれないかしら。もう敵はいないと思うけど、少し様子を見てくるわ」

 

「でも、お一人では…」

 

「大丈夫よ、島に上がる訳ではないわ」

 

「分かりました。では先に行っています」

 

榛名はその場を後にした。

榛名が駆け出すのを見ると、加賀も目の前の島へと向かった。

ものの一分もすると島へと辿り着いた。特に何の変哲もない離れ小島と言った処か。

島の周囲を一周し、帰ろうとした加賀はある物に気付き急停止した。

それは人だった。

もう何日も何も食べていないのか、体は骨が見える程痩せ細った裸の人間が倒れていた。

 

〈何でこんな所に人が…?船が難破でもしたのかしら〉

 

とりあえず、生きているかだけでも確認しようと加賀は島に上陸した。

加賀は恐る恐るその人間に近付いた。どうやら男性らしい。

 

「あの…」

 

加賀の声に男は弱々しく顔を上げた。すると、さっきまでは身動き一つしなかったのが嘘の様に加賀に掴みかかってきた。

 

「なっ、何をっ…えっ!?」

 

加賀の肩に掴みかかった男は、何か驚いた様な顔で必死に何かを訴えようとしている様だった。やがて力尽きたのか、糸が切れた様にその場に倒れた。

加賀は驚きのあまり動けなかった。

掴みかかってきた事にではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

加賀は、彼をよく知っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督、榛名ただいま帰投しました」

 

鎮守府に戻って来た榛名が自分の下へ報告に来た。

 

「お疲れ。怪我も無いようで何よりだよ」

 

「提督の判断が正しかったお陰です。艦隊の皆さんもほとんど無傷です」

 

「そうか…」

 

…うん?

 

「加賀は…?」

 

「えっと、加賀さんは気になる事があるとかで、遅れるそうです」

 

と、そこへ金剛がドアを開けて入って来た。

 

「Oh~榛名、帰っていたデスか。テイトク~、お話って何デスか?」

 

「実は、これの事でね」

 

提督は机の引き出しから小箱を取り出した。

 

「そ、それは…!」

 

「ケッコン指輪だ」

 

提督は箱を開けた。そこには銀色に光る指輪が収まっていた。

 

「テッ、テイトクッ!じゃあ私とケッコンを…!」

 

「その事なんだが…」

 

提督は金剛ではなく、榛名の前に立った。

 

「えっ?」

 

「テッ、テイ…ト…」

 

提督は榛名の目を見て語った。

 

「榛名、俺とケッコンしてほしい」

 

榛名は暫く何が起きたか分からないのか、口を開けて驚いていた。だが、目の前の指輪を見ると、自分がプロポーズされたのだという事を理解したようだった。

 

「提督、わっ、私とっても嬉しいです!…ですが、お姉さまの方が相応しいのでは…」

 

榛名は金剛の方を申し訳なさそうにチラチラと見やる。

 

「金剛には申し訳ないと思っている。だが、榛名、俺は君とケッコンしたいんだ。…受け取って貰えないか?」

 

榛名も提督の事は慕っている。提督が自分を選んでくれたら、と思った事は一度や二度ではない。だが、それ以上に姉の金剛の気持ちも知っていた。

その金剛を差し置いて自分が選ばれるなんてと、強烈な罪悪感に襲われた。

だが、そんな気持ちを掻き消したのは意外にも金剛の一言だった。

 

「オメデトウ、榛名」

 

「…お姉さま?」

 

「テイトクへのLoveは負けないつもりだったケド…。テイトクのLoveは榛名に向いてたみたいネ」

 

「お、お姉さまっ、私…!」

 

金剛は榛名を抱き締めると、優しく頭を撫でた。

 

「だから今回は榛名に譲りマス…。ワタシの分も仲良くしてクダサイネ」

 

「お姉さま…」

 

榛名は目を潤ませながら金剛を抱き締めた。やがて金剛が榛名の背中を軽くポンポンと叩くと、榛名は提督に向き合った。

 

「何でしょう…。守りたい気持ちが溢れてきます。お姉さまも、皆も…。提督、本当に榛名で構いませんか?」

 

「あぁ」

 

榛名は指輪を受けとると、ゆっくりと指を通した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督、本当に榛名で良かったんでしょうか…」

 

夕暮れの執務室。

つい先程、榛名はケッコン指輪に指を通したばかりだった。自分が選ばれた事を実感するまでに時間が掛かったが、それを認めると今度は罪悪感が彼女の心に覆い被さってきた。

当の金剛はああ言ってくれた。だが、本当に自分がこの指輪を受け取って良かったのだろうか。自分だけが幸せになっていいのだろうか?

 

「金剛には悪いと思ってる。でも、さっきも言ったが俺は君に受け取ってほしかったんだ」

 

「でも…」

 

榛名はどこか納得できない、と言った顔をしていた。

スッと提督は椅子から立ち上がると、榛名を優しく抱きしめた。

 

「あっ、て、提督…///」

 

「どうして榛名を選んだかは自分でも分からない。でも、俺は榛名に側にいてほしかったんだ。…それとも榛名、さっき指輪を受け取ってくれたのは嘘だったのかい?」

 

「う、嘘じゃありません!私、とっても嬉しかったです!てっきり提督は金剛お姉さまに指輪を渡すものだとばかり思っていましたから…

 

「だ、だから私に指輪を渡すって言われた時、わ、わた、私っ!…その…あぅぅ///」

 

「それでいいじゃないか」

 

「えっ?」

 

「俺も榛名が好き、榛名も俺が好き。何の問題も無いだろ?」

 

「は、榛名が好きって…///」

 

「…もしかして、俺の事、嫌い?」

 

「そ、そんな事っ!…もう、提督は意地悪です…」

 

提督は榛名の肩を抱いた。榛名も提督の肩にゆっくりと手を回した。

 

「榛名…愛してるよ」

 

「はい…榛名もです…提督」

 

二人はどちらからともなく、唇を重ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

鎮守府の港。

一人の艦娘が海を見つめながら、傷心に浸っていた。

後ろに響く足音に彼女は振り返った。

 

「金剛さん、ちょっといい…かし…。あなた泣いているの?」

 

金剛が振り替えるとそこには加賀がいた。加賀の顔を見ると、金剛は慌てて涙を拭った。

 

「Hey加賀、悪いケド今は誰とも話したくナイネ。後にしてほしいデス」

 

「…何があったか知らないけど、そうもいかないのよ。大事な話があるの。多分あなたが一番関係あると思って」

 

「ワタシに…?」

 

加賀は語り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

榛名にプロポーズした翌日、俺は実家の母に報告しようと一日だけ休暇を取った。

鎮守府から数時間、小さな港町にある実家へ辿り着いた。もう何年も帰っていない気がする。最後に帰ったのはいつだったろうか。覚えていない。

実家の門を潜ると、母親が庭を掃除していた。

 

「お袋」

 

「ん?誰…あれ、アンタ」

 

「久しぶり」

 

お袋は俺の顔を見ると、驚きながら近付いて来た。だが、何故か俺の前まで来ると、急に俺をまじまじと見つめた。

 

「どうしたの。顔に何かついてる?」

 

「え、いやぁその…。まぁお上がりよ」

 

「あぁ」

 

俺は家へ上がった。

 

 

 

 

 

 

「懐かしいな」

 

俺は家の中を探索して回った。もう何年も帰っていないせいか、家の記憶はすっかりぼやけていた。

昔、自分が使っていた部屋はまだそのままだった。当時の雑誌や本が誇りを被っていた。

その中に大きなアルバムを見つけた。幼年学校当時の物だった。

俺は懐かしさからアルバムを手に取った。

一枚一枚写真を眺めていると、こんな事もあったなと、過去を思い出す。と、同時に不思議な違和感に包まれた。

 

うん?

 

確かに写真に写っているのは自分の筈。だが何かが違っている気がした。

 

「ねぇ」

 

声に振り替えるとお袋が立っていた。

 

「あぁ、今いくよ」

 

「その前に聞きたい事があるのよ…」

 

お袋は何故か警戒心を露にしていた。

 

「…ど、どうしたんだよ改まって」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…アンタ、本当に私の息子だよね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気が付くと、俺は実家の近くの港に来ていた。

あの後、お袋とはほとんど話をせず、逃げる様に家を飛び出し、気が付けばここにいた。

どうして逃げたのだか分からない。ただ無性にあの家に居たくなかった。何故だ?

俺はアルバムの事を思い出していた。

あのアルバムを見て沸いた不思議な違和感。自分は確かにあそこに写っている。自分は確かにそこにいた。それは間違いない。

 

…じゃあ何故その時の事を、思い出せないのか?

 

そこに写っているのは自分なのに、まるで人の写真を見ている様だった。

何故…?

 

〈うっ!何だ?頭が…痛いっ!!〉

 

その場には誰も居ない筈なのに、誰かに大声で呼ばれた気がした。頭の中をかき混ぜた様な猛烈な頭痛に、俺は思わず膝を着いた。

次の瞬間、海に大きな水柱が立った。

 

「なっ…!」

 

自分の背丈よりも大きな波が起こり、俺を包んだ。

 

「うわあっ!」

 

波に弾かれる様に、俺は後ろに尻餅を付いた。

次に目を開けると、そこには無数の人影が俺を見下ろしていた。だがその誰もが人であって人ではない。

黒いフードを被った少女。

真っ黒な袴を着た少女。

両手にまるで巨大な鮫の様な艤装を持つ少女。

艦娘の様に大きな大砲の着いた艤装を背負う髪の長い女。

スラリとした手足を持ち、両脇に小さな滑走路の様な艤装を持つ女。

角を生やし、自分の体程もある鈎爪の様な両手を持つ女。

白い肌に白い髪。俺達が戦っている相手…。

 

深海棲艦だった。

 

「うわあぁっ!」

 

俺は恐怖でその場から逃げる様に走り出した。だが、いつの間にか後ろにも彼女達が立ちはだかり、俺の行く手を塞ぐ。ふと海に目をやれば、黒い貝殻の様な化け物が何匹も集まっている。

彼女達は、まるで人間が珍しいかの様に好奇に満ちた目で俺を見つめる。

 

「…!」

 

気が付くと体が震えているのが分かった。俺は死を覚悟した。

その時だった。

 

〈…ッテ…シタ〉

 

え?

頭の中で声がした。

どこかで聞いた様な、ひどく懐かしい、とても安心する声。

十秒…二十秒が過ぎただろうか。気が付けば、体の震えは無くなっていた。

深海棲艦達の中から一人の女が進み出た。

彼女達の中で異彩を放つ黒い髪。額に二本の角を生やし、黒いワンピースを着た女が俺の前までやって来た。

不思議と恐怖は無かった。その女の表情はとても穏やかな、一瞬彼女を人間と見間違う程だった。

 

「今の声は…オマエなのか?」

 

気が付けば、俺は自分から彼女に話しかけていた。

彼女は慈愛に満ちた眼差しで微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈オ迎エニ アガリマシタ〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、分かりました」

 

大淀は電話を切った。

その後ろにいた加賀、金剛、榛名に大淀は振り返った。

 

「提督は明日の朝にお戻りになるそうです」

 

「そう…」

 

それを聞いた加賀が複雑そうな顔をして俯いた。

榛名は戸惑っていた。

加賀に大事な話があると言われ、司令室に来た。そこには大淀と金剛もいたが、何故か三人共、いつも陽気な姉の金剛でさえ、暗い顔をして静まり返っている。

 

「あの…皆さん。どうかしましたか?加賀さん、榛名はどうして呼ばれたのでしょうか?」

 

重い空気に耐えきれなくなった榛名が加賀に尋ねた。

加賀が榛名に向き直った。

 

「榛名さん…。よく聞いて頂戴」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな…そんな話、信じられません!」

 

榛名は加賀の話を遮った。

榛名だけではなく、司令室にいる三人共、加賀の話に驚きの色を隠せなかった。

 

「失礼します!」

 

榛名は飛び出る様に部屋を後にした。

まだ司令室に残る加賀、金剛、大淀の三人は一様に暗い表情だった。

 

「もし、加賀さんの言う事が本当なら…」

 

「私も嘘だと言えればいいのだけれど…」

 

加賀は、金剛に向き直った。

 

「金剛さん、こんな時に聞くのも何だけど…一つ確認しておきたい事があるの」

 

「…何です」

 

俯く金剛に加賀は尋ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督は…榛名さんが助けたのよね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜、鎮守府に警報が鳴り響いた。

鎮守府近海に突如として、深海棲艦の大群が感知された。その目的が鎮守府なのは明白だった。

何はともあれ、鎮守府にいる艦娘達は迎え撃つべく出撃を開始した。

 

突如鳴り響いた警報に、榛名も慌てて出撃の準備を進めていた。金剛と港に向かった榛名は比叡、霧島と共に海に降り立とうとしていた。

 

「あれっ?」

 

「どうしたの榛名?」

 

「い、いえ艤装が…」

 

榛名は自分の艤装が何故か動かない事に気付いた。昨日までは何ともなかった艤装が、まるで嘘の様にピクリともしない。

よく見ると、可動部分に透明の糊の様な物が至る所に付いていた。

 

「お姉さま、先に行っていて下さい。榛名もすぐに向かいます」

 

「分かった、先に行ってるよ榛名」

 

勢いよく駆け出した金剛に遅れまいと、比叡、霧島もその後に続いた。

それを見送った榛名は、さてどうした物かと途方に暮れた。

 

「榛名」

 

聞き慣れた声が榛名の名を呼んだ。その声に振り替えると、そこには提督がいた。

 

「提督?どうしてここに?帰るのは明日の筈では?」

 

「榛名と話がしたいと思って、今日帰って来たんだ」

 

「話?あの、提督、今は深海棲艦が現れてそれどころでは…」

 

「あぁ知っている。アイツらには加賀達の相手をしてもらっている」

 

〈アイツら?相手?〉

 

「榛名、よく聞いてくれ。深海棲艦は人間…艦娘達と争わなくても生きて行ける。でもそれは、君たちが深海棲艦に仕掛けてこないと言う前提があってこそだ」

 

「提督、何を言って…」

 

「榛名…俺達は艦娘達と戦いたくない」

 

「俺…達?それじゃまるで提督が深…」

 

『榛名さん、私、あの島である人間に出会ったの』

 

榛名の頭の中に、加賀の言葉が過った。

 

「…本当なんですか?」

 

「榛名?」

 

「加賀さんが言っていた事は本当なんですか?」

 

「加賀が…何か言ったのか?」

 

「あなたは…

 

『絶対にそこに居ない筈の…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『提督』じゃないんですか?」

 

榛名がその質問を投げ掛けた瞬間、海に二つの大きな水柱が立った。そしてその中から二つの生き物が姿を表した。

一つはまるで四足歩行の肉食獣を思わせる禍々しい姿の深海棲艦。

そしてもう一人は、かつて榛名が対峙した事のある戦艦棲姫だった。

榛名は慌てて艤装を展開しようとするが、動かない事を思い出す。そんな榛名の焦りを察する様に提督が榛名の艤装を一瞥した。すると、艤装に付いていた糊の様な物が砂の様にサラサラと溶けて無くなった。

 

「俺は深海棲艦の世界で生まれた。そこにいる彼女、戦艦棲姫に育てられた。母親は亡くなっていたらしい。

 

「俺は成長するにつれ、自分の姿が彼女達と違う事に気付き始めた。その姿はまるで俺達、彼女達が戦う相手、人間や艦娘にそっくりだった。

 

「俺は何故、自分だけ姿が違うのか彼女に尋ねた。彼女は教えてくれた。俺の父親は人間だったと。

 

「それを知った俺は、父のいた世界…人の世界に興味を持った。向こうで生けていれば俺は人間としての人生を送れたのだろうかと…。

 

「そんな時、そこの彼女から一つの提案があった。人間の世界で暮らしてみるかと。

 

「君達には悪いが、俺はここの提督に目を付けた。この姿は…元の提督に似せた艤装みたいな物だ。記憶を読み取った後、戦艦棲姫に自分の記憶を一時的に消してもらい、俺は人間の提督としての人生を歩み始めた。

 

「もう一度言う。榛名…俺は君達と戦いたくない」

 

「…」

 

榛名は艤装を展開した。

瞬間、獣の様な艤装と戦艦棲姫が提督を庇う様に躍り出た。

 

「…嘘だったんですね」

 

「…」

 

「私が提督だと思っていた人も、私とケッコンしようと言った事も、私の気持ちも…。全部全部、全部嘘だったんですね…」

 

「榛名、君とケッコンしようと言った気持ちは今も変わらない。だから」

 

提督の言葉を遮る様に、榛名の主砲が火を吹いた。

放たれた砲弾は、提督を大きく反れ、後ろの海へ吸い込まれ波しぶきを上げた。

 

「…返して下さい」

 

「…」

 

「榛名の提督を返してっ…!!」

 

榛名の連装砲が全て、今度は正確に提督へ照準を定めた。

暫く榛名と向き合った提督は、悲しそうに榛名に背を向けた。提督の側にいた獣の様な艤装が彼を飲み込む様に包むと、提督は戦艦棲姫と共に海へと消えた。

 

〈さよなら…〉

 

提督が最後に言った言葉は、榛名には届かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「榛名ーっ!!」

 

榛名は自分を呼ぶ声で我に帰った。

比叡を先頭に金剛と霧島が、榛名のいる港へと戻ってきた。

 

「比叡お姉さま…。敵は、深海棲艦は?」

 

「そ、それが私達を見たら急にいなくなっちゃって」

 

「こちらでも砲撃の音が聞こえましたが、敵が現れたんですか?」

 

霧島の問いに、榛名は困惑した。今ここであった事をどう説明すれはいいのか…。

 

「テイトクが深海棲艦だった…。そうでショ?」

 

「えっ!」

 

「こ、金剛お姉さま、それはどういう…」

 

「今日、加賀から聞いたネ。戦闘のあった島で本物のテイトクを見つけた事。今のテイトクが別人に入れ替わっている可能性が高い事…

 

「そしてもう一人、入れ替わっている可能性があると…」

 

榛名が金剛の言葉に顔を上げた瞬間、金剛の連装砲が榛名へと向けられた。

 

「きゃあぁっ!」

 

金剛から放たれた砲撃に、榛名は轟音と共にその場から吹き飛ばされた。

 

「お、お姉さま何を…ひっ!」

 

金剛に向き直った比叡は、今まで見た事のない金剛の冷酷な顔に竦み上がった。

 

「比叡、霧島。榛名を撃ちなさい」

 

白装束は半分以上千切れ、痛みを堪えながら海面に立つ榛名に、金剛は無慈悲に主砲を向け直す。

 

「そ、そんなっ、お姉さまっ!」

 

「は、榛名お姉さまが偽物だと決まった訳では…」

 

「…そう言えば鎮守府が襲われた時、比叡と霧島、アナタ達がワタシより先に着いたわね…」

 

「こ、金剛お姉さまっ、私達を疑って…!?」

 

「ワタシは一度に姉妹を三人も失いたくありまセン。比叡、霧島。アナタ達が榛名と違うと…本物の比叡と霧島だと…

 

「証明して…くれるわね…?」

 

比叡は今すぐにでも榛名の側へ駆け寄ってやりたかった。だが、もしそんな事をすれば金剛は間違いなく自分ごと榛名を撃つだろう。金剛の無言の圧力が、比叡と霧島からすべての選択肢を奪った。

 

「ごめんね…」

 

比叡と霧島の連装砲が榛名へと向けられた。

 

「お姉…さま…!!」

 

鎮守府の港に二つの砲撃音が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「金剛さん、今の砲音は?鎮守府にも深海棲艦が現れたの?」

 

他の仲間と共に迎撃に向かった加賀が引き返してきた。どういう訳か深海棲艦達は加賀達の姿を見ると何故か撤退してしまった。その意図が解らず、ひとまず鎮守府に戻ろうとした加賀は、港で砲撃音と水柱が上がるのを見て、慌てて金剛達と合流しようと戻ってきた所だった。

 

「大丈夫デス。ここにいた敵は、ワタシ達三人で倒しまシタ」

 

「三人…?まさか榛名さんは」

 

「Yes。加賀の言う通りだったネ」

 

金剛の後ろでは、比叡と霧島が抱き合いながら泣いていた。

 

「そう…。気の毒だったわね」

 

加賀はバツが悪そうにその場を後にした。

 

「ごめんね…榛名」

 

「榛名お姉さま…申し訳ありません」

 

比叡と霧島は何度も何度も呪文の様に、もういない榛名へ謝り続けた。

そんな二人に背を向ける金剛。…その時の彼女の顔は、二人からは見えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かつて、この辺りの深海棲艦を束ねていた中枢棲姫は人間に興味を持ち、ある鎮守府の提督を拐った事があった。

やがて彼女は一人の息子を産んだが、彼が成長する前に艦娘達との戦いで海に沈み、彼の父親もその後を追う様に亡くなった。

彼女亡き後、戦艦棲姫が彼女の遺児を育てる事にした。

 

やがて成長した彼は、自分達と戦う艦娘達の存在から、彼の父親がいた世界に興味を持つ様になった。

彼が人間の世界に強い憧れを持つのは仕方の無い事なのかもしれない。

彼女は、あちらの世界へ行ってみるか彼を誘った。彼は諸手を挙げて賛成した。

戦艦棲姫が彼の願いを叶えてやろうとしたのは、純粋に親心からだった。

我が子同然に育てた彼がいなくなるのは淋しいが、このままいても、彼の人間世界への憧れは強くなるばかりだ。それに彼は半分は人間だ。

彼女は涙ながらに、彼を人間世界に送る事を決めた。

 

深海棲艦の上位種はテレパシーの様に自分の意思を伝える事ができる。

彼と共に鎮守府に進入、提督を拉致すると意思を読み取る要領で記憶を読み取り、その記憶を彼に植え付けた。

彼は自分達が戦う艦娘達の提督へと姿を変えた。

 

戦艦棲姫は、彼が知らず知らずに発する意思を受け取り、彼の作戦が成功する様にと部下を動かした。

 

やがて彼からある強い感情を感じる様になった。

戦艦棲姫は、全く同じ感情を彼の母親である中枢棲姫からも受け取った事があった。

かつて中枢棲姫から受け取り、共有した感情。自分だけの物にしたい、独占して滅茶苦茶にしてやりたい…!

今まで感じた事のない、身体の奥から燃え上がる様な醜い感情。

中枢棲姫が、自分達の指導者が目の前で倒れた時、彼女は悲しみよりも歓喜に満たされた。

 

〈これで、目の前のあの男を自分だけの物にできる!!〉

 

だが、その彼は何故か自分達の目の前で自殺を選んだ。

戦艦棲姫は嘆き悲しんだが、一つの事を思い出した。中枢棲姫は死の直前、子供を産んでいると。

彼女は中枢棲姫の遺児に、その愛情を注ぐ事にした。

 

その彼が、一人の艦娘に強い愛情を抱いていた。

 

この意思を受け取った時、戦艦棲姫の中に彼を見守る親心を掻き消す様な強い感情が芽生えた。

彼女は人間に、しかも自分達の敵である艦娘に彼を取られると思った瞬間、彼を取り返そうと思った。

 

彼女は捕らえていた本物の提督を、戦闘が起こった付近の島へ放置した。やがて彼女の思惑通り、加賀が提督を発見した。

これで艦娘達は、今の提督が偽物だと気付くだろう。そうなれば彼がまだ人間として生きたいと願っても、それは叶わない。

そして彼女は、彼の前に姿を現した。

 

彼を取り戻す為に…。

 

 

 

 

 

 

 

 

金剛にとって、榛名が本物かどうかはどうでも良かった。提督が偽物だと分かった瞬間から、榛名は提督を救えなかった憎い恋敵へと変わった。

例え榛名より先に金剛がたどり着いても、結果は変わらなかっただろう。もしかしたら金剛も心のどこかで理解していたのかもしれない。だがそれはどのみち救えなかったと認める事になる。

金剛は榛名に責任転換する事で、その心の弱さを塗り潰す事を選んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈提督〉の顔にヒビが入り、それは全身に広がった。彼が全身に力を籠めると、その全身がバラバラにくだけ散った。その中からまるでサナギが脱皮する様に一人の男が現れた。一見すると人間と変わらないが、色素が抜けた様に白い肌。小さな紋章の様な黒ずみが胴体に浮き出ていた。

 

「もういいの?」

 

「…あぁ、やっぱり俺の住む世界はこっちだったよ」

 

「そう…」

 

まだ人間の世界に、榛名への未練を絶ちきれない彼を戦艦棲姫は優しく抱き締めた。

彼が再び艦娘達の前に姿を現す事はないだろう。

 

戦艦棲姫が彼を抱くその腕を放すまで…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




一応メールシュトローム~のその後みたいな話になってます。あの話で、中枢棲姫に子供いるって終わり方したので、これで一本話作れないかな~と思って考えました。
特に意識した訳じゃないですが、自分の話では金剛と榛名は変な因縁があるみたいです。榛名撃つの二度目だよ…。
金剛は見た目明るいけど、姉妹の中で一番内心ドロドロしててほしいって思います。金剛好きな方ごめんなさい。私も金剛好きですヨ~。





おまけ 艦娘型録

ファーザー 主人公のお父さんかつ15話の主役。中枢棲姫を口説いたヤベー奴。捕まってる時ヒマだったので、潜水ソ級を餌付けしていた。だいたいこいつのせい。

カンムスキー ファーザーの息子で戦艦棲姫の義理の息子。榛名を好きになったのも戦艦棲姫と同じ長髪ストレートだからが理由のマザコンハーフ。最近日焼けサロンに行きたいと言って、戦艦棲姫に泣いて止められた。

戦艦棲姫 カンムスキーの義理の母。カンムスキーを溺愛している。将来は自分とケッコンしなきゃいけないだの、自分といる時は全裸じゃなきゃいけないだの嘘を吹き込んでいたせいで帰って来たカンムスキーに暫く口を聞いてもらえなかった。

中枢棲姫 カンムスキーの母。ナガモンに殺された。裸族。戦艦棲姫に「人間の世界には服という物があって…」と遠回しに服を着ろと言われたが「お前らこそ何で服着てんの?」と逆ギレした。最終的に下は処理するという形で落ち着いた。

金剛 前の提督とは相思相愛だった(本人談)。榛名株が急浮上した事から夜這いを決行する。偽者だった事には気付いてなかったらしいので、本当に好きだったのか若干の疑いが残る。

榛名 被害担当艦。告白してきた奴が敵だったり、実の姉三人にフルボッコにされたりと良い所が一つも無かった。次出す時は多少報われると思うのでマジ勘弁して下さい。

加賀 いらん事しい。この人の最後の一言で金剛が激発した。ちなみに発見した本物の提督は、おんぶするのが嫌だったのか置いてきぼりにした。

提督(本物) いきなり戦艦棲姫に拉致られて無人島でリアル黄金伝説をする羽目に。定期的に戦艦棲姫が缶詰め持って遊びに来るので、食うには困らなかったらしい。たまに雑誌を持ってきてくれるのは嬉しいが、いつも濡れているので度々口論になっていた。金剛の事は好きだったが本命は霧島。

母ちゃん 提督(本物)の母。バツイチ。流石に自分の産んだ子供だからか提督が偽者と一発で見破った。息子の部屋でエロ本を見付けても見なかった事にする優しさを持つ。カラオケは週2。

潜水ソ級 ファーザーに貞子と呼ばれていた。意外と巨乳。


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遥けし彼の海より出づる者達

地球上の誰かが ふと思った

『みんなの海を守らねば…!!』


私達が、いつどうやって生まれたかは誰も知らない。

だが、生まれたという事は、誰かが必要としていたからなのかもしれない。

もっとも、その時の私達はそんな事考えもしなかったけど。

自分達が何の為に生まれたかを理解し始めたのは、奴らが現れたからだ。

奴らを見た時、戦った時、本能で理解した。

 

奴らは、敵だと。

 

私達は、生まれた場所で平和な世界と秩序を営んできた。

そんな平和は、ある日打ち砕かれた。

 

私達は必死に奴らを追い返した。

来る日も来る日も闘いが続いた。

仲間が奴らの凶弾に倒れた事もあった。

私も傷付いて、海に沈みかけた時もあった。

 

だが、私達の体は普通の生物より頑丈にできているらしく、そうそう簡単には死なせてくれないらしい。

つまり、私達を生んだ大いなる意思は、そこまでしても私達に戦う事を求めているのだろう。

 

何故、奴らは戦うのだろう?

もし話せるならば聞いてみたい。

 

何故、奴らは仲間を殺すのだろう?

奴らも同じ事を考えているのだろうか。

 

何故、奴らは私達の世界を奪うのだろう?

オマエ達の世界だけでは不満なのか?

 

いつ果てるともしれない闘いは、今日も続く。

多分、明日も、その明日も、その次の明日も…私が知ってるだけの明日が終わっても、戦っているのだろう。

私達のどちらかが消えてなくなる迄…。

 

「もうダメです。この海域は放棄しましょう!」

 

「イヤだ!ワタシはまだ戦える!一人になっても戦う!」

 

「もう大勢の仲間が沈んでいる!オマエまで沈む必要はない!」

 

敵の中には、前に見た奴もいる。あの時は何とか追い返した。私達も奴らを追う事はしなかった。

 

何故、また来た?

 

オマエ達が来なければ、戦う必要はないのに。

私達がオマエの仲間を沈めたからか?

私達の仲間も何人も沈んでいるというのに…!

 

『コウゲキタイ、ハッカンハジメッ!』

 

『ウミノモクズト ナリナサイナ!』

 

『クッ、イイゾ、アテテコイ!ワタシハ ココダ!』

 

奴らは人の姿をしながら、人ではない。

それは私達と同じだ。だが私達と奴らで決定的に違うのは、その武器だ。

鉄で出来た禍々しい武器は、私達の体を容易に引き裂く。

そんな奴らに対抗する様に、私達もまた強くなっていく。

そんな私達を倒す為、奴らはもっと恐ろしい武器を作る。

そう言えば聞いた事がある。確かイタチごっこと言うんだっけ。

いつしか海に沈む奴らの顔を見るのを楽しんでる自分がいた。

アイツらもそうなんだろうか?

 

結局、この日の戦いで私はまた仲間と世界の一部を奪われた。

仲間の屍の上を奴らは闊歩する。

沈んでいくアイツの顔は、ずっと忘れないだろう。

 

そんな顔をしないでくれ。

オマエを撃ったアイツも必ず沈めてやるから。

どうせ私も、すぐにオマエの側に行くのだから…。

 

私が沈む迄に、私達の世界を取り戻せるだろうか。

それとも、私が沈むのが先だろうカ?

 

オそらく私が沈ムノガ先ダロウ。

ダカラと言っテ、逃ゲル場所ナド ナイ。

 

今日モ奴ラハ ヤッテクル。

ワタシ達ノ海ヲ…世界ヲ 引キ裂キニ。

 

「おのれ 忌々しい 艦娘共め…!」

 

「何度でも…水底に 落ちて行くがいい…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日の敵は、強敵でしたね、加賀さん」

 

「えぇ赤城さん。何と言うか…執念の様な物を感じました」

 

「執念…ですか」

 

「…だが、それはこちらも同じ事。この武蔵、遠慮はせん」

 

 

 

 

 

 

 

 

戦いは 続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




「ねぇ、アナタさぁ、さっきから何ブツブツゆってんの?1000文字もさぁ」

「ちょ…勝手に入んなってゆってんでしょ!!」

「いや、呼んでも来ないからさぁ…。どうすんの?上で艦娘待ってんだけど。闘らないの?」

「分かったわヨ。今行くわヨ〈空母BBAめ…〉」

〈黒鬼ワンピ野郎が…〉



今回は超短編です。
前話書いてる途中で思いついたんですが、話が膨らまなかったんでそのまま出しちゃいました。
今回は番外編みたいな感じで、次は普通です。

サブタイは大好きなK.O.Fからです。


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ゲームの達人

雪風を詐欺罪と艤装損壊罪で訴えるわ!
理由はもちろん分かってるわね?雪風がこんな嘘で私や黒潮を騙し、鎮守府を破壊したからよ!
覚悟の準備をしなさい!近い内に訴えるわ。裁判も起こすわよ!
大本営にも問答無用で来てもらうわ!
ボーキサイトの準備もしてね。雪風は犯罪者よ!
独房にぶち込まれる楽しみにしていなさい!
いいわね!


「くっ!こ、こんな…何故これだけの敵が…!」

 

黒潮(くろしお)っ!他の皆は!?」

 

「か、陽炎(かげろう)お姉ちゃん!ダメや、矢矧(やはぎ)はんとウチらだけや!」

 

「で、でも、あの娘は…雪風は何も…!」

 

「雪風?陽炎、雪風がどうかしたの!?」

 

「や、矢矧さん…それは…」

 

「か、陽炎お姉ちゃん。もしかして雪風ウチらに…」

 

「そ、そんな筈はないわ!あの娘は私達の妹よ?…そういえば雪風は?」

 

「う、ウチも探しとるけど、何処にもおらんのや」

 

「そ、そんな…雪風…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

司令官は…運命って信じますか?

香取さんが言ってました。自分じゃどうにも出来ない事を人間は運命って言うんですって。

雪風は信じます…半分だけ。

どうして半分だけかって?それは…言っても信じてくれないから内緒です。

でも、香取さんの言う事は、雪風なるほど~って思いました。

雪風が香取さんみたいに“せくしー”になれないみたいに。きっとこれを運命って言うんです。

雪風、思うんです。運命って海みたいだって。

雪風、一生懸命泳いで来ました。

必死に…必死に…

だから雪風が、あんな目に遇ったのも、きっと運命なんです。

ここに…司令官に許へ流されて来たのも…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁ…これは想像以上に酷いわね」

 

「えぇ…阿賀野(あがの)さん、捜索はこの辺で打ち切りましょう」

 

「そうだね、香取(かとり)さん」

 

「ま、待って香取さん!阿賀野さん!もう少し…もう少しだけ探そうよ!お願い!」

 

「…時津風(ときつかぜ)さん。残念ですが、これだけ探して一人も発見出来ないと言う事は…恐らく…」

 

「そ、そんなぁ…嫌だよぉ…」

 

「時津風ちゃん、私も…あら?」

 

「どうしたの、香取さん」

 

「阿賀野さん…あれ」

 

「あれは…深海棲艦…じゃない。あの姿は…駆逐艦?」

 

「そ、そうだよ!あれは…絶対間違いないよ!」

 

「あ、時津風ちゃん!」

 

「やっぱり…時津風は信じてたよ…絶対に…絶対に無事だって…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雪風!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

司令官は辛い事や悲しい事って、ありますか?

雪風は…いつも辛かったです。

皆さんが雪風の事、何て呼んでるか知ってますか?

幸運艦?…最初は皆、そう呼んでくれます。

でも、すぐに変わるんです。皆さん、こう呼ぶんです。

…死神って。

その理由は分かってます。

雪風と一緒に出撃しても、皆さんは傷付くのに雪風だけは無傷で帰ってくるから。

それは…仕方のない事なんです。誰だって…雪風だって出来るなら沈みたくありません。

だから雪風は…

でも、生き残るだけで恨まれるなら…いっそ沈んだ方がいいのかな。そう思った事もありました。

司令に会うまでは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ううん…」

 

「あ!しれぇ!気付いたよ!」

 

「本当か?大丈夫…」

 

れぇ…

 

「お、おい。大丈夫か?」

 

「司令官!司令官!司令官っ!!」

 

「お、おい!」

 

「雪風っ!」

 

「…ここは…時津風ちゃんが…いる?」

 

「良がっだ…良がっだよぉ!雪風ぇ」

 

「ここは…雪風は無事に…」

 

「ここは隣の鎮守府だよ。君は海をさ迷っている所を救助されたんだよ」

 

「雪風は…無事に…」

 

「ああ。時津風に感謝しなよ。時津風が君を見付けてくれたんだからね」

 

「…鎮守府は…雪風の鎮守府は」

 

「…残念だが、発見出来たのは君一人だけだそうだ」

 

「…グスッ」

 

「お、おい。雪風?」

 

「ウウッ…ウェェェン!」

 

「雪風!?」

 

「失礼しま…あら、これは…」

 

「あ、ああ香取。この娘が急に泣き出して」

 

「虐待ですか?「違うぞ」

 

「雪風は提督の顔が怖かったんじゃない?「何故だ?」

 

「憲兵さんに連絡を「待て香取」

 

「香取さん、ここは“じどーそーだんしょ”だよ」

 

「変な言葉知ってやがる…香取、受話器置こうか」

 

「うふふ、冗談ですよ。その娘、雪風さんって言いましたっけ?良かった、目を覚ましたんですね」

 

「それは良いんだが、急に泣き出してしまって…生き残ったのは自分だけだ、よっぽど怖い目に遭ったんだろう」

 

「…そうですね。こればっかりは時間が経つのを待つしかありませんね」

 

「雪風、もう大丈夫だからね!ここならおっかない深海棲艦も襲って来ないよ!しれぇ…香取さんや阿賀野さんが守ってくれるから大丈夫だよ」

 

〈何故言い直す…〉

 

「グスッ…ご、ごめんなさい。雪風は…陽炎(かげろう)型8番艦の雪風(ゆきかぜ)です」

 

「しれぇ、時津風は何番艦か知ってる~?」

 

「雪風に10足して2で割って、そこに香取の艦数を足した数だったかな?」

 

「え!えっと~…雪風が8だから…ひいふう…香取さんって何番艦だっけ?」

 

「時津風さんから雪風さんを引いて、2で割った数ですよ」

 

「えっ…時津風は10だから…8を引いて…」

 

「私はこの鎮守府の提督だよ。大丈夫、君の鎮守府は気の毒だったが、ここは安全だから。これからよろしく」

 

「…はいっ」

 

「わ、分かったよ!香取さんは1番艦だよ!」

 

「まぁ、よく分かりましたね。時津風さんは計算が得意なんですね♪」

 

「そうだな。流石10番艦だな」

 

「えっ!どうして分かったの!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

『後ろがガラ空きだよ、雪風ちゃん!』

 

『あ、阿賀野さんっ!』

 

『阿賀野の本領、発揮するからね!』

 

『あっ!?至近弾です!』

 

『いっただきいっ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それまで!お疲れ、雪…つっ」

 

「ど、どうしたんですか司令」

 

「何でもないよ(昨夜の酒が残ってるみたいだな)そんな事より、あの阿賀野とやり合って無傷だなんて…見事な演習だったよ」

 

「そ、それ程でも…」

 

「フッ、能ある駆逐艦は魚雷を隠すと言うだろう?」

 

「どっから湧いて出た長門(ながと)

 

「どうだ提督、この雪風は我が鎮守府で正式に引き取っては?」

 

「それは俺も考えてるが…俺の一存ではな」

 

「何ならこの長門が面倒を見ても「黙ってろ幼児性愛戦艦」

 

「えへへ…さっすが雪風だね!同じ陽炎型として()が高いよ「鼻な」…んっ」

 

「…どうした、時津風」

 

「う、ううん、何でもないの。ちょっと頭がキーンって…何だろ?」

 

「しかし…大したものだったよ。あの阿賀野に勝つなんて。幸運艦と呼ばれてるだけはあるな」

 

「…ありがとうございます」

 

「…雪風?」

 

「しれぇ、あのね~…ゴニョゴニョ

 

「…そうか。雪風、今まで随分と苦労してきたみたいだね」

 

「…司令?」

 

「実は君の事は少し調べてみたんだ。君が幸運艦と呼ばれている事…そして人の運を吸い取る死神と呼ばれている事」

 

「ちょっと!しれぇってば!」

 

「貴様!こんな幼い駆逐艦に何て事を!「グウッ!ぐ、ぐるじぃ…」

 

「…雪風は…」

 

「雪風、俺はそうは思わないよ…長門、そろそろ…い、息が…」

 

「…えっ?」

 

「プハアッ!…考えてもごらん。人の運を吸い取るなんて言われてるけど、逆に考えれば皆に幸せを分け与える事も出来るって事じゃないかな」

 

「皆に…幸せを…?」

 

「それにね、ここには君の姉妹艦の時津風だっている。誰も君の事をそんな風に言ったりはしないさ」

 

「そ、そうだよ雪風!」

 

「で、でも…雪風といたら…皆が不幸に…」

 

「…じゃあ俺を不幸にしたらいい」

 

「…え?」

 

「こう見えても俺は運が良い方でね。大した病気もしてないし、ジャンケンだって強いんだよ」

 

「この長門もジャンケンには自信があってな」

 

「部下には恵まれなかったけどな…それに俺は結構打たれ強いんだ。だから雪風、少し位じゃへこたれやしないよ。安心していい」

 

「そうだよ雪風、しれぇは凄いんだよ!コーヒーをねぇ、“ぶらっく”で飲めるんだよ」

 

「私だって飲めるぞ!」

 

「何故張り合う長門。雪風、約束するよ。例え何があっても私は君を見捨てたりはしないよ」

 

「…」

 

「…雪風?」

 

「ウッ…」

 

「どうしたの、雪風」

 

「ウワアァァン!」

 

「ゆ、雪風!貴様ァ、私の雪風を!」

 

「お、おぢづげ、長門…」

 

「だ、大丈夫?雪風」

 

「グスン…ありがとう、時津風ちゃん。雪風とっても嬉しくって」

 

「嬉しい?」

 

「うん、雪風、向こうの鎮守府では皆に嫌われてたの。ううん、それだけなら仕方のない事なの。でも、雪風、司令官さんにも嫌われてたの。雪風といると司令官の運も吸い取るって…」

 

「雪風…」

 

「大丈夫だ、雪風。さっきも言ったが、俺は君を決して見捨てたりはしない。もし何かあっても、その時は一緒に沈んであげるから」

 

「…はい、はいっ!」

 

「フッ、貴様も中々良い所があるではないか。見直したぞ」

 

「…じゃあ手を離してくれ。今にも轟…沈…しそう…」

 

「しれぇ!そんな!目を開けてよ!」

 

「あれ…死んだ婆ちゃん…何で川の向こうで手を振って…ガハッ!」

 

「しれぇ~!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

司令官は、お友達はいますか?

雪風は時津風ちゃんが一番のお友達です。ずっと昔の記憶…最後まで時津風ちゃんと一緒だったからかな。

姉妹艦なのにお友達って変なの…かな。

向こうの鎮守府には陽炎お姉ちゃんや黒潮(くろしお)お姉ちゃんもいました。でも、もういません。

みんなみんな、海の底…。

でも、寂しくなんかありません。

こっちには時津風ちゃんも不知火(しらぬい)お姉ちゃんもいるから。

不知火お姉ちゃん…あれ?さっきまで、そこにいたのに。

もう陽炎お姉ちゃんや黒潮お姉ちゃんには、会えないのかな。

もし会えたら…雪風、何て言えばいいのかな…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ時津風ちゃん。司令官さんって、どんな人なのかなぁ」

 

「しれぇ?う~ん…面白い人だよ。よく長門さんと勝負してるし」

 

「雪風の事…好きになってくれるかなぁ」

 

「それは無理じゃない?しれぇ、香取さんみたいな“せくしぃ”な人が好きみたいだし」

 

「ぜくしぃ?「違うよ~」

 

「ゆ、雪風は、せくしぃじゃないかなぁ」

 

「雪風は阿賀野さんみたいな“お嬢様”感があるから」

 

和尚(おしょう)さま?「違うよ~…ねぇ、雪風。やっぱり陽炎お姉ちゃんも黒潮お姉ちゃんも…沈んじゃったの?」

 

「…ごめんなさい」

 

「ど、どうして雪風が謝るのさ!雪風は何も悪くないよ。そりゃ陽炎お姉ちゃんと黒潮お姉ちゃんが沈んじゃったのは残念だけど…雪風だけでも無事であたしも嬉しいよ」

 

「時津風ちゃん…」

 

「それに、こっちには不知火お姉ちゃんもいるからさ~。あたしも雪風が来てくれて凄く嬉しいんだ。みんなで仲良くやろうよ~」

 

「不知火お姉ちゃんとも、仲良くできるかな?」

 

「う~ん…どうだろ。不知火お姉ちゃんってさ…何考えてるか解んない所あるから、あたしは苦手かも…」

 

「呼んだかしら?」

 

「ひゃあっ!!」

 

「あ、不知火お姉ちゃん!」

 

「あら雪風、もう元気みたいね…どうしたの時津風。香取さんが眼鏡無くした時みたいな顔して」

 

〈これだよ…この分かる様で分かりづらい表現!不知火お姉ちゃんのこういう所が、あたし苦手なんだよね…〉

 

「何か私の話をしていた様だけど…?」

 

「べ、別に…ねぇ雪風!」

 

「雪風、不知火お姉ちゃんと仲良くできるかなぁって話してました!」

 

「ゆ、雪風!」

 

「フフッ、そんな心配する姉妹が何処にいるの?私は時津風とも仲良くやってるわ。ねぇ、時津風?」

 

「う、うん!時津風と不知火お姉ちゃんは仲良いんだよ?本当だから…お願い、信じて!」

 

「…何やら“せくしぃ”とか言ってたけど…もしかして不知火の事?」

 

「そ、そうだよ!「え、時津…」ねぇ雪風!そうだよね!?」

 

「う、うん」

 

「“お嬢様”…と言うのも?」

 

「う、うん!そうそう!(ほとんど最初から聞いてるじゃん!そんなんだからストーカーとか前世はハシビロコウとか言われるんだよ!)」

 

「ま、まぁ…司令官にも駆逐艦には見えない鋭い眼光と評された事もありますが」

 

〈それ絶対怖がってるだけだと思う…〉

 

「長門さんにも駆逐艦にしておくのは惜しいとも言われました…」

 

〈不知火お姉ちゃん、駆逐艦で唯一、長門さんにアイス奢ってもらってないって知ったら傷付くかな…〉

 

「香取教官にも『不知火さんには、もう教える事はありませんね』とお褒めの言葉を頂きました」

 

〈演習で香取さんボコボコにしてたもんね!香取さん、妹の鹿島さんに『私、教官に向いてないのでは…』って手紙に書いてたよ…〉

 

「あ、不知火お姉ちゃん、今凄く嬉しそう」

 

「え、わ、分かるの雪風?」

 

「もう、時津風ちゃん、不知火お姉ちゃんが何考えてるか分からないなんて変なの」

 

「…時津風、それは本当ですか?」

 

「あ、今少し怒ってる」

 

「し、知らぬい!じゃなかった、時津風は知らないよ!」

 

「あ、今度は悲しんでる」

 

「ゆ、雪風!いちいち言わなくていいから!」

 

「雪風、時津風。今日は雪風の歓迎会も兼ねて、姉妹三人でゆっくり語りましょう!」

 

「うわぁ♪雪風、とっても嬉しいなぁ!ねぇ、時津風ちゃん!」

 

「雪風、今あたしが何考えてるか…分かる?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、珍しいな。今日は時津風と一緒じゃないのかい?」

 

「今は…時津風ちゃんはいません」

 

「そうか…雪風、ちょっといいかな?」

 

「はい、雪風に何かご用ですか?」

 

「うん…そろそろ気持ちも落ち着いてきたと思ってね。良ければ聞かせてくれないか。向こうの鎮守府で何があったのか」

 

「…」

 

「もし思い出すのが辛いなら、無理にとは言わないが」

 

「そ、そんな事は…」

 

「ここに来た時も酷く怯えていたから、やはり君のお姉さんの陽炎や黒潮が沈んだ事が原因かい?」

 

「…それもあります」

 

「それも…?」

 

「はい…雪風、向こうでは皆に嫌われていたんです」

 

「嫌われて…その、雪風…何か問題でも起こしたのかい?」

 

「雪風は…そんなつもりはありません。でも、皆さんは、そうは思わなかったみたいです」

 

「…良ければ詳しく聞かせて貰えないか?」

 

「司令官、雪風が皆さんに幸運艦って呼ばれてるのは知ってますよね。でも、それは雪風が生まれた時からある力なんです」

 

「生まれた時からある力…?」

 

「それは、多分信じてくれないと思うから言いません。雪風は沈みたくないから努力しただけです。でも、気が付くと、こう呼ばれてました…

 

「『雪風といると運を吸いとられる』って…」

 

「馬鹿な…そんな事…」

 

「雪風、とても悲しかったです。それでも雪風は皆さんを助けようとしました。でも誰も雪風に近付いてくれなくなりました」

 

「…」

 

「だんだん雪風、あの鎮守府に居るのが辛くなっちゃったんです。皆さん、雪風が嫌いなら…どうせ雪風を信じてくれないなら、雪風が居ない方がいいって…」

 

「雪風…」

 

「それで雪風、陽炎お姉ちゃんと黒潮お姉ちゃんだけでも一緒に来てほしいって、お願いしたんです。でもお姉ちゃん達は『雪風とは行けない』って…

 

「雪風は、もう考えるのが嫌になって一人で海に飛び出しました。そこへ運悪く、深海()()艦が現れて…」

 

「気が付いたら海を漂っていた…か。連中も駆逐艦一人だからと大目に見てくれたのかな」

 

「その…しれぇ…司令も雪風の事、気味が悪いって思いますか?」

 

「気味が…何故?」

 

「だって…鎮守府の皆さんは沈んじゃったのに、逃げた雪風だけが助かっちゃうなんて」

 

「それは単なる偶然だろう。もし雪風が鎮守府に居ても居なくても連中は襲って来た。雪風が居たからって結果が変わる訳じゃないさ」

 

「でも、雪風は皆さんを見捨てたんです」

 

「雪風、それは思い過ごしという物だよ…ちょっと待って…」

 

「司令…ペンを出して…左手に…何を書いてるんですか?」

 

「雪風、今、左手の中に1から10までの数字を書いた。何だと思う?当てたら餡蜜(あんみつ)奢るよ」

 

「えっ!本当ですか!じゃあ…雪風の艦数と同じ8!」

 

「ふふっ、違うかな」

 

「じゃ…じゃあ時津風ちゃんの10!」

 

「当たる確率は十分の一だから、10回答えれば最後には必ず当たるはずだ。でも実際は…ほら」

 

「…何も書いてません」

 

「そう。書く振りをしただけだよ。雪風、運命なんてこんなもんだよ。例え十通り全ての予想をしたって、それ以外の答えだって有り得るんだ。

 

「雪風、今回はこの“11番目”だったんだよ」

 

「11…番目…?」

 

「そう。これは雪風には…いや、長門がいても、どうしようもなかった事なんだよ。だから雪風、皆を救えなかったとか見捨てたなんて思う必要はないんだよ」

 

「で、でも…」

 

「それに…雪風のお姉さんを悪く言うつもりはないが、陽炎も黒潮も雪風の言う事を信じなかった訳だろう?もし信じて雪風と来ていれば助かったかもしれない。

 

「でも二人は鎮守府に残る道を選んだ。これは二人が決めた事だ、雪風に責任はないよ」

 

「ほ、本当に…雪風は悪くないんですか?陽炎お姉ちゃんも…黒潮お姉ちゃんも…雪風を恨んでオバケになって出て来ないですか…?」

 

「二人共、雪風の事を恨んだりなんかしてないさ。それにここには不知火も居るだろう?いざとなったら長門だって居る。あの二人が居たら深海棲艦だってオシッコちびって逃げ出すさ」

 

「ゆ、雪風は漏らしたりなんてしません!」

 

「い、いや、それは例えだから。別に雪風が駆逐艦だからオネショしてるなんて疑ってないよ」

 

「だ、大丈夫です!雪風、もうオネショはしません!」

 

「もう?」

 

「ち、違いますっ!しれぇ!雪風は艦娘だからオネショなんてしません!確認して下さいっ!」

 

「か、確認って…お、おい!どうしてパンツを脱ごうと!こ、こら、止めなさい!こんな所誰かに見られたら…」

 

「じゃあ、ちゃんと見て下さいっ!雪風のパンツは濡れてません!ゆ、雪風はオネショなんかしません!」

 

「わ、分かったから、パンツを下ろそうと…こら、雪風、私の腕を掴むな、パンツ戻せないだろ!」

 

「しれぇが、ちゃんと確認するまで離しませんっ!」

 

 

 

『…』

 

『…!!』

 

〈う~ん?あの声は提督と雪風ちゃん?〉

 

「提督…って、ええっ!?一体何を…ど、どうして雪風ちゃんのスカート(めく)って…」

 

「あ、阿賀野!それは誤解だ!」

 

「しれぇ、手を離して下さいっ!」

 

「は、離したらオマエ、パンツ脱ぐ気だろう!」

 

「え…え?どういう状況なの?阿賀野も脱いだ方がいいの?」

 

「えっ!?じゃなくって…雪風を止めてくれ!」

 

「て、提督さんって…阿賀野みたいな軽巡ボディより雪風ちゃんみたいな駆逐艦が好きなの?」

 

「そんな訳ないだろ!」

 

「雪風のパンツ見れば考え変わります!」

 

「雪風、それはどっちの意味で!?」

 

「う、うん…大丈夫だよ。阿賀野、そういうの理解ある方だから!ちょっとショックだけど…」

 

「目の前の状況を理解してくれ!」

 

「み、皆には言わないから!あ、香取さ~ん!」

 

「阿賀野ォ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

司令官は、人を好きになった事ってありますか?

もし雪風の事を好きですかって聞いたら、司令はきっと好きって言ってくれますよね。

でも、雪風の好きは、その好きじゃないんです。

時津風ちゃんや不知火お姉ちゃんの好きじゃないんです。

何て言ったらいいのかなぁ。上手く説明出来ません。

でも、一つ解った事があります。

それは、司令が雪風の事を信じてくれたからです。

私の事を知ったら、陽炎お姉ちゃんや黒潮お姉ちゃんの様に皆さん、雪風を嫌いになるかもしれません。

でも、司令だけは…司令だけは雪風の事を好きでいてくれる。司令は雪風を信じてくれるって思ってます。

だから…雪風も司令を信じて…いいですか…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…とっても楽しかった、まるっと」

 

「あ、阿賀野さん、こんにちは」

 

「雪風ちゃん、今日は演習じゃ?」

 

「エヘヘ…もう終わりました」

 

「えっ?その割には随分キレイね」

 

「い、一度も攻撃当たらなかったので」

 

「そ、そうか~。流石、幸運艦…って、この言い方は好きじゃなかったっけ。ごめんネ」

 

「い、良いんです!それより…それは日記ですか?」

 

「ち、違うのよ?これは提督観察日記じゃないのよ!」

 

「うわぁ!司令の日記ですかぁ!」

 

「ち、違うの!別に提督の好きな食べ物や癖までありとあらゆる事を網羅してる訳じゃないの!」

 

「うわぁ!面白そう!雪風、見てみたいです!」

 

「だ、駄目よ!これはトップシークレットなんだから!」

 

「そうですか…それは残念です」

 

「え?う、うん…だ、駄目なんだけど…ちょっとだけなら…見せてあげても…」

 

「本当ですか?…ふんふん…なるほど…司令はこんなのが好きなんですね」

 

「あ、あまり人には言わないでね」

 

「はい。あの…阿賀野さんは…司令が好きなんですか?」

 

「え?べ、別に好きとかそんなんじゃ…ただ阿賀野の事をよく使ってくれるから感謝してるだけで…その…」

 

「じゃあ嫌いなんですか?」

 

「き、嫌いな訳ないじゃない!うん…その…好きかな~って…」

 

「…そうなんですね」

 

「う、うん…アハハ。ねえ…雪風ちゃん。雪風ちゃんって向こうの鎮守府で矢矧(やはぎ)と一緒だったのよね?やっぱり矢矧は…沈んじゃったのかな」

 

「ごめんなさい、雪風には分かりません」

 

「あ!ごめんね、変な事聞いて!…うん、分かってるの。もしかしたらって思って私も捜索隊に参加したんだけど…そっか…」

 

「阿賀野さん…」

 

「ねぇ、雪風ちゃん。矢矧…私の事何か言ってた?」

 

「はい。阿賀野さんの事はよく話してました」

 

「え?私の事?な、何て何て?」

 

「いざという時に頼りになる自慢のお姉さんだって」

 

「え~、そ、そんな~。照れちゃうなぁ~」

 

「大和さん程ではないけど…」

 

「えっ!や、大和さんは戦艦だし!う、ううっ…」

 

「す、すいません!雪風はそんな事思いませんから!」

 

「う、うん…気にしてないから大丈夫」

 

「あ、そうです!最新鋭の阿賀野型に生まれる事が出来て鼻が高いとも言ってました!」

 

「え?も、もう矢矧ったら…ウフフ♪」

 

「次は戦艦に生まれたいって「矢矧!?」

 

「わ、私は軽巡洋艦の皆さん大好きですよ!ほ、本当ですっ!」

 

「う、うん…私、昔は大して活躍出来なかったし、あの娘は大和さんの護衛もしてたし、まぁ仕方ないよね…」

 

「そ、そんな事ないです!雪風は阿賀野さんの洗練された“ぼでー”、憧れちゃいます!」

 

「ええっ、べ、別にそんな事…テヘヘッ♪」

 

「大和さんはもっと凄いですけど」

 

「雪風ちゃん、それ本当に矢矧が言ってたのよね!?」

 

「ご、ごめんなさい」

 

「べ、別に怒ってる訳じゃないけど。はぁ…この鎮守府には戦艦の長門さんもいるし、私なんかじゃ提督振り向いてくれないかな…」

 

「阿賀野さんは…司令官が好きなんですね」

 

「う、うん…まぁね。雪風ちゃんだから言うけどね…私、提督と人間みたいな夫婦になりたいな~って思ってるんだ。だから提督には、私の事艦娘じゃなくって、一人の女の子として見てほしいなって…」

 

「…」

 

「アハハ…艦娘なのに変だよね」

 

「そ、そんな事ありません!雪風は阿賀野さんの思ってる事、とっても素敵だと思います!」

 

「雪風ちゃん…」

 

「矢矧さんだって、きっと同じですよ!」

 

「そうだよね…」

 

「長門さんには負けますけど!」

 

「雪風ちゃん、それ絶対、矢矧言ってないよね!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「また…阿賀野が一番なの…?」

 

「そ、そんな事…矢矧さんみたいな事言わないで下さいっ!」

 

「や、矢矧…?」

 

「やっぱり雪風の…雪風の所為ですか?」

 

「そ、そんな事…」

 

「雪風が…雪風が阿賀野さんの代わりに沈んだら…!」

 

「な、何を言って…」

 

「やっぱり雪風は死神なんですよ…」

 

「ゆ、雪風ちゃん…」

 

「ごめんなさい…ごめんなさいッ…!」

 

「雪風…!」

 

「時津風ちゃん…」

 

「阿賀野さんは…」

 

「…」

 

「…帰ろう」

 

「…うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん…雪風、こんな夜中にどうしたんだ?」

 

「あっ、し、司令!…す、すみません…今日はその…もしかしたら阿賀野さん、部屋に戻ってるんじゃないかって思って…」

 

「今日の事を気にしてるのか。阿賀野の事は残念だが、それは雪風の所為じゃない、むしろ俺の所為だ。雪風が悔やむ必要はないんだよ」

 

「で、でも…阿賀野さんは…雪風と一緒にいたら沈んだんです。もし雪風がいなかったら…」

 

「雪風…阿賀野は最後に何て言ったんだい?」

 

「最後…ですか?矢矧さんの事を話してました」

 

「そうだろう?雪風、誰も雪風の事を責めたりはしないよ。それに雪風、こう考える事も出来るだろう?雪風のお陰で時津風は助かったって」

 

「時津風ちゃんが…?」

 

「ああ。もしかしたら雪風に護られていたのかもしれない」

 

「…」

 

「だから俺の事も護ってくれよ?もう少し長生きしたいからな」

 

「だ、大丈夫ですよ!雪風と一緒にいれば何があってもヘッチャラです!」

 

「はは、そうだな。まだ結婚もしてないしな」

 

「し、司令は…阿賀野さんや香取さんみたいな“せくしー”な人が好きですか?」

 

「えっ?ゆ、雪風、急に何を…」

 

「あっ、そ、その~…時津風ちゃんが司令の事好きみたいで…後で教えてあげようかなって!」

 

「フフッ、時津風が…そうだな、私は可愛い方が好みかな」

 

「可愛い?じゃ、じゃあゆ…時津風ちゃんみたいな可愛い娘が好きなんですか?」

 

「雪風だって可愛いだろう」

 

「は、はぐらかさないで下さいっ!時津風ちゃん知りたがってると思います!」

 

「そりゃ雪風みたいな可愛い娘と一緒にいるのは楽しいさ」

 

「ほ、本当ですか!…あ、じゃなくて、時津風ちゃんというにいるのは楽しいですか?」

 

「ああ、時津風()、ね」

 

「司令官を“悩殺”出来ますか?」

 

「どこでそんな言葉を…別にそんな事しなくてもいいだろう」

 

「で、でも雪…時津風ちゃん、不知火お姉ちゃんに比べると子供っぽいかなって」

 

「…雪風、俺はそんな理由で人を嫌いになったりはしないよ」

 

「じゃ、じゃあ、司令は時津風ちゃんの事が好きですか!?」

 

「ああ、好きだよ」

 

「将来はお嫁さんにしたいですか!?」

 

「ははっ、そうだな。考えておくよ」

 

「雪風、結婚指輪は0.4カラットが良いと思います!」

 

「ず、随分具体的だな」

 

「新婚旅行は佐世保に行きたいです!」

 

「佐世保?あそこ何かあったっけ…」

 

「あ、雪風“しゅーとめ”同居は“えぬじー”です。でないと揉めるって不知火お姉ちゃんが言ってました!」

 

「時津風じゃなくて?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

可愛い…エヘヘ♪

可愛い…雪風は可愛いのかぁ…

ゆ、雪風、前の鎮守府の司令官にも可愛いって言ってもらった事あるんですよ。

やっぱり雪風って、可愛いのかなぁ…

そっかぁ…

で、でも阿賀野さんや香取さんには敵わないかな…

雪風が軽巡洋艦だったら…

 

 

 

 

 

 

 

 

〈あら、雪風さん…ベンチに座って…後ろの柿の実が落ちそう…って、落ち…えっ!?〉

 

「香取さん、こんにちは」

 

「こんにちは…雪風さん、その柿の実…よく後ろを見ないで掴めましたね」

 

「あ、その…さっきから落ちそうだったので」

 

「そ、そうですか…元気がない様ですが、まだ阿賀野さんの事を気にしているんですか?」

 

「そ、そんな訳じゃないんです。ないですけど…」

 

「大丈夫ですよ。阿賀野さんは気の毒でしたけど、別に雪風さんの所為ではありませんよ」

 

「…香取さん。香取さんは辛い事や忘れたい事があったら、どうしてますか?」

 

「辛い事…ですか。う~ん、そうですねぇ…私は妹の鹿島と手紙のやり取りをしてるんですよ」

 

「鹿島さんと…?」

 

「ええ。でも最近は私が相談に乗ってばかりですね。フフッ、鹿島ったら自分の鎮守府の提督さんの事ばっかり書いてくるんですよ」

 

「そっかぁ…雪風も時津風ちゃんと、お手紙交換しようかな」

 

「と、時津風さんは同じ鎮守府ですから、その必要は…んっ…!」

 

「…」

 

「あ、ごめんなさいね(何かしら…艦娘の私が頭痛だなんて…)。ええと…そうそう、辛い時の話でしたね。雪風さん、私は楽しい事を思い出す事にしていますよ」

 

「楽しい事…?」

 

「ええ。雪風さんも、お友達やお姉さん達と一緒にいて、楽しい事はあったと思います。それを思い出せば、悲しい事も自然と忘れてしまいますよ」

 

「香取さんは…香取さんは今までで楽しい事ってありましたか?」

 

「私ですか?…フフッ、そうですねぇ。ここの提督さんの話ですけど提督さん、阿賀野さんの事を、とても信頼しているんですよ。それに阿賀野さん、私と違って強いし、とても明るいし…

 

「ある任務で阿賀野さんと組む事になったんです。私は当然、阿賀野さんが旗艦だろうと考えていました。ですが、提督さんは私を旗艦に選びました。

 

「私は不思議に思い提督さんに尋ねたんです。阿賀野さんの方が私より強いし旗艦に向いているのではと。でも提督さんは、こう(おっしゃ)いました。

 

「『香取が皆の事を細かく見ているのは知っている。旗艦に必要なのは強さではなく、皆のコンディションを把握出来る事だ』って』

 

「コンディ…ション」

 

「それを聞いた時、私はとても嬉しかったんです。私は練習艦という事もあり、提督さんも戦力としては見てくれていないのではと、ずっと気にしていたものですから。

 

「でも提督さんは、私の事もしっかり見ている、理解してくれているんだと考えると、とても嬉しかったんです」

 

「…」

 

「ですから、悲しい事があったら、その事を思い出す様にしているんですよ」

 

「そうなんですね!じゃあ後で不知火お姉ちゃんにも、そうすれば良いって教えてあげます!」

 

「し、不知火…さん?不知火さんが…何かあったんですか?」

 

「実は…不知火お姉ちゃん、この間、珍しく悲しそうだったんです」

 

〈か、悲しい?あの不知火さんが…?私には全く解らないけど…〉

 

「雪風、どうしたのって聞いてみたんです。そうしたら不知火お姉ちゃん、香取さんに嫌われてるって…」

 

「え、ええっ!原因、私ですか?そ、それに私は不知火さんの事、嫌ったりはしてませんよ?」

 

「でも不知火お姉ちゃん、最近香取さんに避けられてるって言ってました」

 

「うっ!そ、それは…私はそんなつもりは…ないんですが…態度に出ていたかもしれませんね」

 

「不知火お姉ちゃんも、どうして香取さんが怒っているのか解らないって」

 

「い、いえ、別に怒っては…」

 

「時津風ちゃんは、前の演習で香取さんを“ぼっこぼこ”にしたのが原因だって言ってました」

 

〈…まぁあれ以来、不知火さんが少し怖くなったのは事実ですけど〉

 

「それはもう徹底的に」

 

〈そ、そんな事ないもん!私だって少しは反撃したもん!当たらなかったけど…〉

 

「でも不知火お姉ちゃんは、それは違うって言うんです」

 

〈間違いなくそれが原因なのだけど…〉

 

「香取さんは、ワザと私に負けたって」

 

「ええっ!?」

 

「あの香取さんが駆逐艦に負ける筈はないって」

 

〈ごめんなさいね、駆逐艦に負けて!〉

 

「きっと香取さんは私に自信を付けさせる為にワザと負けたんだって」

 

〈百パーセント実力で負けたのよ!私だって頑張ったもん!〉

 

「だから不知火お姉ちゃんに教えてあげます!香取さん別に怒ってないって!」

 

「そ、そうね…誤解を解いてくれて私も嬉しいです。し、不知火さんも辛い事もあるでしょうし、そんな時は楽しかった事を思い出す様にも伝えて下さいね」

 

「あ、不知火お姉ちゃん、一番楽しかったのは香取さんに勝った時って言ってました」

 

〈鹿島!お姉ちゃん、そっちに行っていい!?〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈あっ、司令だ!こんな夜中に何してるんでしょう。あれは…香取さん?それと…〉

 

「フフッ、こんな夜空に二人で散歩なんて、阿賀野さんがいたら嫉妬しちゃいますね」

 

「聞きたい事があって呼んだだけだよ」

 

「もうっ、そこは『月が綺麗だね』って返す所ですよ」

 

「そうだな。香取とも夜にしか会えなきゃ、こんな密会も楽しめるかもな」

 

「み、密会だなんて…(入渠は済ませたから体は…匂わないわよね?部屋は…大丈夫、散らかってないわ!提督さん!今日の香取、少し遅くなっても平気ですよ♪)」

 

「ま、香取とは昼間も会えるから明日でも良かったけど」

 

「えっ?え、ええ…そうですね。はい…」

 

「実は雪風の事なんだ」

 

「雪風さんが…どうかしましたか?」

 

「次の出撃、雪風の事を気に掛けてやってほしいんだ」

 

「雪風さんを…ですか」

 

「雪風とも話したんだが、姉の陽炎達を助けられなかった事を気にしてるみたいなんだ。それに阿賀野の件もある。少し心配でね」

 

「そうですね。私も昼に少しお話ししましたが、まだ引きずっているみたいですね」

 

「時津風もいるから大丈夫だとは思うが、あまり無理はさせないでやってくれ」

 

「…分かりました。でも提督、私の事は気に掛けてくれないんですか?」

 

「そんな事はないさ。実はこんな場所に呼んだのは理由があるんだ」

 

「り、理由…と言いますと?」

 

「実は…会ってもらいたい人がいるんだ」

 

〈ええっ!?そ、それって、ご両親に会ってもらいたいという事でしょうか?て、提督さん、私達まだ付き合ってもいないのに…で、でもそれだけ私との将来を真剣に考えて下さっているという事ですよね?ど、どうしましょう…〉

 

「不知火、来てくれ」

 

「…へっ?」

 

「…どうも、香取教官」

 

「は、はい…あの、提督さん…会ってもらいたい人って…不知火さん?」

 

「ああ。実は不知火から相談を受けてな。自分は香取に嫌われてるんじゃないかって」

 

「そ、そんな事ありませんよ!不知火さん、私はあなたの事を嫌ってなんかいませんよ?」

 

「で、でも…最近、明らかに不知火を避けていますし…」

 

「そ、それは…」

 

「不知火、何か心当たりはないのか?」

 

「…きっと、演習の事です」

 

「演習?何かあったのか?「て、提督!その話は後日説明しますので…」

 

「不知火が演習で香取さんに勝ってしまった事が、プライドを傷付けてしまったのではないかと…」

 

「そうなのか?香取」

 

「あ、あれはですね…その…」

 

「不知火も不思議に思いました。駆逐艦の不知火に手も足も出ないのは変だと…」

 

〈手も足も目一杯出して負けたんですけど!〉

 

「香取、不知火にボコボコにされたのか?」

 

「ち、違うんです提督!あれは「ええ、香取教官のお考え、この不知火は解っています「ええっ!?」

 

「香取教官は、不知火に自信を付けさせる為にワザと負けたんです」

 

「何、そうなのか香取?」

 

「…はい」

 

「やっぱりそうだったんですね!不知火もおかしいと思いました!巡洋艦の香取さんが駆逐艦の不知火に負ける筈がないと!」

 

〈ううっ!〉

 

「そりゃそうだ。不知火、腐っても教官だぞ?香取が本気を出せば不知火なんて一発轟沈だぞ?」

 

〈提督さん!ハードル上げないで下さいっ!〉

 

「や、やはり…伊達に眼鏡は掛けていませんね」

 

〈眼鏡は関係ないわよね?〉

 

「不知火、お前も香取に追い付く様に精進しろよ」

 

〈追い越してますっ!不知火さん、とっくに駆逐艦の強さ越えてますから!〉

 

「はいっ!いつかは香取教官を追い越してみせます!」

 

陽炎型怖陽炎型怖陽炎型怖

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「司令、行ってきます!」

 

「ああ、雪風。しっかりな」

 

「しれぇ…時津風は?」

 

「勿論、時津風もだよ」

 

「なんか雪風のオマケみたい」

 

「どっちかと言うと二人が香取のオマケなんだがな…じゃあ香取、二人を頼むよ。それとさっきの話なんだが…」

 

「フフッ、ご心配なく。雪風さんや時津風さんもいますからね。断るつもりです」

 

「そうか…」

 

「もうちょっと喜んでくれても良いと思いますが…」

 

「あ、ああ!断ってくれるなら俺も嬉しいよ!」

 

「しれぇ~、何の話?」

 

「帰ってきたら話すよ」

 

「ケチ~」

 

「…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ま、待ってよ!雪風」

 

「時津風ちゃん!香取さん、時津風ちゃんが遅れてます!」

 

「敵に囲まれる前に不知火さん達と合流した方が良さそうで…つっ!(またあの頭痛だわ…そういえば阿賀野さんや時津風ちゃんもたまになるって言ってたわね…)」

 

「香取さん、この戦いに勝ったら司令官、雪風の事褒めてくれるかなぁ」

 

「え…そうですね。無事に帰れば、きっと褒めてくれますよ」

 

「…香取さん、昨日の夜、司令とお話ししてましたよね」

 

「え…聞いていたんですか?盗み聞きは良くないですよ」

 

「香取さんは…司令の事が好きですか?」

 

「雪風さん?どうしたんですか急に。今はそんな場合では…」

 

「雪風も…司令が好きだって言ったら…香取さんは怒りますか?」

 

「そ、そんな…怒るだなんて」

 

「…」

 

「…まあ、少し妬いてしまいますね。私も、あの提督さんの事は好きですから…鈍感ですけど」

 

「…阿賀野さんも…司令の事が好きだって言ってました」

 

「阿賀野さん…?ゆ、雪風さん、どうかしましたか?」

 

「香取さん…雪風、向こうの鎮守府では皆さんに嫌われていました。司令官にもです」

 

「雪風さん…急にどうしたんです?」

 

「雪風…向こうの皆さんの事が嫌いです。雪風は誰にも沈んでほしくないから()()()()()しました。なのに…

 

「ただ皆さんを助けたいだけなのに…そんな雪風の言う事を信じてくれない皆さんを…」

 

「言う事を…信じて…?あっ、敵影発見!まだこちらに気付いていない様ですね。雪風さん、話は後で!」

 

「もう今しか…ごめんなさい、何でもありません。時津風ちゃんが遅れてるので後ろに行きます…香取さん、敵は軽巡洋艦と駆逐艦だけです。挟み撃ちにしちゃいましょう」

 

「え…そ、そうですね。皆さん、砲撃用意!(…駆逐艦…?軽巡ヘ級はともかく駆逐艦は何処に…)」

 

〈あ…本当に駆逐艦が…こんなに!?〉

 

〈ゆ、雪風さん、どうして判ったのかしら?まぁいいわ。そろそろ雪風さん達も攻撃を…〉

 

〈…どうしたのかしら。敵が全てこちらに向かって…雪風さん達は何をして…〉

 

〈ま、まずい!私達だけではこの数は…〉

 

〈…雪風さん…?〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雪風、香取さんは!?」

 

「大丈夫、時津風ちゃん。香取さんが時津風ちゃんを助けに行けって!」

 

「で、でも…あれって軽巡だよね?私達じゃ敵いっこないよ!」

 

「大丈夫!時津風ちゃん、私に付いて来て!」

 

「う、うん…」

 

 

 

 

 

 

 

 

〈…す、凄い!〉

 

〈雪風って、こんなに強かったんだ…〉

 

〈そ、それに…雪風に付いて行けば敵の攻撃が当たらない…!〉

 

〈いつもなら、とっくに中破しても…ううん、こんな数の敵がいたら沈んじゃってもおかしくないのに…!〉

 

〈勝てるかも…雪風と一緒なら勝てるかも!〉

 

「雪風っ!何だか私達、勝てる気がしてきたよ!」

 

「うんっ!時津風ちゃん!あと一息だよ!」

 

「そうだね!勝って時津風の…私のしれぇの所に帰るんだから!」

 

「…えっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雪風!よく無事で!」

 

「…不知火お姉ちゃん」

 

「時津風は…一緒じゃなかったの?」

 

「…」

 

「まさか…」

 

「…」

 

「そうですか…残念です」

 

「…」

 

「雪風、私は先に引き上げます。この海域の敵は倒しましたが、まだ安全ではありません。早めに合流して下さいね」

 

「…はい」

 

 

 

 

 

 

『また、一番最初かぁ…いいけど。雪風、初風、天津風…また…ね』

 

『時津風ちゃん!』

 

『雪風…どうしてそんな顔…して…』

 

『やっぱり雪風と一緒だったから…』

 

『そ、そんな事ないよ…』

 

『と、時津風ちゃん!』

 

『そんなの…よ雪風…』

 

 

 

 

 

 

「…」

 

「……」

 

「ああっ…神様っ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございますっ!」

 

「雪風に、こんな力をくれてっ!」

 

「この力が有る限り、雪風は何度でも、やり直せますっ!」

 

「雪風としれぇに近付く人を、やっつける事が出来ますっ!!」

 

「神様っ!これからも雪風を見守って下さいっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『また…阿賀野が一番なの…?』

 

『阿賀野さん…最後だから教えます。雪風が、こんな事が出来るって気付いたのは矢矧さんのお陰なんです』

 

『や、矢矧…?』

 

『私、矢矧さんには嫌われていたんです。雪風といると攻撃が自分に集中すると…』

 

『そ、そんな事…』

 

『でも、それって間違ってないんです。本当は雪風に攻撃が()()()()場所に、矢矧さんを誘導したんです』

 

『な、何を言って…』

 

『阿賀野さん…阿賀野さんがいると、司令官は雪風を見てくれません。だから矢矧さんと同じ事をしました』

 

『ゆ、雪風ちゃん…』

 

『雪風、阿賀野さんの事は好きでした…さようなら阿賀野さん…』

 

 

 

 

 

 

 

司令…

司令は、ああすれば良かった、こうすれば上手く行ったのにって思った事はありますか?

雪風は、いつもそんな事ばかり考えてました。

そんな時でした。

ある日、雪風は運悪く狙い打ちにされて、沈んでしまったんです。

…そう、あの時、雪風は間違いなく沈んだんです。

雪風は沈む瞬間に、こう思ったんです。

 

『もう一度やり直せたら…』って。

 

そうしたら雪風、沈む前に戻っていました。

雪風は、何が何だかさっぱり解りませんでした。でも、全て一度見た風景でした。

さっきと同じ場所にいて、皆さんはさっきと同じ事を話してました。そしてさっきと同じ場所に深海せぇ艦が現れました。

もし、さっきと同じなら…と思って、雪風は攻撃される場所から逃げました。

すると、雪風にだけは攻撃が当たらなかったんです。

それからも同じ事が続きました。

雪風はそんなに強くないから、何度も大破しました。

でも、その度に()()に戻りました。

何回沈んでも、雪風だけは無傷です。

でも、その内、雪風は皆から嫌われる様になりました。

今考えれば当然かもしれません。だって、いつも雪風だけは無傷で帰って来るんですから。

矢矧さんには、雪風は死神だって言われました。

やがて、陽炎お姉ちゃんや黒潮お姉ちゃんに聞かれました。雪風は、お姉ちゃん達だけは守ろうと秘密を教えました。

でも、直ぐに分かったんです。

お姉ちゃん達は雪風が大切なんじゃない…雪風の力が欲しいだけなんだって…。

だから雪風は、お姉ちゃんも矢矧さんも…

 

…そして、雪風はこの鎮守府に来ました。

司令は言ってくれましたね。

雪風を決して見捨てたりはしない、もし沈む時は一緒に沈もうって。

司令、その時の雪風の気持ちが、解りますか?

雪風は、この人だと思いました。

この人なら…この人なら、例えどんな事があっても雪風を見捨てたりはしないって。

だから、雪風はこの力を司令の為に使おうと決めました。

司令と雪風の為に、使おうって…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雪風、不知火、無事で何よりだった」

 

「司令…時津風ちゃんが…」

 

「ああ、不知火から聞いてるよ。だがそれは俺にも責任がある。辛い思いをさせてすまなかったね」

 

「妹を守れなかったのは不知火にも責任があります。申し訳ありません」

 

「それに…香取さんまで…」

 

「ああ、それなんだが…香取、入ってくれ」

 

「えっ!?」

 

「失礼します」

 

「か、香取さん…無事だったんですか」

 

「ええ…雪風さんと同じで、不知火さんに助けられたんです。その後、私が無事なのは黙っている様に伝えて帰投したんです」

 

「黙って…?香取、何でそんな事を」

 

「提督、それに付いては雪風さんにお尋ねして下さい」

 

「何故そこで雪風が…それにどうして無事なのを隠す必要があるんだ?」

 

「…」

 

「今回は勝利でしたが…いえ、阿賀野さんに続き時津風さんも失ったんです。勝利と呼ぶには辛すぎますね」

 

「…そうだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

『時津風ちゃん…時津風ちゃんが悪いんだよ』

 

『雪風…どうして…そんな顔…して…』

 

『司令は雪風だけを見なきゃいけないの。時津風ちゃんも司令が好きなんでしょ?』

 

『そ、そんな事ないよ…』

 

『でも、もう遅いよ。雪風もこんな事したくなかったけど、時津風ちゃんがいけないんだから…』

 

『そんなの…ひどいよ雪風…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

司令は言いましたよね。

自分を不幸にしてもいいって。雪風、その時決めたんです。

雪風のこの力は、この人の為にあったんだ…

司令だけは、絶対に幸せにしなきゃ…って。

阿賀野さんも時津風ちゃんも、今でも大事な大事なお友達です。

でも…二人がいると、司令は二人を見ちゃうから。

もし二人がいなかったら…司令は雪風の事をもっと見てくれるかのかなぁ…そう思ったら、雪風二人に嘘を教えちゃいました。

雪風が沈む前に戻って、その場所に二人を案内しました。

司令…本当に本当に…雪風、心が痛いです。

でも…香取さんは、どうして沈まなかったんだろう?

あの場所は…右にも左にも深海せぇ艦がいて、雪風も逃げられなかった場所だったのに。

不知火お姉ちゃんが助けたのかな…でも、お姉ちゃんでも、あんないっぱいの深海せぇ艦は倒せる筈ないのに…。

不知火お姉ちゃんって、そんなに強かったのかな…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここにいたんですね、雪風さん」

 

「か、香取…さん」

 

「時津風さんの事は、私も残念です…雪風さんは違うかもしれませんが…」

 

「え、ど、どういう意味…ですか?」

 

「うふふ。雪風さん、そんな怖い顔も出来るんですね」

 

「えっ!そ、そんな事…あうぅ…」

 

「実は…雪風さんにとっては良いお知らせが有るんですよ」

 

「雪風に…な、何ですか?」

 

「今、提督にもお伝えしたのですが…私、妹の鹿島のいる鎮守府に移る事にしたんです」

 

「えっ…香取さん、いなくなっちゃうんですか?」

 

「ええ。前から自分の所に来ないかって誘われていたんです。最初は断るつもりだったんですが、駆逐艦の皆さんも充分強いですから(誰とは言わないけど…)。ですから雪風さん、私はお邪魔虫ではありませんよ」

 

「ゆ、雪風、香取さんの事、そんなふうに思ったりなんて…!」

 

「雪風さんは、嘘を吐くと頬っぺたが真っ赤になりますね」

 

「ひゃっ!ほ、ほんとですか!?」

 

「ちなみに私が嘘を言うときは微笑むって、提督に言われました。うふふ♪」

 

「…香取さんは意地悪です」

 

「まあ冗談はこの辺にして。雪風さん、最後に…一つ、お聞きしたい事があるんです」

 

「…何でしょう」

 

「その…上手く説明出来ないんですが、雪風さんが私達には解らない何かをしている気がして。只の好奇心なんですが…良ければ教えて貰えませんか?」

 

「雪風も香取さんに一つ聞きたい事があります。どうして雪風が“何かをしている”って思ったんでしょう?」

 

「私や阿賀野さん…提督に、ある共通点があるんです。私、最近頭痛が…頭が一瞬チクッとする事があったんです。ですが私や阿賀野さんは艦娘です。人間の提督さんの様に風邪を引いたり病気になる事はありません。

 

「私が頭痛を感じた瞬間、提督さんや他の皆さんも似たような症状を訴えてる様に見えました。その頭痛がする時は、ある人物が必ず側にいる事に気付いたんですよ。

 

「雪風さん…アナタがね」

 

「…そうだったんですか。雪風、全く気付きませんでした。でも、もう一つ解らない事があるんです。あの海域で本当なら香取さんも助からない筈だったんです。雪風がそうだった様に…もしかして、不知火お姉ちゃんが全部やっつけちゃったんですか?」

 

「雪風さんが…そうだった?よ、よく解りませんが…その答えは簡単ですよ。雪風さん、あの時私に挟み撃ちにしましょうって言いましたよね。でも、私はそれには従わず後退したんです」

 

「不知火お姉ちゃんが助けたんじゃ…なかったんですか?不知火お姉ちゃん…香取さんより強いから、てっきり…」

 

「わ、私も強いです!今はちょこっと…ほんのちょっと不知火さんが上なだけで…

 

「オホン!実は、あの少し前、例の頭痛がありまして。それに雪風さんは目の前には軽巡へ級しかいないのに駆逐艦()いると言いましたね。

 

「それで確信したんですよ。雪風さんは私達には見えない何かが見えるのでは…私を騙そうとしているのでは…と」

 

「香取さんは凄いです。この事は陽炎お姉ちゃんも黒潮お姉ちゃんも気付かなかったのに…。や、やっぱりその眼鏡は心を読む事が…」

 

「そ、そんな事出来る訳ないじゃないですか」

 

「で、でも不知火お姉ちゃんが、香取さんの眼鏡に睨まれた深海せぇ艦は3秒で轟沈だって」

 

「これ只の眼鏡ですよ!?不知火さんは一体私を何だと思ってるんです!?」

 

「(ほ、ホントかな)でも…見えるんじゃないんです」

 

「…と、言いますと?」

 

「実は雪風……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈面白い話を聞いたわ…〉

 

〈でも流石に信じられないわね…雪風さんの妄想じゃないかしら…〉

 

〈でも以前、柿の実が落ちてきた時、あらかじめ知っていたかの様に振り向きもせず掴んだけど…偶然よね…〉

 

〈でも…雪風さんの言う事が本当で…〉

 

〈未来が見えるとしたら…〉

 

〈フフフッ…面白い話ね…〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ、雪風。香取なんだが…」

 

「知ってます。さっき香取さんに教えて貰いました」

 

「そうか。向こうには妹の鹿島もいるそうだし…おっと!どうしたんだ雪風、急に抱き付いて」

 

「少しだけ…ギューッってして下さい」

 

「…そうだな。阿賀野、時津風に続いて香取もいなくなるからな。雪風、お前だけは沈ませない様に頑張るよ」

 

「大丈夫ですよ!司令には雪風がついてます!司令、何か困った事があったら言って下さい。雪風、何だってしちゃいます!」

 

「ハハッ、それじゃ書類の整理を頼もうかな。色々あったから大変でね」

 

「書類の整理以外なら何でも言って下さい!雪風にお任せです!」

 

「あぁ…うん。じゃあ不知火にでも頼むか」

 

「不知火…お姉ちゃん?」

 

「以前は香取に頼んでたんだが、不知火に引き継いだそうだ。聞いてなかったか?」

 

「は、はい…そうですか…不知火お姉ちゃんが…」

 

〈もしかして香取さん、ワザとお姉ちゃんに頼んだのかな…ふふふっ〉

 

「雪風も、いずれは秘書艦出来る様になってくれたら、俺も助かるよ」

 

「はいっ!雪風にお任せですっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不知火お姉ちゃんかぁ…

お姉ちゃんは…時津風ちゃんも言ってたけど、考えてる事が解らないなぁ。

司令の事どう思ってるんだろう。

私、不知火お姉ちゃんは好きだからなぁ…。

それに香取さんって…やっぱり凄いなぁ。

雪風の秘密に気付いちゃうなんて。

そっか…雪風が前に戻ると、側にいた人は頭がチクッてするんだ。不知火お姉ちゃんは…気付いてるのかな。どっちなんだろ。

司令は…気付いてないよね。でも…

大丈夫ですよ。

雪風が側にいる限り、司令を勝たせてあげます。

それだけじゃありません。司令に悪い事が起きても、全部無かった事にしてあげます。

だから、司令は何も心配しなくていいんです。

司令が雪風を信じてくれる限り、雪風は司令に幸運をあげ続けます。

だから司令、どうか…

どうか雪風を…見捨てないで下さいね。

 

しれぇ…

 

 

 

 

 




簡単に説明しますと、エルシャダイのルシフェルみたいに時間を巻き戻せると思って下さい。この後、雪風の秘密を知った提督と雪風の話みたいのも考えてます。霞回の次に書ければと思ってます。タイトルはシドニィ・シェルダンの同名小説からです。

つ、次こそ霞と電の話です。10月中に載せられる様に頑張ります(38話に当たります)。





艦娘型録

雪風 司令、どうしたんですか。お馬さんの競争?司令はこのお馬さんが好きなんですか?う~ん、でもそのお馬さん、あまり速くないみたいです。雪風の予想だと…

提督 今回は絶対このディープオーシャンが来る!ん、どうした雪風。何?こっちのギョライマスターの方が速い?ははは、雪風、競馬はもっと奥が深…く…マジかや。

阿賀野 あ~こんな事なら日記とゼクシィ処分しとくんだった。特に日記…あれ見られたら恥ずか死ぬわ!誰か時間戻して!処分したらちゃんと沈むから!

香取 こっちの提督さん、ちょっとニブチンなのよねぇ。その点、鹿島の方の提督は女心解ってそうね。確か向こうにいるのは…金剛さん、加賀さんそれに…瑞鳳さん。確か軽空母の娘だったわね…

時津風 雪風…私、別にしれぇの事好きじゃないんだけど。別に嫌いじゃないよ?嫌いじゃないけどさぁ、そっちの好きじゃないんだよね…

不知火 香取教官、いなくなると寂しくなりますね。でも不知火は大丈夫です。いつか香取教官が本気を出せる様にもっと強くなってみせます!教官の鎮守府に演習を申し込み…え、来なくていい?な、何故ですか?不知火では相手にもなりませんか!?




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還らざる刻の終わりに


間もなく時が灰に変わる…!





「あっ!しれぇ、目が覚めたよ!」

 

「う、ううん…」

 

少女が目を覚ますと、数人の男女が彼女の顔を心配そうに覗き込んでいた。

 

「雪風、大丈夫?」

 

時津風(ときつかぜ)ちゃん」

 

少女の隣の青年が優しい顔で彼女に微笑んだ。

 

「君は海をさ迷っていた所を救助されたんだよ」

 

「そうですか…」

 

少女はチラッと青年の後ろを見た。そこには彼女よりも少し背の高い少女が彼女を見つめていた。

 

「こんにちは雪風。私はあなたの姉の不知火(しらぬい)よ。初めまして…でいいのかしら?」

 

「初めまして不知火お姉ちゃん…私は雪風です」

 

雪風と不知火…二人は、再会を喜ぶかの様に、お互いの顔を見ると安堵の表情を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女、陽炎(かげろう)型駆逐艦、雪風(ゆきかぜ)が今の鎮守府に来て早一月(はやひとつき)が過ぎていた。彼女の鎮守府は深海棲艦との戦いで敗北を喫し、生き残ったのは雪風を含めても数える程らしかった。犠牲者の中には雪風の姉に当たる陽炎や黒潮(くろしお)、この鎮守府の軽巡洋艦、阿賀野(あがの)の妹に当たる矢矧(やはぎ)も含まれていた。

帰る所を失った雪風は、時津風(ときつかぜ)不知火(しらぬい)(と長門(ながと))の勧めもあり、正式にこの鎮守府に所属する事になった。

姉妹艦の不知火や時津風が居た事もあってか、当初は塞ぎ込んでいた雪風だったが、今ではそれが嘘の様に新しい鎮守府の一員として溶け込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま~、今帰ったよ~」

 

「ああ、お帰り時津風、雪風」

 

任務を終えた時津風と雪風の二人が執務室を訪れると、提督は一人の艦娘と話している様だった。

 

「あら、お帰りなさい。損傷はありませんか?」

 

「大丈夫だよ香取さん。だって雪風が一緒だったもん」

 

「え…あぁ」

 

「どうして雪風が一緒だと平気なんだ?」

 

眼鏡を掛けた艦娘、練習巡洋艦の香取(かとり)が提督に、そっと耳打ちした。

 

「そうか、幸運艦か…」

 

「あっ、ゴメンね雪風!そんなつもりで言ったんじゃないの!」

 

「ううん、平気だよ時津風ちゃん。死神って言われた事もあるの…それに比べたら、そっちの方が良いから」

 

「死神…また随分と不吉な」

 

「雪風といると運を吸いとられるって、よく言われてました」

 

「そうか…苦労したんだな」

 

「そうでもないです。だって、そのお陰で時津風ちゃんや司令官に会えたんですから」

 

「まあ…そう言って貰えると助かるよ。雪風の鎮守府の艦娘は気の毒だったがな」

 

「し、司令官が気にする事はありません!…それに、これは仕方のない運命だったって雪風は思ってます」

 

「運命…?」

 

「はい。前にある人が教えてくれました。雪風が何をしても変えられない事がある、それが運命なんだって」

 

「ふふっ、確かに的を射ている言葉かもしれません。ね、提督さん?」

 

「何で俺に言うんだ、香取」

 

「はぁ…雪風さん、覚えておいて下さい。男の人が鈍感なのも一種の運命みたいなものです」

 

「は、はい…」

 

「ど、鈍感?俺が?」

 

「じゃあ提督さん、私を見て何か気付きませんか?」

 

「何かって…か、髪型が変わったとか?」

 

「艦娘は生まれつき髪型は変化しません」

 

「え…ふ、服装じゃ…」

 

「…」

 

「あ、時津風分かった!」

 

「ゆ、雪風も…」

 

「え、二人とも分かったのか?そ、そうだ眼鏡が変わったとか!?」

 

「これも艤装の一部です」

 

「え~」

 

「にひひっ♪しれぇ、ニブいな~」

 

「じゃあ答えを教えてくれよ」

 

「答えは…12.7㎝連装砲を後期型にしてみました♪」

 

「そっか~なるほどね~…って分かるか!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「阿賀野の本領、発揮…あ、あれっ?」

 

ある日の午後。

雪風は阿賀野達との演習に励んでいた。演習は阿賀野達のチームが有利に進み、残るは雪風と不知火だけとなっていた。誰もが阿賀野の勝ちを疑わず、実際に勝利は揺るぎない物だった。

ところが、この後の雪風の動きに誰もが目を見張る事になった。速度、射撃の精度は阿賀野が上の筈だった。にもかかわらず、阿賀野は只の一撃も雪風に当てる事が出来なかった。

 

「阿賀野さん、行っきますよ!」

 

そんな阿賀野の疲れを待っていたかの様に、雪風は阿賀野の横に回り込むと、至近で弾を放った。

 

「ああっ…あ、ありえな~い!」

 

阿賀野の被弾と共に演習は終了した。結果、阿賀野達のチームが勝利した物の、阿賀野にとっては苦い終わり方となった。

 

 

 

 

 

 

「雪風、見事だったよ。思わず手に汗握る接戦だったよ」

 

「司令!エヘヘ…う、運が良かっただけです」

 

「いや、それだけじゃ、あの阿賀野相手に…つッ。あ、何でもない。大した物だ」

 

「イタタ…本当よ。雪風ちゃん凄いのね。阿賀野の攻撃、一つも当たらなかったよ」

 

「阿賀野さん。でも、阿賀野さんの攻撃、避けるだけで精一杯でした」

 

「本当~?阿賀野に一撃入れる事が出来る人なんて、長門さんを除けば不知火ちゃんだけだと思ったのに。陽炎型って強いのね」

 

「お褒めに預り光栄です「きゃっ!」

 

「し、不知火…居たのか」

 

「司令、不知火はさっきから居ましたが…」

 

「あ、悪い悪い。でも不知火も雪風みたいな妹を持って鼻が高いな」

 

「…」

 

「不知火?」

 

「あ、はい。自慢の妹です」

 

「お、お姉ちゃん…エヘヘ」

 

「蛙の子は蛙、虎の子に犬の子は生まれないって所かな」

 

「…司令、不知火は艦娘です。蛙から生まれる訳はありません」

 

「ああ、うん。まぁ、喩えだから、あまり深くは…」

 

「不知火の母親は誰なんでしょう?」

 

「不知火の…?か、艦娘だから海なんじゃないか?海は全ての生命の生みの親って言うし」

 

「では父親は誰なんでしょう?」

 

「う~ん…人間、でいいのかな」

 

「司令、雪風のお父さんがいるんですか?」

 

「いるって言うのかな…」

 

「司令!司令官のお父さんと、お母さんは人間の人ですよね!?」

 

「まあ、そりゃそうだが…」

 

「どうやって司令を造ったんですか?」

 

「えっ?」

 

「建造ですか?工廠で司令を造ったんですか?」

 

「そ、それはだな…男と女が出逢って…愛の終着駅に向かって「エッチですね?」不知火!?」

 

「エ、エッチですか?」

 

「ま、まあ…そうとも言うな。って言うか不知火、意味解ってるのか?」

 

「司令、不知火をなめないで下さい。幾ら不知火が駆逐艦と言えど、その程度の知識は有ります」

 

「うわぁ!不知火お姉ちゃん、大人ですっ!」

 

「一組の男女が一緒の布団で寝ると、コウノトリが赤ちゃんを運んでくるんです」

 

「そうなんだ!雪風、知らなかったです!」

 

「…俺もだよ」

 

「え?不知火は何か間違っていますか?」

 

「いや、間違ってない。そのままの不知火でいてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

「あの~…提督さん?阿賀野もいますよ~…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝。雪風は、暇潰しに提督と話でもしようと執務室を訪れた。ドアを開けようとした雪風だったが、先客が居る様で、部屋からは二人の話し声が漏れていた。

 

〈あの声は…阿賀野さん?〉

 

雪風はドア越しに背中を寄せると、そっと耳を澄ませた。

 

『じゃあ提督さん、後で洗濯物洗ってあげるから、纏めておいてね』

 

『いや、お前も忙しいだろう。俺の事なんか気にしなくていいから』

 

『イイのよ、阿賀野が好きでやってるんだから。それに提督さん、いつもヨレヨレのシャツ着てるんだもん。それも洗ってアイロン掛けてあげるから、ほら、脱いで脱いで』

 

『これはいいから…部屋のだけ頼むよ』

 

『恥ずかしがらなくていいのに…私と提督の仲なんだから』

 

『…』

 

『じゃあ阿賀野、行くね。また後でね』

 

阿賀野はご機嫌でドアを開けると、雪風にも気付かずに去って行った。雪風はソロッと部屋を覗くと、提督は少々疲れた様な顔で肘を突いていた。

 

「あの…司令官…」

 

「ん…雪風か。どうかしたか?」

 

「い、いえ…司令、もしかして何か悩んでいませんか?」

 

「悩みか。まあ悩んではいるが…雪風に言ってもなぁ」

 

「そ、そんな事ありません!もしかしたら雪風に何とか出来るかもしれません!」

 

「ああ悪い悪い。別に雪風が頼りないって意味じゃないんだ。その…あまり人には言いづらい話でな」

 

「言いづらい…話ですか」

 

「はぁ…雪風、誰にも話さないって約束出来るか?」

 

「だ、大丈夫です。時津風ちゃんにも言いません」

 

「そうか。実はな…一週間程前なんだが、阿賀野と…その…一晩過ごしてな」

 

「一晩…過ごす?阿賀野さんが司令官の部屋に、お泊まりに来たんですか?」

 

「不知火風に言えば…男女の関係って事かな」

 

「だ、男女の関係…ですか」

 

「恥ずかしい話だが、あの時は酒も入っていて…阿賀野に迫ってしまったんだ。阿賀野も嫌がってはいたが、つい…」

 

「あ、あの…それで、司令はどうして困ってるんでしょうか?」

 

「それなんだが…俺も最初は阿賀野に嫌われたと思ってたんだ。ところが次の日、阿賀野はまるで昨日の事なんか無かったかの様にニコニコしててな…

 

「その日から、まるで女房の様に俺の部屋に来る様になってな。あ!も、勿論何もしてないぞ!…ただ、さっきみたいに何かと俺の世話を焼きたがるんだ」

 

「…司令は、阿賀野さんが嫌いなんですか?」

 

「嫌いではないんだが…頼りになるし可愛いとも思う。でもなぁ…特別な感情は無いんだ」

 

「阿賀野さんに、そう言っちゃ駄目なんですか?」

 

「雪風は、この鎮守府に来て日が浅いから知らないだろうが、阿賀野は少し思い詰める所があってな。もしそんな事言ったら何をするか…下手したら俺を殺して自分も沈むなんて言いかねない」

 

「…」

 

「俺が蒔いた種だけどな…もしかしたら阿賀野と所帯を持つ事になるかもしれん。そんな気無いのに…どうしたら…」

 

「司令は、阿賀野さんと…その、お泊まりしたから悩んでるんでしょうか?」

 

「平たく言えばそうなるな。あの時の俺に言ってやりたいよ。変な気起こすなって」

 

「…もし、言う事が出来たら?」

 

「おいおい、そんな事聞いたってしょうがないだろう」

 

「一週間前って言ってましたけど、この日ですか?」

 

雪風は壁に貼ってあるカレンダーの曜日を指差した。

 

「あ、ああ…何だ雪風。もしかして、その日に行って俺に注意でもしてくれるのか?」

 

「…うふふっ♪そうします」

 

「…え?」

 

雪風は、イタズラを思い付いた子供の様に笑うと、クルッと背中を向けた。そんな雪風を、変な事を言って悪かったと引き止めようとした事が、提督の最大の不幸だったかもしれない。

部屋を出て行こうとした雪風を引き留めようと、提督は雪風の肩を掴んだ。

 

〈はっ!?〉

 

次の瞬間、執務室に居たはずの雪風は自室で目を覚ました。窓を見ると、さっきまでの日の光は無く、暗闇に包まれていた。隣では時津風が寝言を言いながら熟睡していた。

 

〈司令に掴まれた時はビックリしたけど、どうやら一週間前に戻って来れたみたいです〉

 

雪風様におせなのだ

 

〈時津風ちゃん…何の夢見てるの?〉

 

雪風は時津風を起こさない様に布団を抜け出すと、執務室へと向かった。執務室の中では提督と誰かが会話しているらしく、時折笑い声が聞こえてきた。雪風は室内の二人にバレない様に、ソッとドアに耳を張り付け、会話の内容を探った。

 

『…どうしたの提督さん、お酒、まだ残ってるよ?』

 

『いや、今日はもう…』

 

『アハハ、流石にもう飲めないかな。あ、ほら、危ないから阿賀野が部屋まで連れてってあげるよ』

 

『大丈夫だ、そんなに酔っては…』

 

『もう、顔真っ赤じゃない。それにね、提督さん…な、何なら阿賀野…一晩中側にいてあげても…いいんだよ?』

 

〈も、もしかして司令の言っていた、お泊まりってこの事かも!うん、予定通り!ここで雪風が、お邪魔すれば…〉

 

『いや、阿賀野。今日は部屋に戻るんだ』

 

『えっ?』

 

〈…あれ?司令、ちゃんと断って…〉

 

『で、でも提督さん、そんなフラフラじゃ…』

 

『悪いな阿賀野。何だか急に矢矧の事を思い出してな。その…もし矢矧がここに居たら、姉さんに変な事しないでって怒られそうだ』

 

『そ、そんな事…んもぅ、ここで矢矧の名前出すなんて反則だよ』

 

『悪いな。次の機会があったら、その時は遠慮なく()()()に預かるよ』

 

『も、もう!からでもかったのに

 

『じゃあな、阿賀野。また明日』

 

『う、うん…じゃあね、提督さん!』

 

〈あ、阿賀野さん部屋から出て来ます!〉

 

雪風はドアから離れると、サッと暗闇に身を潜めた。ドアを開けた阿賀野は特に辺りを気にする事もなく、心なしか肩を落とした様にトボトボと廊下へ姿を消した。

 

〈良かった…雪風の事バレませんでした。でも、おかしいです。阿賀野さん、お泊まりせずに帰っちゃいました。もしかして今日じゃなかったのかな…〉

 

雪風が暗闇で思案に耽っていると、閉じられたドアが再び開かれた。

 

「…雪風、いるんだろ?」

 

「えっ?…あっ!」

 

「やっぱりな。部屋に入ってくれ。少し聞きたい事がある」

 

「は、はい…」

 

こんな夜更けに、執務室の側で何をしていたのか…さて何と言い訳をしようかと考えながら、雪風は部屋に入った。

 

「ご、ごめんなさい司令。雪風、寝ぼけていたみたいです」

 

「…で、一週間前に戻っちゃいました、か?」

 

「え?し、司令…どうして…その事を…」

 

「聞きたいのは俺の方だよ。さっきまで雪風と部屋に居たと思ったのに、気が付いたら阿賀野と酒を飲んでいた」

 

「し、司令…もしかして、()()()の司令なんですか?」

 

「…やっぱりそうだったのか。雪風、どうやら俺はお前と一緒にこっちへ来た様だな」

 

「そ、そんな事が…もしかして雪風の肩を掴んだから…?」

 

「そんな所だろう。雪風、説明してくれるか?お前が一体何をしたのか。どうして俺は一週間前の、この場所にいるのか…」

 

「…分かりました」

 

雪風は提督に自分達に起こった出来事を説明した。自分には過去に戻る力がある事、今までも自分の危険の度に力を使って不運を回避してきた事。今回も提督の話を聞いて、彼と阿賀野の邪魔をする為に一週間前に戻って来た事…。

普段の提督なら、そんな馬鹿なと一笑に付したかもしれない。だが、自身の身に起きた出来事を(かんが)みれば、これが夢ではないと理解せざるを得なかった。

 

「そんな事が出来る訳…と言いたい所だが、この状況じゃ信じない訳にもいかないな。雪風、もしかして阿賀野との演習の時も…」

 

「は、はい。そうでもしないと、雪風が阿賀野さんに勝つなんて出来ません」

 

「そうか…」

 

〈本当に…本当にそんな事が可能なのか?だが、現に俺は一週間前のこの時間に戻って来ている〉

 

「雪風、この事は…過去に戻る力の事は、他に誰か知っているのか?」

 

「いえ、誰も知りません。本当は司令にも黙ってるつもりでした。すみません…」

 

「いや、怒ってなんかいないよ。それに、こんな事が出来るって言っても誰も信じやしないだろうしなぁ」

 

「はい…でも、陽炎お姉ちゃんと黒潮お姉ちゃんは雪風が何かしてるって気付いてたみたいです」

 

〈陽炎と黒潮…?矢矧と一緒に前の鎮守府に居たって言う雪風の姉妹か。やはり姉妹艦だから何か察したって事なのか?〉

 

「…分かった。とにかく助かったよ雪風。阿賀野の件は暫くは平気だろう。じゃあ雪風、元の時間に戻してくれ」

 

「えっ?雪風、そんな事出来ませんけど…」

 

「え…時間を戻したら、さっきの時間に戻るんじゃないのか?」

 

「雪風に出来るのは戻るだけです。さっきの時間には戻れません」

 

「じゃ…じゃあ、もしかして…同じ一週間を過ごさなきゃいけないのか?」

 

「はい。雪風は、いつもそうしてきました」

 

「そ、そうなのか…そうそう都合良くは行かないって事か」

 

「あの…もしかして迷惑だったでしょうか」

 

「い、いや。そんな事はないさ。俺の為にしてくれたんだろう?むしろ助かったよ」

 

「エヘヘ…」

 

「確か、不知火が明日任務から帰って来るはずだ。珍しく中破していたからな。すぐに入渠出来る様にしておくか」

 

「ハイッ!不知火お姉ちゃんも喜びます!」

 

〈時間を戻して、やり直す…か。もし本当なら…〉

 

その後、提督と雪風は何事もなく一週間を過ごした。

提督は書類に目を通す作業が苦手な為、秘書艦の香取に小言を言われる事が多々あった。ところがこの一週間に限り、次にどの事務手続きが必要になるかを事前に知っていたかの様に手際よく終わらせ、香取も珍しい事も有るものだと感心した。

また、中破状態になるはずだった不知火は、運が良かったのか、ほぼ無傷で帰還した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇねぇ雪風~。最近の雪風って凄いご機嫌だよね~」

 

ある日の昼下がり。雪風は時津風と共に食堂へ向かおうと中庭を歩いていた。

 

「ええっ、そ、そうかなぁ」

 

「ニヒヒッ♪いつも一緒にいるんだもん、分かるよ」

 

言われてみれば、そうかもしれない…雪風は時津風に言われて初めて意識した。

雪風の機嫌の良い理由。それは言うまでもなく一週間前の、あの夜からだった。

元々雪風は提督には自分の力を秘密にしておくつもりだった。提督が自身に優しい理由。それはあくまで自分が何の変哲もない一艦娘だからだ、少なくとも雪風はそう思っている。そんな彼が自分の秘密を知れば、得体の知れない化け物扱いされるかもしれない。だが、そんな不安は杞憂に終わり、彼は秘密を知った上で彼女を受け入れてくれた。

雪風が嬉しかった事。それは自分を受け入れてくれた事だけではない。提督と…彼と秘密を共有している事。まるで自分が彼を独占している様で、その事を考えるだけで雪風の心は奇妙な充足感を覚えていた。

 

「しれぇに関係あるの?」

 

「う、うん…そうかも」

 

「前に雪風、夜中に起きて、しれぇの所に行ってたよね。その時からだよね、雪風の機嫌が良いの」

 

「時津風ちゃん…起きてたの?」

 

「うん、雪風って一度寝ると起きないのにさ~。どうしたんだろって思って…後付けちゃったんだよね。しれぇに用事でもあったの?」

 

「な、何でもないです。雪風、寝ぼけてたみたいです!」

 

「寝ぼけてたって言えば、この間変な夢見たんだ~」

 

「変な夢?」

 

「うん、雪風の性格が全然違うの。まるで天龍さんみたいでさ」

 

「天龍さんみたい…想像付かないです」

 

「雪風様にお任せなのだ~とか言って、ちょっとカッコ良かったかも」

 

「時津風ちゃん、それ見ちゃいけないものかも…」

 

「そうなの?じゃあ、阿賀野さんはどうしたんだろ」

 

「阿賀野さん?」

 

「うん。阿賀野さんも、しれぇの所にいたでしょ。その時から阿賀野さん、様子が変なんだよね」

 

「阿賀野さんの様子が…変なんですか?」

 

「何日か前にさ~、阿賀野さん最近元気ないから何かあったのって聞いたの。そしたら最近しれぇが自分を避けてるって」

 

〈そう言えば、あの時から司令が阿賀野さんと話してるの見た事ないです〉

 

「最近、香取さん、しれぇのお部屋にずっといるでしょ?だからそれでじゃないって阿賀野さんに言ったら、落ち込んじゃってさ~」

 

〈今は香取さんが秘書艦してるんでした!司令と何か難しい話してたけど…でも香取さんは…〉

 

「あたし、香取さんも好きだけど、阿賀野さんの方が好きなんだ~。不知火お姉ちゃんよりも何考えてるか解りやすいしさ」

 

「雪風は不知火お姉ちゃんが何考えてるかすぐ解ります」

 

「あたし、雪風が来てくれて本当に良かったよ…。でもさぁ、最近いつもより何考えてるのか、よく解らないんだよねぇ…」

 

〈そう言えば…最近、雪風ともあまりお話ししてくれない気がします…〉

 

「もしかして、不知火お姉ちゃんも、しれぇの事好きなのかな。香取さんとばっかり一緒だから、焼きもち妬いてたりして」

 

〈そうかなぁ…不知火お姉ちゃんが、司令のお話ししてるのは見た事がないです〉

 

「時津風ちゃんは…司令といると楽しい?」

 

「あたし?う~ん…しれぇの事は好きだけど。たまに甘えたくなるって感じかなぁ」

 

「甘えたく…」

 

「それにしれぇって、鈍感だから香取さんとか阿賀野さんの事、怒らせちゃうでしょ?そんなしれぇを見るの好きなんだよね」

 

「もう、時津風ちゃん、意地悪です。そんな事より早く間宮さんの所に行きましょう」

 

「それでね~そっちの雪風は髪が白くて猫の耳があって…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈最近、提督さん、阿賀野に冷たいな…〉

 

〈あの夜も…急に酔いが覚めたみたいに矢矧の事口にするし…あれだけ飲ませたのに…〉

 

〈どうしてだろう。阿賀野、何か悪い事したかな〉

 

〈…ううん、そんな事ない。提督さんは阿賀野の事が好きだもん。阿賀野の事を嫌いになんてなる訳がない…〉

 

〈…〉

 

〈もしかして香取さん…?〉

 

〈そう言えば香取さん、最近よく提督さんと一緒にいる…〉

 

〈香取さんは調べ物があるなんて言ってるけど…〉

 

〈……〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「時津風ちゃんは座ってて。雪風が取って来ます!」

 

「ありがと~」

 

食堂に来た雪風と時津風は、空いてる席へと腰掛けた。雪風は時津風の分も取りに行くと走って行った。

ふと、時津風が人の気配に振り向くと、そこには阿賀野が佇んでいた。

 

「隣、いい?」

 

「うん、いいよ」

 

阿賀野は持っていたトレーを机に置くと、時津風の隣に座った。いつもはニコニコしている阿賀野だったが、今日に限っては何処と無く大人しく、食事に箸を付けようともしなかった。

 

「どうしたの阿賀野さん、顔色悪いみたい。何か悪い物でも食べたの?」

 

「…そうかも。胸の奥に引っ掛かって、ず~っとモヤモヤしてるの」

 

「しれぇに言ったら治してくれるんじゃない?」

 

「う~ん、提督さんに聞いたら、もっと悪くなるかも」

 

「何で?じゃあ香取さんは?香取さんだったら艦娘だし、きっと解るんじゃないかな」

 

「香取さん、か」

 

「最近しれぇと一緒にいるし…お部屋でチュ~してたりして。ニヒヒ♪」

 

「…時津風ちゃん、これ食べる?」

 

「うわぁ!いいの?食べる食べる!」

 

阿賀野はトレーの食器を渡すと、席を立った。そんな阿賀野と入れ替わりに雪風が二つ分の食器を抱えて戻って来た。

 

「あれ、時津風ちゃん、それどうしたの?」

 

「阿賀野さんがくれるって」

 

「阿賀野さん?」

 

「うん。お腹空いてなかったのかな」

 

〈どうしたんだろう…〉

 

「香取さんの話は聞きたくなかったのかな」

 

「香取さんの話…?」

 

「うん、しれぇとチュ~してるかもって言ったら急にどっか行っちゃった」

 

「…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督さん、今いいかな?」

 

「あ、阿賀野…」

 

阿賀野が執務室のドアを開けると、提督は一人で調べ物をしていたのか、本棚の資料に目を通している様だった。

 

「どうしたの、何か探し物?」

 

「あ~、探し物って言うか…阿賀野、この辺りにあったボーキサイトの記録帳みたいの知らないか?」

 

「阿賀野は最近、執務室には来てないから…誰かさんの所為で」

 

「誰かさん?阿賀野、どうしたんだ、何か用か?」

 

「提督さんは、ご用がないと阿賀野に会ってくれないの?」

 

「(イヤに突っ掛かるな)…とりあえず、お茶でも飲むか?」

 

「…飲む」

 

提督は隣の部屋から湯飲みを二つ持ってくると、机に置いた。お茶に口を付けた阿賀野は、少し落ち着いたのか、さっきよりも表情が柔らかくなっている様だった。

 

「美味しいだろ?」

 

「うん」

 

「香取に貰ったんだ。何でも妹の鹿島(かしま)瑞鳳(ずいほう)から《ガチャン!!》

 

提督が話し始めた途端、阿賀野は湯飲みを床へと叩き付けた。

 

「お、おい!何をしてるんだ阿賀野!」

 

「また香取さんの話…?阿賀野といる時位、あの人の話するのやめてよ!」

 

「な、何を言ってるんだ?何故そこで香取の名前が出てくるんだ」

 

「…提督さん、最近、阿賀野とお話ししてくれないよね。それって阿賀野とお話ししても楽しくないから?」

 

「楽しく…そんな事はないよ。阿賀野と話すのは楽しいよ」

 

「じゃあどうして一週間前は阿賀野と最後まで飲んでくれなかったの?」

 

「ちゃんと飲んだだろう。ただ、あれ以上飲むと少し羽目を外しそうになって…」

 

「…本当にそれだけ?」

 

「本当にって…他にどんな理由が」

 

「本当は阿賀野じゃなくて、香取さんなら良かったって思ってたんでしょ?」

 

「そ、そんな事は…」

 

「ねえ、提督さん。阿賀野ねぇ、提督さんと初めて会った時から日記付けてるの。提督さんと何を話したか、阿賀野に何て言ってくれたか…ぜ~んぶ書いてあるの」

 

「そ、そうなのか」

 

「どうしてか解る?阿賀野、提督さんの事、だ~い好きだからだよ。提督さんも…阿賀野の事、好きだよね?」

 

「あ、ああ…うわっ!」

 

立ち上がった阿賀野は、何を思ったのか急に提督の腕に掴み掛かった。

 

「そうだよね?提督さんも阿賀野の事が好きなんだよね?そうだよ、阿賀野が一番提督さんの事知ってるんだもん、当たり前だよ!」

 

「失礼し…阿賀野さん?あ、あの…もしかして、私お邪魔でしたか?」

 

ドアを開け部屋に入ろうとした香取は、一瞬状況が理解出来ず固まってしまった。部屋に入っていいものかオロオロしている香取を見ると、阿賀野は提督を掴む腕に力を込めた。

 

「提督さん、今ここでハッキリ言って!香取さんより阿賀野の方が大事だって!」

 

「あ、阿賀野さん…何を」

 

「香取さんも提督さんが好きなんでしょ?」

 

「ど、どうしたんですか急に。何故そんな事を」

 

「提督さんが好きだから秘書艦を買って出たんでしょ?」

 

「そ、それは…そんな事はないと言えば嘘になりますが」

 

「ほら!時津風ちゃんの言った通りだった!提督さんと香取さんは、阿賀野に内緒でそんな仲になったんでしょ!?」

 

「ご、誤解だ、阿賀野」

 

「そ、そうですよ阿賀野さん。私達はそんな仲じゃ…」

 

「その割には香取さん、ず~っとこの部屋に籠ってるよね?阿賀野の気持ちを知ってる癖に」

 

「あ、阿賀野さんを傷付けていた事は謝ります。ですが、それは誤解です。私は別の「嘘よ!そんなの嘘!嘘、嘘、嘘ッ!!」

 

「阿賀野、いい加減にしないか。香取も困ってるだろう」

 

「提督さん、今日から阿賀野を秘書艦にしてよ。そうすれば阿賀野と、ずっと一緒にいられるよ」

 

「あの、提督。私は秘書艦を辞めた方が…」

 

「…いや、駄目だ」

 

「なっ…何で!?」

 

「今のお前を秘書艦になんか出来る訳ないだろう。それに香取は別に落ち度があった訳じゃない。辞めさせる理由なんてないだろう」

 

「…」

 

「…ふ~ん。やっぱりそうなんだ。提督さんは阿賀野より香取さんの方が大事なんだね」

 

「大事とかそんな話じゃない。それとこれとは別の話だ」

 

「…そうだね。分かったよ」

 

「阿賀野、今日は部屋で大人しくしていなさい」

 

「…うん、分かった。でもその前に提督さん、阿賀野の事ギュッて抱きしめて」

 

「何を言ってるんだ」

 

「そうすれば阿賀野の事嫌いじゃないって、納得出来るから」

 

「…分かったよ」

 

提督は、まだ興奮冷めやらぬ阿賀野の手を離すと、阿賀野の肩に手を回した。

 

「…落ち着いたか?」

 

「…うん。香取さんもゴメンね」

 

「い、いいえ…誤解が解けた様で「ぐッ!!」え?」

 

阿賀野の背中を抱いていた提督の手は、彼女の肩を掴むと、徐々に力が抜けた様に落ちて行った。提督は崩れる様に、その場へ倒れ込んだ。

 

「…提督さんを連れてっちゃって」

 

「ぐうっ…あ、阿賀…ガハッ!」

 

「きゃあっ!て、提督!」

 

香取が駆け寄ると、提督の胸にはナイフが深々と刺さっていた。提督は必死に声を絞り出そうとするが、出るのは声にならない声ばかりだった。

と、そこへ騒ぎを聞き付けたのか、一人の影が飛び込んで来た。

 

「ゆ、雪風さん!」

 

「し、司令!か、香取さん、司令が…司令の胸に…!」

 

「そ、それが阿賀野さんがいきなり提督を…」

 

「ああっ…提督さん、かわいそう!阿賀野の提督さんが、こんなに苦しんで…痛いよね…苦しいよね…でも…」

 

「ぐ…ぐあっ…!」

 

「…阿賀野は、もっと苦しいよ…」

 

「あ、阿賀野さん!あなたを反逆罪で拘束します!」

 

言うが早いか香取と阿賀野は艤装を実体化させ、連装砲を互いに突き付けた。

 

「阿賀野さん、こんな所で撃ち合えばどうなるか解らない貴女(あなた)ではないでしょう。直に騒ぎを聞き付けた皆も来ます。大人しく投降して下さい」

 

「香取さん、香取さんが実戦で本領発揮出来ないのは、その思い切りの無さだよ。もし阿賀野だったら、とっくに撃ってるよ」

 

「あ、阿賀野さん、やめて下さいっ!」

 

「雪風ちゃん、時津風ちゃんにお礼を言っておいて。時津風ちゃんのお陰で、阿賀野はやっと決心が付いたってね」

 

「と、時津風ちゃん…?」

 

「提督さん、その傷じゃ絶対助からないよ。でも大丈夫、すぐに阿賀野も後を追ってあげるから。そうすれば、阿賀野の気持ちが本物だって…解ってくれるよね?」

 

「あ、阿賀野さん、あなた、まさか…!」

 

阿賀野が背中に背負った艤装を振りほどくと、右手の連装砲で狙いを付けた。

 

「あ、阿賀野さんっ!」

 

「しれぇっ!!」

 

阿賀野が自身の艤装を撃つのとほぼ同時に、雪風は提督を庇う様に抱き付いた。雪風の背中を一瞬強烈な閃光が照らし二人を飲み込んだ。だが、次の瞬間には光は消え…

 

「…制服は阿賀野さんみたいにお腹出てて…って、雪風聞いてるの?」

 

気が付けば雪風は時津風と共に中庭を歩いていた。

 

〈…上手く行きました。もし雪風の考えてる通りなら…〉

 

「と、時津風ちゃん。今日は中庭で食べましょう!」

 

「え~、何で~?」

 

「雪風が時津風ちゃんの分も貰ってきてあげます。だから先にお部屋へ戻っていて下さい!」

 

「ちょ、ちょっと雪風…もう」

 

時津風に手を振ると、雪風は走り出した。鎮守府の中を走り抜け、一目散に執務室を目指す。廊下を曲がった所で、雪風と同じ様に何処かへ向かおうとしていた人物が彼女を呼び止めた。

 

「ゆ、雪風っ!」

 

「司令っ!だ、大丈夫ですか?傷は…」

 

「いや…それが嘘の様に何ともないんだ。雪風、もしかして、また…」

 

「は、はい。雪風が()()ました」

 

「そうか。雪風が俺に抱き付いてきた瞬間、もしやと思ったんだが…助かったよ雪風。あのままじゃ確実に死んでたよ。ところで今はいつなんだ?また一週間前なのか?」

 

「い、いえ…30分位前です」

 

「30分…?何だって、そんな時間に」

 

「実は…阿賀野さんが、あんな事をしたのは時津風ちゃんとお話しした事が原因なのかもって考えたんです」

 

「時津風との話…?」

 

「はい。時津風ちゃん、食堂で阿賀野さんとお話ししたって言ってました。何でも香取さんのお話をしたら急に何処かへ行っちゃったって…多分、その後に阿賀野さん、司令の所へ行ったんだと思います」

 

「時津風が何か言ったのか…?」

 

「し、司令!時津風ちゃんを怒らないで下さい!時津風ちゃんは…」

 

「ああすまん、言い方が悪かったな。でも阿賀野が、あんな暴挙に出たのは時津風の言葉が原因かもしれない。となると、阿賀野と時津風を会わせない方が良いか…」

 

「はい…雪風もそう思って時津風ちゃんには、中庭で食べようって言っておきました」

 

「そうか…雪風、俺は今から間宮さんの所へ行って阿賀野と一緒に食事をするよ」

 

「えっ!?司令、どうしてそんな…ま、また刺されちゃいます!」

 

「いや、もしかしたら阿賀野と香取が会った事が引き金になったのかもしれない。だから間宮さんの所で阿賀野を引き留めておけば、香取と鉢合わせる事もないだろう」

 

「で、でも…」

 

「最近、阿賀野の事を避けてたからな。少し相手をしてやれば気持ちも和らぐだろう。それに食堂には人目もある、おかしな事は出来ないだろう」

 

「そ、そうですね。あの…司令、もしかして阿賀野さんを解体しちゃったり…しませんよね?」

 

「…しないよ。ただ、これからも同じ事がある様なら考えるかもしれない」

 

「そ、そんな…」

 

「でも阿賀野は不知火と同じウチのエースだ。俺もそんな事はしたくない。それに雪風、お前がいれば俺は怖い物なんてない。これからも俺の側にいてくれよ?」

 

「…ッ、は、はいっ!!」

 

「…それとな雪風、個人的に頼みたい事があるんだ」

 

「雪風に…頼みですか?」

 

「ああ、これはお前にしか出来ない事なんだ」

 

人目を避ける様に、こっそりと話す提督と雪風。だが、そんな二人を見つめる視線が有る事に、二人は気付いていなかった。

 

「……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

提督と雪風以外に知る者のいない阿賀野の刃傷沙汰から一週間が過ぎていた。

あれからも、些細なトラブルや深海棲艦との戦いに苦戦する事が起きたが、提督はその度に雪風に頼み、また雪風も提督に内緒で過去に戻り、本来起きる筈のアクシデントを回避してきた。

一時は暴発した阿賀野も、提督が上手く宥める事で以前の優しい彼女に戻りつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「雪風、何処へ行くんです?」

 

雪風と不知火は、ある任務から帰った来た所だった。本来なら帰投は数時間後の筈だったが、雪風達はいつもの様にアクシデントを回避する事で本来よりも早めに帰投していた。

 

「司令にご報告に行かないと…」

 

「そうね。でも、もう少し後にしましょう」

 

「え…」

 

不知火は、あまり感情を顔に出すタイプではない。時津風は彼女が何を考えているのか解らないと愚痴をこぼしていたが、雪風は言葉の抑揚から感情の起伏を読み取っていた。

今回の任務も通常より早く終わり、二人ともほぼ無傷だった。にもかかわらず、不知火は妙に不機嫌だと雪風には映っていた。

 

「え…で、でも、早く帰って来たんです。司令もきっと喜びます」

 

「…ねえ雪風。あなた、司令の事はどう思っているの?」

 

「ど、どうしたんですか、不知火お姉ちゃん」

 

「お願い。お姉ちゃんに教えてちょうだい」

 

「…雪風にとっても優しくしてくれますし、尊敬してます」

 

「それは不知火も同じです。でもね雪風、不知火の目には、雪風は少し司令を買いかぶり過ぎている様に見えるわ」

 

「か、買いかぶり…?難しい言葉なんで解らないです」

 

「確かに尊敬はするけど、司令も人間という事よ。人間は雪風が思っている程、善良ではないの」

 

「お姉ちゃん…?」

 

「雪風、今は不知火の言っている事が解らないかもしれません。でも、この事は覚えておいて。解ったわね?」

 

「は、はい…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「司令、ただいま帰り…あれ?」

 

雪風が執務室を訪れると提督はおらず、香取が一人で調べ物をしている様だった。

 

「あら、雪風さん。お帰りなさい」

 

「司令は…お留守ですか?」

 

「明石さんの工廠にいると思います。何か用事があるなら私から、お伝えしておきますよ」

 

「い、いえ、大丈夫です。私も不知火お姉ちゃんも無事帰って来ましたって言いに来ただけですから」

 

「そうですか…」

 

香取は雪風の言葉も半分上の空の様で、再びファイルを読みだした。雪風も邪魔をしては悪いと思い、踵を返した時だった。ふと顔を上げた香取が口を開いた。

 

「…雪風さん、少々お聞きしたい事があるのですが、良いですか?」

 

「雪風にですか?何でしょう」

 

「最近、提督さんに、おかしな所がありませんか?」

 

「おかしな…ですか?」

 

「あぁ、別に深い意味はないんですよ。…ただ、一週間程前から少々気になる事があって」

 

〈一週間前…?阿賀野さんの時辺りかな〉

 

「これは鋼材とボーキサイトの在庫を記した資料なんですが、実際の数と食い違いがあるんですよ」

 

「そ、そうなんですか。雪風には解らないです」

 

「…ごめんなさいね、こんな話をして。雪風さんは提督さんとよくお話をしているので、何か聞いていないかと思ったんですが」

 

〈そう言えば、一週間前から司令に10分だけ時間を戻して欲しいって何度も頼まれましたけど…それと関係あるんでしょうか〉

 

「雪風さん、もし提督さんがあなたに何か話したら…」

 

その時、二人の会話を遮る様にドアが開かれた。

 

「雪風、帰ってたのか。ご苦労様」

 

「は、はい」

 

「提督、少し席を外します。雪風さん、またね」

 

「あ、ああ」

 

「はい、香取さん」

 

香取は雪風に微笑むと、部屋を後にした。提督は香取の気配が完全に消えるのを確認すると、雪風に小声でささやいた。

 

「…雪風、悪いんだが、また頼めるか?」

 

「あ、はい。また10分で良いですか?」

 

「いや、今日は30分前で頼むよ」

 

「分かりました…そう言えば香取さんに、おかしな事を聞かれました」

 

「おかしな事?」

 

「はい、ボーキサイトの数がどうとか…」

 

「…」

 

雪風の言葉を聞いた提督は、急に神妙な面持ちになると、椅子から立ち上がり部屋の鍵を閉めた。

 

「雪風、今から話す事は内緒にするって、約束出来るか?」

 

「は、はい。司令が喋っちゃ駄目って言うなら、雪風誰にも言いません」

 

「…雪風、建造は知ってるな?」

 

「建造って…雪風や他の皆さんを造る事ですよね」

 

「そうだ。だけど、この建造ってのは少し運が要るんだ。特に長門の様な戦艦を造るには、材料だけあれば良いって訳じゃないんだ。時には失敗する事もある」

 

「はい…」

 

「雪風、最近よく時間を戻してくれって頼むのは、それなんだ」

 

「建造が…関係あるんですか」

 

「今言った通り、建造は失敗する事もある。そうすれば、莫大な資材も無駄になる。雪風、俺が時間を戻してくれって頼むのは、失敗した時なんだ」

 

「は、はい…」

 

「仮に建造したい艦娘が誕生しなくても、成功するまでやり直す事が出来るだろう。俺が雪風に頼んでるのは、それなんだ」

 

「そうだったんですね。雪風は、てっきり阿賀野さんが怒ってるのかと…」

 

「…まあ、それもあったが」

 

「司令は資材の節約の為に雪風に頼んでいるんですか?」

 

「うん…例えばだ。雪風に300円の林檎を買って来てと言ったとしよう。でも200円で売っていた。雪風なら、どうする?」

 

「林檎を買って、100円は司令に返します」

 

「はは、雪風は正直だな。でもな、林檎は300円だったと言えば、余った100円は雪風の物だ」

 

「雪風は、司令に嘘なんか吐きません!」

 

「それは嬉しいな。話が逸れたが…要はそれと同じだ。”100“で造れる所を”50“で造って、上には”100“使いましたって報告すれば、”50“は貯めておけるだろう?」

 

「うわぁ!司令、頭良いです!…でも、もし見つかったら怒られないですか?」

 

「大丈夫さ。雪風が黙ってればな。ただ、香取が勘づいたかもしれないから、暫くは止めよう」

 

「そうですね…あの、司令…」

 

「何だ?」

 

「司令は…悪い事をしてるんじゃないですよね?」

 

「何を言ってるんだ。資材は無駄には出来ないだろう?俺は無駄を省こうとしているんだ。雪風、お前なら解ってくれるよな?」

 

「も、もちろんです。雪風は司令を信じます!」

 

「…雪風は良い子だな。これからもよろしく頼むぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もしもし。はい、私、こちらに所属している秘書艦の香取と申します」

 

「実は、先日お送りした消費資材の記録を紛失してしまいまして…」

 

「それと、もう一つ少し調べて欲しい事がありまして…」

 

「…ああ、鹿島、久しぶりね。元気にしてる?実はね、ちょっと聞きたい事があって…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたんだ香取、こんな夜更けに」

 

「すみません、少し調べ物がありまして」

 

ある日の夜。

いつもなら提督も実務を切り上げる時間だが、香取は、まるでそれを見計らっていたかの様に部屋を訪れた。香取は挨拶もそこそこに、本棚から一冊のファイルを取り出すと、食い入る様に指でなぞり始めた。

 

「どうしたんだ、香取。妙に熱心だな」

 

「…提督。最近、大型建造をしませんね。どうかなさいましたか?」

 

「な、何だ藪から棒に。大型建造は、おいそれと出来る訳じゃない。出来るだけ控えているだけだよ」

 

「そうですか。私が雪風ちゃんに提督さんの事を、お聞きした次の日から全ての開発を止めてしまったので、何かあったのかと…」

 

「…」

 

「上に提出した建造の報告書ですが…写しが無い様ですね」

 

「あ、ああ。別の資料に交ざっているんだろう。後で探しておくよ」

 

「実は、先日上に問い合わせて、報告書には何と書いてあるのか尋ねてみたんです」

 

「な、何っ!?」

 

「鋼材の消費は6000と書かれていたそうです。ですが、工廠に行って明石さんに尋ねた所、使った鋼材は5000だと言っていました。おかしいですね、残りの1000は…何処へ消えたのでしょう?」

 

「…俺が不正をしているとでも言いたいのか?」

 

「まさか。私も提督がそんな事をしているなんて考えていません…ただ、雪風ちゃんに、この事をさりげなく洩らしてみたんです」

 

「雪風に…何の為に」

 

「もし雪風ちゃんからこの事を聞いたなら、何かしらの動きがあると思ったんです…残念ですが、私の勘は当たってしまった様です」

 

「そんなのは只の偶然だろう」

 

「それと、妹の鹿島の鎮守府でも建造や開発の回数が最近妙に増えたそうです。そんなに建造をして大丈夫かと心配していました。これは私の想像ですが…資材を安く横流ししているのでは?」

 

「別にこちらから渡しているとは限らないだろう」

 

「ええ、私もそう思いました。ですが、建造を行った日の前後に提督の口座に不自然な入金がありますね?」

 

「な、何故それを!?」

 

「上に調べて貰ったのですが、振り込んだ相手が鹿島の鎮守府だったそうです」

 

「…か、香取…お前」

 

「提督、一度や二度なら私も注意で済ませるつもりでした。ですが他にも幾つかの不信な点があります。これは秘書艦として看過出来ません」

 

「…」

 

「やはり本当なんですね。残念です…」

 

「…上には、この事を」

 

「提督…私もそのような事はしたくはありません。それに私も提督を犯罪者にするのは忍びありません。ですから…どうでしょう、一身上の都合で辞職という形にしては」

 

「辞職…」

 

「はい…これなら提督の名誉は守られます。私も上には報告はしません。掴んだ証拠も処分すると約束します」

 

「…そうだな。ところで、その手にあるのが証拠とやらか?」

 

「はい。気になった点を纏めてあります」

 

「すまないが、見せてくれないか?」

 

「…どうぞ」

 

提督は香取からファイルを受け取ると、念入りに目を通し始めた。一通り目を通すと、机からライターを取り出し火を点けた。

 

「…無駄ですよ。私の部屋に写しがあります」

 

「くっ…!」

 

香取の部屋に向かおうとしたのか、提督は部屋を出ようとするが、そんな彼を行かせまいと香取が掴み掛かった。

 

「提督!大人しくなさって下さい!私もあなたを犯罪者にしたくはありません!」

 

「う、うるさいっ!」

 

「きゃあっ!」

 

香取の手を振りほどこうとした提督は、彼女におぶさる形で転倒してしまった。全くの偶然だが、彼の手が香取の胸を掴んでしまった。香取はさっきまでの勢いも何処へやら、急に顔を赤くして力を抜いてしまった。

 

「…は、離して…んんっ!?」

 

何を思ったのか、提督は香取の唇を自分の口で塞いだ。先程とは逆に、今度は彼が香取に掴み掛かると、乱暴に彼女の服に手を滑り込ませた。

 

「あっ!イヤッ…や、やめて下さい!」

 

「…香取。もし俺が自首したら、妹の鹿島の所の提督も只では済まないな。知らないとは言え、俺の不正に関わっていたんだからな」

 

「な、何を言って…」

 

「鹿島もこの事を知っているはずだ。もしかしたら鹿島も、何らかの責任を取らされるかもな」

 

「なっ…!て、提督…あなたという人は…」

 

「それが嫌なら…大人しくしろ!!」

 

「お、お願いです…やめて…きゃあっ!!」

 

提督は香取に襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

衣服を乱した香取は服を整えながら立ち上がった。彼女は恥辱に震えながら提督を睨み付けた。

 

「不正だけではなく、妹の名前を出して私に乱暴するなんて…提督、あなたを見損ないました」

 

「お前が悪いんだ香取。お前が余計な事に気付かなければ」

 

「どうして…どうしてこんな事を。昔のあなたは何処へ行ってしまったのですか?」

 

「この事は誰にも言うな。もし誰かに話せば、お前を解体する」

 

「…お断りします。この事は上に報告します。例え解体されても構いません」

 

「そうか…それは困ったな。香取、お前は秘書艦として優秀だし出来ればこれからも側にいて欲しい。何とかならないか?」

 

「私がハイと言うとでも?明日には、この事を上に報告します。そうすれば提督は横領容疑で捕まります。あなたはもう鎮守府には居られません!」

 

「捕まらないとしたら?いや、香取。お前は報告しないし、俺も捕まりはしない」

 

「な、何を馬鹿な事を!例えどんなに脅されても、私は必ず報告します!あなたを提督と呼ぶのも今日限りです!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはようございます、提督。今日も宜しくお願いします」

 

「ああ。今日も宜しく頼むよ香取」

 

香取は椅子に座ると資料に目を通し始めた。暫くした所で、提督の視線を感じ顔を上げた。

 

「あの…どうかなさいましたか?」

 

「いや…今日も綺麗だなと思ってね」

 

「も、もう…褒めても何も出ませんよ」

 

「…香取。もしもだが、俺が不正を働いてるとしたら、どうする?」

 

「何ですか急に。でも…私が知る限りでは、そんな事はありませんね。それに私は提督を信じていますから。提督はそんな事をする方ではありませんよ」

 

「…そう言ってくれると思ったよ」

 

 

 

 

 

 

 

提督が香取に不正を暴かれ、逆上して彼女を乱暴した翌日。香取はいつもの様に秘書艦として姿を現した。まるで昨日の事はすっかり忘れてしまったかの様に。

実は、提督はあの後、雪風に頼み再び時間を戻していた。香取が漏らした言葉、雪風に自分の事を聞いた時期、約一週間前に。

香取の調べた不正の証拠に目を通した彼は、今後彼女が不信に感じる点を覚え、その証拠を潰して回った。明石にも開発の申請を幾つか許可する代わりに、香取に何を聞かれても余計な事を言うなと念押しした。

結果、香取は提督に不信を覚える事もなく、以前の様に提督を慕う秘書艦へと戻った。

激情に駆られ彼女を乱暴した後の彼女の顔には、明らかに彼に対する憎しみが浮かんでいた。だが、今の彼女の顔には、そんな感情は微塵も無い。それもそのはず、そもそもそんな事は起きなかったのだから。

 

香取の顔を見る度に提督は思う。もし彼女に自分のした事を暴露したら、一体どんな顔をするだろうか。思わず口元が綻ぶのを自重すると、彼は仕事に取り掛かった。

 

 

 

 

 

香取の件が済んでからというもの、彼は更に私腹を肥やす事に専念した。何しろ彼には雪風という保険がある。仮にどんなミスや事故が起きようとも、全てを無かった事に出来るのだ。これで増長するなと言う方が無理かもしれない。

もし雪風がそんな彼に愛想を尽かしたなら、彼も立ち止まれたかもしれない。だが当の雪風は、彼の願いを時に戸惑いつつも健気に叶え続けた。

 

提督は我が世の春を謳歌していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「司令、少しいいです…雪風?」

 

ある日の午後。珍しく執務室に不知火が訪れた。どうやら提督に話がある様だが、そこに雪風がいる事に気付くと、何やら戸惑っている様だった。

 

「あ、不知火お姉ちゃん」

 

「どうしたんだ不知火、珍しいな」

 

「…いえ、少し言っておきたい事がありまして」

 

「言っておきたい事…?」

 

「雪風、正直あなたには内緒にしたかったのだけど…仕方ないですね」

 

「お姉ちゃん…?」

 

「単刀直入に申します。司令、少し雪風を甘やかし過ぎでは?」

 

「それは…どういう意味だ?」

 

「不知火の妹を可愛がってくれるのは、姉としては感謝しています。ですが、最近の雪風は司令にべったりし過ぎです。最近では遠征にも不知火や時津風ばかり使っている様に見えます」

 

「た、確かにそうかもしれないな」

 

「それに…雪風を可愛がるのは構いませんが、阿賀野さんや香取教官も、最近の司令の雪風贔屓に少々不満を持っています。ご存じありませんか?」

 

「そ、それは…気を付ける様にするよ」

 

「さ、雪風。帰りますよ」

 

「お、お姉ちゃん」

 

不知火は雪風の手を掴むと、強引に引っ張り出した。

不知火の指摘通り、最近の提督は雪風には任務を振り当てない様にしている。それもこれも彼にとって雪風は大事な道具であるからに過ぎない。もし雪風を失う様な事があれば、彼の人生は一変する。それを考えれば、雪風をわざわざ危険な任務に出したくないと考えるのは当然だった。

 

「最後に…司令、不知火は阿賀野さんや香取教官の様に甘くはありません」

 

「…そ、それはどういう意味だ?」

 

「失礼します」

 

提督の問いかけを無視し、不知火はドアを閉めた。

 

〈雪風を任務に行かせる…?冗談じゃない。もし雪風に何かあったら、どうするんだ!〉

 

〈雪風は…アイツさえいれば、俺は何だって出来る。富も権力も想いのままだ!いずれは元帥にだって成ってみせる!〉

 

〈だが…不知火の最後の言葉は、どういう意味だ?〉

 

〈アイツ…まさか、香取の様に俺の不正に気付いたのか?〉

 

〈どういう事だ…香取が何度か勘繰ってきた事はあったが、その度に雪風を使って揉み消してきた。しっぽを掴むなんて、あり得ない〉

 

〈だが、不知火は俺が気付かない何かを掴んでいる…〉

 

〈……〉

 

 

 

 

 

 

 

 

鎮守府の中庭。不知火に連れられた雪風が、嫌々そうに歩いていた。不意に不知火は立ち止まり、雪風の腕を離した。

 

「し、不知火お姉ちゃん…そ、その…」

 

「ああ、ごめんなさい雪風。あなたが司令と一緒にいるのを見ていたら、つい引き離さないとって思ったの」

 

「お姉ちゃんが雪風を心配してくれるのは嬉しいです。で、でも…司令は雪風を、えこ贔屓なんか…」

 

「司令の前だから、ああ言っただけです。実際は逆です」

 

「ぎ、逆…?」

 

「ええ。実際は雪風が司令を贔屓していると言うべきかしら」

 

「雪風が…司令を…?」

 

「雪風、あなたは司令に甘過ぎるわ。あなたがいると司令は駄目になる」

 

「そ、そんな事はありません!司令は雪風を大事にしてくれます!だがら雪風も司令の側にいたいだけです!」

 

「雪風!少しは、お姉ちゃんの言う事を聞きなさい!」

 

「…ッッ!イヤです!例え、不知火お姉ちゃんの言う事でもイヤですッ!!」

 

「雪風ッ!」

 

雪風は不知火の静止を振り切ると、一目散に走り出した。生まれて初めて自分の言う事に逆らった雪風に不知火は戸惑いを覚えたのか、雪風を追う事が出来なかった。

 

〈雪風…あなたがいると、司令は…〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか…不知火が、そんな事を」

 

夜の執務室。提督の膝に乗る雪風は、彼の胸に顔を埋め、昼間の出来事を話していた。

 

「不知火も雪風の事が心配なんだ。仕方ないさ」

 

「でも…」

 

「ああ、雪風の言う事も解る。雪風、香取の件を覚えているか?」

 

「香取さんですか?はい、覚えてます。確か、司令が節約している事に気付いたから、巻き戻したんです」

 

「そうだ。雪風、確かに俺は悪い事をしてるかもしれない。でも、皆の役には立っている。少し位良い目を見てもバチは当たらない。そうだろう?」

 

「…はい」

 

「でもな雪風。もしかしたら、不知火は香取の様に俺のしている事を探っているのかもしれない」

 

「不知火…お姉ちゃんが…?」

 

「ああ。雪風、お前は俺と一緒にいたいだろう?」

 

「は、はい。雪風は司令と一緒がいいです」

 

「俺も「司令…」

 

「な、なんだ雪風」

 

「司令は…雪風の事を、どう思っているんでしょう?」

 

「どうって…雪風は俺の大事な宝物だよ。不知火や阿賀野達よりも大事に思ってるよ」

 

「本当ですか…?」

 

「雪風、俺がお前に嘘を言った事が一度でもあるか?」

 

「…」

 

「だからな、雪風…頼みがあるんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「司令、不知火と雪風に何か?」

 

翌朝、不知火は雪風に司令が用があるからと、執務室に呼ばれていた。部屋には提督が一人椅子に座っていた。一冊の日記らしき物を携えた不知火と雪風は、一礼すると差し出された椅子に座った。

 

「ああ、よく来た…が、随分遅かった気がするが。何か用事でもあったか?」

 

「いえ、雪風と少し話していただけです。すみません」

 

いつもならニコニコしている雪風が、今日に限って少し暗い表情をしている様に見えたが、提督は気にせず話を続けた。

 

「ああ、別に構わないよ。実はな、不知火…お前と話してから、少し考えを改めたんだ」

 

「考えを…改める?」

 

「ああ。確かに俺は雪風を贔屓にしていたかもしれない。だから、今後そういった事はないようにするつもりだ」

 

「…不知火こそ、出過ぎた事を言ってしまいました。申し訳ありません」

 

「いいさ。俺を思って言ってくれたんだろう。だから、もう一つ、聞かせて欲しいんだ。不知火…俺が不正を働いている事に気付いているんだろう?」

 

「…それは」

 

「勘違いしないでくれ。不知火をどうこうしようとかじゃない。さっきも言ったが、俺は考えを改めたんだ。不知火の思っている通り、俺は少し悪い事をしている。資材を横流ししてな。不知火は、それに気付いたんだろ?」

 

「…はい」

 

「実は俺は提督を辞めようと思ってな」

 

「え…」

 

「それだけの事をしたんだ。当然だろう。それに不知火も俺の下では働きたくなんかないだろう」

 

「…」

 

「だから不知火、俺からもお願いがあるんだ。お前が知っている事や、証拠があるなら、全部捨てて欲しいんだ」

 

「…分かりました」

 

「ありがとう…ところで、不知火。お前は、いつから俺が不正をしているって気付いていたんだ?」

 

「…すぐにです。雪風が、ここに来てから司令が良からぬ事をしているのは気付いていました」

 

「そんな早くから…」

 

「不知火は日記を付けています。そこに不知火の知っている事は全て書いてあります」

 

「…もしかして、それの事か?」

 

「はい、司令が辞めた後、この日記は燃やします」

 

「いや、それは困るな」

 

「…え?」

 

「雪風!その日記を奪うんだ!」

 

「ハ、ハイッ!不知火お姉ちゃん、ごめんなさいっ!」

 

雪風は不知火の日記を掴むと、強引に奪い取った。提督は不知火が抵抗する様なら加勢するつもりでいたが、彼女は驚きはするものの、抵抗らしい抵抗はしなかった。

 

「よくやった、雪風!これで不知火が何を掴んでいるのか知る事が出来る」

 

「司令…辞めるのではないのですか?」

 

「ああ、そうだな。だが、お前が何を知っているかが判りさえすれば、その必要もなくなる」

 

「それは何故です?」

 

「…もう話してもいいだろう。不知火、お前の妹の雪風にはな、過去に戻る力があるんだ。俺はお前が何を知っているかを探りたかったんだ。それを知った後に過去に戻って、お前が俺に不信を抱かない様に行動すればいい」

 

「雪風…そうなんですか?」

 

「う、うん…お姉ちゃん」

 

「不知火、ここから逃げても無駄だぞ。俺はお前が日記を付けている事を知ったからな。時間を少し戻して、お前の日記を奪えばいいだけだ」

 

「そんな事はしません。不知火の日記が読みたいのなら、ご自由に」

 

「…妙に落ち着いているな。まあいい。じゃあ、早速読ませて貰うとしよう。雪風、俺が合図したら、お前が来た時間に巻き戻すんだ。解ったな?」

 

「は、はい…」

 

「どれどれ…何だこれは?」

 

「ど、どうしたんですか司令?」

 

「雪風が来た後…時津風や阿賀野が…轟沈?」

 

「…!?」

 

「不知火、これはお前の妄想なのか?二人に恨みでもあるのか?二人とも沈んでなんか…それに香取が鹿島の鎮守府へ異動?何の事だ?」

 

〈し、不知火お姉ちゃん…どうしてそれを!?〉

 

「…えっ?な、何だこれは!阿賀野が俺を刺した…香取が俺の不正の証拠を掴んで…!し、不知火!何故お前がそれを!こ、この事は俺と雪風以外…」

 

「ま、まさか、不知火お姉ちゃん…!」

 

「そうです。不知火も雪風と同じ力があります」

 

「なっ…!!」

 

「お、お姉ちゃん…本当に…?」

 

「ですから司令、例え雪風を使って不知火をどうにかしようとしても無駄ですよ」

 

「ぐっ…そ、そんな馬鹿な…ゆ、雪風ッ!俺を…俺を雪風が来た時間迄戻すんだ!早くッ!」

 

「ご安心下さい。司令、不知火が何故この事を司令に教えたと思いますか?」

 

「な、何っ?」

 

「司令、不知火は司令の味方です」

 

「えっ…?」

 

「お姉ちゃん…?」

 

「不知火は雪風の知らない事も知っています。不知火はそれを教えたくて、ここに来たのです」

 

「雪風の…知らない事だと?」

 

「はい…司令、雪風は、もうすぐ力を使えなくなります」

 

「なっ…!」

 

「雪風は力を使い過ぎました。雪風はそれに気付かず力を使っている様ですが…恐らく今回が最後になるかもしれません」

 

「そ、そんな…」

 

「雪風が…本当か、不知火?」

 

「はい。ですが不知火は、ほとんど力を使っていません。少なくとも雪風よりも多く力を使う事が出来ます」

 

「…」

 

「司令、これからは雪風ではなく、不知火をお側に置いて頂けないでしょうか?こう見えても、司令をお慕いする気持ちは雪風に負けません」

 

「は、はは…」

 

「司令、決断を。こんな雪風は捨てて、これからは不知火を、お側に」

 

「し、司令!」

 

「…不知火、こっちに来るんだ」

 

「…はい」

 

「し、司令!雪風を…司令は雪風を捨てたりはしませんよね?」

 

「…雪風、今まで助かったよ。本当に感謝している。だが、これからは不知火と共に行く事にするよ」

 

「そ、そんな…雪風は宝物だって…雪風が一番大事だって言ったじゃないですか!!」

 

「悪いと思うが…不知火の言う事が本当なら、もう、お前といても意味がない」

 

「し、司令…」

 

ガックリと肩を落とし、崩れ落ちる雪風。そんな雪風に不知火は近付くつと、雪風の手を掴み立ち上がらせた。

 

「ね、雪風。不知火が言った通りでしょう?」

 

「…はい」

 

「不知火…何の事だ?」

 

「司令、雪風が力を失うと言うのは嘘です。それに不知火に雪風の様な力はありません」

 

「なっ…!」

 

「実は、ここに来る前に雪風に話したんです。司令が雪風をどう思っているか、不知火が試すと。雪風が随分反対したので、説得に時間が掛かりましたが」

 

「し、不知火…?」

 

「司令、今も言いましたが不知火に雪風の様な力はありません。ただ、雪風が時間を戻している事は知っていました」

 

「お、お前…」

 

「不知火が一番危惧したのは、司令が変わってしまう事でした。案の定、司令は雪風の事を知ってから変わってしまいました」

 

「お姉ちゃん…」

 

「雪風、不知火が、こんな芝居を打ったのは、あなたの目を覚ます為でもあったの。これで解ったでしょう?司令が欲しかったのは雪風の力だけよ。もし力が無いと判れば雪風の事を捨ててしまいます」

 

「ま、待て…待ってくれ雪風。さっきのは言い過ぎたが、俺は力が無くなったからって、お前の事を捨てたりなんかしない。ほ、本当だ…」

 

「雪風、目を覚ましなさい。これでもまだ、あなたは司令の為に力を使おうとするの?」

 

「…おかしいです。今までは…こんな事、起きなかったのに…どうしてかな…司令が一緒に()()()()()から駄目だったのかな…」

 

雪風は涙を擦りながら立ち上がった。肩も震え涙声だったが、必死に笑顔を作ると二人に向き直った。

 

「…お姉ちゃん。これから雪風が来た時間まで巻き戻します」

 

「雪風、あなた、また…」

 

「今回も失敗しちゃいました。でも次は上手くやってみせます」

 

「ゆ、雪風…今回もって…まるで今までも何回かこんな事があったみたいな言い方じゃないか…ま、まさか…」

 

「ふふっ、もう()()に来るの何度目か忘れちゃいました。でも大丈夫です。例え何回掛かっても、上手く行くまで雪風、頑張ります!」

 

「なっ…!ゆ、雪…」

 

次の瞬間、部屋は暗闇に包まれた。その中に立ち尽くす者は二人。一人は雪風、そしてもう一人は…

 

 

 

 

 

 

 

 

お姉ちゃん…お姉ちゃんが一緒に居るって事は…

 

ええ。雪風が時間を戻す度に、何故か不知火も一緒に戻るみたいね

 

そ、そうだったんだ…だから、時津風ちゃんや阿賀野さんの事も…

 

雪風、もしかして二人が沈んだのは…

 

そ、それは…その…

 

まあいいわ。不知火にはどうにも出来ないもの

 

もしかして、陽炎お姉ちゃんや黒潮お姉ちゃんが、雪風の秘密に気付いたのも…

 

不知火と雪風は姉妹です。陽炎や黒潮も、もしかしたら不知火の様に気付いていたのかもしれません

 

そうだったんだ…

 

雪風、どうして最初に戻ろうと…?

