RWBY~俺は死にません~ (傘花ぐちちく)
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Trailer

※昆虫を食べる描写とか少しグロい描写があります故、苦手な人は目を瞑るか、◆が表示されるまでスクロールしてください。

※布教目的のため、Volume3の終わりまでやって一応完結します。Volume5以降の配信や新コンテンツの発表がされたら、矛盾がない限り続きを書きます。

※ノベライズ含め下調べはしているつもりですが、矛盾があればお気軽にお知らせ下さると幸いです


一日目『生の可能性』

 

 

 

 目を開けた時、俺は森の中にいた。

 

 森、と俺が結論付けたのは、少なくとも三時間以上歩き回ってからである。

 

 ただ、三時間と言っても大人の足ではない。重心の安定しない子供の身体で、素っ裸の状態で、時折踏みつける小石や顔めがけて飛んでくる虫に四苦八苦しながら、足の踏み場もない様な原生林で三時間である。

 

 手入れがされず草も生え放題なので、もう何度身体に切り傷ができたかすら分からない。簡潔に言えば、遭難したという状況だろう。

 

「ここは、どこだ」

 

 ケッペンの気候区分に基づけば、気候は温帯という至極全うで無難な答えしか出せないだろう。暑すぎず寒すぎない、温暖な気候だ。ついでに言えば五月辺りだろうか。歩き疲れてやや発汗しているが。

 

 周辺の樹木の樹皮・形態はクロマツに近いが、葉の形状が針に近くないため異なる種であろう。どちらかと言えば広葉樹に近い。

 

「喉が乾いた……水道は……」

 

 聡明な諸兄姉は感づいていると思われるが、俺は子供のような小さな体で、見ず知らずの土地に裸で放逐されているのだ。黒くて硬くて大きい元気だったムスコは、今や子供サイズのショタコン御用達サイズだ。

 

 加えて、お人好しの神様がなんやかんやというのは無い。これは紛れもない現実で、前触れ無く起こった摩訶不思議な神隠しであり、少なくともその神秘を解き明かすまで帰れそうにない。

 

 アッと驚く超パワーで森を都市まで焼き払えればいいのだが、五分間の試行錯誤によりその試み――身体に眠る力を呼び覚ます的な――は全くの無意味であることが証明された。

 

 ただまぁ、森の中は薄暗くなる程度に遮光――陽の光が当たるところは避けている――されているので、熱中症や日焼けの心配は無いだろう。後一時間もすれば周辺を見渡せるような場所や国道に出る筈だ。

 

 これだけ歩けば、な。

 

「ギャ! 虫ッ!? 近寄んなッ!」

 

 たとえここが群馬県であろうとなかろうと、人間の立ち入らない自然など温帯では……滅茶苦茶多いが、大抵原住民族や現地のガイド、観光用の立て看板が目に入るだろう。ここがファンタジー的世界なら、泉の若いチャンネー(美人お姉さん系)精霊に出会うとか。

 

 異世界だろうとトチ狂った現実世界だろうと、こういう深刻そうに見える問題は早々に解決する場合が多いのだ。

 

 歩いている内に何回か転んで擦り傷を作ったのだが、どうやら痛みで涙が出たり声を上げたくなるような、子供特有の行動を取りたくなる衝動にしばしば駆られるみたいだ。

 

 精神が身体に引っ張られているのか。

 

 さっさと街に着いて保護されて、体の汗をシャワーで洗い流したいものだ。

 

「日が傾いてきた……」

 

 暫定異世界、最初の落日。それを悟ったのは木漏れ日が弱々しいオレンジに染まった時だった。七時間程度歩き回って脚が棒のようになっていたが、あまり絶望感は感じなかった。

 

 すぐ帰れるだろう。

 

 俺は先客のキノコを蹴飛ばし、苔の生えた大木に丸出しのケツを預けて眠りにつこうとしていた。

 

 生憎とボーイスカウトのような知識は持ち合わせていないが、夜の原生林で動き回れば、大型の動物が居る居ないに関係なく弩級で危険なことは容易に想像できた。

 

 夜の寒さは厳しいものではないが、裸であることと子供であることを鑑みれば十分に風邪を引くような環境であろう。だが、それはヒグマ――針葉樹林や亜寒帯らへんに生息――が滅多に居ない事の証明である。

 

 温帯にも居ないわけではないが、そもそも奴らは積極的なハンティングなんぞしない。

 

 万が一にも死ぬならどうせ眠りの中だ、と目蓋を閉じれば、聞こえてくるのは風のざわめきと葉の擦れるささやき。爽やかな大自然の子守唄が眠りの縁へと誘う。

 

「……怖っ」

 

 ……虫が関節をギチギチと鳴らして争う音、リーンリーンと求愛する虫の合唱コンクール、森に木霊(こだま)するケモノの遠吠え、掠れるようなフクロウの不吉な声。亡者のような唸りをあげる突風と森そのもの。

 

 見ず知らずの土地の大自然の猛威は、俺の如く矮小な存在など無いものとし、そしてエサとして飲み込まんとする一種の巨大な生き物にも見える。

 

(こんな薄気味悪い胃袋なぞ御免だわ)

 

 大気のうねりが叫び、大きな暗黒の口が木々の奥まで迫っていた。暗闇が天蓋ごと俺を飲み込むと、生き物たちの胎動はより一層激しいものになる。

 

「ギャァアアアアア!!」

 

 悲鳴。

 

 キチン質の生物が太ももの上を通り道にしてきた。細くカサカサと(うごめ)く感触は手で払い落とすと無くなったものの、気色の悪い触感がやけに残っていた。それに、ソイツはまだ周囲に居るはずなのだ。

 

 そしてそれが切っ掛けとなり、俺の耳はより鋭敏に夜の闇に潜む者達を感じ取るようになっていた。肌は空気の動きすらも明確に把握し、まるで虫たちが俺の一挙一動を囲んで観察しているような錯覚に陥る。

 

 俺は重度の虫嫌いで、本当はこんな森に近づくことはおろか、街路樹の側なんかにも寄りたくないのだ。ゴキブリだらけの部屋に放り込まれているのと同義と言っても過言ではない。

 

 それからは半狂乱になって、心の中であらん限りの叫びを上げ――意地でも口は開けなかった――俺の肌に僅かでも触れた、本当に存在するかも怪しい虫達を、ひたすらに追い払った。

 

 しかし、汗ばんだ俺の身体――体を拭くタオルもない――と二酸化炭素の匂いを嗅ぎつけてか、小さく不快な羽音が付き纏う。逃げ惑う俺は木の根に生えた苔に滑って転んでナニカを叩き潰したり、うっかり口に入った虫を吐き出して舌を掻き毟ったりしていたため、安息の時は一切訪れなかった。

 

 昼も居たはずの存在を過剰に恐れているのは、俺が単に虫嫌いであるというだけではないだろう。俺はこの偉大な暗黒を恐れていたのだ。

 

 結局のところ、眠れたのはほんの僅かな時間であり、東の空が赤らんだ頃であった。完徹である。

 

 

 

二日目『死出の旅』

 

 

 

 青い空が葉の間から見える……ような気がする。

 

 太陽光が最初に俺に与えたのは、晴れやかな心の平穏と爽やかな空気ではなく、ドッと襲ってくる眠気と肩にのしかかる錘のような疲労、得も言われぬ空腹と喉の渇き、それとほんの少しの絶望である。

 

「……歩こう」

 

 昨日の夜に潰したであろう黄色い中身の出た甲虫から目を逸らし、終着点の分からない「先」を目指して歩き始める。

 

(頭が重い……風邪か?)

 

 ネバネバした唾を飲み込む度、喉の渇きを痛みとともに実感する。まだ一日しか経っていないというのに、早くも関節の痛みや体温の上昇を感じる。心臓がやけにドクドクと脈打つ。

 

 俺は昨日と比べても牛歩のような歩みで進む。一時間もしない内に――時間の感覚など等に狂い始めている――肩で呼吸するようになって、大きめの石に腰掛けて休息を取る。

 

 俺はその貴重な休憩時間に脳みそに糖分を回して思考をフル回転させていた。

 

 昔のことだが、飲まず食わずで三日は生きられると聞いた事がある。

 

だが、今はこの逆剥(さかむ)けを無理矢理剥がすような喉の渇きをどうにかしなければ、死ぬ前に気が狂ってしまいそうだった。

 

 若干赤い点と黒い点がかかった視界で、俺は下草だらけの林床をボーッと見つめていた。「誰か助けが来るかもしれない」とか「非常食の入ったバックが落ちているかも」とか、そういった希望的観測は一切無かった。

 

 ただ動かなければエネルギー消費が少ないのではないかという、絶望的な消極的選択だ。

 

(! 結露か!?)

 

 幸か不幸か、神の悪戯か。葉の一枚にきらりと光る一雫の水滴を見つける。

 

 見つけるやいなや腰掛けていた石から飛び降りて、慎重に葉を(つま)んで雫を口の中に落とした。

 

 ……? おかしい、潤わない。

 

 ……。

 

 いや、何を考えてる。ただの一滴で喉の渇きが癒えるわけないだろ……。

 

 ぬか喜びどころではない。トチ狂った状況でトチ狂った思考をしているだけだ。馬鹿げた行為のせいで水を欲する欲求は更に酷くなり、汗臭いにおいと土埃に塗れた全身を洗い流したい欲求に駆られる。

 

 酷く汚い身体、浅くなる呼吸、二日と経っていないというのに俺の身体は限界に近づいていた。この子供のような身体のキャパが低いのか、俺の「常識と思われる知識」が間違っているのか。

 

 再び歩き出すが、空腹のせいか力が入らない。

 

 だが、あと少し歩けば、きっと、多分、恐らく。

 

 街とか、村とか、人とか、看板とか、食料とか、川とか、水たまりがあるかもしれない。

 

「だれか、だれか……だれ、か」

 

 木漏れ日が強くなった気がする。汗はあまり出なくなったが、全身がジリジリと熱せられるように熱くなる。

 

 頭痛がする。体を動かす度に頭の中で大きい球体が動き回るような痛みだ。

 

 足が棒のようだ。俺は樹に背中を預けてぐったりとする。接地面(せっちめん)が焼けるように熱く、ジメジメとした不快感があったものの、起き上がる体力も転がる気力も無かった。

 

 身体を休めているのに休めない。

 

 疲労で全身がちがちで、汗で寒いし皮膚が暑い。

 

「たすけて……」

 

 森がざわめく。濃い緑が波のように揺れ、俺の処遇を話し合っている。

 

 小さな蟻が指から腕に這い上がってくるが、払い落とす気力はなかった。

 

「たすけて……ここにいる……」

 

 風が囁いた。俺の身体を舐め回すように吹き抜け、木の葉が舞い落ちた。

 

「だれがッ! だれがだずゴボッ、ゲホッ、ゴホ……あ"あ"あ"あ"!」

 

 痛い痛い痛いいたい!

 

 喉の肉を削ぎ落とされる激痛。頭痛が再発して、何度も何度も内側から鈍器で殴られたような痛みが響く。

 

 痛みから逃れるように頭を抱えると、カブトムシの幼虫みたくうずくまって、ひたすら地獄の責め苦が過ぎ去るのを待つ。

 

 助けなんぞ来ない。

 

 ここで俺は死ぬのだ。死ぬ。死ぬ、死ぬのだ!

 

 俺が考えたくもなかった最悪の事態。

 

 このまま死の淵へ一歩一歩着実に歩いていけば確実に死ぬ。何を間違えたのか、何が正しかったのか、そんなものはもう分からない。

 

 何も知らず、お気楽なままで考えていたのが駄目だった。つまり、この訳の分からない森をとっとと脱出しようと考えた時点で詰んでいたのだ。

 

 俺は周辺に食料や川があることを確認しなければならなかったし、無かった場合のことを考えて何を食べるべきか熟慮する必要があった。

 

 広葉樹林であれば果実が存在する可能性も十分にあり得たが、この体では禄に木登りもできない。

 

 力はもうない。

 

 今過ごしているのは一秒だろうか、それとも一時間だろうか。実はもっと時間が経っていて、すぐそこまで救助隊が来ているのではないか。

 

 辛さから逃れるための妄想を繰り返せば繰り返すだけ空腹は強くなり、忘れようもない熱さが脳を蝕んでいく。

 

 暑い、熱い、あつい、アツイ……。

 

 お腹が空いて目頭だけが熱くなり、口の中にはもう唾すら分泌されていなかった。

 

 耳鳴りが酷く、キー……という音が延々と頭のなかに響いていた。

 

 やがて茜色に染まる。

 

 夜が俺を飲み込もうと、東の森の奥から顔を覗かせていた。

 

 恐怖。畏れ。飢餓。渇き。

 

 耐え難い苦痛と抑え難い精神の崩壊が、森を包む闇と共にもうすぐそこまで迫っていた。

 

「はっ、はっ、はっ、はっ、はっ、はっ、はっ」

 

 熱病に浮かされる倦怠感を塗りつぶすように、浅く呼吸を繰り返す。

 

 なんでもいいから、たべたい。

 

 いやだ……、惨めに死にたくない。苦しいのは嫌だ。

 

 恐ろしい。

 

 苦しい。

 

 誰も来ない。

 

 寂しい。

 

 昨日は大丈夫だったというのに、寒さで身体が震えてくる。ガチガチと歯が小刻みにぶつかり、より一層身体を丸めた。

 

 だが、闇の帳が下りるのと同様に、虫もまた動き始めていた。

 

 何処かから飛んできたカナブンに似た虫が、手を伸ばせば届く高さの樹皮にくっついた。

 

 俺は糸を掴むカンダタの様に、樹に縋り付きながら立ち上がり、探し回って手に取った。

 

 暗くて鮮明に見えないが、緑色の鈍く光って見える外骨格が存在を主張しており、六本の足が宙を掴むように動き回り、逃げ出そうとしている。

 

 逃げる気力が残った活きのいい虫だ。

 

 俺が嫌悪と憎悪を向けてきた虫達は、こんなにも美味しそうに見える。

 

 だが、それと「コレ」は別だ。

 

「!? ベッ……」

 

 恐ろしく不味い、舌が拒絶したものをすぐさま吐き出して、後悔した。

 

(あ、ああ……何処だ、何処だ、食べ物は何処だ)

 

 吐き出したタンパク質を求めて、暗闇で何も見えない地面を手でペタペタと探っていく。

 

 俺はすぐに湿り気のあるタンパク質を確保し、口の中に放り込んだ。土の味がいい塩梅になって、味はそんなに悪いもんでは無かった。けれども空腹は満たされず、絞られた胃袋が悲鳴を上げた。

 

 そして不思議な満足感に包まれる。

 

 どちらかと言えば「もうどうでもいい」に近いが、誰かに見守られたような安心感があったのだ。

 

 先程はアレだけ絶望していたと言うのに、憑き物が落ちたみたいだ。

 

 永遠に眠るため、俺は目を閉じて横たわった。

 

 闇を防ぐような力に包まれるが、今は苦痛なく逝ける時を待っていた。

 

 ――本当に何も感じない。

 

 辛くも苦しくもなかった。感覚が死ぬ前になって麻痺しているだけだろうが、特に何かをしようとは思えなかった。

 

 深みへと誘う微睡みに飲まれ、俺は意識を手放す。

 

 生きるのを諦めた。

 

 

 

三日目『喰らう』

 

 

 

 目が覚めた。

 

 俺はその朝を「いつも通りの文明的な起床」と何ら変わりない様に認識していた。

 

 愕然。

 

 俺の頭の中を絶えず跳ね回っていた飢餓と渇きは綺麗サッパリなくなっていたのだ。お陰で思考が冴え渡る。

 

「逆行、あの虫、原因は何でもあるな……」

 

 ただ、寝る前と比べて景色は変わっていなかったので、逆行の可能性に関しては即座に否定された。

 

 虫を食べて元気百倍というのも違和感がある。ないもの――体内の水は増やせないのだ。

 

 ただ、俺が此処に存在すること自体が特殊な非日常的要素を孕んでいるので、断言はできない。

 

 他に考えられる可能性としては、俺が超常的な再生能力を獲得したということか。しかも限定的な。

 

 当面はカナブンめいた緑の虫を探しつつ、水分の補給経路を探さなくてはならない。

 

 そのためには周囲を見渡せる木に登る必要がある。

 

 だが。

 

「……腹が減っているな。まだ生理的な現象の範囲だ」

 

 所謂、朝ご飯を食べていない状態。

 

「水分補給と栄養の確保は急務、結露に頼るわけにもいかんし……」

 

 今の時間帯では滅多に無い……が、そこで思いついた。葉を食べればいいのだ。

 

 ということで、朝食は簡単に捕まえられた蟻が六匹、イネ科の様な平行脈の細長い葉が二十枚、木の色とソックリなカミキリムシに似た昆虫が一匹だ。

 

 朝食を集めていて思ったのだが、森の中には食べられそうなものが意外と多い。

 

 昨日は虫なんて死ぬほど食べたくなかった――考えもしなかったが、あの拷問じみた飢えと乾燥に比べれば大したことはない。時間の感覚が狂って永遠にも似た苦しみを味わったのだ。今更虫ごときでどうのこうの言うわけがない。

 

 たった二日で随分と神経が図太くなったもんだ。

 

 食べられるから食べる。それが重要だ。

 

 カミキリムシ(仮)は葉っぱに包んで口に運ぶ。生きたままだと口の中で暴れまわりそうだったので、葉と手で潰してから咀嚼する。キチンの外骨格は消化に悪いし硬いので流石に取り除いたが。

 

 シャキッとした感触と体液の吐き気を催す味を、葉っぱの苦味が上手く中和して凄まじく不味い。味を味わう暇などない、口内では吐き気の嵐が吹き荒れるものの、ぐっと堪える。

 

 そして葉っぱをもう何枚か食べた後、潰した蟻を放り込んだ。ビミョーに味がするものの、美味いとは言えない。

 

 俺は移動しながら虫――蛾や蝶等を探しては葉に包んで潰し、片っ端から口に放り込んだ。糞のような味が時折するため、腹の下の部分を摘んで捨てる。

 

 花や水滴の付いた草も捕食対象で、俺はそれらに毒があるかないかなど考慮せずにいた。花粉は生殖用のエネルギーが詰まっているだけあって高栄養だからな。

 

 流石にキノコは避けたが、道すがらでパクパクとご飯を食べていたおかげで空腹は感じなくなっていた。

 

 知ってるか、葉っぱでも葉脈は不味いがそれ以外は美味い。

 

 俺は高台や登りやすそうな木、あるいは高低差のある地形を探して注意深く辺りを観察しながら行進する。周辺の地形を把握することは、何よりも優先すべき項目である。

 

 だが、簡単に登れる木など存在しなかった。

 

「はぁ……おっ幼虫」

 

 倒木を拳よりも少し大きい石で何度も叩いて解体する。表層しか壊せないものの、中にいる白い幼虫を引っ張り出す。勿論ノータイムで口の中だ。

 

「体毛が混じっててまじぃ……」

 

 ナマの甲虫は食感が良いものの苦くて糞不味い事がよーく分かったが、蝶や蛾は案外イケる。ゲロマズで味の無くなったいくらのような食感だ。こうして食レポが出来る程度には余裕ができてきた。

 

 それと、今まで藪の中は避けて歩いていたが――枝やら何やらで痛いのだ。素っ裸にはよく効く――あそこには蜘蛛が巣を張っていたりするのでそっちを食べるのもいいかもしれない。

 

 節操なしに節足動物門昆虫綱を食べていたが、やはりナマは不味かったらしい。味の方ではなく、食中毒やアレルギー、恐らく寄生虫や得体の知れない菌が俺に手を「下した」。

 

 つまりこういうことだ。

 

 上下の口からバルブを捻ったように【消化産物】が飛び出してきたのだ。こんな上下水道はクソ喰らえだ、整備不良にも程がある。

 

 先程食べた幼虫も、朝食べたカミキリムシも排出された。多少の栄養は確保できたが、水分を多く出してしまった。

 

 ……ついでに言えばケツを拭く紙もありゃしない。樹皮に擦りつけてどうにか物体Xは排除できたが、第二波が来た。出す物もないのに腹がぎゅりぎゅると音を立て、胃袋がねじれるような激痛が走る。

 

「おぉ……やべぇ……」

 

 笑い事ではない。下痢もゲロも水分を多く含む為、過度な排泄はそのまま脱水症状に繋がりかねない。「例の虫」がいない状態で死にかけるのはマジ勘弁なのだ。

 

 二度目の奇跡は無いかもしれない。自分が特殊な人間という仮定を捨てて行動しなければならないのだ。しかし……カナブンって何処に住んでるんだ?

 

 見た目はカブトムシのメスに近いし、樹液でも吸うのだろうか。

 

 便意が収まった瞬間に樹木を蹴飛ばしてみるが、落ちて来ない。子供の非力では当然の結果だが、命の掛かった状況だ。足の皮が少し剥がれてしまうが、そんなものは脱水症状の辛さに比べたら軽いものだ。

 

 あんな地獄はもう嫌だ。空腹も渇きも耐えられたものではない。

 

「クソッ!」

 

 排泄物が臭うので場所を変え、夕方までひたすら蹴り続けてみたが、何の成果も得られなかった。

 

 おまけに夕方には更に症状が悪化していた。発熱、めまい、動悸、手足の痙攣、吐き気、発汗。

 

 苦しい。

 

 体が燃えるように熱く、空気が喉で固まって上手く呼吸できない。

 

「ひゅ……っ……はっ……」

 

 飢えるよりはマシだが、こうも苦しいと安眠できやしない。

 

 あのカナブンの羽音がしたら起きれるというのは十分な利点だが。

 

 ……いや、痙攣してて立てねぇわ。

 

 

 

四日目『飢餓よりマシ』

 

 

 

 手足の痺れもなく、無事に起床。

 

 空腹や喉の渇きが酷くなっていると思ったが、案外そうでもないらしい。

 

 結論から言えば、昨日立てた「限定的な再生能力持ち」仮説が正しかった。

 

 足の皮はかさぶたもなく完治しており、痛みもない。「再生」したようだ。

 

 この「再生」だが、どうやら気絶しているか眠っている時にしか発動しないようだ。怪我をした直後に体調が回復しないのも、二日目に地獄の気分を味わったのも、全ては睡眠不足だったからだ。

 

 辻褄合わせはできたが、わざわざ空腹に苦しむ必要は無い。昆虫食は継続する。

 

 再生するなら下痢もゲロも怖くは……怖い。駄目だ。

 

 渇くのは嫌だ。

 

 食べよう、食べよう、食べよう。

 

 今日は草をたくさん食べよう。

 

 ……虫も少しだけ捕っておこう。

 

 起床したのはまだ日が出たばかりの頃で、結露の付いた草は多く生えていた。水滴を落とさないように慎重に摘み、あるいは先んじて水分を取り込んで、青臭い味を口いっぱいに噛みしめる。

 

「葉緑体うめー」

 

 牛のような朝食を済ませた後、名前も知らない甲虫を五匹ほど潰して左手に握る。

 

 この果てのない大森林の探険にはおやつが必須だった。

 

「げぇ、こいつうんこ抜けてねーじゃん」

 

 結局の所、俺の頭に焼き付いた虫=食料の強迫観念はそうそう抜け落ちるようなものではなく、おやつ感覚で採取した虫を食べてしまう。

 

 俺個人としては菌よりもうんこの方が嫌なので、腹部の一部を摘みとっている。それでも味はゲロマズだ。

 

「動物に会わないのは、流石に幸運だな」

 

 いくら再生能力持ちだからと言って、食われればそこで「死」だ。耳を澄ませば鳴き声などいくらでも聞こえてくるが、この数日間に一匹たりとも遭遇していないのは超絶ラッキーである。

 

 だからこそ死ぬのだけは避けなければならない。

 

 食糧難の解決によって思考に余裕ができた俺は、脇に抱えられる程度の石を幾つか見繕った。石の下にはダンゴムシやムカデが居たものの、流石に食べる事は躊躇われた。

 

 身を守る術を入手した、と浮かれていた俺は昼頃――太陽光が丁度直上に感じられた――にその無力さを味わうこととなった。

 

 丁度腰を掛ける事ができそうな倒木を見つけたので、俺は周囲を禄に見ずに幼虫探索の為に石を振り上げて木の皮を剥いでいった。

 

 朝から歩き通しで少しだけ疲れていた俺は、少しの酸味を求めていたのだ。腹を下してもまた再生すればいい。

 

「おっ、一匹発見」

 

 だが、見つけた幼虫を食べることは叶わなかった。

 

 ガサ……と藪を揺らす音。ついに野生動物と対面するのかと、小石を握り締めたのだが、現れたのは【見覚えのある獣】だった。

 

 見覚えのある、とは犬猫イノシシ狼を指しているのではない。まさにアニメで見るような架空の生き物である。ウェアウルフか、人狼か。狼めいた化物の出現であったが、幸運なことに心当たりはあった。

 

 墨汁をぶちまけた皮膚と体毛、骨のように突き出した白い器官が幾つも存在し、顔は紅い紋様の入った骨のマスクをしていた。しかし、体躯は猫背、人のように二本足で立つことも可能であるように見え、筋肉がよく発達しており、大きさは俺の三倍以上もある。

 

 そして薄暗い森の中でなお燦然(さんぜん)と輝く紅い瞳は、俺の事を憎悪に満ちた視線で睨んでいた。

 

 そう、こいつは――【グリム】。

 

 アメリカ産の3DCGアニメ『RWBY』に出てくる化物だ。名前は確か……べ、ベオウルフ? みたいなのだったと思う、多分。

 

 あまり作品自体にのめり込んでいなかったので、三期の二話までしか見ていないし、知識もそんなに無い。

 

 ただ結論を言うと――逃げなければ死ぬ。

 

 大体十メートルくらい先にいるベオウルフをどうにかこうにかして振り切るか、偶然ハンター――グリムを狩る戦士だ――にでも出会わない限り、待つのは死だ。

 

「っ……あ、い、いやだ……」

『グァァアアア!』

「ヒィィい嫌だぁああああ!!」

 

 死にたくない。

 

 糞の役にも立たない石を投げ捨てて全力疾走、走りにくい原生林だと言うのに、俺の身体は羽でも生えたかのように軽々と走破していく。

 

 足元を注視して、動きやすい最高のルートを一瞬で弾き出す事ができたのは火事場の馬鹿力に他ならない。生存本能が身体能力を限界まで引きずり出す。

 

(来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな!)