 

今回は不知火お姉ちゃんに気付かれて失敗しちゃいました。でも、次は必ず上手くやってみせます。だから…

 

はぁ…大丈夫よ。司令と雪風の邪魔をしようなんて思いません。それに最初の司令に戻るのなら不知火も構いません

 

お姉ちゃん…

 

雪風、一つ正直に答えてくれないかしら。どうして…どうしてそこまで司令に拘るの?

 

…くれたから

 

…え?

 

雪風に…優しくしてくれたから…

 

 

司令は言いました。雪風の力は皆を幸せにする事も出来るって…

 

司令は言いました。雪風となら不幸になってもいいって…

 

司令は言いました。雪風を見捨てないって…

 

司令は言ってくれました。雪風と一緒に沈んでくれるって…

 

だから雪風は決めたんです。雪風の力は、司令の為だけに使おうって…

 

でも、司令が雪風をどう思っているかは、もう知ってるでしょう?それなのに何故…

 

それは雪風の秘密を知っていたからです。次は、雪風の力の事は内緒にします

 

そう…でも雪風、次から巻き戻す時は、一声掛けてちょうだい。いきなり時間が戻っていたら、ビックリします

 

ご、ごめんなさい…

 

まあいいですが…確か、雪風が来た時に戻るのね

 

はい。司令と不知火お姉ちゃんに、初めて会った日です

 

そう…次は上手く行くといいわね。何度も同じ日を繰り返すのは、もう()()りよ

 

えへへっ♪雪風もです…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、しれぇ、目が覚めたよ!」

 

数人の男女がベッドに横たわる一人の少女の顔を覗き込んでいた。少女は寝惚けた様に目を覚ますと、辺りを見回した。

 

「良かった!雪風、あたしだよ、時津風だよ!」

 

「時津風ちゃん…」

 

雪風と呼ばれた少女に、時津風は涙目で抱き付いた。その横に立つ男性が、優しい声で語りかけた。

 

「雪風って言うのかい?初めまして、私はこの鎮守府の提督をしている者だよ。君は海をさ迷っていた所を救助されたんだよ」

 

「そうですか…」

 

雪風は男性の後ろに立つ少女に気付き、彼女に顔を向けた。雪風の視線に気付いた少女は、一歩進み出ると雪風に手を差し出した。

 

「こんにちは雪風。私はあなたの姉の不知火よ。初めまして…でいいのかしら?」

 

雪風は微笑みながら不知火の手を握った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「初めまして、お姉ちゃん…私は雪風です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




元ネタは、まどマギです。雪風の設定考えた時にループ物出来ると思って、こんなオチにしました。次の話の香取は今回のループが終わった後の世界だと思って下さい(でないと香取回始まんないので)。雪風が何度やり直してるかは想像にお任せします。
タイトルはファンタシースターからです。






艦娘型録

雪風 実は雪風、お泊まりの意味知ってるんですけど…どうして司令は雪風とお泊まりしてくれないんでしょう?やっぱり駆逐艦だからでしょうか…

提督 君が雪風か。初めまして…だよね。気のせいかな、どこかで会ってる気が。それに…何でだ、阿賀野に刺されたり、香取と夜戦した気がするんだが…気のせい…だよな。

不知火 何が一番驚いたって、沈んだ筈の時津風と阿賀野さんに会った時は流石に驚きました。しかも一度や二度ではありません。雪風、あなた何回二人を沈めてるの…?

時津風 最近、雪風が阿賀野さんと会っちゃ駄目って言うけど、何でだろ?阿賀野さんと仲良くするのイヤなのかなぁ。もう、しょうがないな雪風は。ニヒヒ♪

阿賀野 何でかなぁ?提督さんといい雰囲気になろうとすると、急に提督さん、用事が出来たり雪風ちゃんが来るのよね。もしかして阿賀野、警戒されてる?

香取 ああ、鹿島。久しぶりね。え?こっちに来ないかですって?考えておくわ。でも…どうしてかしら、そっちに行くの何年も後になりそうなの。本当何故かしら…。


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香取さんの言うとおり

この巡洋艦スゴいよォッ!

さすが鹿島のお姉さんッッ…!(CV 子安 武人)




港に一人の少女が立っていた。

両脇に纏めた髪と紺色のミニスカートが風になびいていた。

もう何分も、まるで時間が止まったかの様にその場から動かず、虚ろな目で海を見つめていた。

彼女は懐から何枚かの手紙を出すと、それをゆっくりと破いた。

急に突風が吹き、バラバラになった手紙を海へと飛ばした。

 

「皆さん…ごめんなさい…」

 

彼女の目から涙がこぼれ落ちた。

 

「姉さんを…許してあげて下さい…」

 

海面に浮かぶ小さな紙片が、波に飲まれて消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督、朝ご飯に卵焼き作ったの!良かったら食べる?」

 

瑞鳳(ずいほう)が司令室の扉を開けると、そこには食事中の提督と羽黒がいた。

 

「あぁ、ありがとう。頂くよ」

 

机には羽黒が作ったであろう、朝食が並んでいた。

 

「ご、ごめんなさい瑞鳳さんっ!私、瑞鳳さんも作ると知らなくてっ!」

 

羽黒は申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「あ、ううん、私が勝手に作っただけだから…じゃあ、卵焼きここに置いとくね」

 

「あ、あぁ、良かったら一緒に食べないか?」

 

思わず、うん、と言いそうになったが、羽黒の困った様な視線を感じた。

 

「う、ううん、お邪魔しちゃ悪いし」

 

「そんな、お邪魔だなんて…」

 

羽黒は少し照れた様に下に俯く。瑞鳳は笑顔で扉を閉めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瑞鳳がこの鎮守府に着任したのは今から一年程前だった。当時はこの鎮守府の規模も小さく、また初の軽空母と言う事もあり彼女は非常に重宝された。

瑞鳳も、そんな提督の期待を嬉しく思い、この人の為に頑張ろうと切磋琢磨した。

そんな瑞鳳の頑張りが身を結んだのか、それとも提督の努力の賜物か鎮守府の規模はあれよあれよと一年前とは比べ物にならない程膨れ上がっていった。

正規空母の加賀を始め、高速戦艦の金剛、重巡洋艦の羽黒。瑞鳳は数ある艦娘の一人へと埋没していった。

自分や提督の頑張りが身を結んだのは良い。だがそのせいで自分の存在感が無くなっていく不安を日々感じていた。

 

〈提督はもう、私の事なんてどうでもいいのかなぁ…〉

 

最近では練習巡洋艦の鹿島も着任し、提督と話をする機会もめっきり減ってきた。

瑞鳳は肩を落としながら廊下の角を曲がった。

 

「きゃっ!」

 

いきなり瑞鳳の目の前が暗くなり、柔らかい何かにぶつかった。

 

「あら、ごめんなさい。大丈夫?」

 

髪を後ろで纏め、眼鏡を掛けた女性が優しげな微笑みで瑞鳳に話しかけた。

 

「だ、大丈夫です!えっと…アナタは誰ですか?」

 

「もう、鹿島ったら何も伝えてないのかしら」

 

「鹿島さん…?」

 

眼鏡の女性はスッと瑞鳳に手を差しのべた。

 

「私は鹿島の姉で、香取型練習巡洋艦の香取(かとり)と申します。今日からこちらでお世話になる事になりました。よろしくお願いしますね」

 

「あっ、ハイ。わ、私は瑞鳳、祥鳳(しょうほう)型軽空母の2番艦、瑞鳳(ずいほう)ですっ!」

 

瑞鳳は香取の手を握った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それが話に聞く、彗星ですね」

 

瑞鳳がいつもの様に訓練をしていると、聞き慣れぬ声が耳に入った。振り返ると、いつからそこにいたのか彼女を微笑ましく見つめる一人の艦娘がいた。

 

「あ、香取さん。こんにちは」

 

「こんにちは。瑞鳳さんの彗星は一度見てみたかったんですよ」

 

「アハハ、そう言ってもらえると嬉しいです。でもこの子、整備が大変で…」

 

瑞鳳は自分の周りを旋回する彗星を見ながら苦笑する。

 

「ふふっ、手の掛かる子程、可愛いって言いますからね」

 

「ま、まぁそうですね。九九式とはちょっと違う、かな?」

 

最近は出撃の機会が少ない事もあり、瑞鳳はよく港で艦載機の訓練をしていた。香取も駆逐艦の訓練で港にいる機会が多いせいか、瑞鳳とは顔を合わせる機会が多かった。

香取は指導者としての一面もある為か、いわゆる聞き上手で最近では瑞鳳もちょっとした相談をする仲になっていた。

 

「…浮かない顔ですね。もしかして提督の事ですか?」

 

「ふええっ!な、何で分かるの?」

 

瑞鳳は驚いた顔で、香取を見る。

 

「ふふ、顔に書いてますよ。提督さんがかまってくれなくて寂しいって」

 

「そ、そんな事…///」

 

体育座りの瑞鳳は、膝の間に顔を埋める。

 

「…提督、前は私の卵焼き、毎日でも食べたいって喜んでくれたのに、最近はあんまり…」

 

「なるほど。そういう事ですか」

 

香取は暫く考え込む様に空を見ていると、瑞鳳に向き直った。

 

「瑞鳳さん、これからも提督さんにお料理、作ってあげるべきですよ」

 

「でも最近は羽黒さんや金剛さんもお料理作ってるみたいで、私なんか…」

 

落ち込む瑞鳳の肩に手を置き、香取は優しく語る。

 

「大丈夫です。提督さんも本当はアナタの料理が一番好きに違いありません。鹿島も瑞鳳さん位、お料理が上手いと良いんだけど…」

 

「そ、そうかなぁ…」

 

「騙されたと思って、頑張ってみて下さい。きっと提督さん、アナタの料理が一番だって言ってくれますよ!」

 

「…うん!」

 

瑞鳳は香取に礼を言うと宿舎へ帰って言った。

瑞鳳の姿が見えなくなるのと入れ替わる様に、一人の艦娘が近付いて来た。

 

「あら、アナタは…どうしました?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん、上手い。やっぱり瑞鳳の卵焼きが一番だよ」

 

「ホント?嬉しいっ♪」

 

朝の司令室。

瑞鳳の作った料理を提督は満足そうに食べていた。

 

「金剛や加賀の料理も美味しいけど、瑞鳳の卵焼きは、何かクセになるな。何か隠し味でもあるのかい?」

 

「ふふっ、ヒミツ♪」

 

〈たっぷりの愛情、何てネッ…///〉

 

「ん、何か言った?」

 

「あ、ううん、何でもないの!」

 

瑞鳳は、急に辺りを見回した。

 

「今日は羽黒さん、来てないんですね」

 

ご飯を食べる提督も、今気付いた様に思い返す。

 

「そういえばそうだな。いつもはこの時間に来るのに」

 

〈てっきり、羽黒さんが朝ご飯作ってるから、食べてもらえないと思ってたのに…〉

 

提督は食事に夢中で、羽黒が来ない事は特に気にしていないようだった。瑞鳳もそれは気になったが、提督が自分の料理を美味しく頬張る姿を見ていると、どうでもよくなっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、香取さん。この間はありがとう。提督、私の卵焼きが一番だって。香取さんのアドバイスのお陰だよ」

 

演習帰りの香取を見かけた瑞鳳は、嬉しそうに香取に話しかけた。

 

「その表情だと上手く行ったみたいですね。瑞鳳さんに喜んで貰えて私も嬉しいですよ」

 

「…でも羽黒さん、どうしたんだろ?私が朝ご飯持ってく様になってから全然来なくなっちゃって。何か悪い事しちゃったみたい…」

 

「きっと瑞鳳さんの情熱に敵わないなって思ったんじゃないでしょうか」

 

「そ、そんな!私、別にそんなつもりじゃあ…」

 

瑞鳳は下を向いて、少し困った様な顔をした。

 

「…瑞鳳さん。アナタが羽黒さんに申し訳なく思うのは分かります。ですが、それでは提督はアナタより羽黒さんを選んでしまいます。羽黒さんは大事な仲間かもしれませんが、それとこれは別です。時にはこういった決断も必要ですよ」

 

「…う~ん、分かった様な分からない様な」

 

瑞鳳は腕を組んで考え込む。

 

「最近は私の妹の鹿島も提督さんに料理持って行ってるんですよ。…まぁ、瑞鳳さん程上手くはないですけどね」

 

「え、そうなの?」

 

「フフッ、他にも料理の上手い方はいる様ですからね。うかうかしてられませんよ♪」

 

「う、うん」

 

「oh~香取、ここにいましたか~」

 

声に振り返ると、そこには金剛と加賀の姿があった。

 

「香取さん、ちょっと聞いてほしい事があるのだけど…」

 

チラリと自分に視線を向ける加賀に、自分の様に相談でもしたいのかな、と察した瑞鳳はひとまず立ち去る事にした。

 

「じ、じゃあ私はこれで。香取さん、ありがと」

 

瑞鳳は手を振ってその場を去って行った。瑞鳳を見送ると、香取は二人に向き直った。

 

「お二人が揃って来るなんて珍しいですね。何かあったんですか?」

 

「イエ~ス、実は提督が…」

 

そう言うと金剛は話しづらいのか、加賀に目線を送る。

 

「盗み聞きするつもりは無かったのだけど…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、鎮守府はある話で持ちきりだった。南方方面の進軍に関する事だったが、どうも提督は難色を示しているらしい。

決して今の戦力では不可能ではないが、作戦の成功率は五分五分と言った所だった。

今の所、資材や弾薬にも多少の余裕が在り、長門や天龍と言った血の気の多い艦娘達は提督の出撃命令を今や遅しと待ち望んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつもの様に瑞鳳が港へ行くと、いつもは見慣れない二人が居た。

 

「あ、瑞鳳さん、こんにちは」

 

香取と何かを話し込んでいた鹿島は、瑞鳳に気付くと急に踵を返し香取に背を向けた。

 

「じゃあ姉さん、私はこれで。瑞鳳さん、またね」

 

「え、えぇ、さようなら」

 

二人に手を振ると鹿島はその場を去って行った。

 

「…もしかして、お邪魔でした?」

 

「いえ、どうって事もない話ですよ。それより浮かない顔をしている様ですが…どうしました?」

 

香取は瑞鳳に向き直り、微笑みかけた。

瑞鳳は少し悩んでいたが、話し始めた。

 

「次の作戦の話、香取さんも聞いてます?」

 

「ええ。今、皆さんが話している作戦ですね」

 

「提督…作戦を決行すると思いますか?」

 

「ええ、間違いなく決行します」

 

香取は、さも当然の様に答えた。

 

「そ、そうかなぁ。確かに無理ではないと思うけど、加賀さんや金剛さん達は反対みたいだしキツいんじゃ…」

 

瑞鳳は少し困った様に香取の顔を見た。

 

「確かに今の戦力では必ず、とは言えませんね。ですが不可能ではないと思います。…虎穴に入らずんば、虎児を得ずとも言いますからね。それに…」

 

「…それに?」

 

「瑞鳳さんもいるじゃないですか。彗星の良い所を見せるチャンスですよ」

 

香取は瑞鳳の背負う弓矢を指差して微笑む。

 

「…うん、そうだね!」

 

瑞鳳は笑顔で返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

執務室は些か険悪な雰囲気が流れていた。

提督が今回の作戦を少し先送りにしようと言った事で、その場に居た艦娘達の意見が二つに割れてしまったのだった。

 

「提督、確かに戦力的にはキツいかもしれん。だが、そんな事はいつもの事ではないか!」

 

「長門の言う通りだぜ!俺達が信用できないのかよ!」

 

長門や天龍と言った血の気の多い艦娘は、当然この意見には反対だった。

 

「落ち着いて頂戴。何も提督はできないと言っている訳ではないわ。今はその時ではないと言ってるのよ」

 

「加賀の言う通りネ~。Make haste slowly、急がば回れとも言いマ~ス!」

 

一方で加賀と金剛は長門達とは違い提督の判断を支持する立場を取っていた。

四人の睨み合いの中、加賀が瑞鳳の存在に気付いた。

 

「瑞鳳さん、アナタはどう思うの?」

 

「わ、私ですか?」

 

不意に自分に話を振られた瑞鳳は、どちらの味方をしていいものかと悩んだが、ふと香取の言葉が頭に浮かんだ。

 

『間違いなく決行します』

 

「私は今回の作戦…やるべきだと思います」

 

「よく言った!」

 

「だよな~!」

 

長門と天龍はよくぞ言ってくれた、とばかりに瑞鳳を見る。

 

「瑞鳳さん…」

 

一方の加賀は目を細めて瑞鳳を見据える。金剛は、残念そうに上を向いた。

 

「長門さん達の言う通りキツイのはいつもの事です。でも虎穴に入らないと小鹿…何だっけ…

 

「と、とにかくっ!私はやるべきだと思います!」

 

瑞鳳は提督の目を見て、力強く訴えた。

 

「…確かに、少し臆病になっていたかもしれないな」

 

「えっ?それじゃあ…」

 

提督は椅子から立ち上がり、その場にいる全員に告げた。

 

「南方海域進出作戦を決行する」

 

「いよっしゃぁ~っ!」

 

天龍は雄叫びを上げ、長門は満足そうに腕を組む。

瑞鳳も自分の意見が通るとは思っていなかったので、表情が和む。

ふと、加賀と金剛の二人を見ると、目を瞑り何とも言えない表情をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「作戦は決行する様ですね」

 

訓練中の瑞鳳の下に、香取が話しかけてきた。

 

「あ、香取さん。そうなんですよ。私、てっきり中止になるもんだとばかり思ってて」

 

「ふふっ、提督に聞きましたよ。瑞鳳さんの鶴の一声が決め手になったとか」

 

「そ、そんなっ。私はただ香取さんの言ってた事を思い出して…」

 

瑞鳳は照れた様に下を向く。

 

「でも、瑞鳳さんの一声が提督さんの背中を押した様な物です。凄いじゃないですか」

 

「そ、そうかなぁ。エヘヘ…」

 

照れ笑いをしていた瑞鳳だが、急に黙って真剣な顔になった。

 

「もしかして…自分も今回の作戦に加わりたいのでは?」

 

「…うん。最近あまり出番無いし。私だって役に立つ所見せたいし」

 

優しい眼差しで瑞鳳を見つめる香取は、ポン、と瑞鳳の肩に手を置いた。

 

「瑞鳳さん。提督に直談判すべきですよ」

 

「えっ、でも…」

 

「何か、不安な事でも?」

 

「不安じゃないけど。その…空母は加賀さんもいるし、私の出番無いんじゃないかなぁと思って…」

 

香取は、真剣な顔になって瑞鳳に言った。

 

「今回の作戦は、空母の皆さんの活躍に懸かっていると言っても過言ではありません。加賀さんは勿論、瑞鳳さん、アナタもです」

 

「わ、私なんかが?」

 

「ふふっ、大丈夫ですよ。瑞鳳さんの努力は知っています。前も言いましたが、彗星の活躍する所、皆さんにも見てもらいたくないですか?」

 

「彗星の…活躍する所…」

 

暫く俯いていた瑞鳳だったが、やがて自信に満ちた目で香取を見つめた。

 

「私、提督に頼んでくる!」

 

「その意気ですよ、瑞鳳さん。きっと提督もアナタを必要としています」

 

瑞鳳は、香取に一礼すると走り出した。その途中で鹿島とすれ違った。鹿島は瑞鳳に気付くとペコリと頭を下げ、香取の下へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『皆の意見を振り切ってでも、制空権を取った方がいいと思います』

 

「艦載機を発進させましょう!」

 

香取の言葉を思い出した瑞鳳は、加賀に詰め寄った。

瑞鳳の言葉に加賀は振り返った。

 

「瑞鳳さん、気持ちは分かるけど、まだ早いのでは…」

 

「敵影発見!これは…空母ヲ級です!」

 

加賀と並走する翔鶴が加賀に伝える。

 

「!…了解。瑞鳳さん、準備はいい?」

 

「ええっ!攻撃隊、発艦!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南方海域への進行作戦は無事に終わった。

特に空母の活躍が大きく、当初は意見の別れた加賀も、瑞鳳の活躍は素直に認めていた。

 

港に帰投した瑞鳳は、駆逐艦の訓練を終えた香取の下へ、息を切らして駆け寄った。

 

「香取さんっ!作戦は無事、終了しましたっ!」

 

「お疲れ様です…その様子じゃ、活躍できたみたいですね」

 

「エヘヘ…。香取さんに言われた通りにしたら、上手く行きました。ありがとうございます!」

 

「いえいえ、瑞鳳さんの実力あってこそですよ。正直、こんなに活躍するとは思ってませんでしたよ。あの加賀さんも誉めていたみたいですし」

 

瑞鳳は照れ笑いしながら、頭を掻く。

そんな瑞鳳を見ていた香取は急に深刻な顔になる。

 

「…香取さん?」

 

「でも、問題はこの後です。私が思うに、この後、深海棲艦も黙ってはいないと思います」

 

「えっ、それってどういう…」

 

「…いえ、私の思い過ごしかもしれません。折角の勝利の気分が台無しですね。忘れて下さい」

 

香取は瑞鳳の肩をポンポンと叩くと、その場を去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから数日後、まだ勝利の余韻も冷めやらぬ鎮守府に衝撃の一報が届く。

深海棲艦の一大反攻作戦が始まったのだった。

艦娘達は、事の真相を提督に確かめようと挙って司令室に押し掛けた。

 

「提督、深海棲艦達の反攻作戦が始まったと言うのは本当か?」

 

皆を代表して長門が提督に詰め寄った。

 

「あぁ、本当だ。だがそれに対する作戦編成も出来上がりつつある」

 

「…本当か!」

 

「ここにいる香取に、この事態を想定して考える様にと言われてな」

 

提督の横に立つ香取が照れ臭そうに長門を見る。

 

「大本営からの正式な命令があり次第、いつでも動ける。お前達もそのつもりで準備しておく様に」

 

「「「ハイ!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「香取さん、凄いなぁ。前に言ってた事、本当になっちゃったよ!」

 

いつもとは違い、今日の瑞鳳は些か興奮していた。今まで彼女が言った事はことごとく実現してきたのだ。瑞鳳には香取がまるで予言者の様に見えていた。

 

「まぁ本当は、実現しない方が良かったんですが、気になったので提督さんにも助言しておきました」

 

「でも、何でこんなに次から次へ分かるの?」

 

瑞鳳の質問に、香取は少し顔を暗くした。瑞鳳も一瞬、何か聞いてはいけない事だったのかと戸惑った。

 

「…瑞鳳さん。この事、誰にも言わないと約束できますか?」

 

「えっ、えっ?どうしたの急に」

 

香取は真剣な眼差しで瑞鳳を見つめる。

 

「…うん、誰にも言わない」

 

「実は私には…未来が見えるんです」

 

「…へっ?」

 

「私はそれを見て瑞鳳さんや提督に助言しているんです。もし酷い未来があっても何が起こるか分かっていれば、対処はできます。何でこんな力があるのかは分かりません。でも折角授かった力です。皆さんのお役に立てたいと思いまして」

 

「…」

 

「…やっぱり、こんな話、信じてもらえませんよね。ごめんなさい、変な事を言って。忘れて「信じるよ」

 

「…えっ?」

 

「私、香取さんの話、信じる。だって今まで私の事色々助けてくれたもん」

 

「ず、瑞鳳さん」

 

「その力、きっとみんなを助ける為に神様がくれたんだよ!だから、私、香取さんの事信じるよ!」

 

香取は急にその場にうずくまってしまった。目には涙を溜めていた。

 

「かっ、香取さんっ?」

 

「ごめんなさい、どうせ馬鹿にされると思っていたから、嬉しくって…!」

 

「ば、馬鹿になんてしないよっ!」

 

瑞鳳がうずくまる香取に近付くと、香取は瑞鳳を優しく抱き締めた。

 

「ひゃあっ!か、香取さんっ?」

 

「ありがとう。瑞鳳さん、信じてくれて…ありがとう」

 

瑞鳳の言葉が余程嬉しかったのか、香取は涙を流して喜んでいた。

 

「…うん」

 

瑞鳳は、香取を優しく抱き締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈偵察隊はまだ何も言ってこないけど、そろそろかな〉

 

瑞鳳達の艦隊は次の海域へと足を進めていた。

今回も前回と同様、加賀や金剛、羽黒を含む編成となっていた。

 

「ヘ~イ、加賀~。随分静かですケド、大丈夫デスカ~?」

 

「まだ偵察隊からは何もないわ」

 

目的海域に入ってかなり経つが、未だに敵の姿は無かった。

 

「も、もう日が落ちてきましたね」

 

羽黒が不安そうに呟く。

空を見ると黒い雲が空を覆い始めた。

 

「…!敵影発見よ。空母、それに重巡級っ」

 

加賀の声に呼応するかの様に背後から駆逐イ級が数体、こちらに向かってくる。

加賀が矢を射るのを合図に、戦闘が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

「いったん引きましょう!」

 

加賀が皆に叫ぶ。

戦艦棲姫の出現により、戦況は刻一刻と悪化していった。

既に羽黒は大破状態。金剛はかろうじて持ちこたえてくれているが、加賀も瑞鳳も既に何度か被弾していた。

 

「いえ、ここは踏みとどまるべきです!」

 

「瑞鳳さん、アナタ何を言ってるの?明らかにこちらが不利よ。このままでは全滅は時間の問題よ」

 

「そっ、それはそうですがっ…それでもっ!」

 

『いいですか、瑞鳳さん。今度の戦いかなり厳しい戦いになります。でも大丈夫。皆さんが勝つ未来が私には見えます』

 

瑞鳳が出撃前に、香取に言われた言葉が頭を過った。

 

『帰ってくる瑞鳳さんを私が…。そして提督が迎えてくれる未来が、私にははっきり見えます』

 

〈香取さんの言う通りなら、私達は勝つ筈。だからここで退いちゃ勝てない!〉

 

『だから前に前に進んで下さい。結果的にそれが敵を押し戻し、勝利の鍵になります。

 

『全ては瑞鳳さん、アナタに懸かっています!』

 

「お願い、私を信じてっ!」

 

瑞鳳は矢を射る。

その矢が火花を散らし、空中で戦闘機へと姿を変える。

 

「行って、彗星っ!」

 

戦闘機達が戦艦棲姫めがけて爆撃を開始する。

 

「!!」

 

戦艦棲姫が驚きの表情を浮かべた瞬間、彼女の周囲に爆発が起こる。

 

「ギャアアァァッ!」

 

戦艦棲姫は苦悶の表情を浮かべながら、海に沈んでいく。

 

「…やった。やっぱり香取さんの言う通りだった」

 

自分の頭上に戻ってくる戦闘機達にニコリと微笑み、瑞鳳は加賀に振り返った。

 

「加賀さん。あと一息ですっ!」

 

だが、加賀の表情は険しいままだった。

瑞鳳に向けて、必死に何かを訴えようとしている。

 

「…か、加賀さん?」

 

「…ろっ」

 

「えっ?」

 

「後ろよ、瑞鳳っ!」

 

加賀の叫びと共に瑞鳳の後ろに水柱が立つ。

その中から伸びてきた手が、瑞鳳の肩を掴んだ。

 

「アイアン…ボトム…サウンドニ…

 

「シズミナサイッ!」

 

それが、瑞鳳が聞いた最後の言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

作戦は失敗に終わった。

瑞鳳のいた艦隊は、瑞鳳を含め加賀や金剛、駆逐艦数名が轟沈。大破した羽黒が救援艦隊に救われ、かろうじて鎮守府へと帰還した。

 

 

 

 

「やはりあの海域へは進攻すべきじゃなかった。…全ては自分の責任だ」

 

司令室で香取から報告を受けた提督は、自分の判断ミスを深く後悔していた。

 

「お気持ちは分かります。ですが、提督の作戦には問題はありませんでした。あまり気を落とさないで下さい…」

 

香取は、椅子に座り頭を垂れる提督の肩に手を置き慰める。

 

「だが、瑞鳳や加賀、それに金剛。他にも何人かの轟沈を出してしまった。彼女達の姉妹に会わせる顔が無い」

 

「それは私の方から伝えておきます」

 

「すまない…」

 

提督は椅子から立ち上がり、窓辺から外を見渡す。

 

「しかし、加賀には不利と思ったら、必ず撤退しろと言っておいたんだが。…本当に気の毒な事をしてしまった」

 

「戦場では何が起こるか分かりません。提督は悪くありませんよ」

 

「…そう言ってくれると、助かる」

 

「それにいつまでも悲しんでいては、沈んでいった彼女達も浮かばれません。彼女達の無念を晴らす為にも、次を考えましょう」

 

「あぁ。そうだな」

 

悲しげに窓を見詰める提督に、香取は優しげに微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

香取と鹿島は、それぞれ別の鎮守府にいたが、週に一度は連絡を取り合い、お互いを励まし合っていた。

ある時から、鹿島の手紙は彼女のいる鎮守府の提督の話題が多くなっていた。

手紙から察するに、鹿島はその提督を慕っているらしかった。

何度もそんな手紙を読んでいる内に、香取もその提督に興味を持ち始めた。

 

そんな折、香取のいる鎮守府の駆逐艦も練度が上がり、仕事も一段落着いた事から、彼女は鹿島のいる鎮守府へと異動願いを出した。

鹿島も姉を自分の鎮守府に呼びたかった事もあり、すんなり話は運んだ。

 

姉が同じ鎮守府に来てくれた事を最初は喜んでいた鹿島だったが、それはすぐに後悔へと変わった。

自分達は、やはり姉妹なのだと痛い程実感した。

自分が好きな物は、姉も好きなのだ。

鹿島には、姉の気持ちがまるで伝わってくる様に分かった。

香取もまた、提督に惹かれていると…。

 

だが、意外にも香取は必要以上に提督と接する事はせず、鎮守府の艦娘達との交流に精を出した。

鹿島も姉が自分の気持ちを知って、身を引いたのだと思った。

だが、香取が事ある毎に気遣う艦娘達にある共通点がある事に気付き始めた。それは鹿島と同じく、提督を密かに慕っている艦娘だった。

 

言葉巧みに話しかける内に、香取が目を付けた艦娘達は彼女に心を許す様になった。

 

最初に知り合った瑞鳳からは、提督に朝ご飯を作るのは迷惑では、と相談を受けた。

一方で羽黒からも全く同じ相談を受けた。

香取は、それぞれに正反対のアドバイスをした。

瑞鳳には作るべき、羽黒には少し間を置いてみては、と。

自分の料理を美味しそうに食べる提督を見て、瑞鳳はこれも香取のお陰だと、彼女に心を許し始めた。

 

暫くして、加賀と金剛、そして瑞鳳から同じ相談を持ちかけられた。

提督がある作戦を決行するかについてだった。

香取は、ここでも両者に真逆の答えを出した。

瑞鳳には決行するだろう、加賀達には止めるべきだ、と。

 

結果、提督は瑞鳳の意見に後押しされ決行する事にした。

瑞鳳にとって、香取の存在は益々大きくなっていった。

 

深海棲艦の反攻作戦を予言した香取だったが、これは別に外れても良かった。

香取に未来を見る力など無い。

瑞鳳も本来ならそんな言葉を信じはしないだろう。だが、瑞鳳に出した助言はことごとく的中してきた。

瑞鳳は最早、香取の言葉を疑う事は無かった。

 

二人が頻繁に会っている事に疑念を持った鹿島が、何を話しているのか聞きに来た事もあったが…。

 

香取にとって、自分の予言を信じさせる相手は誰でもよかった。

結果的に自分の言葉通りに動く様になってくれれば、瑞鳳でなくても構わなかった。

当たりの予言を引き続け、すっかり自分の言葉を鵜呑みにする様になった瑞鳳に、香取は自分の目的を叶えてもらう事にした。

 

…一人でも多く道連れにして、消えてもらおうと。

 

この新しい鎮守府では、香取は新参者。

提督を慕う連中を出し抜こうとすれば、間違いなく反感を買う。

ならば逆に信頼を得て、操れないかと考えた。

彼女の目的からすれば、より影響力のある相手、できれば長門や加賀辺りが理想だったが、そこまでは上手くいかなかった。

香取は最後の最後で、瑞鳳に嘘の予言を与えた。

『引かなければ、必ず勝てる』と。

それを信じた瑞鳳は、不利な状況にも関わらず最後の瞬間まで勝てると信じていた。

 

結果、瑞鳳は加賀、金剛と共に沈んだ。

これは香取にとっても嬉しい誤算だった。

 

〈瑞鳳さんがここまで活躍してくれるとは。できれば羽黒さんも連れて行って欲しかったですが…〉

 

〈ですが、これで邪魔者はあらかた片付きました。できれば鹿島に手を掛ける事はしたくないけど…〉

 

〈ごめんなさいね、鹿島。でもアナタも悪いのよ?〉

 

〈アナタが私をこの鎮守府に呼ばなければ、私もこんな事をしなくて済んだのに…〉

 

〈だから鹿島…お願いだから私にそんな事をさせないで頂戴ね〉

 

提督の背中を見つめる香取。

その顔は、慈しみとも情念とも分からない妖しい微笑みを浮かべていた。

 




今回の話、もうちょっと早く載せるつもりだったんですが、香取の動機考えてたら、これもうわかんねぇな状態で一週間過ぎてました。
あんまり考え込んでも意味無いですね。次からは、もう少し単純な展開を心掛けます。

次は妹です。ウフフッ♪






おまけ 艦娘型録

香取 人に話を振るのが上手い司会者タイプ。最近コンタクトにしようと思ったが、提督が眼鏡フェチだと知ったので止めた。前は素足だったが、お姉さんタイプに路線変更する為ストッキングにした。

瑞鳳 人の言う事を真に受けちゃう純粋な娘。一方で、卵焼き以外も普通に作れるが、それしか作れないキャラの方が受けが良い事も知っている侮れない娘。

提督 香取を呼んだのも鹿島に言われたからで、ちょっと流されやすい人。一方でそんな所がケッコンしたら尻に敷けると思われて香取に目を付けられた。眼鏡っ娘フェチ。

鹿島 今回の件には直接絡んではいないが、元々は香取にこっちに来てほしいと言ったのがそもそもの始まり。そういう意味では一番の元凶と言える。提督が眼鏡フェチだと教えたのもこの娘。

羽黒 ほとんどチョイ役だったので、辛くも命拾いした。瑞鳳と同じく提督の胃袋を掴もうと画策していたので、案外抜け目ないのかもしれない。腹黒と言ってはいけない。

金剛 前の話では妹沈めたりあまり良いイメージが無いが、今回はまとも。香取が来なかったら何かやらかしたかも。

加賀 今回はチョイ役だが、ピンの話が内定している。やりました。自分と違って料理が出来る瑞鳳と羽黒を警戒していた。金剛はノーマーク。

長門 戦力はピカイチだが、頭が残念な娘。最終的に戦えればそれでいい、戦闘民族みたいな人。

天龍 今回はチョイ役だが、加賀と同じくピンの話が用意されてる。フフフ、読みたいか?今回は長門の子分みたいな感じだった。一発芸の眼帯外しは駆逐艦にウケがいい。


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Bad apple

鹿島、鎮守府辞めるってよ。





〈何故…こんな事に…〉

 

無数の砲撃を受け、海に沈みゆく一人の艦娘。

その後ろでは、沈んでいく彼女を無表情に見下ろす何人かの少女達。

 

「…皆さん、帰投しますよ」

 

その中の一人が命令を下すと、周りの少女達はその場を後にした。

 

〈ま、待って…くれ…!〉

 

沈んでいく彼女は、背中を向ける少女達に最後の力を振り絞って手をかざす。

少女達は立ち去った。

 

誰一人振り返らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お久しぶりです、提督さんっ♪」

 

廊下を歩く男が声に振り返ると、目を輝かせた少女がいた。

 

「君は…鹿島じゃないか!…そうか、君ここの鎮守府だったのか」

 

男は嬉しそうに少女に話しかけた。

 

「もう一年振りですね。フフッ、元気そうで何よりです」

 

「あぁ、君も元気そうだね…」

 

「…どうしました?顔色悪いみたいですが。それに今日はまた、どうしてこちらに?」

 

「あぁ、実は…」

 

そう言って、彼は自分の悩みを彼女に話し始めた。

 

彼は別の鎮守府で提督をしていた。

鹿島とは、まだ見習いだった時に知り合った。お互い駆け出しの新米だった事もあり、何かと話す機会が多かった。

そうこうしている内に、彼は一つの鎮守府を任される事になり、鹿島とも会う事はなくなった。

 

鎮守府の提督になって早一年。

戦果は微々たる物だったが、まだ一人の轟沈も出しておらず、端から見れば何の問題も無い様に見えた。

少なくとも彼は、そう思っていた。

 

彼は何をするにも万全を期す為か、大きな敗北を喫した事は一度もない。一方で、そんな彼の性格に艦娘達はある不満を持つ様になった。

 

いささか慎重過ぎるのではないかと。

 

大きな口論になった事は無いが、艦娘達も彼の作戦に不満を漏らす事が多くなった。

 

特に血の気の多い艦娘達からは、自分達はもっと活躍できる、何故自分達を信用しないのか、中にはあの提督は臆病者だと陰口を叩く者もいた。

そんな事が続き、艦娘達との間に溝ができつつあった。

悩んだ彼は、この鎮守府の提督に相談をしに来ていたのだった。

 

「…そうだったんですか」

 

「あぁ。最近は命令無視もたまにある位でね。…もしかしたら自分は、提督には向いていないのかもしれないな」

 

「そ、そんな事ないですっ!それは私が保証しますっ!」

 

「ははっ、ありがとう。お世辞でも嬉しいよ」

 

「提督…」

 

塞ぎこむ提督を見ていた鹿島は、急に彼の手を握り締めた。

 

「かっ、鹿島っ!?」

 

「提督っ、私そっちの鎮守府に行ってもいいですか?」

 

「えっ?でも君はここの…」

 

「フフッ、それは大丈夫です。実はもうすぐ異動なんです。だからそっちの鎮守府にも行けると思います」

 

「そ、そりゃあ来てくれるのは嬉しいが、来てどうするんだ?」

 

「私に考えがあります。でも、一つ条件があるんです」

 

「条件?」

 

「えぇ。それは…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日から、この鎮守府に配属になりました香取型練習巡洋艦2番艦、鹿島です。皆さん、よろしくお願いします!」

 

新しく赴任した鹿島が、司令室にいる数人の艦娘達に挨拶をしていた。その中には鹿島の姉、香取もいた。

 

「鹿島、アナタもここに来たのね」

 

「久しぶりっ、お姉ちゃん。今日からよろしくね」

 

姉妹手を取り合い再会を喜ぶ二人。他の艦娘達も鹿島を温かく出迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「司令官、次の作戦が延期になったと聞いたが…理由を聞かせてもらおうか?」

 

妙高と共に司令室に来た那智は、不満を隠そうともせず提督に尋ねた。

 

「他の艦娘の練度も考えた結果、まだ進むべきではないと判断したんだ」

 

「確かに貴様の言う事も一理ある。だが、そう言って延期になったのは何度目だ?」

 

「那智、失礼ですよ。提督にも考えがあるんですから」

 

隣にいた妙高が那智を嗜める。だが、そんな妙高の意見を突っぱねて那智は続ける。

 

「いや、姉さん、これは私だけの意見ではない。足柄や羽黒も思っている事だ。…本当は妙高姉さんもそう思っているのでは?」

 

「私は…!そんな事は…」

 

妙高は言葉に詰まり下を俯く。

 

「司令官よ、アナタはいささか慎重過ぎるのではないか?我々を気遣ってと言うなら筋違いだ。…それとも司令官、貴様は我々を信用できないのか?」

 

「那智!」

 

「いや、そんな事はないが…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうですよ、提督。那智さんの言う通りにすべきです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん?」

 

「鹿島?」

 

提督の隣にいた鹿島に、提督と那智が顔を向ける。

 

「ほう、貴様見た目の割に中々勇ましいな」

 

「いえいえ、那智さんの武勇に比べたら大したことは」

 

「フッ、それなら話が早い。貴様からも言ってやってくれないか?」

 

鹿島は提督に向き直ると語り始めた。

 

「提督っ、那智さんの言う通りにすべきです」

 

「鹿島、お前まで何を…」

 

提督はてっきり鹿島が自分の肩を持ってくれる物だとばかり思っていたので、いささか面食らった。

 

「例え護衛の駆逐艦や他の皆さんの犠牲を出そうとも進軍すべきです」

 

「えっ?」

 

「何っ?」

 

妙高と那智は驚いた様に鹿島を見る。

 

「鹿島、と言ったな。私はそういう意味で「那智さんはどれだけの犠牲を出そうが構わず進むべきだ、そう仰っているんです」

 

「お、おい」

 

「そうなのか?那智」

 

提督は怪訝そうに那智の顔を覗きこむ。

 

「ち、違う。そんな訳がなかろう!」

 

「えっ、そうなんですか?すみませんっ!私ったら勘違いしちゃって…」

 

「全く…。と、とにかく司令官よ。もう一度考慮してくれ。何なら私が旗艦を務めても構わん。頼むぞ」

 

那智はそのまま部屋を後にし、妙高も一礼すると那智と共に部屋を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

那智の指揮する艦隊が激戦を繰り広げていた。

艦隊は彼女の性格を体現したかの様に、統制が取れてはいたが、那智は妙な違和感を感じていた。

駆逐艦達は自分の指揮には素直に従う。だが、いつもと何かが違う。それが何なのかはっきり表れたのは、正に戦闘の最中だった。

 

「きゃあっ!」

 

瑞鶴が敵の魚雷を喰らい、顔を歪める。

 

「瑞鶴っ!くっ、卯月、弥生っ。瑞鶴の前へ!」

 

那智が二人に指示を出すも、卯月も弥生も何故かその場から動こうとしない。その顔は恐怖に必死に耐えている様にひきつっていた。

 

「どうした二人共っ!聞こえないのかっ!?」

 

「いっ、嫌だぴょん!」

 

恐怖に耐えきれなくなったのか、卯月は弥生に抱き着き悲鳴を上げた。

 

「弥生も…嫌ですっ…!」

 

「なっ!何を言っているっ!瑞鶴の護衛に行くんだっ!」

 

那智も、卯月と弥生と共に出撃した事は何度かある。駆逐艦故の頼り無さを感じた事はあるが、敵を前に震える事は一度も無かった。

それが今日に限って二人共、いや、よく見れば横にいる睦月も何かを怖がっている。

ふと、那智はある事に気付いた。

卯月も弥生もそうだが、睦月も目の前の深海棲艦ではなく、自分を見て怯えていた。

 

「お、お前達、一体どうしたんだ…」

 

「嫌だっ、沈みたくないぴょんっ!」

 

卯月が背を向けその場から逃げ出そうとする。

那智は慌てて追いかけ、卯月の肩を掴んだ。

 

「貴様、今は戦闘中だぞっ!一体どこへ行くつもりだ」

 

「うーちゃんは沈みたくないぴょんっ!」

 

「だからと言って、逃げ出す奴が「那智さんは、うーちゃん達を沈める気だぴょんっ!うーちゃんはそんなの嫌だぴょんっ!」

 

卯月は那智の手を振りほどいて、一目散に逃げて行った。

 

「待って…」

 

それに続く様に弥生も卯月と一緒に逃げ出す。

よく見れば隣にいる睦月も顔をひきつらせて、今にも泣きそうな顔をしていた。

 

「睦月っ、お前まで一体どうしたと言うんだ!」

 

那智は睦月の両肩を掴んだ。

 

「那智さんが、し、沈めと言うならそうします。だから、妹達は見逃してあげて下さいっ…。お願いですっ!」

 

「なっ…」

 

両目に涙を溜めた睦月は、瑞鶴の下へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「卯月っ、弥生っ!」

 

帰投した那智は妙高に抱き付いて震えている二人の下へと駆け寄った。

 

「ひゃあっ!」

 

「ご、ご免なさいっ…!」

 

那智の声を聞いた二人は泣きながら妙高の後ろへと隠れる。

 

「那智、気持ちは分かるけど怒らないであげて。提督には私から言っておくから」

 

「いや、確かにそれもある。だが私が分からないのはそれではないんだ」

 

「逃げてしまった事でしょう?」

 

妙高は泣いている二人をあやしながら、那智に語った。

 

 

 

 

 

 

『駆逐艦の皆さんは、那智さんや瑞鶴さんが活躍する手助けをしなくちゃいけません。旗艦の那智さんが被弾しそうになったら必ず楯にならなきゃなりませんよ。…例え沈む事になっても、です』

 

睦月達は前日の訓練で、鹿島からそう教えられていた。

以前、那智と共に出撃した際に如月が大破した事があった。それは那智や他の者を庇ったのではなく、あくまで運が悪かっただけだったが、卯月達三人にはそのイメージが強く残っていた為、鹿島の言う事に必要以上の現実味を与えてしまった。

 

「私は如月を楯にしたつもり等ない!確かに如月は気の毒だったが、あれは敵の増援による物だ」

 

「えぇ、分かってるわ那智。あの時は私もいたし、お互い中破した位ですもの。

 

「でも、如月ちゃんの事が尾を引いて、この娘達にはそうは見えなかったんでしょう…」

 

妙高は震える二人の頭を優しく撫でた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「鹿島っ、貴様、駆逐艦達に何を吹き込んだのだ!」

 

司令室に踏み込んだ那智は、その場に鹿島を見つけると開口一番、彼女に問い質した。

 

「何を吹き込んだも何も…駆逐艦達の役目を教えたつもりですが…、何か問題でも?」

 

「何か問題だと?あいつ等は戦場で震えて逃げ出す始末だ。これが問題じゃないとでも言うのか?」

 

「そ、それは申し訳ありませんっ!次は逃げずにきちんと楯になる様に言っておきますっ!」

 

「なっ、そんな事を言っているのではないっ!」

 

「はいっ?では、何を?」

 

「きっ、貴様っ」

 

那智は椅子に座る提督に視線を送った。

 

「那智、妙高から話は聞いているよ。だが、駆逐艦の役目は本来そういった物だ。鹿島は悪くないと思うんだが…」

 

「なっ、司令官っ、貴様までコイツを庇うのか?」

 

那智は提督を睨み付けた。

 

「いや、庇うとかではなく…」

 

「う~ん、でも本来あの娘達の役目は那智さん達巡洋艦や空母の皆さんの護衛が主な仕事。その為の覚悟を教えたつもりです。私、何か間違ってるでしょうか?」

 

「きっ、貴様っ…」

 

鹿島は、まるで那智が何故怒っているのか分からない、とでも言いたげに笑顔で答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

赤城は決して提督に不満がある訳ではない。

提督が自分達の安全を何より考え、少しでも負担のでない様に心掛けている事は、重々承知している。

そんな彼女にも唯一の不満があった。

食事だった。

彼女は空母と言う性質上、他の艦娘よりも燃費が悪く、どうしても燃料を消費する。それを食事という形で賄っているのだが、正直足りない、と言うのが本音だった。

もう少し自分に食料を回してくれれば、きっと今以上の戦果を出せる。同艦の加賀さんもきっと自分と同じ様に考えているのだろう。

だが、提督は極力自分達の出撃を控え、その所為で自分達の食事も制限されている。彼女にもプライドがある。出撃もしていない自分が人並み以上に食べてもいいのだろうか?そんな思いもあり、彼女は大っぴらに食べる事を自らに禁じていた。

 

 

 

 

 

「赤城さん、顔色悪いみたいですが、大丈夫ですか?」

 

赤城が食堂で暗い顔をしていると鹿島が話しかけてきた。

 

「鹿島さん…。いえ、お恥ずかしいですが、食事の量が…その…」

 

「あぁ、赤城さんは空母ですものね。それはさぞお困りでしょう」

 

赤城は顔を赤くして頷く。

 

「…もし宜しければ、私の方から提督さんにお願いしてみましょうか?」

 

「えっ?ホントですか!…いえ、やはりお気持ちだけで…」

 

「…どうしてです?」

 

「いえ、私ばかりが特別扱いされるのは…」

 

「フフッ、大丈夫です。確か次の任務で赤城さんも編成されていると聞いてます。その為だと言えば、提督さんも頷いてくれますよ」

 

「そ、そうなんですか!?」

 

赤城はさっき迄の暗い顔はどこへやら、眼を輝かせて鹿島を見つめる。

 

「ハイッ♪早速、提督さんに掛け合ってきますね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆さん、今日は大変でしたね。お疲れ様です」

 

赤城を旗艦にした部隊が戦いを終え帰投した。

決してキツい戦いでは無かったが、共に出撃した駆逐艦達は、ほとんどが中破状態だった。

 

「私、役に立ちましたか?」

 

部隊の中でも一番ダメージの酷いのは如月だった。赤城を庇う為に何度か被弾していた。

 

「ご免なさいね如月さん、私の為に…」

 

「いえ、赤城さんが無事なら、それでいいんです」

 

「え、ええ。それはもう…」

 

ハッ?と赤城は周囲に視線を感じ辺りを見渡した。その場にいた駆逐艦達が感情を無くした様な死んだ目で赤城を見つめていた。

 

「み、皆さん…大丈夫です…か?」

 

「行こう、卯月、弥生」

 

「…」

 

如月は赤城に一礼すると、二人を連れてドックへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鹿島さん、あの娘達に何を言ったんですか…」

 

ドックで駆逐艦達と話す鹿島を見つけた赤城が、暗い表情で尋ねた。

 

「あ、赤城さん。作戦は無事終了とお聞きしました。赤城さんの活躍はこの娘達からも聞いてますよ」

 

そう言って鹿島が手をかざした駆逐艦達は、皆どこか拗ねた様に下を向いていた。

 

「さ、作戦が無事終了したのはいいです。ですが、この娘達いつもより動きがおかしかった様な…。鹿島さん、一体どんな指導をしたんです?」

 

「訓練自体は特に何も…。ただ…」

 

「ただ…?」

 

「赤城さんが活躍できる様に、あなた達はできるだけ食事を控えて、赤城さんに食べさせてあげなさいと言っただけです」

 

「なっ…!」

 

赤城は今日の戦いの不審な点を思い出していた。

確かに駆逐艦達は、以前より規律が上がっている気はする。一方で動きが心許ない、行動の一つ一つがふらついている気がしていた。

鹿島の言葉で全てに合点が行った。

 

「じ、じゃあこの娘達、食事は…!」

 

「ハイッ♪赤城さんに食べて頂いたので、食べていませんっ」

 

「!!」

 

確かにここ最近の食事は、何故か量が多かった。だがそれは、自分の出撃の為に提督や間宮さんが気を効かせてくれているのだとばかり思っていた。

実際は、駆逐艦達の分を食べていただけだった。

 

「か、鹿島さんっ。確かに私は空母と言う性質上、他の方より燃費が悪いかもしれません。ですが、自分の為にこの娘達の分まで食べようなんて、考えていませんっ!」

 

「もっ、申し訳ありませんっ!提督さんに相談したら許可を頂いたので、てっきり喜んで頂けるかと…!」

 

「てっ、提督も許可したんですか!?」

 

「ハイッ。赤城さんは作戦の要です。他の娘の分を削ってでも赤城さんに回すべきだと。この娘達もちゃんと理解してくれました♪」

 

「…!」

 

駆逐艦達は皆、苦虫を噛み潰した様な顔で二人の会話を聞いていた。

 

「ち、違いますよ皆さん、私は…」

 

「へっ、平気です。私達の任務は赤城さんの護衛ですから。この…位…」

 

笑顔で答える如月だったが、その顔はどこかひきつっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「か、鹿島さんっ」

 

鹿島が振り返ると、そこには思い詰めた顔をした睦月が立っていた。

 

「遠征や護衛任務は、私がこなします。だから妹達には、ちゃんと食事を取らせてあげてほしいのです…!」

 

「睦月さん、お気持ちは分かります。ですが、その為に那智さんや赤城さんにもしもの事があれば、責任を取れるんでしょうか?」

 

「そっ、それは…」

 

困った様に下を向く睦月の肩に手を乗せ、鹿島は微笑む。

 

「でも、睦月さんの言う事ももっともですね」

 

「…!じゃ、じゃあっ!?」

 

「ハイッ、皆さんの分を出撃しない艦娘の皆さんから分けて貰いましょう♪」

 

「えっ、それって…」

 

「でも睦月さんっ、そこまでするんですから、しっかり成果を上げて下さいね」

 

笑顔で立ち去る鹿島とは裏腹に、睦月は茫然自失でその場に立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、提督命令と言う事で、食事及び補給に制限が掛かった。

だが、その日の出撃予定のある那智や睦月達にだけは、いつも以上の食事が許されていた。

当然、周りの艦娘達はどうして自分達は駄目で彼女達は何も言われないのか不思議に思った。

何も知らされていない那智や赤城は、何故か皆に謝る睦月から事の真相を聞かされるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「司令官っ、これはどういう事だ!」

 

那智を筆頭に、赤城や睦月が指令室へと押し掛けた。司令室には提督と鹿島がいた。

 

「那智、それに皆、一体どうしたんだ」

 

「どうしたではないっ!今日の食事の事だ!」

 

「食事?それがどうかしたのか?」

 

「提督、もしかして何も知らされていないのですか?」

 

那智の横にいた赤城が、堪えきれずに提督に問い質す。

 

「?何の事だ。私は鹿島の報告を受けて、今日の出撃予定の者に先に取らせろと伝えてあるが…」

 

「じゃ、じゃあ提督さんは皆の食事を減らせとは、言ってないんですか?」

 

堪らずに睦月も提督の前へと飛び出してきた。

 

「い、いや。それは言っていないが。鹿島、本当なのか?」

 

「わっ、私は提督の指示を把握して皆さんにお伝えしようと思っただけですっ!」

 

「…鹿島はこう言っているが」

 

「それだけではないっ!」

 

那智が提督の前へと歩み寄る。

 

「この鹿島は、駆逐艦のチビ共に我々の楯となって沈めと教えていたのだ!」

 

いつの間にか来ていた卯月と弥生が、ドアから恐る恐る顔を出して聞いていた。

 

「そ、それはいささかやり過ぎかもしれんが…。だが、前も言ったが駆逐艦の任務はお前達の護衛にある。鹿島の言う事も、あながち間違いでもないのでは…」

 

「提督、私は睦月さんや如月さんを犠牲にしてまで生き残る気はありませんっ!」

 

赤城が大声で提督に抗議する。

 

「そんなっ、私はただ、少しでも皆さんのお役に立てればと思っただけですっ!」

 

「鹿島、お前はこの鎮守府を掻き乱しているだけだ!」

 

那智が鹿島に詰め寄った。

 

「て、提督さんっ!私、何か間違っていましたか?提督さんも私の言う事に賛成してくれたじゃありませんかっ!あれは嘘だったんですか?」

 

「…」

 

「提督さんっ!」

 

「司令官っ!!」

 

鹿島と那智の呼び掛けに、提督は暫く頭を垂れていたが、スッと立ち上がり、そして…

 

那智の下へ歩み寄った。

 

「そんな!…提督さん…」

 

信じられないと言った面持ちの鹿島に向き直り、提督はすまなそうに語った。

 

「鹿島、お前が何をしているのか薄々分かってはいたが、何か考えがあるのだと思って黙認していたんだ。だが、皆が乗り込んでくるなんて普通じゃない。

 

「すまない、鹿島。やはり俺は自分の部下の方が大事だ…」

 

「提督っ!」

 

「司令官っ!」

 

赤城や那智を始め、その場にいた艦娘達から歓声が上がる。

一方で、鹿島は涙を溜めて立ち尽くす。

 

「そ、そんな…。私、皆の為にって。提督さんなら私の事を理解してくれるって…信じてたのにっ…!」

 

鹿島は嗚咽をもらしながら、その場から出ていった。

 

「鹿島っ!」

 

鹿島を追い掛けようとした提督の前に、那智が立ち塞がる。

 

「放っておけ。司令官には悪いが、あの鹿島と言う者、ここには相応しくない」

 

「わ、私も那智さんの意見に賛成です。鹿島さんは前の鎮守府に戻られた方が良いかと…」

 

「那智、赤城…」

 

ドアの外から様子を伺っていた卯月や弥生に目をやると、声には出さないが鹿島が出ていった事を喜んでいる様子だった。

 

ゆっくりと机に戻った提督は、椅子に腰掛け、そのまま皆に背を向けた。

 

「鹿島の件はこちらで処理しておく。…皆、すまなかった」

 

「いや、分かってくれればそれで構わん」

 

「私達も今迄以上に頑張ります。勿論、駆逐艦の娘達と一緒にです。ねっ?」

 

赤城が卯月達に微笑んでみせると、卯月と弥生が笑顔で赤城の下へと駆け寄った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夕方、練習巡洋艦、鹿島は一身上の都合で異動すると、皆に通達があった。

 

こうして、嵐の様に鎮守府を掻き乱した鹿島の件は幕を閉じた。

誰もがそう思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日までは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たっ、大変だぴょんっ!しれいかん、いなくなっちゃったぴょんっ!」

 

「何っ!」

 

「ええっ?」

 

朝の食堂に卯月達駆逐艦が息を切らせて駆け込んで来た。

 

「何を言っている卯月。工厰かどこかにでも顔を出しているのではないか?」

 

「う、うーちゃんもそう思ったぴょんっ!でも、しれいかんの机にこの手紙があったぴょんっ!」

 

そう言うと卯月は那智に一枚の封筒を渡した。そこには提督の筆跡で『鎮守府の皆へ』と書かれていた。

何やらただ事ではないと感じた周囲の艦娘達も、那智の下へ集まり、あっという間に人だかりができた。

 

「な、那智さんっ。何て書いてあるの?」

 

封筒から手紙を出す那智に、睦月が興味深げに近付く。

 

「慌てるな。今読ん…で…」

 

手紙を読んでいた那智は、目を見開いて立ち上がった。

 

「司令官っ!」

 

「きゃあっ!」

 

「那智さん、どうかしたんですか?その手紙に何が…?」

 

那智は赤城に手紙を渡した。

 

「…えっ?そ、そんなっ…提督っ!」

 

「赤城さん、何て書いてあるぴょんっ?」

 

赤城の手から手紙がこぼれ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督は…私達より、鹿島さんを選んで…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1年前、提督とそれぞれの鎮守府へと配属になった鹿島は、風の噂で彼が上手くやっている事を知り安堵していた。

そんな彼と思わぬ再会に感激していた鹿島だったが、一方の彼は一年前よりやつれた様に見えた。

聞けば彼の鎮守府の艦娘達が、彼の心労の原因だと言う。

一体何があったのか心配した鹿島は、兎にも角にも彼の鎮守府へと向かおうとした。

彼の心配を取り除いてあげようと。

 

鎮守府に着いた鹿島は、提督の仕事振りをそれとなく観察していたが、これと言った落ち度は見当たらなかった。

原因は、彼に甘える艦娘達にこそあった。

 

〈一体誰のお陰で一人の轟沈も出さずにやってこれたの?〉

〈誰のお陰で補給に困らず任務がこなせるの?〉

『自分達はもっと活躍できる』

〈あなた達が活躍できる戦場を提督が選んでいるのに気付かないの?〉

『何故、自分達を信用しないのか』

〈あなた達を信用して艦隊を編成しているのよ?〉

『あの提督は臆病者だ』

〈無茶な進軍をして轟沈を出す事が勇敢だとでも言うの!?〉

〈ふざけないでっ!!〉

 

彼の苦労に気付こうともしない艦娘達を見て、鹿島は怒りを滾らせた。

彼は、あなた達には勿体無い。

 

彼の側にいるのは、私こそ相応しい…!!

 

提督は彼女の提案には何も言わず頷き、他の艦娘が苦言を呈しても鹿島を庇った。

鹿島には何か考えがあるのだろうと提督は思っていた。

 

確かに鹿島が来てから駆逐艦達の練度も上がってきている。一方で、鹿島に対する評判が芳しくない事も耳にしていた。

 

そんな評判と呼応するかの様に、鎮守府の雰囲気も悪くなってきていた。

彼女が来る前以上に。

 

もしや、鹿島を信じたのは間違いだったのでは?

そんな疑念が過った時、那智や赤城が、鹿島の指導方針に真っ向から疑問をぶつけてきた。

 

これでは、以前よりも悪くなる…。

 

そう思った提督は、鹿島よりも部下の味方をする事を選んだ。

鎮守府の皆はそう思っていた。

 

提督が鹿島を追って、鎮守府を出ていく迄は…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

元々、彼女はこの鎮守府にはあくまで提督を奪いに来ただけで、長居をするつもりは更々無かった。

そんな彼女が考えたのは、意図的に嫌われる事だった。

周りの艦娘達に自分に対する不信感を植え付け、最終的には自分を追い出したくなる様にと焚き付けた。

時には那智や赤城を煽り、時には駆逐艦達に理不尽な仕打ちをする事で、彼女達の怒りを募らせた。

 

やがて彼女達は、団結して自分を鎮守府から追い出す様、提督に直訴するだろう。

 

――ここまでが、鹿島の計画だった。

 

彼に、提督を辞めて自分と一緒になろうと言った所で素直に頷く筈がない。

そう考えた彼女は、提督に〈自分の意思で〉彼女を追って来てもらおうと考えた。

生真面目な彼が、部下より自分を取るとは思えない。そうなる事を見越し、鹿島はある約束を取り付けた。

 

『何があっても、私を庇ってほしい』

 

 

 

 

 

 

〈これは、私にとっても賭けでした。

 

〈彼が鎮守府に残るか、それとも私を追ってきてくれるか…

 

〈結果、彼は私との約束を破った罪悪感から鎮守府を…部下を捨ててまで私を選んでくれました!

 

〈皆さんには悪いですが、後はどうなろうと知りません。

 

〈これは彼を苦しめた報い、罰です…!

 

〈彼の本当の優しさを見抜けなかった、あなた達へのね…!〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

提督が失踪した鎮守府は、一時的に那智が提督代理を務める事になった。

那智は作戦の立案から、補給計画まで鎮守府の経営を一手に引き受ける事になったが、その結果は散々だった。

こと戦闘にかけては、那智の強さは誰もが認めていた。

だが、直接戦う事と、艦隊を動かして戦う事は必ずしも一緒ではなかった。

 

…彼女は退く事を知らなかった。

 

敵を索敵すれば、問答無用で開戦。そんなやり方を続けていればあっと言う間に備蓄は底を付く。

真っ先に割りを食うのは駆逐艦達だった。

鹿島がいなくなった事で、那智達に対する誤解も氷解した筈だったが、後先を考えないその戦略は、出撃毎に駆逐艦達を轟沈の危機に晒した。

特に卯月の那智に対する疑念は根強かった。

今迄は鹿島が原因だと思っていた。ところが、その鹿島がいなくなったにも関わらず現状は良くならない。

 

『あなた達は、那智さんの楯になって沈まなければなりません』

 

〈那智さんもあの人と同じだっ…!!〉

 

いつ轟沈してもおかしくない毎日に、卯月の精神は限界に達していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「敵影発見しました」

 

「よし、艦隊、単縦陣。撃ち方用意っ!」

 

旗艦の那智の号令の下、駆逐艦達が単装砲を構える。

 

「撃てっ!!!」

 

だが、駆逐艦達は何故か誰一人撃たなかった。

 

「なっ、何をしているっ!命令が聞こえないのかっ!」

 

那智の叫びに卯月が単装砲の狙いを定める。

…那智に向けて。

 

「!卯月っ、誰に向けて…」

 

言い終わらない内に、卯月の単装砲が火を吹いた。

 

「ぐああっ!」

 

那智が苦悶に顔を歪める。

 

「きっ、貴様っ、一体何を…!」

 

「…うーちゃん、もう騙されないぴょんっ」

 

「なっ、何を言って…」

 

「やっぱり那智さんは、最初からうーちゃん達を使い捨てにするつもりなんだぴょんっ!そうはさせないぴょんっ!」

 

「きっ、貴様っ…。睦月、弥生!卯月を拘束しろ!」

 

睦月と弥生はお互いの顔を見合わすと、卯月に続き那智めがけて砲撃を加えた。

 

「ぐわああぁっ!!」

 

駆逐艦の攻撃にその場から吹き飛ばされる那智。

如何に駆逐艦の砲撃とは言え、この至近距離で三人に砲撃を受ければ重巡洋艦の那智と言えども一溜まりもない。

那智の悲鳴を掻き消す様に、一心不乱に砲撃を続ける卯月達。那智が苦悶に顔を歪める度に、三人は加虐的な笑みを浮かべた。

突然の卯月の反抗を慌てて制止しようとした赤城だが、睦月、弥生の二人もこれに加担する様を見て踏み留まってしまった。

 

この場には自分達しか居ないのだから…。

 

最早立つ気力も無い那智が、この造反劇を何故か静観する赤城に助けを求めようと手をかざした。

だが、赤城は無表情に那智を見下し、その場から動こうともしなかった。

 

「あ、赤城、オマエまで…!」

 

「ご免なさい那智さん。あなたのやり方では、私達はあっと言う間に全滅です」

 

「…!!」

 

〈それに、この場であなたを助けに入れば私まであの娘達の標的にされてしまう…〉

 

「…皆さん、帰投しますよ」

 

赤城の号令に駆逐艦達は一斉に背を向ける。

 

〈ま、待って…くれ…!〉

 

声にならない声を上げる那智。

その後ろに、深海棲艦の部隊が迫って来ていた。

 

〈どうして…こんな…事に…〉

 

薄れ行く意識の中で、那智は何故こんな事態になったのかを考えていた。

潜水ソ級達から無数の魚雷が発射された。

 

〈提督を信じれなかった私の所為か…〉

 

魚雷が海に白い尾を伸ばしながら、那智に迫る。

 

〈鹿島が来たからか…〉

 

あと10メートルにまで迫っていた。

 

〈それとも…〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あと、1メートル…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




鹿島は、自分の中では無意識なサークルクラッシャー的なイメージがあります。それで話作れないかな~と考えたらこうなりました。

次はある話の続きになるかも。
ヒロインは榛名、かな。
うん、大丈夫です、問題ない。









おまけ 艦娘型録

鹿島 本人にその気は無くても何かと勘違いされる蠱惑的な人。同性の艦娘からの人気はイマイチらしい。本人は提督と同棲したいので辞めたいらしいが、上層部から引き留められている。退役後は家計を助ける為、コンビニで働こうと思っている。サークルKで。

提督 良くも悪くも冒険しない人。その為鎮守府ではヘタレ扱いされていた。そんな所が鹿島の母性本能をくすぐったのかも。本人は鹿島より姉属性の香取の方が好きだったので、それだけが心残り。

那智 性格もさっぱりしているし細かい事は気にしないリーダータイプだが脳筋。戦闘力と頭は必ずしも比例しない事が露見した。八の段が不安。

赤城 間宮の天敵。よく食う母。彼女専用コース、赤城盛り(加賀スペシャル)は見るだけで胃がもたれる。駆逐艦とは普段からコミュニケーションを取っていた事が那智との明暗を分けた。最近やたらと駆逐艦に間宮のあんみつを奢る様になった。

卯月 鎮守府の隠れアイドル。何だかんだで皆から愛されてる。ただいたずらをするにしても許してもらえるギリギリのレベルを見極める事が出来る、ある意味計算高い娘。

睦月 姉妹想いの優しい娘。一方でキレたら一番怖い。那智を一番撃ったのはこの娘。卯月も睦月にだけはいたずらしない。にゃしいとは言わない。

妙高 おかっぱ。髪型を変えようと思って三年が過ぎた。案外優柔不断なのかもしれない。最近、卯月に懐かれた。


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Good orange

もぅいャ…鈴谷ゎがんばった…
提督さんが…ぜんぜん話聞かなぃカラ…
でも…もぅつかれちゃった…でも
あきらめるの、ょくないって…
鈴谷ゎ…ぉもって…がんばった
…でも…鈴谷…つかれて…
神通さん…さっきまで…提督まかせてて…ゴメン
でも…鈴谷と神通さんゎ…ズッ友だょ…!


「報告書は読んだが…」

 

眼鏡を掛けた男は手元の書類を机に置くと、目の前の女の顔を見る。

 

「君の妹、那珂君も被害にあっていたようだね。同情するよ」

 

「…」

 

「率直に聞こう。君は彼を解任すべきだと思うかい?」

 

机の前に立つ女は、暫しの沈黙の後、重い口を開いた。

 

「私は…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督さ~ん、まだ日も高いわよ~?」

 

「じゃあ、夜ならいいのか?」

 

「そういう訳じゃないんだけど…」

 

提督と呼ばれた男は、戸棚から書類を取ろうとしていた女のお尻を軽く撫で回す。

そんな提督を軽くいなそうとする艦娘、長門型戦艦の陸奥だったが、彼は中々離れようとはしなかった。

 

「提督…そろそろおイタは止めましょうね~」

 

「イテッ!」

 

陸奥に手をつねられ、慌てて手を放す提督。ふて腐れた顔で、もう一度陸奥にちょっかいを出そうとすると、勢いよくドアが開いた。

 

「失礼するぞ!」

 

「あら~」

 

「…長門」

 

陸奥の姉妹艦に当たる長門型1番艦の長門が、提督を睨み付ける。

 

「提督、陸奥はこの後演習だ。借りていくぞ」

 

「(チッ)…ああ」

 

長門は陸奥の手を引っ張って出ていった。

 

「何かされたか?」

 

「ハァ…いつもの事よ」

 

陸奥は半ば諦めた顔で呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

とある鎮守府。

表向きは何事も無く運営されていた…少なくとも大本営はそう判断していた。

だが、その実態は些か違った。

艦娘達の限度を超えた出撃、大破を気にも止めない作戦、体罰、セクハラの強要…。数え上げれば切りが無かった。

それもこれも全てはこの鎮守府を仕切る彼、提督が元凶だった。

 

元々、彼も最初からこうでは無かった。

着任から暫くした大きな戦いで、彼の艦隊は大勝利を収めた。だがこれは、敵深海棲艦が別の艦隊との戦いで既に手負いだった事、悪天候で敵の指揮が乱れた事等、幸運に幸運が重なった、言わばビギナーズラックの様な物だった。

結果的に勝利を掠め取った形になったが、そうとは知らない大本営は彼に勲章を与えてしまった。

これに気を良くした彼は、自分は才幹に溢れた稀代の英雄なのだ、この国を救うのは自分なのだと著しく増長してしまった。

だがメッキはすぐ剥がれる物。

次の戦いでは惜敗。たがこれは新型の深海棲艦を把握していなかったからだ、彼は自分に言い聞かせた。

敗北…たまたま上手く行かなかっただけだ。

惨敗…アイツらが不甲斐ないから悪い!

敗走…自分の作戦通りに動かなかったアイツらが悪い!!

 

いつしか彼はやさぐれ、その責任を艦娘達に擦り付ける様になった。

命令通りに戦い、負ければ叱咤される。これでは艦娘達の不興を買うのも当然で、今や提督の信頼は地に墜ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ある日、軽巡洋艦天龍率いる遠征組が不幸にも敵と遭遇した。本来なら難無く戦える相手にも係わらず、艦隊は敗走する羽目になった。

 

「大丈夫か、雷?」

 

暁型駆逐艦、雷と電は所々セーラー服も破れ、いつ倒れてもおかしくない状態だった。

 

「こ、これ位大丈夫よ!天龍さんこそ…」

 

「何だ、遠征は失敗か?」

 

鎮守府に辿り着いた一同を待っていたのは冷淡な提督だった。

 

「ご、ごめんなさいなのです…」

 

「フン、こんな楽な任務もこなせないとはな」

 

「なっ…テメェ!オレ達は前の遠征から休まねぇで出てんだぞ!?でなきゃ、こんな事には…」

 

「黙れ天龍!普段から態度はデカい癖にこのザマか…その姿はどうした?旗艦のお前が大破か?」

 

「クッ、こ、これは…」

 

「て、天龍さんは悪くないわ!天龍さんは雷を…私を庇ってくれたの!!」

 

「で、仲良く大破か。資材を集めに行って、その損傷を治す為に資材を使う…まるで貧乏神だな」

 

「つ、次は頑張るわ!だ、だから司令官…」

 

「…フン」

 

「…入渠するぜ」

 

「駄目だ、その程度でドックを使わせられるか」

 

「フザケんな!俺たちに、このままでいろってのか!?」

 

「役立たずに使わせるドックなど無い!反省しろ!」

 

「い、いいの天龍さん。雷が…雷が悪いの。こ、これ位、平気…よ」

 

「雷!…提督、オレはいいからチビ共だけでも使わせてやってくれ」

 

「…フン、まぁいい。次は無いからな」

 

「あ、ありがとう司令官…」

 

 

 

 

 

「ふう~、久しぶりのフロだ。生き返るぜ…」

 

「本当なのです…」

 

天龍と駆逐艦達は久しぶりの入渠ドックで疲れを癒していた。ここ最近は大した状態で無ければ入渠を許されず、天龍達にとっては数日振りの命の洗濯だった。

 

「大丈夫か雷…クソっ、あの野郎」

 

「い、雷は大丈夫よ天龍さん。この位、天龍さんに比べたら」

 

「そ、そうなのです。天龍さんの方が大変なのです」

 

「へっ、チビ共が生意気抜かすな。天龍様はこの位どうって事ねぇんだよ!…イテテ」

 

雷は、かつての提督の事を思い出していた。

 

『電…っと、雷だったな。ごめんごめん』

 

『雷、今日も輸送任務ご苦労様』

 

『大丈夫か?ゆっくり休んでくれ』

 

提督も元から冷たかった訳ではない。ある時から徐々に功を焦り始め、気が付けば自分達の状態よりも成果を重視する様になった。

雷はこの鎮守府では古株に当たり、天龍達が知らない提督の優しい顔も知っている。それだけに天龍の様に提督を憎みきれずにいた。

 

「…雷。オマエ、まだアイツが昔みたいに戻ってくれるって思ってんのか?」

 

「う、うん…」

 

「諦めろ。もう昔のアイツはいねぇよ。今のアイツはオレ達の事なんざ、何とも思ってねぇよ」

 

「そ、そんな事ないわ!今は…そう、戦いが多いから司令官も大変なのよ!平和になれば昔の司令官に戻るわ…きっとそうよ」

 

「雷ちゃん…」

 

翌日、回復した雷達は休む暇もなく次の任務へ駆り出された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雷ちゃん達は大変だねぇ熊野。ウチら重巡で良かったよ」

 

「そうですわね。でも、もうお忘れになったの鈴谷?あの提督の所為で、三隈姉さんを失った事を…」

 

「わ、忘れてなんかいないし…」

 

「次は私達かもしれませんわ。駆逐艦の皆さんは天龍さんに任せて、私達は自分達の心配をしましょう」

 

「うん、そだね…」

 

最上型重巡洋艦3番艦の鈴谷、同じく4番艦の熊野がこの鎮守府に来てから1年程が過ぎていた。

戦闘の規模が大きくなるにつれ、提督は重巡の火力を強化すべく鈴谷と熊野を呼んだ。当初は提督に持て囃されていた鈴谷達だったが、半年程前から事情は変わった。

既に居た三隈を戦闘で失った。それだけなら鈴谷達も提督を恨んだりはしなかったが、問題はその後だった。

戦果を重視する提督は、三隈の抜けた穴は同じ姉妹艦の鈴谷達が補うべきだと、必要以上の出撃を命じた。例え大破だろうが動けるなら平気だろうと。それでも駆逐艦に比べれば、必ず入渠や補修は受けられた。もちろん、それなりの戦果を上げればだが。

 

 

 

 

 

「え~っ?ドック使えないって…何で!?」

 

ある日、戦いから帰った鈴谷達は報告の後、入渠ドックに向かおうとしていた。だが提督はそれを許さず、そのままの待機を命じた。

 

「提督さん、ウチらボロボロなんだけど!」

 

「文句は駆逐艦達に言うんだな鈴谷。今ドックはアイツらで一杯だ。オマエ達の入る余裕は無い」

 

「…お言葉ですが提督、駆逐艦の皆さんを休みも与えず酷似し過ぎでは?もう少しローテーションを組んで効率良く…」

 

「だ、黙れ熊野!俺の考えが間違ってるとでも言いたいのか!?元はと言えば、三隈達が抜けた穴を…」

 

「な!そ、それがどうして私達の所為なんですの!?それこそ提督の作戦が悪かったのが原因ですわ!!」

 

「うるさいっ!」

 

「きゃあっ!」

 

逆上した提督は熊野の頬をおもいっきり叩いた。

 

「く、熊野!ちょっと提督、女の子ぶつなんて最低だよ!」

 

「うるさい鈴谷!オマエもぶたれたいか?戦力としてアテになるから優しくしているんだ。それを付けあがりやがって!何なら解体して新しい連中を迎えてもいいんだぞ!」

 

「…ちょっ、何でそうなるのよ!」

 

「恨むんならオマエ達の姉の三隈でも恨むんだな。アイツが抜けた所為で俺の作戦も狂ってきたんだ。クソッ、沈んでまで迷惑掛けやがって…全く良い姉貴を持ったもんだな」

 

「…最低」

 

 

 

 

 

 

 

「鈴谷さん、熊野さん…ご、ごめんなさいなのです!」

 

執務室から出てきた二人の前に、雷と電の二人が立ちはだかった。二人は鈴谷達の顔を見ると申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「ど、どうしたのアンタ達?」

 

「わ、私達の所為でドックが使えないって…ご、ごめんなさい!」

 

「別にそんな事気にしていませんわ。私、こう見えても体は丈夫でしてよ?ねぇ鈴谷」

 

「そうだよ~。アンタらが資材集めて来てくれてるから、ウチらも戦えるんだからさ~。ゆっくり休みなって!」

 

「うぅ、ありがとうなのです…」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと、こんなの無理だって!」

 

「そ、そうですわ、考え直して下さい」

 

翌日、鈴谷と熊野の二人は出撃を命じられた。それだけなら問題は無かったが、そこは鬼級の深海棲艦が陣取る海域で、戦艦の長門や陸奥ですら撤退する程の危険な場所だった。

 

「お前達は戦艦に並ぶ火力を持ってるんだ。問題無いだろ」

 

「そ、そんな事言ってんじゃなくって!長門さん達ですら負けちゃった所でしょ?ウチらだけで勝てる訳ないじゃん!」

 

「お前達は戦艦に比べれば燃費もいい。ここで役に立たないでどうするんだ!」

 

「だ、だったらせめて長門さんや陸奥さん達と一緒に行く事は出来ませんの?」

 

「アイツらはまだ入渠中だ…全く、肝心な時に使えない奴らだ」

 

「提督は、鈴谷達が沈んでもいいの?」

 

「俺の作戦通りに動けば何とかなる…仮に沈んでもすぐに長門達を投入すれば…」

 

「なッ…!それでは私達は最初から捨て駒扱いですの!?」

 

「俺の作戦が信じられないのか!?もし出来ないなら、解体だ」

 

「そんな理不尽が通ると…」

 

「行こう、熊野…」

 

「あ、鈴谷、ちょっと!」

 

 

 

 

 

 

 

 

『君が鈴谷か。最上に聞いていた通りの可愛い娘だな』

 

『流石、重巡。ウチのエースは鈴谷達で決まりかな?』

 

『もう少し…もう少しだけ俺を信じて頑張ってくれ。頼むよ鈴谷、お前だけが頼りなんだ』

 

 

 

 

「鈴谷…本当に出撃なさるおつもり?」

 

「仕方ないじゃん。命令だし…」

 

「だからって…!提督は私達を見殺しにするつもりですのよ?」

 

「分かってる…分かってるよ。でも…」

 

「…鈴谷。あなた、もしかしてまだ提督が私達が来た時の様に戻るとお思いで?」

 

「…」

 

「私も以前はそう思っていました。でも今回でハッキリしました。あの人は私達の事なんて…艦娘の事なんて道具としてしか見てないんですわ!」

 

「熊野…」

 

〈道具…私達は道具…ねぇ、そうなの提督?前に優しくしてくれたのは嘘だったの?

 

〈もう鈴谷の事なんか、どうでもいいの?〉

 

 

 

 

〈私達は艦娘…戦場で沈むなら本望ですわ!でも、こんなのって、あんまりですわ!何とか、何とかならないかしら…

 

〈もし私達が沈んでも、この事を最上姉さんにでも知らせておけば…〉

 

その日の晩、熊野は鎮守府を訪れていた川内に事情を話し、大本営に居る姉の最上に渡してほしいと手紙を託した。最初は信じられないといった面持ちの川内だったが、この鎮守府に居る妹の那珂にそれとなく話を聞いた所、熊野と同じ様な扱いを受けている事を知った。

その日の夜更け、川内は人知れず港を発った。

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっ…ちょっと待ってよ!私、まだ回復してないんだけど…」

 

翌日、長門型戦艦、陸奥は入渠中にも係わらず提督に呼び出された。そこで提督から告げられたのは以前に敗北した海域への出撃だった。

 

「お前は長門に比べてダメージも軽いだろう。もう充分だ」

 

「そ、それは出撃しろと言われれば出るけど…あの海域は長門と共同でも突破出来なかったのよ?考えはあるの?」

 

「鈴谷と熊野を連れて行け。先にアイツらをぶつけて、もし駄目ならお前が行くんだ。これなら倒せるはずだ」

 

「そ、それじゃ鈴谷達を囮にするって事?イヤよ、そんなの!私は反対だわ!」

 

「黙れ!他に方法が無いんだ!…元はと言えば、長門とお前が負けるから…」

 

「私達が負けた事は言い訳しないわ。でも、それとこれとは別よ。長門が回復するのを待ってからでも遅くは…」

 

「それじゃ遅いんだ!長門の回復を待ってたら、他の鎮守府の連中に先を越されちまう…」

 

「あなた、まさか…そんな理由で私や鈴谷達を出撃させるつもりなの!?」

 

「そ、それがどうした!もし上手く行けばこの鎮守府の名は鳴り響く。それにお前達だって鼻が高いだろ?」

 

「呆れた…私達はあなたの名声欲の為に沈まなきゃいけないの?」

 

「う、うるさい!本当なら今頃は俺が戦争を終わらせてる筈だったんだ」

 

「…あなた、変わったわね。昔のあなただったら私達の事を第一に考えてくれたのに」

 

「…もし断るなら、お前は出なくていい。その代わり長門に行ってもらう」

 

「む、無理よ!長門は私より…「どうするんだ?行くのか、行かないのか?」

 

「…長門はそのままにしてあげて」

 

 

 

 

 

 

 

『流石はビッグ7の一人、俺も誇らしいよ』

 

『どっちが好みって…陸奥かな。長門には言うなよ』

 

『見ててくれ陸奥、俺がきっとこの戦いを終わらせてみせる。その時は陸奥、俺の横に居てくれよな?』

 

 

 

 

「提督に何か言われたのか?」

 

入渠中の長門に、自分はもう出るからと言いに来た陸奥は彼女の問いに足を止めた。

 

「次は私だけ先に出る事になりそうよ」

 

「…それだけか?」

 

「…ええ、それだけ」

 

「そうか…」

 

陸奥がドックから居なくなるのを見届けた長門は、まだ回復していない重い体を持ち上げた。

 

 

 

 

 

 

 

「提督、いるか?」

 

その日の夜更け、仕事を切り上げ、一人晩酌をしていた提督は長門の訪問を受けた。

 

「…何だ、陸奥の事でか?」

 

「それもある。だが、二人っきりで話すのも久しぶりだろう。それとも私と話すのは嫌か?」

 

「べ、別にそんな事は…」

 

「お邪魔するぞ」

 

長門は部屋に入ると、机の横のソファーに腰掛けた。

 

「で、用件は何だ?陸奥の出撃を止めにしてほしいとでも言いに来たのか?」

 

「それもあるが…どうせ言っても止めないだろう?」

 

「作戦には必要だからだ。それに上手く行けば問題は無い筈だ」

 

「上手く行けば…か。まぁ、それはいい。それはそうと提督よ…その酒は旨いか?」

 

「…いきなり来て何を言うかと思えば…何の話だ?」

 

「言い方を変えようか…提督よ、あなたは何を目指している?」

 

「何をって…」

 

「出世が目的か?で、最後はどこを目指しているのだ。大将か?元帥か?」

 

「ち、違う!俺は出世の為に働いてるんじゃない。俺はこの国を救うと言う目的の為に…!」

 

「フッ、殊勝な事だ」

 

「…馬鹿にしているのか?」

 

「そう聞こえたなら謝ろう。で、その目的の為に我らは沈む訳だが…それはいい。戦場で沈むなら本望だ。

 

「だが今のやり方では、この国を救う頃には我らは一人もいないだろう…提督よ、もう一度聞こう。

 

「私達の血の味は…旨いか?」

 

「…」

 

長門はソファーから立つと、提督の机に腰掛け、そっと手を重ねた。

 

「提督、私も陸奥も貴様が本当は優しい男だと知っている。どうか思い出してほしい。私達に初めて会った時の事を。

 

「もし思い出してくれるなら、私はいつ沈んでも…この身をあなたに差し出しても構わん」

 

「…」

 

「話はそれだけだ…邪魔したな」

 

長門は腰を上げると、部屋を後にした。

一人部屋に残された提督は、グラスの酒を一気に飲み干した。

 

〈俺は…どこで道を間違えた?俺は…もっと出来る筈なんだ!〉

 

「くそっ!」

 

提督はグラスを壁に叩き付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、大本営からの電話で提督は目を覚ました。提督が以前から申請していた戦力補充が通ったとの事で、川内型軽巡洋艦の神通がやって来るとの事だった。

提督としては重巡洋艦を回して欲しかったが、一先ずは了承する事にした。

 

 

 

 

 

「今日からお世話になります、軽巡洋艦の神通です。どうぞ、よろしくお願い致します」

 

「あぁ、よろしく」

 

「神通お姉ちゃん、久しぶり~、待ってたよ♪」

 

「那珂ちゃん…今日からよろしくね」

 

姉妹艦の那珂が居た事もあり、神通はその日の内に鎮守府の皆と馴染んだ。

その日の夜、皆も寝静まった頃、神通はこっそり部屋を抜け出し鈴谷達の部屋を訪れた。

 

 

 

 

 

 

「熊野さん、これを覚えてますね?」

 

神通は懐から一通の手紙を取り出した。

 

「それ、私が夜戦バ…川内さんに渡した…どうして神通さんが持っていますの?」

 

「実は私、この鎮守府には…内偵と言いましょうか…実情を探りに来たんです」

 

「えっ?ど、どういう事?」

 

「はい、実はそちらの熊野さんが、この鎮守府の事を姉の川内を通じて最上さんにお伝えしたらしいのです」

 

「そ、そうなの熊野?」

 

「えぇ。下手に逆らっても状況が悪くなるだけだと思って…上手く行った様ですわね」

 

「最上さんは、熊野さん達の事を心配して上層部に相談したようです。その結果、様子を探る為に私が派遣されたのです」

 

「そ、そうだったんだ~」

 

「流石は私達の姉さん。頼りになりますわ」

 

「…私の任務は提督の監視、もし出来るなら改善して行き、それが見込めない様なら上に報告して解任する事になります。出来ればそこまではしたくありませんが…」

 

「うん、私も昔の提督さんに戻ってくれれば一番いいけどさ…」

 

「鈴谷、あまり甘い事は考えない方がよろしくてよ。無謀な作戦、補給も受けられず連続の出撃、勝たなければ入渠も許されない…。もうお忘れになったの?」

 

「う、うん…まぁ、そうだけどさ…」

 

「神通さん、私達はどうすれば?」

 

「提督には私の事は伏せておいて下さい。最上さんからも、あなた達の立場もあるでしょうから大事にしないで欲しいと頼まれていますから」

 

「そうですわね…分かりました、この事は私と鈴谷以外には内緒で。いいですわね?鈴谷」

 

「う、うん…分かったよ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、神通は早速行動を開始した。

神通も参加する作戦説明の時だった。

 

「…で、鈴谷を旗艦にして、この海域を」

 

「あの、提督。失礼ですが、その案には賛成できません」

 

「…神通、君はここに来てまだ日も浅い。ここは俺の作戦を信じてだな…」

 

「ですが、前回はそれで長門さんは撤退したとか。これでは前回の二の舞かと…」

 

突如、提督に意見し出した神通に、鈴谷と熊野を除く皆は驚いた。

 

「それは今も説明した通りだ。だから鈴谷をだな…」

 

「それでは無駄な犠牲が出るだけです。考え直して下さい」

 

「神通…」

 

その日の会議は平行線のまま打ち切られた。

だが、その日以来神通は事ある毎に提督の意見に異を唱えた。周りの艦娘も、神通がいつ提督の逆鱗に触れるか気が気では無かった。

 

 

 

 

 

『提督、それでは駆逐艦に負担が大き過ぎます』

 

『提督、無駄な建造は避けるべきかと…』

 

『時には退く事も大事です。次に備えては?』

 

当初は提督も神通を自己主張しない大人しいタイプだと思っていた。だが、事、会議になると冷静に作戦の欠点を指摘し、提督の自尊心を痛く傷付けた。

そしてある日の会議、皆の不安は遂に現実になった。

 

 

 

 

 

「…提督、それは以前も申しましたが反対です」

 

「神通!いい加減にしろ!何度逆らえば気が済むんだ!」

 

「提督が考えを改める迄、止めるつもりはありません」

 

「黙れっ!」

 

カッとなった提督は、神通に平手打ちを喰らわした。

 

「きゃあっ!」

 

「じ、神通さん!」

 

だが神通は頬を打たれた事など意にも介さない様に、再び提督に向き合う。

 

「私は艦娘です。仲間の艦娘が危険な目に会うのを黙って見ている訳にはいきません」

 

「…この軽巡洋艦がっ!」

 

「その軽巡だからこそ出来る事もあります」

 

「…ッ!だ、だったらお前が旗艦をやってみろ!」

 

「…分かりました。その代わり一つお願いがあります。もし成功したら、私を秘書艦にして下さい」

 

「ふん、出来たらな」

 

結果、神通を旗艦に那珂を加えた艦隊での出撃となり、神通達はその海域を無事突破、轟沈を出す事も無く帰投した。

 

 

 

 

 

「馬鹿な、何で…!!」

 

「…提督、軽巡は火力は低いですが、対潜能力に優れています。以前はそれを怠ったから負けたのです」

 

「くっ…」

 

「提督、約束は忘れていませんね?」

 

「…好きにしろ!」

 

次の日から神通は提督の秘書艦になった。

 

 

 

 

 

 

「いや~マジ驚きだよ。本当に勝っちゃうなんて」

 

神通は鈴谷達の部屋に招かれ、その後の進展を語っていた。

 

「本当ですわ。鈴谷ったら、どうせ沈むからって、あんみつ5個もドカ食い…お食べになってましたからね」

 

「熊野だって、今日が最後かもって、陸奥さんに貰った高い下着履いてったじゃん♪」

 

「な、何で知ってますの!?」

 

「みんな知ってるっしょ?熊野気付いてないかもしんないけど、小破した時、後ろから丸見えだったんだよね~」

 

「ほ、本当ですの?…じ、神通さん!?」

 

「…下着?ア、アレ下着だったんですか?てっきり只のヒモかと…///」

 

「//ち、違うんですの!アレを着けると運が上がると陸奥さんが…そ、そう!験担ぎですわ!」

 

「だよね~。いや~びっくりしたよ。あの熊野があんなエロエロの…。先越されたかと思ったよ」

 

「先って何ですの!?私はまだ純潔ですわ!!」

 

「え?ウチ、改の話してんだけど…」

 

「…ッ///す、鈴谷ぁッ!!」

 

「だ、大丈夫です熊野さん!わ、私もまだですから!」

 

「そ、そうですわよね神通さん!一緒に改になりましょうね!」

 

「改?…あ、ハイッ!」

 

「神通さん?何を想像したのかナ~♪」

 

「す、鈴谷さんッ///」

 

「アハハ、冗談だって…でもさ神通さん、どうして秘書艦になったの?」

 

「…やはり近くにいた方が何かと都合が良いかと。それに…私が見るに、そこまで悪い人ではないのではと…」

 

「そ、そんな筈ありませんわ!戦果を上げないと補給はおろか、入渠も許さない、逆らおうものなら解体すると脅す…何度沈むと思った事か…!」

 

「ええ、熊野さんの仰る事も、もっともです。ですが、あの人は理想が高過ぎるだけなのではと…」

 

「うん、熊野の言う事も確かだけど…昔はさ、あんな人じゃなかったの。ウチらや駆逐艦の娘にも優しかったし…」

 

「私もそう思います。まだ改善の余地がある様に思えて…だから秘書艦の立場が最適かと」

 

「私はお勧めしませんが…神通さんがそう仰るのなら。無理はなさらないで下さいね」

 

「はい、私が立ち直らせてみせます」

 

「無理しないでよ神通さん。もし何かあったら言ってね。ウチらズッ友だョ!」

 

「お、おけまるっ!!」

 

「…へ?」

 

「あ、あの…オーケーと、マルを足した言い方でして…その…前に居た所で漣ちゃんに教えて貰って…し、知りませんでした?」

 

「…い、イヤッ!知ってたし!ね、ねぇ熊野?」

 

「わ、私はあまり…」

 

「く、熊野!」

 

「お、思いきって使ってみたんですが…やっぱり私にはこういう事は似合いませんね//」

 

「ハ、ハハ…」

 

〈…神通さんって…意外と明るいのかな…〉

 

 

 

 

 

それからというもの、神通は常に提督の傍らで彼を指導し続けた。勿論、提督が素直に言う事を聞く筈も無かったが、神通の正論に最後は彼が口をつぐむ、いつしかそんな光景が当たり前となった。

 

 

 

 

 

「雷達は使えるな?明日からの遠征だが…」

 

「ま、待てよ提督。この海域はまだチビ共には危険だ。もう少し待ってやれよ」

 

ある日の会議、提督に呼ばれた天龍はいつもの様に彼の案に反対していた。

 

「天龍、そんな時の為にお前がいるんだろ?世界水準を超えていると言うのはハッタリか?」

 

「なっ、何だとっ!?」

 

「…私も天龍さんの意見に賛成です」

 

「神通!」

 

「神通、また俺の案に反対なのか?」

 

「そうではありません。ですが、駆逐艦の娘達の資材確保はとても重要です。その駆逐艦を失う事にでもなったら、提督の、この国を救うと言う大業に支障をきたすのでは?」

 

「だが、これは必要な…」

 

「はい。ですから私も同行致します。よろしいですね?」

 

「…勝手にしろ」

 

 

 

 

 

 

 

「今回は大成功だわ!」

 

「ハイなのです。こんな安全な遠征は初めてなのです!」

 

天龍を旗艦にした遠征部隊がまもなく帰投しようとしていた。道中、幾つかの戦闘に巻き込まれはしたが天龍と神通によって蹴散らされ、いつもなら何人かは大破している駆逐艦達もほぼ無傷だった。

 

「神通、オマエ強いんだな!まぁこの俺程じゃないけどな!」

 

「ありがとうございます。天龍さんも随分と経験を積まれている様で。お見それしました」

 

「フフフ、怖いか?」

 

「キャーッ♪天龍さんのフフ怖だわ!」

 

「久しぶりに聞いたのです!」

 

「フフ怖って…オマエらっ!」

 

「ウフフ…♪」

 

「じ、神通ッ、てめえもか!」

 

「す、すみませんっ!その…天龍さん、本当に皆さんに慕われているんだなと思いまして」

 

「…まぁアイツらとはいつも組んでるからな。それとその…何だ…ありがとな、神通」

 

「え?」

 

「俺も久々だよ。アイツらがあんなに笑ってるのを見たの。それもお前が提督にガツンと言ってくれたからだ。サンキューな」

 

「そ、そんな!私なんか…」

 

「あの提督もさ、元々はあんな奴じゃなかったんだ。俺もアイツと一緒に頑張っていこう、そう思ってた時もあったんだぜ?

 

「でもよ、龍田の奴が沈んだ辺りから、アイツもおかしくなってよ」

 

「…」

 

「俺だけじゃない。ここにいるチビ共も、鈴谷達もアイツが優しかった頃を知ってるからな。だから、どんな酷い扱いを受けても、いつか元に戻ってくれる…そう信じてやってきたんだ。

 

「神通、お前のお陰だぜ。ありがとよ」

 

「天龍さん…」

 

「わ、私からもお礼を言うわ!神通さん、ありがとう!」

 

「雷ちゃん…」

 

「司令官が変わっちゃったのは、私達の所為でもあるの。私が不甲斐ないから…」

 

「そ、そんな事ありませんよ。雷ちゃんは…」

 

「でも今は少し変わった気がするわ。ありがとうね、神通さん」

 

「どういたしまして」

 

〈でも、本当はちょっぴり悔しいかしら…私が司令官を立ち直らせようと思ってたのに。私の愛で立ち直った司令官は、私にケッコンしようって…!キャー///ダメよ司令官!私達は上司と部下よ?イケナイわ!〉

 

「…あの、雷ちゃん?」

 

「あ~大丈夫だ神通…雷はたまにあぁなるんだ。そっとしといてやってくれ(…これも久々に見たな)」

 

「は、はぁ…」

 

〈司令官!背広から香水の匂いがするわ!まさか浮気っ?ヒドいわ!私と言う者がありながら…〉

 

 

 

 

 

 

 

 

徐々に状況が改善され、かつての活気を取り戻しつつある鎮守府に衝撃の一報が届く。

深海棲艦の一大反攻作戦が始まり、一気に勢力図が塗り替わろうとしていたのだ。当然その余波は、この鎮守府にも到達していた。

 

 

 

 

 

「提督よ、今回は私も出るぞ」

 

「当たり前だ。長門、旗艦はお前だ。一気に押し戻すぞ。それと…神通」

 

「…?はい」

 

「お前の意見があれば聞こうか」

 

〈ちょっ…マジ?あの提督さんが人の意見を!?〉

 

〈じ、神通さん凄いわ!やるじゃない!〉

 

〈驚いたわね。私や長門の意見なんか耳も貸さなかったのに…〉

 

敵の反攻作戦に備える会議にて、皆は神通が提督に与える影響力を改めて知る事になった。いつもなら長門辺りが作戦の粗を指摘し、口論となるのが日常茶飯事だったが、今回はその提督の方から他人の意見を聞こうとしていた。今までの提督を知っている皆は勿論、一番驚いていたのは、実は他ならぬ提督だった。

 

〈俺は間違ってない…そう思っていたのに何故だ?今は神通が何を考えてるのか知りたくて仕方ない…〉

 

作戦は開始された。

 

 

 

 

 

 

 

「陸奥、大丈夫か?」

 

「大丈夫よ長門。あなたに比べたらこの位…」

 

熾烈な戦いは終わりを告げ、残った深海棲艦達は散り散りに敗走を始めた。

 

「神通、お前もだ。大したものだ」

 

「い、いえ、そんな…」

 

「謙遜しなくてもいいのよ神通。あなたが敵に斬り込んでくれたお陰で私達も勝てたんだから」

 

「陸奥さん…」

 

「それに聞いたわよ。自分が私達の盾になるから同じ艦隊に入れてほしいって、提督に頼んだそうじゃない」

 

「そうなのか?神通」

 

「ハ、ハイ。せめて長門さん達の露払いにでも成ればと…」

 

「フッ、華の二水戦は伊達じゃないな。恐れ入ったよ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「私からもお礼を言わせてね、神通。本当にありがとう」

 

「む、陸奥さん?」

 

「あなたが来てから、あの人も変わったわ。昔の優しい彼に戻りつつある…。私や長門じゃ出来なかったのに。感謝してるわ」

 

「はい…。私も提督のお側に居て解ってきたのですが…。あの人は、決して悪い人では無いんです。何と言いますか…先を見すぎて目の前が疎かになっているのではと…」

 

「ああ、それは私も感じていた。決して悪い奴では無いのだ。私も陸奥も長らく見てきたから分かる」

 

「フフッ、長門ったら昔『提督は髪が短い方が好みだろうか?』って私に聞いたものね♪」

 

「むっ、陸奥ッ///…神通、何故そんなに驚く?わ…私だって、その…提督を…//」

 

「…ハッ!い、いえっ!そんな事は!」

 

「提督も、これで変わってくれればいいのだけど…」

 

「そうですね陸奥さん、私もそう願っています。…それはそうと陸奥さん…」

 

「何?」

 

「熊野さんに贈った下着…アレは本当に下着なんでしょうか?アレではその…か、隠せないのでは//」

 

「あ~アレ?買ったの長門よ」

 

「えっ!?」

 

「む、陸奥ッ!!」

 

「思い切って買ったけど、こんなの履けるかって私に寄越したのよ。たまたま熊野が大破してたからあげたの…え?何?熊野ったらアレ着けて出撃したの?」

 

「…///」

 

「うわ~…熊野って意外と大胆なのね。鈴谷ならともかく…幾ら私でもアレはちょっと…」

 

「全くだ。戦場を何だと思っているんだ」

 

「買ったのアナタだけどね」

 

「む、陸奥ぅッッ//!!」

 

 

 

 

 

 

「あの~もしもし?神通お姉ちゃん、長門さん。那珂ちゃんもいるんですが…」

 

 

 

 

 

それから数日が経ち、大きな戦いが終わった事もあり鎮守府は穏やかな日々が続いていた。そして何よりも皆を驚かせたのは提督の変わり様だった。戦いの後、照れながらも皆に労いの言葉を掛け、酒(駆逐艦にはジュース)を奢った。これには長門や天龍も大層喜び、雷も涙を流して喜ぶ程だった。

 

 

 

 

 

 

 

「これで今日の仕事は終わりですね」

 

「あぁ、ご苦労さん」

 

夕方の執務室。

神通が手伝った事もあり、提督の仕事はいつもより早めに切り上がった。一段落着いた神通が席を離れようとした時だった。

 

「神通、少し話があるんだ。いいか?」

 

「ハイ…構いませんが」

 

「その…神通。今の俺の事をお前はどう見てる?」

 

「提督を…ですか?…そうですね、以前よりも良くなったと思います…前の提督は、あまり目の前が見えていない気がしました」

 

「確かに…我ながらそう思うよ。じゃあどうして変わったと思う?」

 

「それは…提督が皆さんを大事に思い始めたからです。だから皆さんも提督の気持ちに答えようとしたのでは?」

 

「…じゃあ神通、お前も俺の気持ちに答えてくれるのかい?」

 

「勿論…え?あ、あの提督?それはどういう…」

 

「神通、ケッコン指輪を…受け取ってくれないか?」

 

「…え…えっ!?ケッ…コン…?」

 

「あぁ。…最初はお前の事を生意気な奴だと思ってた。でも、お前の意見を聞き始めてから上手く行く様になった。それで俺も自分を見つめ直したんだよ。もしかしたら、俺は間違ってたんじゃないかって…」

 

「そ、それは…た、確かに提督は少し性急過ぎる所がありましたが…」

 

「でも、そんな俺にお前は面と向かって言ってくれた。だから俺は変われたんだ。それで気付いたんだよ。神通…俺には君が必要なんだって」

 

「て、提督…」

 

「今までの事は謝る。だから神通、これからも俺の側に居てくれ!この通りだ!」

 

「ま、待って下さい提督。い、いきなり過ぎて何が何だか…」

 

「…やっぱり俺の事なんか好きになれないか?」

 

「そ、そんな事ありません!!て、提督が真面目な人だと言うのは側で見て解っています!そ、それに…私も…その///」

 

「…!じゃあ神通!」

 

「す、少しだけ待って下さい!そ、その…私、こういった事は始めてで…///コロンバンガラ島の時よりも緊張してて…。お、お返事は必ずします!ですから少し時間を下さい…お願いします」

 

「あ、あぁ。そ、そうだな!急に変な事言ってすまない」

 

「そ、そんな!変だなんて!わ、私とっても嬉しいです。で、でも…ここには陸奥さんや鈴谷さんみたいな綺麗な人も居ます。私なんかが…」

 

「俺は神通に側に居て欲しいんだ」

 

「…て、提督」

 

「まぁ今日は、これ以上は無理みたいだし…。良い返事を期待してるよ」

 

「ハ、ハイ///し、失礼します」

 

 

 

 

 

 

 

「え~っ!?ホ、ホントにっ?提督さんにケッコン申し込まれたのォ!?」

 

「な、那珂ちゃん///そ、そんな大声で言わないで」

 

「あの提督さんが…てっきり陸奥さんの事好きだと思ってたのに!」

 

「わ、私も少し混乱してて…返事は待って貰ったけど。那珂ちゃん、私どうすればいいのかしら?」

 

「う~ん…もう答え出てるのに?」

 

「え?ど、どういう事?」

 

「神通お姉ちゃん、提督さんの事キライ?」

 

「そ、そんな事ないわ!前は那珂ちゃんを虐める酷い人って思ってたけど…。今はそんな事ないわ」

 

「じゃあ好き?」

 

「す、好きって…!私は提督の部下ですし…そんな…ハイ、好き…かも…//」

 

「お姉ちゃん大胆~♪」

 

「な、那珂ちゃん///」

 

「あ~あ。でも神通お姉ちゃんに先越されちゃうとはな~。三人の中で一番人気あるの私だと思ったのに…」

 

「ご、ごめんなさい。那珂ちゃんがそういうなら今からでも断って…」

 

「わあ~ダメダメ!冗談だってば!…でも提督さん、お姉ちゃんのそんな所が好きになったのかなぁ。那珂ちゃんもプロデュースの戦略変えようかな…」

 

「わ、私は那珂ちゃんの可愛らしさを出してくやり方好きだけど…」

 

「とにかくっ!おめでとう神通お姉ちゃん。でも私も負けないよ?那珂ちゃんの魅力で提督さん撃沈しちゃうんだから!…あれ?お姉ちゃん?どうして急に黙って…顔が怖いんだけど…じょ、冗談だからっ!!」

 

「…ハッ!ご、ごめんなさい那珂ちゃん!少し気が動転しちゃって…」

 

「ア、アハハ…」

 

〈提督さん、重婚は出来そうにないかも…〉

 

 

 

 

 

翌日、鎮守府の話題は神通がケッコンを申し込まれた話で持ちきりだった。何故か神通より一足先に起きた那珂が鎮守府で一番のガールズトーク大好きな鈴谷に話し、ものの一時間もしない内に鎮守府内に広まった。翌朝、執務室に向かおうとした神通は、再三その話は本当か呼び止められた程だった。

 

 

 

 

 

 

「ね、ねぇ提督さん。あの話、本当なの?」

 

神通と共に今日の仕事に取り掛かろうとした提督の下に、鈴谷、陸奥、雷の三人が押し掛けて来た。

 

「何だ鈴谷…お前らもう知ってるのか?」

 

「そ、そんな事より提督…本当なのかしら?」

 

「…あぁ。本当だよ」

 

「そ、そんな…」

 

「な、何だ雷?そんなに意外か?」

 

「う、ううん、そうじゃないわ!そうじゃないの…」

 

「雷ちゃんは司令官が好きだったものね。だから驚いてるのよ」

 

「む、陸奥さんっ//!」

 

「そうなのか?てっきり嫌われてるとばかり思っていたが…」

 

「そ、そんな事ないわよ!私が司令官の事、嫌いになる訳ないじゃない!」

 

「ありがとう。まぁ、その…鈴谷、陸奥、雷。今まで本当にすまなかった。俺はここにいる神通のお陰で目が覚めたよ。今までの俺は本当に馬鹿だった。許してくれ」

 

「提督…」

 

「気、気にしないでいいよ!ウチらも提督さんが昔みたいに戻ってくれて嬉しいし!でしょ?みんな」

 

「え、えぇ…そうね」

 

「わ、私も嬉しいわ!」

 

「鈴谷…熊野にも伝えておいてくれ。直接謝りたいと」

 

「う、うん!熊野もきっと許してくれるよ!」

 

「皆…ありがとう」

 

その日は執務室に次から次へと来客が訪れ、提督は報告次いでに今までの事を謝罪した。それを聞いた皆は、その変わり様に驚きはしたが温かく受け入れた。

 

少なくとも彼は、そう思っていた。

 

 

 

 

 

 

翌日、神通は那珂と共に演習の為、港へ来ていた。

港へは既に何人か集まっており、その中には同じチームになる鈴谷や熊野、敵チームの陸奥も混じっていた。

 

「あ、神通ちゃん!こっちこっち!」

 

「おはようございます鈴谷さん。今日はよろしくお願いしますね」

 

「うん、でも神通さんの方が練度高いし、足引っ張っちゃうかもね~」

 

「そんな…鈴谷さんも中々ですよ。頑張りましょう」

 

「おけまるっ♪」

 

 

 

 

 

 

「あの…申し訳ありません」

 

「何?神通さん」

 

「いえ、那珂ちゃんに聞いたんですが、提督さんは陸奥さんの事が好きみたいで…。雷ちゃんもそうみたいですし」

 

「アハハ、それは仕方ないじゃん?ウチらがどう思ってても提督さんがウンって言わなきゃ意味無いし」

 

「ええ…私も男の方にそんな事言われたの初めてなもので、今だに混乱しています…」

 

「そんな考えなくてもいいっしょ?別に本当の夫婦になる訳じゃないしさ。あくまでカッコカリだって!」

 

「え、ええ…そうですね!提督もそこまで考えてはいないでしょうし」

 

「そうそう。もっと気楽に考えなよ!」

 

「ハイ…それにしても嘘の様です」

 

「へ?何が?」

 

「私が来た時は、皆さんにあんなに辛く当たって…私の意見にも耳を貸そうとしなかった提督が、あんなに素直になるなんて…」

 

「へ?変わる?提督が?」

 

「ええ…人間、変われば変わる「何言ってるの?神通さん」

 

「…え?」

 

「提督は変わってないよ。昔からあのままだよ」

 

「…え、ええ。勿論、本当の提督さんはとても優しい方だと…」

 

「だ~か~ら~。提督は今も昔もあぁだったじゃん!ウチらに辛く当たる?私も熊野もそんな事一度も思った事無いけど?」

 

「す、鈴谷さん…?」

 

「も~神通さん、急におかしな事言い出すんだもん♪マジ勘弁してよ~」

 

「す、鈴谷さん、ですが私は熊野さんに呼ばれて…」

 

「神通さんさ~。あんまりおかしな事ばかり言ってると…

 

「そろそろ怒るよ?」

 

〈鈴谷…さん…〉

 

 

 

 

 

 

鈴谷の豹変振りに言葉を無くした神通だったが、そうこうしている内に演習は始まった。戸惑いをひとまずは心に隠し、神通は演習に臨んだ。

演習の際の鈴谷は、さっきの態度が嘘の様に神通と連携を組んだ。神通も、さっきの鈴谷はたまたま虫の居所が悪かっただけなのでは…そう思う事にした矢先だった。

 

「神通、行くわよ!」

 

陸奥の砲撃が神通に放たれた。これだけなら神通も難なく交わせただろう。所が、他の艦娘の砲撃すらもことごとく神通目掛けて雨あられの如く降り注いだ。

 

「くっ…キャアアッ!」

 

幾ら模擬弾を使っているとはいえ、ダメージが無い訳では無い。神通は二度、三度と衝撃に弾き飛ばされた。

負けずに応戦しようと思いきって前へ飛び出した神通の前に、待ち構えていたかの様に陸奥が立ちはだかる。

 

「…ッ!陸奥さんっ!」

 

「頂きよ、神通っ!」

 

陸奥の砲撃音と共に、神通の視界が黒く染まっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、ううっ…」

 

次に神通が目を覚ますと、いつもとは違う天井が目に入った。

 

「ここは…」

 

「工廠よ」

 

横から聞こえる声に起き上がると、椅子に座った雷が神通を見ていた。

 

「雷ちゃん…」

 

「神通さんは気を失って、ここへ運ばれたのよ」

 

「気を失って…あ、確か演習をしてて陸奥さんに…」

 

雷が水の入ったコップを差し出すと、神通はそれを一息に飲み干した。

 

「演習は、どうなりました?」

 

「陸奥さんのチームが勝ったわ」

 

「そう…私達は負けたのね。鈴谷さんには悪い事したわね」

 

「その鈴谷さんからの伝言よ」

 

「鈴谷さん…から?」

 

「この鎮守府はどこもおかしな所は無い、神通さんは大本営に戻ってそう報告してほしいそうよ」

 

「す、鈴谷さんが…そう言ったの?」

 

「ええ。それに私もそう思うわ。司令官はとっても素晴らしい人よ!あんな立派な人はいないわ!」

 

「雷ちゃんも…鈴谷さんと同じ考えなの?」

 

「勿論よ!だから神通さんは…何も心配する必要無いのよ!」

 

「…そう。ありがとう雷ちゃん。悪いですが、少し一人にしてもらえますか?」

 

「分かったわ…」

 

 

 

 

 

 

 

少し体を休めた神通は、一先ず自室へ戻る事にした。神通がドアを開けると、那珂が困った表情で座っていた。

 

「ただいま。どうしたの那珂ちゃん?」

 

「あ、うん…。大丈夫?」

 

「もう少し寝れば大丈夫よ。それより何かあったの?」

 

「そうじゃないんだけど…ねぇ、神通お姉ちゃん…悪い事言わないから、ここから出てった方がいいよ」

 

「どうしたの急に?」

 

「その…最近みんなの様子がおかしいの。特に陸奥さんと鈴谷ちゃんが。私、演習見てたけどお姉ちゃん、何か気付かなかった?」

 

「演習?確かに鈴谷さんの様子は変だった気が…」

 

「やっぱり…陸奥さん、鈴谷ちゃんの事絶対狙わなかったもん。それに陸奥さん…ううん、他の娘もみんな神通お姉ちゃん狙ってた!」

 

「…」

 

 

 

 

 

 

 

 

数時間後、神通はまだ痛む体を起こし、執務室へと向かった。

 

「失礼します」

 

「…あぁ。実は大事な話があるんだ」

 

椅子に座る提督は何やら神妙な、まるで着任当時の様な気難しい顔をしていた。

 

「ハイ、私の方からもお話があります」

 

「神通から?…先ずはこちらの話をするよ。一つ謝りたい事があるんだ」

 

「謝りたい…事?」

 

不意に提督は椅子から立ち上がり、神通の前に立つと頭を下げた。

 

「すまん神通!ケッコンの話は無かった事にしてくれ!」

 

「…え?ど、どういう事ですか?」

 

「あれから考えたんだが、それはまだ早いと思ったんだ。本当に申し訳ないが…あの話は無かった事に…」

 

「…鈴谷さんや陸奥さんに、何か言われましたか?」

 

「…」

 

「そうなんですね?」

 

「…すまない」

 

「…いえ。気にしないで下さい。返って都合が良いです。私、今日限りで大本営の方に戻らせて頂きたいのです」

 

「え?い、いや神通、確かにケッコンの話は悪いとは思うが、向こうに帰る必要は無いだろう?」

 

「…実は、私がこちらに送られて来た本当の理由は提督の素行を調査する為だったんです」

 

「なっ…!」

 

「場合によっては上に報告して解任も有り得ましたが、その必要は無さそうです」

 

「…」

 

「この鎮守府は正常に運営されている様です。もう私が居る理由はありません」

 

「…神通、それじゃすぐに答えをくれなかったのは」

 

「それもあります。でも、やはり私はここに居るべきではないのではと思いまして…

 

「提督、あなたは本当は優しい方です。私に向けた愛情を、どうぞここの皆さんに注いであげて下さい。

 

「最後に…提督、こんな私とケッコンしたいと仰って下さり、本当に嬉しかったです。これは私の嘘偽り無い本心です」

 

「神通…」

 

「お世話になりました。…お元気で」

 

神通が一礼して部屋を出るのを確認すると、提督は隣の部屋のドアに声を掛けた。

 

 

 

 

「…これでいいんだな?」

 

 

 

 

神通の気配が消えると、隣の部屋から痺れを切らした三人の艦娘が現れた。鈴谷、陸奥、雷の三人は顔こそ微笑んでいるが、その理由を知る提督は彼女達を睨み付けた。

 

「いや~、神通さん嫌だって言ったらどうしようかと思ったよ~」

 

「ええ。でも神通がこの鎮守府を探りに来てたなんて…初めて知ったわ」

 

〈ギクッ!!〉

 

「どうしたの鈴谷?…アナタまさか知ってたの?」

 

「え、え~っ!?何の事、陸奥さん。私さっぱり…アハハ」

 

「アナタ嘘付くの下手ね…まぁいいわ」

 

まるで悪びれる素振りもなく話始める三人に、提督は尋ねた。

 

「お前達の言う通り、ケッコンの話は断った。だが何故そんな事をする必要があったんだ!?」

 

「これは司令官の為なのよ?」

 

「い、雷…?」

 

「司令官は神通さんに騙されてたの!だから私達が助けてあげたのよ!」

 

「…だから武装蜂起すると俺を脅したのか?」

 

「脅したなんて人聞きの悪い事言わないで頂戴…でも私達も驚いてるのよ。みんなアナタの事は恨んでるだろうから、一緒に反対しましょうって言っても断られると思ってたのに…。

 

「アナタ、意外と慕われていたのね。驚いたわ」

 

「だからって、神通を追い出す為にここまで…!神通がお前らに何をしたって言うんだ!?」

 

「…悪いのは提督じゃん」

 

「鈴谷…?」

 

「ウチらホント辛かったよ。来る日も来る日も出撃して、負けたら入渠も出来ない。何度沈みそうになったと思ってんの?」

 

「そ、それは…すまないと思ってる」

 

「私、一体何の為に頑張ってきたと思ってんの?いつか提督が私の事認めてくれるって思ってたからだよ?

 

「なのに、私じゃなくて神通さんとケッコン!?マジあり得ないんですけど!!」

 

「そうね。鈴谷の言う事も、もっともだわ。この戦いを終わらせるから、俺の隣にいてくれって私に言ったのは嘘だったの?」

 

「む、陸奥さん、そんな事言われたの!?」

 

「あら、口が滑っちゃった♪」

 

「う~っ…!わ、私だって任務ご苦労様って言われたんだから!!」

 

「ごめん、それウチら、みんな言われてるから」

 

「そ、それだけじゃないわ!も~っと俺を頼っていいのよって言われたんだから!」

 

〈…嘘よね?〉

 

〈てか、アレ雷ちゃんがよく言ってるヤツっしょ〉

 

「ぐぬぬ…これが〈ヨメとシュウトメ戦争〉なのね?負けないんだから!」

 

「ちょっ!誰がシュウトメだし!」

 

「そうよ、それを言うなら〈若い嫁と義理の娘〉じゃない?」

 

「え~?若さなら陸奥さんより、私の方が若く見えなくない♪」

 

「ハイハイ、鈴谷はまず学校を卒業しましょうね?」

 

「学生じゃないし!!」

 

「天龍さん助けて!おばさん二人がイジメる!」

 

「「誰がおばさんよ!!」」

 

「…お前達。一体何が目的なんだ?」

 

提督の言葉を聞いた三人は急に能面の様な顔になる。三人から放たれる不気味な冷気に、提督は思わず後ずさった。そんな提督をからかう様に鈴谷が口元を歪める。

 

「…私達はただ提督さんに、ここに居て欲しいだけだって」

 

「ここに…?それだけなら…」

 

「提督、今までの事、反省してるのよね?」

 

「そ、それは…」

 

「もししてないって言うなら、大本営に言っちゃおうかしら?私達酷い扱い受けてますって」

 

「む、陸奥!だからそれは悪かったと…」

 

「じゃあ昔みたいに仲良くやっていきましょ?でないと乱暴された~って泣きついちゃうわよ?」

 

「そ、そんな事してないだろ!」

 

「でも、お尻触ったわよね?」

 

「ちょ!提督さん、それマジ!?」

 

「ふ、不潔よ//!」

 

「…」

 

「提督、別にいいのよ。アナタが望むなら何だってしてあげるわ。勿論、長門には内緒でね。

 

「その変わり、アナタはずっとここに居るの。大丈夫、もし誰かが不満を言ったり、また神通みたいに調査が来ても私達が何とかしてあげるわ」

 

「そうそう♪そ、それにさ…鈴谷の甲板ニーソ…ぬ、脱がしてみる?な、何なら別のトコでも…///」

 

「わ、私だって!司令官!私なら耳掻きしてあげるわ!眠くなったら膝枕だってしてあげる!い~っぱい甘えていいのよ!!」

 

〈〈…フッ〉〉

 

「て、天龍さん!!行き遅れがイジメるわ!!」

 

「「誰が行き遅れよッ!!」」

 

一見、呑気な痴話喧嘩にしか見えないが、提督にはとても笑う事は出来なかった。無邪気な顔で笑う彼女達が自分達の要求を通す為に自分を脅し、あまつさえ反乱を起こす事さえ厭わない。

しかもその理由が自分に対する憎しみなら、まだ理解も出来る。だが今の自分は反省し、彼女達もそれを受け入れてくれた。多少のわだかまりはあるだろうが、全ては良い方向に向かっている筈だった。

…もしや、これが彼女達なりの復讐なのだろうか?

そんな提督の困惑を余所に、鈴谷達は愛と言う名の呪詛を吐き続ける。

 

「ねぇ提督。これからも鈴谷と一緒に居ようね。…三隅姉さんの事は忘れるからさ。大丈夫、熊野だってきっと許してくれるって」

 

「そうよ司令官!私、司令官がず~っとここに居てくれるなら遠征なんかへっちゃらよ!も~っと私に頼っていいのよ!」

 

「長門だってアナタの事は、本当は信頼してるのよ。だから私もアナタと居る時間を増やして欲しいの…長門よりもね。だから提督…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…私達…ずっと一緒に居ましょうね…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これは、自分に対する罰なのか。自分はもう彼女達から逃れられないのか。鎮守府と言う牢獄で、彼女達の愛情を受け入れる事が贖罪なのか…。

 

憔悴する意識の中、やがて提督は考える事を止めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、彼は…」

 

「はい、問題無いかと…」

 

眼鏡を掛けた中年将校は、神通の報告に目を通すと訝しげに尋ねた。

 

「この報告だと、彼は艦娘達に慕われている様に見受けるが…熊野君の手紙は嘘だったのかね?」

 

「その…鈴谷さんに聞いた所、怒られた事に腹を立てて、ちょっとした悪ふざけのつもりだった様です」

 

「でも、君の妹の那珂君も居たんだろう?」

 

「那珂も…今の所は問題無い様です」

 

「そうか…解った。一応彼と熊野君には軽くお灸を据えておくよ。とんだ手間を掛けてしまったね。ご苦労様」

 

「…失礼します」

 

神通は一礼して退室した。

 

 

 

 

結局、神通は鈴谷達の望む通り、何事も無かった、提督には何の問題も無いと報告した。

…実を言うと、神通が鈴谷や陸奥の様な艦娘を見たのはこれが初めてでは無い。過去にも自分の仲間が提督に対する愛憎で変わる様を見てきた。そしてその度に思う。

もし自分も好きな人が出来たら、彼女達の様になってしまうのか?もしあのまま鎮守府に居たら、いつか自分もああなってしまうのではないか…。

そしてもう一つの疑問。

あの鎮守府に居た妹の那珂は、果たしてどちらだったのだろうか?

自分に危険が迫っているからと、逃げる様に勧めたのは那珂だ。だが、それは本当に自分の身を案じての事なのか?

自分に提督を奪われると知った鈴谷達が、自分を目障りだと思った様に、那珂もそう思っていたのでは?

たまたま鈴谷達と目的が一致しただけで、本心では自分を追い払いたかったのでは?

 

〈妹を疑うなんて…これじゃまるで…〉

 

鈴谷さんと同じじゃない…そう思った神通は、首を振り気持ちを切り替えた。

 

「あ、姉さん」

 

廊下を歩く川内を見掛けた神通は、彼女に手を振るのだった。

 




以前の鹿島の回と立場が逆みたいな感じです。どっちも主人公に振り回される感じですが、こっちは主人公まとも、周りがちょっとイカレてるみたいな。
なんで、タイトルも合わせる感じで東方の曲にしました。Bad apple良い曲だよね。一番好きなのはデザイアドライブです。これもそのうちタイトルに使ってみたいです。タイトルは格好いいの無いかいつも探してます。艦これのSSで何言ってんだか…。

次は正規食う母、赤城さんです。








艦娘型録

神通 こっちに来た時はセクハラされるかもと期待していたが、全く手を出してこないので、少し自信を無くしている。見た目に反してお笑い好き。漣と仲がいい。

那珂 神通に帰る様に勧めたのは、あくまで身を案じての事か、単に邪魔だったのかは結局謎のまま。そろそろ新しいキャラを模索すべきではないか最近、方向性に疑問を感じている。

鈴谷 口調はギャルだが身持ちは固い。むしろ熊野が自分の知らない変な知識を持っているので驚かされる。陸奥よりは自分の方がイケてると思っている。

熊野 お嬢様キャラではあるが、下着は鈴谷がドン引きする位派手なのを持っている。今回のですらまだ二軍。手紙の件で暫く陸奥と鈴谷からの視線が辛かった。

陸奥 誘い受け。お尻を触らせたのもワザと。写真を撮る時も一歩下がって小顔に写ったり、何かと計算高い。最近、同室の長門のぬいぐるみコレクション(通称ぬいコレ)が目障りになってきたので一人部屋が欲しい。

長門 番長だけあって男気はある。提督の事は憎からず思っている。本当は那珂ちゃんの服が着てみたい。一度だけ着せて欲しいと頼んだが丁重に断られた。

雷 昼メロ大好き。いつか提督のお母さんにいびられたい変な願望がある。電ドン引き。

電 不幸体質。そういう意味では雷とは気が合う。雷がおままごとの度に自分に浮気相手をやらせるのがムカつく。たまには奥さんをやってみたい。

天龍 何だかんだで面倒見のいい下町気質。本当は両目見えるが、眼帯取るタイミングが分からない。周りもそれには触れないでいる。

提督 俺TUEEE!!な人。調子に乗りやすい。少し頭を冷やシンス。鈴谷より熊野の方が好き。

将校 神通の上司。那珂ちゃんファンクラブ、通称NFC会長(非公認)。神通が那珂ちゃんを(自分の鎮守府に)スカウトしてくるんじゃないかと密かに期待していた。チェッ!