 

 死ぬのは嫌だ、こんな場所で虫だけを食べて死ぬ人生は嫌だ、痛いのは怖い、死ぬのは怖い、暗闇は恐ろしい、お腹が空くのは痛い、こんな場所から逃げ出したい。

 

 殺されたくない――!

 

 だが振り向いた視線の先、目と鼻の先にベオウルフは居た。

 

「あああああああああ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!」

 

 奴は俺に飛び掛かっている最中で、俺の腕よりも長い爪を空中から背中目掛けて振り下ろした――が、それを思いっきり前に飛ぶことによって軽症に抑えた。

 

「い"ッあ"ぁァぁあ"あ"あ"あ"ァぁぁい"い"い"い"イ"い"い"ィ!?」

 

 死ぬよりマシと書いて軽症である。背中は四本の鋭利な爪によって深く切り裂かれ、脳が焼け付く程の堪え難い苦痛を与える。目頭が熱くなり涙が溢れそうになる。

 

「いっだい"、い"だ、い"だい"い"ぃぃぃぃいいいい!」

 

 俺はどれほどの激痛に声を上げようとも、すぐさま立ち上がって逃げなければならなかった。土から飛び出した根っこの出っ張りに手を掛けて、身体ごと引っ張って何としてでも前進する。

 

 悲鳴とは裏腹に、俺の身体は常に最善手を打っていた。

 

 だが、俺が立ち上がった瞬間にベオウルフの腕が振られた。俺の右腕を縦に切り裂き、肩から指先まで、骨から肉がこそげ落とされ、両断された。視界が眩む程の血が吹き出て、俺の右半身に生暖かい液体が付着する。

 

「ギッ、あ、い"あ"う"う"ぅぅ!!」

 

 右腕で済んだ、首では無いのが幸運だ。

 

『グゥアッァアアア!』

「い"――ッや"だ!」

 

 走る、走る、走る、走る走る、はしるはしるはしる。

 

 バランスを崩しそうになる足にあらん限りの力を込めて、大地を蹴飛ばす。

 

 俺の背中を追う者は破壊そのものの具現化だ。

 

「ぐる"ばぁあ"ぁあ"あ"あ"ぁぁ!!」

 

 言葉にならない叫び声を上げて、段差を大きく飛び越える。

 

 振り返った俺はベオウルフが何故か追いかけて来ないのを把握して――崖に飛んだ事を理解した。草陰に隠れて先が見えなかったのだ。

 

 俺が四日間、死ぬような思いをしながら森の中を彷徨って、見つけようとした場所は目と鼻の先にあった。視界の先には目一杯の緑と久々の青い空が広がっていた。

 

「あっ」

 

 ――直後、落下した俺の身体はゴツゴツとした岩肌へ(したた)かに叩きつけられる。顔面を強打して鼻血が吹き出すが、災禍はそれだけに留まらない。

 

「ッば!?」

 

 そのまま上下の区別もつかなくなるほど転がり落ち続け、大量の血を流し全身の激痛に声を上げることも出来ず、関節があらぬ方向に曲がるのを感じながら斜面と何回も何回も何回も激突する。

 

 右半分の視界が目玉ごと潰れ、舌を噛み切り、爪は剥がれ落ち、骨が痺れるように砕け、皮膚はべろりと捲れて切り裂かれ、肉を抉り取る。

 

 そして一瞬の長い滞空、俺は地面に打ち付けられた。

 

「……! ッ! ……ぁ!」

 

 ぴくぴくと痙攣するように動く俺の身体。呼吸が出来ず息苦しさはあったが、水の中にいるような浮遊感と眠気を感じた。

 

 麻痺しているのか不思議と痛みは無く、ころりと転がった自分の目玉と視線を交わし――

 

 

 

五日目『生存と逃走』

 

 

 

 生きてる……!

 

「心臓っ、足!」

 

 痛みはなかった。

 

 裂かれた右腕も、背中の裂傷も、潰れた目玉も、千切れた舌も、剥がれ落ちた爪も、砕けた骨も、切り裂かれた皮膚も、抉りられた肉も、全て元通り再生されていた。

 

 崖から落ちて尚、ギリギリ生きていたのは幸運だった。

 

 だが状況は絶望的だ。免れぬ死(グリム)が徘徊する森をどうやって生き抜けと言うのか。

 

 次に出遭った時、生き抜ける保証はない。

 

 しかし、希望はある。

 

 ここはRWBYの世界観と合致する土地だ。

 

 俺が再生能力を持つように、グリムと渡り合うハンターと同様の戦闘能力を獲得し得ないとは断言できない。

 

 確か……そう、登場人物の一人の「ヤン」は怒りでパワーアップ的な能力を持っていた。磁力とかも居たな。

 

 要は超能力を持つやつは潜在的に戦闘能力を獲得する可能性がある。超能力を持たないキャラ――記憶が正しければなんか情けない奴――も居たはずなので、逆かも知れないが。

 

 兎に角、俺は何かしらの力を持つ可能性がある。

 

 それを発揮するためには、やはりRWBYのストーリーを思い出さなければならない……と思う。二~三年前に見たので詳細が分からないものの、やらねば死ぬのだ。

 

 まず最初……主人公のルビーが、飛び級した? のか。

 

 で、学校に姉と――そう、ヤンと姉妹だった。ルビーは……コミュ障かぼっちだった気がする。でも強かった。アクションに惹かれた覚えがある……ストーンヘンジみたいな場所でデカイグリムと戦っていた。

 

 あとは……情けない――ジョーンだ。ジョーンが不正で入ったとかなんとかで、ピュラが……センブランスで何とかしたんだ!

 

 超能力はセンブランス、俺覚えた。

 

 で、模擬戦みたいなのでピュラがメチャ強くて、緑のHPバーみたいなのが全然減ってなかった記憶がある。

 

 緑のゲージが「力」の量で、動画で解説してたな…………そう、フォースの様な力、『オーラ』だ。

 

 ハンターはオーラとセンブランス(超能力)と武器を使ってグリム(化物)を退治する。

 

 俺は再生のセンブランスを持っていて、オーラが使えない状況だ。使い方が分からないとも言う。

 

 オーラは右手から出すのか、尻から出すのか、眼から出すのか、それとも生産する器官が内在しているのか、魂から出るのか、汗腺から噴出するのか。

 

 習得するにあたって、まず俺は……木登りの練習を始めた。

 

 オーラを一朝一夕に操作できるなどと自惚れてはいけない、まずは出来る範囲で身を守る方法を見つけなくては足元を掬われる。木に登れるようになってから、オーラの練習だ。一分一秒とて無駄にはできない。

 

 駆け上がり、爪を立て、枝に手を伸ばし、窪みに足をかけ、這い上がる練習を繰り返す。尻もちをついてケツが真っ赤に腫れる頃には額に汗がびっしりと張り付き、塩と水を土に染み込ませていた。

 

「はぁ……だめだ、身長が足りん」

 

 ついでに言えば握力と脚力。しかし、それを手先の技と技量の成長で補わなければ。

 

 俺は人間。あの(おぞ)ましい憎しみの獣よりも知能で上を行かなければならない。

 

「……暑いな」

 

 崖に木が生えていないせいで、久々に太陽が見える。

 

 暫く振りだったか、光が降り注いで俺の身体を照らす。

 

 ……そうだ、まだ俺は生きている。

 

 生きている限り俺は進み続けなければならない、断固として、不退転の決意を抱き続けなければならない。

 

 負けてなるものか。

 

 木々の隙間より迫り来る暗黒も、圧倒的な力を持つベオウルフの襲撃も大したことはない。

 

 無力さと絶望に苛まれ、真綿で絞め殺すように命をすり減らす飢餓と渇きに比べれば……大したことはないのだ。

 

 だから強くなる。絶望を跳ね返し、強靭な肉体と高度な戦闘技術を身に着け、血と肉を増やしてこの森を脱出するのだ。

 

 両手で頬を叩き、気合を入れ直す。

 

 この世界で、生き延びるために。

 

 

 

二十四日目『力』

 

 

 

 自分の《再生》のセンブランスについて、幾つか考察したことがある。俺は下痢とゲロを繰り返した日以降も虫と植物を主食に何とかやってきたのだが、二度目の食中毒を起こしたことがない。

 

 身体が驚くほどのスピードで環境に適応したか、単純に耐性がついたか。どちらにせよ切っ掛けなど一つしか無い――《再生》だ。

 

 意識のない状態でのみ発動する――しかも重症の時だけだ、クソッタレ――センブランスだが、発動すれば生きている限り身体をアップデートしていくらしい。名前をつけるなら《再生と抵抗》か。

 

 消化器官が強靭になったお陰でキチンをきちんと噛み砕いて栄養に出来る。土を食べても平気だったので、水が出るまで地面を掘って、水ごと土を飲み込んだこともあった。勿論無事だ。

 

 この生活で飲む水は麻薬のような魅力がある。例えるなら、丁度オーラの操作や高度な木登りの技術を鍛えた後の芋虫と同じくらい格別だ。分からない? スポーツの後のコーラみたいな感じだ。

 

 最初、木登りは密着して生えた二本の樹木を利用して、自身の身体をつっかえ棒としてSASUK○の様に登攀したが、コツを掴めば割とスイスイ登れるようになった。俺に必要なのは成功体験だった。

 

 まぁ木登りはともかく、オーラはうんともすんとも言わない。

 

 オーラが一体どこから出てくるのか、俺は小指から頭まで、ありとあらゆる部位に意識を集中させて念じてみたが、ちっとも強くなった気がしない。

 

 そこで心機一転、継続はするが出来ないものは仕方ないと、俺は投擲(とうてき)の練習を始めたのだ。人間の優れたる部分はまさにその投擲能力にあると言っても過言ではなく、野原を開拓した人間が如何にして獲物を捉えてきたのかを如実に語っている。

 

 原始の時代、荒野で通用した技術がここで通用しないとは言わせない。

 

 俺は枝を石で削って簡易的な槍を作り、積極的に投擲の訓練を行っていた。狙うは樹上の鳥の巣、もしくは鳥そのもの。

 

 今現在狙っている獲物は木登りの途中で見つけたものだ。巣から卵を掻っ払って殻ごと食べるのも中々乙なものだが、当たり外れが激しい。それに、目的は投擲の練習だ。

 

「フンッ! ……駄目だ、まともに飛ばん」

 

 木の槍は飛ぶには飛ぶが、先端を先頭にしてまっすぐ飛ばないのだ。必ず回転がかかり、勢いを失って落ちる。要練習だ。

 

「石なら投げれるんだが……なッ!」

『キェーッ!』

「おっ、ラッキー」

 

 近くを飛んでいた親鳥だろうか。鳩程の大きさの獲物が俺の直ぐ側に落下してくる。石の激突と墜落の衝撃で死にかけているらしく、ピ、と小さく鳴きながら痙攣している。

 

 俺が羽根を毟って食べようとごちそうに近づいた瞬間、上空から弾丸のような何かが肩目掛けて突進してくる。

 

「!? いってぇ!」

 

 皮膚の薄皮を貫いたそれ――ごちそうにソックリな鳥は、羽を羽ばたかせて滞空し、ピーピーと喧しく鳴く。

 

 俺は初めて出遭った攻撃的な被食者にやや面食らったが、投擲で死ぬ生物なぞ必殺・石ころパンチで殺してやると息巻く。

 

 事実、飛ぶ羽虫を捕まえるように、俺に突っ込んできた鳥は簡単に手でキャッチできたのだ。しかし、これが中々死なない。両手の中で押し潰そうと力を込めるのだが、羽を広げようとする動作だけで押し返してくるのだ。

 

「クッ……何だこいつッ……!」

 

 石の投擲で死ぬくせになんつー馬鹿力だ。

 

 こいつ、まさかとは思うがオーラをッ!?

 

 RWBYの劇中では犬が飛んでいたし、ありえる。

 

「だったら――!」

 

 その頭ごと齧り取ってくれる。俺はもがく鳥の頭を口の中に収め、ヤツの首に全身全霊の顎力を込める。

 

『ピィ――』

「はああああああああああああ!!」

 

 瞬間、何かの力が抜けたように歯が食い込み、両手が鳥を押し潰した。……その血肉、貰い受ける。

 

 ビチャビチャと口の端から血液が溢れて身体を汚す。頭は食べないので吐き出して、身体を回収する。

 

 そのままピューっと血を吹き出す首に口を付けて、水道から水を飲むように喉を潤した。

 

 久々の水分補給は堪らない。血液は凝固して腹を壊すそうだが、今までも同じようにはぐれ者の鳥を落として、たらふく飲んでいるので問題ない。

 

 獲った二体の鳥は羽根と足を毟り、槍で腹を捌いで内蔵を取り出す。

 

 丸出しになった肉――そのまま齧り付く。

 

 火など起こせないのだから当たり前だ。鉄臭い匂いが鼻をツンとさせるが、これも随分と慣れてきた。味は時間が経てば経つほど酷くなるので、さっさと食べ終える。

 

 樹上にある巣も習得した木登りで確保、二体の雛を同じように喰らい、何故か置いてあった卵を殻ごとかっ食らう。

 

 肉と成長が必要だ。骨や血でさえも噛み砕き、我が物とするのだ。

 

 鉄と密林の試練。生き延びる為に越える壁は幾つもある。

 

 そう、食事を終えた俺は速やかにこの場を立ち去り、血の匂いをどうにかして誤魔化さなければならない。

 

 血はこの森のありとあらゆる生き物を呼び寄せ、闘争に巻き込む「渦」なのだ。食事中は虫が寄ってくるので、おかずが一品追加されて嬉しいのだが、動物は別だ。

 

 狼が血に誘われてやってくる。

 

 そんなものを全く考慮に入れてなかった当初、襲われた俺は木に登って事なきを得たのだが、奴らはジャンプして俺を食いちぎろうと迫ってきたのだ。

 

 今になって思うが、鳥がオーラを使えるように狼もまたオーラを使えたのだ。

 

 もっと高くに登ったり、木と木の間を跳んで移動したりして振り切ったのだが。

 

 ともかく、俺は血の匂いを消すために石を使って土を掘り、葉をすり潰して体中に塗りたくる。効果があるかどうかは別にして、やれるものはやっておくのだ。

 

 あらかたやったらスタコラサッサだ。

 

 寝るためにも登れる木を探さなくては。

 

 

 

二百九十三日目『気高く餓える』

 

 

 

 大森林脱出の目処は未だ立っていない。

 

 この巨大な土地から逃れるために、俺は木に登って周辺を見渡したのだが、見えたのは視界いっぱいに広がる緑の海。そして遥か遠くにそびえる大山脈。

 

 俺は初夏の辺りには槍の投擲を最低限身につけ、大山脈を目指して歩き始めた。もっと高いところから見渡す為だ。

 

 旅は過酷であり、グリムの脅威に常に怯え、血の匂いに寄せられた狼を追い払い捕食し、泥水を啜って生き永らえなければならなかった。

 

 血で血を洗う闘争は激化し、ベオウルフを石で何とか倒す程度には鍛えられた。遠くから投擲し……なんてプランは端から成立しない。あいつらが俺を見つける方が断然早いのだ。

 

 必然的に、選ばれる戦闘スタイルはインファイト。相手の攻撃をかわして、こちらの攻撃を一方的に当てなくてはならなかった。

 

 鳥を殺したときの感覚が役に立った。オーラの習得は何とか間に合ったのだ。

 

 尤も、それは俺の利き腕がベオウルフによって叩き折られた後だったが。

 

 激闘は二十分か三十分続き、奴を殺した後は清々しい気持ちを抱いていた。

 

 しかし、利き腕が使い物にならなくなったのは大きなダメージだった。俺は《再生と抵抗》を当てにしていたのだが、こいつは死に掛けないと発動しないらしい。マジで使い勝手の悪い能力だ。

 

 しかも何に釣られたのかクマ型グリムに突然動脈を切られ、出血多量のまま振り切った。眠った時に腕は治ったが、あることが判明した。俺の身体はどうやらマジメに血の気(・・・)が多いらしい。あれほど生肉と血を食べる食生活に感謝した日はない。

 

 夏は暑かったが、まぁ何とかなった。洞穴には水気を含む土は山ほどあったし、血を流す動物も沢山いた。

 

 さて、こうして夏の困難を乗り越え、秋の豊かな森は何事もなく快適に過ごせたが、冬はそう都合よくいってはくれなかった。

 

 消え去った食料、常緑樹の葉だけではとても腹は膨れない。穴に篭った動物を狩猟する技術――発見や罠の知識――は俺には無く、木の皮を食べて根っこを掘り返す。

 

 乾燥で足りない水分は時折降る雨雪と霜を飲み込んで(しの)ぎ、時折土を掘り返して泥を飲んだ。川は……残念ながら俺には見つけられなかった。

 

 疲労と寒さでまともに眠ることは出来ず、素っ裸の身体に木の皮を何重にも巻きつけた。動物の毛皮を保存する技術は俺にはなかったし、一度そのまま纏った事があったが、蝿と肉食動物が寄ってきて堪らない。

 

 極めつけは疑似冬眠だ。

 

 眠るクマの居所を偶々ぶち抜いてしまい、そのまま親熊と殺し合って巣を乗っ取り、子熊ごと血肉を食べて生き延びた事があった。穴にこもればそれなりに暖かかったし、十数日は保った。

 

 問題はそれを繰り返さなければ生きていけなかったことだが、何とか生き延びた。マジで地獄だ。

 

 冬の頃には大山脈には近く、洞窟のような穴が沢山あったのも幸いしたのだろう。

 

 しかし、巣の中でクマ型のグリムと殺し合いになるとは全く思ってなかった。おかげで随分と夜目が効くようになったし、リベンジマッチも果たせたが、危うく首を飛ばされそうになる場面は多かった。

 

 オーラで内側から破裂させてやったが、その境地に至るまで数十分間命と精神をすり減らした。

 

 だが、生き抜いた。

 

 あと数十日もすれば春が訪れるだろう。非常食をどうにかして作製し、夏を待って山に登る。

 

 街の位置を特定して帰るのだ。

 

 

 

三百六十五日目

 

 

 

 《再生と抵抗》のセンブランスは今までに七回ほど発動している。その大半がグリムに殺されそうになって逃げ帰ったものだ。

 

 山脈の麓はグリムが特に多く、ヘビ型とかサソリ型、イノシシ型に鳥型。群れも何度か見掛けたが、バレれば死は免れないので必死で息を殺した。

 

 山越えのためには食料の十分な確保が必要で、そのために拠点を作製しなければならなった。

 

 しかし、これが難航する。見張りが居ない為風で飛んでいったり、動物に食われたり、俺を襲撃したグリムについでと言わんばかりに蹴散らされた。

 

 残念だが蛮族スタイルがすっかり板についた俺は、火をおこすことも籠を作ることも出来ない。糸も針もなく、皮はボロボロで、糊もホチキスも無いのだからどうしようもない。

 

 現代社会で過ごしてた昔の俺は、調べることが出来ただろう。だが、そんな能力は糞の役にも立たなかった。こすれば火が点くことくらいは知っていたが、消し方や管理の仕方を知らなかったのでやめた。

 

 ついでに言えば、乾燥させた草を土の上に置いて棒で何度も擦ったが、火は着かなかった。Fuck!

 

 山脈への強行軍は天候と食料と水の壁に阻まれる。標高三千メートル(イメージ)の辺りまでは登ったと思うのだが、なだらかな道はグリム、険しい道は落下の危険が常に付きまとう。

 

 それでも生きなければならない。

 

 前へ、前へ、前へ。

 

 喪った命と糧にした輝きに報いるために、俺は更なる生存競争に立ち向かわなければならなかった。

 

 山脈のこちら側には街はなく、あるのは俺が歩んできた森だけ。残されたのは途方もない山脈の迂回路か、遥か高みにある直通路。

 

 血で血を洗い潤した身体と、暴力と野生の狭間で均衡を保った精神を以って突き進むのだ。山脈の向こう――太陽の沈んだ先に人の営みがあると信じて。

 

 

 

九百二十六日目『突き進んだ険路の先に』

 

 

 

 強そうなグリムは全て避け、まともに歩ける道は全て避けて進む。ある程度の標高に達するとグリムの姿は見えなくなったが、俺が倒せるのは二、三匹のベオウルフか、一匹のクマ型グリム、一匹の猪型グリムだけだ。危険を避けるに越したことはない。今までもグリムに対しての戦闘は避けてきた。

 

 腹の音が鳴ったので、崖の僅かな出っ張りに掴まったまま、暫くの間立っていられそうな足場を探し、背負っていたクマの身体を貪る。クマは死んだまま俺の身体に手を回し、まるでリュックのようにしがみついているが、その頭と下半身は無い。

 

 標高のせいか肉は完全に凍っていたが、後ろに回した手で肉をちぎって口に放り込む。

 

 これが俺の考えた、シンプルなたった一つの答えだ。籠が作れないのならそのまま持ち運べばいい。幸いにして、登山に耐えうるだけのオーラ量と筋肉はあったのだ。子供の身体には似つかわしくないパワーが出る。

 

 登山に十分な脂の乗った獲物が確保できるまで、当然山越えはお預けだった。

 

 その準備に一年費やした。その間に行ける範囲でルートを決め、鹿みたく軽い肉で予行演習を行い、退治できる範囲でグリムを倒した。

 

 春先の雪崩に飲み込まれたこともあったが、《再生と抵抗》のセンブランスのお陰で窮地を脱せた。その御蔭で肉体の凍る気温でさえ、フリチンのままでいられる。

 

 日が傾いてきたが、そろそろ山頂も近い。そこが目的地――大山脈の一番ではないが高い所だ。俺が過ごしてきた「東」と別れる場所でもある。

 

 眼下には見渡す限りの雲海と濃い青の空。更には砕けた月が破片をくっつけており、星も見えていた。

 

「ふんっ」

 

 頂上付近に到達した俺は、比較的なだらかで安定した場所を探し回り、胡座(あぐら)をかいて瞑想するように浅い睡眠に入った。鳥型グリムが来たら目も当てられないので、頻繁に辺りを見渡して注意する。

 

 ――ヒュウウウウゥゥゥゥ……

 

 凄まじい烈風が冷気とともに到来し、身体に氷を吹きかける。身を裂くような寒さが常に俺に襲いかかり、死の淵へ追い落とそうとする。

 

 気温は氷点下。産毛は真っ白に装飾され、『よく肥えた腹』がエネルギーを提供してくれる。当然、太ることも俺にとっては準備の一つだった。

 

 生き残った事と食料となった熊に感謝を捧げて、目を閉じた。

 

 

 

九百二十八日目『頂を下る』

 

 

 

 目的地の頂上に到達してから二日間、俺は猛吹雪と突風によって行く手を阻まれていた。強行突破は出来なくもないが、雪のベールを抜けた先にグリムがいればDEAD ENDだ。体力はあるが戦闘力は無い。

 

 だが、今日は見事に晴れていた。睡眠と休息は俺にオーラを回復する時間を十分に与えた。

 

 日の出を待つ。

 

 ジェット気流というやつだろうか、風がビュンビュンと吹いている。

 

 流れる雲の動きがぼんやりと見えてくると、太陽が登った。

 

 俺は今まで過ごしてきた東の空を振り返り――言葉を失う。

 

 朝焼けに燃える空。見渡す限り光に満ちた雲海は、陳腐な言葉ではあるが、美しい。オレンジの空と、紫に混じった空が新しい風を運び、俺の長い長い旅の終わりの始まりを暗示していた。

 

 ここに訪れた者にしか分からないであろう達成感と感動、胸にこみ上げてくるのは三年の間で枯れ果てていた感情だった。

 

「あっ……あぁ、っ……!」

 

 涙が溢れる。嗚咽が抑えられない。

 

 この神秘的な光景が、俺の心に激情を産み出した。枯れた泉から涙がこぼれ落ち、ただひたすらに生きたいという気持ちを、辛酸を嘗める思いを、今生きている喜びを味わわせる。

 

 俺は今、己の手で切り開いた道を進んでいるのだ。迫りくる闇を生き延び、光が魂にこびり付いた絶望を洗い流す。

 

 太陽が顔を出すと、波のように押し寄せた涙はもう止まっていた。

 

 西へ。

 

 山を下ろう。

 

 守りを意識したオーラを纏い、俺は崖から飛び降りた。

 

 ぴょんぴょんと崖から崖へ、バッタのように跳ね回って移動する。何回か足元が崩壊したものの、オーラがあるので怪我はしない。山を半分ほど下った時には、もう日は傾き始めていた。

 

 振り返ればあれほど高かった大山脈――三年もの時間を掛けて登った山の頂も、随分と離れて見える。

 

 大山脈よりは低い山を幾つか超えれば、街が見えるだけの場所には近づくだろう。

 

 千切った熊肉を口に放り込んで、茜色に染まる斜面を移動し始めた。

 

 今日も生き残った。明日も、きっと……。

 

 

 

九百六十七日目『果てしない道』

 

 

 

 一つの誤算、それは秋の獲物を狙って冬に山を越えたのならば、越えた後は雪道が続くということだった。

 

 水は雪から補給し、食べ物は残り僅かな熊肉と枯れ枝だった。久々の枝だが、パリガリとしていて細かい繊維にバラける食感が良い。雪がどっさりと積もっており、反射光が目に染みる。

 

 そんな昼のことだった。

 

 木々の生えた山――大山脈は完全に越えた――を歩いていると、唐突に、湧き上がるように、目の前の景色に村が現れた。冬真っ盛りで雪が積もっており、見落とすのも無理はなかった。村にも雪が積もっており、擬態するようにひっそりとそこにあったのだ。

 

 そして、それは俺が歓喜の大声を上げて、全速力で訪問するには十分な成果だった。

 

(フリチンだ、笑われたらどうしようか、でも生きて帰れたんだ……遂に、遂に!!)

 

 門のような所に飛び込んで、誰か人が居ないか見回した俺の目に入ったのは、焼け落ちた建物と徘徊するグリムだ。

 

 気落ちするよりも前に、ほぼ反射的に建物の影に飛び込んだ。

 

 俺の生存本能は鈍ってはいない。例えそれが、三年間待ち望んだ安息地の跡であってもだ。

 

 だが、だからこそ込み上げてくる……!

 

 絶望、落胆、悲しみ。

 

 俺の帰る場所は何処にあるのか……ッ!

 

 身体から少しだけ力が抜ける。

 

「……行こう、道があるはずだ」

 

 奮い立たせる様に呟いてから移動する。今の今まで大山脈を彷徨っていたのだから、この程度の失望で希望は消せない。

 

 村から村への移動経路――たしかに道は存在したが、それを発見した直後、俺はグリムから強襲されていた。

 

「ッ……!」

 

 背後からの一撃、やや大きめのベオウルフが振るった爪を避けた俺は、視界の端に映る「群れ」と呼んでも差し支えない規模のグリム達を見てしまった。

 

 あれほど避けていた群れとの不幸な遭遇、どうやら全部倒すまで帰れそうにない。

 

 今までは石で戦ってきたが、手持ちには石が一つもない……村に入れると思ってたからな。だが、恐らく村の中なら武器があるはずだ。鉄製の武器があればもっと有利に立ち回れる。

 

 石の準備には時間がかかる。大きいサイズを砕いて投擲に適したサイズにまで落とし込み、それを数発投げて初めて奴らは倒せる。

 

 リスクを取れ。群れに飛び込むのだ。可能性に賭けろ。

 

 いつだって掛け金は命だった!

 

 俺は崩壊した村の中へ――即ち、群れの中心へとあえて飛び込んだ。雪が積もっていたが、俺のフィジカル的にそれは障害にはならない。寧ろ光が反射することのほうが最悪だ。

 

「おおおおおおおおッ!」

 

 自らを奮い立たせ、猪型グリムの牙を、クマ型グリムの巨躯を、ベオウルフの爪を回避し続け、時には受け流し、家の壁を突き破って捜索した。

 

 が、鉄の武器なんてものは無かった。

 

 俺は森の中で、石を片手に延々と戦い続けるという選択肢を選ばざるを得なかった。

 

 夕日が落ちる。

 

 何とか森まで逃げ込めたが、左手の五指が使い物にならない程青く腫れ上がってしまった。しばらくは物が持てないだろう。

 

 右利き左利きはもうない――両利きであるが、片手が使えないのは俺にとっては絶望的な状況だ。

 

 それに石と言っても砕いて作る時間はない。落ちている石では、大抵の場合奴らは投擲を物ともせずに突進してくる。

 

 かくなる上は、接近してオーラを打ち込むか。

 

 俺がこれを積極的にやろうと思わないのは、単にグリムという化け物どもがタフで、下手な一撃では倒れないからだ。それを俺は三年間の戦いで思い知ったし、奴らに補足されたら断崖絶壁でもない限り振り切ることは難しい。……振り切れば良いのだが。

 

 まぁ別の手段としては、他の村に逃げ込むことか。厄介な手土産を持って帰ることになるが、どちらにせよ数を減らすのは急務だ。

 

 土の道路を全力で走り、俺を追い掛ける群れで突出した猪型グリムの曲がった牙を両手で掴み、運動エネルギーを全身で押さえ込む。左手が悲鳴を上げるが、死ぬよりはマシなので我慢する。

 

「ッ、かァ!」

 

 バネのように身体を跳ね上げ、オーラを込めて牙をへし折ると同時に、浮かび上がった頭に前蹴りを見舞う。グリムは流れ込んだオーラによって破裂し、黒煙と化して消える。

 

 ついでに横合いから突っ込んできた二体のグリムに牙を投げつけて倒し、後続のグリムは震脚で大地を絨毯のように捲る事で数秒足止め。その間に駆け出して、オーラを込めた蹴りで樹木を道のど真ん中に倒す。

 

 しかし、これで稼げる時間はわずか。その間に距離を少しでも離さなければならない。長期戦に備え、道々の木に生える枝を引っ掴んで噛み砕く。

 

 ミッションは数を減らしながら食事と足止めを繰り返し、昼夜を問わず走り続けて次の村へ向かう事。俺がやらねばならない事は大層な理不尽と無茶無謀にまみれているが、今までもやってきたことだ。

 

 まだ戦える。大丈夫だ。

 

 俺は生きて帰る。

 

 自分自身に言い聞かせて疾走するが、俺の行く手を阻むようにヘビ型のグリムがとぐろを巻いて待ち構えていた。こいつは上下の高さだけで俺の身長を有に上回っているので、乗り越えるのは至難の業だ。

 

「負けるかァァああああ――ッ!」

 

 口を大きく開いて頭から飛び込んでくるヘビ型グリム。だが、奴と激突するよりも先に俺の横っ面をグリムが殴り飛ばした。

 

「がはっ……」

 

 樹木に衝突すると強制的に酸素が吐き出され、地面にずり落ちる。片膝を突きながら立ち上がると、雪崩のようにグリムが飛び込んできた。一番槍をオーラパンチで吹き飛ばし、ボウリングのピンのように後続を巻き込む。

 

 だが運良く潜り抜けた一体が俺の肩を前足で押さえて、首目掛けて牙を立てようとしてきたので、顎、身体と順に蹴飛ばして距離を取る。

 

 直後、ヘビ型グリムが真上から飲み込まんとしてきたので、大きく横に飛び、間隙を縫って首を掌底で殴る。

 

 が、グリムの皮膚が硬いのか、単に疲れからか、オーラがうまく流れず仕留め損ねた。奴はガス漏れに似た苦悶の声を上げ、俺と対峙し――

 

「――あ"あ"あ"あ"ッ!?」

 

 背後からの強烈なスイング。意識外の攻撃を防ぎきれず、右足の大腿骨が水々しい音と共に砕け、身体が回転しながら吹っ飛ぶ。

 

 地面に激突し、太ももから頭を槍で刺し貫いて抉る様な激痛が駆け巡る。

 

「痛"ッ、が、ぃィい"……ッ!? ぁぎ、ぁあああ――ァあああ"あ"あ"あ"!!」

 

 いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいた駄目だいたいいたいいたいいたいいたいいたい立って痛い痛いいたいイタイいたいいたいい――

 

「――走れ!!」

 

 無意識の内に叫んだ言葉が俺の右腕をスムーズに動かし、地面に叩きつける。反動を利用して森の中に飛び込んだが、一瞬分の距離が離れただけだ。

 

 意識が吹っ飛びそうな痛みを気合で殺し、両足で走り出す。青く腫れ上がった足は地面を蹴飛ばす度外側に曲がり、血が滲んで皮膚が少しづつ裂け始める。

 

 折れた骨がぐちぐちと肉に食い込み、オーラによる軽度の治癒は全く意味を為していなかった。

 

 森に完全に入ることはせず、木々の間から見える道に沿って呻きながら走る。後ろからはグリムの足音が地鳴りのように響いている。

 

 立ち止まりたかった。横になって泣き叫びたかった。

 

 グリムに助けを請いたくなった。痛みで気絶してしまいたかった。

 

 何かの拍子で死んでしまえたら、どんなにいいことかと思った。

 

 だが、苦痛から逃れようと、恐怖に負けてしまおうと、死んでしまおうと思う度に心が苦しくなるのだ。

 

 耐え難いほどの胸の痛み――諦めることは俺が殺してきた全ての生き物や、生き残るための努力と時間と自分に対する裏切りだ。自分の精神を裏切ることは肉体が崩れ去る以上の苦痛だ。許されざる罪なのだ。

 

 俺は死ぬことよりも、自分自身が積み上げてきたものを自分の意志で崩したくなかった。

 

――生き残れ!

 

 全身の細胞、筋肉、骨、オーラが応えてくれる。

 

 温かい血潮が俺にはまだ流れている。

 

――勝ち取れ!

 

 喰らった鳥の目が、叩き潰した昆虫の蠢きが、死の末路を語る。

 

 闇の先には希望など無い。

 

――戦うのだ!

 

 折れた筈の足が限界を迎えても尚、動き続ける。

 

 諦めなければ、必ず闇は切り拓けるのだから。

 

「うぉぉォォォォおお――――オオオオッ!!」

 

 俺はまだ生きている、生きてるんだ。

 

 辛さも、痛みも、生きているから嫌なんだ。

 

 だから、この痛みを受け入れる。

 

 だから、生きようと思えるんだ。

 

 絶対に救われると願う意思があるから!

 

 前に進み続けるんだッ!

 

 暗闇に包まれた一本道を止まること無く疾走し続ける。

 

 無我夢中。意識だけが現世に現れて、身体が勝手に動く様な感覚。だが、腹の下が燃え上がるように熱く、内側から力が漲る。

 

 気が付けば朝日が昇り、太陽がまた一周し、夜が来て、また昼が来た。

 

 ――!

 

 (やぐら)に居た見張りが大慌てで動いているのが見える。

 

「グリムだ! グリムがきたぞ!」

 

 俺が言えるのは、これだけだ。面倒事を押し付けるのは申し訳なかったが、俺に出来ることはこれが限界だ。

 

 門から青いプロテクターを付けた兵士が飛び出してくる。何か言っているようだが、何も聞こえない。

 

「グリムだ! おわれている!」

 

 おれはうわ言のように叫んだ。

 

 視界が段々とぼやけてくる、止まったらダメだ。

 

 まだ、うしろから、来ているはずだ。

 

 誰かに抱きとめられる。危ないぞ、戦わなければ!

 

「――いケガだ、だれか――」

「……なさい、グリ――おって――な――」

 

 早送りになったみたいに周りの景色が動く。おれは、もう限界だ。

 

 ぼんやりと眺めていると、身体が浮かび上がって何処かに運ばれる。

 

 燃えてない家のようなもの、人の様な生き物、流れていく視界はひどく非現実的である。

 

「麻酔……いて――!?」

「ばかな! いそい――……」

 

 口の周りに何かはめられているようだ。

 

 白い服の何かが俺の全身を何かで何かしている。少し痛かったが、すぐ終わった。

 

 またどこかに運ばれて、外から砕けた月が見えた。

 

 夜になったのに、何故か明るかった。身体がふかふかしていたので、目を閉じて――

 

 

 

◆◆◆

 

 

 ヴェイル王国の端にある村で、偶々任務に就いていたハンターのチャカ・アルヘオカラに引き取られて七年、この世界――レムナントに来て十年が経過した。

 

 七年の内の最初の一年は、養父であるチャカに【ムラク】と名前を与えられ、生活の知識や食料と住処――食べ物と家を共有しながら生活したのだ。

 

 チャカは俺が辿り着いた村に俺を置いていくつもりであったが、俺がチャカにハンターへの道を尋ねると、彼は俺のことを正式に引き取ると言った。

 

 チャカの任務が終わり、村を旅立つと彼はハンターの知識を俺に教え込んだ。火の扱い方、水の確保、食べられる木の実、そしてオーラと武器の使い方。

 

 彼はコンバットスクール(戦士養成学校)に俺を通わせ、戦士として――ハンターとしての適正を慎重に見極めた。それを決めるのは正確に言えば教師の仕事だったが、普段寡黙な彼は心構えの話となるとそれはもう、饒舌だった。

 

 その頃になると、俺はもうすっかりレムナントでの生活に慣れきっていた。新しい名前のムラクは俺のものになっていたし、野生生活中には汚れていて気付かなかったが、白い髪と黄色い目にも慣れた。

 

 髪の毛は三つ編みにして伸ばしている。非常食だ。今の生活には本当に満足しているが、貴重なタンパク質を確保してくれているのでこれを切るには勇気がいる。もう餓えるのだけは勘弁して欲しい。

 

 そんなこんなで十年間、無事にやっている。俺は俺で人生の目標が出来たし、第二の人生を歩むつもりだ。

 

 性格も大分変わってしまった……。十年という月日はこうも人を変えるのか。以前の俺が見たらどう思うか……いや、関係ないな。

 

 今はいつだって過去とは違う。

 

「行ってきます、チャカさん……手紙は出すけど夏には一回帰ってくるよ」

「……ああ、気をつけろ」

 

 養父であるチャカにしばしの別れを告げ、ビーコン・アカデミー行きの飛行機に乗り込む。

 

 子供から成長した俺はもう十七歳(仮)。

 

 何でもではないが、出来ることは出来るようになった。 

 

 身長も二百二十六センチになった――正直伸び過ぎである――し、筋肉も世紀末的なつき方をしている。昔と違って今は楽々とグリムも倒せる、武器の扱いも板についてきた。

 

 俺は得た力と資質を役立てるため、正しい方向へ動かすためにハンターになるのだ。助けを求める誰かのために、差し伸べる手を強くしてくる。

 

 飛行機が飛び上がって地面からどんどん遠ざかっていく。

 

 俺の身体は新天地――ビーコン・アカデミーへ近づいていた。

 

 

 




※ネタの解説です。


※チャンネー……お姉さんの事。死語である。
※森は夜に歩き回ったほうが良いとか何とか。ほんとぉ?
※カナブンは夏に出てくる昆虫。早起きな奴が一匹いただけ
※昆虫の生食……やめましょう。主人公は特殊な能力があります。

※三期の二話まで……作者は全部見てます(逆ギレ)読者も見よう!

※情けない奴――ジョーン……最初はそう見えた。主人公は周回が足りない
※ピュラ……知らない人は今すぐユーチューブでRWBYを一話から見よう!戦いもできるし人柄も良い人間の鑑、きっとあなたはピュラのファンになるでしょう。
※オーラ……波紋とかフォースとか、そういう感じの特別な力。ハンターの必須技。主に防御に用いられるが、痛みだけは消せない。
※センブランス……オーラの特性。オーラを鍛えることで発生する特殊な力だが、彼の場合はある種特殊なものだ。
※彼は一日目の時点で微量のオーラを所持していました。ですが彼にはその使い方や本質が分からず、存在すら知りませんでした。
※土を食べるのはやめましょう、生肉も血も危険です。卵は商品だけを食べましょう
※頭も食えよ……ブリオンが蓄積して死ぬので駄目です
※ベオウルフ討伐……彼はセンブランスで身体能力が上がっているので何とか無事に済みました。
※クマ型グリム……アーサーです。彼はセンブランスのお陰で肌が岩のような強度を持つため、運良く生還できました。比較的小さくてメジャーな奴と戦ってます
※イノシシ型グリム……ボーバタスク、腹以外は硬い
※グリムは人の負の感情に引き寄せられる。悲しみ、孤独、嫉妬など
※話飛んでね?……蛮族生活などダイジェストだ!ゴキブリとかハリガネムシを食べようとするグルメサバイバルになるのでNG。
※三年……実は三年弱。彼は冬が三回来たから三年だろJKという認識。
※オーラによる治癒……オーラは怪我を治すことも出来ますが、怪我を負う時は大抵ピンチなのでオーラは枯渇気味
※チャカ……完全オリジナルメニュー。マヤ神話で方向を意味する?名前。なお不勉強


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一学期
一話ムラク・アルヘオカラ


あらすじ
 気がついたら子供の体になって素っ裸のまま森の中に放り出された主人公。色々と人として大事なものを投げ捨てながら何とか3年弱生き延びて村に到着した彼は、このレムナントの世界の住人として、ハンターとして生きていくことに決めたのであった……。


 

 

 人間は塵より生まれ出で、このレムナントの大地に立った。

 

 人々は生の喜びを知り、次に恐怖に慄いた。

 

 レムナントで生きる限り、人々は残酷な怪物――グリムの脅威から逃れることは出来ない。

 

 人類は戦うための手段を持たなかったが、彼らに与えられた知恵はすぐにその選択肢に気づいた。

 

 彼らは牙と爪の代わりに武器を創造し、振るう力を自然のエネルギーから受け取ったのだ。

 

 そう、人が生まれたる(ダスト)から。

 

◆◆◆

 

 ヴェイル王国西の飛行場から、ビーコン・アカデミー行きの便が飛び立つ。ダストで動く四枚羽の飛行機は陸地を瞬く間に離れ、西に広がる海を眼下に収めつつ東のビーコンへ舵を切った。

 

 ヴェイルの高名なアカデミーであるビーコン。そこに入学する彼らは危険と死が隣り合わせの世界で、人類の守護者である『ハンター』となるための知識と技術を学ぶのだ。

 

 ハンター見習い達を乗せた船は期待と不安が入り混じり、彼らに未来の勇敢な自分の姿を想像させるのには十分な刺激であっただろう。

 

 当然、卵を乗せた船が激しく揺れ動く筈もなく、快適な旅を生徒に――

 

「うぅ、っぅぅうう」

 

 ――船酔いに弱い青年を除いて、提供した。

 

「おぇ……ぺっぺ。ぎもぢわるぅ……」

 

 ジョーン・アークはトイレでぼやく。

 

 鏡に映る青い目はリバース(ゲロ)で随分と疲れており、彼は口を洗ったついでに顔も濡らし、ぺたっと貼り付いた髪の毛を整える。

 

 ――ちょっとだけ漏れ(・・)たけど、服に付いてないからいいか。

 

「水だ。……大丈夫か?」冷たいボトルがジョーンの頬に押し付けられる。

 

「ああ、ありがとう……」

 

 ジョーンはボトルを受け取ると一気に半分ほど飲み下し、喉のゲ○を洗い流した。彼は顔を慌てて拭いて、親切な男に礼を言おうと顔を向ける。

 

「デケェ……」

 

 ジョーンが視線を上に向けて感嘆の声を漏らす。

 

 それもその筈だ。水のボトルを差し出したのはジョーンよりも頭一個分大きな男。首の筋肉ははち切れんばかりに膨れ上がり、隣りに居るだけで妙な暑苦しさと圧迫感を感じる。首から下は殆どがゴツゴツとした甲冑に覆われているのも息苦しさに拍車を掛ける。

 

 彼は老人の様な白髪で、黄色い目も相まってジョーンはタカのような印象を受けた。

 

「船酔いか? ああ俺はムラクだ、よろしく」

「お、おう」

 

 ジョーンはムラクの差し出した鋼鉄の手を握り返し、何となくだが苦手意識を抱える。ああ女神様、こいつは俺が関わらないタイプの人間だよ、と。だがちょっとだけかっこいいと思ったのは内緒だ。ちょっとだけ。

 

「誰に話しかけたら良いもんか迷ってたら、お前がゲーゲー吐いて居たから面倒見ついでにこうして水を持って『お友達になりましょう?』と言いに来たわけだ。横にならなくて大丈夫か?」

「ああ……えーっと、そのー、それはトイレで言う事か? 親睦を深めるなら、もう少し広い場所で話そうと思うんだが……な、アハハ……」

 

 更なる息苦しさでもう一度吐く前に、ジョーンとムラクは軽く話をしながら景色を望める船底に戻った。

 

 連続して空いた座席にジョーンが横たわると、その隣にムラクも座る。ムラクはゴテゴテとした鋼で覆われており、若干だが船の揺れとともにギィギィ鳴っていた。

 

 残念ながら、ジョーンの顔は親睦を深める前に青くなっていた。

 

「いや、君みたいな親しみのあるやつに会えて良かった。ジョーン、これから一緒のクラスになれるとサイコーなんだが、ズバリどんな娘が好みかまずは話し合おうじゃ……ジョーン?」

「悪い、少し静かにしてくれぇ……」

 

 実際、それはジョーンの悲痛な叫びであった。

 

 気さくでいい奴なのだろうが、今この暑苦しい金属男と話すのだけは勘弁願いたかった。主に吐き気で。

 

「ああ、悪かった。俺とお前の仲だ、何かあったら呼んでくれ。そこら辺できれいな景色でも堪能しているよ」

「おぇ……っぷ」

 

 ムラクは少しだけ寂しそうに肩を落とすと、窓の方へ足を一歩踏み出して何か(・・)に滑った。

 

「うおっ!?」

 

 滑って転倒しそうになったムラクは、自分が踏んだ何かに心当たりがあったので、

 

「やばいっ」ともう片方の足で踏ん張ってギリギリ耐えた。ゲ○まみれになるのは回避できたようだ。

 

 しかし、ムラクの巨体――特に人よりも長い足は目一杯横に広げられ、不幸なことに近くにいた赤いマントの少女の(かかと)を後ろから蹴飛ばしてしまう。

 

「きゃっ!」

 

 黒と赤が混じった髪の少女は予期せぬ衝撃にひっくり返り、彼女を蹴り飛ばした脚の上に倒れ込む。

 

「ルビー!」

 

 隣に立っていた長い金髪の少女が、女の子――ルビー・ローズの手を引っ張り上げると小さく唸る。

 

「ちょっとあんた、どういうつもり! 人の妹蹴飛ばすなんて!」

「あー、ヤンお姉ちゃん。喧嘩だけはやめてね」

 

 姿勢だけを見ればムラクのポーズは完全に黒である。彼は慌てて立ち上がり、頭をヤン・シャオロンとルビーに下げた。

 

「本当に申し訳ない、ゲ○に滑って転びそうになったんだ」

「……空の上で滑るなんて才能あるよ」

 

 ヤンが憐れみの視線を投げかけ、一歩下がる。だが彼女は元々陽気で面倒見の良い性格らしい、先程の事を水に流してムラクに話しかける。

 

「アタシはヤン、こっちが妹の……ほら、名前くらい言いなって」

 

 ヤンがルビーの背中を押すと、ルビーは二歩下がる。

 

「どうも、わたしルビー、よろしく……」

 

 人見知りなルビーはやや遠慮がちに言う。

 

「これは丁寧にどうも。ムラク・アルヘオカラです。お怪我はありませんか?」

「わたしは大丈夫、それよりその甲冑みたいなのって……」

 

 赤いマントに黒いドレスの少女、ルビーが汚物の付いてしまったムラクの甲冑を興味有りげな目で見つめる。ハンター見習いが持ち運ぶ仰々しい物は武器ではないか、という武器マニアのルビーらしい推測――これほど目立つ鎧なら誰でも分かるだろうが――事実それは的中していた。

 

「ほう、お目が高いな」

 

 ゲロを拭き取ったムラクは全身を覆う甲冑を見せつけるようにフロントダブルバイセプス――両腕でガッツポーズを作り前面を強調するポーズ――を一瞬だけ決めた後、

 

「うわぁ……」ルビーが引いて、

「そういうのちょっとムリ……」ヤンが酷評する。

 

 片脚を上げて武装を説明し始める。

 

衝撃貫通型加速(アクセルピアシング)アーマー――【ヴークゥ・フン】だ。点の破壊力を拳と脚で発揮するんだが、それをサポートするのが背中についた四門のジェット……バーニアだ」

「わぉ……重くないの? すごく使いにくそうだけど」

 

 地面を蹴り上げる脚部の機構と、打撃の威力を高める為の衝撃を放つハンマーパーツ、全体的にゴツゴツと尖っておりその分鉄が使われている。

 

 ルビーも初めて見る形態の武器だ。普通のハンターはこんなものを着て戦ったりはしない。ついでに言えば射撃もできそうにない。

 

 そもそも、武器は個人の身体能力やセンブランス(特殊能力)に合わせてあるので、万能性が必ずしも必要なわけではない。尤も、あるのと無いのとでは天と地ほどの差があるだろうが。

 

 あれこれと説明するとドン引きされそうだったので、ムラクは語りたい衝動をグッと堪えて簡単に表現した。

 

「慣れれば楽だ、ぶっ飛べば下手な大砲よりヤバい」

「へぇー、随分とブッ飛んでるわけだ」

 

 ヤンが感心したようにコンコンと表面を指で叩く。

 

「勿論、そこら辺のパイロットより飛んでるぜ」

「それどういう意味?」

「飛べるんだよ。こうやって……アチョー!」

 

 ムラクは軽く演舞をして、重さを感じさせない機敏な動きを見せ、ひょうきんに笑ってみせる。スッと止まると、ルビーに向き直った。

 

「それでルビー、君の武器は何だい?」

 

 ムラクが尋ねるやいなや、ルビーは待ってましたと腰の後ろに下げたものを展開、大鎌を披露してスラスラと説明しだす。

 

「この子は【クレセント・ローズ】、大口径狙撃鎌(ハイキャリバースナイパーサイズ)で、見ての通り自由に変形できるの。ペラペラペラペラ――――」

「おぉ……エクセレント! これを扱うには骨が折れそうだ」

「うん、骨ごとイケるよ。スッパリとね」

 

 ムラクはルビーだけは怒らせないよう心に刻んだ。

 

「それで、ダンテライオンの君は一体どんな武器を使うんだい?」

「それアタシに言ってる?」ヤンが微妙な顔をする。

「勿論。見たところガントレットだけど……」ムラクが言葉を濁す。

 

 ムラクは母親の機嫌を伺う子供のような表情で、悪意はない。ヤンは未来の友達の為、ビーコンに着いてすらいないのに人見知りのルビーに友達が出来るかもしれない、あわよくばルビーにドンドン知り合いが出来て人生ハッピー大成功! という事を期待していた。

 

 ムラクは若干武器オタクの気質が混じっているようだが、それはルビーにも似たようなところがある。

 

 ヤンは可愛い妹の為に一肌脱ぐことを決め、自分の武器【エンバー・セリカ】を構えてみせた。

 

◆◆◆

 

 暫く三人でお喋りに興じていたが、ムラクは腹の音を盛大に鳴らし、そそくさとその場を離れる。

 

(朝食をテキトーに済ますんじゃなかった……ブロンド髪のあんなに可愛い子(ヤン・シャオロン)の前で格好悪い所を見せちまったぜ)

 

 簡単に言えば一目惚れである。

 

 彼は二リットルも水が詰まった水筒にプロテインを三人分は注ぎ、シェイクして一気に飲み干した。

 

 ムラクのエネルギー消費量は相当大きなものである。分かりやすく言えば、ヨコヅナより高くて重いから一日七食は食べないと身体が持たないのだ。

 