川内 パシり。

最上 チクり魔。


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背徳の掟

それならね、自分も失ってみてって話でしょう?
そう私はそう言いたいですね。




「遅いわね…まだかしら」

 

一人の女が居間でゆっくりと茶を啜っていた。部屋の中は、まるで子供が駆け回った後のように散らかっていたが、彼女は気にする様子もなく手元の雑誌を捲った。

 

〈…あら〉

 

雑誌のページを捲る自分の手を見て、彼女は初めて自分の手が汚れている事に気付いた。

彼女が手でも洗おうかと腰を上げると、玄関を開ける音が聞こえ床を踏む音が少しずつ大きくなっていく。

 

「ただいま〜、今日も疲れたよ」

 

背広を来た男がネクタイを緩めながら居間へと入って来た。その男の顔を見た女は、彼を出迎え微笑を浮かべた。

 

「…お帰りなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「せ…先輩!」

 

一人の若い軍人が傾いた床の上に這いつくばっていた。正確には数分前まで船だった甲板の上を。胸に傷を負った彼は、痛みを必死に堪えながら目の前に倒れる男に手を伸ばした。

 

「お、俺の事は良い…お前だけでも…逃げろ…」

 

血だらけの男は自分を気遣う青年に、手を振って逃げろと合図した。

 

「そ、そんな…先輩を置いてなんて…」

 

《ドォン!》

 

爆発音と共に船が大きく傾いた。彼はシーソーに揺られるように傾いた床を滑り落ち、船の外へと放り出された。

彼は泳ぐ力も残っていないのか、自身の体が海に沈んでいても指一本動かさなかった。

 

〈先輩…俺もここまでのようです〉

 

海水が口を満たし、意識も朦朧とした瞬間、彼の体は強い力で海面に引っ張り上げられた。

 

〈な、何だ…何が起こって…〉

 

「大丈夫ですか?私の声が聞こえますか?」

 

「う、うう…」

 

彼は自分が夢を見ているのだと思った。彼の体は声の主に抱き抱えられている。だが、その声、体つき、そしてその顔は、紛れもなく女だったからだ。

 

「生きているのは、あなただけですか?他の方は?」

 

「せ、先輩が…まだ船の中に…」

 

「…解りました。彼は私が…」

 

薄れる意識の中で、彼は自分を抱き抱える女の顔を目に焼き付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あの…こちらです」

 

鎮守府の正門を二人の男女が歩いていた。一人は軍服を着た青年、もう一人は明るめの紺色の制服を着た、まだ幼さが残る女性。

 

「ありがとう。確か羽黒(はぐろ)だったよね」

 

「わ、私の事を知ってるんですか?」

 

「直接会うのは今日が初めてだけどね。俺は艦娘の中でも妙高(みょうこう)型が一番好きでね」

 

「そ、そうなんですか。そう言って貰えると私も嬉しい…です」

 

「妙高さんも綺麗だけど、羽黒さんもとっても可愛いですよ」

 

「そ、そんな…私なんて妙高姉さんに比べたら。あ、あの…もしかして、妙高姉さんを知ってるんですか?」

 

「あらあら。着任早々うちの妹を口説くなんて、今度の提督は手が早いのね」

 

鎮守府の入り口を潜ると、羽黒と同じ制服を着た二人が待ち構えていた。二人はまるで青年を値踏みするように軽く一瞥した。

 

「羽黒、その男が新しい司令官か?」

 

那智(なち)姉さん」

 

「ふ~ん、ルックスは悪くないわねぇ」

 

「お眼鏡に叶って嬉しいよ、足柄(あしがら)さん」

 

「えっ?貴方(あなた)、私の事知ってるの?」

 

「まあ、妙高型と言えば才色兼備の足柄さんが一番有名だからね」

 

「まぁっ♪口が上手いわねぇ!ねぇ貴方、実家はどちらかしら?長男?借家?」

 

「落ち着け足柄。すまない、コイツは頼りになるが頭が少し残念でな」

 

「ちょっと!那智姉さん、それどういう意味?」

 

「改めて紹介しよう。私は妙高型2番艦の那智、こっちが妹の足柄だ。ところで年収は幾らだ?」

 

「那智姉さん?」

 

「冗談だ。そんな事より妙高姉さんが待っている。案内してやろう」

 

「長旅で疲れてるんじゃないかしら。良かったら今晩は足柄特製カツカレー、ご馳走するわよ?」

 

「それは楽しみだな。期待してるよ」

 

「え?本当に?やだっ、こうしちゃいられないわ!姉さん、羽黒、後は任せたわよ!」

 

「おい足柄!…全く騒々しい奴だ。だから婚…オホン!すまない、付いてきてくれ」

 

「ははっ、元気だな。ところで羽黒さん、君のお姉さんだけど…」

 

「た、確かに少々気が早い所もありますが、ああ見えて家庭的なんです。料理も本当に…」

 

「えっと、足柄さんじゃなくて」

 

「少し目付きが怖いかもしれないですが…」

 

「羽黒、ひょっとして、それは私の事か?」

 

「妙高…さんの事なんだけど」

 

「妙高姉さんが…どうかしましたか?」

 

「うん、その…俺の事、何か言ってなかったかな」

 

「なんだ貴様、姉さんを知っているのか?」

 

「知り合いって訳でもないんだけど…」

 

「那智姉さん、何か聞いてますか?」

 

「いや、特に何も」

 

「…そう」

 

鎮守府の扉を潜ると、青年は一人の少女と鉢合わせた。黒いセーラー服におさげの黒髪をした彼女は、青年と目が合うと、ジーッと彼の顔を見つめた。

 

「ねぇ、那智さん。その人は…誰?」

 

「時雨、この男は新しい司令官だ。お前も聞いているだろう」

 

「そう言えばそうだったね。ここの提督はコロコロ変わるから、すっかり忘れていたよ」

 

「コロコロ…変わる?」

 

「時雨、変な事を言うな」

 

「そうだね…改めて自己紹介するよ。僕は時雨(しぐれ)白露(しらつゆ)型の駆逐艦だよ。これからよろしくね」

 

「あ、ああ。こちらこそよろしく」

 

「…」

 

時雨と呼ばれた少女は、差し出された手を握ると、自分の頬に擦り付けた。

 

「し、時雨?」

 

「きゃっ、時雨ちゃん?」

 

「時雨、何をしている」

 

「提督の手…とっても大きいね。それに温かい」

 

「そ、そうか。気に入ってくれて嬉しいよ」

 

「君は…ずっと僕の側に居てね」

 

「…?」

 

そう言うと時雨は去って行った。駆逐艦の艦娘は全体的に精神年齢が幼いものだが、妙に大人びた娘だったなと彼は思った。

そうこうしている内に、彼は那智と羽黒の二人に連れられて執務室へと辿り着いた。扉を開くと、一人の艦娘が彼を出迎えた。

 

「お待ちしておりました。私、妙高型重巡洋艦の妙高と申します。提督、これから共に頑張り…あ、あの…」

 

「…」

 

青年は妙高の話が耳に入っていないのか、ずっと妙高を見つめている。妙高もそんな彼の視線に気付いたのか、照れて視線を逸らした。

 

「て、提督…そんなに見つめられては…照れてしまいます」

 

「…あっ!すまない。つい懐かしくって」

 

「懐かしい…?」

 

「妙高姉さん、この男を知っているのか?」

 

「そ、そう言われると…何処かで会ったような…」

 

何を思ったのか青年は急に上着を脱ぎ始めた。彼の思わぬ行動に顔を赤らめる羽黒。更にシャツのボタンを外し上半身を三人の前にさらけ出した。

 

「きゃあっ///」

 

「お、おい貴様!何の…つもり…」

 

青年がシャツを捲ると、胸から腹にかけて痛々しい弾痕が刻まれていた。

 

「い、痛そう…」

 

「その傷はどうしたのだ?」

 

「今から二年前、俺の乗っていた船が深海棲艦に襲われてね。その時に受けた傷だよ」

 

「…そうか。それは大変だったな」

 

「妙高さん、この傷に見覚えありませんか?」

 

「その傷…もしかして、あの時、私が助けた…!」

 

「思い出してくれましたか?」

 

「妙高姉さん、司令官さんを知ってるんですか?」

 

「え、ええ…羽黒、あなたは()()()は居なかったから知らないわね。那智、覚えてない?前に提督の船が襲われた時に一人の男性を助けた事を」

 

「…もしかして姉さんが言っていた男とは、この男か?」

 

「な、那智姉さんも司令官さんを知っているんですか?」

 

「私も姉さんから聞いただけだから詳しくは知らん。確か、その時の提督は命を落としたと聞いているが…」

 

「ええ。その人が俺の先輩なんです」

 

「そうか…貴様、奴の後輩だったのか」

 

「ずっと妙高さんにお礼を言いたかったんです。本当に、ありがとうございます」

 

「あの時は本当にごめんなさい。私達が、もう少し早く駆け付けていれば…」

 

「な、何を言ってるんです。確かに先輩の事は残念ですが、妙高さんが来てくれたお陰で俺は助かったんです。謝らないで下さい」

 

「提督…」

 

「そうか…その時助けた男が今度は私達の司令官に…これも何かの縁かもしれんな」

 

「そうね、那智。もしかしたら、あの人が彼を導いたのかもしれないわね」

 

「…どういう意味です?」

 

「それは…そ、その…」

 

「貴様の先輩は、妙高姉さんに(いた)くご執心だったからな」

 

「な、那智!」

 

「み、妙高姉さんに…そんな人が…」

 

「ち、違うのよ羽黒。確かに…あの人の気持ちは嬉しかったけど…」

 

「そうだったんですね。先輩と妙高さんが…」

 

「で、ですから、それは誤解です!あの時の私は直前に足柄と羽黒を失って、それ所じゃなかったのですから…」

 

「…改めて、この鎮守府に新しく着任しました。妙高さん、那智さん、羽黒さん。これからよろしくお願いします」

 

「ええ、足柄共々よろしくお願いしますね」

 

「フッ、奴の後輩とあらば、この那智が責任を持って面倒を見てやらねばな」

 

「わ、私は、はぐっ…羽黒です。よ、よろしくお願いします」

 

「もう、はぐ羽黒ったら♪」

 

「み、妙高姉さん、からかわないで下さい!私は、はぐ羽黒じゃありません!」

 

「羽黒…はぐ羽黒は少し気弱な所があるが、気にしないでくれ「何で言い直したんですか?今、普通に言いましたよね!?」

 

「よろしく、はぐ…ろ」

 

「司令官さん!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕方、妙高型の艦娘寮。

いつもは思い思いに過ごす妙高達四姉妹も、今日ばかりは年頃の女の子のように、お喋りに夢中だった。話題は勿論、今日着任した提督についてだった。

 

「へえ~。あの提督、妙高姉さんの知り合いだったのね」

 

「知り合いと言う程でもないのよ、足柄。でも…そうね、私も彼が新しい提督に着任してくるなんて驚いたわ」

 

「でも妙高姉さんのお墨付きでしょ?それに何と言っても若い!これはポイント高いわよ!」

 

「そ、そうなんですか?足柄姉さん」

 

「当たり前よ、羽黒!中年とケッコンなんかしてみなさいよ。親の介護要員にされるのがオチよ!」

 

「〈く、詳しい…ちょっと引いちゃうかも…〉そ、そう言えば…私は知らないですけど、妙高姉さんが、あの司令官さんを助けたんでしたっけ」

 

「そうそう!私もそれ聞こうと思ってたのよ!」

 

「そうね、羽黒と足柄の二人は知らなかったわね。今から二年前…あの時は私と那智の二人しか居なかったわね」

 

「妙高姉さんと那智姉さんの二人?そう言えば私と羽黒は一年前に生まれたのよね」

 

「わ、私達はその時はいなかったんですか?妙高姉さん」

 

「ええ。あなた達二人は一年前に建造されたけど、二年前、ちょうどその時に一度沈んでいるの」

 

「羽黒、覚えてる?」

 

「い、いえ。まだ生まれて一年しか経ってないですから。私の前にも、もう一人の私が…」

 

「フッ、かく言う私も三年前に一度沈んでいるらしいがな。もう一人の私が居たなど…頭では解ってはいるが、こうして二人が復活する迄は私も信じられなかった」

 

「そう言われてみればそうよね。今はこうして四人揃ってるんだから不思議な気分よね」

 

「そうね。私も、また妹達が勢揃いするとは夢にも思わなかったわ」

 

「私達の中で一度も沈んでいないのは、妙高姉さんだけだ。頭が上がらんよ」

 

「へ~。妙高姉さん、凄いのね」

 

「たまたまよ、足柄。私なんて、あなた達が沈むのを指を咥えて見ていただけの情けない姉よ」

 

「そ、そんな事ないです!」

 

「そうよ、羽黒の言う通りよ。そんな事より続きを話してよ!」

 

「え、ええ…そうね。出来れば、あまり話したくはないのだけど…」

 

「どうしてですか?」

 

「ここからは私が話してやろう」

 

「那智…」

 

「別に隠す事でもなかろう。それに姉さんは話しづらいだろうからな」

 

「話しづらい?那智姉さん、何かあったの?」

 

「二年前の司令官…今日着任した司令官の前の前、先々代に当たるな。その司令官は妙高姉さんと恋仲だったのだ」

 

「え?何々♪恋の話?」

 

「落ち着け足柄。まあ、私が見るに悪い男ではなかった。私も祝福していたよ」

 

「それでそれで!?」

 

「只、世の中、良い事もあれば悪い事もある。羽黒、足柄、お前達二人が立て続けに轟沈してしまったのだ」

 

「そ、そうなんですね…私と足柄姉さんは、そこで一度沈んだんですね」

 

「ああ。それだけでも私達にはショックだったが…妙高姉さんに追い討ちをかけるように、その司令官の異動が決まったのだ」

 

「異動?何かしたのかしら?」

 

「それは解らんが、何の前触れもなく決まったのだ」

 

「妙高姉さん…かわいそう」

 

「そして異動当日、あの事件が起こった」

 

「あの事件…?それって…」

 

「そうだ、その司令官の船が深海棲艦に襲われたのだ」

 

「そ、それで、その司令官さんは亡くなったんですね」

 

「白露と時雨から連絡を受けて駆け付けた時には、もう船は沈没寸前だったそうだ…」

 

「そう…そんな事があったのね」

 

「時雨は今も司令官を守れなかった事を気にしているようだ。お前の所為ではないと言ってるのだが…」

 

「今の司令官さんは、その時に妙高姉さんが助けたんですね」

 

「ええ。私が駆け付けた時には、もう提督は…でも、今の提督を助けられただけでも良かったわ」

 

「妙高姉さん…」

 

「でも私その話は初めて聞いたわ。那智姉さんは知ってたみたいだけど」

 

「ご、ごめんなさいね。隠していた訳じゃないのよ。ただその…那智とはあなた達より付き合いが長いし、性格的にも私に似てると言うか…」

 

「まあ、確かに妙高姉さんと那智姉さんは大人っぽい美人系だしね」

 

「そ、そんな事///」

 

「ほう、私はクールな美人系か」

 

「(クールとは言ってないけど)羽黒、私達は可愛い系同士仲良くしようね♪」

 

「え…?」

 

「え…?」

 

「み、妙高姉さん!その時助けた青年が今度は私達の提督になるなんて、何かロマンチックで素敵ですよね!」

 

「羽黒…今、一瞬迷わなかった?」

 

「足柄、お前が聴いているラジオの、何だったか…そうだ、『君の(かた)は』みたいだな』

 

「羽黒、どうして目を()らすの?」

 

「(全く…)それはそうと…足柄。お前、今日はカレーを作るとか言ってなかったか?」

 

「あっ!姉さんの恋バナに夢中ですっかり忘れてたわ!ど、どうしよう…提督、お腹を空かせてるわ」

 

「しょうがない奴だな。まあいい、奴も社交辞令だと思っているさ」

 

「そ、そうよね…そ、それより妙高姉さん!続き聞かせてよ!」

 

「わ、私も聞きたいです(ホッ…)」

 

「べ、別に大した事はないわよ。その後、救助した提督を連れて帰っただけで…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈足柄さん、遅いな…〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼します…あら」

 

翌日の早朝。

妙高は提督が起きるであろうタイミングを見計らい執務室を訪れた。妙高は、もし提督が起きていなければ起こそうと考えていた。だが、そんな心配は余所に、彼女の目に映ったのは書類とにらめっこする提督の姿だった。

 

「あ、おはようございます、妙高さん」

 

「まだ寝ていると思ったのですが」

 

「引き継ぎの資料を色々と探してて」

 

「ふふっ、そんな事だろうと思って既に纏めてあります」

 

「ありがとうございます、妙高さん」

 

「もう、さん付けは止めて下さい。私は部下なんですから妙高で構いませんよ」

 

「そうは言われても、妙高さんは自分にとっては姉みたいなものですから」

 

「提督のお姉さん、ですか」

 

「そんなふうに思われるのは嫌ですか?」

 

「いえ、そんな事は。私は妙高型の長女ですし、慕って貰えるのは嬉しいですよ。それに艦娘は女しかいないでしょう?ですから、男の方に“お姉さん"と呼ばれるのは新鮮で楽しいですよ」

 

「これから頼る事になりますけど、よろしくお願いしますね」

 

「ええ。その代わり、ちゃんとお姉さんの言う事を聞くんですよ?ふふっ♪なんてね」

 

「ははは、俺の姉とそっくりですね」

 

「提督は、お姉さんがいるんですか?」

 

「ええ、今は出戻…独り身で両親と横須賀の実家で暮らしてますよ」

 

「そうなんですか。私は那智や足柄達には姉さんと呼ばれていますが、上に姉がいるのは、どんな気分なんでしょう」

 

「う~ん…妙高さんは一番上の長女に生まれて、どんな感じです?」

 

「私ですか?…そうですね、大変と言えば大変ですねぇ。三人共、性格が違いますから意見が別れるのは日常茶飯事ですし、誰の味方をしても後で他の姉妹をフォローしなくてはいけませんから…長女になんて生まれるんじゃなかったと思う時も有りますよ」

 

「俺の姉とは大違いですね。妙高さんの爪の垢でも飲ませてやりたいですよ」

 

「提督のお姉さんはどんな方なんですか?」

 

「子供の頃は散々泣かされましたよ。お菓子は取られるわ、妹が欲しいからってスカート履かされるわ、ガラスを割っても俺の所為にされるわ。今でも俺の事、子分か何かだと思ってますよ冒険書消されたのは絶対許さん

 

「ふふっ、羨ましいですね」

 

「ええっ?み、妙高さんも…那智さん達にそんな事してみたいんですか?」

 

「ち、違います!そうじゃなくって…提督さんも、お姉さんも本音でぶつかりあってるじゃないですか。それが羨ましいなって」

 

「本音…?」

 

「ええ。私は1番艦と言う事もありますが、艦娘として生きた時間も強さも三人より多少秀でています。姉妹の中では一番主張が強い那智でさえ、私の意見には決して逆らいません。

 

「私がワザと間違った事を言っても、私の言う事ならと従います。だから、提督みたいに姉妹(しまい)喧嘩をした事がないんです」

 

「そんな良い物じゃないですよ?」

 

「たまに那智と足柄がする姉妹喧嘩も本当は羨ましくって。一度でいいから『お姉ちゃんの馬鹿』って言われてみたくって…ふふっ♪おかしいですよね」

 

「少し解る気もします。俺も姉じゃなくて妹だったら、そんな事を言われてみたくなるかもしれないですね」

 

「あ、あの…提督。一つ、お願いがあるんですが…もしお嫌でなければ…お、お姉ちゃんの馬鹿って…言って戴けないでしょうか…」

 

「み、妙高さんにですか?」

 

「や、やっぱり…私をお姉さんと呼ぶのは抵抗が有りますか?」

 

「そ、そうじゃなくって…ここでは妙高さんの方が先輩に当たる訳ですから、その…」

 

「た、唯の遊びですから!一度でいいから姉弟喧嘩気分を味わってみたいんです!」

 

「そ、そうですよね。ちょっとした、おフザケですもんね。じゃあ…」

 

「は、はい!いつでもどうぞ!」

 

「妙高お姉ちゃんの…馬鹿!」

 

「はぅん!…ッッ///」

 

「どうです…?」

 

「こ、これは…な、何でしょう…護りたい気持ちが溢れてきます「それ人のセリフですよ!」

 

「か、体が高揚して…改二に目覚めそうです「そんなしょーもない理由で目覚めないで!」

 

「じょ、冗談です。ですが…中々に破壊力が有りますね。癖になりそうです…ハァ…ハァ…」

 

「…妙高お姉ちゃん…大丈夫?」

 

「ココロガ…カラダモ…「落ちついて!深海語になってるから!」

 

「な、長門さんが…駆逐艦を愛でる気持ちが…少し解りました…」

 

「変な扉開けないで下さい…あ、あの!俺からも、お願いが。お、お兄ちゃんの馬鹿って…言ってくれないですか?」

 

「わ、私が…ですか?私なんかより羽黒にでも言って貰った方が…実際、妹ですし」

 

「妙高さんに言って貰いたいんですよ。単なる、おフザケなんですから!ね?」

 

「は、はい…じ、じゃあ…言いますね」

 

「ど、どうぞ…!」

 

妙高が顔を真っ赤にして叫ぼうとした瞬間だった。ドアが開き一人の艦娘が二人の空間に割って入って来た。

 

「お、お兄ちゃんの…馬鹿!大っ嫌「提督!昨日はごめん…え?」

 

「へっ?」

 

「あ、足柄?」

 

「あ、あれ…今、お兄ちゃんって。それに馬鹿とか…」

 

「ち、違うのよ足柄!これには事情があるの!」

 

「そ、そうなんだ!別に喧嘩してた訳じゃなくて!」

 

「あ~…う、うん。大丈夫!二人がそういう仲だって事は誰にも言わないから!」

 

「そういう仲って何!?」

 

「ほ、ほら…出来る女程、二人っきりの時は甘えん坊になるって言うか…」

 

「だ、だから違うのよ足柄!今のは、ちょっとした冗談なの!」

 

「あ、そういう事ね」

 

「そ、そうそう。そうなんだよ足柄さん」

 

「え、ええ。そうなの…本当に」

 

「そういう"ぷれい“なのね♪」

 

「「違うわ!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、行って参ります」

 

「ええ。気を付けて、妙高さん」

 

「あら、私には言ってくれないの?」

 

「もちろん足柄さんも。帰って来たら一緒にカレー食べましょう」

 

「うふふ、そうね!腕に()りを掛けるから期待しててね!」

 

ある日の早朝。

その日は妙高と足柄の二人が任務に就いていた。港で二人の姿が見えなくなる迄見送った提督は、朝食でも摂ろうと間宮食堂へ向かう事にした。

堤防を乗り越えると、彼と同じように見送りでもしていたのだろうか、一人の駆逐艦が座っていた。

 

「時雨、お前も見送りか?」

 

「うん。それもあるけど、僕は海を眺めるのが好きなんだ。何て言えばいいのかな…とても心が落ち着くんだ」

 

「それは奇遇だな。俺もだよ」

 

「本当?」

 

「ああ。海を見てると、悲しい事や嫌な事を洗い流してくれるみたいで」

 

「…!そうなんだよ、僕もそうなんだ!」

 

「時雨にも嫌な事は、有ったりするのかい?」

 

「むぅ…提督は僕の事を何だと思ってるのさ。僕だって悲しい時はあるよ?」

 

「ああ、ごめん。そんな意味じゃないんだ。妙高さんからも時雨は明るくて良い子だって聞いていたから」

 

「…そうだね。でないと、あの人も悲しむから」

 

「あの人?」

 

「ねえ、提督。少し時間有るかな?」

 

「大丈夫だけど…何故?」

 

「案内したい場所が有るんだ」

 

 

 

 

 

 

 

「…ここは」

 

提督は時雨に案内され、鎮守府の裏に隠れるように作られた一区画に来ていた。そこは共同墓地のような物で、庭園の中に石碑が建てられていた。石碑には轟沈した者の名前だろうか、幾つかの名前が彫られていた。

 

「鎮守府の裏庭に、こんな所が」

 

「驚いた?ここは僕たちの仲間を弔う為に作られた場所だよ」

 

「弔う?」

 

「提督の言いたい事は解るよ。僕たち艦娘は轟沈しても、せいぜい艤装の欠片位しか残らない。これは人間の真似事みたいな物だよ」

 

「そうか…そうだな。例え欠片しか残らなくても、誰かに弔ってもらえば、きっと本人も満足しているよ」

 

「本当…?本当にそう思う?」

 

「ああ。もし俺に何かあったら誰かに、こんな形で弔って貰えたら嬉しいかな」

 

「ふふ、その時は僕が、お墓参りに来てあげるよ」

 

「それは嬉しいが、まだ死ぬ予定はないんでね。気持ちだけ貰っておくよ」

 

「僕もそんな事はしたくないかな」

 

時雨はその場にしゃがむと手を合わせた。提督が石碑を見ると、そこには“白露"と文字が刻まれているのが判った。

 

「これは…時雨のお姉さんの名前か」

 

「うん。でもね、提督に見せたかったのは、その隣の墓なんだ」

 

「隣…これは」

 

石碑の隣に並ぶように立つ小さな墓。そこには彼がよく知る人物の名が掘られていた。

 

「気付いた?以前の提督の墓だよ。と言っても本当の墓じゃないけどね。提督の遺品を幾つか埋めてあるだけだよ」

 

「そうか…先輩は本当に慕われていたんだな。後輩として嬉しいよ」

 

「あの人の事は僕も好きだったからね。ただ、彼は妙高さんの事が好きだったけど」

 

「話を聞くに、どうもそうだったみたいだね」

 

「この墓も妙高さんが作ったんだ。妙高さんも、あの人の事は好きだったからね」

 

「そうか…少し妬けるかな」

 

「ねえ、提督は人の想いは残るって思うかい?」

 

「どうしたんだ、急に」

 

「ごめん、変な事を聞いて。これ、何だか判る?」

 

時雨は懐からオレンジ色のバンダナを取り出した。

 

「それは…髪留めかな」

 

「うん、白露姉さんの物だよ」

 

「白露の?」

 

「僕たち艦娘は、轟沈すると体が…それこそ霧のように消えて無くなる。艦娘は身に着けている物全てが体の一部のような物だから、艤装から何から全て無くなる筈なんだ。

 

「でも、白露姉さんの髪留めだけは、こうして消えずに残っているんだ。ねぇ、提督。これって、白露姉さんが僕に何かを言いたかったって事なのかな…」

 

「それは…俺には解らないが、もしかしたらそうなのかもな。時雨も、その髪留めを見る度に白露を思い出すだろう?もしかしたら、自分の事を忘れないでって伝えたかったのかもな」

 

「…やっぱりそうなんだ。姉さんは僕を恨んでるんだ。これは姉さんが僕を許さないって証なんだ」

 

「な、何の話だ?」

 

「ねえ提督!教えてよ!姉さんはどうしたら僕を許してくれるの?お願いだよ提督!僕はどうしたら許して貰えるの!?」

 

「し、時雨!落ち着け!」

 

「…あっ!ごめんね、急に取り乱しちゃって…本当にごめんなさい」

 

「い、いや、別に構わないが…時雨、お前と白露に何かあったのか?良かったら俺に話してくれないか?」

 

「…僕を助けてくれるの?」

 

「助けになるかどうかは解らない。でも、悩みってのは誰かに話す事で楽になる事もある。時雨、俺で良ければ話してくれないか?」

 

「…ありがとう。でも、これは僕の問題だから。あっ、提督の事を信用してない訳じゃないんだ!本当だよ!」

 

「今はそれでも構わないよ。でもな時雨。俺は縁があってこの鎮守府に来たんだ。きっと、お前とも縁が有るんだよ。だから心の整理が付いたら話してくれ」

 

「うん…うん。参ったな…僕、提督の事好きになっちゃいそうだ」

 

「はは、こんな年下の可愛い子に面と向かって言われると照れるな」

 

「か、可愛いって…もう!からかわないでよ!でも…縁が有る…か。そうかもしれないね」

 

「…?」

 

「提督…僕は本当に提督の事を信じていいのかな」

 

「ああ。さっきも言ったが、幾つもある鎮守府の中から俺がここに来たのは、きっと時雨とも縁が有ったからなんだよ。だから俺も時雨に好きになって貰えるように頑張るよ」

 

「そ、そんな事言われると…照れるよ」

 

「フフッ」

 

「でも…あの人も最初は、そう言ってくれたのに…」

 

「時雨…?」

 

「あ、ごめんね、付き合ってくれて。僕は先に帰るよ」

 

「ああ、また後でな」

 

「あっ、それとここに来た人は何故か原因不明の頭痛に悩まされるんだ」

 

「えっ?」

 

「足柄さんは、沈んだ艦娘の祟りなんて言ってたけど本当かな?」

 

「ええっ!?」

 

「もしかしたら、生きている僕達が許せないのかもしれないね。じゃあね!」

 

「ま、待ってくれ時雨!どうしたら!どうしたら俺は許して貰えるの!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日の昼下がり。

実務の気晴らしに一息吐こうと庭に出た提督の耳に、艦載機のプロペラ音が届いた。見れば、何人かの艦娘が海で演習をしているようだ。その中には時雨もいるようで、赤城の放つ艦載載から逃れるべく右へ左へ巧みに駆け回っていた。

 

「どちらを応援しているのだ?」

 

振り返れば、同じように興味を引かれたのだろうか、那智が演習を眺めていた。

 

「いや、どちらって訳でもないですが。でも時雨は強いな。卯月や睦月とは…こう、動きが違う」

 

「それはそうだろうな。時雨は妙高姉さんや赤城と同じで一度も沈んだ事がない。艦娘としての経験なら私より上だろう」

 

「那智さんよりも…?」

 

「何だ?何かおかしいか?」

 

「い、いや…少し不思議だと思って」

 

「と言っても、足柄や羽黒と同じで一度沈んでいるだけで、以前にも那智(わたし)は居たらしいがな」

 

「そうなんですか…」

 

「何でも三年前に私は轟沈したらしいが、何故沈んだかは妙高姉さんも赤城も教えてくれんのだ」

 

「妹が沈んだ時を思い出すのは辛いんでしょう」

 

「かもしれんな。時に提督よ…貴様に一つ、聞きたい事が有るのだが…」

 

「何です?」

 

「私の顔は…そんなに怖いだろうか?」

 

「え、そ、そんな事は…一体どうして」

 

「うむ…どうも私は駆逐艦に避けられている気がしてな。特に卯月と睦月の二人は私の顔を見るなり『ごめんなさい』『許して下さい』と逃げ出す始末だ。私が一体何をしたと言うのだ…」

 

「那智さんは妙高さんと同じ重巡と言う事で、皆から頼りにされていると聞いてます。何かと重圧も多いでしょうから、少し表情が険しくなってしまうのでは…」

 

「確かにそれも有るが…その割には妙高姉さんや赤城には、いつも駆逐艦達が寄ってくる。やはり顔が怖いのだろうか…」

 

「で、でも那智さんも駆逐艦の子が嫌いな訳じゃないんですよね?」

 

「当たり前だ!私とて駆逐の子は妹のように思っている。もし、あいつ等を泣かせるような事をしてみろ…楽には沈ませんぞ…!」

 

〈あ、原因判った…〉

 

「な、那智さん。妙高さんや赤城さんは、いつも笑顔じゃないですか!少し笑ってみては?」

 

「成る程…つまり、こうか?(ニタァ…)」

 

「怖いです!口角上げすぎですよ!」

 

「そ、そうか。な、なら…(フフン)」

 

「怖くないけど、物凄い見下されてる気になります!」

 

「な、ならどうすればいいんだ!」

 

「そ、そうですね…あ!赤城さんが御飯食べてる時って凄い嬉しそうじゃないですか!アレですよアレ!」

 

「な、成る程…つまりこうだな!(ハーッハッハッ!)」

 

「さっきより酷いですよ!俺が駆逐艦なら泣いて命乞いしてますよ!」

 

「き、貴様ァ!そんなに言うなら貴様が手本を見せてみろ!もし出来なかったらタダではすまんぞ!」

 

「だから、そういう所ですって!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

那智さんやっぱりいぴょん

 

大丈夫卯月ちゃん睦月がついてるから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼します。妙高、只今帰投しました。足柄は中破してしまったので、入渠させておきました」

 

数日後、任務を終えた妙高が提督の許を訪れた。彼は何やら書き物をしているようだが、妙高が見るに、それは書類の類いではないようだった。

 

「それは…手紙ですか?」

 

「ええ。少し時間が出来たので、実家と先輩の家族に報告でもしておこうと思いまして」

 

「あの人の…ご家族にですか」

 

「たまたま書類を片していたら先輩の住所が判ったので。良い機会だから序に出しておこうかなと」

 

「そうですか…良ければ私が出しておきましょうか?」

 

「そうですね、お願いします。先輩と言えば、以前足柄さんが話してましたね。先輩と妙高さんは特別な仲だったとか」

 

「そ、そんな仲じゃ…」

 

「違うんですか?」

 

「…そうですね、もう二年も前の事ですから。はい、少し…ほんの数日間ですが、あの人とは親しいお付き合いをしていました」

 

「数日間…?」

 

「はい。あの人から将来を共にしたいと告白されて…私もそこまで言ってくれるならと、お付き合いする事にしました。ところが、それから数日もしない内に、この話はなかった事にしてくれと言われて…」

 

「え…何かあったんですか?」

 

「それは分かりません。ただ、そのすぐ後に足柄と羽黒の二人を失い、私もそれどころではありませんでした。ですから私にも原因が有るんです」

 

「そ、そうですか。先輩に何が有ったんでしょう」

 

「もしかしたら気が変わったのかもしれませんね。私には足柄のような愛嬌も無ければ、羽黒のような可愛げも有りません。私を好きになるなんて、考えてみればおかしな事なのかもしれませんね」

 

「そんな事はありません!」

 

「て、提督…?」

 

「す、すみません。でも妙高さん、この際だから俺も言います。妙高さん、俺はあなたに会う為に、この鎮守府の提督になりました」

 

「て、提督、それはどういう…」

 

「二年前の…船が襲われた日の事を覚えていますか?」

 

「は、はい。あの人が亡くなった日ですよね」

 

「ええ。俺にとっては生涯忘れられない日になりました」

 

「確かに、あんな目に遭っては忘れる事は出来ないかもしれませんね」

 

「違いますよ。俺が忘れられないのは、あの日初めて、あなたに会った事がです」

 

「私に…会った事?」

 

「はっきり言います。妙高さん、俺はあの日、あなたに一目惚れしたんです」

 

「えっ…ええっ?わ、私に…ですか?」

 

「はい。俺は今でもあの時の事を昨日の事のように覚えています。死にかけていた俺を救ってくれた妙高さんの顔を」

 

「て、提督…」

 

「あの日から俺の頭の中はあなたでいっぱいでした。最初は唯の感謝だと思っていました。でも月日が経つにつれ、この感情が唯の感謝じゃないと判ったんです。俺は…あなたの事が好きなんだと」

 

「そ、そんな…からかわないで下さい」

 

「からかってなんかいません!俺の気持ちが嘘だって言うんですか?」

 

「そ、そうじゃありません。提督のお気持ちは嬉しいです。ですが…急にそんな事を言われても、どうしていいか…」

 

「そ、そうですね。いきなりこんな事言われても困りますよね。でも妙高さん、これだけは覚えておいて下さい。俺の妙高さんに対する気持ちは本物です」

 

「提督…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、味はどう?」

 

「うん、美味しいです」

 

とある昼下がり。

提督は執務室で足柄、羽黒の二人と供に足柄のカツカレーを食べていた。足柄が自信を持っているだけあり、提督は彼女のカレーに舌鼓(したつづみ)を打っていた。

 

「良かった~。今回のは私も自信あるのよ」

 

「うふふ、良かったですね、足柄姉さん」

 

「俺も沢山食べてきましたけど、その中でも一番ですよ。何か隠し味とか有るんですか?」

 

「そうねぇ、隠し味にボーキサイトをちょこっとね「ええっ!?」

 

「もう、姉さんったら♪」

 

「な、何だ冗談か。びっくりしたな」

 

「…」

 

「冗談…ですよね」

 

「ほら、早く食べて!冷めちゃうわよ!」

 

「あの…否定してくれないかな」

 

「姉さん、よく言ってますもんね。料理は愛情って」

 

「…それはそうと、時雨の事なんですが」

 

「時雨が、どうかしたの?」

 

「ええ。前に艦娘達の慰霊碑に案内して貰ったんですが、妙な事を言っていたので。姉の白露が自分を恨んでるとか」

 

「そう、時雨がそんな事を…」

 

「時雨ちゃん、まだ気にしているんですね」

 

「何か知っているんですか?」

 

「私達も妙高姉さんから聞いただけよ。その時は、私も羽黒も直前に沈んでいたらしいから」

 

「良ければ教えてくれませんか?」

 

「そうねぇ…二年前だったわね。確か…当時の提督を船で送って…だったわよね、羽黒」

 

「え、ええ。その時の司令官さんを時雨ちゃんと白露ちゃんが護衛していたって聞いています」

 

「その時に…時雨に何か有ったって事ですか」

 

「そうみたいね。妙高姉さんが言うには、提督の船を守れなかったみたいね。その時に白露も沈んだらしいわ」

 

「その…妙高姉さんが駆け付けて、時雨ちゃんだけは助かったみたいです。ただ、司令官と白露ちゃんは助けられなかったって言ってました」

 

「時雨は、白露を助けられなかったのを自分の所為だと思ってるんじゃないかしら」

 

「そうか…そんな事が…」

 

「確か貴方(あなた)も居たのよね。何か覚えていないの?」

 

「ええ。妙高さんに助けられた所までは覚えてるんですが」

 

「羽黒に聞いたけど、その時の傷が残ってるのよね」

 

「ええ、見ます?」

 

「ちょっ…!ち、違うわよ!別に見せて欲しいって意味じゃないわよ!」

 

「はあ…」

 

「ま、まあ?見せたいって言うなら…私は別に構わないけど?」

 

「いえ、別に見せびらかす物でもないですから」

 

「そ、そうよね!…そう

 

「で、でも、白露ちゃんって、どんな子だったんでしょうね。私も足柄姉さんも会った事ないですから」

 

「白露って言えば…提督。貴方、あの慰霊碑に行ったのよね?」

 

「え、ええ…それが何か」

 

「…ううん、何もないなら構わないの。ただ、あそこに行ってから暫く妙な事が起きたから」

 

「妙な事?」

 

「戦いの最中に艤装が急に重くなったり、後ろに人の気配を感じたり…」

 

「ね、姉さんもですか?私も駆逐艦の点呼を取ったら、何度数えても一人多かったり…」

 

「そ、そう言えば時雨もそんな事言ってました!あ、足柄さん、俺、だ、大丈夫ですよね?」

 

「だ、大丈夫よ!いやぁねぇ!…それはそうと、貴方、食べるの早いわね。もう食べちゃったの?」

 

「え?まだ半分しか…あれ?」

 

「ね、姉さん!カレーが入ってる鍋が空なんですけど…」

 

「は、羽黒…アンタ髪飾りはどうしたの?さっきまで…付いてたわよね…」

 

「「「……」」」

 

「失礼します」

 

「きゃっ!」

 

「な、何だ妙高姉さんか…驚かさないでよ」

 

「…何の事?」

 

「あ、何でもないです!こっちの話です」

 

「はあ…あら、カレーを食べてるのね」

 

「え、ええ!妙高姉さんも食べる?」

 

「私はいいわ。その子にあげてちょうだい」

 

「…へ?」

 

「その子…?み、妙高さん…何を言って…」

 

「あなた、見ない駆逐艦ね。名前は何て言うのかしら」

 

「「「……」」」

 

「しっれいかん♪あっそびに来たぴょん」

 

きゃあああっ

 

「うびゃあ!!」

 

提督、足柄、羽黒はドアを開けた卯月を撥ね飛ばす勢いで一目散に部屋から飛び出して行った。驚いて尻餅を突いた卯月と妙高は、何が起きたかも解らず互いに顔を見合わせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、提督「わっ!!」

 

「ひゃっ!」

 

「な、何だ時雨か。びっくりしたな」

 

「それは僕のセリフだよ。人の顔見るなり大声出して。僕の顔そんなに怖いかな」

 

「す、すまん」

 

墓地で手を合わせていた提督が振り返ると、時雨が驚いた顔をしていた。提督を驚かそうと足音を立てずに近付いてきたのか、彼は全く気配を感じなかった。

ふと、時雨が目をやると、慰霊碑には提督が持ってきたであろう、線香とコップが置かれていた。

 

「それはジュース?あ、そのチョコ、白露姉さんが好きなヤツだよ。どうして提督が知ってるんだい?」

 

「う、うん…足柄に教えて貰ったんだよ。白露はこれが好きって聞いたから」

 

「そうだね。きっと白露姉さんも喜んでるよ」

 

「あ、ああ…だと嬉しいよ本当

 

「でも、どうして急に…何かあったの?」

 

「いや、何もないよ。そんな事より時雨。二年前、お前に何が有ったか、だいたいの話は聞いたよ。俺の先輩と白露を守れなかった事を後悔してるって」

 

「誰に聞いたの…まさか、妙高さん?」

 

「いや、足柄と羽黒だが」

 

「そう…うん、そんな所だよ。でもね…それだけじゃないんだ」

 

「それだけじゃ…ない?」

 

「僕はあの人の事が好きだった。あの人も僕の事を好きって言ってくれた。でも、ある日僕は気付いたんだよ。あの人の好きと僕の好きは同じじゃないんだって…

 

「あの人は僕の事なんて妹位にしか思ってなかったんだよ。それなのに僕は一人で舞い上がっちゃってさ…アハハ♪馬鹿みたいだよね」

 

「し、時雨…そんな事は…」

 

「嘘だっ!どうせ君も僕の事なんて、妹か娘位にしか思ってないんだろう!?」

 

「そ、それは…」

 

「…ッ!何さ、こんな物っ!」

 

時雨は慰霊碑に振り返ると、並べてあるコップを蹴り上げた。

 

「し、時雨っ!何をするんだ!」

 

「あんな人沈んで当然だ!こんなに好きだって言ってる僕を捨てて!姉さんだってそうだ!あんな人を庇って!沈んじゃえ!沈んじゃえ!!みんな沈んじゃえばいいんだ!!」

 

「時雨、止めるんだ!沈んだ皆が見てるぞ!」

 

「…あっ!ち、違うんだ!今のは本当に違うんだ!ごめんなさい」

 

「あ、ああ。少し気が高ぶっていたんだろ」

 

「ねえ提督、お願いだよ、僕の事を嫌いにならないで!僕は妙高さんと違って提督を不幸にさせたりしないよ!僕は我が儘なんか言わないから!だから、お願い、僕の側に居てよ!」

 

「不幸?何故、妙高さんと居ると不幸になるんだ?」

 

「だって、そうじゃないか!あの人は妙高さんを好きになったから死んだんだ!あの人だけじゃない!あの人の…ううわああっ!!」

 

「し、時雨、落ち着け。俺はどこにも行ったりしないよ」

 

「…本当に?信じていいの?」

 

「あ、ああ。だから墓を戻そう。白露も悲しんでるぞ」

 

「うん…そうだね。ごめんなさい…」

 

二人は散らかった線香や供え物を拾うと、再び慰霊碑に供えた。時雨は涙目で姉さん、ごめんと何度も呟いていた。

 

〈僕の好きと、あの人の好きは同じじゃない…か。確かに当たってるな〉

 

〈それに妙高さんを好きになると不幸に…?唯の嫉妬だとしても嫌な事を言うな…〉

 

時雨も決して悪い子ではないのだと、提督も理解している。だが、時折見せる彼女の情緒不安定さに距離を取った方が良いのではと、彼の心が無意識に告げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうですか…時雨ちゃんが、そんな事を…」

 

執務室に戻って来た提督は、たまたま部屋に居た妙高に墓地で起きた事の顛末を話していた。妙高も驚きはするものの、時雨の奇行について何となく察しているようだった。

 

「驚きましたよ。時雨はよっぽど前の提督が好きだったんですね」

 

「そうですね。私とも表面上は仲良くしています。ですが、本心では含む所が有るのかもしれませんね」

 

「かもしれませんね…ところで、どうしました?何かお話でも?」

 

「ああ、忘れていました。これを」

 

妙高は一通の封筒を差し出した。そう言えば実家と先輩家族に手紙を出したな、と彼は思い出した。てっきり返事の手紙だろうと思ったそれは、開封されずに戻って来た先輩家族宛の手紙だった。

 

「これは…『配達不可』?住所が違ったのかな」

 

「今は受け取る事が出来ないのでは…」

 

「分かりませんが…後で問い合わせてみますよ」

 

「それと…こ、この間のお話なんですが…」

 

「この間の…は、はい!」

 

「提督さんのお気持ちは…本当でしょうか」

 

「ええ。前にも言いましたが、俺がこの鎮守府に…提督を目指したのは妙高さん、あなたに会う為です。この二年間、あなたへの気持ちが変わる事はありませんでした。

 

「今すぐにとは言いません。でも、俺の事をもっと知って欲しいです。もっと俺の事を…好きになって欲しいです」

 

「実は…私も、あなたには、その…運命のような物を感じているんです」

 

「運命…?」

 

「はい。あの事故で助けた方が、今こうして私の目の前に居る。しかも、あの人の後輩…もしかしたら、あの人が私とあなたを引き合わせたのでは、と…」

 

「俺では…先輩の代わりには成りませんか?」

 

「そ、そんな事はありません!こんな私を慕って、ここまで来てくれて…女として、これ程嬉しい事はありません。それに…お恥ずかしいのですが、提督のお気持ちを聞いたあの日から、寝ても覚めても提督の事が頭から離れないんです…」

 

「じゃ、じゃあ…」

 

「はい。提督…わ、私も…提督の事を…お慕いしています」

 

「妙高さん…」

 

「ですが…私は、この鎮守府では最古参です。それに、私より可愛げのある方は幾らでもいます。本当に…本当に私なんかで良いのですか?」

 

「はい。俺は妙高さんがいいんです」

 

「提督…あっ」

 

提督は妙高に近付くと、強引に抱き寄せた。一瞬警戒した妙高だったが、すぐに体の力を抜き彼に身を任せた。

 

「すぐには無理かもしれません。でも、俺の気持ちが本物だって、これから証明してみせます」

 

「信じても…いいんですよね?」

 

「はい」

 

「ありがとうございます。実は…私はまだ、この気持ちが本物なのか半信半疑なんです。ですが、私は自分を信じています。この気持ちが…あなたを慕う気持ちが本物だと、必ず証明してみせます。

 

「そして、その時は…私の身も心も…全てをあなたに捧げます」

 

「俺も…そのつもりです」

 

「はい…」

 

やがて二人は、どちらからともなく唇を重ねるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「た、大変だぴょん!睦月ちゃん、時雨ちゃん、うーちゃん、凄い物見ちゃったぴょん!」

 

「どうしたの卯月ちゃん」

 

「し、しれいかんと妙高さんが…ちゅ~してたぴょん!」

 

「にゃしい!?」

 

「…」

 

「う、うーちゃん、しれいかんとお話ししようと思ってたら、部屋で誰かと話してたぴょん。うーちゃん、こっそり覗いたら、しれいかんと妙高さんが…ちゅ~してたぴょん!」

 

「はわわわ…///」

 

「あの二人は二年前から知り合いみたいだからね、見守ってあげなよ」

 

「う、うん。あ、時雨ちゃん、どこへ行くぴょん」

 

「少し散歩してくるよ。二人共、先に寝てていいよ」

 

「あ、時雨ちゃん…」

 

「…時雨ちゃん、今日は少し変だぴょん」

 

「まさか…時雨ちゃん」

 

「時雨ちゃんが、どうかしたのかぴょん」

 

「妙高さんの事が好きだったんじゃ!」

 

「そんな訳ないぴょん…時雨ちゃんはしれいかんの事が好きなんだぴょん」

 

「まさか、那智さんと妙高さんを巡って三角関係?」

 

「何でそこで那智さんが出てくるの!?じゃなかった、ぴょん。そこはしれいかんだぴょん!」

 

「そ、そうね。ニシシ♪こんな痴情の(もつ)れなんて二年振りだからワクワクしちゃう///」

 

「睦月ちゃん、三年前と比べて大分キャラ変わったぴょん」

 

「卯月ちゃんだって三年前の提督が鹿島さんと駆け落ちした時、興奮してたぴょん」

 

「人の口癖取るなだぴょん…あのしれいかんは卯月も好きだったから驚いてただけぴょん」

 

「卯月ちゃん、私達も応援しようね!」

 

「応援…誰をだぴょん」

 

「那智さん!」

 

「そこは時雨ちゃんでしょ!…ぴょん」

 

「卯月ちゃんって睦月と居る時は普通に喋るよね」

 

「睦月と居るとキャラがブレるからイヤぴょん…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日後、提督や妙高の仲に水を差すように、ある指令が下された。とある海域に大規模な深海棲艦が出現したので、大至急奪回するようにとの事だった。提督も妙高達も明日の出撃に備えて準備に取り掛かったが、足柄だけは偶然小耳に挟んだ情報に明日の出撃も忘れる程興奮していた。

 

「ちょっとちょっと!妙高姉さん!」

 

「どうしたの、足柄」

 

足柄は、けたたましく部屋に入って来ると、目を輝かせて妙高に尋ねた。

 

「妙高姉さんと提督の噂、ホント?」

 

「噂?何の話だ、足柄」

 

「何の話だじゃないわよ、那智姉さん!睦月に聞いたのよ!妙高姉さんが提督に…こ、告白されたって!」

 

「ええっ!!」

 

「ほう…」

 

「あ、あら?羽黒はともかく、那智姉さんは驚かないのね」

 

「そんなもの二人を見ていれば解るだろう」

 

「あ、わ、私も何となく…」

 

「えっ?羽黒も!?」

 

「ふ、二人で話しているのを何度も見ましたから」

 

「もしかして…気付いてなかったの、私だけ?」

 

「足柄、お前そういった話に目敏い癖に、いざとなると鈍いな」

 

「う、うっさいわね!提督以外の男性と話した事ないんだもの、そんなの解る訳ないじゃない!姉さんだってそうでしょ!?」

 

「いや、私は大本営で何度か…」

 

「えっ?」

 

「羽黒も搬入に来た軍の若い男に口説かれていたな」

 

「ち、違います那智姉さん!どこに置けばいいか聞かれただけで…ほ、本当ですっ!」

 

「も、もしかして…提督以外の男性と話した事ないのって…私だけ?」

 

「だ、大丈夫よ足柄!駆逐艦の子も提督以外の男の人と話した事ないから!」

 

って駆逐艦レベルあ、それはそうと、どうなの姉さん!睦月の言ってた事、本当なの!?」

 

「そ、それは…その…」

 

「姉さん!姉妹で隠し事は無しよ!!」

 

「…ええ」

 

「ひゃあ~///」

 

「じ、じゃあ本当なのね?那智姉さん」

 

「私…?私がどうかしたのか?」

 

「妙高姉さんを取り合って提督と三角関係って」

 

「何の話だ!そんなもの嘘に決まってるだろう」

 

「そ、そうよね。妙高姉さんと那智姉さんって、どこぞの高速戦艦と同じなのかと思ったわ」

 

「そ、そんな事ある訳なかろう!そんな訳…///」

 

「そうなの?那智」

 

「い、いや!妙高姉さんが嫌いという訳ではないんだ!た、ただ…我々は女同士だし…そう言った事は…不健全だと…」

 

「私は別に構わないのだけれど…」

 

「ええっ!い、良いのか!?…じゃなくって!ね、姉さんもからかわないでくれ」

 

「ふふっ、那智、たまには姉さんに甘えてもいいのよ♪」

 

「ね、姉さん!」

 

「その…足柄、ごめんなさいね」

 

「へ?どうして私に謝るの?」

 

「いえ…その…あなた、男性との出会いがどうとか何時も言ってるから…」

 

「ふふっ、そんな事気にしてないわよ。姉さんが幸せなんだもの、素直に祝福するわよ」

 

「そうですよ、妙高姉さんは今まで頑張ってきたんです。少しは報われるべきですよ」

 

「羽黒…」

 

「…ところで姉さん。提督って"妙齢の"同僚とか、いるのかしら?」

 

「あ…そ、そうね。知り合いがいるそうだから、食事の機会でも作って貰うわ」

 

「え~♪別に催促した訳じゃないのよ~?でも?断ったら妙高姉さんと提督の顔潰しちゃうし?会う位はいいかしら」

 

「足柄、今はそんな時じゃないだろう」

 

「何言ってるの那智姉さん!花の命は短いのよ?今から準備して三人共素敵な随伴艦(カレシ)をゲットするのよ!」

 

「おい、もしかして私も出席するのか?」

 

「わ、私も出るんですか?」

 

「大丈夫よ、那智姉さん綺麗だもん!きっとモテるって!羽黒は…無理にとはわないわ

 

「…お前、羽黒が居たら負けると思ってないか?」

 

「しょうがないじゃない!私が男だったら絶対羽黒狙うもん!それに合同演習(合エン)は戦場よ?自分より可愛い子連れてく馬鹿なんていないわよ!」

 

「…つまり私は、お前より可愛くないから安心だと」

 

「あ!ち、違うのよ!な、那智姉さんは…そう!重巡系の顔じゃない?わ、私と羽黒は那珂みたいな軽巡系だからキャラが被っちゃうかなって…テヘッ♪」

 

「私って、そんなに童顔でしょうか…」

 

「お前は間違いなく重巡系だがな。それはそうと姉さん。姉さんは奴の事をどう思っているのだ?」

 

「そうね…今だから言うけど、実は前の提督の事は、それほど好きにはなれなかったの。あの人も途中で心変わりしてしまったしね」

 

「あの時は足柄と羽黒が沈んで、()(どころ)ではなかったからな。仕方ないさ」

 

「ええ…でも、恥ずかしいのだけど、今の提督は、きっと私の事を受け入れてくれると思うの」

 

「羽黒、扇風機付けて。急に暑くなってきたわ」

 

「うう…やっぱり断るべきかしら」

 

「あ、ごめんなさい!そんなつもりじゃなかったの!お似合いよ、是非受けるべきよ!」

 

「演習の話が無くなるのが嫌なだけだろう」

 

「うっさいイケメン」

 

「だ、だから…提督も同じだと信じてるの」

 

「きっとそうですよ、姉さん」

 

「ええ…あの人は私の気持ちに応えてくれなかった。でも、今度は…」

 

「気持ち…?」

 

「ふふっ。那智、足柄、羽黒。あなた達にも協力して貰う事になるわ」

 

「…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある日の昼下がり。

提督は調べ事をしていた。以前送り返されて来た先輩家族宛ての手紙についてだった。大方、自分の記憶が間違っていたのだろうと考えた彼は、直接軍へ電話をかけ住所を尋ねる事にした。

 

「あ、もしもし、私こちらの鎮守府の…はい…の住所を教えて頂きたいのですが…」

 

『はい、少々お待ち下さい…その住所で合っていますよ』

 

「え…ですが、戻って来てしまったのですが」

 

『…もしかして、ご存じないのですか?』

 

「…?何をです?」

 

『その方のご両親は、二年前に火事でお亡くなりになっていますよ』

 

「…ええっ?」

 

『ですから、その住所に送っても誰も居ませんよ』

 

「…そうだったんですか」

 

〈二年前と言えば先輩が亡くなった時と同じだ。同じ時期に亡くなるなんて気の毒に…〉

 

『それにしても酷い事件でしたね』

 

「酷い…何の話です?」

 

『何でも強盗か何かに押し入られて刺殺されたそうです。警察が言うには、盗る物が無かった腹いせに火を付けたらしいですよ。酷い奴もいたもんですよ』

 

「そ、そうですか。それは知りませんでした」

 

〈そんな事があったのか…全く知らなかった。自分も戦死して両親も殺されたなんて…先輩も、さぞ無念だろうな〉

 

〈…家族か。俺も今回の作戦が終わったら、実家に帰ってみるかな。姉貴はまだ実家に居るのかな…〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…以上が編成だ」

 

提督の説明を受けた艦娘達は、数時間後の出撃に備えて準備に取り掛かった。そんな中で提督はある艦娘の様子が気になっていた。時雨だった。

彼女は提督の説明中も上の空で、心ここに有らずといった感じだった。以前の錯乱した時雨を思い出した提督は、どうにも心配になり彼女の跡を追った。周囲の艦娘達に時雨を見掛けなかったか聞いて回るも、誰も見掛けた者はいない。

もしや、と彼はある場所へと向かった。彼の予想は正しかったようで、時雨はその場所に佇んでいた。

 

「やっぱりここだったか」

 

「…提督」

 

小雨が降り始めた墓地で、時雨は傘も差さずに墓を見つめていた。

 

「どうしてここに?」

 

「何となくだよ。少し思い詰めた顔をしていたから気になってな」

 

「そう…」

 

「時雨。以前、白露が自分を恨んでいるとか言っていたろう。そろそろ話してくれないか?何故お前が悩んでいるのか解らないと、俺も何も出来ない」

 

「…そうだね。でも、本当は言いたくなかったんだ。もし知れば、きっと僕の事を嫌いになるから」

 

「時雨の事を…嫌いに?」

 

「うん。だってそうでしょ。僕の所為で、あの人は…提督の先輩は死んだようなものだから」

 

「…時雨、それはどういう意味なんだ?」

 

「二年前のあの日、あの人が僕達の許を去る事になった。僕と白露姉さんが護衛に就いてね」

 

「…」

 

「その後どうなったかは、提督も知ってるよね」

 

「…深海棲艦に襲われた」

 

「うん。本当なら僕と白露姉さんで守る筈だった。でも…僕は…僕は…ッッ!」

 

「お、おい時雨。一体どうし…」

 

「白露姉さんを撃ったんだ!」

 

「なっ…」

 

「前にも言ったよね。僕は、あの人の事が本当に好きだったんだ。でも、あの人の心は妙高さんに向いていた。あの人からそれを聞かされた時、それでも僕は喜んであげたよ。僕の側に居てくれるならって…

 

「でも、あの人は急に、ここを出て行くって言い出した。僕は必死に止めたけど駄目だった」

 

「…時雨が先輩の事を好きだったのは解ったよ。でも、どうしてそれが白露を撃つ事と繋がるんだ?」

 

「違う!僕は白露姉さんを撃つつもりなんてなかったんだ!あの人を…あの人の船を沈めるつもりだったんだ!」

 

「先輩の…船を?」

 

「あの人を無事送り届けるのが、僕の任務だった。でも目の前に深海棲艦が現れた時、僕は考えてしまったんだ。

 

「『今なら深海棲艦の所為にして、僕を裏切ったあの人に罰を与える事が出来る』って…」

 

「…もしかして白露は、お前を止めようとして」

 

「そうだよ。僕は船を撃とうとした。でも白露姉さんは船を庇ったんだ。白露姉さんまで僕を裏切るのかと思うと、頭に血が上って…気が付いたら白露姉さんを撃って…」

 

「…」

 

「その後、妙高さんが来た事は覚えてる。でも僕は怖くなって逃げてしまったから、そこから先は覚えてないんだ」

 

「時雨…」

 

「これを覚えてる?白露姉さんの髪留めだよ。あの後、妙高さんに形見として貰ったんだ。これを見る度に僕は思い出すんだ。姉さんは僕を恨んでいる…姉さんと同じ海の底に引きずり込もうとしてるんじゃないかって…」

 

「時雨、白露はそんな事…」

 

「ありがとう、提督。提督に話したら、何だかすっとしたよ。もう思い残す事もないよ」

 

「時雨…何を言って…」

 

次の瞬間、時雨は艤装を出現させた。そしてその手には細長い鉄の塊が握られていた。

 

「それは…酸素魚雷!?」

 

「提督さん、ごめんね。僕は姉さんに詫びに行くよ」

 

「お、おい!」

 

「…それと、妙高さんには気を付けて」

 

「…え?」

 

時雨は手に掴んだ魚雷を勢いよく振りかざした。時雨が魚雷を地面に叩き付けて自沈するつもりなのだと察した提督は、彼女の手に掴み掛かった。

 

「は、放してっ!ぼ、僕は白露姉さんの所に…姉さんに謝りに行くんだっ!」

 

「時雨っ!確かに白露は、お前が撃ったのかもしれない。だが、本当に白露は、お前を恨んでいるのか!?」

 

「そうに決まってるよ!だから、髪留めだけが残ってるんだ!姉さんは僕を恨んでるに決まってるよ!」

 

「じゃあ聞くがな時雨、どうしてお前は、そんな物を大事に持ってるんだ?」

 

「どうしてって…これは姉さんの形見だから」

 

「違うな。もし俺なら、とっくに捨てている。だってそうだろ?見る度にその事を思い出すんだ。そんな物、目の届かない所に置こうとするのが普通だ。なのに、お前は肌身離さず持っている。それがどうしてか解るか?」

 

「それは…僕が姉さんを沈めた事を…あの人を救えなかった事を忘れない為に…」

 

「違う!時雨、その髪留めはな、お前を過去に縛る物じゃない。お前はそれに救いを求めていたんだ」

 

「救い…?」

 

「そうだ。そして白露は、そんなお前をずっと見守ってきたじゃないか」

 

「白露姉さんが…僕を見守る?」

 

「そうだよ時雨。だって、お前は…こうして沈まないで生きてるじゃないか!」

 

「…」

 

「もし白露がお前を恨んでいるなら、とっくの昔にお前を自分の眠る海に引きずり込んでる筈だ。でもお前は今日まで無事にやってこれたじゃないか。それはお前が白露に救いを求めたからだ。そして白露もそれに応えた。時雨、それでも白露は、お前を恨んでいるって言いたいのか!?」

 

「…姉さんが…」

 

「時雨、お前はそんな白露の想いを裏切るのか!?」

 

「ううっ…」

 

時雨の腕から力が抜けていくのを感じた提督は、彼女が思い止まったのだと思い手を放した。時雨はへたりこみそうになる自分を奮い立たせるように、力強く立ち上がると、提督に向き直った。

 

「提督…君の言う通りかもしれないね。でも僕の所為で、白露姉さんとあの人が沈んでしまったのは事実だよ」

 

「時雨…?」

 

「さようなら提督。最後に少しだけ救われたよ。提督に会えて本当に良かった。でも…僕はあの世であの人に謝ってくるよ」

 

「なっ…時雨!」

 

時雨が再び魚雷を振りかぶった瞬間だった。彼女の後ろから躍り出た影が、時雨の両腕に掴み掛かった。

 

「時雨!あなた、何を!?」

 

「み、妙高さん…」

 

間一髪で二人の間に割り込んだ妙高が、時雨の手を掴んだ。

 

「くっ!は、放してよっ!」

 

「時雨、馬鹿な真似は止めなさい!」

 

時雨を止める事が難しいと判断したのか、妙高は彼女から魚雷を奪い取ろうと手を伸ばした。時雨も、そうはさせじと魚雷を高く掲げる。妙高が必死に魚雷を奪い取ろうとした為、時雨は魚雷を地面へと落としてしまった。

 

「くっ…提督!」

 

妙高は時雨を突き飛ばすと、提督へ覆い被さった。やがて爆風と共に嵐のような砂煙が二人を襲った。

 

「きゃあっ!」

 

「うわっ!」

 

妙高の背後で激しい爆発が起こり、二人の体を爆風が叩き付けた。

 

「ううっ…だ、大丈夫ですか、提督」

 

「妙高さん!」

 

「だ、大丈夫です。あなたを守る為なら、この程度…」

 

「良かった…はっ!し、時雨っ!」

 

爆破のダメージをモロに受けた時雨は、服がズタズタに破れ中破した状態で倒れていた。提督が時雨を抱き抱えると、苦しそうに悶えているだけで、轟沈には至っていないようだった。

 

「良かった…これなら大丈夫…妙…」

 

振り返った提督は一瞬身構えてしまった。妙高はいつもと変わらぬ穏やかな顔を保っている。だが、その内側から妙な殺気を提督に、正確には時雨に向けて放っているように感じたからだ。

提督の視線に気付いたのか、妙高は心配そうに時雨を抱き抱える提督に駆け寄った。

 

「…時雨は大丈夫ですか?」

 

「え、ええ…気を失っているだけです。それはそうと、妙高さん、どうしてここへ?」

 

「いえ…提督が急に何処かへ行ってしまわれたので、跡を付けていたんです。何やら話をしていると思ったら、急に時雨が艤装を展開するものですから、びっくりして…」

 

「そ、そうですか。お陰で命拾いしました」

 

「提督、時雨ですが…」

 

「時雨が白露の事を撃ってしまった事は聞きました。その罪滅ぼしに自沈するつもりだったみたいです」

 

「そうですか…で、提督は時雨をどうするおつもりでしょう」

 

「もう済んだ事です。それに時雨の気持ちも理解出来ますから、この事は不問にしますよ」

 

「いえ、それはいけません。仮にも提督に危害を加えようとした訳ですから、それでは示しがつきません。時雨は暫く懲罰房へ入れておくべきです」

 

「そこまでしなくても…別に怪我はない訳ですし」

 

「提督、私が今、何を考えているか解りますか?」

 

「ど、どうしたんです急に」

 

「今の私は、あなたに危害を加えようとした時雨を撃ちたくて仕方ない気分です」

 

「み、妙高さん!」

 

「…大丈夫です。時雨とは付き合いも長いですから、そんな事はしませんよ。ですが、事故といえ、あなたに危害を加えようとしたのですから、何もしないでは私が許せません。その程度の罰は与えるべきです」

 

「…そうですね。分かりました、妙高さんの言う通りにします」

 

「…そ、それと…こんな時にと思うかもしれませんが、もしこの任務を無事に終わらせる事が出来たら…それでも私の気持ちが変わらなければ…提督のお気持ちに応えるつもりです。それまで待って頂けますか?」

 

「…はい。俺の気持ちは変わりません。それに妙高さんに助けられるのは二度目ですね。ますます惚れちゃいますよ」

 

「そ、そうですか…///ありがとうございます」

 

「時雨はひとまず入渠させます。妙高さんは出撃の準備をして下さい」

 

「は、はい…。提督…私は必ず、この()()を乗り切ってみせます」

 

「…?は、はい」

 

数時間後、妙高を筆頭に那智、足柄、羽黒達は出撃した。時雨が急遽不参加になった事は艤装の整備不良と皆に通達された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「時雨、もう出ていいぞ」

 

時雨の自沈騒ぎから二日後。提督は時雨の居る懲罰房へ来ていた。提督は独房の中へ入ると時雨の座るベッドへ腰を掛けた。

胸の内を洗いざらい吐露した所為か、時雨は憑き物が落ちたような表情をしていた。

 

「うん…でも、妙高さんは三日って言ってたけど」

 

「帰ってくるのも三日後だ。バレやしないよ」

 

「ふふっ、提督って意外とズルっ子なんだね」

 

「明日までこんな所で過ごすのは嫌だろう?」

 

「そうだね。こんな所に居たら、また自沈したくなっちゃうかも」

 

「おいおい。流石に二度目は勘弁してくれよ」

 

「ふふっ、冗談だよ。でも…ごめんね、巻き込んじゃって。怪我しなかった?」

 

「妙高さんが来なかったら危なかったな」

 

「そうだね…任務も外れちゃって、本当にごめんなさい」

 

「いいさ。あのまま送り出していたら、却って危なかったかもしれない。これで胸のつかえが取れたんなら充分だよ」

 

「うん…そうだね」

 

「ところで…一つ聞きたい事があるんだ。時雨、あの時、妙高さんに気を付けろって言ってたろう。あれはどういう意味なんだ?」

 

「…そうだね、もう提督は僕が白露姉さんを撃った事を知ってるもんね。妙高さんとの約束も意味がないかな」

 

「約束…?妙高さんと何かあったのか?」

 

「提督には…そうだ、僕が白露姉さんを撃って、入れ代わるように妙高さんが来た所まで話したよね」

 

「ああ」

 

「その後どうなったか…教えてくれる?」

 

「その後って…深海棲艦が現れて、俺と先輩の乗っていた船が沈められたんだろう」

 

「ねえ提督。僕の話、聞いてて変だって思わないかい?」

 

「変って…どこがだ?」

 

「だってそうでしょ?僕は白露姉さんを撃ったけど、船は撃ってないんだよ。どうして船は沈んだんだい?」

 

「それは…深海棲艦が攻撃したから」

 

「妙高さんが居たのに?」

 

「…何が言いたいんだ、時雨」

 

「あの時現れたのは駆逐イ級やロ級が5~6匹だよ。その気になれば僕だって倒せるよ。妙高さんは駆逐イ級達を倒す事が出来なかったの?」

 

「だが、現に船は…」

 

「僕はてっきり妙高さんが、あの人を救ったのだとばかり思っていた。でも帰って来た妙高さんは間に合わなかったって皆に言った。不思議に思う僕に妙高さんは、こう言ったんだ。

 

「『白露を撃った事は黙っていてあげる』って…」

 

「…さっき言っていた約束って、もしかして…」

 

「うん。僕が白露姉さんを撃った事を黙っている代わりに、船は既に沈んでいた事にしろって意味だと思う」

 

「…時雨、お前さっきから何を言ってるんだ。お前の言い方じゃ、船を沈めたのは…」

 

「それに提督は知らないかもしれないけど、あの人が妙高さんを避け始めた理由が、僕にも解らないんだ」

 

「先輩が妙高さんを避け始めた理由…?」

 

「僕は…その、男の人の気持ちは解らないけど、そんな僕が見ても変だなって思って」

 

「変?何かおかしい事でもあったのか?」

 

「解らない…二人とも仲が良かったのに、ある日突然、妙高さんを避け始めたんだよ」

 

「喧嘩でもしたんじゃないか?」

 

「うん、最初は僕もそう思ったよ。その…悪いと思ったけど、二人の話を盗み聞きしていたんだ。そうしたら、あの人が妙高さんを酷く罵ってて…妙高さんの事を殴ったんだ」

 

「…」

 

「あの人は妙高さんを酷く怖がっているみたいだった。それからすぐに、この鎮守府を出て行くって言い出して…」

 

「…時雨、この話は誰かに言ったりは?」

 

「言える訳ないよ。白露姉さんを撃った事がバレたら僕はここに居られないよ。それに、もし妙高さんを裏切ったら僕はどうなるか…想像しただけで恐ろしいよ…」

 

「分かった。時雨、この事は俺も内緒にしておく。だから時雨も、この事は忘れろ。きっとお前の勘違いだ」

 

「うん…そうするよ。ねぇ、提督。提督はここを出て行ったりしないよね?」

 

「大丈夫だよ。先輩に何があったかは知らないが、俺はここを出て行ったりはしないよ」

 

「それと…チ、チュ~する時は…ちゃんとドアの鍵を掛けてからの方が…」

 

「えっ!?な、何の…事だ?」

 

「そ、その…卯月が見てたみたいで…」

 

「う、卯月が!?…えっと…その…けます

 

「それと、たまに、あの人が夜に用事があるって出掛ける事があって…悪いと思ったけど、付けたんだ。そしたら妙高さんと待ち合わせて港町にある、お城みたいな建物に入って行ったんだ。何をしてたのかな?」

 

「えっ…うんと…な、何だろうな」

 

「僕も行ってみたいな。ねえ、今度連れてってよ」

 

「う、うん…もう少し大きくなったらな…」

 

「提督…僕、初めてだから…優しくしてね?」

 

「時雨、やっぱ明日まで独房な」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハナ…サクラ…キレイナモノ、ネ…」

 

深海後方海域。

妙高達と港湾水鬼との戦いは終わりを告げようとしていた。力尽きた港湾水鬼は妙高達に手を伸ばすと、まるで桜が散る様に大気の中へ霧散して行った。

妙高達は四人共、既に満身創痍だった。港湾水鬼が散る様を見届けた四人は、戦いが終わった安堵からか、それともダメージから来る疲労なのか、気が抜けたようにへたり込んだ。

 

「強敵だったな」

 

「そうね。あんなの相手によく妙高姉さんと那智姉さんの二人で持ちこたえたわね」

 

「わ、私は何も出来ませんでした」

 

「フッ、そんな事はないさ。羽黒達が来なければ私と妙高姉さんも危なかったさ」

 

「そう言ってくれると嬉しいわ。ね?羽黒」

 

「は、はい…あの、妙高姉さん…」

 

勝利に浸る足柄達とは裏腹に、妙高だけは一人思い詰めたように表情が沈んでいた。

 

「…どうしたの妙高姉さん、どこか具合が悪いの?」

 

「…ごめんなさい。昔、足柄と羽黒が沈んだ時の事を思い出してね」

 

「姉さん…」

 

「あの時も、ちょうどこんな感じだったわね」

 

「そうか…だが妙高姉さん、以前とは違う事が一つある。それは、私達四人がこうして欠ける事もなく揃っている事だ」

 

「那智姉さんの言う通りよ。正直キツかったけど…今は帰りの燃料が持つかの方が心配だわ」

 

「私はスコールにでも遭わないか心配です…」

 

「そうね…スコールや渦潮の方が、どれだけ良かったか…」

 

「姉さん…何の話だ?」

 

「ところで…提督のご家族の事、聞いた事あるかしら?」

 

「何?どうしたの姉さん、急に」

 

「両親とお姉さんの四人家族だそうよ」

 

「へぇ~、そうなの。お兄さんなら良かったのに」

 

「意外だな足柄。お前ならてっきり弟の方が若くて良いと言うと思ったが」

 

「男の価値は何も若さだけじゃないわよ。時には包容力も必要よ」

 

「フッ、中々良い事を言うではないか」

 

「ええ。足柄姉さん、見直しました!」

 

「羽黒、それどういう意味?」

 

「…私はね、この提督には、やはり運命のような絆を感じるの」

 

「み、妙高姉さんって、こんなノロケ言うタイプだったかしら?」

 

「恋は人を変えると言うからな…解らんが」

 

「これは天が私の背中を押してくれているのよ。きっとそうに違いないわ」

 

「あ、あの…姉さん?」

 

「だってそうでしょ?あなた達三人が、この場に居合わせた事が何よりの証…これはきっと天が私を試しているのよ」

 

「何の話…?」

 

「那智、足柄、羽黒…。あなた達は、本当の幸せって…真実の愛って何なのか…考えた事があるかしら?」

 

「妙高姉さん…さっきからどうしたのだ?」

 

「そんな事より今は入渠したいわ」

 

「妙高姉さん、早く帰りましょう?」

 

「例えるなら…真実の愛は、全てに優先される物…そう…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あらゆる感情らければいけないの

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督、大変だよ!」

 

翌日。この日は妙高達の艦隊が帰投する予定だった。提督は執務室で一人報せを待っていると、時雨が血相を変えて飛び込んで来た。いつもの時雨とは違い、まるで自沈しようとしていた時のように慌てている様だった。

 

「どうしたんだ時雨」

 

「妙高さんから連絡があったって大淀さんが!で、でも…」

 

「どうしたんだ…まさか負けたのか?」

 

「う、ううん。戦いは勝ったって。妙高さんも中破したけど無事だよ。でも…」

 

「でも…どうしたんだ?」

 

「那智さんと…足柄さん、羽黒さんが…轟沈したって」

 

「なっ…!」

 

「それと、妙高さんも近くの鎮守府に寄るから、帰るのは一日遅れるって…」

 

「そ、そうか。那智達は気の毒だったな…」

 

「うん、そうだね。でも、こんな事になるなんて…まるで二年前と同じだよ」

 

「二年前…?二年前がどうかしたのか」

 

「あの時も足柄さんと羽黒さんが沈んだんだ。今回は那智さんまで」

 

〈そう言えば、妙高さんもそんな事を言っていたな〉

 

「ねえ提督…提督は怒るかもしれないけど、僕はあまり妙高さんとは一緒に居たくないんだ」

 

「妙高さんと…どうして」

 

「だって、あの人の側に居る人は、みんな…那智さん達だけじゃない。あの人も、あの人の家族も…」

 

「家族…?時雨、お前、先輩の家族が亡くなった事を知っていたのか?」

 

「うん。足柄さんと羽黒さんが沈んだ次の日に亡くなったんだよ。その辺りから、あの人は妙高さんを避けるようになったから、よく覚えてるんだ」

 

「そんな事が…」

 

「提督…提督が誰を好きになろうと構わないよ。でも妙高さんだけは止めた方がいいよ」

 

「急に何を言い出すんだ」

 

「あの人に関わりを持つ人は、みんな不幸になる。僕は心配なんだよ。次は提督に何か起こるんじゃないかって…」

 

「時雨、憶測で物を言うもんじゃない」

 

「ご、ごめんなさい。でも僕は本当に心配なんだ。提督が、あの人みたいにここを出て行くんじゃないかって…」

 

「…前にも言ったろう。俺はここを出て行ったりしないよ。それに那智さん達は気の毒に思うが、それと先輩の家族の件は関係ないだろう。たまたま連続して起きたから、そう思うだけだ」

 

「う、うん…そうだよね。うん…」

 

提督にそう言われた時雨は、彼の言う通り考え過ぎなのだと自分を戒めた。だが、それでも時雨は二年前の事が、まるで昨日の事のように執拗に頭を掠めていた。

 

〈あの時と…二年前と全く同じなんだ。あの時も僕がこうして足柄さん達が沈んだ事を報せに来た。そしてその後に、あの人は…〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。この日は昨日帰投した艦隊に続き、妙高が一日遅れで戻る予定だった。

妙高が帰る時を今や遅しと待つ提督だったが、一方で一つの不安が過っていた。

那智達三人を失った事についてだった。

今の妙高は、きっと失意の底に居る事だろう。そんな彼女が自分の気持ちに応える精神状態だろうか?そもそも、そんな話をすべきか…。

彼は考えた結果、この話は暫く保留にする事にした。妙高も、きっと()(どころ)ではないだろう。

彼女の答えを聞けないのは残念だが、仕方がない…そう思っていた時だった。彼の思索を掻き乱すように電話の音がけたたましく鳴り響いた。

 

「もしもし?」

 

『ああ、良かった!繋がった!』

 

「その声は…以前、軍に電話した時の…」

 

『覚えていましたか。あ、いや!今はそんな話をしてる場合じゃないんです!』

 

「はぁ…どうかしましたか?」

 

『いいですか?落ち着いて聞いて下さいね?』

 

「…?はい」

 

『提督さん、あなたのご家族が…お亡くなりになりました』

 

「…はあっ!?」

 

『昨晩未明にご実家の方が火事に見舞われたそうです。申し上げ難いのですが、あなたのご両親と…お姉さんの三人共…亡くなられたそうです』

 

「…そ、そんな」

 

『軍の方も事情が事情ですので、数日鎮守府を空けても構わないと言っています。そちらで提督代理を務められる方は居られますか?』

 

「…妙高が、今日帰って来る予定です」

 

『では彼女が戻り次第、ご実家の方へ行ってあげて下さい。警察も詳しい事を聞きたいそうなので』

 

「警察…?警察が何故?」

 

『それが…ご実家は、どうも強盗に押し入られたようなんです。その…殺された後に火を付けられたとか』

 

「強盗…?実家は別に裕福ではないですよ?」

 

『ええ…私も聞いた時、驚きましたよ。まるで二年前の事件とそっくりですから。しかも被害に遭われたのが、同じ鎮守府の提督さんだなんて…』

 

「…分かりました。妙高が戻り次第、向かう事にします」

 

『そうして下さい。どうか気を落とさずに…』

 

提督は放心状態のまま受話器を置いた。

 

〈死んだ…?親父もお袋も…姉貴も。嘘だろう?ついこの間までピンピンしてたじゃないか…〉

 

〈それに強盗って…親父もお袋も人に恨まれるような事はしてない筈だ。それに殺すだけじゃ飽きたらず火まで付けるなんて…!!〉

 

〈嘘だろう…何かの間違いじゃ…〉

 

突然の訃報に動揺する提督。だが、そんな彼の心境を無視するかのように部屋のドアは開かれた。そこに立っていたのは、今の彼とは真逆の、まるで入渠を終えて心身共に充実したような表情の妙高だった。

 

「提督、遅くなりました。妙高、只今帰投致しました」

 

「…お疲れ様です」

 

「あの、元気がないようですが…どうかなさいましたか?」

 

「すみません、今はあまり人と話せる気分じゃないので」

 

「何かあったんですか?」

 

「今、電話があって…身内に不幸がありまして」

 

「…そうですか。それはお気の毒です」

 

「いえ、妙高さんこそ。那智さん達の事は本当に残念でした。心中お察しします」

 

「ああ、その事ですか。大丈夫です、私は気にしていません。那智達は尊い犠牲になったのです。提督が気に病む事ではありません」

 

「…強いですね。俺はそこまで割り切れません」

 

「提督、作戦の前に話しましたが、私は今こそ胸を張って提督のお気持ちに応える事が出来ます。提督、私はあなたを愛しています」

 

「…ありがとうございます。本当なら飛び上がって喜ぶ所なんですが、今日はそんな気分にはなれなくて。すみません」

 

「…何故ですか?」

 

「…え?」

 

「確かに提督のご家庭が亡くなられた事は私も気の毒に思います。ですが、それとこれとは話が別です。提督は私の事を愛していないのですか?」

 

「…そんな事はありません。妙高さんが俺の気持ちに応えてくれて、本当に嬉しいですよ。でも、その話は暫く待ってくれませんか?二~三日、実家に帰らなきゃならなくなりました。話は帰ってからにしましょう」

 

「いえ、それはいけません」

 

「…え?」

 

「実家に帰る事は構いません。ですが、その前にはっきりしておきたいのです。提督が本当に私を…愛しているのか」

 

「俺の気持ちに変わりはありませんよ。俺も妙高さんと同じ気持ちです」

 

「…それは嘘ですね」

 

「嘘…どうして…」

 

「では、お尋ねします。提督、どうして提督は今、悲しんでいるのでしょう。私が…一途に私の事を想ってくれた、あなたの気持ちに応えたと言うのに…その反応は、あんまりじゃないですか」

 

「だから今も言ったじゃないですか。今は其れ処じゃないって。妙高さんだって那智さん達が沈んだんです。妙高さんも俺と同じでしょう」

 

「違いますね」

 

「違う…?」

 

「確かに那智達を…那智達が沈んだのは悲しいです。ですが、今、私の心にあるのは悲しみではありません…愛情です。解りますか?那智達が沈んだ程度では、私の愛情は消えませんでした。

 

「提督は私が自分と同じと仰いましたが…私の心にあるのは悲しみではありません。家族を…姉妹を三人失ったのは私も同じです。なのに、どうして提督は悲しんでいるのでしょう?」

 

「家族が無くなれば悲しむのは…妙高さん、俺が家族を失ったって、何故解るんです?」

 

「それは…」

 

「それに、さっきも俺の家族が亡くなったって言いましたよね。俺は身内に不幸があったとは言いましたが、亡くなったとは言ってません」

 

「…」

 

「妙高さん…那智や足柄、羽黒は…本当に沈んだんですか?」

 

「それは…どういう意味でしょう?」

 

「時雨から聞いた事を思い出したんです。二年前のあの日、時雨は白露を撃ったけど船は撃ってないと。その後、妙高さんが来たのに、どうして船が沈んだのか解らないって」

 

「…私が沈めたと言うんですか?」

 

「それに、先輩はある日から妙高さんを避けるようになったと聞きます。妙高さん…俺に何か隠していませんか?もしそうなら全て話して下さい。俺も妙高さんの事は愛しています。でも、あなたが何を考えているのか解らなければ…愛せません」

 

「ここでその言葉を使うなんて…ズルい人。解りました。全てお話しします…ふふっ、本当の困難は、もしかしたら今なのかもしれませんね」

 

「困難…?」

 

「その前に…盗み聞きをしている悪い子がいるようですが…」

 

「え…誰かいるのか?」

 

妙高が後ろのドアを開けると、そこにはバツの悪そうな顔をした時雨が立っていた。妙高に無言で部屋に入るよう促されると、時雨は申し訳なさそうに提督の側へ駆け寄った。

 

「時雨…お前聞いてたのか」

 

「ご、ごめんなさい。盗み聞きしていた事は謝るよ。でも、何もかもが二年前と同じだったから、どうしても気になって…」

 

「…まあいいさ。妙高さん、時雨も関係がある。一緒に聞いても構わないですよね」

 

「…そうですね。白露が、それを望んでいるのかもしれませんね」

 

「白露姉さん…?」

 

「時雨。あなたの姉の白露にトドメを刺したのは私よ」

 

「なっ…!」

 

「妙高さん、白露は時雨が撃ったと聞いていますが」

 

「順を追って話しましょうか。二年前、私とあの人は相思相愛の仲に…少なくとも私はそう思っていました。ですが私は不安でした。彼の私に対する愛情は…私の愛情は本物なのかと。そこで私は自分を試す事にしました。足柄と羽黒を使って」

 

「足柄と羽黒を…使う?」

 

「足柄と羽黒を沈めたのです」

 

「な、何故そんな事を?」

 

「簡単な事です。私は姉妹達を愛しています。ですが、もし二人を手に掛けた後に、それを後悔するような事があれば、それは姉妹への愛が、あの人への愛より上だったという事。

 

「結果、私は自分の愛情を証明する事が出来ませんでした。二人を沈めた後に残ったのは、深い悲しみでした…」

 

「…」

 

「ならば彼の愛情は本物なのか、私は試そうと思いました…全く同じやり方で」

 

「…同じやり方?そう言えば、先輩の両親は強盗に殺されたと聞きましたが…まさか」

 

「ええ。あの人のご両親を殺したのは私です」

 

「…!」

 

「もしあの人が…それでも私を愛してくれるなら、私は彼に沈められても構わないと思いました。それがあの人の愛情に対する私の償い…

 

「ですが、その事を告げた時、あの人の心を支配したのは愛ではなく私に対する憎悪でした。私は口汚く罵られ何度も殴られました。人間のように痛みを感じる事のない筈の私達ですが、あの人の拳は重く、そして痛かったです。

 

「それで目が覚めたのです。私の愛も…あの人の愛も偽物だったのだと」

 

「白露姉さんは…」

 

「時雨?」

 

「白露姉さんは…どうして沈めたの?僕が撃った後、白露姉さんは、まだ無事だったんでしょ!?」

 

「時雨、それについては謝らなきゃいけないわね。あの人の船を…白露を沈めたのは唯の八つ当たりのような物なの」

 

「や、八つ当たり…?」

 

「ええ。足柄と羽黒を失った後、あの人はここを出て行くと言い出すものだから…私にこんな事をさせておいて逃げるのかと思うと、どうしても許せなくなったの」

 

「それで白露姉さんと、あの人を…?」

 

「そうなるわね。本当はね、時雨。あなたも白露と一緒に沈める気だったの」

 

「えっ…?」

 

「でも、こっそり跡を付けた私が見たものは、白露を撃って逃げようとするあなただった。その後は…あなたの知る通りよ」

 

「姉さんは…妙高さんに…!」

 

妙高の言葉に驚愕の表情を浮かべていた時雨だが、その表情はすぐに怒りへと変わっていった。時雨が妙高に掴み掛かろうとした瞬間、彼女は肩を強く掴まれた。

 

「て、提督…」

 

「時雨、気持ちは解るが話はまだ終わってない。少し待ってくれないか?」

 

「…分かったよ」

 

時雨が落ち着く様を見届けた妙高は、再び口を開いた。

 

「どこまで話しましたか…船を沈めた辺りまででしたね」

 

「その話はもう解りました。妙高さん、その話の流れからすると…那智さん達を沈めたのは妙高さんですね。そして、俺の家族も…」

 

「ええっ!?て、提督、どういう事!?」

 

「さっき電話があったんだ。俺の家族が三人共殺されたって。妙高さん、あなただけ帰投が一日遅れたのは…」

 

「お察しの通りです。提督、あなたの家族を殺したのは私です。以前手紙を預かっていましたからね。調べるのは簡単でした」

 

 

 

 

 

 

 

 

『だ、誰だアンタ…何でこんなに散らかっているんだ?』

 

『…お待ちしていました。あの人のお父様ですね?』

 

『あの人?…なっ!お、おい!後ろで倒れてるのは家内と…む、娘!?おいっ!どうしたっ!しっかりしろっ!!』

 

『失礼ですが、お待ちしていました』

 

『な、何言ってんだアンタ!そんな事より救急車を呼んでくれ!早くっ!』

 

『残念ですが、お二人共もう亡くなっています』

 

『フザケた事を言うなっ!!そんな事より早く救急車を呼んでくれ!!』

 

『…お気の毒です』

 

『それにアンタ一体誰だ!?人の家に…勝手に…そ、その包丁は何だ?何で血が付いてるんだ…?』

 

『…』

 

『まさか…アンタが…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全員殺した理由は?」

 

「私は姉妹三人を沈めました。ならば提督、あなたも三人失うべきです。それで初めて私と同じです」

 

「そ、そんな理由で…妙高さんは那智さん達を…提督の家族を殺したの…?」

 

「時雨、あなたには私が身勝手に見えるかしら?でもね、あなたにも理解出来る筈よ。あの人を殺そうとしたあなたなら…」

 

「ち、違うっ!僕は…僕は妙高さんとは違うっ!僕はッ…!!」

 

「時雨、落ち着くんだ」

 

「う、ううっ…」

 

取り乱す時雨を引き寄せると、提督は彼女の頭を優しく撫でた。時雨が落ち着くのを見計らい、提督は妙高に向き直った。

 

「妙高さん、つまりあなたの理屈はこうですか。自分は姉妹達を失っても、まだ俺に対する愛情が消えなかった。ならば俺は、果たして家族を失ってもなお自分に対する愛情が消えないだろうか…と」

 

「その通りです。私はこの困難に打ち勝って…あなたへの愛情が本物であると証明してみせました。次は提督、あなたの番です」

 

「一つ解らない事があります。妙高さん、何故俺の家族を殺した事をわざわざ喋ったんですか?黙っていれば俺の憎しみを買う事もなかった筈です」

 

「提督…それでは意味がないのです。私は姉妹を沈めた時、昔のように後悔するのではと、とても怖かったのです。ところが三人が沈む様を見ても私の心に悲しみはありませんでした。

 

「それは提督、あなたも同じでなければ意味がありません。だから私は、わざわざあなたの家族を殺したと自白したのです」

 

「…」

 

次の瞬間、妙高は目を見開くと、気合いを込めるように全身に力を溜めた。

 

「妙高さん!?」

 

「て、提督!危ない!」

 

時雨が提督の前に立ちはだかると、艤装を実体化し妙高に向けて連装砲を身構えた。

 

「大丈夫よ時雨。私は何もしないわ」

 

「わ、分かるもんか!」

 

「提督、今私は艦娘としての機能を限界まで下げています。今の私はアナタと同じ人間、いえ、それ以下です」

 

「妙高さん…一体何を?」

 

「後は提督、あなたに決めて欲しいのです。今の話を聞いて、あの人のように私が許せないなら、どうぞ私を沈めて下さい。今の私なら人間の銃でも簡単に沈められます。

 

「私はあなたの心が知りたいのです。今、あなたの心にあるのは私に対する憎しみか…それとも…愛か」

 

妙高は目を瞑り、両手を広げて仁王立ちした。まるで早く自分を撃てと言わんばかりに。

 

「…」

 

「て、提督!僕にやらせて!白露姉さんの仇だ!」

 

提督は時雨の連装砲に手を置くと、彼女の手を下ろそうとした。

 

「て、提督?」

 

「…妙高さん、俺の心を知りたいと言いましたね」

 

提督は机の引き出しを開けると、拳銃を取り出した。

 

「提督が手を汚す事はないよ!」

 

だが、提督は拳銃をそのまま床へ放り投げた。

 

「…て、提督…?どうして銃を…」

 

「時雨、すまない。お前の仇は討てそうにない」

 

「…えっ?」

 

「提督、それは…」

 

「妙高さん、あなたの勝ちです。俺は家族を殺されたと聞いた時、確かに犯人に対する憎しみがあった。ですが殺したのがあなただと知った瞬間、不思議と怒りが消えました」

 

「な、何を…提督、君は何を言ってるのさ!この人は…妙高さんは君や僕の大事な人を沈めたんだよ?提督は妙高さんが憎くないの!?」

 

「時雨、俺も驚いてるんだ。本当なら俺は怒りに任せて妙高さんを撃ってなきゃいけないのに…」

 

「だ、だったら…!」

 

「だがな、さっき妙高さんが言ったように、家族を失った後でも俺の中の妙高さんへの愛情は消えなかったんだ」

 

「そ、そんな…提督、君は何を…」

 

「だから時雨、銃を下ろすんだ」

 

「…」

 

まさかの提督の心変わりに茫然と立ち尽くす時雨。そんな彼女に申し訳ないと思いつつも提督は妙高に近付き、彼女の手を取った。

 

「提督…信じていいのですね?」

 

「はい。出来ればもっと違う形で証明させて欲しかったですが」

 

「そ、それは…あまり虐めないで下さい。私も反省しています」

 

「でも、ここまでしたんです。もう、あなたの事を一生離しませんよ」

 

「はい。それは私も同じです。私の生涯を掛けて、あなたに尽くす事を誓います」

 

何が起きているのか解らず、ただ立ち尽くすだけの時雨を余所に、二人は抱き合った。

 

「話は変わりますが、さっきも言った通り二~三日ここを離れます。その間、提督代理を任せたいのですが」

 

「分かりました。それと…時雨の処置ですが…」

 

「…!!」

 

提督と時雨、二人の視線を浴びた時雨は猫に睨まれた鼠のように固まっていた。

 

「…ここは戦場じゃありません。何かあれば、すぐに誰かが駆け付けますよ。見逃してあげて下さい。それに時雨は俺と同じ被害者ですよ」

 

「…やっぱり私の事、憎んでいませんか?」

 

「妙高さんの所為で、葬式やら事情聴取やらで大変なんです。この位の仕返しはね」

 

「もう…イジワルですね」

 

「時雨…」

 

「ひっ…!」

 

「大丈夫だ。俺も妙高さんも、お前に手出ししたりはしない。だからお前も…解るな?」

 

「…!」

 

時雨は首を縦に振った。だが、それが同意からなのか、恐怖からなのかは時雨にしか判らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

提督が鎮守府を離れた翌日。

小雨が降る中、時雨は傘も差さずに一人墓地へ来ていた。石碑の前で一人佇む彼女は、白露の形見の髪留めを取り出すと、そこに居ない白露に語り掛けるように呟いた。

 

「白露姉さん…やっぱり僕の予感は正しかったよ。でも、提督まで妙高さんの言いなりになるなんて、想像もしなかったよ…」

 

「姉さん…姉さんは僕が許せなかったのかな。それとも提督の言うように僕を守ってくれていたの…?」

 

「でも、もうどっちでもいいよ。僕、ここを出ようと思うんだ。どこか違う鎮守府で…またやり直す事にするよ」

 

《ピシッ…!》

 

「えっ…?」

 

時雨が語り終えた瞬間、墓に供えられた髪留めにヒビが入ると、砂の欠片となって崩れ落ちた。まるで、もう役目を終えたかのように。

 

「姉さん…もしかしたら白露姉さんは、僕にここから逃げろって…言いたかったの?」

 

今日まで時雨に呪いを与え続けた髪留めは、失われる事によって初めて彼女の心の闇を払拭した。時雨は、あれだけ忌まわしく思っていた、今は砂の欠片と化した髪留めを一粒も溢すまいと両手に掬った。

だが、そんな時雨を嘲笑うかのように、一陣の風が彼女の手から砂の欠片を拐っていった。

 

「もう…遅いよ…姉さんの…馬鹿…」

 

時雨は墓にすがり付くと涙声で訴えた。

白露が髪留めを残したのは、本当に時雨の身を案じての事なのか…それは白露にしか判らない。

両手から溢れ落ちる砂粒を見ながら、時雨は理解した。

もう、すがる物など無いのだと。

 

雨はまだ…止まない。

 

 

 

 

 

 

 

 




自分はここまで出来るんだから、そっちも同じ事出来るよね?的な、愛が重いのを自分で書くとこんな感じになります。少しでも怖いわ~と思ってくれたら幸いです。
タイトルはジューダス・プリーストからです。
時系列がややこしいので下に纏めておきます。

3年前 当時の提督と鹿島駆け落ち。那智沈む。
2年前 那智復活。足柄、羽黒、白露沈む。その直後に先輩死亡。
1年前 足柄、羽黒復活。
今回 那智、足柄、羽黒2回目。

今後の予定としては、扶桑、羽黒、人間endの話を考えてます。リメイクと交互に書ければと思います。






艦娘型録

妙高 提督の家族には恋人だと言って家に上がった。提督の姉に弟のどこにホレただの、もう済ませただの聞かれて姉だけは助けようかと迷ったが、それだと数が合わなくなるので泣く泣く刺した。前提督と行ったお城で貰ったスタンプカードはまだ取ってある。

提督 家族殺されたって聞いた時は正直ブチキレそうになったが、提督にしてみれば長年ファンだったアイドルと結婚出来る様な物なので、ギリ理解出来なくもない。

時雨 この後、別の鎮守府にトレード。睦月と卯月が思ったより引き止めてくれなくて少し寂しい。

提督(故) 鎮守府を出て行こうとした理由の一つは妙高さんを殴った時、全然血が出ないし痛がりもしなかったのが怖かったから。スタンプカードは破棄済み。

那智 以前は睦月と卯月に、今回は妙高にと毎回仲間に沈められる不運な人。三度目の人生があるなら卯月と仲良くなって欲しい。

足柄 せっかく合エンのチャンスにこぎ着けた矢先に轟沈。妙高型の中では女子力が一番高い割りに報われない。睦月と仲が良い。

羽黒 事ある毎に男性から話し掛けられるので、もしかしたら自分はモテるのでは?と自覚はある。ただ、その事を足柄に知られると嫉妬されるので隠している。

睦月 三年前の提督の駆け落ち以来ゴシップが大好きに。今回の件で妙高と仲良くなる。

卯月 那智の事は三年前に沈めた件もあり苦手だったので内心ほっとしている。最近、睦月の相手をするのに疲れてきた。

港湾水鬼 アナタ達三人沈むのよぅ…今夜…
この“深海後方海域"でねぇ…



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Traffics

今回は番外編です。
急に思い付いたんで書きました。
いつもより全然短いです。




「ハ~イ♪瑞鳳」

 

「あっ、金剛さん。そう言えばもうこっちに来てたんでしたっけ」

 

「YE~S、アナタより少し先にネ。加賀もいま~す」

 

「…赤城さんは来てないみたいですね?」

 

「あぁ、アイツは今回は来ない様だ」

 

「那智さん」

 

「那智さんは今回はどうして?」

 

「卯月にやられたんだ」

 

「ええっ!どうして?」

 

「知るか、卯月に聞け。(睦月と弥生まで撃ってくるとは…。私、もしかして嫌われてるのか?)

 

「そう言う瑞鳳はどうしたんだ?」

 

「私は…そこにいる戦艦棲姫さんに…」

 

「ワタシモ アノアトヤラレタノヨ。オアイコデショ」

 

「ハハハ、大丈夫~。すぐに向こうに行けるネ~」

 

「…金剛さん、余裕ですね」

 

「フン!もうすぐ戻れるからっていい気な事!」

 

「あ、大井さん。…居たんだ」

 

「さっきからずっと居たわよ!あぁ北上さんも早くこっち来ないかしら?イヤ、私が向こう行ければ一番いいんだけど」

 

「私も居ますよ…」

 

「わっ、大淀さん!」

 

「ううっ、せっかく提督と結ばれたと思ったらこっちに来てました」

 

「那珂ちゃんもいるよ~♪」

 

「どうも、お久しぶりです瑞鳳さん」

 

「あっ、神通さんも来てたんですね」

 

「えぇ。暫くはこちらに居るかと…」

 

「私もいるよ~」

 

「わっ、時津風ちゃん!」

 

「ううっ、ヒドイよ雪風。…まぁ半分は自分のせいだけどさ」

 

「金剛さん…霧島さん達はまだ向こうに?」

 

「そうデ~ス。霧島と比叡はまだ向こうに居るヨ~」

 

「お姉さま、私まだ怒ってますよ…」

 

「sorryネ、榛名~。あ、あの時は私もちょっと魔が差したネ~。次はちゃんとするヨ~」

 

〈そう言えば榛名さん、金剛さんに撃たれたんだっけ…〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「中枢棲姫様、戦艦棲姫のヤツ向こうで話してますよ。私達も行きますか?」

 

「いや、私は別に…」

 

「そうよ、駆逐古姫。行きたいならアナタだけでも行けば?」

 

「イヤに突っかかるな駆逐古鬼…」

 

「そりゃそうよ。私アナタに殺されたんだから」

 

「い、いや、それは中枢棲姫様の命令で…」

 

「そうなんですか!?」

 

「…忘れた」

 

「あっ、ズルいですよ中枢棲姫様っ!」

 

「そんな事より私の子供の事が気になる…。こっちにはいないから、まだ向こうにいるようだが…」

 

「あっ、戦艦棲姫のヤツ消えましたよ!」

 

「また向こうに呼ばれたみたいだな」

 

「私達も戻れますかね?」

 

「私は暫くここでいい」

 

「そうですね。私もこっちがいいです」

 

「向こうに行ったらまた奴らと戦わねばならない。その時まではゆっくり休むとしよう」

 

「ですね」

 

 

 

 

 

 

「oh~また向こうに行けるみたいデ~ス♪榛名!」

 

「ハイ、お姉さまっ!じゃあ瑞鳳さん、できれば向こうでお会いしましょう」

 

「ハイ、お元気で」

 

〈何でだろう。またすぐに戻ってくる気がする…〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「英国で生まれた帰国子女の金剛デ~ス!

ヨロシクオネガイシマ~ス!」

 

「高速戦艦、榛名、着任致しました。あなたが提督なのね?

宜しくお願い致します!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――神、そらに知ろしめす。

 

なべて、世は事も無し。

 

 

 

 

 




「あら、アナタもこっち来てたの。どうしたの?私の部下にヤられたの?」

「まぁ、そんなトコかな(オマエの部下共に別の意味でヤられそうだったから、自分で頭撃ちましたなんて言えない…)」



今迄読んでる人じゃないと分かんない内容ですが、まぁ番外編と言う事で。

次は普通に戻ります。
榛名がヒドイ目にあう話だけど。


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もう 嘘しか聞こえない

「(提督さん)格好いいね!認知して?」



「提督、これは本当なのかしら!?」

 

朝の鎮守府。

つい先程起きたばかりの提督は、まだまどろみのなかに居た。そんな朝の静寂は司令室に飛び込んで来た二人の艦娘によって破られた。

 

「ちょっと足柄さん、青葉の新聞なんか真に受けなくても…」

 

「何言ってるの瑞鶴、アナタがこんなの嘘だって騒いでたんじゃない?」

 

「ちょっ、言わないでっ!」

 

「青葉の新聞?」

 

足柄こと妙高型重巡洋艦三番艦、足柄が突き付けた新聞を手に取った。見出しにはこう書かれていた。

『T氏、翔鶴さんのお尻を触る!?スカートの中を近代化改修か?』

 

「な、なんだこれは?そんな事してないぞ!」

 

「じゃあこれは嘘なのね?」

 

足柄と瑞鶴が疑いの目を提督に向ける。

 

「当たり前だろ!…もしかして翔鶴が中破した時に俺が側にいた時の事を言ってるのか?あれは大丈夫か確認しただけで…」

 

「わ、私もさ?別に青葉の新聞信じた訳じゃないけど。でも提督さん、たまに私や翔鶴姉のスカートまじまじと見てるし…」

 

瑞鶴こと翔鶴型正規空母二番艦、瑞鶴が目を細める。

 

「(バレてる…)い、いや見てない!て言うか不可抗力だろ」

 

「じゃあこの記事は嘘なのね?」

 

「当たり前だろ足柄!そんな事はしてない。何なら翔鶴に聞いてみればいい」

 

提督の説明に足柄も瑞鶴もようやく納得した様に腕を下ろす。

 

「全く青葉ったら。それに提督も提督よ。そんなに見たいなら私を見ればいいわ。この精悍なボディ。フフッ、何なら触ってもいいのよ?」

 

「…昔は餓えた狼って言われてましたもんね~足柄さん」

 

「何ですってぇ!?」

 

「お前達やめないか」

 

提督は溜め息を付きながら、二人の喧嘩を嗜めた。

 

 

 

 

 

 

 

この鎮守府に居る青葉は重巡洋艦と言う立派な艦娘の一人だったが、知的好奇心が強いのか情報を根掘り葉掘り聞き出そうとする、まるで新聞記者の様な一面もあった。

ある時からまるで本物の記者の様に仕入れた情報を新聞という形で公表し始めた。と言っても半分は嘘か本当かも分からないゴシップ記事の様な物だったが、娯楽の少ない鎮守府では大層受け、青葉もそれに気を良くして次々に新しい記事を生み出した。それだけなら誰も文句は言わないが記事になる際は青葉フィルターとでも言うか、妙な表現で歪曲される事が多かった。

それが元で揉める事もあったが、一方で青葉の新聞を楽しみにしている艦娘も少なくなかった。

 

 

 

 

 

「…青葉、呼ばれた理由は分かるな?」

 

「あ、もしかして記事の事ですか?」

 

「他に理由ないだろ?」

 

青葉は悪びれる風でもなく答えた。

 

「俺、翔鶴に変な事してないから…。て言うかなんでオマエが知ってんだ」

 

「いや~瑞鶴さんから司令官が翔鶴姉の事イヤらしい目で見てるってタレコミがありまして」

 

「じゃあ捏造だよね?それ」

 

「私も不味いと思って、ちゃんとイニシャルにしておきました♪」

 

「イニシャルの意味無いから。ここ俺しか男いないからね?」

 

「じゃあどうすればいいんですか?」

 

「それ俺のセリフだよね?どうしたら捏造止めてくれるのかな?」

 

とまぁ、毎回こんな感じだった。

提督も当初は青葉のコミュニケーション能力の高さを買い、彼の知り得ない艦娘達の個人的な事情等を把握するには最適な人材だった。

だが、ある時取材に必要だからとカメラをねだられ、その辺りから出所の怪しい記事が目立つ様になり始めた。

ただ提督としても冗談の域を出ないのであればと、軽くお灸を据える程度で放任していた。

 

「とにかく、今回の記事はすぐ剥がす様に。俺だけならともかく翔鶴にも変な噂が立ったらどうするんだ」

 

「う~ん、翔鶴さんはまんざらでも無さそうでしたけど…」

 

「えっ、本当か?…じゃなくて、今回のは駄目!分かったな!」

 

「ハ~イ」

 

青葉は呑気に敬礼をしながら司令室を後にした。…おそらく、いや絶対解ってないだろうが。

 

「失礼します。…青葉さんと何かあったんですか?」

 

青葉と入れ違いに金剛型四番艦、霧島が入って来た。

 

「いや、何でもないよ。いつもの記事の事でちょっとね」

 

「あぁ、青葉さんの新聞ですか」

 

「それはそうと何か用でも?」

 

「はい、金剛お姉様からの伝言です」

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督に呼ばれたみたいだけど、新聞の事でしょ?」

 

部屋に戻った青葉に、同じ青葉型二番艦の衣笠が興味半分、呆れ半分に話し掛けてきた。

 

「面白いと思ったのに。ガサもそう思うでしょ?」

 

「…」

 

「衣笠もそう思うでしょ?」

 

「…まぁ、面白いとは思ったけど」

 

「でしょ~っ?満更ガセネタでもないし。それにこう言った艶っぽい話は受けがいいのよね~♪」

 

「ハァ…まぁ提督さんが怒らない程度にしなよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後、提督が廊下を歩いているとすれ違う艦娘達から何やら妙な視線を感じる事に気付いた。

ある者は提督と目を合わせると照れた様に俯き、ある者は露骨に軽蔑の眼差しを向けた。

まさか、と思い提督は青葉の新聞が貼ってある廊下へと向かった。案の定、大勢の艦娘達が壁に貼られた新聞を見ながら黄色い歓声を上げていた。

提督に気付いた艦娘達が挙って彼に詰め寄った。

 

「提督、これは本当でしょうか?」

 

「アンタ、これ本当なの!?」

 

訳が分からない提督が記事を確認すると…

 

『司令官、戦艦四姉妹と深夜のお茶会!?私の紅茶(意味深)を飲むネ~♪』

 

「あの…提督さん、これってもしや…///」

 

「青葉ァ!!」

 

この後、滅茶苦茶説教した。

 

 

 

 

 

 

 

「全く、青葉にも困った物だ」

 

「あはは、まぁ私もあまりやり過ぎない様に言ってるんですけどねぇ」

 

衣笠の苦笑いの横で、提督は机に置かれた青葉の新聞を眺めていた。そこには『提督、足柄さんと密会?我、夜戦に突入す!』と書かれていた。

 

「因みにソレ…本当じゃないですよね?」

 

「当たり前だろ…。足柄と整備の点検してただけだ」

 

「あっ、そ、そうですよねぇ!い、いえ、疑った訳じゃないですよ!でも、もしかして…なんて」

 

「おいおい、青葉はお前の方が付き合い長いだろ。勘弁してくれ…」

 

「…」

 

「どうした?」

 

「い、いえ。因みに提督さんって…青葉の事、どう思ってます?」

 

「青葉の事?…まぁ戦力としては役に立ってるとは思ってるが」

 

「いえ、そうじゃなくて…」

 

「…まぁ可愛いとは思うよ。明るいし他の艦娘達も気遣えるし、鎮守府の潤滑油って所かな」

 

「それ、青葉にも言ってあげて下さい」

 

「え?」

 

「青葉がこんな記事書いてるのも、半分は提督さんに構ってほしいからだと思うんです」

 

「…」

 

「青葉には内緒にしてって言われてるんですが、カメラねだったのも、本当は提督さんの写真撮るのが目的だったんですよ。青葉、提督さんの写真大事に飾ってるんです。

 

「だから、ちょっと青葉の事も気に掛けてあげて下さい。あ、私が言った事は内緒でお願いしますね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フンフ~ン♪」

 

ベッドの上で寝返りを打ちながら口笛を吹く青葉を、衣笠は白い目で見ていた。

 

「うわぁ、何ニヤけてんの青葉。ちょっとキモい…」

 

「え、何?聞きたい?」

 

「いや、別に「実は今日司令官がね♪」

 

〈話すんかい!〉

 

青葉は今日有った事を嬉しそうに衣笠に語った。

任務以外で珍しく提督と沢山話した事。一緒に間宮の甘味処で食事した事。そして何より新しい秘書艦になってほしいと頼まれた事。

 

「参ったなぁ。青葉は記者として中立じゃなきゃいけないのに、これじゃ提灯記事になっちゃうよ~///」

 

「ふふっ、まぁいいんじゃない?でも他の娘を怒らせる様な記事は止めなよ。私もたまにあの記事ホントなのって聞かれるんだからさ」

 

「分かってるって。青葉におまかせ!な~んてね♪」

 

多分解ってないだろうな、とは思いつつも今までに見た事のない笑顔を見せる青葉を見た衣笠は、これで良かったんだと密かに喜ぶのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

青葉が提督の秘書艦になって数週間、青葉の新聞は日々の出来事を書いただけの至って平凡な物になっていた。

提督も、以前衣笠が言っていた通り彼女に構ってやれなかった反動が新聞という形で表れたのだと思っていた。

かつての騒動も忘れかけていた頃、それは再び始まった。

 

「あのさ提督さん、アレって本当?」

 

任務報告に来ていた瑞鶴が、ふと提督に尋ねた。

 

「アレ?何の事だ?」

 

「あ、いやっその…。青葉の新聞にさ」

 

「青葉の新聞?…また俺が何かしたって書いてあったのか?」

 

「う、うん。その…ね…」

 

瑞鶴は言いずらそうに、下にうつむいた。

 

「て、提督さんが青葉の奴にケッコン申し込んだって…」

 

「俺が!青葉に?」

 

「あ、やっぱり嘘だよね?びっくりしたよ!」

 

「当たり前だろ!そりゃあ青葉の事は悪くは思ってないが、幾ら何でも話が飛びすぎだろ!」

 

「うん、私もそう思ったけどさ、提督が青葉を秘書艦にしたのも実は青葉の事を見初めたからだとか書かれてたからさ」

 

「い、いや違う!そういう意図で秘書艦にした訳じゃない!あれは衣笠に言われたからで…

 

「と、とにかくっ!青葉とケッコンしようとは思ってないから!」

 

「ま、まぁ青葉の新聞だし大方そんなとこだろうとは思ったけどさ。…わ、私は別にどうでもいいけどホントだったら翔鶴姉悲しむかな、って///」

 

提督の言葉を聞いて、瑞鶴は少しだけ安堵した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「青葉…」

 

司令室では提督が青葉を問い質している真っ最中だった。仏頂面の提督を見て今回は分が悪いと思っているのか、青葉は下を向いたままだった。

 

「別に新聞を書くなとは言わないが、ケッコンを申し込んだって…。これは冗談の域を越えてるんじゃないか?」

 

「あ、あはは。今回はちょっとやり過ぎた…かな?」

 

「まぁ青葉の新聞って事もあるが、中には鵜呑みにする奴もいるかもしれないだろう」

 

「…ならいっそ、本当の事にしちゃえば…なんて」

 

「オイオイ、冗談が本当になってどうするんだ」

 

「…私は、冗談で書いたつもりじゃ無い…かも」

 

「えっ?」

 

青葉の言葉に提督は顔を上げた。彼女と視線が合った瞬間、提督は無言の圧の様な物を感じた。

 

「司令官、どうして私を秘書艦にしたんですか?」

 

「ど、どうしてって…。最近青葉と話す事も無かったからな。秘書艦にすれば青葉と話す機会も多くなる。それだけだよ」

 

「私も司令官とこうしてお話できる機会が出来て、とっても嬉しいです。…でも、それって青葉の事をもっともっと知りたい…って事ですよね?」

 

「あ、青葉?」

 

「それに私の新聞も…全部が全部、嘘って訳じゃないんですよ…」

 

さっきまで笑っていた青葉は、気が付くとまるで深海棲艦と対峙でもしたかの様な鋭い目付きに変わっていた。

 

「お、おい青葉…」

 

「な~んてね♪」

 

「…え?」

 

提督がもう一度青葉を見ると、そこにはさっきまでの険しい表情から一転、いつものお調子者の彼女が居た。

 

「ふふっ、大丈夫ですよ司令官。私の新聞なんてあくまで遊びなんですから!皆さんも本気になんてしませんって♪」

 

「い、いやしかし…」

 

「じゃ、青葉はこれで失礼します!読者の皆さんが次の記事を待ってますからね。それでは♪」

 

「あ、おいっ…」

 

提督は青葉を止めようとしたが、何故かそれ以上追及する事ができず黙って彼女が部屋を後にするのを眺めていた。

 

 

 

 

 

それからの青葉は、一見変わった様子もなく慣れない秘書艦の仕事も無難にこなしていた。

それだけなら良かったが、青葉の書く記事の内容は以前より過激さを増していった。

 

『瑞鶴、提督の魚雷直撃!?レイテ沖海戦再び!』

 

『霧島、司令のマイクチェック!?さすが司令、データ以上ですね!』

 

『足柄、スラバヤ沖海戦再び?提督が私を呼んでいるわ!』

 

この頃になると、艦娘達も青葉の新聞はニュースと言うよりは完全に娯楽と割りきっており、記事に取り上げられれば当然怒りはするが、一方で一躍話題の人扱いされる事を喜んでさえいた。

そんな状況に気を良くしたのか、青葉の記事は更に露骨な描写が増していった。

 

『司令官、青葉記者を空襲?大破着底か!?』

 

『呉軍港に沈む!?青葉記者、司令官に陥落!!』

 

『青葉記者は見た!その指輪は誰の為に?』

 

その記事を見た提督は当然、その都度これは誤解だと弁明した。しかし艦娘達も全く本気にはしていない様で、むしろ『ケッコンはいつ?』『青葉を大切にしてあげなよ』と冷やかされる始末だった。

 

『青葉妊娠!?人と艦娘の禁断の愛?』

 

提督が張り出された青葉の新聞を読んでいると、(提督にとって)運悪く足柄と瑞鶴が通り掛かった。

 

「おまえ達、こ、これは違うんだ!青葉が勝手に…」

 

「ハイハイ、分かってますよ♪」

 

「提督、次は私もお願いしようかしら?ウフフッ」

 

「うわっ、足柄さんってば大胆っ!」

 

二人は慌てる提督を茶化すと、クスクスと笑いながらその場を後にした。

 

その日の夜、提督は実務が終わり帰ろうとする青葉を、話があると引き留めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「青葉、いくら何でもこれはやり過ぎだ!!」

 

「もしかして新聞の事ですか?」

 

「当たり前だ!」

 

提督は青葉の答えに机を両手で叩いて答えた。

 

「ケッコンを申し込んだ位ならまだ笑い話で済んだが、こんなのはシャレに成らない!最近のおまえはちょっとおかしいぞ。一体どうしたって言うんだ」

 

「…おかしいのは司令官の方ですよ」

 

「…何?」

 

提督の問いに青葉はゆっくりと椅子から立ち上がる。

そのまま司令室のドアへ向かい、ドアの鍵を閉めた。

 

「あ、青葉、何をして…」

 

青葉は提督に向き直った。その顔はいつもと変わらない人懐こい笑顔だった。にも関わらず、提督は思わず背筋が寒くなる何かを感じた。

青葉は一歩、また一歩とゆっくりと提督の元へと歩みを進める。

 

「酷いですよ司令官。私がここまで言ってるのに答えてくれないなんて…」

 

「こ、答える…?」

 

「司令官も私と同じ気持ちなんですよね?だから私を秘書艦にしたんですよね?」

 

「ち、違う!違うんだ青葉。あれは衣笠に言われて…」

 

「ガサは私の気持ちを知ってます。だから応援してくれたんです。司令官はガサの親切を無駄にする気ですか?」

 

ふと気が付くと青葉はいつの間にか提督の机の前に立っていた。

青葉は自分の腰に手を回すと、スルッと履いているハーフパンツが床に落ち、白い下着が顕になった。

 

「お、おいっ!」

 

次の瞬間、今度はオレンジ色の三角タイを片手でほどくとセーラー服に手を掛け、力任せに破いた。

勢いよく破り過ぎたのか、ブラジャーも引きちぎれ、破れたセーラー服の合間から小振りだが形の良い胸が揺れた。

 

「もう青葉、帰れなくなっちゃいました。もしどうしても帰れって言うならこの格好で皆の所に行っちゃいます。こんな格好で司令室から出てきた私を見たら、皆さんどう思いますかね♪」

 

「あ、青」

 

提督が彼女の名前を呼ぼうとする刹那、青葉の両手が提督の両手を掴んだ。

 

「うわっ!あ、青葉っ、な、何をっ!?」

 

「…知ってますか司令官。新聞は読者の皆さんに真実をお知らせするのが使命なんです。

 

「でも最近の青葉は、その本分をすっかり忘れて誤った記事ばかり書いていました。

 

「きっと皆さん、青葉の新聞は嘘だと思ってるはずです。だから司令官、協力して下さい」

 

青葉は机に乗り上がると、その勢いで提督を椅子ごと押し倒した。

 

「青葉の新聞は真実だって」

 

「あ、青葉っ!何をっ!」

 

提督は自分にのし掛かる青葉を引き剥がそうとするが、まるで動かない。その小柄な身体の何処にこれだけの力があるのかと思う程の強力な握力で、提督の両腕を締め付ける。

 

「司令官、さっきの新聞の内容、覚えてます?」

 

「し、新聞…?オ、オマエまさかっ!?」

 

「アハッ♪覚えてくれてて嬉しいです。そうです、青葉、司令官との愛の結晶をこの身に宿すんです。

 

「だから司令官、協力して下さい。今この場で、青葉と愛を確かめ合いましょう」

 

そう言うと青葉は提督に唇を重ねた。

不覚にも青葉に女の香りを感じた提督は、暫く抵抗を忘れてしまったが、ハッと正気に戻ると青葉の唇から顔を離した。

 

「あ、青葉っ。おまえの気持ちは嬉しい。だが、こんなのは間違ってる!今のおまえは正気じゃない。落ち着くんだ!」

 

「間違ってるのは司令官の方です。それに青葉知ってます。人間には既成事実と言う物があるって」

 

「や、止めろ青葉っ、冷静になれっ!」

 

「司令官、艦娘とは言え青葉も女です。女がここまでしているのに恥を掻かせるんですか?」

 

青葉は提督の軍服に手を掛けると、荒々しく破った。顕になった提督の引き締まった上半身を見ると、青葉は顔を上気させ、生唾を飲み込んだ。

 

「司令官、や、優しくして下さいね…///」

 

「あ、青葉っ…」

 

青葉は再び司令官と唇を重ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、青葉。ケッコンはいつ?」

 

青葉が廊下を通り掛かると、彼女に気付いた瑞鶴が冷やかす様に話し掛けてきた。

 

「むぅ~っ!信じてませんね~っ?」

 

「って言われてもねぇ。翔鶴姉や足柄さんに記事ホントか聞いたけど、そんな事してないって言われたよ?」

 

「あ、あはは…。わ、私の聞き間違いだった…かな?」

 

「ふふふ、次は提督が私にケッコンを申し込んだって書いてよ。そうしたら信じるわよ♪」

 

「し、司令官は私にケッコンを申し込むんですぅ~!」

 

「私は重婚でもいいわよ♪あっ、翔鶴姉~っ!」

 

「…」

 

翔鶴を見かけた瑞鶴が、彼女の下へと走っていった。そんな瑞鶴の後ろ姿を眺めながら、青葉は一人呟いた。

 

「ケッコンは、まだですよ。ケッコンはね…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、提督。青葉との仲は順調?」

 

「あ、あぁ…」

 

「ちょっと足柄さん、提督さんに悪いって」

 

足柄と瑞鶴のからかいに提督は力無く答える。

勿論、足柄も提督と青葉が本気で付き合ってる等と考えてはおらず、あくまで新聞を読んで冷やかしているだけだった。瑞鶴もそんな足柄を嗜めはするものの、顔は半分にやけている。

いつもなら提督もそれに反論する所だが、今日に限ってそうはしなかった。

そんな提督を少し変程度に思いつつ、二人は任務へと向かった。

 

提督は壁に貼ってある新聞に目をやった。そこには以前の新聞がまだ張り出されていた。

 

昨日までは嘘だった新聞が。

 

今はまだいい。だが日が経つにつれ、青葉のお腹が大きくなっている事に皆も気付くだろう。

その時、皆にどんな顔をすればいいのか。それを考えると、自然と彼の顔から笑顔は消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

くふっ!

うぇひひひひっ…!!

 

とうとうこの日が来ちゃいました。青葉感激ですぅ!

 

この鎮守府には司令官を狙う人が一杯いる事は知ってました。でも司令官は青葉にはあまり興味が無いみたいです。青葉は司令官の事、こんなに興味津々なのに…。

だから青葉はカメラをねだって、記念にと司令官の写真を撮らせて貰いました。

この写真は青葉の大切な大切な宝物っ!

毎日あの人の写真を拝む。それだけで青葉、とっても幸せでした。

でもそんな青葉を憐れんでくれたのか、神様は青葉にチャンスをくれました。

司令官、青葉を秘書艦に任命してくれました!

本当は司令官も青葉の事が気になってたんですねぇ!

そうでしょうそうでしょう!

分かりますよ司令官。青葉、こんなに魅力的ですもんねぇ!男の人だったら好きになって当然ですよねぇ!フヒヒッ!

 

青葉、できればすぐにでも一つになりたかったですが、この鎮守府には他にも司令官に思いを寄せる連中がいますからねぇ。全く厄介です。あの人は私を選んだんだから、さっさと身を引けばいいものを。見苦しいったらありゃしない!

 

青葉、一生懸命考えました。

どうやったら皆に邪魔されず司令官と一緒になれるか。

そして気付いたんです。青葉には情報があると!

この新聞は半分趣味でやっている様な物ですが、日頃から娯楽の少ない鎮守府では、私の思った以上に受けが良いようです。

青葉、試しにちょっと嘘を載せてみました。

当然皆さん怒るだろうなぁと思ってたら、案外平気みたいです。

えっ?皆さん、こんな嘘許して下さるんですか?

…そうなんだぁ♪

 

青葉、少しずつ記事を過激にしていきました。司令官には何度か大目玉を食らいましたが、記事にされた皆さんは口とは裏腹に楽しんでるみたいです。御免なさいね司令官さん。ホントは私もこんな記事書きたくないんですが、全ては二人の未来の為なんです。分かってくれますよねぇ?

青葉、記事を徐々に司令官と青葉の記事にすりかえていきました。

案の定、皆さん青葉の記事を疑ったりはしません。

そりゃそうでしょうねぇ。青葉の新聞なんてほとんど嘘。そう思ってもらう為に随分と時間掛けましたからねぇ!

青葉が司令官の子供を妊娠してる、なんて書いても誰も疑いやしない。

皆さん呑気な物でした。アハハッ!

…だから青葉、司令官から話があると言われた時…

 

この記事をホントの事にしちゃいました!

 

皆さん、本当に呑気ですねぇ。

いくら秘書艦だからって、夜の司令室に青葉と司令官の二人っきりですよぉ?こんな状況なのに誰も不審に思いもしない。間違いがあったらどうするんですかぁ?

…最も、これから間違いを起こすんですけどね!クヒヒッ♪

ホントは司令官の方から愛の告白をして欲しかったですが、青葉の方から思いきって告白しちゃいました。

司令官も最初は嫌がってましたが、体は正直です。青葉が迫ったらちゃんと反応してくれました!

当然ですよねぇ!二人は相思相愛なんですから!

ヒヒヒッ!

最も、青葉こんな事初めてなんで上手くできたか不安ですが、司令官さんはちゃんと青葉の中に愛を注いでくれましたっ!

そ、そりゃちょっとは痛かったですが…。あんな痛みなら何度でも味わいたいです!青葉、ちょっと変なのかなぁ?…エヘヘ。

その後も何度か司令官に愛してもらいました。司令官は口ではこんな事間違ってる、なんて言ってましたが体は正直ですねぇ!

まぁ無理も無いですけどね!司令官も私の事を愛してるんですから!

 

一応、司令官にはこの事は内緒にしておいて貰いました。

何故って?答えは簡単。

皆さんの驚く顔が見たいからです。

どうせ青葉の新聞の事だから、嘘に決まってるでしょ?

そう思ってる皆さんが、実は全部本当だったと知ったらどんな顔するんでしょうねぇ?

考えただけで楽しみです。ティヒヒッ!

 

その時はどうしましょう?

皆さん、司令官はあなた達じゃなくて、青葉にお熱だったみたいですよ?ってからかってやりましょうか♪

それとも、司令官に無理矢理手込めにされたって、悲劇のヒロインぶるのも悪くないですね♪

どっちにしよっ?今から楽しみっ。アハハッ♪

 

次の新聞を貼るのはもう少し先です。

青葉と司令官の愛の結晶が誕生したら、号外でも出して教えてあげますか!

それまでは、その記事で楽しんでて下さいねぇ。

次の新聞が出たらもう笑えなくなるんですからねぇ!

 

ウェヒッ!

ウヒヒッ!ウヒャヒャヒャッ♪

アーッハッハッハッハッハァッ!!!!!

 

 

 

 

そのお腹に宿る子が産まれた時、誰も青葉の記事を疑う者はいなくなるだろう。

その時の事を考えると、青葉は口元が歪むのを堪えきれなかった。

ふと、青葉は自分の机に飾ってある写真を見上げた。そこには彼女の最愛の男性が、優しく彼女を見つめていた。

 

もう二度と彼女には見せる事のないであろう、微笑みを携えて…。

 




かなり青葉のキャラ崩壊が酷いですが、普段明るいキャラ程、実は一番歪んでたりするのが大好きです。青葉好きな方、ご免なさい。
記事のタイトル考えるのは楽しかったです(笑)

早い物で8月から書き始めて、気が付けば10数本書きました。創作活動も初めてなんで、文章は毎回四苦八苦してますが心地好い産みの苦しみを味わってます。
ネタはまだストックあるので、これからも提督とヒロインのハートフル(ボッコ)ストーリー書いていきたいです。
わたモテの百合展開が気になってしょうがない首領パッチでした。うっちーなんで別クラスになったんや…。

今年もよろしくお願いします。






おまけ 艦娘型録

青葉 パパラッチ。提督の(盗撮)写真を密売して荒稼ぎしている。提督の入浴写真(無修正)は発売10秒で完売した。今日も次の文春砲の相手を探し、鎮守府を徘徊している。愛機はソニーのサイバーショット。

衣笠 ガサと言われると口では嫌がる物の満更ではない様子。ただし、いがさと呼ぶと返事しない。野球よりサッカーが好き。

提督 顔は至って普通だが、筋トレが趣味でいわゆる細マッチョ。一時期、自室にマッチョマンのポスターを貼っていた為、艦娘から在らぬ疑いを懸けられた。ノンケ。

瑞鶴 表向きは提督に興味無いフリをしているが、青葉の写真を「翔鶴姉に頼まれた」と言う名目で毎回買いに来るリピーター。ちなみに翔鶴には一枚も渡っていない。

足柄 着任直後の提督に「年収と家族と同居しているのか」聞いてドン引きされた。女子力は高い。

霧島 瑞鶴同様「金剛お姉さまに頼まれた」と言って、青葉の写真を買いに来るお得意様。入浴写真(無修正)を買った時は何故かトイレに直行して、暫く出て来なかった。


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錨は巻き上げられ 炎の時代が始まる

「オレ達の戦いは、始まったばかりだッ!」

今回はこんな話です。
応援ありがとう ございました。
先生の次回作に ご期待下さい!!
(※続きます!)



〈そいつ〉が、いつからそこに居たのかは誰も知らない。

気の遠くなる様な昔、戦いに破れた〈そいつ〉は再び力を取り戻すその日まで、長い眠りに就く事にした。

たが、いつからか〈そいつ〉の周囲の世界は騒がしくなり〈そいつ〉の下まで〈音〉が届く様になった。

〈そいつ〉はもう一つの〈音〉を造った。

 

目障りな〈音〉を消す為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督、ただいま帰投しました!」

 

「ああ、お帰り。無事で何よりだ」

 

「最近は張り合いのない戦いばかりだぜ」

 

「…天龍さん、一番最初に大破したのです」

 

「あっ、テメェ電っ!」

 

顔を真っ赤にして怒る天龍から逃げる電。提督はそんな光景を微笑ましく見守っていた。

 

「提督、大和帰投しました」

 

「同じく武蔵、帰投したぞ」

 

「ああ、お疲れ。無事で何よりだ」

 

大和型一番艦、大和。

白と赤を基調にした服に腰まで届く黒髪。小さな日傘の様な艤装。奥ゆかしさを醸し出す様な所作。もし後ろの艤装が無ければ理想的な大和撫子と言った所だろうか。

 

「まぁこの私が率いる艦隊が負ける筈がないからな」

 

「…ちょっと武蔵。旗艦は私ですからね」

 

「あぁ、分かっているよ姉上殿」

 

「分かってないでしょ?絶対分かってないでしょ!?」

 

武蔵。

褐色の肌に寝癖の様な白い髪が特徴の大和型二番艦。やや露出過多なので、提督としても目のやり場に困ってしまうのが玉に瑕だった。少しぶっきらぼうだが竹を割った様なその性格は他の艦娘達からも人気がある様だ。

 

「提督。報告、宜しいですか?」

 

「ああ。聞こうか」

 

大和は戦果を語りだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

彼がこの鎮守府の提督になって早数年。

彼は艦娘をとても大事にしていた。世の中にはブラック鎮守府と呼ばれ艦娘達を道具の様に扱う所もあると言う。だがここの艦娘達がその事を聞いても口を揃えてこう言うだろう。

 

『そんな所が本当にあるのか?』と。

 

彼が提督を目指したのも偏に国を守りたい一心だった。そんな彼が提督になった時、自分達人間を守ってくれる守護神の様な彼女達を何よりも大切に思うのは極めて自然だった。

ある時は親の様に彼女達を暖かく見守り、またある時は恋人の様に彼女達を励ました。

そんな彼の、自分達に対する深い愛情に答えようと艦娘達も健気に彼を支えた。

提督と艦娘の理想の関係があるとすれば、この鎮守府よりも素晴らしい所は無いだろう。

そんな彼の、彼女達の奮闘が実を結んだのか、今、戦いは大きな転機に差し掛かっていた。

 

深海中枢海域、進撃!!

 

人間と深海棲艦の戦い…。この鎮守府の提督がまだあどけなさを残す少年だった頃から始まったこの戦いも、今まさに最終局面を迎えていた。

この深海中枢での戦いが終われば、この戦いにも終止符が打たれる。

彼に…提督に英雄願望は無かったが、自分達の手で歴史の一ページを刻む事に高揚するなと言う方が無理かもしれない。

彼は日毎に高まる達成感に包まれていた。

 

だが、それとは別に彼にはある気掛かりがあった。

 

自分達の手で戦いを終わらせる。この気持ちは提督も艦娘達も共有している筈だった。彼女達もその為に邁進してきた。

だが、戦いが終盤に近づくに連れ、艦娘達がどこか寂しげな表情を見せる事が多くなった。

大和、武蔵然り、その他の鎮守府の艦娘然り…。

 

提督もそれには気付いてはいたが、仕事に忙殺される日々が、いつしかその疑念を心の奥へと追いやっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「武蔵さ~んっ!おっ帰んなさ~いっ!!」

 

「ああ、ただいま清霜」

 

腰まで届く灰色の髪を振り乱した少女が、入渠に向かおうとした武蔵に近寄って来た。

夕雲型19番艦の駆逐艦、清霜。

彼女は艦だった頃の記憶がそうさせるのか、武蔵をまるで実の姉の様に慕っていた。

武蔵もそんな彼女を年の離れた妹の様に可愛がり、普段は見せない柔軟な一面を見せていた。

 

「大丈夫?怪我はない?」

 

「フッ、この私を誰だと思っている?戦艦武蔵だぞ」

 

「すっご~い!戦艦は怪我なんかしないんだね!」

 

いや、そういう訳ではないんだが…と思わず言いかけた武蔵だが、清霜の澄んだ瞳を見ているとそうも言えず、彼女の頭を撫でながら苦笑した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼します」

 

夕方の執務室。

デスクワークも片付きあくびをしていた提督は、大和の姿に姿勢を正す。

 

「クスッ、そんなかしこまらなくてもいいんですよ。もう今日の仕事は終わりですか?」

 

「あ、あぁ。一段落したから夕食でもと思ってね。そういう大和はどうしたんだ。何か報告でも?」

 

「もうっ、報告が無いとここに来ちゃいけないんですか?」

 

大和が唇を噛んで拗ねた様な表情を見せる。

 

「い、いや、こんな時間に来るのは珍しいと思ってね」

 

「一緒に夕飯でもと思いまして。最近は他の娘とばかり食べてますから、たまには私と…お嫌ですか?」

 

「嫌なんかじゃないさ…そう言われてみればそうだな。じゃあ、一緒に間宮にでも行くか」

 

「ハイ!喜んで♪」

 

 

 

 

 

 

 

「あら、珍しい組み合わせですね」

 

「おっ、提督じゃん。大和さんとデート?」

 

「アンタが間宮に来るなんて珍しいじゃん。一緒に食べてあげてもいいわよ?」

 

提督と大和が食堂に付くと、その組み合わせが余程珍しかったのか側にいた艦娘達が群がってきた。結局、側にいた4~5人と一緒に食事を取る事になった。

 

〈もうっ、久しぶりに二人で食べれると思ったのに。他の娘とばかりお喋りしてっ…!〉

 

「…大和、何か怒ってないか?」

 

「…別に怒ってなんかいません!」

 

「そ、そうか」

 

女心…もとい艦娘心はよく解らんと思いつつ、提督は箸を口に運んだ。

 

 

 

 

 

…私、大和がこの鎮守府に来たのは戦局も中盤に差し掛かる頃でした。

戦艦だった私はその役目を終え、海の底で眠りに就いていました。本来ならそのまま永遠のまどろみの中にいる筈でした。でも私は海の底から沸き上がる様な強い力に導かれ、気が付くと今の姿となって第二の生を得ました。

矢矧や雪風といったかつての仲間達も私を暖かく迎え入れてくれました。

何より、そんな自分に寄り添い暖かく導いてくれた提督。

私達、艦娘にまるで自分の娘や恋人の様な惜しみ無い愛情を注いでくれる…。たまに、その愛情を独占したくもなるけれど。

後から生まれてきた武蔵も、きっと私と同じなんだろうか。

私がこの姿になったのは、きっとこの人と歩んで行く為なんだ。きっとそうに違いない。

 

でも、何か大事な事を忘れている気がする。

とても大切な、私が生まれてきた本当の…

 

「…大和?どうしたんだ、自分から誘っておいて。食欲無いのか?」

 

「あっ!い、いえっ!提督とここに来るのも久しぶりだな~って、懐かしく思って」

 

「確かに、最近はあまり一緒に食事取る機会は無かったな。これからはできるだけ皆と取る様にするよ」

 

「…皆、ですか?」

 

「…大和と。これでよろしいですか、旗艦殿?」

 

「クスッ…とってもよろしいです♪」

 

「あ~っ!大和さんズルいですっ!」

 

「アンタ、何鼻の下伸ばしてんよっ!」

 

「あ、あの提督。明日は私と…その…///」

 

周囲の艦娘達の嫉妬に、大和はほんの少しだけ優越感に浸るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時刻は既に九時を回り、ほとんどの艦娘達も就寝に入っていた。武蔵は執務室から灯りが漏れているのに気付き、ドアを開けた。

 

「失礼するぞ…っと、どうしたのだ提督、こんな夜更け迄起きて」

 

「あぁ武蔵。明日からの作戦の準備だよ。今迄以上の大規模なものになるからな」

 

武蔵は机に置いてある資料を何枚か手に取り目を通した。

 

「あまり根を詰めるなよ。もし作戦が失敗したからと言って、それは私達の力が足りなかっただけだ。誰もオマエを責めたりはせん」

 

「ありがとう。だが、そうも言ってられない。その玉の様な肌に傷が付くのも嫌だろ?」

 

「フフッ、嬉しい事を言ってくれるじゃないか。…どれ、そんな提督殿をこの玉の肌で慰めてやろうか♪」

 

武蔵はからかう様な笑みを浮かべると、提督の顔を自分の大きな胸の谷間に埋めた。

 

「お、おいっ///こらっ!…く、苦しっ」

 

「フフッ、冗談だ」

 

「(あ、もう?)ま、全く、他の奴が見たら誤解するだろ」

 

「…私は別にそれでも構わん」

 

「…え?」

 

さっきまでの勝ち誇った様な笑みから一転、武蔵は急に俯き頬を赤く染めた。

 

「…ありがとう。武蔵みたいな美人にそう言ってもらえて俺も男冥利に尽きるよ」

 

「…ホントか?」

 

「あぁ。でもその前に今回の作戦が終わらないとな。それはそうと、こんな時間にどうしたんだ。何か用があったんじゃ?」

 

「いや、提督に用と言う訳ではないが、清霜の奴を探してな。部屋には居なかったので、てっきりここかと思ったんだが…」

 

「いや、今日は見かけてないが。もう部屋に戻ってるんじゃないのか」

 

「かもしれん。邪魔したな」

 

踵を返し、部屋を出て行こうとした武蔵は、何か思い出した様に立ち止まった。

 

「…?どうした」

 

「提督よ、私はこの先何があっても、オマエの側にいる。何があってもだ。この気持ちは姉上にも負けん。艦娘としても…女としても。それだけは忘れないでくれ」

 

「あ、あぁ。そうか、ありがとう」

 

武蔵はドアを閉めた。

 

 

 

 

 

…この私、武蔵がこの鎮守府に来てからもう半年も経つのか…。

最初にあの提督を見た時は、正直、軍人にしては冴えない男だと思った。だが既に着任していた姉の大和が彼を信頼している事は直ぐに解った。

ある時、鎮守府近海に私に出撃命令が下る程の大規模な深海棲艦達が現れた。私達は提督の指示の下、出撃に向かったが、これは罠だった。私達主力艦隊を引き剥がした敵は、裸同然の鎮守府に奇襲を仕掛けた。

私は慌てて引き返した。幸いにも鎮守府は軽少の被害で済んだ。そんな中、提督はこちらの気持ちも知らず、まるで何事も無かった様に私を出迎えた。

私は呆れて怒ったものだ。

 

『何を呑気に笑っている!危うく死ぬ所だったんだぞ。何故さっさと避難しなかった!』

 

すると奴は言い放った。

 

『オマエ達が戦っているのに俺一人が逃げる訳にはいかない。もし、オマエ達が死ぬなら俺も一緒に付いてってやるさ。…それに、俺は死なない事は分かってた』

 

『…何故だ?』

 

『武蔵、オマエがいるだろ。オマエならきっと来てくれるって信じていた。逃げる必要があるか?』

 

『…』

 

そこまで…まだ会って間もない私を、そこまで信頼してくれるのか…。

 

その時私は決めた。

この男に付いていこうと。

この先何があっても、私が守護してやろうと…。

例え、私の生まれた目的に叛く事になろうとも…!!

 

「あっ、武蔵さん。私を探してるって夕雲お姉ちゃんが言ってたけど、どうしたの?」

 

「あぁ、探したぞ清霜。オマエに頼みたい事があるんだ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深夜、日付も変わる頃、書類整理も一段落した提督は外の空気でも吸おうと窓を開けた。目と鼻の先には広大な海が広がっている。

この海に彼女達を送り出すのもこれで最後…。そんな彼女達の未来に想いを馳せつつ、窓を閉めようとすると庭先で動く黒い影に気付いた。どうやら誰かが話をしているらしい。こんな時間に何をしてるんだと呆れるものの、提督は彼女達の会話に耳を澄ませた。

 

明日だね

 

てるかな

 

どうやら明日からの作戦について話している様だった。彼女達も不安なのだろう。

盗み聞きも野暮だと思った提督は、静かに窓を閉めようとした。

 

たら私達

 

うんさんはそのだよ

 

〈うん?〉

 

ふと、提督は彼女達に気付かれない様に耳を傾けた。

 

でもはあんまり

 

それはもだよだからさんもそうって

 

そうだよねだったら

 

〈よく聞き取れないが、何を話しているんだ?〉

 

そんな提督の疑問を余所に、黒い影は話しながら宿舎へと消えて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、鎮守府は朝から慌ただしく動いていた。

提督に呼ばれた艦娘達が、今回の深海中枢への侵攻作戦の説明を受けていた。

 

「…以上が、作戦の全容だ。今回はかなり厳しい戦いになるだろう。各自の奮闘に期待する」

 

「「「ハイ!!」」」

 

…この日が提督…歴史の大きな転機になる事を今の彼はまだ知る由も無かった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ソンナ…バカナ…シンジラレナイ…!」

 

深海中枢泊地での苛烈な激戦も終焉を迎えつつあった。

大和を旗艦にした主力艦隊が今、正に中枢棲姫にとどめを刺さんとしていた。

 

「大和さんっ!!」

 

「大和ォッ!!」

 

千切れた服が示す身も心も満身創痍の大和が、残る力の全てを込めた一撃を放つ。

 

「これで、終わりですッッ!!」

 

大和の三連装砲から放たれた全ての砲撃が、放物線を描く様に中枢棲姫へと吸い込まれてゆく。

一瞬の静寂、そして…!!

 

『『『ヴォアアアアッッッ!!!』』』

 

中枢棲姫の断末魔が海原に響き渡る。彼女を守る四足獣の様な艤装が爆砕し、周囲の艦娘達を巻き込む程の巨大な爆風が辺りを包んだ。

 

「キャアアッ!」

 

「うわあっ!」

 

「くっ、くう…ッ!!」

 

その場にいた艦娘達は皆、爆風に耐える。中には堪えきれずに吹き飛ばされる者もいた。

 

〈ハァ…ハァ…これで倒せなければ…〉

 

煙が少しずつ晴れていく。その煙が消えた時、そこには誰もいない…筈だった。

 

「そ、そんなっ…!」

 

「直撃だったぞっ!」

 

その白い身体のほとんどを、黒く染めた中枢棲姫がそこにいた。

 

「く、くそっ!これでも倒せないのかっ!」

 

「…!?待ってっ!」

 

大和は怯む味方を制した。そしてゆっくりと中枢棲姫へ近付いて行った。

 

「なっ、おいっ!」

 

「大和さんっ、何をっ!」

 

大和は中枢棲姫の前へ、お互いが一足飛びで掴みかかれる距離迄近寄ったが、彼女は大和を見つめたまま動かなかった。

 

「ウマレタ…リユウヲ…成シ遂ゲタノダナ…」

 

「…」

 

「ダが…私が消えレバ…おまエたチも…」

 

中枢棲姫は虚空に手を伸ばした。…だが、その手は何も掴む事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…戦いは終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大和お姉ちゃ~ん!」

 

緊張感から解き放たれた大和の下に、一人の駆逐艦が駆け寄って来た。

 

「清霜ちゃん…」

 

清霜は大和に駆け寄る勢いで、そのまま大和へ抱き付いた。

 

「あっ、ちょっと清霜ちゃんっ!」

 

「大丈夫?痛くない?」

 

自分の胸に顔を埋める清霜の泣きそうな顔を見た大和は、彼女の頭を優しく撫でた。

 

「平気です。私は武蔵の姉ですよ、この位何でもありません」

 

「凄いなぁ!やっぱり戦艦は怪我なんかしないんだね!武蔵さんの言う通りだ!」

 

さっきまでの泣き顔はどこへやら、清霜は目を輝かせて大和を見つめる。

 

「それに大砲もこんなにおっきいし…」

 

「あっ、こら、清霜ちゃん。あんまり触っちゃダメですよ!」

 

清霜は大和の艤装にぶら下がる様にくっ付く。

彼女が武蔵や自分達戦艦に強い憧れを持っているのは大和も知っている。戦いも終わった事だ、少し位ならいいかと大和は清霜の好きにさせた。

 

そう考えた大和の顔が暗く沈んだ。

深海棲艦との戦いは終わった。

だが、自分達にはやらなければならない事がある…。

 

「あ、武蔵さん達も来たよ。お~い!」

 

でも、その前に…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「艦隊、帰投したぞ」

 

武蔵を筆頭に、主だった艦娘達が執務室へ勝利の報告に訪れた。

執務室のドアを開けた武蔵が見たのは受話器越しに叫んでいる提督の姿だった。

 

「…いい加減にして下さい!冗談にしても悪質過ぎ…あぁ武蔵!失礼します。冗談はエイプリルフールだけにして下さい!」

 

提督は叩き付ける様に受話器を置いた。

 

「どうしたのだ提督。何やら揉めている様だったが…」

 

「あぁ、大本営や他の鎮守府から電話がひっきりなしでね。それも皆つまらない冗談ばかりで」

 

「冗談?」

 

「あぁ。何でも自分達の鎮守府の艦娘が一人残らず居なくなったそうだ。朝から何度もこんな電話ばかりだ。そんな事がある訳ない。全く馬鹿馬鹿しい」

 

提督の話を聞いた艦娘達の表情が一瞬強ばった。さっきまでの勝利の満足感に満ちた表情から一転、皆、提督へ鋭く視線を送った。

 

「お、おまえ達、どうした…武蔵、勝利の報告に来たんだろ」

 

〈うん?大和がいないが…〉

 

「無論それもある。それともう一つ、大事な話があるんだ。

 

「今、他の鎮守府の艦娘が消えたと言う話をしていたな」

 

「うん?あぁ、俺を担ごうとしてるんだろ。全く冗談にしても笑え「提督よ…

 

「残念だが、その話は本当だ」

 

「…え?」

 

ふと、気が付くと艦娘達はいつの間にか提督を取り囲んでいた。赤城、矢矧、天龍、清霜とこの鎮守府の主だった面子が皆提督ににじり寄る様に詰め寄った。

 

「な、何だ…どうしたんだ、おまえ達」

 

武蔵が一歩、前へ進み出た。

 

「提督よ、深海棲艦は何処から来たのか、何が目的なのかを考えた事はあるか?」

 

「ど、どうしたんだ武蔵。そんな事より早く報告を…」

 

ふと提督が周りを見渡すと部屋は静まり返っていた。武蔵だけではない、自分を取り囲む全ての艦娘から熱い視線を感じる。これは殺気ではない。むしろその逆の…。

 

「深海棲艦は、海に眠る力がある目的の為に生み出した者だ」

 

「海に眠る…力?」

 

「それが何なのかは私も分からない。だがそれは、人間を邪魔に思ったらしい。その力は海に漂う恨みや憎しみ、そう言った負の感情に形を与えた。それが、深海棲艦だ。

 

「深海棲艦は、理解しているのかは分からないが、その意思に従って人間を滅ぼそうとしている」

 

武蔵は驚く提督の横を通り過ぎ、窓を背に壁へ寄り掛かった。

 

「…本来なら、深海棲艦によって人間達はとっくに滅ぼされている筈だった。だが、奴らを生んだ〈力〉も予想していなかったある誤算が生まれてしまった」

 

「…誤算?」

 

「そう、それが我々〈艦娘〉だ」

 

「…」

 

赤城が一歩、前に出た。

 

「深海棲艦は海に漂う負の感情が人の姿になった者。ですが、それは我々も同じなんです。我々艦娘は、かつての戦いで沈んだ戦艦の生まれ変わりだと言うのは知っていますよね?