 空腹を満たした彼は、今更戻るのもアレだし……とニュースを見て時間を潰していた。コミュ障である。

 

『ローマン・トーチウィックの情報を――』

 

 ムラクはスクロール――薄型スマホよりもスマートで軽くてコンパクトな画期的製品――に入ったゲームで暇を潰そうと考えていたが、オタクだと思われたくはなかったのでやめた。

 

 退屈な時間というものは実に貴重だ、とムラクが噛み締めて――友達が全くいない儚さに嘆いていると、

 

『ファウナスの市民権を得る抗議活動はホワイトファングの乱入によって中止に――』

 

 大きなガラス窓に投射されたニュースは突如として途切れ、レモン色の髪をした女性が投影される。

 

 グリンダという名前で、ビーコン・アカデミーの誇る優秀な教師の一人だ。

 

 ムラクは記憶の片隅で薄っすらと覚えがあった――ルビーやヤンに関しても同様である――ものの、特に詳しいという訳ではなかった。何せ彼にとってRWBYという作品、レムナントという世界は十年以上前のものである。風化した記憶のカケラで、実際にその世界に生きている以上空想の産物と同じような処理(忘却)がなされている。

 

 彼は確かに自分のことを異物だと認識していたが、この残酷なレムナントの大地で生活し、そこに芽吹く命を己の目で見ながら生きてきたのだ。今更ウダウダと何かを言うことはないが、まさか自分がルビー達と同じ学年であるとは露ほども考えていなかった。

 

 生徒は投射されたグリンダの周囲に集まり、彼女の短い話を聞く。

 

 彼ら見習いハンター達はそれがある種の合図であり、何かを知らせるものだと気付いた。

 

「わお、ビーコンだ!」

 

 誰かが叫ぶと皆一斉に窓際まで駆け寄り、行先のビーコンを見ようと外を覗き込んだ。

 

 ルビーとヤンも眺めており、ムラクも興味本位で窓を覗き込む。

 

「ほー、こりゃ絶景だ」

 

 崖の上に建ったアカデミー。都市を横断する大河川の門扉に建てられたその学校は(まさ)しく砦であり、守護者を育成する建物としては最適であった。その背後に聳える大陸間通信タワー『CCT』の眺めも最高だ。

 

 ここは、グリムに対する防御の最先端にあると言っても過言ではない。技術と意思が詰まった場所なのだ。

 

「いいね、マジサイコー」

 

 ムラクは自分の血が騒ぐのを感じていた。

 

◆◆◆

 

 入学式は観客席付きのメインホールで行われた。ムラクと同じ新入生らしき人が随分な数集められると、壇上に二人の人間が上がる。

 

 一人はグリンダで、もう一人は歳を取った男性。灰色の髪とサングラスが特徴の――オズピン教授だ。彼がマイクの前まで来ると、耳鳴りのような反響音が会場中に響く。

 

『手短にいこう』

 

 オズピン教授が言うと、近くの男子生徒二人が「こういう話が短くなる訳がない」と囁きあっていた。

 

『君たちは知識を欲している。己に磨きをかけ、新しい技術を手に入れる為に。……そして卒業し、人々を守るために人生を捧げるだろう』

 

 彼は新入生達の目的意識が薄くなっているだろう、という事を話した後で、それを解決するに足りる知識を授けることを約束した。

 

 オズピン教授のスピーチが終わると、今度はグリンダがマイクの前に立ち、

 

『今夜、皆さんは舞踏場に泊まります。明日から訓練が始まるので、準備しておくように。……では解散』と言った。

 

 全員がざわざわと騒がしくなると、ムラクはどうしたものかと頭を悩ませる。知り合いの居ない中で眠るのはゴメンだ――と思っていると、先程の男子生徒二人がムラクに話しかけてきた。

 

「やぁ、君。意外と手短だったとは思わないか?」

 

 キザな茶髪の男と、年に対して――おそらくは十七歳――小さな男がムラクの前に来る。

 

「思うね、コンバットスクールだと寝る奴が居たぜ」ムラクが返事を返す。

 

「総合的に考えて、スクールのボンクラ教師共よりは余程優秀なハンターであるみたいだな」小さい男が尊大な態度でオズピン教授を評価していた。

 

「成る程、俺はムラク、よろしくな」

「僕はエレファンスさ」とキザな奴。

「フン、ナヴィーだ。馴れ合いはせんぞ」と体格の小さい男。

 

 ムラクは話しかけられた事が妙にむず痒く、よく口を回して若者特有の会話を楽しんだ。

 

◆◆◆

 

 ムラクは早速、気取り屋のエレファンスとチビのナヴィーという友人ができてご満悦であった。

 

 トレーニング施設、シャワールーム、丘陵に近い立地、広い食堂と図書館、名門であるビーコン・アカデミーの名に相応しい設備の充実ぶりは、ムラクがこれからの生活は明るいものに成るであろうと確信するに足るものだ。

 

 唯一の不満があるとすれば、それは食事の回数であった。学費を払えば食堂の営業時間の限り食べ放題なのだが、昼休みは一回だけで間食の時間が無いのだ。

 

 なので、彼は初日だと言うのに新しい友人に引かれる程度の量を食べなくてはならなかった。七回を三回に収めるのはやや厳しいものがあったが、プロテインのおかげもあって無事に済んだ。

 

 そしてもう一つ、ムラクは寮生活においてツァーリ・ボンバ級の爆弾を抱えていた。

 

 夜半。舞踏場に集められた新入生は皆ぐっすりと眠りについており、起き上がった二百二十六センチの男――ムラクを見つめる者は居ない。

 

 彼は水がなみなみと注がれたバケツを小脇に抱え、トレーニング用の格好で一人、夜のアカデミーを駆ける。三つ編みの長い白髪が尾のように伸び、彼の後を追いかける。

 

 極力誰かにバレないよう、水を零さないよう裸足で疾走する。多少の不信感は持たれても構わないが、知られるのだけは絶対に避けたかった。

 

 巨大な大陸間通信タワーの光と欠けた月の光、立ち並ぶ寮の灯だけが彼を照らしている。

 

 ムラクは目的を果たせそうな場所を走りながら探し、石畳を蹴って出来るだけ建物がなく遮蔽の多い場所を目指した。

 

 暫く走って、街路樹が立ち並び茂みの生い茂る場所を見つけると、周囲に目がない事を確認してから飛び込んだ。土がむき出しになった所で、夜行性の虫達が彼と反対方向に逃げ始めた。

 

 ムラクはバケツの水を手の平の器二杯分掬うと、土の上に()いて子供が泥団子を作るように泥をこね始める。

 

 それを『一口サイズ』にすると、いくつも並べては繰り返す。ムラクの前に現れた虫は即座に潰され、泥団子の中に『具材』として放り込まれた。

 

 ムラクはバケツの水を八割程使うと、泥団子を口の中に詰めて咀嚼し始める。五~六個程食べては水を飲み、また泥を食べて水を飲み、時折茂みの枝と葉を口に詰めて同じように飲み込み、『食事』をとっていた。

 

 ピチャ、ピチャ。ギチィ。ガギャリ。

 

 泥を食べる度に不気味な水音が鳴る。昆虫は死ぬ間際にギィギィと泣いて、噛み砕かれると枝を折るような音を立てる。葉は毟られる度に茂みを揺らし、心臓の弱い者が通りかかれば卒倒するだろう。

 

 誰がどう見ても異常でしかない食事風景、だがこれはムラクにとっては必要なことであり、生きていくために週一回は泥を食べなければならなかった。

 

(絶対にバレてはいけない……。俺のセンブランス、《再生と抵抗》は死の間際から復活する度に「耐性」を授ける……サイ○人みたいなモンだ)

 

 彼は二百二十センチ近い身長と百九十キロ弱の体重、その殆どを筋肉と高密度の骨で構成しているが、文字通り『人間離れ』しているのだ。

 

 彼が復活の度に得た耐性は、彼を死から遠ざける様な強靭な肉体を授けたが、そのために必要な栄養分を土や昆虫から摂取しなければならない。

 

 皮膚は岩石のように硬く、弾性と柔軟性がある。

 

 肉体はオーラと呼ばれる生命エネルギー――身につければ盾になる力――が無くとも、弱いグリムなら決して負けない程にタフである。病原菌等にも耐性があり、内蔵も頑丈だ。

 

 オーラ量も文字通り十人前。莫大な量を抱えており、お陰でコンバットスクールでは負け無しだった。ハンターとしての必須技能であるオーラ操作は、彼のセンブランスとは関係なく長けていたが。

 

 その代償として――否、当然の帰結として、土も水も昆虫も毒でさえも喰らわなければならない。普通の食事でさえも大量に食べなければならない。栄養分を過剰だと思えるほどに摂取しなければならないのだ。

 

 ムラクは――人々に恐れられる事や迫害される事だけは絶対に避けたかった。

 

 誇り高い、人類全ての守護者たるハンターが畏怖や嫌悪のこもった目で見られるなど、ハンターになる為に今まで鍛錬に堪えてきたムラクにとって最大の屈辱であった。

 

「よし、口は洗った、泥も葉もついてない、汗を拭いたように見せかけるタオルも用意した、周囲には誰もいない、手も拭いた」

 

 一つ一つ、導火線がバレていないか慎重に確認すると、人がいないことを確認して茂みから出て、今度はゆったりと歩いた。初めての場所で、自分の最もデリケートな任務を遂行できた事が大きな喜びなのだ。

 

 レムナントの空に浮かぶ砕けた月だけが見ている。ムラクは新しい世界に生きる喜びを、月を見る度に噛みしめるのだった。

 

 

 




 もっと詳しく知りたい人はRWBY本編をユーチューブで見よう!!
 日本語字幕は歯車のマークの左横にあるボタンで表示でき、言語設定は歯車のボタンで変えられるぞ!!



※個人的考察ポイント1「ビーコンまで、ルビー達はどのような経路で来たか?」
 ヴェイルの商業区「西」から飛行機でヴェイルのビーコンまでと予想。ビーコンのある都市は世界地図見ると横長で、その距離を一気にパッチ島から飛んでくるとは考えにくい……それに近いなら乗り物には乗らないのでは?ということで都市西部からやって来たとこの二次創作では判断しました。
 Youtub○本編S1E1の「シグナルが見える!」というセリフがあり、尚且つ船内でヤンと再開するシーンがありましたので、離陸直後の飛行機でヤンとバッタリ会って、上からシグナルアカデミーが見えた……と判断。
 商業区の根拠はローマンに襲われた(S1E1)ダストショップの位置が商業区であり(英語版wikiヴェイルの項目参照)、何らかの理由でルビーはそこにいたと推測できるため。
 如何せん時間の軸が曖昧なのでこの二次創作はそういう設定で通しました。

※漏れた……ゲロが床に散ったの意味
※なんでヤン姉と仲良く話してるんだ(怒)……コミュ強ですし、同じビーコン生だから仲良くしようという心理が働いた説。初手謝罪とゲロのお陰でもある
※ジョーンのゲロのタイミングがずれてます
※武器これ、何か知ってる……多分あってます
※ペラペラペラペラ……めwwwっwwwちwwwゃwww喋wwwっwwwてwwwるwww という感じの表現
※ヨコヅナ……スモウ・レスラーの頂点。大体150キロはある
※随分な数の生徒……S1E3では教授の演説時に人影が映っていますのでそこから大まかに百人前後かな~、と予想しました。この二次創作では
※「スクールのボンクラ共よりは……」という台詞……教師も玉石混交だろうが、アタリの割合がグッと高いことを期待している。話一つでここまで印象が変わるとは、チョロイ
※大陸間通信タワー……大陸同士での通信を可能にする施設。大気圏外ではダストが働かないため、レムナントの人類は宇宙進出を果たしていない。高さと存在を主張したかった名前。
※オーラ……波紋とかフォースとか、そういう感じの特別な力。ハンターの必須技能。研ぎ澄ませることでセンブランスという個人に特有な力を発生させることも出来る。
※ダスト……火とか氷とか雷とかいう属性のあるエネルギー。取扱い注意。


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二話アイアムフラーーイ!

あらすじ
ヤンに惚れた主人公ムラク!それとコレとは別にしてチーム決めだ!


 

 

(よっしゃぁああああ! ヤンと同じクラスだぁああああ!)

 

 ムラクは内心ガッツポーズを決めて大いに喜んだ。

 

 舞踏場に泊まった日、グリンダ女史から所属するクラスとロッカー――なんと空を飛ぶ――が与えられ、新入生は朝起きてすぐに武器を取りに走る。

 

 これから訓練が始まるのだ。と言っても、机に貼り付いてお勉強……ではなく、武器を持ってハンターらしく体を動かすのだ。

 

 ビーコン・アカデミーでの学生生活を四年間共に過ごす「チーム」をその訓練で決めるのではないかと、(まこと)しやかに(ささや)かれているが、実情は誰も分からない。

 

 しかし、前もってチームになりましょう、と誰彼にアプローチを掛ける様子は散見できた。 

 

 誰彼、というのにもある程度の傾向があり、人気なのは当然強い生徒だ。友人間で話し合う人もいるが、特に男は女の子と同じチームになりたがっているのがよく分かった。

 

 しかし、話し掛けられていない人物というのははっきりしていて、特に「彼女」は高嶺の花の様に扱われていた。

 

「おい、彼女に話しかけに行ってこいよ」「ヤダよ、あのピュラ・ニコスと話せるわけないだろ」誰もがそう思う優等生。

 

 ピュラ・ニコス。

 

 余程頭の悪い間抜けか脳筋でなければ、知らない人はいない有名人だ。赤毛の凛とした長身美人で、新入生の間では既にその名が知れ渡っている。

 

 ビーコン在籍前のサンクタムという学校では主席、ミストラルの地区大会では四年連続優勝を果たし、その高い実力が評価されてシリアルのパッケージにもなった優等生だ。

 

 強さと魅力的な外見が、逆に人を寄せ付けないのだ。

 

「まさか、僕達のクラスにあのピュラ・ニコスとワイス・シュニーがいるなんてネ……」

 

 キザったらしい仕草でムラクの新しい友人エレファンスが言う。小さな友人ナヴィーは、自分の緑の髪を弄りながら興味なさげに鼻で笑う。

 

 ワイス・シュニー。こちらもまた知らぬ者はいない超有名人。北国アトラスに存在するダストを取り扱う大大大企業のお嬢様で、跡取り娘だ。

 

 逆玉の輿を狙う男は大勢いるが、そんなもの山程見てきたであろうワイスには一切通用しない。ムラクとは違う美しい白い髪に白い肌、それに見合う美貌を兼ね備えた冷たい北風の様な少女で、こちらも同様に人を寄せ付けない。

 

「逆だろう。俺達があいつらのクラスに居るんだ」

 

 ムラクは謙虚であった。いや、関心がないとも言い換えられる。

 

 あくまでも、ムラクの目標は「ハンターになること」だ。極論、友人と呼んでいる人間との関係を捨てる事だってするだろう。流石にぼっちは辛いので、彼にはできそうもないが。

 

 準備が終わったムラク達はさっさとロッカールームを出るが、途中でヤンとルビーのペアとすれ違う。

 

 二人は何事かを言い合っていたが、ムラクはあまり気にしていなかった。

 

「ハロー、ルビー。ハロー、ヤン。今日も一段と綺麗だね」

「おはよう、ムラク」ルビーはやや不機嫌そうだ。

「ハロー&ありがと。あっそうだ! 見ず知らずのハンター同士の連携って必要だと思わない?」

 

 ヤンがムラクの胸当て部分をコンコンと叩いて、いたずらっぽい笑みを浮かべる。美少女の上目遣いを喰らった彼の心拍数は一瞬で限界突破し、瞬く間に顔が赤くなる。

 

 このような意味深な質問にも理由はある。ヤンはルビーが自分以外の人とも積極的にチームを組んだほうが良いと考えており、人付き合いの苦手なルビーに自分の殻を破るよう促していたのだ。

 

 そんな事情を知らないムラクだが、ヤンの質問に無言の圧力を感じ取って全力でノッた。

 

「勿論! 突っ込んでぶん殴る役と近づいて蹴飛ばす役がいればオールオッケー!」

「ほらお姉ちゃん、一人でも大丈夫な人はいるよ!」ムラクの言葉にルビーがノッた。

「はいはい、聞いたあたしがバカだった」

「もう大丈夫な感じ?」

「ありがとう。時間とらせたね」

「ヤンの頼みならいつだって聞くさ。それじゃあまた後で」

 

 ムラクは恥ずかしげもなくそんな事を言うと、ワイスに色目をつかうジョーンと、その間に入ろうとするピュラを横目に、エレファンスとナヴィーに追いつこうと小走りで出ていった。

 

 ジョーンはワイスの側にいたピュラと話しながら、同じチームに入りたいだの何だのと言っていたが、そんな男など山程見てきたワイスの頑強な抵抗にあい敢え無く撃沈。ジョーンの行動には深ーい事情があるのだが、冗談を本気にしてしまっただけなので割愛する。

 

 ついでに言えば、ピュラの事を知らないのはジョーンだけだった。つまり間抜けである。

 

◆◆◆

 

 クラスに分けられた新入生達はエメラルド・フォレストが一望できる高台――ビーコンクリフに登り、入学の洗礼を受けようとしていた。

 

 彼らは一列になって模様の刻まれたパネルの上に立ち、前に立つオズピン教授とグリンダ女史の言葉を待った。

 

「これから君たちには、戦士になるた為の訓練を受けてもらう。その為に、このエメラルド・フォレストで実力を測らせてもらう」

 

 オズピン教授の言葉に、生徒の一部は疑問符を頭に浮かべただろう。その訓練と「ジャンプ台」に一体何の関係があるのかと。ついでにチーム分けとの関連性もだ。

 

「クラスをチームに分けると聞いた人もいるでしょう……」

 

 疑問に答えるようにグリンダが話し出す。

 

 ――チームメイトは今日、この場で決まります。

 

 幾らか溜め息や驚きの声が上がるものの、どちらかと言えばそれは少数。皆「あっそう」とでも言わんばかりに構えていた。

 

 オズピン教授は「今後うまくやっていける相手と組む事が重要」だと言っているので、ある程度自分で相手を選び取ることが大事であると示唆していた。

 

「森に『着地』し、最初に目が合った者同士が四年間の相棒となる」

 

 ムラクには特にこれと言って組みたい相手はいなかった。ヤンに恋心を寄せていると自負してはいたものの、そんな事をすればルビーがあまりにも可哀想ではないか。

 

 結局、ムラクにとっては特定の親しい相手は居ない――エレファンスとナヴィーという新しい友人は彼ら同士で組むようだ――ので、誰でもいいと考えていた。

 

 一応、彼の頭には「RWBY」という作品自体の記憶はあったものの、何かがあってもどうせ解決される筈だと、完全に第二の人生を歩む気が満々であった。

 

「ペアになった後、森の北部へ向かいなさい。途中でグリムとも出遭うだろうが……倒すのには躊躇しないように、さもなくば死ぬだろう」

 

 突き放すような言葉だが、寧ろグリムを倒せない者はこの場に居ない。ビーコンの求める「水準」をクリアしたからこそ、更なる高みへ至る訓練を受けているのだ。当然の対応だろう。

 

 ジョーンは引きつった笑みを浮かべていたが。

 

「この訓練はモニターで監視されているが、教師は介入しない。ペアになって北に進めば寺院の廃墟がある。そこにあるレリックをペアで一つ取り、ここに戻ってくること。持ってきた者を見て評価をする」

 

 幸いなことに、ムラクの順番は最初の方だ。一人の時間を伸ばせば少々食事を摂っても大丈夫だろう。

 

「では、質問は?」

「は、はいせんせ――」

「――よろしい。では構え!」

 

 ジョーンの言葉を食い気味に遮ると、彼以外の全員が一斉に飛ぶ体勢に入る。

 

「着地って……誰かが降ろしてくれ――」

 

 ――ドンッ!

 

 床のパネルが力強く跳ね上がり、上に乗っていた生徒が空高く射出されていく。放物線を描いて森の中へ突入し、それを追うように他の生徒も数秒間隔で飛んでいく。

 

 ムラクもやや低めの軌跡を描いて飛んでいき、ジョーンはどう足掻いても飛んでいってしまう事に気付いてしまった。残念ながら、彼は着地がとても苦手だ。

 

 自分でパラシュートなんて物がある訳もなく、ハンター見習いでもこの程度なら出来て当然である。降りなければならない

 

「各自、工夫して降りるように」

 

 こうしてジョーンがオズピン教授と話している間にも、次々と生徒は飛んでいく。

 

 ついに隣の隣のヤンが飛び、直後に隣のルビーが飛んでいく。時間切れだ。

 

「じゃ、じゃあ、どうやって飛んだら――」

 

 ――ドンッ!

 

「いいぃぃぃぃ…………」

 

 オズピン教授は飛んでいった最後の生徒を見送って、手に持ったカップの中身を飲んだ。

 

◆◆◆

 

 ムラクは落下しながら、腰部に付いた二門のバーニアにベルトの燃料装填装置(リローダー)からダストを装填する。燃料として注がれた火のダストが爆発的な反応を起こし、凄まじい勢いで炎が噴射される。

 

 炎の暴風によって落下の勢いは更に加速していき、緑の海を一筋の閃光が貫いた。

 

「邪魔、だぁッ!」

 

 ムラクが突き出した鋼鉄の腕は生い茂る太い幹を次々と砕いていき、通り道に一直線の傷跡を残す。

 

「はぁぁああああッ!」

 

 右腕の腕部のハンマーを引き伸ばし、打撃の瞬間に解放。ナックルガードに包まれた拳が大木を引き裂いて倒し、ムラクはその反動で一回転。脚から地面に飛び込み、凄まじい衝撃と轟音を響かせて着地に成功した。

 

 増加した落下エネルギーをその両足で受け止めたのにもかかわらず、ムラクの甲冑はおろか肉体ですら無傷。よろける素振りすら見せずに姿勢を正す。

 

「消火よし。敵影無し……今の所は。とっとと誰か探さないとな」

 

 抉れ飛んだ土を払いながら、ムラクは北を目指して森を歩き始める。よく使われているのか、エメラルド・フォレストにはハンターの戦った跡やグリムが暴れた跡が散見できた。

 

 しかし、ここは既にグリムの領域。派手に音を立てれば彼らを引き寄せるのは当たり前のことである。

 

『グルルゥゥッ……』

「来たぜ、肩慣らしの雑兵共!」

 

 ムラクの周囲を囲むように現れたグリムの群れ。この瞬間、平和な森が戦場(いくさば)と化す。

 

 重厚な【ヴ―クゥ・フン】の外殻がムラクの動きに合わせて戦闘体勢をとる。両足を横に広げ、身体は前傾姿勢、両手を前に伸ばすと……

 

「ハンッ!」

 

 脚部のピストンが作動、両足から計八本のパワージャッキが飛び出して大地を蹴り飛ばし、ムラクの巨体を持ち上げて急発射。

 

 刹那にしてベオウルフの前に躍り出ると、地面を踏み締めて体重を乗せ、丸太のような右腕を振り抜いて顔面に叩きつける。抵抗もなく硬い頭蓋を辺りに撒き散らし、追加で加速するとその勢いのまま背後のグリムを巻き込んだ。

 

 黒煙を散らして消えたグリムの跡を巨体が突っ切ると、同じようにグリムを殴り飛ばし、蹴り飛ばし、反撃する暇も与えずにグリムを塵に返した。

 

「残りは……一体か」

 

 クマ型グリム、背中に白い棘を生やした巨大なアーサーが低い唸り声を出してムラクに飛び掛かる。歳月を経て比較的老齢した個体であり、そのフィジカルは通常のアーサーとは比べ物にならない。

 

 咆哮と共に襲い来る巨体。グリムが薙ぎ払うように左腕を振りかぶると、ムラクは駆け出す体勢から一歩踏み込み、パワージャッキの衝撃で跳ね上がった右脚で相殺――否、撥ね退ける!

 

 真上に上げた脚を振り下ろして力強く踏み込み、大地を踏みつけ、自分を押し上げる衝撃を仰け反ったグリムのがら空きな胴目掛け叩き込んだ。グリムの身体が跳ね上がり、大きな穴を開けて黒い塵と化した。

 

「よし、いなくなった」

 

 振動で舞い落ちた木の葉を払うと、今度こそ北の寺院を目指して歩き出した。

 

 藪を払い、木々を潜り抜け、三十分足らずで開けた場所に出た。石で出来た寺院……と言うよりも、石垣がサークル状に積まれた何某かの跡地である。

 

 広場には大きな燭台が二十個並べてあり、その上にレリック――チェスの駒が並べられていた。しかし、既に何個かは持っていかれていたため、選べる駒は多くなかった。

 

「これは、ちと遅すぎたか」

 

 二人組で持っていくものだしなぁ、とぼやく。仕方がないのでムラクは木の上に寝っ転がって一人でやってくる生徒を待ち続ける。

 

 パラパラと聞こえる銃声や怒号を聞きながら、やってくる二人組の生徒たちを一組、また一組と見送っていると、森の奥からくたびれた足取りで八人の男女がやってくる。

 

 ルビーにヤン、シュニー家令嬢のワイス、黒髪でネコミミに似たリボンをしているブレイク。

 

 ゲロ吐きのジョーン、優等生のピュラ、天真爛漫なノーラに苦労人のレン。

 

 ムラクは見覚えのある顔が――彼が知らない人間はいない、覚えていないだけだ――幾つかあったので、彼らの前に勢い良く飛び出した。

 

「久しぶりだねヤン! あえて嬉しいよ、つかぬ事を伺うけどどうして森の奥から?」

「レン、グリムだ! 新種かもしれない!」

 

 急に現れたムラクを見て、胸元のハートがキュートなノーラ・ヴァルキリーが、ハンマーを構える。

 

「ノーラ、彼は恐らく人間です」

 

 緑のエスニック風な着衣を身に着けたライ・レンがノーラをたしなめる。彼は疲れた顔でヤンに目配せをした。

 

「ムラク、あたし達今さっきネヴァーモア(鳥型グリム)デスストーカー(サソリ型グリム)を倒してきたばっかなの」

「大型グリムを二体……凄い成果じゃないか! 新入生じゃ一番間違いなしだ。疲れてるところ悪かったね、それじゃあまた後で」

 

 ムラクが元の位置に戻ろうとすると、ジョーンがその背中に声を掛ける。

 

「やぁ、ムラク。君……相方は?」

「おひさ、ジョーン。実はまだ見つかってない……森での人探しは苦手でね、ずっとここで待ってたんだ」

「おぉう、探しに行かないのかい?」

「迷子は動くなって言うだろう。それに此処にいれば誰かしらは来るさ。……置いてかれてるぞ?」

「ええっ! やばっ、待ってくれよ!」

 

 先に行ってしまった彼らを見て、ジョーンは「グリムに気をつけろよ―!」と残して慌てて駆け出す。待ってくれていたピュラに追いついて、森の中に消えた。

 

 それからムラクはレリックを取りに来た二人組を次々と見送ると、駒が最後の一つになるまで居座り続けた。

 

 そもそも、この実力試験は「ペアになって」、「寺院へ向かう」のだ。決して寺院で相方を待てという内容ではない。

 

 彼の場合は単純に森に対する無意識的な恐れからか、目的地へいち早く向かおうとしただけなのだが、モニターを監視するグリンダからは間違いなく減点されているだろう。

 

 そんな大馬鹿者を迎えに来たのは、ファウナス――獣の特徴が身体に見られる人種――の女の子だった。獣の部分は、茶色い髪から生えた後ろに捩れた渦巻状の角だ。ヤギのそれと似通っている。

 

 彼女はワンドを片手に持ち、キョロキョロと周辺を見渡しながらレリックのある台座の方へ向かっていた。

 

「ハロォォ~」

「ひゃぁああっ!?」

 

 ファウナスの娘が悲鳴を上げて振り返り、愕然とした様子でムラクを見る。

 

「二人揃って残念賞だ、仲良くしましょうぜ」

「えっ、なんでこんな場所にいるんですか!?」

「ちょっと寝すぎたかもしれないな」

「……いえ、もう良いです。私、ライムです」

「よろしくライム。俺はムラクだ……黒いポーンしか残ってないな」

 

 ムラクは燭台の上に乗った駒を手に取ると、踵を返してビーコンクリフに向かう。

 

「ちょ、ちょっと待って下さいよ~!」

「待つも何も、早く戻らないと」

 

 ライムはイラッときたが、付いていく。

 

(こんな人が四年も一緒にいる相棒なんて……ビーコンでやっていけるかなぁ?)

 

 不安を抱えるライムだが、ムラクは単に森で迷いたくないだけである。尤も、試験でそれをするというのがアレなのだが。

 

 道を急ぐ彼らの行く手を遮るように、森の陰からグリムが出てきた。

 

「アーサー! 倒さなきゃ!」

 

 出てきたのは一体のグリム。ライムが武器を構えるよりも疾く、一陣の風となったムラクが穿ち貫いた。

 

「必要ない。いなくなったからな」

「うそぉ……」

「露払いは任せろ、ただ駆け抜けるのみ!」

「ああ、変なヒトだ……」

 

 ライムはムラクに促されるままに走り、二人一緒にビーコンクリフに戻った。

 

◆◆◆

 

 試験を終えてメインホールに集められた生徒たちは、オズピン教授とモニターに注目していた。

 

「――次は、エレファンス・エーラーヴァ、ナヴィー・カルブンク、ムラク・アルヘオカラ、ライム・ボレリオスの四人。彼らは黒のポーンを持ち帰った」

 

 壇上に上がるムラクら四人、モニターに映る四人の顔写真が並び、順番に入れ替わる。

 

「今日を以って、彼らをチーム『LEMN(レモン)』とする。リーダーは……ライム・ボレリオス!」

 

 拍手が起こり、ライムはチームの面々を見渡した。

 

 デカイの(ムラク)小さいの(ナヴィー)三枚目(エレファンス)

 

「はぁぁ……」

 

 落胆は他のチームの発表が続く中も続いていた。

 

「チームJNPR(ジュニパー)? リーダーはジョーン? オー、大出世じゃないか!」ムラクが大騒ぎする。

「ジョーン……朝にあのピュラと話してた奴か」ナヴィーが関心なさ気に反応した。

「はぁぁぁぁぁぁ……」

 

 まだ続いていた。

 

「チームRWBY(ルビー)? ヤンのチームだ!」ムラクが大騒ぎする。

「君、あの美少女チームに知り合いがいるのかぁい?」エレファンスが髪を撫でる。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」

 

 長い溜息はチームごとに部屋が割り振られてからも続いた。

 

「ベッドだ! 新品だぞ!」ムラクが大騒ぎする。

「ガキか……」

「まだ十七歳さ」

「アイアムフラァァ――アアイ!」

 

 ――バギィ!

 

「もうっ! どうしてあなた達はこんなに落ち着きが無いんですかッ!!」

 

 と言えたら何度良いことか。ライムは既にチームLEMNのリーダーとしてやっていけるかどうか、(やかま)しい笑い声をBGMに頭を悩ませていた。

 

◆◆◆

 

 見たことのないロビー、見たことのない階段、見たことのない絨毯!

 

 修学旅行や合宿で泊まるホテルに到着したかのような、ワクワク感!

 

 ああ、寮生活がかくも興奮するものとは。

 

 親元を離れ、ビーコンに入学して正解だった。

 

 部屋の中は少し手狭だが、ベッド四つと机四つが入る程度には広かった。防音で、しかも玄関に近い良立地だ。

 

 俺は興奮のあまりベッドに飛び込んで――

 

「アイアムフラァァ――アアイ!」

 

 ――バギィ!

 

 ベッドのどっかが折れた。チームLEMN(レモン)の男友達二人はゲラゲラ笑っているのだが、紅一点のライムは眉間に皺を寄せている。

 

 何か不安を抱いている、思い詰めている顔だ。俺もよく鏡で見たことがある。ライムはベッドの位置決めでさえ「どうでもいい」と言う始末だ。何か無いと思わない方がおかしい。

 

 因みにベッドは壁際、洗面所のドアの側だ。ライムとは正反対の場所だ。

 

 彼女は男三人の部屋に放り込まれて不満があるのだろう。思えば、チームを発表する時も溜め息ばかり吐いていた。

 

 ……放って置けないな。

 

「ヘイ、ライム」椅子に座って、ベッドで横たわるライムに話しかける。

「……どうしたんですか、ムラクさん(・・)

「君はリーダーなんだ、呼び捨ての方がいい。で、消灯時間まであと二時間あるんだが……トレーニングでもしないか?」

 

 後ろでエレファンスとナヴィーが「正気かい?」とか「筋肉バカ」とか言っているが、無視だ無視。

 

「……なんでそんなことする必要があるんですか」

「ベッドの場所決めをしてる時、浮かない顔をしていただろ? そういう時は体を動かすが一番だ。……そうだよなぁ?」

 

 後ろの男二人からはブーイングが起こった。

 

「私……今疲れてるんです」ライムがランプのスイッチに手を伸ばす。

「精神的にか? 男所帯だし、分からない訳でもないな」

「寝ますね」

 

 素っ気なく振る舞って、毛布を被ってしまった。

 

「強引なアプローチでは、振られるのもムリはないね」

「黙れエレファンス。俺にはヤンという心に決めた女性がいるんだ」

「知り合い風情で何を言う」

「ナヴィー。これから仲良くなればいい」

 

 初日から不安の種があるのは少々先が思いやられるものの、俺は「MUSCLE SOUL」と印刷されたオキニ(お気に入り)のTシャツに着替えて、トレーニングルームに向かう。

 

 ビーコンはそのような施設が充実しており、無いものは無いと言っても過言ではない。流石にグリムと戦えるような物はないが。

 

 そんなわけで、ベンチプレスをやりに来たのだ。

 

 ビーコンへの入学準備で地元――辺鄙な田舎を離れていたので、マトモに上げていないのだ。あと地元ではウエイトが物理的に足りず負荷にもならない。まぁ俺くらいしか使うのがいなかったからな。で、強引に増やそうとすれば周りが止めに来る始末だ。

 

 正直、オーラ無しのフィジカルは世界で一番だと思っている――化け物染みた身体だ、色々とおかしい――ので、限界を知る意味でも俺には必要だ。

 

 扉を開けて入ると、消灯前だからか人はやはり少ない。三人くらいだ。

 

 これなら邪魔も入らんだろう、とコッソリ――よくよく考えたらコッチのほうが常識人は多そうだ――重りを運ぶ。

 

 が。

 

「キミ……オーラ込みで訓練するにしても、それはやりすぎだと思うがね」

「そうだよ。さっきからチラチラとこっちを見て、無茶だと分かっているんだろう?」

 

 ナイスマッスルなお兄さん二人が寄ってくる。どうやって説得したもんか。

 

「大丈夫です。自信がありますから」

「キミ、新入生だろう? 徐々に負荷をあげるべきだ……その筋肉を見れば、理解しているとは思うがね。とはいえやり過ぎだ」

 

 俺がベンチに横たわると、彼らは太い――俺より細い腕をポールの上に置く。身体を心配してくれるのは分かるが、コッチはコッチで限界を知りたい。俺が差し伸べる手はどれほどなのか知りたいのだ。

 

 恨むならこのバグだらけの身体を恨んでくれ。昆虫(バグ)が主食だしな!

 

 HAHAHA!

 

 グッと力を込めると、田舎にいた頃よりはいい塩梅で負荷がかかり、六百キロが持ち上がる。

 

「!?」

「少し軽いですね」

「……オーラ有りなら、まぁこの位は……しかし筋肉を痛めるぞ」

 

 オーラは無いんだなこれが。

 

 まぁ、必要以上に摩擦を起こす必要は無いかな。先輩に気を遣って普通に少し話して帰る。

 

 オーラが無い状態でも大抵の面倒事が解決できるのを確認したので、今日はこれでいいかな。

 

 明日からの授業が楽しみだ。九時から始まる一限は確か……ポート教授のグリム学だったかな。

 

 凄く楽しみだ。

 

 




内容の捕捉です。興味ない方はスクロールしてください
あとRWBY見てください


※ビーコンクリフって何?……多分エメラルド・フォレストでルビー達が並んだ場所。(S1E4 The First Step参照)文脈的にそうなのかなーと
なぜなら、校内放送でグリンダ先生が「ビーコンクリフに集合」って言って、オズピン教授も「top of the cliff」(日本語字幕だと「ここに」)って言ってるから。

ようつべの日本語字幕は有志のファンの皆さまが、そのサイコーに気高い志から無償で付けて下さっているものです。この場をお借りして感謝申し上げます!RWBYサイコー!

※ブレイクとかノーラとかレンとか言われても分かりません><……今すぐようつべでRWBYと検索するべし。この話のところまで一時間で見終わるので大した労力ではありません。
※なんで主人公がリーダーじゃないんですか><……Mから始まる色関係の言葉が思いつかなかったから。しかも考えなしに待ちガイル決め込む奴がリーダーに向いているとは思えませんね。彼を放流すれば多分可能性はあったかもしれませんが、目的地がある場合真っ先に目指します。めちゃ迷いましたからね
※若干防人語入ってね?……ハンターの志望動機が守護者になるとかなんとかなので仕方ない。実質防人
※オリキャラ目立ち過ぎでは?……最初は無視しようかとも思ったんですが、整合性的に会話しないわけにもいかなくて……。
※ベンチプレスの話これマジ?……どの程度ヤバイか、を端的に表すための物です。器具ありの世界記録が五百キロ、器具なしが二百とかそこら辺らしいので、六百を何もなしに軽々ってのは「お前だけタンパク質とカルシウムがちげー!」って感じのヤバさ。フィジカルエリートどころじゃない。大胸筋デカすぎィ!あと普通にガイジなので真似しないように
※グリム学……曖昧さを回避するためにあえて一人称視点を利用して煙に巻いた。本当の名前は知らない。


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三話守る力、その意志

あらすじ 
チームが決まった! 次にやることは……?


 一年生最初の授業であるポート教授のグリムに関する講義は、彼の体験に基づく大変興味深い(・・・・・・)内容で構成されていた。つまり大体は自慢話である。

 

 最初の十分はまだ良かった。グリムに関する基本的な呼び名、ハンターの心構えと使命、戦うべき(グリム)。ある意味で導入には適していた内容だ。

 

 恰幅の良い教授は動く度に腹が上下に揺れ、多くの生徒は眠りの淵へ誘われたり、落書きに熱中していた。ポート教授の話はあのワイス・シュニーでさえメモをとっていなかったが、ムラクのような奇特な人間はメモをとっていた。

 

 ムラクには彼の若かりし頃の体験に思うところがあったようだが、残念ながらそれでも彼の話に何かを見出す人物は希少だ。

 

「――そして、私はヒーローとして村に迎えられたのだ」

 

 ポート教授が一礼して、話が終わる。話の区切りを察した生徒は、寝ぼけ眼で他のもっと有益な話を期待していた。

 

「今の話はつまり、真のハンターとは高潔で、信頼を寄せられ、屈強かつ教養があり、賢くなければならないのだ!」

 

 ムラクは今挙げられた要素を連々と書き込んで、尚且つ屈強の所だけはなまるで囲っていた。

 

「さて、君たちの中でこれらを満たしている者はいるかね?」

「私はあります! 先生」最前列のワイスが手を上げて力強く言う。

「では見せてもらおう」

 

 ワイスがバトルドレスとダスト搭載多機能(マルチアクションダスト)レイピア――【ミルテンアスター】を取りに行っている間、ポート教授は課題について幾つか言及し、教室の奥の部屋から人と同じくらい大きな檻を引っ張ってくる。檻はガタガタと何かが暴れ回っており、グリム特有の赤い目が光っていた。

 

 ワイスが白いドレスを身に纏い、檻から距離を取って構える。ポート教授は掛けられた錠を、戦斧を使って切断した。

 

「やっちゃえ、ワイス!」ヤンが拳を上げて応援。

「頑張れ」ブレイクはチームRWBYの小さな応援旗を振っている。

「イエー、チームRWBYの代表だ!」

 

 ただ、ルビーの応援にだけは「集中させてくれません?」と突っかかる。ワイスは授業を集中して聞かないルビーに対して――仕方ない部分はある――お冠なのだ。

 

 檻からボーバタスク(イノシシ型)が飛び出し、戦闘が始まる。ミルテンアスターを落としてしまうミスやちょっとした言い合いがあったものの、無事にボーバタスクをひっくり返して弱点の腹を攻撃し撃破した。

 

 戦いが終わると時間が来たので解散。ムラクはチームの人間と次の教室へ向かう。

 

 他の授業は気象学や歴史、模擬戦に戦闘技術やレンジャー知識等など、ハンターが身に着けるべき知識の基礎が詰め込まれていた。

 

 今年開催されるヴァイタル・フェスティバルで行われるトーナメントに向けて、参加者の募集と戦闘訓練の講義もある。ムラクは勿論ヴァイタル・フェスティバルトーナメントに出るつもりであったが、リーダーのライムは消極的であった。

 

 ムラクは深く聞かないが、どのみち戦闘訓練はあるのだから徐々に説得していこうと考えていた。

 

 だが、彼の専らの関心事は勉学ではなく、女の子であった。

 

 昼休みになると生徒は一斉に食堂へ移動を始め、ムラクは何よりも真っ先に――ヤン・シャオロンの元へ足を運ぼうとするが、チームメイトが呼び止める。

 

 ムラクにとってヤンだけは特別だ。赤いチェックスカートとソックスの間の絶対領域、主張の激しい胸部――というのは、授業中に見つけた新しい魅力だ。

 

 一目見て惚れたのだから彼女についてもっと知りたいと思うのは当然だろうが、入学したばかりの今はそれよりも身近な相手を優先すべきであった。

 

 チームRWBYとJNPRはチームぐるみでの付き合いがあるらしく、ジョーンはチームに気を使いながらワイスにアプローチを掛ける事が出来る。その点、ムラクは地盤が固くなかった。

 

「まずは足元からッ……畜生、勢いってやつは何時も盤石なやつの味方だ!」

「何を言ってるんだお前は」

「こうなったら、デート大作戦だ!」

 

 ムラクが山盛りの食事をかっ喰らいながらチームメイトに力説するが、反応は悪い。

 

「キミ、いい加減現実をみたほうが良いよ」

 

 キザ男エレファンスが十数席離れたチームRWBYを指差す。

 

 何をやっているのかとムラクが目を凝らせば、男子生徒がヤンに話しかけてあしらわれていた。

 

 彼はお前もああなると言いたかったのだが、ムラクには全く伝わっていなかった。

 

「否、当たり前だ。向こうの都合があるだろうに」

「じゃあ、何時話しかけるつもりなの……?」紅一点のライムが突っ込む。

「……いつかだ。暇な時とか」

「暇な時って?」

「…………野菜うま」

 

 現実逃避を始めるムラク。チームの三人は道は遠いと、顔を見合わせた。

 

◆◆◆

 

 兎に角全方面にアピールをするという事が方針として決まるやいなや、ムラクは授業で積極的に発言し、何にしても一番乗りでやろうとしたがった。

 

 結果、ワイスにライバル意識を持たれるのは計算外であっただろう。

 

「よろしく頼みますわ」

「こちらこそよろしく」

 

 闘技場と呼ばれるハンター同士で戦う訓練を行う場所で、ワイスとムラクは相対していた。

 

 グリンダ・グッドウィッチによる戦闘訓練――ヴァイタル・フェスティバルトーナメントの参加者が希望する――の最初の授業で、生徒達はそのルールを教授されていた。機器によって計測され、緑色で表示されるオーラ量のバーが、どちらか一方でも赤いバーになったら終了という単純なルール。あとは常識的なルール。

 

 戦う生徒は基本的にルーレットで決められるが、今回は立候補した二人の心意気を買うということで選ばれた。

 

「やれやれー! ワイスー!」ヤンはノリノリで拳を突き上げ

「頑張って」ブレイクも旗を振って

「やっちゃえワイスー!」ルビーも応援する。

 

 一方、ムラクのチームはと言うと、全会一致で負けるという結論になっていた。体格差――約六十センチ差、体重は三倍以上――はあるものの、鈍そうだし相手はあのシュニー家のお嬢様だからだ。

 

「わたくし手加減はしませんわよ?」

「上等ッ、それでこそ鍛えた拳が冴え渡る!」

「では両者――」

 

 グリンダの声で二人が構える。

 

 ミルテンアスター(レイピア)の切っ先を向けるワイスは、背中に手を伸ばして双剣(・・)を構えたムラクを信じられない物を見るような目で見る。

 

「ちょっと、あなた拳って――「始め!」もう!」

 

 ムラクが矢を放つように右手の剣を大きく引き、中腰のまま両脚を前後に大きく開く。彼の脚が床を押し出した瞬間、ヴークゥ・フンのパワージャッキが作動、床のタイルが爆散して突き出した剣が風を切る。

 

(なんて速さっ――!)

 

 ワイスは巨体に見合わぬ速さに虚を突かれ、横っ飛びして回避する。真横を駆け抜けた暴風に衝撃の大きさを感じると、後ろから攻撃を仕掛けるべく振り返る。

 

 ミシッ……!

 

 ワイスにはそれが骨の軋む音だとついぞ分からなかった。ムラクは凄まじい運動エネルギーを強靭な脚力で受け止めて急停止、反転して右の剣をミルテンアスターに叩きつけた。

 

(そして馬鹿力!)

 

 ムラクは息もつかせぬ猛攻を仕掛けるが、ワイスは強風を流す柳が如く二振りの連撃を凌ぎ切る。

 

(攻撃は単調――ですがこのパワー、圧されれば飲み込まれますわ!)

 

 ムラクが短剣を突き出すとワイスは敢えて剣身で受け止め、後退しながら切先を地面に突き立ててミルテンアスターに内蔵された氷のダストを解放。ムラクの足元を凍らせて機動力を奪う。

 

「氷だとォ!?」

 

 ワイスからムラクへ道のように魔法陣が連なり、更に周囲を取り囲むように現れる。

 

「一気に――」

「来いッ、俺の全力を以って受け止める!」

 

 ワイスは魔法陣を滑る度に加速して急接近、動かないムラクをミルテンアスターで薙ぎ、空中に展開された魔法陣に着地(・・)。ムラクを中心とした魔法陣の間を跳ね回り、跳躍の度に斬り付けて反撃の隙を与えない。

 

 ムラクが野性的な直感を頼りに両手の剣で何とか攻撃を流すものの、防げなかった斬撃がオーラ量を確実に減らしていく。

 

「やっ!」

 

 ワイスが直上から背中目掛けてミルテンアスターを突き付けて背部に大きな衝撃を与える。

 

(速いッ! 飛び回る野生の狼を思わせる動き、捕らわれた足、何とも分かりやすい磔刑の準備よッ!)

 

 氷に足を掴まれて動けないムラク目掛け、背後から一直線に突っ込んだワイス。瞬速の一撃は受け身も身じろぎも出来ないムラクの胴を強かに打ち抜いて、そのままワイスは真横を駆け抜け――

 

 ――刹那、裏拳がワイスの顔面に叩きつけられる。

 

「ぐふっ!?」

 

 ワイスは予想だにしなかった衝撃に足から身体を投げ出して転倒。ルビーが指を開いて顔を覆う程の光景だ。

 

 ワイス自身のスピードと人外の筋力によって産み出された攻撃は、一瞬だけ彼女の意識を吹っ飛ばす。如何にオーラの守りがあろうとも、痛みは伝わる。

 

 その間隙に背中の鞘へ剣を仕舞い、ムラクは右膝を持ち上げてそのまま爪先を真上に、微動だにせず直上に向けると、大地の奥深くに根付く様に振り下ろす。

 

 ズゥン……!

 

 床を叩いた巨人の鎚は肉体に響く程の振動を生み出し、床板を文字通り(めく)り上げて地上に大波を作り出した。

 

「当てれぬのなら、最広(さいこう)の一撃を見舞うのみッ!」

 

 二門のバーニアが火を噴き、左足のパワージャッキが足を跳ね上げて目にも留まらぬ一歩を踏み出した。そして大地から突き上げる衝撃を体の中心から――

 

「――この右腕で放つッ!!」

 

 砲弾が着弾したかのような轟音と共に、豪腕が目の前に作り出した床板の大波を瞬時に打ち砕き、無数の礫と化してバラ撒く。瞬間的な弾丸のスコール、防御手段がなければ即座に敗北が決まるであろう豪雨だ。

 

 だが、ワイスはダストで氷の殻を形成して防ぎ、石の雨が止んだ瞬間に飛び上がって魔法陣を足場とする。

 

 が、ムラクのバーニアはまだ火を噴かせたばかり。その加速はやっと始まったばかりであり、既にムラクは天井への着地(・・)を済ませていた。

 

「……いない? 一体何処へ――」

 

 一瞬だけムラクを見失ったワイスだが、耳が轟音を立てるバーニアの音を捉えていた。けれども、ムラクが直上にいると気付いた時、彼の上腕部はワイスの身体に激しく衝突していた。

 

「そこまで!」

 

 ブザー音が鳴り、ワイスが床に落ちるとグリンダ女史の制止が入る。ムラクはそれを見越して若干離れた場所に着地。爆音と埃を巻き上げて小さなクレーターを作った。

 

 舞い上がった土煙やら破片やらは、グリンダが乗馬鞭を一振りすると元の場所に戻って、戦いの前の状態に修繕する。ワイスの無事を一瞥して確認すると、端末を弄って上のスクリーンに映像を出す。

 

 ワイスとムラクの顔写真の下に、赤く短いバーと緑色の長いバーがスクリーンに表示されている。

 

「皆さん、今シュニーさんのオーラが赤色まで減少しました。トーナメント形式の試合や公式試合では、オーラが赤色まで減ると失格になります」

 

 ワイスが頭を抑えてよろよろと立ち上がる。

 

 一方のムラクはどこ吹く風で立っており、攻撃の痛みなど欠片も感じていなかった。

 

 単純に、ムラクの勝因は隙ができるまで耐え忍ぶことが出来たからだ。そもそも、彼は幼少の頃に山脈西部の大森林で生活しており、オーラでの防御技術が同世代より頭一つ飛び抜けていて当然といえば当然。ついでに並外れた身体能力もその一員を担っている。

 

「ありがとう。ヒヤヒヤ(・・・・)した試合だった」

「ええ、笑えないジョークをどうも。次は絶対勝ちますわ」

 

 ムラクの差し出した手を取ってワイスは立ち上がり、二人は壇上から退く。

 

「まだもう一戦できる時間がありますね。折角です、希望者は……」

 

 パラパラと手が挙がる。

 

「では、カーディン。対戦相手は……」

 

 指名されたカーディン・ウィンチェスター――オールバックにした茶髪の、目つきが悪い青年――の相手は、厳正なルーレットの結果ジョーンに決まった。

 

「ええっ、オレ?」

「ふふ、頑張って。ジョーン」

 

 驚くジョーンの背中をピュラが押す。

 

 そして彼らが壇上に上がる頃、ムラクは上機嫌でチームメイトの元に戻っていた。初勝利の味は格別であるらしい。

 

「トーナメントに出る決意はできたかな? 我らがリーダー、ライム・ボレリオスよ」

「あの……どうだろう、まだみんなの力が分かってないし、ヴェイルの代表として戦うんだよ?」

 

 捩れ角の女ファウナス、ライムは何か浮かない顔をしている様だった。ムラクやチームの男二人と目を合わせず、俯いている。

 

「ま、やりたくないなら仕方ない。気が向いたら言ってくれ」

「しかし、まぁキミ、随分と荒っぽい戦い方だねぇ。エレガントさに欠け「喧しい」

 

 エレファンスの指摘は何一つ間違ってはいない。オーラによって強化された身体能力での戦闘に耐えうる床を、一歩動く度に破壊し、あまつさえ武器代わりに使うなど前代未聞だ。

 