 

「我々艦娘は、もう一度戦いたい、今度こそ守ってみせるという感情が人の姿になったのです。

 

「いわば我々艦娘と深海棲艦はカードの表と裏の様な物。裏が消えれば当然、表も…」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ赤城。話が急過ぎて着いていけない。それにその話が本当なら…つまり深海棲艦が消えれば、おまえ達も消える…そうなるが」

 

「えぇ、その通りです」

 

「も、もし、おまえの言う事が本当なら、他の鎮守府の艦娘が消えたと言うのは説明できる。

 

「だとしたら、お前達も消える筈じゃ…。だが、おまえ達は現にこうしてここに…」

 

「…我々を生み出した意思に誤算があった。武蔵がそう言っただろ?」

 

天龍が得意気に呟いた。

 

「ど、どういう事だ?」

 

「…分からないか?提督」

 

武蔵は提督へ近付くと、優しく彼を抱き締めた。

 

「あなたを愛してしまった、と言う事だよ」

 

「…!」

 

提督は、自分に抱き付く武蔵の呼吸が少し荒くなっているのに気付いた。それに心なしか震えている様にも見える。

ふと武蔵の肩越しに他の艦娘達を見ると、皆、顔が赤く上気しているのが分かった。まるで飢えた狼の群れに肉を差し出した様に、鼻息を荒くして二人を見つめている。

武蔵は名残惜しそうに提督から離れた。

その武蔵と入れ替わる様に、矢矧が提督の前へと進み出た。

 

「今言った通り、深海棲艦は人を滅ぼす為に生み出され、私達艦娘は人を守る為に生まれたの。

 

「でも、この何年もの戦いの中で、我々も考えが変わってしまった…。と言うよりは、元に戻りつつあるわ」

 

「元に…戻る?」

 

「分かりやすく言うとね~人間は眠りを妨げる悪い子って武蔵さんが言ってた」

 

「…!!」

 

清霜の言葉に頷く様に、周りの艦娘達の目付きが殺気を帯びたものへと変化していた。

 

「ですが、さっきも言った様に本来なら我々も他の鎮守府の艦娘と同じく消えて無くなる筈でした。…だが、そうはなりませんでした。それは何故か…

 

「そう、提督…あなたのお陰です!」

 

赤城は両目を見開き、恍惚とした表情で提督を見つめた。矢矧が続ける。

 

「本来なら私達は消える筈だった。だが私達はある時期から自分達は消えないだろうと確信したの。その理由は提督、あなたが私達を深く愛してくれたからよ!!」

 

「あ…愛?」

 

「世の中にはブラック鎮守府と呼ばれ、我々艦娘を道具の様に扱う所もあると言うわ。

 

「だがあなたは私達をまるで親兄弟の様に、恋人の様に深い愛情を注いでくれた。その愛情を感じる程、我々もあなたに…それこそあなたの為なら喜んで死ねる程の強い愛情を抱く様になったのよ。

 

「その愛情を感じた時、我々は自分達を生んだ意思から解き放たれた気がしたわ。そして皆で話し合い、ある決意をしたの」

 

「け、決意…?」

 

「そう、それは…」

 

赤城、矢矧、天龍、清霜、その場に居る全ての艦娘が武蔵に視線を送る。

その武蔵が、大きな胸を揺らしながら提督の前へ歩み寄る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

提督(キサマ)以外の全ての人間を滅ぼそうと!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なん…だって…」

 

提督が呆気に取られていると、夕雲が執務室へと駆け込んで来た。

 

「あら皆さんお揃いで。武蔵さん、霞さんから連絡がありました。いつでも出撃できるそうですわ!」

 

「そうか、ご苦労。では手筈通り、先ずは大本営だ」

 

「…?お、おまえ達、一体何を始めるつもりだ?」

 

「提督、これから私達は武蔵さんと共に大本営へ攻め入ります」

 

「なっ!」

 

赤城の言葉に提督は声を張り上げた。

 

「実は、全ての艦娘が消えた訳じゃないのよ。私達と同じ様に提督と相思相愛になった艦娘達は消えずに残っているわ。その艦娘達とも連絡を取り合って、先ずは一番目障りな大本営を潰そうって決めたのよ」

 

矢矧が悪びれるでもなく、まるで当然の事だと言わんばかりに説明する。

 

「さっき武蔵さんも仰いましたが、元々私達艦娘も深海棲艦と同じ様に生まれました。…やはり我々も深海棲艦も本質は同じなのでしょうか、彼女達が人を憎む気持ちがだんだん理解できる様になった、と言いましょうか…」

 

「深海棲艦がいなくなれぱ、人間は再び増え始める。そうなれば深海に眠る『意思』が自分の眠りを妨げる人間を滅ぼす為に深海棲艦を産み出し、それに呼応する様に私達もまた現れる…」

 

「そこで我々は理解したのだ!この終わりの無い連鎖を絶ち切る為には、人間を滅ぼせばよいのだと!」

 

「お、おまえ達…」

 

提督は心の何処かで、まだ自分は担がれているのだと思っていた。その内武蔵が、今のは冗談だと言い出すのではないかと。そんな提督の希望を掻き消す様に、彼女達は嬉々として語り続ける。

 

「人間を滅ぼす?そ、その手始めに俺を血祭りに上げる、って事か?」

 

提督は震えを堪えながら、精一杯の虚勢を張った。

 

「とんでもありません!提督に手を掛けるだなんて、そんな事!!」

 

「私達はあなたに忠誠を誓ったのよ。例えこの身が海に沈もうとも、あなたの為に戦うと…!」

 

「…そういう事だ。我々は邪魔な人間を滅ぼすとは決めたが、それも全ては提督、おまえの為だ。

 

「我々はおまえの命令なら、例え火の中水の中…。も、もしおまえが望むなら、この身体、す、好きにしても良い。こ、これでも胸には自信があるんだ…///」

 

武蔵が二の腕で胸を押し出し、これでもかとその豊満な胸を強調する。

 

「あ~っ、武蔵さんズルい~っ!」

 

「て、提督っ!どう?この阿賀野型のスタイルの良さ。い、いつ仕掛けてきてもイイのよ?」

 

矢矧が短いセーラー服から除かせる腰に手を当て、精一杯の悩殺ポーズを取る。

 

「て、提督。わ、私、最近胸当てがきつくなってきまして…。し、暫く外していてもいいでしょうか?」

 

赤城が慌てて胸当てを外す。白い着物から胸の谷間が露になるが、赤城はそれを隠そうともせず提督に見せつける。

 

数瞬の間、茫然自失としていた提督は、ハッと我に返った。

 

「お、おまえ達、人間を滅ぼすって…。そ、そんな事が本当にできると思うのか!?」

 

さっきまで下を俯いていた武蔵が、背を正した。

 

「その点は心配御無用だ。深海棲艦の攻撃に比べれば人間の兵器など豆鉄砲みたいな物だ」

 

「武蔵さんの言う通りよ。幸い他の鎮守府にいる阿賀野姉も能代も消えずに済んだみたいだし、これに酒匂が加われば怖い物なんてないわ!」

 

「その通りです。提督、加賀さんも消えなかった様で、今は私達より先に大本営へ向かったそうです」

 

提督が彼女達にたじろいでいると、その緊張を破る様に電話がけたたましく鳴った。提督は恐る恐る受話器を取った。

そこから聞こえてきたのは…

 

『き、君はこの鎮守府の提督か?急いでそこから逃げるんだ!か、艦娘達が反乱を起こし…や、止めろっ!ぎゃああっ!!』

 

「!!もしもし、どうしたんです?もしもしっ!」

 

提督が何度問い掛けても答えは返ってこなかった。その代わりに聞こえてくるのは銃声と逃げ惑う人の声…。

 

「これで分かったろう提督。我々がその気になれば、人を滅ぼすなど造作も無い。何、一年もあればこの地上にあなた以外の人間は居なくなる」

 

「そして、あなたはこの世界の王になるの。この私、矢矧と共にね!」

 

「…矢矧さん、それは聞き捨てなりませんね。提督には軽巡の矢矧さんより、一航戦の旗艦も勤めた私の方が相応しいかと…」

 

「あらあら、赤城さんはもっと控えめな人だと思ってたのに、随分言うじゃない」

 

「矢矧さんこそ、身体で誘惑だなんて…艦娘の誇りは無いのでしょうか?」

 

「…」

 

「…」

 

「おまえ達、止めないか!まだ戦いは残っているんだ。仲間同士で歪みあってどうする!」

 

武蔵が二人に割って入った。

 

「…それに、提督は私の胸が大層お気に入りだ。この間も幸せそうに顔を埋めていたぞ…///」

 

「な、何ですってぇ!」

 

「て、提督っ!それは本当ですか!この赤城と言う者がありながらっ!」

 

「みんなズルい~~っ!私だって戦艦になれば、武蔵さんみたいにおムネおっきくなるんだから~!」

 

いつの間にか清霜も参戦していた。

 

「…大和は」

 

「うん?」

 

「大和はどうしたんだ?あいつは第一艦隊の旗艦だった筈だ。どうして大和がいないんだ?」

 

皆は急に静まり返った。やがて、武蔵が口を開いた。

 

「姉上は…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「姉上、随分と派手にやられた様だが…大丈夫か?」

 

後続に控えていた武蔵が大和の下へと辿り着いた。

 

「大丈夫だよ!大和さん、武蔵さんと同じ戦艦だもん!怪我なんてしてないんだって!」

 

清霜は武蔵に駆け寄ると、目を輝かせながら語った。

 

「フッ、そうだな。私の姉上だ、この程度ではな」

 

「えぇ、そうね武蔵。何しろ私にはまだやらなきゃいけない事があるんだから!」

 

言った瞬間、大和は三連装砲の全ての照準を武蔵に向けた。

 

「…何の真似だ、姉上」

 

「深海棲艦との戦いが終われば、例の計画に移る。そうでしょ?」

 

「あぁ。そもそもこの計画は姉上が言い出した筈。まさかこの後に及んで心変わりでも?」

 

「違うわ武蔵…少し無駄が多いと思ったのよ」

 

「…無駄?」

 

武蔵は清霜に下がっていろと、手で合図を送る。

 

「私が自分の使命に目覚めた時、最初に思ったのは大好きなあの人を一緒に滅ぼしたくないと言う事。幸い提督も私達の計画にはまだ気付いてはいなかった。全ては上手く行っていたのよ。

 

「…武蔵、あなたが来る迄はね」

 

「…」

 

「私はあの人と何年も一緒に頑張ってきたわ。そんな所にあなたがやって来た。提督は態度にこそ出さないけど武蔵、あなたに興味があるのは姉である私が一番分かるわ。

 

「こんな事が許せる?私の数年は一体何だったの?たった半年居たあなたに壊される程、脆い絆だったの?

 

「私一人だけが勘違いしていたの?…違うわ!絶対違うわ!!あの人は私に優しくしてくれたわ!まるで恋人の様に…。あれが嘘だったなんて、そんな事絶対にあり得ない!!

 

「…提督も男の方ですからね。あなたの身体に興味があるだけよ。一番は私!例えあなたでも譲る気は無いわっ!!」

 

「つまる所姉上、嫉妬しているわけかな?」

 

大和の顔が目に見えて怒気を帯び、思わず清霜が武蔵の腕へすがり付く。

 

「嫉妬…そうかもしれないわね。何しろこんな感情、生まれてこの方味わった事が無かったんですもの…そうね、これが嫉妬と言うのかしら」

 

「で、姉上は嫉妬の原因である私を沈めようと…?」

 

「武蔵…できれば私もこんな事はしたくなかったわ。でも、提督の側に二人も大和型はいらないでしょ?」

 

「止めてくれ姉上。私は姉上を撃つ事は出来ない」

 

「…驚いたわ。あなたの事だからてっきり力ずくでも提督を奪う、と言うと思ったのだけど」

 

「私達はこの世に二人しかいない大和型だ。まして姉上を撃つなんて出来ない」

 

「…ありがとう武蔵。私、あなたを姉妹に持てて本当に嬉しいわ。だから…

 

「沈んでちょうだい!!」

 

大和の主砲が武蔵めがけて火を噴き、大海原に無数の砲撃音が響き渡った。辺りを爆風が包む。

だが、その爆風が消えた場所に立っていたのは…

 

「…ッ!?なっ!!」

 

武蔵も清霜も微動だに動いていない。にも関わらず、弾き飛ばされたのは、攻撃を加えた筈の大和だった。

 

「い、一体何が…!?」

 

背中から強い衝撃を受けた大和は、てっきり誰かに砲撃を受けたのかと思い後ろを振り返った。だがそこには誰もいない。ただ青い水平線が広がるだけ。

ふと大和は自分の艤装を見つめると、砲身は全て爆発でねじ曲がり、艤装本体も、最早修復不能な迄に破壊されていた。

 

「ふ、不発弾?まさか、こんな時に…!」

 

「言っただろう姉上。私は撃つ気はないと…」

 

「…くっ!そ、そんな馬鹿なっ!」

 

大和は武蔵が来る前の出来事を思い出していた。自分の艤装は万全だった。それは中枢棲姫を倒した事からも間違いない。もし不調になったとすれば、その後…。

そう、最後に彼女の艤装に触ったのは…

 

「…清霜ちゃん!?」

 

武蔵の後ろに隠れていた清霜が、そ~っと顔を出し、大和の様子を伺う。

 

「姉上、どうやら私達は考えている事も同じだったらしい。きっと姉上は私を沈めようとするだろうと思ってね。清霜にじゃれ付く振りをして砲頭に細工してもらった。

 

「だが姉上、私は姉上を信じたかった。もし姉上が妙な気を起こさなければ、帰投した後こっそり修理するつもりだった。…本当に残念だ」

 

ふと気付くと、武蔵の後方に赤城や矢矧達が近付いて来た。

 

「武蔵さん、これは…」

 

「見ての通りだ。我が姉、大和は中枢棲姫を倒すも力尽きて轟沈。それだけだ…」

 

「…分かりました」

 

武蔵は背を向けた。皆、大和を見て何かを言いたげだったが、武蔵の迫力の前に何も言えず後に続いた。

 

「ま、待ちなさいっ!む…武蔵…!!」

 

大和は最後の力を振り絞り、残りの副砲を武蔵の背中目掛けて照準を合わせた。

だが、副砲は大きな音を立てて砕け散り、艤装本体は熱で膨れ上がった。

 

「アアッ!!」

 

やがて、撤退する武蔵達の後ろで爆発音が鳴り響いた。コツン、と武蔵の頭に小さな鉄の塊がぶつかった。武蔵が足下を覗くと、大和の持つ赤い傘だった鉄屑が漂っていた。

 

〈大和型は二人もいらない…か。確かに提督の側には私一人がいれば充分だ。安心して眠ってくれ…姉上〉

 

〈轟沈〉した旗艦大和の後を次いだ武蔵率いる艦隊は、撤退を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…大和さんは、中枢棲姫との戦いで轟沈なさいました」

 

「…!!」

 

赤城の報に提督は肩を落とした。

意気消沈する提督の前に武蔵が立ちはだかる。

 

「姉の事は私も残念だ…だが、何時までも悲しんでいては姉上も浮かばれん」

 

「そ、そうですよ提督。大和さんは残念でしたが、まだ私達がいます!」

 

「そうよ提督。あなたにはこの矢矧が着いているわ!あなたはただ命令してくれればいいのよ。どんな相手だろうと倒してみせるわ!」

 

「提督!」

 

「司令官!」

 

自分をまるで教祖の様に崇める艦娘達。彼女達の眼は、まるで大好きな飼い主を見つめる子犬の様にキラキラと輝いていた。

さっき迄は、こんな馬鹿げた反乱を何とか考え直させようと考えていた。だが、今はそんな考えは露程も無い。

その気になった彼女達がこれ程恐ろしいとは…。大本営でさえ、彼女達にすれば赤子の手を捻る様なものだろう。

もし、彼女達の主になる事を拒んだ時、彼女達から逃げる事が出来るのか?

その答えが出た時、彼の心には彼女達を止めるだの、この国の危機等と言った建前は吹っ飛んだ。

逆らえば殺される…!!

あるのはただ、恐怖だけだった。

 

「…分かった。おまえ達に任せる。ただ、俺の家族は助けてやってくれ。お願いだ」

 

「勿論ですっ!私の将来のお義父様、お義母様になる方ですもの。直ちに保護致しますっ!」

 

「えぇ提督っ!この矢矧が責任を持ってこちらにお迎えしますわ!」

 

「…」

 

「…」

 

「おまえ達…」

 

武蔵は頭を抱えてため息を付いた。

 

「ねぇ~武蔵さん。清霜、ちゃんと言われた通りにやったよ。これで戦艦になれる?」

 

「ん~、そ、そうだな…まだまだ練度を上げてだな…」

 

「分かった!清霜、頑張るよ!いつか武蔵さんみたいな戦艦になって、提督を〈のうさつ〉するんだから!」

 

「清霜…どこでそんな言葉を…」

 

「う~んとね、秋雲姉さんの本に載ってたよ。こうやって胸の間に提督の主砲を「清霜ォ!!」

 

武蔵が慌てて清霜の口を塞いだ。

 

「どうして怒ってるの?ねぇ、提督さんは人間だよね?提督さんも主砲持ってるの?」

 

「そ、それはだな、提督の股間が膨張して…って、そんな事は知らなくていい!秋雲め、何て物を描いてるんだ!後で没収せねば…」

 

「「…(ジーッ)」」

 

「…何だその目は…ち、違うぞ?そんな破廉恥な物は教育に良くないと言ってるのだ!どうやるんだとか、今度提督に試してみようとか、そんな事は一切考えてないぞ!!」

 

〈武蔵さんって、意外とウブなのかしら…〉

 

〈主砲って…ア、アレの事よね?ぴゃあ~っ!さ、酒匂っ、お姉ちゃんは恥ずかしさで大破しそうよ///〉

 

「武蔵さん、戦艦になるには主砲がなきゃいけないよね?私も提督さんみたいな大っきな主砲欲しい!」

 

「て、提督みたいなって…だから提督には主砲はだな…」

 

「ん~、でも秋雲姉さんの本だと、大和さんも一撃で沈める程大きいって…」

 

〈〈〈ゴクリ…〉〉〉

 

〈なん…だと…!て、提督は…そんなに…?〉

 

〈た、例え提督がどれ程でも迎え撃ってみせます!…一航戦の誇りに懸けて…///〉

 

〈だ、大丈夫よ、この矢矧は一撃じゃ沈まないわ!5、6発は撃たないと沈まないんだから///〉

 

「清霜も武蔵さんみたく大っきなお胸になるから、待っててね提督さん!」

 

「別に戦艦だから胸が大きい訳では…現に姉上は…いや、何でもない」

 

「武蔵さん、そろそろ止めた方がいいのでは…」

 

「何がだ、赤城?」

 

「清霜ちゃん、本気で戦艦になれると思ってますよ」

 

「そうよ武蔵さん。早めに白状しないと恨まれるわよ~♪」

 

「じゃあ、お前から言ってやってくれないか、矢矧」

 

「そ、それは…そんな残酷な事、言える訳が…」

 

「…」

 

「わ、私も無理ですよ武蔵さん。それに私は空母ですから…やはり武蔵さんの口からの方が…」

 

「とは言っても…清霜のあの純粋な目を見てると…言うに言えなくてな…」

 

〈武蔵さんって何気に子供好きなのよね…あんな格好してるのに…〉

 

〈そうですね、意外と面倒見いいですものね…あんな格好なのに…〉

 

「…聞こえてるぞ」

 

「!!ま、まぁこの件は全部終わってからで!ねぇ赤城さん?」

 

「そ、そうです、矢矧さんの言う通りです!今は計画を優先しないと!」

 

「…何はともあれ戦闘開始だ!大本営に攻め入るぞ!」

 

「「「ハイッ!!!」」」

 

武蔵の号令の元、その場にいた全ての艦娘が雄叫びを上げた。

 

 

 

 

―――この日、人間と艦娘の互いの存続を懸けた戦いが始まった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暗い…

体が…動かない

 

ここは…そうか、私は武蔵に…

 

ふふっ、それにしても、まさかこんな手段で来るなんて…

正直相討ちも覚悟していたのだけれど…

 

完敗だわ…流石私の妹…

今回はあなたに譲るわ…

 

でもね、武蔵…

私もまだ諦めた訳じゃないのよ?

 

この身体はもう使えない…

でも、またすぐに生まれかわってみせるわ!

次はこの手は使えないわよ…

 

待っていて下さいね、提督…

あなたが愛した大和は、必ずあなたの下へと戻ります

 

ねぇ、そうでしょ?

 

だから力を貸して…

お願い、私にもう一度、力を…!

 

”お父様…“

 

ふんぐるい むぐるうなふ

 

るるいえ うがふなぐる ふたぐん!!

 

沈み行く彼女は、頭の中で自らを産み出した主に祈りを捧げた。

 

深く…海の奥深くに落ちて行く彼女の先から気泡が浮かび上がった。

やがて幾つかの泡が、まるで意志を持つかの様に彼女にまとわりついた。

 

彼女は自分の身体が溶けて行くのが分かった。

だが、不思議と恐怖は無かった。

彼女の本能が伝えていた。

自分は帰って来たのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――大いなるクトゥルフの下に…。

 

 

 

 

 

 

 

 




話的には最終話の様な展開ですが、まだまだ続きますよ(亀仙人)
元ネタはスターウォーズのある命令です。この命令でジェダイの部下だったクローン兵がジェダイを裏切る、みたいな設定です。これ使えないかなと思ってアレンジしました。タイトルも元ネタから取って「Order 99」にしようと思いましたが、こっちの方が分かりやすいと思ってこうしました。

作中でも触れましたが、自分の中では艦娘は深海棲艦と対になってる様な感じで深海棲艦がいなくなれば艦娘達も役目を終えて消滅すると思ってます。
最後、実は大和も清霜に同じ事を依頼していて大和と武蔵の共倒れにしようって考えたんですが、それだと説明する人がいなくなっちゃうんで武蔵は生き残らせました。
分かる人は分かると思いますが、タイトルはF.S.Sからです。

次回は短い短編です。1000文字位の短いやつなんで、多分明日には載ってると思います。









おまけ 艦娘型録

大和 妹の武蔵がストリーキングなので自分もそうなのでは?と在らぬ疑いを懸けられている。本当は艤装の傘は無くてもいいのだが、提督に傘を持っている姿を褒められたのが余程嬉しかったのか、常に持ち歩いている健気な人。龍驤がパッドを着けた時、誰よりも早く見抜いた。

武蔵 姉の大和からしきりに服を着ろと言われるので、最近は競泳水着で出撃しようと考えている。そもそも服を着るという概念が無いらしい。中枢棲姫とは気が合いそう。何故か長門から目の敵にされている。最近、同名の人が地下闘技場のチャンプと戦っている。

提督 艦娘からの評価がグンバツな人。大和や武蔵との会話でも分かる通りリップサービスも忘れない。そんな所が人気の秘訣かもしれない。両親は他県に住んでおり、年一回帰郷する。最近実家の犬(柴犬)が子供を産んだ。

赤城 鎮守府の台所事情が傾く時、その裏に必ず彼女の影があると言う。食が絡まなければまともな人。何故か麻雀に誘われる事が多い。海に舞い降りた天才。

矢萩 大和、武蔵の戦艦コンビに押されて存在感は薄いが、二人を除けば自分が一番イケてると思っている。最近お腹に肉が付いてきたのを気にしている。尊敬する人はビリー隊長。

清霜 天使の笑顔でとんでもない事をいともたやすく行うえげつない小悪魔。秋雲の薄い本に描いてある事を周りに聞くものの誰も教えてくれない。

中枢棲姫 本当はそれなりに強い筈だが、話の展開上、HP一桁だった。裸族。以前たまたま西海岸のヌーディストビーチを見つけ、仲間がいると思い近づいたら思いっきり逃げられた事をいまだに引きずっている。下は処理してる模様。

天龍 今回はほぼチョイ役。書いてる途中で存在を忘れられたのは本人には内緒。ピンの話を書かれる事が内定している。もう暫くお待ち下さい。ただラブロマンスにはならない模様。キャラが被るので木曾とは組みたくないらしい。眼帯コレクション。

夕雲 耳年増。見た目の割りに変な知識がある。秋雲の本を清霜に見せている張本人。


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そいつの名はディアボロ

「こ、こいつがボスだったのね。か、感じる…深海棲艦の魔力を…」
「アイオワ…戦う前に一つ言っておく事があるわ。アナタは私を倒すのに三式弾が必要だと思っているようだけど…別になくても倒せるわ」
「な、なんですって!?」
「そしてオマエの提督は痩せてきたので最寄りの漁村へ解放しておいたわ。後は私を倒すだけね…ウフフッ」
「フ…上等ね…私もアナタに一つ言っておく事があるわ。この私に5番目と6番目の妹がいた気がしたけど、そんな事はなかったわ」
「そう」
「ウオオオいくわよオオオ!!」
「さあ来なさいアイオワ!!」


アイオワの勇気が世界を救うと信じて…!!




夕暮れの海岸に一人の女が座っていた。

彼女はお腹に大事そうに黒い塊を抱き抱えていた。

寄せては返す波の音を聞きながら、ふと彼女は目を閉じた。

 

〈綺麗だ…〉

 

「ええ…本当に…」

 

頭の中に響く何者かの囁きに、彼女は一人呟いた。

 

「眠ったのね…お休みなさい…」

 

彼女は腕の中の塊に愛おしそうに頬を擦り付けた。

誰一人動く者の居ない時の止まった世界で、浜辺に打ち付ける小さな漣の音だけが、静かに響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「グッモーニン、アドミラル!一緒に朝食にしましょ!」

 

執務室のドアを開けて、上機嫌の艦娘が提督の机へ寄り掛かる。

 

「おはようアイオワ。でも俺はいいよ」

 

「何で?朝はとっても大事よ?」

 

そう言って彼女、Iowa級1番艦こと戦艦アイオワは提督に顔を近付ける。と同時に豊満な二つの胸が弾む。

 

「(で、デカい///…流石、戦艦)そ、そういう意味じゃなくて…」

 

「もう私と済ませたからよ」

 

隣の部屋から出て来た一人の艦娘に、アイオワは振り返った。

 

「あら、来てたの?ウォースパイト」

 

「秘書艦だもの。当たり前じゃない」

 

頭に小さな王冠を被り、肩まで出した白いドレスに身を包んだ彼女、Queen Elizabeth級2番艦、戦艦ウォースパイトは机にティーカップを置いた。

 

「…それにあなたの事だもの、どうせ朝からハンバーガーでしょ」

 

「朝食は素早く済ませなきゃ!アナタもそう思うでしょ、アドミラル?」

 

「あ、あぁ」

 

「アドミラルは私達と違って人間なのよ?もっと栄養を考えるべきだわ」

 

「フィッシュ&チップスよりは栄養あるわよ?」

 

「ち、ちゃんとした料理を食べるべきだと言ってるのよ!」

 

「…アナタの国の料理、あんまり評判良くないわよね」

 

「ほ、他にもあるわよ!例えば…例…え…えっと…」

 

言葉に詰まったウォースパイトがチラッと視線を送る。

 

「と、とにかくっ!今日はもう済ませたからさ!アイオワ、また明日な」

 

「そうね、アドミラルに免じて今日は退くわ。ウォースパイト、アナタもいる?」

 

「私は別に…」

 

「そう?一緒に食べれば胸が大きくなるかもよ♪」

 

「なっ!ア、アイオワッ!」

 

「アハハッ、じゃあねっ!」

 

茶目っ気のある笑顔で手をヒラヒラさせながら、アイオワは部屋を後にした。

 

「こ、この紅茶、美味しいな!」

 

「…日本に行った知り合いの戦艦にもらったの。気に入ってもらえて嬉しいわ」

 

「だ、大丈夫だって。イギリスだってミートパイやスコーンとか美味しい物あるって!」

 

「そ、そうよね!…って、何でこんなに落ち込まなきゃいけないのかしら」

 

「そ、それにハンバーガーだって悪くないぞ。アイオワも言ってたろ?素早く済むって」

 

「ま、まぁそれはそうだけど…」

 

「それに食事を手早く済ませれば、君を口説く時間も出来るだろ?」

 

「フフッ♪アナタに私が落とせるかしら?不沈艦の名はダテじゃないわよ?」

 

「こいつは手強いオールド・レディだ」

 

「それは言わないでくださる!?」

 

「あっ、ハイ…」

 

「…アドミラルは、アイオワみたいに胸の大きな娘の方がお好みかしら?」

 

「そ、そんな事はないさ…うん」

 

「そ、そうよね。私達は艦娘ですもの。そんな事些細な事よね?」

 

「あぁ、そうだとも。そんな事気にするなよウォースパイ子…あっ!」

 

「アドミラルッ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここは海外のある鎮守府。

彼女、ウォースパイトがこの鎮守府にやって来てもう半年が過ぎていた。ある海域をさ迷っていた所を、巡潜甲型改二潜水空母の1番艦、伊13(ヒトミ)と2番艦、伊14(イヨ)に発見され、現在に至る。

ウォースパイトの様に建造以外で艦娘が出現する事はたまにあり、彼女を発見したヒトミとイヨも、その一週間前に同海域で発見されたばかりだった。

その後、この鎮守府に所属する事になったウォースパイトは、既に着任しているローマやアイオワとは時に衝突する事もあるが、良き戦友になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、ここに居たの?」

 

ドックから出て来たウォースパイトに近付いてくる眼鏡を掛けた艦娘が話し掛けてきた。

 

「あらローマ、ごきげんよう。私に何か用かしら?」

 

「用があるのは私じゃないわ。例の二人よ」

 

白を基調とした長袖に赤いスカート、目元の丸い眼鏡が特徴的なV.Veneto級4番艦の戦艦ローマは呆れた様に肩を竦めた。

 

「あ~、ヒトミ達ね」

 

「執務室に居ないからって、探してたわよ」

 

「分かったわ。すぐ行くわ」

 

後ろを向いたウォースパイトだったが、すぐに足を止めた。

 

「…どうしたのよ?」

 

「いえ、その…ごめんなさいねローマ。元々アナタが秘書艦だったのに」

 

「はあっ?別に謝る事でもないわよ。それは提督が決める事だもの。アイツがそうしたいならそれでいいわ」

 

「そう言ってくれるのは嬉しいけど…。ローマ、アナタはそれで良かったのかしら?」

 

「別にいいわよ。アイツ結構軽い所あるし…。まぁ、細かい事言わないのは気に入ってるけど…って、何言わせるのよ!」

 

「ありがとう、ローマ」

 

「…そんな事よりアイオワに気を付けたら?あの娘、積極的だから…」

 

「…ローマ、やっぱり胸かしら。胸が決め手なのかしら?」

 

「ちょっ…///!何胸触ってんのよ!アイツが見たら揉まれるわよ!?」

 

「え?ローマ、揉まれた事あるの?」

 

「そりゃ、アイツの秘書艦やってたんだから、一回や二回あるわよ。全く油断も隙も無いんだから…」

 

〈ど、どうして私は触ってくれないのかしら?胸?胸なの?で、でもローマには負けてない筈…負けてないわよ…ね?〉

 

「…あ~大丈夫よ。私が触られたのお尻だから」

 

「そ、そうよね!アドミラルは胸が大きい方が好きって訳じゃないわよね?」

 

「…何でそんなドヤ顔なのかしら?何か急に主砲撃ちたくなってきたわ」

 

「ご、ごめんなさい。顔に出てたかしら?」

 

「…まぁいいわ。せいぜいアイオワに負けない事ね。…それにしても、あの娘達、本当にアナタに懐いてるわね。まるで女王を守る騎士みたい。…騎士にしては随分頼りなそうだけど」

 

「フフッ、とてもキュートで可愛いじゃない。それに私はあの娘達に見付けてもらったから、何処か他人って気がしないのよ」

 

「まぁ気持ちは解るけど…。その…潜水艦は苦手なのよね。別にあの娘達が嫌いって訳じゃないんだけど」

 

「あら、あなたは爆撃機の方が苦手だと思っていたけど…」

 

「うっ!…それは言わないでちょうだい」

 

「…フリッツX」

 

「ヒッ!!…ウ、ウォースパイトッ!」

 

「フフッ、トラウマの克服は一日にして成らず、かしら?ごきげんよう♪」

 

からかう様に微笑むウォースパイトだったが、その顔はどことなくひきつっていた。

 

〈…言った本人がダメージ受けてどうすんのよ…〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、姉貴っ、ほらっ!」

 

「あ、待ってよイヨちゃん…」

 

ウォースパイトに駆け寄ってくる二人の少女。頭に帽子の様な艤装を被り、白いセーラー服の下に紺の潜水服を着た二人。一見するともう一人の手を引く方が姉に見えるが彼女は伊13型潜水艦2番艦に当たり、その後ろでオドオドしている方が姉の1番艦だった。

 

「こんにちは、可愛いナイトさん達♪何か用かしら?」

 

「あっ、いや~。姉貴がウォースパイトさんと遊びたいっていうからさ~」

 

「イ、イヨちゃん…さっきイヨちゃんが、ウォースパイトさんの所、行こうって…」

 

「わっ!もう~言うなって姉貴」

 

「ウフフッ、そうね、じゃあ何処か行きましょうか?」

 

「やった!実はね、ここの近くに綺麗なサンゴ礁があってね~」

 

「…ごめんなさい、海の中はちょっと…」

 

「もう…だから言ったのに、イヨちゃんったら…」

 

「ンッフッフ~ッ♪そんな事もあろうかと、提督に水着を用意してもらってるんだ。それ着れば潜れるよ!」

 

「う~ん、そういう意味じゃ無いのだけれど…」

 

困った顔のウォースパイトを見ながら、ヒトミとイヨは顔を合わせニヤニヤしていた。

 

「…?私の顔に何か付いてるかしら?」

 

「あっ…その…そうじゃないんです」

 

「…と、言うと?」

 

「エッヘッヘ~。最近ウォースパイトさん、とっても幸せそうだな~って♪」

 

「そ、そうかしら?」

 

「イヨ、どうしてか知ってるよ!提督のおかげだよね~♪」

 

「な、何を言ってるのかしら!別にそんな事…そんな事」

 

「わ、私、嬉しいです…」

 

「嬉しい?」

 

「ウォースパイトさんは…私達と同じ、海で生まれた艦娘だから…」

 

「ヒトミ…」

 

「しかも、イヨ達と同じ海域で見つかったでしょ?だから、ウォースパイトさんは私達の姉貴みたいなもんだからさ」

 

「アラアラ、いきなり妹が二人も増えてしまったわね。こんな可愛い妹達の頼みじゃ、無下に断る訳にもいかないわね」

 

「えっ!じゃあ、一緒に海に行ってくれるの?」

 

「潜れないけど、それでもいい?」

 

「大丈夫!私達が用意した水着に着替えれば…」

 

「こ、今回は遠慮しておくわ!べ、別に水着に拘らなくても…」

 

「え~、せっかく提督さんが買ったのに…」

 

「アドミラルが買ったの!?」

 

「う、うん。水着着せて写真撮ったら、試作の晴嵐くれるって…」

 

「イ、イヨちゃん!それは内緒って、提督さんが…」

 

「…ごめんなさいね、二人共。海はまた今度にしましょう。少しアドミラルにお話があるの」

 

「あっ!う、うんっ!べ、別に私達はいつでも…なぁ姉貴!」

 

「う、うん…」

 

「ありがとう、じゃあまたね」

 

感情の無い笑みを浮かべたウォースパイトを、二人は恐る恐る見送った。

 

「イヨちゃん、後で提督さんに謝らなきゃ…」

 

「あ~あ。晴嵐の話は無しか~」

 

「…でもイヨちゃん。ウォースパイトさん、とっても…幸せそうだったね」

 

「…そうだね姉貴。〈私達〉には少し辛いけど、ウォースパイトさんがそれを望むなら…」

 

「そうね、イヨちゃん…もし邪魔する人が…いたら…私達…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「…許さないんだから…!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『憎い…何もかもが、アイツらが…』

 

『…この光は何だ…何故こんなにも温かく…』

 

『少しだけ…この光を…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝、珍しく朝寝坊したウォースパイトは執務室に向かう。ドアを開けようとした彼女は、室内からの話し声に気付きドアノブの前で手が止まった。

 

『…だから、どう?私を秘書艦にしてみない?』

 

〈この声は…アイオワ?〉

 

『嬉しい申し出だが今回は遠慮するよ。暫くはウォースパイトで充分だ』

 

『そう?私と一緒にいれば…ンッ、いつでもこうできるわよ?』

 

『オイオイ、誰か来たらどうするんだ』

 

『大丈夫よ。何ならその娘も混ぜる?』

 

『挟撃はフェアじゃないな』

 

『そうね。アナタが私以外の娘をそんな目で見るのは私も面白くないわね』

 

『俺もだ。恋も喧嘩も一対一の方が好きかな』

 

『フフッ、私達やっぱり気が合うわね♪』

 

『…そろそろ膝から降りてくれないか?こんな所ウォースパイトに見られたら何言われるか』

 

『嫉妬するのはイヤだけど、されるのは嫌いじゃないわ』

 

『その間に挟まれる俺の身にもなってくれ。嫉妬の炎で焼かれるのはこっちなんだからな』

 

『アナタとっても美味しそうだから、それも悪くないかしら。焼き加減はミディアムでいいかしら?』

 

『…火葬の手間は省けそうだな』

 

〈……〉

 

ウォースパイトは背を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、アイオワは鎮守府の近海にいた。

体が鈍るといけないからと、ローマを誘って演習に来ていた。

 

「それじゃ、この辺でいいかしら?」

 

「そうね。遠慮はいらないわよローマ。思いっきりかかってきてちょうだい」

 

「言ってくれるじゃない…行くわよ!!」

 

アイオワとローマの砲撃音が同時にこだました。

 

 

 

 

 

「ふぅ…。ローマ、今日はこの辺にしましょう」

 

「ハァ…ハァ…そ、そうね…全く嫌になるわね。火力は大して変わらない筈なのに。この私がここまで攻撃を喰らうなんて。これが練度の差ってヤツかしら」

 

「そうね。それに今の私は守りたい物もあるもの…愛の力ってヤツかしら?」

 

「お熱い事で…で、大丈夫なの?」

 

「大丈夫、って何の事?」

 

「ハァ…その様子じゃ全然気付いてないみたいね。ウォースパイトの事よ。あの娘、たまにアナタの事、凄い目で睨んでるわよ」

 

「ホント?…でもアドミラルとの仲は私の方が長いわ。それに彼も私に夢中よ」

 

「その自信は少し見習いたいわ。…まぁ何も無いならいいけど」

 

〈…ただ、ウォースパイトがアイオワを快く思ってないのは解るけど、ヒトミとイヨも最近はアイオワを…何か冷たい目で見てる時があるのよね。ウォースパイトに懐いてるからかしら…あらっ?〉

 

アイオワの後ろの海面に、ゆっくりと彼女に近付いてくる黒い影があった。

 

「ア、アイオワ!後ろっ!!」

 

アイオワが振り向くと同時に水面に水柱が上がり、その中から無数の深海棲艦が現れた。両手にまるで大きな盾の様な艤装を着けた重巡リ級、巨大な貝の様な軽巡ホ級、ト級が我先にとアイオワに群がる。

 

「はっ!?」

 

ローマの後ろからも軽巡ホ級とト級が数体現れる。

 

「くっ!こんな時にっ…え!?」

 

ローマの三連装砲が一体のト級を撃ち抜くが、残りの軽巡達はまるでそれに気付かない様にローマの左右をすり抜ける。

 

〈なっ、何なのコイツら!?〉

 

軽巡達が向かう先は、既に重巡リ級の砲撃に晒されているアイオワだった。

 

「ア、アイオワッ!!」

 

ローマは軽巡達の後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おかしいな…もうそろそろ戻って来ても…」

 

「どうかしたかしら?アドミラル」

 

午後の執務室。

提督と秘書艦であるウォースパイトが実務に精を出していた。

 

「いや…確かアイオワの演習は午前中だけだった筈なんだが…」

 

「演習中に敵が現れなければいいけど…」

 

「おいおい、怖い事言うなよ」

 

〈…別にこのまま帰って来なくてもいいのに〉

 

「…え?」

 

「あ、ううん!…ねぇアドミラル。アイオワとは、付き合い長いんだったわね?」

 

「どうしたんだ急に…。まぁそうだな。ローマに続く二人目の戦艦だった事もあるし、色々助けてもらってるからな」

 

「…胸も大きいし」

 

「そ、それは関係無い…だろ?」

 

「何故、疑問形なのかしら?」

 

「い、いやその…何て言うか…あいつは良い意味でサッパリしてるからな。何でも気軽に話せると言うか。まるでハイスクールにいた頃を思い出すよ」

 

「…私は思い出にも残らない地味な生徒って訳ね」

 

「ち、違うって!ウォースパイトは…そ、そう!Queen Bee(クイーン・ビー)って感じだろ?俺みたいなSidekicks(サイドキックス)Nerds(ナード)じゃ見向きもしてもらえないさ!」

 

「ウフフ、お世辞だとしても悪い気分じゃないわね」

 

「お褒めに預かり光栄です、女王陛下」

 

「ねぇ、アドミラル。もしもよ?…もしアナタが私とアイオワのどちらかを選ばなきゃいけないとしたら…アナタはどちらを選ぶのかしら?」

 

「な、何だ?藪から棒に」

 

「答え…聞かせて貰えないかしら?」

 

「…俺は」

 

「て、提督さん、大変だよ!!」

 

執務室のドアを蹴破る様に開き、Maestrale級駆逐艦のリベッチオが息を切らせて入って来た。慌てた拍子に頭からずっこけ、白いワンピースが背中まで捲れ上がる。

 

「どうしたんだリベ…ネクタイとお揃いか」

 

「ひゃあっ!ンも~っ///」

 

「…リベッチオちゃん、アドミラルは後でツネっておくわ「えっ!?」どうかしたの?」

 

「あ、そ、それがねっ!アイオワさんが演習中に敵に襲われたって、ローマさんが!!」

 

「何だって!?」

 

「…」

 

「ア、アイオワは…二人は無事なのか!?」

 

「わ、分かんない。通信はそこで切れちゃったって…」

 

「ア、アドミラル、どこへ?」

 

「決まってるだろ!?港だ!」

 

提督は弾丸の様に部屋を飛び出して行った。

 

「もう~、今通信が入ったばかりだから、すぐ帰って来る訳ないのに。ウォースパイトお姉ちゃんもそう…思…う…」

 

「…どうしたの?リベッチオちゃん」

 

「う、ううん!何でもない!リ、リベも港に行ってみるね」

 

〈な、何だろ。あんなおっかない顔のウォースパイトお姉ちゃん初めて見た…〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ア、アイオワ!ローマ!大丈夫か!?」

 

提督が港で待つ事一時間、一時はウォースパイトが救援に向かおうかと提案したが、そんな矢先アイオワとローマが帰投した。所々衣服が乱れ中破状態だったアイオワはローマに肩を借り、提督の下へ辿り着くと溜め息を付きながら尻餅を着いた。

 

「心配掛けちゃってごめんなさい。でもこの通りよ。大した事ないわ」

 

「で、でもリベッチオに聞いた話だとかなりダメージを受けたとか…」

 

「…アア~ッ!!」

 

「ど、どうした?やっぱり…」

 

「そうみたい。でもアナタが一晩一緒に居てくれれば、治るかもしれないわ」

 

「…入渠の必要は無さそうだな」

 

「んもぅ!ツレないわねダーリン」

 

「…あたしはどうでもいいワケ?」

 

アイオワを抱き抱える後ろで、仏頂面のローマが二人を睨んでいた。

 

「も、もちろんローマも!とんだ災難だったな」

 

「…『も』って何よ、失礼しちゃうわね」

 

ローマが海から陸に上がると、リベッチオが彼女に抱き付いた。

 

「ローマお姉ちゃん、大丈夫?」

 

「…ええ平気よ。私はほとんど攻撃を受けなかったから」

 

「…どういう事だ?」

 

「モテる女は辛いわ…」

 

「アイオワ、少し黙ろうか」

 

「…それが私も不思議なのよ。そもそもあの海域は鎮守府の目と鼻の先よ。敵がいる訳無いのよ。いたとしてもせいぜい駆逐級位なものよ。なのに重巡クラスが現れるなんて」

 

「じ、重巡!?何でそんなヤツが?」

 

「知らないわよ。本人に聞いてみたら?ま、暗そうな奴だったから聞いた所で素直に喋るとは思わないけど?」

 

〈えぇ…〉

 

「…何か言いたそうね」

 

「い、いや。とりあえず話は後で聞くよ」

 

「…フン」

 

〈…それに妙だったのはまだあるわ。仮にも重巡と軽巡クラスが近付いて来れば、すぐに分かるわ。なのにアイツら、まるで潜水艦の様に海から湧き出て来たわ。

 

〈しかも私の事なんて眼中に無い感じだったし…。アイオワの奴、アイツらに恨みでも買ってるのかしら…〉

 

提督に如何に自分が重体かを力説するアイオワを眺める度に、ローマの疑問は膨らんでいった。

 

〈…チッ〉

 

ローマはふと視線を感じ振り向いたが、そこに人影は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《艦娘》としての生を受けてまだ半年足らずのウォースパイトは知らない事だが深海棲艦と艦娘との戦いが始まって、早十数年が経っている。

以前はその力の前に防戦一方を強いられてきた人と艦娘だが、半年程前から深海棲艦の勢力は、かつての勢いが嘘の様に弱まりつつあった。

人々は勿論、艦娘達も誰もが自分達の勝利を最早信じて疑わなくなっていた。

 

ただ一人を除いて。

 

 

 

 

 

 

 

〈また集まって…最近よく見るわね〉

 

鎮守府の外縁のフェンス越しに数十人の人だかりができていた。これ自体はウォースパイトも何度か見掛けた事がある。彼らは自分達の代わりに戦う艦娘達を応援する、いわばマニアの様な物で、ウォースパイト達艦娘や提督を一目見ようと集まって来た連中だった。

自分達に感謝の意を示してくれるのはありがたいが、あまり注目を集めるのが苦手な彼女には、嬉しくもありむず痒くもあった。

もしこれがサービス精神旺盛なアイオワやリベッチオならば投げキッスで答え、その度に歓声が巻き起こるだろう。

ウォースパイトは恥ずかしさから、そそくさとその場を立ち去ろうとしたが、今日はいつもと様子が違った。

 

〈あら…?いつもだったら騒がれるのに…べ、別に残念な訳じゃないけど!〉

 

彼らと目を合わせない様に通りすぎたウォースパイトは気付かなかった。

 

その目が疑念に満ちている事に…

 

 

 

 

 

 

「イヨちゃん…」

 

「あぁ、姉貴。いよいよだね」

 

「あの人は…どっちを選ぶのか…」

 

「イヨは、まだいいかなぁ。結構気に入ってるんだ♪この潜水服」

 

「わ、私は…ちょっと恥ずかしい…」

 

「もう!姉貴も満更じゃない癖に。あそこの人達、姉貴を見に来てる人も結構いるのよ?姉貴ったら、すぐ逃げちゃって。ウォースパイトさんを見習ったら?」

 

「ウォースパイトさんみたいな格好したら…私、恥ずかしくて大破しちゃう///」

 

〈…まぁ、イヨ達じゃ胸ブッカブカだろうな~…〉

 

「…イヨちゃん。お姉ちゃん、急に魚雷撃ちたくなってきちゃった」

 

「な、何で分かったの!?お姉ちゃんがあんな服着たらお胸丸見えだって?」

 

「そ、そんな事ないもん!ちょっと位あるもん!!ちょっと位…イ、イヨちゃんのバカッ!ローマさんにいつも海の下からパンツ覗いてるの言っちゃうから!!」

 

「か、勘弁して!…って、それ言ったら姉貴も疑われちゃうけど…」

 

「あっ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

『私達…このまま負けて…しまうの?』

 

『これじゃあ…私達の使命が…果たせない』

 

『そうでもないわ。私に考えがあるの…』

 

『そんな事…!』

 

『上手く…行くかな…』

 

『二人共…協力してくれる?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、アドミラル。世間ではもうすぐ深海棲艦との戦いは終わるって言われてるけど…知ってるかしら?」

 

ある日の鎮守府の昼下がり。

提督は仕事を一段落し、ウォースパイトと共に昼食を取っていた。そんな中、唐突に話題を切り出したウォースパイトに提督は少し驚きながら答えた。

 

「うん?…確かにここ最近の展開は自分でも驚いてるよ。以前は完全な膠着状態だったのに。それがキミがここに来てからは連戦連勝だ。俺にとってキミは、まさしく勝利の女神だよ」

 

「ウフフ…。アイオワやローマに比べれば、私なんて大した活躍もしてないけど…アナタが私の事をそんなふうに思ってくれているなんて意外だわ」

 

「双子の天使もいるしね、空は飛べないけど」

 

「まあっ…♪」

 

「…でもどうしたんだい、いきなり。戦いが終われば君たちも戦わずに済む。その綺麗な顔が傷付くのを見るのは、一人の男としては辛いよ」

 

「ドレスが傷付いた時は、とても嬉しそうだけど?」

 

「…意地悪な女神様だ」

 

「…でもねアドミラル、私不安なのよ。深海棲艦がこのまま大人しく滅びるのかしらって…。直接戦っている私達だからこそ、解る事もあるの。彼女達が本当にこのまま…」

 

「考え過ぎじゃないか?アイオワを見習ったら…とは言わないけど、あまり深く考えない方がいいぞ」

 

「…そうね。ごめんなさい」

 

〈…アナタは優しい。でもやっぱりアナタの考え方は人間のそれなのよ。私達艦娘とは違うわ〉

 

〈確かにこのまま戦いは終わるかもしれない。…でも、その後私達はどうなるの?〉

 

〈アナタは私達と生きていけるかもしれない。でも他の人間はどうかしら?だってそうでしょ?私達は深海棲艦を倒せる唯一の存在。それって…〉

 

〈深海棲艦より恐ろしいって事なのよ?〉

 

〈人間は皆、アナタの様に私達を愛してくれるかしら?いつ自分達に牙を剥くか分からない私達を…〉

 

〈ねぇ、アドミラル。もし私が人間の敵に回っても…〉

 

〈私の側に居てくれるかしら…〉

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後、この鎮守府を束ねる大本営から入った報は、提督のみならず艦娘達をも大いに驚かせた。

日本の艦娘達がいよいよ深海中枢へと、その駒を進めたとの事だった。

世間にはまだ大っぴらに発表されてはいないが、目敏い新聞社がそれを嗅ぎ付け、今や世間はこの話題一色になっていた。

一方で表立って口にする者はいないが、ある疑問が(くすぶ)り始めていた。

 

すなわち、深海棲艦無き世界で艦娘達は自分達にとって脅威に成りうるのでは、と…。

 

そんな不安に現実味を与える事件が鎮守府に、いや世界中に今まさに起ころうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、言ったろウォースパイト。物事なんて成る時は、案外サクサク進むものさ」

 

「えぇ、そうね。でも少し残念だわ。まだまだ戦えるというのに。大好きな映画が思いの外、短かった気分だわ。続編が出ないかしら」

 

「安易な続編はだいたい駄作って決まってるものさ。余韻を残したまま終わるのが名作の条件だ。ただし《未来へ戻れ》と《抹殺者》は別かな?(4はクソだったが…)」

 

「アナタはいいわよ。この世界を二十数年…三十年?楽しんでるんだもの。私は半年よ?人間だったらまだ揺りかごの中よ?」

 

「(二十代でいいだろ…)確かに。だが、まだフィナーレが残ってる。キミも言ってたろ?深海棲艦が本当にこのまま終わるのかって…。実はこの辺りでも敵が観測されてね。このままエンディングって訳には行かなそうだ」

 

「そう…」

 

〈本当にそれだけかしら。いくら何でも呆気なさすぎるわ。…私の考えが正しければ、きっと彼女達は…

 

〈アドミラル、その時アナタは一緒に演じてくれるかしら?アナタが側にいないなんて、それこそ安易な続編になってしまうわ〉

 

「大本営からも出撃命令が出ている。カメラが回る前に化粧直しと行きますか」

 

「そうね、綺麗に撮ってもらえるかしら?」

 

「俺が綺麗に撮れないのは男だけでね」

 

「期待してるわ、名監督さん」

 

「たっ、大変だよ提督さんっ!!」

 

提督とウォースパイトの緩やかな一時を遮る様に、リベッチオが執務室に駆け込んで来た。勢いよくドアを開けた拍子に再び頭から転け、またもやワンピースが背中まで撒くれ上がり、そのお尻が丸出しになってしまった。

 

「今日は何色…えっ!?」

 

「リ、リベッチオちゃん、アナタ下着履いて…///」

 

「あっ!急いでたから忘れちゃった。そ、そんな事より大変だよ提督さんっ!テレビ!ローマさんがテレビ点けてって!!」

 

「リベは下着を着けような?」

 

「い、いいから早くぅ!!」

 

「あ、あぁ…」

 

テレビがどうかしたのか、何故パンツを履いていないのか、脇の下から見える胸の豆はB地区か?疑問に思いながらも提督は机の横にあるテレビのスイッチを入れた。

 

『9ヶ月…何と9ヶ月だ!この笑うのも気の毒に』

 

『私はオマエの父だ!』『嘘だァッッ!!』

 

『そうなのよサワキちゃ~ん』

 

「カワバンガ~♪…ご、ごめんなさい。あ、ここだよ!」

 

リベッチオが言うチャンネルにセットすると、アナウンサーが興奮気味に叫んでいた。

 

『…区の鎮守府で、突如、大量の深海棲艦が出現!同区は完全に封鎖されました!』

 

「えっ!?」

 

「何ですって!?」

 

提督とウォースパイトが驚いていると、アイオワとローマが慌てて駆け込んで来た。

 

「ダーリン、大変よ!」

 

「あ、あぁ」

 

「あら、みんな揃ってるわね。ホラ、リベ!下着持ってきたから早く履きなさい…後ろ向いてよ!」

 

『…たった今、新しい情報が入りました!…え?こ、これホントか!?し、失礼しました!住人の報告に寄りますと、か、艦娘が突如、深海棲艦に成り、人々を攻撃し出したとの事です。こ、この件に関しては多くの目撃情報が寄せられており…』

 

「そんなっ!そんなの嘘よっ!私達が深海棲艦に?人間を…?」

 

ローマが興奮気味に話す。

 

「落ち着けローマ。誰もそんな話信じちゃいないさ」

 

「当たり前よ!どうして私達が人間を襲わなきゃいけないの?馬鹿げてるわ!!」

 

「ねぇダーリン。これ、ジョークじゃ…ないのかしら?」

 

「わ、分からないが…例えジョークだとしてもタチが悪すぎるだろ。こんな事して誰も得なんか…」

 

急にテレビにノイズが走り、画面は掻き消えた。

 

「えっ!?」

 

「なっ!?」

 

そして、代わりに現れたのは白と黒の制服に赤茶色のミニスカートを履いた、まだあどけなさが残る金髪の少女だった。

 

「あーっ!!」

 

「な、何だリベ。この娘…もしかして艦娘か?」

 

「ねぇローマ、この娘確か…」

 

「えっ、えぇ…この娘、私と同じイタリアの重巡のザラよ」

 

〈で、でもザラって確か半年前に…〉

 

画面に映る少女、重巡洋艦の艦娘ザラは軽く一礼すると人懐こい笑顔で語り始めた。

 

『テレビを見ている皆さん、初めまして。私はある鎮守府に所属する艦娘で、ザラと申します。

 

『実は今日は、皆さんにショッキングなお知らせがあるんです。ザラも言おうかとっても迷ったんです…でもあのお方が望むので、言う事にしました…宮仕えは辛いですね。ウフフッ。

 

『さて、皆さんは私達艦娘と深海棲艦の戦いは知ってますよね?私や妹ポーラの頑張りで、まもなく戦いは終わる…皆さんそう思っていますよね?

 

『…でも、ごめんなさいね。艦娘は負けます。そして私達が勝ちます。

 

『…え?言ってる事が矛盾してる?意味が解らない?フフッ、そんな事ないですよぉ♪じゃあ、こうすれば…理解して…く…レル!?

 

次の瞬間、ザラと名乗る少女から禍々しいオーラが発せられ、その姿が歪んでいく。

金色だった髪は白く染まり、額に二本の黒いツノが生え、ザラの体を包み隠す程の、まるで巨大なナメクジの様な艤装が咆哮を上げた。

 

「きゃああっ!!」

 

「ひゃあっ!!」

 

「ザ、ザラッ!?…はっ、提督っ!?」

 

「…」

 

「ちょっとアンタッ!返事なさいよっ!!」

 

ローマが固まる提督の肩を揺さぶった。

 

「…ダーリン」

 

重巡棲姫…その姿を大きく変えたザラは、一息着くと後ろの白いナメクジに腰を下ろした。

 

『ツマリハ、コウイウ事ダ。ソウ…オマエ達人間ガ女神ノ様二崇メル艦娘ノ…私達ノ正体ハ…

 

『深海棲艦ダッ!!』

 

テレビの前の五人は、あまりの出来事に放心状態になっていた。

 

「な…何だ、これは…え、映画にしては出来すぎて…」

 

「嘘よっ!ザラ!嘘って言ってよザラッ!」

 

「ザ、ザラお姉ちゃん…」

 

「こんな事って…」

 

そんな五人の気持ちを踏みにじる様に、ザラは得意気に語る。

 

『我々ハ待チ続ケタ…オマエ達人間ガ艦娘ヲ信頼シ心ヲ許スノヲ。ダガ、モウソノ必要モ無イ。マモナク全テノ艦娘ガソノ正体ヲ表シ、オマエ達二攻撃スルダロウ。

 

『コノ海ハ…ソシテ大地ハ、我々ノ下へ戻ル。ダガソノ時オマエ達人間ハ、コノ世界二…イナイ…』

 

重巡棲姫(ザラ)の演説が終わると、再び男性アナウンサーの叫び声が始まった。提督は静かにテレビを切った。

 

「ダ、ダーリン…」

 

「ね、ねぇローマお姉ちゃん。リベ達、深海棲艦なの?ザラお姉ちゃんみたいに、あ、あんな姿になっちゃうの?」

 

「馬鹿言うんじゃないわよ!わ、私達が深海棲艦…?そんな訳…そんな訳ないでしょ!?」

 

アイオワ達四人の喧騒を背に、提督は黙って背中を向けていた。

 

「ねぇ…ダーリン。私は…例えザラの言う事が本当だったとしても、ずっと味方よ。お願い、信じて…」

 

「…アンタ、どうして黙ってるの?こっちを向きなさい!」

 

「やだよ…リベ、今のリベでいたいよ…ちゃんとパンツ履くから…お願い提督さん、リベの事、嫌いにならないで…」

 

「……」

 

「オオッ!!」

 

次の瞬間、提督は振り向くと同時に自分の頬を力強く殴った。

 

「え?」

 

「ダ、ダーリン!?」

 

「ぐっ…」

 

殴った反動で机にもたれ掛かる提督は、痛みを堪えながら皆に向き合った。

 

「そうか…お前達、あんな奴らといつも戦ってるんだな。俺達の代わりに…あんな恐ろしい奴らと毎日、それこそ命を懸けて…。

 

「なのに、俺は例え一瞬でもお前達を疑っちまった…許してくれ」

 

「ダーリン…」

 

「アンタ…」

 

「信じるよ。例えお前達の正体が何であれ、今まで戦ってくれた事は事実だ。それに深海棲艦の恋人ってのも悪くないかな。でもデートは…陸の上がいいかな?」

 

両目に涙を溜めたウォースパイトが提督に抱き付いた。

 

「もう…!バカ!許す事なんて何もないわよ!私は絶対にダーリンを裏切ったりしないわ!」

 

「…アンタには世話になってるからね。もし深海棲艦になるとしても、その義理は返してからにするわ。心配しないで」

 

「リ、リベも!リベも提督さん、だ~い好きだもん!ずっと提督さんと一緒にいるよ!パンツも履くよ!」

 

「出来ればブラもな」

 

「え?…ひゃあっ///て、提督さんのエッチ!」

 

「…やっぱり深海棲艦に寝返ろうかしら」

 

「最後に見るのが、お前の笑顔なら未練も無いさ」

 

「んもぅ!!そこは私でしょダーリン!」

 

ローマは呆れた様に肩をすくめ、ウォースパイトとリベッチオは顔を寄せて笑いあった。

その数秒後、提督は気付いた。

 

この場に一人、足りない事に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈やっぱり…!私の思った通りだったわ!〉

 

提督達と共にテレビを見ていたウォースパイトは、その途中でその場を抜け出していた。

 

〈彼女達は諦めてなんかいなかった!ザラの言った事が例え嘘だろうと、全ての人間がアドミラル程、優しい訳じゃない〉

 

〈艦娘がいくら強かろうと、人間のバックアップが無くては戦う事すらできない。なら…〉

 

〈その人間に、艦娘を裏切らせればいい!!〉

 

〈これ以上の策なんて無いわ。人間は自分達を守る艦娘を、艦娘は人間を守る意味が無くなる…〉

 

ウォースパイトは鎮守府裏の外縁に辿り着いた。フェンスの外には百人以上の人間が集まっていた。彼らはウォースパイトを見付けると、火が付いた様に怒号を上げた。

 

「み、見ろ!艦娘だ!!」

 

「あ、あの娘もあんな怪物に変わるのか!?」

 

「テレビを見ただろう!あいつらはあの姿で俺達を騙していたんだ!!」

 

「殺せ!!」

 

「そ、そうだ!殺られる前に殺るんだ!!」

 

かつて自分達を女神の様に慕っていた人間達の姿はそこには無く、あるのは恐怖に踊らされた醜い獣の姿だった。

だが、不思議とウォースパイトに失望は浮かばなかった。それどころかむしろ予言者にでもなった様な高揚感に包まれていた。

 

〈アハハハハッ♪私の思った通りだわ!!〉

 

〈人間が…自分達より強い私達を認める訳が無い。これが…これが人間なのよ!〉

 

〈何もかも…何もかもが私の思った通り!!〉

 

〈アハハ…ハ…〉

 

〈…〉

 

〈どうして…私は喜んでいるの?私達が守る人間が、あんなに醜くなってしまったのに…〉

 

〈それに…何か妙だわ。あまりにも出来すぎてる。こんなにも都合よく…私の思った通りになるかしら?〉

 

〈何もかもが…都合が良すぎる…〉

 

「ウォースパイトお姉ちゃん…」

 

「!?あっ、ヒトミ、イヨ。た、大変な事になったわ。…どうしたの、アナタ達」

 

「やっぱり戻る事にしたんだね」

 

「も、戻る?イヨ、何の話を…」

 

「ね、ねぇイヨちゃん。もう少しこのままでも…いいんじゃないかな?」

 

「それは無理だよ姉貴。あの人間達を見たろ?もう人間は私達…艦娘達を信じちゃいないもん。それに私達もようやく戻れるんだよ?」

 

「う、うん…そ、そうだけど。でも私、ここの提督さん、優しくて…好きだったから」

 

「そうだね、私も好きだったよ。…何度か格納庫触られたけど…」

 

「えっ?イ、イヨちゃんズルい!わ、私触られた事ない…」

 

「あ、あなた達、さっきから何を言って…えっ!?」

 

〈…〉

 

「なっ、何っ!?〉

 

〈…?〉

 

〈聞こえ…い、今の…ヒトミ、イヨ…。アナタ達…なの?」

 

〈…〉

 

「ヒトミ、イヨ、アナタ達は…え?それが本当の…アナタ達の名前…?

 

「え?わ、私の名前?わ、私はウォースパイト…」

 

〈…〉

 

「ち、違う?じ、じゃあ…私は…私の…名は…」

 

〈……〉

 

翌日、ヒトミとイヨは鎮守府から忽然とその姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

それから一週間が過ぎた。

数にすればたった七日だが、世の中が変わるには充分だった。

ザラの放送は瞬く間に世界中に知れわたり、疑心暗鬼に駆られた人間達が連日、鎮守府に押し掛けた。

大本営も当初は艦娘を庇う立場だったが、幾つもの鎮守府で艦娘が深海棲艦化する現象が起こった事で、艦娘に対する信頼は地に墜ちていた。

 

「艦娘を出せ!!」

 

「あの化け物達を殺すんだ!!」

 

アイオワ達の居る鎮守府にも連日、暴徒達が押し寄せ提督を悩ませていた。

 

 

 

 

 

 

 

「くそっ!あいつらっ!!」

 

提督は苛立ちを隠そうともせず机を叩いた。

 

「今までアイオワ達が誰の為に戦ってきたと思ってるんだ!…それなのに、こんなにあっさり手のひら返しやがって…!それにヒトミとイヨも何処へ…まさかアイツらの手に掛かって…!」

 

「馬鹿な事言わないでよ…私はウォースパイト程あの二人の事は知らないけど、仮にも艦娘よ?人間においそれとどうにか出来る相手じゃないわ」

 

「ローマ…」

 

「そ、そうだよ!リベだってあんな人達がかかってきたら、ガブ~ッて噛んじゃうんだから!」

 

「リベになら、噛まれてもいいかな」

 

「仕方ないわよダーリン。あんな放送を見れば誰だって私達を疑いたくなるわ…私だって、いつあんな姿になるのかと思うと…」

 

「そ、そんな事言うなアイオワ!いつものオマエはどうしたんだ!」

 

「で、でも…」

 

「ねぇ提督…、今ならアナタ一人でも、ここから逃げてもいいのよ?」

 

「なっ…ローマ、何を言って…」

 

「アナタは人間でしょ?いつまでも私達と一緒に居たら私達の仲間だって思われるわよ」

 

「そ、そんな事どうだって「解らないの!?」

 

「ロ、ローマ…?」

 

「これはアイオワとも話した事なのよ…もし私達がザラの様に深海棲艦になったら提督…アナタにも襲い掛かるかもしれないわ。そうなる前に、ここから逃げなさいって言ってるのよ」

 

「…アイオワ、そうなのか?」

 

アイオワは無言で頷いた。

 

「…アイオワ、ごめんなさいね」

 

「え?」

 

ローマは突然、提督に抱き付くと唇を重ねた。

 

「ロ、ローマ!?」

 

「ひゃあ~///ロ、ローマお姉ちゃん大胆~///」

 

「…勘違いしないでね。ただ、私もアンタの事は嫌いじゃないから…まぁ、信頼の証よ」

 

「…あぁ。だが、ローマからそこまで言ってもらえて嬉しいよ。ピザでも取ろうか?」

 

「パスタの方がいいわ」

 

「…俺もお前のそういう所、嫌いじゃないよ」

 

「り、リベも///リベもする!提督さん、少ししゃがんで!」

 

「ありがとうリベ。でも怖いお姉さんが二人睨んでるから、続きは10年後にしような?」

 

「んも~っ!!」

 

地団駄を踏むリベッチオの頭を撫でながら、アイオワはふと疑問に思った。

 

「ねぇ、ダーリン。最近ウォースパイトを見ないけど…」

 

 

 

 

 

 

 

 

Look to the sea,way up on deep(海を見よ、遥か深くを) There in the night waves are right(夜の波達が出揃えば)♪」

 

「良い歌だな」

 

「…」

 

防波堤に立つウォースパイトは、提督が息を切らせて駆け寄ってくるのも気にせず海を眺めていた。

 

「…心配させてごめんなさい」

 

「ここ数日、姿を見ないからびっくりしたよ。まさかヒトミ達に続いておまえも何処かへ行ったんじゃないかって。…ここは危ない。最近は変な連中が入ってくるってローマも言ってたからな。早く戻ろう」

 

「…ねぇ、アドミラル。前に私が聞いた事、覚えてるかしら?」

 

「…何の話だ?」

 

「私とアイオワのどちらかを選ばなきゃいけないとしたら、どちらを選ぶかしら?」

 

「ウォースパイト、みんなも心配してるぞ。とにかく戻ろう」

 

「お願い、答えて…」

 

ウォースパイトは振り返り、提督の目を見つめた。

 

「…俺はアイオワを選ぶよ。だが別にオマエの事が嫌いって訳じゃない」

 

「…そう。やっぱり私、戻れないのね」

 

「え?」

 

次の瞬間、爆発の様な水飛沫が海面に上がった。

 

「うおっ!!」

 

跳ね上がった波に流され、危うくその場から跳ね飛ばされそうになった提督はかろうじてその場に踏ん張った。だが、次に目を開けると彼は異常なプレッシャーに包まれた。

まるで鬼の様な仮面を被る者。

生き物の様な黒い兜を被る少女。

白い長髪に空母の様な黒い滑走路の艤装を持つ女。

額にツノを生やし、自分の体程の爪を持つ女。

黒いドレスを着た、怪しく光る紅い目の女。

 

人の姿でありながら人ではない、深海棲艦達が提督を取り囲んでいた。

 

「う、うわああっ!!」

 

恐怖に駆られその場を逃げようとする提督は、まだウォースパイトがいる事を思いだし、残った理性で呼び掛けた。

 

「ウ、ウォースパイトッ!は、早く逃げるんだ!!」

 

だがウォースパイトは、まるで提督の言葉が耳に入らないかの様にその場に立ち尽くしていた。

 

「ウォースパイト…え、お、オマエ達っ!?」

 

提督は深海棲艦達の中に、見覚えのある二人を見付けた。一人は白、もう一人は黒い髪と潜水服、ガスマスクの様な器具を着けた深海双子棲姫。その顔を提督が忘れる訳が無かった。

 

「ヒトミに…イヨ…なの…か?」

 

「…」

 

「ま、まさかオマエ達も深海棲艦になっちまったのか!?」

 

「そうじゃないのアドミラル。二人は…いえ、私と彼女達は違うのよ」

 

「私…?ウ、ウォースパイト、まさかオマエも…」

 

「黙っていてごめんなさいね…ええ、私も深海棲艦よ」

 

ウォースパイトの体は、かつてのザラの様に醜く歪むと、その姿を徐々に変えていった。

その髪は白く変化し、頭の両脇に小さなツノ、口元を覆い隠す様な禍々しい黒い牙。彼女本来の姿…

 

中間棲姫へと。

 

彼女の口が開くと、提督は自分の頭の中に電波が流れる様な感覚を感じた。

 

〈…私は劣勢になった私達、深海棲艦の状況を覆す為に送られて来たの〉

 

〈な、何だ?こ、声が…頭に響いて!?〉

 

提督が冷静になるのを待ち、ウォースパイトは語りだした。

 

〈私は人間の事をよく知る為に、先に潜り込ませてあるヒトミ達に私を発見してもらった事にしてアナタの下へ来たの。…ただ深海棲艦から艦娘に変化すると、それまでの記憶も無くしてしまうの。お陰で自分の正体を知って一番驚いたのは私だったけど…〉

 

「…ウォースパイト…でいいのか?オマエの目的は何だ?俺達人間を滅ぼす事か?」

 

〈ええ…でもね、アドミラル。今更かもしれないけど私はアナタ達と…いえ、艦娘達と戦わずに済む方法が一つだけあるの〉

 

「戦わない?それは…?」

 

〈…私達と戦わない事。私達が人間を滅ぼす間…ね〉

 

「なっ!?」

 

〈アドミラル、私達の目的は、あくまでこの世界の騒音である人間を滅ぼす事なの。つまり艦娘が戦わないと言うなら私達は戦わずに済むの。

 

〈元々、艦娘は“お父様”が深海棲艦を生み出した際に出来た、もう一つの深海棲艦なの。私達、深海棲艦が憎しみから生まれた様に、艦娘は人間に対する愛情が形を持ったモノ…〉

 

「人間に対する愛情?ザ、ザラや最近起きている艦娘の変化は…」

 

〈ご名答…私が艦娘でいる間理解したのは、全ての艦娘は人間に対する愛情であの姿を保っているという事。だから私、考えたのよ。

 

〈…人間が艦娘を信頼しなくなったら?って〉

 

「じ、じゃあ世界中の艦娘が深海棲艦になる事件は…」

 

〈ええ…私の思念を受け取った重巡棲姫(ザラ)が実行したのよ。人間への失望を植え付ける為にね〉

 

「…」

 

〈まもなく世界中の全ての艦娘が私達の仲間になるわ。その時、人間はもう何も出来ない。ただ私達に滅ぼされるだけ…。

 

〈でもね、アドミラル…アナタは別よ〉

 

「…どういう意味だ?」

 

ウォースパイトは右手を差し出した。

 

〈アドミラル…アナタ一人なら私が守れるわ。だからお願い、この手を握って…私を選んで〉

 

「…」

 

ウォースパイトの手を提督が握る事は無かった。

 

〈…残念だわ、本当に〉

 

「…俺もだ」

 

〈…どうやらアイオワ達が気付いた様ね〉

 

提督が振り替えると、アイオワとローマが血走った表情で二人に向かっていた。

ウォースパイトから目を離した提督に、彼女が走り寄った。

 

「んっ…!」

 

ウォースパイトは提督を力強く抱き締めると、彼に口付けした。

 

「…」

 

〈もしアナタが私を選んでくれたら、私はずっとウォースパイトでいられた。さよなら…私の愛しい人…〉

 

ウォースパイトが海に降り立つと、周りの深海棲艦達も彼女を取り囲みながら、海の水平線へと消えて行った。

 

「ダーリン!何があったの!?」

 

「アンタッ!これは一体…ウォースパイトは!?」

 

「…深海棲艦だったよ。ヒトミとイヨもな」

 

「…!?」

 

「そ、そんな…」

 

「ローマ…確か君の国、イタリアでは悪魔の事を…何て言うんだったか…」

 

「…ディアボロよ。それがどうかしたの?」

 

「いや…フフッ、もっと恐ろしい奴かと思ったが、あんなに美しいとは思わなかったよ」

 

「…ウォースパイトに、何か言われたの?」

 

「あぁ…とても恐ろしい誘惑だったよ。もし、アイオワやローマが居なかったら、きっと負けていたよ」

 

「…リベもね」

 

泣き顔のリベッチオが駆け寄って来ると、提督に抱き付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから一年。

ウォースパイトの予言通り、人間の世界は終焉を迎えつつあった。

自分達の手で艦娘達との信頼を踏みにじった人間が深海棲艦に対抗出来る筈もなく、その数は最早数える迄に減っていた。

だが、世界でただ一ヵ所だけ、彼女達深海棲艦と戦う鎮守府があった。

ほとんどの艦娘が深海棲艦化した中で、僅かに残った艦娘達が集結し、最後の抵抗を繰り広げていた。

戦いは絶望的で、勝つ見込みはまず無かった。だが、不思議な事にそこから逃げ出す艦娘は一人もいなかった。

彼女達も自分達が勝てない事は、或いは理解していたのかもしれない。だが、艦娘の本能が、最後に自分達が守りたかった人間と…提督と共に沈む事を望んだのかもしれない。

 

今、この鎮守府は海を埋め尽くす程の深海棲艦に囲まれていた。そしてその中心に、かつてウォースパイトと呼ばれた艦娘が、かつての仲間達と対峙していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「一年か…よく持ったな」

 

顔はやつれ、無精髭を生やした提督が、アイオワやローマ達自分の指示を待つ艦娘を前に苦笑する。

 

「ええ、リットリオ姉さんが居たら後一年は持ったわね」

 

「君の姉を口説くとなると、もう一年は欲しいな」

 

「…フフッ、今だから言うけどアンタのその軽い性格、案外嫌いじゃなかったわよ」

 

「女を口説く時は真面目なつもりなんだがね」

 

「じゃあ真面目に言い訳するのね…後ろの彼女に」

 

「そうね、私も聞いてみたいわダーリン」

 

「キミを疎かにした訳じゃないよアイオワ。俺は美味しい物は最後に取っておくタイプなんだ。長男だし」

 

「私は真っ先に食べちゃいたいわ、我慢は苦手よ」

 

「もうその必要もないさ。最後の晩餐位、食い散らかしても神様も大目に見てくれるさ」

 

「リベはね!リベはねぇ!ニッポンに行ってみたかったなぁ!タコヤキ食べたかった!!」

 

「タ、タコ!?日本人ってタコ食うの?…スゲーな」

 

「リベ…先に行ってましょうか」

 

「え~なんで…あ、う、うん!!」

 

ローマはリベッチオを促すと、ウインクをして早足で去って行った。

 

「…気を効かしてくれたのかな?」

 

「そうね、ローマには感謝しなきゃね」

 

「アイオワ…今までありがとう。キミが居なかったらここまでやってこれなかった。本当にありがとう」

 

「ダーリン、私が聞きたいのはそんな建て前じゃないわ」

 

「…そうだな。じゃあ、こんなのはどうだ。この戦いが終わったら、俺とケッコンしてくれないか?」

 

「アッハハッ♪ダーリンのそういうセンス、私大好きよ!」

 

「答えを…聞かせてくれるかな?ハニー」

 

「…イエスよ。庭付きの大きな家に住みたいわね」

 

「そうだな。犬も飼いたいな。実家は猫派でね」

 

「子供も沢山欲しいわね」

 

「う~ん、暫くは二人っきりを楽しみたいかな」

 

「子供が産まれても楽しめるわよ。それとも子供に見られちゃ出来ない事でもするつもりかしら?」

 

「…先に保育所探さないとな」

 

 

 

 

 

〈…〉

 

ウォースパイトは目を開くと、右手を掲げた。

戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ねぇ、本当にヒトミとイヨなの…?もうリベの事は…忘れちゃったの!?」

 

「リベッチオ!!もう二人の事は忘れなさい!あの二人は、もう深海棲艦よ!!」

 

「ローマお姉ちゃん…グスッ」

 

「アンタは下がってなさい。この二人は私が倒すわ」

 

「…リベも…戦うよ」

 

「…好きになさい。二対二だし、ちょうどいいわ。行くわよ…ヒトミ、イヨ!!」

 

〈〈ククク…歓迎…シマショ…〉〉

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハ~イ、ウォースパイト、一年振りね。暫く見ない内に随分変わったわね。イメチェンかしら?」

 

〈…アイオワ…もう、お別れは済んだかしら?〉

 

「(頭に…声が!?)…面白い特技ね。後で教えてくれないかしら?」

 

〈《こちら側》に来れば、考えない事もないわ〉

 

「そう…じゃあ遠慮しておくわ。そのドレスもエレガントだけど、少し地味じゃない?前の方がずっと良かったわよ」

 

〈気にする必要あるかしら?これから海の藻屑となるアナタに〉

 

「驚いたわ…その姿になると性格も変わるのね。前のアナタの方がもっとプリティーだったわよ?」

 

〈最後だから言うけど…アイオワ、私アナタの事嫌いじゃなかったわ。私が持っていない物を全て持っていて…

 

〈妬んだ事もあったけど…それだけアナタが羨ましかったんだって…今だから言えるわ…〉

 

「『戦争と恋に手段は選ばない』…確かアナタの国の言葉じゃなかったかしら?」

 

〈フフッ…でもね、その結果、彼は私じゃなくアナタを選んだわ。諺なんて案外そんなものよ〉

 

「まだ勝負は付いてないと思うけど?」

 

〈アイオワ…せめてアナタだけは私が沈めてあげるわ…そして、その後は…〉

 

「彼は渡さないわ。それに…今の私は強いわよ?」

 

〈…誘爆シテ…沈ンデイケ…!!〉

 

「ねぇ…ダンスしましょうよ、ウォースパイト…二人っきりで!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

赤い夕日が海の水平線に差し掛かっていた。

先程迄の激戦を物語るかの様に、至る所で艤装の残骸が浮かび、火の手が上がっていた。

そんな夕暮れの砂浜を一人の女が歩いていた。風に靡く白い髪に白いドレス、戦場には場違いな姿の彼女は砂浜に落ちていた黒い塊を見つけると、それを拾い上げた。片手で砂を払うと胸にしっかりと抱き寄せ、砂浜にゆっくり腰を下ろした。

 

〈ずっとこうして…二人になりたかったわ〉

 

〈さっき迄アイオワとローマも居たんだが…会わなかったかい?〉

 

〈意地悪ね…アドミラル〉

 

〈…〉

 

〈私達、深海棲艦は生まれる時、人間に対する未練が強いと艦娘に変化する事があるの。

 

〈私は深海棲艦として生まれたけど、艦娘と戦って不思議だったの。ザラやポーラ…私が倒した艦娘達は皆、轟沈の恐怖が無かった。それどころか、とても満ち足りた表情で沈んでいった。

 

〈それで人間に…アナタ達に興味を持ったの。だからアナタ達を知る為に私は艦娘、ウォースパイトになった。そしてアナタに出会った…。

 

〈でも、もう少し早く出会っていたかったわ。私と出会ったアナタは、とっくにアイオワに夢中なんですもの。何度アイオワが沈むのを願った事かしら…。

 

〈ねぇ、アドミラル。もし私の方が先に出会っていたら、アナタは私を選んでくれたかしら?〉

 

〈あぁ。キミを選んでアイオワに撃たれる未来がハッキリ見えるよ〉

 

〈じゃあ、どのみちアナタはこうなる運命だったのかしら?〉

 

〈美女二人が自分を取り合う…悪くないね〉

 

〈これが本当の引き裂かれる思い…かしら?

 

〈アドミラル…私は艦娘として生きる内に、艦娘を支えている物が人間に対する愛情だと知ったの。だから、私はそれを奪う事にした。

 

〈人間は私の思い通りに踊ってくれた…呆気ない程にね。

 

〈でもね、アドミラル。アナタが私を選んでくれたら、使命も何もかも捨ててウォースパイトとして生きていられたのよ?

 

〈いえ…これは言い訳ね。どのみち私のお目付け役のヒトミとイヨが、私の記憶を甦らせたでしょうし…〉

 

〈名前を…〉

 

〈え?〉

 

〈おまえの本当の名前を教えてくれないか…〉

 

「…」

 

暫しの沈黙の後、ウォースパイトは口を開いた。

 

〈出来れば言いたくはなかった。かつてあなたが愛したウォースパイトのままでいたかった…〉

 

〈…〉

 

〈クティーラ…それが私の本当の名前よ〉

 

〈クティーラ…か〉

 

紅い夕陽が海の水平線に落ち、海を紅く染めていた。

 

〈綺麗だ…〉

 

かつてウォースパイトと呼ばれていた彼女は、胸に抱く黒い塊を強く握り締める。

 

〈ウフフッ。それはあの夕陽の事かしら?それとも…〉

 

先程迄、ウォースパイトの頭に響いていた男の声が、その問いに答える事は無かった。

 

〈…アドミラル。どうして…どうして私を選んでくれなかったの?私はずっとあなたのウォースパイトでいたかった…

 

〈ずっと、あなたの側にいたかった…〉

 

クティーラは提督を…首から下を失った彼の頭を掲げた。その瞳に彼女はもう映っていなかった。

 

〈眠ったのね…続きは夢の中で…〉

 

ウォースパイトは彼に口付けすると、頭だけになった彼を優しく抱きしめた。

 

〈お休みなさい…〉

 

ウォースパイトの涙が、彼の頬を濡らした。

その涙の理由が、愛する者を殺めた罪悪感からなのか、それとも彼が自分を選ばなかった事への悔恨の涙なのか…それを知る者は、誰もいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈…ウォースパイト…〉

 

〈どうして…〉

 

〈どうして泣いているんだ…〉

 

打ち付ける漣の音が、いつまでも響いていた。

 

 

 




ある漫画が元ネタです。後半はまんまです。ネタ的にどうしてもやりたかったので。申し訳ない。ウォースパイトの歌は「旧支配者のキャロル」のパロディです。英語違ってたら誤字修正お願いします。
以前書いた「錨は~」が艦娘endだったのに対し、こっちは深海endって感じです。メガテンのLAWルートとCHAOSルートみたいな。NEUTRALルートに当たる人間endのネタもあったりします。

ソンナ…ハナシガ…ヨメルと…いうの?












艦娘型録

提督 そろそろ親が孫はまだか?とうるさい。来年三十路。愛読紙はBACHELOR。ロリ属性は無し。

ウォースパイト 椅子型の艤装は一人だけズルいと評判が悪い。リベッチオによくマッサージチェアと勘違いされていた。胸の形には自信がある。最近やたらとボーリングに誘われる。

アイオワ 性格は陽気だが、歌はバラード系が好き。ローマの食事に付き合っていたらバストサイズが上がった。ニプレスはしていない。最近イン・シンクにハマった。

ローマ イタリアの霧島。お尻を触られた時、提督のお尻を思いっきり蹴り上げたが内心満更でも無かった。ウォースパイトが一緒にボーリングしてくれないので、内心嫌われているんじゃと疑っている。

リベッチオ この話における富竹。時報みたいな物。この娘が執務室に来ると話が動く。好きなタートルズはミケランジェロ。

ザラ 今回いいとこ無し。少し早めにスタジオ入りしたのでポーラと飲んでいた。ポーラは酔いつぶれて急遽一人に。

クティーラ クトゥルフの娘の一人。昼寝してたら父ちゃんに「アイツらヤベーから助けに行ってこい」と叩き起こされた。暇潰しに魔法少女のコスプレで格闘ゲームに出たら思いの外好評だったので、この路線もアリかなと思っている。


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万魔殿

曙、潮、漣、朧、金剛、比叡、榛名、霧島、北上
大井、赤城、加賀、長門、陸奥、吹雪、大淀
明石、間宮、鳳翔、龍驤、翔鶴、瑞鶴、雪風
時津風、香取、鹿島、隼鷹、那智、妙高
羽黒、那珂、神通、川内、大和、武蔵、矢矧
港湾棲姫、戦艦棲姫、空母棲姫、駆逐古姫
北方棲姫、中枢棲姫…。

…提督。


うふっ。うふふっ♪

提督さんはやっぱり優しいな。

最初は、怖い人なのかなって思ったけど、曙ちゃんにク…そ提督なんて言われても怒らないなんて…!

それにみんなにも優しいし。こんな私にも優しくしてくれた。

でも最近の提督さん、少し疲れてるみたい…。

前みたいに笑ってくれなくなっちゃった。

どうしたら、前みたいに戻ってくれるのかな…。

 

そうだ…。

提督さん、前に私の胸チラチラ見てたな…。

漣ちゃんも言ってたけど、私って駆逐艦なのに胸おっきいみたい。恥ずかしいだけなのに…。

でも、提督さんが興味持ってくれるなら…。

 

━━━提督さん、やっぱり私の事好きみたい…。

肌を見せるのは恥ずかしかったけど、ちゃんと答えてくれた!

でも、どうして私には笑ってくれないのかな…。

曙ちゃんに何か言われたの?

 

もしそうなら曙ちゃん。私、許さないよ…。

 

 

 

 

 

 

 

妹達。私の可愛い妹達…。

この世で誰よりも大切な私の妹達。

 

そんな妹の一人、比叡が沈みました…。

私はとっても悲しかった…。

皆さん、とっても優しいネ…。

テートクも皆さんも私を励ましてくれました。

 

…霧島!

アナタまでが沈むなんて!

シンジラレない!

カミサマ!どうしてっ、

どうしてこんなヒドイ事を…。

 

加賀サンも私を励ましてくれた。

テートクも、傷心のワタシを労ってくれる。

アレは…Oh!ケッコンユビワ!

 

テートクはそれを誰に送るんデショウ?

加賀?それとも…。

 

榛名。

ワタシの可愛い、最後の妹。

 

もしアナタが沈んだら、

テイトクはワタシをどう思うかしら?

 

ネェ、榛名…。

 

 

 

 

 

 

 

司令官!どうして私を置いて死んじゃったんですか!?

私、まだ司令官に何も伝えてない…。

どうしてっ…!!

 

ううん、まだ死んでなんていないわ。

あの人が死ぬわけがない。そうよ。そうに決まってる!

 

ホラ、やっぱり。

明石さんに頼んだら元に戻った。

 

え?私の事を覚えて…。

明石さん!ちゃんと治して下さいっ!

 

司令官、どうしてそんなヒドい事言うんですか!

痛い!何で私を殴るんですか!

こんな司令官…。

 

ふふっ、今度はちゃんと治りましたね♪

私の事も覚えていてくれて嬉しいです。

作戦が上手くいかない?だ、大丈夫ですっ!

まだ調子が悪いだけですよっ。

長門さんや金剛さんの言う事なんて気にしないで下さいっ。

 

え?ここを出ていく?

…なんでです?私、何か悪い事しましたか?

お願いです。そんな事言わないで下さいっ。

また二人で頑張りましょう!

…そうですか。分かりました。

 

━━━サヨナラ。

 

…明石さん、次はちゃんとお願いしますね…。

 

 

 

 

 

 

 

どうしたの坊や。

お母さんがいないの?

ふふっ、大丈夫よ。私が居てあげるわ。

 

どうしたの坊や。

お腹が空いたの?

じゃあ、美味しいもの作ってあげましょうね♪

 

どうしたの坊や。

えっ?私とケッコンしたいの?

あらっ?まあっ!おマセさんね♪

まだ子供だと思ってたのに…。

すっかり大人になって///

 

宜しくお願いしますね

…アナタ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハイッ!私、幸運艦ってよく言われます!

でも、こんな力、何の役にも立たないです…。

 

えっ?そんな事ない?

一緒に頑張ろう?

 

…ハイッ!

 

あ、榛名さん。

え、司令官が好きなんですか?

…ふ~ん。そうなんですか。

 

あ、加賀さん。

もしかして司令官の事…。

そうですか…。

 

ねぇ、時津風ちゃん。

今誰の名前呼んだの?

 

あ、不知火さん!

え、不知火さん、まさか司令官の事…。

 

ううん、何でもないです。

…次の出撃、一緒みたいですね…。

 

 

 

 

 

 

 

 

は、はいっ。私はここの艦娘です。

えっ、そんな…。私、他の皆さんに比べたら練度も低いし。どうせ足手まといです…。

 

えっ、そんな事ない?

で、でも私、あまり実戦経験ありませんし。

 

えっ、本当ですか?

私、お役に立ってますか?…本当ですか?

 

鹿島さん、可愛いですよね。

私なんかと違って…。

え、怒らせちゃった?

大丈夫ですよ、私から言っておきますから。

 

え、作戦が上手くいかない?

今は上手くいかないだけですよ。長門さんには私から説明します。

 

え、ケッコン…。わ、私とですか!?

…本当に私なんかといいんですか?

他にも綺麗で強い皆さん一杯いるのに。

…嬉しいです、とっても…。

 

でも、ここは人が多過ぎますよね?

もっと静かで小さな所に行きましょう。

誰も私達を知らない所で、また最初からやり直しましょう。

大丈夫、今度は上手くいきますから。

…私が保証しますよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

う~ん、これで大丈夫かな?

あ、金剛さん、頼まれてた物、届いて…。

これですよね?

 

もう少し、ここをこうして…。

あ、曙ちゃん。これ、飲んでみる?

大丈夫、何も入ってないから♪

 

ついでに皆さんもどうです?

 

あ、提督さん、どうしたんです?

え、私の事が好き?

ど、どうしたんです急に。

自分でも分からない?

あっ、ダ、ダメですよそんな所触っちゃあ。

 

ここじゃあ、人目に付きますから///

…奥、行きます?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうしました瑞鳳さん。

そうですね、こうしてみたらどうでしょう?

あ、羽黒さん。残念でしたね。

 

どうしました瑞鳳さん。

そうですね、思いきって提督の肩を押してみたらいかがでしょう。

あ、加賀さん、金剛さん。提督の判断なさった事ですから…。

 

どうしました瑞鳳さん。

大丈夫、必ず勝てます。

私を信じて最後まで進んで下さい。

 

…提督。

はい、残念ですが…。皆さんお気の毒です。

 

ところで…

 

もう誰もいませんね?

 

 

 

 

 

 

 

えっ?皆と上手くいってないんですか?

大丈夫です。私に任せて下さいっ♪

 

那智さんは凄いですね。

私と違って勇敢でお強いです!

だから、駆逐艦の一隻や二隻沈もうとも気にせず戦って下さいね!

 

赤城さんは皆さんの守り神なんですから。

もっとしっかり補給しなくては。

他の皆さんの補給を削ってもです!

 

これじゃ働けないですか?

そうですね…。ではその分回しますから働いて下さいね。

 

提督さん!私を裏切るんですか?

私の味方になってくれるって言いましたよね?

アレは嘘だったんですか?

 

え、嘘じゃない?

許してほしい?

…ふふっ、ですよね。

あんな薄情な皆さんと違って、私はずっと提督さんの味方でしたもの。当然ですよね♪

 

皆さん、提督さんはあなた方より私の方が大事だそうですよ。

皆さんは、そこで頑張って下さいね。

 

…沈むまでネ♪

 

 

 

 

 

 

 

どうして…私を拒むの?

このツノ?どうして人間にはツノがないの?

 

どうして私を拒むの?

この大きな手が怖いの?

でも、私は好きよ。

こうやってあなたを抱きしめる事ができるでショ?

 

どうして私を拒むの?

私の大きな体が怖いの?

この大きな胸、あなたも好きだって言ってくれたじゃない。

私からあなたを奪おうとする艦娘から守れるから、私は好きよ。

 

どうして私から逃げるの?

私が人間じゃないから?

でも、私の事愛してくれたじゃない。

ずっとここにいてくれるって、言ったじゃない!

 

そう…。

でもね、言ったでしょ?

 

━━━ズット ココデ 暮ラシマショウッテ…。

 

…おはよう、アナタ。

今日もいい天気ね。

フフ、お腹の子は順調に育ってるわ。

もっと沢山、子供作りましょうネ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何だこの感情は。

そうか…これが愛、か。

こ、これからも私の側にいればイイ。

 

か、帰りたい?

私が嫌いなのか?人間じゃないからか?

 

分かった。

おまえの言う事を聞こう。

あっ…。

 

この感情は何だ?

あのお方の感情が伝わって…。

 

この感情は何なの?

あの人が人間に抱く気持ちか…。

 

…欲しい!

あの人間が!!

 

!! あの方は沈んだぞ!!

これであの人間はワタシのものだ!

 

何っ?おまえ達も?

やらせるかっ!

アイツは…アタシのものだっ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうしたの?

海の向こうが気になるの?

 

何もないわ。

あなたの世界はここ。

私達はあなたに従うわ。

 

…どうして?

ここが嫌いなの?

私達と居るのがそんなにイヤなの?

 

…いいわ。

あなたの頼みなら断れないわ。

向こうに連れてってアゲル…。

 

…どうしたの?

向こうでツラい事でもあったの?

もういいの?

 

…そう。

でもこれで分かったでしょ。

あなたのいる場所はここなのよ。

 

…ワタシの隣だけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

司令官、こんな記事書いてみました!

え、ダメ?

そうですか…。

 

じゃあこんなのはどうですか?

え、嘘だって?

やだなぁ、多少の脚色は必要ですって!

 

え、本当の事を書け?

大丈夫ですよ。皆さん、そんな事気にしてませんから。

じゃあ本当の事、書きますね?

 

あれぇ?おかしいですねぇ。

私と司令官の事、ちゃんと書いたのに。

皆さん、何も言いませんねぇ?

 

分かりましたか司令官?

こんなものですよ。

ワタシと司令官がこんな関係になっても信用しない。

私、ちゃんと本当の事書いてるのにねぇ♪

 

だから、司令官。

あんなみなさん放っといて、私と…ねっ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あなたが私の提督ですね!

はい、私は戦艦です。

そ、そんな…。褒めすぎです///

 

いよいよ戦いも大詰めですね。

いえ、辛くなんてありません。

だって、私にはあなたがいますから。

 

提督。深海棲艦がいなくなれば

私達だけの世界になりますね。

 

でも、この世界にはまだまだ人間が

沢山いますね…。

 

じゃあ、無くしちゃいませんか?

あ、違います!そんな意味じゃないんですっ!

 

提督以外の人間が居なくなればって意味です。

そうすれば、争いもない理想的な世界になりません?

私と提督の二人っきりの…///

 

え?武蔵もいる?

…そうですね。

でも、あなたには私がいる。そうでしょ?

ずっと一緒にやってきたじゃないですか。

 

大丈夫です。全部、私に任せて下さい。

この戦いが終わる頃には、妹もいなくなってますから。

そうしたら、新しい世界を作りましょうね♪

 

じゃあ、行って参ります。

…待っていて下さいね、提督…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ここは鎮守府。

 

ありとあらゆる愛憎が渦巻く場所。




と言う訳でいつもの短編でした。
総集編みたいな物と思って下さい。
手抜き?そんな事あるわけ…ナイじゃない!

次は龍驤だと思います。
ええトコ見したるさかい、期待してや~♪


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さよならを言わせて

そうです、あの人が私の畏敬する提督なのです




ねぇ、覚えてる?

あたしと初めて会った時の事。

鎮守府に来たあんたの事、提督って知らなくってさぁ。まだ昨日の酒が抜けてなくて、ちょっと恥ずかしい所見られちゃったねぇ。

 

『ここの艦娘かい?執務室に案内してほしいんだけど』

 

『へ?いいけど…まさか、今日来る提督さんって…!?』

 

『今日からよろしく。君、名前は?』

 

『し、失礼しました!私は飛鷹型二番…ヴェ~ッ』

 

『お、おいっ!誰かいないかっ!』

 

変な所見られちゃったねぇ。(ついでに変な物も)

でも、あんたも人が悪いよ。来るなら来るって…

へ?皆知ってた?ま、まぁいいじゃないか、過ぎた事はさ。

 

 

 

『ウチは龍驤型一番艦、龍驤(りゅうじょう)や。よろしゅうな』

 

『ち~ッス!最上型三番艦の鈴谷(すずや)でっす』

 

『もう鈴谷ったら…わたくしは同じ最上型四番艦の重巡、熊野(くまの)ですわ!』

 

『飛鷹型一番艦の飛鷹(ひよう)です。で、隣が…』

 

『飛鷹型二番艦の…な、何だよ飛鷹その目は。大丈夫だよ、今日はシラフだからさぁ!』

 

『自分、何かあったん?』

 

『ハァ…この娘ったら提督さんの前で盛大に戻したらしくて…』

 

『『『うわ~…』』』

 

『な、何だよっ!たまたまだよっ。てっきり憲兵かと思ってただけで』

 

『いや、憲兵だから吐いてもいいってわけじゃないやろ…』

 

『だ、大丈夫だよ!そりゃ靴に引っ掛かったかもしれないけど…先っちょだけ!先っちょだけだから!!』

 

(な、何かイヤらしい話に聞こえるのは何故かしら///)

 

『どうしたの熊野。顔が赤いよ。ニヒヒッ♪』

 

『な、何を言ってるんですの鈴谷ったら!』

 

『アハハ…まぁウチらこれでも頼りになるんよ。これからよろしゅうな提督さん』

 

『…で、名前は?』

 

『名前?』

 

『君の妹さんの名前』

 

嘔吐(おうと)空母の隼鷹(じゅんよう)や』

 

『だ、誰が嘔吐空母だ、この貧乳空母!』

 

『ひ、貧にゅ…!おうコラァ!自分、言うて良い事と悪い事あるやろ!?』

 

『おまえが言うな、この駆逐艦体型が!』

 

『やるんか!?『やらいでか!!』

 

『そこまで』

 

『痛たたっ!飛鷹、耳引っ張るなや!』

 

『ちょっ、飛鷹っ!あたし悪くないじゃん!』

 

 

 

アハハッ。第一印象は最悪だったねぇ。あの後、飛鷹にも小言言われたし、反省してるよ。

でも、あんたはそんな事気にしてない、今度一緒に飲もうって言ってくれて、あたしも話の分かる奴だって思ったよ。

早速その日の晩、歓迎会も兼ねて鳳翔んとこで飲んだよねぇ。覚えてる?

 

『…でな、鳳翔。隼鷹の奴、この人が提督とは知らずに目の前で吐いたんやと』

 

『まぁ!そ、それは…災難でしたね』

 

『ち、違うんだよ鳳翔さんよぉ!龍驤、あんた黙ってるって言ったろ!?』

 

『どうせバレるやん。大丈夫や、提督さんに引っ掛けた事は内緒にしといたる『おもいっきり言ってるじゃねーか!』

 

『…』

 

『提督さんも何か言ってやってくれよ、このまな板艦に』

 

『誰がまな板艦や、このアル中空母!ウチはまだ成長期なんや!伸びシロはある!そやろ鳳翔?』

 

『え、えぇ…その…』

 

『何で目ぇ()らすん!?』

 

『提督はあたしみたいな大人の女が好きだってさ♪なぁ提督』

 

『こ、こら隼鷹。胸を押し…付け…///』

 

『提督さん、顔ニヤケとるで…』

 

『…(モミッ)』

 

『大丈夫だって飛鷹。あんたも大きい方だって。誰かさんと違って♪』

 

『誰かさんって誰や!』

 

『…(ニヤッ)』

 

『笑ったな!?今、ウチ見て笑ったやろ?』

 

『まぁまぁ龍驤さん、これでも食べれば少しは大きく…アラいやだ、私ったら!』

 

『鳳翔、オマエもか!?』

 

 

 

あの時は楽しかったねぇ。結局みんな酔い潰れて。

知ってる?酔ったあんたを執務室まで運んだのあたしなんだよ。知らなかったろ。

あの程度で潰れるなんてだらしないねぇって思ったけど、そんなになるまで付き合ってくれて嬉しかったよ。

思えばその時からかねぇ。…あんたの事、意識し出したのは。

でも、最近のあんたは…少し変わっちまったよ。どうしたんだい?

何かあったんなら言ってごらんよ。

 

 

 

 

 

 

 

「…以上が今回の作戦だ。今回はあくまで偵察が目的だ。深追いはしない様に」

 

提督の指示の下、執務室に集まった艦娘達は散会する。その中に一人残る影に提督は気付いた。

 

「…隼鷹、どうしたんだ。何か分からない事でもあったか?」

 

「い、いやそうじゃなくってさ。ただ…」

 

隼鷹は照れた様に下を向いた。

 

「最近あんたと飲んでないから、たまには…って思ってさ」

 

提督は何も言わず隼鷹から目を反らした。

 

「あっ、ごめんよ、こんな時にさ!そっ、そうだよね、今はそんな事言ってる場合じゃないよね…ごめんよ」

 

「…今回の件が一段落したら、付き合うよ」

 

「ほ、ホントかい!?約束だよ!」

 

「あぁ。だからおまえも」

 

「あっ、ああ!そうだったね。じゃああたしも行くよ。楽しみにしてるからね♪」

 

さっきまでの沈んだ表情はどこへやら、隼鷹は踊る様に執務室を後にした。

 

「きゃっ!危ないわねぇ…隼鷹の奴、どうしたの?」

 

隼鷹と入れ替わる様に飛鷹が入って来た。

 

「飲みに誘われただけだよ」

 

「…そう。そう言えば私達とは」

 

「俺と飲むのは、な」

 

「…そうね。あ、それはそうと…こ、この間の話なんだけど…」

 

 

 

 

 

 

ねぇ、覚えてる?

あんたとも週に一度は鳳翔んトコで飲む様になってさ。

そんな時だったね。厄介な敵が現れてさ。あたしら空母組にも出番が回ってきてさ。

あたし、珍しく張り切ったんだ。

だって、そうだろう?

…あたしにだってプライドがあるからねぇ。

いつも飲んでるだけのただ飯喰い、なんて思われてると思ってたからさ。ここらで一丁活躍して、頼りになる所見せとこうと思ってさ。

 

『龍驤、飛鷹っ、そっち行ったよ!』

 

『おっしゃっ!任しときっ!!」

 

『発艦開始!逃がさないわっ!』

 

『…やったっ!敵さん逃げてくよっ!』

 

『いよっしゃ、よっしゃっ!ウチに掛かればこんなモンや!』

 

『…了解。作戦終了ですって。私達も帰投しましょ』

 

『いや~、やっぱシメはウチでないと駄目やな♪』

 

『はぁ~?何言ってるんだい。あたしの爆撃が決め手になったんだ。MVPは当然このあたしだよねぇ~』

 

『…誰かさんが撃ち洩らした敵をウチらが片付けたんや。感謝してもええんよ?』

 

『…せっかく来たんだ。少し位は、おこぼれあげないと誰かさんは拗ねちゃいそうだからねぇ♪』

 

『…言うやないか。あ、艦載機が戻ってきたで。気い付けや。その針ネズミみたいな頭に突き刺さっても知らんで』

 

『…あっ、あんたの艦載機が戻ってきたよ。早く巻物出して…って、代わりに平らな部分あるねぇ♪』

 

『ど、どこ見て言うてんねん!胸か?胸の事言うてんのか!?』

 

『そんな事言ってないだろぉ?まぁ、あたしは山が二つあるから無理かねぇ♪』

 

『九七式、ぶっ放してやりぃ!』

 

『来いよ龍驤、艤装なんか捨ててかかって来なよ♪』

 

『…全機爆装!!』

 

『ちょっ、飛鷹っ!』

 

『じょっ、冗談だって…装甲は止めっ…!』

 

『『ギャア~~ッッ!!』』

 

龍驤とは腐れ縁みたいなモンだからねぇ。あたしもついノッちゃうよ。そのせいでいつも姉貴を怒らせちまうけど。何も本気で攻撃する事は無いんじゃないかい?

え、あたしが悪い?

男がそんな細かい事気にすんじゃないよ。全く、だんだん姉貴に似てきたねぇ。

あっ、ひ、飛鷹には黙っといてくれよ!

 

 

 

『よくやった、皆。特に今回は龍驤達が制空圏を取った事が大きかったと聞く。ご苦労様』

 

『あぁ~、それなんやが…』

 

『うん?』

 

『隼鷹が最初に危険な役を買って出てくれたのが大きいんや。褒めるなら隼鷹、褒めたげてや』

 

『な、何言ってんだい!あんたも言ってたろ?あたしが撃ち漏らした敵を片付けたんだって!』

 

『ま、結果的にはそうやが、それもあんたの先制攻撃があればこそや。そやろ?飛鷹』

 

『…まぁね。今日の隼鷹はカッコ良かったわよ♪』

 

『姉貴…』

 

『じゃあ何で二人共、中破して『さ!二人共っ、入渠しましょうか!』

 

『ちょ、飛鷹、腕引っ張んなや!』

 

『わ、分かったって!黙っとくから、引っ張らないでってば!』

 

龍驤も、ああ見えていい所あるんだよ。あたしが背中預けられるのもあいつ位だよ。

え?どっちが背中か分からない?

フフッ、あんたも口が悪いねぇ。龍驤には黙っといてあげるよ。

 

…そんな龍驤とも最近は息が合わなくなってきてね。何でだろう。敵が強くなったのか、それとも…。

何と言うか、お互いの考えてる事が噛み合わなくなった、とでも言うのかねぇ。

 

 

 

 

 

「隼鷹、何ボサッとしてんねん!早く発艦しいや!」

 

龍驤の言葉に、隼鷹はここが戦場だと言う事を思い出した。

 

「…っ、ああ!ごめんっ!」

 

隼鷹は素早く巻物を広げた。やがて隼鷹が念を込めると艦載機が実体化する…筈だった。

ところがいつまで経っても艦載機は巻物から飛び立とうとはしない。

 

「…っ、何でっ!」

 

「隼鷹、あんたどうしたの!?」

 

「ひ、飛鷹姉っ。あたしにも分かんないだよ」

 

「隼鷹、あんたは下がっとき!飛鷹、頼む。ウチだけじゃ支えられへん!」

 

「分かったわ!」

 

龍驤の檄に、飛鷹が前に躍り出る。巻物を開こうとした飛鷹は、目を丸くして隼鷹の後ろを見た。

 

「隼鷹っ、危ないっ!」

 

「…えっ?」

 

飛鷹は振り替える隼鷹を突き飛ばした。

 

「きゃああーっ!」

 

飛鷹は敵艦載機の爆撃をまともに食らう形で吹き飛ばされた。

 

「飛鷹っ!」

 

「あ、姉貴っ!」

 

龍驤は自分の艦載機に迎撃を命じながら、飛鷹を庇う様に前に立った。

 

 

 

龍驤達のフォローで戦いは辛勝に終わったが、隼鷹の不調が戦局に少なからず影響を与えた事は、既に提督の知る所となっていた。

 

「報告を読んだが…隼鷹、やはり調子が悪いみたいだな」

 

「ご、ごめんよ。あたしにも分からないんだ。こんな事初めてで…」

 

「わ、私は大丈夫です。龍驤も庇ってくれましたから」

 

「提督、あんま責めんといてや。隼鷹は、その…まだ本調子じゃないんよ」

 

「そ、そんな事!あたしは…」

 

「隼鷹。少し休暇が必要なんじゃないか?」

 

「あ、あんたまでそんな事言うのかい!?」

 

「だが、次もまたこうならないとは限らない。…暫く編成からは外す事にする。飛鷹、龍驤、そのつもりで頼む」

 

「「…はい」」

 

「…ッ!」

 

隼鷹は何も言わずに執務室を飛び出して行った。残る飛鷹と龍驤は気まずそうに顔を見合わせた。

 

「提督、隼鷹の分は私が働きます。あまりあの子を責めないでやって下さい」

 

「うん、ウチも頑張るから…さっきも言ったけど、暫くすれば治ると思うんよ。せやから…」

 

「あぁ、その点は気にしてないよ。ただ、な…」

 

「ただ?」

 

「いつになったら俺を…」

 

 

 

 

 

どうしてこうなっちまったんだろうね。私もこんな事初めてだから、さっぱりだよ。

…何だか湿っぽい話になっちまったね。

あ、そうそう、あの時の事覚えてるかい?

そう、鈴谷と話した時だよ。

 

 

 

 

『おい隼鷹。前の報告書、いつになったら出すんだ?』

 

『あ、あれぇ?おっかしいな。飛鷹に渡しといたはずなんだけど』

 

『その飛鷹から本人に聞く様に言われたんだがな』

 

『くっ!先手を打たれたか』

 

『うぃーっス!』

 

『何だ鈴谷。どうかしたか?』

 

『ちょ、提督さん冷たくない?せっかく遊びに来てあげたのに』

 

『今それどころじゃないんでね』

 

『えぇ~っ、何で?あ、もしかしていい雰囲気だった?鈴谷お邪魔だった?』

 

『ち、違う!』

 

『…そんなムキになって否定しなくてもいいじゃんか。あたしと一緒にいるのがそんなに嫌かい?』

 

『…報告書を持ってきてくれれば好きになるかもな』

 

『水に流してくれれば、もっと好きになるかもよ♪』

 

『あっはははっ♪二人ともいいコンビじゃん。熊野にも教えたげよ~っと!』

 

『あ、おいっ!』

 

『何だい、そんなにあたしと噂になるのは嫌かい?…あたしは、そうでもないけど…ね』

 

『…色仕掛けでごまかされない様に、とも言われてるんだが』

 

『んもうっ!そんな事言わずにさ。ネッ?』

 

『何がネッだ。…頬を染めるな、上目遣いは止めろ!』

 

 

 

あの時は冗談でごまかしたけど、実はドキッとしたんだよ。鈴谷の一言。あたし達って周りからはそう見えるのかなって思って。

…そっからかねぇ。妙にあんたの事気にし出してさ。

わざと報告書出し忘れて、あんたと話す時間作ったりねぇ。そうでもしなきゃ、あんたから話してこないだろう。

もうちょっと乙女心を分かってくれよ。ニブいんだから。

あ、今笑わなかったかい?あたしには似合わないって思わなかったかい?

 

 

 

「そんな事言わずにさぁ~。ねっ?提督さんの、ちょっといいトコ見てみたいな♪」

 

提督と鈴谷が話していると、執務室のドアが開いた。

 

「あっ、取り込み中だったかい?」

 

「いや、大丈夫だ。何か用かい」

 

ドアを開けた隼鷹は一瞬、入室をためらったが提督へ紙の束を渡した。

 

「あぁこの前の報告書か。ありがとう、目を通しておくよ」

 

「…」

 

報告書を渡した隼鷹は、何故か何もいわずその場に立っていた。三人共喋らず、数秒の沈黙が支配した。

 

「あ~…す、鈴谷はこれで!じゃあね提督さん、ちゃんと考えといてね」

 

「あ、鈴谷」

 

沈黙に耐えきれなくなった鈴谷が、執務室を後にした。

 

「まったく…」

 

「何を話してたんだい?」

 

鈴谷を見送った提督に隼鷹が話しかけた。

 

「何って…。新しい装備のおねだりだよ。ただ鈴谷だけっていかないだろ?必然的に熊野にもって事になるから」

 

「…本当にそれだけかい?」

 

「それだけって…何を疑ってるんだ?」

 

「疑ってなんかいないよ…ただ、最近のあんた、ちょっと冷たいんじゃないかと思ってさ」

 

「そんな事ないだろう。ただおまえとは「嘘付かないでくれよ!」

 

隼鷹は顔を上げ、提督に叫んだ。その顔は怒っているというよりは、必死に泣くのを堪えている様だった。

 

「どうしてそんなに冷たいんだい?あたしが何かしたなら謝るから言っとくれよ!」

 

「隼鷹…」

 

「い、今は調子が悪いだけさ!すぐに良くなるよ!…それとも、こんなあたしは、もうお払い箱かい?」

 

「…そんなわけないだろ」

 

隼鷹は突然、提督に歩み寄ると提督の上着に手を掛けた。

 

「じ、隼鷹!何をっ!」

 

「もしかして寂しいのかい?そうなんだろ?だ、大丈夫だよ。そりゃあ上手くはないかもしれないけど…」

 

隼鷹は提督の手を押し退け、ズボンのベルトに手を掛ける。

 

「失礼します…って隼鷹!あんた何してんの!?」

 

隼鷹は執務室のドアを開けた飛鷹の声に振り返った。隼鷹の力が抜けた瞬間、提督は隼鷹を力一杯払いのけた。その力が強すぎたのか、隼鷹は受け身も取れず地面に転がった。

 

「あっ、す、すまない」

 

「提督、これは…」

 

「飛鷹、勘違いしないでくれ。君の考えてる様な事は何もない。本当だ」

 

「えっ、ええ…それは疑ってないけど…」

 

床に倒れた隼鷹はゆっくり顔を上げた。彼女の頬を一筋の涙が零れ落ちる。

 

「どうして…。どうしてあたしを拒むんだい。お願いだよ。あたしを…あたしを捨てないでおくれよ…」

 

「隼鷹…」

 

飛鷹は肩を貸し、隼鷹を立ち上がらせた。

 

 

 

 

 

この時はあたしも恥ずかしかったんだよ。

そうだろ?人間の男は、そ、その…そういう事したいんだろ?

もう!こんな事、女のあたしに言わせないどくれよ!

そう言えば、思い出したよ。

初めてあんたが、あたしを求めた日の事…。

 

 

 

『提督さんよ~。飲んでるかい?』

 

『背中を叩くな~。飲ん…でるよ…でも、これ旨いな』

 

『あら、本当ですわ!…白木久ですか』

 

『だろ~♪鳳翔さんが四越から提督の為に取り寄せたんだよ』

 

『うふふ、喜んで頂いて光栄です』

 

『あたしが酌してやってんだ。感謝しなよ』

 

『なぁんでオマエが偉そうなんだ~』

 

『おう、熊野!そんなちびちび飲むんじゃないよ!もっと、豪快に行きな!』

 

『わ、わたくしは提督さんと飲みに来たんですわ!隼鷹さんが居るなんて聞いてませんわ!』

 

『甘いよ熊non。光ある所に影がある。…酒ある所にあたし在りってなぁ!』

 

『人をどっかの絵描きみたいに…って、乗っからないで!お、重いっ。す、鈴谷ーっ!』

 

『…だからね?モガミンや、くまりんことデザインが違うのはそ~ゆうワケ。ちょっと鳳翔さん、聞いてるぅ?』

 

『はいはい、聞いてますよ(鈴谷型の話が始まったという事は…あと30分は語りそうね…)』

 

『全く、鈴谷は情けないねぇ、って、あんたドコ触ってんだい!?』

 

『おまえの髪型はどうなってんだぁ?針ネズミみたいな髪型しやがって~。悟○の兄貴かぁ?』

 

『し、知らないよぉ。生まれた時から…ひゃっ、引っ張んないでおくれよ!』

 

『提督さん、艦娘は髪型が生まれた時から変化しないんですよ』

 

『そうなんスか鳳翔しゃん…ってどっかで聞いた様な…』

 

『改二になると髪の色が金色に『どこの戦闘民族ぅ!?』

 

『そう言うあんたはどうなんだい?もっと伸ばしてもいいんじゃないかい?』

 

『下はボーボボだZE☆』

 

『し、下って…///』

 

『て、提督さん、酔っています?』

 

『酔いましぇ~ん。僕は酔いましぇ~んっ!』

 

『モガミンの事ですか~っ!?』

 

『あんたも酔ってるんかい!』

 

『疑ってんのくぁ?』

 

『…じゃあ、見しとくれよ///』

 

『ちょっ、隼鷹さんっ///』

 

『は、はしたないですわ!(えっ、え?本当に脱がすの?ちょっ、え?マジで?)』

 

『やっ、止めるぉ!ぶっ飛ばすぞ~』

 

『いいじゃんかオラァ~、見したきゃ見してみろよ~』

 

『パンツ下ろすな~、止めっ…あっ』

 

『『『…ひゃっ///』』』

 

『…鳳翔さん、聞いてるぅ?』

 

 

 

いや~、あんた意外と酒癖悪かったんだねぇ?もっと静かな男かと思ったら。びっくりしたよ。

…ま、まぁ?あたしらも、悪ノリしちまったけどさ?

で、でも…は、初めて見たよ///

熊野の奴も驚いてたっけ?鳳翔さんはそうでもなかった様な…。

で、結局あたしが介抱したんだよねぇ。

 

 

 

『提督さんよ~、悪かったって言ってんじゃんよ~』

 

『もうヤだ…提督お婿に行けない…家事手伝いもしなぁい!!』

 

『そ、そん時ゃあたしが貰ってやるからさ~』

 

『隼鷹さん。今日は提督さん、帰した方がいいんじゃ…』

 

『そうだね、あたしがおぶってくよ。ったく、しょうがないね~』

 

『…ウフフッ』

 

『何だい熊野、気持ち悪い』

 

『いえ、こうして見ると提督さんと隼鷹さん、まるで夫婦みたいだなって思いまして』

 

『よ、よしとくれよ///』

 

『じゃあ、提督さんはお任せしますわ。わたくしは鈴谷を連れて帰ります』

 

『えぇ。皆さん、また明日』

 

『ふふっ、隼鷹さん。くれぐれも送り狼になってはいけませんわよ♪』

 

『そりゃ男に言うセリフだろ?あたしに言うんじゃないよ!』

 

『ほら、鈴谷。起きてちょうだい!』

 

『…聞いてるぅ?』

 

 

 

 

 

ある日の早朝。

執務室の隣にある自室で提督は起床した。まだ寝惚け眼のまま背広に腕を通した提督は、執務室へのドアを開けようとした。

 

「うん?」

 

ドアが開かない事に気付いた提督は、そう言えば鍵をしていたなと鍵を差し込んだ。

カチャリと小さな音と共に提督はドアを開けようとしたが、思いきり顔をドアにぶつけた。

 

「痛っ!」

 

開けたはずのドアは開いておらず、まるで壁の様に動かなかった。

 

(…あ、…よう…たんだね)

 

「なっ!」

 

急にドアが軽くなったと思うと、ドアの向こうに座っていただろう隼鷹が、目を擦りながら、立ち上がった。

 

「じゅ、隼鷹!何でこんな所に!」

 

「ヒドいよ…あたしずっと待ってたんだよ。でも、あんた鍵閉めちまうから、仕方なく…」

 

「ま、まさか一晩中ここに居たのか?」

 

「そ、そうだよ。もう忘れちまったのかい?あんたとこうして過ごした時の事…」

 

 

 

 

 

 

 

 

『ほら、あんたの部屋だよ』

 

『うぃ~。あれぇ、何れ俺の部屋に…。まさか、瞬間いろう?』

 

『何言ってんだい。あたしが運んでやったんだよ』

 

『隼鷹~。おまえイイ奴だな~。愛してるぞぉ』

 

『ね、寝惚けてんじゃないよ、全く…きゃあっ!』

 

『隼鷹~おまえ胸デカいな~♪』

 

『ちょっ、や、止めなって///終いにゃ怒る…ひゃんっ!』

 

『隼鷹~初めて会った時から、おまえとこうしたかったんだよ~』

 

『な、いきなり何言って…んん~っっ!!』

 

『…ぷはァ!酔ってるかもしれないけど、これは本気なんだよぉ』

 

『えっ、えぇっ!?』

 

『今日は帰さないぞ…。おまえは俺のモン…だ…』

 

『…本気…なのかい?』

 

『当たり前…だろぉ。ほ~しょ~さんでも、ず~やでもクマでもない。俺は…おまえが好きなんだよ』

 

『…いいの…かい?あたしで…』

 

『隼…鷹っ!!』

 

『…あっ』

 

 

 

全く、色気も何もあったもんじゃないよ。最低の告白だよ。

金剛じゃないけどさ、もう少しムードとか、考えて欲しかったよ…。

で、でも…あたし、そんな事言われたの初めてだから…。

嬉しかったよ…。

 

 

 

 

『…おはよう。目が覚めたかい?』

 

『…え?じゅん…えっ?』

 

『何、寝惚けてんだい?…あたしが隣に居るのが、そんなに不思議かい?』

 

『いや、その…隼鷹、俺、昨日おまえに…』

 

『き、気にしてないよ!昨日はあたしも酔ってたからねぇ。あたしは艦娘だけどさ、人間の男女には、その…よくある事なんだろ?』

 

『…すまん』

 

『あ、謝らないでおくれよ!あたしだって好きでもない奴と…そ、そんな事したりしないよ!』

 

『え、じゃあ俺の事…』

 

『ま、まぁ///…って、何言わせんだい!恥ずかしいね』

 

『…』

 

『だ、大丈夫だよ!別に責任取れだの、ケッコンしろだの言う気はないからさ…あたしも昨日の事は…忘れるよ』

 

『…いや、そんなの駄目だ』

 

『…えっ?』

 

『思い出したよ…確かに酔ってたかもしれないけど、昨日言った事は本当だ』

 

『か、からかわないでよ。本気にしちゃうじゃない…』

 

『からかってなんかない!改めて言うよ。隼鷹、俺、おまえの事が好きだ。

 

『将来、指輪を取り寄せられる様になったら…俺と…ケッコンしてくれ』

 

『…ほ…本気で…言ってるのかい?』

 

『ああ』

 

『でも…あたし…こんな飲んべえだよ?』

 

『…ああ』

 

『飛鷹にアルコール依存症のセミナー行けって言われて『やっぱ考え直していい?』えぇっ!?』

 

『嘘だよ。俺はありのままの隼鷹を好きになったんだ…その位、どうって事ないさ』

 

『…あんた』

 

『でも暫く禁酒な』

 

『そんなぁ!!』

 

 

 

 

 

 

あの時、あたし本当に嬉しかったよ。

今だから言うけどさ…あんたに押し倒された時も…実はちょっと嬉しかったんだよ。

あんたの事は気になってたし、まさかあんたの方から求めてくれるなんて…。

でも、あんたもあたしも酔ってたし…明日になれば、あんたも後悔するんじゃないかと思ってさ。

あたしはてっきり、鈴谷か熊野辺りが好きなんじゃないかって思ってたからさ。あの娘達の方が、あたしみたいなガサツな女と違って可愛いだろう?男はああいったのが好きなんじゃないかって思ってたからさ。

本当に…本当に嬉しかったよ。

誰かに必要とされる事が、こんなに嬉しいなんて…。

でも、どうしてだい?

どうして…

 

 

 

 

 

 

「部屋に戻るんだ、隼鷹」

 

「…えっ?」

 

提督の言葉を聞いた隼鷹は、まるで冗談は止めろとでも言わんばかりにおどけた笑いをしてみせた。

 

「…んもぅ、またそんな事言って♪いくらあたしでも、そろそろ怒る「帰るんだ隼鷹!今日は訓練にも出なくていい。龍驤達には俺から言っておく。怒鳴ったのは謝る。とにかく今日は戻れ」

 

「な、何で…何でそんな冷たい事を言うんだい!?いくらあんたでも言っていい事と悪い事があるだろう!!」

 

「隼鷹!いいから今日は帰るんだ!明日、時間を作る。その時ゆっくり話そう。だから今日は…」

 

「…誰なんだい?」

 

「じ、隼鷹?」

 

「誰か居るんだろう?あんたの部屋にさ!…だからあたしを部屋に入れたくないんだろう!?」

 

隼鷹は突如、鬼の様な形相になり、提督に掴み掛かった。

 

「うわっ!じ、隼鷹っ!!」

 

女にしては背は高めとはいえ、隼鷹は男の提督に比べればはるかに華奢な体格のはずだった。少なくとも提督は、今この瞬間までそう思っていた。

だが彼女もまた、艦娘なのだ。

日々、恐ろしい深海棲艦と互角に渡り合っている戦艦なのだ。その彼女が激情に身を任せた時の腕力は、人間の提督に容易に止められるものではなかった。

 

「ぐああっ!隼…鷹っ!止めるんだっ!」

 

「鈴谷かい?熊野かい?それとも龍驤の奴かい!?出て来なっ!あたしの大事な人をたぶらかしてっ。タダじゃおかないよっ!!」

 

「何事で…隼鷹さん!一体何を!?」

 

騒ぎを聞き付けたのか、執務室に飛び込んで来た大淀が提督と隼鷹を引き剥がそうと間に入った。

 

「隼鷹さんっ!提督に何をしているんですっ?離して下さいっ!」

 

「邪魔すんじゃないよ大淀!あんたには関係無いんだ、すっ込んでな!!」

 

「い、一体何を言ってるんですか!?どうしたんです隼鷹さんっ!相手は提督ですよ!!」

 

提督に掴み掛かる手を引き剥がそうとする大淀。そうはさせまいとする隼鷹。自分の肩の骨を砕かんばかりに力を込める隼鷹を、必死に振りほどこうとする提督。

その三竦みの均衡は、廊下に現れた二人によって崩れた。

 

「何事で…って、隼鷹さん?何をしてるんですの?」

 

「どうしたの熊野?えっ、隼鷹さんに…提督?やだっ、修羅場?」

 

鈴谷と熊野の顔を見た瞬間、隼鷹の手から力が抜けた。

 

「うおっ!」

 

「きゃあっ」

 

提督と大淀は互いにぶつかる様に、その場に尻餅を着いた。

 

「…あんたらじゃない…のかい」

 

隼鷹の目がいつもとは違う事に気付いた鈴谷と熊野は、少し怖じ気づいて後退りする。そんな二人を睨み付けていた隼鷹は、ハッと何かに気付いた様に提督へ向き直る。

 

「と言う事は…!」

 

隼鷹は尻餅を着いている提督の横を走り抜け、提督の私室へ飛び込んだ。

 

「ッ!」

 

だが、部屋には誰もいなかった。

 

「いい加減にしないか隼鷹!」

 

隼鷹の肩を掴んだ提督が、彼女を部屋から引っ張り出した。

 

「誰もいない!おまえの考えてる様な事はない。今日はもう戻るんだ!」

 

提督の言葉が聞こえていないのか、半ば茫然自失としている隼鷹は、フラフラとしながらその場を後にした。

 

「…悪い大淀。変な事に巻き込んで」

 

「いえ。ただ、隼鷹さんは暫くお休みした方が宜しいのでは」

 

「…」

 

大淀は外れた眼鏡を戻すと、提督の後ろへ視線を送る。

 

「それに…彼女に指輪を贈る事を隠していると、また今回の様な騒動が…」

 

「え?」

 

提督が振り向くと、そこには騒ぎを聞き付けたのか、一人の艦娘が立っていた。

 

 

 

 

 

 

「うん、何や?」

 

自室でくつろいでいた龍驤の頭に、どこから現れたのか、数人の小さな妖精が乗り掛かってきた。

 

「あれ?アンタら飛鷹の艦載機の…」

 

龍驤がおちょくる様に妖精の頬をつつくと、妖精は怒って彼女の顔に蹴りを入れた。

 

「った!何やの。冗談やん…え?そんな場合じゃない?そういや何でアンタらだけここに居るん?飛鷹は…」

 

 

 

 

 

 

ねえ、覚えてるかい?

出張で別の鎮守府に行く時、ケッコン指輪を持って帰るから待っててくれって、あんた言ったよね。

あたし、本当に嬉しかったんだ。

その…あんたを疑うつもりじゃないけどさ。

もしかしたら…心変わりしてるんじゃないかって。酔った勢いで言っちまっただけなんじゃないかって思ってたからさ。

ちゃんと…約束覚えていてくれたんだ。…本気なんだって、とっても嬉しかったんだ。

 

 

 

 

『じゃあ大淀、龍驤。頼むよ。明日の夜には戻れると思う』

 

『はい、お任せ下さい』

 

『提督さん、折角なんやし息抜きでもしてきたらどうや?どうせ今日は向こうに泊まるんやろ?』

 

『息抜きって…あくまで仕事だからな?』

 

『わ~ってるって。別に変な遊びしてるなんて思てへんよ♪』

 

『変な遊びって…えっ?ええっ///』

 

『お、おい!変な事言うな!』

 

『…ウチ、最近、日本酒に凝っててな』

 

『…何本か見繕ってくるよ』

 

『いや~悪いなぁ、急かしたみたいで♪』

 

『…じゃあ隼鷹。行ってくるよ』

 

『ねぇ、やっぱり途中まであたし達が護衛に付こうか?』

 

『大丈夫だよ。せいぜい二~三時間の距離だし。それにこの辺りはもう解放区域だ』

 

『でも…!』

 

『大丈夫やって隼鷹。この辺りの深海棲艦はウチらが絞めてやったから、大人しいもんや』

 

『あんたの乗る船の艦橋が、波浪で圧壊しやしないか心配だよ!』

 

『イヤミか、じぶんッッ!!』

 

 

 

 

あたし、あんたを笑顔で見送ったよね。

ふふっ、明日には帰ってくるのに、たった一日がまるで一年にも感じたよ。

やっぱり似合わないかい?こんな女々しい事言うの。

 

…次の日の昼だったかね。

大淀がとんでもない事言い出してさ。

 

 

 

 

 

 

『…なんや、今日の隼鷹、えらいご機嫌やな。何かあったん?』

 

『提督が帰ってくるからでしょ』

 

『え、それがどうしたん飛…あぁ、そう言う事か』

 

『ええ。でもびっくりしたわよ。まさか朝帰りした挙げ句、ケッコン申し込まれた~なんて。そりゃ隼鷹が幸せになるのは嬉しいけど…姉としては複雑な気分ね』

 

『フフッ、先越されてもうたなぁ♪』

 

『ちっ、違うわよっ///そんな意味で言ったんじゃないわよっ!そっ、それにそれを言ったら龍驤だって同じじゃない!』

 

『ふふっ、ウチはアテがあるからなぁ♪今から楽しみや』

 

『アテ?それって』

 

『た、大変ですっ!』

 

『なんや大淀、どないしたん?』

 

『て、提督が!提督の乗った船が深海棲艦にっ…!!』

 

『えっ!』

 

『なんやて!』

 

『…それ、本当かい?』

 

『じ、隼鷹。聞いて…たの?』

 

『大淀、提督の乗ってた船が…何だって?』

 

『…帰りの便に乗った提督の船が、恐らくはぐれ深海棲艦に襲われて…。向こうの鎮守府の艦娘が着いた時にはもう…』

 

『…』

 

『…プッ♪』

 

『じ、隼鷹?』

 

『あっはっは!驚いたよ大淀。あんたもっと堅物かと思ってたけど、冗談も言えるんだねぇ♪』

 

『え?』

 

『ちょ、ちょっと隼鷹っ…』

 

『じ、隼鷹さん、何を言ってるんですか?こんな事冗談で言えません!』

 

『はは~ん、分かったよ?ここに居る皆グルなんだろ?で、驚いたあたしの前に、もう帰って来てた提督が登場!そういう事かい?』

 

『そ、そんな事しません!』

 

『お、おい隼鷹。あんた…』

 

『提督さんよ!もしかしてドアの後ろにでも居るのかい?もうバレてるよ。出ておいでって♪

 

『あれ?おっかしいねぇ~。ドアの後ろじゃなかったのかい。あ、執務室で待ち構えてんのかい?

 

『それとも港の方かい?ふふっ、全く憎い事しちゃって。提督さん、どこなんだい?ねぇ、提督さんよぉ!』

 

 

 

 

全く、大淀も皆も人が悪いね。まさか龍驤や飛鷹の奴もグルだったなんて思わなかったよ。

ふふっ、もしかしてあたしに妬いてるのかねぇ。だとしたら、良い気分じゃないけど…悪くはないかもね。

結局、あんたはその日は帰って来なかったけど、ちゃんと帰って来た。

もう、皆なんだってあんな嘘付いたんだか。

あんたもあんただよ。

遅れるならそう言っとくれよ。

少し大淀の言う事信じちまったじゃないか。

 

 

 

 

 

『初めまして。今日からこの鎮守府の提督に着任する事になった。よろしく頼む。前の提督については本当に気の毒…』

 

『遅かったじゃないか!』

 

『ん?あぁすまない。少々、道が混んでいて』

 

『ちょ、ちょっと隼鷹!』

 

『ち、違うんよ提督さん。これはその…』

 

『一日で帰ってくるはずが一ヶ月も待たせて!何してたのさ。…まさか変な女に引っ掛かってたんじゃないだろうね?』

 

『な、何の話だ?君は…ここの艦娘の一人かい?』

 

『何だい?もしかして会わす顔が無いから、誤魔化そうとしてるのかい?ふふっ、もういいよ。今日はあんたの奢り、それでチャラにしてあげるよ。久しぶりに飲むよ♪』

 

『…すまない、見覚えが無いんだが。もしかして以前どこかで会った事が?』

 

『ち、違うんです提督。妹は少し勘違いをしてまして!』

 

『そ、そうなんや。ちょっと説明しときたい事あるから、顔貸してくれへん?』

 

『あ、あぁ』

 

『あ、ちょっと飛鷹、龍驤。提督をどこへ連れてくのさ!』

 

『龍驤、提督には私から話すわ。悪いけど隼鷹をお願い』

 

『あ、あぁ分かった。頼むわ』

 

『ちょっと、何二人でこそこそ…あっ、龍驤引っ張らないでおくれ。まだ話は終わって…』

 

『その前に飛鷹が用事あるんやと。ウチらは後で、な?』

 

『な、用事って何さ。離しとくれよ、もうっ!』

 

 

 

 

何なんだい、飛鷹も龍驤の奴も。

折角、一ヶ月振りで積もる話もあるってのに。

もしかして、痴話喧嘩すると思って引き剥がしたのかい?こんな所でおっ始めたりしないよ全く。

そりゃあ、一ヶ月も何やってたんだか気になるけどさ。ちゃんと帰って来てくれた。それに…。

夜は久しぶりに、二人で過ごしたいしさ…///

 

でも、そこからだよね。あんたが変わっちまったのは…。

その原因が、まさかアイツだったなんてねぇ…。

 

 

 

 

 

 

「提督、以前の…ケッコンのお話ですが…。今はお受けできません」

 

提督の机の上には小さな小箱が置かれていた。開かれた箱の中で、指輪が銀色の光を放っていた。

 

「そうか…いや、俺も悪かったよ。こんな時期に」

 

「て、提督は悪くありませんっ!…でも、今は隼鷹の側にいてやりたいんです」

 

飛鷹は申し訳なさそうに頭を上げた。

 

「もし、隼鷹が元に戻ったら、この指輪、喜んで受け取ります。だから…」

 

「そういう事だったのかい」

 

「!?」

 

「えっ、隼鷹?」

 

二人の後ろで執務室の扉がゆっくり、不吉な音を立てながら開いていく。扉が内側へ開かれると、そこには無表情の隼鷹が気配も無く立っていた。

 

「…飛鷹、まさかあんたに奪われるとは思わなかったよ」

 

「隼鷹、違うのっ!あたしの話を聞いてっ!」

 

「聞きたくないよ!泥棒猫の言い訳なんざっ!」

 

隼鷹は怯える飛鷹に、今にも飛び掛からんばかりの殺気を放つ。だが、二人の間に割って入る影があった。

 

「あ、あんた…」

 

提督が飛鷹の前に立ち、彼女を守る様に両手を広げる。

 

「隼鷹。俺は飛鷹にケッコンを申し込んだ」

 

「…何を…言ってるんだい?」

 

「その机にある指輪は、俺が飛鷹に贈った物だ。今は理由があって受け取れないが、いずれは彼女とケッコンするつもりだ」

 

「…嘘だろう?あたしを…からかってるんだろう?」

 

すっかり殺気が消え、意気消沈した隼鷹が提督の肩に掴み掛かった。

 

「冗談…だよね?その指輪は…あたしに贈るつもりだった。そうだろう?」

 

「…」

 

「…嘘だ。そんなの嘘だよ。嘘だ嘘だ嘘だ…」

 

「本当だ」

 

「飛鷹ッッ!!」

 

「ぐっ!じゅ、隼鷹っ!」

 

提督の肩を力無く掴んでいた隼鷹の手に、再び力が宿った。死んだ魚の様な目に再び光が宿り、目の前の姉を睨み付けた。自分の大事な人を奪った恋敵を。

 

「隼鷹。私を沈めたいならそうしてもいいわ。でもその前に聞いて頂戴。

 

「あの日…前の提督が亡くなった後、私と龍驤はここに居る提督に必死に懇願したわ。だってそうでしょ?もしあなたが普通じゃないと…戦えないとなれば、あなたはここに居られなくなるかもしれない。

 

「それだけならまだしも、役に立たなければ解体を命じられるかもしれない!だから、私と龍驤で必死に提督を説得したわ。あなたの分まで私達が働く、だから隼鷹が治るまで待ってほしいって…!

 

「あなたを助ける為なら、私は何だってするわ。だから私、この身体を使ってでも提督に懇願しようとしたわ。

 

「でも、この人はそんな弱味に漬け込む真似はしたくないからって、私には指一本触れなかった…一緒にあなたを治す方法も調べてくれた」

 

「…」

 

「最初は愛情なんて無かったわ。でも、そんな提督と過ごす内に…私の気持ちも傾いていったの。最初はあなたの延命の為だった…でも今は違う。私はこの人を愛してるの…あなたが前の提督にそうした様にね」

 

「…黙れ」

 

「隼鷹、私が憎いなら…私を沈めたいならそうしてもいい。それでもね隼鷹…私はあなたを愛してるわ」

 

「…黙れぇッ!」

 

叫びと共に隼鷹は左腕に巻物を開いた。彼女が念を込めると、そこに描かれた式神が見る見るうちに浮かび上がる。

 

「…提督、お気持ちに答える事が出来なくて申し訳ありません…隼鷹、先に逝ってるね」

 

「攻撃隊、目標…うっ、うううッ…!」

 

涙目の隼鷹が、実体化しつつある艦載機に目標を伝えようと飛鷹を睨み付けた、まさにその時だった。

執務室に黒い影が飛び込んで来ると同時に、機銃の音が鳴り響いた。

隼鷹の巻物は機銃掃射によって貫かれた。実体化しつつあった艦載機達は力を失い、まるで濁流の様に巻物へと戻ろうとする。だが、その巻物が粉々に弾け散ると戻る場所を失った艦載機達は火の塊となって粉々に爆散した。

 

「きゃあっ!」

 

「ああっ!」

 

「ひ、飛鷹っ、隼鷹っ!」

 

壁に頭を打ち付けその場に倒れ込む二人。提督は慌てて二人の下へと駆け寄った。二人とも気を失ってはいるが、目立った傷も無い。

 

「ふぅ~、間一髪やな」

 

執務室のドアの前に息も絶え絶えの龍驤が立っていた。

 

「りゅ、龍驤、今のはおまえが…?」

 

「せや。危なかったな提督さん。飛鷹は自分だけ轟沈するつもりだったんやろが、この距離じゃ提督さんも只じゃ済まなかったで」

 

龍驤は自分の頭上を旋回する艦載機を巻物に封印すると、隼鷹の肩を抱き起こした。

 

「うん、大丈夫や。気ぃ失ってるだけや。飛鷹の方も大丈夫やろ」

 

「龍驤、俺は…」

 

「何も言わんでええよ…今回の事は誰も悪くない。隼鷹は前の提督さんに恋するあまり、アンタに代わりを求めた。飛鷹はそんな妹を何とかしてやりたかった…アンタは飛鷹の苦労を分かち合いたかった。それだけや」

 

「…」

 

「隼鷹は…すぐには治らないかもしれへん。でもウチと飛鷹が責任持って何とかする。だから提督さん、飛鷹も隼鷹も大目に見たってくれへんか?…頼むわ」

 

龍驤は提督に、深々と頭を下げた。

 

「頭を上げてくれ龍驤。今回の事は俺にも責任がある」

 

「…そんじゃあ」

 

「ああ…さっき飛鷹が言っていたんだ。自分は隼鷹を助ける為ならこの身体を捧げてもいい、俺に愛情がある訳じゃないと。

 

「でも、本当は俺は喜んでいたんだ。飛鷹には悪いが、隼鷹がこのまま治らなければいいって…。

 

「そうすれば、ずっと俺の側に居てくれる。例え俺の事を何とも思ってなくても。だから一緒に治そうなんて言っておきながら、俺は何もしなかった。それが間違ってると知りながら…」

 

「…」

 

「だから龍驤、俺の事も許してくれないか?」

 

「…ふふっ。何や、ほなお互い様やな♪」

 

「ふっ、そうだな」

 

「!…後は妹さんに聞いたらどうや?」

 

「妹?あ、隼鷹!」

 

「う…ん」

 

龍驤に抱き抱えられていた隼鷹は、気だるそうに目を開けた。

 

「隼鷹!良かった。痛くないか?何ともないか?」

 

「提…督」

 

「…あぁ、そうだよ。おまえの提督だよ」

 

「…フフッ、何言ってんだい。あたしの良い人はもっとイイ男だよ」

 

「え?」

 

提督と龍驤は目を丸くしてお互いの顔を見合わせた。龍驤が恐る恐る、頭を抱える隼鷹へ声を掛けた。

 

「じゅ、隼鷹、アンタまさか…元に戻ったんか?」

 

「なんだかずっと酔ってた気がするよ…もしかしてあたし、何かやらかしたかい?」

 

「隼鷹…」

 

「ハ、ハハッ♪飛鷹、アンタのした事無駄じゃ無かったで!ホレ、早よ起きい!」

 

龍驤は提督の抱き抱える飛鷹の肩を揺さぶる。

 

「う…ううん」

 

龍驤に肩を揺さぶられた飛鷹が首を左右に揺らした。目は閉じているものの、飛鷹が意識を取り戻しつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…で、あんたは誰なんだい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…え?」

 

「お、おい隼鷹。アンタ何言って…」

 

「龍驤、この人誰だい?それにあたしの提督はどこに居るんだい?もしかしてまだ帰って来てないのかい?

 

「…全くどこで油売ってるんだか…まさか、向こうの艦娘に浮気してるんじゃないだろうねぇ。もしそうだったら、とっちめてやんないとねぇ!龍驤もそう思うだろう?

 

「龍驤?やだねアンタ、何て顔してるんだい。あ、飛鷹姉。そういやどうしてこんな所で寝てるんだい?…それにこの男の人誰なんだい?軍の人らしいけどさ。

 

「あぁ、もう待ちきれないよ。どこほっつき歩いてるんだか。ちょっと港見てくるよ。じゃあね龍驤!」

 

「…」

 

「隼…鷹」

 

提督と龍驤はお互い目を合わせると、まだ意識が朦朧としている飛鷹に目をやった。

今、ここで起こった事を在りのまま話すか…。

それともこのまま黙って、昨日の続きを始めるべきか。

二人の思案をよそに、飛鷹は目を醒ました。

 

「あ…提督。あ、あたしまだ…生きて…それに…龍驤。どうしてここに?ハッ!それより提督っ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「隼鷹は…隼鷹はどこです?」

 

 




表現方法が上手く伝わってるかちょっと不安ですが。元ネタのゲームでも、自分が学校の先生だと思ってた主人公が最後、治ったと思ったら今度は病院の先生だと思い込むって救いの無い終わり方です。

次はある映画が元ネタのホラー回です。







おまけ 艦娘型録

隼鷹 性格的にガサツに見えるが、料理(お摘み)も出来るし、提督の前でリバースした時もちゃんとかからない様に気を使えたり、何気に女子力は高い。飲む時も分量は弁えている。弱虫ではない。好きな漫画はラーメン大好き小池さん。

飛鷹 隠れヒロイン。本当は提督を道連れに無理心中しようとしていた。隼鷹は…まぁ艦娘だし巻き込んでも大丈夫だろうと。隼鷹と同じ部屋だが、落ちてる物はだいたい飛鷹の。汚部屋の創造主。好きな漫画はわたモテ。

龍驤 前回ではかなり頭のネジが外れた役回りだったが、今回はそれが嘘みたいに爽やかな締め役。この話の一年程前に鳳翔の息子と遭遇。好きな漫画は刃牙(擂台祭編)

鈴谷 今回はチョイ役。絡み酒。鈴谷型の制服の話以外に好きなカレー十選がある。こっちは結構タメになる。ただしリピートする。終わりの無いのが終わり。好きな漫画は逃げ恥。

熊野 今回はチョイ役。鈴谷に比べると酒は強い方で隼鷹と同じレベル。意外にムッツリ。鈴谷よりもその手の知識は深い。織田nonなんて知らない。ほ、本当ですわ!そんなエッチい漫画家、知りませんわ!

鳳翔 今回はチョイ役。本当は龍驤と隼鷹の掛け合いに参加したいが、テンポが掴めずにいる。この数年後、生き別れの息子と再会する事に。好きな漫画はドラゴンボール(セル編)

提督(故) 酔った勢いで告ったらOK貰ったラッキーボーイ。その場の勢いって大事なのかもしれない。好きな漫画はもちろんボーボボ。

提督(なう) 飛鷹が自爆しようとした時、こんな事なら一回位ヤっときゃ良かったと思ったのは墓場まで持ってくつもり。なぜか飛鷹が部屋に入れてくれないので、本当は嫌われてんじゃないかと、最近不安になってきた。好きな漫画はJoJo(第5部)

大淀 今回はチョイ役。飛鷹とは見た目も髪型も似てるし、自分の方が横パンまでしてるのに、なぜ選ばれなかったのか釈然としない。世の中には眼鏡っ娘フェチと言う人種がいる事を伝えてあげたい。好きな漫画はR.O.D(OVA版)


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鎮守府が静止する日

「質量を持った残像だとッ…!?」




「あなたが、こちらの提督さんですか?」

 

髪を後ろで纏め、ベージュの制服に眼鏡を掛けた艦娘が、目の前に立つ男に話し掛けた。

 

「…ええ、そうです」

 

提督と呼ばれた彼は何故か彼女と目を合わそうとせず、頻りに辺りを気にする様に目が泳いでいた。顔色もまるで病人の様に血色が悪かった。

 

「あの…具合が悪いのでしょうか?」

 

「…いや、そんな事は…ない…」

 

「?」

 

彼は彼女と話しながら、何かブツブツと小声で呟いていた。

 

「あ、あの…」

 

「……でいろ」

 

艦娘は何やら様子がおかしいとは思いながらも、用件を切り出した。

 

「とりあえず、鎮守府の方へ案内…」

 

「…れ」

 

「…?あ、あの、鎮守れっ

 

「ひいっ!」

 

彼は急に顔を上げたかと思うと、空を見上げ絶叫した。彼の怒気を孕んだ叫びに、艦娘はその場に倒れてしまった。

 

「…て、提督さん、一体…」

 

彼はまだ興奮冷めやらぬ様に肩で息をしていた。

 

「…いい加減にしてくれ」

 

そう呟くと彼は頭を抱え、まるで目を塞ぐ様にその場にしゃがみこんでしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆、無事か!?」

 

大海原に立つ一人の艦娘が、その後ろに立つ仲間達に振り返った。だが皆、息も絶え絶え、服も至る所破れ、その姿はいかに今までの戦いが壮絶だったかを物語っていた。

 

「大丈夫です!これ位じゃ沈めません!」

 

気丈に振る舞う彼女達の上を数機の敵艦載機が飛び越えて行く。

 

「ッ!ま、まずいっ!鎮守府を直接狙う気だわ!」

 

「撃ち落とすんだ!!」

 

戦闘機達は鎮守府まで、最早目と鼻の先まで来ていた。何人かの艦娘は慌てて爆撃機を追いかけ、単装砲で撃ち落とそうと躍起になった。

そんな彼女達を嘲笑うかの様に、数機の爆撃機は鎮守府へ数発の爆弾を落とした。

 

「てっ、提督っ!!」

 

鎮守府のドックに爆弾が落下した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよう提督」

 

「あ、ああ、おはよう長門」

 

朝の鎮守府。

この鎮守府の艦娘を纏める長門型1番艦、長門の挨拶に提督は振り返った。

 

「どうした、まだ傷が痛むのか?」

 

「いや、たいした事はない…」

 

提督は額と左腕に包帯を巻いていた。

数日前の激戦は鎮守府も巻き込む程の激戦だった。艦娘達は皆、提督も爆撃に巻き込まれたのではと慌てて帰還した。

彼女達が鎮守府に辿り着いた時、建物の一部は倒壊していた。この状況を見た彼女達は、皆、最悪の可能性を連想した。

提督はこの瓦礫の中に眠っているのではと…!

 

幸いにも、提督は怪我はしたものの命に別状はなく、再び皆の前に姿を現した。

だが、怪我の影響なのか提督は妙に覇気を失っていた。心配する皆にも今は忙しいからと避ける事が多くなった。この変わり様には長門や陸奥のみならず、皆も首を傾げていた。

 

「今回は何とか追い返す事は出来た。だが、またいつ来るやもしれない。鎮守府の施設に影響は無いのだろう?」

 

「あ、あぁ。それは大丈夫だ。大本営に連絡が取れている。明日にでも補強要員が来る筈だ…」

 

「そうか、それなら安心だ!」

 

提督の言葉に安堵した長門は、倒壊した鎮守府の一部に目をやった。

 

「これを見た時は心配したぞ。てっきり提督は逃げ遅れて下敷きにでもなってやしないかと」

 

「ふふ、そうね。あの時の長門の慌てた顔ったら♪」

 

長門の後ろから、同じく長門型2番艦、陸奥が顔を出した。

 

「べ、別に慌ててなどいないっ!た、ただ、少し心配しただけだ!ホントだっ!」

 

「ハイハイ、分かってるわ。大破状態だった自分を差し置いて提督の心配するなんて、中々出来ないわ」

 

「うむっ!…うん?陸奥、それは褒めているのか?」

 

「さあ?どっちかしら。まぁ提督が無事だったから良いじゃない。ねぇ提督?」

 

「あ、あぁ…」

 

傷が痛むのだろうか。提督は少々顔色が悪かった。

 

「…ねぇ提督。本当に大丈夫なの?あなたにもしもの事があったら、私や長門だけじゃなく皆悲しむわ」

 

「大丈夫だ。お前達に比べればどうって事は…」

 

「そう?それならいいんだけど…」

 

そう言うと提督は、まるで逃げる様に小走りで去って行った。二人は顔を見合わせた。

 

「ねぇ、長門…気付いてる?」

 

「ん、何がだ?」

 

「…ううん、何でもないわ」

 

 

 

 

 

…やはり提督はどこか悪いんじゃないかしら。

長門は気付いてないかもしれないけど、私には分かるわ。提督との付き合いは長門よりも、この陸奥の方が長いもの…私に隠し事なんて通用しないわ。

 

私がこの鎮守府に来たのは、いつだったかしら。

まだ小規模のこの鎮守府に初の戦艦と言う事で、ここの提督さん、それは大層な喜び様だったわね。

 

『やっぱり戦艦の火力は違うな。それに美人でスタイルも良いし、火遊びしたくなっちゃうな♪』

 

『うふふ、してもいいけど、どうなっても知らないわよ♪』

 

長門がいないのは残念だったけど、ここの提督さん、積極的に私を使ってくれて、とても嬉しかったわ。

そうこうしている内に、長門も建造でこの鎮守府に就任した。長門と再会出来た喜びもあって、提督にはとっても感謝してるわ。

 

『陸奥…長門も大事だけど、俺は陸奥の方が大事だよ』

 

…長門には悪いけど、これは私の自慢よ。

 

でも数日前のあの戦闘の直後から、提督の様子が少し変だった。

最初は傷が痛むのかしらと思ったけど、それだけじゃないわ。まるで私達から逃げる様な…

何か私達に後ろめたい事でもあるのかしら。

もしかしたら、今回の敗北の責任を取らされるんじゃ…!まさか、この鎮守府から異動?

ダメよ、そんなのダメ!

私はあの人の下で戦ってきたのよ?今更、他の人の下で戦う気なんて無いわ。イヤ、絶対にイヤッ!

私はあの人と一緒に居続けるわ。この先何があろうとも。

いつからだったかしら。ただ一緒に居るだけじゃ物足りなくなってきたのは…

皆じゃない。私を…私だけを見て欲しい。

一日毎に、この気持ちが強くなってくるのが分かる。

もしかして長門もそうなのかしら?

フフッ、例え同じビッグセブンの長門でも、ここだけは譲るつもりはないわ。

 

でも…そんな私にも言えないなんて…

お願いよ。私にだけは打ち明けて頂戴。どんな事だってするわ。あなたの為なら…

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あのっ!提督っ!!」

 

自分を呼ぶ声に提督は振り返った。そこには川内型軽巡洋艦の2番艦、神通が心配そうに彼を見つめていた。その後ろには同じく川内型の1番艦川内と、3番艦那珂がいた。いつもは陽気な那珂も、珍しく心配顔だった。

 

「もう体は大丈夫なんでしょうか?」

 

「だ、大丈夫だ。落ちてきた煉瓦に当たっただけだ。すぐに治る」

 

「そうですか…陸奥さんが心配していましたので。あ、勿論、私も心配してます!て、提督に何かあったら私…」

 

「そんな怖い顔するなよ神通。提督は何ともないって言ってるだろ?大丈夫だって」

 

「川内姉さん…」

 

「そうだよ!それに提督は那珂ちゃんのファン一号だからね。もし提督さんに何かあったら、那珂ちゃん、許さないんだから!」

 

「…ありがとう。心配掛けてすまない。だが、俺はお前達の方が心配だ」

 

「大丈夫だって。あたし達は入渠で回復できる。もうすっかり回復してるからさ。いつでも出撃できるぜ!…夜でも」

 

「もう、川内姉さんったら。提督は私達、艦娘とは違うんですから…」

 

「提督さん!次のライブはいつ?那珂ちゃんいつでも出れるよ♪」

 

「那珂ちゃん!戦いは遊びじゃないんですよ?そんな事だから駆逐艦の子達が真似して…」

 

「え~いいじゃん!味方も虜にしちゃうなんて、那珂ちゃんってば生まれついてのアイドルだよネ♪」

 

「そうだな。でも前の戦闘じゃ那珂が一番砲撃喰らってなよな?今から神通と演習と行くか?」

 

「そ、そんな~!那珂ちゃんやっと治ったばかりなのに!それにこの衣装もおニューなんだよ!?」

 

「ふふっ、じゃあその衣装が汚れない様に、攻撃を回避しないとね」

 

「神通お姉ちゃんまで!鬼!内股!外ハネ!」

 

「…那珂ちゃん、ちょっとお話があります。川内姉さん、行きましょうか」

 

「あ、あぁ」

 

「じ、神通お姉ちゃん、顔が怖いんだけど…え、お話だよね?そっち演習場…え、え?」

 

微笑みを浮かべる神通、何故か神通の顔を見ない川内、そんな神通に腕を引っ張られながら那珂達はその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

…陸奥さんが言ってたとおりだわ。

 

『ねえ神通。あなたなら気付いているかもしれないけど、提督、少し様子がおかしいと思わない?』

 

それは私も気になっていた。

あの戦闘があった時、それは大慌てで鎮守府に引き替えした。幸い提督は命に別状は無かったけど…

私は提督の秘書艦もしているから、提督に変化があれば誰よりも気付く自信がある。

 

『ふう~っ。やっぱり神通が一番頼りになるな。川内や那珂はこういった地味な仕事は嫌がるからな。ありがとう、神通』

 

その提督が最近、私を…いえ、私達を遠ざけている気がする。昨日もそうだ。私がいつもの様に執務室に向かうと、何故か提督は暫く秘書艦の仕事はいいと、門前払いを喰らった。その前の日もそうだった。

提督さん、もしかして私の事、嫌いになったのかしら…

 

『なぁ、神通…。今度ケッコン指輪を取り寄せようと思うんだ。最初に神通に渡したいって言ったら…受け取ってくれるか?』

 

そんな事…そんな事あるわけないっ!

提督が私を嫌いになるなんて、そんな事あるわけないわ!

私は秘書艦としても、提督に尽くしてきた。ここの鎮守府の誰よりも提督の側に居たのは、この私。だからこそ、提督も私にケッコン指輪を贈るって言ってくれたのよ。

提督が一番大事なのは、川内姉さんでも那珂ちゃんでも…まして陸奥さんでもない。

この私っ…!!

 

それなのに…。そんな私にも隠し事をするなんて。

まさか陸奥さんと良い仲に?

な、何を言ってるの神通!提督が私を裏切るわけない!

そりゃあ陸奥さんに比べれば少しスタイルは負けるかもしれませんが…。私だって少しは自信あるのに…少しは。

や、夜戦だって負けません!…多分。

 

それなのに…

一体何を悩んでいるのですか提督。

私には…私にだけは話して下さい。

きっとお力になってみせます。

華の二水戦の名に懸けても…!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっと見つけたわ!」

 

白い制服に灰色のスカートを履いた少女が、仁王立ちで提督の道を塞いだ。

 

「か、霞っ!…な、何か用か?」

 

朝潮型10番艦、駆逐艦の霞が提督を睨み付けた。

 

「何か用かじゃないわよ!今日の編成はどうなってるのよ!執務室に行っても居ないからそこら中探し回ったのよ!」

 

「そ、そうか。それは…悪かった」

 

「ちゃんと私の目を見てハッキリ言いなさい!全く男らしくないわね」

 

「す、すまない…」

 

「霞ちゃん!司令官に向かってその口の利き方は何ですか!司令官はまだ傷が癒えてないんですよ」

 

霞の隣にいた朝潮型1番艦、朝潮がたまらず口を挟んだ。

 

「姉さんは司令官に甘いのよ。ただでさえノロマなんだから。私がいなきゃ何も出来やしない!」

 

「か、霞ちゃん!司令官、霞の無礼は私からも謝ります。本当は司令官の事を尊敬してるんです」

 

「な、何を言ってるのよ!」

 

「だって霞ちゃん、司令官の事話す時はいつも嬉しそうに…」

 

「きゃー!ち、違うわっ///嘘よっ!あんたも何見てんのよ!」

 

「霞ちゃん、さっきは目を見て話せって…」

 

「だ~か~ら~。姉さんはもう少し空気を読んでよ!」

 

「…?空気は吸う物よ。読む物じゃないわ」

 

「…もういいわ。姉さんにこんな話をした私が馬鹿だったわ」

 

「霞ちゃんは馬鹿なんかじゃないわ!」

 

「そうね…私もそう思いたいわ」

 

「じゃあ誰が馬鹿なの?…まさか司令官?霞ちゃん、いい加減にしないとお姉ちゃん怒りますよ!」

 

「…もう行くわ」

 

「霞ちゃん、司令官は馬鹿なんかじゃないわよ?司令官は…」

 

 

 

 

 

 

 

 

…ホントここ最近のアイツ、どうしちゃったのよ。

 

『霞ちゃん、最近の提督は何か変だと思いません?まだ傷が痛むのかしら…』

 

神通さんに言われた時は、男のくせに女々しいって思ってたけど…そんなに痛むのかしら。

 

『霞には何でもお見通しだな。実は今度の作戦は少し苦戦しそうなんだ。犠牲が出るかもしれない…』

 

昔から、皆には見せない弱みも、あたしにだけは見せてくれた。誰も知らないあいつの一面を、あたしだけが知ってる。あたしはそれがとっても嬉しかった。

 

『陸奥や神通は頼りになるけど、本音で話せるのは霞だけだ。やっぱり付き合いが長いからかな』

 

私はこの鎮守府で一番、アンタと付き合いが長いのよ?そのあたしにも言えないっての!?

 

『結局、霞に苦労掛けちまうな。ごめんな、俺の作戦が不味かったせいで』

 

水臭いわね。あんたとあたしの仲でしょ?

あんたはあたしがいなきゃ何にも出来やしないんだから、何でも話しなさいよ。

あたしだって、あんたがいなきゃ何にも出来やしない…

あんたの為なら何だってしてあげるわよ!

だから、そんな顔しないでよ。

もっと…もっとあたしを頼りなさいよ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…はい、そうです…なので一日でも早く…」

 

執務室で、提督は何者かと連絡を取っていた。その会話を聞いている影にも気付かずに。

 

「あの、提督」

 

「じ、神通っ!何でここにっ!?」

 

振り返った提督は椅子から転げ落ちんばかりに驚いた。

 

「何でと言われましても…私、秘書艦ですし…」

 

「あ、あぁ、そうだったな。でもいいんだ。今は大した仕事も無い。俺一人で充分だ。だ、だからお前は、その…川内達と演習でもしていてくれ」

 

「…やはり、最近の提督は少しおかしいです。提督、私達に何か隠していませんか?」

 

「か、隠してる事なんかないっ!」

 

「嘘です!…私はもう半年も提督の秘書艦をしています。提督が本当か嘘を言っているか位、分かります。

 

「お願いです、提督。もし、お困りの事があるんでしたら、この神通に打ち明けて下さい。例えどんな事でもお役に立ってみせます!」

 

神通の悲痛な叫びにも、提督はどこか投げやりな顔で答える。

 

「本当に大丈夫だ。お前達は何もしなくていい。…お前達は何も悪くない。本当だ…」

 

「提督…」

 

自分では、いや、自分には言えない事なのか。提督の言葉に納得出来ない神通だったが、それ以上は何も言えず、部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうだった?神通」

 

自分の部屋に戻った神通に、神妙な面持ちの川内が尋ねた。

 

「駄目でした。やはり提督、何も喋ってくれませんでした」

 

「神通お姉ちゃんにも打ち明けてくれないんだ~」

 

川内の隣に座る那珂も残念そうに首を傾げる。その隣、川内を中心にこの部屋に集まった長門、陸奥、朝潮、霞もまた訝しげに神通を見据えた。

 

「アイツって私達と違って人間じゃない?人間って簡単には傷が治らないんでしょ?もしかしてアイツ、本当は私達が思っている以上に傷が深いんじゃ…」

 

「そ、そうなの霞ちゃん?」

 

「いや、それを神通さんが聞きに行ったわけで…」

 

「に、入渠すれば良いのでは!?一日入っていればきっと治ります!」

 

「いや、アイツは艦娘じゃないから…」

 

「まぁ、おふざけはその辺にして…」

 

「陸奥さん、私は真面目です!そ、それなら高速修復材を飲ませてみてはどうでしょう!」

 

「朝潮姉さんはアイツを殺したいの?」

 

「落ち着け朝潮。陸奥、何か心当たりでもあるのか?」

 

「まぁ、心当たりってわけでもないけど、例えばよ。今回の戦いの責任を取って降格させられる、なんて事は…」

 

「えっ!?」

 

「て、提督さん辞めちゃうの!?」

 

部屋に集まった一同に動揺が走った。

 

「でもさ、提督さんも怪我はしたけど、あたしらが勝ったじゃん。それはないんじゃない?」

 

「そうね川内姉さん。私もそう…はっ!」

 

「どうした神通」

 

「い、いえ。そういえば提督、誰かと電話で話してましたが、何かひどく慌てていた様な…」

 

「慌てる?何かを急いでるという事か?」

 

「それは分かりませんが…」

 

「大丈夫よ!大方、弾薬が足りないから送ってくれ~とかそんな事でしょ?普段から管理しとかないからそうなるのよ!」

 

「い、いえ霞ちゃん。弾薬はまだ充分あります。秘書艦をしていたから、それは確認してます」

 

「じゃ、じゃあ一体何だって言うのよ?」

 

「…」

 

部屋を沈黙が支配した。その静寂を打ち破ったのは…

 

「私が聞いてみるわ」

 

「陸奥…」

 

「霞ちゃんが言った様に、思ったより傷が深いのか、何か大本営から命令でもあったのか…私達の勘違いだといいんだけど…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『もしもし、提督さんでしょうか?明日、そちらに向かう事になりました』

 

夜中の執務室で、提督は一本の電話に対応していた。その顔には嬉しさが溢れていた。

 

「はい…はい!ええっ、それはもう!明日?分かりました。お待ちしています!」

 

提督は名残惜しそうに受話器を置いた。ふと、気配を感じて提督は顔を上げた。その先には…

 

「む、陸奥っ!何でここにっ。いや、こんな時間にどうしてっ!」

 

「驚かせてごめんなさい。でも、あまり周りには聞かれたくない話だったから…それはあなたも同じなんじゃない?」

 

「な、何の事だっ?」

 

「盗み聞きするつもりはなかったんだけど…。私、これでも耳は良い方なのよ…今の電話の相手、他の鎮守府の艦娘でしょ?明日来るって言ってたけど…どうして?」

 

「ど、どうしてって、単に戦力を補充する意味で…」

 

「提督…そろそろ隠し事は止めてほしいの。戦力なら今のままでも充分の筈よ…それは前回の戦いは苦戦したけど、一人の犠牲も出していないわ。それなのに戦力の補充?そんな必要あるかしら?

 

「ここには私だけじゃない、長門も居るわ。神通や霞だって居る。提督、もしかしてだけど…

 

「個人的な理由で、電話の相手を呼ぶわけじゃ…ないわよね?」

 

「か、彼女は俺にとって必要だから呼ぶんだ!」

 

陸奥の顔色が変わった。一瞬、提督は背中に水が滴り落ちる様な冷たさを感じた。

 

「あなたにとって…必要?」

 

「あ、ち、違う!お前達が必要無いって言ってるわけじゃない!そういう意味で彼女を呼ぶんじゃないんだ!た、ただこれからの鎮守府には彼女が必要で…」

 

顔色が変わった様に見えた陸奥だったが、次第にその顔は涙顔へと変わっていった。

 

「提督、お願いだから、私にだけでも打ち明けて頂戴。私はあなたには本当に感謝してるわ。これは艦娘として…部下として言ってるんじゃないの。一人の女として言ってるの。

 

「だからお願い。何でも言って頂戴。あなたの為なら何でもしてあげたいの。もし、私を解体したいなら喜んで応じるわ。それであなたの悩みが解決できるなら…」

 

「…違うんだ陸奥。お前はそんな事する必要無いんだ。だから陸奥、もう部屋に戻るんだ…お願いだ」

 

「…これだけ言っても…私じゃ…駄目なの?」

 

陸奥は提督の目に必死に訴え掛けた。だが、そんな自分と視線を合わせようともしない提督に、陸奥は肩を落として部屋を出るのだった。

 

「陸奥。もう、お前に出来る事は無いんだ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、早朝の鎮守府。

提督は朝早くから慌ただしく動いていた。軍服に着替えると、幾つかの書類を纏め、廊下へ飛び出した。

そんな彼の行く手を人垣が塞いだ。

 

「っ!お、お前達っ!?」

 

提督を見つめる数人の艦娘達。その真ん中に立つ長門が進み出た。

 

「こんな早くから何を慌てているのだ、提督よ」

 

「な、長門。それは…その」

 

「陸奥から話は聞いている。新しく着任する艦娘を迎えに行くんだろう?」

 

「新しい…艦娘?」

 

「ちょっとあんた、どういう事よ!あたし聞いてないわよ?」

 

長門の言葉に神通と霞が不満気な顔をする。

 

「ごめんなさい提督。でも、隠す事でもないでしょう?」

 

霞達を嗜める様に陸奥が進み出た。神通が不安気に口を開いた。

 

「あの…提督。もしかして隠していた事って、その事でしょうか?何故そんな事を隠す必要が…」

 

「そうよ、これからあたし達の仲間になるんでしょ?何、あたしと同じ駆逐艦?」

 

「だと良いわね霞ちゃん。朝潮型の子だと嬉しいんだけど」

 

「私達と同じ軽巡だと良いなぁ。夜戦の魅力たっぷり教えてやるのに」

 

「あ~でも那珂ちゃんより可愛い子だったらどうしよ?ライバル出現!?」

 

「新しい仲間が増えるなら、皆を纏めるこの長門が挨拶しないわけにはいかないだろう。さ、提督。一緒に行こう」

 

「…」

 

黄色い声で浮かれる周囲とは裏腹に、提督の顔は暗く沈んでいた。

 

「どうしたのだ提督。早く新しい仲間を迎えに行こう」

 

「…無理だ」

 

「…何?」

 

「…お前達には会わせられない」

 

「はあっ?あんた、何言ってるのよ?」

 

「あの…提督、それはどういう…」

 

「まだ分からないのかっ!?」

 

提督は何かを決意したかの様に、一人一人の顔を見渡すと目を見開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前達は全員、あの戦いで沈んだんだ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…」

 

「…え?」

 

提督の言葉に皆、話す事も忘れ静まり返った。

 

「あの日の戦いで確かに敵を追い払う事には成功した。だが、その代わり誰一人帰って来る者はいなかった!

 

「分かるか!?お前達は一人残らず轟沈したんだ!!

 

「長門、お前達はここを突破されたら鎮守府が危ないからと、誰一人退こうとしなかった。そのお陰で俺はこの程度で済んだ。それは本当に感謝している。

 

「ところが、お前達は誰一人戻って来なかった。救援を向かわせたが…艤装の残骸が浮かぶだけで、誰一人発見出来なかったそうだ…

 

「だが、悲しむ俺の目の前にお前達は現れた。まるで戦いなど無かったかの様に…俺は喜んだが、他の連中に聞かれたんだ。

 

「『提督は誰と話しているの?』と…

 

「それにお前達は戦いの記憶が曖昧だった。あの戦いはお前達が全滅する程の大惨敗だった。なのにお前達は自分達が勝ち、一人の犠牲も出さずに帰還したと思い込んでいた。

 

「それで分かったんだよ…お前達は本当に海に沈んで、意識だけが鎮守府に戻って来たんだと…

 

「長門、陸奥、神通、霞、皆…お前達はもう沈んだんだ…」

 

「…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何を言ってるのだ?提督」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…え?」

 

「あたし達が沈んだ?じゃあ、あたし達が幽霊だとでも言いたいの?馬鹿も休み休み言いなさいよ!」

 

「司令官!私は幽霊なのでしょうか?」

 

「あの…提督、いくら何でもそれは…ひどいです」

 

「そうだよ~!こんな可愛い幽霊なんているわけないじゃん♪那珂ちゃんショックだな~」

 

「あぁ。幽霊って言えば夜だろ?まだ朝だよ提督。それに夜の海で幽霊なんか見た事ないよ」

 

「ホントは新しい子に目移りしたんじゃない?だとしたら、お姉さん嫉妬しちゃうかも♪」

 

「お、お前達…何を言って…!」

 

「分かった分かった。提督は私達が沈んだと言いたいのだな?だが、現に我々はこうして居るではないか。これをどう説明するのだ?提督よ、つまらん冗談はその辺にしてくれ」

 

「ち、違う!もうお前達は…本当に…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一時間後、鎮守府の港に何人かの艦娘が到着した。その中の一人が、港に佇む一人の男に声を掛けた。

 

「初めまして。私は香取と申します。あなたがここの提督さんでしょうか?」

 

「ええ、そうです…」

 

よくたなはここの艦娘を纏めている長門だこれから宜しく頼むぞ

 

あの提督さんもしかして具合いのでしょうか

 

ほらもっとシャキッとしなさいよけないわね

 

「いや、そんな事は…ない」

 

あの提督。さっきから顔色が悪い様ですが…どこか具合でも…

 

う~ん。顔は悪くないけどぉ、那珂ちゃんのパートナーとしてはちょっと地味かな~?悪いけどセンターは譲れないかな♪』

 

ねぇ、あんた夜は好きかい?夜戦はいいよね~。どうだい、早速今夜にでも、軽く演習してみないかい?』

 

「…うるさい。引っ込んでいろ」

 

「あ、あの…とりあえず、鎮守府の方へ」

 

『聞いた事があります!練習巡洋艦の香取教官ですね!ご指導ご鞭撻の程、宜しくお願いします!』

 

「…黙れ」

 

「…え?」

 

『何か私とキャラが被ってる気がするけど…。ライバル出現かしら?』

 

「黙れっ!!」

 

「ひいっ!」

 

いきなり虚空に向けて叫んだ提督に、香取は尻餅を着いてしまった。海で控えていた艦娘達も、何事かと二人を注視した。

 

「て、提督さん、一体…」

 

『ちょっと!いきなり黙れって何よ?

 

『提督、さっきから少し失礼ではないか?一体どうしたというのだ?』

 

「…いい加減にしてくれ。お前達の居場所はここじゃないんだ。お願いだから理解してくれ…」

 

提督の視界には香取は映っていなかった。いきなり叫んだかと思うと、今度は血走った目でブツブツと小声で喋りだし、急に横を向いて怒鳴ったと思えば、何かを追い払うかの様に手を振り回す。

香取には、まるで提督が自分以外の誰かと喋っている様に見えた。

 

自分には見えない何者かと…




映画見た人は分かると思いますがシックスセンスが元ネタです。
映画だと主人公、この話で言う提督が自分は既に死んでいると気付いて、それを受け入れこの世から去るみたいなオチです。それだと捻りが無いのでこんな終わり方にしました。

次はある百合アニメのタイトルで思い付いたストーキング物です。(百合展開は)ないです。(11話に当たります)












おまけ 艦娘型録

提督 第六感を持ってたばかりにSAN値がピンチ。特に理由の無い恐怖が提督を襲う。君は、第七感(コスモ)を感じた事があるか?

長門 この鎮守府を仕切ってる裏番。因みにビッグセブンは自分と陸奥以外の5人は誰なんだか知らない。

陸奥 ほぼ初登場キャラ。自分と同じお姉さん枠の香取登場に一抹の不安を拭い切れない。長門の妹と言う立場を上手く利用している彼女が裏ボスなのかも。

川内 夜の女。前回は間違って妹撃っちゃったり、今回はスタンド状態だったりろくな扱いを受けていない。

神通 前回は最後沈んじゃうものの、今回同様提督さんとは相思相愛だったらしい。川内と比べると扱いがえらい違い。

那珂 艦隊のアイドル(自称)。戦車アニメの聖地巡礼で大洗の神社に行った時、偶然にも那珂ちゃん痛絵馬を発見してとっても驚いたのは良い思い出。朝潮には自分と同じアイドルオーラを感じている。

朝潮 天然ボケがよく似合う。最近、那珂ちゃんからユニットを組まないか頻りに誘われている。

霞 曙と並ぶ艦これ界のツンデレツートップ。最近、朝潮が自分と同じスポーツブラじゃない事に衝撃を受けた。

香取 電話で応対した時は紳士的だった提督さんが、実際会ったら電波系だわ、いきなり怒鳴られるわ酷いメに。妹の鹿島はお留守番。




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散る薔薇 咲く薔薇

「…あの五航戦、生意気じゃない?」

「どうします加賀さん、食す?食す??」



「甲板に火の手が…そんな…!」

 

海の上をふらつきながら駆ける一人の艦娘。服は焼け焦げポニーテールもほどけ背中に背負う矢も失い、最早いつ倒れてもおかしくない満身創痍だった。

 

「か、加賀さん!」

 

そんな彼女を追い掛けて来た黒髪の艦娘。彼女は目の前に(うずくま)る仲間を見付けると、彼女を庇う為に駆け寄ろうとした。だが、急に思い詰めた様に立ち止まった。

そんな二人の頭上に無数の黒い影が迫っていた。影は二人を見付けると獲物を見付けた動物の様に一斉に襲い掛かった。

 

「第二次攻撃隊…全機発艦。目標…」

 

彼女は弓を引くと、狙いを定めた。

ドス黒い感情と共に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは譲れません…!」

 

加賀が矢を射ると、その矢は空中で火花と共に数機の爆撃機に姿を変え、海面の敵めがけて襲い掛かる。

 

「グッ…オノレ…ッ!」

 

爆撃を受けた戦艦タ級が苦悶の表情を浮かべる。

 

「今よ瑞鶴!」

 

目の前の加賀に完全に意識を奪われていた戦艦タ級は、後ろから迫り来る爆撃機に全く気付かなかった。慌てて振り返るも時既に遅く、その攻撃を真正面から受ける形になった。

 

「グアアアッ!!」

 

戦艦タ級が海に沈むと同時に、彼女に付き従っていた駆逐イ級達は我先にと散会していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さっきのは中々良かったわよ、瑞鶴」

 

「はぁ、ありがとうございます」

 

鎮守府のドックに戻った瑞鶴と翔鶴の下へ、既に帰投していた加賀が語りかける。

 

「あら、褒めているのに浮かない顔ね」

 

「べ、別にそんな事…ないけど」

 

「…まぁ私の掛け声が無くても攻撃を仕掛けられていれば合格と言った所ね」

 

「ムッ!か、勝ったんだから別にいいじゃない!」

 

「私がお膳立てをしてあげたのだもの。当然じゃない」

 

「か、加賀さんがいなくても出来てました~!」

 

「そんなに興奮すると七面鳥みたいよ」

 

「だ、誰が七面鳥よ、この陰険ポニテ女!!」

 

「…頭に来ました」

 

「こっちこそ!!」

 

「「まぁまぁ」」

 

睨み会う二人の間に赤城と翔鶴が慌てて仲裁に入る。

 

「瑞鶴、加賀さんに失礼ですよ」

 

「加賀さん、瑞鶴さんも頑張った事ですし…」

 

赤城は翔鶴に一礼すると、加賀の手を引っ張りその場を後にする。瑞鶴はまだ納得が行かないのか膨れっ面のままだった。

 

「全く、せっかく生まれ変わったって言うのに、性格は沈む前と同じなんだから!」

 

「ふふっ、そうね。でも二人の喧嘩を見てると、本当に加賀さんが帰って来たんだって実感するわ」

 

「あんな人、帰って来なきゃ良かったのに!全く提督さんもあんな人のどこが良いんだか!」

 

「ウフフ、でも喧嘩してる時の瑞鶴、とってもイキイキしてたわよ」

 

「ッッ…!翔鶴姉ぇ!」

 

 

 

 

 

 

 

先程迄、瑞鶴と口喧嘩していた加賀は数ヵ月前の戦闘で不運にも海に沈んでいた。仲の良い赤城は勿論、瑞鶴や翔鶴も彼女の轟沈を心の底から悲しんだ。

そして一番深い悲しみに沈んだのは提督だった。

提督は加賀を戦力として信頼していたのは勿論、一人の艦娘としても特別の愛情を持ち、ケッコン指輪を彼女に贈る程だった。

加賀が沈んだ事を赤城から知らされた時は深い失意に囚われた提督だったが、暫くして同じ艦娘を建造出来る事を知った。提督は一か八か再び加賀を蘇らせられないか試す事にした。

その結果、彼の願いの強さが届いたのか加賀は再び彼の前へと姿を現した。

生まれ変わった加賀は一部の記憶は失っているものの、過去の記憶を引き継ぎ、提督の想い人として、瑞鶴には口うるさい先輩として、以前の彼女の様にすっかり鎮守府に溶け込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督、只今帰投しました」

 

「あ、あぁ。お帰り加賀。お疲れ」

 

鎮守府に戻った加賀は赤城と共に戦果の報告に来ていた。提督にしてみれば最愛の人物が無事生還した事は何より喜ばしい筈だが、その顔には何故か戸惑いが浮かんでいた。

 

「戦艦タ級が相手だったと聞くが…。無事で何よりだよ」

 

「当然です。赤城さんのサポートもありましたしね」

 

「えっ、ええ…まぁ」

 

実際の所、一度沈んだ加賀より赤城の方が遥かに練度は上な為、どちらが活躍したかと言えば赤城なのだが、その赤城も加賀の発言を否定しなかった。その表情にはどこか動揺が見てとれた。

 

「な、何はともあれ今日はゆっくりしてくれ」

 

「ええ、そうさせてもらいます。…あぁそれと提督」

 

「ん、何だ?」

 

「今日は久しぶりに飲んでみたいのですが…出来れば二人で。大丈夫ですか?」

 

「うん、そうだな。じゃあ今日は早めに切り上げるよ」

 

「楽しみにしています」

 

加賀は一礼すると部屋を後にした。

部屋に残された提督と赤城は、気まずそうに目を合わせた。

 

「提督…加賀さん、完全に気付いてますよね」

 

「…あぁ、間違いないだろうな」

 

実は提督と赤城はお互いに想いを寄せあう仲だった。

加賀が沈んだ後、意気消沈していた提督は何度も赤城に励まされた。赤城としても提督の事は憎からず思っていたが、彼は既に加賀を選んでいた。親友の幸せを思った彼女は身を退く事にしたが、そう決めた矢先に加賀がいなくなった。親友の不幸に乗じる罪悪感もあったが、気が付けば相思相愛の仲になっていた。

そんな甘い一時も束の間、再び加賀が帰って来た。

提督も赤城も自分達の関係を隠しているつもりだったが、加賀は二人の関係に感付いている様だった。

 

「赤城…悪いんだが俺達、暫く距離を置かないか?」

 

「そ、そんな…確かに私も加賀さんには悪いと思っています。で、でもそれは昔の事だって仰ったじゃないですか!」

 

赤城は提督の両肩を掴み激しく揺らす。そんな赤城に目を反らしながら提督は答える。

 

「お前には悪いと思ってるよ。でもそれは加賀がいなくなったと思ったからだ」

 

「だ、大丈夫ですよ!提督、加賀さんはケッコンの事は口にしましたか?」

 

「いや、してないが」

 

「きっと加賀さんは提督とケッコンの約束をした事はまだ思い出していないんです!そうです、そうに違いありません!」

 

「…例えそうだとしても、俺はあいつを裏切る事は出来ない。すまない」

 

「て、提督…」

 

提督の肩を掴む手から、ゆっくりと力が抜けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一人自室へと戻った加賀は、自分のタンスを開けた。着物の中に隠す様に置いてある錠前付きの箱を取り出すと、左手の裾を捲り手首をじっと見つめ錠の番号を合わせた。カチリと音がして箱が開く。加賀は神妙な面持ちで箱の中の物を取り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鎮守府の一角にある弓道場。

加賀が足を踏み入れると同じ正規空母の翔鶴が練習に励んでいた。

 

「こんにちは。加賀さんも練習ですか?」

 

「ええ。復帰してからあまり練習していないから腕が鈍っていてね」

 

加賀は翔鶴の隣に立ち、弓を構える。力強く弓を弾き、矢が放たれる。

放たれた矢は的に命中はしたものの、真ん中の赤い丸からは大きく反れていた。

 

「…相当鈍ってるわね」

 

「そ、そんな事は…」

 

「ふふっ、いいわよそんな気を使わないで。自分の事は自分が一番よく解っているわ」

 

「は、はぁ…」

 

続いて翔鶴が矢を放つ。放たれた矢は加賀の隣の的に命中する。ただし加賀とは違い矢は正面の赤い丸を射抜く。

 

「お見事。流石は翔鶴ね」

 

「か、加賀さんにそう言ってもらえると嬉しいです」

 

「だから、そう畏まらなくてもいいわよ。私がいなくなった後も戦ってきたあなたの方が練度は上なのだから」

 

「そ、それは鳳翔さんや加賀さんの教えが良かったからです!」

 

「ふふっ、嬉しい事言ってくれるわね。矢を放つ時に少し右手がぶれる癖も直ってるみたいだし」

 

「そ、それは…。加賀さんが教えてくれたから」

 

加賀は再び弓を構えた。

弓を構える加賀の姿を見ていた翔鶴はふと微笑む。

 

「うふふっ♪」

 

加賀の弓から放たれた矢は的の赤い丸を僅かに反れて命中する。

 

「どうしたの?」

 

「い、いえっ。やっぱり本物の加賀さんだなって思って」

 

「本物って…私は私よ。偽物じゃないわ」

 

「あっ、そんな意味じゃ無いんです!その…私は轟沈した事は無いのでよく解らないんですが…。加賀さんと再会した時、もしかしたら私や瑞鶴の事も忘れてるんじゃないかと心配だったんです。

 

「でも、ちゃんと私達の事を覚えていてくれて…。私の癖の事も。少し安心しました」

 

加賀は再び弓を構える。

 

「大丈夫よ。大事な仲間の事は忘れられないわ。…後ろの子の事は忘れても良かったけど」

 

「えっ?」

 

翔鶴が振り向くと、弓道場の入り口に瑞鶴の姿が。

 

「げっ!何でここに」

 

「私がここにいちゃいけないのかしら?」

 

「べ、別にそんな事言ってないでしょ!」

 

「そう。ならあなたの腕も見せてもらっていいかしら?私がいない間に鈍っていないか知りたいわ」

 

「に、鈍ってなんかないわよ!」

 

「そう、それは楽しみ…ね!」

 

加賀の放った矢が的の赤い丸に突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…以上が今回の作戦だ」

 

提督の説明を聞き終えた艦娘達が執務室を後にする。だがその場に残る二人の影に提督は気付いた。

 

「どうしたんだ赤城…それに加賀」

 

「あ、その…」

 

「提督、久しぶりにゆっくりお話したいのですが…」

 

加賀はチラッと赤城に視線を送る。

 

「て、提督。わ、私はこれで…」

 

赤城は何かを思い出したかの様に慌てて部屋を後にした。

 

「あ、赤城…」

 

「提督、赤城さんに何か用でも?」

 

「い、いや別に…」

 

「そう…」

 

加賀は焦る提督を尻目に窓辺に立ち、外を眺めながら語り出した。

 

「提督。お互い回りくどいのは嫌でしょうから単刀直入に聞きます…私のいない間、赤城さんとは」

 

「それは…その」

 

「そう、二人の態度がおかしいからまさかとは思ったけど…」

 

「待ってくれ加賀!決しておまえの事を忘れた訳じゃないんだ!」

 

「誤解しないで。私は赤城さんとの仲を責めるつもりは無いわ」

 

「えっ?」

 

「あなたは元々、気の多い人な事は知ってるわ。だからそんな事で怒ったりなんかしないわ。…ただはっきりしておきたかったのよ。

 

「…今でも私の事を一番に考えてくれているのか」

 

「も、勿論だ!俺はおまえが一番大事だ!」

 

「フフッ、確かケッコン指輪を貰った時も同じセリフだった様な…」

 

「か、加賀。やっぱり昔の…沈む前の事は覚えているのか?」

 

提督の問いを聞いた加賀はキリッとした顔立ちで提督に向き直った。自分を責める様なその眼差しに、提督は思わず後退る。

 

「当たり前です。この鎮守府の皆、赤城さんや翔鶴…勿論、瑞鶴も。それに何よりあなたの事…ただの一時も忘れた事はありません。

 

「再びこの姿で帰って来た時、私はどれだけ嬉しかったか。やはりあなたも私の事を忘れていなかったんだと」

 

「あ、あぁ。勿論だ」

 

「一つ聞かせて下さい。昔あなたはケッコンしようと言ってくれました。でも結局その約束は果たされずに私は沈んでしまいました。

 

「もう一度…約束してもらえますか?」

 

「あぁ!約束する」

 

「本当に…?」

 

「ほ、本当だ」

 

加賀はゆっくりと提督の背中に抱きつくと、愛しそうに頬を背中に擦り付けた。

 

「嬉しい…必ずそう言ってくれるって信じていました」

 

「加賀…」

 

提督は振り返り、加賀を抱き締める。加賀もその抱擁に身を委ねる。

 

〈…〉

 

そんな自分達の様子をドアの外で盗み聞きしている影がある事を二人は知らなかった。

 

少なくとも提督は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「隣、いいかしら」

 

「えっ?べ、別にいいけど…」

 

鎮守府の昼下がり。

つい先程、帰投した瑞鶴はその足で間宮食堂へ来ていた。

 

「翔鶴は?」

 

「しょ、翔鶴姉ぇは入渠よ。私を庇って小破しちゃったから。そういう加賀さんは?赤城さんと一緒じゃないの?」

 

「別にいつも一緒にいる訳じゃないわ。赤城さんは赤城さんでやる事があるのよ」

 

椅子に腰を下ろした加賀が箸に手を付ける。

 

「そう言えばあなたにはまだ言ってなかったわね」

 

「な、何を?」

 

「ありがとうね瑞鶴。赤城さんやこの鎮守府の皆、それに提督を守ってくれて」

 

「んなっ…!え、えぇ~っ!?」

 

「何かおかしな事言ったかしら?」

 

「あ、あの加賀さんが…私に…お礼?明日、矢の雨が降る…ふにぃ~ッ!痛い痛い(いはいいはい)!」

 

加賀が瑞鶴の頬を思いっきりつねった。

 

「失礼ね。私だって褒める時位あるわ」

 

「…」

 

「もう一回つねる?」

 

「や、やめてっ!!」

 

「…フン」

 

驚く瑞鶴を尻目に加賀はご飯を口に運ぶ。

 

「…何見てるの?食べないならもらうわよ?」

 

「だ、ダメッ!…じゃなくって。翔鶴姉ぇの言ってたの本当だなって思って」

 

「翔鶴が?何か言っていたの?」

 

「そ、その…加賀さん、戻って来てから少し優しくなったって」

 

「私は元から優しいわ。ただおっちょこちょいの誰かさんのせいで眉間にシワが増えただけよ」

 

〈ッ!…やっぱ変わってない…〉

 

「冗談よ。あなたにも感謝してるわ。せっかく戻って来ても肝心の皆がいないんじゃ意味が無いもの。感謝してるわ」

 

「べ、別に…私は加賀さんの為に頑張ってたんじゃあ…」

 

「それでもいいわ。…それにこの間の出撃の時も翔鶴を置いて前に出る癖も直ってる様だし」

 

「そ、それは…そのせいで翔鶴姉ぇが私を庇って被弾するって加賀さんに言われたから…」

 

「ふふっ、ちゃんと覚えてたのね」

 

「…やっぱり昔の事、覚えてるの?」

 

「えぇ。私がいない数ヶ月で随分と強くなっていて驚いたわ。さっきも言ったけど、ありがとうね瑞鶴。私の好きなこの鎮守府を…あの人を守ってくれて」

 

「加賀さん…」

 

加賀は瑞鶴の手にそっと自分の手を重ねた。

 

「…ただ前にも言ったと思うのだけど、改二の迷彩はどうかと思うの。気は確か?」

 

「んなっ!あ、あれはあれで格好いいじゃない!」

 

「でも海で迷彩なんて…馬鹿なの?」

 

「前言撤回!全然優しくない!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督、瑞鶴は…?」

 

入渠を終え、すっかり回復した翔鶴が報告を兼ねて執務室へ姿を現した。

 

「瑞鶴なら多分、間宮の所じゃないかな」

 

「そうですか。では私も行ってみます」

 

「あぁ、翔鶴…」

 

「ハイ…?」

 

「いや、その…加賀とは上手くやっているか?」

 

「ええ。瑞鶴も口ではああ言ってますが、あんなはしゃいでる姿は久し振りに見ました」

 

「そうか。だが瑞鶴よりも翔鶴、俺は君の方が心配だよ。瑞鶴を庇うあまり被弾する事がよくあるみたいだし。あまりヒヤヒヤさせないでくれ」

 

「そ、そんな…私なんかに勿体無い言葉です」

 

翔鶴はドアに手を掛けて、ふと立ち止まる。

 

「あの…提督。加賀さんとは、その…」

 

「ああ、多分考えている通りだと思うよ」

 

「そうですか…」

 

「翔鶴…少し愚痴に付き合ってくれないか?」

 

「え、ええ…私で良ければ…」

 

「俺は加賀が戻って来てくれるのを願ってた。赤城もきっと喜んでくれる…いや、これは言い訳だな。俺は自分の為だけに加賀が戻る事を願った。

 

「だが赤城といる内に、このままでもいい…加賀の事は諦めようかと思い始めている事に気付いたんだ」

 

「それは…赤城さんを…」

 

「ああ…節操が無いって笑ってくれても構わないよ」

 

「そ、そんな事…」

 

「もう諦めようか…そう思った矢先、加賀は帰って来た。それは嬉しいんだ。だが俺の中で赤城は、加賀と同じ位に大きな存在になっていた…。

 

「俺は…どっちを望んでいるんだろう…」

 

「提督…」

 

「…悪い、つまらない話に付き合わせて」

 

「い、いいえ、そんな事ありません…私だって似た様なものです…」

 

「翔鶴が…」

 

「はい…あの、提督…もし良ければ私の愚痴も…聞いて頂けますか?」

 

「翔鶴の…?ははっ、驚いたな。翔鶴も悩みとかあるんだな」

 

「もうっ!私だって悩みの一つや二つあります」

 

「ご、ごめん。で、何だい?」

 

「提督と同じ事なんですが…私にとって加賀さんや赤城さんは尊敬すべき先輩方です。でも…あの日、加賀さんが沈んだ時、私の中に悲しみとは別の気持ちもあったんです。

 

「加賀さんは、いなくなってくれた…って…」

 

「し、翔鶴…?」

 

「提督…私はおかしいでしょうか?」

 

「し、翔鶴…お前…」

 

「つまらない話をしてすみません…でも、提督だってそうなんです。私だって…少し位そんな事考えても…バチは当たりませんよね?」

 

「…」

 

「失礼しました、私はこれで…」

 

「あ、ああ…」

 

一礼すると、翔鶴はそそくさと部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある日の鎮守府。

演習場で二人の艦娘が訓練を行っていた。

加賀の放った艦上爆撃機が海に浮かぶ的を粉砕し、彼女の左肩の甲板に戻って来る。

 

「お見事」

 

隣にいた赤城がニコッと微笑む。

 

「いえ、まだ勘が取り戻せません。こんな事じゃ瑞鶴に笑われるわ」

 

「そ、それは仕方ないですよ。加賀さんは暫くいなかった訳ですし」

 

「そうですね。でも人が変わるには充分な時間です。…赤城さんと、あの人が変わるには」

 

「…!」

 

続いて自身の爆撃機を発艦させようとした赤城は、思わず息を飲んだ。

 

「やはり…気付いていたんですね、加賀さん」

 

「…はい」

 

背を向ける加賀に、赤城は申し訳なさそうにうつ向く。

 

「…やっぱり怒っていますか?私と提督がその…そんな仲になってしまったのを」

 

「怒っていないと言えば嘘になります」

 

「か、加賀さん。私は…!」

 

「誤解しないで下さい。もう怒ってはいません」

 

「…え?」

 

加賀は弓に矢をつがえ、弦を引く。

 

「あの人が少し浮気性なのは知っていましたから、きっとそんな事なんじゃないかとは思っていました」

 

「…」

 

加賀が矢を放つと、矢は空中で火花と共に数機の爆撃機に姿を変えた。

 

「でも、その相手が赤城さんだと知って安心しました」

 

「加賀さん…」

 

「ですが」

 

「…!」

 

「あの人は言ってくれました。もう一度私とやり直したいと」

 

加賀の放った爆撃機が海面に浮かぶ的を捉え、機銃を放つ。的は銃声と共にあっと言う間に蜂の巣になった。

 

「以前、赤城さんも言ってくれましたよね。『例え提督が加賀さんを選んだからと言って、私達の友情は変わりません。これからも提督を支えていきましょう』と。

 

「だから私は、赤城さんを…提督を許します」

 

爆撃機が最後に残った的に一斉に爆弾を落とす。的は轟音と共に四散して砕け散った。

加賀の話を黙って聞いていた赤城は、徐々に顔色が曇っていった。

 

「…どうしました?赤城さん」

 

「じ、じゃあ…」

 

「…?」

 

赤城は震える声で加賀に尋ねた。

 

「あ、あの時の事も…覚えて…」

 

赤城の肩は震えていた。その表情はまるで飼い主にイタズラを咎められた子犬の様に弱々しかった。

そんな赤城の変化に一瞬驚いた加賀だったが、直ぐに目を反らすと事も無げに呟いた。

 

「えぇ…覚えていますよ」

 

「…!!」

 

赤城はいよいよ顔面蒼白となった。

加賀が左肩の甲板を広げると、爆撃機はその上を滑り煙の様に消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

FS海域。

一時は頓挫した海域だったが、加賀の復帰により提督はこの海域への進攻を決意した。既に編成は発表され、明日の出撃を待つだけとなった。

 

「…加賀さん、どちらへ?」

 

夕方、既に日も落ちすっかり暗くなった頃、赤城と同室の加賀は小脇に箱を抱え、部屋を後にしようとしていた。

 

「いえ、用と言う訳でもないですが…。身辺整理と言った所です」

 

「はぁ…」

 

部屋を後にした加賀は鎮守府の港、灯台の下へと向かった。

辺りに人影が無い事を確認すると加賀は箱を地面に置いた。左手の裾を捲ると手首の内側に何かで彫った様な数字が刻まれていた。

 

〈この傷を見るのもこれが最後となると、名残惜しいわね〉

 

加賀が腕に力を入れると数字は煙の様に消えて無くなった。

加賀は箱の錠前に付いたダイヤルを合わせる。カチリと音がして箱が開いた。加賀はその中から手帳を取り出した。

数分でその手帳を読み終わると、手帳を箱に落とし、懐からマッチを取り出した。数本のマッチに火を灯すと箱の中へ落とした。やがて火は手帳を燃やし尽くし、箱へと引火した。

ものの数分で消し炭になった箱を拾い上げると、加賀は箱をそのまま海へと放り投げた。

 

〈これで終わり。ありがとう…〉

 

灯台の灯りが彼女の背中を妖しく照らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ドウイウ…コト?ソウ…ソウナノネ…。あり、がとう…」

 

FS海域前縁部。

彼女達の前に立ちはだかる水母棲姫との死闘に終わりが訪れた。力尽き海面へと沈み行く水母棲姫を加賀達は静かに見守っていた。

 

「翔鶴姉ぇ!」

 

大破し、最早立っているのがやっとの翔鶴に瑞鶴が駆け寄る。

 

「ごめんね、私の為に…」

 

「大丈夫よ瑞鶴。あなたが傷付くのを見る位ならこの方が…」

 

「翔鶴姉ぇ…」

 

そんな二人の元へ近付いた加賀が翔鶴へ肩を貸す。

 

「瑞鶴、翔鶴は私が連れて帰るわ。あなたは周囲の索敵をお願い」

 

「で、でも…!」

 

「水母棲姫を倒したと言っても、敵はまだいるわ。幸いあなたは一番被害が少ない。分かるでしょ?」

 

「…わ、分かった。翔鶴姉ぇをお願いね」

 

「ええ」

 

心配そうに翔鶴を見る瑞鶴だったが、再び気を取り直すと、海面を滑り走って行った。

瑞鶴の姿が見えなくなると同時に、赤城が自分の艦載機を全て発艦させる。

 

「…?赤城さん、敵ですか!?」

 

自分達の上を旋回し始める爆撃機に、加賀も身構える。

 

「…ごめんなさい加賀さん。もう…もう、こうするしか私には思い浮かばなかったの」

 

「…な、何の話です?」

 

「最後に言いたいの。加賀さん、私はあなたを裏切るつもりは無かったの。あなたと提督が愛しあっているのを知った時、私は自分の気持ちを胸の中に閉まっておくつもりでした。

 

「でも…でもあの時、あなたは私の目の前で今の翔鶴さんの様に大破した。その時、もう一人の私が囁いたの。

 

『加賀さんがいなくなれば、提督は私のモノだ』って…。

 

「気が付いたら私はあなたを攻撃していた…。加賀さんがいなくなった後、私は提督を慰めるフリをして彼に近付いた。彼は私を愛してくれる様になった。でも、まさか!…まさか加賀さんが再び蘇るなんて…っ!!

 

「加賀さんと再会した提督は、再びあなたに心奪われた。その時解ったんです。あなたがいる限り、私は提督の一番には成れないんだって…」

 

加賀、赤城達の頭上を旋回する爆撃機達はクルッと向きを変えると、一気に急降下する。

 

「ま、まさか赤城さんっ…!!」

 

「だからこれでさよならです。ごめんなさい加賀さん」

 

二人に迫る爆撃機から無数の爆弾が発射される。…赤城に向かって!!

 

「くっ…!」

 

加賀は翔鶴を突き飛ばし、全力で海面を滑る。

 

「きゃああっ!!」

 

危うく爆発に巻き込まれそうになった翔鶴が再び目を開けると、そこには赤城を庇い攻撃を受けた加賀の姿があった。

 

「ううっ…」

 

苦悶の表情を浮かべ海面に倒れようとする加賀を、赤城は抱き止めた。

 

「か、加賀さんっ…どうして!どうして私を庇って…!」

 

「ま、前にも言いましたよ…。私は赤城さんを許しますと」

 

「で、でもっ!私はあなたを沈めたんですよ!?それだけじゃない!私はあなたのいない間に提督を奪おうとしましたっ!

 

「そんな私が罪を償うには、こうするしか無いじゃないですかっ!!」

 

泣き叫ぶ赤城の頭をそっと、加賀は撫でる。

 

「…か、加賀さん?」

 

「私が沈んだのは、私が不甲斐なかったからです。赤城さんに攻撃されなくてもきっと沈んでいました。

 

「それに、赤城さんは私にとって提督と同じ位の大事な人です。赤城さんが幸せになるなら、私はこのまま沈んでも構いません」

 

「ううっ…加賀…さん」

 

涙と嗚咽混じりの顔で、赤子の様に泣きながら赤城は加賀の胸に顔を埋めた。そんな赤城を、加賀は優しく抱き締めた。

 

〈そう…そうだったのね、赤城さん…〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈私は…あなたに沈められたのね…〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの日、私は再び生まれた…らしい。

 

光と煙に包まれ、気が付くとこの鎮守府に建造された。

自分が艦娘である事、赤城さんや七…瑞鶴といった仲間達の事は何故か顔を見た瞬間に解った。

だが一つ不思議だったのは、私は一度海に沈んでいるらしかった。私にはそんな記憶は無い。だが皆や私の前に立っていた彼…提督はしきりに昔の事を覚えているのか尋ねてきた。

私の記憶はここからだ。過去なんて無い。

だが、自分でも何故なのか解らなかったが、初めて会った筈の提督に私は強く心を惹かれた。聞けば前の加賀はこの彼と恋仲だったらしい。そんな記憶は無い筈なのに、私は彼が愛しくて仕方なかった。

 

私は彼に話を合わせる事にした。

 

赤城さんに連れられ、かつての私が過ごした部屋へ訪れた。何もかもが初めて見る物だったが、私は赤城さんに話を合わせ、懐かしがってみせた。

自分の持ち物を整理していると、タンスの中に隠す様に小さな箱があった。何だろうと思って開けようとしたが、箱にはダイヤル式の錠前が付いていた。もちろん番号なんて分かる訳がない。

そう思った時、私は自分の左手に小さな傷が付いているのに気付いた。

 

【1 1 1 7】

 

それは私が艦娘として生を受ける前の、船だった時の私にとって記念すべき日、進水した日付だった。

私は試しにこの数字を回してみた。

案の定、鍵は開いた。

恐らく沈む前の、かつての私が自分の最後を知り、もし忘れてしまった時を考えて自分で傷を付けたのだろう。〈我〉ながら賢明な判断だったと思う。ウフフッ。

 

箱の中には小さな手帳が入っていた。随分使い込まれているらしく、かなりぼろぼろだった。私はその手帳を見て驚いた。

それは先代の加賀(わたし)の日記帳の様な物だった。

彼女が見聞きした事、体験した事が事細かに書かれていた。

この鎮守府の仲間達の事。赤城さんや瑞鶴、翔鶴と話した事。

そして、提督との思い出…。

 

私は暇を見つけては貪る様にその手帳に目を透した。試しにかつての私が言ったであろう事を皆に言ってみた。

皆は驚いた様な嬉しい様な、複雑な表情をしていた。

成る程…。どうやらこの手帳に書かれている事は本当の事らしい。

私はこれを利用して、一計を案じた。

このまま過去の自分を演じよう…

 

昔の自分に成り代わろうと。

 

あの二人、提督と赤城さんがお互いを想う間柄なのは私の目には明らかだ。提督に何故か強い執着を持っている私だったが、今の二人の仲に割って入るのは難しい…。そう思っていたが、この手帳があれば過去の…昔の私を演じる事ができる。

赤城さんには悪いが、私は提督を…彼を取り戻す事にした。

 

記憶があるフリをした私に提督は、再び…と言うのはおかしな表現だけど、もう一度ケッコンの約束もしてくれた。

 

全てが順風満帆な、そんな時だった。

赤城さんから思いがけない告白を聞いたのは。

 

『あの時の事も…覚えて…』

 

その時の私には何の事だか解らなかったが、話を合わせて覚えているフリをした。

そして今回の出撃で、それが自分を裏切った事だと知った。

前世の私は彼女に沈められたのだと。

 

それを聞いた私は怒りに囚われたが、赤城さんの行動に全て掻き消された。

彼女は自分で轟沈しようとした。

考えるよりも早く、私は彼女を庇っていた。

確かに同じ男性に心奪われた恋敵かもしれない。それでも…そんな彼女でも、私の大事な親友だった。一瞬でも彼女を沈めようと考えた自分が恥ずかしい。

 

そう、私が沈めなきゃいけないのは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「第一艦隊、帰投しました」

 

至るところ服が破れ、満身創痍の加賀、赤城、瑞鶴。

瑞鶴は泣くのを必死に堪えている。そんな彼女を不思議に思った提督は加賀に尋ねた。

 

「加賀、翔鶴が見えない様だが…」

 

「翔鶴は…轟沈しました」

 

加賀の答えに、瑞鶴がワアッと泣き声を上げその場に座り込んでしまった。

 

「そ、それは…そうか。瑞鶴、すまない」

 

「いいえっ!提督は悪くありません!私達が翔鶴さんを守れなかったのがいけないんです!」

 

瑞鶴に頭を下げる提督を庇う様に、赤城が割って入った。

 

「瑞鶴、任せておいてなんて言いながら…。本当にごめんなさい」

 

目を腫らした瑞鶴が瑞鶴が赤城に支えられて立ち上がった。

 

「…ううん。加賀さんは悪くない。加賀さんや赤城さんだって中破状態だったもの。索敵をしっかりしなかった私も悪いの。気にしないで…」

 

「瑞鶴、本当にすまなかった。赤城、それに加賀、先ずは入渠を。詳しい報告は後でいい」

 

赤城と瑞鶴は一礼すると、執務室を後にした。

 

「うん?加賀、どうしたんだ…うわっ!」

 

提督の問いかけに答える前に、加賀は彼の胸へと飛び込んだ。

 

「ごめんなさい。生きて帰れたのだと思うと…こうしてあなたを抱きしめる事ができたと思うと嬉しくて…」

 

「加賀…」

 

「私らしくないなんて言わないでちょうだい。前の私だったら戦いで沈む事も怖くなかったわ。

 

「でも今は違う…。あなたの事を考えると…もう会えないかもしれないと思うと怖くなってしまったの…。

 

「こんな私は…嫌いかしら?」

 

「そ、そんな事ある訳ない!例えどんな風になっても加賀は加賀だよ!」

 

「ありがとう。お願い…もっと強く抱きしめて」

 

提督は加賀を抱き締めた。加賀も彼の腰に手を回し、優しく抱き締める。

 

「加賀…愛しているよ」

 

「ええ…私もよ…あなた」

 

二人はどちらからともなく口付けを交わした。

 

〈ありがとう過去の私、ありがとう赤城さん。そして…こんな私を許してね…

 

〈翔鶴…〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈ど、どういう事なの…?前の加賀さんを沈めたのは…赤城…さん?〉

 

「爆撃隊、発艦!」

 

そんな翔鶴の困惑を余所に加賀は空に弓を構えると、矢を放った。矢は火花と共に無数の爆撃機に姿を変える。

 

「か、加賀さん、何を…」

 

「索敵をすり抜けた敵を攻撃します」

 

「て、敵?でもこの場には私達しか…」

 

加賀は後ろを振り向いた。赤城も加賀の視線を追うと…。

 

「…!か、加賀さん、まさか!」

 

二人の視線の先には、今にも倒れそうな翔鶴が立っていた。

 

「し、正気ですか加賀さん!翔鶴さんは…」

 

「いいんですか?」

 

「…え?」

 

「前にも言いましたね、提督は気が多いと。赤城さんも本当は気付いているんじゃないんですか?彼が翔鶴を私達と同じ目で見ていると…」

 

「そ、そんな事…」

 

「赤城さん、私は自分以外の艦娘が彼の横にいるなんて、考えたくもありません。でも赤城さん、あなたなら私も許せます。

 

「…ただし赤城さん、あなただけです。あなた以外は…許せません」

 

「…」

 

加賀の言葉に呼応するかの様に、頭上を旋回する赤城の爆撃機は、加賀の爆撃機と編隊を組んだ。

 

「か、加賀さん?赤城さんっ!?」

 

遥か頭上から真一文字に自分めがけて急降下する爆撃機に、翔鶴は目を丸くする。

 

「…ごめんなさい翔鶴さん」

 

「あ、赤城さんっ!」

 

無数の爆撃が翔鶴を襲う。次の瞬間、いくつもの水柱が上がり翔鶴を吹き飛ばした。

まるで雨の様に海水が降り注ぐ。さっき迄翔鶴が居た場所に彼女の姿は無かった。焼き焦げた飛行甲板が無惨に浮かんでいた。

異常を察した瑞鶴が遠くから叫んでいた。

 

「どうします加賀さん。瑞鶴さんも…」

 

「いえ、止めておきましょう。いくら私達でも今の様に不意を付かないと難しいわ。それに他の皆も集まってきます」

 

「…そうですね」

 

「それに瑞鶴は提督のお気に入りという訳ではないわ。彼は私達の様な落ち着いた感じが好きだもの」

 

「まぁ、加賀さんったら♪それじゃ瑞鶴さんが騒がしいみたいじゃないですか」

 

「違いますか?」

 

「私の口からは何とも…。でも…そうですね。一度に二人も仲間を失うのは寝覚めが悪いですね」

 

「フフッ、私を沈めた人とは思えないセリフですね」

 

「もうっ!言わないで下さい。許すって言ったのに…加賀さんって意外と意地悪ですよね」

 

「ごめんなさい。さっきまで罪の意識で自沈しようとしていた人の発言だと思うと可笑しくて…」

 

「まあっ!…ウフフッ♪」

 

「フフッ…」

 

瑞鶴の呼び声が二人の耳に入った。

二人は目配せをするとお互い頷き、振り返るのだった。

 

 

 

 

 

 

それから更に1ヶ月を要し、何人かの犠牲を出しながらもFS海域の攻略は無事成功に終わった。

ただ、犠牲になった艦娘は皆、加賀や赤城と同じ部隊に所属しており、不思議な事にその最後を目撃した者は誰もいなかった。

 

加賀と赤城の二人を除いて…。

 

 

 

 

 




加賀さんと天龍は艦これにハマるきっかけになったキャラなので、やっと書けたと感慨深いです。

今回も自分なりの独自設定があり、同じ艦娘は存在しない事にしてます。この鎮守府に加賀が居る場合、他の鎮守府には居ないみたいな。
艦娘は戦艦の魂が仮の体に宿ってる訳で、ハリポタのヴォルデモート卿みたいに魂を分割できないと(ネタバレすんまそん)同時に二人存在するのはおかしいんじゃないかなと思ってます。その変わり、一度沈んだら別の鎮守府に建造という形で転生できます。悪魔の実みたいな感じです。

公式とは解釈違うかもしれませんが、自分の作品ではこのルールでやっていくつもりです。
後に天龍の話書きますが、今回も出てきた転生に関するもう一つのルールに則った話になります。先に天龍回書いちゃうと、そのルールと今回のオチがバレちゃうので先に書きました。

次は金剛姉妹ネタです。










艦娘型録

加賀(先代) 提督さんとは相思相愛だったが、運悪く大破した所をチャンス到来と見た赤城さんに撃たれた。手首の数字は多分、矢尻か何かでとっさに彫ったんだと思われる。

加賀(なう) 前世の遺産を上手い事使って、提督さんの崩落に成功。ちなみに手帳には提督さんの夜の性癖も書かれていたらしく、これから役に立てようと思っている。

赤城 一度は加賀さんを撃ってしまったものの、罪悪感から自沈しようとしたり途中迄はまともだったのに、加賀さんに唆されてやっぱり闇堕ちしちゃった。まぁ一度ある事は二度あるって言うからね。仕方ないね。

翔鶴 完全なとばっちり。出てくる度に二次災害を被る。でも美人薄命って言うし、多少はね?

瑞鶴 提督さんの好みじゃなかったお陰で、被害を免れた。だからと言って、この先も安泰とは限らない。

提督 この鎮守府のバンコランみたいな人。この人が目を付けた艦娘に被害を及ぼすハタ迷惑な人。

戦艦タ級 別に露出癖ではなく、スカート履き忘れて出撃したら、そういう仕様なんだと艦娘達に勝手に認識されてしまい、今さらスカートを履くに履けなくなった。

水母棲姫 ジオング。自分に見せつける様にパンイチで現れるタ級が嫌い。それを知ってる癖にタ級が寄って来る。嫌いって言ってるのに…この戦艦おかしい。



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蘇る金剛

「金剛お姉さまが沈みました」
「お姉さまは私達、金剛姉妹でも最弱…」
「深海棲艦ごときに倒されるなんて、金剛型の面汚しですね」




5人の男女が大きな機械の前で固唾を飲んでいた。

彼女達の前で、建造機と呼ばれる艦娘を生み出す機械が稼働していた。完成迄の残り時間あと一分。今まさに、一人の艦娘が誕生しようとしていた。

 

「お姉さま…」

 

「だ、大丈夫よ!きっと上手く行くわ!」

 

「私の計算によると、恐らく…!」

 

巫女の様な白装束を着た三人が祈りを捧げながら立ち尽くす。

建造機の窓口から青色の光が怪しく洩れる。機械が機関車の様な轟音を発しながら煙を巻き上げた。

 

「て、提督。いよいよです!」

 

「あ、ああ。待ちくたびれたぞ!」

 

やがて機械は徐々に静かになり、ゆっくりとドアが開いていく。と同時に中から爆風の様な煙が放たれた。

 

「うわっ!」

 

「きゃあっ!」

 

徐々に煙は晴れ、その場に居た全員が煙の中を覗き込んだ。

そして、その中から現れたのは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「司令、艦隊帰投しました!」

 

執務室を訪れた三人の艦娘。その中の一人、金剛型戦艦2番艦の比叡が敬礼をする。

 

「お帰り、と言いたい所だが…その様子だと散々だったようだね」

 

「あっ、いえっ!これは、その…」

 

3人共に白装束は焼け焦げた様に破れ、意気消沈していた。

 

「うう…。でも榛名は大丈夫です」

 

「私の計算では司令の作戦は完璧だった筈…。一体どこで計算が…」

 

同じく3番艦の榛名は泣き顔で恥ずかしそうに胸元を隠す。4番艦の霧島は胸が見えそうなのもお構い無しにブツブツと独り言を呟いていた。

 

「ま、まぁ作戦が失敗したのは残念だったが、皆こうして無事だったんだ。良くやってくれた」

 

「ううっ。申し訳ありません」

 

比叡が恥ずかしそうに頭を下げる。

 

「いいんだよ。こちらの作戦もまずかったんだ」

 

「そ、そんなっ。提督は何の問題もありません!榛名達の力が足りなかっただけです」

 

「ありがとう、次はこうならない様に気を付けるよ。…それに、君達三人に何かあったら金剛に会わせる顔が無いよ」

 

「フフッ、司令はお優しいですね。この霧島、金剛お姉さまの分も頑張らせて貰います!」

 

「ひえぇっ!き、霧島っ、胸っ!見えてるっ!」

 

「へっ?し、失礼しました///」

 

「…提督、どうして目を細めてるんでしょう?」

 

「オ、オホンッ!と、とにかく入渠してくれ。話はそれからでいいから」

 

 

 

 

 

 

 

 

かつてこの鎮守府には、金剛型戦艦1番艦の金剛が在席していた。その後建造やドロップ等の紆余曲折を経て、金剛型の四姉妹はこの鎮守府に勢揃いする事になった。

だが、ある作戦で手痛い敗北を喫し、その結果金剛を失う事になってしまった。提督も金剛には艦娘としてではなく、一人の女性として愛情を持っていた為、自分の落ち度を深く恥じた。しかし比叡達は、これは自分達の責任だと提督の作戦を責める事はしなかった。

そんな負い目からか、提督は金剛の妹達には他の艦娘達が羨む程に気を使った。

それが、彼女達のあらぬ誤解を生んでいる事も知らずに…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん?」

 

昼食を終えた提督が鎮守府の中庭を通り掛かると、二人の艦娘が仲良さげに談笑していた。ちょうど後ろを通りかかった提督に気付いた二人が同時に声を揃える。

 

「「あっ、司令官!」」

 

「あ、あぁ。息ピッタリだな、おまえ達」

 

「え、そうですか?」

 

「えへへ、何か嬉しいです」

 

比叡と楽しげに語っていたのは陽炎型駆逐艦、雪風だった。比叡と雪風の二人は共に根が明るい為か、それとも船だった時に関わりがあった事に起因しているのか艦種を越えた友情を育んでいた。特に比叡は金剛が沈んで以来落ち込み気味だったが、そんな比叡を慰めたのが雪風だった。最近では榛名や霧島達といるよりも雪風といる時間の方が多く、提督にはさながら年の離れた姉妹の様に写っていた。

 

「偶に気になるんだが、いつも二人で何を話してるんだ?お前達、特に接点無い気がするんだが…」

 

「聞いて下さいよ司令!雪風ちゃん、な、何と!妖精さんとお話できるんですよ!」

 

通常、提督は妖精と会話を通して意思の疎通を図る。一方の艦娘は妖精達を従える事は出来るが、会話はできない。

 

「へぇ、凄いな雪風」

 

「はいっ!雪風、妖精さんが何を言ってるのか頭に伝わってくるんです」

 

「それは凄いな。将来は提督になれるんじゃないか?」

 

「ええっ!雪風、提督になれるんですか!?」

 

「ああ。提督になるには妖精と話せなきゃいけないからな」

 

「ん~…でも、いいです!」

 

「何でだ?勿体ない」

 

「雪風、司令と一緒がいいです。だから雪風はずっと駆逐艦でいいです!」

 

「ははっ、ありがとう。そんな未来の提督候補にプレゼントだ。間宮さんの券だ。あんみつでも食べておいで」

 

「うわぁ!ありがとうございます♪」

 

目を輝かせて券を受けとる雪風。一方の比叡は何故か下を向いて考え込んでいた。

 

「どうしたんだ比叡。そんな怖い顔して」

 

〈雪風ちゃんが司令官?じゃあ雪風ちゃん、私の上司になっちゃうの?でも、そうしたら今の司令どうなっちゃうの?もしかして首?左遷!?〉

 

「…何か凄い失礼な事、考えてない?」

 

〈そんな事ありません!〉(「さようなら司令!」)

 

「本音と建前、逆になってるぞ」

 

「あっ…ひえぇっ!」

 

「…ほら、お前にも券上げるから雪風と食べておいで」

 

「ありがとうございます!気合!入れて!食べます!!」

 

〈普通に食えよ…〉

 

比叡と雪風は軽い足取りで間宮へと向かった。そんな二人の後ろ姿を提督は微笑ましく見送った。

 

〈妖精の言葉が解る、か…。比叡の奴も妖精と話したいのかな〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~、俺だけど。入っていいかな?」

 

〈あっ!今開けますね〉

 

提督がドアの向こうに声を掛けると、返事と共にパタパタと足音が聞こえドアが開いた。

 

「どうしました、提督?」

 

開いたドアから榛名が顔を出した。提督はドアの外からチラッと部屋の中を見渡す。

 

「霧島に用が…と思ったんだけど、居ないみたいだな」

 

「あっ、霧島は工廠に用があるとかで…」

 

「そうか、じゃあそっち行ってみるかな」

 

「あっ、待って下さいっ!せっかく来て下さったんですから、紅茶でも飲んでいきませんか?」

 

「まぁ、別に構わないけど…。じゃあ少しお邪魔しようかな」

 

「はいっ!喜んで!」

 

提督は榛名に言われるままに部屋へと入って行った。

 

〈そういえば榛名達の部屋に入るのは初めてだな〉

 

提督は広めのリビングに案内されるとソファに腰掛けた。部屋はややクラシックな感じの家具で統一されており、椅子に座った正面の壁に恐らく比叡が書いたであろう【気合い!!】の文字の掛け軸が。

そしてその下の棚に置かれている小さな金庫の様な物が目に入った。

 

〈あれは…この部屋には随分と不釣り合いだな。貯金でも入ってるのか?〉

 

提督はソファに深く腰掛けると深呼吸した。かつてこの部屋には金剛が居た。だが、今の静寂からはとても想像が付かない。

 

〈金剛…すまない。俺の采配が不味かったせいで…〉

 

『目を離しちゃNoなんだからネ~!』

 

『Don't worry!ワタシに任せて下サ~イ!』

 

『ネ、ネェ提督ゥ…。提督は、ワタシの事…どう思ってますか?』

 

彼女の前向きな姿勢、また最初に着任した金剛型という事もあり、提督も随分と励まされた。いつしか鎮守府のムードメーカーとなり、気が付けば提督も彼女を目で追っていた。

それだけに、彼女が沈んだ報告を受けた時は提督も思わず涙を流した。この部屋を見れば彼女がどれだけ姉妹達に慕われていたのかも解る。提督は金剛の面影を見る度に、罪悪感もまた浮かび上がってくるのを感じていた。

 

〈ん?〉

 

部屋の辺りばかり気にしていて気付かなかったが、目の前のテーブルにアルバムが置かれていた。

 

「気になります?」

 

榛名が紅茶を携え戻って来た。

榛名は紅茶をテーブルに置くと、アルバムを捲った。

 

「これは…」

 

提督がアルバムを捲ると、そこには金剛や榛名達を中心にした写真が飾られていた。

 

「青葉さんに撮ってもらった物を整理していたんです。皆さんやお姉さまとの…大事な大事な記憶ですから」

 

「そうか…」

 

そこには四姉妹が集合した写真や、戦いから帰って来た金剛達の日常が切り取られていた。

 

〈金剛…〉

 

当時を思いだし懐かしさを覚えながら、提督がアルバムの次のページをめくろうとすると、榛名がハッとした顔で突然提督の手を掴んだ。

 

「は、榛名?」

 

「あ、いえっ!その…。そこから先は見てもつまらないですよ」

 

「…?まぁ見るなって言うなら見ないけど」

 

「えっ!その…提督がどうしても見たいと言うなら、止めませんけど」

 

「いや、別に…」

 

「…」

 

「榛名?」

 

「あっ!駄目です!勝手に捲っちゃ…!」

 

「え?俺、何も…」

 

榛名に強引に手を掴まれ、提督の指がページを捲らされる。あるページで止まると、榛名はアルバムを持ち上げ提督に突き付ける。

 

「イヤ~ッ!見ないで下さい~ッ///」

 

〈俺、何もしてない…って、え!?〉

 

榛名が開いたページには、提督が…一体いつ撮られたのか、彼を写した写真が何枚も飾られていた。

 

「これ、俺だよね?何で俺の写真を…」

 

「い、いえっ!別に他意はありませんっ!青葉さんが譲って下さるというから仕方なく…」

 

「まぁ俺の写真なんか飾っても仕方ないしな…」

 

「ち、違っ…う、嘘ですっ!私が青葉さんに頼んで盗さ…撮ってもらったんです!!」

 

〈今、何か凄い事言わなかった?〉

 

榛名はアルバムをテーブルに置くと、軽く深呼吸する。

 

「そ、その…勝手に撮った事は謝ります。すみません…」

 

「あ、あぁ。別にこの位、構わないけど…」

 

〈本当はもっと凄いのもあるんですが…〉

 

「…榛名?」

 

「あ、コホンッ!わ、私にとっては金剛お姉さまも提督も同じ位大事です。だからこの写真は…私の大事な宝物なんです」

 

「…」

 

提督がアルバムの次のページを捲ろうとすると、再び榛名が提督の手を掴む。

 

「…そこから先は何もありません」

 

「え…今チラッと俺の写真が…」

 

「そこから先は何もありません」

 

榛名はニコッと微笑んではいるものの、提督を掴む手を決して離そうとはしない。

 

「あ、あぁ…そうか(次のページに一体何が…)」

 

提督はアルバムから手を離した。

 

「あの…提督」

 

「ん?」

 

榛名は棚を開けると、黒い機械を取り出した。

 

「じ、実はここに青葉さんから借りてきたカメラがあるんです。そ、その…もしよろしければ…。一緒に撮りたいのですが。…駄目でしょうか?」

 

「別に構わないけど…」

 

「あ、ありがとうございます!じゃあ早速撮りましょう!」

 

「あれ?でも今、二人しかいないから誰が撮る…」

 

「…提督っ!し、失礼しますっ///」

 

榛名はカメラを自分に向けるとそのまま提督に近付き、頬を押し付ける。

 

「お、おい榛名っ!」

 

カシャッ!

 

驚く提督を余所に、紅潮した笑顔の榛名はシャッターを押した。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「…あぁ、うん。別に嫌がらないから、次からはちゃんと言ってね」

 

「金剛型の家宝にします!将来、榛名に子供が生まれたら、その子にもちゃんと見せますからね」

 

「子供って…旦那さんは…」

 

「若い時のパパですよって♪」

 

「パパ、俺!?」

 

 

 

 

「それにしても…」

 

提督は正面の掛け軸を見つめる。

 

「あの掛け軸、比叡が書いたのか?まぁ、あいつらしいけど…」

 

「あ、書いたの私です」

 

「え?」

 

「嘘です」

 

「えっ!?」

 

「霧島です♪」

 

「ええっ!?」

 

 

 

 

 

提督を見送った榛名は、一人部屋に戻った。その視線に黒い金庫が目に入った。

 

「お姉さま…」

 

榛名はソファに座るとアルバムを捲り、提督が見ていないページを開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「司令、私を探していた様ですが…何か?」

 

榛名と別れた提督は、先程まで比叡と雪風が居た中庭のベンチに腰掛けていた。ふと後ろに人の気配を感じた提督が振り返ると、霧島が立っていた。

 

「あ、霧島。工廠に行ったって事は、明石から話は聞いたかい?」

 

「はい、これで私も榛名に続いて改に成れるそうで」

 

「今朝、明石からそれを聞かされてね。たまたま霧島達の部屋の近く迄来たものだから伝えておこうと思ったんだが…。まぁ何だ…おめでとう、でいいのかな」

 

「フフッ、ありがとうございます。司令にそう言ってもらえると頑張った甲斐があります。もっともっと頑張って、金剛お姉さまに近付いてみせますよ」

 

「…金剛か」

 

「…どうかしましたか?」

 

「いや…。霧島、少しいいかな?」

 

「…?はい」

 

提督に目で促された霧島は、その隣に座った。

 

「霧島や榛名達は…やっぱり俺の事を恨んでいるかい?」

 

「司令…もしかして、金剛お姉さまの事をまだ気にしておいでで?」

 

「まぁね。あの時は少しキツかったが金剛なら何とか行けると思ってた。ところが蓋を開けてみればまさかの敗北。しかも金剛を失った。

 

「霧島達にしてみれば、大事な姉を失ったんだ。恨み言の一つも言いたくなるだろう」

 

「…司令、失礼しますね」

 

提督の言葉に、霧島は何を思ったか突然眼鏡を外し提督に掛けた。

 

「わっ、霧島、何を…」

 

「司令、今、周りがどう見えます?」

 

「どうって…何かボヤけて見えるよ」

 

「私も司令と同じです。眼鏡が無いとボヤけて見えます」

 

「…?」

 

「あの時の司令は今と同じです。《慢心》と言う色眼鏡のせいで、いつもなら見える物も見えなくなっていたんだと思います。

 

「そして私や比叡お姉さま達は今の視界が悪い私と同じです。心の何処かで眼鏡を掛けなくても何とかなると思っていたんです。

 

「《金剛お姉さまがいるから大丈夫》と…」

 

「…」

 

「それに金剛お姉さまは、沈む瞬間まで司令の事を気にしておいででした。『ここで沈んだらテイトクを守れない』と」

 

「金剛が…そんな事を…?」

 

「はい。だから私達は沈み行くお姉さまに約束したんです。比叡お姉さまや榛名、そして私の三人がお姉さまに代わって司令をお守りすると」

 

「霧島…」

 

提督は目頭が熱くなるのを感じた。自分が泣いていると気付くと、恥ずかしさから顔を背けた。

霧島はそんな提督の頭を優しく抱きしめると、自分の胸元へと引き寄せた。

 

「司令…大丈夫です。私は絶対に沈みません。お約束します」

 

霧島は提督の頭を強く抱き寄せた。霧島の柔らかい胸から彼女の鼓動が聞こえてきた。頭を抱き寄せる両手も恥ずかしさからか震えていた。

 

「ありがとう霧島。少し気が楽になったよ」

 

「い、いえっ!こんな事で良ければ何時でも(出来れば司令のお部屋とかで…///)」

 

「それに霧島達の部屋の掛け軸みたいに、俺も気合い入れなきゃな」

 

「…ッッ!!な、何で司令がそれを?ま、まさか私達の部屋にっ!?」

 

「あ、あぁ。榛名に招かれて…。ま、不味かったか?」

 

「い、いえ!そういう訳ではなくって!も、もうっ、比叡お姉さまったら!だからあんな物飾っちゃ駄目って言ったのに…」

 

「え?書いたの霧島だって榛名が…」

 

「★♯#*!?ち、違うんです!酔った勢いで書いたのを比叡お姉さまが勝手に飾って…///」

 

「霧島って意外と字、下手なのな…って、え、霧島?何で怖い顔して…え、その艤装何処から出し…ちょっ!何で全部の砲塔こっちに向いてんの?え?霧島?」

 

「…主砲、敵を追尾して」

 

「俺を守るって金剛に約束したんじゃ…!!」

 

 

 

 

 

「きゃあっ!!ひ、比叡さん、今の爆発は…」

 

「ひえぇっ!ま、まさか鎮守府に敵が!?だ、大丈夫よ雪風ちゃん!私がいるから…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

〈ゲホッ!何とか撒いたか…。霧島の奴、ホントに撃ちやがって〉

 

「あっ、提督!今の爆発音は一体!?」

 

「うわっ!な、何だ明石か」

 

「何だは余計ですぅ~」

 

木陰に隠れていた提督に気付いた明石が驚きながら近付いて来た。

 

「ところで、こんな所で何やってるんです?かくれんぼですか?」

 

「ま、まぁそんなところだ。それより珍しいな、明石と工廠の外で会うなんて。何かあったのか?」

 

「(別に工廠から出られない訳じゃないんだけどなぁ…)えぇ、ちょっと耳寄りな情報が入ったのでお知らせしようかと」

 

「耳寄りな情報…?」

 

「はいっ!知ってましたか提督?一度沈んだ艦娘を…」

 

 

 

 

 

 

 

 

明石からもたらされた情報は提督にとって寝耳に水だった。例え一度沈んだ艦娘でも建造で蘇る事が出来る。

それはつまり、金剛を再びこの鎮守府に呼び寄せる事が出来るという事。勿論それなりの燃料や鋼材等のコストは掛かるが、条件を満たせばそれが可能だと言う。

明石からその事を聞かされた提督は、早速取り掛かる様にと告げた。

再び金剛に会える。

それが自身の愛情なのか、比叡達に対する罪滅ぼしなのか、提督にも分かりかねていた。

そしてその情報は、比叡達の知る所となった。

 

 

 

 

 

 

「し、司令っ!金剛お姉さまが蘇ると言うのは本当ですかっ!?」

 

朝の執務室。

まだ寝ぼけ眼の提督の下に飛び込んで来た比叡が、開口一番尋ねた。

 

「おはよう比叡。明石から聞いたのかい?あぁ本当だ。まぁ保証は出来ないみたいだが…比叡?」

 

比叡は急に背中を丸めてうち震えだした。

 

「お、おい比叡、どうしたんだ…」

 

「う、ううっ…」

 

比叡は肩を震わせながら、静かに泣いていた。いつもの無邪気さは消え、提督も初めて見る比叡の涙に声を掛けるのも忘れる程だった。

 

「あ、違うんです!こ、これは…この涙は悲しいんじゃないんです。これは…グスッ」

 

「…あぁ、解ってるよ」

 

「あの日…金剛お姉さまは私の目の前で沈んで行きました。その日以来、私は金剛お姉さまを想わない日は一日もありません。

 

「もう一度お姉さまに会いたい…。もし会えたらお詫びしようと、ずっと思ってました。

 

「司令…もし、またお姉さまに会えたら…金剛お姉さまは私を…お姉さまを救えなかった私を許してくれるでしょうか?」

 

「大丈夫だよ。きっと許してくれるさ」

 

提督は比叡の肩を優しく擦った。

 

「はい…はいっ!」

 

その後、床にへたりこんで大泣きする比叡の鳴き声に、たまたま執務室を通り掛かった雪風が慌てて飛び込んで来た。提督は自分が泣かしたのではないと雪風に説明し、比叡も雪風にあやされながら部屋を後にした。

 

 

 

 

 

「金剛さんがまた来るかもしれないんですね!雪風も嬉しいです!」

 

「グスッ…ねぇ雪風ちゃん。私達って友達だよね」

 

「はいっ!比叡さんは雪風の《マブダチ》です!」

 

「(マブダチ?)じゃあ、一つお願いがあるの。これは雪風ちゃんにしか出来ない事なの。

 

「…もし聞いてくれるなら私、雪風ちゃんのお姉さんになってあげる」

 

「えっ!ホントですかっ!比叡さんが雪風のお姉ちゃんに?き、聞きます!雪風、比叡さんにお姉ちゃんになってほしいですっ!!」

 

「えへへ、ありがと。あのね、雪風ちゃんって妖精さんとお話出来るって言ってたでしょ。だから妖精さんに頼んでほしいの…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督、お聞きしたい事が…」

 

翌日の昼下がり。一人昼食を終えた提督の下へ、榛名が訪ねてきた。

 

「ああ榛名、もしかして金剛の事かい?」

 

「はい、比叡お姉さまが仰っていたものですから、本当かと思い…」

 

「本当だ。と言っても明石の話だと、必ずしも金剛が復活すると保証は出来ないそうだが…」

 

「そうですか…」

 

榛名はやや肩を落とした。

 

「だ、大丈夫だ。明石の話だと、金剛を必要とする強い意思が何より重要だそうだ。榛名達がこんなに望んでいるんだ、きっと上手く行くさ」

 

「…そ、そうですね。きっとお姉さまは戻って来ますよね」

 

「あぁ、大丈夫さ」

 

提督はおもむろに立ち上がると、戸棚の中から缶を取り出した。中を開けるとその中には細かな粉末が入っている様だった。

 

「提督、それは茶葉ですか?もしかして…」

 

「前に金剛から貰った茶葉だよ。何か無性に飲みたくなってね。榛名も飲むかい?」

 

「あ、待って下さい。良かったら榛名が淹れますよ」

 

「そうか?じゃあ頼むよ」

 

「はいっ!」

 

榛名は慣れた手つきでポットとカップを二つ出し、紅茶を淹れ始めた。物の数分で出来上がると提督はカップに口を付けた。

 

「…うん、美味いな。まるで金剛の淹れてくれた紅茶みたいだ」

 

「エヘヘ、実は金剛お姉さまに教えてもらったんです。榛名も提督に飲んでもらいたくて」

 

「そうなのか。自分でもたまに淹れてみるんだが、微妙に味が違ってね。何かコツでもあるのかい?」

 

「フフッ、それは金剛型の秘伝なので内緒です♪」

 

「そりゃ残念。でも金剛が戻ってくれば、また飲める様になるのかな」

 

「…提督、良ければそれまでの間、榛名がお淹れしましょうか?」

 

「いいのかい?そりゃ嬉しいが…」

 

「そう言って頂けると榛名も嬉しいです。…フフッ♪」

 

「ん、どうしたんだ?」

 

「あ、いえっ…。実はずうっと、提督に紅茶を淹れて差し上げたかったんです」

 

「…別に、何時でもすれば良かったのに」

 

「そうは行きません!金剛お姉さまの紅茶で提督はすっかり舌が肥えてますから、もっと美味しいのを淹れようと何度も教えてもらってましたから」

 

「う~ん、俺は大して気にしないけど…。紅茶道って奥が深いんだな」

 

「『最後に紅茶を飲めたなら、その日は幸せだ』って言葉もありますから」

 

「へぇ、そうなんだ。知らなかったよ」

 

「今、作りました♪」

 

「榛名!?」

 

数十分後、提督と別れた榛名は自室に戻った。

ソファに腰掛け一人物思いに耽っていた榛名は目の前の金庫に気が付いた。榛名はおもむろに立ち上がると、金庫を開けた。

 

〈お姉さま…。お姉さまに教えてもらった紅茶、提督にとっても喜んでもらえましたよ〉

 

榛名は金庫から取り出した、古めかしいドーナツの様な金属片をギュッと胸に抱きしめると、再びケースに戻し、鍵を閉めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

金剛の建造の進展具合を聞きに来た提督は、工廠の入り口で明石と談笑する霧島を目にした。霧島は手を振って明石と別れると提督に気付いた様で、彼の下へとやって来た。

 

「司令、明石さんにご用で?…どうして身構えてるんです?」

 

「べ、別にそんな事は…。霧島と同じだよ。建造の事が気になって。ここに居るって事は霧島も?」

 

「え、えぇ、ハイ。進展具合を聞きに…」

 

霧島は自分が心配しているのを知られたくなかったのか、どこか照れた様に横を向いた。

 

「そうなのか、ちょっと明石に…」

 

「あ、あのっ!」

 

提督が工廠に向かおうとすると、霧島が提督の袖を掴んだ。

 

「な、何だ霧島?まさかまだ砲撃したりないんじゃ…」

 

「ち、違います!んもぅ…。少し真面目にお話いいでしょうか?」

 

「ああ。で、何だい?」

 

「司令にとって私は…霧島はどう映ってます?」

 

「どうって…」

 

「…真面目に答えてくれないと、また撃ちますよ」

 

「ま、待てっ!答えるから!…でも、どうしてそんな事を聞きたいんだ?」

 

「べ、別に深い意味はありません!い、いいから答えて下さいっ!」

 

「あ、あぁ。…その、とても頼りになると思ってるよ。金剛が抜けてから比叡と榛名は少し落ち込み気味だったが、そんな二人をよく纏めてるし。(たまに見境無くなるけど)

 

「それに最近は、その…艦娘じゃなく、『霧島』として見てる事が多いかな」

 

「へっ!?し、司令っ!そ、それって…///」

 

「う~ん、まぁそんな感じかな。真面目に答えてくれって言うからこの際言うけど、最初は金剛の代わりとして見てたんだ。

 

「でも霧島には霧島の…金剛には無い魅力があるって気付いてきて。だから正直、金剛がいなくてもいいんじゃないかって思ってた。

 

「これが本音かな。霧島は俺の事、どう思ってるかは解らないけど…」

 

「わ、私も司令の事は好きです!!あ…///」

 

「あ、うん。ありがとう。面と向かって言われると照れるな…」

 

「へっ?だ、だって司令が私の事好きって言ったから…!」

 

「直接言うのは恥ずかしいからボカしたつもりなんだが…だから艤装出すなって!!」

 

「ッッ///…ふ、ふふっ。流石は司令。艦隊の頭脳と言われる私に鎌を掛けるとは。見事に引っ掛かりましたわ」

 

〈自滅しただけじゃん。艦隊の頭脳って初めて聞いたけど…〉

 

「も、もう一度聞かせてくれますか?司令は…その…。わ、私の事を…」

 

「あぁ、好きだよ。霧島が俺のこと嫌いじゃなくて良かったよ」

 

「…比叡お姉さまより?」

 

「あぁ」

 

「榛名より?」

 

「…あぁ、だからそろそろ連装砲こっち向けるのやめて」

 

「し、失礼しました!…ふふっ、でも嬉しいです。初めて司令がこっちを向いてくれたみたいで。司令、改めてよろしくお願いしますね!」

 

「あぁ、こっちこそ。ふふっ、金剛聞いてるか?後はおまえが戻ってくるだけだぞ」

 

「…そ、そうですね。私も楽しみです!」

 

「じゃあちょっと明石の所へ行ってくるから」

 

「ハイ、また後程…」

 

笑顔で工廠へと向かって行く提督を見送った霧島は、一人呟いた。

 

「明石さん、お姉さまが蘇るかどうかはあなた次第です。後は頼みましたよ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから明石は早速建造を開始、数日後、いよいよ完成するとの報告が入った。提督が工廠へたどり着くと、比叡、榛名、霧島の三人が既に待ち構えていた。

 

「皆、もう来てたのか」

 

「お姉さまがいらっしゃるかもしれないんです。待ちきれません!」

 

「榛名もです。我慢出来ずに来ちゃいました」

 

「明石さん、準備大丈夫?一緒にチェックします?」

 

そんな提督や比叡達に答えるかの様に、建造機の稼働は最大に達し、窓からは怪しい光が漏れていた。完成迄の時間、残り一分。

 

「いよいよですね、提督」

 

「あぁ、待ちくたびれたぞ。…明石、本当に大丈夫だろうか?」

 

「う~ん、それは何とも…。金剛さんは一度建造に成功してますから成功率も高いと思うんですが。そうですね、何かこう…遺品とか、より強く金剛さんをイメージ出来る物があれば確実なんですが…」

 

提督が振り返ると比叡達は目を瞑り祈りを捧げていた。そんな三人を見て提督もまた、金剛が再び蘇る事を心から願った。

建造機の時刻表示が完成を示す【00:00】を示した。

建造機の扉が爆風の様な煙を放ちなから、ゆっくりと開かれていった。

そこにいたのは…

 

「ああっ…」

 

「き、君はっ!!」

 

建造機の中から煙と共に現れたのは、白い水着に瓢箪の様な玉を背負った小さな女の子だった。

 

「は、初めまして。まるゆ着任しました!」

 

「あ、あぁ。よ、宜しく頼むよ。〈明石、これは…〉」

 

「〈こ、今回は…ご覧の通りです。申し訳ありません〉」

 

「あ、あの~隊長。皆さんに何だか見られてる気がするんですが…。まるゆ、何かおかしな所でも…」

 

「い、いや違うんだ。この鎮守府は潜水艦が少ないからね。あ、明石。まるゆを執務室に連れて行ってくれないか?」

 

「あ、あ~ハイハイ!まるゆちゃん、他の皆さんにも紹介したいから、私について来てくれる?」

 

「は、はいっ!あの、そこの皆さんは…」

 

「後で紹介するわ。さっ、こっちよ!」

 

後に残った提督達に重い空気が流れた。特に提督は、この事を言い出した張本人なだけに、どう弁明したらよいものか途方に暮れていた。

 

「その、すまない。期待させておいてこのザマだ。何と言っていいのか…」

 

「し、司令は悪くないですよ!それは、金剛お姉さまに会えなかったのは残念ですけど…」

 

「そ、そうです。榛名は気にしていません」

 

「司令、そう気を落とさないで下さい。明石さんからも聞いています。建造は難しいものだと」

 

「おまえ達…」

 

 

 

 

 

 

『雪風ちゃんって、妖精さんとお話が出来るって言ってたでしょ?だから、頼んでほしいの。金剛お姉さまの建造を…』

 

『お姉さま…お姉さまに教えてもらった紅茶、提督にとっても喜んでもらえましたよ』

 

『それにお姉さまは沈む瞬間まで、司令の事を心配しておいででした。『ここで沈んだらテイトクを…』

 

 

 

 

 

 

「…本当にすまない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お姉さまを造らない様に、言ってくれる?』

 

『だから、もうお姉さまは必要ありません』

 

『ここで沈んだらテイトクを…私達から守れない…でしたっけ?お姉さま』

 

 

 

 

建造は失敗した…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの日、金剛お姉さまは私の目の前で沈んで行った。それは、私が不甲斐なかったから…私達の身代わりに沈んで行った。

ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいっ!!

お姉さまは、きっと私を許さない。こんな私を許す筈が無い。きっと私達の事を恨みながら沈んで行った。絶対そうに決まってる。

もし許されるなら変わってあげたい。私がお姉さまの代わりに沈んでいれば…ごめんなさい。

 

雪風ちゃんは私の事を何度も慰めてくれた。誰にも話していない、妖精と話せる事まで明かして私を元気付けてくれた。私の方がお姉さんなのに。情けないなぁ…。

 

そんな時、司令から金剛お姉さまが蘇らせる事が出来るかもしれないと聞いた。

そんなの駄目よ!

お姉さまを救えなかった私に今さら会わす顔なんて無い。

そう言えば建造って、妖精さんが係わってるんだよね?

ねぇ、雪風ちゃん。私、もうお姉さまに会わせる顔が無いの。だからお願い、妖精さんに頼んで建造を失敗する様に頼んで!

そう。上手く言ったのね。これでお姉さまは蘇らない。

 

そうよ、今さら会う訳にはいかないわ。

それにお姉さまはもう沈んだの。あの時の…沈んで行くお姉さまは、とても綺麗でした。

あぁ…お姉さま。

一生お慕いしています。

お姉さまは私の心の中で、ずっと生きています。

これが一番いいの。そうよ、そうに決まってる。

きっと榛名や霧島もそれを望んでるわ。

お姉さまの志は、比叡が立派に受け継ぎます。だから金剛お姉さまは安心して眠って下さい。いつか私がそちらに行くまで…。

だから、ごめんなさい。

 

さようなら…。

 

 

 

 

 

 

 

 

あの写真…

提督と金剛お姉さまの写真を見る度に思い出してしまう。

私は大好きな提督に少しでも振り向いてもらおうと、金剛お姉さまに紅茶の淹れ方を学んだ。でも金剛お姉さまは、こんな紅茶じゃ提督は満足しない、提督には私が出すから榛名はいいと何度も言われた。

その内、私は気付いた。

 

お姉さまは私に嫉妬しているのだと。

 

私と提督が仲良くなれば、きっと提督を獲られてしまう。だから私を近付けたくないんだわ。

ズルいわ、お姉さま。

提督を慕うのは自由のはず。どうしてお姉さまに邪魔されなきゃいけないの?

お姉さまなんか…お姉さまなんか、いなくなっちゃえばいいのに…!!

 

…ウフフ、アハハッ♪

こんな事ってあるのかしら?

本当にお姉さまが沈んでしまうなんて!

きっと神様の罰が当たったんだわ。可哀想なお姉さま♪

それなのに…また再びお姉さまが蘇る?

そんなの許せないわ。せっかく提督もお姉さまを忘れかけているのに…!

提督の事は何もかも知っているわ。どんな物が好みか、どうすれば喜んでくれるか…。

それに提督は金剛お姉さまの紅茶の味なんて忘れているわ。これからは毎日、私の紅茶を飲んでくれるの。金剛お姉さまではなく、榛名の淹れた紅茶をね…。

だから、もうお姉さまは要らないの。

 

明石さんから聞いた事があるわ。

本人と縁のある物を使うと、建造の成功率が大幅に上がるって。

例えば私が戦場で拾ったお姉さまの電探カチューシャとか…。

あの時は単なる名残惜しさから取っておこうと思ったけど、今考えると余計な事だったかしら。

幸いこの事を知ってるのは私達姉妹だけ。それに比叡も霧島もこの事は決して明石さんに教えない所を見ると、もしかして私と同じなのかしら?

霧島はともかく、比叡お姉さまが提督を慕っている様には見えないのだけど…。

 

でもいいわ。建造は《無事》に終わったわ。もし上手く行ったらどうしようと思ったけど…。明石さんには感謝しないと。ウフフッ♪

後はお姉さまのカチューシャを処分するだけ。これで次があってもきっと失敗するわ。

最も、その頃は提督も金剛お姉さまの事なんて忘れているわ。提督には榛名がいれば大丈夫だもの。

 

だから、ゆっくり眠ってて下さいね。

金剛お姉さま…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ここで沈んだら…アナタ達からテイトクを守れないっ…!』

 

やっぱり金剛お姉さまは私や榛名の気持ちに気付いていたみたいね。もしかして比叡お姉さまもそうなのかしら?

それにしても…テイトクを守れないなんて。それじゃ私達が司令を害するみたいじゃない。失礼しちゃうわ。

金剛お姉さまがやたら司令と一緒にいたがるのは、私達を寄せ付けない為なのは解っていた。まるでこれは私の物だと私達に解らせる様に。

私は金剛お姉さまや比叡お姉さまの様に、感情を表に出すのが苦手だ。それに末娘という立場もある。…まぁこれは言い訳かしらね。

司令が私の事を艦娘として…戦力として見てくれるなら、私はそれで満足しようと思っていた。

なのに…

 

こんな不幸が起こるなんて♪

 

お姉さまは私達を庇う形で被弾した。

私だったらここまでは出来ないかもしれない。…成る程、やっぱり金剛型のネームシップは伊達じゃないですね。ここだけは素直に感服しますわ。

金剛お姉さまがいなくなった事で、私も榛名も気持ちを隠さなくなったと言うか…抑制心が無くなったと思う。

毎日が…戦っている時でさえ気分が晴れやかだ。

 

でも…明石さんも余計な事を考える。

お姉さまを蘇らせようだなんて…。

明石さんの話では、成功率は半々だそうだ。正直好ましくない状況だわ。

仕方ない。私が密かに貯めていたアレを使おう。

私が《ネジ》を明石さんに渡すと、彼女は私の意図を理解してくれた。…かなり足元を見られたが。

そして私達の思惑通り、建造は不幸にも失敗した。

ふふっ、これを不幸だなんて扶桑さんが聞いたら怒りそうね。

そう言えば榛名も金剛お姉さまのカチューシャを持ってる事を口にしなかったけど…榛名も金剛お姉さまが目障りなのかしらね。アラアラ♪

 

私の戦況分析によると、司令は榛名より私に気があるはず…。私のデータに抜かりは無いわ!

 

金剛お姉さま。

司令は私がお守りします。だから安心してお眠り下さい。お姉さまの分もしっかり愛してもらいますわ…ウフフッ。

 

 

 

 

 

 

 

 

この後、提督は何度か建造を試したが遂に金剛が蘇る事は無かった。そんな提督に寄り添う比叡、榛名、霧島の三人と過ごす内に、彼は次第に金剛への執着を無くしていった。

その愛情が誰に傾くかは、また別の話…。

 

 

 

 




金剛は自分の作品では比較的優遇されてるキャラなので、たまにはこんな役もいいかなと。
金剛は喋り方が独特なので、毎回他の人の作品参考にしてます。今回は楽でした。

次は吹雪が異動後の鎮守府に残った叢雲の話です。(5話に当たります)










艦娘型録

金剛 今回は出番無し。何だかんだで最後は妹達を守って沈んだので良いお姉ちゃんだったと思われる。ただ長女の特権をやや行使し過ぎた様子。

比叡 金剛が嫌いなのではなく、思い出を美化したい。大好きなアイドルが引退したのに「やっぱり続けます♪」って言われるのが嫌な感じ。約束通り雪風のお姉ちゃんになったが、毎日の様に自分達の部屋に遊びに来るので、最近榛名と霧島から白い目で見られている。

榛名 金剛がいる時は目立たない陰キャだったが、最近は垢抜けてきた。クラスの地味な子が夏休み明けに金髪に染めてきた感じ。案外根は明るいのかもしれない。

霧島 金剛型一の知性派を気取ってはいるもののすぐテンパる。頭脳派を自称する割には体を使った色仕掛けが多い。司令の悪口を言われると無言で艤装展開する。いけないなぁ、彼の悪口を言っては。

提督 元は金剛派だったが最近は霧島に乗り換えつつある。榛名が毎日自分の所に入り浸っているのであらぬ噂が流れ始めた。

雪風 この鎮守府にはマブダチの時津風がいないので比叡になついた。妖精と話せるので何気に一番の情報通だったりする。

明石 この人が登場するとだいたいロクな事が無い。霧島からネジを受け取ったのに味を占め、建造の度に口止め料を値上げしている。

まるゆ 金剛目当てだった事を引け目に感じたのか提督や金剛姉妹に大事にされている。一部の運の低い艦娘(陸奥、翔鶴、扶桑姉妹)から何故か会う度に拝まれて困惑している。


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ユーロマンサー

「(海の)そ↑こ↓」





おはよう。

少し遅れちゃってゴメンね。

ねぇ、ろーちゃんに会えなくて寂しかった?

むう…少しは寂しがって欲しい。ろーちゃん、こんなに寂しかったのに。

今日だって任務終わったら、すぐに来たんだから。

今日もい~っぱい、お話しようね!

 

ねぇ提督…今日、何の日か覚えてる?

ヒドい!忘れちゃったの?

私と提督が会って、ちょうど一年ですって!

もう!本当に忘れてたの?

…ホントに?

怒ってなんかないけど…怒ってなんか…。

私はず~っと覚えてたよ。

まるで昨日の事みたいに…ね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈どうしよう…〉

 

〈この時間って言われたけど…どこに行けばいいんだろう…〉

 

〈鎮守府って…勝手に入っていいのかな…〉

 

〈港…どこだろう…〉

 

「ねぇ、キミ…」

 

「うひゃあっ!」

 

「そ、そんな驚かなくても…。君、もしかして艦娘?」

 

「ゆ、ユーが…ですか?」

 

「そう、you(キミ)の事。そんな海の中から顔出して、どうしたの?」

 

「そ、その…道に迷って…」

 

「そっか…そこの鎮守府の娘?」

 

「は、はい…その筈です」

 

「じゃあ、俺が案内しようか?」

 

「え?で、でも…」

 

「ぷはあっ!ここに居たのね!!」

 

「もうっ!探したでち!!」

 

「イク、ゴーヤ…よくここが分かったな」

 

「当たり前なのね!海の下から釣り針丸見えなのね!」

 

「そうそう!ゴーヤ達からは誰も逃げられないでち!…ってその娘はだぁれ?」

 

「ユ、ユーは…ドイツから来ました、潜水艦U-511です」

 

「あぁ、君が今日から来る艦娘か」

 

「は、はい…あの、あなたは?」

 

「私は「お仕事サボってる悪い子なのね!」

 

「いや、ちょっと気晴らしに「ビスマルクさん、カンカンでち!」え?マジで!?」

 

「ビ、ビスマルクさん?ビスマルクさんも、ここにいるんですか?」

 

「ん?あぁ、そう言えば彼女もドイツ艦だったね。上手くやっていけると思うよ。私はここの提督だ。君は…ええと…」

 

「ユーと…ユーとお呼び下さい」

 

「私の鎮守府へようこそ、ユーちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初めて来た場所で、上手くやっていけるか不安だったけど…イクもゴーヤもみんな親切で良かった!

あ、もちろん提督もね。

でもお仕事中に釣りなんてダメだよ?

ビスマルクさん、すっごい怒ってたし。

それにお魚さんなんて、毎日会えるのに。

あ、そっか、提督は潜水艦じゃないから海に潜れないんだっけ。

お魚が食べたいなら、ろーちゃんが一杯取ってきてあげますって!

…今はいいですって?

そう…そうかもね。

でも…いつでも遠慮しないでいいんだよ?

そう…ウフフッ、ダンケ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「仕事を抜け出して釣りなんて、あなたも出世したものね?」

 

「そうですよ提督!ビスマルク姉さまを待たせるなんて!」

 

「そ、そう怖い顔するなよビスマルク、オイゲン。ほら、お土産って訳じゃないけど可愛い人魚姫を釣ってきたぞ」

 

「人魚って…あなた、ユーじゃない!」

 

「ビスマルクさん!うぅ…うわあぁん!」

 

「ユ、ユーちゃん!?」

 

「ど、どうしたのユー!?まさか提督…」

 

「ま、まだ何もしてないぞ!」

 

「まだ!?」

 

Es tut mir reid(ごめんなさい)。ち、違うんですビスマルクさん。知らない国で誰も知ってる人いないから嬉しくて…グスッ」

 

「そう…でも、もう大丈夫よ。ここには私もオイゲンもいるわ。提督、もしかしてこの娘を迎えに?」

 

「そ、そうなんだ。よく分かったな」

 

「…じゃあ何で釣竿持っていったんです?」

 

「そ、それは時間潰しに持ってたんだよオイゲン」

 

「(ジーッ…)」

 

「いいじゃないオイゲン。私達ドイツ艦が増えるのは喜ばしい事よ、そうでしょ?」

 

「そうですね!ビスマルク姉さまの言う通りです!」

 

「おまえホント俺とビス子とじゃ態度違うよな」

 

「「ビス子って言わないで」ちょうだい!!」

 

「あ、あぁ…」

 

「とにかく!ユー、分からない事があったら何でも言ってちょうだいね!オイゲンが教えてくれるわよ?」

 

「そうよユーちゃん」

 

「はい、ビスマルクさん…とオイゲンさん」

 

〈…それでいいのかオイゲン〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ビスマルク姉さんだけじゃなく、オイゲンさんも来てたんだね。オイゲンさんはビスマルクさんにべったりだから当然かな?

ウフフッ、同じドイツ艦が二人も居てろーちゃん嬉しいな♪

でもビスマルク姉さんは凄いなぁ。こんな異国の地であんなに堂々と。ろーちゃんも見習わなきゃね。

もちろん、この時に比べたら変わったと思うよ。イクやゴーヤとも今じゃすっかり仲良しだし。

ほ、ホントだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ユーちゃん、そっち行ったのね!」

 

「は、はい!Feuer!!」

 

「やったでち!逃げていくでち!」

 

「ユーちゃん凄いのね!大活躍なのね!」

 

「そ、そんな事…イクやゴーヤに比べれば「ゴーヤって呼ぶなでち!」

 

「ご、ごめんなさい!」

 

「イッヒッヒ~♪気にする事ないのね。本当は呼んでもらって嬉しいの。顔見ればすぐ判るのね♪」

 

「そ、そんな事ないでち!」

 

「あ、私知ってます!『押すなよ理論』ですよね?」

 

「そ、そんなの誰に教わったのね?」

 

「オイゲンさんです!ニホンではやってほしい事を、わざとやらないでって言うって」

 

「オイゲンさん…すっかり日本に馴染んでるでち」

 

「ゴメンねゴーヤ。これからはちゃんとゴーヤって呼びますね」

 

「やめるでち!…で、でもその方が呼びやすいなら…我慢するでち」

 

「じゃあ止めますっ!」

 

「えっ!?」

 

「実はゴーヤって意味解らなくて…伊ゴーハチの方が数字で解りやすいかなって思ってて…」

 

「べ、別にゴーヤって呼ばれても嫌じゃないし!そ、それに伊ゴーハチじゃ何か堅苦しいでち!…友達なんだし気楽に呼んでほしいでち…」

 

「じゃあ…ゴーヤでいいの?」

 

「も、もう!そう呼んでって言ってるでち!」

 

「分かった!ヨロシクね、伊ゴーヤ!」

 

「“伊”はいらないでち!!」

 

「この娘…将来、大物になりそうなのね…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ニホンて面白いね!

イクも言ってたけど、ゴーヤも本当はそう呼ばれると嬉しいみたい。じゃあそう言ってくれればいいのに。

でも、ゴーヤの気持ち少し判るかな。

船の時の呼び方もいいけど、せっかく人間の体に生まれ変わったんだから、可愛い呼び方されたいなって…。

U-511が嫌いって訳じゃないよ!ホントだよ!

で、でも提督には…そっちで呼んでほしくないな…って。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どう?日本には慣れた?」

 

「あ、アド…じゃなかった、提督さん。はい!イクもゴーヤもとっても仲良くしてくれます」

 

「そう、それは良かった。ウチは潜水艦があの娘達しかいないからね。二人も喜んでたよ」

 

「オイゲンさんにもジャパニーズ“侘び錆び”を教えてもらいました!」

 

「オ、オイゲンか。あいつは変な所だけ日本に感化されたからな。まぁ話半分にな」

 

「え?じゃあ、提督さんが『一杯だけだぞ』って言われたら三杯飲むって意味だとか『下着見えるぞ』って言われたらもっと見たいって意味だって言われたの…嘘なんですか?」

 

「何故俺限定なのかが気になるが…まぁ嘘じゃないかな…」

 

「…提督さんは、スカートが好きなの?」

 

「こ、今度は何を…またオイゲンか?」

 

「ううん、ビスマルクさんが『提督は私の脚線美に夢中なのよ』って言ってたから」

 

「う~ん…それに関しては否定できないかも…」

 

「私も…スカート履いた方がいい?」

 

「あ、いや!ユーは潜水艦だし、その必要は…」

 

「じゃあ何でビスマルクさんのスカート見るんですか?」

 

「それはだな…そうする事で艦娘のコンディションを測ってだな…」

 

「じゃあユーもスカートにした方が…」

 

「…すまん、嘘だ」

 

「ウフフ、知ってます♪」

 

「ハハ、ドイツ艦は手強いな。でも見てるのはそこだけじゃないんだよ」

 

「…」

 

「あ、違う!胸じゃなくて!整備はしっかりしてるか、どこか悪い所は無いか…そんな所も見てるからね」

 

「提督さん…」

 

「だから、その可愛いお尻に目が行っても大目に見てね」

 

「…提督さんのエッチ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

男の人って、みんなお尻が好きなの?

私はイクちゃんやビスマルクさんみたいな大きな胸に憧れちゃうけど。

でも…ウフフ…良かった。

提督さんも、私の事、見てくれてるんだね。

みんなやビスマルクさんよりも…。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ユー、すっかり日本に慣れたわね」

 

「あ、ビスマルクさん!ダンケ…じゃなかったアザ~ッす♪」

 

「あ、あざ…?」

 

「お、オイゲンさんに教えてもらったんですが」

 

「そうなんですよビスマルク姉さま!日本では“コーコーキュージ”が先輩にはこう挨拶するんです!」

 

「そ、そうなのオイゲン?…って言うかコーコーキュージって何?」

 

「え?知りませんか?自分のバットでタマを打ち合う若い男の子達です」

 

「ちょっ…!そ、それ大丈夫なの?何か凄くイヤらしく聞こえるのだけど…」

 

「平たく言えばベースボールですね」

 

「…先にそう言いなさい。で、どう?皆とは上手くやってる?」

 

「はい。イクもゴーヤもとってもいい娘です。提督さんも優しいです」

 

「そう、なら安心したわ。私もここの提督は悪くないと思うわ」

 

「そうですね、ビスマルク姉さま!…ちょっとエッチですけど」

 

「…何かされたの?オイゲン」

 

「まさか!ただ、私やビスマルク姉さまのスカートばっかり見てるなと思っただけです」

 

「そ、そうなの?ま、まぁ私の重厚かつスマートなデザインに見惚れるのも無理はないわね?」

 

「ビスマルク姉さまはもう少し気を付けるべきです!男は狼なんですよ?いつ提督の主砲が牙を剥くか「オイゲン、あなた本当に何もされてないのよね!?」

 

「提督さん…主砲を持ってるの?提督さんも艦娘なの?」

 

「ゆ、ユーちゃんは知らなくていいの!」

 

「そうよ、それに提督は男だから艦息でしょう?」

 

「…さ、流石ビスマルク姉さま!物知りです!!」

 

「ふふん、そうでしょ?…ところで提督はどんな艦種かしら?私と同じ戦艦?」

 

「そ、その話はまた今度にしましょう!さ、姉さま!ユーちゃん、またね!」

 

「う、うん。また…」

 

「私的にはきっと戦艦だと思うのよ。その方が私と釣り合いが取れるじゃない?ねぇ、オイゲン、どうして顔が赤いの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

提督さんが艦娘だったなんて知らなかったな。

ビスマルクさんみたいに大っきな艤装とか出せるの?

それとも私と同じ潜水艦…じゃないよね?

だって…ねぇ…もし、そうなら…。

ううん、何でもないの!

でも提督さんが艦娘だったら…もう、それはどうでもいいか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっ!今日は訓練はないのかい?」

 

「あ、提督さん!うん、今日はお休みなの。提督さんは…また釣り?ビスマルクさんに叱られない?」

 

「大丈夫だよ、俺も今日は非番だから。こうしてゆっくりユーちゃんとお話もできるってワケ」

 

「…う、うん…エヘヘ。ね、ねぇ提督さん、魚が釣りたいなら私が採ってきてあげようか?」

 

「ハハ、気持ちは嬉しいけど自分で釣るのが好きなんだ。今回は遠慮しておくよ」

 

「そう…」

 

「それに釣りってのは、何も魚を釣るだけが目的じゃないんだよ。こうして待ってる間に色々な事を考えられるだろう?」

 

「…脚線美の事?」

 

「ぶふぉ!!ビ、ビスマルクか…。ま、まぁそれもあるけど。鎮守府の事、皆の事、自分の事…こうして海を眺めながら考えるのが好きなんだよ」

 

「あっ!ユーちゃんも好きです。海の中も綺麗だけど、顔を出した時の景色、大好きです」

 

「あぁそうか。ユーちゃんは潜水艦だから、海の中に潜れるんだったね。俺は人間だから潜れないけど、きっと綺麗なんだろうね」

 

「うん!日本に来た時は少し不安だったけど、海の中にいる時は安心するの。海の中なら、故郷の海にいるみたいで」

 

「ユーちゃんみたいな可愛い人魚姫がいるなら、一度ドイツに行ってみたいな」

 

「か、可愛いなんてそんな事…こ、ここにだってイクやゴーヤもいるし」

 

「あの二人は人魚と言うよりは、御付きのヒラメやいそぎんちゃくみたいな感じかな。…二人には言わないでくれよ」

 

「ウフフッ♪はい、言いません。でも…一つお願いがあるんです」

 

「お願い?何だい?」

 

「コレからも…提督さんとここでお話したいです。…駄目ですか?」

 

「お姫様の頼みなら断れないな。うん、毎日は無理だけど、週に何度かは来るよ」

 

「はい!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私も海、大好き!

任務が終わった後の夕陽はとっても綺麗。ずっとそこにいたい位。

でも、やっぱり海の中が一番好きかな。

見た事ない魚が、た~っくさんいて驚いちゃった。

それにね、私の一番好きなのはコレ。海の上からお日様の光がキラキラ~って…凄い綺麗なんだよ?

ね、提督さん…解るでしょ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日は疲れたのね。早く帰っておフロにしたいのね」

 

「イクはだらしないでち!ユーちゃんを見習うでち!」

 

「そんな事…イクとゴーヤの方が凄いです。私なんかまた被弾しちゃって…」

 

「んっふっふ♪ユーちゃん、気を付けるのね。そんな格好でいたら提督さん、がるる~ってなっちゃうのね!」

 

「え?て、提督さん、悪い人なの?どうしてそんな事…」

 

「気にしなくていいでち!イクはちょっと胸が大きいからって調子に乗るなでち!」

 

「別に調子に乗ってないのね!でも提督、イクが胸擦り付けながらマッサージしてあげると、とっても喜ぶのね♪」

 

「ふ、ふん!そんな胸なんて重くて邪魔なだけでち!ユーちゃんもそう思うでしょ?」

 

「え?わ、私は…その…」

 

「ニヒヒ…ユーちゃんもイクみたくなりたいのね♪」

 

「そ、そんな事ないでち!このてーとく指定の洗練された潜水服!ゴーヤの方が似合ってるでち!」

 

「ぐぬぬ…」

 

「む~っ…」

 

「ふ、二人とも喧嘩は駄目だよ。そ、それに二人とも提督さんはそんな事気にしないよ」

 

「…ま、まぁ確かにそうなのね」

 

「うん、てーとくさん頑張ったら一杯褒めてくれるでち!」

 

「ユーちゃんも前に提督さんに一杯褒めてもらいました。で、でもちょっと恥ずかしい…」

 

「何がなのね?」

 

「その…頭をスリスリして、これは日本式の挨拶なんだよって…ホントかな…」

 

「提督は嘘なんか吐かないのね!イクが抱き付いても苦しいって言いながらニヤニヤしてるのね!」

 

「でもゴーヤが抱き付くと、たまに困った顔するでち」

 

「困った顔…?」

 

「そうでち。てーとくさん、お股に銃持ってるのでち。ゴツゴツするから取ろうとすると触っちゃ駄目って怒るでち」

 

「やっぱりビスマルクさんの言ってた事、本当なのかな」

 

「ビスマルクさんが何か言ったのね?」

 

「うん、提督さん、艦娘だって。オイゲンさんも提督さんは主砲持ってるのって…」

 

「ガーン…て、提督、艦娘だったの!?」

 

「で、でも海に潜ってる所見た事ないでち。水上艦なのかなぁ」

 

「今度、海に引っ張りこむのね!浮いたら水上艦、沈んだら潜水艦なのね!」

 

「それはいいアイデアでち!もし潜水艦なら一緒に行けるでち!オリョールも怖くないでち!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら?ねぇオイゲン、提督はどうしたの?」

 

「海に落ちて風邪引いたそうです。どうせまたサボって釣りにでも行ってたんですよ、きっと!」

 

〈提督さん…ごめんなさい…〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

提督さんは人間だものね…。

それはろ~ちゃんが一番知ってるよ。だって…

でも、もし提督さんが同じ潜水艦だったら、一緒に出撃できるのにね。イクもゴーヤもきっと喜びますって!

あ、でも艦娘じゃなくっても平気だよ!

そうでしょ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…オイゲンさん、どうかしましたか?」

 

「ユーちゃん…ううん、何でもないの。ただ最近ちょっと、ね…」

 

「ちょっと…何ですか?」

 

「ビスマルク姉さま…私といるより提督といる方が楽しいみたい…」

 

「提督さんと…?」

 

「うん。今日も演習が終わって一緒にいようと思ったら、報告があるからって、ず~っと帰ってこないの。

 

「あんまり遅いから様子見に行ったら、二人でホーショーの所に行ってたの。この前もそう…」

 

「ビ、ビスマルクさんは提督さんとお話するのが楽しいんですよ」

 

「うん、私もあの提督さんは好きだから別に文句ないけど…。私がイヤなのは、私に内緒であんな風に会ってる事なの。前は何をするにも私と一緒だったのに」

 

「…」

 

「ホーショーの所に行った時なんか『あらオイゲン、アナタも一緒にどう?』だって。すっかり私の事なんか忘れてるの。…料理は美味しかったけど」

 

「オイゲンさん…」

 

「姉さまは、私より提督の方が大事なのかなぁ…。ちょっと悔しいな…」

 

「…」

 

〈いっそ提督なんていなくなっちゃえば…〉

 

「オイゲンさん?」

 

「あ!な、何でもないの!ゴメンねユーちゃん、変な事言っちゃって!」

 

「い、いえ…」

 

「じゃあね!イクとゴーヤにもヨロシクね!」

 

「は、はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ビスマルクさんも提督さんとお話するの楽しいのかな。

私も提督さんとお話するの楽しいから、少し解る気がするな。

もし、提督がイクとゴーヤとばっかりお話してたら…私もオイゲンさんみたいに寂しいって思うのかな…。

イクもゴーヤも大好きだけど…それはちょっと…やだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか…オイゲンの奴、そんな事を」

 

「はい。オイゲンさんは少し寂しいのかも…」

 

「そっか、そんなつもりはなかったんだけど…。確かにビスマルクといる時間は多いかもな」

 

「提督さんは…ビスマルクさんと一緒にいて…楽しい?」

 

「何だ、藪から棒に。まぁ嫌いではないよ」

 

「脚線美?」

 

「だから違…くもないけど。アイツはここで始めての海外艦って事もあったから皆と打ち解けるまではって、できるだけ側にいてあげたんだ。

 

「オイゲンも来てくれたし、大丈夫かなと思ったんだけどね」

 

「…じゃあ、ユーとも、もう話してくれなくなるの?」

 

「アハハ、それはないよ。ユーちゃんの事はビスマルクと同じ位、大事に思ってるから」

 

「…本当に?」

 

「もちろん」

 

「本当の本当?」

 

「もちろんのもちろん」

 

「…ウフフッ♪」

 

「フフッ」

 

「ダンケ…あっ!」

 

「どうした…体が光って!?ユー、ま、まさか!」

 

「か、体が熱いです。提督さん、ユーは…ユーは病気ですか?」

 

「ち、違うよユーちゃん、これは…か、改二…でいいのか?」

 

「か、改…二…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの時はね、ろーちゃん本当にびっくりしたんですって!!

頭がボーッとして、体が熱くなって…沈んじゃうのかと思ったの。

提督さんが言ってた改二…第二次改装って言うんでしょ?

前と比べたら、ちょっと恥ずかしいけど、でもでも、これでイクとゴーヤとお揃いみたいで嬉しいな♪

提督さんも、こっちの方が好きでしょ?

可愛い?ろーちゃん可愛い?ウフフ♪

 

でも、どうしてあの時、あんな事になったのか、今なら解る気がするの。

提督さん、もうここには来てくれないのかなって思ったの。そしたら急に…胸の中が…まるで酸素魚雷でも当たったみたいに痛くなって…。

でも提督さんが、ろーちゃんの事、ビスマルクさんと同じ位大事って聞いたら、急に体がポカポカしてきたの。

これって何なんだろ?

提督さん…解る?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うひひっ♪ろーちゃん、今日は改装記念にいい所に連れてってあげるのね!」

 

「うわぁ!ろーちゃん、間宮さんのお店だ~い好き!」

 

「ち、違うのね!それはゴーヤに奢ってもらうのね!」

 

「何ででち!」

 

「違うの?でっち」

 

「でっち言うな!…何かこっちの姿になってからグイグイ来るでち」

 

「着いてくれば解るのね!」

 

「あ、待って!」

 

「まったく…イクはせっかちさんでち…」

 

 

 

 

 

 

「海の中なのに…洞窟?」

 

「そうなのね!でもただの洞窟じゃないの。入ってみるのね!」

 

「…!!うわぁ、綺麗!!」

 

「ふっふ~ん、凄いでしょ?」

 

「これは…宝石?洞窟の中が…まるで光ってるみたい!」

 

「イクとゴーヤで集めたでち!」

 

「でも、こんなに一杯…どうしたの?まさか泥棒さん?」

 

「違うのね!海の中には深海棲艦に襲われた船がい~っぱい沈んでるの!その船の中に積んであったのを拾ってきて、イクとゴーヤしか知らないこの洞窟に飾ってるのね!」

 

「ほとんどゴーヤが持ってきたでち。イクは遊んでばっかりでち!」

 

「イクは宝石より船の中を探検する方が好きなのね!」

 

「凄い…これだけあれば、また舞鶴の温泉に行けるかな~」

 

「毎日だって行けるのね!」

 

「そんなに行ったらフヤけるでち…」

 

「…でも、どうしてろーちゃんに教えてくれたの?」

 

「ろーちゃんはゴーヤ達の大事な仲間でち!ここを教えたのは友情の“案山子(かかし)”でち!」

 

「それを言うなら“証”なのね…」

 

「し、知ってるでち!イクは一言多いでち!」

 

「ろーちゃん、ここは私達三人の秘密の隠れ家なの。ろーちゃんも好きな物ここに飾るのね!」

 

「…うん!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海の中にあんな綺麗な所があったなんて…。

これは海の上からじゃ分からないよね。潜水艦に生まれて良かったかも。

私も二人に負けない位、綺麗な物い~っぱい探してこよっ!

え?ろーちゃんは何を飾りたいって?

宝石もいいけど、綺麗な貝殻も持ってきたいな。海の中って浜辺には無い物、い~っぱい落ちてるんだよ。

どう、この花?綺麗だったから髪飾りにしてみたの。似合う?

ウフフッ、ダンケ♪

でも、一番飾りたいのは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最近とっても楽しそうだね。イク達としょっちゅう出掛けてるみたいだし。何かいい事でもあった?」

 

「うふふ♪秘密ですって!」

 

「アハハ、そりゃ残念。でもそこの…そう、あの辺りは気を付けてくれよ。渦巻きがよく起こるみたいで艦娘達ですら近寄れないみたいなんだ」

 

〈そこって…秘密基地の辺りだ…〉

 

「ビスマルクも一度巻き込まれたみたいだからね」

 

「大丈夫です!ろーちゃん、これでも潜水艦だもん!どんな深い所だって平気ですって!」

 

「ハハ、そうだったな。でも本当に気を付けてくれよ。せっかく二次改装も済んだばかりなんだし」

 

「ねえ、提督さん…一つ聞いてもいい?」

 

「ん?何をだい?」

 

「もし、ろーちゃんが沈みそうになったら…提督さんは、ろーちゃんの事…助けてくれる?」

 

「まあ…大事な部下だからね」

 

「部下じゃなかったら…助けてくれないの?」

 

「…そんな事はないよ。海の底だって助けに行くよ」

 

「本当?」

 

「本当の本当」

 

「ウフフッ、提督さんにも見せてあげたいな。海の中ってすっごく綺麗なんだから」

 

「その時は案内を頼むよ。でもその可愛い潜水服に目が行って、それどころじゃないかもね」

 

「むぅ~!提督さん、エッチですって!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうして人間って、海に潜れないのかな。

提督さんが、本当に艦娘だったらなぁ…。

そうしたら、ろーちゃんが見てる物、一緒に見れるのに。

ううん、悲しんでるんじゃないんだよ。だって、その必要はもう無いし。

イクやゴーヤ達と一緒に、海の中で遊んでみたいなって。きっと提督さん、海の中が、もっともっと好きになりますって!

今よりも…ず~っと、ね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…以上が今回の編成だ、解散」

 

「ユー…今はろーちゃんだったわね。ヨロシクね」

 

「はい、ビスマルクさん!…オイゲンさんは?」

 

「あの娘、最近機嫌悪いのよ。ろーちゃん、何か知らないかしら?」

 

「…ビスマルクさんと一緒に出撃できないから、じゃないかなぁ?」

 

「それならいいんだけど…困ったものね」

 

「す、すぐに良くなりますって!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オイゲンさんって、本当にビスマルクさんが好きなんだなぁ。

前は羨ましいって思ってたけど、今はね…そうでもないんだ。

どうしてか解る?

オイゲンさんと同じモノ、ろーちゃんも持ってるから。

最初は私と同じドイツの艦娘だからだと思ってたけど、オイゲンさんはビスマルクさんを誰にも渡したく無いんだと思う。

解る…凄く解るよ。

どうしてこんな事、提督さんに話すか解る?

もう…言う必要は無いけど…それでも知っておいてほしくて。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ろー、しっかりなさい!」

 

「ご、ごめんなさいビスマルクさん。ろーちゃん、しくじっちゃいました…うぅぅ」

 

「ほら、もうすぐ鎮守府よ。こんな所で沈んだら提督が悲しむわよ?」

 

「ろ、ろーちゃんの事は構わないで…ビスマルクさんだけでも帰って下さい」

 

「何言ってるの!仲間を見捨てられる訳ないでしょ!」

 

「で、でも…ビスマルクさんも大破してる…ろーちゃんがいなければ無事に帰れます…」

 

「ろー、あなた提督に会えなくなってもいいの?」

 

「…て、提督さん…」

 

「そうよ、提督が待ってるわよ。彼の事だから、あなたが沈んだなんて聞いたら海の底まで探しに来るわよ?」

 

「…ろーちゃん、頑張ります!」

 

「そう、その意気よ。一緒に帰りましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

もし沈んだら、私の事探してくれたかなぁ…。

ビスマルクさんには悪いけど…ちょっと嬉しいかも。

あの時…とっても辛かったけど、ビスマルクさんの言葉に勇気付けられたの。私が帰らなかったら、きっと提督さん悲しむなって…。

だから、ろーちゃん、頑張ったよ。

きっと提督さんが待っててくれるって。

でもね…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ビスマルク、ろーちゃん!」

 

「提督!」

 

「て、提督さん。ううっ…」

 

「だ、大丈夫か?ほら、俺の手を掴んで!」

 

「ほら、提督もああ言ってるわよ」

 

「う、うん。ありがとう、提督さん」

 

「全く、ろーったら。こんな時位、甘えればいいのに…ううっ…」

 

「お、おいビスマルク!」

 

〈…え?〉

 

「ご、ごめんなさいね提督。今回ばかりは流石の私も少し疲れたわ」

 

「全く、素直じゃないな。ほら、肩貸すから」

 

「…今回ばかりは言い返せないわね。Danke」

 

 

 

 

 

 

 

 

提督さんは優しいなぁ…。

私だけじゃなくビスマルクさんや皆にも。

でもね、提督さん。

一つ、教えてくれないかな?

 

どうして私には手を掴むだけだったのに、ビスマルクさんには…海に入ってまで肩を貸したのかな?

ううん、別に何とも思ってないよ。ホントだよ。

提督さんはとっても優しいもん。ビスマルクさんが心配だったんだよね?

そうだよね、ビスマルクさんは戦艦だもん。

私みたいな小さな潜水艦の艦娘なんかより、よっぽど大事だもんね。

だから、怒ってないってば。

提督さんは、きっと正しいと思う。うん、間違ってないよ。

 

じゃあ、どうして…私はビスマルクさんが嫌いになっちゃったの?

どうして…そんな提督さんを見たくないって…思ったのかな?

ねぇ…どうして?

ろーちゃん…間違ってる?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督さん、今日も釣り?」

 

「うわっ、びっくりした。ああ、任務も一段落着いたからね。ゆっくり釣りでもと思ってね」

 

「フフフッ、またビスマルクさんに怒られちゃうよ?」

 

「痛い所突くな。ま、最近は何故かオイゲンも機嫌がいいし、今頃オイゲンと紅茶でもしてるだろ」

 

「う~ん、それは私がある事を聞いたからだと思うな」

 

「ある事?何をだい?」

 

「そんな事より提督さん、ろーちゃん、凄い事に気付いたんだ。どうしてろーちゃんが第二改装になれたかやっと解ったの」

 

「その姿になった理由か…それはろーちゃんが頑張ってるからじゃないのかな」

 

「ウフフ、前にお話したよね。ろーちゃんの事ビスマルクさんと同じ位、大事って。ろーちゃんね、その言葉聞いた時、胸があったかくなって今の姿になったんだよ」

 

「そ、そうか。及ばずながら俺も力になってたんだな」

 

「だからね、ろーちゃん、ちょっと試してみたい事があるの。提督さん、協力してくれる?」

 

「俺にできる事ならいいけど…」

 

「じゃあ、ろーちゃんの手を掴んで?」

 

「こう…か。それでどうすれば…」

 

「簡単だよ、ろーちゃん、提督さんの事、とってもと~っても大事に思ってるよ。どう、提督さん…胸がポカポカしてきた?」

 

「あぁ…そういう事か。ごめんな、ろーちゃん。胸がポカポカは…ともかく、俺は人間だから、改二になったりはできないんだ」

 

「…そんな事ないよ。ろーちゃんだって、できたんだよ?もし本当に胸がポカポカしてるんなら、きっとできますって!」

 

「う~ん、艦娘になれたら俺も戦えるんだけど…お、おい、そんなに引っ張ったら海に落ちちゃうって」

 

「…それに前も言ったよね?海の中って、と~っても綺麗なんだよ。ろーちゃんね、提督さんにも見せてあげたいの。

 

「だから…ね?」

 

「お、おいっ!ろー…ぶはっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウフフッ、あの日だったよね。やっとこっちに来てくれたのは。

提督さん、暴れるから大変だったけど、この景色を見ればきっと機嫌も直してくれるって思ってたの。

それに…ここなら誰も来ないよ?

イクとゴーヤは…きっと解ってくれるよ。

前に言ってたもん。好きな物をここに飾るって。

ろーちゃんの宝物は…提督さんしかないから。

だから、ここに隠す事にしたんだよ。

ここなら…海の中なら、ビスマルクさんでも来れないもん。

ねぇ…提督さん、私の言った通りだったでしょ?

 

と~っても…綺麗でしょ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、ろー。提督を見なかったかしら?」

 

「…はい、今日は会ってません」

 

「そう。釣りにも行ってないみたいだし、どこに行ったのかしら…」

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、ろーちゃん」

 

「何です、オイゲンさん」

 

「前に私に聞いたよね?もし提督がいなくなったら寂しい?って。今だから言うけどね…私、とっても嬉しいんだ。ビスマルク姉さまには悪いけど。

 

「提督はきっと、ここが嫌になって誰も知らない所に行っちゃったのよ。私はそう思ってる。ろーちゃんは…どう思う?」

 

「ろーちゃんには…分かりません」

 

「そう…。ろーちゃんだけじゃない、イクとゴーヤも分からない…そう思っていいのかな?」

 

「…」

 

「変な事聞いちゃったね。もう忘れて、私も忘れるから。ビスマルク姉さまには私が上手く説明するから」

 

「…」

 

「最後に…ろーちゃんも提督は、もう出て来ないって…思ってるんだよね?」

 

「ろーちゃんも…そう思います」

 

「そう…私もそう思うわ。特にあの渦巻きの辺りで溺れでもしたら、私達艦娘でも助けに行けないものね」

 

「…」

 

「あの辺りはろーちゃん達、潜水艦でも近付けないもの。そうでしょ?」

 

「はい、ろーちゃんでも、あそこは近付けないかも」

 

「フフッ、そうよね。じゃあね、ろーちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ろーちゃんって…やっぱり変わってるのね。好きな物飾って、って言ったけど…まさか提督さん持ってくるなんて思わなかったのね」

 

「どーするでち?今頃、上は大騒ぎでち」

 

「イ、イクは悪くないのね!ろーちゃんが勝手にやったのね!」

 

「ゴーヤは別に構わないでち。どうせあの洞窟にはゴーヤ達以外、誰も来れないでち。それにここなら毎日てーとくに会えるでち!」

 

「それもそうなのね。それにあの洞窟の中に提督さんが居ると、まるで神様みたいなのね。ここはイク達の神社みたいなのね」

 

「クフフ♪じゃあもっと綺麗な物、一杯飾るでち。そうすればてーとくも喜ぶでち!」

 

「ゴーヤも結構、変わってるのね…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふうっ…。

提督さん、寂しくなかった?

鎮守府は今どうなってるか…知りたい?

大丈夫、新しい提督が来て皆いつも通りだよ。

ビスマルクさんだけは、まだ落ち込んでるけど…オイゲンさんもいるし平気ですって!

 

それにしても皆、冷たいな~って、ろーちゃん思うの。

だってそうでしょ?

新しい提督さんが来たら皆、提督さんの事なんかすっかり忘れちゃって…ヒドいと思うの。

ろーちゃんは絶対に忘れたりしないのに。

それにしても…提督さん、ずいぶん痩せちゃったね。

すっかり真っ白で…もう顔も分からなくなっちゃった。

でも、大丈夫。

ろーちゃん、提督さんがどんな姿になっても嫌いになったりしないよ。

だって、そうでしょ?

提督さん、これからもず~っと、ろーちゃんと一緒に居てくれるんだもん。フフッ、最初からこうすれば良かった。どうして気付かなかったんだろ…。

 

じゃあ、今日もろーちゃん、お仕事に行ってくるね。

大丈夫、すぐに帰ってくるから。ちゃんとお利口さんで待っててね。

 

それじゃ…また明日ね♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




年末のんびりするつもりが、あっと言う間に2月…。少し書かない時期が続くとペース取り戻すのに時間が掛かりますね。

初期の話でまだ書き直したいのあるので、新作とリメイクを交互に出せればと思います。次は「2週間後~」のリメイクだと思います。
今年もよろしくお願いします。










艦娘型録

提督 鎮守府じゃ暇潰しも限られてくるし、釣り位しかやる事ないな。イクやろーちゃんからは頻りにダイビングに誘われるけど…何だろう、第六感が行ってはいけないと告げている気が…何故だ?

ろーちゃん 最近、提督さんもすっかり痩せちゃったね。せっかくだから目の所に宝石をはめ込んでみたら、イクに変な顔されちゃった。ろーちゃん、もしかして変?

イク 提督さん、ガリガリのホネホネなのね。これじゃマッサージもできないのね。イク、提督のマッサージ好きだったのに。今したらバラバラになっちゃうのね。残念なのね…。

ゴーヤ ろーちゃんはセンスが無いでち。まず首飾りでち。次は手に巻き付けて…完璧でち!後は王様が被る冠みたいのが欲しいでち。イク、ろーちゃん、探しに行くでち!

ビスマルク 提督はどこへ行ったのかしら。この私に何も言わずに失踪だなんて。何か怒らせる事したかしら。オイゲンに聞いても分からないみたいだし。まさか溺れたりとか…今度探してみようかしら。

プリンツ・オイゲン 提督?さぁ知りませんね。そんなのどうだっていいじゃありませんか?え、あの辺りが怪しい?そ、そんな事ありませんよ。絶対にいません!え?何で分かるって…ろ、ろーちゃんも近付けないんですから。ホントですって!