 破壊的で、荒々しい。それが平和を祝う祭り(ヴァイタル・フェスティバル)に相応しいのかどうかと言えば、ジェットコースターの様な危うさがあるだろう。今が平和な時代だから認められるのか、もしくは平和な時代だから認められないのか。

 

 何れにせよ、ムラクが道を外さない限りは安全である。

 

◆◆◆

 

 何事もない生活が一週間ほど続いた後の昼。

 

「どうして今日もあの男(ムラク)と戦わなければいけなかったのですか!」

「ワイス、仕方ないじゃん。ルーレットだったんだからさ」

「ヤン、わたくしはまた! あの技術もへったくれもないのに負けたんですのよ!?」

 

 ワイスがスパゲッティのフォークを片手に、先程の授業の戦闘訓練について反省なのか愚痴なのか分からない言葉を延々と溢している。

 

 それを聞かされるチームRWBYとJNPR(ジュニパー)の面々は、二つの意味で堪ったもんじゃなかった。本を読んでいるブレイクは我関せず、といった風であったが。

 

 空気が悪いのは別にワイスの愚痴が悪いものだからではなく、JNPRのリーダージョーンが頬杖をついて浮かない顔で、食べかけのポテトをジッと見つめているからである。

 

 彼の問題はこのチームのメンバーなら誰でも知っていた。もしかしたら他の生徒も知っているかもしれないが、それはそこまで重要なものだった。

 

「ジョーン、大丈夫なの?」

 

 ルビーが落ち込んでいるジョーンを心配そうに見つめていると、彼の隣りに座っているピュラが話しかけた。

 

「えっ? ああ、もちろんだよ! 何で? ははは……」

 

 ジョーンは触れられたくない話題を出されて動揺を隠せないが、それでも取り繕う。いつの間にか七人全員の目が集まっているのに気付いて、乾いた声で笑いながら誤魔化す。

 

 ジョーンも誤魔化しきれていないことに薄々気付いているが、ピュラに本題(・・)を切り出されてもひた隠す。

 

「あなた、学校が始まってからずっとカーディンにちょっかい(・・・・・)をかけられてるでしょう」

「カーディン? あれは……ただの冗談だって! ふざけるのが好きなんだ、分かるだろ?」

「カーディンは、いじめっ子だよ」ルビーが断言する。

 

 荷物ははたき落とされ、小突かれ、挙句の果てにはロケット推進装置付きロッカーに詰められて飛ばされたのだ。

 

「あはは……そんなに遠くなかったよ」

「ジョーン、もし助けが必要なら私たちに相談して」

 

 ピュラはジョーンを心配するが、彼は何かの負い目を感じているかのように、頑なに拒絶した。

 

「あいつの足をへし折ってやろう!」ノーラが励ましの言葉を掛ける。

「みんな、本当に大丈夫だから……。それに、カーディンは俺だけじゃなくてみんなにやってるよ」

 

 反論に似た諦観か。

 

 実際、カーディン()は最悪な事に手広くちょっかいを掛けており、ファウナスも人も問わない。相手は大抵、弱い奴か揉め事を起こさない奴。ファウナスの場合はより差別的な発言が含まれるが。

 

 それにカーディン単独ではなく、ガラの悪そうな取り巻き三人を加えた計四人でやっていることもある。

 

「あっはははは! 見ろよ巻き糞が飯を食ってるぜ! はっははは!」

 

 四人分の嘲笑に新しい罵倒。とうとう次の被害者が出たのかと思えば、彼らが嘲っているのはチームLEMNのライムだ。

 

 ライムは渦巻状の後ろに曲がった角が特徴的であり、それと彼女の茶色い髪の色を揶揄(やゆ)して「巻き糞」と言ったのだ。

 

「酷すぎる、あんなの我慢できないわ」

 

 ピュラの憤りは尤もで、ファウナスはいつ彼に何をされるか分からない不安も抱えていた。

 

「カーディン!」

 

 だから、ムラクは真っ直ぐにカーディンの方へ向かい、座る彼の視界を塞ぐように直立する。ムラクはどうすればカーディンが、もう何もしない(・・・・・)と誓うのか分からなかった。

 

「今すぐに、謝罪しろ」

 

 義憤に立ったが、ひねり出した言葉はこれだ。

 

「何だよ、ただの冗談だぜ? なぁっ!」

 

 見下されるのが癪に障ったのか、威圧するような声を出して立ち上がる。カーディンの身長は高い方だが、ムラクと比べれば一回り小さい。

 

 二人共戦闘訓練の後なので武装が整っており、周囲の一年はこの睨み合いが発展しないことを切に願っていた。……特にムラク。

 

「その言葉、心を殺すと思い知れ! 撤回しないのなら……」

「気持ちワリィな、何マジになってんだよ」

 

 ――ダンッ!!

 

 タイルの破砕音。一拍遅れてカーディンが床に叩きつけられた。

 

「がァッ!? て、テメェ……」

 

 願いは届かなかった。ムラクの怒りは他の誰かの予想よりも早く発露したのだ。彼は左足をバネの様に跳ね上げ、ハイキックを側頭部にぶち込んだ。

 

「何てこと……止めますわよ!」

 

 ワイスは大慌てで二人の仲裁に入ろうとする。当然だ、あの凄まじい馬鹿力で頭を蹴られたら、オーラどころか頭が吹っ飛んでもおかしくない。……死ななきゃ何やってもいいのだ。

 

 だが、それよりも素早くピュラが動いた。

 

「大丈夫よ、彼、攻撃にオーラを込めてないわ」

 

 カーディンが立ち上がって、ストレートをムラクの顔面に叩き込む。顎に入った痛打だが、ムラクはよろめきもせずに受け止めると即座に殴り返した。

 

「――ぶん殴る!」

「舐めるな!」

 

 守りも固めずに殴り合い、子供の喧嘩の様に拳を相手に叩きつける。

 

 ヒートアップした二人の殴り合いは徐々に熱気を帯び、カーディンは手加減の枷が外れていく。ムラクは防御の瞬間にオーラを高め、過激になる攻撃を防ぎ、黄色に揺らめく被膜がムラクの身体を包む。

 

 オーラで力は増しても体重は増えない。オーラ無しの人間にしてはやけに限界突破したムラクの膂力(りょりょく)にカーディンは終始圧されっぱなしであり、そのせいかウケた。

 

 彼らを取り囲むように野次馬たちが集まり、好き勝手に野次を飛ばす。

 

「行け―! やれー!」

「ノーラ、あまり煽らないでください」

 

 巨大な鉄塊を纏うムラクとカーディンの殴り合いは見世物としては十分であったが、食堂での騒ぎとしては大きくなり過ぎた。

 

 野次馬の中にグリンダ・グッドウィッチ先生が割って入ると、生徒はモーゼが割った海となり、彼女を二人の前に導いた。

 

「何をやっているのですか!」

 

 怒号が鳴り響くと人混みが素早く引いて、食堂がシンと静まり返る。グリンダのセンブランスが床を瞬く間に修復し、周囲の人間にまで怒りがひしひしと伝わってくる。

 

「殴り合いにしては随分と興が乗っているようですね」グリンダの毒が飛ぶ。

「……怒りに悦を見出すはずもなし、されど返す言葉はございません」

 

 カーディンはボコボコと頭を殴られたせいか、まだふらついていた。

 

「二人とも頭を冷やすべきね、じっくりと」

 

◆◆◆

 

 グリンダはカーディンに反省文を提出するように言いつけ、ムラクを別室に呼び出した。先に手を出したのはムラクであり、グリンダは入学早々に問題――しかも暴力沙汰――を起こした彼から話を聞かなければならなかった。

 

 二人は椅子に腰を掛けて机を挟み、事情を話し合う。

 

「……それで、あなたは友人(ファウナス)への差別的発言に憤ったわけですね」

「……ファウナスに限った話ではありません。カーディンがこれ以上誰かの誇りを傷付けるのであれば、俺は同じことをしていたでしょう」

 

 ムラクにとって「誇り」とは誰かに授けられた物で、()と置き換えても良い。

 

 彼には名付けの親はいても、受肉させた親はいない。「愛の結晶」たる身体を貶められる事は、ムラクにとって見逃す訳にはいかないことだ。

 

 「愛」を傷つけられることは精神的な支柱を腐らせる行為であり、それは命を奪うよりも残酷な事だ。誰かに授けられる事の無かった愛なき生活(サバイバル)でさえ、ムラクは自分を愛し、積み重ねを「誇り」としたのだ。

 

 故に、憤った。

 

 グリンダは深く息を吐いた。

 

「ムラク……少なくともあなたはハンターになるためにビーコンに来たはずです。このような事を起こしに来た訳では無いのでしょう」

辛苦(しんく)に冒される者を捨て置けと言うのですか!? あの悪行を放っておけと!?」

「手段を選びなさい、と言っているのです」

 

 グリンダは落ち着いた声にムラクはハッと我を取り戻し、謝罪した。それからグリンダは懇懇と話し始める。

 

「ハンターは社会的に高い地位を確立しています……ご存知ですね?」

「……はい。養父がハンターでした」

「それが何故だか理解できますか?」

 

 ムラクはたっぷり一分間考えて、

 

「グリムを退治できて、強いからです」と答えた。

「そうです。付け加えるのなら、ハンターは人類の守護者として力を使うべき時と場所を(わきま)えています。あなたとは違って」

「……」

 

 一拍置いて、グリンダは語気を強める。

 

「彼らは護るべきものを傷つけない、そして常に手段を模索し続けている。……今は平和な時代です、力の使い所を誤ってはいけないわ」

「……では、俺はどうすればよかったのですか? この手を、どのように振るえばよかったのですか!?」

 

 ムラクがドンと机を叩く。解決できない問題、答えの出せない問。怒りで手を上げても、気持ちは晴れ晴れとしたものではない。心の中で渦巻くやるせなさに歯を食いしばり、握った拳は皮膚に痕を残すほど強い力で爪を立てる。

 

 ムラクが森に居た頃、そして養父に育てられていた頃、障害というものは大抵握り拳で解決できたのだ。

 

 田舎の小さい戦士養成学校(コンバットスクール)では常に空腹だったため、ビーコンにいる今よりも付き合いが悪かった。悩み事は大抵晩のおかずや鍛錬の仕方、隣のばあちゃんが腰を壊さないか等の他愛もないものばかりだ。

 

 何が正しいのか分からない。自分が一体何をするべきなのかが分からないのだ。誰にどのようにして手を差し伸べるのか、ムラクには選択肢が僅かしか見えなかった。

 

(カーディンを止めなければ、ライムもジョーンも悲しみを背負っていた……アイツを止めずにどうやって守れというのだ! 弱い者をどうやって――)

 

 スッ、と硬い拳にグリンダの手が重ねられる。ムラクが顔を上げれば、グリンダの鋭い目は幾分か穏やかに見える。

 

「あなただけでは決して答えは出ないでしょう。ですが、ここはビーコン・アカデミー。側にはハンターになろうとする友人がいるはずです」

「……はい」

「彼らは誰かを守るために巣立っていきます。そうであるのなら、あなたがするべきことは友人を守ること(・・・・・・・)ではないでしょう。……最善を尽くすように」

 

 グリンダはそう言って話題を切り上げると、ムラクに部屋からの退出を促す。

 

「それともう一つ。ムラク、反省文とあなたの答え(・・)を、レポート用紙二枚にまとめて提出しなさい」

「……分かりました、先生」

「よろしい。もうすぐ次の授業です、遅れないように」

 

 昼休みの時間がガッツリと削られたため、ムラクは若干の空腹を感じながら移動した。

 

 

 放課後になるとチームLEMNの四人は部屋に集合していた。

 

「それでは、あのカーディンをぶん殴ってくれた友にKANPAI!」

「……調子のいい男め」

 

 エレファンスは祝勝会?のオレンジジュースをコップになみなみと注ぐと、乾杯の音頭をとった。

 

「祝うことじゃない、俺は抜ける」

 

 部屋を出ようとするムラクに声が投げ掛けるも、それを振り切る。

 

(俺は……どうすればいい?)

 

 ムラクは一人でトボトボと寮の廊下を歩く。

 

 助けを求める者を救う――決意に揺らぎは無いが、その拳には迷いがあった。誰に振るい、誰に差し伸べるべきか。

 

 あてもなく歩いていると、曲がり角で女性とぶつかりそうになる。

 

「おっと、申し訳ない……ヤン」

「おお、ムラクじゃん。……どうしたの?」

 

 偶然出遭ったのは、ヤンだった。

 

「ヤン……君に話したいことがある」

「オーケー、今度ストロベリーパフェ奢ってよ? 噂の美味しいヤツ」

 

◆◆◆

 

 二人が来たのは校舎にある屋外の広場だ。

 

 放課後の今は丁度夕日のオレンジが空を朱に染め、二人の横顔を照らす。

 

 ムラクは備え付けられたベンチの埃を払ってヤンを座らせると、隣に腰掛け、一語一語をよく考えてから話し始める。

 

「ヤンに、聞いてもらいたいのは……悩み事なんだ」

「もしかして、昼の事?」

「そう。俺がカーディンをボコボコにした、アレ」

「久々にスカッとしたよ、気に喰わないのをボコった気分」

 

 ボコったことがあるのか、というのはさておいて、ムラクはそれに同意を示さない。

 

「あぁ……そうさ、でも殴ることはやり過ぎた」

「グッドウィッチ先生に言われたの?」

 

 ヤンはムラクの悩みに鋭いようだ。ただ、ムラクもムラクで言われた当日に悩んでおり、バレるのは時間の問題だっただろう。

 

 ムラクはグリンダに言われたことをあらかた話すと、ヤンに聞いた。

 

「俺は、誰を守ればよかったんだ?」

「それは……あのファウナスの子に話したの?」

「……いや、ライムにはまだ」

「だったらさ、ちゃんと話し合ってからの方が、分かることもあるんじゃない? あたしは……そういうの分からないかな」

「!!」

 

 雷に打たれた様にムラクの目が見開かれる。そのまま勢い良く立ち上がってヤンの手を取り、握手をする。ムラクが握れば容易に潰せそうな柔らかい手の平だ。

 

「ありがとう……気付かなかった。こんな単純なことに」

「いいっていいって、その代わり奮発してね」

 

 彼女はやんちゃな笑みを浮かべてウインクし、景気づけにムラクの背中をバンバンと叩く。

 

「……ヤンは」

「ん?」

「ヤンは本当に素晴らしい女性だ。出会えて嬉しいよ」

「えっ、いやぁ、それほどでも」

 

 ヤンは若干照れており、少し頬を赤く染める。ムラクはそれを真に受けていないと思い、自分の嘘偽り無い本心を伝える。彼の養父曰く、思いは真っ直ぐに伝えろ、である。

 

「からかってない、本当にヤンのことが好きだ」

「……え?」

 

 ヤンの呆けた顔を見て、踏み込みすぎたと即座に判断したムラクは早口で捲し立てる。

 

「今日はありがとう、お礼は今度に日曜にさせてくれ。九時に商業区の駅で待ってるよ。それじゃあ」

 

 ムラクが立ち去った後、ベンチに一人残されたヤンは、扉の影から飛び出したルビーワイスブレイクの三色団子に驚愕する。

 

「ちょっとみんな、まさか見てたの!?」

「お姉ちゃんが連れて行かれたから、何事かと思って」ルビーがしれっとした顔で言う。

「大丈夫よあたしの可愛いルビー! お姉ちゃんはどこにも行かないからねー!」

「ぐえっ、ちょっと苦し、やめっ」

 

 姉妹が取っ組み合う最中、ワイスは呆れたように踵を返し、ブレイクは少しだけ興味アリげにヤンを見ていた。

 

 一週間後、チームRWBY初の尾行ミッションが開始された。

 

 




※食堂でいじめられてるのヴェルヴェットちゃうやん!しかもコレ一週間後!?マジ!?……アクの強いのが一人混じればこうなるやろ(ハナホジー
チームRWBYとは多分レポート課題とかで仲良くなると思うんですけど(名推理)
※漫画版はどうなの?……時系列がわからんのでコレで処理しまふ。
※カーディンぶっ飛ばして解決でいいじゃん……マサツグ様じゃないんだから(ドン引き)みんなグリムと戦える程度には強いんですよ?
※グリンダ先生の漫画ルートは?……ボコボコ殴る子供並みの喧嘩で、技も糞もない上に既に発散してると分かったのでただの反省文だけです。
※身体を貶められる事って、さんざんデカイとか言ってんじゃん……侮蔑が込められているかどうかは声色とかで分かるんでしょ()
知らない人から変な顔で「ブーブブッブブブウ!」って言われたらムカつくのと一緒。
※グリンダ先生のOHANASIタイム……RWBYの魅力は、教師が正に知識を授けるのに相応しい人格であり、且つ導くのに適した助言を送れることです。彼らにはOTONAの資格があると思います(小声)

※個人的考察ポイントその2……グリンダ先生は怒ってばっかだけど、それって問題の現場での話なんですよね。フードファイト、二期の終わり、出番が限られるため非常に怒りやすい性格のように思えますが、その根底にはビーコンへの深い愛が散見できますし(特にセンブランス関連のアレ)、生徒が己の実力を見誤らないように冷静であります(S1E11)。少なくとも理由なしに生徒を突き放す人とは考え難いですね。多少の嫌味めいた毒はあっても生徒を思ってのことですからね。ドM兄貴には物足りない内容だと思います。

※KANPAI……BANZAI!
※ヤンがヒロイン?……本家には夫婦しか居ません(半ギレ)バンブルビーとかフリーザーバーンとか見とけよ見とけよ


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四話街の陰を往け!

あらすじ
おデートですわ


 

 

「それではチームRWBY初の偵察任務を皆さんに課します! リーダーはわたしルビー! 情報分析係はワイス!」

「任せなさい」

「偵察係はブレイク!」

「ねぇルビー、こんな事していいのかしら」

「みんな準備万端、それじゃあ……隠れて!」

 

 合図と共にルビー、ワイス、ブレイクの三人全員が、サッと建物の影に身を潜める。視線の先には衝撃貫通型加速(アクセルピアシング)アーマーを身につけたムラクが居た。

 

「うーん、小さくてよく見えないね。ワイスはどう?」

「あの男は目立っていますが、そのせいで周辺のポイントが全て使えなくなりましたもの、遠目ではわたくしにも見えませんわ」

「じゃあブレイクは?」

「……ヤンが来たみたいよ」

 

 風に揺れたブレイクの黒いリボン。彼女の視線の先――双眼鏡の映す景色には二人の男女がよく映っていた。

 

「あら、やる気満々でしたのね?」

「これは……何でもない」

 

 ワイスの言葉にブレイクはサッと双眼鏡を隠す。

 

「移動するみたいだよ、追いかけよう!」

 

◆◆◆

 

 ヴァイタル・フェスティバルを数ヶ月先に待つ街道は、徐々に華やかになっており、ムラクの立つ駅前は最初の波が訪れていた。横断幕が張られ、心なしか人々の顔も明るい。

 

 早朝の街にしてはやけに賑わい、ヴェイルの『安全』が人々にどれ程の恩恵を与えているかがよく分かる。

 

 しかも休みの日で、待ち合わせをするグループが大勢いる中、ムラクは人一倍目立っていた。高い身長は目印としてはこの上なく適した人間で、彼が辺りを見渡せば人もファウナスも関係なくゴチャゴチャと行き交うのがよく分かる。

 

「半分の」「ごめーんおま」「どこにいっ」「おそい」「血の」「運命を占」「いないなぁ」「人が多」「えー、だる」

 

 ムラクの耳に飛び込んでくる雑音は実に様々であったが、彼はある種のトランス状態に入っていた。

 

 そう、デートだ。紛れもなく、誰が何と言おうとデートだ。「ヤンに奢る」という約束、ただのそれだけに一日を潰して付き合う人がいるだろうか? 否、これは脈あり、ラブコメの波動である。と勝手に盛り上がっているのだ。

 

 ムラクは自分の心を奪った相手と出かけられるというだけでテンションが最高潮であり、間違っても腹の音が鳴らないよう、前日にはいつもより多くの泥を頬張った。

 

 そんなことを考えているうちにあっという間に時間が過ぎ、ヤンが時間通りにやってきた。

 

「やっほー、おまたせ」

「おはようヤン。君は今日も綺麗だ」

 

 ヤンの格好はいつもの戦闘服兼私服だった。首にオレンジのスカーフを巻き、妖艶な胸元が見え隠れする茶色のベストから、燃えるハートの意匠が顔を出す。黒いホットパンツとひらひら(・・・・)の付いたベルトから見える太腿は白く輝いている。

 

 両腕には勿論、二重射程(デュアルレンジ)ショットガングローブ【エンバー・セリカ】が付いていた。

 

 当然といえば当然、ハンター見習いとしてではあるが、力を持つ以上は有事に備えるべきである。

 

「はいはい」

 

 ムラクの謝辞を軽く流すと

 

「それじゃあ食べに行こう! 引換券配ってるから早く行かないとね!」

「噂の『パピー・ツリー・スウィー』の限定パフェを食べようとするなら、今の集合時間は遅い……並ぶ必要はもう無いだろう」

「ねぇムラク、それ本当に言ってる?」

 

 怪訝な目で見つめるヤン。人の奢りで食うパフェは最高に甘いだろうが、時間設定が甘ちゃんだと言われたのだ。

 

「間違いない。が、ヴェイルの街に存在するありとあらゆる菓子屋は俺の捕食アイ()からは逃れられないのだ。引換券は既に二枚あった(・・・・・・・)!」

 

 ムラクがオーラで内部の機構を作動させると、ゆっくりと胸の板金が外れる。懐から財布を出すと、赤色の紙を二枚取り出した。

 

「ウッソぉ……それってちょーサイコー! あたしの為にわざわざ並んでくれたの?」

「あぁ、勿論。背中を押してくれたヤンの為だ」

 

 並んだとは言うが、朝の四時から店の前に立っていれば取れるというものだ。

 

 あたかも大変な労力を賭して手に入れたように思えるが、ビーコンに入る前からムラクは金ができればヴェイルの街までダッシュでやって来て、店の前に立っていたのだ。彼は高カロリーな甘い物に昔から目がなかった。

 

 田舎――走って四時間程度――から往復して食べに来る程度には情熱を注いでいた「食」だ。ヤンに聞かれればついついと語ってしまう。

 

 あそこが美味い、アレは夜食に最適だ、紅茶と会うのはあそこの店、イチゴは意外な店が最高等、ムラクが六年掛けて集めた情報網は惜しげもなく披露される。少なくとも、ヤンはここ数年はケーキなどに困らなくなっただろう。

 

 そんなこんなで『パピー・ツリー・スウィー』の中でパフェを堪能する二人だが、行列のある店に並ばれると困る人物がいるのだ。

 

「あのー……何分位したら入れ、ますか?」

 

 しどろもどろに話すのはチームRWBYのリーダールビー。行列の最後尾で聞き込みをしていたが、並べば八十分は待つことを知ると、彼らとは反対側の建物のカフェで待っていたワイスとブレイクに泣きつく。

 

「ワイス~わたしもパフェ食べたかった……」

「その様子ですと、予想以上に混んでいるようですわ」

「二人の様子ならここからでも覗けるわ。でももう食べ切ったみたいね」

 

 ブレイクが双眼鏡を片手に、テーブルに置かれたツナサンドイッチを頬張る。

 

「ちょっと見せてくださる?」今度はワイスが双眼鏡を覗く。

「お姉ちゃんはどんなの食べてたのかな……」

「お黙りなさい、この位で騒ぐなんて……おかわりですって!?」

「ずるい! わたしにも見せて!」

 

 ルビーとワイスがギャーギャー騒いでいる横で、ブレイクは優雅にモーニングを楽しむ。チラリと横目で様子を探れば――ムラクと目が合った。

 

 ムラクが窓側にいてバレやすかった訳ではないが、ブレイクは視線が交差した気がした。カマキリの瞳がいつもこちらを見ている……と言った類の気味さだ。……彼の持つスプーンが妖しく輝いている気もしてきた。

 

 ブレイクの目がぐるぐる(・・・・)してくると、店内の様子を探っていたルビーが叫んだ。

 

「移動するよ! 追いかけよう!」

「いっつもこればかり。もう少しまとも(・・・)なイベントは無いのかしら」

「ワイス、愛する二人を引き裂けないのよ」

「あなた、それ……何の台詞ですの?」

 

◆◆◆

 

「ねぇ、ムラクっていつもその髪型だよね」

 

 ヤンがクリームを掬い取ってぱくりと食べる。頬を緩ませて幸せそうな笑顔を浮かべる。

 

「この三つ編みは……色々あった」

「色々? 毛先も整ってるし、ツヤもボリュームもあるのに?」

「別に整えてるわけじゃない。単純に……アレなだけだ」

「じゃあ触らせて」

 

 ムラクの白い髪の毛の殆どは編まれて後ろに垂れ下がっている。ヤンは堅物、とまではいかないが、バリバリの武闘派が長髪にしていることが珍しいと感じたらしい。

 

「……まぁ、察してくれ」

 

 ムラクが毛束をヤンの方に向けると、彼女の白く柔らかな手がわさわさと白い三つ編みを撫でる。

 

「超奇妙」

「だろうな。君の生来の美しい御髪(みぐし)とは違う」

「何ていうか、鉄みたいな触り心地だけど、もしかして武器?」

「ノーコメントで」

「ゴメン。触れ(・・)ないほうが良かった」

 

 ヤンの微妙なジョーク? で何とか場は保たれた。ムラクが強引に学生らしい話題へ舵を切った。

 

「ああ、そう言えばピーチ教授の課題があったね。何にした?」

「あたしフォーエバー・フォールで樹液を集める課題」

JNPR(ジュニパー)CRDL(カーディナル)が一緒のやつか。俺は多少楽なのだ」

「そっちは文献調査があるじゃん! やっぱり体動かしたほうがイイよ、絶対楽しいし」

 

 他愛もない会話を続けているうちに、二杯目のパフェを頼むムラク。運ばれてきたのはチョコソースとキャラメルがたっぷりと掛けられ、アイスクリームと果物が山盛りになっているものだ。