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PANAMA SHIP

運河の歴史が、また1ページ…





「きゃああっ!!」

 

爆発と共にその場から吹き飛ばされる一人の艦娘。艤装は砕け散り、最早立つ気力も無く、ただ海面に力無く浮くだけだった。

 

「舵は…駄目か」

 

彼女の瞳に白い影が写った。自分を倒した女の姿が。彼女も肩で息をしており、その憎悪を示すかの様に赤い瞳が光る。

 

〈ここまでか…ごめんねオイゲン、先に逝くわ…〉

 

彼女は最後の力で手を空へと掲げた。

 

〈ごめんなさい…提督…〉

 

彼女の体は海面に飲まれ、掲げた手がゆっくりと沈む。残された灰色の軍帽だけがユラユラと浮いていた。

 

〈…〉

 

帽子が波に流され、女の足下へ辿り着いた。濡れた帽子を彼女は拾った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テイ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…では、行って参ります」

 

「ああ。成功を祈る」

 

まだ若い青年将校は、彼の上司に当たる初老の元帥に敬礼すると後ろの巨大な軽巡洋艦へと乗り込んだ。

元帥は後ろに控えていた金髪の少女に向き直った。

 

「…ではプリンツ、彼の事は頼んだよ」

 

「はい…」

 

プリンツと呼ばれた彼女、Admiral Hipper級重巡洋艦プリンツ・オイゲンは青年の後に付いて船のタラップを上がって行った。

やがて大きな汽笛が鳴ると、巡洋艦は港をゆっくりと離れて行った。

元帥は背広から取り出したタバコを咥えると火を付けた。

 

「後は彼次第か。吉と出るか凶と出るか…」

 

溜め息の様な煙を吐くと、元帥はその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、君はてっきり海を滑るのかと思ってたけど…」

 

船内を歩く青年は横にいるプリンツに意外そうな表情をする。

 

「艤装で走るのだって疲れるんだから、別にいいじゃない!」

 

「いや、別に構わないけど」

 

「それとも私が居ちゃ《お姫様》と二人っきりになれない?」

 

「馬鹿言うなよ。相手が誰だか分かって言ってるのか?」

 

「冗談ですよ。もし敵が来てもちゃんと守ってあげますから、お姫様のお相手はよろしくね。…私は、あまり話す気にはなれないから」

 

「…あぁ」

 

彼は手を振るプリンツと別れると、階段を降りて行った。目の前のドアをノックして中に居るであろう人物に声を掛ける。

 

「俺だ、入っていいかい?」

 

「…」

 

青年はドアを開けた。

部屋の中は船の中にしては広めに作られており、左の棚には食器やグラスが並べられていた。右のクローゼットには女性物のドレスや洋服が何着も飾られていた。部屋の奥にはベッドが置かれており、一人の女性が寝そべっていた。

彼の来訪に、ベッドに横たわる女性は不機嫌そうに起き上がった。フリルの白い長袖に黒いミニスカート、グラディエーターサンダルの様な靴を履き、白く豊かな髪は腰まで達し、一見すると何処かの貴族の令嬢の様にも見えるが、怪しく光る赤い瞳が彼女が人間ではない事を告げていた。

 

「昼寝中だったかな?え~っと…」

 

〈…リコリスでいいわよ〉

 

青年の頭の中に、彼女の声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

青年はつい先日まで、ある鎮守府で艦娘達を纏める提督をしていた。だが、全ての提督が必ずしも有能という訳ではなかった。彼は妖精が見える、艦娘に好かれるという特質のせいで提督に選ばれた節が強く、然したる戦果も無かった。

ある時大きな戦いがあり、()()うの(てい)で深海棲艦を追い返しはしたものの多数の轟沈を出してしまい、彼は責任を取り自ら辞任した。

彼も良ければ首、最悪死罪も覚悟していたが、彼の運命はここから大きく流転する。

 

彼が提督を辞めてから数日後、彼の艦娘達と戦った一人の深海棲艦を保護するという事態が起きた。

 

リコリス棲姫。

 

深海棲艦の中でも《姫》の名を冠する上位種の一人。

元帥の説明に依れば、彼女は同じ姫の名を持つ運河棲姫の命令でこの鎮守府に攻撃を仕掛けたそうだった。だが艦娘を打ち破ったものの何故か撤退せず、付近の離れ小島に潜伏していた彼女(リコリス)に大本営は話し合いを持ち掛けたそうだった。

 

休戦協定を結べないだろうか、と…。

 

一見、順調に駒を進めている様に見える大本営だが、実際は究めて劣勢だった。まして深海棲艦には未知の部分が多く、いつ盤上を引っくり返されても不思議ではない。それならばこちらの態勢が整う迄でも時間を稼げないかと言うのが本音だった。

 

大本営は、彼女に負傷して動けないので自身の棲地である深海運河沖に連れて行ってほしいと話を持ち掛けられたらしい。その後、彼女のボスに当たる運河棲姫に取り成すので交渉すればよい、彼女はそう提案したそうだった。

もし上手く行けば敗北の責任は問わないとの条件で、提督はこの交渉の使者を引き受ける事にした。

 

 

 

 

 

 

 

「気分はどうだい?」

 

〈あまり良くないわ。日の光りが見たいわね〉

 

〈頭に直接声が響く…何度聞いても慣れないな〉

 

深海棲艦は海で誕生した生物の為か、人間の様に会話を必要とせず、一種のテレパシーで直接意思を伝える事が出来る。端から見れば何も言わない相手に一方的に話し掛けている様で、何とも奇妙な光景だと彼は苦笑いした。

 

「それは諦めてくれ。でも今は暑いし、日焼けしなくて済むんじゃないか?」

 

〈数日もこんな所なんて気が滅入るわ。それに日焼けなんて、ドラキュラじゃないのよ〉

 

「ははっ、ドラキュラを知ってるのかい」

 

〈馬鹿にしてるの?私これでも本読むのよ。多分アナタより博識だと思うわよ?〉

 

「そうかい。じゃあ着替えの服よりも本を用意しとくべきだったかな」

 

〈ダメよ!海じゃこんな服手に入らないもの。後はルージュがあれば嬉しいんだけど〉

 

「…その白い肌と目の色が無かったら、本当に人間その物だな」

 

〈血を吸ったりしないから安心して〉

 

「次からはニンニクと十字架を持ってくるよ」

 

 

 

 

 

 

提督とリコリス棲姫を乗せた船が出発して丸一日が経過した。

目的地の深海運河沖迄は数日。プリンツの護衛もあり、今の所予定通りの航路を進んでいた。

 

 

 

 

 

 

「おはよう、リコリス。昨日はよく寝れたかい?」

 

〈ええ…朝起きて、ここが船の中じゃなければ最高だったけど…〉

 

「あと数日の辛抱だ。勘弁してくれ」

 

〈それにしても奇妙な気分だわ。人間と話した事はあるけど…こんな長い時間話したのは初めてよ〉

 

「会う度に撃ち合うのも疲れるだろ。たまにはこんなコミュニケーションもいいんじゃないか?」

 

〈…人間も変わってるけど、アナタも変わってるわね。アナタは艦娘じゃない、只の人間でしょ?私と一緒に居て…怖くないワケ?〉

 

「最近は怖さよりも好奇心が先に立ってね。その綺麗な脚の前じゃそんな事も忘れそうだよ」

 

〈それは…私が魅力的って事?…ねぇ、そうなの?〉

 

「あ、あぁ、そうかな」

 

〈そ、そう…フフフ。私、魅力的なの…ウフフ…〉

 

提督は椅子に腰掛けると、紅茶を注いだ。

 

「俺からも聞きたいんだが」

 

〈…何かしら〉

 

「君は…俺みたいな人間と居て平気なのか?」

 

〈それは…私に何かするって意味かしら?〉

 

「あ~言い方が悪かったかな。…その、君達は人間が憎いんじゃないのかい?その人間と居て…平気なのかって思って」

 

〈他の仲間はどうか知らないけど、私は別に嫌いじゃないわよ。私、人間の作る物結構好きだし。この服、前に拾った雑誌見てイメージしてみたの。どう?似合ってるかしら?〉

 

「あぁ、後ろ姿だけなら人間に見間違えそうだよ」

 

〈出来れば、前から見てほしいんだけど…〉

 

「暫く一緒なんだ。前からでも後ろからでも穴が開く迄見てあげるよ」

 

〈…そう言われると、見せたくなくなるわね〉

 

「姫、その見目麗しいお姿を哀れな民にお見せ下さいませ…これでいいかな?」

 

〈…素直に喜べないのは何故かしら…〉

 

提督はこの後一時間程、彼女のお喋りに付き合わされた。お互いの事、好きな食べ物…。提督も自身の生い立ちや提督になった経緯を語り、リコリスも人間や艦娘をどう思っているのかを語った。最近は難破船で手に入れた小説や漫画に夢中だそうだった。自分の部下だった艦娘もそうだったが、人間も深海棲艦も女というのは本当にお喋りが好きなんだなと、彼は改めて思った。

 

 

 

 

 

 

 

「あ、提督さん」

 

「よっ、お疲れさん。はい、差し入れ」

 

プリンツが船頭で海を監視していると、寄ってきた提督がビール瓶を差し出した。

 

「うわぁ!ありがと~っ♪…でも、今任務中だしイイのかな?」

 

「イヤなら俺が飲むけど?」

 

「あ~ダメッ!私も飲むっ!」

 

「ソーセージも持ってくれば良かったかな?」

 

「そうですね、出来ればシュトーレンも」

 

〈前から思ってたけどシュトーレンって何だ?食べ物だよな…手刀連?〉

 

ビールを飲み終えたプリンツは後ろの柵に寄り掛かった。

 

「…ねぇ提督さん。今更だけど…どうしてこの任務引き受けたの?」

 

「う~ん…オイゲンから見てさ、俺ってどう見える?」

 

「どうって…あの、怒らないでね?…軍人さんには見えない…かな」

 

「自分でもそう思うよ。俺の家系って軍人が多いんだ。本当は軍人なんかなる気無かったんだけど、周りがそれを許してくれなくてね。そんで妖精さんが見えるとかで提督になっちゃってさ。

 

「オイゲンも知ってると思うけど、俺の作戦が失敗して何人もの部下が沈んだだろう?本当は責任取って死刑も覚悟してたんだけど、そこで今回の話が出てね。

 

「もし交渉を纏めれば、チャラにしてくれるって言うからさ。じゃあやってみようかなって所かな」

 

「でも怖くなかったの?相手は深海棲艦だよ?提督さん、私みたいな艦娘じゃないのに」

 

「そりゃ怖くないって言えば嘘になるよ。連中の巣に行くんだからさ。

 

「でもなぁ…俺、部下の艦娘を沢山沈めてるからなぁ。オイゲンの戦友もその中にいたんじゃないか?」

 

「で、でも提督さんだけが悪いワケじゃ…」

 

「と言っても沈んだ連中は、さぞ俺の事を恨んでるだろうよ。もし生きて帰れなくても、因果応報ってやつだよ」

 

「…」

 

「オイゲン、もし危なくなったら俺の事は見捨てて構わない。仮に上手く行ったって、生きて帰れる保証は無いんだ。俺も覚悟は決めてるよ」

 

「提督さん、こんな諺知ってます?《始まりがある物には終わりがある》って」

 

「聞いた事はあるな」

 

「でも、私の祖国だと続きがあるんですよ。《ソーセージには終わりが二つある》って」

 

「う~ん、良く分からないが…」

 

「もし提督さんがその気なら、案外何とかなるかもですよ。その為に私もいるんですから!」

 

「…ありがと。少し元気出てきたよ。じゃあ、またお姫様のご機嫌取りでもしてくるかな」

 

「うふふっ、ソーセージになった気分で頑張って下さい!」

 

「誰がソーセージだコラァ!俺はもっとデカいわ!…多分」

 

「えっ、えっ?な、何を怒って…ハッ!ち、違いますっ///そういう意味で言ったんじゃ…!」

 

「そういう意味って、どんな意味?」

 

「だからオチン…///ち、違いますっ!私、そんな事考えてないからっ!!」

 

「フランクフルト位はある…あ、ちょっと…プリンツちゃん?」

 

「よく狙ってぇ~…Feuer!!」

 

 

 

 

 

 

 

〈何よ、騒がしいわね。人が気持ち良く寝てるのに…〉

 

 

 

 

 

 

 

「リコリス、漫画読むって言うから幾つか持ってきたよ」

 

〈待ってたわよ!!早く、早く読ませて!!…どうして怪我してるの?〉

 

「…言いたくない」

 

提督が鞄から何冊かの漫画を取り出すと、リコリスは目を輝かせて飛び付いた。

 

〈ねぇ!《あたモテ》はある?《三つの銃》は?《侵攻の巨人》は!?〉

 

「《侵攻》はあったかな」

 

〈キャー!!待ってたわ!ずっと読みたかったのよ!最近、貨物船通らないから手に入らなかったのよ。これで襲わずに済むわ!!〉

 

「お、おう…」

 

鞄の中を漁るリコリスが漫画を手にすると、まるで子供の様に目を輝かせて読み耽った。その熱中振りに提督も声を掛けるのを躊躇う程だった。

 

〈やっぱりライナーとベルトルトだと思ったわ!!〉

 

〈かともこ回と思ったら、うっちー回!?〉

 

〈マリキータマン強いわね…ゼブラ負ける?〉

 

「そういうの好きなんだ。じゃあ、これなんかイケる?」

 

〈あら…《漂流学園》?何か絵が怖いわね…〉

 

「慣れれば気にならないよ。面白さは保証するよ」

 

〈そ、そう…?じゃあ、読んでみようかしら〉

 

~ 一時間後 ~

 

〈グスッ…グスッ…翔くん…強く生きるのよ〉

 

「(こんなにハマるとは思わなかった…)面白かった?」

 

〈えぇ。個人的にはサキっぺより西さんと結ばれて欲しかったけど。でも、途中の未来人間?ア、アレは怖いわね…〉

 

「ポッと出の薄幸美少女より幼なじみ枠が選ばれるのは鉄板だからね。…まぁ俺も西さん好きだけど。でも…

 

「深海棲艦でも怖い物あるんだな…」

 

〈べ、別に怖くなんかないわよ!そ、その…私、ミステリーは好きなんだけど…み、見た目が怖いのは苦手なのよ〉

 

〈モリモリマッチョの艤装(口オバケ)に座ってたお前は…〉

 

「じゃあこれは無理かな」

 

〈《13歳》?《神の左手》?ま、また絵が怖いわね…〉

 

「無理に読まなくても、確か他にも…」

 

〈ま、待って!…ちょっとだけ…読んでみるわ〉

 

「置いておくから、ゆっくり…」

 

〈ちょ、ちょっと!!どこに行くの!?〉

 

「え?邪魔だろうから今日は帰ろうかと…」

 

〈じ、邪魔じゃないけど!!ほ、ほら、か弱い女を置いてどこか行く気なの!?〉

 

「(深海棲艦ェ…)そんなに怖くないから大丈夫だよ」

 

〈ホ、ホントに?…怖くない?〉

 

「ああ(俺は)」

 

~ 五分後 ~

 

〈嘘つき!おっかない化け物ばかり出てくるじゃない!嘘つき!嘘つきッ!!〉

 

「ご、ごめん…あ、おい」

 

リコリスは提督の腕を掴むと、震えながらしがみついた。

 

〈…アナタのせいで、こうなったんだから…もう少しここに居なさいよ〉

 

「あ、あぁ…」

 

リコリスの隣に座った提督の鼻先を、彼女の白い巻き毛が擽る。もし色素の抜けた白い肌でなければ、どこにでもいる若い女性にしか見えなかっただろう。

 

〈こいつ…本当に人間じゃないん…だよな〉

 

彼女に掴まれた時は一瞬身構えてしまった提督だが、小刻みに震える肩、布越しに伝わる柔肌の温もり…。自分は今、一人の女と同じ部屋で過ごしていると実感させるには充分だった。

 

 

 

 

 

 

 

「…はい、こちらプリンツ・オイゲンです。まもなくA地点に到着します…」

 

 

 

 

 

 

翌日、朝食を終えた提督は、いつもの様にリコリスの部屋に来ていた。

 

〈…でね、水母棲姫に『その服変わってるわね』って言ったら『拾った雑誌見てイメージした』って言うから、私も貨物船襲ったの。え?船の名前?確か…タイタ…んもぅ!そんなのどうでもいいワヨ!

 

〈で、その船で見つけたのがこの服なのよ!私、頑張って再現したわ!スカートは動きにくいから短くしたけど…。

 

〈フフッ、そしたらね、水母棲姫のヤツ凄い羨ましがってね!だってあの娘、スカート履けないんだもん♪〉

 

提督は朝からリコリスの話に付き合わされていた。やれ部下の戦艦ル級は地味だからもっと派手にした方が良い、一方で重巡リ級は服を着るのを何故か嫌がる…。話に出てきた水母棲姫と自分はどちらがイケてるか?との話題になり何も考えず『水母棲姫に会ってみたい』と言った所、ヘソを曲げたのか暫く口を聞いてくれなくなってしまった。

 

「…なぁ、リコリス。そろそろ機嫌直してくれよ」

 

〈アナタは私より、自分と同じ黒髪の水母棲姫の方が好みなんでしょ?…何よ、あの頭のリボン。あの手で、どうやって付けてんのヨ!〉

 

「(知らんがな…)いや、俺キミの白い巻き毛も好きだよ。服のセンスも上品で良いと思うし」

 

〈…ホント?〉

 

「もちろん。それに話だと水母棲姫って下半身艤装にINしてるんだろ?俺はリコリスのスラッとした綺麗な脚の方が好きかな」

 

〈そ、そう?私、脚には自信あるのよ〉

 

〈俺の部下だったビスマルクとか雲龍も脚、綺麗だったけどリコリスに比べたら大した事ないよ」

 

〈ふ、ふ~ん、そうなんだ…私、艦娘よりもイケてるんだ…〉

 

〈胸は雲龍の方がデカいかな〉

 

〈そんな事ないわよ!〉

 

「心を読むな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「連絡があった深海棲艦に襲われている船はこの辺り…どうしました?雲龍姉さま」

 

「何故かしら天城。胸部装甲の辺りを…誰かに見られてる気がするの…」

 

「そうだわ!姉さまも私の様に着物「遠慮するわ」まだ最後まで言ってませんけど!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…前から聞こうと思ってたんだけど、キミのボスの運河棲姫って、どんな奴なんだい?」

 

〈…どうしたのよ急に〉

 

「キミと話すのが楽しいから、すっかり忘れてたけど、俺の任務は運河棲姫との交渉だからね」

 

〈…別にそんなの知らなくてもいいじゃない〉

 

「そう言うなよ。この任務が上手く行かないと帰っても処刑されるだけなんだから。少しは協力してくれよ」

 

〈…まぁ綺麗な人よ。センスも悪くないわね〉

 

「出来れば、性格の方を知りたいんだが…」

 

〈…言う必要は無いんじゃないかしら〉

 

「え?どうして…」

 

〈会えば分かる…って意味よ〉

 

「会えば…?それってどういう…」

 

提督がリコリスに尋ねようとすると、小さな爆発音と共に船が揺れた。

 

〈キャッ!〉

 

「うわっ!な、何だ!?」

 

船は何かにぶつかった様な振動の後、余震の様な揺れが何度か続いた。

 

「もしかしたら、深海棲艦に攻撃されたのかもしれない」

 

〈それはないと思うわ〉

 

「…何でそんな事が分かるんだい?」

 

〈どうしてこの船が襲われないか、おかしいと思わなかった?近付く仲間に『私が居るから攻撃するな』って命令していたからよ〉

 

「リコリス…そんな事も出来るのかい?」

 

「…えぇ。この辺りの仲間なら《私達》…私の事は知ってる筈よ。もし攻撃するとしたら私の事を知らない奴か、或いは…〉

 

「はぐれ深海棲艦か?と、とにかく状況を聞いてくる!」

 

提督はリコリスの話を区切ると、慌てて部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈…深海棲艦(わたしたち)以外か〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オイゲン!何があったんだ?」

 

甲板から海を見下ろした提督は、海を滑るオイゲンを見つけた。

 

「深海棲艦よ。大丈夫、私が海に降りたら逃げて行ったから!」

 

「そ、そうか…」

 

提督の下ろした縄梯子で上がってくるオイゲンに、提督が手を差し出す。

 

「あ、ありがと提督さん」

 

「オイゲンがいてくれて助かったよ。でなけりゃ今頃、お姫様と海の底だ」

 

「お姫様は、泳いで逃げちゃうかもネ」

 

「どさくさ紛れに脚に掴まるかな」

 

「…提督さんのエッチ」

 

提督とオイゲンは爆発のあった船尾へ様子を見に行った。船を動かしていた船員の話では、壊れてはいないものの、修理に丸一日は掛かるそうだった。

幸いにも、この辺りは人が上陸できる島が幾つか点在するので、そこに立ち寄る事になった。

 

「…でも、おかしいな」

 

「何がです?」

 

「いや、さっきリコリスに聞いたんだが、彼女、他の仲間にこの船を攻撃するなって命令してたらしいんだ」

 

「か、彼女が…リコリスが言ってたんですか?」

 

「あぁ。だから、俺達の船が攻撃されるのは有り得ないって…」

 

「…き、きっとはぐれ深海棲艦ですよ。何か今までに見た事のないタイプだったし!」

 

「そうか…参ったな。無事辿り着くのも怪しくなってきたな」

 

「大丈夫ですって!私がいる限り提督には指一本触れさせませんから!」

 

「頼もしいな。まぁ久し振りの陸だ。リコリスにも降りてくる様に言ってみるよ」

 

「…わ、私と一緒じゃ…ダメ?…あ!変な意味じゃなくって…私と一緒にいれば、もし敵が現れても守れるって意味です!」

 

「…気持ちは嬉しいけど、リコリスも退屈そうだったからな。今回の任務は彼女がキーマンだし、運河棲姫に上手く取り成してもらわなきゃいけないしね」

 

「…そ、そうだよね!でも、何かあったらすぐに私を呼んで下さいね。リコリスだって深海棲艦だから、いつ気が変わるか分かんないし…」

 

「あぁ。頼りにしてるよ」

 

再びリコリスの下へと戻って行く提督を、オイゲンは手を振って見送った。

 

〈ビスマルク姉さま…私、間違ってるのかな…〉

 

少し考え込んでいたオイゲンだったが、すぐに船員達の手伝いに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

〈え~イヤよ。私このベッド気に入ってるもの。ここに居るわ!〉

 

「うん、まぁイヤならいいんだけど…久し振りの陸だし、俺は外に出るよ」

 

〈え?…じゃあ今日はもう来ないの?〉

 

〈明日になれば船も動くみたいだし、また明日来るよ」

 

〈…まぁ、たまには外に出るのも悪くないわね。でも寝る時は戻ってくるわよ〉

 

「いいんじゃない?たまには歩かないと太るぞ」

 

〈…アナタ、いつも一言多いのよね〉

 

 

 

 

 

 

「…大丈夫だ、誰もいない」

 

〈…そう?〉

 

共に船を降りた提督とリコリスだったが、彼女は他の船員に姿を見られ騒ぎになるのを嫌った為、提督が人影の少ない所を探して降り立った。

最初は降りるのを嫌がっていたリコリスだったが、やはり久し振りに体を動かせるのが嬉しいのか、その表情は明るかった。

 

〈…やっぱりそうだわ〉

 

「どうかしたのか?」

 

〈この島、何度か来た事あるのよ。休息や補給にちょうど良い広さなのよね。ねぇ、夕御飯はこの島で食べない?〉

 

「いいけど…部屋に戻りたいんじゃなかったのかい?」

 

〈夜には戻るわよ…でも、星空を見ながらの夕食も、ムードがあってイイじゃない?〉

 

「…タキシード着てくれば良かったかな?」

 

〈美味しいワインで我慢するわ〉

 

「砂浜でワインか…日本酒の方が合いそうだな」

 

〈…アナタ、絶対モテないでしょ?〉

 

 

 

 

 

 

 

夕方、砂浜でリコリスと落ち合った提督は見晴らしの良い高台で夕食を共にした。ワインを飲んだ事もあり、リコリスは終始ご機嫌だった。

 

〈…でね?戦艦棲姫が中枢棲姫サマに服、着てみませんか?って言ったんだって。そうしたら中枢棲姫サマ、何て答えたと思う?〉

 

「アンタが脱げばいいじゃないって言ったんだろ?」

 

〈そうなのよ♪よく分かったわネ?〉

 

「四回目は違うオチで頼むよ」

 

〈でね、最終的に下の毛を…///〉

 

自分の部下の隼鷹やポーラもそうだったが、艦娘も深海棲艦も酒に酔う所はそっくりだなと提督は思った。特に彼女、リコリスは外見的には人や艦娘とほぼ変わりなく、彼女が深海棲艦だと忘れる事もしばしばだった。

 

〈…ネェ、この先に海がとっても綺麗に見える所があるの。行ってみない?〉

 

「行くのはいいけど帰りはおんぶ、ってのは勘弁な」

 

〈んもぅ!これが人間の小説だったら、もっと気の効いたセリフを返す所よ?〉

 

「俺は主人公って柄じゃないよ。キミと違って顔も普通だし」

 

〈ウフフ…でも、女心は解ってると思うわ〉

 

「今は酔っ払いのあやし方を知りたいな」

 

〈そうね…素敵な夜景でも見せてくれれば酔いも覚めるかしらね〉

 

「ハイハイ、お供しますよお姫様」

 

リコリスに言われるまま、提督は彼女の後を着いていった。

 

 

 

 

 

 

 

「…へぇ、島も一望出来る。いい所だね」

 

提督とリコリスは島の中央にある丘に来ていた。辺りは人気も無く、丘の上から見える船の灯りが、まるで蛍の様に点滅していた。

 

〈そうでしょ?一人になりたい時とかに、よく来るのよ〉

 

「ははっ、そんな所にお招きしてくれるなんて、こりゃお礼の一つもしなきゃいけないかな?」

 

〈…そうね〉

 

リコリスは急に提督に抱き着くと、彼を押し倒した。

 

「うわっ!な、何を…リコリス?」

 

彼の両手を掴んでいるリコリスだが、その手にほとんど力は入っておらず、その気になれば容易に振りほどく事は出来た。

では、なぜそうしなかったのか。酒に酔っているせいだ、その時の彼は自分にそう言い聞かせた。

 

〈…こんな話聞いた事あるかしら?ある深海棲艦が船を襲ったの。でも船に乗っていた一人の男を見捨てる事が出来ず助けてしまったの。

 

〈彼女はその人間に恋してしまい、自分が彼を助けたと嘘を付いて彼と一緒に暮らす事にしたの。

 

〈彼も彼女と一緒に暮らしてもいいと思うようになったの。…でも、ある日知ってしまったの。

 

〈彼女が自分の船を沈めた、深海棲艦だって…

 

〈彼は当然逃げようとしたわ。でも、もう彼の居ない生活なんて考えられなかった彼女は何をしたと思う?

 

〈…彼の足を折って、彼女から逃げられなくしたそうよ。

 

〈今でも彼女は愛する彼と一緒に暮らしてるそうよ。彼女は幸せだったかもしれない…でも、彼はどうだったのかしら…

 

〈ねぇ…アナタはどう思う?彼は…幸せかしら?〉

 

「…ああ。男だから解るよ。こんな美女に迫られて幸せを感じない男はいないさ」

 

〈…信じていいの?私、こう見えても嫉妬深いのよ〉

 

「本当さ。口では嘘は吐けても体は正直だ」

 

〈あっ…これは…その…もしかして私の所為…なの?〉

 

「悪い、俺も男だからな」

 

〈そ、そう…人間の男って判りやすいのね〉

 

「悪いな、せっかくの雰囲気を壊して」

 

〈ううん、私も人の事言えないわ。ほら、私も…んっ…ね?〉

 

リコリスは提督の手を握ると、両脚の間へと導いた。彼女に導かれ触れた()()は、まるで人間の女の様に湿り気を帯びていた。

 

〈ねえ…私が読んだ小説だと、この後どうなるか書いてないの…続き…教えて…〉

 

「…俺で良ければ」

 

彼はリコリスの手を優しく振りほどくと、彼女の頬を撫でた。やがてどちらからともなく、二人は唇を重ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督、昨日どこ行ってたの?探したんだよ」

 

翌朝、提督が目を覚ますとリコリスは居なかった。先に戻ったのだろう、そう思った彼が船に戻って来ると、早速待ち構えていたオイゲンに捕まった。

 

「久し振りの陸だしさ、たまには外で寝てみようと思って」

 

「リコリスも居なかったけど…」

 

「…そうなんだ。まだ戻ってないのか?」

 

「ううん、もう戻ってるみたいだけど…」

 

「そうか…あいつもたまには外の空気吸いたかったんじゃないか?」

 

オイゲンは提督に近付くと、服の匂いを嗅いだ。

 

「…提督、昨日リコリスと…一緒だったの?」

 

「…今日の夜は空けとくよ」

 

「違うわよ!そんな意味じゃないって!…はぁ、心配して損しちゃった」

 

「ごめん。でも何かあったら今頃こうしてオイゲンと話してないよ。だいいち人間の俺にどうこう出来る相手じゃない。逆に魚のエサになるのがオチだよ」

 

「いっそ駆逐イ級にでも食べられちゃえばよかったのに!」

 

「俺はオイゲンを食べたいな~♪」

 

「プリンツ・オイゲン!追撃戦に移ります!」

 

 

 

 

 

 

 

〈…ねぇ、どうしていつも怪我してるの?〉

 

「思春期の女の子は扱いづらいね…」

 

 

 

 

 

 

それから数日が過ぎ、船はいよいよ目的地の深海運河沖へと辿り着いた。辺りは赤い濃霧が立ち込めており、人間の提督にも、ここが人の領域では無い事を容易に察する事が出来た。

 

「さて、着いたはいいが…ここからどうするか…」

 

「そうよね…操縦士さんに聞いたらここから先は船では進めないって」

 

〈ここから先は、私が案内するわ〉

 

途方に暮れていた提督とオイゲンの頭にリコリスの声が響いた。

 

「リコリス…」

 

「…ッ!」

 

いつの間にか二人の後ろに立っていたリコリスは、自分を睨むオイゲンに向き直った。

 

〈プリンツ・オイゲン…だったかしら?そんな怖い顔しないでよ。こんな所でやりあったら、提督も巻き込むわよ?〉

 

「…解ってるわよ」

 

「そんな事よりリコリス、見ての通りだ。何か手があるのかい?」

 

〈えぇ…迎えが来たようね〉

 

リコリスが手をかざした方を、二人は見つめた。

 

「…!」

 

「あれは…深海棲艦…か?」

 

濃い霧の中を一つの小さな影が近付いてきた。カラスの様な細長い頭。人の上半身に黒い球体の様な下半身を持つ深海棲艦、輸送ワ級だった。

 

〈運賃はタダよ…今回はね〉

 

 

 

 

 

 

 

その後、提督は彼女(?)輸送ワ級に乗せられた。リコリスはいつの間にか海に待機していた彼女の艤装に乗ると、二人で運河棲姫の下へ行く事になった。

自分も行くと言うオイゲンだったが、それならこの話は無しだとリコリスに言われると大人しく引き下がった。

程なく周囲の島の中でもひときわ不気味なオーラを放つ島へ到着した。

 

〈…着いたわ〉

 

「ここに、運河棲姫が…」

 

提督は、覚悟を決めると島に降り立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

当然の事だが、島には大勢の深海棲艦が居た。

直接戦えない提督は、あくまで情報でしか知らない事だったが幾つかの深海棲艦は察しが着いた。

リコリスの話にも出てきた戦艦ル級、重巡リ級。黒い蟹を被った様な空母ヲ級、人の形を持たない軽巡、潜水艦達。

彼女達は、やはり間近で見る人間が珍しいのか、リコリスと歩く提督にその視線は集中した。

だが提督が思うよりは敵意を浴びせられる事は少なく、むしろ間近で見る人間に興味がある、そんな感じだった。

やがて提督は、鎮守府程の巨大な建物に案内された。

 

「…驚いたな。君達にも、これだけの文明が…」

 

〈フフッ、驚いた?ただ私達は文字を書く文化は無いのよ。だから人間の文化が羨ましいわ〉

 

建物の中は全体的に暗めではあるが、しっかりと設計されており、所々に壮麗な彫刻が彫られていた。

リコリスは大きな扉の前で止まった。

 

〈ここよ〉

 

「…いよいよか」

 

〈準備はいいかしら?〉

 

リコリスは扉を開けた。

だが、その部屋には…

 

 

 

 

 

 

船に待機していた筈のプリンツ・オイゲンはこっそりとリコリス達の後を付け、島へ上陸していた。人気が無い場所に着いたオイゲンは、島の中央にある運河棲姫の城へと辿り着いた。

 

「…こちらオイゲン。任務はほぼ成功だと思います。はい、もしその時は予定通り…提督を…」

 

 

 

 

 

 

 

 

「リ、リコリス…どういう事だ?運河棲姫は…」

 

部屋に案内された提督の目の前には、白い装飾のベッドが置かれていた。だが、その主であろう人物、運河棲姫の姿は無かった。

 

〈ちゃんと居るわよ…アナタの目の前に〉

 

「な、何を言って…ここには俺達…しか…」

 

驚く提督を悠然と横切り、リコリスはベッドへと腰掛けた。

 

〈初めまして…と言った方がいいかしら?〉

 

リコリスの姿が少しずつ変化を見せ始めた。頭に着いていた棘の様なツノは頭を飾る月桂樹に変化する。白い服に黒いラインが浮かび上がり、髪は足元へ届く程の巨大な巻き毛へ変化した。

 

「そうか…リコリス、君が…」

 

〈ようこそ私の城へ…私が運河棲姫よ〉

 

彼女は微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

リコリスの居城に乗り込んだオイゲンは、周囲を警戒しながら奥の部屋へと進んで行く。

 

〈さっきから、おかしいわ…〉

 

島に上陸したオイゲンの違和感は、城へ入って確信へと変わった。

当初、オイゲンは運良く人気の無い場所を見つけ上陸したつもりだった。だが、それは城へ近付いてからも続き、城へ入った後もそうだった。敵の影は見かけるが、誰も自分には気付かず、避けている伏しさえあった。

これは罠なのでは…。引き返すべきか悩んだオイゲンの耳に男の話し声が届いた。

オイゲンは声のする部屋に近付いた。

 

 

 

 

 

 

 

「リコリス、君も人が悪いな」

 

〈だってアナタ、私と居るのに他の女の事を気に掛けるんだもの…でも、私の言った通り綺麗でセンスもあるでしょ?〉

 

「フッ、確かに」

 

〈まぁ、驚かせる気は無かったんだけど…私はここの防衛を任されているの。でも私、閉じ籠ってるの苦手なのよ…離島棲姫はそうでもなかったけど。変わってるわよね?

 

〈だから運河棲姫の部下って事にして出撃してるのよ。リコリスの姿なら周りも怪しまないし。

 

〈で、アナタの部下と戦って、少し休んでいたのよ〉

 

「そうだったのか…それで休んでいる所を艦娘達に見つかって…」

 

〈…アナタはそう説明されているの?〉

 

「そうって…どういう意味だい?」

 

〈少し違うわね。私の方から話がしたいと持ちかけたのよ〉

 

「話…何の為に?」

 

〈少し話を遡るわね。私、ある戦いで艦娘達を破ったのよ…そう、アナタの部下をね。それについては悪いと思うけど私の部下も倒されたんだから、おあいこでしょ?

 

〈その時に、沈んだ艦娘の帽子を拾ったの。名前はそう…ビスマルクって言ったかしら。

 

〈彼女は沈む直前にアナタの名前を呟いたの。それで、彼女の帽子に残る思念を探ったのよ。それでアナタに興味を持ったの。

 

〈で、私の方から話を持ちかけたのよ…アナタを私に引き渡せば、その鎮守府には手を出さないって〉

 

「…何…だって…」

 

〈…やっぱりアナタ何も知らされていないのね。道理でノコノコ私に付いて来ると思ったわ〉

 

「そんな…じゃあ俺は…最初から…」

 

〈…騙した形になったのは謝るわ。でも、こうでもしないと、アナタを手に入れる事は出来ないでしょ?〉

 

「…嘘だったのか。俺は…売られたのか。最初から帰り道なんて…フッ、部下を沈めた男の末路なんて、こんなものか」

 

〈それは彼女に聞いてみたら?〉

 

「…え?」

 

〈そこの重巡。盗み聞きは、あまりいい趣味とは言えないわよ?〉

 

扉に目を配るリコリスに提督も振り返った。やがて隠れている事に気付かれたオイゲンが、扉の後ろから姿を現した。

 

「…気付いていたの?」

 

〈ここは私の城よ?部下達が頻りに報告してくるからここに通す様に命令したのよ〉

 

「そういう事…やけにすんなりと入れると思った」

 

「オイゲン…今リコリスが言った事は本当なのか?」

 

「…はい提督さん、本当です。それとそこのリコリスも知らない、もう一つの目的があります」

 

「もう一つ?それは一体…」

 

「提督さん達人間と深海棲艦の…交配は可能か、調べる事です」

 

「こ、交配って、つまり…その通りの意味でいいのか?でも何で、そんな事を…」

 

「提督さん、人と艦娘は《ケッコンカッコカリ》と言う形で結ばれる事が出来ますが…中には本当の…人間の夫婦の様になる例もあるそうです。

 

「ここからは私の推測ですが…大本営は戦争の終わりを模索しているんだと思います。そんな時、そこのリコリスからの提案が舞い込みました。

 

「大本営は提督さんを人柱に捧げる事で、その…人と深海棲艦は結ばれる事が出来るのか、もし出来るならそれを口実に友好関係を築けないか…そう考えたんだと思います」

 

「…」

 

〈それは知らなかったわ。人間も案外ちゃっかりしてるのね〉

 

提督とオイゲンのやり取りが面白くないとでも言わんばかりに、リコリスは口を開く。

 

〈その目論見は、ほぼ成功よ〉

 

「…おい、リコリス」

 

〈いいじゃない。彼女も薄々察しているみたいだし〉

 

「オイゲン、気付いていたのか?」

 

「…島での事でしょ。うん、何となく。提督さん、リコリスと一夜を過ごしたでしょ?…女の子って、そういうのすぐ分かるんだよ」

 

「…」

 

〈…ねぇ、オイゲン。私からも聞きたい事があるの。アナタ、この事を知っていたのよね?じゃあどうしてこんな危険な任務を引き受けたの?こんな所迄乗り込んで来て…無事に帰れると思っているの?〉

 

「なっ!リコリス、お前ッ!!」

 

「いいのよ提督さん。この任務、私から志願したの…どうせ最初から沈む気だったの。ビスマルク姉さまを沈めた提督さんを沈めた後に…」

 

「ビスマルク…?俺の艦隊にいたビスマルクか?…そうか、お前アイツの事慕ってたもんな。確かに、俺の采配で沈めた様なもんだ…そうか、だからこんな任務を」

 

「私に与えられた任務は提督さんの護衛。でもそれは表向き。もし自分が生け贄だと気付いて逃げようとしたら始末しろって言われてるの。

 

「本当は提督さんに逃げてほしかった…そうすれば堂々と提督さんを…ビスマルク姉さまの仇を討てたから…。

 

「でも提督さんと一緒に過ごしている内に、だんだん分からなくなってきたの。提督さん、とってもいい人だから、リコリスに渡さずに済む方法無いかなって…もし沈めても天国(ヴァルハラ)に居るビスマルク姉さまは喜んでくれないんじゃないかって…」

 

「オイゲン…」

 

「リコリス…今言った通りよ。私は最初から帰るつもりはないの。いっそ沈めてちょうだい」

 

「オイゲン…リ、リコリス!俺からも頼む。オイゲンは見逃してやってくれないか?」

 

〈どうして?この娘、アナタを殺す気だったのよ?〉

 

「それは俺の采配のせいで、オイゲンが慕うビスマルクを沈めたからだ。あ、いや、別にお前を責めるつもりは無い。だからと言っちゃ何だが、この娘だけでも見逃してやってくれないか?」

 

〈…でも、それだとアナタはどうするの?私の目的はアナタと一緒にいる事よ?〉

 

「俺は…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やはり失敗だったか…」

 

「はい、途中で勘づいて逃げようとした所をリコリス棲姫に…申し訳ありません」

 

任務失敗の報告と共に、オイゲンは元帥に頭を下げた。報告書を読んだ元帥は、軽く溜め息を付くとオイゲンに向き直った。

 

「いや、君はよくやってくれたよ。君がこの任務を引き受けてくれると言った時は、もう帰ってこないつもりだと思っていたからね」

 

「…ビスマルク姉さまが、見守ってくれたんだと思います」

 

「そうだな…分かった。彼は戦死扱いにしておくよ。オイゲン、任務ご苦労だった」

 

「はい、失礼します」

 

 

 

 

 

 

 

〈ビスマルク姉さま。本当にこれで良かったのかな…〉

 

オイゲンは提督との最後の会話を思い出していた。もうこの世には《居ない》筈の彼の言葉を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…俺は、この島に残るよ」

 

「て、提督さん!?だ、大丈夫です!ビスマルク姉さまもそうでしたが、提督さんは艦娘には慕われています。そんな提督さんを死刑になんてしませんよ!それこそ艦娘達の暴動が起きちゃいます!」

 

「違うんだオイゲン、前にも言っただろ。俺は提督には向いてないって。もし提督を続ける事になっても、今度はお前も沈めかねない」

 

「そ、そんな事…」

 

「それに考えてみたんだが、これはいい機会だと思ってね。もし帰っても、それはリコリスとの密約を破棄した事になる。そうなれば、またリコリスは鎮守府を攻める。…そうだろう?」

 

〈…否定はしないわ〉

 

「それに俺はビスマルクや大勢の部下を沈めた男だ。仮にリコリスにこのまま殺されても当然の報いだよ」

 

〈殺したりなんかしないわよ!やっとアナタを手に入れたのに傷付ける訳ないじゃない!続きもしたいしでも私以外の女に色目使ったら…

 

殺しちゃうかも

 

「どっちだよ…そろそろリコリスの姿に戻ってくれないか…そうそう、やっぱり俺はその姿のリコリスの方が好きだよなんか特に

 

「悪いがオイゲン、俺は途中で殺されたって事にしてくれ。

 

「…深海棲艦との友好か。これで暫く両者は解り合えず戦いが続く事になるな。それは悪いと思うよ…すまない、オイゲン」

 

「提督さん…」

 

「と、言う訳だリコリス。俺はここに残る。だからオイゲンは見逃してやってくれ」

 

〈…アナタの頼みじゃ断れないわね。まぁいいわ。アナタが私の側に居てくれるなら、この娘を沈める理由も無いし〉

 

「だ、そうだ。さ、オイゲン。リコリスの気が変わらない内に早く帰った方がいい」

 

〈失礼ね!私は嘘なんか付かないわヨ!〉

 

「えぇ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後の彼がどうなったのか、それはオイゲンに知る由は無い。だが、かつて彼の居た鎮守府近海に何故か深海棲艦が現れる事は無くなった。

 

一年後、オイゲンの所属する艦隊が深海運河沖に駒を進め、彼女は再びこの海域に足を踏み込む事になった。

不幸にも艦隊は敗北したが、一人の轟沈も出す事は無かった。

だが、不思議な事に帰投した艦隊にプリンツ・オイゲンの姿が見当たらなかった。轟沈した所を目撃した者は誰もおらず、彼女の帽子だけが、かつてのビスマルクの様に海で発見された。

 

その後、オイゲンを見た者はいない。

 

 

 

 

 




最初はそのまま運河棲姫で行こうと思ったんですが、セリフが無い為かキャラが掴めず、でも運河棲姫じゃないとパナマってタイトル使えないのでリコリスは運河棲姫だった?説をでっち上げました。何かリコリスと運河棲姫、髪型とか似てるし…似てない?そう…。

人間と深海棲艦に子供は作れるかどうかは別の話で書いてますが、大本営はその事を知らないという事になってます。









深海目録

提督 元々は画家志望の草食系男子。戦術眼は乏しいが、艦娘達に無駄に支持されていたので辞めるに辞めれなかった。この1ヶ月後に噂の水母棲姫と(ようやく)ご対面、リップサービスで褒めちぎったがそれがリコリスの逆鱗に触れ、その後3日間食事は抜きだった。脚フェチ。

リコリス 人間の文化大好きガール。提督に怒られたので、もう船は沈めない。変わりにお忍びで買い物に来ている。本人は知らないが彼女の現れた街では八尺様が現れたと都市伝説になっている。離島棲姫とは趣味が合うのか仲がいい。

プリンツ・オイゲン ビスマルク姉さま大好きっ娘。元々違う艦隊だったので、やっと同じ艦隊になったと思ったらビスマルクだけ先に沈んでしまった。本当は提督を島に置いて行こうとしていた。ウインナーよりチーズが好き。

ビスマルク この人が帽子落としたのが、そもそもの始まり。そういう意味では元凶とも言える。提督の事は好きだったらしい。頼りないけど。

水母棲姫 ロクに登場していない割には提督さんの評価は高い。散々disられてはいるがリコリスと仲が悪い訳ではない。話を聞いて提督さんに会いにリコリス城を訪ねたが居留守を使われた。3回も。

戦艦ル級 リコリスには地味だと言われているが、フリフリの派手なのを何着か持っている。ただリコリスと被るので遠慮している空気の読める子。

重巡リ級 あざとい。提督と会う時はいつもより布面積の少ない水着を着てくる。提督が来てから急にデリケートゾーンを気にする様になった。

元帥 プリンツが前に所属していた所の偉いさん。プリンツの勧めでビールを飲み過ぎて痛風悪化。

雲龍&天城 爆乳姉妹。二人合わせて190(提督算出)。


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そして 彼もいなくなった

「アラアラアラ」
「提督さん死ぬわ」
「へぇ…○○入り瓶ですか。大したものですね」



「コッチヨ」

 

無数の女達が廊下を闊歩していた。それだけなら何の事もないが、普通ではない事が二つあった。

一つは彼女達は一人として人間ではない事。その中に唯一人、人間が混じっている事。

彼女達に取り囲まれて歩く男は手を縛られている為か、それとも自分が置かれている状況の所為か、まるで死人の様に表情が暗かった。

やがて女達は大広間に出ると、それを待っていたかの様に一人の女が彼女達を出迎えた。

一見、黒いドレスを着た美女に見えるが、紅く光る瞳が彼女が人ではない事を物語っていた。

 

「ウフフ…待ッテタワ…」

 

彼女は妖艶に微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督、お待ちしていました!」

 

「あ、あぁ…ただいま大淀」

 

鎮守府正門に一台の車が停まった。車から一人の男が降りると、待ち構えていた三人の女達は痺れを切らした様に彼に駆け寄った。彼は額に包帯を巻いており、傷が痛むのかどことなく表情も暗かった。

 

「て、提督さんっ!その怪我は?だっ、大丈夫なんですかっ!?」

 

「只のかすり傷だよ鹿島。すぐに治るよ」

 

「そ、それならいいですが…提督さんの乗ってる船が攻撃されたと聞いた時は、ショックで大破するかと思いました!」

 

「大袈裟だな。それに松風が駆け付けてくれたから深海棲艦もすぐに逃げて行ったよ」

 

「そ、そうですか。私、ここでず~っと祈ってました!提督さんが無事であります様にって♪」

 

「オ、オホン…私も、もちろん祈ってましたけど」

 

「あ、あぁ…ありがとう二人共」

 

「フフッ、祈るだけじゃね。その点、僕はいち早く司令官を助けに行ったけどね♪」

 

「ムムッ!」

 

「ま、松風さん」

 

「あぁ、ありがとう松風。お前が来てくれなかったら今頃海の藻屑だったよ。朝風にも礼を言っておいてくれ」

 

「あぁ伝えておくよ。じゃあ司令官、行こうか。先輩方、司令官の荷物持ってくれるかい?僕達と違って疲れてないだろう?」

 

「…え、えぇそうですね鹿島さん、駆逐艦には重いでしょうからね」

 

「そ、そうですね大淀さん。こんな時、朝風さんなら率先して持つと思いますけど…」

 

「あ、姉貴は関係ないだろ!?」

 

「さ、提督、行きましょう♪」

 

「あ、ああ…」

 

「ムムム…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とある鎮守府。

この鎮守府の提督が出張に行く際に怪我を追い、病院から帰って来た所だった。幸い怪我はかすり傷程度で命に別状は無かったが、彼の表情は暗かった。その理由は、ここ最近の出来事にある。

ここ最近の彼は妙な不運に見舞われていた。ある時は車の事故を起こしそうになり、又ある時は爆発事故にあったり…。

今回も彼の乗る輸送船が深海棲艦に襲われ、たまたま出迎えようとしていた松風、朝風が駆け付けたお陰で軽傷で済んだ。

艦娘達にしてみれば、一体どうして自分達の提督はこうもトラブルに見舞われるのか、ほとほと首を傾げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはようございます。提督、もう怪我はよろしいんですか?」

 

「おはよう大淀。大丈夫だよ、もう何ともない」

 

「そうですか、それは良かったです。提督は…その、生傷が絶えないので心配です」

 

「心配掛けてすまないな…」

 

「い、いえっ!提督がご無事ならそれでいいんです!」

 

執務室を訪れた彼女の名は大淀。大淀型軽巡洋艦の1番艦に当たる。

提督との付き合いはこの鎮守府では最も古く、提督も彼女の事は信頼しており彼女もそれを誇りに思っていた。

 

 

「あれ…提督、こちらに置いておいた書類は…?」

 

「あぁ、俺が全部片付けるから気にしなくていい」

 

「そ、そうは行きません。それでは何の為に私がいるか解りません!」

 

「だが一日もあれば終わる量だ。それに大淀もやる事があるだろう」

 

「そんな事気にしないで下さい!私にとっては提督の補佐が一番の優先事項です!それに鹿島さんにてるのはこれしか

 

「何か言ったか?」

 

「あ、いえっ!何でもありません。それにしても…船が襲われるなんて本当に災難でしたね」

 

「こればっかりはどうしようもないさ」

 

「以前も車が事故を起こしそうになったり、兵器の暴発事故があったり…とても心配です」

 

「自分でも不思議だよ。どうしてこうも立て続けに不幸な目に遭うのか」

 

「…提督、もし何か用事が有れば私に言って下さい。私は艦娘ですから事故なんかへっちゃらです!」

 

「そうもいかないだろう。それに会議は俺が出ないという訳にはいかないし」

 

「それは…そうですが…」

 

「大淀…本当に気にしなくていい。俺の事はいいから自分の仕事だけ考えればいいから」

 

「…はい。あれ?こちらの手紙は…」

 

「あぁ、何年も実家に帰ってないから手紙だけでもと思ってね。後で街に行って出してこようと思って」

 

「では私が行って来ます!」

 

「大淀が…?でも悪いよ」

 

「い、いえっ!他にも何かあれば言って下さい。いつも飲んでいるコーヒーも買ってきますよ。確かDOSSでしたね」

 

「最近はGEOLUGUに変えたんだ」

 

「…序でに御愛読の本も買ってきましょうか?」

 

「な、何の話だ?」

 

「今月は春の大艦巨砲大特集!…でしたっけ?」

 

「ちょ、ちょっと待て!何で知ってるんだ?」

 

艦娘魅力胸部装甲だけじゃないといますでは行って参りますね」

 

「あ、ああ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう…何で知ってるかなんて…私がどれだけ秘書艦やってると思うんですか。

それに私だって戦艦や重巡の皆さんには負けてませんから!大きさ…はともかく大事なのは色と形です!

ま、負けてないんだから!…多分。

 

それにしても、ここ最近の提督は元気が無い。無理もない。この数ヵ月でやたらトラブルが頻発してるから、きっとそれが原因だろう。

また何かあったら大変だし、こんな時こそ私の出番だ。

ファイトよ大淀!こういった地味な努力が明るい未来に繋がるのよ。私はやれば出来る娘!

そう!これが大淀型の本当の実力よ!

 

でも…今の提督を見てると昔が懐かしくなる。まるで今と逆だった、あの頃みたいに…

 

 

 

 

 

 

『やぁ、君が大淀だね、今日からよろしく』

 

『はい…こちらこそよろしくお願いします』

 

『…やはり前の提督の事を引きずっているみたいだね』

 

『そ、そんな事は…』

 

『鎮守府を見て回ったけど、みんな君みたいに表情が暗かったよ。前任の提督はあまり良い人ではなかったみたいだね』

 

『わ、私達は艦娘です。人間と同じ様に扱う訳にはいかないのは当然です…』

 

『…でも、女の子だろう?』

 

『えっ?』

 

『人間の様に接するのは嫌かい?』

 

『そ、そんな事は…』

 

『君は艦娘だけど、同時に女の子でもあるんだ。せっかくそんなに可愛く生まれたんだ。もっと楽しく生きないと損だよ』

 

『で、でも…私は戦うのが仕事です。それに…私なんて大して可愛くなんか…』

 

『う~ん…可愛くない女の子を口説く趣味はないんだけど…』

 

『く、口説くって…からかわないで下さい!』

 

『アハハ、ごめんごめん。でも、さっきも言ったけどせっかく女の子に生まれたんだ。戦うだけの人生なんて詰まんないよ』

 

『そ、そんな事言われても…私は…』

 

『すぐには無理かもしれない。でもきっと君が笑って過ごせる鎮守府を作ってみせるよ。だから大淀、俺に協力してくれないか?』

 

『…フフッ、おかしな提督さんですね。ハイ、私で良ければ』

 

『ああ!』

 

 

 

 

 

前任の提督は…今にして思えば、あまり良い人ではなかったのかもしれない。連続出撃は当たり前、大破しても碌に入渠も出来ない。轟沈した娘も何人いたか…。勝って帰っても『そうか』の一言。

でも私はそれが普通なんだと思っていた。

私達は艦娘、人間じゃない。それに本当の私達は既に海の下に沈んでいる。仮に沈んだ所で、再びあの海で眠りに就くだけ…。

そう思っていたのに。

今の私は随分と軟弱になってしまった。

轟沈するのが怖い。もう二度と今の提督に会えなくなるのではと思うと胸が張り裂けそうになる。きっと兵器としては欠陥品なんだろうな…。

でも、そうなってしまったのは全部あの人の所為だ。全く酷い人ですね!

私がこうなった責任…ちゃんと取って貰いますからね。

 

「あれ?大淀さん、お出掛けですか?」

 

「えぇ、ちょっと提督に頼まれて買い物に…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督さん、お仕事中ですかぁ?」

 

「な、何だ鹿島か。びっくりさせるなよ」

 

「もう!私が来ちゃいけないんですか?」

 

「そんな事はないが…」

 

「ウフフッ、お邪魔しま~す♪」

 

まるでイタズラっ子の様にソロリと執務室にやって来た彼女の名は鹿島。香取型練習巡洋艦の2番艦に当たる。

大淀と共に前任の提督の下で働いており、大淀とは違った理由で人間に対し不信感を抱いていた。今でこそ提督に対し無邪気な部分を見せているが、かつては大淀と同じ位生気の無い目をしていた。

 

「どうしたんだ、何か用か?」

 

「もうっ、用が無いと来ちゃいけないんですか?」

 

「そうじゃないが…鹿島がここに来るなんて珍しいから」

 

「それは…大淀さんが居る時は遠慮しているだけです」

 

「大淀?何で大淀が居ると遠慮するんだ?」

 

「提督さんはもう少し女心を勉強した方がいいと思います!」

 

「そ、そうか…悪い」

 

「もっとも…それを私に教えてくれたのは提督さんなんですけどね」

 

「俺が…?」

 

「コ、コホンッ!で、でも提督さん、怪我はいいんですか?」

 

「大丈夫だよ、船から放り出された時に頭を打っただけだ。マヌケだろ?」

 

「そ、そんな事ありません!提督さん、以前も車で事故を起こしそうになるし…鹿島、心配ですっ!」

 

「あれは俺も不思議に思ってるよ。急にブレーキが利かなくなって…肝を冷やしたよ」

 

「もうっ、だから私達が付いて行きますって言ったのに。そうすればあんな事…」

 

「別に鹿島がいたって事故は起こるだろう」

 

「まぁ…そうなんですが…と、とにかくっ!次はちゃんと私に言って下さいね!例え何があっても鹿島がお守りしますっ♪」

 

〈次いでに街でデートしたり…キャッ♪〉

 

「鹿島?」

 

「え?ち、違いますっ!お洋服欲しいな~とか夜景を観に連れて行ってほしいなんて考えてませんっ!」

 

「…ち、近い内にな」

 

「キャーッ♪い、いいんですか?て、提督さんっ!鹿島、今度の日曜、非番なんですっ!どこか行きたいかな~なんて…」

 

「考えておくよ」

 

「是非っ!あ、もちろん大淀さんには内緒でお願いしますね?」

 

「あ、あぁ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やった~♪

本当にデート出来るなんて、言ってみるものね。大淀さんが聞いたら悔しがるかも。ウフフ♪

でも…私がこんな気持ちになるなんて、生まれた時は想像もしなかったなぁ…。艦娘に生まれたんだから沈むまで戦うんだって思ってたのに…。

 

 

 

 

 

『……鹿島?顔色悪いみたいだけど、大丈夫か?』

 

『キャッ!…す、すみませんっ!違うんです、提督さんに触られるのが嫌だったんじゃないんです。ほ、本当です』

 

『そんなに謝らなくてもいいよ。話は大淀からも聞いてるよ。その…前任とは何度かトラブル起こしたとか…』

 

『はい…その、前の提督さんは私を…まるで人間の女の人みたいに扱って…』

 

『…何か不満でも?』

 

『私に恋人になれと…人間の女の人がする様な事を私に望んで…提督さんも、そうなんですか?』

 

『…あぁ、そうだね』

 

『…そうですか。やっぱり提督さんも前の提督さんと同じなんですね』

 

『かもしれないね。でもね…一つだけ違うかな』

 

『一つだけ…違う?』

 

『あぁ。でもね、俺はちゃんと口説いてからじゃないと、そんな事はしたくないんだ』

 

『く、口説くって…私は艦娘です。人間じゃありませんっ!』

 

『俺は人間の…可愛い娘しか口説かないよ』

 

『も…もうっ!からかわらないで下さいっ!』

 

『前任の提督も君の事を人間の女の子として見てたから、そんな事したんじゃないかな。でも俺はそれだけじゃ不満かな。鹿島にも俺って人間を評価してほしいんだ』

 

『提督さんを…評価…ですか?』

 

『ああ。だから鹿島にも艦娘の力だけじゃなく、女の子としての魅力も見せてほしいかな』

 

『私が…女の子…?』

 

そのスカート

 

『…も、もうっ!提督さんのエッチ!』

 

『あ、やっぱり可愛い笑顔だね。こりゃ前任が惚れるのも無理ないな』

 

『ウフフッ…もう♪』

 

 

 

 

 

 

女の子かぁ…。

そんな事言われたの初めてだったなぁ。

前は私は艦娘なのに、どうして人間と同じ姿をしてるんだろうって何度も思ったなぁ。人間の姿じゃなければ…お尻を触られたり変な事される事も無かったのに…。

でも、今の提督さんが来てからは違う…自分でも驚いてる。もし艦娘に生まれなかったら話す事も…ううん、こんな事を考える事も無かった。

 

〈褒めてくれた、嬉しいっ!〉

 

〈提督さん、大淀さんみたいな長い髪が好きなのかな?〉

 

提督さんといると、どんどん知らない自分が出てくる。

もっともっと私を知って欲しい…私も知らない私を引き出して欲しい!!

 

提督さんっ、私、意外と欲深いですよ?

練習巡洋艦だからって、甘く見ないでね?

ウフフッ♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やあ司令官、こんな所で何してるんだい?」

 

「いや、別に何も…」

 

艦娘達の演習をしている海を眺めていた提督は、自分を呼ぶ声に振り返った。そこには二人の少女がいた。

白い着物にエメラルド色の袴、ボーイッシュな外見の少女は松風。神風型駆逐艦の4番艦に当たる。青い袴に大きな蝶の様な左右のリボンが特徴的な少女は朝風。同じく神風型の2番艦で松風の姉に当たる。

 

「どうしたの司令官。アナタがこんな所に来るなんて珍しいじゃない」

 

「フッ、姉貴と違って司令官は繊細なんだよ。時にはメランコリックな気分になる時もあるさ」

 

「はぁ?それじゃまるで私が単純みたいじゃない!それにメリケンサック?まだ乗った事ないけど、それが何よ!」

 

「それを言うならメリーゴーラウンドだよ姉貴…」

 

「お前達は演習はいいのか?」

 

「僕は努力とか苦手なんだよね。そんな事しなくても、ちゃんとキミの危機は救ってみせたろう?」

 

「そうだったな、感謝しているよ」

 

「…深海棲艦を追い払ったのは私だけどね」

 

「もちろん姉貴の功績が一番さ。そんな姉貴を護れて僕は幸せだよ…って、イテテッ!あ、姉貴っ、ツネるなよ!」

 

「私が他の駆逐艦の娘達みたいに、そんな歯の浮く様なセリフで誤魔化される訳ないでしょ!」

 

「わ、分かったって…まぁ、そんな所が可愛いんだけどね♪」

 

「ま、松風っ!」

 

「…でも司令官、ここ最近よくここに来てるね。どうしたんだい?」

 

「べ、別にどうもしないさ」

 

「僕がその理由を当ててあげようか?」

 

「な、何?」

 

「ズバリ、恋だね!」

 

「ええっ!そ、そうなの司令官?」

 

「い、いや、そんなんじゃない」

 

「何よ松風、驚かさないでよ。そんな訳ないじゃない」

 

「…でも姉貴、その相手が姉貴だったら?」

 

「はあっ!?し、司令官が…私に…メロメロ?」

 

「い、いや、メロメロとは言ってないけど」

 

「どうなの司令官。も、もしかしてアナタ…わ、私にゾッコンなの?」

 

「ぶ、部下としては好きだが…」

 

「え…じゃなくって!松風、適当な事言うんじゃないわよ。司令官こう言ってるわよ?」

 

「う~ん…じゃあどうして毎日ここに来てるんだい?僕はてっきり姉貴の演習姿でも眺めてるんじゃないかと思ったんだけど」

 

「し、司令官が…私の演習姿を見て…胸キュン?」

 

「ホント色んな言葉知ってるよね姉貴」

 

「あ、朝風の姿を見に来てる訳じゃないが…まぁ、その…朝風の訓練してる姿も、たまには見るな」

 

「んなっ!からかわないでちょうだい!ま、全くウチの司令官はいつからこんなに軟弱になったのかしら!…そうね、これは鍛え直す必要があるわ…司令官、明日から私が起こしに行ってあげるわ!朝御飯は私が作ってあげるから一緒に食べるわよ!いいわね?」

 

「あ、あぁ…」

 

「フフッ、とんだ押し掛け女房だね♪司令官も気の毒に」

 

「松風、二人で頑張るわよ!」

 

「司令官…明日から僕もここに来ていいかい…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…でも最近の司令官は少し心配だな。

何かこう…何をしてても上の空で、心ここに在らずって感じだよ。

僕と会った時は、もっとノリが良かったのになぁ。

 

 

 

 

『君が松風か。少しいいかい?』

 

『キミは…新しい司令官だね。ちょうど良かった、僕もキミに頼みがあったんだ』

 

『頼み…何だい?』

 

『姉貴を…少し休ませてやってほしいんだ』

 

『朝風が…どうかしたのか?』

 

『僕はあまり練度が高くないんだ。その所為で前の司令官にはよく(なじ)られてね。だから僕のミスの分も姉貴が働く事になって…。でも僕達は駆逐艦だ。大淀さんや鹿島さん程、頑丈じゃないんだ』

 

『朝風が…そうか、妙に暗い表情をしているのはその為か…』

 

『お願いだよ司令官、これ以上姉貴の辛い顔は見たくないんだ。ぼ、僕も頑張るよ!それに…僕はあまり可愛くはないかもしれないけど…もし望むなら、キミのしたい事…してあげるよ』

 

『…そうか。それは良い事を聞いたな。じゃあ一つお願いがあるんだ』

 

『…何だい?』

 

『今からお茶に付き合ってくれるかな』

 

『…え?』

 

『俺の望む事してくれるんだろ?』

 

『そ、そうだけど…そんな事でいいのかい?』

 

『もっと凄い事の方が良かったかい?』

 

『ち、違うよ!違うけど…キミは男の人だし…もっと恥ずかしい事言ってくるのかと…』

 

『…そうだな。でもその前に松風や朝風の事もよく知りたいんだ。だからそんな事は…お互いを知ってからでも遅くないだろ?』

 

『僕のブーツの匂い嗅がせろとか、ホントは男の子なんだろって身体検査したりとか…しないのかい?』

 

『…しない。する訳ないだろう』

 

『今迷ったね?』

 

『そ、そんな事はない!』

 

『本当は?』

 

『まぁ…少しは』

 

『プッ…アハッ♪良い人なんだか変な人なんだか分からないね。でも…いいね、僕そういうの嫌いじゃないよ。改めてよろしく、僕は松風だよ』

 

『ああ、こちらこそよろしく』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

例えこの姿になっても、僕達は艦娘。人間じゃない。

だから姉貴を苦しめる人間を恨んじゃいけない…そう思ってた。

なのに…あの人は、そんな僕の心を全部変えてくれた。

ううん、僕だけじゃない。きっと姉貴もそうだ。

もっと早くキミに出会っていれば、姉貴もあんな事をせずに済んだのに…

 

僕は知ってるよ。これは恋って言うんだ。

僕、こう見えてもカストリ雑誌読むんだよ。姉貴も口では破廉恥なんて言いながら、こっそり読んでるのも知ってるよ。

その本にあったんだ。身分違いの男女の恋物語が。

まるで僕達みたいじゃない?人間のキミと艦娘の僕が種族を超えて愛し合う…とってもロマンチックじゃないかい?

僕がこんな事考えるなんて柄じゃないってキミは笑うかな?

キミは僕の事、そんなに意識してないかもしれない。でもすぐに振り向かせてみせるよ。

忘れた?僕、追撃戦、嫌いじゃないんだ。

それに…僕だって…

女の子なんだよ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈くそっ…港は四六時中アイツらが張り付いてやがる。港からはダメか…〉

 

執務室で提督は一人思案に耽っていた。一見すれば真面目に政務に励む姿に映るが、彼は全く別の事を考えていた。

 

この鎮守府から逃げる事を。

 

謎の失踪を遂げた前任の提督の後任としてこの鎮守府に来た彼は、前任の提督によって身も心も酷使された艦娘達を見て愕然とした。話を聞けば彼女達は人間としてではなく兵器として扱われ、いつ沈んでもおかしくない毎日に目は死んでいた。

まだ若く理想に燃える彼は、そんな彼女達に心から同情し、少しでも彼女達を助けようと誓った。

最初はどうして自分達を人間の様に扱うのか不思議に思っていた艦娘達だったが、彼と接する内に徐々に感情を取り戻していった。

自分達は笑ってもいいのだ、辛い時は泣いてもいいのだと。

そんな彼女達を見て、提督も彼女達を救えた事を共に喜んだ。

だが、事態は彼の想像とは違う方向へと転がって行く。

 

人間らしい心を取り戻したのはいいが、その結果彼女達は彼に極端に依存する様になった。

一緒に御飯を食べたがる、何処へ行くのにも着いて行きたがる程度なら、まだ可愛げもある。

最初はすぐに飽きるだろうと(たか)(くく)っていたが、彼女達の行為は一向に止む事が無かった。それどころか日に日にエスカレートし、彼は四六時中監視されている様な物だった。

彼女達は彼が鎮守府から離れる事を極端に嫌がった。

ある時、公務で外出しようとすると外は危険だからと行く手を阻まれた。幾ら何でも大袈裟なと一笑に付す彼だったが、当の彼女達は真剣その物で、遂には鎮守府総出で彼を阻んだ。その鬼気迫る表情に彼も大人しく言う事を聞かざるを得なかった。

ある日、彼女達の監視を掻い潜り車で外出しようとすると、何故かブレーキが利かず事故を起こしかけた。

またある時は、艤装の点検中に不慮の爆発事故が起こり、危うく巻き込まれかけた。

そんな事がある度に、彼女達から自分達と一緒にいれば安全だ、もう自分達の目の届かない所には行かない様にと釘を刺された。

 

そんなある時、公務に一切顔を出さない彼に大本営から出頭命令が出た。

当然彼女達は反対したが、このままでは自分は解任されるかもしれないと諭すと、渋々承諾した。

彼の提案で海路を行くと言い出すと、何かあってはと松風、朝風の二人が護衛に名乗り出た。

結果その予測は的中し、彼の船は深海棲艦に襲われた。

船から転落し、危うく深海棲艦の餌食になると思われた提督だったが、深海棲艦達は彼を襲う寸前で何故か撤退して行った。

 

この事件以来、彼の監視は一層強化され、最早彼に気の休まる時間は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…そうか、分かったよ。じゃあ…」

 

「て、提督、大変です!大本営から通達が…」

 

ある日の午後、提督が電話をしていると執務室に大淀が血相を変えて飛び込んで来た。大淀は提督が電話を切るのを待つと一枚の封筒を渡した。

 

「お電話ですか?どちらから…」

 

提督は大淀の質問を無視し手紙に目を通した。暫くして大淀に手紙を渡すと彼女に背を向けた。

 

「…明日、再び出張に行く」

 

「そ、そんな!」

 

「無理もないだろう。前回は深海棲艦に襲われたとはいえ、結局参加出来なかったんだからな」

 

「ですが…また同じ事になったら…今度も無事とは限りません!」

 

「…大淀、何度も言うが事故なんて度々起こる物じゃない。これじゃおちおち外も出歩けやしない」

 

「わ、私達はただ提督が心配なだけで…」

 

「大淀…俺の手紙を自分が出しておくからと預かってくれたな。あれは出したのか?」

 

「え…は、はい。買い物がてら出しましたが…」

 

「そうか…それはおかしいな。今、実家に電話したんだが、俺からの手紙は一通も届いてないそうだ。おかしな事もあるもんだな」

 

「そ、それは…」

 

「手紙だけじゃない。大本営に送る書類にも、今俺がどんな状況か書いて送ったんだ。だが大本営からは何の音沙汰も無い。…確か向こうに送る事務手続きは、全て大淀に任せていたな」

 

「ま、待って下さい。手紙の件は…謝ります。申し訳ありません。ですが書類の件は私にも言い分があります」

 

「言い分?改竄した事にか?」

 

「か、改竄なんてしていません!ですが提督は書類に…その、まるで私達に監禁されているかの様に書かれていました。ですから視察に来て頂いた方に誤解があったと言って()()にお引き取り願っただけです」

 

「…やはりそんな事だったか。何度も催促しているのに、おかしいと思ったんだ」

 

「て、提督は今の状況に不満なんですか?必要な物は言って頂ければ何だって用意します。そ、その…提督…差し出がましい様ですが…」

 

「…何だ」

 

「提督は男性の方ですし、その…もしかして異性の温もりが欲しいのではと思いまして。あ、あの…私そういった事は初めてですが…私で良ければお相手致します」

 

「…そんな気分じゃない」

 

「な、何故ですか?私、精一杯ご奉仕させて頂きます。それとも鹿島さんと違って私みたいな地味なタイプでは、そんな気になりませんか?」

 

「そんな話をしてるんじゃない。今のお前達は少し神経質だと言ってるんだ。お前達は俺を鎮守府に縛り付けるつもりか?」

 

「そ、そんなつもりは…」

 

「明日は予定通り出張に向かう。まさか止めたりはしないだろうな?」

 

「で、ではせめて私が護衛に!」

 

「大丈夫だと言ってるだろう!」

 

「て、提督…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大淀の前では口にしなかったが、彼の読んだ手紙には出頭命令以外の事も書かれていた。それによると軍の関係者がこちらに向かったが、軒並み行方不明になっているらしい。不審に思った近隣の艦娘が様子を見に来たが、(ことごと)く門前払いされて鎮守府に近付く事も出来なかったらしい。

 

〈なんて事だ!そんな事が起きてたなんて全く知らなかったぞ!

 

〈それに軍の使者が行方不明?そんな馬鹿な事があるか!考えたくはないが…アイツらが俺の知らない所で…?

 

〈大淀…アイツがそんな事をする奴だなんて考えたくはないが…もう昔のアイツとは違うと思ったのは、俺の錯覚だったのか…〉

 

 

 

 

 

 

 

 

『やぁ、君が大淀だね。今日からよろしく』

 

『…私は大淀です。私の事は只の兵器として扱って下さい。不満は言いません』

 

『…やはり前の提督の事を引きずっているみたいだね』

 

『…何の話ですか?』

 

『鎮守府を見て回ったけど、みんな君みたいに表情が暗かったよ。どうやら前の提督はあまり良い人ではなかったみたいだね』

 

『人間の事は私には解りません。それに私達は兵器です。その本分を果たすのが務めかと…』

 

『…でも女の子だろう?』

 

『お、女の子…?な、何を言ってるんですか?私は艦娘ですよ。艦娘に男も女も…』

 

『人間の様に接するのは嫌かい?』

 

『わ、私は兵器です。そんな扱いをされても…どうすればいいか解りません』

 

『君は艦娘だけど、同時に女の子でもあるんだ。せっかくそんなに可愛く生まれたんだ。もっと楽しく生きないと損だよ』

 

『か、艦娘は深海棲艦を倒すのが使命です。その私が…男だろうと女だろうと関係ありません』

 

『う~ん…可愛くない女の子を口説く趣味はないんだけど…』

 

『て、提督は艦娘の私をからかっているのですか?』

 

『アハハ、ごめんごめん。でもさっきも言ったけど、せっかく女の子に生まれたんだ。戦うだけの人生なんて詰まんないよ』

 

『敵を倒して、いつかは自分も沈む…それ以外の人生なんて…』

 

『すぐには無理かもしれない。でもきっと、君が笑って過ごせる鎮守府を作ってみせるよ。だから大淀、俺に協力してくれないか?』

 

『…やはり提督の仰ってる事はよく解りません。ですが、それが命令なら従います。明石共々よろしくお願いします』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈くそ…やはり車は故障したままか。明石に頼んだのに、まるで手を付けてないじゃないか!〉

 

「提督さん♪」

 

「うわっ!「きゃっ!」

 

「な、何だ鹿島か…驚かすなよ」

 

「それはこっちのセリフですっ!人の顔見るなり驚いて…私の顔そんなに怖いですか?」

 

「…こんな所でどうしたんだ?」

 

「ウフフッ、それは私の質問ですよ。提督さん、出張は明日ですよね?どうして車に乗ろうとしてるんですか?」

 

「大淀から聞いたのか。別に…買い物にでも行こうと思っただけだ」

 

「う~ん…今日は止めておいた方がいいですよ。明日の話聞いて、皆さん気が立ってますから。それに車も直ってないんですよね?」

 

「じゃあ歩いてでも行くさ」

 

「ええ、そう仰ると思ってここに来たんです。提督さん、用事があれば私達に仰って下さい。そ、その…エッチな本でも鹿島、頑張って買ってきます!」

 

「前も聞いたが…何で俺をここから出そうとしない?」

 

「もうっ!人聞きの悪い事言わないで下さい!私達は提督さんの身を案じてるだけなんです!」

 

「身を案じる…?鎮守府に居ても爆発事故に巻き込まれそうになった事もある。この車だってそうだ。自分で調べてみたがブレーキが誰かに切断されていた」

 

「て、提督さんは私達が犯人だって言うんですか?」

 

「そうは言ってない。だが、そう考えるのが普通だろ?俺の命を狙ってる奴が身内にいるって考えるのが…」

 

「て、提督さん!それは違います!提督さんの命を狙う人なんて、ここにはいません!ただブレーキが利かなければ外には行けないって…あっ!」

 

「…やっぱりお前達が犯人だったか。まぁいい。俺を殺すつもりじゃないって解っただけでも充分だ」

 

「ま、待って下さい、提督さん!」

 

「鹿島…お前達は少し度が過ぎている。少しそれを考えてくれ」

 

「…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈やはり鹿島達が犯人だったか。となると明石も含め鎮守府全てがグルだと考えるべきか。

 

〈しかし、あの鹿島が…。そう簡単には心の傷は治らないのか。俺は…もしかしたら…余計な事をしたんだろうか…〉

 

 

 

 

 

 

 

『…鹿島?顔色悪いみたいだけど大丈夫か?』

 

『す、すみません…すぐに任務に取り掛かります。本当にすみません…』

 

『そんなに謝らなくてもいいよ。大淀からも話は聞いてるよ。その…前任とは何度かトラブル起こしたとか』

 

『私が悪いんです。自分と個人的に付き合えば任務なんかしなくてもいいと…その申し出を断った私が悪いんです…』

 

『…何か不満でも?』

 

『将来は本当の夫婦になって、自分の子供を産んでくれと…だから自分の言う事を聞けと。提督さんも…そうなんですか?』

 

『…あぁ、そうだね』

 

『…分かりました。提督さんがそう仰るなら従います。でもお願いです。他の皆さんは…大淀さんや松風さんには何もしないで下さい。それとも…私一人では不満ですか?』

 

『かもしれないね。でもね…俺は一つだけ違うかな』

 

『違う…?提督さんは前の方と同じく男の人です。男の人の考えてる事は皆さん同じです。提督さんもそうなんですよね?』

 

『あぁ。でもね、俺は口説いてからじゃないと、そんな事はしたくないんだ』

 

『口説く…?そんな事しなくても解体すると脅せば皆さん従います。それに私は人間じゃありませんよ』

 

『俺は人間の…可愛い娘しか口説かないよ』

 

『わ、私は艦娘ですっ!そ、それは練習巡洋艦で皆さんに比べれば非力かもしれません。で、でも私は…!』

 

『前任の提督も君の事を女の子として見てたから、そんな事をしたんじゃないかな。でも俺はそれだけじゃ不満かな。鹿島にも俺って人間を評価してほしいんだ』

 

『そ、そんな事より私の艦娘としての力を評価して下さい!私は…人間の女の子の様になんて振る舞えません。それでも…そうしろと仰るんですか?』

 

『ああ。だから鹿島にも艦娘の力だけじゃなく、女の子としての魅力も見せてほしいな』

 

『…やっぱり提督さんの仰ってる事は理解出来ません。ですが、私をそう見たいなら幾らでも見て下さい。こんな私で良ければお好きにどうぞ』

 

『その時はスカートの中も…』

 

『下着が見たいんですか?…これでいいですか?…す、すみません、やっぱり隠していいですか?少し…恥ずかしいです…』

 

『あ、やっぱり可愛い笑顔だね。こりゃ前任が惚れるのも無理ないな』

 

『…艦娘に惚れるなんて物好きな提督さんですね。提督さんの事が理解出来るか分かりませんが努力はします。これからよろしくお願いします』

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日の早朝。

まだ迎えの船が来る時間ではないが、提督は一人海を眺めていた。

 

〈正面からは無理…港も駄目。やはり…あの手段しかないか。と言っても()()()()が俺の誘いに乗ってくれるか…全ては運次第か…〉

 

「おはよう司令官、今日もいい朝ね!」

 

「あ、朝風…と松風か」

 

「酷いな、まるで僕が姉貴のオマケみたいじゃないか」

 

「あんたは妹なんだもの。私のオマケみたいなものよ」

 

「夜に()()な方が男の人にはモテるんだよ。僕みたいにね」

 

「姉より優れた妹なんて存在しないわよ!…それに何で夜元気な方がモテるのよ?」

 

「僕の口からはちょっと…」

 

「夜戦の事?川内さんってモテるの?私は神通さんの方が殿方に人気あると思うけど」

 

「姉貴のそういう所、僕ホント好きだよ」

 

「松風…それに朝風、何でここに?まだ早朝だぞ」

 

「それは…い、いいじゃない!朝の綺麗な空気を吸いに来たのよ!悪い?」

 

「いや、別に…」

 

「僕は付き添いさ。姉貴の()()のね」

 

「ま、松風っ!」

 

「…そんな事より司令官、キミも本当に懲りないな。もう諦めたらどうだい?」

 

「な、何の話だ?」

 

「そうよ、何の話よ松風」

 

「…僕達だって今日は仕方ないと割り切ってる。司令官に辞められたら元も子もないからね。でもね、そこまでだよ。僕達が譲歩出来るのは」

 

「…あくまで俺をここから出さないつもりか」

 

「それはこっちのセリフだよ。こんな可愛い僕達に囲まれて、一体何が不満なんだい?」

 

「そうよ司令官、アナタちょっと欲張り過ぎよ。私だけでも多いのに松風だっているのよ。両手に花じゃない」

 

「上手い事言うね、流石は姉貴。それに僕達だけじゃない、大淀さんや鹿島さんだっているじゃないか。あの二人は僕から見ても可愛いと思うよ」

 

「何言ってるのよ松風、第五駆逐隊の旗艦を務めた私が一番に決まってるじゃない。それにあの二人…あ、あんな破廉恥なミニスカートなんて邪道よ!ねぇ、アナタもそう思うでしょ?」

 

「お前の言いたい事は解る「でしょう?」だが俺はペットじゃない。籠の鳥にはならない」

 

「じゃあ、その羽をむしってあげようか?事故なんて何処にでも転がってるものだよ。また爆発事故に巻き込まれなきゃいいけどね」

 

「…やはり前の事故はお前の仕業か」

 

「事故…?何言ってるのよ、アレは只の不発弾でしょ?」

 

「そうさ、姉貴の言う通りアレは只の不発弾さ。でも、僕と一緒にいればそんな事故起こりはしないよ。僕、こう見えても運は良い方なんだ」

 

「何言ってるのよ松風、運なら私の方が良いじゃない。やーねぇ、全く…」

 

「姉貴、少し黙っててくれないか…」

 

「…分かった。俺は何処にも行かない。これでいいんだろう?」

 

「アハッ♪案外物分かり良いんだね。そうだよ、それで良いんだよ。僕、意外としつこいからね。例えキミが何処に逃げたって見つけてあげるよ。必ずね…」

 

「何言ってるの?アナタ今日の出張サボる気?駄目よ、そんなの私が許さないわよ!」

 

「…もう好きにしてよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈あの爆発事故は、やっぱり松風の仕業か。俺を殺すつもりはないみたいだが…動けなくするのが目的だったのか。

 

〈松風…姉想いの良い奴だったのに。直接行動に出る分、大淀や鹿島よりタチが悪い…

 

〈前任の提督がどんな奴だったか知らんが…今なら少しだけ同情出来るよ〉

 

 

 

 

 

 

『君が松風か。少しいいかい?』

 

『キミは…新しい司令官だね!お、お願いだよ!僕の頼みを聞いてほしいんだ!』

 

『頼み…何だい?』

 

『姉貴の…朝風が…司令官を…』

 

『朝風が…どうかしたのか?』

 

『前の司令官を殺してしまったんだ!で、でも姉貴は悪くないんだ!姉貴は僕を苛める司令官が許せなくて、ついカッとなって…わ、悪いのは僕なんだ!』

 

『朝風が…そうか、妙に暗い表情をしてるのはその為か』

 

『司令官の死体は港の僕達しか分からない場所に隠してある。バレない様に僕と姉貴とで毎日見張ってるけど…いずれ誰かが見付ける。そうなったら姉貴は…!』

 

『…そうか。それは良い事を聞いたな。じゃあ一つお願いがあるんだ』

 

『な、何だい?…いいよ、キミが望むなら何だってしてあげるよ。だ、だからお願いだよ!姉貴を解体するのは勘弁してやってくれ!やるなら僕を…!」

 

『今からお茶に付き合ってくれるかい?』

 

『へ…な、何を言ってるのさ。僕達は司令官を殺したんだよ?そ、そんな事をして何になるのさ』

 

『俺の望む事してくれるんだろ?』

 

『そ、そうは言ったけど…』

 

『もっと凄い事の方が良かったかい?』

 

『ああ!解体でも僕を自由にしてもいい!だからお願いだ。この事は誰にも…姉貴の事を許してくれよ!お願いだよ!』

 

『…そうだな。でもその前に松風や朝風の事をよく知りたいんだ。そんな事は…お互いを知ってからでもいいだろう?』

 

『そ、そんな事?ぼ、僕達は司令官を殺したんだよ?憎くないのかい…解体するんじゃ…ないのかい?』

 

『…しない。する訳がない』

 

『嘘だ。そうやって僕と姉貴を解体するんだろ?そうに決まってるさ!』

 

『そ、そんな事はない!』

 

『本当に…誰にも言わないのかい?僕達が…憎くはないのかい?』

 

『まぁ…少しは』

 

『そう…変わった人間だね。オーケー、ひとまずはキミの言う事を信じるよ。でもね、もし僕達を…姉貴を裏切る様な事をしたら…何をするか分からないよ…』

 

『あぁ、こちらこそよろしく』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ行ってくる」

 

「お気をつけて!」

 

数時間後、迎えの船に乗る提督を鎮守府の艦娘達が総出で見守っていた。

 

「て、提督さん、やっぱり私も護衛に付いて行きましょうか?」

 

「アハハッ、鹿島先輩、僕達が信用出来ないのかい?」

 

「そうよ、司令官の護衛は私と松風で充分よ。鹿島さん達はお茶でも飲んでてちょうだい」

 

「…香取姉ぇから、新しい教練の手引きが届いたの。今度二人に試してみましょうね♪」

 

「な!ズルいわよ、そんなの!」

 

「そうだよ!どうして僕まで」

 

「護衛任務を無事終えたら、考え直してあげますよ」

 

「グヌヌ…これだから最近の若い娘は…脚で勝負出来るのは若いうちだけよ…!」

 

「姉貴、進水した年がバレるから止めて」

 

やがて汽笛が鳴ると、船は港を離れた。名残惜しそうに手を振る大淀達を尻目に、松風と朝風の二人は船に並走する様に駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こっちは問題無いよ。姉貴、そっちはどうだい?」

 

「ええ、こっちも問題無いわ」

 

デッキに肘を付く提督の下で、海面を松風と朝風が滑っていた。いつ敵が出てもいい様に単装砲を構える朝風と比べ、松風は退屈なのか、巻き毛を弄ってはアクビをしていた。

そんな二人を見下ろしつつ、提督は海の彼方を、何かを探す様に眺めていた。

 

〈…やはり無理か。賭けは失敗だったか〉

 

提督が何かに落胆し、船内に戻ろうとした時だった。グラッと船が揺れると、船尾で大きな爆発が起こった。

 

「うわっ!!」

 

思わず尻餅を着いた提督は、船から落とされない様に手すりに掴まった。慌てて下を覗きこむと、そこには深海棲艦の潜水艦達が待ち構えていた様に姿を表した。

 

「せ、潜水艦だって!?何でこんな海域に!」

 

船に気を取られていた松風が、目の前に現れた潜水カ級、ヨ級達に向かって行く中、提督はその光景を眺める強い視線に気付いた。

 

「…!ま、まさか」

 

提督が目を凝らすと、白い長髪を(なび)かせながら一人の女がこちらへ向かって来た。空母棲姫だった。

 

「な、何だってあんな奴が!あ、姉貴っ、こっちへ来てくれっ!」

 

「ま、待ってて松風、今行くわ!」

 

空母棲姫は二人には目もくれず船を、その先にいる提督目掛けて疾走し続けた。その状況に驚いているのか、提督はその場に固まっている様だった。

 

「し、司令官っ!ここは僕達が何とかするから船の中へ戻るんだ!」

 

「そ、そうよ!司令官が逃げる時間位稼いであげるわ!だから早くっ!」

 

その場に固まってしまった提督を見ると、空母棲姫は無数の黒い球体を発生させ、命令する様に手を振りかざした。その手の指す方向、提督の乗る船へ殺到する化け物達。

 

「あ、危ないっ!」

 

「司令官っ!」

 

「くっ!」

 

次の瞬間、船体が爆発で激しく揺れると、提督は船から振り落とされた。海面に浮かぶ彼を数匹の化け物達が掴むと、主の下へと運んで行った。

 

「いやああっ!司令官っ!」

 

「くっ!ま、待てっ!」

 

落下の衝撃で気を失った提督を空母棲姫が抱き抱えた。彼女の乗る黒い鮫の様な艤装が反転し、船から遠ざかって行った。

潜水艦達に行く手を阻まれた松風と朝風の奮闘も虚しく、空母棲姫は二人から悠々と去って行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「正直、文字が判るか不安だったんだが…驚いたよ」

 

「驚イタノハコッチヨ。人間ノ…ソレモ私達ノ敵デアル艦娘達ノ提督ガ、アンナ事ヲ言ッテクルナンテ」

 

「ああ…俺も、この話に乗ってくれるかどうかは賭けだったんだがな」

 

「賭ケハ、アナタノ勝チノ様ネ。協力シタ私達ニハ何カ褒美ハ無イノカシラ?」

 

「あるだろう…ここに」

 

「…アア、ナルホド」

 

何処とも分からぬ場所、広い廊下を提督は歩いていた。その隣には彼を拐った空母棲姫や無数の深海棲艦が取り囲んでいた。

今、彼が彼女達と共にいるのは単なる偶然ではなかった。全ては彼が意図的に作り出した状況だった。

今から数週間前、彼が艦娘達の狂信的な依存に絶望し、自分はもう鎮守府から出られないのかと諦めかけた時、大本営からの出頭命令が下った。

それを聞いた提督は、ある奇策を思い付いた。

 

深海棲艦達に自分を拐ってもらおうと。

 

提督は艦娘達に自分が首になるかもしれないと説得し、海路で向かう事を提案した。深海棲艦が上手く現れるかは運次第だったが、幸いにも彼の願い通り現れてくれた。そこで彼はバランスを崩して船から落ちた振りをすると、目の前の深海棲艦にあらかじめ用意した手紙を入れた瓶を投げ、それを読んでくれと告げた。

彼の言葉に耳を貸さず殺される危険もあったが、瓶を受け取った潜水艦は撤退してくれた。

下準備を整えた彼は、もう一度出頭命令が来るのを待ち続けた。とは言え、深海棲艦達が人間の文字を理解出来るのか、理解したとして自分の話に乗ってくれるかは疑問だったが…

空母棲姫が自分を殺さず連れ去ろうとした瞬間、彼は理解した。

自分の企みは成功したのだと。

 

深海棲艦が自分達人間の敵なのは彼も理解している。だが、今の彼にはそんな事はどうでも良かった。

後は野となれ山となれ、彼は艦娘達から解放された喜びに胸を撫で下ろした。

 

「コッチヨ」

 

長い廊下を抜けると大広間に出た。その中央に一人の女が佇んでいた。腰まで届く黒い髪、肩を出した黒いドレスを身に纏った女は彼に手を差し出した。

 

「ウフフ…待ッテタワ…初メマシテ…デイイノカシラ?」

 

「あ、あぁ…何て呼べばいいのかな」

 

「アナタ達ハ戦艦水鬼ッテ呼ンデルワネ。好キニ呼ベバイイワ」

 

「う~ん…じゃあ貞子で「戦艦水鬼デイイワ…本題二入ルケド、アナタガココニ来タ理由ハ手紙デ読ンダケド…本気ナノ?」

 

「…ああ。こんな所に来て無事に済むとは思っていないさ。二~三日自由にさせてくれたら、煮るなり焼くなり好きにすればいい」

 

「ソレナンダケド…アナタ、艦娘達ノ指揮官ダッタノヨネ?」

 

「それがどうかしたのか?」

 

「私達ノ提督ヲ…ヤッテミナイ?」

 

「深海棲艦の…提督?」

 

「流石二自分ノ部下達ト戦ウノハ気ガ引ケルカシラ」

 

「それもあるが…その、俺はてっきり殺されるものとばかり思っていたから…」

 

「元々アナタノ話二乗ッタノモ、ソレガ目的ナノヨ。私達ハ(チカラ)ダケナラ艦娘ヨリ強イケド…個体数ハ圧倒的二少ナイノ。長イ目デ見レバ私達ノ方ガ分ガ悪イノヨ。

 

「ソンナ時二アナタノ話ガ舞イ込ンデ来タノ。ダカラ考エタノヨ。コレハ使エルッテ」

 

「そうか…お前達はお前達で色々と大変なんだな」

 

「ドウカシラ…?モチロン自由ハ保証スルワ。ソレニ欲シイ物ガアレバ用意サセルワヨ」

 

「もし断ったら?」

 

「魚ノ餌ニナルノト艦娘達ノ所ヘ送リ返スノト、ドッチガイイカシラ?」

 

「もうアイツらの所に戻るのはな…それに、そうだな、艦娘と…人間の敵に回るのは少し抵抗あるが…分かったよ、そうさせてもらうよ」

 

「決マリネ!コレカラヨロシクネ、人間サン」

 

「…提督でいいよ」

 

「フフッ♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈まさか深海棲艦の提督になるとは夢にも思わなかったな。かと言って断っても殺されるだけだし…〉

 

〈まぁアイツらは艦娘じゃない。それに種族も違う。艦娘の二の舞…なんて事にはならないだろう〉

 

〈大淀、鹿島、松風、朝風…悪いな。今日からはお前達の敵になりそうだ。悪く思うなよ…〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈よくやったわ空母棲姫。大手柄よ!〉

 

〈そうね、これで私達の戦力が上がるわ〉

 

〈…そ、そうね!もちろんその通りよ、うん…〉

 

〈…アナタ…何を考えてるの?〉

 

〈な、何も考えてないわよ!た、ただ…思ったよりイイ男だな~とか…その…このドレスどう思ってるかしらって…〉

 

〈不埒な事考えないでよ!彼は人間よ?全く、私達をそんな目で見る訳ないでしょ?〉

 

〈へ~…じゃあ聞くけど、いつもは半分破れた様な格好してるわよね?どうして空母水鬼の格好してるワケ?〉

 

〈え!?べ、別に…その…迎えに行く訳だし…その…身だしなみは大事じゃない!〉

 

〈よく言うわよ、そんなの気にした事ない癖に。アナタが大股開きで艤装に乗る度に見たくもないマンコ見せられるコッチの身にもなってよ!〉

 

〈そ、それを言ったらアナタの前髪こそ何なのよ!何でクロスしてんのよ!この貞子!〉

 

〈だから貞子って誰よ!この開脚性器!〉

 

〈字が違うわよ!〈字って何よ!〉だいたいそれ言ったらアンタのツノ何なのよ!黒光りした卑猥な物生やしてんじゃないわよ!〉

 

〈んなっ!な、何て卑猥なの!そんなんだからリコリスに『アナタってとっても個性的ね』なんて皮肉言われるのよ!着るか脱ぐかハッキリしなさいよ!〉

 

〈(え?アレ皮肉だったの!?)う、うっさいわね、マン毛ボーボーの癖に!悔しかったら私の格好してみなさいよ!〉

 

〈グヌヌ…〉

 

〈ギギギ…〉

 

〈…まぁいいわ。どの道彼は逃げられない。せいぜい私達の役に立ってもらうわ〉

 

〈そうね。ところで…今夜、彼と食事しようと思うの…〉

 

〈ハッ♪あのヒラメのフルコース?人間があんな物食べる訳ないじゃない!その点、私はワインも用意してあるし?彼、喜ぶわよ〉

 

〈あ~、この間リコリスと沈めた船から、かっぱらってきたヤツ?その事バラしたら飲んでくれるかしら?〉

 

〈グヌヌ…!〉

 

〈ギギギ…!〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督が…拐われたと言うんですか!?」

 

松風と朝風の報告を受けた鎮守府は騒然となっていた。彼女達も、そう何度も災難が降りかかる訳がないと思っていたが、それを嘲笑う様に最悪の事件が起きてしまった。その心境は筆舌に尽くし難い。

 

「ご、ごめんなさい…この私がいながら…」

 

「姉貴は悪くないよ。言い訳するつもりはないけど…今回は僕達の手には追えなかったんだ…すまない」

 

ガックリと肩を落とす朝風と松風に大淀、鹿島の二人は責める気にもなれず、何と声を掛けたらいいものか途方に暮れた。

 

「…仕方ありませんね。空母棲姫が相手では私がいた所で勝てるかどうか…」

 

「ええ、大淀さんの言う通りです。あなた達は悪くありませんよ。そう気を落とさないで下さい。それに…」

 

「ええ。松風さん、もう一度聞きますが、提督は殺されなかったんですね?」

 

「う、うん…僕も不思議に思ったんだけど、空母棲姫が司令官を抱き抱えて…」

 

「そう、私も見たわ!てっきり私と松風を沈めにくると思ったら…一体どういうつもりかしら?」

 

「それは解りませんが…これからやる事は、皆さん解りますね?」

 

「ええ!もちろんです大淀さん。提督さんは生きています。恐らく私達が助けに来るのを待っているはずです!」

 

「うん、僕もそう思うよ鹿島先輩。でなきゃ、あの場で仕留めていたはずだからね」

 

「そうね松風、私もそう思うわ!あぁ、可哀想な司令官、今頃何してるのかしら。私に会えない寂しさで自殺したりしないかしら?」

 

司令官二人ける艦娘なんて姉貴位だよ

 

「え?何か言いましたか、松風さん」

 

「う、ううん!大淀さん、何でも言ってくれよ!僕もあの司令官には借りがあるからね。司令官を助ける為なら何だってするよ!」

 

「ええ…今こうしている間にも、提督に危険が迫っているかもしれません。この辺りなら…棲地はこの辺でしょう。直ちに艦隊を編成しましょう。

 

「待っていて下さいね、司令官…」

 

 

 

 

 

数日後、大淀率いる艦隊は戦艦水鬼の艦隊と激しい激戦を繰り広げる事になった。だが、その深海棲艦を率いているのが自分達が救おうとしている提督だと知るのは、少し先の話になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




元ネタは動画で知ったゲームです。マリオみたいにお姫様を助けに行く主人公が実はストーカーでお姫様は彼から逃げていたみたいな。
最後の水鬼達の会話はカットしようか迷ったんですが…まぁいいやと思って載せました。いらないと思った方すいません。

次は天龍の話です。フフフ、読みたいか?
その前にいつものリメイクあるかも…。







艦娘型録

提督 よく見りゃ空母棲姫って凄いカッコしてるよね。え?見てないって。ホント、見えてないってば!

大淀 一体何がいけなかったのかしら。やっぱり初対面の印象がまずかったのかしら。うう…昔に比べれば明るくなったと思うのに…。

鹿島 こんな事なら車のブレーキ壊すんじゃなかったな。せめて一回位、デート行きたかったな~。香取姉ぇもいないし…その…少し位遅くなっても…大丈夫です!こ、心の準備も出来てますよ、提督さん。

松風 最後に脅したのはマズかったかな。でも裏をかいてくるなんて…やるね。さっさと動けない体にしとけば良かったかな。

朝風 ねぇ松風。みんなに…バレてないわよね?え?司令官、知ってるの?何で?…アナタが喋った?一体どういうつもり?まさか司令官、それで逃げようと…ち、違うのよ司令官、あれはつい魔が差しただけなのよ!本当よ!

戦艦水鬼 ね、ねぇ…このドレス…どう?え?髪型?まさかアナタも貞子って言うつもりじゃ…え…もこっち?誰それ。知り合いなの?

空母棲姫 え?どうして破れてるって…たまたまよ、今日はたまたま!ホントよ!ねぇ、どこ見てるの?やだ、もしかして…見えてる?




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オレの名は

やめて!
ル級の砲撃を受けたら艤装と繋がってる天龍の魂まで燃え尽きちゃう!
お願い、死なないで天龍!
あんたが今ここで倒れたら提督や龍田との約束はどうなっちゃうの?
ライフはまだ残ってる。ここを耐えればル級に勝てるんだから!
次回 「天龍 死す」
艤装 展開♪


ある鎮守府の工廠。

その中で一際異彩を放つ巨大な機械があった。

艦娘を生み出す事の出来る建造機。この不思議な機械が妖しい光を放ちながら、轟音を立てて稼働していた。

 

「上手くいくかしら…」

 

「…大丈夫だ」

 

四人の男女がその前で祈りを捧げる様に、艦娘が生まれる瞬間を待ち望んでいた。

建造機が急に静かになると、巨大な扉が開かれ、辺り一面に蒸気が放たれた。

そしてその中から、その瞬間を待っていたかの様に一人の女が現れた。

 

「…待っていたよ。名前を教えてくれるかい?」

 

彼女は口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「龍田、大丈夫か?」

 

「う、うん…ごめんね、天龍お姉ちゃん。私が弱いばっかりに…」

 

「フッ、何を言う。お前は私の大切な妹だ。お前を守る事を辛いなどと思うものか」

 

「天龍お姉ちゃん…」

 

今にも倒れそうな艦娘に、同じ髪の色をした艦娘が肩を貸した。申し訳なさそうに肩を借りる彼女は、姉の澄んだ両目を見ると照れた様に目を反らす。

 

「…見せつけてくれる所悪いんだけど、電も中破状態なんだけど」

 

「フッ、もちろん分かっている。大丈夫か電?おんぶしてやろう」

 

「はわわ…だ、大丈夫なのです。そんな事より霞ちゃんを見て下さい。私より攻撃を受けちゃったのです」

 

「そうか…霞は偉いな、自分も辛いのに。それっ!」

 

「きゃあっ!も、もう自分で走れるってば!は、恥ずかしいわよ!」

 

「私がそうしたいんだ。私の我が儘…聞いてくれないか?」

 

「…!て、天龍さんが、そこまで言うんなら…別にいいけど…」

 

「…う、ううっ!」

 

「ど、どうした龍田?」

 

「や、やっぱり私動けないかも!」

 

「何っ、それは大変だ」

 

「…いや、思いっきり演技よね?だいたいお腹にダメージ受けてないじゃない」

 

「そ、そうなのか龍田」

 

「…(チッ!)そ、そうね、大丈夫そう」

 

〈舌打ちしたわね、このシスコン軽巡!〉

 

「…」

 

「どうした電。お前も動けないのか?」

 

「電…アンタ…」

 

「や、やっぱり大丈夫なのです!!」

 

「やっぱり!?」

 

「そうか…だが無理するなよ。いつでも私に言うんだぞ?」

 

「はいなのです!」

 

〈…チッ!〉

 

〈電!?〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「龍田…天龍は?」

 

「お姉ちゃんじゃなくって悪かったわね」

 

「そんな意味じゃないよ」

 

彼女、天龍(てんりゅう)型軽巡洋艦龍田(たつた)は、この鎮守府に来てまだ日が浅い。つい数ヶ月程前に海をさ迷っていた所を発見され、姉の天龍の居るこの鎮守府にやって来た。

その後を追うように朝潮(あさしお)型駆逐艦の(かすみ)(あかつき)型駆逐艦の(いなづま)も加わる事になった。

天龍にしてみれば妹が一気に三人増えた様な物で、心労が増えはしたが、そんな状況を楽しんでもいた。

一方で龍田にしてみれば、妹である自分以外にも目を掛ける天龍に些か焼きもちを妬く事もしばしばだった。

 

「中破したのは霞達だと聞いているが」

 

「提督は私が中破した方が良かったのね」

 

「何故そうなる…天龍がいないって言ってるだけだよ」

 

「お姉ちゃんなら霞ちゃん達に付いてあげてるわよ」

 

「そうか、優しいな…誰かと違って」

 

「本当。任務をこなした私に労いの言葉一つない誰かさんと違ってね~」

 

「ぐっ…まぁ何だ。皆揃ってから言おうと思ってたんだが…悪かったな」

 

「ううん、気にしないで。私と提督の仲ですもの。でも、お姉ちゃんや霞ちゃんは私と違って気にするかも…」

 

「…何が言いたい?」

 

「そうね~…もし私が霞ちゃんだったら、間宮さんで餡蜜(あんみつ)でも奢ってくれたら機嫌直るんじゃないかしら?」

 

「それもそうだな。確かここに…あった。ほら、俺の持ってる間宮さんの券だ。渡しとくよ」

 

「…あら?三枚しかないわよ。私とお姉ちゃん、霞ちゃんに電ちゃん…一枚足りないんじゃない?」

 

「おかしいな…龍田は気にしないから要らないんじゃなかったか?」

 

「…フフッ、私提督さんのそういう所好きよ~」

 

「無理しなくていいぞ」

 

「あら、本当よ~」

 

「電探めっちゃ回ってるぞ「えっ!やだ、嘘!」

 

「嘘だよ」

 

「…フフフ」

 

「…ハハハ」

 

「ふぅ。提督よ、霞達は大丈夫だ…っと、どうしたんだ二人共、凄い顔して。変な物でも食べたか?」

 

「あっ、お姉ちゃん!ヒドいのよ、提督さんが私の事苛めるの~」

 

「あ~天龍、すまんすまん。龍田があまりに可愛いからついな」

 

「…二人共、仲が良いんだか悪いんだか判らんな」

 

「上司としては好きよ?でも男性としてはどうかしら~」

 

「龍田、仮にも上官だぞ」

 

「ウフフッ、は~い。じゃあね、お姉ちゃん」

 

「ああ、龍田。忘れ物だ」

 

「え?」

 

「ほら、よく探したらもう一枚あったよ」

 

「…人が悪いわね。それはお姉ちゃんに渡しといて。霞ちゃん達、きっと喜ぶわ」

 

「頭の輪っかが回ってる誰かさんは特にな」

 

「フフッ、もう引っ掛かりませんよ~」

 

提督から受け取った三枚の券をヒラヒラと振りながら、龍田は上機嫌で執務室を後にした。龍田と提督の素振りに、おおよその見当の付いた天龍は苦笑しながら椅子に座った。

 

「龍田の奴、電探が回っていたが…何か良い事でもあったのか?」

 

「間宮券をあげただけだよ。それにしても龍田は感情が判り易いな。頭の輪っかで今は機嫌が良いのか悪いのか、だいたい判る」

 

「フフフ、我が妹ながら可愛いものだ」

 

「そんな天龍も判り易いぞ。今は“耳”が垂れ下がってる」

 

「なっ!ほ、本当か!?」

 

「やっぱりお前達姉妹だわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう大丈夫なのか?」

 

「それは龍田に言ってやれ」

 

ある日の昼下がり。

執務室では提督と秘書艦の天龍が昼食を摂っていた。

提督と天龍の付き合いは、この鎮守府では比較的古い部類に入る。提督が鎮守府を任されて初のドロップ艦という事もあり、彼は天龍に他の艦娘とは違う愛着を持っていた。

彼女もそんな彼に恩義を感じているのか、健気に彼に尽くし、駆逐艦達の面倒も良く見ていた。駆逐艦達も天龍に救われた事は一度や二度ではなく、やや辛辣な性格な霞でさえ、彼女の言う事は素直に聞く程だった。

 

「もちろん龍田の事も心配だが…天龍は一番槍で突っ込む癖があるからな。気が気じゃないよ」

 

「心配してくれるのか?悪い気はしないな。次からもそうするかな」

 

「おいおい…」

 

「フッ、冗談だ。だが妹達はまだ練度が低い。私が頑張らないと下手したら沈みかねんからな。それを考えると体が勝手に動いてしまうんだ」

 

「妹想いなのは解るが…俺は天龍の方が心配だよ」

 

「…ありがとう。軽巡の私なんかに、そう言って貰えると本当に嬉しい」

 

「そう自分を卑下するなよ…」

 

「だが最近入って来た特型駆逐艦の…そう、吹雪にも速度で負けてるしなぁ…」

 

「そ、そんな事ないさ。駆逐艦には無い火力が軽巡の魅力じゃないか。それに吹雪だって、ああ見えて天龍の事慕ってるんだぞ」

 

「だが吹雪の奴、確か扶桑を慕っていると聞いたが」

 

「そういえば『12門の連装砲?あんなの飾りです!司令官にはそれが解らないんですよ!』とか言ってたな。扶桑が聞いたら泣くぞ…」

 

「慕ってくれるのは嬉しいが…吹雪と言い電と言い…最近妙に抱き付いてくるんだ…駆逐艦の娘は愛情表現がストレートだな」

 

「ま、まぁ…それだけ慕われてるって事じゃないか?」

 

「最近は霞も…前におんぶしてやった時に…その…呼吸が荒かった様な…」

 

「まぁ、天龍って駆逐艦に慕われてるし…」

 

「お、おい。私は艦娘だが女だぞ?」

 

「世の中には色んな愛情があってだな…」

 

「別に構わんが…私は…普通がいいかな」

 

「そうだな、そう言ってくれると俺も嬉しいよ」

 

「…やっぱり普通じゃなくてもいいかな」

 

「フフッ、何故だろう。今日の飯は涙の味がするや」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、お姉ちゃんお帰り~!」

 

秘書艦としての仕事を終えた天龍が自室に戻ると、龍田が待ってましたとばかりに抱き付いて来た。

 

「おっと!龍田、まだ起きてたのか?先に寝てればいいものを」

 

「だって、お姉ちゃんが帰って来るまで起きてたかったんだもん」

 

「フッ、しょうがない奴だ」

 

天龍は龍田を引き剥がすと、自分のベッドへと腰掛けた。

 

「お姉ちゃん…ゴメンね」

 

「ん…どうした龍田」

 

「う、うん…その…私達の面倒だけじゃなく、秘書艦までやらせちゃって」

 

「なんだ、そんな事か。別に構わん、私が好きでやってる事だ」

 

「…私、秘書艦、代わろうか?」

 

「それも良いな。じゃあ“たつた”って漢字で書ける様にならないとな」

 

「か、書けるわよ!」

 

「“かすみ”は?」

 

「うっ…じ、辞書見れば書けるわよ!だいたい霞ちゃんもあんな画数が多いから悪いのよ!」

 

「龍田も相当だが…因みに提督の名前は書けるか?」

 

「う~ん…提督って、名前何だっけ?」

 

「…仮にも私達の指揮官だぞ。いいか?提督の名は「そんな事よりお姉ちゃん」…」

 

「エッチな事されてない?「ブッ!?

 

「た、龍田、いきなり何を…」

 

「だって霞ちゃんが『あのクズ、天龍さんの胸ばかり見てるわね』って」

 

「み、見られてるのは知っているが…別に減る物じゃないし」

 

「霞ちゃんに見せて貰ったKan(カン) Kan(カン)にも『時代は軽巡!チョイ出しコーデで提督轟沈♪』って有ったし…お姉ちゃん露出低い割に出るとこ出てるし…ミニスカだし…」

 

「そんな事言っても私がこの体に顕現したらこうなってた訳だし…だいたいそれを言ったら龍田だって似た様な物だろう」

 

「電ちゃんに借りたAne(アネ) Kan(カン)にも『やっぱり提督は胸部装甲が好き!ビーチの視線を一人占め☆』って有ったし…お姉ちゃん胸部装甲にネクタイ挟んだりマニアックだから」

 

「マニアック!?た、龍田、私の格好って、もしかして変なのか!?」

 

「鈴谷ちゃんに借りた重巡(ヘビクル)egg(エッグ)に『夜戦確実!彼ピッピが喜ぶ乳挟みスタイル♪』って有ったし…胸の谷間に挟むのを連想させるって」

 

「何を挟むんだ!?って言うか龍田、お前普段何を読んでるんだ!?」

 

「私はお姉ちゃんにはそんなの似合わないって思うの」

 

「わ、私もそう思う!…いたくもないが

 

「比叡さんに借りた『元帥(いそろく)様が見てる』に「龍田、お姉ちゃん、もう少し読む本選んだ方がいいと思うぞ!」

 

「で、でも…私も興味あるし…」

 

「それは…私もあるが…因みに比叡に借りた本はどんな内容なんだ?」

 

「あ、これは健全だから大丈夫!姉妹の美しい愛情を描いた小説よ」

 

「そ、そうか…なら安心だ」

 

「愛憎渦巻く莉裏庵(リリアン)鎮守府を舞台に愛し合う二人が「も、もういい龍田!」

 

「え~、とっても面白いのに…」

 

「た、龍田が個人的に楽しむのは構わないんだが、あくまでひっそりと楽しんでくれ…お姉ちゃんからのお願いだ」

 

「うん、分かった…お姉ちゃんがそう言うなら千代田さんに貸した『私に天龍が舞い降りた』は返して「何で私、名指しなんだ!私、千代田の奴にそんな目で見られてるのか!?」

 

「安心して。これは私が秋雲ちゃんに描いて貰っただけだから「余計安心出来ないんだが!?」

 

「大丈夫、比叡さんや千代田さん達“妹薔薇(スール・キネンシス)”しか読んでないから「スー…な、何だって!?龍田、そんな集まりに入っているのか!?」

 

「私と秋雲ちゃんで作った艦サーだよ」

 

「龍田が作ったのか?って言うか艦サーって何だ!?」

 

「舞鶴のカンケットに出るんだ~」

 

「カンケットって何だ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この鎮守府の天龍は古参の為、他の艦娘に比べると練度が高めな事や、燃費の良い軽巡洋艦という事もあり皆から重宝されている。

とは言ってもそれは半分建前で、実際はその面倒見の良い性格から他の艦娘からも同じ遠征任務にと引く手あまただった。

もっとも、その分置いてきぼりを食らった龍田の機嫌を宥めるという特別任務も追加される羽目になるのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フフ~ンフフ~ン♪」

 

「げっ、龍田!…さん」

 

「あら~ご挨拶ね真澄(ますみ)ちゃん「(かすみ)よ!」こんにちは(いかずち)ちゃん。どうかしたの?」

 

「い、(いなづま)なのです!これを見ていたのです」

 

「これ…次の遠征の予定表?」

 

「そ、まだ編成は未定みたいだけど、あたしと電は確実に組まれるでしょ」

 

(やす)みちゃんは暇そうだものね~」

 

(かすみ)って言ってんでしょ!銀幕観て鼻唄歌ってる奴に言われたくないわよ!」

 

「面白かったのよねぇ、これが♪」

 

「聞いてないわよタッタネン!頭の外殻(ハルユニット)撃つわよ!?」

 

「旗艦は…まだ決まってないのね」

 

「多分天龍さんでしょ?あたし達の時はだいたいそのパターンだし」

 

「電も天龍さんがいいのです」

 

「私だっているのよ?(あかつき)ちゃん」

 

(いなづま)なのです!せめて(いかずち)と言って欲しいのです!」

 

「でも、天龍お姉ちゃん秘書艦もしてるし、大変だと思うのよ。そうは思わない?あずみちゃん」

 

「どこの忍者よ!…まぁ、確かにあたしもそれは悪いかなって思ってるけど…」

 

「あら、意外と優しいのね、黄純(きすみ)ちゃん」

 

「4回目!?てか誰?…ふ、ふん!あなたと違って頼りになるし?ねぇ電」

 

(いかずち)ちゃんもそう思うの?」

 

(いかずち)ちゃんは2回目なのです!…わ、私は龍田さんも好き…なのです」

 

「あら~嬉しい事言ってくれるわね」

 

「…まぁ、否定はしないけど」

 

「でね、茄子(なすび)ちゃん「“す”しか合ってないわよ!無理にボケんじゃないわよ!」

 

「今回は私が旗艦じゃ…駄目かしら?」

 

「た、龍田…さんが?」

 

「私の事、嫌いかもしれないけど、あなた達を守れる力位あるつもりよ?」

 

「べ、別に嫌いな訳じゃ…」

 

「ホント?ジャスミンちゃん「やっぱ嫌い!」

 

「い、電もそれがいいと思うのです。それに龍田さんなら、私も安心なのです…」

 

(あかつき)ちゃん…「(ひびき)ちゃんも呼んであげて欲しいのです!」

 

「じゃあ提督には私から言ってみるわね。それでいい?霞ちゃん、電ちゃん」

 

「え!…あ、うん。あたしもそれでいいわよ」

 

「…」

 

「な、何よ…」

 

「ううん、何でもないわ…」

 

「…あたしの名前は霞よ霞!に、二度と間違えないでよね!全く!」

 

「…そうね、これからは気を付けるわ霞ちゃん」

 

「何でよ!」

 

「えぇ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督、龍田から聞いたのだが…」

 

翌日、霞達の部隊の編成案が貼り出されると、案の定天龍が提督へと尋ねてきた。

 

「いつもの遠征だし、特に危険も無いだろう」

 

「うむ、それは解っているのだが…」

 

「“可愛い妹には旅を先にさせろ”と言うだろう」

 

「字違うわ。ま、まぁ心配してる訳ではないのだが…」

 

「それに天龍には別任務を組んである。千代田から是非にとのご指名だ」

 

「ち、千代田…?」

 

「…どうかしたのか?もしかして仲悪かったか?」

 

「い、いや!そうではないんだが(龍田の話を聞いてから妙に千代田が苦手になってしまった…)」

 

「その次は比叡からも一緒にとの事だ」

 

「ひ、比叡!…からもか。あ、ああ分かった」

 

「部隊名は“薔薇艦隊(ロサ・フリーツ)”なんてどうだ?」

 

「なっ!て、提督!貴様知っているな!?」

 

「す、すまん…その、秋雲と龍田の集まりは知ってるだろう?」

 

「集まり?例の龍田が作ったとか言う艦サー…妙な寄り合いか」

 

「夏の新刊くれるって言うから公認しろと…」

 

「貴様、買収されたのか!?」

 

「だ、だがな、秋雲の本は結構有名なんだぞ?今回の“天乳(てんにゅう)()く”は即売れ必死で「天乳(てんにゅう)って何だ!?私の名前は天龍だぞ!?」

 

「お、怒るなよ。“龍田が○った”に比べればマシだろう?」

 

「何が○つんだ!?龍田は女だぞ!?」

 

「いや、秋雲が言うには艦娘には男がいないから龍田に主砲を付けるって設定で「主砲って何だ!?」

 

「お、俺も怒ったんだ。何故相手役は俺じゃないんだと「論点がずれてるぞ!貴様、私達をそんなふしだらな目で見ているのか!?」

 

「す、すまん…だ、だが鎮守府には娯楽が少ないからな。秋雲達の事も大目に見てやってくれないか?」

 

「貴様にも怒ってるんだがな…まぁ私も鬼じゃない。だが風紀を乱す様な物はあまり感心せんな」

 

「それは俺からも言っておく。これからは拾八禁は控え目に「拾八禁って何だ!?き、貴様ら私に何をさせてるんだ!?」

 

「大丈夫だ、ちゃんと主砲には墨を塗ってあるから」

 

「だから主砲って何だ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、天龍さん!」

 

「霞か。フフッ、演習終わりか?精が出るな」

 

「あ、ありがと。私、天龍さんや龍田さんに比べたら全然弱いから」

 

「駆逐艦の中では充分強いと思うが…」

 

「でも、この間だって天龍さんに迷惑掛けちゃったし…」

 

「フッ、前も言ったろう。迷惑だなどと思った事はない。むしろ一緒にいて心強い位だ」

 

「ホント?…アイツも…あたしの事見直してくれるかな」

 

「アイツ?」

 

「クズ司令官」

 

「か、霞!仮にも上官だ。そんな言い方は良くないと思うぞ」

 

「イイのよ、天龍さんの胸ばっか見て!何よ…私だってその内…」

 

「そ、それはともかく…霞は提督が好きなんだな」

 

「はあっ!?す、好きなワケな…ないワケじゃないけど…」

 

「別に隠す事ではないと思うが…提督だって霞の事はよく話してるぞ」

 

「え?ほ、ホントに!?」

 

「ああ…自分の駄目な所を歯に衣着せず言ってくれる奴だって」

 

「うっ!あ、あたしも…そんなに強く言う気は無いんだけど…顔見てると…つい…」

 

「それだけ本気で心配してると言う事だ。私にも言ってくれて構わないんだぞ?」

 

「て、天龍さんに言える訳ないじゃない!…天龍さんは…あたしの目標だし…」

 

「フフッ、これは無様な所は見せられんな」

 

「ぶ、無様だなんて…そんな事…」

 

「だがな霞よ。少しはその…提督にも優しい言葉を掛けてやれ。提督が…たまに嘆いているんだ」

 

「はっ!女々しいわね!あたしに言われた程度でへこたれるなんて!」

 

「い、いや…その逆なんだ」

 

「え…逆?」

 

「その…最近は霞に怒られるのが…嬉しいとか…」

 

「ひっ!」

 

「か、霞の様な少女に説教されるのが…心地好い…とか」

 

「ひいっ!」

 

「最後は霞に…甘えてみたいと…」

 

「イヤアアアアッッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、龍田が出発するのを見送った天龍は千代田達と出発した。道中、幾つかの戦闘に巻き込まれはしたが、手を煩わせる程でもなく順調に任務を終えつつあった。

千代田が妙に龍田との仲を尋ねてくる事にむず痒さを覚え、この後比叡と組むのかと考えると、天龍は溜め息が止まらなかった。

 

時を同じくして、龍田率いる遠征部隊も鎮守府への帰路に就いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ~っ、やっと帰れる!」

 

「うふふ、霞ちゃん、嬉しそうなのです♪」

 

霞が背を伸ばすと、電がクスッと微笑んだ。振り返った龍田は微笑ましく二人を見つめていた。

 

「そりゃそうよ電。資材を受け取るだけの単純な任務だもの。さっさと終わらせたいわ」

 

「どう?龍田(わたし)が旗艦でも問題ないでしょ?」

 

「そ、そうね。別に文句はないわ」

 

「電もです」

 

「でも霞ちゃんは、弾薬(おみやげ)貰うだけじゃ不満みたいね」

 

「え!…そ、それは…私達艦娘だし…こんなお使いなんて子供扱いみたいだとは思うけど」

 

「え、遠征も立派な任務なのです!」

 

「べ、別にそんな意味じゃないわよ!た、只ねぇ…その…」

 

「華の二水戦だった霞ちゃんには、戦闘が無いのは詰まんなかったかしら?」

 

「へ、平和が一番なのです!」

 

「わ、解ってるわよ電。べ、別に文句は言ってないでしょ」

 

「そんな霞ちゃんに私から提案で~す。この先に渦潮地帯があるわよね?」

 

「ええ、それがどうしたのよ」

 

「…思いきって、突っ切ってみない?」

 

「え!?」

 

「で、でも妖精さんも航路はこっちだって言ってるのです」

 

「ええ勿論よ、電ちゃん。でも、この渦潮を迂回するより、直接進んだ方が数時間は短縮出来るわよ?」

 

「…」

 

「その分、敵に遭遇する確率も上がるけど…やっぱり無難に迂回しましょうか」

 

「…いいじゃない」

 

「か、霞ちゃん?」

 

「大丈夫よ電。多少はエネルギーを消費するけど、龍田さんの言う通り近道にはなるわ」

 

「で、でも…」

 

「しっかりしなさいよ電。アンタも艦娘でしょ?それにここを越えれば鎮守府はすぐよ。仮に何かあっても平気よ」

 

「…そ、そう言われると…そうなのです」

 

「決まりね」

 

龍田率いる部隊は一旦停止すると、航路を変更した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

龍田達よりも先に帰投した天龍は、報告を終えると龍田の帰りを迎えてやろうと港へと向かった。ところが、予定の時間を過ぎても龍田達の影も形も見えず、天龍は一人港で佇んでいた。

 

〈おかしいな…とっくに戻ってもいい頃だぞ…〉

 

「天龍!ここにいたのか!」

 

「うん?提督…どうかしたのか?」

 

「た、龍田が危ない!」

 

「な…どういう事だ?」

 

「龍田の部隊から連絡があったんだが、どうも渦潮に掴まったらしい。しかも運悪く敵に遭遇したらしいんだ」

 

「な、なんだと!」

 

「天龍、すまないが出れるか?」

 

「当たり前だ!!」

 

天龍は急遽、手の空いている雷達に声を掛けると、慌て出発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「電ッ!大丈夫?」

 

「まだ弾薬はあるのです、で、でも…」

 

「…くっ!」

 

龍田達は深海棲艦の部隊に包囲されていた。

渦潮を突破したは良いものの、その所為で返ってコースを外れてしまい敵部隊と鉢合わせになってしまった。

本来ならせいぜい駆逐艦、悪くても軽巡ハ級程度しかいない海域の筈だったが、運悪く戦艦ル級、雷巡チ級の部隊に遭遇してしまった。

深海棲艦達も龍田達との遭遇は予想していなかった様で、先制攻撃には成功したが戦艦の耐久力の前に徐々に劣勢へと追いやられていった。

 

「…ごめんなさい、霞ちゃん、電ちゃん。私が近道しようなんて言ったばっかりに…」

 

霞達の前では常に飄々(ひょうひょう)としていた龍田だったが、今回ばかりは後悔に顔を歪めていた。

 

「べ、別にアンタだけの所為じゃないわよ!そうしようって言ったのはあたしなんだから!」

 

「そ、そうなのです!龍田さんの所為じゃないのです!」

 

「みんな…」

 

「帰ったら何か奢ってもらうわ。だから今は逃げる事を考えるのよ!」

 

「…」

 

思い詰めた表情の龍田だったが、暫くすると霞達の前に立ちはだかった。

 

「…霞ちゃん、電ちゃん。戦艦ル級は私が足止めするわ。その隙に逃げてちょうだい」

 

「なっ…!」

 

「む、無理なのです!幾ら龍田さんでも一人じゃ無理なのです」

 

「あら、こう見えても私は天龍型よ?こんな所で怖じ気付いてたらお姉ちゃんに笑われるわ」

 

「そ、そんな…無茶よ!」

 

「霞ちゃん…お姉ちゃんに…ごめんなさいって言っておいて」

 

「…た、龍田!」

 

言い終わるが早いか龍田は戦艦ル級へと突っ込んで行った。だが、ル級の砲撃に近付く事も出来ずにいた。

 

「か、霞ちゃん!」

 

「…くっ!」

 

霞達に迫る雷巡チ級に二人は轟沈を覚悟したが、チ級は真横からの砲撃に吹き飛ばされた。

 

「えっ?こ、これは…」

 

「霞ちゃん、あそこ!」

 

二人の視線の先には剣で駆逐艦達を薙ぎ倒す救いの女神、天龍の姿があった。

天龍の砲撃に最後の気力で立ち上がったチ級だが、天龍の剣の一閃に断末魔の叫びを上げ沈んで行った。

 

「て、天龍さん」

 

「お前達、無事か!?」

 

「わ、私達は平気なのです。それよりも龍田さんを!」

 

「龍田…あそこか!」

 

ル級の砲撃に最早立つのが精一杯の龍田に天龍が駆け寄った。だが龍田はもう意識が無いのか、グラッと倒れると海面へとへたりこんでしまった。

絶好の標的となった龍田へ、ル級は両手の禍々しい砲門を向けた。

 

「龍田ァ!!」

 

龍田の前へと滑り出した天龍は、その砲撃をまともに喰らった。

 

「ぐああっ!!」

 

左目に直撃を受けた天龍は倒れそうになるのを踏ん張ると、龍田を掴み霞達の元へと滑った。

 

「て、天龍さんっ!」

 

「お前達、龍田を頼む。後は私が何とかするから、その隙に逃げるんだ!」

 

「そ、そんな!無理なのです!」

 

「フッ、私を誰だと思っている?軽巡最強の天龍だ!ただでやられはしない。頼んだぞ!」

 

「天龍さんっ!」

 

「か、霞ちゃん、行くのです!」

 

「で、でもっ…!」

 

気絶した龍田を背負った霞の手を握り、電は駆け出した。それを見届けると、天龍はル級に剣を構えた。

 

〈龍田…もう少し、お前のお姉ちゃんでいたかったよ…もし会えるなら…またな〉

 

「うおおおっ!!」

 

天龍の叫びと共にル級の砲撃音が鳴り響いた。

 

〈う…うう…天龍…お姉ちゃん…〉

 

戦艦ル級に斬りかかる天龍の姿を最後に、龍田は気を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お姉…」

 

「気が付いたか、龍田」

 

「…ハッ!提督…?」

 

次に龍田が目を覚ますと、そこは鎮守府の港だった。自分の顔を心配そうに覗き込む三人の顔が龍田の目に入った。

 

「あ、霞ちゃん。それに電ちゃん。良かった、無事だったのね」

 

「……」

 

「どうして私ここに…そうか、天龍お姉ちゃんが助けに来てくれて…ねぇ、お姉ちゃんは…どこ?」

 

「龍田、天龍は帰って来ていないんだ」

 

「そ、そんな…じ、じゃあ救援に!」

 

「比叡を既に向かわせたが…発見出来なかったらしい」

 

「…そんな…」

 

「ごめんなさいっ!!」

 

「霞ちゃん…」

 

「私達を助ける為に…ううっ…」

 

「ほ、本当に…ごめんなさいなのです…」

 

「…」

 

「龍田…今はお前の方が心配だ。まずは体を回復させるんだ」

 

「…そうね。大丈夫、一人で歩けるわ」

 

手を貸そうとした霞、電と共に龍田はトボトボと歩き始めた。だが、暫くすると糸が切れた様にその場へ座り込んでしまった。

 

「…うっ…ううっ…

 

「天…りゅ…おでぇぢゃん…ううっ…

 

「ウワアアアアンッッッ!!」

 

(せき)を切った様に泣き始めた龍田を目の当たりにした霞、電もそれに釣られる様に咽び泣き始めた。

彼女達と同じ心境の提督は目頭が熱くなるのを我慢すると、黙祷を捧げるのだった。

 

翌日、天龍が轟沈した事が正式に発表され、彼女を慕う者達は共に涙を流した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら電、早く行くわよ!」

 

「あ、待ってなのです!」

 

あれから1ヶ月。

暫くは塞ぎこんでいた龍田だったが、今はそんな様子は微塵も無く、以前の様に霞、電と共に遠征任務に精を出していた。

 

「…天龍さんがいなくなってから、もう1ヶ月も経つのね」

 

「そうね霞ちゃん。私にとっては昨日の事みたいだけどね」

 

「あ…ご、ごめんなさい」

 

「フフッ、大丈夫よ。もう立ち直ったから。それにいつまでもメソメソしてちゃお姉ちゃんに笑われちゃうわ」

 

「そうなのです!」

 

「…それなんだけどね」

 

「どうしたの?アルミちゃん」

 

「くっ!立ち直ったのは本当みたいね…千代田さんから聞いたんだけど…」

 

「胸のサイズアップの方法?」

 

「んなワケないでしょ!これでも朝潮型じゃ大きい方なんだから!」

 

「…」

 

「何よ電…」

 

「な、何でもないのです!」

 

「で、千代田さんがどうかしたの?」

 

「う、うん…あたし達って、どうやって生まれてくるか覚えてる?」

 

「どうって…海を漂ってる所を発見されるか…建造じゃないかしら?」

 

「うん…私もそう聞いてる。でも一度沈んだ艦達が、もう一度生まれて来る事もあるって千代田さんが…」

 

「そ、そうなのですか!?」

 

「ええ…別の鎮守府にいる正規空母の加賀さんは、一度沈んだけど蘇ったって千代田さんが言ってた」

 

「…本当?」

 

「く、詳しくは知らないけど。それに一度沈んだ場所で、もう一度生まれる事もあるんだって」

 

「…そう」

 

「な、何よ。もっと喜ぶと思ったのに」

 

「フフフ、ありがとう霞ちゃん。でも、それって確かな情報じゃないでしょ?」

 

「そ、それは…」

 

「いいのよ。お姉ちゃんの事は私も割り切ってるわ…それはお姉ちゃんが帰って来てくれたら嬉しいけど、必ずって訳じゃないし…」

 

「…」

 

「でも、そうね…もし会えたら…今度は心配させない様にしなくちゃね」

 

「じゃあ秋雲達と変な本作るの止めなさいよ。前に天龍さんに相談されたんだから。マトモなのは(あたし)だけだって」

 

「人の趣味にケチを付けるのは良くないと思うわ、バブみちゃん」

 

「あと人の名前間違えるのもね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

霞が語った事に心を動かされた龍田だったが、それは淡い期待だと彼女は自分に言い聞かせた。

実際それは正しかったのかもしれない。

この数日後、比叡がもたらした、いや連れ帰った人物に龍田は神を呪う事になるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後、非番の龍田が自室でのんびりしている時だった。

龍田はいつもの様に姉、天龍と撮った写真を眺め感傷に浸っていた。姉との思い出に回想を巡らしている龍田の耳に、聞き慣れた声が飛び込んで来た。

 

「…田さん、龍田さんっ!!」

 

〈…あの声は〉

 

「はい…どうしたの霞ちゃん」

 

「龍田さん!今すぐ執務室に来て!」

 

「何?イタズラでもしたの?」

 

「それどころじゃないのよ!ひ、比叡さんが…」

 

「比叡さんが…どうしたの?まさか何かあったの?」

 

「そ、そうじゃないの!比叡さんが海で艦娘を保護したの!…私達が戦った、あの海域で!」

 

「それが…どう……」

 

『あたし達って、どうやって生まれてくるか覚えてる?』

 

「…」

 

『一度沈んだ艦娘が、もう一度生まれて来る事もあるって千代田さんが…』

 

「あ、待って!」

 

 

 

 

 

 

 

〈お姉ちゃんが…天龍お姉ちゃんが…〉

 

『天龍さんが発見されたの!!』

 

〈天龍お姉ちゃんが帰って来た…!〉

 

『…でもね…その天龍さん…』

 

〈天龍お姉ちゃんっ!!〉

 

息も絶え絶えに執務室に辿り着いた龍田は、勢いよくドアを開けた。

そこには提督と電…そしてもう一人。龍田が見慣れた、間違える筈もないその後ろ姿。

 

「…お姉ちゃん!!」

 

「ひゃあっ!!」

 

「…え」

 

龍田の大声に子供の様に驚く一人の艦娘。その姿は間違いなく彼女の姉、天龍だった。

唯一、以前と違う所があるとすれば、左目を黒い眼帯で覆っている所だろうか。

だが龍田が驚いたのは、そこではない。

 

「て…天龍お姉ちゃん…よね?」

 

「あなたは…もしかして龍田ちゃん?」

 

「…え…」

 

「よ、良かったわ!龍田ちゃんも、この鎮守府だったのね!知らない人ばかりだから、お姉ちゃん…グスッ」

 

「て、天龍お姉ちゃん…もしかして…私の事、覚えて…ないの?」

 

「何を言ってるの?例え人の姿になっても、龍田ちゃんの事忘れる訳ないじゃない!」

 

「…」

 

「電…すまないが鎮守府を案内してやってくれないか」

 

「え…は、はいなのです!天龍さん、私が案内するのです」

 

「あ、電ちゃん!私、龍田ちゃんとまだ…」

 

名残惜しそうに龍田に視線を送る天龍が部屋を出ていくと、提督は龍田に向き直った。

 

「…見ての通りだ。今回の様なケースは俺も初めてでな。どう言っていいか」

 

「お、お姉ちゃんはあの海域にいたのよね?じゃあ、お姉ちゃんはあれからずっと海をさ迷ってたんじゃ…」

 

「比叡や千代田にも聞いてみたんだが、天龍は一度沈んだと考えるのが普通だそうだ。恐らく一度沈んで、再び新しい天龍として蘇ったんじゃないか。

 

「それに、あれから一ヶ月も経っている。沈まなかったと考えるのは不自然だろう」

 

「…でも、あの天龍お姉ちゃん、前と全然…」

 

「それなんだが…千代田も不思議がっていたよ。別の鎮守府の加賀の話…聞いた事あるか?」

 

「ええ、霞ちゃんが話してたわ。確かお姉ちゃんと同じで一度沈んだけど蘇ったのよね?」

 

「ああ。千代田が言うには、その加賀は練度こそ戻ったが、蘇った後も以前の事を覚えていたそうだ。心配した千代田が会いに行ったが、自分との思い出を楽しそうに語っていたそうだ」

 

「そんな…じゃあ、どうして天龍お姉ちゃんは…」

 

「それは俺にも解らない。龍田に会えば、もしかしたら思い出すんじゃないかと思ったんだが…俺も本当に残念だよ」

 

「…」

 

「龍田…暫く天龍についてやっていてくれ。天龍も妹のお前と一緒の方が心強いだろうからな」

 

「…ええ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、お帰り龍田ちゃん!」

 

「…ただいま、お姉ちゃん」

 

「ここの提督さん、優しそうな人ね。私、おっかない人だったらどうしようかと思ったわ」

 

「…」

 

龍田は机の上の写真を掴むと、天龍に見せた。

 

「ねぇ、お姉ちゃん。この写真覚えてる?私とお姉ちゃんだよ」

 

「ご、ごめんなさい。覚えてないの…」

 

「そ、そう…」

 

「電ちゃんに聞いたんだけど、前にも“天龍(わたし)”がいたんだって…」

 

「うん、先にいたお姉ちゃんと私や霞ちゃん達で上手くやってたんだよ」

 

「…うう…」

 

「お、お姉ちゃん?どうしたの?」

 

「ごめんね…お姉ちゃん何も覚えてなくって」

 

「し、仕方ないわよ!お姉ちゃん一度沈んじゃったんだし。それに昔の事覚えてなくたって私はどうでもいいの。私はお姉ちゃんが帰って来てくれただけで嬉しいんだから!」

 

「グスッ…だづだ…ぢゃん」

 

「もう…私の名前は龍田よ。忘れ…キャッ!」

 

「ごめんね!龍田ちゃんとの思い出も忘れちゃって…ごめんね…ごめんね…」

 

「…もう、しょうがないお姉ちゃんね。大丈夫よ、また新しい思い出を作っていきましょう?」

 

「うん…うん…」

 

龍田の胸の中で泣く天龍。その姿はまるで幼い子供の様だった。これじゃどっちがお姉ちゃんか判らない…そう思いながらも、龍田は姉の温もりを感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

記憶も性格も全てが違う天龍だったが、時間を掛ければ何とかなる…何もかもが元に戻る。そう龍田は心のどこかで楽観視していた。

だが、それが甘い考えだと、龍田は日を追う事に思い知る事になる。

 

「天龍さん、行くのです!」

 

「う、うん!」

 

幾ら天龍と言えど、かつての経験を全て失った時点で練度はゼロに等しい。天龍は連日電や霞達と演習に精を出していた。

 

「うう…ひゃあっ!」

 

「て、天龍さん!」

 

本来なら龍田すら圧倒する天龍だったが、今は駆逐艦の電にすら手も足も出なかった。電の動きに付いては行くが、臆病さが前に出て結局固まってしまう。こればかりは訓練ではどうにもならなかった。

 

「お姉ちゃん…大丈夫?」

 

「あはは…龍田ちゃん、見てたの?頭では解ってるんだけど、どうしても怖くて…」

 

「…」

 

「だ、大丈夫よ龍田ちゃん!私、龍田ちゃんのお姉ちゃんだもん!今にう~んと強くなって龍田ちゃんの事、守ってあげるんだから!」

 

「お姉ちゃん…」

 

天龍の言葉を最初は信じていた龍田だった。だが、天龍と過ごす時間を重ねる毎に、かつての天龍は…自信と覇気に溢れた姉は、もういないのだと深い失望に包まれた。

いつしか龍田にとって天龍は頼れる姉ではなく、守ってやらなければならない妹に成り下がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あの…天龍さん」

 

「霞ちゃん…」

 

「こんな所で…何してるの?」

 

「うん…その…ちょっと落ち込んでる…かな。こんな情けないお姉ちゃんで、龍田ちゃんや霞ちゃんも失望してるでしょ?」

 

「そ、そんな事ないです!天龍さんは、私の憧れの人だもの!」

 

「あ、ありがとう。でも、それは昔の私でしょ?今の私は…こんなに弱いし…」

 

「天龍さん…」

 

「龍田ちゃんの方がしっかりしてるし、これじゃどっちがお姉ちゃんなんだか。私って、駄目だなぁ…」

 

「そ、そんな事ないわよ!」

 

「いいのよ霞ちゃん、無理しなくて。私が役立たずなのは私が一番解ってるから」

 

「た、確かに今の天龍さんは前に比べたら弱いかもしれないわ。でも、それは私達の所為でもあるのよ」

 

「霞ちゃん達の…?」

 

「龍田さんからも聞いてるでしょ?前の天龍さんは、どうして沈んだのか。天龍さんは私や龍田さんを庇ってくれたのよ?もし、天龍さんが来なかったら…私達三人共とっくに沈んでたわ」

 

「…」

 

「その天龍さんに感謝こそすれ、役立たずだなんて考えた事もないわ。天龍さんは私達の命の恩人だもの」

 

「霞ちゃん…」

 

「龍田の奴だって、天龍さんが帰って来た時は、凄い嬉しそうだったもの…そりゃ、前とはちょっと…変わっちゃったかもしれないけど、天龍さんが帰って来てくれたんだもの。嬉しくない訳がないわ」

 

「ううっ…霞ちゃん!」

 

「ひゃあっ!て、天龍…さん」

 

「ごめんね、心配掛けちゃって。私、頑張るね。龍田ちゃんや霞ちゃんに認めてもらえる様に頑張るね!」

 

「…私は天龍さんの味方よ。例え天龍さんがどんな事になっても…私だけは最後まで味方よ」

 

「霞ちゃん…」

 

かつて自分の憧れだった天龍が、自分の胸の中で子供の様にべそを掻いている。姉の多い霞にとって妹の様な存在に甘えられる経験はほとんど無かった。生まれて初めて誰かに頼られる…それも自分の目標だった天龍に…。

霞は胸の奥に沸き上がる高揚感に震えていた。

 

〈そうよ…これからは私が天龍さんを守るのよ…!〉

 

霞は心の中で固く誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「龍田さん!」

 

「ええ、霞ちゃんと電ちゃんは援護を頼むわ!」

 

「た、龍田ちゃん、お姉ちゃんは…」

 

「大丈夫、そこにいて!」

 

軽巡ヘ級に斬り込む龍田、その龍田に敵駆逐艦を近付けさせない様に援護する霞、電。天龍はそんな二人の後ろで右往左往していた。

 

「…天龍ちゃん!」

 

「え?あっ、ちょっと、天龍さん!」

 

「だ、駄目なのです!きゃあっ!」

 

へ級に斬り込んだ龍田を見ていた天龍は、龍田が苦戦する様子に居ても立ってもいられなくなったのか飛び出した。

だが、そんな天龍を止めようとした霞と電の二人は後ろから砲撃を食らう羽目になった。

 

「えっ!か、霞ちゃん、電ちゃん!」

 

天龍の叫びに振り返った龍田は、ヘ級の体当たりをマトモに食らい弾き飛ばされた。

 

「ああっ!!」

 

目の前で立ち尽くす天龍を捉えたヘ級は、右手の砲身を彼女へ向けた。

 

「ッッ!!」

 

ヘ級の右手に薙刀の一閃を浴びせると、龍田は体勢を崩したヘ級に単装砲の一撃を加えた。

直撃を受けたヘ級は、グラリと崩れ海へ沈んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう!駄目じゃない!どうして私の言う通りにしなかったの!」

 

「ご、ごめんなさい龍田ちゃん。た、龍田ちゃんが危なかったから、お姉ちゃん何とかしなきゃって思って…」

 

「ち、ちょっと龍田さん。天龍さん、まだ実戦に慣れてないんだし仕方ないわよ」

 

「か、霞ちゃんの言う通りなのです。天龍さんを怒らないで下さい」

 

「二人共甘いわよ!お姉ちゃんが飛び出した所為で二人共沈むかもしれなかったのよ?」

 

「で、でも今回は何事もなかった訳だし…」

 

「霞ちゃん、もし私が倒されていたらどうするつもりだったの?駆逐艦と軽巡ヘ級の両方を、あなた達二人でどうにか出来て?」

 

「そ、それは…」

 

「電ちゃんもよ。私が沈んでいたら、どうするの?こんな足手まといの姉さんを庇いながら戦えるの?」

 

「…!」

 

「ち、ちょっと!幾ら妹だからってそれは言い過ぎよ!」

 

「そ、そうなのです!天龍さんが可哀想なのです!」

 

「可哀想なのは私よ!あなた達二人の面倒を見ながらお姉ちゃん迄…私にだって限界があるわ!」

 

「ちょっと龍田!アンタ「いいの!」

 

「て、天龍さん」

 

「わ、私が悪いの…私が弱いから。私が足手まといな所為で皆が危険な目に合って…ごめんね」

 

「…ッ!そうよ!全部あなたが悪いのよ!あなたが弱いから、昔のお姉ちゃんじゃないから!」

 

「あうっ!た、龍田ちゃん!」

 

「ちょっ…!止めなさいよ龍田!」

 

「は、離すのです!」

 

「どうしてあなたが天龍(お姉ちゃん)なの?私のお姉ちゃんはあなたみたいな弱い人じゃない!私のお姉ちゃんは強くって格好良くて、皆を守ってくれるの!

 

「なのにあなたは一体何!?ろくに戦えない、駆逐艦よりも弱い、挙げ句の果てに皆を沈めそうになる…あなたなんか私のお姉ちゃんじゃない!」

 

「…」

 

「返してよ…私のお姉ちゃんを返してよ!!」

 

「龍田!離しなさいって…」

 

「あっ…天龍さんっ!待って下さい!」

 

「いいのよ…放っとけば…」

 

「…ッ!龍田ッ!!」

 

言うが早いか、霞は龍田の頬を思いっきり叩いた。

 

「あうっ!」

 

「きゃっ!か、霞ちゃん!」

 

「アンタもう忘れたの?天龍さんがどうしてアンタの事忘れちゃったのか」

 

「…!」

 

「そうよ、私達を庇ったからよ。私達を庇って…私達を逃がす為に沈んだからじゃない!それをもう忘れたの!?」

 

「…」

 

「私だって、もし朝潮姉さんや荒潮姉さんが沈んだら…私との思い出を忘れちゃったら、とても悲しいわ…

 

「でもね!本当はあぁなってたのは、アンタだったかもしれないのよ!?」

 

「解ってるわ…霞ちゃんに言われなくたって解ってるわよ、そんな事!解ってるから…解ってるから辛いのよ。あの人はお姉ちゃんよ…間違いなく私の大好きな天龍お姉ちゃんよ…なのに…

 

「お姉ちゃんの顔を見る度に…私はあなたのお姉ちゃんじゃないって…私のお姉ちゃんは、もう何処にもいないのよって言われてるみたいで…それが辛いのよ…」

 

「龍田さん…」

 

「龍田…アンタの気持ち、私だって解るつもりよ。天龍さんは私にとっても理想の人だったんだから」

 

「……」

 

「でもね…龍田(アンタ)に認めてもらえなくて一番苦しんでるのは…天龍さんなのよ」

 

「お姉ちゃんが…」

 

「龍田…アンタとはたまに喧嘩もするけど、そんな所も含めてアンタの事は好きだったわ。でも、自分のお姉ちゃんを足手まといなんて言う奴は…あたし嫌いよ」

 

「…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「グスッ…グスッ…」

 

「天龍さん…やっぱりここに居たのね」

 

「か、霞ちゃん!グスッ…どうしてここへ」

 

「天龍さんは覚えてないかもしれないけど、前にもここで二人っきりで話した事あるから、多分ここじゃないかって…。龍田さんの言った事、気にしてるの?」

 

「うん…龍田ちゃんや皆から、前の天龍(わたし)の話を聞いて…今の私と全然違うから…」

 

「そ、それは…仕方ないわよ。私は…沈んだ事ないから分からないけど」

 

「私なんか…戻って来なかった方が良かったんじゃないかな」

 

「何を言ってるのよ!そんな訳ないじゃない!」

 

「だって…龍田ちゃんは私の事を認めてくれないし。龍田ちゃんが欲しいのは昔の私なのよ…私なんか帰って来るべきじゃなかったのよ!」

 

「…天龍さんっ!」

 

少し躊躇うと、霞は天龍の頬を軽く叩いた。

 

「あっ!か、霞ちゃん…?」

 

「何で…何でそんな事言うの!大事なお姉ちゃんや妹がいてくれる…それを喜ばない訳ないじゃない!」

 

「…」

 

「龍田の奴にも言ったけど…私だって朝潮姉さんや荒潮姉さんが私との思い出を忘れたら…とても悲しいわ。でも、だからって嫌いになるなんて、あり得ないわ」

 

「でも、龍田ちゃんは私がいる事なんて望んでないわ。龍田ちゃんが望んでいるのは前の私…今の私じゃない。でも私は私…変わるなんて無理よ…」

 

「それでもいいじゃない」

 

「…え?」

 

「天龍さんは天龍さんよ。例えどんな形でも私は天龍さんにいて欲しいの」

 

「霞ちゃん…」

 

「それに、無理に変わる必要なんてないじゃない!もし変われないなら龍田を変えちゃえばいいのよ!」

 

「龍田ちゃんを…変える…?」

 

「そうよ!こんな私が嫌いならアンタなんか嫌いよって、逆に言ってやればいいじゃない」

 

「そんな…」

 

「大丈夫よ、もし龍田に嫌われたら私が妹になってあげる。私は龍田と違って、天龍さんがどんな事になっても嫌いになったりしないわ!」

 

「ほ…本当に?」

 

「もちろんよ!」

 

「…一緒に餡蜜(あんみつ)食べてくれる?」

 

「え、ええ!」

 

「一緒に寝てくれる?」

 

「え?う、うん…たまになら…」

 

「お揃いの眼帯してくれる?」

 

「わ、私、両目とも視えるから…」

 

「じゃあ電探は?初めて会った時から、霞ちゃん私の電探きっと似合うって思ってたの!」

 

〈私、絶対沈んだりしないわ…〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

霞の思いやりを聞いた龍田は、霞の前で天龍を非難する事は無くなった。だが、龍田の心から天龍への不信が完全に拭い去られた訳ではない。

天龍への信頼が大きかった分、それを裏切られた時の反動は龍田が想像している以上に彼女の心を蝕んでいた。

 

〈霞ちゃんは、ああ言ったけど…〉

 

〈アレは…あの人は、私のお姉ちゃんなんかじゃない…〉

 

〈本当のお姉ちゃんは…きっと海の底で眠ってるんだわ…〉

 

〈…そうよ。お姉ちゃんは沈んだから、偽者と入れ替わったのよ…〉

 

〈どうすれば…〉

 

〈…〉

 

時間が経つに連れ、龍田の心に掛かった霧は、ある明確な意思へと変わって行った。

 

そして、二人のわだかまりを白日の下に晒す日が訪れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日後、天龍、龍田、霞、電の四人は遠征任務に着いた。

帰路に就いた天龍達は、出くわした深海棲艦との戦闘に突入した。

 

「龍田さん、こっちは片付いたわ!」

 

「そう。霞ちゃん、電ちゃんの側に付いてあげて!私はお姉ちゃんと残りを倒すわ」

 

「分かったわ!」

 

霞が離れた電に向かって行くのを見届けた龍田は、天龍に向き直った。

 

「た、龍田ちゃん…ご、ごめんね、今日も足引っ張っちゃって…」

 

「いいのよ。どうせ今日が最後ですもの」

 

「最後…?」

 

不思議そうに龍田に顔を向ける天龍の視界に、龍田の単装砲が入った。

だが、当の天龍は然して驚く素振りも見せず、むしろ当然の事の様に苦笑していた。

 

「龍田ちゃん…」

 

「あら、驚かないのね。お姉ちゃんの事だから、泣き喚くんじゃないかと思ったけど」

 

「驚いてないって言ったら嘘になるけど、私達やっぱり姉妹だなって…龍田ちゃんは私の妹なんだなって思って」

 

「あなたなんか…あなたなんか、お姉ちゃんじゃない!」

 

「ごめんね…龍田ちゃんのお姉ちゃんを奪ってしまって」

 

「そうよ!あなたが…あなたが私のお姉ちゃんを奪ったのよ!あなたなんか偽者よ!」

 

「龍田ちゃん…私達、今日で会う事はなくなるでしょ。どうして私を沈めようとするのか…教えてくれないかな?」

 

「そうね…その位は知らなきゃ可哀想ね。いいわ、教えてあげる。

 

「あれから私考えたのよ。どうしてお姉ちゃんは、こんな事になっちゃったんだろうって。その答えはとても単純。沈んでしまったからよ。

 

「だから考えたの。もう一度…もう一度沈めば…また蘇ってくれれば、今度はきっと昔のお姉ちゃんに戻ってくれるって」

 

「…フフッ♪」

 

「…何がおかしいの?」

 

「あ!ご、ごめんなさい。馬鹿にしたんじゃないの。私が龍田ちゃんならこうするかもって…考えてる事が同じだったって思うと、おかしくって」

 

「…怖くないの?」

 

「フフッ、私達やっぱり姉妹なのよ。龍田ちゃんの痛み、悲しみ…全部私の心に伝わってくるわ。それを思ったら怖くなんてないわ。むしろ嬉しいのよ」

 

「嬉しい?」

 

「ええ。だって初めて龍田ちゃんと気持ちが一つになった気がするんだもの。龍田ちゃんは私を沈めて次の私と仲良くしたい?そうでしょ?」

 

「…」

 

「役立たずの私が、初めて龍田ちゃんの役に立てる…こんな嬉しい事はないじゃない」

 

「お、お姉ちゃん…」

 

「違うわ。私はあなたのお姉ちゃんじゃないわ。そうでしょ?」

 

「そ、それは…」

 

「龍田ちゃん…一つだけ約束してくれる?」

 

「や、約束…?」

 

()は…仲良くするって」

 

「ううっ…」

 

「そうしたら私、龍田ちゃんと笑ってお別れできるから」

 

「ち、違う…私は…お姉ちゃんと…」

 

「お願い、龍田ちゃんの口から聞かせて?次は、きっと仲良くするって」

 

「う…ううっ…」

 

「…龍田ちゃん?」

 

「撃てない…」

 

「え?」

 

「撃てない!お姉ちゃんを撃つなんて出来ないよっ!」

 

「…龍田ちゃん、私が憎くないの?」

 

「…憎い…けどっ!お、お姉ちゃんはお姉ちゃんだもん!私の大事なお姉ちゃんだもん!そんなお姉ちゃんをまた失うなんて…ううっ」

 

「龍田ちゃん…」

 

龍田は構えた単装砲を下ろすと、天龍の胸の中へ飛び込んだ。さっきまでの敵意は既になく、まるで子供の様に泣きじゃくっていた。

 

「…ごめんなさい!お姉ちゃんを撃とうとしてごめんなさい!悪い妹でごめんなさい!もう二度とお姉ちゃんを足手まといなんて思わない!私がお姉ちゃんを守っていくから!ご…ごべんだざい…ううっ…」

 

「フフッ、綺麗な顔が台無しよ」

 

「グスッ…その目を見る度に思ってたの。その左目…私の所為で失ったんだって」

 

「そ、そうなの…?生まれた時からこうだったから、特に気にしなかったけど」

 

「ごべんね…ごべんねぇっ…」

 

「あらあら…あっ、霞ちゃんだわ」

 

天龍の言葉に振り向くと、電を連れた霞が二人の下へ向かって来る姿が写った。

 

「天龍お姉ちゃん…私、霞ちゃんにも謝らなきゃ。私、霞ちゃんのお陰で目が覚めたんだもん」

 

「そうね…私も霞ちゃんには、とっても感謝してるの」

 

「霞ちゃんに?」

 

「ええ、霞ちゃんに言われたから私も考えが変わったの」

 

「そうだったんだ…あ、霞ちゃん」

 

霞と合流しようと天龍の側を離れた龍田だったが、急に霞が速度を上げた事に気付いた。

 

「どうしたのかしら、急に…手なんか振っちゃって」

 

めて

 

「…え?」

 

「天龍さん、止めて!」

 

「霞…ちゃん?」

 

次の瞬間、龍田は海へ顔から飛び込んでいた。自分は何故か海へ倒れたのだと理解すると、体中が重く動きが鈍くなっている事に気付いた。

背中に硝煙の匂いを感じ、自分の艤装を見ると至る所から煙を吹いていた。

そしてその視線の先に、自分に単装砲を身構える姉の姿が目に入った。

 

「…え…お、お姉…ちゃん?」

 

「龍田ちゃん…さっきも言ったけど、やっぱり私達姉妹なのよ。考えてる事は同じなのね」

 

「考え…ど、どうして…私を」

 

「私もね…霞ちゃんに言われたのよ。私が変われないなら、龍田ちゃんを変えればいいって」

 

「わ、私を…変える?」

 

「そう…私は龍田ちゃんと仲良くしたいと思ってる。でも龍田ちゃんは私が嫌い…私じゃない私と仲良くしたい」

 

「ち、違う…私は…」

 

「龍田ちゃんと仲良くなるには、どうすればいいか…お姉ちゃん、一生懸命考えたの。そうしたら龍田ちゃんと同じ答えに行き着いたの。だからさっきは、つい笑っちゃったの。やっぱり姉妹なんだなって♪」

 

「同じ…まさか…」

 

「そう。龍田ちゃんが私を嫌いなら、次の龍田ちゃんと…新しい龍田ちゃんと仲良くすればいいのよ!」

 

「なっ…!」

 

「龍田ちゃん、さっき私聞いたわよね?次は仲良くしてねって」

 

「そ、そんな…お姉ちゃん「止めて」

 

「…え?」

 

「私をお姉ちゃんなんて呼ばないで。私の事を認めてくれない龍田ちゃんなんて、私要らないわ」

 

「お姉ちゃん…ゆ、許して…お願い…」

 

「だからね、龍田ちゃん。()()は…仲良くしましょうね」

 

「お姉…!!」

 

龍田の断末魔は天龍の砲撃に掻き消された。天龍の砲撃に晒された龍田は避ける事も出来ず、やがて引火した艤装が大爆発を起こした。

 

「た、龍田ッ!」

 

「龍田さん!」

 

「…」

 

霞と電が辿り着いた時には、もう龍田の姿は何処にもなく、彼女の薙刀の破片が静かに浮かんでいた。

 

「な…なんでっ!どうしてこんな事をっ!」

 

「何を言ってるの?霞ちゃんが教えてくれたんじゃない」

 

「わ、私が…?」

 

「そうよ、龍田ちゃんを変えればいいって」

 

「なっ!そ、そんな意味で言ったんじゃ…」

 

「それに…不公平じゃない?私がこうなったのは龍田ちゃんを庇って沈んだからなのに、龍田ちゃんは一回も沈んでないなんて」

 

「ま、まさか…それで龍田を!?」

 

「そう。これで私も龍田ちゃんも同じ。それに次の龍田ちゃんとなら、私きっと良いお姉ちゃんになってみせるわ」

 

「て、天龍さん…」

 

「霞ちゃん、電ちゃん…この事、提督には黙ってて…くれるわよね?」

 

「は、はわわ…」

 

「…」

 

慌てふためく電とは裏腹に、霞は落ち着きを取り戻すと電に振り返った。

 

「電…今ここで起こった事は誰にも言っちゃ駄目よ。解ったわね?」

 

「か、霞ちゃん…」

 

「ありがとう、霞ちゃん。さ、帰りましょう」

 

「…ええ」

 

三人は走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遠征の報告に二人が執務室を訪れた。その顔ぶれを見た提督は少し動揺している様だった。

 

「霞、電…帰投したわよ」

 

「か、霞…天龍と龍田は…」

 

「…ごめんなさい」

 

「なっ…」

 

「私達二人を逃がす為に…二人共沈んだわ。私の責任よ、ごめんなさい」

 

「…いや、俺の責任だ。あの海域なら大丈夫だと思ったんだがな。すまなかったな霞、電」

 

「…アンタの所為じゃないわよ」

 

「…」

 

「ねぇ…聞きたい事があるの」

 

「聞きたい事…?」

 

「天龍さんや龍田さんを…建造で造り直す事って出来る?」

 

「か、可能だとは思うが…そう都合良くって訳には行かないだろう。だが…二人を失ったのは俺も惜しいと思ってる。前向きに考えてみるよ」

 

「お願い。あの二人は…私にとってもお姉ちゃんみたいなものだから」

 

「…ああ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『霞ちゃん!な、何を!』

 

『霞ちゃん、何をするのです!』

 

『私の言った事が原因なら…私が後始末をするわ』

 

『や、止めて霞ちゃん!ど、どうして…どうして私を撃つの!?』

 

『天龍さん…あなたは私の理想なのよ。そんなあなたが…こんな姿になるなんて、私は認めないっ!』

 

『お、お願い…止めて』

 

『その代わり…次は私が二人を守るから…ごめんなさい』

 

『い、イヤよ!霞ちゃん…!』

 

 

 

 

 

 

あの後、霞は天龍をその手に掛けていた。

龍田を沈めた天龍を見て、霞は彼女がそこまで思い詰めているとは夢にも思わず、まして龍田を沈めた原因の一端が自分の軽はずみな一言だと知ると、深い自己嫌悪に囚われた。

 

〈そんな…そんなつもりで言ったんじゃない…〉

 

霞にしてみれば、傷心の天龍を慰めようと思わず口にした一言でしかない。

だが、それが天龍を歪める原因になり、挙げ句の果てに龍田をも失う羽目になった。

 

〈私の所為だ…私が二人を…〉

 

それは自分の後ろめたさを隠す為だったのかもしれない。だが、霞には、かつて自分が憧れた天龍が、これ以上変わって行くのを見るのは耐えられなかった。

気が付けば、霞は天龍に襲い掛かっていた。

 

 

 

 

 

 

「ううっ…」

 

「いつまで泣いてるのよ電。女々しいわよ」

 

「で、でも…」

 

「あれで良かったのよ。電も解ってくれたじゃない」

 

「そ、そうなのですけど…」

 

「生きていれば、また会える日が来るわよ」

 

「か、霞ちゃん…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

霞の願いが通じたのか、数ヶ月後、龍田と天龍が沈んだ海域で一人の艦娘が発見された。

龍田だった。

もし昔の自分が姉に沈められた事を覚えていたら…そんな疑念が過った霞だったが、その不安は杞憂に終わった。発見された龍田は、以前の天龍の様に、かつての記憶を全て失っていた。

霞は、以前にも天龍と龍田がこの鎮守府に居た事、霞や電との思い出を語った。無論、どうして沈んだかは言わずに。

 

その数日後、提督は天龍の建造に着手した。

かつての天龍を知っている鎮守府の皆はもちろん、妹の龍田は誰より喜んでいた。

 

「うふふっ、私が発見されてすぐに、お姉ちゃんが建造だなんて。お姉ちゃん、私に会えなくって寂しかったのかな~♪」

 

「そうね、私も天龍さんは誰よりも好きだったから嬉しいわ」

 

「もう、駄目よ?お姉ちゃんは私の物なんだから。真澄(ますみ)ちゃんにはあげないわよ?」

 

フフッ

 

「…そんなに面白かった?」

 

「そうじゃなくって…あ、見て!もうすぐよ!」

 

建造機が大きな音を立てると、徐々に静かになっていった。やがて扉が開くと、周囲に蒸気が撒き散らされた。

 

「きゃあっ!」

 

「うわっ!」

 

やがて煙が晴れていくと、その中から一人の艦娘が現れた。その姿を見た提督や霞は、建造が成功したのだと喜び、龍田も黄色い歓声を上げた。

 

「うおっ!な、何だ、おまえ龍田か?」

 

「そうよ、お姉ちゃん。やっと会えたわね」

 

「ん~…前にもどっかで会った気がすんだけど…気の所為か?まぁいいや。

 

「お前が提督か?このオレが来たからには百人力だぜ!ま、大船に乗ったつもりでいろよな!」

 

「…待っていたよ。名前を教えてくれるかい?」

 

彼女は得意気に胸を張ると、口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オレの名は天龍!フフフ、怖いか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




最後、天龍が沈んで今の性格になるだけの感動系の話にしようと思ってたんですが、こっちの方が闇があって良いかなと思ってこうしました。
以前書いた加賀さんの話でも書きましたが、自分の話では一回沈むと復活はできても前世の記憶は持ち越せないって設定になってます。
※龍田の鼻唄辺りはナラティブネタです。

最近少しおとなしめの話が多いなと思いまして、次からは原点回帰と言いますか少し毒がある話に出来ればと思います。

次は今回の霞ちゃんと電ちゃんの話なのです。
…めばいいのに。





艦娘型録

天龍 …何で私の性格は沈む度に変わるのに、龍田ちゃんは変化しないのかしら…え?これが本当の私?…まぁいいけど。この眼帯も…私好みじゃないのよね。眼帯ってどこで売ってるのかしら。

龍田 ここが昔の私の部屋…あら、何かしら。漫画…え!お、お姉ちゃん!?な、何なのこれ!む、昔の私、こんないかがわしい物読んでたの!…ふんふん…うわ~…こんな事まで。…ねぇ、お姉ちゃん。

提督 天龍の奴、随分と変わったな。前の天龍も好きだったんだが。ま、まぁ俺にはまだ霞がいるしな!

霞 何か天龍さん、全然感じ違うけど…もしかして私の所為?もう一回沈めてみようかしら。でも、もっと馬鹿に…もっと変になったらどうしよう。あ、それとアンタ!龍田が言ってたんだけれど…バブみって何?

電 て、提督さん!大丈夫なのです!電は何も変わってないのです!私が一番まともなのです!で、でも…霞ちゃんが何か良からぬ事を考えてるのです…電、少し自信無くしそうなのです…。




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朱に交われば、赤く染まり…

「一番確実な方法は?」
「交換式という方法が あっ最も
簡単で あっあっ 一般的なあっあっ」



「…霞」

 

「…何よ」

 

「実はな…お前に会わせたい奴がいるんだ」

 

「私に…会わせたい人?」

 

「ああ…入ってくれ」

 

提督が声を掛けると、執務室のドアがゆっくりと開かれた。ドアの向こうにいた者は、恐る恐る顔を出した。

 

「なっ…アンタは…!」

 

その顔を見た少女は、まるで雷に打たれたかの様に硬直した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ…これ、どういう事?」

 

机に座る男の前に二人の少女が詰め寄っていた。

やや怒った表情の少女は一枚の紙をヒラヒラさせ、もう一人の少女は、どうしていいのか判らず目を泳がせていた。

 

「はわわ…か、(かすみ)ちゃん、司令官を責めちゃ駄目なのです」

 

「別に責めてる訳じゃないわよ、(いなづま)

 

「この編成表が、どうかしたのか?」

 

「どうもこうもないわよ!どうして、あたしの名前が無いのよ!」

 

「あぁ、そういう事か。霞は以前の件もあるから、少しはゆっくりして貰おうって事だよ」

 

「はぁ?じゃあ、何で電の名前はあるのよ?」

 

「それは…(いかずち)(あかつき)との仲も考慮してだよ。お前だって荒潮(あらしお)と組んだ方がやり易いだろう」

 

「そうじゃないわよ!どうして電は出撃出来るのに、私は出れないのよ!」

 

「そう言えば…この間、荒潮が最近、霞と組んでないって寂しがってたな…」

 

「えっ!あ、荒潮…姉さんが?」

 

「早速、次の任務にでも「ま、待って!解ったわ!今回はこれでいいわ。だからアンタも余計な気を使わなくていいわ」

 

「ははっ、遠慮するなよ。お前も姉妹艦の方がやり易いだろう」

 

「わ、私は相手が誰だろうと任務を果たすわよ!それに私と電は仲が良いんだから。そうよね、電?」

 

「へっ?は、はい!そうなのです!電と霞ちゃんは仲良しなのです!」

 

「そうか、じゃあ電も一緒に荒潮と「察しなさいよ、このクソ司令官!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女、朝潮(あさしお)型駆逐艦の10番艦、(かすみ)は元々は別の鎮守府にいたが、ある事情で今の鎮守府へとやって来た。来た当初は何も期待してはいなかったが、今は、ここに来た事は間違っていなかったと思っている。

この鎮守府には彼女の姉に当たる荒潮(あらしお)も居る。最近では(あかつき)型駆逐艦の(いなづま)とも気が合うのか一緒に行動する事が多い。共に末っ子の筈だが、些か気の弱い彼女といると姉貴風を吹かせられるのが新鮮なのかもしれない。気付けば荒潮といるよりも電と共に過ごす時間の方が多く、電も霞の事は憎からず思っている様だった。

 

とは言え、彼女の艦生…もとい人生は決して順風満帆とは言い難かった。

以前の鎮守府も、あるトラブルから離れる事になった。今の鎮守府に移ってからも、ある出来事が彼女の心に大きなトラウマを作っていた。

 

天龍(てんりゅう)の轟沈。

 

今の鎮守府にも軽巡洋艦の天龍は在籍する。だが、今の天龍は霞には…おかしな言い方だが三人目に当たる。

艦娘は轟沈しても建造や再び復活する場合がある。これまで天龍は二回轟沈しており、この鎮守府に天龍が来るのは三回目になる。

霞は天龍と係わる事で、決して消えないトラウマを負う事になった。

一つは、天龍を自らの手で沈めた事。

霞にとって、天龍は自分の理想とも言える艦娘だった。その天龍を、よりにもよって自らが葬る事になろうとは…。霞は天龍の顔を見る度に罪悪感に(さいな)まれていた。

 

そしてもう一つ、霞が心の底から恐れる事。

それは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう、天龍さんの件は一ヶ月も前なのに。電、あたしって、そんなにヤワに見える?」

 

「そ、それだけ霞ちゃんの事を心配してるのです」

 

鎮守府の中庭で、二人の艦娘が愚痴を言い合っていた。正確には霞の愚痴を電が聞いているだけだったが。霞は先程の話に納得が行かないのか、かれこれ十分以上提督への不満を口にしていた。

 

「それにしたって過保護なのよ。私あれから一度も遠征に出てないのよ?」

 

「霞ちゃんは、前の天龍さんが沈んだ後、電でも心配する位落ち込んでいたのです。だから荒潮さんが無理させないでって頼んでいたのです」

 

「荒潮姉さんが…?」

 

「はい…龍田さんに『こうすれば、お願い聞いてくれる』って聞いてシャツのボタン2個も外してお願いしてました。み、見えちゃうのです…」

 

「龍田に?また厄介な二人が連んだわね…」

 

「その後に『お願い、お兄ちゃん♪』って言えば、だいたい許してくれるって」

 

「龍田の奴、ろくな事考えないわね」

 

「あ、こっちは荒潮さんが言ってたのです」

 

「…」

 

「この技は、電がやると効果抜群だそうなのです」

 

「…今度あたしもやってみようかしら」

 

「あ、霞ちゃんは“妹属性”が違うから効果がないそうなのです」

 

「妹属性って何!?」

 

「霞ちゃんは天龍さんと同じ属性だそうなのです」

 

「だから属性って何?あたし天龍さんと同じ括りなの!?」

 

「荒潮さんの話だと霞ちゃんはツンデレで「も、もういいわ電!その話はまた今度にしましょう!…それよりも電。アンタ…前の天龍さんの最後の事、誰にも話してないわよね」

 

「も、もちろんなのです!この事は司令官にも雷ちゃんにも言ってないのです」

 

「そう…ゴメンね電。アンタまで巻き込んじゃって」

 

「…気にしてないのです。霞ちゃんは色んな事が一杯あって頭が“ぐるぐる”していたのです。だから仕方ないのです」

 

「電…」

 

「この事は、電と霞ちゃんだけの秘密なのです」

 

「ありがとう。でも…フフッ、確かに渦潮だったわね。あの中に飛び込んだから、あたし達ぐるぐるしちゃったのかもね」

 

「かもしれないのです。電も時々頭の中がぐるぐるして、霞ちゃんが天龍さんを撃った事を誰かに言っちゃいそうになるのです」

 

「なっ…ちょっと、アンタ!」

 

「でも、間宮さんに連れてってくれれば元に戻るのです」

 

「…だんだん荒潮姉さんに似てきたわね。分かったわよ、じゃあ餡蜜(あんみつ)奢るわよ」

 

最中(もなか)も付けたら一ヶ月は誰にも言わないのです」

 

「電!アンタまだ“ぐるぐる”してない!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、ちょっといい」

 

朝食を取る提督の執務室に客が訪れた。

この時間は手の空いている者は、だいたい朝食なり補給をしている物で、こんな早朝に珍しいと思いつつ提督は箸を止めた。

 

「何だ、任務については前も言ったが…」

 

「そうじゃないわよ。荒潮姉さん知らない?千代田さんと組んでて、確か昨日帰って来る筈だけど…何かあったの?」

 

「荒潮から聞いてないのか?二人は少し遅れるそうだが」

 

「遅れる…艤装が故障でもしたの?」

 

「近くの鎮守府があるだろ。確か、千代田の知り合いの艦娘に会うとかで帰りは今日になるそうだ」

 

「知り合い…?あっちの鎮守府に朝潮型っていたかしら」

 

「そんな事より霞。どうだ、せっかく来たんだから一緒に朝飯でも」

 

「イヤよ、何でアンタなんかと!」

 

「そうか…せっかく間宮さん印の羊羮(ようかん)もあるのに」

 

「えっ!?月に一度しか作らないって言う、あの?」

 

「今ならタピオカも付いてきます」

 

「タピオカ?アンタ朝から何食べてるの!?」

 

「いらないなら全部俺が…」

 

「ま、待ちなさいよ!…せっかくだから食べてくわ。べ、別にアンタと食べたい訳じゃないんだからね!」

 

「はいはい」

 

憮然としながらも霞は椅子に座った。提督が朝食を持ってくると、さっきまでの顔は何処へやら、無邪気な子供のそれへと変わった。

 

「美味しい…」

 

「俺の分も食べるか?」

 

「え…あ、アンタが食べなさいよ。元々はアンタのなんだから」

 

「そうか。霞は優しいな」

 

「何よ、気持ち悪いわね。褒めたって何も出ないわよ」

 

「いや…霞とこうして食事をするのも久しぶりだなと思ってね」

 

「…そう言われてみれば、そうね」

 

「こんな可愛い娘と食事出来るなんて、前の鎮守府の提督には悪いが俺は幸せだよ」

 

「…バカ」

 

確かに言われてみれば、前に居た鎮守府の提督とは、こんなふうに食事をした事はなかったっけ…そう思いながら霞は、甘い羊羮とは裏腹に苦い記憶を噛み締めていた。

元々霞は別の鎮守府に所属していた。

仲間との仲も極めて良好で、全ては順調だった。只一つの事を除けば。

彼女は、その鎮守府の提督との仲が悪かった。

誰に対しても物怖じせず、時には重巡や戦艦相手だろうと思った事をズバッと言う。周囲の仲間達も、これが彼女の長所だと認識していた。

だが、その性格を長所と取るか短所と取るかは、相手にもよる。霞の鎮守府の提督は、それを彼女の短所と捉えた。

その提督も決して狭量な訳ではない。霞の刺々しい言葉も、あくまで部下の意見だと割り切ろうとしたが、内心彼は憤っていた。

人は相手の年齢や外見に因って対応を変える。それは霞達、艦娘にも当てはまる。

もし見た目が彼と同等の戦艦や重巡なら、彼も耳を傾けたかもしれない。だが同じ事を霞の様な、どう見ても子供にしか見えない彼女に言われても、彼には只生意気なだけにしか映らなかった。

そんな彼の態度は霞にも伝わるが、霞は負けるものかと更に意地になった。

ある日とうとう彼は怒りを(あらわ)にし、霞を怒鳴り付けた。霞も彼が嫌いな訳ではない。彼女にとっては頼り無く見える彼に良かれと思い言っただけに過ぎない。霞はそれでも助言を止めず、彼とは口論が絶えなかった。

自分一人が憎まれるだけなら我慢も出来る。だが彼は朝潮型は全てこうなのかと、姉妹達を冷遇し始めた。

…霞は異動願いを出した。

 

この鎮守府に来て姉の荒潮と一緒になれた事は嬉しかった。だが、霞は提督には何の期待もしていなかった。

 

〈どうせコイツも、あたしの事が生意気だって怒るに違いないわ…〉

 

そう思いながらも霞は以前の様に、この新しい提督にも歯に(きぬ)着せぬ言い方を続けた。もう少し言葉を選ばないと提督も怒るわよ?…時に荒潮に(たしな)められたりもしたが、霞は自分の性格を変えようとは思わなかった。

ところが、この鎮守府の提督は霞に小言を言われた程度で眉間に(しわ)を寄せる事はなかった。むしろ暖簾(のれん)に腕押しとでも言おうか、霞が何を言っても軽く往なした。

以前の彼女なら、軽く見られている事に腹を立てただろうが、不思議と怒る気にはならなかった。

彼は自分を以前の様に単なる小娘と馬鹿にしてはいない。一人の艦娘として向き合ってくれている。彼の言葉の節々から、そんな本音を垣間見る事が出来た。

 

〈あたしみたいな小娘に文句言われて、どうして怒らないのよ!〉

 

そんな心とは裏腹に、彼との丁々発止(ちょうちょうはっし)のやり取りを楽しみ、気が付けば、もっともっと彼の事を知りたいと考える自分がいた。

 

『霞ちゃん、それはねぇ~恋って言うのよぉ』

 

荒潮に茶化されて必死に否定した事もあったが、今なら認める事も出来る。

 

〈別にコイツの事が好きな訳じゃないわ〉

 

〈でも、コイツと一緒にいるのも悪くない…〉

 

いつしか彼と過ごす時間を楽しんでいると霞が気付くのに、そう時間は掛からなかった。

 

「…ご馳走さま」

 

「ご馳走さま。霞、今日はどうするんだ?」

 

「天龍さんと演習の予定よ」

 

「そうか…」

 

「情けない顔しないでよ。前も言ったけど、アンタの指揮が悪い訳じゃないわ。それに天龍さんも龍田さんもアンタの事は恨んじゃいないわよ」

 

「まぁ…な。今でも二人の顔を見る度に、悪い事をしたなって思うよ。俺を責めないでくれるのは有難いが」

 

「…フフッ、確かにね」

 

「え…?」

 

「あ…な、何でもないわ!でも、ある日突然思い出したりしてね。あたし達が沈んだのはアンタの所為(せい)だ~って」

 

「借金の事は忘れてくれてると助かるよ」

 

「アンタ部下から、お金借りてるの!?」

 

「借りたんじゃない。二倍にして返すって言っただけだ」

 

「それを借りたって言うのよ、このクズ!」

 

「ち、ちゃんと返してるから怒るなよ」

 

「アンタが沈めば良かったのに」

 

「こう見えて軽いから、そう簡単に沈んだりしないぞ」

 

「魚雷にふん(じば)って坊ノ岬沖(ぼうのみさきおき)に沈めてやるわ!」

 

「天龍にでも頼んで建造で復活させて貰うよ」

 

「アンタ人間でしょ!?」

 

「オレの名は提督。フフフ、怖いか?…ん」

 

ふと、廊下の足音を聞き取った提督は視線をドアへ向けた。霞も釣られて視線を向けると、威勢よく開かれたドアから外見には似合わない妖艶な笑みを浮かべた少女が入って来た。

 

「提督~、あなたの荒潮は只今帰りましたよ~」

 

「ああ、お帰り荒潮」

 

「げっ、荒潮…姉さん」

 

「あら霞ちゃん。仲良く、お食事?隅に置けないわねぇ~」

 

「ち、違うわよ!別にそんなんじゃ…」

 

「その様子だと特に問題はなさそうだな。千代田も無事なんだろう?」

 

「そうよ、隣の鎮守府に何しに行ったのよ。荒潮姉さんって千代田さんと仲良かったっけ?」

 

「う~ん…私が尊敬する人が向こうにいるの。千代田さんにその人を紹介して貰ったのよ」

 

「姉さんが尊敬する人…誰?」

 

「空母の人よ。霞ちゃんも興味あると思うから、後で話してあげるわ」

 

「おいおい、俺は蚊帳(かや)の外か?」

 

「ここから先は女子会で~す♪」

 

「どっちかと言うと、お遊戯会…」

 

「…何か言ったかしらぁ?」

 

「お茶請けは最中(もなか)でいいかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈うふふっ、間宮さんに羊羮貰ったのです♪司令官、喜んでくれるかな?〉

 

二人分の羊羮を持った電が、意気揚々と廊下を歩いていた。廊下を曲がり執務室へ向かおうとした矢先、聞き慣れた声に電は足を止めた。

 

「じゃあ提督、またね~」

 

「サボるんじゃないわよ?」

 

〈あれは霞ちゃん…それに荒潮ちゃん?帰っていたのですね〉

 

二人の声が聞こえなくなるのを確認すると、電は執務室のドアを開けた。

 

「あ、あの!司令官さん…あっ」

 

「おはよう、電。何か…」

 

ふと、電の視線が目の前の空の食器に注目している事に提督は気付いた。電の表情がみるみる暗くなるが、その手に握られている二つの羊羮を見て、提督は電の用件を把握した。

 

「ちょうど良かった。食後に甘い物でも食べたかったんだ。それは…もしかして羊羮?」

 

「は、はい!間宮さんに分けて貰ったのです。でも提督さん、今ご飯食べたばかりじゃ…」

 

「デザートは別腹だよ」

 

「…ふふっ♪司令官、赤城さんみたいなのです」

 

「赤城に言うぞ」

 

「な、内緒にして欲しいのです!」

 

「じゃあ口止め料に、その羊羮、半分貰おうか」

 

「ふふっ♪はいなのです!」

 

電は普段一緒な霞や雷とは別に、こうして早朝に提督に会いに来る事がある。

世話女房タイプの雷に隠れがちだが、実は電も人に頼られるのが好きな一面がある。ただ、霞や雷といった個性的な面々に隠れ、そんな一面を発揮出来ないでいる。

こうして早朝に、しかも一人で来るのは霞達といると提督を独占出来ない為なのかもしれない。

提督も、そんな電の心情を察しているので、彼女の密かな独占欲を満たす様に努めている。

 

「…それにしても、最近霞といる事が多いな。どちらかと言うと電とは正反対の性格だろう?意外だよ」

 

「ふふっ、そうでもないのです。霞ちゃん、電とよく似てるのです」

 

「そうかな~。少なくとも電は俺にクズなんて言わないだろう?」

 

「く…!そ、そんな事、電は絶対言わないのです!」

 

「だよな。もし電にそんな事言われたら壁に衝突して死ぬかも」

 

「…霞ちゃんが言いたくなる気持ち、少し解ったのです」

 

「え…」

 

「な、何でもないのです!でも霞ちゃん、本当はとっても寂しがり屋さんなのです。でも恥ずかしいから、ついつい怒りんぼさんになっちゃうのです」

 

「怒りんぼだからって、上官に『死ね』はないと思うが…」

 

「そ、それは…ううっ。で、でも霞ちゃん、後になって言ってるのです。そこまで言う気はなかったって」

 

「まぁ、照れ隠しなのは解ってるよ」

 

「それに前に言ってたのです。『く…とか、し…』ううっ…『とか、たまに言ってもアイ…司令官さんはそれも含めて自分を受け入れてくれる。だからあたしは、ここに来て良かった』って」

 

「へぇ…あの霞がねぇ。まぁ、良かったよ。本当に嫌われてたらどうしようって思ったから」

 

「そ、そんな事ないのです!霞ちゃんは、司令官さんが大好きなのです!」

 

「ははっ、照れるな。でも最近は、霞に罵倒されるのも面白いと思うから不思議だよ」

 

「えっ!…し、司令官さん…そういう事…い、言って欲しいのですか…?」

 

「いや、そんな趣味はないんだが…何と言うか、アイツが本音をさらけ出してくれてるのが嬉しいんだよ」

 

「し、司令官は…電が霞ちゃんみたいな事言ったら…お、怒りますか?」

 

「そんな事で怒ったりはしないけど、電に言われたらショックかもな」

 

〈良かったのです…電、悪い言葉、おバカさんとク…しか知らないのです…〉

 

「でも、電に言われたら返って新鮮で面白いかもな」

 

「む、無理なのです!電、司令官にそんな酷い事言えないのです!」

 

「まぁ電はそんな事言うタイプじゃないからなぁ」

 

「そう言えば…この前演習に来ていたアイオワさんと金剛さんが言い合いをしていたのですが…」

 

「アイオワと金剛?あの二人、仲が悪いのか?」

 

「い、いえ…最初は仲良しさんだったのですが、アイオワさんが司令官さんを見て『ノーズの大きい男性はディックも大きいって言うけど、彼は…せいぜいライト・クルーザーかしら』って」

 

「うっ…」

 

「そうしたら金剛さんが怒って『そんな事ないヨ!テイトクはヘビー・クルーザーネ!』って」

 

〈金剛…そこはバトルシップでいいだろ〉

 

「隣にいたウォースパイトさんが『ミス・イナヅマは、あんな酷い言葉、覚えては駄目よ』って…司令官、一体どういう意味なのでしょう?」

 

「い、電や金剛の連装砲みたいな意味じゃないかな…多分

 

「司令官も、連装砲持ってるんですか?」

 

「…どっちかと言うと単装砲かな」

 

「でも電、金剛さんみたいな大っきな連装砲より、島風ちゃんみたいな小っちゃくて可愛い連装砲ちゃんが好きなのです」

 

「う、うん…素直には同意しかねるが…」

 

「ウォースパイトさんが小さい声で『この王笏(おうしゃく)位はあると思うわ…』って」

 

〈ウォースパイトの”宝珠(バスト)“も、それ位あるといいけどね!〉

 

「司令官さん、一体どういう意味なのでしょう?」

 

「本当は教えたいけど、電には隠したいって…おかしいかな…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈ふぅ…やっと終わったわ…〉

 

演習を終えた霞が、一先ず休もうと中庭の椅子へ座った。確かに疲れはするが、実戦に比べれば若干の物足りなさを感じていた。一方で、実戦へ出る事への恐れが生まれつつある事を感じていた。

轟沈する事への恐れ。

かつての霞なら、そんな事で気後れする事など有り得なかった。だが、天龍に起きたある異変を見て以来、この恐怖に絶えず付きまとわれていた。

 

〈もし私が沈んだら…仮に復活出来たとしても…〉

 

〈天龍さんや龍田さんみたいに、今までの事も全部忘れちゃうの…?〉

 

〈生まれてから、ここに来る迄の全部…そして…〉

 

〈アイツの事も…〉

 

かつて天龍が自分達を庇って沈んだ時、悲しみにくれた霞だったが、そんな霞を神が憐れんだのか天龍は再び霞達の許へと帰還した。だが神は代償を要求する物らしい。確かに天龍は蘇った。

過去の思い出と引き替えに…。

蘇った天龍は、自分達と過ごした日々の事を全て忘れていた。まるで彼女との思い出は全て夢だったと言わんばかりに。

霞が抱く恐怖の正体。それは、まさにこれだった。

戦場で沈む事を恐れた事は一度もない。だが、電や荒潮達、それ以上に提督との絆が深まれば深まる程、轟沈への…何もかも忘れてしまう事への恐怖が募っていった。

 

〈アハハッ…馬鹿みたい…〉

 

〈普段アイツに偉そうな事言っておいて…何の事はない、一番臆病なのは、あたしじゃない!〉

 

〈この臆病者!霞、あなたは何様なのよ…〉

 

〈でも…〉

 

〈怖い…沈みたくない…〉

 

〈アイツの事を…こんなあたしを受け入れてくれたアイツの事を忘れるなんて…〉

 

〈絶対にイヤッ!!〉

 

「…霞ちゃん?」

 

「えっ!…あ、電…いたの?」

 

ふと霞が顔を上げると、心配そうに顔を覗き込む電がいた。

 

「霞ちゃん…何か悩んでいませんか?」

 

「別にそんな事は…」

 

「でも、霞ちゃんが考え事をする時は足で地面に落書きするのです」

 

「えっ、そう?…気付かなかった」

 

「他にも嬉しい時は髪の毛いじるのです」

 

「よく見てるわね。何か恥ずかしいわ」

 

「霞ちゃんは電の大事なお友達なのです。霞ちゃんの事なら何だって判るのです」

 

「因みに、電は困ってる時はスカートをギュッて掴むの知ってる?」

 

「あっ…本当なのです!」

 

「まぁいいわ。あたし、これから入渠(フロ)に行くつもりだけど…一緒に来る?」

 

「はい、ちょうど電も、そんな気分だったのです」

 

「アンタの社交性、あたしも見習った方がいいのかしら…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ~、生き返るわね~」

 

「なのです~」

 

霞と電は入渠施設の湯船に、夢心地になりながら浸かっていた。辺りには他の艦娘達も何人かおり、湯船の中心では、潜水艦の艦娘達が子供の様に騒ぎながら潜ったり顔を出したりを繰り返していた。

 

「人間がお風呂が好きな理由、解る気がするわ。あたし達には只の修復だけど」

 

「電もなのです。電、伊豆の温泉にいつか行ってみたいのです」

 

「いいわね。あたしは草津に行ってみたいわ」

 

「でも、一つ問題があるのです」

 

「問題…何?」

 

「こ、混浴だったら…司令官に裸を見られちゃうのです」

 

「こ、混浴!?って、アイツも一緒に行くの!?」

 

「霞ちゃん、司令官と一緒じゃ嫌なのですか?」

 

「そ、そうじゃないけど…混浴だなんて考えもしなかったわ…」

 

「電、司令官の背中を流してあげたいのです」

 

「そ、そうね…(電って、変な所で積極的よね)」

 

「でも、電だけ温泉で楽しんでいいのでしょうか…」

 

「皆、水に流してくれるわよ」

 

湯船に浸かり、おもいきり手足を伸ばした霞は、一息吐くと電に向き直った。

 

「…ねぇ電。もし、あたし達が沈んだら…やっぱり天龍さんみたいに何もかも忘れちゃうのかな…」

 

「電は…忘れたくないのです。霞ちゃんや雷ちゃん…司令官の事も」

 

「あたしもよ。前にも言ったけど…あたし、アイツの事は気に入ってるの。最近はアイツと口喧嘩しないと物足りない位」

 

「うふふっ。でも、あまり酷い言葉は良くないのです」

 

「わ、解ってるわよ。でもアイツも悪いんだから!」

 

「霞ちゃんは、本当に司令官が大好きなのです」

 

「はあっ!?そ、そんな訳ないじゃない!まぁ…あたしの言う事にいちいち怒ったりしない所は嫌いじゃないけど…融通も利くし、羊羮も貰ったし「ええっ!電、貰ってないのです!」

 

「た、たまたまよ!偶然、私が行った時にあっただけで…ほ、本当よ!」

 

「霞ちゃん、ズルいのです」

 

「わ、悪かったって!…いや、別に私悪くないわよね?」

 

「う~…」

 

「ふうっ…電、アンタも何だかんだでアイツの事好きよね」

 

「そっ、それは…その…はいなのです」

 

「電には話したっけ…あたし、こんな性格でしょ?だから前の鎮守府では司令官に嫌われてたの。だから、こっちに来ても司令官なんて皆同じって思ってたの」

 

「か、霞ちゃんに何があったか知りませんが、司令官は霞ちゃんを嫌ったりなんて…」

 

「うん、だから驚いてるの。荒潮姉さんにも言われたから少しは大人しくしようと思ったけど、アイツってあんな感じでしょ?だから、あたしもついつい本音が出ちゃうのよ。

 

「なのにアイツときたら、あたしが何言っても怒らないんだもん、ビックリしたわ。こんな奴もいるんだって」

 

「霞ちゃん…」

 

「最近じゃそれが当たり前になっちゃったわ。もっとアイツと口喧嘩していたい、もっと一緒にいたい…もっともっと…

 

「だからよ。だから尚の事…沈むのが怖いのよ」

 

「…」

 

「もし沈んだら…復活出来ても、あたし、天龍さんみたいにアイツの事忘れてるわ。あたし、それを考えただけで、怖くて怖くて仕方ないの…」

 

「…」

 

「失望した?普段のあたしからは…えっ?」

 

霞に寄り添った電は、微笑みながら霞の頭を撫でた。

 

「ちょっと、電…子供じゃないんだから…」

 

「大丈夫なのです。霞ちゃんは絶対沈んだりなんかしないのです。電が付いているのです」

 

「…もう、普段はオドオドしてるのに、たまに大人っぽくなるんだから」

 

「よしよし、なのです」

 

〈たまには、こんなのも…悪くないか…〉

 

電に撫でられるがままの霞だったが、いつしか考える事を忘れ、湯船の中に頭を沈めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁい、どなた~?」

 

「い、電です。霞ちゃん、いますか?」

 

昨晩の霞が落ち込んでいるのを見た電は、元気を出して貰おうと霞の部屋を訪れていた。ドアを叩くと同室の荒潮が顔を出した。

 

「あら電ちゃん。ごめんなさいねぇ、霞ちゃん今は外してるの」

 

「そうですか…」

 

「…でも、すぐに帰ってくるわよ。私、ちょっと用があるから出なきゃいけないの。良かったら中で待つ?」

 

「えっと…はい、そうするのです」

 

「せっかくだから、お茶でも飲んで待っててくれる?お留守番お願いね」

 

電にお茶を淹れると、荒潮は部屋を後にした。お茶を飲み一息付いた電の目に一冊のノートが目に止まった。日記か何かの類いだろうと思った電は、勝手に読むのは悪いと思いながらも好奇心からノートを捲ってみた。

 

「…?」

 

てっきり日記だとばかり思っていたそれは、何かの注意書きの様な物が書かれていた。

 

〈えっ…?〉

 

何気無く文字を追っていた電は、そこに書かれた文字に目を奪われた。

 

〈…を奪う…方法?〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅっ、ただいま」

 

「あら、お帰りなさい霞ちゃん。ああそうそう、さっき電ちゃんが来たわよ」

 

「電が?遊びにでも来たのかしら…って」

 

荒潮は霞と話しながらも何やら本を読んでいる様だった。荒潮が部屋で過ごす時は、だいたいお茶を飲んでいるか横になっているかだった。本を読む荒潮が珍しい訳でもないが、霞が戻ると本を閉じて彼女と話そうとする。それが今日に限っては珍しく読書に夢中だった。

 

「何、読んでるの。もしかして前に言ってた事と関係あるの?」

 

「ええ。とっても面白い事を教えて貰ったから、つい夢中になっちゃった」

 

「確か、姉さんが憧れてる人に会いに行ったんだっけ。空母って言ってたわよね。誰?」

 

「加賀さんよ。あの人、とっても面白い体験してるから、一度話を聞いてみたかったの」

 

「面白い体験…?」

 

荒潮は机の上にノートを置いた。荒潮の開いたページには幾つかの文章が箇条書きにされ、中には奇妙な呪文の様な言葉も書かれていた。

 

「…何なのこれ」

 

「そう慌てないで。向こうで赤城さんに美味しい緑茶を貰ったの。今、淹れてあげるわね」

 

荒潮は奥の部屋から湯飲みを二つ運んで来た。霞がお茶を飲み一息つくと、荒潮は再び語りだした。

 

「霞ちゃんが天龍さんを慕ってる様に、私も天龍さんには随分助けられてるの。だから天龍さんが沈んだって聞いた時は、とてもショックだったわ」

 

「ええ…もう二度と、あんな思いはしたくないわ」

 

「でも、もっと辛かったのは、その後。霞ちゃんもそうでしょう?」

 

「…そうね」

 

「そう、天龍さんは私達と一緒に過ごしていた時の事を全部忘れていた。龍田さんも言ってたけど、あれは天龍さんであって天龍さんじゃない…同じ顔をした別人みたいだって」

 

「…」

 

「私達、艦娘は一度沈むと、仮に復活出来ても過去の事は全部忘れてしまう…私はそれにとてもショックを受けたの。あ、もちろん天龍さんがあんな事になったのも辛いわよ」

 

「そうね。あたしも…電や荒潮姉さんとの思い出を忘れたらって思うとゾッとするわ」

 

「うふふっ♪霞ちゃんはいい娘ねぇ。お姉ちゃん嬉しいわぁ」

 

「わ、解ったから頭撫でないで(電といい姉さんといい、私ってそんなに子供に見えるのかしら)」

 

「お姉ちゃんね、千代田さんと利き酒の会をしてるの」

 

「えっ?姉さん、お酒飲むの!?い、いや、あたし達艦娘は年齢なんか無いような物だけど…」

 

「ウォースパイトさんにはマティーニを薦められたけど、あまり好きになれなかったわ」

 

「そ、それはいいから!で、千代田さんがどうしたの?」

 

「千代田さんの友達で、利き酒の会の主宰の加賀さんが沈んだのは知ってる?その加賀さんが建造で復活したらしいの」

 

「それは、あたしも千代田さんから聞いて知ってるけど」

 

「さっきも話したけど、私達って一度沈むと記憶を無くしてしまうでしょ?でもね、心配した千代田さんが加賀さんに会いに行ったら、面白い事言われたんですって。

 

「『次の利き酒会は、いつがいいかしら?』って」

 

「…え」

 

「それだけじゃないの。前に千代田さんに薦められた日本酒とっても美味しかっただの、アルコールは燃料代わりになるかって瑞雲三機も駄目にして、ごめんなさいって謝られたって…」

 

「…えっ…ちょっと待って。それって、どういう事?もしかして加賀さん…」

 

「そうなの。その加賀さん…記憶を失っていないの」

 

「なっ…!」

 

「私ね、千代田さんにその話を聞いて、加賀さんに会ってみたくなったの。もしかしたら加賀さん、記憶を失わない方法を知ってるんじゃないかって」

 

「記憶を…失わない方法…まさか、このノート…」

 

「ええ。次の会合の経費は私持ちって条件で、幾つかの方法を教えて貰ったの」

 

「…!」

 

霞は机の上のノートを掴み取ると、荒潮が聞き出した、その方法を食い入る様に読み漁った。そこには幾つかの条件、状態、不可思議な呪文が記されていた。ノートの下が不自然に破れた跡があったが、今の霞には気にならなかった。

 

「どう?霞ちゃん、とっても面白いでしょ?」

 

「…ええ、信じられないわ。そんな事が出来るだなんて…」

 

「私も(にわか)には信じられないけど、現に加賀さんは昔の事を覚えている訳だし…」

 

〈信じられない…そんな事が本当に…〉

 

頭に焼き付ける様に何度も文章をなぞる霞は、ある一文で目を止めた。

 

「あ、霞ちゃんも、そこが気になったのね」

 

「え、ええ…」

 

「私も、それが一番興味深かったわ。出来れば、一番やりたくない方法だけど…」

 

霞は、もう一度その箇所に記された文章を注意深く読み進めた。そこには、復活に関する一つの方法が記されていた。

その為に必要な条件、それは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え…それ本当なの?」

 

珍しく提督に呼び出された霞は、一体何の用かと執務室を訪れた。そこには同じ様に呼び出された荒潮や電、天龍達が彼女の訪れるのを待ちわびていた様だった。

提督から告げられたのは、次の任務の編成についてだった。

 

「荒潮からも、霞はもう大丈夫だと太鼓判を貰ってな。お前も一ヶ月以上引き籠ってちゃ退屈だろう」

 

「別に好きで引き籠ってた訳じゃないわよ。でも…そうね。久々の任務、腕が鳴るわ」

 

「うふふっ、心強いわねぇ。霞ちゃん、お姉ちゃんの事守ってね?」

 

「逆でしょ?荒潮姉さんの方が年上なんだから、妹のあたしを守ってよ」

 

「もちろん、そのつもりよぉ?でも、お姉ちゃん戦闘機の相手、苦手なのよ。頼りにしてるわよ」

 

「海域から近い鎮守府の応援が来る筈だが…間に合えばいいが」

 

「その前に、あたし達で片付けちゃうわよ。久しぶりの出番だもの、ガンガン行くわよ!」

 

「『ぎょらい、せつやく』の方がいいと思うわ」

 

「え?ええ…まぁ、そうだけど…」

 

「電は『ねんりょう だいじに』が良いのです!」

 

「ちょっと待って、別に無駄遣いなんか…」

 

「俺は『めいれい させろ』かな」

 

「ねぇ、さっきから何言ってるの!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「霞ちゃん、無理しないで下さい!」

 

「ハァ、ハァ…だ、大丈夫よ、これ位」

 

戦況は些か不利に展開していた。

千代田達の奮戦で持ち直してはいる物の、数の劣勢から徐々に後退しつつあった。特に霞は一ヶ月のブランクが勘を鈍らせているのか、或いは無意識にダメージを忌避しているのか既に中破状態だった。

 

「霞ちゃんは一旦引いて下さい。後は電と荒潮さんで何とかするのです」

 

「ば、馬鹿にしないで。私だってまだ…電ッ!!」

 

「え、きゃああっ!」

 

電の後ろから駆逐艦が現れると、電が振り向くのと同時に口から魚雷を放った。思わず目を瞑ってしまった電だが、その魚雷が彼女に当たる事はなかった。

 

「きゃあっ!」

 

とっさに電を突き飛ばした霞は、魚雷の爆発で海面を転がる様に撥ね飛ばされた。

 

「か、霞ちゃんっ!このっ…!」

 

電は右手の連装砲を構えると、怒りと共に駆逐艦を撃った。敵が爆発するのを確認すると、電は慌てて霞へと向かった。

 

「か、霞ちゃん!」

 

「ううっ…だ、大丈夫…」

 

「ご、ごめんなさいなのです!電が油断していたから!」

 

「あ、アンタの所為じゃ…」

 

霞の服は大破寸前な事を示すかの様に所々破れていた。電が抱き抱えるも、霞の体には力が入っておらず、電が手を離せば海へ沈んでしまいそうだった。

 

「い、電の所為で…」

 

「電…あたし、もしかして沈んじゃうのかな…」

 

「そ、そんな事ないのです!霞ちゃんは沈んだりなんかしないのです!!」

 

「でも、もう体に力が入らないのよ…」

 

「か、霞ちゃん!」

 

〈イヤよ…こんな所で沈むなんて…まだアイツと一緒にいたい…〉

 

「すぐに荒潮さんが来るのです!だから…」

 

「あ、荒潮姉さんが来たって…何とも…ならないわ」

 

「そ、そんな事…ううっ…」

 

「ねぇ電…あたしに…考えがあるの。上手く行けば…或いは…電…手伝って…くれる?」

 

「あ、当たり前なのです!霞ちゃんが助かるなら電は何でもするのです!」

 

「ほ、本当…?じゃあ、電…一つお願いがあるの…アンタの…」

 

「な、何ですか?電の…!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アンタの体を…あたしにちょうだい…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈あれは…加賀さん?もしかして提督の言っていた応援って…〉

 

千代田の護衛に付いていた荒潮の目に、加賀率いる部隊が映った。彼女達が現れた事に気付いた深海棲艦は、これ以上は不利と判断したのか撤退し始めた。

 

〈助かったわ。これでひとまず安心ね。霞ちゃん達も無事だと…あら?〉

 

荒潮の視界に一人の艦娘が映った。その艦娘は顔をうつ向けたまま荒潮へと近付いて来た。

 

「電ちゃん、どこか悪いの?大分つらそうだけど。霞ちゃんは…一緒じゃなかったかしら」

 

「ごめんなさい…なのです」

 

「…電ちゃん?」

 

「霞ちゃんは…電を庇って…」

 

「…えっ」

 

「霞ちゃんを助けられなかったのです。ごめんなさい…」

 

「…そう。私こそ、ごめんなさいね。私が付いていれば電ちゃんに辛い思いさせずに済んだかもしれないのに」

 

「電の事を…怒らないのですか?」

 

「大好きな電ちゃんを庇って沈んだんですもの。きっと霞ちゃんも満足してるわよ」

 

「…」

 

「戦いも終わったみたいね。帰りましょう」

 

「…はい、なのです」

 

千代田に合流すると、荒潮と電はその海域から撤退に移った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…そうか。そんな事が」

 

報告を受けていた提督は、霞の轟沈の知らせに、悲しそうに(こうべ)()れた。

提督にしても霞は特別な存在…とまでは行かなくとも彼の人生の一部になっていた。ある時は姉の様に自分を叱咤し、と思えば年相応のいじらしさを見せたりもする。彼女とのちょっとした口喧嘩も彼にとっては楽しみの一つだった。

今までも部下の艦娘を失う事は何度か経験している。それだけに、霞を失った事に対する自身の意気消沈振りには彼自身も驚いていた。

 

「提督、電ちゃんを責めないでね。一緒にいてあげれなかった私にも責任はあるの」

 

「荒潮…お前は強いな。姉のお前が一番辛いだろうに」

 

「お友達を庇って沈んだんですもの。霞ちゃんらしいわ。それに、もしかしたら天龍さんみたいに復活する事も有るかもしれないわ」

 

「…そうかもな。荒潮、電、お疲れ様。今日はもう休みなさい」

 

「はい」

 

「…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あまり気を落とさないでね、電ちゃん」

 

「電こそ、ごめんなさいなのです」

 

「大丈夫よ。こんな事で泣いてたら、霞ちゃんに叱られちゃうわ」

 

「…」

 

「でも…少し寂しくなるわねぇ。電ちゃん、お願いがあるの」

 

「何でしょう」

 

「たまに私の部屋に遊びに来ない?今までは霞ちゃんがいたけど、一人で部屋にいるのは少し寂しいのよ」

 

「はい、電で良ければ何時でも呼んで下さいなのです」

 

「うふふっ、ありがとう。私、嗜む程度だけど、お酒も飲めるの。一緒に飲める様になってくれると嬉しいわぁ」

 

「は、はい…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フッ…

フフッ…アハハッ♪

本当に…本当に上手くいくなんて…!

加賀さんには感謝しなくちゃね。お陰で…

 

電の体に乗り移る事が出来たんだから!!

 

他の艦娘に乗り移る方法…念の為に覚えておいて良かったわ。

この方法の一番良い所は、乗り移る相手がいさえすれば何度でも復活出来る事ね。そして何より、あたしが恐れていた記憶を失う事もない。

そう、あたしの…霞の記憶は、ちゃんとある!

…っと、危ない危ない。今のあたしは電なんだっけ。

ゴメンね電。あたしも本当はこんな事したくなかったけど…たまたま側にアンタがいたから…。

でも、あたしもアンタを庇ったんだもの。本当ならアンタがあたしの代わりに沈んでる筈だったんだから、恨まないでね。

今の所、荒潮姉さんも司令官(アイツ)も、あたしが霞だって気付いていないみたいだし…まあ無理もないか。体は電なんだもの。判る訳ないわ。

もし、この体に何かあっても別の奴に乗り移ればいいわ。雷もいるし荒潮姉さん…は、あまり気が進まないわね。姉さんを演じきる自信ないわ…。

あたし、お酒飲んだ事ないし…そ、そうね、荒潮姉さんは止めときましょう…。

まぁいいわ。この方法がある限り…

 

あたしはずっと…アイツと一緒に…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「電、大丈夫だった?」

 

電が自室へ戻ると姉妹艦の(あかつき)(ひびき)、雷達が心配そうに彼女の顔を覗き込んだ。特に雷は姉妹の中でも特に電とは仲が良い為、他の二人よりも電の事を案じていた。

 

「電は大丈夫なのです。でも…」

 

「話は聞いたわ。霞ちゃんの事は暁も残念に思うわ…でも大丈夫よ、電にはこの暁がいるんだもん」

 

「そうだね、霞は誰かさんに似てるから、私も他人とは思えなかったよ。本当に残念だ」

 

「え?ちょっと響、誰かさんって誰よ。教えなさいよ」

 

「…」

 

「もう!暁、響、そんなに捲し立てないでよ!電は二人と違って繊細なのよ?」

 

「雷、三人の間違いじゃないのかい?」

 

「何言ってるのよ。私達は四人姉妹よ?私と電を除いたら二人じゃない!」

 

「…そうだね」

 

「…ふふっ」

 

「…どうしたの電」

 

「な、何でもないのです!」

 

霞は思わず笑みが溢れた。この三人に囲まれていたからこそ、電は優しい性格になったのだろう。そして、その輪の中に入る事を嬉しく思った。と同時に、そんな事を考える自分が何故か照れくさくなった。

 

「…でもね、電。雷、ちょっと嬉しいの」

 

「嬉しい、ですか?」

 

「最近の電、いつも霞ちゃんと一緒だったから。あ、ゴメンね!霞ちゃんが嫌いだって言ってるんじゃないの!ただ…電のお姉ちゃんは雷だし…」

 

「それは…私もかな」

 

「電ちゃん…響ちゃん」

 

「も、もちろん暁もよ!電は暁型なんだから、それを忘れちゃ駄目よ?」

 

「訳すと、もっと、お姉ちゃんに甘えなさいって事だよ」

 

「ひ、響っ!」

 

〈電…良い姉妹を持ったわね。荒潮姉さんといい満潮(みちしお)といい、少しは見習って欲しい物だわ…〉

 

「そんな事より皆、緑茶でも飲まない?昨日、荒潮さんに貰ったの。暁が淹れてあげるわ!」

 

「あ、じゃあ電も…」

 

「電は座ってていいのよ!」

 

「そうよ、今日は皆で電を慰めようって決めたんだから。雷達に任せて!え~っと、湯飲みは…」

 

「あ、その湯飲みは止めた方が良いのです」

 

「え、どうして?」

 

「前に電が落としてヒビが入ってるのです。穴が空いてるので漏れちゃうのです」

 

「あ、本当だわ。新しいのは…」

 

「こっちにあるのです」

 

〈…不思議ね、あたしには無い筈の知識があるわ。電の記憶が残ってるのかしら。確か羊羮が四個あったけど、響が…〉

 

「あら…羊羮が四つあった筈だけど」

 

「す、すまない…美味しそうだったから、つい…」

 

〈そうそう、(あたし)が出る前に食べてたものね〉

 

「もうっ、響ったら」

 

「響ちゃん、電のをあげるのです」

 

「駄目だよ、私は一個食べてるんだから」

 

「電は前に司令官に貰ったのです」

 

「えっ?電、司令官に羊羮貰ったの?」

 

「あっ、その…」

 

〈いけない、これは霞の時だわ。電は貰ってないんだっけ…〉

 

「電ちゃん、たまに朝いなくなるけど…」

 

「そ、それは…」

 

「暁、それを聞くのは野暮ってものだよ」

 

「どういう事?響」

 

「逢い引きだよ」

 

「「ええっ!」」

 

「ち、違うのです!」

 

「そ、そうよ響!そんな訳ないじゃない!」

 

「そうなのかい?私はてっきり雷や霞と一緒だと一杯喋れないから、こっそり会ってるのかと思ったけど」

 

〈い、電…アンタ結構大胆ね〉

 

「そ、そうだったの?電」

 

「い、雷ちゃん、そんな訳じゃ…」

 

「分かったわ!今度から二人で会いに行きましょう!」

 

「えっ…あ、はい…なのです」

 

Ηу(ヌ、) да(ダー)…」

 

その日、霞は電として彼女達と寝食を供にした。荒潮とは違う和気あいあいとした雰囲気を楽しみつつも、果たして上手く電を演じきれるだろうかとの一抹の不安を感じた。

一方で、すんなり電を演じている自分に戸惑いながらも、きっと電の記憶がそうさせるのだろうと霞は自分に言い聞かせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…こんな時間にどうしたんだ、電」

 

昼下がり。昼食を終えた提督が執務室に戻って来ると、部屋の中には先客がいた。

 

「こ、こんな時間って…まだお昼なのです」

 

「あ、ああ。そうだが…電はいつも朝方に来るから珍しいなと思ってな」

 

「き、今日は少し忙しかったのです!」

 

「そうか…別に構わんが」

 

提督が椅子に腰を下ろすと、(かすみ)も脇の椅子へ座った。

 

「なあ電、荒潮は何か言ってなかったか?」

 

「荒潮…さんですか?特に何も…どうしてですか?」

 

「うん…妹の霞を失ったんだ。文句の一つもあるんじゃないかと思ったんだが、その割には冷静だからな」

 

「べ、別に司令官の事を恨んだりはしていないと思うのです」

 

「そうか、だと嬉しいが」

 

〈そうね、妹としては、もう少し悲しんで欲しかったわね。荒潮姉さん、私の事何とも思ってないのかしら…〉

 

「電は、どうなんだい?」

 

「電ですか?そ、そんな事思ってないのです。それに霞ちゃんも、そんな事は望んでないのです」

 

「ははっ、アイツの事だ。もしここに居たら『このクズッ!』って顔真っ赤にして怒るだろうな」

 

「か、霞ちゃんは怒ったりしないのです!」

 

「電…?」

 

「あ、そ、その…もし霞ちゃんが居たら、司令官と一緒にいれて満足だったって言うと思うのです」

 

「あ、ああ…」

 

〈あ、危なかった。思わず怒っちゃったわ。今のあたしは電なんだから気を付けないと…〉

 

「…やっぱり俺に言いたい事があるんじゃないのか?」

 

「ど、どうしてです?」

 

「その…いや、何でもない」

 

提督は何かを言おうとしたが、言葉を詰まらせた様に黙った。

 

「司令官。電からも聞きたい事があるのです。司令官は霞ちゃんの事を…どう思っていたのでしょう」

 

「霞の事…か。そうだな、まあ口喧(くちやかま)しい奴だったけど、それはそれで楽しかったよ」

 

〈口喧しいとは何よ!アンタがだらしないのが悪いんじゃない!〉

 

「でも気付くと側にいる…それが当たり前みたいな感じで、言うなれば…」

 

〈や、やぁね♪それじゃあたし、アンタの…〉

 

「古女房かな」

 

〈“古”は余計よ!!〉

 

「あなた、なんて呼ばれても違和感ないかもな」

 

〈な、何言ってるのよ…あたし達夫婦じゃないんだし、そんな事言える訳ないじゃない。で、でも…どうしてもって言うんなら…〉

 

「出来れば”お兄ちゃん“って」

 

〈絶対言わないわよ!あたし、アンタと幾つ年離れてると思ってんの!?〉

 

「それで優しく叱って貰えたらって…」

 

〈電…あたし、アンタに体返したくなってきたわ…〉

 

「まあ、それは冗談だが」

 

〈本当かしら…〉

 

「もう少し、ゆっくり話したかったって後悔してるよ」

 

「えっ…」

 

「何と言うか…部下としてじゃなく、一人の女の子として接してやれたらって後悔してるよ」

 

「…」

 

「まあ、今さら…電?」

 

「えっ…あ、あれっ?…なのです」

 

気が付けば霞の目頭が熱くなっていた。それに気付いた霞の頬を涙が伝った。

 

「どうしたんだ、電」

 

「な、何でも…ない…ふふっ」

 

「どこか悪いのか?泣いたと思ったら笑ったり」

 

「そ、そうかもしれないのです。電は調子が悪いのです」

 

「そ、そうか。まあ今日は任務もないし、ゆっくり休むといい」

 

「はい。あ、あの…司令官」

 

「何だい」

 

「明日も…お話しに来ていいですか?」

 

「それは構わないが」

 

「うふふっ、ありがとうなのです」

 

上機嫌の電は、部屋を後にした。一体何があったのか、電の感情の起伏に戸惑っていると、再び訪問者が現れた。

 

「あのぉ…提督、ちょっといいかしら」

 

「荒潮。今日は来客が多いな」

 

「来客?」

 

「さっきまで電と霞の事を話してたんだよ」

 

「…そう。じゃあ、やっぱり耳に入れておいた方がいいのかしらねぇ」

 

「何の話だ?」

 

「ええ、その電ちゃんの事なんだけどね…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、いらっしゃい電ちゃん。歓迎するわぁ」

 

「お、お邪魔します」

 

翌日、演習帰りの電は荒潮の部屋に招かれた。

自分には、お酒はまだ早いと断った電だが、霞の最後について詳しく聞かせて欲しいと言われると断りきれなかった。

一方で、今は電を名乗っている霞は、荒潮が自分の事を案じてくれていた事が嬉しくもあった。

 

〈ふふっ、普段は掴み所がないけど、何だかんだで私の事心配してくれてたのね〉

 

居間の机に湯飲みを二つ置くと、荒潮も畳へ座った。

 

「お茶菓子が無くて、ごめんなさいねぇ」

 

「い、いえ、お構い無く…なのです」

 

〈これは…前にも飲んだヤツね。確か赤城さんに貰ったとか〉

 

「あ、電ちゃんは前にも飲んだ事あったわね」

 

「はい。二杯目ですけど、とっても美味しいです」

 

「うふふっ、イヤぁねぇ、もう忘れちゃったの?これで三杯目でしょう」

 

「え…い、電、このお茶を飲んだのは前に来た時だけで…」

 

「そう言えばそうねぇ。じゃあ私の思い違いかしら。ねぇ電ちゃん、いえ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「霞ちゃん」

 

〈あ、荒潮姉さん?…何を言って…〉

 

「随分、顔が変わっちゃったわねぇ。背も少し縮んだかしら」

 

「な、何を言ってるのです?電は霞ちゃんじゃないのです」

 

「あら、そうなの?私、てっきりノートの方法を試したのだとばかり思っていたんだけど…」

 

「あ、あんなの嘘なのです!」

 

「あらぁ?私、ノートに何が書かれていたかは言ってないわよ~?どうして何が書いてあったか知ってるのかしら~?」

 

「あっ…!」

 

「電ちゃんは、そもそもノート自体知らない筈なんだけど…おかしいわねぇ」

 

「か、霞ちゃんに聞いたのです。で、でも…別の体に乗り移るなんて、出来る訳ないのです」

 

「それもそうねぇ…せっかく私も準備していたのに、残念だわ…」

 

「じゅ、準備…?」

 

荒潮は戸惑う霞の前にノートを開いた。ページを捲ると、以前に霞が最も興味を示した場所を指差した。

 

「これは…轟沈した時に、別の体に乗り移る方法…」

 

そのページは下が少しだけ破かれていた。霞が疑問に思い顔を上げると、荒潮は待っていたかの様に小さな紙切れを差し出した。紙切れはパズルの様にページに組合わさった。そこには、その方法の条件の一つらしき事が記されていた。

 

「…の薬を…お互いが飲む事…?」

 

霞が文面に釘付けになっていると、荒潮はわざとらしくお茶を飲んだ。

 

「実は前に飲んだお茶の中に、加賀さんに貰った薬が入ってたの。霞ちゃんは知らないだろうけど、電ちゃんにも飲んで貰ったの」

 

「…」

 

「分かる?霞ちゃんが電ちゃんの体を奪えたのは、お姉ちゃんのお陰でもあるのよ?少しは感謝しても良いと思うのだけど…」

 

「どうして…この薬の事を隠して…」

 

「怒らないで聞いて欲しいんだけど…実は万が一の時は、私もそのやり方を試すつもりでいたの」

 

「試す…まさか、あたしの体を…!」

 

「だから怒らないでってば。それについては私も悪いと思ってるわ。でも、もしもよ…?もし、あの時、電ちゃんじゃなくって、その場にいたのが私だったら…霞ちゃん、私の体を奪ったりしないって言い切れる?」

 

「そ、それは…」

 

「だからお互い様だと思うの。それにもし霞ちゃんが、そうしても…お姉ちゃん、喜んでこの体をあげるわ」

 

「荒潮姉さん…」

 

「ただね…お姉ちゃん、少し悲しかったの。霞ちゃん、せっかく蘇ったのに、お姉ちゃんに内緒にしてるんだもの。もしかして、お姉ちゃんの事嫌いなのかなって…」

 

「そ、そんな事ない!ただ…(あたし)が霞って言っても信じて貰えないと思ったから…」

 

「まあ…言われてみれば、そうねぇ。改めて確認するけど、霞ちゃん…なのよね?」

 

「ええ…黙っててごめんなさい。姉さんには黙ってるつもりだったけど。別に隠すつもりじゃなくって、中身が(あたし)って言っても、からかってるって思われるかなって…」

 

「そんな事ないわよ~。例え姿が変わっても妹が判らなくなる、お姉ちゃんだと思って?」

 

「姉さん…」

 

「朝潮型の制服着てくれないのは残念だけど」

 

「ふふっ、確かにね。でも暁型の制服も、あたし意外と気に入ってるのよ」

 

「あらあら、ちょっと妬けるわね。まあいいわ、この事は私と提督以外には内緒にしておきましょう」

 

「ちょ…ちょっと待って!もしかして、アイツも知ってるの!?」

 

「ごめんなさいね。お姉ちゃん、提督に喋っちゃった」

 

「なっ…!嘘でしょ…」

 

「じゃあ霞ちゃん、これからもずうっと~なのです、って言い続けるの?お姉ちゃん、実はずっと笑うの我慢して…ぷふっ…か、霞ちゃんが…必死に演技してると思うと…アハハッ…!」

 

「悪かったわね…」

 

「ね、ねぇ霞ちゃん。もう一度「言わないわよ!」

 

「ご、ごめんなさい。話を戻すけど、無事で良かったわ…この場合は無事って言うのかしら」

 

「うん…本物の私は海の底で眠ってると思うけど。電には悪い事しちゃったわね」

 

「提督には、どうして電ちゃんの体になったかは解らない事にしてあるから、そこは自分で説明してね。お姉ちゃん、そこまでは面倒見切れないから」

 

「…お姉ちゃんが言わなきゃ、そんな事考えなくて良かったのに」

 

「違うでしょ、そこは『良かったのです』でしょ?」

 

「…」

 

「か、霞ちゃん、目が怖いわ」

 

「ハァ…さっきの質問だけど、もし、あの時いたのが姉さんだったら、あたし大人しく沈むわ」

 

「せっかく胸、大きくなるのに?」

 

「大して変わんないでしょ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「入るわよ…」

 

翌朝、霞こと電は、執務室を訪れていた。

荒潮から事のあらましを聞いていた提督だったが、霞の顔を見ると、驚いているのか悲しんでいるのか何とも複雑な表情を浮かべていた。

 

「電…いや、霞でいいのか…?」

 

「そうなのです、って言った方が良かった?」

 

「…」

 

「ごめんなさい…今のは悪ふざけが過ぎたわ」

 

「いや…」

 

提督もだが、霞は霞でバツの悪そうな表情で椅子へ腰掛けた。

 

「荒潮から聞いてはいるが…お前、本当に霞なのか?どう見ても電にしか見えないが…」

 

「信じて…って言ってもすぐには無理よね。荒潮姉さんでさえ疑ってた位だもの」

 

「何でこんな事に…一体何があったんだ?」

 

「その…あたしもハッキリは覚えてないけど、沈みそうになった時に電が側にいたの。その時に電に、アンタの体を欲しいって言わ…言ったの。気付いたら電の体になってたの」

 

「じゃあ、霞は…いや、電は?」

 

「それは分からないわ。でも、あたしの体は海に沈んだ筈。もし入れ替わったなら、電はあたしの体と一緒に…」

 

「電は…お前の身代わりになったのか?」

 

「そういう事になるのかしら」

 

「電…いや霞。お前、電とは親友じゃなかったのか?」

 

「そ、それは…あたしも悪いと…」

 

「それがこんな…」

 

「…どうして」

 

「…?」

 

「どうして、あたしがこんな事したと思ってるのよ…どうして電を犠牲にしてまで、こんな事をしたと思ってるの」

 

「霞…?」

 

「あたしは沈みたくなかったの!ううん、沈むのが怖かったんじゃない!沈んでしまったら、天龍さんみたいに昔の事を全部忘れてしまうのが怖かったの!何を忘れるのが一番怖かったか解る?

 

「アンタの事を忘れるのが怖かったのよ!!」

 

「俺の事…?」

 

「そうよ!アンタの事を…ここに来てからのアンタとの思い出を全部忘れる…そう考えたら電を犠牲にしてでも、あたしは沈みたくなかったの!!」

 

「…」

 

「あたし、前の鎮守府では司令官に嫌われてたの。こんな性格だもの、無理もないわ。でも、アンタは…こんなあたしでも嫌わずにいてくれた」

 

「霞…」

 

「アンタが、あたしの中でどれだけ大きい存在か解る?例え電を…荒潮姉さんを犠牲にしてでも、アンタと一緒にいたいの。それが、あたしの望みなの。だから、お願い…

 

「あたしの事を…嫌いにならないで…」

 

「…」

 

「あたしが霞に見えないなら、電としてでもいい。ずっと電を演じてみせるわ。電の事なら何でも知ってるもの、絶対バレたりしないわ」

 

「霞…本当にそれでいいのか?」

 

「もちろんよ。だからアンタにも協力して欲しいの。あたしが電でいる為に」

 

「…分かったよ」

 

「じゃあ…」

 

「ああ。この事は皆には黙っておく。霞も電として過ごして貰う」

 

「…ありがとう、我が儘聞いて貰って」

 

「…ただ、俺からも条件がある」

 

「条件…?何よ」

 

「その姿でクズって言うのは止めてくれ。電の姿で言われると、正直堪える」

 

「そ、それは…あたしも努力するけど、アンタも言われない様にしなさいよ!」

 

「でも、電に言われるのも、それはそれで…」

 

「言わないっ!あたし、絶対言わないんだから!」

 

「え~…」

 

「何で残念そうなのよ…でも、本当にありがとう。こんな姿になっちゃったけど、これからよろしくなのです…なんてね」

 

「…ああ、よろしくな、電」

 

「ふふっ♪」

 

霞は、まるで電の様に深くお辞儀をすると部屋を後にした。霞の言う通り彼女の電としての振る舞いは完璧だった。もし霞の口から直接正体を暴露されなければ、提督も到底信じられなかっただろう。

 

〈今日から電が霞なのか…慣れるには時間が掛かりそうだ〉

 

〈もし霞の言う事が本当なら…電、お前は海の底で眠っているのか…?〉

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の深夜、就寝していた提督は電話の音に起こされる事になった。一体こんな夜更けに誰がと、受話器を取った彼の耳に聞こえたのは、以前にも話した事のある人物の声だった。

 

『夜分遅くに申し訳ない、私ですが…』

 

「その声は…確か以前の作戦でお世話になった鎮守府の…」

 

『ええ。先日は、お役に立てず…』

 

「いえ、そちらの加賀が来てくれたお陰で成功した様な物ですよ」

 

『その加賀ですが、明日の昼には、そちらへ到着する予定です』

 

「加賀が?何でまた…」

 

『え、もしかして聞いていませんか?ウチの加賀が…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよう雷ちゃん。電ちゃん、いるかしら」

 

ドアを叩く音に雷が出ると、そこには荒潮がいた。荒潮が自分達の部屋へ来るなんて珍しいと思いつつも、雷は電を呼んだ。

 

「ね…荒潮さん、どうしたのですか?」

 

「提督が電ちゃんに用があるみたい。お昼に執務室に来て欲しいって」

 

「電を…何でしょう」

 

「さぁ、それは分からないわ。私も港に、お客を迎えに行く様に言われてるの」

 

「お客…誰か来るのですか?」

 

「私も行けば判るとしか聞いてないの。多分隣の鎮守府からだと思うけど…とにかく伝えたわよ」

 

「は、はいなのです」

 

〈何かしら…もしかして誰かが、あたしの正体に気付いたとか。ううん、そんな訳ないわ。雷達でさえ、あたしの正体には気付いていないんだから、他の連中に判る訳がない〉

 

「電、用はなんだったの?」

 

「あ、えっと…」

 

恐らくは次の任務についてだろう、だが、そうなら何故雷達も一緒に呼ばないのか…そう思いながらも電は部屋へ戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

荒潮が港へ着くと、ちょうど加賀達数名の艦娘が堤防の階段を上がっている所だった。

 

「加賀さん、お久し振りです。お客さんって加賀さんの事だったんですね」

 

「久し振りね、荒潮」

 

「今日はどうしたんですか?次の会合について…って訳でもないと思いますけど…」

 

「私は只の付き添いよ。どうしたの、早く上がって来なさい」

 

「誰か来て…えっ!」

 

加賀に促され、一人の艦娘が顔を出した。その顔を見た瞬間、荒潮は硬直した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「司令官、電なのです」

 

電がドアを開けると、部屋には提督一人だった。窓の外を眺めていた彼は、電に気付くと彼女に向き直った。

 

「…何だ、アンタしかいないのね。じゃあ演技しなくてもいいわね。で、どうしたの。次の任務について?」

 

「…」

 

「ちょっと、何黙ってるのよ。用があるから呼んだんでしょ?」

 

「あ、ああ。実は少しばかり聞きたい事があって呼んだんだ」

 

「聞きたい事?」

 

「ああ。霞…お前が電の体に乗り移った方法を詳しく聞かせてくれないか」

 

「そんな事聞いてどうすんのよ。それに前にも言ったじゃない、ハッキリは覚えてないって。荒潮姉さんなら何か知ってるかも」

 

「荒潮には既に聞いてある。例のノートとやらも見せて貰ったよ」

 

「えっ?(荒潮姉さん…司令官には内緒って言ってたのに…)アンタも見たの?じゃあ聞く迄もないでしょ」

 

「いや、霞…俺はお前の口から聞きたいんだ。教えてくれ霞。あの時、お前は何をしたのか…どうやって電の体を奪ったのか」

 

「わ、分かったわよ。確か、電の手を取って…」

 

〈…〉

 

〈…あれ?そう言えば、あたしどうやって電に乗り移ったんだっけ〉

 

「…思い出せないのか?」

 

「そ、そうじゃないけど…確か入れ替わるのに必要な呪文を唱えて…」

 

Nyar(にゃる) shthan(しゅたん),Nyar(にゃる) gashyanna(がしゃんな)…だったかな」

 

「そ、そうよ。よく知って…あ、姉さんのノート見たんだったわね」

 

提督は机の上に一冊のノートを出した。ノートを開くと、あるページを開き電に見せた。

 

「その呪文とやらは、もしかしてこれか?」

 

「何だ、ノート預かってたの?そう、このページの…え?」

 

そのノートには、別の艦娘の体に乗り移り轟沈を免れる為の方法が記されていた。だが、そこに記されていた呪文は、提督が言った物とまるで違っていた。

 

「今の呪文は俺が適当に言った物だ。それとは違うな」

 

「た、確かに違うけど…そうよ、思い違いしてたのよ。多分それよ」

 

「じゃあ、尚更おかしいな。ここに書いてある呪文も、さっき俺が書き込んだ物なんだ」

 

「えっ…」

 

「その方法とやらに、呪文は要らない筈なんだが」

 

「ねぇ…さっきから何が言いたいの?」

 

「…霞」

 

「…何よ」

 

「実はな…お前に会わせたい奴がいるんだ」

 

「私に…会わせたい人?」

 

「ああ…入ってくれ」

 

提督が声を掛けると、隣の部屋のドアが開き、一人の少女が顔を出した。

 

「霞ちゃん…」

 

「荒潮姉さん…?え、どういう事?会わせたい人って荒潮姉さん?」

 

「…」

 

いつもとは違った血の気が引いた様な顔付きの荒潮が、部屋の中にいる誰かに手招きした。荒潮に促されたもう一人の少女が、ゆっくりと姿を現した。

 

「なっ…アンタは!」

 

彼女の顔を見た電は、まるで信じられない物でも見たかの様に後ずさった。それもその筈、彼女の前に現れたのは、二度と会う筈のない…

 

「な…なんで…どうして、あたしがここに…?」

 

あの海で電に乗り移り、轟沈した筈の霞だった。

 

「電…お前は霞じゃない」

 

「はあっ?な、何を言ってるのよ。アンタも知ってるでしょう?あたしは、あの時この体に乗り移って…」

 

「実は昨日、先日協力した鎮守府から連絡が有ってな。戦いが終わって帰投しようとした加賀が、轟沈寸前の艦娘を見つけたそうだ」

 

「ご、轟沈寸前の…艦娘?」

 

「そう、ここにいる霞だ。加賀は鎮守府に連れ帰って、妖精の応急修理女神を使う事で轟沈を免れたそうだ」

 

「加賀さんが…(あたし)を…?」

 

「そう。あの時、霞は沈まなかったんだ」

 

「そ、そんな筈は…」

 

「ところが、助かった霞は何故か鎮守府(こっち)に戻るのを嫌がったそうだ。不思議に思った加賀が霞に理由を聞くと、あの時二人の間で何があったかを涙ながらに語ったそうだよ。その結果は…お前も知ってるな」

 

「そ、そうよ。あの時、あたしは電の体に乗り移ったのよ!だから、あたしはここにいるのよ!」

 

「なら見ていたんじゃないか?あの後、霞が何をしたのか…お前に何を言ったのか」

 

「あ、あたしが…?ううっ!」

 

提督の言葉に、電は激しい頭痛に襲われ片膝を付いた。

 

「電ちゃん!」

 

「電っ!」

 

その電を、もう一人の霞が支えた。

 

「い、電…ごめんね…ごめんねぇ…」

 

「な、何を…あうっ…」

 

霞の顔を、泣きじゃくる顔を見た電は、前にも全く同じ霞のこの顔を見た気がした。

 

〈ま、前にも…こんな事が…〉

 

〈そ、そんな事ある訳ないのに…〉

 

『やっぱり…あたしには出来ない…』

 

〈こ、これは…あの時の…あたし…?〉

 

『ごめんね電。あたし…ある方法でアンタの体を奪って助かろうと…』

 

〈そ、そうよ。だから、あたしは助かって…〉

 

『でも…アンタはあたしの親友だもの…アンタを犠牲にする位なら…大人しく沈むわ』

 

〈…えっ?〉

 

『さよなら電…アイツに…ごめんって…伝えて…次のあたしとも…仲良くしてあげてね…』

 

〈な…何故あたしが沈むのを見てるの?あたしはこっちに…〉

 

霞は電を抱き起こすと、涙ながらに語り始めた。

 

「あの時、あたしは姉さんに教わった方法でアンタの体に乗り移ろうとしたの。でも、こんなやり方で…親友を犠牲にして生き残っても、司令官は喜ばないって思ったの。あたしは…あの時轟沈する事を受け入れたの」

 

「そ、そうよ。あたしの体はあの時…」

 

「だけど、沈んで行くあたしが見たのは…まるで、あたしに成ったかの様な(アンタ)だったの」

 

「それは、あたしが乗り移ったから…」

 

「電…あたし、あの時何もしていないの。だから、そんな事ある訳ないの…」

 

「違う…あたしは電に乗り移って…」

 

「電、さっきも言ったが、お前は霞じゃない。霞に成ったと思い込んでるだけなんだ」

 

「あ、アンタまで、あたしを疑うの…?あたしが霞よ、こっちにいるのが偽者なのよ」

 

「電、お前は何か困ったりするとスカートを掴む癖がある。今みたいに」

 

提督に指摘された電がハッと我に帰ると、提督の言う通り、自分がスカートを握っている事に気付いた。

 

「ハッ…こ、これは…」

 

「霞が沈んだ後、話した事があったろう。あの時、お前は既に霞だった筈だ。だが、お前は電の時の癖を持っていた。あの時は何か悩みがあるのかと思っていたんだが…」

 

「そ、それが何よ!あたしが霞じゃない?じゃあ、あたしは一体誰なのよ!」

 

「電…これは俺の考えだが、お前は無意識に霞の願いを叶えようとしたんだ。霞が、お前の体を奪おうとしていると知った時、お前はその願いを叶えてあげようと思ってしまったんだ。その結果、お前は自分に暗示を掛けてしまったんだ。

 

「『自分は霞なんだ』と」

 

「ち、違う!あたしは霞よ!あたしは…」

 

「じゃあ聞くが…霞、以前お前がいた鎮守府の事を覚えているか?」

 

「そ、それは…」

 

「知る筈がない。それは本物の霞しか知らない事だからな」

 

「ううっ…」

 

狼狽する電に見かねたのか、霞が彼女を抱きしめ、強く訴えた。

 

「もういい…もういいの電。全部あたしが悪いの。アンタを犠牲にしようなんて考えた、あたしが。だから、お願い…元の電に戻って…」

 

「う、うるさい、この偽者!あたしは騙されないわよ!あたしが霞なんだから!アンタは沈んだの!あたしが本物の霞なのよ!」

 

「電…きゃあっ!」

 

「喋るな、この偽者ッ!あたしが霞よ!あたしが…あたしがッ!!」

 

半狂乱の電は霞に掴み掛かった。提督と荒潮は慌て二人を引き剥がした。

 

「し、司令官!アンタまであたしを疑うの?あたしよ、あたしが本物の霞よ!姉さん、荒潮姉さんなら判るわよね!?」

 

「荒潮、すまないが電を別の部屋へ連れて行ってくれないか」

 

「は、はい…電ちゃん、こっちへ」

 

「は、離してっ!姉さん、あたしよ!あたしが判らないの!?」

 

叫び続ける電を、荒潮が力ずくで部屋の外へと引っ張って行った。部屋に残った霞は、その場に倒れる様に項垂(うなだ)れてしまった。

 

「…」

 

「霞…」

 

「ごめんなさい、あたしが妙な事を考えたばっかりに…」

 

「もういいんだ。霞、俺はお前が無事で帰って来てくれただけで充分だ」

 

「で、でも!その所為で電が…」

 

「そうだな。でもな霞、その半分は俺の所為でもあるんだ」

 

「あ、アンタの…?」

 

「ああ。電が言っていたんだ。自分が沈みたくなかったのは、俺との思い出を無くすのが怖いからだって。あれは、お前に成りきってた電の言葉だが、お前の気持ちを代弁してたんじゃないのか?」

 

「それは…」

 

「それに霞も、電が、ああなってしまった責任を感じて帰ろうとしなかったんじゃないか?俺を…いや、電を返って苦しめるだけだと思って」

 

「…あの時、あたしは本当に電の体を奪ってでも助かりたかった。思い留まりはしたけど、それは事実。その所為で電は変わってしまった…だから、それを受け入れるのが、あたしが電に出来る償いだと思ったの」

 

「でもな、霞。俺は本物のお前が帰って来てくれて嬉しいよ。電とも口喧嘩したが、あの姿だと調子が狂う。やっぱり俺は、そっちの姿の霞が好きだよ」

 

「…それじゃ、あたし口喧嘩する為に帰って来たみたいじゃない」

 

「口喧嘩も、だよ」

 

「そういう事にしておくわ。でも…」

 

「ああ。電を元に戻す方法は、これから考えないとな。だが、その前に…」

 

「…あっ、何を」

 

提督はノートを掴むと、ポケットから出したライターで火を付けた。炎はみるみる大きくなり、ノートは黒く焦げていった。

 

「このノートは、もう要らないだろ。もしかしたら誰かが同じ事を考えるかもしれない」

 

「そうね…それがいいわ。でも、いいの?」

 

「何がだ?」

 

「確か、電を元に戻す方法も書いてあったけど」

 

「えっ!ほ、ホントか!?」

 

「嘘よ」

 

「おいおい…」

 

「フフッ…ねぇ、こんな事言えた義理じゃないかもしれないけど、これからもあたしをここに置いて欲しいの」

 

「…」

 

「電をあんなふうにした、あたしを許してとは言わない。でも…それでも、あたしはアンタと一緒がいい。

 

「お願い…これからもアンタの側にいさせて…」

 

「霞…そう言うセリフは、もっと時と場所を考えてだな…」

 

「ち、違うわよっ!そんな意味じゃ…そんな…。でも…もしそうだったら…ど、どうするのよ」

 

「お袋に紹介したら泣かれるかもな…」

 

「お母さんに…どうして?」

 

「こんな小さな子を妊娠させるなんてって」

 

「は、はあっ!?に、妊娠って…赤ちゃんって事!?あたし達、手も繋いだ事ないのに!エッチ!スケベ!変態!」

 

「フッ、久し振りの霞節。やっぱり霞はこうでなくちゃな」

 

「ロリコン!駆逐艦好き!エルオー!」

 

「やめてくれ霞…その現実は俺に効く…」

 

「はぁ…まぁいいわ。それに…アンタみたいな奴を相手にする奴なんて、あたし位しかいないでしょ」

 

「はは、耳が痛いよ」

 

「改めて…これからもよろしくね。一緒に電を治す方法を考えて行きましょ」

 

「ああ…ン熱っつッッ!」

 

「いつまで持ってんのよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈提督は、ああ言ったけど…本当にそうかしら…〉

 

〈電ちゃんが変わったのは、霞ちゃんの願いを叶える為じゃなく…〉

 

〈自分の願いを叶える為だったんじゃ…?〉

 

〈電ちゃんが提督を慕っているのは、私でも解る。でも電ちゃんは、霞ちゃんの様に自分の気持ちを口に出す様な強さは持っていない…〉

 

〈だから、霞ちゃんから乗り移る話を聞かされた時に、逆に利用したんじゃないかしら?〉

 

〈そうすれば、今までの自分には出来なかった事も霞ちゃんに成ったからだって、自分に言い訳が出来る〉

 

〈それに…どうしても解らないのは…〉

 

〈何故、電ちゃんは、あのノートに乗り移る方法が書いてある事を知っていたの?あのノートは、電ちゃんは知らない筈…〉

 

〈それに…もし失敗だったなら…加賀さんは、私に嘘を教えたの…?〉

 

〈それとも、本当は私に教えたくなかったから、隠しているの…?〉

 

〈そうよ…そうに決まってるわ。加賀さんは復活の方法を隠したいのよ。だから私に嘘を言ったんだわ!〉

 

荒潮も決して霞の事を何とも思っていない訳ではない。姉妹としての愛情も持ち合わせている。だからこそ、復活の方法を霞に教えもした。

霞で試す為に。

霞が沈む事に、記憶を失う事を恐れている事は荒潮も知っていた。だからこそ復活する方法がある事を(ほの)めかし、万が一の時は霞が、そのやり方を実践する様にと誘導した。

だが、その結果生まれたのは二人の霞。

電を見る度に、荒潮は思う。

今、彼女の中にいるのは電なのか、それとも霞なのか…。

 

嘘を教えた加賀が悪いのか、それを信じた荒潮が悪いのか…それとも、それに踊らされた霞と電が悪いのか…

 

〈絶対に探ってみせるわ…そうよ…〉

 

〈あの提督(ひと)を忘れない為に…!!〉

 

電の手を引く荒潮の手に力が籠められた。

 

「ちょ…ちょっと姉さん、そんなに強く…」

 

「ねぇ、霞ちゃん…あなた、本当に霞ちゃんなの?それとも電ちゃんなのかしら?誰にも言わないって約束するわ。だから本当の事を教えてくれないかしら…

 

「あなたは…誰なの?」

 

「…」

 

暫しの静寂の後…電の唇がゆっくりと開く…




北上回と同じで二重人格的なオチですが、こっちは最後まで治らない終わり方にしました。
一応捕捉すると、加賀さんに悪意はありません。今さら「嘘やで」とも言えず荒潮にそれっぽい事教えて追い返しただけです。本人も、まさかこんな事になってるとは夢にも思ってません。次回、鎮守府大決戦!激突!荒潮 対 加賀にご期待ください(大嘘)。

次は雪風回の続きです。






艦娘型録

霞 ねぇ、あたしがいない間に電が何か言わなかった?え、お金貸した?そう、じゃあ代わりにあたしが返すわ…って、騙される訳ないでしょ!

電 電は霞ちゃんなのです!暁ちゃんの隠してたお菓子食べたのも司令官の部屋の鍵取ったのも、全部霞ちゃんの仕業なのです!だから電は悪くないのです!

提督 そうそう、やっぱり霞はこうでなくちゃな。でも…へへッ、久し振りの霞節、懐かしいやら痛いやら…。

荒潮 あ、もしもし赤城さんですか?加賀さんいます?え、いない?じゃあ待ちます、何時なら…え、入渠中?大丈夫ですよぉ…例え何日でも待ちますよ。何なら私がそちらへ行きますよ?

加賀 え、荒潮の妹、あの方法試したの?参ったわね…占いの本見て適当に言っただけなのに。あれも只の風邪薬なのに。電話?まさか…赤城さん、私暫く入渠って事にしておいてくれる?

暁 ねえ、電。何があったかは分からないけど、これだけは言っておくわよ?暁が長女よ!暁が一番偉いんだから!これだけは忘れちゃ駄目よ?

雷 ね、ねえ…最近の電、ちょっとガラが悪くない?やけに突っ込みが鋭いって言うか…誰に似たのかしら。

響 電、この前、荒潮さんに利き酒の会に入らないかって誘われたんだ。え、加賀さんは酒癖が悪い?どうして電がそんな事知ってるんだい?





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改二
妄執潮流


今回、私、提督は任務中に部下であり、駆逐艦の娘である潮さんに不快な思いをさせてしまい深く謝罪致します。
まず、私が曙サイドがセクハラだと訴える行為を働いた経緯を説明しますと、説教中に潮の胸がいやらしく揺れるもので、私は、そこで、アラっと思い胸を揉んでしまいました。
遠征前に第七駆逐内で「ご主人ならある程度いっても大丈夫っしょ」という噂があったのです。
私が潮の胸を触ったのは紛れもない事実であります。
しかし、潮といえばどスケベなイメージがあるという事も事実であります。
よって、ここは喧嘩両成敗という事で、水に流して頂けないかと思っている所存でございます。

佐世保鎮守府 提督



(さざなみ)っ、そっち行ったわよ!」

 

「ガッテン承知の助!行くよ、(うしお)っ!」

 

「う、うん!」

 

あたしの砲撃を交わした軽巡ホ級が二人の方へ逃げて行く。あの二人なら、あたしより弱いと思ったのかしら?馬鹿ね。

 

「ギィイイイッッッ!!」

 

ほら、見なさい。あの二人は練度だけなら、あたしよりも下だけどコンビ組んだら、あたしよりも強いんだから。

…ちょっとだけね。

 

「イェーイ!やっぱ漣と潮っちの駆逐ボンバーはサイキョーっしょ!」

 

漣の奴、また変な漫画読んだわね。確かにホ級は変な仮面着けてるけど。

 

「ほれ、潮ちん。ハイタッチ、ハイタッチ!」

 

「…」

 

「んも~!潮っち、ノリ悪い!」

 

「だ、だって漣ちゃん…」

 

「ふふっ、いいじゃない潮。勝ったんだから少し位付き合ってあげれば?」

 

「う、うん…じゃあ…」

 

「ホレ~♪」

 

「ひゃあんっ!」

 

さ、漣っ!何で胸を?ゆ、揺れて…じゃなくって!

 

「…だからイヤだったのに」

 

「ちょっと漣、いくら女同士だからってヤメなさいよ」

 

「だって潮ちゃん、こんなモンぶら下げてんだもん!同じ駆逐艦なのに!ウラヤマー!」

 

「す、好きでこうなったんじゃないもん…」

 

…あたしも好きでこうなった訳じゃないけどね。

 

「ホントは、(ボノやん)も羨ましいんでしょ?」

 

「誰がボノやんよ。べ、別に羨ましくなんかないわよ。愛宕(あたご)さんも言ってたでしょ。大きくても肩が凝るだけだって」

 

「そ、そうだよ。私は漣ちゃん位の方が小さくて可愛いと思うよ」

 

「ムガー!聞いたボノやん?ウチらの方が小さいだって!「ウチら?あたしも!?」

 

「あ、あたしは漣ちゃんや(あけぼの)ちゃんの方が…女の子らしくってイイかなって」

 

…本当に大きいわね。同じ駆逐艦とは思えないわ。

 

「ね?曙ちゃんもそう思うでしょ?」

 

「え、ええ…そう思…」

 

そんなよりりましょうまたれるかもしれないです

 

「…」

 

ちゃんもってるよ

 

「…」

 

ちゃ「フンッ!」ひゃあっ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あたし、綾波(あやなみ)型駆逐艦、(あけぼの)が生を受けて何年経つのかしら。気が付けば人の形になって目を覚ました。艦娘って呼ばれてるみたいね。いまいちパッとしない呼び方だわ。もっとこう…なかったのかしら。船乙女(ふなおとめ)とか、海の貴婦人(きふじん)…少女とか。

幸い、あたしの鎮守府には1番艦の綾波姉さんも居たし、その後を追う様に(さざなみ)(うしお)もやって来た。

戦いは…あまり好きじゃないわね。皆は意外だって言うけど、失礼しちゃうわね。昔は嫌いじゃなかったわよ。昔はね。でも海に出ると、どうしても思い出しちゃうのよ。翔鶴(しょうかく)さんを守れなかった事や最上(もがみ)さんをこの手で沈めた事を…。

もう二度とあんな思いはゴメンだわ。

 

でも、今の体に生まれたのは悪い事ばかりじゃない。昔助けられた潮とも、こうして話せるし。

それに、もう一つだけ良い事もあったわね…

 

 

 

 

 

 

 

「三人とも無事そうで何よりだ」

 

「ご主人さま、お帰り!「ただいまな」

 

「潮も、お疲れ」

 

「…はい」

 

「ちょっと、何であたしには何も言わないのよ」

 

「あ、ああ…忘れた訳じゃないよ。お疲れ、曙」

 

「…ふん」

 

あたしの密かな楽しみ…それはこの瞬間。

あたしが帰って来て、提督が出迎える。提督の顔を見ると、あたしは初めて帰って来たって実感出来る。もちろん、こんな事口が裂けても言わないけど。

でも、もしあたしが帰って来なかったら提督はどんな顔するのかしら。いっつも、あたしにべったりだもんね。

べ、別にあたしは、こんな奴どうでもいいけど…あたしがいなきゃダメだもんね。ホント、世話が焼けるわ。

ふふっ♪

 

「いや~今日も漣と潮っちの完璧なコンビネーションで決めましたよ!」

 

「そうなのか、潮」

 

「は、はい」

 

「まぁ、あたしの次に頑張ったんじゃないかしら?」

 

「あれ?でもボノやんって今回は…」

 

「何よ、何か言いたいの?」

 

「潮っち~、ボノやんが苛めるよ~」

 

「も、もう、漣ちゃんったら…」

 

「まあまあ…でもなボノやん「曙よ」お前…」

 

「何?」

 

「…いや、何でもない」

 

「何よ、男らしくないわね。言いたい事があるならハッキリ言いなさいよ」

 

「…まあ、無事で良かったよ」

 

「べ、別に気にしないでいいわよ!…フン」

 

何よ、奥歯に何か挟まった様な顔して…あたし、どこも変じゃないわよね?

 

「見ました奥さん、あれがツンデレですわよ」

 

「変な言葉ばっかり覚えるんじゃないわよ」

 

「て、提督さん!」

 

「ん、どうした潮?」

 

「気、気にしなくて…いいです…ハイ」

 

「潮「っち!?」

 

「あ、ああ…」

 

「ご、ゴメンなさい、やっぱり私には無理ですぅ

 

あ、出て行っちゃった。この手のノリは潮にはキツいかもね。私でさえ漣にはペース乱されてる位だし。

 

「う~ん、やっぱり潮っちにはボケとツッコミの砲雷撃戦は無理かにゃ」

 

「何よそれ…」

 

「提督、今夜は赤飯で祝いましょう!」

 

漣、何言ってるの?あたし達人間じゃないんだから…

 

「そうだな、用意するか「ちょっ…ちょっと!アンタ達意味解ってんの!?」

 

「そりゃあ…アレしかないだろう」

 

「女の子の大事な日…んもぅボノやんったら、トボけちゃってぇ♪」

 

「い、いや、あたし達艦娘よ?そりゃ北上さんや大井さんみたいな軽巡や重巡の人はあるかもしれないけど…ま、まさか漣、アンタ…あるの!?」

 

「う~ん、漣はまだないかな~。でも北上さんに聞いたら最初は辛いって言ってたな~」

 

「ええっ!?き、北上さんって…そうなの?」

 

「俺には一生無縁だけどな」

 

「当たり前じゃない!あったら怖いわよ!」

 

「男のご主人さまには、少しキツいと思いますよ~」

 

「じ、じゃあ…将来あたしも…あるの?」

 

「そりゃあ俺としては成ってくれた方が嬉しいよ」

 

「はあっ?」

 

「あ、潮っちは、もうすぐですね」

 

「はあっ!?」

 

「そうだな、改二になれば、少しは弱気な所も…「ちょ、ちょっと!」

 

「どうした、曙」

 

「え…か、改二?あたし、てっきり…」

 

「てっきり…?」

 

「ご主人…ゴニョゴニョ

 

「え!あ…う~んと…そうだな。曙も…あ、あるかもしれないな」

 

「…何がよ」

 

「き、近代化改修が」

 

「ええっ?あ、うん…そうね。悪くはないわね…あたしはてっきり…」

 

「生理?」

 

「んなあっ!さ、漣ッ!あんた…!」

 

「…」

 

「こっち見んな糞提督!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お邪魔するわよ…って、いないの?」

 

執務室の隣は、提督(アイツ)が普段寝泊まりしている私室へと繋がっている。(あたし)は週に何度かアイツの部屋へ通っている。本当はあたしだって、こんな事したくない。変な噂が立つのもイヤだし。ただ、アイツは自分の事には無頓着だ。服はいつもシワがあるし、いつ洗ったかも判らない。ご飯だって作るのが面倒だからと、麺や酒のおつまみばかり食べている。

あんな奴でもあたし達の提督だ。栄養失調で倒れられては困る。そう思ったあたしは仕方なく…そう、本当に仕方なく、時々こうやってアイツの部屋へ通っている。

 

〈相変わらず汚い部屋ね。そこら中に服が脱ぎっぱなし。この布団も最後に干したのいつかしら…〉

 

男って、みんなこうなのかしら。これじゃ結婚しても、お嫁さんも苦労するわね。

…結婚ね。アイツと結婚したいなんて人いるのかしら。まあ、艦娘のあたしには関係ない話だけど。

 

「…っと、曙?どうして俺の部屋に」

 

「別に。潮達が、アンタがちゃんとご飯食べてるのか心配してたから、変わりに見に来ただけよ」

 

「ああ、それはすまないな。まぁ適当に済ませるよ」

 

「またラーメンで済ませる気?そう言うと思って食材持ってきたわよ。あたしが作ってあげるから、それ食べなさい!」

 

「はは、悪いな。でも曙の方はいいのか?用事か何かないのか?」

 

「あたしだって暇じゃないわよ。でも、アンタに倒れられたら皆が困るでしょ。だから仕方なくやってあげるのよ」

 

「何だかんだで曙には世話になりっぱなしだな。今度お礼でもしなきゃな」

 

「別にいいわよ…あたしが勝手にやってる事だし」

 

「そうか。何かあったら言ってくれ」

 

「…じゃあ釣竿が欲しいわ。最近釣りに凝ってるんだけど、そろそろ新しいのが欲しかったの」

 

「釣りか。何か釣ったら食べさせてくれよ」

 

「いいわよ。何がいい?フグ?アカエイ?オニカサゴ?」

 

「それ、全部毒あるよね。曙、もしかして俺の事嫌い?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん、旨いよ」

 

「ありがと」

 

あたしの作った料理を提督が食べる。次いでにあたしも食べていく。この光景も見慣れてきたわね。

ふふっ、こうしてるとまるで夫婦みたいね。

…何言ってるのよ、あたし。馬鹿みたい。

ホント…

 

「随分と部屋が片付いてるみたいだけど…」

 

「アンタが来る前に、あたしが片しておいたのよ。その布団もそろそろ干しなさいよ」

 

「あ、ああ…ツマミは…」

 

「そこにあるわ」

 

「酒は…」

 

「冷蔵庫に入れておいたわ。今日は仕事終わりだからって、あまり飲み過ぎるんじゃないわよ」

 

「分かってるよ」

 

「次いでにゴミも纏めておいてあげたから。明日出しておきなさい」

 

「あ、ああ…何か実家にいるみたいな気分だな」

 

「実家…?どういう意味?」

 

「その…お袋と話してるみたいだなって」

 

「あたし、まだそんな年じゃないわよ!」

 

「そんな意味じゃないって」

 

「それに、こんな手の掛かる子供なんて要らないわよケッコンだってまだなのに

 

「…曙、本当に無理しなくていいんだぞ」

 

「無理?一体何の話よ」

 

「いや、お前にもやる事はあるだろうし、無理に俺に構わなくてもいいって意味だよ」

 

「じゃあ自分の世話位、自分で出来る様になりなさい。あたしは艦娘よ?家政婦じゃないんだから」

 

「耳が痛いな」

 

「あ、そういえば赤城さん、今度の任務で出るんでしょ?あたしも護衛で行くわよ」

 

「曙が?でも北上と大井もいるし、駆逐艦なら曙以外もいるだろう」

 

「いいじゃない。それとも、あたしじゃ役不足だって言うの?」

 

「そうじゃないが、曙には、また別のを振り当てるつもりだったからな」

 

「それは他の子にでも回しなさいよ。じゃあ、頼んだわよ」

 

「…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、曙ちゃん。次はウチらと出るんだって?」

 

演習の為に港に来ると、今演習を終えたらしい二人がいた。球磨(くま)軽巡洋艦の北上(きたかみ)さんと大井(おおい)さん。北上さんは普段のやる気のなさとは裏腹に、軽巡洋艦としてはトップクラスの強さを誇る。そんな北上さんに(変な意味じゃなくて)付いてまわる大井さんも、何だかんだで強いんじゃないかって、あたしは思ってる。

 

「ええ。さっきアイツにも頼んでおいたわ」

 

「曙ちゃんは働き者だね~。アタシはのんびり、お茶でも(すす)ってたいよ」

 

「そうですよね~。あ、北上さん、任務終わったら、あそこ行きましょうよ。魚雷喫茶!」

 

「魚雷喫茶?…何それ」

 

「お、イイねぇ」

 

「えぇ…」

 

「曙ちゃんも行ってみる?」

 

「…(ジロリ)」

 

「別に睨まなくても邪魔しないわよ。あたし軽巡じゃないから魚雷の魅力解んないし。二人で行ってくれば?」

 

「魚雷って言えばさ大井っち。あの日はちょっとツラいよね~」

 

「あの日?ツラいって…何が?」

 

「解ります。多い日はツラいですよね~」

 

「多いって…あ、任務の日って事?魚雷が重いって事?」

 

「そだよ。何だと思ったのさ」

 

「え…いや、その…その言い方だと…」

 

「横漏れとか、もう最悪ですよね!」

 

「ええっ!?お、大井さん…?」

 

「最近は羽根付きもあるから良いけどさ」

 

「ね、ねぇ…魚雷の話よね?…魚雷が横に落ちちゃうから支えが必要って事よね?」

 

「まぁ、こればっかりは艦娘に生まれたから仕方ないけどね~」

 

「艦娘?女の子の…アレじゃなくて!?」

 

「当たり前じゃない。曙、アンタさっきから何を言ってるの?」

 

「いや、それこっちのセリフよ、大井さん!その言い方じゃ、まるで人間のせ…

 

「北上さんは入れる派でしたよね?」

 

「えっ…入れるって、用品

 

「やだな~曙ちゃん。魚雷だよ。アタシは自分で発射菅に入れる派なの」

 

「う、うん…そうよね…」

 

「私は恥ずかしいけど入れるのは怖くって…だから付ける派です」

 

「付ける?大井さん、それ…ナプ…」

 

「何言ってるのよ曙。魚雷よ魚雷。私は持つのが怖いから明石さんに付けて貰ってるのよ」

 

「そ、そうよね…あたし達艦娘だもん…ある訳ないわよね…」

 

「ウチら艦娘で良かったよね~♪」

 

「やっぱ生理の事じゃない!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ潮ちゃん、ヨロシクね~」

 

あら、潮じゃない。どうしたのかしら。北上さんと一緒なんて珍しいわね。

 

「どうしたの潮。北上さんに何か用でもあったの?」

 

「あ、曙ちゃん。う、うん、明日の赤城さんの護衛に一緒に来てって」

 

「ああ、それね。それ、多分あたしになるわよ」

 

「え…どうして?」

 

「昨日アイツに言っといたから。潮は休んでていいわよ」

 

「あ、あの…曙ちゃん。その任務、あたしに任せて欲しいの」

 

「…どうして?」

 

「じ、実は…もうすぐ改になれそうなの。だから、今回の話聞いて、北上さんに私から頼んだの」

 

改…潮って、そんなに練度積んでたっけ。あたしだって、まだなのに。

 

「そ、それに北上さんや大井さんとなら、私でも大丈夫かなって…」

 

…まぁ、あの二人がいるなら安心か。あたしより先に改になるのは癪だけど…。

 

「分かったわ。今回は潮に譲るわ。アイツにも、そう言っといて」

 

「う、うん!ありがとう、曙ちゃん」

 

「別に礼を言われる事じゃないわよ。無理しないでね」

 

「うん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふあぁ…よく寝たわ。

あら、潮がいないわね。いつもは、あたしより起きるの遅いのに。

 

「おはよ~ボノやん」

 

「おはよう、漣。ねぇ、潮は?」

 

「え?潮っちなら、もう出掛けたよ」

 

あ、そうだった。確か今日北上さん達と遠征に行くんだったっけ。

 

「でも潮っち、ハリきってるよね。やっぱ改が近いからかな」

 

「多分そうでしょうね」

 

「ん~、でも漣の推理では、それだけじゃないんだな~」

 

「それだけじゃない…?」

 

「潮っち、ご主人さまにイイ所見せたいんじゃないかな。潮っちも、ああ見えてご主人さまの事好きだからね~…誰かさんみたいに」

 

「べ、別にあたしは…」

 

「あら~?別にボノやんとは言ってないけどな~」

 

「…んもぅ」

 

「ニヒヒッ、アオハル真っ盛りですな~♪」

 

何よアオハルって…

でもまぁ、潮も…気持ちは解るけどね。

 

「でもね~、ボノやん。ご主人さまには、あまりお熱になるのは良くないって漣は思うな~」

 

「な、何よ、お熱って…」

 

「ご主人さまはウチらにも優しいけどさ、それって赤城さんや北上さん達に対する優しさとは違うからさ」

 

「優しさが…違う?」

 

「何て言うのかな…赤城さん達の事は、ご主人さまも女の人って感じで扱ってるけど、ウチらは妹とか娘って感じじゃん」

 

「…」

 

「だからさ、あまり、ご主人さまに本気にならない方がボノやんの為だよ」

 

「は、はぁ!?べ、別に本気になんかなってないわよ!」

 

「…漣もそう思ってるよ。ボノやんが傷付くのは見たくないもん」

 

「漣…」

 

まあ、それはあたしも薄々勘づいてはいたけどね。

一番解りやすいのは、ミスした時のあたし達に対する対応だ。作戦に失敗した時のアイツは、場合に因っては赤城さん達にダメ出し、時には叱咤する事もある。

でも、あたし達にはそれが無い。

そう、アイツはあたし達を決して怒ったりはしない。

例えどんなミスをしても、まるで子供をあやす様に困った顔で嗜めるだけ。あたしは、それがとても不満だった。

叱られない事が悔しいんじゃない。失敗しても仕方ないと思われているのか…そう考えると無性に腹が立った。

 

確かに赤城さんに比べれば、あたし達なんてどうって事ないかもしれない。でも、あたし達も同じ艦娘だ。役に立っているって意味じゃ赤城さんにだって負けてないって自負してる。

そりゃ、赤城さんや愛宕さんには女としての魅力では敵わないかもしれない。

何よ、あんなの!ちょっと胸が大きいだけじゃない!あたしより、ほんの少し…20センチ位違うだけじゃない!

でも…もし、アイツがあたしを本気で叱る様な事があったら…

それは、あたしが赤城さん達と同じって事なのかしら…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「た、大変だよボノやん!」

 

「何よ漣、朝っぱらから騒々しいわね」

 

「赤城さん達が帰って来たんだけど、どうも任務に失敗したみたいで…だ、誰か沈んだって」

 

「えっ…ま、まさか潮が!?」

 

「わ、判んない!と、とりあえず港に帰って来てるみたいだから、行ってみようよ!」

 

「ええ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、潮ッ!」

 

「潮ちん!」

 

「み、皆…ごめんなさい」

 

「な、何言ってるのよ。中破程度で済んで良かったわよ。漣が潮が沈んだかもって言うからビックリしたわよ」

 

「べ、別に潮っちが沈んだとは言ってないもん。でも、あれ…皆平気みたいだし。漣、聞き間違えたかな」

 

「そんな暗い顔しないでよ、駆逐艦」

 

「あ、北上さん…だ、大丈夫?」

 

「うん?あたしは平気だよ曙。それよりも潮の心配してやりなよ」

 

「え、ええ…」

 

な、何だ。誰かが沈んだって言うから、あたしてっきり潮かと…。でも、良かったわ。北上さんも赤城さんも大した事なかったみたい。

あら、そう言えば大井さんは…?確か一緒に出撃じゃなかったかしら。

 

「ね、ねえ潮。大井さんは?もしかして遅れてるの?」

 

「…う、ううっ」

 

「潮、どうしたの?」

 

「私の所為なの…私の所為で、大井さんが…!」

 

次の瞬間、潮はその場に座り込んで泣き出してしまった。

一体どうしたのかと問うあたしの後ろに、申し訳なさそうな顔をした赤城さんが立っていた。泣く潮に代わって、あたしは赤城さんから事の顛末を聞かされた。

何でも、赤城さんの護衛に付いていた潮が不意を突かれ中破してしまったらしい。その隙を突く様に狙われた赤城さんの楯になるべく北上さんが飛び出した。だが、結果被弾したのは北上さんではなく、大井さんだったらしい。恐らく北上さんを庇ったんだろう。

集中砲火を浴びた大井さんは、二人の目の前で別れを惜しむ間もなく沈んでしまったそうだった。

 

「大井さんが…」

 

「私が悪いの…私がちゃんと赤城さんを守っていれば、大井さんを…」

 

「潮の所為じゃないわよ」

 

「そ、そうだよ潮っち!今回はたまたま運が悪かっただけだって!」

 

「でも…提督にも自分から行かせて下さいって言ったのに…」

 

「そんな事でアイツは怒ったりしないわよ。だから、あまり気にしちゃ駄目よ、潮」

 

「曙ちゃん…」

 

「あの…北上さん…」

 

「…何、曙」

 

「大井さんがこんな事になって…あたしも本当に残念です」

 

「…」

 

「その…気を落とさないで下さい」

 

「…じゃあ、アタシ報告してくるから」

 

いつもの様に笑顔であたしに挨拶すると、北上さんは赤城さんと一緒に去って行った。

気丈に振る舞ってる様に見えるけど、心なしか顔色が悪い様に見える。無理もないわ。あたしだって潮や漣を失う事になったら、暫くは立ち直れないもの。

でも北上さんは、そんな表情を少しも見せなかった。

北上さん、強いな。あたしも見習わなきゃ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ふふっ♪」

 

「北上さん?」

 

「曙ちゃん、何言ってんだろ」

 

「…え?」

 

「あの言い方じゃ、まるで大井っちが沈んだみたいじゃん。ね、大井っち」

 

「…北上…さん?」

 

「…だよね、大井っちもそう思うよね。あ、もしかして前にからかった時の仕返しかな?」

 

「き、北上さん…何を言ってるんですか?お、大井さんは…!」

 

「…ねぇ、赤城さんも…そう思うでしょ?」

 

〈き、北上さん…あなた…〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夕方、あたしは特に理由もなく、いつもの様にアイツの部屋にでも行こうと思った。また適当に夕飯を済ませるつもりなら作ってあげようか、あたしはため息を吐きながら執務室のドアに手を掛けようとした。

 

〈あら…〉

 

中には先客が居る様で、何やら話し声が聞こえる。ただ、その様子が妙だった。まるで口論でもしているのか、廊下にいるあたしにも声が届く位だった。それに、この声の主は、アイツと…

 

《…そんな、私ッ!》

 

〈潮…どうして、ここに?〉

 

《しつこいぞ潮。お前の気持ちは聞いていない。今言った通りだ。解ったな?》

 

《…どうしても、ですか》

 

《潮、黙って言う事を聞くんだ。でなきゃ漣や曙を…》

 

《ま、待って下さい!漣ちゃんと潮ちゃんは関係ありません!だから二人を巻き込まないで下さい!》

 

〈何やらただ事じゃないわね。それに妙な雰囲気ね。何を話してるのか判らないけど、まるで潮が脅されてる様な…〉

 

《ああ。俺も…だから、ちゃんと言う事を聞くんだ。解ったな?》

 

《…》

 

部屋の中から床を蹴る音が聞こえると、あたしは反射的にドアの後ろへと隠れてしまった。部屋のドアが開くと、潮はドアの後ろにあたしがいるのも気付かず走って行ってしまった。

少し泣いていた様な気がしたが…気の所為だろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

駆逐呼吸綾波

 

〈漣ったら、相変わらず寝言が酷いわね。その点、潮は…あら?〉

 

ふと、寝返りを打ったあたしは、隣に寝ている筈の潮がいない事に気付いた。いつもこの時間には、あたし達は就寝している。まして潮は、今日任務から帰って来たばかり。本来ならぐっすり寝ている筈なのに…。

 

《カチャッ…》

 

ドアが静かに開けられ、音を立てない様に抜き足で近付いてくる小さな影。あたしは寝た振りをしながら薄目を開けた。

 

「ふうっ…」

 

潮だった。

潮は、あたしと漣が寝ているのを確認すると、静かに布団に潜り込んだ。

 

〈潮ったら、どうしたのかしら…〉

 

9千発っている

 

〈だから何の夢を見てるのよ、漣…〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、朝よ。さっさと起きなさいよ」

 

「ううん…うおっ!あ、曙?何で俺の部屋に?」

 

「ちょっと覗いてみただけよ。そしたらまだ寝てるから起こしに来たのよ」

 

「ん、ああ…悪い」

 

珍しいわね、提督(コイツ)が寝坊するなんて。あたしと同じで早起きするタイプなのに。

 

「ほら、今日の仕事が待ってるわよ。さっさと顔洗って来なさい」

 

「あ、ああ…その、曙」

 

「…何よ」

 

「…いや、何でもない。それより…潮はどうしてる?」

 

「潮?多分、まだ寝てるわよ。それがどうしたの?」

 

「い、いや…もう大丈夫かなと思って」

 

「あたし達はそんなにヤワじゃないわよ。そんな事より自分の心配しなさいよ。まだ寒いんだから風邪引くわよ」

 

「その時は間宮さんでお粥でも作って貰うかな」

 

「まず風邪を引かない事を考えなさいよ。それに…お粥位、あたしが作ってあげるわよ」

 

「たまには風邪引くのも悪くないな」

 

「そんな事でサボろうなんて承知しないわよ。それはそうと…大井さんは気の毒だったわね」

 

「…そうだな。北上も落ち込んでなきゃいいがな」

 

「そうね。あたしも潮や漣が沈んだらって思うと…ゾッとするわ」

 

「俺もだよ」

 

…本当にそれだけ?

あたしが沈んだら、もっと悲しいって…言ってはくれないの?

…何を言ってるんだろう、あたし…。

 

「…それと、曙。潮にも言っておいてくれ」

 

「潮に…何を?」

 

「別に潮が悪い訳じゃないから、あまり思い込まなくていいって」

 

「そりゃ伝えろって言うなら伝えるけど…どうしてそこで潮が出てくるのよ」

 

「それは…その…」

 

「…やっぱり言わない。言いたきゃ自分で言いなさい」

 

「あ、曙…?」

 

何よ、さっきから潮は潮は~、って。今はあたしと話してるんじゃない。

さっきも、あたしの事は心配してくれなかったし、今この場に居ない潮の事ばっかり話すし。

 

ねぇ…

あたしと話すのは…そんなに詰まらない?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜、あたしと潮、漣はいつもの様に寝床に入った。珍しく寝付けなかったあたしは、まだウトウトとしていた。

時計は見えないが、多分日付も変わった頃だろう。早く寝付かなきゃ…そう思っていると、潮が静かに起き上がった。

 

「…」

 

〈そう言えば、前にも夜中に起きて…こんな夜更けにどこへ行くのかしら〉

 

潮は、あたし達が寝ているのを確認すると、音を立てない様に部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、潮。昨夜はどこへ行ってたのよ」

 

「えっ…?」

 

翌朝、漣が一足先に部屋を出たのを見計らって、あたしは潮に昨日の事を聞いてみた。本当は執務室でアイツと何を言い争っていたのかを聞きたかったが、それだと盗み聞きしていたのがバレてしまう。

…この事は、アイツにでも聞けばいいわ。

 

「曙ちゃん…起きてたの?」

 

「え、ええ…たまたま目が覚めたら潮がいなかったから、どうしたのかなって思って」

 

「そ、そう…」

 

潮は、あたしに見られていた事を知ると、急にそわそわし出した。

 

「さ、散歩だよ!うん!」

 

「散歩…あんな時間に?」

 

「う、うん…その…私、夜の港が好きなんだ。だ、だから…その…」

 

「ふ~ん…まぁいいけど。あたし達は人間みたいに風邪引く訳じゃないし。何なら、あたしも付き合うわよ」

 

「い、いいよ!起こしちゃ悪いし…」

 

「まあ、潮がそう言うなら、別にいいけど」

 

「…ご、ごめんなさい」

 

潮は言葉を濁すと、クルッと背を向けて走って行ってしまった。まるで、あたしと一緒にいるのが嫌だとでも言う様に。

でも、夜の港の散歩ねぇ。潮にそんな趣味があったなんて初耳だわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《カチャッ》

 

その日の夜、時刻も零時を回り、あたしも漣もグッスリと眠っていた…いつもなら。

あたしは今日の潮の態度が、どうにも気になっていた。

前に提督と言い争っていた事、その辺りから潮が夜更けに部屋を抜け出している事。この二つがどうしても気になったあたしは、好奇心から潮の後を付けてみようと思った。

あたしが寝た振りをしていると、潮は以前の様に起きて布団を出て、音を立てない様にドアを開けた。

 

サザナミックソウルブランディング

 

「…!」

 

漣の寝言に、一瞬潮の動きが止まったが、起きた訳ではないと気付くと、以前の様に部屋を抜け出して行った。

潮がドアを閉める音を聞いたあたしは、漣を起こさない様に起き上がると、潮の後を付ける事にした。

 

ゲギョーッ

 

漣、今日は何の夢を見てるの…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こっそりと部屋を抜け出した潮の後を、あたしはバレない様に付いて行った。幸いにも潮は、あたしが後を付けている事には気付いていない様だった。

潮の話だと港へ行くと言っていた。だが、潮は外へ出る様子もなく、迷わず目的の場所を目指している様だった。

 

〈え…どういう事?ここって…〉

 

潮の後を付けたあたしが辿り着いたのは…外でもない、執務室だった。

潮はドアをノックすると、中へと入って行った。恐る恐るドアに近付いたあたしは、部屋の中の声が聞こえないものかと耳を澄ませた。何やらボソボソと喋っているのは判るが、ここからでは聞こえない。

あたしは何故、潮がこんな時間にアイツの所へ行くのか疑問に思いながらも、部屋に戻る事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、潮。アンタ、昨夜どこへ行ってたの?」

 

「ど、どうしたの曙ちゃん。もしかして起こしちゃった?」

 

「ええ。せっかくだから、あたしも夜の散歩でもって思って付いて行ったの」

 

「えっ!?」

 

「そうしたらアイツの所に行くんだもん。びっくりしたわよ」

 

「そ、それは…その…」

 

「まさか任務の説明だなんて言わないわよね?」

 

「…」

 

「ねえ、潮…もしかしてだけど、アンタ、アイツに脅されてるの?」

 

「あ、曙ちゃん?どうしてそんな事…」

 

「だっておかしいじゃない。あたしだってアイツがそんな奴じゃないって思ってるけど…そうでも思わなきゃ説明が付かないじゃない」

 

「ううっ…」

 

「何ならあたしから…」

 

「だ、駄目っ!それだけはやめて!」

 

「う、潮…?」

 

「お、お願いだから、そんな事はやめて。わ、私…曙ちゃんや漣ちゃんを巻き込みたくないの」

 

「…やっぱり、アイツに何か弱味を握られてるのね。何?もし逆らったら、あたしや漣を解体するとでも言われたの?」

 

「ち、違うの…そうじゃなくって…」

 

「だったら何なの?仲間のあたしにも言えない事なの?」

 

「…提督は悪くないの。お願いだから、この事は忘れて。お願いだから…」

 

「あっ!う、潮ッ!」

 

言うが早いか、潮はあたしの前から去って行った。

でも、これであたしの疑惑は確信へと変わった。

潮は何かをアイツに強要されている。潮はあたし達に心配を掛けまいと、その事を内緒にしている。

でも、何を…?

一瞬、あたしの頭を考えたくない下衆な考えが過った。

 

〈な、何を考えてるのよ、曙!〉

 

その時あたしの脳裏に浮かんだのは、人間の男女の愛情表現についてだ。駆逐艦(あたし)達は軽巡や重巡に比べれば子供じみた姿をしている。精神年齢も姿に比例するらしい。そして人間の女の子と同じ様に、性に関する興味も人並みにある。

ある時休暇で買い物に行った際に、興味本位から人体に関する本を買った。そこには男女の体の違い、生理現象、そして…いわゆる性行為の事も記されていた。あたしは艦娘だけど、こんな事は可能なのかしらと夢想した事もある。

たまに、あたしがその本を読もうとすると、微妙に本の位置がずれている事がある。…漣が盗み読みでもしてるんだろう。別に構わないけどね。

その時の記憶が、まるで(せき)を切った様に溢れ出て来た。

でも、あたしはその考えを必死に否定した。

何故、否定したのか。それは、アイツが()()そんな下衆な事をするなんて想像したくなかったから…この時のあたしは、そう自分に言い聞かせた。

 

もう一つの考えを…あたし自身の感情を覆い隠す様に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…お休みなさい、提督」

 

「今、帰り?潮」

 

「…!あ、曙…ちゃん」

 

深夜の執務室から出て来た潮は、目の前にあたしが待ち構えていたのが余程驚いたのか、幽霊でも見た様に目を丸くしていた。

だが、内心驚いているのはあたしの方だ。

潮の格好。それ自体は普段の、セーラー服型の衣装のまま。いつもと違うのは不自然な着崩れだった。

几帳面な潮には珍しく胸元が開かれ、ネクタイも着けていない。出て来た瞬間もスカートの位置を直そうとしていた。

そして何より、その顔。

暗闇で判りづらいが、まるで入渠上がりだとでも言わんばかりの上気した顔。

 

「こ、これは…その…」

 

「…ッ!」

 

頬を染めて口ごもる潮に、あたしは無性に腹が立ち、考えるより前に潮を平手打ちしていた。

 

「あうっ!」

 

「…不潔よ!」

 

「あ、曙ちゃん…」

 

「潮、アンタは部屋に戻ってなさい。あたしはアイツに話があるわ」

 

「あ…ま、待って」

 

「聞こえたわね?」

 

「…」

 

潮は涙目になりながら、その場を走って行った。

潮の姿がなくなったのを確認すると、あたしはドアを開いた。

 

「…入るわよ」

 

「…曙か」

 

「何よ、驚かないのね」

 

「そりゃ、あんだけ廊下で言い合いしてればな。嫌でも聞こえるよ」

 

「…まあいいわ。アンタに話があるの…当然、解ってるわよね?」

 

「…潮の事か」

 

「ええ。あたしも回りくどいのは嫌いだから、単刀直入に聞くわ。アンタ…潮に手を出したの?」

 

「…ああ」

 

「…ッッ!!」

 

次の瞬間、あたしは頭に血が上り、潮の時とは違う本気の平手打ちを提督に叩き付けていた。

 

「ぐふっ!」

 

「この…恥知らず!裏切り物ッ!」

 

椅子から転げ落ちた提督にあたしは馬乗りになり、何度も何度も提督の頭を叩いた。提督は驚いてはいるものの何故か防ごうとはせず、むしろ打ってくれと言わんばかりに脱力していた。

 

「ハァ…ハァ…」

 

「…気は済んだか?」

 

「…ええ。続きはアンタの話を聞いてからにするわ。話して貰うわよ。潮に何をしたのかを」

 

「分かった…」

 

あたしは側のソファーに座ると、提督も叩かれた頬を擦りながら椅子へ座り直した。

 

「話す前に曙、お前はどう考えているのか知りたい」

 

「そんなの言うまでもないじゃない。アンタが潮の弱味でも握って、いらやしい事してるんでしょ?この()に及んでシラを切る気?」

 

「まあ…後半は否定しないが、前半に関しては違うな。まず、俺は潮を脅迫なんかしていないし、潮を呼んだ覚えもない」

 

「…はあっ?」

 

「潮が真夜中に俺の許へ来るのは…潮の意思だ」

 

「ちょ…ちょっと待ちなさいよ。潮が…自分の意思で…?な、何を馬鹿な事言ってるのよ!」

 

「戸惑うのも無理はない。順番に話していくよ。潮は…どちらかと言えば人見知りするタイプだ。出来れば仲良くなりたいとは思ったが、こればっかりは時間が掛かる。それに任務に支障が出なければと、俺も特に気にしてはいなかった。

 

「ただ、何度か接する内に潮の方からも話し掛けてくれる様になった。俺は心を開いてくれたのかと喜んだよ。それだけなら良かったんだがな」

 

「…何が言いたいの?」

 

「確か、大井が沈んだ日の夜だったかな。真夜中に潮が俺の部屋へとやって来たんだ」

 

〈真夜中に…?そう言えば潮が夜中に抜け出す様になったのも、大井さんが沈んだ辺りからだわ〉

 

「こんな夜更けにどうしたのか聞くと、潮は大井が沈んだのは自分の所為だから、償わせて欲しいと言い出したんだ。俺は気にしなくていいと言ったが、潮は帰ろうとしない。

 

「それだけならまだ良かったんだが、潮は罰を与えて欲しいと…服を脱ぎ始めたんだ」

 

「…ええっ?」

 

 

 

 

 

『提督さんの信頼を裏切ったんです。どうすれば償えるか、私にはこれしか思い付かなかったんです』

 

『お前の所為じゃない。気にしなくていい…』

 

『そんな、私ッ…』

 

『しつこいぞ潮。お前の気持ちは聞いていない。今言った通りだ。解ったな』

 

『…どうしてもですか?』

 

『潮。黙って言う事を聞くんだ。でなきゃ漣や曙を、ここへ呼ぶぞ』

 

『ま、待って下さい?漣ちゃんと潮ちゃんは関係ありません!だから二人を巻き込まないで下さい!』

 

『ああ。俺も今日の事は忘れる。だから、ちゃんと言う事を聞くんだ。解ったな』

 

『…イヤです。提督さんの言う事でも、こればっかりは聞けません。それに今は曙ちゃんもいません…』

 

 

 

 

 

 

 

「もちろん俺は断った。とにかく今日は帰りなさいと説得した。正直俺も驚いたが、話はこれで終わらなかったんだ」

 

「…」

 

「次の日も潮はやって来た。昨日と同じ様に罰を与えて欲しいと。俺も…強く断っていればと思うよ。だがな、その…言いにくいが俺も男なんだよ」

 

「それって…潮を…」

 

「ああ。俺は潮の誘惑に…負けた。罰を与えるって名目で…潮を…」

 

「…ッッ!」

 

あたしは右手を大きく振り上げたが、提督の頬を打ちたくなる衝動を必死に抑えた。もう一度、最低と罵ってやるつもりだった。なのに、あたしの口から出た言葉は…

 

「…何で…潮なのよ」

 

「曙…?」

 

「何で、あたしじゃないのよ!あたしは何時(いつ)もアンタの側にいるじゃない!どうして、あたしじゃないのよ!!」

 

「お、落ち着け曙」

 

「アンタは潮に迫られたって言ったわね。じゃあ、アンタは潮の事は何とも思ってないんでしょ?それじゃあ、あたしにだって同じ事出来るわよね」

 

「お、おい、曙!」

 

あたしはアイツが止めるのも聞かずセーラー服を乱暴に脱ぎ捨てた。ピンクのキャミソールも引き剥がし、下着一枚になったあたしは羞恥に震えながらなけなしの勇気を振り絞った。

 

「ほら…アンタの好きにしていいわよ…誰にも言ったりしないわ。潮にした事と同じ事、あたしにもしなさいよ」

 

「…よせ、曙」

 

「し、下着も…脱ぐわ…これでどう?それに…あたしだって、それ位の知識はあるわ」

 

「…」

 

提督は椅子から立ち上がると、胸元と股間を手で隠しているだけのあたしに、ゆっくりと近付いて来た。

提督の…アイツの手が、あたしに伸びてくる。あたしは覚悟を決め、一糸纏わぬ体をアイツの前に晒した。

 

「…んっ」

 

だが、提督の手は、あたしの体ではなく頭に置かれた。まるで猫を撫でる様に頭を擦ると、あたしの下着を拾い出した。

 

「曙…気持ちは嬉しいよ。でも、お前を抱く事は出来ない」

 

「…なっ…何で…」

 

「確かに潮の誘惑に負けたのは俺だが…。曙、ここでお前にまで手を出したら、俺は本当にお前の言う恥知らずになってしまうよ」

 

「あ…ち、違っ…そんなつもりじゃ…!」

 

「だから、今日はもう帰るんだ。お前が俺を許さないって言うなら、俺もそれを受け入れるよ」

 

「違う…違うの!あたしが言いたいのは、そんな事じゃないの!」

 

「…」

 

「ど、どうして?何がいけないの?あたしと潮の何が違うの?どうして潮は受け入れて、あたしは受け入れてくれないの!?

 

「そ、そうよ!おかしいわよ!あたしは毎日アンタの世話をしてあげてるわ!アンタの頼みだって断った事はない!艦娘としてだって潮より貢献してるわ!

 

「そのあたしを受け入れないなんて、あり得ない!お願いだから、あたしにそんな事言わないで!お願いだから…あたしを見て…」

 

あたしは心の何処(どこ)かで相思相愛なんだと信じていた。何だかんだ言っても最後はあたしを選ぶ、そう信じて疑いもしなかった。にもかかわらず提督の心に、あたしがいないのだと知った時の感情は何と表現すればいいのか。

 

彼の心はあたしの物だと自惚れていた慢心?

一人の女として見て貰えない屈辱?

それとも…潮への嫉妬?

 

気が付けば、まるでイタズラを咎められた子供が母親に許しを請う様に、あたしは提督の腕にすがり付いていた。

 

「…曙。俺も前から言おうと思っていたんだが…もう、俺の事は気に掛けなくていい」

 

「…えっ」

 

「お前が俺を気に掛けてくれるのは嬉しい。だが、俺はお前に部下としての感情以外持っていないんだ」

 

「…」

 

「それに、こんな形になったが、俺は潮に愛情を抱きつつある。だから、尚更お前の気持ちには答えられない」

 

「…」

 

「ごめんな…」

 

「…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後の記憶は定かではない。

乱雑にセーラー服を気直したあたしは、一人廊下を歩いていた。気が付けば放心状態のまま、自分達の部屋の前まで戻って来ていた。

 

「曙ちゃん」

 

そんなあたしを待ち構えていたかの様に、彼女は立っていた。今、一番会いたくなかった…

 

「…」

 

潮に。

 

「あの…曙ちゃん。もしかして、私と提督さんの事…誰かに言っちゃうのかな…」

 

「…そうね。上に報告でもしたら、アイツに懲罰でも…あっ!!」

 

肩に錨でものし掛かった様な重さが掛かる。見れば潮が、あたしの肩を渾身の力で掴んでいた。潮は目を見開き、あたしを睨み付けていた。今までに見た事のない潮の形相に、あたしは一瞬怯んでしまった。

潮の手が肩から離れると、そこにはいつもの笑顔の潮がいた。

 

「う、潮…」

 

「私、ずっと思ってたの。どうしたら提督さん、私の気持ちを解ってくれるかなって。何度も伝えようと思ったけど、私にそんな勇気なんてない…

 

「それに、提督さんの側にはいつも曙ちゃんがいるんだもん。曙ちゃん、ズルいよ…」

 

「あ、あたしはそんなつもりじゃ…」

 

「…じゃあ、どうして私と同じ事をしたの?」

 

「同じ事…?ちょっと待って潮。アンタ何でその事を…アンタまさか、ずっと…!」

 

「うん♪残念だったね、曙ちゃん」

 

「…潮ッ!」

 

「私の事、不潔だなんて言ったのに…同じ事してるんだもん。曙ちゃん、卑怯だよ」

 

「あ、あれは…」

 

「でもね、許してあげる。だって私、曙ちゃんに感謝してるの」

 

「感謝…?」

 

「曙ちゃん、人間の体について書いてある本持ってるでしょ?私、曙ちゃんがいない時に、こっそり読んでたの」

 

「…あの本を?」

 

「うん。その本にね、人の愛し合う方法も書いてあったでしょ?私、それを見た時これだって思ったの」

 

「それで…そんな事を…?」

 

「うん。提督さんの期待を裏切っちゃった私が償う方法は、これしかないって思ったの。私も恥ずかしかったけど、そうじゃなきゃ罰にならないもん」

 

「だ、だからって何も…」

 

「提督さんは、とっても優しいから最初はいいって言ってたけど…ウフフッ、ちゃんと私を受け入れてくれた」

 

「潮…それは罰なんかじゃないわ。アンタ、それを口実にアイツに迫ってるだけじゃない」

 

「…違うよ。これは私の償いなの。提督さんもちゃんと解ってくれた。もし、提督さんにそれ以外の気持ちが…私を好きになっても…それは仕方ないよね?」

 

「潮…アンタ…」

 

「だから曙ちゃん。この事…誰かに言ったらイヤだよ。例え曙ちゃんでも…私、許さないから…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから一ヶ月。

あたしと潮、そして提督はイザコザもなく上手くやっている。

…表面上は。

提督も潮との仲は表向きは隠しているが、漣や一部の艦娘は二人の仲に気付いている。

潮との仲も悪くなった訳じゃないが、私から話し掛ける事はなくなった。潮の顔を見る度に、あの時の…私を口止めした時の潮の本性を思い出してしまうからだ。

 

「もう、漣ちゃんったら…あ、曙ちゃん」

 

「潮、漣。先に行ってるわよ」

 

たまに潮と目が合う時がある。その顔は、いつもの穏やかな潮だったが、目だけは笑っていない。私達の事を誰にも言わないで…そう訴えてる様で…まるで監視されている様で、思わず目を逸らしてしまう。

 

「…グスッ」

 

そして潮を見る度に気付く。いや…

 

「…ううっ…」

 

思い知らされる。

 

「て…提督…ウェエエン…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あたしは失恋したのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




この話が最初に書いた話なので、書き直すのも感慨深いです。投稿して本当に載ってるかドキドキしながら確認したのも良い思い出です。
狙ってる訳じゃないんですが、自分の話で北上と大井を出すと、だいたい沈む展開になります。金剛、榛名と同じで妙な因縁がある様です。






艦娘型録

曙 やっぱり胸が原因なのかしら。で、でも霞の所の提督は駆逐艦好きって聞いた事あるわ。ハァ…何でウチの提督は駆逐艦好きじゃないのかしら。

潮 ねえ提督さん。私のどこが好きですか?…やっぱり胸…でしょうか。そ、そうですよね、他にもありますよね。セーラー服?紺の靴下?あ、あの…もしかして提督さんって…制服好き…ですか?