 

 これ見よがしに食べているつもりは全く無いが、ヤンの視線がムラクに突き刺さる。

 

「……悪い、すぐ食べるよ」

「いや、そういう意味じゃないから」

「おかわりなら遠慮しなくても……」

「それができたら!」

 

 一瞬、ヤンの瞳が紫から赤色に変わった。

 

「苦労しないんだけど?」

 

 甘い物は女の子の大好物だが、その陰には壮絶なシェイプアップと食事制限が立ちはだかっているのだ。

 

 光があれば闇もある。

 

 その一端が見え隠れするヤンは本気で威圧している。

 

 ムラクからしてみれば、大きめの器一杯のスイーツなど少なめ(・・・)だ。七、八キロ走ればすぐに消費できると思ったが、その言葉をグッと飲み込んだ。

 

「ヤンにその必要は無いと思うが……そうだ! チームのメンバーに室内でできるレクリエーションがないか聞かれているんだが、オススメはある?」

「それならいいボードゲームがあるよ、あたしもハマってるやつ」

「ああ、ぜひ買いに行きたいな。この後時間あるかい?」

「いいよ、付き合ってあげる」

 

 虎の尾を踏まずに済んだムラクは何とか話題を変え、ついでにこの後もおデートをする時間を確保したのだ。

 

 ヤンは食べた分を消費する腹積もりだったが、『パピー・ツリー・スウィー』を出たムラクは傍目から見て分かるほど上機嫌で、ヤンばかりを見つめていた。

 

 しかし、あくまでもパフェは余剰(・・)であって、必要(・・)を摂らない理由にはならない。

 

 昼食を取るために公園の屋台でホットドッグを購入すると、二人でベンチに座って食事を楽しむ。勿論お代はムラク持ちだ。

 

 マスタードとケチャップがたっぷりと掛けられたソーセージに齧り付くと、心地よい音が鳴って食欲をそそる。

 

 (うらら)かな日の平和な広場。穏やかな雰囲気が二人の会話を弾ませる。

 

 そんな時間を過ごす彼らの前で、風船を持ったファウナスの幼女が転んでしまう。慌てて母親らしきヒトが駆け寄るが、風船は空高く飛んで行き、幼女がわんわんと泣き出してしまった。

 

 ヤンが泣き出した女の子の声に気付いた時、既にムラクは空高く飛び上がっていた。

 

 右手をギリギリまで伸ばし、その指先で風船の紐の端を掴んで着地する。残念なことに、ホットドッグは衝撃に耐えられなかった。

 

「君の風船だろう? さぁ、どうぞ」

 

 ムラクが落ちたホットドッグを一瞥もせず、ファウナスの幼女に風船を差し出すと、彼女は泣き顔のまま「う」と受け取った。

 

「ありがとうございます……ユリったら、初めて来たヴェイルではしゃいじゃって」側に立つヒトの母親が礼を言う。

「いいえ、お気になさらず」

 

 母娘が去ると、ムラクは地面に散らばった食べかけのホットドッグをゴミ箱に捨てる。

 

(まだ食べられたんだがなぁ)

 

 ヤンの目の前で落下したものを食べたら「や~ん」などと思われてしまうのだろうか、とムラクは馬鹿なことを考えながら彼女の元へ戻る。

 

「悪いヤン、少し席を外していた」

「……なーんか分かった気がする。ムラクがハンターになろうとする理由」

「何と!」

「お人好しでしょ? それも重度の」

「……それは違う。お人好しと言うには(さか)し過ぎる」

「そうは見えないけどね」

 

 ムラクが背もたれに体を預けると、ヤンが目の前に千切ったホットドッグを差し出す。

 

「……これは?」

「あたしからのご褒美。要らない? た・べ・か・け」

「要るともッ!」

「なーんてね、はむ」

 

 ヤンはムラクの答えを聞いた直後に自分の口に運ぶ。ムラクがお預けをくらった犬みたくしょぼんとすれば、ヤンは口の端についたケチャップを舐めとって笑う。

 

「あははは! 超変な顔!」

「も、(もてあそ)ばれた……ッ!? いとも容易く!」

「さ、腹ごしらえも済んだし行こうか! あたしのオススメしかないから、財布の中には気をつけてよ」

 

 ヤンとムラクが公園を出ると、その後ろをルビー達三人が追い掛ける。

 

 ルビーが人数分のドリンクとパンを手渡しているが、ワイスは渡されたものに不満があるようだ。

 

「ワイス、ミルクとアンパンだよ」

「ちょっとルビー、あなた本気でこれを食べるつもりですの?」

「当然当たり前! だって追跡にはこれが定番だもん」

「ルビー! もう少しまともな昼食にするべきと言っているのです! こんな事なら適当な店に入るべきでしたわ」

「目が離せないって言ったのはワイスでしょ!?」

「……静かにするべきよ。今はね」

 

 冷静なブレイクの言葉で二人は押し黙る。思いつきで始めた事だが、そろそろ飽きが来たらしい。

 

「……あの二人、どこまで(・・・・)いくのかしら」

「うん、映画館にでも行ったのかな?」

 

 ブレイクのソレとはやや違う意味でルビーは返事をした。

 

「この前『サウザンド・パピー(千匹の子犬)』って映画が公開されたんだよ! それを見に行ったのかも」

「それあなたの趣味ですの?」

「……絶対に見ないから」

「えぇー……」

 

 三人がそんな話をしていると、ムラクとヤンは小じんまりとした店に入っていく。一見オンボロな店で、ワイスは露骨に顔をしかめた。

 

「大丈夫ですの、これ?」

「た、多分……お姉ちゃんが行く店だし。……あぁ、やっぱり駄目かも」

 

 それから一時間も経つと、大きな袋を三つ手にぶら下げたムラクが出てきた。

 

「あのパッケージ見たことあるよ。ボードゲームだ!」

「……それでルビー、そのボードゲームって()かしら?」

「ワイス、それ(・・)本気で言ってる?」

 

◆◆◆

 

「今日はとても楽しかった。ありがとう、ヤン」

「あたしも結構楽しめたよ、ムラク」

 

 西日が差す頃にビーコン・アカデミーへ戻ったヤンとムラクは、ヴェイルの町並みが一望できる発着場で佇んでいた。

 

 街に注ぐ大河が太陽光を跳ね返し、二人の横顔をオレンジ色に染め上げる。

 

 奇しくもヤンが相談に乗ってくれた時と同じ空であった。

 

「ヤン、言っておきたいことがある」

 

 夕空を眺めるヤンの横顔を、ムラクはまっすぐに見つめる。

 

 風に(なび)くヤンの髪は太陽の光をきらきらと反射して輝き、金色の龍が空を飛ぶように波打っていた。

 

 ムラクはその美しさに息を呑み、目が吸い込まれて離れなかった。

 

「ムラクの気持ちはありがたいけど、あたしはまだそういうことは考えてない。ついでに言えば、まだまだ知らないし」

「違う。俺が言いたいのはそう(・・)じゃない」

「……?」

 

 ヤンは丁度、ムラクが言うかもしれない事を先回りして答えを出したが、彼はそれを否定した。

 

 ヤンがムラクの方を見れば、一直線に見つめる瞳がヤンを貫く。ムラクの鎧が西日を反射して眩いが、ヤンはその強い意志の篭った視線から目が離せなかった。

 

「ヤンが好きだ。偽れない、俺の正直な気持ちだ。だけどヤンは……(うなず)かない、分かっている、だから――」

「――っ!」

 

 ムラクの手がヤンの両手を優しく握り締めると、ヤンは突然のことに息を呑んだ。

 

 ムラクの拳と比べれば幾分か小さくて華奢なヤンであったが、それでも力のある拳だ。振り払おうと思えば振り払えたが、ヤンは何故かそうしたいとは思わなかった。

 

 素直に、誤魔化すこと無く、直球で気持ちをぶつけてくるムラクを拒絶する気にはなれなかった。

 

 ヤンの為に長時間並んだであろうムラク。困っている人を躊躇いなく助けに行くムラク。ヤンの口車に乗ってボードゲームを片っ端から籠に突っ込むムラク。そして、誰よりも裸の心をぶつけてくるムラク。

 

 彼は愚直で、お人好しで、正直であった。

 

 だから、ほんの少しだけ格好良く思えた。

 

「――ヤンを振り向かせる。この全身全霊で」

 

 柄にもなく、ヤンは自分の顔が赤くなっていることに気付いた。太陽が暑いのか、それとも少し息苦しいからか。

 

 ヤンは途端に恥ずかしくなり、ムラクの手を振り払う。受け止めたことのなかった気持ちに、ヤンの心は付いていけなかった。考えがゴチャゴチャとしてまとまらず、本当に自分らしく(・・・・・)なかった。

 

「…………」

「……俺はそろそろ寮に戻るよ。風邪を引かないように気をつけて。夜風は少し寒いから」

「……ムラク!」

 

 立ち去ろうとしたムラクをヤンが呼び止める。

 

 彼の背中に投げ掛けた言葉は、恐ろしい第一歩だ。「好き」という得体の知れない感情をぶつける相手に、答えを返す。いや、ヤンは返さなければならなかった。

 

 ワクワクしているのが心臓から伝わる。初志貫徹、答えは決まっていた。けれども、ムラクは何と返すのか――もっと知りたい。

 

「あたしは、今は応えられない」

 

 保留が「答え」。

 

「だって、まだハンターにすらなってないし、やりたい事も沢山あるし、ワクワクするような冒険もしてみたい! あたしは今その事に夢中で、他のことに気を払えないの」

 

 自分の道、人生がある。

 

「だから……気が向いたら付き合ってあげる」

 

 自由で、縛られない答え。我が儘に我が道を行くヤンの出したものだ。

 

 ムラクからすれば残酷と思えるものだが、ヤンの素直な気持ちが導いた言葉だ。

 

 勿論、ムラクは真っ向から受け止めた。

 

「とてもいい夢じゃないか。……今度、山に登った話をしよう」

「……はい?」

 

(山、ってミストラルの崖の話? でも今この場で言うこと?)

 

「――ヴェイルの自然防壁、あの山脈を越えた話さ」

 

 やや混乱するヤンだが、それは十分に興味が惹かれる話題だった。

 

 冒険の話――グリムがそこら中に居るであろう危険地帯の事を、ヤンは聞いてみたかった。

 

「ムラク、また今度聞かせ――」

「――であれば勝ち取れ!」

 

 声を張ってムラクが叫んだ。その顔には不敵な笑みが浮かび、両手を広げていた。ムラクは分かって(・・・・)いる。

 

 ヤンは楽しいことが好きだ。ワクワクすることやイベントがあれば飛び込むし、危険も恐れない。

 

 それを分かって、ムラクはこの話題を出した。

 

 ヤンが聞きたい話をムラクは持っている。ヤンが聞きたいと思うならムラクをどうにかせねばならず、それはヤンと関わりたいムラクにとっては嬉しい事だ。

 

「じゃあいいや」

 

 ヤンはそんな見え透いた釣り餌に引っかからない。

 

「ならヤンの負けだ」

「はぁ!?」

「挑まれた勝負に背を向けた。故にこの話は君以外に披露しよう」

 

 あまりにも馬鹿馬鹿しい理論だが、今ヤンは物凄くコケにされているのだ。指を咥えて黙っているなど、到底許せなかった。

 

「その言葉、今更泣いて謝ったって許さないからね!」

 

 街の()でヴェイルの情報を扱う『ジュニア』でさえ、ヤンとの力比べには敵わなかった。勿論、ムラクとやり合って負けるつもりなど微塵も無かった。

 

「この拳、こじ開けるには(いささ)か強いぞ!」

「上等ッ! ぶん殴ってゲーゲー吐かせてやるから覚悟しておきな!」

 

 ムラクとヤンはお互いに宣戦布告し合うと、意気揚々と寮に戻っていく。

 

 甘酸っぱい時間が一転して、血気溢れる誓いの口上タイムへと変貌したのだ。

 

 本人達は納得しているが、それはそれは残酷なことだった。

 

「……なにあれ?」ルビーが呟く。

「今日一日追いかけて、結果がアレですの!?」

「……はぁ」

 

 ワイスもブレイクも納得がいかず、事態が飲み込めていない。チームRWBY初のミッションはこうして失敗に終わった。

 

 いや、成功はしたが、澱んだ徒労感をもたらした。

 

 愛の告白が殴り愛に発展したと言うべきなのか。

 

 ところで、ピュラがこの事に大変な興味を持っており、ルビーに土産話を期待しているらしいが、笑い話にしかならなさそうである。

 

 どうなったにせよ、何とも平和な時間である。青春を謳歌する彼らには、戦いが訪れていなかった。

 

 心を持たぬ怪物(グリム)との戦い。それはハンターの最上級の使命であるが、彼らの相手はグリムだけではない。

 

 ハンターは時として、邪悪な心を持つ人とも戦わなければならないのだ。

 

◆◆◆

 

「『悲惨! 家族を襲った魔の手』

 

 XX日午前六時半すぎ、男性から「人が死んでいる、大変だ」と通報があった。ヴェイル市内の居住区の路上に駆けつけた警官はファウナスの幼児の遺体とヒトの女性が倒れているのを発見した。遺体には激しい打撲痕があり、警察は殺人事件として操作している。

 

 同署によると、被害者は同居住区内に暮らす母娘、ラベンダー・ラヴァンドラ(25)とユリ・ラヴァンドラ(3)。いずれも打撲痕があり……」

 

「おいムラク、朝っぱらからなんてものを朗読しているんだ!」ナヴィーが怒鳴り散らす。

「ああ、悪い。少し気になって……」

 

 ムラクは新聞を畳み、山のように盛られた朝食へ手を伸ばす。

 

 できれば気のせいであって欲しいと、不安を噛み殺す様にパンを食いちぎる。

 

 ――犯人の残したメモには「穢れた血に裁きを」と書き込まれており、反ファウナスの団体の犯行であるとして……

 

「まさか、な」

 

 

 







※捕食アイ……節穴アイみたいなやつ
※走って四時間の田舎……大体六十キロ位
※愛する二人を云々……ブレイクってノリはいいんですよね。なんだかんだでふざけている時はふざけるので、それです。読んでる小説から引用したんじゃないんですか(ハナホジー
※ピーチ教授の課題……いくら何でも十二人しか取ってないのはおかしい。つまり何個か課題があるか、単に描写していないかのどちらか。
※母親らしきヒト……ファウナスじゃないということ。ヒト×ファウナスだと半々の割合でどっちかが産まれる……みたいですよ?
※ミルクとアンパン……日本の刑事ドラマの基本。らしい。
※どこまで……恋のABCD、なおいかなかった模様。
※ブレイクさんノリよくない?……あの白い団体が絡まなければ、親しくなった相手とのノリはいいと思いますよ?
※ワイスさんボードゲーム知らない疑惑……ゲームとか知らなさそう。S2でも要領が掴めてなかったし
※個人的考察要素3……山登りは絶対にメジャーじゃない。そもそも山は自然であり、グリムの領域。自然はグリムを寄せ付けないが、居ないというわけではない。ハンター以外は絶対にやらないであろう行為だと思います。つまり一種の冒険。
※ヤンを挑発してどうすんの……押してだめなら引いてみろ(震え声)

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五話拳の露、振り払い

あらすじ
衝撃の事実?

※オリジナル要素を出していきます。RWBYの設定に迎合させていきますが、推測の域を出ないので勘違いをしないよう。後書きに解説を載せています。


 ――ユリったら、初めて来たヴェイルで……

 

 ――被害者はユリ・ラヴァンドラ(3)

 

 ムラクの脳内は、何気ない母娘の会話と新聞紙の一文を何度も反芻する。

 

(この広いヴェイル、偶然の一致はそうそう無いが……関わってしまった以上、調べずにはいられないッ)

 

「む、ムラク……さん、一限遅刻しますよ?」

「何故敬語……すぐに行く」

 

 わざわざ呼びに来たライムと共に教室へ向かう間も、その日の授業中も、そして食事時でさえムラクは上の空だった。

 

「……おいエレファンス、ムラクがやけに静かだな」

「ナヴィー、君が何か食べさせたんじゃないかい?」

「バカを言うな」

「お腹壊してるの見たことないし、それはないんじゃないかな……?」

 

 チームメイトの囁きでさえ耳に入らないムラク。

 

「アレだな、一昨日ヤンとデートしに行ったとかいうヤツだろう」

「ナヴィー、そっ、それはマジ話かい!?」

「マジだぞエレファンス。チームRWBYの誰かが話しているのを聞いた」

「というか気づかなかったんだ……」ライムが呟く。

 

 昼休みは終ぞ一言も話さずに、山盛りの食事を平らげたムラク。おかわりはいつもの二倍、持ってくる皿も二倍、計四倍の食事を黙々と平らげる彼には軽く畏怖(とドン引き)したチームLEMNの面々であった。

 

 

 廊下。

 

「おーいムラク! 放課後にグッドウィッチ先生に頼んで軽く手合わせ――」

「すまぬ。暫くは忙しくてな」

「を――」

 

 ヤンの誘いをムラクが断った。彼が大股でスタスタと立ち去ると、RWBYのヤンを除く三人がスッと現れて顔を見合わせた。

 

「……そういう日もあるわよ」ブレイクが興味なさそうに言う。

「天変地異が起きそうですわね」ワイスが茶化し、

「空から魚が降ってくるかも!」ルビーがノッた。

「……!」

「ちょっとみんな! なに覗いてるのさ!」

 

 ヤンが怒りながら三人のもとへ駆けていく。

 

 ジョーンを除くチームJNPRは普通に過ごしていた。

 

 誰も気に留めない事。誰も知らない事。

 

 平和の陰では誰かが何かをしていて、特にハンターが平和を保っていた。

 

 中でもムラクの生活の――いや、気持ちの変化は誰にも分からなかった(・・・・・・・)。彼は情報量の増えた都会で、常に新聞に書かれた事件を見知っては悩み、ある種悶々とした日々を過ごしていた。

 

 ビーコン入学以前、ムラクは街に来たことはあったが、自分の目の前で起きた事にはしっかりと手を差し伸べた。だが、自分でも何か良い事ができるという事――それがささやかなものだと分かってしまったのだ。

 

 もっと助けを求める人がいる。救いを渇望していた人がいた。

 

 静かな日々の裏、目の届かないところにこそ、手を差し伸べなければならなかった。

 

 尤も、ムラクは己がハンター見習いであり、プロにはまだ及ばないペーペーであることは承知していた。はやる気持ちを抑え、衝動をぶつけるように訓練に勤しんでいた。

 

 警察やハンターの領分に不用意に立ち入る事は躊躇われ、身分相応の救いを差し出すべきだと頭の中で考えていた。

 

 だが、関わってしまった「かも」しれない。

 

 ただそれだけの理由で、ムラクは飛び出した。

 

 見捨てないと誓った過去、誰かを救うと夢見た記憶。ムラクの絶望こそが、希望と愛を与える全ての源泉。

 

 自分自身に嘘はつけない。ハンターになると誓ったならば、見捨てた汚名は(そそ)がねばならない。

 

 誇りを挫かれるのは死にも等しい屈辱、だが誰かを救えなかったのは――心に穿たれた傷そのもの。

 

 故に、心の撃鉄は起こされた。

 

 

「……花を供えたいのですが」

「ああアンタ、ビーコンの学生かい? 知り合いだったのか、可哀想に」

 

 放課後。

 

 一人で事件現場にやって来たムラクは、野次馬すら居ない現場で警官に話しかける。その日はいつもの鎧ではなく、特注サイズの制服を身に着けていた。

 

「知り合い……かもしれないです。名前が似ているだけかも。写真はありますか?」

「あー、あるよ。珍しい名前だから間違えないとは思うがね、ほら」

 

 端末(スクロール)を広げて、生前の被害者母娘の写真を表示する。ムラクはその顔に見覚えが……あった。死んでいなければ、今頃は笑っていたはずの顔だ。

 

 一瞬だけ、ムラクの息が詰まる。

 

(……涙は流さぬ。この拳は決して弱さを見せてはならない……)

 

 空気を大きく吸い込んで、ムラクは手に持った供花(くげ)を差し出した。

 

「……この花を、ユリに」

「はいよ。母親の病院も教えようか?」

「お願いします」

「君みたいな殊勝な学生も居たもんだ。……ま、こんな酷い事件はもう起きないと思うがね」

 

 慰めにもならない警官の言葉だったが、ムラクには到底今回きりで終わるとは思えなかった。

 

 静かに黙祷を捧げたムラクは、踵を返して歩き出す。両の拳は鉄よりも固く握られ、歩みは力強く、瞳は正面を見据えていた。

 

「――俺が捕まえる」

 

 誓いを胸に刻み、ムラクは病院へを足を運ぶ。

 

 捜査は警官の領分であったが――それはさしたる障害にもならない。

 

 母娘はきっと助けを求めて(・・・・・・)いた。ムラクを動かすにはそれだけで十分だ。

 

 救いの手すら届かぬ大森林を彷徨ったムラクは、強くなれたからこそ、類まれな幸運に恵まれていたからこそ、助けがなくても脱出できた。

 

 だが、救ってほしいと願ったことは限りない。一人の夜に胸中でむせび泣いたこともある。

 

 故に、そんな思いは誰にもさせたくない。

 

 聞き取れなかった悲鳴。差し伸べられなかった手。すくい取れなかった手。悲劇は二度起こってはいけない。

 

 己を拳とし、ムラクの中でハンターを目指す志が燃えるのなら。未熟な我が身を火中に差し出すのだ。

 

 早速、病院に着いたムラクは被害者の母親との面会を希望したが、まだ目覚めていないらしく断られた。

 

 出鼻を挫くように捜査の宛を無くしたが、ムラクは記憶を探って思い出した。

 

知っている(・・・・・)ぞ。ルビーとワイスとブレイクがコソコソと付けていたのを……故に気を払えなかった、が)

 

 「血」の話をしていた男を、ムラクは一度見かけているのだ。宛らしき宛ではないが、犯人は「穢れた血」に何かしらの因縁があると新聞からは推察できた。

 

 犯人も反ファウナス団体だとも示唆されており、ムラクは歩きながらヒトを重点的に観察していた。

 

 日の沈みかけた頃、ヤンと待ち合わせていたあの場所に、ムラクがもう一度訪れる。

 

 相も変わらず人で混み合っており、そのお陰で雑多な会話が耳に入る。本や音楽の雑談、十分後の予定を決める若者達の話、遅刻を咎める声に謝罪。

 

「――でよ、穢れ血の聖杯が――」

「――マジかよ、ぶっ壊れか――」

(……映画の話か、ゲームの話か。何れにせよ今日この場で有益な事は聞けなさそうだ……見覚えのある顔もなし)

 

 ムラクとて、初っ端初日から何かを見いだせるとは思っていない。

 

 ムラクがグリムの領域で培った眼と耳と記憶能力は恐ろしく人間離れしていたが、拾える情報はやはり限りがあった。

 

 だが、砕けた月が輝く夜こそ、正道ではない邪道を歩む者たちが蠢動(しゅんどう)する時だ。ムラクは夜にこそ焦点を絞っていた。昼の活動はオマケだ。

 

 とはいえ、学生がドカスカと暴れるわけにもいかないだろうと考えたムラクは、大人しく人気のない治安の悪そうな方へ向かう。

 

 勿論ただの自棄ではなく、怪しそうな場所に目星をつけるための散策を行っているのだ。

 

 ムラクは一人、商業区のシャッターが下りた道を彷徨い歩く。

 

 それは夜中の、丁度太陽が登る前まで続いた。

 

◆◆◆

 

「では次の試合は……」

 

 グリンダが端末(スクロール)を操作すると、頭上のルーレットが回転してピュラの顔が表示される。

 

 すると、授業に参加している生徒に波紋が広がる。

 

 彼らは戦闘技術を鍛えるための模擬戦に好んで参加しているため、それなりに(・・・・・)強い相手というのは存外好まれるが、例外的な強さを持つ相手は手も足も出ないため一部からの人間からは避けられる。

 

 ピュラは知名度と相まって消極的に戦いたくない部類に入っていた。勇んだ生徒は大抵敗北し、未だ負け無し。戦っても勝てない相手との戦闘は、まだ若い彼らには厳しいものだ。

 

 そして同様に、いやもっと疎まれる生徒がいる。

 

 ムラクだ。

 

 というのにも訳があり、その最たる物が戦闘技術だ。

 

 ピュラは攻守のバランスが良く、射撃投擲の腕も一流。丸盾アクオと槍・剣・ライフルの三形態に変形するミロの攻めは広い範囲での戦いに適し、体術もそつなくこなす正統派のオールラウンダーである。戦いの流れを常に握っており、絶対に勝つため無敵少女(インビンシブルガール)などと呼ばれていた。

 

 しかし、彼女の攻撃を防げれば、避けれれば、反撃できれば。自分がどれ程やれる(・・・)のか分かるというものだ。

 

 一方のムラクはと言うと、圧倒的な膂力(りょりょく)と化け物染みた反射神経、体格差の暴力にゴキブリの如き素早さを備える近接戦闘の専門家(エキスパート)だ。正統派なフィジカルエリートであり、今のところ技術に圧倒的な差が無い限り押し潰される。

 

 開始直後の加速攻撃を躱しても、彼らは一つの壁に行き着く。

 

 オーラが削れないのだ。

 

 模擬戦は相手のオーラを減らして勝つものだが、ムラクの場合は十人並み(・・・・)のオーラ量と生来の肉体の硬さと鎧が並以下の攻撃をシャットアウトする。

 

 攻撃が直撃しても一割すら削れない。本人曰く「オーラとて実力のうち」だが、中に何人入れているんだと言ったのはチームメイトのナヴィー(チビ)であった。

 

 アーサー(クマ型グリム)を相手にするほうがマシと、誰もが口をそろえて言うとんでもないインチキ野郎だ。

 

 グリム退治みたいなもんだと、勇んだ生徒が瞬殺されるまでがお約束。とうとう不チン野郎(アンシンカブルボーイ)と恨みの篭ったニックネームがつく程だ。

 

 そしてルーレットは彼の顔を表示した。

 

「おいおい……」「ついにか」「来ちまったよ」「ピュラ・ニコスに十リエン」「もっと奮発しろよ」

 

 人垣が波立った。ドリームマッチとはいかないまでも、話の小ネタになる対戦カードだ。

 

「僕はピュラ・ニコスに賭けるね」

「エレファンス、そこは是非『ムラクが勝つ』と言ってくれ」

「まさか! キミは殆ど攻撃を避けないが、ピュラ・ニコスはペラペラペラペラ――」

 

 エレファンスがなんやかんやと力説するものの、彼の場合はただの依怙贔屓(えこひいき)だ。だが的を射ているのも事実。今までのムラクは攻撃の回避を積極的に行っていない。

 

「見てくれで語ってくれるなよ、エレファンス。大した一撃でないのなら、受けて返すが常道! この拳が力押しだけでないと知るがいい」

 

 ニッと白い歯を剥いて笑うムラク。彼が鎧をガチャガチャと鳴らしながら壇上に上がるのを見て、ライムは心配そうに溜め息を吐いた。

 

(大丈夫かなぁ……朝帰りだよね? 多分寝てないと思うんだけど……)

 

 そんな心配をよそに、ピュラとムラクが得物を構えて向かい合う。生徒は一瞬たりとも見逃すまいと、自然に沈黙していた。

 

「昨日から鬱憤が溜まっていた。お門違いとは承知しているが……全力でいかせてもらう」

「オーケームラク。何時でも掛かって来て」

 

 ムラクの宣言に笑みを浮かべるピュラ。二人の闘志が爆発寸前まで膨れ上がり――

 

「では両者、始め!」

 

 合図と共にムラクが間髪入れず一歩踏み込む! ピュラは来たる猛突進に備えて回避行動に移ろうとしたが、気づく。

 

 ムラクはそれ以上動かず、鎧の腰部についたバーニアで火を吹いているだけだ。

 

(これは一体――!?)