提督 チラッと見えたけど、曙って少し生えてるんだな。あれ、じゃあ何で潮は生えてないんだ。潮、お前もしかして、剃ってる?

漣 ゲーッ!正義マン強すぎ!ほ、ホントに倒しちゃったよ。あ、こっちの話です。ところでご主人さまは誰が好きですか?漣は水と蛇が好きです。ご主人さまは…恋…あっ(察し)

赤城 あの、大丈夫ですか北上さん…と大井さん。ラムネ貰ってきたんですが、飲みます?…あ、そうですね、大井さんの分が…わ、私のどうぞ!…え?大井さんが羊羮を食べたがって…次いでにアイスも?北上さん、それ本当に大井さんが言ってるんですよね?

北上 ねえ大井っち。最近あまり部屋から出ないけど、どったの?演習出なくても皆怒んないし。あと、影が無いんだけど…気のせいだよね?

大井 北上さん、私こっちですよ!何で私の事無視するんですか?あ、あの…私何か怒らせる事しましたか?あ、綾波!いい所に来たわ!アンタからも…え?アンタも漣に無視されてるの?




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Bad apple

まず謝罪の前になぜ私があのような行動を取ってしまったのか、その経緯を説明させて頂きます。
練習巡洋艦の建造レシピは軽巡洋艦ぐらいが相場と言われています。よって本来払う筈の高額レシピを考えれば、下着(黒)を見るくらいの行為はOKだろうと安易な考え方をしてしまい、下着を見てしまいました。
それに伴い、私が鹿島に抱き付いた時の鹿島の表情はまんざらでもないどスケベな顔をしていたので「あら、いいですねぇ〜」の波が何度も押し寄せて来ちゃって、最終的に押し倒すという結果になってしまいました。
つまり今回の件を演習に例えるならば、模擬弾で撃ち合っている内に興奮して実弾を使ってしまったみたいな形であり、決して罪悪感があった訳ではないので、ケッコン(ガチ)という形で穏便に処理して頂きたいと思っている所存でございます。

呉鎮守府 提督


ある鎮守府の廊下を一人の青年士官が歩いていた。まだ若い筈だが覇気もなく、背中を丸めるように歩く彼を、誰も一つの鎮守府を任される程の将校だとは思わないだろう。

 

「あの…もしかして…」

 

自分を呼び止める声に青年は振り返った。そこには、まだ幼さを残した一人の女性が立っていた。彼女は彼の顔を見ると、嬉しそうに駆け寄った。

 

「…鹿島(かしま)?鹿島じゃないか」

 

「はいっ!お久し振りですっ!…あのっ、どうかしましたか?顔色が優れない様ですが…」

 

「ああ…実は今、鎮守府を一つ任されているんだけど」

 

「フフッ、そうでしたね。提督さんと一緒に居た時が何年も昔の様です。どうですか?皆さんと上手くやってますか?」

 

「…もしかしたら俺は提督には向いてないのかもしれない」

 

「えっ?ど、どうしてですか?」

 

青年は鹿島と名乗る彼女に、ここへ来た理由を話した。

半年程前に一つの鎮守府を任されたは良いが、艦娘達からの評判が(かんば)しくない事。鹿島の在籍するこの鎮守府の提督は、彼の先輩に当たり、相談に来ていた事。

 

「まあ…そうだったんですか」

 

「ああ…俺自身は頑張ってるつもりなんだが、部下達には頼りなく見えるらしい」

 

「そ、そんな事ありません!提督さんの事は私が知っています!提督さんは立派な人です!」

 

「ありがとう、鹿島。先輩にも励まして貰ったけど、提督を辞めようかと思ってるんだ。俺はそんな器じゃないのかもな…」

 

「提督さん…」

 

「ありがとう、鹿島。君に再会出来て少し元気が出たよ。また「あ、あのっ!」

 

「な、何?」

 

「提督さん、私、そちらの鎮守府に行っても大丈夫でしょうか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鹿島と話していた青年は、元々は士官学校で訓練に励む平凡な一士官に過ぎなかった。鹿島とは訓練中に知り合い、お互い不器用な面で気が合うのか、二人は時に励まし合い、時に些細な口喧嘩をしながらも辛い訓練に精を出していた。

だが、親交を深めていく内に、彼は度々不思議な一面を見せた。

ある時、彼女の艤装の調子が悪くなる事があった。彼にその事を話すと、何処〜がおかしいのでは?と何故か原因を指摘してみせた。

またある時は、仲間の艦娘と些細な誤解から仲が悪くなってしまう事があったが、そこでも彼は、相手が誤解している原因はこれでは?と彼が知り得ない事を言い当ててみせた。何故、彼にそんな事が分かるのか疑問に思う鹿島だったが、彼の言う通りに整備すれば艤装は直り、彼が言った通りに行動すると仲間と仲直りできた。

不思議に思った鹿島が彼に尋ねると、彼は観念したのか自身のある秘密を打ち明けた。

自分は妖精が見えるのだと。

艤装の不調は整備の妖精から話を聞いた事、仲が悪くなった件は、その艦娘の妖精から鹿島に伝えて欲しいと頼られたのだと。

鹿島は驚くと同時に嬉しくもあった。何故なら彼には自分達を従える事が出来る提督になる資格があると言う事なのだから。

鹿島は早速この事を姉の香取に報告した。すると一ヶ月もしない内に大本営の知る所となり、トントン拍子で提督に抜擢された。

結果、彼と離れ(ばな)れになるのは悲しかったが、これも彼の為だと自分の気持ちを押し殺し、鹿島は彼の新たな門出を心から祝った。

 

幸い彼の鎮守府の艦娘達も最初は温かく迎え入れてくれた。幸先の良い出港に見えたが、やはり現実は彼が思う程甘くはなかった。

彼は何をするにも万全を期す性格だった為、確実に勝てると判断する迄は決して戦わなかった。

艦娘達も、最初こそは自分達の身を気遣ってくれる優しい人だと感謝していた。だが、慎重も度を過ぎると臆病に映る物で、いつしか艦娘達は、彼を頼りなく思うようになった。中には、あの提督は臆病者だと公言する者も現れ、口論に発展する事もあった。

 

そんな状況が数ヶ月程続き、彼は自分に皆を率いる資格など無いのではと苦悩する日々が続いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆に紹介する。新しくウチの鎮守府に来る事になった二人だ」

 

一ヶ月後、正式に異動する事になった鹿島が彼の鎮守府を訪れていた。執務室には鎮守府の主だった者が集められ、提督から彼女が来た経緯を説明されていた。

 

「今日からこちらでお世話になります、練習巡洋艦の鹿島です。よろしくお願いします」

 

「鹿島さんですね。私は航空母艦の赤城(あかぎ)です。これからよろしくお願いしますね」

 

「私は重巡洋艦の那智(なち)、こちらは姉の妙高(みょうこう)だ」

 

「睦月型駆逐艦の睦月(むつき)です。よろしくね」

 

卯月(うづき)でっす!うーちゃんって呼ばれてまっす!…おりょ?鹿島さん、そのちっちゃい子は?」

 

「うっせー!オマエの方がチビじゃんか!」

 

「なっ…!う、うーちゃんの方がおっきいぴょん!」

 

「提督、その子は…駆逐艦の子でしょうか?」

 

「赤城、この子は「シ・レ・い!自己紹介位、自分でデキるぜ!択捉(えとろふ)型海防艦!三番艦の佐渡(さど)様だぜ!よろしくな!イヒッ」

 

「まあ、鹿島共々仲良くしてやってくれ」

 

「ふふっ、よろしくお願いしますね、佐渡さん」

 

「おうっ!アンタ中々見所があるな!ま、大船に乗ったつもりでいろよ!」

 

「あらあら、頼もしいですね。卯月さん、負けていられませんよ」

 

「う、うーちゃんが、こんな子供に負ける訳ないぴょん!」

 

「けっ!お前の方がちっちゃいじゃねぇか!」

 

「ぼ、帽子が無ければ、うーちゃんの方が大きいぴょん!それにうーちゃんが海防艦なんかに負ける訳ないぴょん!」

 

「おっ、佐渡様とやろうってのか?面白ぇ!さぁ、どっからでもかかっていくぜ!「そっちが来るぴょん!?」

 

「…睦月、卯月。暫くはお前達と一緒の部屋割りだ。面倒を見てやってくれ」

 

「「ええーっ!?」」

 

「フッ。卯月、そうムキになるな」

 

「カッシーの姉ちゃん、このオバさん誰?」

 

「オバ…!」

 

「那智、アナタがムキになってどうするの。佐渡ちゃん、目上の人にそんな事を言ってはいけませんよ?」

 

「へへっ、分かったよ妙高オバ「…」さん

 

「ふふっ、良い子ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら。那智、アナタが鏡とにらめっこなんて珍しいわね」

 

「…妙高姉さん、私はもしかして老け顔なんだろうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何故だ!納得がいかんッ!」

 

ある日の会議中。

とある海域に深海棲艦が現れたとの報がもたらされた。那智は早速出撃の許可を求めたが、当の提督は、これをきっぱり拒否。それに納得がいかない那智は提督に詰め寄っていた。

 

「那智、提督に対して失礼ですよ」

 

「…それは謝る。だが、本当は妙高姉さんもそう思っているんじゃないのか?」

 

「そ、そんな事は…」

 

「姉さんだけじゃない。口にこそ出さんが、赤城や他の者も私と同じ意見のはずだ。私は皆の意見を代弁しているに過ぎん」

 

「妙高さん、アナタも那智さんと同じ意見ですか?」

 

「そ、そんな事はありません…私達は提督のご命令なら従います。そうしろと(おっしゃ)るのなら…」

 

「…」

 

「ハッキリ言ったらどうだ、司令官は臆病過ぎると!」

 

「那智、言葉が過ぎますよ!」

 

提督と那智のやり取りを眺めていた鹿島が、恐る恐る口を開いた。

 

「あの…提督は少しでも皆さんが沈まないように考えているのだと思います」

 

「鹿島とか言ったな。新参者の貴様は知らんだろうが、この海域への出撃が却下されるのは、これで三度目だ。だから私も声を荒げているのだ」

 

「…」

 

「提督、今回は姉さんに免じて引き下がろう。だが、次も同じ答えなら…私にも考えがあるぞ」

 

「那智!…すみません提督、那智には私から言って聞かせます。失礼致します」

 

憮然とする那智と共に、妙高は退室した。部屋に残された提督は疲れたように息を吐いた。そんな彼を鹿島が労るように声を掛けた。

 

「て、提督。冷たい物でもお持ちしますね」

 

「ああ、ありがとう」

 

「あの…那智さんは、いつもあんな感じなのでしょうか?」

 

「那智の事は責めないでやってくれ。煮え切らない俺が悪いんだ」

 

鹿島は机の上に無造作に開かれている海域図に目を落とした。指でそっと地図をなぞると、ある海域で指を止めた。

 

「えっと…この海域でしたね。提督さんは何故反対なんです?那智さんや妙高さんも居ますし、この鎮守府の戦力なら問題はないと思うんですが」

 

「俺も那智達は信用している、そこは気にしていないよ。ただ、もう少し情報が欲しいんだ。それまでは、あまり動かしたくはないんだ」

 

「はぁ…」

 

〈妙高さんも居るし、私は問題ないと思うけど…この海域…何かあるのかな…〉

 

《バン!!》

 

「きゃっ!」

 

「うん?」

 

鹿島の後ろで勢いよくドアが開かれ、驚いた二人が振り向くと、息を切らせた卯月が仁王立ちしていた。ツカツカと部屋に入って来た卯月は辺りをキョロキョロと見回した。

 

「う〜、ここにもいない…」

 

「どうしたんだ卯月?」

 

「佐渡ちゃん、見なかったぴょん?」

 

「あら、もう仲良しさんになったんですか?」

 

「全然仲良しじゃないぴょん!佐渡ちゃん、大和(やまと)さんに貰ったラムネ全部飲んじゃったんだから!」

 

「それは災難だったな。でも、卯月も普段書類に落書きしてるんだ、イタズラされる気持ちが解ったんじゃないか?」

 

「う、う〜ちゃんのは可愛いイタズラぴょん!それに食べ、じゃなかった飲み物の恨みは恐ろしいぴょん!提督、隠すと為にならないぴょん!」

 

「ここには来てないよ。お、おいおい」

 

卯月はソファの後ろから、提督の机の下まで覗き込むように探し回った。

 

「卯月ちゃん、本当にここには来てませんよ」

 

「むぅ〜…ここだぁ!」

 

「えっ…きゃあっ///」

 

「おっ…」

 

卯月は鹿島の後ろに回り込むと、勢いよくスカートを捲くり上げた。顔を真っ赤にした鹿島は、慌てスカートを押さえた。

 

「鹿島さん、う〜ちゃんのパンツと全然違う…」

 

「こ、こんな所にいません!」

 

「佐渡ちゃんを見かけたら教えてぴょん!う〜ちゃん、とっても怒ってるんだから!」

 

「わ、解ったから鹿島に謝りなさい」

 

「鹿島さん、疑ってごめんなさい、ペコリ!」

 

「ス、スカートを捲った事ですっ!」

 

卯月はわざとらしく舌を出すと、逃げるように部屋を出て行った。

 

「…ま、まあ駆逐艦のする事だ。大目に見て…」

 

「…見ました?」

 

「な、何を?」

 

「下着ですっ!」

 

「い、いや、一瞬だったから…見えなかったよ、うん」

 

「うう〜っ…」

 

「そんな落ち込まなくても…いまさらパンツ見られた位で」

 

「あ、あの…提督さん、いまさらって、どういう意味でしょう?」

 

「いや、士官学校の時に何度も見てるから「ええっ!?」

 

「…もしかして、気付いてなかった?」

 

「あ、当たり前ですっ!どうして言ってくれなかったんですか!?」

 

「お、俺はてっきり「て、てっきり何です!?」

 

「ワザと見せてるのかと「そんな事しませんっ!」

 

「あ、ああ…悪かったよ。そうだよな、鹿島がそんな変態みたいな…うん」

 

「鹿島は…へ、変態さんじゃありません!」

 

「そ、そうだな…うん(黒に替えたんだなって言わなくて良かった)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

軍人にしては(いささ)か冴えない男。

それが那智が提督に会った時の印象だった。聞けば二十歳そこそこの、まだまだ頼りなさが残る青年だった。

妖精が見える、それは良い。彼女達艦娘は妖精が認めた者を信頼する事で初めて真価を発揮出来る。だが武人気質の那智に言わせれば、鼻っタレの小僧のような物。こんな青二才に自分達が使いこなせるのだろうか…それが正直な感想だった。

実際、彼は可能な限り戦いを避けようとする。彼に言わせれば必要もないのに戦う必要はないとの事だ。戦いがないなら、それは良い事なのかもしれない。だが、自分達は艦娘だ。戦う為に、わざわざ生まれ変わったのに、これでは本末転倒だ。

この提督に那智は何度も意見を主張した事がある。だが、その度に返ってくるのは生返事ばかりだ。

 

『それでは駆逐艦の負担が大きくなります。彼女達が育つまで待ちましょう』

 

『那智さんと妙高さんは、この鎮守府では貴重な重巡です。もう少し自重して下さい』

 

姉の妙高にしても、彼を褒めこそすれ文句を言った事は聞いた事がない。

 

『私は、艦娘の事を大事にして下さる良い提督だと思うわよ』

 

〈そんな事は、どうでも良いのだ!!〉

 

自分には…自分達二人には、やらなければならない事がある筈だ…!

ふと、那智の脳裏に、ある考えが浮かんだ。

 

〈いかん、何を考えているんだ、私は!〉

 

那智は頭を振って自らの邪念を振り払った。

 

()()()のように上手く行くとは限らん。今は鹿島も奴の側に居るしな…〉

 

〈赤城は…どう思っているんだ。奴がその気なら…或いは…!〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある日の昼間。

食堂を訪れた鹿島は、任務帰りの妙高と鉢合わせた。

 

「あら、こんにちは」

 

「あ、妙高さん。お疲れ様です。あの、ご一緒しても構いませんか?」

 

「ええ、もちろん」

 

二人は食事のトレーを持つと、側の席へと座った。そんな二人が気になったのか、一人の艦娘が珍しそうに寄って来た。

 

「あら、妙高さんと鹿島さん…でしたね。珍しい組み合わせですね」

 

「赤城さん、こんにちは」

 

「赤城、あなたも一緒にどう?」

 

「はい、じゃあ遠慮なく」

 

赤城は急いで食事を受け取りに行った。

鹿島も赤城の事は空母だとは知っているが、それ以上の事は知らない。ただ、空母の艦娘は、その特性上、非常に多くの補給や食事を取る事を知識として知っていた。それだけに、赤城が机に置いたトレーに、正確には定食に鹿島は思わず驚いてしまった。

 

「あ、あの…赤城さん。赤城さんは空母の方だと聞いていますが…それだけで大丈夫なんでしょうか?」

 

「むぅ…鹿島さん、私の事、大喰らいだと思ってますね?」

 

「す、すみません」

 

そう、鹿島か驚いたのは、その量の少なさだった。明らかに自分や妙高より少なく、思わず『ダイエットでもしてるんですか?』と口が滑りそうになり、彼女は慌てて口を(つぐ)んだ。

 

「私も言ってるのよ、それだけで足りるのかって」

 

「大丈夫ですよ妙高さん。私はこれだけで」

 

「は、はぁ…。あの、良い機会だから皆さんにお聞きしたい事があるんです」

 

「私達に聞きたい事。何かしら?」

 

「提督さん、についてなんですが」

 

「提督…ですか」

 

鹿島の質問に、妙高は一瞬顔色が曇った。

 

「私は良い方だと…モグモグ…思いますよ。ただカレーに福神漬けを大量に載せるのはどうかと思いますね。あれではカレー本来の味が「赤城の事は気にしないでちょうだい。鹿島さん…もしかして、昨日の那智の事についてかしら」

 

「あ!別に那智さんの事を悪く言うつもりはないんです!ただ、那智さんの事は、あまり知らないので少々驚いてしまって…」

 

「そうね…確かに那智の態度は褒められたものではないわね。でもね、鹿島さん。那智も理由もなく失礼な態度を取っている訳ではないの」

 

()()()()はんと…()()()はんれふね「赤城、まず口の中の物飲み込んでから喋りなさい」

 

「はひはらはん?「何でアナタまで噛んでるの!?」あ、あの…赤城さんの言う、お二人って、確か妙高さんの妹さんですよね?」

 

「ええ…今は海の底で眠っているわ」

 

「あっ!その…す、すみませんっ」

 

「いいのよ。アナタにも話しておいた方が良いかしら。今の提督が来る前に、私達ある海域で手酷い敗北をしたのだけど、その時、足柄と羽黒が轟沈してしまったの」

 

()()()()()()だけで、()()()が痛みますね「私は頭が痛いわ…恐らく那智は、二人の仇を討ちたいのだと思うの。だから、出撃を許可してくれない提督に少し苛立っているのかもしれないわね」

 

「そうだったんですか…そんな理由が」

 

「鹿島さん、アナタにも姉妹は居るでしょう?」

 

「は、はい。大本営に香取(ねえ)が…」

 

「もしアナタのお姉さんが沈んだら、アナタはとても悲しむでしょう。それは私も那智も同じ。だから鹿島さん、あまり那智の事を悪く思わないで欲しいの」

 

「…」

 

「それに、その戦いの後、前の提督も消息不明になってしまったの。那智は深海棲艦にでも拐われたんだろうなんて言ってるけど」

 

「前の提督さんが…?」

 

「ええ。今の提督は、それで急遽ここを任されたって聞いてるけど」

 

〈そういえば、前の提督さんって突然居なくなったって聞いてるけど…深海棲艦に襲われたならともかく、いきなり姿を消すなんて、本当に拐われたのかしら…〉

 

「ひ、()()()()()はん「いつまで噛んでるの!?」鹿島さん!湿っぽい話は終わりにして、食事を楽しみましょう!沈んだ三人も、きっと私達の悲しんでる顔なんて見たくありませんよ!」

 

「ふふっ、そうね。赤城の言う通りだわ。ごめんなさいね、鹿島さん。こんな話につき合わせて」

 

「い、いいえ」

 

「でも足柄さんって言えば、足柄さんの作るカツカレーは絶品でしたね」

 

「…そうね。福神漬けも含めてね」

 

「もう!提督といい妙高さんといい、どうして福神漬けに拘るんですか?カレーはそれ自体が完成された芸術なんです!それ以上足す必要がどこにあるんですか!?」

 

「あ、あの〜…赤城さん、私も福神漬けは有りだと思うんですが…」

 

「そんなっ!二人共いつの間に連合艦隊を!?」

 

「赤城、そもそもアナタ料理からっきしじゃない。私、アナタが料理作ってる所見た事ないわよ」

 

「で、出来ますっ!足柄さんと同じカツカレー位、その気になれば私だって出来ますよ!」

 

「そう?じゃあ、今度作ってくれないかしら」

 

「ええっ!?足柄さんと同じカツカレーを!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

妙高達と別れた鹿島が執務室へ向かおうとする時だった。曲がり角の先から聞こえる声に誰だろうと思った鹿島だったが、その声を聞いた瞬間、彼女は立ち止まった。

 

「…そ、そうなんですか那智さん」

 

「そうだ睦月。奴はな、お前達の事など捨て駒程度にしか考えておらん」

 

〈あの声は那智さんと睦月ちゃん?何の話をしてるのかしら…〉

 

「例の海域の件は貴様も知っているだろう」

 

「足柄さん達が沈んだ所…ですか?」

 

「そうだ。私は再出撃を進言した。だが奴は今は駄目だと言う。何故なのかと聞いた私に奴は何と答えたと思う?」

 

「て、提督は何て…」

 

「『睦月達だけでは弾除けが足りない』だ」

 

「えっ…!」

 

〈そ、そんな…嘘よ!あの提督さんが、そんな事…!〉

 

不意に目の前の足音に鹿島が正面に向き直ると、そこには提督が立っていた。提督も那智と睦月の会話を聞いていたらしく、鹿島に何も喋るなと人差し指を口に当てるジェスチャーをすると、再び角の向こうに聞き耳を立てた。

 

「もちろん、私は反対した。だからこそ例の海域への進軍は止まっているだろう?」

 

「そ、そんな…ヒドい…」

 

「奴はな、お前達の事など使い捨ての弾除け程度にしか考えてないのだ」

 

「…」

 

「あの佐渡とか言う新入りが来たのが良い証拠だ。せいぜい駆逐艦の代わりとでも考えてるのだろう」

 

〈そ、そんな事!佐渡ちゃんは関係ないのに…〉

 

〈鹿島、那智に気付かれるぞ〉

 

「睦月、私はあんな卑怯者は司令官には相応しくないと思っている。卯月にも注意するように言っておいてくれ」

 

やがて二人の気配が無くなったのを確認すると、鹿島は彼女にしては珍しく声を荒げて提督に食い下がった。

 

「提督さん…嘘ですよね?提督さんは睦月ちゃん達の事を、そんなふうに…使い捨てなんて思ってないですよね!?」

 

「当たり前だ」

 

「じゃあ、どうして那智さんに良いように言わせておくんですか?」

 

「睦月は那智と共に戦う仲だ。一方の俺は机の前で偉そうにふんぞり返ってるだけだ。鹿島、お前だったらどっちを信用する?」

 

「そ、そんな事…私は…私はッッ…!!」

 

「…すまん、意地悪な質問だったな。だがな、睦月との付き合いは俺よりも那智の方が長い。仮に俺が否定した所で睦月は信じやしないさ」

 

「で、でも…」

 

「俺も何も考えてない訳じゃない…と言いたいが、何もしてないってのは否定出来ない。だから那智の言う事も、あながち間違いじゃないのかもな」

 

「…」

 

「鹿島、ありがとうな」

 

「えっ…?」

 

「正直、俺も心細かったんだ。鹿島一人だけでも味方になってくれるなら、俺ももう少し頑張ってみるよ」

 

「提督さん…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーちゃんの攻撃ぴょん!」

 

「そんなんじゃ佐渡様の装甲は貫けないぜ!雷獣ショット!卯月姉ちゃんに命中!」

 

「う、うーちゃんだって大丈夫だぴょん!」

 

「悪ぃな卯月姉ちゃん、佐渡様の単装砲は特別なんだ。大和さんだって防げねぇぜ!」

 

「そ、そんな単装砲聞いた事ないぴょん!うーちゃんの攻撃!今度こそ命中だぴょん!」

 

「イヒヒ!そんなヘッポコ魚雷じゃ佐渡様は倒せねぇぜ!」

 

「う、うーちゃんの魚雷はヘッポコじゃないぴょん!」

 

「喰らえ!佐渡様、え〜と…何か凄いの!」

 

佐渡と卯月が楽しそうにじゃれ合う様子を、赤城が微笑ましく眺めていた。

佐渡は睦月達と同じ部屋で過ごしており、睦月はもちろん白露や時雨にも妹のように可愛がられている。そんな佐渡が最も懐いたのは意外にも卯月だった。時雨や睦月は『きっと精神年齢が近いのだろう』と分析していた。もちろん卯月は否定したが、嫌がりつつも佐渡の事を遠ざけたりはせず、佐渡もそんな卯月とじゃれ合うのが楽しいのか二人で行動する事が多くなっていた。

 

「こんにちは、随分楽しそうですね」

 

「おっ!あかぎれの姉ちゃん「一文字多いです…」

 

「ちっとも楽しくないぴょん!佐渡ちゃんズルいぴょん!大和さんを倒せる単装砲なんて有り得ないぴょん!」

 

「ふふっ、私は砲撃は出来ないので解りませんが…」

 

「あー?何だ天城(あまぎ)さん「赤城です…」大鷹(たいよう)姉ちゃんだって佐渡様は強いって言ってくれたんだぜ?…そう言えば赤城さんって大鷹さんと似てんな…もしかして大鷹さんの母ちゃん?」

 

「ふふっ、そこはお姉さんと言って欲しかったですね。残念ながら違いますよ」

 

「大鷹さんって誰ぴょん?」

 

「前に一緒だったんだ。卯月姉ちゃんより強ぇーぜ。いひひ♪」

 

「う、うーちゃんだって強いぴょん!」

 

「大鷹さんは軽空母ですからね。どちらが強いとは言えないでしょうね」

 

「大鷹さんかぁ。元気にしてっかな〜」

 

「私も会った事はありませんが、どんな子なんです?」

 

「お乳がない赤城さんかな」

 

「まあっ」

 

「時雨みたいな感じぴょん?」

 

「卯月姉ちゃんよりは有ったかな」

 

「う、うーちゃんだって少しはあるんだから!」

 

「そうだ、大鷹さんもこっち来れねぇかな。ねえ赤城さん、司令に頼んでくれねぇかな?」

 

「…」

 

「赤城さん?」

 

「あ!そ、そうですね。でも大鷹さんは軽空母でしたよね。提督は空母が好きではない様ですから難しいかと…ですよね、卯月さん」

 

「う、うん…」

 

「ちぇ〜っ、ツマんねぇの」

 

「大丈夫ですよ佐渡さん。私も空母ですよ」

 

「そうだった!ねえ矢矧(やはぎ)さん「次は愛宕(あたご)さんでしょうか…」艦載機出してよ!ドバーッと!」

 

「どうしましょう…演習でもないですし」

 

「頼むよ!口から出すトコ見てぇンだよ「口からなんて出しませんよ!ドバーッってそういう意味ですか!?」

 

「…」

 

「う、卯月さん!期待した目で見ても無理…」

 

「大鷹さんはやってくれたぜ?一回だけしかヤッてくれなかったけど「ええっ!?」

 

「大鷹姉ちゃんは一機だけだったけど、赤城さんならきっと三機位同時に出すぜ!」

 

「ほ、ホントぴょん!?」

 

「ちょっ…!二人共…」

 

「大鷹姉ちゃんは、もう出来ませんとか言ってたけど赤城さんなら何回出来るんだろ!?」

 

「あ、赤城さん凄いぴょん!!」

 

〈無理ですっ!…って言いたいけど、二人の期待する目を見てたらとても言えない…

 

〈ど、どうしましょう…矢じりを口に含めば或いは…な、何を考えてるの赤城!出来る訳ないでしょう!〉

 

「…(ワクワク)」

 

「…(チラッ)」

 

〈う、うう…加賀さん!私に力を貸して下さい!〉

 

赤城は覚悟を決めて艤装を実体化させた。背中から矢を一本引っ張り出すと、震える手で矢じりを口に含もうとした時だった。

 

「なっ…あ、赤城さん!一体何を…!?」

 

たまたま通り掛かったのだろうか、鹿島が慌て赤城の手を掴んだ。

 

「と、止めないで下さい鹿島さん!い、一航戦の誇り…ここで失う訳には「その前に命を失っちゃいますよ!矢を食べる程、お腹が空いてるんですか!?」

 

「あ〜…卯月姉ちゃん、睦月姉ちゃんが呼んでたっけ。行こ行こ」

 

「そ、そういえば…バイバ〜イ「二人共ちょっと待って下さい」

 

忍び足でその場を立ち去ろうとする二人の肩を鹿島がガッシリと掴んだ。佐渡と卯月の二人が恐る恐る振り返ると、ニコニコと微笑む鹿島が。だが、その声はいつもより低かった。

 

「…赤城さんに何をさせようとしていたんです?」

 

「や、やだなーカッシーの姉ちゃん!赤城の姉ちゃんが口から艦載機出してくれるって言うからさ!な、なぁ、卯月姉ちゃん!」

 

「う、卯月は止めたぴょん!」

 

「あっ!きったねェぞ!裏切ったな!」

 

「そんな事出来る訳ありません!第一そんな事したら、口からじゃなく下の…と、とにかく!赤城さんを困らせちゃいけません!」

 

「で、でも佐渡ちゃんが大鷹さんは出来たって言ってたぴょん」

 

「えっ?…そ、そんなまさか…」

 

「おっ、何だ何だ、カッシーの姉ちゃんはこの佐渡様を疑おうってのか!?」

 

「そ、そうじゃありませんけど…(チラッ)」

 

「…鹿島さん、どうして私を見るんですか?」

 

「いっ、いえ!もう、佐渡ちゃん、無理を言ってはいけませんよ。例え同じ空母でも出来る人と出来ない人がいるんですから」

 

「あの、空母なら出来る前提で言われても…」

 

「何だよ!みんな、この佐渡様が嘘吐いてるって言うのかよ!」

 

「で、でも赤城さんは出来ないって言ってますし…」

 

「大鷹さんが出来たんなら多分…「ええっ!?」

 

「ほら見ろ!佐渡様は正しかったろ?赤城さん、佐渡様が嘘吐いてないって、みんなに証明してくれよ!」

 

「う、うーちゃんも見てみたいぴょん!」

 

「こら二人共。赤城さんも困ってますよ?赤城さん、そんなの無理ですよね?」

 

「…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あの〜…赤城さんが入渠しました…」

 

「えっ?何で?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「空母は…来ないと…?」

 

入渠を終えた赤城が提督に聞かされたのは、新しい空母を呼ぶ事についてだった。

この鎮守府の空母は赤城一人しか居ない。かつては赤城の先輩に当たる鳳翔(ほうしょう)も居たが、現在は一線を退き後進の育成に努めている。提督も、空母が赤城一人だけでは大変だろうと、以前から方方(ほうぼう)に手を回していたが、中々上手く手配出来ずにいる事を申し訳なく思っていた。

 

「前に話した、大本営に空母の艦娘を回して貰う件なんだが…すまない。もう少し時間が掛かりそうなんだ。期待させるような事を言って本当にすまない」

 

「気にしないで下さい。そのお心遣いだけで充分です」

 

「うん…それと、ここに居る鹿島から聞いたんだが、その…補給についてなんだが…」

 

「出しゃばった真似をしてすみません。食事の時に気になって、つい…」

 

「ふふ、いいんですよ。大方、私の食事の量について…でしょう?」

 

「は、はい」

 

「赤城、君は空母だ。空母は艦載機を扱う都合上、どうしても他の艦娘よりも補給が増えると聞いている。でも、聞けば巡洋艦の鹿島よりも少ないと言うじゃないか」

 

「提督、確かに私は空母と言う性質上、皆さんより補給が多いかもしれません。ですが、私も艦娘としての誇りが有ります」

 

「誇り…ですか」

 

「ええ、鹿島さんも艦娘なら理解して頂けると思います。戦場ならいざ知らず、平時の私は無駄飯喰らいの役立たずです。そんな私が、どうして皆さんと同じ量の補給が出来ましょうか」

 

「赤城、誰もそんな事は思ってないさ」

 

「そう言って下さると助かります。ですが、これは私の矜持…とでも言いましょうか、私は戦闘以外では皆さんより少なめの補給にしようと心掛けているんです」

 

「赤城さん…」

 

「ですので、その点については御理解頂けると助かります。では他に用が無ければ、これで…」

 

赤城は一礼すると、部屋を後にした。部屋に残った鹿島が、提督と共に安堵の表情を浮かべた。

 

「理解してくださって良かったですね」

 

「ああ。なんとか赤城の負担も減らしてやりたいんだが」

 

「私もそう思います。ただ…気の所為でしょうか、いつもとは違う感じが…」

 

「いつもとは違う…?」

 

「い、いえ!私の勘違いかもしれませんが、普段、赤城さんと喋る時は、もっとこう、良い意味で脱力した感じなんですよ。でも、提督と喋る時は、何かこう…壁があるみたいな」

 

「フッ、赤城は那智とも仲が良いからな。案外、俺の事も不甲斐ない男と思っているのかもしれないな」

 

「そ、そんな事はないですよ。少なくとも赤城さんから、そんな話は聞いた事は有りませんよ」

 

「だと良いが…俺も赤城が、あまり嬉しくは思ってないように見えてね」

 

「嬉しく…何をです?」

 

「空母を増やす事についてだよ」

 

〈確かに、言われてみれば赤城さんも喜んでるようには見えなかった気が…〉

 

「あの、提督。もし良かったら、私が香取姉に連絡を取ってみましょうか?」

 

「香取?確か、大本営に居る君の…」

 

「はい。書類で申請するより早いと思うんです。どうでしょう?」

 

「…そうだな。その方が手っ取り早いかもしれない。鹿島、頼めるかい?」

 

「はい!」

 

鹿島は週に一度は姉の香取と手紙で交流している。内容は鎮守府で起きた出来事や取りとめのない話と雑多だ。この鎮守府の内情については何度か書き記した事も有るが、思えば提督からの空母申請について香取が書いてきた事は一度もない。香取姉も忘れているのだろうか…鹿島は不思議に思いながらも自室へ戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈空母が、もう一人増える…冗談じゃないわ〉

 

一人廊下を歩く赤城は、普段のように穏やかな笑みを浮かべている。だが、内心は焦りと怒りで煮えくり返っていた。

彼女、赤城が先輩である鳳翔に招かれるように、この鎮守府にやって来たのは数年前の事。当時の赤城は、まだ練度も低く、お世辞にも役に立っているとは言い難かった。まして彼女は空母という性質上、他の艦娘よりも多くの補給を取る事が、自分は穀潰しなのではという被害妄想に一層拍車を掛けていた。

心の拠り所だった鳳翔が余所の鎮守府に異動し、意気消沈した赤城だったが、彼女の艦生(じんせい)は、ある海域の攻略を機に急浮上する事になる。

 

艦娘の花形と言えば、やはり戦艦なのかもしれない。事実、この鎮守府でも妙高型の重巡洋艦が主力であり、誰もがそれを認めていた。だが、戦いが続くに連れ重巡洋艦では埒が明かない場面が出始めた。これは妙高や那智達の力不足ではなく、あくまで敵艦種との相性に過ぎない。そんな事情とは裏腹に赤城は大戦果を上げ、思わぬ脚光を浴びる事になった。海域が広がるに連れ空母の重要性が増し、妙高や那智ですらも赤城の力に頼る程、彼女の存在感は強くなっていった。特に非力な駆逐艦は何度も赤城に助けられ、彼女はそれこそ女神のように崇拝されていた。

 

何故、赤城がここまで重宝されるのか。それは空母の有用性だろう。だが、彼女はそうは受け取らなかった。自分が必要とされている理由、それは自分が、たった一人の空母だから…それが彼女の出した結論だった。

そんな赤城が最も恐れる事、それは自分以外の空母の出現に他ならない。以前の提督からも度々、空母を呼ぶ話は出ていた。だが、ある事情で前任の提督が失踪した事で、その話は有耶無耶になっていた。

 

人も物も、貴重であればある程その価値は上がる。彼女と同じ空母の艦娘が現れれば、彼女の株はたちまち暴落する。

 

〈前の提督がいなくなって、この話も流れたと思っていたのに…新しい空母が来る…?冗談じゃないわ!〉

 

〈何の為に私が食事を減らしていると思っているの…少しでも私への印象を良くする為。それに駆逐艦に配る事で、私の味方に付ける事も出来る〉

 

〈それを今更…もし新しい空母が来たら、私の苦労はどうなるの?この鎮守府に空母は私一人で充分なのよ!〉

 

〈皆も私を信頼し必要としてくれる。今やこの鎮守府で私に逆らう子なんて居やしない…そう、私こそが、この鎮守府の本当の王なのよ!!〉

 

〈那智さんや妙高さんみたいな火力しか取り柄のない人達なんて、私の敵じゃないわ〉

 

〈でも…提督は新しい空母を呼ぶのに乗り気な様ね。これは…場合に依っては那智さんと、また()()事になりそうね…あら?〉

 

ふと、赤城の目の前に、ちょうど睦月と別れる卯月が目に留まった。赤城は卯月に気付くと、人懐こい笑顔で彼女に近付いた。

 

「卯月ちゃん、今暇かしら?」

 

「ヒマって言えばヒマ…」

 

そう言って、卯月は何も考えず答えてしまった事を後悔した。そんな卯月の心を見透かすように、赤城は口を開いた。

 

「また、お願いしたいのだけど…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「烈風、紫電、艤装展開してアタック開始だ〜!」

 

「佐渡、部屋狭いんだから外で遊びなさい」

 

執務室では書類仕事をする提督と、そんな提督を邪魔するかのように佐渡が大声ではしゃいでいた。誰に借りたのだろうか艦載機を両手に持ち、見えない敵と格闘していた。

 

「へっ!司令を倒したら、この鎮()府は佐渡様がニューリーダーだ!紫電の爆撃で“ぐっと・ないと”だぜ!」

 

「イテッ。佐渡、言う事聞かないと怒るぞ」

 

「おっ!佐渡様の航空部隊にケンカ売ろうってのか〜?面白ぇ返り討ちにしてやるぜ!」

 

「…妙高に言うぞ」

 

「なっ!ず、ズるいぞ司令!」

 

「それ赤城のか?卯月はどうしたんだ?」

 

「卯月の姉ちゃんは昨日から(くれ)ぇんだよな」

 

「まあ、卯月だって気分が悪い時もあるだろう」

 

「昨日、赤城さんと話してから一日中ダンマリでさ〜。つまんないんだよな〜」

 

「赤城と…?睦月はどうしたんだ」

 

「睦月の姉ちゃんはノリ悪いんだよな。何やっても怒らないから怖えーし…。なぁ、遊ぼうぜ〜」

 

「あいにく今は手が離せないんだよ」

 

「なんだい、この佐渡様をド無視たぁ〜偉くなったもんだなぁ。天山、彗星、急降下爆撃開始〜!」

 

「イタタ。佐渡、本当に痛いから止めなさい。壊したら赤城に怒られるぞ」

 

「ヤベッ!司令、赤城さんには黙っててくれよな!」

 

「分かったから、他の子と遊んでなさい」

 

佐渡が勢いよく部屋を後にし走って廊下を曲がると、赤城と卯月の二人が目に入った。佐渡は慌てて艦載機を後ろに隠すと、壁に隠れ二人の会話に耳を凝らした。

 

「…やっぱりイヤぴょん」

 

「卯月さん、そこを何とか出来ないかしら」

 

「いくら、しれいかんでも、絶対怒るぴょん!」

 

「…卯月さん、私が今まで何度アナタを助けてあげたか覚えていますか?」

 

「そ、それは…」

 

「敵駆逐艦に囲まれた時も、私が駆け付けて助けてあげましたよね。雷巡に襲われた時は、私が身を挺して盾代わりになってあげましたよね」

 

「ううっ…」

 

「私が居なかったら、卯月さんは今頃海の底で眠っているでしょうね。その私の頼みを聞いてくれないんですか?」

 

「よお!赤城さん、卯月の姉ちゃん!何話してんだ?」

 

「…佐渡さん」

 

「…ッ!と、とにかく!うーちゃんは、もうやらないぴょん!」

 

卯月は赤城が佐渡に気を取られたのを見て、一目散に走って行った。

 

「なんだ〜?卯月姉ちゃん、どうしたんだ?喧嘩でもしたのか?」

 

「…少し怒らせちゃったみたいですね」

 

「ふ〜ん。あ〜あ、卯月の姉ちゃん遊んでくれないし退屈だな〜。赤城さん、一緒に遊ぼうよ」

 

「フフッ、いいですよ「っしゃ!じゃあ艦娘軍団対、深海軍団の始まりだぜ!「えっ、今からですか!?」

 

「深海軍団、赤城司令官にアタック!「佐渡さんが深海側ですか!?わ、分かりました。頑張ります」

 

「いひっ!赤城の姉ちゃん面白ぇんだな。司令ノリ悪いからツマんないしさ〜」

 

「提督…?」

 

「うん。せっかく司令ンとこに遊びに行ったのに、ずっとお絵描きしてんの」

 

「あ、あれは書類仕事で…佐渡さん、提督の所にはよく行くんですか?」

 

「卯月の姉ちゃんが居ない時は、よく行くかな〜。たまにお菓子くれるし」

 

「そうですか…それはそうと、佐渡さんの持ってるのは私の零式艦戦と九九式ですか?」

 

「あ、ヤベッ!こ、これは…ゴメンなさい」

 

「フフッ、いいんですよ。気に入ったなら貸してあげますよ」

 

「さっすが赤城さん!ヨッ!太っ腹!()敵艦隊!」

 

「む、無敵艦隊です。その代わり…お願いがあるんですが、聞いてもらえますか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたんだ、卯月」

 

赤城と別れた卯月は執務室に来ていた。特に理由もないが、今は部屋に帰って睦月と話をする気分でもなく、気が付けば提督の許へと来ていた。てっきりいつものようにイタズラでもするのかと思った提督だが、卯月はソファに顔を埋めて何も喋ろうとせず、暇そうに足をバタつかせているだけだった。

 

「…何でもないぴょん」

 

「今日は来客の多い日だな。さっきまで佐渡も居たんだが、会わなかったかい?」

 

「佐渡ちゃんなら、赤城さんと話してるぴょん」

 

「そうか、あの二人もう仲良くなったのか。赤城が上手く面倒見てくれればいいが」

 

「…そんなんじゃないぴょん」

 

「え?」

 

「何でもないぴょん…しれいかんは、赤城さんみたいな空母さんを呼びたいの?」

 

「赤城に聞いたのか?ああ。前は鳳翔さんが居たが、今は空母は赤城だけだろう?何とかしたいと思ってるんだ」

 

「前にも聞いた事あるぴょん。どうして来ないぴょん?」

 

「卯月、お前も関係あるんだぞ?卯月が申請の書類にイタズラ書きしたりするから」

 

「…ゴメンなさいだぴょん」

 

「もう何ヶ月も前から申請はしてるんだが、何故か音沙汰がなくってね。やっぱり空母の艦娘は貴重なのかな」

 

「…空母は赤城さんだけでイイぴょん」

 

「卯月は赤城が好きなんだな」

 

「そんなんじゃないぴょん!そんなんじゃ…と、とにかく!赤城さん以外の空母は呼んじゃダメぴょん!それが一番なんだぴょん!」

 

「卯月?」

 

卯月は急に飛び起きると部屋を出て行ってしまった。喜怒哀楽がハッキリしている卯月だが、そんな彼女が珍しく激昂する姿に提督もどうしたのかと呆気に取られていた。

 

 

 

 

 

 

卯月は姉の睦月と共に、赤城の護衛に付く事が多い。

卯月の目から見た赤城は、空母の艦娘を見るのが初めてという事もあり、どこか非力に感じた。

ある日、卯月は赤城の補給が多い事を茶化した事があった。もちろん卯月に悪意はなく、彼女なりの距離の取り方に過ぎなかったが、それ以来赤城は出撃以外で補給を取らなくなった。後に提督から空母の特質について知らされた卯月は自分の行いを恥じ、赤城に詫びを入れた。そんな卯月を快く許した赤城に卯月は懐き、睦月とは違った、もう一人の姉として赤城を慕った。赤城も出番が増えると徐々に戦果を上げ、かつての頼りなさが嘘のような存在感を見せ始めた。もともと非力な卯月は度々赤城にピンチを助けられ、すっかり頼れるお姉さんとして赤城を慕い始めた。

 

ある時期から提督が空母を増やしたいと言い始めた。卯月には特に関係のない話…の筈だった。提督からその話題を聞いた頃から、妙に赤城がソワソワし始めた。自分と話をしていても心ここに在らずとでも言おうか、酷く焦っているように見えた。一体どうしたのかと聞いた卯月に、赤城はパッと顔を明るくし、ある頼み事をした。

 

『空母申請の書類に…落書きをしてくれないかしら?』

 

大好きな赤城に頼られた卯月は、ちょっとしたイタズラ感覚で赤城の頼みを聞いた。提督も卯月を叱りはするものの、本気で怒っている訳ではないと判ると、卯月も度々イタズラを繰り返した。

そんな卯月に、赤城は次の頼み事をする。その書類を盗んでくれないかと。流石にそれは冗談では済まないと察した卯月は断わるが、赤城から脅迫めいた圧力を掛けられ、一度だけ頼みを聞いた。それから何度も同じ頼み事をされるが卯月は断り続けた。卯月が言う事を聞かないと分かると、赤城は秘書艦に名乗りを上げ、大本営に出す書類から空母関連の物を密かに処理していた。

卯月が提督に空母を増やさないで欲しいと言ったのは、赤城の意思を汲んでではない。そうする事で…赤城の願いが叶う事で、かつての赤城が戻ってきてくれると信じたからだった。

 

〈本当の赤城さんは、うーちゃんにあんな酷い事言ったりしないぴょん…〉

 

〈新しい空母が来なければ…きっと元の赤城さんに戻ってくれるんだぴょん〉

 

そんな卯月の期待とは裏腹に、赤城の触手は次の標的に狙いを定めていた。後にそれを知った卯月は、あの時自分が素直に赤城の頼みを聞いていればと、激しく後悔する事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「司令〜…よしよし、居ねぇな〜」

 

執務室のドアを開けた佐渡は、部屋に誰も居ない事を確認すると素早く部屋に入り込んだ。

 

「確か赤城さんは、この辺りって…“リン…”?コレじゃねえな…“そら…はは…”おっ!空母のお手紙ってこれだな!」

 

机の引き出しの中から空母申請に関する書類を見つけた佐渡は、それを懐に仕舞い込んだ。佐渡が部屋を出ようとすると、ドアを叩く音が聞こえた。

 

〈ヤベッ!誰か来たッ!〉

 

佐渡は慌ててソファの後ろへ身を隠した。

 

「…」

 

〈誰だ?司令か?〉

 

部屋に訪れた者は、佐渡が部屋に居る事も知らずズカズカと部屋へ上がり込んだ。机の前へ来た何者かは、机の上に置かれている書類に目を配った。

 

「…引き出しが開けっ放しだ」

 

〈あっ、閉め忘れた!…あの声は那智の姉さん〉

 

那智が引き出しを閉めると同時に、ドアを叩く音が鳴り一人の艦娘が頭を出した。

 

「失礼します…那智さん?提督は…」

 

〈おっ?あの声は…〉

 

「赤城か…奴なら用があるとかで、鹿島と出掛けている。もうそろそろ帰って来ると思ってな」

 

「那智さん…どうしてここへ」

 

赤城なら自分がここに隠れている事をおかしく思わないだろう。別に隠れる理由もないかと判断した佐渡は頭を出そうとするが、佐渡の本能が何故か今は動いてはいけないと彼女の体を強張らせた。

 

「赤城…その顔を見るに、貴様と私の目的は一緒らしい」

 

「な、何の事ですか…」

 

「フッ、今更、綺麗事は抜かすな…私達は共犯だろう?」

 

〈きょーはん…って何だ?〉

 

「ッッ…!ま、前の提督を殺したのは那智さんで…!そうですね。今更こんな事を言っても仕方ありませんね」

 

「ああ。私も貴様が遺体を処分してくれると言った時は驚いたが、助かったよ」

 

〈前の司令を殺し…えっ?殺すって…大破…じゃない、轟沈の事だよな?そ、それに赤城さんが…ええっ!?〉

 

「だが赤城…以前もそうだが、何故貴様が司令官を?貴様は私と違って奴に不満などないように見えたが」

 

「那智さん。私は那智さんが何故、提督を手に掛けたかは聞きません。那智さんには那智さんの理由が有るでしょうから…」

 

「…愚問だったな。まあいい。改めて確認するが、目的は同じでいいのだな?」

 

「はい。佐渡さんにも動いて貰いましたが、やはり不安で。自分で動いた方が早いと思いまして」

 

「そうだな。で、どうする?以前と同じやり方で行くか?」

 

「そうですね。私が提督をおびき出しますから、後はお願いします」

 

「うむ。それはそうと赤城、私が殺した司令官の遺体…どうやって処理したのだ?お前の事だ、上手い事を考えたのだろうが」

 

「ふふっ、そうですね。とっても美味(おい)しい方法でしたね。今回も楽しみです…フフッ」

 

「…貴様だけは敵に回したくないな」

 

二人が部屋を出たのか、ドアが閉まる音を確認すると、佐渡は押し殺していた息を思いっきり吐いた。

 

〈あわわ…ど、どうしよう!どうすりゃイイんだよ…〉

 

佐渡は慌てて部屋を飛び出た。兎にも角にも提督を探そうとキョロキョロする彼女の目に最初に映ったのは鹿島だった。その後ろの見た事のない二人の艦娘に目を奪われたが、今の佐渡はそれどころではなかった。

 

「あら、佐渡ちゃん。提督さんがどこに居るか知りませんか?今、香取姉から「香取でも関取でもどうでもイイよ!カッシーの姉ちゃん…あたい、どうすりゃイイんだよ!」

 

「お、落ち着いて下さい!一体何があったんです?」

 

「うう〜っ…」

 

佐渡は一部始終を話した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一体何の用事なんだ?こんな所まで呼び出して」

 

「さあ、それは那智さんに聞いてみないと…あ、那智さん。提督をお連れしました」

 

演習場の端の堤防。辺りは薄暗く、今は誰も使用していないのか提督達以外は誰も居ない様だった。一人海を見つめる那智は、赤城と提督の声に振り返った。那智が赤城を一瞥すると、彼女はさりげ無く提督の背後へと移動した。

 

「那智、こんな所まで呼び出して何の用だ?話なら、こんな所じゃなくても…」

 

「なに、すぐ済むさ。その前に一つ、許可を貰っておきたい」

 

「許可?何の事だ?」

 

那智は一枚の薄い板と万年筆を差し出した。板には命令書が載せられてあった。

 

「明日、艦隊を編成して例の海域に出撃する」

 

「那智、前にも言ったが、それは「まだ戦力が整っていない…そう言いたいのか?司令官、貴様の理屈は聞き飽きた」

 

「那智、もう少し待ってくれないか?」

 

「生憎、私は気が長い方ではない。それに司令官、貴様は私が信用出来ないのか?」

 

「そんな事はない。君と妙高、赤城の三人は、この鎮守府の要だ」

 

「ならば、あとは首をすげ替えるだけだな」

 

「首を…なっ!あ、赤城!?」

 

「提督、失礼します」

 

いつの間にか提督の後ろに回り込んだ赤城は彼を羽交い締めにした。艦娘は艤装を着けていなければ少し力が強いだけで人間と大差ない。だが、赤城はいつの間にか艤装を装着した状態になっており、その力は人間の腕力で容易に振り解ける物ではなかった。

 

「あ、赤城!那智、これは一体何の「黙れッ!この臆病者がッ!!」

 

「な、那智…」

 

「貴様は二言目には今はまだ早い、少し待てだ!貴様の寝言は聞き飽きた!これからは私の好きなようにやらせてもらう…この指令書にサインするんだ。そうすれば、これは貴様の命令だと皆も私に従うだろう…貴様が居ない間もな」

 

「居ない間…どういう意味だ?」

 

「提督さんを…殺すつもりですね?」

 

「むっ!き、貴様は…」

 

那智達は声の方角に振り返った。声の主は鹿島だった。ここまで必死で走って来たのだろう、鹿島は肩で息をしていた。呼吸が整うと、鹿島は那智と提督の間に割って入った。

 

「鹿島、貴様どうしてここが…」

 

「そんな事はどうでも良いです。那智さん、赤城さん、これは一体どういう事なのでしょう」

 

「こ、これは…その…」

 

「鹿島、貴様には関係ない事だ。口を挟むな」

 

「そうはいきません。何しろ、お二人には前科が有りますからね」

 

「な、何っ!鹿島、貴様、何故それを!?」

 

「前科…鹿島、何の事だ?」

 

「…那智さん、提督さんが、どうして出撃を許さないか知っていますか?」

 

「フン、臆病風に吹かれたに決まっている」

 

「そうではありません。那智さんが、どうしてあの海域に拘るのか、それは足柄さんと羽黒さんの仇を討ちたいからですよね」

 

「そうだ、それが悪いか!?」

 

「何とか、お二人の仇を討たせてあげたい…それは提督さんも同じです。ですが、出来ない理由が有るんです」

 

「理由だと…?」

 

「今、出撃しても足柄さん達の二の舞になると知っているからです」

 

「なっ!貴様、この私を侮辱するつもりか!」

 

「そこから先は俺が話すよ。赤城、放してくれないか」

 

「は、はい…」

 

赤城は思わず手を放してしまった。提督は襟を正すと、那智、赤城の二人に語りだした。

 

「まず最初に、足柄と羽黒を沈めてしまった事を心から詫びるよ。あの時、俺は足柄と羽黒の二人なら、あの海域…リンガ泊地沖も問題ないと思っていたんだ」

 

「だから私が行くと言っているのだ!私と妙高姉さんなら…!」

 

「無理だ。鹿島も言ったが、二人の二の舞になるだけだ」

 

「貴様ッ…!「潜水新棲姫」

 

「…?何だそれは」

 

「つい先日確認された、お前達の仇の呼称だよ」

 

「…!?」

 

「提督さんは、そのリンガ泊地沖に潜む敵の事を調べていたんですよ」

 

「嘘を吐くな!貴様は、この数ヵ月何もしていなかったではないか!」

 

「…重巡が二人も沈むなんて普通じゃない。きっと新しい敵じゃないかと思って情報を集めていたんだ。つい先日、ある艦娘が所属する艦隊がリンガ泊地沖に行ったそうだ。残念ながら敗北したが、彼女の情報から敵の正体が判明したという訳だ」

 

「…それと私に出撃するなと言った事が、どう繋がるのだ」

 

「俺は、その艦娘をこちらへ招こうと思ったんだ。彼女は対潜能力に優れている。はっきり決まる迄、内緒にしていたんだ」

 

「な、ならば最初からそう言えばよいではないか!」

 

「頭に血が上っている那智に何を言っても言い訳と取られるだろう。それに期待させるだけさせて駄目でした、じゃ却って恨まれるだけだ…そういう意味じゃ、俺は臆病者と言われても仕方ないか」

 

「…」

 

「それを知った鹿島が、大本営に勤める姉の香取に直接連絡を取って決まったんだ」

 

「では、この数ヵ月は…」

 

「情報を掴んでから、その艦娘…水上機母艦なんだが、彼女か同型艦を手配して貰おうと手を尽くしていたんだ」

 

「提督さんは、大本営や同期の提督に頭を下げて回っていたんです。それもこれも那智さん、アナタの気持ちを知っていたからです」

 

「なっ…」

 

「ただ、何故か大本営には俺の申請が届いていないと言われて…それだけが不思議なんだが」

 

「…ッ!」

 

提督の言葉に、一瞬赤城の表情が曇った。辺りも暗くなっている所為、皆気付いていなかった…少なくとも提督と那智の二人は。

 

「…仇を討つ気はあったと…言うのか?」

 

「…ああ。出来れば那智と妙高の手で討たせてやりたかった」

 

「…フッ、フフッ…アハハハハッ!!」

 

「な、那智!」

 

「那智さん?」

 

「貴様は私以上に妹達の仇を取ろうと、しかも私に花を持たせようとさえしていたのに…そんな貴様を臆病者呼ばわりしていたとはな!…馬鹿だ!実に馬鹿だ!私は妙高型の恥晒しだ!」

 

「那智…」

 

「司令、もし私が仇を討った暁には、私を解体するといい」

 

「な、何故そうなる」

 

「私は公然と貴様を馬鹿にし続けたのだ。それは許されるものではない。軍規に背けば、例え私でさえ解体されるとあれば、自然と規律も引き締まろう…それが貴様への償いだ」

 

「…分かった。那智、お前を解体する」

 

「ま、待って下さい提督!那智さんは!」

 

那智の思わぬ心変わりに狼狽したのか、それとも自身の保身の為か、赤城は二人の間に割って入ろうとした。だが、彼女の困惑とは裏腹に、提督の口から出た言葉は意外なものだった。

 

「但し…深海棲艦との戦いが完全に終結してからだ。それまでは…今まで通り力を貸してもらう。それじゃ駄目か?」

 

「…わ、私を許すと言うのか?」

 

「残されたこっちの事も考えてくれよ。那智を解体でもしたら妙高さんに何言われるか…妙高さん、ここで一番怖いんだから」

 

「フッ、妙高姉さんが聞いたら徒では済まんぞ」

 

「それに生きていれば、また足柄や羽黒に会えるかもしれない。また二人に会いたくないかい?」

 

「…フッ、そうだな。解体されては可愛い妹達に、もう一度相まみえる事も叶わんか。分かった!戦いが終わる迄、この命、貴様に預けよう!この身体、貴様の手足と思って好きにするがいい!!」

 

「…あ、ああ」

 

「うん?何だ、歯切れの悪い返事だな」

 

何故か那智から視線を逸らす提督に、鹿島はジト目を向けた。

 

「…提督さん、今、変な事考えませんでした?」

 

「そ、そんな事は…」

 

「…なっ!何を考えている貴様、この不埒者め!」

 

「すまん…」

 

「…ま、まあ貴様が望むなら…()()()の相手くらい、してやっても…」

 

「ちょっ…!な、那智さん!?」

 

「ハッハッハッ、冗談だ鹿島。貴様の想い人に手を出したりはせんよ」

 

「…ッッ///そ、そもそも那智さん…け、経験…あるんですか?」

 

「んなあっ!!ぶ、無礼者!この私を誰だと思っている!重巡の那智だぞ!夜伽つや

 

「あ、あるんですか!?」

 

「……」

 

「な、那智…気持ちだけ受け取っておくから」

 

「なっ!やはり貴様も妙高姉さんのような大和撫子(やまとなでしこ)が好みか!?それとも羽黒のような可愛らしいタイプでなければ駄目なのか!?「もう一人妹いなかった?」

 

初めて見る那智の砕けた笑顔に、提督は彼女の新たな一面を垣間見た気がした。那智の見得を何となく察した鹿島、子供のように顔を赤らめる那智。…そして、もう一人。

 

「あれ、赤城は…」

 

「何…」

 

「…」

 

提督は、赤城がいつの間にか消えている事に気付いた。提督と那智が辺りを見回すも彼女の姿はない。だが、鹿島だけは驚いていない様だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈マズい事になったわ…何とかしないと…!!〉

 

那智の裏切りをいち早く見抜いた赤城は、隙を見てその場から逃げ出していた。鹿島という思わぬ伏兵の登場に一時は焦ったが、自分と那智の二人ならば纏めて始末も…と隙を窺っていた赤城だった。ところが頼みの綱の那智の、まさかの豹変に危機感を覚えた赤城は、気が付けば鎮守府にまで引き返していた。

 

〈鹿島さんは私達が前の提督を殺した事を知っているの?…まさか誰かに見られていた…?いえ、今はそれどころじゃないわ!まずは…ハッ!〉

 

赤城の目に映ったのは卯月だった。赤城のただならぬ雰囲気に思わず硬直する卯月の手を掴むと、赤城は彼女を近くの部屋へと連れ込んだ。

 

「卯月さん、もしかしてアナタが鹿島さんに喋ったの?」

 

「な、何の事ぴょん」

 

「とぼけないで下さい。私がアナタに頼んだ事です」

 

「う、う〜ちゃん、何も言ってないぴょん」

 

(しら)を切るつもりですか?卯月さん以外に誰がいるんですか!」

 

「う〜ちゃん、本当に何も知らないぴょん!」

 

「それに鹿島さんは、私達が前の提督を…」

 

「ま、前の提督が、どうかしたの?」

 

「な、何でもありません!」

 

〈私が申請を揉み消していたのはともかく、卯月ちゃんが前の提督を始末した事は知る筈がない…鹿島さんは一体どうしてその事を…〉

 

「赤城さん…しれいかんに謝りに行こう?」

 

「謝る…何を言って…」

 

「卯月も一緒に謝るぴょん。ちゃんと謝れば、しれいかんも許してくれるぴょん」

 

「…!」

 

頭に血が上った赤城は、卯月の肩を掴むと力を込めた。その迫力に卯月は震えてしゃがみ込んでしまった。

 

「あ、赤城さん…やめッ…!」

 

「卯月ちゃんを、どうするつもりですか」

 

声に振り返った赤城の目に、険しい表情の鹿島が立っていた。鹿島は二人の間に割り込むと赤城の手を振り払った。

 

「か、鹿島さん!いつの間に?」

 

「私が部屋に入って来たのも気付かなかったようですね。それはそうと、卯月ちゃんに何をしているんですか?」

 

「う、ううっ…」

 

最早これまでと観念したのか、赤城はガックリと肩を落とした。

 

「か、鹿島お姉ちゃん!」

 

「…途中からでしたが、立ち聞きしていました。赤城さん、卯月さんに頼んだのは、もしかして空母申請の書類を出させない事ですか?」

 

「そ、それは…」

 

「それに前の提督さんの事ですが…」

 

「…!!」

 

「ま、前のしれいかんが、どうしたの?」

 

「…いえ、赤城さんが以前の提督さんに怪我をさせてしまったんです。それで提督さんは、お休みしてるんです」

 

「な、何だ…そうだったの。いきなり居なくなっちゃうから、卯月、心配したぴょん」

 

「…鹿島さん。アナタはどうして…()()()を…」

 

「…私にも幾つかの情報網がありますから。それは置いておいて…赤城さんは誤解をしているんじゃないでしょうか」

 

「ご、誤解…?」

 

「はい。赤城さん、私は提督さんには以前の提督さんの事は一切話していません。これからも喋る気はありませんよ」

 

「どうして…」

 

「どうして…と言いますと?」

 

「私と那智さんは…仮にも以前に一人、そして鹿島さんが止めに来なければ、再び同じ事をするところでした…それを見逃すと言うんですか?」

 

「ですから、それが誤解なんです。赤城さんと那智さんが以前の提督と何があったかは私は知りません。ですが、お二人がそこまですると言う事は、それだけの事があったのだと思います」

 

「…」

 

「その件は済んだ事です。赤城さん…私のような新入りが生意気かもしれませんが、敢えて言わせてもらいます。私は赤城さんの方が心配です」

 

「わ、私の…事…?」

 

「はい。これは私の勘なのですが…赤城さんは空母の艦娘が来る事を拒んでいますね?」

 

「な、何の事ですか…」

 

「私の姉が大本営に居るんです。その姉に空母申請の件はどうなっているのかと尋ねてみたんです。ところが、そんな話は聞いていないと言われました。

 

 

「それに赤城さんは、以前の提督さんと今の提督さんの秘書艦もしていますね。どこかで申請が途絶えたとしたら、その橋渡しをしている赤城さんを疑うのは当然です」

 

「…本当だぴょん」

 

「卯月ちゃん?」

 

「卯月、赤城さんに頼まれたんだぴょん!提督の書類に落書きをしてって」

 

「ち、違います!それは!」

 

「卯月、もう嘘を吐くのはイヤだぴょん!こんな事してたら、絶対しれいかんに怒られるぴょん!」

 

「…」

 

「お願いだぴょん…う〜ちゃん、昔の優しい赤城さんに戻って欲しいぴょん…」

 

「…誰の所為だと」

 

「…?」

 

「元はと言えば卯月さん、アナタの所為ですよ!」

 

「う、う〜ちゃんの…?」

 

「そうよ!私は空母なの!空母は艦載機を飛ばす為に駆逐艦のアナタじゃ想像もつかない程のエネルギーが必要なの!卯月ちゃん、そんな私に初めて会った時、何て言ったか覚えていますか!?」

 

「『出撃してないのに、赤城さんが一番補給が多い』って!!」

 

「う、う〜ちゃんは、ただ…」

 

「その日以来、私は食事の度に針のむしろだったわ。生まれたばかりで碌に戦闘経験もない私の事を、皆さん役立たずの穀潰しって思ってるんじゃないかって」

 

「そ、そんな事…」

 

「だから私は出撃以外では補給を減らしてきた。それこそ目の前に在る物は何もかも食べてしまいたい欲求を我慢しながら…

 

「私の補給を皆に回したり、駆逐艦の皆を大破も厭わず庇ってきた。その甲斐あって誰もが私を信頼するようになった。誰もが私に一目置いてくれるようになった。そう、私こそがこの鎮守府の本当の(あるじ)だったのに!!」

 

「ご、ごめんなさい…ごめ…なさ…グスッ」

 

「ふふっ、でも、それもこれまでの様です。束の間の…短い夢でした」

 

「いえ、そんな事はありません」

 

「…えっ?」

 

「赤城さん、私は赤城さんと卯月ちゃんがしてきた事を提督さんに話すつもりはありません」

 

「な…どうして」

 

「誰かに迷惑が掛かっている訳じゃありません。それに誰かに頼りにされたい赤城さんの気持ち、私にも解る気がします」

 

「…」

 

「赤城さんは誤解している様ですが、新しい艦娘はあくまで臨時です。この鎮守府に所属するかは、まだ未定なんです。もし赤城さんが嫌だと(おっしゃ)るなら私からも必要ないと頼んでみます」

 

「え?か、鹿島さん…それは本当ですか?」

 

「ええ。それに提督さんも赤城さんの気持ちに薄々気付いているんじゃないでしょうか。だから助っ人という形にしたのでは…」

 

「提督は…私の気持ちを知って…?」

 

「はい。でも、その必要はないかもしれませんね。ここに来てまだ数日ですが、皆さんが赤城さんを慕っているのは私にも解ります」

 

「確かに赤城さんが皆さんを庇っていたのは(よこしま)な動機だったかもしれません。でも、本当にそれだけですか?一緒に戦う皆さんを守りたいという気持ちが全く無かったんでしょうか?」

 

「…」

 

「そもそも、どうしてそんな事を始めたんですか?皆さんの役に立ちたい…それが最初の動機だったのではないでしょうか?」

 

「う、ううっ…私は…私は…」

 

「もう一度、初心に戻りましょう。幸いこの事を知ってるのは私と卯月ちゃんだけです。私達が協力すれば、きっと上手く行きますよ」

 

「そ、そうだぴょん!赤城さんは本当は優しい人だぴょん!昔の優しい赤城さんに戻ってくれるなら、う〜ちゃん何でもするぴょん!だから、だからぁ!ううっ…」

 

「…出来るでしょうか…こんな私に」

 

「出来ますよ。現に卯月ちゃんだって、こうして慕ってくれているじゃないですか」

 

「そ、そうだぴょん!う〜ちゃん、また赤城さんと一緒に遊びたいぴょん!一緒にアイスクリーム食べたいぴょん!」

 

「…それは嫌です」

 

「えっ?」

 

「一緒に食べていたら、きっと卯月さんのアイスクリームも食べてしまいますから」

 

「あ、あげるぴょん!う〜ちゃん、アイスクリーム位、我慢するぴょん…だからぁ!ううう〜!」

 

「…うっ…ううっ…」

 

〈どうして…どうして私は泣いているのだろう…〉

 

〈これは後悔の涙…それとも鹿島さんに心を見透かされた屈辱…?違う…そんなのじゃ…そんなのじゃない。私はまだ…そこまで堕ちていない…〉

 

〈私だって…戻れるなら戻りたい。こんな…人を殺めた罪悪感を背負う前の、あの時に…〉

 

〈でも…そんな事が許されるのだろうか。鹿島さん、あなたはそれを知ってもなお、私を認めると…?〉

 

〈これは…私に与えられたチャンスなのだろうか。今ならまだ引き返せると…償えると…神が私に猶予を与えてくれたの…?〉

 

〈解りました…鹿島さん、あなたを信じます。そちら側へ…もう一度…〉

 

赤城は差し出された手を恐る恐る握った。そんな赤城の不安を見透かすように、鹿島は力強く彼女の手を握り返した。

 

「…鹿島さん、改めて宜しくお願いします。一緒に頑張っていきましょう」

 

「はい♪こちらこそ!」

 

 

 

 

 

翌日、次の作戦の為に招集された水上機母艦の千歳と千代田が皆に紹介された。以前の赤城なら自分の存在を脅かす彼女達を毛嫌いしただろう。だが今の赤城は、彼女達を共に戦う仲間として心から歓迎した。赤城が二人から学ぶ事も多く、その度に過去の狭量な自分を心から恥じた。

一方の那智も、過去の自分を許し、妹達の仇を討つ機会を作ってくれた提督の心遣いに涙が止まらなかった。

 

反提督派の二人の変化は鎮守府全体にも影響を与えた。今までは二人に睨まれたくない一心で提督を無視する者も居たが、二人の提督への態度が変わると、もうそんな事はしなくても良いのだと提督へ謝罪に訪れる者が後を絶たなかった。

全ての歯車は噛み合い、鎮守府は以前の活気を取り戻しつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはようございます提督」

 

翌朝。

提督が執務室のドアを開けると、一足先に来ていた赤城が彼を出迎えた。それだけならいつも通りだが、提督が面食らったのは、赤城は提督が来るまで部屋の中で直立していた事だ。まるで犬が飼い主の迎えを待つように。

 

「おはよう…赤城、どうしたんだ?」

 

「提督に今までの事を謝ろうと思いまして」

 

「今までの事…?」

 

「はい。提督は、ご存知だったんですよね。私が空母が来るのを(こころよ)く思っていないと」

 

「…まぁ、ね」

 

「その理由は、今から思えば実に幼稚な理由でした。私は…私以外の空母が来る事によって、自分の地位が(おびや)かされるのではないかと戦々恐々(せんせんきょうきょう)でした。

 

「私が秘書艦になったのは、それが理由です。提督の側に居れば申請の書類を処分する事も出来ます。時には卯月さんを使って邪魔をしました」

 

「…」

 

「もし提督が、こんな私を信用出来ないと言うのであれば、私を秘書艦から解任して下さい。どんな罰でもお受けします。例え解体でも…」

 

「秘書艦を首はともかく…解体は幾らなんでもやり過ぎだろう」

 

〈提督なら、そう言うだろうと思っていました。ですが、私達が前の提督に手を掛けたと知れば、私達を許す事はないでしょう〉

 

〈だから今は言えません。いつか…いつか必ず全てを話します。だから、もう少し…〉

 

〈もう少しだけ…その優しさに甘えさせて下さい…〉

 

「幸い、千歳さんと千代田さんが来てくれました。例え私が居なくても、那智さんの目的は達せられる筈です」

 

「…分かった、秘書艦は解任する。それと罰についてだが…新しい艦娘の教育を任せたい」

 

「新しい艦娘…?千歳さん達ではなくて、ですか?」

 

「ああ。千歳と千代田を正式にウチへ招けないか掛け合ったんだが、残念ながらそれは駄目だった。その代わりと言っては何だが、ある艦娘が是非ウチへ来たいと言ってきた。君と同じ一航戦の空母がね」

 

「い、一航戦の…空母?ま、まさか…」

 

「ああ。君と同じ正規空母の加賀だ」

 

「…!!」

 

「千歳と千代田には、次の作戦までしか居てもらえない。その代わり、加賀はウチへ正式に来る事になった」

 

「加賀さんが…ここへ…!」

 

「君の処分はそれでチャラだ。拒否する事は許さない。いいね?」

 

「はい…はいっ!!」

 

「朝はまだだろう。先に食べてきたらどうだ?」

 

「考えてみればそうでした。では一先ず失礼を…あの、提督!」

 

「何だい」

 

「提督は、鹿島さんみたいな髪を短く纏めたタイプが好みですか?」

 

「えっ!い、いや別にそんな事は…」

 

「じゃあ、私みたいな髪の長いタイプは好みでしょうか?」

 

「ま、まあ…嫌いではないかな」

 

「ふふっ、そうですか。提督、私、負けませんから!」

 

「負ける?な、何に?」

 

「いえ、何でもありません。では、失礼します」

 

 

 

 

 

赤城は過去を振り返る。

自分はどこで航路を間違えたのか…。

最初は皆に認めて欲しかった…立派な戦力として認めて欲しかった…それだけだった筈だ。だが一人、また一人と自分を認める者が増えるに連れ、そこに奇妙な愉悦を覚えたのもまた事実。

 

〈そうよ…私は皆に認めて欲しかったんじゃない…一緒に戦いたかっただけ…〉

 

赤城は未来を仰ぎ見る。

今は前も後ろも判らない濃霧を抜け出したように心が爽やかだ。まるで艦娘として生を受けた時のように身も心も澄み切っている。

自らの功名心に負けて前提督を殺した事を忘れるつもりはない。それでも鹿島が手を差し伸べてくれた。光を与えてくれた。赤城はそれにすがる事にした。

もう一度、生まれ変わろうと、彼女は一人心に誓うのだった。

 

 

 

 

唐突に鹿島への対抗宣言にも驚いたが、彼女にもそんな茶目っ気があったのかと、提督は彼女の新たな一面に笑みを漏らした。

提督が椅子に座ろうとすると、再びドアが開かれた。そこには、キョトンとした表情の鹿島が居た。

 

「失礼します…あの、赤城さん、どうしたんですか?ニコニコしてましたけど」

 

「あ、ああ…今までの事を詫びに来ただけだよ。鹿島、何か言ったのか?」

 

「い、いえ私は何も!ただ、このままじゃ良くないんじゃって、差し出がましい事を言ってしまいました。てっきり怒ってるんじゃないかと…」

 

「那智の時といい赤城の件といい、鹿島には助けて貰いっぱなしだな。それはそうと、こんな朝早くから、どうしたんだ?」

 

「…実は提督さんに、お願いがありまして…」

 

「鹿島には世話になってるしな。俺が出来る事なら何でもするよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私が…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

赤城が食堂に向かうと、卯月が入口でウロウロしていた。何故食堂に入らないのか疑問に思った赤城は、彼女に声を掛けた。

 

「卯月さん、おはようございます。今から朝食ですか?」

 

「あ、赤城さん!佐渡ちゃんを待ってるぴょん」

 

「ふふっ、すっかり仲良しですね。それと…卯月さん、今までごめんなさいね」

 

「え?き、急にどうしたぴょん」

 

「いえ、卯月さんには一番迷惑を掛けてしまいましたから。それに八つ当たりまでしてしまって。本当にごめんなさい」

 

「そ、そんなの気にしなくていいぴょん!うーちゃん、こうして赤城さんとご飯食べれて嬉しいんだぴょん!」

 

「うふふ、ありがとうございます。それと卯月さん、前に言っていたアイスクリームを頂けると言うのは本当でしょうか?」

 

「ええっ!い、イヤだぴょん!それとこれとは別だぴょん!」

 

「まあ、それは残念。あら?」

 

「あ、佐渡ちゃん!遅いぴょん!」

 

「ヘヘッ、お待た…」

 

卯月に気付き駆け寄ろうとした佐渡の足が急に止まった。赤城の顔を見た佐渡から見る見る笑みが消えていくのが判った。

 

「さ、佐渡ちゃん、どうしたぴょん?」

 

「…わりぃ卯月姉ちゃん。あたい用事思い出した!」

 

「えっ、ど、どこへ行くぴょん!」

 

佐渡はクルッと踵を返すと、まるで逃げるように走って行った。

 

「佐渡ちゃん、どうしたんだぴょん…」

 

「さあ…お腹が痛くなったのかしら」

 

「うーちゃん達は艦娘だぴょん。病気になったりしないぴょん!」

 

「え、ええ…そうね。どうしたのかしら」

 

どうして佐渡が逃げて行ったのか分からず、二人は不思議そうに顔を見合わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

提督がリンガ泊地沖への出撃を下した。

それを待っていたのは他でもない那智だった。いよいよ待ちに待った出撃が、しかも仇討ちが出来るとあり、俄然演習にも力が入る那智だった。千歳、千代田との連携も様になってきたが、そんな彼女に新たな気掛かりが出来つつあった。

駆逐艦達との連携についてだ。

最近の駆逐艦達は何故か那智を避けつつある。だがこれは提督との不和から来るもので、那智も反省している。急に豹変した自分に皆、驚いているのだろう。こればかりは時間が解決するのを待つしかない…那智もそう思っていた。しかし、それが誤りだと那智に気付かせたのは睦月だった。

那智と睦月は既に数年来の戦友だ。共に背中を預けるに足ると、少なくとも那智は信じていた。

その彼女が自分を避けつつ…認めたくはないが畏怖の念を抱いている。那智がそう感じるのに数日も掛からなかった。

 

「よし、今日の演習はこれまで!」

 

那智の号令で、駆逐艦達の表情が艦娘から一人の女の子へと戻る。特に卯月と佐渡の二人は、やっと訓練が終わった事が嬉しいのか、誰よりも早く陸に上がろうとしていた。

 

「卯月の奴、あれだけの余力が有るのか。まだ訓練は続けても良かったな。なあ、睦月」

 

「…」

 

「…睦月?」

 

「は、はい…何でしょうか…」

 

「い、いや別に。どうしたんだ睦月、どこかに被弾でもしたのか?」

 

「そんな事はありません…し、失礼します!」

 

「あ、おい!」

 

睦月は那智と目を合わせようともせず、まるで逃げ出すように白露、時雨達の許へと駆けて行った。

 

「な、何だ…どうしたんだ…」

 

那智は理由も解らず、呆然と佇むしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈うん?あれは鹿島と…〉

 

翌朝、千歳達との訓練に臨もうとした那智は、鹿島と駆逐艦達が話している場面を目にした。特に用事もないと立ち去ろうとした那智だったが、妙な違和感を彼女達、特に駆逐艦から感じ暫く様子を見ようと立ち止まった。

 

〈ここからでは、よく聞こえんな〉

 

鹿島は駆逐艦達に何かを丹念に説明している様だった。彼女は身振り手振りを加えながら笑顔で何かを話している。一見すると駆逐艦達は黙って話を聞いているようにも見える。だが、よくよく見れば駆逐艦達は誰一人として笑っていない。那智からは見えないが、皆ガックリと肩を落としているように見えたのは気の所為だろうか。

 

〈……〉

 

一体何の話をしているのか大いに気になる所だが、那智は一先ず訓練に向かう事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「訓練、お疲れ様です。麦茶ですけど一杯いかがです?」

 

訓練を終えた那智が一息吐いていると、ヤカンを持った鹿島が湯呑みを差し出した。

 

「ああ、すまん」

 

「いよいよ三日後ですよね。出撃は」

 

「ああ、訓練にも気合が入ると言うものだ」

 

「ふふっ、どうですか?駆逐艦の子達は。役に立っていますか?」

 

「…」

 

那智は一息に麦茶を飲むと、湯呑みを鹿島に手渡した。

 

「それなんだが…朝、駆逐艦達と話していたろう。その、少し気になってな。具体的にどんな教練を課しているんだ?」

 

「どんなって…特に変わった事は…駆逐艦の子達の役目を叩き込んでいるだけですが」

 

「駆逐艦の役目?」

 

「はい。アナタ達駆逐艦は、重巡の那智さんや空母の皆さんの盾となって沈まなければなりませんよ、と」

 

「…なに?」

 

「睦月ちゃんも卯月ちゃんも、どういう訳かキョトンとして…一体どうしたんでしょうか」

 

「どうしたもこうしたもない!貴様、何を言っているんだ!」

 

「ど、どうしたんですか那智さん、急に怖い顔をして」

 

「話を逸らすな!貴様、アイツらに一体何を吹き込んでいるんだ!」

 

「で、ですから駆逐艦の心構えを」

 

「馬鹿者!私はそんな事頼んだ覚えはない!」

 

那智が怒鳴りつけた次の瞬間、今までの気弱な、ともすれば駆逐艦のような幼さを見せていた鹿島の眼から光が消えた。まるで背筋にゾクリと水が滴り落ちるような感覚に、那智は思わず言葉を詰まらせてしまった。

 

「…それは、おかしいですねぇ…」

 

「…ッ!」

 

「私は何も間違った事は言っていない筈なんですが…」

 

「ふざけるな!私は駆逐の連中を盾にしようなどとは思っていない!この那智をみくびるな!」

 

「そ、それは申し訳ありません!…ですが、以前睦月ちゃんに言ってましたよねぇ…『睦月ちゃんだけでは弾除けが足りない』って…」

 

「なっ!わ、私はそんな事言っては…」

 

「あっ!そうでした!あれは提督さんの言った事…なんですよね?那智さん」

 

「な、何を言って…」

 

「もしそうだとしたら、提督さん、ヒドいですよねぇ…そう思いません?」

 

「か、鹿島…お前、まさか聞いていたのか?」

 

「那智さん、良ければ私が直接直談判しましょうか?提督さんの考えは間違ってますって!」

 

「なっ…や、やめろ!」

 

「私もそんな事を教えるのは心が痛むんです…誠意を持って話せば提督さんもきっと解ってくれます!」

 

「いいんだ…鹿島、頼むからやめてくれ」

 

「まさか那智さんは提督さんの考えを支持するんですか!?」

 

「違うんだ…あれは私が悪いんだ。だから、もうその事は忘れてくれ…お願いだ」

 

「はぁ…那智さんが、そう仰るなら…」

 

「む、睦月の誤解は…私が解いて…」

 

「睦月ちゃんは良いとして…提督さんの誤解は、もう解いたんですか?」

 

「て、提督の誤解…?何の事だ?」

 

「うふふっ♪那智さんったら、もう忘れちゃったんですか?…私、知ってるんですよ…那智さんと赤城さんが何をしたか…」

 

「!!」

 

「大丈夫です、私、誰にも喋りませんから。だって、もし喋ったら私も同じ目に…」

 

「か、鹿島!貴様どこまで…い、いや!何故その事を知っている!」

 

「その事って…どの事ですかぁ?」

 

「だ、だから…私と赤城が前の提督を…!」

 

「前の提督さんが…どうかしたんですか?」

 

「き、貴様…」

 

「ふふっ…誤解、解けるといいですね♪」

 

「…」

 

那智が鹿島と知り合ってから精々2週間程度でしかない。那智も彼女の全てを知っている訳ではないが、彼女の人となりは把握しているつもりだった。それだけに、那智は鹿島の突然の豹変振りに言葉も出なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日の佐渡は少し様子が変だ…卯月はそう思っていた。

演習が終わった卯月と佐渡の二人は食堂へと来ていた。いつもなら何かしら絡んでくる佐渡だが、今日は妙に大人しい。それに演習の最中もだが、朝から決して卯月の側を離れようとしない。それこそ親ガモに付いて回る雛のように卯月の後を付いて回っていた。

 

「佐渡ちゃん、どうしたの?今日は朝から変だぴょん」

 

「卯月姉ちゃんは何も心配する必要ねぇんだ。何があっても、この佐渡様が守ってやるからよ!」

 

「ま、守るって、誰からぴょん」

 

「こんにちは卯月さん、佐渡さん」

 

既に食堂へ来ていた赤城が、二人に気付くと一緒に食べようと彼女達に寄って来た。食事の量は、昨日の今日で気まずいのだろうか、以前より僅かに増えている程度だった。

 

「あっ、赤城さん!一緒に食べ…佐渡ちゃん、どうしたぴょん」

 

赤城の顔を見た佐渡は急に無口になり、赤城と卯月の間に割って入ると席へと座った。

 

「ど、どうしたんです佐渡さん」

 

「朝からずっとこうだぴょん」

 

「そうなんですか。佐渡さん、どうかしましたか?」

 

「…」

 

「と、とりあえず食べましょうか」

 

三人は箸を持つと食事に手を付けた。いつもなら和気あいあいと話も弾むが、佐渡の妙な警戒心から赤城と卯月の二人は口を開いて良いものか判断に悩んでいた。

 

「そう言えば卯月さん、今度の作戦の話は聞きましたか?」

 

「作戦?あっ、那智さんがそんな事言ってたぴょん」

 

「那智さんと私は恐らく出撃で間違いないでしょうね。もしかしたら不知火さん辺りにも声が掛るかもしれないですね」

 

「うーちゃんも出たいぴょん」

 

「ふふっ、そうですね。卯月さんにも「行かせねぇ!」

 

「えっ?」

 

「佐渡さん…?」

 

「卯月姉ちゃんは佐渡様と一緒に居るんだ!赤城さんと一緒に行かせたりなんかしねぇからな!」

 

「さ、佐渡ちゃん、どうしたんだぴょん」

 

「そ、そうですね…ああ、そうそう。佐渡さんにも謝っておかなければならないですね」

 

「謝る?赤城さん、佐渡ちゃんに何かしたぴょん?」

 

「その…実は…卯月さん、あなたにお願いした事を佐渡さんにも、お願いしていたんです…」

 

「…あっ!佐渡ちゃん、もしかしてそれで怒ってるぴょん?」

 

「そ、そんなんじゃねーよ!」

 

「…佐渡さん、鹿島さんや卯月さんにも言われて私もよく考えたんです。やはりそんな事をするのは間違っていると」

 

「そ、そうだぴょん!赤城さんは生まれ変わったんだぴょん。佐渡ちゃん、赤城さんの言った事は忘れるぴょん!」

 

「…それは、卯月姉ちゃんがそう言うなら…」

 

「ありがとうございます。佐渡さん、これからは私があなた達二人を守ってあげますから、それでお詫びとさせて下さい」

 

「…でも、赤城さんを守るのは佐渡様や卯月姉ちゃんの仕事だって、鹿島姉ちゃんが」

 

「え、ええ。そうですね、頼りにしてますよ」

 

「佐渡様や卯月姉ちゃんは、赤城さんや那智さんの盾になって沈まなきゃいけないって…」

 

「ええっ!?な、何を言って…卯月さん、本当ですか?鹿島さんは、そんな事を?」

 

「…」

 

「ま、待って下さい!そんな事はありませんよ!卯月さん、佐渡さん、私はあなた方を犠牲にしてまで助かろうとは思っていませんよ」

 

分かるもんか

 

「さ、佐渡ちゃん?」

 

「佐渡様は騙されねーぞ!あたしは知ってんだ!那智姉ちゃんと赤城姉ちゃんが前の司令をこ《バシッ!》むぐうっ!!」

 

佐渡の大声に周囲の皆は振り返った。皆の視界に映ったのは、真っ青な顔で佐渡の口を塞ぐ赤城の姿だった。

 

《あれ、赤城さんと…海防艦の子?》

 

赤城さんあんな小さなしてるんだろ

 

周囲の囁き声に、赤城はまだ声を出そうとする佐渡を掴む手に一層力が入る。状況が飲み込めない卯月は赤城の手を掴んで呼び掛けた。

 

「あ、赤城さん!手を離すぴょん!」

 

「ひゃ、ひゃなへ!!」

 

「…あっ!ご、ごめんなさい佐渡さん。ここでその話は止めて下さい。お願いしますから…」

 

「あ、赤城さん…佐渡ちゃん、どうしたの?」

 

「あたしは知ってんだ!赤城姉ちゃんと那智姉ちゃんの二人が何をやったか!卯月姉ちゃんも司令も、絶対にこの佐渡様が守るんだ!行こう、卯月姉ちゃん!」

 

「ちょっ…!さ、佐渡ちゃん待つぴょん!」

 

卯月の手を引っ張り食堂を出て行く佐渡。取り残された赤城は、周囲の好奇の視線に耐えられず跡を追うように食堂から出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では訓練の続きを…あら、赤城さん」

 

「鹿島さん、少し宜しいでしょうか」

 

鹿島がいつものように睦月、不知火達と訓練に取り掛かろうとすると、赤城が彼女を呼び止めた。いつものように人懐こい笑みを絶やさない鹿島に比べ、赤城はまるで病人のように顔色が悪かった。

 

「鹿島さん、あなた佐渡さんに…何を…」

 

ふと、赤城は睦月達の視線に気付いた。それだけならどうという事もない。いつもなら赤城も気にしたりはしないだろう。だが、彼女達の表情は明らかにいつもとは違っていた。昨日までの自分を慕う顔はなく、皆どことなく表情が沈んでいた。

 

「み、皆さん…どうかしましたか?」

 

「……」

 

「睦月さん達の事ならご心配なく。出撃もまもなくですからね、那智さんの仇討ちが上手く行くように皆さんに心構えを教えていただけです」

 

「こ、心構え…?」

 

「はい。皆さんは、いざとなったら那智さんや赤城さんの盾となって沈まなければなりませんよって」

 

「なっ…!」

 

「特に赤城さんや千歳さん達は作戦の(かなめ)ですからね。赤城さんが沈むような事があっては、那智さんも仇を討てなくなります。私は少しでも那智さんのお役に立ちたいんです」

 

「だ、だからって…!それに那智さんは、この事を…」

 

「うふふっ、那智さんにはきちんとお話ししてありますよ。那智さんはちゃんと理解してくれました」

 

「そ、そんな…」

 

赤城は動揺した。数日前の騒動で那智は心を入れ替えた筈だった。少なくとも提督に対する偏見は無くなったと思って間違いない。

だが、それは提督に対してだけだったのか…?

こと仇討ちに関しては、皆や駆逐艦達を犠牲にする事も厭わないのだろうか…。

 

「…大丈夫です」

 

「えっ…」

 

口を開いたのは睦月だった。

 

「私や不知火ちゃんも赤城さんには何度も救って貰いました。今度は私達が恩返しする番です」

 

「む、睦月さん」

 

「でも、ちょっと残念です。私、赤城さんの事、本当に大好きだったから…あ、赤城さんが…そんな事考えてたなんて…」

 

「そ、そんな事って何ですか!?」

 

「赤城さんが私達を助けていたのは、この日の為だったって鹿島さんが」

 

「な、何を言って…!鹿島さん、あなた睦月さん達に一体何を吹き込んだんですか!?」

 

「…あれぇ?おかしいですねぇ。以前、言いましたよね。自分は皆の信頼を得る為に戦っている、自分こそが鎮守府の主だって…」

 

「…そ、それは!」

 

「それに前の提督さんは赤城さんと那智さんの二人が…」

 

「か、鹿島さん!!」

 

「…本当ですか?」

 

「睦月さん、ち、違います!私は「本当ですよ睦月さん。卯月さんも一緒でしたから聞いてみて下さい」

 

「…!!」

 

「あっ、これは皆さんには内緒って約束でしたね…でも皆さん、本当の事を知らずに沈むのも不憫かと思いまして。余計なお世話でしたね…赤城さん?」

 

「…行こう、不知火ちゃん」

 

「あっ…ま、待って下さい!」

 

赤城の制止も聞かず、睦月は不知火の腕を引っ張るように走って行った。

 

「うふふっ、嫌われちゃいましたねぇ」

 

「か、鹿島さん…あなた、いったい…!」

 

「ああ、そうそう。佐渡さんがどうとか言ってましたよね。良い事を教えてあげます。()()()を私に教えてくれたのは卯月さんじゃありません…

 

「…佐渡さんです…」

 

「…!!」

 

「さっきも言いましたが、私は那智さんの仇討ちを応援しています。上手くいくといいですね…ふふっ♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、那智さんは居ますか?」

 

「はい…あら、赤城さん」

 

ドアを叩く音に顔を出したのは妙高だった。妙高も滅多に見ない赤城の訪問に物珍しそうな顔をしていた。妙高が那智を呼ぼうと振り返ると、那智はまるで赤城の来訪を知っていたかのように立っていた。

 

「赤城か?」

 

「え、ええ。那智、あなたに用があるそうよ」

 

「…外で話そうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鹿島の事だな」

 

「は、はい。那智さん、駆逐の子達に沈む事を強要したのは…本当でしょうか…」

 

「馬鹿な事を言うな…と言いたい所だが全くの嘘ではないからな…正直耳が痛い。だが赤城、そんな話をするという事は、お前も鹿島の様子がおかしいと思っているのだな?」

 

「はい…その、駆逐の子達に妙な事を吹き込んでいる様で…」

 

「それは私も感じた。それに一番気掛かりなのは、前の司令の件だ。奴は我々が手を下した事を知っている様だった」

 

「え、ええ!私もそれが気になっていたんです」

 

「何故、鹿島がその事を…」

 

「それなんですが…一つ気になる事を言ってました。その…鹿島さんは、その事を佐渡さんから教えて貰ったと…」

 

「佐渡が?何故あいつが!?」

 

「それは私にも解りません。それと…鹿島さんは、この事を提督に…」

 

「…!」

 

「な、那智さん!馬鹿な事は考えないで下さい!」

 

「…安心しろ。仮にも仲間に手を出したりはせん。もしそうだとして、司令が我々を許せないと言っても私は潔く受け入れるつもりだ。赤城、お前はどうなのだ?」

 

「…私もです」

 

「…赤城、お前も馬鹿な事は考えるなよ」

 

「わ、私が…ですか?」

 

「今のお前、昔と同じ顔をしていたぞ」

 

「…」

 

「鹿島が何を考えているか判る迄は手の打ちようがない。佐渡も暫く様子を見るとしよう」

 

「…分かりました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈提督に忠誠を誓う…それは良いわ。私の過ちを許してくれた提督には感謝している。それは那智さんと同じ〉

 

〈でも提督は、前の提督を手に掛けた事迄は知らない筈。もし知っていたら流石にお咎め無しとはいかないでしょうからね…〉

 

〈私達を許せないとしても潔く受け入れる…?それは無理ね。那智さんならいざ知らず、私はそんな事出来ない…〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈もう、出来なくなってしまった…〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の晩。

夜も更け、皆も寝床に就いたのだろうか、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。

提督も自室へ戻り体を休めようとしていた時だった。

 

《コンコン》

 

誰かが執務室の扉を叩いている様だった。そういえば鍵を掛けたなと思いつつ、こんな夜更けに誰だと提督は鍵を開けた。

 

「誰…うわっ!」

 

「提督さん…」

 

まるで倒れ込むように提督の胸に飛び込んで来たのは鹿島だった。ただ、その顔は怯えており、掴んだ腕は震えていた。

 

「こんな夜更けにどうしたんだ?」

 

「は、はい…実は…とても怖い話を聞いてしまって…」

 

「怖い話…?とりあえず中に入るか」

 

「はい、失礼します」

 

執務室に通された鹿島は、ソファへと腰掛けた。提督は茶を出すと彼女に尋ねた。

 

「で、どうしたんだ?怖い話とか言ってたが…」

 

「はい…今から話す事は誰にも言わないと約束して下さい。でないと、私だけでなく提督さんにも危害が及ぶかもしれません」

 

「危害って…ここは鎮守府だぞ?誰が…」

 

「…」

 

「真剣な話みたいだな。分かった、続けてくれ」

 

「あくまで佐渡さんから聞いた話なんです。佐渡さんが、赤城さんと那智さんの話を偶然立ち聞きしたそうなんです。その…提督さんを…こ、殺してしまおうと…」

 

「…何を言ってるんだ、鹿島」

 

「すみません、私も赤城さんと那智さんが、そんな事を考えているなんて思いたくありません。ですが…佐渡さんが、あれからお二人が怖いと、私に泣き付いてくるんです」

 

「そんな馬鹿な事が…確かに以前の二人なら俺の事を目障りに思っていたかもしれないが…今の二人からは、そんな雰囲気は感じないぞ」

 

「私もそう思います。でも私、見てしまったんです。赤城さんが、卯月さんを脅しているのを」

 

「赤城が…卯月を?」

 

「はい。ただ事ではないと思って私が止めに入りましたが…その時にチラッと聞いてしまったんです。前の提督を殺した…とか」

 

「前の提督?確かに以前の提督は消息不明と聞いているが…赤城が…?そんな馬鹿な」

 

「わ、私も嘘だと思いたいです。ですが、それが本当なら提督さんの命が危ないと思って!」

 

「落ち着いてくれ、あくまで鹿島の想像だろう。前提督が姿を消した理由は判らないが、仮にも提督だぞ。そう簡単に殺すなんて…」

 

「それに、今日お二人と話したんですが、何故かお二人共、前の提督さんの事を聞いてきて…もしかしたら、私、お二人に狙われているかもしれないと思うと、こ、怖くて…!」

 

鹿島は倒れるように提督の胸へ飛び込んだ。鹿島の両肩を掴んだ手から、彼女の震えが伝わってきた。

 

「提督さん…今日は提督さんと一緒に居たいです…」

 

「お、おい…気持ちは解るが、誰かに知られたら誤解されるぞ」

 

「提督さんは…私と誤解されるのは嫌ですか…?」

 

「そんな事はないが…鹿島は嫌じゃないのか?」

 

「もしそう思っていたら、最初からここには来ません…提督さん、私も艦娘である前に女です…こ、これ以上は…私に言わせないで下さい…」

 

「か、鹿島…」

 

提督も彼女の事は憎からず思っている。彼女とは数年来の知り合いだし、彼女を懸想した事も一度や二度ではない。その彼女が、まるで小動物のように怯え自分に身を委ねようとしている。

提督は暫し迷った後、鹿島の肩に手を回した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈あら…あれは…〉

 

翌朝、提督に鹿島の事を尋ねようと、赤城は早朝に執務室へ訪れていた。その赤城の目に留まったのは、執務室から出て来る鹿島だった。

 

〈か、鹿島さん…どうして執務室から…?〉

 

「あら、赤城さん」

 

赤城に気付いた鹿島は、いつもと変わらぬ無邪気な笑みを浮かべた。今の赤城にとっては畏怖以外の何物でもない微笑みに、彼女は思わず後ずさる。

 

「か、鹿島さん…まだ早朝ですよ。こんな時間に何故…」

 

言いかけた赤城は気付いた。いや、正確には勘付いた。鹿島の精気に満ちた表情に。鹿島が全身から湯気のように発散するメスの匂いに、赤城は嫌と言う程思い知らされた。

…自分もまた、女である事を。

 

「うふふっ、皆さんには内緒にして下さいね。変な噂が立つのは提督さんも迷惑でしょうし」

 

「噂って…か、鹿島さん、あなた…まさか」

 

「…ええ。赤城さんの思っている通りですよ。私、提督と…彼と寝ました」

 

「…!!」

 

生まれて数年とは言え、赤城にも多少なりとも、その手の知識はある。鹿島が言う言葉…男女が同衾する意味も理解している。それだけに、赤城は驚いて良いのか困惑すべきなのか、鳩が豆鉄砲を食ったように固まってしまった。

 

「知ってます?彼、お腹にホクロがあるんですよ」

 

「…」

 

「…前の提督さんは、どうだったんですか、赤城さん」

 

「な、何を…わ、私と前の提督は、そ、そんな関係じゃ…」

 

「あっ、すみません、そんな意味じゃないんです。ただ…処理をしたのは那智さんでなく、赤城さんと聞いたもので…何か知ってるんじゃないかな…なんて。ウフフ」

 

「…ッッ!」

 

今、目の前にいるのは本当にあの鹿島なのか。赤城は彼女が別人とすり替わったような錯覚を覚えていた。

何処と無く子供のようなあどけなさを残し、と思えば自分を叱咤し第二の人生の道標を示してくれた彼女が、まるでそんな事は無かったと言わんばかりに赤城の肩を叩いた。

赤城は言葉もなく、只々呆然としていた。

 

それからも、鹿島の豹変ぶりは赤城と那智の二人を困惑させた。

鹿島は皆の前では、わざと怯えた振りで二人を避けた。その事を問い質そうとした那智に大袈裟に脅えて見せ、さながら那智に脅迫でもされているかのような印象を周囲に与えた。

さらに駆逐艦達に対しても、あなた達は盾となって沈むのが仕事なのだと吹聴して回った。当然、駆逐艦達は反発する。本来なら不信の矛先は鹿島に向けられる筈だった。だが、以前の那智と赤城の提督への不信、二人に怯える鹿島、さらには何故か佐渡が二人を毛嫌いし始めた事が、鹿島から疑惑を逸らすには充分過ぎる要因になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「鹿島、少し聞きたい事があるんだが…」

 

ある日の午後、執務室で昼食を摂っていた提督は箸を休め、目の前の机で食事を摂る鹿島に尋ねた。

 

「佐渡についてなんだが…」

 

「佐渡さんが、どうかしましたか?」

 

「最近、駆逐の子達の様子がおかしいんだ。特に佐渡がな。俺でも判る位だからな」

 

「…そうですか。提督さんを不安にさせないようにと、佐渡さんには内緒にするように言ったんですが」

 

「不安…何の話だ?」

 

「私の口からは…」

 

「もしかして赤城や那智とも関係あるのか?」

 

「あの…お二人は提督さんに白状なさったんですか?」

 

「白状?鹿島、さっきから何を言ってるんだ。さっぱり話が見えて来ない。佐渡の様子と赤城達に何か関係があるのか?」

 

「…そ、それはその…」

 

「鹿島、お前何か隠してないか。もしかして二人に何か言われたのか?」

 

「ゆ、許して下さい…いくら提督さんにでも言えない事はあります。それでなくても私は二人に睨まれているんです。もし秘密をバラしたら前の提督さんの二の舞に…」

 

「前任…?鹿島、これは命令だ。お前が知っている事を洗いざらい教えるんだ。赤城達から何を言われたのか、どうして佐渡の様子がおかしくなったのか」

 

「その前に…提督さん、以前私とした約束を覚えていますか?」

 

「約束…覚えてるよ。何があっても守って欲しい…だったな」

 

「ああ…!覚えていてくれたんですね!嬉しいです。私…もうこの鎮守府では提督さん以外、誰も信じられないんです。もしこの事が赤城さん達にバレたら…恐らく私は無事では済みません」

 

「大丈夫だ。何があってもあいつ等には手出しはさせないよ。約束する」

 

「…分かりました。では、お話しします。私の知る全てを…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

作戦当日。

那智、赤城の二人も鹿島に含む所はあるものの、ひとまずは気持ちを切り替えていた。那智にとっては姉妹の仇討ち、赤城にとっても過去と決別する為の大事な戦いになる。鹿島の事に意識を割いている暇は無かった。

 

「おはようございます、那智さん」

 

「ああ。よく眠れたか?赤城」

 

那智と赤城の二人が食堂で顔を合わせた。二人共に精気に満ち溢れた顔をしている。お互い相手の心情を察していたが、その心配も無用だと解ると厨房に向かった。

そんな二人が異変に気付いたのは、通り掛かった駆逐艦の艦娘が那智に挨拶した時だった。

 

「お、おはよう…ございます、那智さん」

 

「ああ。おはよう、むつ…」

 

挨拶をした艦娘、睦月は那智から視線を逸らすように下を向いた。睦月の顔を見た那智は、彼女の顔が強張っているのに気付いた。

 

「どうしたんだ睦月…」

 

「那智さん…」

 

「何だ赤城、どう…」

 

赤城に裾を掴まれた那智が周囲を見渡すと、食堂に集まっていた艦娘、正確には駆逐艦の艦娘達が無言で二人を見詰めていた。

 

「な、何だお前達…一体…」

 

ふと赤城が、おかしな事に気付いた。食堂に集まっている駆逐艦達は立っている者、座っている者を含め誰一人として食事を摂っていない。いや、正確には机には食事の為の食器一つ置かれていなかった。

 

「お前達、一体どうしたんだ。食事はどうした、何故誰も食べないんだ?」

 

「私達は…いいんです」

 

「睦月、それはどういう意味だ」

 

「白々しいぜ、那智さんよぉ!」

 

「佐渡…?」

 

睦月の後ろから顔を出した佐渡が、那智に食って掛かった。他の駆逐の子達が必死に止めようとするが、佐渡は静止を振り切って前に進み出た。

 

「鹿島姉ちゃんに言われたんだ!今日出撃する那智さんや赤城さんの為にあたし達の分も回せって!」

 

「なっ…そうなのか、睦月?」

 

「…」

 

「トボケんな!あたしは騙されないぞ!それにあたしは知ってんだ、那智さんと赤城さんの二人が何をやったか!」

 

「そ、それとこれとは関係無かろう」

 

「みんなも騙されてるんだ!那智さんと赤城さんはなぁ…「佐渡さん…」

 

興奮する佐渡とは対象的な、赤城の声が食堂の皆の心に響くように染み渡る。赤城の凛とした雰囲気に呑まれた佐渡は思わず怯んでしまうが、次に赤城が取った行動に佐渡は、いや、佐渡だけではなく食堂に居た全ての艦娘が驚きの声を上げる。

赤城はゆっくりと正座すると、そのまま頭を地べたに擦りつけた。

 

「なっ…」

 

「あ、赤城…?」

 

皆のざわめきが静まると、赤城は頭を下げたまま語り始めた。

 

「あなたを私のつまらない欲の為に利用した事を、本当に反省しています。佐渡さん、そして皆さん。私と佐渡さんに何があったか不思議にお思いでしょう。ですが今は、これから始まる作戦の方が優先です。この事は、もし私が無事に帰って来れたなら必ずお話しします」

 

「お、おい、赤城!」

 

「那智さん、このままでは皆さんを騙す事になります。もう観念しましょう。私達を許すか許さないかは、皆さんの判断に委ねましょう」

 

「…」

 

「それともう一つ、皆さんの誤解を解いておかなければなりません。今起きている食事…補給の事、それに駆逐艦の皆さんに対する私達の姿勢についてです」

 

「私達の…?」

 

「はい。睦月さん、あなた達駆逐の子は、鹿島さんから私達の盾になって沈めと教わっているようですね。そして私や那智さんも、それに同意していると思っているのではないでしょうか」

 

「そ、それは…鹿島さんがそう言うから…」

 

「断言します。私も那智さんも、そんな事は絶対に思っていません。そうですよね、那智さん」

 

「…ああ。昔はともかく、今は胸を張って言える。我々は艦種は違えど仲間だ。お前達を犠牲にしてまで助かろうとは思わん。むしろお前達の盾になるのは戦艦の(ほま)れだ。なあ、赤城」

 

「…その通りです。私達二人と提督との不仲で、皆さん達を不安にさせてしまった事は本当に申し訳なく思っています。ですが、決して鹿島さんの(おっしゃ)るような事はありません。

 

「皆さん、そして佐渡さん。今だけは…この作戦が終わる迄は、私と那智さんを信じて頂けないでしょうか。どうか、この通りです!!」

 

赤城は地面に叩き付けるように頭を深々と下げた。

食堂が静まり返る中、最初に赤城に声を掛けたのは意外にも佐渡だった。

 

「赤城の姉ちゃん…赤城の姉ちゃんが何言ってるか途中からよく解かんなかった。けど…赤城の姉ちゃんが嘘吐いてるように見えねぇんだ…

 

「睦月の姉ちゃん、卯月姉ちゃん…はいいや「何でだぴょん!」佐渡様、思うんだけど…もしかして、鹿島姉ちゃん…嘘吐いてんのかなって…あたし、おかしいのかなぁ…」

 

「そんな事…睦月は…」

 

「なら直接聞けば良い」

 

那智は赤城に手を掴むと、立つように促した。赤城は那智の手を借りて立ち上がる。

 

「那智さん?」

 

「鹿島の態度には我々も疑問を持っていたが、強く出れない理由があってな。だが、事こうなれば話は別だ。私と赤城で提督と鹿島に直接尋ねてこよう。私と赤城、鹿島の言う事のどちらが真実かをな」

 

「う、う〜ちゃんも行くぴょん!」

 

「睦月も…行きます!」

 

「うむ。では行こうか…司令官の許へ!」

 

那智と赤城の二人が歩み始めると、佐渡と睦月が後に続く。それを見た艦娘達も、やはり鹿島に思う所が有ったのだろうか、お互い顔を見合わせると一人、また一人と二人の後を追うようにその後に続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「司令官はいるか!話がある!」

 

「な、何だお前達。赤城に佐渡、皆まで…」

 

那智が執務室の扉を勢いよく開けると、朝食を終え歓談していたであろう二人が居た。那智と赤城が白黒を付けなければならない相手、すなわち提督と鹿島が。二人は那智や皆の(ただ)ならぬ雰囲気を感じたのだろうか、特に提督は何処か怯えているようにも見えた。

 

「ど、どうしたんだ那智。作戦会議は昼からだが」

 

「その前に白黒はっきり付けておきたい事があってな。皆の士気にも関わる事だ。そこの鹿島についてだ」

 

「鹿島…?鹿島がどうかしたのか」

 

那智が鹿島を睨み付けるように見つめると、鹿島は心なしか一歩下がったように見えた。

 

「貴様が駆逐艦共にある事ない事吹き込んでいる事だ」

 

「…ッ」

 

「吹き込む…一体何の話だ?」

 

「そこの鹿島は、駆逐艦達に私や赤城の盾になって沈めと教えている。司令、それを貴様は知っているか?」

 

「いや…初耳だが。本当か鹿島」

 

「て、提督さん!私がそんな酷い事言う訳ありません!」

 

「う、嘘だぴょん!卯月達は幾ら沈んでも代わりはいるから、赤城さんや那智さんを守りなさいって言われたぴょん!」

 

「睦月も…そう教わりました」

 

「それだけではない。今日の出撃に際し、駆逐達は自分達の分の補給は取らずに全て我々に回す用に言われたそうだ。そうだな、佐渡」

 

「う、うん…朝、鹿島の姉ちゃんに会った時、皆に伝えてって…」

 

「鹿島、皆はこう言ってるが…」

 

「ご、誤解です!私は那智さん達を優先すべきだと言っただけで…」

 

「鹿島の姉ちゃん、どうしてそんな嘘を吐くんだ?佐渡様、ちゃんと聞いたぜ」

 

「さ、佐渡さん…ですからそれは佐渡さんが誤解しているだけで…」

 

「鹿島の姉ちゃん…佐渡様、もう誰を信じていいのか判んねぇんだ。最初は那智さん達が悪い奴なんだと思ってた。でも、皆は鹿島の姉ちゃんが悪いって言ってる。それに今も佐渡様に嘘吐いて…あたし、どっちを信じたらいいんだよ…」

 

「提督、佐渡さんは誤解しているんです!」

 

「佐渡の言う事が本当かはともかく、駆逐がお前達の盾になる事自体は、あながち間違ってもいないだろう。それに…那智、それはお前自身が睦月に言っていた事だろう」

 

「…貴様が何故それを」

 

「立ち聞きする気はなかったんだがな」

 

「…そうか。例え本意ではないとしても、言った事は事実だ。言い訳はせん。あの時の私は貴様を追い出す事で頭が一杯だったからな。それについては返す言葉もない…

 

「だが、そんな私を立ち直らせたのは他でもない司令官、貴様なのだ。まして貴様はそんな私を許すとまで言ってくれた。今度は私が貴様の道を正す番だ」

 

「て、提督さん!那智さんの言葉を信じないで下さい!那智さんは私を陥れようとしてるんです!」

 

「それはあなたじゃないんですか、鹿島さん」

 

「赤城…」

 

「那智さんの言う通りです。私と那智さんは一度は道を踏み外し、してはならない事をしてしまいました。それは認めます。そして私に立ち直るきっかけをくれたのは、他ならない鹿島さん、そして提督です。

 

「だからこそ鹿島さんが皆さんを、かつての私達のように歪ませようとしている事を放ってはおけないんです。提督、はっきり申し上げますが、鹿島さんはこの鎮守府に居るべきではないかと…」

 

「わ、私は提督さんの思っている事を、皆さんにお伝えしてるだけで…」

 

「私は皆を犠牲にしてまで助かろうなどとは思っていない!鹿島、貴様はこの鎮守府を掻き乱しているだけだ!」

 

「私も那智さんに賛成です。提督、私がこんな事を言う資格はないかもしれません。ですが、提督は狭量な私を許し、そればかりか加賀さんを呼ぶ算段もしてくれました。

 

「良い機会なので申し上げますが…提督、私はこれからもずっと、あなたに鎮守府に居て欲しいと思っています。それは提督としてではなく…一人の男性としてです。私の事をもっと知って欲しいですし、あなたの事も、もっともっと知りたいです…」

 

赤城はふと鹿島に視線を送った。何故そんな事をしたのか、それは赤城自身にも解らない。だが、それが詰まらない嫉妬ではないと、今の赤城は胸を張って断言出来る。

 

「赤城…那智、お前達の言う事も解るが、俺と鹿島は数年前から面識がある。お前達に会う以前からだ。それに…今だから言うが、鹿島は俺とお前達との不仲を心配して、わざわざこっちに来てくれたんだ。そんな鹿島が嘘を吐いてるなんて、俺にはとても信じられないんだ…」

 

「司令よ、私は貴様の言う事は今までの罪滅ぼしも含めて信用する事に決めた。だが、それと決断する事は話が別だ。我々は貴様に問うているのだ」

 

「情を取るか信頼を取るか…鹿島を信じるか、我々を信じるか…」

 

「ううっ…」

 

実のところ、提督も鹿島が皆に信頼されていないのは薄々勘付いていた。だがそれは自分が蒔いた種でもある。最初は彼女が自分の信頼を回復させようとした結果、彼女も嫌われてしまったのだろうと思っていた。それ故に決して鹿島を責める事はなかった。

だが現状はどうか。那智や赤城の言からも自分の信頼は回復していると提督は思っている。ならば何故、鹿島だけが嫌われるのか…。それを長らく疑問に思っていた。

だが、ここで鹿島の肩を持たねば彼女の信頼を失う事になる。部下としてではなく、情を通じた男として彼女を贔屓目に見ていないと言えば嘘になる。

 

「て、提督さん!私を…鹿島の言う事を信じてくれますよね?」

 

「司令!」

 

「提督…」

 

「お、俺は…」

 

情と信頼の狭間で揺らぐ提督。そんな彼の背中を後押ししたのは、那智の発した一言だった。

 

「司令…例え貴様が鹿島を信じるとしても、我々は貴様を責めたりはしない。我々は貴様に忠誠を誓おう。そう…

 

「前任の司令官の分もな…」

 

「…」

 

提督は椅子を立ち上がった。鹿島は彼が自分を信じてくれると思ったのだろうか、怯えた表情から一転、笑顔に変わった。だがその表情はすぐに陰りを見せた。

提督は鹿島ではなく、那智の方へと向き直った。

 

「て、提督さん…?」

 

「すまない、鹿島。那智や赤城は俺の部下だ。俺は提督として二人を信じる事にする」

 

「て、提督さん!私を信じてくれないんですか!?」

 

「そうじゃない。だが、皆が挙って嘆願に来るなんて普通じゃない。君には本当に悪いと思うが…」

 

「ひ、酷い…信じてくれると思ったのに…私の味方をしてくれるって言ったのに…!」

 

鹿島は両目に涙を溜めると、嗚咽を漏らしながら廊下へと駆けて行った。

 

「か、鹿島!」

 

「放っておけ!…貴様が奴に入れ込んでいるのは知っているが、これは鎮守府全体の問題だ」

 

「私もそう思います。それに遅かれ早かれ、鹿島さんはいつかはこうなったのではないでしょうか。やはり鹿島さんはこの鎮守府には相応しくないと思います」

 

「…そうだな。皆の意思は分かったよ。鹿島の処遇については、後で本人と相談して決める」

 

「…!では、我々を信じると言うのだな!?」

 

「…ああ。今後ともよろしく頼むよ」

 

「は、はい!もちろんです!ね、皆さん?」

 

赤城の声に、廊下から部屋を覗き込んでいた駆逐艦達が、わあっと歓声を上げながらなだれ込んで来た。

 

 

 

 

 

 

数時間後、鹿島は一身上の都合により異動すると皆に通達され、作戦は予定通り開始された。

提督の尽力に加え、那智や赤城も心身共に完全なコンディションで臨む事が出来たお陰で、戦いは快勝に終わった。

 

こうして、嵐のように駆け抜けた鹿島の騒動は終わり、鎮守府は再び正常に動き出すと誰もが信じて疑わなかった。

帰投した那智と赤城に、佐渡がある報せをもたらすまでは…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《俺は何て事をしてしまったんだ…》

 

数日前、鹿島は那智達に咎められた事が原因で、鎮守府から逃げるように姿を消した。騒動の後、一人鹿島の部屋を訪れた提督だったが、彼女の姿は既に無く、以前の鎮守府に戻ると書き置きが置かれていただけだった。

鎮守府は以前の活気を取り戻した。提督も自身の決断は間違っていないと思っている。だが、鹿島を裏切ってしまった罪悪感が心の棘となって彼を悩ませていた。

 

《やはり鹿島の味方をしていれば…だが、そうしたら皆の信頼を失う事に…だが…!》

 

提督が頭を振り、書類に向き合おうとした時だった。

 

《…ん、何だこれは…》

 

開いた書類の束から一枚の封筒が舞い落ちた。提督が封筒を拾い上げると、そこには『提督へ』と一言書かれていた。

 

《この文字は…鹿島か!?》

 

彼は封筒を破ると、中の便箋を広げた。

 

《鹿島…!》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「赤城さん達、今日鎮守府に戻って来るぴょん」

 

鹿島が逃げるように鎮守府から異動となり早数日が過ぎていた。鎮守府近海の哨戒を行っていた卯月達に赤城達が帰投する旨の報せを受けていた。

卯月は赤城との諍いが解消された事もあり、皆が戻って来るのを今か今かと楽しみにしていた。そんな卯月とは裏腹に、佐渡は意気消沈していた。佐渡は赤城達を完全に信用した訳ではない。だが、先日の鹿島と赤城達のやり取りで、鹿島が自分に嘘を吐いていた事に強いショックを受けていた。更には自分が毛嫌いしていた赤城達こそが自分達の味方だった事を、素直に認められないでいた。

 

「…佐渡様、赤城さんに酷い事言っちまった…」

 

「気にする事ないぴょん!赤城さんは、そんな事気にしてないぴょん!」

 

「赤城さん、佐渡様の事、許してくれるかな」

 

「大丈夫ぴょん。あ、そう言えば佐渡ちゃん、食堂で何か言おうとしてたよね?赤城さん止めたけど…一体何を言おうとしたぴょん?」

 

「…それは」

 

「あ、いた!卯月ちゃん、佐渡ちゃん!大変だよ!」

 

佐渡と卯月の会話を遮るように数人の艦娘が大声を出しながら二人に向かって来た。睦月を先頭に、時雨や不知火といった駆逐艦の面々が、まるで敵襲でも遭ったかのように大慌てで駆け寄った睦月は、息も絶え()えにまくし立てた。

 

「大変だよ!て、提督が…」

 

途中まで言い掛けていた睦月は、二人の様子がおかしい事に気付いた。

 

「う、卯月ちゃん…どうしたの。もしかして装備の調子が悪いの?」

 

「…な、何でもない…ぴょん。それより睦月、どうしたぴょん」

 

「あっ!うん、赤城さん達、もうそこまで帰って来てるって。そんな事より、この手紙…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう、やっと戻って来た。やはり見慣れた景色は落ち着くな、赤城」

 

「ふふっ、こんな海の上じゃ、どこも同じに見えますけど…そうですね、那智さん。早く帰って天丼を食べたいです。今なら20杯の記録を更新出来る気がします」

 

「程々にな…」

 

鎮守府近海。

戦いを終え、ようやく我が家へと戻ってきた二人は、緊張が解けたのか歓談を楽しんでいた。まずは食事だと張り切る赤城に、そんな事よりも一杯付き合えと飲みに誘う那智。それを聞いていた周囲の艦娘は、まず入渠でしょと心の中でツッコミを入れていた。

そんな二人の許に一人の艦娘が向かって来た。

 

「あれは…」

 

「佐渡…か?」

 

全速力で海を駆ける佐渡は、二人の許へ辿り着くと息を切らせながら語り出した。

 

「た、大変だよ赤城の姉ちゃん、那智のオバ…那智姉ちゃん!」

 

「落ち着いて下さい、佐渡さん。一体何があったんですか」

 

「そうだ、そんなに慌てていては分からん。落ち着いてお姉さんに話せ」

 

「し、司令が…」

 

「提督が…どうかしましたか?」

 

「鹿島さんを追って出てっちまったんだよ!」

 

「「…!!」」

 

「さ、佐渡…どういう事だ、詳しく話せ」

 

「み、皆さん!先に帰投して下さい!私と那智さんもすぐに追い付きますから!」

 

赤城が他の艦娘達に何でもないと合図すると、皆は気にしながらも一足先に立ち去った。

 

「睦月姉ちゃんが…朝になっても司令を見ねぇから、司令の部屋に行ったら、この手紙があったって…あっ!」

 

佐渡は一枚の封筒を取り出した。それを見た赤城は奪い取るように掴むと、中の便箋を取り出し手紙を読み始めた。

 

 

 

 

 

 

『鎮守府の皆へ

 

この手紙を誰かが見つけた頃には、俺は鎮守府にはいないだろう。

鹿島が皆と上手くやって行けない事で異動になった事は記憶に新しいだろう。俺は鹿島を追う事にした。

何故そんな事をと疑問に思うかもしれない。

元々、鹿島は俺と皆が不仲だった事を心配して来た事は説明しただろうか。彼女はその為に尽力し、結果的に赤城や那智の誤解も解けた。これで何もかも上手く行くと思っていた矢先に、一つ問題が起きた。

鹿島と皆の対立だ。

鹿島が皆に何をしたのかは詳しくは知らない。だが、皆がここまで怒るなんて、鹿島は皆が許せない事をしたのだろう。

確かに俺は鹿島と赤城達のどちらを取るかと問われた時、皆を取った。

だが、皆が一つに纏まったのも、牽いては鹿島が来たからこそだ。

俺はそんな鹿島を裏切ってしまった。だから、今度は俺が鹿島の為に行動してやりたいと思う。この鎮守府は、もう俺が居なくても大丈夫だろう。

 

何て聞こえの良い事を言ってはいるが、本当は俺は赤城と那智を怖れているのかもしれない。

俺は佐渡から聞いたんだ。お前達二人が前提督を、自分達の意に沿わないから殺した事を。

あの時、俺が鹿島ではなく赤城達の味方をしたのは、そうしなければ俺も殺されると心の底で怖れていたからなんだ。

だが、お前達は改心したようだし、この事は誰にも言うつもりはない。

 

もう俺と鹿島の事は探さないでくれ。もし少しでも俺に悪い事をしたと思うなら、新しい提督を支えてやって欲しい。

お前達と過ごした数年、嫌な事もあったが楽しかったよ。

 

どうか元気で』

 

 

 

 

 

 

 

「…」

 

「な…こ、これは…そんな馬鹿な…司令官!」

 

「な、何だ?那智姉ちゃん、手紙に何て書いてあったんだ?どうして司令はいなくなっちまったんだ?」

 

「…佐渡さん、この手紙は他に誰か読みましたか?」

 

「え…?い、いや、睦月姉ちゃんが、取り敢えず赤城さんに中を見て貰おうって…」

 

「そう…後で睦月さんにはお礼を言わなきゃね」

 

「お礼…?あ、赤城さん、一体何て書いて…あっ!」

 

赤城は手紙を破り捨てると後ろへと捨てた。

 

「お、おい、赤城!何をして…」

 

「何を言ってるの那智さん。こんな物、皆に見せる訳にはいかないわ。その位、解るでしょう」

 

「そ、それは…だが赤城、お前、帰ったら皆に我々がした事を報告するんじゃ…」

 

「たった今その必要は無くなりました…もう何を取り繕っても無駄です。肝心の提督が居ないのではね…」

 

赤城は急に背中の矢を(つが)えると、天に向けて放った。その矢は空中で数機の艦上戦闘機へと姿を変え、真っ逆さまに急降下して来た。

 

「赤城、お前何をしているんだ?ここには敵は…」

 

「攻撃隊、第一目標…妙高型重巡洋艦!」

 

「なっ!」

 

言うが早いか赤城は素早くその場から飛び退いた。戦闘機の攻撃が那智を的確に捉えると、那智は避ける暇もなく、ただ一方的に射撃に蹂躪された。

 

「ぐわあああっ!!」

 

「うわっ!な、那智姉ちゃん!!」

 

赤城の攻撃に那智と共に吹き飛ばされる佐渡。彼女は体勢を立て直すと、那智に駆け寄ろうとする。

 

「あ、赤城の姉ちゃん!何で!?」

 

「大丈夫ですよ、佐渡さん。私の目的はあなたですから。那智さんは、あなたを庇うでしょうから先に始末しておこうと思っただけです」

 

「あ、赤城…貴様、一体何のつもり…ぐわっ!!」

 

「チッ…しぶといわね。流石、重巡」

 

反撃の為に起き上がろうとする那智だったが、四方八方からの攻撃に手も足も出ず、徐々にその場へとへたり込んで行った。那智が弱っていく様を、佐渡は逃げる事も出来ずに眺めていた。

 

「あ、赤城さん…どうして…信じてたのに…」

 

「それはこっちのセリフです。まさか…まさか、あなただったとはね。私達が前の提督を始末した事を提督に喋ったのは…佐渡さん、あなただったなんてね!」

 

「ひっ!」

 

「私はね、佐渡さん。鹿島さんがくれた機会を使って、何もかもやり直すつもりだったの。幸い提督は、私の今迄の振る舞いを許してくれた。

 

「でも彼は私と那智さんが前提督を沈めた事までは知らない。もしそれを知れば、幾ら提督でも私達を許しはしないでしょう。だから、この事は永久に内緒にしておくつもりだったの。

 

「なのに…なのに…あなたが余計な事を喋った所為で、提督の知る所となってしまった。あなたのお陰で私の提督はいなくなってしまった!!」

 

「あ、赤城姉ちゃん…」

 

「睦月さんが手紙を読んでなくてホッとしたわ。もうこの事を知ってるのは、私達三人だけですものね…」

 

言いながら赤城は次の矢を放った。

 

「第二次攻撃隊、目標…前方海防艦!」

 

「赤城さんっ!!」

 

矢は空中で戦闘機に変化すると、新しい獲物に襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きゃあっ!佐渡ちゃん!!」

 

佐渡を追い掛けて来た卯月と睦月の二人が見たものは、力無く海に浮かぶ二人、そしてそれを見下ろす赤城の姿だった。

 

「あ、赤城さん…これは一体…?」

 

「申し訳ありません、睦月さん。佐渡さんを守れませんでした」

 

「ど、どういう事ですか!?」

 

「睦月さん、あなたが持ってきた手紙に書かれていたのです。前提督を沈めたのは那智さんだと」

 

「なっ…!」

 

「私と佐渡さんは、手紙を見てしまったのです。それで那智さんが口封じの為に私達を…」

 

「うわああっ!佐渡ちゃん!佐渡ちゃんっ!!」

 

卯月と睦月はピクリとも動かず今にも沈みそうな佐渡に駆け寄ると、彼女の体を抱き起こした。佐渡の体は脱力しており、艦娘が消滅する際の症状、気体化が始まっていた。

 

「佐渡ちゃん!目を覚ますぴょん!佐渡ちゃんっ!!」

 

「佐渡ちゃん!私だよ、睦月だよ!分かる!?」

 

「…あ…う…」

 

「さ、佐渡ちゃん!大丈夫だよ!すぐに鎮守府に連れて帰るぴょん!」

 

「そ、そうだよ!頑張って!」

 

「那…智…ねぇ…は…?」

 

「大丈夫、赤城さんが仇を取ってくれたから!」

 

「赤…ぎ…」

 

佐渡が渾身の力を振り絞って何かを伝えようしていると、赤城が佐渡の体をそっと抱き上げた。

 

「佐渡さんを守れなかったのは私の責任です。私が全速力で鎮守府に連れ帰ります」

 

「えっ…あ、あの…」

 

「私は…佐渡さんと共に先に帰っています」

 

赤城が低い声で告げながら、チラッと倒れる那智に視線を向けた。何故、赤城が佐渡と共に先に帰ると言い出したのか解らなかった卯月と睦月だったが、やがて二人共、赤城の言わんとしている事を理解した。

 

「……」

 

「お、お前達…早く赤城を…」

 

那智が最後の力を振り絞って、二人に警告を発しようとした。だが、二人から返って来た答えは言葉ではなく…

 

「ぐわああっ!な、何をっ…」

 

恨みの一撃だった。

卯月の砲撃に、那智は勢いよく吹っ飛ばされた。ボールのように海面を転がるしか出来ない那智は、必死に手を伸ばし二人を制止しようとするが、その答えはさらなる追撃だった。

 

「よくも…よくも佐渡ちゃんを…」

 

「酷いです…那智さんは…そんな人じゃないって思ってたのに…」

 

「ち、違うんだ…やめ…ぎゃあっ!」

 

「沈んじゃえ!沈んじゃえっ!!」

 

卯月と睦月の二人の砲撃は容赦無く続く。幾ら駆逐艦の攻撃と言えど、この至近距離から二人同時に喰らっては流石に重巡の那智と言えどひとたまりも無かった。まして那智は赤城の不意討ちを喰らい、最早動く事さえままならなかった。

やがて那智が指一つ動かなくなり、海面に沈んで行く様を見届けると、二人は砲撃を止めた。

 

「卯月ちゃん、ひとまず帰ろう。赤城さんに追いつこう」

 

「うん…ううっ…佐渡ちゃん…」

 

その場にへたり込む卯月の手を握ると、睦月はゆっくり走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督さん、ご飯が出来ましたよ」

 

古い戸建ての庭先で、一人の男性が椅子に腰掛けていた。男の後ろにはエプロン姿の可愛らしい女性が笑顔で鍋を持っていた。

 

「俺はもう軍人じゃないんだ、もう提督はやめてくれよ」

 

「そうですね…でも、私には提督さんの方が呼びやすくて」

 

「提督…か」

 

物思いに耽る男に女がソロリと近付くと、彼女は彼の膝に腰掛けた。

 

「…あいつら…元気でやってるかな」

 

「もう!昔の部下の事より私の事を心配して下さい…もうすぐパパになるんですから」

 

「…えっ?」

 

「昨日、お医者さんに行ったんです。そうしたら…赤ちゃんが出来たって」

 

「ほ、本当か鹿島!」

 

「はい…来年の今頃は親子三人ですね、提督さん」

 

「そ、そうか…ハハ…俺が父親に…」

 

「提督さんは昔に…皆の所に戻りたいですか?」

 

「…もう昔の事だ。あいつらには悪いと思うが…鹿島、俺は君と居る方が良い」

 

「…私もです。提督さん、私、きっと良い母親になってみせます!」

 

「ああ、俺もだよ。生まれてくる子が大きくなる迄に、平和になってれば良いが…フッ、俺が言えた義理じゃないか」

 

提督は愛しの妻のお腹を優しく擦ると、鹿島もくすぐったそうに笑いながら彼の手に自分の手を重ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私と提督の逃避行から、もうそろそろ一年位か…

 

みんな、今頃どうしてるんだろう。新しい提督を迎えて、今までのように戦いに明け暮れる毎日を過ごしてるのかな。

…やめよう、もうそんな事どうでもいい。全ては昔の事だ。

 

最初はここまでするつもりはなかった。ただ大好きな彼と一緒に居たいだけだった。だから彼を追って向こうへ行った。彼は艦娘の子達と不仲らしい。せめてその誤解だけでも解ければ…本当にそれだけだった。

だが鎮守府に来た途端、そんな考えを持つ自分は消え去った…いや、自分の本心に気付いたと言うべきだろうか。

 

…この人を独占したいと…

 

彼と艦娘達の関係。一見すれば何も問題は無いように見えた。だが、彼と艦娘の間には見えない溝があるように感じた。その溝の正体はすぐに判った。

赤城さんと那智さんだ。

鎮守府の皆は、彼よりも二人に従っている感じだった。

特に那智さん。妙高さんと並ぶ鎮守府の誇る戦艦勢の一人。彼女に睨まれては、ここではやっていけないだろう。

だが、そんな事よりも許せない事があった。

 

『ハッキリ言ったらどうだ!司令官は臆病過ぎると!』

 

『そうだ睦月。奴はお前達の事など捨て駒程度にしか考えておらん』

 

『フン、臆病風に吹かれたに決まっている』

 

…はぁ?今何て言った?臆病者って言ったの?この私の目の前で彼に向かってこの撃つしか取り柄の無い火力馬鹿の薄汚いロートルは私の彼を馬鹿にしたのか…?

…こいつは。こいつだけは…

 

このオンボロ戦艦だけは…!

 

それに彼女以上に厄介なのは赤城さんだった。

何故彼女が那智さんの味方をしているのか、私は甚だ疑問だった。駆逐艦にも慕われているし、提督さんを嫌う理由がさっぱり見えてこない。だが、秘書艦を務める内に彼女の願望が透けて見えてきた。

彼女は皆に慕われたいのだ。それこそ女王のように。

大本営に居る姉の香取に空母を催促した件を尋ねたが、そんな申請は一度もないと言う。そして申請の書類については赤城さんが申請した事になっている。恐らく彼女が揉み消したのだろう。

この瞬間、私のやる事は決まった。二人を追い落とすと。絶望の淵に叩き落としてやろうと。

それから私は積極的に二人に関わろうとした。少しでも二人の信頼を得る為に。弱みを握る為に。

そんな時だった。佐渡さんから思いもよらぬ事実を聞かされたのは。赤城さんに書類を盗むように頼まれた佐渡さんが、偶然にも二人の会話を盗み聞きしたそうだ。

 

前提督を殺した犯人は二人だと。

 

これは願ってもない僥倖だった。こんな情報が手に入るなんて、やっぱり私のやろうとしている事は正しいんだ。神様も私の事を応援してるんだ。佐渡さんは単に私を慕って一緒に付いてきただけだが、こんな所で役に立つなんて。本当に感謝してますよ。ウフフッ。

そこから私の戦略は決まった。私は彼を連れて、ここを出て行く事にした。だが、生真面目な彼に部下を捨てて私と一緒に来て欲しいと言った所で従わないだろう。だから私は、彼に自分の意思で付いて来て貰う事にした。

そこからの私の行動は早かった。那智さんと赤城さんを前提督の件で煽り、駆逐艦達に嫌われる行動を取り続け、皆から嫌われる事に腐心した。その結果、皆は一致団結して異物である私を追い出そうとするだろう。当然だ。那智さんや赤城さんにしてみれば、過去の悪事を知っている私が居ては目障りだろうし、駆逐の子達だって、事ある毎に沈みなさいなんて言う私には居て欲しくないだろう。

結果、私の予想通り、彼女達は提督に自分達と私のどちらを取るのかと迫った。私は提督に哀願した。私の言う事を信じてくれますよねと。

そう、これが重要なのだ。

私はこうなる事を見越して、事前に彼にあるお願いをした。

 

『私がする事を信じて欲しい。何があっても私に味方して欲しい』

 

私は彼の約束を取り付けた。そう、全てはこの瞬間の為に。

私は彼が約束を守るとは思っていなかった。私は彼に破らせる前提で…私を裏切る前提でこの約束をさせた。

私の想像通り、皆か私かと問われた時、彼は共に行動してきた仲間を取った。正直、私を取ると言われたらどうしようとヒヤヒヤしていた。そうなると、私がここを出る理由が無くなってしまう。例え彼に選ばれても、こんな針のむしろで過ごす自信は無い。

私は彼に裏切られたと言う体で鎮守府から逃げるように姿を消した。きっと彼は私を裏切ってしまった罪悪感で一杯だろう。そこに駄目押しの一撃。私が佐渡さんから聞いた一部始終を記した手紙を彼に残した。それを読んだ彼は、せっかく誤解が解けた那智さんと赤城さんに再び恐怖を感じている事だろう。そして最後に一言、こう書き記した。

 

『このままでは二人に殺されてしまいます。それなら、私と一緒に逃げましょう』

 

改心した二人が提督を手に掛ける事はまずないだろう。それは彼だって解っているに違いない。だが、私を裏切った罪悪感に(さいな)まされている彼にしてみれば私に償う…鎮守府から逃げる格好の理由を手に入れたようなものだ。案の定、彼は鎮守府の仲間を捨てて、私との逃避行を選んだ。

私は目的を達成した。

 

それからの私と彼は、今までの空白を埋めるかのようにお互い求め合った。自慢じゃないが私は男性に人気がある。男性の目には私はとても清楚に映るらしい。私は素直に嬉しかったし、そうあるようにと振る舞った。その時の私を知る人が獣のように快楽を貪る今の私を見たら、さぞや失望する事だろう。私自身も驚いている。自分の中にこんな貪欲な肉欲がうず巻いていた事に。

そんな生活を続けていれば、当然の事だが子を宿す。これには私も驚いた。艦娘の私が妊娠するなんて。彼にこの事を告げると、とても喜んでくれた。それは嬉しい…でも、ちょっとだけ残念かな。これで彼の愛情は、これから生まれてくる私の子供にも注がれる。本来は全て私に注がれるべき愛情が。

…はぁ、いけない。まだ生まれてもいない自分の子に嫉妬するなんて。我ながら心が狭いな。反省しなくちゃ。

 

提督さんが、かつての同僚に聞いた話では、那智さんと佐渡さんが沈んだそうだ。佐渡さんだけは気の毒に思うけど…運が無かったわね。私と一緒に来なければ、こんな事にならなかったのに。私を恨まないでね。

でも…そうか、那智さんは沈んだのか。出来るなら私がこの手で引導を渡してやりたかったが…まあいい。自業自得だ。私の提督を馬鹿にする奴なんかどうなったって構うもんか。ついでに赤城さんも沈めばいい。彼を助けなかった鎮守府の皆も同罪だ。

沈め沈め!

みんな沈んじゃえ!

 

…もう忘れよう。私はもう艦娘じゃない。彼も提督じゃないんだ。今の私は近所では若奥さんで通ってる。奥さん…悪くない。うふふ♪

 

那智さん、佐渡さん。私はあなた達の分まで幸せになってみせます。

どうか安らかに眠って下さいね…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの戦いの後、那智と佐渡は轟沈扱いになった。

その報告を聞いた那智の姉、妙高は何故迎えに行った佐渡まで沈むのかと赤城に疑問を持ったが、卯月と睦月からも同じ証言を得た事で、有耶無耶が残るものの不問となった。

それから数日後、鎮守府に提督が居ないのはマズいと言う事で、赤城の薦めもあり妙高が提督代理となった。半年後、沈んだ那智が、更に足柄、羽黒が建造で復活。妙高は慣れない提督業に悪戦苦闘しつつも、再び妙高型四姉妹が揃った事で充実した日々を過ごしていた。

 

「白露、時雨。後で執務室に来て頂戴」

 

「は〜い…時雨、お説教だって〜」

 

「ふふ、まだお説教だって決まった訳じゃないよ、白露姉さん」

 

「そうね。明日の演習の打ち合わせよ…その前に今日の任務について聞くだけよ」

 

「…一雨来そうだね」

 

トボトボと肩を落とす二人に苦笑しつつ、妙高は、ふと鹿島の事件を思い出していた。

 

〈何故鹿島さんは、あんな事をしたのかしら。提督を慕っているのは知っていたけど…わざわざ皆を敵に回す事も、彼女なりの考えがあったのかしら…〉

 

〈今頃、鹿島さんは私達の苦労なんて知らずに提督と楽しい毎日を過ごしているのかしら〉

 

〈一人の男性の為に…ふふっ、私には無縁な話ね〉

 

〈でも、鹿島さんと言えば…赤城もおかしいわね。あの戦いの時、私と那智は別艦隊だった。那智は中破と聞いていたのに、赤城からは途中で深海棲艦に襲われ佐渡ちゃんも巻き込まれる形で轟沈…〉

 

〈しかもそれを見ていたのは赤城だけ…。卯月と睦月もその場に居たと言うけど、何故か何も喋らない。復活した那智に聞いても、その時の記憶は無い…〉

 

〈はあ…止めなさい妙高。もう済んだ事よ。それよりも今日来る予定の新しい提督を出迎える準備をしないと…〉

 

「こんにちは」

 

思案に暮れる妙高は男の声に振り返った。そこには無精髭を生やした軍人が彼女を見つめていた。

 

「…あなたは?もしかして、今日着任する…新しい提督でしょうか。でも、確か到着は午後と聞いていましたが」

 

「ああ、うん。ちょっと驚かそうと思ってね」

 

「ふふ、今度の提督は以前の方と違って面白い人ですね」

 

「前任って言えば、俺は急遽ここの提督に決まったんだが、何があったんだい?急に軍を辞めたとしか聞いてないが」

 

「…私達が悪いんです。彼を信じる事が出来なかったのです。その所為で彼は出て行ってしまったのです」

 

「ふうん…まあ言いたくないなら構わないけど。でも俺は大丈夫。こんな美人を置いて出てくなんてあり得ないから安心してくれ」

 

「まあ、口がお上手ですね。私もそう願っています。改めて自己紹介しますね。私はこの鎮守府の提督代理をしている妙高と申します。あなたは?」

 

「俺?俺は…」

 

この時の妙高はまだ知らない。

自分が鹿島に誰よりも共感する事になる事を。

彼とその後輩に寄せられた愛情を確かめる為に、自分の妹達や彼らの家族をその手に掛ける羽目になる事を。

 

 

 

 

 

 

 




提督が信頼されてないって設定なので、何故信頼されてないかを説明しなきゃとなり、結果的に赤城と那智が立ち直るまでで半分使ってしまいました。佐渡を出したのはボケキャラが欲しかっただけなんですが、思った以上に動いてくれたので満足してます。
改訂前のだと鹿島と提督その後どうなったのか不明だったので、そっちも付け足しました。
艦娘型録の参を早く手に入れたいです。

次は扶桑の話です。



艦娘型録

鹿島 聞いて下さい提督さん♪さっき買い物に行ったら女学生に間違われたんです!私、人妻なのに♪私ってそんなに若く見えるんですかね〜、うふふ♪

提督 俺が家に女学生連れ込んでるって変な噂立ってる。確かに鹿島は童顔だけど。通報されません様に…

赤城 那智さんの件で、妙高さんの私に対する目が厳しく見えるのは気の所為かしら。でも何故かしら、妙高さんは私と同じ匂いを感じるのよね。この後、何かやらかしそうな…

妙高 こ、今度の提督は積極的ね。もしかして私の事好きなのかしら…?もう、何言ってるのかしら私ったら。でも…もしそうなら私も…。足柄と羽黒が来るかもしれない?そう…私の気持ちが本当なのか…試してみるのも…

那智 そうか…私は一度沈んでるのか。ところで妙高姉さん。赤城が何故か余所余所しい気がするんだが。それに卯月と睦月の二人は私の顔を見るなり逃げ出すんだが…何か知らないか?

佐渡 もしかして赤城さん、あたしが無茶振りした事、怒ってんのかな。ヤベー…3回も頼むんじゃなかった。

卯月 む、睦月…那智さん、卯月達がした事、覚えてないよね?

睦月 だ、大丈夫だよ卯月ちゃん。多分…赤城さんもそう言ってたし。うん…

提督(新) 何かいきなりこの鎮守府に行けって言われたけど…何があったんだろ。それにしても妙高さんか…タイプだ。ケッコンしよ。

時雨 君が新しい提督か。前の提督に比べると見るからに軍人って感じだよね。え…妙高さんが…多分付き合ってる人はいないと思うけど…僕の事も聞いてよ。

白露 時雨、このバンダナ渡しておくね。理由…さぁ、何でだろう。ただ時雨に渡しておかなきゃって思って。本当、どうしてだろ…


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