 

 ピュラが違和感の正体を看破した直後、足元が炸裂してピュラが大きく空中に打ち上げられる。

 

「これが狙い!」

「ガァァァァああああああああッッ!!」

 

 脚部機構のパワージャッキが作動し、二門のバーニアが全力で火を吹く。その莫大な運動エネルギーが飛び上がるムラクの巨体を一瞬で最高速度へ到達させ、己の身体を人間砲弾へと変換する。

 

 バゴンッ! と床を吹っ飛ばして突き出した拳がピュラの構えた盾アクオに衝突すると、彼女は目にも留まらぬ速さで地面に叩きつけられた……かのように見えた。

 

 地面に同心円状の亀裂が入っているものの、着地は成功。ひとまずの攻防が決着――

 

「――止まると思うたかァァアアアア!!」

 

 ムラクがピュラを殴り飛ばした勢いのまま再び(・・)突っ込む!

 

 一筋の流星と化したムラクがピュラの手前に着地(・・)し、巻き上げられた床の飛礫(つぶて)に乗じて突撃を試みた。が、丸盾を前に掲げたピュラがムラクの足元をローリングで潜り抜けた

 

(ッ! 今の動き、鎧の足を止めたのか!)

 

 ムラクはすれ違いざまに膝蹴りをぶち込もうとしたが、鎧が空中に固定(・・)されたかの様に動かず、不発。

 

 ()かさずピュラが背中目掛けて弾丸を見舞うも、ムラクは振り向き様に上下に手を振って、その甲と平で銃弾の軌道を逸らして避ける。

 

(……やっぱり彼、不器用だなんてことはなかったわ。かなりやれる(・・・)みたい……だけどあまり近づきすぎないほうがいいわ)

 

 一瞬の激突、傍から見れば先んじて仕掛けたムラクが有利であるように思えたが、その実真逆だ。勝負の趨勢(すうせい)は常にピュラが握っていた。

 

「仕切り直しかッ!」

 

 バーニアから吹き出るダストの火が燃え尽き、ムラクもその予感をひしひしと感じ取っていた。

 

 ピュラはライフルの形態であったミロを槍に変化させると、切先が丁度届く距離でムラクの両足と肩を執拗に狙い始める。だが、やられっぱなしで終わる男ではない。

 

 果敢に飛び出して攻撃を受け、弾き、肉薄しようと飛び出すが、そのタイミングを初めから知っていたかのようにピュラは飛び退く。そして銃撃の反動を利用した高速の突きをこれでもかと浴びせるのだ。

 

 ムラクが追い詰めているのではない。

 

 ピュラが誘い込んでいる。

 

(鍛えた剛体、(こた)える衝撃ッ! かくなる上は、乾坤一擲(けんこんいってき)の激拳を見舞う他あるまいて!)

 

 ムラクはオーラ操作によってベルトの燃料装填装置(リローダー)を起動、火のダストを装填して四門中二門のバーニアを再点火する。

 

 両腕部のハンマーを二段階引き伸ばし、突撃の構えに入る。

 

「受けて立て! 人知を超えた瞬間の連撃をッ!」

 

 マトモに受ければ即座にノックアウト。天下無双のピュラと言えど無敵ではない。人間の限界をぶっ千切ってオーバーした筋肉だけは、ピュラですら真っ向から受けられない。

 

(――まずいッ!)

 

 ――ゴッ!

 

 ピュラが丸盾をナナメに構えて屈んだ直後、ムラクの膝蹴りが激しい音を立てて衝突し――ピュラのセンブランスが発動、必殺の膝が防御の表面を駆け上がる!

 

「受け流したが!」

(二回目が来るッ!)

 

 ムラクは肉が千切れんばかりの衝撃を噛み殺して刹那の余韻に折り返し、鎧の機構で肉体を砲弾として撃ち出した。

 

 突き出した一握りの烈拳が、バッタのように飛び退いたピュラの丸盾アクオをまたしても掠める。

 

 強烈なセンブランス《磁界操作》によって産み出された強大な反発力が、何とか直撃コースを逸らしたのだ。

 

 だが、腕部のハンマーが炸裂し――衝撃は盾を撃ち貫いてピュラの体勢を大きく崩す。

 

「これでぇぇ――ェェェェッッ!!」

 

 急ブレーキの反動を両足で完全に受け止めるムラク。ブチブチと断裂する筋繊維が膨大なオーラを受けて再生し、地面を押し返し、三度の『必殺』として躍り出――なかった。

 

 ピュラは磁力とダスト弾の反動をフルに活用し、投擲槍をムラクの脚が来るであろう(・・・)ポイント目掛けて打ち出していたのだ。ギリギリの状態であってなお恐るべき投擲能力を発揮し、更には目論見を崩してみせた。

 

 刹那の攻防を制したのは無敵少女だ。

 

 限界の限界、倒れ伏す直前に力が掛けられた脚は槍で容易く薙がれ、ムラクは錐揉み回転をしながら中途半端な勢いで飛び出してしまった。

 

 無防備に晒されたムラクの横っ面をピュラが盾で強打し、更に《磁界操作》でパワーを追加して打ち出した。

 

 ムラクがゴロゴロと地面に転がされると、大の字になって沈黙する。

 

 先走った生徒が歓声を上げるも、グリンダは終了の指示を出さない。ピュラはムラクを観察しながらミロを拾い上げた。

 

「どうしたの、まさかもう降参?」

 

 軽口を叩いたピュラの口の端は上がり、爽やかな笑顔を見せていた。額に汗が浮かび、額のサークレット()がキラリと輝いた。

 

「否ッ! 鍛えた武器破られたとて、戦えぬではこの手が腐るッ」

 

 ムラクが跳び上がり、身体中から熱気を放出してパンプアップする。

 

 全身を鋼鉄で覆った拳闘士が、その拳の行き先をノーモーションで変えられてしまうなど悪夢でしかない。鋼を纏った拳は常に逸らされ、動きが精彩を欠くのは疑いようもない。

 

 ピュラは巧みに磁界を操作し、その攻勢を弾き返した。

 

 故に――

 

「アァァァァマァァパァァ――――ジだァァアアアア――ッッ!!」

「!?」

 

 オーラの高まり。黄色のオーラが気炎として噴出し、纏った衝撃貫通型加速(アクセルピアシング)アーマーが内側から吹き飛んだ。

 

 アンダーウェアとスパッツ姿のムラクが蒸気を裂いて現れ、人間離れした彫りの深い筋肉が顔を出す。青々しく腫れた両足や無数の古傷が浮き出るが、それよりももっと目立ったのが筋肉だ。

 

 ムダ毛のない肢体、鮮やかなシックスパックから全身に広がる腹斜筋大胸筋僧帽筋大腿四頭筋二頭筋、細部まで鍛え上げられた筋肉の鎧が産声を上げた。

 

 ついでに悲鳴が幾つか上がった。

 

「武器なしで無防備と思ってくれるな、突き進む貫手(ぬきて)は武装済みだ!」

「あー……その、本気?」

 

 ハンターは武器とオーラで戦う戦士だが、グリムと素手で戦う者はまず居ない。武器があれば十分で、武器がなければ足りないからだ。即ち、素手で戦えるという事は人類を相手にしているか――グリムを素手で倒せる大馬鹿者かのどちらかだ。

 

「本気だとも――ッハァァァァ!」

 

 突如、ムラクは獣の如き疾駆でピュラに殴り掛かり、そして盾で受け流された。

 

「……!」

 

 その動きは鎧よりも更に素早く、パワーの衰えは最早誤差の域を出ない。ピュラは人外と呼んで差し支えない膂力(りょりょく)を改めて味わい、パワーの大半が鎧ではなく肉体にある事に驚愕を隠せない。

 

 だがピュラは(たかぶ)る。

 

 この学友(ムラク)は戦いにおいてスリルのある相手だ。風のように疾く必殺の一撃を撃ち込む――一切のミスが許されない戦いだ。荒々しい(せい)、波濤の如き攻、大地を思わせる強堅、油断すれば一瞬でオーラを削り取る大自然を体現した男だ。

 

 戦えば、間違いなく成長できる。ピュラは心のなかで舌なめずりをした。

 

 だがムラク、おくびにも出さないがその胸中は怒り渦巻く嵐の只中。己の戦闘スタイルさえ貫けぬ不甲斐なさに唾を吐きかけ、命を一つ取り零した手に爪を立てる。

 

(救い取ると誓った手、俺は、俺は――俺の能無しを断じて許容できぬッ! 誰かの明日を守れぬのなら、生きる意味さえ見出だせぬ!であれば、この拳は何のために在るのか!)

 

 躍り出るムラク。彼の繰り出す鉄拳を槍でいなしたピュラは、ガキンと鳴った金属音に心底驚いた。

 

 それでも鳴り止まぬ連撃。ムラクの巨体から繰り出される攻撃を躱し、殴り、弾き、突き、擦り、蹴り、斬り、打ち、撃ち返して(しのぎ)を削る。

 

 ――ガガガガガガガガッ!

 

 銃声にも似た拳と剣の交差音。息もつかせぬ破壊領域のハイウェイで、赤毛の少女が舞い踊って切り結ぶ。ムラクは舞踏にも似た戦いぶりに、思わず感嘆のため息を漏らす。

 

(――勝てぬ。洗練された技術の粋、磨かれた足捌き、鍛えられた肉体、天性のカン……俺では勝てない。森から飛び出して養父に鍛えられても尚、戦う以外に何も出来ない()であるのか……)

 

 ムラクは情報の集め方など知らなかった。ヴェイルのことはおろか、守ろうと誓った人々のことでさえ知らず。知らないことを知らず、生きる術だけを磨いた獣。拳の必殺は尽く潰される。

 

 だがピュラは人間だ。

 

 力がムラクより弱くとも、知恵や経験に技術、持てる全てを正確に選び取り、岩を穿つ一滴の水が如き一撃を打ち込み続けているのだ。狩人が森に罠を仕掛けるように、ムラクの攻めを誘って返す。

 

(――違う、違うぞ! 鋼で固めたこの体、血よりも尊き愛の為、気高き拳を掲げる運命(さだめ)! 頂への道半ばなれば、一矢報いるが世の理よッ!)

 

 刹那のやり取り。ムラクは力量差を十分に理解した上で、己を奮い立たせる。

 

 ムラクがローキック――を即座に引っ込め、右足で中段蹴りを放つ。ピュラがまともに受けず潜り抜けて回避すると、ムラクは逃げる背中目掛けてのストンピングに即切り替えた。

 

 が、ピュラは床を叩いて紙一重で身体をずらし、攻撃を避ける。そしてついでと言わんばかりに槍を剣に変えて斬りつけ――刹那に跳ね上がったムラクの左脚が、空気を裂いてピュラの腹に突き刺さった。

 

「がはっ……!?」

 

 返す刀の攻撃に、ピュラはぶっ飛んで転がった。ムラクに数十の攻撃を当て、避け続け、いなし、防ぎきった彼女の、初めての被弾だ。まともにムラクの攻撃が入ったのは、この試合始まって以来初だ。

 

(ッ……今、あの姿勢で蹴りは放てない! だけど、彼は地面を掴んだ(・・・)わ)

 

 ピュラが注視したムラクの足元、その指先。

 

 ムラクの右脚の指が床にめり込んで()を作っている。彼はそこに指を挿して移動の支点にしたのだ。

 

 その時点で、ピュラのオーラは半分を下回り始めていた。

 

 防御し続けて尚身体を蝕んだ拳打、度重なる重量級の一撃がオーラを削り続けていたのだ。そしてダメ押しの脚撃。彼女のオーラはもう四割しか残っていない。

 

 ムラクは攻撃の当たるであろう部位にオーラを集中させて運用し、見事に攻撃をシャットアウト。痛みに怯んだり仰け反ったりするどころか、(かえ)って勇み反撃してくるのだ。

 

 ピュラが比較的オーラの薄い部分に機械の如く精密な斬撃を浴びせていなければ、試合はあと三倍長引いただろう。

 

 だが一方のムラクは風前の灯。攻撃に使ったオーラは尽くがスカされ、オーラの防御は厚くしたが意味をなさず、体力はあるがオーラだけがなくなっていた。

 

 心も乱れてはいたが、それは些事だ。

 

「ぬぁ!」

 

 ムラクが右半身を差し出すように踏み込んで放つ鋭い肘鉄砲を、ピュラは距離を取って避ける。次に繰り出したムラクの蹴りは上段下段中段と打ち分けて追いすがるものの、彼女は剣で逸らし跳んで潜り抜けて回避。

 

 一瞬の隙を突いて放ったオーラ弾がムラクの肉体を水切り石の様に掠めると、グリンダの制止が入った。

 

「そこまでです」

 

 グリンダが端末(スクロール)で残りオーラ量を頭上のスクリーンに表示するとムラクのオーラが丁度赤くなっており、規定値に達していた。

 

 決着は大して劇的ではなく、ジリジリとオーラを削ってピュラが勝利したのだ。まばらに拍手が起こり、二人は大きく息を吸い込んだ。

 

「時間は掛かりましたが、素晴らしい試合でした。ムラク・アルヘオカラは打撃以外にも攻撃手段を増やしたほうがいいでしょう」

「骨の折れる話です……」

 

 ムラクとピュラは装備を回収して退場する傍ら、握手を交わして軽く会話する。

 

「素晴らしい戦いだった。己に足らぬものがよく理解できた」

「そうね、とても楽しかったわ」

「貴女ほどの戦士にそう言って頂けるとは」

 

 尊敬の眼差しを向けるムラクだが、ピュラはそんな様子を好ましく思っていない。

 

「その……そんなに謙遜しなくても大丈夫よ?」

「承知。しかし次に相見(あいまみ)える時は、更なる拳技の冴えにて打ち砕くと宣言しておこう」

「……ふふっ、本当? 楽しみにしておくわ」

 

 一方的な挑戦状を叩きつけられたが、ピュラは嫌な顔一つせずに笑った。

 

 そしてムラクも踏ん切りがついた。至らぬ力を全て注ぐことに。

 

◆◆◆

 

「む、ムラクさん(・・)!」

「他人行儀で藪から棒に、我らがリーダーよ如何(いかが)した?」

 

 放課後。いそいそと何処かへ行こうとするムラクの背中へ、ライムが声を投げ掛ける。

 

「あ、明後日のピーチ教授の課題、終わったのかなって」

「……否。明日徹夜で終わらせる」

 

 ムラクの頭の具合は相対的に言って、平均値やや上である。磨けば光るが天才的な頭ではない。一晩あれば雑な出来のレポートが完成するだろう。

 

「夜出かけてるのに……ですか? も、もしかして今日も出かける気じゃあ……」

「その時ライムは寝ている筈だ。起こすことはない故、気にせずとも良い」

「そ、そんな事! い、一応リーダーですし……心配なんです!」

 

 ライムが声を張って主張するが、心配には及ばないとムラクは首を振る。

 

「寝ずに二日は戦える。ライムの心遣い、清く善なる人の愛であるが――故に、俺は往く」

「あ、愛!? そ、そうじゃなくて……」

「止めてくれるな、(かね)てよりの傷が俺を督戦するのだ」

「え、あ、ちょっと……」

 

 ライムは伸ばしかけた手を下ろし、制服のまま立ち去るムラクを見送った。肩をガックリと下げて溜め息を吐き、トボトボとチームメイトの待つ図書館へ向かった。

 

(これじゃあチームLEMN(レモン)じゃなくてLENだよ……クラスメイトのライ・レン君と被ってるよ……)

 

 ライ・レンはピュラの居るチームJNPR(ジュニパー)のメンバーだ。ニンジャみたいだと評判である。

 

 ライムは静かな建物に入り、本とノートを広げて待つ残り二人のチームメイトの横に座った。

 

「やぁライム、ムラクは連れて来れたかい?」エレファンスが机の上に本を置く。栞が何枚か挟まっており、参考文献探しは順調だった。

「ううん、駄目だった」

「そうか。だがこっちは順調だ。ムラクには泣いて頼んだら見せてやってもいいがな」

 

 ナヴィーは当たりの強い言葉を吐く。自分より六十センチ近く高いムラクに若干の敵愾心(てきがいしん)を抱いているらしい。彼がどれ位小さいかと言えば、飛び級で入ってきたルビー・ローズより一摘み程度しか高くないのだ。

 

「ムラクさん、何やってるのかな……」

「ライム、キミはその敬称を止めたほうがいい。他人から軽く見られているのが分からないのか?」

「だな。事実、カーディンはムラクが居ないといつも通り(・・・・・)だ」

 

 エレファンスとナヴィーはライム(リーダー)に苦言を呈する。実際のところ、ムラクと他三人の実力差は甚だしい。三人がかりで戦ってもマトモな勝負にならないだろう。

 

(はぁ……私、リーダー失格だなぁ……)

 

 ライムの憂鬱な悩みはレポート用紙の彼方へと消える。だが一滴の心の落涙だけは、決して消えない跡になる。

 

 抱いた思いを水に流すことは出来ないのだ。

 

◆◆◆

 

「……危篤状態ですか」

「ええ、今夜が峠でしょう」

 

 ムラクは脚部だけを鎧で固め、それ以外は制服という格好で病院を訪れた。目的は勿論、ムラクがヤンとのデート中に関わったあの母親の見舞いだ。

 

 だが、彼女の状態はとても危うく、身寄りも無いという事でムラクは病室に通された。

 

 顔も体も包帯だらけの彼女は、そこから覗く片目を閉じて酸素マスクで口を覆っている。右手は骨折しており、包帯一枚隔てた素肌が青痣だらけであることは容易に想像できた。

 

 戦う力のないヒトの女性までも叩きのめした上で子供との愛を永遠に引き裂いた犯人への怒りを、ムラクは拳を握って静かに押さえ込んだ。

 

「このまま入院が長引けば、たとえ生きていても治療費が払えないでしょう。あまりこういう事は言いたくないですが――」

「私が払います」

「え? ああ、それならいいけど……」

 

 それからヒトの医師は簡単にケガと費用の説明を済ませ、立ち去った。馬鹿にならない金額だが、ムラクは自分の貯蓄からなら何とか払えそうだと考える。

 

(金で解決するのならいい……だが、子供を失って尚生きる親は……)

 

 何より大切なものを引き裂かれれば、とても正気ではいられない。

 

 愛、平和、慈しみ、それらが紡ぐ命の連鎖が一つ途絶えたのだ。産まれ落ちた子供が成長し、連綿と続けていった誕生の輪。

 

(失ったのは、一人の命ではない)

 

 思いを馳せ、ムラクは血の滴るほど強く唇を噛み締めた。

 

 薬品の匂いがする病室を去ろうとムラクが立てば、異常を知らせるような音がピピピと鳴り響く。

 

 振り返れば、眠っていた筈の母親が目を覚まし、左手で酸素マスクを外していたのだ。

 

「何を!」

 

 ガシリ、と堅く握られた服の裾。

 

 母親――ラベンダー・ラヴァンドラは、折れた右手でムラクを引き止めた。彼女の眼差しは危篤状態であったとは思えない程真っ直ぐにムラクを貫く。

 

 空気を求める魚のように口を動かすと、ムラクは耳を傾けて手を取った。

 

「ファウ、ナス、たち……くろい仮面の…………こ、どもを……」

「先生、マスクが外れています」「目が覚めたのか。キミ、どきなさい」

 

 少し早い歩調で看護師と医者が病室に入って迅速かつ丁寧に処置をしようとするが、母親はムラクを決して離さない。堅く握って見つめるのだ。

 

「たすけて……」消え入りそうな声で叫んだ。

「ッ!!」

 

 パタリと力無く落ちた手。彼女に繋がった機械が音を立てて警告し、ムラクは引き剥がされる。

 

 それから間もなくして、ラベンダーは息を引き取った。

 

 子供への愛故か、己の身を顧みずムラクに伝えたのだ。命と引き換えにたった少しの言葉を名前も知らない男に伝えた彼女は、子供が死んでいることを知らない。

 

 

 病院から出ると、外はもう夜になっていた。

 

 腹の底から込み上げてくる熱い衝動に、ムラクは一瞬だけ囚われる。

 

(泣いて叫ぼうと、怒鳴って地団駄を踏もうと、消えた命は帰ってこない……)

 

 あれほど残酷な事があろうか。母親が子供の死を知らず命を散らし、無力を噛み締め言葉を綴ったのだ。死の寸前でさえ誰かを思いやれる愛。

 

(――応えねば、命かけたその愛に。助けねば、無念に散ったその心に)

 

 助けて欲しいと叫んだ人の、その意地胸に仕舞い込み。

 

 倒れ落ちた手に拳を差し伸べて往く。

 

 掌から滴る血潮は生きる痛みと鼓動の証。彼は鉄より硬き心を、鋼より強靭な肉体で包み込み、炎より冷たい鎧で覆う。

 

「――覚悟したぞ。万難を排して彼奴らは捕まえる」

 

 ムラクは一歩踏み出した。

 

 ラベンダーの悲痛な願いを思う度、体が内側から裂ける程に痛む。

 

「お、おおおおぉぉ……」

 

 ムラクは駆け出した。

 

 ジリジリと胸を焦がす熱に、哀咽(あいえつ)ではなく咆哮する。

 

「おお、おおォォォォ……」

 

 理不尽な事態に打ちのめされようとも、ムラクは空高く跳び上がる。目指す場所はファウナスが固まって暮らす地区と、何者かが潜みやすい倉庫だらけの工業区だ。

 

 手を伝って血の雫が落ちる。

 

 痛みすら振り払い、己を救いと鍛えた手は()えた。

 

 




※ヤンに当たり強くない?……めちゃ悩んでるのでスルー。誰しもが完璧ではないが、取り乱し方は少々バツです
※警官がこんなに簡単に捜査情報喋るわけないだろwww……本編ではそれなりに(少し)喋ってます。銃の持ち方も危ないと指摘されていたあの人みたいな警官なんでしょう。ついでに言えば、ローマンの演説(S2ロボットの前)にもあったように、学校(恐らくビーコン)の権威は大きいです。ヴァキュオでもそうですね。要は虎の威を借った/借れるだけの背景があるということです。
※夜中に外出したら怒られちゃうだろ!……ジョーンとかも抜け出してるしヘーキヘーキ!ぶっちゃけ普通に大丈夫そう。大学の気質もあるし、門限があっても朝に帰ればええんやろ?
※ピュラって普通にムラクの攻撃を防御できるよね?……でもトラックとの衝突は避けると思うのよ。カーディン君渾身の一撃を避けてた(S2E5)し、受けるべき攻撃を見極めてたが正しいと思う。そういう意味で防御するのが駄目だってこと。同じく、マーキュリーとの戦闘で、両足のダスト弾を受けて若干よろめいているんですよね、隙が勝敗に関わるとわかったから防戦……って感じですね。ただムラクが勝つ姿は全く想像できないですね。

※武器代わりに身体って……体が硬いのだ。肉弾戦が難しいのはルビーの弱パンチ(S2落下後)を見て頂ければ分かると思いますが、逆説的に体が武器そのものであれば戦えるということ。
※ピュラが舌なめずり?……テヘペロ的なアレ。ジュルリではない、チロッだ。実際向上心はかなりあると思います。小説版を見ればわかりますかね。なので買おう!
※指で型……恐るべき指圧!マイケル・ジャクソンの前に倒れるやつみたいなのを人力でやった(穴にハメるアレ)
※オリキャラ要る?……要る(強い意志)。RWBYの魅力はやっぱりチームという一つの括りにあると思います。その枠組みの中で育む友情や相互理解、歩み寄りが魅力の一つではないかと考えているわけです。テーマの一つでもある……のかな? オリ主とRWBYJNPRの面々でムリに絆を深めようとすると、じゃあテメーは何やってんだボケってなりますからね。存在そのものがテーマを否定してしまうワケダ。故に必須で、出た以上は生きる存在として扱います
※黒い仮面?……つまり最初の注意書き。(別の変な組織が出てくるわけでは)ないです
※(病院関連が)クドい!……あっそうだ!ダグに成長を入れたので苦手な人は許し亭
※何か不穏……光も陰もRWBYのテーマでは?という感じです。まぁそんなに深刻ではありません。ヴェイルが吹っ飛ぶわけじゃないですし


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